インターミッション
「エリー!!助けて!!!!!」
激しく燃える陸戦用ストライカー。
その残骸の内から悲鳴が響く。
「 !」
声が出ない。
否、自分は叫んでいるがその声が認識できない。
「あつい やだ!助けて! エリー!エレオノール!! 」
彼女が自分を呼ぶ声だけが異様に鮮明だった。
主燃料に引火したのか、ストライカーの自動消火装置による消火が全く追い着いていない。
このままでは弾倉に引火してしまう。
「あついよ………」
「 」
このままでは が。
――――ある欧州の片田舎の街道、11月末――――
――――振動、エンジンの駆動音。
車輪が路面のギャップ(段差)を拾い貨車が跳ねる。
エレオノールは自分が薄暗いトレーラーの荷台にいることを知覚した。
―――夢か。
辺りを見回す。
ここはガリア製ウイッチ運用パネル仕様荷台のEPC機甲歩兵輸送車の中だ。
エレオノールの右隣には、ガリア陸軍技術研究所及びGIATから供与された
ルクレール2025コンセプト試作陸戦ストライカーユニットが
駐機されている。
現在そのユニットはエンジンの過熱による著しい出力減衰、右前正面への被弾等により
小破の状態となっていた。ガリア製複合装甲は、高性能だが連続被弾耐性に難がある。
―――今日はやっぱり運が良かった。
一人感慨に耽り、続いてその更に右で自分の部下達が戦闘の疲れからかこの轟音の中で
安らかな寝息を立てているのを認識してふっ、と笑みを浮かべた。
それから、この後に控えるデブリフィリングで状況をより精確に発表し、
より姉妹たちの役に立つレポートを作成するためエレオノールは今日の戦闘を可能な限り正確に思い出すことに意識を集中した――
1
『今日の第9位は、いて座のあなた!ささいな口論から友人との溝ができてしまうかも!?』
うわ、微妙……。
「ちゅーうい、ナニ聴いてるんですか?」
セシールが左の掩体から声を掛けてくる
「ああ、いや今日も空電が多いなぁと思って」
「またまた、エロいのでも聞いてたんでしょ?このこの♪」
そこへ嗜めるようにおっとりした無線音声が被さる
『セシールちゃん、中尉はきっと占い聞いてただけだよ』
図星だった。軍用無線の周波数を民間帯域に合わせ7時の占いを聞いていたのだ。
少し気まずい思いをしつつもエレオノールは自分の後ろにいる声の主へ答える。
「クロエ、憶測でものを言うんじゃない、それと私語を無線で出すな。……ま、正解なんだけどさ」
彼女達はエレオノールが指揮する小隊の隊員で、エレオノールと同じグランドウィッチ(機械化機甲歩兵)だ。
セシールはセミロングにした金髪が目立つ派手な見た目で歩兵科の男性諸氏に人気があるタイプ。
クロエはおっとりしているロングの赤毛をひっつめにした娘。
ただ、非常にイイ体をしているので隠れたファンも多い。
「それにしても今日はツイてないなぁ、何だよ後方で待機って」
はるか前方、目視できないほどの遠方から響く遠雷のような砲爆撃と小気味良い銃声に耳を傾け、
HMDのタクティカル・ディスプレイをマクロ・ピクチャー中隊指揮官権限領域に切り替え、現在の作戦進行度を確認した。
どうやら今日の戦闘は極めて人類側が優位に推移しているようだ。
「データが取れなきゃ試験中隊の意味がないよ」
「でも中尉、やっぱりわたしは戦わなくて済むに越したことはないと思います」
「クロエ~?それはそうだけど、それ言っちゃおしまいじゃん」
「それでもやっぱりわたし、怖いな」
「まぁ、それが正常な感覚だよクロエ。僕なんかはあんまり恐怖心感じないから、
きっと早死にだな。今の感覚を大事にしな」
「エリーちゅうい、アタシは~?」
「お前は殺しても死にそうにないしなぁ」
「えぇ?!ちゅういひどっ!!」
そのやり取りを聞いて、クロエがくすくすと笑った。
エレオノールはため息をつきつつ周囲の警戒に戻る。
ここは現在エレオノール達が駐屯する村から半日ほどの距離にある平原だ、
まだらな森と軟弱な草地以外には何もない。低く雲がたちこめ、朝なのにかなり薄暗い。
エレオノール小隊はその草原に軽易な掩体を構築し、味方の後ろで待機していた。
数キロ先には針葉樹の森、そこから烏の群れが飛び立った。
―――?
「中尉?」
エレオノールの様子に気付いたクロエが問いかけてくるが、答えずに無線機のスケルチをオフ。
途端にレシーバーからは猛烈なホワイトノイズが炸裂する。
その轟音を無視してストライカーの砲身を森に向けた。モード、指向性通信。12オクロック。
――――ザ――ザザ―
ホワイトノイズに甲高いスパイク(感)が混ざる。方位を確認。
続いてエレオノールは掩体から出て100メートルほど後退、
今度は森の方向へ撫でるように砲身をゆっくり旋回させた。
――ザ
スパイク。方位を確認。
エレオノールは掩体まで戻り、マクロ・ピクチャーマップにスタイラス・ペンで
スパイクのあった方角へ二本直線を引いた。
その交点の座標を確かめつつ、無線で状況系をコールする。
センシング情報を見た限り我のIFF情報は統合戦術衛星と空中戦域統制機のセンサーには無いようだ。
「イーグルアイ(統制)、ノーム31(エレオノールのコールサイン)、
座標257 646付近に我の部隊は展開しているか?」
『ノーム31、イーグルアイ、その座標には我の部隊は存在しない。…何か見つけたか』
ネウロイが意思疎通に電波通信を用いる事はよく知られていた。
適切な操作を行えば、解読はできなくとも人類の無線機で拾うことはできる。
エレオノールのストライカーは、計5本のインテグラルアンテナによって通信、及び索敵に任意の方向へ指向性を持たせられる。
先程やったのはこれを併せて利用するエレオノールの編み出した索敵法だ。
「ネウロイと思われる兆候を確認、規模不明」
『イーグルアイ、了解』
続いて中隊指揮系、
「ノーム00、ノーム31、新たに確認したネウロイらしき兆候に対する威力偵察、
可能であれば交戦、撃破を具申する」
『ノーム31、許可する。支援は必要か?』
レシーバーに第3試験機械化機甲歩兵中隊長のベアトリス少佐の声が入る。
「1個魔導砲兵小隊の火力単位使用を申請する」
『許可する。……気をつけてね』
「誰に言ってるんです?センパイ」
エレオノールは闘争の予感に爛々と眼を輝かせ、不敵な笑みを浮かべて振り返った。
「聞いたなお前ら、……エサが来たぜ」
「りょ~おかい」「了解です」
―――やっぱ今日はツイてる!
