ジン達一行は訓練所に向かって歩いていた。
その最中、レオがジンに質問をした。
「なあ、ジン。訓練所って言うのはどういうところだ?」
「異空間を用いた闘技場と言えば分かるか? 現実を仮想空間の中に取り込んで、その中で魔物たちと闘う事で訓練を行うのさ。仮想空間の中で行う事で、中で怪我をしても実際にはそれが無かった事になると言う事らしい」
「そう言えば、さっき難易度がどうこう言ってたわよね? あれって何?」
「訓練所にはF~SSSまでの21ランクがあってな。部屋の真ん中にある台座に挑戦したいランクのメダルをセットして訓練する。SSSに近づく程強い奴が出てくる。Fランクならそれこそ子供が相手にするような敵が出てくるし、一般的な冒険者であれば大体C~CCCランク。遺跡に潜ったりする奴は最低でもBBランクは居るし、深く潜ろうとするならそれこそSランククラスと言ったところか。ちなみに俺はSSSランクな」
「チーム戦とかは出来ねえの? 何も1対1だけとは限らんし」
「当然出来る。メダルにはシングルメダルとチームメダルがあってな。シングルを入れれば一人で挑戦になるし、チームを入れれば闘技場に入った面子で闘う事になる」
「ランクが上がると何か良い事があるんですか?」
「ギルドで特典が付いたり、ランクの高い仕事が得られたりする。武具屋で買える品物が増えるとか、結構利点はあるぞ。その特典を受け取るためには訓練所のモンスターを倒してメダルを受け取らなきゃならない。っと、訓練所に着いたぜ」
訓練所はコロッセウムの様な外見をしていて、中では訓練の様子がモニターで映し出されている。
そのモニターを見て、闘い方の研究をしている者も居た。
「訓練所か……僕も初めてくるね。何しろ冒険には縁が無かったからね」
「あうう~……どこまでいけるのでしょうか……」
訓練所の中に入ると、ジンは変身を解いた。
突然の有名人の来訪に、訓練所内にどよめきが起こった。
周囲の人間がざわつく中、ジンはカウンターまで向かっていった。
「失礼、SSSランクのシミュレータールームを使わせて頂きたい。それから新規登録5人だ」
「新規登録者のお名前を頂けますか?」
受付の言葉を聞いて、ジンはポーチの中から一枚の紙とペンを取りだし、全員の名前を書いた。
「これで良いかな?」
受付嬢が名前を登録している間に、ジンはメダルケースを受け取り全員に配る。
中には交差した剣を背景にF~SSSまで描かれた21枚の銀色のメダルに交差した剣と杖の描かれた21枚の銀色のメダル、そして何も入っていないページがあった。
「こいつが訓練に必要なメダルだ。剣だけで交差しているのがシングルメダル、剣と杖が交差しているのがチームメダル、空のページはクリアした証のゴールドメダルを入れるところだ。っと、そろそろ受付が終わるな」
ジンは受付に戻り、受付嬢の作業の完了を待った。
「ありがとうございます。それではS-1の部屋をご利用ください」
ジンは受付嬢から渡された鍵を受け取ると、他のメンバーのところに向かった。
ジン以外は何処となく緊張しており、表情が若干硬くなっている。
部屋の中に入ると中はロッカー室になっていて、その真ん中には石の台座が置かれていた。
ジンはメンバーに説明を始めた。
「さて、さっきも言った通りこれからお前達の実力を見せてもらいたいと思う。まずはここにあるシミュレーターを使ってだな」
「オイあんちゃん、ちょっと待てや。テメさっきまで自分が相手するとか言ってなかったか?」
「いやあ、ああ言っといて何だがやっぱ一度どのランクまで上がれるか見てから相手をした方が良いかなと思い」
「テキトーにも程があるわよ!!」
「うぉぉぉぉっ!?」
リサか投げたハンマーを紙一重で避ける。
