東日本大震災の発生直後に被災地を取材した何人もの記者から同じような体験談を聞いた。例えば。
東京から車でようやくたどり着いた民放の女性リポーターは避難所に行った。恐怖と混乱が続く中、テレビカメラを回すのをためらったが、被災者たちは文句も言わずに迎え入れてくれた。そして、あるおばあさんが、支給されていた数少ないおにぎりを一つ、差し出して言った。「あんたたちも何も食べていないだろうから」
迷った末、彼女はおにぎりをもらって食べた。取材中は涙を見せてはいけないと自分に言い聞かせた。でも、その日の宿泊場所となった車に戻ると夜通し、声を上げて泣き続けた。
週刊誌の男性記者は火葬場を取材した。そこにも大勢の被災者がいたが、迷惑がるどころか「ここまでよく話を聞きに来てくれた」と言ってくれた。彼も菓子パンをもらった。日ごろ厳しく、シニカルな見方を売り物にしている週刊誌で仕事している彼も涙が止まらなかった。
こうした話を聞くたびに私も涙する。あの日からもう80日余り。私たちの社会は今もなお、被災者のみなさんの優しさや我慢強さによって逆に何とか支えられているのだと思う。
それに引き換え政治は何をしているのだろう。野党は内閣不信任案を提出し、そこで民主党から何人が造反するのか……。政界の最大関心事はそこに向かっている。
何度も書いたり、テレビ・ラジオでしゃべってきたように菅直人首相ら政権の対応は確かに不手際が目立つ。しかし、「一刻も早く菅首相は代われ」と野党や民主党の小沢一郎元代表らは主張するが、辞めた後、誰を首相にすればうまくいくのかを語らない。それは無責任というものだ。
自民党議員からは「ここで不信任案を出さないと谷垣禎一総裁が持たない」という党内事情も聞く。一方の菅首相側は「不信任案が可決したら衆院解散だ」とけん制する。被災者は二の次の駆け引き。このままでは仮に首相が交代しても、いずれ新首相に対する不満が巻き起こるだけだろう。なぜ、こうも我慢が足りないのか。私はそうした風潮も恐れる。
被災地に今度は豪雨が追い打ちをかける。あの優しいおばあさんたちは今、どんな思いで東京を見つめているだろう。それを考えると、情けなくてまた泣けてきた。(論説副委員長)
毎日新聞 2011年6月1日 東京夕刊
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