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[19511] このすばらしい世界(タイトルを若干変更)
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:9cb7abc4
Date: 2011/03/06 11:29
どうも、普通のlifeです。チラシの裏の2作目が連載中なのに3作目を投稿する愚か者です。

この話は、リィンバウム+αで起こる事件に、オリジナル主人公が関わっていくものです。話の大筋は変わりませんが、所々変わっていくと思います。

2作目が完結するまで、更新速度は亀より遅いと思います。

サモンナイト3は、数年前にプレイしたっきりなので、色々と不備があるかもしれません。ご了承ください。



[19511] 第1章 忘れられた島 第1話 宣告は突然に 改訂版
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:9cb7abc4
Date: 2010/08/12 23:59


異世界『リィンバウム』に存在する、今やほとんどの人間から忘れられたとある島、その海岸の浜辺に、一人の青年が流れ着いていた。


青年は、海水でびしょびしょに濡れた軍服の上着を気だるそうに脱ぎ、大きな溜息を吐いた。

(何とか自分は助かったみたいだ…。が、部隊の仲間達はどうなったんだ?)

彼は、正確にどれほど経ったのか判らないが、とにかく自分が此処で目覚める前の事を思い出していた。

(この浜辺に打ち上げられる以前、自分の所属する『帝国軍海戦隊第6部隊』には、とある『重要なモノ』の護送任務が与えられ、護送のために『モノ』を積み込んだ船に乗り込んだんだったよな。そして出港からしばらくして海賊に襲われ、それに何とか対応して…、突然船に嵐が直撃してその衝撃で俺や部隊の仲間、果ては海賊達まで海に投げ出されたんだったか)

そこまで思い出して、彼は頭を抱えた。自分は運よく助かったかもしれない。しかし仲間もそうだとは限らない。海戦隊ゆえに、こう言った海の事故の悲惨さはよく知っている。最悪、誰も助からないということもあり得るのだ。

「さて、どうしたものか」

そう呟いた彼は、とりあえず自分が生き残るために、装備の確認を行う事にした。

(衣服は…落ちた時のままだ。しかし、ずぶ濡れだから何処かで乾かさないとな。武器は…あった。少し遠い所に『弓と数本の矢』が落ちている。愛用のモノじゃないが贅沢は言ってられないな。そして…)

彼は上着のポケットをまさぐり、二つの紫色の小さな石を取り出した。

『サモナイト石』と呼ばれるそれは、リィンバウムの周りに存在するという『4つの異世界』+αの住人達の力を借りる『召喚術』と言う技術を使用する際に欠かせないモノであり、彼のように召喚術を使用する人間には無くてはならないモノなのだ。

サモナイト石は原石を精練する事により五色に大別され、色によって何処の世界の住人を呼び出せるかが決まる。紫色は精霊や天使、悪魔と言った少し特殊な生命体が住む『霊界サプレス』の住人を呼び出せる。

彼は2つのうち、大きい方の石を手に取り、異界の住人を呼び出す為に石に魔力を込めつつ、呪文の詠唱を始めた。石が魔力に反応して輝きだす。

「…召喚。おいで、『ローラ』」

彼がそういうと、彼の目の前に光の球――異世界とつながる門、と彼は解釈している、が現れ、その中から背中から白い羽が生えた少女が現れる。

彼女――ローラは霊界サプレスに住む『天使』と呼ばれる存在であり、彼のパートナーでもある。

彼とローラが初めて出会ったのは、彼の軍学校時代の事だった。



当時、彼は『聖母プラーマ』という召喚獣(主に召喚された生物の事を指す言葉)を対象とした『誓約の儀式』の実習を受けていた。要するに、召喚獣を呼び出し、使役する授業だ。
同期の面々が次々と聖母の名にふさわしい、美しく慈愛に満ちた天使を召喚させていたのだが、彼だけは何故か、若干どころではないくらい幼い(見た目は当時の彼よりも下くらい)ローラを召喚してしまったのだ。そして呼び出した当の本人が

「聖母…でいいのかな?」

と、ローラが気にしている事を口走ってひと騒動あったりしたのだが、それから紆余曲折あって、今では召喚師と召喚獣という垣根を越えた家族のような奇妙な間柄になっている。



「いきなりで悪いんだけど、治療を頼む」

「…(こくん)」

ローラは彼の姿からなんとなく状況を察し、無言で頷くと、すぐさま天使が行使することが出来る『奇蹟』という力で彼を治療し始める。

すると、先ほどまで波にもまれて疲労困憊だった彼の体に活力が戻って来る。

ローラは見た目こそ幼いものの、こと治癒に関しては非常に高い力を持っているのだ。
しかし、彼女の技量が高いのか、他に何か別の要素があるのかは不明である。



「ありがと、もういいよ」

体力がある程度戻ってきた所で、彼はローラの治療を止めさせる。魔力の節約のためだ。

「さて、まずは周辺の探索からかな」

彼は次にすべきことをそれに決めると、もう一つ、小さい方のサモナイト石を持って
先ほどと同じ要領で、召喚術を行使する。

すると、ポンッという音と共に、黄色い体に星のマークが付いた尖がり帽を被った、小さな精霊――『ポワソ』が現れた。

「此処ら一帯をぐるりと回って、何かあったら知らせてくれ」

彼がそう命令すると、ポワソは体全体で了承の礼をした。

「…可愛いやつ」

彼はその姿がとても愛らしく感じたようで、ポワソの頭を帽子越しになでてやる。

「よし、行って来い」

一通り撫でた後、彼はそう言ってポワソを送りだした。


「さてと…ん?」

「…(どきどき)」

彼がローラのほうを向くと、彼女は頭を彼の方に向けていた。彼女が何を望んでいるのか、判る人には判っただろう。…が、

「ローラ、そこで固まってないでこっち来て何か使えるモノが無いか、探すのを手伝ってほしいんだけど」

彼は全く判らなかったようである。



この後ポワソが彼の同僚を連れて来たのだが、そこで同僚は『天使にしばかれる召喚師』という非常にレアな光景を目撃する事となった。



その後、彼は部隊の生き残り達と合流することが出来た。生存者は彼の予想に反して多く、生存者の中には、部隊長の『アズリア』、副官の『ギャレオ』、そして部隊の中では相当のひねくれ者である『ビジュ』と言った部隊の実力者の姿もあった。
しかし個人差はあれど、ほぼ全員が疲弊しており、彼はご機嫌ナナメなローラに頭を下げながら、治療に奔走した。さらに、偵察へ出た仲間が傷付いて帰って来るものだから、もう限界だ、と感じるくらいまで仲間を治療し続けた。




数日後、ようやく治療地獄から解放された彼は、一人周囲の森の探索へと向かった。本来ならばこのような状況で単独行動は命取りだが、彼は元々田舎育ちで、道なき道を行動するのは得意であったし、そもそも探索に出た理由が『治療に疲れたから、気晴らしに』という、あまり褒められたものではないので、適当な理由をつけて強引に偵察に向かったのであった。

「森の中を歩き回るなんて、子供の時以来だな」

彼は周囲の警戒を任せているポワソを眺めながら、自分の故郷について思いを巡らせた。



彼は帝国の辺境の村の、農家の次男として生まれた。彼は家族と共に畑仕事をするのも好きだったが、近くの山や川に遊びに行くことも同じくらい好きだった。時には畑仕事をサボって遊びに行くこともあったが、当時から長男が畑を継ぐことが決まっていたようで、親は半ばそれを黙認していた。おかげで彼は好きな時に畑仕事をし、好きな時に遊びに行く、という充実した生活を送っていた。

(まさかそんな生活を送っていたせいで軍人になるなんて、あの時は思いもしなかった)

そんな日々が終わりを告げたのは、彼がいつものように山で遊んでいる時に見つけた紫色の石――サモナイト石が原因だった。彼がその石を拾った瞬間、眩い光が迸り、召喚獣『ポワソ』――現在彼が使役しているポワソと同一、が現れた。

彼は最初こそ動揺したものの、何故か人懐っこかったポワソとすぐに仲良しになり、この後、彼は石とポワソを連れて家に帰り親に事の顛末を話した。そうしたらその事が村中に知れ渡り、元召喚師だと言う長老に、

「どうやらお前には召喚術の才能があるようだ」

と告げられ、軍学校へ行く事を勧められたのだった。

いきなり話が飛躍しすぎだろう、と思うかもしれないが、帝国では召喚術とそれに必要なサモナイト石が軍によって厳重に管理されているので、いくら召喚術の才能があろうが軍人でなければ使えない。
両親や村の人々には、宝の持ち腐れになるくらいならという考えと、貧困に喘ぐ実家や村を救ってほしいという考えがあったようだ。要するに出稼ぎである。


そして、村人全員の寄付によって彼は軍学校へ行くことになってしまったのであった。



「退役してこんな自然あふれる場所で暮らしたいなぁ」

彼の口からそんな言葉がこぼれる。軍人になった理由が理由なので、彼には軍人としての誇りというモノが欠けていた。人を傷つけるのも傷つけられるのも嫌い、できれば一生畑を耕して暮らしたい、と彼は常日頃から思っていた。だが、現実はそううまくいかない。退役するのにもそれなりの手続きが必要であるし、その理由が『畑仕事がしたい』では示しが付かない。何より軍人を止めたら彼の食い扶持が無くなってしまう。さらにひどい事に、彼の村は隣国との戦闘で壊滅しており、彼には帰る家も、帰りを待つ人も無い。

「はあ…」

深いため息を一つした後、彼は自分が気晴らしをするつもりで此処にいる事を思い出した。

(これじゃあ本末転倒だな)

そう思った彼は思考を打ち切り、めったにできない探索という名の森林浴を堪能することにした。



彼がポワソと森の中や、ある程度整備された小道を歩く事十数分、彼らは奇妙な建物を発見した。一目でリィンバウムの建築様式で無いと解るそれは、島の外れにポツンと建っていた。

「確か…シルターンでこういう建物が建てられると聞いた事があったな」

『鬼妖界シルターン』――人間と妖怪が住むと言われる異世界。4つ異世界の中で人間が住んでいるのはこの世界だけだという。

(となるとやはり住んでいるのは召喚獣なのか?)

彼は偵察をしていた仲間から、この場所は島であり、人間の事を嫌っている召喚獣が大量に住んでいることを聴いていた。もっとも、何故大量に召喚獣がいるのか、何故人間を嫌っているのか、は仲間に知る由も無かったが。

(聴いた話によると先日、ビジュさん達が島の住人達に攻撃をしたとか…。正直、『何やってるんだあんたらは!』…と言ってやりたかった)

しかし、軍では下っ端である彼は、上司にそんな事を言う事は出来ないし、なによりビジュは怖かった。

おそらく、もう島の住人は友好的な対応はしてくれないだろうな、と予想し、彼は今の状況のひどさに頭を抱えた。

彼は上司に対する不満を抑えつつ、この建物を調べるか否かを迷っていた。

(とにかく、召喚獣との接触は避けたいが、自分は建前上探索をしている身だ。何かしら成果があった方がいい…けどなあ)

彼が身の安全を取るか、メンツを取るかを思案し始めた。だがしかし突然、建物の扉が開き、扉の真正面にいた彼は完璧に扉を開けた者とはち合わせてしまった。

「いらっしゃ~~~い。…ありゃ?」
(しまった!)

中から出てきたのは、胸元を大きく露出させたシルターンの服を身につけた美人な女性だった。しかし…、

(この人、すごい酒臭い…)

酒臭さが全てを台無しにしていた。彼女の顔は真っ赤で、足取りもやや覚束ないようにみえる。
早い話、泥酔していた。

「ん~~~?」

彼女は、ずれていたメガネの位置を直し、まじまじと青年の顔を凝視したまま動かない。

美女に見つめられる、という男性が喜びそうなシチュエーションだったが、彼はこの事態をどうしたものか、という事と、この人酒臭いなぁ、という思いで頭がいっぱいだった。


ふと、彼の目線は彼女の頭部側面の左右についている、所謂『おだんご』から生えている角に向いた。

(まずいな、この人も召喚獣だ)

そう直感した彼は、彼女が何もしてこない今の内に状況を把握しておくことにした。

(所持品はサモナイト石二つに非常時のためのナイフ…と後は『アレ』のみ。ローラは戦闘は出来ないから実質今召喚しているポワソだけだ。…というか穏便に事を終わらせたい)

彼がそんな事を考えていると、

「あのさ、青年…」

急に女性が声を掛けてきた。彼は思わず身構えるが、彼女は言葉を続ける。

「どんな運命を背負っていても、希望だけは無くしちゃダメよ?」

「…は?」

突然のあんまりな発言に、彼は一瞬思考が完全にフリーズした。

「んじゃ、そう言う事で」

彼女はそれだけ言って再び建物の中へ戻ろうとする。が、彼はいきなりそんな事を言われて、はいそうですかで終わる事が出来るほど他人に無関心ではなかった。

「いやいやいや!ちょっと!?閉めないでください!」

彼は閉められかけた扉を強引に開け、女に詰問しようとする。

「なぁに?メイメイさん、酒盛りの続きがしたいんだけどぉ?」

彼女は非常に嫌そうな顔をした。どうやら彼女にとって『酒』の優先順位は軒並み高いようだ。

「こんな真昼間から酒ですか?…じゃなくて、あんな不吉なこと言われて素直に帰れませんよ」

すると彼女は「ん~…」と何かを考え込むようなしぐさをした後、意地悪そうな顔をしてこう言った。

「これから先は有料よ?あ、御代は『お酒』でね」

彼女は代金として彼に『酒』を要求した。勿論彼女としてはそれは追い払うための提案でもあった。

「…ああ、お金は持ってないですけどそれなら持ってます」

「へ?」

彼は何処からか『清酒・龍殺し』とラベルに書かれた一升瓶を取り出した。何処から取り出したか、それは永遠の謎である。

酒瓶を見た女性は呆れてしまったようだ。

「軍人さんがどうしてそんなモノ持ってるのよ…?」

「今は亡き父の教えです。『酒は飲んで良し、渡して良し、殴って良し、投げて良し』…だそうです」

彼は自分の父を思い出す。

(貧乏だったのに酒ばっかり飲んでたからなぁ、親父)

女性は少し残念そうな顔をした後、

「…まあ、ここで会ったのも何かの縁ね。店内へいらっしゃい」

と言って自分を建物へと招き入れた。



彼はナイフと邪魔そうなものポワソに預け、女性の言われるがままに建物の中に入った。建物内はシルターン調の内装で、棚には武器や防具、それに各種道具があり、そしてなぜかルーレットまで設置されていた。
彼は、先ほどの『御代』という言葉と結びつけ、この建物が『お店』なのだろうと当たりをつけた。

「じゃあ、こちらにお座りなさい」

彼は女性に言われるがまま椅子に座る。そして彼女は机を挟んで彼の向かいに座る。



「それじゃあ、まずは青年の名前を聴こうかしら?」

女性がそう言うと、彼は渋い表情をする。

「あの…どうしても言わなきゃいけませんか?」

「ん~、できれば聴きたいな~」

彼は何度も口に出すのをためらったあと、ようやく自分の名前を口にした。

「自分は…『チャーハン』といいます」

「またずいぶんと変わった名前ねぇ」

「父が好きだった異世界の料理の名前、だそうです。友人が名も無き世界出身だとかで」

正直な所、彼――チャーハンは自分の名前が嫌いだった。特に、父が件の炒飯を振るまってから、自分の名前を思い出すたびに『穀物と具材の炒め物』が頭をチラついて離れないという一種のトラウマを生んでいた。

「そう、んじゃあ手を出して。手相を見るから」

「テソウ?」

彼にとっては聴きなれない単語だった。

「掌のしわを見て、その人の過去、現在、未来を知る占いよ」

彼は、シルターンでは『お呪い』や『占い』という技術が盛らしい、と何処かで聴いた事があった。

(この人もその道の達人なのかも知れないな)

言われるがまま手を差し出す。

女は彼の手をまじまじと眺める。が、次第に険しい顔になっていく。

「…あっちゃ~、生命線がブッツリ切れてるわね。青年、近いうちに死んじゃうかも」

「本当ですか?」

突然の死亡宣告に思わず彼の身が竦む。

「まあ、占いは当たるも八卦、当たらぬも八卦、あんまり深く気にしちゃあだめよ」

(今の状況が状況なだけあって当たりそうで怖い)

「あとはそうね…、貴方は人との『縁』が強いわね。これから多くの人と出会うし、意外な所で意外な人に出会うみたいよ」

(これから死ぬかもしれないのに多くの人に出会うって矛盾してないか?)



「こらこら青年、そんな辛気臭い顔しない!」

自分では気付いていなかったようだが、今の彼はとても難しい顔をしていた。

「す、すみません」

反射的に誤ってしまう彼。そんな姿を見かねたのか、女は話を続ける。


「しょうがない、一ついい事を教えてあげる。青年はこれから人生の大きな分岐に差し掛かる。道は二つあって、一つは平凡な人生を歩む道。もう一つは…」

「死ぬ、ってことですか」

女が頷く。

「…なんか具体的じゃあないですか?」

「言ったでしょ、当たるも八卦当たらぬも八卦だって。深く考えちゃダメ、貴方の思う通りに生きなさい。さ、もうお終い。早く帰らなきゃ島の住人が来ちゃうかもしれないわよ?」

「あ、はい。ありがとうございました」



結局彼はそのまま店を後にし、なんとなくだが、店の事は仲間には話さない事にした。

「…そう言えば名前を訊いてなかったな」



~数日後~

「おい、そこのお前!ガキを捕まえろ!!」

(無茶を言う…!)

現在、彼は部隊の仲間と、とある断層地帯(この場所には三つの層があり、一層目には敵が、二層目と三層目には帝国軍が陣取っている。『チャーハン』は二層目にいる)で海賊と島の住人と交戦していた。


今より少し前、彼ら帝国軍は相手側の仲間である赤い服の少女を捉えることに成功した。そして彼女にこの島のこと、彼女の仲間について訊き出そうとしたのだが、一向に口を割らない。そしてそうこうしている内に彼女の仲間が救助にやってきた。
それだけならまだいいのだが、ビジュが前回少女の仲間の一人に負けた事を怨み、少女を人質にとって赤髪の男性をリンチし始めたのだ。
しかし、彼女は自らが行使した召喚術によってビジュから解放され、今、仲間の元に駆け寄ろうとしている。
そして今、下段の敵に神経を張り巡らしていた彼は、突然の命令に対応が完全に遅れてしまい、それが致命的な隙となってしまった。

「くらいなさい!」

ドスッ!
「くッ!」

少女が持つクロスボウから放たれた矢が彼の脚に直撃する。

「今よ、オニビ!」

(くそッ!)

そして、間髪いれず少女が先ほど召喚した紅い召喚獣が追撃にやって来る。彼は足を負傷したせいでまともに回避行動をすることさえできなかった。

「ビビビィ~~~!!」

ドムッ!
「がは…ッ!!」

ボディに強烈な体当たりをくらった彼は、その衝撃に彼の足は一歩、後退せざるを得なかった。

が、その足が地面を踏む事は無かった。



すぐ後ろは崖だったのだから。


完全に足を踏み外し、体が宙を舞った瞬間、彼の頭の中に『あの女』の言葉がよぎった。

――近いうちに死んじゃうかも。

(あの人はホント、すごい占い師だよコノヤロウ)

彼は心の中で悪態をついた。



ボギィ!!

