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おいしい水ならアルペン・ピュアウォーター




「我々はー、ネルガルの横暴にー、断固抗議するーッ!」

色々あったが航海も折り返し地点であり目的地でもある火星まであと少し。
そんな距離にまで迫って、ナデシコではまた問題が起こっていた。
ブリッジにズラッと並ぶ整備班一同とパイロット。
手には銃器を持って武装している。
唯一テンカワ・アキトのみが、ブリッジクルーと集団の間を行ったり来たり。
止めようとしながらも意志の力が弱いのか、発言するタイミングを掴めないでいる。
良く見れば、ジュンもアキトと同じくおろおろ。
案外似た者同士なのかも知れないと、ルリは思う。
銃を片手に自らの意思を訴え続けるウリバタケ、それを中心とした武装集団。
対するは、結婚式の司会から武装集団との交渉まで何でも可能な万能人間プロスペクター。
プロスは紙切れ一枚で銃器と向かい合っていた。
その様子を、ルリはオペレーター席から傍観する。
止めようとも、止められるとも思っていない。
ミナトやメグミ、フクベ提督に至ってはいつものお祭り騒ぎかと顔色ひとつ変えていない。
お祭り騒ぎとは言え、相手は銃を持っている。
年相応の貫禄が感じられた。

「うわっ、どうしたんですか!?」

背後の扉が開いて、お手洗いに行っていたユリカが驚きの声をあげる。
いいところに来てくれたとばかりに、膠着状態だったウリバタケがユリカに歩み寄る。

「どうしたもこうしたもあるか!これを見てどう思う!?」

プロスの物と同じ、一枚の紙が突きつけられる。
ウリバタケはユリカに突き出しているつもりだろうが、ユリカの隣にいるルリからだと契約書と書かれた文字が良く見えた。
しかし、ウリバタケの指さしている部分がルリには読み取れない。

「こ、こまかっ!」

ユリカの言うとおり、ほぼ零距離でなければ読み取れないのではないかと言うくらい、小さな文字。

「そうだ、細かいだろう!普通気づかないよな?しかも内容が……」
「え〜と、『本契約において、社員同士の男女交際は禁止いたしません。ただし風紀維持、その他諸々の関係により艦内における男女間の接触は、手を繋ぐまでとする』…………は?えっと、ええぇー!?」

ユリカの声が、ルリの頭に響く。
そんなことが書いてあったとは、ルリも気が付かなかった。
自分の時を思い出す。
アキに見せようと、契約書を持って公園に向かう自分の姿。
アキのことでいっぱいいっぱいで、確認する暇など無かった。
ルリとしたことが、詳しい確認を怠ってしまったようだ。

「なぁ、ヒドいもんだろ?おて〜て〜、つ〜ないで〜って、ここはナデシコ幼稚園か!?」
「「ちょーしにのるなーッ!」」

歌いながら集団にもどり、両隣のリョーコとヒカルの手を取ったウリバタケに鉄拳制裁。
拳ではなく、肘なのだが痛いのに変わりはない。

「何ですか、これは!?」
「……見たまんまだと思います」

とりあえず、ウリバタケも倒れてしまったのでルリが相づちを打つ。

「こんなのひどいです!手を繋ぐまでなんて…………明日から、私とアキトは何をして一緒に過ごしたらいいんですか!?」
「何もしないし、一緒に過ごす気もないっ!」

優柔不断に見えて、事が艦長だと的確にツッコミをいれるアキト。
いつもの、痴話喧嘩。
一同は馴れてしまったのか、完全にスルーに入っている。
プロスが集団に一歩、歩み寄った。

「男女交際と言うものは、どうしてもエスカレートしがちです。上手く進めば、ゆくゆくは結婚、そして出産。ナデシコには宴会スペースはあっても育児施設はありません。もちろん外科内科医が揃っていても、産婦人科医は一人もいません。一応戦艦ですしねぇ」

ごもっとも。
そうは思えど、ルリは完全に賛同できない。
単に悪い言い方をしてしまうと、余計なお金がかかるから禁止すると言っているのと同じ。
せこいと言ってしまえば、それでおしまい。
小さく書いて隠しているのは、後ろめたいことがあるからだ。
いつの間にか復活したウリバタケがプロスに詰め寄る。

「だからって、こんな小さい字で書かれても、読むヤツいないだろうが!?」
『そうだそうだー!』
「読まれなかったのなら、それはそちらの責任です。契約書の最後にも、『全ての内容を再度確認し、契約に同意しますか?』と書かれております」

