社説
東日本大震災 不信任決議案/政治空白だけは許されない
振り上げた拳は、やはり下ろせないということか。自民、公明両党が菅内閣の不信任決議案をきょうにも提出する方向で最終調整に入った。 東日本大震災からの復旧・復興は緒に就いたばかりだ。否、過酷な避難生活が続く被災地では、そのスタートラインにさえ立てていない。医療や福祉の手が届かず、いまだ生命の危機にさらされている人も多いのだ。 このタイミングでの不信任案が妥当なのかどうか。伝家の宝刀は、抜けば被災者を混乱に陥れかねないもろ刃の剣である。国民不在の政争劇にしないためにも、何より被災地の声に耳を傾けるべきだ。 「野党の最大の武器である不信任案は、必ず出さなければならない」。自民党の谷垣禎一総裁は不信任案の今国会提出を明言している。 政権と対峙(たいじ)し、不始末があれば厳しく駄目だしする。半世紀にわたって政権を担った党だ。いつでも取って代わる用意はあろう。 ただ、解せないのは倒閣に前のめりになる背景に、民主党内の内紛が絡んでいることだ。菅直人首相の外遊中に、不穏な空気が一気に広がった。 民主党の小沢一郎元代表が有力米紙のインタビューに「菅政権は国民の支持を失っている。政策が実行できないのなら、首相をやっている意味がない」と答えた。 首相との確執は今に始まったことではないが、首相の東日本大震災や福島第1原発への事故対応を見るに及んで不信感は頂点に達した。自身を支持するグループを足場に、鳩山由紀夫前首相グループなどと連携した「菅降ろし」を模索している。 衆院で不信任案を可決するためには、与党から約80人の造反が必要になる。中間派議員を間に挟んで、執行部と小沢グループが水面下で多数派工作を繰り広げる。それが、ここ1週間ほどの永田町の風景だ。 当事者には政争の意識などないのだろうが、被災者には内輪もめにしか映らない。費やされるエネルギーと時間を復興論議に振り向けてほしい、というのが偽らざる心境だ。 谷垣総裁にも問いただしておきたいことがある。5月30日、青森市の街頭演説で「私たちが代わってやるという意思を示す」と述べた。それなら、震災対応を含めた政権構想をいち早く示すべきだ。それが不信任案提出のための最低条件だ。 仮に不信任案が可決されても、選挙事務など不可能な被災地の現状に照らせば、首相の選択肢は総辞職しか残されていない。これが、野党と小沢氏らの読みだ。 言い換えるなら首のすげ替えが目的。「反菅」はいいとしても、その後が描けているわけではない。一方で、否決されても民主党は終盤国会に向けて分裂含みとなり、政局は流動化する。 はっきりしているのは、いずれの場合でも政治空白が生じ、復旧・復興のプロセスが滞ることだ。震災から立ち上がる工程表を、政治が害する愚だけは避けなければならない。
2011年06月01日水曜日
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