「!!」

地面と衝突した瞬間、彼の全身を鈍い痛みが襲った。さらに右腕の方から枯木が折れるような音。

痛みに負けて意識を失う直前、彼の耳には…

「おい、どうするよこいつ」
「あたしに訊かないでよ」
「とりあえず、縛っとく?」

という会話が聞こえ、彼は、

(ああ、終わったな。…色々と)

と直感した。

~~~~~~~~~~
後書き

第一話を一人称から三人称に変更しただけで、内容はほぼ変わっていません
第二話は1週間以内に更新出来たらと思います。



[19511] 第2話 彼の居場所
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:0003637c
Date: 2010/08/21 02:58
今やほとんどの人から忘れられたとある島のほぼ中央に存在する『集いの泉』。そこには、『護人』と呼ばれるこの島の代表者達4人とその他に、赤髪の温和そうな青年と、黒いコート羽織った金髪の青年の2人、計6人が集まっていた。

「…集まってもらったのは他でもないわ」

第一声は栗色長髪の女性が切り出した。彼女はこの島の集落の1つである『ラトリクス』の護人『アルディラ』。アルディラは『機界ロレイラル』という、科学技術が発達している異世界出身の召喚獣で、『融機人(ベイガー)』というロレイラルでは珍しい種族なのだが、今は関係ない。

「理由はやはり…」

そう言ったのは忍び装束を着込んだ白髪の男性だった。彼は集落『風雷の郷』の護人『キュウマ』。キュウマは『鬼妖界シルターン』出身の召喚獣で、『鬼人』と呼ばれる種族であり、頭には二本の角が生えている。

「ええ、先日捕まえた帝国軍人の処遇についてよ」

キュウマの発言に素早く返答するアルディラ。

「…めんどくせぇ、いっそアイツ等に返しちまえばいいんじゃねぇか?」

そうポツリと呟いたのは、全身に虎のような縞模様のある男性。彼は集落『ユクレス村』の護人『ヤッファ』。ヤッファは『幻獣界メイトルパ』という、緑豊かな異世界出身の召喚獣で、『フバース族』という虎型の亜人である。

「あのねえヤッファ、帝国軍に返すという事は、むざむざ敵に戦力を返すって事なのよ?」

アルディラがやれやれ、と首を振る。

「…冗談だよ、冗談」

ヤッファはそう言って自分の発言を撤回する。


「………ムゥ」

先ほどから沈黙を続けていた鎧の人物から声が漏れる。
この人物は集落『狭間の領域』の護人『ファルゼン』。ファルゼンは『霊界サプレス』出身の召喚獣…という事になっている。その巨大な鎧は、本体である霊体の魔力消費を抑えるためのものである。

「なあ、奴らとの交渉材料にするってのはどうだ?『こいつを返してほしかったら投降しやがれ!』…とかさ」

金髪の青年が隣の赤髪の青年に提案する。

「…それじゃあ彼らが俺たちにした事と一緒だよ。それに帝国軍、…特にアズリアは脅しには屈しないと思う」

「やっぱりそうだよなぁ」

彼らの名前は、金髪の方が『カイル』、赤髪の方が『レックス』。カイルは海賊船の船長で、レックスは前話に登場した、帝国軍に捕らわれていた少女『ベルフラウ』の家庭教師である。彼らは元々は『船に乗っていた乗客』と『その船を襲った海賊』という間柄だったが、船が嵐に遭遇し、この島に共に流れ着いたのを契機に友好的な関係を築いている。


「やはり、あちら側から何らかの接触があるまでは、現状維持に努めた方が良いかもしれませんね」

そう言ったキュウマであったが、彼を含め、此処にいる殆どが内心では『災いのタネは取り除いておきたかった』と思っていた。帝国軍が彼の奪還のために集落を襲う、という可能性だって無くも無いのだ。
だが、現実はそういまくいくものではない。


「現状を維持するにしても、彼を何処に住まわせるか、という問題があるわ」

「そのままラトリクスでいいんじゃねぇのか?」

ヤッファが言う。

「少し前までならそれで良かったんでしょうけど、今は患者がいるの。患者に万が一の事があったらいけないでしょ?」

ラトリクスでは今、件の帝国軍人とは別に、遭難者とみられる青年に治療を施していた。

「…コチラデハ、ムリ…ダロウナ」

カタコトでファルゼンが言う。狭間の領域は霊的存在が住むための場所であり、元々人間が住むようには出来ていない。

「風雷の郷には戦えない者も大勢います。出来る事なら遠慮したい」

口には出さないが、キュウマは彼が『忍』として仕えている鬼姫とその実子に危険が及ぶ事も危惧していた。

「船には使って無い部屋がいくつかあるが、監視する奴がいねえしなぁ」

嵐によって島に流れ着いた海賊船には、カイル一家4人とレックス、ベルフラウの計6人(と召喚獣のオニビ)が生活している。しかし彼らには当番制の仕事等が存在するので、これ以上仕事を増やすのは困難であった。

「ユクレス村にも「私としてはできればユクレス村で預かってほしいんだけど」…おい、何でウチなんだよ!」

『戦えない奴が大勢いるから無理だ』とヤッファが言おうとしたのを遮って、アルディラが非情とも言える提案をした。

「あら、アナタの所には部外者が大勢いるじゃない。一人くらい増えたって平気でしょ?」

ココで言う部外者――海賊『ジャキーニ一家』はひょんなことから島に漂着した海賊である。彼らは以前島で悪さをした際に懲らしめられ、その後レックスの提案で『ユクレス村で畑を耕す』という罰を受けている。

「いや…確かにそうかもしれないが、それにしたって…」

ヤッファが非難の声をあげる。



「…それにこれは『彼自身』の希望なのよ」

アルディラは少し話すのを躊躇したが、結局話すことにしたようだ。

「え?」

「ドウイウ、コトダ?」

レックスをはじめ、この場にいるアルディラを除く全員が、全く解らない、といった表情を見せる。アルディラは話を続ける。

「それがね…」



~~~~


話中の帝国軍人――『チャーハン』は、現在ラトリクスに存在する建造物『リペアセンター』の一室に監禁されていた。
前話で見事に崖から落下し、とりあえず捕縛された彼は、帝国軍に置き去りにされてしまった。…まあ、帝国サイドから見ればそこは敵地の真っただ中であり、救出するためには相応の被害を覚悟しなければいけないので、仕方ないと言えば仕方ないのだが。

そして彼を捕縛した島の住人達は、このままでは死んでしまう可能性もあったので、とりあえず負傷した彼(左脚負傷、全身打撲、右腕骨折 etc)を治療するために、治療に関してはこの島一の技術を誇るリペアセンターへ搬送したのである。

ラトリクスの技術、そして召喚術を使用すれば彼を全快させることも不可能ではなかったが、彼が島サイドでは敵であることもあって、右腕の骨折だけはギプスを装着させるまでに止まった。



そしてそんな彼が今何をしているのかというと…、

「……疲れた」

リペアセンターの一室、その隅っこで小さくなっていた。彼の目からは光が失われ、視線は床の方を向いているが、何処にも焦点が合っていない。
両脚を両腕で抱えて床に座るその座り方は『体育座り』といい、どことなく物悲しい。

~~~~~



「…負けたんだよな」

「仮にも帝国軍人の自分が、年端もいかない少女に…。しかも自分も使っている『弓』で」

「自分の軍人としての、…いや、大人としてのプライドが…!」

座りながら器用に地団駄を踏む。


「…これからも軍人を続けて行くと考えると辛すぎる」

「……いや、それ以前に捕虜になった自分が軍人を続けられるか?」

少し考える素振りをした後、彼の中で『無理』という結論が出て、さらに項垂れてしまう。


「もうイヤだ」

「軍人なんてやめて農家にジョブチェンジしてやる!」

「…でもツテも無い、金も無い、そもそも生きて帰れるかわからない」

大きな溜息をつき、さらに身を縮める。


「…せめてさぁ、監禁されるんだったらこんな無機質な部屋じゃなくて木製の部屋がよかったなぁ」

「それでさあ、外は木々が生い茂ってて、虫の羽音とか川のせせらぎとかそういう音が聞こえてきてさぁ」

「…って、そんな事あり得ないっての!アッハハハハハ!!」

「……ハア」

いいことを考えてテンションを上げようと試みた彼であったが、現実とのギャップが激しくてさらに気分が落ち込んでしまう。


「……疲れた」

「そもそも自分があの女の子に負けてさえいなければ…」



「…負けたんだよな」

最初に戻る。



「コレが、現在の部屋の状況よ」

集いの泉での会合が終わった後、ラトリクスへ戻ったアルディラと、かの帝国軍人の事が気になったレックスとカイルは共にリペアセンターへと足を運んでいた。そして現在はモニターのある場所で、彼の部屋の様子を窺っていた。

「…え~っと」

「奴さん、頭でも打ったんじゃねえか?」

先ほどアルディラに話は聞いていたが、モニターに映された彼のあんまりな姿に、レックスはなんと言ったらいいのか思いつかず、カイルは8割ほど本気で彼の頭の中を心配した。

「いいえ、頭部に外傷は見られなかったわ。脳波も正常よ。それに部屋にカメラが仕掛けられている事は私とクノンしか知らないから、あれが素の姿なんでしょうね。…少し信じられないけど」

この島の住人には帝国軍人≒好戦的というイメージが強かったので、彼のような特殊な例がいた事にアルディラは素直に驚いていた。



「ま、まあ悪い人ではないみたいだから大丈夫じゃないかな?」

「それに、こいつ一人じゃアイツ等(ジャキーニ一家)をどうこうできるわけねぇしな」



先ほどの会合で、『捕えた帝国軍人をジャキーニ一家の監視下に置き、共に畑仕事をさせる』という事が決定していた。

懸念材料として、『捕虜に労働はどうだろうか?』という事と、『ジャキーニ一家が了承するか?』という事があったが、前者は本人が「それでいいです」と言い、後者は「海賊の敵である軍人をアゴで使えるんだぞ」と言ったらジャキーニがあっさりと了承した。



こうして彼はユクレス村で畑仕事をすることが決定した。

…後々、島の住人達は、彼がある意味とんでもない人物である事を知ることになる。



~翌日 ユクレス村~


「ジャキーニさん、水やり完了しました!」

「お…おお、そうか。速かったの」

「それと北側の野菜は収穫時期だと思いますので、これから収穫してきます!」

「おい!一人で行くんか!?」

数時間後、彼は野菜が山盛り入った籠を背負って帰還した。


~~~~~


ザクッ!ザクッ!ザクッ!

「あ~、こうやって鍬を畑に打ち込んでると心が安らぐ…」

((((す、すごいスピードで耕している!?)))
((しかも左手一本で!!))

※良い子は鍬を片手で持ってはいけません。


~~~~~


「料理担当のオウキーニさん、生ごみは自分が処理します」

「ん?それはかまいまへんが…何に使うんやろか?」

「ちょっとひと手間加えるだけで、いい肥料になるんですよ」

「はあ~、そうでっか」

「ええ、特に父の作るのはすごくて。昔、それのせいで村がジャングルと化したことも…」

「へ?」

「あ…、冗談ですよ、冗談」





捕虜の『チャーハン』はユクレス村の誰よりも張り切って畑仕事をしていた。


~~~~~~~~~~
後書き

作者です。
一週間以内に更新予定とか大ボラ吹いて申し訳ありませんでした。
以降からそういう事は無いようにします。



[19511] 第3話 招かざる来訪者達
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:72b817f4
Date: 2010/10/26 01:47
「火じゃ!油じゃ!戦争じゃあぁぁっ!!」



とある島の4つの集落の1つ『ユクレス村』の芋畑でそんな絶叫が響き渡っている頃、同村の『実りの果樹園』。多種多様の野菜果物が実っているそこでは、先日捕虜からファーマー(Farmer、百姓でも可)にクラスチェンジした青年『チャーハン』が作業を行っていた。

木に実った果実の内、成長しきったモノとそうでないモノとをしっかりと見極め、ひとつひとつ丁寧にもぎ、籠に入れる。

文字にしてみると単純だが、これは実に辛い。

木の実は体より少々上の方にあるせいでずっと上を向いていなければならず首に多大な負担がかかる、籠は木の実でだんだん重くなる…etc。とまあ、とにかく大変なのだ。

しかも青年は右腕を骨折しているので、作業は困難を極める…はずなのだ、普通は。


しかし彼は普通ではなかった。

背中に、成人男性が余裕で入るほどの大きな籠を背負った彼は、木を一瞥し収穫時期に来た実を瞬時に見分けると、左手をまるで別個の生物のように器用に動かして実をもぎ、籠に放り込んでいく。

そうして彼は10分もしない内に実をもぎ終え、次の木に移る。

見る見るうちに彼の籠の中身が増えて行く。本来ならばそれに比例して収穫のスピードも遅くなるはずなのだが、彼の勢いは全く衰えない。

それどころか彼曰く、

「カンが戻ってきた」

らしく、スピードは増す一方である。

果樹園で作業をしていた亜人達は、口をそろえて

「アイツ、ホントにニンゲンか?」

と言ったそうだ。



~~~~~



「ムイ~」

「ん?」

チャーハンが5本目のターゲットに狙いを定めていると、木の反対側から鳴き声が聞こえてきた。彼が声のした場所をこっそりと覗き込んでみると、木の根元に小動物の召喚獣。

彼は、ペンギンに帽子を被せた感じのその姿に見覚えがあった。

(確か『テテ』というメイトルパの召喚獣だったな。小さいが力持ち…だったような)

彼は学生時代に基本的な召喚獣についての知識は頭に詰め込み、軍の任務でも何度か同種を目撃しているはずだが、この程度の情報しか頭に浮かんでこなかった。軍人としては問題である。



それはともかくとして、現在テテは彼が見ている事に気付かず、ただ木を見上げていた。その視線の先にはおいしそうな果実。

テテは何度かその果実に向かって何度もピョンピョンと跳躍を続けるが、人間でさえ軽く見上げなければいけない場所に存在するそれには、全く届かない。

「ムィ…」

テテは残念そうな声を上げるが、諦めきれないようで、ただただ果実を見つめ続けていた。



「よいしょ…っと」

「ムイ!?」

テテにとって、それは突然の事だった。いきなり目の前に大きな影が現れたのだ。

影の正体は青年『チャーハン』。青年はテテの目の前に躍り出て、果実に手を伸ばし、もぎりとってしまったのである。

「ムイムィ~!!」

テテは、訳するならば『何すんだコノヤロウ!』という感じの鳴き声を上げる。と同時に少し後退し、青年の足へ照準を合わせる。

楽しみを奪ったにっくき敵に、体当たりをしようというのだ。

しかし、体当たりが実行される事は無かった。

「ほら、食べたかったんだろ?」

青年は手にした果実を、テテの目の前に差し出したからだ。

青年が、先日からこの島のやってきたニンゲン、しかも悪い方(言うまでも無いが、帝国軍の事)の仲間だという事を風の噂で聞いていたテテにとって、それは思いもしなかった行動であった。

「…いらないなら自分が食べるぞ?」

テテはその言葉にギョッとなり、数秒の間青年の顔と果実を見比べ、心の中で何かと葛藤した後、素早い動きで果実を奪取すると『ダッシュ!』で何処かへ去って行った。



そして青年はテテの後姿を見送った後、作業に戻った。



~~~~~



「…暇だ」

数時間後、まだ日は高いというのに青年は暇を持て余していた。

というのも、5つの籠を5種類の野菜と果実で満杯にした辺りで、果樹園の園長に「今日はもう仕事スルナ」と言われてしまったからである。

彼的には『まだまだいける、やらせて下さい』と言いたかった所だったのだが、捕虜である手前強気に出る事は出来ないので、彼は素直にその命令を受け取った。

しかし空いた時間が出来たはいいが、自分には農業以外やることが全くない事に気づくのに、そう時間はかからなかった。


青年はまず、何か暇つぶしになるような事…例えば釣りとか読書をしようか、という事を考えた。

しかし捕虜という身分の男に、釣り竿やら本やらを貸してくれるはずが無い。

次に昼寝でもしようか、という事を考えた。

しかしいざ横になってみると、つい先日まで共に行動していた軍の仲間達の事を思い出し、なんとも言えない気分になって昼寝どころではない。

それでは散歩でもしようか、という事も考えた。

しかし捕虜がそこらへんを自由に歩き回ることなど出来るはずもない。
彼はユクレス村の護人『ヤッファ』に村の一定範囲外に出てはいけない、と言われている。もし範囲外に出れば今度こそ独房まっしぐらなのは目に見えていたため、迂闊には行動できず、結果行動範囲は非常に狭くなる。

そして何より、歩き回れば嫌でも村の人達の目につき、怒りやら怯えやらがこもった視線を浴びるのは明白で、青年はそれが一番嫌だった。

「あのテテも怯えてたし…」



彼は結局何もせず、ただただ時間だけが過ぎて行った。




「だから…っ、陸に上がるのはイヤなんじゃあぁぁっ!!」


そうやって時間の無駄遣いをすること約1時間。青年の耳に、ジャキーニのモノらしい心の叫びが飛び込んできた。村の『なまけ者の庵』の方からだ。

「ジャキーニさんは一日に何度叫ぶんだろう。…確か朝方にも聞こえたよなぁ」

あの人たちはホントに騒がしい、と彼は思ったと同時に、ジャキーニ一家に何が起こったのかほんの少し興味がわいた。

本来その程度で行動する事は無いのだが、あまりにも暇だったので彼はなまけ者の庵の方へ向かう事にした。

実はこの選択が彼の人生の分岐の1つだったという事に、今は彼さえも気付く事は無かった。




「ぐうぅ…カイルめ、今に見ちょれ」

「「「せ、船長…」」」

庵に向かって行く途中の道で、彼はジャキーニ一家に遭遇した。

何やら不機嫌そうなジャキーニが、数人の部下になだめられている。

(むさいオッサン達がむさいオッサンをなだめる…。なんて光景だ)

彼らの中に入っていくのを躊躇した青年は、むさい一行のやや後ろを歩いている『オウキーニ』に事情を訊く事にした。

オウキーニはジャキーニ一家の副船長で、船長ジャキーニの義兄弟である。

荒っぽかったり豪快だったりする海賊、特にジャキーニ一家の中では温和な性格の常識人で、チャーハンにとっては島の中で一番話しかけやすい人物であった。オウキーニもチャーハンの事を最初は軍人だということで警戒していたが、無害そうだとすぐに感じたらしく、それなりに話すようになったのだった。


「オウキーニさん、さっきの叫び声は何だったんですか?」

「ああ…あんたか。実はさっきあんさんがいらん事言うて、カイルはんにしばかれてもうて」

「カイル…?」

青年は島の住人達の名前を殆ど知らない。

「うちらの商売敵の船長でな。カイル一家にはいつも煮え湯を飲まされとるから、あんさんが『無事に帰ってこなくてもええ』なんて憎まれ口を…ってそう、伝える事があったんや」

「何ですか?」

「何でもこの島に『ジルコーダ』っちゅう召喚獣が現れたみたいでな。えらい狂暴やから、あんまりそこらをうろつかん方がええっちゅう話や」

「ジルコーダ…(知らないな)どんな奴なんですか?」

「何でもデッカイ蟻で、強靭な顎で木を簡単に切り倒したりできるとか。しかも結構な数がおるらしくて、先生はん達が討伐に向かったそうで」

「なるほど」

「うちらはこれから畑に出てる船員達にこの事を知らせて、村の避難所へ行くつもりなんやけど、あんたも避難した方がええで」

そう言った後、オウキーニは避難所の場所を青年に教え、芋畑の方へ向かった。



~~~~~



オウキーニに会ってから少し後、チャーハンは真っ直ぐに避難所へ向かわず、果樹園にいた。

というのも、果樹園に置いておいた鍬を取りに戻ってきたのである。

「元々はジャキーニさんの所から持ってきた物だし、避難のごたごたで無くなったりしたらマズイからな」

放っておけばいいと思うかもしれないが、青年が幼少のころから叩き込まれていた『農具は命より重い』の精神が原因で、彼のせいではない。

…たぶん。



果樹園は先ほどまで作業をしていた人も全員避難したらしく、閑散としていた。急いでいたのか、野菜等の入った籠や農具、忘れ物であろう物品があちらこちらに見える。

青年はそれらを無視して、果樹園の隅の木に立てかけておいた鍬に向う。


やはりと言うべきか、鍬はそこにあった。

ただ、確かに立て掛けてあった鍬が『立て掛けられていた木と共に倒れている』という違いはあったが。

鍬の柄の何倍、いや、何十倍の太さの木の根元には、とんでもない力で噛みちぎられた形跡が残っている。明らかに人間の仕業ではない。

「…ッ!」

しかし、彼の意識を釘付けにしたのは目的の鍬でも、無残に倒された木でも無かった。

「Ghee…」

彼の瞳に映ったモノ、それは端的に言えば巨大な蟻だった。

蟻の全長は1メートルほどで、体は毒を連想させるような緑色の表皮の鎧に覆われていて、その体から伸びる六本の足の内後ろの四本のみで直立している。


口近くにある大顎は、人の胴体くらいは楽に千切れるくらい巨大で強靭。先ほどの木もこの顎で噛みちぎったのだろう。よくよく見れば、顎に木くずが付着している。

蟻――『ジルコーダ』は青年から見て前方10数メートルの位置で、のこのこ現れた獲物を品定めしているのか、その複眼でゆっくりと青年の体全体を見回している。

対して、青年は動かなかった。気安く動けば、その瞬間にやられることを本能的に察知していたからだ。だが、いつでも逃げられるように体に神経を行き渡らせている。

(おいおい、ふざけるなよ…!)

青年は心の中で自分の状態を呪った。目の前にはニンゲンよりはるかに身体能力が高そうなジルコーダ。万全の準備をした所で1人では到底敵いそうも無さそうな存在だ。しかも青年に戦えるだけの装備は無く丸腰同然。周りには助けてくれる人もいない。

もっと悪い事に聴き腕は骨折中で使えない。唯一右手に装着されているギプスは鈍器や防具として使えそうだが、それだけ近づかれれば殺されることは明白だ。

青年としてはジルコーダがそっぽを向いて去っていくのを期待したいが、オウキーニから『狂暴』と聞いているのと、今自分を見ている視線が捕食者のそれと酷似しているのを肌で感じ取っていた彼にとって、それはあまりにも現実味の無い期待だった。


ヒトと蟲のにらみ合いは10数秒程度続いた。沈黙の中、青年が緊張のあまり唾を飲み込む。

すると、それに呼応するかのようにジルコーダの足が動く。

(左右や後ろに動くならまだ自分は動かない方がいい。そして、前に踏み出したなら…)

ジルコーダは『一歩前に』踏み出した。

(逃げる!)

青年は即効で逃げ出した。




「クソっ、やっぱり追って来るか」

首をひねって後ろのジルコーダを見やる。二人の距離がそう縮まっていないことから、二人の速度はほぼ互角と言っていいだろう。

しかし楽観はできない。相手は召喚獣、スタミナはあちらに分がある。このままでは差は次第に無くなっていき、ゼロになったその時、バラバラ死体が完成する事は目に見えていた。

青年は状況を打開する策がないかと考えていた。

(俺が生き残るための条件は3通り。1つ、何かで足止めをしてアイツを振り切る。だが、走りながらのこの状況でそれは不可能に近い。2つ、避難所へ逃げ込む。正直あまりしたくない選択だ。そして最後…)

「Gyshashasha!」

ジルコーダが声を上げる。青年には、まるでその声が自分を嘲笑っているかのように聞こえた。

(アイツを…倒す)

『2つ目以外は』不可能に近い選択肢だ。

だが、やるしかない。やらなければ殺される。

(何か…何かないのか)

青年はまだ果樹園から出ておらず、園内をジグザグに移動していた。ジルコーダが何かに興味を移すかもしれない、という淡い期待と、住人達の忘れ物の中に何か突破口が無いかかという希望に賭けた行動だった。

ナイフでもあればと思う青年だったが、生憎ジルコーダの堅そうな表皮(実際に堅い)を破る事が出来るようなものは無かった。

(考えろ、考えるんだ…利用できる物は何でも利用しろ。地形でも、何でもだ!)

脳をフル回転して、ユクレス村での数日間を思い出す。果樹園、ユクレスという名の木、ナウバの実…役に立ちそうもない情報から何から必死で思い出す。



そして青年は『あるモノ』を見つけた事によって、わずかな活路を見出した。


「…こんな方法しかないとはねッ!」

自分で考えたその方法に苦笑しつつ、青年は地面に転がっていた『酒瓶』を拾い上げ、未だ追い続けてくるジルコーダと共に全速力で果樹園を後にした。




「ハァ、ハァ、ハァ…」

命がけの鬼ごっこが始まってどのくらい経っただろうか。青年は芋畑の中を突っ切っていた。

「…しつこいんだよオマエッ!!」

怒号と共に、青年は最後の力を振り絞って酒瓶をジルコーダへと投擲した。これでやられてくれれば御の字なのだが、そうは問屋がおろさない。

酒瓶はジルコーダの頭部にぶち当たり砕け散った。強烈な酒の臭いが周りに充満する。

が、ジルコーダは多少ひるんだだけに止まった。
それでも多少痛かったのか、それとも体が酒で汚れたのが気に入らなかったのか、さらに猛烈に追ってくる。

一方青年の方は体力の限界が来てしまった。次第に減速していき、ついに歩みを止めてしまった。

ジルコーダはこれ幸いにと一直線に突撃してくる。



激昂したジルコーダは気付かなかった。青年の足元に巨大なボールが転がっている事に。



否、それはボールではない。




「…悪い」

青年はボール状の体に導火線のついた召喚獣『ペンタ君』をジルコーダ目掛けて蹴り飛ばした。


ペンタ君は幻獣界の召喚獣だ。その体はプニプニで柔らかい、と同時に酷く不安定で、少しでも衝撃を与えると爆発する。


(此処はジャキーニ一家の管理する芋畑。たまにヘルモグラが掘った穴からペンタ君が飛び出す危険地帯なのさ)

その数瞬後ペンタ君は爆発し、その爆風はジルコーダと青年に襲いかかった。



