池田名誉会長 在日朝鮮人説について |
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インターネットの中では、最近、当たり前のように「池田大作 在日朝鮮人説」が繰り返し語られています。 本名:成太作(ソン・テチャク) はたしてこれは事実なのでしょうか? この点に関して、以下の記事に良く解説されています。 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1227851122 (Yahoo知恵袋 「池田大作氏は在日なんですか?」) この記事を見れば、要点が良くまとめられていてわかりやすいのですが、このポータルサイトでも、記事を保存する意味合いも含めて、まとめてみたいと思います。 |
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1.はじめにこの先の記事にも書いてありますが、池田名誉会長は創価学会のトップとして、30年前に三代前の家系まで洗われていますので、在日という可能性は極めて薄いものといえるでしょう。 |
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「週間読売 1976年10月30日号P127) トップ閨閥と人脈 一家は代々ノリ漁業に従事、関東大震災で貧困のドン底 創価学会の池田大作会長の母親・池田一さんが先日亡くなった。 その葬儀には財界の大物をはじめ、ざっと6千人が参列したという。 池田大作は昭和3年、東京・大森の零細なノリ漁業者・池田子之吉の5男に生まれた。 大作には7男2女の兄弟姉妹がいる。 池田家が代々ノリ漁業に従事するようになったのは、天保の時代からである。 祖父・五右衛門の代には、百人もの漁師を雇って漁をしたほど栄えていた。 大正の初めには東京周辺では初めてのノリ採取用機械船を使用した草分けでもあった。 池田家の不幸は、関東大震災によって何もかも失ったことである。 漁場も、持ち舟も失われ、池田家は零細なノリ漁業者に転落してしまう。 |
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(記事に掲載された家系図) |
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2.在日朝鮮人説を最初に唱えた人物池田大作帰化2世説を、一番最初に言い出したのは富士谷紹憲という日本平和神軍という宗教団体に関わりのある細木数子の兄弟子でもある人物が発表した國民新聞のホームページの記事が発端です。ですが、このホームページが名乗っている國民新聞と言う新聞は1942年に都新聞と合併して東京新聞となり現在は無くっており、このホームページは右翼政治団体機関紙がなくなった國民新聞の社名と社歴を騙っているもので、かなり胡散臭い物です。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%8B%E6%B0%91%E6%96%B0%E8%81%9E_%281972%E5%B9%B4-%29 (国民新聞ーWikipedia) この富士谷紹憲という人物ですが、既に鬼籍に入っていて、そのプロフィールについては、見えないのですが、「永田町の陰陽師」とも呼ばれていたりする、かなり怪しい人物のようです。 【冨士谷紹憲氏プロフィール】 IOND University 教員の紹介 富士谷 紹憲 教授 国際政治学・東洋思想 IOND Univ./修士(東洋哲学) (ちなみにこの大学の設立者は日本平和神軍教祖) |
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3.まとめ北糀谷小学校に保管されていた羽田第二尋常小学校時代の池田大作の通信簿の写しをジャーナリストの溝口敦が取材で見せて貰っています。著者本人に問い合わせしてみたところ、通信簿には名前が「池田太作」と書いてあったそうです。 池田大作が小学生だった時代は、創氏改名以前で公的書類での通名制度もなかったので、池田大作が在日であれば朝鮮名で書かれていないとおかしいですね。 ちなみに、日本に帰化すると官報に住所氏名生年月日が掲載されますが、官報検索を行っても池田大作と同じ生年月日の帰化許可者は存在していません。 また、池田大作の父は在日が日本に帰化できるようになった1952年以前に死んでいるので、帰化2世ではありえません。 以上が在日説を否定する根拠となっています。 |
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4.僕の主観
これより僕の主観で少し追記をします。 |
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