菅直人首相が大震災・原発事故対応に一定のめどがついた段階で辞任する意向を表明した。この決断を「政治の停滞」から脱する契機にせねばならない。
六月二日は「民主党首相辞意表明の日」と歴史に刻まれるかもしれない。一年前、鳩山由紀夫前首相が辞意を表明した同じ日に、後継の菅首相も辞意表明することになるとは、歴史の偶然なのか。
安倍晋三元首相以来、一年で交代する首相が五代続くが、東日本大震災・原発事故では菅内閣の対応の不手際が指摘されており、被災者対応を前進させる契機になるのなら前向きに受け止めたい。
民主党の分裂回避
菅首相が辞意表明に至る引き金を引いたのは、自民、公明両党とたちあがれ日本が共同提出した菅内閣不信任決議案だ。
共産、社民両党を除く野党に加え、民主党内でも菅首相の政権運営に批判的な小沢一郎元代表に近い議員らが賛成する意向を表明。否決できても大量の造反で政権弱体化は避けられず、党分裂の可能性が指摘されていた。
首相は採決に先立つ党代議士会で「震災の復旧・復興に最大限の努力をする」「民主党を壊さない」「自民党政権には戻さない」という三つの目標を掲げ、「震災対応に一定のめどがついた段階で、若い世代に責任を引き継ぐ」との表現で、辞意を表明した。
一定のめどとは、復興基本法を成立させ、夏前とされる二〇一一年度第二次補正予算案編成のめどがついた段階と、菅、鳩山両氏が合意したという。
これを受け、不信任案に賛成する意向を固めていた鳩山氏は反対に転じ、小沢氏も「今までなかったことを引き出したから、自主的判断でいい」と採決を欠席した。
菅、鳩山、小沢各氏が当面、民主党の結束維持を優先させることで折り合いをつけた形である。
変わらぬ「ねじれ」
復興基本法案について、民主、自民、公明三党は、復興庁に実施権限を持たせる自民党案をほぼ丸のみした修正案で合意しており、今国会で成立する公算が大きい。
首相は先送りの意向を示していた二次補正についても、一日の党首討論で、自民党の谷垣禎一総裁に協議入りを呼び掛けている。
停滞していた震災復興策は、多少なりとも前進の兆しはある。依然苦しい避難生活を送る被災者の立場に立ち、対応を急ぐべきだ。
ただ、民主党を取り巻く状況は厳しい。与党が参院で過半数に達しない「ねじれ状況」に変わりないからだ。
自民党の石原伸晃幹事長は不信任案否決後、「子ども手当」「農家戸別所得補償」「高校授業料無償化」「高速道路無料化」のバラマキ4K政策を撤回しない限り、赤字国債を発行する特例公債法成立に協力しない考えを表明した。
赤字国債は一次補正を含む一一年度予算の歳入の四割を占める。同法が成立しなければいずれ国庫は底をつき、社会保障など公共サービスへの影響も避けられない。
民主党は引き続き、野党側の協力を得る努力を惜しむべきではない。真摯(しんし)な交渉態度に加え、復興基本法案の修正協議で自民党の主張をほぼ丸のみしたような柔軟さも時には必要だ。
野党側も、不信任案が否決された以上、いたずらに国会を混乱させるべきではない。参院で菅首相問責決議案を提出、可決させ、法案審議に応じないようなことは厳に慎むべきだろう。
谷垣氏は首相に辞任を迫る際、「あなたが辞めれば、与野党を超えて新しい体制をつくる工夫はいくらでもできる」と断言した。
民主党代表選がいつ行われるかは確定していないが、後継内閣には協力を惜しんではならない。自民党が総裁発言に責任を持つか否か見届けたい。
大連立でもない限り、ねじれ国会は続く。与野党がともに責任を負う政治に進化しなければ、日本政治の危機的な状況は脱せない。
党利党略を優先させる政治に終止符を打ち、「国民の命と暮らしを守る」政治本来の目的達成のために勇気ある転換をしてほしい。
首相が辞意表明した以上、レームダック(死に体)化は避けられない。その状態が続けば、外交上も損失は大きい。政権延命を図るようなことがあってはならない。
衆院解散が筋だが
首相が「若い世代に責任を引き継ぐ」と語ったのは、小沢氏らベテラン議員には政権を任せたくないのだろうが、それが若手であろうと、選挙を経ない「政権たらい回し」は民主党が批判してきた。
首相交代なら衆院を解散して信を問うのが筋である。東北地方が復興途上にあり、直ちに総選挙に踏み切るのは難しいだろう。国民ができるだけ早く政権選択の機会を得るためにも、全力を挙げて復興を急ぐのが政治の責務である。
この記事を印刷する