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[25916] 【一話完結】新婚譚 月嫁 Ms.Moonlight 第35話【当たり障りのない型月SS】
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/06/03 20:34
拝啓、ネオアミバです。
バトルものが飽きてきたので暇つぶしに書いてみたナンセンスなSSです。
まあ、タイトルは明らかに『ハトよめ』のパクリであり、設定も非常にテキトーです。
内容としては、『ダーマ&グレッグ』的なものが理想ではあります。



人物設定(更新あり)

遠野志貴…
無計画でアルクェイドと駆け落ちした甲斐性なし。当初は無職であったが、知り合いの総帥の口ぞえで、現在は探偵事務所でだらだら仕事をしている。

アルクェイド…
志貴と同棲中。良妻賢母を目指すものの、たまに間違った方向に行く吸血鬼。基本的に出不精で、金銭感覚はあまりない。

レン…
志貴とアルクェイドを、時には冷ややかな眼で見守る黒猫。

遠野秋葉…
遠野家の当主。志貴を未だに捜索し続けるある意味一途。最近血圧が上がり気味。

琥珀…
遠野家のメイド。志貴に駆け落ちを示唆した張本人でもあり、総帥とはビジネスライクな関係。

岡崎渚…
隣の部屋の奥さんで、アルクェイドの主婦友達。

神尾往人…
志貴の職場の先輩①。神尾家の婿養子で、通称国崎(旧姓)。

神尾観鈴…
国崎の妻で、アルクェイドの主婦友達。

相沢あゆ…
幼児体系がコンプレックスの、アルクェイドの主婦友達。

伊吹風子…
志貴の職場の先輩②。見たまんま子供だが、志貴より年上。

シエル…
聖堂教会埋葬機関第七位。現在は財閥潰しと志貴奪回に日夜燃えている。

衛宮士郎…
現存する最後の英雄にて、現在無職。

セイバー
士郎と同棲しているも、彼女も無職。

プーチン
ロシア首相。世界最強の7人の一人として認識されている。

ベネディクト16世
聖堂教会の頂点に立つローマ教皇。

霧雨魔理沙
幻想郷に住む魔法使い。現在はスパイ容疑でロシアで拘束されている。

北条晴臣…
元特命全権大使。現在は横領と殺人容疑で逮捕されている。

総帥…
表では財閥総帥、裏では国家機密の研究を行う謎の人物。娘バカ。

まい…
総帥の娘。剣道部所属のクールな子。



[25916] 第1話 …現に舞い降りた無職
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/09 20:25
最近は都市化が進んでいつつも、どこか田舎臭さが拭えない街。
この物語の主人公、遠野志貴が存在するのは、その田舎町にはそぐわない、シャンデリアと高そうな抽象画が飾られ、赤の絨毯に敷き詰められたている部屋。

そう、ここはとある不動産会社の社長を務める、とあるグループの総帥の部屋だった。

その総帥はいかにも高そうな黒のソファーにふんぞり返りながら、これまた高そうな机を挟んで遠野志貴と対峙していた。
志貴の隣には、白の服に紫のロングスカート、そして金髪の外国人…もとい吸血鬼、アルクェイド・ブリュンスタッドが立っている。
そして志貴の肩にはアルクェイドの使い魔である黒猫『レン』がしがみついていた。



「とりあえず、お金はあんまりないんで、出来れば格安のアパートがあったらうれしいんだけど…」

志貴の口からは若干情けない声が総帥に向けられる。
そんな志貴と対峙していた総帥は志貴とは旧知であるらしく、親しみを込め言葉を発する。



「……なにやら『ワケあり』のようだな。七夜…じゃなくて、遠野君とブリュンスタッド君」

『ワケ』…
志貴の実家、遠野家はいわずと知れた名家であり、その嫡男である志貴が何ゆえに格安アパートを借りなければならなかったのか。

「アハハ。まあ、原因は志貴にあるんだけどね」
「…しょうがないだろ。俺の家だって『いろいろ』あるんだから」

隣で茶化すように笑うアルクェイドに、志貴は若干不満なのか、『いろいろ』を強調して反論する。



「気持ちはわかるが……」

まるで夫婦喧嘩を御するかのように、会話に割ってはいる総帥。

「妹との確執が怖いからといって駆け落ちはないと思うのだが」
「そ…そのくらいわかってますよ…」

総帥は志貴が格安アパートを借りたがる理由はご存知のようだった。
志貴の妹『秋葉』はブラコンであり、その大切な兄を奪うアルクェイドはまさに仇敵以外の何者でもない。
その間に挟まれる重圧に耐えるすべを知らなかった志貴は、二人の明るい夫婦生活(まだ籍入れてねーよ)を守るためにアルクェイドと駆け落ちし、知人を頼りこの田舎町まで来たのだとか。



とりあえず、そのまま部屋で話をする三人。
レンは部屋の日陰の方で昼寝をしている。

「でも、私は妹さんともこれから家族になるんだし、仲良くしたいかな」
「(それができる可能性が1パーセントでもあったら、駆け落ちなんてしないっての!)」

非情に呑気な発言をするアルクェイドに、心の中で反論する志貴。
彼女は所詮吸血鬼であり、人間の常識はあまり通用しないようだ。

「まあ、遠野君だって、妹君の様子は気になるのだろう」
「そりゃあ、まあ、黙ってればかわいいですからね」

まるでカウンセラーのように優しく志貴を諭そうとする総帥。
その総帥の問いに対する志貴の答えも、偽らざる本音なのであろう。



「志貴はシスコンなのに、やせ我慢してこんなとこまで来てさぁ」

この流れで、再び志貴を茶化す言動を取るアルクェイド。

「誰がシスコンだ莫迦!」
「どうみたって、この中じゃ志貴しかいないでしょ?」

以下、志貴とアルクェイドの不毛な口げんかがしばらく続く。
まあ、夫婦喧嘩は獏も食わないというわけであり、総帥も今回は仲介に入らなかった。







「遠野君は甲斐性なしにも財産を一切持たずに逃げたのだが…彼女が金持ちなので、家賃の問題はない…と。別に格安のアパートでなくてもいい気はするのだが……?」

二人の口げんかが終わったところで、総帥は話を本筋に戻す。
総帥は二人の資力を既に調査していたようで、アルクェイドの資産を考えても家賃の取りっぱぐれはないと判断した総帥は、高いマンションを志貴らに勧める。
それに拍車をかけるようにアルクェイドは「人間が一生遊んで暮らすだけの財産はあるから、大丈夫だって」と志貴を説得する。

「でも俺、なんだか情けないなぁ……」
「まあ、如何せん、君はこのままだと、確実にただの紐だからな」
「………」

自分の情けなさを恥じる志貴に対し、総帥は容赦のない言葉をかける。
しばらくは項垂れる志貴ではあったが、自分は働かず、真祖の姫君とはいえアルクェイドに負担をかけさせるなど、志貴の男のプライドが許すはずもない。



「な、何かいい就職先ないですか!!」
「そういわれても、僕は企業の人事にはあまり関与していないのだよ…」

この総帥は不動産だけでなく、いろいろな事業をやっている。
志貴は焦燥感丸出しで総帥に就職のつてを探るも、上手くはぐらかされる。

「人間って、変なところでプライド高いよね」

あくまで自分が家賃を払いアルクェイドを守りたいと願っている志貴に対しての、アルクェイドの偽らざる本音であった。


「貧血もちで、いつ倒れるかわからない…さらに殺人狂の部分もあり、精神不安定……」
「誰も雇うわけない……か」


しかし、現実はなんとも厳しいものである。
総帥とアルクェイドの言葉で、心はダブルボギーの志貴。
とりあえず、レンのみは志貴擁護派のようであり、慰めたいのか志貴の肩に再び乗っかり顔をなめる。

「………」
「気にすることないって。いいじゃん、二人でいれる時間が増えるんだし」

これは男が言えば非情に格好のいいセリフであろうが、たとえ真祖とはいえ女性にこのような言葉をかけられる辺りが、無職の紐の哀しさを如実に物語っている。



「で…でもな…子どもが出来たとき、親が無職だったら格好悪いだろ?」

そのアルクェイドの言葉に、もっともらしい反論をする志貴。



「や…やだ、志貴!こんなところでプロポーズッッ!?」
「い…いや、まあ………」

無論、その志貴の決意は『いろんな意味』でアルクェイドの心に届いたようだ。
照れ隠しに、志貴の背中をバシバシたたくアルクェイド。



「とても、無一文で駆け落ちした男の台詞とは思えぬがな」

このバカップルどもを目の前に、もう死ぬまでやってろとばかりにやさぐれる総帥であった。
なんにせよ、『アルクェイドを殺した責任』を取るつもりの志貴は、これまでは多くの敵と戦ってきたわけなのではあるが、今度は社会の荒波と戦わなければならないわけで……



[25916] 第2話 …特技はイオナズンです
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/10 21:26
「まあ、ペットもOKで格安アパートというと……うーむ…」

ここは地味に都市化が進む田舎町の、大企業の総帥の一室である。
この物語の主人公、遠野志貴は無一文でアルクェイドと駆け落ちをし、知人の総帥に住居と就職を頼っていた。

「ああ、ここがいいな。六畳1Kユニットバスで28,000円、無論ペットも可だ。敷金礼金保険金、その他共済費は……」

そういうと、総帥は机の上にパンフを広げ、それを志貴とアルクェイドに見せながら、そのほかの経費について自信満々に説明をする。

そのパンフに写っている写真…
それはそれは、純白の壁と外付けの階段が特徴の、なんとも綺麗な2階建てアパートでございます。
その上ペット可で28,000円……



よくよく考えれば、そんな上手い話があるわけないと志貴たちが気づいたのは、そのアパートに到着した後であった。



「………」

絶句した志貴の目の前にあるのは、確かに外付け階段が特徴の二階建てのアパートであった。
しかし、その純白の塗装は所ところ剥げており、壁面にはヒビも入っている。
おまけにこうも人の気配もない有様では、ペット可というのもなんとなく合点がいった。

「本当にボロアパートだな…。低家賃の割には空きも多いし…」

その閑散とした様子を見て、ようやく志貴の口から言葉が発せられる。

「でも、私は結構気に入ったかな」
「え、本当に!?」
「こんなことに嘘ついてどうするの?」

しかし、こんなボロアパートでも気に入ったのか、アルクェイドは猫っぽく笑う。
さすがは吸血鬼。
志貴と同じ元ブルジョワといえども、その環境の適応力が違う。
彼女なら、例えホームレス生活になったとしても呆気らかんとしているのであろう。

「それに、向こうの世界にいたときから、こういうの憧れてたんだ」
「え?」

この鼠やGが出てきそうな環境の、どこに憧れの要素があるのであろうか…?
吸血鬼の考えていることは、非常に不可思議でありよく分からない。



「赤い手ぬぐいマフラーにしてさ、一緒に銭湯行って、私がいつも待たされるの♪」
「神田川かよ!!」

思わず突っ込む志貴。
何故アルクェイドが南こうせつの『神田川』を知っているのだろうか?
おそらくアルクェイドの未来予想図の1コマには、志貴に24色のクレバスを買ってあげ、似ていない似顔絵を描いてもらっているというビジョンがあるのであろう。
それはそれでなんとなく嫌なものがある。



とりあえず新居に入る志貴とアルクェイドと使い魔(ペット)のレン。
中は意外にもまともであり、床の畳もなんとなく志貴たちの心を和ませる。

その後はリサイクルショップなどで新居の家具を揃え、夕飯の材料も整え、再びアパートに戻ったのは夕方であった。



「とりあえず、後は就職活動を頑張るわけだが」

早速志貴は、買ってきた丸いちゃぶ台の上で履歴書を書く。

「えっと……職歴・資格なし…、特技・直死の魔眼…、自己PR・どんな『モノ』でも殺せる……」
「……そんな特技書いたらどこも雇ってくれなくなるよ……」

履歴書を覗き込み、その志貴の後ろで茶化しながらくっついてくるアルクェイドに、ため息混じりに志貴はつぶやく。

そんなこんなで駆け落ち・同棲生活の一夜はふけていく。
まずは先行き不安ではあるが、就職に向け決意を固める志貴であった。



[25916] 第3話 …『本』末転倒
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/11 23:58
「……はぁ…やっぱりダメだったか……」

朝っぱらからため息をつきながら投函ポストを眺めるのは、ボロアパートの家主の志貴である。
この日は17社目の面接の採用通知が来るはずであったのだが、どうやらそれは不採用通知だった模様。
中途で職歴・資格なしの人間が雇われるほど、世間は甘くなかった。

「働かざるもの食べるべからず……人間って面倒くさいわね」

一方のアルクェイドは全く意に介することなく、朝っぱらから『ものみんた』を見ながら朝食のサンドウィッチを頬張っている。

「いいじゃないの。仕事なんて貯金が尽きてから考えればいいじゃない」

落ち込んで部屋の戸を開ける志貴に、アルクェイドは何とか励まそうとしているのであろう。
しかし、所詮は吸血鬼。
人間界の無職に対する世間体の冷たさには、恐ろしく鈍感である。



「あーあ。しょぼくれた志貴なんて、見てもつまんないから外に出て新鮮な空気でも吸ってこよーっと」

ちゃぶ台にすわり、新しい履歴書を書く志貴を尻目に、入れ違いに外に出るアルクェイド。
そこで彼女は、あるものを目撃する。

「しおちゃーん。いってらっしゃーい」
「はーい」

この光景を提供しているのは、志貴たちが引っ越すよりもだいぶ前から暮らしているお隣の『岡崎一家』である。
ちょうど、一人娘の小学校の登校の時間であり、活発そうな少女がお母さんに見送られながら慌しく部屋を出て駆け出していく。
『岡崎一家』は夫婦と小学生の子供一人の三人で住んでおり、子供も大きくなってくるのでそろそろ引越しも考えているのは余談である。

アルクェイドも、数年後にはこうして子供が出来てこういう家庭を作るのかなーと(そもそも人間と吸血鬼で子供が出来るのかどうかは不明)考えていた。
…その時であった。

「じゃ、俺も行ってくるから」

娘が出て行ってから少し後、こんどはお父さんが仕事に出ていくところである。

「いってらっしゃい、あなた」
「渚、行ってきますのコレ、忘れてない?」
「え!?あ、アレやるんですかっ!?は、恥ずかしいですけど、朋也くんが望むんでしたらっ」



ズキュゥゥゥウウウン



「―――い、いってらっしゃい……です」
「―――お、おう!渚も気をつけろよっ」

なんと、いまどき夫婦としてはかなりのベタである、いってきますのチュウである。
妻は非常に顔を赤くしており、夫も照れながらも元気いっぱいで通勤するのであった。






そこにシビれる!あこがれるゥ!…のが、やはりこの人である。






「ねえねえ!志貴!!早く仕事見つけてよぉ!!」
「ど、どうしたんだ急に!?そ、そりゃあそうしたいけどさあ…!?」

ちゃぶ台の前で座り込み履歴書を書く志貴に、後ろから抱きつき甘えた声で『おねだり?』するアルクェイド。

「それでさ、私が志貴を見送るときに『いってらっしゃいのチュウ』をするのっ!」

…しかし、原因は至極自分の欲求に素直なものであった。






「……ま、まあ、動機はともかくとして、俺の就職活動を応援してくれるのはとってもうれしいよ……」

時は昼過ぎ。
改めて、ちゃぶ台をはさんでアルクェイドと向かい合って座る志貴。

「……だからって…こんな部屋が埋まるほど『求人雑誌』持ってこなくていいんだよ……」

引っ越して数日も経たないうちに、志貴の部屋は求人雑誌だらけのゴミ屋敷と化していた。
そもそも、部屋が埋まるだけの求人雑誌を一体どこから持ってきたのであろうか……?
まあ、おそらくはアルクェイドが総帥に頼んで大量に取り寄せてもらったのだろう。

「でも、これだけあれば一社くらいは雇ってくれるところ見つかるわよっ」
「その前にこのアパート追い出されるだろっ!!」

それ以前に、寝場所もなければ飯を食う場所もない。
ただただ黒猫のレンだけが、雑誌の山の中で暖を取って幸せそうに眠っていたのが救いであろうか……。
っていうか、こんなことしているくらいなら、総帥に頭の一つでも下げてでも仕事をもらったほうがまだ手っ取り早い気がする。

とりあえず、志貴の前途多難な就職活動は、まだまだ続くわけで。



[25916] 第4話 …カマキリ
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/13 18:55
ボロアパートの一室。
アルクェイドが文字通り山のごとく求人雑誌を持ってきてゴミ山にしてしまったため、それを片付け夕食を終えたころにはもう既に21時を回っていた。
ちなみにこの日の夕食はカップめん。
どこまでも貧乏な同棲生活であった。

「とりあえず中途OKで条件が厳しくないところを選んだんだけど…」

そういって、アルクェイドは捨てずに取っておいた求人雑誌を開き、黒マジックで丸で囲ってある項目を志貴に見せる。

「ほら、『ツヨシ工業』ってとこ。男なら誰でもOKってかいてあるよ。給料も高いし……」
「いや、ダメだろ。なんで写真に写ってる社員がみんなマッチョで全裸なんだよ。明らかにオカシイだろ……」
「じゃあ、この『帝愛グループ・ニコニコ銀行縞長市支店』は?」
「どう見ても『ブラック』だろ…。業績不振なら『地下王国』逝きになりそうだし」
「むー…それじゃあ、この海馬コーポレーション・管理部はどう?」
「わっ…!すごい一流企業じゃないか!!何でそんなところが条件厳しくないんだ!?」
「えっと…主な仕事は『社長のカードを管理、手入れなど…』」
「それって、ようするに誰もやり手がいなくて条件緩和してるだけなんじゃないのか?ある意味ブラックよりキツいぞ……」

ちょっとでもカードを傷つけてしまえば、社長に「レアカードに疵がついたわ!!」と殴られた挙句に美食家の魚の餌にでもされるのだろう。



「もぅ!選り好みしてたら就職なんて出来ないんだからね!!」

そんな現実など露知らず、アルクェイドは頬を膨らませながら違うページをめくる。
その様子を見て志貴は「お前が変なのばっかりに印つけるからいけないんだろうが!!」といいたかったのだが、円満な同棲生活を営むため突っ込むのを止めた。



ピンポーン…



この微妙な空気の中、夜分遅くにお客さんである。

「はーい。どちらさまー?」

アルクェイドが玄関のドアを開けて出迎える。
コレが見知らぬ人であれば、いきなりの金髪外人さんが流暢な日本語で出迎えるわけなのだから、驚くことは間違いないであろう。

「やあ。近くに寄ったから様子を見に来たのだよ」

幸いにも、客人は二人とも見知った総帥であった。







「なるほど…。まあ、たしかにこのご時勢、簡単に職が見つかるものでもないしな……」

総帥は、先ほどまでの話の経緯を聞きながら、自前で用意したミルクティー(スリランカ茶葉)を淹れ、それを優雅にすする。
一応、アルクェイドはお茶を出したのだが、総帥曰く「お茶は苦くてあまり好きではない」とのことだった。
この光景を見て二人は「この総帥はいつもティーセット一式を持ち歩いているのか」と疑問に思ったが、あえて聞かないことにした。

「本来であれば、解体屋なんかやらせてみたい気もするのだが、さすがに仕事のたびに『命』削ってたらキリがないしな……フフ……」
「笑い事じゃないですよ……」

総帥の含み笑いに、やや脱力した漢字で答える志貴。
一応、総帥は『直死の魔眼』の作用副作用についてはご存知のようであった。

総帥はしばらく二人を交互に見た後、今度は眉間に人差し指を刺し、しばらく考える素振りを見せる。
その顔からは先ほどの含み笑いは嘘のように消えていた。
そして意を決したのか、総帥の口が重々しく開く。

「まあ、僕のところも一応働き口はないのではないが……」
「えっ!?本当ですか!!?」

志貴は餌に群がるピラニアのごとく、総帥の話に食いついた。

「まあ、僕の財閥は、表向きは不動産なり金融なりやっている企業グループなのだが、まあ、裏というか、一応、非合法で研究機関も設けてはいるのだ。無論、表向きは医療研究機関なのだが」
「………」

さっきまでとは打って変わり「聞かなければ良かった」とばかりに志貴は沈黙する。

「この研究は、僕と一部の政府関係者のみ関わっているものなのだが……。まあ、その関係でいいなら、君に仕事を紹介してもいいかもしれない」

しかし、その言葉の裏腹に、どうも総帥の言葉は明朗としない。
どちらかといえば、あまり志貴を巻き込みたくなかったというような口調である。

「ち、ちなみに、どんなコトやってるの?」

一応、大事な志貴を案ずる身としては、その仕事内容は聞いておきたいところである。

「それは今の段階ではいえないが……、まあ、将来的に必要になる研究ではあるし、今も必要としている人はたくさんいるということは確かだ」

それは総帥の判断なのか、それとも政府の意向かは分からないが、とにかく現段階では機密事項であり、空気を呼んだアルクェイドはその研究についてはこれ以上質問することはなかった。

