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2011年 05月 14日
マスコミ関係者からの電話による問い合わせが多く、診療の妨げになっています。 福島での一連の調査に関する、取材を目的としたお問い合わせは下記アドレス までメールにてお願いします。その際には、お手数ですが、問い合わせの趣旨もご記入ください。 team_nakagawa2011@yahoo.co.jp よろしくお願い申し上げます。 2011年 05月 13日
国際放射線防護委員会(ICRP)レポート111の解説に記載したように、“線量の管理”を行う際には、ある地域における「平均的な個人の振る舞いとその被ばく量」を想定し、対策を立てることは適切とは言えません。個人や生活習慣が似ているグループ毎に行われるべきです。その理由には、屋内外に滞在する時間の違いや放射線量の局所的な汚染の分布、食生活の違いなどが挙げられます。
今回の訪問により得られた知見から、地域住民の皆さん、政府や自治体に、対策していただきたい事例(既に提案しています)を以下に挙げます。 1. 警戒区域・計画的避難区域の設定について 政府は4月21日、22日付の報告で原発20km以内を一律警戒区域に、20-30km圏内の一部地域を計画的避難区域に設定しました。 http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/shiji_1f.html http://www.kantei.go.jp/saigai/20110411keikakuhinan.html 計画的避難区域には福島県葛尾村、浪江町、飯舘村、川俣町の一部及び南相馬市の一部(原発20km圏外地域の一部)が含まれます。今回の線量評価でもわれわれが訪問した浪江町、飯館村については屋外では5μSv/hを超える地域がほとんどでした。そのため環境放射線線量のみを考慮した場合、避難はやむを得ないと考えます。しかしそれらの地域でも同時にコンクリート建屋内では1μSv/h以下になることもわかりました。飯舘村の特別養護老人ホームの方々などは、避難する方が、リスクが高いと言えます(http://Tnakagawa.exblog.jp/15420108/)。 地震および原発事故による大混乱のまま2ヶ月が経過しようとしておりますが、今後はICRP111に従った、個人レベルでの被ばく管理および「防護方策の最適化」と「防護方策の正当化」に従った具体的な施策を行っていただけるよう願いをしていきます。 2. 学校グランドの対策について 外部被ばくに関しては、1mの高さで計測される環境放射線量を用いるのが適切であると述べましたがhttp://tnakagawa.exblog.jp/15529167/ 、一方で、学校のグランドでは、生徒らが体育や部活動で泥だらけになることは想定されなければなりません。土埃による内部被ばくの危険性も、一般のケースに比べて高くなることも予想できます。児童生徒に対する個人被ばくの推定には、環境放射線量だけに頼らない対策が求められます。 放射性物質の濃度が高いことが推定される学校のグランドの場合、以下の手段が有効であると考えます。 1)校庭グランドの表層を削る。 2)学校敷地内の安全な場所に一時的に保管 3)国や県が主導となり、適切な保管場所に移送する 4月28日時点の郡山市の報告では、実際に表土除去を行った学校では、空間線量率の値が大幅に改善されています。 http://www.city.koriyama.fukushima.jp/pcp_portal/PortalServlet?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=23270 私たちの今回の調査でも、表層2cm程度のところにほとんどの放射性物質が存在していることが確認されました。 学校のグランドの表層を削ることは、将来ある子供の余計な被ばくを確実に減らすことができると考えられます。今後、梅雨の季節を迎えると、雨により土壌深くに放射性物質がしみこんでいくかもしれません。私たちは表層の除去とその一時保管について、できるだけ早期に着手することを政府に要求してきました。文科省は5月12日に「実地調査を踏まえた学校等の校庭・園庭における空間線量低減策について」を発表し、日本原子力研究開発機構の“児童生徒等の受ける線量を減らしていく観点から、「まとめて地下に集中的に置く方法」と「上下置換法」の2つの方法は有効である」”という報告から、被ばく低減策に取り組み始めました。 http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1305946.htm 私たちの結果は、このような対策が被ばくの低減に対し有効であることを示しています。 http://Tnakagawa.exblog.jp/15529408/ 「まとめて地下に集中的に置く方法」と「上下置換法」については現実的な方法が取られるものと思われますが、いずれにしても、早期の着手を期待しています。 3. 山菜、キノコ、根野菜の摂取について 現在、Cs-134、Cs-137は土壌表面に存在しています。これらは数年から数十年をかけてゆっくりと、より深い部分にも入り込んでいきます。山菜、キノコ、根野菜は土壌の栄養分として様々な物質を吸い上げますが、セシウムも吸い上げてしまうことが判明しております。汚染地域の山菜、キノコ、根野菜を無秩序に摂取してしまうと余計な内部被ばくにつながるため、内部被ばくを考慮した被ばく量の評価を行う必要があります。今回、われわれは地元住民の了解のもと、飯館村に生えている山菜をいくつか採取させていただきました。その値はセシウムの暫定規制値500Bq/kgを超えていました。カリウムを多く含む山野草では、セシウムもまた濃度が高くなる可能性があるので、注意が必要です。規制の掛からないこれらの食物は、決して食べないように注意を徹底することが大事です。また、空間線量率のみで被ばく量を算出する現在の方法を変更すべきです。特に、これまでの食物の摂取に関する調査を行うことを政府や自治体に提案します。 4. 勉強会の開催について 放射線は目に見えず、人体への影響もわかりづらいこと、わかっていなことなどがあり、不安を大きくしています。また風評や偏見も拡がっています。専門家を交えた、原発近郊の地域住民の皆さまに対する意見交換会や勉強会は大変重要であると考えます。こうした機会を自治体だけではなく、各専門の学会が単独で、もしくは共同しながら作っていく必要があります。私たちもそのような働きかけを進めています。 2011年 05月 13日
空間線量率に引き続き、福島県を訪問した際に採取した、飯舘村小宮周辺、浪江町津島周辺、南相馬市(鹿島幼稚園・小中学校、八沢小学校、上真野小学校)の土壌サンプルおよび飯舘村で採れた山菜やほうれん草、浪江町で採れたふきのとうの放射能についての結果を報告いたします。
【ゲルマニウム検出器及び広窓GM管サーベイメータによる測定】 土壌や作物に含まれる放射性物質の種類と量を調べるには、放射性物質から発せられる“ガンマ線のエネルギー”を同定できるゲルマニウム検出器を使います。放射性ヨウ素131は崩壊によって、364 keV(キロエレクトロンボルト)のガンマ線を放出します。放射性セシウム134と放射性セシウム137はそれぞれ604 keVと661 keVのガンマ線を放出します。エネルギーの違うガンマ線の量を調べることで、土壌や作物に含まれる放射性物質の種類と量を調べることができます。 【ゲルマニウム検出器により得られるスペクトルの例】 しかし、放射性物質の量が少ない場合、ゲルマニウム検出器による測定では、定量するのに大変長い時間を要してしまいます。南相馬市にある幼稚園や小中学校の5-7cm、10-12cmでは放射性物質の量が少なく(これは大変良いことです)、まだゲルマニウム検出器では計測できていません。表層との放射線量の違いを示すために、簡易的にGM管による放射線量の測定も行いました。GM管ではヨウ素やセシウムの区別がつかず、また定量性もないため、あくまで参考値として見てください。 サンプルの量が同程度(250-350g)になるよう調整してGM管で計測後、よく混ぜた試料の一部(約100g)をU8容器にいれてゲルマニウム検出器により測定しています。 