~~~~~



「Gyaaaaaaaaaaaaaa!!!!?!!??」

「ざまあみろ」

青年はジルコーダの断末魔をBGMにそう呟いた。爆風に巻き込まれたせいで衣服やら何やらがボロボロだが、蹴った瞬間後ろに飛び退いたおかげで大した外傷はない。


一方ジルコーダは火だるまとなり、生命の危機に瀕していた。


ジルコーダはなぜ自分が火だるまになっているのか理解できなかった。屈強な表皮は、先ほどの爆風程度で火が付く代物ではないはずだ、とそう思っていた。

しかし火が付いたのはジルコーダの体ではない。

先ほど青年が投げ、ジルコーダの体を濡らした『酒』だった。強い酒は燃えるのである。

そして一度火が付けばこっちのモノ。後は眼や間接など体の構造上どうしても脆い箇所が焼けるなり、体内が蒸し焼きになるなりで死ぬ。青年の作戦通りだ。

「ジャキーニさんには感謝しておこう。あの人の絶叫で此処を思い出したんだから」

青年は体の緊張を解き、その場にへたり込む。






が、安心するのは少しばかり早かった。

「Gy…shaaaaaa!!」

「なに!?」

コレがホントの『火事場の馬鹿力』というやつだろうか。炎に包まれたジルコーダが最期の力を振り絞って青年に突撃してきたのである。

完全に油断し切っていた青年は動けない。いや、油断せずとも疲労の溜まった今の体では避ける事はできないだろう。

青年の脳裏に、ジルコーダに押し倒されて焼け死ぬ自分の姿が鮮明に浮かび上がった。



後50センチ…40…30…青年は死を覚悟した。


しかしその覚悟は徒労に終わった。

どこからか飛んで来たバスケットボールくらいある岩がジルコーダの横っ腹に直撃。体勢を崩したジルコーダは横転した。
そしてしばらくもがき苦しんでいたが、そのまま動かなくなった。




「た、助かった…のか?」

青年はジルコーダの死骸を呆然と見つめていた。先ほどまで執拗に追跡していたその姿を見ると、どうにも自分が生きている実感が湧かない。


「ムイ」

呆然としている青年に声を掛けるモノがいた。青年が声の方を向くと、そこには見覚えのある姿があった。

つい数時間前青年が果実を渡した『テテ』だ。
「あの時のテテ…まさか、お前が助けてくれたのか?」

青年がそう尋ねると、テテはコクリと頷いた後、腕を組んで『エッヘン!借りは返したぜ』とでも言いたげな態度を取る。

このテテ、避難所に青年がいない事を知って、ワザワザ探しに来たのだ。中々に義理がたい。

「そうか、ありがとな」

青年が礼を言いつつテテの頭を帽子越しに撫でる。テテは若干恥ずかしそうだったが、青年に身をゆだねていた。




「さて、2匹目に出会う前にとっとと避難所に向かうか」

「ムイ!」

一通り撫で終わると、青年は疲労困憊な体に鞭打って立ち上がる。

すると、さっきまではそれどころではなかったので気付かなかったが、青年やジルコーダが踏み荒らし、ペンタ君が爆発した芋畑の現状が嫌でも目につく。

二言で言うならば『グチャグチャ』の『メチャクチャ』だろう。

「…ジルコーダが荒らした事にしよう」

ジャキーニの本日3度目の絶叫が村に響くのは、もう少し後の事だ。


~~~~~~~~~~
後書き
作者です。
2か月以上ぶりの更新、待ってた人はいたのでしょうか?
2作目が書くに書けないので、こっちの更新を増やそうかと思います。
感想や批判が来たら、嬉々として書いたり改訂したりします。



[19511] 幕間
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:72b817f4
Date: 2011/03/06 11:27
とある島の海岸。あちこちに損傷の跡が見える海賊船の傍で、その船の持ち主『カイル一家』とその客人達が朝食を取っていた。

「さて、と…。それじゃ、アタシはラトリクスまで出かけてくるわね」

「私も、ゲンジさんのところにうかがう約束がありますので」

客人の1人、赤髪の青年『レックス』は、すでに朝食を食べ終わっている仲間達が、それぞれの用事のために出発していく後姿を見て、

「虫退治の一件以来みんな、積極的に交流しているなぁ」

と呟いた。

レックスにとって、それはとても喜ばしい事であった。

というのもレックス達がこの島に流れ着いた当初、彼らと島の住人達との関係は、決して良いものではなかったからだ。

レックス達の方…、特にレックスは何とか歩み寄ろうと尽力していたのだが、島の住民達の方は過去にニンゲンに受けた仕打ちが忘れられないモノも多く、交流らしい交流はあまり行われていなかった。

しかし、先日の虫…ジルコーダ退治で力を合わせたこと、そしてその後少しのカン違いと大きな善意によって行われた『宴会』によって心の壁は取り払われた。


そして今では、以前とは比べ物にならないほど良好な関係を築いている。

しかし、不安材料が無くなった訳ではない。

帝国軍。彼らとはいまだ敵対関係のままだ。

(この島の召喚獣達とも解り合えたんだ。帝国軍とだって話し合えばきっと…)

解り合える。そう思ったレックスだったが、現状ではそれは困難なことだった。

帝国軍が話合いの機会を設けてくれるのか解らない。それどころか、どこに駐留しているのかすら解らないのだ。

(帝国軍とコンタクトを取るにはどうすればいいんだろう)



意外にも、その疑問の答えは10秒もかからず思い浮かんだ。

レックスの教え子であるベルフラウが帝国軍に捕まり、アズリア率いる帝国軍と戦った日、1人の帝国軍人が捕虜として島の住人の監視下に置かれている事を思い出したからだ。


彼と話をする事に決めたレックスは、善は急げと立ち上がろうとする。

「先生、お食事はもう済みましたの?」

「…あ」

金の長髪の少女――ベルフラウの一言で我に帰るレックス。思考に熱中していたせいで、自分が今食事中だという事を失念していた。

「それでしたら、『私の』家庭教師としての本分を果たして頂きたいのですが」

間接的な表現だが、要するに『島の人達と交流するのはいいけれど、私の事を忘れないでね』というココ最近感じていた疎外感と、微妙な『オトメゴコロ』に端を発する発言である。



ベルフラウはまるで天使のようなほほえみを浮かべている。

が、『可愛い』などと思った者はいなかった。空気が『何故か突然』重くなった、とその場にいた全員が感じたためだ。

この現象、専門的には『ZOC(ゾーン・オブ・コントロール)』と言う。



ベルフラウの笑顔の裏の逆らえない何かを感じ取ったレックスはゆっくりと首を縦に振り、彼女と共に船内へと向かった。レックスの本来の仕事――ベルフラウへの個人授業をするためである。

食卓には、殆ど手つかずの朝食が残されていた。




※朝食はこの後カイルがおいしく頂きました。



~~~~~



時間的にはお昼前、全ての用事を終わらせたレックスはユクレス村を訪れていた。


そしてその頃、先日人知れずジルコーダと死闘を演じた青年『チャーハン』は、再び窮地に立たされていた。

「よし、まずちょっと落ち着こう」

ジ…、

「あれは自分もすまなかったと思っている」

ジジジ…、

「寝ていた所に蹴りを入れられれば誰だって怒る、自分もそうだ」

ジジジジジ…、

「だけどな、あれは仕方が無かったんだ。他に方法が無かったんだよ」

ジジジジジジジ…、

「自分だって本当はあんな事やりたく無かった。…けれど、やらなきゃあいけなかったんだよ。自分のためにも、この島のためにも」

ジジジジジジジジジ…、

「キミが受けた痛みと同じくらい、自分も心が痛んだ。…本当さ」

ジジジジジジジジジジジ…カッ!

「だから爆発は止めてくれってばぁぁぁぁぁ!!!」

ボムッ!!と言う音と共にペンタ君は爆発し、青年はお空の星となった。




第1章『忘れられた島』―完―






「…こ、こんなことで…死んでたま、るか」

…訂正、青年は地べたを這いずるミミズとなった。




「た、助けなくていいんですか?」

その光景を見たレックスの率直な意見だった。


「…いつもの事じゃ」

「すぐ起きるさかい、大丈夫」

ジャキーニ義兄弟のあまりにもゾンザイな言葉に、自分の感覚がおかしいのかと一瞬錯覚してしまうレックス。



「あーしんど…」

レックスがあれこれ考えている内に、青年はオウキーニの言葉通り復活し、畑での作業に戻った。

「ほら先生、話があったんとちゃいます?」

「あ、ハイ…」

オウキーニの言葉で自分の目的を思い出したレックスだったが、たった今爆発に巻き込まれた人の話しかけるのもどうなんだろう、と思ってしまう。

結局、レックスが青年に話しかけたのは、もう少したってからだった。



~~~~~



「それで、話とは何でしょうか」

レックスと青年はそれぞれ身近にあった切り株の上に座り、話し合いをスタートさせた。

「あの、大丈夫なんですか?」

「…ああ、さっきの爆発ですか。あれはココ最近の日課みたいなものですよ。このあいだ間違ってペンタ君を踏んでしまいまして、それ以来アイツとはソリが合わないんですよ。まあ、あっちも手加減はしてるようなので、気にせずに」

手櫛でチリチリアフロを整えながら、平然と嘘をつく青年。ジルコーダの件は隠し通す気らしい。

レックスは『爆発が日課』と断言した青年に唖然としてしまったが、とにかく要件を済ませる事にした。

「実は…」




「なるほど…。島の住人達と解り合えたように、帝国軍とも解り合えるはず…、ですか。まあ理屈は間違っていないですね」

レックスは青年に自分達の事情や、自分の考えを告げた。…もちろん帝国軍に知られても問題無い範囲の事だけであるが。

「…自分の意見を言う前に、いいですか?」

「?」

「敬語をやめてくれませんか。…レックスさんは年上でしょう?年上に敬語を使われるのはちょっと」

レックスがコクンと頷く。

それを見た青年が自分の意見を述べ始める。

「正直な所、自分も帝国軍と島の住民とが戦うのは得策ではないと思います。物資も援軍も期待できない、さらには帰還すら危ぶまれるこの状況で、先住民と敵対してもいいことなんてありませんよ。…それなのにビジュ先輩、唐突に住民を襲いやがって。ホント何考えてるんだアイツ」

マジふざけんなよ、などと罵詈雑言を並び立て始める青年。冷や汗が流れ始めるレックス。



少しして、ようやく我に返った青年は顔を青くした。

「…すいません、忘れて下さい。万が一軍に知れたら自分、殺されます」

「あ…、うん」


「え~っと、どこまで話したんでしたっけ。ああ…そうそう、自分もできる事なら戦いなんてしたくありません。その点に関しては、レックスさんに大賛成です」

「それじゃあ…」

協力してくれしてくれないか?と言おうとしたレックスだが、青年はそれを左手を突き出して制し、話を続ける。

「ただ、これは帰還を第一として考えた下っ端軍人の意見です。同僚、特にアズリア隊長は任務完遂のためならば戦闘も辞さないでしょうし、軍の目的が達成されないような内容なら、話し合いとやらも無駄に終わる可能性大だと思います」

「そう…かな」

この様な返答内容も覚悟はしていたレックスだったが、こうもはっきりと告げられるとさすがに厳しいようで、それが声にもよく表れている。

「…まあ、話し合うことだけはした方がいいと思います。こんな状況ですから、案外休戦を受けるかもしれません。それと、こんな事言っても何にもならないんですけど…」
青年は少し言い淀む。そして、少し照れながらこう言った。

「…自分はレックスさんの考え、嫌いじゃないです」

そう告げた後、青年は顔を背けた。その表情には『やっちまった』とありありと書かれていた。

(何希望を持たせるような事を言ってるんだ。休戦を受け入れる可能性なんて1パーセントあるかどうかなのに)

青年は半ば確信していた。自分の上司であるアズリアがそのような絵空事を聞くはずが無い、ということを。

帝国軍は実力主義的な組織だ。そのため、任務のためならば多少の犠牲は厭わない、という風潮がある。それは裏を返せば、失敗は許されないと言う事だ。

もしこのまま何の成果もなく部隊が帝国に帰還したとしたら、部隊員、そして隊長であるアズリアの地位の失墜は免れない。そのことは軍人になってまだ数年の青年でも容易に想像がついた。

さらに、アズリアには軍で上を目指す理由がある、と言う噂を聞いたことがある青年には、休戦と言う言葉が『絵に描いた餅』にしか感じられなかった。


ただ、だからと言って否定するばかりと言うのは気が引けた。先ほどのレックスの落胆の様子が見ていられなかったのだ。だから青年はあのようなセリフを口にしてしまった。

希望が絶望に変わった時、人は深く傷つくというのに。


「言いにくいけど…」

自己嫌悪に陥っている青年の耳に、そのような言葉が入ってきた

「キミ、帝国軍人としては変わってるね」


「へ?」

青年の素っ頓狂な返事に、レックスは慌ててフォローを入れる。

「変な人っていう意味じゃないよ!ただ、俺の帝国軍人に対するイメージとちがうなぁ、と思って(くぅ~)…あ」

力んだからなのか、理由は定かではないがレックスの腹の虫が鳴く。

今は昼時。朝食を食いっぱぐれてしまったレックスは空腹だった。

「食べますか?」

青年は昼食用のナウバの実5本の内、2本をレックスに差し出した。

「…いただきます」

レックスはそれを素直に受け取った。ナウバの実はレックスの大好物だった。




「変わってるとはよく言われます」

昼食を摂り終わった青年は話し出した。

「そもそも自分は軍人になんてなりたくなかったんですよ。『貧困に喘ぐ村を救ってくれ』なんて言われて無理やり軍学校に入学させられたんです。そのせいか自己保身の心も上昇志向もプライドもほとんどありません。隙あらば辞めてやろう、とかいつも考えてます」

「いきなり辞めたら村の人たちが怒ったりするんじゃあ」

「問題ありません。村は数年前に壊滅してますから」

「え…」
レックスは耳を疑った。青年のセリフの内容と声のトーンが全く一致していないからだ。

「自分が軍学校をやっと卒業出来る、と言う時に『旧王国との抗争に巻き込まれて壊滅。生存者無し』なんて報告を貰いまして」

「…ごめん」

「いえ、いいんですよ。悔やんでもどうしようも無い、なんて事はだいぶ前に悟りました。それに、俺を支えてくれた大切な…相ぼ…うが……」

青年はなぜか突然手を口にあてて口ごもる。時折「何日経った?」とか「マズイな」などといった言葉が漏れるが、レックスには何の事かさっぱりわからない。



「あの、話は変わるんですけれど…ちょっと訊きたいことが」

先ほどの青年と比べると、異常なまでにへりくだっている。

「捕まった時に、装備を解除されたんですが、その装備とサモナイト石は今どこにあるんでしょうか」

「えっと、それは確かラトリクス…この島の集落の1つなんだけど、そこで厳重に保管されてる」

ラトリクスはセキュリティがしっかりしているから、と言う理由があった。

「それって、返してくれる訳にはいきませんよね…、サモナイト石1つだけでも」

「それは…ちょっと」

言い淀むレックス。

ファーマーとして変に馴染んでいる青年だが、彼は帝国軍人。サモナイト石を渡すという事は、逃げるチャンスを与える事に他ならない、と考えるのが普通だ。

レックス個人としては、渡しても問題無いんじゃないかと思っていた。しかし、ラトリクスの護人であるアルディラを説得しなければならない、という事を考慮すると『無理』という結論に至る。

「ですよねぇ」

青年は、深いため息を吐いた。


「…後が怖い」

青年の呟きは、レックスには届かなかった。




「それじゃあ、俺はそろそろ」

昼過ぎ、話す事を話し終えたレックスが席を立つ。

「あ、最後に1つ」

この場を離れようとするレックスに青年が声を掛ける。

「虫の召喚獣…ジルコーダって、全滅したんですか?」

「えっと…ほとんどは女王と一緒に倒したから、大丈夫だと思うけど…どうして?」

ジルコーダには、女王という位が存在し、女王のみが子供を産める。つまり、残党がいたとしても、女王亡きジルコーダは勝手に滅びる、と言うわけだ。

「いえ、ただ『あんな事態』はもうこりごりだな、と思いまして」

そう言って青年はジャキーニ一家が必死で復興作業をしている芋畑に目をやる。

ジルコーダの事件から数日。ジルコーダによってグチャグチャにされた…という事になっている芋畑は7割ほど回復しているが、まだまだ荒れている。

ちなみに事件の概要は『芋畑を荒らしていたジルコーダは、間抜けにもペンタ君を踏んで爆死』という風になっている。


「ヒトでも虫でも、群れれば変な奴が1人や2人いると思うんですよ…自分みたいに」

残党がいないか確認した方がいいと思いますよ、とだけ告げて青年は畑仕事に戻って行った。




この後、本当にジルコーダの残党がとある事件を引き起こすのだが、青年の忠告の理由の大部分はただジルコーダに臆病なっていたからと言うモノで、この事件とは殆ど関係ない。

ただ、青年の事がレックスの印象に強く残ったのは間違い無い。












「ジルコーダめ…ワシの畑をメチャクチャにしおって……」

「本当ッス!ジルコーダマジ許セナイッス!!」

「お前、そんなキャラじゃったか?」




~おまけ 人物紹介(ステータス)~

チャーハン 

クラス 捕虜兼ファーマー

HP・高い MP・並 AT・基本的な射手より低い DF・並 MAT・基本的な召喚師より低い MDF・並 TEC・並 LUC・低い MOV・3 ↑4 ↓4

所持できるサモナイト石 3

召喚術のランク 霊・B

使用武器は主に弓なのだが、弓にしても召喚術にしても決定力がまるで無い。しかし、ローラ(聖母プラーマ)使用時のみ補正がかかって回復量が通常の1.5倍になる(原因は不明)。

本人曰く「弓や召喚術より、酒瓶で殴った方が絶対強い」


…こんな主人公で大丈夫か?

~~~~~~~~~~
後書き

作者です。
やっぱり原作キャラを動かすのは神経使います。
口調が間違ってないか、ドコまでやっていいものなのかとか。



[19511] 第4話 青年の想い 前半
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:72b817f4
Date: 2010/12/13 05:23
(…困った)

とある島に停泊中の海賊船。その船長室。船長の威厳を象徴するような刀剣や装飾品が壁に飾られたその部屋で、レックスと海賊達…男性5人と女性2人の計7人が話し合いを行っている。議題は先ほどレックスが帝国軍の隊長『アズリア』に接触したことだった。

「渡せない」だとか、「その剣は大変危険なモノです」などと言う会話がなされている中、何故かこの場に呼ばれたファーマー『チャーハン』は部屋の隅でみすぼらしい置物と化していた。

(レックスさんに呼び出されて来たはいいものの、何故呼ばれたのか聞かないまま来てしまったから何の話をしているのかわからない)

そう感じた青年は、とりあえず『見』に徹し、議題が何なのかを彼らの会話から察することにした。軍学校で居眠りした時によく使っていた手段である。



(先ほどの会話からするに、どうやらレックスさんと隊長が接触したらしい。そして海賊達も加わって一悶着あったようだ)

(そして今、彼らは『剣』の話をしている……なるほど)




(全くわからない。『剣』ってどの剣?)

青年は思考を放棄した。いつもの事だった。

(まあ呼ばれたからには何か訊かれるだろうから、その時に訊けばいいか。自分は呼ばれた立場だから、それくらいは許される…はず)

お気楽な結論を出すと、突然眠気が襲ってくる。青年は退屈していた。




「これじゃあまるで、先生が悪いみたいじゃないじゃないのよ!!」

「!」

青年の意識を覚醒させたのは、海賊一家の紅一点の声だった。

(なんだ? 何が起こったんだ?)