後ろに飛んで行ったハンマーは、部屋の壁にめり込んで止まった。
ジンはそれに冷や汗をかきながら説明を続けた。
「いやいやいや、確かに適当に決めたが俺も一応相手するぞ? このSSSランクをクリア出来た奴の相手ならな。それに、人間に勝てて魔物に勝てませんじゃ意味が無い。だから、まずは魔物相手に戦ってもらう」
「ちょっと待ってくれないかい? いきなりSSSランクと言うのは無いだろう。仮にも訓練所の最高ランク、超一流の冒険者じゃクリアできないと言われてるんだよ?」
「出来ない訳じゃないんだろ? でもま、最初からSSSをやらせる気はないさ。まずは実力を見るためにも無難にAランクから……」
「ふぇぇ!? Aランクでも十分一流クラスなのです!! せめてCCCランク辺りで……」
「そいつは聞けないな。俺が潜るところはAランクの魔物がうじゃうじゃ出てくるような場所もある。こいつらを相手にしてどういう風に動くか分かっておくと自衛の役に立つし、戦闘員として当てにできるかどうかも知っておきたい。と言う訳で、まずはルーチェから行ってみようか」
「ひゃ、ひゃい!? 私からなのですか!?」
突然の指名を受けて、ルーチェが激しく動揺し始めた。
そして、眼に涙を溜め、縋るような上目使いでジンを見た。
「あ、あの、私は後で……」
「初めてで緊張するのは分かるが、何時やっても変わらんよ。なら、さっさと終わらせた方が楽だぞ? ダンジョンに潜るための訓練は受けたんだろ?」
「そ、それはそうですが……」
ジンは縋りつくルーチェの肩を叩いて笑った。
「大丈夫だって。ここなら負けたって良いんだ。俺だって無敗でSSSになった訳じゃないんだしな。それに、やってみれば意外と良いところまで行けるかもしれないぜ?」
ジンはそこまで言うと、幼馴染達に向き直った。
「お前らは少し見ていな。これからどういう奴と戦うのかをな」
そう言うと、ジンは部屋の真中にある石の台座にコインを置いた。
「あ」
しかし、その瞬間ジンはしまったと言わんばかりの顔をした。
その間に台座が光りだし、ロッカー室は巨大な闘技場へと変化していく。
気が付けば、一行は闘技場の観客席に座っていた。
そこからは、場内に向かって階段が降りている。
「ジン? 今置いたメダル、SSSのシングルメダルじゃないかい?」
「……うん」
「……わ、私はやらないのです」
「……うん」
「……まずはジンのお手並み拝見だね」
「マジですか……メンドいのが来なきゃ良いけど」
そう言うと、ジンは深々と溜息を吐いた。
ジンは無言で剣を取ると、闘技場の中に入っていく。
次の瞬間、観客席と闘技場の間の門が閉まり、場内に魔物が具現化した。
魔物は白い鶏だった。
「鶏? これがSSSランク? もっとごついのが出てくると思ったんだが、何なんだ、あいつ?」
「クエェーーーーーーーーーーー!!!!」
「きゃあああ!?」
レオがそう言った瞬間、鶏は甲高い声で鳴いた。
その声は耳をつんざく様な強烈な声だった。
思わず全員、相対しているジンも思わず耳をふさぐ。
突然大きな音を聞いたため、全員頭を揺さぶられたような状態になり目眩を起こした。
「……ほっ!!」
そんな中、ジンは嫌な気配を感じて右に跳んだ。
少し遅れて、何か巨大なものがジンの居た場所を猛烈な勢いで駆け抜けていき、その何かは壁を容易く粉砕し止まった。
目眩から立ち直ったジンが確認すると、そこに居たのは巨大で白い雄牛だった。
「変化した? それっ」
ジンが雄牛に向かって斬りかかると、雄牛は突然白い兎に変化した。
対象が突然小さくなり、剣は空しく空を切る。
次の瞬間、兎は白い猪に変化して、ジンを強烈に弾き飛ばした。
「ぐっ……あらら、失敗したかな」
ジンは空中で体勢を整えて着地する。
咄嗟に受け身を取ったため、大きな痛手にはならなかったようだ。
