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[28081] マブラヴ―不良の背中(オリ主)
Name: あおいぶた◆0a2be469 ID:196a220b
Date: 2011/06/01 23:33
お初にお目にかかる人ははじめまして。お久しぶりの方はまたどうぞよろしくおねがいします。
以前ここで投稿させていただいたあおいぶたです。
PVを見たりクロニクル01をプレイして熱が再燃してきたので、戻ってまいりました。
ここ一年ロクに文章を書いていなかったのでリハビリです。
いろいろ問題点の多い作品ですが、暇潰しにでも読んでくれたら嬉しいです。

1、オリ主モノです。ほかにもオリキャラがどっさりです。

2、設定が甘いです。ご都合主義の塊です。

3、国語力低め、文章量少なめでお送りします。

4、習作なので、更新は不定期です。

5、チラシの裏からやってきました。

6、感想大歓迎です。
  ねだる様な真似をしてアレですが、上達のためとモチベーション向上のために感想がほしいです。気が向いた方はご協力をよろしくお願いします。
  他にも、マブラヴの設定を完全に把握できているとは言いがたいので、ご指摘があればお願いします。
  すべて反映できるかは自信がありませんが、なるべく設定に沿ったものにしたいと思います。

以上の注意点で嫌悪感を催す方は、戻る事をオススメします。
それでも読んでくれると言う方はありがとうございます。
楽しんでいただけると嬉しいです。




5/31 勝手ながらチラシの裏からmuv-luv板へと移動。
同日 勝手ながらメインタイトル、サブタイトルも変更。



[28081] プロローグ 九月六日のクズ野郎
Name: あおいぶた◆0a2be469 ID:196a220b
Date: 2011/05/31 21:29
無数の曳光焼夷弾の輝きが荒野を飾っている。
気化した重金属で作られた雲を切り裂いて戦場へ現れる七つの影は、レーダーが使用可能になると同時に無数のロケット砲へと点火した。
影の名はAH64、愛称はアパッチの名で親しまれる戦闘ヘリである。
陸を駆ける無数の鉄人や戦車が自身を確認し、戦域を少し下げるのを確認してから、敵陣の真上から無数の爆弾を投下して爆撃を開始する。
一トンを超える爆弾を大量に投下した後はそのまま戦域をフライパスしながら大きく弧を描いて旋廻。

「もう一度行くぞ。今度は後ろからだ」

「了解」

後部席にて操縦を担当する火浦は、前部席のガナーコックピットに座るアーチャーへと合図をかける。
後ろを取ると同時に地面を這いずる異形の怪物たちに七十ミリのロケット砲と三十ミリチェーンガンを浴びせかける。
砲火の轟音で聞こえないが、陸地ではきっと肉が弾ける気持ちのいい音が聞こえているだろう。
対空戦力を奪われた連中を一方的に叩けるのはヘリの特権だ。もっとも、ある意味では一番危険なところにいるのだが。
丁度そんな時、彼らの耳に取り付けられた無線から聞きなれた同僚の声が聞こえてきた。

『レーザー級の存在を確認、重レーザー級は確認できず。大凡20!』

ぶわっと火浦の額に脂を含んだ汗の珠が浮かぶ。
勘弁してくれ、と呟きながらヘリを前傾姿勢に傾け、高度を下げつつ速度を上げる。なるべく、他の六機のヘリとは別方向に。
無線から聞こえたレーザー級、という存在から、訓練校と実践で叩き込まれた技術をすべて用いて離れようとする。
それだけの存在なのだ。無線から聞こえる指揮車からの連絡を耳にしながら火浦の乗ったアパッチは重金属雲の中に潜り込む。

『撃・・・・・・きるか!?』

『生憎・・・切れだ。出現・・・・・・・・・マー・・・・・・・・・したので確認』

「データリンク・・・・・・駄目だ。雲が厚すぎる」

通信が途切れてきたが、最後の爆音だけは耳にくっきりと聞こえた。
くそ、と火浦は唇をかみ締めながら後方へと急ぐ。しかし、不幸というものは来てほしくないときこそ押し寄せるものだ。
もっとも、他人のではなく、自分の不幸を望む人間など本当にいるのなら見てみたいが。
レーダー回復の為に少しだけ高度を上げようとした瞬間、それは起こった。

「うおッ!?」

突然ヘリが制御を失った。
コンディションを確認する為に視界をコクピットに下げると、メインローターに取り付けられた羽が二枚破損している。
それから一瞬遅れて、じゃっ、と空気中の塵と重金属の雲を蒸発させる音が聞こえた。

「いかん、かすった!」

「立て直せるか?」

「無理だ、不時着させる。舌を噛むなよ!」

不時着時にヘリが横転したりプロペランドを潰したりしないようにと制動をかけようとする。
しかし、羽を半分毟られた鳥が飛んでいられないように、これ以上の飛行は不可能だった。

「来るッ!」

凄まじい衝撃。不時着、というよりも半ば墜落、といった感じだった。
むしろ、メインローターの羽を半分食い千切られてここまで衝撃を緩和できたのは操縦士である火浦の技量の高さ故だろう。
あるいは、自分は何をやっても死なない、というジンクスを信じた故の奇跡だったのかもしれない。
しかし、シートベルトを着けていて尚、墜落時に歪んだフレームに顔をぶつけてしまい、マスクごと左頬の皮膚を大きく削がれてしまった。
あまりの痛みに火浦の食いしばった口から苦悶の声と吐息が漏れる。

「はあッ・・・・・・はあッ・・・・・・アーチャー、無事か?」

紐の切れたマスクを力任せに外して頬を抑えると、ぬるりと手袋越しにぬめりを覚えた。
かなり派手に出血しているらしいが、応急手当をするにも今居る場所は前線だ。急ぎ脱出して撤退せねばなるまい。
頬の出血を意図的に無視しつつ、軽く体を動かしたところ、節々は痛むものの脱臼や骨折は無いようで、火浦は安堵を覚える。
しかし、みしりと音を立てて軋む首を前に向けた瞬間に軽く抱いていた安堵は霧散した。

「腕をやられたか・・・・・・生きてるな?薬は?」

「・・・・・・ああ・・・・・・駄目だ。抜けそうにない・・・・・・薬は、既に飲んだ。VKと、K2だ」

アーチャーの左腕は歪んだフレームと前部操縦席の隙間に挟まれて、ひしゃげているように見えた。
いつも冷静で涼しげな表情を崩さない男が額に汗して唇を噛み締めているのだから、相当に苦痛なのだろう。
直接声をかけて治療してやりたいところだが、墜落時に歪んだブラストシールドのせいで前部操縦席に手が届かない。
火浦は右手側の歪みの少ないドアを思い切り蹴破ると、ヘルメットに取り付けられたインカムの通信域を短距離用に切り替える。
既に後衛の近くまで来ている筈だ。重装備の機械化歩兵や救護班のひとつやふたついるだろう。

『機械化歩兵、救護班、いるか。今墜落したヘリに要救助者が取り残されてる。フレームに左腕を潰されて、重症だ。ポイントわかるやつ、すぐに来てくれ』

『了解。アイランド小隊をポイントB-05へ向かわせる』

前部座席の扉を引っ張っていると、近場に待機していた指揮車からすぐに返事が来た。
救急キットでもあれば治療してやりたいのだが、生憎扉が開かない以上どうしようもない。
自力で扉を開けるのを諦めて、応援に来てくれるらしい機械化歩兵に任せることにする。

『了解。感謝する』

言いながら火浦はヘリのプロペラントの様子を眺める。一番不時着時に気を使ったのは何よりもこいつだった。
ケロシン系統の、ストーブ用の灯油みたいな燃料を積んでいるわけだから、漏れ出したところに火花でも散ったら大変だ。
引火した瞬間に逃げる間もなく爆死してしまうだろう。もっとも、自分が死ぬ場面を想像したところで現実味が無い。
そんな益体もないことを考えながら視線を辺りに巡らせると、前線の方向から二匹の怪物が駆け足で近づいてくるのが見えた。
人よりでかくて二足歩行する翼と羽根のない鶏に、赤い目玉のいっぱいついた象の頭をすげかえたような、異形。闘士級とここでは呼称される化け物だ。
戦車が射ち漏らしたヤツだろうな、と思いながら、火浦はホルスターから拳銃を引き抜き、両手で構える。
距離は約百五十メートルあるかどうか、といったところ。安全装置を外して狙いをつけ、引き金を引いた。

「・・・・・・鼓膜・・・・・・?」

墜落した時から耳が少しおかしいせいか、銃声がよく聞こえなかった。遠雷のように響く砲火の音は聞こえるのだが。
どうやら特定の音域が聞き取りにくくなっているだけらしい。
しかし、十回引き金を引いて、七回当たったように見えた。一匹は既に動いていない。仕留めたように見える。
まだ一匹いるが、負傷したのか、先ほどよりスピードを落として近づいてくる。
しかし、じきに、五、六秒でこちらを射程圏に捉えるだろう。
火浦は予備の弾倉をジャケットから引っ張り出し、弾倉をつめ直そうと構えを解く。

「・・・・・・フウっ・・・・・・フウっ・・・・・・」

しかし、さっき切れた頬を触った時に指先が血で濡れたせいか、上手く銃から弾倉を引っ張り出せない。
少しだけ焦りながら手袋を脱ぎ、ようやく引き金に指をかける頃には闘士級はもう目の前に居た。
硫黄臭交じりの、独特の金属臭が鼻を刺す。
この臭いのもとの、彼らの体液は一体どういう味がするのだろう、と益体もない事を考えた。食ったら美味いのか、と。
そんなどうでもいいことを考えながら引き金を引いた瞬間、破れた鼓膜でも捉えられるほどの爆音が鳴り響き、闘士級の頭が吹き飛んだ。

『援護する・・・・・・って、遅いか。まあいい』

「助かった、感謝する。救援を頼んだ火浦曹長だ」

振り返ると、先ほど応援を要請した機械化歩兵がすぐ後ろに立っていた。
重機関銃を二門構え、腰に跳躍ユニットさえ着いたごつい姿はさながら小型の鉄人のようだ。
顔は見えないが、かなりいかつい低い声がインカムから聞こえる。

「アーチャー曹長はそこのヘリの後部座席だ。頼む」

『もう処置を始めている・・・・・・っと、曹長さんか。アイランド小隊隊長、戸川十郎軍曹であります』

「いや、緊急時だ。敬語とか、自己紹介はいい。とりあえず認識票だけ確認しておいてくれ」

『了解した』

ヘリの方へと目を向けると、既に扉を破ったヘリから運び出されたアーチャーが機械化歩兵に抱えられていた。
左腕を切断するようなことにはなっていないようだが、どうやら薬物で意識を失っているようだった。
もっとも、早いところ基地できちんとした手当てをせねば、後遺症が残るかもしれない。