【土壌サンプルの放射能測定結果(4/29換算値)】 南相馬市 I-131 Cs-134 Cs-137 GM管 鹿島幼稚園(表層) 301 865 1077 163 鹿島幼稚園(5cm) --- --- --- 58 鹿島幼稚園(10cm) --- --- --- 36 鹿島幼稚園砂場(表層) 322 1577 2125 275 鹿島小学校-1(表層) 582 1615 2038 206 鹿島小学校-1(5cm) --- --- --- 17 鹿島小学校-1(10cm) --- --- --- 13 鹿島小学校-2(表層) 570 1478 1921 212 鹿島中学校(表層) 772 1894 2397 275 鹿島中学校(5cm) --- --- --- 24 鹿島中学校(10cm) --- --- --- 29 鹿島中学校(水溜りの泥) --- --- --- 395 八沢小学校(表層) 324 1120 1481 259 八沢小学校(5cm) --- --- --- 40 八沢小学校(10cm) --- --- --- 31 上真野小学校(表層) 567 1774 2364 180 上真野小学校(5cm) --- --- --- 41 上真野小学校(10cm) --- --- --- 33 上真野小学校-2(表層) 398 1433 1840 290 飯舘村 I-131 Cs-134 Cs-137 GM管 飯舘村小宮(表層) 47896 37941 47525 3683 浪江町 I-131 Cs-134 Cs-137 GM管 浪江-1(表層) 32547 34231 43140 5579 浪江-1(5cm) 4709 2885 3619 646 浪江32地点(表層) 19931 36240 46138 6413 浪江32地点(5cm) 2429 4486 5754 752 浪江32地点(10cm) 670 1596 2045 481 単位はBq/kg(GM管測定における単位はcpm/kg) 有効数字は2桁程度ですが、わかりやすくするため全ての桁を表示しています。 放射性核種の存在量は、全て4/29の値に換算しています。 GM管サーベイメータによる測定では、検出部に2mmのアクリル板を挿入しています(ベータ線を遮蔽するため)。 5cm深さのサンプルのゲルマニウム検出器による計測値は、浪江町の32地点しかまだありませんが、表層に比べヨウ素(I-131)で7~8分の1、セシウム(Cs-134とCs-137)では8~11分の1になっていることがわかります。GM管での簡易測定からも、同じ傾向が見えます。 なお、土壌サンプルのGM管による測定値と、その地点での1m高さでの空間線量率のデータとの間には相関が見られます。 土壌の表層が放射性物質で汚染されていること、その放射性物質が半減期の長いセシウムであること、その量に応じて空間線量率が上昇すること、などという事実は、表層を除去することは大変有効な手段であることを示唆します。実際に、郡山市の報告では、表土除去を行った学校では、空間線量率の値が大幅に改善されています。5月8日に行われた日本原子力研究機構の同様な試験とも矛盾しません。 http://www.city.koriyama.fukushima.jp/pcp_portal/PortalServlet?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=23270 http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1305946.htm 【山野草の放射能測定結果(4/29換算値)】 飯舘村は山菜の宝庫です。山菜採りを楽しみにされていた方も多くいらっしゃったと聞きます。キノコ類やゼンマイなどの山菜にセシウムが集積しやすいこと知られています。飯舘村の住民の方に協力頂き、ホウレンソウや山菜をご提供いただきました。その簡易測定結果は以下のようになります。 種類 I-131 Cs-134 Cs-137 たらの芽(飯舘村) 104 2874 3528 ぜんまい(飯舘村) 560 10240 13242 からし菜(飯舘村) 191 462 606 ふきのとう(浪江町32地点) 1078 9681 12061 ほうれん草根(飯舘村)水洗い 317 766 1036 ほうれん草茎(飯舘村)水洗い 77 426 539 ほうれん草葉(飯舘村)水洗い 489 2660 3353 単位はBq/kg 有効数字は2桁程度ですが、わかりやすくするため全ての桁を表示しています。 放射性核種の存在量は、全て4/29の値に換算しています。 “ぜんまい”は、採取量(3.6g)が少ないため、kg換算時に誤差が大きくなっていると推察されます。 ほうれん草以外は水洗いしていませんので、大きめに評価されています。それでもかなり大きな数値です。早急の対策を講じることが必要です。(原発から北西部に位置する山間で採取された、規制の掛からない山野草に関しては、絶対に食べないように注意喚起するとともに、空間線量率のみで被ばく量を算出する現在の方法の変更を、政府や自治体に提案を行っています。) 今回、山野草に高かった理由についてですが、以下のように考えられます。植物の根は一見土壌深くに入り込んでいるように見えますが、実際には相当量が表面数センチに張っています。また、セシウムは降ってきてせいぜい2ヶ月、ということもあり、土壌に吸着してはいますが、それでも動き易いものが多く存在します。春の芽吹きとともに吸水力や栄養吸収力がアップした山野草は、一気にこの「動き易いセシウム」も吸収し、そのためセシウム濃度が高まったのが理由の一つと考えられます。 2011年 05月 13日
先月末の4月29日、東大病院放射線治療チーム(team_nakagawa)のメンバー5名(医師3名、物理士2名)で、福島県を訪問し、地域の方との対話や飯舘村の菅野村長との面談、福島市・飯舘村・浪江町・南相馬市の空間放射線量の測定、土壌・山菜の採取を行いました。また、文部科学省のモニターカーによる測定結果の追試を行いました。
突然の訪問となったことに対し、調整をくださった地域の関係各者にお詫び申し上げるとともに、休日にもかかわらず、私たちのプライベートな要求に対応頂いたことに感謝申し上げます。 今回の訪問で空間線量率や土壌調査をおこなったのは、福島県の訪問直前に南相馬市教育委員会に連絡を取ったところ、学校の放射線量を測定し、土壌・環境汚染を評価してほしいという話であったことと、政府・自治体で公表されるデータではわからない、放射線量分布の不均一さについて調査したかったことなどがその主な理由です。また、政府・自治体の公表データの信憑性に関する当チームへの問い合わせがあり、その問いに答えるために、データを取得する必要がありました。 【使用した計測器】 ALOKA γSurvey Meter ICS-321(電離箱線量計) MKS-05 TERRA(電離箱線量計) NaIシンチレーター TCS-151 ポケット線量計(個人線量計) 【測定】 使用する線量計、測定方法の相違により、測定値には若干の誤差が生じる可能性があります。そこで単一チームで同じ線量計・測定方法による測定データを取得しました。公表されている公的機関の測定データとの比較をおこない、さらに放射線線量分布の不均一性について(どういうところが放射線量が高いのか又は低いのか)も評価を行いました。 文科省が発表しているモニタリングカーを用いた固定点における空間線量率 http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1304001.htm は、複数の線量計により、車外で地表から1mの高さ、障害が何もない方向に向けて計測している。4月29日のデータは以下を参照しました。 http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/04/29/1305388_042913.pdf また、小中学校内の空間線量率の変化について調べています。 【4月29日に観測した空間線量率の結果と考察】 1日の空間線量率測定結果(地表1mでNaIシンチレーターを使用) 8:00-17:00までの個人線量被ばく(ポケット線量計)44μSv 【文科省モニタリング結果の追試結果】 文科省が発表しているモニタリングカーを用いた地点32, 33, 36(文科省の公表データで、それぞれの「測定エリア」に与えられている番号)の空間線量率を追試し、4/29の値をほぼ再現しました。今回の追試結果及びこれまで公表されたデータの経時的な変化から、それらのデータに問題はない、と言えるのではないかと考えています。ただし、少し離れただけでも値は変わります。測定地点の位置ずれによる測定値の違いについて次に解説します。 表1. 4/29文科省モニタリングの追試結果[μSv/h] モニタリングポイントNo. チーム中川 文科省4月29日 【32】 18.3 19.5 【33】 13.6 13.8 【36】 2.5 2.6 文科省、チーム中川ともに電離箱線量計により、車外で地表から1mの高さ、障害が何もない方向に向けて計測。 