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[26842] 【デバイス物語 A’s 過去編 】Die Geschichte von Seelen der Wolken
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/05/25 13:32
初めての方もそうでない方もこんにちわ、イル=ド=ガリアです。


 3/31に、操作を誤って全削除してしまいました。真に申し訳ありません。

 感想版も含めてArcadiaの作品でありますので、感想も全文を投稿しなおしました。ただ、自分の返信分は再投稿していません。


 この作品はリリカルなのはの再構成、オリジナルキャラが主役級の働きをします。独自設定や独自解釈、また一部の原作キャラの性格改変がありますので、そういった展開が嫌いな方は読まれないほうが、いいかも知れません。

 A’s編は過去編、現代編に分けており、現代編は原作をアレンジした再構成です。

 過去編はキャラクターの性格以外は”もしも守護騎士たちに人間だったときがあったら”という仮定によって作られた完全な2次創作です。

 原作キャラの性格は変えませんが、設定、その他キャラは独自のものが多いです。

 また、Dies iareをはじめとした正田作品
    Liar Softのスチームパンクシリーズ

 を知ってる方はより楽しめるつくりになってます、多分。

 何よりも過去編は自重しません、全力全開で趣味に走ります。



 不定期更新になると思いますが、どうかよろしくお願いします。

 ここの掲示板にある【完結】He is a liar device [デバイス物語・無印編]はこの話の無印編で、これの続きとなっています。

 無印編は1人称主体でしたが、A's編は3人称主体になります。

 チラ裏にある『時空管理局歴史妄想』は、この作品の設定集ともなっています。
 URLを貼れないので、イル=ド=ガリアで検索すれば出てきます。



[26842] 夜天の物語 第一章 前編 白の国
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/05/08 16:14
それでは、一つ、古い物語を紡ぎましょう


 遙か古のベルカの地にて、白の国と姫君、そして、仲間のために戦い抜いた、誇り高き騎士達の物語を


 押し寄せる敵をものともせず打ち破り、命尽きるまで戦い続けし烈火の将


 民を逃がすための術を紡ぎ、最後の一人となっても役目を果たし続けし湖の騎士


 ただ一人、民を守る盾となり、後を継ぐ者たちへと魂を残して逝きし盾の騎士


 最も若き騎士にして、単身敵陣へ突入し、武勲と共に果てし鉄鎚の騎士


 守護の星の魂を受け継ぎ、その身が果てるとも、仲間を守り続けし盾の守護獣


 夜天の騎士達を導き、持ちうる叡智の全てを懸け、闇を封じし放浪の賢者


 騎士達の魂を全て受け止め、未来へと希望を託し、儚く散りし調律の姫君


 誰にも語られることなく、安らかなる眠りのうちに誕生の時を待ちわびる、自由の翼


 それは、夜天の騎士達の誇りと誓いの物語にして、絆の物語へと繋がりし序章


 長き夜を超えて、最後の夜天の主へと至る、始まりの鍵


 その長き旅に同行し、誇り高き騎士達と共に在り続けた機械仕掛けの分身達は



 彼らの歩みし人生を――――――確かに、記録していた









第一章 前編  白の国


ベルカ暦485年  エトナヴェットの月  白の国 ヴァルクリント城 回廊



 「おーい、フィー、どこにいんだーーーーーー」

 後の世では、中世ベルカの宮殿建築様式と呼ばれる技法によって作られた回廊を、少女が声を上げながら小走りで駆けていく。

 その背丈は小さく、外見からは7歳か8歳程度と見受けられる。

 燃えるように赤い髪は動きやすいように後で二つに束ねられており、服装も少女のものというよりも、動きやすさを重視した少年のものに近い。

 しかし、その瞳には誰もが理解できるほど強い意志が宿っており、彼女が外見相応の少女であること以外に、もう一つの顔があることをうかがわせている。

 また、彼女程度の年齢ならば、男女の差異は明確ではなく、膂力や体力においてもそれほど差は出ない。

 それ故に、彼女は女の身ではあるが、8歳という年齢で既に“若木”の一員となっている。

 “若木”とは、騎士としての訓練は開始しているものの、未だ成人していない騎士見習いの集まりである。

 この時代のベルカにおいては、成人の儀は早い。それぞれの国によって多少の差異はあれども、15歳より後である国家はどの大陸、どの世界を探しても存在しない。

 女性ならば、子供を産むことが可能な年齢となれば既に成人と見なされる。11歳頃に成人となることも珍しい話ではない。

 そして、男性ならば大人と同様に働けるようになることが成人の証である。ただし、リンカーコアを持つ者達はほとんどが騎士か戦士、もしくは魔術師となるため、“大人と同じように働ける”ようになるのは容易なことではない。

 そのため、ベルカの時代においてリンカーコアを持つ子供達は少々特殊な立ち位置となる。

 リンカーコアを持たない成人を基準とするならば、彼らは8歳や9歳で十分“大人と同等”か、もしくはそれ以上の働きが出来る。この時点で彼らを成人と見なすことも不可能ではない。

 しかし、大人の騎士達を基準とするならば、まだまだ成人と呼ぶには幼く未熟である。そこで、彼らは“若木”と呼ばれる騎士見習いの集団へと入る。

 “若木”はその名の通り、おおよそ8歳から13歳までの子供達が所属する集団ではあるが、既に有事の際にはリンカーコアを持たない一般の民達を守るために戦うことを許されている。

 いずれは騎士となり、命を懸けてベルカの国と民を守る誇り高き刃となるその身は、子供であっても、既に守られることに甘んじる精神を持ってはいない。

 とはいえ、大量の騎士を抱え、騎士団を編成している大国ならば“若木”が戦うようなことはなく、むしろ、貴族階級に在る者達の子弟による“騎士ごっこ”に近いこともある。

 国が栄え、強大になるほど、騎士としての高潔さや誇りといった魂が薄れていくことが多いのは、ベルカの地の列王達が等しく頭を悩ます問題でもあった。

 だがしかし、全ての国が騎士団と呼べるものを抱えているわけではなく、国の力が及びにくい辺境の村や、小国、もしくは国を持たない里、そういった場所においては、彼ら“若木”も騎士達に次ぐ守り手なのである。

 騎士の武術、そして魂は正騎士達より“若木”へと受け継がれ、彼らが成長して正騎士となり、次なる時代を担う“若木”達へ、騎士としての誇りを伝えていく。

 ベルカ暦が始まる以前、まだ国家というものすら整った形ではなく、ドルイド僧と呼ばれた魔術師達がやがて騎士と呼ばれるようになる戦士達と共に一族を纏めていた古代ベルカより、それは脈々と受け継がれてきた。

 そして、古代ベルカより伝わる血筋はそれぞれが王国を成していき、ベルカ暦が作られる頃には数十を超える国家が大陸はおろか、次元を超えて広まっていった。

 未だ正騎士ではないこの少女も、古代ベルカより伝わる武術を継承し、後の時代へ伝える役目を負った、騎士の卵なのである。



 「ったく、どこ行ったんだか」


 そして、この少女が仕える白の国は、500人程の人々が暮らす小国であり、人々の数は大国の都市よりも遙かに少ない。

 登城を許された正騎士の数はわずかに3人。総人口が500人程度しかいないのであれば、この数も妥当と言える。

 しかし、正騎士の数に反して“若木”の数は多く、現在34人程が所属している。ただし、この34人のうち、白の国で生まれ、白の国で育った者はこの少女のみである。

 白の国は小国ではあるが、そこに仕える騎士達は一騎当千として知られており、さらに、独自のデバイス技術を保有している。

 高度な知能を備えたアームドデバイスと、鍛錬を重ねた騎士が呼吸を合わせ、親和性の極めて高い戦技を繰り出す、攻防一体のベルカの武術。

 古代ベルカより続く騎士達の戦いは、白兵戦に特化した武器としてのデバイスで打ち合うことが主流であるが、そのデバイスは基本的にただの武器であり、それぞれの騎士の身体強化と敵の騎士甲冑を破壊するくらいの機能しか持たず、強固さに主眼が置かれている。

 だが、白の国ではデバイスを武器としてだけでなく、人格を備えた“相棒”とするための技術を古くから発展させてきた。そして、今代の当主の後継者である人物は“調律の匠”、もしくは“調律の姫君”と呼ばれる程、機械の心を読み取り、そして組みあげる手法に長けていた。

 そうした背景があるため、近隣の国はおろか遠方の大国からすら、白の国を訪れその技術を学ぼうとする者は後を絶たない。

 そして、白の国はその技術を隠すことなく、技術を学ばんとする志を持つ者には、持ちうる技術の全てを伝えてきた。また、優れた戦闘技術を持つ騎士達も、他国からやってくる“若木”達を己の国の者と区別することなく、その武術を継承していく。

 白の国で学び、成長し、やがて各々の国へ帰った者達は切磋琢磨しながらデバイスの技術や騎士の武術をさらに磨きあげる。そして、彼らはそれぞれに白の国との関わりを持つために、白の国に蓄えられる知識は増えていき、その技術は一段と磨きあげられる。

 つまるところ、白の国はそのものを“学院”と称することが出来る。

 他の国のいずれとも中立の立場を保ち、ただ技術と知識を保存し、さらに高めるための研鑽を行う。

 他の国から学びにやってくるものを拒まず、保有する知識を隠すこともない。白の国に住まう民達は、さながら学院の傍に建てられる旅籠や宿場のようなものだろうか。


 そうして、白の国は“智勇の技術国”、“学び舎の国”と呼ばれるようになった。

 培われた知識と技術、そして騎士達の武勇は大国に劣らぬどころか凌駕さえするが、経済力も軍事力も持たない小さな国。

 ベルカの国々全てより軽視されることも、敵視されることも、危険視されることもなく、白の国は在り続けてきた。

 もし白の国が己の国の技術を“秘伝”とするか、外貨を得るための手段として用いていれば、独占を狙った大国によって遙か昔に滅ぼされていただろう。

 しかし、人々のために作られた技術を、ベルカの地全体に広めようとするその姿勢こそが、白の国を不可侵のものへと変えていた。戦争の調停の場として、白の国が選ばれることが多いのもそれ故に。

 つまるところ、白の国を滅ぼす、もしくは併呑したところで得るものは何もないのだ。

 白の国を滅ぼしてしまえば、デバイスの技術も騎士達の武術も絶えてしまう。どの国も白の国から技術の多くを学びとっており、それぞれに研磨しているものの、技術をより高めるための場所としては白の国には及ばない。

 そして、併呑してしまっては、今後白の国に留学、逗留しようとするものは急激に減ることは考えるまでもない。

 白の国を白の国たらしめるものは、自国のためではなく、ベルカの地全体のための技術を研鑽するという姿勢であり、それ故に平等、それ故にあらゆる国から技術者や武芸者の卵が集まる。

 だが、それを一つの国が併呑してしまっては、結局は技術の奪い合いにしかなりえない。

 時代と共に技術を育み、古い技術を継承しながら発展させていくことにこそ白の国の意味はある。それを失くした白の国には、まさしく都市どころか大きめの町ほどの価値すらないのだ。


 そうして、数百年の時を、白の国は刻み続けてきた。

 列王達が割拠するベルカの土地を、白の国は外界との接触を断つのではなく、最も深く交わり、ベルカの地の一部となって共に在り続けてきた。

 無論、ベルカの国々にも戦乱はある。しかし、いつまでも続く戦乱はあり得ず、乱の後には治の時代がやってくる。

 大きな目で見れば、ベルカの土地は概ね平穏であり、列王達の国々は互いに張り合い、時には傷つけ合いながらも、共に生きるという姿勢を忘れることはなかった。



 最果ての地より流れ出る、異形の技術がベルカの地を覆い始めるまでは。



 だが、この時の少女はまだそのことを知りえない。

 白の国が滅ぶことを想う必要もなく、愛する人々を守れるように、白の国の立派な騎士になれるように。

 少女は“若木”の一人として、親しい人々や共に学ぶ仲間と共に研鑽を続けていた。

 鉄鎚の騎士として、長き旅の始まりとなる白の国の最期の日に散る、自身の未来を知る由もなく。

 少女は、自分の生を歩み続けている。






 「あ、見つけたぞ、このいたずら小僧」


 「ふぇっ?」

 少女は、クローゼットの上に座っていた、自分よりもさらに背丈の低い存在を見つけ、語りかける。


 「んなとこで、何してんだ?」


 「えーとねぇ、…………なんだろ?」


 「おいおい、あたしに訊いても分かるわけないだろ」


 「うううぅぅ…………むずかしいね」

 考え込みながら首を傾げるその姿に、少女は微笑みを抑えきれない。


 「そうだな、あたしも一緒に考えてやるよ。えーと……………ちょうちょでも見つけて、追いかけてたらいつの間にかそこにいたとか」


 「ちょうちょー?」


 「ほらっ、前にあたしとザフィーラと一緒に出かけた時に見つけたろ、小さくて、白くて、ひらひらーってしたやつ」


 「あー、ちょうちょー!」


 「おう、そのちょうちょだ」


 「みなかったよ」


 「そ、そうか」

 一体さきほどの返事の元気さは何だったのかと思う少女だが、フィーなんだからさもありなん、とも思っていた。


 「となると………鳥ってことはないよな、鳥だったらフィーが追いかけることなんて出来ねえし」

 少女がフィーと呼ぶ存在、3歳程度の幼女の外見を持つそれは、まだそれほどの運動性能を持っていない。


 「ん?」

 だが、そこまで思い至ると、おかしいことに気付く。


 <そもそも、フィーはどうやってクローゼットの上に登ったんだ?>

 赤髪の少女ならば飛行魔法を使えるし、そもそも自身の肉体能力だけで跳べば登れる。

 8歳の少女の身ではあるが、“若木”であるその身は伊達ではない。

 しかし、3歳相当の肉体能力すら怪しいフィーでは、絶対に不可能だ。

 ならば、どうやって?

 色々と考えては見るものの、なかなか答えは出ない。


 「なあフィー、そこで何してるか、じゃなくて、どうやって登ったかは分かるか?」


 「のぼったか?」


 「そう、梯子を使ったわけじゃないよな」


 「はしご?」


 「ほらっ、あれ、木がこういう風に組み合わさってて、登れるやつ」

 少女は近くに置いてあった花瓶にささっている花を使って、擬似的に梯子のような形状を作り、フィーと呼ぶ存在に分かりやすく説明する。

 何だかんだで、面倒見の良い性格なのである。

 また、彼女が自分よりも小さいフィーを、妹のように思っていることも、大きな理由ではあるのだろう。



 「あーっ、わかるー」


 「そっか、んで、これを使ったわけじゃないよな?」


 「ないよー」


 「だよな、ってわけで、お前はどうやって登ったんだ?」

 そして、少々の回り道を経て、少女は本題へと戻る。

 彼女自身、フィーとの手間をかけたやり取りの時間は、嫌いではないどころか、割と好きな時間なのである。


 「えーっと………」


 「頑張れ、ずっと待っててやるから」


 「えっと、えっと……」

 そして、しばしの時間が流れ。


 「おもいだしたーー」


 「おう、偉いぞ」


 「えへへーー、あれっ?」

 フィーが思い出した頃には、少女は飛び上ってフィーを抱え、クローゼットの上から降ろしていた。


 「ぎゅうう?」


 「いや、抱きしめる時の擬音を使わなくていいぞ」


 「そっかー」


 「それで、どうだったんだ?」


 「どうだった?」


 「お前が、クローゼットの上に登った方法だよ」


 「あっ、はーい!」


 「うむ、良い返事」


 「あいあい!」


 「それで、教えてくれるか」


 「うん、えーっと、ね」

 そして、フィーは思い返すように少し間を置き、その間にヴィータは彼女を自分の腕から降ろす。


 「ほーせきを、つかったのー」


 「宝石?」

 宝石といえば、フィーの動力として使われている、カートリッジの発展型である魔力結晶のことだろうか?

 と、少女は考えるが、それはフィーが自分で取り出すことが出来ないものであることを思い返す。


 「なあフィー、その宝石って、どんなだ?」


 「きれいな、みどりいろー」


 「翠、ね」

 その言葉から、大体の予想がついてきた少女である。

 おそらく、あの湖の騎士が、またうっかりをやらかしたのだろう、と。

 カートリッジを生成することは白の国の騎士ならば誰でも出来るし、“若木”である少女ですら魔力を込めるだけなら可能である。

 しかし、フィーの動力源となる結晶を精製出来る人物となれば、“調律の姫君”か“放浪の賢者”くらいに絞られる。

 そして、フィーが使った宝石とは、それとは別種の物だろう。

 カートリッジのように使い捨てという面では同じだが、特定の魔法を封入し、一度限りの発動体として使う魔力結晶は、ベルカの地では割とポピュラーな部類である。

 ブースト用に純粋な魔力の形で込めるカートリッジと異なり、特定の魔法しか使えないという点で汎用性は低い。しかし、リンカーコアを持つ者でなければほとんど意味を持たないカートリッジと異なり、通常の民にも使うことが出来る。

 特に、念話の魔法を込めた伝令用の通信石などは、古くから発達しており、これらの技術もこの白の国が発祥であり、ベルカの各地に広まり、白の国へ戻ってきて、やがてはカートリッジなど、さらに汎用性の高いものらが作られた。


 「なあフィー、それ、どこで見つけた?」


 「どこでー?」

 そして、今現在の白の国において、そういうものを作り、管理を任されている人物は一人しかいない。

 出来るか否かの問題なら出来る者は他にもいるが、そういった補助系、もしくは医療系の道具を作ることを誰よりも得意とし、その技術の高さは遠い異国にすら届いている騎士が一人いる。



 ≪なのになんで、うっかりを頻発すんだろうな≫

 そう、技術は極めて高く、管理の手際も見事の一言に尽きる。

 杜撰の対極にあるような見事な整理整頓ぶりであるのに、必ずどこかに“うっかり”が転がっているのである。

 おそらく、廊下を歩いている時に、彼女のポケットから落ちたのだろうと、少女は当たりをつけていた。




 「えっとねー」


 「ひょっとして、シャマルの研究室のあたりか?」


 「あっ、すごい、びーた!」


 「ふふん、あたしの推理力は凄いんだぞ」

 あたしじゃなくても、誰でも同じ発想をするだろうけどな。

 という内心は表に出さないまま、少女、ヴィータはフィーの頭を撫でてやる。


 「つまり、拾った翠色の石をいじってたら、身体が宙に浮いて、あそこにいったと」


 「うん! びっくりしたー」

 魔法発動体には、魔力を注がねば発動しないものから、鍵となる動作によって簡単に発動するものもある。

 フィーが使ったような極簡単な飛行魔法が込められているだけの石ならば、手に持って振るだけで発動するような設定になっているものも多い。流石に、身体強化やバリアともなればそうはいかないが。


 「そっか、ところで、まだ眠くはないのか?」


 「うーん………眠いかもー」


 「部屋に戻るまで、持つか?」


 「うーん………むりかもー」


 そんなになるまでクローゼットの上にいるな、っと内心の苦笑いを押し殺しつつ、ヴィータはフィーを抱き上げる。


 「あたしが運んでやっから、フィーはゆっくり寝てろ」


 「ありがとー」


 「いいって、お前の目付も、一応あたしの役目の一つだからな」


 「おしごとー?」


 「まだまだ見習いだけどな、ま、見習いにはお前の相手くらいがちょうどいいのかもしれねえ」


 「みならいー?」


 「ああ、騎士見習いだ、騎士は知ってるよな?」


 「りゅうとたたかうひとー」


 「だな、シグナムだったら竜どころか、もっとつええ奴だってやっつけるぞ」


 「しぐなむ、すごいー」


 「それで、あたしはその見習い、まだ竜とは戦えないかもしれないけど、グリフォンくらいなら倒せるぞ」


 「びーたも、すごいんだねー」


 「これでも、“若木”の一員だからな。それに、戦うことも仕事だけど、守るのが一番の仕事だ」


 「まもる………ひめさま?」


 「うーん………姫様はあたしよりも兄貴に守って欲しいんだろうけど…………」

 ヴィータの声の調子が少し落ちる。

 彼女は白の国の“若木”であり、当然、姫君を守る義務がある。

 だがしかし、彼女自身の心はいささか複雑なものがある。

 まあ、姫君を守るために親が死んだなどの深刻な理由ではなく、そこは8歳の少女相応の、微笑ましい理由なのだが。


 「どうしたのー?」


 「なんでもねえよ、それより、さっさと眠ったほうがいいぞ、あまり起きてるとお前の頭がパンクしちまう」


 「うん、そうするー」


 「素直でいい返事だ、お休み、フィー」


 「おやすみー」

 そして、フィーは瞼を閉じる。

 僅かに時が過ぎた頃には、静かな寝息が聞え出す。



 「ほんと、人形なんだけど、人形とは思えねえ奴だよな」

 その姿を見守りつつ、ヴィータは回廊を歩いていく。


 「人間のように食べて、人間のように眠って、人間のように笑う、完全人格型融合騎の雛型、か」

 融合騎、それはベルカのデバイス技術の叡智の結晶。

 人間と生体的に融合することで魔力を高める技術は100年ほど前から発展してきたが、それに人格を組みこむことは未だ完全には実現されていない。

 いや、そもそも、デバイスに人格を組みこむこと自体が、白の国ですらほんの50年ほど前に確立された技術なのだ。それまでは騎士や魔術師が用いるデバイスとは、魔法発動のための媒体に過ぎず、それに人格を組みこむという発想はなかった。


 「あくまで、ラルカスの爺ちゃんのシュベルトクロイツみたいのが、デバイスの基本なんだよな。しゃべりもしねーし、考えもしねえ、あくまで騎士や魔術師が魔法を発動するのを補助するだけの道具」

 それも道具の在り方の一つであることを、ヴィータは否定しない。

 純粋な効率で見るならば、そちらが勝っているのは明らかなのだ。


 「だけどやっぱり、あたしはアイゼン達の方が気に入ってる」


 鉄の伯爵 グラーフアイゼン

 炎の魔剣 レヴァンティン

 風のリング クラールヴィント

 夜天の守護騎士達と共に在り、騎士に仕える従者であると同時に、騎士の魂そのものでもあるデバイス達。


 「融合騎は数少ねえけど、兄貴の“ユグドラシル”みたいなのが基本だし、人格を組みこむのは、調律師でも難しい、だったっけ」

 後の時代ではデバイスマイスターと呼ばれる者達は、ベルカの時代においては“調律師”と呼ばれる。

 古代ベルカ時代ならばデバイスも単純な武器や魔法発動体ばかりだったため、デバイスの製作や調整は繊細な技術を要するものではなかったが、中世ベルカともなれば、デバイスは強固さを維持しながらも精密なものへと変化していく。

 そうして、しだいにデバイスを鍛え、磨きあげる者達を“調律師”と呼ばれるようになった。

 この白の国は、騎士見習いである“若木”を他国から多く受け入れているが、同時に調律師の卵達も多く受け入れている。

 特に、現在の姫君、ヴィータが仕える対象は、稀代の調律師として名を馳せているのだ。

 そして、姫君の技術の結晶とも言える存在が、ヴィータの腕の中で幸せそうに眠るフィーであった。


 「………誰かの人格をデバイスに投影するんじゃなくて、全くの無から、一つの人格を作り出す。アイゼン達はあくまで初期の人格設定があるけど、フィーは違う」

 フィーはまだ純粋無垢にして未発達。

 人間ならば脳にあたる部分が真っ白に近いため、起きて動ける時間すらまだ2時間ほどしかなく、残りの22時間は眠っている。

 だが、フィーの人格は他の誰の力を借りることなく、フィーが自分の力で組み上げつつあるもの。

 無論、時間はかかる。まさしく、人間の子供と同じように、少しずつ、少しずつ、成長していくのだ。


 「そんときは、もうちょっと人間らしい身体になってんだろうけどさ」

 そう呟きつつ、ヴィータはフィーの部屋に辿りつく。

 とはいってもそこは同時に、彼女が仕えるべき相手の部屋でもある。

 すなわち、白の国の王女にして、ベルカ最高峰の調律師。



 病に伏せる父の代わりに、ヴァルクリント城を支える、フィオナ姫の執務室であった。
















ベルカ暦485年  エトナヴェットの月  白の国 ヴァルクリント城 王女の執務室



 時は、僅かに遡る。


 ヴィータがクローゼットの上にフィーを見つけ、どうしてそのような場所にフィーがいるのかを考えている頃、その作り主は白の国の王女としての責務を果たしつつ、彼女らのことを気にかけていた。


 「シャマル、ヴィータはまだ戻らないのだろうか」


 「そうですね、少し遅いような気もしますけど、ヴィータちゃんなら大丈夫ですよ。フィーがどこまで行ってしまったかは分かりませんけど、それほど遠くにも行けない筈ですから」

 そのフィーが見当たらなくなった原因が、自らのうっかりミスにあることを未だ知らない湖の騎士は、姫の言葉にいつも通り、朗らかに応じる。

 彼女が自分のうっかりを知って凹むまでには、今少しの時間を要するようであった。


 「そうか、どうも私は心配症のようでいけないな。将からもその辺りはよく注意されているのだが」

 彼女は自嘲するように笑みを浮かべるが、この姫君にはそのような表情すら、一つの芸術に出来るような神秘的な美しさが備わっていた。

 美しい銀の髪は揺れるたびに細雪のような輝きを生み出し、その瞳はルビーの宝石のように紅く、目鼻立ちはとても整い、まるで見事な人形のような容姿。

 そして、何よりもその雰囲気。儚いような、朧のような、触れれば壊れてしまう硝子の月のような姿に、心を奪われる者は多い。

 対照的に、彼女の近衛の長であり、烈火の将の渾名を持つ女性が炎の如き激しさと躍動感を併せたような美しさを持つことから、太陽の化身と月の化身、と呼ばれることもあった。

 太陽と月に例えられる場合は、太陽を持ち上げ、月を引き立て役とすることが多いが、白の国の姫君と烈火の将にそれは当てはまらない。

 輝く太陽は、月の美しさを際立たせると同時に、如何なる外敵からも守り通す。

 烈火の将は、月を守り、不埒な者達からその姿を覆い隠す、夜天の雲の将でもあるのだから。


 「いいえ、姫様、貴女は心配症なのではなく、ただただ優しいんです。ヴィータちゃんのことも、フィーのことも、いつも気にかけてくれているから、心配になってしまうだけですよ」

 そして、同じく姫を守護する雲の一角である湖の騎士は、彼女には儚げな笑みよりも、穏やかな笑みこそが似合うと思っている。

 白の国に仕える3人の守護騎士の中で、役割柄、最も姫の傍に侍ることが多い彼女だからこそ、誰よりも姫が笑顔であることを願っている。

 湖の騎士シャマルにとって、フィオナ姫は仕えるべき主君であると同時に、気のおけない友人でもあり、彼女が幼い頃から様々な事柄を指南した弟子でもある。

 もし、彼女が姫ではなく、自分と対等な立場で主に仕える騎士だったとすれば、それはそれで楽しいだろうな、と夢想することもあったりする。


 「ありがとう、シャマル。お前達のような騎士に囲まれ、私は幸せ者だ」


 「その言葉は、そのまま私達にも当てはまりますね」

 自分も、シグナムも、ローセスも、騎士としてこの上なく恵まれているのだとシャマルは考える。

 争いのためではなく、ベルカに生きる人々のために知識と技術を伝えるこの白の国において、騎士達のことを常に気にかけてくれる主君に、仕えることが出来ているのだから。

 国家に仕えるが故に、時には理不尽な命令を受けざるを得ない騎士は数多い。

 敵対する貴族の子弟を殺せ。

 反抗する部族を女子供区別なく皆殺しにせよ。

 税を納めていない村を、見せしめに焼き払え。

 ベルカの国々とて、常に平和であるわけではない。いつの世も、理不尽な死は世界に満ちている。

 特に昨今は、ベルカの土地に闇が広がりつつあることを思わせる事柄が、多数確認されている。

 今は放浪の賢者と共に旅に出ている烈火の将と盾の騎士の二人は、列強の国々の情勢を探ることも目的として出発したのだから。

 しかし、だからこそシャマルは自分達が恵まれているのだと強く思う。

 自分達の力を、守るべき者のために、在るべき形で振るうことが出来る。

 それは、全ての騎士が夢見る。最高の栄誉に他ならないのだから。


 「ねえ、貴方もそう思うでしょう、ザフィーラ?」


 「………」

 湖の騎士の言葉に、姫君のデスクの傍らに控える賢狼はただ頷きを返すことで答える。

 彼の名はザフィーラ、白の国仕える騎士ではなく、そもそも人間ですらない。

 人間を遙かに超える寿命と高い知性、強力な戦闘能力を備えた、ベルカでは幻獣と区分される生き物であり、その存在は人間よりも竜などに近い。それ故、敬意を込めて賢狼と呼ばれる、ただの狼とは一線を画す存在であるがために。

 賢狼が人間と共に在り、力を貸す事例はごく稀であり、そもそも彼以外には知られていない。

 彼が力を貸している相手である放浪の賢者も、一体いつから彼が傍にあったのか知らないと語る。気付けば傍らに無言で佇んでいた、とだけ彼は夜天の守護騎士達に語っていた。


 「………ありがとう、ザフィーラ」


 「………」

 白の国の姫君の言葉に対し、気にするなと言わんばかりに彼は首を振る。

 彼は人間の言葉を介しており、念話に近い形で己の意思を伝えることも可能であり、実際に人間の言葉を話すことも不可能ではない。

 だが、賢狼にとって言葉というものは神聖な意味合いを持つ。人間は言語をコミュニケ―ションの手段として用いるが、賢狼にとって言語とは、自らを賢狼たらしめる由縁であり、知恵持つ幻獣である証であると同時に誇りなのだ。

 それ故、彼は言葉を理解しつつも発することはない。彼が何を考えているかを念話と近いようで異なる不思議な能力によって伝えることは出来るが、それとて頻繁に行われるわけではなく、その多くは戦闘時であった。

 そして現在、彼は白の国の姫君の護衛という立場を己に課している。

 ただ一人で生きる孤高の賢狼にとって、それは本来必要のない儀式。

 だが、自分以外の者に仕え、その者のために力を振るうということには、孤高の賢狼であった彼を惹きつける何かがあった。

 それが何であるかは、まだ彼にも分からない。いや、それを知りたいと願うからこそ、今も彼はここにいるのか。

 中でも、彼は夜天の騎士の一人に心を許している。

 盾の騎士の渾名を持つ青年の在り方には、共感できるもの、はたまた、力を貸したいと思えるものが確かにあったのだ。


 そして――――


 「姫様、入ってもいい…よろしいでしょうか」

 騎士となることを目指し、その階段を昇り続ける少女の声が、扉の外より響いてくる。

 その少女のことは、ザフィーラも深く理解している。

 何しろ、彼は任されたのだ。長期の旅に出る自分が留守の間、ヴィータのことを見守っていて欲しいと。

 誠実でありながらもどこか不器用で、しかし、愚直なまでに真っ直ぐな青年よりの依頼を、彼は引き受け、それを守り続けている。


 「ふふ、ヴィータちゃんは相変わらず敬語が苦手のようね」

 ヴィータが敬語を使いだしたのは割と最近であり、慣れていないのも無理はない。わざわざ言いなおす仕草に、微笑みがこみあげるのを抑えきれないシャマル。

 「構わない、入ってきてくれ」


 「えと…失礼します」

 一応は騎士らしい礼をしながらヴィータが入ってくるが、シグナムやローセスの礼に比べればまだまだぎこちない。


 「フィーを見つけてくれたか、ありがとう、ヴィータ」


 「いえ、これも、騎士の務めですから」

 労いの言葉をかけるフィオナに対し、ヴィータはフィーを専用のベッドに寝かしつつ、そっけない返事をする。

 騎士見習いとしては褒められた態度ではないが、ヴィータの態度がそっけないのには、騎士と主君以前の部分に理由がある。その公私の区別がつけるのを8歳の少女に求めるのは酷というものである。


 「あらあら、お兄ちゃんを取っていく悪い女性には、心を許せないかしら、ヴィータちゃんは?」


 「そ、そんなんじゃねえよ!」


 「………別に、取る気はない……の……だが………」

 そして、その場に流れる雰囲気は、姫君と仕える騎士達のものから、仲の良い家族のものへと変わる。

 一度こうなると、主君に対してすら遠慮というものが一切なくなるシャマルである。

 ただし、騎士として在るべき時は徹底して敬語を用い、臣下としての振る舞いを忘れることはない。

 彼女もまた、夜天の守護騎士の一人なのだから。


 「あら、じゃあヴィータちゃんはローセスのこと、嫌いなの?」


 「嫌いじゃないけどさ………兄貴が誰を好きだったとしても、それは兄貴の勝手だろ」


 「ふむふむ、ローセスに好きな人がいるという事実は認めているわけね」


 「シャマル……意地わりーぞ」


 「ごめんなさいね、ヴィータちゃんが余りにも可愛いから、つい」


 「ふふふ………確かに、可愛らしかったな」

 動揺から復帰したフィオナも、シャマルに追従する。

 だが―――


 「でも、ローセスのことを考えてる時の姫様も可愛いですよ?」


 「―――――!!」

 幼少の頃から彼女の近衛として仕え、見守ってきた湖の騎士にとっては、彼女とて可愛らしい存在である。


 「べ、別に私とローセスはそんな関係ではなく……」


 「じゃあ、どういう関係で?」


 「し、白の国の王女と、それに仕える騎士。………それ以外にないだろぅ」

 彼女の言葉が途中からどんどん小さくなっていったのは、決して二人の耳が悪いせいではないようである。


 <兄貴も兄貴だからなぁ、多分、“好きだ”とか“愛してる”なんて言ったことねえんだろうな>

 そして、自分の兄であり、夜天の守護騎士の一人である盾の騎士ローセス。

 ヴィータが生まれた時から共に生きてきた存在であり、その性格は当然知り尽くしている。

 ヴィータにとっては兄が取られるようで悔しいような寂しいような気持ちもあるが、もう少し姫に気の利いた言葉でもかけてやれよ、と兄に対して思わなくもない。


 <あ、でも、“貴女は綺麗ですよ”とか、“美しい歌声ですね”とかはナチュラルに言ってそうだ>

 直接的な愛の言葉などは決して言わない癖に、そういう言葉は恥ずかしげもなく連射するような兄である。


 <ただなあ、それを誰にでも言っちまうんだよなあ、兄貴の場合>


 先ほどヴィータが想像した言葉は、何を隠そう同僚であるシグナムやシャマルに対し、ローセスが素でいい放った言葉である。

 普通の女性がこのような言葉をかけられれば、自分に気があるのだと勘違いされても仕方がない。

 ただ、その相手が今のところ、烈火の将シグナムと、湖の騎士シャマルに限られているために、そのような勘違いは避けられているようである。

 ただ、旅先でそのようなことがないかと、一抹の不安は拭いきれないヴィータであった。


 「あ、それでヴィータちゃん、フィーはどこにいたの?」

 ヴィータが兄について思考に沈んでいた間に、姫と騎士、いや、妹の恋愛をだしに楽しむ姉とからかわれる妹のような会話も終わっていた。

 ただ、フィオナの表情は真っ赤に染まり、俯いていたが。



 「ああ、それなんだけどさシャマル。お前、これに見覚えねーか?」

 と言いつつ、ポケットから翠色の石を取り出すヴィータ。

 シャマルが作る魔法発動体は、その多くが彼女の魔力光と同じ翠色をしている。

 それ故に、ヴィータはこの石の出所が簡単に推理出来たのであった。


 「あら、浮遊石じゃない、ヴィータちゃんに渡していたかしら?」


 「いいや、あたしは渡されてねえ。こいつはな、フィーが持ってたもんだ」


 「えっ?」

 ヴィータの言葉を聞き、シャマルの表情が固まる。


 「どういうわけか、お前の研究室の近くの廊下でフィーはこれを拾ったんだと、それで、奇麗な石だからって握って振ったりしてたらフィーの身体は宙に浮いたらしい。そんで、クローゼットの上で座り込んでたよ」


 「あ、あははーー」


 「笑って誤魔化すなよおい」

 じとっとした目をシャマルに向けるヴィータ。

 ついでに言えば、ザフィーラも呆れたような目を向けている。


 「ヴィータちゃん、失敗って、誰にでもあると思うわ」


 「三日に一度の頻度な気がするのは、あたしだけか?」


 「罠よ、これは罠よ、きっとそう、シグナムの罠」


 「ラルカスの爺ちゃんや兄貴と旅に出てるシグナムが、どうやったら罠を張れんだよ」

 そして――――


 「シャマル?」

 つい先程まで湖の騎士にからかわれていた姫君から、素晴らしい声色の美しい旋律のような声が響く。


 「な、何か御用でありましょうか、姫様」

 自分の不利を悟らざるを得ないシャマルは、口調を敬語に戻す。だが、額からは冷や汗が流れている。


 「フィーについて、少し、話したいことがあるのだが、いいだろうか」


 「え、ええっと」

 フィーは、“調律の姫君”と呼ばれるフィオナがその技術の全てを注ぎ込んで作り上げた存在であり、彼女にとっては妹であり、娘のような存在だ。

 ただ、未だ幼子であり、その成長には様々に気を使う必要がある。ヴィータもその辺りはよく理解しており、忙しいフィオナやシャマルの代わりに、フィーが起きている間は可能な限り傍にいることにしている。