ビッと契約書を集団に突きつけるプロス。

「うるせぇ、これが目に入らねぇのか!」

銃を向けて契約の撤回を要求するウリバタケ。
銃対契約書。
状況だけ見れば制圧された状態なのだが、何故か契約書が負けている気がしない。
どちらかが折れない限り、決着はつかないだろう。
恋や愛などは、全くの無縁。
ルリは自分には関係ないと、頬杖をついて騒ぎが終わるのを待つ。
唐突にウリバタケ側に、動きがあった。

「今こそ、我々に賛同するブリッジクルーは立ち上がれーッ!」
「「「は〜い♪」」」
「ユリカ!?」

意外にもルリの周りの三人が動いた。
ユリカ、ミナト、メグミ。
三人共、若い女性。
話題的に賛同しない訳にはいかないだろう。
ユリカは途中で、両者の間で孤立していたアキトの腕も引いていく。
艦長を止めるつもりの副長までもが、成り行き的にあちら側についていた。
実質五人がウリバタケ側についた。
テンションが上がる集団を余所に、ルリは動かない。

「おい、ルリ。オメーはどうなんだ?」

リョーコがルリに気がついて声をかける。

「私はどちらでも。契約に違反することもないでしょうから」

ルリの返答に、何故かリョーコは顔を赤くして怒ったようにルリを指さす。

「嘘つけーッ!このあいだ通路でむぐぅっ、うぐうぐう〜…………」
「わああああああああ、リョーコちゃん!?」
「ダメダメダメダメ〜!リョーコストーップ!」

リョーコは後ろから突然羽交い締めを受け、ヒカルとミナトに口を塞がれて引きずられながら陰の方に退場していく。
一同はそれを見て、お互いに目を見合わせてから再び臨戦態勢に入る。
物陰からは小さな口論の声。
なんだったんだろう。

『接触は手を繋ぐまで』
『このあいだ』
『通路』

…………まさか、そんな筈はない。
ルリが自ら接触する男性なんて、一人しかいない。
手を繋いでくれることも良くある。
頭を撫でてもらうことも良くあるが、それは契約違反だろうか。
寄りかかって、目を瞑ったのに至っては…………。
絶対に、見られてはいけない。
もとい、見られていない。
ルリにも羞恥心がある、あの時周りは確認して人はいなかった。
そう、思いたい。
見られていたと思うよりも、見られていないと思っていた方が、幸せな時もある。
そもそも、アキとはそんな関係ではない。 なりたくないかと言われれば……どうなのだろう。
自分でも、良く分からない。
一緒に居たいし、大切だと、失いたくないと思う。
それでも、自分の気持ちはわからない。
ルリは、リョーコの発言を脳内から削除することにした。
しばらくして、赤い顔のままむくれたリョーコが愛想笑いする二人と共に帰ってくる。
睨まれているような気がするが、目は合わせられずルリは顔を背けた。
プシュッ、と空気が抜けるような音。
また誰か来たのかとルリが後ろを見ると、いつもの黒服が立っている。

「何の騒ぎ…………」
「おおっ、アキいいところに!」
「…………邪魔をした」

アキが一歩下がると、扉は何事もなかったように再び閉まった状態になる。
いち早く関わってはいけないと判断したらしい。
更にどうやったのかガチャリとロック音。
賢明な判断だが、既にブリッジの人間全ての白い目が扉に向かっていた。
プロスがルリの隣を通って扉をコンコンとノックする。

「『保安部』のアキさーん、聞こえますかー?武装した一部のクルーがブリッジを占拠してます、ナデシコの危機ですよー?『保安部』の……」
「……聞こえている」

あからさまに嫌そうな声。
にこやかに笑うプロスペクターに、無表情だがルリには不機嫌そうに見えるアキ。
アキは出てくるとプロスと並んで、ウリバタケたちの前に向かう。

「な、なんだ、アキもそっち派か!?」
「どっち派もない。銃を降ろせ」
「だがよ、そんなことしたら交渉材料がなくなっちまう……」

ガチャリ、と音が鳴る。
アキがマントで隠れた後ろから銃を抜き、ウリバタケに突きつけていた。
有利に事が進んでいた筈の集団から、動揺の声が上がる。
何というか全員が銃を持っているよりも、アキ独りが銃を持っている方が迫力があった。

