|
HOME >> 自治論説 >> わが町の条例 >> 11 |
|
|
|
【わが町の条例11】 生活安全条例を考える 亜細亜大学助教授
石埼 学
はじめに
生活安全条例といっても、自治体により名称はさまざまであり、「つきまとい勧誘行為」の規制が盛り込まれているもの、ポイ捨て禁止条例の要素が盛り込まれているもの、場外券売場の規制が盛り込まれているものなど、さまざまなバリエーションがある。しかし基本的には、防犯活動への市民参加・市民の防犯意識の啓発、公共の場所での表現活動規制、そして監視カメラ等の防犯設備の設置の推進を内容とするものが「生活安全条例」である。すでに多くの自治体で生活安全条例は制定されており、今後も制定の動きは続くものと思われる。本稿では、生活安全条例の基本的な問題点を指摘したいと思う。
1.防犯活動への国民参加の意義
生活安全条例は、どのような思想に基づいて出てきているのであろうか。まず、その点を検討する。 「今後の日本社会では、犯罪の発生は増加する可能性が高いと思われる。そして、その対応を、これまでのようにすべて警察等の公的機関に期待するのは難しくなっていく。皆がそれぞれの力を出し合って、可能なところから工夫していかなければならない。防犯は、すべての国民の課題であり、国民の参加が必要なのである」(「安全・安心まちづくり研究会」編『安全・安心まちづくりハンドブック 防犯まちづくり編』ぎょうせい、1996年、84ページ)。この文章を書いたのは、刑法学者の前田雅英氏(東京都立大学教授)である。 また、たとえば、2003年の年明け早々に新聞の折り込みで東京都下に配布された『広報けいしちょう 第8号』(警視庁発行、2003年1月15日)は、ピッキング対策のシリンダー錠や防犯ガラスへの交換などを推奨したうえで、「『安全な街づくり』のためには、このような設備面の整備とともに、地域住民が協力しあって犯罪の起きない街づくりをするという、共通の認識を持つことが重要です」等としている。 防犯のための「国民の参加」あるいは「地域住民」の「協力」というのが生活安全条例の基本思想であると見て間違いない。であるから、生活安全条例の問題を考える場合には、単純に、公権力による市民統制の強化という意味での「警察国家化」を嘆くだけでは、根源的な批判にはならない。行政・警察は、市民の「生活安全意識」の「啓発」(豊島区生活安全条例第3条1項の1の文言)によって、市民が、ボランタリィーに防犯活動へ参加していく社会を構想しているということにこそ注意すべきであろう。防犯活動・「安全・安心まちづくり」に自発的に参加する市民に、防犯意識・規範意識を植えつける(啓発!)というのが、生活安全条例のひとつの狙いなのではないだろうか。防犯活動への「国民の参加」思想のねらいは、市民が、見ず知らずの他者から地域を守るということではなくて、参加する市民自体を治安の対象とすることではなかろうか。「参加することに意義がある」とでもいうべきものだろう。 生活安全条例の法的問題点を批判するだけでは、不十分である。その背景にあるこうした思想との対決を根底に据えて、問題に対処する必要があろう。 2.警察主導の条例づくり
次に、各地の生活安全条例の制定過程の特徴を指摘することによって、この問題の深刻さを理解してもらいたい。 前提として、1994年の警察法改正が重要である。この改正によって誕生し、行政警察として幅広い権限を与えられた警察庁生活安全局(詳しくは、日本弁護士連合会編『検証・日本の警察』日本評論社、1995年、436ページ以下)が、生活安全条例の制定を推進しているのである。1996年には、警察庁生活安全局の推薦で、「安全・安心まちづくり研究会」が前出の『安全・安心まちづくりハンドブック 防犯まちづくり編』を刊行することになる。ここでは内容紹介はできないが、この出版物で明確に打ち出されている「安全・安心まちづくり」の一環として生活安全条例がある。 こうした背景があり、警察主導で生活安全条例はつぎつぎに制定されている。警察主導を裏付ける事実もある。千代田区や武蔵野市の条例制定には、警視庁からの出向者が深く関わっているのである(千代田区では、土木総務課生活環境改善推進主査。武蔵野市では、総務部防災安全課市民安全担当係長)。