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「あ、あの……」

会議も終わり、ナデシコからオリンポス研究所へはリョーコ、ヒカル、イズミの護衛三人と生存者がいた場合に備えヒナギクとプロスペクターを派遣することが決定した。
いざ行動に移ろうとした時、パイロットの一角からおずおずと手が上がる。
挙手の主はテンカワ・アキト。

「俺にエステを一機貸してもらえませんか? ユートピア・コロニーを見に行きたいんです」
「ユートピア・コロニー……私とアキトが住んでた場所だね」

ユリカとアキトはユートピア・コロニー出身で、家も隣同士だったらしい。
今まで誰も訪れていなかった火星。
出身地がどうなったのか見てみたいという気持ちもあるのだろう。
ユートピア・コロニーはナデシコの高々度カメラからの映像では、木星蜥蜴の攻撃もあり完全な廃墟となっていた。
恐らくこの意見は却下される、ルリはそう思った。
パイロットがエステバリスの私的使用が許可されるほど、ナデシコはいい加減ではない。

「駄目だ」

やっぱり。
ゴートがアキトの前に出る。

「敵地での単独行動は危険だ。それに、貴重な機動兵器をナデシコから遠ざけるのは得策とは言えん」
「すぐに戻ってきます。だから……」
「行きたまえ」

意外なところから、お許しの声が上がった。
ブリッジの奥に座しているフクベ・ジン提督。
一番ゴートやプロス寄りの考えをするのかと思っていたが、どういう風の吹き回しだろうか。

「故郷を見る権利は誰にでもある。お飾りのようなものだが、私には実質的な作戦指揮権があると思ったが?」
「ええ、確かにあります。ですがテンカワさんお一人で敵の襲撃を受けた場合、我々は戦力をただ無駄にしたことになります」

プロスの反論は、いつも的を射ている。
どんなにエステを動かせたとしても、実戦慣れしていないパイロットが一人で敵地で行動するのは自殺行為。
提督の許可が出ても、死人を出したのではどうにもならない。
確実にプロスの言うことに理があった。
クルーも皆、やっぱりダメだよね的な雰囲気になり始めた時にまた挙手があがる。

「俺が、同行しよう」

今度は、プロスがギョッとする番だった。
ルリも予想すらしていなかったために、アキを凝視する。
アキは一歩前に出ると、プロスと向かい合った。

「新米一人逃がす程度なら、俺にでもできる。プロスペクターも文句はないだろう」
「こ、困ります。それではナデシコの守備が……」
「ここからコロニーまでの距離、ナデシコの索敵範囲、俺が戻ってくる時間はある筈だ」

確かに、然程遠い距離でもない。
行って戻ってくるだけなら、ほんの数十分。
バッタの群に見つかっても、アキならば何とかなるだろう。
それとは別に、ルリはアキの行動自体を変に思った。
二人の仲はあまり良くない。
アキが一方的に嫌っているようだが、それなら尚更変だ。
仲が悪いのに、何故アキは名乗りでたのか。

「仕方がありません。極力戦闘を避け、敵機を発見したらナデシコに帰るのが条件です。すぐに戻ってきてくださいよ?」
「了解した」
「え……じゃあ、俺行ってもいいんですか? ありがとうございます、提督! ア、アキさん!」

アキトは二人にペコペコ頭を下げると、ブリッジから急いで駆けていった。
クルーもそれぞれの仕事に移るべく、忙しなく動き出す。
その中で、アキはどこを向いているのか、上の空。
火星に近付くにつれて、アキがこうして考えごとをする回数は増えていた。
どうしたのだろう。
ルリは歩み寄ると、いつものようにマントをくっくっと引っ張った。

