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[25360] 【チラ裏より】 拝啓、親父殿。幼馴染たちが怖いです。(ファンタジー・ギャグ?)
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/04/05 06:54

 このたびはこのSSに興味を持ってくださりありがとうございます。
 このSSは、作者がノリで書いているため、他所からネタを引っ張ってくる可能性があります。
 以上の点を踏まえて、どうぞお楽しみください。

 ご指摘ご意見ご感想をお待ちしております。
 
 



[25360] えいゆうさんとおさななじみ
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:6c39fdbd
Date: 2011/04/05 06:39
 青い空、白い雲。
 山々は緑に萌え、野には青い小鳥が高らかに春を告げる。
 その誰が見ても平和と感じられる草原を流れる清らかな川沿いに、小さな村がある。
 その村は小さいながらも旅人の宿場として知られていて、村としては大きい方だ。
 そこでは春を祝う祭典が開かれており、教会ではミサが開かれ、表通りには活気があふれている。
 そんな村に、一人の旅人がやってきた。
 その青年は銀色に輝く鎧と朱色の外套をまとっていて、その背中には背丈ほどもある巨大な剣を背負っている。
 鎧のへその部分には青い宝玉が、剣の柄には赤い宝玉が埋め込まれていて、それがとても貴重なものである事を物語っている。
 青年は精悍な顔つきで、髪は群青色に染まっている。
 村人はその群青色を見た瞬間、青年に駆け寄った。

 「おい、我らが英雄のご帰還だぞ!!」

 「本当だ!! おい、てめえら!! ジンが帰ってきたぞ!!」

 その声が聞こえた瞬間、村中の人々がジンと呼ばれた青年に駆け寄って行った。
 その光景にジンは軽く溜息を吐き、

 「大袈裟だっての……ま、悪い気はしねえし、良いか!! 皆、帰ったぞーーー!!!」

 と、笑顔で答えた。
 その声に、村人から歓声が巻き起こった。
 その歓喜の中、一人の少女が駆け寄ってきた。

 「ジン!!」

 「おう、ただいま」


 駆け寄ってきた少女を青年は軽く抱きとめる。
 その瞬間、感極まったのか少女は涙を流し始める。

 「元気だったか、ユウナ」

 「馬鹿っ……あんなことになったって聞いて……どれだけ心配したと思ってるんですか!!」

 「悪い悪い、何しろ色々あったもんだから手紙を送るのすっかり忘れててな……」

 「ぐすっ……馬鹿ぁ!!」
 

 ジンは泣きじゃくるユウナの頭を撫でて宥めようとする。
 しかし、ユウナは一向に泣きやむ気配が無く、ジンにしがみついている。
 そんな二人の許に、一人の青年が近寄ってきた。
 銀色の髪を後ろで束ねた、中肉中背の男だ。


 「お~やおや、いたいけな女の子を泣かせるなんて悪い奴が居たもんだなあ……なあ、ジン!!」

 「3年ぶりに会って最初の一言がそれかよ、レオ!! 頭のネジ少しは締めたか!?」

 「お前も十分酷ぇぞオイ!!」


 そう言いながら二人は拳を打ち合わせる。
 そうやっていると、またしても人がやってきた。
 やって来たのは燃える様な赤いショートヘアで尼僧服を着た少女だった。

 「こら、レオ!! 感動の再開に何水を注してんのよ!!」

 少女はやってくるなりレオの頭に金槌を振り下ろした。

 「痛ぇ!? テメ、何しやがるこの暴力シスター!!」

 「良いからこっち来る!! アタシ等は後でじっくり話が出来るんだから今は二人っきりにさせてあげなさい!! ……と言う訳で、後でね、ジン」

 「あ、ああ、分かった」

 「な、ちょ、そこ持って走ると首締まるゥゥゥゥゥゥ!!!」


 そう言うと少女はレオの首根っこを掴んで走り去っていった。
 レオは心の中で合掌しながらその光景を見送り、衆人環視の中、冷やかされながらも再びユウナを宥めるのだった。



 その日の夕方、久方ぶりに実家に帰宅し荷物をおいたジンは、とある宿の酒場に向かっていた。
 賑やかなその場所に入ると、中は祭りの客で満員で、開いてる席が無い状態だった。

 「お、来た来た。お~い!! こっちだこっち!!」

 その片隅のテーブル席で、レオが手招きをしている。
 ジンはそれを確認すると、客にぶつからない様に気を付けながらその席に向かった。
 席にはレオのほかにユウナと先程のシスターが居た。

 「すまん、遅くなった」

 「良いって良いって、お互い急な話だったしな」

 「全くよ。帰ってくるなら帰ってくるって一言くらい連絡しなさいよ!!」

 遅れてきたらしいジンに、レオは笑顔で返し、シスターはムッとした表情で返した。
 
 「それがですね、リサ。ジンときたら手紙を送るのを忘れていたらしいんですよ?」

 「まだ引っ張るのかよ、それ……だから悪かったって」

 赤毛のシスター、リサにユウナは淡々とした表情で多少怒った口調でそう話し、ジンはかくりと首をたれた。

 「でもまあ、しゃあないよなあ、あんなことがありゃ。そりゃ忘れもするわな」

 「ああ、あんな面倒で危ない事をする羽目になるとは夢にも思わなかったぞ……」

 同情の念を含んだレオの言葉に、ジンは遠い目をしながら答えた。
 その眼が、自分がくぐりぬけてきた修羅場の凄惨さを物語っていた。

 「でも、そのおかげで今のジンは『修羅』の称号を持つ世界で指折りの魔法剣士じゃない。信じられないけど」

 「剣を持たせりゃ大地を裂き、魔法を使わせれば獄炎を呼び出す……すげえ言われようだよな、ホント」

 「んなことどうでも良い。名前が知れても仕事や王様に謁見する時くらいしか役に立たんばかりか、盗賊に狙われたり決闘を申し込まれることが増えて足手まといにしかならん」 
  
 「……大変だったんですね……」

 机に突っ伏すジンの頭をユウナが優しく撫でる。
 その状態のまま、ジンは話を続けた。

 「で、お前はどうなんだ、レオ? と言うか、良いのか、宿ほっぽり出して? お前の親父もお袋ももう居ないんだろ?」

 「良いってことよ!! 泊まりたきゃ帳簿に勝手に名前書いて勝手に使えば良い。ま、明日の朝払わねえで逃げる様な奴にはち~っとお灸をすえるがな」

 「大丈夫か? 冒険者の中には結構手練れも居るんじゃないのか?」

 「なあに、『面倒な事は力でねじ伏せろ』て言うのが死んだうちの親父の教えでな。そこいらの冒険者なら軽くひねれる自信があるぜい!! 魔法対策もあるしな!!」

 「あ~、あの親父ならそう言いかねんな……納得したわ」


 レオはそう言うと磊落に笑い、ジンは盛大に溜息を吐いた。
 そして、次はリサの方を向いた。 
 今のリサは尼僧服から着替えていて、見た目は若干子供っぽく見える。

 「ま、レオは分かった。リサはシスターになったのか?」

 「そ。と言っても、まだ勉強中だし、本気で神の御使いになる気は無いわよ。折角適正があったことだし、怪我や病気の治療法をね」

 「……まあ、そんなところだろうな、リサは。て言うか、適正あったのか……」

 「信じられるか? こいつが神術の適正あるんだぜ? あの路地裏の撲殺魔と言われた「死ねぇ!!」んがっ!!」
 
 横から話しに入りこんできたレオの頭に、リサは憤怒の表情で金槌を叩きつけた。
 レオは机に突っ伏し、ピクピクと痙攣している。

 「雉も鳴かずば撃たれまい……相変わらずだな、二人とも」

 「……アンタも殴られたい?」

 「……遠慮します……」

 リサの一言にジンは青ざめた顔でそう答えた。
 そのやり取りを見て、ユウナがくすくす笑った。

 「くすくす、修羅も恐れおののくシスターの金槌、なんて知れたら世界から追手が付きそうですね」

 「ユ、ユウナまで……ちくしょおおおおおおお!!!」

 ユウナの一言でリサ撃沈。
 ジンはそれに対して乾いた笑いを浮かべている。

 「それじゃ、ユウナは今何をしてるんだ?」

 「近くの食堂で働いています。いつか自分の店を持つのが夢なんです」

 ジンの問いかけにユウナは笑顔と共に答える。
 人形のように整った顔立ちで見せる、柔らかく優しさを感じるそれは、とても絵になるものだった。

 「そうか、頑張れよ」

 元より料理が好きだったユウナの夢を聞いて、ジンは笑顔でそう告げた。 

 「ところで、ユウナ?」

 ふと、ジンがユウナに問いかける。

 「何ですか、ジン?」

 ユウナはそれに対してにこやかにほほ笑みながら答える。
 ジンはそれに対して笑顔で続けた。

 「いつまで俺の頭を撫でているんだ?」

 「気が済むまでです」
 
 ……即答だった。
 結局、ジンは解散の時間になるまでユウナに頭を撫でられ続けた。



 「んじゃまたな!! ジンもまた来いよな!!」

 「心配せんでも酒が飲みたきゃ行くっての!! リサもまたな!!」

 「アタシに会いたきゃ教会に来れば良いわよ!! ま、来たけりゃ来なさいな!!」

 「おう!! そうさせてもらうぜ!!」

 飲み会がお開きになり、ジンはそう言うと家路に着いた。
 隣にはユウナが居て、家が隣同士である二人は連れ添って帰る。
 
 「……ジン。久しぶりに故郷の空をゆっくりと見てみませんか?」

 横からユウナがそう告げると、ジンはそちらを向いた。
 それから少し考えて、

 「そうだな、それも良いかもな」

 と言って同意した。
 二人は村のはずれにある高台の広場へと移動した。
 そこからは村が一望でき、空を見上げると、空には星の海が広がっている。
 ジンが近くのベンチに腰をおろすと、ユウナはそのすぐ隣に腰を下ろした。

 「……変わらねえな、ここは。3年前から何も変わっていない」

 「不満ですか?」

 「いんにゃ。良いと思うぜ。変わらない方が良いものが変わってないんだから」

 二人は空を眺めたまま会話をする。
 その眼の前で、大きな流れ星が流れていく。
 ジンはそれを見て、流れ星に願い事をすれば叶うと言う、この地方の言い伝えを思い出した。

 「……何を願った?」

 「……秘密です。ジンは?」

 「……知らん」

 そう言いながら二人は顔を見合わせた。
 ユウナの長く、艶やかな黒髪は星明かりに照らされてキラキラと輝いていた。
 ジンはユウナを見て、ふと思った事を口にした。

 「……そう言えば、まだその服着てるんだな」

 ユウナの服は和服の単衣の様な服装で、この地方の一般的な服装とは異なる。
 ユウナはその質問に眼を閉じて、昔を思い出しながら笑顔で答えた。

 「はい。ジンがここを出る前に買ってくれた、最初で最後の服ですから」

 「ちょっと珍しいから東方の行商人からネタのつもりで買ったんだが……気に入ってもらえて何よりだ」

 「もうトレードマークですよ、この格好は。この形の服は何着か自作までしました。けど、やっぱりこの服が一番ですよ」

 「……そうか」

 心地良い無言が二人を包む。
 二人は空を眺め、村の喧騒をしばらく見続けていた。

 「……また、発つつもりですか?」

 ユウナは俯き、ジンにそう問う。
 その声は若干の恐れや焦燥が感じられる。
 ジンはそれを見上げながら答えた。

 「ああ。冒険者って言うのは色々でな、開拓者や探検家、それから俺みたいな狩猟者やら色々だ。冒険者を必要としている人間は多い。だから俺は大勢の役に立ちたい……って言うのは建前だな。何より俺は、強くなりたい。世の中にはまだまだ俺の知らない色んな奴が居る。俺はそいつらと戦ってみたい」

 「何故そんなに強さを求めるんですか!! もう富も名声も貴方は手に入れた!! これ以上何故!?」


 ユウナは叫ぶように訴える。
 その眼には涙があふれていた。
 ジンは、ふっ、と一息ついて答えた。

 「理由なんてないさ。男なら誰だって強くなりたいと願う。俺はそれが少し他の奴より強かっただけだ」

 「っ!! 卑怯ですっ、そんな言い方!! 待たされる人間がどんな気持ちになるか考えた事は無いんですか!?」

 「あるさ、それくらい。けど、どうしても強くなりたいってう衝動は抑えきれなかった。だから、俺は闘う」 

 そう答えるジンの眼には強い意志が込められていた。
 ユウナはしばらくジンを睨んでいたが、力なく視線を落とした。

 「……ジン……『修羅』と言うのは称号では無く、貴方自身を指す言葉なんですね……」

 「……」

 ユウナの呟きにジンは無言で答えた。
 先程とは違い、苦い沈黙が二人の間に流れる。
 そこを少し冷たい夜風が吹きぬけていく。
 それは、寒さを思い出させるには十分なものだった。

 「……帰ろう、ユウナ。ここは冷える」

 ジンはユウナに帰宅を促す。

 「……嬉しかった。貴方が無事に帰ってきたと知って。けどその分辛かった。貴方の安否が分からなくて。もうあんな思いはしたくないんです。だから、私は貴方にはここに残って平和に暮らして欲しかった……でも、それは叶わないんですね……」

 「……ユウナ?」


 絞り出すような声で話すユウナに、ジンは耳を傾ける。
 すると、俯いていたユウナは勢い良く顔をあげ、ジンはそれに驚き思わず身を引く。

 「ならば!! 私は貴方について行きます!! ジン、私を貴方の旅に連れて行って下さい!!」

 「な!?」

 そう言い放つユウナの視線と言葉には強い意志と決意が込められていた。

 「い、いや、ちょっと待て。俺の旅は滅茶苦茶危険だぜ? 村から一歩も外に出た事が無い様な奴がついてこれるような奴じゃないって!?」

 「ジンだって最初はそうだったでしょう? なら、私がそれに追いつけるように努力すれば良いだけの話ですし、ちょうど他の国の食材にも興味があります。何より、もうジンの安否を気にして生きるのは嫌なんです!!」

 「簡単に言うな!! 俺がこの強さになるのにどれだけ苦労したと思っているんだ!? 自分で言うのもなんだが、高々3年でこの強さになった俺は異常なんだぜ!? ユウナがついてこられる訳が無いだろ!!」

 「そんな事やってみなければ分からないじゃないですか!! 何と言われようとも私は行きますからね。それじゃ、私は明日の仕込みがありますので失礼します!!」

 ユウナをそう言い残すと、高台から去っていった。
 ジンはしばらくその場で立ち尽くしていたが、

 「くそっ、分からず屋め」

 と吐き捨てると、高台から去っていった。


 
 ジンは自宅に着くと、荷物の手入れをした。
 ジンの両親は幼いころに他界しており、もっぱら面倒を見ていたのはユウナの両親だった。
 リサやレオ、そしてユウナは物心ついた時からの幼馴染で、良くつるんで遊んでは、怒られていたものだった。
 しかし、4年前にユウナの母親が亡くなり、3年前に父親が亡くなると、それを契機にジンはその身一つで旅に出たのだ。
 ジンは手入れを終えると、ベッドに寝転んだ。
 いつ帰ってきても良い様にユウナに洗濯されていたのだろうか、家の中を見てもホコリ一つ落ちていない。
 ジンはそっと目を閉じる。
 思い出すのはユウナの事。
 ジンの中ではいつも自分について回っていた、内気な少女として記憶に残っていた。
 そのユウナが、見た事のない様な表情を見せ、意思をぶつけてきたのだ。
 
 「……諦めないって、俺にどうしろって言うんだよ、全く……っ!!」

 ジンがそう呟いた瞬間、村中に轟音が鳴り響いた。
 ジンが窓から外を見ると、高さ15m程の巨大な鉄の人形が村の建物をなぎ払っていた。

 「アイアンゴーレム……何でこんなところに!? しかもあっちはレオの宿屋の方角じゃねえか!!」

 ジンは急いで剣と鎧を装着し、窓から飛び出した。
 屋根を渡り、通りを飛び越え一直線に進んでいると、眼下に緑色の集団が見えた。
 オークの集団である。

 「ちっ……オークか……しかもよりにもよってあんなの動かす奴か……かぁ~、ついてねえな!!」

 オークは性格は獰猛で、このように村を荒らし回る事も多い。
 醜悪な外見をしているが、知能はそれなりに高く、優秀な者は魔法や人間が扱うような道具も扱う事が出来る。
 そのため、オーガやゴーレムなどを使役してくる事もあるのだ。
 しかし、この巨大なアイアンゴーレムの様な強大な物は扱いが極めて困難である。
 つまり、それほどまでに強力な集団がこの、村にやってきているのだった。

 「オークなんぞに好きにさせるか!! 喰らえ!!」

 「祭りの気分をぶち壊した礼はたっぷりさせてもらうわ!!」

 オーク達の集団を、村に来ていた冒険者たちが食い止めている。
 ジンはそれを見て、ここは任せても大丈夫だと判断した。
 
 (あのアイアンゴーレムを叩けば奴らも戦意喪失するはずだ)

 制御しているオークを倒しても自律人形であるアイアンゴーレムは止まらない。
 そう判断したジンは、アイアンゴーレムの居る場所まで急ぐことにした。
 レオの宿屋の前に着くと、そこにはオークが集まってきていた。

 「でぇりゃあああ!!!」

 その集団の中で、巨大な戦斧を振り回して周囲を薙ぎ払っている者が一人いた。
 その中にジンは背中の大剣を抜き放ち切りこんだ。
 
 「レオ!!」

 「ジンか!! ったく来るのが遅えよっと!!」

 レオは集まってきたオークを一掃すべく戦斧を振るう。
 そんな中、間合いの中に入ってくるものが3体ほど出てきた。
 オーク達はレオの首を取るべく襲いかかった。

 「おい、危ねえ!!」

 「心配ご無用!! うぉおおおおりゃああああ!!」

 すると、レオは戦斧を片手に持ちかえ、空いた手で腰に刺していたロングソードでオークの首を刎ね、蹴りで突き放し、斧で叩き斬った。

 「滅茶苦茶な二刀流だな、オイ!!」

 「はっはっは!! だから言っただろうが!! 『面倒な事は力でねじ伏せろ』がうちの教えだってな!!」

 ジンはある程度オークの数を減らすと、魔法で脚力を強化して宿の屋根に飛び乗った。
 すると、すぐ目の前に腕を振り上げたアイアンゴーレムが立っていた。

 「やばい……!!」

 ジンは素早く飛び降り、レオのところに駆け寄った。
 次の瞬間、轟音と共に宿屋の屋根が吹き飛んだ。
 その音とともに、目の前のオーク達は撤退していく。

 「う、うちの宿が!! ちくしょおおおお!!!!」

 破壊者であるゴーレムの脚に向かって戦斧で斬りかかるレオ。
 しかし、アイアンゴーレムのの名に恥じない硬さを誇る装甲に弾かれてしまう。

 「この!! このおおおおおお!!!」

 「落ち着け、レオ!! 幾らなんでも無茶だ!!」

 なおも斬りかかるレオをジンは止めに掛る。 
 しかし、レオの力は見た目よりもはるかに強く、ジンは引きずられていく。

 「放せ!! 親父やお袋の唯一の形見が……」

 「だから待て!! あいつは俺が倒してやる!! だからお前は向こうに行ったオークを蹴散らしてやれ!! それが出来ればこいつは倒せる!!」

 「ぐっ……ぐぐぐぐぐ……くっそおおおお!!! オーク共め!!! 皆殺しにしてやる!!!」

 レオはそう言い残すと、オークが去っていった方向に走り去っていった。
 ジンは軽く呼吸を整えると、両手でしっかりと剣を握りしめた。

 「こいつの場合魔法の方が速いが、威力が高すぎるんだよな……それにそれじゃ面白くない。まあ、やるか」

 ジンはそう言うと、剣に気を込めた。
 すると、剣が青白く光り始め、辺りが熱を帯び始めた。
 ジンは、それを見てニヤリと笑った。

 「まあ、こいつ相手ならこれ位で充分だろ。さて、この修羅の剣、何太刀耐えられるかね? はああああ!!!」

 そう言うと、ジンはこちらを意に介さず宿を破壊し続けるアイアンゴーレムに斬りかかった。
 二太刀。結論を言えばそれで十分だった。
 バランスを崩すために脚に一太刀。
 倒れたところを心臓部に一太刀。
 その結果、アイアンゴーレムはその活動を停止することになった。

 「……な~んだ、結局ただ固かっただけか、つまらん」

 ジンはつまらなさそうにそう吐き捨てるとその場を後にした。
 ふと、ジンはまだ会っていない残りの幼馴染の事が気にかかった。

 (……避難所に居てくれるだろうか……)
 
 そう思ったジンは、避難所となっている高台に移動することにした。

 

 そこには怪我人が大量に集まっていた。
 数も多い上に、アイアンゴーレムまで居たのだ、その被害は相当なものだろう。
 その数は少なく見積もってもおよそ千人。
 その中には腹を裂かれて今すぐにでも治療しなければいけないものも居た。
 
 (これは……これだけの人数を治療するのに司教クラスが何人要る?)
 
 そんな事を感じながらも幼馴染の顔をジンは捜す。
 そしてしばらく捜していると、
 
 「きゃあああああ!!」

 突如甲高い叫び声が響き渡った。
 それはジンにとっては馴染み深すぎる声だった。
 ジンは大急ぎで人混みを駆け抜け、声のする方に向かった。
 そして、その方角には大勢のオークがいた。

 「ユウナか!? くそっ!! 今助ける!!」

 ジンは大声で叫ぶと、ユウナの居る方向に走り出した。
 が、突如凄まじい轟音が空に響いた。

 「何だ!?」

 ジンが空を見上げてみると、そこには先程のアイアンゴーレムが二体、空を飛んでやってきていた。

 (ちっ、魔法で撃ち落とすと周囲に被害が出る……降りるまで何もできないのか、チクショウめ!!) 

 更に、ジンがそうやって考えている最中にも、

 「おい、あっちに凄い数のオークの大群が居るぞ!!」

 どうやら別方角からもオークの大群が近づいているようだった。

 (くそっ、こんな時に!! 一体何なんだ、この異常なオークの集団は!?)

 心中でジンはそう毒づく。
 しかし、それが判断の遅れにつながった。

 「助けて下さい!! ジン!! いやああああああああ!!!」 

 「くっ、ユ、ユウナーーーーーー!!!!」 
 
 ……詰んだ。
 そう感じたジンの顔に絶望の色が灯る。
 
 


































 ……ところが。






















 「嫌ああああああ!!! 来ないで下さい!!!」

 ユウナはオークの群れを切りぬけてこちらに向けて走って来た。
 ユウナに触ろうとしたオークは血しぶきを上げながらその場に倒れる。
 よく見てみれば、ユウナの周りにはオークが死屍累々と積み上げられていた。

 「……は?」

 ジンの思考はそこで一時停止を余儀なくされた。
 ユウナって戦闘経験ないよな、これは眼の錯覚だよな、等と言う事まで考えだす始末である。
 そんな事など一切構わずユウナはこちらに向かってはしてくる。

 「ジンーーーーーー!!!」

 「はっ!!! ユウナ危ない!!!」

 そこに運の悪い事に、空に居た一体のアイアンゴーレムがユウナとジンの間に降り立った。
 そして、オーク達に危険と思われたのかユウナに向けてその拳が振りあげられた。

 「きゃあああああああ!!!」
 
 次の瞬間、ユウナが三閃。
 ユウナは振り下ろされた腕を斬り飛ばし、脚を刈り取り、心臓を斬り捨てていた。
 
 「………………………」

 ジンは呆然と突っ立っている。
 眼の前の出来事に頭の処理が追い付いていない様だ。
 そこに、

 「ジーーーーーーーーーン!!!」

 「ごふぅっ!?」

 凄まじい勢いでユウナが突っ込んできた。
 ジンは何とか意識を引きもどし、何とか抱きとめる。
 ユウナはジンの腕の中で震えていた。

 「だ、大丈夫か……?」

 「こ、怖かった……」

 その手の中には血みどろになった出刃包丁が握られていた。
 そこでまたジンの思考は錯綜した。

 (あれ~? アイアンゴーレムってさっきレオの戦斧弾いてたよな? 俺だって剣に気を込めないと切れないんだよな? それが出刃包丁であっさり切れるってなにそれ怖い)

 そこまで考えたところでジンは頭を横に振って意識を引きもどす。
 今度は空の上に居るもう一体のアイアンゴーレム。
 アレを何とかしないと避難所が危ない。

 「ユウナ、俺はあのアイアンゴーレムを止めに行く。安全な所へ「あい待った、あいつは俺の獲物だ」……何?」

 ジンがユウナに逃げるように指示するところに割り込んできたのはレオだった。
 その手には巨大な弓が握られていた。

 「何をするつもりだ、レオ。ただの矢ではどうしようもないし、魔法で撃ち落としたら避難所が……」

 「撃ち落とす? またまた御冗談を~……跡形もなく消し去ってやるぜ!!!」

 レオは叫ぶようにそう言うと、弓に矢を番えた。
 すると矢の先端がどんどん赤くなっていき、最終的にそれは白い閃光に変わっていった。
 
 「うおっ、まぶしっ!?」

 「きゃあああ!?」

 あまりの閃光の強さに眼を覆うジンとユウナ。

 「んじゃま、あーーーーばよっと!!」

 そんな二人を尻眼にレオがそう言って放った矢はまっすぐアイアンゴーレムに向かって飛んで行き……

 「え?」

 突如、音もなくゴーレムが欠片も残さず消滅した。
 残ったのは強烈な熱風だけだった。

 「お前……今、何をした?」

 「ん? 何って、あいつが気体になるまで加熱しただけだぜ? いや~、奴が飛んでて助かったぜ~、地上でやると色々燃えるからな、あれ」

 口をパクパクさせて驚嘆するジンの質問にレオはしれっと答えた。
 
 (あれ~あれれ? 魔法剣士最強の魔力で魔術師としても10本の指に入る俺でも出来るのは爆破までなんだけどな? 一瞬で蒸発なんてどんだけ強烈な魔法使ったんだ? つーか、こいつは片手で戦斧振り回すわ、何なんだこいつわ?)

 ジン、再び思考の迷宮へ。
 それをユウナが強引に引き戻す。

 「ジン、しっかりしなさい!! 私も初めて見て信じられないって思ったけど、それどころじゃないでしょう!! 別の方角にオークの大群が居るんでしょう!!」

 「はっ、そうだった!!」

 必死の表情で肩を揺さぶるユウナに、ジンは心の中で「お前が言うな」と呟きながら我に返った。

 「おいおい、しっかりしろよ、修羅さんよぉ……さあ、早いとこ行くぜ!!!」

 気合を入れてそう叫ぶレオ。
 それに先導される形で避難所に戻る。
 すると、待っていたのは驚愕の光景だった。
 そこにあったのは通りにひしめくオークの大群。
 それと、何故か傷が回復している村人たちが居た。

 「おらあ、持っときなさいオーク共!! 全然足りないわよ!!」  

 そして、事を起こしたであろう張本人は元気にオーク達に喝を入れていた。

 「「「えっ?」」」

 眼の前の光景に訳が分からず固まる3人。
 すると、オークの中の一群が、傷だらけの状態ながらも果敢に向かって来た。
  
 「これなら上等ね。“反転せよ”」

 「グギャアアアアア!!!」

 「おおっ!! 傷が塞がった!?」

 リサが一言そう言うと、突如オーク達の体に数多くの傷が生まれ、村人からは傷が治ったと言う声が上がった。
 事が終わると、リサはこちらに気が付いて寄って来た。

 「あら、無事だったのね!! よかったよかった!!」

 「……あの、リサ? 今のは?」

 「ああ、あれは『傷の交換』ね。怪我人のある部位の『怪我』と、オークの該当部位の『無傷』を交換したのよ。めんどくさかったもんだから全員まとめて掛けたら少し甘かったから、今はその食いかけの処理ね。まあ、どの道数も足りないみたいだし、もう全員治すかな。“この者たちに祝福を”」

 リサの最後の一言で、全体から歓喜の声が上がる。
 要約すると、全員治った。

 (る~るる、るるるる~るる、るるるる~る~る~る~る~る~♪ って、徹○の部屋歌ってる場合じゃない。傷の反転なんて制御の難しいものを数百まとめてかけただ? おまけに司教クラスが何人も必要な事態を一人で解決した? もうやだこいつ等あははははは♪)
 
 それを見たジン、思考崩壊。
 自分の中の常識を木っ端みじんにされ、かなり錯乱し、混乱している。
 そして、ジンは考えるのをやめ、眠る事にした。

 「およ、ジン? どうした!?」

 「ジン、しっかりして下さい、ジン!!!」

 「ちょっと、どうしたのよ!? 対して怪我もしてないのに何でそんな!?」

 「おい、リサ!! お前ジンに何か攻撃を「逝けよや!!」はべら!!」

 「ジン、折角帰ってきたのにここで死んでどうするんですか!! 起きて下さい、ジンーーーーー!!!」

 憔悴する3人の声を聞きながら、ジンは全ての思考を放棄した。



 翌朝、ジンは自分の部屋で眼を覚ました。

 (ああ、あれは夢だったんだ……そうだよな……やな夢だった……)

 ジンは眼を覚ました時に自分の部屋だった事を喜んだ。
 あれは夢だった。その事実がジンを安心させてくれた。
 さあ、窓を開けよう。今日は何をすべきか考えよう。
 そう考えてジンは窓を開け放った。

 (……あっれ~?)

 目の前に広がるのは半分崩壊した村の姿だった。
 ジンは無言で支度をし、レオの宿に向かった。

 (夢であってくれ、頼むから!!)

 ジンは心の底からそう祈りながら道を走った。
 そして、レオの宿に着いた。

 (……終わった……)

 そこには、倒壊した宿と、自分が斬ったアイアンゴーレムの残骸が残されていた。
 自分がやったのだから間違いない。あれは現実だったのだ。
 ジンはガックリと崩れ落ちた。

 (もう良いや、旅に出よう。この様子じゃ補給も期待は出来んし、早く出た方が良いだろう)

 ジンはそう決心し、家に戻ると速攻で旅支度をした。
 村の出口に向かう途中、積み上げられたオークの死骸や切断されたアイアンゴーレムの腕、空中消失したゴーレムの話等が足を速めた。
 そして、逃げるように村を後に……

 「お、来た来た」

 「遅いわよ、ジン!!」

 「さあ、行きましょう!!」

 出来なかった。
 まるでハイキングにでも行くかのような楽しそうな表情で、幼馴染3人組は村の入り口で待っていた。
 ジンは額に手を当てて俯いた。

 「……お前ら何やってんの?」

 「何って……ジンが来るのを待ってたんですよ? もしかしたら今日旅に出るかもしれないと思って」

 ジンの質問に、貴方は何を言ってるんですかとでも言いたげな表情でユウナは返した。
 ジンは頭を抱えた。

 「いや、お前ら何のために旅に出るつもりだよ……大体俺と行くと危険だぜ?」

 ジンはこの幼馴染達と離れたい一心でそう言う。
 すると、各々の理由を話し始めた。

 「俺は宿を立て直そうにも再建する金がねえからな。それに良い機会だしこの際、ジンと行ってひと山当てるのも良いかなと。あ、ジンが居る時点で野盗とかは心配してねえからそこんとこ宜しく。空飛ぶデカブツは蒸発させるけどな!!」

 出稼ぎ目的のレオに……

 「私は教会壊されちゃったし、司祭様には「この際だから世界を見てきなさい」って言われたわ。それから、アンタを護衛に雇うように言われたから、お願いね? 怪我したら相手に転化するから安心して護衛してね」
 
 修行目的のリサ。
 そして……

 「私は言いましたよ? 必ずついて行くと。ジンが強さを終着地にするなら、私の終着地は貴方が居る場所です。良いですね?」
 
 ジンが心配でついて行くと言っているユウナ。
 そしてユウナは、ジンにゆっくり近づいて……







 「ああ、もし断ったらこの場で刺し違えるつもりです。……ですから断らないで下さいね♪」








 と、ジンにだけ聞こえるように囁いた。
 ジンはその場で石の様に固まった。

 「んじゃま、全員揃ったところで行こうぜ!!」

 「そうね!! まずは何処に……って何してんのユウナ?」

 「いえ、包丁の忘れ物がないかどうか確認を……ええと、菜切り、出刃、柳刃、肉切りに中華に鮪切り……」
 
 そんなジンを尻目に3人はワイワイと村の外に出ていく。
 ジンは心の中で、呟いた。



 (拝啓、親父殿。幼馴染達が怖いです)



 「ジーン!! 置いてっちまうぞー!!」

 「早く来なさい……て、何やってるの、ユウナ?」

 「いえ、出刃包丁の研ぎなおしを……」

 「待て、今すぐ行くから待て!!」



 ジンは、生命の危機を感じて3人の居る場所に飛んで行った。 
 そして心底思った。


 こいつらに護衛は要らねえ、と。



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 お初にお目にかかります、F1チェイサーです。
 突発的に変なの思いついて、思わず書いてしまいました。
 上手く書けている自信はありませんが、宜しければ感想や意見などを聞かせてもらえれば良いな、と思います。
 でわでわ♪



 11/01/10 初稿

 11/01/31 改稿



[25360] おともだちぼしゅうちゅう。
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:6c39fdbd
Date: 2011/01/31 19:05
 4人が旅に出てから3日が経った。
 その間、特に魔物も盗賊も現れる事は無く、消耗も少なくて済んだ。
 これは碌に補給が出来なかったジン達にとってはありがたいものだった。
 現在、眼の前には巨大な外壁に囲まれた街が見えている。
 その中心部には荘厳な城がそびえたっていた。

 「お、あれが最初の目的地か? ジン?」
 
 「目的地っつーか……中継地だな。あの村じゃ復興に追われて旅の準備なんざ出来なかったしな」

 「にしても、城壁がやけにでかいわね。うちのとことは大違いじゃない」

 「当たり前だ、俺達の村であるエストックは冒険者が多い宿場村で、規模もそんなに大きい訳じゃない。と言う事は、冒険者によって村人が守られやすいと言う事になる。対して、ここは城下町、冒険者も居ない訳じゃないだろうが、街の規模が違う。冒険者や軍隊を集めたって全部を守る事は出来ない。必然的に街を守るための堅牢な外壁が必要になると言う訳だな」

 「ええと、あの街は何と言う街でしたっけ?」

 「フランベルジュ。一応このモントバンの首都だぜ?」

 初めて見る城下町にテンションが上がっているのか、ジン以外の3人は浮かれ顔である。
 ジンはそれを見て、深々と溜息を吐くのだった。
 と言うのも、この国の治安は他の国と比べてもあまり良いものでは無かったからだ。

 「おいおい、初めてここに来るからって浮かれるのは分かるが、中に入っても気を抜くなよ? 人間は魔物なんかよりもよっぽど怖いんだからな」

 「どういう事ですか?」

 「ま、そりゃそうだよな」

 ジンの一言にユウナは首を傾げ、レオは納得したように頷いた。
 レオのその発言に、リサはレオの方を向き直った。

 「どういうことよ? こういう所なら自警団とかがしっかりしていそうなものだけど?」

 「あのなあ、さっきジンが言ってただろうがよ。騎士団や自警団がこんなバカでかい街全体を管理しきれる訳ねーだろうが。それに、スラムなんかに迷い込んでみろ。あっという間にオケラになるぜ? あ、でもお前からスるような命知らずは鋼鉄粉砕「ゴールディオン、ハンマァァァァァァァァ!!」うぎゃああああ!?」

 次の瞬間、リサはドヤ顔で話すレオの頭に金槌を振り下ろした。
 ズガン、という強烈な音が辺りに響き、レオは光になった頭を抱えて悶絶することになった。
 そんな二人を尻目に、ユウナはジンに話しかけた。

 「本当ですか、ジン?」

 「……まあ、その通りだな。気が緩んでるとこんなことになる」

 そう言うと、ジンは懐から財布を取りだした。
 それは、何故か3つあった。

 「あ、あら?」

 「ちょっと、それアタシの……」

 「いてててて……て、テメ、いつの間に!?」

 それを見て、ユウナ達は眼を丸くして驚いた。
 ジンの取りだしたそれは、今朝まで自分が確かに持っていた財布だったからだ。

 「スッたのはここに着く直前だ。俺の場合、お前らが何処に財布をしまっているか分かっていたから、拙い技術でもスリとれたわけだが……俺が技術を教わった本職のスリはもっと凄いぜ?」

 ジンはそう言うと財布をそれぞれの持ち主に返した。
 そんなジンをユウナがジト目で見つめる。

 「……何でそんな技術を学んだんですか?」

 「そりゃ必要だったからだ。何しろ、俺に回ってくる仕事は滅茶苦茶な奴が多かったからな……」
 
 ジンはそう言うと遠い目で天を仰いだ。

 「苦労してたのね、ジン……」

 リサはその煤けた背中を見てホロリと涙を流すのであった。
 
 「んでよ、いつになったら中に入るんで?」

 「確かにここで話していても仕方が無いな。さっさと入るか……とその前に、『変ッ、身ッッッ!!!』」

 ジンがそう言うと、ジンの輪郭がぼやけ、中から金髪の男が現れた。
 銀の鎧は革の鎧に変化している。

 「うおっ!? なんじゃこりゃ!?」

 「ジンの髪と鎧が……」

 「て言うか、何でそんなに気合が入ってるのよ……」

 驚く3人にジンは説明を始めた。

 「俺は少しばかり有名になりすぎたからな。面倒なことに、街に入る時もこうしないと大騒ぎになる」

 「……本当に、有名なのも困りものなんですね……可哀想に……」

 ユウナは心をこめてそう言うと、ジンの頭を撫でた。
 その行動に、ジンはガクッと力が抜けた。

 「いや、別に慰められる様な事じゃ……」

 「おい、そこなバカップル!! 早いとこ中に入ろうぜ!!」

 「ぶっ!?」

 
 既に門に向かって歩き出していたレオの一言に、ジンは思いっきり噴き出した。

 「あ、あのな、レオ!!「は~い!! 今行きます!!」あ、おい!!」

 「さあ、早く行きましょう!!」

 ジンが自己弁護する間もなく、ユウナはジンの手を取ってレオ達のところへ走り出す。
 ユウナは満面の笑みを浮かべていて、手をひかれるジンの顔は赤く染まっている。
 その光景を見て、レオとリサは大いにニヤけるのだった。



 門の詰所で名前(ジンのみ偽名)を書き、大通りに出る。
 そこには、眼の前には背の高い石造りの建物が並んでいた。

 「うわ……大きいですね……」

 「噂には聞いてたけど、想像以上だな」

 「ちょ、ちょっとアンタ達、おのぼりさんみたいに見られたらどうするのよ!?」

 「……確かにな。新鮮なのは分かるが、その反応は不味い。それからリサ、何だかんだ言ってもお前もキョロキョロ、「う、うるさい!!」うおっ!?」

 ジンは「実際にそうじゃねえか」と思いつつ、リサの振り回す金槌を避ける。
 そうしている間に、見知らぬ男が近寄ってきた。

 「やあ、君たち。見たところこのフランベルジュは初めてみたいだね。案内してあげるよ。有名な場所やみんなが知らないような穴場まで全部ね」

 男は中性的な声そう言うと、ユウナに詰め寄った。
 
 「どうかな? 何なら、素敵なディナーを御馳走させてもらうけど?」

 「え、ええと……」

 「悪い、俺は何度か来た事あるから、案内は結構だ」

 言い淀んでいるユウナと男の間にジンが割り込む。
 それでも、男はなおも食い下がる。

 「まあまあ、そう言わずに。何度か来たくらいじゃこの町の良いところは分からないって。だから、僕と一緒に」

 「……一つ言っておく。押し売りはやめた方が良い。さもないと、強盗に間違われるぞ?」

 そう言うと、男はやれやれというように溜息を吐いた。

 「はぁ……確かにそうだね。他を当たるとするよ」

 「待て、一つ聞きたい事がある」

 立ち去ろうとする男に、ジンは声を掛ける。
 男は、立ち止ってジンに振り返った。

 「何だい?」

 「この町で、黒い鎧を纏った騎士を見た事はあるか?」

 ジンの質問に、男は少し間を置いてから答えた。

 「……3か月前に。ただ見かけただけだ」

 「……そうか。礼だ、受け取れ」

 ジンはそう言うと、男に金貨を3枚手渡した。
 それを見て、男は眼を見開いた。
 一般的な中流家庭の一月の収入が平均で金貨6枚であるのだ。
 一つの情報、しかも無益なものに対する報酬としては、あまりにも高い。

 「……随分と羽振りが良いんだね、君は」

 「それはその程度の情報にもそれを払う分だけの価値があるからだ。奴がもうここに来ないって言うのがはっきりした訳だからな」

 ジンはそう言うと男から視線を切った。
 すると、男は慌ててジンに詰め寄った。

 「ま、待ってくれ!! 流石にこれだけもらって「はい、さようなら」って言うのは納得いかない!! 少しくらい役立たせてくれ!!」

 それに対して、ジンは頭を掻いた。

 「と言われてもな……今はそんなに困っている事もないしな……」

 「アイテムの鑑定とかそう言うのは無いのかい?」

 その発言で、ジンはピタリと固まり、眼の前の男を見た。
 ジンの眼には疑問の色が浮かんでいる。
 
 「おい……お前、ひょっとしてホビット族か?」

 「あ、ああ、そうだ。少し待っててくれ、変身を解くから」

 そう言うと、男の輪郭が崩れ、代わりに茶髪の少女が現れた。

 眼は青と緑のオッドアイで、見た目は人間で言えば10歳くらいの外見をしている。

 「……この格好では誰も相手にしてくれないからね。騙したみたいで悪いけど、これが本当の僕の姿さ」

 ホビット族は成人しても人間の子どもの様な姿をしている。
 性格は総じて好奇心旺盛な傾向があり、ほとんどのホビットは手先が器用である。
 そのため、大部分がアイテムの管理や鑑定、工芸品の作成等を生業としているのだ。
 ジンは、最初にアイテムの鑑定を口にした事によって、眼の前の人間がホビットである事を疑ったのだった。 

 「成程な。しかし、見事な変わり身だな。魔法の気配はほとんど感じなかった」

 「ふふふ、褒めてくれてありがとう。『修羅』に認められたなら僕の変身も一流かな?」

 その一言を聞いた瞬間、ジンは僅かに眉をひそめた。

 「……そう思う根拠は?」

 「一つは君の付けている鎧。見た目は革製だけど、それに付与されている魔法はどう考えてもその鎧のそれじゃない。何しろ、銀にしか載らない様な魔法が掛っているからね。剣も同じだ。ただの剣かと思いきや、その正体は極上の魔剣。付与魔法は4つくらい、相乗、吸収、強化、加護かな? 売り飛ばせば、少なくとも三代までは遊んで暮らせる価値はあると思うよ」

 「……どっかでその修羅が死んでいて、俺がたまたま拾った可能性だってあるんだぞ?」

 「そりゃ無いね。何しろ、この世界で最も過酷な迷宮の奥深くにあるはずの代物だよ? そんなところにあるものを手に入れられる人間がそう簡単に死ぬものかい?」 

 ジンはそれを聞いて、「殺せる奴が居ない訳じゃねえんだけどな」と、心の中で思った。
 その視線が、先程からおいてけぼりを喰らっている3人に向けられているのは言うまでもない。
 それを気にせず、ホビットは話を続ける。

 「……それに、僕の眼には君の青い髪がはっきり見えているんだけどな。解けかかってるよ、魔法」

 「何?」

 ジンはそう言うと、頭に手をやろうとして、それをやめた。
 ジンの顔が苦虫を噛み潰したように歪む。
 その反応を見て、ホビットは悪戯を成功させた子供の様な笑みを浮かべた。

 「ふふふ、引っかかったね。さあ、まだ言い逃れを試してみるかい?」

 その言葉に対してジンは溜息を吐き、肩をすくめながら答えた。

 「ふう……俺の負けだよ。で、これからどうする気だ? あ~……」

 ジンが言い淀んていると、ホビットは思い出したように手をたたいた。

 「ああ、そう言えば名前を言っていなかったね。僕の名前はルネ・ラロッサ。ルネで良いよ。この町で道案内と情報屋をやっている。君の名前は言うまでもないよね、ジン・ディディエ・ファジオーリ」

 「あ~、その名前は勘弁してくれ。どこぞの王様からもらった名前を呼ばれるのは慣れてねえんだ。ジンで良い」

 「ふふっ、じゃあそう呼ばせてもらうよ」
 
 どこかむず痒い表情をしたジンの自己紹介を聞いて、ルネは嬉しそうに笑った。
 その笑顔は可愛らしい見た目と裏腹に、大人びていてかつ自然なものだった。
 ジンはその顔を見て少し考えた。

 「ルネ、その鑑定眼を見込んで提案がある。俺に雇われてみないか?」

 「あれ、即決して良いのかい? 僕よりも凄いのが居るかもしれないよ?」

 「と言っても、良く見せてもいない上に偽装までされた俺の剣を、柄を見るだけで見るだけでそこまで正確に鑑定出来るのなら十分すぎる程だろ。知識もある様だし、居ると便利だろうと思ってな」

 「おや、これまた随分と高く買われたものだね」

 「それに……」 

 ジンは縹渺とした態度のルネをつま先から頭頂部まで見据えた。
 その様子を見て、ルネは顔を赤くして一歩引いた。

 「……君はそう言う事を望むのかい?」

 「何を想像してんだ何を!? 俺はただ、身のこなしからお前が盗賊関係のスキルを持っているんじゃないかと思っただけだ!!」 

 大いに慌てたジンの声を聞いて、ルネは笑いだした。

 「くっくっく、分かってるよ、それくらい。少しからかってみたのさ。ふむ、確かに僕はスリやピッキングとかも出来る。しかし、それが分かるってことは君も出来るってことじゃないのかい?」

 その返答を聞いて、ジンは溜息を吐きながら頭を抱えた。

 「……旅の連れが初心者でな、俺がそれをやっている間に襲われたら対応できん。どの道これからギルドで盗賊を雇うつもりだったのだが……」

 「そう言う事なら願ってもない。喜んで雇われようじゃないか」

 ルネはそう言うと、ジンと固く握手をした。
 一方、いきなり承諾を受けてジンは唖然としている。

 「……今まで疑っておいて、手のひら返すの早すぎないか?」

 「そりゃ、雇い主が馬鹿じゃ話にならないからね。自分を選んだ根拠ぐらいは聞いておきたいものだよ。まあ、杞憂だったけどね。それに、僕としても君について行けば確実に良い宝物が手に入ると言うのは魅力的だ。その背中にある魔剣や君の付けている鎧だって僕はもう見るだけで興奮して仕方がないんだ。さあ、早速契約と行こう。報酬はどうする?」

 「報酬は基本月金貨6枚であとは出来高と危険手当で色を付ける。死亡時には場所を指定してもらえればそこにこれまでの報酬を支払う。これで良いか?」

 「それだけあれば十分さ。そう言う訳で、宜しく頼むよ、ジン」

 「んじゃま、契約は成立だな。こちらこそ宜しくな、ルネ」
 
 ジンはそう言うとルネの手を握り返した。
 ルネは満足そうに笑うと、口を開いた。

 「さて、後ろで待ちぼうけをしている君の連れも紹介してくれないかな? あまり待たせてるのも悪いしね」

 ルネの一言にジンが後ろを振り返ると、そこにはうずくまって哀愁を漂わせているユウナがいた。
 
 「ユ、ユウナ?」

 「いえ、良いんです……どうせ私は田舎者で話について行けませんよ……」

 「んなこと気にするこたぁねえだろ。ほれ、奴を見てみろ」

 落ち込むユウナに話しかけながら、ジンはある方向を指差す。
 ユウナがその方向に眼をやると。

 「失礼フロイライン、少しばかりこの田舎者にこの町を案内してもらえないかい?」

 「あ、あの……」

 そこには何処から取り出したのかタキシードを着てシルクハットをかぶり、モノクルを付けてバラの花を持ったレオが女性に絡んでいるところだった。
 女性は明らかに迷惑そうな顔をしている。

 「おや、このバラの花が気になるのかい? 良いだろう、持って行きたまえ。さて、何処に案内してもらえるのかな?」

 「え、あの……」 

 「ちぇりゃああああ!!!」

 「んごふぅ!?」 

 そんな大迷惑男の頭に容赦なく金槌が振り下ろされる。
 レオはもんどりうって倒れ、ピクピクと痙攣し始めた。

 「ウチの馬鹿がどうも失礼致しました……」

 そう言うと、リサはレオを引きずってこちらにやって来る。
 ジンはそれを見届けると、再びユウナに向き直った。

 「見たか? あいつらみたいに平常運転で良いんだよ。分らなけりゃ訊けばいい。そんなに落ち込むこたぁねえ」

 「……アンタらは何やってんのよ」

 ジンがユウナを慰めている光景を見て、リサは呆れた声を出した。
 それを見て、クスクス笑うものが約一名。

 「くっくっく、ジン、君の連れは思っていたよりも随分と面白いね」

 「……アンタ誰よ?」

 くすくす笑うルネにリサは不機嫌そうにそう問いかける。
 それに対して、ルネは深々とお辞儀をした。

 「ルネ・ラロッサ。たった今ジンに雇われた鑑定役さ。ホビットだからこんな身形だが、今後宜しく」

 「あら、良く見れば随分と可愛い子ね。アタシはリサ・ファリーナ・パトレーゼよ。で、今眠ってるこいつはレオ・アスカーリ。宜しくね、ルネ」

 リサが自己紹介を終えると、突如痙攣していたレオが悶絶しながら飛び起きた。
 
 「うぎゃああああ!!! いてええええ!!! 追いコラこの撲殺魔神、テメェ俺の頭が陥没骨折起こしたらどうするつもりだ!?」

 「別に? 普通に治すだけよ。と言うか、あの程度じゃアンタ死なないでしょ? そんな事より自己紹介しなてもらいさいな」

 「ん? 自己紹介?」

 レオは怪訝な顔をしてリサの指差す方向を見た。
 そこには、笑顔でその光景を見つめるルネの姿があった。

 「……誰、この可愛い子ちゃん?」

 「ルネ・ラロッサ。つい先ほどジンに雇われた。宜しく」
 
 「あ~っと、レオ・アスカーリだ。……おい、ジン!!」

 レオはそう言うとジンのところに駆け寄った。
 そして肩を組むと、周りに聞こえない様に話を始めた。

 「なあ……お前、ペドの気でも「死ね」ごふぅあ!?」

 ジンのレバーブローを受けて、レオはその場に崩れおちる。
 それを見て、ルネはジンに話しかけた。

 「ねえ、彼っていつもああなのかい?」

 「俺の記憶にある限りじゃ平常運転だ。あの程度なら十秒で全快する」

 「けど蹲ったままだけど?」

 「大方構って欲しくてそうしてるんだろ。放っておけ。っと、最後はユウナだな」

 ちなみに、ジンにレオが殴られて十秒で全快したのは3年前の話。
 ジンの頭の中からは、自分が『修羅』と呼ばれる強者にまで成長していた事はすっかり抜け落ちていた。
 ジンは後ろで悶絶しているレオを無視して自己紹介を進める。
 ユウナは、少しためらいがちにルネの前に出て、小さな声で自己紹介をした。

 「あ、あの……ユウナ・セベールと言います。よ、宜しくお願いします!!」

 「うん、こちらこそ宜しく。君、東方系の人なのかな?」

 「え、ええ。祖母がムラクモの出身で……」

 早速ルネはユウナに興味を持ったのか、ユウナと話しこみ始めた。
 しかし、その二人にリサとジンが割り込む。

 「ちょっとアンタ達、入口でたむろしててもしょうがないんだから、歩きながら話しなさいよ」
 
 「心配せんでも話す時間はあるだろ? 時間は有限、さっさと用事を済ませよう」

 そう言うと、一行は街中に向けて歩きだした。(レオは置いていかれそうになっていたところを根性でついてきた)
 その途中、人混みの中から走ってきた男がジンにぶつかりそうになる。

 「おっと」

 「え?」

 その瞬間、ジンはその男の手を掴んでいた。
 男の手は、ジンの腰のポーチに向かって伸びていた。
 抵抗しようとする男をジンが睨みつけると、男は蛇に睨まれた蛙の様に動かなくなった。

 「次はもっと相手をよく見てからやれ」

 「は、はいいいいい!!」

 ジンが手を離すと、スリは一目散に走り去っていった。
 その一部始終を見ていたルネは、ジンに向かって拍手を送る。

 「流石だね、ジン。あの男、中々の手練だと思ったんだが……アレを見抜くんならスリの心配はいらないみたいだね」

 「まあ、あれくらいならな。もっとも、俺の師匠なら俺に気付かれることなく背中の剣を抜きとる事が出来るだろうよ」

 肩をすくめてそう話すジンに、ルネは眼を丸くした。

 「本当かい? ふむ、そんな達人が居るのなら、一度会ってみたいものだね」

 「難しいぜ? 何せ、放浪癖持ちの根なし草だからな……何処に居るやら見当もつかん」

 そう話している最中、ユウナが話に割り込んできた。

 「あの……さっきのスリ、捕まえなくて良いんですか?」

 「ああ、あれを捕まえるのは無理だ。何しろ、被害に遭っていないからな。証拠不十分で釈放されるのがオチだろう」

 「そうなんですか?」

 ジンの話を聞いたユウナは、ルネに確認を取る。
 ルネは首を横に振って答えた。

 「ジンの言う通り、あれを捕まえるのは難しいだろうね。それに、この町のスリは組織を組んでいて、その一部はこの国の中枢に繋がっているという噂だってある。突き出したところで効果は無いとみて良いね」

 「国の人間が、犯罪行為を容認してるとでも言うんですか!?」

 「容認ではなく、利用しているとみた方が良いだろうね。と言うより、その実例が眼の前に居るんだけどね」

 ルネはそう言うと、ジンの事を見た。
 ジンは額に手を当てて溜息を吐いた。

 「……何とまあ察しの良い事で」

 「スリと言うものは時として情報源にもなる。まあ、そう言う事さ」

 ルネの言葉を聞いて、ユウナは納得がいかないと言う様に黙り込んでしまった。
 そんな一行が向かった先は、国立博物館だった。

 「……なあ、ジン? 博物館に何の用なんだ?」

 レオがジンに向かって問いかける。
 他のメンバーもそれが疑問らしく、全員の視線がジンに向いている。

 「ああ、そりゃもう一人、考古学者を雇いたいからな」

 「考古学者? 何でそんなのを雇うのよ?」
 
 「俺達が潜る洞窟や迷宮は、古代、または神代の人間が造ったものだ。その中には扉を開くためにパスワードやパズルを解く必要があるものがある。大体そう言うのはその当時の知識が必要になってくるんだ」

 「しかし、それならば別に僕たちが勉強してやれば良いんじゃないかな?」

 「ところがどっこい、そうは行かないんだ。とある一文をヒントにパスワードを入れるとする。例えば、『甘い調味料』って言うのがキーワードだったとする。さて、何を思い浮かべる?」

 ジンはそう言うとユウナに回答を促した。
 ユウナは少し困った顔をして答えた。

 「ええと……砂糖……で良いんですか?」

 「ああ、それで良い。俺たちならばまずそれを思い浮かべるだろ。けど、古代の人間が思い浮かべるのはハチミツだったり、神代の人間だったら何やら訳の分からんものだったりする訳だ。おまけに、後世の人間が実際の話を改ざんしている場合もある。こういう風に、一般的に知られているものと本来の意味が違う事が多いんだ」

 「あ~、要するに素人のにわか知識じゃ限界があるから素直に専門家を連れてけって訳か?」

 「思いっきりぶった切るとそう言うこった。んじゃま、交渉しに行きますかね」

 そういうと、一行は入場料を支払い博物館の中に入った。
 中には様々な展示品があり、それを鑑賞する人がフロアの中に何人かいた。
 ジンはそこを素通りし、奥に進んでいく。
 しばらく歩くと、会議室や資料室が並んでいる区画に入った。
 中からは、学者達の討論する声が聞こえている。

 「あの……ジン? 学者さんってそう簡単に雇えるものなんですか? 自分の仕事で忙しいんじゃないんですか?」

 「雇えるさ。考古学って言うのは現場を見てからじゃないと分からない事が多いから、考古学者は冒険者を雇ってよく迷宮とかに潜る。と言う訳で、今からここの学者に俺達を売り込もうって訳だ」

 ユウナの質問に答えると、ジンは変身を解き、元の姿に戻った。
 そして、館長室の前に立つと、4回ノックをした。

 「入れ」

 「失礼するぞ」

 「え?」

 ジンが中に入ると、館長は呆気にとられた様に固まった。
 ジンは気にせず中に入り、館長の机の前に立つ。
 すると、館長は我に返り笑顔でジンを出迎えた。

 「これはこれは、ファジオーリ様。本日はこのような所に来て頂いて誠に光栄です。お連れの方もよくぞこちらに」

 「急な来訪で失礼。本日はそちらの学者を一名お借りしたいと思い、ここに来た」

 それを聞いて、館長は首を傾げた。

 「はて、貴方は既に高名な学者様と組んでおられたのでは?」

 「彼ならこの間寿除隊した。私の旅は非常に危険だ、家族を持つものを命の危機にさらす訳にはいくまい?」

 「成程、でしたら私からも祝電を送るとしましょう。ところで、どの様な人員をお探しですかな?」

 「様々な所に潜る故、広い知識を持つ人間が良い。また、知っての通り私は過酷な所に潜る。若く体力のあるものを所望する」

 ジンの言葉を聞いて、館長はあごに手を当てて思案した。

 「わかりました。学問の発展のため、私が責任を持って人員を選抜致しましょう」

 「ああ、宜しく頼む」

 「ではお掛けになってお待ちください。すぐに戻りますゆえ」

 館長はそう言うと部屋を辞した。
 ジンは促されたとおり、ソファーに腰を掛け、他の4人もそれに続いた。
 ジンはソファーの上でぐでっと伸びた。

 「あ~……やっぱ疲れるわ、あのしゃべり方……」

 「ちょっと、ジン!! どうしちゃったのよ、今の喋り方? まるでどっかのお偉方みたいじゃない!!」

 「そうする必要があるんだよ。こういう交渉って言うのは足元見られたら負けなんだ。下手にへりくだると追い返されることだってある訳だしな。相手だって、未熟な冒険者に貴重な学者を預ける訳にはいかない。だから、こういう交渉で相手がどういう人間かを量るんだ。実際凄いぜ、こういうところの人間の人を見る目は」

 「……幾らなんでも、『修羅』を未熟と思う輩は居ないと思うけどな……」

 どこか興奮したように喋るリサに、疲れた表情で答えを返すジン。
 それに対して、ルネがぼそりと呟いた。



 しばらくして、館長が戻ってきた。
 その後ろには、何人かの男女が付いて来ている。
 それを受けて、ジンは姿勢を正した。
 
 「皆様、お待たせ致しました。候補者たちを連れてまいりました。彼らの中から気に入った者をお連れください」

 「どうも」

 ジンはそう言うと、懐からコインを取りだした。

 「さあ、よく聞いて欲しい。今から私はこのコインを眼をつぶって投げる。これを掴み取った者について来てもらう。……準備は良いか?」
 
 それを聞いて、候補者たちは息をのむ。
 ジンはそれに満足そうにうなずいた。

 「宜しい、では行くぞ」

 そう言うと、ジンは眼をつぶってコインを投げた。
 その瞬間、館長室は大騒ぎになった。
 候補者たちはコインに一斉に群がり、団子状態になった。
 しばらくその状態が続き、

 「そこまで!!」

 とジンが叫ぶと、混乱は収まって行った。
 学者たちの服はよれよれになっていて、頬にあざを作っている者も居る始末だった。
 
 「コインを持ってるものは挙手願いたい。こちらでその真贋を確認する」

 「は、はい!!」

 そう言って勢いよく手を上げたのは、透き通った深緑の瞳と長いブロンドの髪で、エルフ特有の長い耳を持つ少女だった。
 ジンはその容姿に軽く驚きながらもコインを受け取り、確認を行った。

 「確かに、私が投げたコインだ。よし、では君について来てもらうとしよう。……名前は何と言うのかな?」

 「ル、ルーチェ・ローズベルグです!!」

 名前を訊かれた学者は緊張気味に答える。
 ジンはそれに対して、笑顔で答えた。

 「ジン・ディディエ・ファジオーリだ。宜しく、ローズベルグ君」

 そして、ジンは館長に向き直った。

 「この度は快く貴重な学者を貸し出して頂き、誠に感謝する。他の者も、意欲にあふれた素晴らしい学者だと私は思うよ」

 「お誉めに与り恐悦至極です。何かあればいつでも申し付け下さい」

 「そうさせてもらう。では、失礼する」

 そう言うと、ジンは館長室から出た。
 ルーチェを含む他のメンバーも後に続く。
 ジンはしばらく歩き、会議室のある区画を抜けたその瞬間…… 

 「あ゛あ゛あ゛~……つ、疲れた……」
 
 その場にくたっ、とへたり込んだ。
 
 「へ? はわわ!? ど、どうしたのです!?」

 厳格な空気を醸し出していた上官の突然の変貌に、ルーチェはおろおろとした表情でジンの肩を揺さぶった。
 そんな二人のもとにレオが近づいて話しかけた。
 
 「なあ、ジン。あれ、そんなに疲れるのか?」

 「……他国の大使を宿に泊めると同じと思え」

 「……あ~……そりゃ疲れるわな……」

 ジンの例えを聞いてレオもげんなりとした表情をした。
 レオはジンの手を引いて立ち上がらせる。
 すると、ジンの視界に心配そうにこちらを窺っているルーチェの姿が映った。

 「あ、あの……大丈夫なのですか?」

 「ああ、大丈夫だ……少し疲れただけだからな」

 ジンはそう言うと、辺りを見回した。

 「ん? そう言えば他の連中はどうした?」

 「あ~、他の連中ならどうせこうなるだろうと思って、飲み物を買いに行ったぜ」

 「そいつはありがたいな。慣れない事をしたせいで、喉がカラカラだ」

 三人揃って近くにある休憩スペースのベンチに腰を掛ける。
 しばらく待っていると、飲み物を買いに行っていた3人が戻ってきた。
 
 「お待たせしました。ジンはコーヒーで良いんですよね?」

 「サンキュ、ユウナ」

 「君は紅茶で良かったかな?」

 「は、はい、ありがたく頂くのです」

 「レオはライムスカッシュで良いわね?」

 「とか言いながら絶対ライムスカッシュじゃねーだろう、これ!! 何だよ、この謎の液体は!?」

 レオの飲み物は虹色に輝きながら泡立っている。
 蒼褪めて固まっているレオの様子を、リサはチェシャ猫の様な表情で見ていた。
 それぞれに飲み物が回ったので、全員ベンチに座る。
 3人掛けのベンチが丁度向かい合うような配置になっているため、全員の顔がよく見渡せる。

 「んじゃ、全員揃ったところで自己紹介だな。先に言っとくが、堅っ苦しいのは一切無しだ。敬語は無しの方向で。そう言う訳で、宜しく」

 ジンはそう言うと、ルーチェの肩を叩いた。
 彼女はかなり緊張した様子で立ち上がり、自己紹介を始めた。

 「ル、ルーチェ・ローズベルグなのです。種族はハーフエルフ、まだまだ若輩ですが、宜しくお願いするのです!!」
 
 ルーチェの自己紹介を聞いて、ジンは少し苦笑いをした。

 「そんな固くならなくても大丈夫だって。そんな喋り方じゃ無くても、もう少し楽に喋っていいんだぜ?」

 「……語尾は口癖なのです。これが楽なしゃべり方なのです」

 「そ、そうか、そりゃすまんかった。あ、俺の事はジンで良いからな」

 少し不機嫌そうに頬を膨らませたルーチェにジンは頬を掻きながら謝る。
 その後、全員が自己紹介を終えると、ルーチェがジンに向かって話題を切り出した。

 「ところでジン、何で人員の選抜にあんな方法を取ったのですか?」

 「それは僕も気になるところだね。知識が必要ならばそれについて質問をするべきではなかったのかい?」
 
 「俺達が分からない事に関する質問をしたって無意味だろ? それに、俺はルーチェの知識に関しては全く心配していない。一応俺は有名人、向こうとしてもちゃんとした人間を送る利点はあると思っていたからな」

 「……何だかんだでやっぱ自分の名声使ってんじゃねーか……」

 ルーチェとルネの質問にジンが答えると、レオがぼそっと呟いた。
 なお、手に握られた虹色の液体は全く減っていない。

 「でも、それではあの方法を用いた意味の説明にはなっていないのだけど?」

 「あの方法には意欲と運動神経、それから時の運を試す意味があった。やる気が無けりゃコインを追わないだろうし、運動神経と運が無ければコインは掴めない。と言う訳で、それらを持ち合わせた学者としてここに居る訳だ。期待してるぜ、ルーチェ」

 「ううう……あんまりプレッシャーを掛けないでほしいのです……」

 ルーチェはそう言うと、背中を丸めて縮こまった。
 
 「そんな事言って、実際のところは?」

 「選ぶのがメンドかった。理由は後付け。我ながら上手い事考えたと思う」

 「ぶーっ!!」

 「ぶわっ!? 何だいきなり!?」

 が、次の一言で口を付けていた紅茶を噴き出した。
 真っ正面に座っていたレオはそれを思い切り顔面に受けた。

 「そ、そんなことであんな決め方にしたのですか~!?」

 「いや、だから学者の知識なんて専門家でもないと量れないだろ? 知識だけなら誰を選んでも良い訳だし、そりゃ適当にもなるだろ」

 「……ま、んなこったろうと思ったぜ」

 「やっぱり何も考えてなかったんですね……」

 「適当な事に定評のあるジンだものね……て、アンタさっさと顔拭きなさいよ」

 ジンの言葉に幼馴染三人組は悟った様に頷き合っている。
 
 「うむ、流石は付き合いが長いだけある。俺の適当っぷりが良く分かってるな」

 ジンはそう言うと感心したように頷いた。
 それに対し、レオが呆れたように溜息を吐いた。

 「威張って言う事じゃねえだろうが。テメェが適当だったせいでどれだけ尻拭いをさせられたと思ってんだ……」

 「よく言うわよ、アンタだって大概だったくせに。アンタが馬鹿やらかした時に後始末をしてたのはジンだったわよ?」

 「二人揃って問題児でしたしね……」

 「「……」」

 レオの一言にリサは疲れた顔をし、ユウナは苦笑いを浮かべた。
 ジンとレオはしばらく無言で見つめ合い、

 「「よお、マイソウルブラザー」」

 と言って固く握手を交わした。

 「……なんか想像してた人物像と違うのです……」

 「それは同感だね。でも、悪くないんじゃないかな?」

 その陰で、新参者二人は想像していた『修羅』と実物との違いについて話を始めた。

 「もっと厳格な人だと思っていたのです。館長室でのジンは想像以上でしたが……」
 
 「僕としてはこれくらいでちょうど良いと思うよ? 堅苦しいよりはこういう方が親しみやすくて良い」

 「この先大丈夫なのでしょうか?」

 「流石にそれは心配し過ぎだよ。いくら自称適当でも旅に関する事が適当だったら『修羅』なんて言われないだろうし……第一、適当だったら学者は雇わないよ? ただ……」

 「ただ?」
 
 「少しばかり、油断があるかな」

 ルネはそこまで言ってニヤリと笑い懐から財布を取りだした。
 財布は男物で、かなり中身が入っている。
 すると、横から慌てた声が聞こえてきた。

 「え……おお!? 俺の財布がねえ!? ここに入るまで持っていたはずだぞ!?」

 「マジかよジン!? どこかで落としたか!?」

 「いや、ポーチにしまったのは確認した。落とす要素は無いはずだぞ!?」

 「もう、しっかりしてよ!! 旅に出て早々何やってんのよ!!」

 「ジン、何か思い当たる節は無いのですか!?」

 ルネは鞄をひっくり返して財布を捜す幼馴染’sにそっと近づいた。

 「やあやあ、これをお捜しかな?」
 
 ルネはしてやったりと言うような満面の笑みを浮かべてに苦笑しながら財布を手渡す。
 渡された財布を見て、ジンは眼を細めた。

 「……おい、ルネ。お前、スッたな?」

 「少しばかり自分の技術を試したくなってね。中々隙を見せてくれないから苦労したよ。やっぱり、技術持ちからするのは簡単じゃないね」

 満足げなルネの顔を見て、ジンは肩を落としながらポーチに財布をしまった。

 「それを成功させた奴に言われても説得力は0だぞ……あ~……こんな鮮やかにスられたのは師匠以来だ。チッ、まだまだ精進が足りんと言う訳だ」

 「で、どうかな? 僕の腕前は」

 「味方だと思って油断したのは認める。それを差し引いても抜かれたのを気付かせない技術は流石は本職と言うべきだな。後は錠外しの技術をどこかで試す事が出来れば良いが……」

 ジンはそう言うと、何か上手い方法が無いか考えだした。
 その傍らで、ルネはさっと歩いてルーチェの所に来る。
 その手には、先程と同じ財布が握られていた。

 「あ、その財布は……」

 「注意一秒怪我一生ってね。君も注意しなよ? ジンみたいな人でも、いつ、どこで、何が起きるか分からないんだからね」

 そう言うと、再びルネはジンのところに行って財布を差し出し、大いにジンを凹ませた。

 「死ねよやああああああ!!!」

 「うぎゃああああああ!?」

 その結果、ジンは隣で大爆笑していたレオに盛大に八つ当たりをかまし、レオは天井と床の間を往復することになった。
 
 「こ、この先本当に大丈夫なのでしょうか……?」
 
 その光景を見て、ルーチェは頭を抱えてうずくまるのだった。
 
 

 「で、この後どうする気?」

 博物館を出て、外の広場で一行は今後の予定を確認する。
 なお、ジンの手にはレオを簀巻きにしている包帯の端が握られている。

 「この後は訓練所に行く。現時点で全員が何処まで戦えるのかチェックしたいと思う」

 「訓練所か。どうやってチェックするつもりなんだい?」

 「それなんだがな、まずは俺が直接相手をしようと思う。魔法も使うぞ」

 そう語るジンの額には大量の冷や汗が浮かんでいる。
 どうやら、エストックでの幼馴染3人のトンデモっぷりがトラウマになっているようだ。
 しかし、それに気付く者はいなかった。
 何故なら、

 「ちょ、ちょっと待ってくれ!! 普通に訓練所のシミュレーターじゃダメなのかい!?」

 「アンタとやって勝てる訳ないでしょ!? 何を考えてるのよ!!」

 「い、いきなりそれは無いのです!! もしジンが加減を間違えたら、私達は消し炭になるのです!!」

 「わ、私も参加するんですか!?」

 と言うように、全員がジンの発言を前に恐慌し始めたからだった。
 ジンはそれを聞き流し、話を続けた。

 「理由はもちろんある。まずは、俺が直接戦った方が正確に強さを量れると言う事。次に、強い相手じゃないと本気を出すまでもなく終わってしまう可能性がある。こう言っちゃなんだが、俺は難易度最上級のシミュレーターよりは間違いなく強いからな。最後にユウナ、俺はお前を戦力外には絶対しねえからな」

 「何でですか!!」

 「出刃包丁でオークの群れ相手に無双した挙句にアイアンゴーレムをぶった斬る奴に戦力外通告する訳なかろう!! そりゃ!!」

 「きゃあ!?」

 ジンはそう言うと丸い球体を抜き打ちでユウナに投げつけた。
 次の瞬間、その球体は綺麗に8つに切れて、重々しい音を立てて地面に落ちた。
 球体はジンが作り出した鋼の玉で、その断面は鏡の様に輝いていた。
 息を荒げたユウナの手には、出刃包丁と柳刃包丁が握られていた。

 「はぁ……はぁ……な、何をするんですか!?」

 「うん、やっぱお前前衛確定だわ。抜き打ちでこんな事出来るのは普通に剣豪クラスだし」

 ジンがそこまで話すと、突然「破ァァァァ!!!」と言う掛け声とともに脇に転がっていたレオの包帯がはじけ飛んだ。
 レオは固まっている一同を尻目にジンに話しかけた。

 「一つ質問。集団戦はどうするつもりだ?」

 「……その前に、お前のその回復力とこの間アイアンゴーレムを一瞬で消し飛ばした事についてもう一度言及したいんだが……て言うか、お前いくつ武器を持ち歩くつもりだ?」

 「ロングソードとハルバード、投げナイフにトマホークにロングボウだな。まあ、ロングボウはここぞと言う時にしか使わねえけど」

 「そんなに持ってきてどうする!? ……ああ、いや、よく考えたらお前はハルバードとロングソードで二刀流をやる規格外だったな」
 
 ジンは煤けた背中でそう言うとリサに向き直った。
 リサはそれを見てビクッと肩を震わせた。

 「わ、私は後方支援担当だから戦いは……」

 「お前は何を言っているんだ。オーク数百匹を一人で退けたんだ、立派な戦闘員じゃないか……ああ、そうそう、俺はお前ら3人に手加減は一切しないからな。まだ死にたくないし」

 「な、テメ、大人気ねえぞ!!」

 「か弱い乙女に恥ずかしくないの!?」

 「いくらなんでもあんまりです!!」

 「やかましい、貴様ら自分がどんだけ出鱈目なのか分かってんのか!?」

 ジンの言葉を聞いて、幼馴染3人組は猛抗議を始めながら移動を始めた。
 その脇では、新参組が唖然とした表情でそれを眺めていた。

 「……ねえ、この人達が暴れだしたら、止めるのにどれくらいの人間が必要だと思う?」

 「……恐らく軍隊クラスが必要だと思うのです……明らかに過剰戦力なのです……」

 「同感だね……」


 二人は深々と溜息を吐いて、後に続くのだった。


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 御閲覧頂きありがとうございます。
 ども、F1チェイサーです。
 SS書くのは難しいですね。
 しかし、感想を見ると頑張れそうな気がしてきます。
 何かこうした方が良いというアドバイスや感想等があったらお願いします。