「一応、遠野君には研究機関の『調査局』に勤めてもらいたい。まあ、業務は探偵みたいなものだ」
「探偵ィ!?」

いきなり明日から「探偵やれ」などといわれ、志貴でなくとも青天の霹靂、驚かざるを得ない。

「ちなみに言っておくが、探偵になったからと言って別に殺人事件に巻き込まれたりするわけじゃないから安心してくれ。推理モノと言えば殺人事件しか起きない陳腐な推理モノが嫌いなのだよ」
「誰もそこまで聞いてませんって…」

総帥の手前勝手な持論に志貴は突っ込むも、意に介さぬように話を続ける。

「とりあえず、必要な書類や契約などについては明日にでも郵送で送ろう。後はそれを所持して勤務先に来てくれればいい」
「は、はあ……」

志貴にそのことを伝えると、あとは帰り支度を始める。
先のティーセットも綺麗に片付け専用のケースに収納する。
結局アルクェイドの出したお茶は飲まずじまいだった。



総帥が帰った後、誰もいなくなったドアを見つめ、誰に言うでもなく…

「探偵…かぁ…」

と、膝にレンを乗せながらため息をつく志貴。

かくして、志貴の事情を知る総帥の粋な計らいにより志貴の就職は決まったわけで。
待っているのは天国か地獄かリストラか……
とにかく、この仕事に関してはあまりいい予感はしない志貴であった。



[25916] 第5話 …Dreamers message for you
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/13 21:40
ひとまず、総帥との契約を終え就職先から帰ってきた志貴。
一応は契約社員ということではあるが、まあ、社会保険はだいたい完備してあり、日給も8000円とそんなに悪くはなかった。

「これが正社員なら月給なんだろうけど……」

とりあえず、雇ってもらったのだからあまり文句は言ってはいけない。







こうして仕事を始めてから一週間が過ぎた。

「ただいまー……」
「おかえりー。晩御飯できてるわよーっ」

帰宅するや否や、スーツを脱ぎ小さなちゃぶ台に座る。
このアルクェイドの料理は、特に上手いというわけでもないが、下手なわけでもない。
しかし、この素朴さがいいのであろう。
どんなおいしい料理だって、それが毎日続けば感覚も麻痺してくるのだ。

「ねえねえ、探偵ってどんな仕事なの?」

日本では、あまり妻が夫の仕事に口出しするのは良くないことではあるが、まあ、それはやや古い慣習ではあるし、志貴もそこまで気にしてはいない。

「なんだか騙されたってかんじだな。探偵っていうからもっと『あの時(ロア事件)』とまでは行かないまでも、それ相応の世界を覚悟してたんだけど、やっていることといえば、書類まとめや過去のケースを読んでのレポートの提出ばかりだからな」
「まだ仕事初めて一週間だから、そんなものかもね」
「まあ、確かに。一応、仕事が慣れたら『顕在化されていないニーズ』の調査なんてのも出てくるらしいけど……」

その仕事は、意外にも地味なものであり、探偵というよりは社会福祉事務所の指導員的な仕事がほとんどである。
所詮、格好良く推理したり闇の組織と戦う探偵なんてのは、小説でしかない。

「でも、いいじゃん。こうして静かに悠々自適な生活ができるんだからさー」

このアルクェイドの言葉が、どれだけ志貴の救いになっているのか。
とにかく、これで無職は脱出。
後は正社員になるべく次の一歩を踏み出す志貴であった。







翌日の仕事場。
その仕事場は、大企業の隠れ研究機関の事務所とは思えないほどの、小さなアパートの一室の事務所であった。
勤務時間は朝の8時から夕方5時であるが、仕事が残っているときはサービス残業扱いとなり残業代は出ない。
一応、ここには志貴のほかに調査員は数人いるも、そのどれもが自分のように、どこか『余された』挙句にここに辿り着いたような面々であった。

「おはようございます」

「あああ!!ケース提出めんどくせー!!!」
「国崎さんの場合、ケースじゃなくて『しまつしょ』ですっ!早く書いて『一ノ瀬所長』に提出するのです!!」

志貴が部屋のドアを開け挨拶をすると、そこでは志貴の同僚である黒のTシャツを着た大柄の男性社員と小柄で子供っぽい女子社員が、朝っぱらから口論をしていた。

「朝からどうしたんですか?『国崎』さんに『伊吹』さん」

この男性社員は国崎、女子社員は伊吹という名前らしかった。
いずれも志貴よりは年上なのではあるが、その精神年齢はいずれも非常に幼い。
なんだか二人とも探偵には不向きな人材ではあるのだが、総帥は何を以って彼らを探偵として雇ったのか、甚だ疑問である。

「ああ、聞いてくれよ遠野。実はこの間珍しい黒ネコ見つけてだな。それを捕まえて研究室連れてけば、給料アップのウッハウハになると思ってたんだ」
「うん…」
「それでその猫捕まえたら、急に黒いゴスロリみたいな服着た人間にななって、それを周囲に目撃されたもんだから、警察にしょっ引かれて妻に言い訳するの大変だった……」
「あ…ああ……」
「まあ、妻と警察には総帥が仲介してくれたおかげで何とか誤解は解けたんだけど、そのあと、一ノ瀬所長に『……非常識なの』って怒られた挙句、始末書を30,000字以上で提出って言われて散々だ……」
「………」

そもそも、独断で研究材料を捕獲しようとした挙句、冤罪で連行されて危うく性犯罪者のレッテルを貼られかけたのは自業自得である。
そして、まさかその黒猫は「自分ちのレンです」などとは言えず、ただただ冷や汗を流すだけの志貴であった。



[25916] 第6話 …ICE MY LIFE
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/15 19:51
ここはとある町のボロアパートの志貴たちの部屋。
この日は志貴とアルクェイドがちゃぶ台をはさみ、深刻な顔でその上にある書面を見ていた。

「……ついに……だな……?」
「……そうね……。ついにこの日が来たって感じね」



その書面を見る目は、お互い未だかつてないほど険しいものであり、その緊張たるや、特に志貴の方は尋常ではなかった。






「給料明細が出たぞ!!!」
「バンザーイ!バンザーイ!」

そう、この日は待ちに待った志貴のお給料日である。

「思えばこの一ヶ月間、書類整理とレポートしかやってない気もするけど、なんにしても給料であることには変わりはない」
「なにもそんな後ろ向き菜考え方しなくても……」

ここで初給料に大きく喜べないのが遠野志貴たる所以なのだろう。
それでも一ヶ月の労働の対価とは非常に嬉しいものであり、志貴、アルクェイドは胸を躍らせ給料明細をみる。

二人はその金額に、しばらく無言であった……



「……約17万の給料に、税金とか保険とかいろいろ引かれて手取りは12万……か」

初めに口を開いたのは志貴であった。

「まあ、ウチは食費もそんなに掛からないし、光熱費も携帯もそんなに使わない……。車もないし、レンのご飯代もないようなものだから、まあ、ギリギリ生活できるっていったら生活できるけど……」

コレが契約社員の切なさであろうが、それでもエンゲル係数だけで考えても、志貴は大食いではないし、アルクェイドは志貴の食事に付き合うことはあれど特に食事は必要としない。
レンも夢魔であるため餌の必要は特にない。
それらのことから志貴は、自分の給料だけで何とか生活できることにおおむね満足のようであった。

しかし、心なしかアルクェイドの顔色は青ざめていた。
その様子たるや、あのネロ・カオスやロアと対峙していたとき以上に、追い詰められているようである。

「ど、どうしたの……アルクェイド?」

さすがにアルクェイドの不穏な様子に気づいた志貴は、心配して声をかける。

「ご、ごめん志貴……」

するとアルクェイドは、非常に気まずそうに、その重い口を開き始める。

「じ、実は……その……」







「ぶ、ぶら下がり健康器具ゥゥゥ!!?」



志貴の驚愕する声が、アパートに響き渡る。

「なんでそんなもん買ったの!?」
「いや、その、志貴って、ただでさえ不健康な身体なのに、この上ですくワークばかりやってたら、本当に病気になっちゃうんじゃないかな……って思って、つい『通販』で……」
「だ、だからって……」

何故いまどきぶら下がり健康器具なのか……?
こんなもの、もてはやされるのは最初だけで数日後にはただの物干しと化することは明白である。
そして何より、こんな物干し…もといぶら下がり健康器具を置くスペースなどどこにもない。

その金額、なんと15,000円!!!
手取り12万の志貴にしてみれば、なんとも高すぎる金額である。
所詮は真祖の姫君、金銭感覚はほぼ皆無であろうことは言うまでもない。

しかし、それでも「志貴の健康のため」を想っての行動のアルクェイドを志貴は責めることは出来なかった。



結局、ぶら下がり器具はその日のうちに届いてしまったので、仕方なくそのままお買い上げ。
今後の貯蓄も考え、初任給でありながら今月は、非常に苦しい生活を余儀なくされたのであった。

ただ一言、「とにかく!今度から大きな買い物をするときは、二人で話し合って決めよう!」という、同棲生活の決まりごとが増えたことはいうまでもない。



尚、予断ではあるが、このぶら下がり健康器具は案の定、物干し及びレンの昼寝場所と化したことは言うまでもなかった。



[25916] 第7話 …銀色の愛しさを抱きしめて
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/16 18:44
ボロアパートの一室、志貴の部屋。
ちゃぶ台をはさみ、志貴は新聞の夕刊を、アルクェイドは買ってきたハードカバーの本をそれぞれ読んでいた。

「それ、何の本?」

事も無げに志貴はアルクェイドに、今読んでいる本の事を聞いてみる。

「ああ、これ、節約生活の本。2,000円もしたのよ」
「に…2,000円!?」

アルクェイドの読んでいる本の値段を聞き驚く志貴。
たしかに、志貴の給料で2,000円の買い物は割と大きいものがある。
それでも志貴は「まあ、それでも今後の節約でお金が浮くのなら……」と、あえて咎めない方向で考えていた。
しかし…

「ちなみにこの本は『前編』らしくて、『中篇』、『後編』も出てるらしいわ」
「何ィ!?」

志貴はアルクェイドの言葉に耳を疑い思わず聞き返す。

「あと、この後『続・節約生活』、『続々・節約生活』ってのも出版予定だとか……」
「どこが『節約』だああああああ!!!」

さらに続くアルクェイドの言葉に、志貴のつっこみがアパート中に響きわたっとかわたらなかったとか……







翌日の研究所所属探偵事務所。
ここでも相変わらず仕事はデスクワークが主である。
伊吹は研究結果の施行調査で出ているため、志貴と国崎の二人だけが黙々と書類の整理を行っていた。

「へぇ…アンタの彼女、なかなか面白いことするな」
「感心してる場合じゃありませんって」

どうやら志貴は、昨日のアルクェイドのことを国崎に話した模様である。
面白おかしく納得する国崎に、このままでは「以前購入した15,000円の『ぶら下がり健康器具』」の二の舞になってしまうことを、志貴は付け加える。

「まあ、でも、そのくらい景気がいいほうがいいだろ」
「はぁ…」

何か意味な含みで国崎はつぶやく。
その反応を見るに、どうやら国崎家の方でも節約生活はしている模様である。

「でも、国崎さんって、確か奥さんの持ち家でしたよね?義母さんも『保育士』をやってるって聞きますし……、そんなにお金のことで苦労はしてないんじゃ……」
「まあ、結婚前にそこに居候してたからな。……まあ、その後『紆余曲折』あって妻に苦労かけて、とりあえず今の状態になったわけなんだが……」

その『紆余曲折』には、本当に人には言えないようないろいろなことがあったのであろう。
志貴は国崎先輩が自分から語る日が来るまで、あえて言及しないことにした。

「そのこともあってか、ウチの妻は変に気遣いするんだ。ラーメン食いに行くときも一番安いものしか頼まないし、遊びに行くのだって近場の公園か神社でいいっていうんだぜ」

「よっぽど甲斐性なしに思われてるんだな…」と心の中で思った志貴であったが、今後の職場の人間関係の維持のため、あえて言及しないことにした。

「趣味も奇特だから、プレゼントも『恐竜のぬいぐるみ』で喜ぶ、まあ、悪く言えばお子様なんだが、よく言えば純真っつーか―――」

「………」



その後も「自分ちの隣の夫婦といい、どうして自分の周りにはそんなヤツらしかいないんだろう」と思いながら、志貴は国崎の妻の惚気話を終業時間まで延々と聞かされたとか……
無論、そんな状態で仕事がはかどるわけがなく、次の日国崎は一ノ瀬所長に怒られた挙句、仕事が終わるまで缶詰状態にされたことは言うまでもなかった。



[25916] 第8話 …utopia
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/17 22:24
ボロアパートの一室、志貴の部屋。
志貴は朝食を終え身支度をし、ちょうど会社に出社する時間であった。
靴を履き、玄関を出る志貴と、それを見送るアルクェイド。

「志貴、言ってきますのチューは?」
「あ、朝から出来るか莫迦っ!!」
「いいじゃんケチー。お隣の夫婦だってたまにやってるわよ」
「他所は他所!ウチはウチです!」

と、まあ、こういうやり取りもお約束であり、安月給ながらも順風満帆な生活を送っていた二人であった。







「なあ、遠野。お前、休みの日に彼女とデート行かないのか?」

事務所での昼食の時間。
国崎は突如志貴に話しかけてきた。

「あ、いや、ウチは彼女が割りと出不精なもので…」

志貴はなんとなく気まずそうに答える。
ちなみにこの研究所所属の調査会社は、休日は不定期であり、平日が休みになる事も多い。
とはいえ、志貴の言葉通り、アルクェイドは好奇心旺盛な割には出不精なところがあり、休みの日は家でごろごろ本を読んでいることの方が多い。

「そうか。羨ましい限りだ……」
「どうしたんですか、国崎さん?」

ため息交じりの国崎に、思わず事情を尋ねる志貴。

「いや、俺も昔は随分と妻に迷惑かけてきたから、たまには家族サービスしなきゃいけないな…と思ったんだ」
「ええ」
「そこで義母が遊園地のテーマパークを『二枚』もらってきたわけなんだが……」

その二枚とは、おそらくは国崎とその妻、二人で愉しんでこいというものであろう。
それだけを聞けばいい話で終わるのだが、国崎は再び深くため息をつきながら、志貴にそのチケットを見せる。

「……か、『海馬ランド』……」

そのチケットは、誰も知っている子供向けテーマパーク『海馬ランド』のチケットであった。
マスコットの『青眼の白龍』が、なんとも形容しがたきものをかもし出している。

「ああ。完ン全に子供向けのテーマパークなんだが…妻が妙に喜んじまってな。『はやく青眼の白龍に会いたいな。にはは』ってよォ」

その言葉とは裏腹に、国崎はあまり行きたくはなさそうな表情である。
これが余り人が集まらないようなところであれば、国崎も喜んで妻と出かけたのかもしれない。
しかし、前述でもあったように海馬ランドは『子供向けテーマパーク』である。
国崎は身長があり目つきも悪く、おまけに黒のTシャツと、あまりにも子供向けテーマパークにはそぐわない人物である。
それが自分でも分かっているからこそ、国崎は乗り気ではなかったのだ。



「でも、国崎さんの気持ちも分かります。風子も青眼の白龍よりはヒトデのテーマパークに行きたいですらっ」

一方、勝手に二人の話に入ってきた挙句、手に持っているヒトデの彫刻を持ってトリップしている伊吹。

「いや、子供向けテーマパークだから行きづらいのであって、別に『ヒトデ』がいいって言ってるわけじゃあ……」

無論、国崎のツッコミなど伊吹の耳に入っているはずもなかった。



「…まあ、家族サービスも大変だな」
「…ああ…覚悟は決めるさ」

伊吹の話はなかったことにして、話の結論に入る志貴と国崎。
しかし国崎は、呪文のように「めんどくせーめんどくせー」と言いながらも、実はまんざらでもなさそうな感じである。
その様子を見ていた志貴は、「たまにはアルクェイドとどこか出かけるかな」などと考えていたりした。







仕事も終わり帰宅する志貴。
家ではいつもどおりアルクェイドが出迎え、あとはいつもどおり夕飯、ちゃぶ台に向かい合い団欒である。
志貴は夕刊を読み、アルクェイドはハードカバーの読書をしており、そのちゃぶ台のしたではレンが丸くなって眠っていた。

「なあ、アルクェイド」
「ん?なに?」
「今度の休み、どこか行かないか?」

志貴は昼食時に考えていた「二人で出かける」ことをアルクェイドに提案する。

「んー……あんましお金もないし、近所の公園でいいんじゃない?」

アルクェイドの答えは、国崎の妻並に質素なものであった。
これでは国崎レベルでの甲斐性なしに思われているのではないか…?
そう思った志貴ではあったが、たしかにお金もないし、さして行きたい場所も思いつかない。
そんな志貴の考えを見透かすかのように、アルクェイドの言葉は続く。

「どこにいっても、志貴となら楽しいし。そうだ。お弁当も作ってこうよ♪」

別にアルクェイドには食事をすることに意味などないのだが、それでも志貴と一緒の行動をすることが楽しく有意義な時間なのだろう。
志貴もアルクェイドと同じことを思ったのか、妙な見栄を張るのをやめ……

「そうだな。俺も一緒に弁当作るよ」

と言い、明日の公園デートに対する期待に胸を躍らせた。



尚、後日談ではあるが、国崎は海馬ランドにて、夫婦揃って大人げもなくはしゃいでいたと言う話であり、お土産である『青眼の白龍』……
ではなく、『ミノケンタウロス』の置物をもらった志貴は、そのリアクションに困り果てていたことは言うまでもなかった。



[25916] 第9話 …優しい悲劇
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/18 23:15
アルクェイドは誰がどう見ても美人である。
その上胸がある。(ここ重要)

「ねえねえ、そこのお姉さん。ヒマならご飯でもどう?」
「あら、ゴメンなさーい。私、今忙しいから」

たとえ田舎町とはいえ、引っ越して日の浅い金髪美人が目立たないわけがなく、最近は都市化も進んできたことにより若者も増えてきていることから、初見さんに声をかけられることが多い。
この日は家の買出しで街に出ていたアルクェイドであったが、案の定、初見の男の人にナンパされていた。

「(まあ、悪い気はしないんだけど、志貴が待ってるしね♪)」

ナンパに失敗した男の心境は如何なるものかは知る由もないが、ひとまずアルクェイドは志貴以外の男性には興味はない模様。



「あ、遠野さーん」

ここは近所のスーパー。
今度は遠くよりアホ毛がトレードマーク(?)の女性から声をかけられる。

「あら、岡崎さんの奥さん」

声の主は、アパートの隣の部屋の奥さん、岡崎渚であった。
渚はアルクェイドの方に親しげに近寄って来た。

「ちょうど夕飯の買い物に来てたんですけど、遠野さんもですか」
「ええ。偶然ね」

ちなみに志貴とアルクェイドはまだ籍を入れていないため、厳密に言えば『遠野さん』ではない。
しかし、それでも『遠野さん』と呼ばれることにアルクェイドは何の抵抗もなかった。

「こんにちわっ」
「あら、汐ちゃん?こんにちわっ」

お母さんと一緒に買い物に来ていた娘、岡崎汐も礼儀正しくアルクェイドに挨拶をする。
割と人見知りをする性格の汐ではあったが、それでも初対面の人にきちんと挨拶が出来る辺りはさすが教育の賜物である。

「今日はママと一緒にお買い物?」
「うんっ!今日はね、カレーなの」

アルクェイドの問いに嬉々として答える汐。
なるほど、お母さんの買い物袋の中には人参、じゃがいも、玉ねぎなどが詰め込まれている。

「カレー……ねぇ……」

カレーといえば宿敵『シエル』のことを思い出すアルクェイドであったが、それでもこの純真な子供の前ではあまりに無粋なものであり、すぐさま笑顔を取り繕い「よかったね」と声をかける。



「あとねっ、デザートは『団子』なのっ」
「だ、団子……?」

子供にしては豪く渋いデザートに、アルクェイドは思わず聞き返してしまう。

「す、すみません……私が好きなもので……」
「そ、そうなんですか……」

やや恥ずかしそうに答える渚に、とりあえず取り繕うアルクェイド。
しかもよくよく買い物袋の中にある、パックに入った団子を見ていると、ご丁寧にもラップに貼られているシールには、団子の中に『目』が書かれていた。

