2011年6月2日
ゼロ年代のライトノベルを代表する「涼宮(すずみや)ハルヒ」シリーズの最新作『涼宮ハルヒの驚愕(きょうがく)』が刊行された。初版は前後編各51万3千部。現代社会の空気を反映しながら着実に読者を増やしていく「ハルヒ」の世界観を「解析」する。
「ハルヒ」が世に広まる契機は2006年のテレビアニメ化だった。1990年代、魔族が人間と併存する異世界を描いたラノベの金字塔的作品「スレイヤーズ」のように、アニメから人気になるのはラノベの常道とも言われる。
では「ハルヒ」のヒットの特徴は何か。評論家の宇野常寛さんは「一種、オタクの自画像になっている」と話す。涼宮ハルヒたちは宇宙人や超能力など、オカルト的な非日常への憧れを口実に、日常的な部活動を楽しむ。その姿は、漫画やアニメをネタに対話を楽しむオタクの姿と重なる。
宇野さんは、背景に若いオタクの求める物語のトレンドの変化を見る。最終戦争や架空年代記といったファンタジー世界を綿密に作り上げる作品より、理想化された学園生活に込められた自画像のような作品に、支持が集まる傾向が強まっているという。ファンは物語を通して、「日常のなかに潜む非日常」を求めるように変化したというのだ。
社会の変化は、キャラクター造形にも反映する。精神科医で評論家の斎藤環さんは、90年代のキャラ表現が「ビジュアルを追究しすぎて袋小路に入っていた」と指摘する。流れが変わったのは04年ごろ。オタク男と美女の「電車男」ブームが起きるなど、「見た目より関係性に萌(も)える」ようになった。
「ハルヒ」には、いじられキャラの朝比奈みくる、読書好きの長門有希ら「オタクが好きな設定」がある。その上で、「その関係性がドラマを動かす」と斎藤さんは言う。「ハルヒがみくるに無理やりメイド服を着せる」といった明確なキャラ同士の力関係を、読者が楽しんでいるというのだ。
関係性には現代的な特徴も映し出される。「コミュニケーションが過剰な割に、人間関係は『彼氏と彼女』までに至らない。決定的な関係性まで踏み込みたがらない若者たちが、共感して読んでいるのではないか」と斎藤さんは言う。
「ハルヒ」はSF小説として見ても、現代性がある。登場する宇宙人や超能力者それぞれが、全く違う世界観での現実認識を語り手のキョンにぶつけていく。だがキョンは何の問題もなく生きている。「普通なら戦争になるなど、大きな動きが描かれるはず」とSF評論家の藤田直哉さんは言う。
現実社会も、情報やイデオロギーが多様化して、何を信じて良いか分からない状態にある。藤田さんは「それでも強迫神経症にならず、どれが真実でもいいというキョンの姿勢は新しい」。
だがシリーズの中で、その距離感も変化してきた。登場人物同士が仲間として結束し始めたのだ。
藤田さんは言う。「つながりを求める現状の日本の空気を、反映しているのかもしれない」(高津祐典)
■作者・谷川流さんに聞く
――ライトノベルならではの表現はどんなものがありますか。
イラストが付くので容姿の描写を必要最小限にできる点と、イラストとの双方向的な柔軟さです。1巻の表紙でハルヒが『団長』の腕章を持っていますが、その描写は文中にありません。面白くて、その後に腕章ネタを書きました。
――キャラクター作りで心がけていることは何ですか。
思いつきか、無意識の設定が多いように思います。セリフや性格設定よりも、地の文で魅力的に描写するように気をつける傾向はあるかもしれません。
――ハルヒシリーズに影響を受けた作家も多くなりました。
ありがたいことです。ただ、より優れた小説に影響を受けた方が有益と思います。自分の小説はニッチな部分のさらに隙間を狙っているようなものと考えているので。
◇
〈あらすじ〉舞台は県立高校。涼宮ハルヒは退屈な日常を持て余し、宇宙人などを探す部活「SOS団」を発足させた。団員の朝比奈みくる、長門有希らを従え、非日常を求めるハルヒ。だが長門は宇宙から、朝比奈は未来から来ていた。ハルヒの知らぬ間に起こるSF的騒動を、キョンと呼ばれる男子生徒の視点で描く。
著者:谷川 流
出版社:角川書店(角川グループパブリッシング) 価格:¥ 1,260
著者:神坂 一
出版社:富士見書房 価格:¥ 588
著者:谷川 流
出版社:角川書店 価格:¥ 540
著者:谷川 流
出版社:角川書店 価格:¥ 540
著者:谷川 流
出版社:角川書店 価格:¥ 540
著者:谷川 流
出版社:角川書店 価格:¥ 540
著者:谷川 流
出版社:角川書店 価格:¥ 540