「ノーム00、ノーム30(小隊コールサイン)はこれより威力偵察に入る」
魔導エンジンに火が入る。マスター・アーム、オン。獰猛な唸りを上げ三機の陸戦型ストライカーがその身を震わせて目を覚ます。
「躍進用意 前へッ!」
エレオノールは風を切り裂き、エンジンの咆哮に劣らぬ声量で小隊指揮系に吼えた。
『傘型隊形!我に続け!!!』
「ya!!」「ya!!!」
周囲の景色が弾かれたように流れる。三機の中ではエレオノールのルクレール2025コンセプト型ユニットは
二人のルクレールシリーズXXI T11-AZURに最高速度で劣るが、装着者の技量とサスペンション性能が優れるため
全力走行を行うと自然に隊形が矢印型となった。
森が近づく。
『林内へ突入、警戒を厳にせよ』
森の中は草地とは打って変わって激しい小起伏の連続。
膝と母指球に意識を集中して地形をいなす。地上戦においてウィッチの駆るストライカーは、
この動作によって極めて優れた機動性を発揮する。
例えるならば通常の戦車と陸戦用ストライカーではソリとスキーの差が存在する。
陸戦用ストライカーの最高速は、ほぼイコールで路外機動速度なのだ―――熟練したウィッチが操れば。
どうやら予想通り森の中にはネウロイはいないようだ。もうじき森を抜ける。
砲兵へコール
「サラマンダ、ノーム31、火力要請。256 645へ1分間制圧射撃、知能化砲弾混用、ASAP(可及的速やかに)」
『ノーム31、サラマンダ、要請を受理した。256 645へ30秒後より1分間、知能化砲弾混用、制圧射撃を開始する』
さすがに早い。自走機動可能なAMX30 AuF1りゅう弾砲型ストライカーを装備した魔導砲兵ならではのレスポンスだ。
更に走る、もっと、もっと速く!
頬を木々の枝が掠める。
『最終弾弾着30秒前、29、28、27―――』
森の端が見えてきた、タイミングはバッチリだ。
HMDの複合センサ画像を拡大する、ネウロイが拡大された視野内に入る。
「ノームー00、ノーム31、敵を確認。歩兵型2個分隊規模、多脚型5、戦車型4」
歩兵型は砲弾で制圧されている、対戦車型も存在しない。問題なし。
多脚が5、これも性能で優越するこちらにとって問題ではなかった。
―――戦車型。十数年前より戦線に出現した、人類地上軍にとっての悪夢。
進化し続ける奴らは今や機動性を除けばウィッチの駆る陸戦用ストライカーに迫る性能を有し、
その火力で味方地上軍を食い荒らす。なんとしても仕留めなくては。
「ノーム32、33は多脚をやれ。歩兵は適宜制圧。戦車は僕がやる」
「ya」「ya」
「ノーム30、突撃用意」
ALSが砲弾を薬室へ叩き込む。装填よし……。セイフティ、ファイア・ポジション。
「突撃に―――」
もうすぐ林端―――
『―――6、5、4――弾着、いま』
抜けた!
「進めッ!!!!突っ込め!!!!!!!」
「「「Ruuuuuuu-Shuu!!!!!!!!」」」
三騎の吶喊、同時にクロエが12.7mm連装機関銃で精確な8の字形に短連射、歩兵型を次々に粉砕する。
クロエの射撃を止めさせようと多脚型がクロエを照準し――突然胴体から炎を吹き出して横転する。
セシールの120mmHEAT-MP-T、OECC120F1による一撃だ。
前方、敵の歩兵型が戦車型を支援するように展開し始めた。
「どけッ!!!!!」
エレオノールは敵分隊の中へ20メートル程突っ込んでGALIX近接防御装置からHE-FRAGを撃った。
弾頭は高速で同時発射され全周へ飛散、空中に数メートル上昇して調整破片を撒き散らした。
地面が一瞬沸騰したかのように土煙を上げ、歩兵型が地面に叩き付けられる。
―――よし!
砂塵を抜けると敵も支援は望み薄と悟ったか2輌毎に高速走行で散開しつつ包囲機動を行っていた。
上等だ、来い!!!!
「そいつらを抑えておけよ!!!!」
「まっかせて!!!」「了解です!!!」
正面、戦車型2輌。
被照準警告及びその方向がHMDに表示される(ブザーはオフにしているので警報音は無い)
左、右の順でエレオノールに向かって微弱なレーザーが照射されたのだ。
―――来る。
奴ら(戦車型)はこの照射によって極めて精密に射距離を測定可能なのだ。
試験中隊に所属する技術士官によると、我のYAGレーザ測距と波長こそ違えど同じ原理との事だ。
APFSDS-Tを装填、意識を左の敵と己の脚、魔導エンジン操作部に集中する。
高揚感、感覚が加速される。
発砲!エレオノールは敵を左に見て斜め前だった進路を
右脚を蹴り込む事で強引に捻じ曲げ敵を正面に捉え疾走した。
「いち、―――」パンッ!!