 11/01/20 初稿

 11/01/30 改稿 



[25360] ぱわー・いんふれーしょん
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:6c39fdbd
Date: 2011/01/31 17:41

 ジン達一行は訓練所に向かって歩いていた。
 その最中、レオがジンに質問をした。

 「なあ、ジン。訓練所って言うのはどういうところだ?」

 「異空間を用いた闘技場と言えば分かるか? 現実を仮想空間の中に取り込んで、その中で魔物たちと闘う事で訓練を行うのさ。仮想空間の中で行う事で、中で怪我をしても実際にはそれが無かった事になると言う事らしい」

 「そう言えば、さっき難易度がどうこう言ってたわよね? あれって何?」

 「訓練所にはF~SSSまでの21ランクがあってな。部屋の真ん中にある台座に挑戦したいランクのメダルをセットして訓練する。SSSに近づく程強い奴が出てくる。Fランクならそれこそ子供が相手にするような敵が出てくるし、一般的な冒険者であれば大体C~CCCランク。遺跡に潜ったりする奴は最低でもBBランクは居るし、深く潜ろうとするならそれこそSランククラスと言ったところか。ちなみに俺はSSSランクな」

 「チーム戦とかは出来ねえの? 何も1対1だけとは限らんし」

 「当然出来る。メダルにはシングルメダルとチームメダルがあってな。シングルを入れれば一人で挑戦になるし、チームを入れれば闘技場に入った面子で闘う事になる」

 「ランクが上がると何か良い事があるんですか?」

 「ギルドで特典が付いたり、ランクの高い仕事が得られたりする。武具屋で買える品物が増えるとか、結構利点はあるぞ。その特典を受け取るためには訓練所のモンスターを倒してメダルを受け取らなきゃならない。っと、訓練所に着いたぜ」

 訓練所はコロッセウムの様な外見をしていて、中では訓練の様子がモニターで映し出されている。
 そのモニターを見て、闘い方の研究をしている者も居た。

 「訓練所か……僕も初めてくるね。何しろ冒険には縁が無かったからね」

 「あうう~……どこまでいけるのでしょうか……」

 訓練所の中に入ると、ジンは変身を解いた。
 突然の有名人の来訪に、訓練所内にどよめきが起こった。
 周囲の人間がざわつく中、ジンはカウンターまで向かっていった。

 「失礼、SSSランクのシミュレータールームを使わせて頂きたい。それから新規登録5人だ」

 「新規登録者のお名前を頂けますか?」

 受付の言葉を聞いて、ジンはポーチの中から一枚の紙とペンを取りだし、全員の名前を書いた。

 「これで良いかな?」

 受付嬢が名前を登録している間に、ジンはメダルケースを受け取り全員に配る。
 中には交差した剣を背景にF~SSSまで描かれた21枚の銀色のメダルに交差した剣と杖の描かれた21枚の銀色のメダル、そして何も入っていないページがあった。

 「こいつが訓練に必要なメダルだ。剣だけで交差しているのがシングルメダル、剣と杖が交差しているのがチームメダル、空のページはクリアした証のゴールドメダルを入れるところだ。っと、そろそろ受付が終わるな」

 ジンは受付に戻り、受付嬢の作業の完了を待った。

 「ありがとうございます。それではS-1の部屋をご利用ください」

 ジンは受付嬢から渡された鍵を受け取ると、他のメンバーのところに向かった。
 ジン以外は何処となく緊張しており、表情が若干硬くなっている。
 部屋の中に入ると中はロッカー室になっていて、その真ん中には石の台座が置かれていた。
 ジンはメンバーに説明を始めた。

 「さて、さっきも言った通りこれからお前達の実力を見せてもらいたいと思う。まずはここにあるシミュレーターを使ってだな」

 「オイあんちゃん、ちょっと待てや。テメさっきまで自分が相手するとか言ってなかったか?」

 「いやあ、ああ言っといて何だがやっぱ一度どのランクまで上がれるか見てから相手をした方が良いかなと思い」

 「テキトーにも程があるわよ!!」

 「うぉぉぉぉっ!?」

 リサか投げたハンマーを紙一重で避ける。
 後ろに飛んで行ったハンマーは、部屋の壁にめり込んで止まった。
 ジンはそれに冷や汗をかきながら説明を続けた。 

 「いやいやいや、確かに適当に決めたが俺も一応相手するぞ? このSSSランクをクリア出来た奴の相手ならな。それに、人間に勝てて魔物に勝てませんじゃ意味が無い。だから、まずは魔物相手に戦ってもらう」

 「ちょっと待ってくれないかい? いきなりSSSランクと言うのは無いだろう。仮にも訓練所の最高ランク、超一流の冒険者じゃクリアできないと言われてるんだよ?」

 「出来ない訳じゃないんだろ? でもま、最初からSSSをやらせる気はないさ。まずは実力を見るためにも無難にAランクから……」

 「ふぇぇ!? Aランクでも十分一流クラスなのです!! せめてCCCランク辺りで……」

 「そいつは聞けないな。俺が潜るところはAランクの魔物がうじゃうじゃ出てくるような場所もある。こいつらを相手にしてどういう風に動くか分かっておくと自衛の役に立つし、戦闘員として当てにできるかどうかも知っておきたい。と言う訳で、まずはルーチェから行ってみようか」

 「ひゃ、ひゃい!? 私からなのですか!?」

 突然の指名を受けて、ルーチェが激しく動揺し始めた。
 そして、眼に涙を溜め、縋るような上目使いでジンを見た。

 「あ、あの、私は後で……」

 「初めてで緊張するのは分かるが、何時やっても変わらんよ。なら、さっさと終わらせた方が楽だぞ? ダンジョンに潜るための訓練は受けたんだろ?」 

 「そ、それはそうですが……」

 ジンは縋りつくルーチェの肩を叩いて笑った。

 「大丈夫だって。ここなら負けたって良いんだ。俺だって無敗でSSSになった訳じゃないんだしな。それに、やってみれば意外と良いところまで行けるかもしれないぜ?」

 ジンはそこまで言うと、幼馴染達に向き直った。
 
 「お前らは少し見ていな。これからどういう奴と戦うのかをな」

 そう言うと、ジンは部屋の真中にある石の台座にコインを置いた。

 「あ」

 しかし、その瞬間ジンはしまったと言わんばかりの顔をした。
 その間に台座が光りだし、ロッカー室は巨大な闘技場へと変化していく。
 気が付けば、一行は闘技場の観客席に座っていた。
 そこからは、場内に向かって階段が降りている。

 「ジン? 今置いたメダル、SSSのシングルメダルじゃないかい?」

 「……うん」

 「……わ、私はやらないのです」

 「……うん」

 「……まずはジンのお手並み拝見だね」

 「マジですか……メンドいのが来なきゃ良いけど」
 
 そう言うと、ジンは深々と溜息を吐いた。
 ジンは無言で剣を取ると、闘技場の中に入っていく。
 次の瞬間、観客席と闘技場の間の門が閉まり、場内に魔物が具現化した。
 魔物は白い鶏だった。

 「鶏? これがSSSランク? もっとごついのが出てくると思ったんだが、何なんだ、あいつ?」

 「クエェーーーーーーーーーーー!!!!」

 「きゃあああ!?」
 
 レオがそう言った瞬間、鶏は甲高い声で鳴いた。
 その声は耳をつんざく様な強烈な声だった。
 思わず全員、相対しているジンも思わず耳をふさぐ。
 突然大きな音を聞いたため、全員頭を揺さぶられたような状態になり目眩を起こした。

 「……ほっ!!」

 そんな中、ジンは嫌な気配を感じて右に跳んだ。
 少し遅れて、何か巨大なものがジンの居た場所を猛烈な勢いで駆け抜けていき、その何かは壁を容易く粉砕し止まった。
 目眩から立ち直ったジンが確認すると、そこに居たのは巨大で白い雄牛だった。
 
 「変化した? それっ」

 ジンが雄牛に向かって斬りかかると、雄牛は突然白い兎に変化した。
 対象が突然小さくなり、剣は空しく空を切る。
 次の瞬間、兎は白い猪に変化して、ジンを強烈に弾き飛ばした。

 「ぐっ……あらら、失敗したかな」

 ジンは空中で体勢を整えて着地する。
 咄嗟に受け身を取ったため、大きな痛手にはならなかったようだ。
 ジンは剣を構えなおして相手を見ると、今度は白い巨大な虎の様な生物に変わっていた。

 「な、何なんですか、あれ……」

 訳が分からなくなったユウナが思わずそうこぼす。
 そう言っている間に白虎は攻撃を仕掛けている。
 時には壁に跳びついて三角跳びの要領で、時には地を這うような動きで、前後左右上下からジンに向かって次々に跳びかかっていく。

 「SSSランクの相手は初めて見たけど……眼で追うのが精一杯だよ、僕は」

 「それを全部避けられるのは、流石は『修羅』と言うところなのです」
 
 縦横無尽に跳びかかっている白虎をルネ達は残像しか視認できない。
 白虎の動きはそれほどまでに早いものだった。

 「シャアアアアアアア!!!」

 「よっ、はっ、ほっ」

 ジンはそれを足さばきだけで避けていく。
 表情に変化はなく、ジンは涼しい顔で避け続ける。

 「せやっ!!」
 
 ジンは体を右に開いて避けながら真っ正面から跳んできた白猫の横腹を斬りつけた。
 
 「ギャウウ!!!」
 
 血を流しながらも白猫は果敢に跳びかかってくる。
 ジンはそれを避けながら剣を振るう。

 “氷の刃よ”

 「おおっと!?」

 ジンが次の攻撃を迎え撃とうとしたところに、氷の刃が飛んできた。
 それを慌てずに剣で弾くと、氷の刃は砕け、剣が冷気を帯び始めた。
 ジンはふっ、と溜息を吐いた。

 「……つまらん。本気で来いよ、お前」
  
 ジンがそう言うと、その言葉を理解したのか白猫が姿を変える。
 巨大な白猫の体はさらに大きくなり、最終的に白いドラゴンが現れた。
 ホワイトドラゴン、食物連鎖の頂点に立つ龍種の一角だ。
 本来ならばこの一頭で街一つ滅びかねない強力な生物である。

 「ちょっと、あれホワイトドラゴンじゃない!? SSSってそんなのまで出てくるの?」

 「おいおいおい、ジンの奴本気でこいつと一人でやる気か?」

 「ジン!! もう良いから戻ってきてください!!」

 応援席から幼馴染達が叫ぶ。
 しかし、ジンはそれを気にも留めずに剣を構える。

 「ガアアアアアアアア!!!!」

 強烈な鳴き声とともにホワイトドラゴンの体が光り始めた。
 それを見て、ジンはホワイトドラゴンに向かって駆けだした。
 そして、ドラゴンの口から強烈な閃光が放たれた。
 それと同時に、激しい砂嵐が巻き起こった。
 観客席の5人はそれに対して眼を覆った。

 「ぐっ……どうなった?」

 「あ……」

 砂嵐が収まり眼を開けると、そこには未だに健在のホワイトドラゴンと床に出来た巨大なクレーターが眼に入った。
 ……そこにジンの姿は見えなかった。

 「ちょ、嘘でしょ!?」

 「……無茶しやがって……」

 「ジン……」

 目の前の光景に呆然とする3人。
 ユウナなどは眼に涙をためて今にも泣きそうな顔をしていた。

 「はっ!!!!」

 そこに、ホワイトドラゴンの上からジンが剣を振りかぶった状態で落ちてきた。
 気付いて振り返る寸前、ジンは剣を突き立てた。

 「ガッ……」

 次の瞬間ホワイトドラゴンは地面に倒れ伏した。
 その心臓には大きな穴が空けられていて、傷口は若干凍りついている。

 「ふう……やっぱ生物最強といえどこの程度か。ま、こんなもんですかね」

 そして、ドラゴンの背中の上に剣を肩に担ぎ溜息を吐くジンが立っていた。
 しばらくすると、闘技場は元のロッカー室に戻り、6人が一堂に集結した。
 外からは大きな歓声が聞こえている。先程の訓練をモニターで見ていた者たちの声だ。
 ジンは台座からコインを取り、ポーチにしまった。

 「とまあ、こんなんが俺の行く先にゃ出てくる訳だ。それでもついてくる気か?」

 ジンは陽気な態度で幼馴染達にそれぞれの意向を聞いた。
 その内心は、「お前ら怖いから、さっさと村にごーばっく」なのだが……

 「わ、私は諦めません!! ジンが行く所ならどこでも行きます!!」

 「俺様も帰っても先立つもんがねえし……それにテメェはこれをあっさり倒してやがるし、問題ねえかなと」

 「アンタ、私をほっぽり出そうったってそうはいかないわよ? 意地でもついて行く気だから覚悟なさい」

 その言葉を聞いてジンは頭を抱えた。
 3人が守りながら闘うことの難しさを知らない事と、守ろうとしたところをフレンドリーファイアで自分が天に召される可能性が大いに考えられたからだ。
 そんなジンの心境を知ってか知らずか、ルネがジンの肩を叩く。

 「いや、モテる男はつらいね。でも君なら5人くらい楽勝で守れるだろう?」

 「……こいつ等の戦いを見てみろ、守る気なんて一瞬で失せるぞ……いや、それ以上に危険だ……」

 「え?」
 
 ルネが首を傾げるのと同時に、ジンがポーチから取り出したコインを台座に嵌める。
 あっ、と声を漏らすルネを余所に、すぐにロッカールームは闘技場に変わり、階段の門が開いた。

 「レオ、お前なら冒険者相手に戦った事あるだろ。行って来い」

 「人間とバケモンじゃ訳が違うだろ……」

 「何、そこら辺は死んで覚えろ。訓練所内なら死ぬこたないから、な!!」

 「うおわっ!!」

 ジンはそう言うとレオを闘技場に叩き込んだ。
 門が閉まり、闘技場内にはレオ一人だけが入っている。
 レオは眼を閉じ深呼吸をした。

 「うぉっしゃあああああ!!! やぁぁぁぁってやるぜぇぇぇぇ!!!」

 レオはそう言うと背負っていたハルバードを右手に、腰の剣を左手に手に取ると闘技場のど真ん中に立った。
 しかし、先程と違い相手が出てくる気配が無い。
 レオが怪訝に思っていると、突然地面が揺れ始めた。

 「な、なんだぁ!?」

 レオはあたりを見回すが、周りを見ても誰も居ない。
 が、嫌な予感を感じたレオは咄嗟に前に跳んだ。

 「うおおおおおお!!!」

 「グオオオオオオオ!!!」
  
 すると、地面から巨大なひも状の生き物が大口を開けて現れた。
 クロノスワームと言う、砂漠地帯においてもっとも凶暴な生物である。
 その体長は約40m、砂漠を渡る馬車を一呑みにしてしまうような巨大生物である。
 表皮は固い甲殻に覆われており、生半な剣などでは傷すらつかない。
 レオは素早く体勢を整え、その巨大生物に相対した。

 「おいおいおい、初めてでこれはねえだろうがよ……」

 レオは若干冷や汗をかきながら相手を見る。
 一方観客席では、ジンが最っっっっっっっ高に良い笑顔を見せていた。
 そのジンに、ルネが近寄る。

 「……ジン……君と言う奴は……」

 「ンッン~♪ どうかしたのかね?」

 「いや、意地が悪いなと思ってさ。僕の時はそんなことしないよね?」

 「さあ、どうだか?」

 「……僕の時は自分で入れるよ……」

 そんな会話の間に、レオは初めての魔物との戦いに苦戦していた。
 攻撃しようにもすぐに地面に潜られてしまい、攻撃が届かないのだ。

 「くっそ、ちょこまかと……!!!」
 
 レオは攻撃を避けてから反撃をしようとするも、いつもコンマ数秒間にあわない。
 レオがハルバードや剣を振るう度、それは空を切った。

 「ガアアアアアアア!!!」

 「うぉわ!? 危ねえな!!」

 空振りしたところに素早くクロノスワームはレオの背後に現れ、高電圧を纏った体液の塊を吐いた。
 レオは直感で前に跳び、穴を飛び越えて回避した。

 「おい、ジン!! ここって、壊れてもすぐ直るんだよな!?」

 しばらくその状態が続いた後、レオはイライラと怒鳴り散らすような声でジンに話しかけた。
 その眼は座っていて、今にも何かが爆発しそうなのがよく分かる。

 「ああ。ここは仮想空間だからな、一度外に出れば元に戻るぞ」

 「そうかい……なら、遠慮はいらねえな……」

 レオは地獄の底から聞こえてくるような声でそう言うと剣をしまい、ハルバードを両手で持った。
 すると、あたりの空気が一変し、観客は強烈な重圧を感じることになった。

 「はぁ……はぁ……い、息苦しい……」

 「ユ、ユウナ!? 大丈夫!? しっかりしなさいよ!?」

 気迫に気圧されて、ユウナは息をつまらせる。
 リサはユウナの突然の異変に驚き、血相を変えて看病を始めた。

 「はあああああああ……」

 レオは気を吐きながらハルバードに力を込めて高々と振りあげた。
 そして、掛け声とともに思いっきり振り下ろした。

 「だらあああああああああああああああ!!!」

 ハルバードが地面に刺さった瞬間、凄まじい衝撃とともに直径50m程の床全体が爆発し、大量の砂塵が宙に舞った。
 砂塵は空高く舞い、巨大なキノコ雲を作った。

 「うきゃああああああ!!! は、はわわ、何なのです、これは!?」
 
 突然目の前で起きた大爆発にルーチェが悲鳴を上げる。
 その他のメンバーも、その場に縮こまったり、爆音で耳をやられたりしていた。

 「見つけたぜ、おりゃあ!!」  

 「ギシャアアアアアアアアアアアアアア!?」

 そんな中、クロノスワームは爆発によって空高く打ち上げられていた。
 レオはそれに向かって白熱させた投げナイフを4本投げた。
 投げナイフは甲殻を溶かし相手の胴体に深々と刺さり、ワームは悶えながら20m程深々と抉れた地表に叩きつけられた。
 ワームはすぐに地面に潜って逃げようとする。

 「逃がすかよぉ!!! うらあああ!!!」

 「オオオオオオオオオオ!?」

 着地地点に駆け寄っていたレオは素手でその腹をつかみ、潜りかけていたワームを外に引きずり出して壁に投げつけ、その後を追わせるように剣を投げた。
 白熱した剣は壁に叩きつけられたワームの胴体を貫き、壁に縫い付けた。

 「止めだ、喰らえい!!」
  
 その縫い付けられた相手に向かい、レオはトマホークを投げた。
 トマホークはクロノスワームの首を刎ね、レオの手に戻ってくる。
 クロノスワームの頭は重々しい音を立てて地面に落ちた。
 
 「うおっしゃあ!! 俺様の勝ちでい!!」

 地面に落ちた頭を見て、レオは勝ち鬨の声を上げた。
 その様子をメンバー一同唖然とした表情で見つめていた。

 「はわわわわ……クロノスワームがあんなあっさり……」

 「……ジン。レオが冒険初心者だなんて嘘だろう?」

 「残念ながら本当なのだ♪」
 
 ルーチェは眼の前の光景が信じられずに錯乱し、ルネは呆然としたままジンに話しかけた。
 ジンは「もうど~にでもな~れ♪」と言った表情でそれに答える。
 その間に、レオが階段を上って観客席に戻ってきた。
 すると、突然レオの前に先程の受付嬢が現れた。
 その受付嬢は信じられないと言った表情でレオの体を頭からつま先までジッと見つめた。
 
 「ん? どうしたのかな、お嬢さん? この人生の勝者に何の用かね?」

 レオは受付嬢を見るや否や破顔し、バラの花を手にとって話しかけた。
 バラの花を何処から取り出したのかは謎である。

 「え、ええと……お、おめでとうございます!! 貴方をシングルSSSランクに認定致します!! こちらがその証明のシングルSSSゴールドメダルですっ!!」

 「あ?」

 レオは興奮した様子の受付嬢の言葉を聞いてキョトンとした。
 本人はAランクのつもりで戦っていたからである。
 しかし、その後すぐに笑顔で、

 「おう、サンキュ!!」

 と返した。
 受付嬢は少し俯いた後、レオに近づいて金色のメダルを渡して、

 「それから……」

 「ほえ?」

 レオの頬にキスをした。
 受付嬢は顔を真っ赤にして後ろに下がり、

 「こ、これは私個人からの特典ですっ!! 格好良かったですよ!!」

 と言って走り去っていった。
 レオは少し膠着した後、

 「イヤッフゥゥゥゥゥゥ!!! 俺様にも春が来たああああああ!!!」

 とガッツポーズをしながら大絶叫した。
 そんなレオに、無言で特大の100tハンマーが振り下ろされた。
 轟音と地響きとともにレオの頭が地面に埋まる。

 「みぎゃあああああ!?」

 「アンタねえ、モニターで色んな人に見られてるのよ? 恥ずかしいんだからやめなさいよ!!」

 「……あの、いつもより強烈じゃござんせんか?」

 「知るか!!!」

 リサはそう言うとツカツカとジンのところへ歩いて行った。
 そしてジンの胸倉を掴んで揺さぶった。

 「ジン!! 早くアタシの相手を出しなさい!! SSSランクよ!!」

 「な、お、おい!!」

 「Preparation, and right now(準備をしろ、今すぐにだ)」

 「……あいよ」

 金槌を振りかざすリサを前に、ジンはSSSシングルメダルを台座に置きなおした。
 即座に闘技場の門が開き、リサはハンマーを担いで大股で歩いて入って行った。
 その様子を「なんてパワフルなんだ」と口々に語りつつ残りのメンバーが見つめる。
 あ、レオが金槌の投擲をあごに受けて伸びた。

 「はわわわわ……リサさん、大丈夫何でしょうか……」
 
 「さあな……とりあえず、相手が一体なら上手くやれば勝機あり、それ以外は未知数と言ったところだな」

 「……ねえ、それ本当かい? 初心者なんだよね?」

 心配そうにリサを見つめるルーチェにジンがそう答え、ルネが呆れた声で呟いた。
 
 「…………」

 ジンは無言だった。



 リサが中に入ると、闘技場には4体のとかげが現れた。
 それらは赤、青、黄、緑の4色に分かれていた。
 大きさは体長5m、体高3mと先程の者に比べれば小柄だが、人間が脅威を感じるには十分な大きさだった。

 「リサの相手は何て言うんだ?」

 「エレメントドレイクだ。あいつらは自分の色に応じた魔法や技を使ってくる。今回ならば炎、氷、雷、風だな。見てくれはただの色つきトカゲだが、一匹退治するのに騎士団一個中隊必要な強さといわれている。Sランクで一匹を相手にするレベルだから、4体同時は妥当なところだろうな」

 「リサ、大丈夫でしょうか……」

 三人が話している間にエレメントリザード達はじりじりとリサに迫ってくる。
 リサは眼を閉じ、その場にひざまずいた。

 「……“愛されし子よ……」

 「「「「グアアアアアア!!!!」」」」
 
 言い終わるが早いか、無防備なリサに4匹揃ってブレスを放った。
 リサは成す術もなく飲みこまれ、その場に4色混じった柱が立った。

 「あううう……リサさん、間にあわなかったんですね……」

 ルーチェがガックリと肩を落とす。
 ジンはしばらくジッとリサの様子を眺めていたが、急にニヤリと笑った。

 「いや、まだの様だぜ?」
 
 「へっ? ああ!?」

 ジンの声につられてルーチェがリサの方を向くと、そこには全くの無傷のリサが居た。
 しかもかすり傷どころか、服もホコリ一つ付いていない状態だった。
 リサはそっと目を開けると、その青い瞳は、金色に変化していた。

 「……ふぅ……何とか……間にあったわね……」

 『ふふ、久々に暴れられるという奴だな』

 「そうね、正直レオばかりじゃ芸が無いし、ちょうど良い機会よね」

 リサの口からもう一つ、女性の澄みきった綺麗な声が聞こえてくる。
 それはまるで会話をしているようだった。
 リサはそう言って立ち上がるや否や、手にしたハンマーを黄色いとかげに振り下ろした。

 「グエエエエ!?……シャアアアアア!!」

 「きゃあ!?」

 『ぐっ!? ……ははは、やったな!?』

 エレメントリザードは一瞬ひるんだものの、即座にその反撃として跳びかかった。
 そして、リサの上にのしかかると、首筋に高電圧の牙を突き立てた。

 「くっ……このおおおお!!」

 『それ!!』

 しかしリサはそれを無理やり引きはがし、巴投げの要領で投げ飛ばした。
 何故か首筋には出血どころかかすり傷一つ無かった。

 「これは……どうなっていると言うんだ……?」
 
 「ふわぁ……」
 
 「あんなリサ初めて見ました……」

 「……何だこの違和感。俺が知ってる加護と違うような……」

 その様子を、ルネが困惑した表情で眺めていた。
 その横ではルーチェとユウナ、更にジンまでも同じような表情でその光景を見ていた。

 「ぐぬぬぬぬ……お~いってえ……おお、あいつ盛大にやってんじゃねえか」

 周囲の混乱の最中、今まで伸びていたレオが起き上がってリサの戦闘の光景を見て、そんな事を言った。
 
 「レオ、リサが何やってるか分かるのかい?」

 ルネはレオに何が起きているのか問いかけた。
 するとレオは、

 「ああ。神降しって言う奴で、神様の力が使えるようになるらしいぜ。何でも、試しにやってみたら出来たってさ」

 等と言いだした。
 それを聞いて、ユウナを除く3人はその場で硬直した。
 
 「……ちょっと待て。それ本気で言ってるのか? 加護じゃ無くてか?」

 頭を抱えながらジンはレオに問いかける。
 どうやらまたしても自分の常識の範疇を超えているようである。

 「は? そりゃ適正があるなら出来なくはないだろうがよ?」

 「そうですよね……神父様も祭りの時に良くやられてましたし……そう言えばジンはいつもその時は居なかったんでしたね」 

 「き、君達は何を言ってるんだい? 神降しってそんな簡単にできるものじゃないだろう!? 僕が知ってるのは教会で何人も司教が集まって儀式するものだぞ!?」

 「一つ間違えれば魂を対価に取られてもおかしくないのですよ!? それにこんなことに使うものではないのです!!」

 何てことない様に答えるレオとユウナに、新参二人が噛みつく。
 なお、その反応にジンが「うん、そうだよな。これが正しい反応だよな」等と言いながら涙を流して頷いている。
 それに対して、レオはため息をひとつ吐いて答えた。

 「良いから見てろよ。……見てると笑えるぜ?」

 レオはそう言って闘技場の中のリサを指差した。
 リサは手にしたハンマーで4匹のエレメントリザードをまとめてぶっ飛ばしたところだった。

 『ははははは!! 久々の運動は気持ちが良い』

 「ちょっと、何時まで遊んでるのよ。疲れるのはアタシなのよ?」

 『良いではないか、我の力を存分に使えるのだからな。それにしても、お前ならばこの程度我の力を借りるまでも無いと思うが?』

 「アンタたまに呼ばないと拗ねるでしょうが。お陰で一回レオの折檻に呼ぶ羽目になるし……」

 『おお、レオと遊ぶのは悪くない。その時は呼んで貰おう』

 闘技場の真ん中で自分の中の神と会話をするリサ。
 その間に敵達は体勢を立て直し、一直線にリサに突撃を掛ける。

 「ぐっ……分かったわよ。さあ、早く終わらせるわよ!!」

 『言質は取ったぞ。では、終いにしよう』

 リサは手を前に突き出した。
 すると、その手に光が集まって来る。
 集まった光は柔らかく、それでいて力強いもので、いつしか極光となっていた。

 「“裁きの光よ”」

 リサがそう言うと、手に集まった光が奔流となってエレメントリザード達に向かって行った。
 相手は光に触れた瞬間音もなく消え、後には大きく抉れた地面と、打ち抜かれ、1/4程欠損した闘技場の壁しか残らなかった。
 それを確認すると、リサはゆっくりと観客席に戻ってきた。 

 「おめでとうございま……「どうも」は、はい……」

 先程の受付嬢が現れ、リサにメダルを渡そうとする。
 リサは受付嬢が言い終わる前に無表情でメダルを取り、そのままメンバーのところへ戻ってくる。

 「どう? アタシだってこれくらいできるわよ?」

 リサが自慢気に言うのを、全員複雑な表情で聞く。
 思っていた反応と違い、リサは小首を傾げる。

 「な、何よ? もう少し驚くとかあるんじゃないの?」

 その言葉に全員顔を見合わせる。
 
 「だってねえ……」

 「神降し自体は凄いとしか言えんがな……」

 「……正直、インパクトで言えばレオの爆発の方が凄かったのです」
 
 『何、レオはさっき闘っておったのか!?』

 ルーチェの一言を聞いた瞬間、リサから小さな幼女、もとい少女がそう言いながら飛びだしてきた。
 銀に輝く髪と神秘的な金色の瞳の少女は、レオの襟首を掴んで激しく揺さぶった。

 「ええい、折角だからレオの試合も見たいと思っておったのに!! おい、レオ!! もう一度試合に出ろ!!」

 「ちょ、ちょい待て!! ああああ脳が揺れるぅぅぅぅぅ!!!」 
  
 レオは首を揺さぶっているものの首根っこを掴んで引き剥がした。
 すると、それはジタバタと手足を動かして抵抗を始めた。
 しかし、残念ながらその攻撃はリーチが足りない。

 「この、放せ!! 我を何だと思っておる!?」

 「神(笑)」

 「貴様ーーーーー!!!」

 眼の前で交わされるアホな会話にぽかーんと呆けるジンと新参者二名。
 その3人を尻目にユウナは取っ組み合いになっている二人を宥めに入る。

 「こらこら、アーリアル様も落ち着いて下さい。レオも、そろそろ放してあげなさい」

 「むぅ……仕方がない。だがレオ、貴様には後でたっぷり付き合ってもらうからな」

 「へいへい、しっかりお相手させてもらいますよっと」

 すぐにアーリアルと呼ばれた少女は抵抗をやめ、レオは彼女を地面に下ろした。
 その彼女に、ルーチェが声を掛ける。

 「あの……アーリアル様はルクス教の主神のあのアーリアル様なのですか?」

 「うむ、確かに我がそう言う事になっておるアーリアルだ。それがどうかしたのか?」

 アーリアルはレオの肩によじ登りながらそう答えた。
 それに対し、レオが口を開く。

 「おい、何で俺の肩に乗ろうとすんだよ?」

 「し、知らないものに見下ろされると怖いではないか。この中で背が高いのはレオかそこの男だけならば、こうするのがベストであろう?」

 「いや、怖いではないか、ってよぉ……」

 肩車の状態でレオの頭をアーリアルは抱え込んだ。
 その見た目は娘を肩車している父親そのものだった。

 「で、だ。こうやって神降しをしているならば対価が必要なはずだけど、その対価は一体何だい?」

 「思いっきり暴れさせる事だ!!」

 ルネの質問に対するアーリアルの答えに、事情を知らない3人はガクッと崩れ落ちた。
 その光景を見て、事情を知っている人間はくすくすと笑いだした。

 「ちょい待てぃ!!! 仮にも一宗教の主神ともあろうものがそんな対価でええのんか!?」

 「我が良いと言うのだから良いに決まっておるだろう!! 大体どいつもこいつも神託だの祭事だのつまらん事に呼びおって!! 自分の将来くらい自分で考えんか虚け者共め!!」

 ジンのツッコミに怒り心頭といった面持ちでレオの頭を殴りながらアーリアルは返答した。

 「いてぇ!! オイコラ、人の頭を殴るんじゃねえ!! 降ろすぞ!!」

 「す、すまん。興奮してつい……周りが怖いからこのままで居させてくれ」

 レオが怒鳴ると、アーリアルは再びレオの頭を抱え込んで謝った。
 それを見て、ジンは溜息を吐いた。

 「はぁ……我が国の最大宗教の主神に謝らせるレオって一体……」

 「いや、主神と知ってなおツッコミを入れられるジンも大概だと僕は思うけどな?」

 「というより、エストックの村ってこんな人ばかりなのでしょうか……」

 「?」

 ルーチェとルネはユウナを見る。
 ユウナは何で視線を向けられたのか分かっていないようだった。
 続けてジンを見ると、ジンは言いたい事を察したのか力なく首を横に振ったのだった。





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 どうも、F1チェイサーです。
 訓練所は長くなりそうなのでここで切ります。
 戦闘シーンが難しい……今回はレオとリサが滅茶苦茶である事が分かれば幸いです。

 さ、次も頑張ろう。
 
 1/31 初稿



[25360] ほんとはこれがふつー
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/03/03 19:47
 「さて、次は誰が行く?」

 「……僕が行こう。
 流石にこれ以上凄いものを見せられるとやる気がなくなる」
 
 「Aランクで良いんだな?」

 「それ以下はやらせてくれないくせによく言うよ。
 生憎僕はジンみたいに冒険に慣れてる訳じゃないし、レオやリサみたいな規格外でも無い。
 いきなりSSSとかやる気は無いね」

 ルネはそう言うとAランクのシングルメダルを取り、台座に向かった。
 メダルを台座に置くと、ルネは武器を取らずに闘技場に降りて行った。

 「武器、取らなかったな。
 ルネちゃん大丈夫なんかね?」

 「さあな。ま、何か当てがあるから取らなかったんだろ。
 もし荒事の経験が無けりゃ普通は武器で悩むはずだからな」

 無手で降りて行ったルネに関してジンとレオが話していると、ルネの相手が出てきた。
 相手は血に濡れたように真っ赤な虎だった。
 ブラッディタイガーと呼ばれるそれは北方の森に住む捕食者だ。
 幼年期の鮮血の様な体色は毒を持つ事を知らせる警告色として働き、成獣の暗赤色の体毛は薄暗い森の中で保護色として働く。
 更に幼年期に身を守るために用いられていた毒は、成獣の爪や牙に回り獲物を仕留めることに使われるのだ。
 なお、北方の狩人達の間ではこの成獣を一人で打ち倒す事が一流の証となっている。
 この巨大な体躯はホビットであるルネにとっては強烈な威圧感を持つことになるのだった。

 「ねえ、ジン。Aランクってあれだけなの?
 突破出来たら一流と言う割には少しお粗末な気がするんだけど?」

 リサが少し拍子抜けしたような表情でジンに問いかける。
 ジンはそれに対して大きなため息を吐いた。

 「その認識は改めた方が良いぞ、リサ。
 油断してるとSランクの奴でもこいつにやられる事があるんだからな。
 正直、俺が見たAランクの敵じゃこいつが最悪だ」

 「そんなに強いんですか?」

 「見てれば分かる。
 こいつとの戦いを見て得られる教訓は多いから、しっかり見とけよ?」

 ジンはそう言うと、ルネの方を見やった。
 ルネはブラッディタイガーと相対し、睨みあいの状態になっていた。
 ルネは固く拳を握ったままジッと相手の動向を見ている。
 一方、ブラッディタイガーはゆっくりとルネに迫ってきていた。
 そして、両者の距離がある程度近づいた時、

 「シッ!!」

 「ギャアアアアア!?」

 突如としてブラッディタイガーが悲鳴を上げた。
 その左目からは、血が流れ落ちていた。

 「ガアアアアアア!!!」

 「くっ……」

 続いて、ブラッディタイガーが跳びかかってくるのを右に跳んで避ける。
 ルネは着地直後の無防備な横っ腹に向かって握り拳の親指を弾いた。
 すると、青い弾丸の様なものが流星のように尾を引きながら飛びだし、ブラッディタイガーの腹を突き刺した。

 「ギャウッ!?」

 ブラッディタイガーは一瞬よろけたが、素早く体制を立て直してルネに襲いかかった。
 ルネはそれを右に避けて再び親指を弾いた。
 すると、ブラッディタイガーはバランスを崩して倒れた。
 それを見て、ジンはほう、と感嘆の声を上げた。

 「ほう、操気弾とは面白いものを使うな」

 「何ですか、それ?」

 「自分の生命力を気弾に変えて相手に打つ技だ。
 とは言うものの、本当はあんまり効率の良い方法じゃないんだけどな」

 ジンの説明にユウナが首を傾げる。
 他の者も、この説明だけではよく分からないようである。

 「どういう事ですか?」

 「気と言うものは生命力から生まれ、生体を通して伝えるのが一番効率が良く、無生物を透過する。
 だからほとんどの気を使う技は素手で直接相手に叩きこむものだ。
 だが操気弾は離れた相手に気を撃ち出す。
 これを主軸に戦ってると滅茶苦茶疲れるはずなんだが……」

 「ねえ、それってわざわざ使うほど価値のあるものなの?
 遠距離の攻撃が欲しいなら魔法や弓で十分なんじゃない?」

 「あるんだよ、価値は。
 まず、武器が無くても使えるからとても身軽に動ける。
 二つめ、魔法じゃないから詠唱が要らず魔法の詠唱と同時に使える。
 三つめ、魔法が効かない相手にも十分通用する。
 四つめ、気の性質によって相手がどんなに堅かろうと貫通してダメージを与える事が出来る。
 利点としちゃそんなところだ」

 「へぇ、便利じゃない。
 アタシも覚えようかしら?」

 「ちょい待ち。
 俺長い事宿で冒険者の客見てたがそんなん使う奴一人も居なかったぞ?
 そいつが本当に便利ならもっと使ってる奴がいてもおかしくねえだろ」

 人差し指を唇にあてて考え事を始めるリサに対し、レオは自らの経験を話す。
 それに対し、アーリアルが何か思い至ったような反応を示した。

 「ふむ、と言う事は何か欠点がある、そう言う事であろう?」

 「その通り。
 まず、気を込めるのには集中力がいることだ。
 拳で直接叩きこむにしてもある程度は必要なんだが、操気弾の場合は相手に届くまでの距離があってその間で拡散する。
 よって、十分な威力を持たせるために拳に込めるよりも遥かに集中力が必要になる。
 つまり、不測の事態に対応しづらい難点があるってことだ。
 次に、さっきも言った通り使うと凄く疲れる。
 これだけでまともに戦おうとすると、体力のない奴だと5分もすれば息も上がる。
 それから、気の特性からゴーレムみたいなやつには効果が無い。
 洞窟や遺跡を守ってるやつらはほとんどがそんな無生物だから、冒険者で覚えている奴はそういないだろうな」

 「成程な。強力ではあるが実戦では使いづらいと言うところか」

 アーリアルが納得したように頷く横で、今度はルーチェが静かに手を上げた。

 「質問があるのです。
 さっき、気はゴーレムの様な無機物には聞かないと言ってましたが、私は武道家が気を込めた拳で岩を砕くのを見た事があるのです。
 これはどういう事なのですか?」

 「ああ、それは厳密には気を使っている訳じゃなく、生命力を力として使うって話になる。
 これは単純で生命力をある一か所に回すことで威力や強度を一時的に強化するってだけの話だな。
 こいつは生物だろうが無機物だろうが何にでも使えるし、俺が知ってる達人は指パッチンで空気を振動させて遠くの物を真っ二つに出来る。
 ちなみに、極大の威力は先程御覧になった通りだ」

 「先程?」

 ジンの言葉にルーチェは首を傾げる。
 それに対しジンは、

 「……レオが闘技場の床を爆砕した、あれだ」

 と、どんよりとした雰囲気で語るのだった。
  
 「おお、あれがそうなのか!? いや、少しばかり気合を入れて振ったんだが、そうか、あれか!!」

 「ああ、で、分けるのがめんどくさいんで生命力を使って作る気と力を合わせて『気』と呼んでいる訳だ……と言うかレオ、知らんで使っとったのか己は!!」
 
 レオの発言に思わずつっこむジンであった。
 その一方で、アーリアルは心底残念そうな表情をした。

 「むぅ……闘技場の床を爆砕……レオ、今ここでやってみてくれぬか?」

 「その前に一つ訊きたい事があるんだがよ、何でお前は未だにここに居るんだ?」

 レオは自分の膝の上にちょこんと座っている銀髪の幼女、もとい少女に尋ねた。

 「何を言うか、我はまだリサに約束を果たしてもらってないのだぞ?
 レオと遊ぶまでは絶対に帰らんし、そもそも帰りたくない」

 「はぁ……しゃあねえな……」

 アーリアルはむすっとした表情でそう言うと、体勢を入れ替え、レオにぎゅっと抱きついた。
 レオは溜息を吐きながら為すがままになっている。
 その大小の銀髪二人組の様子を、他のメンバーはジッと見ていた。

 「ねえ、ジン。
 あの二人見て、どう思う?」

 「凄く……親子です……」

 「と言うか、何で神様があんなに懐いてるのですか?」

 「あの……ルネさんの訓練は見なくて良いんですか?」

 ユウナの指摘に全員闘技場の方を向く。
 そこでは、ルネが先程と同じような戦い方で戦闘を続けていた。

 「くっ……はぁ、はぁ……」
 
 しかし、その息は上がっていて、段々と余裕が無くなり始めていた。
 ブラッディタイガーの攻撃は徐々にルネの体に迫ってきていた。

 「おいおいおい、ルネちゃんあれじゃ不味いんじゃねえのか?」

 「だな。
 操気弾は体を内部から攻撃する技だ。
 ブラッディタイガーは毒を持っているから接近戦が危険と言う事と、脂肪が分厚いぶん通常打撃が通りにくい事を考えると方法としちゃ間違いじゃない。
 が、こいつみたいな生命力の塊では倒すのに時間がかかる。
 毒をもった相手と長期戦になるのは非常に危険だ。
 何しろ、かすり傷一つが致命傷になりかねない。
 それに、ルネがどこで覚えたか知らないが、少しばかり気の拡散によるロスが大きい。
 あれじゃ倒しきる前にルネの体力が尽きる」

 ルネの様子を冷静に観察するジン。
 そうこうしている間に、ルネがだんだん壁際に追い詰められていく。

 「ガウッ、ガアアアアアアアア!!!」

 「なっ……!!」

 ブラッディタイガーは一度壁に向かって跳躍することでタイミングを外し、回避行動を取った直後のルネに向かって跳びかかった。
 ルネは何とか回避しようとするが、避けきれずにハーフパンツからのびる細身の足を爪が掠めた。
 血が流れ出し、白いソックスを赤く染め上げた。

 「くあっ……このっ!!」

 「グガァ!?」

 ルネはすぐ横に着地したブラッディタイガーに掌打を掛けた。
 小柄な体躯からは想像できない強さで打たれたブラッディタイガーは壁に叩きつけられ、崩れ落ちた。
 が、すぐに立ち上がって攻撃を仕掛ける。

 「うっ……くはっ……」

 速攻性の高い毒による、強烈な目眩と吐き気に耐えながらルネはそれを避ける。
 しかし、十分な距離が得られず、今度は左脇腹に爪がかかる。
 焼けつくような激痛がルネに襲いかかった。

 「ぐああああっ!!!」

 痛みと衝撃でルネは地面に転がった。
 左手で脇腹を押さえ、血反吐を吐きながら立ち上がろうとする。
 ブラッディタイガーは容赦なくそこに襲いかかった。

 「ギャウウウ!!」

 「うあっ!? がっ……」

 


 「う……あ……?」

 「お、お目覚めの様だな。気分はどうだ?」

 ルネが眼を覚ますと、そこは闘技場ではなく元の控室だった。
 隣では、ジンが瓶入りの飲み物を飲んでいた。

 「そっか……僕は負けたんだな」

 先ほど喉を食い破られて負けたルネは自分の喉元をさすりながらそう声を零した。
 体を起して体調をチェックするが、異常は見当たらないようだ。
 
 「まあ結果的にはそうなるな。
 正直、あんまり上手い戦い方じゃ無かったのは事実だ」

 ジンはそれに関して自分の思った事を素直に言った。
 ルネはそれに対して苦笑いを浮かべた。

 「ははは……それじゃ、僕は戦力外って訳だ。
 どうする? これじゃお役に立てない訳だけど……」

 「いや、契約は解除しないぞ。
 見た限りでは体の動かし方は悪くないし、最初の一手で眼を潰して死角を作ると言う方法も使える。
 それに操気弾が使えるならすぐに他の気も使いこなせるようになるし、少し鍛えれば十分俺の行く先でも耐えられるはずだ」

 落ち込むルネにジンはフォローを入れた。
 すると、ルネはパチクリと眼を瞬かせた。

 「え? でも、僕はAランクをクリアできなかった訳なんだけど……」

 「誰がすぐ出発するなんて言ったよ?
 引く手数多のAランク相当の盗賊や学者がそうゴロゴロ転がっている訳無いだろうが。
 だから最初っから有望そうな奴を引っこ抜いて、実戦に耐えられるように鍛えてから出発するつもりだったんだ。
 少なくとも一カ月は訓練に充てるさ」
 
 ジンの言葉をルネは呆然としたまま聞き入れる。
 そして、ふっと息を吐いた。

 「そっか……じゃあ解約は無しか」

 「当然。今の戦闘やスリのスキルを鑑みてもお前は優良物件だからな。育ってくれりゃ俺としても願ったり叶ったりだ」

 ジンがそう言うと、ルネは茶色のショートヘアを揺らして嬉しそうに笑った。
 自分に見込みがあると言うのが余程嬉しいらしい。

 「修羅にそこまで褒められるとは光栄だね。
 それじゃ、早速教えを請うとしよう。
 今の戦闘、どこが不味かったと思う?」

 「そうだな……まず一番最初に武器を何も取らなかったのが不味かった。
 武器ってのは何も攻撃するだけじゃなくて防御にも使える。
 特に今回みたいな毒持ちの相手には最低限の防御の手段が必要だった」

 ジンは先程のルネの戦いを思い出しながら改善すべき点を上げていく。
 ルネは背筋を伸ばし、ジンの眼を青と緑の双眸で真っ正面から見て話を聞く。

 「ふむ……動きの邪魔になると思って取らなかったんだけど、ダメだったか……他には?」

 「二つ目は操気弾にこだわりすぎた事。
 相手と離れて戦いたいのは分かるが、折角眼を潰して死角を作ったんだ。
 こういう時は接近して一発叩き込んで吹っ飛ばした方が距離も取れるし、操気弾に頼るよりも効率が良い。
 さっきの一撃喰らった時の掌打みたいな感じだな。
 まあ、この辺りは経験がものを言う部分だし、おいおい覚えていけば良い」

 「成程、ああ言う風にすれば良かったのか。次は?」

 「三つ目は操気弾の気の圧縮が弱い事。要練習だな」

 「少しは通用するかと思ったけどね。まだまだだったか」

 「あとは訓練する間に見つけ次第教えるとしよう。今はとりあえず休みな」

 「ああ、そうさせてもらうよ……ところで、他の皆は何処に?」

 ルネが周りを見回しても、ジン以外のメンバーが見当たらない。
 荷物が置いてある所からすぐに帰ってくるものである事は分かるものの、全員で外に出る理由がルネには思いつかなかった。

 「あいつらか?
 ……まあ、少し良くないものを見ちまったからな。
 少しばかり外の空気を吸いに行った」

 「……ああ、そう言う事か。
 流石に人が捕食されるところなんて見ればね……
 ……しかし、眼を塞いでやるとかしなかったのかい?」

 ジンは苦笑しながら質問に答え、ルネは客観的にみた自分の敗北を想像して溜息を吐いた。
 確かに、今まで平和に暮らしてきた人間がいきなり目の前で人が食い殺される場面に出くわしたりしたらトラウマ物であろう。
 だからこそ、ルネは新しい疑問を口にした。
 
 「しないさ。
 あいつらには血や怪我、それからある程度の死に慣れてもらわないと困る。
 下手すりゃ死者が出る様な所に行くんだ、誰かが死んだからと言って冷静さを欠くようじゃ全滅の危険がある。
 だから、ルネには悪いが最後まで眼を離すなとも言ったし、これから先そういう訓練もする」

 「……皆、本当に初心者だったんだね……」

 「ようやく信じたか」

 何処となく信じられない、と言った表情で語るルネに、一つの事を成し遂げた顔でジンは答えを返した。
 ふと、ジンは何か思いついたように人差し指を立て、ルネに向き合った。

 「そうだ、そう言えば一体どこで操気弾なんて覚えたんだ?
 独学にしたってなんたってそんなマイナーなものを?」

 「ああ、それは情報の代金代わりに受け取った指南書に書いてあったから覚えたんだ。
 何も武器を持たずに済むし、騎士の鎧も関係ないから便利だと思ってさ。
 他にも色々書いてあって一通り練習はしたから、スラムなんかで襲われても対処出来るくらいにはなったよ」

 「ほう、体捌きが素人にしては上手いと思っていたが、実戦で磨かれた能力だったのか。
 それになのに気の込め方があまり上手くなかったのはそれ以上の強さの師が居なかった、というところだな」

 ジンは納得したように頷くと、手にした飲み物を飲み干して立ち上がった。
 
 「さてと、体術だの気の運用だのの特訓は明日からにして、今はさっさと他の奴らを呼び戻しますかね!!」

 「そうだね。時間は有限、早いに越したことは無いか」

 二人はそう言ってうなずき合うと、部屋の外へ歩いて行くのだった。


 


 「はい、てな訳で次はルーチェに逝ってもらおうか」

 「ニュアンスがおかしいのです!?
 と言うかどういう訳なのですか!?」

 ジンの発言にガタッとルーチェは立ちあがって抗議した。
 それを涼しい顔でジンは受け流して、

 「どの道やるんだから細かい事は気にしない!!
 ほい、Aランクシングルメダルな。
 さあ、行ってきたまえ!!」

 と、笑顔でサムズアップしながら送り出した。

 「ああ、もう!!
 こうなったら思いっきり暴れてやるのです!!」

 ルーチェはがーっと吠えコインを台座に置き、ツカツカと闘技場に向かって行った。
 その様子をジンはじっと眺めている。

 「……普段おとなしいが、やるときゃやるタイプって奴だな。
 ま、そうでもないとあの時コインは取れんか」

 「今の会話、狙ってやったのかい?」

 独り言を呟くジンにルネが話しかけてきた。
 ルネはジンの隣に座り、斜め下から青と緑の眼で顔を覗き込んだ。

 「ん? まあ、ちょっとだけな。
 性格ってのは意外と重要でな、その性格に合った行動を取らせないと上手く働いてくれない事がある。
 ほら、臆病な人間に前衛で盾をやれって言ったところで上手くできるわけがないだろ?」

 「確かにそうだ。
 ……それにしても、君は真面目に考えているのか適当なのかが読めないな」

 「下手に読まれりゃ死ぬ可能性もあったもんでね」

 ジンは苦笑しながらルネにそう言うと、闘技場に眼をやった。
 ルーチェは深紅の装丁の本と先端に翠色の宝玉をあしらった背丈ほどある杖を持って闘技場の真ん中に立っている。
 しばらくして、相手が出てきた。
 相手は黒い狼を三頭引き連れたオークだった。
 それを見て、ジンは一瞬びくっと体を震わせた。

 「ジン? どうかしたんですか?」

 「い、いや、俺の勘違いだ。
 俺の知ってる奴に、黒い狼に化ける凶悪な魔物がいるからそいつかと……
 ……うん、あいつならテイマーオークごときに操られたりはしないな」
 
 ジンは冷や汗をかきながら苦笑した。
 ユウナはそれを見て首を傾げたが、闘技場に眼を移した。
 テイマーオークとそれが連れている狼――イビルファングと呼ばれる彼ら3体を前にしてルーチェは本を開く。

 「“契約の許に命ずる、目覚めよ”」

 ルーチェがそう唱えると本がぱらぱらとめくれ、光を放ち始めた。
 すると、中から虹色に光る球体が4つ出てきて、ルーチェの周りを飛び回り始めた。

 「ガウ!! ガウアア!!」

 「“飛翔”」

 テイマーオークはイビルファング達に指示を出して、ルーチェに襲いかからせた。
 ルーチェは冷静にそれを見据え、杖を使って空に舞い上がった。
 杖に腰かけたルーチェの周りを飛びまわっていた球体はテイマーオーク達に向かって飛び出して行き、その周りを激しく飛び回り始めた。

 「ウウ?」

 テイマーオーク達は何もしてこない光の球体に首をかしげている。
 そうしていると光の球体は本の中に戻って行き、ルーチェはそれを確認すると額に手をやった。
 
 「うう、このクラスは全然持っていないのですが……自分で頑張るしかないのです」

 ルーチェは本を閉じ、テイマーオーク達を深緑の眼で見下ろした。
 テイマーオーク達は宙に浮かんでいるルーチェに対して何とか攻撃を当てようと飛び跳ねている。
 その間にルーチェはテイマーオークに対して魔法を使って攻撃をかけた。

 「“凍える鉄槌”!!!」
 
 ルーチェはテイマーオークの頭上に氷の塊を落とした。
 しかし、テイマーオークはそれを難なく避ける。

 「ダメですか……なら、これならどうなのです!! “氷雪の散弾”!!」

 今度は無数の氷の鋭利なかけらをテイマーオークに投げつけた。

 「ギッ!? ギギギ……」

 テイマーオークはそれを受け、傷を負った。
 しかし、どれもオークの鎧や厚い皮下脂肪に守られ、致命傷を与えるには至らなかった。

 「ううっ、飛びながらじゃ不十分なのですか……」

 長い耳をしんなり下げてそういうと、ルーチェは本のページをめくり詠唱を始めた。

 「“精霊の名の下に命ずる。再生せよ”」

 そう言うと本が消え、ルーチェの肩に炎をまとった小鳥が現れた。
 ルーチェは小鳥の頭をなでると、小鳥は甘んじてそれを受け入れる。

 「頼むのです。
 あいつらを可能な限り引っかき回してほしいのです」

 小鳥はそれを聞くとルーチェの肩から飛び立ち、イビルファングに襲いかかった。
 それに対し、イビルファングはルーチェからその襲撃者へと標的を変えた。

 「ギャウウウウ!!!」
 
 「ガアアア!!!」

 イビルファング達は一心不乱に小鳥に飛びかかるが、その度に小鳥はひらりと攻撃をかわす。
 そして隙だらけになったイビルファングに対して、小さいながらも炎を吐き、相手の注意を引く。
 その間にルーチェは地面に降り、杖を構えて詠唱に入った。

 「ギ!? ガウ、ガウガ!!」

 テイマーオークは詠唱を始めたルーチェに気付き、イビルファングに指示を出した。
 イビルファングは指示に従い、ルーチェに向かって一斉に走り出した。

 「“大地の大牙”!!」

 「ギャン!?」

 ルーチェがそう言うと、足もとから槍衾のように尖った地面が飛び出してきた。
 イビルファングはそれに阻まれ、または貫かれた。
 これにより、テイマーオークは2匹のイビルファングを失うことになった。
 
 「グウ、ガガウ!!」

 テイマーオークは残ったイビルファングを呼び戻すと、それに跨った。
 そして、槍衾の横に回り込むべくイビルファングを走らせ始めた。
 それに対し、ルーチェは槍衾を消して次の詠唱に掛った。 

 「ガアアアアア!!」

 「……っっ!!」

 しかし、ルーチェは魔法を発動させるよりも早くイビルファングの牙に自分が掛ることを察知し、詠唱を続けながら退避を始めた。
 そのルーチェに対し、テイマーオークを乗せたイビルファングはまっすぐに迫りくる。
 あと少しで手が掛るその時、

 「ギャアアア!?」

 突如イビルファングの目に先ほどの小鳥の嘴が突き刺さった。
 それによりイビルファングは転倒し、テイマーオークはルーチェの足もとに投げ出される。

 「“大地の大牙”!!」

 「グガアアアアア!!!」

 その全身をルーチェの魔法が深々と貫いた。
 テイマーオークは心臓を貫かれ、即座に絶命した。
 
 「ガッ……」

 一方のイビルファングも小鳥に両目をつぶされた上に、渾身の火球をくらって炎上していた。
 勝敗は明らかだった。
 闘技場の門が開き、それが戦いの終わりを告げる。

 「お、終わったのです……」

 ルーチェはそう言うとその場に座り込んだ。
 その肩に小鳥が止まり、元の本に戻る。
 その本を手に取り杖をついて立ち上がると、ルーチェは仲間の元に戻って行った。

 「お疲れ様です、ルーチェさん」

 先ほどの受付嬢からAランクのゴールドメダルを受け取って戻ってくると、ユウナが飲み物をもって待っていた。
 
 「あ、どうもなのです」

 ルーチェはそれを受け取り、ジンの元へ向かった。
 ジンはそれを笑顔で迎え入れた。

 「よお、お疲れ。なかなかの戦いぶりだったな。あれは演習かなんかで習った戦い方か?」

 「はい。防衛術の演習のときに教わったのです」

 「それにしても、「生物写本(ビーストスペルブック)」の使い手だったのか。いや、珍しいものを見せてもらったよ」

 「ねえ、アンタ達だけで勝手に納得してないでアタシ達にも説明しなさいよ」

 ジンとルーチェが話していると、そこにリサが割り込んできた。
 ルーチェはリサに向きなおり、教鞭を取った。

 「では説明を始めるのです」
 
 「……ねえ、その白衣と眼鏡は何?」

 「まずは私の得意分野なのですが……」

 「質問に答えなさいよ!!!」

 リサの一言を華麗にスルーしつつ、リサが説明を始めた。

 「見てお分かりの通り、私は魔法を主体とした立ち回りをするのです。
 ですが威力の高い魔法ほど詠唱に時間がかかり、さらに高い集中力が求められるのです。
 その間を狙われると非常に弱いという、魔導師によく見られる弱点があるのです」

 「……それ、経験次第で何とでも「規格外は黙るのです!!」……うぃ」

 横槍を入れるジンをルーチェは黙らせる。
 ジンは肩をすくめ、押し黙った。

 「確かに、ジンの様に人間やめた集中力と器用さがあれば大魔法の詠唱をしながら気を放ち剣をふるうことは不可能ではないのです。
 ですが、ごく一般的な魔導師にそんなことはできないのです。
 剣を振るいながらでは詠唱が中断させられる可能性が高く、できてもせいぜい短い詠唱で氷のつぶてを2~3個出すのが精一杯なのです」

 「たっはっは~ 人外認定もらっちゃった~い……」

 「よしよし……大丈夫、ジンはちゃんと人間ですよ?」

 ルーチェが説明する脇で、ジンは床にのの字を書いていじける。
 その横でユウナはジンの頭を撫でながら慰めにかかるのだった。

 「でもよ、ルーチェちゃん杖使って空飛んでたじゃん?
  ずっと空飛んで魔法撃っとけば良いんじゃね?」

 「レオ、それは違うぜ。一人の人間が一度に出せる力の総量は決まっている。
 たとえば、全体で使える魔力が10あるとする。
 他に何もしていなければ10をそっくりそのまま攻撃に使えるが、空を飛んだりして4消費していたとすると攻撃に使えるのは残りの6だけになる。
 つまり、同時にこなす動作が多ければ力が分散して、一つ一つの威力は弱くなるということだ。
 だから空を飛びながらでは大威力の魔法は使えない」

 「あ……」

 レオの疑問にジンが横からスッ、と立ち直って答える。
 そのジンの頭頂部を名残惜しげ見つめるユウナを無視してルーチェはそれにうなずくと、説明を続けた。

 「それを解決してくれたのが、この生物写本なのです。
 これを使えば、呼び出した生物を護衛に使いながら詠唱ができるのです」

 「でも、それじゃ根本的な解決になってないんじゃないのかい?
 結果的に君の魔力を使っているのなら、最大の威力は見込めないはずだろう?」

 「それなのですけど、実を言うとこの本は少し特殊で、この中にいる精霊が最初に受け取った魔力を元にして作った生物を召喚することになるのです。
 ジンの例えを借りるのなら、先に5を別の容器に移しておいて、10の力ととっておいた5を同時に使うようなものなのです。
 これなら大元の魔力は減らないので、全力で魔法が使えるのです」

 「どんな生物が召喚できますか?」

 「先ほどの虹色の玉を使って覚えさせれば、どんな生物でも召喚できるのです。
 あれは相手の気性、能力、体調などのステータスを分析して、登録するためのものなのです。
 欠点としては、実際に実物と会わないことには登録できないことと、一度に1体しか召喚できないことがあるのです」

 「それなら、ジンを登録したらどうなのよ?
 ハッキリ言って、ジンに守ってもらえれば大魔法とか唱え放題じゃない?」

 「それはできないのです。
 まず、ジンは私よりも遥かに魔力量が多いのでそのまま再現することはできないのです。
 ジンの魔力を100とするならば、魔力や身体能力を考えると150は必要となるのですが、若輩者の私はせいぜいあっても75程度しかないのです。
 だから、作れたとしてもジンの劣化コピーしか作れないのです」

 「つまり、自分の能力の限界までしか召喚できないってこと?」

 「平たく言えばそうなのです。
 ですがそれは人間を再生した場合のこと、ほかの生物であればある程度格の高いものも呼び出せるのです」

 「何で人間だとそんなに厳しいんだ?」

 「人間の知性というものは非常にランクの高いものなのです。
 その知性のコントロールに大きな魔力を使うのです。
 同じ力の生物を召還した場合、知性のない生物に100必要である場合、知性のある生物には125必要なのです。
 だから、人間に限らず知性を持つ生物を再生することは非常に難しいのです」

 「ついでに言えば、呼び出した時点で魔力はしっかり使われる。
 あまりすごいのを呼び出すと自分で使う分がなくなって何もできなくなるから、普通はよほど強力な奴が必要にならん限りは自分の魔力の半分までが限度だな。
 ま、ルーチェはハーフエルフだろ?
 魔力なんて使わんと伸びんし、恐らくこれから伸びていくんだろうな。
 ま、とにかくAランククリアおめっとさん」

 ルーチェの説明にジンが補足を加え、質問を締めくくった。
 ジンの最後の一言を聞いた瞬間、ルーチェはあっ、と声を上げた。
 自分がまだアドバイスをもらっていないことに思い至ったらしい。

 「ジン、そういえば私はまだアドバイスをもらっていないのです。
 ジンから見て、私はどうだったのですか?」

 「そうさなぁ……
 まず、訓練を一しきり受けていただけあって自分の得手不得手は理解しているとは思う。
 使った魔法も相手の特性を考えれば理にかなっている。
 ただ、やたらと使う魔法の範囲を広げすぎとも思う。
 もう少し範囲を狭めて威力を上げる方向に持って行ったほうが良いな」

 「少し待ってほしいのです。
 威力を上げることには同意なのですが、地上であればまだ余裕はあるのです。
 そのまま威力を上げるということでいいのではないのですか?」

 ルーチェの一言を聞いた瞬間、ジンは固まった。
 そして、額に手を当てて天を仰いだ。

 「……ルーチェ、ひょっとして抜けてるとか天然とか言われないか?」

 「うぐっ、な、何故それを……」

 ジンの指摘をルーチェは心底驚いた様子で肯定する。
 それを見て、ジンは大きなため息をついた。

 「あのなぁ……何があるかわからん遺跡や洞窟の中で辺り構わず大魔法を使うつもりか?
 もしそれで先に進む鍵ぶっ壊したり罠発動させたりしたらシャレにならんのだが……」

 「あ……」

 ルーチェはポカーンと口を開けて硬直した。
 ジンは重ねてため息をつく。

 「おいおいおい、学者として一番気をつけないといけないことでしょうがよ。
 それから、他の奴もひとごとじゃないから気をつけておけよ?
 特にレオ、お前が一番危険なんだからな!!」

 「な!? おいコラ、ジン!!
 俺のどこが危険だっつーんだ!?」

 「固い岩盤深々と抉ってキノコ雲が起きるような大爆発を起こしておきなが、ら!!
 そんな戯言を口走るのはどの口かな、アァン?」

 「ぐあっ、ちょ、しま、」

 ジンは鬼の形相でレオのみぞおちに掌打を加えたのち素早くヘッドロックをかけ、一息で絞め落とした。
 レオは一瞬のうちに窒息し、青ざめた顔で床に転がった。

 「さて、何か質問はあるかな?」

 「あ、あの、範囲を狭めたら避けられ易くなると思うのです。
 どうすれば避けられずに範囲を狭められるのですか?」

 「レ、レオーーーーっ!!
 しっかりせい、レオが死んだら我は帰らないといけなくなるではないか!!」

 気絶しているレオに涙目ですがるアーリアルを尻目に、ジンはルーチェに質問を促す。
 ルーチェはそれに質問を重ねると、ジンはほうっと感嘆の声を上げた。

 「ああ、威力を上げる方法じゃなくて確実に当てる方向に来たか。
 確かに外した時のロスを考えるとそっちのほうが良いか。
 それなら……あ~、実際に体で覚えたほうが早いな。
 よし、今から魔法を撃つから避けてみな。」

 「え、ええ!? いきなり何なのです!?」

 「ちなみに、当たるとそこは一日中赤く残るから本気で避けろよ? “紫電の蛇”」

 「ひあっ!?」

 ジンは突然の事態に慌てふためくルーチェに対して、手を横一戦に振り横一線に雷を放った。
 ルーチェは咄嗟にその場にしゃがみ、それを避けた。

 「おお、よく避けた。
 ま、これも範囲を広げれば避けにくくはなるが、周囲に被害は出るし消費も激しくなる。
 相手が大人数でない限り割に合わないというわけだ。
 それじゃ相手が少人数のときどうすりゃいいか?
 答えはこうだ、“紫電の蛇”」

 「きゃああああ!?」

 ジンが再び魔法を唱えると、今度はルーチェの周りに巻き付くように雷が現れ、ルーチェを締め上げた。
 それを受けたルーチェは、首と太ももと腕に紅白の縞模様ができた。

 「……とまあ、こうすれば簡単には避けられないし、相手の詠唱も妨害できるわけだ。
 人数が少なければこれを複数人に掛けることで魔力の消費を抑えることができる。
 目安としてはそうだな……6人位まとめてできれば上等だな」

 「えうう……ひどいのです……」

 説明を続けるジンをルーチェは目に涙を溜めて睨みつけた。
 それを見て、ジンは頭をかきながら苦笑した。

 「……悪かった。
 外に出る前には治してやるし、後で何かおごるから機嫌直してくれよ?」

 「……約束なのですよ」

 ルーチェはそういうと近くにあるベンチに腰掛けた。
 ジンはメダルホルダーからメダルを一枚取り出すと、台座に向かった。

 「ユウナ、お前の番だ。」

 「あう……」

 ジンはそう言ってユウナに闘技場に行くように促した。
 ユウナは青ざめた顔で台座を見、そしてジンの顔を見た。

 「あ、あの……どうしても行かないとダメですか?」

 「この先俺の行く場所に最後までついて行くのならば、この程度でビビっているようじゃ話にならん。
 どうする? あきらめて帰るのもありだぜ?」

 怖がるユウナにジンは突き放すように言葉を投げかける。
 それを聞いて黙っていない者が約一名。

 「ちょっと、ジン!!
 いくらなんでもそんな言い方はないでしょ!?
 ユウナはアンタのことが心配でたまらないからついて行くって言ってんのよ!?」

 まくし立てる様にリサが吠える。
 ジンはそれを軽く受け流して反論する。

 「じゃあ、俺に無理やりついて行ってユウナが魔物に殺されました、なんてなったらどうするつもりだ?
 そりゃユウナが俺のことを心配してくれているのはわかる。
 だが、俺からしてみりゃ好き好んで幼馴染を危険に巻きこみたくはないんだよ。
 ……だいたい、本音を言えばお前らだって連れていくつもりはなかったんだぜ?
 だからここに連れてきて、本当に連れて行って大丈夫なのかを見るつもりだったんだ。
 ユウナ、もし本気で俺についてくるつもりなら勝てとは言わん、覚悟を見せてみろ。
 ……これが、俺のできる最大限の譲歩だ」

 ジンはそういうと、台座にSSSランクのシングルメダルを置いた。
 控室が闘技場に変わり、中へ続く門が開く。
 ユウナは息を飲んですみれ色の着物の袖を握り、闘技場に向かう。

 「待ちな。
 ユウナの得物は俺が選んでやる。
 ……ユウナならこれが一番肌に合うだろ」

 ジンはユウナを引き留め、一振りの小太刀を手渡した。
 ユウナはそれを受け取ると、ゆっくりと引き抜いた。 
 その瞬間、その場にいたものは刀に吸い寄せられるような感覚を覚えた。

 「これは……」

 その刀身は鏡のように磨かれていて白い光を放ち、芸術的な造形の刃紋は見る者を惹きつけた。 
 鍔には舞い散る紅葉が象られている。

 「俺がムラクモに立ち寄ったときに譲り受けた業物で、『紅葉嵐』とあだ名される名刀だ。
 どう言う訳か知らんが持ち手を選ぶ刀で、俺には振ることは出来たが使いこなせん。
 ユウナなら使えるんじゃないかと思うんだが……」

 ユウナはそれを鞘にしまうと、大事そうに抱きかかえた。
 目をつむり、大きく息を吸って吐きだす。
 
 「……覚悟は出来ました。
 ジン、私はこの刀に懸けてこれを乗り越えてみせます」

 ユウナが目を開くと、ジンは笑みを浮かべた。
 そこに先ほどまで怖がっていた少女の顔は無く、強い意志をたたえた鳶色の瞳があったからだ。

 「ああ、頑張ってきな。
 俺は観客席で待ってるからな」

 ジンはそう言うと観客席に入って行った。
 ユウナは左手で刀を握り締めて闘技場の真ん中に進んでいった。

 

 「おいジン。
 ユウナちゃんにあんなもん渡して良かったのか?
 あの小太刀、結構な業物じゃないのか?」

 観客席では、ジンがユウナに対して刀を渡したことについてレオが問い詰めた。
 その問いに対して、ジンは澄まし顔で答えた。

 「良いんだよ、あれで。
 どうせ持ってたって俺は使わねえし、ユウナだって包丁使って戦うよりかマシだろ?
 ユウナの戦い方見てると基本は小太刀を使った高速戦闘みたいだし、丁度いいと思ってな」
 
 「……そんなこと言って、ホントはユウナに怪我して欲しくないだけなんじゃないの?」

 リサの一言にジンは無言で着席する。
 それを見て、リサは大きなため息をついた。

 「はぁ……もっと素直になりなさいよジン。
 アンタがユウナのこと好きなのは分かってるんだからさ」

 「うるへー!! そんなんじゃねえ!!
 幼馴染を心配するのは当然だろうが!!」

 「ジン……男のツンデレは正直キモ「打っ血KILL!!」ひ、ひでぶーーーーー!!!」

 レオが一言つぶやいた瞬間辺りが光に包まれた。
 それが収まると後にはスケキヨ化したレオと、『天』の一文字を背負いジョジ○立ちするジンが残されていた。

 「……ここは死んでも生き返るようなところなのですが……」

 「そういうツッコミは野暮ってものさ。
 そんなことより、せっかく話が面白い方向に転がってるんだ。
 これに乗らない手はないだろう?
 ……という訳でジン、ユウナとの関係はどうなってるのかな?」
 
 一人冷静に言葉をこぼすルーチェ。
 それに対し、ルネはニヤニヤ笑いながらジンに詰め寄る。

 「でえええい、おのれらユウナがこれから戦うんだからしっかり「SSSクリアおよびクラスレコード更新おめでとうございます!!」……何ですと?」

 話題を逸らそうとしたジンの耳にとんでもない情報が入ってきた。
 受付嬢のその声につられて闘技場を見ると、中では黄金に輝く巨大な雄牛が首を刎ねられて倒れていた。

 「ば、ばかな……幻想とは言え、あの罰の雄牛が人間如きに瞬殺されただと……?」

 それを見たアーリアルが信じられないと言った表情で声を漏らした。
 ジンもアーリアルのいう罰の雄牛、ゴッド・ブルがあっさり倒されたことに唖然としていた。

 「は、はぁぁぁぁ……」

 その惨状を作り出した本人はと言えば、闘技場の真ん中で肩で息をしながら座り込んでいた。
 手には血のついた紅葉嵐が握られている。

 「いったい何が起きたんだ?」

 ジンはベンチから立ち上がり、台座の横に置いてある青い石に手をかざした。
 すると、ジンの脳裏に先ほどのユウナの戦いが映し出された。

 

 闘技場に現れたユウナの前に、神々しい光を放つ巨大な神の雄牛が現れる。
 雄牛はユウナを見据えると、金色の雷を纏いつつ稲妻のごとく走りだした。

 「はっ!!」 

 それに対し、ユウナは突っ込んでくる雄牛に対して真っ向から立ち向かい、連れ違いざまに抜刀した。
 次の瞬間、雄牛の頭は地面に落ち、少し遅れて体が倒れこんだ。

 

 そこで映像は終わっていた。
 時間にして、わずか10秒。
 ジンの常識では全く考えられない出来事だった。

 「……一つ訊きたいんだけど、良いかい?
 あの雄牛って、どれくらいの強さなんだい?」

 「曰く、城壁を易々と突き破って暴れまわり、疾風迅雷の速さで動き回るうえに矢も剣も槍も効かず、傷一つつけられずに騎士一個中隊が全滅するレベル」
 
 「ああもう、核爆発は起こすは神様は呼ぶは神の雄牛を瞬殺するはおまけにドラゴンで遊ぶは、貴方達はいったい何なのですか!?」

 ルネの質問にジンが答えると、ルーチェが大爆発した。
 どうやら彼女の理解を超える出来事が多すぎて、臨界点を超えたらしかった。

 「俺はまだあいつらほど人間やめてないぞ!?
 ドラゴンを倒す奴なんざ俺のほかにも……」

 「倒す人はいても貴方みたいに遊ぶ人が他にあるものですか!!
 だいたいジンは魔法寄りの魔法剣士なのに、まったく魔法を使っていないのです!!
 少なくとも、絶対に本気は出していないのです!!
 これを化け物と言わずして何と言うのですか!!」