「アキ?」
「ん……?」
「またですか? 気をつけてください」
「……ああ、わかっている」

いつものように、アキはルリに謝る。
どこかまだ眼を覚ましたばかり、といったようだった。
またナノマシン異常でも起きているのだろうかと、ルリは疑いの視線を向ける。
心配、だった。
アキは約束してくれた。
地球に戻った病院にいってくれる。
これ以上無理はしない。
二つの約束。
ルリが見たあの時以来、アキが苦しんでいる姿は見たことがない。
アキのことだから、部屋にいる時は独りで痛みに耐えているのかも知れない。
無事に地球に戻るまで、極力アキから目を離すことをルリはしなかった。
いままでは問題なかったが、密かにオモイカネと一緒にアキの部屋を盗撮していたりしなかったりするのも、きっと必要な措置だと信じている。

「アキ君、と言ったかね?」

いつの間にか、アキの近くまでフクベ提督が歩いて来ていた。
アキは申し訳程度に、そちらに顔を向ける。

「礼を言わせて欲しい。私の独断のせいで、君に手間をかけさせてしまった」
「いや、俺もあそこに用があった。提督のためだけに引き受けた訳ではない」

アキは、少し顔を伏せていた。
用事。
いったい何の。
廃墟となったユートピア・コロニーに、アキがするべきことがあるのだろうか。
ルリはアキを見上げ、口を開く。

「用事?」
「知人の、墓参りだ」

墓参りと言うことは、亡くなってしまったのだろう。
もしかしたら、前に言っていたアキの家族のことかも知れない。
だとしたら悪いことを聞いたとルリが頭を下げる前に、アキはフルフルと首を振った。

「死んだのは随分前、俺が君くらい……いや、それより前に事故で……俺もあまりよく覚えていない。君は、気にするな」
「……そう、ですか」
「……あたりまえのこともままならない世の中だな」

唐突に、提督がアキに頭を下げた。
ルリは怪訝そうにフクベを見て、アキは無表情のまま変わらない。

「墓参りもできない状況に、火星を追い込んでしまった。君のような若者の……」

フクベの言葉を、アキは手で制した。
言葉の続きを聞くことなく、アキはフクベに背を向ける。

「火星の出身者、関係者の誰もが、貴方を恨んでいると思わないことだ」
「しかし、テンカワ君もそうだが……私は彼らに取り返しのつかない……」
「あいつは、まだ提督のことを知らない。知られた時に怒りをぶつけられることで、楽になることを望むのはやめた方がいい」

驚いたようにフクベはアキを見たあと、溜め息と共に肩を落とした。
ルリは思考する。
火星会戦に置いて第一艦隊の指揮を取っていたのも、チューリップをユートピア・コロニーに落下させたのも、紛れもなくルリの前にいるフクベ・ジン提督だ。
今の時代、子供でも知っている。
地球では、初めてチューリップを破壊した英雄。
火星では、全てを置き去りにした悪魔。
何となく、ルリにもアキとフクベの会話が理解できた。
ルリは思考をやめる。

「……お見通しか。君には本当に驚かされる。機動兵器操縦の腕も、決して軍のような型にはまった戦い方はしない。長らくここで見ていたが、先を読む術にも、心を読む術にも長けている。君は……いったい何者だ?」
「ただの予備パイロットだ。それ以上でも以下でもない」

アキは、そのまま歩き出す。
正体は相変わらず不明。
アキは自分の過去を語らない。
時間は刻々と無くなっていく。
アキも急がなければ、アキトが先に飛び出しかねない。
フクベは俯くと黙ったまま、それ以上は何も言わなかった。
空気の抜けるような音。
ブリッジの扉が開く音と同時に、アキは歩みを止めていた。

「貴方の救いになるかはわからないが……」

アキの言葉に、フクベが顔を上げてアキを見た。

「俺はもう貴方を恨んではいない。テンカワのついでに…………俺も今から故郷を見てくることにする」

フクベは驚愕から目を見開くと、アキはそれを確認するようにしばらく待ってからブリッジを出ていった。
ヨロヨロと力無くフクベは自分の椅子に辿り着くと、顔を押さえてまた俯いていた。
驚愕したのは、ルリも同じ。
ルリは自分のオペレーター席まで走ると、手順も関係なくコンソールに手をあてた。
次々とウィンドウが現れ、ルリを囲むほどの数まで表示する。

