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[27819] 【習作】彼はヒーローですか?
Name: 斉藤さん◆94ba50b5 ID:86a93d52
Date: 2011/05/16 08:00

 序章 竜殺し


「なぁ、そんなちんけな腕でいったい何を掴み取るつもりだ」
「馬鹿か、こんな腕で何をつかむんだよ。何一つ掴み取るつもりはないさ」

 じゃあなんで、そう簡単に命を張れるんだ。
 二人の間でわかる言葉、伝えなくても響いてきた言葉に、今世紀最弱の男は笑って答える。

「差し伸べるためだ」

 そしてもうひとつの腕はただその眼前の壁を砕くために。

 世界は魔法で包まれていた、ここでは科学はあっても常識ではなく、幻想があっても常識ではない。
 両方がまるで縄のように絡み合った水と油が融和する場所。

 世界は危機に瀕していた。科学と幻想が交じり合い生み出した異端の胎児、母の腹からこぼれて母を食らうために生まれた狂気の産物。

 名前を災害と言った。

 全長六十メートルを超える破壊の化身、だが人は無力ではなかった、断じて無力ではなかったのだ。自然をねじ伏せるように、災害と呼ばれた自分たちが生み出した化け物に対抗するために、災害に対する災害を作り上げた。
 理不尽を圧倒するための理不尽を、人はそれを陳腐な言葉でこう呼んでいた。

 ヒーローと

 体を特殊な装甲で包み、災害を蹂躙するべく彼らは存在していた。
 彼はそんな一人で、紛い物であった。災害に対抗するべく作られたその装甲は人を選ぶ。しかし選ばれなかった、彼は選ばれることはなかった。

 それでもあがいた、足掻いて足掻いて、結局手に入れたのは、片腕だけのヒーロー。
 だがそれでも彼はヒーローとなっていた。

 しかし今は土壇場、瀬戸際、彼の眼の前で語りかけてくるのは、あらゆるヒーローを殺した最強の災害である竜。それはかつて彼の愛した女、人間によって作られた災害であり大災害。

「ふふふふ、かつての私はもういないのに、竜にかなうヒーローがいるはずもないのに、まだあきらめないんですねあんたって野郎は」
「あきらめたらお前がまた消えるんだろう。振られたって良いじゃねーかよ、だったらこっちはお前専用のストーカーにでもなってやるよ」
「馬鹿、馬鹿だ、君は馬鹿だヒーロー。装甲の毒に置かされてあんた自身がいつか災害になるかもしれないのに」

 かつての私のように、その毒に食い殺される新たな竜になるつもりか。

「冗談だろう、俺が竜に納まる器かだと思ってるならそれは買いかぶりすぎだ」

 なれて死体が関の山だと軽く笑ってみせる。
 世界最高の装甲への不適合率を見せた人間は、自分がそんなものに変わるはずがないと、世界最強のヒーローだったそれに告げる。

「流石、流石だなぁ、君は大好きだったころと変わらず格好いい。本当に手放したくなかったけど」

 彼女はゆっくりと自分の右腕彼に見せる。
 それは装甲と殻が融合し人としての形を失った異形の腕、まるでミミズが体中にまとわりついているように、太い繊維がくちゅりと粘液をこぼしながらうごめいていた。

 それが人間の体に擬態するのは少しの時間を要したが、それが竜と呼ばれる災害の象徴でもあった。そんな彼女の姿を見ても彼は何も言わない、ただ少し困った表情を見せるだけだ。

「露出が趣味なわけじゃないだろう。見せられてももう大体見ちゃってるしな」
「恋人だったものの隠された恥部じゃない、内臓以外はほとんど見せてあげたけど、こういう刺激は嫌いだったのかな」
「そりゃそんな泣きそうな顔見たくないに決まってるだろう。そんな腕ちょっとしたアクセサリーみたいなもんだ」

 馬鹿だ、馬鹿だと、彼女はなきながら彼を罵っていた。
 だがもうここはとっくに分水嶺を越えている。彼女はすでに終わっていて、彼はそれを終わらせるのが役目であった。
 二人はそれを知っていながら会話をとめることをしない、別れを告げることをしない。

「馬鹿だよ、それがこっちの大好きな君ではあるのだけど、そのために新ではやれないよ。こっちにはこっちの理屈が合って、そのために人類は不要だと言うことには変わりがあるわけじゃない」
「そのために災害になったわけでもないのに、どれだけのヒーローを引き連れるつもりだよ大災害」
「決まってるじゃないか、君以外すべてだ。君以外すべてが賛同してくれるんだよ」

 その言葉に彼は若干納得してしまう。
 狂気と言う鉄火場の中にいる存在が、同じ場所にいた竜の狂気に賛同しないのかと言われればしてしまうやからの方が多いだろう。

 彼はヒーローに対して幻想を抱いていない。同じ存在であるからこそ、いくらかの存在は食われてしまうだろうと、何より勝ち目のない戦いに挑む馬鹿は、現状存在するヒーローでは自分ぐらいだと言う確信があった。

「だからと言って、あきらめる要因にならないけどな。いつになったら俺の手を握り返してくれるんだよお前は、俺はそれが問題だと言ってるんだけどな」
「一生ないだろうけどね。どれだけ差し伸べられても余計なおせっかいだよ元恋人」

 そんなことは重々承知なのだろう。彼女の言葉に対して彼が返す言葉は、さして前と変わらない、しかし次はない。

「ならストーカー確定だと言いたいんだけど、これ以上は無理か」

 たださびしそうに言葉を作るだけだ。
 そこには泣きそうな、悲しそうな、辛そうな、慙愧に耐えない声が響くだけだ。

 イップスワン(欠陥品)開放

「なら止めるべきなんだろうな。お前が好きでいた俺は、ここで止めないといけないんだろう」
「そうだね、私の知る君なら、いや君なら、止めるんじゃないのかな」

 彼女と同じ右手から、彼がヒーローだと言う証が浮かび上がる。
 剣と呼ばれる装甲、体内に存在する魔力生成器官に刺激を与え増幅を促し、同時にその装甲によって災害の攻撃さえも防ぎきる最強の矛であり盾。

 本来はそれ自体が全身に刻まれ、個人によってその装甲に特徴が出るものだが、その中でも彼は特徴的であろう。
 ただからだの一部、詳しく告げるのなら黒金の腕がそこにあるだけ。イップスワンと呼ばれたヒーローのそれが剣、そして盾のないただひとつの災害への足がかり。ヒーロー史上最弱と呼ばれ続ける彼の姿だ。

