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福島第1原発:東電説明ちぐはぐ 海水注入問題

 東京電力福島第1原発事故で、1号機への海水注入は中断されていなかった。事故原因究明に重要な情報が、事故から2カ月以上たって公表されたのは、国際原子力機関(IAEA)による調査直前だった。これまでの東電や政府が発表したデータの信頼性にも疑問符が付く。つじつまの合わない説明も多く、近く発足する「事故調査・検証委員会」での徹底した解明が求められている。

 ◇初期データ「中断」一転覆る

 「現場が錯綜(さくそう)する中で、事実が違っていたことは申し訳ない。コミュニケーションの悪さがあった」。26日、東電本店で会見した武藤栄副社長は謝罪した。

 二転三転した情報の混乱は、なぜ起きたのか。海水注入継続の事実は、24~25日に東電本店が実施した吉田昌郎・福島第1原発所長らへの聞き取りから明らかになったという。

 東電によると、3月12日午後7時4分ごろから原子炉を冷やすための海水注入が始まったが、午後7時25分ごろに本店と現場とのテレビ会議で、「首相の了解が得られていない」との情報について協議。注水停止で合意したが当時、吉田所長は反論しなかった。ところが、吉田所長は注水をやめていなかった。その理由を「冷却が最優先でどうしても受け入れられなかった」と話しているという。

 東電が過酷事故のため事前に策定していた安全対策(アクシデントマネジメント)では海水注入は発電所長の権限で実施できる。だが実際は、「海水注入は首相が判断する感じがあり、その判断がない中で注入できないという空気を(官邸にいた東電関係者が)伝えてきた」(松本純一原子力・立地本部長代理)という。首相の意向に配慮するあいまいな経緯で、原子炉冷却の鍵となる作業の判断がなされていたことになる。

 注水中断は今月20日の東電の会見で明らかになった。その経緯をめぐって、連日国会で取り上げられ、政府や東電、原子力安全委員会が追及を受けた。27日にはIAEA調査団が同原発を視察する。世界の原発の安全対策が問われる中での調査は、主要8カ国首脳会議(G8サミット)や6月のIAEA閣僚会議にも影響する。

 東電が20日に会見で最初に中断を公表してから聞き取りに乗り出したのは24日。現場からも本店への報告がなかったとみられ、対応が遅れた上に「中断」という事実が覆った背景には、こうした国内外の外圧が影響した可能性がある。吉田所長も聞き取りに「新聞や国会で話題になっているのでもう1回よく考えた。IAEAのインタビューも受ける。正しい事実に基づいて評価されるべきだと考えた」と答えたという。

 一方で、東電は16日に公表した同原発の地震発生時の初期データ報告書で、海水注入の中断を記載している。「社内のメモや緊急対策本部の聞き取りでとりまとめた。吉田所長からは聞いていなかった」と説明した。現場との意思疎通が不十分だったことをうかがわせるが、中断から55分後の3月12日午後8時20分に注水が再開されたと公表してきたことについては、「発電所から出てきた報告」と説明する。東電は「この1件以外、報告しているものと違うものはないと聞いている」と強調するものの、他の公表内容への不信を生んだ。

 二ノ方寿・東京工業大教授(原子炉工学)は「注水を継続した吉田所長の判断は正しかった。だが、現場とのコミュニケーションがうまくいっていないことは心もとなく、心配になる」と話す。【足立旬子、永山悦子】

 ◇政府困惑 批判強める野党

 海水注入を継続していたとの東電の発表に、政府内では26日、困惑が広がった。枝野幸男官房長官は記者会見で「事実関係を正確に把握して報告、伝達していただかないと我々も対応に苦慮するし、国民が疑問、不審に思う」と不快感を示した。

 枝野氏によると東電から訂正の報告があったのは発表直前の午後3時前。東電が訂正するに至った原因について「しっかりした情報共有や意思疎通がないまま発表されたことが原因だろう」と語った。

 ただ、東電が重大事実を訂正したのは、政府発表の信頼性を揺るがす事態だ。政府は東電の報告を基に国会答弁などをしており結果的に誤ったことになる。2日の参院予算委員会では海江田万里経済産業相が「午後7時4分に試験注入を開始し、20分で停止した。重ねて(菅直人)首相から本格的な注水をやれ(と指示した)」と答弁した。注入中断は同日から独り歩きしており、誤った情報を見抜けなかった官邸や経産省の責任が問われる可能性もある。

 政府筋は「政府が促していた海水注入や(原子炉の圧力を下げる)ベントを東電はなかなかやらなかったが、それが東電の意思だったのか、(物理的に)できなかったのかすら分からない」と不信感をあらわにした。

 一方、自民党など野党は「隠蔽(いんぺい)体質があるのではないかという疑惑が広がっている」(谷垣禎一総裁)と批判を強めている。

 自民党は19日の時点で「首相が海水注入を中断させた」という情報をつかんでいた。20日にTBSがこの問題を報じると、安倍晋三元首相は「私も複数の人から聞いている。首相として万死に値するミス」と批判した。

 これに対し、首相は23日の衆院東日本大震災復興特別委員会で谷垣氏の質問に中断の指示を否定。「注入継続」は首相の主張を補強する形となり、民主党の安住淳国対委員長は「野党第1党の党首がメディアに検証もしないで乗っかり首相を攻め立てた。一言おわびがあっていいのではないか」と逆襲した。

 しかし、訂正が繰り返される政府・東電の混乱ぶりは、野党に再び付け入るスキを与えることにも。自民党幹部は「こっちは政府の資料をもとに追及してきた。独自のネタもある」と語り、27日にも野党で対応を協議する考えを示した。【中田卓二、影山哲也】

 東京電力福島第1原発1号機への海水注入問題は、現場の所長が継続していたことが26日、判明した。事故収束にあたる2700人の作業員を束ねる吉田昌郎所長(56)とはどんな人物なのか、東電幹部らの証言から探った。

 ◇「親分肌」本店に過去反論も…注水判断した吉田所長

 大阪府出身。菅直人首相と同じ東京工大で原子核工学を専攻。1979年に東京電力入社。昨年、所長に就任し、第1原発での勤務は4回目となった。

 身長180センチで学生時代はボート部に所属し、社内の評価は「豪快」「親分肌」。免震重要棟の廊下で眠る作業員に「もう帰れ」と声をかける一方、収束に向けた工程表を持ち出して作業を急がせる本店に「作業員の被ばく量をどう考えるのか」と反論することも。

 「発電所のことは自分が一番知っているという自負があるのだろう。それが時には頑固に見える」と元同僚。

 情報の混乱が、新たな物議を醸しているが、東電のある幹部は「大変なご迷惑を掛けていることに違いはないが、事故が今の状況で済んでいるのは吉田の存在も大きい」とかばった。

毎日新聞 2011年5月27日 7時44分

 

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