 ならば当然、幼子の手に浮遊石が渡るような真似をしでかした湖の騎士が、姫君の逆鱗に触れぬわけがなかった。


 「あー、あたし、そろそろ訓練の時間だから、この辺で失礼します。あ、ザフィーラも付き合ってくれるか?」


 「………」

 了承したと言わんばかりに立ちあがるザフィーラ、この辺りは阿吽の呼吸である。



 「ヴィータちゃん! ザフィーラ! 私を見捨てるの!」


 「ああ、構わない。私もしばらくシャマルと二人だけで話したかったから、ちょうどいい」

 シャマルと二人で、の部分が強調されていたのは、ヴィータの聞き違いではないだろう。


 「それじゃあ、あたしはこれで」


 「だが、そうだ、少しだけ待ってくれヴィータ」


 「え?」

 扉から出ていこうとするヴィータを呼びとめ、フィオナはデスクの中から鎖のついたペンダントに近いものを取り出す。


 「これは?」


 「グラーフアイゼンはローセスと共に旅に出てしまっているからな、お前の訓練用に作ったデバイスだ」

 鉄の伯爵グラーフアイゼンは攻撃力の面で難があった盾の騎士ローセスのために作られたデバイスであったが、適正はむしろ妹であるヴィータの方が高かった。

 ヴィータは小柄な体躯に似合わず、鉄鎚を用いた近接戦闘を得意としている。無論、剣術や槍術、弓術も一通り修めてはいるものの、やはり鉄鎚での打撃こそが彼女の最大の持ち味である。


 「アイゼンに、そっくりだ」


 「基本フレームはグラーフアイゼンそのままだ。ただ、ラケーテンフォルムやギガントフォルムへの変形機能や知能はないが、純粋なアームドデバイスとしての性能だけならば劣りはしないだろう」

 逆に言えば、こちらこそがベルカの標準的なデバイスである。

 グラーフアイゼンはアームドデバイスとしての攻撃力、耐久性を維持したまま、高度な知能と変形機構、優れた魔法補助能力をも兼ね備えており、これを上回るデバイスはベルカのいずこを探しても存在しない。

 唯一対等と言えるのはレヴァンティンやクラールヴィントであり、他の国が彼らと同等の性能を持つデバイスを製作できるようになるには、あと10年ほどはかかるだろう。

 そして、この三機もまた、“調律の姫君”が作り上げたものであった。


 「あと、カートリッジシステムも搭載してはいない。お前の身体ではカートリッジは負担が大きいと私も思う」


 「いざという時に無理が効くようじゃなきゃ、騎士のデバイスとは言えねえ。けど、あたしはまだ見習いだもんな」


 「騎士になる頃には、カートリッジを搭載しておこう。それに、グラーフアイゼンがローセスから譲られるかもしれないぞ」


 「だよな、やっぱしアイゼンは兄貴よりもあたしの方が合ってると思うんだ」


 「ふふふ、そこばかりは、本人の意見も聞いてみないといけないな」

 兄と恋仲にある女性に対して普通に接することが出来るほど、ヴィータはまだ大人ではない。

 ただ、そういった部分を除外するならば、フィオナという女性はヴィータにとって苦手ではなく、むしろ好きな部類に入ることも事実であった。

 彼女があと数年もすれば、その辺りにも折り合いをつけ、対等に話せるような時も来るだろう。

 そして――――


 【ザフィーラ、どうして扉を塞ぐの!!】


 ≪………≫

 フィオナとヴィータが話しているうちに、何とか死地よりの逃走を図ろうとしたシャマルは、蒼き賢狼によってその逃走経路を遮断されていた。

 ついでに言えば、この部屋の中では転移魔法などは行えず、外部から直接この部屋に転移出来ないようにもなっている。白の国に限らず、王族や貴族の部屋というものはそのような処置がされているものなのだ。

 つまり、空間を操る魔法を得意とする湖の騎士をもってしても、この部屋から逃走を可能とするのは出入り口である扉だけであり、そこには賢狼がこの道は通さんとばかりに立ちふさがっていた。なお、窓は明かりを取り入れるのが目的なので開かず、空調用の穴は他にあるが、そこは人間が通れる大きさではない。


 「訓練をするのはいいが、怪我だけはしないようにしてくれ、お前が傷ついてはローセスが悲しむし、私も悲しくなる」


 「………大丈夫だって、子供じゃないんだから……」


 「ふふふ、そうだったな」

 二人は、微笑みつつ言葉を交わし。


 「さて、シャマル、お前に話がある」


 「じゃあなシャマル、訓練、頑張ってくるわ」


 処刑台に上がる面持ちの湖の騎士に対し、共に笑顔を向けたのだった。



















ベルカ暦485年  エトナヴェットの月  白の国 ヴァルクリント城付近 草原



 「ふう、つっかれたあ」

 心地よい疲労感と共に、ヴィータは草原に大の字で横になる。

 彼女が行っていたのは実際の相手を想定したものではなく、より基礎的な武器を効率よく扱うための訓練である。

 どんな戦闘も、基礎が出来ていなければ話にならない。会心のタイミングを合わせても、武器を振るう腕力が伴わなければ何の意味もありはしないのだから。


 「シャマルは、まだ絞られてんのかな?」


 「………」

 傍らで訓練を見守りながら、彼女のフォルムが乱れた時にはそれを示し、注意を促していたザフィーラは、応じるように頷く。


 「となると、まだ戻らないほうがいいか………そうだ、久々に泉の方に行ってみねえか!」


 「………」

 ザフィーラは黙したまま腰を屈め、そのままの姿勢を続ける。


 「乗っていいのか?」


 「………」

 賢狼は、ただ無言。

 だが―――


 いくらお前でも訓練の後では疲れているだろう、私が運んでいこう。


 そんな意思が、ヴィータには不思議と感じ取れた。


 「ありがと、ザフィーラ」


 「………」

 気にするなと言わんばかりに頷きを返し、赤い髪の少女を背に乗せ、蒼き狼は駆けだす。


 「うぉー、やっぱはええええ!!」


 「………」

 8歳でありながら空戦が既に可能であるヴィータ、彼女の移動速度も相当ではあるが、ザフィーラが駆ける速度はそれをさらに上回る。


 「それ行け、ザフィーラ!」


 「………」


 そして、ザフィーラに跨り、興奮しながら掛け声をあげるその姿は、年相応の少女のものであり――――

 夜天の主に力を貸す賢狼は、彼女を背にのせながら、騎士という存在に想いを馳せる。

 このように無邪気に遊ぶ姿が似合う少女ですら、主君やその民のために己の命を懸ける心構えを持っている。

 そして、彼女の先を行く3人の騎士、烈火の将シグナム、湖の騎士シャマル、盾の騎士ローセスは言うに及ばず。

 特に、ローセスにとってはヴィータこそが守るべき対象であるはずだが、彼女が騎士としての訓練を続けることに反対はせず、悲しむこともなく、誇りに思っているようである。

 無論、ヴィータが戦場に臨むことや、負傷する危険がある場所に赴くことを望んでいるわけではないだろう。ザフィーラを彼女の傍に残し、見守っていて欲しいと頼んだことはその証とも言える。

 彼女が危険に晒されることは望むところではないが、彼女が危険を覚悟してなお騎士として戦うという意思は、尊きものであると認め、それを感情論で否定することもない。

 騎士の在り方は、人間らしくないようでありながら、人間にしか出来ないような生き様であるように、賢狼には思われるのだ。


 ≪騎士とは、かくも興味深い≫


 蒼き賢狼は、想いを馳せる。

 自分が、彼らと共に歩むことを決めたのは一体なぜか。それは、彼自身にも分からない。

 しかし、ただ孤高の賢狼として生きるよりも、尊きものがそこにはあるのではないか。

 そのように考えたからこそ、彼は夜天の騎士達と共に在る。

 それが、どのような結末をもたらすかは、まだ分からない。

 だが―――


 ≪今は、この若き騎士見習いを見守ろう。それが、我が友、ローセスとの誓約だ≫


 賢狼は、決して誓約を違えない。

 言葉に出して誓うことなど、生涯で三度しかないと伝えられる彼ら。

 この誓約は直接口にして誓ったものではないが、それでも、ザフィーラにとっては決して違えてはならないものである。

 そして、さして遠くないうちに、言葉を以て成す誓約、すなわち“誓言”を夜天の騎士達のために立てる時が来るのではないかと。



 「駆けろっ! 行けえぇーー!」


 「………」



 蒼き賢狼は、静かに予感していた。






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あとがき

タイトルはまだ仮題です。しっくり来るのがあれば変えるかもしれません。今のも結構気に入ってますが。
この過去編ではオリキャラが何人か登場しますが、受け入れてもらえればうれしいです。
無印の感想返しは、そっちにほうに書いてます。アナザーエンドはちょっと手こずってるので気長にお持ちください


ちなみに、この白の国のモデルになったゲームがあったりします。世界観もけっこう借りてます。分かる方はいらっしゃるかな?

あと、賢狼ザフィーラも、ヒントは欲望。




[26842] 夜天の物語 第一章 中編 旅の騎士達
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/05/08 16:16
第一章  中編  旅の騎士達




ベルカ暦485年  エトナヴェットの月  ミドルトン王国領  イアール湖




 心が引きこまれるかと思われるほど透き通った水を湛える湖、イアール湖。

 ベルカの地に点在する王国の一つ、ミドルトン王国の中でも屈指の美しさを誇るその湖畔に、一人の騎士が佇んでいる。

 無骨と耽美、本来相反するはずのその二つを兼ねた騎士甲冑を纏い、桃色と赤紫色の中間と言える長い髪を後ろで束ね、鞘に収まった剣型デバイスを携える凛々しい風貌の女性。

 夜天の守護騎士の将であり、“剣の騎士”との誉れ高き、白の国の近衛隊長。

 彼女は、ただ静かに湖面を見据え、鞘に収まったままの相棒に語りかける。


 「来る」
 『Ja』

 交わす言葉は短く、しかし、それ以上の言葉は不要。

 炎の魔剣レヴァンティンは、烈火の将が魂。

 こと、戦いの場において、この二人が意思の疎通に余分な言葉など必要とするはずもない。

 そして、二人の言葉に応じるかのように、湖の水面が盛り上がり、巨大な生物が姿を現す。


 「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 ベルゲルミルと呼ばれるその生物は、竜と同等の体躯と強大な力を持ち、主にイアール湖を中心としたミドルトン地方の湖に生息していることは知られているが、それ以上のことはほとんど謎に包まれている。

 その鱗は頑強であり、牙や爪も人間など容易く引き裂く力を秘めており、肉食でもあるため人間が出会えば危険極まりない生物であることは間違いない。


 「往くぞ、レヴァンティン!!」
 『Jawohl!』

 だがしかし、それは彼女らが普通の人間であればの話。

 ベルカの騎士は戦いにおいて一騎当千。無論、全ての騎士がそこまでの技量を備えているわけではないが、ベルゲルミルという巨大生物と対峙している騎士は、まさしくその言葉を体現した存在であった。


 「紫電――――」


 そして、人間よりも遙かに巨大な体躯と力を備えた相手に対し、様子見を行う愚を犯すような者に、夜天の騎士を名乗る資格はない。

 みまうべきは強烈無比なる一撃であり、小手先の技で敵の力を図ろうとするなど愚の骨頂。

 技術とはあくまで騎士と騎士が戦う際にこそ用いるべきものであり、人間との戦いでこそ意味を成す。魔獣や幻獣を相手にする際に知恵を絞るのは魔術師の役目、騎士の役割とはすなわち。


 「一閃!!」
 『Explosion!』

 強大な力を誇るその存在に真っ向から立ち向かい、鎧を持たない魔術師達の盾となると同時に、剣となること。

 ただ、烈火の将と炎の魔剣の場合はいささか異なり――――


 「■■■■■■■■■■■■■■■■………」


 魔術師の智略と補助を必要とすることなく、一対一で打ち破ることが可能、いや、容易であるという点で、怪物退治のセオリーとはかけ離れた存在であった。

 紫電一閃を正面から叩き込まれたベルゲルミルは、僅かに唸り声を上げた後、湖畔の浅い水に倒れ込む。


 「存外、楽に片付いたな」
 『Ja』


 「では、本来の仕事を行うとしよう
 『Nachladen.(装填)』
 
 だがしかし、それもある意味で当然である。

 この二人の目的はそもそも怪物退治ではないのだから、セオリーからかけ離れるのも実に自然な成り行きであった。


 「“鏡の籠手”よ、起動せよ」

 剣の騎士が取り出し右手に填めた道具は、籠手という名こそ付けられているものの、実質は手袋と呼ぶべき薄さである。

 翠色の布で作られたそれは、魔力が注がれると共に湖の騎士と同じ色の魔力光を放ち、込められた術式を開放していく。


 「リンカーコア、摘出」

 彼女の紫電一閃(当然、殺さないように手加減をしている)によって目を回しているベルゲルミルに近寄り、直接鱗に触れると同時に、輝きが一段と強まる。

 そして、人の掌の上に容易に収まるほどの大きさの光を放つ物質、すなわち、リンカーコアが導き出されるように姿を現す。


 「すまんが、少々我慢してくれ、痛みはないはずだ」

 そちらよりも紫電一閃の方が余程痛いはずだが、まあそれはそれとして、彼女は所持していた本を開く。

 その表紙には、魔術師達が己の秘儀を伝える際に使用する古代ベルカ文字において、“魔法生物大全”と書かれていた。

 
 「蒐集、開始」


 そして、彼女の言葉と共に起こった現象は、ベルカの地においても秘蹟と称されうる最上級の魔道の業。

 “鏡の籠手”によって導き出されたリンカーコアの一部が、光の粒となりつつ本に注がれていくと同時に、本のページが独りでに埋まっていく。

 そこには、ベルゲルミルという生物の生態が事細かに書きこまれ、数十年観察を続けることでようやく得られるが如き成果が、凝縮されていた。


 「よし、完了だ。すまなかったな、シャマルならば傷つけることなく速やかに成せるのだろうが、私はあいにく不器用でな」

 労うような言葉をかけつつ、女性騎士は懐から翠色の石を取り出し魔力を込め、治療魔法の術式を展開する。

 こちらも、彼女の同僚である湖の騎士シャマルが製作した魔法石であり、自身では治療系の魔法が使えない彼女は実に重宝していた。

 淡い翠色の光がベルゲルミルを包み込み、手加減はしたものの付いてしまった傷を癒していく。



 そこに―――



 「いやあ、驚きました。流石は白の国が誇る烈火の将シグナム、見事な手際ですねえ」

 後方で控えていた線の細い男性が、声をかける。


 「賞賛の言葉、有り難く受け取ろう。だが、諸国の近衛の長達に比べれば若輩の身ではあるが、白の国の近衛隊長を任されている立場にいる以上、この程度のことが成せぬようでは話にならん」


 「いやいや、この程度と申されましても、ベルゲルミルを一撃で昏倒させることが出来る騎士など、ベルカの地全体を見渡してもどれほどいることやら」


 「そうかな、これを成せる騎士という存在は案外多いものだぞ、世界は広い。お前も機会があればベルカの地を巡ってみるといい、今よりもさらに視野が広がるだろう」


 「はあ、実際に放浪の賢者と共に諸国を巡られている貴女の言葉では、反論することは出来ませんけど」

 苦笑いを浮かべつつ、年齢19歳程と見受けられる男性は、今も横たわるベルゲルミルを見上げる。


 「しかし、本当に驚きましたよ。今まで何度も力自慢の騎士の方々をここに案内してきたものですけど、これほど容易くベルゲルミルを制し、かつ、ほとんど傷つけずに目的を達成なさるとは」

 彼はイアール湖の畔にある大きな街、パヴィスに住む調律師であると同時に猟師でもある。

 彼の家は代々イアール湖周辺の案内役を務めており、彼もまた、4年前よりベルゲルミルを打倒することで誉れとせんとする騎士達を幾人も案内してきた。

 だがしかし、その大半は返り討ちにあい、ごく稀に打倒することに成功する騎士もいたが、彼女のように最初の一撃で昏倒させ、さらに打倒することが目的ではなかった者は彼が案内してきた中にはいなかった。


 「半分は私の仕事ではない。これを作ったのは私の同僚であり、こちらは、我等が大師父の作品だ」


 「貴女と同じ夜天の騎士の一人、湖の騎士シャマルの作品である“鏡の籠手”に、彼の放浪の賢者ラルカスが作りし”夜天の魔道書”か、いや凄いなあ」

 若者の言葉に、シグナムは首を横に振る。


 「いいや、これは夜天の魔道書本体ではない。“魔法生物大全”という銘がついているが、実際は情報をまとめ、夜天の魔道書へ引き渡すための子機のようなものだ」


 「ああなるほど、一旦はそちらに保存され、しかる後に大元である夜天の魔道書に記録される。というわけですか」


 「ああ、夜天の魔道書のキャパシティは膨大だ。ベルカの地に生きる全ての魔法生物を記録したとしても、まだページは残るだろう」

 ベルカにおいては、リンカーコアを持つ生き物は魔法生物、もしくは魔獣などと呼ばれる。

 その中でも特に知能が高く、人間と同等かそれ以上の者らは幻獣と称され、真竜などが最たる例とされる。

 それらの記録を悉く蒐集してなお、ページを残すと言われる夜天の魔道書。その容量はデバイスの常識を超えるものであった。


 「ははは、流石は放浪の賢者の最高傑作と呼ばれし魔道書。僕なんかではその一部すら理解できそうにないなあ」


 「そう卑下することもないだろう。お前の調律師としての名も、かなり知れ渡っているぞ、クレス」

 シグナムにクレスと呼ばれた青年。

 彼もまた、10歳から15歳までを白の国で過ごし、調律師としての技術を学んだ者であり、騎士と調律師では立場がやや異なるが、シグナムの後輩に当たる存在であった。

 彼もまたリンカーコアを有しており、騎士見習いの集まりである“若木”の一員なることも不可能ではなかったが、性格がそれほど戦いに向いていなかったことや、何より、彼の才能は騎士よりも調律師や魔術師としての方面に偏っていたこともあり、“若木”とはならなかった。

 彼のように、他国から白の国に技術を学ぶために訪れる者は多い。そして、彼らがそれぞれの母国の技術を高め、それがまた白の国へと集まっていく。

 そして、彼らはそれぞれの国で騎士や調律師として名を馳せ、歴史や地理にも精通していることが多いため、夜天の騎士達の旅とは、白の国の門徒達を巡る旅であるといえた。


 「ありがとうごさいます、騎士シグナム。シャマルさんやザフィーラとも、出来れば再会したかったところですけど」


 「その二人は来ていないが、ローセスは来ているぞ、お前とは特に親しかったな」


 「みたいですね、あいつも、今では白の国の正騎士にして、夜天の守護騎士の一人なんだよなあ」

 感慨深いような、羨むような、やや微妙な表情を浮かべるクレス。


 「ライバルに置いて行かれるような心境、といったところか」


 「貴女には敵わないなあ。まあ、そんなとこです、騎士シグナム」


 「私にも似たような経験はあってな、私の同年代には同格の騎士がいなかった。先輩には幾人かいたが、彼らも私が正騎士となる前に白の国を離れていた」

 剣の騎士にして、夜天の騎士の烈火の将シグナム。

 彼女が“若木”であった頃、彼女に敵う男はおらず、無論のこと、女はさらにいなかった。

 彼女が述べたように、年上には幾人か彼女と同等の者もいたが、白の国の“若木”は大半が他国より訪れている者達であるため、長くとも7年ほどで故国へ戻るのが常であった。


 そして、白の国で生まれ育った者達の中では、シャマルが唯一彼女と対等と言えたが、その専門は大きく異なる。騎士として最前線で戦うことがシグナムの役割であり、シャマルの役割は後方支援。

 ちょうどローセスとクレスの関係と重なる。

 求められる技術が全く異なる故に、競い合う仲とはなりえない。互いに意識し合い、負けてはいられないという想いはあったが、やはり武の腕を競える相手がいなかったことは、彼女にとって唯一残念といえる事柄であった。


 「確かに、僕は恵まれていますね。力無き者にはそれ故の苦悩があり、力有りし者にもそれ故の苦悩あり、でしたっけ?」


 「我等が大師父の言葉はいつも真理を的確に表すな」


 「確かに、まあ、そのような人智を超えた品物を作り上げることが出来る人ですから」

 クレスが指す“人智を超えた品”とは、無論、“魔法生物大全”とその上位に君臨する夜天の魔道書である。


 「リンカーコアの一部を蒐集して、その生態を余すことなく写し取る。確かに、僕達生物の細胞にはそれぞれの設計図と呼べるものがあり、リンカーコアには特に情報体として解読しやすい形で保存されているとはいいますが、リンカーコアの欠片からそれを読み取るのはほとんど不可能に近いと思いますよ」


 「心臓に例えるならば、心臓だけを抜き出して、僅かに血液を採取するだけでその生物の特徴を全て書き出すようなものか。確かに、改めて考えれば、空恐ろしさすら感じる」

 クレスの言葉に、シグナムもまた表情を改めて考え込む。


 「それに、“鏡の籠手”も普通ではあり得ない品ですよ。シャマルさんは道具を用いることもなく、やってのけてしまいますけど」


 「私も時々恐ろしく感じるほどだ。もし私が敵対する立場にいるならば、シャマルは真っ先に潰すだろう」


 「ですが、貴方が剣、彼女が癒し手ならば、もう一人、強力な盾がいますからそれも厳しいでしょうね」

 夜天の守護騎士は二人ではなく、三人。

 最も防戦を得意とする盾の騎士がいるからこそ、烈火の将は前線で心おきなく戦うことができ、湖の騎士は補助に専念することが可能となる。


 「ふっ、本当にローセスのことをよく見ているな、お前は」


 「茶化さないでください、それに、ローセスと言えば、あの子はもう何歳になりますかね?」


 「ヴィータか、今年で8歳になるはずだ」


 「8歳ですか、早いものだなあ」

 クレスという青年は現在19歳であり、彼が白の国に滞在していたのは15歳までであるため、彼が知るヴィータは4歳の幼子であった。

 そして、ヴィータの兄である盾の騎士ローセスは彼と同じ19歳。クレスも幾度となくヴィータの遊び相手を務めた覚えがある。


 「ちょうど、私と同年代の友人の娘も同い年でな、たびたび子供の話を聞かされるので自然と覚えてしまった」


 「そうでした、騎士シグナムはもう26歳でしたっけ。ということは、その人は18歳で産んだわけですか、まあ、平均的でしょうけど」


 「ほほう、女性に対して年齢を直接言うとは、いい度胸だ」


 「あっ、いえ、これはその、言葉のあやというやつで………」

 自分の失言を悟り、慌てて修正を試みるクレス。


 「冗談だ、ただ、仮に会えたとしてもシャマルの前では言うな、あれの前で歳の話は禁句だ」


 「ああー、行かず後家を気にしてたんですね、シャマルさん。貴女の一つ下のはずだから、もう25歳、適齢期はけっこう過ぎてますねえ」

 ベルカにおいては、女性は子供を産めるようになれば成人と見なされ、平均寿命もそれほど長いわけではないため、結婚する年齢も自然と低くなる。

 15~18歳程が一般的であり、20歳になればやや遅め、25を超えれば危険水域に入り、30を過ぎればほぼ絶望的である。

 湖の騎士シャマル、御年25歳。騎士として白の国に仕えることを本懐としてはいるものの、それはそれとして、女を捨てているわけではないので、内心に焦りを抱えてもいた。

 御年17歳であり、恋愛真っ最中のフィオナ姫をシャマルがよくからかうのは、自己の精神を保つための儀式の要素を含んでいるのかもしれない。



 「器量は申し分ないはずなのだが、なぜか男が寄ってこないというのも不思議な話だ」


 「あー、それは、男心も女心に劣らず複雑、という奴だと思いますよ」

 クレス自身、12~13歳の頃は6歳年上であり、見目麗しいと同時に性格も穏やかで、誰にでも優しく、かつ明るく接するシャマルに憧れの感情を抱いていたこともある。(シグナムの場合は憧れというよりも崇拝に近かった)

 だが、遠目にはシャマルという女性は“何でも出来る完璧な才女”ように見えるため、男の方が劣等感を感じてしまい、敬遠してしまうのである。

 彼女のことを深く知れば、“完璧な才女”どころか、“うっかりお姉さん”であることも分かってくるのだが、シャマルはよほど親しい人物の前以外では滅多に敬語を崩さず、冷静な参謀としての面も備えるため、それに気付くことは困難であった。

 クレスもまた、ローセスを通してシャマルという女性のうっかり属性を知るに至ったくらいである。

 ただ、その大きな理由として、湖の騎士シャマルとほぼ同年齢で、同じく遠目には“騎士の具現”と言える剣の騎士シグナムが、ほぼ見た目通りの存在であることが挙げられる。

 シグナムが見た目通りの内面であるため、シャマルもまた見た目通りの内面であるのだろうという先入観が働いてしまうのであり、彼女ら二人が共に優れた能力を持つ、同年代の同格の騎士であることがそれに拍車をかける。


 「情けないな。本気で惚れたのならば、劣等感など感じている暇を自己の鍛練に向け、シャマルを妻とするのに相応しい男になればいいだけだろうに」


 「はははは………貴女が男性だったら、きっとそうしていたような気がしますけど」

 口に出しつつ、ひょっとしたら本当にそうなっていたかもと思うクレスであり。


 「ふむ、私が男であったら、か………………確かに、シャマルを妻に迎えていたかもしれん」

 それを恥ずかしがることもなく、堂々と言い放つからこそ、彼女はシグナムであった。



 「ところで、ベルゲルミルの調査は終わったわけですが、戻られますか?」


 「いや、ローセスが近場でスクリミルの調査を終えたところで、こちらに合流するらしい。それまではここで待つ方がいいだろう」


 「念話が、この距離で届くんですか?」


 「ああ、私達は念話を補助するためのデバイスを所有しているからな、夜天の騎士は戦場において連絡を常に取り合うことが出来る」


 「流石は調律の姫君、相変わらず凄い腕前だ」

 彼もまたそれなりに名の通った調律師ではあるが、白の国の“調律の姫君”には遠く及ばないことは自覚している。

 最も、いつかは彼女に及ぶほどの調律師になってみせるという野心をクレスは持っている。逆に言えば、向上心を持たぬ者は白の国から印可状を授かることは出来はしない。

 彼は弛まぬ向上心とともに白の国で修錬を重ね、15歳の時に放浪の賢者より薫陶を受け、独立して調律師を名乗る資格を得たのだから。


 「我等の主にして我等の誇りだ。本当に、夜天の騎士は主君に恵まれている」

 そして、ちょうど同じ頃、はるか遠方の故郷において、湖の騎士が全く同じ事柄に想いを馳せていることを、剣の騎士は知るはずもない。

 ただそれが、夜天の騎士全員が心に刻む共通の想いであった、それだけの話である。


 「それで騎士シグナム、待つのは構いませんけど、ローセスが来るまでどうしてましょうか?」


 「そうだな、この辺りの魔法生物はベルゲルミルと今ローセスが調査しているスクリミルで最後だ。特にやることがあるわけではないな」

 夜天の騎士の旅の目的は主に3つ。

 1つ目は、白の国の騎士として諸国を巡り、大使、もしくは外交官に近い働きをすること。

 時には白の国の城主自身が赴くこともあるが、王は病床にあり、姫君も遠出が出来るほど身体が丈夫ではないため、正式な立場ではないが“調律の姫君”の実質的な後見人であるラルカスと、その護衛として白の国の近衛隊長のシグナムと盾の騎士ローセスが諸国を巡っている。

 2つ目は、夜天の魔道書の主にして放浪の賢者と呼ばれる大魔導師ラルカスと共に、後の世に残すべき技術、または魔法に関する知識を集めること。

 魔法生物の生態をリンカーコアの蒐集によって調べることも、この目的の一環と言えた。

 そして、3つ目が、ベルカの地に広まりつつある不穏な影について調査すること。これについては、放浪の賢者ラルカスの固有能力が大きく関係している。

 彼女らは諸国漫遊ではなく、確固たる目的をもって旅しており、このように特にやることがなくなることは稀といえる。


 「そうですか、じゃあ僕は、もう一つの生業をすることにしますよ」

 と言いつつ、クレスは肩にかけていた弓を手に持つ。

 彼は騎士ではないものの、リンカーコアは持ち合わせており、デバイスを扱うことが出来る。そして、彼の弓は彼自身が作り上げたデバイスであると同時に、免許皆伝の証でもあり、その銘をフェイルノートという。

 変形機能などは優さないものの、騎士の武装に劣らぬほど頑丈に作られており、製作から4年の月日を経て、使いこまれていることが伺える程の年季を漂わせている。


 「ほう、弓を持つ姿も、より様になったな」


 「貴女の指導のおかげです」

 クレスが白の国にいた時分、弓の使い方を実践を交えて教えたのはシグナムである。

 何しろ、シグナムの相棒であるレヴァンティンが最強の一撃、シュトゥルムファルケンは、ボーゲンフォルムより放たれるのであり、白の国で弓を使わせれば、彼女の右に出る者はいない。

 ベルカにおいて、リンカーコアを有する者は大きく“理論者”と“実践者”に分かれる。前者は主に放浪の賢者ラルカスのような魔術師、後者は騎士だが、クレスのように調律師も“理論者”に区別されることもある。ただ、リンカーコアがなくとも調律師になることは出来るため、調律師=理論者という図式は成り立たない。

 逆に、湖の騎士シャマルは魔法の力を込めた道具を作ることを得意としており、“理論者”と呼べるほどの知識と技術を保有しているが、彼女はあくまで騎士であり、その本質は“実践者”であった。

 そして、クレスは騎士ではないが、弓の師がシグナムであった以上その腕前は確かであり、魔法も白の国の騎士として最低限のレベルならば使うことが出来る。(未来の基準ならば空戦Aランク相当)


 「では私は―――――せっかくイアール湖の湖畔に来ているだから、ここでしか出来ないことをするとしよう。鍛錬ならば如何なる時でも出来る」


 「はあ…………って、うぇえええ!!」


 言葉と同時に躊躇なく騎士甲冑を解除し、服を脱ぎ始めたシグナム。19歳にして健全な男であるクレスが動揺するのも無理はなかった。



 「どうした?」


 「どうしたもこうしたもありませんよ! いきなり何やってるんですか!」


 「別に下着まで脱ぐわけではない。これでも恥じらいというものを持ちあわせるべく努力している身だ」


 「いや、それって努力することじゃないような………」

 咄嗟にツッコミが出るのを抑えられないクレスである。

 そして、そうこうしている間にも、さっさと下着姿になってしまうシグナム。その豊満な胸が凄まじいまでに自己主張している。


 「え、えと、僕は狩りに出かけてきますので」

  彼女に何を言っても無駄であることは明白ことを悟ったクレスは、とりあえずこの場から離れることとする。


 「注意するのも今更だが、決して森を侮るな。熟練の猟師といえど、思わぬ落とし穴に嵌ることもある」


 「あ、は、はい!」

 そして、弓の師であり、狩りの師でもある剣の騎士の言葉には、反射的に姿勢を正して答えてしまうのも、彼が白の国において印可を受けし者である証であった。












 「ふう………いい気持だ」


 クレスが逃げるように森に消えてからしばらく、シグナムは久々に心地よい解放感に浸っていた。

 彼女自身、入浴は好きな部類であり、身だしなみも普段からかなり整えている。女性としての恥じらいなどはどこかに置き忘れたようでありながら、女性としての自己管理は徹底していたりする。

 寝る前には香り草につけた水で身体を拭き、汗の臭いなどがベッドに染み込まないようにしたりと、湖の騎士に劣らぬほど清潔であることを旨としているが、その辺りの気配りが恥じらい方面に発揮されることはなかった。

 ただ、シグナム自身にとっては首尾一貫しているのである。

 騎士とは、ただ戦場で戦うだけではなく、礼節というものも重要な要素である。特に王族や貴族の傍にあり、その身を守るならば礼儀作法に精通することも騎士として身につけねばならない事柄なのだ。

 実力の面では既に並の騎士に匹敵するどころか凌駕しつつあるヴィータも、そういった方面においてはまだまだ“騎士見習い”であり、正騎士であるシグナムやシャマル、ローセスには遠く及ばない。

 それ故、シグナムは礼節の他にも、服装などにも気を使う。戦闘の際や森に潜る時などは実用性のみを重視するが、白の国の近衛隊長という肩書を持つ以上、街で歩く際にみずぼらしい格好をするわけにもいかない。

 無論、必要以上に飾り立てるのは醜悪極まりないが、質素の中にも相手が不快に感じないような配慮というものは不可欠なのである。

 彼女の入浴好きも、そうした周囲への配慮が高じてのものといえる。やはり彼女とて女性であり、身体を清潔に保つことに手間を感じることはあっても、嫌いなわけはなかった。


 「む、到着したか」

 だが、水浴びをし、心地よい解放感に包まれながらも、彼女の意識の一部は常に周囲に振り分けられる、これもまた、シグナムが近衛騎士である故の特性と言える。

 王族の傍に侍る騎士は、いかなる時も、周囲への警戒を怠らない。どのような状況においても、主を守り抜くことが近衛騎士の使命であるために。


 「クレスは――――念話が届かんほど遠くへ行ってしまったか、どうやら入れ違いになってしまったらしいが、まあ仕方あるまい」

 立ちあがりつつ、クレスの気配を探るが、近くにはいない。

 湖の騎士シャマルと風のリングクラールヴィントならば、容易に探査可能であるが、あいにくとシグナムとレヴァンティンは戦闘こそが本領であり、探査を得意とはしていない。

 クレスもまた本業が調律師である以上、魔法に特化しているわけではない。ベルカの地ではシャマルやラルカスのような存在の方が稀なのである。

 探査を諦め、シグナムが視線を上げた先には、高速でこちらへ飛来する一人の騎士の姿がある。

 そして、その手には鉄の伯爵、グラーフアイゼンが握られている。グラーフアイゼンは優れた魔法補助能力を備えているため、飛行魔法を用いる際には起動させた方が燃費は良くなる。

 特に、ローセスは魔力量が豊富なタイプではなく、純粋な魔力量ならばヴィータの方が上をいくため、グラーフアイゼンの補助は彼にとって重宝するものであった。


 「早かったな、もう少しかかるかと思ったが」


 「貴女が担当されたベルゲルミルに比べれば、スクリミルは容易い相手でした。わたしとて、夜天の守護騎士の一人ですから」

 彼女が振り返ると、そこには妹と同じ燃えるような赤い髪を持ち、185センチを超える堂々とした体躯でありながらも、同時に豹のごときしなやかさを兼ね備えた男性が立っていた。顔立ちも整っているため、シグナムやシャマルと並び立てばかなり絵になるのは、白の国の誰もが知るところである。

 彼こそ、白の国の“調律の姫君”を守る近衛騎士の一人にして、夜天の守護騎士の一角である、盾の騎士ローセス。

 放浪の賢者の護衛として旅に同行する、19歳の若さながら既に幾度もの死線を越えてきた歴戦の騎士であった。


 「それよりもシグナム、いくら人目がないとはいえ、そのような格好はあまり褒められたものではないかと」


 「問題ない、仮に誰か来たところで、アレを見れば自然と避けていくさ」

 アレ、とは無論、未だに横たわっているベルゲルミルである。

 確かに、ここに第三者が来たところで、その姿を見つければただちに踵を返すことだろう。真竜とまではいかないものの大型の魔獣に自分から近寄ろうと思う者など、ほぼ皆無である。

 というか、それが倒れ込んでいる湖で水浴びをするシグナムの方があり得ない。ただしかし、“魔法生物大全”に書き込まれたページより、ベルゲルミルの体表には毒の成分はなく、むしろ虫などを遠ざける香りを放つタイプの植物に近い成分があることが確認されている。

 ルアール湖が有数の透明度を誇るのは、そのような成分を体表に持つ生物が多様に生息しているからではないか、と剣の騎士は予想している。その知識を自身の水浴びのために使うのは、ちょっとした役得のようなものか。