 だが変身と同時に彼は血を吐いた。
 本来であれば装甲によって生成器官を保護するのだが、右腕だけのそれは宿主さえも傷つける諸刃の剣であった。
 本来生成器官の限度を超える魔力を操るなんていうのは奇跡の代物。同時に体が耐え切れるはずもないのだ。

 それこそが彼女の告げた装甲の毒。
 いつか野垂れ死ぬと断言していた彼の姿だろう。

「ヒーローね、一番失敗作に近いはずの君が、一番ヒーローに近い気がするよ」
「そいつは僥倖だが、困ったことに一番救いたい奴が救えないんだ、卑怯者にしかなれやしないけどな」

 対災害級魔法を駆動させる。大気にさえ響き渡る、災害の天敵は、最弱のヒーローにすら反則的な強さを与えるが、そこにいるのは災害ではない大災害と呼ばれる竜だ。

 オールインワン、最終起動

 その魔力をたやすく上回り、ヒーローと同じく装甲を体に装着する。息吹とかつては呼ばれたその装甲は、かつては彼と真逆の白金の剣。人でありながら人から外れた、最強。

「さて、どうするヒーロー彼我の戦力は絶望的だ」

 空を貫くように竜の魔力が咆哮をあげる。たかが人ではどうしようもない絶望だが、小人は閑居に不全をなそうと彼は意志を固める。

「絶望なんてたやすく言うなよ。希望と同じぐらいまれな言葉だぞ、これから始まるのは、振られた男が復縁を迫った女を襲うそんなちんけな話だ」

 剣しか持たないヒーローは、そんな事を呟いた。災害でないときから、いやヒーローすべてに勝てなかった彼だ。今の彼女に勝てるはずがない、だがそれでもここで退くような男なら、最弱の嘲笑を受けてもなおヒーローにはなるはずもない。

「ばっかだなぁ、本当に馬鹿だ。私の君は両思い、ただ結ばれるだけが恋愛じゃないと言うだけだよ」
「ならここで関白宣言でもしてやろうか、困ったことに俺はお前より先に死んでやれないがな」

 ただ災害と渡り合うだけでヒーローと呼ばれるこの世界だが、彼女はいつも思っていたことがある。本当のヒーローというのは絶望さえ絶望に感じさせない、絶望への天敵のような存在ではないかと。

「どうやって私を殺すつもりなんだか、どのヒーローですらも私に屈服していると言うのに」
「しいて言うなら愛情とかだろう。知らないだろうけどさ、俺は本当にお前にべた惚れなんだぞ」

 装甲の外側でさえわかる彼女の驚きぶりに彼は昔を少しだけ思い出した。そう言えば自分がヒーローになったのも彼女のためだったと、今思えば笑える話だ。

「俺はお前を守るためにヒーローになったんだ、お前を救いたいんだよ。竜になる前のお前との約束さ、絶対に守ると言ってしまったんだよ」

 そして言い切る言葉はのろけ、過去を振り返りながらそんなことを思う。さらに収束し形状を変えて力の形を作り上げ、彼は最大の最小を彼女は最悪の最大を。

「律儀だねぇ、私に操をささげるつもりかい」
「というより捧げただろうが馬鹿か」

 そう言えばそうだと、最後の思い出を彼らは楽しむ。
 これから裂ききっと彼女と彼の会話はなくなり、結果はきっとどちらかが嘆き悲しみ、過去を引き摺るだろう。
 そしてきっと、乗り越えて前を向いて歩き始めるのだ。

「さて、もう終わるか。そして始めるけどよ、先に言っておくが殺してごめんな春風」
「別に良いよ、私こそ殺させるように仕向けてごめんね太陽。
 あと残す言葉はこれぐらいかな、頑張れヒーロー、私の分まで頑張れ、頑張れ、頑張って、いっぱいいっぱい頑張って」

 この会話が終れば彼らは殺しあう。
 そして彼女はきっと彼に殺されるのだろうと確信していた。なぜなら彼は彼女との約束を破ったことはない。
 いつも、いつだって、どんな無茶だって現実に変えてくれた。きっと彼は彼女だけのヒーローだったのだ。けれど終わりはこんなにも傷つけてしまう。

 自分はいつでも彼を傷つけるだけだったんじゃないかと、そんな風に思って涙があふれてきた。
 だからせめて最後はそれ以上の無茶をを言って実現してもらおうと思うのだ。

「私を忘れてください」

 そんな愚にもつかない願いを彼女は願う。
 きっといつか忘れてくれるだろうと、願いをかなえてくれるだろうと、いつものように笑って彼は答えてくれるだろう。

 確かに彼は笑っていた、今まで見せた事がないほど優しく笑って、

「お断りだ馬鹿」

 彼女の顔に振るスイングの拳が打ち込んだ。
 その上踏みつけてくる。

「痛い、って言うかひどいよ、え、ここは涙を流す場面だよ」
「良いか俺はお前を一生忘れない。これからすることも含めて、すべて忘れるか、今から行うのはちょっとインモラルな恋人同士の肉体接触に過ぎないんだよ。
 SMとかそんな感じだ、俺はそのミスでお前を殺すだけなんだ。ただの愛情表現に過ぎないんだよ」

 無茶だ、無茶苦茶過ぎる、どうしても笑いがこみ上げてしまうのは仕方のないことだろう。
 きっと彼がこんなのだから自分は惹かれたのだと、再認識して余計に泣きそうになる。

 今から行うことすら彼はそう思うのかと、そういう風に貫くのかと、つまり今から始まるのは、ただの恋人同士がいちゃつくのと変わりがないということだろう。

「は、はっはははは……は、はは、馬鹿だ、無茶苦茶だ、そこまで貫かれるともう、生涯勝てる気がしなくなる」
「お前いには今まで負けっぱなしだった気がするけどな」

 愛してるよと呟いて、彼女は自分を保って思う。
 想い続ける、頑張ってと彼女は心で願って顔で笑う。そこでようやく彼の顔を見て泣き出していることを理解して感情の限り声を上げた。

 それは今までの竜と呼ばれた魔力の鳴動よりも激しく空間を震えさせる。

「じゃあ誰も見てないけど二人でいちゃつこうか、ちょっと青姦なんて初めてで興奮してきた」
「ああ、なかなか出来るもんじゃないしな。まったく面倒な女に惚れたよ、ああ忘れてたけど一生涯愛していますよー、お前の生涯のストーカーのつもりなんでよろしく」