ジンは剣を構えなおして相手を見ると、今度は白い巨大な虎の様な生物に変わっていた。
「な、何なんですか、あれ……」
訳が分からなくなったユウナが思わずそうこぼす。
そう言っている間に白虎は攻撃を仕掛けている。
時には壁に跳びついて三角跳びの要領で、時には地を這うような動きで、前後左右上下からジンに向かって次々に跳びかかっていく。
「SSSランクの相手は初めて見たけど……眼で追うのが精一杯だよ、僕は」
「それを全部避けられるのは、流石は『修羅』と言うところなのです」
縦横無尽に跳びかかっている白虎をルネ達は残像しか視認できない。
白虎の動きはそれほどまでに早いものだった。
「シャアアアアアアア!!!」
「よっ、はっ、ほっ」
ジンはそれを足さばきだけで避けていく。
表情に変化はなく、ジンは涼しい顔で避け続ける。
「せやっ!!」
ジンは体を右に開いて避けながら真っ正面から跳んできた白猫の横腹を斬りつけた。
「ギャウウ!!!」
血を流しながらも白猫は果敢に跳びかかってくる。
ジンはそれを避けながら剣を振るう。
“氷の刃よ”
「おおっと!?」
ジンが次の攻撃を迎え撃とうとしたところに、氷の刃が飛んできた。
それを慌てずに剣で弾くと、氷の刃は砕け、剣が冷気を帯び始めた。
ジンはふっ、と溜息を吐いた。
「……つまらん。本気で来いよ、お前」
ジンがそう言うと、その言葉を理解したのか白猫が姿を変える。
巨大な白猫の体はさらに大きくなり、最終的に白いドラゴンが現れた。
ホワイトドラゴン、食物連鎖の頂点に立つ龍種の一角だ。
本来ならばこの一頭で街一つ滅びかねない強力な生物である。
「ちょっと、あれホワイトドラゴンじゃない!? SSSってそんなのまで出てくるの?」
「おいおいおい、ジンの奴本気でこいつと一人でやる気か?」
「ジン!! もう良いから戻ってきてください!!」
応援席から幼馴染達が叫ぶ。
しかし、ジンはそれを気にも留めずに剣を構える。
「ガアアアアアアアア!!!!」
強烈な鳴き声とともにホワイトドラゴンの体が光り始めた。
それを見て、ジンはホワイトドラゴンに向かって駆けだした。
そして、ドラゴンの口から強烈な閃光が放たれた。
それと同時に、激しい砂嵐が巻き起こった。
観客席の5人はそれに対して眼を覆った。
「ぐっ……どうなった?」
「あ……」
砂嵐が収まり眼を開けると、そこには未だに健在のホワイトドラゴンと床に出来た巨大なクレーターが眼に入った。
……そこにジンの姿は見えなかった。
「ちょ、嘘でしょ!?」
「……無茶しやがって……」
「ジン……」
目の前の光景に呆然とする3人。
ユウナなどは眼に涙をためて今にも泣きそうな顔をしていた。
「はっ!!!!」
そこに、ホワイトドラゴンの上からジンが剣を振りかぶった状態で落ちてきた。
気付いて振り返る寸前、ジンは剣を突き立てた。
「ガッ……」
次の瞬間ホワイトドラゴンは地面に倒れ伏した。
その心臓には大きな穴が空けられていて、傷口は若干凍りついている。
「ふう……やっぱ生物最強といえどこの程度か。ま、こんなもんですかね」
そして、ドラゴンの背中の上に剣を肩に担ぎ溜息を吐くジンが立っていた。
しばらくすると、闘技場は元のロッカー室に戻り、6人が一堂に集結した。
外からは大きな歓声が聞こえている。先程の訓練をモニターで見ていた者たちの声だ。
ジンは台座からコインを取り、ポーチにしまった。
「とまあ、こんなんが俺の行く先にゃ出てくる訳だ。それでもついてくる気か?」
ジンは陽気な態度で幼馴染達にそれぞれの意向を聞いた。
その内心は、「お前ら怖いから、さっさと村にごーばっく」なのだが……
「わ、私は諦めません!! ジンが行く所ならどこでも行きます!!」