「お、おい、クロ助!?」
「こわっ、お兄様戦闘もーどじゃん!?」
「あのー、やっぱり私あっちに戻っていいかなぁ?」
「博士、ここは俺が!ヤツとは一度決着をつけよう思っていたところだ!」
「狼狽えるなーッ!あとヤマダ、誰が博士だ!」

ウリバタケが一喝し、集団を抜けてアキに踏み出す。
アキは微動だにしない。

「アキ、どういうつもりだ!」
「……見ての通り、これで対等だ」
「ぐっ……、それはそうだが」
「もう一度言う、銃を降ろせ。それを向けた相手を見て、遊び半分で人に向けていい物じゃないことくらいわかるだろう」

銃を向けた相手。
それは同じナデシコの仲間。
しばらく睨み合うウリバタケとアキ。
そのあとウリバタケは観念したのか、肩を落として銃を降ろすように指示を出した。
だが、代わりにスパナを取り出す。
往生際が悪いどうこう考えるよりも先に、ルリはアキに駆け寄る。
アキはまだ、銃を降ろしていない。

「アキ……?」

マントを引いてやると、アキは気づいてルリを振り返った。
どうしたのだろう、ボーっとしていたようだ。

「……ん、ああ、すまない。だからと言って、本気で向けていい物でもないな」
「銃のこと、ですか?」
「ああ、実戦なら、油断させたところで騙し討ちがくるんだが」

サラリと恐いことを言う。
アキも銃を後ろにしまった。
どっちにしろ危険はなくなったが、問題自体は解決していない。
また睨み合いに戻ったとも言える。

「アキさん、ありがとうございました」

プロスがアキに一礼すると、アキはウリバタケとプロスの両者に向かうように場所を移した。

「……交渉するのなら、他にやり方があるだろう。武器を取らなくても、人を連れてプロスペクターに直接交渉すればいい」
「確かにな、面目ねぇ……」

ウリバタケが頭を下げる。
冷静になって考えれば、不毛なことだと言うことが理解できたのだろう。
アキは今度はプロスに向き直る。

「お前もお前だ。これだけの人数が訴えている以上、多少は契約の改善も認めてやれ」
「ですが、予算の関係上……」
「プロスペクター、交渉人の名が泣くぞ。ストライキを起こされるのと、どっちが安上がりだ?」

アキと向かい合い、プロスは黙り込んで何やらぶつぶつ。
脳内でソロバンがパチパチいっていることだろう。
集団もクルーも、アキとプロスペクターを見守る。
やがてプロスはむむむと唸ったあとに、溜め息を吐いた。

「…………はぁ、仕方ありませんか。わかりました、『多少』の変更は認めましょう。いいですか?『多少』ですよ?」
『おおおおおおぉぉぉぉーッ!』

辺りから歓声が上がった。
ハイタッチする者、友人と抱き合う者、ただ叫ぶ者。
勝訴した家族の関係者、と言った感じだろうか。
ルリとアキが遠巻きにそれを見ていると、ウリバタケが駆け寄って来てアキの肩をパンパンと叩いた。

「よくやってくれた、おめぇは俺たちの救世主だ!よしっ、みんなこっち来い!アキを胴上げ」
「……少しでも感謝しているならやめてくれ」
「んだよ、謙虚なやつだなぁ」

困った顔のアキを見て、ウリバタケはしぶしぶ提案を取りやめて群集に戻って行った。
何故だろうか。
万々歳の筈なのに、ルリには納得がいかない。
出来過ぎているような、アキが登場のタイミングを狙っていたような。
今回のは、突発的に起こった事故に近いもの。
食堂で整備班の一人が、契約書の一文に気が付かなければ起こり得なかったこと。
つまり、予測不能だったこと。
そもそも航行についての会議でもない限り、アキが部屋を出てくること自体まれだ。
ちなみに、今日は何もない。
ルリはマントをくっくっと引く。

「アキ、何か隠してませんか?」
「……隠してない」
「アキが入って来てから今まで、『武装したクルーがブリッジを占拠』としか説明を受けていません。まるで契約書に関して対立が起こっていたことを、最初から知っていたような口振りでした」
「…………気のせいだ」

