きょうの社説 2011年5月28日

◎ユッケ事件1カ月 厚労省も責任を免れない
 焼き肉チェーン店「焼肉酒家えびす」の集団食中毒事件は、発覚から1カ月がたっても 立件の道筋が見えず、捜査の長期化が避けられない状況になってきた。

 この事件では4人が亡くなり、患者は富山、福井、神奈川3県で168人に広がった。 17人は今も入院中で、重い症状が続く人もいる。結果の重大さを考えれば、責任をあいまいにすることは許されない。

 富山県などの検査で、ユッケ用の食肉は都内の食肉卸業者の加工段階で汚染された疑い が強まってきた。外形的な事実は徐々に分かってきたが、立件のハードルを高くしているのは、合同捜査本部が適用をめざす業務上過失致死罪に必要な「危険性の認識」である。

 厚生労働省は腸管出血性大腸菌O157による食中毒が続発したことを受け、1998 年に「生食用食肉の衛生基準」を局長通知で定めた。専用の設備管理や「トリミング」と呼ばれる表面処理実施などの基準を満たした肉だけを生食用とする仕組みである。だが、近年はこの基準を満たした牛肉は流通しておらず、飲食店が独自の判断でユッケなどを提供している実態が浮かび上がってきた。

 業者が「業界の慣習」と口をそろえるような無責任な状況を招いたのは、厚労省が衛生 基準をつくりながら、それを守らせる努力を怠り、規制が名ばかりになっていたためである。違反しても罰則がないというあいまいな基準では形骸化するのは避けられないだろう。

 今後の捜査では、食肉卸業者やチェーン店の運営会社など、流通の各段階で過失が重な る「過失の競合」の解明も必要になるが、チェーン店では多くの人間が業務にかかわり、衛生管理態勢と食中毒との因果関係を裏付けるのは簡単ではない。食中毒の「危険性の認識」の立証を難しくさせている背景には、行政の不作為もあり、厚労省の責任は極めて重いと言わざるを得ない。

 厚労省が食品衛生法に基づく罰則付きの新たな基準の検討を始めたのは当然である。生 肉を今後も商品として提供するなら、業界も信頼回復へ向けた手立てや再発防止策を講じてほしい。

◎サミット閉幕 原発安全強化の重い宿題
 フランスのドービルで開かれた主要国(G8)首脳会議で、日本は大変重い責務を負っ た。福島第1原発事故を確実に収束させ、経済を立て直して日本自身が世界経済の「リスク」にならないことである。日本政府は首脳会議で担った国際的な責任を、何よりもまず日本国民のために果たさなければならない。

 G8サミットで、日本の首相がこれほど注目されたことはない。首脳宣言に日本に関す る項目が特別に記されたのも異例である。それは、大震災による原発危機に経済低迷という「日本リスク」に対する各国首脳の懸念の強さを示すものにほかならない。

 福島第1原発事故を教訓に、原発の安全基準の強化を国際原子力機関(IAEA)に要 請するのは今回のサミットの成果といえる。しかし、新興国や途上国を含め、原発に対する各国の姿勢、思惑は異なるため、具体的な基準づくりは難航が予想される。

 安全基準づくりのベースとなるのは、日本の原発事故の調査・検証結果であろう。原発 の安全性向上の先頭に立たなければならない日本にとって、原発事故の徹底した原因究明と情報開示が果たすべき第一の責務である。

 その点で現在の政府と東京電力の対応は心もとない。発表内容が二転三転し、国際社会 の不信を深める結果になっている現状は遺憾である。政府が設置する「事故調査・検証委員会」を独立した第三者機関とし、国際社会に信用される報告を出す重要性を再認識する必要がある。

 首脳宣言で「日本との連帯」がうたわれ、各国の支援継続意思のほか、日本との貿易や 渡航について原発風評被害の解消に努める姿勢が示されたのは、日本にとってありがたい。欧州の財政危機や原油高騰などで下ぶれリスクのある世界経済の足を引っぱることがないよう「日本経済の回復力」を見せなければならない。

 そのためにも、大震災の復興プランの策定とその裏付けとなる補正予算の編成を速やか に行う必要があることを、菅首相はあらためて銘記してもらいたい。