『顔、結構派手にやったみたいだな・・・・・・あんたも乗れよ。傷の手当てをしてもらうんだな』

「ありがたい」

言いながら、アイランド小隊の後からついてきた救命車両に乗り込む。
ヘルメットを外すと、はがれ掛けた顔の皮と共に耳がぼろりと零れ落ちて、皮膚の切れ目でぶら下がった。
出血が尋常ではないと思ったが、こういうことだったか、と妙に冷静な思考を保っていた火浦だったが、無意識のうちに一言こぼした。

「耳が」

別に何か意味や意思がこめられた言葉ではなかったが、どうにも視界の隅でぶらぶらしている顔の皮と耳を見ていると、妙な気分になってくる。
触ってみるが、もうすでに神経が通っていないのか、痛みとか感触とかそういうのはなかった。
そんな火浦の様子をみた衛生兵は傷口に軽くゲル状の薬液を塗ると、とガーゼ、テープを手に、千切れた耳を傷口に当てるようにして押さえ付けた。

「うっ・・・・・・」

「我慢してください。まだくっつきますので」

酷い痛みだが、一応痛み止めの薬も飲まされたので、我慢できないほどではなかったが、どうにも気持ちが悪い。
痛み止めに含まれた睡眠薬の影響で眠くなってきた火浦はそのまま壁にもたれかかって寝息を立て始めた。
今にでも彼らの、人類の〝天敵〟が現れて彼らは殺されても不思議ではない。〝敵〟はそんな連中だ。
しかし、たった数十分のものに過ぎずとも、五時間以上の間戦闘と補給を繰り返していた彼には、沈み込むような、泥のような眠りだった。



五十分ほどの仮眠を取った火浦は最寄の司令部に帰還してすぐに、搬送されるアーチャーとともに仮設テントにいる軍医を尋ねた。
アーチャーは右半身に単純骨折を六ヶ所もやっているらしく、復帰には一ヶ月以上かかるそうだ。
それに比して火浦は、顔の傷とはいえ、命に直接かかわるではないらしい。感染症予防のものと耳と皮膚をくっつける薬だけ渡して火浦を追い出した。
べったりとしたゲル情の、というよりももっと粘度の高いピンク色のものを傷口に沿って塗布する。
祖母が使っていた入れ歯安定剤のようだ、と火浦は思いながら耳と皮膚をしっかり固定する。
大陸支援に来てからここ一年、大きな負傷もなかったからあまり野戦病院には縁が無かったが、自分以上の重傷者が大勢いることをようやく思い出した。
アーチャーどころではない、五体不満足にされてしまったものたちもグロス単位でいる。
少々気が緩んでいたようだ。唇をかみ締めて眠気を吹き飛ばすと装備を整え、直接の上官に指示を受けようと司令部へ向かった。

「駄目だ!後退せざるを得ない!」

「輸送ヘリは・・・・・・」

「物資は置いていく。それしかないだろう」

どうやら取り込み中のようだった。先ほどから通信が帰ってこないことを不審に思っていたが、余程やばい状況のようだ。
話の内容を聞く限り、物量に圧されて長く持ちそうにないらしい。いますぐ尻尾を巻いて逃げるべきだ、とのことだ。
ここの日本帝国支援部隊第二大隊司令部に死に体で帰ってきた衛士が正確な戦域データを持ってきた結果、地中から旅団規模の増援が現れたらしい。
あと三十分もしないうちに突撃級、人類の〝天敵〟の中でも最も足が速いヤツが到達するらしい。
火浦は再び出撃できないかと、少しでも敵の進撃を遅らせる為に予備機期待してハンガーへと駆け足で向かう。
すると、途中で忙しそうな様子の整備兵を見つける。

「アパッチ、予備機はあるか?」

「ねえよ!あんたがぶっこわしたので最後だ!他のは一機も戻ってきてねえ!・・・・・・撃震だけあっても、衛士が全滅だ・・・・・・」

七機居た航空支援部隊は全滅したらしい。しかも、生存者は火浦とアーチャーだけらしい。
同じ釜の飯を食った連中がもういないことを思い、一秒だけ火浦は目をつぶって黙祷をささげた。
しかし、今危機的の状況下に陥っているのは自分たちだけではない。中韓連合軍とともに陸地で戦っているはずの鉄人や戦車も同様だ。
彼らの多くはつい先日補充された新兵、ひよっこどもだった。

「ひよっこどもは」

「・・・・・・通信が取れない。CPがやられてるかもしれん」

整備兵は俯きながら首を横に振った。
要するに、救援どころか支援も満足に期待できないということだ。
敵はほぼ素通り。先ほど聞いたように甘く見積もって三十分で到達する。そうなれば虐殺の開始だ。

「・・・・・・」

火浦は口をへの字にきつく結ぶと、毅然とした歩調である場所へと向かっていった。



「こいつは予備機か?」

ハンガーにて、整備兵たちが忙しく撤退準備を行っている中、火浦は顔見知りの整備兵に声をかける。
彼が見上げるは灰色の鉄人。昨日搬入された予備機であり、部隊章すら付けられていない代物。
前方投影面積は同サイズのものに比べて最大。装甲は戦車と同程度から劣る程度。最高速度や加速性能は戦闘機に及びもつかない。
人類の戦術に対しては最弱。しかし、人類の〝天敵〟に対する性能は最高を誇る、極めて異色の存在。
その人間が生身で行う戦術を、機械のより優れた挙動で、より高い馬力で行おうという狂気の産物。
F-4、日本帝国において〝撃震〟と呼称される戦術歩行戦闘機、略称、戦術機である。
人類の持てる技術の粋を尽くして製造された、最強の兵器である。

「あ?ああ。そうだよ・・・・・・って、強化装備なんて着てなにしてんだ」

強化装備、火浦が今身に着けている、身体にピッタリとフィットした対Gスーツのことだ。衛士強化装備。それが正式名称である。
火浦が見上げる戦術機に騎乗して〝天敵〟と戦う、人類の兵器の〝担い手〟を呼ぶ者は、彼らを衛士と呼ぶ。
人類の守り手。最高の兵器を扱う、最強の殺し屋。他の兵科の数倍以上の教育費を用いて育成される。
訓練兵ひとりひとりの適正を調べ、ふるいをかけられた中から選ばれた、英才教育の申し子。
火浦もかつてはその一人だった。
しかし、搬入される実機の数の問題から、戦術機以上の適正を持っていたヘリのパイロットとして転科したのだ。
かつては選ばれた者の中からさらにふるいにかけられたエリートしか乗れなかった兵器が、今では余剰している。
このような皮肉な状況は実戦経験を持つ前線指揮官の少なさ故の、日本帝国のひよっこ衛士の死亡率の高さ故だった。
もともと搬入される予定の機体数よりも多い数の衛士が居たというのに、余っている。これがどういうことか、その理由を火浦は一年間前線で見続けてきた。
ゆえに、火浦は告げる。


「おれが乗る。出させろ」

これは、不良たちの物語である。



[28081] 第一話 世間様とクズ野郎
Name: あおいぶた◆0a2be469 ID:196a220b
Date: 2011/05/31 21:30
街灯が点り始めた夕方の町並みを二人の少年が歩いていた。
吐息がけむるような寒い冬の夕方の道には人があまりおらず、ぽつりぽつりと道行く人も足早に家路をたどっている。
のんびりと歩くものは、少年二人だけだった。
彼らの着ている服は黒い学生服、かたやきっちり整えられたもの、かたや短ランを乱雑に羽織っているだけのもの。
それを身にまとう二人は、どちとも百八十センチ以上の大柄な体格を持っていた。
整った服装の、長めの髪をオールバックにまとめた少年は電気屋のウインドウに飾られたブラウン管テレビに目をやると、眉をひそめて口を尖らせた。

「お、またやってるよ。大陸派兵がどうこう。やだねー」

彼の視線の先のブラウン管の中では国会中継が行われていた。
彼らの祖国、日本帝国の重鎮たち、帝国議会の議員たちが怒鳴り声を散らしている。
今年決定された日本帝国軍の、アジア大陸への派兵について、大激論を交わしている。
その中に、会議場の片隅で腕を組んで居眠りをしている議員を目ざとく見つけたもう一人の少年が言った。

「まずは政府や武家が行けよ。あいつらその為にいるんだろが」

「武家はともかく政府が行ったらまずいだろ・・・・・・」

西暦1991年、人類を含む多くの生命の故郷、地球は未曾有の危機に瀕している。
宇宙からの侵略者、BETAと地球人が呼称する生命によって。
1967年に月面にて人類と邂逅した彼らは18年前に地球、中国はカシュガルに落着し、今も侵略を続けている。
比喩ではなく、彼らが通った後にはペンペン草一本生えんのだ。
樹林の喪失などが原因の気候変動により、もう花見月だと言うのにまだ梅の花は咲かない。

「また税金上がったし、あいつら役にたたねーよ」

「仕方ないだろーに、いろいろ苦労があんだよきっと。その怒りはBETAに向けてくれ」

中東からヨーロッパを蹂躙しつくしたBETAは今後東進を開始するだろう。
アジア諸国は必死に、文字通り必死に食い止めてはいるが、近いうちに戦線が後退するのは避けられまい。
その為、日本帝国も大規模な大陸への支援を行おうと言うのだ。

「遠くのBETAより今日の晩飯のほうが大事なんだよおれは。米も肉も野菜もたけーよ、最近」

「あ、それホントだよな。また消費税上がるらしいし」

しかし、少年たちが言うように、直接BETAとの戦争に関わっていない後方の地である日本も、景気は低下の一途を辿っている。
大陸派兵などに向けて軍需は増える一方、民需の縮小は止まらない。
結果、当然の話所得税、消費税をはじめとする税金は増えることになるし、国債も増える。
経済で発展した日本だからこそ、経済が傾くと他もすべて傾く。生命線なのだ。

「クソッ、じじいにまた小遣い減らされたんだぜ、おれ」

「それは普段の行いのせいじゃ・・・・・・」

「いーや、政治屋のせいだね、絶対。くそったれ、あいつらきっと今日も高級料亭で美味いモンたらふく食ってんだぜ」

明後日高等学校を卒業する彼らはじきに徴兵される。支援とはいえ、戦地に向かうことには違いない。
自分たちが痛い思いをする裏で、逆に美味しい思いをしている連中もいるわけで、それが彼には気に食わない。
戦争に恐怖しているのか、と問われれば、違うと答えるだろう。