『故郷を見てくる』

アキの故郷。
アキは、火星出身者だと言うのか。
矛盾。
有り得ない。
ルリが開くのは、地球に避難してきた火星出身者たちの名簿。
それ以前に引っ越しなどで地球に移動した人間も含めると、数はかなりの量になる。
更にユートピア・コロニー出身者に限定すると、数は絞られた。
表示されたウィンドウの中には、ミスマル・ユリカの名前もある。
しかしアキの名前はともかく、年齢や顔の類似する男性は一人として見つからない。
アキが火星の話をした時に、ルリはその辺りの情報からも探りを入れていた。
もちろん、何度調べてもアキの名前はない。
アキは、嘘をつかない。
ならば、名簿の中にないと言うことは本来地球にいる人物ではない、もしくは表向きには存在していない人物と言うことになる。
前者なら、奇跡的に火星で生き残った人物。
後者なら、正体不明のまま振り出しに戻る。
どちらにしても、アキに直接結びつくことはない。
ルリは溜め息を吐くと、ウィンドウを全て閉じた。
結局、分からない。
もどかしいような、変な気分。
焦っても仕方がないのだ。
アキは自分の身体のことをルリに話してくれた。
それで、ひとまずは納得したのではなかったか。
ルリは自問自答し、頭を振る。
ダメだ。
知りたい。
これは自分の欲求でしかない。
この間、アキとリョーコが一緒にいた時もこれと似た焦燥感があった。

「…………アキ」

もう一度、名簿を開く。
何度調べても結果は同じだが、ルリはじっとしていられない。
一覧を眺めていく。
ふと、ルリはあることに気が付いた。
アキにばかり気が取られていたが、もう一人名簿に存在しなければならない人物がいる。
何度探しても、アキ同様に見つからない。
直接旧火星住民名簿にアクセスして名前を打ち込むと、出てきた。
テンカワ・アキト。
その人物は、一年前から消息不明の状態だった。
アキと同じく、アキトも表向きにはナデシコには公的に乗れない筈の人間。
火星にいた人間が、どうやって軍のシャトルを使わずに地球に帰って来れるのか。
ますます、分からなくなった。
確かなことは、今その二人が共にユートピア・コロニーに向かったと言うこと。
アキトは、アキがユートピア・コロニー出身であることを知らない。
なら、何かを企んでいるのはアキの方。
墓参りと言っていたが、何か他に目的があるようにルリには感じられた。

「オモイカネ」
『はい。ルリさん』
「アキかテンカワさんのエステバリスの、外部内部映像共に記録。徹底的に」
『ダメ。アキがイヤがる……』
「アキが……そう、オモイカネはアキの味方なんだ」
『……ごめんなさい、アキ。ルリさん、恐いの』

何やらブルブル震えるオモイカネをいい子いい子する。
ルリは快く協力してくれたオモイカネに感謝しつつ、ルリは二枚のウィンドウを小さく投影した。
なおもブルブルのオモイカネマーク。

『う〜、ルリさんが…………恐いよ、おとーさん』
「……おとーさん? オモイカネの開発者のこと?」
『違う、開発者は開発者。私の心の父親はアキで……あっ』

会話の相手に気付いたように、その瞬間ブツッとオモイカネからの返事が途絶えた。
自閉モードと言えばいいのか、兵士が情報漏洩阻止のために舌を噛むのは、こんな感じなのだろうか。
オモイカネが小さくボソッと言い放った一言をルリは聞き逃さなかった。

「アキ……おとーさん」

怪しい、怪しいとは知っていた。
オモイカネに一番近い自分よりも、深く親密な関係。
異常なまでの仲が良いことからある程度予想していたのだが、どういう関係なのだろうか。
父親?
息子?
娘?
アキが帰って来たら、まず何をどうしよう。
いや、会話のチャンスを見つけたら、まず何を聞こうか。
ルリから久々にふつふつと黒いオーラが現れ始め、オモイカネは自分の失態を誤魔化すように黙々と作業するのであった。