 「人間だ!!」

 「シャラップ!!」

 「ごふっ!?」
 
 ジンの頭の上にルーチェは分厚い生物写本の角を打ちおろした。
 ジンは殴られた部分を抑えてうずくまっている。

 「ぐおおお……見た目に反して何て腕r「ジン!! やりました!!」をわ!?」

 ジンが立ち上がろうとすると、ユウナが猛烈な勢いで突っ込んできた。
 体制が崩れていたジンは受け止めきれず、押し倒される形になった。

 「約束ですよ、これで連れて行ってくれますね!?」

 「あ、ああ……流石にあんなの見せられちゃしょうがない。
 と言うか、貴女やっぱり主戦力として頑張ってください、俺は寝てますので」

 満面の笑みで抱きついて報告をするユウナ。
 それをジンは困ったような笑みを浮かべて聞き入れる。
 その光景を、レオとリサがニヤニヤ笑いながら見ている。

 「おい見ろよ、ユウナちゃんメッチャ嬉しそうだぜ。
 よっぽどジンと一緒に行けるのが嬉しいんだろうな」

 「ジンもジンで抱きつかれて押し倒されても無抵抗だしね~
 ところで、今回ユウナがあっさりSSSをクリアした要因は何だと思う?」

 「何って、そりゃ一番の要因はあれに決まってんだろ」

 「あら、やっぱりそう思うかしら? やっぱあれよ、あれ」

 そして、二人は笑みを一層深めて、
 

 「「二人の愛の力よね(だな)~」」


 「聞こえてんぞテメェら!!」

 「でも、否定はしないっと」

 「ルネぇぇぇぇ!!!」

 二人の会話を聞いたジンはそう言って吠えたが、ルネの追撃を受けてさらに咆哮を上げた。
 その後、しばらくの間ジンはいじられることになるのだった。

 「愛……ジンの愛情……うふふ……」

 腕の中にしっかりと紅葉嵐を抱き甘えるユウナを受け入れながら。



 「さて、これで全員の戦闘フォームのチェックが終わった訳だが」

 何とか場を静めてジンが話を切り出した。
 ちなみに、ユウナはベンチで紅葉嵐を抱いて蕩けた表情を浮かべている。

 「全員もう一度戦闘をしてもらうぞ」

 「OK、んじゃ俺からだな」

 ジンの一言を聞いてすぐにレオが得物のハルバードを担ぐ。
 しかし、レオが台座に向かおうとすると、

 「レオ、使うメダルはSSSのゴールドメダルだ。間違えんなよ?」

 「は?」

 「今回使うのはフィールドだけだからな。
 ゴールドメダルを置くとフリーの闘技場が使える」

 「まあ、良いけどよ……」

 レオが言われるままにメダルを置くと、闘技場が現れた。
 ジンは剣を担いで中に入ると、中から全員に声をかけた。

 「あ、今回は全員参加な。
 ちゃんと準備してから入れよ?」

 ジンの声に従い、全員準備をして中に入る。
 全員が入ったところでジンは門を閉じ、中央に集合させた。

 「ちょっと、ジン?
 モンスターが出てこないけど、どんな戦闘をするつもり?
 これじゃ、せいぜい軽い訓練くらいしか出来ないわよ?」

 「いや、出来るさ。
 ここは幻想空間、死んだって生き返るんだ。
 思いっきり暴れられるぞ?」

 ジンはそう言うと、全員を睨みつけた。
 その行動を見て、全員息を飲んだ。
 ジンの纏う空気はガラリと変わり、重圧を感じる。

 「これからお前ら全員で俺に掛ってもらう。
 俺を戦闘不能にできたらお前らの勝ち。
 逆にそっちが全員戦闘不能になったら俺の勝ちだ
 ちなみに俺は本気で行く。
 気ぃ抜いたら首が飛ぶと思いな」

 「は、はぁ?
 おいコラ、テメェ初心者相手に本気を出すとか大人気ねえんじゃねえの?」

 「悪いが俺は一切手を抜かない。
 はっきり言っておく、俺はぶっちゃけお前らより優っているとは言えん。
 レオに力じゃ勝てんし、リサほど頑丈でもなく、剣の技量じゃユウナのほうが上だろう。
 ……だが、そうでなければ面白くない。
 ユウナ、俺はあの時強くなりたいって言ったよな?」

 「え、ええ」

 「俺は正直自分がどれほど強大な力を持っているか分かっていないお前らが怖い。
 それと同時に、俺はこんな身近な所に強敵がいることを嬉しく思っている。
 ……越えさせてもらうぜ?
 ルーチェも俺の本気を見たいようだし、相手にとって不足はない」

 ジンはそこまで話すと指を鳴らした。
 すると、地響きとともに闘技場の地面からたくさんの木が生えてきた。
 闘技場は、一瞬にして鬱蒼とした森に変化した。

 「うおおお!? 何じゃこりゃあ!?」

 「す、すごい……これがジンの本気なのですか!?」

 「クッ、この程度で驚くなよ。
 俺は自分が戦いやすいフィールドを作っただけだぜ?
 そうだな、言ってみれば蜘蛛の巣みたいなもんだな」

 驚く面々に対してジンは攻撃的な笑みを浮かべてそう言う。
 そのジンを前に、全員武器をとり出し、相手を見据える。

 「……良い面構えしてるじゃねえか。
 だが、忘れるなよ?
 今のここは俺のテリトリー、至る所に罠を仕掛けてある。
 俺の師匠『土蜘蛛』の受け売りで余程気をつけないと分からないくらいのな。
 見えない罠は……怖いぜ?
 それじゃ、俺の師匠の言葉から始めさせてもらおうか」

 ジンはそう言うと剣の柄に手をやり、ゆっくりと引きぬいた。
 残る全員も、構えてジンの動きを警戒する。
 




 
 「……俺の巣の中で、何もできずに斃れるがいい!!!」 
 

  



 
 ジンはそう言うと、相手に向かって突っ込んで行った。




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 遅くなって済みません、F1チェイサーです。


 ……HDDの故障でデータが一部吹っ飛んだ。

 修理代が高かった。2万で済んだけど。

 あ、ちなみに幼馴染共は人外じみた強さですが、ジン本人も十分化け物です。

 

 2/23 初稿
 
3/3 改稿
  



[25360] ところがどっこい、これがげんじつ……!!
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/03/13 21:24

 「え……?」

 ジンが駆け出した次の瞬間、紅蓮の髪の少女の修道服を割いて赤い液体が飛び散った。
 リサは突然の出来事に反応しきれず、その場に倒れこむ。

 「まずは一人目だ。
 さあ、捕まえてみろ」

 ジンは無表情でそう言うと森の中に溶け込んで消える。
 レオはリサに駆け寄ると容体を確認した。

 「くそっ、ご丁寧に意識を刈り取ってやがる。
 ジンの言うとおり、リサはもう動けねえな」

 「そんなのんきなこと言っている場合ですか!!
 早く手当てを……」

 「っっ!! ユウナ、危ない!!」

 「え、きゃあ!?」

 ユウナは長い黒髪を乱しながら急いで手にした紅葉嵐を振りつつその場から飛びのいた。
 すると、ユウナが立っていたところを無数のとがった木の根や枝が前後左右上下から貫いていた。
 もしユウナ短刀を振るっていなかったら、間違いなく串刺しになっていた。

 「……良く避けた、と言っておこう。
 しかし、敵の巣の中だって言うのにずいぶん余裕だな。
 他人の心配する前に自分の心配しな?」

 どこからともなくジンの冷たい声が響いてくる。
 声はさまざまな方向から聞こえてきて、それからジンのいる場所は特定できそうにない。

 「ユウナさん!! ここじゃどんな怪我をしても死なないのです!!
 今はとにかくジンを倒すことに集中するのです!!
 “精霊の名のもとに命ずる、再生せよ”」

 ルーチェが深緑の双眸で辺りを見回しながらユウナに声をかける。
 それと同時に、手にした深紅の装丁の本から先ほどの炎を纏った赤い小鳥を召喚した。

 「ジンを探して、見つけたら火を放って追いまわしてほしいのです」
 
 ルーチェがそう言うと、小鳥は木々の間を縫うように飛び始めた。 
 
 「ピッ!?」

 「あ!!」

 しかし、木から生えてきた枝に串刺しにされ、本に戻ってしまう。
 
 「甘い。
 言っただろ、お前らには何もさせん」

 「うっ!?」

 不意に寒気を感じたルネが前に飛び込む。
 すると、今まで首があったところをジンの剣が通過して行った。

 「良い反応だ。
 だが、いつまで避けられるかな?」

 その言葉で、ルネは次の標的が自分であることを悟った。

 「“大地の大“緑の束縛”あうっ!?」

 詠唱していたルーチェの白い素肌に頑丈なツタがまとわりつき、手足と口を封じる。
 それと同時に、ジンは真っすぐ背を向けて走るルネに二太刀目を浴びせに向かう。

 「かかった!!! はああああ!!!」

 突っ込んでくるジンに対してルネは操気弾を撃ち込む。
 飛んでくるそれを見て、ジンは笑った。

 「誘い込んだつもりか?
 見て驚け、“我が力は姿を模す”」

 「ええっ!?」

 ジンがそういった瞬間、操気弾を避ける様にジンが三人に分裂した。
 それを見て、ルネは青と緑のオッドアイを見開いた。
 三人のジンはバラバラに飛び、木を蹴りながら空中をジグザグに跳躍してくる。

 「「「避けてみろ!!! でやあ!!」」」

 三方向からジンの銀色に冷たく輝く剣が迫ってくる。
 一人目、真っすぐ振り下ろされるそれを横に避ける。
 二人目、横薙ぎに払ってくるのを後ろに跳んで避ける。
 そして三人目が来る時には、体勢が完全に崩れていた。
 
 「しまっ……」

 「……二人目」

 ジンは白銀の鎧を鮮やかな赤色に染めながらそう呟いた。
 足元では小柄なホビットの少女が血を流して倒れている。
 それを一瞥すると、ジンは一人に戻り森に消えようとする。

 「チッ!!」

 ジンは突然の殺気に体を伏せた。
 すると、頭の上をすさまじい勢いで何かが通り過ぎていった。
 そして、少し遅れて音を立てて周りの木が倒れていく。
 倒れてくる樹をやり過ごし顔を上げると、ハルバードを振りぬいた銀髪の男が目に入る。
 周囲の木は、倒木と化して辺りに横たわっている。

 「やれやれ、一撃で全部薙ぎ払うとは滅茶苦茶だな。
 それにしても、ずいぶんと思い切った方法に出たな、レオ?」

 「チッ、余裕じゃねえかよ。
 でもよ、これで隠れる場所は無くなったぜ、ジン?」

 にやりとわらってジンにレオは言い返す。
 ジンはそれを見て笑い返した。

 「確かに、これで俺はもう隠れる場所はない。
 だが得物は増えたぜ」

 ジンが指を鳴らすと、切り倒された丸太が宙に浮き、レオを取り囲んだ。
 四方八方を巨大な丸太にふさがれ、レオは息を飲んだ。 

 「俺に一矢報いたければすべて撃ち落として見せな?
 “其は我が弾丸なり”」

 ジンの詠唱と共に丸太が一斉にレオに襲い掛かる。

 「なめんなぁ!!」

 レオはそれをハルバードとロングソードで片っ端から砕いていく。
 足元には大量の木屑が散らばった。

 「いつまでもつんだろうな、レオ?
 ほらほら、気ぃ抜くとペッシャンコに……チィィ!!!」

 突如、ジンは背後から強烈な気配を感じて回避運動をとった。
 直後、群青の髪を白い刃がかすめていく。
 
 「くっ、油断禁物ってことか、ユウナ!!」

 ジンの言うとおり、背後にはユウナが立っていた。
 激しく動いたせいか、髪は乱れ、すみれ色の着物は胸元が少しはだけている。

 「ふぅ……ふぅ……い、幾らジンでもこれ以上好きにはさせません……
 貴方を、止めます!!!」

 「おおっと!!」

 ユウナはそう言うと間合いを素早く詰め、目にもとまらぬ速さで3回小太刀を振った。
 それをジンは剣で受けながら大きく後ろに跳んでかわす。
 ジンは銀の宝剣を4つに分割されながらも何とか回避に成功した。

 「うおおおお!!!」

 回避したところを、レオがハルバードで斬りかかる。
 直撃すれば間違いなく勝利でき、防御されても相応のダメージを受けることになるだろう。

 「良い手だ、レオ。
 ……だが、それじゃ足りねえ!!!!」

 しかし、ジンはそれをバック転の要領でハルバードを上から掴んだ。
 その勢いのままハルバードに乗り、空高く跳びあがった。

 「そろそろ終わりにするか。
 “衝撃の轟鎚”!!!」

 ジンは空中から大金鎚を地上に向かって落とした。
 それは地面に落ちると、轟音とともに凄まじい衝撃を起こした。

 「うおおおお!?」
 
 「きゃああああ!?」

 レオとユウナはそれを避けたが、衝撃でしばらく動きを封じられる。
 そこに砕けた大木の破片が刺さり、ダメージを負う。 

 「“変異・牙を持つ太陽”」

 ジンがそう唱えると、剣の衝撃で宙に舞っていた木片や地上に積っていた倒木が大爆発を起こした。
 動きを封じられた3人はなす術もなくそれに飲み込まれて行く。
 そして、爆発が収まった闘技場にジンが降り立った。
 ……闘技場は巨大な黒い大穴と化していた。

 「まだ動けるか……って流石にレジストスキルなんて持ってねえよな。
 ルーチェは動きを完全に封じていたはずだし……とりあえずこの場は俺の勝ちだな。
 ……で、アンタはどうするんだ?」

 相手に生き残りが居ないことを確認すると、ジンはわずかに残された闘技場の壁に目をやった。
 そこには不遜に構えた銀髪金眼の少女が壁に寄りかかって立っていた。

 「……ふん、ここでやってもつまらんだろう。
 我に挑むのであればこのようなぬるい場ではなく、命を賭すものでなければ面白くない。
 故に、我はこの場は降りる」

 「おや、そんな大口叩いて良いのか?
 下手すると足元すくわれるかもしれないぜ?」

 「魔力が空になっているくせにいきがるでない。
 我が気づかぬとでも思うたか?」

 「……やれやれ、お見通しか。
 んじゃま、戻るとしましょうかね」
 
 アーリアルの返答を聞いて、ジンは頭をかきながらため息をついた。
 台座に向かう際にアーリアルの前を横切ると、

 「だがジン、お前には興味が湧いた。
 レオにリサ、ユウナと言いお前らは人の身でありながらなかなかの強さを持っている。
 機が来れば相手になってやろう……4人まとめてな」

 と、不敵な声が聞こえた。 
 ジンはそれに対してニヤリと笑いながら

 「ああ、そん時は全力でやらせてもらうぜ」

 と答えた。



 「チッッッッッキショーーーーーーーー!!!! 分かっちゃいたがあんなあっさり負けんのかよ!!!」

 「うっさいわよレオ!!」
 
 「アガヴッ!?」 

 控室にレオの叫びが響く。
 それに反応してリサが金づちを投げ、レオは沈黙した。

 「それはそうと、何でジンまでそこで伸びてるんだい?
 確か、最後まで一発ももらわなかったって話だけど?」
 
 ベンチで伸びているジンを見て、ライトブラウンのショートヘアを指でいじりながらルネが疑問を投げかける。

 「なあに、貴様らを倒すのに全力を注ぎこんで精神的に疲れているだけの話だ。
 つまりこやつには初心者である貴様らに全力で挑んだわけだ。
 ……大人気ないとは思わんのか、ジン?」

 「るっせー!!! お前ら人外共をまとめて瞬殺するにはああするっきゃなかったんだよ!!! 
 ユウナと切り結んだら剣は両断されたし、レオの攻撃を受けたら吹き飛ぶだろうし、リサは早く片付けないと傷一つ負わせられねえし!!!
 こちとらお前らに勝ってんのは経験だけなんだ、これぐらい当然だろうが!!」

 意地の悪い笑みを浮かべるアーリアルに、ジンが抗議する。
 しかし、それに黙っていないものが約一名。

 「何を言うのですか!!
 私がジンに感じた魔力はエルフの高位魔導師以上だったのですよ!?
 それにあんな滅茶苦茶な状態であの大魔法とか人外以外の何物でもないのです!!
 というか貴方がたいったい何なのですか、チートなのですか?
 ああもう、さっきから私の常識が崩壊しかかっているのです!!!」

 三つ編みにされたブロンドの長い髪を振り乱しながらルーチェが叫ぶ。
 本人も初見でAランクをクリアしている時点で十分常識はずれなのだが、それを言うのは野暮というものだろう。

 「ねえ、魔法って言えばアンタ達詠唱に時間がかかるとか言っておきながら結局“大地の大牙”とか“紫電の蛇”とかしか言ってないじゃない。
 あれってどういうことなの?」

 群青の眼でジンを見ながらリサは質問を投げかける。
 それに対してルーチェが長い耳をピクッと動かした。

 「ああ、それは魔法の完成には何も全ての呪文を詠唱する必要はないのですよ。
 呪文を頭の中で思い浮かべて、最後の発動のキーとなる一言を言えば発動するのです。
 ですから魔導師の戦いでは、いかに素早く頭の中で呪文を並べられるかが勝負になるのです」

 「それだけじゃない。
 呪文を頭の中で並べると発動せんでも待機状態になる。
 つまり、自分がが何を使おうとしているかが事前にバレちまうという訳だ。
 これを防ぐためには魔力の制御を上手くやらないといけない。
 当然、口に出して詠唱するのはよっぽど集中したいときじゃないとご法度だわな。
 上手くやれば何の予兆もなしに魔法を放つことが“激流の水柱”」

 説明の途中で突然ジンが魔法を放つ。
 すると、仰向けになっているレオの顔面に水の柱が落ちてきた。

 「ぶふぁぁ!? な、何だぁ!?」
 
 「……とまあ、喋りながら突然魔法を撃つことが出来るようになるという訳だ」

 「……テメェ何か俺に言うことが「ねえよ」……覚えてやがれ」

 銀色の髪から水を滴らせながらレオは恨み言を言うが、ジンはそれをスルーした。

 「しかし何故に全員まとめて瞬殺する必要があったのだ?
 我が見る限り、ジンの実力であれば1対1で時間をかければ全員抜けると思うのだが?」

 白いドレスが濡れないように自分の力でレオの髪を乾かしながらアーリアルが質問をする。
 髪が乾くと、アーリアルは即座にレオの肩によじ登った。

 「SSSランクをクリアした程度で満足してもらっちゃ困るんだよ。
 確かにこいつらは初心者でありながらSSSをクリアするほどのアホな位の能力を持っている。
 だが、使いこなせないと5人がかりでもご覧の有り様ってわけだ。
 まあ、それを思い知らせるためにも俺も有りえん戦い方をしたわけだが……」

 「あり得ない戦い方?
 どう言うことですか、ジン?」

 群青色の髪の毛を掻きながらのジンの一言にユウナは首をかしげた。 

 「最初に、俺がフィールドを森に変えたろ?
 まず、ここが既にもう魔導師として異端だ。
 そうだろ、ルーチェ?」

 「ええ、あれだけの規模の森を維持するのにどれだけ魔力を使うかを考えると、普通は実行しないのです」

 「そう、それが普通の考え方。
 あの魔法の本来の使い方は、森の中に魔力で編んだ樹を2~3本忍ばせておいて敵が近付いたら攻撃を仕掛ける罠として使う。
 まあ、今回は全部を俺の魔力で補ったからそうはしなかったがな」

 「じゃあ、何でわざわざそんな手を仕掛けたんだい?
 君なら、最初から全員魔法で吹き飛ばすことだってできただろうに」

 今度はルネが青と緑の双眸で下からのぞきこむようにしてジンに質問をした。
 ジンはそれに軽くうなずいて答えた。

 「ああ、そりゃ無理だ。
 それをやると確実にリサが生き残る。
 仮にそういう手段をとったとしても、発動まで時間がかかってその間にリサの防御は完璧になっちまう。
 もし発動に間に合わなかったとしても、恐らくレオがリサの盾になって時間を稼いで終わり。
 後は気合いで生き残るであろうレオを回復させて二人で俺を攻撃しにかかるだろうな。
 だから、まずは何としても一番最初にリサを倒す必要があった」
 
 「森を召還したのは相手の気をそらして行動を妨げるためか。
 では、あの口上は何のために?」

 「罠があると思わせておけば迂闊には動けないだろ?
 まあ、今回に関しちゃ大して役に立ってないがな」

 ジンはそう言うとため息をひとつついた。
 それは言外に「お前らもう少し考えて動け」と言っていた。

 「それと、最後の爆発は一体何だったのですか?
 ジンがどれだけの高速詠唱が出来るのか知りませんが、幾らなんでもあんな大威力の魔法を使う時間は無かったはずなのですが?」

 ルーチェは額に人差し指を当てながらその光景を思い出しながらそう質問した。
 
 「そいつのタネは俺が召喚した樹にある。
 あの森を作り上げたときに何か違和感がなかったか?」

 「ん? 違和感なんざ特にねえと思うぜ?
 指パッチンで森を作るなんてキザったらしいとは思ったけどよ」

 ジンの問答に対し、レオはあごに手を当てて首をかしげながら答えた。
 すると、ルネがハッと何かに気がついたように声をあげた。

 「あ、最後の一言を言っていないのか!!」

 それに対し、ジンは微笑を浮かべてうなずいた。

 「正解、実はあの時魔法は完成していなかったんだ。
 あの樹が爆発して初めて魔法が完成するってわけだ。
 あの樹は呪文をいじって詠唱途中の待機状態が罠の樹になるようにしたものだ。
 ただまあ、その状態でも魔力を食うから消耗が凄まじいんだがね。
 本来ならあの樹一本で半径100mの範囲でカバーできるものだしな」

 「ちょっと待ってほしいのです。
 魔法が完成していないのに次の魔法を使える筈がないのです。
 これについてはどう説明するのですか?」

 「それについては企業秘密だ。
 そう簡単に教えるわけにはいかんね。
 さて、今日はもうお開きとしよう。
 全員ゆっくり休んで……」

 「待ちなさいよ。
 さっきアーリアル様が言っていた通り、時間をかければ全員に勝てるのよね?
 何で急いで決着をつける必要性があった訳?」

 腕を組みながら納得がいかない顔でリサが質問を投げかける。

 「ああ、それはだな「まもなく閉館の時間でございます。皆様、今日も当訓練所をご利用いただき、誠にありがとうございました」……という訳だ。
 ……そのおかげで、軍隊をまとめて相手にするための戦い方をする羽目になったけどな」

 「幾らなんでも大げさすぎませんか?
 私たち5人と軍隊が同レベルなんて……」

 困惑した様子でユウナがジンに質問をすると、ジンは首を横に振った。 

 「そうでもない。
 SSSクラスの冒険者を捕まえようとすると場合にもよるが100人単位で人が必要になる。
 大体レオや俺があんな大技使えるんだ、10人やそこらで捕まるわけないだろ?
 それにああせざるを得なかったのはユウナ、お前が原因なんだぞ?」

 「私が?」

 ユウナが白い頬に手を当てて首をかしげると、ジンは大きなため息をついた。

 「お前さっき俺があの大魔法使うまで一発も攻撃もらってないだろう。
 それどころか、俺が避けられないように撃った魔法すら避けた。
 そんな規格外に確実に攻撃を当てるためにはもうフィールドごと爆破するしかなかったという訳だ。
 ……正直レオやリサも十分脅威だが、ユウナだけは絶対に敵に回したくないね。
 さて、もう時間も過ぎていることだしさっさと出て飯でも食いに行きましょうかね!!」

 「賛成、ぶっちゃけ腹が減って死にそうだぜ……」

 レオのつぶやきにこたえる様に全員うなずくと、訓練場から出て行った。



 ここはとある通りの大衆食堂。
 石造りの店内は冒険者や下級騎士などで賑わっており、店内では店員が休むことなく働いている。
 ジンたち一行は今日の食事どころをそこに決め、皆それぞれ思い思いに食事をしている。
 しかし、その食事中にジンは深々とため息をつくのだった。

 「……まあ、レオが大量に食うのはそれなりに納得できる。
 リサが酒飲んで酔っ払うのはそこまで珍しいことでもない。
 でもなぁ……」

 ジンはそう言って隣に目をやる。
 するとそこには、 

 「こらぁ、きーてるのれふか、じん!!!
 あーたのまほーのちゅかいかたはめたくたなのれふ!!!
 ろーいうほろかふぇふめーひれほひのれふ!!!」

 「ルーチェ、落ち着きなよ。
 さっきからもう10回は同じことを言ってるよ?
 あ、すみません、ホウレン草のグラタン10人前と魚介類のボンゴレ20人前追加で」

 「ルーチェが酒乱でルネがレオを上回る大食漢なんて聞いてねーよ(泣)」

 ワインの瓶を持ちながら絡んでくるルーチェと、凄まじい勢いで皿を天に届かす勢いで食事を平らげるルネの姿があった。

 「諦めよ、人生生きていればそういうこともある」

 「ことの発端が何を言ってやがりますかなぁ、神様?」

 優雅にレオの膝の上で食事をしているアーリアルをジンは睨んだ。
 そう、ことの発端はアーリアルの、

 「今日はパーティが集まった初日なのだ、全員で盛大に騒ごうではないか、ジンのおごりで!!!」

 などと言う、超無責任な発言から始まり、調子に乗ってルーチェとリサが酒をかっ食らい、レオとルネが猛スピードで食事を食べ始めたのだった。

 「ひうっ、レオー!!
 ジンがいじめてくるぞ!!!」

 「……なあ、ジン……
 お前、銭足りるか?」

 睨みつけてくるジンの視線を受けて、アーリアルはレオに泣き付く。
 レオはそれを頭を撫でてなだめながらジンに声をかけた。

 「大量に皿を積み上げた一因のお前が言うな!!!
 ……まあ、金貨5枚を越えなきゃすぐに払えるが……
 ここが大衆食堂で助かるぜ、まったく……」

 「テメェどんだけ金持ちなんだよ……」

 ジンの回答にレオはげんなりとした表情でそう返した。
 それを聞いて苦笑しながらジンが目の前のステーキに手をつけようとすると、

 「り~ん~、わらひのおはなひひいれまへんね~? がふ~!!!」

 ルーチェがジンの頭に思いっきり噛みついた。
 まったくもって性質が悪い。 

 「いってぇ!? こらルーチェ、噛みつくなだだだだだだだ!!!!」

 「にへ~、りゃあわらひのおなはひひいれふれるのれふね~?」

 ルーチェは長い耳の先まで真っ赤に染め、とろけた表情でジンに後ろから抱き付いた。
 10人中8人はかわいいと答えるであろうその顔がジンの頬にくっつく。
 もげろ。

 「聞いてやるから少し離れろ!!
 顔が近い、近すぎる!!!!」

 あまりの近さにジンが軽く頬を染めて目を背けながらそう言うと、ルーチェはキョトンとした顔で、

 「あれれるのれふよ?」

 と言ってジンに頬と豊満な胸を押し当てるのであった。

 「やめんか!!
 もう嫌だこの人、性質が悪すぎる……」

 ジンはそう言うと、しっかりホールドされたまま涙を流した。
 爆ぜろ。

 「ねえ~、そう言えばユウナはどこに行ったのよ~?
 さっきから姿が見えないんだけど~?」

 「ユウナならここのコックが過労で一人倒れたって言うのでその助っ人に行ったぜ?
 ユウナも料理の勉強がしたいって言っていたしな」

 群青のすわった目でリサがレオに問いかけると、レオは簡潔に答えた。

 「そうか、それは大変だね。
 しかし、そのコックも日ごろから体調管理をしていなかったのかな……」

 それにたいし、ルネが目の前の14個目のハンバーグを食べながら反応を返した。
 人間でいえば10歳くらいの大きさの華奢な体のどこにそんな容量があるのかは誰も知らない。

 「どう考えてもお前らが原因です、本当にありがとうございました」

 「り~ん~? ひいれるのれふか~?」

 その様子を見て、ジンがボソッとそう呟いた。
 なお、いまだにジンはルーチェにとっ捕まって頬ずりされている。
 ちぎれろ。

 「……なあ……何か周りからじろじろ見られてるような気がすんだけどよ……」

 「奇遇ね~、アタシもなーんか視線を感じるのよね~、そこらじゅうから~」

 「そりゃあ、君たちがSSSランクをあっさりクリアしたからさ。
 僕も気になってさっき訊いてみたら、リーダーが英雄でSSSクラスがその他に3人いるチームってことでもう話題になってるみたいだ。
 それに、ジンも変装していないしね。
 それはそうとミートドリア15人前追加で」

 「お前ら自分の行動が原因だとは欠片も思わんのか!?
 ユウナぁぁぁぁぁぁ!!!
 カムバーーーーーーーック!!! 
 俺を助けてくれぇぇぇぇ!!!!」

 自重しない面々に対してとうとうジンの堪忍袋の緒が切れた。
 そして、逃げようとするが、

 「り~ん♪
 にへはらおみみはみはみにゃのれふよ~♪
 はみはみ♪」

 「ひにゃあ!?
 やめろくすぐったい!!!」

 「おいひいのれふ~♪」

 すっかりハイテンションになり、とろけた笑顔のルーチェに耳を甘噛みされて阻止された。
 枯れ果てろ。

 「にゃはははは!!! 聞いた~レオ、今ジンひにゃあって!!!」

 「あ~あ~聞いたからお前少し声のトーン落とせな?
 客は俺たちだけじゃねえんだからな?」

 奇声を発したジンをリサが指をさして笑う。
 レオは他人の迷惑を考えてそれを諌める。

 「お待たせいたしました、ホウレン草のグラタン10人前と魚介類のボンゴレ20人前でございます。
 ……ルーチェさん、少し落ち着きましょうか?
 ジンがとっても困っていますよ?」

 「にゃにおいっているのれふ、りんにりょうひひろいうものをれふね~」

 その時、ユウナが厨房から料理を持ってきた。
 そして、ジンの様子を見るなり笑顔で怒気を振りまいた。
 それは耐性の無い者がまともに受ければ失神するようなレベルだったが、完全に酒がまわっているルーチェには通用しなかった。
 それどころか、話し相手を逃がすまいとギュッとジンを抱きしめた。
 砕け散れ。

 「ひいいいいいいっ!?
 レ、レオー!!!!
 ユウナがとってもとっても怖いぞーーーーー!!!!」

 ユウナの出す怒気、もとい殺気に当てられ、アーリアルが再びレオに泣き付いた。
 金色の眼には涙が湛えられていて、何も見ないようにレオの胸に顔をうずめるのだった。
 その様子に、レオは深々とため息をついた。

 「テメェ一応神だろうが……
 もう少し威厳っつーものを保てねえのかよ?
 それからこういうことはせめて口を拭いてからにしろよ……ったく」

 「んっ……すまんな……」

 自分のシャツについた染みを見て再びため息をつきながら、レオはアーリアルの口の周りについたソースをナプキンで拭う。
 アーリアルは若干頬を染めながら、黙ってそれを受け入れた。
 銀髪の二人がそうやっている有り様は、親子そのものだった。

 「レオ~? アンタやけに冷静じゃな~い?
 飲みが足りんのよ飲みが~!!」

 「ブルータス、お前もか」

 そんなレオの様子が不満だったのか、若干ふくれっ面でリサが酒瓶を片手にレオの肩に腕をまわした。
 その様子を見て、レオは自らの末路を悟った。

 「ええい、今のレオは我の従者だ!!
 飲むなら一人で飲め!!!」

 「アンタ神様でしょ~?
 神様ならこれくらい広い心で許しなさいよ~?」 

 「ルーチェさん……少し表に行きませんか?
 いつまでジンにくっついているつもりですか?」

 「いやにゃのれふ、りんにはおはにゃひひいれもらうのれふ」

 「右下がり斜線、かっこアクサン シルコンフレクス、おー、アクサン シルコンフレクスかっこ閉じ、右上がり斜線、オワタ」<\(^o^)/オワタ←これのこと

 「……混沌としてるね。
 あ、そろそろデザートのプリン50人前ください」

 文字通り混沌とした状況でルネはそう呟くと、10皿目のグラタンを食べ終えた。
 なお、その日の食事代金貨2枚なり。(日本円にして12万円くらい)
 




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 就活が忙しい。
 実験が死ぬ。
 なかなか進まん。

 いえ、冗談抜きで遅筆で申し訳ございません。
 ちょっと色々やらかしましたでもので……

 また、今回の戦闘があっさり終わったのは仕様です。
 なお、幼馴染共はこんな感じ。

 ジン:魔力&経験チート
 レオ:気&力のチート
 ユウナ:技のチート
 リサ:神術チート


 強すぎと思うかもしれませんが、自分のプロットでは……
 ですのでそのあたりに不安を感じている人も大丈夫だと思います、多分。

 次回はもっと早く上げたいと思います。
 ……あげられたらいいな。


 3/3 初稿

 3/13 改稿



[25360] おかいものとTOKKUN
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/03/13 20:47

 訓練やら宴会やらがあった翌日、一同は町の中心にある立派な石造りの広場に集まっていた。
 中央には大きな噴水があり、そこに二人の少女が腰かけている。
 
 「……薬って便利よね……」

 「……神術も十分便利だと思うのです……」

 そう話す赤髪と、三つ編みブロンドの少女。
 二人は遠い目で空を見上げ、ボーっとしている。

 「おいコラそこな酒乱二人組。
 次もその薬があると思うんじゃねーぞ?」

 「全くです!!
 ああ、思い出しただけでもう……!!」

 「自身の恥を晒しおってからに……
 我を呼び出すのであればその程度の節度は保って欲しいものなのだがな?」

 その二人に対し、レオとユウナとアーリアルが冷たい視線と共に二人に声をかける。
 特にユウナなどはルーチェを鳶色の瞳で射殺さんばかりの鋭い視線を投げかけていた。
 なお、アーリアルはいつものようにレオの肩に陣取っている。

 「「ホント、申し訳ございませんでした!!!」」

 「朝もはよから何やってんだお前ら……」

 その言葉を受け、リサとルーチェは綺麗な土下座を決め込む。
 それを見て、ジンは朝もはよから大いに脱力するのだった。
 
 「まあ彼らはさておき、これから何をするつもりなんだい?
 僕はてっきり直接訓練所に向かうものだと思っていたのだけれど?」 

 ルネはうつむいているジンに下からのぞきこむようにして声をかける。
 ジンは背筋を伸ばし、全体に聞こえる様に質問に答えた。

 「今日はまず買い物を済ませようと思ってな。
 まず何が足りないって装備が足りなすぎる。
 冒険者が比較的軽装だとしても前衛の戦士の装備が布の服じゃあんまりだ。
 後衛にしたって、何かしら補助があったほうが良いに決まっているわけだし、最初にそれを済ませようかと」

 「けどよお、少しでも早く行って練習時間を長く取ったほうが良いんでねーの?
 その後に買い物に行ったほうがよっぽど効率が良いと思うんだけどよ?」

 レオの質問に一斉にメンバーの視線がジンに向く。
 ジンもそのあたりの説明は必要だろうと思い、説明を始めた。

 「そりゃ時間的にはそうだろうが、俺としちゃそうは思わん。
 武器や防具をそろえてその重さに耐えられるように訓練しないといけないわけだからな。
 ほら、布の服と鉄の鎧が同じ重さなわけないだろ?」

 「そういうことなら納得ですね。
 ところで、ジンの計画では誰に何を買うつもりなんですか?」

 「まず、全員に防具一式。
 それからルネとレオとユウナに武器、リサとルーチェに補助のアクセサリー。
 そうだ、それとユウナには今のうちに渡しておこう、ほれ」

 ジンはそう言うと、ユウナに一振りの刀を手渡した。
 刀は長大なもので、鍔には舞い散る桜の彫刻が施されていた。
 ユウナはキョトンとした表情でそれを眺める。

 「刀……ですか?」

 「そうだ、紅葉嵐の兄弟刀で『桜吹雪』。
 この大太刀と小太刀である紅葉嵐でセットなんだよ、そいつは。
 当然、中身はその名に恥じない名刀……ってここは訓練場じゃないんだから抜くな!!」

 「はうっ!?」

 ジンはその場で桜吹雪を抜こうとしたユウナを大慌てで止める。
 ユウナは抜こうとしていた手を止め、わたわたと元の状態に戻した。
 ジンは周囲を確認したのち、安心したように大きくため息をついた。

 「はぁ……気をつけろよ、下手すると騎士団呼ばれて大騒ぎになるんだからな?」

 「す、すみません……
 で、でも、何でこれまで私に?」

 「まず、昨日の戦い方を見て思っていたんだが、お前本来ナイフだけを使っていたわけじゃないだろ?」

 「え、ええ、そうです。
 昨日は少し無茶をしましたけど、本来牛みたいな大物を解体するときはもっと大きな包丁を……」

 「……何故ユウナが料理を牛を解体するところから始めるのか知らんが、やっぱりそうか。
 これから先、大物を相手にすることも多くなるはずだ。
 その時に小太刀だけだといろいろ苦労すると思ったんだよ。
 だからユウナにこれを持っていて欲しくてな。
 ……本当はもう一本小太刀があれば良かったんだけどな」

 それを聞くと、ユウナは花の様な笑みを浮かべた。

 「あ、ありがとう!!
 ……でも、何で私が長物を使えると?」

 ユウナは首をかしげながらジンに質問をする。
 すると、ジンはそれにすらすらと答える。

 「左手だな」

 「左手、ですか?」

 「ユウナは本来は小太刀二刀がメインなんだろう?
 だが、あの雄牛を相手にしたとき二本目を持たず、おまけに一度左手を右手の後ろで握ろうとしたからな」

 それを聞いて、ユウナは前に流れてきた長く艶やかな黒髪を直しながら、感心したようにうなずいた。

 「……よく見てましたね。
 でも、包丁とこの刀は違いますよ?」
 
 「正直に言ってそれに関しては全く心配していない。
 穿った言い方をすれば、包丁も刀も斬るという点では一緒、使い方は変わらん。
 おまけに、お前は渡してすぐの武器でSSSランクのタイムレコード叩き出すような奴だしなぁ……
 という訳で、少なくともいきなり業物を渡す程度には期待してるぜ、ユウナ」

 ジンはそう言いながらユウナの肩をたたいた。

 「そうですか……私、期待されているんですね……
 ふ……ふふふ……うふふふふふふふ♪」

 ユウナは桜吹雪を抱いたまま、妖しげに笑いだした。 
 ジンはそれに若干引きながら、レオに話しかけた。

 「なあ……ユウナが軽くバッドトリップかましてくれてるんだがどうすりゃいいんだ?」

 「あ~……笑えばいいと思うぜ」
 
 疲れ気味の声で尋ねられたその質問に、レオは苦笑いするしかなかった。

 「おい、ジン?
 我には何もないのか?」

 不意に、レオの頭の上から不満げな少女の声がした。
 その声にジンが顔を上げると、頬を膨らませたアーリアルの姿があった。

 「テメェは何も必要ねえだろうが。
 第一、先陣切って戦うつもりなのかよ、おい」

 「後ろで見てても詰まらぬではないか!!」

 レオの言葉にドンッと手ごろな位置にあった銀色の物体にこぶしを落としながら反論するアーリアル。
 銀色の物体とはもちろんレオの頭である。

 「イテェ!?
 おいコラ、人の頭をポカポカ叩くんじゃねえ!!!
 下ろすぞ!!!」

 「うっ……すまぬ、レオ!!
 もう二度とせぬから下に下ろすのはやめてくれ!!!」

 当然のごとくレオはアーリアルに怒鳴り声をあげた。
 それを受け、アーリアルは必死の表情でレオに謝る。
 ジンはその光景に苦笑いを浮かべながらアーリアルに話しかけた。

 「アーリアル様神術メインなのでは?」

 「む、そんなことどうでも良い。
 そうだな、少しばかり剣を振ってみたくはあるな。
 ジン、貴様の剣を貸せ」

 「リサの守りはどうするんですか?
 あれは貴方の加護があってこそ……」

 「おい、その堅苦しい言い方と様付けはやめろ。
 貴様にそう言われるとなぜか腹が立つ。
 様付けもやめろ、アーリアルと呼ぶことを許す。
 大体訓練場のときはお主はタメ口だっただろうに」

 苛立ちを欠片も隠そうとしない口調でアーリアルはそう言った。
 それに対し、ジンは頭をかきながらため息をついた。

 「腹が立つって……まあいい。
 話を戻すぞ、アンタがリサをしっかり守ってやらないとリサの命の保証はないんだぞ?
 勝手に一人で暴れられても困るんだが……」

 「ではリサに剣を持たせれば良かろう。
 と言うか、ぶっちゃけその剣が欲しい」

 アーリアルの突然の爆弾発言に、ジンはあんぐりと口を開けた。

 「はぁ? 
 おいおい、勘弁してくれよ。
 こいつは神代の遺跡から苦労して手に入れたものなんだぜ?
 それをそう易々と……」

 「貴様、目の前にいるのが誰だか忘れておらんか?
 これでもこの大陸一の神、その剣の代わりくらいすぐに用意してやる。
 だから、その剣を寄越せ」

 アーリアルはそう言うとジンの剣に向かって手を伸ばした。
 しかし、その手は下から伸びてきた腕に掴まれた。

 「待てや我侭神。
 何たってそんなにジンの剣が欲しいんだよ?
 これでただの収集趣味とかぬかすんじゃねえだろうな?」

 「ち、違う!!
 我はただ……その剣が……」

 レオは少し怒気をはらんだ声でアーリアルに問いかける。
 するとアーリアルは声を張り上げたが、だんだんとか細い声に変わって言った。

 「この剣が?」

 「……その剣に我が血族の匂いを感じるのだ。
 我にとって血族の形見はそれこそ宝。
 すでに隠れてしまった者の名残を感じられるのだからな」

 アーリアルは金色の眼にわずかに涙をたたえ、少しさみしげな表情でそう語った。
 ジンはそれを見て、頭を抱えたままため息をついた。

 「はぁ……分かったよ。
 それなら所有権はアーリアルのものにして、俺がそれを借りるということにしよう。
 俺が死ねば剣はちゃんとアンタに返す。
 ……それで良いか?」

 「……良いだろう。
 その代わり、たまには触れさせてくれぬか?」

 「持ち主が断る必要ないだろ」

 「そうか、それは良かった」

 アーリアルは嬉しそうな表情でそう答えると、レオの肩から飛び立っていった。
 ……実際には、剣の処遇に関しては全く変わっていないと気付かぬまま。

 「……なあ、アーリアルってもしかしなくてもバカなのか?」

 ジンは幼馴染たちに向かってつぶやくように質問を投げかけた。
 それに対して、レオが即答した。

 「違う、あれは底抜けのバカだ。
 掛け値無しのな」

 それを聞くと、ジンはユウナとリサの方に目をやった。

 「……ア、アタシに振らないでよ!?」

 「でも、お世辞にも賢いとは……」

 結局、アーリアル馬鹿疑惑を否定する人間はいなかった。



 それからしばらくして、一行は町にある武具屋に向かった。
 それは石造りの立派な佇まいをしており、隣には実際に武器の試し切りが出来る設備があった。
 店内には革製品から銀製品まで幅広い武具が並んでいる。

 「ところで、いったい何を買うんだ?」

 「レオはハルバードとロングソードと鎧。
 レオは実力に武器が追いついていないからな、もっと気の通しやすい良いのを買え。
 ただし、武器の素材はハルバードは鋼、ロングソードは銀、それ以外は却下だ。
 リサは体力補助のアクセサリーと鎖帷子。
 ぶっちゃけ攻撃面はアーリアルの憑依で大体解決できるから防具だけで良いだろう。
 ルーチェは魔力制御補助のアクセサリーと銀の糸を織り込んだローブ。
 杖はレベルにあった良いものだから買う必要なし、だが今後魔力量が増えることを見越すと制御を補助するものが必要だろう。
 ユウナは鎖帷子と小手と脛当て。
 欲を言えばもう一本小太刀が欲しいがここには無さそうだし、ナイフで代用だな。
 そしてルネは手甲に指弾の弾、それから鎖入り外套にブーツだな。
 ああ、それから防具は全員銀製品にしておけ、魔法攻撃を軽減できるからな」

 「何で僕は鎖帷子じゃなくて鎖入りの外套なんだい?」

 ルネは自分だけ装備が特殊であることに疑問を抱いて、ジンに質問した。
 癖なのか、ルネはショートカットにしたライトブラウンの髪を指でいじっている。
 イメージとしては、「ジ○ン公国に、栄光あれぇぇぇぇ!!!!」と言って敵に特攻をかけた四男坊の癖である。

 「ルネの場合、メインの攻撃を素手と指弾にして、場合によって操気弾に切り替える戦い方になる。
 その場合、鎖帷子を着ていると指弾の弾を取り出しづらいだろ?
 さらに言えば、外套にしとけば裏地にいろいろと道具を仕込んでおける。
 だから、盗賊の装備と言えばほぼ外套なのさ。
 ……逆にいえば、格好だけで盗賊とばれるから、そこは工夫しないといけないけどな」

 「質問なんだけどよ、前衛は俺とユウナちゃんになるんだよな?
 なのに、何で装備に差があるんだ?
 ユウナちゃんに重い鎧がつけられないのはわかっけどよ、俺も鎖帷子で行っても良いんじゃねえか?」

 「確かにそうですよね……
 さらに言ってしまえば、全員加護を受けた服であっても問題はなさそうですよね?」

 ジンがルネに答えを返していると、今度はレオが質問をしてきた。
 ユウナも疑問に思ったらしく、ジンに視線を向けている。

 「それはだな、加護はあくまで加護であるからだ。
 確かに、加護を受けた装備は強力だ。
 加護を受けたものは、布切れであってもそこらにいる魔物の攻撃ならそう通すことはない。
 では、加護を受けたものを、更に強い加護を受けたもので斬りつけたらどうなるか?
 ……結果は言うまでもない」

 「つまり、加護を受けた攻撃から身を守るために物理的にも頑丈でないといけないってことなのですね?」

 「そういうことだ。
 これは武器に対しても同じことが言える。
 特に、レオの場合全力で気を込めたら恐らく銀だと武器が負ける。
 だから、メイン武器になるだろうハルバードは鋼製指定なんだ」

 ルーチェの言葉にうなずいて、ジンは説明を続ける。
 そこに、ユウナが質問を重ねた。

 「ですが、加護を受けた攻撃ってあるんですか?
 魔物が神様の加護を受けるなんて、そんなことありませんよね?」

 「そうでもない。
 オーク位の知能があれば神頼みをするような奴は出てくるし、実際にこちらで言う神術みたいなものを使ってくることもある。
 向こうの神はこちらからしてみりゃ邪神に当たるんだが、実際には神と言う同じ括りになるから、その力比べになるだろうな。
 最悪なのは相手が神、または神獣だった場合。
 この場合加護もへったくれもない。
 あっさり解除されるか、下手すりゃ籠っていた力を吸収して強力になるかのどちらかになる」

 「でもジン。
 一番怖いのはそんな奴らじゃないだろう?」

 説明中に、ルネが横やりを入れる。
 ジンは軽く笑みを浮かべて説明を続けた。

 「そうだな。
 加護を持った武器で一番多いのは人間の武器なんだからな。
 当然、その攻撃を受けたとなれば加護は相殺される。
 だから、重装備にするのは魔物向けじゃなくて人間向けの防御策と言うことになるな」
 
 ジンのその言葉に、ユウナは顔をしかめた。
 どうやら、人間同士で戦いになることがどうしても嫌なのであろう。

 「人間相手、ですか……
 ……やっぱり盗賊とか、ですか?」

 「それは……俺の場合戦争レベルまで見越している。
 その理由としては、あ~……ひっじょ~に言いにくいんだが、下手すると俺がその火種になりかねんからだな。
 正直、俺と一緒に行かないんならこんなに要らんのだがな……」

 ジンは目を宙に泳がせ頬を掻きながらそう答えた。
 額には大量の冷や汗が流れており、相当面倒なことになっていることがうかがえる。

 「アンタ一体何をやらかしたのよ……」

 「おれはわるくない……わるくないんだぁぁぁぁぁ!!!!」

 リサの一言を聞いて、ジンはそう叫びながら走り去って行った。

 「……本当に何をしたのでしょうか?
 非常に気になるのです……」

 「同感だね……」

 ルーチェとルネは、その背中を見ながらそう呟いた。

 


 しばらくして、ジンが戻ってきてから全員買い物を始めた。
 それぞれの買い物に対して、ジンが横からアドバイスを入れている。

 「ジン、指弾ってこれで良いのかい?」

 ルネが量り売りの指弾の前でジンに相談を持ちかけている。
 ジンは値段と質を見て、唸っている。

 「む……鋼製か。
 消耗品にしては少し高いな……ここは鉛にしておこう。
 それから、対死霊用に銀の指弾も買っておくと良い」

 「死霊に対しては銀なのかい?」

 「そりゃあねえ。
 神っていうのは幽霊の滅茶苦茶格の高い存在と考えればいいわけだしな。
 物理攻撃は効かなくても、そこらの低級の神の加護があれば楽に倒せるし、加護を強く受けられる銀であれば強力な死霊も楽に倒せる。
 だからまあ、念のための切り札ってところかな」

 「つまり、そんなに量はいらないってことだね。
 了解したよ、ジン」

 ルネが指弾を買うのを見届けると、今度はレオの所へ向かった。
 レオはすでに鋼のハルバードを手にしており、今は銀の剣を選んでいるところだった。

 「なあジン、銀の剣ってどれを買えば良いんだ?
 いつも使っている奴みたいなやつか?」

 「ロングソードって言ったが……そうだな、こっちは魔法に対する防御的な役割がメインだから幅に広い剣が良いな。
 ふむ、ハルバードが使えない狭い所で戦うことを考えてこのあたりにしておこう」

 「んあ?
 そんときゃ俺はトマホークでやるけど?」

 「そうかい、だったら鋼と銀のトマホークも買っておけ。
 投げナイフも銀の奴が二、三本あれば良いだろう」

 ジンはレオにそう言うと他の所を見て回ることにした。
 すると、リサが盾の売り場の前にいるのを見かけたので声をかけることにした。

 「リサ、盾売り場で何してんだ?」

 「ねえ、防具って盾は買わなくて良いの?」

 「あ、そうか。
 リサはもともとハンマーが使えるから腕力的には盾を持っても問題がないのか。
 ならばリサには少し大きめの盾を持ってもらおう。
 両手を使うような武器は持てなくなるが、リサのメインは神術だし、どうせならルーチェの護衛に回ってもらうか」

 「了解、それじゃこれなんてどうかしら?」

 リサはそう言うと身の丈ほどもある盾を手に取った。
 ジンは額に手を当ててため息をついた。

 「お前タワーシールドなんて担いで山登る気か?
 悪いことは言わんからもう少し軽い盾を選べ」

 ジンはそう言うと鎧と服の売り場にやってきた。
 そこでは、ルーチェが二着のローブを持って悩んでいた。
 一つは、青い生地に銀の鳥の刺繍が入ったローブ。
 もう一つは、白い生地で作られ、胸元に中央に紅玉をあしらった銀の糸で書かれた魔法陣が描かれたローブだった。

 「……むむ、どちらにしようか悩みどころなのです」

 「ん、どうした?」

 「いえ、銀を織り込んだローブはいくつかあるのですが……
 この青いローブと白い宝玉つきのどちらにしようか迷っているのです。
 個人的には白い方が好みなのですが、値段が……」

 よく見れば、青のローブと白のローブでは値段が倍くらい違う。
 しかし、ジンは値段もよく見ずに即決した。

 「お、宝玉つきなんてあるのか。
 だったら迷わずそっちにしな。
 宝玉の効果が何であれ、役に立つのは間違いないんだからな。
 うん、デザイン的にも白の方が清楚な感じがしてルーチェには似合うとあだだだだだ!!!!」

 ジンがルーチェのローブを選んでいると、強烈に耳を引っ張られた。
 振りかえると、そこには笑みを浮かべたユウナが立っていた。
 ただし、周囲の人間が即座に退避するようなオーラを纏って。

 「ジン?
 内側に着る鎖帷子があるんですけど、そっちで良いですか?」

 「ああ、それで良い!!!
 いいから耳を放せ、ちぎれる!!!」

 必死にユウナの手をタップして何とか放してもらうと、ジンは耳を押さえてその場にうずくまった。

 「いってぇ……何だよいきなり……そんなに引っ張ることないだろうが……」

 ジンは立ち直るとそう呟きながらユウナを見る。
 ユウナは腰に手を当てて不機嫌な顔でジンを見ていた。

 「そんなことは些細なことでしょう?
 ところでジン、ナイフに関しては私はよくわからないので選んでくれますか?」

 「ああ、ユウナなら切れ味重視の方が良いと思って既に何本か見繕ってあるんだ。
 この中から振ってみて一番しっくりきたのを選んでくれ」

 そう言うと、ジンはユウナにナイフを数本差しだした。
 ユウナはそれを見ると、今度はジト目でジンを見つめた。

 「(じと~~~~~っ)」

 「……ど、どうした?
 多分分からないだろうと思ったから選んだんだが……」

 「……はぁ……この場合、喜ぶべきか、悲しむべきか……
 分かりました、その代わり、どこかおかしいところがないか見ていてくださいね?」

 「あ、ああ。
 それくらいならいつでも付き合うぞ」

 数分後、ユウナがナイフを選び終わるとジンは会計を済ませるべくレジに向かった。

 「合計で316953イーガーでございます」

 「はいよ」

 ジンはそう言うと金貨32枚を差し出し、釣銭を受け取る。
 なお、10000で金貨一枚、後は1/10ごとに大銀貨、小銀貨、大銅貨、小銅貨となっている。  

 「ずいぶん買ったわね……お金足りるの?」
 
 「心配するな、当面の資金はある。
 とにかく今は訓練所に行ってそれぞれの装備に慣らそうか」

 ジンがそう言うと、一行は訓練所に向かっていく。
 その間にジンはそれぞれの練習メニューを考えるのだった。



 訓練場で訓練をすること数時間。
 ジンはSSSクラスの訓練をたまにこなしながら他のメンバーの特訓を見ている。

 「も、もうダメなのです……」

 息も絶え絶えになりながら杖をついて立っているルーチェの眼の前には巨大な鉄の塊が置いてあった。
 その周りには魔法を行使した跡があり、ルーチェがそれで鉄塊を破壊しようとしたのが見て取れる。

 「まだだ、ルーチェ。
 魔力量の底上げのためには限界を超えて魔力を使うのが一番早い。
 それと、もう少し的を絞ってみろ。
 そうすればあれくらいは楽勝で壊せるぞ?
 あ、ちなみにこれは実体験だから反論は聞かんぞ。
 それを証拠に……“水鉄砲”」

 ジンはそう言って超極細の水流で鉄塊に線を引いた。
 すると、鉄の塊は水が当たったところから真っ二つに切断され、断面は鏡の様に光っていた。
 それを見て、ルーチェは愕然とした。

 「し、信じられないのです……
 あれが……“水鉄砲”……?
 でも、感じた魔力量は確かにそれの……」

 「とまあ、初歩の魔法でもうまく制御すればこんなこともできるんだぜ?
 ……そうだ、今のをやってみろよ。
 今日はそれができたら終わりで良いぜ」

 それを聞いた瞬間、ルーチェの長い耳がビクッとはねた。
 ジンは簡単に言うが、“水鉄砲”は本来使用魔力量の少ない、子供が遊びに使うような害のない技なのである。
 ジンの水鉄砲にルーチェが感じた魔力は普通の水鉄砲よりも少し多いくらいであり、殺傷能力のある別の魔法よりもずっと少ない。
 それを同じ魔力量で殺傷能力を持つまでに制御をしろと言うのだから滅茶苦茶も良いところなのであった。

 「そ、そんなの無茶なのですぅ~!!!!」

 「はっはっは、なあに、女は度胸!!!
 何でもやってみるものさ!!!!」

 「女は愛嬌ではないのですか!?!?」

 泣き言を言うルーチェを放置してジンは次の場所へ行くことにした。



 「はぁ、はぁ、はぁ、んっ、はぁ……」

 そこでは、ルネが一本の大樹を相手に格闘していた。
 息も絶え絶えになりながらも、ルネは大樹に操気弾を撃ち込む。
 しかし、大樹の表面を傷つけるにとどまり、大樹の反撃を受ける。
 ルネはそれを避けながら再び操気弾を撃ち込むのだった。

 「どうした、ルネ?
 動きながらその樹を一発で倒せるようでなければ俺についてくるのは厳しいぞ?
 避けながらもう少し気の圧縮に気を配れるようになったほうが良い」

 「か、簡単に言うけどね……」

 「そりゃ簡単にしか言えんよ。
 気を込めるっていうのはほとんど自分のイメージでしかない。
 要は、どれだけそれに集中できるかが大事なんだ。
 こればっかりは実戦で経験を積むしかない」

 ジンは移動するルネに並走しながらアドバイスを送る。
 アドバイスを送った後、ジンは次の所に向かった。



 「あひゃ、きゃははははは、ひゃあああああ!!」

 続いてジンが向かった先では、リサがイソギンチャクの様な生物にくすぐりの刑を受けていた。
 ジンは大笑いを続けるリサに若干引きながらもそれに近づく。

 「我ながら何とくだらない訓練を思いついたもんだ……
 ……リサ、さっさと神術で倒さんとお前酸欠で死ぬぞ?」

 「しょ、しょんなことひったって、にゃははは、にゃあああ!?
 そ、そこはらめええええええ!!!」

 「……次行くか」

 ジンは首を左右に振り、その場を立ち去った。


 
 「…………」

 続いて向かった先は、ユウナの訓練。
 ユウナは石造りの闘技場の真ん中で桜吹雪を手に立っていた。
 その周囲には、上下左右前後を無数の矢が取り囲んでいる。
 それらの矢には、ところどころに印がつけられている。
 そして、それらは一気にユウナに向かって飛び出した。

 「はああああああっ!!!」

 掛け声とともに、ユウナは手にした桜吹雪を振る。
 一太刀二太刀と目にもとまらぬ速さで振るわれるそれは、次から次へと矢を叩き落としていく。
 最後にはすみれ色の着物にも黒髪の一本すら傷ついていないユウナと、大量の断ち切られた矢が残された。
 ジンはそのうちの何本かを拾い上げた。
 矢は、印の位置丁度で断ち切られていた。

 「……お、お見事……
 俺が半年かかった修業を、まさか一日でクリアとは……」

 「そ、そうですか?」

 「そうですかって……そうか……ユウナにとってこれはその程度なのか……orz」 

 ユウナの一言を聞いて、ジンはその場に崩れ落ちた。
 ジンからはどす黒いオーラと低い笑い声がこぼれ出した。

 「ははは……俺の修行ってユウナにとってはお遊戯なんだろうなぁ……ハハハ……」

 「ジン、しっかりしてください!!
 これで不足というのならばもっと頑張ります!!
 だから気を確かに持ってください!!」

 ジンが立ち直るのには小一時間を費やした。



 レオはハルバードを固く握って空を見上げた。
 空からは赤く輝く星が十ほど見える。
 それは、明確な意思を持ってレオに向かって降ってきた。

 「はああああ……でりゃああああ!!!!」

 レオは最初に一つをを手にしたハルバードで空に打ち返した。
 それは後から落ちてきたものにあたり、こなごなに砕け散る。

 「おりゃあ!!! うらああ!!! そいやぁ!!!」

 二つ、三つ、四つと同じことを繰り返し、八つの隕石を粉砕する。

 「でぇぇい!!! ……くそっ!!!」 

 九つ目を打ち返した時、わずかに力加減を誤り位置がずれる。
 打ち返した隕石は十個目のそれの横を通り過ぎ、大気を突き破った。

 「うおおおおおおおお!!!!」

 体制が崩れた状態であり、打ち返すのは無理だと判断したレオは咄嗟にハルバードを放り投げた。
 そして、落ちてくる隕石を大きく腕を広げて待ち構えた。

 「どっせえええええええええい!!!!」

 レオは隕石の勢いに押されながらも足を踏ん張り、それを受け止める。
 地面に二本の線を引きながら後退したのち、レオの動きは止まった。

 「ふっ……はああああ……」

 レオは一つ息をつくと、自身の体の数十倍はある赤く赤熱した隕石を地面に下ろす。
 そして、横であまりの出来事に呆然と突っ立ているジンに声をかけた。

 「なあ、ホントにこれだけで良いのか?」

 「……ぶっちゃけ、お前に関しちゃどうすりゃいいか分からん。
 どうやったら隕石をハルバードで打ち返したり素手で受け止めたりできるんだ……」

 誰がどう考えても出来そうにないことをこれだけなどと言うレオに、ジンは本気で頭を抱えた。
 何しろ、ジンは冗談のつもりでこの修行を提案しただけで、まさか本当にやるとは思っていなかったのだった。

 「わけ分かんねえ……」

 「そりゃこっちのセリフだ!!!」 

 ジンは割と本気で自分の存在価値を見つめなおしていた。



 「こりゃ潮時だな……全員やめ!!!
 今日はもう帰るぞ!!!」

 一部を除いた人間が何も話せないほどくたびれたところで、ジンは今日の訓練の終わりを宣言した。
 すると、レオがロングソードとハルバードを肩に担いでジンに近寄ってきた。

 「なあ、久々に一つ勝負しねえか?」

 「良いぜ、レオ。
 俺も少しばかり退屈してたんだ、相手になってもらおうか」

 笑みを浮かべたレオの一言に、ジンも獰猛な笑みで返す。
 二人は距離をとり、お互いに武器を構えた。

 「……魔法は無しだぜ?」

 「分かってるっての。
 大体それありじゃ面白くねえしな」

 そう言うと、ジンは仰々しく大剣を高く掲げた後、切っ先をレオに向けた。
 それは、舞台の上の騎士が決闘を挑むときに行う仕草だった。

 「準備は良いか?」

 ジンのその行動にレオは思わず苦笑いを浮かべる。

 「恰好つけやがって。
 それで負けたら笑い物だぜ?」

 「言ってろ。
 それじゃ、行くぜ!!」

 「上等だぁ!!!」

 その言葉を皮切りに二人は一気に距離を詰めた。

 「でやあああ!!!」

 「でえええい!!!」

 レオの武器が唸りを上げてジンに何度も襲い掛かる。
 その攻撃は喩えるなら暴風であり、一撃一撃が荒々しく力強い。
 ジンの剣が鋭く風を切りレオに斬りつける。
 こちらは柳のように暴風を受け流し、舞うように相手を斬る。
 嵐のような攻防を、二人は全く引くことなく、笑みさえ浮かべて繰り返す。

 「そおおおおおら!!!」

 レオの強烈な一撃がジンを体ごと吹き飛ばした。
 ジンはわざと吹き飛ばされる形をとり、受け身をとって着地した。

 「うわたった……ったく、相変わらずの馬鹿力だ、な!!!」

 「あんだけブッ飛ばされてほぼノーダメのくせに何言ってんだよ。
 こっちこそ武器が流されるみてえでやりづれえったらねえ、よ!!!」
 
 再び間合いを詰めて激しく打ち合う。
 大気が震え、地面が揺れる。
 
 「……すごいな。
 これがSSS同士の戦いか……」

 「た、太刀筋が見えないのです……」

 「ほう……これはなかなか……」

 ルネとルーチェとアーリアルは二人の戦いに完全に見入っている。
 外でも、この戦いを見ようと観客がモニターの前に集まっていて、打ち合うごとに歓声が上がっていた。

 「チィィィ!!!」

 「でりゃああああ!!!」

 「うおおおっ!?」

 ジンが攻撃を受け流しきれず体制が崩れたところを、レオが強烈な切り上げで上空に打ち上げる。
 すると、即座にレオは追撃のためにジンに跳びかかった。

 「そこだぁぁぁぁああああああ!?」

 しかしその追撃をジンは読み切り、逆に振り下ろす手を掴み回転を加えて地面に叩き付けた。
 土煙が立ち込める中、ジンは着地すると同時にひざをついた。
 銀色の鎧には強烈な衝撃を受けたことを示すひびが入っていた。

 「っぐ……甘えよ。
 こちとらお空に打ち上げられたくらいじゃ隙にもならんぜ?」

 「ってぇ……へへっ、でもテメェもずいぶん効いてるみてえだな?」

 「ああ……防御を打ち抜く衝撃とかありえんだろ、普通……」

 両者ともに決して軽くないダメージを負っていながらも、なおも笑いあう。
 そのボロボロの状態で立ち上がり、二人は相対した。

 「次で仕舞いにすっか?」

 「そうしようぜ」

 二人はそう言うと、どちらともなく走り出した。

 「じぇあああああ!!!」

 「ふっ……「おおおおおおお!!!」なっ、ぐああああああ!!!!」

 ジンはレオの渾身の一撃を飛び越え、背後をとろうとした。
 しかしレオは無理やり体勢を変えながら、着地したところに強烈な横薙ぎの一撃を入れ、地面に転がったところに首筋に刃を当てる。
 かなりの力技だったが、これで勝負がついた。
 周囲は攻撃の余波でボロボロで、地面は抉れ、壁は崩れていた。

 「……へへっ……俺の勝ちだぜ、ジン?」

 「……グフッ……ああ、俺の負けだ、レオ」

 ジンは口の中にたまった血を吐き出しながら立ち上がり、そこにレオが肩を貸す。
 ため息一つついて、ジンは乾いた笑いを浮かべた。

 「あいたたたた……しっかし、格好つかねえな……
 始まる前にあんなことしといてよ……」

 「笑ってやろうか?」

 「好きにしろ」

 「げひゃひゃひゃひゃ」

 「死ね」

 大笑いするレオの脇腹に、ジンはレバーブローを叩きこんだ。
 しかも、確実に通るように気を送りながら。
 レオはその場に崩れ落ち、肩を借りていたジンも同時に地面に転がった。

 「へぶぅ!?
 テ、テメェ自分で言っておいてそりゃねえだろうがよ……」

 「知らん。
 ……ああくそ、3年間死ぬ気で鍛錬したってのに力でねじ伏せられたとかマジ泣きそうだ……」

 ジンは大の字に寝転がると、腕で目を押さえながらそう言った。

 「よく言うぜ、こちとら全力だってのにテメェは制限付きじゃねえか。
 むしろ、水をあけられて泣きてえのはこっちの方だ、バカヤロウ」

 すると、横からレオがふてくされた声でそう返した。

 「ぷ、くくく……」
 
 「き、ひひひ……」

 「「ハッハッハッハッハ!!!!」」

 しばらくして、場内に二人の笑い声が響いた。
 それは、まるで空いた三年間を埋めるかのような、とても楽しげなものだった。






















 -後日談-


 「え、え~っと……
 私の勝ちですよね、ジン?」

 「ちくしょおおおおおおおおおお!!!!!」

 剣技のみの勝負、●ジン vs ユウナ○

 00分10秒、首を一撃、瞬殺


 

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 いあ~、リアルが本気でヤヴァイです。
 どうも、就活しながら引きこもりしてます、F1チェイサーです。
 引きこもりの理由?


 花粉症だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!


 それはさておき、今回は買い物と特訓。
 特訓はどんなことをしていたかだけ伝われば良いと思います。
 ……どうしてこうなった。

 そして漢の友情、最後の試合。
 魔法を使わないジンとレオはどっこいどっこいの強さです。
 もちろん、魔法を使えばジンはレオに勝てますし、レオは気をフルチャージすれば火力はジンを楽々越えます。
 
 というか……


 ユウナさんが強すぎて困る。
 …………どうしてこうなった。


 そりゃ、ジンやレオと違って剣技だけだけど……ねえ?
 