測定地点の位置ずれによる測定値の違い 浪江町赤宇木国道399号線上の地点でのモニタリングの映像を示します。この動画では前半が北緯37°37′28.46″東経140°44′36.98″、後半が北緯37°35′34.77″東経140°45′12.85″の地点での1mの高さでのNaIシンチレーターによる観測値のふらつきが収められています。 【浪江町山間部モニタリングの動画】 http://www.youtube.com/watch?v=ytfqphTahA0 ここは山道になっており、前半は、道路の真ん中から谷側に掛けてはあまり変化せず、山側で強い値を示しました。後半は逆に谷側が強い値を示しています。観測値は、道路を横切るだけで、30%程は簡単に変化してしまうことがわかります。(確認のため電離箱線量計による追試も行い、ほぼ同様の結果を得ました) 同位置で同種類の線量計で文科省モニタリング結果を再現する一方、映像で示したように、測る位置を少し変えただけで値が大きくふらつきます。放射線量の経時的な変化を観測する場合には、毎回同じように計測するよう注意が必要です。また、ホットスポット(線量が局所的に高い地点)の探査などを進めていく必要がありそうです。 【幼稚園、小中学校における空間線量測定結果】 南相馬市で調べた幼稚園、小中学校すべてのグラウンドで、1mの高さの空間線量率は1μSv以下の比較的低い値が観測されました。福島県災害対策本部によると幼稚園、小中学校における環境放射線測定モニタリングは、グランドの複数点で、地表から1mの高さと1cmの高さで行われています。以下は4月5-7日分の公表されている結果と比較してください。 http://www.pref.fukushima.jp/j/schoolmonitamatome.pdf さらに私たちは、いくつかの場所について線量測定を実施し、同一学校内において (1)場所による空間線量率にどの程度差が出現するか、(2)測定点での地表からの高さにより線量率がどの程度変わるかを検証しました。 (1)場所による空間線量率にどの程度差が出現するか 南相馬市にある鹿島中学校において観測された、場所による空間線量率の依存性を表2に示します。 【鹿島中学グラウンドモニタリングの動画】 http://www.youtube.com/watch?v=PZormwqJmzU 表2. 4/29南相馬市鹿島中学校の空間線量率測定結果[μSv/h] 場所 空間線量率[μSv/h] 校庭(校舎側) 0.5-0.8 校舎そば(コンクリート) 0.2 鹿島中学校中庭 0.5 鹿島中学校校庭脇の排水溝 1.8 鹿島中学校校舎側(コンクリート)0.2μSvに対し、校庭脇の排水溝では1.8μSvと、高めの放射線測定値が示されました。側溝は雨水がためる場所のため、雨によりグラウンド表面の放射性物質が流され側溝にたまったと推察されます。コンクリートの上では線量が低くなる傾向にありました。土壌表面がセシウムを貯蔵していることがわかります。 グラウンドの内外で測る位置を少し変えただけで値が大きくふらつくという事実は、被ばく量の管理について、特定の環境放射線量のみに頼るべきではないことを示唆します。個人線量計によるモニタリングが必要です。 (2)測定点での地表からの高さにより線量率がどの程度変わるか 公表されている結果を見る限り、測定点の高さでは、放射線量は極端には変わらないという印象を持ちます。これは、ある面では事実ですが、一方で注意しなければいけない点もあります。これを以下に説明します。 ・“ガンマ線※”の寄与 ※ガンマ線とは、エネルギーの高い(=波長の短い)光のことです。 広いグランドにほぼ均一に放射線物質がされていると仮定した場合、“ガンマ線”は透過性が高く、その強度は大気ではあまり弱められないため、測定点の高さによって放射線量は極端には変化しません。放射線の散乱を考えない場合、放射性物質が一様に分布した円盤上(半径100m)から生じる、鉛直方向の距離zの放射線量の近似的な 振る舞いを示すと次のようになります。 半径100mの円内に放射性物質が均一に分布している場合の、その中心における地面からの距離(cm)による線量の減衰。高さが変わっても、放射線量にあまり変化がないことがわかります。 ガンマ線のエネルギーを0.6 MeV(減弱係数を0.0009689 cm-1としました) “ベータ線※”の寄与 ※ベータ線とは、エネルギーの高い(=高速の)電子のことです。 今回の訪問で得た結果でも、同一の場所では、30cmの高さ、50cmの高さ、1mの高さで放射線量は大きく変わりませんでした。一方、10cm、1cmになると放射線量が少しずつ高くなります。放射性のヨウ素やセシウムはガンマ線だけでなく、“ベータ線”も放出します。このベータ線はガンマ線より透過性が低く、2mm程度の紙でブロックすることができます。また微量な大気中の分子によっても弱められます。そのため、ベータ線を含めた計測では、地面に近いほどその寄与が大きくなります。 表3. 飯舘村草野地区付近での空間線量率の高さ依存性[μSv] 測定点高さ ベータ線窓開 ベータ線窓閉 100 cm 5~6 5~6 50 cm 9~10 5~6 10 cm 16~17 6~7 ベータ線窓開:ベータ線とガンマ線を計測 ベータ線窓閉:ガンマ線のみ計測 線量計はMKS-05 TERRAを使用 放射性ヨウ素やセシウムから生じるベータ線は、2mm程度の厚紙で止めることができます。また、ベータ線は大気中の分子によっても止まるため、1mの高さでは、“ガンマ線”が支配的であり、10cmでは“ベータ線”が支配的となります。実際に、2mm程度の紙を地面に置いて測定すると、10cmでも1mの高さに近い値を示しました。 ベータ線とはエネルギーの高い電子線のことです。電子線は放射線治療でも用いますが、電子線は体内深くまで到達できない性質を持っており、主に体表面の治療に用います。ベータ線では体表面付近のみ被ばくすることになります。(Cs-137から生じるベータ線(1.175MeV)は体表面から2-3mm程度で止まります) 実効線量は等価線量×組織加重係数(皮膚の組織加重係数は0.01)で見積もりますので、ベータ線による被ばくの寄与は、観測量より大分小さくなります。さらに肌の露出を避けていれば、ベータ線の影響をなくすことができます。したがって、外部被ばくを推定する場合、ガンマ線が支配的である1mの高さで計測される環境放射線量を用いるのが最も適切です。 一方で、学校のグランドでは、生徒らが体育や部活動で泥だらけになることは当然想定されなければなりません。土埃により放射性物質を体内に取り込んでしまう内部被ばくの危険性も、一般のケースに比べて高くなることも予想できます。そして、放射線防護の観点では、放射線量を出来うる限り低減させようとする努力は常に必要です。児童生徒のケアに対しては、土壌改良のような対策が求められます。 /////////////////////// 空間線量率結果のまとめ 私たちteam_nakagawaのモニタリング結果は、文科省のデータを良く再現いたしました。空間線量率の測定は、検出器があれば誰でも簡単に行えますが、測定条件が異なれば、当然異なった結果を与えます。ここで示した位置による変化や測定点の高さによる変化はその例でしょう。また、検出器の校正も定期的に行っていなければ、それによる単一のデータだけでは信頼性があるとは言えません。政府や自治体のデータを追試したり、継続して放射線測定を行う場合には、こうした事実をきちんと意識した計測が必要です。文科省や自治体の同一地点・高さでの経時的なモニタリングのデータ測定の積み重ねは、環境放射線量の変化や、原発から新たな放射性物質の放出がないことを確認する上でとても重要です。今後も継続していくこととともに、さらに広範囲に細かいデータ収集を行って欲しいと思います。 一方、測定目的・測定条件の提示や、測定の意図をわかりやすく説明する必要があります。こうした説明の欠如が、地域の皆様の不安や誤解を生む要因となるのではないでしょうか。放射線測定の専門家や学会・団体が、モニタリング活動を積極的に関与(援助)できる体制の早期構築を望みます。 2011年 05月 02日
先月末、チームのメンバー5名(医師3名、物理士2名)で、福島県を訪問しました。福島市、南相馬市などの、幼稚園、小学校、中学校で、校庭などの空間放射線量の測定と土壌の採取を行いました。また、文部科学省のモニターカーによる各地の測定結果が正しいかどうかのダブルチェックも行いました。詳しい測定結果は、順次、ブログで紹介していきます。