「(そういえば、一昔前に『だんご大家族』が流行ってたっけ……)」

志貴とまだ出会う前の、知識でのみの情報ではあったが、アルクェイドはそれがしっかりと認識できていた。



その後はアルクェイドも夕食の買出しを終え、アパートも隣同士のため、世間話を交えつつ帰宅する。







「だんごっだんごっ大家族っ♪」

「懐かしいなその歌。俺が中学生のときにはやったっけ…」

ここは志貴のアパート。
アルクェイドが夕食を作りながら口ずさんでいる歌に、志貴は反応し懐かしがる。

「隣の奥さんがこの歌好きなんだって」
「へぇ…」



そして夕食時……



「だからって、何で今日の夕食は『団子尽くし』なワケ……?」

志貴も驚愕の今日の夕食は、主食は団子、汁物は団子汁、主菜、副菜は紅白まんじゅう、そしてデザートにみたらし団子……
これでもかと言うくらいに団子尽くしであった。

「しかも腹の立つことに、一つ一つのサイズが莫迦デカイ……」
「エヘヘ、お隣の奥さんに感化されてつい……」

エヘヘではないこの大惨事ではあったが、小食であるはずの志貴はここで男を見せ、なんとか全部完食した。
ちなみに餌を必要としないはずのレンの分もしっかりと団子は用意されており、レンはそれをげんなりとした表情で食べていたとか……

尚、この件以来志貴は、しばらく団子を見るのも嫌になったと言うが、それもいた仕方のないことであろう。



[25916] 第10話 …忘れじのMy Darlin
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/19 23:43
「あーあ…いい湯だったっ」

ここはとある田舎町の銭湯の前の玄関。
水も滴るいい女、アルクェイドは一足先に銭湯から出てきたらしく、そのまま玄関にて志貴を待っていた。



「……なあ、アルクェイド……」

しばらく時間がたったところで銭湯の玄関の戸が開き、洗面器を持った志貴が外に出てくる。

「………」
「あ…アルクェイド……?」

声をかけた志貴であったが、アルクェイドは顔はうつむき目も伏し目がちであった。
そして……

「……一緒に出ようねって言ったのに、いつも私が待たされるの……」



「それがやりたかっただけだろ。俺の手ぬぐいもなんか赤いし、石鹸も妙に小さいし……」

さめざめと涙を流すアルクェイドであったが、九割九部九厘ウソ泣きであろうことは言うまでもない。
明らかに『神田川』を狙ってのアルクェイドの行為ではあったが、それでも志貴は突っ込まざるを得なかった。

「チェッ……このあと志貴が私の身体を抱いて『冷たいね』って言うの期待してたのに~」
「公衆の面前でやるか莫迦っ!」

公衆の面前じゃなきゃいいのかい…という突っ込みはおいといて、このまま歩きでアパートに帰る志貴とアルクェイド。
どこかウレシはずかしの男女、志貴とアルクェイドであったが、まあ、それも駆け落ちカップルゆえに仕方のないことであろう。

「妹もいたらもっと楽しかっただろうね」
「やめろっ!ぞっとする……」

無論、駆け落ちの理由は志貴をめぐってのアルクェイドと妹・秋葉の果てしないバトルから逃げるためである。
しかしながら、アルクェイドには秋葉に敵視されていると言う自覚は一切ない。
まったくもって吸血鬼と言うのはよくわからないものである。



「……まあ、何年か経って『あいつ』もいい相手見つければ、お前ともうまくやっていけるんだろうけどな……」

それでも、アルクェイドの気持ちを汲み取り、そう言する志貴は大人なのかもしれない。
あるいは、これこそが志貴の理想とする未来なのであろうか。






「ねえねえ志貴~。これすごく良くない?」



「……って、人の話聞いてませんね……」

いつの間にアルクェイドは志貴の隣を離れ、通りがかりのリサイクルショップの縁側においてある、黒のソファーに目を輝かせていた。

「っていうか、ちゃぶ台にソファーって変だと思うぞ。しかも畳の上だし……」
「和洋折衷って言うじゃない」

志貴の意見に対し、妙な四字熟語で反論するアルクェイド。
どうでもいい言葉は覚えているが、使い方は間違っている。

「大体、そんなもの何処におくんだよ。ただでさえ物干し竿と化した『ぶら下がり健康器具』でスペースを取ってるっていうのに…」

一応、例のぶら下がり健康器具(15,000円也)は、まだ捨てずに取っておいているらしい。
しかしただでさえ6畳というスペースの一角を、今もぶら下がり健康器具は我が物顔で堂々と立ち尽くしている。

「ちぇっ……せっかく休みの日はくっついてごろごろしようと思ったのに」
「ホントに猫みたいなやつだな……」

ハハハと笑う志貴に、頬を膨らませるアルクェイド。
それでも浮かび上がってくる赤い月に照らされながら、帰路を仲良く歩く二人であった。



そもそも、そんなソファーを買う金もない志貴であったが、それはあまりにも切な過ぎるので黙っておくことにしたのは言うまでもない。



[25916] 第11話 …S.O.S.
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/22 00:28
この日は志貴とアルクェイドの『初デート記念日』である。

しかし、最近では事務所の経理の仕事も増え、せっかくの記念日の志貴の帰りは、少し遅いものとなってしまった。
そうなってしまったのも、それは一重に、志貴は伊吹、国崎よりはまだ数字が強そうだと一ノ瀬所長に判断されてしまったためではある。
尚、志貴の入社以前は、調査事務所の経理は研究所職員を何人か借り出して行っており、非常に手間が掛かり面倒くさいものがあったとか。



そんなこんなで時は夕暮れ…
仕事帰りの商店街、志貴は遅くなったことの言い訳ついでに、何かお土産を買っていこうと商店街の方を寄り道する。
そこで志貴は、とんでもないものを目撃してしまう!!!



「(こ、こんな時間に大の大人が小学生と歩いてるッッ!!?)」



志貴は一瞬我が目を疑ったわけだが、目を擦りもう一度見たところで、やはり街中を歩いていたのはサラリーマン風の男と小学生みたいな女の子だった。

「(も、もしかしたら親娘……にしては、男が若すぎる気がするし……、年の離れた兄妹……ってことか……?)」

そう考えることが出来れば非常に納得がいくのであるが……



「―――くんっ」



……名前ははっきりと聞き取れなかったが、女の子は明らかに相手の男を『君』付けで呼んでいた。
あまつさえ、女の子は男に対しくっついたりはしゃいだりしており、男の方も、恥ずかしそうにしながらまんざらでもなさそうな様子である。

「(……妹が兄を『○○君』なんて呼ぶわけがないし……、考えろ!!俺は探偵だぞ!!!)」

考える前に、まずは通報したほうが早いと思われる。
しかし、今の志貴にはそこまで考えが及ばず、ひとまず、こんな小さな街で児童への性犯罪が行われていてはあまりにも物騒と、この『不純異性交遊』を追跡することにした。



さすがに暗殺者の血筋であり、気配を消しての尾行は手馴れたものである。
カップルどちらも志貴の気配に気づくことはなく、ただじゃれあっているばかりである。
途中でたい焼きを買い食いしたり、それをみて男が「そんなに食うとまた太るぞ」と言ったり、それで女の子がいじけたり……
あの見た目さえなければ、完全に微笑ましいカップルのやり取りではある。

しかし…



「―――ああ、警察のものだけど……」

「「え!?」」

志貴が通報する前に、自転車に乗った通りすがりの警察が、この『不純そうなカップル』に職務質問を仕掛ける。
志貴はこれ幸いにと、この隙にカップルと警察のところへ近づく。



「だから、俺と『あゆ』は同い年の『夫婦』で……」

「そんな明らかなウソは良くないな。だいたい、そのカバンに入っている『スクール水着』はなんだね?」
「それは『祐一くん』の趣味で……」
「余計なこというな!!!」

何でそんなものがカバンに入っているのであろうか?
唯一ついえることは、例えこの二人が夫婦であろうとなかろうと、この男は間違った方向に行っていることであろう。

「何か身分証明できるものは?」

もはや完全に『黒』と決め付けられた男は、警察に身分を証明できるものの提示を求められた。
男は仕方なしに、財布より免許証を取り出す。
その目つきは、もはや現行犯を目撃したも同然のような目だったという。

「うぐぅ……祐一くん、保険証忘れてきちゃったよぉ」
「なんでこういう時に限って忘れるんだ……」

どうやらこの二人は本当に夫婦のようではあったが、マヌケにも妻は『保険証』を家に忘れてきた模様。
しかし、そんなことが警察に通用するわけもなく『自称夫婦』と身分証明をめぐっての揉め事となった。
まあ、確かにこの『夫』だけが保険証を持っていたところで、今日日のカード式の保険証では身分証明になりえない。

その後、何十分にもわたる口論の末……

「そうだ!住民票だ!!あの…家まで同行していただければ、住民票で確認してもらって……」
「ああ…いや、そこまでしていただかなくても……、まあ、一応、旦那さんの氏名、住所と身分証明書の番号と家の電話だけ控えさせてもらってもよろしいですかね……?」



…さすがに警察も、そこまで調べに行くのも億劫だったのだろう。
紆余曲折あって何とか職務質問を切り抜けた『バカ夫婦』。
その光景を見て志貴は「……世の中にはいろんな夫婦があるもんだ」と思ったとか。







「………随分遅かったじゃない」
「あっ!!しまったッッ!!!」

ここはボロアパートの一室、志貴の部屋の玄関…

…で、仁王立ちで志貴を待っていたアルクェイド。

時刻は既に21時を回っており、アルクェイドは『初デート記念日』の支度を終え独りで待っていたようだった。
よっぽど時間をかけたのであろうか、部屋の奥で折り紙で作られたような飾りと、やや豪勢な料理と買ってきたあるケーキが彼女の期待感を表している。

「……どうして遅くなったのか、説明して欲しいんだけど……」
「あ……いや、その……」

その表情こそいつもの笑顔のアルクェイドではあったが、目は一切笑っておらず、そのプレッシャーはまさに『ワルクェイド』を髣髴させるものであった。
レンもそのプレッシャーを感じ取ったのか、ちゃぶ台の下にて猫なのに『狸寝入り』を決め込んでいた。

なんとかアルクェイドの怒りを誤魔化そうにも、迂闊にも志貴は『お土産』すら買い忘れてしまっており、今度は志貴が、彼女の『職務質問』に答える時間となっていたのだった。



[25916] 第12話 …Cool Girl
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/23 22:23
とある田舎町の小さなアパートにある研究所所属調査事務所。
この日は日曜日であるが、志貴はこの日は出勤のため事務所に足を踏み入れる。

この事務所では、新入りかつ一番年の若い志貴が、大体一番早く事務所に入り掃除などを行っている。
…まあ、もとより国崎、伊吹ともども時間にだらしがないと言うこともあるのだろうが。

しかし、この日はいつもと何かが違っていた。

志貴は警備システムのロックを解除し、事務所の鍵を空けようとする。
そのとき志貴は、背後より人の視線を感じ取った。

振り向きざまに背後の人間を確認すると、そこには一人の少女がいた。
年は中学か高校生くらいであろうか?
ロングの綺麗な黒髪と、年よりも少し豊かなバスト、そして何より若干冷め切ったような、それでもって何か神秘的な瞳が特徴的な少女であった。

「………」
「………」

志貴と少女は一瞬だけ視線は合ったものの、少女の方から特に何かモーションを起こすと言うことはなかった。



「あ、あの…?ウチ、一応探偵事務所なんだけど、何か用かな?」

しばらくの沈黙の後、志貴はその少女に子供を諭すように優しく問いかける。
すると少女はしばらく無言の後…

「……おかまいなく」

と、一言のみ喋った。

「………」
「………」

再び沈黙の時間が流れる。

「……い、いや、お構いなく……って言われても……」



「あっ!!『まい』っ!!?」

少し遅れてやってきた国崎が、一瞬驚いたかのように少女の名を叫びだす。
ちなみに本来の就業時刻より随分と遅れているのだが、そんなことは国崎の知ったことではなかった。

「お、おはようございます。……って、国崎さん、この娘知ってるんですか!?」

時間のことなど忘れ、志貴は国崎に少女の正体を聞き出す。
すると、国崎の口からは意外な答えが飛び出す。



「し…知ってるも何も、総帥の『娘』だぞ!!!」
「む…娘えええ!!?」

「………」

その国崎から聞こえた『娘』と言う単語に、志貴は耳を疑い思わず大きな声が出てしまう。
志貴と総帥は同年代である。
しかし、彼女は高校生か、若く見ても中学生である。
それを考えると、生殖はムリとまではいかないが、ほぼ現実味のない段階で作った子供ということになってしまう。

一方の総帥の娘『まい』は、この志貴の反応は初見さんにはよくある反応らしく、無感情に携帯電話を操作していた。



「…安心しろ。一応、『義理の娘』だ。俺の知り合いの『クソガキ』の友人でもある」
「…ぎ…義理……かぁ……。なるほど……」

国崎はヒソヒソ声で志貴にその『カラクリ』を教える。
彼女が義理の娘であったことを知り、それならありえない現実でないことに志貴は胸をなでおろす。

「……で、なんでその総帥の娘がこんなトコに……?」
「知るか。大方、休日の暇つぶしかなんかだろ」

引き続きヒソヒソ声で、なぜ彼女がここにいるのか考えるも、明確な答えは出なかった。



「やあ、おはよう」

そんなことをしている間に、今度は白のNSXと共に総帥が現れた。

「お、おはようございます」
「ちぃーっす」

礼儀正しい志貴に対し、国崎は完全にテキトー挨拶をする。
心なしか、まいはあえて、総帥と視線を合わせないようにしているようだった。

「ああ、僕達のことは気にしないでくれ。あと、国崎君は遅刻だな」
「クソ……バレてたか……」

悪態をつく国崎をさておいて、総帥はまいの元へ歩み寄る。
まいはあくまで総帥から顔を背けていた。



「まい……。何がいけないのだね?」

総帥がまいに宥めるように話しかけると、ようやく顔を合わせ口を開いた。

「いけないもなにもないよ。パパはいつだって勝手に決めて、わたしの意見、聞こうとしないんだから」
「まいの言うことは聞くさ。しかし、これが一番の方法だってどうして分からないのかね?」
「わからないよ」

総帥がまいとある程度距離が近づいたところで、とたんに口論は始まる。
どうやら二人は親子喧嘩をしているようであり、娘は休日でもこの事務所が開いていることを知って、ここに逃げ込んできたようであった。
無論、総帥の方も探し回った後にこの場所を思いつき、ここに来たのであろう。

お互い、あまり表立って感情を表現するほうではないのだが、そのお互いの静かな口調の裏には、お互いゼッタイに譲れないと言う強い意志が感じられた。



「……あ、あの……どういう経緯かはわからないんですけど、事務所の前で親子喧嘩もなんですから、事務所の中で話し合われては……?」



意を決した志貴は、この入りづらい親子の間になんとか介入。
怒鳴られるのを覚悟で、室内で冷静に話し合うことを提案する。
さすがに総帥とその娘。
それが一番ベストだと思ったのか、口を挟んだ志貴に八つ当たりすることなく事務所の中に入っていった。







そして事務室の中。
総帥と娘はお互いソファーに座り、テーブルを挟んで対峙している。
志貴が淹れたミルクティーもお互い口をつけることなく、ただ、静かに向かい合っていた。

「で、第三者の俺が間に入るのもなんですけど、何をそんなにもめてるんですか?」

普通であればここは『触らぬ神にたたりなし』なのであろうが、さすがに志貴は度胸が据わっていた。
尚、国崎の方はというと自分のデスクに座り、特に仕事をするわけでもなく『ボンバーマン』で遊んでいる。



総帥と娘も志貴の問いかけにしばらくは沈黙していたが、やがて総帥の方から口を開いた。






「いや……実はまいの健康を思ってだな、『ぶら下がり健康器具』を買おうと思ったのだが……」
「そんなものいらないよ。大体、買ったって物干し竿になるのが関の山じゃない」



「………」

心底どうでもいい喧嘩の理由であった。
しかも、何の因果かこの間アルクェイドとの揉め事の原因ともなった『ぶら下がり健康器具』での喧嘩である。

「この間だって頼んでもいないのに、パパ勝手に『藍染紺反物や漆塗りの防具』買ったり、『炭化竹製竹刀』買ったり…」
「いや、それでまいの『剣道部ライフ』をもっと充実…」
「普通でいいの!!!」
「あ、そうだ。今度あの空き地に『まい専用剣道練習施設』を建てようと思うのだが……」
「だからいらないって!!!」

しかし『ぶら下がり健康器具』にとどまらず、娘のために高級品を買いまくるあたりがさすがはブルジョワである。

もはや志貴も呆れ果て、「勝手にやってろ」とばかりに仕事に取り掛かったのは言うまでもなかった。



[25916] 第13話 …SPOONとCAFFEINEで両目をこじ開けろ
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/26 22:46
ここは光坂市中央公園。
出不精につき、休日も大概は家でごろごろしている志貴とアルクェイドであったが、たまには近所の公園でデートしたりもする。

「いい天気。吸血鬼なら一瞬でお陀仏…って感じね」
「それをお前が言うなよ」

柔らかな木漏れ日が射す中を、ゆったりと歩く『真祖』アルクェイド。
その姿はおおよそ優雅かつ清楚さを感じさせ、それも吸血鬼には見えないほど健康的でもあった。
一方の志貴は、ベンチに座りながら、早足で駆け回るレンを微笑ましく見守っていた。



「なんだ、遠野じゃないか」
「え?」

ベンチに座っている志貴の背後から話しかけてきた男は、会社の先輩である国崎であった。

「あ、おはようございますっ」
「ああ、おはよう」

突然の先輩の不意打ちに、あわてて挨拶をする志貴。
その先輩といえば、この日も相変わらずの黒のTシャツにグレーのGパンといったスタイルであった。

「ところで国崎さんはどうしてここにいるんですか?」
「ああ。まあ、妻と散歩だ」
「妻……って、奥さんと来てるんですか?」

どうやら国崎も志貴と同様、妻と散歩に来ているらしかった。

「あ、この人が国崎さん?いつも志貴がお世話になってます」

公園内を散策していたアルクェイドも国崎の存在に気づいたのか、歩み寄ってきて挨拶をする。

「ああ…この人が『例の』……いや、こちらこそよろしく」

アルクェイドに対しなにかを言いかけた国崎ではあったが、空気を察したのかあわてて訂正、改めて挨拶をする。
一方のアルクェイドは「会社で何言ってるのよ!」と言わんばかりの視線を志貴にぶつける。
そのプレッシャーのせいか、志貴の表情は若干引きつっていた。



「と、ところでその、国崎さんの『奥さん』は……?」

このままではマズイと、志貴はとっさに話題を国崎の奥さんの方に向ける。

「妻は……そういや何処行ったッッ!!?」
「「え?」」

思わず聞き返す志貴とアルクェイドの二人の声がハモる。
どうやら国崎の妻は、いつの間にやらはぐれていたらしい。

「……ま、まあ、いつものことだ……。後数分すればこっちに来るだろう」
「はぁ……」

瑣末な不安を感じる志貴に、国崎は冷や汗をかきながらも、妻がはぐれるのは『いつものこと』と主張する。



「往人さぁ~~~んっ」

その国崎の案ずるとおり、4分後にその妻は、夫の名を呼びながら紙パックのジュースを片手に走ってきた。

「何処行ってたんだ観鈴っ」

『観鈴』というのは国崎の妻の名前のようだ。

「え?なんか往人さん、『会社の同僚と彼女がいた』って言ったから、私のジュースを買うついでに、みんな分のジュースを買おうと思って……」
「ジュースって……まさか、『あの』ジュースか!!?」
「うんっ。観鈴ちんえらいっ」

直後、『ポカ』という音が観鈴の頭より鳴り響く。

「んなもん買ってくるなっ!!……ってか、この街にも売ってたのか…『あの』ジュース……」
「がお…往人さんがぶった……」

「「………」」

『あの』ジュースの正体が気になりつつも、終始無言でこの夫婦の漫才を見ていた志貴とアルクェイド。

「遠野さんと彼女さんもいかがですか?」

すぐに立ち直った観鈴は、めげずに紙パックの『あの』ジュースを志貴とアルクェイドに渡そうとする。

「ど、どうする、アルクェイド……?」
「そ、そうね…。せっかくだしいただこっか?」

迷った末、二人は『あの』ジュースを観鈴よりもらうことにした。
純真な観鈴は、そのジュースを嬉々とした表情で一人1パックといった感じで手渡しをする。

「ああ、ついでに俺のもやる」

そういって、妻より渡された紙パックのジュースを、押し付けるかのように志貴の手元に渡す。
その様子を見て、観鈴は非常に残念そうな表情を国崎に向ける。

「とってもおいしいのに……」
「アレが美味いと思ってるのはお前だけだ。返品されないうちにとっとと帰るぞ」
「え?もう帰るの?それではみなさん、また……」
「じゃあな」

「あ…ああ……」

志貴の返事も待たずして、観鈴を引っ張るかのようにいそいそと帰る国崎。
二人の手元には、『あの』ジュース3パックが手元に残っていた。



「そ、そんなにヤバイものなのかな……?」
「とりあえず、飲んでみよう……」



そのジュースのパッケージに書いてある『どろり濃厚ピーチ味』という文字を読まずにストローを射したのが、そもそもの間違いであった。

「ぐあ……」
「な、なにこれ……」

吸い上げるのに妙な力を使うわ、喉越しが悪いわ、妙に甘い後味が残るわの三重苦を味わうこととなった。

尚、この『どろり濃厚ピーチ味』のジュースは、この街の名物パン屋でもある『古河パン』にてなぜか入荷したらしいのだが、買っていくお客はと言うと、初見さんを除いては観鈴たった一名であるため、赤字路線確実ともいえる商品であった。
さらにこの店は、何を血迷ったのかその赤字商品『どろり濃厚ピーチ味』の類似品である『ゲルルンジュース』なるものも入荷していた。
しかし、それを買う客も観鈴ちんのみであったことは言うまでもなかった。