廃墟となったユートピア・コロニー。
アキトとアキは近くまで来ると、エステから降り立った。
しばらくは何もすることもなく、廃墟を眺め続ける。
アキトは、今までアキのことを不審に思っていた。
初対面ではエステのライフル攻撃され。
食堂では殴り込みを止められた上に、正論で反論を受け。
シュミレーターの会話に至っては、アキには自分の全てを知られていて、更にはかなり嫌われているとまで思ったくらいだ。
異常に強くて、盲目で、危ない格好で、艦内で見かけることが極端に少なくて、正体過去経歴一切不明の、いざという時に頼れるパイロット。
あと、ホシノ・ルリと仲がいい。
アキをあまり知らないクルーのほとんどが、こんな感じの印象を持っているだろう。
特に最後の部分は、強く印象付けられている。
ホシノ・ルリ以外に、アキと対等以上に話せる人間はいないとまで噂されていた。
極力人と関わらない雰囲気を醸し出していたアキだけに、何故自分の味方をしてくれたのかアキトは不思議だった。
そう思いつつも、アキはこうして同行してくれたのだ。
もしかしたら、良い人なのかも知れない。
会話を試みてみようと、アキトは覚悟を決めた。

「……火星に来たことあるんですか?」

アキは、無言。
ここに来るまでも無言だったのだから、予想はしていた。
コミュニケーションは失敗。
気まずいと言うか、取っ付きにくいと言うか。
そんなことを考えながら朽ちてしまった故郷を見ていると、ぬっとアキトの視界に一本の手が割り込んだ。
アキの、腕。
その手には線香の束が握られている。

「買ってきた。お前も済ませておけ」
「な、何をですか?」
「次は、いつ来れるかわからない。この有り様で、知り合いに死人が一人もいないのか?」

アキトは線香の意味を理解する。
街の知り合い。
最後に避難したシェルターの人々。
ユートピア・コロニーの住民。
そして、アイちゃん。
みんな、もう会えないのだ。

「……ありがとうございます」

素直に礼を言って、アキトは半分の線香を受け取った。
火を点けて、砕けた瓦礫に供える。
ちゃんとした形式の物をしたかったが、ここに来るだけでアキトには精一杯。
悔しさに唇を噛み締め、アキトは手を合わせた。
目を瞑って黙祷。
しばらくしてアキト目を開けると、隣ではアキも線香を供えて手を合わせていた。
アキも半分持ったのだから、当然なのだけれども。
ふと、思い出す。

『お前も済ませておけ』

お前も。
アキトは、黙祷を終えたアキを見る。

「アキさんも、ここに知り合いが?」
「……両親だ。何年か振りの墓参りになる」

バチッと、エステから何か弾ける音が聞こえた気がした。
何年振りかの墓参りと言うことは、襲撃時には亡くなっていたのだろう。
両親が既に死んでいるのは、アキトも同じ。
アキと同じく、木星蜥蜴の襲撃前に事故で亡くなっている。

「俺は両親と、シェルターの人たちの分です」
「……そうか」
「こんなこと話すとみんな馬鹿にするんすけど、俺どうやって地球に来たのかわかんないんです」

アキは、何も応えない。
アキトは言葉を続ける。

「シェルターにいた筈なのに地球の草の上で倒れてて、訳わかんなくて……だからナデシコの目的を知った時に、この場所にもう一度来てみようって思ったんです。もしかしたら……」

生存者がいるかも。
結果は、見ての通り。
動く生物は、全く見当たらない。

「……気持ちはわかる。俺もここの出身だ」

俯いていたアキトは顔を上げた。
アキも、ユートピア・コロニーの出身。
両親がいたと言う時点で、気が付いても良かったかも知れない。
ユリカ以外の同郷者と会うのは、アキトは初めてだった。