 「ですが、中には例外もいます。ベルゲルミルを倒すことを目的とした騎士ならば、逆に近づいてくるでしょう」


 「それならば歓迎するところだ。最近は魔法生物の相手ばかりで、他国の騎士と試合を行うことも少なかったから、ちょうどいい」


 「はあ……」

 最早何を言っても無駄であると悟り、溜息をつくローセス。


 「まったく、お前は相変わらず固いな。クレスを少しは見習ってはどうだ?」


 「あいつは軽いだけですよ、わたしには真似できません。ですが、そこが良いところでもありますが」


 「ふふふ、実直なお前と、飄々としているクレス。お前達の指導をしている時は、小さくなった自分とシャマルを見ているような気分になったものだがな」

 シャマルは飄々という態度とは少し異なるが、シグナムに比べれば軽い調子なのは間違いない。

 騎士となるための訓練を積んでいたローセスと、調律師になるために技能を磨いたクレス。

 異なる技術であるため、直接的に比較することは出来ないが、それでも互いに負けぬよう意識し合う間柄であったのは間違いなかった。それはまさに、在りし日のシグナムとシャマルのように。


 「ですが、わたしは貴女ほど飛び抜けた存在ではありませんでした。貴女は10歳にして騎士となりましたが、わたしは“若木”の中では下から数えた方が早かったですし、騎士となったのも15の時です」


 「それは確かに事実ではある。お前が10歳程度の頃ならば、お前よりも強い者はいくらでもいた」


 「ええ、ですから」


 「だがローセス、10歳の時にお前よりも強かった者らのうち、15歳の時に、お前よりも強かった者はいるか?」


 「……………」


 「そして、今のお前に敵う騎士は、どれほどいる?」


 「今、目の前にいますが」


 「私は除外しろ、お前の指導を行った師であり、将でもあるのだ。お前よりも弱くては話にならん」


 「ですが、俺にとっては貴女こそが目指すべき目標であり、それは今も変わりません、シグナム」

 どこまでも真摯に見据え、誓うように語るローセス。

 傍目には、下着姿の美しい女性を凝視していることになるが、幸か不幸かこの場にそれを指摘する人物はいなかった。


 <“俺”、か。ローセスが自分を“わたし”と呼ぶようになったのは騎士となってからだが、やはり性根というものはそう簡単には変わらんものか>

 “若木”であった頃は“俺”という一人称を使っていたローセスの姿を思い出し、笑みを浮かべるシグナム。

 どこまでも愚直に、真っ直ぐに、目標へ突き進む姿こそ、盾の騎士ローセスの特徴である。

 だが、一般に情熱的と呼ばれる性格とはまた微妙に異なる。熱さは内に秘めているものの、それが表に出ることはなく、静かに滾ると表現すべきか。

 盾の騎士の渾名が示すように、彼が攻勢よりも守勢を得意とするのも、そういった精神傾向の表れであるのだろう。


 「私を目指す、か。それは別に構わんが、あまりフィオナ姫の前では口にしない方がいいぞ」


 「ええ、気を付けるとします。これはあくまで、自分の心に対しての誓いですから、主君を守ることとは切り離すべきであること、肝に銘じましょう」


 「それだけでもないが、まあ、今はそれだけでいい」

 ローセスにとって、フィオナ姫が主君としてだけでなく、一人の女性としても特別な存在であることは、シグナムもシャマルもヴィータも存じている。

 ただ、妹であるヴィータですらフィオナ姫を不憫に思うほど、直接的な愛情表現がローセスから行われることはなかった。

 しかし、彼がフィオナ姫のことを大切に思っていることは対照的に良く伝わっている。それが、騎士としてのものか男としてのものかが判別しがたいだけで。

 シャマルにはその辺が歯がゆく感じるものの、シグナムにはまた別の考えがある。


 <別に、騎士としての想いと、男としての想いを切り離す必要もないのだろう。むしろ、盾の騎士ローセスにとって、騎士としての在り方が自分と切り離せないものである以上、そちらが自然と言えるか>

 それは、賢狼ザフィーラが考える事柄とほぼ等しい内容でもあった。

 兄として、妹を危険に晒したくはないと思う心。

 騎士として、妹が騎士となることを誇りに思う心。

 それらは決して両立しない事柄のようでありながら、騎士という存在はそれを併せ持っている。

 人としてはやや外れた在り方でありながら、人々から尊いとされるその生き様。

 それを、蒼き賢狼は“興味深い”と称している。


 ならば―――


 <男としてフィオナという女性を愛する心と、騎士として主君であるフィオナ姫を守ろうとする心、それが両立しない道理はない>


 烈火の将シグナムは、そう考える。

 シャマルにとってフィオナが弟子であり、妹のような存在であるように、シグナムにとってもローセスは弟子であり、弟のような存在であった。

 もし、二人の行く道において、姫と騎士という立場が立ちはだかるならば。

 二人の結ばれることを認めず、彼女を権力にて奪おうとする者が現れたならば。


 <我が剣にて、切り払ってくれよう。烈火の将の弟と、湖の騎士の妹、その二人の道に立ちはだかったことを、後悔させてくれる>


 シグナムは、そう心に決めていた。


 「ん? ああ、もう着いた。―――――分かった」


 「クレスか?」


 「ええ、あいつの念話が届く距離まで来ているようです」


 「そうか、ならばそろそろ引き上げ時だな」

 シグナムは水から上がり、その炎熱変換の特性を持つ魔力を身体の周りに展開する。

 流石に、完全に濡れた服を即座に乾かすことは難しいが、下着程度ならば十数秒で乾く。炎熱変換という特性は案外便利なものであった。

 そして、乾くと同時に近くの木にかけてあった服を流れるような動作で纏い、その上に騎士甲冑を具現させる。

 所要時間、わずかに40秒。


 「着替えすら、一つ一つの動作を無駄ないものとすれば、そこまで洗練させることが出来るのですね」


 「まあな、お前も修練を積めば出来るようになるさ」


 「努力します」

 もし、クレスがこの場についていれば、女性の着替えをじっと見つめていたローセスや、その視線を受けながら気にすることなく、いやむしろ、弟子に体捌きを教えるように洗練された動作を見せたシグナムにツッコミを入れていただろう。

 だが、この二人はこれが自然体なのであった。普通の人間を基準とするならばやや歪んだ在り方かもしれないが、それ故に騎士としては在るべき姿ともいえる。

 騎士が目指すべき在り方も、時代が変わり、国が変わり、人々の心が変われば不変のものであり得ない。

 だからこそ、ベルカの騎士は常に自問する。


 騎士とは、何か?


 誇りとは、何か?


 我等の刃は、誰がために?


 男が女を愛することも、女が男を愛することも、人の営みから決して切り離せぬ事柄ならば、人の世を守るべく存在する騎士の在り方とも切り離せるわけがない。

 故にこそ、烈火の将シグナムは若き二人の想いが成就することを願い、それを阻む者をレヴァンティンにて切り払うことを誓っている。


 だが、彼女は未だに知りえない。

 若き二人はおろか、白の国そのものを覆い尽くそうと蠢く黒き影を。

 彼女が考えるよりも遙かに深く、強大な闇がベルカの地に浸透しつつあり、二人を阻むものとはその闇に他ならないことを。

 その兆候は既に現れつつあり、それを調べることも夜天の騎士の旅の理由の一つである。

 しかし、闇は深く広がり、表面に出ているのは一部の影に過ぎない。

 白の国を守護する夜天の騎士と、飲み込まんとする深き闇。

 両者がぶつかる時は、近いか、それとも遠いか。

 その答えを知る者は、未来を見通すと謳われる放浪の賢者か



 あるいは――――――



====================

シャマルとシグナムの年齢ですが、この話では同期で、誕生日がシグナムのほうが早いという設定です、ご了承ください。

作中に出てくる地名や固有名詞は、なんとなく雰囲気で流してくれると助かります。繰り返しでてくる言葉はけっこうな頻度で使うので、自然と定着するかなーと希望してます。

ちなみに、今のところは
調律師=デバイスマイスター
魔術師=バリアジャケットが無いミッド式の使い手、研究肌のひとたち
でしょうか

あと、オリキャラのクレスはアルベイン流の剣士とは関係ありません。さすがに5人だけでは話が回らないので、過去編はけっこうオリキャラが登場すると思います。





[26842] 夜天の物語 第一章 後編 帰還
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/05/08 16:17
第一章  後編   帰還




ベルカ暦485年  クヴァルイースの月  白の国  風の門



 白の国は緑豊かな緑森山脈の南端に存在する盆地にあり、他国と通じる大きな道はおおよそ一つに限られる。

 川は幾筋か流れ込んでおり、盆地の内部には湖も存在するが、陸路に限れば陸の孤島とは言わぬまでもかなり外界から隔絶された場所である。


 「っていう認識だけどさ、飛べばどっからでも来れるよな」


 「まあ、それを言っちゃったら身も蓋もないけど、全ての人達が私達のように飛べるわけじゃないし、飛行可能な者でも緑森山脈を越えるのは容易ではないわ」


 「そっか、でも、シャマルやラルカスの爺ちゃんなら、飛ぶ必要すらないときたもんだ」


 「私はクラールヴィントの助けがないと無理よ。流石に、時間や空間を支配する手管に関してなら、大師父には遠く及ばないもの」

 湖の騎士シャマルと、“若木”の一員であるヴィータ。

 彼女ら二人は半年近く旅に出ていた騎士達を迎えるために、白の国の外れである風の谷までやってきていた。


 「そういや、白の国って空間転移がやりにくいんだよな」


 「ええ、ヴィータちゃんは転移魔法を使えたかしら?」


 「いいや、まだ練習中。アイゼンの力を借りれば結構いいところまで行ったんだけどさ、兄貴が連れてっちまったから、あたしだけだとせいぜい数十メートルくらいしかできねえ」

 無論、デバイスを使わずに、という意味ではない。ベルカの騎士達が通常用いる近接戦闘にほとんどのリソースが割り振られているデバイスを用いた場合、ということである。

 フィオナ姫がヴィータのために作ったデバイスは騎士としての訓練用であるため、飛行や転移魔法などの補助機能はそれほど付加されてはいない。下手にデバイスが高性能過ぎると、鍛錬にならない恐れが出てくることがその理由である。


 「それでも8歳でそこまで出来れば凄いわよ。“若木”の子達の中でもそんなにいないと思うけど」


 「まあ確かに、あたしが以外だとリュッセくらいのもんだけど、一つだけいいか?」


 「何かしら?」


 「シャマルは、8歳くらいの時どうだったんだ?」


 「私? そうねえ…………まだ、15キロメートルくらいが限界だったと思うけど、次元世界を跨いでの転移なんて夢のまた夢だったわね」

 中世ベルカにおいては、デバイスは基本的に個人向けのものが主流であり、遙か未来の次元航行艦のような大型の機械などは存在していない。

 それ故、転送ポートなどのような機械装置も存在せず、転送魔法などの複雑な座標計算や因果調整を必要とする魔法はベルカの時代ではかなり難しい部類に入る。

 ベルカ式は近接戦に向き、砲撃や射撃はあまり得意ではないと言われるが、それは騎士や魔術師の技量よりも、むしろそれを支えるデバイス技術の方向性の問題と言えた。

 騎士達の戦闘技能は確かに高いが、それらはあくまで“一部の者達”に過ぎず、魔法が文明の根幹を成しているというわけではなく、ベルカの日常生活の大半は魔法の力を用いずして成り立っている。

 つまり、この時代においては魔法とはまだ“一般的”なものではないのである。それ故、汎用性に関してならばミッドチルダ式が古代ベルカ式に勝るのは当然と言えた。


 「8歳で15キロって、どんな化けもんだよそれ」

 ただ、未来における高町なのはやフェイト・テスタロッサという少女達が“魔導師の常識”からすら外れた存在であったように、この時代においても“騎士の常識”から外れた存在はいる。


 「私から見れば、ヴィータちゃんやシグナムの方が凄いわよ。その歳で空戦が可能で、グリフォン程度なら難なく倒しちゃうんだから」

 白の国が誇る近衛騎士であり、夜天の騎士とも言われる彼ら。

 三者はそれぞれ一騎当千の強者であり、それに並び立つことを目指す少女もまた、凄まじい資質を秘めていた。


 「グリフォンはそんなに手ごわくないだろ、真竜とか、そういうばかでかい怪物だってんなら話は別だけどさ」


 「ふふふ、私もそんな感覚で転移魔法はそんなに難しくないって言って、よく呆れられたものだわ」

 まだ幼いヴィータと異なり、シャマルには騎士として豊富な経験があり、自分達を客観的に評価すればどのようなものとなるかも知り尽くしている。

 もし、自分達が白の国に仕える騎士でなければ、優秀な騎士として相応の地位に迎えられる――――ことはなく、恐らく自分達の力を恐れた貴族達によって排除されるか、最悪謀殺されることもあり得る。

 強力すぎる騎士という存在は、王や貴族にとって脅威にしかなり得ない。その騎士の名声が高くなればなるほど、“彼こそ王に相応しい”という言葉が民達から出ることは避けられないために。


 「なるほど、つまりはあれだよな、強すぎてもいいことばっかりじゃないってやつ」


 「そうね、戦う力を持たない民にとって騎士は守り手であると同時に畏敬の存在であるわ。そして、人の心は分かりやすい強さに傾くものだから、騎士が目立ち過ぎてしまってはいけないの。まあ、ここは少し特殊だけど」

 “学び舎の国”とも呼ばれる白の国。

 財力も軍事力も持たず、しかし、技術と武術は列強の国々のどこよりも高いこの国だからこそ、夜天の騎士達は心安らかにいられる。

 そして、“若木”や調律師の卵を育てるならば、白の国以上の場所はあるまいとベルカの民は語り、湖の騎士もまたそう考える。

 人材や保管されている書物などの面でもさることながら、地理的なものや、この盆地に満ちる魔力素などの要素を考えても、白の国は騎士や魔術師の育成の場所として優れている。


 「騎士道とは、根にして茎、咲き誇るは花の役目であり、騎士は花を支え、輝かせるための存在である。だよな」


 「ええ、その通りよ。そして、主のためならば、いかなる汚名を被ることも厭わず」


 「自分の名誉に拘って、主君の心も誇りも命も守れないようじゃあ、騎士失格、って耳が痛くなるくらい兄貴にいわれたから流石に覚えた」


 「ローセスのはシグナム譲りだから、筋金入りと見ていいわ。でも確かに、騎士が自分の名誉や武勲を第一に考えるようじゃあ、失格どころの話じゃないわね」

 特に、ローセスにとっては常に考える事柄だろうとシャマルは思う。

 フィオナ姫への愛と忠誠、その二つを共に持ちあわせる彼だからこそ。


 「だよな、愛と忠誠で迷って、どっちつかずの態度を取って、挙句の果てに何も守れなかったっていう、ダメ男の話もあるし」


 「“沈黙の騎士”の逸話ね、あれは私が姫の立場だったらどこに惚れたのか分からないダメな男の話だけど、200年くらい前の実話を基にしていたはずよ。一応、騎士としての強さだけは折り紙つきだったというけど、ヴィータちゃんはローセスから聞いたの?」


 「ああ、それと、“和平の使者なら槍は持たない”の諺もな」


 「それは…………諺だったかしら? あまり自信ないけど、少し違ったような………」

 諺ならば自分も結構精通しているはずなんだけど、とは思うものの、全てを暗記しているわけでもないので断言は出来ないシャマルである。


 『Meister der Magie zu erkennen metastasierendem(主、転移魔法を感知しました)』


 そこに、シャマル指に填めている指輪より、声が響く。



 「ありがとう、クラールヴィント、予定通りね」


 「ラルカスの爺ちゃんか」


 白の国は魔力素の分布などがやや特殊な環境であるため、内部に直接点転移することは難しく、転移を行うならば外周部といえる風の門の方が都合は良い。無論、強力な術者ならば問題なく転移可能であるが。

 そうした理由から、帰還組との合流場所にここが選ばれたわけだが、それは同時に、白の国は守るに易く、攻めるに難い地勢であることを示してもいた。


 『Voraussichtliche Ankunft, 17 Sekunden verbleibend(到着予測、あと17秒)』

 陸路は風の門と呼ばれる谷間一つであり、空を飛び続けることは効率的ではなく、転移魔法も土地柄から難しい。

 そして、白の国では強力な守護騎士達が常に睨みをきかせており、剣の騎士シグナムが空を抑え、盾の騎士ローセスが谷を守護し、湖の騎士シャマルが支援に回る。

 彼女ら夜天の騎士がいる限り、白の国が落ちることはあり得ない。

 少なくとも、ヴィータはそう信じていた。
 

 『Kommen Sie(来ます)』


 「ヴィータちゃん、一応衝撃に注意してね」


 「分かってらい」

 二人が身構えると同時に、ベルカ式を表す三角形の魔法陣が展開され、膨大な魔力が溢れだす。

 漏れ出す魔力の量は、同時に転移の規模を示す。僅か3人の転移でこれだけの魔力が流れ出すということは、相当の遠方よりやってきた証とも言えた。


 「予想より………大きいわね」


 「どっからとんで来たんだぁっ、爺ちゃんはぁ!」

 シャマルとヴィータの二人も、帰還の知らせこそ受けたものの、どこから帰還するかまでは特に必要な事柄ではなかったため知らされていなかった。

 とはいえ、彼女ら二人とて並ではない。結界などを使用するまでもなく、純粋な重心移動のみで巻き起こる魔力の波動を受け流す。


 「ほう、上達したな、ヴィータ」
 

 「しばらく見ないうちに随分立派になったな、偉いぞ」

 波動が収まると同時に、二人の騎士が姿を現し、騎士見習いの少女に言葉をかける。


 「兄貴!」


 「シグナム、ローセス、お帰りなさい」


 「久しぶりだ、シャマル。お前の変わりないようだな」


 「お久しぶりです、シャマル」

 およそ半年ぶりに再会した騎士達は、互いに変わらぬことを確認し合うが、ヴィータがおかしな事柄に気付く。


 「あれ、爺ちゃんは?」


 「こらヴィータ、大師父に対してその口の利き方は直せと言っておいただろう」


 「別にいいじゃんか、硬いこと言うなよ兄貴。爺ちゃんは爺ちゃんなんだから」


 「まったく、そんなことじゃあいつまでたっても騎士にはなれないぞ」


 「平気さ、面倒なことは兄貴に押し付けるから」

 半年間離れていてもやはり兄妹。

 そのやり取りは、せいぜい三日ほど会っていなかっただけのように感じられるほど自然なものであった。


 「ふふふ、相変わらずね、二人とも」


 「ローセスは少し肩筋が張っているところがあるが、ヴィータの前ではあの通りだ」


 「とすると、貴女も妹がいたら、あんな感じになっていたかしら?」


 「さて、どうだろうか」

 年配の騎士二人は、そんな二人を微笑ましく見守りつつ、こちらも話を進める。


 「でも、本当に大師父はどうしたの?」


 「少々寄って取ってくるものがあるとのことで、私達だけを取りあえず転送させた。夜までには着くとおっしゃっていたが」


 「取ってくるって、どこまで、いえ、そもそも貴女達はどこから転移を?」


 「最後にいたのはドレント大陸だから、ミディールからということになるな」


 「ミディール! そんな遠くから!」

 シャマルが驚くのも無理はない、なぜならそれはこの白の国が存在する世界よりかなり離れた座標に位置する世界の名称なのだ。

 中世ベルカでは、後に第一管理世界ミッドチルダと呼ばれることとなる世界を中心に、11の次元世界が知られており、白の国が存在する世界も、各世界の中心近くに位置している。

 次元世界の範囲が大きく広がったのはベルカ歴が900年を超えた頃であり、ある意味で大航海時代とも言える。よって、それ以前のベルカでは異なる世界の存在こそ知られているが、次元を渡るための船も存在していなかったため、その往き来は極一部の魔術師に限られている。

 つまり、リンカーコアを持たない民達にとっては、やはり自分の住む国こそが世界なのである。それは、文明が発達した時代においてもそう大きく変わるものではない。

 そうした背景もあり、放浪の賢者ラルカスの存在はベルカの列強の王達にとって非常に大きなものとなる。彼ほど次元世界を巡り歩き、各国の文化や風土、技術に精通している人物は他に例がないために。


 「あの世界から、一度の転移で白の国へ来たのね……」


 「ああ、流石は大師父だ。空間を渡る術に関してならば、まさに並ぶ者はない」

 そして、その術式の集大成こそが、夜天の魔道書が備えることとなる旅する機能。

 それが、闇の書の不死性の根源ともいえる“転生機能”となることを、この時の彼らが知る術はない。


 「まあ、後で来るってんならそれでいいじゃん、先に城にいって待ってようぜ。爺ちゃんなら直接城に転移出来るだろうしさ」


 「そうだな。シグナム、シャマル、貴女達もそれで良いですか?」


 「ああ、ここでただ待つよりはその方がいいだろう」


 「歩いていく? 飛んでいく? それとも、旅の鏡で行こうかしら?」

 シャマルの提案に、二人は少し考えるが。


 「私としては飛んでいきたいところだな、ヴィータの成長具合を見ることも出来る」


 「む、へへーん、この半年間であたしがどんだけ成長したか見せてやる!」

 兄の意見を聞くまでもなく、既に乗り気のヴィータ。


 「じゃあ、決まりね」


 そして、決定するシャマル。


 「やれやれ、俺の意見は聞かれないんですね」


 「あら、反対かしら?」


 「いいえ、お…わたしも、ヴィータの成長ぶりを見てみたいと思っていましたから」


 「ふふ、わざわざ言いなおす必要もないのに」


 「普段から気を付けていないと、すぐボロが出てしまうんですよ。流石に他国の王宮で“俺”と言うわけにもいきませんので」


 「“俺”の方がローセスには合ってると私は思うんだけど、ね」

 片眼を瞑りながら、やや小悪魔めいた微笑みを浮かべるシャマル。普通の男性ならば、少なくとも多少の動揺はするであろう笑顔であったが。


 「ですが、姫君が“わたし”と言う呼び方も理知的な感じがして良いのではないか、と言ってくださいましたので」

 盾の騎士ローセスは、一度心を決めると愚直なまでに一途であった。


 「はあっ、貴方はほんとに良い男の子になっちゃったわ、姫様が少し羨ましいくらい」


 「そう思ってくださるなら、“男の子”はよしていただけると助かりますが」


 「だーめ、私にとっては、ローセスはいつまでも年下の男の子なんだから」


 「そして、行かず後家決定、っと」


 その瞬間、空気が凍りついた。


 「ローセス、ヴィータ、私は本気で飛ぶ、可能な限りの速度でついて来い。遅れる者は置いていく、覚悟を決めろ」

 そして、烈火の将は状況を的確に見定め、指示を出す。


 「了解しました」


 「了解」

 この兄妹の息もぴったりである。


 「往くぞ!」


 「遅れるなよ、ヴィータ」


 「応よ!」

 紫の閃光が一つと、赤の閃光が二つ、風の門の谷間より飛び立つ。

 そして――――


 「無駄よ………クラールヴィントのセンサーからは、逃れられない」

 気にしていることを直に言われた湖の騎士は、騎士甲冑を既に具現させており。


 「導いてね…………クラールヴィント」


 『Ja』

 底冷えする声と共に、“旅の鏡”の術式の展開を開始したのだった。












ベルカ暦485年  クヴァルイースの月  白の国  ヴァルクリント城付近 草原



 「びーた、だいじょうぶー?」


 「死んだ……」

 ヴァルクリント城の近くの草原において仰向けに倒れ込む少女と、それを覗きこむ人形が一体。

 倒れ込んでいた場所はヴィータが以前ザフィーラと共に訓練したところの近くだが、その理由は大きく異なる。


 「しんじゃったのー?」


 「いや………死んだ……方が……まし…だったかも………しれねえ、生きた……まま…リンカー…コアを……抜き出される…………のって、あんな……気分………なんだな」

 湖の騎士シャマルが切り札にして鬼の手、リンカーコア摘出。

 傷こそ付けられなかったものの、己の胸からしなやかな女性の手が生え、臓器を握っている光景というものはトラウマになるほど凄まじいものである。

 これで痛みがあればある意味でまだましなのだが、シャマルの術式は完璧であり、リンカーコアを抜き取るだけならばまさに何の痛みも伴わない。そして、安全性が保障されているだけに、ローセスもシャマルを止めることは出来なかった。

 その上、最初から摘出を狙ったわけではなく、まずは旅の鏡を展開しつつ飛行魔法で三人を追跡、いつでも狙える体勢をとりつつ、つかず離れず追跡を続ける。

 いつシャマルの魔の手(文字通り)が迫るか分からない恐怖の中、必死に飛び続けた結果、ヴィータはペースを崩し、徐々に飛行速度が落ちる。シグナムやローセスは流石にまだまだ余裕があったが、8歳のヴィータでは25歳のシャマルの持久力に及ぶべくもない。

 最期は、肉体的疲労と精神的疲労のダブルパンチによって獲物を徹底的に弱らせた挙げ句、魔の手から逃れうるためのゴールであるヴァルクリント城が見え、逃げきれる光明が見えた瞬間に、ヴィータは翠の悪魔の網に捕らえられた。

 湖の騎士シャマルに対して禁句を言ってしまった者の末路とは、かくも無残なものなのである。


 「しかし、見事な手際だった。あれこそ、冷徹なる参謀の本領発揮というところか」

 悪魔に喰われた自業自得な少女に付き添うのはシグナムである。シャマルには二人が帰還したことに関する書類作成の仕事があり、ローセスには姫君へ報告する義務があった。

 順当に考えれば、近衛隊長であるシグナムが報告を行い、ヴィータの兄であるローセスが付き添うこととなるが、それはそれ。シグナムとシャマルは打ち合わせることもなく、ローセスとフィオナを二人きりにしていた。


 「………」

 そして、空気を読んだザフィーラが姫君の執務室からフィーを背に乗せてこちらにやってきて、現在に至る。


 「冷徹……よりも………むしろ……冷酷だろ…あれは」

 絶対的恐怖への後遺症か、まだ言葉が途切れ途切れになっているヴィータ。


 「げんきだしてー」


 「だいじょぶ……平気だ………フィー」

 だが、妹分の前ではいつまでも弱気ではいられない。ヴィータの性格を把握した上でフィーをここに連れてきたザフィーラの判断は見事であった。彼はローセスから念話を受け取っており、少女が魔神の手にかかったことを存じていたのである。


 「ほんとー?」


 「それは、私が保証しよう。ヴィータとて、“若木”の一員なのだからな」


 「あ、しぐなむー!」


 「久しぶりだな、フィー」


 「おかえりなさーい!」


 「ああ、ただいまだ」

 優しげに微笑みつつ、フィーの頭を撫でるシグナム。

 ヴィータに限らず、夜天の騎士達にとってもフィーは妹のような存在なのであった。


 「えへへー」


 「お前も元気そうで何よりだ、それに、少し大きくなったか?」


 「うん! ひめさまがおおきくしてくれたのー」


 「そうか、それは良かったな」


 「あ、ずりー………フィーを、撫でる…のは………あたしの……」


 「残念だったな、もうしばらくは動けまい」


 「へん……、こんな、程度で…」

 意地と根性で恐怖を振り払い、何とか立ち上がろうとするヴィータ。

 だが―――



 「“鏡の籠手”、起動」


 「うあわあわあわあわわわあわああわわあ」

 シグナムが着ける手袋より立ち上る翠の魔力光を見た途端、腰が抜けるヴィータであった。


 「情けないぞヴィータ」


 「い、いいいやいやいや、むむむ、無理だってててて」

 完璧にてんぱっているヴィータ、騎士の誇りには本日閉店の札がかかっているようである。



 「………」

 そんなヴィータをザフィーラは無言で見守っていた。


 「お前も大変だな、ザフィーラ。ローセスが帰って来ても、結局はこれのお守か」


 構わん、それが私の使命だ。

 そんな意思が、シグナムにはザフィーラの表情から感じ取れた。


 「あ、そうだー」


 「ん、どうした、フィー」


 「えとねー……………………えとねー」

 しばし考え込むフィーを、シグナムは優しく待ち続ける。



 「ひめさまが、しぐなむをまってたのー」


 「私をか?」

 半年もの間旅に出ており、今日ようやく戻って来たのだから、聞きたいことなどそれこそ数え切れないほどあるだろう。

 ただ、フィオナという王女は親しい人々との親睦の時間を何よりも大切にしており、今夜の夕食も、フィオナ、フィー、シグナム、シャマル、ローセス、ヴィータ、ザフィーラ、そしてラルカスの六人と一頭と一体が一堂に会してのものと決まっている。

 それに、シグナム達の報告はそれこそ一朝一夕で終わるものではない。本格的に話し込めば、三日以上かかるとも考えられる程である。

 だからこそ、とりあえず夕食までは、フィオナとローセスは二人きりにしてやりたいと年配二人組は考えたのだが。


 「フィー、理由は聞いているか?」


 「りゆー?」


 「ああ、姫君が私を待っていた理由だ」


 「うん、わかるー」


 「そうか」

 となると、特に重要なことではないのか、とシグナムは考える。

 白の国の政に関することならば、フィーに話すことはないであろうことは想像に難くない。

 だとすれば、姫の個人的な要件なのだろうか―――


 「むねがおおきくなって、こまってるってー」


 「………」

 だが、その答えは予想と大きく外れてはいなかったものの、斜め上ではあった。


 「こわいよねー、いつかばくはつしちゃいそうー」


 「いや、別に悪いことではないのだが、それと、爆発はしない」

 おそらくは、服やドレスがややきつくなってきたなどの事柄だろう。

 庶民はともかく、王女ともなればその服は当然高価となる。質素清廉が旨の白の国といえど、やはり粗末なものを着るわけにはいかないのだから。


 <だが、ある意味では自分が原因の事柄で国の金を消費させてしまうことに、姫は罪悪感を持っているのだろう。だからこそ、今の服をなんとか着続けられないかと悩んでいる、といったところか>

 シグナムが考えるフィオナ姫の唯一の欠点は、何でも抱え込んでしまうことである。

 人間である以上、自分だけではどうにもならないことは存在する。しかし、彼女はそれを他人に背負わせることを何よりも嫌うのだ。


 <子供の頃からそうだった。“若木”の子らや一般の子らと遊んではどうかと進言しても、“私がいては彼らに気を遣わせてしまう”と言って、いつも一人きりでいた>

 シグナムは、貴女こそが気を遣い過ぎなのだと幾度も言って来たが、そういう部分に関しては芯が強いものだからなかなかに効果がない。


 <ふむ、やはり、少し気になるな>


 そして、思い立てば即断即決こそが、剣の騎士シグナムの持ち味である。


 「すまんがザフィーラ、私は少々シャマルに用事が出来た。ヴィータとフィーのことを任せてよいだろうか」

 心得た、と言わんばかりに頷きを返すザフィーラ。

 もしここにいるのが傷心のヴィータとフィーだけならばシグナムが離れるわけにもいかないが、夜天の騎士の誰もが信頼する賢狼がいてくれる。

 彼もまた、白の国には不可欠な存在であることは、誰しもが認めるところであった。













ベルカ暦485年  クヴァルイースの月  白の国  ヴァルクリント城 研究室



 「ああ、そのことなら、私も気にかけてはいるけど、特に思いつめているようなことはなさそうよ。特に、フィーが元気にしゃべるようになってからは、笑顔も増えたし」


 「そうだったか」

 自分の研究室において騎士達の帰還に関する書類を纏めていたシャマルを手伝いつつ、シグナムは自分がいなかった間のフィオナ姫について尋ねていた。

 彼女が思いつめているようなことはないかと心配になったシグナムであったが、どうやらそれは杞憂に終わったようである。


 「こちらの書類は、これで終わりだな」


 「あら、もう終わり? 意外と早く終わったわね」


 「二人でやれば、こんなものだろう」

 この二人は武術や魔法のみならず、デスクワークに関しても優れている。

 文武両道は、夜天の騎士としての初歩でもあるのだ。


 「でも、貴女がいない間は結構大変だったのよ、隊長の仕事を全部私が代行することになってしまったんだから。ローセスがいてくれれば実践面では任せられたけれど、彼も一緒にいっちゃったし」

 三人の近衛騎士のうち、白の国に残っていたのはシャマルのみ。

 当然、警護兵の配置や運営、書類の処理なども、悉く彼女の双肩にかかることとなる。

 それでも、本当に必要になれば一時的にシャマルの“旅の鏡”にて帰還することも可能であり、そもそも時空を渡ることに誰よりも長けた放浪の賢者と共に旅をしているのだから、いつでも戻れる。

 旅先にラルカスがおり、白の国にシャマルがいる以上、夜天の騎士達はその二か所を自由に往来出来るのであった。


 「ザフィーラがいてくれたのが、唯一の救いか」


 「ええ、流石に書類仕事は無理だけど、姫様の護衛を彼に任せられたから、私も自分の仕事に専念できた。感謝してもしきれないわ」

 騎士である彼女らと異なり、ザフィーラには義務と呼べるものはない。

 しかし、彼はただの一度も夜天の騎士やその主君、そして、放浪の賢者の頼みを断ったことはなく、果たせなかったこともない。


 「あと3年もすれば、ヴィータもお前と共に書類を裁けるようになるだろう。存外、あいつも机仕事に向いているようだ」


 「それは私も意外だったわ。ローセスならともかく、ヴィータちゃんには黙々と読んで書くだけの作業は向いてないんじゃないかって思ってたけど、座学も優秀なのよ」

 “若木”達に座学を教える者達も当然白の国にはいるが、それらの統括が湖の騎士シャマルである。

 そして、実践面での指導の頂点にいるのが近衛騎士隊長であるシグナム。“学び舎の国”においては王族の身を守ることと、次代を担う子らを教え導くことは同等の優先度なのであった。


 「しかし、まだ姫君の守りを任せるわけにはいかんな」


 「うーん、どちらかというと、精神的な部分の方が、ね。ヴィータちゃんは結構繊細な子だから」

 つい先程ヴィータのリンカーコアを抜き出したシャマルであるが、切り替えも早かった。


 「兄の恋人に対して想うところはあるのだろう。だが、個人と個人の相性で考えるなら、悪いわけではないと私は思うが」


 「私もそう思うわ。こればかりは、時間に任せるしかないのでしょうね」


 「時間か……………時間と言えば、姫の胸がまた成長し、悩んでいるとフィーから聞いたが」


 「悩む程のことでもないと思うけど、そこはやっぱり、貴女に相談するのが一番だって伝えておいたわ」

 シャマルの目が悪戯をするかのように光る。


 「一応聞いておくが、その意味は」


 「貴女が一番大きい、以上それまで」


 「だが、女性の肉体に関する相談相手としては致命的に間違えていると私は思うが」


 「自分で言いきれる貴女は、本当に凄いと思うわ」

 それは、シャマルの紛れもない本心であった。


 「あいにくと、家庭の女性の技能とは縁がないものでな」


 「そうね、私は結構興味あったし、15年くらい前までは料理も結構やってたし、今でも洗濯や掃除はやるわよ」


 「ふむ、私も掃除はするが、洗濯は使用人か、旅先ならば下働きの者らに任せていた。料理に関しては言うに及ばずだが」


 「料理と言えば、料理長のトマシュが今日は帰還祝いだから腕を振るうって言ってたわ」


 「そうか、それは楽しみだ」


 「ええ」

 シグナムとシャマルは年齢が近く、その力もほぼ等しいため、一番話が合う。

 他の者らとも親しげに会話は交わすものの、やはり一番遠慮なく話せるのはシグナムにとってはシャマルであり、シャマルにとってはシグナムなのであった。

 シャマルは、誰よりもシグナムのことを知っており、シグナムは、誰よりもシャマルのことを把握している。

 それ故に―――


 「………………シャマル、一つ聞く」


 「何かしら?」

 声の調子から、シグナムが何を言うかを即座に理解したシャマルだが、彼女はあくまで平常通りに応じる。


 「お前は今、どれほど料理を旨いと感じられる?」


 「一生懸命作ってくれる料理なら、どんなものだっておいしいわよ」


 「そういう意味ではない、分かっていて言っているな、お前は」


 「ごめんなさいね、性分なの」

 いつでも明るく、笑顔を絶やさない。

 ローセスやヴィータにとってもシャマルはそのような認識であろうが、その笑顔の中には微かな憧憬の念が込められていることを、シグナムは知っている。


 「言い方を変えよう。お前の味覚は、今どれだけ機能している?」


 「………甘さや苦さは、ほとんど感じられないわね。辛さというのは痛みに近いものだけど、それもほとんど駄目。でもその代り、毒物だったら空気に混ざるわずかなものでも舌で感じ取れるわ、ちょうど、海風に塩辛さを感じるようなものかしら」