[25916] 第14話 …意志薄弱
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/02/27 21:14
ここはとある街のアパート。
この部屋に住む志貴とアルクェイドは、周囲の(というか妹の)大反対により駆け落ちしてきた異種族カップルである。
アルクェイドは吸血鬼でありながらも、人間となんら遜色ない生活を送っている。

「ねえねえ志貴~。今日相沢さんの奥さんからお土産もらったんだけど、一緒に食べる?」

すっかり井戸端でも顔なじみとなり、何の遜色もないというよりは、完全に近所の奥様と化していた。



「ん?ああ、『たい焼き』か~……って、何処でも買える気がするのは気のせいか?」

アルクェイドが持ってきた菓子折りの箱の中には、レンジでチンするタイプの袋要りたい焼きが数個入っていた。

「でも、とってもおいしいんだってさ」
「ただの相沢さんの好物なだけだと思うけど。別に地方限定たい焼きってワケでもなさそうだし……」

まあ、なんだかんだ言いながらも、結局は二人と一匹(レン)でたい焼きを一個ずつ頂いている。



ちなみに、この日は志貴愛用の果物ナイフとトマトがちゃぶ台の上に置かれている。
別にこれから二人でトマトを生食しようというわけではない。
これはいわゆる『サイン』である。
何のサインかは読者の想像に委ねることにするが、まあ、とにかく駆け落ちしてしばらくは就職活動だのなれない勤務だの近所づきあいだので忙しく、ほとんどご無沙汰の状態であった。



ややぎこちない感じで、ちゃぶ台と周辺を片付け始める志貴とアルクェイド。

「………」
「………」

二人は無言のまま、そのまま布団を敷―――






ピンポーン…



こういうときに限って来客とはあるものである。



「…居留守…つかう?」

若干気まずそうな感じで志貴に聞くアルクェイド。

「…一応、出るか……。どちらさまですか~?」

性格的にやや真面目な志貴は、さすがに居留守を使うのは気が引けたのか、一応相手の名前を確認しながら玄関まで出る。



「あ…あの……神尾というものですけど……」

すると玄関のドア越しに、どこか聞き覚えのある声が聞こえてくる。
とりあえず志貴は玄関のドアを開けると……



「こ、こんばんわっ」
「く、国崎さんの奥さん!?」

そこにいた神尾と名乗った女性は、なんと国崎の奥さんだった。

「そ、そうです。国崎往人さんの奥さんです。ぶいっ」



「あ、観鈴ちん」

すると、リビングからアルクェイドがでてきて、観鈴と対面する。

「観鈴ちんこんばんわー」
「アルクさん、こんばんわっ」

どうやら完全にあだ名で呼び合うほど仲良しになっていたようだ。
ちなみにアルクェイドは、相沢さんの奥さんは『あゆちゃん』、岡崎さんの奥さんは『渚さん』と呼んでいるらしい。

「ず、随分、仲がいいんだな……」

志貴もびっくりの地域社会への浸透っぷりである。



ところで、志貴には一つ疑問に思ったことがあった。
それは『神尾』姓についてである。
志貴はヒソヒソ声でアルクェイドにその疑問について聞いてみることにした。

「(国崎さんの奥さんって、なんで『神尾』姓なんだ…?夫婦別姓とか……?)」
「(実は国崎さんは婿養子なんだって。職場では『国崎』なんだけど、本当は『神尾往人』なんだってさ)」

さすがは奥様情報である。

「ところで、観鈴ちんはどうしたの?」

アルクェイドは、友人がこんな夜更けに何しに来たのかをたずねる。

「あの…今日、お母さんが来てて、それで『今日は女だらけの飲み会タイムや』って言い始めちゃって」
「それで、友達連れて来い…てわけね」

観鈴の母は、どうやら相当強引なお母さんらしかった。
さぞかし国崎の苦労がしのばれる。

しかし、志貴にとってはそんなことはどうでもよかった。
この日は待ちに待ったしばらくぶりの『あの日』である。
きっとアルクェイドも同じ気持ちであり、ここは断るであろう……






……そう思っていた時期が俺(志貴)にもありました。

「うん。いいわよ!じゃ、志貴。そういうことだからゴメン。また今度ね」

「え?」

げに悲しきは女の性。
恋人との『あの日』より、主婦友のほうを選んだアルクェイドは、地域社会の浸透どころかもはや立派なオバサンと化していた。













ここはどこかの飲み屋のカウンター席。
ここで志貴が『女同士の飲み会タイム』により我が家を追い出された国崎と酌み交わしていた盃は、なんとも悲しいものがあったと、後にここのバーテンダーは語っていた。



[25916] 第15話 …NeedLess 理解のない第三者の言葉
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/03/02 00:35
時は夜…
ここはアパートの志貴の部屋。

「………」
「………」


ちゃぶ台をはさみ無言の志貴とアルクェイドであるが、別にけんかをしているわけではない。
そう、この日も志貴愛用の果物ナイフとトマトがちゃぶ台の上に置かれていた。
これはいわゆる例の『サイン』である。
前回は、女子会の誘いのせいでお預けを喰らってしまった志貴ではあったが、この日こそはと万全の状態で望む。

ややぎこちない感じで、ちゃぶ台と周辺を片付け始める志貴とアルクェイド。

「………」
「………」

二人は無言のまま、そのまま布団を敷―――






ピンポーン…



前回のデジャヴであろうか…?
こういうときに限って来客とはあるものである。

「居留守使う……?」

アルクェイドの問いかけに、本来なら居留守を使いたい志貴であったが、やや真面目な性分がそれを許さず、前回同様来客を迎えてしまう。

「はーい…どちらさまですか……?」
「僕だ」

アルクェイドが玄関のドアを開けると、そこには総帥が立っていた。

「そ…総帥!?と、とりあえずあがってよ」
「うむ、すまない」



仕方なしに片付けたちゃぶ台を再び出し、総帥を接客する。
例によって総帥は、自ら用意した高級そうなポットからミルクティーをティーカップに注ぎ、それを口に入れる。

「…で、今夜はどうしたんですか?」

総帥とちゃぶ台をはさみ、志貴とアルクェイドが並んで座っている。
大体の予想はついたものの、志貴はとりあえず総帥に何の用件で来たのかを問いかける。



「…じ、実は……」

もったいぶったような口ぶりで総帥が言葉を発する。



「まいが最近、『彼氏…欲しいかも……』などというのだよ!!!」

「………」
「………」

まあ、大体の予想通りの答えであり、志貴もアルクェイドも若干呆れた表情で総帥を見ていた。

「……べ、別にいいんじゃないのかな~……って思うんだけど」

あくまで核に触れない程度に、とりあえず『総帥の娘』を擁護するアルクェイド。

「いいや!まだまいには早いのだよ!!!」

言うまでもなく、総帥は聞く耳を持たなかった。
「そもそも、なんでウチなんだ」と思った志貴ではあったが、総帥の機嫌を損ねるとろくなことが起きなさそうなので、あえて黙っていることにした。

「まあ、最近まいの友達の『みちる』君に彼氏が出来た…などというものだから、うっかり出来心で口走ったのだと思うが……。しかし、まいが彼氏が欲しいともなれば、可愛いまいのことだからすぐに彼氏が出来てしまうだろう!!!父親としては心境複雑というかなんと言うか……」

それにしてもこの総帥、親ばかである。

「…ま、まあ、財閥総帥の娘とあってはかなり敷居が高いとは思うから、そうそう簡単に告白してくる人なんていないと思いますけど……」

一方、志貴の意見は至極まともなものであった。

「それに、あんまり家族ががんじがらめにしちゃうと、女の子ってつい反抗して、余計彼氏とラブラブしたくなるんじゃないかな?ロミオとジュリエットみたいにさぁ」

追撃する、アルクェイドの言葉。
まあ、この人もなんだかんだで周囲(というか妹)の反対により志貴とともに駆け落ちしてきたわけであり、妙に説得力のある意見であった。

「しかし!僕とて、別に無碍にダメだというわけではない!!」

その総帥の発言に、まずは聞いてみようと志貴とアルクェイドはその発言に注目することにした。



「まあ、まいの彼氏になるには、当然、英・独・仏・中・伊・露語はマスターの上、MBAの修得、弁理士か公認会計士、もしくは税理士の資格を持ち―――」
「かぐや姫より無理難題だわっ!!!」

思わずツッ込んでしまう志貴。
っていうか、娘を手放す気はゼロであろう。



ピンポーン…



「ん?今度はどちら様だろ」

再び呼び鈴が鳴り、それに反応する志貴。
すると、ドアの向こうより女の子の声が聞こえてきた。

「あの…パパ……来てますか?」







来訪者は、総帥の娘である『まい』であった。
まいは部屋に上がるや否や、その『パパ』を無理やり玄関まで引きずり出す。

「もう!そんなことのために人に迷惑かけて……」
「いや、パパはまいが心配で……」
「まず私の前に、パパが再婚相手見つけてくれないと……じゃないと、私の方が心配で彼氏なんか作れないよ」
「じゃあ、パパは再婚しない」
「そういうことじゃないよ」

玄関先でも喧嘩をする親子ではあったが、まあ、これも仲のいい証拠ではあるのであろう。

最後に総帥と娘が「迷惑かけました」と謝罪をし、志貴の部屋を後にした。



「なんだかどっと疲れた……」
「人間の親子って大変だね……」

もはや布団を敷くのも億劫になり、そのまま畳の上に根っころがる二人。
今の彼らには『あの事』をする気力すらないであろう。

「でも、志貴も娘が出来たらあんなふうになるのかな?」
「さあね……」

それでもアルクェイドは、総帥親子を若干微笑ましく思っていたようである。
志貴もアルクェイドの問いにそっけなく答えるものの、そういう親子関係も悪い気はしていなかった。



「でも、子供云々の前に、まずはお金ためないとな……」
「切実な問題だね……」

まあ、子供を産むにも育てるにも金がいる社会であり、契約社員の志貴にとって子供はまだまだ先の話であった。



[25916] 第16話 …DANCE 2 GARNET
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/03/03 21:52
志貴とアルクェイドは、周囲(というか妹)の反対で駆け落ちしてきたカップルである。
ほとんど無計画に逃避行を決行したため、職なし、家なし、財産なしの状態だったのを、知り合いの財閥総帥が助け舟を出し、ボロアパートを紹介した上に、契約社員として研究所所属の調査局の仕事までいただいた。



「……なんだか最近、物事がうまく行き過ぎている気がして少し怖いかもな」

ここはそのボロアパートの志貴の部屋。
根がネガティブな感のある志貴は、この今の平穏な生活に、若干の不安を覚えていた。
まあ、確かに前の町にいたころは、臨死体験やら、アルクェイドと出会ったことをきっかけに、死徒やらなにやらと殺し合いまでし、その八方美人な性格も災いして女性関係(というか、主に妹)にも悩まされたりした。

その頃に比べれば、たとえ安月給の契約社員とはいえ、今の生活に幸せを感じずにはいられないであろう。
ゆえに志貴は、この何もない平穏な日々にかえって恐怖していたのであった。

「志貴は考えすぎよ。そもそも、これまで起こったことが異常すぎるんだもん。こういう日々が続くのも悪くないと思うな。なんだかんだ言いながらも、今もこうして全うな仕事もしてるわけなんだし……」

ちゃぶ台の上の本を読みながらも、アルクェイドは至極全うなことを言う。
しかし、その志貴を巻き込んだ事件の元凶は『自分』にあることを忘れてはならない。



「それでね、なんか志貴にばっかり働かせるのも悪い気がして―――」
「えっ…?」

先ほどまで感じていた志貴の不安は、このアルクェイドの言葉でより確実なものとなってくる。



「私、パートはじめようと思うんだ」
「や、やっぱし……」

志貴の思ったとおり、アルクェイドは一般社会の仕事に興味を持ったようであった。

「お隣の岡崎さんの奥さんも、ファミレスでパートしてるって言うし…ダメ…かな……?」
「え?いや…ダメというかなんと言うか……」

しどろもどろになりながらも、志貴は必死でアルクェイドの出来そうな仕事を脳内で検索してみた。

まずアルクェイドは、見てくれは誰もが見とれるほどの金髪美女ではある。
しかし彼女は吸血鬼であり、一般人との感覚がだいぶズレている……
よって、接客業をやらせるのはあまりにも危険すぎる。
器用ではあるから仕事はソツなくこなしそうではあるが、タチの悪い客とひと悶着が合った場合、『返り討ち』とまでは行かないまでも必ず大事になりそうな気がする。

かといって、工場の流れ仕事も無理であろう。
アルクェイドは非常に気まぐれであり、単純作業はすぐに飽きそうな気がする。
半日持たずに辞職…あるいは解雇の可能性は大である。



「ち、ちなみに…なにかアテはあるの…か?」

志貴はおそるおそるアルクェイドに尋ねてみる。

「うーん…そうね……」

アルクェイドは唇を人差し指で押さえながら考える素振りを見せ…



「とりあえず、帝愛グループの『遠藤金融』ってところが『取り立て』のバイト募集してるらしいんだけど……」
「ゼッタイダメッッ!!!」

一秒空かずに却下する志貴であった。



「だってさー…私って吸血鬼じゃない」
「ま、まあ…そうだけど…」
「実はこの間も志貴に内緒で、『ヨツバグループ』に履歴書送ったんだけど…」
「またえらいところに送ったな…」

「とりあえず自己紹介で『吸血鬼』…って言ったら門前払いで……」
「あたりまえだ莫迦!!!」

というか、内定もらう気ないだろといわんばかりのバカ発言である。

「これって、民族差別じゃない!!?」
「……」

…というより、面接に来ていきなり『吸血鬼』などといわれても、『頭のオカシイやつが来た』程度にしか思われまい。
しかし、志貴は大人なのでそれを合えて口には出さなかった。

とはいえ、このまま何もしなければアルクェイドは『遠藤金融』の恐怖の取立人となってしまうであろう。
それだけは阻止するべく、志貴は……



「アルクェイド!お前は家にいるだけでいいんだ!!!」
「ええ!?」
「アルクェイドが家にいて俺を待っててくれる……それだけで幸せなんだ。もし俺が仕事終わって家に帰って、そこにアルクェイドがいなかったら……それだけで、俺には耐えられない……」
「………」

顔を真っ赤にしながらも、これでもかというくらいの『口八丁』をアルクェイドにぶつけた。
アルクェイドは無言のまま志貴を見つめる。
あまりにも無言の時間が長いため、「さすがにワザとすぎたか…?」と反省をし、次の手を考える志貴であったが……



「やだぁ、もう!志貴ったらっ!!」
「え?」

次の瞬間、アルクェイドは志貴を、これでもかというくらい強く抱きしめていた。

「そんなに言うんだったら、私、ここにいるわよっ。それで一番に志貴にこうするわよっ」
「い…いや……ハハハ……」

まあ、結果オーライ…
何とか『遠藤金融』へのパートは思いとどまったアルクェイドであった。
そこで志貴は「今度は『午前中だけのパート』でも見つけるなんていうんじゃないだろうな…」と勘ぐったりもしたが、志貴の『口八丁』は予想以上に効果は抜群であり、アルクェイドはそのまま志貴に何度もキスをするのであった。



という暑苦しいカップルを、レンは物干し竿と化した『ぶら下がり健康器具』の上から冷ややかな目で見ていたことは言うまでもなかった。



[25916] 第17話 …ひどく後遺症に犯されてる
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/03/04 20:52
ここは遠野家の屋敷。
志貴が駆け落ちにより行方不明になっているため、遠野秋葉は暫定ながらも遠野家の当主となっていた。

「…で、まだ『兄さん』は見つからないのですかっ!!!」
「ハ、ハイッ!!申し訳アリマセンッッ!!!」

で、その遠野秋葉は日々、イライラが募る日々を過ごしていた。
この日も秋葉は、高そうなソファーに座りながら、これまた高そうな机を挟んで黒服の男に一喝をする。
彼女のイライラの原因は、明らかに駆け落ちした『兄さん』のことである。
行方不明となった遠野志貴を探すべく、秋葉は志貴に懸賞金を賭け、志貴の情報を与えたものには財産を惜しまず報奨金を差し出していた。

「クッ……なんで兄さんがあんな『アーパー吸血鬼』なんかと……」

「秋葉様、あんまり怒られてはお体に触ります。それに志貴さんのことですから、きっとどこか得も知れぬ場所で元気にやってますよ」
「元気にやってもらってなくちゃ困るんですッッ!!!」

笑顔で秋葉の身体を気遣うメイド『琥珀』であったが、かえって秋葉のイライラを助長するだけであった。
このときの秋葉の表情は、まるで『怒り狂うオーガの顔』のようだったと、後に琥珀は語っていた。

「こうなったら、やっぱり警察の方に……そ、そういえば、特命係の『杉下右京』って刑事なら、解決できない事件はないって聞いたことがあるわ」
「でも、あの刑事さんでしたら『遠野家の人には言えない何やらかにやら』まで暴いてくれそうな気もしますけど」

「……やっぱりやめるわ……」

「それが懸命ですよ。志貴さんを想う秋葉様の気持ちは分かりますけど、秋葉様は遠野家の当主ですから、その辺をお忘れにならないでくださいねっ」
「わ、わかってるわよっ!!」

秋葉の怒鳴り声にも屈することなく、琥珀は笑顔のままで当主の部屋を後にした。



しばらく屋敷の廊下を歩き、人の気配の全くない物陰で琥珀は、こっそりと携帯電話を取り出す。
念には念をとばかりに、携帯電話と口元を手で覆い隠し、そのまま通話を始める。



「あ、もしもし、総帥さんですか…?」

なんと、彼女の電話の相手は、駆け落ち後の志貴の面倒をみている総帥であった。

「……ああ、琥珀君か。どうだね?秋葉君の様子は?」
「まあ、相変わらず志貴さんを探しているようです。まあ、でも、うまく『ミスリード』してますので、安心してください」

どうやら琥珀は、表向きでは秋葉の協力をしておきながら、その実、総帥(というより志貴)の味方をしているようだ。

「フフ……まあ、思えば君が遠野君にアルクェイド君との『駆け落ち』を推奨したのが事の切欠だったからな……」

「私は志貴さんにも幸せになってほしいんですよ」

その顔は、あくまで笑顔のまま、総帥に言葉を伝える。

「…まあ、僕には君の『真の目的』などには興味はないが……。しかし、もし『遠野家』や『秋葉君』に『何か』があれば、間違いなく遠野君が悲しむ…ってことだけは覚えておいてくれ」

対する総帥の言葉は、まるで琥珀の笑顔の向こう側を覗き込むような、それでもってその真意に釘を刺すかのようなものであった。

「大丈夫ですよっ。私がいる限り『秋葉様に間違いはない』ようにしますから」
「そうか……。では、報酬の件についてだが……」

どうやら琥珀と総帥は、半分はビジネス、半分は人情としての付き合いのようである。
その報酬は莫大な金額とも、研究所で開発したモノの『試供』であるとも言われているが、その真相は明らかではない。

ただ一ついえることは………






「今日はどの『葉っぱ』がいいかしら。秋葉様の『血圧の薬』も作らないといけないし、大変大変♪」
「…最近、姉さん妙に機嫌がいいですね」

最近になって、庭園の薬草の種類が異様に増えているということだった。
尚、総帥、及び琥珀の名誉のために説明しておくが、これらは決して大麻や阿片といった類の原料でないことだけをここで述べておく。

テンション高々に廊下を歩く琥珀とは対照的に、無表情で掃除をしながらも、実は秋葉同様、志貴の帰還を待っている翡翠がいたわけで。



[25916] 第18話 …FAKE STAR
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/03/06 09:52
時は昼。
アルクェイドは志貴のスーツ類を洗濯するため、近場のクリーニング屋に来ていた。