「避難、間に合ったんすか!?」
「いや、俺の場合は艦長と同じだ」

ユリカは、襲撃の随分前に火星から引っ越した。
アキは両親を残してか、両親が死んだために火星を離れたのだろう。
だが、同郷であることには変わらない。
アキトは、嬉しくなる。
同郷者に会ったこともそうだが、アキトは線香など考えもしなかった。
アキトの話も、結局最後まで聞いてくれた。
同じ故郷を持ち、故郷の荒廃を本当に嘆いてくれる人物に出会えたことがアキトには嬉しかった。

「アキさんって、優しい人っすね」
「……今までは何だと?」
「い、いやぁ、何かもっと恐い人なのかなぁと思って」

アキトは焦って答える。
実際恐い人だと思っていたし、嫌われていると思っていた。
ユートピア・コロニーまで来れたことと言い、線香のことと言い、会話のことと言い。
悪い人間であるとはとても思えない。
アキトが見ると、アキは何故か自嘲気味に苦笑していた。

「いや、それで正しい。俺は、悪人だ……お前は俺よりも強くなれ。絶対に、俺のようにはなるな。」
「え……」

なりたくないと言えば、嘘になる。
こんなに強い人だ、アキトの立場にアキがいたのなら、たくさんの人が助かっただろう。
もっとも、アキトにはこんな風になれる自信はない。
正反対の、真逆の人間だと言うことも理解できる。

『強くなれ』

前にも、同じ事を言われた。
何故、自分に成長を期待するのだろう。
リョーコやヤマダなど、他にパイロットはいっぱいいる。
アキトが動揺してアキを見ると、アキは光のない瞳でアキトを見据えていた。

「テンカワ」
「は、はいっ!」

アキトは驚いて思わず姿勢を正した。
アキから話しかけられるとは、思っていなかった。
アキはアキトの名を呼ぶと、チラッとエステを確認するような仕草を取り、突然アキトの腕を掴む。
グッ、と引き寄せられる。
アキトは殴られでもするのかと、身体を強ばらせると――


「俺が消えたら、ナデシコを頼む」


周りに誰もいないのに、耳打ちをするアキ。
アキトは自分の耳を疑った。

「な、何言ってんすか!?」
「静かにしろ。何のためのこうしていると思っている」

アキも、距離の近さは不本意らしい。
アキトは何のためかは分からないが、両手で口を塞いだ。
改めて、小さな声で返事をする。

「どういう意味……」
「そのままの意味だ。遅かれ早かれ、俺はナデシコから消える。そのあとは……お前がナデシコを守ってやってくれ」
「消える、って…………それに何で俺?」
「……いや、言い方が悪かった。いずれ俺がナデシコを降りたらと言う話だ。あとは……勘、だな」

それだけ言うと、アキは離れてアキトに背を向けた。
何から何までアキトには良くわからなかった。
何故、密談をしなければならなかったのか。
何故、自分なのか。
消えると言うのは、本当に後々はナデシコを降りてしまうのか。
アキはマントを翻すと、黒いエステに戻っていく。
帰るつもりらしい。
ナデシコのクルーに無理を言って来た以上、長居できないのはアキトも分かっている。
アキトは続こうとしたが、先を歩いていたアキが何かを思い出したように足を止めた。
アキはくるりと振り返る。

「……忘れていた」
「へ?」

間の抜けた声がアキトから漏れる。
アキはゆっくりとアキトに近寄ると、また近くで止まった。

「テンカワ、飛び降りるのは苦手か?」
「と、飛び降りるって……どこに?」

アキトがキョロキョロと辺りを見回していると、アキの腕が腹に当てられた。
そのまま、とーんと突き飛ばされる。
最中、のんきにも人の体って結構簡単に飛ぶなぁ、と考えてしまった。
痛みなく綺麗に飛ばされたこともあってか、アキトはアキの突然の行動に混乱しながらも宙を舞う。
このままだと、地面に尻餅をついてそれで終わり。
アキは何がしたかったのか。
不思議に腹も立たないまま、地面につく。