敵砲弾が右を飛びぬける。
地上戦においてネウロイは、ウィッチの持つシールドで効果が減衰し易いレーザーから、
体内に蓄えた可燃物をレーザーで爆発、固体弾を発射する方法へとその攻撃手段を変換した。
特に最新の戦車型ネウロイの主砲は、通常型第3世代戦車の正面装甲やエンチャント(魔力付与)した
第3.5世代陸戦用ストライカーの装甲ですら安全ではなかった。
1.5秒、約1820メートル。
エレオノールは照準機を覗き込み、弾道偏差を織り込んで照準、魔力を集中して撃発した。
FCAが魔力を検知、整波増幅。HMDにエンチャント・モードのシンボルが点灯し、レチクルの偏差値が変動する。
魔導加速、戦術出力。
ダンッ!!!
長砲身120mmのショックウェーブが多重魔法円と極超音速サウンド・ディスクを貫いて飛翔する弾頭を送り出す。
装弾筒が離脱し、貫徹体が敵の体表面、車体正面に命中する。
と同時、敵の砲塔が空高く弾け飛んだ。
本来、通常型120mmAPFSDSでは貫徹不可能な距離だったが、
エレオノールの固有魔法『ガン・バレル』によってこの距離での撃破が可能だった。
識域下認識領域拡大による魔素侵蝕、魔力による物理法則の改変。
「……ん…」
敵を仕留めたその愉悦から、思わず熱い吐息が漏れそうになり、すんでのところで堪える。
集中、集中……。
―――1輌
発砲煙と砂塵を走り抜けると仲間を吹き飛ばされた片割れの一輌が照準を終えて、
こちらを射撃しようとしていた。
エレオノールは冷却装置をカットオフしつつ腰の汎用格納ボックスから透明な液体の入った薬品用アンプルを
二つ取り出して両手に持ち、それを太腿付近左右の吸気口(インテイク)に叩き付けた。
ダストブロワからガラス片がダイヤモンドダストのように拡散する。
続けて、ハイパーバー(後燃焼装置)の燃料投入量をオーヴァーロード。
直後、UNI製V8XXエンジンがマフラーから青白いショック・ダイヤを吹き出し甲高い悲鳴を上げ、猛烈なパワーを生み出した。
PXから拝借した酒類を蒸留して自作したエーテルと
カットオフされた冷却装置用出力、強制過給タービンへの燃料過剰投入による一時的な出力のブースト。
続いてヴェトロニクスのドライヴコンピュータの制御信号を強制手動信号鍵でインターセプト。
クラッチを一切切らずに精確な回転数制御をしつつギアをシフト、本来ありえない
シームレスなエグゾーストを響かせて加速疾走。敵の砲弾が加速を捉えきれずに後方を飛び過ぎる。
前方に見えた堆土の手前で急制動をかけてジャックナイフ。敵に正対、停止する。
距離は1000、この距離なら精密な測距無しでも戦闘照準で十分中る。
「ブチ貫け」敵の下端を狙った一撃は綺麗に砲塔(タレット)リングに吸い込まれた。
―――2輌!
照準機から顔を上げ、残る2輌を確認する。いた、独立林を隠れ蓑に距離を詰めている。
発見と同時に右のヤツからレーザーが照射された。距離1000以下!かわせない!!!
エレオノールはとっさにエンジンをストールスタート、敵に対し左に躁向しつつ発砲にタイミングを
合わせてピッチアップ
ビキィン!!!
衝撃音を響かせて敵の砲弾が複合装甲に撃角90で侵徹、衝撃を熱に変換し停止した。
敵の弾道に装甲を相対するように姿勢を変化させなんとか停めた。装甲はクラックも剥離もしなかったようだ。
遠のきかける意識の手綱を何とか操り、左のヤツからは死角になるよう堆土の影に入り、
ぼやける視界で敵を捉え、連装機関銃で敵を撃つ
ドココココココッ!と重くも小気味良い連射音を響かせ、12.7mm曳光徹甲焼夷弾を敵に導く。
敵が機銃弾を弾くのを確認して火器変更、そのまま発砲する。
―――この距離ならば、砲弾と機銃弾の弾道は殆ど同じだ。
命中………仕留め損ねた!?
だが深刻な損害は与えたようで、その敵はLOS内から離脱していった。
やっとで回復した視界と意識で最後の1輌を探す――――――いない?
否、後ろ!!!
エレオノールが振り向き、堆土の方を向くとほぼ同時にそいつは堆土を乗り越え、
エレオノールに圧し掛かって来た。
「MERDE!」潰す気か!!
砲を向けるが、敵の砲身がそれを押さえ込むようにぶつけられる。
精密な砲制御アクチュエーターを保護するため、ノーバック機構(外力遮断装置)が作動し、
腕部倍力装置と腕力のみで抗さなければならなくなった。
右脚でそいつの腹を抑えどうにか支えるが、50tを優に超える暴力的な質量が
容赦なくエレオノールに襲い掛かる!!
「ウグルルルルルルル………!!!!」口から無意識に猛獣のような唸りが漏れる、
グルルルルルルルル、とシンクロするようにストライカーのエンジンも過負荷に唸りをあげた。
フレームが軋む。耐用限界を超えた負荷に異常な過熱が始まっている…!
長砲身が災いして砲を指向する事も出来ない!!
ドヴォオオオオオオオオオッキンッ!と唸るような射撃音が鳴り、圧し掛かっていたネウロイがびくりと引き攣る。
エレオノールが腰溜めでボルトオープンし煙を吐くG11Kアサルトハンドウェポンを握っていた。
「HA!!」
闘争本能剥き出しの笑みを浮かべ、吐き捨てるように笑う。
―――この距離なら、小銃弾で底板くらい貫けるのさ、僕はなッ!!!