「映画の見すぎだろ・・・・・・」

そうこう話しているうちに彼らは目的地である駄菓子屋についていた。
黄粉棒やタコせんべい、棒つき飴、ガムなどを小銭で購入し、食べ歩きしながら家路を辿る。



「ただいま、じじい」

「おかえり、くそがき」

短ランを羽織った少年は小さな、2DKほどの平屋の家の敷居をまたぐと、あまりにあまりな帰宅の挨拶をした。
しかし、帰ってくる声もまた、あまりにあまりなお出迎えだった。
台所への扉から現れたのは少年とよく似た顔立ちの老人だった。
百九十近い背丈に、衰えてなお百近い体重を維持しているであろう屈強な体躯を持つ偉丈夫。
他でもない、彼は少年の祖父、火浦源次郎だった。
同じ火浦の苗字を持つ少年、火浦京次郎は器用に足だけで靴を脱ぎ、玄関から上がる。
ペッタンコに履きつぶされた革靴は、彼の羽織る短ランや、手に持つ鞄と同様に不良スタイルである。

「ほらじじい、お土産」

「ありがとよ」

口こそ悪いものの、敬老の精神豊かな京次郎は自分だけ買い食いをして帰宅することはない。
毎度祖父の好物のタコせんべいを購入してから帰るのだ。ソース味のあれは美味い。
ぎぃぎぃと軋む床の音には慣れたもの。源次郎の友人の大工が建てたという築五十年の平屋は今でも頑丈にできている。
源次郎が出てきた玄関からすぐのふすまをあければ、仏壇に電気式の掘りごたつ。あと乱雑に本が詰まれた本棚があった。
京次郎は鞄を部屋の隅に投げ捨てると、立ったまま仏壇の前で手を合わせて二秒ほど目をつぶった。

「・・・・・・明後日、卒業式だから」

それだけ素っ気無く言うと、京次郎はすぐに本棚へと手を伸ばし、漫画を二冊つかむと、掘りごたつに足を潜らせた。
そんな彼を源次郎は表情を顰めながら数秒見つめると、自分も孫と同様に掘りごたつへと足を突っ込むことにした。

「今日遅かったな。何してた」

「卒業式の準備だよ。遊んでたわけじゃねえ」

部活動にも入っていない彼が六時を過ぎるまで家に帰らないことはあまりない。
まして、今日は土曜日だ。授業は昼過ぎで終わるはずであった。源次郎の疑問はごく自然なことだ。
しかし、今日は放課後に卒業生含め、在校生が卒業式の練習と椅子や壇上の準備などを行ったのだ。

「ったく、面倒くせえ」

わざわざ卒業生に椅子出しなどをやらせて眺めているだけの教師に腹が立ったが、卒業式を真面目にやる程度の良識は持ち合わせている。
これからは軍人として兵役に就かねばならんのだ。いつまでも一年二年の時のような調子で喧嘩をやらかしていていいわけではない。
既に召集令状は届いているし、卒業後には教育訓練を一年から二年程度受けることになるだろう。
もちろん、その後は戦地、アジア大陸に渡ることになるだろう。

「てめえ、軍隊では大人しくしてろよ。いじめ殺されるぞ」

「冗談じゃねえ。やられる前に殺し返してやるよ」

祖父のせっかくの忠告にも、孫は息巻いて聞きはしない。
不良の京次郎なんて不名誉な名前で呼ばれて粋がっている阿呆なのは事実だが、さすがにここまでくると修正不可能だ。
四十年以上前の第二次世界大戦の折、兵役に就いていた源次郎は当時の苦労を語ろうかと思ったが、既に十回以上聞かせようとして途中で逃げられたことを思い出し、やめることにした。

「お前は、世間の厳しさを知らんから」

「うるせえなあ・・・・・・」

阿呆の京次郎も小うるさい爺さんのたわごとだと思って言っているわけではない。
自分を思って言っているというのは、なんとなくわかる。タコせんべいを齧りながらの言葉でも、一応真面目な話なのだろう。
しかし、人間以外と素直になれないものだ。こだわりや執着というものを捨てきれない。
それが祖父へと心配をかける原因になるとわかっていても、不良という生き方はやめたくない。

「ヤンチャが過ぎるとうちの馬鹿息子みてえに・・・・・・」

「うるせえよ。親父は悪くねえ」

有無を言わせないような口調で言い切ると、京次郎は立ち上がり、そのまま部屋を出ていってしまった。
京次郎は、自身の父親の、源次郎の一人息子の話をするといつもこうなる。
源次郎自身、理由がわかっていても、彼も京次郎とほぼ同じ感情を、怒りを抱いているのだから。
しかし、だからこそ同じようなことにはなってほしくない。そんなあてつけ染みた生き方は寿命を縮めるだけだ。

「ったく・・・・・・」

孫相手に上手く諭すことひとつ出来ない自分自身に辟易し、源次郎は指先で眉間を揉んだ。



「くそ、喧嘩するつもりじゃなかったのに・・・・・・」

自分の部屋につくなり、思い切り壁に短ランを投げつけて布団に転がった。
万年床というわけではないのだが、今日は朝面倒でたたみ忘れてしまったのだ。
少しばかりこもった湿気が冷たい布団が、熱くなった頭に心地よかった。



――――ほら、土産だよ。京次郎。

自分を呼ぶ懐かしい声が聞こえた。ああ、これは夢だ、とすぐにわかった。
十五のときに警察に連れて行かれて留置所で自殺した父が居た。
真面目で優しい、いい男だった。はやり病の肺病で妻に先立たれて酒を多く飲むようになったが、京次郎にはずっと優しかった。
いつも不平を漏らして鬱憤を晴らしていた彼は、いつものように武家か政治家か、あるいは将軍か、下らない愚痴でもこぼしたのだろう。
反体制派かと疑いをかけられて警察に連れて行かれて数日後、留置所で自殺したと聞かされた。
帰ってきた死体は痣だらけだった。

「親父は右翼のクソに殺された」

彼は三年経った今でもそう思っている。
その為か、お国のためとか、将軍万歳とか、そういうことを言っている連中が大嫌いだ。
不良と呼ばれているのも、周りのやつらと違うことを言っているからで、窃盗やら暴走行為を行っているからではない。
殺すな、盗むな、欺くな。その程度の分別はついている。
もっとも、その、〝己の心を欺かない〟せいで起きたいざこざで喧嘩や乱闘を起こし、数人病院送りにしている為、不良というレッテルは間違ってはいない。

「国のためならなんでも許されるのか。親父を自殺させるのが、お国のためなのか」

素行のことで生徒指導室に呼び出され、学年主任から説教を食らったらそう言い返した。
学年主任の男は顔を青くしてそんな恐ろしいことを言ってはいけない、と京次郎を諭した。

町で一対一で売られた喧嘩を買った結果補導され、警察官から理不尽な暴力を振るう下種、と罵られた。
なるほど、と頷いてから挑発的に理不尽な権力を振るう外道、と言い返してやったら理不尽な暴力を振るわれた。
高校三年の二学期に召集令状が届いてからこそ大人しくしていたが、以前の彼はまさに不良だった。
損で痛い生き方だというのは身をもって知っているが、そうしないわけにはいかない。
尊敬する父親と同じことをやって同じように死ぬのなら、それでいい。そう思っている。そう、あてつけている。世の中に。

「人は恥を知って初めて人であれる。心に耳を傾けろ。やましさがあるのならばそれをやめろ。それが恥だ」

そう、父は言っていた。父自身、実行できていたかと問われると首を傾げるところだが、その教訓を今でも京次郎は覚えている。

――――おれの心は、これでいいって言ている。おれは人の道を踏み外しちゃあいない。

言い訳染みて聞こえる言葉だが、それでも京次郎は本気でそう信じている。己の心を欺くことはしない。
軍に入っても、まっすぐ生きてやる。恥を知り、理不尽には真っ向から立ち向かう。

――――正しいことは正しいと言ってやる。間違ったことにはおかしいと言ってやる。それがおれの生きる道だ。

そう父の影に言い返すと同時に京次郎は目を覚ました。日曜日の朝だった。



[28081] 第二話 おにぎりとクズ野郎
Name: あおいぶた◆0a2be469 ID:196a220b
Date: 2011/05/31 21:31
「ふ・・・・・・ぐ」

あくびを噛み殺しながら真面目に卒業式に出席する。
札付きの不良の周りに座っている生徒はいつ暴れだすかと戦々恐々としている。
もっとも、こういった場所で暴れたことは一度も無いのだが。レッテルというのはそういうものだ。
京次郎は自分の一挙一動にびくびくと怯える同級生の連中にちらりと目をやる。反射的にさっと目を逸らされた。

「言いたいことあんなら言えよ」

とでも以前なら言っていただろうが、流石に卒業式中に揉めるのはよすべきだろう。
彼の祖父、源次郎は今日の式に出席していないが、心配をかけるのは京次郎としても本意ではない。
父の良次郎が留置所内で自殺してから、京次郎の私生活は荒れに荒れた。
腹の中で煮え滾る怒りを発散させる為に、片っ端から不良のような外見の連中に喧嘩を売った。ガンをつけて、中指を立てた。
あてつけのように警察官の目の前で喧嘩をやったこともある。うざったく言い寄ってくる女を張り倒したことさえある。
恨みをダース単位どころかグロス単位で買い占めている、北区屈指の札付きの不良。それが火浦京次郎だった。

「ひ、火浦京次郎」

校長の声が壇上から聞こえる。威張り散らすだけで能無しの、役立たずだ。
というか、この学校自体が底辺らしく、新しくやってきた新任にどいつもこいつもが仕事を押し付けている。
特にあの脂ぎったでかい面の校長は毎日五時に帰宅していた。新任教師が十時まで残って仕事をしていても、だ。
チッ、と舌打ちをして立ち上がると、隣に座っていた小柄な男子生徒が椅子から転げ落ちた。

「おおげさなんだよ。大丈夫か?」

「ご、ごめんなさい!」

そう言って手を貸してやろうとしたが、すぐに男子生徒は手を借りずに立ち上がって座りなおした。
ちょっとした親切心を蹴飛ばされたような、少しだけ不愉快な気持ちになりながら京次郎は頭をかいて壇上へと向かった。

「・・・・・・以下同文」

両手で卒業証書を受け取って、練習でやったとおりの足運びで一歩下がり、そのまま壇上を降りていく。頭は下げなかった。
不良なんて小汚い生き方でも、いやなやつに頭を下げるのだけは嫌だった。



「ただいま」

京次郎は言うなり、ペッタンコの鞄と卒業証書の入った筒を投げ出しながら玄関から上がった。
午前中で卒業式は終わり、この後昼食をとったらすぐに横須賀基地に出向しなければならない。
知らない道で少々気にかかるところもあるが、召集令状という鉄道のタダ券があるのだから間違えたりすることは無いだろう。

