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第1章 施設等における体制づくり

  第1節 トップがなすべきこと
  第2節 身体拘束の原因分析
  第3節 日常業務の見直し
  第4節 全員一致の体制づくり
  第5節 情報の共有
  第6節 リスクマネジメント
  第7節 家族との良好な関係の築き方
 

第6節 リスクマネジメント

1 事故予防策
 施設における事故は、利用者に対するケアの充実を図ることによって防止するのが基本である。
 具体的には、1.各利用者の身体状況、精神状況、生活歴などを把握した上で、拘束を廃止した場合に起こりうる事故の危険性を予測し、事故防止策を検討すること、2.過去に起きてしまった事故や、事故に至らないまでもヒヤリとした事例について整理分析し、同種の事故の発生を防止することである。

(1)各利用者の身体状況、精神状況、生活歴などの把握

     身体拘束を廃止しようとする場合、拘束を廃止したらどのような危険が生じるかを予測し、危険を回避する対策をあわせて実施する必要がある(いわゆるアセスメント)。
     アセスメントを行う際には、家族から話を聞き、ケア方針の決定の参考にするなど、家族の協力を得るようにする。これにより、利用者の状況がより正確に把握できるほか、家族と施設とのコミュニケーションも良好になる。
     また、アセスメントに当たっては、多くの職員に、利用者について気づいていることを発表してもらい、参考にすることが望ましい。一人の職員では把握しきれない部分が、利用者には必ずあるものである。

(2)事故事例、ヒヤリ・ハット事例の分析

     実際に起きてしまった事故から「ヒヤリ・ハット」したことまでのすべての情報を分析し、それに基づいて事故予防策を実施して、事故の再発防止や未然防止に役立てるべきである。
    そのための方策として、下記のような方法が考えられる。
    1.事故報告書の活用  現場では、「事故」とはどこまでのものをさすのか、誰が記入するのかなど、いろいろな疑問がある。あくまで、事故の内容を分析して安全対策を構築することが目的であるので、小さなものでも報告するとともに、報告しやすい環境を整えることが必要。
     集積した事例から、事故の起こりやすい場所、時間、状況(原因)などを分析し、対応策を検討、実施する。
    2.事故防止対策委員会の設置  委員長は施設のトップがなり、施設の実状に応じた事故防止のためのマニュアルの作成や、施設構造等の改善を行うことが必要。
    3.チェックシートの活用  職員のミスを予防する効果があり、また、速やかに対策をとることができる。
    4.日常のサービスの記録  ケース記録・看護介護日誌等は、日常のサービスの事実や経過を記載することはもとより、利用者に対する安全配慮に関する事項を含めて記録する。

2 事故発生時の対応
 事故が生じた時に施設がなすべきことは、迅速・適切かつ誠実に対応することに尽きる。
事故が生じた時には、利用者の生命、身体及び健康を最優先し、利用者に対して適切かつ迅速な応急措置を講じなければならず、職員にはそのための専門的知識と訓練が必要である。
 また、施設では、本人が受傷状態を正確に表現できなかったり、職員のいない場所で事故が生じたため施設として受傷の状況を確認出来ない場合がある。その場合は、必ず病院での診察を受け、万全の措置を取ることが必要である。

    1.事実関係の正確な把握  事故が発生した時には、直ちに事故に至った経緯及び態様を調査し、事実を正確に把握する。
     記録すべき事項は、利用者名・事故の発生日時・事故発生場所・事故に至る経緯・現場の状況・施した応急処置の内容と処置者名・救急車の発動要請や到着時間・利用者の状態の推移・医師の診断内容・指示事項・その後の処置の経過である(あらかじめ書式を用意)。
     正確な把握とともに、トップは冷静な指導力と判断力が求められる。
    2.事故原因の調査  事故に遭った利用者の状況だけでなく、周辺の事情も含めて調査する必要がある。施設の責任を回避する思考は、施設のとるべき対処を誤ることにつながる。
    3.利用者の家族に対する連絡と誠実な対応  速やかに利用者の家族に連絡し、事故の経緯を正確に報告する。また、事故後に施設でとった措置や経過についても報告する。施設側が考える誠実な対応と、利用者・家族側が施設側に求める誠実な対応との間に差が見られることがあるので、利用者及び家族の立場に立った上での誠実な対応が必要である。
    4.事故の再発防止の措置  施設の責任の存否に関わらず、発生した事故を二度と繰り返さない対策を検討し、早期に実施する。それが、利用者・家族側の真の理解につながる。