瞬間、地面が陥没した。



「は?」

先程よりもずっと強い浮遊感。
アキトは自分の体が落下していくのが分かった。
穴。
空洞。
何でもいい、こんなところに地下などあるのか。
陥没するにしても、こんなにも都合良く……。
そこまで考えて、アキトはハッと遠くなった上を見上げる。
歪んだ、笑顔。
アキが、落ちていくアキトを見下ろしていた。
何故か、ひどく楽しそうに。
アキトは今日で分かったことがひとつある。
あの人とは、相性が悪い。
落下しながらそんなことを考え、アキトは自ら意識を手離した。









「生きているな」

自分から突き飛ばしておいて、ふてぶてしく言い放つアキ。
アキはアキトの生死だけ確認すると、気絶したアキトをその辺に転がしておくことにした。
帰るころには、起きるだろう。
地下の大空洞。
暗くても明るくても、アキにはあまり関係ない。
杖で足場を確かめつつ、歩みを進めようとする。

「こんなところにお客が来るなんて、珍しい」
銃を構える独特の音。
気配からして、戦力は五人と中央に一人。
戦う気などない。
アキは立ち止まって、声の発生源を向く。

「……ドクター、イネス・フレサンジュ」
「あら、知ってたの? でも、私は貴方を知らない。教えてもらえないかしら、黒衣のお兄さん?」

くすくすくすくす。
皮肉気に笑う声。
一応、まだ自分は年下である事を、アキは黙っておいた。
あんなに純粋だった子が、どうしてこんなにひねくれ者になってしまったのだろうか。
アキも、人のことはいえないのだが。

「ナデシコ保安兼、予備パイロットのアキだ。貴女を迎えにきた」
「そう、ナデシコの……よくここまで来れたものね」
「ふっ……全くだな」
相変わらずの様子に少し吹きだして応えると、イネスの笑い声が消える。
よくここまで来れたと言うのは、性能を良く知る製作者のみに通じる皮肉。
アキの返答が意外だったのか、イネスは興味津々にアキにトコトコと近付いて来た。

「は、博士、危険です!」
「貴方、フルネームは?」

周りの人間の制止も聞かず、イネスはアキの前に立つ。
いらぬ発言だったようだ。
アキは口の軽い自分を後悔した。

「……アキだ」
「それだけ?」
「呼び名に他の何かが必要か?」
「それもそうね。なるほど……ふうん、ナデシコも面白い人材を集めたようね」

何か自分で納得したように頷くと、イネスはアキから距離を取った。
少なくとも偽名だと言うことを理解したのだろう。
イネスが銃を構えた人間に向かって手で合図すると、数人の気配が遠ざかっていく。
良く、訓練されている。
下手な軍人よりは立派に動けるだろう。

「詳しい話はナデシコで頼む。付いてきてもらえるか?」
「貴方こそ目が悪いようだけど、しっかりエスコートできるのかしら?」

ピクリと、アキが反応するのを、イネスは見逃さなかった。
悪い笑顔を作って再び詰め寄ると、アキの前に回り込む。

「何故わかったか、知りたい? いいわ、私が説明しまし……」
「……このバイザーを見て、説明も何もないだろう」

嬉しそうにどこからかホワイトボードを引き出していたイネスは、アキの言葉に固まって悔しそうにボードを蹴っ飛ばす。
アキは無視して歩くことにした。

「視覚補助バイザー。文字通りIFSを介して僅かな視野の患者の脳に直接外部映像を拡大、修正、投影する機械。欠点は完全に視覚を失った者には効果がない。大規模コンピュータとオペレーターの援護処理を受ければあるいは、と言ったところね……さて、今度は私の番」

そんなに説明がしたかったのなら、聞いてあげれば良かったと思ったが、何分時間がない。
無理矢理自分で説明し、突然あちらの番になって質問をするつもりらしい。
本当に、どこで道を間違えたのか。
アキはイネスご自慢のバイザーを片手で押さえた。