 次回もなるべく早く更新したいなぁ~


 3/13 初稿
  



[25360] じっせんしよう!!
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/03/22 19:24

 特訓を開始してから1カ月が経過した。
 ジンによる超スパルタTOKKUNと、各々の血のにじむような努力の結果、ルーチェもルネもAAAランクをクリアするまでに成長した。
 ユウナ達は主にジンから冒険者としての心構えを学びながら自らの技を磨いた。
 そして、今日はその特訓の最終日であった。

 「っと、まあこんなもんかね。
 案外惜しいとこまでは言ってたぜお前ら」

 現在、闘技場の真ん中にはジンが立っていて、その周りは焦土と化していた。
 ジンが実戦訓練と称して全員を相手取って模擬戦を行ったのだ。
 今回、ジンは魔法も気も全て活用すると同時に、経験に基づく冷静な判断で相手を叩きのめしたのだった。
 ただし、ジンの剣にはレオの攻撃による強い衝撃によってひびが入り、左腕はユウナの攻撃がかすめていて血を流していた。
 戦闘が終了し、闘技場から控室に移り変わる。
 控室は死屍累々というありさまだった。

 「……ははは、こりゃ参ったね。
 また手も足も出なかったよ」

 小さい体をぐでっと横たえたままルネはそう呟いた。
 訓練所での勝負だったため外傷は無いが、かなりの疲労感を覚えていた。

 「そりゃ踏んだ場数が違うからな。
 伊達や酔狂で修羅とは言われてないさ。
 幾らSSS三人にAAA二人いるとは言え冒険初心者が高々一か月特訓したくらいの奴に負けてたまるかっての。
 ……けど、ルネを倒すのにあんなに手間取るとは思わなかったぜ。
 回避と相手の死角に入ることならユウナより上手いと思うぜ?
 後は攻撃力と持久力の問題だな」

 ジンは肩に担いだ剣をしまうと、飲み物の入った小瓶を口にしながらそう言った。
 ちなみにこうして聞くとユウナとルネの間に差が無いように聞こえるが、ユウナはそもそも並どころかSSSクラスの相手にすら攻撃をさせない上、ジンやレオクラスでもそのまま斬りかかったりすると武器が細切れになったりするのでやはり人外認定されるのであった。

 「剣だけなら負けないんですけどね……」

 「わざわざ相手の得意分野で戦う必要はないからな。
 戦いの鉄則は『相手に優っている部分で戦うべし、無ければ逃げろ』だ。
 ある一点をひたすらに極めたAクラス冒険者だって、自分が苦手な分野を持ちだされるとそこらのCクラス冒険者にだって負けることがある。
 だから、Sクラス以上になるとある一点を極めたやつよりもそこそこ鍛えた一点と欠点を補う何かを揃えた奴の方が圧倒的に多いんだ。
 そういう意味では、ユウナやリサは異常とも言えるな。
 何しろ、それぞれ剣術や神術のみでSSSにのし上がっているわけだからな。
 ユウナの場合は広範囲魔法を使われるとどうしようもなくなるからその辺りを工夫しないといけないな」

 ユウナが体を起こしながら呟いたのに対し、ジンはそう答えた。
 その横で、レオは暗い表情でため息をついた。
 どうやら5対1でジンに負け続けなのがよほど悔しいようだった。

 「にしたって、魔法あるなしでこんなに違うのかよ……
 親父直伝の気合受けもあんまし役に立たねえし……」

 「俺としてはレオは十分強敵なんだがな。
 まあ、鎧の加護にしろ気で受けるにしろ受けられる攻撃の上限はあるさ。
 加護は確かに魔法に対して有効だが、絶対じゃない。
 一点集中で攻撃されると意外と脆かったりするものさ。
 そこらの鎧の加護を突き破るくらいの芸当はルーチェにも出来る筈だぜ?」

 「それでも、ジンみたいに相手と斬り合いながらその精度で制御するのはまだ難しいのです。
 それに私は三点のみですが、ジンは少なくとも八点を貫けるのですよ?
 そうでなくても、そもそも魔法の威力がジンとその他で違いすぎるのですよ。
 ……一体何をしたらそんなことが出来るようになるのですか?」

 深緑の双眸でじ~っと見つめてくるルーチェに対してジンは一言で答えた。

 「練習だ」

 「身も蓋もないわね」

 「それと実践だ」

 「……背中が煤けておるぞ」

 「……ほっといてくれ……」

 そう言うと、ジンはぶつぶつ何かを呟きながら部屋の隅で体育座りをした。
 背中からは哀愁が漂いまくっていた。 



 「さて、そろそろ戦闘訓練の期間は終わりにしようじゃないか。
 これが最後の特訓……というか確認だな。
 今からお前たちには挑戦者がつく。
 そいつらを倒して自分が今冒険者としてどれくらいかという自覚を持ってもらおうか」

 しばらくして、ジンは立ち直るなりいきなりそんなことを言いだした。
 突然の発言に全員目を白黒させてジンを見る。

 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!?
 挑戦者ってどういうことよ!?」

 「お前らが訓練している間に少しばかりそこらの連中に声をかけたんだよ。
 皆興味津々だったぞ、たった一か月でAAAにまでのし上がったお前たちにな」

 ジンはそう言うとルネとルーチェを見た。
 それに対し、ルネはライトブラウンの髪を弄りながら怪訝な顔をした。

 「……ちょっと待ってくれないかい?
 その言い方だとメインは僕とルーチェということになるんだけれど?」

 「そ、俺はあえてそうなるように呼び込んだ」

 「な、なんでそんなことになるのですか!?
 それをするならむしろいきなりSSSになった三人にするべきではないのですか!?」

 あっさりと言い放つジンに対して、ルーチェが長い耳を吊り上げて抗議した。
 しかし、ジンはそれを全く意に介さず答えた。

 「ああ、そっちに関しては心配ない。
 あいつらは自分の異常性に薄々気が付いているはずだからな」

 「どうしてそう言い切れるんだい?」

 「何故って……あいつら、限定条件下では俺に勝ったんだぞ?
 これでも他称『英雄』で『修羅』で『世界最強の魔法剣士』、それに勝ったとなれば自分がかなりの強者であると気付くはずだろ?
 それに比べて、お前たちはユウナにレオにリサ、そして俺の後塵を拝してきた。
 だが、奴らの陰には隠れているがお前らだって十分に、いや十分すぎるほどに強い。
 だから、お前らには他の冒険者と戦って、自分がどれほどの力を持っているかを自覚してもらう」
 
 「自分の力?」

 「そうだな、一つ例をあげよう。
 今から騎士団がお前たちを捕まえに来ようとする。
 さて、自分を捕まえるのにCランク相当の人間が何人必要だと思う?」

 ジンの問いかけに二人は考え込む。
 そしてしばらく経ってから自信なさげに答えた。

 「……30人、くらいかな?」

 「私も、30人くらいだと……」

 「そら、その認識が甘い。
 俺の見立てじゃ、お前らを捕まえるのであれば少なくとも100人は必要と見る」

 その言葉に二人は絶句した。
 予想していたよりもはるかに大きな数を言われ、呆然としている。

 「い……幾らなんでもそれは無いだろう?
 僕のどこにそんな力があるって言うんだ!?」

 捲し立てるようにルネはジンに詰め寄る。
 それに対し、ジンは淡々とした態度で答える。

 「お前は俺が出した課題を見事にクリアして見せた。
 つまり、お前はいつでもどんな体制でも強化指弾はおろか操気弾や無手で木を砕き、しかも極めて高い精度で打ち出せる。
 ……それを人間に向けたらどうなるか?
 大木が文字通り木っ端微塵になる一撃だ、人間が耐えられるわけがない。
 それに身体能力も大幅に強化されているし、回避能力は恐らく俺と同等以上になっているはずだ。
 ……ルネ、お前が本気を出せばCランク100人ごとき楽勝で屠れるんだぜ?」

 「ううっ……」

 「ルーチェ、お前だって俺が徹底的に魔法の速射と制御を叩きこんだ上に魔力量をかなり底上げした。
 あの闘技場を凍らすだけなら余裕で出来る筈だ。
 それに、あの“水鉄砲”ですら殺傷能力を得られるということは……
 その制御を広範囲魔法で、高密度の魔力で、殺意を持って高速詠唱を行ったら……
 下手すれば一撃で100人が倒れるだろうな」

 「そ、そんな力が……」

 自分の力の危険性を自覚して、二人の顔は一気に青ざめた。
 その二人に対し、ジンは少し強めの口調で話しかけた。

 「力が怖いのは分かる、でも絶対に怖がるな。
 俺はその力が必要だと思ったからお前たちに持たせたんだ。
 力なんざただの道具だ、人を殺すのが怖けりゃ人に使わなきゃ良いし、殺そうと思えばそれもできる。
 だが、力を持たない奴は力を持つ奴に襲われたらひとたまりもないんだ。
 それを理解してもらうためにもお前たちには自分の力の重さをしっかりと刻みつけてもらう、良いな」

 ジンはそう言うと控室を出て、空き瓶を捨てに行った。
 そして訓練所の中央のフロアの隅にある柱時計を確認すると、不敵に笑った。

 「さてと、そろそろ時間か。
 ……ふふふっ、少しは骨のある奴がいれば良いがな」

 ジンはそう言うと、控室に足を運んだ。



 銀髪の男が鈍重そうな黒鉄色の鎧を着ているにもかかわらず、空高く跳びあがる。 
 下から弓や魔法で追撃を受けるが、レオはそれを気で全身を強化することによって耐えきる。
 そして攻撃直後の隙だらけの相手に向かって、落下しながらハルバードを叩き付けた。

 「でりゃあああああ!!!」

 「ぎゃあああああ!?」

 「ぐええええええ!?」

 レオの気を込めた一撃は、凄まじい衝撃と共に床ごと相手を全員吹き飛ばした。
 激しく壁に叩き付けられた対戦相手は、その場で気を失った。
 レオはそれを確認すると、ハルバードを地面に突き刺しつまらなさそうにため息をついた。

 「……んだよ、だらしねえな……
 ま~た一撃で全員アウトかよ。
 あ~……とっととジンと喧嘩してぇ……」

 レオはそう呟くと、次の相手を呼び込んだ。



 「はあっ!!」

 「“風切刃”!!!」

 「せいやぁああ!!!」

 剣と斧と風の刃が赤髪の尼僧に襲い掛かる。
 リサは剣と斧を盾で受け、身にまとった加護で風の刃を弾いた。
 余裕の表情で受けるリサに、相手のチームは目を見開く。 

 「なに驚いてんのよ、この程度の攻撃じゃアタシは落ちないわよ?
 ほらほらいくわよ“神の裁きよ”!!」

 「うわああああ!!!」

 「きゃあああああ!?」

 「ひゃああああ!?!?」

 強烈な雷撃を受け、相手はまとめて黒こげになって倒れる。
 それを見て、リサはやれやれといった表情で首を軽く横に振った。

 「何よ、もうお終いなの?
 もうちょっと頑張りなさいよ」

 「リサ~ 暇じゃ~
 我の出番はまだか~?」

 そんなリサの横から銀髪の少女ののんきな声が聞こえてくる。
 リサはそれに手で×印を作って答える。

 「この分じゃ出番はなさそうね。
 アーリアル様が出ても相手が弱すぎてフラストレーション溜まるだけだと思うわよ?」

 「むぅ……つまらん……」

 そう言うと、アーリアルは頬を膨らませて闘技場の隅で不貞寝をするのであった。



 「行くぞあっ!?」

 「え、がっ!?」

 「チ、お?」

 戦いを開始した瞬間、すべてが終わった。
 意気込んだ瞬間に相手が消え、首を目にもとまらぬ速さで何かが通り過ぎたのだった。
 訳がわからないと言った表情で、挑戦者は全員まとめて倒れた。

 「……えっと……ごめんなさい。
 少し気合を入れすぎました……」

 その現状を作り出したすみれ色の着物を着た長い黒髪の女性は、乾いた笑いを浮かべながら小太刀とナイフを仕舞い、頭を下げるのだった。



 「おおおおおお!!」

 「うおおおお!!!」

 「やあああああ!!!」

 次々に繰り出される攻撃を、ホビットの少女は易々と避けていく。
 ルネは相手の動きを見ながら機会をうかがう。

 「……遅いよ」

 「うっ!?」

 相手の攻撃の間を縫って一息で間を詰め腹に掌打を入れ、前かがみになった相手の剣士の首を取り、股下に手を入れる。
 そのまま相手を持ちあげ、受け身を取らせず頭から垂直に地面に落した。
 全衝撃を頭と首に受けた剣士は、そのまま動かなくなった。
 剣士を落とすと、ルネは目の前に戦士が迫っていることを確認し、そこから掻き消えた。

 「ふっ!!!」

 標的を見失うが、戦士は経験から咄嗟に背後を振りむくと同時に槍で払う。

 「おっと」

 それは正しかったが、ルネは槍が当たる直前に再び掻き消える。
 戦士は再び背後を払うが、そこにルネは居ない。

 「残念、ここだよ」  

 「きゃ!?」

 直後、頭上に現れたルネに首に手刀を入れられ戦士は気を失った。
 着地と同時にルーチェは手に込めた指弾を弾く。

 「えっ?」

 指弾は音もなく飛び、離れて立っていた弓兵の胸を貫いた。
 崩れ落ちる弓兵を見届けると、ルネはフッとため息をついた。

 「……はあ……なんだか自分が化け物になった気分だよ……まあ仕方がないか。
 次、入ってきて良いよ」

 ルネは若干憂鬱な気持ちでそう言うと、次の挑戦者を迎え入れた。



 別の場所では、ルーチェが挑戦を受けていた。
 相手の槍を受けたのか、ルーチェは左腕に怪我を負っていた。 

 「あいたたたた……もう少し軽いけがで良かったのですよ……」

 どうやらわざと喰らったものらしかった。
 ルーチェは呪文を並べながら間合いを取る。
 そこに、相手の戦士が再度槍で襲い掛かる。

 「はああああああ!!!!」

 「ピィ!!!」

 それを炎を纏った羽を飛ばして、召喚された火の鳥が妨害する。
 戦士はそれを盾で受け、苦々しい表情を浮かべた。

 「ええい、小賢しい!!」

 「“吸血の薔薇”!!」

 「ぎゃ……あああああ!?」

 ルーチェが魔法を完成させると、戦士の足元から紫色の蔓を持つ薔薇が現れ、戦士の全身に絡みついた。
 すると戦士はみるみる干乾びていき、薔薇は鮮血の様に紅い花を咲かせ、それと同時にルーチェの左腕の傷がどんどん塞がっていく。
 最後にはミイラのようになった戦士と満開の深紅の薔薇、そして腕の傷が完治したルーチェが残った。

 「魔力も体力も回復、これなら上出来なのです。
 あとは試す魔法は……あの魔法を練習しておきましょう」

 「こ、このおおおおおお!!!!」

 戦士が倒された怒りで相手は更に士気が上がり、ルーチェに猛攻を仕掛ける。
 
 「くぅ……“氷の障壁”!!」
 
 飛んでくる魔法や矢を巨大な氷の壁で受けると、ルーチェは更に呪文を重ねた。

 「“其は我が弾丸なり”!!」

 ルーチェの魔法で氷の壁が相手に向かって滑り出す。 
 相手はそれを避けるために攻撃を中断し、左右に走り出した。
 その隙に、ルーチェは新たに呪文を並べる。
 すると、魔法が完成していないにもかかわらず空から氷の塊が落ちてきた。
 その氷塊は落ちると同時に隣の氷塊との間に氷を張り、闘技場の半分を覆う巨大な氷の檻を作り上げた。
 檻の中には、ルーチェの相手が全員収まっていて、抜けようと必死に氷塊の間を攻撃しているが、堅牢な檻はびくともしなかった。

 「“変異・絶対零度”!!!」

 ルーチェが最後にそう言うと、檻の中が一気に空気ごと凍りついた。
 しばらくして氷の檻が解けると、後には氷像と化した相手が残されていた。
 ルーチェは息も絶え絶えに、その場に座り込んだ。

 「はぁ、はぁ……しょ、消費が半端じゃないのです……これを余裕だなんて冗談じゃないのですよ……
 ジンはよくこんな魔法を使いこなせるのです……“吸血の薔薇”」

 ルーチェは氷像に対して薔薇の蔓を巻き付け、魔力を体力を吸い上げた。
 そして息を整えると、翠色の宝玉のついた杖を突いて立ち上がった。

 「それにしても何と言うか、ジンと比べて呆気ないというか、レベルが違うと言うか……
 ……やっぱりジンは異常なのですよ……それに色々と慣れてしまった私も私なのですが……」

 ルーチェはそう言うと、次の相手を招き入れた。



 ところ変わってジンの居る闘技場。
 そこには、3~5人で相手していた他のメンバーとは違い、30人ほどの挑戦者がずらっと並んでいた。
 彼らはAランク以上の一流クラスの冒険者だった。
 ジンはそれを見ると嬉しそうに頷いた。

 「お~やおや、俺一人のためにこんなに集まったのか。
 う~んと、それぞれの強さは…………まあ、そこいらのドラゴンなんかより俺は強いことになってるわけだし、妥当なところか」

 ジンはそう言うと相手を一人一人その場から眺め、少し考えた。

 「ふむ……大体これくらいか、“水鉄砲”」

 ジンはそう言うと、自分の周りに水鉄砲で半径1mほどの円を描いた。
 それを描き終わると、ジンは挑戦者たちに剣を向けた。

 「さあ、全員まとめて掛ってきてもらおうか。
 ちょうどこれくらい大人数の対多人数戦がしたかったしな」

 それを聞いた瞬間、挑戦者たちは様々な反応を見せた。
 喜悦、憤怒、覚悟を決めた表情などをジンに向けている。
 ジンはそれを見て、笑みを浮かべながら剣を振りかぶった。

 「ふん……自惚れ、と思うか?
 そう思うんならそれで良い、ぜひともそれを正してくれ。
 ――――――修羅の技巧、とくと目に焼きつけろ!!!」

 ジンはそう言うと、剣を振りおろした。
 気を込めたその斬撃は地面を削りながら挑戦者に飛んで行った。
 挑戦者もその一撃をかわしてジンに攻撃を仕掛ける。
 いち早く飛んできたのは、一筋の雷光だった。
 それに続いて、次々と魔法が飛んでくる。
 ジンはその魔法を見て、あるものは避け、あるものは鎧で受けた。

 「……鎧のせいだ、と思ったやつは出直してきな。
 その程度の魔導師じゃ俺には傷一つつけられんぞ?」

 遅れて飛んできた矢を叩き落としながらジンは余裕の表情で相手の魔導師にそう言う。
 
 「うおおおおおお!!」

 「はああああああ!!」

 「でやあああああ!!」

 真正面から斬りかかってくる三人の斬撃を手にした剣でまとめて受け止める。
 ジンは溜め息をつきながら苦笑し、その三人にアドバイスを送る。

 「せっかく大人数いるんだからさぁ……もう少し連携とか考えたらどうだ?
 ダンジョンの中でお互いのパーティが協力し合わなきゃならないときにそれができないと致命的だぜ? そぉい!!」 

 ジンは体勢が崩れている三人の剣を跳ね上げ、剣でまとめて薙ぎ払って退場させた。
 時折飛んでくる魔法や矢を剣で叩き落としたりしながら相手の戦士を迎え撃つ。

 「斬りかかるのは良いが、素直すぎないか?
 大振りする勢いで振りかぶったのなら太刀筋を変えて振ってみな」

 果敢に攻め込んでくる戦士の攻撃を、半歩動くだけでかわす。
 そして一人一人にアドバイスを送りながら剣を振って退場させた。

 「やああああああ!!」

 「でえええええい!!」

 「疾っ!!」

 「うりゃあ!!!」

 「ほっ、はっ、よっ、おっと」

 挑戦者の戦士の四人が連携の取れた攻撃を仕掛けてくる。
 ジンはその攻撃を踊るような足捌きでかわし、剣で受け流す。
 その間、ジンは楽しそうな笑みを浮かべていた。
 
 「遅い遅い遅い!!!
 どうした、俺はまだ剣を振ることしかしてないぞ!!」

 ジンはそう言うと、四人まとめて剣で弾き飛ばした。
 レオの馬鹿力に隠れているがそれと打ち合えるジンも力は相当に強い。
 弾き飛ばされた挑戦者四人はまとめて地面を滑る様に転がって行った。
 そのフリーになったところを、魔導師や弓兵の攻撃が襲い掛かる。
 ジンが戦士を相手にしている間に力を蓄えたのか、強力な攻撃ばかりだった。
 ジンはそれを見てニィっと笑った。

 「“勝利の追い風”」

 ジンがそう唱えると、ジンに向かっていた魔法や矢は向きを変え、撃った本人に対して飛んで行った。
 これを受けて、何人かの魔導師たちが倒れていく。

 「よもや魔法を撃って安心していたわけじゃないよな?
 最後までできる限り制御してないと自滅するぞ?」

 そう言ってジンは、周囲を見渡した。
 辺りの戦士は傷だらけで、総攻撃をかけた魔導師たちは疲弊していた。
 それを見て、ジンは今まで浮かべていた笑みを消し溜め息をついた。

 「……ふう……こんなもんか……
 さて、ここまで生き残っているアンタ達に質問だ。
 俺の最初の“水鉄砲”、何の意味だったか分かるか?」

 その一言に相手は一様に首をかしげた。
 が、ジンに近かった剣士は気がついたらしく愕然とした。
 ジンは、最初に書いた円から一歩も外に出ていなかったのである。

 「はっきり言わせてもらう、今のアンタ等じゃ俺の相手はまとめて掛ったって役者不足だ。
 次の一回の攻撃で全てを終わりにさせてもらう。
 修羅の本気、記念に一発もらっていけ!!!」

 ジンが恫喝すると、辺りの温度が急激に上がり始めた。
 地面に寝そべっていた戦士は、地面が火傷する程熱くなっているのを感じて飛び起きた。
 そして全員がジンを攻撃しようとした瞬間、ジンが最後の一言を放った。

 「“深紅の煉獄”」

 この一言と共に地面から炎が勢いよく吹きあがり、闘技場を朱一色に染め上げた。
 挑戦者たちは一瞬で焼け落ち、消し炭すらも残らなかった。

 「……やれやれ、奴らとの戦闘をやりすぎたか。
 どうにも他の連中との勝負に歯ごたえがなくなって困る」

 そう言って首を横に振るジンの周りは、見渡す限り溶岩が溜まっていた。
 戦闘の終了を感知し、闘技場は元の控室に戻る。
 そこには、先ほどの挑戦者たちがベンチに座って並んでいた。
 挑戦者たちは落ち込むもの、興奮が冷めやらぬものなど、様々なものが居た。
 ジンはそんな彼らの前に立つ。

 「精進するのだな。
 厳しいことを言ったが、全員自分が実力者であることを忘れないでほしい。
 そして自分より上の者に向かっていくこと自体は良い経験になったはずだ。
 この先冒険者諸君は今日の様な自分が逆立ちしても勝てそうにない相手とぶつかるかもしれない。
 だが、そんなときでも決して諦めるな。
 何とか生き延びられればその先に繋げていくことができるのだから。
 ……さあ、今までの甘い自分は今日、私が殺した。
 明日からは気持ちを入れ替え、私を超えるつもりで修練を積んでいただきたい。以上だ」

 余所行きの態度でそう言うと、ジンは控室のドアを開けて出て行こうとする。

 「ジンさん!! アドバイスをお願いします!!」
 
 「サー・ファジオーリ!! ぜひとも隊の調練を!!」

 「サインください!!!」

 そんなジンを引きとめようと挑戦者たちは食い下がる。
 その結果、ジンの周りには黒山の人だかりができた。  

 「え、あ、ちょ、おわああああああ!?」

 そして人の波に流されたジンはしばらくの間もみくちゃにされ、解放されるまでに長い時間を要した。



 「ぜ~は~……ど、どうだ?
 自分の持つ力がどれくらいのものか大体わかっただろ?」

 人波から解放されたジンが息も絶え絶えに待つ待ったメンバーにそう声をかける。
 すると、ルーチェが複雑な表情を浮かべながら答えを返した。

 「とりあえず、ジンがとことん異常だということがわかったのです……」

 「そっちかよ!!」

 「そうよね……今日私たちはB~Aランクが5人がかりでやってきたのを返り討ちにしたけど……
 よく考えたらジンって私たちクラスの相手を5人まとめて返り討ちにしてるのよね……
 確かに異常だわ……」

 「さっきも妙に興奮気味の冒険者が30人くらい出てきたけど、あれまとめて相手したんだって?
 Aランク以上の人間ばかりだったような気がするんだけど?」

 「しゃあないんじゃん?
 だってジンだしよ。
 下手すりゃ軍隊丸ごと一人でつぶせるんでねーの?」

 「貴様ら、泣くぞ。
 大の大人が、脇目も振らず大声で泣くぞ!?」

 ルーチェの発言に対してツッコミを入れるジンだったが、続くメンバーの言葉に撃沈した。
 両手を床につけ、がっくりと項垂れる。

 「よしよし。
 大丈夫、ジンはジンなんですから落ち込むことは無いですよ」

 へこんでいるジンを慰める様に、ユウナが即座に頭を撫でにかかる。

 「……いや、冗談ですけどね?
 あ、あの、ユウナさん? 聞いてます?」
 
 「良い子良い子♪」

 困惑するジンをよそに、ユウナは満面の笑みを浮かべながらひたすらにジンの頭を撫で続ける。
 なお、頭をしっかり抱え込まれているため、ジンは抜け出すことができずにいる。

 「でもまあ、自分が普通の人間よりは強いってことは十分に理解したよ。
 ……それに、人間が結構簡単に死んでしまうこともね」

 そんな中、少し憂鬱な表情でルネがそう話した。
 ルーチェも、どことなく落ち着かない表情でその言葉にうなずく。

 「そう、人間死ぬ時はあっという間だ。
 そしてそれは俺たちにだって当てはまる。
 いつどこで何が起きるかなんて誰にもわからないんだ。
 それを常に心の片隅にでも置いていてくれ」

 その言葉にジンは真剣な表情で二人にそう言葉を返した。
 ……ただし、ユウナに頭を抱えられたままなので、いまいち締まりがないが。

 「……ところでユウナ、いつまでそうしているつもりだ?」

 「気が済むまでです♪」
 
 ジンがユウナに解放されたのは1時間後だった。


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 花粉症で死ねる。

 今回のお話は新参二人が周囲との差を思い知る回でした。
 はい、ここまでで分かる通り皆さまえらい強さになりました。
 そこらの山賊くらいなら一捻りです。

 しかし、鍛えようがない部分はどうなるか?
 この先、そのせいで色々と試練が待っています。

 それでは、また次回お会いしましょう。

 3/22 初稿
 



[25360] どうくつはあそびば
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/03/27 22:32

 一か月の戦闘訓練を終え、一行は再び広場の噴水前に集まった。
 中央の噴水は勢いよく水を吹き上げ、周りには待ち合わせをしている人々で溢れかえっている。

 「んでよジン、この後どうするつもりなんだ?」

 黒鉄色の鎧を着て少し長めの銀髪を後ろで束ねた男、レオがジンに対して質問を投げかけた。
 ジンと呼ばれた群青の髪の男はそれに答えを返す。

 「次は実際にダンジョンに潜る。
 この町の近くに練習用のダンジョンが設置してあってな、しばらくはそこで実戦訓練をするつもりだ」

 「それでは練習にならないのではないのですか?
 何度も攻略されているということは罠とかもばれているわけですし……」

 「ところがぎっちょん、練習になる。
 その洞窟には蘇生と再構成の魔法が掛けられていてな、中で死んでも復活するし、入るたびにダンジョンの内容が変わる。
 まるであつらえたかのように昔からそこにあるダンジョンはいつからか不思『検閲により削除』のダンジョンと呼ばれている」

 「難易度はどうなんだい?
 僕たちが潜るところはどう考えても初心者向けじゃ無さそうなんだけれど?」
 
 ルネがダークブラウンのショートカットの髪を指でいじりながらジンにそう質問をする。
 その質問は尤もなものであり、それはジンの行く先はそんなにぬるいものでは無い筈であるからだ。

 「それが不思議なことに、それぞれのレベルに合わせて自然と調整されるんだよ、ここは。
 それに、俺の行く先は必ずしも難易度の高いダンジョンとは限らない。
 魔物が滅茶苦茶強いだけでダンジョン自体の難易度は低い、なんて言うところもあるしな」

 「それはそうと、何で最初からそこに行かなかったのよ?
 そっちの方が絶対にもっと早く旅立てたんじゃないの?」

 肩に少し掛った赤い髪を後ろに払いながらリサがそう行った。
 ジンを見る瑠璃色の眼にはわずかながら不満の色が見て取れた。

 「それはだな、弱いうちから言ってもあんまり為にならないからだ。
 あのダンジョンは冒険者のレベルに合わせて姿を変える。
 難易度の高いダンジョンに挑戦するには戦闘力を上げるのが一番早いんだが、単純に戦闘力を強化するには訓練所の方が圧倒的に良い。
 何よりダンジョン内で戦う時だって基本は何もないところで戦うのと変わらないからな、下手に最初からダンジョンで訓練して変な癖をつけたくなかったのさ。
 だから基本を徹底的に学ばせた後にその応用としてここを使うことにしたという訳だ。
 さて、時は金なりと言うし、早いとこ行くとしようか」



 広場の前から、一行は町のすぐ近くにある洞窟に足を運んだ。
 洞窟の周囲は苔むしており、中は暗くてよく見えない。
 その洞窟の中をアーリアルは覗き込んだ。

 「ここがその不『検閲により削除』議のダンジョンか。
 ふむ、見た目はただの洞窟だが、強い魔力がこの中で渦巻いておるな
 ……おお、これはあれではないか!!」

 「知っているのか、雷d……じゃなかった、アーリアル様!?」

 「うむ、ここは遊技場だ!!」

 「「「「「「遊技場?」」」」」」

 そう言って金色の眼を輝かせるアーリアル。
 その10歳児の見た目相応の笑みを浮かべる彼女の言葉に、全員首をかしげる。
 それに対し、興奮した様子でアーリアルは説明を始めた。

 「神なぞ暇なものでな、退屈しのぎに色々と遊んだりするのだが、大概は遊び場を自分で作るのだ!!
 これは戦神等が暇つぶしに訓練を兼ねて遊ぶために作った施設であろう!!
 まさか地界にあるとは思わなんだ!!」
 
 「……これが遊び場ですか……」

 「さあ、早く行くぞ!!
 我は前からこの遊技が好きなのだからな!!」

 「あ、おい引っ張んな!!」 

 どうやら我慢できなかったらしく、アーリアルはレオの袖をぐいぐいと引っ張って洞窟の中に入っていく。
 レオの抗議の声など全く耳に届いていない様だった。

 「……訓練開始、ですか?」

 「……そう、なるな……」

 ユウナの呟きに短くそう返すと、ジンは洞窟に入って行った。



 「おりゃああああ!!!」

 「ギャアアアアア!!!」

 中に入って行くと、アーリアルはそこら辺にいた魔物に対してジンからふんだくった白銀の剣を振りおろした。
 敵は真っ二つに裂け、そのまま絶命した。

 「どうだ、レオ!!!
 敵を真っ二つにしてやったぞ!!!」

 「んなの見りゃわかるっての。
 大体この程度の奴らならアンタにゃ楽勝だろうがよ……」

 褒めろと言わんばかりに胸を張るアーリアルをレオは軽くあしらう。
 すると、アーリアルは不満げに頬を膨らませた。

 「むぅ……ノリが悪いぞ、レオ。
 せっかく遊んでおるのだからもっと楽しめ!!」

 「へーへー、次の敵さんが出てきたらな」

 そう言いながらレオに参加を促すアーリアルと、少々疲れた表情をするレオ。 
 それを見て、ルネはクスリと笑みを浮かべた。

 「苦労するね、レオ。
 あ、アーリアル様、そこから三歩先に罠があるので避けてください」

 「おお、危ないところだった。
 感謝するぞ、ルネ!!」

 ルネの一言に、アーリアルは罠を確認して礼を言う。
 それを見て、レオは呆れたようにため息をついた。

 「あんなにはしゃいでまあ……
 おかげでかなり振り回されてるぜ……」

 「っ!!! レオ、そこを動くな!!!」

 突如、ルネがそう叫んだ。
 その言葉にレオは即座に従いその場で立ち止まる。
 するとルネは、レオの足の先にある石を青と緑の眼で注視した。 
 よく見ると、その石の周りには不自然な隙間があり、踏んだ瞬間に罠が発動する仕組みになっているのが分かる。

 「これは……危ないな。
 こんなのが発動したら何が起きるか分からない、マーキングしておこう。」

 ルネはそう言うと、スプレー状の塗料で罠の石にマーキングを施した。
 レオはそれをじっと眺めている。
 
 「すげえな。
 よくあんな罠とか見つけられるな」

 「ふふっ、マッピングとトラップの発見と解除は情報屋の必須技能さ。
 屋敷なんかに忍び込むときに必要なのさ」

 「いや、それもうスパイって言わね?」

 レオの一言に、ルネは愉快そうに笑みを浮かべるだけだった。


 
 「?」

 しばらく歩いていると、ジンが不意に立ち止まって辺りを見回した。
 それに気がついて、ルーチェがジンの許にやってくる。

 「どうしたのですか、ジン?」

 「いや……一瞬魔力の流れがおかしかった気がしたが……気のせいか?」

 ジンがそう言うと、ルーチェは深緑の眼を閉じて辺りの魔力を探った。
 そしてしばらくすると、ルーチェは首をかしげた。

 「う~ん、今調べましたけど、特に異常は見当たらないのですが……」

 「そうか……だが、何があるか分からん。
 一応ルネに言ってマップに書き残しておこう」

 ジンはそう言うとルネに現在地に印をつけておくように言うのだった。



 更に先に進むと、巨大な扉がジン達一行の前に立ちふさがった。
 その扉の前で、リサとユウナが右往左往している。

 「う~ん……どうなってるのかしら、これ?」

 「……何か書いてあるみたいですけど、読めませんね……」

 ユウナは扉に書かれた文字らしきものを眺めている。
 それは、一角一角が鋭利な刃物を思わせるような文字だった。

 「ルーチェ、出番みたいだぜ?」

 「はいなのです。
 ……むむむ、これは古代剣文字といって、約7000年前にこの地方の王族や貴族に使われていた文字なのです」

 「なんて書いてあるんですか?」

 「『武器を掲げ、王に栄光を捧げよ』と書いてあるのです。
 つまり、この場合はこの三つの像のうちの二つに武器を持たせて、残りの一つに栄光を示すものを捧げればいいのですよ」

 そう言ってルーチェが指差す先には三体の石像が立っていた。
 一つは胸当てをつけた像、一つは馬にまたがり鎧をまとった像、最後に見るからに豪奢なローブをまとった像の三つが並んでいた。
 それらの石像は全て右腕を振り上げており、何かを持たせられるようになっている。

 「ふむ、と言うことはその『武器』と『栄光』をこの中から探し出してこやつらに持たせればよいのだな?」

 「そう言うことなのです。
 と言う訳で、さっさと探すのですよ~」

 ルーチェのその一言と共に、一行は『武器』と『栄光』を探し始めた。



 しばらくして、一行は三つの像に持たせられそうなものを発見して戻ってきた。
 それらの物を床に並べると、ルーチェを除く一行は首をひねった。

 「で、見つかったのが剣と槍と杖か」

 床に置いてあるのは、炎の様な装飾の施してある剣と、銀で出来た槍と、先端に大きな青い宝玉を埋め込まれた杖だった。

 「どれにどれを持たせるんですか?」

 「豪華な服装の像に剣、馬に乗った像に杖、残った一つに槍を持たせるのです」

 ユウナの質問にルーチェは迷うことなくそう答えた。
 その回答に、リサが首をかしげる。

 「……何かそれおかしくない?」

 「合っているはずなのです。
 だまされたと思って持たせてみるのですよ」

 一行はとりあえずルーチェの言うとおりに像に物を持たせてみた。
 すると、重厚な音と共に石の扉が開き、道が現れた。

 「う、嘘、これで正解なの!?」

 「当時の兵隊は歩兵に槍を持たせて魔導師に剣を持たせていたのですよ。
 剣は儀礼と護身の役目を兼用するものとしていたのですね~」

 「……アンタいつの間に白衣とメガネを「そんなことはどうでもいいのです」……釈然としないわね……」

 瑠璃色の眼を見開いて驚くリサにルーチェが説明を始める。
 とこから取り出したのか白衣とメガネを装着しているが気にしてはいけない。

 「じゃあ、杖は王の杖と言う訳か?」

 「そのとおりなのです。
 この地方は良質な金属が多く取れる代わりに宝石の類はほとんど取れない地域なのです。
 ですので、大きな宝石があしらわれた杖はとても貴重なものだったのです。
 そう言う訳で、こういう杖は栄光と富を示すものとして扱われていたのですよ」

 「だけどよ、何で馬に乗ったのが王様だってんだよ?
 豪華な服装をしているのが王様っぽくね?」

 「さっきも言った通り、王の杖は栄光と富の証なのです。
 王はそれを見せつけることで自分の権力を主張するのですよ。
 そう言う訳で、戦場では鎧を着こんで馬に乗って、周りに杖を見せつけるのです。
 魔導師の服が豪華なのは大がかりな魔法を使うための儀礼用の服装だからなのです。
 ですので、戦場で王様より魔導師の服装の方が豪華になるのが当たり前だったのですよ」

 「流石は考古学者と言ったところだな。
 これからも頼りにしてるぜ?」

 「どんとこいなのです」

 ジンが頭をポンポンと手のひらで軽くたたくと、ルーチェは豊満な胸を張って自信たっぷりの表情でそう言うのだった。



 それから一行は何度も洞窟に潜って訓練を続けた。
 その中で一行がどのような経験を積んだのかを見てみることにしよう。



 「おいコラ、レオ……
 テメェあんだけ力加減気をつけろって言ったよなぁ……あぁん?」

 ジンはそう言って土下座をしているレオを睨みつける。
 ジンの周りには、砂まみれになって目をまわしている他のメンバーがいた。

 「わ、悪ぃ、まさかあの程度で洞窟が崩落するたぁ……」

 「敵に囲まれて面倒くさくなったからまとめて吹っ飛ばそうとしたのよねぇ?
 アンタそれで闘技場吹っ飛ばしたのを忘れたわけじゃないわよねぇ?」

 レオの言い分を聞いて、リサが幽鬼のごとくユラリと立ち上がった。
 その手には、巨大な大金鎚が握られていた。

 「あ~っと、それはだなぁ?」

 「リサさん、やっておしまいなさい」

 冷や汗を流すレオに対し、ジンが無情にも死刑宣告を告げた。
 ビコーンと言う音と共にリサの眼が光り、大金鎚が振り上げられる。

 「はいだらぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 「ぎにゃあああああああ!!!!」

 そして次の瞬間、レオは地面に垂直にめり込むことになったのだった。



 「……ユウナ。
 前々から思っていたが、お前本当に料理の修行をしていたのか?」

 目の前で一瞬の剣虎解体ショーを見せられて、ジンはそう呟いた。
 突然の一言にユウナは首をかしげる。

 「そうですけど……何でいきなりそんなことを?」

 「いきなり戦闘に駆り出されてSSSランクの相手に無双かます料理人があるか!!
 そうでなくても包丁捌きが以上だし……一体何をやったらそんな技能がつくんだよ!?」

 群青の髪をがしがしとかき乱しながらジンはそう叫んだ。
 ユウナはキョトンとした表情で固まったのち、答えを返す。

 「え? それは空中でお魚を船盛にしたり鍋を振っている最中に飛んできた食材をみじん切りにして鍋に入れたりしなければならなかったので……
 牛の解体もお師匠様が「全力で突進してくる牛を部位ごとに正確に解体出来て一人前」と言っていましたので、そのため修行の一環として飛んでくる鋼の塊を制限時間内に空中で飾り切りにする修行を……」

 その明らかに料理人の技術の範疇を超えた内容にジンはあんぐりと口をあけて固まった。
 そして、目元を手で押さえながらユウナに問いかけた。

 「色々と言いたいことはあるが……ちなみに、それどのレベルまでできる?」

 「ええと、やってみないと分かりませんけど……」

 「それじゃあ、やってみるか?」

 「はい!! 宜しくお願いします!!
 あ、リクエストは何かありますか?」

 ジンの言葉にユウナは花のような笑顔を浮かべて頷いた。
 それを見て、ジンは少しばかり意地の悪い笑みを浮かべた。

 「そうだな……鳳凰でも作ってもらおうか?」

 「うっ、難易度の高いものを……が、頑張ります!!」

 「って出来るのかよ!?」

 その返答を聞いてジンは噴出した。
 まさか出来ると言う返答が返ってくるとは思っていなかったのだ。

 「そ、それじゃ、行くぜ?
 『鉄球投げ』」

 そう言うと、ジンは直径2mほどの鉄球を創り出し、ユウナに向かって打ち出した。
 直後、ユウナが桜吹雪と紅葉嵐を抜き放ち、鉄球に向かって構えた。

 「やああああああ!!!!」

 すれ違いざまに白刃が走り、長い黒髪がひるがえる。
 残心をとったユウナが二本の刀を鞘にしまうと、鉄球が崩れて中から翼を大きく広げた見事な鳳凰が生まれた。
 ジンはその光景を唖然とした表情で眺めていた。
 今にも動き出しそうなそれに駆け寄ってよく見てみると、表面は鏡のような綺麗な断面で、羽の一本一本に至るまで細かく形作られていた。

 「ふぅ……上手く行きましたね。
 思ったよりも速度が遅かったので助かりました」

 「……こ、これはもはや料理人ではなく曲芸師の名をかたった剣聖じゃねえのか!?
 明らかに料理人の技じゃねえぞ、おい!?」

 狼狽したジンの声にユウナはびくっと肩を震わせた。

 「そ、そうなんですか?
 料理は速度が命と言われて、一番努力で何とか出来る包丁捌きを練習したのですけど……
 ほら、空中で食材が思うように切れれば移動しながらでも切れますし、切る場所にも困りませんよ?」

 「ユウナ……俺の知っている料理人はまな板の上で物を切るんだ……」

 「……え?」
 
 また一つ、ジンの常識にひびが入った。



 「おお、これは「軍隊の行進」なのです」

 岩の扉の前に置かれた台座を見て、ルーチェが声を上げた。
 六芒星の様な模様の描かれた台座には、形と色の違う駒が規則正しく並んでいた。
 ルーチェの言葉にリサが首をかしげた。

 「軍隊の行進? 何よ、それ?」

 「おや、やったこと無いのですか?
 ある一定の並びに配置された駒を他の駒を跳び越すように動かして、反対側の領地に全く同じ並びで入れ替えるゲームなのです。
 上手くやれば3つの部隊が綺麗に入れ替えるので、軍隊の行進と言う名前がついたのですよ」

 「へ~ それにしても、これってもしかしなくても頭使うゲームよね?」

 「そうなのです。
 駒にも王、将軍、騎士、歩兵と位があって、自分より高い位の駒は跳び越せないのです。
 ですから、計画的に動かさないと歩兵が全く身動きが取れなくなるのですよ」

 そうやって説明を受けているリサの肩を、レオがにやけた顔で叩く。

 「ま、リサにゃあ無理だな。
 なんつったって、リサは超脳筋「ブリッ○ハンマー!!!」ふぎゃああああ!?」

 レオがセリフを言い切る前に、リサは神速でハンマーを振りおろした。
 直撃の瞬間に気を込めたのか、レオの顔面で大爆発が起きた。
 レオはその場に崩れ落ち、ピクピクとけいれんを起こしている。

 「……あんまり暴れるなよ、下手に壊すと先に進めなくなるから」

 「大丈夫よ、加減はしたわ」

 呆れ顔で注意をするジンに対し、リサは涼しい顔でそう返した。
 その横で、ルーチェが着々と『軍隊の行進』を進めていた。

 「……っと、出来たのですよ」

 そうルーチェが呟くと同時に、岩の扉が音を立てて開いた。
 ジンはヒュウと口笛を吹くとルーチェに話しかけた。

 「早いな、もう出来たのか?」

 「このゲームはセオリーがあるのでそれを覚えてしまうと楽なのです。
 さ、先に進むのですよ」

 

 「ジン、ストップ。
 そこから動くと床が爆発する」

 「……ああ、今カチッって音がした」

 洞窟の中を歩いている最中、一行はこのようなやり取りをして足をとめた。
 ジンは苦虫をかみつぶしたような表情をして自分の足元を眺めた。
 そこには良く見ると円盤状の地雷が設置されていた。

 「待ってて、今解除するから」

 ルネはそう言うと外套から道具を取り出し、罠の解除を始めた。
 解除は手際よく進み、爆発させること無く信管を引きぬくと、ルネは一息ついた。

 「ふう……終わったよ、ジン」

 「すまん、少し油断してたな。
 ……しかし、気が付いていたなら何で言わなかった?」

 「だって、ジンが明らかに僕に頼りすぎている気がしたからね。
 この間まで自分でもトラップを確認していたのに最近はそれが雑になっているしね」

 ルネがそう言うと、ジンはバツの悪そうな表情で頭を掻いた。

 「……よく見てたな、確かにその通りだ。
 はあ……少しばかり気が緩んでいるみたいだな、俺」

 「信頼してくれるのは嬉しいけどね。
 でも僕がいつも見ていられるわけじゃないんだし、僕だって見落すかもしれない。
 だからジンにもしっかりしていて欲しいと思うんだけど」

 ルネはライトブラウンの髪を指でいじりながらジンを注意した。
 ジンはそれに苦笑で答えた。

 「そうだな。
 っとルネ、そこにある宝箱の解錠と罠外し頼む」

 「OK、分かったよ」




 ジン達が開けた空間に足を踏み入れようとすると、中はモンスターの巣窟だった。
 しかも、魔物の一匹一匹が強大な力を持っている。
 ……尤も、それ以上にジン達の戦闘力が鬼の様に高いため、それが脅威になることはほぼ無いのだが。

 「……これまた団体様のお出まし、ってやつだな」

 「ふむ、数だけは多いようだな」

 中を確認してなお、そんなのんきなことを言うジンとアーリアル。
 魔物たちは獲物の存在に気付き、ゆっくりと窺うように近づいてくる。

 「で、どうするつもりだ?」

 「ふっ、何を言っておる。
 どうするもこうするも据え膳食わぬは何とやらよ」

 見た目相応の子供っぽい笑顔で今にも飛び出しそうなアーリアルを見て、ジンは溜め息をついた。

 「……つまり戦うんだな?」

 「それ以外に無かろう!!!
 さあ、宴を始めようではないか!!!」

 そう言うや否やアーリアルは魔物の群れに突撃をかけた。
 そして衝突の瞬間、群れの最前線が吹き飛ばされた。
 魔物もアーリアルの周りを取り囲んで攻め立てるが、襲い掛かったものは片っ端から倒されていった。
 その様子をジンは流れてくる敵を適当に倒しながら呆れた表情で眺めていた。

 「まあ仮にも神だし、アーリアルならほっといても大丈b「いやああああああ!!!! 蜘蛛は嫌あああああ!!!! 助けてレオおおおおおお!!!!」……お呼びだぜ、レオ」

 「あんの馬鹿神……ったく、世話が焼けんなぁオイ!!!」

 ジンの言葉を受けて、レオが額に手を当てながらハルバードとトマホークを手に取る。

 「洞窟崩壊させんなよー?」

 「うるせえ。
 んじゃま、ちょっくら行ってくらぁ」

 レオは気だるさを抑えること無くそう言うと、銀のトマホークに軽く気を込めて投げ、それを追うように走り出す。
 トマホークは弧を描くように飛び、アーリアルの周辺にいた魔物たちを薙ぎ払う。
 レオは走りながら戻ってくるトマホークを掴むと、魔物の群れに突っ込んだ。
 
 「邪魔だ雑魚共!!!」

 巨大なハルバードを片手で軽々と振りまわし、群がる魔物を殲滅しながらレオはアーリアルの許へ向かう。
 たどりついてみると、アーリアルは巨大な蜘蛛の群れを前にしておびえていた。
 神の矜持なのか何とか立っているが、かなり引け腰になっていた。
 アーリアルはレオの姿を確認すると、文字通り神速でレオの背後に隠れた。 

 「れ、レオぉぉぉぉ……」

 「はいはい、わーったから少し落ち着け。
 ここは俺が何とかしてやるからそこでジッとしてな」

 レオは呆れ顔でそう言うと、蜘蛛の大群に目を向けた。

 「さぁーて、テメェら。
 少しばっかし遊びに付き合ってもらうぜ?」

 レオは獰猛な笑みを浮かべてそう言うと気をハルバードに込めた。
 周囲の空気を変えるほどのレオの気に重圧を感じ、蜘蛛たちはその場に縫いつけられる。

 「あんまやり過ぎっと怒られるからこんくらいか。
 一撃で全員沈んでくれるなよ?
 うぉらああああああ!!!!」

 気合一閃、レオはハルバードを横に薙ぎ払った。
 すると、気によって生み出された衝撃波によってレオの周囲の蜘蛛は横一文字に両断されて絶命した。 
 しかし、ある程度手加減はされていたため何匹かは傷つきながらも生き残っていた。
 手負いの蜘蛛は勝てないと本能で感じたのか、一目散に逃げ出して行った。
 それを確認すると、レオはつまらなさそうな表情でハルバードを下ろした。 

 「……つまんねー……また一撃かよ。
 まあ、今回はしゃあねえか……っと」

 レオがそう呟いていると、背中に隠れていたアーリアルがレオの首に飛び付いた。

 「ひっぐ……こ、怖かった……」

 「アンタ、本当に主神の威厳0だよな……
 蜘蛛ごときこの先腐るほど出てくると思うんだがよ……それが怖いんならついて来るのは無理だぜ?」

 金色の瞳に涙をためて縋ってくるアーリアルにレオは溜め息をつきながらそう言った。
 そう言いながらも、レオはアーリアルが落ちつける様に抱きかかえて背中を擦っている。

 「だ、だだだ、大丈夫だ!!!
 レオが付いているから大丈夫だ!!!」

 「……どうでも良いけどよ、その度に俺はこうやって飛び付かれんのかよ……
 少しは改善の努力しろよな?」

 「う、うん……頑張ってみる……」

 しどろもどろになりながらナチュラルに依存を宣言するアーリアルに、レオは諭すようにそう言った。
 アーリアルは舌足らずな口調で返事をすると、レオの首筋に顔をうずめた。
 そんな銀髪の青年と少女の様子を遠巻きに見ていたリサが、ジンに話しかけた。

 「ねえ、あの二人見てどう思う?」

 「すごく……親子です……
 って、前にも同じことやらなかったか?」

 「いやね、どうしてもやりたくなるのよね、ああいうのを見ると」
 
 

 「……なんていうか、暇ね……」

 ある時、洞窟内を歩いているとリサが唐突にそんなことを口にした。
 それを聞き、ジンは溜め息をつきながらリサに言葉を返した。

 「そう思うんなら結界でも張って出てくる敵が少なくなるようにしてくれないか?」

 「え~……怪我人がいるならまだしも、あんな効率の悪いものをいつも張るのはきついのよ?
 それにそんなことしなくても、敵が出てきたらあっという間に殲滅しちゃうじゃない。
 誰も怪我しないから私のやることは攻撃しかないんだけど、気が付いたら終わってるし」

 そう言うとリサは前で戦っているメンバーに目を向けた。
 魔物はそれなりの数がおり、通路が狭いのでジンとリサはあぶれているのだった。
 なお、あぶれていたのは単にジンとリサが後方警戒組だったからである。

 「だらあああああああ!!!」

 レオの剣とトマホークが嵐のような攻撃を見まう。
 攻撃を喰らった相手は吹き飛ばされ、仲間を巻き込んで倒れる。
 
 「やあああああああっ!!!」

 ユウナの刀は相手が近付くことすら許さず、相手を一振りで斬り裂く。
 剣捌きが異常な速度のため、相手は斬られたことに気付いてさえいない様だった。

 「はははっ、我の前に跪くが良い!!!」

 アーリアルはご機嫌な表情で相手を神術で吹き飛ばし、致命傷を与える。
 彼女に攻撃が飛んでくるも、強力な力によって攻撃そのものが無効化され、届かない。

 「一つ、二つ、三つ!!!」

 ルネは壁を蹴りながら跳躍し、後方から敵の魔導師を指弾で狙撃する。
 空中から不安定な体勢で放たれたにも拘らず、弾は正確に相手の心臓をとらえている。

 「まとめていくのですよ!!!“氷雪の散弾”!!!」 

 前衛中衛が奮戦している間に、ルーチェが魔物を魔法で一蹴する。
 放たれた散弾は訓練前と違い一つ一つが一撃必殺の威力を持つ凶悪なものに変貌を遂げていた。

 「まあ、実際このレベルだと回復要らんもんな……周りが化け物すぎて」

 「アンタ人のこと言えるの?
 その化け物まとめてぶっ倒しておいて?
 どうなの、化け物殺しの化け物筆頭さん?」

 ジンの一言に呆れ顔でリサがそう言い返す。
 それに対してジンが言い返そうとすると、前方から盛大な破壊音が聞こえた後、辺りから轟音が響き始めた。

 「……何、今の……」

 リサが呟くと当時に、前方の天井が音を立てて崩れ始めた。
 戦闘をしていた面々も、それを見るや逃走を開始した。

 「に、逃げろぉぉぉぉぉぉ!!!」

 「あれだけ力加減には気を付けてくださいって言ったじゃないですか!!!」

 「ええい、何をやっておるのだレオ!!」

 「全く、この間も崩落させたばかりだろう!?」

 「あわわわわ、またこのパターンなのですか~!!」

 真っすぐこちらに向かって走ってくる面々を見て二人は大きなため息をついた。

 「……リサ、転移魔法使うから防御頼む」

 「分かったわ……あんのバカ、後でキッツーイ一撃をお見舞いしてやるんだから!!」

 「ああ、たっぷりと灸を据えてやれ。“我は風なり”」

 ハンマーを握り締めたリサの隣で、ジンは魔法を使って全員を脱出させた。
 その後、レオは宣言通りメンバー全員からお灸を据えられることになったのだった。



  

 「ん?」
 
 「むむぅ?」

 洞窟の中を歩いていると、突如何か違和感を感じたのかジンとルーチェが立ち止まった。
 ルーチェの長い耳が吊りあがっていて、緊張状態になっているのが分かる。
 二人は目を見合わせ、確認を取った。

 「ルーチェ……何か気がついたか?」

 「……はい……一瞬でしたが、確かに魔力の淀みを感じたのです」

 それを聞いて、ジンは一番最初に潜ったときに感じた違和感を思い出した。
 その時も、確かに場の魔力の流れに乱れが生じていたのだった。

 「てことは、俺が前に感じたのは気のせいじゃなかったってこったな。
 おーい、ルネ!! ちょっと来てくれ!!!」

 ジンに呼ばれてルネはトコトコと小走りでジンの許へやってきた。

 「どうしたんだい?」

 「少し気になることがある。
 今までマッピングした奴を少し見せてくれないか?」

 「ああ、分かった。
 ええっと、はい、これだよ」

 そう言うとルネは鞄から今まで作成した地図をジンに渡した。
 確認してみると、洞窟の入り口の座標から推測した場合の違和感を感じた位置がほぼ等しかった。

 「……この前俺が違和感を感じたところと近いな……
 ってことはこのあたりに何かある可能性が高いな?」

 ジンはそういうと洞窟の壁を入念に調べ始めた。
 しばらく調べた後、ジンは壁をじっと見据えた。

 「……間違いない、壁の中に洞窟の魔力が行きわたっていない空間がある。
 それとかなり分かりにくいが、洞窟のものとは異質な魔力とその部分を周囲から隔離するような術式もある。
 つまり、この中に誰かが何かを隠している可能性が高いな……」

 「何でそう思うのですか?」

 「そりゃ、ここが安全かつ隠しておくには都合が良い場所だからさ。
 普通ならこんな冒険者の練習場になっているところに物を隠すなんて考えないだろうからな。
 それにしても、術式がやけに手が込んでいるな……かなり腕の良い術者が組んだ術式らしい。
 さて、中に入っているのは何だ?」

 「ひょっとして、神代の道具じゃないかい!?
 ほら、ここって神様が創った遊技場なんだろ!?
 あってもおかしくないじゃないか!!」

 ルネは青と緑のオッドアイを輝かせながら興奮した様子でジンに詰め寄った。
 ジンはそれを両手で制した。

 「落ち着けルネ、まだそうときまった訳じゃないだろう。
 まあ、確かにその可能性も否定はできないことだし、少し調べてみますかね“魔力探知”」

 ジンはそういうと壁に向かって手を突き、魔法を使った。
 しばらくすると、洞窟の壁に巨大な魔法陣が浮かび上がった。

 「……あった、ここが入り口だな」

 「隠匿と偽装と、三重の保護と封印の複合魔法陣で強力にロックされているのです。
 ここまで固められた魔法陣は、恐らく今の私達じゃ解けないと思うのですが……」

 そこまで言うと、ルーチェは深緑の瞳でジンを見た。 
 その横では、ルネが心底残念そうに肩を落としている。

 「そうか……それは残念だな……」 

 しかし、そんな二人の反応をよそにジンは笑みを浮かべた。

 「いや、この程度の魔法なら少し強引だが解く方法を知っている。
 まずはこの魔法を解析してと……ははあ、核はこいつか。
 それじゃあこの部分をチョチョイと弄って……」

 ジンは魔法陣に手を当てて、何やら色々と魔法を使い始めた。
 ジンが魔法を使うたびに魔法陣の色が変化し、だんだんと光を失っていく。
 そして最後には魔法陣は消え、目の前の岩が下に沈み込んで道が開けた。
 それを確認すると、ジンは一息ついた。

 「ふう……ほら開いた」

 「ジン……今、何をやったのですか?」

 ルーチェはジンが何をやったのか良く分からなかったらしく、唖然とした表情でジンに問いかけた。
 それに対して、ジンは何て事無いと言わんばかりに返答を返す。

 「鍵になっている術式を解読して、その核になる部分を改変してこじ開けただけだが?」

 「……それ、結構滅茶苦茶なのです。
 他のならまだしも、あの魔法陣でそれをやるのがどれだけ骨だと思っているのですか?」

 ルーチェがそう言うのも無理はない。
 ジンの取った方法自体はそう難しいものでもない。
 魔法陣はその形の絵であるからこそ効果があり、それに少し落書きをするだけでも効果は激減するからだ。
 しかし、その問題となる絵の上に厳重に石膏やら鉄板などを厳重に張られたうえ、いくつも用意されてどれが本物か分からないとなると話は別になってくる。
 ジンがやった行為は、その一枚一枚の絵の鉄板をはがし石膏を砕き、その中で本物を見つけ出して落書きをするという実に遠回りかつ力押しな方法をとったのだった。

 「そうか? 慣れてしまえば案外楽だぜ?」

 「んなことどうでも良いじゃねえかよ。
 とにかく開いたんなら早く入ろうぜ?」

 レオに促されて中に入ると、周囲の様子は一変した。
 今まで天然の洞窟だったものが、厳かな雰囲気の建造物に変わったのだった。

 「……ここだけ作りがずいぶんとしっかりしてるな」

 「そうですね……今までは明らかに洞窟でしたけど、ここは何と言うか、お城や神殿みたいな感じがします」

 ジンとルーチェは今までとは違う雰囲気に身構える。
 それに引き換え、ルネはこの先に何があるのか楽しみでしょうがないと言った表情を浮かべていた。

 「ふふふっ、わくわくするじゃないか。
 この先には一体何があるんだろうな!?」

 「はしゃぐのも良いが一応トラップにも気をつけておけよ、ルネ」

 奥に向かってズンズン進んで行くルネに対してジンが後方を確認しながら注意を促す。
 仮にも神の創造物、何があるか分からないからだ。
 しかし、その横でルーチェが首をかしげていた。

 「……妙なのです……この建造物、そこまで古いものでは無いのです」

 「ん? どう言うことだ、ルーチェ?」

 「お~い!! こっちに扉があんぜ!!」

 ジンの疑問を遮るようにレオの言葉が飛んでくる。
 その声に反応して、ルネがその扉に向かっていく。

 「おや、こんなところに鍵穴があるね。
 うん、これくらいなら軽いな」

 ルネはそういうと外套からピッキングツールを取り出し鍵穴を弄り始めた。

 「……神代の物品に、鍵穴なんて存在しないはずなのですが……」

 ルネの言葉に、ルーチェがそう漏らした。
 ジンはその言葉を聞いて背中に悪寒を感じた。

 「……ルーチェ、何やら嫌な予感がする。
 とにかく、奴らを引き留めてくる」

 ジンは小走りでルネの所に駆け寄って行く。
 その間に、ルネは手際よくピッキングを進めていく。

 「おい、嫌な予感がするからその先には「開いたよ」……遅かったか……」
 
 ジンが声をかけると同時にルネの作業が終わり、扉が開く。
 扉を開けた一同は期待のまなざしを持ってその中をのぞく。
 しかし、その先にあったのはルネの期待したような宝の類では無かった。



 「貴方達はだあれ?」

 中にいたのは一人の少女だった。
 
 「……あ~……何か面倒なことになりそうだ……」 

 ジンは、直感的にこの出会いがとてつもない面倒事の発端なるだろうことを予期した。

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 就活と花粉症で死にそうな男スパイダーマッ!!!……もといF1チェイサーです。

 ジンは時たまフルスロットルになるようです。
 レオがダンジョン破壊魔と化しました。
 ユウナは料理を何かかん違いしているようです。
 リサはレオの制裁係に任命されました。
 ルネはお宝が絡むとジッとしていられないようです。
 ルーチェは貴重な突っ込み役。
 アーリアル様はおこちゃま。

 さて、役割(?)も決まったところでそろそろ訓練も終わります。
 これから先、彼らには面倒事に巻き込まれてもらいます。

 次回、一度オリジナル版に出して反応を見てみようかと思っております。
 それではまた次回お会いしましょう。

 3/27 初稿



[25360] おうさまからのいらい
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/04/05 13:08
 「もう一度聞くよ? あなた達は誰?」

 年齢にして10代半ばくらいの外見の少女はジッとジン達を見つめながらそう問いかけた。
 それに対し、ジンがメンバーに後ろに下がるように指示を出してから応答する。

 「誰と聞かれてもただの冒険者としか言いようがないな。
 俺たちは単に迷い込んだだけなんだしな」

 「そうなの? 
 ここに入るには特殊な鍵が二つ必要だったはずなんだけど、それはどうしたの?」

 「あ~……はっきり言うけど、鍵使わないでこじ開けた。
 つまり不法侵入になるわけなんだが……」

 そう言いながら、ジンは相手の少女を良く観察する。
 少女の服装はオレンジを基調としたシンプルなデザインのドレスで、翡翠のブローチと銀のブレスレットを付けていた。
 身だしなみも完璧であり、栗色の髪は腰の高さで綺麗に整えられている。
 顔立ちは童顔で瞳は済んだ琥珀色、綺麗と言うよりは可愛いと言った方がしっくりくる。
 また、少女の纏う空気はどこかぽやぽやしているが、立ち居振る舞いは洗練されていて美しく優雅に見える。
 それらのことからジンは目の前の少女が少なくとも貴族、それも一定以上の権力を持つ家系に連なる者と推測し、下手に関わると面倒なことになると判断した。

 「ふーん……それじゃ貴方達はすごく強い不審者さんなんだね?」

 「ああ、そうなるな。
 まあ、ここに何があるのか気になっただけだからもう退散するけどな」

 ジンはそう言うと踵を返して立ち去ろうとする。
 しかし、少女の次の一言によってそれは止められることになる。

 「えっとね、悪いんだけどそうはいかないかな」

 「……どう言うことだ?」

 「あのね、私は人に見つかっちゃいけないの。
 だから、貴方達に見つかってるこの状況って凄く不味いんだ」

 少女は若干睨み地味のジンから目をそらさず、そう話した。
 その様子を見て、ジンは嘘ではないと判断した。

 「そうは言われてもな……
 そもそも何故見つかっちゃ不味いのかが分からん。
 少しばかり説明が欲しいんだがな?」

 「そー言われてもね……
 あんまり話せる内容じゃないんだよ」

 「お~いジン、何を話してるんだ?
 いつまで俺らを放置してるつもりだよ?」

 ジンが少女と話していると、後ろから退屈そうなレオの声が聞こえてくる。
 ジンはそれに少しいらだちながら答えた。

 「うるせえ、少し黙ってろ!!
 さっさと帰るための交渉をしてるんだからな!!」

 「ジン? ……ひょっとして、あなたが『修羅』なの?」

 ジンの名前を聞いて、少女はジンにそう訊ねた。
 少女の視線はジンの全身を頭頂部からつま先までをジロジロと眺めた後、ジンの眼に戻ってきた。
 それに対して、ジンは警戒の色を強めた。

 「……だとしたら、何だ?」

 「理由を話してあげるから少し付き合ってくれる?」

 「……何をしろって言うんだ?」

 「私を連れておとーさまに会ってほしいの。
 理由はそれから話すよ」

 「……もし断ったら?
 先に言っておくが、力づくで言うことを聞かせようとか考えるなよ?
 その名前を知っているなら、意味は理解できるはずだ」

 「それじゃー、何をすればお話を聞いてくれる?」

 ジンが警戒し威圧をかけているにもかかわらず、少女は危機感を感じていないのか柔らかい空気を保ったままジンに質問を投げかける。
 その態度にジンは一気に毒気を抜かれ、大きなため息をついた。

 「……はあ……はっきり言うが、俺達がアンタにしてもらえそうなことは何もないぞ。
 大体アンタが何者なのか分からない以上、どこまで望めるのか分からない。
 この状況で交渉なんてできるわけ無いだろう?
 俺に何かして欲しいんならせめてそれ位の情報は欲しい。
 もしそれすら教えられないと言うんなら、俺達はアンタの存在を忘れてここを立ち去るぞ」

 ジンのこの一言を聞いて、少女は可愛らしい唸り声をあげて悩みだした。
 どうやら自分が何者なのかしゃべって良いものか考えているようだ。
 しばらくして、少女は悩んだ格好のまま口を開いた。

 「う~、うう~、出来れば黙っておきたかったんだけどな……でも仕方ないのかなぁ?
 私はエルフィーナ・フラン・モントバン。
 一応モントバン国第1王女だよ」

 目の前の少女が王女と知って、ジンは慌ててだらけていた姿勢を正した。

 「……失礼いたしました。
 まさか王女様がここに居られるとは思わず……」

 「いーよ、今まで言わなかったのはこっちだし。
 それにあんまり敬語は使ってほしくないな、仲良くしたいもん。
 だから、あなたのことはジンって呼ばせてもらうよ。
 あ、私のことはフィーナって呼んでね」

 突如態度を急変させたジンに、エルフィーナは苦笑しながらそう答えた。
 それに対して、ジンは軽く深呼吸をして落ち着いてから話を続けた。   

 「そ、そうか……で、その第1王女様が何でこんなところに?」

 「あのね、今私は狙われてるの」

 「狙われてる?」

 「そ、どうにも毎日誰かに見られている気がしたの。
 でね、調べてみたら私の部屋の周りに強い魔力が残ってたんだ。
 だから、安全が確認できるまでここで誰にも見つからないように隠れてたの」

 「なるほど、つまりは未だにその魔力の正体がつかめないから護衛か調査を願いたいといったところか?」

 エルフィーナの言葉を聞いて、ジンは納得したように頷いて答えた。
 エルフィーナもコクコクと頷いて答える。

 「ん、そーなるね。
 だからお城に来て欲しいんだけど」

 期待を込めてじっと見つめてくるエルフィーナの言葉を聞いて、ジンは考えた。
 何故護衛や調査と言ったことに自分を雇うという発想に至ったのかが分からなかったのだ。
 何故なら、王家の城には腕の立つ騎士や頭の回る魔導師が常駐していると言うのに、わざわざ外から雇う理由が無いからだ。
 そこで、ジンは質問を重ねることにした。

 「調査に関しては俺じゃなくてもフィーナには信頼できる優秀な魔導師が付いてるんじゃないのか?
 ほら、そこの入り口の封印をした魔導師がさ」

 「ん~、エレンのことかな?
 エレンは忙しいからいつも私の周りにいられるわけじゃないんだ」

 「何で最初から護衛を雇わなかったんだ?」

 「雇ったんだよ?
 でも、雇った人はみんな最初の一日でいなくなっちゃんたんだ……」

 そこまで聞いて、ジンは再び考え込んだ。
 王家が外からわざわざ雇ったということは、その者達は少なくともAランクを超えたチームであり、一流の冒険者であるはずなのだ。
 それもエルフィーナの言い分によれば複数契約している、つまりその度にランクを上げているとすればSランク以上が必要である可能性すらあり得た。
 これらのことから、ジンは次のような推測を立てた。

 この部屋自体の目的はフィーナの保護および護衛と調査員の選抜を兼ねているのではないか、と。

 思えば、あれほどの隠ぺい術に三重に保護をかけるくらいならば隠ぺいと偽装を重ねた方がはるかにばれにくい。
 だと言うのに実際は若干の魔力の淀みを生じる術式にし、それを堅牢化する方向で組まれていた。 
 かなり危険な賭けになるが、これならば確実に高ランクの冒険者が釣れることであろう。
 そして隠ぺいの度合いと術式の堅牢さから言って恐らくあの術式を組んだ魔導師はフィーナと二人でこの洞窟に入り、辺りの魔物を一掃してから隠せるような凄腕と考えられた。
 つまり、仮に釣れたのがフィーナの身を害するような人物だった場合、その人物はその魔導師に消されることが容易に想像できるのだった。

 ……更に言ってしまえば、その魔導師は自分がフィーナを見捨てて立ち去ろうとすれば即座に現れるだろうとも。

 ジンはそのように自分の考えをまとめ、選択肢が元より用意されていないことを悟った。
 
 「……強い魔力が残っているため耐性のある魔導師による護衛が必要、かつ相手の正体が不明で武力も欲しい。
 確かに俺みたいな魔法剣士向きで、行方不明者が出ているところから言って危険度も高い仕事だな。
 ……はあ、少し寄り道になるが仕方ないか。
 ちょっと待ってな、今他の連中と相談してくるから」

 「うん、いーよ」

 ジンはそう言うと、ふうっと溜め息をついて仲間の所へ向かい、現状の説明をした。

 「と言う訳なんだが、皆はどうする?」

 「王族関係か……もらえる報酬には期待できそうだけど、受けて大丈夫なのかい?
 ジンにだって旅の予定はあるんだろう?」

 「そっちは別に変更したって問題は無い。
 むしろ問題は別の所にあってだな……」

 「別の所、ですか?」

 「一つ、今のままだと予定より早く路銀が尽きる。
 結構余裕があったはずなんだがな」

 ユウナの問いかけにジンは額に手を当てて答えた。
 どうやら資金不足がかなり深刻な問題になりそうなのだった。

 「やっぱ装備を買いすぎたんじゃね?
 調子に乗って馬鹿みたいに金を使ったわけだし」

 「やっぱりあの時これじゃなくて青いローブにした方が……」

 自分に支給された装備を見ながら口々にそう言うジンを除く一行。

 「一番の問題は貴様らの食費と酒代なんだよ!!!
 毎度毎度アホみたいに飲み食いしやがって!!!
 一食金貨一枚以上ってなにをトチ狂ったらこんな額になるんだよ!?」

 それに対して、ジンがキレた。
 怒髪天を突き、息荒くまくし立てた。

 「いや、だって僕の場合戦闘に気を多用するからその分エネルギー補給をしないといけないじゃないか。
 だからあれくらいの量は適正量だと思うよ?」

 「んな訳あるかあああああああ!!!
 お前よりも気を使うレオの方が食う量は少ないんだぞ!?
 お前、俺が支払い持ってるからって遠慮なく食ってるだけだろ!?」
 
 「うん、それは否定しない」

 「否定しろやああああああ!!!」

 己の所業を悪びれもせず肯定するルネに対し、ジンはのどが切れそうなほど吠えた。

 「うるさいのです。
 そんなに怒ってるとそのうち胃に穴が開くのですよ」

 それに対して、ルーチェが追い打ちをかける。
 ジンは怒り心頭といった表情でルーチェの方を向いた。

 「己は何を言っているのだ?
 毎晩毎晩酒をボトル5本以上飲むわおまけに毎度毎度俺に絡むわ何のつもりだ!?」

 「お酒は精神安定剤なのです。
 精神すり減らして魔法使うのですからこのくらいは当然なのですよ」

 「嘗めとんのかおんどりゃあ!?
 魔法で精神がすり減るか!!!
 それに魔力回復に酒なんて聞いたこともねえよ!!!」

 「良いではないですか、ジンも女の子にくっつかれて役得なのですし」

 ニヤニヤ笑いながらそう言って脇腹をジンの肘でつつくルーチェ。
 その態度に、ジンの額にどんどん四つ角マークが追加されていく。

 「胃に穴をかけるのが役得か、よし、お前ら表出ろ」
 
 「まあまあ、暴力に訴えるのは良くないと思うよ?」

 「そうなのです。
 お金が減ったなら稼げばいいのですよ」

 そして、ジンの堪忍袋の緒はとうとう天寿を全うすることになった。

 「……ふんっ、ふんっ!!」

 「あいたあああああああ!?」

 「あうああああああああ!?」

 ジンはルネとルーチェに容赦なく手甲付きのげんこつを最大の痛みを与える様に叩きつけた。
 あまりの激痛に耐えかねて二人は頭を押さえて床を転げ回った。
 しばらく転げ回った後、ルーチェが深緑の瞳に涙を湛えて頭を押さえながら抗議の声を上げた。

 「な、何をするのですか!?
 女の子に手を上げるなんて最低だとは思わないのですか!?」

 「じゃっかあしいわ!!
 何を他人事のように言っとんのじゃ!!
 その金稼ぎに俺を使う気満々だろうが貴様ら!!」
 
 「だって、それが一番効率が良いじゃないか」

 「お・ま・え・ら~……」 

 「「に、にげろ(るのです)ーーー!!!」」

 鬼の形相で鞘に入れた剣を振りまわしながら追いかけてくるジンからキャーキャー喚きながら二人は逃げる。
 そして部屋の中で盛大な追いかけっこが始まった。

 「ああもう、ジンも少し落ち着きなさいよ!!!
 とりあえず事情は分かったわ。
 で、この依頼受けるの?」

 リサの言葉を聞いてジンはようやく止まり、元の場所に戻った。
 なお、ルーチェとルネは二回目のげんこつを受けた後に正座の刑に処されていた。

 「……その相談をしに来たんだが。
 まず、俺はこの依頼は受けるべきだとは思う。
 さっき言った資金の面もそうだし、王族に恩を売ることができれば何かと便利になりもする」

 「ふむ、では何故躊躇しておるのだ?
 ジンが護衛に付くだけで良いのならば迷うことは無かろう」

 「懸念事項は大いにあるんだ。
 まず一つ、俺一人では護衛をしきれない。
 流石に不眠不休でやることにも限度はあるし、風呂の中とかそんなところまで護衛出来るわけじゃないからな。
 次に、ルネは平気かも知れないが、お前らがこの手の護衛に関する経験が無いのが気になる。
 この依頼、万が一姫に何かあれば俺達の首が飛ぶからな、失敗ができない。
 それにもう一つ、下手をすると王家の騒動に巻き込まれる可能性がある。
 相手が何者か分からないが、もしこれが王家の関係者だった場合、俺達は間違いなく担ぎあげられるだろうな」

 「担ぎあげられるってどういうことですか?」

 「この間確認した通り、俺達の戦闘スキルは一般の兵士に比べるとアホみたいに高いわけだ。
 そんなレベルの人間……約一名世界の主神なんて規格外が居るが、それがまとめて7人、一人の権力者の下につく。
 他の権力者から見ればそれは脅威でしかない。
 何しろ、何をやらかしても力でねじ伏せられる可能性があるわけだからな。
 だから、俺達の存在を知らせることで周りの人間に対する抑止力となるわけだ」

 「つまり何だ、俺らはそこにいるだけで周りの人間をビビらせることができるってわけか?」

 「そういうことだ。
 すると当然俺達のことを邪魔に思うやつは出てくる。
 となると、ありとあらゆる手段を使って俺達を消しに来るだろうな。
 と言う訳で、場合によっては暗殺される危険性すらあるという訳だ」

 「……話が見えないな。
 ジンの話だと利益とリスクが釣り合わない。
 報酬が欲しいだけならばそこいらのギルドで依頼を受けた方が余程安全だし、他の権利だって金さえあれば買えるかもしれない。
 正直命をかけてまで欲しいものでは無い筈だ。
 それなのに、君は受けるべきだって言う。
 これは一体どういうことだ?
 それと僕はいつまで正座してればいいんだい?」
 
 「恐らく、ジンが懸念してるのは受けなかった時のリスクなのですよ。
 そうなのですね、ジン?
 それからもう足の感覚が無くなってきたのです、もう勘弁してほしいのです」

 「ご明察、そういうことだ。
 何が一番問題かと言えば、『俺達がエルフィーナ姫の存在と現状を知っていること』が問題だ。
 ここの魔法陣が破られたのは調べればすぐにわかることだし、そうなった時に一番に疑われるのも恐らくは俺だ。
 そして何より、フィーナが俺達のことを隠しておく理由がない。
 さあ、この状態で俺達が依頼を断り、フィーナの身に何かが起こったとしよう。
 俺達は捕まったら縛り首物のお尋ねものになるだろうし、下手すりゃエストックの村さえ危うくなる。
 ……正直、俺達がここを発見して、フィーナに依頼をされた時点で詰みなんだよ。
 そう言う訳でお前らまだ正座、逃げようとしたらげんこつ三発な」

 「何よそれ。
 それじゃこの話し合いなんて意味無いじゃない。
 それならさっさと依頼を受ければ良いじゃないの」

 「殺生なーーーー!!」と叫ぶルネを無視してリサがジンにそう言った。
 ジンは「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」と繰り返しながら頭を押さえて震えるルーチェを無視してそれに言葉を返した。

 「……依頼を受けた時点で即座に暗殺を警戒しなきゃいけないと分かって言ってるか?
 その危険性を認識させるために話し合いをしたんだが」

 「うっ……」

 「ううっ、何にせよ、受けなくちゃいけないことには変わりないんだね。
 ふう……王族関係か……正直あんまり関わりたくはなかったんだけどな、面倒くさそうだし。
 て言うかもう許してください……」

 足がつらいのかプルプル震えながらルネがそう言う。
 青い短パンから伸びる脚は圧迫されて青白く変色している。

 「そう言ってくれるな、ルネ。
 受ける以上、そのリスクに見合った報酬は掴み取って見せるさ。
 あ、正座を解かせろっていうのは却下な。
 さて、俺はフィーナと話を付けに……」

 エルフィーナの許に行こうとするジンの肩にぽんっと手が置かれる
 それに不穏な空気を感じたジンはギギギ、と言う擬音と共に後ろを振りむいた。

 「……な、何でしょうか……ユウナさん?」

 ジンが笑顔のユウナにそう話しかけると、ユウナはジンの頬を撫で始めた。
 その行為にジンは言い表せない恐怖を感じ、顔から血の気が一気に引いた。

 「ジン? あったばかりの女の子ともう仲良くなったんですね……
 一国のお姫様にもう愛称で呼ぶことを許されるなんて、とんだ女誑しですよね……」

 ユウナはそう言うとジンの顔を鷲掴みにし、アイアンクローをかけた。
 ミシミシという音がジンの頭蓋骨から聞こえ始める。

 「あだだだだだだだだだ!!!!
 割れる割れる割れるぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 「女の敵は滅べば良いです」

 喚き散らすジンの声に構わず、笑顔でアイアンクローをかけ続けるユウナ。
 しばらくすると、悶えていたジンの動きがだんだんと緩慢になってきた。

 「ちょ、ちょっと、ユウナさん!?
 ジンはお姫様とお話をしなきゃいけないので早く放すのです!!!
 はうぁ!?!? あ、足が……」

 それを見て、ルーチェが慌てて止めに入ろうとして思いっきりコケた。
 ユウナはルーチェの声を聞いてゆっくりと手を放した。
 ジンは一瞬がくっとひざを突き、こめかみを押さえながら立ち上がった。

 「あたたたたたた……ユウナ、別にお前が思ってるようなもんじゃないから。
 多分ここにいる全員が皆そう呼ぶように言われるから気にするな」
 
 「……分かりました。
 それじゃお話を済ませてきてください」

 不機嫌な顔でそう言うユウナに、ジンは苦笑して答えた。

 「言われなくてもそうするって。
 んじゃま、行ってくる。
 あ、ルーチェさっきはありがとう、ちゃんと正座して待っとけよ」

 「助けてあげたのにあんまりなのですーーーー!!!!」と泣き言を言うルーチェを置き去りにしてジンはエルフィーナの所に戻る。
 椅子に座って退屈そうにしていたエルフィーナはジンが近付いてくるのを見ると、ゆっくりと顔を上げた。