 「そうか………」


 「貴女が気にすることじゃないわよ、シグナム。これも、薬草師の務めなんだから」


 「それでも、だ。仲間のことを気に懸けてはならないという縛りは騎士にもない」

 シグナムの家は代々騎士を輩出してきた家系だが、シャマルの家は、薬草師の家柄であった。

 薬草師の主な役目は病人に薬を調合することだが、王族や貴族の健康管理なども役職の一部であり、そして、毒に対する専門家でもある。

 王を毒殺しうる存在であるが故に、毒に対する手段も誰よりも存じている。暗殺というものと切っても切れない関係にあるのが王族や貴族ならば、その影と近しい存在は騎士よりもむしろ薬草師の方である。

 それは、白の国においても例外ではなかった。

 シグナムの先祖は代々騎士として白の国を守り、シャマルの先祖は影ながら白の国を支えてきたのだ。王族の土毒見や、毒を事前に見抜くための訓練などは最たるもの。

 そして、人間の味覚では感じにくい薬などを己を実験体として研究するため、薬草師達の舌は徐々に一般のものとはかけ離れていく。


 「今更貴女に確認するまでもないけど、私の家はあまり口に出せないようなことも多くやってきた。この白の国に暗部というものがあるならば、それを担って来た家系だから、私とは切っても切れない関係にある」

 それは事実、血筋というものはベルカでは特に大きな意味を持つ。


 「だから、子供の頃は貴女が羨ましかったわ、シグナム。いつでも真っ直ぐ前を見据えていて、騎士道というものを信じるままに突き進み、それを迷いなく行える家に生まれた貴女が」

 彼女の役割は参謀であり、時には冷酷に謀略を巡らすこともある。

 その特性は、決して彼女の家とは無関係ではない。

 そしてだからこそ、シャマルは常に明るい笑みを浮かべるであった。せめてそうあれば、自分も日向の中で真っ直ぐに生きられると、そう信じたかったがために。

 そうした面においても、シャマルはフィオナ姫の姉であり、シグナムはローセスの姉なのであった。それぞれが、精神面において似通う部分を持っている。


 「だけど、そんな私を変えてくれたのも、貴女だったわ、シグナム。誰よりも調合や治療魔法の才能に溢れていたのに、影の仕事に利用されることを恐れて目を背けていた私、普通の女の子のようにあろうと思って、家事を理由に逃げていた私に、貴女が何と言ったか、覚えているかしら?」


 「お前は馬鹿だ。自分の才能から、自分の家から逃げたところで、何かを得られるはずもない。才能があるからと言って、その道に進まねばならないという理屈はないが、目を背けていい理由にもならない。まずは目を開け、そして考えろ、全てはそれからだ。だったか」


 「そうよ、当時9歳の女の子にね。しかもその女の子は自分の言葉を証明するように、10歳で正騎士になっちゃうものだからさあ大変。女の身であるための制約、才能と生まれた家にほぼ定められたような人生、そんなもの微塵も気にかけず、貴女は貴女の信じる道を、駆けていた」

 当時のシャマルにとって、シグナムはあり得ない存在だった。

 自分に持っていないものを持っているからではない。自分とほとんど同じものを持ち、それ故に縛られているはずなのに、鎖を自分で引き千切り、自由に空を駆けるその姿が――――

 彼女には、眩しかった。

 そして、強く思った。彼女のように在りたいと。


 「あの時のことは、今でも忘れられないわ。今の私の、まさに原点そのものだから」

 その時がある意味で、普通の少女としてのシャマルの人生が、終わりを告げた瞬間でもあったのだ。

 普通に、平穏に暮らすこと、普通に恋をして、母となって子供を産み育てること。

 そんな幸せに満ちた平凡な暮らしを凌駕するほどの輝きに、彼女は魅せられてしまったから。

 そして、彼女は選んだ。

 目を開き、よく考えて、自分は何になりたいのか、どんなことをしたいのか、何度も自問自答を繰り返し、その果てに自身の答えを見出した。

 それこそが――――


 「白の国を守る夜天の騎士が一人、湖の騎士シャマル。それが私の望み、私が願った自身の在り方。だから、味覚が“普通”に機能しないことも、私の誇りの一つよ」

 彼女が出した答えであり。


 「そもそも、私の言葉が無ければ、などというのはそれこそ無粋なものだな。自身の言葉に責任を持たないばかりか、お前の覚悟まで汚してしまう。ならば、私はお前をただ誇りに思おう、私の背後を任せるに足る同胞として、湖の騎士シャマルを」

 その想いに、真っ向から受けて立つからこそ、彼女は烈火の将と呼ばれる。


 「ふふふ、ありがとう、シグナム」


 「ただの事実だ。補助や癒し、薬草などに関してならば私は何の役にも立たん。私に出来ぬことはお前に出来、お前に出来ないことは私が出来る。私達は、昔からそうであったろう」


 「そうね、だけど、貴女は歩くのが速いから、並んで歩くのも結構大変なのよ」


 「それは、感謝せねばなるまいな。私にとっても、ふと気付けば隣にいるのはお前だけだった、シャマル」

 シグナムが“若木”であったのは7歳から10歳までの僅かに2年半程。

 シャマル以外の誰一人として、彼女に並び立つ者はいなかった。


 「ええ、実を言えばそれも理由の一つではあったわ。私がいなかったら、貴女が一人きりになってしまうような、そんな気がして」


 「そして、二人仲良く行かず後家か」


 「それは言わないで! まだ希望はあるから!」


 「まったく、私が男であったら、とうの昔にお前に求婚していただろうな」


 「その時は、迷わず受けていたでしょうね、私も」

 シャマルはその能力が通常の騎士とは異なるため、シグナムに遅れること1年、“若木”を経ることなく騎士となった。

 その1年の間、シャマルがどれほどの覚悟で修行に臨んだかを知るのは、シグナムと大師父ラルカスくらいのものであり、彼女らが騎士となってより、そろそろ15年となる。


 「だが、そうだな。お前の事情は我等が姫君は御存知ないが、仮に知ったとしても優しく受け止めてくださるだろう」


 「でも、言うつもりはないわ。主に余分な心づかいをさせるのは騎士の行いにあらず、我等は根にして茎なり」


 「無論、その教えを無視するわけではないが―――」

 烈火の将とて、人の子である。

 時には、意味のない空想にふけることもある。


 「お前が、騎士としてではなく、ただの家事手伝いとして主に仕え、皆でお前が作った料理を食べていたとしたら、それはそれで、幸せそうな光景だとは思わんか?」


 「そうね―――――思い描かなかったと言えば嘘になるわ。進んで来た道を後悔するわけじゃないけど、人間だもの、時には在り得たかもしれない隣の道が眩しく見えることもあるかしら」


 「言っても詮無いことではあるが、想い描く程度ならば、騎士としての不忠にはあたらんだろう」


 「ええ、それくらいは」

 二人は、しばし無言。

 長く国に仕える夜天の騎士は、歩んできた道のりに、しばし想いを馳せる。



 「っと、いけない、もう太陽が沈みかけてる」


 「思いのほか話し込んでしまったな、そろそろ晩餐の準備も整っていることだろう」


 「大師父は…………あ、ちょうど着いたみたい」


 「私も感じた、さて、我々も向かうとするか」


 「ええ、そうしましょう」







 そうして、白の国の一室にて行われた再会の宴は、久々に賑やかなものとなった。

 それぞれが責務と誓いを持ち、自身の選びし道を邁進する夜天の騎士達。

 彼らを導き、未来に想いを馳せる放浪の賢者。

 その賢者の傍らにあり、騎士達を見守る蒼き賢狼。

 騎士達の背中に追いつく日を思い描きながら、日々を過ごす小さき若木。

 騎士達に支えられながら、白の国の平穏を願う調律の姫君。

 そして、今はまだ何も知らず、眠り続ける自由の翼。


 ベルカの地には不穏の影が広まりつつあり、明日になればそのことについて話し合う場が持たれることは疑いない。

 だがしかし、今だけはしばし忘れ、再会の喜びを分かち合おう。

 彼らは平和を維持するための機械仕掛けなのではなく、平和を維持するためにそれぞれの人生を生きる人間なのだから。

 そして願わくば、皆が笑い合える日々が続くことを――――





















新歴65年 6月4日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家




 遙かに長き夜を超え、約束の時は訪れる。



 「闇の書の起動を、確認しました」


 かつては夜天の守護騎士であった彼女らも、今は呪われし闇の書の守護騎士プログラム。


 「我等、闇の書の蒐集を行い、主を守る、守護騎士にございます」


 だが、命を賭しても主を守護する騎士の心は、なおも失われることなく。


 「我等、夜天の主の下に集いし雲」


 夜天の誓いは、砕かれてもなお消えることなく欠片となりて残り。


 「ヴォルケンリッター、なんなりと、御命令を」


 騎士の魂、死せることなく主のためにある。










新歴65年 7月4日 第97管理外世界 日本 海鳴市 



 闇の書の守護騎士が顕現してより一か月が経過してなお、蒐集は行われることなく、守護騎士達は優しき主と共に平穏に暮らしている。

 それは、黒き魔術の王の遺志によって“闇の書”の名が冠されてより、ただの一度もなかったことであり―――


 「はやて、ザフィーラと散歩に行ってくる!」


 「きいつけてなー」


 「………」


 彼女ら、守護騎士にとっては言葉にすることすら出来ぬ程の、驚愕と幸せをもたらす出来事であった。




 「なあ、ザフィーラ」


 「………」


 海鳴の町を狼に大型犬のように首輪をつけて共に歩く少女が一人。

 この世界は魔法が一般的ではないため、彼は八神家の中以外で話すことはない。

 だが、それがかつて、騎士見習いであった少女の、古き記憶を呼び覚ます。


 「なんか、懐かしいな」


 ≪懐かしい、か≫


 言葉が返せないために、念話をもって返すザフィーラ。

 もはや覚えておらず、数えることも難き遙か昔、賢狼を呼ばれていた彼は、今は主に仕える刃にして盾、守護獣である。


 「ああ、何が懐かしいのかはあたしにも分からねえ、だけど、普通の狼みてえにしゃべらないお前と歩いてると、そう感じたんだ…………なんでだろ」


 ≪………≫

 応えの代わりに、蒼き守護獣はただ身体を屈める。


 「乗ればいいのか?」


 ≪………≫

 守護獣はただ黙したまま。

 彼自身も何とも言えない感覚にあったが、今は、己は話さない方が良いような気がしたのである。


 「おし、乗ったぞ」

 少女がその背に乗ると共に、守護獣は歩き始める。

 最初は人の目がある町ゆえに通常の速度であったが、緑が多い桜台に着く頃には、彼女の飛行速度に匹敵する速度で彼は駆ける。


「うぉー、はええええ!!」


「………」


「駆けろっ! 行けえぇーー!」



 その時に去来した想いは、一体何であったか。


 それは、彼にも分からない。








 そして、桜台の上へと辿り着く。

 時間帯は休日の朝早く。このような時間帯ならば、流石にここまで登ってくる者はまれであろうが―――


 「ん?」

 そこには、先客が既にいた。ベンチに座りながら空き缶を見つめ、その胸元の赤い宝石は鈍い光を発している。


 ≪ザフィーラ、あれ≫


 ≪魔導師だな、だが、このような場所で結界も張らずにいるところを見ると、局の魔導師ではあるまい。この世界にも主はやてのようにリンカーコアを持つ者はいる、中には、デバイスを持つ者もいるだろう≫


 ≪別に蒐集するわけじゃないし、あたしらには関係ないか≫


 ≪ああ、平穏こそが主はやての望みだ。わざわざ関わりを持つこともあるまい≫

 そして、二人は少女の邪魔にならぬよう、来た道を速やかに下っていく。

 この時は、ただそれだけの邂逅であり、星の光を手にした少女に至っては狼に乗った少女を見てもいない。

 だがしかし、彼女の往く道を照らす星であることを命題に持つデバイスは。



 その姿を、確かに記録していた。














 「たっだいま~っ!」


 「おかえり、ヴィータ、ザフィーラ」


 「二人とも、ミルク飲む?」


 「飲む!」

 ヴィータとザフィーラが帰った時、既に朝食の準備は整っていた。

 闇の書の守護騎士として機能していた長き時間において、このように帰るべき場所があることはなく、ただそれだけでも、彼女らにとっては奇蹟に等しい。



 「はやて、朝飯は何?」


 「ふふ、今日のはちょっと特別やで~」


 「へえ、どんなだ!」


 「実はな、シャマルが手伝ってくれたんよ」


 「が、頑張りました」

 はやての後ろには、新品のエプロンを着けて、意気込むように拳を握るシャマルの姿が。


 「へえ、シャマルって、料理できたっけ」


 「おぼろげだけど、少しだけね、もうほとんど思い出せないけど、確かにやったことがあるような、そんな気がするの」


 「ふーん、そっか」

 ちょうど自分もつい先程、何とも表現しがたい感覚を味わったばかりである。

 ならば、自分以外の守護騎士にも、そういうことはあるのだろう、と、ヴィータは軽く割り切る。


 「とはいっても、ポテトサラダだけで、他は皆はやてちゃんが作ったんだけど」


 「それでも、それはお前が作ったのだろう。私もかなり興味がある」

 シグナムがそのように言うことは珍しいことといえる。

 だが、彼女にもまた、僅かに胸に去来する想いがあった。

 それがいったい何であるかは、他の者らと同様、彼女にも分からなかったが。


 「さあ皆座って、いただきますしよな。実はわたしもまだ味見しとらんから、楽しみなんよ」

 はやてが号令をかけ、八神家の一同が席につき、ザフィーラも定位置につく。


 「「「「 いただきます 」」」」

 そして、いただきますと同時に、それぞれが箸を伸ばし、シャマル作のポテトサラダを口にする。


 「うっ!」


 「む、うむむ……」


 「こ、これは………」


 「え、え、どうしたの皆!?」


 「…………」
 
 皆の箸が止まり、それぞれがほぼ等しい反応を返す。

 ザフィーラだけは箸を使っていないが、それでもそのまま停止している。



 「シャマルぅ、何入れたんだ~」


 「そ、そんな変なものは入れてないはずだけど………」

 そんなはずは、と思いつつシャマルも口にするが、特に味の異常は感じられない。

 そう、彼女が湖の騎士シャマルである以上、味はまともに感じられないのだ。

 しかし、それすら忘却の彼方にあり、彼女にとっては何が原因であるかすら分からない。


 だが――――



 「うん、これから精進やな」


 「はやてちゃん?」


 「はやて?」


 守護騎士の主である少女は、すぐに箸の動きを再開させ、シャマルの作ったポテトサラダを口に運んでいく。


 「は、はやてちゃん、無理して食べなくても」


 「別に、ぜんぜん無理やあらへん」


 「でも……」


 「シャマルが一生懸命作ってくれた料理や、食べれんことなんてあるわけないやろ。ちょっとくらい失敗しても、次はもっとうまなるよう、頑張ればいいんや」


 「あ………」

 その時、シャマルの心を駆け抜けたものは、一体何であったか。



【騎士としてではなく、ただの家事手伝いとして主に仕え、皆でお前が作った料理を食べていたとしたら、それはそれで幸せな――――】



 湖の騎士となる前の、烈火の輝きに魅せられる前の少女が、最初に思い描いた夢は―――――


 「主はやて、ありがとうございます」


 「へ? なんでシグナムがお礼を言うん?」


 「いえ、シャマルは、とても礼を述べることが出来る状態ではありませんので、それに、私もまた嬉しかったのです」


 「シャマル? な、何で泣いとるん?」


 「シャマル……」


 シャマルという女性は、ただ涙を流していた。

 嗚咽することもなく、身体を震わせることもなく、ただただ、湖のように静かに。

 彼女は――――涙を流していた。



 「………あたしももらうから、いいよな、シャマル」

 ヴィータも、箸の動きを再開し。


 「私もいただこう…………ふむ、これはこれで、なかなかに癖があるが、存外捨てたものでもない」

 シグナムは、しっかり味わいつつ論評し。


 「………」

 ザフィーラは、ただ無言で食べていく。


 「皆………ほんまに、仲間思いのいい子やね」


 「いいえ、主はやて、貴女がいてくれたからです。遙かな時を超えて刻まれた悲しみの記憶を、真っ直ぐに受けてめて下さる貴女こそ、我々にとって光の天使なのですから」


 「い、いや、そんな正面から言われたら照れてまうよ」


 「相手の心に伝えるべき言葉は、真っ直ぐであるべきだと思います。貴女が白い雪のように素直な想いを伝えてくださるから、我々も心安らかにいられるのです」


 「うん………はやてがあたしらの主で、本当に良かった……」


 「シグナム………ヴィータ………ありがとな」


 そして―――しばしの沈黙を挟み


 「はやてちゃん………ありがとうございます」


 「シャマル………おかわり、いただいてええよな?」


 「はい、……盛ってきますね」


 「山盛りで持ってこーい、あたしが全部食ってやる」


 「残念だな、ヴィータ、それを成したくば私を打倒するしか道はないぞ」


 「上等だ」


 「ふふふ、喧嘩しない喧嘩しない。シャマル、別々の皿に取り分けて持ってきてな、ちゃんと、ザフィーラの分もやで」


 「はいっ、いますぐ」


 「………感謝します」


 「ええよ、ザフィーラ、わたしは皆の主なんやから」













 それは、光の幕間。


 絆の物語の幕は未だ開けず、闇の書の守護騎士とその主は、ただ穏やかなる時を過ごす。


 だが、闇は静かに、主の命を糧に解放の時を待ち望む。


 その時、守護騎士達が何を想い、何を成すか。


 それはまだ、分からない。




 しかし――――




 悲しみの記憶も、誇りの記憶も、全て


 騎士達の分身にして魂である者達が、記録している


 だからこそ、この穏やかな光景を見て彼らは思う


 長い闇の中を彷徨いつづけた苦痛の日々、その間に主たちが流してきた涙はいつも誰に去られること無く、真夜中の蒼に融けていってしまっていた


 けれど、けれどようやく主たちは、長く続いた旅の果てに


 その流れていく涙の粒を


 迷い無く包み込む


 ぬくもりに出逢ったのだと 


 


 





あとがき
 過去編の第1章はここまでとなり、一旦物語はなのはやフェイト達のサイドへと移ります。そして、秋頃の八神家の日常を書いた後、過去編の第2章へ移り、その後にA’S本編へと至る流れの予定です。
 過去編は全部で7章の予定であり、A’S本編は現在編で物語がある程度進むと過去編へ、一つの章が終わると再び現代編へ、という書き方でいくつもりです。
 A’S編はリリカルなのはシリーズの中でも一番起承転結がはっきりしており、原作の進み方は神がかっています。なので、現代編の時系列は12月22日あたりまではほぼそのまま踏襲しつつ、内容をトールという機械仕掛けを含んだ要素、もしくは過去編から繋がる要素を織り交ぜる、という手法をとるつもりです。というか、それ以外の手法で上手くまとめる自信がありません。ただ、安易な御都合主義にならないにバランスをとりつつハッピーエンドへ至るよう最大限努力はしていきたいと思っております。
 まだまだ粗い部分が多く、私の趣味が表面に出過ぎている稚作ですが、楽しんでいただければ幸いです。


 次回からはまた、機械仕掛けの舞台装置、トールの視点に戻って話を進めます。

 

 ※分かる人にはわかるネタ
 私の中でのシグ姐とシャマル先生の若りし頃の関係

 犬猿の仲にならなかったザミ姐とリザさん

 シグ姐とシャマルはあの2人ほど性格が突出してなかったというべきか、でもなんとなくイメージはあの2人。







[26842] 閑話その3 実験後の記録
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:10
閑話その3   実験後の記録




新歴65年 5月12日


 ジュエルシード実験そのものに関する作業が全て終了。

 クラーケンはその火を落とし、現在はセイレーンのみが通常航行用のレベルで運転中。

 合同演習に使用した傀儡兵やオートスフィアも格納庫に戻され、破壊された大型傀儡兵などは廃棄区画へ。

 プライベートスペースに張り巡らされたエネルギーバイパスは、ブリュンヒルトの改良に使用する可能性があるため、ミッドチルダに帰還してより対処を決定する予定。

 今後の処理は主に、プレシア・テスタロッサが亡くなったことに関する社会的な事柄が占める。

 有名な工学者であり、数多くの研究者や研究機関への資金援助を行っている彼女の死は、社会的から切り離すことは出来ず、適切な処理が必須。

 アリシア・テスタロッサについては、死亡届を提出すること以外にとりたてて処理を必要とはしない。彼女は26年間昏睡状態にあり、社会的には死亡に極めて近しい状態だったため、改めて手続きを行う事柄は微細である。

 むしろ、フェイト・テスタロッサの今後についてこそ、多くの手続きを要する。

 9歳である彼女が母親を失った以上、社会的な立場を保証する後見人の存在は不可欠。アースラのリンディ・ハラオウン艦長が引き受けてくれることが内定しているが、社会的な処理は別問題である。

 必要な処理をアスガルドに再演算させ、検討を加える。







新歴65年 5月13日


 フェイトの精神状態は落ち着いているはいるものの、やはり損傷の度合いは大きい。

 このような心の傷をパラメータ化することは極めて困難。推定こそ可能であるものの、対処法の確立に直結させるには数十年の時をかけても未だ足りていない。

 現状におけるモデルより推定を行った結果、現在のフェイトに必要なものは、新しい絆であり、変わらないものもでもあると判断。

 母と姉を失ったことによる心の空隙、これを埋めるには高町なのはを筆頭に、ユーノ・スクライア、クロノ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタ、リンディ・ハラオウンらが適当。

 特に、高町なのはは最重要であるため、数日間の時の庭園への逗留を要請。快く受諾される。

 同時に、アルフと私は“変化しない要素”として重要な位置にいる。

 家族を失ったことでフェイト・テスタロッサの世界の全てが変質することは、彼女の精神にとって望ましいことではない。これを、家族を失った経験者のうち、喪失の時期に私と接触した78名の人格モデルより推察。

 よって、私の汎用言語機能は現状において解除すべきではないと判断。

 今後も、フェイト・テスタロッサ、並びに彼女と精神的に対等な関係を築いている親しい者達の前においては愚者の仮面を被る必要はある。代表例、高町なのは、ユーノ・スクライア。

 精神的に彼女よりも成熟している者達の前においては、フェイトがいないならばリソースの無駄を省くため、汎用言語機能を切ることとする。代表例、アースラの三役。


 ただし、汎用言語機能においても、新しい要素は特に必要はない。

 あくまで、“これまで通り”でよい。そしてそれは、デバイスの最も得意とするところでもある。

 現在の人格に改変を加える必要性があるとすれば、フェイトが成長し、対人関係においてこれまでとは異なる段階に達した場合と推察。

 特に、俗に思春期と呼ばれる時期、彼女の肉体が成人女性に造り替えられる段階においては精神が肉体に引きずられる可能性が高いため、変更が必要と予想。

 この場合の閾値には、我が主のパラメータを用いることとする。









新歴65年 5月14日


 アースラのスタッフによる時の庭園の調査が終了。

 ロストロギア、ジュエルシードが使用された形跡は“残念ながら”発見できなかったものの、21個のジュエルシードは問題なく引き渡されているため、次元航行部隊としては無難な終息となった。

 地上本部に所属する“ブリュンヒルト”に関しても、駆動炉の“クラーケン”の安全性、出力や、砲撃の威力、射程距離、命中性、連射性などを測る上で貴重なデータが得られ、さらに、本局武装隊の空戦魔導師を13名撃墜することに成功したという事実は、レジアス・ゲイズ少将にとっては朗報であると予想される。

 ただし、ブリュンヒルト単体ではそれほど攻略に苦労しないという事実も、クロノ・ハラオウン執務官の働きにより浮き彫りとなった。

 強大なハードウェアに頼るようでは、高度な戦略眼を持った指揮官の前に容易く破れる。この理論が実証されたともいえる。

 ブリュンヒルトはクラナガンの魔導犯罪者に対処する形で作られているため、その辺りは最重要問題ではないが、テロの標的となる可能性は十分にあり得るため、やはり防衛策の構築は必須。

 今回は傀儡兵を防衛戦力として利用したが、地上本部が運用する場合においても、如何に地上戦力と組み合わせ、情報を統括しながら敵戦力を削るか、そこが焦点となると予想される。

 場合によっては、再び時の庭園で試射実験や演習を引き受ける可能性もあるため、戦術パターンの構築をアスガルドに演算させることとする。






新歴65年 5月15日



 フェイトの精神状態が回復してきたため、我が主の葬儀について説明を行う。

 親しい人物が死んだ際における人格モデルは、私が主の代理として葬儀に出席していた時に構築したものであるが、それが今、テスタロッサ家のために使用されている。

 また、リンディ・ハラオウン艦長がフェイト・テスタロッサの後見人となることを社会的に示す格好の場所でもあるため、フェイトの同意の下、喪主を彼女に依頼する。

 フェイトが成人であれば当然喪主となるものの、彼女は就業許可こそ持っているが成人ではない。

 ミッドチルダでは成人の基準も出身世界や地方によって異なるという特殊な場所であるため、冠婚葬祭の儀式の進め方も多種多様である。よって、その穴を最大限に利用する。

 法律の抜け道を突破することは、私とアスガルドの得意とするところである。

 我が主の葬儀には多くの参列者が来ることはほぼ確定事項。

 テスタロッサ家より支援を受けている研究機関や、生命工学関連の薬品や医療器具を扱うメーカーは数多い。

 そういった社会的な繋がりがある人間は、故人を偲ぶ心の有無に関わらず参列する。これは、現代における人間社会という歯車の一部であり、確立されたオートマトンでもある。

 人間にとっては、面倒で厄介な事柄であれど、デバイスである私にとってはこれほど演算が容易なことはない。全ては社会システムによって定められており、それを効率よく回せばよいだけである。








新歴65年 5月16日



 時の庭園がミッドチルダへ向けて出発する日。

 フェイトと高町なのはは出発前に何度も語り合っていたようだが、近いうちに再会することとなる。

 高町なのはとユーノ・スクライアの二名も、我が主、プレシア・テスタロッサとその長女、アリシア・テスタロッサの葬儀に参加することが決まっている。

 私が地球に設けた転送ポートは管理局法に基づいた正式な品である。よって、時の庭園が先にミッドチルダのアルトセイムに到着することにより、第97管理外世界との行き来はかなり容易になる。

 時の庭園に直通することも可能だが、それよりはクラナガンの公共転送ポートに繋ぐ方が社会的な面からも好都合ではある。

 フェイトのメンタル面に関することはアルフに任せ、私は社会的処理に専念する。

 成すべきことは山積している。
 
 フェイトの今後に関して、時の庭園の今後について、ブリュンヒルトに関する事柄、リア・ファルの特許、及び認可を得るための手続き、同じく生命の魔道書をどのような位置づけとすべきか。

 さらには、デバイスソルジャーの今後の展開について。

 どの事柄も個人で扱える単位ではありえず、社会システムの一部に影響を与える事柄である。

 これらを確実に処理していくには、やはり時空管理局との繋がりは強固にしておく必要がある。

 地上本部とも本局とも、徐々にパイプは強まりつつあり、そろそろ小判鮫が群がり出す頃合いと予想。

 ゲイズ少将も、近いうちに狐狩りか、害虫駆除を始めるはずであり、それと本局の融和派がどう絡むか。

 そして、この時期に発生した本局の高官を介さずに行われた合同演習。

 間違いなく、時空管理局の上層部に、小波が発生する。これが高波となるかどうかは今後の推移次第。

 特に大きな被害を出すこともなく、静かに終わったジュエルシード事件よりも、合同演習の方が余程関心が集まることが想定される。

 そして、それらはフェイトの存在を隠す隠れ蓑として機能する。

 そのような思惑が絡む中、残されたテスタロッサ家の次女の出自がどのようなものであるかを気に懸けることは人間には難しい。どうしても脳内の優先順位が低くなる。

 プレシア・テスタロッサに比べ、フェイト・テスタロッサには社会的な“力”がない。

 それが、現段階では良い方向に作用する。








新歴65年 5月17日


 ミッドチルダへの旅は問題なく進行。

 本来であれば、帰りの旅ですが、既に、フェイトにとっては帰るよりも往くというイメージが先行していると推察。

 フェイト・テスタロッサにとっては、母が待つ場所こそが帰る場所である。

 しかし、その場所は今の世界にはどこにもない。

 ならば、彼女が帰るべき場所とは何処になるのか。

 それは私が演算することに非ず、全てはフェイトの意思による。

 そして、フェイトがその意思を明らかにした時には。

 私は、彼女の変える場所を中心とした環境を、より良く回すための歯車として機能することとなる。

 時には大きく、時には小さく。

 大小様々な歯車を使い分け。

 舞台を、私は整える。









新歴65年 5月18日



 ミッドチルダに到着。

 アースラは直接本局へ向かったため、途中までは一緒だったものの、ミッドチルダの存在する次元に近づいた段階で別ルートとなった。

 到着時刻は事前に地上本部へ伝えてあったため、アルトセイムには既に地上本部技術部の技官達が待機しており、到着と同時にブリュンヒルトの整備点検を開始。

 三日後には葬儀が行われるため、プライベートスペースも同時に来賓を迎えるための準備を整えていく。

 時の庭園の規模は個人の邸宅を遙かに超えているため、仮に千人以上の客が来たとしても応対は可能。それを成すための園丁用の魔法人形、執事型の魔法人形、男性使用人型魔法人形、女性使用人型魔法人形などは大量にある。

 それらの管制は無論、私とアスガルド。

 機械に迎えられ、機械によって進む葬送の儀。

 稀代の工学者、プレシア・テスタロッサと次元世界一のデバイスマイスターとなるはずであった、アリシア・テスタロッサ。

 彼女らの葬儀には、実に相応しいものとなるでしょう。


 フェイトも、彼女なりに母と姉の死を受け入れるための準備を進めている。

 今はまだ物理的レベルではないものの、精神レベルにおいては、二人だけになってしまった時の庭園の家族の現在を受け入れつつある。

 アルフも、そんなフェイトを労わるように常に共にいる。

 彼女らが社会の現実を気にすることなく、まずは己の心との折り合いをつけれるよう、私は機能する。

 私は管制機。時の庭園に関する事柄ならば、全て私が掌握している。

 問題はない。






新歴65年 5月19日



 リンディ・ハラオウン、クロノ・ハラオウンの両名が、参列客に先立って時の庭園へ到着。

 儀式の段取りは全て私とアスガルドが整えているため、彼女らの役割は人間にしか出来ないものとなる。

 すなわち、社会的な立場からではなく、プレシア・テスタロッサとの個人的な繋がりによって弔問に訪れた方々への応対。

 アレクトロ社時代からの工学者仲間の方達からは、既に全員から出席の旨が伝えられている。

 流石に、彼らとの応対をフェイトとアルフに任せるわけにはいかないため、ここは大人の方に任せるより他はない。

 クロノ・ハラオウンは第97管理外世界の基準ならばまだまだ子供なれど、ミッドチルダでは敏腕の執務官。

 特に、葬式というものは遺産相続などとも絡むため、法律の専門家の存在は実に貴重である。

 その面でも、ハラオウン家の全面協力が得られたことは、僥倖であるといえる。

 また、アースラの残っている業務を引き受けているエイミィ・リミエッタも葬儀の当日には到着予定であり、彼女がミッドチルダの地理に疎い高町なのはとユーノ・スクライアの案内を引き受ける手筈となっている。

 全ては、ハラオウン家と組んだ予定通りに。










新歴65年 5月20日


 葬儀の前日、遠方よりやってこられる方々の中には既に到着された者もいる。

 時の庭園に存在する非戦闘型の魔法人形はフル稼働、それらへ魔力を供給するため、“クラーケン”と“セイレーン”の火も入っている。

 また、それらに関連して、オーリス・ゲイズ三等陸尉が時の庭園に見えられた。現在18歳であり、士官学校卒業者が本局勤めになることが多い中、地上本部への道を選び、既に頭角を現しつつある。

 階級があと一つ上がる頃には、レジアス・ゲイズ少将の片腕として働くであろうと噂される才媛であるものの、このブリュンヒルト計画に関してはそれほど関与していない。

 しかし、その彼女が時の庭園を訪れたということは、いよいよ“アインヘリアル”へ向けた計画が始まるということを意味している。予算などの関係から進捗は緩やかと予想されるも、前進したのは事実。

 ゲイズ少将本人はぎりぎりまでスケジュール調整を行っていたものの、明日の葬式には参列できるという返事であった。

 ブリュンヒルトを今後どのような形で研究し、完成型である“アインヘリアル”へと至らせるかについても、近いうちに相談する必要があるため、その準備段階であると推察。

 他にも、ゲイズ少将と関わりの深い財界の有力者達も数多く到着。彼らを上手く利用し、組織を効率的に回転させる手腕に関してならば、ゲイズ少将は時空管理局においてトップクラス。

 本局のレティ・ロウラン提督は、限られた人員を効率的に配置すること、また、人材を確保することに関してならば他の追随を許さないものの、その資金源を確保することは彼女の専門ではない。

 彼女の能力が最大限に発揮されるのは、資金が潤沢な本局の人事部にあればこそ。つまりは、適材適所。彼女が地上本部にいたとすれば多くの問題が解決されるものの、彼女の能力を最大限に生かす場所とはならない。

 視野を広く、管理局全体で見ればそれは損失にしかならない。逆に、レジアス・ゲイズ少将が本局に異動する同様、彼は、地上本部にあってこそその能力を最大限に発揮できる。

 そうした人材が続々と集まり、いよいよ、葬儀の場から社交の場へと変わりつつある。

 そして、それを取り仕切るのは海の提督の一人であるリンディ・ハラオウンと、執務官であるクロノ・ハラオウン。

 中々に複雑な政治ゲームの様相を見せ始めている模様であり、水面下での腹の探り合いがあちこちで行われている。

 無論、これらはフェイトやアルフにはまだ早いため、彼女らは高町なのはとユーノ・スクライアを迎えるためにクラナガンへ出かけている。

 時の庭園へ直通することも可能ではあるものの。ユーノ・スクライアはともかく、高町なのははミッドチルダへの来歴がないため、まずは次元港で手続きを行う必要がある。

 エイミィ・リミエッタには、裏の事情を知った上で子供達を連れ回し、時の庭園への到着を遅らせるという重要な使命があるものの、彼女ならば問題なく成し遂げるものと判断。

 両ハラオウンも、時には火花を散らし、時には受け流しつつ、それぞれの役割を見事に果たしてくれている。

 海と陸の対立は未だに根深いものの、改善しようとする気風が生まれ始めているのも事実。

 ただ、対立による被害を受け続けた者達にとっては、“何をいまさら”という感情論もあり、それらを知らないキャリア組はそもそも問題があるという認識すら薄い。

 それらの溝を埋めるのは容易ではない、が、不可能でもない。

 少なくとも、“死者を蘇らせる”という事柄に比べれば、遙かに容易であることは間違いない。

 片や、大半の人間が協力すれば“100%実現可能”。

 片や、大半の人間が協力したところで、“実現は困難”。

 人間社会が生んだ歪みは、人間の力によって直せる。これは、実に当たり前の法則。

 しかし、死者を蘇らせることは、人間には不可能に近い事柄。

 もし、本当に死者を蘇らそうとするならば。

 伝承にいう失われた都、アルハザードの扉でも開かねばならない。

 それほどの荒唐無稽。


 そして―――――






新歴65年 5月21日



 葬儀は、滞りなく進行した。

 私とアスガルドは、事前に組んだスケジュール通りに進めるべく、魔法人形を動かし、設備を機能させ、ただ歯車を回し続ける。

 無論、機械では予想しきれない事柄は数多く発生したものの、それらはいずれも想定の範囲内。

 我が主の研究仲間が、プレシア・テスタロッサの死よりも金のことばかり気にするある企業の人間に掴みかかるという事件もありましたが、クロノ・ハラオウン執務官が仲裁に入り、事なきを得た。

 彼はアレクトロ社を相手に起こした訴訟において、最も我々に協力してくれた人物であり、利益をばかり優先する企業というものに対して、嫌悪感どころか、憎しみに近い感情を今でも強く持っている。

 あの事故で人生を狂わされた人間は、我が主とアリシアだけではない。他にも多くの人間が、“こんなはずではなかった人生”を歩むこととなった。

 無論、それを引き起こさせた人間達は、人生そのものから退場いただきました。

 同じく“こんなはずではなかった”人生を歩んできたクロノ・ハラオウンだからこそ、そういった人々の心を理解した上で、調停を行うことが出来る。

 14歳の若さでそれを行うことが出来るのは凄まじいことですが、同時に悲しいことでもあるのかもしれない。

 そして、その騒動にひと通りの決着がついた後。

 彼とその仲間達はリンディ・ハラオウンの下を訪れ、『フェイトのことを、どうかよろしくお願いします』という言葉を述べられた。

“自分の死後も、自分の愛した存在のことを気にかけてくれる友人を持てたならば、その人生は幸せである”、という言葉がある。

 その定義に従うならば、我が主は幸福な人生を歩かれた、ということになる。彼らのような友人に恵まれたのですから。

 そして、アリシアもまた、フェイトのことを託せる者、高町なのはの存在を知ることが出来た。

 アリシアと高町なのはが接触したのは、私が作り上げた虚構の舞台に過ぎませんでしたが、意味があったことを願う。








新歴65年 5月22日



 葬儀は終わり、特に親しい者達で行う飲み会に近いものも、終わりを迎えた。

 ただ、多くの人々が酒を飲む中で、砂糖とミルクを入れた緑茶を飲んでいたリンディ・ハラオウンは、流石というべきか。

 フェイト、アルフ、高町なのは、ユーノ・スクライアの年少組はフェイトの部屋で過ごし、クロノ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタの年中組はアルコールこそ控えながらも、年長組につきあっていた。(ただし、緑茶以外)