「そのバイザーは割合ポピュラーな物よ。でも、普通はグラス型。それは試作モデルよね……これとおんなじで」

イネスが白衣から何かを取り出す。
話の流れからして、大体想像がついた。
アキは口を閉じるように、強く意識する。
下手に喋ってはルリの時の二の舞になってしまう。

「悪趣味だと売れないから、元型はこれ一個そうなると……貴方が今しているのは、いったい誰が作った何なのかしらね?」
「……さあな」

なるべく余計なことを言わないように、歩みを速めた。
すると、イネスも歩みを速めた。
学者根性と言えばいいのか、イネスは楽しそうに笑っている。

「……本当に面白いわ。私が理解できないんだもの」
「自意識過剰だと思うが?」
「これでも天才よ? 天才に自意識が過ぎるなんてことないのよ。貴方のバイザーは間違いなく本物。だけど本物はここ、いえ、私が見て見分けがつかないと言うことは、二つとも本物と言うことになる」

こんなことになるなら、アキトに先に行かせて黙って後ろで見ているべきだった。
アキはイネスの質問から逃げるように、アキトが気絶している場所に向かう。

「他に不可解なのは、貴方がナデシコの性能を理解していて何故、死の星火星へ来たのか? まさか本気で私たちを助けに来てくれたって訳じゃないんでしょう? それに地上の映像はモニターで見ていたけど、もう一人の彼とは別に、貴方だけはこのシェルターの位置と外壁の脆い場所を知っていた。閉鎖状態だった火星の正確な情勢を掴むことなんて、誰にもできないのよ。ユートピア・コロニーの出身者だってシェルターの構造までは……」

普段説明ばかりしている人間が、初めて疑問にぶつかるとこうなってしまうのだろうか。
アキもいい加減耳が痛くなって来た。
立ち止まり、イネスを振り返る。
息切れひとつしていないイネス。
学者は強し。
この人物には当てはまる。

「……俺の目が悪い、と言っていたな」
「ええ、そうなんでしょう? 見えるなら問題はない筈だけど」
「生憎、俺はこのバイザーの欠点らしい」

イネスは、アキの言葉にキョトンとして首を傾げた。
アキはまた背を向けて歩き出す。
いまいち通じていないのかと思ったが、イネスは動き始めるとまたまたアキに詰め寄った。

「何それ……それなら、着けてる意味ないじゃない」
「まぁ、そうなるな」
「……趣味?」

変な自己結論に辿り着いたようだ。
結局エステに戻るまで、イネスの質問は続いた。
口を閉じてやり過ごす。
イネスはアキトと一緒のエステのコックピットに詰めて置くことにした。
アキも自分のエステに乗り込む。
帰りに目を覚ましたアキトの記憶が曖昧だったのは、アキに取って幸いだったが何故かアキが前に立つのを酷く怯えるようになった。
ほっと一息吐いた時に、それは唐突にやって来た。

『どういうことか、聞かせてもらえますね?』
「…………」

やっと安心できるかと思ったアキだが、コックピットの中、アキの目の前には機嫌の悪そうなルリの顔。
何のことだろうか。
相変わらず、思い当たることが多すぎる。
監視されていたことは分かっていたが、さすがにイネスとの接触は出来すぎていただろうか。
ジト目のルリ。
そして、小さくオモイカネマークが現れる。

『一心同体。私のミスはアキのミス』
「…………」

訂正、アキは何もやらかしてはいないらしい。
だが、オモイカネが何か口を滑らせたとしてもルリが怒る理由にはならない。
オモイカネの言葉に、ルリは更に怒りの表情を濃くした。

『……オモイカネが、アキのことをお父さんと呼んでいました』

最悪だった。
アキはオモイカネを睨む。

『ルリさん……恐いの』

それは同意できるが、滑らす言葉にも限度がある。
何故かオモイカネに闘志を燃やすルリから顔を背け、アキはエステを走らせた。

『アキ、オモイカネ、聞いてますか?』
「……聞こえない」
『……聞こえません』

オモイカネと一緒に白を切ると、ルリのウィンドウが回り込む。

『二人共……今回は保留にはしませんよ』

ナデシコに戻ったら、また追求は続くのだろう。
アキは溜め息を吐いて、アキトのエステを先導する。
アキが休まる日は、来ないのかも知れない。




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