 「すまん、待たせた」

 「……全部聞こえてたよ」

 エルフィーナは少し拗ねたようにそう言うとジンの眼を見つめた。
 それを受けて、ジンは思わず後ずさる。

 「う……それはすまんかった。
 言い訳にしかならんが、あいつらはまだ少し認識が甘いからああいう言い方をさせてもらった。
 気分を害してしまったのなら謝ろう」

 「いーよ、本当ならもう人に頼むのは諦めよーかなって思ってたから。
 自分の立場は分かってるし、危険だっていうのも分かってる。
 だから私はジンが受けてくれるんなら文句は言わないよ」

 少し投げやりな発言にジンは苦笑する。

 「そう言ってもらえると助かるよ。
 それじゃ、仲間に紹介するからそちらも自己紹介を頼む」

 「その前に……みんな強いの?
 ジンが言ってるみたいに、とっても危ないんだよ?」

 そう言って可愛く小首をかしげながらエルフィーナはジンの後ろのレオ達に眼をやった。
 それに対し、ジンは少し考えるそぶりをして答える。

 「あいつらか?
 そうだな……経験を積めば今の俺より強くなる可能性があると言っておこうか。
 クラスは3人はもうSSSだし残りの2人もAAAだから実力的には申し分はないぞ」

 ジンがそう言った瞬間、エルフィーナの眼がまあるく見開かれた。

 「うわぁ~、みんな強いんだねー。
 でも、ジンより強くなるってホントに?」

 「それは保障するよ、何しろ条件次第じゃ俺に勝つこともあるからな。
 追いつかれないようにするのは俺でも苦労すると思うぜ?」

 「そうなんだぁ~……うん、それじゃあ期待してるよ、英雄さん?」

 エルフィーナの発言にジンは照れくさそうに目線を逸らし頬を掻く。

 「あんまり英雄って言われるのは慣れてないからくすぐったいな。
 それからそれを言うなら俺だけじゃなくて全員に言ってほしい。
 それじゃ、紹介しよう」

 そう言うとジンは仲間を全員呼び付け、自己紹介させた。
 なお、正座を続けていた二人組はしびれた足に悶えながら地面に這いつくばっている。
 重ねてその二人の様子を見てアーリアルが二人の足をつっつきたくて隣でうずうずしている。

 「モントバン国第1王女、エルフィーナ・フラン・モントバンと言います。
 依頼を受けてくれたみんなとは仲良くしたいし、私も使わないから敬語は使わなくていいよ。
 それから私のことはフィーナって呼んでね。
 これからよろしくね」

 「ああ宜しく頼むよフィーナちゃん。
 ……どうだい、今夜あたりお兄さんと一緒に「逝きさらせぇ!!!」はんぎゃああああ!?」

 ふざけたことを言いだしたレオに即座にリサがハンマーを叩きつける。
 レオは殴られた衝撃で腰のあたりまで垂直に床に埋まる。

 「少しは自重しなさいよ、レオ!!!
 ごめんなさいねフィーナ、この馬鹿は今この場できっちり絞めといてあげるから」

 「ううん、気にしてないよ。
 だから少し手加減してね」

 「了、解!!!」

 「おぶぅ!? と、とめないのかよおぉぉぉおうふっ!?」

 リサは苦笑するエルフィーナに応えながら、釘を打つようにレオの頭をハンマーで連打する。
 レオは殴られるたびに釘よろしく床に撃ち込まれていく。

 「い、いや、流れ的には止めないだろう……
 不敬罪で連帯責任取らされたらたまらないからね、しっかりと干されれば良いと思うよ……
 ああっ、やめてアーリアル様!! アッー!!!」

 「ほれ、つんつんつん……♪」

 耐えきれなくなったアーリアルにしびれた脚を突かれてルネが声を上げる。
 それを見て、エルフィーナはくすくすと笑い始めた。

 「そんなことしないよ。
 本気でそんなことはしないって信じてるから、ね?」

 「じゃあ、何で止めなかったのですか……
 ひぃぃぃ!!! や、やめるのですアーリアル様ぁ!!」

 「ぐりぐり……はっはっは、たのしいなぁ♪」

 今度はしびれた足をかかとで踏みにじられてルーチェが声を上げる。
 その様子を見て、アーリアルは楽しそうに笑った。

 「えーっと、止めた方が良かったの?」

 「いつものことですし、止めなくても大丈夫です「あんぎゃああああああ!!!! こ、こぼれるっっっっ!!!!!」……こ、こんな扱いで大丈夫ですよね?」

 「大丈夫だ、問題無い」

 断末魔を聞いておろおろするユウナにジンはそう答えた。
 その回答を聞いてエルフィーナはほーっと頷いた。

 「そーなんだー。
 私はみんなが楽しければそれでいいよ。
 それよりさー、そろそろおとーさまの所へ行こう?」

 「ああ、そうだな。
 事情を説明しないといけないし、報酬に関する相談もしなきゃならんからな。
 ただし、依頼に関することは自分で言ってくれよ?
 フィーナがどういう考えを持って俺を雇おうとしたのかなんて俺には分からないんだからな」

 「だいじょーぶだよ、お父様ならきっとわかってくれるよ。
 でも、ジンはちょっとだけ気を付けたほーが良いかも」

 「そりゃまた何で?」

 「えーっとね……行けば分かると思うよ?」

 あどけないエルフィーナの表情からは、ジンは何も掴むことは出来なかった。



 一行は首都に戻り、その中心にあるフランベルジュ城に入った。
 エルフィーナはジン達より先に謁見の間に入り、父親である王に話をすることにした。
 そしてエルフィーナが謁見の間に入ると、王は非常に驚いた表情を浮かべた。

 「フィーナ!? 隠れていたのではなかったのか!?」

 「それがねー、見つかっちゃったの」

 「何だと!? あの魔法陣は破られないはずではなかったのか!?
 ええい、エレンを呼べ!! あやつにはきっちり話を……」

 「おとーさま、エレンは悪くないよ?
 ただ、ちょっと相手が悪かっただけなんだ」

 興奮した王をエルフィーナはそう言って宥めた。
 王は落ち着きを取り戻すと、改めてエルフィーナに向き直った。

 「む……そう言えば、その相手はどうしたのだ?
 まさか、黙って帰したりはしていないだろうな?」

 「うん、ちゃんと連れてきてるよ。
 うふふ~ 多分びっくりすると思うよ?
 ジン!! みんなー!! 入ってきて!!!」

 エルフィーナがそう叫ぶと、ジン達が謁見の間に入ってくる。
 ジンは仲間を手で制し前に出ると、王に向かって恭しく頭を下げた。

 「お初にお目に掛ります、陛下。
 ジン・ディディエ・ファジオーリと申します」

 王は名前を聞いた瞬間、驚愕の表情を浮かべた。

 「……まさか、君があの『修羅』なのかね?」

 「確かに、私はそうも呼ばれております。
 そして私と共にいるものは、私が認めた使い手たちです。
 以後お見知り置きを」
 
 「それでね、しばらくの間ジン達にお願いして私のことを守ってくれることになったの。
 だから、おとーさまにそれを伝えに来たの」

 父親を驚かせられたことが楽しかったのか、エルフィーナは満面の笑みを浮かべてそう言った。
 それに対し、王は難しい表情を浮かべた。

 「ふむ……良いだろう……と言いたいところだが、そう簡単には許可は出せん」

 「えーっ、何で!?」

 まさか断られるとは思っていなかったのだろう、エルフィーナは驚いた様子で声を上げた。
 王は難しい表情を浮かべたまま話を続けた。

 「それを話す前に先に断っておく、これからジン殿達にとって不快なことを言うことを許してほしい。
 まず、ジン殿が本人であるかが分かっていない。
 エレンは確かに我が国最高位の魔導師だが、彼女が頂点でない限り、それを超える魔導師は複数人居て然りであるからだ。
 これは確認をとれば分かるのであろうが、そこははっきりさせておきたいのだ。
 そしてこちらが重要なのだが、彼らが我々に害意が無いかどうかが分からぬ。
 その確認がしっかりと取れなくば、簡単に許可することは出来ぬ」

 「でも、今までにも護衛を雇うことはあったよ?」

 「確かにそうだ。
 だがそれは何かあったときにエレンや城の者で対処出来るレベルの者であった。
 しかし、今回は訳が違う。
 もし彼が修羅本人であった場合、彼一人抑えるのに何人の犠牲を出すやら分かったものではない。
 そうでなくてもエレンの魔法を破った男だ、我々で易々と制御しきれるものではないだろう」

 王がそう言うと、エルフィーナは困ったように唸り声をあげた。

 「う~、何とかならないのかなぁ?」

 「そのためにも今エレンを呼んでおる」

 二人で話していると、再び扉が開き人が一人入ってきた。
 入ってきたのは赤みがかった茶髪を肩の高さで揃え、淡いレモン色のローブを身にまとったエルフの女性だった。
 エルフの女性は王の前に来ると一礼した。

 「エレン・レミオール、只今参上いたしました。
 私にご用があれば何なりとお申し付けを」

 「エレン、久しぶり~」

 「姫様!? 何故ここにおられるのですか!?」

 エレンはエルフィーナの姿を見るなり驚いた表情を浮かべた。
 ジンはそれを見て少し考え、彼女が術者で、あの仕草は演技であろうと考えた。
 何故なら、姫を餌にして冒険者をおびき出すなどと言うことを知られたらただでは済まないからだ。

 「あのねエレン、あの魔法陣破られちゃったの」

 「何ですって? 失礼いたしますが、事の詳細をお聞かせ願えますか?」

 エルフィーナはエレンに事の顛末を詳しく話した。
 それを聞くと、エレンは頷いた後王の方に向き直った。

 「……そういうことでしたか……陛下、今この場で魔法を使う許可をいただけますか?」

 「構わん。お前が何をするかは分からぬが、むしろ余も自分の目で確認しておきたい」

 「では、これから私が行うことを説明いたします。
 まず、今ジンと名乗っておられる彼に魔法をかけ、彼の記憶を覗くことによって本人の確認を行います。
 聞けば彼はフェイルノート国で本人の身分を証明する書面を賜ったとのこと、それも合わせて確認を行いましょう」

 「ふむ、では害意の有無はどのように判断するつもりだ?」

 「それは許可をいただけるのであれば血の契約書を使って判断いたします。
 これは本人の血を持って署名したものを、その文面の内容に従わせる効果がございます。
 今回の場合ですと、彼らが陛下や姫様に危害を加えられないようにするものになるのですが、それを確実なものにするために陛下と姫にも署名していただきたいのです。
 許可をいただけますか、陛下、姫様?」

 エレンがそう言うと、親子は揃って頷いた。

 「良かろう。その程度のことで安全が買えるのであれば余に異論はない。
 フィーナ、お前はどうだ?」

 「ん、いいよ。
 ジン達はそれでいーの?」

 「私は特に異論はございません」

 「ホントに?」

 「王やそれに連なる者の警備をするのであればそれ位の事はして当然でしょう。
 ……しかし、私以外の者がどう思っているかを確認させていただきたいのですが、よろしいですか?」

 「うむ」

 王の承諾を受け、ジンは後ろを振り返り全員に声をかけた。

 「話は聞いてたな?
 そう言う訳で、お前らにもサインしてもらうぞ」

 「……つまり、どう言うこと?
 一度きちんと整理しておきたいんだけど?」

 リサはそう言うと腕を組んでジンに説明を求めた。

 「とどのつまり、効果付きの誓約書に自分の血を使ってサインするわけだ。
 これにサインすると、その書面が存在する限り王様やフィーナに危害を加えることができなくなる」

 「具体的にはどうやってそうするんですか?」

 「恐らく害意を持って攻撃を加えた場合に、一切の力が入らなくなる呪いが掛けられると思う。
 普段触れ合ったりする分には効果は出ないはずだ。
 何故ならば、触れることができないと咄嗟のときに引き寄せたりできなくなるからな」

 「でもそれに安易にサインするのは危険じゃないかい?
 逆にいえば契約者に襲われても僕達は何もできない訳なんだろう?」

 説明を続けるジンにルネがライトブラウンの髪を指で弄りながらジンにそう言った。
 ジンはそれを即座に否定した。

 「流石にそこまでは無いな。
 確かに契約者に攻撃することは出来ないが、自分の防御は出来るさ。
 相手の剣を弾き飛ばすことは出来るし、魔法をかき消すことも出来たしな。
 大体、俺達に襲い掛かるとしても王様達じゃ無理だろう。
 まあ、別にサインしても俺達が本気で困ることは無いだろうな」

 「ふん、我はそんな署名なぞせぬぞ」

 不遜な態度で腕を組み鼻を鳴らすアーリアルに、ジンは苦笑いを浮かべた。
 ちなみに、流石に王の前での肩車はレオに迷惑がかかると言うことで地面に降りている。

 「心配しなくてもアーリアルに署名をさせる気はない。
 こう言っちゃなんだが、今のアーリアルの姿は誰が見ても子供、その姿なら幾ら王様でも子供に流血を望んだりはしないだろうさ」

 「一つ質問なんだけどさ、護衛の仕事ってみんなこんな面倒くさいことするわけ?」

 「流石にそりゃねえだろうよ。
 そんなことしてたら準備に金がかかるし、大体客に襲い掛かるようじゃ自分の信用に関わっからな。
 冒険者も客商売、一番大事な信用を失うことはしねえのが大前提なんだわ」

 リサの質問にレオが割り込んで説明をする。
 ジンも言うことは一緒だったらしく、感心したようにうなずいた。

 「ほう、やっぱその客商売をしていただけあるな、レオ。
 言いたいことを全部言ってくれた」

 「宿で荒くれ共の相手をしてりゃ嫌でも覚えるっての」

 「それもそうか。
 それじゃ、話を付けてくる」

 澄ました顔のレオにそう言うと、ジンは王に向き直る。

 「話は終わりました。
 全員署名に合意をしました」

 「うむ、では早速始めるとしよう。
 まずは身分の確認から始めようか」

 王がそう言うとエレンがジンの前に立った。
 エレンはジンの顔を両手でつかみ、アメジストの様な瞳でジンの眼をのぞきこんだ。

 「では、始めます。
 “汝の記憶を明かせよ”」

 「うっ……」

 魔法が掛けられた瞬間、ジンは強い頭痛を感じて思わず声を上げる。
 魔法が掛けられているせいか眼を閉じることができず、記憶をそこから読み取られていく。
 しばらくするとエレンは眼を閉じ、ジンを解放した。

 「…………ジン・ディディエ・ファジオーリ、旧名ジン・マクラーレン本人であることを確認いたしました。
 ご協力ありがとうございます」

 「いえ、お気になさらず」

 「ねぇエレン、書けたよー?」

 エレンの後ろからエルフィーナののほほんとした声が聞こえてくる。
 エレンは玉座の前に置かれた机の前に行き、サインを確認する。

 「はい、では預からせていただきます。
 それではジン様、こちらに血を受けて署名をお願いいたします。
 後の方々も続いて参りますのでご用意をお願いいたします」

 ジンは机の前に立つと書面を確認した。
 そこには次のように書かれていた。

 『契約における誓約

 いつ、いかなる時もモントバン国王およびその家系に連なる者に対して害意ある行動を行わない
 王家の家財を持ちださない
 モントバン王家に対して反乱等の企てを行わない
 
 以上のことを立会人の許に同意し、それを守り抜くことを下記の契約者は誓うものとする。』

 書類の立会人の項には、既にモントバン国王とエルフィーナ、そしてエレンの名前がそれぞれの血で記されている。
 ジンは机の上のナイフで手を切りつけると受け皿に血を滴らせ、それを羽ペンに着けて名前を書いた。
 アーリアル以外の残りのメンバーも同様に名前を書いていき、全員が書き終わった。 

 「うむ、署名も無事に終わったことだ、続いて報酬と扱いについて話し合おうではないか。
 諸君らは報酬に何を望むか?」

 「報酬については依頼である異変の解決達成時に、路銀と陛下の直筆と印鑑の入った身分証明書を全員分発行していただきたい。
 依頼中の我々の扱いについては、陛下の思うようにお伝えください。
 ですが、護衛に不備が出るようなことがあればこちらから希望をお出ししますので、ご了承ください」

 ジンの要望を聞くと、王は静かにうなずいた。

 「良いだろう、その程度で娘の安全が買えるのであれば安いものだ。
 扱いに関してだが、諸君らを客将という形で取り扱いたいと思う」

 王の突然の提案にジンは思わず首をかしげる。

 「客将、ですか?」 

 「巷では、諸君らは皆AAAランク以上、うち4人はSSSランクと聞いている。
 それほどの逸材であるのならば、依頼外ではあるがここにいる間に兵たちの調練や魔導師たちの教育なども頼みたいと思っておる。
 その代わり城内の立ち入り禁止区域を除く全ての場所への通行許可と仕事に対する報酬のを出し、そして依頼中の生活を客人と同等の扱いにさせてもらおう」

 これにはジンも驚いた。
 通常、王家の護衛であっても精々が常駐の騎士と同じ扱いを受ける程度であり、一介の冒険者を貴族や王族と同等の待遇にすることは異例と言っても良かった。
 更にその上に別途給料も支払われるのだから、ジンにとって信じられないほどの高待遇であった。
 加えて想像以上に自分達が噂になっていたことを知り、少々迂闊だったと反省する。
 
 「……ずいぶんな扱いですね。
 それであればこちらとしてもご期待に応えなければなりませんね」

 「うむ、期待しておるぞ。
 それでは下がって良いぞ」

 それを聞くとジンは一礼し、仲間と共に謁見の間を辞した。
 若干疲れた顔のジンに、仲間達は詰め寄る。

 「……なあジン、結局俺達はどういう扱いになったんだ?」

 「依頼達成までこの城で仕事をしながら貴族や王族と同レベルの生活をすることになった。
 お前ら、頼むから常識の範囲内で行動してくれよ?」

 「常識の範囲内で」の部分をやたらと強調しながらジンは全員にそう話す。

 「流石に僕達だってそこまで馬鹿じゃないよ。
 問題は護衛以外の仕事のことさ。
 そっちはどうするつもりだい?」

 ルネは髪を弄りながらジンにそう返した。
 ジンは少し考えて返答する。

 「大体は現場の指示に従えば何とかなるだろう。
 仕事内容は追々王様とかから指示も出るんだろうし、個人個人で動くことが多くなるだろうな。
 それに幾らなんでも国家の中枢に関わることを一介の雇われ冒険者にやらせることは無いだろうから、そんなに難しいことは無い筈だ。
 たぶん、後で得意分野とかいろいろ聞かれると思うぜ?」 

 「……そ、それにしても、いきなり貴族生活とか言われても実感湧かないのです……」

 ルーチェは今までのアパート暮らしから突然の城暮らしへの変更に戸惑っているようで、オロオロしている。
 それを見てジンは苦笑した。

 「基本的にはいつもと変わらんと思うぜ?
 飯が少し豪華になって、ベッドが柔らかくなっただけさ。
 でもまあ、せっかく城内を自由に歩いて良いって言われたことだし、色々と見学すりゃ良いんじゃないか?」

 ジンの言葉を聞いて全員が眼を光らせた。
 その内容の内訳は、

   ユウナ:厨房で料理の勉強
    リサ:訓練所でストレス発散
    レオ:メイドのナンパ
    ルネ:宝物庫の見学
  ルーチェ:書庫で希少文献の調査
 アーリアル:城内の神殿の見学 on レオの肩
 
 であった。
 それぞれがそれぞれに思いを馳せていると、エルフィーナが声をかけてきた。

 「お話は終わった?
 それじゃー私が案内してあげるからついてきてね」

 そう言うと、エルフィーナは文字通り城中を隅々まで案内した。
 ジン達は会議室、訓練所、娯楽室、食堂、図書室および書庫など、様々な施設の紹介を受けた。
 途中エルフィーナが試行錯誤をしながら全員の呼び名を考えたのだが、

 「う~、アーリアルはあーたんで、ルーチェはるーるー、ルネは……う~……普通にルネちんかなぁ?
 リサはリサねー一択だし、ユウナは雰囲気的にゆーさまでしょー……
 レオは……れおぽんで良いや。
 ジンはどうしようかなぁ……女の子みたいだけどジニーで良いかな?」

 「「「「「「「…………………」」」」」」」

 全員沈黙した。
 何故なら、却下すると「じゃ~、何て呼んで欲しいの? 面白くなきゃやだよ?」と、期待に輝かせた目で見られながら言われるからである。
 ちなみに、アーリアルの名前は神様の名前にあやかって付ける人が多いため、町を探せば割と見かける名前だったりする。
 そして最後に案内を受けたところは3階の渡り廊下の手前にある部屋だった。

 「で、この辺りがみんなの部屋だよー。
 手前から順番に、るーるー、ルネちん、リサねー、れおぽんとあーたん、ゆーさま、ジニーの部屋だからねー。
 ちなみにこの奥が私んちー」

 この区画は王が信頼できると思った忠臣達が常駐するための区画であり、王族の居住区画のすぐ手前にある区画だった。
 王族の居住区画に行くためには必ずこの3階の渡り廊下を使わねば行けないため、門番の役割も果たすことになる。

 「何で俺とアーリアルが同じ部屋なんだ?」

 「あれー? 親子じゃないの?」

 レオの疑問に対して、エルフィーナは疑問で返した。
 その反応に、レオはガクッと膝をついた。

 「……俺、そんな歳に見えるのか……?」
 
 「レ、レオは我と一緒は嫌なのか?」

 落ち込むレオの肩の上で、金色の眼に涙をためて泣きそうな顔でアーリアルはそう言った。
 その震える声を聞いて、レオはふっと溜め息をついた。

 「……そうは言ってねえだろ。
 だから泣くんじゃねえよ」

 「うん……」

 レオはそう言いながらアーリアルの頭を撫でる。
 アーリアルはそれを受け入れ、レオの頭に抱きついた。

 「ねー、あの二人ホントに親子じゃないのー?」

 その二人を指差して、無邪気な声でエルフィーナはそう言った。
 それを見て、リサは笑いをこらえながら質問に答えた。

 「き、気持ちは分かるけど、親子じゃないわよ?」

 「へー、そーなんだ」

 「それにしてもずいぶんと信頼されたもんだな。
 まさか王族の居住区画のすぐそばに部屋が来るとは思わなかったぞ?」

 「おとーさまがあの契約書にサインしたなら大丈夫だろうってことで私んちのすぐ近くになったんだよ。
 これなら何かあってもすぐにみんな私のとこに来れるでしょー?」

 エルフィーナは楽しそうにそう言った。
 どうやら友人認定した人間がすぐ近くに住むことになったことが嬉しいようだ。

 「確かにそうだが、幾らなんでも近すぎないか?」
 
 「いーじゃん、部屋近いと遊びに行きやすいし。
 それとも、ジニーは私と仲良くしたくないの?」

 エルフィーナは捨てられた子犬の様な眼でジンの顔を下からのぞきこんだ。
 その視線にジンはたじろぐ。

 「い、いや、そんなことは無いが……」

 「ホントにー?」

 エルフィーナはくりくりした純真な目でジンをじーっと見つめ、詰め寄りながら確認をとる。

 「あ、ああ……」

 ジンにできることはただうなずくことだけだった。
 それを見て、エルフィーナはニパーッと笑った。

 「じゃあいーじゃん。
 と言う訳で、これからちょくちょく遊びに行くから宜しくねー」

 ジンがエルフィーナの精神攻撃に白旗を上げたその時、向かい側からエレンがやってきた。
 エレンの手には書簡が握られており、先ほどまで会議に出ていたことが分かる。

 「おや、姫様。
 彼らを案内していたのかしら?」

 「そうだよー。
 あ、ジニーの部屋、エレンの希望どーりエレンの隣の部屋になったからねー」

 どことなく楽しそうなエルフィーナの声にエレンが軽く首をかしげる。

 「ジニー……ああ、ジンのことね、ありがとう。
 そうだ、せっかくですし、皆さん私の部屋でお茶でもいかがかしら?」

 「あ、さんせー。
 ねー、みんなで一緒にお茶のも?」

 「そうだな。
 それじゃあ、ご一緒させていただきましょう」

 「あらあら、そんなにかしこまらなくても良いわ。
 これからしばらくは同僚なのだし、楽なしゃべり方で良いわよ?」

 エレンは砕けた喋り方ではあるが上品な仕草で話しかける。
 それに対し、ジンは普段通りの態度で話を続けた。

 「んじゃ、お言葉に甘えさせてもらおう。
 ところで、何で俺達の部屋と言うか俺の部屋を隣にしたんだ?
 アンタはあの契約書の被保護者にはなっていないはずだが?」

 「エレンと呼んでちょうだいな。
 それから質問の答えだけれど、単純に私の興味よ。
 それに私じゃ貴方を倒しきることは不可能だし、逆に貴方に襲われても逃げるくらいなら問題ないわ」

 ジンは一体自分の何に興味があるのかを考えると同時に、エレンが自分から逃げ切れるかどうかを考えた。
 興味の内容については分からないが、逃げ切れるかどうかはすぐに答えが出た。

 「それもそうか。
 あの魔法陣が張れるほどの使い手なら、俺を倒せずとも逃げることは出来るだろうな」

 ことのほか早く帰ってきた返答に、エレンは少しだけ意外そうな表情を浮かべた。

 「あら、ずいぶん素直に認めてくれたわね」

 「あの魔法陣の隠ぺい能力は凄かったからな。
 たぶん本気で隠れられたら俺には見つけられんだろうな」

 ジンの評価を聞いて、エレンは口に手を当てて嬉しそうに笑った。

 「ふふふ、お褒めにあずかり光栄よ。
 さてと、ここでこのまま立ち話をしているのも何だし、中にお入りなさいな」

 エレンはそう言って自分の部屋のドアを開けた。

 「♪~……あ」

 すると、書類や本が散乱している雑然とした部屋の中で、羽の生えた小さな人の形をした生物、妖精が本を読んでいた。
 エレンは笑顔を消し、無言でドアを閉め、顔に手を当てた。

 「……ちょっとごめんなさいね」
 
 そう言うと、エレンは勢い良くドアを開け放って中に入っていった。
 エレンが中に入ると、ドアが閉められる。

 「キャロル!!! あれだけ部屋を片付けておきなさいと言ったでしょう!?」

 「ひええええ~っ!!!
 すんません、賞味期限がギリギリのケーキがあったのでそれを処理してたら遅くなったっスよ~!!!」

 「わ、私が楽しみにしていたケーキを……ええい、そこに直りなさい!!! たたっ斬ってくれるわ!!!」

 「ひええええええええ~っ!!!! 
 アゾット喰らったら死ぬっスーーー!!!」

 「ええ、殺すつもりで振ってるのだから当然よ!!!」

 「ひょええええええええええええええ~っ!!!!!
 退却、退却っスーーーーーー!!!!」

 突如として中から怒号と悲鳴が聞こえてくる。
 それと同時に中からドタバタと激しい騒音が響く。
 しばらくするとドアが勢いよく開き、中から先ほどの妖精が飛び出してきた。

 「兄さん兄さん!!! ちょっと胸借りるっスよ!!!」

 「あ、おい!!!」

 青緑色の髪のキャロルと呼ばれた妖精は、有無を言わさずレオの黒鉄色の鎧の中に入り込む。
 その直後、部屋の中から無表情のエレンが短剣を持って現れた。
 エレンはレオの姿を認めると、綺麗な笑みを浮かべた。

 「……貴方、確かレオって言ったわね……ちょっとそこの駄妖精渡してくださる?」

 「あ、ああ、ちょっと待ってくれよ……って、テメェ何してやがる!!!」

 レオが鎧の中からキャロルを引っ張りだそうと中を見ると、その中ではキャロルが銀色の繭を作って引きこもっていた。
 引きはがそうとしても繭は強力にくっついており、取れそうにない。

 「後生だから見逃して欲しいっス!!!
 キャロルが生き延びるためには仕方が無い事っス!!!」

 繭の中からはキャロルの必死の声が聞こえてくる。
 その甲高い声を聞いて、エレンは黒い笑みを深くした。

 「ふ~ん……その鎧の中で籠城するつもりなのね、キャロル?
 ……ごめんなさいね、レオ。
 少し手荒な事をさせてもらうわ」

 そう言うと、エレンは指先に炎を生み出した。
 それを見て、レオはギョッとする。

 「ま、待て、何をする気なんだ!?」

 じりじりと後退するレオに、じりじりと近寄るエレン。

 「ええ、その駄妖精を鎧の中で蒸し焼きにしてやろうと思って。
 大丈夫よレオ、ちょっと熱いだけだから」
 
 「だ、大丈夫な訳あるけぇ!! 俺まで焼け死んじまうわ!!!」

 レオはそう言うや否や、一目散に逃げ出した。

 「あ、こら待ちなさい!!! “火蜥蜴の尾”!!!」

 それを見て、エレンは走りながら炎の鞭を呼び出しそれを振りまわす。
 レオはそれを避けつつ、ひたすらに走る。

 「うおおおおおお!!!!」

 「こ、こらレオ!!!
 我を肩に乗せたまま走るな!!!
 酔ってしまうだろうが!!!」

 「うるせえ、テメェを降ろしてる余裕なんざねえんだよ!!!」

 頭にしがみついているアーリアルにそう言いながら炎の鞭を避け続ける。
 そんな中、レオの胸元からは妖精が応援をし続けている。

 「頑張って逃げるっスよ、兄さん!!!
 お互いの命がかかってるっス!!!」

 「テメェはんなこと言う前にとっとと出てきやがれ!!!」

 「無理っス。
 繭は作れても消せないし、外に出るためのナイフを忘れてきたっス」

 「この大馬鹿ヤロォォォォォォォォ!!!!」

 「一瞬で済むから止まりなさい!!! “火炎弾幕”!!!」

 今度は大量の火の玉が文字通り弾幕の様にばらまかれる。
 
 「んああああああああ!!!」

 レオはそれを気合でかき消したり、避けたりしている。 
 その様子を、残りのメンバーは呆然と見送っていた。
 
 「……ごめんねー、みんな。
 お茶会はまた今度みたい」

 「……まあ、そうだろうな……」

 そう言うと、エルフィーナは案内を終了した。
 なおその日の夕食の時間には、息を切らせたエレンと黒こげになったレオと蒼い顔をしたアーリアルがいたことは余談である。




 夕食後、初日の護衛にレオとルーチェをあてがったジンは自室で大剣をとり、トレーニングをしていた。
 すると、ドアをノックする音が響いた。

 「ん、誰だ?」

 「入ってよろしいかしら?」

 ジンが声をかけると、大人びた女性の声が聞こえてきた。
 その声の主に、ジンは首をかしげた。

 「エレン? ……まあ良いか、入って良いぞ」

 「失礼するわ。
 ……熱心ね、トレーニングの最中だったかしら?」

 剣を持っていたジンを見て、エレンは感心した様子で頷いた。
 ジンはそれに苦笑で返す。

 「うかうかしてると奴らに追い抜かれそうなんでね。
 で、何の用だ?」

 ジンがそう言うと、エレンは微笑を浮かべて、

 「単刀直入に言うわよ。
 貴方に決闘を申し込ませていただくわ」

 と言った。

 「……は?」

 突然の一言に、ジンは固まる。
 何故なら、決闘とは訓練所を使わない、本気の命のやり取りを指すのだから。


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 ども、F1チェイサーです。

 新年度が始まり、ひーひー言いながら仕事をしております。
 花粉症との相乗効果により、今にもお亡くなりになりそうです。助けてください。

 それはさておき、今回ようやく準備期間から次の段階に移りました。
 パーティー組んで最初の依頼が国王様の依頼と言う、本来ならあり得ない依頼を強制的に受けてもらいました。
 いきなりの高難度の依頼ですが、有名になったことによる有名税と言うやつです。
 そして、ジン本人はその影響がもろに出てきた形になります。
 
 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。


 4/5 初稿



[25360] けっとうとそのけつまつ
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/04/17 03:30
 いきなり決闘を申し込まれて、ジンは頭を掻いた。
 一方、申し込んだ側であるエレンは優雅に笑みを浮かべている。

 「一体何だ? そう突然決闘を申し込まれても訳が分からんのだが?」

 「あら、さっきも言ったじゃない。
 私は貴方に興味があるって」

 「訳が分からん。
 ただ単に興味の対象にするだけなら別に決闘なんざする必要はないだろ?
 俺の戦いが見たけりゃ訓練所で戦えば良いんだからな」

 「いいえ、それがあるのよ。
 私は、貴方が本当に追い詰められた時の命の輝きが見たいのだから。“亜空の扉”」

 エレンがそう言った瞬間、二人は平原に立っていた。
 ひざ下くらいの高さの黄金の平原には心地よい夜風が薙いでおり、遠くには二人がさっきまで会話をしていたモントバン城が月夜の闇の中に佇んでいる。
 ジンは少し警戒しつつ、エレンの顔を眺める。
 微笑を浮かべたその表情からは、どこか期待の表情がうかがえる。

 「……本気か?
 確かにエレンはそこいらの魔導師とは比べものにならないくらい高い魔力と、さっき廊下で見せた魔法制御力がある。
 だが正直、アンタ一人じゃ俺から逃げ切ることは出来ても俺を追い詰めることは出来ないと思うんだが?」

 「ええ、貴方の様にエルフをもってしてもお化けと言わせられるような魔力を持ってて、反則級の経験を持つ人間に私じゃ勝てないわね。
 ……でも、私が一人じゃなかったらどうかしら? “亜空の扉”」

 エレンはそう言うと自分と同じ姿の人間を3人呼び出した。
 それらはそれぞれエレンと全く同じ量の魔力を持っており、それぞれに思考能力を持っているようだった。
 ジンはそれを見て姿勢を正し、面白そうに笑った。

 「くくく、なるほどな。
 まさか自分のコピーをこれだけ用意してくるとはね。
 これだけ用意するのに何年かかった?
 一朝一夕で作れるものじゃなかったと思うが?」

 「じっくり肉体の調整と魔力の注入を重ねて30年かしら?
 材料は滅多に手に入らないし結構作るの大変なのだけど、貴方相手ならこれくらい惜しくは無いわ」

 澄ました顔でそう言うエレンの言葉に、ジンは大きく笑い声をあげた。

 「はっはっは、ずいぶんと大盤振る舞いするじゃないか!!
 確かに、このくらいの戦力があれば俺も殺せるかもな?」

 殺されるかもしれないと言うのに、ジンは愉快そうにエレンに言葉をかける。
 その言葉に対し、エレンは少し呆れ顔で言葉を返す。

 「私としてはここまでやっても確実ではないってことに驚きよ。
 さあ、早く始めましょう?
 もたもたしてると他の人たちにばれるでしょうしね」

 「ああ、始めるとしよう。
 ……あいつら以外では久々に楽しくやれそうだ」

 そういうとジンは銀に輝く大剣を抜き放ち、エレン達もアゾット剣を手に取った。
 ジンの灰青色の眼と、エレンのアメジストの様な紫色の眼が交差する。
 
 「それじゃ……行くぜ!!!“我が力は姿を模す”」

 先手を仕掛けたのはジンだった。
 ジンは体を4つに分け、それぞれにエレンに斬り掛った。
 エレンは慌てることなく剣をアゾットで受け流し、ジンの腕を押さえる。

 「へへっ、やっぱ俺に挑んでくるだけあって体術も出来るか」

 「そりゃあ姫様の護衛も兼ねてますもの、並の兵士には引けを取らないわよ。
 それよりも貴方は力を4つに分けても平気なのかしら?」

 ジンの使った魔法は力を分散させて自分の分身を作り出す魔法である。
 エレンのように時間をかけて別の器に蓄えていたものではなく、全てをその場でくみ上げる術式なのだ。
 よって、4つに分かれたジンは体力、魔力ともに1/4となっており、1体1体の強さは格段に弱くなってる。
 本来であれば1対1の勝負で扱うものでありその際は強力な物になるが、エレンの様な強者複数人では逆に弱体化になりかねないのである。
 その結果、分身したジンは全てエレンに抑え込まれていた。

 「確かにこれじゃ駄目だな」

 「っ!!!!」

 しかし、ジンは自分が不利な状況にもかかわらずニヤリと笑った。 
 それを見て、エレンはすぐに後ろに飛びのく。

 「“等身大の蝋燭”」

 次の瞬間ジンの全身が一気に燃え上がり、平原に4本の火柱が立った。
 蝋燭はだんだんそのうちの一本に集まってどんどん巨大化していき、夜の平原を真っ赤に染め上げた。

 「“鋼鉄の投槍”!!」 

 その巨大化していく火柱に、エレンは巨大な鋼の槍を次々と突き刺した。
 投槍は次々と火柱の中に吸い込まれていったが、炎にさえぎられてどうなったのか分からない。
 しばらくすると、炎はだんだん小さくなっていき、火柱の中からジンが現れた。
 足元には赤熱した鉄の池が出来ていた。

 「ヒュ~♪、あぶねえあぶねえ。
 水で来るかと思ったら鉄で来たか。
 こりゃ想像以上に戦い慣れてるな」

 ジンは口笛を軽くふきながらおどけた様子でそう言った。
 表情には余裕があり、楽しそうに笑っている。

 「世界中の戦場を荒らしまわった戦闘狂の貴方ほどじゃないわよ。
 大体あの炎の中で良く飛んでくるのが鉄だってわかったわね?」

 対するエレンの顔にも焦りはなかった。
 エレンは微笑んでおり、余裕の表情が窺える。

 「いんにゃ、分かってたわけじゃないさ。
 鉄である可能性を考えてただけさ」

 「そう……で、ウォーミングアップはこれぐらいで良いかしら?」

 「ああ、これほどの腕前なら惜しくない。
 お望み通り本気で戦ってやるよ」

 そう言いあった瞬間、場の空気が変わる。
 平原はうるさいほどの静寂が支配し、並の者であれば窒息してしまいそうな空気が流れる。
 そんな中、ジンは手にした大剣を脇構えに構えた。
 剣には気が籠められており、銀色の剣は青白く炎の様に光っていた。

 「はあああああああああ!!!!」

 ジンは気合と共に体を回転させるように剣を薙ぎ払った。
 すると青白い衝撃波が取り囲んでいたエレン達に向かって横一線に放たれる。
 何人かは飛び、何人かはしゃがむことでそれを回避すると、二人のエレンがジンに向かってアゾットで斬り掛った。
 ジンはそれを気配で察し、それぞれを剣で受ける。

 「素敵……稲妻のように蒼く、炎のように激しく、星のように儚い……これが貴方の魂の色なのね、美しいわ、ジン」

 ジンの気の色を見て、エレンは恍惚とした表情を浮かべた。
 それは、この状況でなければ見とれてしまうほど美しかった。

 「ああ……そいつはどう、も!!!」

 ジンは力を込めてエレン達を振り払う。
 彼女達はあえて後ろに跳ぶことによって追撃を避ける。

 「“大地の大牙”」
 「“激流の水柱”」

 振り払ったところを下から鋭い地面が、上から巨大な水の柱が落ちてくる。
 
 「“生まれ出る鳳凰”」

 ジンはあらかじめ残りの二人が攻撃を仕掛けてくるのを呼んでいたらしく、回避するために魔法を使う。
 するとジンの姿が黄金の炎を纏った巨大な鳳凰のものになり、その場から飛び立った。

 「ゲェェェェェェェェェン!!!!」

 「“氷雷の驟雨”」

 鳳凰は遠くまで響くような甲高い声を上げ、空を飛びまわる。
 エレンはじっとそれを見つめ、相手の行動を封じるように魔法を放つ。
 それを掻い潜って鳳凰は羽ばたきと共に炎の羽根をエレン達に投げつけた。

 「“勝利の追い風”」
 
 エレンはその羽根の弾幕を鳳凰に向かって打ち返す。
 すると、鳳凰はあえてその中に炎の羽根の隙間を縫うようにして突っ込んで行った。
 そして全てを回避したのち、その先にいたエレンの元へ飛び込んだ。

 「くっ、“飛翔”!!!」

 まさか真っ直ぐ突っ込んでくるとは思わなかったエレンは慌ててその場から飛びのいた。
 その直後エレンの立っていた場所に鳳凰が突っ込み、一帯が火の海と化した。
 しばらくして、焼け野原となった草原の中にジンが現れた。
 エレンはそのジンの10m前に立つ。

 「ああ……もう最高よ、ジン。
 貴方の魔法って本当に芸術的だわ」

 エレンはやや興奮した様子でジンに話しかける。
 ジンはそれに対して笑みを浮かべて応対する。

 「やれやれ、ずいぶんと余裕だな。
 やっぱあの程度じゃアンタらは倒せないか」

 「もう、無粋ね。
 倒すことばかり考えていないで、少しは貴方も楽しみなさいな」

 少し拗ねたようなエレンの表情に、ジンは腹を抱えて笑いだした。
 それはどことなく狂気を孕んだ、どこか壊れた笑いだった。

 「く、ははははは!!!!
 何だエレン、アンタあれか?
 戦っていないと退屈で仕方ないとかそういうやつか!?」

 「そう言う訳じゃないけれど……そうね、私としては魅力的な殿方と美術館でデートしているような気分よ。
 展示されているのは貴方と私の描いた絵。
 それを二人で見ながら腕を組んで歩くの。
 どう、素敵でしょう?」

 うっとりとした表情でエレンは楽しそうにジンにそう問いかける。
 ジンは笑うのをやめ、大きくうなずいた。
 
 「ああ……それなら悪くない。
 それで、次はどんな絵をご希望かな、お嬢様?」

 「ふふふ……その前に、今度は私の絵を御覧なさいな。“蒼海の大蛇”」

 エレンがそう言うと、ジンの足元から巨大な水の蛇が現れ、呑み込んだ。
 ジンは剣に気を込め、蛇の腹を切り裂いた。
 大蛇は制御を失い、巨大な水の塊となって地面に降り注ぐ。

 「“貫く閃光”」

 その出てきたところを狙って4人のエレンが一斉に光の矢を投げかけた。
 それに対しジンは鎧についているマントを盾にして呪文を唱えた。

 「“夢か幻か”」

 するとジンの姿が消え、誰もいないところを光の矢が通り過ぎて行った。
 そしてそのすぐ下に若草色のマントが現れ、中からジンが現れた。

 「せいやああああああ!!!」

 ジンは一息で間を詰めてエレンに斬り掛った。

 「“火蜥蜴の尾”!!!」

 「まだまだぁ!!」 

 エレンはそれに対し後ろに跳び退きながら炎の鞭を横に払う。
 ジンはそれを青白く光る剣で斬り払い、更に追撃をかけようとする。
 
 「“衝撃の轟鎚”」
 「“大地の大牙”」
 
 「うおおおっ!?」

 しかし離れたところにいた他のエレン達が息の合ったチームプレーでジンに追撃をさせない。
 ジンは咄嗟に気を手のひらの一点に集中させることで突き出た岩を受け止め、受け身をとった。

 「ふぅ……流石にアンタレベルが一度に4人、しかもチームワークも完璧となると一筋縄じゃいかないな」

 「あら、貴方のお仲間さん達じゃ不満なのかしら?」

 溜め息をつくジンに、相変わらず余裕の笑みを浮かべながらエレンが話しかけた。

 「あいつらは俺を倒すには経験が足りないし、チームワークもまだまだだ。
 倒すのには苦労するが、まだまだ負けそうなほどじゃあ無いな。
 それに比べてアンタの経験は恐らく長い年月の賜物だろうし、全員が同一人物だからチームワークにブレが無い。
 今まで俺が相手してきた中では10本指に入る強さだな。
 と言うか、正直単体でも俺とある程度はやれると思うぞ」

 「私としては、たった3年間の経験で私の200年の経験に対抗できる貴方の方が異常だと思うのだけれど?」
 
 やれやれといった感じで首を横に振るジンに対し、エレンはすこし呆れ顔で返した。

 「それはそんな濃い経験をさせた俺の師匠に言ってくれよ」

 ジンはそれにため息をつきながら、それでいてどこか誇らしげにエレンにそう言った。
 それを聞くと、エレンはにこやかに頷いた。

 「そう……それなら貴方の様な芸術品を作り上げてくれたお師匠様に感謝しないといけないわね、“青天の大吹雪”!!」

 エレンの魔法によってジンは空高く吹き上げられ、同時に中に混ぜられた雪の結晶が形成される。
 雪の結晶は月明かりによってキラキラと光りながら宙を舞い、氷の刃となって襲い掛かる。 
 ジンはそれを障壁を作ることでガードし、次に使う魔法を考える。

 「ちっ……“牙を持つ太陽”!!」

 次の瞬間ジンの周囲を魔力が大爆発を起こして白い炎が覆い尽くし、襲い掛かっていた吹雪を消し飛ばした。
 空には爆発した魔力の残滓が白く光って舞い、エレンの頭上に降り注いだ。
 エレンからはそれが星空と混じり合って、まるで星が降ってくるかのように映った。
 それを見て、エレンは感嘆の声を上げた。

 「はぁ……綺麗……素晴らしい大魔法だったわ……ねえジン、まだ立っていられるかしら?」

 「ふぅ……生憎と、俺はまだピンピンしてるぜ」

 目の前に無傷で立つジンの軽口を聞いて、エレンは少し驚いたように眼を見開いた。
 鉄を一瞬で溶かすほど高温の炎柱、黄金に輝く鳳凰、そして空一面を染め上げる白炎。
 そのどれもがかなりの魔力を必要とする大魔法であり、それを回復もなしに立て続けに使って息すら切らさないジンにエレンは驚嘆したのだった。
 そしてその表情はすぐに歓喜の表情へと変わり、ジンに対してパチパチと拍手を送った。

 「凄いわ、流石よジン。
 私達4人がかりで未だに無傷、しかもあれだけの魔法を使っておいて息すら上がらないとは恐れ入ったわ。
 ふふふ、それじゃあそろそろ私達の最高の魔法を見せてあげるとしましょう」

 そう言うとエレン達は一斉に空へと飛び立ち、ジンを中心とした三方とその頭上、つまり中央に陣取った。
 
 「“虹の万華世界”」

 エレンが呪文を唱えると地面に虹色の巨大な魔法陣が描かれ、それぞれのエレン達を起点にして巨大な結界を作り出した。
 結界は巨大な三角柱の形をしており、壁面は虹色の壁で出来ていてゆっくりと回転している。
 ジンは周りの様子を窺うと同時に、エレンの次の行動を予測した。

 「4人分の魔力を使って作るとはずいぶんと豪華な世界だな?」

 「ふふふ……どうかしら、貴方の為に創りだした私の世界は?」

 「まあ、普通ならこんなに魔力を使うことは無いのだけれど」

 「貴方相手にはこうでもしないと通用しなさそうですものね」

 「ええ、だからこれは貴方の為だけに創った世界なのよ」

 ジンの一言にエレン達が口々に答えていく。
 それを聞いて、ジンは不敵に笑った。

 「そいつは光栄だな。
 で、これから一体何を見せてくれるんだ?」

 「そんなに焦らなくてもすぐに見せてあげるわよ。
 それじゃ、行くわよ?」

 「「「「“貫く閃光”」」」」

 4人のエレンが一斉に光の矢を放つ。
 すると、それは結界の壁で複雑に反射して様々な角度からジンに襲い掛かった。
 更に、壁に攻撃が当たった瞬間壁が鏡の様に変化して、まるで万華鏡の中にいるような感覚を覚える。
 それは合わせ鏡によって無限に広がった世界に相手を立たせ、攻撃を認識しづらくする。

 「くっ!! なるほど、そう言うことか……」

 ここにきて、ジンはわずかに焦りを覚えた。
 もし仮に、自分がエレンに攻撃を仕掛けたとしてもその攻撃は自分に返ってくるだけであろう。
 更に言えば、エレンが攻撃を重ねるたびに避けるべき弾の数は増えていく。
 つまり時間が経てば経つほど自分の方が不利になっていくのだ。
 と言うことは、ジンは一刻も早くこの結界を破る方法を探し出さなければならない。
 しかし、その起点である三方及び中央のエレンは結界に守られており、こちらから攻撃する手段が見つからない。

 「綺麗でしょう?
 この万華鏡の世界で貴方はどうするのかしら?」

 「「「「“火炎弾幕”」」」」

 万華鏡の世界にオレンジ色の炎が鮮やかに輝きながらジンに向かって降ってくる。
 ジンはそれに見とれることなく障壁を作り出し、少しでも反射してくる火炎弾を減らそうとする。

 「「「「“貫く閃光”」」」」

 しかし反射する弾が消えてもエレンはすぐに追加の魔法を放ってくる。
 張られていた防壁もだんだんと耐久度が落ちていき、何発か貫通した閃光がジンの体をかすめる。
 このままではジンはゆっくりとエレンに命を奪われることになる。
 
 「ちっ……腹括るっきゃねえな……」

 ジンは何を思ったか障壁を解き、自分の剣で飛んでくる魔法を斬り払い始めた。
 踊るような足さばきで避け、白刃が翻るたびに魔法が掻き消える。

 「「「「“青天の大吹雪”!!!!」」」」
 
 エレンはそれを見てジンが呪文を唱え始めたのを察知し、弾数を一気に増やした。
 もはや結界の中は雪の結晶で乱反射した閃光で染め上げられ、隙間の見えない状態になった。
 しかしジンは幾らかを被弾しながらも剣をふるい続け、倒れる様子が無い。
 
 「上手く行ってくれよ……“燦々たる終焉”!!!」

 ジンがそう言って手を空に掲げると、結界の外が急に明るくなり周囲の草から火の手が上がり始めた。
 エレンは空からの光と焼けつくような熱さを受けて空を見上げた。
 するとそこには青白く光る星が周囲を焼き尽くしながら迫ってくるのが見えた。

 「さあ、我慢比べだエレン!!
 俺の切り札の一つ、耐えきって見せろ!!」

 ジンは手を空に掲げたまま魔法の制御を続けた。
 魔法の制御に集中力の大半を割いており、致命傷になりそうなもののみの防御しかしていない。
 その間に次から次へとエレンの魔法がジンの体を傷つけていき、流血を強いる。
 
 「くっ……ううっ!!!」

 エレンは持てる魔力の全てを自らの保護と結界の維持に充てた。
 その表情からは余裕が完全に消え、苦悶の色が浮かんでいる。
 だんだんと青白い星がエレンに迫ってくる。
 
 「うおおおおおおお!!!!」

 「ああああああああ!!!!」

 エレンの世界にだんだんとひびが入っていく。
 ジンの体を次々に魔法が貫いていく。
 そして青白い星が弾け、全てを白く染め上げた。





 光が収まると、焼け野原となった平原に5つの影が横たわっていた。
 エレンの結界は崩壊し、ジンの星ももう消え去っている。
 ジンは剣を杖に使って傷だらけの体を起こした。

 「ってー……また我ながらずいぶん派手に喰らったもんだな。
 おいエレン、生きてるか?」

 ジンは未だに横たわっているエレンにそう声をかけた。
 すると4人のエレンのうちの3人から碧い光が出てきて、一人の所に集まった。
 どうやら人形に溜めこんでいた魔力を本体に集め回復させ、意識を取り戻させたようだった。

 「……ええ、何とか生きてるわ……4人分の魔力を使わないと私一人守れなかったけどね……」

 エレンはそう言うとゆっくり体を起こした。
 綺麗だったレモン色のローブはところどころ焦げてボロボロになっており、体にも火傷のあとが見受けられる。

 「で、どうするんだ? まだ続けるか?」

 「冗談。私の魔力はもうほとんど空っぽだし、人形達ももう動けない。
 これ以上続けるのはもう無理ね。
 だから降参させてもらうわよ」

 「そうかい。なら、この決闘は俺の勝ちだな。
 ……しかし、こんなきつかったのは久しぶりだったぜ。
 楽しかったよ、エレン」
 
 「私も貴方の命の輝きが見れたから大満足よ。
 あの全てを焼き尽くすような青白い極光……素晴らしいとしか言いようが無かったわ……」

 エレンは夢見がちな表情でそう言いながら周りを見た。
 そこには眼を閉じた状態の人形が3体、ボロボロになって焼け跡に転がっていた。
 それを見て、ふうっと溜め息をついた。

 「やれやれね……30年分の人形が使い物にならなくなっちゃったわ。
 これ、修理できるのかしら……」

 「まあとりあえずはいったん城に戻らないか?
 お互いに治療が必要だことだし、何よりこれがバレたら他の連中に何か言われそうだからな」

 「そうね。まずは戻って傷の手当てをしないとね。“亜空の扉”」

 エレンの魔法によって二人は城の一室に戻ってきた。
 その部屋はジンの部屋ではなく、本が大量に並び、一角に様々な道具が置いてある広い部屋だった。
 どうやら、エレンの部屋に戻ってきたようだった。

 「あ、お帰りなさいご主人……ってどうしたっスか、その傷!? それにジンの兄さんも!?」

 二人の姿を確認したキャロルは、その傷だらけの姿を見て大慌てですっ飛んできた。
 エレンはそれを片手で制止する。

 「静かになさい、キャロル。ちょっと決闘して負けてきた位だから大丈夫よ」

 「ああ、俺も手ひどくやられたが今のところ命に別条はない」

 「一体誰がこんなことしたっスか!? ええい、こうなったら関係者全員調べ上げて……んっ」

 キャロルは今にも飛び出さんばかりの勢いでそうまくし立てる。
 エレンはそれを唇に人差し指を当てて止める。

 「ちょっと、落ち着きなさいな。
 何を勘違いしているのかは知らないけれど、私の相手はジンだったのよ?」

 「へ?」

 エレンの一言にキャロルはエメラルドグリーンの瞳をパチパチと瞬かせた。
 そんなキャロルにジンが説明を重ねる。

 「まあ、要するに俺とエレンで決闘をしたわけだ。
 思った以上にやられたが、勝たせてもらったぞ」
 
 「え……てことは、さっきまでの滅茶苦茶な光や火柱はご主人様達が決闘してたからっスか!?」

 「ええ、そのせいで人形が3つとも駄目になってしまったけどね。
 どうしようかしら、あれが無いと結構仕事に支障が出るのだけど、どう責任取ってくれるのかしら、ジン?」

 突然のエレンの一言に今度はジンが固まった。
 ギギギッと首をエレンの方に向け、灰青色の眼でエレンの眼を見る。

 「は? おい、何の話だ?」

 「実を言うとね、あの人形達に私の魔法の研究の助手をさせていたのよ。
 でも、今回の決闘でそれがみんな壊れてしまって実験ができなくなってしまったってわけ。
 それで、その大事な助手を壊してくれたジンにその代償を払って欲しいのよ」

 エレンは澄ました顔でジンにあたかも当然であるかの様にそう言った。

 「待てぃ、そんなに大事なら最初っから決闘に持ち出さなきゃ良かっただろうが!!
 明らかに持ち主の管理責任の問題だろうが!!!」

 「でも、あの三体のうち1体でも欠けていたら私はジンの魔法で死んでいたわ。
 それにジン、結果的に貴方が私の人形達を壊したわけでしょう?
 貴方に全く非が無いとは言わせないわよ?」

 ジンは抗議するが、それに対してエレンは微笑を浮かべながら反論をしてくる。
 その反論に対し、ジンはさらなる反論を思いつくことができなかった。

 「……ちっ……で、俺に一体何をしろって言うんだ?
 俺はエレンのやっている研究なんざ分からんから助手をしろって言うのは無理があるぞ」

 「ええ、そんなことは百も承知よ。
 だから私が言いたいことはこれよ、貴方を研究させてもらうわ」

 不満たっぷりの表情のジンに、エレンはそう告げた。
 突然の不穏な発言に、ジンは警戒の色を濃くした。

 「……俺に何をするつもりだ?」

 「何のことは無いわ、単純に貴方の魔法の術式を調べたり体液をとったりするだけよ。
 これで何か発見があれば……うふふふふ」

 怪しげな笑みを浮かべてエレンは研究の展望について考え始めた。
 それを見て、ジンはエレンに思いっきりジト目を向けた。

 「おい……まさかハナっからこれが目的で俺に決闘を申し込んだのか?」

 「さあ、どうかしら?」

 「お、おのれ……」

 澄まし顔でおちょくってくるエレンにジンは奥歯をかみしめる。
 それを見て、エレンは口に手を当てて上品に笑った。
 
 「ふふふ、そんなことで言い争うよりも今はやることがあるでしょう?」

 「はあ、まあそうだな。
 早いとこ治療してしまおう」

 「あら、傷ついて抵抗できない乙女を襲うとかは考えなかったのかしら?」

 上品な笑いから一転して、ニヤリと笑いながらエレンはジンの脇腹を小突いた。
 いきなりのエレンの言動に、ジンは思わず噴き出した。

 「ぶふっ、アンタはいきなり何を言い出すんだ!?」

 「いいえ、私と貴方の立場が逆だったら間違いなく襲ってるな、と思ったからつい」

 「じ、冗談だよな?」

 「あら、貴方と交われば貴方の魔力の一端が手に入るわけだし、色々な可能性を考えても私としては損得勘定でいえば得なのだけど?
 損と言っても精々が殿方に肌を晒すくらいだし、本当、この場で貴方を襲えるのなら即座に襲ってるわね、私」

 若干引き気味に冷や汗をかきながら言葉を返すジンに、エレンは理路整然とそう答えた。
 その瞬間、ジンの背中に寒気が走った。
 
 「ていっ!」

 「うおっ!?」

 気が付けばジンはエレンにベッドに押し倒されていた。
 エレンはジンの上に四つん這いで覆いかぶさり、両肩をしっかりと押さえこんでいた。 
 ジンがエレンを見ると、ボロボロになったローブから胸元が見えたため、思わず目をそむけた。

 「そうね……良く考えたら別に私がジンの行動を待つ必要はないのよね……
 ねえジン、これから貴方を頂いてもよろしいかしら?」

 エレンは綺麗な紫色の瞳を妖しく光らせ、小さく笑みを浮かべた。
 その見惚れてしまいそうになる妖艶な微笑を見た瞬間、ジンの頭の中に特大の警鐘が鳴り響いた。

 (このままじゃ、ユウナに消されるっ!!!)

 何故そう思ったのか分からないが、ジンにはユウナに刀で17つに分解されて惨殺される未来が超リアルに幻視出来た。
 それゆえ、ジンは激しく抵抗を始めた。
 が、しっかりと押さえこまれていて抵抗してもエレンを跳ね除けることは叶わなかった。 

 「や、やめろ!! そう簡単にそんな行為を……」

 「別に貴方の何かが減るわけではないじゃないの。
 それにエルフはそう簡単に妊娠はしないし、万が一私が妊娠したとしてもそれはそれで問題は無いわ。
 むしろ貴方みたいな力の強い人の血が混じって家系としては大歓迎よ?」

 「そういう問題じゃなーい!!!
 周りの感情っていうもんがあってなぁ……」

 「あらあら、貴方って意外とロマンティストなのね。
 大丈夫、少なくとも私は貴方に抱かれることに嫌悪感はないわ」

 「いやだから人の話を「えいっ」ん~っ!!!!」

 抗議を続けるジンの口にエレンはどこから取り出したのかテープを張り付けた。
 口をふさがれたジンは何とかはがそうと手をじたばたさせるが、やはり押さえ込まれていて取れない。

 「ふふふ、ごちゃごちゃ言わないの。男の子でしょう?
 さあ、今は私に全てを任せて……」

 「あの~、お楽しみのところ申し訳ないッスけどね?
 今日のことは王様に報告させてもらったスよ?
 『明日朝一で話がしたい』って椅子の背を握りつぶしながら言ってたっス」

 突如背後に現れたキャロルのその言葉を聞いてエレンは長い耳をピクンと跳ね上げて固まった。

 「んん~っ!!!」

 「きゃあ!?」

 その隙にジンはエレンを押しのけてベッドから飛び出した。
 しばらくして、エレンは狼狽した様子でキャロルに詰め寄った。
 その狼狽加減を示すかのように、エレンの耳はピコピコと動いている。

 「きゃ、キャロル!! 貴女何で王様にわざわざ報告に行ったのよ!?」

 「当たり前っス! ご主人もジンの兄さんも死にかけるような事をしておいて黙認とかあり得ないっス!!
 ご主人の非を正すのも立派な使い魔の仕事っスよ!!!」

 キャロルの言うことが正論なので、エレンは言い返すことが出来なかった。
 ジンはと言うと、内心冷や汗をかきながら余計なことを言うまいと口を閉ざしている。
 押し黙っている二人に向かってキャロルは人差し指を振った。
 すると、ジンとエレンの怪我がたちどころに治り、痕すら残らず消え去った。

 「一応怪我は治しておくっス。
 二人とも王様にする言い訳をしっかり考えておくっスよ」

 キャロルはそう言うと虹色の透き通った翅をパタパタと羽ばたかせながら自分の寝床である籠の中に入って行った。
 エレンは耳をしんなりと下げ、がっくりと肩を落とした。
 ジンはエレンに近づくと、肩をポンと叩いた。

 「……あの妖精、意外と真面目なんだな……」

 「ええ……普段はかなり手を抜く癖に、こういう時だけはね……」

 エレンはこぶしを握り締め、恨めしそうにキャロルが入って行った籠を睨みつけた。
 ジンはその手の焼き具合を把握したのか大きくため息をついた。

 「で、陛下って怖いのか?」

 「……少なくとも、怒られたら皆一度は失神するわ」

 「…………マジか」

 エレンの言葉に、ジンは少しめまいがした。





 

 「それで……何か弁明はあるのかな、二人とも?」
 
 翌日、謁見の間では王がこめかみにでーーーーーーーーっかい四つ角マークを浮かべて玉座に座っていた。
 目の前には群青と金茶色が仲良く並んで正座して小さくなっていた。
 周りの兵士達は王の様子を見て、声には出さないが騒然としている。

 「ふむ……ワルーンの平原を一面の焼け野原にしたことについての弁明は無いと申すか。
 ではエレン、まずはそなたに訊くとしよう。
 何故そなたはジン殿に決闘を挑んだのかね?」

 「そ、それは……;;」

 エレンはまさかジンを研究したいと言う興味のためだけに決闘を申し込んだとは言えずに押し黙る。

 「ま・さ・か、ただの興味だけでジン殿を殺しかけたのではあるまいな?」

 「あ、あう……」

 しかし王はそれを見越していたかのようにたたみ掛け、エレンはそれに気圧される。
 それを確認するや否や、王が手にした見るからに高そうな杖からミシミシと音が鳴り始める。
 それを見て、謁見の間にいた兵士が一斉に外への退避を始める。
 自らの想像が図星だったことを確認すると、王はジンの方を向いた。

 「では、ジン殿にも訊くとしようか。
 そなたは何故、エレンの申し出を受けたのかね?」

 「い、いえ、私はエレンに突然連れ去られて……」

 ジンは経緯を話そうとしたが、王の必要以上に鋭い眼光に言葉を飲みこまざるを得なかった。

 「ほう……あれだけのことを起こしておいて乗り気ではなかったと申すのか?
 そなたの力量であれば逃げようと思えばいつでも逃げることが出来ると思っていたのだが、余の勘違いであったかな?」

 「う、ぐぅ……」

 まったくもってその通りなのでジンは言い返す言葉を持たなかった。
 金で造られた王の杖にはひびが入り始め、そのかけらがパラパラと床に落ちる。
 王は眼を閉じると、大きく息を吸い込んだ。

 「こ の た わ け 者 ど も が あ あ あ あ あ あ あ あ !!!」

 「「ひぎゃあああああああああ!?」」

 次の瞬間、爆音とも言える音量の罵声が謁見の間に響き、二人の鼓膜に致命的なダメージを与えた。
 部屋全体が振動し軋んだ天井から小さなかけらが落ち、握りしめた王の杖が音を立てて砕け散ると同時に、二人もまたその場に崩れ落ちる。
 もはや王のその怒声は凶器と言っても過言ではなかった。

 「エレン、貴殿は自らの役割の重さを忘れたとしか思えん!!!
 ジン殿はフィーナの護衛と言う立場にありながら緊張感に欠けておる!!!
 大体被害が出なかったから良いものの、訓練所でも戦場でも無いところで戦闘を始めるとは何たることか!!!」

 口からエクトプラズムを出して倒れている二人に対して、王は容赦なく追撃を加える。
 その強烈な声によって、あらゆるものが一周回って二人は眼を覚ました。

 「両名共に解任と言う訳にはいかぬが、相応の罰を受けてもらうとしようか。
 なに、両名共に仕事があることだ、時間はとらせんよ。
 ……二人とも、覚悟は良いな?」

 王がそう言うと、二人の眼の前に何やら黒い液体が注がれたグラスが運ばれてきた。
 その液体の中では何やら赤いものが渦を描いており、禍々しい雰囲気を醸し出していた。

 「へ、陛下……この薬……」

 「げぇ……マジかよ……」

 その液体を見た瞬間、二人は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。
 どうやら二人ともその薬がなんだか解るようだった。

 「おお、二人ともそれが何か解るのか。
 なら話は早い、早く飲みたまえ」

 にこやかに笑いながら(ただし、視線は獣王のそれ)そう言う王の言葉に、二人は黙ってグラスを手に取る。
 しばらくそれを二人で眺めていると、ジンが助けを請うような視線をエレンに向けた。

 「なぁ、エレン……これってどうなんだよ?」

 「諦めなさい、こうなってしまったらもう一蓮托生よ」

 エレンは全てを諦めた表情でジンにそう返した。
 その言葉に、ジンは額に手を当てて天を仰ぐ。

 「ああ、嫌だ嫌だ、これ絶対トラウマになるって……」

 「……ジン……一人じゃないだけマシだと思いなさい……」

 二人してホロリと涙を流した後、二人は一気にグラスを空けた。





 ピコピコ。


 「……おい、ジン……それは何の冗談だ?」

 レオは顔面蒼白でそう言った。


 ゆらゆら。


 「……(ふるふるふるふる)」

 リサは何かをこらえる様に腕を掻き抱き震えている。


 ピ~コピコのゆ~らゆら。


 「ええっと、何と言ったらいいか……」

 ユウナは少し困ったような表情を浮かべて、

 「か、可愛いですよ?」

 「うっさいわーーーーーーーー!!!!」

 爆弾を投下した。
 ジンはそれに対して顔を真っ赤にしてあらん限りの声で叫ぶ。
 そのジンには、ピコピコと動くネコ耳とゆらゆら揺れるネコの尻尾が生えていた。
 
 現在、状況を確認するためにジン達一行はエルフィーナ達と談話室で話をする予定だったのだが、その場はカオスの様相を呈し始めている。

 「……とりあえずジン、一体何が起きているのか説明をしてくれるかい?」

 「あんの国王、大して実害のないことに目くじら立てたうえに、こんなくだらない事をその罰にしやがったんだよ!!」

 ライトブラウンの髪を弄りながら青と緑の双眸でジト目をくれるルネにジンは力いっぱい抗議する。
 興奮しているせいか、ちぎれんばかりの勢いで群青色の尻尾が振りまわされる。

 「にゃ、にゃにゃ!!!」

 「ふぎゃああ!?」

 そのジンの尻尾に、金茶色の耳と尻尾を生やしたエレンが飛びかかる。
 爪が引っ掛かったことにより、ジンは思わず悲鳴を上げた。

 「エレン、何をするんだ!?」

 「仕方ないじゃない、本能ですもの。
 にゃ、にゃにゃにゃ!!!」

 跳びあがって逃げるジンの尻尾を追いかけまわしながらエレンはそう答える。
 その様子を見て、ルーチェが溜め息をついた。

 「これは二人とも動物薬を飲んだのですね」

 「動物薬?」

 「この薬は材料に鳥の羽根や猫のひげの様な動物の一部を使っていて、飲んだ者にその薬の製作に使われた動物の能力を与える薬なのです。
 元々人の形をとる生物はそんなに運動能力が高いわけではないのですが、それを余所から借りてくることを目的とした薬なのです」

 ルーチェの説明を聞いてアーリアルは頷いた後、疑問符を浮かべた。

 「ふむ……だがそれにしては何やら愉快なことになっているが、これはどう言うことだ?」

 「それがこの薬は重大な欠陥を孕んでいて、飲むと本能まで一緒に刷り込まれてしまう上に思考能力が低下するのですよ。
 そのせいで、この薬は使われずに廃れていくことになったのです。
 ……まさかこんなことに使われているとは思いもしなかったのですが」

 ルーチェはそう言うと深緑の双眸をじゃれ合っているジン達に向けた。
 ジンは部屋中所狭しと逃げ回り、エレンはその尻尾を捕えようと追いかけまわしている。
 その速度は気も使っていないのにかなりの速度が出ていた。
 高そうな花瓶や調度品を避ける辺りまだ理性が残っているのだろう。
 そして今、ジンは部屋の角に追い詰められている。

 「や、やめろ……しっぽ、尻尾に飛び付くな!!!」  

 尻尾を抱きかかえてジンは背中に壁があるにもかかわらず後ずさりする。
 普段ならば冷静に状況判断して対処できたものの、思考能力が著しく低下した今は本能が訴える恐怖に震えるしかなかった。
 
 「ふふふ、なんだか楽しくなってきたわ♪」

 そんなジンにエレンは心の底から楽しそうな表情でじりじりと近付いていく。
 それを見て、ジンは青ざめた顔で震えだした。

 「な、さっきまでの悲壮は空気はどこに行った!?」

 「そんなことはもうどうでも良いのよ。
 私はあの薬を飲むことになった時点でプライドなんて投げ捨てたわ。
 ほらほらジン、逃げないと捕まえてその尻尾をしゃぶり尽くすわよ?」

 手を地面につけ、まるで本物の猫の様に構えて、エレンは舌なめずりをした。
 アメジストの様な紫色の瞳でジンを見つめるエレンの尻尾は先端がゆらゆらと揺れている。
 これは、正しく猫が獲物を見つけた時の仕草だった。
 そして、ジンはついに恐慌状態になった。

 「く、来るなあああああああ!!!!」

 ジンは逃げ出した!!!
  
 「そう簡単に逃がすと思って?」

 しかし回り込まれてしまった!!! 