「あ、あゆちゃん」
「アルクェイドさん。こんにちわっ」

偶然にもアルクェイドは、主婦仲間である相沢あゆと遭遇する。

「アルクェイドさんもスーツですか?」
「ええ。あゆちゃんのところも、ダンナさんサラリーマンだから大変よね」
「うん。まあね」

そういうと、あゆは衣類の入った袋を3袋ほどを出しカウンターの上に乗せる。

「え!?」

はたして3袋分もスーツがあるのであろうか…?
アルクェイドは我が目を疑い、思わずその袋を二度見してしまう。

「す、すごい量ね……」
「まったく!ヒドイんだよ祐一くん!!ボクの洗濯は信用できないっていって、自分のお気に入りの私服は全部クリーニングなんていうんだから!!」

どうやら相沢家のクリーニングの8割は祐一の私服らしかった。
その袋の中には、ちらちらと女物の服も混じっている。

「うーん……たしかにそれはあんまりかも……」

とりあえずアルクェイドはあゆのフォローをする。
しかし、あゆがどれだけ家事が下手なのかをアルクェイドは知らない。

相沢あゆ……
家事は料理をすれば炭を作り、新品の服を買っては三秒でシミを作り、おまけにドジで『うぐぅ』といった、お世辞にも良妻とは言いがたい妻である。
ダンナの祐一は一応しっかり者のサラリーマンであるが、多少すっとこどっこいな面もあり、なんというか似たもの夫婦であった。

「まあ、でも、割と服にお金をかけてるって感じね」
「うーん……祐一くん、普段はテキトーなのに変なところに拘るからね。この間なんかも、前髪1センチ短く切られただけで帽子で頭かくしてすんごく機嫌悪かったし……」
「はぁ……」

男心は良く分からないものである。

まあ、志貴の場合は割と細かいことは言うものの、服装や趣味に関してあまり頓着のない人間である。
かといって、アルクェイドもそこまで拘る人でもないため、こちらもある意味似たものカップルであるとは言える。

「でも、あゆちゃん、それでもダンナさんの事好きなんでしょ?」

とはいえ、このままグチで終わらせるのもなんだかなぁと思うので、とりあえずアルクェイドは夫婦仲のフォローをしておく。

「え、違うよ」

しかし、そのアルクェイドの言葉を即座に否定するあゆ。
もしかしたら、相沢夫婦の仲は冷え切っているのではないか……!?
そう勘ぐってしまい、余計なことを言ってしまったのではないかと後悔の念に苛まれるアルクェイドであったが……



「すんごく大好きなんだよっ!!!」
「………」

……後悔した時間を返せ……と思い直したのは言うまでもなかった。







「ふーん…まあ、なんというか、健気というかアグレッシブというか…」

時は夜、ボロアパートの志貴の住んでいる部屋。
仕事を終え帰宅してきた志貴は、アルクェイドとちゃぶ台をはさみ雑談していた。

「でも、高校のときからずっと一緒に生活してて、それでも『好き』って堂々と言える。すごいと思わない?」
「ああ、そうだな…」

アルクェイドの日本人のデータとして、『好き』という愛情表現は夫婦間ではめったに用いないものだというステレオタイプの知識があったわけなのだが、それが当てはまらない日本人がいることを新たに学んだ。
むしろ、そういう愛情表現が豊かなあゆを、素晴らしいとさえ感じていた。

それはいいのだが……



「でも、一つ気になる点があったんだけど……」
「え?」

言っていいのか悪いのか、あいまいな口ぶりで話すアルクェイドであったが、あえてここで言う。



「……あゆちゃんのクリーニングの中に、なんで『女子学生の制服』っぽいのがあったんだろう……?」
「……あえてそれを聞かないのが、日本人のルールだと思うよ……」

アルクェイドの問いに対する志貴の答えは『ほぼ完璧』であった。
『ロア』を追ってから結構な年月を人間界で過ごしてきたアルクェイドであったが、まだまだ人間の知らないことは沢山あるわけで……



[25916] 第19話 …朝も夜も君に逢いたい
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/03/06 22:26
ここは志貴の勤務先であるアパートの一室、研究所所属の調査局である。

「…しかし、お前んとこの実家って、金持ちなんだろ。駆け落ちしたっていったら誰かが捜索願いださないのか?」

空き時間、先輩である国崎は志貴を案じたのか、何の前触れもなく『嫡男の駆け落ちによる遠野家の事後処理』について問う。

「うーん……、まあ、でも、一応それなりに名のある家ですから、簡単に警察に捜索願は出さないと思いますけど…」

志貴の推測は、一般の金持ちが相手であればもっともなものかもしれないが、如何せん志貴は鈍感すぎるきらいがあり、秋葉の執念を知らない。



「甘い!!甘いのです!!極上の料理に蜂蜜をかけるくらい甘い考えなのです!!!」

すると、いつの間に現れたのか、もう一人の先輩である伊吹は、妙に星(ヒトデ?)をキラキラさせながらの大げさな登場をする。
ちなみに彼女は完全に遅刻である。

「い、伊吹さん!?」
「遠野さん!!探偵たるもの常に最悪の事態を予測しなければいけないのです!!」

突然の登場に驚く志貴に対し、もっとも楽観的思考を持つであろう先輩の発言が向けられる。

「例え警察に捜索願が出せなくても、その妹さんが探偵を雇う『かのーせい』もあるのです!!探偵が探偵に調査されるなんて前代未聞です!!今日人類が始めて木星に着くくらい前代未聞なのです!!!」
「その例え、すごく分かりづらいぞ……」

熱く語る風子に対し、冷静なツッコミを入れる国崎であった。

「まあ、でも、伊吹の言ってることも一理はある。『フィリップ・マーロウ』や『毛利小五郎』のような名探偵に既に調べられてる可能性だってあるからな」

マーロウはこの時代には既に引退しているであろうし、毛利探偵はへぼ探偵なので、その国崎の例えもどうかとは思う。

「そこで!風子にいい考えがあります!!!」
「いい考え……ですか?」

伊吹の提案に嫌な予感しかしない志貴ではあったが、一応先輩の顔を立て、話しは最後まで聞く。



「この事務室に沢山の『ヒトデ』をばら撒くのです!!そうすれば探偵はそのヒトデのあまりにもの可愛さに―――」

「………」

予想通りの展開に、ツッこむ気力もない志貴であった。

「まあ、一人『ヒトデ』の妄想をしてトリップしてる伊吹は置いといて……実際、総帥が匿うにしても限度はあるだろうからな。いざというとき、どうやって『戦うか』くらいは考えたほうがいいんじゃないのか……?」
「……そうですね……」

多々『修羅場』を潜ってきた先輩の珍しくも真面目な言葉に、志貴はただ頷く他はなかった。







一方、こちらは遠野家。

「…で、『毛利小五郎』への依頼はダメだったのですか!!!」
「ハ、ハイッ!!申し訳アリマセンッッ!!!あの探偵、なぜかいつも妙な殺人事件に巻き込まれて、捜索しているヒマはないとのことで……」

この日も秋葉は、高そうなソファーに座りながら、これまた高そうな机を挟んで黒服の男に一喝をする。
何を血迷ったのか、どうやら秋葉は先の『へぼ探偵』に志貴の捜索を依頼したらしいのだが、元々探偵としての資質に疑問点がある上、マッチポンプを疑わせるように毎回毎回殺人事件が起きており、とてもではないが捜査などしている暇はないとのことである。

「……あの……」
「何!翡翠!!」

黒服の三歩ほど後ろから、遠慮がちに秋葉に言葉をかける翡翠。

「…ある界隈で流れている情報らしいのですが、タクシードライバーの『夜明日出夫』という人が腕っこきらしく……」

「黙らっしゃい!!!たかがタクシードライバーに何が出来るって言うんですか!!!貴方は外に出ないから、きっとガセでも掴まされたのよ」
「………」

にべもない秋葉であった。

かくして、折角の進言を無碍にされ、志貴との再開の日が再び遠のいたことを予感し嘆息する翡翠であった。
そんな翡翠を可愛そうとは思いつつも、自らの『目的達成』のため、今回の秋葉の判断を一番喜んでいたのは、他の誰でもない琥珀であったことは言うまでもない。



[25916] 第20話 …If
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/03/07 19:29
仕事から帰り、夕飯を済ませた志貴は新聞を読んでおり、アルクェイドはテレビを見ていた。

「ふーん…この歌ってる人、カッコいいね」

どうやらアルクェイドは歌番組を見ているようだ。
今テレビに歌っている人は、もっぱらイケメンが売りの所属事務所のグループであり、アルクェイドでなくとも、一般感覚を持つ女性であれば誰もがカッコイイと思う人物であった。

「俺の方がカッコイイだろ」

無論、自分の恋人が例え芸能人とはいえ、他の男をカッコイイと思うのはあまり面白くない。
ついつい対抗意識を燃やしてしまう志貴ではあったが……



「あたりまえでしょ」
「~~~ッッ!?」

とまあ、素面で恥ずかしげもなく答えるアルクェイドに、ついついこっちが恐縮し赤面してしまう志貴であった。

そのまま惰性で音楽番組を見ているアルクェイド。
今度は今大注目の女性歌手、『白河ことり』がラブバラードを歌っていた。
この女性、容姿も筆舌にしがたいほど可愛いものがあったが、それ以上に、この女性の歌は非常にレベルが高いものである。
いつの間にアルクェイドも志貴も、この女性の声を聞き入ってしまっていた。



歌も終わり、オールバックでサングラスの男との会話が始まる。
まあ、このくだりは志貴もアルクェイドもどうでもよく、先ほどまで歌を聞き入っていた志貴は再び、その目を新聞紙面に戻し活字を追う。

しかし、ブラウン管の向こうの彼女の爆弾発言が、再び志貴をテレビの世界へ戻すこととなる。



「―――さんには、学生の頃からいろいろ助けてもらったんです。だからこの曲は、その『総帥』さんに届けたくて私自身が作詞したんです」
「ふーん…そうなんだ。ところで髪切った?」



「「ええええええ!!?」」

志貴とアルクェイドの声がアパート内に響き渡ったのは言うまでもなかった。



ピンポーン…



まあ、得てしてこういうタイミングで来る客といえば、誰かは容易に想像はつくわけで……







「いやぁ……まさか『ことり』君があんなこと言うとは……」

予想通りの来客者である総帥は、畳の上に座りながら、自前のティーセットでミルクティーを啜っていた。

「まあ、財閥の総帥ですから歌手と接点があってもおかしくはないけど……、あれだとすごくマスコミに叩かれるんじゃないんですか?」
「あの『長岡志保』レポーターにすんごい質問攻めされたりして」

話題は当然、先ほどのテレビでの白河ことりの『爆弾発言』となる。
志貴は今後の総帥の身を案じ、事の真相を聞こうとする。
それにしてもアルクェイドは、ワイドショーの見すぎではないだろうか。

「………」

閑話休題、総帥は、初めは言おうかいうまいか黙っていたのだが、このまま『俗な勘違い』をされるのも、白河ことりの名誉のためにも良くないと思い、重い口を開くことにした。

「うーむ…、実は僕は、ここに来る前『初音島』に一時期住んでいてな。当時彼女はそこの島の住民の歌の上手い学生さんで―――」

総帥は詳しいことは話さなかったが、どうやら彼女が『自身の能力』について悩んでいたところを、アドバイスをしただけなのだという。



「(……そういえば、今まで研究所で行われている研究については一切考えたことはなかったけど……)」

志貴はふと、自分の職場の所属している研究所について考えてみる。

「(つまり、研究所で行われている研究というのは、その手の『特異的ケース』についてであり、もしかして俺や国崎さん、伊吹さんが調査局に雇われたのはその手のケースの体験者だから、『特異的ケース』の調査には適役だった……ってことなのか……?)」

しかし、想像は所詮想像でしかない。

「ふーん……本当にアドバイスだけなのかな~?」
「なんだねブリュンスタッド君。僕はその時はまだ妻がいたのだから、手を出すわけないだろうに」
「どうだか」
「大体、手を出してたら犯罪だろう」

あれこれ考える志貴であったが、アルクェイドと総帥があまりにも俗っぽい話をしていたため、ここで研究所に関する想像は打ち切ることにした。

「それに、当時彼女には想い人がいたのだが……その想い人っていうのが、また『妹』とデキてしまってな……」
「え!?ホント!!?」

どうやら『白河ことり』の話題は完全に逸れてしまったらしく、今更話の軌道を戻す必要はないと感じた志貴は、そのまま『禁断の恋』トークを聞くことにしたのだった。







宴も酣、総帥は帰宅し片付けを終え、志貴とアルクェイドは再びちゃぶ台をはさみ団欒する。

「ねえ、志貴…」
「ん?」

アルクェイドは、読んでいるハードカバーの本を一旦ちゃぶ台の上に置き、志貴に話しかける。
一方の志貴は、新聞を読みながらアルクェイドの言葉に軽く反応する。

「『もしも』志貴が私と出会わなかったら、妹と付き合ってたと思う?」
「さあ……それはわかんないけど……」

志貴ははぐらかすような返事をしながらも、新聞紙をたたみちゃぶ台の上に置き……

「でも、俺はお前と出会わない『もしも』なんて、考えられないし考えたくもない」
「えっ……」

自分らも結局は他の近所の夫婦と変わらない『惚気た関係』なんだなぁ…と自重しながらも、ひとまずは『一緒に生きている』ってことに感謝し、あとはまあ、お決まりの時間になったことは言うまでもない。



[25916] 第21話 …Cry for the moon
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/03/08 21:21
時は夜、アパートの志貴の部屋である。
この日も志貴とアルクェイドは、ちゃぶ台をはさんで惰性でテレビを見ていた。



「えー……先日、公安当局の調べにより、元特命全権大使『北条晴臣』容疑者が『スフィア王国日本大使館』でさらに公金を横領していたことが明らかになりました。北条容疑者は現在、横領及び殺人の容疑で逮捕されており―――」



「へぇ…。月の王国……ねぇ……」

アルクェイドはニュースの内容にはさほど興味を示してはいないようだったが、やはり自身も『朱い月』と深いかかわりがあるのか、月面世界には興味を持ったようである。

「私も一度は行ってみたいかな。ねえ、志貴。結婚したら、新婚旅行は『スフィア王国』にしない?」
「いいかもしれないけど、お金、すごくかかると思うよ」

夢のある(?)月旅行に目を輝かせるアルクェイドではあったが、対する志貴は非常に現実的であった。

「そもそも、今の生活費だって―――」



ピンポーン



志貴が小言を言い始めたところで呼び鈴が鳴る。
このタイミングで呼び鈴が鳴るとすれば、この男しかいない。







「僕も一度は『旅行』で月世界に行ってみたいさ……」

やはり来訪者は総帥であった。
自前のティーセットはもはやお約束であり、『旅行』を強調したり、月のスキャンダルニュースを見ては深くため息をついた。

「まったく……『閣下』が余計なことしてくれたせいで、その調査と国交正常化のために僕まで駆り出されるとは……」

総帥は『月王国』にも顔が利くらしく、今回の『閣下』こと北条晴臣の不祥事の件で月に出張で行かなければならないらしい。
その後も総帥の愚痴がしばらく続き、「『あの方』の頼みでなければ、絶対に断っていた。ムーンレイスとの国交など僕の知ったことではない」などと不謹慎な発言までしていた。

「でも、いいじゃない。すごく羨ましいわ」
「なんなら代わるかね?」
「え?いいの?」

完全に渋い顔の総帥とは対照的に、アルクェイドはそれを羨ましそうに思い、あまつさえ総帥が代わるといったとき、嬉々として答えていた。

「ダメですよ!外交問題の責任者として白羽の矢が立ったんですから、責任を全うしてください!」
「……ダメか」

どうやら総帥は、本気で月世界には行きたくなかったらしいが、志貴の全うな思考はそのいい加減さを否定する。



「そういえば月の世界って、国王が元日本人でしたっけ?」

これ以上、総帥とアルクェイドがわがままを言わないうちに、志貴はとっさに話題を変える。

「ああ、『達哉・アサギリ・アーシュライト』国王か…」

達哉・アサギリ・アーシュライト…旧姓『朝霧達哉』である。
もとより彼は日本に住むごく一般の苦学生であったが、ひょんなことからスフィア王国の王女『フィーナ・ファム・アーシュライト』がホームステイすることとなる。
まあ、そこから紆余曲折『いろいろすぎるほど』いろいろあり(主に国際問題)、見事二人はゴールイン。
『地球人』と『ムーンレイス』の…しかも、『一般人』と『一国の王女』との結婚は、世界最大の国際結婚として注目を浴びたことは記憶に新しい。
陣内と紀香の結婚式のことは忘れてください。

「……彼とフィーナ王女に会えるのはいいが、駐在秘書官『カレン・クラヴィウス』君がキツイ人物でな……、だいたい、閣下が事務次官だったころも、『セクハラ問題』で閣下とカレン君で一悶着あったのを、僕がどれほど苦心したか……」

尚、月王国を語る総帥の口ぶりは珍しくも感情的になっており、心底行きたくなさそうであった。
それもこれも全ては閣下のせいである。







愚痴るだけ愚痴り総帥は、愛娘の待つ自宅へと帰っていった。
その後も団欒の時間が戻ったかと思えば、珍しくもアルクェイドはこの日はハードカバーの本を開かずに、黙々と考え事をしていた。

「どうしたのアルクェイド?」

さすがにアルクェイドらしくないと、志貴は心配になり声をかける。
アルクェイドは「ううん……」とだけ答えた後、しばらくして……

「……なんか、地球人とムーンレイスが結婚…って、本当にすごいな……って思って」
「………」
「だって、地球人、ううん、日本人同士だって、結婚できない人は出来ないし、しても気持ちがすれ違って別れちゃったりするのに……って思うと、なんだか羨ましいな……って」

どうやらアルクェイドの羨望は、月世界から異星人間の結婚へと変わっていたようだった。

「なんだ、そんなことか」
「そんなことって……」

志貴の返事が予想以上に軽いものであったため、つい反論してしまうアルクェイドであったが、次の瞬間、志貴は後ろから畳に座るアルクェイドを抱きしめ……

「だって、俺とアルクェイドなんて、人間と吸血鬼なんだぜ。完全に種族を超越して、こうして一緒に生きてるんだ。これってすごいと思わないか?」

…と、優しく囁いたのだった。
アルクェイドの憤り気持ちは完全に消えていた。
そして、アルクェイドの方も志貴を抱きしめ返し……

「莫迦……すごくないわよ……。当たり前のことじゃない……」

と、なんともお約束な展開に持って行ったのは言うまでもない。






尚、閣下の尻拭い(国交正常化)のために月に赴いた総帥は、言うまでもなく閣下のことについてネチネチと執拗に言われ、その腹いせに『ムーンレイス』についての研究などという無理難題のお土産を研究所及び調査局に持ってきたことをここに追記しておく。



[25916] 第22話 …十字架との戯れ
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/03/09 20:26
ついにあの組織が動き出した!!

聖堂教会!!!
教義に反した者を熱狂的に排斥する者たちによって設立された、大規模な宗教団体である。
世界においても最大級の宗教団体であり、代行者、騎士団、そして教会本部所属の埋葬機関と、一国に匹敵する戦力を保有し、吸血鬼をはじめ、人の範疇から外れてしまった者達にとっての天敵として君臨している。

無論、魔術協会との折り合いは最悪であり、近年新たに創立されたとある財閥とも敵対関係にある。
原因は言うまでもなく、財閥の行っている『吸血鬼(路地裏同盟)の保護』及び『研究』であり、特にその『研究』の内容が『比類なき神の冒涜』とのことで、教会は財閥を狙っていたのである。
しかし、この財閥の総帥の影響力は思いの他大きいものがあり、迂闊に手を出すことは例え埋葬機関といえども禁止されているが、いつかは隙を見て研究の中止、財閥の解体、総帥の暗殺を目論んでいるとのことであった。



そして今ッッ!!!



「続いてのニュースです。先日明らかになりました、元特命全権大使『北条晴臣』容疑者の『スフィア王国日本大使館』での公金横領について、国交正常化に向け――財閥総帥がスフィア王国に到着しました―――」



「ククク……待ちに待ったときが来ました!!」

ショートの髪と眼鏡が特徴の知的な女性が、イヤホン越しにラジオを聴きながら、僅かに笑みを浮かべる。

そう、彼女は待っていたのだ!!
総帥が『閣下』の尻拭いのため(第21話参照)地球を離れて『月』に赴いたこの時を!!!

「多くの代行者が犬死でなかったことの証のために!再び『教会』の協議を掲げるために!遠野君との成就のために!光坂市よ!私は帰ってきました!!!」

某ソロモンの悪夢の名言の完全なパロディではあるが、実は彼女は光坂市に来たのは今日がはじめてである。



「…たしか、研究所所属の事務所がこの街にあったはずですが……」

時期はずれのキャソックを身に纏い、地図を見ながら街を徘徊する彼女の様は、まさに不審者以外の何者でもなかった。



「……このボロアパートの一室が、本当にあの財閥の研究所の事務室だなんて……」

女は怪訝な表情で、大財閥の研究所所属の事務所のあるボロアパートを見る。
しかし、ある意味これは、敵に対するカモフラージュなのかもしれない。
そう思った彼女は、意を決して呼び鈴を……



「あれ?『シエル先輩』?」
「と、遠野君!!?」

背後から志貴に話しかけられ、この『シエル』と呼ばれた女は驚きながらも振り返り、志貴の存在に気づく。

「こんなところで何してるんですか?」
「え、ええ、ちょっと仕事で……」

志貴に何をしているのかを問われ、とりあえず自身の仕事内容については伏せておくことにした。

「そ、そういう遠野君はどうしてここに?」

ひとまずは自身への話題そらしのためと、志貴がこの研究所の事務所とどのようなつながりが在るのかを探るため、シエルは志貴に何故ここにいるのかをたずねる。

「ああ、ここは俺の職場なんですよ。しがない探偵事務所ですけどね」
「た、探偵ですか。遠野君らしくていいと思いますよ」
「それ、どういう意味ですか?」

一見ほのぼのとした会話にも思えるが、その実、シエルの頭の中はこんがらがっていた。

ここって事務所は事務所でも『探偵事務所』じゃない!?
そして、なんで自分らの敵といえるべき財閥の研究所に、愛すべき人がいるのか!?
これってまるでロミオとジュリエットじゃない!!!