 最悪の下ネタだ、わかっていても、これが二人の終わりだ。
 いつも通りに終わらせたかった。転生しても愛してやるよと笑っていっていた、そして泣いていた。

「君はやっぱり馬鹿だよ。挙句に女の趣味が悪い、そして性癖も最悪だ」
「性癖はお互い様だよ。ま、いいや、後は終わったあとにしよう。さあとりあえずの変態プレイからとりあえず始めよう死姦は趣味じゃないから心配するな」

 それでまた彼女が馬鹿といって何もかもが終わる。

「けどさ、君が言うから我慢できるや。頑張れ、頑張って、これからも頑張って生きて、頑張って、もうこれしか浮かばないや」

 頑張れ、頑張れと、これからすぐに死ぬかもしれない彼に彼女は泣きながらずっと言い続ける。
 その言葉が終わったときが彼らのすべての終わりだった。その顛末もあまりにたやすい、彼女は新で彼は生き残った。
 それはきっと本当に奇跡のような所業、竜をはじめて殺した最弱のヒーロー。

 だが彼に賞賛はなかった。
 災害を殺すヒーローさえも殺す災害を殺したヒーロー。彼が竜を殺したときに望んだ報酬はその情報の秘匿であったのだから。

 そんな奇跡から八年後。

「先生もっとまじめに授業をしてください」
「あーおっぱいは重力に勝っている間が一番さわり心地が良いんじゃないかと言う持論があるんだけどどう」

 二十六の男は首を傾げて可愛げを見せてみるが気持ち悪いだけ。
 なにより言っている言葉がかつてと変わらず最悪だ。

「何を教えとるんですかあなたは、何であなたみたいな教師がヒーローやってるんですか」

 竜殺しの英雄は教師になっていた。
 あまり真面目ではない様だが、彼はまだ生きていた。

「いや、今までの人生の結論を出そうと必死になってるんだけど」
「そこが集大成ですか、違うでしょう、もっと違う方向に」

 過去の女にとらわれながらも、ずさんに楽しく、それなりに頑張って。それにまだ竜はいる、息吹だけじゃない、爪も牙も尾も災害は終わっていない。
 ヒーローは次代を鍛えるべくここにいた。
 真面目ではないけれど、かつてのように必死でもないけれど。

「あのな俺にはもうそれしか残ってないんだよ」
「え、何でそこに決着するんですかあなたの二十六年」

 彼は頑張って生きていた。





あとがき
続きます。半年後ぐらいに。



[27819] 一章 彼は教師なのですか?
Name: 斉藤さん◆94ba50b5 ID:86a93d52
Date: 2011/05/28 04:02
 災害が始めて確認されたのは、紀元前の話らしい。
 しかし現在のように、頻繁に現れていたわけでもないようで、神話などにその一端を残す程度だったと言う。
 そもそも災害が現代にあふれ出したのは、人間の所為であった。

 環境にダメージを与えないクリーンで何度でも再利用可能なエネルギー。そう信じられていた魔力を人工的に生み出す魔力炉が開発され、その性能を上げて、量産にこぎつけてから二年ぐらいだろうか。

「なんか災害が無茶苦茶出るようになったんだよ」

 比較的真面目に授業している光景だ。
 偉大なる英雄はやる気なさそうに、ホワイトボードに災害の歴史を書き連ねていっている。
 特殊な機能を持つ装甲を生み出す生徒のためだけに作られた特殊学級、変人ぞろいと評判のクラスであるが、授業は比較的真面目なようだ。

「ま、それが、なんだって話なんだけどな。ここで覚えるべきなのは魔力を過剰に浴びることによって自然現象や動物や虫、植物は災害へと変貌するとおぼえておけばいい」

 ここ重要だからテストに出すかも知んないとか適当なことを彼は言っている。こんなの誰でも知っている常識だ、入学から三ヶ月いまさらこんなことを教えている彼だが、別にこれからの内容のための再確認に過ぎない。

 それを言っているからだろう、生徒の中でも真面目な日野坂真弓が、何も言わずに真面目にノートをとっている。

「さてこれからが本題なわけだ。なら人間はどうかという話だな、世ほどが起きなければ人は災害には変わらない、特に平穏な一般人じゃあそんなことはおきない」

 だが何にも例外はあると、このときばかりは真剣な顔をしている。
 ヒーローなら誰もが知っていることだ。だが一般人は誰も知らない、そして知らされてはいけない。

「だが生成器官から無制限に魔力を増幅させる装甲を持つヒーローは例外だ、人間であろうとその耐性を上回る魔力を浴びれば災害に変わる。それを竜って言うんだけどな」
 
 噂としてはそれなりに言われてきたことだ。
 だがその言葉はヒーローになるものにとっては重い。自分が倒すべき存在に成り下がると言われればそれは、仕方のない話だろう。

「ま、それはかつての装甲の話であって、今は違うんだけどな」

 増幅限度を制御することによって竜になることを抑制するように今の装甲は変化している。だからさして問題じゃないが、彼は生徒達に認識してほしいことがあった。

「竜はな、お前らの先輩なんだよな困った事に、まだ装備もまともに稼動していない装甲の黎明期に活躍した人々だ。困ったことにな器が違いすぎるんだよ」

 あの当時の装甲は性能は高かったが、極端に適合者に依存した演算能力だったと、そういうマニュアル的な処理を平然と行いながら戦闘を可能とした存在たち。
 本来であれば魔法省認定の大魔法使いに認定されていてもおかしくない人材たちばかりだった。

 だが生徒達は違う、どこまで特殊な機能を誇った装甲であったとしても、かつて人類の奇跡と呼ばれた大魔法使いにはどうあっても劣る。

「竜はいわば人をやめた人間だ。人間が叶うわけがない、だから逃げろ、わき目も振らずに逃げるんだ」

 ヒーローを育成する学校で平然とこんなことを言う人間も珍しいだろうが、それほどまでに竜は圧倒的なのだ。竜を殺した英雄が言うのだ、どうあっても間違いのない話なのだが、生徒達は納得いかないようで、表情が明らかに反抗的だ。

「先生それはいくらなんでも暴論では」
「八一接続回路を三二回路に接続中、六一甲演算を行え、さらに一八回路を八一回路に接続しながら十八種丙演算、その演算によって増幅された全接続回路を五甲種回路に集中」

 生徒への反論を許さない無茶な魔力行使。簡単に言えば、右手でピアノを弾きながら左手で食事をしつつ、左足で電卓を叩き、右足でバレエを踊る事を成立させろと言っていると思えばわかりやすいだろうか。
 無茶すぎるのだ。