また、たとえば、八王子市の黒須隆一市長は、2002年12月10日の八王子市議会総務企画委員会で、条例の提案にあたって、法律家への相談はしていないこと、八王子警察署と高尾警察署に作成中の条例案を提出し相談したと述べている。「犯罪抑止の態勢づくりは警察だけでは限界にきているといわれており、県警は県内市町村に条例制定を要請」と警察主導の条例づくりを公然と(しかも無批判に!)報じているのは『神奈川新聞』2003年1月16日付(引用文中の「県警」は神奈川県警)である。 さらに、警察の関連団体である防犯協会などの請願や陳情が、「生活安全条例」が行政側から提案され、制定されるキッカケになっているケースが多い。2001年9月1日の日付で八王子市に提出された八王子市防犯協会の「八王子地域社会全体の総合治安力の向上について(意見)」は、「八王子市においても、八王子市生活安全条例を制定し、その旗の下に防犯協会をはじめ各種の団体、職域或いは有志個人を糾合し、街全体として諸般の活動に整合性を持たせ市民意識の効果倍増を期したいとの思いである」等といった内容となっている。防犯協会や防災協会などによる生活安全条例制定を望む請願や陳情は、杉並区や千代田区でもある。 以上の事実から考えると、生活安全条例の制定は、その過程の全般にわたって、警察およびその関連団体が主導して行われているものと思われる。 3.行政・警察・市民の「協働」
「生活安全条例」の中心的な内容をなすのは、防犯を「市民の責務」としたうえで、行政と警察と市民が一体となって地域の防犯活動を展開する仕組みづくりである。以下、いくつかの条例を例に見てみよう。 武蔵野市生活安全条例(2002年10月1日施行)は、「市民は、地域の安全を点検し、協同して犯罪を予防するための活動を行うように努める」(第3条)とし、市が「関係機関」と協力して実施する「市民生活の安全を確保するため」の「施策」(第2条1項)へ協力することも「市民の責務」と定めている(第3条)。第2条1項の「関係機関」には警察署も入るので、武蔵野警察署とも協力するように努めるのが武蔵野市民の「責務」とされているわけである。 そして市長を会長とし、武蔵野警察署長などを委員とする「武蔵野市生活安全会議」が設置され(第5条)、同会議が策定する「安全計画」を推進するために「武蔵野市生活安全対策推進協議会」が設置され、同推進協議会は「関係機関、市民団体等」で構成されている(第7条)。さらに「武蔵野市生活安全条例」では、「市内安全パトロール隊」(通称「ホワイトイーグル」)が市内の学校等を巡回することになっているが、同パトロール隊は、「不信な行動をとる人を厳しい目で見つけ出し、すばやく警察に通報」するという(『市報むさしの』7月1日号)。 「千代田区生活環境条例」(2002年10月1日施行、以下「千代田区条例」)では、区民は、「自宅周辺を清浄にする等、安全で快適なまちの実現に」努力しなければならない」(第4条1項)、「区民等は、相互扶助の精神に基づき、地域社会における連帯意識を高めるとともに、相互に協力して、安全で快適なまちづくりの自主的な活動を推進するように努めなければならない」(第4条2項)とされている。そして、区民は、警察署などの「関係行政機関」へ協力するものとされている(第4条3項)。千代田区条例の場合には、このような区民の責務を前提に、「区民及び事業者等は、……指定地区の環境美化に自主的に取り組むため、各地ごとの環境美化・浄化推進団体の組織づくりに努めなければならない」(第22条1項)、「区長は、前項の組織づくりを支援するものとする」(同条2項)とし、「自主的な」「環境美化・浄化推進団体」づくりを進めるとし、そうした各団体や区民の調整・協議のための「千代田区生活環境改善連絡協議会」を設置する(同条3項)と規定している。 「八王子市生活の安全・安心に関する条例」(以下「八王子市条例」、2002年12月20日可決・成立)は、「市民は、自らの安全の確保及び生活安全活動の推進に努めるとともに、市が実施する市民生活の安全のための施策に協力するものとする」(第3条)としている。そして、市長が委嘱する委員20名以内で構成される「八王子市生活安全対策協議会」を設置するとしている(第10条)。