とても、怪しい。
そして、アキらしい分かりやすい誤魔化し方。
アキは、ルリと話すときは見えなくても顔を向けてくれる。
今はルリを意識しているのか、全く動きもしない。
出航した時点から怪しいことばかりなのだが、アキが言いたくないものを無理に聞きたくない。
いつか話してくれるまで待つ気もないが。
直接命に関わる症状ではないらしいが、いつまでもアキが激痛を受けるのではルリも気が気ではない。
くしゃくしゃくしゃくしゃ。
気が付くと、ルリの頭にアキの手があった。
何だか、アキの顔がすまなそうに見える。
実際、言えないことをアキも気にしているのだろう。
考え込んでいた自分を心配している。
アキなら、こんな時は何と言うだろうか。

「アキ、気にしないでください」
「いや、気付いた人間からすれば気味が悪いだろう。聞くなと言う方が無理な話だ」
「…………アキ、また自分が悪いって言うんですか?」
「……すまない」

また、アキは謝る。
アキは何にでも自虐的と言うか、悪いことがあってもなくても自分を責める。
アキがしたことは、悪いことではない。
むしろ、結果的に双方の間を取り持って問題を解決した。
それなのに、アキはあまり元気がない。
この頃アキは、クルーと自分が関わること自体が悪かったように話す時がある。
ここまで来ると自虐的と言うよりも、アキがナデシコに存在していることを悔やんでいるようにも思える。
ルリは、アキにそんな風に思ってほしくない。

「アキ」
「ん?」
「ありがとう」

礼を言うことしか、ルリがアキにできることはない。
アキが居てくれることが、自分にとって良いことだったと伝える方法はそれしかないのだから。
アキを見ると、少し戸惑っているのが分かった。

「……礼を言われるほどのことをしたつもりはない」
「人の好意は素直に受け取るものだと思います。改めてアキ、ありがとう」
「…………どういたしまして」

照れくさそうにますます顔を背けるアキを見ると、一本取った気分になる。
やっぱり、アキとの会話は楽しいのだと再確認。
自然に、アキと隣あって手を繋ぐ。
手を差し出すと、アキは必ず握ってくれる。
それだけで、ルリは嬉しかった。
恥ずかしいかと言われれば恥ずかしいのだが、わいわい騒いでいるクルーが気付くはずもなく――


「……まったく、皆さんも少しはアキさんとルリさんを見習ってほしいものですな」


何故か、その声がブリッジに良く響いた。
恐るべきはプロスペクターの観察力と執念、契約を妥協せざるを得ない状況を作ったアキへの私怨かも知れない。
視線が集まる。
ルリは、アキの陰に隠れることにした。

「ま、ルリルリったら、また見えないところで何やってたのかな〜?」
「うんうん、一途一途〜♪」
「あれなら契約違反はねーわな」
「…………いつでもどこでもいちゃいちゃと…………」
『アキ…………不器用』 「いいなぁ、私もアキトと負けないくらいラブラブに……」
「ならないからなっ!絶対にっ!」
「あはは、アキト照れてる〜♪」
「照れてないっ!」

火に油を注ぐ展開とはこのことだろう。
若干二名、負の感情でルリを睨む視線と、何かを諦めきったオモイカネの声がしたが、気にしてる余裕はない。
弁解しようと考えたが、今の状態で何を言っても無駄だろうと判断する。
ルリはアキの後ろで身を隠し続けた。
主に、顔を。
アキなら焦って反論しそうなものだと思ったが、アキは何も言わない。
それどころか、またボーっとしたように上の空。
考えごとをしていると言うよりは、何かを待っているようにルリには思えた。

「アキ……?」

また具合でも悪いのかとルリが声をかけると――


小さなルリの身体が、アキに抱き締められた。


『きゃああああぁぁぁぁーっ♪』

黄色い歓声と言えばいいのか、女性陣から悲鳴に似た声が上がる。
男性陣からは「真面目な人だと思ってたのに……」とか「おいっ!契約違反だ、スパナ持ってこい!」とか「ウチのエースとは言え、やっちゃあいけねぇことをしちまった見てぇだな!」などのドスの利いた声がしている。
一方で、ルリは頭が真っ白になっていた。
何が起こったのかしばらく理解できなかった。
何故、と言う単語が何百回かぐるぐるぐるぐる。
周りを見ることができない。
恥ずかしさから、目が回りそうだった。
焦る。
明日からどんな顔で仕事をすればいいのだろうか。
一度アキに抱き止められたことはあるが、故意に抱き締められたことはない。
アキの顔がとても近くにあった。
顔が赤くなるのが分かる。
足が床から浮いた。
身動き一つ取れない状態で、ルリはそのまま抱き上げられる。
何をする気なのか、ルリには想像もできない。
アキがおかしくなったと言う結論に達するも、ひ弱なルリの力ではアキの腕から抜け出せない。
こんな時でも、アキはとても温かい。
どうしよう、どうしよう。
なるようになれ、と危ない思考がルリの頭をよぎった。