「おかえり」

台所の方から祖父の声が聞こえた。京次郎は昼食の用意でもしてくれたのかと思い、そちらに向かう。
木製の引き戸を開けると、いつも使っている洋風のテーブルの上に白米で作られたらしいおにぎりが見えた。皿の上に、三つ。海苔付だ。
京次郎は台所のシンクで手を洗い、いつものようにズボンで手を拭くと、椅子に座るよりも早くおにぎりに手をつける。
むしゃむしゃと何も入っていないおにぎりを頬張ると、塩が少し多くてしょっぱかった。

「・・・・・・どうだ」

「うめえよ」

本心だ。源次郎は料理が下手だ。というか、彼の妻が去年他界するまで包丁など一度も握ったことが無かっただろう。
しかし、おにぎりだけはやけに美味かった。祖母が作ってくれたおにぎりも、美味かった。
母が作ってくれたものは昔のことでよく覚えていないが、きっと美味かったのだろう。
具も何も入っていない、ただしょっぱいだけのおにぎりが、京次郎にとっての家族の味だった。
ここ一年朝晩は京次郎が包丁を持って料理を作っていたのだが、どうにも京次郎自身は味気なく感じていた。何故か、なんとなくはわかる。
家族が作ってくれたものだから、美味いのだ。
じっくり咀嚼した米をごくり、と飲み込むと、腹の底から力が湧いてくるような気がする。

「ほら、飲めよ」

そう言って源次郎がコップに注いで渡したものは、白くにごった、いわゆるどぶろくというものだった。
隠れて酒を飲んだことはあるが、味わい方を知らない京次郎には、どうにもエタノールをそのまま呷っているかのような感触が好きではなかった。
持ったコップは少し暖かく、燗してあるのがわかった。わざわざ京次郎と飲むために燗して待っていたのだろう。
京次郎は一瞬だけ白くにごるそれに目をやると、祖父に視線を返して乾杯するように求めた。

「ありがとよ」

かちん、と源次郎の持ったコップと京次郎の持ったコップが軽くぶつかる。
そしてちびりとどぶろくを口の中に含むと、思ったよりもずっと酸味が柔らかく、美味いものだった。
驚いたような顔をしてコップを見つめる京次郎に、源次郎はけらけらと笑って言う。

「ぬるめに燗にするとよ、甘味が強くなるのよ。まあ、いろいろ試してみろ」

「・・・・・・ああ」

久しぶりに祖父の笑顔を見たような気がする、と京次郎は少しだけ感慨深い思いに耽った。
息子と酒を酌み交わすのは父親の特権だ、と誰かが言ったような気がするが、祖父もそういう楽しみが欲しかったのかもしれない。
だが、今日で自分はこの家を出て行かねばならない。横須賀基地で訓練を受け、アジア大陸で戦うのだ。
生きて帰ってこれないかもしれない。そんな風に、少しだけ弱気になる自分に気付き、京次郎は唇を噛んだ。

「ほらよ」

そんな時、祖父から胸先に押し付けられたものは、御守りだった。
見覚えがある。似たデザインのものを小学校に上がる時に父と母から贈られた。
近所の、社務所にいつも人がいるのか怪しいようなボロくさい神社だが、一応由緒正しいところらしい。

「千人針たあいかねえが・・・・・・」

少しだけ照れくさそうに目を逸らしながら、源次郎は頭を掻いた。
源次郎が第二次世界大戦の折に戦地に向かう際、近所に住んでいた奥方や、昨年亡くなった妻が作ってくれた、赤い腹巻。
穴の開いていない五銭を縫い込んだそれを見るたびに、生きて帰らねばと思ったものだ。

「・・・・・・」

いらねーよこんなもの、などと意地を張って言う気にはならなかった。
少しだけ手の中の御守りを眺めると、京次郎はポケットにそれを突っ込む。
心強い。自分には帰ってくる場所がある。いつか戻りたい場所があれば、きっと戦える。自分は死なない。絶対に。
そんな気分になってきた。また戻ってきて一緒におにぎりを食って、どぶろくを飲もう、そんな風に、京次郎は思った。



「あのよ、横須賀まで、ついてくか」

「いいよ。ガキじゃあるまいし」

玄関まで見送りに来た源次郎はやはり心配性だった。いつも心配させていたのは他でもない京次郎なのだが。
祖父と同じような顔で孫はけらけらと笑うと、ポケットの中の御守りをきつく握りながら祖父に背を向ける。

「御守り、ありがとよ。そんじゃ・・・・・・行ってくる」

ポケットに入る以上の荷物は男にはいらない。
京次郎にはその身と学ラン、召集令状と財布、それに今さっき貰った御守りぐらいしかなかった。



「短ランで入営とは、気合入ってるじゃねえか。ほら、向こうに並んでるだろ、行け」

召集令状を渡した係官からの言葉がそれだった。嘲るような小汚いにやけ面が気に入らない。
いつか痛い目を見せてやる、と顔を記憶しながら京次郎は言われた通りに列に並ぶ。
京次郎はこの列に並ぶ、という行為があまり好きではない。自分が何か得体の知れないものの一部になっているような気がしてならないのだ。

「ん、お前も今日卒業か?」

前に並んでいた金髪の男が振り返るなり口を開いた。
日本人というよりもアングロサクソン系の顔立ちのように見えた。

「そうだよ。クズの底辺高校だけどな」

「はッ、おれもさ。真人・アーチャーだ。どちらかといえば、日本人・・・・・・かな」

アーチャーと名乗った男はそう言ってニヒルな笑みを浮かべた。
どこか、日本人、という言葉に軽蔑の念がこもっていたような気がする。
しかし、そんな男の発言の意味を掴みかねて、京次郎は聞き返した。

「なんだそりゃ。混血ってことか?」

「日本人とアメリカ人の、な」

なるほど、と思った。やけに厭世的な雰囲気だと思ったら、そういう出自なら納得できる。
第二次世界大戦でアメリカに敗北してから日本人の反米思想はどうにも強くなっている。
対BETA戦線からもっとも遠い国、などという理由から、他の国々からも嫌われているらしい。
そのせいで、アメリカ人の血を引く者を避けたり、苛めたりするものも多くいた。
酷いものになると、というか、京次郎の通っていた底辺高校では教師までそういった苛めやリンチに関わっていたほどだ。

「義理でも人情でもない。ただ単に、おれの気分が悪いんだ。気晴らしに苛められろや」

そう宣言した京次郎は、いつものように手荒い手段でリンチを止めさせたが、今度はよりじめじめとした陰湿ないじめの方法に変わっただけだった。
教師を病院送りにした件の停学が明けて学校に戻ると、いじめられていた彼が転校したと聞いてひどく苛立ったものだった。

「そうか。ま、底辺同士よろしくな」

「自分で言うなよ・・・・・・」

京次郎自身、アメリカという国は好きでも嫌いでもない。
生まれた時には戦争は終わっていて、両親や祖父母も悪口を言って聞かせたりしなかった。
第一、アメリカ人とか日本人とかそういう大雑把でいい加減なくくりで人を見てるヤツは反吐が出るのだ。
日本人なら、日本男児なら、不良のクズどもは。
――――うるせえ、おれは火浦京次郎だ。
そんな益体もないことを考えていると、京次郎たちの身体検査の番が回ってきた。
体が弱いなどの理由で徴兵されない者もいるが、京次郎は健康体だ。酒も若干しか入っていない。一切問題はなかった。
性病や痔病の検査までされたのは予想外だったが、止むを得ない。
担当医官が丁寧な人だったこともあり、つつがなくことを終えた京次郎は、散髪の順番を待っていた。

「次。坊主かスポーツ刈りか」

「スポーツ刈り」

どっかりと大股開きでパイプ椅子座った京次郎は、一瞬だけ考えて簡素に受け答えた。
もともとスポーツ刈りよりも若干長めの、いわゆるベリーショートに頭を刈っている京次郎に散髪が必要とは思えないが、必要ならば仕方ない。
散髪の担当官が首にケープがしっかり巻けたことを確認すると、何故かバリカンを手にして、いやみたらしいにやけ顔をつくった。

「坊主だな」

言うなり、バリカンで後頭部から額まで一本道が出来上がった。
ばっさり、と京次郎の短めに刈られた髪が落ちた。例えるならば、落ち武者だ。
鏡などないが、自分の頭がどういうことになっているのかぐらいは京次郎にもわかる。
頭に血が上りそうになるのを堪えながら、頬をひくつかせて京次郎は後ろで髪を刈り続ける担当官に罵声を浴びせる。

「てめえッ、なにしやがる!耳聞こえてんのか?」

「知るかバカ。おれはてめえみたいな不良が大嫌いなんだよ。分際を弁えて喋れ」

京次郎の額に青筋が浮かぶ。ここ数年の荒れた生活で沸点が低くなったこととは関係ない。
ここまで虚仮にされてやられっぱなし、というのは京次郎の青いプライドが許さない。
理不尽に対して怒ってこそ、人間の尊厳というものは保たれる。例えそれが、損失を生むとしても。

「んだと・・・・・・やるつもりかよ、ここで」

射殺すような目つきで担当官を睨み付けるが、流石軍人と言うべきか、怯むこともなくひょうひょうとそれを受け流す。

「上等・・・・・・と言いたいところだが、入営式が終わるまではてめえらはお客様だからな。その後はたっぷりしごいてやるから、覚悟しとけ」

そう言って担当官はケープを外す。禿山となった頭に三月の風は冷たかった。





[28081] 第三話 十人十色のクズ野郎
Name: あおいぶた◆0a2be469 ID:196a220b
Date: 2011/05/31 21:37
どっさりと両腕の上に積み上げられたすさまじい量の装備品を、京次郎を含む新入隊員たちは見上げる。
あまりの重さと量に取り落としそうになるものさえいる量だ。
戦闘服、作業服、常装制服、夏用、冬用、コート、その他もろもろ。ヘルメット含む。
おそらく、十キロは軽く超えている。ちなみに、これらは貸与されているだけだ。
お国のもの、ということらしい。なので給料からこの装備品の値段が差し引かれたりはしないらしい。
もっとも、下着やら短パンやら、靴下などは自費で購入することになるらしいが。

「今すぐ階級章と部隊章を縫いつけろ。見本どおりに。名札と、名前の刺繍もだ。キチンと自分のだとわかるようにやれよ」

京次郎は荷物を降ろすと、先ほど渡された携帯用裁縫セットと部隊章を手に取る。
不良、などと言われているが、火浦京次郎という男は手先が器用だ。彼が今来ている短ランも彼が自分で学生服を改造したものである。
当然、名前の刺繍や階級章の取り付け程度なら朝飯前であった。
十分もするとすべての支給品に刺繍を終え、手持ち無沙汰になった彼は周囲に視線をめぐらせる。
すると、禿山となった自分の頭をぺたぺたと触っている眉毛のない男を見つけた。京次郎は親切心から彼に声をかける