飯舘村にも入って、住民の皆さんのお気持ちを伺い、菅野村長と面談もさせて頂きました。東京では見えなかった多くのことに気づかされました。とくに、菅野村長との面談や、特別養護老人ホーム(いいたてホーム)訪問などを通して、現場が直面する問題を知ることができました。今回は、とくに、飯舘村の特別養護老人ホームについて、当チームの見解をご紹介します。 福島県飯舘村は、福島第一原発事故の影響で「計画的避難区域」に指定され、5月下旬をめどに避難を求められています。国から村民の避難を求められていることに対して、菅野村長は、「国に対して村民一人ひとりの実情に合った、きめ細かく、柔軟性のある対応」を求めています。 村長との面談に先立って、同村草野地区で、数名の方からもお気持ちを伺いましたが、たとえば、同じ農家でも、家畜がいるかどうかで、避難に対する感覚は違いました。「家畜は家族の一員。避難しても、毎日世話が必要」、「なじみのない土地に行けば、人間も大変だが、牛も大変。出る乳の量も半分になってしまう」といった声が印象的でした。 当方からも、「妊婦、赤ちゃんについては避難することもやむをえないが、放射線積算推定量を見る限り、成人についての発がんリスクは、野菜不足や塩分のとりすぎより低く、極端に恐れる必要はないと思います。それより避難生活などによるストレスなどの方が心配です」などと見解を述べました。 実際、致死性の発がんの危険は、100ミリシーベルトで、最大1.05倍と見積もられますが、これは野菜不足によってがんになりやすくなるリスクとほぼ同程度です。塩分とりすぎは、約200ミリシーベルトの被ばくに相当しますし、運動不足や肥満は、400ミリシーベルト程度の被ばくと同じレベルの発がんリスクです。毎日3合お酒を飲んだり、タバコを吸ったりすれば、発がんのリスクは一気に1.6倍となりますが、放射線被ばくで言えば、2,000ミリシーベルト!に相当します。 菅野村長は、村民に向けたがんの啓発の必要性にも理解を示され、今後、村民向けに、当チームの協力のもと、放射線被ばく問題と健康に関する講演会などを開催し、「村民の不安を軽減したい」と応じてくださいました。 (放射線被ばく(積算値)がある量を超えた場合、憂慮されるのが「発がん率の増大」です。私たち「東大病院放射線治療チーム」が「がん啓発」のための講演会等のご提案をしたのは、そもそもがんという病気について、いまだ日本では十分に理解されていない、と考えるからです。今回は割愛せざるを得ませんが、「がんの基本的な知識」を身につけることが、がん大国日本では必須だと考えています。機会があれば、このBlogでもご説明したいと思います。) 菅野村長は、また、村民同様に避難を求められている特別養護老人ホームの入居者らについて、「ばらばらに避難して体育館などの避難所で暮らすより、ホーム施設内に留まっていた方が、本人たちにとっていいのではないか」と語ってくださいました。この言葉を受けて、3名の医師で、特別養護老人ホーム「いいたてホーム」を訪問しました。 突然の訪問でしたが、三瓶政美施設長に詳しくご案内、ご説明をいただきました。ホームは、村役場にすぐ隣接していますが、これまで、中央からの政治家やメディアの訪問は皆無だそうです。(4月29日の当チーム訪問時点) 入居者は、現在107名、定員は入居120名・ショートステイ10名です。職員は定員130のところ現在110名勤務。避難の恐れがなければ、在宅の方も受け入れていけますが、いまのところ受け入れができない状況です。 入居者の平均年齢は約80歳、100歳以上の方もいます。ユニット型のケアを実施しており、ユニット内(10名程度)には家族のような絆ができています。入居者のうち、車イスが60名、寝たきりが30人(経管栄養:15人)で、終末期の利用者も2~3名おられました。震災後も3名が施設内で、家族、看護職員・介護職員に看取られ死亡しています。 胎児、小児の放射線感受性が高いのと反対に、高齢者の場合は、同じ量の放射線被ばくでも、発がんのリスクは高くなりません。被ばくから、発がんまでに多くの場合、10年以上の年月がかかるからです。医師の立場からも、80歳以上の高齢者の避難はナンセンスと言えます。 施設内の放射線量は、どこも1マイクロシーベルト/時以内(鉄筋コンクリート作り)。入居者は屋外には出ることができないため、年間被ばくとしても、10ミリシーベルト以下です。家族といってもよい入居者がばらばらになり、慣れない他の施設へ行って、ストレスを抱えて生活するデメリットは大きく、避難を進めることは“正当化”されないと思います。 施設が存続した場合、施設職員の被ばくが問題になりますが、三瓶所長や相談員の方が、24時間測定した「個人被ばく線量」から推定される年間被ばく量は、7.5~10ミリシーベルト程度で、やはり容認できるレベルです。 住民の個別性を重視した避難を考える上で、象徴的なケースと言えましょう。柔軟な対応を求めたいと思います。 2011年 04月 26日
2008年にまとめられた「国際放射線防護委員会」レポート111号「原子力事故もしくは緊急放射線被ばく後の長期汚染地域住民の防護に関する委員勧告」(注1)が、2011年4月4日付けで特別無償配布されています。
注1: ICRP Publication 111, Application of the Commission's Recommendations to the Protection of People Living in Long-term Contaminated Areas after a Nuclear Accident or a Radiation Emergency. http://www.icrp.org/publication.asp?id=ICRP%20Publication%20111 このレポートは、適応される状況が異なる「緊急時被ばく状況における放射線防護に関する委員勧告の適用」(ICRP 109)とともにまとめられました。現在、そして今後の福島第一原発事故による放射線被ばくと、どう向き合うかを考える上で大変参考となるレポートです。 福島第一原発事故は、まだ予断を許さない状況です。しかし、近隣の住民は生活を営みつつ、復興を目指しながら、放射線防護と取り組んでいかねばなりません。そのためには、専門家集団のほか、自治体とともに、政府や関係機関の援助が不可欠です。 過去の原発事故でもそうでしたが、今回の福島第一原発事故でも、その近隣の住民のみなさんは、できることなら、その地を離れなくてすむことを願っておられる方が多いと思います。さらに、土地利用や生活様式に制限が課せられる場合であっても、長期的に、できる限り当たり前の日常を送りたいと、望んでいる方もおられると思います。自分の生活を続けることを望み、そうするためであれば困難を乗り越えようと努力されることでしょう。 このレポートは、その手引きとなります。そして、この手引きを活用しながら、適切に今回の事態と向き合えば、原発近隣の住民の方の健康被害(放射線による直接的な悪影響だけではなく、食品不足による健全な食生活が送れない、適度な運動をしない、など、付随する影響)を避けることができるのではないかと考えられます。 また、原発近郊に居住されている方と、東京など、原発から離れた地に住む市民では、それぞれ置かれている環境が異なります。しかし、原発災害からの復興のために、「放射線防護の考え方」を全日本国民が共有する必要があります。 そのため、私たちteam_nakagawaは、なるべく多くの方に、この「ICRP 111」を読んでもらいたいと考え、独自に日本語訳を進める一方、ICRPから翻訳・出版権を取得された日本アイソトープ協会に、日本語訳(暫定版)の公開をお願いしてきました。4月20日、暫定翻訳版が公開されました。(注2) 注2: http://www.jrias.or.jp/index.cfm/6,15092,76,1,html 暫定版とは言え、今回、日本アイソトープ協会から、邦訳が公開されたことは大変大きな意義を持ちます。いま福島原発とその周辺地域で進行中の事態をどう捉えるか、どんな施策を講じるべきか、留意すべき点には何があるのか、それらについて、たいへん有益なレポートだからです。チェルノブイリ原発事故などの経験を通して人類が蓄積してきた英知に満ちたものだと言えるでしょう。 ただ、翻訳のせいではなく、もともと(放射線防護に関わる)かなり専門的な文書であるため、一読してもなかなか理解できない、というご意見をいただきました。そこで、今回の状況に合わせ、私たちなりにポイントを整理いたしました。以下、一種の「サマリー」と受けとめていただければと存じます。 --------------------------------------------------------------------------- ポイント①──「緊急時被ばく状況」から「現存被ばくの状況」へシフト ・「緊急時被ばく状況」とは、高いレベルの放射線被ばくが生じる可能性があり、国(政府)によって緊急的な避難や待機が行われるべき状況(避難区域、計画的避難区域など)を指します。現時点で、原発周辺の地域が置かれている状況です。 ・ 「現存被ばく状況」とは、被ばく事故直後の「緊急時被ばく状況」に続く、復興途上の状況であり、まさに、今後、福島県民、そして日本人が直面することになる事態です。避難区域外の地域と今後想定される“避難指示が解除された地域”などを指します。 ・「ICRP 111」レポートでは、後者の「現存被ばく状況」における放射線防護についての考え方がまとめられています。まさに、今の日本人に必要は“手引き”だと言えます。 補遺)3月15日以降、放射性物質の大気中への大量飛散が抑えられており、避難区域外や警戒区域外では、学校がスタートするなど、震災や原発事故に影響された生活の改善が進められています。したがって、国(政府)は現在、放射線量が通常より高い居住可能地域を「現存被ばく状況」にある、と判断していると考えられます。福島第一原発事故は、いまだ原子炉のコントロールができていない状況下にありますが、大気中への大量飛散が抑えられている点や事故から1ヶ月以上経過している点を踏まえ、「緊急時被ばく状況」から「現存被ばくの状況」へシフトが重要なポイントとなります。 ポイント②──個人線量による被ばくの管理 ・被ばくレベルは“個々人の行動(生活、食習慣、避難の仕方など)”によって、ほぼ決定されますので、“平均的な被ばく”を想定した管理方法は不適切です。個々人の被ばく量、もしくは、さまざまな被ばくグループに応じたきめ細かな対応が必要になります。(コストをどこまでかけられるかは別の議論になりますが、例えば住民への個人線量計の配布などは、これに含まれるでしょう)。 ポイント③──「防護方策の最適化」と「防護方策の正当化」が大事 ・「防護方策の最適化」とは、被ばくがもたらす不利益と、関連する経済的・社会的要素(避難生活、収入面、生き甲斐・誇り、などなど)とのバランスにより、最適な放射線防護の方策が決められるべきだということです。 ・「防護方策の正当化」とは、防護方策は、結果的には、住民に不便を要求するものになってしまいますから、被ばくによるリスクとのバランスを考慮して、“不便の強要”に、正当な根拠があることを示さなくてはならないということです。 ・防護方策を決めるにあたり、もとになったデータや想定条件は明確に示される必要があります。重要な情報はすべての関係者に提供されること、意志決定プロセスを第三者が追跡できることが前提になります。 補遺)福島第一原発事故において、現在、何が最適な(ベストな)方策か、判断することは極めて難しい課題です。例えば食品の消費者と生産者、地域住民とそれ以外の国民、それぞれの意見の共有と連帯が必要となります。 具体例を挙げると、食品の暫定規制値の決定と、それに伴う出荷制限があります。最適化方策は、“国民を放射線被ばくから防護する必要性”と、“地域の産物が市場に受け入れられ、地元経済が生き残る必要性”とのバランスを要します。このためには、繰り返しになりますが、地域住民とそれ以外の国民の意見の共有と連帯がとても大事になってくるでしょう。時として、国民一人一人が、一度エゴを捨てて、まとまる必要があると思います。 また、参考レベルを設定した個人被ばくの管理、就労時間、学校での校庭の使用時間の制限なども、最適化のプロセスを踏んで実施されるべきです。 また、防護方策の実施は固定されたものではありません。状況を踏まえて、必要ならば、修正をしていくことで、その時々の状況において最適な(ベストな)放射線防護の方策が、その都度、練られ・合意され・実施されていくものでなければならないと思います。 ポイント④──参考レベル 参考レベルとは、それを超えたら、避難などの対策を実行すべき放射線量のことです。ICRPでは、参考レベルを1 mSv-20 mSvの低い部分から(可能ならできるだけ低く)設定されるべきであり、設定にあたっては、「外部被ばく」「内部被ばく」双方による推定値がそれを下回るようにすべきです。長期には1 mSv/年が参考レベルとなります。(現在の法的な“公衆の被ばく限度”が1 mSv/年です)また、参考レベル以下であっても、さらに放射線量を低減できる余地があれば防護措置を講じるべきだとしています。 補遺)今後の福島第一原発事故の影響を考えたときに、住民の放射線被ばくによる「リスク」と「地域住民(その地に留まり、生活を続けたい)の意向」のバランスにより、避難区域や警戒区域、基準となる参考レベルなどが設定され、状況に応じて改正されていかなければなりません。 100 mSvの被ばく量の蓄積で、最大0.5%程度の「発がん」のリスクが上昇します。100 mSv未満の蓄積による「発がん」のリスクについて、科学者の間でも、一致した見解が得られていません。 参照レベルを「1 mSv-20 mSvの低い部分から(可能ならできるだけ低く)選定されるべき」とするのは、不必要な被ばくを抑えることを前提としつつも、設定された参照レベル以下の被ばく量であれば、それによる「発がん」のリスクをはるかに上回るメリットが、その地域に留まることで得られる(もしくは、他の地域へ避難するリスクより小さくなる)ということを意味しています。 不必要な被ばくを抑えることは、放射線防護の基本です。原発事故による住民の被ばくを極力さける努力は継続しなければなりません。一方で、現在置かれている放射線によるリスクを理解した上で、その地で普段通りの(もしくは放射線防護の取り組みを取り入れた)生活の営みを選びたいという方は、決して少数派ではないと思います。その際には、年齢などを考慮する必要もあるでしょう。 ポイント⑤──住民の参加(自助努力による防護策) ・住民は、放射能及びその影響について、当然ながら、不安に思います。自助努力による防護策とは、生活環境に存在する放射線からの防護(周辺の環境や食品から被ばくなどからの防護)、また、住民自身の被ばく状況の管理(内部被ばくや外部被ばく)、子供たちや老人へのサポート、そして、被ばくを低減するよう、生活を復興環境に適応したものにしていく仕組み(生活しながら放射線防護策を講じること)です。 ・地域住民のみなさんは、地域評議会などに、進んで参加し、コミットしていくべきです(国や県はそうした組織の設立を推進すべきでしょう)。 ・ 放射線防護策の計画策定に、住民のみなさん自身が関与することが、持続可能なプログラムを実施していく上で重要です。(政府が、プログラムを上から押しつけるのではダメ) ポイント⑥──当局(国や県)の責任 ・被ばくが最も大きい人々を防護するとともに、あらゆる個人被ばくを可能な限り低減するための「放射線防護策」の策定とその根拠を示すこと。 ・居住地域を決め、その地域における総合的な便益を住民に保証する責任。 ・個人被ばくの把握、建物の除染、土壌及び植生の改善、畜産の変更、環境および農産物のモニタリング、安全な食料の提供、廃棄物の処理、さまざまな情報提供、住民へのガイダンス、設備の提供、健康監視、子供たちへの教育 ・被ばく量についての参考レベルの設定。 ・住民の健康や教育を担当する専門家たちに対して、「実用的な放射線防護」の考え方が理解されるよう働きかけること。 ・代表者や専門家(医師、放射線防護、農業など)が参加する地域評議会を推進していくこと。 このレポート「ICRP 111」は、原発事故等に際して、想定しうる多様な事象が考慮されているため、書き方が非常に抽象的になっています。このレポートをもとに、具体的な政策・施策をどう策定していくかは、私たち日本国民に委ねられています。 4月22日日午前0時、福島第一原発から半径20キロ圏内は、災害対策基本法に基づく「警戒区域」に設定されました。原則的な立ち入り禁止区域が、これだけ広範な生活圏に指定されたことの意味は大きいと考えます。 また、半径20キロ圏外の地域に目を転じれば、放射線の年間積算量が20ミリシーベルト以上に達すると予測される地域が「計画的避難区域」に指定されました。さらに、20キロから30キロ圏内の一部の地域に対しては、「緊急時避難準備区域」と指定され、この地域には、緊急事態に備えて、屋内退避や避難の準備を求める、とされます。 私たちは、「ICRP 111」が説くように、そうした地域の住民のみなさんの意向に耳を傾け、それを最大限、尊重することが非常に重要だと思います。また、専門家を交え、健康、環境、経済、心理、倫理などが複雑に絡まり合う問題に、合意が形成できる答えを、早急に出さなければならない、とも感じています。 そして、まずなによりも、政府及び関係機関は、地域の住民のみなさん、そして全国民に、長期的な放射線防護の戦略を具体化し、わかりやすく説明すること(そして私たち専門家も、国とは独立に積極的に関与すること)がとても重要であると考えています。 2011年 04月 21日