総帥のいないときを狙い、いまこそ圧倒的…ッ武力を背景に、財閥を恫喝、『吸血鬼の引渡し』と『神を冒涜する』研究の中止を求め(最悪、重要幹部の暗殺)に来たのではあるが、これではまるで白痴である。
後半の妄想については、あえて白痴とは言うまい。



「ち、ちなみに、いま遠野君は何の調査をしているのかな…?」

まさか自分と志貴は、構図的には敵対関係です。ともいえず、ひとまずは志貴の仕事内容を探ろうとするも…

「まあ、一応守秘義務ですから…勘弁してください」

…当然といえば当然の解答が返ってきた。



その後、さすがは埋葬機関第七位というべきか。
完全に遅刻して出社してきた国崎の気配を感じたシエルは、研究所関係者に何度も目撃されるのはまずいと、テキトーな理由付けで志貴の前から去っていったのであった。

「…でも、なんでシエル先輩、こんなとこまで来たんだろ?」

まあ、志貴は財閥の研究については一切関知していないため、ある意味シエルが来た理由など見当もつかないであろう。







無論、このまま組織に戻ったのではただのガキのお使いである。
そう思ったシエルは、このまま志貴をばれない様に監視し、研究所のデータを少しでも得ようとしていた。

しかし、その仕事内容たるや、ただのレポートだの、ファイルまとめだの、おおよそ『吸血鬼』、『研究』とは程遠い仕事をしていた。
むしろ、閑職に追いやられたんじゃないのかというべき仕事内容であった。



その後も……

「あ、アルクェイド!!?」
「ヤッホー。迎えに来たよ~♪」

時は夕暮れの商店街。
こういう日に限り、志貴を迎えに行き、あまつさえラブラブっぷりを見せ付けてしまう、空気の読めないアルクェイドがいたわけで。

「ねぇ志貴。お帰りのチューしてみない?」
「莫迦っ、街中で出来るわけないだろっ」

無論、日柄監視を続けていた(決してストーカーではない)シエルのはらわたは煮えくり返っていた。

「あんのあーぱー吸血鬼がああああああ!!!」

本当なら、今すぐにでもアルクェイドに奇襲を仕掛け、その抹殺の後に志貴を掻っ攫いたいシエル。
もはや完全に仕事のことを忘れ、私怨に奔っていた。



「あ…あの……さっきから何やってんですか?」
「!!?」

そのシエルの行動があまりに怪しいものであり、言うまでもなくここで『110』番通報されてしまった。
まあ、今更警察が怖いわけではないシエルではあったが、変に『特命係』あたりが出てきて教会のことを散策されてしまっては厄介と思い、ここは素直に退くこととなった。

唯一つ、彼女に悔いが残るとすれば、結局志貴の家までは突き止めることが出来なかったことであろう。
無論、そんなものは私事以外の何者でもないことは言うまでもない。

さあ、志貴とアルクェイドのラブラブ生活についに邪魔者が介入!!
二人の生活は一体どうなるのか!!?
シエルの半分仕事、半分私怨の財閥潰しはまだ始まったばかりである。



[25916] 第23話 …MInD BREAkER
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/03/13 19:48
「わっ!地震だ!!!」

この日、光坂市は大きな地震に遭った。
志貴の部屋のものは見る見る間に散乱し、直立で立ってはいられないほどの揺れを、志貴はその身で体感する。

「うーん…『空想具現化』でなんとかできるかにゃ~?」

しかしながらアルクェイド。
彼女はこのような地震でも、あわてることなくちゃぶ台の上に散らばっている『せんべい』を食べていた。

「食ってる場合か~~~っ!!!」

まるで某ドイツ軍人のようなうろたえっぷりで志貴は叫ぶも、数分後には揺れは収まっていた。

「あ~あ…片づけが面倒くさいな~」
「……いや、少しはあわてようよ…ね……」

志貴の心配とは裏腹に、何処までも呑気なアルクェイドであった。







「と、いうわけで避難訓練をします!!!」

あらかた片付いた部屋の畳の上で、志貴は頭に鉢巻を巻き意気込んでいた。

「え~?今更地震で死ぬような身体でもないし」

一方にアルクェイドは、正論とはいえやる気のかけらもなかった。
あまつさえ、せんべいを口にくわえたまま、ごろ寝してハードカバーの本のページを開く始末である。

「何かあってからでは遅いの!!!」

しかしながら志貴は至って普通の人間。
吸血鬼でもなければ、体内に『鞘』があるわけでもない。
一家の主(注・まだ結婚はしてません)であるならば、家族の防災に努めるのは至って普通の行為であろう。

「ほら!レンなんか真っ先に『ぶら下がり健康器具』の上まで避難してたぞ!!」
「いや、初めからそこにいた気がするけど…」

レンは物干し竿と化した『ぶら下がり健康器具』の上で、これまた呑気そうに丸くなっていた。
むしろ、地震にすら気づかずに、そこで転寝していた可能性の方が大きいと思われる。



「ハァ……真面目に聞いてくれアルクェイド。俺はただ純粋に―――」
「それに…」

「俺はただ純粋に、万が一お前に何かあったらイヤだ」…というようなことを話そうとした志貴であったが、言葉途中で卑怯なほどにアルクェイドは志貴に近づきその人差し指を志貴の唇に当てる。



「―――それに、もしものときは、志貴にお姫様抱っこしてもらうのもいいかなー…なんて」



これは超ド級の反則技である。
良識ある人であれば、「テメーでなんとかしやがれ!!!」と思うのが普通であろう(特に、某志貴の妹とか、某埋葬機関カレーとか…)。



「…そ、そうだな。お前を殺した責任……とらなきゃな」


しかし志貴……!!
屈服…ッ!屈服せざるを得ないッッ!!!

こんな莫迦過ぎる構図を見ながらレンは、「この二人なら何があっても死なないだろうな」などと思いながら、再びぶら下がり健康器具の上で転寝するのであった。







番外編(災害予防)

岡崎一家の場合…
汐が張り切り、渚が非常用カバンを準備し、朋也は冷静に、汐と渚が怪我をしないか心配のタネが尽きない感じ。

神尾夫婦の場合…
観鈴が非常用カバンにワケのわからないモノ(恐竜グッズなど)を入れ、確実に往人に怒られるであろう。

相沢夫婦の場合…
あゆが張り切りすぎて、非常用カバンにモノを詰め過ぎまず持ち運びが出来ない。結局祐一に怒られ「うぐぅ」となる。

総帥親娘の場合…
緊急時に備え、シェルター建造したり、数年は自給自足できる物資を備蓄し、娘に「それ、やりすぎ」と冷めた口調で言われる。



[25916] 第24話 …DISTRACTION
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/03/28 19:22
ここはボロアパートの志貴の部屋。
この日の部屋の空気は満遍なく緊張が敷き詰められており、ただただアルクェイドは志貴の帰宅を無言で待っていた。
時は夕暮れ。
志貴が両手で抱えられる程度の、それでもって重量感のある段ボール箱を持って帰宅すると、その緊張は一層強いものとなっていた。

志貴は無言で、恐々としながら『ずしっ』という擬音が鳴りそうな、その重量感ある段ボール箱をちゃぶ台の上に置く。

はたして、志貴はダンボールの中に一体何を持って帰ったのであろうか……?






「ついに『電子レンジ』を買って来たぞ!!!」
「待ってました!!!」

志貴のその一声とともに、アルクェイドはまるで盆と正月が一緒に来たとばかりに拍手喝采を浴びせていた。

「ああ、思えば『ぶら下がり健康器具』という無駄遣いをしてから早数ヶ月……ようやく我が家にも役立つ電化製品が入ってこようとは……」

電子レンジを内包したダンボールを前に、完全に感無量の志貴であった。

「ねえねえ、中見てもいい!?」
「ああ、もちろんだとも」

一方、知識の中にはあっても実際初めて目の当たりにする電子レンジを前に、アルクェイドは興奮を抑えることはできなかった。
志貴の返事を聞くや否や、すぐさま段ボール箱を開け、その中身を露にした。

「わあ……すごい……」

アルクェイドも感嘆するその電子レンジは、白色にして重厚感があり、沢山のボタンのついた、いかにも最新型といった感じのものであった。

「ああ。なんてったって19800円もしたからな」

志貴の給料にしてみれば、随分と思い切った買い物である。

「まあ、これでアルクェイドの料理の幅も広がるし、明日から楽しみだ」
「うん。楽しみにしててね」

普段は小食の志貴に、実質食べ物いらずのアルクェイドではあったが、最新型の電子レンジを前に、そこから出来る料理に対し期待で胸を膨らませるばかりであった。










次の日の夕方。
昨日思い切った買い物をしたせいか、志貴も若干気が大きくなり、鼻歌を交えながら帰宅していた。
無論、アルクェイドが電子レンジを使ってどうな料理を作ったのかという期待も込めて…

「ただいまー♪」

テンション高くアパートの戸を開けアルクェイドの「おかえり~♪」という出迎えを期待していた志貴。

しかし……



「……って、えええ!!?」

思わず志貴が叫ぶほど、居間は非常に静まり返った…というより、哀愁さえ漂わせる状況となっていた。

まずは、ようやく小さい声で「…おかえり」と、ちゃぶ台を前に完全燃焼したとばかりに項垂れているアルクェイド。
次に、そのちゃぶ台の上に乗っかっているカップラーメン2つ。

そして……

「………」

志貴も思わず絶句してしまうほどに、19800円もした白の電子レンジは異臭を放ったまま、見た感じ「もうダメだな」というくらい、大破して黒ずんでいた。



「しき~~~」
「みなまで言うな……」

泣きじゃくりながら志貴に飛びつくアルクェイドを、志貴は怒ることなく優しく抱きとめ、そして耳元で優しくささやいた。



「アルクェイド……卵……レンジでチンしちゃいけないんだよ……」







結局、電子レンジはうんともすんとも言わず、来月の給料日に買い替えることとし、そのまま粗大ゴミと化してしまった。
そして、志貴は次に電子レンジを買うときには…「アルクェイドにしっかりと取扱説明書を読ませよう」と、心に強く誓ったのであった。



[25916] 第25話 …寡黙をくれた君と苦悩に満ちた僕
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/04/01 00:25
ここは遠野家の屋敷である。
この日も秋葉は、血圧高くして黒服の男に怒鳴り散らす。
無論、常に聞かれるのは「まだ兄さんは見つからないのですか!!!」という罵声のみ。
しかし、これもまた使われの身の宿命というもの。

「まったく!どうしてこう、無能な者ばかりなの」
「あ…秋葉様……」

当主のあらゆる罵詈雑言も、黒服のものはただひたすら堪えるのみ。
尚、この秋葉の罵声に『快感』を覚えたものは完全に末期であり、遠野家の従僕として一生を終えるのが幸せだと思われる。



「(……まあ、秋葉様には申し訳アリマセンが、私が裏から手を回してるもんですから、絶対に志貴さんを見つけられるワケないんですけどね)」

また、灯台下暗しとはよく言ったもの。
秋葉の一番の側近であるメイド、琥珀が既に『敵』と内通しており志貴を見つける気などさらさらないものだから、秋葉の眼もなんとなく節穴なのであろう。

「(ああ……本当なら、私が志貴様を探しに行きたいのですが……)」

もう一人のメイドである翡翠の方は、ただ純粋に志貴を想い、今すぐにでも探しに行きたいのではあるが、『自分ルール』に則りや志貴から出ることが出来ないため、秋葉の実質は『飛車角落ち』の状態。
志貴を見つけることなど難しいことに思えた。



しかし……!!!



「こうなったら、死ぬほど使いたくはなかったのですが『奥の手』を使いましょう」

なんと、秋葉にはまだ、起死回生の一手が残されていたのだ!!!







ここは遠野家当主の部屋。
この日も秋葉は、高そうなソファーに座りながら、これまた高そうな机を挟んで赤髪の上背のあまりない、っていうか、風采のあまりさえない男を一瞥していた。

「ようこそ、平成の英雄王・衛宮士郎さん」
「あ、あの大財閥の遠野が、こんな一市民になんのようで……」

明らかに見下した態度の秋葉に対し、この『英雄王』と呼ばれた風采のさえない男、衛宮士郎は不快感を露にしていた。

衛宮士郎!!
この男こそ、後世に名高い今を生きる英雄である!!
彼はどの国にもどの派閥にもつかず、ありとあらゆる危険地帯に身を投げては、そこで数多の人民を救済していた。
無論、それらは決して表舞台に出ることもなく、その地の人々以外は誰も評価も尊敬も同情もしない。
しかし、それでも彼はそれを誇りに想い、いつしかアングラな世界では『現存する最後の英雄』として知れ渡っていた。

財閥界に身を置く者として、秋葉も当然彼のことは知っていた。
しかし、衛宮士郎の武勇伝を聞くに、その『人間性』を疑問視していたが、あまりの切羽詰った状況。
彼の任務遂行力のみを買い、今回の『遠野志貴捜索』の依頼をすることに決めたのであった。

「実は貴方に、どうしても依頼したいことがありまして…」
「…言っておきますが、財閥の私利私欲絡みの依頼なら、いくら積まれようともお断りですよ!」
「………」

案の定の士郎の答えである。
秋葉が問題視していた人間性とは、そのあまりの『理想主義』である。
彼は自分の利益は追求せず、あくまで『救済』のためのみに行動する。
財閥がらみと聞くだけで、士郎の中には何かよからぬ確執が想像されたのであろう。

しかし、秋葉には士郎を説得する秘策はあった。



「この世の中、理想だけでは食べていくことは出来ないのですよ、衛宮さん。聞くに貴方は未だに居候の身であり、定職にもつかずに『遠坂』のお嬢様に財政のバックアップをしてもらっているとか」
「うっ……」

痛いところを突かれる士郎。
たしかに正義の味方など、有事にこそ重宝されど、この太平の世の中にさしたる働き場所もない。
しかも誰かが救いを求めるところを捨て置ける性格でもない。
有事に必ず出動する『正義のヒーロー』となれば、時間の決まっている勤務などほぼ不可能。
日雇い派遣をやるのがせいぜいではあるのだが、それさえも登録型派遣が糾弾されているこのご時勢、なかなか見つからないものである。

「しかも、剣を振り回す金髪外人女性と同棲している挙句、その遠坂のお嬢様の妹さんが家に通いつめる始末。そんな『正義のヒーロー』などちゃんちゃら可笑しいとおもいませんか?」
「むむむ……」
「なにが『むむむ』ですか」

無職の分際で女に囲まれモテモテ……
全国の男性労働者は明らかに怒ってもいいレベルである。

「今この『遠野志貴の捜索』という仕事をすれば、困っている人(主に自分)が救われる上に、貴方も収入を得られるものです。その後は遠野家の『傭兵』として、法外の報酬での『正規雇用』の道が待っているのです。しかも『各種保険完備』ですよ!この就職難のご時勢で!!さあっ!!!」

ここまで威圧したら、後は舌先三寸丸め込みである。
兄のためにここまで出来る妹など、もはや末期のブラコン以外の何者でもない。







結局士郎は『正社員』の誘惑に負け、秋葉の傀儡となり志貴捜索の尖兵と成り下がってしまった。

「いいのですか…シロウ……」
「いいんだセイバー……。所詮俺も『現代社会の歯車』に過ぎないのさ……」

遠野家の屋敷を去る士郎と、同棲相手の金髪外人女性『セイバー』の背中が哀愁漂わせていたのは言うまでもなかった。



[25916] 第26話 …Walkin on the edge
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/04/09 19:32
なんとも傲慢チキなブラコンの指令を受け、遠野志貴を捜索する衛宮士郎とその連れ、セイバー。
しかし、その動機は『正社員雇用』という、なんというか非常に小さいものである。
とはいえ、所謂『英雄』である士郎にとって、好きな時に英雄稼業が出来るという労働時間条件がないことは非常に大きい。
いくら数多の人間を救済している士郎であっても、無職であれば世間の目も厳しい。

と、いうより、無職の分際でセイバーだの遠坂凛だの間桐桜だのライダーだのイリヤだのに囲まれてるなど、世間の男どもから見れば言語道断であろう。



「シロウ…お腹すきました……」

旅の道中、ここはいずこかの道路ではある。
ふとセイバーは、士郎に空腹を訴えていた。
サーヴァント…しかもアーサー王の癖になんとも食欲旺盛な女性である。

「ああ……そういえば、昨日から何も食べてなかったな」

しかし、どうやら士郎たちは昨日より食料が尽きたらしく、何も食べてはいないらしい。

「というより、冷静に考えれば、ほぼ『無一文』で何の手がかりのない状態であの雇い主(遠野秋葉)の兄を探すなんて、無理無謀すぎたな……」

なんとも情けない驚愕の事実である。

「やはり、ここはリンから軍資金を頂くべきだったのでは……?」
「まあ、俺も変に意地張って、『今日から俺は自立したいんだ』なんていって断らなければと、今でも後悔してるさ……」

その上、金欠ではあるが一応金持ちの遠坂のお嬢様からの軍資金を断った挙句、それが原因で喧嘩になったとあれば眼も当てられない。

「せめて、この任務が終わって『正社員雇用』が決まってから、そういう口を叩くべきでしたね」

まさに文字通り、後悔先に立たずとはこのことであろう。
セイバーのこの言葉が士郎の心に深く突き刺さったことは言うまでもなかった。



「それにしても寒いな、ここは……」

そういえば、冒頭では述べていなかったが、士郎は安物の防寒用コートファーフード付きを着用していた。
あまり寒さを気にしないはずのサーヴァント・セイバーもちゃっかり白色のダッフルコートを身に纏っている。



「ええ…。なんといってもここは『樺太』ですからね……」



この二人は、一体何を持ってして遠野志貴がここにいるなどと思い込んだのだろうか……?

