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原発事故から目が離せない。震災復興に道筋をつけずに投げ出せない。そんな首相の責任感からなのか。辞めると認めたら、野党から「退陣する首相など相手にできない」と無視されるの[記事全文]
税と社会保障の一体改革を議論してきた政府の「集中検討会議」が改革案をまとめた。今月下旬に、政府・与党で正式決定するという。サービスの充実と削減を組み合わせたうえ、現行制[記事全文]
原発事故から目が離せない。震災復興に道筋をつけずに投げ出せない。そんな首相の責任感からなのか。
辞めると認めたら、野党から「退陣する首相など相手にできない」と無視されるので、それを避けたいのか。
辞意を表明した菅直人首相が一転、続投をめざすそぶりだ。おととい夜の記者会見でも、きのうの参院の審議でも「辞任」を口にせず、わけがわからない状況に陥っている。
だが、与野党の国会議員がののしり合っても何も生まれない。ここはまず、お互いにかっかしている頭を冷やすことだ。
確認しておこう。
首相は内閣不信任決議案を採決する前の民主党代議士会で、震災対応に「一定のめど」がついた段階で、若い世代に責任を引き継ぐと表明した。
直後に鳩山由紀夫前首相が立ち、復興基本法が成立し、第2次補正予算案の編成にめどが立った段階での辞任で合意していると補足した。
首相はそれを否定せずに聞いていた。だれの目にも辞意を認めたように見えた。だから、不信任案に賛成すると息巻いていた「反菅勢力」も沈静化した。
ところが、その後、辞意はどこへやらだ。
「一定のめど」を問われて、原発が100度未満で安定する時点を挙げたのを見ると、来年まで続投する気もあるらしい。
もともと、危機の中で「菅おろし」に走った与野党議員は無責任の極みだった。
それでも菅首相は世論の支持を得られず、不信任されそうになった。
そんなとき、国民注視のなかで飛び出したのが「一定のめど」だった。
結果的に、与野党議員を欺いた発言に、「菅さん、それはないでしょう」というしかない。
これでは野党が態度を硬化させ、多数を握る参院での政権攻撃を激化させる。民主党内の対立もさらにこじれる。内政課題も外交も停滞してしまう。
いったん辞意を口にした首相が、退任時期を示さないまま地位にとどまり続けるのは無理がある。政治不信をさらに膨らませるだけだ。
首相は、いつ辞めるのか。それは年内の遠くない時期というのが常識的だろう。期限付きの首相として、大震災関連の予算や法案づくりを急ぐのだ。
同時に、党内で次の党代表選びの作業にとりかかれば、説得力が増す。政争ばかりの国会議員だけでなく、全党員で落ち着いてリーダーを選べばいい。
税と社会保障の一体改革を議論してきた政府の「集中検討会議」が改革案をまとめた。今月下旬に、政府・与党で正式決定するという。
サービスの充実と削減を組み合わせたうえ、現行制度に開いた財源の穴を埋めるため、消費税率を2015年度までに10%に引き上げるとした。
急速な少子高齢化のなか、首相が誰であれ、痛みを伴う改革は避けられない。今回、負担増から逃げない案が出てきたことは評価したい。
改革案の中身は、どれ一つとっても容易なものはない。
約400万人のパート労働者を、正社員と同じ年金・健康保険に入れるとなれば、負担が増える企業から激しい抵抗が予想される。
年金の給付引き下げ、医療の窓口負担引き上げなど、高齢者を対象とした改革への政治的リスクも高い。
なにより消費増税だ。
消費税は導入の時も、5%への増税時も、いくつもの内閣が断念を余儀なくされ、長い時間がかかった。今回は4年で5%幅を上げるのだ。
消費税の使途を社会保障に限定することへの懸念も広がっている。いまは消費税収の約44%が実質的に地方の自由な財源となっている。増税後に国と地方でどう配分するのか、はっきりしない。社会保障の現場を実際に運営する地方自治体とは、丁寧な話し合いが必要だ。
政府には「15年度までに国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)の赤字を半減する」という目標がある。今回、改革が予定通り進めば達成できる見通しを示した。
ただ、ここには震災復興の費用が織り込まれていない。しかも、5%幅の税収増だけでは「20年度までにPBの黒字化」という次の目標には届かず、赤字国債で将来世代にツケを回す構造は解消できない。
実現が担保されない「たたき台」に近い改革案だが、意義は小さくない。
与野党協議のために、目玉政策だった子ども手当の満額支給を封印し、消費増税の必要性と向き合った。野党時代は「無駄を省けば財源は出る」と主張した民主党だが、政権党として現実を直視した結果だろう。社会保障は長期的に安定した運用が必要だ。政争の具にせず、与野党で決めるのが望ましい。
菅直人首相の辞任表明をめぐり大荒れの政界だが、政府・与党が一体となって最終案をまとめ、改革のバトンをつないでいって欲しい。