福島第一原発の事故により、野菜や水道水に放射性ヨウ素(I-131)が検出され、大きな話題となりました。原発から大気中に放出されたI-131が、風に乗って各地に運ばれ、さらに雨と一緒に、畑や河川に降ったことが原因です。
I-131による「内部被ばく」で、がん、とくに甲状腺のがんが増えるのではないかという無用の懸念も広がりました。 たしかに、チェルノブイリでは、住民の避難や食品規制の乱れなど、不適切な対応があり、小児の甲状腺がんが増加しました。これまでの原発事故で、がんの増加が認められた唯一の例が、この甲状腺がんです。(放射性ヨウ素について4/8まとめも参照ください) しかし、逆に、同じI-131が甲状腺がんの治療に利用されることもあります。私たちのチームでも、I-131を使った甲状腺がんの治療を年間、60-70名ほどの患者さんに行っています。 私たちのカラダは、おもに、水素、炭素、窒素、酸素といった“軽め”の元素からできています。原子番号で言えば、水素=1、炭素=6、窒素=7、酸素=8といった具合です。この点、ヨウ素は例外で、原子番号=53と、“重い”元素です。そして、体内にはほとんど存在しません(成人でわずか15-20mg)。 人間のカラダのほとんどの細胞は、ヨウ素を利用することはありませんが、甲状腺の細胞だけは、甲状腺ホルモンの合成のためにヨウ素を必要とします。 この甲状腺ホルモンは、細胞の代謝を促進します。車にたとえると、アクセルの役割を果たすホルモンで、進化的にみても、魚類以降のすべての脊椎動物に欠かせないものです。ちなみに、オタマジャクシからカエルへの“変態”を起こさせるのも、甲状腺ホルモンです。 甲状腺ホルモンの分子を1つ作るのに、3個もしくは4個のヨード原子が必要です。甲状腺の細胞は、ヨウ素を取り込み・貯蔵する機能を持っているのです。甲状腺の細胞だけがヨウ素を細胞内に取り入れるという性質を、がん治療に応用したものが「放射性ヨウ素内用療法」です。 なにやら、難しそうな治療ですが、実は非常に単純で、I-131を小さなカプセルに入れて、患者さんに口から飲んでもらうというものです。 元素は、“放射性”であろうとなかろうと、生体内の振る舞いなど、物質としての性質は変わりません。甲状腺細胞にとっては、I-131と通常のヨウ素(I-127)を区別はできないため、I-131を投与すると、通常のヨウ素と同じように、甲状腺細胞に取り込まれることになります。 どの臓器のがんでも言えることですが、がん細胞は、自分が生まれた臓器の細胞としての性質を受け継いでいます。甲状腺がんの細胞は、正常の甲状腺細胞から発生しますから、もともとの性質、つまり、ヨウ素を細胞内に取り込むという性質を持っています。投与されたI-131は、甲状腺のがん細胞内にも蓄積されることになります。 しかし、“甲状腺出身”だといっても、甲状腺がんの細胞は、甲状腺の正常細胞ほど、“本来の”機能を保持してはいません。日本生まれでも、長く海外で暮らすと日本語が下手になるようなものです。 甲状腺がんの他に、正常な甲状腺の組織が残っていると、投与されたI-131の大半が、甲状腺細胞に取り込まれてしまい、がん細胞への蓄積が見られず、“抗がん効果”も期待できません。このため、放射性ヨウ素内用療法は、手術で甲状腺を“全摘”した患者さんが対象となります。また、I-131のカプセルを飲む前に、海藻などの摂取をひかえる「ヨウ素制限」を行います。甲状腺がんの細胞が、ヨウ素に“飢えた“状態にしておくためです。 この3月後半に、メディアなどで、「安定化ヨウ素」が話題になりましたが、これは、放射線を出さないヨウ素(I-127)を製剤化したもので、甲状腺細胞を“満腹”にしておき、I-131を取り込まないようにする「被ばく予防法」です。 I-131は、主に、飛程(注1)が数ミリの「ベータ線」(ウィキペディアリンク)を放出します。I-131が、甲状腺がんの細胞に取り込まれれば、がん細胞だけが、“選択的に”、かつ、“内部から”攻撃を受けることになります。甲状腺がんだけを“ピンポイント”に照射できるのです。 注1: 飛程とは、ベータ線が物質(ここでは甲状腺)にぶつかってから、完全に停止するまでの距離のことです。I-131(放射性ヨウ素131)から出るベータ線の場合、その飛程は約2mmです。 I-131によって、小児の甲状腺がんが増え、同じI-131でその甲状腺がんを治療することもあるわけです。なんだか、考えさせられます。 また、I-131内用療法は甲状腺がんの他に、バセドウ病(甲状腺機能亢進症〔こうじょうせん・きのう・こうしんしょう〕)の治療にも使用されます。バセドウ病は、甲状腺細胞の働きが活発になりすぎて、甲状腺ホルモンが必要以上に産生されておこる病気です。 バセドウ病では、内科的治療(注2)が、まず行われますが、うまくいかない場合、I-131を甲状腺細胞に取り込ませて適度のダメージをあたえ、作られるホルモンの量を調整するか、手術で甲状腺を切除します。日本では、手術されるケースの方が多いのですが、海外では、I-131内用療法の方が一般的です。 注2: 内科的治療では、メルカゾールなどの抗甲状腺剤を併用します。1か月くらいで自覚症状は良くなりますが、長期間継続して服用する必要があります。白血球の数が低下するなどの副作用で服用を続けられない場合もあります。 なお、I-131内用療法で使われる放射線の量ですが、甲状腺がんの治療では、3.7~7.4 GBq(1 GBq=1,000,000,000 Bq=10億Bq)を投与しています。これは、福島第一原発で問題となっている、I-131の飲料水1kgの暫定規制値300 Bqと比べて1千万~2千万倍に相当します。(水の量で言えば、1万~2万トン!)バセドウ病でも、甲状腺がんの10分の1くらいの放射線量を使います。 ちなみに、甲状腺がんやバセドウ病のI-131内用療法による長期的な副作用を心配される方もいるかもしれません。がんの治療では、まずは、“今そこにある病気”の治療が最優先されます。しかし、バセドウ病は、“良性疾患”で、治療後も、長生きされる患者さんが多いため、I-131による“2次発がん”の危険性が危惧(きぐ)されてきました。 しかし、これまでのデータでは、I-131内用療法後の追跡調査で、奇形児が生まれる頻度は一般人と同じであることが確認されています。また、各種発がんの頻度もほとんど増加しない(増加したとしてごくわずか)と報告されています。(注3) 注3: JAMA. 1998 Jul 22-29;280(4):347-55. 2011年 04月 15日
福島県から避難してきた子供たちが、避難先で偏見を持たれるケースが生じています。一時帰宅された方の受け入れを、避難所などで問題にするケースもあるようです。拒否された方々は、深い心の傷を負うことでしょう。また、心ない言葉をかけた方々のことを想像すると、その人々が、よくわからない放射能の不安から、過剰な反応をしてしまうことも理解できます。
放射線や放射性物質は目で見ることができず、一見影響も全く見えません。このことが不安を大きくしてしまう原因の一つであると思います。そして、放射能への偏見や風評が広がることが被災地の復興・復旧に大きな影響を及ぼします。今私たち(特に大人)は、放射線を“正しく”怖がることが必要です。 私たちteam_nakagawaは、放射線治療のチームです。患者さんに治療として与える放射線は、福島第一原発敷地内で観測されている放射線よりも何倍も強力です。ですが、患者さんの体の外から放射線を与える(照射する)場合、治療後に患者さんにいくら近づいても、私たちやご家族などが被ばくすることは決してありません。 また、放射線の照射以外にも、放射線治療や診断では、さまざまな放射性物質を患者さんに投与しています。今回の原発事故で話題となった放射性ヨウ素131も、甲状腺がんやバセドウ病の治療として患者さんに内服してもらうことがあります。これは言わば“内部被ばく”です。 放射線治療の“内部被ばく”の量は、今回、それが最も高いと考えられる福島第一原子力発電所作業員の方々の内部被ばくよりも桁違いに大きいと考えられます(甲状腺がん治療で1回最大3,700,000,000 Bq(ベクレル)。これは飲料水1kgの暫定規制値300 Bqの1千万倍です。)。その場合でも、投与直後(注1)を除き、私たち治療チームが、患者さんに尽きっきりで世話をすることに全く問題が生じません。 注1: 患者さんは、放射性ヨウ素131を内服後、別部屋に居てもらいます。