「おい、早くやらねえといちゃもんつけられるぞ」

「うっせえな。もう終わったんだよ」

彼はそう言って制服を見せる。
ぱっと見でわかる。間単に外れてしまいそうなぐらい部隊章の縫い方はいい加減だった。
京次郎は見ちゃいられん、とばかりにかぶりを振ると、彼の制服を引っ手繰って裁縫セットから針と糸を取り出した。

「貸せよ。おれがやってやる」

「あん?いいっつの。余計なお世話だろ」

そうは言うものの、彼は裁縫を始めた京次郎から制服を取りかえそうとはしなかった。
このままでは先任の連中に馬鹿にされるという自覚があったのかもしれなかった。

「そう言うなよ。これから仲間やるんだから、自己紹介ぐらいしようや」

器用に針と糸を駆使して綺麗に、ミリ単位でキッチリと部隊章と階級章を縫いつけながらけらけらと京次郎は笑う。
昔から、この手の作業は結構好きなのだ。高校や中学で男は家庭科の実習をすることはなかったが、祖母から裁縫のやり方は教わった。
男所帯なので炊事も掃除も一応だが、できなくもない。

「・・・・・・あー、おめ、おれのこと知らねえのか?おれ御神楽慶介」

「はじめましてだな。だから自己紹介しようってんだろ?おれは火浦京次郎。不良をやってる」

「ンハッ!不良をやってるってなんじゃそら!」

京次郎の一風変わった自己紹介に、御神楽は相好を崩して笑った。周囲で裁縫をしている連中が彼らを目を見開いて見る。
見もせずに器用に部隊章を取り付けている手際を見ているのではなく、御神楽の名乗った名前に驚いているらしい。
そんな視線に気づいた京次郎は御神楽に耳打ちする。

「なに、お前有名人?」

「ホントに知らんのか。おれの親父が有名人。御神楽義昭、大蔵大臣」

御神楽義昭という名前は帝国議会でも指折りの有名人だ。
大蔵省は省の中の省とまで言われるだけあり、予算配分だけでなく、金融行政にまで影響力を残している。
BETA大戦で輸出入の経済活動が滞っている日本が、いまだ大きく傾いていないのは彼ら政治家の活躍あってのことである。
しかし、御神楽義昭とか、大蔵大臣とか言われても、高校で殆ど授業を聞いていなかった京次郎にとってはピンとこないものである。
というか、知らない。

「あー、うん。大蔵大臣ね大蔵大臣」

京次郎は適当に同じ言葉を繰り替えすと、誤魔化すように頬を掻いて目をそらした。
目が合った同期の男があざけるような目で彼を見る。そこまで馬鹿にされるほど知らなきゃ恥ずかしいことらしい。
――――知ってんだよ、ホントだよ。大蔵だろ。大蔵大臣っつーからには、アレだろ?
内心でうそ臭い自己弁護を繰り返す彼に御神楽はあきれた風に聞き返してきた。

「大蔵大臣って知ってるか?」

「あれだろ?蔵を、管理するんだろ?」

戦争教育の悲しさか、否、生まれつき京次郎は馬鹿だった。

「まあ、広義ではそれでも・・・・・・まあいいか」

はは、と御神楽は乾いた笑いを浮かべながら京次郎から制服を受け取った。
部隊章と階級章は見本そのもののようにしっかり貼り付けてある。流石の手並みに感嘆の声を漏らした。
そんな時、ちょうど担当官たちが戻ってきて空を突くような怒声を上げた。

「流石にもう終わっただろうな!受け取った番号を確認して並べ!案内してやる」

先ほど貸与された衣嚢に制服などを突っ込むとすばやく立ち上がり、貸与品と一緒に渡された番号札のとおりに列に並ぶ。
どいつもこいつも禿げ頭かスポーツ刈りなので顔の見分けがなかなかつかないが、同じ列になったアングロサクソン系の禿は見覚えがある。
真人・アーチャーだ。

「よう、同じ班だな」

「ああ。よろしく」

言うと、アーチャーは右手を差し出した。一瞬だけ京次郎は何かと考えると、握手を求めていることに気づいた。
日本人の習慣では握手というものはあまりしない。焦った京次郎はズボンで手を拭いてからアーチャーの右手を握った。
思った以上に鍛えこまれた手だった。見れば、自分の手と同じところが擦りむけたりして変色している。喧嘩慣れしているらしい。
京次郎がぐっと右手に力をこめると、同様に力を込めて手を握ってきた。

「これから、頼むぜ」

「ああ」



兵舎にまず案内された初年兵たちは一番に二人一組に分けられて部屋へと割り振られた。京次郎はアーチャーと同室である。
荷物を置いて戻って来い、と言われた彼らは急ぎ足で自分に与えられた部屋へと向かう。
しかし、初年兵同士で二人部屋なら気楽なものだと勘違いするものも多かったが、どうやら同室の者全員が初年兵、というか同期のものではないらしい。
部屋に入るなり、汚いささくれ立った坊主頭の男と、いかついひげ面の男が部屋の両側にある二段ベッドの下の段に横たわっていた。
他には、この部屋あるものは部屋の真ん中に置かれた長机と、四つの丸椅子だけである。
部屋の中から漂うあまりの饐えた臭気に一瞬入るのを躊躇した京次郎だったが、意を決して二人は挨拶をした。

「本日からお世話になる火浦京次郎っす!よろしくおねがいしゃーっす!」

「本日からお世話になります、真人・アーチャーです。よろしくお願いします!」

「・・・・・・おう」

しかし、帰ってきたのはそっけない返事ひとつ。少し会釈をして初年兵二人は部屋へと入る。
リノリウムの床の片隅には古年兵の持ち物であろう衣嚢やら、雑誌などの荷物が置いてあった。
京次郎は同じように部屋の片隅に衣嚢と一まとめにした荷物を置いた。
同様に荷物を置いたアーチャーが部屋を眺めると、壁にかかった常装制服の名札には、藤野、そして男鹿とあった。
階級章を見るに藤野は一等兵、そして男鹿は上等兵らしい。

「では、失礼します!」

「おう」

会釈をした京次郎は、彼らの様子を尻目に音を立てないように扉を閉めた。
どうにも彼らには元気がない。おそらく二年目か三年目なのだろうが、訓練に慣れない訓練兵のように疲れ果てているように見える。
それほどまでに訓練がキツいのだろうか。初年兵ならばなおさらだろう。あるいは、今回から、特別な事情でもあったのだろうか。
なるべく後者であってほしい、と思いながら京次郎たちは足早に兵舎の玄関へと向かった。



「全員そろったか?確認を取る。さっきと同じ列に並べ」

自室となる部屋から戻ってしばらくすると、初年兵の案内担当官たちが戻り、先ほどと同様の列を作らせる。
京次郎たちの列を確認する真面目そうな男が一から二十まで番号で呼ぶと、数字通りに返事が返ってきた。どうやら全員いるようだ。
担当官はついてこい、と一言だけ言って引率を始める。基地内を案内するらしい。今日明日はオリエンテーリングのようなものらしい。
――――なるほど、お客様、か。
得心が行ったように京次郎は受付の担当官が言っていた言葉を思い返した。本格的なしごきは三日目以降、ということなのだろう。
丸坊主にしてくれたあの担当官のように、嗜虐心を疼かせている者もいるのだろう。胸糞悪くなる。

「ここがPX、一番向かう機会が多くなるだろう場所だ。他にも何箇所かあるが、基地内で金を使えるのはほぼPXだけ、ということになっている」

PXと呼ばれた場所は基地に何箇所か点在する。食事を取るのも日用品を購入するのもここ、PXで行う。
それにしても、なっている、というのがまた、と初年兵たちは思っただろう。
同室の先輩などにゴマをすったりするのにいろいろと入用になるかもしれない。
もっとも、貧乏な京次郎は財布には大した金額は入れておらず、入営した後の給料をアテにしているわけだが。
祖父から貰ったお守りの中に数枚の紙幣と昔の五銭硬貨が入っていることには気づいたが、よほどのことがなければ使うつもりもない。

「地図を」

担当官が基地内の地図を全員に配る。安っぽい白黒のものだが、予備はないらしい。ない、ということになっている。
なくさないように、あるいはなくしてもいいようにコピーを取っておくべきだろうか。
そんなことを考えていると、担当官からは想像だにしない言葉が飛びだした。

「本日はこれで解散。同室の先任から必要な話を聞け。これも仕事のうちだ」

先任から必要な情報を引き出す要領のよさでも学べ、ということなのだろうか。
――――んなわけないだろ。
そんな風に思わざるをえない京次郎は挙手して質問する。

「質問があります」

「・・・・・・許可する」

身構えていた京次郎は少々肩透かしを食らった気分になった。
いきなり怒鳴りつけられるかと思っていたが、短ランを見て少々不愉快そうな顔をしながらも担当官は許可を出した。

「明日以降の予定はどうなるんですか?」

「喝ッ!」

勘違いだった。フェイントを入れてくるとは恐れ入る。
下らない、益体もないことを考えながら、軍隊という所が予想通りの場所だということを思い知った。
もっとも、その予想や覚悟を現実が上回るということを本当に思い知ることになるのは明後日以降なのだが。
一瞬だけ身構えそうになった京次郎に、鬼のように形相を歪めた担当官が唾を飛ばす勢いで怒鳴り散らす。

「どうなるのでありますか!だ!言い直せ!」

――――下らねえ。雷とは、余剰したエネルギーを放出する現象である。なるほど、無駄だ。
しかし、下らないことに意地を張って余計つまらないことになるのは御免こうむりたい。素直に言い直す。

「明日の予定は、どうなるのでありますか?」

「それを聞くのが仕事、だ。去年と同じことを聞けばわかる」

「はい、ありがとうございます!」

言いながらも、しらけた顔をせずにはいられない。毎年手抜きをしているらしい。
では解散、との号令に返事をしながら京次郎はあの部屋でくたばっていた古年兵たちからどうやって話を聞きだすか考えを巡らせた。
アーチャーも困ったように端正な顔立ちをうんざりしたように歪めている。あの部屋に帰ることさえ嫌そうだ。

「ニコニコしろ。嫌だろうが、ニコニコしろ」

「そうだな。肩でも揉んで話を聞かせて頂こう」

とぼとぼと自室へ向かいながら京次郎とアーチャーはこれからの作戦を立てる。もっとも、作戦と言えない様なお粗末な算段だったが。
やはり謙ってご機嫌を伺うのがよろしいだろう。京次郎としても先輩に対して敬語ぐらいは使えるし、パシリぐらいならやれる。
尊敬できそうにない相手にそれをやるのは勘弁したいところだが。
とはいえ、今は歯を食いしばってでも何とかしなければ、訓練を受けることさえできないかもしれない。
目をつけられれば、しごき殺されることさえあり得るだろう。ただでやられるつもりもないが。
そんな風に殺伐とした思考をしていると、京次郎の目が据わってきた。