「GAAAAAAA!!!!!!!」
ゴアァアアアアアアアアアア!!!!!
エレオノールは吼え、ストライカーの両脚を回転させるような蹴りを背中を軸にして繰り出した。
ネウロイの体が粉々の破片に粉砕される。
―――3輌!!
奴はどこだ?!ネウロイの再生能力ならば、もうじき修復してきてもおかしくない。
ちくしょう、出力が殆ど上がらない。過熱か。おまけに足元は軟弱な泥炭だ。
これじゃあ満足に動くことも出来やしない。
……聞こえた!
嘲笑するように真正面から音が聞こえる。
こちらの状況を知ってるわけでもあるまいに。
―――どうする、待ち伏せしかない。だがここは先刻知られている。
2
単色と極彩色の濃淡で彩られた視界の中、日向の草葉が明るく映っていた。
先ほどの敵は、どうやら味方と戦いそれを屠ったようだ。
今は姿が見えない。だが、移動に支障がある筈で
しかもその虹色のゆらぎははっきりと視えていた。
その場所に向かって撃つ。
反応はない。
近付いて確認することにする。
そこには、ちろちろと燃える粒状の物体が
3
バギンッ!!!!!!!!
極至近距離から叩き込まれた砲弾で、最後の戦車型ネウロイは一撃で全機能を喪失した。
先程いた場所から約400メートル離れた地点から放たれた一撃で。
「……この僕が、エンジンが動かない程度で擱座すると思ったか?」
魔導エンジンを敢えてカット、己の膂力のみでここまで数10tあるストライカーごと移動したのだ。
エレオノールは地面にあけた簡易掩体から這い出し、元の場所へと戻った。
そこでは砲弾から取り出したキャノンパウダーと有線通信ケーブルでぐるぐる巻きにした
非常電荷用熱電池がゆっくり、しかし確実に燃えていた。
最新の戦車型ネウロイはどうやらサーマルと短波で物を視ている可能性がある、
とはやたらめったら夜戦で負け続けた末、技術士官が出した結論だったが、どうやら当たりのようだ。
掩体は指向性散弾を魔力強化して地面に穴を開けた。
エレオノールはこんな形で新戦術を実践したくはなかったけどな、と苦笑しながらそれを眺めた。
「こっちは全部やったぞ。セシール、クロエ、そっちはどうだ?」
『状況終了♪』『損害、なしです』
無線からすぐさま返事が聞こえる。
マクロ・ピクチャーを確認し、戦闘が人類の勝利に終わったことを確認した。
「ノーム00、ノーム31、敵小隊を撃破、なおノーム31は小破、DSの支援を要請する」
『ノーム31、ノーム00、お疲れ様……怪我はないの、エリー?』
ベアトリス少佐の労いつつも気遣わしげな声を聞いて少し笑い、ふっと表情を引き締め
「人員に異常なし、人類側の被害はどうですか?」
『前線で重軽傷が10名ほど出たけど、ウチのメディカルウィッチが手当てしてる。大丈夫よ。
KIA、MIAは共にゼロ』
「そうですか」
思わず安堵の息が出そうになった。敵小隊があのまま浸透して後方を攻撃していたら、
きっと膨大な死傷者が出ていたことだろう。
―――やはり今日は運が良かった。
「ダイレクトサポート、ノーム31、現在地は地形が悪い。自力で道路まで離脱を図る
合流予定30分後で頼む」
『ノーム31、ダイレクトサポート了解』
少し時間に遊びを作って申請した。センパイもこんなことでは怒るまい。
「お前ら、先に行ってていいぞ。僕は少しかかりそうだから」
『りょうかぁ~い』『それでは……お先に失礼します』
エレオノールはストライカーから這い出し、その砲ユニット部の横に腰掛けた。
装甲板と装甲化クルー・ジャケットを脱ぎ、難燃ツナギを肌蹴て腰に縛る。
ようやく温まりだした空気が汗に濡れた体に心地よかった。
すぅっ……と息を吸う
何となくそんな気分だったから
少しかすれた綺麗な高音で
Mon petit oiseau
A pris sa vole
Mon petit oiseau
A pris sa vole
A pris sa, à la volette
A pris sa, à la volette
A pris sa vole
それから少しの間、興が乗ってきたのでほかにも何曲か歌い、
伸びやかな、でも掠れるようなソプラノで歌い終えてから少しだけむせた。
それから煙草を取り出そうとポケットを弄り、代わりに出てきたロリポップ(棒付きキャンディ)を意表を突かれたような目で見、
「っあ゛~~~~~、やっぱ喉調子悪いわ~~~。禁煙してもすぐは良くならんのかねぇ……」.
とぼやきつつ咥えた。禁煙忘れてなんていないですよ、っと。
そして立ち上がり、ゴキゴキッと背筋を鳴らして伸びをしてから
「さって、そろそろ道路までこのかわい子チャンを連れてきますか……」
ストライカーを装着した。
4
―――まぁ、こんな感じだったかな。
思い返した戦闘から不要な部分を無くし、必要な情報に重要度別に順位を付けてPDAに挿したフラッシュメモリに書き留める。
それがひと段落した頃、丁度臨時駐屯地『ノーム・ネスト』のゲートが荷台の採光窓から見えてきた。
「ん………着いたか。ほら、起きろお前ら。お上品にしろ」
「ぷりおっしゅが…」「ふな……」
「ったく……」
立ち込めていた雲も細切れとなり、陽光が降り注いでいた。
日ももうすっかり高く昇り、じっとりとした湿気をはらんだ冷たい空気が暖かく澄んでいく。
とはいえ、前日深夜にここを出発した三人には、些かきついものがあったが。
「セシール、レジュメは今晩2100までにちゃんと提出しろよ、いいな?