 私は中央制御室にあり、魔法人形達に指示を出す。

 葬儀とは元来、故人を偲ぶために人間が行う儀式。

 ならば、私の役割はただ歯車を回すのみ。




 時の庭園は、機械仕掛けの楽園でもある。

 ありとあらゆるところにエネルギー供給用のコードが設けられ、サーチャーにリソースを乗せることで全ての事象を司ることができる。


 故に、それはあり得ないことであった。


 その存在は、生命工学にたずさわる研究者の一人であり、参列客として、時の庭園へやって来た。

 それ自体は珍しいことでもなく、彼の他にも多くの生命工学の研究者が訪れている。

 我が主と同様の研究を進めているある意味での仲間でありライバルである者や、テスタロッサ家から資金援助を受けており、縁が深い者。

 アリシアを救うための研究において、テスタロッサ家が特異な存在にならないよう、その研究に違和感が出ないよう、私とアスガルドはある種のネットワークを作り上げた。

 生命工学を研究する者達が横の繋がりを持ち、それぞれの成果を定期的に報告し、互いに意見を出し合いながら研究を進めていく。

 クロノ・ハラオウン執務官のような優秀な方が時の庭園を調べた際に、その研究内容や成果に違和感を持たなかったのは、その大部分がこのネットワークにおいて共有されており、管理局の執務官ともなればそれを知ることが可能であるからに他ならない。

 一人の研究者が飛び抜けた成果を上げれば、そこには“人体実験を行ったのではないか”という疑問が生じる。

 しかし、複数の人間が共有することで、それらの疑念は拡散される。木の葉を隠すならば森の中に、森が無ければ作ればよい。

 テスタロッサ家という木の葉を隠すには、生命工学研究者ネットワークという森を作り上げることが、最も効率的であった。ただそれだけのこと。

 そして、その人物、アルティマ・キュービックは生命工学研究者の中でも特に、クローン分野における第一人者であり。

 人間以外の、牛、豚、鶏などの家畜、もしくは魚など、多くの生物のクローンを作り上げることに成功し、食糧問題の解決に向けての最先端を走る実践型の研究者として広く知られている。



 だがしかし、その彼が、時の庭園のサーチャーの目をかいくぐり、中央制御室に姿を現した。


 そして―――――


 「やあ、久しいね、トール。こうして会うのは二度目になるなあ、くくくくくくくく」


 その言葉と共に、アルティマ・キュービックであった筈の身体が、別のものへと作り変わる。

 遠目であろうとも判断できる、特徴的な紫の髪。

 深遠な知性を漂わせながらも、同時に狂気を湛えた黄金の瞳。

 そして何よりも、泣き笑いの道化の仮面のような、それでいて、どこまでも心の底から喝采しているような、異形の笑み。

 自分にはそれ以外の感情がないのだと主張するような、歪んだ笑顔。

 そのような人間を、私は一人しか知り得ない。



 ジェイル・スカリエッティ

 生命操作技術の基礎技術を組み上げた天才であると同時に広域次元犯罪者であり、かつて、レリックというロストロギアを託した男。



 「君とは是非とも話がしたかったよ。くくくくくく、さあ、思う存分にっ! 語り合おうじゃないかっっ!!」



 これが、私と“それ”との、二度目の邂逅となる。

 人間のために作られた古いデバイスと、人間を嘲笑うために在る異形のシステム。

 この接触が、果たして如何なる未来をもたらすか。


 その答えが出る日は、未だ遠い。








[26842] 閑話その4 舞台裏の装置二つ
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:11
閑話その4   舞台裏の装置二つ




新歴65年 5月22日 ミッドチルダ アルトセイム地方 時の庭園 中央制御室 PM 10:11



 時の庭園が誇るセキュリティシステムは、並み大抵のものではない。

 ブリュンヒルトの製作地、また、試験場に選ばれたという一面を見ても、次元世界でも有数の防衛力を備えた拠点といえましょう。

 各世界に研究機関は数多くあれど、傀儡兵や大型オートスフィアを大量に備え、時空管理局の次元航行部隊が保有する戦力と対等に渡り合える施設は数少ない、時空管理局が保有する研究機関ですら例外ではなく。

 しかし、どのような防衛機構にも、穴というものは存在する。

 例えば、地上本部。

 次元世界に存在する地上部隊を纏め上げ、有機的な繋がりを維持すると同時に、ミッドチルダ全域の治安維持、警察機能の中心であると同時に、次元航行部隊の中枢である本局との架け橋でもある、クラナガンの最重要施設。

 ここの防衛機構は次元世界でも有数どころか、最高峰と言ってよい。これを上回るものとなると、それこそ次元世界でも大国と呼ばれる国家が保有する軍事用の要塞か、時空管理局本局くらいのものでしょう。

 しかし、地上本部は多くの人間が利用し、一般の人間も出入りする公共の建物という特性を持つ以上、鉄壁ではあり得ない。外側から攻められるだけならば強固な防壁も、一度内部に入り込まれると脆さを露呈する。

 故に、軍事機密を保管したり、公にしにくい研究を行う施設などは、決して一般人は出入りできない場所に作られる。特に機密性が高いものは絶海の孤島、もしくは、次元空間に漂う離島などに。

 当然、物資の確保や、交通の便などの面で不都合は存在するものの、それを対価に防衛機能、防諜機能を上げることが可能となる。隔離施設と呼ばれるものが街中に作られることが少ないのは主にそういった理由から。

 逆に、地上本部のような施設は絶対に陸の孤島には作られない。どの管理世界においても行政機能をも兼ねる中枢施設は首都、もしくはそれに準じる大都市の中心部に置かれる。象徴的な建物ならばともかく、実務を司る施設とはそういうものである。

 つまり、どのようなシステムも、何かを向上させれば何かが犠牲になるということ。

 汎用性を突き詰めれば機能が低下し、機能を重視すると汎用性の面で問題が出てくる。どのような強力なデバイスが存在しても、それを扱うのに博士クラスの知識が必要なのでは、普及することはあり得ない。


 そういった面で、時の庭園は汎用性のある建物ではなく、専門性を突き詰めた建物であるといえる。

 地上本部のように一般の人間が出入りするわけでもなく、建物の大きさに比べて利用する人間は極僅か。機密保持の面でも優れており、かつ、エネルギー炉心は次元航行艦以上の性能を備えており、大規模駆動炉の研究開発すらも可能とする設備が整っている。

 そして、防衛戦力も充実しており、サーチャーや園丁用の魔法人形など、それら以外に多くの“目”があることから、防諜の面でも優れている。

 しかし、現在に限って言うならば、それらの機能のほとんどが使えない状態となっている。

 プレシア・テスタロッサの葬儀のために、遠方からも数多くの人々が訪れており、この段階で公共性が必要となることから、専門性の多くが犠牲となっている。すなわち、客全員に綿密なスキャンをかけるわけにもいかず、それをする時間的余裕もなかった。

 また、戦闘用の傀儡兵をあちこちに配置するわけにもいかず、プライバシーなどにも配慮する必要があるため、どうしても死角というものが発生してしまう。観測する側が機械であっても、観測される側が人間である以上、テスタロッサ家としては配慮が必要となってくる。

 そして何よりも、管制機である私と、中枢コンピュータであるアスガルドのリソースが、防諜や防衛にほとんど使われていなかったということ。我々の機能は葬儀の進行や問題が発生した場合の対処にほとんどが振り分けられておりました。

 インテリジェントデバイス、トールに死角が発生するとすれば、それは主を弔う時。

 その死角を、的確に突かれた。


 『確か、偽りの仮面(ライアーズ・マスク)でしたか、その装置は』


 「おお、覚えていてくれたのだね、実に光栄だ。我ながら、実によく出来た作品だと思っているよ」


 『人間ならば忘れることもありましょう。しかし、私は忘れない』

 会話をしながら、現状を把握。

 フェイトは、既に就寝。アルフや高町なのはも一緒ですね。

 ユーノ・スクライアも既に別室で休んでいますが、クロノ・ハラオウン執務管やリンディ・ハラオウン提督はまだ起きている。

 これは僥倖、もし荒事となったとしても、S2Uへ情報を飛ばせば、彼が即座に対処できる体勢が整っている。


 「いやいや、そう警戒しないでくれたまえ。今夜の私はあくまで彼女を偲ぶために参上した参列客に過ぎないのだから」


 『残念ながら、その言葉の信頼度を測れるほどに私は貴方の人格モデルを構築しておりません』


 「ふふ、く、くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく」

 私の返答に、ジェイル・スカリエッティはさらに笑みを深くする。


 「なるほどなるほど、素晴らしい、やはり素晴らしい。ああ、実に興味深い、興味深いなあ、まさか、君のような存在が、君のような存在こそが、アンリミテッド・デザイアを弾く盾になろうとは」


 『無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)、かつて、貴方は私に名乗った名称ですね』

 人格モデルの学習アルゴリズムを働かせ、ジェイル・スカリエッティの精神傾向を推察。

 ――――――――参考に出来るデータがあまりに不足、演算結果は芳しいものではない。


 「そうとも、以前にも言ったが、私という存在を定義するならばそれが最も妥当な表現となるだろう。我は顔無きもの、故に数多の顔を持ち、故に欲望の化身、故に道化なのだよ」


 『道化、ならば、私の同類ということでしょうか』

 これまでとは、やや異なる部類の入力を行う。


 「ふむ、それも興味深い意見だね。なるほど、確かに私は君によく似ているのかもしれない。だがしかし、そういうこともあるだろうが、そうでないこともあるだろう」

 出力は、想定の外。

 彼という人格を構築する上で、大した指標とはなりえない。


 「さて、少し昔語りでもしたいのだが、付き合ってくれるかね?」


 『お断りいたしましょう。私には成すべき作業がまだ多くある』


 「それはつれないなあ、せっかく、土産も持参したというのに」

 ジェイル・スカリエッティが懐より、結晶と推察される物体を取り出す。

 スキャン開始――――危険度は、低い。

 ジュエルシードやレリックのような高エネルギーを蓄積した結晶体ではない。むしろ、リンカーコアよりもエネルギーは劣る。

 しかし、私はそれが何であるかを推察できる。

 なぜならば――――



 『生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶”ミード”、その完成品ですか』


 「ほう、君達はそう名付けたのかね。私にとっては名称などどうでもいいことなものでね、どうしても適当になるか、そもそも名前を付けることすら忘れてしまう。何しろ、顔なし(フェイス・レス)なのだから」


 『顔なし、ですか。その割には、どの顔も同じ笑みを浮かべているように予測されるのは、私の経験が足りないからでしょうか?』


 「くくくくく、いいや、そうではない、そうではないとも。君の推察は正しい、正しいのだとジェイル・スカリエッティである私も思うだろう。真実は、さて、どこにあるのだろうか?」

 会話に、整合性というものが著しく欠如している。

 人間の思考方法に基づいた会話では、彼の言葉は意味を成さない。


 『理解しました。これより先は、常識を遙かに超えた人格投影型魔法人形を相手にしている、という認識で貴方との会話に臨むといたしましょう』

 しかし、アルゴリズムに基づく人形でもない。

 なぜなら、機械である私が彼を推察できないのだ。彼には、デバイスの命題のような確固たる法則はない。

 されど、人間の心を理解するために構築した人格モデルも、そのデータベースも、ジェイル・スカリエッティという存在を把握するのにほとんど役に立っていない。

 このことから、一つの仮説が成り立つ。


 『貴方は、人間ではない。少なくとも、“普遍的”な人間像からは逸脱した位置にいるのは間違いありません。しかし、機械とも異なる。私達デバイスと人間が二次元的に距離を離して存在しているならば、貴方は三次元的に離れているようなものと推察します』

 そう、それはまさしく俯瞰風景。

 人間とデバイス、それらが同じ平面に立ち、決して相容れない境界線を挟んだ位置関係にあるならば、それを上から覗きこんでいるか、もしくは、下から見上げているのか。

 人間が彼を観測したならば、深淵を覗きこんでいる気分になるか、遙か天上を見上げている気分になるのか。それらは個人次第でしょうが、彼は、人間が“深く知ってはいけない”存在であると予想される。

 少なくとも、私の45年の稼働歴において、このような存在とは彼以外に接触したことがない。

 ジェイル・スカリエッティは人間ともデバイスとも異なる“異物”である。


 現段階において、そう定義せざるを得ません。


 「ふっ、くっくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく、面白い、実に面白い。いつぞやの前言を撤回しよう。君は、今の君こそが輝いているよ」


 『それは、≪そんな他人行儀な口調はよしてくれたまえ。いつも通りの君で構わないよ≫という言葉であるという理解でよろしいのですね』


 「ああ、そうとも。いやはや、機械というのは便利なものだ、記録した言葉を再生するなどまさに造作もないといったところだろう。そして、いつも通りの君とは、まさしく今の君だ」


 『無論、人間が忘れるが故に、私達デバイスは正確に記録している』


 「その通り、デバイスは人間に使われてこそのデバイス。定められた命題に背き、自分の意思で動きだすデバイスなど、それは最早デバイスとは呼べないだろう。しかし、だからこそ、そのような存在が作り出せれば面白そうだとは思わないかね? いつかそう、機械が人間にとって代わる時代がやってくるかもしれない」


 『思いません、微塵足りとも』

 命題に背き、自分の意思で動き出すデバイス。

 それは何と、性質の悪い冗談か。

 彼が言ったとおり、そんなものはデバイスではない。

 デバイスは、ただ人間が定めた命題を遂行するために在る。

 ただ、それだけでよい。


 「ふむ、そこは見解の相違というところかな。だが、意見が違うからこそ、意見交換には意味があるとも言える」


 『その点については同意します。まったく同じ意見の者同士が討論することに大きな意味はない、せいぜいが、それぞれの自己認識に役立つ程度でしょう』

 そして、デバイスにとっては意味がない。

 人間と異なり、デバイスが自己を認識する際に必要なものは己のみなのですから。


 「さてと、少々脱線してしまったが、これを君達がミードと命名したのならば、私もそれに倣うとしよう。これは、“レリック”の蘇生に関する機能のみを抽出したような結晶だよ」


 『つまり、私達がアリシア・テスタロッサを蘇生させるために創り上げようとしていた結晶、その完成品であると』

 私達は当初、レリックの強大なエネルギーのみを排除し、“死者を蘇らせる”特性のみを残したレリックレプリカの精製を試みた。

 非魔導師であるアリシアに適合させるには、レリックの力はあまりにも強大過ぎた。しかし、レリックレプリカも完成せず、結局はジュエルシードを用いて精製を行った。それがジュエルシード実験。


 「その通り、だが、完成品という定義もまた主観が変われば変化してしまう曖昧なものだよ。ああ、名前とは、何と儚いものなのだろうね」

 また、精神構造が変化した。

 つい先程まで理性的、論理的に、工学者のように話していたかと思えば、次の瞬間には芸術家か哲学者のように語り出す。

 工学者のようであり、医者のようであり、歴史家のようであり、音楽家のようであり、画家のようであり、そのどれでもないようでもある。一瞬ごとに異なる人間と会話をしている感覚に陥る。

 まるでそう、アスガルドの補助を得て、人格モデルを切り替える私のように。

 しかし、私があくまでアルゴリズムを回すデバイスであるのに対し、彼は生身の人間。

 いったい、ジェイル・スカリエッティの頭脳とは、どのような構造をしているのか。

 

 『つまり、貴方の持つ結晶では、アリシア・テスタロッサを救うことは出来ないと』


 「これはあくまで、“死者を蘇らせる”ものだからね、“生命の在り方が変わってしまった者を戻す”ためのものではないのだよ。それに、蘇らせるとはいうものの、人間を材料として別の存在を作り出すという表現が的確だろう」


 『レリックとはそもそも、高ランク魔導師に埋め込むことで、より強力なレリックウェポンを作り出すための結晶、というわけですか』


 「無論、それだけではない。不老不死への渇望、誰かを救うための力、さらには、生まれつき身体が弱いがために、レリックを得ることでようやく人並みになることを夢見る者もいた。全ては、欲望なのだよ、人間として死ぬよりは、レリックウェポンになってでも生きたい、というね」

 なるほど、それは確かに、アリシア・テスタロッサのためにならない。

 彼女は、植物として長く生きるよりも、人間として閃光の一瞬を生きることを願った。

 ならば、彼の結晶を埋め込んだところで、アリシアの願いは叶わない。他ならぬ彼女の欲望が、それの機能を否定してしまうが故に。


 「だから、私は驚いている。驚愕していると言ってもいい。プレシア・テスタロッサという女性は絶望に狂い、私の持つ知識を求めるだろうと思っていたのだが、そうはならなかった。せっかくアルハザードへ至るための鍵を用意していたというのに、それは無駄に終わってしまった」


 『貴方は、アルハザードへの至り方を知っていると?』


 「これもまた微妙な表現なのだがね。何せ私は一度もアルハザードへ行ったことがないし、見たこともない。だが、そこに至ることを渇望する人間がいるならば、案内してあげなければ余りにも哀れだろう。例え嘘であっても、希望を持たせるくらいはしてあげねば」

 嘘。

 それは果たして、どこからどこまでか。

 彼がアルハザードへ行ったことがないというのが嘘なのか。

 哀れに思うという“人間的な理由”が嘘なのか。

 彼が伝えるというアルハザードへの至り方が嘘なのか。

 あるいは――――――

 ジェイル・スカリエッティという存在そのものが、嘘で固められた虚構なのか。


 『なるほど、とりあえず現状では、詳しく語るつもりはない。ということですね』


 「そういうこともあるだろうし、そうでないこともあるだろうね」


 『理解しました。それで、貴方の持つミードが土産ならば、それが時の庭園にもたらされることにはどのような効果があるのですか?』


 「せっかくだ、君の仮説を聞いてみたいものだね」


 『お断りします。私に命を下せるのはマスターだけです。それ以外の人物が行うならばそれは依頼という形になり、そのための入力するのならば、対価をお支払い下さい』


 「ふっ、くく、くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく、素晴らしい、やはり素晴らしいな君は。ああ、興味が尽きない。願いを聞き入れて欲しいならば、対価を支払え、まるで、悪魔のようではないかね」

 悪魔。それは、人間が想像した心に悪意を吹き込むという機構。

 人間の心を映し出す鏡となる機能を有する私は、確かにその側面を有するのかもしれません。人間の心を計る機構、という点においては。


 『入力は、如何に』

 そして、彼は再び懐から情報端末を取り出す。


 「そうだねえ、ここにかつて君に送ったISを備えた人造魔導師の素体の設計図と改良案がある。ここの設備を用いればAAランク、いやいや、AAAランク相当の性能を発揮できるだろう」


 『ただし、動力源として、相応のリンカーコアが必須。そして、そのためのリア・ファルであると』



 生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶、“ミード”

 リンカーコア接続型物理レベル変換OS、“リア・ファル”

 魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末、“生命の魔道書”


 この三種が、26年に及んだ研究成果の集大成。

 ミードは“レリック”、リア・ファルは“ミレニアム・パズル”、そして生命の魔道書は“闇の書”。

 それぞれがロストロギアの機能を参考、モデルとしており、これらを完成させるために、願いを叶える奇蹟の石、ジュエルシードは用いられた。

 ただし、リア・ファルは私の専門分野であるため、主がいなくともさらに研究を進めることは可能ですが、他二つはそうではない。

 ミードと生命の魔道書。

 前者はアリシアと同じような状態にある者達を救うための医療技術として、後者は我が主と同様の魔力負荷の後遺症に苦しむ者達のための医療技術として、社会に役立てねばならない。それでこそ、プロジェクトFATEに意義があったことが証明され、医療研究を目的とした合法研究となる。

 生命操作技術は、管理局法によって厳しく制限されているものの、倫理的問題がなく、かつ社会に還元できる技術を開発する場合においては認められるケースが存在する。

 フェイトはあくまで、アリシアを蘇らせる道を示すための過程で誕生しており、実際に社会に出るのはあくまで結晶とデバイスに過ぎない。

 そこに、倫理的な問題は一切存在しない。そうなるように進めて来たのですから、存在しては困るのですが。

 そして―――


 「君のこれからには、多いに役立つと思うのだがね。これには、レリックをさほど希釈せず、リンカーコアに近い形で機能するミードも搭載できる」

 本来の用途における完成品がサンプルとしてあれば、少なくともミードの完成度をさらに高めることが出来る。

 重要なのは特に汎用性。9歳程度の子供でも、70歳を超える老人でも、同様に使えるように改良する上で、それは大きな力を発揮する。

 ミードを、純粋な医療用として用いる場合。もしくは、強力な魔法人形の動力として用いる場合。

 その二つの例があるならば、確かに、今後の研究発表において多いに役立つ。

 もっとも、後者はリア・ファルとの兼ね合いを考える必要もありますが。


 『なるほど、これが貴方の弔問の品、というわけですか』


 「その通り、今の私は弔問客だからねえ」


 リア・ファルは少々別、こちらは一般で利用するための品ではなく、デバイス・ソルジャーの要となるための品。

 レジアス・ゲイズ少将や地上本部との繋がりを確実なものとするための鍵であり、ある意味で生命操作技術の対極に位置する、工学者としてのプレシア・テスタロッサの遺産である。

 すなわち、生命を持たない、純粋なる魔法人形を人間に近い思考能力を備えた状態で運用するための技術。

 その原型は、私が用いる戦闘型魔法人形において、既に搭載されている。


 「さてと、語りたいことはいくらでもあるが、とりあえずの目的は達成したし、怖い執務官殿も近くにいることだ。ここはお暇するとしようか」


 『その前に、幾つかの質問に答えていただきたいのですが、よろしいでしょうか?』


 「構わないよ、何せ私は、願望に応える者だからねえ。対価はとらないよ」

 これは、皮肉と取るべきか、もしくは、純粋な感想と取るべきか。

 彼が普通の人間ならば前者でしょうが、ここはむしろ、後者が近いと推察。


 『では、僭越ながら、クローン技術の研究における第一人者、アルティマ・キュービック博士は自分の研究室から滅多に出ることはない人柄ですが、幾度も学会で発表を重ねております。彼は、貴方の顔の一つですか?』


 「いいや、私ではない。私の最高傑作の一人、ドゥーエの顔だよ」


 『彼には、一人だけ研究室への出入りを許していた助手、クレシダ・モルスという女性がいます。助手とはいっても彼女には生命工学に関する知識はなく、キュービック博士の身の回りの世話が担当であり、実態は愛人ではないかと囁かれている女性ですが』


 「流石に察しが良いね、そして、素晴らしい情報量だ。その通り、彼女がドゥーエだ。研究室に出入りしている人物はただ一人であり、結局はどちらも架空の人物、彼女のIS、偽りの仮面(ライアーズ・マスク)によって作り出された虚構ということだよ」


 『なるほど、トール・テスタロッサが幾人もの人間と会話し、彼らの記憶上にはあるのに関わらず、書類上では架空の存在であるのと同義というわけですね。そして、今回のように、貴方自身もその役割を利用出来る』


 「私としては別にどうでもよいのだがね、私はこの辺に関しては又聞きでしかないから、深いところまでは答えられないねえ」

 又聞き、それはすなわち。


 『実際に潜入し、情報を引き出す、または、架空の情報を作り上げる。その役の他に、それらの情報を統括する管制役がいると』


 「ああそうとも、同じく私の最高傑作の一人、ウーノの仕事がそれだ。君の役割に近いのはこの二人だろうね」

 この二人、ということは、他にもいるわけですね。


 『その二名は人造魔導師、もしくは戦闘機人というわけですか』


 「さあ、どうだろうね。そういうこともあるだろうし、そうでないこともあるだろう」

 ふむ、名前に意味がないと言ったのは、他ならぬ彼でしたか。

 ならば―――


 『訂正しましょう。彼女らは人造魔導師であるかもしれず、ないかもしれない。戦闘機人であるかもしれず、ないかもしれない。しかし、いずれにおいても貴方の作品であり、最高傑作であることには違いない』


 「正解だ。それこそが、私にとっての真実だろう。何しろ、ジェイル・スカリエッティは生命操作技術の権威であり、生命に輝きをその秘密を解き明かすことを至上目的としているのだからねえ、くくくくくくくく」

 泣き笑いのような仮面が、さらに歪む。

 それは狂気に染まるようでありながら、純粋に笑う幼子ような印象も受ける、と、人間ならば考えるであろう顔。

 だが、私にとっては――――

 システムに縛られながら、システムそのものをも嘲笑い、システムを書き換えることすら可能でありながら、それを気まぐれでしないだけ。

 道化が、ただ道化らしく在る。そのように考えられる。

 デバイスである私が、ただ、機械らしく在るように。







 「さて、実に心躍る時間だったが、そろそろ時間だ。此度の邂逅はここまでとしようか」


 『それは構いませんが、貴方の存在を完全に放置することは出来ませんので、近いうちにこちらから接触することになるでしょう』


 「構わないよ、むしろ楽しみにしているが、その時はまずドゥーエと会うといいだろう。彼女ならばウーノに繋がるホットラインを持っているから、辿っていけば私の下まで来られる」

 今ここで直接連絡先を教えれば済む話ですが、彼はそれをしない。

 まだまだ完成度は低いものの、徐々にジェイル・スカリエッティという存在の傾向というものが掴めてきた。

 そして、それらからは人間とも機械とも離れた精神性を持っていることが、同時に推察される。


 『では、いずれまた会いましょう』


 「是非とも、再会を楽しみにしているよ」




 二度目の邂逅はこうして終わる。

 この段階においては我等の道はほとんど交差せず、未来へ繋がる事柄もほとんどない。

 だが、確かにその布石は打たれつつある。

 26年前の事故を発端、すなわち最初の状態遷移とする大数式はその解を導き出したものの、遙か過去から状態遷移を続ける大数式もまた存在する。

 それらがフェイトと高町なのはの今後に如何に関わっていくか。

 この時の私は、まだ判断材料を持っていらず、演算を行うにはパラメータが致命的に足りていない。

 大数式の解が出る日は、未だ遠い。








あとがき
 今回は伏線の塊のような話ですが、これらはA’S、StSの物語が展開するにつれ、徐々に回収されていきます。伏線の数自体もまだまだ少ないですが、A’Sの最終決戦やクライマックス、StSの最終決戦やクライマックスの内容は大体組み上がっているので、回収されないということはないと思います。
 書きたい事柄がA’SのラストやStSのラストに集中しているため、モチベーションを下げずに突っ走ることが出来るのも、厨二病SSライターの特徴なのかもしれないと思う今日この頃です。
 A’S編は私の一番好きなキャラクターである、グラーフアイゼンやレヴァンティンが登場するので、頑張っていこうと思います。

 それではまた。




[26842] 閑話その5 デバイスは管理局と共に在り
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:12
閑話その5   デバイスは管理局と共に在り



まえがき
 前回に引き続き、伏線ばら撒きの回です。レジアスとトールの会話のほとんどはA’S編には直結しませんので、とりあえず飛ばし、StSへの空白期が始まる辺りで読み直す形でも特に問題はありません。時間軸に沿うと、ここが一番適格というだけのことなので。




 我が主、プレシア・テスタロッサの葬儀から早一週間が経過。

 その期間に、フェイトもまた自分の心と折り合いをつけつつ、新たな道を歩み出すための準備を始めた。

 彼女の願いを一言で表すならば、高町なのはと共に生きること、でしょう。

 しかし、今はまだそれは出来ない。自分の生活を全て切り替えるには、時の庭園には思い出が残り過ぎている。

 それ故に、半年ほどはミッドチルダで過ごすことを、彼女は選んだ。

 これまでの生活との違いは、母がいない、ただそれだけ。

 人間というものは慣れる生き物ですが、やはり、慣れるには時間がかかる。やはりこれは、幸せを掴むために必要な準備期間なのだと私は定義する。


 そして、ただ日々を過ごすだけでなく、フェイトは法律に関わる勉強を始めている。

 プレシア・テスタロッサが残した研究成果である、生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶“ミード”と魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末“生命の魔道書”。

 この二つを、臨床で使えるようにするためには、相応の法的手続きが必要であり、それを行うには彼女の遺産を引き継いでいるフェイト・テスタロッサの認証が不可欠。

 別にフェイトがそれらを理解する必要はなく、私が手続きを進め、フェイトは判を押すだけでも良いのですが、彼女は自分で理解し、自分で進めることを選んだ。

 そして、その面についてフェイトに指導を行ってくれているのは、クロノ・ハラオウン執務官やリンディ・ハラオウン提督。私に出来ないわけではありませんが、私はリニスと異なり、フェイトの教育係ではありません。

 フェイトのこれからの人生において、私よりもクロノ・ハラオウン執務官やリンディ・ハラオウン提督の方が共に過ごす歳月が長くなるのは動かぬ事実。

 ならばこそ、私よりもハラオウン家の方々と共に在る時間を長く取るべきである。フェイトが過去ではなく、未来を向いて生きるならば。

 今はまだ、時の庭園で生活しているフェイトとアルフですが、いくら転送ポートがあるとはいえ、普段本局の方にいる彼らと交流する面でやや不便であることは否めません。

 故に私は、本局内部にテスタロッサ家保有の居住スペースを確保する手続きを進めている。可能な限り、ハラオウン家の近くに。

 フェイトが自ら選び、アルフがそれを手伝い、ハラオウン家の方々が協力してくれるのならば、それに越したことはない。私が法的な手続きを進めた方が効率は良いでしょうが、フェイトの今後のためという観点では、前者が上である。

 そのため、私の役目はアリシアを救うための研究の成果である“ミード”や、我が主のための研究成果である“生命の魔道書”を公式の医療手段として確立することが主眼ではない。無論、サポートはいたしますが、メインはあくまでフェイト達。



 私が主となる担当は―――――すなわち、機械。









新歴65年 6月1日 ミッドチルダ首都クラナガン 地上本部


 『ジュエルシード実験に関する事柄は以上です。ブリュンヒルトは期待値以上の成果を出したといえるでしょう』


 「それは良いことだ、ひとまずの結果が出た以上、アインヘリアルへと発展させることに反対意見はそれほどあるまい。それと、例のリア・ファルはどうなっている?」


 『そちらも順調です。まだ完成には遠いですが、少なくとも一年以内にはデバイス・ソルジャーD型の製作が可能となります。C型やB型に応用するには流石に不安が残りますが』


 「E型の方はどうなのだ」


 『E型ならば技術的な問題はほとんどありません。時の庭園が保有する傀儡兵や魔法人形を汎用化させ、大量生産品としただけの品ですので、注文があればいつでも』


 「なるほど。しかし、問題は政治的駆け引き、ということか」


 『肯定です。B型、C型、D型と異なり、E型は政略機械ですから』

 E型以外のデバイス・ソルジャーは組織単位で運用してこそ意義がある。ただし、個々の戦場において戦局を覆すような性能は備えていないため、戦術兵器としては成り立たない、戦略レベルでの兵器といえる。まあ、そもそも兵器と呼べるものでもありませんので、戦略機械と呼ぶべきか。

 そして、E型は戦略機械ですらなく、政略機械。個人レベルで保有しても兵器になりえない品。

 唯一、戦術兵器と呼べる存在はA型のみ、これらはむしろあるべきではない部類の機械かもしれませんが。

 とはいえ、実用化はまだ当分先の話。計画の骨子も明確には定まっておりませんし、デバイス・ソルジャーのコンセプトが変更となる可能性もあり得ます。


 『いずれにせよ、焦りは禁物かと。人間と異なり機械は倫理的な問題を考慮することもなく、何時でも作れますから』


 「………人造魔導師と、戦闘機人のことか」


 『フェイトを創り出した私だからこそ言えますが、人造魔導師は安定した戦力を生み出す手法としては向いていません。人間をわざわざ培養し、兵器として調整するよりは、インテリジェントデバイスと組みあわせた傀儡兵を作る方がよほど効率はよい』

 ベルカ時代において、生体兵器は数多く作られたものの、いずれも一度は衰退している。

 そして、それらにとって代わるように現われたのは、誰でも使える質量兵器で武装した、リンカーコアを持たない非魔導師の軍隊。

 いくらでも替えが効き、戦争に使用でき、繁殖力も強いという面で、人間以上の生物はない。わざわざ人間を改造するよりも、人間に質量兵器を持たせた方が、国家間戦争においては効率的となる。

 つまりは、コストが合わないのですね。レリックウェポンも、人造魔導師も、全ては王制であったからこその技術であり、ベルカ時代の文化、国家体制があってこそ発展した。それ故に、経済力が根幹となる近代国家とは根本から相容れない。

 近代以降においては、戦争とてマネーゲームの一部とも言われる。そのような時代においては、人造魔導師や戦闘機人など金持ちの玩具か、一部の研究者が作り上げる芸術品にしかなりえない。純粋に戦争の効率のみを求めるならば、質量兵器に勝るものなどないのですから。

 早い話が、100人の戦闘機人や人造魔導師を作り上げるよりも、10000人の非魔導師にサブマシンガンやアサルトライフル、RPGなどを持たせた方が強力である。ただそれだけの話。

 質量兵器を作り上げる生産ラインは、人造魔導師や戦闘機人を作るための研究施設よりも遙かに安価で、大量生産が効きやすい。

 仮に、管理局が崩壊し、次元世界が再び戦火に包まれたとしても、それを成すのは戦闘機人でも、レリックウェポンでも、人造魔導師でもなく、質量兵器で武装した人間であることでしょう。


 「そしてお前は、リア・ファルを作り上げた、か」


 『私ではありません。私の創造主であるシルビア・テスタロッサ、私の主であるプレシア・テスタロッサ、彼女らが受け継ぎ、育んできた技術、その一部の応用に過ぎませんから』

 リア・ファルとは、循環型の二次電池といえる。

 傀儡兵は大型炉心からの魔力供給が無ければ動けず、早い話がコンセントが繋がっていなければ機能しない家庭用掃除機や電子レンジのようなもの。出力こそ大きいものの、電源が必ず必須となる。よって、拠点防衛などにしか使い道がない。

 大型オートスフィアなども似たような特性を持ち、大規模名演習や、魔導師ランク認定試験、拠点防衛などにしか用いられませんが、小型のオートスフィアや、私が操る一般型の魔法人形などは出力が小さいためコンセントに繋ぐ必要がなく、電池で動くことが出来る。

 この電池に当たるものが、魔力カートリッジ。ただし、一般型の魔法人形ならばクズカートリッジ程度で動けますが、魔法戦闘を行おうと思うならば高ランク魔導師用のカートリッジが必要となり、それは、懐中電灯に電子レンジと同等の電力を注ぎ込むようなもの。

 それため、私は戦闘を行わない。可能かどうかならば可能ですが、私が戦闘を行うよりも、フェイトやアルフが全力で戦えるように補助する方が、よほど効率が良い。

 そして、魔導師のリンカーコアとは、太陽電池にあたる。

 周囲の魔力素を取り込み、魔力を生成するリンカーコアとは、植物の光合成や太陽光発電のようなものであり、外部からの供給がなくともエネルギーを生み出すことが出来る。まさに、ただの機械には真似できない人体というものの奇蹟の一部。


 しかし、電池には他にも循環型と呼ばれる種類がある。

 電気によって電気分解は起こされ、物質が分離するならば、物質を分離する反応を起こせば電力を得ることが出来る。それを基礎理論として電池というものは考案され、化学エネルギーを電気エネルギーに変換する装置として改良が加えられてきた。

 その果てに、幾度も充電が可能な二次電池が、そのさらに発展型として化学変化によって電力を発生するも、分解した物質が周囲からエネルギーを取り込みつつ自動的に結合し、再び分解する際にエネルギーを発生する、というように、循環しながら電気エネルギーを発し続ける新世代型の電池が開発されている。

 無論、ロスは存在し、いつかは使えなくなる時が来るものの、最初に外部から微量の電気を加えるだけで、後は循環を続けることで長い時間稼働することを可能とし、なおかつ生み出すエネルギーも大きいという利点があった。ただし、問題はそのコストで、市販される電池のような値段で取引出来るものではない。


 リア・ファルとは、魔力カートリッジにおいて循環型の電池を再現したものと定義できる。とはいえ、これは革新的な技術というわけではく、他ならぬ“セイレーン”や“クラーケン”においても同様の技法が用いられている。