    例 事故報告書

特 別 寄 稿

身体拘束の原則廃止と法的責任

弁護士 高村 浩

 身体拘束の原則廃止に対しては、「身体拘束をせずに転倒等の事故を発生させた場合の施設等の損害賠償責任」を危惧する施設等の関係者の声がなお聞かれる。
 しかし、介護保険制度は、自立支援を介護サービスの目的とし、そのための基本的な手順として、施設サービス入所者等のためのケアマネジメントを定めており、しかも転倒等のリスクは、ケアマネジメントの中で把握して、配慮することになっているのであるから、転倒等の事故が発生した場合にも、まず問われるのは、ケアマネジメントが的確かつ確実に実施されていたか否かであると考えられる。
 このような観点から、施設等において特に留意する必要があると考えられる点をいくつかあげる。

1 転倒等のリスクについてのアセスメントの重要性

 施設サービスなどの提供にあたっては、まず、「自立支援をする上で解決すべき課題」を把握(アセスメント)することが求められているが、転倒のように介護現場で頻繁に発生し、しかも骨折という結果をともないやすい事故のリスクは、当然、把握しておくべき「課題」の一つである。従って、転倒等のリスクについての十分なアセスメントが不可欠である。現在においても、転倒等のリスクについてアセスメントを実施していない施設をときどき見受けることがあるが、医療事故が発生した場合にまず診察の的確性が問われるのと同様に、介護現場で事故が発生した場合にも、まずアセスメントの内容が問われることに留意する必要がある。

2 ショートステイの場合

 ショートステイでは、介護支援専門員の所属する事業者とショートステイ先の施設が異なる場合があるが、介護支援専門員から施設に対してアセスメント結果が連絡されていないこともある。施設において、必ず介護支援専門員によるアセスメント結果を入手し、その内容が不十分であればアセスメントを補充する必要があるだろう。

3 リスクに配慮した施設サービス計画等の作成

 アセスメントの結果、転倒等の事故のリスクが把握された場合には、そのリスクに配慮した施設サービス計画等を作成することが求められる。自立支援を目指しながら、事故防止にも配慮した計画を作成することは、簡単な作業ではないと思われるが、少なくとも他の施設等で工夫され、効果をあげている介護技術については、個々の利用者の心身の状況等を考慮した上で、その導入の可否と適否を十分検討して、計画を作成することが必要であろう。また、利用者側から、計画の作成段階あるいは事後に、計画内容について「なぜ」と問われたときに、その根拠を説明できる計画を作成しておくことも必要と思われる。さらに、計画の内容を、担当職員全員が理解しておくことも当然必要である。

4 利用者及び家族への説明と同意

 施設等において、利用者及び家族に対して、アセスメントの結果及び施設サービス計画等の内容と根拠について十分に説明し、その理解と同意を得ておくことが必要である。サービスのメニューを説明するだけでなく、自立支援のためにいかなるサービスをどのように提供するのか、なぜ原則として身体拘束をしないのか、事故防止のためにどのような配慮をするのかについて説明し、理解と同意を得ておくことが必要である。サービスの目的や根拠、過程が利用者側に理解されていないと、事故という結果だけでサービス全体を評価される危険があることを留意する必要があろう。

5 再アセスメントの必要性

 計画に基づいてサービスを確実に実施するとともに、計画の実施状況を把握して、適宜、再アセスメントを実施し、利用者の心身の状況の変化を見落とさないように注意する必要がある。

6 介護記録の整備

 以上のサービス提供の過程と結果について、介護記録を整備しておくことも重要である。施設等において、記録の仕方を統一した上で、アセスメントやケアプランに照らして必要と判断される事実を記録しておかなければならない。例えば、転倒防止のために訪室をしても、その事実を記録しておかなければ、訪室はなかったと認定される場合もあることに留意すべきである。

7 施設の構造や設備の安全性

 施設の構造や設備の安全性に対する注意も不可欠である。例えば、廊下に段差があり安全性を欠いていれば(土地工作物の瑕疵)、そのぶん職員の負担は重くなり、転倒事故を防止することは困難になるであろう。また、廊下に瑕疵があったと認定されると、その施設の所有者は一種の無過失責任を負うことにもなる。施設の構造や設備については、個々の利用者に対する転倒のアセスメントにおいても確認しておくだけでなく、施設全体の問題として留意する必要がある。