その時、艦内が大きく揺れた。


立っていた人間のほとんどがすっころび、場所によっては怪我をする人間もいるかも知れない程の大きな揺れ。
女性陣は尻餅をつき、スパナ集団は言うまでもなく、飛び交う鈍器に骨と金属がぶつかる鈍い音。
整備班に、重軽傷者多数。
自業自得、天罰と言う文字が頭に浮かんだ。
ガタガタと揺れ続ける艦内。
揺れ収まるまで、悲鳴や困惑の声が上がっていた。
その中で、ルリは転びもしなければ怪我をした訳でもない。
何故か?
アキが抱き上げてくれていたからだ。

『火星宙域に停滞していた木星蜥蜴より攻撃。各部、被害極めて軽微。ディストーション・フィールド出力低下。直ちに迎撃を推奨します』

オモイカネの艦内放送。
ルリは魔法でも見てしまったかのように呆然としていた。
ゆっくりと、身体が床に降ろされる。
ルリは、アキを見上げた。

「……怪我は、ないか?」

こくんと頷く。
こんな時まで他人の心配をするのは、いつもアキと同じだった。
アキは「そうか」と頷くと、まだ皆が倒れ込むブリッジを出て格納庫に向かう。
ルリは、まだおぼつかない足取りでオペレーター席に座る。
今のは、なんだったのか。
予め、攻撃が来るのが分かっていたようなアキの動き。
ならば何故、攻撃が予測できたのか。
気配とかどうとかのレベルではどうにもならない。

「迎撃ーッ!迎撃ーッ!皆さ〜ん、契約を何とかするよりも先に、持ち場に戻ってくださ〜い!死んじゃったら、ラブラブもなんにもないですよ!」

艦長がふらふらした足取りでブリッジの上に戻ると、明後日の方を指差し指示を出す。
蜘蛛の子を散らすように総員が一斉に走り出した。
慌ただしくなる艦内で、アキの行動を追求する者は誰もいない。
みんながみんな、自分のことで手一杯だった。
既に一足早く出撃したアキに続いて、色とりどりのエステバリスが出撃する。
ルリも出力を安定させるように、オモイカネとフィールドの復旧を急ぐ。

「………さて、本当にわからなくなってきました」

ルリの後ろで声がした。
わざとルリにだけ聞こえるように話す、プロスペクターの声。

「最初はどこかの工作員かと……それならばネルガルに引き抜く自信がありました。しかし、はずれ」

プロスは独り言をやめない。
ルリは振り向かず、ただ耳を傾ける。

「次は会長、つまり身内の差し金かと……その可能性があったからこそあえて報告もしなかった。しかし、それも違う」

会長と言うのは、ネルガルの会長だろうか。
前にアキが話していたのを聞いたことがある。

「正直、お手上げですな。ナデシコに乗せてしまえば、あとは幾らでも調べようがあると自負していましたが……いやはや、私の見通しもまだまだ」
「……アキを、どうするんですか?」

思い切って、プロスの言葉に割り込む。
僅かにルリの声には怒気が混じっていた。
プロスの口振りを聞くと、分からないから消すとでも続きそうだ。
ルリは、プロスを振り返り睨み付ける。

「どうもしません」
「え?」

意外。
プロスはあっさりと宣言した。

「貴女と彼を見ている限り、ネルガルの……いいえ、ルリさんやナデシコの敵に回るとは思えませんので。信用には信用で応えなければ、商売は成り立ちません。今、貴女に話した意味は、これ以上調べるのをやめると言うことです。アキさんにもお伝えください」
「本当に……?」
「はっはっはっ、これでも人を見る目はありますから。我が社ともども、ナデシコをこれからもよろしくお願いしますよ」

プロスは、笑いながらブリッジから出ていった。
ルリはきょとんとしていたが、作業中なのに気付いてはっとする。
アキは不思議な人間だ。
今は戦場に立ち敵機を壊し、さっきはルリを守ってくれた。
どんなにアキが秘密を持っていても、アキはアキ。
ルリはコンソールに触れながら、一瞬でもアキに戸惑った自分を恥じた。








その後、何故かリョーコからルリへの視線が厳しくなったのは言うまでもない。
ルリはアキ共々、仲良く首を傾げるのだった。



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