患者さんの体表面から1メートルの地点で測定された線量率が、1時間あたり30 μSv(マイクロシーベルト)以下であれば、退出・帰宅が認められます。バセドウ病の患者さんで即日、甲状腺がんの患者さんで3日程度です。 避難区域に長く滞在していたとしても、現在の内部被ばく量は、放射線治療に比べれば本当に“微々たるもの”です。それによって、周囲の方々が被ばくするようなことなど、決してないことがお分かりになると思います。(もちろん、避難されている方々の放射線による健康被害を考える必要はない、などと私たちが主張しているのではありません。) 環境放射線測定データを見る限り、3月15日以降、大規模な放射性物質の放出はありません。放射線の強さは各地で横ばいか減少傾向にあります。 原発から飛散した放射性物質は、自然に、もしくは雨によって地面に落ちてきます。今、測定されている放射線は、ほとんど地面や草木、壁にくっついた放射性物質から放たれています。一方、大気中の放射性物質は、ほとんど気にする必要がないくらい少なくなりました。 したがって今観測されているデータに基づけば、避難区域に一時帰宅したくらいでは、その方に放射性物質が大量に付着することは有り得ないことがわかります。一時帰宅された方と接触したからといって、その方から(得体の知れない“放射能”は言うまでもなく)大量の放射性物質を受け取ったりすることもありません。 私たちteam_nakagawaは、放射線治療のチームであるため、今回の事故を医療被ばくと比較しがちです。しかしながら、“医療被ばくとは何が違うのか?”のところでも書きましたが、医療被ばくにはメリットがある一方で、原発事故による被ばくにはメリットがありません。その上、多くの方々を不安にさせ、その心(特に子供たちの心)に深い傷を負わせた今回の福島第一原発事故を、一刻も早く収束させて欲しいと思っています。 2011年 04月 14日
私たち、東大病院放射線治療部門のチームでは、白血病など「血液のがん(注1)」の骨髄(こつずい)移植を成功させるために、体全体に放射線を照射する全身照射を行っています。
注1: 「がん」には、胃がんや肺がんのように臓器にできる「がん」の他に、白血病のように血液の細胞から発生する「がん」があります。このような血液の細胞由来の「がん」を「血液のがん」と呼びます。 放射線に対する強さは臓器によって異なります。骨髄や腸管のように放射線の影響を受けやすい臓器と、筋肉や神経のように放射線に対して比較的強い臓器があります。一般的に、放射線治療では放射線に弱い臓器にあたる放射線を最小限にし、がんの病巣(びょうそう)に集中して放射線を照射することで、体に優しいがん治療を行っています。 骨髄移植の前に行う全身照射は、体全体に均等に放射線を照射する点で他の放射線治療と大きく異なります。全身照射の目的は、白血病細胞を完全に消失させることと、患者さんの免疫力を一時的にノックアウトして、他人の骨髄を自分の臓器として受け入れるようにするためです。 私たちのチームでは、1回2 Gy(グレイ)で、1日2回の照射を3日間連続して行い、合計12 Gyを全身に照射しています。(全身照射の1 Gyは実効線量の1 Svと等しいため、12 Gyとは1,200万μSvに相当します。)この放射線の量は東海村のJCO臨界事故による被ばくでお亡くなりになった2人の作業員の方の被ばく量(1,800万μSv、800万μSv)に匹敵します。また、福島第一原子力発電所の事故の対応をしている作業員の緊急時被ばく限度(250 mSv)の約50倍に相当します。 しかし、全身照射で白血病が完治した患者さんの多くが、社会復帰されてます。それでは、このように大量の放射線を全身に被ばくしてもどうして元気でいられるのでしょうか? その理由の一つは、抗がん剤と放射線により消失した患者さんの骨髄の代わりに、治療の目的である骨髄が移植されるからです。もう一つは12 Gyの放射線が、1回ではなく6回に分けて照射されるためです。放射線の影響は一度に短時間であたるのか、時間をかけてゆっくりあたるのかで、体への影響は大きく異なります。 それでは、どうして短時間であたるのと時間をかけてゆっくりあたるのとでは、体に対する放射線の影響が変わるのでしょうか? それは、細胞には放射線による障害を修復する力があるからです。 一度に大量の放射線があたると細胞の修復能力を超えて細胞が障害を受けるため、死亡する細胞の数が増えていきます。そして、放射線の量が増えて、日常的な“自然死”をはるかに上回る数の細胞が死ぬと、「確定的影響」が起こります。この放射線量が「しきい値」です。 一方、ゆっくり放射線があたった場合は、放射線によりDNAの障害が発生しても同時に修復作業も行われるため、細胞が生存しやすくなります。 (詳しくは[がんの放射線治療──その1 イントロダクション]を参照してください。) 福島第一原子力発電所の事故の影響で、環境中の放射性物質が増加し、一部の地域で放射線量が増加している影響や、放射性物質に汚染された食品が体内に入ることで生じる放射線の影響(内部被ばく)は、“非常に”「ゆっくり放射線があたる場合」に相当します。 一方、放射線によるヒトの発がんリスクの評価のもとになったデータは、広島と長崎で原子爆弾によって被ばくした住民のその後の調査が中心になっています。そのため、現在の制限値は、比較的短い時間にあたった放射線の影響を元に定められています。また、がん死亡の増加が確認されているのは150 mSv以上です。(注2) 注2: 「放影研のこれまでの調査で明らかになったこと」放射線影響研究所 http://www.rerf.or.jp/rerfrad.pdf) 少なくとも、放射線被ばくによるヒトの発がんに関して、100 mSv(10万μSv)以下の放射線被ばくや、ゆっくり放射線があたる時の修復の程度についてはっきりした証拠はありません。つまり、“ゆっくりと”100 mSvの被ばくをした場合に、発がんの危険が0.5%増えるのではなく、多く見積もっても0.5%までは増えないということを意味しています。残念ながら、100 mSv以下の被ばくの場合、これ以上、詳しいことはわかっていません。 さて、話を全身照射に戻します。全身照射の副作用は、治療開始直後に生じる放射線宿酔(船酔いのような症状)と、治療終了後、半年~1年後に生じる白内障が知られています。若い女性の場合は、全身照射を行う時に、直接卵巣に放射線があたらないように鉛でブロックすることで、12シーベルトという極めて高い放射線による全身照射後でも生殖能力を保てる場合があります。実際、私たちチームの経験でも、妊娠・出産が可能になった症例もあります。(注3) 注3: Nakagawa K, Kanda Y, Yamashita H, Nakagawa S, Sasano N, Ohtomo K, Oshima K, Kumano K, Ban N, Nannya Y, Kurokawa M, Chiba S. Ovarian shielding allows ovarian recovery and normal birth in female hematopoietic SCT recipients undergoing TBI. Bone Marrow Transplant. 2008 Nov;42(10):697-9. (リンク:http://www.nature.com/bmt/journal/v42/n10/pdf/bmt2008234a.pdf) 全身照射と骨髄移植によって、白血病は不治の病ではなくなりました。しかし、12シーベルトを全身に被ばくすることになりますから、治療後に別のがんができる危険は高まります。実際、骨髄移植後の発がんについても、移植後10年の間に約2~4%の患者さんに、悪性リンパ腫や白血病など発生すると報告されています。ただし、これらの血液のがんの発生は、全身照射の影響よりも移植後に用いる免疫抑制剤(臓器移植にともなう拒絶反応の防止のための薬剤)の影響の方が強いだろうと推測されています。(注4) 注4: Majhail NS, Brazauskas R, Rizzo JD, Sobecks RM, Wang Z, Horowitz MM, Bolwell B, Wingard JR, Socie G. Secondary solid cancers after allogeneic hematopoietic cell transplantation using busulfan-cyclophosphamide conditioning. Blood 2011; 117(1): 316-322. 「レベル7」の今回の福島第一原発の事故でも、全身にシーベルト単位の被ばくをすることなど、もちろんあり得ません。その一方で、私たちのチームは全身照射(12シーベルト)といった、桁違いの放射線の医学利用を日常的に行っているのです。そして、こういった量の放射線を照射した場合でも、発がんのリスクは、「白血病の完治」という“利益”と比べて非常に低いと言えるのです。 2011年 04月 11日