青年が部屋を見回す。テンガロンハットを被った金髪の少女『ソノラ』と、数人の男達が目に入った。少女の眼にはうっすらと涙が滲んでいて、男達は驚いて声も出ない、といった感じだった。

彼女の発言が続く。その言葉は、状況が全く理解できていない青年であっても、仲間である先生=レックスの事を思ってのモノであるとわかるほど感情をむき出しにしたものだった。

次第に、ソノラがぐずり出す。


そしてついに感極まって泣き出してしまった。

傍にいた紫髪の男がソノラを慰めに入る。他の男達は、ソノラの言葉に何か思う事があったようだ。青年の目には、彼らは罪悪感を覚えているように見えた。

紫髪の男『スカーレル』がソノラを連れて部屋を出る。彼女を落ち着かせるためであろう。


ソノラ達が退場して間もなく、この部屋の主である海賊一家船長『カイル』が話し合いの中断を宣言する。部屋の雰囲気は話し合いなど出来るような状態では無かった。

宣言と同時に、「外の空気を吸ってくる」と言ってカイルが退場する。するとそれに便乗するかのように海賊の客人の1人である銀髪の青年『ヤード』が退場する。

彼らは彼女の発言で大きなダメージを受けたようだな、と青年は感じた。

そして、傍らにいた少女『ベルフラウ』に何かを質問された赤髪の青年『レックス』も、彼女と共に部屋を出た。

こうして、部屋には誰もいなくなった。




「……あれ?」


1人を除いて。



~~~~~



「そんなに影薄かったかな、自分」

青年は、船の甲板へと出る階段をゆっくりと登りながら、そう呟いた。5分ほど部屋で待っていたのだが誰も帰ってこなかったので、誰かの話声のする甲板へ行こうとしていた。そのまま帰る事も出来たが、呼ばれた手前勝手に帰る訳にもいかなかった。

「まあ、それどころじゃなかったんだろう。…たぶん」

実際、あの時の青年は『スキル:隠密』でも使ってるんじゃないか?というくらい背景と同化していたのだが、青年は真実から目をそらした。



甲板へ出る。薄暗い空が視界いっぱいに広がる。

「…綺麗な空だ」

青年はふと自分の幼少期を思い出した。

(泥だらけになるまで遊んだ後見上げた空も、これくらい雄大で綺麗だった)

目を閉じると、今は亡き故郷を思い出す。大自然と畑しかないような所だったが、帰れるのならば帰りたい。故郷とはすべからくそんな場所だ。

(よくよく考えれば、軍学校に行ってからこうやって空を見上げる心的余裕なんて無かった。教官は怖いし、毎日毎日訓練、勉強とうんざりしてた。卒業後は…言わずもがな)

ゆっくりと目を開け、深く息を吸い込む。

「故郷と似てるな、この島は。空が綺麗な所も、自然あふれる所も。……そして」


「……戦いに巻き込まれる所も」

青年は大きな溜息を吐いた。



「…ん?」

船首の方に人影が見える。薄闇の中青年が目を凝らすと、レックスとベルフラウが何かを話している…と言うよりは、レックスが何かを説明している光景が目に入った。

話が気になった青年は、レックス達の近くの物かげに隠れ、聞き耳を立てた。


内容は、レックスとアズリアの関係についてと、アズリア本人についての事だった。

まず、レックスとアズリアの関係について。要約すると、二人は軍学校時代の同級生で、いわゆるライバルという関係だったらしい。そしてその関係のまま軍学校を卒業。レックスは陸軍、アズリアは海軍に配属になった。その後レックスは初任務でミスを犯してしまい、軍を辞めてしまう。アズリアはその事に納得しなかったようで、その事で口論となり、今では2人は険悪な関係なのだそうだ。

(レックスさんが元軍人で隊長の知り合いだった事には驚いたが、大体は自分も風の噂で聞いた事があるな)

次に、アズリア自身の事について。

青年はレックスの話と自分が軍の先輩から聞いた話をすり合わせ、自分の中で反芻した。

(アズリア隊長のフルネームはアズリア=レヴィノス。優秀な軍人を何人も輩出している帝国の名家『レヴィノス家』の次期当主だ。本来当主は男子が継ぐモノだが、レヴィノス家の長男である隊長の弟は病弱。…言い方は悪いが当主としては使い物にならない。だから隊長は弟のためにも帝国軍でのし上がっていかなければいけない…んだったか)

(弟さんの名前はなんだったろうか? 先輩から聞いた覚えはあるが、どうも思い出せない。酒の席だったからなぁ。……確か)



「盗み聞きなんていいシュミしてるじゃない」

記憶の引き出しを開けるのに夢中だった青年の背後から声がした。ぎゃあ、と叫びたくなるのをグッと抑え、後ろを振り向く。

背後にいたのは紫髪の男だ。肩までくらいはありそうな髪は束ねられ、後頭部に纏められている。黒と紫を基調とした服を着こなし、動作の1つ1つがそこはかとなく艶かしい。あと、女口調。見ようによっては女性にも見えるが、生物学上ではMale(男)である。

「すいません…ええと」

「スカーレルよ。よろしくね、軍人さん」

『よろしく』と言う言葉とは裏腹に、スカーレルの目には警戒の色が見て取れる。敵である軍人が船の中をうろついているのを警戒するのは海賊として当然だ。

青年は言葉に詰まった。盗み聞きをしていたのは事実、捕虜としては何をされてもおかしくは無い。

一方のスカーレルはというと、笑みを浮かべていた。相手の出方を窺っている。

それを察し、青年はとりあえず先ほどからずっと抱えていた疑問を口に出した。

「ところで、何で自分は今回呼び出されたんでしょうか?何もないまま終わってしまって途方にくれてしまったんですが」

「それに関しては謝るわ。ホントはアタシ達の方針がある程度決まったら、アナタから帝国軍の情報を聞き出そうと思ったんだけど、みんなソノラの言葉に面食らっちゃってすっかり忘れちゃってたのよ」

(やっぱり)

想像がつく事でも正面切って言われると凹むのが人間だ。

「それで…どう?」

「ハイ?」

「軍の情報よ。話す気あるかしら」

「ありません」

即答。

「あら、それじゃあ……カラダに訊くしかないわねぇ」

スカーレルは何処からか取り出したナイフを手の中で遊ばせながら、不敵な笑みを浮かべる。まるで獲物を前に舌舐めずりをしている蛇のようだ。

「ホントはしたくないんだけど…」

遊ばせるのを止め、逆手に持たれたナイフがゆっくりと青年の首へと近づいていく。

「い、いかなる拷問を受けたとしても、話しません」

そう言うや否や、首筋にナイフの刃がわずかに触れる。無機質な冷たさが『死』を連想させる。

青年の喉がゴクリ、と鳴る。

「10数える間に言わなかったらどうなるか…分るわね」

命のカウントが始まった。



感情のこもっていないカウントアップを聞きながら、青年は考えていたのは先日の『死亡宣告』の事だった。

(この島に流れ着いて、あの占い師に会ってからというもの、もう2回ほど死にそうになっている。…あ、今を含めると3回か)

(けれど、自分は今こうして生きている。…まあ今度こそ死にそうだが)

(なら、占い師が言っていた『分岐』というのは一体何だ? これから発生するのか? もう選択し終えてしまったのか? それとも、今がまさにその時なのか?)

(……どっちにしても今、この状況での選択肢はたった1つ)


(『口を割らない』…それが今まで苦楽を共にした仲間達への最低限の礼儀だ)

(死ぬのはイヤだが、仲間のためなら仕方ない)

青年がそう思うと共に、スカーレルのカウントが終わった。




「そう、覚悟はできてるってことかしら」

先ほどよりも強く、ナイフが青年の首筋に押しつけられる。青年はギュッと目を瞑り、『痛いのはイヤだなぁ』と微妙にずれた事を考えていた。



しかし、肝心の痛みは襲ってこなかった。ある種の達人は痛みを感じさせずに相手を切り裂く事が出来ると言うが、そういうことでも無い。

「フフッ」

スカーレルの声と共に、ナイフが遠ざかっていくのを感じる。

青年がゆっくりと目を開けると、スカーレルは手にしたナイフを懐にしまっているところだった。その顔には、イタズラッ子のような笑みが浮かんでいた。

「冗談よ、冗談」

「そ、そうですか」

青年はホッと胸をなでおろす。しかし、最低限の注意は払っておく。前回完全に油断して死にそうになったからだ。

「実は『アナタを呼ぼう』って言ったのレックスセンセなのよ。アナタに何かしたら、センセに悪いでしょ?」

「レックスさんが…」

(あれ、つまり呼んだのがレックスさんじゃなかったら危なかったってことか?いや、そもそもレックスさんに呼ばれたから来たわけで、呼ばれていないとこんな目には遇わなかったわけだから…)

「センセ、アナタの事だいぶ気に入ってるみたいよ?『話してみたけどいい人だった』って言っていたわ」

(ああ、結局自分が調子に乗って会話したせいか)


「まあ、もうアナタに用事は無いから、帰ってもいいわよ」

結局、青年はこの後1人で寝床のあるユクレス村へ戻った。




翌日、再びレックスが青年のもとを訪れた。というのもレックスが青年の元を訪れる少し前、帝国軍が海賊達に宣戦布告をし、それと同時に捕虜の返還要求があったのだ。

海賊達は『タダで還すか』といった態度をとったが、伝令ギャレオの『そちらでも手に余っているのだろう』という図星をつかれた返しと、捕虜の奪還を理由とした戦いが起こる事を危惧した結果、結局その要求を受けることにしたのだった。レックスはそれを伝えるためにやって来たのである。


「それで、レックスさんはどうするんですか? 交渉できるチャンスですけれど…」

『最後の』という言葉はあえてつけなかった。

「話すつもりだよ、この島の事、そして『剣』の事も」

「(また剣か、剣って何だ?)そうですか、うまくいくといいですね」

今更だが余談。青年は帝国軍が『重要なモノ』を奪還するのが目的だという事は知っているが、それが『何か』は知らない。

「ところで…時間に余裕ありますか?」

「え?う、うん。どうして?」

「少し用事がありまして」

そう言って、青年はとある場所へと向かった。



「…さて、こっちも腹を括るか」

誰にも聞こえない様な声量で、ポツリとそう呟いて。




「ムイ」

「よう、『シュナイダー』。今日もやっぱり来てたか」

青年はシュナイダーと呼ばれたテテ――以前青年を助けてくれた彼である、に挨拶をすると、近くの切り株に座り込んだ。

このテテ、その時から青年になついており、この様に度々会っては戯れている。

ちなみに、『シュナイダー』と言うのは青年が勝手につけた名前である。青年には仲良くなった召喚獣(主に小動物)に(2つの意味で)適当な名前を付けると言う癖があった。

「お前に聞いてほしい事があって…いや、どうせこっちはお前が何言ってるのか解らないから一方的に話すだけなんだけどな」

「ムイ?」

「実はこれからちょっと大それたことをやろうと思うんだ…」


~~~~~


「お待たせしました」

「…それじゃあ、行こうか」

青年は、レックスと共に戦いの場へと向かった。



~暁の丘~

結論から言って、レックスの説得は失敗に終わった。

レックスはこの島と剣の現状と危険性を諭そうとしたのだったが、アズリアは逆にこの島は帝国にとって利益となる、と知りますます戦闘意欲を増した。

一方、その様子を傍観していた青年は、自分が知らなかった事実を知り、驚愕していた。

(この島は召喚術の実験場だったのか。そして剣は『無色の派閥』の作ったモノ…か。たしかに帝国にとっては喉から手が出るほどほしいだろうな)


無色の派閥とは、端的に言うと召喚術で理想の世界を造ってしまおうと考えている危ない軍団である。ストーリーにはまだ関わらないので、詳しい説明は省かせてもらう。


その後、アズリアはこれ以上の交渉は無意味だと断じ、レックスに『諦めろ』と告げた。

しかしレックスは諦めなかった。誰も傷ついてほしく無い、と言う自分の想いをあくまで貫こうと言うのだ。

青年はそんなレックスに素直に尊敬した。理想、特に世の人々から『キレイ事』と罵られる事を貫くというのは、誰にでも出来ることではない。




「チャーハン召喚兵!」

「ハ、ハイ」

突然の言葉に、青年は反射的に返事をした。上官に呼ばれれば返事をする。軍人の職業病だ。

アズリアの矛先が急に自分に向いた事に、青年は狼狽した。部下がいる手前平静を装ってはいるが、先ほどのレックスの言葉に腹を立てている事は明白だ。

「私が至らなかったせいで、迷惑をかけた。これより私の指揮下に戻れ」

「…隊長」

その言葉を聴いた青年は、隊長の恩情の深さに感服した。心無い上官ならずとも、多少の罰を与えてもよいだろうに。




だが。

「すいません。自分は本日をもって、帝国軍を辞めさせていただきます」

青年はその恩情に乗る気は全く無かった。


「え!?」
「何だと!?」

レックスとアズリアの言葉が重なる。

全く予想外の台詞。レックスは驚愕と混乱、アズリアは疑念と怒りの声を上げた。

「…どういう事だ」

アズリアは青年を鋭い目つきで睨みつけ尋ねた。

生半可者が受けたならば、容易く戦意喪失してしまうほどの威圧感が込められた視線に怯みそうになるが、青年はぐっとこらえた。

「言葉どおりの意味です。自分は帝国軍に身を置くべきではない、と判断したので恥を忍んで隊長に辞意を表明しました」

青年はせめてもの反抗として、正面からアズリアを見据えはっきりとそう言った。



「……」

少しの沈黙の後、アズリアは一歩、二歩と青年に歩み寄っていく。それを固唾を飲んで見守る二人。


青年とアズリアとの距離があと2メートルほどとなった時、アズリアは腰に差していた剣に手を伸ばす。

刹那、『ヒュン』という風切り音が聞こえたのとほぼ同時に青年の鼻先に剣が突きつけられた。

「…ッ!!」
(速すぎて、見えなかった)

アズリアとの圧倒的な力の差をまざまざと見せつけられた青年の頬を、冷や汗が伝う。

「アズリア!」

「黙れレックス」

二人の元に駆け寄ろうとしたレックスを、アズリアは視線を青年から逸らさず制す。

「これは帝国軍…いや、我が隊の問題だ。お前が口出ししていいモノではない」

その有無を言わさぬ迫力に、レックスは動くことが出来ない。


「命令だ。『私の指揮下に戻れ』」

アズリアは先ほどの言葉を繰り返した。バカでもわかる。3度目は無い、ということだ。

「隊長が何とおっしゃろうとも…自分の考えは変わりません」

しかし、青年はあくまで自分の考えを押し通した。




「…そうか、わかった」

アズリアは、驚くほどあっさりと剣を引いた。そしてそれを鞘に納めると、自分の部隊に号令をかける。

「総員、戦闘態勢! これよりこの2名を帝国の敵とみなす!」



~~~~~



自軍の陣地に戻ったアズリアに、副官のギャレオが駆け寄る。

「どうしたギャレオ、自分の持ち場に戻れ」

ギャレオはアズリアの言葉に従わず告げる。

「隊長、あのような愚行を許してもよろしいのですか?」

部下の裏切り。それが意味する所は情報の漏洩、戦力の減少、果ては隊長の経歴に傷がつくことだってあり得る。

「かまわん。奴が捕虜になった時点で情報漏洩への対策は行った。奴の知る情報に、我らが不利になりえるようなものは無い。それにだ、手負いの兵が戻ってきたところで、足手まといが増えるだけだろう?」

「それは…そうですが」

「おそらく、奴もそれを知った上であのような大それたことを実行したのだろう。私が見逃す可能性もある、と踏んでな」

「まさか…、彼は部隊の中で最も若い。そのような策略をたてることが出来るとは到底思えません」

「カン違いしているぞギャレオ。あれは策略などといった高尚なモノではない。ただのギャンブル…それも奴にとっては分の悪い、な」

実際の所、アズリアは青年が少しでも怯えたり言葉を翻すようなら、即刻切り殺していただろう。


「しかし解りません。何故彼は死ぬ可能性が高いこの場に姿を現し、隊長に辞意を表明したのでしょうか」

「それは解らん。奴の行動原理は軍人のそれとは大きく異なるからな」



~~~~~



「…死ぬかと思った」

一方、青年『チャーハン』とレックスは帝国軍を迎え撃つために、仲間たちと合流しようとしていた。勿論、仲間達と言うのはレックスの仲間であって青年はただレックスについて行っているだけなのだが。

「訊いてもいいかな」

レックスが青年に話しかける。青年はレックスが言わんといていることが容易に想像できた。

「『何故あんな事をしたのか?』…前にも言ったように、『辞めたかったから』ですよ」



青年には別の目的があったが、あまりにもバカバカしいモノだったので言う気は無かった。


~~~~~~~~~~
後書き

つづきます。



[19511] 第4話 青年の想い 後半
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:acc97d42
Date: 2011/01/15 03:56
とある島の『暁の丘』という場所。夕方になるととても美しい景色を見る事が出来るそこで現在、『帝国軍』と『島の住人および海賊と客人達の連合軍』とが戦っている。

序盤、戦局はアズリア隊長率いる帝国軍が有利に進めていた。

アズリアの指示で動く部下達。その統制された動きを持って実行される戦術は戦場において非常に利にかなっており、相手をじわじわと苦しめて行った。


ところが時が経つにつれ、戦局は連合軍に傾きつつあった。


その原因は様々だが、一番の要因は連合軍のリーダー的存在『レックス』であろう。



彼はアズリアとは旧知の仲であり、軍学校では何度も競い合っていた。そのため、レックスはアズリアがどのように攻めてくるのか、おおよその見当がついていた。

もちろんそれはアズリアにも言えることなのだが、二人の間で決定的に違ったのは『仲間』であろうか。

アズリア率いる部隊のメンバーは帝国軍人であり、軍人とは戦闘を行う職業である。そのため一定以上の戦闘力は有する。

しかし、その力は部隊という集団になってこそ活かされるもので、個々の戦闘力はそれほど高くは無い。一対一で相応の実力者の相手をできるのは、隊長のアズリア、副官のギャレオ、そしてなぜかこの場にはいないビジュくらいのものだろう。


対して、レックス達の方はというと、個々の戦闘力は非常に高い。

島の住人達の代表である護人達は島の共界線(クリプス)と言われる箇所から魔力を供給されており、島内限定ではあるが、強力な力を行使することが出来る。

海賊であるカイル一家の戦闘力の高さは、その苛酷な生業を鑑みれば当然と言える。

その客人のレックスとヤードも、それぞれ元軍人と召喚師であり、戦闘に秀でた技術を持っている。

そんな彼らの中で唯一の例外はレックスの生徒であるベルフラウくらいである。

しかし、そんな彼女も足手まといになってしまうほど弱いわけではない。

たしかに、彼女には召喚術や弓の扱いにおいて、人並ならぬ才能を持っていた。先生であるレックスの指導によるところも大きいだろう。しかし、それだけというわけでもない。

一見高飛車でわがままに見える彼女だが、実は努力家な面も持ち合わせており、レックスに隠れて弓の練習をしている。

それには自分のため、そしてなにより『少しでも先生に近付きたいから』といういじらしい理由があった。



…閑話休題。

戦闘力の高いメンツがそろっているレックス達、しかし個々の戦闘力がいくら高いからといって、それがそのまま全体の強さになる訳ではない。

多対多の戦闘では、仲間内の信頼がモノを言う。

月並みな言葉だが、仲間達が信頼し合っていれば1+1が3にも4にもなり、逆ならばマイナスを示す場合もある。

そして信頼があるからこそ、戦略を活かすことができるのである。


レックス達の不利な点はそこだった。

いくつもの修羅場を戦ってきたアズリアの部隊とは違い、レックス達の方はいくつかのグループが集まった言わば『烏合の衆』。実際、ほんの少し前まで険悪な関係だった。

もしもその状態のまま今日までいたとしたら、最悪の結果が待っていたであろう。

しかしそうはならなかった。以前述べたが、色々あって現在は友好的な関係が築かれている。

勿論、そのような関係になったのにはいくつかの出来事があったのだが、それらの出来事で中心となって行動していたのが、何を隠そうレックスなのである。

彼がいたからこそ、島の住民は心を開いたと言っても過言ではない。

この事は戦闘において、重要なファクターとなっていた。



互いに背中を預け、バッタバッタと敵を倒していくヤッファとカイル。

最前線で大剣をふるうファルゼンと、銃による援護射撃をするソノラ。

軽やかな身のこなしで戦場を駆けるキュウマとスカーレル。

後衛で召喚術を行使し、全体の援護をするアルディラとヤード。


どれもついこの間まで見る事の出来なかった光景である。


これほどまでの結束力、帝国軍にとっては予想外。


結果、当初数で勝っていたはずの帝国軍は次第に押され始めてしまっていた。





そして、そんな光景を戦場から少し外れた場所でぼんやりと眺めていた男がいた。

「……」

つい先ほど帝国軍を辞めた青年『チャーハン』である。



前話の後、青年はレックスと共に彼の仲間の元にやってきた。

最初、レックスの仲間達に色々と言われた青年だったが、戦闘開始が近くて時間が無かったこともあり『余計な事するなよ』とクギを刺された後放置された。

青年本人も余計な事…例えば戦闘に介入等、をする気は無かった。未だ右腕は骨折中である上、ついさっきまで仲間だった人々と戦うのは精神的にキツイ。



しかし、それらの理由があるから行動しないわけではない。

今行動する必要がない、ただそれだけの理由である。







時は少し前にさかのぼる。青年は『テテ』のシュナイダー(青年が命名)とこのような会話をしていた。


「大それた事といっても上司に『帝国軍を辞めます』と言ってくるだけなんだけど」

「ムイムイ?」(『大丈夫?』みたいなことを言っています)

「……大丈夫なんじゃないかなぁ、多分」

溜息。言葉にするのは簡単だが、それが死と隣り合わせであろう事は青年にもわかっている。


「ムムイ?」(『なんで?』みたいな事を言っています)

「まず、部隊に戻っても自分には何のメリットも無い。疲れるし、戦わないといけないし、そもそも手負いの兵が戻ってきた所で足手まといになるのは目に見えてる」

「次に、自分の所持品を取り戻さないといけない。軍人から足を洗って島サイドにつけば、返してくれる…かもしれないだろ」

「ムィ~」(『無理でしょ』みたいな事を言っています)

「いや、確かに無理かもしれないけど、早急に返してもらわないといけない理由がある。経験上、あと数日放っておいたら大変な事になるんだ。…色々と」



「まあそれは置いといて、やはり一番の理由は『自由に行動できなくなるから』かな。部隊に戻るとしたい事が出来なくなるんだよ」


「ムイムムムイ」(『この農業バカが』みたいな事を言っています)


「…待て、カン違いしているぞ。確かに畑仕事は楽しいけど、それじゃない。自分の目的は『双方の被害を最小限にする』ことだ」

「ムイ?」(『そうなの?』みたいな事を言っています)

「そう。…まあ自分には戦いを止める力は無いし、戦いに参加する気もないから、それ以外の方法で平和が訪れるようにがんばるつもりさ」



当初…捕虜になる以前の青年は、『島の住人と戦う事もやむなし』と考えていた。

しかし幸か不幸か捕虜になって、多少なりとも住民達と交流した青年に気持ちは変化していた。


『彼らはイイ人だ、戦いたく無い。かといって軍の仲間と戦うことも避けたい』


だから青年は双方の味方をすると決めた。







(まずは、島の住人の信頼を得るところから始めよう)

時間は戻って、暁の丘。

(住人達から信頼を獲得すれば、自分は帝国軍と島の住人とを結ぶ『交渉人』として活動できる。そうすれば双方の融和にも一役買う事が出来る)

戦局が完全にレックス達に傾いたのを感じた青年は、自分がこの後どう行動すればいいのかを考えていた。

『帝国軍が敗北する』というのは、青年の中では最良のシナリオだった。レックスの人柄から、帝国軍にはそれほどひどいバツは与えられないであろう事は容易に想像がついた上、島の住人にほとんど被害が出ないであろうからだ。

帝国軍が敗北することに、青年が罪悪感やらなんやらを覚えないわけではなかったが、『自分が苦しむ分には問題ない』と割り切っていた。



そのようにあれこれと考えていると、足のつま先にコツン、と何かが当たったのを感じた。

視線を足元にやると、透明な石が目に入る。

(…サモナイト石?)

曲がりなりにも軍学校で召喚術を学んだ青年には、その正体が即座にわかった。

流石に何と誓約している石かは判らなかったが、少なくとも『名も無き世界』を対象とした召喚術を行使するために使用するモノだと言う事は色から判断できた。


名も無き世界を対象とした召喚術では生物を召喚する事はまれで、その多くは剣やら像やらといった物品ばかりである。しかし魔力と、それを使うノウハウさえあれば誰でも使用できるという一種の使いやすさがウリである。


(レックスさん達の忘れ物だろうか?)

そう思いながらしゃがみ込み、石を拾う。


「『シャインセイバー』……なんて物騒な」

調べた結果、攻撃用の召喚術だった事に眩暈がしたが、次の瞬間意識は全く別の方向に向いた。


「ッ! …何だ?」

突然、鋭い光が目に入ってきた。とても眩しい。

辺りを見渡す。帝国軍の陣営の右後ろに、太陽光を反射している『黒光りする何か』が見えた。



(…マズイんじゃあないか!?)

青年はソレに見覚えがあった。

誰も気づいていないのか? と思う青年だったが、『何か』は青年の方向からは見えにくい場所に設置されていた。気が付けたのはかなり運が良かった、もしくは悪かったからとしか言いようがない。

青年は、おそらく戦闘が行われている場所から見えないんだろう、とあたりを付けた。もしも見えていたとしたら、放っておくわけがないからである。

「クソッ!」

青年が駆けだしたのと同時に、レックス達の勝利で戦闘が終了した。



しかし、青年が見つけた『黒光りする何か』――『大砲』から放たれた砲弾によって、戦場は騒然となった。