「俺様も帰っても先立つもんがねえし……それにテメェはこれをあっさり倒してやがるし、問題ねえかなと」
「アンタ、私をほっぽり出そうったってそうはいかないわよ? 意地でもついて行く気だから覚悟なさい」
その言葉を聞いてジンは頭を抱えた。
3人が守りながら闘うことの難しさを知らない事と、守ろうとしたところをフレンドリーファイアで自分が天に召される可能性が大いに考えられたからだ。
そんなジンの心境を知ってか知らずか、ルネがジンの肩を叩く。
「いや、モテる男はつらいね。でも君なら5人くらい楽勝で守れるだろう?」
「……こいつ等の戦いを見てみろ、守る気なんて一瞬で失せるぞ……いや、それ以上に危険だ……」
「え?」
ルネが首を傾げるのと同時に、ジンがポーチから取り出したコインを台座に嵌める。
あっ、と声を漏らすルネを余所に、すぐにロッカールームは闘技場に変わり、階段の門が開いた。
「レオ、お前なら冒険者相手に戦った事あるだろ。行って来い」
「人間とバケモンじゃ訳が違うだろ……」
「何、そこら辺は死んで覚えろ。訓練所内なら死ぬこたないから、な!!」
「うおわっ!!」
ジンはそう言うとレオを闘技場に叩き込んだ。
門が閉まり、闘技場内にはレオ一人だけが入っている。
レオは眼を閉じ深呼吸をした。
「うぉっしゃあああああ!!! やぁぁぁぁってやるぜぇぇぇぇ!!!」
レオはそう言うと背負っていたハルバードを右手に、腰の剣を左手に手に取ると闘技場のど真ん中に立った。
しかし、先程と違い相手が出てくる気配が無い。
レオが怪訝に思っていると、突然地面が揺れ始めた。
「な、なんだぁ!?」
レオはあたりを見回すが、周りを見ても誰も居ない。
が、嫌な予感を感じたレオは咄嗟に前に跳んだ。
「うおおおおおお!!!」
「グオオオオオオオ!!!」
すると、地面から巨大なひも状の生き物が大口を開けて現れた。
クロノスワームと言う、砂漠地帯においてもっとも凶暴な生物である。
その体長は約40m、砂漠を渡る馬車を一呑みにしてしまうような巨大生物である。
表皮は固い甲殻に覆われており、生半な剣などでは傷すらつかない。
レオは素早く体勢を整え、その巨大生物に相対した。
「おいおいおい、初めてでこれはねえだろうがよ……」
レオは若干冷や汗をかきながら相手を見る。
一方観客席では、ジンが最っっっっっっっ高に良い笑顔を見せていた。
そのジンに、ルネが近寄る。
「……ジン……君と言う奴は……」
「ンッン~♪ どうかしたのかね?」
「いや、意地が悪いなと思ってさ。僕の時はそんなことしないよね?」
「さあ、どうだか?」
「……僕の時は自分で入れるよ……」
そんな会話の間に、レオは初めての魔物との戦いに苦戦していた。
攻撃しようにもすぐに地面に潜られてしまい、攻撃が届かないのだ。
「くっそ、ちょこまかと……!!!」
レオは攻撃を避けてから反撃をしようとするも、いつもコンマ数秒間にあわない。
レオがハルバードや剣を振るう度、それは空を切った。
「ガアアアアアアア!!!」
「うぉわ!? 危ねえな!!」
空振りしたところに素早くクロノスワームはレオの背後に現れ、高電圧を纏った体液の塊を吐いた。
レオは直感で前に跳び、穴を飛び越えて回避した。
「おい、ジン!! ここって、壊れてもすぐ直るんだよな!?」
しばらくその状態が続いた後、レオはイライラと怒鳴り散らすような声でジンに話しかけた。
その眼は座っていて、今にも何かが爆発しそうなのがよく分かる。
「ああ。ここは仮想空間だからな、一度外に出れば元に戻るぞ」
「そうかい……なら、遠慮はいらねえな……」
レオは地獄の底から聞こえてくるような声でそう言うと剣をしまい、ハルバードを両手で持った。
すると、あたりの空気が一変し、観客は強烈な重圧を感じることになった。