 以上は、「指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準」(平成11年厚令39号)等の指定基準で定められていることにほかならない。そして、指定基準は、施設等がまもるべき最低の基準である。そこで、転倒等の事故を発生させた場合に施設等がまず問われるのは、指定基準で定められたサービスの基本的な手順、すなわち施設サービス入所者等に対するケアマネジメントが十分に実施されていたか否かになると考えられるのである。従って、損害賠償責任の防止という観点から見ても、施設等としては、ケアマネジメントを的確かつ確実に実施することにつとめ、それによって身体拘束を減少させていくことが必要と考えられる。


第7節 家族との良好な関係の築き方

1 家族への説明
 サービス利用開始時に、施設等の介護・看護方針を具体的に家族に伝える。このとき、身体拘束をしないことと、併せて、身体拘束が本人にとって、どのような弊害を起こすことになるかを説明する。つまり、安全という名目のもとに行なわれる拘束が、実は痴呆症状を進ませることや、全身の筋力や心肺機能を低下させ、確実に「ねたきり状態」に追い込むことを、家族が理解できるように、そしてその方針を了解できるように話す。
 それまで他の施設等で拘束されていた、あるいは在宅でやむをえず拘束していた事例では、特にこれを丁寧に行う必要がある。このとき、これまでどのような介護・看護を受けていたか、またはしていたかの事前情報も収集できているとよりスムーズに行える。そして、拘束しないことによるリスク、即ち、生活しているからこそ起こりうるリスクも併せてこの時に伝えておく。
 どのような状況下であれ、事故が起きた時は、速やかに事実を伝え、施設等としてこれに対してどのように対応するか、今後の方針を明らかにする。

2 日ごろのコミュニケーション
 サービス利用開始時に、家族に、「施設等での本人の暮らしに何を望むか」をまず聞く。そして、それに対してどのような介護・看護を行えるかを話す。これらを前提にして、家族が何かを感じたり、言いたいことがある場合、直接介護している職員に言いにくければ、利用者の権利を守るために配置されている生活相談員(ケースワーカー)が話を聞くことを説明しておく。何よりも介護・看護する側と家族の協力関係があってこそ、本人へのケアがよくなる、家族はそのための(問題発見の)協力者になって欲しいという姿勢を示すことである。
 さらに、施設としていつでも家族が本人の様子と介護・看護の内容を見ることができるように面会時間に制限を設けないことは、家族の施設に対する信頼を高め、施設等と家族とのコミュニケーションを良くすることにつながる。
そして、面会に訪れた家族には、必ずあいさつして本人の様子を伝えるようにする。また、施設便りを定期的に発行し、この中に本人の様子を伝える欄を作り、介護・看護者が具体的事実を記入する。これは、面会にあまり訪れない家族にとって安心できる情報となり、施設を訪れようとするきっかけともなる。
 いずれにしても、家族を、「預かってもらっているのだから」という気持ちにさせない関わり方が重要である。

3 家族の立場から見た身体拘束廃止
 身体拘束廃止をめぐっては、家族の意識も変わりつつある。ここでは、家族の立場から見た身体拘束廃止について紹介する。


介 護 家 族 の か か わ り

(社)呆け老人をかかえる家族の会 理事  笹森 貞子

「身体拘束禁止」の対象となる行為とその弊害を知る

 身体拘束と称される行為は、厚生労働省から出ている「身体拘束ゼロへの手引き」で具体例が示されている。また各関連施設諸団体でもこの件に関して話し合いがもたれ、中にはパンフレットなどを作成しているところもある。人権の面から考えても、家族はきちんとこの行為を知ることが望まれる。
 家族は、事故が起きたら本人も可哀想であり、皆に心配をかけると思う。身体拘束の弊害に気がつきながら、安全のためには仕方がないと辛い思いで意図的に目をつぶることも多かった。身体拘束のもたらす身体的、精神的、社会的弊害はもっと強調され、家族もしっかり理解しなければならない。