実は士郎は情報屋に依頼し、志貴の足跡を追っていた。
しかし、その情報屋というのが『琥珀』の息の掛かったものであるということは知らない方が幸せというものであろう。



[25916] 第27話 …冷凍されたある人間の心臓をガスバーナーで解凍せよ
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/05/03 00:08
ここは志貴の仕事場である研究所所属の調査局。
職場は相変わらず舞ったりとした空気であり、志貴が真面目に過去の調査レポートをファイリングしている中、国崎は携帯ゲーム機(おそらくはテトリス)で遊んでいた。
伊吹に至っては、事務作業に完全に飽きてしまっており、調査の名目で勝手に散歩に出かける始末である。

こんなやつらが低賃金ながらも給与をもらっていることに、真面目に働いている人々は怒りを覚えることであろう。



しかしながら、嵐と上司というものは突然やってくるものである。



「……おじゃまします……なの」

やけに低いような静かな女の子の声が、事務所の入り口に小さく響き渡る。

「え…っと……どちら様でしょうか……?」

志貴はデスクより身を乗り出し、髪をツインに分けた幼さの残る顔立ちの少女を出迎える。
まあ、男性としてはまず眼を通してしまうであろう少女(?)の胸は、その顔とはアンバランスな豊満なものであった。

…それと同時に、先ほどまで「ピコピコ」と鳴っていた国崎の携帯ゲーム機の音は突然止まっていた。
そして、不意を突かれたかのような、叫びにも似た国崎の声が事務所内に響き渡った。



「い、一ノ瀬所長ォォォ!!!」







ソファーに座っている一ノ瀬所長と、透明のガラステーブルを挟みソファーに座り対峙する志貴と国崎。
テーブルの上においてあるお茶には一切口がつけられておらず、しばし無言の時間が続いていた。

「……え…えっと…その、一ノ瀬所長は、何をしにこちらへ……?」

恐る恐るその沈黙を破ったのは、先輩の国崎であった。

「……仕事中にゲームをやっている職員を処分しに……」
「……!!!」

所長の言葉で一気に顔が青ざめる国崎。



しかし、続けざまに所長の口から「……なんちゃって」という言葉が出来たため、どう返していいかわからず、志貴、国崎は途方に暮れてしまっていた。



「……あれ?ここで『なんでやねん』ってツッコミはないの?」

若干悲しそうな口調で言う所長であったが、普通は上司にそんなツッコミなど出来るわけがない。

「(ず、随分変わった上司ですね……)」
「(ああ…。相当の天然だ。だが、これでもお前(志貴)よりは3つも年上なんだぞ)」
「(え!?ウソッ!!?)」

所長に聞こえないよう、志貴と国崎はコソコソと話をする。

まあ、この一ノ瀬所長…名前はひらがなみっつで『ことみ』―――
―――は、天然ボケではあるものの、日本で有数の頭脳の持ち主である。
人材マニアの総帥は一重に彼女の才能を買っており、また、彼女も総帥との『目的』が一致していることもあって、非常な高給で研究所の所長の任を受けたのである。

とはいえ、先ほどの志貴の反応からも分かるとおり、それらの事実は彼女の容貌、言動からは非常に疑わしいものがあり、さらにこれで志貴よりも年が3つ上とあっては、秋葉に間違いなく年齢詐称の嫌疑が掛かるようなレベルであろう。

尚、遠野秋葉の名誉のために言っておくが、秋葉の言動はともかく容貌は年齢相応のものであり、この場合、明らかに年齢不相応なのは一ノ瀬所長や伊吹風子といった面々であろうことは言うまでもない。



「…冗談は置いといてなの……」

一瞬止まりかけた時は再び動き出し、一ノ瀬署長の言葉が続く。
どうやら今回は、研究所から調査局への捜査の依頼ごとのようであった。

「…実は私たちのトコで研究している『聖杯戦争』のデータが何者かに盗まれちゃったの」

「「え!?」」

思わず聞き返す志貴と国崎。
これはまさに総帥が仕事で月に行っている間に起こった『大不祥事』である。

「「………」」

とはいえ、冬木市で起こった『聖杯戦争』については、過去にファイリングした資料で何度か見たことはあるものの、どうやら彼らは今ひとつ事の重大さが理解できていない。

「…そもそも『聖杯』というのは―――」
「「え……?」」

志貴と国崎が事の重大さを理解できていないことを察した所長は、誰に頼まれるわけでもなく、聖杯戦争に関する薀蓄を語り始めた。




「―――と、いうわけで、『聖杯戦争』の研究は、後ろ盾となっている政府及び官僚の一部のみが知りえる研究で、このデータを流出することは、私たちの研究だけじゃなくて、政府を巻きこんでの日米関係の悪化にまで繋がるわけなの」

依頼を受ける前から完全にグロッキーの志貴と国崎ではあったが、とりあえずは自分の明日の生活のためと、ついでに日本のため、何とか根気で所長の話を聞き続ける。

「…でも、研究所の警備はとってもとっても完璧で、このセキュリティーを突破できるヒトっていったら、多分、限られてくると思うの」

また、話によれば、盗まれた痕跡というのもほとんどなく、非常に綺麗な手口であるという。
それは一ノ瀬所長が持ってきた、数枚の『現場写真』からも明らかである。
つまり、プロの中でも非常に優れたスパイでなければ、この研究所のデータを盗むことは不可能であると言いたげであった。

「…だいたい、こんなことが出来る奴っていったら『元KGB』くらいなもんじゃないのか?」

その国崎の推理は、おそらくは一ノ瀬所長も考えていたことであろう。
所長はその国崎の推理を特に否定することもなく話を進める。

「と、いうわけで遠野くんと国崎さんに、『聖杯戦争』のデータを盗んだ犯人を特定してほしいの」
「犯人の特定……ですか……」

思わず口ごもる志貴ではあったが、まあ、任務がデータの奪還とまで行くと、それは探偵の仕事の領域を超えた仕事となる。
というか、『元KGB』相手だと手に負えない相手の可能性の方が高いので、ここはあえてスパイの特定だけを依頼し、「がんばって」の言葉を残して一ノ瀬所長は帰っていった。







まあ、何はともあれ相手は只者ではないプロの人間。
果たして志貴、国崎は無事に生還することが出来るのであろうか…!?



「(……とりあえず、アルクェイドは連れてった方がいいのかな……?)」
「(経費で観鈴とロシア旅行と行くかな)」

…しかしながら、肝が据わっているのかはたまた楽天的なのか、志貴も国崎も、自分の嫁を同行させるか否かを考えていたのであった。
こんなんで大丈夫なわけがないことは言うまでもあるまい。



[25916] 第28話 …LAST PLEASURE
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/05/06 22:16
話は前回の続き…

ここはボロアパートの志貴の部屋である。

志貴は勤務する研究所所長『一ノ瀬ことみ』より、『聖杯戦争』のデータを盗んだ犯人を突き止めて欲しいとの依頼があった。
その痕跡のないあまりの完璧な犯行ゆえ、犯人は『元KGB』である可能性が高く、志貴はとりあえず情報を得るべくロシアへと向かおうとしていた。

しかしながら、もし『黒桐幹也』に頼もうものなら簡単に犯人を割り出しそうな気もするが、一応志貴は『探偵』として雇われているため、ここで黒桐に頼むというのはあまりにも酷なことであろう。



閑話休題、志貴が帰宅し部屋の戸を開ける。



「…気をつけな。だんなの動きはKGBに読まれてるぜ」

「………」



志貴を出迎えたのは、なぜかトレンチコートを着て葉巻きに見立てた何かを咥えているアルクェイドであった。

「……どうし…たの……?」

毎度の事ながらのアルクェイドの突拍子な行為ではあったが、志貴は未だになれず、やや引き気味で情報屋に扮したアルクェイドに質問する。

「最近ニコニコの『バグ動画』にハマっててね」

茶目っ気たっぷりに答えるアルクェイド。
よくよく聞けば答えにも何にもなっていない。
小人閑居して不善をなすとはよく言ったものではあるが、ズボラな専業主婦が家事以外やることなど、大抵はロクなものではない。



とりあえず志貴は、依頼内容は伏せ仕事の都合でロシアに行かなければならないことをアルクェイドに伝えた。



「え~!!志貴だけズルイっ!!私もロシアに連れてってよ~!!」

案の定、アルクェイドは一緒に行きたいとせがんだ。
普段は出不精でも、さすがに恋人との旅行ともなれば違うらしい。

「それに、どうせ国崎さんとこも、観鈴ちん連れていくんでしょ?」
「ま、まあ……」

ここでノーとは言い切れない志貴。
というか、国崎は完璧に嫁と一緒に旅行する気マンマンであろう。

「うーん…多分経費では下りると思うから、いいとは思うんだけど―――」
「ねえねえ、この『樺太』ってとこ行ってみたいんだけど」

あまつさえ、志貴の返答を待たずして勝手に行きたいところをリストアップする始末である。
そもそも、仮に元KGBが犯人だとしたら、樺太などに寄らず、とっととモスクワに戻り報告でもしてそうなものではあるのだが……

「あと、岡崎さんや相沢さんにもお土産買わないと……。マトリョーシカでいいかな?」
「あ…うん……いいんじゃないの?」

もはや、半ばテキトーに返事をする志貴であった。



[25916] 第29話 …親愛なるDEATHMASK
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/05/08 18:50
ここは樺太。
相も変わらずあまり治安のよくない北の地に激震奔る!!



「ば、莫迦なッ!!この『風王結界』を簡単に見切るなど……!!」

「…さすがはアーサー王。貴女の剣の腕前は類のないものであることは確か。しかしッッ!!…不可視との戦いなど、ソ連崩壊後の昏迷期では日常茶飯事ッッ!!戦場は常に変化しているのだッッ!!」
「(―――この男、何を言っているんだ?)」

なんとセイバーは、オールバックで低身長の初老のロシア人男性と戦っていた!!
上上下下左右左右と不可視ともいえる風王結界の軌道は、まるでその剣先が見られているかのように、このロシア人男性にかわされている。
ちなみにセイバーは『ロシア語』が全く分からないため、このロシア人の言っていることも全く意味が分かっていない。



「そこだ!!!」
「―――!!」

風王結界の刃をロシア人男性が手刀で弾いたところで、『無限の剣製』により二対の剣を手に士郎が応戦をする。
しかし、横槍を指すかのように入った士郎の割り込みも、意図も簡単に襟をつかまれ投げられ地面に叩き伏せられた。

「…さすがは正々堂々で知られている英雄、イポーニエッツエミヤ……。しかし、この場面は最低でも背後から気配を消しての奇襲にすべきだった。故に甘いッッ!!」

漫然と地面にへたばる士郎を見下す謎のロシア人男性。
その瞳はシベリアンブリザードを思わせるような、非常に冷たいものであった。
しかもその口ぶりから察するに、彼は英雄としての衛宮士郎を知っているかのようである。

そのあまりの強さ、威圧感に意識せずとも距離を置く士郎とセイバー。
するとセイバーは、このロシア人男性を見てあることに気づく。



「シロウ……この男、どこかで見覚えがないでしょうか……?」
「え?…い、いや、俺は見覚えはないけど……」

突然のセイバーの質問に、士郎は少し動揺しつつも答えを返す。

「これだけ強いってことだから、どこかの誰かのサーヴァントで、それでセイバーは見覚えがある…ってことかな……?」
「……いえ…なんかこう……もっと日常的な……何かで……」

しかしながら、これほどのモノノフを日常的に目撃するなど、果たしてありえることであろうか。



そもそも、何故彼らがこんな北方の地で戦っているのであろうか。

…というより、ロシアでガイドなしで勝手に歩き回るなど、スパイと疑われてもおかしくない行為である。
無論、それを警察が取り押さえに来たものだから、士郎はなんとか拙いロシア語で弁明しようとするも、ロシア語の分からないセイバーがこれを『迎撃』してしまった。

なんやかんらの国際問題に発展しているうちに、ワケもわからないお偉いさん専用の飛行機からパラシュート降下してきたこの初老のロシア人男性が仲介に入り、警察を退けた上で戦いとなったのである。



「どうした…もう終わりか…?」



「…そうです!!確か、テレビで見たんです!!」
「え!?本当かセイバー!!?」

「………」

ロシア語で士郎たちを挑発するも、それをガン無視され少しやるせない表情になるロシア人男性。

「そ。そういえば、なんか見覚えも……」
「そうでしょう!」

しかし、このいつもテレビに出てくるようなロシア人の男が、サーヴァントのセイバーと英雄衛宮士郎二人を相手に互角に戦っているものだから、それはたいしたものである。



一方のロシア人男性も、ふと思うところがあったのか、追撃を止めおもむろに口を開き始める。

「…しかし、それだけ強き者…しかも二人をここで逮捕するのは私にとっても大きな損失だ。……そこで…貴公らにロシア警護保安庁(FCO)への所属を許可したい。…無論、報酬の方も保証しよう」

どうやらこの男は、士郎たちをスカウトしているようだった。

「あっ!!お…思い出した!!!……ッッ」
「どうしたのですか、シロウ!!…っていうか、あの男は何を言ってるんですか!?」

しかしながら、その勧誘の言葉でようやくこの男の正体を割り出した(正確には思い出した)士郎。
それだけの言葉を実行できる権限を持つものなど、そうそういるものではない。
士郎の身体は、その名を思い出したときに既に震えが止まらず、改めて大人物と相対していることを実感していた。

「こ…これほどの男が……な、なんでこんなところに……ッッ!!?」



「…ようやく理解したか、エミヤ。そう、私がロシア連邦大統領(現時点で)『ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチン』だ!!!」



「「な、なんだってええええええ!!?」」



―――to be continued



[25916] 第30話 …白と黒
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/05/11 22:34
ここは樺太。
秋葉の依頼で志貴を捜索していた士郎とセイバーは、ガイドなしでロシア領を探索という自殺行為に出る。
その結果、国際問題に発展しかねない(少なくとも北方領土問題には影響の出る)大乱闘が勃発する。
しかし、さすがは聖杯戦争を生き残った士郎&セイバーに、樺太警察がかなうわけがなかった。

そこでこの騒動を治めるために、ヘリから華々しくパラシュート降下してきたのが、第2代ロシア連邦大統領(当時)『ウラジーミル・プーチン』である。
彼は『生身の人間』でありながら士郎&セイバーを圧倒しつつ、二人の実力を認め『FSB(ロシア連邦保安庁)』にスカウトしてきたのであった。



「…っていうか、なんで生身の人間(プーチン)が。俺ならまだしもサーヴァント(セイバー)と互角以上に戦えてるんだよ……」
「わ、私が聞きたいですよッ」

このなぜかべらぼうに強い大統領に対し、さすがにうろたえを隠せない二人。

「……戦力分析は結構。貴公らFSBに入隊するのか否か!ダー・ィ・ニェット!?(はいかいいえか!?)」

方や、人間ではありえないプレッシャーを放ちながらFSBへの入隊を迫るプーチン。
その瞳は相も変わらず凍てついており、全く以って感情をあらわにしていない。

「そういえば聞いたことがある……」
「知っているのですか、シロウ!」

急に解説キャラに成り下がった士郎は、思い出したかのようにプーチンのことを語りだした。

志貴の解説によると、アメリカでは素手によるテロの警戒のため、監視すべき7人の人間を選出しているッッ!!
―――その7人とはッッ!!
『範馬勇次郎』『ビスケット・オリバ』『江田島平八』『不堂影獅』『アルクェイド・ブリュンスタッド』『水瀬秋子』
そして、今目の前にいる『ウラジーミル・プーチン』であるッッ!!!

あろうことかこの7名は衛星偵察の対象になっており、本来軍事用のハズの衛星がこの7名の動向を絶えず監視しているのだ。

地上数メートル以下という鮮明な画像で監視し続けている彼等―――
その7名のうち1人でも―――――
時速4km以上で動いたとき、半数以上の衛星が緊急動作を強いられるため――――――
軍事衛星を使用する世界中のカーナビゲーションが70mもズレてしまうと言われているッッ!!

…無論、ペンタゴンですら監視不可能の『ゴルゴ13』『蒼崎青子』の存在もある上、『聖杯戦争』や『魔界(幻想郷含む)』のデータもペンタゴンにあるかどうかは不明であり、一概に彼らだけが要注意人物というわけにはいかないが―――
それでも、士郎たちが対峙している相手は、世界規模での最重要人物の1人であることには変わりはないわけで。



「……で、勝ち目はあるのですか?まさかこのままFBSとかに入隊するわけではないでしょうに…」

セイバーは士郎の解説を聞いた上で、どうしたら目の前の危機を乗り切れるかを算段しているようだ。

「勝ち目はないわけじゃない…!俺が剣を次々複製しての波状攻撃を仕掛けて、相手を消耗させた後に『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』で一気に終わらせる……」
「なるほど、妙案です。しかしシロウ…あなたにあの強敵(プーチン)を足止めできるのですか!?」
「…やるしかないだろ。俺はともかく、セイバーに手出しはさせないよう最低限の足止めはするつもりさ」
「しかしッッ!!シロウに何かあったら―――」



PiPiPi―――

どうやら士郎たちが作戦を練っている間に、プーチン大統領の携帯に電話があったようである。

「…む、こちら大統領―――何ッッ!?モスクワで『盗まれた聖杯戦争のデータ』が見つかった!!?―――む…そうか、犯人はイポーニェッツ(日本人)の探偵コクトーが見つけたのか。―――うむ、調査内容の漏洩はないな!!さすが『メドベーシェフ』、その有能な探偵を見抜く慧眼、見事だった」

どうやら、ロシアの方でも極秘に調査していた聖杯戦争のデータが盗まれていたようだった。
日露共に、なんともマヌケな話である。



「………」
「………」



プーチン大統領の電話が切れるまで、しばらく無言で立ち尽くす士郎とセイバー。

やがて携帯が切れ、しばらく経った後気まずそうに咳払いをしてからプーチン大統領は士郎とセイバーに謝罪した。

「…すまなかった!!モスクワで重大機密が盗まれたとのことで、サハリン当局から『ガイドもつけずに怪しい日本人がいた』との通報があり、重大機密ゆえにこの大統領自ら乗り出したが、とんだ冤罪だった!!許して欲しい!!」

「えっと…、なんと言っているのですか、シロウ…?」
「……と、とりあえず、誤解してこっちを攻撃してきたことを謝っているっぽいけど……」

さっきまでの死闘、及び作戦会議は一体なんだったのであろうか…?
ロシア語の分からないセイバーに、丁寧に解説する士郎。
その後、さらにとんでもない言葉がプーチン大統領の口から放たれた。



「今回の重要機密の漏洩、及び、無関係の日本人を巻き込んだことは私のミスッッ!!故に、私は大統領職を辞任し、『メドベーシェフ』に後を任せたいッッ!!!」

「ええええええ!!?」

士郎も驚きの、突然のプーチン大統領の辞任会見である。



かくして、メドベーシェフ、及び名探偵『コクトー』の活躍により、志貴及び国崎の調査は全く以って無意味なものとなってしまった。
そうとは知らずに『樺太』の地へと向かう志貴&アルクェイド。
そして、士郎とセイバーの志貴捜索の任務はいまだ遂行中である。
果たして、彼らの運命は如何にッッ!!!?



―――to be continued



[25916] 第31話 …ミザリー
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/05/20 21:56
「あつい……」
「し~き~……水買ってきてもいい~?」

ここは蜃気楼さえただよう灼熱の街。
蒼の半そで姿の志貴と白のノースリーブワンピース姿のアルクェイドが、焼け付くような天気と猛烈な砂嵐の中を歩いている。

そう、ここは中東の石油国『クウェート国』。
かつては天然真珠の原産国で知られた国である。



「俺たちは…どうしてこんなところに来てしまったんだろう……」

答えはいうまでもなく、アルクェイドが飛行機のチケットを間違って買ったからである。
本人の弁では『いんたあねっと』は非常に難しいとのことではあるが、そういう問題でもない気がする。
つまり、ネットでチケットを予約した上で確認業務を怠っただけのことであろう。

得てして、似たものカップルである志貴とアルクェイドは『聖杯戦争のデータを盗んだ犯人』の非常にマヌケな捜査活動に乗り出したのであった。







無論、真犯人はとっくの昔に捕まっており、その犯人は現在FSB(ロシア連邦保安庁)の尋問を受けているわけなのだが、そんなことは志貴たちの知ったことではなかった。

と、いうわけで、ここは樺太のとある隠しアジト。
士郎とセイバーが傍観する中、椅子に縛り付けられ、FSBの屈強なロシア兵に囲まれていた容疑者は驚くことなかれ……

聖杯戦争のデータを盗んだ犯人は、なんと非常に『幼い』いかにもな『ゴシック魔法少女』であった。



「こんなイポーニエッツの少女が、我らがロシア及びあの総帥の研究所から『データ』を盗むなど信じられんが……」
「しかし、現にデータの入った『メモリ』を彼女が持っていたのだ。まずは間違いないだろう」
「さあ!吐け!!なんで『データ』を盗んだんだ!!!」

怒鳴りつける屈強なロシア兵たち。
一方の魔法少女は、さすがに肝が据わっており臆することはないが、どうじに『どうしてこうなったのか』自分でも分からず、そのへんでやきもきしていた。

「チクショー!!『紫』の『境界を操る程度の能力』が、あの『眼鏡の探偵』が連れてきた『黒髪のサムライ女』の刀で使い物にならなくなるなんてワケわかんねェ!!!」

日本語で逆切れする謎の魔法少女。
どうやら彼女はその『紫』とやらに依頼されて『データ』を盗んだわけであるが……
先の『コクトー』という探偵に追い詰められた挙句、何らかの逃走手段(本人曰く、『境界を操る程度の能力』)さえも、コクトーの嫁の『直死の魔眼』に断ち切られてしまい、結果的に逮捕されトラ箱行きとなったようである。



「そもそも、貴様はどうやって世界最高のセキュリティーを潜り抜けたのだ!!!」

ロシア兵の尋問は続く。

「っせえなあ!!だいたい、私はロシア語わかんねえんだよ!!」

しかし、この魔法少女はロシア語が分からなかった。
もっとも、空間を超越する何らかの作用があれば、どんなセキュリティーが存在したとしてもそれは無意味になるわけであり、よもやのプーチン及び総帥も、魔力対策は完璧であっても『境界を操る程度の力』対策は想定していなかったに違いない。

もっとも、その境界とやらも『直視の魔眼』に断ち切られてしまえば、因果の修復に時間が掛かることであろう。
とことん『コクトー』に手柄を奪われる志貴(マヌケ)たちであった。



「境界を操る妖怪…聞いたことがある」
「知っているのですか、シロウ!!」

一方こちらは、もはやノリが「知っているのか雷電!!」に近い感じのやり取りである。

境界を操る妖怪とは!!
次元を自由に行き来し次元に関わる下位の妖怪を使役できる、魔界でも希少な種族であるッッ!!