~~~~~



先ほどの大砲の1発によって、レックス達は2発目を警戒して迂闊に動く事が出来ず、そのスキに帝国軍は帝国軍は撤退を開始していた。

「ヒヒッ、ヒヒヒヒヒッ!!」

大砲の側、そこには帝国軍のビジュがいた。彼が戦闘に参加しなかったのは、この大砲を用意するためであったようだ。大砲はいつでも発射できる状態になっている。


彼はひどく上機嫌だった。

大砲による奇襲を成功させたからという事もあるが『自分の事をコケにしたレックスを吹き飛ばせる』という歪んだ興奮と、『口うるさい上司アズリア、ギャレオをワザワザ助けてやったんだ』という下衆な優越感に起因するものであった。

彼にとっては言葉通り『笑いが止まらない』といった状態だ。

大砲の標準は、レックス達に向けられている。1発目は外してしまったが、次は彼らの誰かに当てる腹積もりだ。



「…手前ェはそっから動くんじゃねぇ!!」

撃つ事を躊躇うはずもないビジュは、レックス僅かな挙動を口実に大砲を発射した。

砲弾が爆裂する音が響く。



「ハァ!?」

しかし、あり得ない事が起こった。

本来、何かにぶつかって初めて爆裂するはずの砲弾が、空中で爆裂したのだ。


コレにはビジュのみならず、それを目撃した全ての者が驚いた。


砲弾の破片が降り注ぐ。

ビジュはその中に明らかに砲弾のものでは無い、純白の破片を発見した。

もう一度、上空を見る。青空の中、黒々とした爆煙のカタマリがあるだけ……では無かった。

爆煙の中に、破壊された1振りの剣と、それぞれデザインが異なる4振りの剣が浮いていた。刀身は純白に輝いていて、高貴なイメージすら感じさせる。



「『打ち砕け光将の剣』」

ビジュが声に反応して、今度は正面を見る。

そこには、先ほど軍を辞めた青年が立っていた。左手にサモナイト石を持って。



次の瞬間、4振りの剣が大砲に殺到した。



~~~~~



大砲の周りには『シャインセイバー』による衝撃で、砂埃が舞っている。

4振りの剣は、大砲を中破させることに成功した。砲身がひしゃげ、大砲としてはもう使用できない。

青年は『砲撃阻止』という目的を見事に達成した。

さらに言えば、1発目は流石に無理だったが、大砲の射線にシャインセイバーを割り込ませ2発目を防げたのだから大成功と言ってもいい。


しかしその表情に安堵の色は無い。

(…どうしよう)

なぜなら後先考えずに駆けだしたので、この後の事を全く考えていないからである。



「テメエェェェ!!」

「ッ!」

砂埃の中から、ビジュの怒号と共に投げナイフが飛んでくる。

青年は右腕に装着されたギプスでナイフを弾き飛ばす。ギプスがホントに防具になった事に少し驚いた。

砂埃からビジュが現れる。外傷はないが、顔に青筋を立てて怒り狂っている。

すぐさま逃げようとするが、ビジュはすでに召喚術を発動させている。逃げられない。

召喚術の光が迸る。召喚されたのは『タケシー』。


タケシーは霊界サプレスに住む魔精で、雷を放つ事が出来る。

体長はバスケットボールくらいだが、放たれる雷の威力はすさまじく、人一人感電死させるには十分なほどの威力も出せる。


「死ねえぇぇェェェ!!!」

青年の目の前に電気が収束していく。バチバチ、という音が耳触りだ。

召喚術は、術者の技量や込められた魔力によって威力が変わる。

怒り狂ったビジュが込めた魔力は、人一人殺すにはもったいないほどの威力を生んでいた。



(ああ…ヤバイ)

青年は、不思議な感覚を体験していた。

目の前の光景がやたらとゆっくり。雷が毛細血管のように枝分かれしている様子もはっきりと見える。


(死の寸前、時間がゆっくり流れているように感じる、と何処かで聞いたことがあったけど、本当だったんだ)


(それにしても、何で自分はこうも冷静なんだろう?)


(最近何回も死にそうになってたから、慣れちゃったのかなぁ…それとも)


そこまで考えて、青年は思考を中断した。

雷が体を貫くのを粛々と待ち構えていた青年の視界の隅に、正体不明の『白い影』が映ったからだ。



白い影が青年の視界を覆い隠していく。

影が視界の中央に躍り出るにつれ、全体像がはっきりと見えてくる。

腰ほどまで伸びている白髪に遮られて誰かははっきりしないが、それは間違いなく『ニンゲン』のカタチをしていた。右手にはあわい碧に輝く長剣を携えている。


青年はそれを見てもなお、それがニンゲンだとは到底信じられなかった。


付近には、青年の他にはビジュしかいなかった。

2発目の砲撃音を聞いてから誰かが青年達の方へ駆けだしたとしても、タケシーの雷が放たれる前に辿り着くのは時間的に無理がありすぎる。

だのに今こうして目の前にいると言う事は、このヒトはニンゲンの限界を超えたスピードで此処まで駆けてきたという事になる。


さらに、一目見て解る圧倒的な魔力。目の前のヒトの周囲に渦巻く魔力が大気を震わせている。明らかに通常の生物が持ち得ない、いや、持ってはいけない量だ。



白い人影が、長剣を振りかぶる。

「うおおオオオォォォォォ!!!」

渾身の力を持って長剣が振り降ろされる。すると剣の軌跡に沿って、魔力が碧の衝撃波となって放たれた。

衝撃波は地面を抉り、タケシーの雷をたやすく掻き消し、ビジュに直撃した。


「ぐぎゃッ!?」

ビジュが奇声をあげながら吹き飛ぶ。衝撃波の威力は中々に凄まじかったらしく、二回ほどバウンドし、かなり後方まで吹き飛んで停止した。

ビジュはそれから少しの間動かなかったが、やがて立ち上がり撤退を開始した。





「…死んだかと思った」

青年が、そういうや否や地面にへたり込む。

(これで、帝国軍からは完全に敵と見なされた…か)

それについて青年には思う所があったが、まずは目の前の命の恩人への挨拶だろう、と考えた。


「…助かりました、『レックスさん』…ですよね」

先ほどの叫び声で大体の当たりは付けていたが、叫び声だっただけに、青年には確信が無い。

しかし、それで正解だった。

白い人影――レックスの手中の長剣が消失する。すると纏っていた魔力が次第に小さくなると共に、外見が人の良さそうな赤髪の彼に戻っていく。

(あの碧のやつが、帝国軍が奪還しようとしている『剣』か。確かに危険な代物だ。軍がほしがるのも、レックスさん達が渡すまいとしているのもよくわかる)

レックスが青年の方を振り向く。

「どうしてこんなムチャを…いや、今はお礼を言うべきだよね」


「ありがとう。キミが大砲を破壊してくれなかったら、大変な事になってた」

そう言ってレックスは青年に手を差し伸べた。

「…え~と」

青年はレックスの言葉に、背中がむず痒くなるのを感じた。

「あの、自分はそんな褒められるような事してませんよ。ただ、自分が『やらなければ』と思った事をやったまででして…むしろいらぬお節介だったと言うかなんというか」

「そんなことないよ」

「……そうかなぁ?」

青年はレックスの手を取って立ち上がる。


「でも、あんな無茶な事はもうしないでほしいな」

そう言うレックスの表情には曇っていた。それは青年の事を心配していたから…だけではないようだ。

「まあ、自分ももう死にかけるのはコリゴリなんですけどね。ビジュ先輩の野郎の愚行に我慢ならなかったんですよ。…全く、せっかく双方に戦死者が出なくてよかったな、と思ってたのに大砲なんて持ち出してきやがって……困ったもんですよ。そう思いませんか?」

「え!? いや、なんて言ったらいいか「せんせぇ~!」…ベルフラウ?」

声の方向を向くと、レックスの生徒であるベルフラウが彼の方へと駆けだしていた。


(ゲ、あの娘は…)

青年はその姿に見覚えがあった。忘れもしない、青年の脚に矢をブッ刺した張本人である。

「ああ、えっと、これ、落ちてましたよ」

そういって青年はサモナイト石をレックスに渡す。その挙動はどこかおかしい。

「サモナイト石の管理はちゃんとしないと。盗まれたり誰かが暴発させたりしたら大変な事になるんですから。それと、自分の処遇はレックスさんに一任しますね。できれば仲間…とはいかなくても、労働者として集落においてくれれば助かります。あと、自分のサモナイト石…大きい方のだけでも返してくれませんか? 大丈夫です悪さをしようなんて考えてません。部隊には絶対に戻れなくなりましたし、戦闘能力なんてカケラもない無害な奴ですからレックスさん達に害は全くありません。…あと何か言う事は、と…そうそう」

ココまで一気に早口でまくしたてた青年。呆然とするレックス。

「レックスさん、さっき言ってましたよね、『どうしてこんなムチャしたのか?』って」

「う、うん」


「答えは『この島で誰も死んでほしく無いから』です。レックスさんも理想を捨てずに頑張ってくださいね、応援してます」

青年がへらりと笑う。本心からの言葉と笑顔だ。



「…という事で、言いたい事は言い終わったので自分は畑仕事に戻らせていただきます」

「え?」

「それではっ!」

「あッ!? ちょっと待って!」

青年は脱兎のごとく逃げ出した。青年にとってベルフラウに負けた事はトラウマと化していた。



この後、レックスは仲間達への状況説明に四苦八苦したとかしなかったとか。




~~~~~~~~~~
(無くてもいいような気がする)あとがき

作者です。

次回はギャグ回の予定です。



[19511] 幕間
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:c3955364
Date: 2011/03/06 11:26
「…スゥ~」

「ハァ~、…よし」

とある島、ジャキーニの畑から少し離れた、青年『チャーハン』がよく利用している場所。そこにはおあつらえ向きな切り株が二つ並んでいて、腰かけて休んだり誰かとナイショ話をしたりする場所としてはとても優れている。

青年は深呼吸をしたのち、手にした紫のサモナイト石に目を向けた。

「さあ、召喚するぞ…!」

サモナイト石をギュッと握りしめる。その表情は超が付くほどに真剣。

何故これほどまでに真剣なのか、時間はほんの少し前にさかのぼる。



   *



前回の一件により、島の住民達は青年を『帝国軍の味方では無い』と認識するようになった。あれだけの事をやってさらに死にかけた青年を『帝国軍のスパイ』と見なす事は無かったが、『島の仲間』とするほどには信頼できないという事である。

それはともかくとして、青年は仮にも帝国軍の大砲をぶっ壊した張本人である。その謝礼という意味合いも込めて本日、青年の所持品が返還されることになったのだった。

青年の元に所持品を持ってきたのはレックスだった。その顔には疲労が色濃く表れていた。前回の状況説明やら今回の返還のための説得やらは思いのほか大変だったらしい。青年はマッハで土下座した。


青年に返還されたものは3つ。

1つ、軍服。任務中の正装だが、軍を辞めた身ではもはや無用の物。後に雑巾として有効的に活用される。

2つ、弓と数本の矢。安全のためか、矢尻は抜かれている。これは拾いモノなので、青年にとって特に愛着は無い。

3つ、サモナイト石2個。別に1つだけでもよかったのだが、両方とも返してくれた事に驚いた。しかし今後は帝国軍に襲われる可能性もあるので、防衛手段が増えた事に素直に喜んだ。


荷物をすべて受け取った青年は、それらを切り株の上に置いた後、

「レックスさん、何が起こるかわからないので少し下がっていて下さい」

と言って大きい方の石を手にとった。

レックスはその言葉の真意を判断しかねたが、ただならなそうな雰囲気を感じ青年の言葉通り後退した。



   *



そして、冒頭に至る。

青年が呪文の詠唱を開始する。順じてサモナイト石に魔力を込めていく。

「召…喚ッ!」

最後の1小節を唱え終える。石が輝きを放ち、異世界への門が開かれる


「「………」」

…はずなのだが。

「「あれ?」」

青年、そしてレックスさえも首をかしげる。サモナイト石は輝きさえもしなかった。

「おかしいな」

青年がいぶかしんだのも無理は無い。詠唱に何ら問題は無かったはずだし、魔力もキチンと消費されている。なにより軍学校でみっちりと召喚術を学んだのだ。術が成功したか失敗したかくらいは青年だって感覚でわかる。本来ならば確実に成功しているはずだ。

「…?」

青年はもう一度、石をまじまじと見つめる。まぎれもなく青年が誓約したサモナイト石。ヒビや傷があるわけでもない。ではいったい何で…?


青年が思案しているその時、急に石から光が迸った。

「うわッ!?」

突然の発光は青年の目を眩ませた。彼としては、目の前で閃光弾が炸裂した様に感じただろう。そして次の刹那

「…ッ!!」

光の中から何者かが現れ、

「ぐへっ!?」

青年の左頬に『ぐーぱんち』をクリーンヒットさせた。決して『グーパンチ』では無い(重要)。

それほど威力のあるコブシでは無かったが、フラッシュ&パンチという巧妙なコンビネーションによって、青年は無様にももんどりうって地面に倒れ込んでしまった。

「…イッタイなぁ、何すん『ボスッ』がはっ!?」

仰向けに倒れた青年の上に、その何者かが馬乗りになるようにのしかかる。

ここでようやく、閃光にやられた目が正常に機能し出す。

青年の目の前には、明るい色調で纏められたダボダボな服を着た少女がいた。肩ほどまで伸びた金色の髪が風に揺れている。

少女――ローラと目が合う。目に溢れんばかりの涙を溜めたその表情は、悲しんでいるようにも、怒っているようにも見えた。

「あー…その、何だ。心配かけた」

青年はローラに手を伸ばし、その頭を赤子をあやすように優しく撫でた。

「……」(むぅ~)

「まあでもこうやって自分は今も生きてるわけだし、結果オーライっていうことで『ムギュ!』イタタタッ、ほほをつねりゅなローリャ!」

まるで年の離れた兄妹喧嘩のような光景は10数分ほど続き、レックスはその間なんとも言えない時を過ごした。




「じゃあ、頼む」

何とかローラの気持ちが落ち着いた後、青年はローラに前にギプスの撒かれた右腕を突きだした。

ローラはコクンと頷くと、その右手に自分の両手を添える。ローラが目を閉じて集中すると、掌からあわい光が発せられる。『癒しの光』というやつだ。

ピキ…ピキと、急速に骨が結合していく音がわずかに聞こえてくる。不自然的な回復だが、青年に不快感は無い。むしろ心地良くすらある。

光はほんの10秒足らずでおさまった。青年は何処からか取り出したハンマーを使って、ギプスを取り外す作業にかかる。

ガンガンと叩いて硬質な部分を砕いて行くと、次第と肌に巻かれていた布があらわになって来る。

ギプス全てを砕き終え、布を解き、青年はしばらくぶりに自分の右腕と対面した。

「…えっと」

青年は右手を握ったり開いたり、折れていた箇所を叩いたりして治癒したかの確認をする。

「よし…完治」

右腕と左腕を見比べる。若干右の方が細くなったような気がするが、それは動かしていなかったせいなので大した問題ではない。

(本当は自然治癒の方がいいんだろうけど)

天使の奇蹟といえども万能ではない。確かに、癒しの奇蹟ならば例え肉体に多少の欠損があっても治してしまえるが、あまりに急速過ぎる治癒は人体に何らかの悪影響を引き起こす場合がある。本来ならあまり好ましく無いことだが、場合が場合だけにしかたない。

また、治せる限界がある事も忘れてはいけない。

「さて、この調子で真っ赤になってる左頬も頼もうか」

「……」(プイッ)

そっぽを向かれてしまった。

(まあ、いいけどさ)

青年は小さな溜息を吐いた。青年にとってはいつもの事である。


「…凄い」

感嘆の声を漏らしたのは、切り株に腰掛けていたレックスだった。

「?」

青年はその言葉に首をかしげた。

「クノンは完治まで最低一ヶ月半はかかる、って言ってたのに」

ちなみにここで言う『最低』とは、リペアセンターのような最高の医療機関で最適な治療を受けた場合の最短時間の事を指している。青年の骨は非常に難儀な折れ方をしていたようだ。

「ローラの治療は部隊の中でもトップクラスだったんですよ…何故か」

『不思議ですよね』と、青年が肩をすくめる。

「それにしても早すぎるよ。実は意外と優秀な人だったりするのかな…?」

レックスも元軍人。この島での戦闘経験もある。それらの過程で治療系の召喚術は何度も目にしているがこれほど簡単、簡潔に骨折という大怪我を治す術を見た事が無い。

「とんでもない! 自分、軍学校の成績も真ん中くらいでしたし、他の召喚術は苦手なんですよ」

事実、青年が人並みに扱える召喚術は手持ちの『聖母プラーマ(ローラ)』と『ポワソ(ポワソはポワソ)』、後は『シャインセイバー』などの非生物系だけだった。

ローラの件については、過去に『何故なんだ』と思わない事も無かった。しかし軍学校時代、そして軍役時代と周りに召喚術に詳しい(実用的な利用方法ではなく、召喚獣や術そのものに詳しいという意味)ヒトがいなかったため、結局今日までわからずじまいである。

(蒼や金の派閥の召喚師にでも見てもらえればいいんだけど、今までそんな暇は無かったし…)

結局、『何故ローラだけ治療スキルが高いのか』という疑問は『便利だし別にいいや』と言う理由で謎のまま長い事放置されてしまうのであった。



「とにかく、紹介します。相棒の『ローラ』。まあ、手のかかる妹みたいな『バシッ』イタッ…何がいけなかったんだよ」

「…、……。……!」(ばたばた)

ローラは身ぶり手ぶりで何かを伝えようとしている。しかし

(…全くわからん)

やはりヒトの言葉を話してくれないのは不便だ、と思う青年であった。










~おまけ~

青年チャーハンの使用できる召喚術


聖母プラーマ(ローラ)

慈愛に満ちた霊界の小さい聖母。青年の相棒であり、(多分)今作のヒロインの1人。
外見年齢は低く、ベルフラウらと同年代ほどに見える。しかし癒しの力は他の個体より高い。
…だが、彼女の治癒能力が総合的に高いのには他にも理由があったりする。