「失礼します」

最低限の大きさの声でそっと扉を開けて饐えた臭いの充満した自室に入る。
部屋を見渡すと、先ほどよりはマシな様子の男鹿がベッドで寝転がりながら分厚い本を読んでいた。戦術機用の教本らしい。
藤野はおらず、京次郎とアーチャーは足音を抑えながら男鹿へと挨拶する。

「ただいま戻りました。男鹿先輩」

「おう、お前らか・・・・・・男鹿先輩、じゃない。男鹿上等兵、と呼べ。お前らも、自分の苗字の後に訓練兵、とつけるんだ。まあ、おれはそのうち少尉になるがな」

言いながら、彼は嬉しそうに相好を崩した。ジャガイモのようにでこぼこした、いかついヒゲ面がほころぶ様は少々威圧的だ。
京次郎は、占めた、機嫌が良さそうだ、と内心で思うと、興味が湧いたことを聞いてみる。
そして、自分の名前を言うときは火浦訓練兵、と名乗る、と記憶した。これから京次郎のことは火浦と表記しよう。

「少尉になる、でありますか?」

「ああ。今日は衛士の転科試験があったんだよ。藤野は落ちたからあんまりその話題には触るなよ」

「はっ!」

だからぐったりしていたのか、と得心がいった。しかし、おめでとうございますとでも言うべきか。
同室の藤野が落ちている以上、何も言うべきではないかもしれない。そんな風に考えていると、後ろでドアが開く音がした。
やつれた青い顔をした藤野だった。

「お前らか・・・・・・おい、初年兵だろ。お前ら」

「はっ!」

びしっと背筋を伸ばして返答する。落ちて自棄になっているのかもしれない。あるいは、転科試験とやらがよほどキツかったのか。
藤野はふらふらと覚束ない足取りで歩き、自分のベッドに倒れこむように、否、倒れこんだ。
そして、首を振り返らせることもせずに初年兵たちに声をかける。

「按摩やれ」

「・・・・・・うす」

ふざけんな、と口に出しかけたところで考え直した京次郎は肩や首、背中を揉み解そうとベッドに乗る。
そして、腰から足はアーチャーがマッサージすることになった。
汗臭い、というか、微かに嘔吐物の臭いがすることに気づいた京次郎は顔を顰めた。
どうやらさっきまでトイレかどこかで吐いていたようだ。吐くほどキツいらしい。衛士への転科試験とやらは。
そんなことを考えながらマッサージをしていると、アーチャーが声を上げた。足をマッサージしている最中だった。

「げ、水虫じゃないっすか。勘弁してくださいよ!」

「うるせえ!とっととしろ!」

彼らの前途は畦道のようだった。





[28081] 第四話 しごきと教官とクズ野郎
Name: あおいぶた◆0a2be469 ID:196a220b
Date: 2011/06/02 20:37
「ハッ・・・・・・ハッ・・・・・・」

春の日差しの中、延々と走り続ける作業服姿の男たちの一個小隊があった。
まだたった十五キロ走らされただけだが、つい先日まで高校生をやっていた彼らにはきつい運動である。
重度の喘息が発覚して入営を取り消される者も他の隊ではいたらしい。
火浦は目の前の坊主頭、御神楽の頭を眺めながら一定のペースで走る。

大蔵省、なるものをアーチャーに説明してもらった火浦が御神楽に抱いた印象は、お坊ちゃんじゃねえか、というものだった。
しかし、政治家の息子、それも大臣の御曹司だというのならば、入隊を拒否できたかもしれないのに、わざわざ来るあたり、性根がいいのかもしれない、とも。
興味本位でよかったら事情を聞いてみようかと思ったが、生憎自由になる時間がここ六日間さっぱり無い。

朝には重い体を引きずりながら着替え、夜には作業服のまま泥のように眠る。
朝に一秒でも長くベッドの中にいるために、靴まで履いて眠っているのだ。この一週間足らずの訓練で火浦の甘い考えは完全に打ち砕かれていた。

――――覚悟していた、と言ったが、ありゃ嘘だった。現実はいつでも覚悟を上回るものらしい。

そんな益体も無いことを考えながらグラウンドを走る。
一周四百メートルのそれは、運動が得意な火浦からすれば一分足らずで回りきれるものだったが、今の疲れた身体ではその五割増しの時間がかかる。

「昨日より遅いぞクソったれ!やる気あるのか!ないならブチ殺してやるからこっちに来い!」

「はっ!教官殿!」

当たり前だろ、と思いながらも火浦は足を止めない。目の前の眉毛の無い男は自分よりも優秀な成績を残している。
教本の内容をノートに写して片っ端から頭に詰め込んでいる座学では、現時点で差はついていないが、おそらく彼は優秀だ。
何一つ勝てない、というのは火浦としても望むところではない。負けてない、と最後まで言うのが不良のプライドだ。

「・・・・・・はあッ!・・・・・・はあッ!」

だから、足を出すペースをより早くする。地面を蹴る足の裏はひどく痛む。ふくらはぎも同様だ。体重を支えることさえ辛い。
それでも止まらない。意地がある。教官が言う十把一絡げのクソったれにも価値はあるのだと、自分の価値は自分で決めるのだと。
価値を見せ付けるには勝つしかないのだと、理解しているから前のめりに走る。

「後五周だ糞ガキども!」

教官は小汚いニヤケ面で後五周、とは言っているが、そのとおりに終わることは無い。
今回も途中で落伍者や周回遅れの者たちが出た。若干の休憩の後、また走らされることになるだろう。
初回の訓練のとき、わざわざ訓練兵たちを痛めつける教官のやりかたにえらく噛み付いたものだが、冷静な口調の教官に言いくるめられてしまった。

――――綺麗な面して刃物のようにキレ味のいい正論を吐きやがる。

吾川という名前の教官、先ほどから怒鳴り散らしている男ではなく、冷静沈着な若い男をにらみつける。
誰もが認めたいような正論と、誰もが認めざるをえない正論を織り交ぜて口にするあの男は、火浦の苦手とするタイプだった。
馬鹿の火浦はあまり口が上手くない。頭もよくないが、話術、というものに長けていないのだ。
不良は真っ向から言いたい事を言って、気に入らないことに真正面からぶつかる。
教官たちのなかでは飛び切り若いくせに、磨り減ったようなあの目が気に食わないのだ。

――――貴様らはまだ訓練兵。軍の中ではカス以下の価値しかない。カスの言う事など誰も取り合わない。

詰め寄って投げられた、自分のざまと併せて、認めざるをえないと、悔しい思いをした。
焼け付くような、射殺すような火浦のまなざしを、氷のような、意にも介さないようなまなざしで、吾川は軽々受け止めた。
そして、背中の痛みに歯を食いしばる火浦に吾川は続けた。

――――しかし、カスならカスなりに価値を掴んでみろ。勝利して、価値を証明して見せろ。

その言葉を信じた。火浦はその言葉をこの世の真理と受け取った。
勝利することでこそ価値を証明できる。ねだっても、待ってても、何も手には入らない。粋がるだけでは己を通す事さえ出来ない。
自分の身さえ、仲間の身さえ守れない。無様に横たわり、見下され続ける人生など御免だ。
口の端から血をこぼしながら立ち上がり、再び走り出す火浦を、吾川はいつものように感情の伺えない瞳で見つめていた。

そして、現在に戻る。
火浦と御神楽のトップ争いを制したのは、やはり、いつもどおり御神楽だった。
彼は政治家の御曹司とは思えないほどの体力の持ち主だった。座学の時のハキハキとした受け答えから、おそらく知識も大したものだろう。
そして、落伍しなかった者の中で最後尾の者がようやくゴールすると、教官が落伍した者も含めて整列させた。
既に落伍したことでの体罰は受け終わったようで、頬に青あざが出来ている。
権力をかさに着て好き放題やりやがると、火浦は不愉快な気持ちになったが、今ここで粋がっても誰も幸せになれない。
他人を窮地においやってまで自己満足に浸ろうとは思わないし、火浦自身も肉体的に相当参っていた。

「よしチンカスども!褒めてやる!今日は昨日より〝一分五十二秒も遅かった!〟おねだりの仕方がわかってきたじゃないか!喜べ!望みどおりたっぷり補修をくれてやる!」

「はッ!ありがとうございます教官殿!」

肩を上下させてぜひぜひ言いながらも初年兵たちは必死に返事をする。これが出来ないと思い切り頬を張られるのだ。
火浦は初めから出来ていたが、連帯責任、ということで口の中を切るほど思い切り頬を張られた。
その上、手が痛くなった、などとのたまって腕立て五十回を追加してきたものだ。もう誰も二度と同じ過ちは繰り返すまい。
十周程度ならいいな、と思いながら初年兵たちは

「貴様・・・・・・小野訓練兵?」

「はッ!教官殿!」

「ベルトのバックルが曲がっているぞ?駄目じゃないか」

「はッ!申し訳ありません教官殿!」

小汚いにやけ面を小野の顔に近づけて、手ずからベルトのバックルを直す教官。
何を考えているかなどここ数日間の所業で嫌というほどわかっている。
火浦が昔見た映画では厳しい訓練の末に教官と訓練兵の間に友情が芽生える、というものがあったが、期待すべくも無い。
というより、頭がイカレてしまった訓練兵に教官が撃ち殺された映画の方が、状況に即していると言える。
そんな益体も無いことを考えていると、教官はいつものように怒鳴り声を上げた。

「全員連帯責任で二十周今すぐ走れ!」

連帯責任、ときた。他にもシャツが出ているやつや靴が汚れているやつもいる。小野と同様にバックルが曲がっているやつもいた。
訓練兵の怒りの矛先を小野に向かわせるためにやっているのだろう。
もっとも、ここまであからさまで下手糞な扇動では、誰も思惑通りにはならないのだが。
しかし、なぜこんな嫌味なことをわざわざするのか、と火浦は考える。やはりこの手の連中の思考回路は理解を絶している。
がくがくと震える足から意識を逸らすために遠くの景色を眺めながら、火浦は走り出した。



「ほら、さっさと進め」

楽しみな筈の食事の時間が一番ストレスがたまる、というのは皮肉なものだろう。
階級が上の方から食事を取れるようになるのだが、初年兵となると、丼の底に少量の麦飯と漬物が乗せられるだけだ。
先に並んだ同室の男鹿上等兵などは丼に大盛り。漬物も当然。干物までついている。
時間帯が違うのか、士官の連中はいなかったが、きっとメニュー自体が違うのかもしれない。
火浦はいつものようにあてつけ染みた独り言を零す。