「はぁ……はぁ……い、息苦しい……」
「ユ、ユウナ!? 大丈夫!? しっかりしなさいよ!?」
気迫に気圧されて、ユウナは息をつまらせる。
リサはユウナの突然の異変に驚き、血相を変えて看病を始めた。
「はあああああああ……」
レオは気を吐きながらハルバードに力を込めて高々と振りあげた。
そして、掛け声とともに思いっきり振り下ろした。
「だらあああああああああああああああ!!!」
ハルバードが地面に刺さった瞬間、凄まじい衝撃とともに直径50m程の床全体が爆発し、大量の砂塵が宙に舞った。
砂塵は空高く舞い、巨大なキノコ雲を作った。
「うきゃああああああ!!! は、はわわ、何なのです、これは!?」
突然目の前で起きた大爆発にルーチェが悲鳴を上げる。
その他のメンバーも、その場に縮こまったり、爆音で耳をやられたりしていた。
「見つけたぜ、おりゃあ!!」
「ギシャアアアアアアアアアアアアアア!?」
そんな中、クロノスワームは爆発によって空高く打ち上げられていた。
レオはそれに向かって白熱させた投げナイフを4本投げた。
投げナイフは甲殻を溶かし相手の胴体に深々と刺さり、ワームは悶えながら20m程深々と抉れた地表に叩きつけられた。
ワームはすぐに地面に潜って逃げようとする。
「逃がすかよぉ!!! うらあああ!!!」
「オオオオオオオオオオ!?」
着地地点に駆け寄っていたレオは素手でその腹をつかみ、潜りかけていたワームを外に引きずり出して壁に投げつけ、その後を追わせるように剣を投げた。
白熱した剣は壁に叩きつけられたワームの胴体を貫き、壁に縫い付けた。
「止めだ、喰らえい!!」
その縫い付けられた相手に向かい、レオはトマホークを投げた。
トマホークはクロノスワームの首を刎ね、レオの手に戻ってくる。
クロノスワームの頭は重々しい音を立てて地面に落ちた。
「うおっしゃあ!! 俺様の勝ちでい!!」
地面に落ちた頭を見て、レオは勝ち鬨の声を上げた。
その様子をメンバー一同唖然とした表情で見つめていた。
「はわわわわ……クロノスワームがあんなあっさり……」
「……ジン。レオが冒険初心者だなんて嘘だろう?」
「残念ながら本当なのだ♪」
ルーチェは眼の前の光景が信じられずに錯乱し、ルネは呆然としたままジンに話しかけた。
ジンは「もうど~にでもな~れ♪」と言った表情でそれに答える。
その間に、レオが階段を上って観客席に戻ってきた。
すると、突然レオの前に先程の受付嬢が現れた。
その受付嬢は信じられないと言った表情でレオの体を頭からつま先までジッと見つめた。
「ん? どうしたのかな、お嬢さん? この人生の勝者に何の用かね?」
レオは受付嬢を見るや否や破顔し、バラの花を手にとって話しかけた。
バラの花を何処から取り出したのかは謎である。
「え、ええと……お、おめでとうございます!! 貴方をシングルSSSランクに認定致します!! こちらがその証明のシングルSSSゴールドメダルですっ!!」
「あ?」
レオは興奮した様子の受付嬢の言葉を聞いてキョトンとした。
本人はAランクのつもりで戦っていたからである。
しかし、その後すぐに笑顔で、
「おう、サンキュ!!」
と返した。
受付嬢は少し俯いた後、レオに近づいて金色のメダルを渡して、
「それから……」
「ほえ?」
レオの頬にキスをした。
受付嬢は顔を真っ赤にして後ろに下がり、
「こ、これは私個人からの特典ですっ!! 格好良かったですよ!!」
と言って走り去っていった。
レオは少し膠着した後、
「イヤッフゥゥゥゥゥゥ!!! 俺様にも春が来たああああああ!!!」
とガッツポーズをしながら大絶叫した。
そんなレオに、無言で特大の100tハンマーが振り下ろされた。
轟音と地響きとともにレオの頭が地面に埋まる。