 「ふんぎゃあああああああ!?」

 「うふふ……捕まえた♪」

 エレンはジンに飛びかかり、床に組み伏せた。
 組み伏せると同時にエレンは宣言通りにジンの尻尾をしゃぶりまわす。

 「ふぎゃあああああ!!
 せ、背中がぞわぞわするぅぅぅぅぅ!!!!」

 「あらあら、良い表情♪
 見ていてとっても楽しいわ♪」

 のたうちまわるジンにエレンは喜悦の表情を浮かべる。
 その光景を一行は唖然とした表情で見つめている。

 「いいなー、エレン。
 なんかとっても楽しそう」

 「……いや……流石にあれはよした方が良いと思うよ……」

 羨ましそうに呟くエルフィーナを、何言ってんだこいつと言わんばかりの表情で見ながらルネがそう言う。
 それを聞いて、エルフィーナは不満の声を上げた。

 「えー……でもあの二人楽しそうだよ、ルネちん?
 ほら、あれ」

 「ん?」

 エルフィーナにそう言われてルネがジン達の方向を見た。

 「はぁ……ジン……貴方、良い匂いがするわ……」

 「くっ……なんだこの匂いは……む、胸がドキドキする……」

 気が付くと、そこではジンもエレンも頬を紅潮させて息を荒げていた。
 二人はトロンとした眼でじっと見つめ合ったかと思うと、二人してお互いの顔を舐めはじめた。
 
 「な、なっ……」

 その様子を見て、ユウナが顔を赤くしてそう呟いた。
 いつの間にとりだしたのか、彼女はジンを制裁すべく紅葉嵐の柄を強く握りしめていた。

 「きゃああああ!?
 やめなさいユウナ、王宮で刀傷沙汰は幾らなんでもシャレにならないわよ!!!」

 そのユウナを、リサが必死の表情で抱き締めて止める。

 「ふむ、どうやら発情期が始まったようだな。
 こんなところでも盛るものなのだな」

 「はわわ……ほ、本能が強くなって思考能力が低下するとは聞いていましたが、ここまで……」

 絡み合う二人の様子を見て、アーリアルは努めて冷静にニヤニヤと面白いものを見る表情を浮かべてそう言った。
 ルーチェは真っ赤な顔を手で覆い、指の隙間からチラ見している。

 「はむっ……んんっ……はぁ、ジン……わ、私……人前で……!!」

 「んっ……むっ……はぁ、はぁ……くっ、すまん、止められん……!!」
 
 自分の意思とは無関係に発情するといった事態に、二人は困惑した。
 その困惑もお互いの極上の香水の様な匂いがかき消していき、段々と状況を受け入れていった。
 いつしか舌が絡み合うようになり、粘着質な音が部屋に響き出す。
 お互いの口が触れ合い、離れるごとにその間に銀色の糸が紡がれる。
 
 「は、あ……気持ちいい……もっと……んっ……」

 「あ、ああ……んっ……!?」

 エレンは絶え絶えの息で色っぽくそう言うと、半ば強引にジンの唇を奪いに行った。
 そして舌を絡ませると同時に腰にまわされたジンの手を取り、形の良いその胸に強く押し当て動かす。

 「んっ、はぁ……んんっ、はぁん……!」

 手が動かされるたびに膨らみはぐにぐにと形を変え、エレンの口から嬌声が漏れ出す。
 その行為にジンは一瞬驚いたように動きを止めたが、すぐに受け入れて体をエレンに委ねる。
 お互いの舌を吸い、脚を絡め、二人の行為は段々とエスカレートしていった。

 「oh……何と言うエロス……露出は少ないながらも表情と声、そして雰囲気が抗えぬ本能とエロスの世界を体現している……まさに芸術!!!」

 「いや、訳が分からないよ……」

 レオはその様子を鼻血をジェットの様に噴き出しながらガン見しており、ルネはそれから眼をそむけて体育座をしている。
 
 「うふふ……ねえ、リサ?
 ジンは今一体何をしているんでしょうか?
 少し聞かせてくれませんか?」

 「お、落ち着きなさいよ、ユウナ!!!
 聞かせてあげるからその物騒な物を今すぐしまいなさい!!!
 ていうかアンタ達、見てるんじゃなくて少しはその二人を止めろぉぉぉぉぉぉ!!!」

 リサはぐるぐるおめめで紅葉嵐と桜吹雪を抜刀しているユウナを必死で羽交い絞めにしながら怒鳴り散らした。
 その声に、レオが猛烈な勢いで声を上げた。

 「馬鹿野郎!!! 俺にこの芸術を壊せと言うのか!!!!
 そんな横暴は絶対にゆr「黙れええええええええ!!!」ぶるぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 
 そのレオに対してリサが大きなハンマーをレオに投げつけた。
 ハンマーを脳天に受けたレオは自らの鼻血の海に沈んだ。

 「はぁ、はぁぁ……ねえ、そろそろ……」

 「あ、ああ……いいぞ……」

 そんな周りの様子などもう頭に入っていない二人はどんどこ取り返しのつかない位置にまで進もうとしていた。
 そしてその意思を確認するために、お互いの顔がまた近付いていく。

 「「うん(あら)?」」

 しかし、それは突如現れた謎のもふもふした物体にさえぎられた。
 二人とも思わず固まって、その物体を眺めた。
 それはもふもふとした感触の細長い毛玉に、少し長めの棒が付いた物体だった。

 「ネコさんネコさん、私と一緒にあそぼー♪」

 その物体こと、ねこじゃらしを持ってエルフィーナは無邪気な笑顔でジンとエレンに話しかけていた。
 二人はそれまでの行為をピタッと止め、眼はジッとねこじゃらしに向いている。

 「そーれ、ぱたぱたぱた……」

 エルフィーナはそう言うと二人の眼の前でねこじゃらしを楽しそうに振り始めた。

 「「……」」

 二人はせわしなく動くねこじゃらしをゆっくり立ち上がりながら見つめ続ける。
 その尻尾は先端がゆらゆらと揺れている。

 「ぱたぱたぱたぱた♪」

 「「………………」」

 しばらくの間両者はその状態を保っていた。
 そして、

 「「にゃああああああああ!!!」」

 ジンとエレンは揃ってねこじゃらしに跳びかかった。
 
 「おーっと」

 しかしエルフィーナは跳びついて来る二人の前から素早くねこじゃらしを引き、ジン達の攻撃は失敗に終わった。

 「「にゃ!! みゃ!! にゃあ!!!」」

 「ほーらほら、エレンもジニーも頑張れ~」

 誘っては引くエルフィーナのねこじゃらし捌きに、ジンとエレンは翻弄される。
 他のメンバーは再び呆然とそれを見つめる。
 何が驚きかと言えば幾ら思考能力が低下しているとはいえ、エルフィーナが本能の赴くまま、つまり本気で追いかけてくるジンを軽くあしらっていることが驚きである。

 「ジン……修羅とも呼ばれる英雄が形無しだよ……」

 その光景を見て、ルネが現実逃避を起こしていた。

 「げひゃひゃひゃひゃ!!
 やっべえこれ超笑えるわ!!!……ん、何だ?」
 
 ねこじゃらしで遊ばれるジンを見て腹を抱えて大爆笑するレオの肩をリサが叩く。

 「ねえ、レオ……のどが渇いてない?
 アタシちょうど良いところに飲み物を持ってるのよね……」

 リサは手に小瓶を持ってイイ笑顔を浮かべていた。
 その小瓶には中に赤い渦を巻いている、黒く禍々しい液体だった。
 リサの後ろに眼をやると、これまた最高にイイ笑顔を浮かべたアーリアルが特大ねこじゃらしを持って立っていた。
 レオの顔が一気に青ざめる。

 「おい、テメェ……これは何だ?」

 「ルーチェに頼んで即行で作ってもらったのよ」

 「うむ、(我が)楽しむためにな!!」

 レオの質問に悪びれも無く二人は答えた。
 その回答を聞くや否や、レオはルーチェに向かって掴みかかった。

 「ちょっとちょっと、ルーチェちゃん!!!
 あんな劇物になんてもんを渡してくれちゃってんのぉぉぉぉぉ!?」

 「いえ、特に深い意味は無いのですよ。
 決してワイン飲み放題につられたわけではないのです」

 「オ・ノーレ!!!」

 それにひらりとかわして足をかけ、ルーチェは涼しい顔でしれっと答えた。
 足を引っ掛けられたレオは思いっきりすっ転び、ソファーの上に沈んだ。
 その肩をリサはがっちりと捕まえレオを仰向けにさせると、その上に跨って小瓶のふたを開けた。

 「さあ、おとなしくアタシのおもちゃになるがいい!!!」

 「Nooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!」

 「はっはっは、恨むならさっきあの二人を止めなかった己の浅はかさを恨むことね!!!」

 「いいいいいいいいいいいいいいいいいいやああああああああああああああああああああ!!!!!」

 その後、必死の抵抗も空しく3匹目の銀色の猫が現れることとなった。





 「……さて、色々あったが気を取り直して今日の議題に移るとしようか……」

 薬の効果が被害者全員治まり、超ブルーな表情でジンがそう言いだした。

 「……俺は猫じゃねえ、猫じゃねえんだちくせう……」

 「す、すまぬ、まさかレオがここまで落ち込むとは思わなんだ……」

 動物薬の被害者の一人であるレオは部屋の隅でひざを抱えてしくしくと泣いており、アーリアルはそれを慰めに入っている。
 なお、エレンは今席をはずしている。
 と言うのも、

 「ご、ごめんなさい、ちょっと着替えてくるわね」

 と言う訳なのだった。
 そこんとこ詳しくとか思った人は、察する能力を身につけてください。

 「議題って、何ですか?
 昨日話し合って色々と決めたじゃないですか」

 「あ~、それとは別口だ。
 何しろ一つ気になることがあるもんでな」

 「気になること?」

 「ああ。フィーナが言ってたんだよ、『雇った人はみんな最初の一日でいなくなった』ってな。
 だから、誰か異常を感知した奴がいないかどうか確認をな」

 ジンがそう言うと、一行は顔を見合わせた。
 
 「俺、ルーチェちゃんと一緒に護衛に立ってたけど、特になんも起きなかったぜ?」

 「うむ、少なくともレオには何も起こらなかったぞ」

 まずレオがガラスのメンタルを即座に再構成し悲しみの淵から帰還して答えを返し、それにアーリアルも続く。

 「私はフィーナさんと一緒にいたのですけど、特に異常はなかったのです。
 ですよね、フィーナさん?」

 「ん、なんもなかったよ、るーるー」

 ルーチェはエルフィーナと確認をとりながら昨夜のことについてそう話す。

 「私も特に何も……」

 「うーん……僕も特に気になることは無かったかな……」

 ユウナもルネも思い当たる節は無いようだった。
 全員の返事を聞いてジンは首をかしげた。
 何故なら、今まで全員が悉く行方不明になっていたはずなのである。
 だと言うのに、誰も異常は無いのだと言う。
 ジンはそこで考えこむことになった。

 「さて、これはどう言うことだ?
 何で今回に限って何も起きていないのか……」

 「ところでジン?
 町の方で何か情報が得られないのかな、そう言うことって。
 ひょっとしたら、そっちの方でも何か分かるかもしれないしさ」

 いつものごとくライトブラウンの髪を弄りながらルネがジンに提案をした。
 ジンはそれに頷いた。

 「情報屋らしい意見だな。
 だがその前に調べておきたいことがあるんだが、頼めるか?」

 「ああ、良いとも。
 で、何を調べればいいのかな?」

 「この城で働いている人間の情報を集めて欲しい。
 大臣から一兵卒まで出来る限り、裏の情報網も使ってな」

 ルネは髪を弄るのをやめ、何かを思いついたかのような表情で頷いた。

 「……なるほど、そう言うことか。
 OK、それじゃあ仕事の合間に色々当たってみることにするよ」

 「頼んだぞ。
 それから言わなくても分かっているだろうが、あんまり気取られるようなことは無いようにな」

 「ジン違うよ。
 『あんまり』じゃなくて『全く』気取られずに調べてあげるよ」

 ルネは自信ありげに笑ってそう言うと早速部屋を出て行った。
 筆記用具を取り出して城内のマッピングを行っているのは冒険者の癖であろうか。
 部屋に残されたメンバーは集まって今日の予定を確認することにした。

 「さてと、今日の護衛は……俺とユウナか。
 ユウナが部屋の中で俺が外って訳にもいかないんだよな……」

 「どう言うことですか?」

 「ユウナの場合、剣術はどうしてこうなったってくらい凄いんだが気と魔法に関してはまだまだだからな……
 ルーチェみたいにレジストすることは出来ないし、レオみたいに気で弾くことも出来ない。
 だからユウナに掛ってくる魔法をレジスト出来る誰かがそばに居ないとな」

 「それでジンが一緒なのですか……ふふふ、なんか役得です」

 「ん? 何て?」

 ジンはユウナの言葉が上手く聞き取れなかったのか聞き返す。

 「いいえ、何でもないですよ」

 それに対し、ユウナはにこやかに笑いながらそう答えを返したのだった。



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 あああ、難産だった……
 いきなり愚痴ってすまぬ、F1チェイサーです。

 まず一つ目、戦闘描写がむずい。
 頭の中で漠然とした絵は出来ている、しかしそこからの文章への投影がなかなか納得いかんかった。
 この文の奴は現状の作者の力量の限界まで頑張ってみたものですが、うまく伝わるものか……

 二つ目。
 エレンさん……どうしてこうなった。
 大人の余裕たっぷりの人と言うイメージで描いてったら、何故かなんかエロい人っぽくなってしまったような気がする。
 どうやら煩悩を一度振り払う必要がありそうです。

 三つめ。
 エロ描写がどこまでがOKなのか線引きが難しい。
 今回のこれ……大丈夫かなぁ?
 
 他にも不安要素がたくさんありますが、そんなことをうだうだ書いていたところで埒が明かないのでこの辺にしておきます。

 それでは、ご意見ご感想宜しくお願いいたします。

 4/17 初稿



[25360] おうきゅうでのにちじょう
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/04/27 00:39

 エレンが戻ってきてから、ジンは今後の方針を話しあうことにした。
 そして一しきり話し終わった後、ジンはエレンに話を切り出した。

 「ところでエレン、俺達の前に雇っていた冒険者たちはどんな奴らだったんだ?」

 「特にこれと言って欠点の見えないような冒険者の団体だったわね。
 ランクはチームでAAAランク、個人では大体がAやAAランクだったわよ。
 それがどうかしたのかしら?」

 「いや、フィーナに話を聞いたら最初の一日で全員いなくなったって聞いたもんでね。
 一体どうしていなくなったのかは調査したのか?」

 「それなりにはしたわよ?
 でも手がかりなんてほとんど無かったわ。
 分かったのは侵入者に冒険者がさらわれていったという事と、それが魔法によるものって事ぐらいよ」

 「魔法? どんな魔法だったんだ?」

 「分からないわ。
 調べたときにはもう術式は消されていて魔力の残滓しか残って無かったらしいもの」

 ジンはここまでの情報を整理した。
 『欠点が無いAAAランクのチーム』をまとめて攫っていけることから相手のレベルは少なくともSランクはあると考えられる。
 使われた魔法は考えられるものとしては転移か幻影の魔法。
 無理やり遠くに放り出すか、何らかの幻を見せて誘い出したかのどちらかであろう。
 ……しかし、他のことについては情報が足りない。

 「エレンさん、ちょっと良いですか?
 魔力の残滓の残り方はどんな感じだったのですか?」

 ジンが考えている横でルーチェがエレンにそう質問をした。
 エレンは額に手を当てて少し疲れた表情で答えた。

 「私が直接調べたわけじゃないのだけれど、調べたときには魔力が薄くなりすぎていたらしくて良く分からなかったらしいわ。
 そうね、私の部下がまとめた報告書を持ってくるわ。
 王宮勤めの私達には気付かない、冒険者だから気付く面もあるでしょうしね“亜空の扉”」

 エレンはそう言うと魔法を使って空間をつなぎ、一冊のファイルを取り出した。
 ファイルには『冒険者連続失踪事件』と銘打たれていた。
 ジンはその様子をジッと見つめ、ぽつりとつぶやいた。

 「……便利だな、その魔法」

 「ええ、とっても便利よ?
 でも、今のジンが使いこなせるようになるには少し時間がかかるんじゃないかしら?」

 「だろうな。
 今の俺にはそこまで高度な空間魔法は使えん。
 何しろ今覚えている魔法だって文字通り死にかけて覚えた魔法だからな」

 「……本当に貴方はどんな修練を積んできたのかしら?
 貴方の魔法は3年間で使えるようなものでは無いものばかりだったのだけど?」

 若干遠い目をして話すジンにエレンが若干呆れ顔でそう問いかけた。 

 「んん~? エレン、俺の記憶を覗いたんなら何が起きていたか分かるんじゃないのか?」

 エレンの問いかけにニヤニヤと笑いながらジンはそう答えた。
 その答えを聞いた瞬間、エレンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 「意地悪な人……旅に出る直前の記憶と今の名前を授かるところしか見せてくれなかったくせに良く言うわ。
 と言うより、貴方レジストが出来るからすんなり記憶を読ませてくれたのでしょう?」

 「当然。誰が好き好んで自分の記憶を人にさらすかっての。
 大体、本人確認に何でわざわざ記憶を読むなんていう面倒くさい手段を取ったんだよ?
 単純に解析の魔法をかけりゃ一発だっただろうに」

 「それは貴方がモントバン王家の敵に協力をしていないかどうか確かめるためよ。
 もっとも、レジストされてしまって分からずじまいでしたけど」

 「で、踏み絵の代わりにあの誓約書か。
 そんなに信用ないかね、俺達は?」

 「貴方自分で言っていたでしょう、王家の護衛に付くならばこれくらいは当然って。
 それにあれだってその内解除するわよ。
 依頼の内容を全てこなしてくれたらちゃんと貴方達の眼の前で焼却させてもらうわ」

 ジンとエレンは互いに笑みを浮かべたまま穏やかに舌戦を繰り広げる。
 お互い本気で殴り合った後の男の友情の様な雰囲気がそこにはあった。
 もっとも、エレンは女性であり、それに黙ってられない人間もいるのだが。

 「む~……エレン、いつの間にジェニファーと仲良くなったの?」

 「……ジン? ずいぶんエレンさんと仲が良いみたいですね?」

 「ちょっと待て。
 フィーナ、アンタ俺のことはジニーって呼んでなかったか? ジェニファーってもはや誰だよ?
 それからユウナ、何を考えてるか分からないがその手に持った短刀と黒いオーラをしまってくださいお願いします」

 紅葉嵐を取り出して笑顔で黒いオーラを放つユウナから青ざめた表情で距離をとりながらジンはそう言った。

 「いーじゃん、こっちの方が面白いもん。
 それでー? 何があったのー?」

 エルフィーナはくりくりとした琥珀色の瞳を期待に輝かせてエレンに詰め寄った。
 エレンはそれに対して笑顔のまま答えた。

 「ふふふ、二人で熱い夜を過ごさせてもらったわよ」

 「おおー、じゃあ二人ともラブラブなんだね」

 直後、シャキーンと言う効果音と共に白刃が翻った。
 ジンは殺気を感じ取ってしゃがみ、正面を見据えた。
 そこでは、桜吹雪を八相に構えたユウナがジンにじりじりと近寄っていた。
 ユウナの背後には陽炎の様な怒気が映っていた。

 「ジン……貴方……」

 「いや待て誤解だその刀をしまえ!!!
 こらエレン!! 誤解を与えるようなことを言うな!!」

 自らの命の危機にジンは慌てふためいてそう叫んだ。
 エレンはその様子を見て、悪戯を思いついた子供の様に笑った。

 「あらあら、つれないわね。
 昨日のあれはデートの様なものでしょう?
 貴方も私もお互いに楽しんだじゃないの」

 「お、おい!?」

 エレンはサッとジンの左腕を抱き寄せ、うっとりとした表情で肩に頭を預けた。
 突然の命知らずな行動にジンの顔は青を通り越して紫色に染まった。

 「……良くわかりました。
 ジンが女を誑しこむのはジンだけの責任じゃないんですね。
 そうです、良く考えたらジンですもの。
 ジンなら女が誘惑を仕掛けてくるのも無理はありませんものね……」

 ユウナは鳶色の瞳にぐるぐると渦を巻きながら昏い笑みを浮かべた。
 エレンはそれを見てなお余裕を見せているが、ジンの顔には滝の様に冷や汗が流れていた。

 「HA☆NA☆SE!!!」

 「嫌よ♪」

 「良いから放せ!!
 命が惜しくないのか!?」

 「あら、大丈夫よ。
 相手は刀なんだからこれくらい離れていれば「危ない!!!」きゃあ!?」

 エレンは突如ジンに体を引っ張られた。
 その直後、エレンの首があった辺りを刀の切っ先が通り過ぎて行った。
 まさに間一髪、後には斬られたエレンの金茶色の髪の一房がはらりと舞った。

 「え……?」

 ユウナの動きに全く反応できなかった。
 それを自覚した瞬間、エレンは事の重大さにようやく気が付き、顔が一気に青ざめた。

 「確かに一般的には魔導師は一定の距離を保っていれば剣士に負けることはまず無いと言われてるな。
 だが、残念ながらユウナに一般の剣士の常識は通用しない。
 ……どうしてくれるんだ?」

 ジンはその様子にジト目をくれながらそう言った。
 その二人に、ユウナはゆっくりと眼を向ける。
 
 「……ジン、何でその女をかばうんですか?」

 「当たり前だアホォゥ!! お前天下の王宮で国家の重鎮ぶっ殺す気かぁ!?」

 「そうですか……なら貴方にも少しお灸を据えなければなりませんね……」

 「何 故 そ う な る」

 もはや成立していない会話にジンは頭を抱えた。
 その間にユウナは刀を平正眼に構える。
 エレンはそれを見てジンにすがりつく腕に力を込めた。

 「ひっ……ジ、ジン、貴方ユウナを止められるかしら?」

 「止めるのは無謀、逃げることをお勧めする、と言うか逃げたい」

 「……いつまでくっついているんですか……ボソッ(うらやましい……」

 引き寄せて抱き合った状態で話を続ける二人にユウナは絶対零度の声で話しかけた。
 その声に、二人してビクッと震える。

 「くっ、“亜空の扉”」

 「逃がしません!!!」

 エレンは魔法で足元に扉を開いてジンごと逃走しようとする。
 しかし移動する前にユウナが神速で二人の服を掴み、逃走を阻止した。
 ユウナは二人を異次元の扉から引きずり出し、左腕でしっかりと首をまとめてロックした。

 「捕まえました……さあ……じっくりとお話をしましょうか……」

 「……うわぁい、ユウナの眼が座ってら……」

 「がっ……ちょ、ちょっと、絞まってるわ……」

 ぐるぐるおめめで右手に抜き身の紅葉嵐を持つユウナを見て、ジンはひきつった笑みを浮かべた。
 そのジンの隣で、エレンは気管がしまっているのか蒼い顔でユウナの腕をタップしていた。

 「ゆ、ユウナさん? もう少し落ち着いて私の話をですね……」

 ジンはそう言いながら先ほどから傍観しているメンバーに助けを求める視線を送った。
 すると、レオ、リサ、ルーチェ、アーリアル全員顔を軽く見合わせた後、にっこり笑って

 「「「「リア充死ね♪」」」」

 と言って親指で首を斬る動作をした。
 さっきまでは止めに入っていたリサもどうやら腹に据えかねたのだろうか、止めることをしなかった。

 「おいコラちょっと待てぃ!!」

 「それでは3人でじっくり話をしましょうか……」

 「あ……ぁ……」

 ユウナは喚き散らすジンと蒼い顔をしてぐったりとしたエレンを引きずって部屋の外へ出て言った。
 後にはジンに死刑判決を下した陪審員と、ただのじゃれあいにしか見えていないお姫様が残された。

 「でよぉ、俺らはどうすんだっけか?」

 「レオはまずは騎士の教導だったと思うのです。
 その後のことは今日のお昼に話し合いをして細かいことを決める手はずだったはずなのですよ」

 「アタシは病人怪我人の治療だったわね。
 ルネは情報収集で街に行ってるし、ルーチェは図書館で希少文献の調査ね」
 
 「てことは私のお付きはゆーさまとジェニファーかー。
 どんなお話が聞けるかなぁ?」

 外では阿鼻叫喚の凄惨な光景が広がっているであろうことを無視して、各自の予定をそれぞれ確認して行く。
 部屋の防音性はバッチリの様である。
 
 「レオが教導に行っている間我は暇なのか……
 むぅ……レオについて行きたいぞ……」

 そんな中、一人予定の無いアーリアルがそう言いながらレオのズボンを引っ張る。
 金色の視線は、レオに構ってオーラを全力で放っていた。

 「無茶言うんじゃねえの。
 後でしっかり構ってやるから少しは我慢しておけ」

 「むぅ……言質は取ったからな、絶対だぞ」
 
 レオはふくれっ面をするアーリアルの前にしゃがみこんで目線の高さを合わせてそう言った。
 アーリアルは未練たらたらと言った体ではあったがレオの言葉を聞いて納得したようだった。

 「やっぱり何度見ても親子にしか見えないよ……ねー、るーるー?」

 「わ、私に振られても返答に困るのです。
 でも、下手な親子より余程らしいのは認めるのです」

 銀髪コンビの会話を聞いてエルフィーナがルーチェに話を振り、ルーチェはそれに同意した。
 
 「……俺、そんなに老け顔かなぁ……(泣」

 その言葉はどうやらレオのガラスの心を粉々に粉砕したようだった。
 レオはしゃがみこんでのの字を書き始めた。

 「レ、レオ? 親子に見えると言うだけでレオが老け顔とは言っておらんのではないか?」

 「そう言ってくれんのはお前だけだぜ……」

 突如へこんだレオをアーリアルは頭を撫でながら慰める。
 アーリアルの言葉を聞いてレオは嬉しいのやら悲しいのやら分からない涙を流した。

 「あ~もう、メンドくさいわね、アンタは!!!
 たったあんだけ言われたくらいでヘコんでんじゃないわよ!!!」

 「おぶぅ!?」
 
 そこにリサが割り込み、レオを蹴り転がした。
 いきなりの暴力的な乱入にレオも少しばかり腹に据えかねたらしく、起きるなり怒りだした。

 「何だよ!? 俺が一体何したってんだよ!!」

 「うっさいわ!! 何でアンタのウジウジした泣き顔見なきゃなんないのよ!!
 アンタは常に笑っていればいいのよ!!
 大体アンタは鏡見て自分で老け顔だって思うワケ!?
 バッカじゃないの!? アンタが老け顔じゃないことはアタシが認めるわ!!
 だからとっととその顔はやめなさい、分かった!?」

 「お、おおう……」

 「分かればよろしい!!」

 異常な剣幕でまくし立てられ、レオは訳が分からないと言った表情で返事をした。
 リサも叫びまくって頭に血が上ったせいか、真っ赤な顔で返答を受ける。
 そこに、さらなる乱入者が現れた。

 「あれリサ、そんなに怒ってどうかしたんですか?」

 声をかけてきたのは非常にすっきりした顔を見せているユウナだった。
 ……着ているすみれ色の着物に赤い花が咲いているが、突っ込む者はいない。誰しも命は惜しいのだ。

 「ご主人様~ 執行部から今日の会議に使う書類が……ってひょえええええええええええ!!!
 ご、ご主人!? それにジンの兄さんも!?
 な、何があったんスか!? 廊下が血の海っスよ!?
 か、回復、今すぐ回復を!!」

 開いたドアの外では書類を持ってきたキャロルが何やら慌てているようだが、ユウナの笑顔のプレッシャーに気圧されて誰ひとりとして確認に行くものはいなかった。
 そんな中、リサは額に手を当てて一言。

 「……とりあえず、ユウナ。
 アンタは着替えてらっしゃい」

 「……はい」

 流石にユウナも血濡れの着物は具合が悪いようで、着替えに行った。



 キャロルの必死の看病によりしばらくしてジンとエレンが復帰し、この日の業務が始まった。
 ジンの仕事はユウナと一緒にエルフィーナの護衛である。
 と言う訳で、ジンとユウナはエルフィーナと時折話をしながら傍についている。
 現在、3人は自由時間と言うことでエルフィーナの部屋にいた。
 エルフィーナの部屋は白い大理石に覆われた石造りの立派な部屋で床の中央に金縁で青紫色の絨毯が敷かれており、大きな窓から柔らかな日の光が差し込み白い石の床を照らしている。
 箪笥や鏡台などの調度品は部屋に合わせて白く塗られ、そのシンプルなデザインにアクセントとして王家の象徴である剣と杖の金細工が施されている。
 3人は部屋に置かれている白いテーブルに付き、女中が持ってきた紅茶を飲みながら雑談を楽しんでいた。

 「ねー、ゆーさま。
 ジェニファーってゆーさまと幼馴染なんだよね?」

 「はい、そうですよ」

 「それじゃー、ジェニファーって旅に出る前はどんな感じだったのー?」

 期待に目を輝かせたエルフィーナにそう言われて、ユウナは微笑んだ。
 その隣で、ジンが「余計なことを言うなよ」と言わんばかりの微妙な顔をして紅茶を飲んでいる。

 「ええ……とってもやんちゃな男の子でしたよ。
 いつもレオと一緒に喧嘩や悪戯ばかりしていました」

 「ほほ~ それで~?」

 「村じゃジンとレオは何て言うんでしょうか、問題児と言うか、一種の名物だったんですよ。
 冒険者相手に喧嘩売ったり、魔導師の頭の良さを試したり、時には二人して女湯を覗きに行ったり「ん、んぐっ!? お、おい!! 何故知っている!?」……とにかく、エストックの悪童として名が通ってました」

 ユウナの発言で黒歴史を暴露され、ジンは大いに慌てる羽目になった。
 ユウナはその様子を微笑ましいものを見る様な表情で見つめていた。

 「ふむふむ。英雄さんも男の子だったと言う訳ですな~ にやにや」

 「やかましい!!」

 意地の悪い笑みを浮かべながら、エルフィーナはジンを見つめてそう言った。
 それに対してジンが顔を真っ赤にして叫ぶと、ユウナはくすくすと笑って話を続けた。

 「でも、悪いところだけじゃなかったんですよ?
 昔からジンもレオも他の子が弱い者いじめをしているとどこからともなくやってきて、それをやめさせるんです。
 ジンが言葉で丸めこんで、殴りかかってきたらレオが力でねじ伏せる、そんな感じでした」

 「……そんなこともあったな……俺達はレオの親父の教育を受けていたからな……
 強者が弱者を痛めつけているのを無視しようものなら俺達が折檻を受ける状態だったんだよな」

 ユウナの話を聞いて、ジンは昔を懐かしむ表情を浮かべてそう言った。
 それを聞いて、眼をまんまるに見開いてエルフィーナは感嘆の声を上げた。

 「おお~っ、ジェニファーは小さいころからヒーローだったんだ。
 それでそれで~? ゆーさまとはどうして知り合ったの~?」

 「最初はただのお隣さんだったんですよ。
 その内お互いの両親が仲良くなって、家族ぐるみで付き合いが始まったんです。
 その中にジンが居たんです。
 小さいころの私は引っ込み思案でなかなか声をかけられなかったんですが、ジンは構わずに私に声をかけてくれました」

 肩に掛った長くて艶やかな黒髪を直しながら、ユウナはそう話す。
 ジンは嬉しそうに話すユウナを見て、ぽつりと呟いた。

 「……良く考えりゃ、あれから18年経つのか。
 旅に出ていた期間を抜いても15年か、ずいぶんと長い付き合いになったな」

 「ええ。あの時のことは良く覚えてますよ。
 お祖母ちゃんの後ろに隠れていた私に、「ねえ、君いくつ?」って名前も聞かずにそう訊ねて来たんですから」

 「え~、何で?」

 「い、いや、それはだな……」

 のほほんとした表情で紅茶を飲んでいたエルフィーナに詰め寄られ、ジンは困り顔を浮かべた。
 それに対し、ユウナはまたくすくす笑いながら楽しそうに答えた。

 「ふふふ、後で聞いたら「話しかけるのに緊張して忘れてた」って答えが返ってきました」

 「おやおや、これまた可愛い答えだねー」

 「……ほっとけ」

 ユウナとエルフィーナに生温かい視線を送られ、ジンは拗ねたようにそっぽを向いて紅茶に口を付ける。
 が、カップが空だったらしくジンは苦い表情を浮かべてカップに紅茶を注いだ。
 それを見て二人して笑うと、エルフィーナはユウナに話の続きを促した。

 「それからー?」

 「それで年齢を言ったら「じゃあ、僕の方が年下なんだね。ジンって言うんだ。宜しくね、お姉ちゃん」って返って来たんですよ」

 ユウナの言葉に、ジンが呆れたような溜息をついた。
 その表情は少しバツが悪そうなものだった。

 「そんなセリフ良く覚えてるな……」

 「だって、初めてのお友達でしたから。
 その時はどうすればいいのか良く分からなくてただ頷くことしか出来なかったんですけどね。
 それ以来、ジンは私のことをお姉ちゃんと呼ぶようになって一緒に遊ぶようになったんです」
 
 「あれ~? ジンの方が年下なの~?」

 ユウナの方が年上という事実に、エルフィーナが意外そうにそう声を上げた。
 それに対して、ジンが答えを返す。

 「ああ。ユウナは俺より一つ上だ。
 ちなみにレオがユウナと同い年で、リサはそのもう一つ上だな」

 「そーなんだー……ってあれ~?
 でも、今ジェニファーはゆーさまのことをユウナって呼んでるよ?」

 「ええ。お姉ちゃんって呼ばれてましたけど、お姉ちゃんらしいことは全然出来ませんでしたから。
 私はいつもジンの後ろを付いて回って、ジンのしていることを横から見ているばかりでした。
 それに、何となくこれは違うなって思ったんです。
 だから、ジンと対等の立場に立つためにそう呼ぶように頼みこんだんです」

 ユウナは若干苦笑しながらそう話した。
 すると、ユウナは何かを思い出したようで笑みを深いものに変えた。

 「ああ、そうでした。
 ジンと言えばこんな話がありましたね。
 私がジンと知り合ってしばらく経った頃、私は周りから良くからかわれていたんですよ。
 そしたらジンは、「お姉ちゃんをいじめるな!!」って言って毎回どこからともなく飛んできて、皆を追い払って居たんです」

 「へ~、やっぱ小さいころから英雄さんだったんだ。かっくい~♪」

 「よせよ、所詮は子供の遊びだ。
 それ位の事なら男だったら少なくは無いだろう?」

 キラキラと眼を輝かせて持ち上げるエルフィーナに、ジンはくすぐったそうにそう言って紅茶に口を付けた。
 それを聞いて、ユウナはくすくすと笑った。 

 「あら、それにしてはジンの場合は凄かったと思いますよ?
 私が泣いたりしたら相手が泣くまで殴るのをやめなかったし、相手がどんな年上でも一歩も引かず、どんなに一方的に殴られても絶対に私に被害が行かないようにしてましたし。
 あと、ジンは相手に負けるたびに大泣きしては必死で努力して、最後には絶対一矢報いてましたね。
 一矢報いたその時の言葉が、「今度お姉ちゃんに手を出してみろ、立ち上がれないくらいボコボコにしてやる!!」だったんですよ。
 そうですね、その時のジンには男の子の意地を見ましたね」

 「当たり前だ。女の子、それも友人となれば男が守ってやるのが当然だ。
 それに負けっぱなしじゃ幾らなんでも守った女性に面目が立たんのだ、そりゃ意地にもなるわな」

 「素でそんなこと言っちゃう辺り流石は英雄さんだね。
 ところでさ、ジェニファーって恋愛に関してはどうだったの?
 顔も悪くないし、この性格なら結構モテたんじゃないかなー?」

 相変わらず琥珀色の瞳をキラキラと輝かせながらエルフィーナはジンに問いかけた。
 やはりエルフィーナも女子として恋愛事には興味津々の様だ。
 ジンはそれに対し、深々と憂鬱なため息をついて答えた。

 「いや、そんなことは無かったぞ?
 何しろ俺、村に居た時レオと一緒に「モテないブラザーズ」なんて結成してたくらいだぞ?
 モテた覚えなんてこれっぽっちも無いな」

 「あれ~、意外だな~
 ほんとーなの、ゆーさま?」

 「さあ、どうでしょうね」

 ユウナは敢えて口をつぐみ、紅茶と共に言葉を飲み込んだ。
 実際の所は村の中でジンやレオに想いを寄せる女性は多かった。
 しかしジンにはユウナが、レオにはリサが付いて回っていたために伝えるチャンスが無かっただけなのだ。
 そんなこんなで、モテないと勝手に錯覚した二人が「モテないブラザーズ」を結成することになったのだった。
 なお、「モテないブラザーズ」は「みっともないからやめろ」と言う理由でユウナとリサが速やかに解散させたのであった。
 
 「んじゃさ、れおぽんとリサねーは?
 どうやって知り合ったの?」

 「最初はレオが私にちょっかいを掛けて来たんです。
 当時のレオは凄い暴れん坊で、気に食わないことがあったらすぐに手が出る子だったんですよ。
 そんな感じでしたから、最初はジンとレオで大喧嘩になったんです。
 二人は日が暮れるまで喧嘩をし続けていたんですが、あんまり遅かったのでお互いのお父さんが迎えに来たんですよ」

 「……あったな、んなこと。もう16年前の話だ。
 俺もレオもボロボロになって、二人とも立ってるのがやっとだって時に来たんだよな。
 そしたらあの親父どもときたら、どっちの息子が強いか、とか言い出して親父同士で喧嘩おっ始めやがったんだよな」

 当時を思い出して、ジンは溜め息をついた後に苦笑した。
 予想の斜め上の展開を行かれたエルフィーナはぽかーんと口をあけて固まった。

 「ええ~っ……それで、どうなったの?」

 「後日再戦と言うことになって、トレーニングすることになった。
 んで、レオとまた殴り合うことになったんだが、その当日は何故か村を挙げて喧嘩祭りになったんだよな……」

 遠い目をして話すジン。
 その顔は楽しい思い出に浸るような、それでいて呆れ果てたような複雑な表情を浮かべていた。
 それに対して、ユウナが渇いた笑みを浮かべた。

 「あはは……あの時は特設のリングまで作って大騒ぎになりましたよね……
 確かジンとレオのお父さんもリングに上がって戦ったんですよね」

 「そうそう、俺とレオがダブルノックアウトしたもんだから、どっちが強いか親父の強さで白黒つけるとか訳のわからんこと言い出してリングに上がったんだよな。
 あの時俺は何とか見ることが出来たんだが、これが凄まじくてな……レオの親父が力でねじ伏せに掛ればうちの親父が技で返す、一進一退の互角の試合だったんだ。
 気がつきゃ隣にレオが居てな、二人で互いの親父を応援したもんだ」

 「ほえ~ ジェニファーのおとーさんも強かったんだ~
 で、それから?」

 「それがこれまたダブルノックアウトで決着つかず。
 この時ばかりは隣にいたレオと喧嘩していたことも忘れて大爆笑したもんだ。
 そんでもって話してみれば意外と話せてな。
 その時からレオとは友人飛び越して拳で語り合った親友になったんだ。
 ついでに親父同士も強さを認め合って晴れて飲み仲間になったと言う訳だ」

 「今にして思えばその瞬間にエストックの悪童と悪餓鬼が誕生したんですよね……
 ジンはレオと出会って悪事を覚えて、レオはジンに出会って知恵を手に入れたんですから、二人揃うと手がつけられなかったんですよ」

 ジンは当時の様子を楽しそうに語り、ユウナはしみじみと思い出に浸る。
 エルフィーナはそんな二人に続きを促すことにした。

 「ねー、まだリサねーが出てないよ?
 リサねーはどう知り合ったの?」

 「リサか? 俺のファーストコンタクトは木槌による痛打だったぞ?」

 「何で?」

 「レオと一緒に少しばかり遊んでいてな。
 それで加減を誤って怒られる羽目になった」

 「当たり前ですよ、お金が欲しいからって金庫を持ち出した揚句に火薬を使って爆破しようとしたんですから。
 そのせいで広場が大変なことになったじゃないですか」

 「うわ、ジェニファーそれは流石に……」

 呆れ口調でユウナがそう話すと、エルフィーナはジンにジト目をくれた。
 ジンはそれを受けて、しみじみと語りだした。

 「そうなんだよな……やるんなら頑丈な外壁を爆破するんじゃなくて比較的もろい錠を破壊することを狙う方が効率が……いや全く、下手を打ったもんだよ」

 「そう言う問題じゃないでしょう!?」

 的外れなことを言うジンにユウナは思わずそう叫んだ。
 ジンはその様子を見て、からからと笑いだした。

 「はっはっは。まあジョークはさておき、俺とリサの馴れ初めはそんなもんだ。
 後はレオとつるんでいるうちに自然とリサとも話すようになったと言う訳だ。
 レオとリサは大概一緒にいたからな」

 「私はジンがレオとリング上で戦っているときに初めて話しました。
 ジンの応援をしていたら、隣でリサがレオに向かって威勢よく応援をしていたんですよ。
 それから試合の後でお話をして友達になったんです」

 「それ以降は大体その4人でつるむ様になったな。
 レオが馬鹿をやってリサがそれを阻止してユウナがそれを見て笑うって感じでな」

 「ジン、そのレオの馬鹿を加速させていた貴方が抜けていますよ?」

 「違いない。まあそれにしても、まさかそのメンバーで旅に出ることになるとは思わなかった訳だが……」

 「ねーねー、そう言えば何でジェニファーは一人で旅に出たの?
 お友達も居て、楽しく過ごせる場所があったんでしょ?」

 「一人で旅に出た理由か……それは……ん」

 ジンが話そうとすると、部屋の古く趣のある柱時計が低い音で鳴り始めた。
 時計の針は自由時間の終了を告げていた。

 「休憩時間が終わったみたいだな。続きはまた今度話すとしよう。
 あーっと、次の予定は何だっけか?」

 「お城の中の査察だよ。
 あ、おとーさまが貴族の人たちと会議してるから第一会議室は入らないでね」

 「了解、それじゃあぼちぼち行くとしようか」

 3人は紅茶の片付けを女中に頼むと服装を整え、部屋を出た。



 石造りの城の中を3人で歩く。
 廊下の壁にはところどころに窓が付いていて、街や城の庭の様子が窺える。
 道行く兵士や女中は3人とすれ違うたびに頭を下げ、横を通り過ぎて行った。
 のほほんとした表情で歩くエルフィーナはそれに対してにっこり笑って答えていく。 

 「……疲れる……」

 なお英雄としての有名税として、ジンはすれ違う兵士達に次々と話しかけられてその対応に追われていた。
 その一つ一つにジンは律義に応対していたため、城内の廊下を歩くだけでへとへとになっていた。
 そんな中でユウナがふとした疑問をエルフィーナにぶつけた。

 「そう言えば、城内の査察って何をするんです?」

 「んーとね、お城の中を見て回ってみんながどんなお仕事をしているか見て回るの。
 そんで気が付いたことをレポートでまとめて、おとーさまやエレンに見せるんだ」

 「それは勤務態度の監視が目的か?
 こう言うとずいぶんと悪意的な言い方になるが、場合によっては職場の士気を下げかねないぞ?」

 ジンは灰青色の眼を若干細めてエルフィーナに問いかけた。
 ジンの言葉に対して、エルフィーナは首を横に振った。

 「んーん、一人一人のの勤務態度なんて書けないよ。
 それをやったら個人評価になるし、それは現場の担当者のお仕事だもん。
 レポートに書くのはね、仕事場の雰囲気とか、今何をしているとか、そんなことだよ。
 それでね、それからどうすればその仕事場がもっと良い雰囲気になるかとか考えるんだ。
 おとーさまが言うには国全体を動かす前の勉強なんだってさ」

 そこまで聞いてジンはほう、と頷いた。
 どうやら王がどういう意図でこの査察をさせているかを掴んだ様だった。 

 「なるほどな……で、それが一体何の勉強になると思う?」

 「えー、国を動かす人達を上手く動かす訓練じゃないのー?
 おとーさまは国を動かす『前』の訓練って言ってたし」

 ジンの言葉にエルフィーナはくいっと首をかしげながらそう答えた。
 その言葉を聞いてジンは大きく頷いた。
 
 「うん、ちゃんと理解してやってるんだな。
 しかし意外だな、フィーナはぽやぽやしてるから分からないかと思ったんだけどな?」

 「あー、ひどーい!!
 私だってちゃんと勉強したり考えたりしてるんですよーだ」

 さらりとひどいことを言うジンに、エルフィーナはぷくーっと頬を膨らませる。
 その表情が面白かったのか、ジンは笑いだした。

 「ははは、悪い悪い。
 悪かったから機嫌直せ、な?」

 「まあいーけどね。
 よく考えたらそう思われてた方が色々やり易いかもだし」

 「何だ、何か将来陰謀でも企むつもりか?」

 「んーん。エレンがね、頂点に立つものは常に有能である必要は無いって言ってたの。
 時には愚者になって、部下の考えを引きだしてあげることも重要なんだって」

 エルフィーナの言葉を聞いて、ジンは溜め息をついて頭を抱えた。

 「……エレン、アンタは人の騙し方を教えてフィーナに何をさせるつもりなんだよ……」

 ジンの頭の中に腹黒い金茶色の高位魔導師の笑い声が響く。
 ジンの頭の中ではエレンは胡散臭い悪役を演じていて、それは異常に似合っていた。

 「あれー、どうかしたの?」

 「……いや、何でもない」

 頭を抱えるジンの顔を、エルフィーナは斜め下から上目づかいで覗き込む。
 それを見て、ジンは頭の中の高笑いをかき消した。 
 
 「なるほど……時には愚者になることも……」

 「貴女はそこで何を言っているんですかねえ、ユウナさんや?」

 「い、いえ、何も……」

 脇で不穏な空気を醸し出しているユウナにジンが待ったをかける。
 するとユウナはピクンと反応してしどろもどろになりながら答えた。
 ……どうやらロクでもないことを考えていたのは間違いないようだ。

 「あ、そ、そうです!!
 フィーナさん、査察って今日はどこを見に行くんですか?」

 「こやつ、逃げおったな……」

 露骨な話題逸らしにジンは白い眼をユウナに向ける。
 そんなジンを余所にエルフィーナは話を続けた。

 「えーとね、今日は騎士団の病棟を見に行くんだよ。
 チェックする項目ももう考えてあるんだ」

 「何をチェックするんですか?」

 「色々あるよ。例えば治療に当たるお医者さんや司祭さんの労働環境とか患者さんの待遇とか。
 それを調べてこっちで改善できることが無いかおとーさま達と話し合うんだ」

 「大変なんですね」

 「そーかな?」

 そうやって話しているうちに騎士団の病棟に到着する。
 病棟は城門付近に位置しており、一般に開放されているようだった。
 白い病棟には荘厳な教会が隣接して建てられており、いざという時に知識を持つ医師と怪我の治療やその補助が出来る司祭が協力できる体制が整えられていた。 
 病棟の中にはぐったりとした兵士が山ほど倒れていて、多すぎる患者に司祭や医者が病棟内を駆けずり回っていた。

 「な、何か今は凄く大変みたいですね……」

 「……なあ、幾らなんでもこれは多すぎないか?
 最近このあたりじゃ戦争だの何だのは無かったはずなんだが……」

 「う、うん、その筈なんだけど……」

 目の前に広がる光景に訳が分からず唖然とする3人。
 その3人に近づいてくる人影が一つ。

 「あら、アンタ達どうかしたのかしら?」

 黒い法衣に炎の様な赤い髪を揺らしながらリサがジン達に話しかけた。
 3人は一斉に声のした方向を向いた。

 「あ、リサねー。
 ねえこれって何があったの?」

 「ああ、これなら心配いらないわ。
 単に体力と気力が尽きて伸びているだけだから命に別条は無いわ。
 でも、あんまり人数が多いもんだから少し回復させて叩きださないと外来の患者さんが来れないのよね」

 困ったものね、とリサは首を横に振る。
 ジンはこの患者達の出所に心当たりが見つかったらしく、リサに話しかけた。

 「……なあ、これもしかしなくてもレオの仕業か?」

 「ええそうよ。
 全く、あいつ少しは手加減してやりなさいよ……おかげでこっちは幾ら手があっても足りないじゃないのよ」

 レオがいるはずの闘技場の方に向かってリサは毒づいた。
 そのやり取りを聞いて、エルフィーナは口をポカーンと開けて固まった。

 「ふええええ……れおぽんそんなに強いんだ……」

 「正直レオのパワーは俺らのチームで最強だからな……まともに打ち合うと俺でもブッ飛ばされるレベルだし。
 しかしこれ、凄い人数だな……」

 ジンは床に伸びている兵士の人数を見て、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
 それを見て、リサはジンに瑠璃色の瞳でジト目を向けた。

 「……ジン、顔がにやけてるわよ。
 アンタ、病院送りにした人数を競おうなんてバカなこと考えてんじゃないでしょうね?」

 そう言いながらリサは『100t』と書かれたハンマーを肩に担ぎ、ジンに強烈な威圧感と共にドスの利いた声で話しかけた。
 その声を聞いてジンは一気にずざざーっと後ずさる。

 「イ、イエ、ソンナコトハゴザイマセンヨ?」

 「それならば宜しい」

 ひきつった表情で発せられたジンの声を聞いて、リサは満足げに肩に担いだハンマーを床に下ろした。
 地面に下ろした瞬間、ドスンと言う重厚な音と共に病棟内に振動が走った。

 「……呼び方、リサねーからリサお姉さまに変えた方が良いかなぁ?」

 「何でよ!?」 

 怖かったのか少し涙目でそう話すエルフィーナに、思わずリサが突っ込む。
 そこにユウナがおずおずと話しかけた。
 
 「あの、リサ? 回復させるんだったら早い方が良いんじゃないですか?
 もうだいぶフロアに人が集まって来てますよ?」

 「え? ああ、そうね。
 それじゃあパパーッと片づけちゃいましょ。“この者達に祝福を”」

 リサがありがたみの無い軽い声でそう唱えると、床に倒れていた兵士達が一斉に息を吹き返した。
 ……神術のくせにありがたみが無いとはこれいかに。
 神が神なのだから仕方が無いのかもしれない。

 「貴様ァ!! 我を愚弄する気か!!!」

 ナレーションへの突っ込みはやめてください。
 下手をすると、大変なことになりますよ?
 
 閑話休題。

 「ん? おお、体が軽い!!」

 「これでまた戦える!!」

 「モントバンの騎士としてこのままでは終わらせられねえぜ!! 行くぞお前ら!!」

 「「「「「おおおおおおおおお!!!!」」」」」

 体力が回復した兵士たちは剣を掲げて鬨の声を上げると、凄まじい勢いで走り去って行った。
 その様子を、リサ含めて全員が呆然としながら見届けた。

 「な、なんという滅茶苦茶な闘志……やばい、これは俺も乗り込んで一つ……」

 「戦闘狂は座ってなさい。アンタの当番はまだ先でしょ」

 「くぅっ!! なんと残酷な運命か!!!」

 兵士たちの熱い闘志に魂を揺さぶられるジン。
 そこをリサに突っ込みを入れられ、悔しげに目頭を押さえた。
 その様子を見て、エルフィーナはユウナの袖をくいくいと引っ張って一言、

 「ねえ、ジェニファーって実はバカなのー?」

 「……かもしれませんね」

 「なんてことを言うのだ貴様ら!!!
 泣くぞ、大の大人がいい年こいて大声で泣いちゃうぞ!?」

 「黙れ」

 「うおおおおおおおおっ!?」

 アホなことを言い出すジンに、リサは『怒りの鉄槌』と書かれた巨大なハンマーを振りおろした。
 床を破砕させるわけにもいかず、ジンはそれを受け止めた。

 「り、リサ……ツッコミにこのような凶器を使うのは如何なものかと……」

 「あら、ごめんなさいね。
 いつもレオにこれで当たってるからつい……」

 悪びれる様子もなくそう言うと、リサはハンマーをひっこめた。
 ハンマーが退けられると、ジンは痺れた手をぱたぱたと振った。

 「あいたたたた……ところで、他の患者の面倒は見なくていいのか?
 後ろで何やら慌ただしく動いているんだが?」

 そう言われてリサは後ろを振り返った。
 ジンの言うとおり、リサの後ろでは医者や司祭が忙しそうにバタバタと走り回っていた。
 そしてその中を担架に乗せられた患者が治療室に運ばれていくのが見えた。

 「……ああ、あれは私が動いても仕方が無いわ。
 あのタイプの患者は私にはどうしようもないのよ」

 「どう言うことですか?」

 「アタシの神術は病気を治すことは出来ないのよ。
 神術って言っても神様によって得られる恩恵が違うの。
 アタシの場合はアーリアル様の力を借りて神術を行使するんだけど、それで出来るのは怪我の治療と活力の回復と攻撃と防御だけ。
 それ以外の病気や毒なんかの治療は出来ないのよ。
 もしそれをやろうとするんなら、命の神様か精霊の力を借りられないとダメね。
 ……もっとも、アーリアル様の場合は力が強いから怪我の治療と戦闘神術なら並の神様より上なんだけどね。
 良くも悪くも万能なのよ、アーリアル様は」

 「それ、暗に器用貧乏って言ってないか?」

 「だからこそ多くの人に信仰が伝わっているのよ。
 戦神じゃ怪我の治療は出来ないし、命の神様じゃ自分の身を守るのには少し心細い。
 でもアーリアル様は自分の身も守れるし、怪我の治療も出来る。
 そうやって幅広い範囲をカバーできるから、アーリアル様のルクス教は世界中に広まったんだと思うわよ?」
 
 「なるほどな。
 確かに冒険者にとってはアーリアルの加護はありがたいもんだし、冒険者が広めれば世界中に広まるな」

 リサの言葉にジンは感心したように深く頷いた。
 その会話に割り込むように、ユウナが質問をし始めた。

 「ところで命の神様が病気まで治してくれるのなら、お医者さんは何をする人なんですか?」

 「ああ、それは病気の診断をしたり薬を調合したりするのよ。
 命の神様の救いを受けるのは重症の患者なんだけど、その司祭の順番待ちって凄いのよ。
 だから救いを受けられるまでの延命や、可能であれば薬を使っての治療を行うのが医者の役目ね」

 「旅の必需品の薬なんかも医者が調合したものさ。
 これのおかげで神術や命の魔法が使えない冒険者もその薬がある限り安心できる。
 医者って言うのは大事な職業なんだぞ?」

 「そうなんですか……エストックにお医者さんは居ませんでしたからね……」

 「まあ、あそこは冒険者や商人が多いから医者がいなくても薬は何とかなるし、命の神様の信者も多かったからね」

 そうして話しているところに一人の兵士が飛び込んできた。
 兵士は走ってきたせいか息が荒く、興奮した様子だった。
 
 「リサさん!! また大量の兵士の屍がこっちに運ばれてきます!!
 ここに到着し次第治療をお願いいたします!!」

 その報告を聞いてジンは感心したように頷き、リサは苛立たしげにがしがしと頭を掻いた。

 「おお、流石はレオ。
 あっという間に返り討ちにしたか」

 「ああもう!! 少しは手加減しろってのに!!
 治療するこっちの身にもなってみやがれーーーー!!!」

 がーっと癇癪を起こすリサを見て、ユウナは思わず笑い出した。
 
 「ふふふ、頑張ってくださいね、リサ。
 私達はこれから査察に入りますので、これで」

 「……ええ、また後で逢いましょう」

 3人は陰鬱なため息をつくリサと別れ、病棟の視察を始めた。
 その直後、入口付近のフロアは兵士で飽和したのだった。
 


 
 「ジン、少し良いかい?」

 ジンが午前中の仕事を終え割り当てられた石造りの立派な客間で一休みしていると、若草色の外套を羽織ったホビットが部屋の中に入ってきた。
 その手の中には情報屋から集めた情報をまとめた書簡が握られていた。

 「お、ルネか。
 夜までかかると思っていたが、ずいぶん早かったな」

 「知っている情報屋は大体当たったからね。
 一旦その報告に戻って来たんだ」

 「そうか。で、収穫はあったか?」

 「情報屋の間では城に侵入者が現れたって言う話は割と広まっているよ。
 それで今のところは正体が掴めていないみたいで、ウォッチャーって言う名前がつけられている」

 ルネから書簡を受け取り、それに目を通しながらジンは話を聞く。
 そこに書かれた情報を見て、ジンは唸りを上げた。

 「ウォッチャーねえ……で、そいつに関する情報は他に何かあるのか?」

 「それが情報屋にすらまだ良く分からないことだらけなんだ。
 王宮に侵入する手口や経路はもちろんのこと、その目的すら良く分かっていない。
 何しろ実際にやったことと言えば姫の部屋を覗き見ただけ、おまけに侵入した痕跡はほぼ残さないのに覗き見した場所にはしっかりと魔力と言う痕跡を残している。
 だから情報屋は愉快犯じゃないかって思っているみたいだけど、その確証は無いんだ」

 ルネはライトブラウンのショートヘアを弄りながら情報に捕捉を加える。
 その髪を弄る癖から、ルネ自身も何かが気になっている様子が分かるのだった。

 「そうだな……愉快犯にしても妙だ。
 もし愉快犯なら何度も同じ場所に痕跡を残すものだろうかね?
 どうせやるならその次は王女の部屋じゃなくて更に奥にある王の部屋とか、もっと難易度の高いところに侵入しようとすると思うんだがな?」

 「だから分かんないんだよ。
 そもそもこの情報だって巷のうわさ話をいくつか並べて、これが確からしいと言う程度の確度の低い情報なんだ。
 これ以上の情報を得ようとするなら、ウォッチャーが次に動くのを待つしかない」

 「やれやれ、ままならないな……まあいい、そのウォッチャーを現行犯で取り押さえれば万事解決なんだ。
 警戒を怠らなければそう簡単に侵入は出来ないはずだ。
 で、消えた冒険者については何か情報はあるか?」

 「残念ながらそっちは空振り。
 得られた情報はあの資料に記載されていたものとほとんど変わらないよ」

 ルネの持ってきた調査資料を見て、ジンは頭を掻いた。
 ルネの言うとおり、エレンが持ってきた内部調査の結果とほぼ変わらない結果がそこにはあったのだ。

 「う~ん、進展なしか……でも、な~んか引っかかるんだよな、この失踪事件……」

 「ところでジン、一つ気になる話を聞いたんだけどさ」

 ルネの一言を聞いてジンは顔を上げた。
 するとルネは真剣な表情でジンを見据えていた。

 「ん? 何だ?」

 「君は誰かに命を狙われる覚えがあるかい?」

 そう言われて、ジンは自身の今までの所業を思い返した。
 数多の戦場を荒らしまわった経歴に思い至り、ジンは少し苦い表情を浮かべた。

 「腐るほどあるが……それがどうした?」

 「最近ジンとその周辺の情報を集めて回っている奴がいるらしいんだ。
 ジンが警戒している暗殺者の線があるかもしれないから気を付けて」

 ルネのその情報を聞いて、ジンは溜め息をついた。
 少し知られ過ぎた、ジンは心の中でそう一人ごちていた。

 「……了解。
 どこの誰だか知らんが、俺一人に標的を絞ってくるとは思えん。
 他の奴らにも暗殺に注意して二人一組で行動するように言っておこう。
 ルネもユウナかレオかどっちかに声をかけて連れて行きな」

 「残念ながらそれは無理だね。
 情報屋は信頼できると思った相手にしか情報を提供しないから、多分僕一人じゃないと取り合ってくれないと思うよ。
 それじゃ、また情報収集に行って来るよ」

 「……ああ、頼んだ。
 下手をするとお前のことも狙われているかもしれない。
 だから十分に気を付けてな」

 「了解したよ」

 部屋を出ていこうとするルネをジンは見送ろうとする。
 ところが、ルネは何か用事を思い出したように立ち止った。

 「あ、そうだ。ねえジン、一つ話があるんだけどさ」

 「ん? 今度は何だ?」

 ジンが怪訝な表情でルネを見つめると、ルネはにっこり笑って答えた。

 「昼食代くれないかな? 王宮の食事はおいしいけど、それじゃ足りなくてね」

 その一言を聞いてジンは顔を手で覆い深々とため息をついた。

 「……自分で払え」

 「……ちぇ、けちんぼ」

 ルネは心底残念そうな口調でそう言うと、今度こそ部屋の外に出て行った。




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 王宮内の日常と昔話。

 ……特に言うことが無いな……強いて言うならもっとはよ書けや、俺。

 ご意見ご感想お待ちしております。


 4/27 初稿



[25360] あたまのいた~いたくらみごと
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/05/09 22:59
 午前中の仕事を終えて昼食を取ったルネを除いたメンバーは談話室に集合していた。
 ジンはメンバーにルネが持ってきた情報、特に自分達の周辺を嗅ぎ回っている人間ついてを伝えた。
 
 「……と言う訳で、今後は出来る限り二人一組で行動してくれ。
 依頼ではフィーナを守ることが最優先事項だが、その前に自分がやられちゃ話にならない。
 だから場合によってはフィーナの護衛よりもそっちが優先されることもあるからな。
 周囲で何か異変があったらすぐにでも俺に伝えろ、良いか?」

 ジンの発言でメンバーの間に一気に緊張が走る。
 無理もないだろう、自分が暗殺者に狙われているかもしれないのだから。

 「なあジン、それ誰がやってくるか見当つくか?
 誰が仕掛けてくるか分かればちったぁ対策が立てられるんじゃねえの?」

 「分からないな。何しろ俺の命を狙ってくる奴なんて心当たりが多すぎて困る。
 俺を倒して名声を挙げたい奴、戦場で俺に斃された奴の復讐、それから俺の存在が邪魔な奴……
 どれもこれも数えてみれば凄い数が居そうだな」

 「英雄さんは本当に大変なのですね、ジン」

 ジンの言葉に対してルーチェは憐憫を込めたまなざしで見つめながら溜め息をついた。
 するとジンはそれに呆れ顔で大きなため息をついて言葉を返す。

 「何を他人事のように言ってんだよ、ルーチェ。
 はっきり言うけどな、俺自身は暗殺なんざこれっぽっちも心配していない。
 来たところで大抵の奴なら素手でも返り討ちに出来るからな。
 一番の問題はお前とルネなんだよ」

 ジンのその言葉を聞いて、まさか自分に話が飛んでくると思っていなかったルーチェは長い耳をビクンと跳ね上げて驚きの表情を浮かべた。

 「ふぇ!? ど、どう言うことなのです!?」

 「もし、お前が今俺をどんな手段を使ってでも抹殺しなきゃならなくなったとする。
 だがお前には俺に正面切って勝つことも出来なければ、暗殺を実行することさえ難しい。
 さて、お前ならどうする?」

 「ジンよりも強い人を探す……のは幾らなんでも難しいのです。
 となると、ジンの弱点を探すことになるのですが……」

 そうやってこめかみに人差し指を付けて唸り始めるルーチェを見て、ジンは苦笑した。

 「そう簡単に俺の弱点は突けないさ。
 そんな簡単に弱点を突けるのなら俺はとっくのとうに死んでいる。
 ルーチェ、それがどうして自分につながるかを考えてみな」

 ルーチェはしばらく考えると、ハッとした表情と共に耳をピクッと動かした。

 「……あ、私を人質に使う輩が出てくるってわけなのですか。
 でも、私だってAAAランクですし、そうそう狙える人は……」

 「居るじゃないか。そのAAAランクを襲えそうな奴が、今この町に」

 「……ウォッチャーですか……」

 「そう言うことだ。AAAランクのチームを抑えられると言うエレンを出しぬけるような奴だ。
 同じAAAでもルーチェは個人だし、ルネはともかく、ルーチェはそう言った事に対する経験もない。
 恐らくウォッチャーに狙われたらその冒険者と同じようにこの城から姿を消すことになるか、俺をおびき出す餌にされるだろうさ」

 「……狙われたら?
 それってつまりウォッチャーの線は薄いってこと?」

 ジンの言葉に横で聞いていたリサが首をかしげた。
 ジンはその言葉に対して首を縦に振った。

 「俺は少なくとも今はそう思ってるな。
 ウォッチャーはこの城に忍び込んで王女の部屋まで行っておきながら何もせず、自分が侵入したと言う証だけ残していくような愉快犯的行動をする奴だ。
 もしこいつが本当に何の目的もない愉快犯ならば俺が居る所に侵入はしてみても、暗殺とかそういう実力行使に出るとは思えないんだよな。
 つまり、ウォッチャーとは別口で少なくともAAAランク相当の実力者がこの近辺に潜伏していると考えた方が良いってことだ。
 まあ、だからと言ってウォッチャーが危険ではないと結論付けることは出来ないけどな」

 「んで、そのルネちゃんやルーチェちゃんを襲える様なレベルの奴で襲ってきそうな奴は居るのかよ?」

 アーリアルを肩車したレオの言葉にジンはあごに手を立てて該当する人物を思い浮かべた。
 いくつか思い当たったらしく、ジンはゆっくりと頷いた。

 「……確かにいるな。
 しかも中には下手をするとレオやユウナと肩を並べる様な奴もいるぞ」

 「うげえ、マジかよ……」

 それを聞いてレオは心底嫌そうな顔をした。
 もしそんなのが複数人でやって来られたら、仲間を守り切る自信が無かったためである。

 「唯一の救いはそいつは犠牲を嫌うからそう簡単には俺を襲ってこないってところか。
 とにかく、自分の周囲には気をつけておくように。
 俺からの報告はこれで終わりだが、何か言うことがある奴は居るか?」

 「アタシからは特に無いわね。
 強いて言うならレオにもうちょっと手加減しなさいって言うくらいかしら?」

 リサはそう言いながらレオにジト目を送る。
 レオはそれに対して手をひらひらと振りながら言葉を返した。

 「へーへー、次は善処してやんよ。
 俺からも特には何もねえな。
 兵隊に話聞いてもいつもと変んねえって言ってたし」

 「ア、アンタねえ……人の苦労を考えろおおおおおおお!!!!」

 「な、ま、やめ「砕け散れぇぇ!!!」うぎゃああああああ!!!!」

 善処する気など全く無さそうなレオの声にリサが憤怒の表情で『日頃の恨み』と書かれた大金鎚でレオの頭を粉砕した。
 レオは頭を強打され、銀色の髪を真っ赤に染め上げて膝から崩れ落ちた。

 「私からは調べ物は順調に進んでいることを報告するのです。
 ですが、さっきの話では少し調べ物を控えなければならないかもしれないです」

 「レオー!!! 死んじゃやだぁーーーー!!! 痛いの痛いの飛んでけーーーー!!!」

 そんなレオの惨事を無視してルーチェは涼しい顔で報告を続けた。
 その後ろでは、錯乱したアーリアルがレオの治療を泣きながら必死で行っていた。
 ……いい加減慣れろと思わなくもない。

 「OK、わかった……」

 全員の報告を聞いてジンはあごに手を当てて首をひねった。
 どうやら何か腑に落ちないことがあったようだ。

 「どうかしたんですか?」

 「いや、何かが引っかかる気がするんだよな……そんな気はするんだが、それが何なのかが分からないんだ。
 ……とにかく、今は暗殺者とウォッチャーに意識を集中させよう。
 それじゃこの後俺はまたエルフィーナやエレンと話をしなきゃならんから、それから戻ってくるまで待機。
 今日の予定を確認しながら待っていてくれ」

 ジンはそう言うと談話室を辞してエレンの元へ向かうことにした。
 待ち合わせをしている会議室に入ってしばらく待っていると、エレンが小走りで会議室の中に入ってきた。
 そしてジンの隣にある椅子に腰をおろし、ジンの方に向き直った。

 「待たせたわね。
 それで、突然呼び出してどうかしたのかしら?」

 エレンは紫色の瞳でジッとジンの灰青色の眼を見つめながらそう訊ねた。
 ジンはそれに対して憂鬱なため息をつきながら答えた。

 「いや、少し厄介なことになったもんでな。
 もしかしたら、俺が暗殺者に狙われることになるかもしれん」

 「あら、でも貴方を暗殺出来る様な人間がいるのかしら?
 私があれだけの労力を絞っても無理だったのに?」

 微笑を浮かべてそうのたまったエレンにジンはジト目をくれてやった。

 「……アンタ、この前の決闘で俺を暗殺する気だったのか?」

 「ご冗談を。貴方を殺してしまったらSSSクラス3人とAAAクラス2人をまとめて相手にしなきゃならなくなるし、第一貴方みたいな稀代の英雄のサンプルを殺すなんて私は得をしないし、する理由もないわ。
 私は貴方の研究がしたかっただけ、それだけよ」

 笑顔で滔々と自分の考えを述べるエレンにジンは深々とため息をついた。
 その顔には、一種の諦めの表情が深々と現れていた。

 「研究材料にされるのも良い気分はしないがな。
 まあ、そんなことはどうでも宜しい。
 問題はこのまま俺達にフィーナの護衛を任せるのかどうかだ。
 場合によっては俺が護衛に付くことによって逆にフィーナが危険にさらされる可能性だってあり得るんだが、どうするんだ?」

 ジンの言葉にエレンは口に人差し指を当てて考え出した。
 しばらく考えた後、エレンは答えを出した。

 「そうね……護衛は継続して続けてちょうだいな。
 それから貴方のことを調べている人物に関しては私の部下にも調べさせてみるわ。
 恐らく貴方の所の諜報員は裏を調べているでしょうから、私達は表側を調べましょう。
 新しい情報が入り次第連絡させてもらいますわ」

 「それは助かる。
 ああ、それから街の門の通行記録を持ってきて欲しいんだが。
 ひょっとしたら心当たりのある名前があるかもしれないしな」

 「良いでしょう、後で持って来させますわ。
 それよりもジン……午後、良いかしら?」

 エレンのその言葉にジンは怪訝な表情を浮かべた。
 何やら嫌な予感をひしひしと感じているようだ。

 「……何だ、実験か?」

 「ええ、貴方がどういう術式を使っているのか少し教えて欲しいのよ。
 それから、出来れば血液とか採取したいわね。
 それと貴方とはもっとしっかりお話したいことがあるし、ね」

 「それは構わんがね、その旨をちゃんとうちのメンバー全員に伝えてもらおうか。
 一応俺はチームリーダーなんでね、俺が動けないと不便な点もあるだろうからな」

 「ええ、分かってるわよ。
 それに私達の方からも伝えておきたいことがあるから、集合させてもらえるかしら?」

 「それなら全員談話室に集めて待機させてるぞ。
 ああ、ルネは買い物に出ていて不在だがね」

 「そう、それなら良いわ」

 「そうしようか。
 ……ところでフィーナの姿が見えないが、どうかしたのか?」

 ジンはエルフィーナの姿を探して辺りを見回した。
 しかし、会議室にはジンとエレンの他の人影は無く、机と椅子が整然と並んでいるだけであった。

 「姫様なら今は陛下と一緒に先ほどのレポートをチェックしていますわ。
 それじゃ、早速行くとしましょう」

 エレンはそう言うと立ち上がり、会議室のドアに向かって歩きだした。
 ジンもその後に続いてドアに向かう。

 「護衛についてなくて良いのか?
 実質的な被害が今のところ無いとは言え、王族ならばいつどこで何があってもおかしくは無いだろうに」

 「今は私の信頼のおける部下が傍についているから、そんなに心配することはないわよ。
 それに、姫様の耳にはあまり入れたくないお話もあることだしね」

 「なるほど、ならば早く済ませて護衛の任務に戻るとしようか」

 そう言うと二人は会議室から出て、他のメンバーが待つ談話室に向かうことにした。
 談話室に戻ると、全員がエレンの方を向いて話を聞く姿勢を作った。

 「それでエレン、フィーナに聞かれたく無い話って何のことだ?」

 ジンが話を切り出すと、エレンはいつになく深刻な表情で言葉を紡ぎだした。

 「単刀直入に言うわよ。
 モントバン領内でクーデターを企てている貴族諸侯がいるわ」

 その言葉にメンバーは騒然としだした。
 一見平和な国でそんなことが起きると言うことが信じられない様だった。
 そんな中、ジンが重々しく口を開いた。

 「……それで、それをフィーナに聞かせたくなかった理由は何だ?」

 「それはまだ私達だけでクーデターを未然に抑えられる段階だからよ。
 騎士団を下手に動かすと相手を刺激してかえって被害が大きくなってしまう可能性があるのよ。
 それを防ぐために秘密裏に情報収集を行って証拠を押さえて、表沙汰にならないうちに仕留めてしまわないといけないわ。
 もしもこの話が姫様に知られてしまうと間違いなく陛下の耳に入ることでしょう。
 そして心配性な陛下のこと、きっと騎士団を動かして調査を命じようとするでしょうね。
 そうなっては相手が引っ込んでしまうわ。
 後顧の憂いをなくすためにも、私は危険な芽を今のうちに摘んでしまいたいのよ」

 エレンは拳を握りしめて力強くそう言い放った。
 ジンはそれに対して微笑を浮かべて答えた。

 「話が見えてきたな。
 つまり、俺達にその解決を依頼したいんだな?」

 そのジンに対してエレンも微笑を浮かべて満足げにうなずいて返す。

 「理解が早くて助かるわ、ジン。
 冒険者である貴方方なら少なくとも騎士団よりは身軽に動けるでしょう?」

 エレンはジンにそう問いかけるが、ジンはそれに対して渋い顔を作った。

 「確かに騎士団が大々的に動くよりかははるかにフットワークが軽いのは認める。
 だが、俺を使ったところで大差ないんじゃないか?
 他の連中ならともかく、俺はいろんなところに顔が知られているからな。
 そこんところはどうするつもりだ?」

 「何を言っているのかしら、貴方は?
 もうとっくのとうに貴方は動いてるじゃないの。
 確か、貴方の仲間が情報を買いに行ったと思ったのだけど?」

 「そりゃフィーナの護衛の件があるからその関係の情報は調べるだろうよ。
 だがそっちの件でわざわざ俺達を動かす理由が分からん。
 そもそも、何でクーデターが企てられていると言う情報を得ることができたのか、それを聞かせてもらおうか?
 それ如何によっては俺が動く必要性は全くないと思うんだがね?」

 「周辺貴族の査察に行っていた査察官の報告から推察して、裏付けを密偵によってとったものよ。
 もっとも、それに関する物的証拠は得られていないのだけれど」

 「確実に抑えるために物的証拠を押さえてしまいたいと言う訳か。
 しかし、そこまで出来ていて何故物的証拠が取れてないんだ?」

 「それは、無いものは取ってきようが無いからよ。
 会合に使用した書類は全てその場で暖炉にくべて燃やされたらしいわ。
 おまけに会合の時間を掴んで何度か潜入させているのだけれど、どうも書類の内容などの情報に食い違いが生じているのよ。
 これはその会合自体がダミーである可能性が強いと考えられるわ」

 ジンの疑問にエレンは一つ一つ丁寧に答えていく。
 エレンの表情は暗く、調査が思うように進んでいないことがその表情から見て取れた。
 そんな中で、ルーチェがエレンの発言に疑問を覚えて口を開いた。

 「それは少しおかしいのではないのですか?
 その会合自体がダミーであるのならば、何でその書類を燃やす必要があるのです?
 逆にその書類を持ち帰らせて、偽の情報で撹乱したほうがよっぽど効果があると思うのです」

 ルーチェの一言にジンはあごに手を当ててしばらく考えた後、ゆっくりと頷いた。
 エレンもその考えに否を唱えることは無く、同じく頷いた。

 「……確かにそうだ。
 となれば、やはりその書面には何か重要なことが書かれていると考えた方が良さそうだな。
 だが、そこまで情報管理を徹底していると言うのに密偵が何度も潜入できると言うのも不自然だ。
 密偵に対する対策が無いからそうしたのか、それとも敢えて侵入させているのか……」

 「そうね……少なくとも、一部の人間が善からぬことを企んでいること、それから密偵が紛れこんでいるのがバレていることは確実よ。
 とはいえ、この場で密偵を引き上げることはかえって怪しまれるからしばらくは任務に当たらせるけどね」

 エレンはそう言うと何か策は無いか考え出した。
 その横から、レオがジンに声をかける。

 「なあ、その会合に直接かち込み掛けりゃ良いんじゃね?
 そうすりゃ書類も何もかも一網打尽に出来ると思うんだけどよ?」

 「却下。どんな潜入方法をとったか知らないが、書類の内容は確認できているんだろ?
 その書類が物的証拠になりえないのであれば、その場に乗り込んだところでしらを切られて終わりだ。
 捕まえたとしてもいずれは釈放、それからまた相手は場所を変えて企てを行えば良い。
 確実な証拠が抑えられない現状でそれをやるのは逆効果にしかならない」

 「かーっ!! まどろっこしい!!
 もっとぱぱっと片付かねえのかよ!?」

 「そう簡単に片付くなら苦労は無いだろうよ。
 だから、それを何とかするためにこれから考えるんだよ」

 ジンの返答を聞いてレオは苛立たしげに頭をがりがりと掻いた。
 ジンは溜め息をつきながら頭の中で情報を整理する。
 そんな中で、ユウナが何か言いたげにおずおずと手を挙げた。

 「あの……一つ疑問なんですが、誰がそれに参加しているかは分かっているんですよね?
 何で皆さんクーデターなんて起こそうとしてるんですか?」

 その言葉を聞いてエレンが顔をユウナに向けた。
 エレンの表情は、どことなく陰りを帯びた憂い顔だった。

 「ユウナ、貴女は街を見てどう思ったかしら?」

 「そうですね……綺麗で賑わっていて、良い街だと思いますよ?」

 「それじゃあ、貴女はスリや強盗にあったかしら?」

 「あ、はい……ここに来てすぐに」

 「このフランベルジュは今大きな問題を抱えているのよ。
 ここは国一番の都市、国中から仕事を求めて人が流れ込んでくる。
 でも、仕事は無限にあるわけじゃない。
 このあたりだって、魔物に襲われない安全な農地は手を入れ尽くした。
 必然的に仕事をもらえない人間だって出てくるわ。
 故郷に帰る路銀も無いその人たちは行き場を失って、生きるために犯罪に身を落とす。
 そんな人達が溢れかえっているのがこの町のスラム街なのよ。
 王の膝元にありながら、その人達を救ってやることが出来ていない。
 ……陛下も姫様もそれを歯痒く感じているわ」