ポワソ

天使のお供役をつとめるかわいい聖霊。青年が少年だった頃からの友達。
基本的に人懐っこく可愛らしいが、戦闘になると容赦が無い仕事人。


~~~~~~~~~~
後書き

少し短いですが、キリがよかったのと長く更新しないのはどうかと思い投稿。
ギャグ回では無かったかな。



[19511] 第5話 教育者 前半
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:c3955364
Date: 2011/03/25 01:12
青空教室。文字どおり、澄み渡った青い空の下で授業を行う教室である。

『忘れられた島』で青空教室が開かれるようになったのは、つい最近の事。長い間外の世界と隔絶されていたこの島に、外部からの来訪者が現れてからだった。

『いずれ、外の世界と交流を行わなければならない時が来る。だからその時のために外界の知識等を子供達に学んでほしい』…来訪者達の存在からそのように考えたとある人物が、来訪者の1人である家庭教師のレックスに頼んで実現したのだ。

とは言っても、授業ははじめからうまくいっていたわけではなかった。家庭教師としてもまだまだ新米であったレックスには子供達を完全に制する事は出来ず、記念すべき1回目の授業は散々たる結果に…という事もあった。

しかし、レックスの生粋の優しさと教室の委員長となったベルフラウのフォローとがあって現在、青空教室の活動は小規模ながら軌道に乗っていた。


太陽がまだ完全に昇り切っていない時刻、今日も授業が始まる。…のだが、1つだけいつもと違う所があった。


教鞭を振るうのは、レックスではなかったのだ。




「みんな~、こ~んに~ちは~! 今日はこのボク、チャーハンおにぃさんといっしょに明るく楽しくお勉強していきましょ~!」

「は~い!」

元気なかわいい声が返ってきた。声の主は『マルルゥ』。彼女はルシャナと呼ばれる花の妖精で、体長は仔猫くらい、ふわふわと宙に浮いている。

おにぃさん…もとい青年『チャーハン』は、その返事を聞いてにっこり笑顔で返した。

しかし、笑顔になったのはマルルゥの返事がうれしかったからでは無かった。

「「「……」」」

残り3人の生徒の引きっぷりがひどく、笑顔を貼り付けていなければ心がバッキリと折れてしまいそうだったからだ。青年の背中には、冷や汗がダラダラと流れている。

青年は後悔した。

今回こうやって教鞭を振るうにあたり、青年は島を駆けまわり(帝国軍から離反したことで行動規制は無くなった)様々な準備を行っていた。

しかし、授業は開始10秒で出鼻を挫かれてしまった。これでは今までの苦労が水の泡になる…のは青年としては一向に構わないのだが、協力してくれた方々に申し訳ない。

(しまった、対象年齢が低すぎたか……ッ)

これも全ては、生徒達をただ『子供』だと軽視し、特別講師としての自分のキャラクターの対象年齢を低く設定し過ぎてしまったせいだ…と、青年は考えていた。が、この思考は本質からズレていた。



「あやや? みなさん、どうしたのですか?」

マルルゥのその声に最初に反応したのは、シルターンの装束に身を包んだ、いかにもヤンチャそうな少年『スバル』だった。

「だってさ…アイツ、帝国軍の仲間だったヤツだろ? なんでそんなのが先生なんて」

スバルは青年には聞こえないように、小さい声で呟いた。尤も、聞こえないように話したところで聞こえるモノは聞こえるのだが。

「でも、レックス先生が悪い人を呼ぶ訳無いよ…。それに、帝国軍だってもう辞めたって村のみんなが言ってた…」

そう言ったのは、真っ白な毛皮に覆われた少年『パナシェ』。メイトルパの『バナウス』という犬型の亜人だ。

彼は青年が畑仕事に勤しんでいるユクレス村に住んでおり、青年の事は生徒の中では少し詳しい。詳しいと言っても、村の中で悪さをしていないという事を知っている、といった程度だが。

「なんだよパナシェ、アイツの味方するのか?」

「え? えっと、それは…」

どうやらパナシェも判断しかねるらしい。


「…私達で判断するしかありませんわ」

そう言ったのは委員長ベルフラウであった。彼女は青年とは多少の因縁があった。彼女にとって青年は、戦いの場に出て初めて応戦し、そして初めて打ち倒した人物である。

彼女はそこで大変怖い目に会い、さらには生徒4人の中では帝国軍の行いを身近に感じていた。

そのため青年に対し非常に懐疑的であり、ヒトのいいレックスが青年に騙されているのではないか、などとも考えていた。


ベルフラウがキッ! と青年を睨みつける。どんな些細なことでも見逃しません! といった感じだろうか。

彼女のそんな様子が周りに伝わったのか、他の3人も同様に青年を凝視する。…尤も、マルルゥは何をやっているのかよくわかっていないようだが。


「「「「………」」」」

四つの視線が青年に突き刺さる。

沈黙が続くので、ココでなぜ青年が教師まがいの事をしているのかを説明しよう。

話は、前話の後にまでさかのぼる。時間的には数日前の事だ。







「青空教室、ですか」

青年はレックスに、『もっと島の住人と交流したい』という考えを話した。そうして帰ってきた言葉がこれである。

「うん。オレが先生をやっているんだけど、そこに特別講師として呼ぶって言うのはどうかな」

島の住民との交友関係を深めたい青年としては願っても無いチャンスである。打算的な考え方だが、子供の信頼を得れば自然と大人の信頼度は上がるはずだ。

「とてもいいアイディアだとは思います。…でも」

しかし、青年には他に心配な事があった。

「自分、ヒトにモノを教えられるような学のあるニンゲンでは無いです。そりゃあ、レックスさんは軍学校を首席で卒業できるほどのヒトですから何とかなるんでしょうけど、自分の成績を鑑みると……なんとも」

「ちなみに、どれくらい?」

「上から数えても下から数えても大して変わらないくらいです」

「…大丈夫、そのくらいなら問題ないよ。あの子たちに必要なのは、頭がいい先生じゃ無くて、色々な人と触れ合う事だと思うから」

「(今、少し間があったような…?)それならいいですけど、問題は何を教えるかって事ですね」

レックスが頷く。

「やっぱりありきたりなモノじゃ無く、少し凝ったモノの方がいいですよね。そして生徒の将来の糧となるような、何か」

青年は顎に手を当てて考える。しかし、いいアイディアというものはそうそう出てはくれない。

「そんなに難しく考えなくても…。そうだ、何か特技はないかな?」

「特技、ですか。自分の特技…ねぇ」



「利き酒」

「き、キキザケ?」

「はい、一度飲んだ酒の味は絶対に忘れません」

「…他には?」

「酒の席で絶対に盛り上がる一発芸なんてどうでしょう」

「イッパツゲイ…」

「はい! 『一子相伝・究極腹芸』とか『怪奇! 火吹き男』とか、バリエーションには事欠きません。身につけておくといざという時に非常に便利…あれ?」

「………」

「もしもしレックスさん、眉間なんておさえちゃって一体どうしちゃったんですか?」

「………………」

「レックスさ~ん」

「………………………」

「……すいませんでした」

青年としては真剣に考えた結果の発言だった、という事を一応追記しておく。







そしてそれから必死に考えた結果、何とか授業足り得る特技が見つかり、準備の末に今日に至ったわけである。

話を戻す。青空教室では、未だにらみ合いが続いている。険悪なムードも漂っている。


「…フッ」

その時、ようやく青年が声を漏らす。

「タイム」

誰に言ったか定かではないその言葉を最後に、青年は近くの物影へと姿を消した。



~~~~~



「出鼻をくじかれた…もうダメだ死にたい」

「だ、大丈夫だよ。俺も最初はうまくいかなかったし、これからだよ、これから!」

「………」(よしよし)

物影の裏では、膝を抱えた青年、それを励ますレックス、青年をあやすように頭を撫でているローラがいた。レックスとローラはこの後登場予定だったのでスタンバイしてもらっていたのだ。

「自分なんかが教師のまねごとなんて、どだい無理な話だったんですよぉ」

ヒヒヒ…と、卑屈っぽく笑う青年。青年の周りには禍々しいオーラが出ている……ように見える。


「はは…、キミの主人はいつもこんな感じなのかな?」

「…!?」(ドキッ)

レックスにしてみれば何気ない会話だったのだが、とある単語を聞いたローラは顔を真っ赤にして黙りこんでしまった。

「あれ、ローラちゃん?」

「……」(もじもじ)

反応が無い。

「この召喚師にしてこの召喚獣あり…なのかなあ」

もはやこの場所にレックスと会話できる者はいない。とはいっても、2人を置いてこの場を離れることもどうかと思う。

結局、レックスはこの場で空笑いをするしかないのだった。



「そうだ」

ややあって、青年が口を開く。

「生徒に嫌われた所で別に問題ないじゃないか。誰に迷惑をかけるわけでもない」

「むしろダダ滑りだったとしても、『こういう大人になっちゃいけませんよ』といった反面教師になるじゃないか。十分生徒のためになる」

「え? いや…あの、ちょっと」

ククク…と、今度は邪悪っぽい笑みを浮かべる青年。周りが見えていない。

「そうと決まれば、授業を始めなきゃあはじまらない」

青年がスッと立ち上がる。

「何としても生徒に授業を受けさせないとなぁ」

そう言って、青年はズンズンと青空教室の方へと向かって行った。


「ああ…行っちゃった」

言葉の節々に一抹の不安を起こさせるモノがあったような気がするが、レックスは青年の自主性に任せる事にした。

『一番の問題児は彼かもしれない』……レックスはふと、そんな事を考えた。



~~~~~



「先ほどは失礼。それじゃあ授業を始めます」

教壇に舞い戻った青年の顔は、先ほどの貼りつけたような笑顔ではなく自然な表情だ。

「特別講師として呼ばれた自分にみんな驚いているようですが、こちらもヒトにものを教えると言うのは初めてなので、お手柔らかにお願いします」

一礼をし、黒板に何か書こうとした青年だったが、生徒の1人が挙手している事に気づく。ベルフラウだ。

「何かな」

「ひとつ、質問をしてもよろしくて?」

青年がどうぞと促すとベルフラウは咳払いをひとつした後、発言した。

「一体どういった目的があって特別講師なんてやっていらっしゃるのかしら」

「それは、もっと島のヒト達と仲良くなりたかったからです。とある人に相談したら、こうやって子供達と触れ合う場を設けてくれたわけです」

「そんな話、信じられません」


「…む」

そうだよな、と青年は思った。ついこの間まで敵対関係であったニンゲンをそうやすやすと信じられるヒトなどはそうはいない。

しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。友好的な関係を築くにあたり、重要となるファクターは『機会』と『時間』だ。

機会はレックスが与えてくれた。後は生徒らと向き合う時間を獲得しなければならない。

青年は、あまり使いたくなかった手を使う事に決めた。

「確かに、信じてもらえないのも無理はない。どうしても…というのならば帰っていいよ」


「まあその場合、キミたちは『昼食抜き』ということになるけど、ね」



「……え?」

「「「「えぇ~~~!!?」」」」

「ホ、ホントかよぉ!?」

最初に食いついてきたのは、やはりというべきか男の子のスバルだった。

「ホントです。ねえ、レックスさん」

「…え?」

突然のフリに、物陰から様子を窺っていたレックスは動揺した。

「先生! 本当なんですの!?」

「ええと…うん。だけど」

「ほら、ホントでしょう?」

何か言いたげなレックスの言葉を強制的に打ち切らせる。

実は『授業に出ないと昼食抜き』というのは語弊のある言い回しなのだが、今はあえてそれを訂正しない。多少誤解してくれていた方が都合いい。

「ちなみにレックスさんだけではなく、キミたちの保護者の方々にも了承は得てます。…もし、キミたちが授業に出なかったという事になると、残念がるだろうなぁ」

これまた語弊のある言い回し。だが、ウソは言っていない。

保護者の方々にはレックスと共に(流石に青年1人であちこち動き回ったところで限界がある)元帝国軍人である青年が授業をする事、授業内容について等々を伝えている。

残念がる、というのはおいおいわかるので今は説明を控えておく。

「そ、そんな…」

パナシェが、信じられないといったような声をあげる。

ほとんどの生徒はこう考えている。『青年は教師のみならず保護者まで味方につけていて、授業を受けない生徒に罰を与える事が出来るほどの権力がある』…と。

しかし、この思考は8割がた勘違いである。

保護者には理解を得てもらっただけであり、青年に罰を与えられるような権力は無い。むしろ罰を与える…いや、このまま生徒を返してしまうだけで大変な事になる。

要するに、青年はハッタリをかまして生徒にしっかりと授業を受けさせよう、というハラなのである。

「それで、キチンと授業を受けてくれるかな?」

「う、うぅ…」

青年が胡散臭い笑顔でそう言うと、生徒のほとんどが黙り込んでしまった。

しかし、委員長であるベルフラウだけは違った。

「…よろしくてよ」

ベルフラウが挑戦的な視線を向けながら言う。

「ただし、変なマネをしたらタダじゃあおきませんわ!」

バーン!という効果音が聞こえてきそうなほどの勢いで青年に指を突きつける。

「…カッコイイ」

スバルが感嘆の声をあげる。

「で、でも…」

「心配無いわパナシェ。何かあれば私が倒して差し上げますわ。……以前のように」

「グッ…痛いところを」

青年が苦々しい表情を見せる。その件についてはあまり触れられたくないのである。



「委員長、ホントにアイツ倒したのか?」

「ええ」

「スゴ~イ!」

などといった声が聞こえてくる。先ほどまで黙りこんでいたとは思えない。

(…助かった)

青年は心の中で安堵の溜息をついた。青年の計画ではここでだいぶ落ち込んだ生徒達のテンションは、本格的に授業に入ってから上げる算段だったからだ。それが、ベルフラウの一言によって見事に活気を取り戻した。うれしい誤算である。

(まだ状況は敵対関係っぽいけど、後は授業で勝負するだけだ)

「さて、授業を続けます」

青年の言葉に、無言の頷きで返す生徒達。

「よろしい」

青年がカツカツ、と小気味良い音を響かせて黒板に文字を書いていく。

何人かの生徒の喉が鳴る。これからどんな授業が行われるのか、不安で仕方ないのだろう。


ややあって、青年が生徒達の方へと向き直る。

「今日の授業内容は……これです」

黒板をバンッ!と叩く。





そこにはデカデカと『調理実習』と書かれていた。




~~~~~~~~~~
後書き

作者です。

一応、「生きてます」と言っておきます。

遅筆な自分がイヤになります。

続きます。



[19511] 第5話 教育者 後半その①
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:c3955364
Date: 2011/04/08 02:13
「え~~いッ!」

「ああっ、包丁はそない振りかぶって使ったらあきまへん!」

「…だって、固くてうまく切れないんだよっ」

「手の力だけを使おうとするからいかんのや。こうやって、体重を乗せるようにすれば…」



「へえ、けっこう上手じゃないか」

「当然ですわ。 お屋敷にいた時に一通り学びましたもの」

「そうなんだ。…ベルフラウはきっと、素敵なお嫁さんになるんだろうね」

「な…! と、突然なにをおっしゃいますの!?け、けけ結婚なんて私にはまだ早すぎます! そもそもマルティーニ家の事を考えたらむしろ婿を取る方がよろしいですし!? 全く、この先生は何を仰っているのでしょう?!」

「ベ、ベルフラウ落ち着いて…」



「…いたッ!」

「あ~、指切っちゃったか…ローラ」

「……!」(ハイ!)


治療中…。


「これで大丈夫だよ、パナシェくん」

「…あ、ありがとう」

「みんな、何かあったらローラが速効治療するからズパズパイッちゃってもOKですよ~」

「縁起でもない事言うなぁ!」
「縁起でもない事言わんといて!」
「縁起でもない事言わないでほしいですわ!」
「縁起でもない事言わないでほしいな」
「縁起でもない事言わないでよ…」


「…小粋なジョークのつもりだったんだけどなぁ」

「……」(ハア…)


引き続き青空教室。そこには先ほどまでとは違い調理台とまな板、包丁などの調理道具が運び込まれ簡易的な調理スペースとなっている。

現在、生徒には野菜のみじん切りをしてもらっている。みじん切りと言ってもただ野菜を細かく切るだけ、だが。

青年はやはり包丁を使うのだから、安全面を配慮しなければとマンツーマン体制を敷いたのだが、案外うまくいっている。

スバルにはシルターン料理が得意だと言うオウキーニ(アシスタントを買って出てくれた)、ベルフラウには当然のようにレックス、そしてパナシェには青年チャーハンがついている。

「まあ、みんな積極的に参加してくれてよかったよ」

実を言うと、生徒の中でスバルだけは調理実習という課題に対し難色を示していた。

以下はその顛末の一部である。







「調理実習…平たく言うと『お料理教室』。これからキミたちには、キミたち自身が食べる昼食の調理を手伝ってもらいます」

「キミたちの努力次第でおいしいお昼ご飯が食べられるか否かが決まるので、真面目に取り組むように」


「…なんだ、そう言う事でしたの」

ベルフラウが安堵のため息を吐く。

ベルフラウは、授業に出なければ『罰として』昼食抜きとなると思ってしまっていたが、本当は授業に出なければ『自動的に』昼食抜きになるという事だったという事に気付いたのだ。

まあ、だからどうしたという話ではあるのだが。(せいぜい、授業を受ける心構えが変わるだけである)


「そういう訳なんだけれど……で、なんでスバルくんは机に突っ伏してブーたれているのかな?」

青年は、調理実習の話題が出たあたりですでにスバルの表情からヤル気の色が失せていっていたのを感じていた。

「す、スバル…どうしたの?」

パナシェが友人のその態度に言葉を投げかける。

「……だってさ」

「料理なんて、男のするものじゃないんじゃないかなって…」

男女差別ともとれる発言だが、ある意味『おぼっちゃま』なスバルにとってはそれが当然の事だったのだろう。

しかし、それを聞いて黙っているベルフラウでは無かった。彼女は実力主義である帝国出身。先ほどの発言は多少なりとも気に障ったらしい。

「アマイな!」

「「!?」」

しかし、反論しようとしたベルフラウより早く、青年が口を開いた。

「断言しよう。『男は料理をしなくてもいい』…そんな考えをしているようじゃあ、将来料理に泣かされることになると!」

その妙に熱のこもった発言に、生徒一同ポカーンとなる。

「な、なんでだよっ!」

我に返ったスバルが、青年に噛みつく。


数秒の間。


「フ…知りたいかい?」

青年がニヤッと笑う。スバルにはその笑みが『何もかも知っているんだぞ』と主張しているように見えた。

「お、おう」



「それが知りたかったら、最後まできちんと授業を受けることだね」

そう言うと、スバルは若干気圧されつつも頷いた。

青年はそれを見届けると、

「それじゃあ今度こそ始めますか。準備お願いしま~す」

と、本日何度目になるかわからない授業開始の合図と共に、近くでスタンバイしていたオウキーニさん達と共に調理スペースの準備に取り掛かったのであった。

(授業が終わるまでに適当な理由を考えておかないと)

と思いながら。







…と、この様な事があったのだ。過程はともかく、結果的に生徒達は授業に意欲的になったので青年は満足した。

「したっぱさ~ん、こちらは全部終わったのですよ~」

マルルゥの声が聞こえる。彼女には野菜の皮むきをしてもらっていた。流石にマルルゥが使える包丁が無かったので、刃物を使わなくてもいいように考えた結果だ。

「ごくろうさま。それじゃあ、次のステップに移りますか」

青年側もほぼすべての野菜を処理できた所だったので、青年はいそいそと準備を進めた。

『したっぱさん』というのはもちろん青年の事だ。マルルゥはヒトの名前を覚えるのが苦手であるため、誰かを呼ぶ時には『○○さん』といった愛称で呼ぶのだ。○○に入るのは主に、そのヒトの特徴的な事柄。例えばレックスは家庭教師兼青空教室の先生なので『先生さん』、スバルは元気で活動的なので『ヤンチャさん』といった具合だ。

では、何故青年は『したっぱさん』なのか? これは簡単なことで、青年は何かにつけて自分の事を『したっぱ』と言っていて、それを偶然マルルゥが聞いていたからである。おそらくマルルゥは『したっぱ』という言葉の意味すら知らない。

青年は最初「したっぱはちょっと…」と難色を示していたが、よくよく考えれば本名で呼ばれる方がイヤなので、むしろありがたかったのかもしれない。



~~~~~



「みなさん、野菜のみじん切りご苦労様でした。一応全員見て回ったけれど初めてにしてはイイ感じでしたよ」

青年がそう言うと、「当然ですわ」と胸を張る子、「つかれた~」と細かい作業が苦手で苦労した子、「えへへ…」と少し嬉しそうな子、と反応は様々だ。共通しているのは、授業に好意的であると言う事だろうか。青年としては大変喜ばしい。

「しかし、野菜を切っただけでは完璧とは言えません。…まあ、生野菜をモリモリ食べる、というのもいいかもしれませんが」

青年は黒板に大きな円を3つ描き、その中に単語を書き入れていく。

「それでは栄養が偏ってしまいます。栄養バランスのとれた食事を取るためには、『主食』、『主菜』、『副菜』という3つを理解しなければいけません」

「副菜とは野菜を使った料理…サラダなどの事を言います。先ほどキミたちに野菜を切ってもらっていたのは、そのためですね」

「次に、主菜。これは肉や魚などといったモノを使った料理の事です。食事のメインとなるから『主』菜なんでしょうね、たぶん」

「さてそれでは最後、『主食』とは一体何の事でしょうか。わかる人はいるかな?」

すると、パナシェがおどおどした様子で答える。

「えっと…お米?」

「その通り! よくわかったね」

「そ、それは…」

パナシェは目の前の調理台に視線を移した。そこには、白米の入った金属製のボウルが5つ置かれていた。そしてその内の1つは妙に小さかったりする。あからさまである。

「主食とはお米やパン、あとはおイモさんといったようなものがあげられます。毎日食事のお供に食べるモノ…と言ったところでしょうか」

「…以上、これら3つをバランスよく食べる事が大事です。わかりましたか?」

生徒達から、大小様々な返事が聞こえてくる。どれも肯定の返事であり、青年の心は安心に包まれた。



「さて、それでは次の実習ですが、3つの内今度は主食について。…キミたちにはおいしいご飯を炊くためにお米を研いでもらいます」

「…まあ、そうだよな」

スバルが呆れた様子で相槌を打つ。

「お米を…研ぐ?」

ベルフラウが首をかしげる。シルターンの文化を知っているはずもない彼女にとっては未知の言葉であった。

青年はすぐさまフォローを入れる。

「お米を研ぐ、というのはお米の周りに付いている『糠』と呼ばれる部分を取り去る作業です。この糠というのはお米を炊くためには邪魔でしかなく、糠が残ったままお米を炊いてしまうとご飯の味が落ちてしまいます。そのため、この様な作業が必要になります」

「なるほど」

「お米は、シルターンでよく食されている主食です。この島では風雷の里で生産されているので比較的容易に手に入りましたが、島の外では貴重で贅沢品、嗜好品としての意味合いが強いです。スバルくんやパナシェくんは馴染み深いかもしれませんが、ベルフラウくんにとってはめったにない経験でしょうから、色々考えてお米を選択しました」


一通り話し終わると、青年は5つあるボウルの内の1つを手にとった。

「さ、キミたちもボウルを取って」

青年が促すと、次々とボウルを取っていく生徒達。

「ちなみに、この中でお米を研いだ経験がある人は?」

全員が首を横に振る。

「…そう、それじゃあ自分の手本をよく見て、後に続いてくださいね」


「必要なモノは『お米』、お米を入れる『容器』、あれば『ザル』、そして『水』です」

青年は、台の下から大型の水差しを取り出した。水差しの中には並々と水が入っている。

「ああ、始める前に一つだけ。お米を研ぐにあたって重要なのは『スピード』です。これから水を使ってお米の糠や汚れを取り去るわけだけど、手早くこなさないとお米が水と一緒に糠を吸い込んでしまい、ご飯が残念な味になってしまいます」

青年が水差しに手を伸ばす。

「では、よく見ててくださいね…」

「まず、水をボウルにたっぷりと注ぎます!」

青年が水差しを傾けると、水が勢いよく流れだしボウルの中に収まっていく。水の流れは激しいが、水滴1つ零れない。

「そして、手の平を使ってお米同士をこするようにして洗います。この時、弱すぎると糠がうまくとれず、強すぎるとお米が割れて味が悪くなるので気を付けて!」

青年の手によって、水の中で躍るように米が舞う。そして、あっという間にボウルの水が白濁に染まる。

「この白いのが糠です。このままではお米が糠を吸収してしまうので、手早く水を捨てる!」

ボウルを傾け、予め用意してあった容器に白濁水を流し込む。一緒に米粒も流れてしまう、などという愚かなことは起こらない。

「そして再び水をたっぷりと注ぎ、先ほどのように洗い、また水を捨てる! …これを水がほぼ透明になるか、やや白さが残る程度まで続けます。1回目は手早く、2回目からはほどほどの長さでおこなうといいようです」

口で説明をしながらも、青年の手は止まらない。ちなみに先ほどから1分と経っていない。

2回3回4回と、回数を重ねて行くごとに、目に見えてボウルの水の透明度が上がっていき、5回目になると、目安であるほぼ透明な状態になった。

「研ぎ終わったら、いったん水気を取るためにザルにあけます」

ザーッ!と言う音と共に、ザルの中に米が落ちて行く。極限まで糠を取り除いた米が水を纏ってきらきらと輝いている。まるで小さな真珠のようだ。

「ザルを数回振ってお米の水気を切ったら、お釜の中に入れて、水を入れます。水の量はお米の量によって変わるので、ちゃんと計ってから入れる事。わかりましたか?」

米研ぎを終わらせた青年が生徒達の方を見る。


「え~っと、お水を入れて…その後お水を捨てて……あやや?」

「違うって! まずお米を手を使って割るんだよ!」

「わ、割っちゃダメだよスバル」

「……速すぎて全く理解できませんでしたわ」

彼らは混乱していた。

「おかしいなぁ、ちゃんと遅めにやったはずなんだけど」

ちなみに、青年が水差しを手にとってからお釜に米が入るまでの時間は『3分ジャスト』であること、そしてこの島…もといリィンバウムには高度な精米技術など無く、名もなき世界の某国のように糠が殆ど無い米など手に入らない、という事を付け加えておく。