基本的に身体拘束を認めない姿勢を持つ

 家族は施設利用の前に、可能なら親戚をも含めて「身体拘束の弊害について」話し合いを持つようにする。その弊害を知ることにより、当然のこととして身体拘束を基本的に認めない姿勢を持つべきである。施設を利用する際には、身体拘束を認めない意思を施設側にきちんと伝えるとともに、身体拘束廃止に対する取り組みを施設側から具体的に説明してもらう。もしその説明がないなら、家族側から問いかける。あいまいにしない心構えが大事である。

利用者の情報を施設側に伝え、ケアプラン作成に参加する

 家族は利用施設に、利用者の生活歴、性格、行動パターン、心理状態、現在気がかりなこ と等、できるだけ詳細に伝える必要がある。このことは、専門職の介護の工夫に生かされると思われる。
 さらに、家族は施設からアセスメントの説明を受け、ケアプランの作成に加わる。そして、ケアプランの内容を共に考え、結果を共有し、どのようなサービスが提供されるかを理解するよう努める。

身体拘束と出会った際の働きかけ

 万が一緊急で家族に説明や確認がなく身体拘束が行われた場合、家族は関係者に説明を求めたり、記録を見せてもらうなど、率直に意思を伝える。さらに苦情相談窓口の情報を日頃から得ておくことも大切である。 


コラム 痴呆対応型共同生活介護における取り組み

生 き る こ と を 支 援

高齢者グループホームこもれびホーム長 和田 行男

 平成11年3月中旬、入居者説明会でのできごとである。
 「ホーム長の説明を聞けば聞くほど自由すぎて危なかしい。自分の妻は頭部の手術をしており、転倒したら命が危ないと言われている」。「痴呆性高齢者の施設であることを地域に明らかにしたこもれびから、毎日のように外(地域)に出かけたら痴呆であることが世間に知られてしまう」。
 こもれびの運営方針「人として生きることを支援する」を説明すると、家族からこのような応えがかえってきた。確かにこもれびは道路から玄関に段差があり、玄関かまちがあり、階段もある。2ヶ所の勝手口も踏み台があり、洗濯物干し場は砂利道になっている。高齢者施設としては構造上バリアだらけである。表通りは交通量が多く、北側はバス通りで歩道もない。また、住宅街の一角にあり人通りに面している。家族の心配は無理からぬことではある。
 「確かにリスクは高く心配もある。しかし、生きていくことはリスクを伴うことであり、どこで暮らしていてもついて回ること。リスク管理の行き着く先は施錠であり拘束であり、最後は人間の姿とは程遠い状態におかれる。リスク回避の対策は考えるが、施錠して閉じ込め、行動を管理制限するようなことは考えていない。危なかしくたって自分らしく生きる姿をとるか、どちらを選択するか十分に検討して欲しい」と話した。
 あれから丸3年。職員がそばについていなくても洗濯物を干し、玄関先を掃き、畑で大根を引き抜く。また、遠方から見守っているだけで、入居者同士で公園や商店、西新井大師へでかける。近隣住民からも「最近はお年よりだけで歩いているね」と言われるほどである。行きつけのスーパーに一人で出かけ、自分の好きなものを買って持ち帰り、居室でこっそりと食べていたことや、お金もないのにレジに並び店員さんが連絡をくれたこともあった。
 確実に記憶障害・認知障害が進行してきている入居者たちであるが、生きていくために備わった「ちから」を存分に発揮して暮らす姿からは、人間のたくましさを感じさせられ驚くばかりである。疑心暗鬼だった家族も、入居後ダイナミックに変わり、その後かわらぬ元気な姿や人間として活き活きと生きる姿を見て、「私は考え方を変えた。妻が痴呆であることを隠さないようにした。何があっても覚悟ができた。」と言うほどである。
 福祉とは「社会の人々が幸福に暮らせる生活環境」であり、私たちはその生活環境をつくりだす専門集団であるはず。身体拘束が社会的な課題となっているが、単に直接身体拘束をするかしないかが問題の本質ではない。
 介護保険法の指定事業の中で「生活」の入った痴呆対応型共同生活介護は、痴呆状態にあっても人の姿で生きていけるように支援する事業であり、多くの事業者はその歴史的役割を十二分に認識しているからこそ、人間らしく生きる姿からはほど遠い、行動制限・施錠・身体拘束とたたかっているのであり、限りない努力を重ねているのである。


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