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東日本大震災:福島第1原発事故 「基準は何なのか」 3キロ圏、帰宅阻む「線引き」

 ◇募る不満

 東京電力福島第1原発の事故で立ち入りが規制されている警戒区域(半径20キロ圏)で、住民の一時帰宅が進んでいる。だが、半径3キロ圏内に家がある人の帰宅は対象外。「なぜ自分たちだけ帰れないのか」。着の身着のまま避難した住民は「3キロ」で線を引いた国の判断に納得できず、もどかしさを募らせる。

 「やっぱりだめか。でも2・9キロと3キロの何が違うのかね」。福島県大熊町から北塩原村のホテルに避難した杉本征男さん(69)は、町が配った一時帰宅のお知らせを手に、長いため息をついた。40年以上暮らしてきた自宅は第1原発から約2・8キロ。待ちに待った大熊町の一時帰宅は6月4日に始まるが、杉本さんは帰れない。

 あの日、妻幸子さん(64)と町内のゴルフ場にいた。近くの学校に避難したが、夜になってバスで町を出るよう指示された。「妻の持病の薬だけは取りに行かせてくれ」。避難を促す消防隊員に無理を言い、自宅へ急いだ。崩れた玄関、真横に倒れた家具。割れたガラスを土足で踏みしめ「すぐ戻ってくっから」と薬だけ持ち出した。避難生活がこうも長引くとは思わなかった。

 国の原子力災害対策本部は4月、「爆発などの緊急時に避難できる距離」として3キロ圏内の住民を一時帰宅から外した。自治会の集まりで、杉本さんは渡辺利綱町長に「3キロの基準は何なのか」と詰め寄ったが、町長も国と同じ答えを繰り返すばかりだった。

 国は3キロ圏外でも、1時間の放射線量が200マイクロシーベルトを超える地域には一時帰宅を認めていない。杉本さんの自宅近くで計測された放射線量は5月27日時点で29・1マイクロシーベルトと低い。「3キロ圏内でも放射線量の低い地域はある。そもそも原発はまだ爆発を想定しなければならない状態なのか」

 自宅の仏壇には先祖の位牌(いはい)が置いてある。幸子さんは「何とかお盆までに持ち出さないと、先祖に顔向けができない」と唇をかむ。梅雨入りが近づき、壊れた屋根からの雨漏りも心配でならない。

 避難先のホテルでは、道路1本隔てた地域の住民が次々と一時帰宅の手続きを済ませている。「同郷の人が戻れるのは喜ばしいこと」。そう思いつつ、夫妻には複雑な思いがこみ上げる。

 渡辺町長は4月28日に首相官邸を訪れ、3キロ圏内の一時帰宅も認めるよう菅直人首相に要望したが、首相からはあいまいな答えしか返ってこなかったという。町長は「すべての住民が一時帰宅できるよう、国に引き続きお願いしたい」と話す。

 3キロ圏内には、大熊町と双葉町に約400世帯計1100人の自宅がある。【伊澤拓也】

毎日新聞 2011年6月1日 東京朝刊

 

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