~~~~~



「なにはともあれ何とかみんな研ぎ終わりましたね、ご苦労様です」

10数分後、何とか全員米研ぎを終了させた。生徒達が研いだ米はみんな纏めてお釜に収まっている。

しかし、青年を含めた全員の顔に、疲労の色がうかがえる。

というのも、この『米研ぎ』という作業で、様々なハプニングが発生したからである。

例えば、ベルフラウが水を捨てる時に盛大に米をこぼしてしまったり、スバルが加減がわからず米粒をズタズタにしてしまったり、研ぎ終わったと思っていたら、パナシェの毛が混入している事が判明したり、マルルゥが結局研ぎ方をよくわかって無かったり、とにかく色々だ。

「つ、つかれた~」

「本当、意外と重労働ですのね」

「『料理は戦い』と言う人もいるからね。……オウキーニさん、後はよろしくお願いします」

「はいな!」

青年がオウキーニにお釜を手渡すと、彼はそのまま端の方に設置した簡易かまどの方へ向かって行った。

「後は、炊くだけでおいしいご飯が完成します。…とはいっても、中々大変な作業なので、シルターン自治区出身のオウキーニさんにやってもらいます」


「それで、いつになったら炊きあがるんですの?」

「おなかすいた…」

時刻はすでに正午を過ぎていて、生徒たちの空腹の度合いはMAXだ。

「あ~、本来ならお米を30分くらい水に浸してから火にかけるんだけど、今回はほどほどでいいから……ええと」




「うん、1時間くらい?」

青年はにこやかに言い放った。

「なッ……!」

生徒達は絶句した。いや、絶句せざるを得なかった。朝食抜き云々をチラつかせ、普段とは勝手の違う事をやらせ、なおかつ空腹時にあんな事を言われれば、誰だって思考が吹っ飛ぶ。

「……ッ! ……!!」

ベルフラウが怒りで唇を震わせている。おそらく今すぐ目の前の『バカ』を怒鳴りつけたいのだろうが、憤りを的確に表現する言葉が見つからなかったのと、空腹と疲労で大声が出せなかったのだろう。

「も、もうだめ…」

「…きゅう」

次々と倒れて行く生徒達。だが、青年は笑みを絶やさない。

「まあまあみんな落ち着いて」

「落ち着かずにいられますか!?」

「ご飯なら、ちゃんと事前に炊いてあるから」



「「「「……………」」」」



「「「「え?」」」」

「いや、キミたちが来る前に予め炊いておいたんだよ。…ほら」

青年は調理台の下から飯櫃を取り出すと、蓋を開けて中を見せた。

中にはこれでもかという位に白ご飯が詰められていた。

「流石に炊きあがるのを待つと時間がかかりますからね……って、あれ?」

その時、青年は『ブチッ』と何かが切れる音を聞いた…ような気がした。


「そ、それでは、先ほどのお米研ぎは、お昼ご飯には全く関係なかった、骨折り損だったという事かしら……!!」

「ん…まあ、お昼に関係ないと言ったら関係ないけど、それ…は……」

その時青年の目の前では、倒れていた生徒達が幽鬼のごとく立ち上がり、それぞれ手近にあった道具を持って、さらにぎらついた目で睨みつける、と言う光景が繰り広げられていた。包丁を持っているヒトがいなかったのは、不幸中の幸いと言うか、生徒たちの最後の良心だったと信じたい。

「あ~、キミたち? 空腹でイライラしてるのはわかるけど、ヒトの話は最後まで聴こうか、ね?」

青年のその言葉など耳に入ってこないのか、ベルフラウその言葉を無視して懐に手を伸ばし、赤色のサモナイト石を取り出した。

「ヤりなさい『オニビ』」

その言葉と共に召喚された召喚獣と共に、生徒達が一斉に青年に襲いかかってきた。

「ちょ、ちょっとまあああああアアアアアァァァァァ!!?」





この日、青年は『空腹の人を怒らせてはいけない』と言う事を心に刻んだ。

~~~~~~~~~~
後書き

作者です。

まだ続きます。

米やらなんやら余計な話をカットして、さっさとストーリーを進めた方がいいのかな?とこの頃思い始めています。



[19511] 第5話 教育者 後半その②
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:2eee962c
Date: 2011/05/18 00:46
「…ん」

「……あれ?」

私は一体どうしたのだろう、とベルフラウは思った。確か、チャーハンという変な名前の元帝国軍人と一緒に、不本意ながらお昼ごはんをつくっていて…そこから先の記憶がはっきりしない。

(何が起こったのかは思い出せませんが、どうやら眠っしまったみたい)

ベルフラウは、地面にしかれた薄いシートの上に横になっている。いったいぜんたいどうして眠ってしまったのか、彼女は思い出せない。

(…? 何かしら)

鼻をクンクンと鳴らす。何か、おいしそうな匂いが漂っている。

その、食欲を刺激する匂いに思わず腹の虫がなる。彼女は、自分が空腹であることを思い出した。

そうだ、確かとてもおなかが減っていて、それで…と何かを思い出せそうだ。…しかし、

「おはよう、ベルフラウ」

天からかけられた声に意識を奪われる。彼女の家庭教師、レックスの声だ。

「せ…先生!?」

ベルフラウはあわててとび上がる。レックスに寝姿を見られていたのが恥ずかしかったからだろう。

「あ、あの…先生、私は一体何でこんな風に…」

「あ。うん、ええっと」

レックスが返事に困っていると、背後から声が飛んでくる。

「いやあベルフラウちゃん、よかった~突然倒れたから心配したよ」

ベルフラウが声の発生源に目を向けると、そこには変な名前の元帝国軍人こと青年『チャーハン』がいた。いつの間にか設置された椅子に腰掛け、長机をフキン(どこかで見たような配色)で拭いていた。

「いや実はね、キミ達の空腹や疲労具合を考慮せずにいっぱい働かせちゃったから、米とぎの後にダウンしちゃったんだよ。そうですよね、レックスさん」

「え…ああ、ええと」

言い淀むレックスと白々しい青年にベルフラウの頭の中には疑問しか浮かばない。

「本当にそれだけですのね?」

「そうだよ。な~ポワソ」

「~♪」

いつの間にか青年が呼び出した召喚獣と顔を合わせながら、青年はしれっとウソをついた。

本当は空腹と怒りで襲いかかった生徒たちを、とっさに召喚したポワソの技『ドリームスモッグ』――文字通り相手を眠らせる霧、で眠らせて窮地を脱し、とりあえず無かったことにしたのだ。

「まあ、とりあえずこっちに座りなよ。お昼ごはんはできてるから」

ベルフラウがあたりを見渡すと、それなりに広い長机のまわりに並んでいる椅子にほかの生徒たちは全員座っている。

ベルフラウは青年に嫌疑のまなざしを向けるが「委員長はやく~」などとスバルらにせかされ、しぶしぶ席に着いた。

青年は全員――生徒たちはもちろんのこと、レックスなど、授業を手伝ってくれたヒトたちを含む、が席に着いたのを確認すると、あらかじめ皿によそっておいたモノを全員の前へと運んだ。

「……なんですの? これは」

「そりゃあ、お昼ごはんだけど」

「そうではなくて、どういう料理かと聞いているのです」

少し底が深い皿の上には、円形の山がそびえ立っていた。山の表面に小さな白い粒が敷き詰められ、ところどころに赤、緑、茶などのかけらが見て取れる。活火山のように白く立ち上る蒸気は、嗅覚と食欲を強烈に刺激する香ばしくて甘美な匂いを周りに振りまく。

「確かに、見たことない料理だね…おいしそう」

思わず、レックスの喉がごくり、と鳴る。

「そうでしょうね、名もなき世界の料理ですから」

「はあ~、ご飯を野菜と肉と一緒に炒めるっちゅうのは、確かにシルターン料理にはあまりない発想やわ」

「まあ、料理としては非常にシンプルですが、シンプルゆえに奥が深い。それがこの料理の特徴です」

「なるほど…具材と調味料、後は料理人のウデしだいで多種多様にその姿と味を変える、っちゅうことやね」

「ええ、自分の知る限りでも、この上にとろ~りあったかい『あん』をかけたり、スープを注いだり、本当にいろんな種類がありまして…」

料理をする者同士、青年とオウキーニの会話が他を置いてきぼりにして進む進む。

「それで、結局このお料理はなんという名前なんですの?」

しびれを切らしたベルフラウが、強めの口調でそう言った。

「ああ、そうだったね。この料理の名前は『チャ……』……!!?」

瞬間、青年はしまった!という顔をして、そのまま顔を伏せてしまう。

「…?」

この場にいる誰もが青年の奇行に疑問符を浮かべている。

やがて青年はゆっくりと顔をあげ、ゴホンと咳払いを一つした後、平静を装って言葉を口にする。

「…『白米と具材の炒め物』…です」



「「「「「…………は?」」」」」



「それは料理名とは違うんじゃあないかな」

「そうや。そんなん、コーヒーを『焙煎した豆のだし汁』て表現するようなもんや」

レックスとオウキーニから鋭い指摘が入る。しかし、青年は態度を変えずにいた。

「『白米と具材の炒め物』です。…自分は、そう聴きました」

「でも…」

「ナニカ…モンダイデモ?」

レックスは何か言おうとしたが、青年に何やら底知れない闇を感じ、これ以上追及するのをやめた。

「さあ、冷めちゃうといけないから食事にしましょう。スプーンで召し上がれ」

そう言って、スプーンを各人の目の前に置いていく。

「みなさん、スプーンは手元にありますね? それじゃあ『いただきます』」

「「「「「い、いただきます」」」」」

有無を言わさぬ『いただきます』に若干気圧される青年を除く全員。

(この人は、この料理に何かイヤな思い出でもあるのかしら)

ベルフラウは山型料理『白米と具材の炒め物』をスプーンでつっつきながら、そんなことを考えた。

突っついた山は、なるほど大部分がお米でできているのでパラパラと崩れていく。
ベルフラウは普通のご飯も見たことはあったが、その時のご飯は粘り気があった。炒めたことによってこのようにパラパラになっているのね、と思いながら山の頂をスプーンで掬い、口へと運ぶ。

「……美味しい」



青年の調理した白米と具材の炒め物…もとい『炒飯』は全員に好評となり、青年は心の中でホッと安堵した。




余談だがそう遠くない未来、青年がこの島からいなくなった後にこの料理が島の定番料理となる。その際青年の預かり知らぬところで彼の名前が料理の名称となるのだが、そのことをまだ誰も知らない。



~~~~~



「はい、みなさんおなかいっぱいになりましたね。それでは最後の授業です」

青年は食事を済ませた生徒たちを長机にとどまらせ、そんなことを言った。机の上にあった皿などはオウキーニさんたちに流しに運ばれ、洗われている。

「最初は食器洗いにしようかなと思っていたのですが、いろいろと都合があって…って、そんなことはどうでもいいですね。キミ達にはこれから、『おにぎり』をつくってもらいます。みんな、おにぎりは知っているかな」

「ええ。ご飯を掌などで握って、手頃な大きさに整えた携帯食のことでしょう?…しかし」

「オイラたち、もうおなかいっぱいだよ~」

スバルがベルフラウの言葉に続くように満足げな声を挙げた。

「…たしかに、自分も授業の最初に昼食をつくるのが授業の目的…みたいなことは言いました。しかし、自分が一番みなさんに学ばせたかったのは、実はここからです」

「どういうことなのですか?」

「キミ達には今まで、キミ達自身が食べるために料理の手伝いをしてもらいました。しかし、これからつくるおにぎりはキミ達のおなかには入りません」

「?」

「これから皆さんはおにぎりを握り、それを誰か…キミ達の親、仲がいい人、好きな人、誰でもいいので渡して、食べてもらってください」

「誰かに、食べてもらう…」

「料理っていうのは、自分でつくって食べることもありますが、やっぱり誰かに食べてもらうことが目的であり、喜びですからね。そこら辺を学んでもらいます」

そう言うと青年は、机の下から飯櫃を取り出す。

「使用するのは、キミ達が研いだお米で炊いたご飯。このために研いでもらったんです」

「あれ…?」
「何か…」
「忘れている…ような」

「気のせいですね」

青年はそれらの疑念をバッサリと切り捨て、説明を続ける。

「上手な握り方とか、美味しくなる作り方とか、小難しいことは一切教えません。ご飯はこの櫃の中にたくさんありますし、具材やらなんやらもいろいろ用意していますので、好き勝手にやってください…ただ」

青年は腕を前に突き出し、言った。

「たった一つだけ守ってもらいたいことがあります。それは、自分で作ったおにぎりに『愛』を込めることです」

「あ…愛?」

「そう、愛。相手を思いやる心、と言い換えてもいい。みんなにも日ごろ感謝しているヒトがいるはずです。そんな人に、これからつくるおにぎりを渡してほしいと思います」


生徒たちは、黙って何か――おそらく『感謝しているヒト』のことを思い浮かべている。

「相手のことを思って料理をすれば、まずい料理なんてそうそうできません。ぶっちゃけ、愛さえあれば多少見てくれ、味が悪くても問題はないですから」

「い、いいのかなぁ」

「いいんです。…まあ、『どうしてもきれいに、美味しくつくりたい』もしくは『どうしてもうまくいかない』ということがあったら、すぐに自分を呼んでくださいね。一応は先生ですから、何でも答えます」

「さあ、それでは作業開始!」

青年が両手を叩くと、生徒たちは一生懸命作業に取り掛かった。



~~~~~



「おつかれさま」

授業は何とか無事に終了した。オウキーニとともに流しで洗いものをしていた青年は、背後から声をかけられた。

「ホント、一時はどうなる事かと思いましたよ。教えたかったことはちゃんと教えられた……のかなぁ」

難色を示す。確かに、今回の授業は100満点ではなかっただろう。先生は胡散臭い、生徒は警戒、果ては思わぬアクシデント。いろいろと誤魔化してなんとか最後まで突っ走ったが、実際うまくいったかは生徒に聴くしか術はない。

「それは問題ないんじゃないかな。少なくとも、キミの目的は達成できたと思う」

青年が何か言いたげなレックスのほうに視線をやると、レックスの背後に小さなヒト影が見える。…パナシェだ。

レックスがほら、と後押しすると、パナシェはとたとたと青年の元へと歩みよってくる。

青年は慌てて手元のフキン(手作り)で手を拭い、パナシェに向き直る。

「どうしたの?」

そう尋ねると、パナシェは視線を泳がせる。

「あの、えっと…これ」

そう言ってパナシェは青年の前の両手を差し出した。掌の上には、1口サイズのおにぎりが置かれていた。

「…今日は、ありがとうございました」

弱弱しい声だったが、青年の耳には確かに届いた。

(そう言えば、ほかの子よりも多くつくってたよな、この子)

「パナシェくんは優しいね」

それほど感謝する人が多いんだなぁ、と思いながら青年はパナシェの頭を軽くなでた。

「く、くすぐったいよ」

「ああ、ごめんごめん」

思わず、『昔飼っていたイヌによく似てる』と言ってしまいそうになった。



「…食べていいかな?」

パナシェが頷くのを見届け、青年はおにぎりに手を伸ばし、それを口に運ぶ。

「ど、どう?」

パナシェがおずおずと青年の顔色をうかがう。正直なところ、青年の口にはちょっと塩辛かったが、そういうことは問題にはならない

「うん、おいしいよ」

青年が笑みを浮かべると、それにつられてパナシェも笑顔になる。

(島にいる全員がこの子みたいに純真なら、争いなんて起こらないのになぁ)

そんな夢物語を思い描きながら、青年は世間話を続けた。

「パナシェくんは、他にはどんなヒトに渡すのかな」

「えっとね、レックス先生とお兄さんにはもう渡したから、あとはお父さんとお母さんと…」

嬉々として話すパナシェになんだかほほえましい気持ちになる。



しかし、最後に放った一言で、そんな気分は一瞬で吹き飛んでしまった。

「…それと、イスラさん!」



「イス…ラ?」

突然、青年の胸に言いようのない感情が湧き出した。

『なぜ…?』最初に思い浮かんだ言葉がそれだった。イスラという名前を青年はこの島に到着してから聞いたことがない。今まで出会ったヒトビト――名前を知らないヒトを含めても、その中に『イスラ』に該当しそうな人物はいない。要するに、パナシェの言っている人物と青年とは赤の他人のはず。

それなのに、その名を聞いた瞬間から心臓の鼓動は不自然に早まり、頭の何処かでは警報が鳴っている。

「あ…、イスラはね、俺たちと同じ船に乗っていて、俺たちの少し後にこの島に流れ着いたヒトなんだ。体のケガは大したことなかったんだけど、記憶喪失で…」

島の人間に疎い青年に、レックスがすかさずフォローを入れるが、青年は心ここにあらずといった感じでその話を殆どを聞き流す。

「…どうしたの?」

「あ、いえ、なんでも」

「それならいいんだけど…。それじゃあ俺もイスラに用があるから、一緒に行こうか、パナシェ」

「うん」

そういって、レックスとパナシェはその場を去って行った。




「……」

なんとなく、レックスを引きとめた方がいいような予感がした青年だったが、根拠のない予感でそうするのは気が引けて結局引きとめることはできなかった。

(きっと気のせいだろう)

そう自分を無理やり納得させる青年だったが、彼は1つ忘れていた。








現実はいつだって非情だ、ということを。



~~~~~~~~~~
後書き

作者です。
もう一山越えれば、あとはスムーズに進む…はず。
自分の稚作を待ってくれる人がどのくらいいるかはわかりませんが、何とか早くUPするように頑張ります。



最後に予告。この先、青年には苦難しか待っていません。



[19511] 第6話 裏切者
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:3ffccecc
Date: 2011/05/25 23:12
忘れられた島の、うっそうと茂る森の中に、20ほどの人影があった。帝国軍と、レックスの仲間たちだ。

レックスと、森の中を移動中だった部隊のリーダーアズリアは、真剣な表情で向き合っていた。

「アズリア、あちこちの集落に火をつけて回っていたのは、キミ達の仕業なのか?」



…ことの発端は、2つの集落で起きたボヤ騒ぎだった。1つ目は、風雷の里のワラ山が燃え、2つ目は、ユクレス村の果樹園の近く。どちらも大したものではなかったが、明らかに人為的なモノで、レックス達は、当然のように帝国軍を疑った。当然である。この島で火をつけて利益があるのは帝国軍だけなのだから。

そのため、彼らは森の中を移動中だった帝国軍を発見、そのまま対面したのだった。



「…道をあけてもらおうか。我らは急いでいる」

レックスの問いを全く意に介しないアズリアはさらに、「今すぐそこをどけ!」と一括する。

「…」

レックスの仲間たちの視線が、自然とレックスに集まる。島の住人の実質的なリーダーであるレックスの返答を待っているのである。




しかし、この森の中に1名だけ、レックスの味方でありながら彼に背を向ける男がいた。

「どうやら、隊長の指示ではない……みたいだな」

青年『チャーハン』は、帝国軍とレックス達の死角、少し離れた木の陰に隠れていた。

青年がここに来たのは件の火災が青年のかつての上司、アズリアの指示であるかどうかを見極めるため。

「……とすると、いよいよ厄介なことになってくるなぁ」

青年は木の幹に寄り掛かり、どうしたものかと思いをめぐらす。

火災の話を聞いたときから、青年にはその犯人におおよそ見当がついていた。

しかし確証がなかったのと、青年のことを信頼してくれていて、かつ青年が一番信頼しているレックスに会うことができなかったので、大した行動はできなかった。

しかし、今直にアズリアたち帝国軍の動向を見て、青年の考えは確信に変わった。

(隊長はかなりの人数を率いている。あれほどの人数では、こっそりと火をつけるのは不可能だ。それに彼らの行動は、どことなく不自然だ。まるで、見つけてほしい言わんばかり。……つまり)

火災、ひいてはこの場所に帝国軍がいること自体が陽動である、という結論に至った。

「火災に『スパイ』、ここまで容赦なくやる奴が次にしそうなこと……あんまり、考えたくないなぁ」

自分の考えが、ただ思い過ごしのであることを願いながら、青年はゆっくりと目を閉じた。

(考えすぎならそれでいい。骨折りだったとしても、疲れるのは自分だけ…だ。だが、もしも想像通りだったら、被害がさらに拡大するのは間違いない)