クロエ、お前はちゃんと食事を摂ってから体を休めるように」
「ちゅうい、何でアタシだけレジュメの催促なの?」
「わたし、眠くて食欲ありません…」
エレオノールは腰に手を当ててもう一度念を押した。
「おまえらがそんな感じだからだ。わかったな?」
「うえぇえ……」「ひうぅ…」
仮設格納庫の前にEPCが到着し、トレーラー後部の昇降ランプがエレオノールの誘導で
油圧作動音とともに降りる。誘導信号灯を手に取って降車誘導(マーシャリング)の準備をした。
「全く……ほら、お前らは自分のハンガーにストライカーを格納してこい。
僕はDSのファクトリーにコイツを渡してくる。格納が終わったら、解散して自由行動でいいから」
「はぁい」「はい…」
セシールとクロエがストライカーを装着し、警告灯とポジションランプを点灯し歩行せずに荷台から降車して格納庫へと履帯走行していく。
「歩くより履帯制御のほうが神経使うだろうに……こういうとこだけそっくりだなあいつら…」
さあ、自分はDSに一言詫びを入れて義理を通しておこう。
トレーラーの操縦手に信号灯で二人の降車完了を伝え、DSが使用する民間飛行場の整備格納庫へ。
小さなものとはいえ、当然滑走路もそのまま使用されており、
空軍の緊急着陸や陸軍の連絡機等を運用している。
現に今も、陸軍の連絡機が綺麗なグライド・スロープを描きながらタッチダウンするところだった。
整地走行で歩くより遅い程度ならば、今の状態でも可能だったためクレーンでホイストせず、
DSの整備兵の誘導で整備用ピットにストライカーを入れた。
「ごめん班長、事前に無線出したとおり過熱と正面被弾で小破です。
過負荷で腰椎部と脚部フレームも歪んでるかも」
整備班長は元ウイッチのアデライド大尉勤務中尉、
いつも額に拡大単眼鏡を付けている20代後半のお姉さんだ。
「ああ、聞いてるよ。ま、生きて帰って来さえすりゃ、ウチらが整備してまた履けるようにしてやるから。
アンタは気にすることないよ。それに、今回は意外とコワして無いようじゃないか?」
アデライド中尉がお下げにした髪を揺らしてにっと笑う。
「いや、面目ありません……あの娘らの方がよっぽど損耗率が低いですしね……」
「だぁかぁらぁ、気にすんなよ!“おねぇちゃん”だろう?
………でもま、アライメントと応力ひずみ計測で
駄目だったらいよいよモノコック・フレームから新造かな?」
ニヤニヤしながら背中をバンバン叩かれ、慰められつつ弄られる。
技術研究所立案、陸戦用ストライカーの大御所、GIAT社の最新鋭社内試作型だ。
交換部品などそうおいそれと在るものではない。
エレオノールは絶対この人には一生頭が上がらない気がした。
「うう、あんまり苛めないでくださいアデライドさん……」
「ほ~ら、お前さんのセンパイが報告待ってるよ。行った行った」
「それでは、……お願いします」
「いいよ」
さて、ここからは少し歩こう。
実験中隊の中隊長室は現在は司令部として徴用している民間飛行場の持ち主だった富豪の家の執務室だ。
車を使う距離でもない。眠気覚ましにもちょうどいい。
EPCは降車したあと、輸送隊の方に既に帰していた。
滑走路エプロンにくっ付いた整備格納庫から徐々に熱くなりだしたコンクリートに出て、
司令部邸宅へと歩き出そうとしたエレオノールの目に、先程の連絡機から降りたであろう人物が
プジョー製の四輪駆動車で走り去る姿が入った。
線の細い、軍服姿のハイティーンらしき女性だ。東洋の血だろうか、綺麗なロングのブルネットだった。
しかし自分たちのように泥と砂塵、血の臭いを感じさせない、清潔感のある戦場の空気を纏っていた。
―――東洋の魔女…、スカイウィッチか。
何の用だ?
エレオノールは、彼女達スカイウィッチが好きではなかった。
彼女らはその膨大な魔法力をシールド変換して味方の盾となることはない。
ひたすら味方と寝食を共にし、暗く湿気た防御陣地や掩蔽壕で苦しみを分かち合い、戦線を支えることもない。
百の火砲よりも価値のある、ウィッチでなくては御し得ない、大口径魔導砲を担いで
硬目標を吹き飛ばすために射弾下を蛇のように這い擦る事もない。
勿論、エレオノールとて現代戦における航空優勢の重要さは骨身に染みて知っている。
対地攻撃型や攻撃ヘリ型ネウロイに追い掛け回された経験も、一度や二度ではない(大半は撃墜したが)
要は鬱屈とした感情論なのだ。
一般兵は、彼らは何の魔力も使い魔の守護も無く、ただその身一つ、
或いは通常兵器だけで勇敢にネウロイに挑む。
見た目や言動は粗暴でぶっきらぼうだが、彼らの大半が実は朴訥な青年で、
自分たち魔女への気遣いを忘れない優しさを持っている(例外は存在するが)
そんな本当はとても勇敢で心優しい彼らを、何故守護しないのか。
運良く授かったその力は、彼ら戦士の傍らで戦乙女の如く行使して当然ではないのか、という感情。
それに、これはベアトリス少佐とアデライド中尉しか知らないであろう事だが、
実のところ、エレオノールはウィッチ養成幼年学校で、強大な魔力容量・密度、制御精度、空間把握…、
その他の優れたスカイウィッチの適正を持ちながら、その道を放棄したのだ。
選ばれし道、と言われている。
普通の魔女は、箒で飛ぶのがせいぜいだ(これも、最近は出来ない者が殆どだが)
彼女らを見るたび、エレオノールの胸中には何とも言えない感情が渦巻くのであった。
―――まぁ、いいか。どこぞのお嬢様なんざ僕に関係ないし。
気持ちを切り替え、中隊長室へ。
コッコッ、と小気味良く、それでいて控えめなノックをしてから。
「エレオノール・べネックス中尉、中隊長に用件あり参りました」
「どうぞ」「入ります」
中隊長室に入ったエレオノールは、その執務机で早速今回の戦闘の事務処理、及び技術研究本部へ
電送する一次報告資料を纏めていた中隊長―――ベアトリス・モルガン・オリヴィエ陸軍機甲猟兵少佐を見た。
―――さっきまで、一緒に戦場で指揮執ってたよね?
