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クローズアップ2011:君が代起立命令は合憲 思想「間接的制約も」

君が代不起立訴訟の最高裁判決を受け会見する申谷雄二さん(中央)と支援者=東京・霞が関の司法記者クラブで2011年5月30日午後5時5分、塩入正夫撮影
君が代不起立訴訟の最高裁判決を受け会見する申谷雄二さん(中央)と支援者=東京・霞が関の司法記者クラブで2011年5月30日午後5時5分、塩入正夫撮影

 東京都の都立学校長による君が代の起立斉唱命令を合憲とした30日の最高裁判決は、公立学校の教職員個人が持つ思想・良心の「間接的制約」になると位置づける一方、「全体の奉仕者」としての義務や役割を強調する内容となった。都教委が命令の根拠となる03年の「10・23通達」を出して以降、繰り広げられた論議が一応の決着をみたことで、約20件に上る同種訴訟だけでなく、「大阪維新の会」が大阪府議会に提出した義務付け条例案にも影響を与えそうだ。【伊藤一郎、田村彰子、堀文彦】

 ◇必要性有無、基準に 補足意見で過度の強制けん制

 「憲法が保障する思想と良心の自由を間接的に制約する面がある」

 この日の最高裁判決は、公立学校での起立斉唱命令を合憲と判断する一方、人権制約という負の側面にも明確に言及した。結論は4人の裁判官全員一致の意見だが、補足意見で「教育は強制ではなく、自由闊達(かったつ)に行われることが望ましい」などと指摘した裁判官もおり、教育現場における過度の「強制」やペナルティーをけん制したともいえる。

 学校行事での「君が代」斉唱を巡る合憲判断は、07年2月の「ピアノ伴奏命令訴訟」に次いで2件目だ。ピアノ訴訟の判決で、最高裁は校長が音楽教諭に君が代の伴奏を命じる職務命令について「思想・良心の自由を制約しているかどうか」を明確に検討せず、合憲とした。

 だが、今回は起立斉唱命令について「歴史観や世界観に由来する行動との相違を生じさせる点で、間接的制約となりうる」と踏み込み、制約を許容する新たな基準として「必要性と合理性の有無」を示した。通常、式典で伴奏が期待される音楽教諭への命令ではなく、教職員全体に及ぶ起立斉唱命令をこの基準から妥当とした影響は小さくない。

 そのためか、4人中3人の裁判官が補足意見を提示。須藤正彦裁判長は「(教育現場における)強制や不利益処分は可能な限り謙抑的であるべきだ」、千葉勝美裁判官は「国旗・国歌が強制的ではなく、自発的な敬愛の対象となるような環境を整えるべきだ」と述べた。

 今回の判決について、奥平康弘・東大名誉教授(憲法学)は「3人の補足意見を見ると、『起立命令の合憲性はぎりぎりだ』という悲鳴が聞こえてくるようだ。結論はピアノ訴訟と同じだが、裁判官たちの判断の経緯に苦労がうかがえ、実質的に違憲判決に近くなった印象を受ける」と一定の評価を示した。だが、ピアノ訴訟の原告側代理人を務めた高橋拓也弁護士は「新しい考え方を持ち出してはいるように見えるが、必要性や合理性という基準の定義があいまいだ」と批判する。

 判決を明確な合憲性を示した一つの決着と評価する識者もいる。百地章・日本大教授(憲法学)は「妥当な判決。学習指導要領に基づいて生徒を指導すべき教師が職務命令に違反した以上、厳しい処分はやむを得ない。この判決で、国歌斉唱時の起立を巡る混乱が収束することを期待する」と話した。

 ◇再雇用拒否の是非、争う余地 懲戒免職案には高い壁

 判決を受け、原告の元教諭、申谷(さるや)雄二さん(64)の代理人弁護士は、同種の約20件の訴訟について「残念ながら影響があると言わざるを得ない」と懸念した。

 都教委が「国旗に向かって起立して国歌を斉唱する」と定めた「10・23通達」を出したのは03年。以来、437人を懲戒処分しているが、処分人数は減少傾向にある。09年度以降は卒業式、入学式ともに処分者は10人未満で、今年度の入学式での処分は1人だった。

 都教委の担当者は「通達が浸透し、生徒に不起立を促すような教員は全くいなくなった」。この日の判決についても「通達などは何も変更するところはない」と強気の姿勢を崩さない。

 石原慎太郎都知事は5月20日の定例記者会見で、起立斉唱について「(都の)先生たちには義務づけていますよ。しない人にはペナルティーを科しているけれども、免職まではやったことはありません」と余裕を見せた。

 一方、大阪府議会では、府内の公立学校教職員に君が代の起立斉唱を義務付ける条例案が議論を呼んでいる。橋下徹知事はさらに、同条例に複数回違反した教職員を懲戒免職にする条例案を9月府議会に提案する方針も示す。

 「組織のルールに従えないなら、教員を辞めてもらう」。知事が促してわずか2週間余り後の今月25日、条例案は提出された。「本来、条例化とはなじまない。知事が不起立教員への処分をちらつかせているのもおかしい」(府議会民主幹部)と反発の声も上がる。

 ただ、今回の判決は、都教委による再雇用拒否の是非について判断を示さず、命令に反した場合に過度なペナルティーを科すことまで容認したわけではない。橋下知事が目指すような、命令に反した場合に懲戒免職とする措置は、一度定年退職した人を再雇用しないケース以上に「裁量権の乱用」が争われる余地がある。今回の判決が条例案に「お墨付き」を与えたものとは言えない。

毎日新聞 2011年5月31日 東京朝刊

 

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