 生徒は彼の発言にいったい何をほざいているこの乳房マニアとか思っているが、それぐらいには彼の発言は絵空事だ。

「今のが出来なければ、竜の毒に食われる。その演算が出来た八年前のヒーローの半数はそれでも死んだんだよ」

 当時のヒーローの非常識ぶりがわかる一端だ。
 そうやって演算と回路設定を行わなければ、竜が持つ毒にも似た魔力によって、体を侵食され軽度災害へと変貌することすらある。眷族と呼ばれる竜ではない災害に変えられるのだ。
 
 そして竜がどういう存在か、嫌でも理解させられる。
 あれは理不尽の塊であると。

「と言うわけで逃げること、竜とまともに現在やりあえるのは、白銀の装甲の持ち主ぐらいだ。次点で仙人か、まーそんな感じだ、俺も竜を見たのは三体ほどだけど、ヒーローとしては二回目で終わったからな」
「質問ですが逃げることが出来なかったらどうするんですか」
「自爆するか、無為に挑むかだ、生き残りたければ竜を殺すしかない」

 この教師は常に竜の危険性を教えるときだけは本気だった。
 優秀な教師ではないのだろうが、元ヒーローで竜との戦闘の経験者、現在生きているヒーローの中でも最も古参の存在なのだ。
 だからこそ彼の言葉を聴いて入れば竜という恐ろしさを否応なしに痛感することになる。

 最もイップスワンと呼ばれたヒーローだと知られていることもあるが、あまり生徒から戦闘能力のほうでの信頼を得たことはない。
 世界最弱のヒーローと呼ばれていたぐらいの人物なのだから仕方がないのかもしれない。しかし彼は実践で生き延びてきた古強者でもある、災害との戦闘の経験などによるアドバイスは異常なほど役にたつ。

 自然現象系の災害などの対策はほとんど教本以上の役割を果たしていると言えるだろう。実際に他のクラスからもそういった情報を聞くべく生徒が彼に日参していたりする。

「じゃあ、あの対竜演算はどんな感じなんですか。別に他の引退したヒーロー達からも難しくないとの事でしたが」
「覚える必要はない、血気にはやっても困る。それで竜が倒せると言うのすら眉唾だろう、ここで生徒諸君が覚えるべきなのは、災害への対処法であって、竜殺しじゃない」

 だが同時に竜に怯えた臆病者とも呼ばれいた。
 彼は必要以上に竜に対して関わるなと教える。他の教師なら教えているであろう対竜演算、さして難しくない演算だが、希望を彼は与えるつもりはない。

 そんな希望を与えるぐらいなら逃げ出すための実力を与えた方が倍はましなのだ。

「いつも、何でそんなに竜に対してシビアなんですか。竜殺しを成し遂げたと言うヒーローだっているんですよ」
「あのな、あれを甘く見すぎだ。奇跡と言う奇跡を累乗してもなお余るほどの奇跡なんだよ。そんなのは絶望となんら変わりない、なら見る必要ない希望は見ずに現実だけを見据えてたほうがましだ」
「人を守るためにヒーローになったんですから、竜に怯えるのは許されないですよどう考えても」

 典型的なヒロイズム、災害が起きて被害でもあったのか、それを悪と捕らえる風潮はこの世界に蔓延している。だが人間の身から出たさびにそれほど構ってやれるほど、現実がぬるい訳もない。
 同時に竜に怯えてしまうようなヒーローは、この世界に必要なはずもない。彼はそれをわかっているのかと生徒は睨み付ける。

「はいはい、まず竜と戦える土俵に上がることから考えましょうね。死ななきゃヒーローはまた戦えるんだからね」

 だが怯える以前の問題だと生徒の話を跳ね除ける。
 彼にとって差ほど重要ではない内容なのだろう。怯えるとか怯えないとか、ヒーローであるのなら石にかじりついてでも生き延びて、次に備える必要がある。

 そうでなければ誰かがまた死ぬからだ。

「正論ですが、先生に言われるとなんて腹が立つ」

 ある意味では最も近い場所で災害と戦い続けた最初期のヒーローの言葉だ。たとえ竜に勝てなくても、他の災害に勝てるのなら誰かを救える、そう当たり前に彼は判断しているだけだ。

「なんでだよ」
「時速八十キロで走行しているときの風圧が女性の乳房と同じ感覚か否か」

 びくりと体を震わせた。
 少し前に彼が堂々とヒーロー関係の論文中に潜ませた悪戯、こんなあほな内容を書くのは一人しかいないと、理事長あたりにまで怒られた言う。

「そんな事ばっかりやっている人の言葉が正論だって言うのが腹が立つんですよ」
「真剣だったんだが、というかいつもそういう事に対しては本気だぞ」
「あんたは二十六年間女の胸のことしか考えてないんですか」

 そう声を大にして叫んでみるが、首を傾げてみる。

 別にそういうこともないのだがと呟くが、信用に値しない。入学してから数日で彼に対する彼女の不信感は尋常じゃなくなっていた。

「あのさ、先生流石に否定できないでしょう」
「あ、水野か別に生徒の胸を触ったわけでもないしな。正直触れたいとも思わんし」
「水野さんこの人は、本当あのイップスワンなんですか、災害に唯一つの腕で立ち向かって勝利し続けたあのイップスワンなんですか」

 そうだけどと言ってみるが、彼女はどうにも彼に憧れていたらしい。絶望と言う状況を塗り替える片腕だけのヒーロー、確かにカタルシスを感じずにはいられないだろう。
 その所為で聞きたくないと叫んでいた、学級崩壊の現場が今まさにここにある。

「人を守るために今の私達と同じ年でヒーローの装甲を手に入れた、最年少ヒーロー、きっと高潔な人物だと思っていたのに」
「それは買いかぶりすぎだろう日野坂、俺は別にそんなつもりでヒーローになったわけじゃないし、なんていうか成り行きなんだよな」
「何でそう私の憧れを破壊しつくすんですか。二度も竜との戦いから生き残った奇跡のヒーローだったのに、ただのエロ爺ですよ。どんないじめなんですか、責任とって死んでください」

 さらに竜を殺したヒーローであると言われたら彼女は憤死しそうだ。
 イップスワンと呼ばれるヒーローはあらゆる意味で有名だ。その戦い方も装甲の姿も経歴さえも。
 十四歳よりヒーローの訓練をはじめ十六になる頃には、片腕ながら一線級のヒーローの一人として数えられ、四度目の災害討伐の際に竜と出会い交戦する。
 その際にひとりのヒーローが竜となるが、それでも生存していた。
 そして竜殺し事件とされる息吹の竜との戦いにおいて、二度の交戦をはたしそれでも生存した。