八王子市の場合、この協議会の委員として想定されているのは、八王子・高尾防犯協会、商店会連合会、商工会議所、学生代表、町会関係、八王子・高尾警察署、八王子消防署、市ほかである。 以上の例からも、各地の生活安全条例が、防犯活動等に、はばひろく区民を動員しようとしていることがわかるだろう。「生活安全条例」では、防犯を市民の責務とし、「協議会」を設けて、防犯協会、町内会・自治会、商店会、PTA、ボランティア団体あるいはNPO法人(日本ガーディアン・エンジェルスなどが考えられる)なども含めた住民組織を動員し、市民の防犯意識の高揚を図ることが目指されている。防犯活動への「国民の参加」が、このような形で具体化されるのである。そして、すでに条例が制定された自治体では、条例制定を機に防犯意識高揚のためのキャンペーンを行っているところもある。武蔵野市では、2002年11月9日に、「生活安全条例」が創設したパトロール隊の紹介などを内容とする「武蔵野市民安全大会」が開催され「防犯協会・交通安全協会・青少年問題協議会・PTA・商店会ほか各種市民団体の方など400人が出席」し、閉会後、吉祥寺駅北口と東口で「安全キャンペーン」を実施したという(『市報むさしの』2002年12月15日号)。 このように各種市民団体等を組織化し、防犯活動への市民参加を、網の目のような各種市民団体を通じて、呼びかける。それが、生活安全条例の基本的仕組みである。このように組織化された市民参加の主たる狙いは、繰り返しになるが、防犯活動への自発的な参加を促すことで、まさに参加する市民を規律することである。つまり、警察主導の治安対策の対象は、防犯活動に参加する当の市民に他ならないのである。 4.表現活動の規制
「生活安全条例」の特徴として、次に表現活動の規制があげられる。 「武蔵野市つきまとい勧誘行為の防止及び路上宣伝活動の適正化に関する条例」(2002年10月1日施行、以下「武蔵野市つきまとい防止条例」)は、「勧誘に対する拒絶の意思を示している者に対し、しつようにつきまとい、勧誘を行うこと」(第2条(1))と定義された「つきまとい勧誘行為」を道路や広場などで行うことを禁止(第3条1項)し、さらに「ビラその他これに類する物の配布」(第2条(2))等の「路上宣伝行為等」を行う際には、「他人の通行を阻害しない方法」でしなければならない(第4条)としている。そして、「つきまとい勧誘行為」禁止の違反者には、市長が「必要な指導」をすることができ(第3条2項)、路上宣伝行為等の適正化のために市長が市民に対して「啓発活動」をするという(第5条)。さらに市長が指定する「勧誘行為等適正化特定地区」(第6条、以下「特定地区」)では、市長は、「つきまとい勧誘行為」を行った者に対して「指導」・「警告」・「質問」(第7条)、警告等に従わなかった者に対する「勧告」(第8条)、勧告に従わなかった旨の「公表」(第9条)を行うことができる。また「路上宣伝行為等の方法の変更を求めることができる」(第11条)。このような規制には、同条例に基づく、つきまとい勧誘防止指導員=通称「ブルーキャップ」があたる(施行規則4条)。 「千代田区条例」では、「公共の場所において、チラシその他の宣伝物を配布し、又は配布させた者は、そのチラシが散乱した場合においては、速やかにこれを回収し、当該公共の場所の清掃を行わなければならない」(第13条2項)としている。違反者には、2万円以下の「過料」(第24条)が課せられることもある。 「八王子市条例」では、「事業者は、市民生活の安全を阻害するおそれのある宣伝行為を自粛するものとする」(第4条2項)という条項と武蔵野市と同様の「つきまとい勧誘行為」の禁止(7条)条項がある。 では、このような表現の自由に対する規制は、憲法上許されるであろうか。 たとえば、核兵器廃絶を主張する市民団体の署名活動を想定してみよう。通行人にビラを渡し、核兵器廃絶の重要性を説得する語りかけを行うことは、署名活動に当然に付随する行為である。そうした行為は、「市民生活の安全」(八王子市条例)を阻害することになるのだろうか。または「つきまとい勧誘行為」(武蔵野市つきまとい防止条例)になるのであろうか。あるいはビラ配りが、ラッシュ時間帯に駅前の路上で行われた場合はどうか。