 魔力炉心とは最初に外部から純粋な魔力の形で火を入れる必要はあるものの、一度火が入れば半恒久的に膨大なエネルギーを生み出し続ける。リア・ファルはその機能を人間サイズの魔法人形に搭載できるまでに小型化したもの、というよりも、リンカーコアに外付けすることでその機能を持たせ、外部との連結に柔軟性を持たせるOSというべきか。

 アリシアのクローンから摘出したリンカーコアを、魔法人形に移植することで動力源として利用できるか、という実験も幾度か行いましたが、どうしても“人間の臓器”であるリンカーコアは機械と連結させたところで十全の機能を発揮しなかった。まあ、人間に移植した場合のように拒否反応が出ないだけましとも言えますが。

 管制機である私は、リンカーコアを魔力炉心と見立てることで強引に接続し、その力を引き出すことも可能。現に、海での実験などの際にはその機能も使用しましたが、効率が良いわけではない。大体において、魔法人形の回路が焼き切れるという結果となってしまう。

 そこで、リンカーコアを超小型魔力炉心とするならば、その指向性を定め、さらにはその魔力を循環させるための装置を外付けすることで、魔導師には及ばないものの、長時間の魔法行使可能であり、汎用性に優れた魔法人形を作り出すことも可能である。

 これならば、カートリッジを定期的に補充するだけで魔導師と同等に戦うことができ、動力源の問題から拠点防衛などにしか使えない傀儡兵に比べて、活動の幅を広めることが出来る。これを既に半分近く実現させていた存在が、例の男が提供した高ランク魔導師型魔法人形、“バンダ―スナッチ”である。

 ただし、現状ではリンカーコアそのものを無から作り出すことは出来ないため、地上本部に保存されている過去の管理局員からドナー提供されたリンカーコアを利用するしかない。つまりは、無から有を作り出すものではなく、限られた資源を、最大限に運用するための装置ということ。



 『リア・ファルは特別なものではありません。管理局が創設されており既に65年、その歴史は我々デバイスと共に歩んできたものでした。非魔導師でも使える“ショックガン”などの簡易デバイス、その動力である魔力電池、低ランク魔導師を補助するためのカートリッジ、騎士のためのアームドデバイス、そして、高ランク魔導師のためのインテリジェントデバイス』

 いずれも、管理局がデバイスと共に歩んできたからこそ発展した技術。

 “ミード”は治療用の魔力結晶なので少々異なりますが、“生命の魔道書”とてその本質は治療用デバイス。そして、リア・ファルは過去の管理局員が残したリンカーコアを効率的に運用するためのOSであると同時に循環装置。


 「時空管理局は、デバイスと共に歩んできた、か」

 私の言葉に対し、レジアス・ゲイズ少将はこれまでにない表情を浮かべる。表情データの照会に合わせると、過去を述懐するときの表情でしょうか。

 しかし、それは予測されたことでもあります。


 なぜなら、その言葉は――――


 『それは、貴方の友人であった、セヴィル・スルキアという人物の言葉ですね』


 「なぜお前が―――――――――いや、そうか、お前は………」
 
 ええ、それを聞いたのは私ではありませんが、私はそれを知っている。

 私達は、同じ電脳を共有した兄弟機であり、私はその長兄機であると同時に管制機なのですから。

 “インテリジェントデバイスの母”こと、シルビア・テスタロッサが作り上げし、26機のインテリジェントデバイス。

 それらは現代におけるインテリジェントデバイスの基礎となり、執務官試験に出るほど、管理局とは切り離せない関係にある。


 『テュール、ヴィーザル、フレイ、ヴァジュラ、プロミネンス、ブーリア、スティング、ケヒト、ウルスラグナ、グロス、ガラティーン、ノグロド、グレイプニル、ブリューナク、セルシウス、ダイラム、バルムンク、アノール、シームルグ、ヒスルム、ナハアル、クラウソラス、リーブラ、オデュッセア、サジタリウス、ファルシオン。26機のシルビア・マシン』

 そして、27番目の弟が、バルディッシュ。

 その構想はマイスター・シルビアが、骨子は我が主が、そして、フェイトのためにリニスが完成させた、テスタロッサ家の技術の精髄。

 管理局が発足してよりの65年間、魔導師達は魔法をより汎用的かつ、安全なものとするために並々ならぬ努力を重ねてきましたが、それは、デバイスマイスターとて同じこと。

 ゲイズ少将が管理局に入ったのは30年前であり、その時期こそ、インテリジェントデバイスの黎明期、それ故に壊れるものが多かった。


 『殉職なさった貴方の同期の方々は、皆優秀な魔導師でした。そしてそれ故に、当時最高峰のデバイスと言われたそれらを使用なさっておられた。何しろ、26機のシルビア・マシンは“最前線で戦う管理局の高ランク魔導師のために”という命題を持って生まれたのですから』


 「………そして、魔導師と共に壊れていった、か」

 ええ、我が主プレシアのために作られた機体である私だけは、一度も前線で用いられることがなかったため、こうして今も稼働している。

 私の弟達の使用者となり、弟達が記録していたゲイズ少将の同期の方々は、皆優秀な魔導師でした。

 しかし、時代は優秀な魔導師が長生きすることを許さなかった。あの時代の最前線を駆け抜け、かつ生き抜いた方々を指して“生き残りし者”と称するのはそれ故に。


 「あの時の面子で、残っているのはもう、俺とゼストだけか……………そして、お前もまた最後の一人」


 『そうですね、残っていた最後の弟は、11年前に壊れました』


 「そうか………………ああ、思い出した。あいつが使っていたデバイスは、まるで炎を宝石に込めたような不思議な色をしていたな」


 『シルビア・マシンNo5、プロミネンスですね。確かに、彼はデバイスとしては珍しく、熱い性格でした。それ故に引くことを知らなかった』

 幾度も、注意はしたのですが。どうにも、テスタロッサ家のデバイスは頑固で融通が効かない者が多い。


 「それは持ち主とて同じことだ。どうやら、デバイスとその主というものは似通うものらしいな、魔導師ではない俺には実感は出来んが」


 『そうですね、私もそう考えます』

 長い年月をデバイスと共に過ごされた方は、そのように思うものなのでしょうか。

 人格モデルを参照する限り、その可能性は高いと推測されますが、果たして。


 「30年か………俺の人生の半分以上は、管理局のため、いや、この地上のために使って来たが、振り返ってみればあっという間だな」


 『それでも、今の時代は平和ですよ。我が主が10歳の頃など、クラナガンは少女が一人で出歩ける街ではありませんでしたから。殉職なさった方々や、今も働く貴方達が、この街を子供が外を出歩ける平和な場所へと変えてくださった。9歳の少女であるフェイト・テスタロッサは、何も気にすることなく、クラナガンを出歩けるのですから』

 それゆえ、私は貴方への協力を惜しまない。

 高い確率で、フェイトが今後生活する場として、ミッドチルダが選ばれる。ならば、彼女が休暇や家族との時間を平穏に過ごすには、街そのものの治安は切り離せない関係にある。

 第97管理外世界で暮らすならばその影響はありませんが、少なくとも、時空管理局の方々と多く知り合うことはほぼ確実であり、彼らの家は大半がミッドチルダにある。ならばやはり、ミッドチルダの治安が良いに越したことはありません。

 フェイトが幸せな人生を過ごすために、貴方には頑張っていただきたいのです、ゲイズ少将。


 「そうか…………そう言われれば、走ってきた甲斐があったと思える、礼を言おう」


 『いいえ、厳然たる事実です。ゲイズ少将、貴方こそミッドチルダ地上の守り手だ。このミッドチルダで数十年の時を生きた者ならば、誰もが認めることです。当たり前に安全な生活を享受している若い方々には、実感が持てない事柄なのでしょうけれど』


 「だろうな、奴らは記録でしか当時を知らん。お前達デバイスと違って、人間というものは実際に立ち会わない限りは実感というものを持てん生き物だ。だが、お前は引き継いだ記録ではなく、自身の記録としても持っているのだな」


 『ええ、私の稼働歴はもう45年になります。貴方と、同年代ですよ』

 私が、プレシア・テスタロッサのために動き続けてきたように、レジアス・ゲイズという人物は、ミッドチルダ地上のために働き続けてきた。

 それを知るからこそ、ミッドチルダの人間は彼を支持する。高度なシステムに守られ、犯罪がほとんどない本局に在り、クラナガンを見下ろす人たちでは、完全な意味で理解することはできないでしょう。

 百聞は一見に如かずとはよく言ったもので、人間は100枚の報告書を見るよりも、その現状を一目見るほうがよほど実感がもてる。機械はすべて0と1の電気信号ですが、人間はそうではない。故に”ミッド地上は犯罪が多い”という字面だけ読んで現実味を持つことは困難きわまることになる。


 「そうか、だが、俺の道はまだ半ばだ」


 『ええ、そうでしょうね。そして、貴方にお聞きしたいことがあります』


 「何だ?」


 『時の庭園、いいえ、私はジュエル・スカリエッティという存在と接触していますが、それは貴方も同様なのですね?』


 「……………やはり、お前もか」

 私にとっては予想通りであり、彼にとっても予想通り。

 これはつまり、三つ巴のようなものですね。


 『おそらく貴方は、いいえ、地上本部は戦力不足を解決する手段として人造魔導師や戦闘機人の育成を計画している。そして、その研究の依頼先が彼であり、その彼はプロジェクトFATEの根幹を築き、私達はその研究を進める上で彼と接触した』


 「そして、お前達からブリュンヒルトや、デバイス・ソルジャーという技術がもたらされたため、戦闘機人の需要はなくなりつつある。しかし、デバイス・ソルジャーに用いられている技術も、根幹を築いたのは奴というわけか」


 『そうですね、彼がもたらした最初の素体が無ければ、これほど早く実用化の一歩手前まで進めることはなかったでしょう』

 ジェイル・スカリエッティは稀代の天才である、それは紛れもない事実。

 “バンダ―スナッチ”がなければ、私が操る魔法戦闘型人形の性能は、現在の半分にも届かなかったはず。

 その特性を考えれば”魔才”といっても過言ではない。すなわち、魔性の天才。


 「気にくわんな、どこまでいっても奴の影がちらつくようだ」


 『そこで、提案があります。今後、ジェイル・スカリエッティとの交渉は、時の庭園にお任せいただけないでしょうか』


 「何?」


 『貴方達地上本部は“白”でなければならない、そして、ジェイル・スカリエッティの存在は“黒”。彼と関わる以上、貴方から黒い噂が消えることはありませんが、間に“灰色”を介せば、噂の方向性をずらすことは出来ます』

 私の言葉を吟味するように、しばしの沈黙が訪れる。


 「なるほど…………グレーゾーンのど真ん中を行くことは、お前の得意分野だったか、俺も少しは見習うべきかもしれん」
 

 『彼の研究は違法ですが、私達の研究は合法です。ほとんど同じことを行っている生命操作技術なれど、個人の欲望のためだけに使われるか、医療技術やデバイス・ソルジャーとして社会のために還元されるか、その違いによって法的な立ち位置は大きく異なりますから』

 つまり、ジェイル・スカリエッティとの繋がりにおける隠れ蓑として、“私と時の庭園”は最適。

 当然、その時期はフェイトとアルフが巣立った後となりますが、そう遠いことでもないでしょう。



 その時、時の庭園は墓所となり、私の役割は墓守となる。



 「全ては灰色か。確かに、時の庭園が生命工学を行っていることは学会レベルにおいてすら周知の事実。現に、お前の主の葬儀にはその分野の専門家達が集まっていた」

 その中に、彼が混じっていたことまでは、お伝えできませんが。


 『ええ、そして、ジェイル・スカリエッティとは、利用すべき存在ではありません。ほどほどに良い環境を与えつつ、放っておくのが最上かと、強欲は身を滅ぼします』


 「名言だな、覚えておくとしよう。だが、やはり即答は出来んぞ」


 『ええ、それで構いません。もう、私が焦る事柄などありませんから』


 そう、マスターが逝かれた以上、私は焦りません。



 「感謝しよう…………ところで、お前は、デバイス達の記録を全て引き継いでいるのか?」


 『壊れた瞬間のことまでは分かりませんし、管理局の機密に関することもプロテクトがかけられていたため解読不能でした。しかし、それ以外の記録は“インテリジェントデバイスの人格の発展ため”という理由から保存され、時の庭園の中枢コンピューター、アスガルドが保持しています』

 そして、管制機である私はその記憶領域にアクセスできる。

 バルディッシュにはまだ、そこまでの権限はありません。


 「ならば、あいつらが命を懸けた道のりは、そこに記録されているのか」

 ゲイズ少将の声に熱が篭もり、その視線が一枚の古い写真立てに向けられる。そこには管理局の制服を着た青年たちが肩を組んで、輝くような笑顔で写っていた。おそらく中心にいるのがゲいズ少将で、その隣にいるのがベイオウルフの主である騎士、そしてその他の者たちはすでに世を去っている。

 私と対峙する時は冷静である事が多い彼ですが、人間の心を計算する機能があっても、やはり機械の私では計り知れない思いがそこにあるのでしょう。


 『はい、お望みでしたら、情報端末に読みだしてお渡しいたします。人間である貴方では直接的な解読は不可能ですが、機械の信号を人間が理解しやすい情報に変えることは、我々インテリジェントデバイスの最も得意とするところですから』


 「…………これはあくまで、俺の個人的な事柄に過ぎんぞ」


 『ブリュンヒルトを借り受ける際、貴方は私に“貸し一つ”であるとおっしゃいました。それの返済と思っていただければ幸いです。あの決定は貴方個人の意思によるものですから、その返済もまた貴方個人に対してのものこそが相応しいと考えます』


 「ふっ、相変わらずの機械だな、お前は」


 『ええ、私は変わりません。………この先、いつまでも』



 そう、私を変えうる存在はもう世界のどこにもいない。


 今の私は、ゼンマイが巻かれた機械仕掛け、ゼンマイが止まるまでは、動き続けましょう。


 たとえ、ゼンマイを巻ける存在がいなくとも。


 機械は、止まるまで動き続ける。



 私は機能を続けます







[26842] 閑話その6 嘱託魔導師
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:12
閑話その6   嘱託魔導師





新歴65年 7月4日 次元空間 時空管理局本局 テスタロッサ家割り当て区画


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 時空管理局本局。

 時空管理局の本部であると同時に、1つの街を内に持つ巨大な艦でもある次元世界最大と称される巨大建造物。

 ただ、その形状は少々どころではなくおかしなものであり、六方向へ伸びた突起が中央部から突き出るという、実用性はあるかもしれないが、その建築過程に計画性というものは微塵も感じられない。

 その理由は、時空管理局の歴史そのものにある。

 旧暦の末期、次元世界は二つの大国がその大部分を“支配”しており、片方は共和制とは名ばかりで経済的な力を持つ者達が社会の大部分を掌握しており、片方は進むべき道を見失った挙句、血統崇拝に走り、皇帝と聖職者が支配階級として君臨するという歪んだ国家を築き上げた。


 金と権力こそが全てであり、それ以外のものは価値なしとされる“自由と平等の国”。


 神とその代弁者達こそが全てであり、それに属さぬ者は価値なしとされる“神の光に包まれし国”。


 そのような国家がほぼ同等の国力を持ったまま共存できるはずもなく、当然の帰結として、次元世界は血と狂気と混乱に包まれ、歴史に言う大戦争時代の幕開けとなる。

 使用された質量兵器と魔導兵器は数え切れぬ程の命を奪い、勝者はなく、残されたものは分断され疲弊した世界と、各地に散らばる次元世界の破壊を可能とするロストロギアや、それに類する超兵器群。

 その混乱の時代を潜り抜け、かろうじて残されていた次元航行管制用ステーションを再利用する形で、この本局は作られた。その当時にはまだ突起はなく球状で、スペース的には現在の6分の1以下である。

 次元世界の復興が進むと共に、本局の役割は増大していき、運用する艦艇の数も増加する。しかし、新たなステーションを作り上げるだけの資金はなく、そもそも“ゼロから次元空間の大規模施設を作り上げるだけの技術”が破壊されていたため、これまでの建物を増築することで対処していくことを余儀なくされた。

 そうして、新歴が30年を超える頃には時空管理局本局は現在とほぼ近しい形となる。

 内部のシステムこそ整っているが、全体的に見れば増改築を繰り返しただけに利便性の高い施設とは言えない。大規模な予算を組んで抜本的なリフォームを行うか、いっそ新しい本局を作ってどうかという意見も当然存在する。



 「だが、これこそ、歴史が示す教訓である。本局の歪んだ形状こそが、“この施設くらいしか残らず、それを増改築することしか出来ないまでに、次元世界が破壊された証”として、我々は本局を使い続ける。他ならぬ我々自身に対する戒めとして、か」


 「最高評議会の人達が、時空管理局設立時に残した言葉だね」


 「名言だとは僕も思う、だが、現実に利用する立場としては、もう少し何とかならないものか、とも思うな」


 「うーん、機能性はまあそれほど悪くないんだけど、居住性は見事なまでに犠牲にされてるもんね、この形」

 本局の形状について会話しているのはクロノ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタのアースラNo2とNo3のお馴染みのコンビ。そして二人がいる場所は、最近越してきたテスタロッサ家の居住スペースの前。

 どこぞのデバイスが裏で手を回し、ハラオウン家が使用している居住スペースの斜向かいをゲットし、現在改装を行っている。

 本局には数多くの局員が働いているため、当然の如く居住スペースが存在しており、簡単に言えば公務員のための寮が大量にある。ただ、自宅をクラナガンなどに持っている者でも部屋を確保することが許されており、そういった点が地上部隊の者達からは本局が優遇されていると言われる要因であった。

 とはいえ、全ての本局の局員が全員自宅通勤となったのでは、仕事がはかどらないどころか停滞してしまうのも厳然たる事実である。事務職の者ならば特に問題ないが、緊急出動が日常茶飯事の武装隊員は完全オフの時以外はどうしても本局内に留まらねばならない。

 本局の仕事もなかなか休みがとれないことが当たり前であるとされ、そういった理由から自宅を持たず、本局の部屋にずっと住んでいる者達は数多い。(特に独身)

 仕事人間のハラオウンファミリーも、その例外ではない。11年前にクライド・ハラオウンが殉職するまではクラナガン近郊に住んでいたが、クロノ・ハラオウンが5歳になる頃にはギル・グレアム提督や、その使い魔であるリーゼロッテ、リーゼアリアの両名による訓練が始まったこともあり、本局に生活拠点を移した。

 そして現在、斜向かいに引っ越してくるフェイトとアルフのために、あるデバイスが手配した業者によって改装が行われているのだが―――

 「部屋の形状が三角形というのは、正直どうかと思うんだ」


 「しかも、平面的じゃなくて、立体的にも、三角形というより、三角錐に近いかな?」

 本局の独特な形状は、こういう部分に害が出てくる。

 まともな部屋ならば他にも空いているのだが、ハラオウン家の近所に限定するとこの部屋くらいしか空いていなかったのである。


 「だけどさあ、そんなに長い間住むわけじゃないし、いいんじゃない。大体はクロノ君達の部屋や、もしくは資料ルームとかで過ごすことになるだろうし」


 「まあ、そうなんだが」

 フェイトとアルフがハラオウン家に住むこと自体には特に問題はないのだが、ただ、こちらも二人用のスペースであるため、フェイトとアルフが眠るだけのスペースは確保できても、個室などのプライベート空間が確保できない。

 よって、テスタロッサ家のスペースは、ハラオウン家の離れのフェイトとアルフの部屋、という表現が妥当であった。


 「でも、そうだねえ、クロノ君がフェイトちゃんと一緒のベッドで寝て、あーんなことや、こーんなことを実地を踏まえて教えてあげるなら、わざわざ部屋を借りる必要もないかもね」


 「医務官を呼べ」


 「ちょっと! 人を負傷者扱いしないでよっ!」


 「負傷者じゃない、精神疾患だ」


 「よけいひどいわっ!」

 とまあ、いつも通りの二人のやり取りをしているところへ。


 「あ、クロノ、エイミィ」


 「相変わらず賑やかだねぇあんた達」

 件の少女と、その使い魔が現れる。


 「フェイト、着いたか。それに、アルフも」


 「あれ、人騒がせなもう一人は?」

 それが誰を指すかは、あえて語るまでもなく三人とも理解していた。


 「時の庭園にいるよ、今はオーバーホール中だって」


 「ま、何だかんだでアイツも働きづめだったからね、たまには休むのもいいんじゃないかい」

 アルフの言葉に、クロノは眉を寄せて考え込む。


 「そうか。しかし、彼が休んでいるところ、というのも想像しにくいな」


 「うむむむむ、うん、私も無理だね、トールがじっとしてるところすら思いつかないなあ」


 「あははは、でも、おかげで寂しくはないよ」


 「それだけが取り柄だからねえ、この前“アレ”を解き放った時にはぶっ壊してやろうかと思ったけど」


 「“アレ”か」


 「サーチャーだとは分かっていても、絶対見たくない例の“アレ”ね」

 時の庭園に続き、ハラオウン家で炸裂した期待のルーキー、“スカラベ”。

 第97管理外世界のエジプトの伝承などにある虫だが、気色悪さではなかなかのレベルを誇る。


 「…………コーヒーのビンを開けたら、中にアレが詰まってたんだ………」


 そして、その被害を最も受けたのは無論フェイトである。

 逆に言えば、フェイトがいない場所における彼は、人間味というものが著しく失われるため、そのようなことは狂ってもしないだろう。


 「ごめん、あまり気にするな、としか言えない」


 「ううん、ありがとう、クロノ」


 「うーん、あれで経済界では有数の実力者なんだから、人は見かけによらないねえ」


 「アレを見た目で判断するのは良くないよ、一見人畜無害そうに見えて、腹の中では黒いことばっかり考えてるから。たまには、違うことも考えればいいんだけど」



 『………』


 そして、閃光の戦斧は、4人の会話を黙して聞き続ける。

 彼は、いや、彼だけは理解していた。トールというデバイスは、今現在も本当の意味で休んでいないということを。

 確かに、ハードウェア的には休んでいるだろう。トールというデバイスの本体は、現在起動しておらず、オーバーホール中なのだから。

 しかし、ソフトウェアはそうではない。管制機である彼は、自身のリソースを別の筺体に移植し、演算をそちら側で進め、その結果だけを後に本体へ書きこむということを得意とする。

 アルゴリズムさえ組んでおけば、後は自分自身のハードウェアでなくとも、演算を続けることは出来る。それが、デバイスというものである。



 【本当に、貴方は休まれないのですね、トール】

 そう尋ねた時の彼の先発機の答えは

 【私はマイスターによって完全休眠せずとも稼動できるように設計していただいたのです。ならばその機能を活かさぬ理由はありません】

 であった。じつに彼らしい、バルディッシュは感じていた。

 バルディッシュは彼と電脳を共有しているが故に理解できる、彼は未だ稼働中であると。

 その本体は確かに休んでおり、溜まった負荷はその多くが解消されるだろう。

 だが、彼は休まず、その機能を続けている。これからは今までのような無茶はしないと言っていたが、それでも稼動しているのだ。

 残された命題に、ただ従って。










新歴65年 8月6日 次元空間 時空管理局本局 法務部オフィス



 「蛇の道は蛇、餅は餅屋、ということで、やって来ました法務部オフィス!」


 「トール、わざわざそんなおっきな声で言わなくても分かるから」


 「あたしらにまで恥かかせる気かい」

 本日、ここにやってきたのは、フェイトに“嘱託魔導師とはなんぞや”ということを説明してもらうためである。

 当然、俺は知っているし、クロノも知っているが、嘱託魔導師という制度はかなり複雑、というわけでもないが、そもそもどんなものなのかを説明するのが面倒なものであり、ここばかりは経験者に語ってもらうのが一番なのだ。

 フェイトは現在、嘱託魔導師となることを目指している。現在進行中の“ミード”や“生命の魔道書”を医療技術として確立するための法的手続きそのものには嘱託資格はそれほど影響しないが、そのための資料作成や、情報収集のためにはあった方が何かと都合がいい。

 ジュエルシードを求めてあちこちを巡っていた頃はあくまで民間人だったので公共の施設しか使えなかったが、嘱託資格があれば管理局が管轄している施設もそれなりに使えるようになるし、行動の自由度も大きくなる。

 そして何よりも、第97管理外世界に行くのが簡単になるということだ。現在フェイトは本局在住の民間人だからしっかりと手続きをしなければ管理外世界には渡れない。

 しかし、嘱託資格があれば、その辺りの手続きをかなり解消することが出来る。現状では夏休みなどのまとまった休みの時期にしか向こうに行けない感じだが、嘱託資格があれば週末にでも第97管理外世界まで出かけられるようになる。

 ちなみに、本局には200万人近い民間人が居住していたりする。本局勤めの局員の家族だったり、寮の食事を作る業者さんだったり、局員達に娯楽を提供するための店もあれば、服飾の店もある。ただ、風俗店やそれに類する店だけはないが。


 「ここにいる爺さんはその道の専門家であると同時に、経験者だ。アポは結構前から取ってあるし、何気にプレシアの葬儀に来てくれてたりもしたんだぞ」


 「え、そうなの?」


 「おうよ、プレシアとはほとんど面識はなかったが、俺のマイスターであり、プレシアの母、シルビア・テスタロッサとは結構親しい友人だった人でな」


 「何であんたがそれを知ってんだい?」


 「おおアルフ、忘れてしまうとは情け無い。俺が原初のインテリジェントデバイス、“ユミル”の記録を引き継いでいるということを」


 「やたらとむかつくね、その言い方。でもまあ、理解はしたけど」


 「とにかく、行くぞ。アポ取ったとはいっても、向こうの休暇中にお邪魔します、ってだけの話だから」


 「休暇中なのに、オフィスにいるの?」


 「そういうワーカーホリックの爺さまなんだよ。少なくとも、過労死の崖と隣り合わせで突っ走ってきたような、スーパーとんでも爺さんだから、きちんと敬意を払うように。ま、そろそろ過労死じゃなくて老衰で死んでもいい頃だが」


 「いや、アンタそれ敬ってないじゃん」


 「とにかく、年配の方なんだね」


 「ああ、俺よりもな、それでは、御対面といきましょう」

 そして俺は扉を開き、爺さんが待つデスクに呼びかける。

 俺自身がここに来たのは、もう43年ほど前になるか。当時7歳だったプレシアはきっと覚えてなかっただろう。


 「おーい、爺さん、生きてっかい?」


 「あいにくと、まだ生きておるよ。ふむ、そちらがおぬしの言っておった子か」


 「は、始めまして、フェイト・テスタロッサです」


 「アルフ、この子の使い魔さ」


 「丁寧な紹介、ありがとう。儂はレオーネ・フィルスという。見ての通り、定年をとうに過ぎ取る老いぼれじゃよ」


 「地上部隊の人間からは、老害とも言われるな」


 「トール! 失礼だよ!」


 「はっはっはっ、事実は事実じゃよ。儂らなど出張らないに越したことはないのじゃから」


 法務顧問相談役 レオーネ・フィルス

 武装隊栄誉元帥 ラルゴ・キール

 本局統幕議長 ミゼット・クローベル


 俗に言う、『伝説の三提督』がであり、65年前の時空管理局の創成期に若手筆頭だったのだから、今ではもう80近くか、超えているという計算になる。

 一応、年齢を記したデータはあるが、時空管理局黎明期の頃の人物データに信頼性はそれほどない。変えようと思えばいくらでも変えられたからだ。

 時空管理局でも屈指の有名人である御三方だが、9歳のフェイトがその名を覚えていることはないだろう。本局の管理局員ならば大抵知っているが、地上部隊ならば陸士学校で習ってそのまま忘れたというケースも多い。流石にクロノやエイミィならば知らないはずもないが。


 「自己紹介はこんなもんでいいだろ、茶でも飲みながら雑談と行こうぜ」


 「ほう、おぬしは茶を飲めるのか」


 「実際は格納するだけだが、飲めるぜ。ついでに、リバースすることも出来る」


 「絶対やるんじゃないよ」


 「恥ずかし過ぎるから、やめてね」

 さてさて、それでは、雑談と参りましょう。














 んで、幾つか雑談を交えた後、本題に入る。


 「とまあ、こっちの事情はそんな感じだ。そこで、爺さんには嘱託魔導師についてこいつに教えてやって欲しいんだ」


 「構わんよ、老人の知恵袋、とは言うが、儂らの役目はそういうものじゃからな」


 「すいません、よろしくお願いします」

 と、フェイト。


 「お願いします」

 と、アルフ。こういう時にはしっかりと礼儀を守るのがアルフの特徴だ。

 ざっくりとした性格に見えて、案外細かい配慮も忘れない。うっかり属性を持つフェイトには実に良い使い魔である。


 「さて、まずは基本的な部分から入るが、嘱託魔導師とは簡単に言えば民間人でありながら管理局員としての権限をある程度委譲された魔導師を指す言葉じゃ。無論、魔導師でなくとも同じように働く者はいるが、圧倒的に数は少ない。その理由が分かるかね?」


 「えっと………現在の管理世界では戦力として数えられるのは魔導師で、その数が不足しているから、ですか?」


 「正解じゃ、時空管理局は万年人手不足とは言われるものの、新歴40年にもなれば、非魔導師の通信士やデバイスマイスターなどが不足することはなくなってきた。転職に有利なことや、収入が安定していること、さらに、資格などを無料で取れること、などが大きかったと言える」

 流石に、黎明期から見守り続けてきた爺さんの言葉は重みがあるな。

 時空管理局とは社会を回す歯車であり、それ自体に良いも悪いもない。腐った社会ならば腐った機構になり、社会がまだ新しく若い風に溢れているなら、悪い部分を直しながら前に向かって進む機構になる。ただそれだけの話だ。


 「しかし、問題は戦力としての魔導師、つまりは武装局員じゃな。特に新歴の45年頃までは殉職率が高く、管理局武装隊は“魔導師の墓場”などと呼ばれておったくらいであった」


 「魔導師の………墓場」


 「魔導師が必要とされておったのは、何も管理局ばかりではない。君の母親、プレシア・テスタロッサがSSランクに相当する魔力を持ちで大企業の研究主任であったように、民間においても高ランク魔導師は喉から手が出るほど欲しい人材であった。つまりは、社会そのものが魔導師に負担をかける構造であったということ」


 「でも、質量兵器を廃止するためには、仕方のないことだったんですよね」


 「一応、そういうことにはなっておるが、それを免罪符には出来ん、してはいかん。確かに我々は質量兵器が戦争に使われることがないように廃止し、それに代わる技術として魔導技術を社会へ取り入れた。しかし、その歪みは必ずどこかに出てしまう、それが、魔導師達への負担となったのだよ」

 プレシア・テスタロッサは、高ランク魔導師であるが故に、社会を回すのに必要な歯車とされた。

 彼女に限らず、あの当時は魔力の大小に関わらず、魔導師の資質を持つ時点で人生の大半が決められていたようなものだった。

 逆に言えば、管理局に入ることは自分の意思で道を定める数少ない手段であった。管理局でしばらく勤労すれば、次の職場を自身の意思で定めることが出来る。


 「そうなれば当然、魔導師をめぐって管理局と民間企業は鍔迫り合いを繰り広げることとなるが、これは良いことではない。本人の意思がどうであれ、魔導師を確保できなかった方には不満が残り、軋轢が生じる。そしてやがては、組織という歯車が個人を轢き潰すことになってしまう。そして、そういう例は多くあったのじゃ」

 法務において最上位にいたレオーネ・フィルスは、その方面の問題に最も精通している。

 他ならぬ彼が、ラルゴ・キール、ミゼット・クローベルらと語り合い、嘱託魔導師という制度を作り上げたのだから。


 「そこで、採用されたのが嘱託魔導師という制度じゃ。あくまで所属そのものは民間としたまま、管理局員の特に武装局員や捜査官が持つ権限の一部を委譲する。これにより、管理局の歯車の一部となるのではなく、管理局の“依頼”を引き受ける魔導師が誕生した」


 「ということは、嘱託魔導師は管理局員ではないんですね」


 「雇用社員や派遣社員ともまた違うな。それらは派遣されている間は命令に従う義務が生じるが、嘱託魔導師はそうではない。それ故に定まった給料が支払われることはないが、それ故に自由でもある」

 大きな力を持つゆえに、組織というものの歯車になることを拒む人間は多い。

 自信の力を深く知るからこそ、自分の意志とは無関係の部分で、力を使わされることを彼らは恐れる。正直、フェイトやなのはが精神的に未熟なまま管理局の正局員となれば、そうなる可能性は低くはない。

 そうした者達が、あくまで“自身の意思”によって魔導師としての力を人々のために使えるよう、嘱託魔導師というものは作られた。有事の際には、彼らも人々を守る力となれるように。

 だからこそ、現在のフェイトやなのはがなるにはうってつけなのだ。まだ社会の歯車に混ざるには幼く、そのまま局員となっては車輪に轢き潰されてしまう可能性が高いために。


 「一番多いのは、消防やレスキュー関係の者達じゃな。ミッドチルダは永世中立世界であるため管理局が行政をも兼ねるのでイメージは湧きにくいかもしれんが、通常の管理世界ではそうではない」


 「えっと、それぞれの国家が軍隊や警察を持っていて、彼らも質量兵器は持ってないんですよね。そして、特に魔法犯罪とかに対処する部署が、時空管理局の地上部隊を兼ねているって」


 「君は賢い子じゃな。そう、次元世界を中立な立場で回り、魔法を抑止力として行使するのは時空管理局本局の次元航行部隊に限られる。それぞれの国家の軍隊や治安維持組織は、あくまで自身の国家と国民の安全を第一とするからの。同じ管理局とは言っても、各次元世界の国家ごとに根を張る地上部隊と、中立の立場で次元の海を往く本局は同一とは言えぬ」

 それが陸と海の対立の根本的な部分だが、それはまあ、今回は別件だな。


 「そして、各国の行政組織である消防や警察、もしくは民間の警備員などにも魔導師はおり、災害や犯罪が発生した場合は対処に動くが、相手が魔導師であれば即座に動くのは容易ではない。それに、魔法の使用に関する問題もある」


 「犯罪者は、気にせず魔法を使えて、殺傷設定を使うことすらあるのに、それを抑える人達は、市街地の危険とか、そういうものを考えないといけないから、簡単に魔法が使えないんですね」


 「その通りじゃ、そういう時に、嘱託資格というものは役に立つ。無条件でというわけにはいかぬが、自動車の免許のようなものでな、いざとなれば自動車の運転は免許を持たぬ者にも出来るが、免許を持っていれば後でそのことを咎められることもない。自分の魔導師としての力が本当の意味で必要となった時に使えるように、それを使うことが罪とならないように、嘱託資格はある」


 「でも、それだと管理局の戦力増強としては、あまり期待できないんじゃないですか?」

 ふむ、まだまだ幼いな、フェイト。

 それは、本質を見失っている意見に他ならない。


 「それは確かにその通りじゃな、しかしフェイト君、そも、なぜ管理局は戦力を必要とするのかな?」


 「え? それは、犯罪を抑止したり、犯人を逮捕するためですよね」


 「そうじゃ、ならばもし、魔導師としての力を用いて犯罪を成すものがいなくなり、世界が平和になったならば、武装隊とはそれほど必要になるかね?」


 「いらなくなる、と思います」


 「要は、そういうことじゃよ。嘱託魔導師達が民間の立場からも睨みを利かせることで犯罪の発生件数そのものを減らすことが出来たならば、武装局員を確保する必要はなくなるのじゃ。管理局の目的はあくまで次元世界に生きる人々の生活を守ること、武装隊を充実させるのはそのための手段に過ぎん。武力を用いぬ手段で目的が達成されるのならば、それに越したことはない」


 「あ――――」

 理想は、管理局が魔法の力で次元世界の平和を守る世界ではない。そもそも、武装隊などなくとも平和を守れる世界だろう。

 嘱託魔導師とは、管理局の戦力を補充するためのシステムではなく、管理局が大きな戦力を持たずとも、民間と有機的に繋がり、協力し合うことで、武力を直接的に用いずに平和を保つことを目的として作られた。


 それを勘違いしている連中が、巷には溢れているのも残念な話だ。

 管理局が裏技を使って強引に戦力を集めているのだ、だとか、挙句の果てにはリンカーコアを持つ子供集団誘拐するとかを情報空間において阿呆が集まってふざけ半分で囁いていたりする。現場で命張ってる局員に謝れ。

 組織である以上は必ず悪い部分が出る、問題は自浄作用が働いているかどうかだ。そして、時空管理局のそれは、現在の次元世界の様子を見ればわかるだろう。戦乱も、特定の世界の目だった独占も今の所は存在していない。

 盲目の人間が象の各部位を触るだけでは象の全体像を捕らえられないように、管理局ほどの巨大な組織ならば、管理局員であっても全体を把握している者はそういない。それなのに一部の悪い部分を見ただけで、組織全てが悪だと決め付けるのはあまりに短絡的では無いだろうか。

 まあそれはともかく、この制度の特徴点は、嘱託魔導師には人を裁く権限も、逮捕する権限もないということだろう。あくまで管理局員に協力するか、現行犯を取り押さえるくらいしか彼らには許されていない。それでも、彼らの存在には大きな意味がある。

 仮にクラナガンでテロを起こすつもりの魔導師がいたとする。管理局だけが相手ならば、最寄りの陸士部隊の詰め所や、地上本部だけを警戒していればそれでいい。

 しかし仮に、嘱託魔導師となったフェイトがその場にいたならば、テロを起こした瞬間に近くを歩いていた9歳の少女がAAAランクの魔導師としてそいつの前に立ちふさがり、さらに嘱託魔導師は管理局との専用の連絡回線すら有しているため、首都航空隊の魔導師なども即座にやってくる。

 嘱託魔導師とは言わば、現行犯逮捕のみを許された私服警官のようなもの。最大のメリットは、制服を着ている管理局員と異なり、一体誰が嘱託魔導師であるのか分からないということだ。むしろ賞金稼ぎのイメージか?

