ボロアパートの一室、志貴の部屋。
ちゃぶ台をはさみ、志貴は新聞の夕刊を、アルクェイドは買ってきたハードカバーの本をそれぞれ読んでいた。
「それ、何の本?」
事も無げに志貴はアルクェイドに、今読んでいる本の事を聞いてみる。
「ああ、これ、節約生活の本。2,000円もしたのよ」
「に…2,000円!?」
アルクェイドの読んでいる本の値段を聞き驚く志貴。
たしかに、志貴の給料で2,000円の買い物は割と大きいものがある。
それでも志貴は「まあ、それでも今後の節約でお金が浮くのなら……」と、あえて咎めない方向で考えていた。
しかし…
「ちなみにこの本は『前編』らしくて、『中篇』、『後編』も出てるらしいわ」
「何ィ!?」
志貴はアルクェイドの言葉に耳を疑い思わず聞き返す。
「あと、この後『続・節約生活』、『続々・節約生活』ってのも出版予定だとか……」
「どこが『節約』だああああああ!!!」
さらに続くアルクェイドの言葉に、志貴のつっこみがアパート中に響きわたっとかわたらなかったとか……
*
翌日の研究所所属探偵事務所。
ここでも相変わらず仕事はデスクワークが主である。
伊吹は研究結果の施行調査で出ているため、志貴と国崎の二人だけが黙々と書類の整理を行っていた。
「へぇ…アンタの彼女、なかなか面白いことするな」
「感心してる場合じゃありませんって」
どうやら志貴は、昨日のアルクェイドのことを国崎に話した模様である。
面白おかしく納得する国崎に、このままでは「以前購入した15,000円の『ぶら下がり健康器具』」の二の舞になってしまうことを、志貴は付け加える。
「まあ、でも、そのくらい景気がいいほうがいいだろ」
「はぁ…」
何か意味な含みで国崎はつぶやく。
その反応を見るに、どうやら国崎家の方でも節約生活はしている模様である。
「でも、国崎さんって、確か奥さんの持ち家でしたよね?義母さんも『保育士』をやってるって聞きますし……、そんなにお金のことで苦労はしてないんじゃ……」
「まあ、結婚前にそこに居候してたからな。……まあ、その後『紆余曲折』あって妻に苦労かけて、とりあえず今の状態になったわけなんだが……」
その『紆余曲折』には、本当に人には言えないようないろいろなことがあったのであろう。
志貴は国崎先輩が自分から語る日が来るまで、あえて言及しないことにした。
「そのこともあってか、ウチの妻は変に気遣いするんだ。ラーメン食いに行くときも一番安いものしか頼まないし、遊びに行くのだって近場の公園か神社でいいっていうんだぜ」
「よっぽど甲斐性なしに思われてるんだな…」と心の中で思った志貴であったが、今後の職場の人間関係の維持のため、あえて言及しないことにした。
「趣味も奇特だから、プレゼントも『恐竜のぬいぐるみ』で喜ぶ、まあ、悪く言えばお子様なんだが、よく言えば純真っつーか―――」
「………」
その後も「自分ちの隣の夫婦といい、どうして自分の周りにはそんなヤツらしかいないんだろう」と思いながら、志貴は国崎の妻の惚気話を終業時間まで延々と聞かされたとか……
無論、そんな状態で仕事がはかどるわけがなく、次の日国崎は一ノ瀬所長に怒られた挙句、仕事が終わるまで缶詰状態にされたことは言うまでもなかった。