「明らかに少ない」

「はあ?聞こえんな。さっさと行けのろま」

「チッ、ポチが」

ぼそりと、しかし、明らかに聞こえるぐらいの声で言った。残飯を漁る犬が、という意味である。
食事当番の連中は食後に古年兵から残飯を貰っていた。だからあらかじめ大盛りに注ぐ。
ちなみに、藤野一等兵のようにまだ二年目の連中はごく普通に注がれる。
そのせいで下っ端の初年兵たちはひもじい思いをする。
火浦のあてつけが聞こえたのか、後ろに並んでいた同じ班の尾崎が巻き込まれないようにそっと逃げたのが尻目に見えた。

「てめえ、今なんつった?」

予想通り、あてつけに乗ってきた。目の前の二等兵はマスクの上の目と眉を歪めて火浦を睨み付ける。
そんな食事当番の態度に、火浦は待ってましたとばかりに敬礼して大声でのたまった。

「はッ!自分は独り言で、ポチが!と申しました!」

くすくす、とPXにいた周りの連中が笑った。
中には一等兵や上等兵たちが混じっているため、怒るに怒れないのだろう。
ひくひくと眼輪筋をひくつかせて怒りを堪える食事当番の顔は真っ赤になっていた。
当分さらにひもじい思いをするかもしれないが、かまわない。こんなにスカッとした気分なんだから、気にしたって仕方ない。

「・・・・・・てめえ・・・・・・覚えてろよ」

そう負け惜しみ染みたことを言いながら食事の配膳に戻る食事当番を背に、彼は爽やかな笑みを浮かべた。
しかし、次の瞬間そんな彼の爽やかな気分は完全にブチ壊されることになる。

「おい、お前のせいだぞ」

火浦はわき腹を肘でつかれて振り向くと、尾崎がいた。
なんのことだ、とばかりに首をかしげると、火浦のそれより中身の少ない丼が見えた。

――――な、なんて陰険な野郎だ!

同じ隊の連中に当たったらしい。頭に血が上った火浦はぎろりと食事当番を睨み付ける。
すると、先ほどの仕返しとばかりに食事当番は爽やかな笑みを浮かべて見せた。ほかのやつらは関係ないだろ、という言葉は通用しない。
軍隊に入って一週間足らずとはいえ、連帯責任という言葉の意味ぐらいは知った。もっとも、これは責任というよりもとばっちりだが。
その後、火浦は尾崎含め、火浦の後に並んだ数名に頭を下げることになるのだった。



午後の座学は先日のように教本の内容を一冊のノートに書き写す、というものだった。
どこぞの国では聖書を丸写しする過程で内容を覚える、と聞いたが、それと同じことらしい。
これは単純な作業だが、単純ゆえに神経に辛い。丸々三時間休み無く同じ単純作業を続ける、というのはなかなか厳しいものだ。
わかりやすく説明でもすればいいのに、講義室の教壇では教官が高いびきをかいている。

「なあ、この漢字なんて読むんだ?つーかどういう意味?」

「夙に、つとに。ずっと以前から、昔からって意味だな・・・・・・っつーか、なんで日本人のお前よりハーフのおれのほうが漢字に詳しいんだよ」

アーチャーは呆れながら、自分がすでに写し終えたページの文章を必死に写す火浦に目をやる。
身体能力は相当に高いようだが、勉強は少々不得手らしい。
もっとも、思っていたよりもずっと真面目に講義を受けているので、うかうかしていると追いつかれるかもしれない。
そんな風に考えているアーチャーから漢字の意味を聞いて、なるほど、と軽く笑みを見せながらも、火浦はいじけたように皮肉っぽく言う。

「勤勉さは人種とは関係ないからな」

「本当だな」

今までを鑑みるに、火浦が勤勉ではないのは確かにそのとおりだろうが、不真面目というわけではないようだ。
やる気がないわけでもなく、むしろほかの連中よりも気張って訓練を受けているようにさえ見える。
火浦としては、不良だから落ちこぼれなのだ、などと思われたくないだけなのだが。
胸を張るのが不良の生き方だ。中途半端にやって逃げ道作るような生き方はシャバいだけの坊やだ。
中途半端に生きて腐るより、スカッと燃え尽きたいのだ。
そんな粋がった火浦の内心を知ってか知らずか、アーチャーはやれやれ、というようにアメリカ風のリアクションを返す。

「貴様ら黙れ!口からクソ垂れていいといつおれが言った!」

そんな時、講義室の教壇から怒声とともに白墨が飛んできた。
あたりはしなかったが、講義室の後ろの壁に当たって白墨が粉々に砕け散る。間違いなく、掃除をさせられるのは火浦たちだ。
火浦とアーチャーは私語をしていたことを怒鳴られていると悟ると同時に立ち上がり、直立していつものように謝罪を述べた。

「はっ!申し訳ありません教官殿!」

なんで起きてんだよ。一生寝てろ、墓掘って寝ろ。と、心の中で教官のことを罵りながら彼らは教官が自分たちのもとに歩いてくるのを見る。
その手にはなぜか、スリッパが握られていた。教壇の掃除をしているときに、教壇の中に入っているのを見たことがある。
一体何に使うつもりなのか、と火浦とアーチャーを含む、初年兵たちは戦慄した。

「貴様!アーチャー!何ページまで書き写した!」

「二百十二ページであります!」

「遅いんだよゴミが!」

「はっ!申し訳ありません教官殿!」

頬を素手で張られたアーチャーは体勢を崩すこともなく、いつもの定型文を述べた。
実際、アーチャーは相当早いペースで書き写している。アーチャーが遅いというのならば、火浦は目も当てられない。
聞かれないなんてのは甘い見通しだろうな、と思いながら、火浦は直立姿勢を維持する。

「火浦!貴様は!?」

「百八十二ページであります!」

「のろすぎるぞウジ虫が!見せろ!」

言うなり、教官は長机の上に置いてあった火浦のノートを奪い取る。
そして、信じられないことにノートを手で破り捨ててしまった。

「火浦・・・・・・貴様!なんだこのミミズののたくったような字は!書き直せ!」

ゴミとなったノートを火浦に投げつけながら教官は怒鳴り散らす。耳がおかしくなりそうな怒声だ。
確かに火浦の字は汚かったが、本人以外が見てもわからない、というほどではなかった。むしろ、火浦としては神経を使って書いたほどだ。
今までの成果がゴミと化した火浦は、信じられないとばかりに目を見開いて講義する。

「な!?百八十二ページだぞ!?この五日間を無駄にしろってのか!?」

「クソッタレ!」

「あぐッ!」

皮で出来たスリッパで思い切り頬を張られた。皮で出来た鞭でしばかれたら、きっとこんな痛烈な痛みがくるに違いない。
というか、教壇の下になんでわざわざそんなものがおいてあるのかと思ったら、新兵いじめのためのものだったようだ。
この嗜虐趣味の変態たちを頭の中で殺害しながら、火浦はひりひりと痛む頬を手で押さえる。

「はいだろうがクソ野郎!何度言わせんだ!脳みそまでクソになったか!」

「・・・・・・はい。教官殿」

あまりの悔しさにぎりぎりと歯軋りをして答える火浦を見た教官は愉快そうにひとしきり笑うと、後ろを振り返って講義室にいる全員に宣言する。

「貴様らカスがいっちょまえの口をきいてんじゃあないぞッ!悔しかったらな、さっさとおれより上に行ってみろ!」

ふう、と一息つくと、教官はそのまま教壇へと戻っていって再び寝入ってしまった。
今の自分たちの価値は彼らにとってはゼロだということを再度思い知らされた初年兵たちは、悔しさに身を震わせながら午後の座学の時間を過ごしていた。



「おい、お前ら格闘訓練まだやってねえんだろ?」

「はい」

同室の先輩たちの分まで掃除と洗濯を終えて一息つこうとすると、藤野一等兵からそんな声がかかった。
来た、とアーチャーは思い、身構える。今日は朝から藤野が随分と苛立っていて、事あるごとにつっかかってきた。
格闘訓練をほかの連中より先に体験させてやる、とか口実をつけてしごきをやろうというのだろう。大体予想がつくというものだ。
男鹿は掃除やら洗濯やら、パシリやらはさせてもいわゆるいじめはやらないタイプだったのだが、藤野はそうではない。
日頃の訓練や、外に遊びに行くことの出来ない鬱憤を初年兵にぶつける、いわゆる小物だった。

「ありがたく思え。格闘訓練をほかの連中より先に体験させてやる」

想像と一字一句違わぬ言葉が投げかけられて、火浦とアーチャーは呆れた顔をしそうになった。

――――たった一週間でここまで仲良くなれちゃう。軍隊ってのはスバラシイなまったく

――――んなわけねえだろ

アーチャーの冗談めかした視線に火浦は同じくアイコンタクトで返す。
そんな様子に藤野は気づくことなく、先ほどまで火浦が磨いていた靴を履いてファイティングポーズをとった。

「おら来い!」

「うっす!」

アーチャーも同じくファイティングポーズをとった。意外と、とでも言うべきか、藤野の動きは非常に機敏だった。
すばやく放たれたジャブを、アーチャーは受ける手が痛まないように払いのけながら距離を詰めさせないように足を運ぶ。
ジャブをくらいながらもむりやりマウントポジションをとって殴り続ければ体格に勝るアーチャーにも勝機はあるが、そうなると後々因縁をつけられるだろう。
今回専念すべきことは、なるべく手を抜いていると思われることなく相手をして、怪我することなく負けることであった。

初年兵で、しかもアメリカと日本のハーフであるアーチャーはこうした因縁をつけられることが多い。
しかし、この程度で済んでいるのは実際のところかなり運が良かった。
以前、火浦が男鹿に聞いたことがある。

――――軍隊って思ったより怖い人ばっかりじゃないんすね。先輩も優しいですし。自殺に追い込まれるようなしごきとか覚悟してましたよ

――――ハハハ!いつの時代だと思ってんだよ

初日の、非常に機嫌がよろしかった男鹿は快活に笑って言う。
そんな男鹿の返答に、火浦は安堵を隠すこともなく胸を撫で下ろした。

――――ですよね

――――ノイローゼや自殺者が増えすぎたらしくて、わざわざお達しが来てるからな。いじめ過ぎるな、って

――――・・・・・・

こんなやりとりがあった。戦時とはいえ、
もうすぐ二十一世紀。現代的になってきてありがとう。そんな風に初年兵たちは思わずにいられなかった。




[28081] 第五話 八分とクズ野郎
Name: あおいぶた◆0a2be469 ID:196a220b
Date: 2011/06/02 20:38


ざっ、ざっ、という砂を蹴る音と、衣擦れの音が、何もない砂地に響く。
その足音らしきものはひときわ大きい、倒れこむような音を一度だけ立て、その一瞬後に、耳を劈くような凄まじい破裂音が響き渡った。
その中心にいるのはやはり、火浦京次郎その人だった。