「俺の知っている限りだと…『闇撫の樹』そして……」



「クッソー!!何がデータを盗むだけの簡単な任務だッッ!!『紫』のクソババア!!!」

任務に失敗して逆切れする魔法少女の口から幾度となく放たれた『紫』こそ、その希少種族の妖怪なのであろう。

「ユ…カリ……?」
「イポンスキーモンスター・ユカリヤクモ……!そう!我々は知っているッッ!!古いKGBの資料で見たことがあるッッ……!!」

さすがはKGBの後継組織。
魔界のことについてもよく調べてあるものである。

そのご、しばらくFSBの連中で協議された結果、この魔法少女はモスクワまで連行されることとなったわけではあるが……



「どうする…!!助けるかッッ!!!」
「…確かにあの『プーチン』がいない今でしたら、壊滅させるのはたやすいでしょう。しかし、そんなことしたら確実にロシアと『敵対関係』となり、間違いなくリンに怒られます」

そのうえ、現在は『クウェート』に間違って飛んでいった志貴の捜索任務の遂行中でもある。

「…でも、ここで彼女を見捨てたら、俺は―――!!!」



―――to be continued



[25916] 第32話 …Please Tell Me BABY
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/05/24 21:58
「あはは~。貴方たち、あまりやる気が見られないですね~」

「「す…すみません……」」

おっとりとした感じの女性の声が響き渡る調査局。
志貴と国崎はその女性を前に、ただただ項垂れるだけである。

となれば、この件は言うまでもなく『聖杯戦争データ盗難事件』の犯人の調査の失敗に対する叱責であろう。
ちなみに彼女、顔では「あはは~」など笑っているが、その眼は一切笑っていない。
その上、彼女の傍には帯剣した背の高いポニーテールの女性SPが立っており、その威圧感は計り知れないものがあった。



「大体遠野さんは、何で犯人はロシアにいると分かっていながら『クウェート』に行ったのか、全く理解に苦しみますね」
「め、面目ない……」

まあ、志貴の場合はアルクェイドが飛行機のチケットを『間違って予約した』のがそもそもの原因であり、多少の同情の余地はある。

「そして国崎さん……貴方に至っては『ハワイ』に調査と……初めから調査する気ゼロじゃないですか~~~~~~?」
「いやあ…もしかしたら、犯人も観光旅行に行きたいんじゃないかと……」

小学生でもまず言わない言い訳である。



「……そ…その辺にしといたほうがいいと思うの……」

同行していた一ノ瀬所長は小さい声でフォローするも、そんな声などこの『お偉いさん』の耳に入っているはずもなかった。

尚、もう一人の職員である伊吹は…

「さ、触らぬ神に祟りなしですっ!風子は別の調査に行ってきますっ!!」

…などとの給い、勝手に外出したことをここに追記しておく。







「はあ~~~…長かったなあ、遠野」
「いや、ある意味自業自得だったんじゃないかと……」

喉もと過ぎれば熱さも忘れる…
お偉いさんと所長が帰った後は、いつもどおりのんべんだらりと席に座っている国崎と、一応、調査の書類を纏めている志貴。

「あの、国崎さん…」
「ん、なんだ?」

とりあえず志貴は、今回の件で疑問に思ったことを先輩に尋ねる。



「散々怒られて言うのもなんですけど、あの人誰ですか?」



まさに青天の霹靂……とまでは言わないが、ぜんぜん知らない人に怒られて謝っていた志貴はある意味大物であろう。
ひとまず国崎は、語り口調で志貴に説明をしはじめた。

「ああ…あの人は、法務省のなんたら管理官で……たしか『クラタ』…って名前だったかな?まあ、総帥と知り合いの官僚様で今回の件の『クライアント』でもある」

クラタは若い女性して、本来ならありえない『法務省公安調査管理官』というエリートである。
しかもそれさえも彼女の表の顔に過ぎず、その実の権限は一官僚の粋を超えるものであるとも言われている。

彼女が出向くということは、今回の聖杯戦争のデータの流出は非常に重要な意味を持っていたことをお分かりいただけたであろうか。

「本来ならウチの研究施設なんかも『監視対象』なところを、『クラタ』の権限で国益に繋がるものであるってことで奨励されて、むしろ国の補助まで受けてるんだぜ」

「もちろんそんなことは公には出来ないことなんだけどな」といい終えドヤ顔の国崎ではあったが、その本人は重大な任務をサボった挙句、反省の色もない。
そして志貴もそんな話を聞きながらも…

「(まあ、正社員にさえなれればなんでもいいか)」

…と、いかにも現代人らしい考え方に収まる始末であった。
この仕事のコネで、頑張り次第ではいくらでも出世の可能性があるというのに、相も変わらず向上心のない男である。

そんなことだから、『英雄・衛宮士郎』、『アーサー王・セイバー』が自分の捜索しに来ていることなど、露にも想像できないであろう。







一方の樺太…
士郎とセイバーは、志貴が任務失敗でとっくの昔に日本に帰ったことなど露にも想像できず…



「シロウ!!魚が釣れました!!!」
「良し!!これで今日の晩飯は確保だ!!!」



…樺太に滞在するホテル代すらなく、プーチンの『粋な計らい』でFBSの監視の下とりあえず野宿の許可を与えられ、そのまま志貴捜索を続けていたのはなんとも皮肉な話であろう。



[25916] 第33話 …北条晴臣閣下SS
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/05/27 18:01
*今回のタイトルは黒夢の曲名及び歌詞は使いません。
 さらに、今回は志貴も士郎も出てきませんのでご了承ください。



ここはどこかの屋敷の軟禁部屋。
その部屋の真ん中辺りで、眼鏡をかけた老人は胡坐をかいて座っていた。
老人の風采は非常にすっとぼけたような感じであり、贅の限りを尽くしてきた感があった。

その一室に入り、老人を見下ろすかのように眺める女性…
おそらくは、彼女がこの老人を部屋に連れ込んだ人間なのであろう。

我々は知っているッ!!
このツンツンの妹をッ!!

…そう、彼女は遠野秋葉である。
ここは遠野家の地下にある、隠し軟禁部屋のようだった。

「気分はいかがですか、『閣下』?」
「そのぉ~よぉ~。おめぇさんは~、俺を一体どぉ~してここに連れてきたのかなぁ~?」
「あら、もちろん。貴方の握っている情報を得るためです」

しかしながら、この『閣下』と呼ばれた老人も堂々たる態度で女性と対峙する。
その言葉もどこかすっとぼけており、いかにもな狸爺っぷりを、これでもかというくらい露呈している。
…そう、彼こそは保釈中の殺人罪で再度投獄された、元全権特権大使『北条晴臣』であった。

「それで…その『超法規的処置』かなんかで、俺を引っ張り出してきたってぇワケか」
「いいえ、その『超法規的処置』すら今回は使っていませんよ」

そう、秋葉ほどの女性が囚人を檻の外へ出すことなど造作もないこと。
無論、家の力を利用しての法の捻じ曲げ『超法規的処置』も可能ではあったが、彼女のとった手段はもっとシンプルであった。

「私の作りました『メカ閣下』は、そう簡単に看守にバレはしないでしょう」
「そうね。琥珀ならその辺は完璧にこなすことでしょう」
「なぁ~るほど~。そ~ゆ~ことか~」

そう、実にシンプル…
ただ単に、『閣下』とそっくりの替え玉を使っただけのこと。

琥珀の科学力は型月一ィィィイイイ!!!
そう簡単にィィ見破られぬわァァァイイイ…精巧なものである。

もっとも、どうやって刑務所内に潜り込んだのは定かではないが、そこは『読者の想像』にお任せすることとしよう。



「でぇ~よぉ~…お前さんの目的はなんだい?」
「先ほども行ったでしょう。『閣下』の持っている情報です。全世界を回っていた閣下でしたら、世界中のあらゆるコネから情報を集めて兄さん(志貴)を探すことが出来るはずです」

「見返りは?」

!!?

途端に、老人が若返ったかのように見返りを求める閣下。
やはりこの男、相当の狸である。

「…この任務を成し遂げたときこそ、遠野家の力で超法規的処置をもって釈放させてあげましょう」
「…よしっ!決まりだッ!」







なんというやり手なのだろうか!!?
遠野秋葉ッッ!!元全権特権大使閣下すらも利用する女ッッ!!!

ちなみに、その後の秋葉の部屋では秋葉と琥珀が話をしていた。

「あの、秋葉様?」
「何?」
「あの『英雄・衛宮士郎』はどうするのですか?」
「聞けば『樺太』で呑気に野宿してるとのこと。あんな莫迦は放っておきましょう」

なんと言う冷酷非道な女なのだろうか。
彼女にとっては志貴以外、全ては利用するだけの駒に過ぎないのであろうか?



「(ああ…衛宮士郎さんにはかわいそうなことをしましたね。志貴さんがまさか『樺太』に行こうとしてたのは予定外でしたけど、まあ、『ハッキング』して旅行先を『クウェート』に変えて万事解決ですね)」

もっとも、秋葉の誤算はとどまるところを知らない。
志貴はあくまで『日本国内』にまだいるのであるが、おおよそまた琥珀に唆されたのであろう、今度は『世界』にコネを持つ閣下をム所から引っ張ってきたものだから、この作戦もおそらくは失敗するのであろう。

なんにせよ今回の件の一番の被害者は、『就職先』から内定取り消しを喰らって未だに樺太で野宿をしている士郎であることは言うまでもなかった。



[25916] 第34話 …MARIA(カラオケで歌うな!!!)
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/06/03 00:02
時は夜、ここは志貴のアパート。
志貴とアルクェイドは、いつもどおりちゃぶ台をはさみ向かい合い、志貴は新聞を、アルクェイドは分厚い本を読んでいる。
ちなみにレンは、『ぶら下がり健康器』の上で早くも眠りについていた。

「そういえば、最近シエル先輩に会ってないけど元気でやってるのかな…?」
「え!?志貴…もしかして浮気!!?」

なんとなくシエルのことを口に出す志貴てあったが、アルクェイドは「およよよ」と、演技っぽく反応する。

「あ、いや、その……」

そんなアルクェイドにうろたえる志貴を見ていると、それが逆になんだか可愛らしくさえ思えてくる。

「冗談よ、冗談。志貴は優柔不断だけどそんなことはしないってわかってるから」
「うっ……」

アルクェイドの「優柔不断」という言葉が、志貴の胸にグサリと突き刺さる。
信頼されているのかいないのか、全く以ってよくわからない関係ではあるが、まあ、ラブラブであることは疑いようのない二人であった。







閑話休題…
その志貴がなんとなく心配していた『シエル先輩』は、未だに志貴のストー…もとい調査局の監視をしているのであろうか?


…否!

このときシエル、すでに聖堂教会へと帰還―――



「…は…はじめまして……」

「よくぞ参られた。迷えるエレイシアよ…」

―――ではなく、カトリックの総本山、ヴァチカンへと来ていた。
何かの思し召しなのか……?
そのものの姿はなく、その気配のみで感じるプレッシャー…!!
圧倒的ッ……神聖ッ……!!!

シエルの背後であろうか…?
ステンドグラス張りの窓より直立に…否!エレベーターで降下するかのように、非常にゆっくりと降下していく白色の法衣を身に纏う神聖の主。
靡き浮き上がるケープマントですら、そこはかとないエレガントさをかもし出していた。

「ま、まさか、貴方様がその姿を見せることになるなんて……」



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!



「ロ…『ローマ教皇』ッッッ!!!」



その名を呼ばれた男…ローマ教皇は凄まじいオーラとは対極に、優しい笑みを浮かべる。

「初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。『光あれ』」

言っていることはよく分からないが、なんとなくすごいことだけは分かる。

「ローマ教皇!!なぜ貴方は私をここへ……!!?」

実は、シエルがヴァチカンに来たのはローマ教皇から直接召集が掛かったわけではない。
ただ、ローマ教皇の東方にまで届く重力が、シエルをこの地へと引き寄せたのだ。

それであっても、本来であれば問うことすら許されぬ圧倒的高みッッ!!
しかし、それでもシエルは問わずにはいられなかった。
シエルの問いにローマ教皇は笑みと威圧感を消すことなく答える。

「フッ…いい眼をしているな。それに度胸もある。どうだね?今、ここで私と一戦交えてみるか?」
「そ、そんな恐れ多いこと……ッッ!!!し、失礼しましたッッ!!!」

シエルは一生懸命に首と手を振りローマ教皇への敵意を否定する。

「冗談だ」
「(し…心臓にわるすぎるッ……!!!)」
「話を本題に戻そう。Sig.naシエル…貴女は今、『埋葬機関としての任務』と『自身の愛』の狭間で苦しんでいるであろう」
「………ッッ!!!」

ローマ教皇は人の心さえも読めるのであろうか…?
総帥の組織の行う研究は、明らかに神に対する冒涜であると教会は認めている。
故に、組織の壊滅が今、埋葬機関に与えられている任務ではある。
しかし、その任務を遂行してしまえば『愛しの』志貴は職を失い路頭に迷ってしまう。

「悩むことはない……。神の祝福、慈愛の心はこの地球に満ちている。故に貴女の任務も愛も、どちらを選ばれようとも、どちらも選ばれようとも神は祝福するであろう」
「ま、まさか…教皇様はこの言葉を伝えるためだけに……!!?」

信仰は盲目とはよく言ったものであるが、傍から見れば迷惑なことこの上ない。



そんな時、さらに事件は起きる。
シエルの背後に現れる謎の気配……殺意…


「…ローマ教皇様…マスターの命により、貴方の首を貰い受けにきました」

「!!?」
「………」

現れたのは謎の刺客…甲冑に身を包み、大きな槍を持った謎の大男。
無論、この男に神への信仰など皆無。
刹那…男はシエルを介さぬかのように、瞬間移動しローマ教皇の眼前に堂々と立ち尽くした。

この聖堂は数多の騎士団によって守られているはずであるのだが、おそらくこの男はそれらを皆屠ってきたのであろう。
ニビ色の甲冑は、その返り血で赤黒に染まっていた。

そのあまりの無気配からの殺意に驚くシエル…
一方のローマ教皇は、黙りそのものを見て口を開く。

「英霊……しかも、禁呪か……」

ローマ教皇の分析したとおり、この男はサーヴァントである。
サーヴァントを召喚するには聖杯戦争時をおいて他はないことから、禁呪…しかも、相当の魔力を持ったものでなければ不可能である。

「ロシア正教会…いえ、おそらくはFSBの手のものの技術により召喚されたのでしょう。報告によると、ロシアでも『聖杯戦争』の研究は進められているとありますからね……」

ご丁寧にも、ローマ教皇に代わり解説を加えるシエル。

「おそらくその風体から、この英霊は『イリヤー・ムーロメツ』!!チェルニーゴフを解放し、タタールの軍勢…そして天軍と幾度となく戦い果てたロシア神話の英雄……!!」

シエルはいつの間に臨戦態勢となり、その手には数本の黒鍵が握られていた。

「相手はサーヴァント…しかもおそらくは宝具『スヴャトゴルの泡沫』により強化されている……ッ!!」

宝具『スヴャトゴルの泡沫』とは…!!
イリヤーの相方でもあった巨人スヴャトゴルの死の間際、スヴャトゴルの身体から命の泡があふれ出した。
スヴャトゴルに請われてイリヤーはこの泡を身につけ、その泡沫をなめた。
こうしてイリヤーは巨人スヴャトゴルの力と勇気をも受け継ぐ。

故に、この宝具はランサー(及びアーチャー、ライダーの資質もあり)であるイリヤーの能力を、『バーサーカー』クラスにまで高めえる宝具なのである(ランクはB+だと思われる)。

「人間である私に勝てる見込みがあるかどうかは分かりませんが……」



「…よろしい、ならば戦争だ」

「は?」

いきり立つシエルを片手で静止し、ついにローマ教皇は前に出た。
しかし、齢80も超える高齢にはあまりにも無茶苦茶な暴挙…
シエルも思わず間抜けな声を出さざるを得ないッ!

「ちょ…教皇様!!!いくらなんでも……」



「我が名はイリヤー・ムローメツ!!ロシア正教会の名に懸けて!ローマ教皇ベネディクト16世並び聖堂教会を抹殺する!!!」

そんなシエルの心配など露知らず。
問答無用でローマ教皇に襲い掛かるイリヤー。

しかし、次の瞬間―――

「(黒鍵!!?)」

シエルはローマ教皇のケープマントより、小型の黒鍵のようなものが17本くらい飛び出したのが見えた。
しかし、それらは瞬時に視界から消え―――



「ギョッエアアアアアア!!!」


なんと黒鍵らしきものは、いつの間にイリヤーを包囲し、その剣先からレーザーみたいなものが発射され…見事にイリヤーを四方八方から撃ち抜いていた。
これだけでもイリヤーは既に意識を分断されており、さらに……

「!!!!!!」

ローマ教皇が両手を広げ、さらに開いた掌……その指先から発せられる紫電は、イリヤーを更なる遠い世界へと連れ去り―――

その間、実に2秒!!!



「………ッッ!!?」

そのあまりの秒殺っぷりに、言葉を失うシエル。

「フッ……伊達に代行者や埋葬機関の上に立っておらん」
「お…おみそれしました……」

ローマ教皇……強し!!!
そのローマ教皇の黒鍵は、いつの間にやら回収されたようであり、再びケープマントの中から17本取り出し、それをシエルに渡す。

「えええ!!?」
「さて……この黒鍵だが……これを貴女に預けたいと思う」

「そ、そんな大事なものを……!?私には勿体無く……」
「…これさえあれば、貴女の任務遂行に必ず役に立つはずだ。……実はワシももう年でな……ゴホンゴホン……」

急にわざとらしく咳き込むローマ教皇。
まあ、確かにローマ教皇は齢80を超える高齢ではあるが、シエルは内心「ウソおっしゃい!!!さっきは人間では倒せないはずのサーヴァントを圧倒してたじゃないですかッッ!!!」と思っていた。
しかし、それを言ったな自身も粛清されそうな気がするため、一応黙っておくことにした。



「Sig.naシエル。貴女に神の御加護があらんことを……」



こうしてなんだかワケのわからないままヴァチカンを去ったシエルは再び日本へ……

しかしながら、あのサーヴァントを屠るほどの凶悪な威力を誇る黒鍵を手にしたシエルは、飛行機の中でついテンションがあがってしまい…

「このローマ教皇様の黒鍵さえあれば……!!あのあーぱー吸血鬼に勝てる!!!」

などとつい大声を出してしまい、客室乗務員に注意されたのは致し方のないことなのであろう。



[25916] 第35話 …feminism
Name: ネオアミバ◆59608fce ID:9d5980fc
Date: 2011/06/03 20:41
今月は給料日である。
契約社員である志貴の給料は、相変わらずの手取りではある。
しかし、まあ、車もなければ食費もそんなに掛からない二人と一匹のため、本来であればそれなりの貯金は出来るはずなのであるが……



「お金がない!!!」

梅図かずお風の絵面で驚く志貴。
その通帳残高は、すずめの涙といったところであろうか……

思えばアルクェイド…『ぶら下がり健康器』『節約本の大量購入』『新型電子レンジ大破』と、散在に暇のないことばかりをやっている。

「……これではお金がたまるはずない……」

と志貴が思うのも、無理もない話しである。







「と、いうわけで、今日から家計簿をつけていただきます!!!」
「な、なんでそんな丁寧口調なの……?」

時は夕方、志貴の部屋。

帰宅と同時に志貴はアルクェイドを居間に座らせ、買ってきた帳簿(100円くらいの)を渡す。
その魔眼封じの眼鏡はキラリと光っており、名秘書ッぷりをそこはかとなく醸し出していた。

「え~…なんだか面倒くさい」

案の定、アルクェイドにやる気のかけらも見られなかった。
あまつさえ、そのまま畳の上に寝転がりせんべいまで口に銜える始末である。
まさにダメ主婦(まだ結婚していないが)ここに極まり…であった。



「面倒くさいじゃアリマセン!!!」

当然ながら激昂する志貴。
対してアルクェイドは「だから何で丁寧口調なの?」とツッコミたかったのだが、それをやると話は余計に面倒くさくなりそうなので、あえて志貴の話を聞くことにした。

「そもそも、今まで家計簿をつけてなかったのがおかしかったんだよ」
「なんで?」
「だって、『主婦』なら普通、家計簿くらいつけるもんだよ。隣の『岡崎さんの奥さん(渚)』だって、『国崎さんの奥さん(観鈴)』だってみんなつけてるだろうし」

ここであえて『相沢さんの奥さん(あゆ)』といわなかったのは、おそらく彼女はは家計簿などつけていないだろうと予想されるためである(概ね当たってはいる)。



「えっ…『主婦!?』」
「あ…ああ……」

しかし『主婦』という言葉に反応したのか、ここで眼を輝かせるのはアルクェイドである。
あまつさえ、ネコアルク化している様に見えるのも気のせいではあるまい。

「それならしょうがないにゃー。志貴の立派な奥様になるためにも、『家計簿』くらいちゃんとつけにゃきゃねぇ~」
「な、なんだかわからないけど、とにかく頼むよ……」



そういうわけで、この日よりアルクェイドの主婦ミッション『家計簿付け』が始まった。
しかしながら所詮は猫なのか……

案の定、家計簿付けは三日坊主で終わってしまっていた。
その上、志貴すらも家計簿の存在自体忘れてしまっており、折角買った帳簿も本棚の片隅で埃を被ってしまう運命に遭ったのは、この似たもの夫婦からして仕方のないことであろう。


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