「みぎゃあああああ!?」
「アンタねえ、モニターで色んな人に見られてるのよ? 恥ずかしいんだからやめなさいよ!!」
「……あの、いつもより強烈じゃござんせんか?」
「知るか!!!」
リサはそう言うとツカツカとジンのところへ歩いて行った。
そしてジンの胸倉を掴んで揺さぶった。
「ジン!! 早くアタシの相手を出しなさい!! SSSランクよ!!」
「な、お、おい!!」
「Preparation, and right now(準備をしろ、今すぐにだ)」
「……あいよ」
金槌を振りかざすリサを前に、ジンはSSSシングルメダルを台座に置きなおした。
即座に闘技場の門が開き、リサはハンマーを担いで大股で歩いて入って行った。
その様子を「なんてパワフルなんだ」と口々に語りつつ残りのメンバーが見つめる。
あ、レオが金槌の投擲をあごに受けて伸びた。
「はわわわわ……リサさん、大丈夫何でしょうか……」
「さあな……とりあえず、相手が一体なら上手くやれば勝機あり、それ以外は未知数と言ったところだな」
「……ねえ、それ本当かい? 初心者なんだよね?」
心配そうにリサを見つめるルーチェにジンがそう答え、ルネが呆れた声で呟いた。
「…………」
ジンは無言だった。
リサが中に入ると、闘技場には4体のとかげが現れた。
それらは赤、青、黄、緑の4色に分かれていた。
大きさは体長5m、体高3mと先程の者に比べれば小柄だが、人間が脅威を感じるには十分な大きさだった。
「リサの相手は何て言うんだ?」
「エレメントドレイクだ。あいつらは自分の色に応じた魔法や技を使ってくる。今回ならば炎、氷、雷、風だな。見てくれはただの色つきトカゲだが、一匹退治するのに騎士団一個中隊必要な強さといわれている。Sランクで一匹を相手にするレベルだから、4体同時は妥当なところだろうな」
「リサ、大丈夫でしょうか……」
三人が話している間にエレメントリザード達はじりじりとリサに迫ってくる。
リサは眼を閉じ、その場にひざまずいた。
「……“愛されし子よ……」
「「「「グアアアアアア!!!!」」」」
言い終わるが早いか、無防備なリサに4匹揃ってブレスを放った。
リサは成す術もなく飲みこまれ、その場に4色混じった柱が立った。
「あううう……リサさん、間にあわなかったんですね……」
ルーチェがガックリと肩を落とす。
ジンはしばらくジッとリサの様子を眺めていたが、急にニヤリと笑った。
「いや、まだの様だぜ?」
「へっ? ああ!?」
ジンの声につられてルーチェがリサの方を向くと、そこには全くの無傷のリサが居た。
しかもかすり傷どころか、服もホコリ一つ付いていない状態だった。
リサはそっと目を開けると、その青い瞳は、金色に変化していた。
「……ふぅ……何とか……間にあったわね……」
『ふふ、久々に暴れられるという奴だな』
「そうね、正直レオばかりじゃ芸が無いし、ちょうど良い機会よね」
リサの口からもう一つ、女性の澄みきった綺麗な声が聞こえてくる。
それはまるで会話をしているようだった。
リサはそう言って立ち上がるや否や、手にしたハンマーを黄色いとかげに振り下ろした。
「グエエエエ!?……シャアアアアア!!」
「きゃあ!?」
『ぐっ!? ……ははは、やったな!?』
エレメントリザードは一瞬ひるんだものの、即座にその反撃として跳びかかった。
そして、リサの上にのしかかると、首筋に高電圧の牙を突き立てた。
「くっ……このおおおお!!」
『それ!!』
しかしリサはそれを無理やり引きはがし、巴投げの要領で投げ飛ばした。
何故か首筋には出血どころかかすり傷一つ無かった。
「これは……どうなっていると言うんだ……?」
「ふわぁ……」
「あんなリサ初めて見ました……」
「……何だこの違和感。俺が知ってる加護と違うような……」