 これはどこの化け物だと言う批評を受けても仕方ない。
 他のヒーロー達は一度の交戦で殺されつくしたとされているのに、この生存率は尋常ではない。
 本来なら死んでいるはずの彼が生きているのだ、誰よりも脆弱なはずのヒーローが。

「うう、神様はひどい。私の憧れが、憧れが」

 だからこうやって彼を神格化している人もいるのだ。
 実際あの戦いで生き残ったヒーロー三十名の中でも、最も竜殺しの可能性があるとされる人物はやはり彼であった。
 その程度には彼の世間での知名度は高い。

「俺としては勝手な妄想を事実にされて肖像権の違反としか思わないんだけどな同思うよ水野」
「ははは、先生はなんとなく、日曜日には出ちゃいけないタイプのヒーローだとは思うよ」

 実は少しへこんだのだが、表情には出さずそうかとか細く呟いてしまう。
 そこまで自分と世間の間に差があるとは思っていなかった。
 それもこれも、今までの人生が良き急いでいたといっても過言ではないからだろう。

「ま、世界最強を守るとか言い張ってヒーローやってたから周りを見ることもなかったしな」

 守れなかったわけだがと、思って自分の無様な感情に笑いが出そうになった。
 しかし年頃の嗅覚なのか日野坂と呼ばれた生徒は、嘆いていた態度を一瞬で改めて。

「え、先生のロマンスですか、ちょっと詳しく教えてくださいよ」
「いや悲恋だからね、すごい悲恋だったから誰にも言わないよ」

 しかしそんな彼の言葉を聴くわけもないこのクラスの生徒。
 とくに彼に文句を言ってくる日野坂は、なんやかんやでイップスワンのファンである人物だ。
 現実とどれだけゆがんでいても、彼女の憧れは変わっていないから困った話で。

「おっしゃー野郎共、ヒーロの恋愛話の回やってきやがったぞー」

 何よりこのクラスには基本変人しかいないわけで。しかも火をつけたのは当然彼女で、テンションが上がった所為かすごい言葉遣いをしている。
 まるで爆薬の様に他のクラスの授業妨害確定の怒号が響き渡り、教師の一人が逃げ出した。

 勝てない勝負はするものじゃない、時には逃げることすら価値がある。

 そう教えてきた彼は、生徒の前で自分の言葉を実践してみせる。本当ならいい言葉のはずなのに、あらゆる意味で台無しであるが、そういう日々を彼は続けていた。
 竜を殺した日から、彼は頑張って生きている。


 

あとがき
簡単に言えば説明回。半年というのは宇宙から見れば二日とたたぬといっても良いほどの緩慢な流れですつまり半年が二日になっても特におかしくありません。



[27819] 二章 彼は英雄なのですか?
Name: 斉藤さん◆94ba50b5 ID:86a93d52
Date: 2011/05/28 03:59
 さほど優れた話ではないが、かつて一度だけイップスワンと呼ばれたヒーローは、ブラウン管の前に現れている。
 そのとき彼が話した言葉は、すべてカットされ役に立たなかったのだが、その記憶された媒体自体は今も残っている。

 災害を悪だという奴らは、それすべてが自分の生活の責任に過ぎないことを忘れすぎだ。
 ヒーローはその生活の尻拭いに過ぎない。
 いい加減に災害を悪というのはやめたほうがいい、災害で人が死ぬのはすべて自業自得だ。
 今まで生活の恩恵を預かりながら、否定なんていう代物をするのは、いくらなんでもひどい怠慢だろう。

 そんな事をいいながらヒーローを俺はやってるわけだ。最弱とか罵られたり、不完全体と呼ばれたり。
 だが俺は別に人間の為にヒーローをやってるわけじゃない、惚れた女がヒーローをやってるからそいつを守るためにヒーローなんて馬鹿な真似に命をかけているんだ。

 俺は赤の他人のために命をかけるような聖人じゃないからな。そういうのは他のヒーローに任せているんだよ。

 こんな問題発言をしていたヒーローは後にその理由を自ら殺してしまう。それと同時に英雄と呼ばれるようになるのだが、それを知っているものは少ない。

「あーあいつら普通教師を追い掛け回すか」

 授業も終わり仕事もそれなりに終わらせた彼は、自宅のソファーに体をあずけならがぶつくさと文句を言っていた。
 あのあと授業が終わるまで彼は追いかけられ、それで上司に怒られたりしたのだ。
 だがあの変人どもをこっちに回したあいつらにだけは言われたくないと、舌打ちをしながら出していた発泡酒をあおる。

 喉越しさわやかと銘打っていたそれは、値段相応の味を発揮しているが、疲れをとるような特殊効果はなく、アルコールの快感ではなく、それ以上の疲れをため息として吐き出させる。

 あれ以来彼はそれなりに生徒を吐き出して言って、中には災害に殺された者たちもいる。血気にはやって竜と戦おうとして返り討ちにあった馬鹿もいた。

 竜は手を出さなければ攻撃しては来ない。
 息吹がそもそもおかしかったのだ、自分に殺されるためだけにヒーローを皆殺しにするようなサイコ馬鹿だった。

 そんな女に惚れていたのが彼なのだが、あいつも言っていたが、女の趣味が悪いらしい。

「いまさら同感だよ」

 あの時同意しなかったが、いまさらになってそう思えてくる。
 当然のように彼女の死は彼にトラウマとして刻まれている。なによりあの時彼はヒーローとして死んでいる。
 
 かつて心臓に打ち込んだ無制限開放とされる初期の剣、現在の剣と違いリミッターすらついていない竜を呼ぶ魔剣といっても差し支えないだろう。
 しかしその分、今のヒーロー達よりも戦闘能力だけで言えば上になってしまう。だがその竜という危険性から、初期の剣を持つヒーロー達は尽く引退を迫られることなっている。

 不用意にその力を振るえば、新たな竜が出てくるかもしれない。そんなリスクは誰もごめんだ。
 そういったわけで竜殺しの彼も引退させられたわけだが、彼の場合は話が別で、これ以上の装甲起動は命を本当に削るのである。

 二十六にして体はずたずたで、竜殺し直後はそのまま志望するんじゃないかとさえ言われていた。
 もう戦うことすら難しい体になっているのだ。

「しかし先輩達の抑止力か、あっちの馬鹿じゃないから俺が使い物にならない事ぐらいわかってるくせに」

 胸を押さえてみる、そこには装甲の基点とな剣が打ち込まれている。心臓に根を張り一度植えつければ二度と抜き去ることが出来ないヒーローの証明。
 だが彼にとっては卑怯者の証明で、敗北の証でもあった。