「よくやったぞど真ん中だ!とっとと戻れウスノロ!」

教官が唾を飛ばすような怒声でいつも喋る理由のひとつがこれなのだ。
小銃授与式を終えた初年兵たちは実銃、小銃を用いた訓練を行うことになる。
実弾の込められた小銃を発砲する音は凄まじいものであり、撃っている本人の鼓膜がどうにかなってしまいそうだ。
手製の耳栓を詰めているが、それでも脳にまで、きいん、と響く破裂音が響く。
戦地では砲撃音や発砲音が絶え間なく響く。それゆえに、大きな声で、はっきりと喋るのだ。意思疎通がとれない兵は真っ先に死んでしまう。

「はっ!教官殿!」

土嚢の影から立ち上がるのと同時に地面を蹴って勢いよく後ろへと駆け出す。
もちろん、顎を引いて頭を低くしながら体勢を低くして、である。
人との殺し合いでもさせるようじゃないか、と初年兵たちは思わざるをえなかった。
テレビでアナウンサーが言っていたBETAというものは人類のような戦術も持たない、数頼みの下等生物だと言っていた。
そんな連中相手に音もなるべく立てずに、見つからないようにすばやく動きながら、精密な射撃をする必要があるのか。

――――あるのだろうよ。

戦闘機がなくなり戦術機などというものがありがたがられる。制空権が奪われる。その意味がわからないほど火浦はおろかではない。
宇宙進出さえ果たした人類が、すでに十年以上地球で生存戦争を繰り広げているのだ。異常事態である。
今回の大陸派兵にしたって、前線の国家が支援を必要としているからこそ行うのだ。
調子がいいときに恩着せがましく手を差し伸べられたところで喜ぶものなどおりはしない。

「とっとと戻れカス野郎!後がつかえてるんだよ!」

背中越しに、というより相当後ろの方で怒声が聞こえた。塹壕のあたりにいた教官だろうか。
今射撃をしている者、火浦の後ろか、あるいはさらに後ろあたりの初年兵に対してでも怒鳴っているのだろう。
よく喉が枯れないものだ、と、むしろ感心する。よほどいいのど飴を持っているらしい。
皮肉げな思考が頭の中に浮かんだことに気づき、どうやら自分も軍に多少適応してきたことを実感した。

まだ一ヶ月。されど一ヶ月。
伸びてきた髪が元通りになった頃。また禿にされた頃。
二ヶ月後の総合戦闘技術評価演習に合格し、前期訓練を修了すれば髪型を自由に選べる。
最近では禿に慣れ、手入れが簡単だ、などと思えるようになってきてしまい、それがまた悲しい。

――――じじい。世間は厳しいぜ

「おら!キチンと構えろ!ケツの穴に銃口突っ込まれたいか!」

四キロの道のりを走破して五回目の列に並ぶ。小銃を持つ腕は体力消耗のあまりぷるぷると小刻みに震えていた。
完全装備状態で走っているが故に、足も同様である。生まれたての小鹿のように頼りない足取りだ。
こんな有様では今尻を蹴飛ばした教官を誤射してしまうかもしれない。
ああ、それもいいかもな、などと思ってしまうあたり、相当参っているらしい。

「雨だ」

曇り空が泣き出した。天気予報はなぜだか最近あまりアテにならない。
濡れてしまうと分解整備がより面倒なことになるので小銃が濡れないように体で庇う。

「喜べ金髪豚野郎!雨が降ってきたぞ!」

最前列の中で一番左にならんでいたアーチャーを特に意味もなく張り倒すと、教官は彼らに背を向けて走り出す。
行き先はおそらく、というか、間違いなく兵舎だろう。
雨が降ると完全装備で延々と階段を上り下りさせられたりする。今のダッシュアンドショットどころではない。重石を背負った状態でのそれはほぼ拷問だ。
あまりキツい訓練を受けさせすぎると乳酸がどうこう、とかそういう科学的な思考は嗜虐趣味の変態どもにはないらしい。
日本刀を作るが如く、叩いて叩いて密度を上げる。何の密度が上がるのかはよくわからない。

「いつか殺す」

すれ違う中、特に〝可愛がり〟を受けているアーチャーは据わった目でそう呟いた。
火浦を含む初年兵数人がその言葉を聞いてしまった。
もっとも、心はひとつ。

――――おれも同じ気持ちだよ

ぽん、と最初はアーチャーにあまり友好的ではなかった同期の男がアーチャーの肩を軽く叩いた。
振り向くと、いやにやさしい彼の表情にアーチャーは顔を引きつらせる。

「・・・・・・どうした?」

「がんばろうぜ!」

「お、おう」

そんな光景をやや冷ややかな表情で見つめていた御神楽は、なるほど、となにやら勝手に納得していた。



「よっと。一丁あがり」

「流石。器用なヤツだな」

午後の座学を終えた火浦たちは部屋に戻って同室の藤野一等兵と男鹿上等兵の銃の整備を行っていた。
古年兵の銃の整備は初年兵にやらせる、というとってもありがたーくて涙が出てしまうような慣わしがここにはあるらしい。
二度目の小銃の分解組み立て訓練において、これまでの訓練兵の最速タイムをたたき出した火浦は男鹿上等兵の小銃の手入れをさせられている。
小銃の組み立てはさながらプラモデルのようで、裁縫と同じで楽しい。
こういったものづくりが自分には向いていたのかもしれない、などと火浦はあり得ない仮定の話を考えた。

「ったく、めんどうくせえ・・・・・・」

「わかっているとは思うがな・・・・・・教官の前では言うなよ」

「了解であります・・・・・・っと」

がちゃり、と、カートリッジに空撃ち用のダミーカートを突っ込んで引き金を引く。どうやらきちんと整備は完了しているらしい。
精密さに関しては少々自信が持てないが、男鹿上等兵から何も苦情が来ないのだから問題ないのだろう。
というか、きちんとした手順で整備してなお不調ならば、部品に不良品が混じっている可能性が高い。
その程度は分解する際に気を使っているので問題はないだろう。

「おいおまえら!終わったか!」

「はッ!終わりました!」

衛士訓練にも慣れてきたらしい男鹿上等兵が扉を開けて部屋へと戻ってきた。当初のように青い顔はしていない。
火浦は小銃を持って行う形式の敬礼を行い、小銃を男鹿上等兵へと返す。既にダミーカートは抜いてある。
男鹿上等兵は火浦の背中を思い切り叩いた。彼なりの感謝のカタチらしいが、部屋ではシャツ一枚で作業を行うので非常に痛い。

「衛士になっても小銃ぐらい使えないとならんからな。おまえらも慣れておけよ」

「はッ!ありがとうございます!」

ハッハッハ、と欧米人染みた笑い声を上げた彼の勢いに若干後ずさる。飯に火薬でも混ぜられているのだろうか。
それにしてもよほど調子がいいらしい。衛士訓練が一体どのようなものかと思った火浦は興味本位で聞いてみる。

「衛士ってあの、戦術機に乗って戦うんですよね。どんな感じなんすか?」

「ん?興味あるのか?聞きたいのか?そうか。聞きたいのか。よし、座れ」

丸椅子に座った男鹿上等兵は部屋に入るときから手にしていたソーダの蓋を開ける。
それを一気に飲み干すと、ゲップをひとつし、頬を上気させて心底楽しそうに自分が今やっている訓練内容を語りだした。

「まだ実機は届いていないがな、衛士強化装備を身につけてシミュレーター訓練をやってる」

「衛士強化装備ってアレですよね。ピッタリした・・・・・・レスキューパッチの使い方は教わりましたよ」

火浦は教本を書き写した際に衛士強化装備の説明文と絵を模写した記憶を引っ張り出して口にする。
訓練兵の衛士強化装備は透明らしく、羞恥心を麻痺させる云々、ということも聞いている。
いらねえ努力してんじゃねえよ、と男の裸を想像して思ったものだが、女性用の強化装備はいい。じつにいい。
教科書の類を見て元気になったのは保健体育のもの以来だった。

「おう、それよ。それでよ、すげえんだぜ。最初は吐くかと思うくらい揺れを感じたんだがよ、強化装備とシミュレーターの方が合わせるのよ」

「データ蓄積のことですか?」

体にぴったりとくっつくようなその衛士強化装備は、データスキン、とも呼ばれている。
顎部に取り付けるヘッドセットとワンセットとなっており、装備しているパイロット、衛士の脳波やら、癖やらを記録するらしい。
その為、何度も使っているうちに操縦者に負担をかけないようにできているとか。
意外と覚えているものだ、と思いながら火浦は教本の内容が頭の中に思い描ける自分に気がついた。
自分をクズ野郎呼ばわりするクソ野郎の講義もあながち無駄ではなかったらしい。

「おう。もう一ヶ月だろ。殆ど酔いなんかは感じなくなってきたぜ」

その言葉を聞いて、再度、もう一ヶ月なんだな、と思えるようになってきた。
感慨深い思いに浸りながら男鹿上等兵の話を聞く。
彼の話は、中には話していいのだろうか、と思うようなことまであった。
しかし、何より火浦やアーチャーが驚いたのは、死の八分、という言葉だった。
初陣の衛士の平均生存時間が八分、という統計からきた言葉らしい。
対BETA最強の兵器なんて言われているのにも関わらず、莫大な税金をとって作っているにも関わらず、八分で鉄くず。

そして中身の、衛士の専門訓練は短くて三ヶ月。しかし、それだけで前線に送り出すようなところはそうはいまい。
大戦初期は熟練の戦闘機パイロットが転科訓練を受けて乗ったと聞く。
そんな、莫大な手間と金を用いた英才教育を受けさせられ、任官すると同時に少尉の階級章を与えられる衛士が、八分で死亡。
余りに狂気的な現実に火浦たちは戦慄する。それほどまでにBETAは強いのか、と。
更に踏み込むと、衛士以下の歩兵や戦車兵はどうなのかと思い、あまりに恐ろしい想像になってしまって火浦の顔は硬直した。

「まあ、大戦初期の話だからな。今じゃ違うだろ。人類の戦術は日々進歩してるからな」

「ですよね」

ほっと安堵のため息をつくものの、その表情はぎこちない。
大げさなんだよ、などと男鹿上等兵が火浦の頭をばしばしと叩いて、アーチャーも火浦も愛想笑いを浮かべたが、やはり心のどこかで考えていた。
自分たちは、どのような敵と戦うことになるのか、と。
人口が減少、とテレビで聞かされた。正確なデータは一切流されていなかったが、うわさだと十億単位で減っているそうな。
そのうちの一人に自分がなる、などと想像するのはどうにも現実味がないが、少しだけ、胸の動悸が激しくなった。

――――大丈夫だ。おれは死なない。どうせ死なないから、心配するだけ無駄だぜ、じじい

そんな風に自分に言い聞かせながら、火浦はシャツ越しに、首から提げているお守りを触ったのだった。




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