「今すべきことなのか」「復興のために全力を注いでほしい」。--。永田町が菅直人首相の不信任騒動に明け暮れた2日、東日本大震災で広島に避難してきた人や県民からは、怒りや嘆きの声が渦巻いた。【中里顕、寺岡俊、加藤小夜】
「与野党関係なく、被災者や国民のために協力していくはずだったのではないか」。福島第1原発事故を受けて、福島県南相馬市から南区の市営住宅に家族5人で避難した後藤孝明さん(48)は、ため息をついた。「結局は自分たちのために、人のあら探しばかり。追及される菅首相を見てにやにやと笑っている議員の姿には、震災の当事者としてがっかりだ」と語る。
自宅は原発から約22キロ。南相馬市は津波で甚大な被害に遭い、立ち入り禁止の警戒区域や避難準備区域が混在する。不信任案可決で総選挙との見方も流れたが、「選挙に金をかけるくらいなら、復興に回してほしいよ」とあきれていた。
西区の市営住宅に住む笹口潤平さん(30)は、原発から約4キロの同県大熊町から避難してきた。一時帰宅は今も実現していない。笹口さんは「菅首相を評価しているわけではないが、(不信任決議は)今すべきことではない。与野党とも『震災復興のため』と言っているが、一時帰宅すらできない人がたくさんいる。復興を政治のショーに使わないでほしい」と訴えた。
県医師会からの派遣で3月末、宮城県石巻市の避難所などで医療支援活動をした松村誠医師(61)は「現地は継続した支援が必要で、政局が不安定になっている場合ではない。菅首相もめどがついた段階で辞めるという決意をされており、与野党がノーサイドで心を一つにして復興に全力を傾けてほしい」と話した。
内閣不信任決議案に対し、県内選出の民主党衆院議員はどう対応したか。小選挙区選出の松本大輔(2区)、橋本博明(3区)、空本誠喜(4区)、三谷光男(5区)の各氏と、比例中国ブロックの菅川洋氏の事務所は、「反対」と投じたと認めたが、和田隆志氏(7区)の事務所は「ノーコメント」とした。
民主党県連の中原好治幹事長は「これを機に野党も含めて震災復興に全力で取り組んでいただきたい。首相はできるだけ早く、しかるべきリーダーにバトンを渡すべき」と注文した。
各政党の県連などは、談話を発表した。自民党県連の宇田伸幹事長は「民主党を守ることを最優先したことこそ国民不在。一刻も早く辞職し、国民全体で支援できる体制を構築することが最も重要」と批判し、公明党県本部の田辺直史代表代行は「現政権は曖昧な退陣約束と引き換えに延命した。さらに厳しくただしていきたい」とコメントした。
共産党県委員会の村上昭二委員長は「菅内閣を信任できないが、不信任案への賛成は自民公明の党略的な動きに手を貸すことになる」。社民党県連の金子哲夫代表は「不信任案提出は許されない。信任されたとはいえ、政治混乱の責任を取って(首相は)早期辞任すべきだ」と求めた。【矢追健介】
有権者からは厳しい声が相次いだ。中区昭和町の主婦、橋本恵さん(29)は「菅首相には辞めてもらいたいとは思うが今ではない。家族を亡くしたり、家を失って苦しむ被災者を第一に考えてほしい」と求めた。西区の無職男性(68)は「3カ月たって何も進んでいない現状では仕方ないのかもしれないが、自民党は阪神大震災での対応など経験もある。なぜ、党派を超えて協力ができないのか」。
福山市西深津町、飲食店経営、堀之内秀至さん(49)は「非常時に国のトップがころころと変わるのはおかしい。とにかく震災復興に取り組むべきで、足の引っ張り合いは二の次だ。被災者に迅速に義援金を分配できる人なら次の総理にふさわしいが、現時点ではいない」。尾道市向島町、主婦、村上君江さん(82)は「政争に明け暮れている場合ではない。原発を推進してきた自民党の責任も重い。犠牲者に報いるためにも、国難に一丸となって立ち向かうのが政治の務めだ」と話した。【寺岡俊、高山梓、中尾卓英】
毎日新聞 2011年6月3日 地方版