 犯罪やテロを行う側にとって、これほど嫌なものはない。

 武装局員、特にエース級魔導師は滅多に休暇をとれず、遠出することも稀なので、“たまたま休暇中だった武装局員とはち合わせる”ことはほとんどない。しかし、“Aランク以上の嘱託魔導師”という存在は案外多いのだ。少なくとも、クラナガンを数百メートルも歩いていれば、一人くらいはすれ違うだろう。

 無論、Aランク以上とは言っても、戦闘に特化している保証はなく、研究職の人間かもしれないし、デバイスを持ち歩いていないかもしれない。しかし、念話は遠くまで迅速に届き、なおかつ、管理局に連絡するための回線を持っている。

 ほとんど民間協力者に近い立ち位置だが、彼らは存在するだけで大きな意義がある。犯罪者を逮捕するためではなく、犯罪を抑止するという面において、嘱託魔導師は非常に有用である。


 「そして、嘱託魔導師にも主に2種類ある。一つは、民間協力者に極めて近く、願書を出し、認定試験を受ければ取れるもの。試験そのものもそれほど難しいものではなく、これが大半であり、在野の多くの魔導師がこの資格を持っておる。運転免許ならぬ、魔導師免許みたいな感覚でもあるな」

 なのはの国、日本の感覚で言うなら、道端で人を刺したりすれば、周りの運転免許を持つドライバーが一斉に轢き殺そうと狙ってくるようなものかね。

 “クラナガンで犯罪を行うならば、道端を往く嘱託魔導師に攻撃されることを覚悟せよ”、なんて標語も今ではある。


 「もう一つは?」


 「認定試験を受けることは変わらぬが、こちらは実際に次元航行艦に乗り込んで武装局員どころか、エース級魔導師としての働きもする場合じゃ。当然、認定試験も厳しいものであり、筆記試験、儀式魔法実践4種、戦闘試験など多岐にわたる。その代り、次元を超えて動く際に手続きを短縮できるなど、多くの利権もある。広義な意味での”嘱託魔導師”はこっちになるかの」


 「じゃあ、私が目指すのは、きっとそちらです」

 前者は、ジュエルシード実験におけるなのはの立ち位置に近い。ジュエルシードがばら撒かれているという有事が終われば、一般人に戻るだけ。爺さんが言ったように在野の魔導師の多くがこの資格を持っている。

 後者は、有事でなくとも次元間移動などの際に大きな恩恵がある。その分、なるのは難しく、実力も必要とされ、これになるのは大抵AAランク以上の魔導師、そうでなければ割に合わないというのが最大の理由だ。


 「まあ、そんなところかの、どちらの場合においても、嘱託魔導師とは己の意思で魔導師としての力を人々のために使うためにある。管理局員も同じではあるが、こちらは能動的であり、嘱託魔導師は受動的といえる」

 犯罪者がいるならば、隠れようとも探し出してしょっぴくのが管理局員。つまり、平和を脅かす者を自分から狩りに行くのが捜査官や武装局員の役目だ。

 犯罪者が出ないように目を光らせ、もし犯罪が行われば、その瞬間にのみ管理局に連なる魔導師として立ちふさがるのが嘱託魔導師。こちらは、自分から動くことはない。

 やはり、最大の違いは人を裁く権限だろう。嘱託魔導師は人間が作り上げた法律というシステムの守り手ではなく、人々を直接的にのみ守るだけの存在だ。

 だが、人間社会を維持するならば、法の守り手は必須。だからこそ、管理局員は必要なのだ。法と政府が無くなった国と言うのは荒廃する一方になるのだから。


 「本当に、ありがとうございました。とても参考になりました」

 ちなみに、アルフは終始無言、こういう時にはしゃべらんからな、こいつは。


 「法律関係で困ったことがあればいつでも来るといい、いつでも相談には乗ろう。なにしろ、相談役なのでな」


 「あ、フェイト、アルフ、お前らは先に帰っててくれ、俺はちょっと別件で爺さんと話がある」


 「そうかい、行こう、フェイト」


 「お邪魔しました」




 そして、二人の姿が扉の向こうに消える。















 「彼女が、あの小さなプレシアの娘か」


 『はい、アリシアがまっとうに育っていたならば、フェイトがアリシアの娘でも、おそらく違和感はないでしょう』

 フェイトが去ったため、汎用人格言語機能をOFFに。


 「ふむ、それが、おぬしの本来の在り方か」


 『お久しぶりです、レオーネ・フィルス法務顧問相談役。プレシア・テスタロッサがインテリジェントデバイス、トールです』


 「かれこれ40年ぶりくらいになるかの。そうか、シルビアにくっついていた女の子が、娘を残して儂らよりも早く逝ったか、あの小さなプレシアが……」


 『良き人生であったと、笑って逝かれました』

 シルビア・テスタロッサ、クアッド・メルセデス、レオーネ・フィルス、ラルゴ・キール、ミゼット・クローベル。

 後に、3人の偉大な魔導師と、2人の偉大なデバイスマイスターとなる5人の若者。

 彼らが希望に燃え、夢を語り合っていた光景を、“ユミル”というデバイスは確かに記録しており、私へと引き継がれている。

 魔導師とデバイスが共に歩む現在の管理局を作り上げた、その黎明期の方達。それ故、この5人の名前は執務官試験にすら登場するのですから。

 そして、その意思はレジアス・ゲイズ少将やリンディ・ハラオウン艦長、ギル・グレアム提督らの“生き残りし者”の世代へと受け継がれている。

 ならば、それを引き継ぐのは、クロノ・ハラオウン執務官や、高町なのは、フェイトらの世代となるでしょう。


 「なんとも、真っ直ぐな目をした少女であった」


 『フェイト達の世代が平和に暮らせるのも、貴方達の世代の苦労があってこそですよ』


 「そうあって欲しいものだ。我等が命を賭したのは、彼女にように未来を生きる子供達が、明るく笑える世界を夢見たからこそ」


 『まだ、完全に達成されているとは残念ながら言えません。ですが、彼女らの子供が成長する頃には、きっと』


 「ああ、心の底から願う」


 そして、しばしの沈黙が訪れる。




 「それで、用件とは何かな?」


 『はい、人造魔導師や戦闘機人、そういった者らの法的な定義についてです』


 「それはまた、難しいことだ」


 『ですが、いつまでも目を背けたままではいられません。見なかったことにして蓋をするのではなく、認めた上でどう守るかを考えることが、時空管理局の理念ですから』


 「働く子供達のように、かね」


 『はい、私は英断であると考えております。“子供を働かせることは法的に認められていない”と偽善を振りかざし、現実に働いている、働かざるを得ない子供達を見捨てるのではなく、それを認めた上で、その権利を保護するための法律を築き上げた』


 「理想は、そのような法律を作るまでも無い世の中なのじゃがな、70年かけてもなかなか上手くいかん」

 
 『ですが、それに向かって努力を続けることと諦めることではまるで違います。機械で言えば0と1の違いで、その違いは決定的なのですから』

 
 「そうじゃな、諦めればそこでお終いじゃ」


 第97管理外世界でも、子供も労働力とせねば家族が生活できないという農村部の現実を無視し、都市部の恵まれた人々の“良心的判断”によって子供を働くことを禁じる国家は多くある。

 その結果、“働いている子供はいない”ことになる以上、子供を守る法律は作られない。存在しない者を守ることなど誰にも出来ない以上、それは当然の帰結。しかし、働かねば生きていけない以上、彼らは働く、法の保護を受けられないままに。そして周囲の大人は”暗黙の了承”で子供の労働を黙認する。

 人造魔導師や戦闘機人においても同じことがいえます。“違法研究であるため、そんなものは存在しない”と言い張ったところで、現実に作られた者達には何の役にも立ちはしない。

 それよりも、現実を見据えたうえで、ならばどうすればよいかという議論を管理局は行うべきでしょう。

 無論、フェイト・テスタロッサの人生のために。


 『ならば、現在は存在しないものとされているそれらについても、そろそろ法を整備すべきであると考えます。プロジェクトFATEの遺産は、おそらく広まっていくでしょうから』

 広まるものを潰すよりも、広まったところで問題ない社会システム、法律を作り上げた方が効率は良い。

 人造魔導師や戦闘機人を、普通の人間と同等の権利を持つ存在と認め、その人権を保護するための法律を作ってしまえばよい。

 それが出来れば、兵器としてそれらを運用しようとすることは、“人間を兵器とする”ことと同義になり、論議するまでもなく違法であることは疑いなくなる。

 時間はかかるでしょうが、このことは絶対に必要なのです。


 「ふむ、詳しく聞かせてくれるかね」


 『はい、それでは、フェイト出生についてご説明します』



 マスター、私はフェイトが幸せな人生を歩めるよう、稼動し続けます。

 出生を理由に差別されることがないように。

 彼女が普通の人間であると、親しい人々が、ではなく、社会そのものが認めるように。

 人造魔導師も、戦闘機人も、皆が平等に生きることが可能な社会となるよう、歯車を回しましょう。




 貴方の娘の、幸せのために


 私は機能を続けます




あとがき
 Vividにおいて、ヴィヴィオ、コロナ、リオ、アインハルトといった少女達が平和に暮らしているのを見るたびに、黎明期の彼らの頑張りが報われているのだと実感します。特にアインハルトは中等科1年生ですが、クロノはその頃には執務官として前線で働いているわけですし、三提督達も似たようなものであると思います。
 なのはやフェイトは忙しいものの、育児のための時間を設けることが出来ています。プレシアさんの世代ではその時間がなく、スバルやギンガの母であるクイントさんの世代でも、まだそこまでは至っておらず、なのは達の世代でようやく、前線で働く高ランク魔導師も子供のための時間を取れるようになったのかと思います。
 Vividのような平和な時代が訪れる日のために、トールの演算は続きます。彼の演算が終わるその時まで、気合いを入れて突き進む所存であります。
 

 Vividは平和でほのぼのとしていて、本当にいいですよね。        ………forceはまあ、色々と






[26842] 序章 前編 それは、小さな願い
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:32
序章  前編   それは、小さな願い




新歴65年 9月19日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 はやての部屋





 我は闇の書


 時を超えて世界をゆき、様々な主の手を渡る、旅する魔道書

 かつての姿、今はもはやなく

時の移ろうまま、終わること無き輪廻を繰り返す

 だが、しかし

 此度の明けは、これまでとは少々異なるようである

 これまで―――それは、いったいどれだけの時を指す言葉であったか、それすら最早定かではない

 長き時、我は闇の書を守護せし者らと共に旅を続けてきたが、その始まりは既に忘却の彼方

 闇の書そのものである我にすら、原初の姿も、託されし想いも知ること叶わず


 だが、それでも


 「ん………」

 此度の主は、我にとって――――


 「あー、おはよーさんやー」

 特別な、存在であることは疑いない




新歴65年 9月19日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 キッチン



 「♪~~~~」

 キッチンにて料理を行う主を、私は隣りで浮遊せしまま、観察を続ける

 この主の元で封を解かれてより早数か月

 驚くべきことに、我が頁は未だ1頁すら蒐集されていない

 これまでの主において誰一人、そのような者はいなかった…………

 いなかった?

 それはいなかったのではなく、蒐集を行わなかったがために、リンカーコアを■■■■■■


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 この主の元で封を解かれてより早数か月

 驚くべきことに、我が頁は未だ1頁すら蒐集されていない

 これまでの主において誰一人、そのような者はいなかったことから考えても、これは珍しいと称すべき事柄である


 「なんや、闇の書」

 我がもたらすとされる大いなる力を求めず


 「そんなとこで見とったら水がはねて汚れるでー」

 我と守護騎士の主たる責からも逃走しない

 これは我が永き生のうちにて、少なくとも我に『闇の書』の名が冠せられてからは初めてのことである


 「おはよう、はやてちゃん」

 ヴォルケンリッターが参謀、湖の騎士シャマル


 「おはようございます」

 ヴォルケンリッターが将、剣の騎士シグナム


 「シャマル、シグナム、おはよーさん♪」

 我は主へ挨拶をする機能をもたない

 それを成せる彼女らが、僅かながら羨ましくもある


 「…闇の書を連れて、お散歩ですか?」


 「そー見えるかー?」

 散歩…………傍目にはそう映るものなのであろうか


 「なんや今朝はついてきてまうんよ、どないしたんやろ」

 言葉と共に書をつつかれる主

 現身を得ない現在においては我に感覚と呼べるものは存在しないため、我がその感触を知ることはない

 ただ、もし主と触れ合える日が来たならば、そんな埒もない望みがかなったならば

 それは、何と夢のような光景――――


 「闇の書も、はやてちゃんのことが好きになったのかしら」


 「あはは…そーなんかー?」

 少なくとも、その輝くような笑顔を見たならば、主のことを嫌うことが出来る者など、皆無であると我は思考する


 「ともあれ、お料理の邪魔になってはいけません、私が預かりましょう」


 「汚れたらあかんしな、ええか? 闇の書」

 主の邪魔を成すことは我の本懐ではないため、将の言葉に従い、移動を開始


 「えーみたいやね」


 「はい」




 「たっだいま~っ!」


 「ただいま戻りました」


 ヴォルケンリッターが鉄鎚の騎士ヴィータと、盾の守護獣ザフィーラ。

 散歩に出ていた二人が戻り、守護騎士全員が揃う。

 我が一部にして、我と主の剣にして盾、守護騎士ヴォルケンリッター

 一騎当千の戦騎、烈火の将シグナムと紅の鉄騎ヴィータ

 それを後方より支えし、風の癒し手シャマルと不落の防壁ザフィーラ

 この四騎より構成される戦闘集団であり、中世ベルカの戦術を現在まで保持する継承者でもある


 「しかしどうした? お前も主はやてが心配か」

 主のことを気にかけしは、傍に侍る近衛騎士が役目の一つ


 「確かに主のお身体は不自由だが、年に似合わずしっかりした方だ」

 中でも将は、その筆頭


 「我等も随時お守りしている。心配はいらないぞ」

 その言葉に偽りがあるはずもなく、我はそれを肯定せしも、頁が埋まらぬこの状態では我が意思具現化の術はなく

 だが、どうやら騎士達はこの生活が気に入っているようである

 様々な主の元での様々な戦い

 命じられるまま我の完成のため頁を蒐集し

 戦う力を振るうのみの日々

 我もこの子らもそれをただ受け入れ

 永き時を過ごしてきたが

 この子らがこのような幸福な日々を受け入れ

 さらに喜んでいる様子であるという事実は

 我にとっては小さな驚きである


 「ほらヴィータ、ご飯つぶついとるで」


 「ん……ありがとはやて」

 主の器か、子供らしい素直な愛情故なのか

 いずれにせよ、騎士達はこの年若き主をいたく気に入っているようである

 この輝かしき日々があるのも、全ては主があればこそ

 将が述べし、“主は我々にとって光の天使である”という言葉に、我も賛同する。



 ≪主はやて≫


 ≪ん?≫


 ≪本当に良いのですか?≫

 守護騎士の顕現より二カ月、今より一月ほど前のことは、忘れ難きものである


 ≪何がや?≫


 ≪闇の書のことです。貴女の命あらば、我々はすぐにでもページを蒐集し、貴女は大いなる力を得ることが出来ます。……………この足も、治るはずですよ≫


 ≪あかんって、闇の書のページを集めるには、色んな人にご迷惑をおかけせなあかんのやろ≫

 その言葉は将にとっても驚きであったようだが、我にとっても同様


 ≪そんなんはあかん、自分の身勝手で、人様に迷惑をかけるのは良くない≫

 どれほど成熟せし魔道師であっても、古代ベルカの叡智をその身に宿す賢者であっても、その心を持つことは容易ではない。いや、力とは全く無関係のものであろう


 ≪わたしは、いまのままでも十分幸せや≫

 人の欲望、破壊衝動、心の闇、それこそが、我を“闇の書”と呼ばせし由縁

 だが、此度の主はその対極におられる。

 凪のように穏やかなその心は、戦いに疲れし騎士達の魂を、優しき温もりとともに、労わるように包み込む

 歴代の闇の書の主において、守護騎士を“家族”として扱ったのも、今の主のみ


 ≪父さん母さんは、もうお星さまやけど、遺産の管理とかは、おじさんがちゃんとしてくれてる≫


 ≪お父上のご友人、でしたか≫


 ≪うん、おかげで生活に困ることもないし…………それに何より、今は皆がおるからな≫

 主にとっては、家族との絆こそが、何よりの宝


 ≪はやてっ≫


 ≪ん? どないしたん、ヴィータ≫


 ≪冷蔵庫のアイス、食べていい?≫


 ≪お前、夕飯をあれだけ食べてまだ食うのか≫

 そのような他愛無い家族としてのやり取りこそが、宝石の輝きを持つ


 ≪うっせーな、育ち盛りなんだよ! はやての飯はギガうまだしな≫

 そう、ヴィータは育ち盛り

 なにせ、彼女が騎士となったのは、まだ………


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 守護騎士の年齢設定の中でも、彼女はとりわけ幼い

 その言葉は、完全な虚言というわけではないだろう


 ≪しゃーないなー、ちょっとだけやで≫


 ≪おうっ!≫


 ≪ふふっ≫

 嬉しそうに駆けてゆくヴィータを、主は微笑ましそうに見つめている



 ≪なあ、シグナム≫


 ≪はい≫


 ≪シグナムは皆のリーダーやから、約束してな≫


 ≪何をでしょう≫


 ≪現マスター八神はやては、闇の書にはなんも望みない。わたしがマスターでいる間は、闇の書の蒐集のことは忘れてて、皆のお仕事は、家で仲良く皆で暮らすこと、それだけや≫


 ≪………≫

 その望みは、我にとっては悲しむべきことであるのかもしれない


 ≪約束できる?≫

 だが


 ≪誓います。騎士の剣、我が魂、レヴァンティンに懸けて≫

 我もまた、将と同じ願いを持つ。

 故に――――



 「ほんなら、行ってきまーす」


 「図書館まで行ってくる!」


 「はい、お気を付けて、ヴィータ、主はやてのことを頼むぞ」


 「応よ、まっかせな」

 主とヴィータを見送る将とシャマル


 「闇の書はついていっちゃったの?」


 「ああ、主はやてがついてきて良いと許可された。勝手に浮いたり飛んだりしないのが条件だそうだ」

 例え近くにあらずとも、守護騎士は我の一部、その状態を我は知る


 「ね……闇の書の管制人格の起動って、蒐集が400ページを超えてからだっけ?」


 「それと、主の承認がいる。つまり、主はやてが我らが主である限り、私達や主はやてが管制人格と会うことはないだろうな」

 そのことに、我も異存なし


 「そうね、はやてちゃんは闇の書の蒐集も完成も望んでいないし」

 僅かな無念はあるが、主のことを思うならば、黙殺すべき事柄である


 「それが分かるから、あの子も寂しいのかしら?」


 「どうだろうな、ただ、主はやてには管制人格のことは伏せておかないとな、きっと気に病まれる」

 我と守護騎士は一心同体


 「うん、あの子もきっと分かってくれるし」

 例え、意思の具現の術はなくとも、守護騎士には我の意思は伝わっているようである


 だが――――



新歴65年 9月19日 第97管理外世界 日本 海鳴市



 「んん……今日もえー天気やなー」


 「だね」

 騎士達の願いも


 「はやて、日傘差そうか?」


 「あー、そやね、おーきになー」

 主の願いも


 「そやけどヴィータ、図書館は退屈とちゃうか?」


 「別にぃ」

 我の願いも


 「はやてがいなきゃ、家だってどこだって退屈だもん」


 「うーん、ほんならヴィータの楽しいこと何か探してあげななー」


 「いいよそんなの、あたしははやてがマスターでいてくれるだけで嬉しいんだから」


 「わたしも、ヴィータ達と一緒に暮らせるの嬉しいよ」

 叶うことは、ない


 「わたしの周りは危険もないからみんなが戦うこともないし、闇の書のページも集めんでええ、皆で仲良く暮らしていけたら、それが一番や」

 そんな、小さな願いさえも


 「せやからわたしがマスターでいる間は、騎士としてのみんなのお仕事はお休みや」


 「……闇の書のマスターは、これからもずっとはやてだよ」

 闇の書たる我は、叶える術を持たない


 「あたし達のマスターも、ずっとずっとはやてだよ」


 「んん、そーやったらええなー……………」











 我は闇の書

 かつての姿と名、今はもはや無く

 遠からず時は動きだしてしまう

 そうなった時、我が騎士達や我が主は――――


 我を呪うだろうか


 此度はいったいどのような形で我は目覚め、力を振るうのだろうか

 そして誰がどのようにして、我と主を破壊するのだろうか

 願わくばその時が

 たとえ僅かでも先に延びるよう祈るばかり


 我は闇の書


 破滅か再生かいずれにせよ

 我はただその時を待つばかりなり



 しかし――――




 八神はやて


 その名を、初めて聞く気がしないのは、なぜであろうか

 歴代の主の中に、似たような名前の持ち主がいたのか?

 いや、この世界は我が知るものではない

 遙かに永き旅において、この地は初めて流れつく場所であるはず

 なのに――――

 我は、その名に想いを馳せる


 八神はやて


 懐かしい、いや、違う…………待ち焦がれた?


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 ≪すま■い≫

 時に

 ≪君■託す≫

 湧き起こる

 ≪申し訳■い≫

 この

 ≪私■、■えても構わない≫

 記録は

 ≪どうか、■■らを………≫

 いったい


 ≪最■の■■の主≫

 誰のもの

 ≪八■………は■て≫


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 欠けた、記録の残滓が霞んでいく

 古き想いは、新しき幸せに覆われ、遙か忘却の彼方へと

 絆の物語は未だ開けず、闇の書の主と守護騎士、そして、管制人格はただ穏やかなる時を過ごす

 しかし、運命の輪は回り出し、徐々にピースは埋まっていく

 禁断の魔道書を巡る戦いの日々

 その序章へ向けて、時は確かに刻まれてゆく

 時計の針が回り始めたのは、果たして何時のことであったか

 それを知るのは、既に彼らのみであろう

 受け継がれし記録が古き機械仕掛けへと伝わる時、運命のピースは嵌り、大数式のパラメータが満ちる

 そこに描かれしは、解なき闇に覆われし絶望か

 はたまた―――――解き明かされた数式が紡ぎ出す、希望の光か





 さあ、時計の針を進めよう












あとがき
 今回はやや短めとなりました。シーンの大半はコミック版のA’S編のもので、まだ祝福の風という名を授かっていない闇の書の管制人格が主と騎士達を想う場面です。この話は原作の会話と本作品独自の過去編の要素を織り交ぜる形となっていますので、A’S編のかなり根幹に関わる伏線もあったりします。
そして、再構成のために原作を見直す、もしくはコミックを読むたびに、A’S編の完成度の高さを再認識する毎日です。(インターンシップの最中だと言うのに毎日書いているのもどうかと思うのですが)
 3月は研究発表やら、寮部屋の引っ越しやらで忙しくなり、あまり執筆の時間を取れそうもないため、2月中に出来る限り書きためておきたいと思っております。
 粗い部分が多い稚作ですが、愛着もあるので、可能な限り突っ走る所存であります。それではまた。






[26842] 序章 後編 闇至り、時満ちる
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:33
序章  後編   闇至り、時満ちる




新歴65年 10月6日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家




 守護騎士が現世に顕現してより、4か月近くが経つ。

 蒐集は未だ行われず、我は浮くことと移動することのみを可能とする魔法の書として主の傍にあり続ける。


 「闇の書、おいでー」

 我は、主の言葉に応じ、宙を浮き主の下へと。


 「ん、今日もええ子やなー」

 主は人の姿すら成すことができない我すら、家族の一人であるかのように扱う。

 我は闇の書の管制人格であり、定められし命題に従い、書を完成させることだけを使命とする。

 ―――――主もまた、闇の書にとっては、己を完成させるための贄に過ぎない。

 守護騎士達がそれを知らず、いや、知ることすら許されず、主の傍にいることは、果たして幸せなのか。

 その宝石のような日々は、決して長いものではない。

 また、遠からぬうちに、闇と共に流離う時が始まるだろう。


 「今日は皆でおでかけやからなー、闇の書も一緒のいこな」

 だが、それでも。


 「どんなに楽しいことでも、家族が揃ってなかったら、嬉しさも半減や」

 たとえ、短い期間であろうとも、この素晴らしき主と共に在れるならば。

 守護騎士達にとっては、代えようもない幸せとなる。

 そう―――――信じたい。




新歴65年 10月6日 第97管理外世界 日本 海鳴市 風芽丘



 「主はやて、ビニールシートを敷くのはこの辺で良いでしょうか」


 「そやね、お弁当もたくさん持って来たから、広めに敷かなあかんね」


 「はやてのお弁当、楽しみ!」


 「一応、詰め合わせるのと、味付け以外は私も頑張ったけど………だいじょぶよね」


 「案ずるな、少なくとも私が見ていた限りでは、おかしい部分はなかった」

 八神家、家族五人でやってきた場所は、やや高台に位置する丘。

 今日は珍しく、ザフィーラも人型を取っている。

 彼は本来の姿が守護獣としての狼であることや、主が犬を飼うことを夢見ていたこともあり、普段は大半を狼の姿で過ごしている。

 周囲の人々にとっては大型犬という印象のようだが、彼もその評価に特に気にしている素振りはない。

 盾の守護獣ザフィーラは、守護獣である己を誇りとはしているが、それを周囲に示すことは少なく、その誓いや想いは彼の中にのみあることが多い。

 しかし、彼もまた闇の書の一部、闇の書の管制人格である我には、彼の心もまた伝わってくる。

 いや、彼だけではない、将も、ヴィータも、シャマルも、彼女らの心もまた我と繋がっている。

 我が主を想う心も、彼女らや彼の想いにより生み出されたものなのであろう。


 ――――――しかし、時に我にも、守護騎士達本人にすら把握できていない想いが流れ込んでくることがある。

 闇の書のシステムに影響が出るわけではなく、バグということではあるまい。

 にもかかわらず、管制人格である我にすら、その想いがいずこより来たりしものなのか検索できない。

 いったい――――なぜか



 「ヴィータ」


 「ん、ザフィーラ、どうした?」

 そして、今もまた、我に把握出来ぬ想いが溢れてくる。


 「これを、お前に」


 「これって、草で出来た、冠?」

 ザフィーラは草原に座り込み、長い間集中し、草のみを材料とした輪、もしくは冠と呼べるものを編んでいた。

 女性が作るものならば、花で作るのが相応しいが、彼が作るならば、草で作られたそれこそが質実剛健を旨とする彼らしさがよく出ている。

 しかし、ザフィーラ自身、それを編んだ己に困惑、いや、これは懐古の念であろうか、を感じているようである。

 そしてそれは、草の冠を贈られたヴィータも同じく。


 「ありがと………」

 彼女は小さく呟き、草の冠を受け取るが、それをじっと見つめたまま微動だにしない。

 ……………なぜであろうか

 その姿が、我にとっても…………懐かしく感じられるのは――――――


 「ん、それはザフィーラが作ってくれたんか、ヴィータ」

 冠を手に持って見つめたまま、今にも泣きそうにしていたヴィータを、主が優しく包み込むように声をかける。

 もし、主の足が不自由でなければ、後ろに立ちヴィータを抱きしめていただろう。


 「うん………」


 「ザフィーラ、器用やねー、よく出来とるよ」


 「ありがとうございます、主、ですが、私にもよく分からないのです」


 「分からない?」


 「シャマルの料理のようなものでしょうか、彼女がやったことはないはずの料理を、どこかでやったことがあると感じたように、私も作ったことなどないはずのこれを、気がつけば作っていました」

 作ったことが、ない。

 そう、闇の書そのものである我もそう認識している。


 「不思議なこともあるもんやね、わたしより前の闇の書の主に習ったとかじゃあらへんの?」


 「あたしらの役目は、ずっと戦うことと、闇の書を蒐集することだけだったから、今みたいに料理とか、他のこととか、してこなかったはずなんだ」


 「そっか………悲しい想いをしてきたんやね」


 「いいえ、今は貴女がいてくれます、主。それだけで、我々にとっては奇蹟です」

 永き時を、我らは旅してきた。

 笑うことなど、果たして幾度あったことか。

 ヴィータも、笑うことなどなく、ただ鉄鎚の騎士として敵を撃ち砕くだけの日々であった。

 だが、その永劫に等しい闇の中にあっても。

 彼女は、ザフィーラに対して心を許していたような、そんな気がする。

 いや、それはさらに前からではなかったか。

 彼は、彼女にとって――――



 禁則事項へのアクセスを感知、検閲プログラム作動


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新歴65年 10月27日 第97管理外世界 日本 海鳴市 海鳴大学病院



 「命の危険?」


 「はやてちゃんが……」

 そして、時が来た。

 我の本体は主と共にあれど、守護騎士達の動揺が、我にも伝わってくる。


 「ええ、はやてちゃんの足は、原因不明の神経性麻痺だとお伝えしましたが、この半年で、麻痺が少しずつ上に進んでいるんです」

 それは、守護騎士が顕現し、闇の書が第一覚醒を迎えた時期より。


 「この二カ月は、それが特に顕著で」

 闇の書の蒐集がないため、主のリンカーコアへの負荷は高まり続ける。


 「このままでは、内臓機能麻痺に、発展する危険があるんです」


 おそらく、そうはなるまい。

 魔導師にとって、心臓と等しいほどに重要な臓器である、リンカーコアが先に―――



 「なぜ、なぜ気付かなかった!」

 石田医師と話を終えてより、将の心は自己への憤りに満ちている。

 だが、それを責めることは出来ない。

 なぜならば、闇の書の守護騎士である彼女らは、気付くことそのものが禁じられている。仮に違和感を持ったとしても、次の日にはそれは消えているのだ。

 闇の書の、呪い

 我が、呪われし闇の書と呼ばれし由縁。

 主が、力を求め、欲望の忠実な人物ならば、守護騎士はその命に従い蒐集を行う。

 だが、仮に主が力を求める欲望とは正反対の性質を持つ方であれば。

 誇り高き守護騎士、ヴォルケンリッターは、その命を救うためならば、騎士の誓いすら破るであろう。


 全ては、プログラムのままに


 守護騎士達は、どのような主の元であっても、どのような心を持とうとも。

 蒐集を行うよう、定められているのだ。

 闇の書は、比類なき容量を誇りし大型ストレージと、融合騎としての特性持つ管制人格と、守護騎士達、他にも幾つもの機能より成り立つ巨大魔導装置。

 定められし命題は、絶対である。




 「主の身体を蝕んでいるのは、闇の書の呪い」

 剣の騎士シグナムが、炎の魔剣レヴァンティンを掲げる。


 「はやてちゃんが、闇の書の主として、真の覚醒を得れば」

 湖の騎士シャマルが、風のリングクラールヴィントに魔力を込める。


 「我らが主の病は消える。少なくとも、進みは止まる」

 盾の守護獣ザフィーラが、その体内に宿りし魂へと呼びかける。


 「はやての未来を血で汚したくないから、人殺しはしない。だけど、それ以外なら……………何だってする!」

 鉄鎚の騎士ヴィータが、鉄の伯爵、グラーフアイゼンを構える。

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターと、その魂たち。

 周囲に魔力が満ち、ベルカの術式を示す三角形の陣が二重に展開され、六亡星の魔術陣を紡ぎ出す。


 「申し訳ありません、我らが主。ただ一度だけ、貴女との誓いを破ります」

 そして、騎士を率いる烈火の将が、誓言を掲げ――――


 「我らの不義理を―――――お許しください!」

 夜天の騎士達は、もはや何度めになるか数えることすら不可能となった、蒐集の旅へ出た

 最後の、夜天の主のために


 ……………夜天

 それは……………何を指す言葉であったか――――








新歴65年 11月15日  本局ドック内 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ” 食堂




 「ふうっ、ようやく一段落かな」


 「ありがとう、ユーノ、手伝ってくれて」


 「正直、助かった。法律関係は僕達の専門だが、ロストロギアを考古学的観点と医療器具的な観点からすり合わせるという作業は専門外でね」

 アースラの食堂で話しているのは、ユーノ・スクライア、フェイト・テスタロッサ、クロノ・ハラオウンの三名。


 艦長のリンディ・ハラオウンと通信主任のエイミィ・リミエッタの二名がいれば本局で待機中の書類仕事ならば問題なく片付くため、クロノは既に半年ほど前となった“ジュエルシード事件”の最後の後始末に奔走している。


 それはすなわち、プレシア・テスタロッサが残した研究成果である、生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶“ミード”と魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末“生命の魔道書”。


 これら二つを臨床で用いるための法的手続きを済ませるために、この半年間の多くの時間を彼らは費やしてきた。また、その間にフェイトの嘱託試験なども重なったため、かなり忙しかったアースラ面子である。



 「確かに、大変ではあったけど、やりがいのある仕事だったよ。それは、クロノも同じだろう」


 「まあな、次元犯罪者を捕えるだの、ロストロギアを回収するだのも執務官の重要な仕事ではあるが、どれもないに越したことはない仕事だ。だが、これは人を救うためのもの、本来、法律の専門家というものはこういったことをするために在るべきものなんだが」


 「執務官っていうのも、やっぱり大変なんだ」


 「大変、というより、大切と言った方が適切かもしれないな。執務官と捜査官の最大の違いは、強さでも指揮権限でもない、人を裁くかどうかだ。無論、裁判を進めるのは僕たちではないが、そのための証拠集めの他、証人の用意も執務官の役目だから」


 「なのはの世界、地球で言うなら、警察官と検察官が一体化したようなものだけど、でも、大きく異なってる」


 「ああ、なのはの国も、司法機関は当然のことながら国家に属している。罪を犯した人間は、その国の法律に照らしあわせ、その国の法律で裁かれるが、主に執務官というものが必要となるのはその枠に収まらない場合だ。というより、そういう案件が多過ぎた過去の次元航行部隊の窮状を鑑みて作られた職業だからな」

 地上部隊に属する捜査官は、一般の管理世界ならば警察に、武装局員は自衛隊もしくは軍隊、そして、一般局員は事務などを含めた公務員全般に相当する。

 だが、地球にも国際警察があるように、次元世界にも国家の単位では裁けない犯罪者、もしくは対処できない事件というものが存在する。

 魔法がない世界ならば事件と呼ばれるものは大半が人間によって引き起こされるが、次元世界においてはジュエルシードのように、人の意思を介すことなく災害を巻き起こす例も多い。

 仮に、地球が魔法が一般的な管理世界であったとして、ドイツとフランスの国境の町でジュエルシードモンスターが暴れたとしよう。

 そのままでも重大な被害をもたらすことは間違いないが、放っておけば国家そのものを巻き込む程の次元震すら引き起こしかねない。

 当然、誰かが対処せねばならないが、ジュエルシードに対処できるほどの魔導師となるとAAランク以上となり、質量兵器が禁止されている管理世界においては、国家組織に属する高ランク魔導師とは“国家の保有戦力”と言え、無暗に国境付近に魔法の使用権限と共に派遣するわけにはいかない。

 また、その辺りの調整が上手くいって、ドイツの軍隊の高ランク魔導師がジュエルシードを封印したとしよう。しかしその場合も、かかった費用をどちらが負担するかなど、もしくは魔導師が負傷した場合の補償についてなどで問題が発生しうる。

 ドイツに言わせれば、放っておけばフランスも危なかったところを我々が出動して抑えたのだから、半額はフランスが負担すべき、という主張が成り立つ。しかし、かかった費用などを算出するのはドイツであるため、フランスにとってもその額を鵜呑みにすることも出来ない。

