親が死んだ。
数年前のことである。
たまの休みに夫婦仲良く出かけて行って、高速道路で玉突き事故だそうな。
そりゃあ子供より親が先に死ぬのは自然の摂理、当然のことであるが少しばかり急すぎた。
なぜって俺はひきこもり。
中学で不登校になってから12,3年ほどになるベテランだ。
いや、世の中広いから俺ぐらいでもまだまだひよっこだという猛者もいるが、世間的に見たら十分だろう。
ともかく、ひきこもってた俺には収入のあてがない。
保険金や遺産で何とかしていたが、家賃やなんやらだけでもガリガリと削れていく通帳残高に脅威を覚えた俺は外国為替証拠金取引に手を出してみた。
FXというやつだ。
主婦でも簡単に儲けられるらしいし余裕だろ。
そう思い某掲示板の住人の助言に従ってしばらくやってみたところなぜかまだまだ余裕があったはずの通帳残高は明日をも知れないような有様になっていた。
俺は住人を痛烈に批判したが返ってきたのは罵倒と嘲笑のみであった。
昨日、いや、今朝未明のことだ。
働こうにもこの履歴書の空白は、などと言われたらどうしていいかわからない。
というか人前に出られない。
ユニクロに行く服がない。
しまむらに行く服もない。
死ぬしかないな。
うん、そうだ
死ぬ
しか
な
い
。
そうと決まればどう死ぬか。
線路に飛び込むか。
いや、人がいっぱいいるところに行くと動悸が激しくなるから無理だ。
マンションの屋上から飛び降りるか。
いや、かなり高いフェンスが張り巡らされていた。
よじ登るのはたぶん無理。
家の中にあるもので死ぬしかないな。
洗剤を混ぜればいいんだよな。
中性と、なんだっけ。
ググる。
塩素系と酸性だった。
探す。
無い。
というか、独りになって以来家事などまともにしていないから洗剤なんてない。
近所のコンビニが俺の生命線。
ただ荷造り用ロープがあった。
首をくくるか文字通り。
……そういえば、首をくくるで思い出したんだが、昔に某オクで自殺教本みたいなのを戯れに購入したような気がする。
探す。
……探す。
……………………あった。
押し入れにしまってあったそれのタイトルは『誰でも簡単☆転生読本(はぁと)』
あほか、と思うが意外と立派な装丁である。
作者の名前などは書かれていない。
奥付などもない。
久しぶりに読み返してみる。
………………………………………。
長々といろいろ書いてあったが、要するに、挿絵に書いてある通りに魔方陣を書いて、行きたい世界に関係のあるものとなりたい自分に関係のあるものを所定の位置に置いてそのうえで首をくくるだけでいいらしい。
簡単だ。
それに転生と言うのも魅力的。
ひ弱で根暗でいじめの対象になっていた自分以外になれるというのはとてもいい。
イケメンになってモテモテ、という妄想をした夜は数えきれないほどだ。
とりあえず持ってる漫画とかフィギュアを眺める。
どんな自分になりたいか?
難しい問題である。
今の自分でなければなんでもいい気もするが。
思うのは、ただイケメンになるだけではいけないのでは、ということだ。
自分がどれだけイケメンになっても言動でキモッとか言われない保証はないのである。
というかおおいにありそうなのだ。
三つ子の魂百までと言うし、転生しても人格を保つなら見た目がいくら変わっても無駄、無駄ァッである。
ああ、そうそう、転生しても人格は保たれたままだと『誰でも簡単☆転生読本(笑)』に書いてあった。
ならば、である。
かわいい女の子にもてるのではなく、俺がかわいい女の子になればいいんだ(迫真)
逆に考えるんだ、鏡を見るだけで幸せになれちゃうと考えればいい。
というわけでかわいい女の子を物色。
おっぱい大きいと肩が凝ったりするというし、ちっぱい派だし、ええと……
れみりゃ!君に決めた!
フィギュアを手に取る。
かわいくてかっこいい。
最高ジャマイカ。
行きたい世界は、適度なスリルとサスペンス……
なのはとかどうだろう。
管理局の紅い悪魔、いいじゃない。
あとそうだ、れみりゃの身体能力を活かす体術を習得するためにサブで、ええと……師匠!
東方不敗マスターアジア。
布でMF破壊するとかまじぱねえっす。
ついでに凄い布も持って行こう。
傾世元禳だな。
妲己ちゃんマジジャンプ最強ヒロイン。
よしOK
魔方陣を描く。
床に直接墨汁で、間違えないように慎重に。
フィギュアとDVDと漫画を設置。
準備完了だ。
たぶん新聞の隅っこに載ったりするんじゃないだろうか。
床にでっかく書かれた魔法陣。
散乱する漫画とかいろいろ。
そのうえで首吊ってるひきこもり。
馬鹿げた本に影響されたひきこもりすぎて頭おかしくなった男として某掲示板で有名になるかもしれない。
誰かがそれをみてげらげら笑って日々のストレスを少し解消するかもしれない。
そういうことに、俺は幸せを感じるんだ……
じゃあちょっと吊ってくるノシ