その様子を、ルネが困惑した表情で眺めていた。
その横ではルーチェとユウナ、更にジンまでも同じような表情でその光景を見ていた。
「ぐぬぬぬぬ……お~いってえ……おお、あいつ盛大にやってんじゃねえか」
周囲の混乱の最中、今まで伸びていたレオが起き上がってリサの戦闘の光景を見て、そんな事を言った。
「レオ、リサが何やってるか分かるのかい?」
ルネはレオに何が起きているのか問いかけた。
するとレオは、
「ああ。神降しって言う奴で、神様の力が使えるようになるらしいぜ。何でも、試しにやってみたら出来たってさ」
等と言いだした。
それを聞いて、ユウナを除く3人はその場で硬直した。
「……ちょっと待て。それ本気で言ってるのか? 加護じゃ無くてか?」
頭を抱えながらジンはレオに問いかける。
どうやらまたしても自分の常識の範疇を超えているようである。
「は? そりゃ適正があるなら出来なくはないだろうがよ?」
「そうですよね……神父様も祭りの時に良くやられてましたし……そう言えばジンはいつもその時は居なかったんでしたね」
「き、君達は何を言ってるんだい? 神降しってそんな簡単にできるものじゃないだろう!? 僕が知ってるのは教会で何人も司教が集まって儀式するものだぞ!?」
「一つ間違えれば魂を対価に取られてもおかしくないのですよ!? それにこんなことに使うものではないのです!!」
何てことない様に答えるレオとユウナに、新参二人が噛みつく。
なお、その反応にジンが「うん、そうだよな。これが正しい反応だよな」等と言いながら涙を流して頷いている。
それに対して、レオはため息をひとつ吐いて答えた。
「良いから見てろよ。……見てると笑えるぜ?」
レオはそう言って闘技場の中のリサを指差した。
リサは手にしたハンマーで4匹のエレメントリザードをまとめてぶっ飛ばしたところだった。
『ははははは!! 久々の運動は気持ちが良い』
「ちょっと、何時まで遊んでるのよ。疲れるのはアタシなのよ?」
『良いではないか、我の力を存分に使えるのだからな。それにしても、お前ならばこの程度我の力を借りるまでも無いと思うが?』
「アンタたまに呼ばないと拗ねるでしょうが。お陰で一回レオの折檻に呼ぶ羽目になるし……」
『おお、レオと遊ぶのは悪くない。その時は呼んで貰おう』
闘技場の真ん中で自分の中の神と会話をするリサ。
その間に敵達は体勢を立て直し、一直線にリサに突撃を掛ける。
「ぐっ……分かったわよ。さあ、早く終わらせるわよ!!」
『言質は取ったぞ。では、終いにしよう』
リサは手を前に突き出した。
すると、その手に光が集まって来る。
集まった光は柔らかく、それでいて力強いもので、いつしか極光となっていた。
「“裁きの光よ”」
リサがそう言うと、手に集まった光が奔流となってエレメントリザード達に向かって行った。
相手は光に触れた瞬間音もなく消え、後には大きく抉れた地面と、打ち抜かれ、1/4程欠損した闘技場の壁しか残らなかった。
それを確認すると、リサはゆっくりと観客席に戻ってきた。
「おめでとうございま……「どうも」は、はい……」
先程の受付嬢が現れ、リサにメダルを渡そうとする。
リサは受付嬢が言い終わる前に無表情でメダルを取り、そのままメンバーのところへ戻ってくる。
「どう? アタシだってこれくらいできるわよ?」
リサが自慢気に言うのを、全員複雑な表情で聞く。
思っていた反応と違い、リサは小首を傾げる。
「な、何よ? もう少し驚くとかあるんじゃないの?」
その言葉に全員顔を見合わせる。
「だってねえ……」
「神降し自体は凄いとしか言えんがな……」
「……正直、インパクトで言えばレオの爆発の方が凄かったのです」
『何、レオはさっき闘っておったのか!?』
