細部のラインへのこだわり。素材の肌触りにも気を配って。
「空間の質を最終的に決めるのは“ディテール” だと僕は思っています。きっちり仕上げられた細部の集積が全体の雰囲気をつくり出す、と。ですから、ここでもディテールにはしっかりと気を配りました」 デザインがシンプルであればあるほど、ディテールが全体を左右すると語る阿久津さん。だが、そのディテールも、壁やガラスの納まり、造作家具のライン、壁紙や襖の張り、床材の張り方にテクスチャーなどなど、挙げたらきりがない。格天井の和紙の市松張りも肉眼できっちりと交わって見えるようにするには、ほんの数ミリ重なり合わせて張らなければいけないそうだ。些細な部分への気配りが、全体のクオリティを上質にしているのだ。さらに、その細部は見た目だけでなく、五感にも及ぶ。 「ここは、実は5つもの床材を用いているんですよ。エントランスはタイルと石、和室は畳、リビングは絨毯、廊下は木材と、空間ごとに変えているんです」 ゆったりくつろいでもらうために靴脱ぎとし、裸足になった時も足裏から空間の豊かさや心地よさをさりげなく感じてもらえれば、という意図だ。  | 
 			
すべては "もてなし" の心から
今回、幸いなことに宿泊させていただく機会を得た。アロマの出迎えを受けて飛び石で靴を脱ぎ、凹凸ある木の温かみを足裏に感じてまずはリビングへ。絨毯とソファのやわらかなテクスチャーに包まれて、備えられている絵本やディスクを楽しむ。夜も更け、バスタブにたっぷりと湯を張り、テレビを見ながらゆったり入浴。鋳物ホーローの浴槽はなんともなめらかで温かな感触だ。身体をあずけた時にもしっかりと受け止めてくれる、見た目ではわからない重量感や包容感もある。水の色の映りも美しい。シャープなデザインのハンドシャワーは、ほどよい重さで手に馴染む。シャワーは、水圧はあるが、思いの外、肌への当たりはとてもソフトだ。適度な刺激とやさしい触感で疲れをも洗い流してくれた。上質な水栓金具やバスタブがどれだけの使用感であるか、こればかりは実際に使ってみなければわからないと文字どおり肌で実感し、ふわふわのバスローブにくるまる。ほてった足に石の冷たさを心地よく感じながら、布で覆われた寝室へ。ウッドスプリングのベースに整圧布団、これまた適度な堅さの枕で、朝までぐっすり。ビタミン補給させていただいた。 実際にこの部屋で過ごしてみて、阿久津さんの言うディテールの大切さを改めて感じることができ、そのディテールはすべて「もてなしの心」から発せられていることにも気づかされた。 「このホテルは長い歴史があってとても古いのですが、ただ古いだけではいけないんです。その古さにはそれまで関わってきた人々のさまざまな思いが込められているわけで、その思いを含めた古いものを大切にしながら、今、私たちが生きているこの時代の新しさをも加味して、次へつないでいかなければならないと思っています。小山さんはそれをちゃんと理解されて、すばらしいお部屋に仕上げてくださいました。小山さんにお願いしたのは、小山さんが本質をきちんとわかる方、そして小山さん自身が本物であるからです。このホテルは、ゆったり静かな時間が流れる、癒される場所にしたいんです。他の場所では味わえないような。そのためには流行に流されない本物でなければいけません。本物には安らぎ、安心感、信頼感もありますね。お客様へのおもてなしも、表面的なおしきせのものではいけません。ですから、現在はサービスにもマニュアルというものを設けていないんです。どう接客すればいいかは、自分の大切な人を迎える時にどうするかを考えればわかると思うんですね。社員一人一人が、自分自身で考え、自然に接客する。そういうことが大切だと考えています」 そう話してくれたのは、金谷ホテル執行役員/ 統括本部長の井上槇子さんである。その言葉の端々に、老舗たる所以と本来のもてなしの精神を感じたように思う。ホテルとつくり手たち、みんなのもてなしの心から「オレンジスイート」の心地よさは生まれてくる。  | 
		
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