「ま、次はどれじゃどうしようもないか」

 気分がどんどん滅入って来るのを酒で散らそうと考えてみるが、酒というのは同でもいいときには体を酩酊に誘う癖に、こういう時はきちんとしなさいとサドっ気を発揮してくれる。
 死ぬほどいらない気遣いだが、それでも考え続けるぐらいしか彼には出来なかった。

 そんな思考を散らしてくれたのは、電話が深夜に鳴り響いたおかげだろう。
 失礼極まりないと思いつつも、いまの思考迷宮状態の自分にとっては救いだった。
 けたたましく鳴り響く電子音の響きは。

「太陽、久しぶりだな」
「明月先輩ですか、えーと七年ぶりでしたっけ」
「三日ぶりだろうが馬鹿、顎が現れた。あいつが成り果てた関東の旧首都で再確認だってよ」

 それを言って自分にどうしろというのだ。
 本格的にヒーロー最弱という名にふさわしい状況にまでなっているというのに、何が出来るというのか。

「頑張ってくださいとしかいえませんよ。流石にカルテットは俺の領分じゃなく先輩の領分だ」
「せっかく息吹が撃退したはずの竜なんだぞ。お前にも思うところがあるかと思っただけさヒーロー」
「その所為で竜になったんですけどね。白銀が台無しになる可能性が少しまずいか、竜殺しのこつでも教えてやればいいんですか」

 死なずに殺せしかいえませんけど。
 それ以上に竜の思想に飲まれることの方が恐ろしいか、そう皮肉めいて笑った姿はぞっとするほど酷薄でそんな時思い出すのは彼女の言葉だ。

 いつかヒーローはあらゆる意味で竜に負けるのではないかと、そして新たな竜はいつか生まれてしまう。

「無駄なんじゃないかとは思いますけどね」
「息吹が言ってたんだったな。ヒーローはお前以外は全員、竜に引き連れられると」
「春風がですけど、そうですよ。竜とヒーローは表裏一体、あんな災害の地獄の中にいるんだ、そういう思考を持たない方がおかしい」

 目の前にいる災害は人間が生み出したという事実を彼らは常に正面に向けているのだ。
 人の所為で生み出された存在に、そのあまりの異常性に彼らはこう思ってしまうのだ。人は本当に救うべき価値があるのかと。

「否定できないが、そんな事を言う事でもないだろう」

 彼の言葉に反論して返された言葉は意外と辛らつだ。
 あくまで事実をのうのうと語るように、まるで朗読しているような錯覚さえ感じさせてしまう。
 それほど当たり前のこと様に、現実を語った。

「言っておきますけど俺のあなたもその一人だ。ヒーローだった奴らが思わないわけがない、そして結論もとっくに出ている、あんなの救う価値もないってね」
「じゃあ何でお前はそっちにいるんだよ竜殺し」
「こっちの方が性にあってるだけ、こっちはこっちで、救いたい価値もありますからね」

 確かに救う価値はないかもしれないが、救いたい程度の価値がないわけでもない。
 彼にとってはそれで十分なのだろう。
 その言葉に驚いたのは明月だ、息を飲み込むようにして驚きを隠そうとするが、荒くなった声は押し込んだ驚きを隠せそうもなかった。

「一番人間を嫌ってそうな奴が言うせりふかそれ」
「いや別に嫌いじゃないですよ。それにね俺も先輩も人間でしょう、自分達の尻拭いをするだけで、そんな当たり前のことが出来ない奴にはなりたくないですからね」
「お前な、今の瞬間のヒーロが抱えていた一生の命題を終わらせたぞ」

 その疑問にあたって、ヒーローをやめたものたちも確かに存在するというのに、人間嫌いになって隠匿したものもいるというのに、自分の尻拭いといわれればそれは仕方のない話なのだろう。

「それに俺がヒーローになった動機はあいつだけですからね。最初から人間になんて何の期待もしていません。希望なんて抱くだけ無駄な絶望ですよ」
「ヒーローは人に期待しすぎているって事か。ま、人体改造まで受けて守ろうとするやからばっかりだから当然か、真剣に考えすぎると」
「好きにすればいいとは思うんですが、みんな思いつめすぎるんですよ。自分がスーパーマンになったと勘違いしすぎ、人間が単純に力が強くなっただけ、その程度の話でなんで」

 幻想抱く意味がないんですよどちらも。
 自分も同じもんなんですから、期待とか希望ってのは常に逆の言葉とワンセットであるべきなんです。
 じゃないと絶望が過ぎると、吐き捨ててその事自体を皮肉るように問いかける。

「そう思いませんか」

 後輩だったものはすごくひねくれている。
 昔もこんなもんだった気がするが、けれん味が出てきた所為か無駄に威圧的で聞いている側の心臓に悪い。

「ま、いい、とりあえず伝えたぞ。あいつと話があるならどうにかしてやるからさっさと決めろよ」

 だがあえて問いを返さない。
 彼の言葉には思うところがあるのだ。そういう疑問を一言で解消することなどできるはずもない。

 これ以上彼とこんな会話をしていれば、自分自身の常識が揺らぎそうで恐ろしくさえ感じる。
 逃げるようにその話題を避けながら、気まずい感情を隠すこともなく声を上げた。

「はいはい、特に用はないですよ。それにあっちは俺が嫌いでどうしようもないでしょうし」

 俺はそれほど穏便でもないですしと、まるで挑発するように呟いた。
 今の言葉は聞けば聞くほど君の悪い言葉にさえ聞こえる。その体でまた竜に挑むつもりととらえられかねない一言だ。