ルーチェの一言を聞いた瞬間、リサから小さな幼女、もとい少女がそう言いながら飛びだしてきた。
銀に輝く髪と神秘的な金色の瞳の少女は、レオの襟首を掴んで激しく揺さぶった。
「ええい、折角だからレオの試合も見たいと思っておったのに!! おい、レオ!! もう一度試合に出ろ!!」
「ちょ、ちょい待て!! ああああ脳が揺れるぅぅぅぅぅ!!!」
レオは首を揺さぶっているものの首根っこを掴んで引き剥がした。
すると、それはジタバタと手足を動かして抵抗を始めた。
しかし、残念ながらその攻撃はリーチが足りない。
「この、放せ!! 我を何だと思っておる!?」
「神(笑)」
「貴様ーーーーー!!!」
眼の前で交わされるアホな会話にぽかーんと呆けるジンと新参者二名。
その3人を尻目にユウナは取っ組み合いになっている二人を宥めに入る。
「こらこら、アーリアル様も落ち着いて下さい。レオも、そろそろ放してあげなさい」
「むぅ……仕方がない。だがレオ、貴様には後でたっぷり付き合ってもらうからな」
「へいへい、しっかりお相手させてもらいますよっと」
すぐにアーリアルと呼ばれた少女は抵抗をやめ、レオは彼女を地面に下ろした。
その彼女に、ルーチェが声を掛ける。
「あの……アーリアル様はルクス教の主神のあのアーリアル様なのですか?」
「うむ、確かに我がそう言う事になっておるアーリアルだ。それがどうかしたのか?」
アーリアルはレオの肩によじ登りながらそう答えた。
それに対し、レオが口を開く。
「おい、何で俺の肩に乗ろうとすんだよ?」
「し、知らないものに見下ろされると怖いではないか。この中で背が高いのはレオかそこの男だけならば、こうするのがベストであろう?」
「いや、怖いではないか、ってよぉ……」
肩車の状態でレオの頭をアーリアルは抱え込んだ。
その見た目は娘を肩車している父親そのものだった。
「で、だ。こうやって神降しをしているならば対価が必要なはずだけど、その対価は一体何だい?」
「思いっきり暴れさせる事だ!!」
ルネの質問に対するアーリアルの答えに、事情を知らない3人はガクッと崩れ落ちた。
その光景を見て、事情を知っている人間はくすくすと笑いだした。
「ちょい待てぃ!!! 仮にも一宗教の主神ともあろうものがそんな対価でええのんか!?」
「我が良いと言うのだから良いに決まっておるだろう!! 大体どいつもこいつも神託だの祭事だのつまらん事に呼びおって!! 自分の将来くらい自分で考えんか虚け者共め!!」
ジンのツッコミに怒り心頭といった面持ちでレオの頭を殴りながらアーリアルは返答した。
「いてぇ!! オイコラ、人の頭を殴るんじゃねえ!! 降ろすぞ!!」
「す、すまん。興奮してつい……周りが怖いからこのままで居させてくれ」
レオが怒鳴ると、アーリアルは再びレオの頭を抱え込んで謝った。
それを見て、ジンは溜息を吐いた。
「はぁ……我が国の最大宗教の主神に謝らせるレオって一体……」
「いや、主神と知ってなおツッコミを入れられるジンも大概だと僕は思うけどな?」
「というより、エストックの村ってこんな人ばかりなのでしょうか……」
「?」
ルーチェとルネはユウナを見る。
ユウナは何で視線を向けられたのか分かっていないようだった。
続けてジンを見ると、ジンは言いたい事を察したのか力なく首を横に振ったのだった。
------------------------------------------------------------------------------------------
どうも、F1チェイサーです。
訓練所は長くなりそうなのでここで切ります。
戦闘シーンが難しい……今回はレオとリサが滅茶苦茶である事が分かれば幸いです。
さ、次も頑張ろう。
1/31 初稿