私たち“team_nakagawa”は、東大病院で、がんの放射線治療を行っているチームです。私たちの本業の放射線治療を直接に通して、福島原発の事故で懸念されている放射線被ばくの問題を考えてみたいと思います。
“放射線治療シリーズ”の初回は、総論にあたる「イントロダクション」です。このあと、前立腺がん、白血病、甲状腺がん、などの放射線治療について、順次、解説をしていきます。一見、関係が薄いように見える、放射線治療と原発事故ですが、密接な関係があることを知っていただければと思います。 * * * * * * * * * 放射線は細胞内のDNAに傷を作ります。DNAは細胞を作る設計図面のようなものですから、DNAに傷が作られると、その細胞は生きてゆけなくなる可能性があります。 ただし、DNAに書き込まれた設計図にも重要な部分とそうでない部分があり、実は、重要な部分はごくわずかしかありません。たとえば家の設計図面でも、家の強度を保つための土台や柱・梁に関する情報のような重要な部分だけでなく、ひさしの大きさや壁の塗装といった、居心地の良い家にするために必要だが、なくても住むには困らないものについての情報も載っているのと同じです。 正常な細胞には、傷をうけたDNAを修復する機能があり、100-200 mSv〔ミリシーベルト〕以下の放射線量であれば放射線で受けた傷のほとんどは、わずか2時間以内で修復されてしまうことがすでに知られています。 さらに、傷を治せなかった細胞には、自殺(アポトーシスと呼ばれています)することによって、傷の残った細胞が増えてゆくのをふせぐ機能もあります。 また、傷が残ってしまっても、それが特に重要なもの(細胞の生存に支障をきたすもの)であれば、多くの場合は自然に細胞が分裂できなくなって死んでしまいますし、重要でない部分であればDNAに傷が残っても何の支障もありません(重要でない部分のDNAの傷は、生物の進化や多様性の起源であり、決して悪いことではありません)。 DNAにできる傷のうち問題になるのは、細胞分裂をコントロールする遺伝子(がん原遺伝子やがん抑制遺伝子がその代表例)に傷が残ってしまった場合です。その結果、細胞が分裂速度のコントロールを失って、際限なく細胞分裂が繰り返されるようになった状態が「がん」という病気なのです。 ちなみに、実際、毎日多数のがん細胞が、私たちの体内に生まれていますが、できたばかりのがん細胞は、体の中にある免疫細胞によってほとんどが殺されてしまいます。しかし、年齢とともに、DNAの傷が積み重なることで、がん細胞の発生数が増えていき、一方で、免疫の働きは衰えていきます。このため、年齢とともに、がんは増えていきます。がんは「老化の一種」だと言えます。 今や、日本人の約半分ががんになり、約3分の1はがんで死亡しています(注1)これの数字は世界のトップクラス。がんは、一種の老化ですから、世界一の長寿国であるわが国は、世界一の「がん大国」なのです。 注1: 最新がん統計(国立がん研究センターがん対策情報センター) http://ganjoho.ncc.go.jp/public/statistics/pub/statistics01.html 生命誕生以来、38億年ものあいだ、自然放射線とつきあってきた私たちの細胞には、DNAの損傷を修復する機能があります。1日に数ミリシーベルト以下の低い線量率(単位時間あたりの被ばく量)で、放射線を受けている場合には、傷がごくわずかなうちに、DNAの修復メカニズムが働き、DNAの傷を治してくれますので、放射線の総量(注2)が数Sv(シーベルト)になっても、まったく症状は現れないか、あってもごくわずかです(注3)。 注2: 外部被ばくと内部被ばくによって、体内に蓄積される放射線の総量。 注3: 電中研ニュース401((財)電力中央研究所) http://criepi.denken.or.jp/research/news/pdf/den401.pdf しかし、一度に大量の放射線を浴びた場合には、DNAにできる傷の数も多くなるために、傷をうまく治せずに死ぬ細胞が多くなります。その放射線量が250 mSvのレベルを超えると、白血球の減少といった検査異常(確定的影響)が現れます。 つまり、放射線量が同じであっても、一度に(短時間に)まとめて放射線を浴びた場合と何回にも分けて(長い時間をかけて)ゆっくり放射線を浴びた場合とでは、症状の現れ方がまったく異なります。これを放射線治療の実践から紹介したいと思います。 実際、人間は全身に4 Gy〔グレイ〕(4 Sv = 400万μSv)の放射線を一度に浴びると、60日以内に50%が死亡するといわれていますが、私たちががんを治すために患者さんに投与する放射線量は多くの場合、50~80 Gy〔グレイ〕(50~80 Sv = 5,000万~8,000万μSv)という量になります。それでも、患者さんは、日常生活を続けながら外来通院で放射線治療をすることができます。 これほどの大線量の放射線を、患者さんに治療として投与できるのは、何回にも分けて放射線をかけていることと(ふつうは1回あたり2~3 Gy〔グレイ〕 = 2~3 Sv = 200万~300万μSv)、全身ではなく必要な範囲だけに放射線をかけていることが大きな理由です。 ちなみに、がん細胞ではDNAを修復する機能が失われているか、少ししか残っていないため、放射線を分割しても一度にまとめてかけても、正常細胞ほど大きな違いが出ないのです。 放射線を何回にも分けて照射することを「分割照射」といいます。この分割照射によって、正常な細胞の放射線によるダメージを回復させながら、がん細胞をたたくことができるのです。よく、患者さんに、「何週も通うのは大変だ」と言われますが、分割して照射することで、放射線治療は「カラダにやさしいがん治療」になっているのです。 一方、放射線治療の副作用は、放射線が、かかる範囲によってもちがってきます。最近テレビや新聞記事などでも多く取り上げられるようになっている「ピンポイント照射」という方法を使えば、8~20 Gy〔グレイ〕という大線量の放射線を1回で照射することもできます。 仮に、がん細胞だけに完全に放射線を集中することができれば、放射線を無限にかけることができます。副作用はゼロで、がん病巣は100%消失することになります。今でも、この「理想」は夢ですが、かなり現実的になってきました。そして、「ピンポイント照射」を支えるのが、私たちのチームの要である医学物理士(医学物理学とは)です。 実際に、ガンマナイフという治療装置を用いたパーキンソン病に対する「定位的視床破壊術」では、きわめて限られた範囲に130 Gy〔グレイ〕という超高線量を1回で照射することもあります。この放射線は、もし全身に浴びれば数日後には死亡してしまうほどのものです。 3月24日に、福島第一原発3号機で、作業者3名が、足に2~3シーベルトの高線量被ばくをしたと報じられています。放射線皮膚炎の「しきい値」以下と思われますので、症状が出る可能性は高くありません。実際、3人は、元気に退院されています。しかし、全身に2~3シーベルト被ばくしていれば、命に関わっていたはずです。【全身被ばくと局所被ばくを参照】 このように、放射線の量が多くても、放射線がかかる範囲が小さければ、また、照射されるのに要する時間が十分に長ければ、身体への影響はほとんどみられません。このことを、私たちチームは、毎日の診療のなかで経験しています。そして、それは、今回の原発事故を考える上でも非常に重要です。作業員と住民の被ばくを分けて考える必要性もよくわかると思います。 今回の原発事故でも、避難地域の外側の地域では、1時間あたりの放射線量は医療で使用するものに比べ、はるかに少なくなっています。以前書いているように、放射線量がしっかりモニタされ、その放射線量に応じて適切に対処することは大変大事です(注3)。そうしたことを実践してゆくことで、一般市民の健康被害の影響を避けることが可能となります。 注3: 4月7日に報じられた原子力安全委員会の政府への提言では、「現在の避難などの考え方を見直し、周辺住民の年間の被ばく量が20ミリシーベルトを超えないように避難指示などの対策を行うべき」としています。 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110407/k10015147371000.html
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