 そう言葉を紡ぐエレンの手は強く握りしめられていた。
 ユウナはそれを見て、エレンの苛立ちを悟った。

 「地方に送り返してあげることは出来ないんですか?」

 「出来ないのよ。
 スラムの人々は元々そこでの生活が立ち行かなくなって、希望を求めてここに来ているの。
 つまり、帰ってもそこに仕事は無いし、生活することも出来ない。
 送り返すと言うことは、スラムの人にとっては死刑宣告にも等しいでしょうね」

 「……何でこんなことに?」

 「おかしな話だけど、国民全体に中央の権力が行きわたることは殆どないわ。
 だから地方を担当する領主を置いて、その地方にあった統治をおこなわせて、それらを統括するのが王家。
 国民は領主に税を払い、その領主たちから税を取るのが国家になっているのよ。
 そして、今の国民には領主の課した重税に苦しんでいる者もいる。
 幾ら陛下や、その直下で働く私達が努力をしても領主が応えなければ領民の生活は楽にならないわ」

 そこまでの話を聞いて、リサが深くため息をついた。
 不機嫌な表情で腕を組んだその姿からはいかにも面白くないと言った感情がにじみ出ていた。

 「で、それがそのクーデターにどうつながるのよ?」

 「ギリギリまで税収を下げて、民の暮らしが楽になるような政治を心がけていても一向に暮らしが楽にならない民に陛下は愕然としたわ。
 何より税金を取るだけとって全く機能していない地方行政には城を揺らす勢いで憤慨したものよ。
 怒り狂った陛下は全ての地方領主の屋敷に直接乗り込んで、問題があるとみなせば現状を突き付けて怒鳴りこんだ。
 それでも改善の兆しの見られなかった領主に対して、とうとう陛下は強硬手段に出た」

 国王の領主に対する過剰なまでの行為に、一同は唖然とした。
 何故ならば、国全域の国民の生活状況を自ら赴いて調べるなどという行為は通常であれば正気の沙汰ではないからだ。
 広いモントバン国内を全て回るとなれば、最速の飛龍で血を吐くような強行軍を行わない限り、国務に支障をきたすのである。
 つまり、この国の国王はその強行軍をやってのけたと言うことである。

 「おいおいおい、まさか兵隊を送り込んだんじゃねえだろうな?」

 「いいえ、陛下は強欲な領主への支援を打ち切ると同時に領民を奪い去ったのよ。
 飢えている民に優秀な領主のもとでの衣食住の保証を宣言してね。
 その結果、制裁を受けた領主は経済的に大打撃をこうむることになったわ。
 ……もっとも、こちらも流れてくる民の人数が多すぎて仕事の保証が出来なくなってしまったのだけれどね」

 蒼い顔をしたレオの言葉にエレンは物憂げな表情を浮かべたまま言葉を返した。
 それを聞いて、ジンは苦い表情を浮かべると同時に額に手を当てた。

 「とどのつまり業突張りな領主の逆恨みってわけだ。
 ……だとすると、少し面倒なことになるかもしれんな」

 「経済的に大打撃を受けた領主がそんなに脅威になるのですか?」

 ジンの言葉にルーチェが首をかしげて疑問を呈した。
 何しろ国民のために滅茶苦茶な行動力を見せる国王である、その国民からの支持は凄まじいものがある。
 よって、たとえ現状の王家を打倒する者が現れた時、騎士や国民がその者に対して反乱を起こす可能性が高い。
 と言うことはどのような方法を取るにしろその暴動を鎮圧できるほどの何ものかが必要になるのである。
 財政が悪化したうえに領民が居なくなってしまった領主がどんなに周囲から人や物をかき集めてもクーデターを起こすに十分な戦力を得ることができるとは考えづらいのだ。
 しかしジンはルーチェの問いを肯定した。

 「ただ相手をするだけならそう簡単に問題が起きるような事態にはならない筈だ。
 だが問題は極限まで追い詰められた人間がなりふり構わず行動に出た場合だ。
 特に、今回の場合はクーデターに成功した場合この国最高の権力と巨万の富が約束される。
 赤字覚悟で傭兵を雇って来ることも考えなければならんな」

 「参考までに貴方がその貴族だとして、誰を雇うかしら?
 傭兵の名前と規模、それからその戦略を出来る限り詳しく教えてくださる?」

 今度はエレンがジンに質問を投げかける。
 ジンはあごに手を当てて天を仰ぎ、思いつく傭兵達を思い浮かべた。

 「そうだな……まず筆頭に挙がるのが『銀翼の大鷲』だな。
 この傭兵部隊は隊長のヴェラード・シュターゼンをはじめとした100人の少数精鋭で構成される部隊で、主に市街戦や攻城戦を得意とした連中だ。
 野戦にも強く、たった100人で100倍以上の敵軍に電撃作戦を仕掛けて将を打ち取ってくるような連中だ。
 その勇猛果敢な隊員は全てヴェラードの手足として機能して、最小限の損害で最大限の戦果をあげることを目標に掲げている。
 ヴェラード本人も歴戦の勇士で、過去に数回やり合ったことがあるが相当の手練だ。
 正直、雑兵一万人と戦うよりもこの100人とやり合う方がつらい時もあるだろうな。
 それから、数をそろえるなら『剣龍』だな。
 世界中に部署を持っている傭兵ギルドで、契約している傭兵や冒険者を即座に集めることが出来る連中だ。
 金に糸目さえ付けなければ一万ぐらいはすぐに集まってくるだろう。
 もっとも兵の質はピンキリで、保証は出来ないがね。
 どうしても優秀な兵が欲しいのなら下調べをして、そいつ個人を雇っていくしかない。
 そこから先はどんな奴が来るかは俺には想像がつかんな」

 「それじゃあ、まずはその『銀翼の大鷲』を一番に警戒すればと言うことかしら?」

 「そう言うことになるな。
 だがヴェラードは兵の損耗を一番に嫌う。
 それゆえに慎重に相手の情報を調べ、確実に成功させるための作戦を練ってくる。
 と言うことはその分準備に時間がかかると言うことだ。
 そして当然条件次第では依頼を拒絶することもある。
 ……俺が居ると知れた時点で依頼を放棄する可能性も十分にあり得るとみても良いかもしれんな。
 それに『銀翼の大鷲』は引く手数多、そう簡単に捕まるような連中でも無いし、犯罪に加担するような奴らでも無い。
 今回に関して言えばまず参加することは無い、と確実ではないが言えるだろうな」

 ジンの情報を聞いてエレンは唇に人差し指を当てて考え込んだ。

 「……賭けてみる価値はあるわね。
 仮に彼らが居ないとしても貴方の存在は相手にとって大きな牽制になるでしょうね。
 利用するような形になってしまうのだけれどいいのかしら?」

 「構わんさ。確かに俺が暗殺の標的になる可能性は増えるだろうが、それならそれで相手の尻尾を掴む切欠ができるかもしれんからな」

 その言葉にエレンはわずかに顔をしかめた。

 「それで貴方は大丈夫なのかしら?
 確かに貴方は強いわ。暗殺者の一人や二人くらいでは貴方は殺すことなんてまず不可能でしょうね。
 でも、死なない訳じゃない。幾ら貴方でも毎日狙われでもしたらただでは済まない筈よ。
 もし貴方が死ぬようなことになれば貴方やお仲間だけじゃなくて、城全体が大騒ぎすることになるのよ?
 もう少し自分の命を大切にした方がよろしいのでは無くて?」

 「心配は要らんよ。自分を囮にするのは割と慣れているんでね。
 それに他の奴らに幾らかサポートさせればそう簡単に死んだりはしないさ。
 大けがぐらいならリサやお宅の所のキャロルを当てにできるしな」

 ジンは涼しい顔で自信ありげにそう言い放った。
 それに対して、エレンは悲しげな表情を浮かべて俯いた。
 たった20数年程しか生きていない人間が自らの命を仕事のために投げ出すことに慣れているという事実は、エレンにとっては受け入れ難いものだったのだ。
 エレンは心を鎮めるために軽く深呼吸をして、顔を上げた。

 「そう……ならもう何も言わないわ……ご協力に感謝するわ。
 となるとジン、貴方は少し依頼を別にする必要があるわね」

 「要らんよ。元より俺は客将扱い、依頼は無くともそっちの関係で堂々と使えば俺の存在は相手の知るところになる。
 一応立場としてはエレンの方が上なんだし、そっちの指示には基本的には従うさ」
 
 「あら、良いのかしら?
 報酬を上乗せできるチャンスなのよ?」

 「そもそも依頼の内容はフィーナの護衛、およびその周囲の問題の解決だ。
 だとすればフィーナだけじゃなく王やエレンも護衛するし、降りかかる火の粉は払ってやらなければならん。
 だからとっくのとうに依頼は受諾済みと言う訳だ」

 まさか自分まで護衛対象になっているとは思わなかったエレンはジンの言葉を聞いて口に手を当てて驚きの声を上げた。

 「まあ、私まで護衛対象になるのかしら?」

 「当たり前だ、護衛と言うのは身の安全が保障されるだけじゃ不完全なんだ。
 本当に守ろうと思うのならば対象の心も守ってやらなきゃ駄目だ。
 何故ならば、どんなに優れた護衛でも対象に自殺されたらどうしようもないからな。
 だから保護対象の心が壊れないようにその肉親や親しい人物も可能な限り守ってやらねばならない。
 そう言う訳で、俺はエレンに何か危機があったら即座に駆けつけて守ってやるつもりでいるからな」

 ジンはエレンの眼をしっかりと見据えてそう言った。
 それを受けて、エレンは少し呆けたような表情を浮かべた後、柔らかい微笑を浮かべた。

 「ふふふ……頼りにしているわよ、ジン」

 「ああ、まかせろ」

 ジンはそう言いながら、嬉しそうに笑うエレンに笑い返した。



 「ユ、ユウナちゃん!? あああ、高そうなソファーが粗大ごみにっ!?」

 一方、ジンとエレンの会話を聞いていたメンバーはえらいことになっていた。
 ユウナが突如として紅葉嵐を抜き放って高級感あふれるソファーをメッタ刺しにし始めたのだ。
 突然の奇行にレオが思わず青ざめた表情を浮かべ後ずさる。

 「ぐぬぬ……守ってやるって言われたのは私が最初ですっ……」

 ユウナはギリギリと歯を食いしばりながら黙々とソファーを切り裂いていく。
 ソファーは中の綿が飛び出していて、見るも無残な状態になっていた。

 「わ、分かったからその人斬り包丁しまいなさいよ!!
 このソファーの修繕費幾らになるか分かんないのよ!?」 

 「はわわわわ……やめるのですユウナさん!!」

 「ああ、恨めしい口惜しい羨ましい……!!」

 リサとルーチェが必死で止めに入るも、ユウナは止まるどころか更に速度を上げてドスドスと短刀を突き刺していく。
 その鳶色の眼は焦点があっておらず、ぐるぐると渦を巻いていた。

 その行為は、事態に気が付いたジンがユウナの頭を小突くまで続けられたのだった。



 談話室での話を終え、ジンはエレンの部屋に来ていた。
 二人は広々とした部屋の一角にある、石で覆われた実験スペースで向かい合って立っている。
 なお、ここに至るまでの話をするにあたってユウナが強烈な殺気を放ち、エレンが蒼い顔をしながら必死で説明したのは余談である。

 「それで……実験って何をすればいいんだ?」

 「ああ、すること自体は簡単なことよ。
 ただ単に自分が出来る最高速の術式で魔法を撃つだけよ」

 その言葉を聞いてジンは首をかしげる。
 ジンにはエレンが何をしたいのかさっぱり分からないのだ。

 「で、それで何が分かるんだ?
 俺が使っている術式はそんなに特別な物を使っているわけじゃないんだがね?」

 「私が調べたいのはその時の魔力の流れよ。
 最速時の魔力の流れが分かれば術式の組み方を変えて応用を利かせることも出来るわ。
 極端な例を挙げれば、時間がかかる魔法をシングルアクションで使えるようにするとかね」

 「それ、俺でやる必要があるのか?」

 「ええ、もちろん。
 私が組んだ術式が自分以外で使えるとは限らないわ。
 私の部下でも良いのだけれど、それなりに多忙だし試行錯誤には時間が足りないわ。
 だから貴方の術式を見て、どこがどう違うのかを少し調べてヒントが得られないか確認するのよ」

 そこまで聞いてジンは何が言いたいのかをおぼろげながら理解した。

 「……ああ、そう言うことか。
 まあ、お眼鏡にかなうかどうかは分からんが、やるだけやってみますかね。
 で、何の魔法を使えば良いんだ?」

 「“我が力は姿を模す”が良いわね。
 あれなら全身の魔力の流れを見ることができるから」

 「OK、分かった。
 それじゃ行くぜ、……“我が力は姿を模す”」

 ジンがそう唱えると、ジンの体が一瞬で4つに分かれた。
 その様子を見て、エレンは感嘆のため息をついた。

 「……本当に化け物じみた速さね。
 魔力の流れを見たのだけれど、貴方の魔力の流れは恐ろしく速く、その上量も多いわ。
 なんていうのかしら、全身を一気にまとめて作りだすような感じだわ。
 貴方、どんなイメージでこの術式を組んでるのかしら?」

 「そうだな……鏡をイメージして俺は組んでるな」
 
 ジンのイメージを聞いて、今度はエレンが首をかしげることになった。
 
 「鏡? 確かに自分をもう一人作るには簡単で速いけれど、それでは一人分しか出来ないのではなくて?
 鏡の枚数を増やすのかしら? それでは大変になると思うのだけど?」

 「いや、2枚鏡があれば複数人作れるぞ。
 人数の調整は鏡の奥位置や角度を変えてイメージすれば簡単に大人数作れる。
 鏡の枚数を増やすよりもよっぽど手っ取り早くて簡単だ」

 「そう言う発想なのね……すると一つの術式に関しては魔力の通り道を増やす方向では無くて、一本の通り道を広げる方が効率が良いと言うことになるのかしら?
 となると術式はこんな感じで……」

 エレンはそう言いながら紙の上に呪文と術式を並べていく。
 ジンはそれを横からのぞき見て、ふと声を挙げた。

 「ん? 俺が使っているやつよりかこっちの方が簡単か?
 どれ、少し試しに……」

 その後、エレンが術式を作成してジンがその術式を実際に使うと言う実験が続いた。
 机の上には紙の束がどんどん増えていき、何種類かの魔法の改良が進んで行った。

 「ふう……だいぶ魔力を使ったな……」

 日が傾き始めたころ、ジンは額に浮かんだ汗を拭いながらそう言った。

 「お疲れ様。おかげ様で良いデータが取れたわ。
 まだ夕食までは時間があるし、これからお茶にしようと思うのだけれど、どうかしら?」

 「そうだな、頂くとしよう」

 エレンはジンの返答を聞くと手際よく紅茶を淹れ始めた。
 そうして自分のカップに紅茶が注がれるのを見ながら、ジンは思い出したように呟いた。

 「しかし、自分の魔法に手を入れるのも久しぶりだな」

 「あら、やっぱり冒険者では研究をする時間は取れないのかしら?」

 エレンは自分のカップにお茶を注ぎながらそう問いかける。
 ジンはエレンが椅子に座るのを見届けてからカップに口をつけ、一息ついてからそれに答えた。

 「必要が無かったんだよ、長いことな。
 そりゃ不満があれば色々と考えるが、今は特に不満は無いしな」

 「そう……そう言えばジンは得意な魔法は炎なのかしら?
 随分と炎魔法が多いのだけれど?」

 「ああ、そうだな。
 一応色々な魔法は使える様にはなっているが、練度的には炎が一番上だな」

 「それは貴方のお師匠様の影響かしら?」

 「ああ。ここまでなるのに死ぬほど訓練を重ねたな……」

 ジンはそう言いながら、過去に自らに課せられた修業に思いだした。
 文字通り死にかけたその訓練内容を思い返しては、ジンの眼はどんどんと遠いものになっていく。
 その様子を見て、エレンは溜め息をついた。

 「死ぬほど訓練を重ねたからと言って、たった3年であのレベルの大魔法を使えるようになるものではないのだけれど。
 やっぱり貴方はあらゆる点で一般の魔導師とは一線を画しているわよ」

 「それは師匠にも言われたよ。
 才能があり過ぎて困る、なんて言われてたな」

 その時の師の表情を思い出して笑うジンを見て、エレンもまた笑みを浮かべる。

 「ふふふ、貴方のお師匠様が頭を抱えるのが眼に浮かぶわね。
 で、その大魔法を使えた貴方のお師匠様はエルフだったのかしら?」

 「その通り。もっとも、魔法が大好きな筈のエルフだって言うのに肉弾戦の方が大好きな変わり者だったがな。
 武術に関しても俺の師匠になれるくらいは強かったよ」

 「そう……それはさぞかし有名になったことでしょうね」

 「それがそうでもないんだな、これが。
 何しろギルドの仕事をほとんどしないんだもの。
 路銀は道中の山賊どもに殴り込みをかけて巻き上げていたし、その山賊に自分達のことを言わないように徹底していた。
 とにかく有名になることを面倒くさいからという理由で避けていたよ。
 ……で、それは正しかったと今実感しているところだ」

 困ったもんだよ、と溜め息をつきながらジンは紅茶に口をつける。
 それに対して、エレンはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。

 「有名税は高くついているわね。
 何しろ殺したいほど貴方にゾッコンな人もいるわけですものね」

 「本当に勘弁してほしいぜ。
 おかげで夜もまともに眠れやしない」

 「でも、正直こればっかりは自業自得だと思うわよ?
 貴方の所業を並べていくと、周知の事実だけでも大変なものよ。
 そりゃあ貴方を倒して一旗揚げよう、って考える連中が出てきて当然じゃない」

 「だからって1000人がかりで俺に掛るような奴は幾らなんでも勘弁だぞ……
 俺をドラゴンか何かと勘違いしてるんじゃないかと思ったぜ……」

 机に肘をつき、両手で顔を覆いながら疲れたようにジンは溜め息をついた。
 一方、エレンもジンの言葉を聞いてがくっと脱力し、俯いた状態で額に手を当てた。

 「はぁ……貴方は一体何を言っているのよ……
 乱戦状態だったとはいえ、合戦場に突然現れて単騎掛けをして、たった一人で両軍合わせて3万人の兵隊を壊滅状態に追い込んだ妖怪を常人が相手するには1000人でも少なすぎるわよ」

 「おいおい、幾らなんでも妖怪呼ばわりはあんまりなんじゃないか?」

 「そう思うのなら貴方の戦績を聞かせてその人物を何だと思うか周りに訊いてみなさいな。
 恐らく、殆どの人が人間とは思わないでしょうから。
 大体、そんなところに単騎で突っ込んで無差別に暴れまわるなんて正気の沙汰とは思えないわよ。
 貴方は一体何を考えてそんなことをしたのかしら?」

 エレンはそう言うと前に下がってきた金茶色の髪を直しながら紅茶に口をつける。
 ジンはそう言うと一つため息をつき、少し憂鬱な表情で質問に答えた。

 「本気で戦争が憎かったからな……少しでも戦争の話が耳に入れば、死なばもろとも戦争をぶっ壊してやるって状態だったんだ。
 結局、どんなに戦場を歩き回っても俺が死ぬような戦場は無かったし、ちょっとした理由で死ぬわけにもいかなかったから危ない時は退いたがな」

 ジンはそう言うと紅茶と一緒に憂鬱な気分を飲み込んだ。
 一息つくと、ジンの表情はホッとしたのかリラックスしたものに変っていた。

 「その結果が『修羅』という称号と名声と言う訳ね。
 それで、今はそんなことはしていないみたいだけど、どんな心境の変化かしら?」

 「まあ、一種の悟りだよ。元より、戦争なんて俺が介入したところで原因が無くならない限り再発するんだ。
 なら、俺が介入しない方が戦争が一回で済むかもしれないし、その方が犠牲者も少なくなるだろう?
 それに今となってはそれよりも先にやることが出来た。
 そいつを終わらせない限り、俺は死ぬに死ねんよ」

 「あら、それは命をかけるほど大事な用なのかしら?」

 「ああ。まあ、いつそれを終わらせられるか分からんが、必ず俺が終わらせなければならん仕事だ」

 灰青色の眼でエレンの紫水晶の様な瞳をしっかりと見据えながら、ジンは力強くそう言った。
 エレンはその言葉を聞いて、深々とため息をついた。

 「そう……残念、貴方が当てもなく旅をしているのであれば引き留めるつもりでいたのだけれど、どうやらそれは無理そうね。
 貴方みたいな逸材はぜひとも欲しいところなのだけれど」

 「悪いな、生憎とそう言う訳にはいかない」

 心底残念そうに言葉を並べるエレンに、ジンは苦笑しながらそう返した。

 「ちぇ。それじゃあ、貴方がそれを終わらせたときに迎えに行くことにするわ」

 「そんときゃ俺はもうジジイになってるかも知れんぞ?」

 「だったら早く終わらせてちょうだいな」

 「是非ともそうして楽になりたいところだがね、焦ってやってもロクな結果にはならんさ」

 「あら、それは脈ありと取っても良いのかしら?」

 「さあ、どうだろうな」

 エレンの言葉にジンが苦笑しながら返答し、それに対してエレンは少し楽しそうな表情を浮かべて言葉を返す。 
 お互いの穏やかな口調から、二人が本当にこの会話を楽しんでいるのが分かるものだった。

 「ふふふ、それじゃあこっちの良いように取らせてもらうわ」

 エレンのこの言葉に、ジンは溜め息をつきながら首を横に振った。

 「やれやれ、これまた随分と図太いと言うか何と言うか……」

 「そうでないと宰相なんてやってられないわよ?
 何しろ相手は何とかして自分の利益を得ようと必死なのだから」

 エレンは悪戯が成功した子供の様な笑みを浮かべてそう言った。
 その表情につられてジンも笑みを浮かべる。

 「違いない。俺もまだまだだな、こういうところは」

 「そうね。チームリーダーを任されているのならもう少し交渉術に磨きをかけた方がいいわね。
 正直に言って、貴方の発言を聞いていると付け入る隙が多すぎるわ。
 なんだったらここにいる間に勉強してみる?
 決して損はしないと思うのだけれど」

 エレンの申し出にジンはあごに手を当て、上の方を見ながら思案した。

 「……そうだな。
 これまでも交渉で痛い目を見たことがあるからな。
 この際だ、勉強しておくとしようか。
 そう言う訳で宜しく頼む」

 「ええ、こちらこそ。
 それじゃあ、今日はもう遅いから明日から空いている時間に私の部屋に来なさいな。
 私が部屋にいる間は部屋の鍵を開けておくから、その時に講義しましょう」

 「了解だ」

 そこまで話したところで、街の時計塔の鐘が重厚な音で夜の6時を告げた。
 鐘の音は街中に広がり、城の中にも響いて来る。
 その音を最後まで聞き届けると、エレンが席を立った。

 「さてと、そろそろ夕食の時間が迫ってきていることですし、このあたりでお開きにしましょう」

 「そうだな。遅刻してまた国王陛下のお叱りを受けたくは無いしな」

 ジンがそう言って席を立つと、エレンは笑顔を浮かべた。
 それは何か悪戯を思いついた時の様な笑みだった。

 「ふふふ、猫になるのは少し楽しかったわよ?
 また猫になってみようかしら、貴方と一緒に」

 悪戯心と言う名の悪意の籠ったその声色に、ジンがビクッと体を震わせる。
 次の瞬間、ジンはものすごい剣幕でエレンに喰いかかった。

 「やめんか!! あの惨事を忘れたのか!?」

 「ええ、覚えてるわ。
 尻尾を丸めて怯えるジンはなかなかに可愛かったわよ?」

 「ぐはあっ!? 忘れろ、そんなものは綺麗さっぱり忘れてしまええええ!!!」

 「うふふ、嫌よ♪
 あんな面白いものそんな簡単に忘れてたまるものですか♪
 ああ、それから……キス、気持ちよかったかしら?」

 エレンがそう言うと、ジンは思いっきり噴き出した。
 その後の行為まで思い出したジンの顔は一気に赤くなった。

 「ぶっ、突然何を言ってるんだ!?」

 「あらあら、赤くなっちゃって……意外に初心なのね貴方、可愛いわ。
 ひょっとして、あれがファーストキスだったかしら?」

 「違う!! だが人前であんなことになったら普通は死ぬほど恥ずかしいだろう!?」

 喉が切れんばかりの声でジンは一気にまくし立てる。

 なお、モテないブラザーズ等と自称したことがあり、旅の間も修業だの戦争だのに追われていたジンに女性に対する免疫などあるわきゃねえのである。
 え、ユウナ?
 ユウナにキスだの何だのする度胸があれば、この男はとっくに籠の中のコマドリさんになっていたことであろう。

 そんなジンを見て、エレンはほほう、と言って頷いた。

 「と言うことはちゃんとファーストキスは済ませてたのね。
 ご相手はどなたかしら? やっぱりユウナ?」

 「うがーーーーーっ!!! アンタ、俺をからかって楽しんでるなッ!?」

 我慢の限界が来て爆発するジンに対し、エレンは笑いをかみ殺すことに必死になる。

 「うふふふふ……素直に嵌ってくれるから面白いわ。
 戦いは凄いけれど話術はまだまだね、ジン」

 「ぐぅ……」

 ジンは悔しげな表情を浮かべて拳を握りしめた。
 エレンはそれを見て苦笑混じりに言葉を紡ぐ。

 「こらこら、そんなに睨まないの。
 どうしてこんな風になったのかは後でじっくり教えてあげるわよ。
 さ、時間も迫っていることだし早く片付けて食堂に行きましょう?」

 「はあ……そうだな、早く行くことにしよう」

 二人はそう言うと机の上のカップやポットを片付け、部屋を後にした。 




* * * * *



 「キキッ、見つけたぜぇ……」

 「……情報通り」

 ジンとエレンが談話室から出て食堂に向かうところを、外から見ている人間が二人。
 二人は木に登って外套をかぶり見つかりにくくした上に魔力を察知されないように望遠鏡を使って、窓の外からジンの姿を確認していた。

 「……隣にいるのがエレン・レミオール……これも情報通り」

 「キヒヒ、そんなことはどうでもヨロシ!!
 さぁ~、どうしてやろうかぁ?」

 静かな方がやたらとハイテンションな相方の外套を引っ張ってそれを諌める。

 「……うるさい。
 ……見つかる前に一度帰る」

 「ふむ、良かろう!!
 ではではこの場は一時撤退!!!」

 テンション超爆の一人がそう言うと、二つの人影は音もなくその場から消え去った。

 


----------------------------------------------------------------------------------------

 姫様の護衛をしていたらいつの間にやらクーデターが起きそうになっていました。
 おまけに暗殺者も動き出してえらいこっちゃ。
 さあ、彼らの明日はどっちだ?

 ご意見ご感想お待ちしております。



[25360] かいしょくとほうこくかい
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/05/15 20:36

 今回から投稿の仕方をちょっと変更。
 なるべく細かい意見が聞きたいので、一回の文章を短くして更新頻度を上げることにしました。
 それでは皆様、本編をお楽しみください。

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 ジンとエレンが大理石のタイルが一面にちりばめられた食堂に入ると、そこにはもう既に国王とエルフィーナを含むメンバー全員が集合していた。
 ルネも情報収集から帰還し、割り当てられた席に着席している。
 ただし、レオは頭を『強制学習マシーン・天罰1号』と書かれた大金鎚で床に埋め込まれている。
 午後もどうやらやり過ぎたらしく、再びリサによって干されていた様だ。
 ちなみに、大理石のタイルはどう言う訳か無事である。
 その横では泣き顔のアーリアルが必死でレオに治療を施している。

 「申し訳ございません、遅くなりました」

 エレンが入るなり一礼をして謝罪をすると、エレンの席から緑の髪の妖精が飛んできて怒鳴り始めた。
 その様子は日頃のストレスをここぞとばかりに叩きつけているようであった。

 「遅いっスよ、ご主人様!! 今まで何やってたっスか!?
 まさか誰も居ないのをいいことにジンの兄さんとしっぽりむぐぅ!?」

 怒鳴り散らすキャロルの口を、ジンとエレンは大慌てでふさぎに掛る。
 そして、キャロルの耳元で周りに聞こえないように話をする。 

 「キャ、キャロル、私とジンを生命の危機に晒したくなかったらそう言うことを言わないで頂戴」

 「そ、そうだぞ、もし事実無根だとしてもそんなことをユウナに聞かれたら、」

 「私に聞かれたら、なんです?」

 背後からの声に、ジンとエレンは錆ついたロボットの様な動作で後ろを振り返った。
 そこにはにっこり笑ったユウナさんが立っていた。
 その笑顔にジンとエレン、更には至近距離で見ることになったキャロルまでもが背中に寒気を覚えた。

 「あ、あーっと、それはだなぁ?」

 「何かやましいことでもあるんですか、ジン?」

 ユウナはにこにこと柔らかく笑いながらジンを問い詰める。
 ジンはその笑顔の迫力に気圧されながら弁明を試みる。

 「い、いや、やましいことは全くない。
 エレンとはただ単に魔法の実験をしていただけだぞ?」

 「そ、そうよ。魔法の構成とかいろいろ練っていて遅くなっただけよ?」

 「本当ですか?」

 「ほ、本当だとも」

 「え、ええ」

 ユウナは鳶色の眼でジッとジンとエレンの眼を見つめ続ける。
 見つめられた二人はそれに対して、たじろぎながらも正面から見つめ返す。
 しばらくすると、ユウナはふっ、と息をついた。

 「信じましょう。ジンもエレンさんも嘘をついているようには見えませんから」

 ユウナは安心したようにそう言うと、席に戻っていった。
 それを見て、ジンとエレンはホッと一息ついた。

 「な、何スか、あのプレッシャーは……?」

 「キャロル……後で覚えてなさい……」

 「ひ、ひょえええ……」

 話しかけてきたキャロルに、エレンは絶対零度の視線と怨嗟の籠った声を投げかける。
 すると、キャロルはその場で体を抱えて震えだした。
 そんな彼女をしり目に、ジンとエレンは自分の名前が書かれた札が置かれた席に着く。
 ……なお、レオの席だけ何故か二人掛けで、置かれた札はレオとアーリアルの2枚だったことにレオが頭を抱えてアーリアルが喜んだのは余談である。
 それを見届けると、国王が口を開いた。

 「うむ、これで全員そろったようだな。
 それでは、会食を始めようではないか」

 王がそう言ってベルを鳴らすと、給仕が食事を運んできた。
 一品目のスープが全員に行きわたったところで、そろって食べ始める。
 ちなみに、ルネの前には通常の5倍の大きさのスープボウルが置かれている。
 ……そんなものが何故王宮のキッチンに存在するのかは気になるところではあるが、ここでは割愛する。

 「さて、早速だが今日の調査報告を聞かせてもらえるだろうか?」

 しばらくして、王が周囲に状況の報告を促した。
 王は周りを見回していて、この事件に関してはかなり心を砕いている様子だった。

 「ルネ」

 ジンが声をかけると、ルネは食べる手を止め王に報告を始める。

 「姫様の部屋を覗いていた人物……巷ではウォッチャーと呼ばれる人物ですが、裏の情報網を当たってみても噂にその人物がいると言うだけで、詳細な情報はまだどこもつかめていません。
 ウォッチャーとなりえる実力者の最近の行動も調べ上げましたが、こちらも目立った収穫はございません。
 分かっているのは、侵入した痕跡が分からないほどその道に精通している侵入者と言うことだけです」

 「そうか……冒険者の失踪に関してはどうかね?」

 「こちらも、城内の調査班の調査結果以上のことはわかっておりません。
 消えた冒険者たちの行方、犯人、手口のいずれも不明のままです」

 ルネはライトブラウンの髪を弄りながら王に報告する。
 どうやら自分で報告していて納得ができない様子であった。
 ルネからの報告を聞いて王は眉をひそめ、首をかしげた。

 「ふむ……冒険者の安否も気になるが、いずれも些か情報が少なすぎる気がせんか?
 現状の警備で外から侵入者が居て、こうも何度も易々と侵入できるとはとても思えんのだが……」

 「しかし陛下、実際にこのような報告がなされているのです。
 そうなっている以上、どこかから侵入者が入り込んでいるのは確かです」

 国王の呟きにエレンが言葉を重ねる。
 エレンの言葉を聞いて、国王は眉を一層しかめて話を続けた。

 「……考えたくは無いが、内部犯についてはどう考える?」

 「あり得なくはない、と思われます。
 確かに、犯人が内部の人間であるのならば侵入した痕跡が全くないことも頷ける話ではあります。
 しかし、いずれにせよ犯人の目的が一切不明、推測すら立たない状況なので何も言えません」

 「推測が立たんとはどういうことだ?」

 「まず、侵入者はこれまで何度も侵入に成功しておきながら、こちらの被害と呼べるようなものは殆ど残しておりません。
 家財、機密情報などは全て無事、更に侵入した場所は姫様の部屋でありながら姫様に実害は無し。
 しかも、ご丁寧に自分が侵入した痕跡を魔力で残すなどと言う行為に出ています。
 犯人には何か目的があるのでしょうが、これらの行動からはその目的が全く分からりません。
 快楽犯という見方も出来ますが、それにしてはおかしい点もあり良く分からないのです」

 「おかしい点とは?」

 「快楽犯と言うのは一般的に更なる刺激を求めるものです。
 であるならば、侵入場所は姫様の部屋の他に陛下の部屋、宝物庫等、侵入箇所にばらつきが生じると考えられます。
 だと言うのに、過去の侵入場所は全て姫様の部屋です。
 と言うことは姫様が狙いと言うことも考えられますが、それであるならば何故今まで姫様に全く手をつけなかったのかが分からない。
 以上の理由で、犯人の目的が全く分からないのです」

 国王に対してエレンが現状分かっていることとおかしい点について説明をする。
 それを聞いて、王は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。

 「……不快だ。こうも何も分からんとは……」

 「……申し訳ございません……」

 「いや、諸君らを責めているわけではない。
 諸君らが頑張っているのは百も承知だ。
 それでもそのウォッチャーとやらが尻尾を掴ませないと言うことは、それだけ相手が上手なのであろう。
 引き続き調査に当たってくれたまえ」

 「委細承知しました、陛下」

 頭を垂れて謝罪するエレンに王は労いの言葉をかけた。
 エレンがそれを受けて一礼をして着席すると、今度はジンに向けて言葉を発した。

 「さて、次は冒険者諸君に訊きたいことがある。
 諸君らから見て、城内に何か問題がある点は無いかね?
 遠慮することは無い、むしろ言ってもらわねば改善の余地が無いからな。
 そうだな、まずは兵士たちはどうであったかな?」

 その声に反応したのはレオだった。
 レオは眼を宙に泳がせ頬を掻き、すこぶる言いづらそうにしながら話し始めた。

 「あー……兵士たちのやる気は凄かったっすよ?
 ただ何つーか……どいつもこいつもバカ正直で……
 正直、冒険者共の方が強かったっすね」

 レオの発言を受けて王は溜め息をつく。

 「う~む……諸君らから見てもそう思うのか……
 では、なぜそのような差が生まれると考えるかな?」

 「単純に実戦経験の差かと。
 冒険者は魔物相手の戦闘もしますし、依頼いかんでは賊討伐や傭兵の仕事もします。
 その差は実際に戦場に立たないとなかなか埋められないと思います」

 「しかしそのために戦争を起こすわけにもいくまい。
 訓練所の装置を取り入れるにしても冒険者を超えることは難しかろう。
 ジン殿が鍛えるにしても全員に目が届くとは考えられん。
 何か良い方法は無いものか……」

 国王の発言にジンが回答し、王はそれに対して考え込む。
 現在、この国では戦争は長いこと起きておらず、戦争を経験したことがあるような兵士は皆引退してしまっている。
 魔物に関しても、その方面は冒険者ギルドが牛耳っているため騎士団に出番は無い。
 それゆえ、実戦に参加できる兵士は全員が実際の戦場を未経験であり、それが兵士たちの質の低下を招いてしまっているのが現状である。

 「何も、全員が最強を目指す必要は無いと思います。
 指揮官や教育係となる兵士を重点的に強化し、その兵士達に兵の調練を行わせれば、幾らかの効果は得られると思います。
 それから、定期的に外部からも参加者を募って武芸試合を行うのも一手だと思われます。
 優勝者に何らかの褒賞を付ければ兵士たちの意欲も高まることでしょう」

 ジンは諸国を回っていた経験から、そのような意見を王に対してした。
 王はそれを聞いて、満足そうに頷いた。 

 「そうか。では調練は宜しく頼むぞ、冒険者諸君。
 それから、武芸試合に関してもこちらで原案を立てておこう。
 良いな、エレン」

 「ええ、こちらからは懸念材料はありますが、特に反対意見はございませんわ。
 調練に関してはしばらくの間彼らに任せることにして、武芸試合に関しましては褒賞、会場、参加資格等の原案を近日中に提出いたしますわ」

 「うむ。他に何か気が付いた点は無いかな?」

 王はそう言いながら周囲を見回した。
 その間に、オードブルの乗った皿が目の前に運ばれてくる。

 「あれっ、何かこの料理いつもと違うよー?」

 すると、隣から少し気の抜けた声が上がった。
 王は自分が想像していた質問からあまりにかけ離れた内容に思わず脱力する。

 「……フィーナ、今は会議中なのだから少し……」

 「でも、いつもの料理長ならこんな風にはしないよ?
 こんなに方向性を変えるなんて、何かあったのかなぁ?」

 くりくりとした琥珀色の眼でエルフィーナは料理をじーっと見ながらそう言う。

 「確かに違うが……まあ良い、今は食事の時だ。
 食事の味について語るのも良かろう」

 王はそう言うと、目の前に置かれた料理を見た。
 それは生魚の表面を炙ったものを、様々な野菜と共にマリネにしたものだった。
 なお、モントバンには生魚を食べる習慣が無い。
 王はその一切れを口に運ぶ。

 「うむ……美味であるし、今までにない味だな」
 
 王はそう言って頷くと、次の一切れを口に運ぶ。
 そんな中、ジンは料理を咀嚼しながら額に手を当てて俯いていた。

 「……ジン? どうかしたのかしら?」

 「そりゃそうだよな……料理人が違うもの……
 ユウナ、これ作ったのお前だろ?」

 エレンが声をかけると、ジンはため息混じりにそう答えた。

 「あ、分かってくれましたか?」

 「そりゃ10年以上喰って一番なじみのある味だからな。
 違いがあるとすれば、あの時よりも更に美味くなったってところだな」

 「それは良かった、修行してきた甲斐があります♪」

 ジンの評価に、ユウナは笑顔を浮かべて嬉しそうにそう答えた。
 その光景を見て、レオとリサはニヤニヤと笑みを浮かべた。

 「流石は旦那、良く分かるこって」

 「ホントよねえ。そこはかとなく愛を感じるわ」

 「お 前 達 は 一 体 何 を 言 っ て い る ん だ」

 「「おお、こわいこわい」」

 「……貴様ら後で覚えてやがれよ……」

 二人の一言に、ジンはこめかみに青筋を浮かべながらドスの効いた声を響かせた。 
 それを二人は思わず殴りたくなるようなウザい笑みを浮かべて煽った。

 「へー、これゆーさまが作ったんだ。
 おいしーよ、これ」

 「うふふ、お口にあったようでなによりです」
 
 その横では、ほにゃっとした笑みを浮かべるエルフィーナがユウナの料理をぱくぱくと食べる。

 「ふーん……これ、ユウナが作ったのか……
 それじゃあ遠慮なく言えるね、ユウナこれおかわり」

 「コース料理でお代りを頼む奴があるかバカモン!!」

 通常の5倍量あったはずの料理をあっさり平らげたルネがおかわりを頼むと、ジンがそれに対してツッコんだ。
 それを受けて、ルネはふくれっ面をしながら青と緑のオッドアイでジンにジト目を向けた。

 「えー、良いじゃないか……わかった、わかったよ、おとなしくしてるからその手に持ったナイフを降ろしてください、お願いします」

 が、ジンが無言でナイフを投げるポーズを取ったので、ルネは急いで頭を下げ、おかわりを取り消した。
 その頭を下げているホビットの隣では、長いブロンドヘアーを三つ編みにしたエルフの女性が料理を食べながら唸っていた。

 「むむむ……この料理には白ワインが欲しいのです……」

 「この後仕事だからな、そこんとこ分かってるよな、ルーチェ?」

 ワイングラスを持つ仕草をするルーチェに灰青色の眼でジト目をくれるジン。

 「いえ、飲んでも酔っ払わなければ「“凍れ”」ひゃあん!?
 わ、分かったのです、分かりましたから背中に氷を張り付けるのはやめるのですぅ!!!」

 この期に及んで何とか酒を飲もうとするルーチェにジンは問答無用で制裁を加え、それに対してルーチェは背中の氷の冷たさに長い耳をビクンと跳ね上げて豊満な体をくねらせた。
 それには過去に酔っ払ったルーチェに辛酸を舐めさせられた恨みが多分に込められていることは全く否定できない。 

 「……ったく、どいつもこいつも……」

 ジンはそう悪態をつきながら隣を見た。
 隣の椅子には銀髪の男が座っている。
 その銀髪の男、レオの膝の上にはいつも通り銀髪金眼の幼女、もとい神が居座っていた。

 「あ~ん……」

 「……そらよ」

 口をあけて待ち構えるアーリアルに、レオは仏頂面で魚のマリネを食べさせる。
 アーリアルはニコニコと笑顔を浮かべてそれを食べる。

 「……うむ、美味い。
 レオ、次はあのトマトが欲しい」

 アーリアルは口の中身の物を飲み込むと、まるでそれが当然のことであるかのようにレオに次を要求する。
 その様子にレオは深々とため息をついた。

 「……お前よぉ、いつの間に俺の膝の上に来たんだ?
 それから、当然のごとく俺に食べさせてもらうのはどう言うことだ?」

 「良いではないか、いつものことであろう。
 ほれ、レオ。お前も食え。
 はい、あ~ん……」

 「はぁ……はむっ」

 満面の無邪気な笑みで差し出されたフォークを、レオは諦め半分で口に含む。
 レオの口の中には、新鮮な魚の味と酢の酸味の絶妙なハーモニーが広がった。

 「どうだ、美味いか?」

 「……まあ、うめぇな。
 どうでも良いけどよ、口の周りぐらい拭けよな。
 ソースでべたべたじゃねえか」 

 そう言いながら、レオはアーリアルの口の周りにナプキンを押し当てて拭った。

 「んっ……すまんな。
 お返しにレオの口は我が拭いてやろう!!」

 「いや、俺は別にむぎゅ!!」

 そのお返しに、アーリアルはレオの口をナプキンでごしごしと力を込めて拭った。
 その結果、レオの口の周りは擦られたことによって真っ赤になった。

 「ね、エレン。れおぽん、おとーさまみたいでしょ?」

 「ふふっ、本当ね。
 きっと将来良い父親になるでしょうね、レオは」

 その様子を見てエルフィーナとエレンは微笑ましいものを見る目でそう言った。

 「……だってよ、とっつぁん」

 「……誰がとっつぁんだ、誰が」

 呟くようなジンの一言に、レオは口の周りを赤くしたまま仏頂面で答えるのだった。
 その後、報告会を兼ねた会食はつつがなく終了した。





 「……うう……あれっぽっちじゃ全然足りないよ……」

 ……5人前のフルコースを平らげたと言うのに餓死しそうな声を上げるルネを除いて。



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 ちょっと一息。
 大食い魔神ルネ、全く自重せず。
 そして事態は全く進展せず!!

 ……いかん、いつになればこの話にけりがつくのかわからん。

 それはさておき、皆様ご意見ご感想お待ちしております。



[25360] あんさつしゃあらわる
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/05/19 09:56
会食を終えて自由時間になり、交代時間に風呂に入ったジンは夜の廊下を歩いていた。
 松明の火で照らされた石造りの廊下に、窓から月明かりが差し込んでいる。
 ……辺りは不気味なほど静かだった。 

 「……おかしい、やけに静かだ。
 見回りの兵の足音すらしないとはどういうことだ?」

 あまりに静かすぎる廊下に、ジンは周囲を警戒しつつ探索を行った。
 ジンがこの一帯の見張りの巡回ルートを探索していると、ジンはとあるものに気が付いた。

 「……っ!? これは……」

 むせ返るほど濃密な血の匂い。
 ジンはその匂いがする方向へ警戒を強めながら歩いていく。
 しばらく進んで行くと、そこには真っ赤な血の海と、そこから伸びる赤い何かを引きずったような筋が見つかった。

 「くっ、侵入者だ!!! 侵入者がいるぞ!!! 総員警戒に当たれ!!!」

 明らかな異常を発見したジンは大声で叫んだ。
 その伝令は段々と広がっていき警戒が始まることであろうが、その間に逃げられてしまうかもしれない。
 そう考えたジンは、赤い血の筋を辿っていくことにした。


 *  *  *  *  *


 濃密な血の匂いが漂う廊下を歩いて行くと、そこにはまた血溜があった。
 ただし、今度は先ほどと違い兵士が3人その上に倒れている。
 ジンは周囲を警戒しつつ、兵士に近づいた。

 「……くっ……手遅れか……」

 兵士たちは頸動脈を深々と切り裂かれており、誰がどう見ても手遅れと分かる有り様だった。
 また、3人いるにもかかわらず誰一人として剣に手をかけた痕跡が無いことから、兵士達が剣を取る間もなく斃されたことが分かる。
 このことから、相手がそれなりの使い手であることが分かった。
 ジンは更に手がかりが無いかを調べるために兵士達を調べようとする。
 が、強烈な殺気を感じ、ジンは直感的に身を屈めた。

 「うおわっ!?」

 直後、ジンの群青色の髪をナイフが数本掠めていった。
 もしジンがしゃがんでいなかったら、ジンは目の前の兵士と同じ末路をたどっていたことであろう。

 「キーキキキ、はずしちまったか。ベリィィィィシィィィィィット!!!」

 「っ!?」

 唐突にジンの背後から甲高くご機嫌な声が響き渡る。
 ジンが背後を振りかえると、そこには一人の背の高い細身の男が立っていた。
 男の姿は白いワイシャツにダークグレーのベストにスラックス、その上から大量のナイフを仕込んだマントを羽織っている。
 肩にかかる長さのボサボサの白い髪は無造作に放置されており、肌は血色の悪いくすんだ褐色、その濁った黄色い瞳はかなりの狂気を孕んでいた。 

 「キーッヒヒヒ!!! 久しぶりだなぁ、ジン……はうあーゆー? フーアーユー?
 おやおや敵を前にして相手が誰か忘れちまいましたよ?
 俺様としたことが大失敗、梅干しすっぱい!!!」

 「……クルード・ベトラ……貴様、何の用だ?」

 ジンはハイテンションでふざけたことを言う男、クルードを睨みつけながら目的を問いただす。
 ジンの手は背中の剣に掛っており、いつでも戦闘可能な状態である。

 「何の用? 火の用心!!!
 ちょっと火消しにアーイム・カミィィィング!!!
 命の灯火どこにある、目の前だぁ!!!
 さぁ困った、デンジャラスな火種はどうしよう?
 答えはイージー、火種は消火じゃああああああああ!!!
 そうゆー訳で、今からチミをブッチkilling!!!! 覚悟はおk?」

 甲高い声で目的をふざけた口調でペラペラと喋るクルード。
 その口調とは裏腹に、眼には強烈な憎悪が浮かんでいた。
 それを見て、ジンは呆れ果てたようにため息をついた。

 「そうか、俺のことを嗅ぎまわっていたのはお前だったか。
 は、また懲りずにいつぞやの仕返しでもしに来たのか?」

 「キッキー!!! 憎い憎い憎い憎い肉が食いたい!!!
 キサマァ!!! あの時は華麗なる俺様の体に傷をつけてくれやがって!!!
 キッキキィー!!! そんなチミの悪逆非道な行為に俺の怒りがエクスプロージョンッ!!!
 そんなリーズンで悪!!! 即!!! 滅!!!」

 ジンに鼻で笑われたクルードは子供の様に癇癪を起して床を何度も踏みつけた。
 そして相変わらずの甲高い声でそうまくし立てると、凄まじい速度でジンに向かって駆け出した。

 「けっ、何が悪即滅だよ。
 それが戦場だろうが!!!」

 ジンは迫ってくるクルードに吐き捨てるようにそう言うと、背中の大剣を抜いてクルードを迎え撃った。
 ジンが剣を横に薙ぐと、クルードは跳躍してジンの頭上を飛び越えて背後を取る。

 「しゃあああああああ!!!!」

 「“火蜥蜴の尾”」

 背後を取ったクルードはジンに向かってナイフを数本まとめてジンの動きを縫うように投げてくる。
 ジンはそのナイフを片手に持ちかえた剣と炎の鞭でそれを撃ち落とす。

 「キッキーキキッ!!!」

 クルードはナイフを迎え撃つために足をとめたジンに向かって駆け出し、壁を蹴って跳躍し再び背後を取って攻撃しようとする。

 「甘い!!!」

 ジンはそれを予測しており、振り向きざまに炎の鞭を薙ぎ払った。
 その迫ってくる鞭を見て、クルードは狂った笑みを浮かべた。

 「キッキーっ、甘い? スウィート? Non!!!」

 クルードはそう言うと手にしたナイフで炎の鞭を眼にもとまらぬ斬撃で細切れにし、攻撃後の硬直しているジンに向かってナイフを投げつける。

 「チィ!!!」

 追撃をしようとしていたジンは出鼻をくじかれ、そのナイフをギリギリで弾く。
 ジンの追撃を抑え込んだクルードは、何を思ったのかジンに背を向けた。

 「キーッヒヒヒヒ!!! 鬼さんこちら、手のなる方へ♪
 来なけりゃ皆さんジェノサイド♪
 キーッヒャヒャヒャヒャ!!!!」

 甲高い笑い声をあげてスキップをしながらクルードは去っていく。
 その行き先は、国王たちがいる王宮の方角であった。 

 「逃がすかぁ!!!」

 ジンは大急ぎでクルードを追いかける。
 しかし、クルードの移動速度は異常なほど早く、ジンは彼の高笑いを追いかけるしかなかった。
 ジンがそうやってクルードを追いかけていくと、城の中庭に出てきた。
 中庭は周囲を花壇で覆われた石畳の広場になっており、空からは青白い月が優しくその中庭全体を照らし出している。
 ジンはそこに足を踏み入れた瞬間違和感を覚え、その正体を確認した。

 「これは、人払いの結界か……」

 ジンはそう呟くと同時に、広場の中央を見つめた。
 その中央には一人の騎士の姿があった。
 騎士の亜麻色のショートヘアは月明かりに輝いていて、青い甲冑を着て大きな盾を持ち、右手にはブロードソードを携えている。
 その騎士と眼があった瞬間、ジンは深々とため息をついた。

 「……やはりお前も居るか……シャイン・シクスト」

 「……依頼だから」

 「依頼だと? 誰からだ?」

 ジンが咄嗟に訊き返すと、シャインはハッとした表情を浮かべた後、鋭い目つきでジンを睨みつけた。

 「……っ、話すことなど無い……!」

 シャインはそう言うと、ジンに向かって斬り掛る。
 ジンはそれを大剣で迎え撃つが、シャインの盾に阻まれて攻撃が通らず、一方的な攻撃を許すことになる。

 「はあああああっ!!!」

 「っ……!」

 ジンはその攻撃を体を横に捌くことで避け、手にした大剣に気を込めてシャインを弾き飛ばす。
 しかしシャインも足に気を込めることでこらえ、すぐにジンに張り付いて攻撃を仕掛ける。

 「くそっ、退けぇ!!!!」

 「……通さない……!」

 ジンには王の所へ向かったと思われるクルードを止めるために急ごうと若干の焦りが窺える。
 そんなジンをシャインはしつこくブロックし、手にした剣でジンを倒そうと襲い掛かる。

 「らっしゃああああああああ!!!」

 「うっ!?」

 そんな時、突如ジンの頭上にクルードが現れ、ジンに向かってナイフを振りおろした。
 ジンは咄嗟に体をひねって避けるが、左腕に大きな切り傷を作ることになった。

 「ちっ……狙いはあくまで俺って言う訳か……」

 ジンはシャインの盾を蹴りつけて大きく距離を取り、クルードを睨みつけた。
 クルードはぽたぽたと血を滴らせる自分のナイフとジンの腕を見て、喜悦の表情を浮かべて笑いだした。

 「キーッヒヒヒヒ!!! ねえどんな感じ? 傷つけられてどんな感じぃ?
 痛かろう、悔しかろう、ういろうどーう?
 キキーッヒヒヒヒヒ!!!!」

 「ごちゃごちゃとうるさい!!! “激流の水柱”!!!」

 ジンが呪文を唱えたが、何も起こらない。
 クルードは耳に手を当て、ニヤニヤと人をおちょくるような笑みを浮かべた。 

 「おやおやぁ? 不発ですよぉ?
 注意力散漫エマージェンシー!!!
 これは緊急事態ですなぁ、キーッヒヒヒヒヒ!!!」

 クルードは人の神経を逆なでするように笑いながらジンを挑発する。
 ジンが咄嗟に足元を確認すると、地面には赤く光る魔法陣が書かれているのが確認できた。

 「ちっ、魔封陣か!! だが貴様を倒せば!!」

 「キキッ、良いのかぁ? 俺様に気を取られてるとぉ……」

 「……忘れてもらっては困る……!」

 「っ、このぉ!!」

 ジンがクルードに斬りかかろうとすると、いつの間に移動していたのか、シャインがジンの背後から斬り掛った。
 ジンはその剣を手甲を付けた左手の裏拳で弾き、盾による突撃を足さばきを使っていなす。 

 「しゃはっ!!」
 
 「やっ……!!」

 そのシャインの頭上を飛び越えて、クルードはジンの首を狙って攻撃を仕掛ける。
 ジンはそれを受け止めるが、それによって空いた脇腹を貫こうとシャインが剣で突く。

 「ぐっ……まだまだぁ!!!」

 「くぅっ……」

 「キィッ!!」

 ジンは大剣に気を込め、横に薙ぎ払うことでクルードとシャインをまとめて弾き飛ばした。
 カウンターでその衝撃を受けた二人は何とかガードするが、こらえきれずに地面を転がった。
 そんな二人を見て、ジンは不敵な笑みを浮かべた。

 「はっ、魔法を封じたくらいで俺に勝てると思うなよ? 
 それに、お前達は重大なミスを犯している」

 「キッ!?」

 「……!!」

 クルードとシャインは同時に強烈な寒気を覚えてその場から飛びのく。
 すると、突如今まで二人がいた場所が轟音と共に爆発し、クレーターを作った。
 その中心には、一本の矢が刺さっていた。
 
 「よおジン、生きてっか!?
 まあ死んでるとは思わねえけどよ!!」

 頭の上から男の軽い声が響く。
 ジンが上を見上げると、屋根の上にはロングボウを構えた銀髪の男が立っていた。
 ジンはその男に対して笑いかけた。

 「ナイスタイミングだ、レオ!!
 流石は長年俺の相棒だっただけあるな!!」

 「へへっ、そいつぁどうも!!」

 笑いあう二人を余所に、クルードとシャインは起き上がる。
 
 「キ……キッキー!! バカな、何故なんでwhy!?
 どうしてキサマの仲間が現れる!?」

 人払いの結界を敷いていたはずなのにレオが現れた現状にクルードは混乱する。
 
 「……っ……」

 その一方で、シャインは何かに気がついたようで顔をしかめた。
 シャインの視線の先には抉れた花壇と、不自然に置いてある砕かれたナイフだった。
 このナイフこそ、クルード達が敷いていた人払いの結界の起点だった。
 ジンはそれを見てニヤリと笑う。

 「気付いたか? 隠し方が単純すぎるぜ、お二人さん」

 実は、ジンは二人と戦いながらずっと魔力の流れを辿って結界の起点を探していたのだった。
 そして見つけた後何をしたかと言うと、実は先ほどクルードとシャインの二人を弾き飛ばした際の衝撃波を結界の起点にぶつけたのだった。

 「キ、キキ……キッサマあああああああ!!!」

 「……まだ……!!」

 激昂したクルードが恐ろしい速度でジンの背後に回って攻撃を仕掛けた。
 それに合わせて絶妙のタイミングでシャインの剣がジンに迫る。
 ジンは剣を背負うようにしてクルードの攻撃を受け、気を込めた左手でシャインの剣を外側に受け流す。

 「おっと、良いのかな? 俺に気を取られていてさ。よっと」

 ジンは不敵な笑みを浮かべてそう言いながらクルードにシャインを押しつけると、脚に気を込めて高く跳躍した。
 その直後、ジンの立っていた場所に一本の矢が唸りを上げて突き刺さった。
 矢が刺さった瞬間、込められていた気が爆発してクルードとシャインを吹き飛ばした。

 「げはあああああああ!?」

 「……くっ……!!!」

 爆風を受けて二人は派手に吹き飛び、地面を転がる。

 「へへっ、油断大敵ってこった」

 その様子を見てその矢を射かけた射手はそう呟いた。
 それからしばらくして、クルードから地獄の底から響くような声が聞こえてきた。

 「痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもぉ!!!!
 キサマァ!! 俺様の顔によくも傷をつけてくれたなぁ……俺様の復讐の炎がばーにんぐぅ!!! 顔覚えたかんなぁ、覚えてろぉ~
 それでは皆様、See you next time♪」

 「……撤退か……」

 興奮した様子で頭から血を流しながらレオに向かってそう言うクルードにシャインが駆け寄ると、クルードは1本のナイフを取り出した。
 するとナイフが青白く光り出し、次の瞬間クルードとシャインの姿はその場から消え失せていた。

 「……ちっ、逃がしたか……」

 ジンはクルードの立っていた場所を見つめて舌打ちをする。
 そんなジンに、屋根の上からレオが降りてきて近寄る。

 「おいジン、あいつらは一体……って派手にやられてんなオイ!?」

 レオはだらだらと血を流し続けているジンの腕を見てぎょっとする。
 ジンはその顔を見て一瞬首をかしげるが、視線の先を見て納得する。

 「ん? ああ、気にするな。
 出血はしているが見た目ほど傷は深くは無い。
 そんなことよりまずは他に侵入者が居ないか城中をチェックしないとダメだ。
 行くぞ、レオ」

 「お、おう」
 
 二人はそう言うと大騒ぎになっている城内に駆け出した。


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 暗殺者大ハッスルするの巻。
 ……と言うか、これもはや暗殺とは呼べないような……


 ご意見ご感想お待ちしております。



[25360] あんさつしゃさんのこうさつ
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/05/22 18:51
城内の大捜索の結果、侵入していたのがクルード達だけだと分かり、それぞれが兵士達が元も持ち場につく。
 その一方で、ジン達冒険者一行とエレンは会議室に集まり、緊急のミーティングを取り行うことになった。
 なお、王族の人間は安全のため王宮にある隠し部屋の中に避難している。
 ジンは部屋に戻り流れる血を止血してから会議室に向かうことにした。

 「ジン!!」

 「おっと」

 会議室に入るなりユウナがジンに飛び付き、ジンは咄嗟に抱きとめる。

 「良かった……襲われたって聞いて……私……」

 「大丈夫だ、特に酷い怪我もないから安心しろユウナ」

 ユウナの眼には涙が浮かんでおり、ジンの腕の中で震えている。
 ジンはユウナに優しく声をかけ、頭を撫でたり、長い黒髪を梳いたりして落ち着かせる。

 「左腕を包帯でぐるぐる巻きにしておいて何を言ってるのよ!!
 十分に酷いけがをしてるじゃないの!! “この者に祝福を”」

 「サンキュ、リサ。助かった」

 ジンの血で真っ赤に染まった包帯が巻かれた左腕を見てリサは大慌てでジンに治療を施す。
 ジンはそれに礼を返すと、包帯を外して席についた。
 その横ではルーチェがジンに気遣うような視線を送っており、ルネは何かを悔いるような表情を浮かべていた。
 そんな中で、エレンがジンに向かって話しかけた。

 「まずは侵入者を撃退してくれたことに礼を言わせてもらうわ、ジン。
 貴方のおかげで犠牲者が少なくて済んだし、陛下や姫様には何の被害も無かったわ」

 その言葉に対してジンは首を横に振る。

 「いや、今回に関してはそれは違う。
 今回の侵入者の目的は俺の暗殺だったんだからな。
 むしろ俺がいない方が犠牲者も出なかった筈だ」

 「確かにそうかもしれないわ。
 でも貴方がいたおかげで私は陛下や姫様の傍を離れずに済んだし、安心して全体を見ることができたのよ。
 だから自分を貶めるような発言は言わないで欲しいわね」

 「そう言ってもらえると助かる」

 「それにしてもジン、君を狙ってきた暗殺者は何者だったんだい?
 君に怪我を負わせられるような相手がこの町に居るなんて情報は無かったはずだよ?」

 ジンとエレンの会話を遮ってルネが質問を挟む。
 ライトブラウンのショートヘアーに手が伸びていて、その表情は訳が分からないと言った表情だった。

 「そりゃそうだ、奴らはギルドには登録していない、知っている奴は知っているっていうような奴だからな。
 だがクルード・ベトラとシャイン・シクストの二人の名前は闇情報を扱ったことがあるんなら少しは聞いたことがあるんじゃないか?
 その道の人間としてはかなりの有名人の筈だが?」

 ルネはジンの言葉を聞いて髪を弄る手を止め、青と緑の双眸を細めた。

 「……それって、『光と影』の二人のこと?
 確か、要人暗殺を得意にしている傭兵じゃ無かったかな?」

 「そう、そいつだ」

 「そんなバカな!! そんな有名人がこの町に居たんなら裏の人間ならすぐに分かるはずだ!!
 何で今まで誰も気が付けなかったんだ!?」

 ジンの言葉に対してルネが声を荒げる。
 裏のネットワークに通じているはずの自分が、そんな大物を引っ掛けられなかったことが信じられない様だった。

 「……なあ、ルネ。今まで情報を集めていて、いつも懇意にしている情報屋が待ち合わせに来なかったことは無いか?」

 その一言にルネは息を飲んだ。

 「っ!? ま、まさか……」

 「ああ、間違いなくクルードに消されたんだろうな。
 奴は目的を達成するために手段を選ばない。
 過去にあいつはたった一人を暗殺するためにその周りにいた護衛や使用人を全て殺したこともあるくらいだからな。
 自分の存在を知った人間を始末するくらいのことはしてのけるだろうな」

 通常、情報屋というものは依頼、それも自分の信用のおける顧客のものは確実にこなす。
 何故なら、それを反故にすることは客の信用を失い、上客を手放すことになってしまうからだ。
 だと言うのに来なかったと言うことは、行くことが出来なかったと言う可能性が最も高いのだ。

 「ところでジン、そのクルードとシャインって人はどれくらい強いのですか?
 ジンに手傷を負わせられるほどの強さが本当にあるのですか?」

 ルーチェはこめかみに人差し指を当てて首をかしげながらそう質問をした。
 実際に傷を見ても、ジンに怪我を追われられる相手がいたことが信じられていない様だった。

 「ああ、今回のこれは油断した……いや違うな、向こうの方が一枚上手だったと言うべきか。
 クルード本人は暗殺者らしく気配を殺して相手の死角を突いたりすることが異常に上手い。
 動きも素早いから並の相手なら殺されたことすら気づけないまま首を取られるだろうな。
 それに奴は今回みたいに小細工を仕込むのも上手い。
 今回みたいに魔封陣とか仕込まれたら俺はともかく、ルーチェやエレンはひとたまりもないだろうな。
 相方のシャインは真正面から攻撃を仕掛けて自分に敵を引きつける役割が主だ。
 防御は固いし攻撃も巧みで、俺でもそう簡単には倒すことは出来ないだろう。
 それにこいつに構っていると大抵横からクルードに掻っ攫われるから、シャインと戦う時はクルードの襲撃も考えないといけない。
 かと言ってクルードに集中しようとすると、今度はシャインが一部の隙も逃さず攻め込んでくる。
 このコンビネーションがいつでも効いて来ると言うのだから手に負えない。
 この二人を確実に仕留めようとするならば分断しなければならないが、それが一番難しい。
 総合的に見ると、この二人に挑むのは俺でも簡単には出来ないレベル、と認識してもらえれば良い」

 「そ、そんなに強いのですか?」

 自分が想像していたよりも遥かに強い相手だったことを知り、ルーチェは深緑の眼を丸く見開いた。

 「ああ、少なくとも俺に手傷を負わせ、大した怪我もなく撤退できるくらいはね。
 正直、相手側に奴らが付くのはあまり考えたくない。
 何しろ、奴らほど対人に特化した連中は居ないからな。
 戦場でのあの二人には俺も手を焼いたよ」

 「で、でも、ジンは彼らを退けることができるのです。
 ならばあまり気にしすぎるのもどうかと思うのですが……」

 「そりゃ、今回みたいに手傷を負うこともあるが奴らを倒すまでは行かなくても追い払うことは出来るさ。
 ただ、その時は俺が他の所に援軍に行くことはほぼ不可能と考えて欲しい。
 それに奴の本分は暗殺、仮に俺以外に標的を絞られるとかなり辛いことになる。
 必然的に俺は常時その標的になった人物に付いていないといけなくなるだろうな」 

 ジンの言葉を聞いて、エレンは溜め息をついた。
 
 「……やれやれ、想像以上に面倒な人物が相手に回ったものね。
 ジンが手を焼く、と言うことは外からの要因が加わればジンすらもどうなるか分からないと言うことですもの。
 ねえジン、そこまで相手のことが分かっているのなら何か弱点みたいなものは無いのかしら?
 幾らなんでも全く弱点が無いとは言わないでしょう?」
  
 エレンは耳に掛った金茶色の髪を正しながらジンに質問を投げかける。
 するとジンはあごに手を当てて天を仰ぎ、少し考えて答えた。

 「弱点ねえ……パッと思いつく弱点と言えば、執着かな?」

 「執着? それはどういう意味かしら?」

 「クルードは冒険者としては破綻していてね。
 シャインが居ないとまともに依頼も受けられないんだ。
 その原因が他者への執着、それも復讐に関する執着が特に強いことだ。
 何しろ暗殺対象の周囲に自分の復讐相手がいたら、暗殺対象そっちのけで自分の復讐をしようとするような奴だ。
 そしてその復讐のためならクルードは何でもする。
 それがたとえ仕事の依頼主の殺害であってもな」

 「つまり、クルードの行動をコントロールしたいのなら彼が復讐をしたい相手を連れてくれば良いと言うことになるわね。
 でも、そんな人間が都合よく居るのかしら?」

 「要るともさ、都合よく目の前に二人な。
 俺とレオがその対象だ」

 「あ、やっぱり?」

 「ちょ、ちょっと!? 何でレオがそんな復讐の対象になってるのよ!?」

 憂鬱な表情を浮かべて話すジンの言葉に、レオは苦笑いを浮かべて頬を掻き、リサは慌てた様子で声を荒げた。

 「奴の行動原理の一つにな、やられたらそれに倍返しを自らの手ですると言うのがある。
 馬鹿にされれば相手の心を破壊するまで貶めるし、財布を盗まれたら全財産を奪いに掛る。
 そして、体に傷を付けられたらその相手を地獄の果てまででも追いかけて殺す。
 でもって、俺は随分前に奴に刀傷を負わせて、レオはついさっき放った一矢でクルードを吹き飛ばして怪我をさせたと言う訳だ。
 そうなったら最後、奴はどこまでも執念深く追いかけてくるぞ」

 その言葉を聞いて、レオの肩の上から唸り声が聞こえてくる。

 「ぐぬぬ……レオの命を狙うなど我が許さん!!
 レオ、お前のことは我が守ってやるから安心するが良い!!!」

 レオの肩の上で銀髪金眼で見た目幼女の神様がそう言って息を巻く。

 「……ああ、頼もしすぎて涙が出るぜ、全く……」

 「本当にな……」

 アーリアルのその様子に、レオは呆れたように溜め息をつき、ジンは遠い目をした。
 こうしてレオは世界で最も信仰を集める神様の情愛を一身に受けることになり、トップクラスの暗殺者に狙われているのに世界一命が安全な男になると言う訳のわからんことになったのだった。

 「ジン、クルードに関しては大体わかった。
 でもまだその相方に関する情報が足りないよ。
 そっちの情報は無いのかい?」

 ルネの質問に、ジンは灰青色の視線をルネに向ける。

 「シャインか? シャインに関しては単純だ。
 何しろ奴はクルードの居る所にしか行かないからな」

 「それは一体どういうこった?」

 「そうなった経緯は良く分からないが、シャインはクルードに異常なまでの執着を持っている。
 いや、執着と言う言葉すら生ぬるい、崇拝と言うか、狂信の域にまで達しているかもしれないな。
 とにかくシャインはクルードが少しでも危険になると即座にすっ飛んできて身代わりを買って出るし、クルードが死地に赴く時は何があろうと絶対にそれについて行く。
 だからクルードを押さえてしまえば、勝手にシャインも釣れると言う訳だ」

 「と言うことはクルードの動きを掴めれば自ずとシャインの動きも読めてくると言う訳だ。
 ……それにしても、今日のは妙な話だね」

 納得したように返事をした後、再び髪を弄り始めるルネ。
 その様子に、リサが首をかしげた。

 「妙な話ってどういうことよ?」

 「だって、クルードは態々王宮から遠い1階の廊下で兵士を殺して、ご丁寧に痕跡を残して行ったんだよ?
 おまけに中庭には人払いの結界に魔封陣まで張られていたんだろう?
 確かにジンが言うとおり、どう考えても最初からジンがターゲットだったとしか思えないんだよ。
 これっておかしいとは思わないかい?」

 「だから、何がおかしいのよ?
 ジンが復讐相手だからここに来ただけじゃないの?」

 そう問いかけてくるルネの言いたいことが分からず、リサは腕を組んで顔をしかめる。

 「……いえ、確かにおかしいのです」

 「あ~もう!! だから何がおかしいの!?
 そんな思わせぶりな言い方しないでサッサと言いなさいよ!!」

 こめかみに人差し指を当てたルーチェがそう呟いた瞬間、リサは赤い髪をガシガシと掻きながらそう叫んだ。
 それをエレンが宥めに入った。

 「まあ落ち着きなさいな。
 何がおかしいかと言われれば、彼らが来るのが早すぎるのよ。
 私達が貴方達を雇ったのは昨日の話。
 城の中ではもう知れ渡っているかも知れないけれど、私達はまだそのことを公に発表はしていないわ。
 だと言うのに何故か城に一歩も出入りしていない筈のクルード達が確実にジンの命を狙って来た。
 じゃあ、クルード達はどこからジンがここにいると言う情報を得たのかしら?」

 「ちなみに言っておくが、この城に入るところを誰かに見られたってことは無いからな。
 一応これでも俺は有名人なんだ、人目に付くと何が起こるか分かったもんじゃないから、それに関しては常に気を配っているしな。
 仮に城勤めの兵士が外で言いふらしたとしても一日二日じゃ精々が噂程度、情報の確度は不十分だ。
 ……そう言えば、シャインが依頼がどうとか言っていたな。
 恐らくシャインが受けた依頼の目的が俺の暗殺だったんだろう。
 となると、依頼人は確実に俺の存在を知っていることになる。
 以上のことを踏まえると……」

 そこまで聞いて、リサはようやく皆が何を言いたいか分かった様で、うんうんと頷いた。

 「……ようやく分かったわ。
 つまり、城の中に敵のスパイがいるって訳ね」

 すっきりした表情を浮かべたリサに、ジンは頷くことでリサの言葉を肯定した。

 「そう言うことになるな。
 となると、そのスパイが誰なのかが気になるところだが……」

 「それはこちらの管轄ね。
 内部調査はこちらでやっておくわ。
 分かったら貴方達に報告するから、それまでは今まで通り任務に当たってちょうだいな」

 「了解。ところで、城の警邏もやる人間が必要か?
 今日みたいにクルードみたいな奴が入り込んだら一網打尽にされる可能性がある訳なんだが?」

 ジンがそう言うと、エレンは唇に人差し指を当てて考えを巡らせた。

 「……いえ、当分の間は警備兵を増員する方向で考えましょう。
 貴方達に過労なんかで倒れられたら眼もあてられないわよ。
 しっかり休んで不測の事態に対応できるようにしておく方が良いと思うわ」

 「なるほど、そう言うことならお言葉に甘えて休ませてもらおう。
 さて、大体の方針も決まったことだし、今日はこの辺で解散にしようか」

 「そうね。護衛については姫様も交えて考えないといけないことだし、今日はもうお開きにしましょう。
 それじゃ、明日の朝に談話室で」
 
 「んじゃま、皆とっとと寝るとしましょうや。
 明日の朝がつらくても知らんぞ?」

 ジンの一言に全員うなずき、一斉に自室に戻っていった。
 

 *  *  *  *  *


 ジンが部屋で武具の手入れを終えて寝る準備をしていると、突然ドアからノックの音が響いた。

 「ん? 誰だ?」

 「ジン? 起きてますか?」

 その声を聞いてジンはドアを開ける。
 するとそこには寝巻姿のユウナが立っていた。

 「ユウナか。一体どうしたんだ?」

 「そ、それが……きょうジンが襲われたじゃないですか。
 それでまたジンが襲われたらと思うと不安で……」

 そう話すユウナの表情は暗く、 余程不安だったのか、寝巻の肩の所に自分の肩を抱いたときに出来たであろうしわが出来ていた。
 その様子を見て、ジンは溜め息をついた。

 「それで、眠れなくてここに来たってわけか」

 「はい……」

 「とはいえ、しっかり寝ておかないと明日がつらいぞ?
 俺達の仕事は体力仕事なんだからな」

 「はい、分かってます……
 ですから、一緒に寝てくれませんか?」

 「…………は?」

 俯いてか細い声で話すユウナの言葉に、ジンの思考は停止した。
 しばらくして、ジンは額に手を当てて俯きながらユウナに質問をした。

 「……すまん、どう言うことか説明してくれないか?」

 「私、ジンのことが心配で……ジンのことで頭がいっぱいになってしまって安心できないんです。
 だから、ジンに触れて、ジンがちゃんと無事で傍にいると言うことを確認したいんです。
 そうすれば、私は安心できますから……お願いです、今日だけでも一緒に寝てくれませんか?」

 そう言いながらユウナはジンのシャツの裾を掴む。
 ユウナのその泣きそうな表情を見て、ジンは大きくため息をついて首を横に振った。

 「……はあぁぁぁ……仕方ない、今日だけだぞ?」

 「あ……は、はい!!
 で、では失礼します……」

 そう言うとユウナは部屋の中に入り、ベッドの中に入った。
 あとからジンが入ってくると、ユウナはジンの肩に手をまわし、ジンをしっかりと抱きしめた。

 「……さ、流石にくっつきすぎじゃないか?」

 「良いんです。こうでもしないと私の不安が晴れないんです」

 ユウナはそう言いながらジンを抱きしめる腕に力を込めた。
 それに対しジンは何も言えず、しばらく無言の時間が過ぎた。
 しばらくすると、ユウナがくすくすと笑いだした。

 「……なんだか懐かしいですね、こうやって二人で寝るのは」

 「そりゃもう15年以上前の話だからな。
 懐かしくもなるだろう」

 「ふふふ……昔はお化けが怖いからってジンの方からこっちに来てたんですよね」

 「……やめてくれ、今思うと情けなくて涙出てくる……」

 ユウナがそう言うと、ジンは恥ずかしそうにユウナから顔をそむけた。
 ユウナはそれを見て柔らかい笑みを浮かべた。

 「良いじゃないですか、可愛い貴方の過去なんですから。ああ、そういえば……」

 それからしばらく二人は話を続けた。
 そしてその内ジンから規則正しい寝息が聞こえてきた。

 「……寝ちゃいましたか……くすっ、可愛い寝顔ですね……」

 ジンの顔を覗き込んでそう言いながらユウナは微笑む。
 ユウナはジンの顔をまじまじと見つめていた。
 そして、その視線がある一点で止まった。

 「そう言えば、ジンは今日エレンさんと……」

 ユウナの視線はジンの唇に止まっていた。
 ユウナの脳裏にはジンとエレンが動物薬を飲まされ、その影響で二人が唇をむさぼり合っていた件が再生される。
 それを思い出して、ユウナは少し胸が痛んだ。
 それと同時に、ユウナの頭の中にとある考えが浮かんだ。

 「……す、少しくらいなら、い、良いですよね?」

 黙っていては恐らくずっと叶わない。
 なら奪ってしまえば良い。
 何よりエレンさんが不可抗力とは言えあれだけしてたじゃないか。
 私が貰っても何の問題は無いはずだ。

 ユウナはそう理論武装をして覚悟を決める。

 「え、えと、失礼しま~す……」

 ユウナはそう言うと、ジンに段々顔を近づけていく。
 近づいていくにつれどんどんユウナの顔は赤くなっていく。
 ジンの吐息が掛るほど近付き、そして。

 「……や、やっぱり駄目です……」

 ユウナは恥ずかしさに耐えきれずに顔を離し、掛け布団の中に引っ込んだ。

 「ううっ……私のいくじなし……」

 ユウナはそう言いながら布団の中でのの字を書く。
 10分ほどそうしていじけた後、ユウナは布団から顔を出しジンの顔を見た。
 ジンは穏やかな寝顔を浮かべており、ユウナはそれを見て心が温かくなっていくのを感じる。 

 「ジン……いつかきっと……」

 ユウナは誰にも聞こえないように呟くと、ジンの腕を抱き、肩に頭を預けて眠りについた。




 そして翌朝。

 「いよぉ、ジン!!!
 イチャラブした後の目覚めはどうだい!?」

 「ユウナも、昨夜はお楽しみだったのかにゃ~?」

 「「あっついねぇ、お二人さん!!」」

 そこには、ニヤニヤと笑いながら騒ぎ立てる銀色男と赤髪シスターがいて、

 「よし、お前らそこに直れ」

 「……(//////)」

 それに対して握りこぶしを振り上げる群青の英雄と顔を真っ赤に染め上げた黒髪の幼馴染がいた。


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 暗殺者どもの考察+αでお送りしました。
 暗殺者ども、お前らのキャラはどこへ行く?