尊敬を通り越してもはやぐうの音も出ない。
一種士官用制服を一部の隙も無く身に纏ったその姿は、
ややシャギーの掛かったプラチナブロンドと相まって
完全無欠な戦場の守護神、戦乙女が物語から実体化したかのようだった。
―――僕なんかはさっさと一杯やって速やかにベッドに吶喊したいってのに。
思わずポツリとつぶやく。
「……センパイには敵いませんよ」
「何か言ったかしら?」
「いえ、何も」
気を取り直してエレオノールは、今回の戦闘での特異事項、及び経過、重要と思われる情報を
さきほど書き留めたレジュメと一緒に口頭で報告を済ませた。
「―――戦車型ネウロイがIRだけではなく短波で物を視ている事の取り敢えずの確認が取れたのは大きいわね。
……咄嗟の時の機転は、流石ねエリー」
ベアトリスが包み込むような笑みを浮かべて付け加え、エレオノールをあだ名で呼ぶ。
面と向かってそう呼ばれると、何だかくすぐったい感覚を覚えて、エレオノールは捲くし立てた。
「い、いえ少佐、本当に賞賛すべきは技術班の彼らです!
その事前知識が無ければ、自分はここにはいません!」
「彼らに直接言ってあげなさい?きっと喜ぶわよ」
「それは駄目です、あいつら調子に乗りますから」
言ってからあっと失言に気付く。ベアトリスはくすりと微笑んで
「こんな時くらい昔みたいにリズお姉ちゃん、って呼んでくれていいのよ」
聞かなかったことにしてくれたようだ。でも弄るのはやめて欲しいなセンパイ…。
「以上です!正規のレポートは2200、こちらへお持ちします!!
何か不足がありましたらお呼びください」
「はい、お疲れ様。ゆっくり休んでね?ああ、それと、本日2130、もう一度ここに出頭して」
「?……何か、ありましたか?」
「まだ本決まりではないの、そのときに話すわ」
つまりまだ僕が知るべきではないという事だ。
「了解しました。本日2130、現在地に出頭します」
「それじゃ、あらためてお疲れ様、エリー」
「センパイも、無理なさらないでください」
失礼しました、と一礼して退出した。
「っと失礼」
「ああ、済まない」
エレオノールは出たところで女性とぶつかりそうになり、
避けつつもこれを支えたが、相手も同じ事をしたためまるで社交ダンスのポージングそのもので
回旋して絡み合ってしまった(しかも相手より上背の低かったエレオノールが女性側だった)。
やたらと気恥ずかしい感覚を覚え、咄嗟に紅潮した顔を伏せたエレオノールはその眼前に飛び込んできた
見慣れぬ白い士官制服と航空機械化歩兵用のズボンを見て、相手が誰なのか認識した。
―――あのお嬢様か。
顔を上げると、その左目にはフソウ・ブレードのガードが眼帯の様に当てられた、
精悍ながらも素晴らしく艶やかな美女だった。年の頃は読めないが、ウィッチなのだ、
20代ということはあるまい。その襟元では、扶桑の少佐の階級章が輝いている。
エレオノールは直ちに姿勢を正し、
感情を制御し紅潮した表情を引き締め(うまく行ったはずだ、と信じたい)
機敏に敬礼を行った。
「失礼いたしました」「こちらこそ」
すこし微笑みつつ彼女も答礼する。彼女が手を下ろしたのを確認するとエレオノールは敬礼を下ろし、
胸の裡の羞恥を隠すように踵を返して足早に司令部の出口へと向かった。
階段に入るとき何となく後方を伺うと、彼女はベアトリス少佐の執務室のドアの前に立ち、
ノックをするところだった。
―――センパイに用事?なんだろう。
まぁ、ニード・トゥ・ノウって奴だ。気にしちゃいけない。
ともあれ、用は済んだ。時間まで少し、ゆっくりさせてもらうとしようかな。
5
酒は九時半の用事があるため呑めなかったが代わりに宿舎で手料理をたっぷりと拵えて、
セシールとクロエにも一緒に振舞った。勿論、このお楽しみの前に二人にはレジュメと軽食、
それからストライカーの運行後整備を済まさせてからの(かなりの部分はエレオノールが手伝ってしまったが)
夕食である。
「ちゅうい、相変わらずパネェ腕っす!!!」「はぁ……おいしい………」
「まだまだあるから、僕の分を食べない程度にどんどん食べな。
セシール、詰め込まない。クロエ、セシールに肉とられてるぞ」
「これはあれですね、退役したら『高級ビストロ・エリー』開店ですね、わかります」
「セシールちゃん、それ、いいかも」
「勝手に決めんな」
「そんでアタシウェイトレス!!」
「セシールちゃん、つまみ食いは駄目なんだよ?」
「していない姿が浮かばないな……」
「まぁまぁ細かいことはいいじゃな~~~い♪」
「「否定しないんだな(だね)」」
「ちゅういの料理なら~、多少へってもみんなニコニコだよ!!!!アタシが保障する!!!!!」
そんな感じで食事を済ませ、時刻は2110。
エレオノールは私物のタイヤの太い大排気量ネイキッドバイクを司令部邸宅へと走らせていた。
―――結局、どんな用件なんだろうな。
あのスカイウィッチのおねえさんは関係あるのかな?