 そうなれば竜殺しは間違いなく死ぬのだろう。
 だからこそ彼は一瞬で体が冷えつく。

「おいちょっとまて、今の言葉はどういうことだ」
「言葉のままの意味ですよ」

 奇跡は二度起こらない、二度起こせるなら三度起こせて必然に変えなくてはいけない。

 そしていま竜への抑止力である彼が死ぬことは、日本という国の終わりを意味している。
 合衆国や連合国が災害よって滅んだように、竜が現れると言うのはそういうことだ。

 人をねじ伏せる現実の壁である竜、その災害唯一の壁はすでにぼろぼろで動けば壊れてしまうような代物だ。

 そのことを問いただそうと必死になるが彼は飄々としたもので。

「ま、そういう事なんで、会いませんよ竜には。それと白銀には言っておいてくださいよ、奴らと戦うなら、対竜演算だけはやめろってある程度ダメージを与えたら逃げろって」

 そうやって時間を稼いで戦力をつけるしか、人類が竜に勝つすべはない。

「一人で竜には勝てない。今は時間稼ぎのしか出来ません。理解しているとは思うけど一応お願いします災害対策本部長殿」

 ぷつんとそうやって彼の電話は途切れた。
 これからまたすぐにかけなおされても困るので、線を抜いてかけなおされないようにしておく。

 明日になったら家の前に良そうだがそれはそれ、いい加減にアルコールの奴が自己主張を始めてきてまぶたが重くなってきていた。

「あーあいつの所為で俺の人生ずたずただよ。死んだら意地でも来世で結ばれてやる。覚悟してろよ春風」

 ベッドに倒れこむと、そのまま意識が真っ黒に塗り替えられていく。
 眠い眠いと自己主張を重ねながら、指の動きさえ緩慢になって、意識に帳が落ちていった。

 竜に対する対抗策竜殺し、すでにヒーローとしては役立たずで、もう一度戦えば死ぬのではないかというほどぼろぼろなヒーローは、いろんな考えを飲み込み眠っている間に考えを吹き飛ばす。

 どうせやることなんて変わらない。
 いつものように、彼は頑張って生きていくのだ。



あとがき
 いまさらだけど、一応舞台は日本。主人公がいるところは和歌山県。
 東京というか東日本は竜によって滅んでいます。



[27819] 三章 ヒーローとはなんなのですか?
Name: 斉藤さん◆94ba50b5 ID:86a93d52
Date: 2011/05/28 04:10
 三章 ヒーローとはなんなのですか?

 ちょっとした話なのだが、竜殺しである男は、実は転生という言葉を信じていない。
 来世なんてあるなんて最初から思っていない。
 じゃあお前が恋人に言った言葉は一体なんだったのかと思われるが、あれも彼にとっては本気の言葉だ。

 彼は信じていないが、彼女は信じていた。
 それだけで十分だったのだ。男は平然と現実だけ見ていたというだけ、しかしそれでも幻想にしがみつきたかった。

 振られた男の無様な執着だ。
 そう考えていられる間は彼女を忘れることはないだろうという
なんとも惨めな男だと笑ってやれるかもしれない。
 ま、男なんぞ馬鹿であるからこそ、と言うこともあるのだろうが、なんと言うか尽く人生に失敗したヒーローらしい馬鹿さかげんだ。

 彼と彼女が出会って恋に落ちて六年でそれは終わり。
 現実を見ていた彼だけが生き延び、幻想を形に変えようとしていた彼女は殺された。
 皮肉な形かもしれないが、生きることなんぞそんな物と思わなければ、やっていけるような代物じゃない。

 転生後とか適当に吹いているくせに事実、彼はもう終わったことだと思っている。
 だがそれが忘れる事と一緒ではない。まことに馬鹿馬鹿しい限りではあるが、英雄の末路としては比較的ましなパターンではある。

「白銀と竜との戦闘映像は流石に教材としては入らないか」

 顎と呼ばれた竜との戦いが終わり、一定値のダメージを与えたために帰還した現在最強のヒーロー白銀だが、竜の力はやはり絶望的で、山梨あたりまで侵攻を許してしまっている。

「ま、見せたところで現代の若者らしく絶望するか、血気に逸るか、どちらにしろ使い物にならなくなる可能性しかないから見せる必要もないか」

 明月によって渡された資料を見ながら、相変わらずの非常識な破壊力だと竜が放った重力砲のあとの報告などを見て失笑するしかない。

 本来竜の力さえあれば、太平洋で津波の一つや二つ起こしてしまえば、日本如き大陸は波に浚われそうなものだが、お優しい限りの竜達は、人間の抹殺にしか興味がないのだろう。

 丁寧に人類だけを殺戮しつくしてくれている。

「先輩達も馬鹿だよな、人に期待するっていうのは裏切られるって枕詞付きそうなものなのに、挙句に勝手に信頼して暴走するんだから」

 ヒーローは存在している限り人としては失敗作だ。
 皮肉ばかりが新しい油でもさしたように口から滑らかにあふれ出す。

「救いようが無いのはこっちも同じだけどな」

 過去ばっかりにしがみついて自分も未来さえ見ようとしていない。
 時折人類滅亡も、有りなんじゃないかとさえ思う時が彼にはある。ヒーローなら誰しもが抱えるような内容の言葉だ。
 竜はその裁定者だとのたまい、竜化しようとして勝手に死んだ馬鹿も何人か居る。

 救いようが無いと言われれば仕方の無い話だ。
 実際どうしようもない程に救いがたい存在ではある。救ってやる価値は物の見事に無いだろう。

「竜も結局は、理想に敗れたヒーローってだけの代物だし」

 現実に食いつぶされたファンタジーの残骸に過ぎない。
 竜はそんな遺物だ。
 その思考を究極までばかげた方面に跳ね上げた存在こそが竜だと言う専門家もいる。
 そんな理論はともかくとして、その人生の最後の最後に人を守るためにその命を焼き尽くし、その上で生き延びた彼らが目にするのは、少なくとも希望ではないのだろう。

 どれだけ高潔な人間の守護者であろうと、竜になれば人を殺す殺戮機関と成り果てる。

「じゃあ何で俺は竜にならないんだろうな。理想どころか生きがいさえも死滅してるってのに、約束ってのは難儀だな」

 彼はあの日から生きていたいと思った事は困った事に無い。
 死にたいとも思わないが、現代でありきたりな惰性の下に生きている。
 ここで彼女との約束の為と言い切りたい所ではあるのだが、口ではそういっても、結局は惰性に過ぎないと彼は思っている。

「どうでもいいけどさ、とりあえず頑張って生きるのが俺のとりえだし」

 やる気もなさそうに彼だけに用意された個室に入り寝転がっている。
 一応名目はあったはずだが、そんな内容はとっくに忘れているし、職場では竜の情報はここでしか見ることは出来ない。

 そんな理由から入り浸ることが多いのだが、今日は完全に休憩である。一瞬眠りに誘われまどろんでしまうが、ドンとどこからか大きな音が響く。

「ん、ちょっと音量が大きすぎたか」

 どうにも無駄につけていた備え付けテレビからは無駄に山梨にて竜を撃退と言う放送が流れていただけだったようだが、そんな放送を馬鹿じゃないのかと考えてしまう。
 竜殺しの彼はきちんと断言してやれるが、白銀は逃げ延びただけに過ぎない。