そのような行為は、人の流れを阻害し「他人の通行を阻害」(武蔵野市つきまとい防止条例)する方法に当たると言えるだろうか。もとより、このような市民の通常の表現活動を規制することは到底許されないが、これらの規制条項の文言があいまいであるから、「適正化」や「自粛」の対象になっているのかどうかわからない。意図的にあいまいな文言を用いて、市民の表現活動を牽制するねらいが、これらの条項にはあるのだろう。しかし日本国憲法第21条が保障する表現活動を規制する法令が、合憲であるための不可欠の要件として、「明確性の原則」というのがある。どのような表現活動が規制されるのかが法令の文言にはっきりと示されていない場合には、当該法令は憲法違反となる。そもそも、現行法令でも、屋外広告物法、屋外広告物規制条例、公安条例あるいは道路交通法第77条1項4号など、公共の場所での表現活動に対する規制はある。生活安全条例による表現活動の規制は、すでに厳しい規制が課せられている公共の場所での表現活動に、より厳しい規制の網をかけるものであり、表現活動を行う場を奪い去る危険が大きい。ほんらい駅頭、公園、広場などは、伝統的に表現活動に利用されてきた場所であるから、より自由に表現活動ができるように配慮すべきところである。 5.監視カメラ等の設置
警察庁生活安全局は、「安全・安心まちづくり推進要綱」(2000年)などに見られる「環境設計による犯罪予防」という刑事政策の本格的導入を警察は目論んでいる。それは犯罪を行う「機会」と「場」を無くすことで犯罪を予防しようとする刑事政策である(児玉桂子・小出治編『安全・安心のまちづくり』ぎょうせい、2002年を参照)。つまり「死角のないまちづくり」を行おうということである。こうした「死角のないまちづくり」の実現と関係するのが、生活安全条例における監視カメラ等の防犯設備の設置を市民に要請する条項である。 豊島区生活安全条例には、「区長は、共同住宅、物品販売業を営む店舗又はホテルその他不特定多数の者が利用する建物について、建築基準法……に基づく確認申請等をしようとする建築主に対し、あらかじめ防犯カメラ等安全な環境の確保に効果的な設備の設置等に関して、当該建築の所在地を管轄区域とする警察署と協議するように指導するものとする」(第7条)という規定がある。「八王子市条例」、「千代田区条例」、「武蔵野市生活安全条例」等にも同様の規定がある。武蔵野市の場合、このような規定の具体的内容を「施行規則」で定めている。 共同住宅等の不特定多数の者が利用する場所への監視カメラ等の設置がすすめられれば、どうなるであろうか。市民運動家や労働組合活動家と交流し意見を聞いたり、特定政党の機関紙を定期購読することすら監視されてしまいかねない。また「死角」というのは、マンションや団地などでは、子どもたちの格好の遊び場でもあり、子どもならずとも、いつもだれかに監視されているような街並みは、決して居心地がいいとは私には思われないが、どうであろうか。 まとめ 以上、生活安全条例の問題点を指摘してきた。生活安全条例は、表現の自由やプライバシーを侵害する危険があまりに大きいのみならず、防犯活動への市民動員を画策するものであり、地域で「不審者」探しを市民にやらせ、市民間の相互監視社会の構築をめざすものである。八王子市では、条例制定に危惧の念を抱いた市民が、即座に反対運動を開始し、駅頭などでのチラシの配布、宣伝カーによる連日の呼びかけ、市内の弁護士22名による反対アピール、市民団体・労組等の記者会見、議会傍聴など多彩な運動が展開された。そして、条例制定阻止には至らなかったものの、こうした運動の力を背景に、市長へ直接に要請を行い、市長から、政治活動や労働組合運動や市民運動へ条例を適用しない旨の書面での回答を得、今後の条例運用を監視する枠組みが構築された。杉並区でも、八王子市の運動の経験も踏まえて、強力な反対運動が取り組まれている。警察主導の「啓発」・「動員」によって、規律され、治安の対象であると同時に主体であるような市民になってしまう前に、また、「死角のないまち」で監視されてしまう前に、幅広い連携によって、市民は市民の、労組は労組の、議員は議員の、弁護士は弁護士の、学者は学者の役割を果たすべき時である。 (いしざき まなぶ/『自治と分権』第11号、2003.4) 【参考文献】
|
|