 ご意見ご感想お待ちしております。



[25360] ごえいにあいをこめて
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/05/24 12:59
 朝になり、ユウナと一緒に寝たことを冷やかす銀髪の男と赤髪のシスターに鉄拳をくれたジンは、約二名普段より身長が5cm高い幼馴染ーズと共に談話室に向かっていた。
 談話室では、王族の護衛にあたっていたルネとルーチェ、そしてエルフィーナとエレンが待っていた。

 「あ、おはようジェニファー。怪我だいじょーぶ?」

 「ああ、おはよう。特に問題は無いから安心しろフィーナ」

 形の良い眉毛をハの字にしてジンに声をかけるエルフィーナ。
 ジンはそれに怪我をしていた左手を振って答えた。

 「……眠いのです……」

 「同感だね。流石に昼働いて夜も徹夜はキツイよ……」

 そのエルフィーナの横ではうつらうつらと眠そうに瞼をこするルーチェと、見るからに疲れた表情のルネがいた。

 「これが終わったら寝ても良いからもう少しだけ我慢しな」

 ジンは二人にそう声をかけると談話室に置かれているソファーに腰をかけた。
 なお、前日にユウナが粗大ごみにしたソファーは修理中である。

 「さて全員そろったことだし、話し合いを始めるとしましょう。
 今回は護衛について話し合いをしようと思うわ」

 全員がそろったところでエレンが話を切り出す。

 「え~っと、確か暗殺者さんが侵入してきたからそれに対応して護衛の付け方を変えるんだったよね?」

 「ええ、そうよ。今後もまた暗殺者が侵入してくるとも限らないし、しばらくの間は良く警戒をしておかないといけないわ。
 そうなるとまず確認しておきたいのは暗殺者が狙ってくる可能性がある人間を挙げていくとしましょう」

 議題を確認するエルフィーナにエレンは頷きながらそう言った。
 それに対し、ジンが反応を示した。

 「そんなことを言うとここにいる全員が暗殺者に狙われる可能性があるんだがね?
 まあ、特に狙われそうな人間と言えば、国王陛下にフィーナ、その次あたりにエレンかな?
 俺達に護衛が出来るのはここまでが限界だ」

 「ついでに言うのなら、実際に標的にされたジンと、個人的に恨みを持たれているレオも標的に入るわね。
 そこで私からの提案なのだけれど、ジンとレオを護衛に固定できないかしら?」

 エレンはそう言いながらジンとレオを紫色の瞳で見据えた。
 その提案に、レオが首をかしげた。
 なお、その膝の上にはいつものように銀髪の少女が陣取っている。

 「んあ? そりゃまた何でだ?」

 「その方が暗殺者の出る位置を限定しやすいからよ。
 暗殺対象が固まっていた方が護衛の兵の分散も少なくて済むし、咄嗟の時の対応も取り易いわ。
 だから暗殺者に狙われそうな人間は固めておこうと思っているのだけれど、どうかしら?」

 「大体の話は分かった。
 問題は誰をどこに配置するかだが……」

 エレンの話を聞いてジンはあごに手を当てて考え込む。
 それに対してエレンはすでに考えがまとまっていたようで、すぐに話を切り出した。

 「それに関してはジンを国王陛下に、レオを姫様の所につけようと今は考えているわ。
 私は自衛もそれなりに出来るし、基本的に国王陛下と話し合いなどで同席する機会も多いからジンには陛下と私両方を見てもらうことになるわね。
 ただ、一つ問題があるのだけれど……」

 「問題? どう言うことだ?」

 「陛下、護衛を付けられることを極端に嫌うのよ。
 謁見の間の兵の配置を見ても分かる通り、自分の周りに兵士を置くこと自体が嫌いなのよ。
 兵士を信頼していない訳じゃないんだけれど、本人がそれなりに強いから護衛なんかに頼らないとか言っているわ。
 実際、陛下も皇太子時代に武将として鍛錬を積んでいたから並の兵士、下手をするとそこらの隊長格よりはよっぽど強いことだしね。
 おまけに過去に暗殺しに来た刺客を咆哮で鼓膜を破って失神させた逸話もあるわ」

 想定外の事態にジンは頭を抱えた。
 まさか一国の王が護衛を付けるのを嫌うとは思ってもみなかったのだ。
 しかも、なまじ戦闘能力に自信があると言うことなのだから余計に手に負えない事態になっていたのだった。
 ……もっとも、本気で護衛が不必要な可能性は否定できないが。

 「……それじゃあ、どうやって俺は護衛すればいいんだよ……
 流石にそんなことじゃ護衛するには厳しいものがあるんだが……」

 「だから、ジンには名目上私の護衛として働いて欲しいのよ。
 それであれば私が陛下の傍にいることでジンが陛下に近づきやすくなるでしょうしね」

 深々とため息をつくジンにエレンはそう提案する。
 しかし、ジンは首を横に振る。

 「だがいつも国王陛下と一緒にいる訳じゃないだろ?
 その時はどうすればいいんだよ?
 そりゃあの筋骨隆々で金属製の杖を握りつぶすどころか砕くような国王陛下は俺が見たって弱くはなさそうだが、流石にクルード辺りに襲われたらひとたまりもないと思うんだが……」

 「ジン、それについてなんだけど、ちょっと良いかしら?」

 「ん?」

 エレンは突如席を立ってジンに手招きをした。
 二人は部屋の隅に行き、他に聞こえないくらいの音量で話し始めた。

 「どうした?」

 「姫様がいるからあまり大声では言えないのけれど、私は国王陛下や姫様が暗殺される可能性は低いと思うわ」

 「はぁ? それまた何故だ?」

 「何故なら、姫様と私がいるからよ。
 確かに国王陛下はこの国のトップではあるわ。
 でもこの際だから言うけれど、今の陛下は最終的な承認を下すことと、国民の声を直接聞くことが仕事なっているのよ。
 そして陛下の命を受けて実際に法の整備や軍隊の指揮等の実務をこなすのは私や私の部下が一手に引き受けているわ。
 仮に陛下がお隠れになったとしても次にトップに立つのは姫様よ。
 その姫様は父親の背中を見て育ち、とてもお優しいわ。
 それに実務をこなす人間は変わらないのだから、結果的に何一つ変わることは無いわね。
 これは姫様が狙われた場合にも同じことが言えるわ」

 「……と言うことは、今仮に国王陛下の暗殺をしても意味が無いと言うことになるな」

 「ええ。もしクーデターを成功させようとするのならば、少なくとも陛下と姫様、そして宰相である私を何とかしないといけない筈よ。
 さあ、ジンならどこから手を付けるかしら?」

 「どうするも何も、これまでの話から考えたらまずはエレンを何とかするしかないだろう。
 エレンを押さえてその後釜に座ることが出来れば実務を全て握って軍隊も……ん?」

 そこまで言ってジンは何かに気が付いた様に顔を挙げた。
 エレンはそれを見て笑みを浮かべた。

 「気が付いたかしら?」

 「ああ、もしこの状況下でエレンが襲われるようなことがあったらもう大体のことは分かったようなものだな」

 「それが起きればもう確実ね。
 それにジンを先に狙ってきたところを見ると冒険者を必要以上に恐れている可能性があるわね」

 「いや、それは相手が俺だからじゃないか?
 俺を倒すことができる人間が味方についているとなれば、勝ち戦に乗ろうとする人間を巻き込んで勢力を高めることが出来るだろうしな。
 更に言えば、相手は冒険者の事情を幾らか押さえることが出来る筈だ。
 何しろ俺と因縁のあるクルードを当ててきた訳だからな」

 エレンの推測にジンが反論を加える。
 それを聞いてエレンは「それもあるわね」と言いながら頷いた。

 「まあ、いずれにしても狙われる可能性が現時点で高いのが私とジンであることは否定できないわ。
 もっとも、相手がどこまでこちらの事情を知っているのか如何では陛下が危険であることは変わらないのだけれどね」
 
 「それに関しては問題は無いと思うがな。
 何しろ、この城に直接努めている人間が間諜を務めているんだ。
 少なくともこの城の内情は知られているわけだし、行動速度から言ってもまず間違いなく城の高級幹部の中に獅子身中の虫がいるのは間違いないんだ。
 そして、恐らくそいつが相手方のトップかそれに近い位置の奴だと思うぞ」

 「ねえ~エレン~? ジェニファー? 二人で何話してるのー?」

 二人が話していると、いつの間に近くに来ていたのかエルフィーナが二人に対して質問を投げかけた。

 「ジンには陛下を守ってもらうのだから、それについてお話をしてたのよ」

 「そーなのかー? それなら堂々としゃべればいーじゃん? 何で内緒話にしたのー?」

 エレンの返答にエルフィーナは琥珀色の瞳でじーっとエレンの眼を見つめながら質問を重ねる。
 そう言われてエレンが少し困り顔をしたところで、ジンが口を開いた。

 「エレン、自分の護衛が入ることを忘れてるぞ?
 話をしたのはそっちだろう?」

 「ああ、そうだったわね。
 ジンには私の護衛もしてもらうことになるのだから、その話もね」

 エレンがそう言うと、エルフィーナは突然ニヤニヤと笑いだした。

 「むふ~ エレンとゆーさまとジェニファーの三角関係に進展かぁ~
 エレンも隅に置けないね~ にやにや」

 「「わああああああ!!!」」

 特大の地雷発言にエレンは長い耳をビクッと跳ね上げてエルフィーナに縋りつき、ジンは血相を変えてユウナの元に駆け寄って刀を取り出せないように抱きしめる。

 「姫様、私の命が惜しくば、お願いですからそのような冗談はおやめください!!」

 「え~、お似合いだと思うんだけどなぁ?」
 
 「そ、それでもですっ!!」

 エレンは無邪気な笑顔を浮かべるエルフィーナに必死で懇願する。
 自らの身の安全が掛っているのだ、その表情には鬼気迫るものがあった。

 「ジ、ジン?」

 「ユウナ、何でもないからな。
 だから落ち着いてくれよな?」

 「え、ええ……」

 一方、ジンはユウナを抱きしめて宥めるべくユウナの長く艶やかな髪を手で梳いた。
 ユウナは突然の展開に顔を真っ赤に染めて戸惑うが、それでもしっかりジンの背中に手を伸ばして抱きしめ返す。

 「ちょっと奥様、見ました?」

 「ホント、朝もはよから人目もはばからず……」

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、口に手を当てながらレオとリサはそう話す。

 「ユウナも離れようとしないね。
 本当に朝からごちそうさまだよ……」

 「……ZZZzzzzz」

 ルネは眠そうにあくびをしながらそう話し、ルーチェに至ってはもう限界だったのかソファーに寝転がって夢の中へ旅立っていた。
 この混沌とした状況の中、ドアをノックする音が談話室に響き、ドアが開けられる。

 「ご主人様ぁ~ お兄さん方~ 朝食の用意が整いましたよ~……って、皆さん何やってるんスか?」

 朝食の時間を告げに来たキャロルは目の前に広がる光景に訳が分からず固まった。
 それに対して、アーリアルが答えを返す。

 「なに、いつもの寸劇と言うやつだ。
 それよりも朝食なのであろう?
 なれば速やかに向かうとしよう。
 行くぞレオ!!」

 「分かってっから耳元で叫ぶんじゃねえの」

 レオはそう言いながらアーリアルを膝の上から降ろして立ち上がる。
 すると、すかさずアーリアルはレオに飛び付き、肩の上までするするとよじ登っていく。
 
 「アーリアル様ってば、本当にレオ登りが得意になっちゃってまあ……」

 「む? 駄目だぞ、幾らリサでもこの場所は譲らんぞ!!」

 リサの声に反応してアーリアルがレオの頭を抱え込みながら声を上げる。
 耳元で大声を出され、レオは耳をふさぐ。

 「だぁぁ!? こら、耳元で叫ぶなって言ってんだろうが!!」

 「ああう、すまぬレオ……」

 レオに怒られて、アーリアルは一瞬でおとなしくなってレオにべったりと張り付いた。

 「そんなこと言わなくても取りゃしませんよ」

 その様子を見て、リサは笑いながらそう言った。



 「お~い、ルーチェ。朝ごはんだよ~?」

 「うみゅ~……」

 ルネはソファーで寝ているルーチェに声をかける。
 しかしそれに対してルーチェは全く起きる気配が無い。

 「お~い、起きろ~
 起きないと僕が全部食べちゃうぞ~?」

 「ふみぃ……」

 ルネはルーチェの長い耳を引っ張りながら声をかけるが、ルーチェは少し顔をしかめるだけでやはり起きない。
 そこまでやって、眠気で思考が若干停止しているルネはふと一つの考えに至った。

 「あ、そうか……良く考えたらここでルーチェを眠らせておけば僕はルーチェの分までもらえるのか……
 よ~し、それなら途中で絶対に起きないように深く……」

 「ふ、ふぁい!? 起きます、起きたのです!!
 ちゃんと起きたのですからその振りかぶった拳をしまうのです!!」

 食欲魔神の不穏な言葉を聞いてルーチェは一気に眠気が覚めて飛び起きる。
 その目の前には、素人目に見ても凄まじい気を振りかぶった拳にまとわせているルネの姿があった。

 「……ちぇ。まあいいや、早く食堂に行こう」

 「そ、そうですね、早く行くのです」

 ルネは心底残念そうにそう言うと、食堂に向けて歩き出し、ルーチェもそれに続く。

 一方、その隣では未だにひしっと抱き合っている二人組の姿が。
 ジンの顔は困り顔で、ユウナの顔は耳まで真っ赤に染まっている。

 「あ、あの、ユウナさん?
 そろそろ放してもらえないと食堂に行けないのですが?」

 「あ、あう、すみません……」

 ジンに言われて名残惜しそうにユウナはジンを解放した。
 しかし、名残を惜しむユウナの手はジンの手をしっかりと掴んでいた。

 「……じゃあ、行くとしようか」
 
 「はい……」

 二人はしばらく固まっていたが、そのまま固まっていても仕方が無いので手をつないだまま食堂に行くことにした。
 ……この二人、どうやら羞恥か何かで頭がショートしているようである。

 「それでは姫様、私達も食堂に向かいましょう」
 
 「む~……てやっ!!」

 「きゃああ!?」
 
 「うおわっ!?」

 その後ろからエレンが食堂に向かおうとすると、エルフィーナがエレンをジンに向かって突き飛ばした。

 「はいそこで手を繋ぐ!!」

 「「はい?」」

 よろけたエレンがジンにぶつかると、即座にエルフィーナが声を挙げる。
 何でそんなことを言うのか訳が分からず、二人はその場でポカーンと口をあけて固まった。

 「むむ~ぅ……エレン、そんなんじゃゆーさまに負けちゃうよ?
 ほら、さっさと手をつなぐ!!」

 「……はぁ……分かりました」

 エルフィーナの言葉にエレンは溜め息をつくと、ユウナと反対側の手を取った。

 「あ、おいエレン?」

 「悪いけど、姫様が拗ねると後が大変だから我慢してちょうだい」

 困惑するジンにエレンは諦観や羞恥などが混じった複雑な表情でそう言った。

 「…………」

 「あ、あの、ユウナさん?」
 
 エレンの様子を見たユウナは、無言で繋いでいた手を離してジンに腕を絡めた。

 (じ~っ……)

 更にそれをエルフィーナが見て、今度はエレンにくりくりとした琥珀色の眼で視線で合図を送る。

 「……ごめんなさい、ジン」

 その合図を受け取ったエレンは繋いだ手を指と指を絡める恋人つなぎに変え、腕に抱きついた。
 エレンもさすがに恥ずかしいのか、頬に若干朱が差している。

 「……はぁぁぁ……」

 ジンはどうしてこうなったと内心呟きながら大きくため息をつきながら食堂へ向かう。 
 その後ろをエルフィーナは満面の笑みを浮かべて付いていく。


 この後、食堂に入ってきたジン達を見て三角関係の見た目に場が騒然となったのは言うまでもない。


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 フィーナ姫、小暴走。
 ジンとエレンは一定の発言を聞くと条件反射で大慌てします。

 そして国王陛下のスペックが御乱心。
 やっべえ、戦う王様超書きたい。

 そんなこんなでご意見ご感想お待ちしております。

 それでは皆様、See you next time♪



[25360] おひめさまとおにーさま
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/05/26 23:29
 ここは壁面を白い大理石で覆われたフィーナの部屋。
 窓からは柔らかな朝日が差し込んでいて、部屋の中を照らしている。
 その中央にある真っ白なテーブルに、栗色の髪の少女と銀色の髪の男が座っていた。

 「なー れおぽん、今日はれおぽんが先生をやるってほんとー?」

 「あ~、良く分からねえけどエレンのねーちゃんも忙しいみてえだしそう言うことらしいな。
 何で俺にお鉢が回ってくるのか知らねえけど」

 エルフィーナはレオに向かって楽しそうに声をかける。
 冒険者に教わることが新鮮に感じるようだ。

 「それじゃ~れおぽんは何を教えてくれるのかな~?」

 「さあ……俺が教えられるもんなんざ、精々経営学くらいのもんだけどな」

 レオがそう言うと、エルフィーナはキョトンとした表情を浮かべた。

 「あれ~? 何でれおぽんが経営学?」

 「俺元々宿屋の経営者。言ってなかったっけか?」

 「言ってないよー?」

 「そうかい。でもまあ、俺に教えられるのはそんくらいのもんだし、何か適当に話でもしますかね」

 「いーよ。ねーねー、れおぽんは何で旅に出ようと思ったのー?」

 「いやさね、ついこの間俺の宿があった村がオークの集団の襲撃を受けてな。
 んでもって鉄巨人なんていたもんだからうちの宿は全壊、立て直そうにも金がないからジンにくっついて旅に出たって訳だ」

 「うわぁ……それは災難だったね……でもちょうど良いところにジェニファーがいたんだね」

 想像以上に重たい理由にエルフィーナは形の良い眉をハの字に曲げる。
 レオはそれを見て気にするなと言わんばかりに笑みを浮かべた。

 「ホントにな。多分ジンがちょうどあの場に居なかったら俺は旅に出てねえんじゃねえか?」

 「そういえばさー、れおぽんずいぶん強いみたいだけど、旅に出てからどれくらい経つの?」

 「んあ? そうさなぁ……精々2カ月ってとこだな」

 「えー、ほんとにー? 前の冒険者さん達よりも強いのにー?」

 琥珀色の眼をまあるくしたエルフィーナが疑いのまなざしと共にレオに問いかける。
 
 「嘘ついてもしゃあねえだろうが。
 それに冒険者みたいな荒くれ共を相手にしてりゃ自然と喧嘩も強くなるってもんだ。
 なんせ冒険者に負けてたら宿が滅茶苦茶になっちまうからな」

 「そーなのかー? 私が旅行に行った時の宿の人はふつーだったけどなぁ?」

 レオの話を聞いてエルフィーナは首をかしげながら自分の記憶を堀り返した。
 彼女の記憶の中では宿屋の人は特に変わった様子の無い普通の人で、少なくともレオの様に兵士を薙ぎ倒すような人物ではなかった。

 「そりゃフィーナみたいなお偉いさんが泊まる宿とうちみたいな安宿じゃあ話がちげえよ。
 うちの場合は特に大体の客が冒険者でな、冒険者同士で喧嘩したりする馬鹿共が多かったんだよ。
 刀傷沙汰でも起こされたらたまんねえだろ?」

 「あー、確かにねー。
 でも、冒険者の宿の人ってみんなれおぽんみたいに強いのかなぁ?」

 「まあ、SSSは無くても大体はそこらの冒険者よか強いんじゃねえか?
 大体そういうとこは宿主本人が冒険者崩れか、用心棒を雇ってっかどっちかじゃね?」

 「そーなんだー。
 でさ、れおぽんの宿って儲かってたのー?」

 「まあ、それなりさね。
 そもそも貧乏な冒険者を狙いにしてやってたから、そんなに一人あたりの利益はだせねえわな」

 「あれー、もっとお金持ちのお客さんは狙わなかったの?」

 「狙わねえな。そう言うのを呼び込もうとするとそれなりに準備せにゃならんし、そのために金がかかんだろ。
 そうなると宿代上げにゃやってられんくなるし、元々の客だった貧乏な奴らが離れていっちまうからな。
 それに貧乏人は数が多いから、大部屋に適当に突っ込んでやって頭数稼いでりゃ十分稼げるんだぜ?
 だからやっすい宿代でそれなりのもてなしをするくらいで良かったし、楽な仕事だったぜ」

 「ふーん、お金持ちのお客さんを狙うだけじゃダメなんだぁ……」

 「そういうこった。それにどんな雑な仕事でも宿代がそれに見合ってりゃ案外上手く行くもんだぜ?」

 レオがそこまで話した時、エルフィーナは何か思いついたようにあっと声をあげた。

 「ねーねー、今思ったんだけどさ、それって国の政治に似てなーい?」

 「あ~……ああ、そういやそうかもしれねえな。
 宿代が税金でサービスが宿の仕事だな。
 で、それがどうした?」

 エルフィーナの言葉を聞いてレオはそう言って頷く。

 「もしかしたらさ、これについて話すのがれおぽんの仕事だったんじゃない?」

 「……いや、俺何も聞いてねえけど」

 「じゃあさじゃあさ、今からそれについて話そうよ。
 どーせ他にやることもないんだしさ」

 面白い話題を見つけたと言わんばかりにエルフィーナは眼を輝かせてレオに話しかける。
 それを聞いて、レオは少し困った表情を浮かべた。

 「それについて話すつっても宿の経営と国の政治が似ていることに関してか?」

 「んーん、どうせだから国の政治を宿の経営に見立ててどうすればいいかって話」

 「はあ……と言っても、俺国の政治に関しちゃほとんど分かんねーぞ?」

 「そうかなー? 税金の流れと国の行政が少し分かれば何とかなると思うよ?
 例えばさ、国が国民の資産を全部管理する代わりに、生活費とか全部平等に支給するとかどう?」

 「あ~、俺だったら確実に仕事さぼって遊んでるわ。
 そんなこと言ってたら多分全員働こうとか思わねえんじゃね?」

 「むー、だったらみんなが仕事をしているかどうか確認する人を付けるとかどう?」

 「その監視している人間がサボらねえという保証はねえだろ。
 第一、そんな面倒なことするくらいなら元から働いた分だけ手元に金が入るようにした方がよっぽど早いんじゃね?
 そもそも国が国民全員の生活を保障するってのはキツイし、下手すりゃ国が傾いちまうぞ?」

 自分の意見を立て続けに棄却されてへにょんと眉尻を下げるエルフィーナ。
 どうやら彼女は国民全員の生活が保障されていないと気が済まないようだ。

 「あう~、これなら生活に困る人はいなくなると思ったんだけどなぁ……
 だったらさ、国の税金を思いっきり下げるのは?」

 「無理だと思うがねえ。
 大体よ、国の税金の中には兵士や役員の給料も入ってるんだろ?
 そう簡単には下げられねえよ。
 どっちかっつーと今の税金の額で出来ることを考えた方が良いと思うがねえ」

 「ほうほう、例えばー?」

 レオの言葉にエルフィーナが食らいつく。
 そう返されるとは思っていなかったレオは視線を宙に彷徨わせながら答える。

 「あ~……開拓事業?」

 「それならもうやってるよ~?
 けどね~、今以上やると魔物の巣を突っついちゃって大変なことになっちゃうからもう出来ないんだ」

 「マジか……だったらいっそ新しく兵隊を雇って……」

 「そんなお金無いよ~
 今だってみんなの生活保障だけで精一杯なのにさ……」

 「いや、だって城に空き部屋けっこうあるじゃねえか。
 そんならいっそ城の一部を兵隊の寮にしちまって、その使用料を給料から天引きする手があるぜ?
 もちろん就職した時点で生活保障は切る。
 後は食堂を開放して国営の大衆食堂みたいにしちまえば外からの客が金を落としていくことも出来んだろうよ」

 「う~ん……良いとは思うけどなぁ……それってお城の安全は大丈夫かー?」

 「んあ? 多分大丈夫じゃね?
 元々路頭に迷ってた連中を雇ってやればそいつはそこで首を切られちまうと後がねえわけだし、良く働くとは思うぜ?
 そんなに不安なら大事な物は全部立ち入り禁止区画にでも放りこんどきゃいいだろ」

 「けどなー、生産性のある仕事もして欲しいんだよなー。
 どこかでお金が入る仕事をしてくれないと、私ら干上がっちゃうぞー?」

 「……ああもう、メンドくせえ。
 そんならいっそのこと新しい農地だの何だの言わずに、村ごと作っちまえ。
 そうすりゃ色々出来んだろ」

 頭をガシガシと掻いて吐き捨てる様にそう答えるレオ。
 それを聞いて、エルフィーナは不意を突かれたように固まった。

 「へ? 村ごと作る?」

 「いやだってよ、開拓しまくったけどもうこの先土地は広げらんねえ訳だろ?
 だったらよ、少ない土地で農業よかもっと生産性の良い仕事をやらせりゃいいじゃねえか。
 んでそこで大量に人を雇って町でもこさえてやりゃ大体は解決するんじゃねえかと思うんだがな?」
 
 「じゃあじゃあ、その仕事をする人はどこから集めるのー?」

 「人ならスラム街に仕事にあぶれてんのが大勢いるだろうが」

 「でもさでもさ、みんな集まっても必要なスキルを持った人が足りないこともあるんじゃなーい?」

 「んなのは適当にスキル持ってる奴誰か引っ掴んで放りこむか、新しく出来る町に住むことを条件にして国の金で修業つませりゃ良いじゃねえか」

 「予算はどうするのー?」

 「んー……出資者を募る?」

 「どーやって?」

 「町づくりに出資した奴に配当を持たせるとか?
 町の経営が軌道に乗ったらその街の税収の何割かを出資者に割り当てるとかすりゃ、乗ってくる貴族様も少しはいんだろうよ。
 税収ってのはそこに人が住んでりゃ確実に発生するもんだからな、金が戻ってこねえ心配はねえ訳だし」

 妙に具体的な案を出してくるレオにエルフィーナはポカーンとした表情を浮かべた。
 誰がどう考えても宿屋の経営だけをやっていた人間の発想では無い。

 こんな発想誰でもできるじゃないかとお思いになる人もいらっしゃるだろうが、それはあくまでテレビやネットなどの媒体によって簡単に色々なことが勉強できる私達だから出来るのである。
 しかし、この世界ではその発想を得るための知識を得るためには中央まで出てきて専門の勉強をしなければならないのだ。
 レオの様な片田舎で安宿を経営していた人間には、本来到底できない発想なのである。

 「……なー、れおぽん。
 れおぽん経営学だけじゃなくて経済学も分かるんじゃないのー?」

 「いや、知らねえよ。
 俺は単にこうすりゃ良いんじゃねえかってのを並べてっただけだからな」

 「ふーん……」

 エルフィーナはそう言うと俯いて考え込んだ。
 そしてしばらくすると顔を上げて、レオに質問を投げかけた。

 「ねー、れおぽん。どうすればみんな笑っていられるようになるのかなー?」

 その突然の抽象的な質問にレオは苦笑した。

 「ま~た、いきなり随分な質問が出てきたな」
 
 「うん……でも、れおぽんなら何か答えられそうな気がしてさ」

 いつになく真剣な表情でエルフィーナはレオに話しかける。
 レオはどう答えるべきか少し考え、慎重に言葉を並べていく。

 「そうさなぁ……まずはそう思っていりゃ少なくとも泣く奴は出ねえよ。
 後は勉強以外にもいろいろと知るこったな。
 実際に見てみねえと分からねえこともあるだろうからな。
 そこら辺はフィーナちゃんの親父さんも色々やってるみたいだし、参考にしてみちゃどうだ?
 それから、これが一番大事なことなんだが、トップが暗い顔してたら笑えるもんも笑えねえんだ。
 だから、フィーナちゃんが笑っていねえとダメだ。
 ま、色々と偉そうなこと言ったが、俺に言えんのはそんくらいだな」

 「そっかー……」

 レオの言葉を聞いてエルフィーナは表情を緩めると、レオの顔をじーっと眺めた。

 「フィーナちゃん?」

 「えいっ」

 「お?」

 レオが声をかけると、エルフィーナはレオの膝の上に乗ってきた。
 突然の出来事にレオの頭の中は混乱の様相を呈してきた。

 「おいおい、いきなりどうしたってんだ?」

 「んーん、何となくこうしてみたくなっただけー。
 あーたんをいつも膝の上に乗っけてるんだし、別にいーよね?」

 「そりゃ構わねえけどよ……」

 レオは平静を装っているが、内心かなりヤバかった。
 普段アーリアルを膝に乗せることが多いが、それはアーリアルが子供の姿をしているからである。
 しかし今膝の上に乗せているエルフィーナは10代半ばの見目麗しい年頃の少女である。
 レオはぐらつきかけた理性を必死で保つ。
 さすがに王女相手に冗談は言えても、本気で粗相する度胸はレオには無いのだった。

 「おおーっ、これは良い座り心地だねー
 むー、あーたんはいつもこれを一人占めしてたのかー」

 そんなレオの気持ちに気付いていないのか、エルフィーナは琥珀色の目をキラキラと輝かせてぽすっとレオの胸板に背中を預け、レオの両腕を自分の腰の位置でシートベルトの様に組ませて満足そうに笑った。

 「いや、アーリアルは勝手に乗っかってくるだけだし」

 「でも、嫌じゃないんでしょー?」

 「まあ、ぶっちゃけそこまで嫌じゃねえよ。
 だけどよ、流石に食事の時とかは邪魔になってしょうがねえ」

 気恥ずかしそうに己の本音をさらけ出すレオ。
 そんなレオを見て、エルフィーナは柔らかい笑みを浮かべた。 

 「……やさしーなぁ、れおぽんは」

 そういってエルフィーナはレオの頭を撫でる。
 突然の行為にレオは眼に見えて困惑する。
 
 「な、なんだいきなり?」

 「んーん、私が勝手にそう思っただけー。
 よーし、今度は肩車だぁ!!」

 「はぁ!? おいおい、幾らなんでもそいつは」

 勢い良く言い放つエルフィーナに流石のレオも突っ込まざるを得なくなった。

 「あーたんは良いのに私はダメなのー?」

 しかしその言葉を遮ってエルフィーナは林檎のように赤い頬を膨らませてレオに抗議する。

 「いや、だってあいつは小さいからであってな……」

 「むーっ、私だってそんなに大きくないよ?」

 何とか肩車を阻止しようとレオは説得を試みるが、ずいっと近づいてきたエルフィーナに気圧される。

 「うっ、いや、あの、少々危険でして……」

 「うう~……」

 レオの腕にしがみつき、涙目で上目づかいをするエルフィーナ。
 その光景はレオの心を粉砕するには十分だった。

 「どうぞご自由にお乗りください」
 
 「やたっ♪」

 両手を地面について項垂れるレオの肩にエルフィーナがまたがる。
 レオはエルフィーナが落ちないかどうか気を配りながら立ち上がる。

 「おお~ 高い高い♪
 れおぽん、談話室までダッシュでごーごー!!」

 「だからあぶねえって!! バランス崩してこけたらどうすんだ!?」

 レオの肩の上でエルフィーナは無邪気にはしゃぐ。
 そのエルフィーナを諌める様にレオは声を荒げた。

 「その時はリサねえが治してくれるよ、たぶん。
 そう言う訳でれっつごー♪」

 楽観的にそう言い放つエルフィーナに、レオはもう何を言っても無駄だと悟り、ため息をついた。

 「はぁ……OK、だったらしっかり掴まってろよ!!」

 レオはそう言うと部屋を飛び出し、城の廊下を疾走した。

 「わーっ♪ 速い速い!!」

 「おらおら退いた退いたぁ!! 姫様のお通りでい!!!」

 暗殺者の侵入によって警備兵が増えているところを、レオははしゃぐお姫様を肩に乗せて兵士を蹴散らすようにして駆け抜ける。
 レオはそのまま談話室まで風のように駆け抜けると、エルフィーナを肩から降ろしてソファーの上に腰を下ろした。

 「あー、楽しかった♪ またやろう、れおぽん♪」

 「あーはいはい、心臓に悪いからまた今度な……」

 自然にレオの膝の上に乗ってエルフィーナは太陽の様に笑ってレオにそう言った。
 レオは疲れた表情を浮かべてソファーに体を預ける。
 その様子を見て、エルフィーナはレオの胸にしなだれかかった。

 「……おにーさまかぁ……」

 「ん? なんか言ったか?」

 切ない口調で呟かれたエルフィーナの言葉に、レオはエルフィーナを見た。

 「私におにーさまが居たられおぽんみたいな人だったのかな~ってね。
 ほら私一人っ子だから兄弟とか欲しかったんだ。
 エレンはいたけどずっと忙しくて、私はいつも一人だったよ……」

 エルフィーナは淋しそうにレオにしなだれかかったまま、レオのシャツをつかんでそう言った。

 「そっか……フィーナちゃんは王族だから自由に友達も作れないんだったな。
 俺みたいにリサやジン、ユウナちゃんみたいな幼馴染も居ないのか」

 レオは慰める様にエルフィーナの頭を優しく撫でる。
 それをエルフィーナはくすぐったそうに眼を細めて、しかし笑顔で受け入れる。

 「うん……ね、にーさまって呼んでもいい?」

 「俺なんかで代わりになるなら別に良いぜ」

 「……ありがと、レオにーさま」

 エルフィーナはそう言うとレオに抱きついた。

 「どういたしまして、だな」

 それに対して、レオは微笑を浮かべてエルフィーナの頭を撫で続ける。
 しばらくそうしていると、談話室のドアが勢いよく開けられた。

 「レオー!!」

 「んっ?」

 開けられたドアからはアーリアルが息を切らせながらレオのことを見ていた。
 そしてその膝に収まって抱きついているエルフィーナを見て、わなわなと肩を震わせた。

 「おい、貴様ぁ!! そこは我の指定席だぞ!! すみやかに我に譲るが良い!!」

 「えーっ、いつもあーたん独占してるんだし、たまにはいーじゃん?」

 「良くないわぁ!! それにさっきの肩車だって我の特権なのだぞ!! それを何で貴様が!!!」

 「まーまー、心を広く持たないと将来大人になった時に苦労するぞー?」

 まったりとした表情ですりすりとレオの胸に頬ずりしながらエルフィーナはそう言った。
 その様子を見て、ぷっつーんと何かがキレる音が聞こえた。

 「うがーーーっ!! 良いだろう、そうまで言うのなら力ずくで……」

 「やめんかアホォ!!」

 「あうっ!?」

 激昂してエルフィーナに向けて手をかざしたアーリアルを見て、レオはエルフィーナを上に放り投げてアーリアルの頭をはたいた。
 その後、落ちてきたエルフィーナをレオはキャッチし、お姫様だっこの状態になった。

 「わーっ、面白かった♪ ねえねえレオにーさまもう一度やって!!」

 「……フィーナちゃん、ちょっとだけ空気読んでくれるか?」

 「あうーっ、そうでした……」

 レオの腕の中ではしゃぐエルフィーナに、レオはそう言って溜め息をつく。
 そしてエルフィーナも状況を思い出し、おとなしくなった。

 「ひっく……わ、我よりもその娘の方が良いと言うのか……?」

 アーリアルは金色の瞳に涙をたたえてレオにそう問いかけた。
 レオはエルフィーナを降ろして、アーリアルの前にしゃがみこんだ。

 「そうは言ってねえだろ。大体女の子に優劣を付けるほど俺は落ちぶれちゃいねえよ。
 今のは単にお前がフィーナちゃんに攻撃しようとしたから止めただけだ。
 だからサッサと泣きやみな。お前に涙目は似合わねえよ」

 レオはそう言ってアーリアルの頭を撫でた。
 
 「う、うん……」

 アーリアルはくしくしと赤くなった眼をこすって涙を払う。
 レオはそれを見て笑顔で頷くと、エルフィーナを手招きした。

 「んー? どしたの?」

 「なあに、ちっとばかし湿っぽくなった空気をとっ換えようと思ってな。そうら!!」

 「わわわっ!?」

 「ぬおおっ!?」

 レオは突然両肩にエルフィーナとアーリアルを担ぎあげた。
 二人はレオの肩に腰掛け、頭を挟んで隣り合う形になった。

 「二人ともしっかり掴まってろよ!! そぉ~れ、わっしょいわっしょい!!」

 レオはそう言いながら二人を肩に乗せたまま跳ねまわる。

 「きゃははは♪ おもしろーい!! わっしょいわっしょい♪」

 「うわあああ!? レ、レオ、やめんか、落ちるぅぅぅぅ!!!」

 エルフィーナは満面の笑みを浮かべて楽しそうにはしゃぎ、アーリアルは顔面蒼白でレオの頭に抱きつく。
 
 こうして談話室には、男の掛け声と少女の笑い声、そして幼女の悲鳴が響くのだった。


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 子供に好かれる男、レオ。
 彼は村でもこんなかんじですた。

 ……あと、何でかわからんけど今回のお姫様の行動を姿も形も違うのにまどか☆マギカのシャルロッテ(not恵方巻)で頭の中でやらせて和んでた。
 ……第一形態は可愛いのになぁ、シャルロッテ。あのアニメで一番好きなんだけど、見た目は。

 それでは皆様、ご意見ご感想お待ちしております。



[25360] てつをくだいてとどろくひと
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/05/29 13:57
 レオがエルフィーナと勉強(?)していたころ、ジンは闘技場に立っていた。
 ジンの前にはモントバンの兵士100人。
 兵士たちの武器は剣やら弓やら槍やら何でもありだった。

 「……ふう……」

 ジンは表には出さないが、内心はいつになく緊張していた。
 無論、相手の数の多さに緊張しているわけではない。
 数の多さだけで言うのなら、戦場を荒らしまわっていた際に3万人に突っ込んだこともある。
 一人で1000人を相手にしたこともあるジンにとって、100人と言うのは100人『程度』なのだ。
 しかし、今回は訳が違った。

 「……ふむ、流石にジン殿に緊張の色は無いようだな」

 その理由は国王が直々に訓練を見に来ているからなのだった。
 国王はジンの戦うところを見るのが余程楽しみだったらしく、ジンが闘技場に入った時にはすでに待機していたほどだ。
 その国王からジンはプレッシャーを感じていたのだった。

 「陛下、ジンの相手が100人で宜しいのですか?
 彼ならばもっと多くの兵士達の相手が出来ると思いますが?」

 「いや、100人が良いのだ。
 あまり人数が多いとジン殿は間違いなく魔法を使うであろう。
 余はまず、ジン殿の剣が見てみたいのだ」

 国王はエレンの問いにそう答えると、闘技場の中を見つめた。
 ジンは背中の剣を抜き、臨戦態勢をとっていた。
 兵士たちは今にも襲いかからんばかりに構えている。
 国王はそれを見て立ち上がった。

 「試合開始!!」

 国王は無駄な口上は要らぬとばかりにそれだけ言うと、席に着いた。
 その瞬間、兵士がジンに一斉に攻撃を仕掛けた。

 「……おいおい……」

 その様子にジンは思わずため息をついた。
 たった一人の人間に、剣や槍を持った人間が10人で一斉に掛っても邪魔なだけである。
 人数と言うものはチームワークが発揮されてこそのものなのだ。
 
 「でやあ!!」

 「うわああ!?」
 
 「ぎゃあああ!!」

 突っ込んでくる兵士達の槍をジンは低くしゃがむことでかわし、相手が槍を戻す前に立ちあがりざまに大剣を横に薙いで一撃加える。
 その勢いを殺さずにジンは体を回転させると同時に剣に気を込め、後続の剣士たちを斬撃を飛ばして吹き飛ばす。
 ジンは周りの剣士を薙ぎ払った後即座に大剣を手の甲に乗せる様にして構え、気で脚力を強化して一気に離れたところにいる弓兵に突き込んだ。
 弓兵は矢を射かけるが、一直線に突っ込んでくる群青の弾丸の動きが速すぎて捉えることができない。

 「せいっ!!」

 「うおおおおお!!」

 「うぎゃあああ!!」

 ジンが兵士の集団に突っ込んだ瞬間、人の群れが爆発する。
 弓兵を守る兵士など意にも介さず、ジンは触れたもの全てを弾き飛ばした。
 戦線が崩れると、ジンは相手の隊列を内部から徹底的に破壊する。
 
 「ぎゃああああ!?」

 「ぎぃぃぃぃぃ!!!」

 最初の10秒で魔法隊が壊滅し、

 「ぐあああああ!!!」

 「うげえええええ!!」

 次の10秒で弓兵が全滅し、

 「ぐうううううう!!」

 残りの10秒で最後の一人が倒された。
 もはや圧倒的としか言いようがなかった。
 ジンはあまりの呆気なさと、ある理由により苦笑する。
 と言うのも、

 「……新兵訓練でこれはトラウマにならないか?」

 そうなのだ。
 ジンが相手にしていた人間はこの年に新しく入ってきたばかりの新兵だったのだ。
 しかし、ジンは一方で関心すらしていた。
 何故なら入ってきたばかりの新兵ですら、修羅として名を轟かせている自分に恐れもせずに向かってきたのだから。

 「レオの言っていた通り、凄まじい闘争心だな。
 この分なら叩いていけば十分伸びるぜ、アンタ等」

 ジンは伸びている兵士達にそう言うと、剣を肩に担ぐ。

 「さて、俺とやりたい奴は出てきな!! 
 遠慮はいらん、一対一でも一対多数でも良いからどんどん掛って来い!!」

 ジンがそう叫ぶと、次から次に兵士達が名乗りを上げる。
 時にはまだ若い兵士が一対多数で、時には兵士長クラスが一対一でジンに掛っていく。

 「そらっ!! 少し剣の振りが遅いぞ、肩の力抜きな!!」

 「は、はいっ!!」

 「そこ、魔法の制御が甘い!! 当たるまで気を抜くな!!」

 「わ、分かりました!!」

 ジンは戦いながら相手に的確にアドバイスをしていく。
 そしてしばらく経った頃、闘技場には無傷のジンと、大量の負傷者が転がっていた。

 「おいおい、もうお終いか? 修業が足りんな!!」

 ジンはそう言ってからからと笑った。
 すると急に国王の声が闘技場内に響き渡った。
 
 「素晴らしい!! 更なる強者を用意していたがこうまで圧倒的ではそれすらも失礼に当たるだろう!! とうっ!!」

 「へ、陛下!?」

 そう言うや否や、国王は高さ10m程の観覧席から飛びおり、華麗に着地をした。
 観覧席では国王の突然の奇行にエレンが大慌てをしていた。
 ジンもいきなり闘技場に降りてきた国王に唖然とした表情を浮かべている。

 「こ、国王陛下?」

 「くくく、みなまで言うなジン殿。
 余も国王である前に一人の男、強さに憧れるのも当然だ。
 武人として育てられたからには、貴殿の様な強者を前にして血が騒がねば嘘であろう?
 エレン!! ここに轟鉄砕(ごうてっさい)を持てい!!」

 国王が不敵な笑みを浮かべてそう言った瞬間、兵士たちの間に衝撃が走った。
 あの国王陛下が再びあの武器をとる、その事実は兵士たちを呆然とさせるには十分すぎた。
 
 「あ、あの……本気でやるのですか?」

 「何を言っておる、当然であろうが!!
 先に申した通り、余も男であり、一人の戦士だ。
 戦士が戦場で向き合ったのならば、互いに全力で戦うのが礼儀と言うものであろう!!」

 国王の琥珀色の瞳にはジンをして異常と言わしめるほどの強烈な闘志が燃え滾っている。
 これから始まる闘争に興奮しているのか息も荒く、もはや何を言っても引きそうになかった。
 その国王の隣に疲れた表情のエレンが現れた。 

 「……陛下、轟鉄砕をお持ちいたします。“亜空の扉”」

 「うむ、御苦労であった」

 国王はそう言うと異次元空間の中に手を突っ込むと中の物を引っ張りだした。

 「ち ょ っ と 待 て」

 ジンは国王が引っ張り出したものを見て絶句するしかなかった。
 国王が引っ張り出したのは長さ6mに達しようかと言う、人間が使うには余りにも巨大な三角柱の剣。
 ジンの長さ2m程の大剣がおもちゃに見えるそれは、剣と言うには余りに無骨な形状をしている。
 しかしそれが振るわれれば、その名の通り鉄を砕き、その音を轟かせるのであろう。
 そして、あろうことか国王はそれを気を込める様子もなく、かつ片手で楽々と振りまわしている。

 「……なあ、エレンちょっと良いか?」

 「……何かしら」

 青ざめた表情のジンは、思わず疲れた表情のエルフの宰相を呼び寄せた。

 「あの国王陛下、本当に人間か?」

 「え、ええ……間違いなく人間……のはず」

 ジンの問いにエレンは自信なさげにそう答える。
 エレンのアメジストの様な紫色の眼は宙をさまよっていた。
 それに対して、ジンは頭を抱えた。

 「……はっきり言おう、世間じゃ俺のことを反則と言っているが、本当に反則なのは国王陛下みたいな奴だ」

 「何をこそこそと話しておる!! さあ、早く始めようではないか!! エレン、合図を!!」

 国王はもはや今にも駆けだそうとせんとする闘牛の様な状態であり、ギラギラとした眼でジンを見つめている。  
 ジンは国王に向き直ると、一つ深呼吸をして問いかけた。

 「国王陛下。今から私は本気で参ります。ですので、私が魔法を用いても反則などと思わないでください」

 「何を言っておるか!! 元よりそのつもり、魔法ごときねじ伏せられんで何が王か!!」

 「いやその発想はおかしい」

 思わずジンは突っ込むが、国王の耳には届かなかった。
 
 「そ、それでは音頭を取らせていただきます。では、行きます……試合、開始!!」

 エレンがそう言うや否や、国王は一直線にジンに向かって突っ込んで行った。

 「ぬおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 「があっ!?」

 その強烈な咆哮はジンの耳から入って脳を揺らし、ジンの眼の前は一瞬真っ暗になる。
 それでもジンは気配から相手の武器の軌道を読んで、攻撃を回避する。

 「く……な、何と言う咆哮……“減音空域”」

 「まだまだあああああああああ!!」

 「ちぃ!!」

 ジンはこの脳を直接揺さぶるような咆哮こそ一番厄介だと感じて、即座に周囲の音量を減らした。
 そして大上段から振り下ろされる轟鉄砕を横に飛びのくことで回避した。
 轟鉄砕が当たった地面は轟音と共に破片をまき散らし、地面を深々と抉った。
 そのことは、一撃も喰らうことができないことをジンに痛感させる。

 「な、何と言う威力……」

 「呆けとる場合かあああああ!?」

 「うおおおおっ!?」

 轟鉄砕の薙ぎ払いを上に跳ぶことで避ける。
 しかし反撃をしようにも轟鉄砕の射程が長すぎて、反撃が困難な状態である。
 ジンは再び後退せざるを得なかった。
 
 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 それを許さず、国王は嵐の様な追撃をジンに仕掛ける。
 ジンは大剣でそれを受け流すようにしてそれを避けるが反撃できず、かつ国王の動きが想像以上に速いために間合いも切れずにいた。
 周囲の兵士には、二人の剣劇が速すぎて良く見えておらず、ハイレベルな闘いに歓声が上がっている。
 何十合とお互いの剣が交差した後。

 「てりゃああああああああああ!!」

 「くっ!!」

 横に薙ぎ払われる轟鉄砕を、ジンは敢えて受けて後ろに飛んで間合いを切った。
 ジンは空中で受け身をとり着地する。

 「どうしたのだ? 逃げているだけでは余には勝てぬぞ?」

 国王は轟鉄砕を肩に担いでジンを挑発する。
 ジンはそれを意に介さずに銀の大剣を構える。

 「でやあああああああ!!」

 ジンは意を決して国王に突っ込んだ。
 風を切って走ってくるジンをみて、国王はニヤリと笑った。

 「あまいわあああああ!!!」

 国王はそれに対して眼にもとまらぬ速さで轟鉄砕を振り下ろした。

 「ふっ、せえええええい!!!」

 「むっ!?」

 それをジンはギリギリで避けると、轟鉄砕の上に乗って国王に肉薄する。
 そして驚きの表情を浮かべている国王に大剣を振りおろした。

 「まだまだぁ、でやあああああああ!!」

 「ちいいっ!!」

 決まったかに思われたそれを、国王は大剣を振り下ろすジンの腕を脚で叩き落として回避し、バランスを崩したところをフリーになった轟鉄砕で打ち砕くと言う荒技に出た。
 ジンは地面を転がるようにしてそれを避ける。

 「っく、なんて強さだ……」

 「ふむ、ジン殿がそう言うのならば余もなかなかのものと言う訳か。
 しかしジン殿、貴殿がこの程度で終わる訳はあるまいな?」

 「言われなくとも!!」

 英雄と戦っていると言うのに微笑すら浮かべてみせる国王に、ジンは更に攻撃を仕掛ける。
 国王は先ほどと同じようにカウンターを仕掛けるべく、轟鉄砕を構える。

 「はっ、もらったあ!!」

 「ぬうっ!?」

 しかしジンはそれを待っていた。
 ジンが大剣をふるった先は轟鉄砕。
 ジンの目的は轟鉄砕を斬ることだったのだ。
 大剣は狙い通り轟鉄砕を断ち切り、王は驚きの表情を浮かべる。

 「せやああああああ!!」

 ジンは武器を失った国王に斬り掛った。
 そして、

 「ぐああああああっ!?」









 ジンは吹き飛ばされた。
 何とか受け身をとり地面に着地をするが、ダメージを負い地面に膝をつく。
 ジンは困惑した。
 確かに国王の体を両断した筈だった。
 だが…………何故斬りつけた感触は鉄に打ち付けたような感触だったのだ?

 「……見事なり。流石はジン殿だ。
 魔法を使わずとも我が轟鉄砕を打ち破るとは、聞きしに勝る英傑よ」

 ジンが顔を上げると、そこには無傷の国王が立っていた。
 しかし、国王は先ほどと違い王冠やマント等の装飾品を全て打ち捨て、身につけているのは上下の服とブーツだけとなっている。

 「ジン殿……まずは余の非礼を詫びさせてもらえないだろうか?
 余は今まで貴殿には負けても仕方がないと思っていた。
 それ故、我は限られた中での本気で貴殿と闘っておった。
 ……だが、貴殿と闘っていて気が変わった。
 やはり武人であるからには勝ちたい。
 それがたとえ世界最強と言われる修羅が相手であったとしても!!
 ゆえに、余は今より全ての枷を外す!!
 はあああああああああああああ!!!」
 
 国王がそう言って気を込めると、国王の体が膨れ上がり、上着がはじけ飛んだ。
 その下には、数多の修練を積んだ証であろう芸術的ともいえる鍛え上げられた肉体があった。
 そして、国王の周りには高められた気がオーラとなって、その身を覆っていた。
 
 「……謝るのはこっちもだ。
 どうやら俺も知らないうちにアンタのことを舐めて掛っていたようだ。
 気が付けば剣でしか闘ってないし、剣だけで勝てるなんてとんだ思いあがりだったよ。
 ……来なよ、俺の本気を見せてやる」

 一方のジンも先ほどまでとは雰囲気が変わった。
 ジンの眼はエレンと命懸けの決闘をした時と同じ、どこか狂気を孕んだ視線に変っていた。
 ジンの周囲には炎が噴き出し、魔法の準備ができたことを示している。

 「……準備は良いな? ジン殿」

 黄金に輝くオーラを纏った国王がジンにそう問いかける。

 「……ああ。いつでも来いよ、国王陛下!!」

 それに対して、紅蓮の炎を纏ったジンが答える。

 そして、第二ラウンドの幕が上がるのだった。


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 国王陛下、御乱心。
 感想で王様が人気だったから、

 「じゃあ戦闘させてみようぜ!!」

 と思って実際に書いていたらご覧の有様だよ!!
 何なんだこの超スペックは。

 それでは皆様、ご意見ご感想をお待ちしております。



[25360] しんくのしゅらとおうごんのとうしょう
Name: F1チェイサー◆5beb2184 ID:94c151d5
Date: 2011/06/01 00:06
 城の横にある、本来兵士の訓練が行われている石造りの大きな闘技場では兵士達が騒然としていた。
 その視線の先には二人の戦士が立っている。
 一人は、群青の髪で白銀の鎧と大剣を持ち、紅蓮の炎を周囲に噴かせる修羅。
 もう一人は極限まで鍛え抜かれた鋼の肉体に黄金のオーラを纏った闘将。
 その二人から発せられる強烈な闘気によって、闘技場全体に息苦しいほどの強烈な重圧が掛っていた。

 「へ、陛下……」

 エレンは久々に見る国王の本気に絶句する。
 国王は本来とても聡明であり、用心深い人物である。
 それ故に、本来は手の内を隠し、絶好の機を以って切り札を切り、確実に勝利を得ることを好とするのである。
 しかし、その国王が己の枷を全て解き放つと言うことは、この場で切れる札を全て切ると言うことである。
 それは、国王は今後の戦場における自分の生死よりもこの一時の勝利を取る、と宣言することに等しいのだ。

 「「…………」」

 ジンと国王は無言で相手を見つめる。
 そこに言葉は必要なく、お互いはただ相手を睨む。
 そして二人は同時に笑みを浮かべ、

 「おおおおおおおおおおおおおお!!!」

 「はあああああああああああああ!!!」

 一気に相手に向かって走り出した。

 「“火車の疾走”!!」

 まずジンが魔法を使って相手に仕掛ける。
 巨大な火の玉となったジンは、国王に向かって高速で突っ込んで行く。

 「甘いわああああああ!!!!」

 国王はそれに対して真っ直ぐに右の拳を突き出した。

 「ちぃぃ!?」

 「ぐぅっ!?」

 ジンは王の拳によって後ろに弾き飛ばされ、国王はジンの炎によって身を焼かれる。
 弾き飛ばされたジンは空中で術式を組み、次の魔法を唱える。

 「“固い銀の雨”!!」

 ジンの魔法によって空中におびただしい量の銀の矢が現れ、国王の頭上に降り注ぐ。

 「それが通用すると思うてか!! だりゃああああああ!!!」

 それに対し、国王は気を一気に拳に込めると、天に向かって突きあげる。
 するとその一撃は強烈な拳圧を呼び、それが周りの空気を巻き込んで巨大な竜巻を作り出した。
 銀の雨は国王に届く前にその竜巻に吸い込まれ、再び空へと打ち上げられる。

 「そこだぁ!!」

 ジンはその竜巻の中で拳を振り上げた国王の腹に向かって斬撃を飛ばす。
 青白い刃は真っすぐに砂煙を巻き上げていた竜巻を切り裂いた。
 しかし、竜巻の消えたその場所に国王の姿は無かった。

 「轟ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 「くっ!?」

 直後、ジンの頭上に国王が現れ、ジンに向かって脚を振りおろした。
 ジンがその気配を感じて後ろに飛ぶと、流星のごとく降ってきた国王が着地したその場所が盛大にはじけ飛ぶ。

 「疾っ!!!」

 「がっ!!」

 国王はすかさず後ろに後退するジンに向かって追撃をかける。
 脚に溜めた力を爆発させ、渾身の体当りを仕掛けた。
 その速度は轟鉄砕を持っていた時とは比べものにならないほど速かった。
 体が宙に浮いていたジンは避けきれずにそれを受け、後ろに跳ね飛ばされた。

 「まだまだぁ!! ふっ!!」

 その跳ね飛ばされたジンよりも速く移動して背後を取り、強烈なサマーソルトで空に打ち上げ、

 「はあっ!!」

 風を切り裂くスカイアッパーで追撃をし、 

 「せりゃあ!!!」

 高く浮かびあがったジンに空中でかかと落としを仕掛け、地面に叩きつけてクレーターを作った。

 「ぐあああっ!!」

 ジンは何とか気を込めてそれを受け、威力を軽減する。
 しかしその強烈の攻撃は確実にジンにダメージを与えていた。

 「くっ、“火炎弾幕”!!」

 ジンは起き上がる前に追撃を防ぐべく国王に炎の弾の嵐を見舞った。

 「ちっ、小賢しい!!」

 国王はそれを見て軽く舌打ちをして自分に向かってくるそれを拳圧で薙ぎ払った。

 「でやあああああ!!」

 「ふんっ!!」

 その攻撃の直後を狙って、ジンは国王に斬り掛る。
 そのジンに対し、国王は素早く体勢を立て直して拳を振るう。
 すると、ジンはその攻撃を大剣で受け流すと素早く背後を取り、国王に組みついた。

 「ぬうっ!?」

 「逃がさん!! “等身大の蝋燭”!!」

 意表を突かれて驚く国王のわずかな隙を逃さず、ジンは魔法を使った。
 またたく間に足元から巨大な火柱が上がり、国王の体を焦がす。

 「ぐうううううう!!」

 「放してたまるかよ、これで決めてやる!!」

 文字通り身を焼き尽くすほどの熱さに悶える国王を、ジンは絶対に放さぬように抑え込む。

 「おお、流石は修羅だ……」

 「へ、陛下……」

 その光景を見て、観戦していた兵士たちはジンの勝利を確信した。
 しかし、次の瞬間それは崩れることになる。

 「■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

 「うあああああああああああああ!?」

 「きゃああああああああああああ!?」

 国王は肺が焼けつくことも恐れずに大きく息を吸い込み、もはや音として聞き取ることすらできないほどの強烈な咆哮を上げた。
 その轟音はエレンや兵士たちの鼓膜を揺らし、めまいを引き起こす。

 「がああああああああああああ!?」

 そんな咆哮を至近距離で聞いたジンは堪ったものではなかった。
 音を減らす魔法を使う使わないに関わらず、その振動は鼓膜どころか頭蓋骨や脳を直接揺らした。
 それによりジンは一時的にブラックアウトを引き起こし、その場に崩れ落ちそうになる。
 それをこらえて何とか体に鞭を打って国王から離れ、剣を構える。
 剣を向けた先には呼吸を荒くした国王が立っていた。

 「……これがジン殿の実力であるか……流石の強さよな……」

 国王は感嘆の表情を浮かべながら、絶え絶えの息でそう言った。
 流石の国王も、肺を焼かれることによるダメージは決して軽くない様であった。
 鍛え上げられた肉体には無数の火傷の痕が見受けられ、服もほとんどが焼け落ちている。 

 「アンタも、化け物じみた強さだと思うぜ?
 それに轟鉄砕持ってた時なんかよりも圧倒的に強いじゃないか。
 本当にあれで枷が付いていたんだな。
 と言うことは、俺は最初のうち手加減されていたと言うことか」

 一方のジンは剣を構えて立っているものの、中身はかなりガタガタになっていた。
 先ほどの強烈な咆哮により、左耳が全く機能しておらず、視界には霞が掛っていて、目の焦点が合っていない。
 白銀の鎧にはひびが入っており、国王の攻撃がいかに苛烈であったかを物語っている。

 「勘違いするでない。轟鉄砕は敵兵の多い戦地においては最も頼りになる相棒だ。
 あれを振るうていた余は間違いなく本気であった。
 だが、あれはこのような一対一の決闘に向かぬ。
 一対一の決闘においての我が相棒は、やはり鍛えぬいた己の肉体のみなり。
 しかし、国王としての立場がそれを許してくれぬのでな……普段は己が肉体に制限をかけざるを得ないのだ」

 国王は申し訳なさそうにジンに対してそう言った。
 それを聞いてジンは全てを察した。

 「……はは、まさかそこまでアンタがこの闘いに賭けてくるとは思わなかったな。
 国王陛下、アンタにとってこの闘いは己が策を捨て、自分の命を賭ける程のものなのか?」

 「そんなことなどどうでも良い。確かに、切り札を隠し持ち、然るべき時に、然るべき札を切り確実に勝利を掴むのが賢いやり方であろう。
 だが、そなたと闘ってみて感じたのだ。
 あれほどの偉業を成し遂げた貴殿の様に、困難を正面から打ち崩してこそ真の王を名乗る資格を得ることができるのではないのかとな。
 故に、余は更なる高みを目指す最初の一歩として、全てを賭けて貴殿を倒す。それだけだ」

 「俺が国王陛下の超えるべき壁になれるとは光栄だな。
 ならば、なおのこと俺はこの戦いに負ける訳にはいかないと言う訳だ。
 ……良いだろう、ならば俺も全身全霊を込めて切り札を切らせてもらう」

 ジンがそう言うとジンに向かって青白い光が集まり始めた。
 国王はそれに対して眼を見開いて全身に気を込め、ジンの攻撃に身構える。
 その様子を見て、ジンは笑みを浮かべながら右手を頭上に掲げた。

 「まずは俺が最も信頼する切り札だ!! “牙を持つ太陽”!!」

 ジンが手を振りおろした瞬間、集まっていた青白い光が大爆発を引き起こした。
 極光と灼熱が国王に襲い掛かる。
 それに対し、国王は眼を閉じて静かに腕を振り上げた。
 その手には黄金に輝くオーラが集まっている。

 「破ああああああああ!!」

 光が迫る直前、国王はその手を振りおろした。
 その瞬間、青白い極光を黄金の手刀が切り裂いた。
 極光は国王の眼前で裂け、ジンの元に通ずる道を開く。

 「おおおおおおおおおおおおお!!!!」

 国王はその道を全力で駆け抜ける。
 その先には、剣を振りかぶったジンが立っていた。
 ジンの顔は笑っていた。
 それは、まるで国王が自分の切り札の一つを超えてくることを確信していたかのようだった。

 「ちぇりゃあああああああ!!」

 「せえええええええええい!!」

 ジンの白銀の大剣と国王の黄金の拳がぶつかり合う。
 その衝撃は大気を振動させ、大地を揺らした。

 「でやああああああああああああああああ!!!!」

 国王はジンに対して暴風の様な連撃を繰りだす。
 神速で次々と繰り出されるそれは、その攻撃の一つ一つが一撃必殺の威力を持って放たれている。
 ジンはそれを足捌きを使って避けながら、一撃を加えるべく剣を構えた。

 「はあああああああああ!!!」

 「轟おおおおおおおおお!!!」

 激しい衝撃と共に両者の一撃はぶつかり、弾かれるように後退する。

 「次の切り札だ、陛下!! “紅蓮の煉獄”!!」

 ジンがそう唱えた瞬間、闘技場全体を深紅の炎が覆い尽くした。
 闘技場はその魔法の名が示す通りの煉獄と化し、国王の体を焼きつくす。

 「ぐうぅ……まだ、まだぁ!!」

 己が気を上回る修羅の炎に全身を焼かれながら、溶岩と化した床を踏みしめてジンに向かっていく。
 琥珀色の眼に宿った闘志は折れておらず、むしろ更なる輝きを放っていた。
 しかしその闘志とは裏腹に、脚は溶岩に焼かれてどんどん言うことを聞かなくなっていく。

 「おおおおおおおおお!!」

 国王は焼かれた脚が動かないと思うと、己の気を込めた渾身の正拳突きをジンに向かって放った。
 その一撃は周りの獄炎を取りこんで、巨大な炎の渦となってジンに襲い掛かる。

 「ぐっ……」

 ジンはその一撃を国王から眼をそらさずに躱す。
 あまりに巨大な一撃だったために避けきれず、左半身が丸ごと焼かれる。
 ジンは途切れそうになる意識を歯を食いしばって引き留め、魔法の制御を続ける。

 「……ぐっ……あ……」

 己が力の全てを込めた渾身の一撃を放った王はとうとう力尽き、音を立てて燃え盛る紅蓮の炎の中、溶岩に倒れ込んだ。
 その体は溶岩に沈み、灼熱の炎に焼かれていく。

 「…………」

 その最後まで自分の全てをかけて闘った誇り高い国王が焼かれていく様子を見て、ジンは気がつけば敬礼をしていた。
 そして、今ここに勝敗は決したのだった。

 *  *  *  *  *  


 「……負けたか」

 「……はい、私の勝ちです、陛下。
 もっとも、戦場であればあの後私は他の者に討たれていたでしょう」

 全てが終わった後の闘技場の真ん中で、激しく戦った両者が二人揃って倒れ込んでいた。
 国王はジンの攻撃で体力を根こそぎ奪われたため動けず、ジンは国王からのダメージと大魔法を連発したことによる精神の疲弊によって起き上がることが出来なかった。

 「そうか……しかし初めてだな、負けたと言うのにここまで晴れ晴れとした気持ちになったのは」

 国王はそう言って目の前に広がる空を見た。
 空はその国王の心の様に晴れ渡っていて、平和を象徴する白い鳩がつがいで飛んでいた。

 「陛下。負けたとはいえ、お見事な闘いぶりでした。あの雄姿はきっとこの場にいる兵士たちの励みになることでしょう。
 ジンもお疲れ様。素晴らしい闘いだったわ」

 倒れている二人の元にエレンが駆け寄ってそう感想を述べる。
 それを聞いて、国王は笑みを浮かべる。

 「そうか。それならば全力を出した甲斐があると言うものだ。
 それからジン殿、貴殿には感謝するぞ。
 これで余は更なる高みへ上るための一歩を踏み出せたのだからな。
 貴殿はその壁となり礎となってくれたのだ、感謝の言葉もない」

 「……では私は、これからもそうあり続けられるように努力しましょう」

 国王の言葉にジンはそう言って頷いた。
 その横から、エレンが国王に話しかけた。

 「ところで、国王陛下。
 お疲れのところ申し訳ございませんが先日の暗殺者の件に関して提案があります」

 「……うむ、話すが良い」

 「陛下はこのようにジンに敗北いたしました。
 そして、先日の暗殺者はジンと同等の強さを持っているとのことでした。
 ……陛下、どうか護衛に関して御一考をお願いいたします」

 「そうか……それは楽しみだな」

 エレンの言葉を聞いて、国王は笑みを浮かべてそう言った。
 その言葉に、エレンは嫌な予感を感じて上ずった声を出した。

 「……へ、陛下?」

 「エレン、護衛なんぞ要らぬ。もはや余はこの身に流れる武人としての血が滾って抑えきれぬのだ。
 ぜひとも真正面から戦って、余の糧にしたいのだ」

 その一言を聞いてエレンは驚きの表情を浮かべて長い耳をビクンと跳ね上げる。
 今まで来たら返り討ちにするとは言っていたが、まさか自分から撃って出ると言うとは思わなかったのだ。

 「お、お待ちください陛下!! 陛下の身に何かあれば国務に障りが……」

 「立法や行政に関しては宰相である貴殿に一任しているではないか。
 それに、年若くはあるがフィーナも余の代わりをするには問題は無かろう」

 「だ、だからと言って陛下ご自身が暗殺者と戦うなど……」

 「くどい!! 自らの危機に自分で対応できなくて国民が救えるものか!!
 余は逃げも隠れもせん!! 暗殺者など真っ向から叩き潰してくれるわ!!
 何故なら余は国王であるからな!!」

 かっかっか、と豪快に笑う国王に対して、エレンは言葉を失った。

 「……ジン……貴方も陛下に何か言ってちょうだいな……」

 途方に暮れたエレンはジンの横に座り込んで、その手を縋るように握ってそう言った。
 エレンの耳は疲れた感情のせいか、しんなりと下がっていた。
 ジンはそれに溜め息をついて答えた。

 「……はっきり言おう、陛下に護衛を付けるのは無理だし、正直いらんと思う」

 「……まあ、貴方がそう言うなら良いけど……」

 「まあ、とりあえず俺は当初の予定通りエレンの護衛についてりゃ良いだろ。
 陛下が本当に危ない時にはちゃんと俺が駆け付けるから安心しろって」

 心配そうな表情をするエレンを安心させるように、手を握り返しながらジンはそう言った。

 「そうね……それじゃ、改めて宜しく頼むわ、ジン」

 エレンはそう言うと、握り返してきたジンの手を自分の華奢でなめらかな肌触りの手で撫で、安心したような笑顔を浮かべた。

 「うむ、仲良きことは美しき哉。善哉也、善哉也……む?」

 国王がそうやってジンとエレンの仲の良さに感心していると、誰かが走ってくる音が聞こえてきた。
 三人がその音がする方向を向くと、

 「ジン!! アンタぁ!! アタシの苦労を考えろおおおおおお!!!」

 リサが般若のような形相でこちらへ走ってきていた。
 その手には『日頃の恨み Mk-Ⅱ』と書かれた大金鎚が握られていて、殺ル気満々であることが見て取れた。
 ジンはそれを見て顔から一気に血の気が引いた。

 「うわあああああああああ!!! リサ、ストップ、スタァァァァァプ!!!」

 「じゃっかあしいわぁ!! 怪我人一気に1000人もこさえて、何考えてんのよアンタはああああああ!!」

 恐慌するジンの制止を、リサは怒鳴り散らすように一蹴する。
 なお、この怪我人1000人とはジンが先ほど切り札の呪文で巻き込んだ、観戦していた兵士たちである。

 「天!! 誅!!」

 「ぎにゃああああああ!?」

 リサは大金鎚を高々と振り上げ、情け容赦なくジンの頭に振りおろした。
 疲弊しきった状態でそれを防御できるはずもなく、ジンは見事にそれを受けて地面に沈み、真っ赤な花を咲かせた。 

 「ジ、ジン!? ちょっと、しっかりしなさい!! ジン、ジーーーーン!!」 

 薄れゆく意識の中、ジンは自分の肩を抱いて必死に呼びかけるエレンの声を聞いて、意識を手放した。


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 vs国王陛下はかろうじてジンの勝利。
 ……あるぇー? 俺、ネタのつもりでこの勝負書いていたつもりなのに、何だか無駄にシリアスな展開になっているのは何でだ?

 あと、国王のセリフがCV若○で再生されて困る。

 それではご意見ご感想お待ちしております。


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