「ったく、言いつけを守らなかったのかよ。あいつらとやりあえるのはあいつぐらいだろうに、馬鹿なことばかりするな本当に」

 達磨で逃げ切ったかと言われれば、少しばかりかわいそうな代物だが、どちらかと言えばよく残った方と褒めてやった方がいいのかもしれない。
 今回の撃退と言う言葉は、はっきり言えば白銀を生贄にして時間稼ぎをしただけなのだ。
 これは人しか殺さない竜だからこそ出来る行為だ。
 ヒーローの体に呪詛と呼ばれる演算を付与し竜に食わせることで、強制的に竜を休眠状態に置く。

 文字通り時間稼ぎなのだ。
 無駄に白銀が粘ったことにより、竜は山梨まで侵攻してきた。これは困った事に大失態でもある。

 達磨になるほど食われなければ竜は止まらなかった。無制限に人の魔力を食い荒らす竜だからこそ、可能な時間稼ぎだったが、こんな事を経験させ続ければ、ヒーローだって狂うというものだ。

「対竜演算の打診までしやがって、無駄にプライド高いからなあいつは、餌になるのはお断りだったか」

 それで十分人が守れるってもんだろうがと、賞賛の言葉を与えられる彼女を当然のように侮蔑の言葉で罵倒する。
 先輩もそろそろあいつを捨てるかもしれないな。せっかく竜の下にいける餌だと言うのに、世界最強のヒーローの役割をわかっちゃ居ないとため息でも吐きそうな勢いだ。

「ああ、なっちゃ居ない奴らばかりだ。あいつもこいつもあれもそれも、竜を止めるのには生贄が一番だなんて、一番ましな案だろうが死ぬわけでねーのに」

 そんな事をぶつぶつといいながら、次の講義の際に教える内容が増えたと少しばかり彼は喜んだ。
 なにげなく自分が教師をしていることに少々の感動を覚えるが、同時にまた生徒が興るのだろうと嫌な顔をしてしまう。

 それどころか絶望ぐらい感じてしまうかもしれない。

 それこそ竜を見るよりも、竜殺しの希望を抱く彼ら若者だからこそ、生徒には簡単に教えられる内容ではないだろう。
 言えるはずも無いのだ、竜とやりあえるといったヒーローの役割は所詮竜への餌という事実を、教えるべきなのであろうかと。

「子供のうちには俺みたいに荒めともいえないし、心を削れって言うのもな、俺の性に合わないし」

 だがこの教師と言うのも彼女との約束だった、つくづく自分には彼女しか居ないと、それ以外は何も無い空っぽの人間のようだ。
 自嘲下にそりゃそうかと呟く、自分はきっとあのときに何もかもを消し去ってしまったのだと。

「こんな人間が教師やっててもいいのかね、教えるどころか、卒業生もそうだけど、逃げろ生き延びろとかそんなことしか教えてない。これは人類の存亡をかけた時間稼ぎだとか行ってた気がするぞ」

 事実は事実だが、ヒーローの夢と希望を抱く若者達には現実は不条理すぎるかもしれない。
 ヒーロを目指すものすべてが希望を抱いているわけではないだろうが、だがあらゆる意味でこの事実はヒーローを目指すものたちの心をへし折るのは間違いない。

 人類の竜への勝利は一回きりだと言う事実、そしてその竜殺しは使い物にならない。
 そして何より、その命を削ってまで人類を救う気は無い。最もそれは彼がヒーローになったときから換わっちゃ居ない話だ。

 そうヒーローには大切なヒロインが彼には欠けている。
 彼が救う価値を持つ存在が居なければならない。それを出来るのはもうすでに死んだ、息吹と呼ばれた竜だけだ。
 いや春風と呼ばれた女だけと言うべきなのだろうか。

 どこまで言っても彼は春風と言う人物に捕らわれ、それ以上前には進めない。果たして人の救えないヒーローに何の価値があるのか、そんなことは彼自身もわかっているだろうが、終わった人間にそれを求めるのは酷と言う物なのかもしれない。

「ああ、とは言っても、俺の我に生徒が関わって死ぬのもなぁ。授業だけは真面目にやらないと、俺のミスで人が死ぬのは一度っきりでいいしな」

 だがいまだに彼をヒーローと呼んでもいいのは、きっとこういう部分なのだろう。
 そんな彼の心根はともかくとして、実は堂々と授業をサボっている彼は、二人の生徒から見つけ出され引き釣り出されることになる。

「俺はお前らの為に政府に掛け合ってたんだぞ」
「寝ながらテレビ見ているやつの何を信じるんですか」
「俺を信じろよ」

 台無しな言葉を吐く。
 生徒達の冷たい目線も気にせずに言ってのける胆力はある意味ヒーローだが、それが人に尊敬される類のものではない。

「あー先生とりあえずさ、授業頼むよ。ヒーローの経験は私達の未来に役に立つんだからさ」
「そうか、しかたないか、なら今度竜の映像貰って来てやるか。古巣だったら、ある程度資料請求の許可がおりやすいだろうし」

 生徒からの動揺を楽しそうに感じながら彼は笑い出す。
 ぶーぶーと文句を言う生徒を軽く宥めつつ、彼が経験した実戦の話などをしながら教室に向かう。
 それが後のヒーロー達に役に立つのかわからないが、彼は自分の生徒だけには最強のヒーローになってほしくはないと考えてしまう。

「さーて、今日はイップスワンの得意技だった並列演算の基本を教えてやるか」
「いやそれって大魔法使いクラスの技術だから簡単には出来ないんじゃ」
「本当ですか、あの現象殺しに使った演算じゃないですか」

 生徒達を竜の餌にするのだけは彼はごめんだった。
 多分彼が死ぬときはきっと、生徒の誰かが餌になったときなのだろう。

「いや生徒のうちに現象殺しの技術を教えられても困りますよ」
「基本だっての、そんなの簡単に教えるほど俺も冒険しないってんだ」

 そうなる事をどこかで願いつつも、約束を破るようになるんじゃないだろうかと、不恰好な思考が浮かんですぐに消える。
 ここでもし生徒達を餌にするようなら、来世の彼女はきっと自分を好きになってはくれないのだろうと、彼女はそういう人だった。

「はい、はい、私は覚えたいですよ先生。応用とかも」
「黙ろうか、流石に今の私達じゃ無理だからさ」

 そんな彼女の最後の約束だからこそ、彼は今も頑張って生きているのだ。

 


あとがき
 ヒーロー=餌、あと竜が人間しか殺さないと言う説明回。
 鬱回がどっかであるかもねと言う忠告も一つつけときます。


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