往けば判るけどさ。
司令部に着く。
衛兵のグランドウィッチ二人が軽機関銃で銃礼をしてくる。
「お疲れ様です!」
「おし」
軽く挨拶と敬礼を返しつつ中へ。
コッコッ、いつものノック
「べネックス中尉、中隊長に用件あり参りました」「どうぞ」
入ります、と室内へ入ると少し薄暗い執務室の中にベアトリスの他にもう一人、
執務机の横に人影が佇んでいた。
―――東洋の魔女。
「遅くに済まないわね、べネックス中尉。ご苦労様」
センパイが僕を呼ぶ声もどこか余所行きだ。
「いえ、ご用件は何でしょう」
「ええ……」センパイが口籠る。何だろう?
「べネックス中尉、貴方には2025を降りてもらいます」
え?
「 どう いう、事でしょう」
そんな、まさか。うそ。
「あなたの損耗率が、無視できないレベルに達しつつあります」
「誰よりも敵を斃しています」
ぼく、ただセンパイの 役に
「五度の出撃に一度、撃破されるわね」
「必ず生還しています」
センパイだけの役に たちたくて だから
「あなたの機体は、オリジナルパーツの割合が60%以下になっているわ。稼働率はもう限界」
「アデライドさんがいます」
グランドウィッチに
「全力運転でも、スペックの80%の出力も出ていないわ」
「エーテルを焚けば、124%の出力です」
声が遠い、足許が、ふわふわする。視界が ぼやける。
「もう運用試験は、10月で終わっているのよ」
「延長運用に関するレポートは出しました、耐用限界を……」見極めるために。
言葉が詰まる。 試作型であるあいつは、もともと寿命は短い。
限界なのだ、躁手である自分が一番良く解ってる。
「エリー………」
「………」
「アデライド中尉から報告を受けたわ、両脚ユニットのメインシャフトがクラックを起こす寸前なの」
「僕は、 もういらないんですね、 センパイ」
「ちが」
あ、駄目だ、倒れ
「大丈夫か」
闇に尚眩しい、白色の衣にブルネットが映える東洋の魔女に
背中を抱き留められていた。いつの間に。
「離せ……放せ」
無言で立たせてくれた。カッと血が上る。
「センパイ!!どういう事なんですか!!!!それにこいつは誰です!?
『お空のお嬢様(スカイウィッチ)』がハイヒール(航空ストライカー)も履かず!このノーム・ネストに何の用です!!!!!!!」
センパイが息を呑む。意を決したように。
「エレオノール、……貴女にはスカイ・ウィッチになってもらいます」
―――今日はやっぱり最悪についてない。
「2025は、どうなります。セシールとクロエは」
「セシール軍曹とクロエ軍曹は中隊本部直援として中隊長付きになるわ
2025は、モスボール処理の上本国技術研究本部へ、今晩にでも輸送されるわ
こちらの方は、今後貴方の直接の上官となる扶桑―――」
堪えられなかった。
「僕が要らないならそう言ってよ!!!!リズおねぇちゃん!!!!!」
「あなたを喪いたくは無いのよ!エレオノール!!!」
気付くと走り出していた。
途中、視界に入ったストライカー洗車用のデッキブラシを引っ掴み、
それに跨って飛ぶ。
猛烈な加速ですぐに時速120キロを超える。目を開けられない。
更に加速、加速、もっと速く
気がつくと、滑走路脇の草地に転がっていた。
―――墜ちたのか。
骨折は無い、大出血も。
クルージャケットと難燃ツナギが無きゃ、大惨事だったな。
擦り傷だらけの膝が染みる。
体を起こして、体育座りになる。
惨めだった。軍人のすることじゃない。
免職かもな。泣けてくるよ。
立ち上がり、整備格納庫へ行ってみた。
若い整備兵が、エレオノールの姿を見て酷くぎょっとし、
慌てて自分の油染みた整備ジャケットをエレオノールの肩に掛けつつアデライドを呼ぶ。
僕、分厚いジャケット着てるってば。
そりゃそうだ、普段男みたいに肩で風切ってる僕がデッキブラシを後生大事に抱いて、
悪い魔法使いに乱暴された可哀想な魔女みたいに泣いてるのだ。
びっくりもするだろうな。
アデライドさんは、ルクレール2025コンセプトのモスボール処置を終え、
輸送機用重機載パレットにワイヤーとバンドで固定しているところだった。
仕事速すぎだよ、アデライドさん。
アデライドさんは全部知っているのだろう。
お別れを言ってやんな、と言い、肩を叩いて、それから整備班を全員連れて外に出て、
コイツとふたりきりにしてくれたくれた。
何度も命を救ってくれた、騎兵のランスみたいな長砲身戦車砲、52口径120mmF1-TKGUNを構え、
よく見ると幾何学的なステルスデザインのあちこちに被弾修復痕が残りえくぼのようになった
少しバランスが悪い、空っぽの鎧みたいなそいつにそっと触れた。
「元気でな………」
涙が溢れた。僕こんなに弱かったかな。
何となく、
そんな気分だったから
哀切に掠れるような声で
Mon petit oiseau
A pris sa vole
Mon petit oiseau
A pris sa vole
A pris sa, à la volette
A pris sa, à la volette
A pris sa vole
二人きりには広すぎる格納庫に声が響く、別れを惜しむ声が。
「いい歌だな」
バッと振り返る、同時にG11Kを装填しつつ抜き切る。
完璧なウェーバー・スタンス。安全装置は外れている。魔導加速、最大出力。
「何だよあんた、誰なんだ」