青年は、自分にはどうも運というものが無い、ということを悟っていた。

「~~!」

「…ん」

青年の袖が、弱い力で引っ張られる。

青年が目をあけると、そこには青年の友達ポワソが神妙な面持ちでいた。

「ポワソ、か。ということは、風雷の里で何かあったのか?」

ポワソはその問いに肯定の合図を示した。

青年は、何かあるなら風雷の里かユクレス村だと当たりをつけていた。ラトリクスは驚異の科学力で警備されているし、狭間の領域は攻めても旨みがあまりない。

なので、青年は手持ちのポワソと新たな友達シュナイダー(テテ)に協力してもらい、2つの集落を監視してもらっていた。もしものことがあれば、青年もしくはレックス達の誰かに知らせるように。



「まったく、どうしていつも自分の思い通りにはならないんだろうな」

青年の人生は、理不尽に溢れていた。小さい理不尽は数知れず、理不尽に軍学校に入学させられ、青年の村は理不尽に滅ぼされた。

誰かが『人生は理不尽の連続』と言ったが、自分に降りかかった理不尽は度が過ぎてるだろう、と青年は思う。


「…それでも生きて行かなくちゃいけないというのは、辛いところだな」

ポツリと呟いて、青年は誰よりも早く風雷の里へと向かった。



~~~~~



時間と場所は変わって、風雷の里、中心から少し離れた境内。大きな鳥居と、それに伸びるゆるい石段のあるそこには、帝国軍が陣取っていた。特に鳥居付近には軍人たちがひしめいていて、石段の上り口付近には人質と思わしき風雷の里の住人達と、それを取り囲むように軍人たちが配置されていた。

「最初の一件…ワラ山に火をつけたのは僕だよ。子供たちと遊びながら、こっそりとね」

駆けつけたレックス達にそう言い放ったのは、階段中央に立っている黒髪の男だった。周りにいる軍人よりも一回り小さく、顔にはまだ若干のあどけなさを残している。


そんな彼がこのような場にいるのはミスマッチのように普通は思うだろうが、彼の言葉には無邪気さなどはなく、彼の中の残酷さが垣間見える。

「本当は裏切者の仕業に見せかけたかったんだけど、あいにくどこにいるかつかめなくてね…。まあ、こうしてうまくいったんだから問題は無いけど」



「イスラ…!」

レックスは驚愕した。彼は、今まで共に戦うことはしなかったが、今まで仲間でと信じていた『記憶喪失の漂流者』だったのだ。

「ふふっ、みんななんて顔してるのさ。仲間同士疑うことをしないキミ達だからこんな不覚をとるのさ」

こうなることが必然さ、といった具合にイスラが続ける。記憶喪失はウソ。すべては今、このときのために仕組まれたワナだった。

人質をとり、軍の陣地におびき寄せる。そうすれば簡単に目的である『剣』を奪還し、あわよくば邪魔者を排除できる、という算段だ。

イスラがパチン、と指を鳴らすと、人質達の周りの兵が腰の剣に手をかける。

「イヤアアアアァァ!」
「助けてくれえェェ!」

恐怖に駆られた人質達の声がこだます。

あくまで威嚇のみ。しかし、効果は抜群。レックス達はその声に恟々としている。

「里のものたちに手を出すつもりか!?」

「目的のためなら手段なんて選ばない。敵の弱みをついて、いかに早く、確実に勝つかが大事なんだ」

キュウマの怒りに、ひどく残酷な言葉を返すイスラ。それができないアンタたちが悪い、と言わんばかりだ。




一方そのころ、コツン、コツンと階段を境内の階段を下りていく二つの影があった。

「くッ、離せよぉ」

「おとなしくしていろ。そうしていれば危害は加えない」

「お前たちの言うことなんて信じられるか!」

「…」

里のヒトたちと共に捕まったスバルは、他のヒトたちの捕まっている場所ではなく、イスラたちの近くに捕まっていた。それにはレックス達への威圧の意味があったのだが、現在は人質交換の材料として、レックス達の近くへと運ばれていた。運ぶ役には、30代半ばの帝国軍人が選ばれた。

帝国軍人はスバルを後ろ手に拘束しており、階段を降り切ると、階段上り口付近の人質達の前で足をとめた。そこは、レックス達のいる場所からも近い、いわば軍の陣地との境界線、といったところだ。

レックス達は、スバルが運ばれた意味を理解し、唇をかんだ。

イスラはそんな彼らを一瞥し、なおも続ける。

「…ねえそうだろ、姉さん」

イスラは、レックス達と同時に駆けつけ、ここにいた帝国軍と合流したアズリアに言葉を投げかけた。

「姉さん、って……まさか!」

レックスが叫ぶ。彼の頭に思い描いたのは、ここにいるはずのない、いられるはずのない人物だったからだ。

「そうさ…僕の名前は」

場の緊張が最大に高まる。ヒトビトの心情の違いはともかく、その場にいる全員がイスラ自らの口でその正体が暴露されるのを期待した。もちろん、イスラ本人もそのつもりだっただろう。



しかし、その場に水を差す奴がいた。



「『イスラ・レヴィノス』!」

一瞬、場が静まりかえる。

その声は、人質がとらわれている場所の隣、立派な竹の茂る竹林から聞こえた。全員の視線が竹林に集中する。

「…ッ、誰だ!」

一番の見せ場を潰され少々苛立っているイスラは、竹林に言葉を放り投げた。

すると、ガサガサという葉の擦れる音とともにヒトがそこから飛び出し、軍陣地の境界線へと躍り出た。

躍り出た人影は、世辞にも立派とは呼べない服を着ていた。その上、あちこちに土やら何やら汚れが付着し、肌には葉っぱで切ったのか浅い切り傷がいくつか見受けられた。

「…な、なんでここに」

この場全員の言葉を代弁するかのようにレックスがつぶやいた。今この場に現れたのは、ほとんどのヒトが知っている、ある意味で有名人だったからだ。

「アズリア隊長の弟なんだろ? アンタ」

帝国軍を辞めた『裏切者』、青年チャーハンはニヤリと笑いイスラをにらみつけた。

…雷が落ち、しとしと雨が降ってきた。



「…!」

レックス達をはじめ、帝国軍にも動揺が広がる。なにしろホントについ先日まで、青年は帝国軍人だったからだ。

「…それで、裏切者が何の用なのかな」

イスラが、あくまで冷静な口調で尋ねた。しかし、彼の頭には若干青筋が浮かんでいる。


その問いに、青年は「ああ…」と何か考えるそぶりを見せた後、口を開いた。

「いや、アンタには用も興味もないんだけど…」

真顔で相手の神経を逆なでさせる台詞を吐きだす。イスラの口の端がわずかに歪む。なぜか…言うのは野暮だろう。

「…少し、あそこでスバルくんと一緒にいるヒトと話がしたくて」

そう言って、スバルの背後にいる軍人を見る。見事に驚いている。

「何言ってんだお前!」

「……」

「おい!」

青年の背後で吠えるのはカイル。しかし、青年はそれを無視する。今の青年には返答している暇はない。




「…いいだろう」

場にどよめきが走る。

「よろしいのですか?」

イスラのそばに控えていた狙撃兵が小声で問う。

「かまわないさ。奴は所詮、後方支援しかできないような程度の低い軍人だったんだろ? 大したことはできないさ」

「はあ」


「…ただ、万が一ということもある」

「奴が何か妙なまねをしたときは…撃ち殺せ」

「!!」

たとえ裏切者だとしても、かつての仲間に引き金を引くのは相当の重圧がかかる。良心や仲間意識、といった重圧。

「できるだろう? 奴は軍を辞めてあちらについた裏切者なんだから」

イスラは狙撃兵にそれがあることを知っていて『殺せ』と命令している。…少なくとも、狙撃兵にはそのように感じられた。

「了解…しました」

狙撃兵は年下のはずのイスラの、言いようのない怖気に肝を冷やした。

「どうせだから、奴には島の奴らの恐怖と絶望を煽る役をやってもらおう」

イスラの独り言を、狙撃兵は聞こえなかったフリをした。



~~~~~



「不思議ですね。ついこの間話したばかりなのに、ずいぶんひさしぶりのような気がしますよ」

イスラから堂々と許可をもらった青年は、スバルに『静かにしててね』という合図を送り、一歩一歩、ゆっくりと指定した帝国軍人に向かって歩き出した。

「思い出したんですよ。自分の教育係だった先輩にしつこく連れて行かれた『教育という名の酒盛り』で、先輩が言っていたことを」

「『隊長の[イスラ]って名前の弟さんが、最近軍に出入りしてるそうだ』って。今の今までただの与太話だと思ってましたけど、まさか実際に会うことになるとは…思ってませんでしたよ。でも先輩から聞いてたおかげで、こうやって先回りできたんですけどね」

「…無駄話をしに来たのか? お前」

意図の見えない会話をする青年にしびれを切らした軍人――青年の先輩が初めて口を開く。

「いえ、そんなつもりは。ただ自分は、元同業者のよしみで先輩にお願いがあって来たんです」

青年は少し深呼吸をしてから、先輩にお願いをした。


「人質を解放してくれませんか?」


瞬間先輩と、ついでにスバルまでもがその突拍子の無い言葉に目を丸くした。しかし、先輩はすぐにギラッと鋭く目を尖らせ、「無理だ」と返した。

「人質なんてスマートじゃないやり方、隊長が指示するはずがない。どうせ、あそこのイスラ・レヴィノスの指示でしょう? そんなのに従うなんて、一体どうしちゃったんですか」

「…誰の指示とか、そんなことは関係ない。確かに彼は若いが俺たちの上官。軍人は上官の命令に従うのみ、だ。お前にもちゃんと教えただろ」

確かにとうなずきながらも、青年は先輩の言葉に含まれるわずかな言い淀みを見逃さなかった。

「それで、本当にいいんですか?」

「……どういうことだ」

「戦いに参加すらしていない子供を人質を取るなんてやり方をするのが、あなたの息子があこがれる『誇り高い帝国軍人』なんですか、ということです」

「!?」

いつになく真剣な青年の発言に先輩の顔が歪む。

「先輩は酔っぱらうといつも家族の話ばっかりしましたよね。できすぎた奥さんだの、優秀な息子だのと自慢してたじゃないですか」

「そんなあなたの家族に、『勝つために、目的を達成するために戦えない人たちを人質とった』なんて言えますか? 2人に胸を張れますか?」

「正直、自分には軍人の誇りとかはありません。しかし、あなたは違う。国民を…戦えない人たちのために戦える、これほど素晴らしい仕事はない、って言ってたじゃないですか」

「……」

あたりに雨音だけが響き渡る。青年は、黙ってしまった先輩をじっと見つめ、彼の言葉を待つ。



「言いたいことはそれだけか?」

先輩が、無機質な声で逆に問いかける。

「元教育係のよしみだ。物分かりが悪いお前に、俺が教えてやる。……いいか、もとより俺たちは剣を奪還しなければ帝国には戻れん。任務に失敗した部隊がどんな目に会うのかお前も知っているはずだ。それにだ、物理的な意味でも帝国に帰還することは現状不可能といってもいい。しかし…しかしだ、剣を奪還し、この島を制圧すれば島から脱出できる可能性は飛躍的に高まる。ならば、任務を全うでき、かつ確率が高い方法にすがるのは当然のことだ。たとえ意に添わなくても…な」

かたくなな先輩に、青年はなおも食い下がる。

「互いに手に取り合うという選択肢はないんですか? それなら、剣の奪還はできないかもしれませんが身の安全は保証できますし、帰還する方法だってわかるかもしれない」

「そう思うんだったら、お前が全員を説得してみろ。無理だろうがな」

「…それは」

今度は青年が黙ってしまう。

(そんなこと、できるならもうやってる。できないから、自分は今ここにいるんだ)

青年と先輩、2人の視線が交錯する。




やがて、青年はハアとため息を吐いた。

「やっぱり、情に訴えても駄目ですか」

そう言った青年は、うっすらと笑みを浮かべる。まるで、イタズラがばれた子供のような笑み。

「アホゥ、『やっぱり』なんて言うくらいなら始めからするな。時間の無駄だ」

先輩の顔が初めてゆるむ。今は敵同士だが、相性と仲はいいのだ。

「…そうでもありません。先輩の本心はなんとなくわかりましたよ」

先輩は、青年の言ったことに対して「無理」とは言ったが、『1つも否定はしなかった』。

「どうしても、人質は解放してくれませんか」

2回目のお願いに、先輩は無言でうなずく。

「そうですよね。命令違反なんてしたら軍に罰せられて、最悪、家族にも被害が及びますから」

先輩は口を閉じたまま。無言の肯定だった。

「任務の失敗は許されず、上官の命令には絶対服従、おまけに生き残る可能性を捨てて戦いに死ぬ。ホント、軍人ってのは難儀な職業ですよね。…やっぱり、自分には向いてません」

「そうか? こんな状況でさえなければ、お前にぴったりな職業だと思うがな」

「はは……。そうかもしれませんね」

空笑いする青年にぴゅうと風が吹き、髪をゆらす。


「ねえ、先輩」

青年は、ちらりとイスラの方を見る。声の大きさと雨音で何の会話をしているのかは聞こえてないようだが、痺れを切らしかけているようだ。

「自分はアナタたちに生きていてほしいんです。特に、帰りを待つ家族がいるヒトには…ね」

「…お前」


「そいつの言葉に耳を貸すな!」

突然イスラの怒号が響き渡り、先輩はハッとなる。無意識のうちにスバルを拘束している手の力を緩めていた。

「もう遅い」

青年は先輩たちの方へ一瞬で詰めより、スバルの肩をがしっ! と掴んだ。

「踏ん張って」
「えっ」

「何をッ…うおおおぉぉぉぉォォォ!!?」

先輩は青年に渡すまいと手の力を強めようとするが、それより一瞬早く吹き荒れた突風によって吹っ飛ばされ、スバルを完全に手放してしまう。

「グウッ!」

刹那、他の人質達を取り囲んでいた軍人たちも、内側から発生した風によってはじかれてしまう。

「これは、風の結界か!?」

一人が再び人質たちを捕まえようと手を伸ばすが半ばで風に押し戻されてしまう。

人質に手を出せないということは、人質としての価値を失ったのと同義である。


今この瞬間、帝国軍はアドバンテージだった人質を完全に失った。


「しっかり捕まって」

青年は返事を待たずスバルを抱きかかえると踵を返し、レックス達の元へと駆け出す。

「何してる早く奴を殺せ!」

背後からイスラの声が聞こえると同時に、ドオンという音が鳴り雷の閃光が辺りを包んだ。


「…このッ!」

青年は懐から無色のサモナイト石を取り出し、召喚術を行使する。

「『打ち砕け光将の剣』!!」

現れた4振りの剣『シャインセイバー』が軍の陣、その中心に撃ち込まれ、石段が破壊されるほどの衝撃が周りを襲う。


「ぐおおオォォォ!」
「この裏切者がぁァァァァ!!」

誰のものとも分からない叫び声たちが響く中、青年は全力でレックス達の元へ向かう。もう青年への追撃はない。


「とりあえず一安心だよ。スバルくん」

「…え……え?」

状況についていけず放心状態のスバルに、青年は優しい声を投げかけた。

「まあ、わけがわからなくなるのも無理ないか。…そうだね、簡単に言うと偶然出会ったキミのお母さんに協力してもらってキミと他の人質たちを助け出す算段をし、それが無事に成功したってわけさ」

「母さまが…」

スバルは自らの母『ミスミ』のことを思い出した。ミスミは風雷の里の実質的な統治者である鬼人族の姫君で、一児の母であるとはおもえないほど若々しく美しい。普段は里の城に暮らしているが、かつては『白南風の鬼姫』という異名をとった女傑である。
ちなみに彼女は風を操るのが得意であり、風雷の里の『風』の字の由来となっている。



そうこうしている内に、スバルを抱えた青年は、レックスたちと合流することができた。

「スバル!」

最初に声をあげたのは、レックスではなくいつの間にやら合流していたミスミだった。

青年は、抱きかかえていたスバルをおろし彼女の元へと送り出す。

「怪我はないかえ?」

「う、うん」

「そうか…よかった」

緊急時につき2人の会話は少なかったが、息子が無事だとわかったミスミの表情は母親の顔そのもので、青年はこそばゆくなった。

「おぬしも大義であったな。礼を言う」

青年に話がふられる。

「いえ、こちらこそ一歩間違えればご子息を危険にさらす作戦に協力していただいて。ありがとうございました」

「かまわぬ。わらわ自身が信頼に値すると思うたから力を貸しただけじゃ。…それに、『息子の手料理』の礼もあったからのう」

青年とミスミはこれで話をするのが3度目である。2度目と3度目は省略するが、初めて話をしたのは、『調理実習』の許可を取るため、レックスとともに風雷の里を訪れた時だ。何としてでも許可を取るため、青年が用意していた切り札の1つが『調理実習でつくられた息子の手料理』だったのである。


果たしてこの世に息子(娘)の手料理を喜ばない親がいるだろうか…という具合に好評だったというのは余談である。


「キミは…またこんな無茶をして…」

次に青年に駆け寄ってきたのはレックスだった。

「…あ、レックスさん。あとはよろしくお願いしますね。自分、かなりくたびれちゃったんでここらで失礼します」

青年は右肩を反対の手で撫でながらそう言った。

レックスは何か言いたげだったが、青年はそれを制止し、「アチラの戦力はできる限り削いであるはずなので」と言い残しその場をすぐに立ち去った。



~~~~~



一方そのころ帝国陣営のイスラ・レヴィノスは苛立っていた。協力者がいたとしても、現状は裏切り者1人に一杯食わされたということに相違ないからだ。

しかしまだ焦ることはない、とも彼は思っていた。多少兵に被害は出たが、それはわずかでしかない。人質も奪還されはしたが、もともと人質などいなくとも勝てるほどの兵は用意してある。あの剣は脅威ではあるが、戦えないわけではない…と。

イスラは再び、パチンと指を鳴らす。すると、鳥居の奥に控えていた兵たちが現れる…

「……」

はずだったのだが、誰を鳥居をくぐってこない。

イスラは大きな舌打ちをし、石段を登り始めた。



「これは…どういうことだ」

鳥居の先で、イスラは驚愕の光景を見た。待機させていた兵たちが縄でがんじがらめに縛られ、地面に横たわっていたからだ。

イスラは最も近くにいた兵を乱雑につかみ上げる。しかし兵には意識がないようで、反応がない。それどころが、幸せそうな顔で眠りこけているではないか。

この兵の顔面をぶん殴りたくなる衝動を抑えながら、イスラはあくまで冷静にあたりをうかがった。

すると、イスラの数メートル先に、倒れ伏す軍人のカゲでゴソゴソと動く小動物が2体いた。

1体目は、自らが『ドリームスモッグ』で眠らせた兵士の身ぐるみをはいでいる『ポワソ』。

2体目は、倒れている兵士を縄で縛りあげている『シュナイダー』。

「~~!」

「ムイ」

イスラの視線に気付いたポワソがシュナイダ―に合図を送ると、2体はスタコラサッサと逃げ出した。


そして残されたのは、イスラのやり場の無い憤りだけだった。






この後、帝国軍が撤退せねばならなくなったのは言うまでもない。



[19511] 幕間 ※短いです
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:3ffccecc
Date: 2011/05/25 23:20
「……?」(きょろきょろ)

青年の相棒ローラ(聖母プラーマ)が召喚されたのは、風雷の里から少し離れた森の中だった。青年『チャーハン』が帝国軍相手に無茶をした時刻からはそう経ってはおらず、小ぶりになったとはいえ、雨はまだ降っている。

「ローラ、コッチ…だ」

背後から、彼女の召喚主の声が聞こえる。ローラが慌てて振り向くと、手頃な大きさの石に座った青年が、右肩をおさえてうずくまっている。

「雨の中、悪いが急いで治療…を」

そう言って、青年は自分の肩を左手の指でトントン、と叩く。

見れば、青年の服は右肩が大きく破れ、肩が露出している。誰かに破られたのではなく、自分で破った跡。

「……!」(ぞわっ!)

いやな予感がしたローラが急いで青年の背後に回ると、右肩の背後からかなりの量の血が流れていた。よく見れば、肩には小さな丸い跡と、それを無理やり広げたかのような傷跡が見える。

「弾はポワソに抜いてもらったんだけど、出血はどうしようもなくて…さ」

まいったね、と言葉の上では強気を保つ青年だったが呼吸が荒い。

ローラは急いで右肩の治療に当たる。よくよく見れば、他にも葉っぱで切ったような跡など、細かい傷も確認できる。



「ホント、あの人いい狙撃手だよ。あの雨と雷の中で標的に当てるんだからさ」

治療が終わった青年が、独り言のように呟く。それは、相手に対してへの悪態ではなく、純粋な感嘆の言葉だった。

「……」(……)

「どうした、ローラ」

青年は、背後の相棒の様子がおかしいに気づき、声をかけるが反応はない。



「……」(ぎゅッ!)

一体どうしたものかと思っていると、突然ローラが青年の首に腕を回し、背後から彼を抱きしめた。長い間雨に打たれ、血の気の引いた青年の体が、やさしい温かさにつつまれる。

「あ…」

一瞬呆けてしまう青年。青年にはローラの顔は見えないが、付き合いが長い彼には、彼女がどんな気持ちでいるのか、よくわかる。

彼女は怒っていて、悲しんでいるのだ。

「ごめんな…もう、なるべく無茶はしないようにするから」

青年がローラの小さい手を自分の手で優しく握ると、彼女はゆっくりと腕を首から離す。

「ほら、行こう? こんなところにいると風邪をひくから」

そう言って、青年はローラの手を引いて歩きだした。



黙ってついていくローラ。彼女は天使ゆえ…いや、青年とは長い付き合いだからこそ青年の魂の機微…言いかえれば『心』が手に取るように分かる。

だから、青年が本当は『ドウナルコト』を望んでいるのか、知っている。

だけど、彼女はそうなることを望んでいない。

『私が止めないといけない』…彼女はいつだってそう感じている。しかし、人間の言葉を話せない彼女には青年を説得することはできない。力づくで止めようと思っても、非力な彼女には止められない。

彼女ができることは2つしかない。青年の負傷を癒すこと…そして『この人が無事でいますように』…、と祈ること。それだけだった。




~~~~~~~~~~
後書き

作者です。
次回は第一章完だったりします。あと、諸事情で話がだいぶ飛びます(具体的には9話と10話と11話)。

今回の話はノートに下書きした後に書いたのですが、やはり自分はこういうやり方が合っているようです。


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