【ラファ(パレスチナ自治区ガザ地区)花岡洋二】エジプト政府は28日午前9時、パレスチナ自治区ガザ地区との唯一の出入り口であるラファ検問所の常時開放を開始した。イスラム原理主義組織ハマスによる07年のガザ実効支配に伴い、イスラエルに協力して同検問所を封鎖したエジプトだが、今年2月のムバラク政権崩壊後に外交方針を転換。今回の「移動の自由」の拡大は、中東全域に広がる民主化運動「アラブの春」を象徴する動きであり、検問所のガザ、エジプト両側では「やっと自由を得ることができる」と口にする住民らが列を作った。
ガザ側の検問所待合室では開放開始前から、約200人が待機。カイロの病院で腎臓病の治療を受けるために生まれて初めてガザを出るという主婦、ワルダさん(27)は「6年前にガザで手術を受けたが根治せず、カイロで診てもらうしかない。うれしい」と話した。姉(当時31歳)は08年、がんの治療のため越境許可を待つうちに亡くなったという。
また服飾職人のナビールさん(47)は「封鎖でずっと精神的な圧迫感があった。今日は自由を確認するためだけにエジプトに行く」と笑顔で語った。
ガザは360平方キロに約150万人が住む過密地域。病気など緊急事態を除く厳しい移動制限に加え、封鎖に伴う経済的疲弊、イスラエル軍による空爆の恐怖もあり、住民の閉塞(へいそく)感は強かった。
だが今年5月、エジプト新政権の仲介で、自治政府主流派ファタハとハマスが和解合意。和解条件の一つとして、ラファ検問所の常時開放が盛り込まれた。金曜日と祝日を除く毎日午前9時~午後5時、女性と、18歳未満と41歳以上の男性はエジプトのビザなしで出入りができる。
開放初日の人出を約500人と見込んでいた検問所の職員の1人は、予想を下回る結果に「(開放実現に)半信半疑の住民が多いためでは」と語った。
ただラファ検問所の常時開放は「人」のみが対象。イスラエル境界のエレズ検問所での移動制限は継続する。さらに「物」の出入りは、現在も有効なイスラエル、自治政府、エジプトの3者合意により、イスラエルとの境界検問所を通すことになっている。
ガザ地区のシンクタンク「パル・シンク」代表のオマル・シャバン氏によると、封鎖によるガザの実質的な失業率は75%近い。イスラエルが陸・海・空のガザ封鎖を解除しない限り、ガザの窮状が根本的に改善することはなく、同氏は「ファタハとハマスは、和解合意に基づいて作られる統一政府と封鎖解除をイスラエルに承認させる政治・経済的な戦略を立案、実行しなければならない」と語る。
常時開放について、イスラエル政府は「ガザへの武器密輸が増える可能性があり、危険な展開だ」(シャローム副首相)と批判する。一方で、ガザへの違法越境や密輸は既に、境界の地下トンネルで行われており、むしろ陸・海・空の封鎖を続けるイスラエルに対する国際的な批判が「消滅する可能性がある」(イスラエル紙ハーレツ)との見方もある。
【ラファ検問所(エジプト側)和田浩明】ラファ検問所のエジプト側には午前9時の開門前に、大きな荷物を持ったパレスチナ人約20人が待ち受けた。
アクルーク・アジザさん(60)はアルジェリアから4年ぶりの帰郷。ハマスがガザを実効支配して以来、教師をしていたアルジェリアから戻れなかった。
「アラブの春」で、イスラエルのガザ封鎖に反発するアラブ民衆の声が反映されたと感じるアジザさん。「やっと息子に会えるわ」。笑顔で語る彼女が両手にかかえた大きなビニール袋には、孫にあげるお菓子や教科書が詰まっていた。
また検問所のエジプト側出口から姿を現した技師、ガミール・シャムートさん(52)は、パレスチナのパスポートを見せながら「今回は本当にスムーズに入国できた」と弾んだ声で語った。エジプトでやけど治療を受ける娘を見舞う。「今後も安定して出入りができる状態が続いてほしい」。シャムートさんの祈りだ。
毎日新聞 2011年5月28日 20時35分(最終更新 5月29日 0時45分)