「出雲 涼という。扶桑で少佐をやってる。名を聞くなら自分から名乗れ」
「エレオノール…………べネックス、ガリア共和国陸軍、オルレアン独立試験猟兵連隊
第3機械化機甲歩兵中隊第3小隊長、猟兵中尉だ」
「そうか、よろしく頼むエリー中尉」
エリー呼ばわりかよ、上等だ。
「よろしく涼少佐」
言われて、涼は笑ったようだ
「ところで、そろそろそれを下げてもらえないか?鯉口を切る前に鍔に親指が張り付いてしまう」
見ると、涼は超高圧な魔力が篭ったフソウ・ブレードのシースとガードに左手を添えていた。
今どきブレードかよ。剣気だけで僕を十回は殺せそうだな。覚めた目で観る。
まぁ僕も、装甲車くらいなら一撃で頭から尻尾まで撃ち貫けるけど。
ホルスターにG11Kを仕舞う。センパイに貰ったG11K。
全く同時、涼もブレードから手を離す。ガンベルトみたいな吊帯だな、拳銃あるじゃん。
サムライか、これが。おっかねぇ。
胸の裡で呟きつつ、このまま全力の抜き撃ちで死合ってみたい欲望が、
抗い難い本能が剥き出しに―――
「ベアトリス少佐が落ち込んでいたぞ」
「わかってる。命令なんだろ」
「そうだ、お前は私の部下になる、エリー」
「気安く呼ぶな、涼。それと、さっきは醜態を晒してしまって申し訳ない。少佐」
涼が華やかに笑う。
「かわいいじゃないか、あのくらい」
「かわいいとか言うな、笑うな、柘榴になりたいのか」
お別れはすんだか。さあ、往け。
涼はそう囁き、デッキブラシを放って寄越した。
―――リズおねえちゃん。
6
エレオノールは、いつものようにノックせずにそのまま執務室に入った。
ベアトリス少佐、センパイ、リズおねえちゃん
彼女はらしくも無く泣いていたようだ。
尤も、エレオノールが部屋に入った時点では既に泣き止んでいたが。
涙の跡は消せないようだ。
「……申告、しに来ました」
「ええ……」
そのまま執務机の前、約3メートルの位置に立ち、姿勢を正し、敬礼。
「エレオノール・べネックス猟兵中尉、ガリア共和国陸軍、オルレアン独立試験猟兵連隊
第3機械化機甲歩兵中隊第3小隊長は、扶桑皇国軍へ転属を命ぜられました」
儀式、これは紛れも無く儀式だった。永遠か、一時かはわからない、別れの。
「休め」
一部の隙も無く、休めの姿勢を執る。
「……べネックス中尉、本日までご苦労であった。出雲少佐のもとで戦いなさい。武運長久を祈る」
「ありがとうございます。オリヴィエ少佐こそ、御武運を」
「以上」
再び不動の姿勢、敬礼。
踵を返す。力強く前へ。
扉を、「エリー……元気で―――」閉めた。
「もういいのか」
「うん、もういい」
「明朝発つ。明日の0500、エプロンに来い。」
「了解、涼」
7
それからエレオノールはセシールとクロエを叩き起こし、箒で飛ぶ訓練をしてやった後、
したたか酒をやった。
「箒に乗るんじゃない!全身の感覚を大気と一体化させるんだ!!
風と大気と一体になれば飛べる。つまりそれは同時に、必中に迫る射手となることを意味するんだ!」
「はい!!!!!」「は、はい!!!!!!!」
「だからぁ、クロエは整備班のジャンがすきなんれしょ?なら押し倒しちゃいなさいよ…」
「ちゅ、ちゅういがこわれた……!」
「お、おおおおしたおすなんて、わたわたわたし……!!」
「バッタは死んじゃうけど、その点アデライドさんの部下なら安心だしねぇ……?おっと…」
「エリーちゅうい!しっかり!!!」
「中尉?!」
「ぼくは大丈夫だ!!!酔ってない!!!!!酒だ酒~~~~~~~~!!!!!!
っていうかその凶器があれば大概の男はいちころだっちゅ~~~~のッ!!!!!!」
「うわわわわちゅういどうどう!!!!」「ひあっああぁ~~~揉んじゃ駄目です~~~~~!!!!!」
「がるるるるるる………っく、あっはははははははは!!!!!!」
8
「ッあ゛~~~~~~~~~~~~~~~~、頭いてぇ………」
「どれだけ呑んだのだ……」
四輪駆動車の車上、エレオノールは頭を抱えた。
―――取り替えてしまいたい………。
「さ、着いたぞ。乗れ」
「えっ」
「こ……これ飛行艇じゃないか!!!!!嘘ッまさかッ!!!!!」
「ん、ああ。我が 扶 桑 海 軍 が誇るUS-2だ」
「かいぐんッ??!??!!!???」
「そうだ、言わなかったか?扶桑皇国海軍少佐、出雲涼だ、と」「いってねぇよ?!」
「そうか、まぁ些細な問題だ。私は出雲で、皇国軍人であることは変わらん訳だし」
「陸と海ってぜんぜん違うし、そもそも空軍だろ普通!!!!」
「む、海軍航空隊を莫迦にするな!!」
「あ、そのごめん……って違う!!!!僕は船になんて乗らないぞ!!!!!!」
「ちゅ~ういってうわっ?!何してんの?!?」「中尉、見送りに……えぇ?!」
エプロンに何とか飛べるようになったストライカー洗車用デッキブラシでへろへろと
到着したセシールとクロエが見たのは、おっかないサムライに強制連行される子犬の如き有様の、
哀れに怯えきったエレオノール・べネックス猟兵中尉の姿だった。
「よッよせぇええええええ!!!!!このオーガ!!黒魔女!!!!妖怪サムライ!!!!!!
僕は船なんて乗らな~~~~~~~~~~~い!!!!!!!!!!!」
―――時は12月―――
良く晴れ渡った黎明の空が徐々に紫に燃え上がるエプロンで、
エレオノールの悲鳴が澄んだ空気に良く響いた――――――
おしまい。