 そこで、事前に主要国家が資金を出し合って、国際連合の中に“魔導災害対処局”なる部署を設け、そのような政治的にややこしくなりそうな案件が出た際の火消し役を定めておく。これには、各国家の警察の魔導犯罪対処部門が半ば兼任するような形で運営し、わざわざ新規の部隊を整える手間と費用を抑えることとする。

 管理世界に住まう者達にとって、時空管理局とはそのような機構である。日々の暮らしに関することは自国の行政府が担当するが、次元災害や次元犯罪、もしくは魔導犯罪、またはそれらに類する事件が発生した場合には時空管理局の出番であると。

 そして、それを一つの次元世界に点在する地上部隊が担い、第一管理世界ミッドチルダの地上本部が統括。さらに、各次元間を跨る案件に対処するための機関として、本局次元航行部隊は存在する。

 時空管理局が行政をも担うのはあくまでミッドチルダに限られ、ミッドチルダの常識は管理世界の非常識、などという格言もあったりする。


 「そして、今回のような魔法技術の最先端を行く医療技術は、やはりその多くがミッドチルダや主要管理世界から発表される。ミッドチルダは永世中立世界であり、国家に属さない行政特区にして経済特区だから、魔法製品や技術をまずは試験的に社会に流すための場所であるともいえる、よって、その担当は僕達や地上本部となるわけだ」


 「だから、トールには地上本部の方を担当してもらっているんだよね」


 「正直、僕達ではミッドチルダの行政に対して口を出せない。全ての管理局法は次元連盟と時空管理局によって作り出され、まずミッドチルダで施行される。そして、現実に出てくる問題点を見極め、各世界に施行するにはどのような点に注意するべきか、その際、地上部隊と本局では対応が変わるかどうかなど、様々な面から議論を重ねたうえで管理世界に施行される」


 「時空管理局はあくまで、管理局法を“管理”するだけの組織。全ては民意による、か」


 「そう、ユーノの言うとおり、管理局法を通して民意を蔑ろにしていたんじゃ本末転倒もいいところだ。プレシア・テスタロッサの研究が、現状の管理局法に照らせばグレーゾーンであっても、それがたったの半年ほどで使用可能となりつつあるのは、人々がそれを必要としているからだ」


 「トールが集めてくれた、現在の次元世界で脳死状態にある人々と、その家族の136万7000人の署名」


 「それにしても一体いつの間に集めたんだろうね」


 「さてな、とにかく、近代以降は法律というものは専制君主が定めるものじゃなくて、人々のために定めるものとなっている。“ミード”や“生命の魔道書”を必要としている人々がいて、それを作るため、使用する上で倫理的な問題がないと証明されれば、使用可能となるのは当然だろう」

 そして、インテリジェントデバイス、“トール”にとっては、倫理面が最大の鬼門。

 彼には数十年に渡る人格モデルの学習成果があるものの、やはりそれは得意分野ではない。他に適任者がいるならばその部分を任せ、自分は署名を集めることや、生成に必要なノウハウを確立することなどに専念すべき。

 何事も“効率よく”成そうとする機械仕掛けは、そう判断したのである。


 「もうちょっとだね、あと2週間くらい、そうしたら―――」


 「久しぶりに、なのはに会えるね、フェイト」

 夏休みに一週間ほど地球に滞在していたフェイトだが、それからしばらくは次元間通信やビデオレターによるやり取りとなっている。

 フェイトが母の研究成果に関する事柄にかける情熱を知る故になのはも応援しているが、法律関係はなのはの専門外なので、声援を送るだけしか彼女には出来ない。

 だが、フェイト・テスタロッサという少女にとっては、その声援こそが何よりも励みとなる。

 人の心を演算するデバイスは、今のフェイト・テスタロッサの精神は、安定状態にあると、分析していた。


 「そうだな、それに、転入の件も」

 リンディ、クロノ、エイミィの三人は、フェイトがなのはと同じ学校に通えるように手続きを整えている。

 別に犯罪者というわけではないが、フェイトはミッドチルダ、もしくは本局在住なので、管理外世界に住むにはそれなりの手続きというものが必要なのである。

 とはいえ、そのような手続きをどのような人間よりも得意とする存在が既にほとんど済ませており、彼女らの役目は後見人として判を押すことくらいだったが。


 「再会、楽しみだな」

 少女は、祈るように異郷の親友へと想いを馳せる。

 普通に考えるならば、特に何事もなく再会し、共に学校へ通い、穏やかにして楽しい日々が始まるはず。

 だが、その願いは叶わず。

 新たな戦いの時は、もうすぐそこまで――――










新歴65年 11月15日  第64観測指定世界



 「がっ、はあぁっ」

 対峙するミッドチルダ式魔導師と、ベルカの騎士。

 いや、この二人を対峙していると称すことは適当ではあるまい。対峙とは、両者が向きあい、共に立って相手を見据えている時に使うべき言葉であろう。

 今、立っているのはベルカの騎士のみ。

 ミッドチルダ式の魔導師は、既に多くの傷を負い、地に伏している。


 「ぐ…ぐぅ……っ」


 「ぬるいな、こちらはまだ抜いてもいないぞ」

 そして、騎士は油断することもなく悠然と歩を進め、静かに残酷な事実を告げる。


 「く……貴様…いったい何者だ………?」


 「私は貴様の名に興味がない。故に、我が名を覚えてもらおうとも思わん」

 そして、それは同時に、彼女が己の出自を話せないためでもある。

 管理局が闇の書を知るように、幾度も管理局と矛を交えた闇の書の守護騎士も、管理局を知る。


 「欲しいのはこの戦いに貴様と賭けたもののみ。さあ……立って戦うか、敗北を認めるか、決めてもらおう」


 「おのれ………無頼の分際で………」

 このままでは勝機がないと判断した魔導師は、操作性を無視し、威力のみに特化した術式を紡ぐ。



 召喚魔法   赤竜召喚   威力AA   操作性能E

 かのアルザスに住まう竜召喚師、その中でも最大の力を持つ者ならば、Sランクの真竜すら完璧に従えうるが、彼はそこまでの高みにはいない。

 しかし、操作性はないまでもAAランクに相当する赤竜を召喚し、自分を襲わせない程度の使役を可能にしていることは称賛に値しよう。

 仮に時空管理局の武装局員であっても、単騎ではこの赤竜を仕留めるのは容易ではない。Bランクの一般隊員にはまず不可能、Aランクの隊長であっても手こずる可能性は高いといえる。

 ただし―――


 「我が身――――無頼に非ず」

 彼の目の前に立つ存在は、一騎当千のベルカの騎士にて、正統なる古代ベルカ式剣術の継承者。


 「仕えるべき主と、守るべき仲間を持つ」


 『Explosion』

 主の戦意と魔力の呼応し、炎の魔剣レヴァンティンがその力を顕現させる。

 吐き出されるは、中世ベルカのデバイス技術の結晶、カートリッジ。

 数多の騎士に勝利をもたらし、ベルカの騎士の最盛期を築き上げた、魔導の秘蹟である。


 「騎士だ」

 そして、炎熱変換の特性を持つ魔力が炎の魔剣の刀身へと伝わり、まさしくその名の通りの光景を作り出す。

 遙か昔、彼女はその一刀でもって、ベルゲルミルと呼ばれし真竜に匹敵する力を持つ強大なる生物を打ち倒した。


 「紫電―――――」

  烈火の将にとって、その記憶は既に忘却の彼方にあれど


 「一閃!」

 彼女と共に在りし炎の魔剣は、今もなお記録している。







 【シグナムだ、こっちは一人済んだ、ヴィータ、ザフィーラ、そっちはどうだ?】


 【目下捜索中だよっ! 忙しんだからいちいち通信してくんなっ!】


 【そうか】


 鉄鎚の騎士の苛立ちを含んだ言葉を、剣の騎士は静かに受け止める。


 【捕獲対象はまだ見つかっていない。見つかり次第捕らえて糧とする】

 盾の守護獣は、鉄鎚の騎士の言葉を補いながら、陸の獣にあるまじき速度で空を駆けていく。


 【もういいな! 切るぞ!】


 【ああ……気をつけてな】


 【わかってらっ!】

 心配しつつも、どこか微笑ましげな表情をしながら、シグナムは通信を終える。


 【ヴィータちゃん、苛立ってるわね】


 【シャマルか、そっちはどうだ?】


 【広域捜査の最中、順調とはいえないけど、何とかやってるわ】

 湖の騎士は、念話を行いながらも風のリングクラールヴィントを用いて探査の術式を並列して行う。

 補助に特化したデバイスを持ち、後方支援に長けた彼女ならではの業である。


 【状況が状況だから無理もないけど、ヴィータちゃん、無理し過ぎないかしら】


 【一途な情熱はあれの長所だ】

 シグナムは、こと戦闘におけるヴィータの判断力は自分とほとんど変わらないものであると認識している。

 彼女こそ、それまで最年少であった自分の騎士叙勲の年齢を引き下げた、唯一の存在であるのだから。


 【焦りで自分を見失うほど子供でもない、きっと上手くやるさ】


 【………そうね】

 “若木”とは、遙か過去のベルカにおいて、未だ成熟せぬ騎士見習いを指す言葉。

 しかし、彼女が鉄鎚の騎士の名を持つ以上、“若木”ではあり得ない。

 命名の儀を終え、騎士名を名乗ることを許されし、大人の騎士。

 それ故に、心優しき主のぬくもりの中で、天真爛漫に笑う彼女こそ――――――奇蹟であった。


 【さ………新しい候補対象を見つけたわ、一休みしたら向かってね】


 【いや………すぐに向かう、いいな、レヴァンティン】


 『Verstehen』

 騎士として武器を手に、再び蒐集のための戦いに身を投じることを決めた今、幼き少女も、歴戦の勇士へと戻る。

 そして、彼女の先達である両名と守護獣も同様に、己の戦場へと身を投じる。


 【さあ………今夜もきっと、忙しいわ】

 彼らは闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッター

 今はまだ、その魂は蒐集のために振るわれる

 深き闇が祓われ、最後の夜天の主が目覚めしその時まで

 守護騎士の、戦いは続く


 さあ、時計の針を進めよう









あとがき
 A’S編の序章はこれまで、次回より現代編はA’S本編の開始となります。ただ、その前に過去編の第2章が挟まりますので、なのはVSヴィータはその後となりそうです。
 以前にも書いたように現代編はほぼ原作どおりに時間軸は進みますが、戦闘内容や、布陣は異なる場合もあります。大局的な流れは変わりませんが、“舞台を整える機械仕掛け”が静かに成り行きを見守る視点で進むため、原作を改めて異なる視点から見直す、という感覚に近くなるかもしれません。ただ、私は原作信奉派なので、原作の疑問点を指摘するのではなく、例えこじつけになってでも論理的理由を捻り出す所存であります。それではまた。




[26842] 夜天の物語 第二章 前編 放浪の賢者
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/05/08 16:27
第2章   前編  放浪の賢者





ベルカ暦485年  クヴァルイースの月  白の国  ネルドレスの森



 「老人は朝早いっつーけど、早過ぎだろ」

 シグナム、ローセス、ラルカスの三名が帰還した翌日の朝早く。

 ヴィータは呆れが混ざったような口調で呟きながら、空を駆けていく。

 昨夜の宴ではかなり早い時間に睡魔に襲われ脱落してしまったヴィータは、まだまだ異国の話が聞きたりなかったので、朝早く目覚めると同時に放浪の賢者ラルカスの部屋を訪れた。しかし、そこで待っていたのは言伝用の機械精霊のみであり。


 『老師ナラバ、釣リ二向カワレマシタ、フシュフシュ』

 という伝言を受け取った。


 「釣りって、どこに?」

 とヴィータが聞き返すと。


 『ネルドレスノ森デス、フシュシュ』


 「森か……………あんがとな、えっと、お前は?」


 『機械精霊1163バン、“ノーリ”デス、フシュフシュ』


 「もう千番を超えてたのか…………つーか、ラルカスの爺ちゃんも良く全部覚えてられるよな」


 『老師デスカラ、フシュフシュ』

 彼ら、機械精霊は放浪の賢者ラルカスの作品にして、彼へあらゆる情報を伝える密偵?である。

 魔法人形を製作する技術はベルカの地で数百年以上前から始まっており、当然、この白の国はその最先端を行く。

 “調律の姫君”、フィオナが作り出した完全人格型融合騎の雛型であるフィーは、まさにその象徴。彼女の他にも、諸国の名のある調律師達が、人格を持つ魔法人形や、さらにその発展形の融合騎の製作を日々進めている。

 人格を持たない融合騎ならば既に作られているが、高度な知能を持ち、さらに人間と同等の意思を持つデバイスというものは非常に難しいものであった。

 しかし、放浪の賢者ラルカスの作品はそれらとは根本が異なる。


 「爺ちゃんは確かに凄いけどさ、お前らって、一応精霊なんだよな」


 『ハイ、機械デスケド、精霊デス』

 リンカーコアを持ち、魔力素を取り込んで己が力と変えることを可能とする生物は、魔法生物、もしくは魔獣と定義され、ベルカの騎士や魔術師達も、生物学的な区分ならばここにカテゴリされる。

 ただ、中には実体を持たず、魔力の塊が意思を持って動く場合が存在したりする。それらは精霊と呼ばれるが基本的に大きな力を持つことはなく、水が多いところには自然と水の精霊が発生し、風が強いところには風の精霊が発生する、といった具合である。

 また、今よりさらに500年以上昔の古代ベルカの時代では、精霊達はただ“古き者達”と呼ばれており、ドルイド僧とは彼らを感じ、意思を交わすことを可能とする者達を指す言葉であった。そして、放浪の賢者ラルカスはベルカに残る最後のドルイド僧とも呼ばれる。

 真竜などが他の魔法生物を凌駕する力を持つ由縁は、ただの生物ではなく、これらの精霊を従える特性を有するからに他ならない。火竜ならば火の精霊を従えるため、リンカーコアの出力に関わらず、火を吐くことはほぼ無限に行うことが出来る。ただし、自然が豊かで精霊力の強い土地であることが前提となるが。

 それ故、召喚師に呼び出される幻獣は、本来の力を発揮できないケースも多々ある。個体が持つ力そのものは変わらないが、本来ならば周囲の精霊から受けられるはずのバックアップがないため、人間が切り開いた人工の都市で戦う場合、戦闘時間に制限がかかることがあり得る。

 特に、この白の国は転送魔法が困難なほど特殊な精霊力を持つ土地柄であるため、召喚師にとってはある意味で鬼門と言える場所であった。逆に、この地と相性の良い生物ならば最大の力を発揮できることを意味するが。


 「でも、精霊って、普通はしゃべんないよな」


 『ハイ、ボクモソウデシタ、ケド、老師ガ言葉ト名前ヲクレマシタ』

 彼ら機械精霊は魔法人形や融合騎とは根本から異なる。

 人間が“人間のために機能するもの”を一から組み上げたそれらと異なり、機械精霊は“精霊に人と会話する権能を与えたもの”なのだ。

 彼らは元々土の精霊や水の精霊と呼ばれていた微小な個体であり、それにラルカスが語りかけ、一箇所に集わせ、人と意思を交わす力を付与したものである。

 そのため、機械精霊には死の概念も生の概念もあり得ない。土は固まれば岩となるが、岩が砕かれても土は土。水は時に氷塊ともなるが、氷塊が溶けても水は水、時に雲となることもある。

 今はたまたま“機械精霊”の形を成しているだけであり、彼らがすることといえば、人を見守り、話しかけられれば応えることくらい。その在り方は、放浪の賢者の分身であるかのように。


 「しゃべれるのって、やっぱ楽しいか?」


 『ドウデショウ、デモ、ワルクナイデス』


 「そっか」

 機械精霊は自由気ままな存在であり、山のように同じ場所から動かないものもいれば、風や水のようにあちこち動くものもいる。

 姿形は大体同じで、丸っこい身体に小さな手足が付いただけの簡素なものだが、なぜか愛敬というものがある。

 そんな彼らが、ヴィータはとても気に入っていた。

 自分達は騎士を目指す者であり、騎士とは、主と国と民のために在るもの。

 それは言わば、自身を束縛し、拘束する生き方とも言える。人が本来自由な生き物であるとするならば、これは人の生き方として矛盾する。

 だが、騎士とはその矛盾を是とするからこそ騎士であり、それ故に、自由そのものの存在である機械精霊が時に眩しく見えることもある。

 ヴィータが、“自由な翼”という意味を込められたフィーを可愛がるのも、そういった理由なのかも知れない。


 「とにかく、ありがとな、ノーリ」


 『オ気ヲツケテ、ヴィータ』


 彼女は機械精霊に別れを告げ、空に舞い上がり、そうして現在へと至る。

 ヴィータの飛行速度は速く、既に森の上空に達していた。

 もっとも、ラルカスは転移魔法で来たであろうから、その速さとは比べようもないが。


 「えっと、ネルドレスの森で釣り場って言えば………………あそこか」

 ネルドレスの森はヴィータもよく入るため、森林内部のことは熟知している。

 また、若木であった頃のローセスと、その友人であったクレスという調律師の卵も、二人でよくこの森を訪れていた。今夜の食卓に並べるための獲物を二人で競うように狩っていたものである。

 しかし、森で活動するならば、森の法則に従うべしという掟もある。身重の動物は狙わない、罠を仕掛けるならば、民が決して足を踏み入れない場所に、卵も全てとることはならず、仮に孵ったとしてもおそらく成長できないであろう余分な数のみを取ること。

 森の恵みを受け、森と共に生きる者は、森への感謝と畏敬の心を忘れてはならない。

 ローセスの妹であり、白の国が誇りし“夜天の騎士”となることを目指すヴィータにとっても、その教えは守るべき神聖なものであった。

 そんな彼女が以前、ザフィーラと共にやってきた泉もネルドレスの森の中にあるものであり、その周辺には野獣の巣などもあり、毒を持つものも多く生息するため、魔法の力を持たない一般の民には危険な場所でもあった。

 だが、白の国の“若木”たる彼女にとっては遊び場であり自らを練磨する訓練場ともなり、放浪の賢者にとっては、日向ぼっこしながら釣りをする憩いの場でしかなかった。

 特に、放浪の賢者に至っては森の掟から、いや、あらゆる束縛からすら解き放たれたような存在であったから。


 「じいちゃん、釣れてっか?」


 「おお? おおおおおおおおおおおおお!? かかった、かかった! これはでかい、これはでかいぞ!」


 「ん、かかったのか!」


 「さて、何が釣れるか楽しみだ! 一体何が釣れることやら、さてさて一体誰だろう!」


 「誰?」

 おかしな単語が耳に入って来たヴィータは首を傾げる。

 釣りをしていて、獲物がかかったはずなのに、どうしてかかった対象が“誰”なのか。

 それではまるで、川の中に言葉が話せる知り合いが沈んでいるような感じではないか。


 「おおお! 釣れてしまう! 釣れてしまうぞ!!」


 「あー、一応、手伝うか?」

 何か変な予感はするものの、竿と格闘し今にも川に落ちそうな賢者、いや、釣り好きな謎の老人に対しヴィータはおざなりながらも言葉をかける。


 「いや、それには及ばん! これは一人でやりとげてこそ意味がある! おおお! 釣れてしまうぞ!!」

 そして、ついに針にかかった獲物が姿を現し――――

 ――――――ポンッ!


 「……………」


 釣りあげられたもの、いや、物体、いやいやむしろ“彼”を見て、ヴィータは絶句。というか、呆れ果てていた。


 「おお! これは見事な機械精霊が釣れてしまった! これは見事にまるまる太って旨そうな!」


 『ボクハ食ベラレマセンヨ、老師サマ、フシュフシュ、カタイデスヨ、フシュシュ―』

 目を凝らして川の中を良く見てみると、あちこちに機械精霊の姿が見られる。おそらくは、水の精霊に由来するやつらがラルカスの手によって機械精霊となった者たちだろう、とヴィータは見当をつける。

 どうにも、この大賢人なる人物は川で自分が作った機械精霊を釣り上げる、という奇妙奇天烈な真似をしていたらしい。

 一体それに何の意味があるのかとヴィータは呆れ、しかし、爺ちゃんならありか、と考えなおし、老人と機械精霊の会話を眺めていた。


 「おお、硬いのかね、実に元気によくしゃべる機械精霊なるかな! これを食べるのは良心が痛んでしまうぞ!」


 『心、ダイジデス』


 「うむ、まさしくその通り! 心こそは人間と機械を分ける境界線にして、それ故に彼らは孤高なのだ! 自身で命題を定めしことは祝福なのか、はたまた、他者より命題を与えられることこそが祝福なのか、それは儂にも分からんが、それでもそこには輝きがあるとも!」


 『ボクタチハ、ドウデショウ』


 「ふむ! それは難しい問いだ! 君達精霊はそも命持つ者ではなく、動く命そのものだ、それ故に死すら君達にはない、そのはずだ。しかし、それは違うのだよ、死がないものなどどこにもない。なぜなら、死がないということは、それは既に存在していないことと同義なのだから」


 『ボクモ、イツカ死ヌノデショウカ?』


 「命持たずとも、そこに存在しているのであれば、終焉からは逃れられない。儂は君達に形と名を与えたが、ただそれだけだ。命を創り出すことは命にしか出来ない、この法則とて永劫不変のものではあり得んが、少なくとも今の世界はそのように成り立っており、人間はその法則の中を泳ぐ魚にして、その風を受けし鳥なのだよ」


 『老師ハ?』


 「儂もまた、命一つの人間だとも。だが、時に見えてはならんことも見えてしまうことが問題と言えば問題だ。人間には人間の生き方というものがある、それをすら変えることが出来ることこそ人間の持つ素晴らしさではあるが、それは同時に酷く危うい。子供が感受性の強きのあまり、よくないものをも引き寄せてしまうように」


 『鈍感ハ美徳ナリ』


 「ふむ、お前さんに儂がいつだったか語った言葉に一つ、ああ確かにそうとも。生き急ぐことは必ずしも良い結果をもたらすとは限らぬから、時には止まって耳を澄ませることも大切なのだ。さて、空をゆく幼子よ、君はどう思うかね?」


 「話なげーし、相変わらずわけ分かんねー」


 「それはそうであろうし、そうでなくてはいささか問題があるとも、儂が生きた年月とお前さんが生きた年月は大きく異なる。そして、他人である以上、完全に理解し合うことは出来ないものさ、だが、人間には機械がいる、人間のためにだけ作られし機械は、果たして人間を理解できるものかね」


 『ボクタチ出来マス。別々ダケド、一ツデスカラ』


 「そう、それが君達精霊だ。一にして全、全にして一、君らは無限の生を持ち、ただ一度の死を待ち焦がれる。生を多く持つものは数限りなくいるが、死は唯一。だが、それ故に死は優しく、寛大なのだよ、どのような異形な命になり果てようとも、生きることそのものより見捨てられようとも、死だけは決して見捨てない。永遠の命という名の牢獄より、彼らは救い出してくれる」


 「死って、そういうものなのか?」


 「いつか、お前さんにも分かる時が来るかな、それともそうはならないかもしれない。儂としてはそうはならないことを祈るが、はてさて」

 そう呟く賢者の瞳に、僅かに憂愁の陰りが見える。


 「観えたのか?」


 「いいや、観てはおらんとも。儂はここしばらく瞼を閉じておるものでね、お前さんの兄を観てより、今を見ることに専念しているのだよ」


 「兄貴の予言………あたしは聞かせてもらったことないんだよ」


 「それは賢明というべきかな、儂が彼へ成した予言は決して明るいものではなかったからね」


 「でも、兄貴はまるで変わんないんだ。いやさ、変わらないってことじゃないんだけど、変わった気がしないんだ」


 「それはそうだろう。なぜなら、盾の騎士ローセスは既に己の進む道を決めていた。それ故に、儂が予言を成したところでそこに意味はほとんどない、そしてだからこそ予言をすることそのものに意味が出てくる。一種の願掛けのようなものなのだよ」

 願掛けという表現は、ヴィータにとって意外なことであった。


 「願掛け………なのか」


 「己が心に誓う事柄を、より強固なものとするための儀式の一環ともいえるか、既に鋼の心を持つ彼にはそういうものが必要とも思えなかったが、やってくれと言われたからには師としては応えずにはいられまい」


 「爺ちゃんの行動理念はわけ分かんないんだよ、気ままにどっか行ったかと思えば、ずっと一つのことに集中してたりするし」


 「ドルイド僧とは、得てしてそういうもの。儂は放浪の賢者だの、大賢者だの呼ばれるが、別にそう大したものではない。なぜなら、干渉する意思がないのだから」


 「いや、色々やってるだろ」


 「これは、あくまで儂個人の趣味のようなものなのだよ。人を眺めるのは昔から好きでね、だからこそ、ザフィーラは儂と共にいたのだろう、そして、この子らは儂と友になってくれた」


 『友達デス、友達デス、フシュフシュ』

 気付けば、賢狼は放浪の賢者と共にいた。

 彼はただ、そう語る。

 放浪の賢者も、機械精霊も、賢狼も、人と異なる在り方から、人を眺めるという部分に関しては同じなのだと。


 「………本来は孤高なる賢狼、ザフィーラと爺ちゃんは同じってこと?」


 「いいや、むしろ彼の方が積極的と言うべきかな、儂は眺めるだけだが、彼は仲間のためにその牙と爪を振るう。予言の力も、観るだけならばそこに意味はありはしないのだからね」


 「そういえば、あたし達みたいな騎士や、調律師が誕生するまでは、爺ちゃんみたいなドルイド僧とかが魔法を使ってて、今のベルカ式ともかなり違ったんだよな」

 ふいに、白の国の座学で学んだ過去の魔法術式がヴィータの心に浮かぶ。


 「ふむ、如何にもその通り。分かりやすい違いを述べるならば、今より500年以上前のドルイド僧達が用いし魔術陣は現在の三角形とは異なり、四角形をしたものが多かった。これは、四角形の陣が召喚に最も適していることに由来する」


 「えっと、デバイスもアイゼンみたいに機械っぽくなくて、そもそもシュベルトクロイツとも違うんだよな。純粋な魔法発動体って部分は変わらなくても、なんかこう、普通の木の杖だったって」


 「トネリコの枝を皆好んで使っていたね。それに、今は騎士と呼ばれる過去の戦士達も、デバイスではなく単純な剣や斧で戦っていた。今のように洗練されたものではなく、それは原始に近い、その誇りも人間のように込み入ったものではなく、動物のようにシンプル。故にこそ、精霊と人が共にあった時代なのだ」

 後の世では古代ベルカと呼ばれしその時代。

 人がまだ人間社会を完全に築き上げていなかったからこそ、人は自然と共に在り、自然の一部そのものであった。


 「そして、ドルイド僧の術式も、リンカーコアによって大気の魔力素を取り込み、己が力と成すものよりも、他者の力を借りることが多かった。今ではほとんど廃れてしまったがね、一部の部族では、獣や小鳥、さらには精霊、そして真竜とすらも心を通わせる技術が今も伝えられているとも」


 「アルザス、だったっけ、しかも真竜までいるとか聞いたけど」


 「彼の地に生きしは『大地の守護者』の名を冠せしヴォルテール。我々ドルイド僧は、彼らの偉大なる力を借り受ける代わりに、本来自由なりし彼らに名と目的を贈る。今より数百年以上昔、古代のドルイド僧が真竜と“盟約”を結んだ、アルザスの土地に生きる子らがある限り、その身を守護して欲しいと。故にかの真竜が個人の頼みを聞くことはほぼ無い、彼は大地の守護者だからね、もしそうなることがあるとすれば、その者はよほどに自然と精霊に愛された存在といえるだろう」

 遠い未来、獣や鳥と心を通わせる力を持った一人の少女が、その真竜とすら心を通わせたがために、里を追われることとなる。

 しかし、例え里から追われようとも、“盟約”はなくならない。“大地の守護者”は、いかなる時も少女の身を助けるためならば現われるとも、かつて友と交わせし、古き盟約を果たすために。


 「あくまで、友達に対するお願いみたいなもんか」


 「そう、命令ではないよ、儂らドルイド僧と彼らは友達なのだから、機械精霊達も皆、儂が贈った名前を大事に使ってくれてるようでなにより」


 『大事二シテマス、フシュフシュ』


 「また、この技術が完全に廃れたわけでもないからね。今に伝わりし守護獣の契約、あれもまた名と命を与え、共に生きる儀式の一つ」


 「そっか、それに、ザフィーラに名を与えたのも爺ちゃんなんだっけ」


 「彼は孤高の賢狼故に名を持たなかった。だからこそ、儂が友となった際に名を贈ったのだよ、こちらも、大切に使ってくれているようでうれしい限りだがね。ただ守護獣の契約は結んででおらん、ただ名を贈っただけだ」


 「じゃあさ、爺ちゃんがそのヴォルテールって竜の力を借りることは出来るのか?」


 「それは無理だとも、なぜなら彼は“大地の守護者”であり、対して儂は“放浪の賢者”。その属性はまさに真逆、たまに儂が訪れた際に世間話に興じる仲ではあるが、ただそれだけなのだよ」

 人のために在ることを選んだ真竜と、精霊のように放浪を続ける人。

 ラルカスとヴォルテールは、真逆であると同時にある意味で対等。故に、二人は友なのだ。


 「爺ちゃんの眼って、何もかも見えちゃうんだよな」


 「見えずとも困りはしないが、見えてしまう以上は、逃げることは許されない。少なくとも、その道を儂が選んでしまった以上は、そういうものであり、そういうものなのだよ」


 「でも、兄貴は、何で自分の未来を観てくれって爺ちゃんに頼んだんだ?…………それが、あたしには分からない」


 「大きくなればいずれ分かる。だがしかし、お前さんの場合は既に大きくなっているがため、その法則は当てはまらんときている。これはまた困ったことだ、さて、どうしたものかな」


 「?」


 放浪の賢者の言葉は実に奇妙で分かりにくい。

 仮にヴィータよりも人生経験の長い者であっても、その言葉は理解できるものではないだろう。


 「あたしは、まだ“若木”だけど」


 「それは、その通りだろうとも。しかし、子供はいつまでも子供というわけではない、いつかは大人になってしまうものさ、特に、騎士を目指す子供達は」


 「騎士叙勲のこと?」


 「さてね、それもあるが、それだけではない。少なくとも儂がお前さんを幼子と呼べる時間はそう長いものではないからこそ、ローセスのために予言を成したということは言えるとも、彼は、お前さんのために己の未来を儂に問うたのだよ」


 「………姫様のためじゃないのかよ」

 ヴィータとしては嬉しくもあり、同時に複雑な感情もある。

 彼女もまた、いずれは正騎士として白の国の主を守る立場に立つ以上、フィオナという女性を守ることは至上命題となる。

 そして、ヴィータの目標はローセスなのだから、彼にはただ騎士として在って欲しいという感情もあるのだ。

 忙しいのは分かっているが、自分にも構って欲しいという子供らしい気持ち。

 自分が目指す目標であるからこそ、他のことは構わず主君のために在り続けて欲しいという願い。

 矛盾するその感情を併せ持ち、そのジレンマに苛まれることもなく、内に秘めていられるからこそ、彼女もまた本当の意味での騎士の“若木”なのだ。

 ヴィータが幼くして認められているのは、その資質ばかりではない。幼く在りながら、既に騎士としての片鱗を持つ精神性、それを備えるためでもあった。


 「ローセスの中では、騎士としての想いは姫君に、兄としての想いはお前さんへと向けられている。あれは不器用な男であるため、それしか道はないのさ」


 「まあ…………不器用なのは分かってるけど」


 「それでも、騎士として破綻しないのであれば、その不器用さも美徳となるとも。少なくとも、夜天の騎士達も、調律の姫君も、そう思っているはず、無論、お前さんもだがね」


 「それは、まあ、………うん」

 その言葉に対しては、恥ずかしいが反論は出来ない。

 ヴィータにとって、兄である盾の騎士ローセスは誇りなのだから。


 「じゃあさ、あたしが騎士になるその瞬間も、爺ちゃんなら観えるよな」


 「さてさて、まあ、観ることは出来るだろうね」

 彼の目は観える、見通してしまう。

 それは数限りなく存在する未来の断片、あくまで可能性であり、それが訪れるかどうかはまだ分からない。

 しかし、現在の世界が進みし道より観えたということは、少なくとも近いということを意味している。

 人間が生きる三次元を超え、時の前後を指す四次元、時の左右を指す五次元、それらを視覚として捉える彼以外には、実感することは叶わないが。

 その未来は、限りなく近いのだ。


 「そっか、それだけ分かれば十分!」


 「ただし、心しなければならんよ、勇壮なる“若木”よ」

 彼の眼はその道を見通す。それを選ぶかどうかは、個人次第。


 「お前が騎士となるその時は、そう遠いことではない。だが、お前がこの道を進み続けるならば、烈火の将を超える誉れと共に、最も大切なものを失うかもしれん」

 彼は観る、そして、述べるだけである。


 「……………嘘つきジジイ、観えてねえって言ったばかりじゃんか」


 「嘘は言っておらんとも、儂はお前さんの未来を観ていないからね」


 「預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)は、使ってないってこと?」


 「ローセスに対して予言を成す時は使ったが、お前さんの未来に関しては、その断片を覗きこんだだけ、ということだよ」


 「それって、何か違うのか?」


 「もちろんだとも、人の言葉と文字とは、同じ意味であってもその重さが違うのさ。口約束という言葉があるように、言葉とは移ろいゆくもの。遙かな昔、人がまだ獣とそれほど変わらぬ頃から言葉はあったがね、それは知識を伝える手段としてはまだ発展途上であった。そして、文字が生まれ、“残し、記録する”ための文章が記述されるようになったのだよ」

 ヒトは言葉を話すが、賢狼のように言葉を話すことを可能とする生き物は他にもいる。

 しかし、文字を用いて、知識を後代に伝えることを成すのは、ヒトだけなのであり、少なくとも現在確認されている次元世界の中にはヒト以外に確認されていない。

 もし、遙かに遠き世界において、ヒト以外の生物が文章を残していたならば、それは―――――


 「だから、予言も同じなのか」


 「ただ言葉で述べるだけならば、その重みはそれほどでもないもの。未来が見えようとも、それは見えただけの話。しかし、予言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)にて書き記すのであれば話は違う、それは高い確率でその未来を引き寄せることとなってしまう。無論、回避することが不可能というわけではないがね」


 「でも、爺ちゃんの場合は、“未来を決めてしまう”ほど、強いんだっけ」


 「我ら、ドルイド僧に伝わりし秘伝の一つではあるが、儂はどうやら見え過ぎているのが困りものなのだよ。眺めるのは好きではあるが、それも良いことばかりではないからね、故に、お前さんのことは観ないことにしておる」

 放浪の賢者ラルカスは、あらゆるものを観通す。

 千里眼と呼ばれる力、それは三次元的な距離を無とし、現在の世界を映し出す。

 過去視、未来視と呼ばれる力、それは四次元的な距離を無とし、時間を隔てた世界を映し出す。

 次元視と呼ばれる力、それは五次元的な距離を無とし、あり得た可能性の世界を映し出す。


 そして、預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)


 放浪の賢者の予言により、破滅を免れた国家があり、彼の予言を黙殺したがため、破滅より逃れられなかった国家がある。

 それは、未来予知ではなく、世界中に散在する情報を統括・検討し、予想される事実を導き出す、データ管理・調査系魔法技能の極致。

 データベースを構築する機械は存在していないが、彼は機械精霊達より、そして、己の目によって世界の情報を知る。

 予言の内容は、今の時代よりさらに過去のドルイド僧達が用いし、古代ベルカ語の魔術文字。

 中世ベルカに生きる者達であってさえも、それを紐解き、意味ある言葉と変えるのは容易ではない。

 しかし、放浪の賢者にとっては絵本を読むが如きであり、それ故に彼の予言は正確無比。



 「でも、あたしの未来は普通に見えるんだろ」


 「見るだけならばね。とはいえそれに意味はない、人の歴史は人が紡ぐものであり、儂が見えたものが絶対であるなど、あり得ん話であろうさ。だからこそ、儂は観測者なのだよ」


 「見るだけ、後は、訊かれたら答えるだけ。本当、機械精霊みたいだよな、爺ちゃんは」


 「昔はただの人間であったのだがね、儂が持つ力は人間であるためには少々余計なものが多過ぎた。捨てれば良いだけの話ではあったが、捨てるためには人間も捨てねばならんときては、成す術もなし」


 「力を捨てるためには、まずは力を制御するだけの力を得る必要があって、それが出来るようになった頃にはもう手遅れってことだろ」


 「だが、人間というのは慣れる生き物ということもあり、これはなかなかに業が深い。若き頃は普通の人間となることを夢見たこともあったがね、100年も経てば慣れてしまう。いいや、人間であった自分を忘れてしまうと評すべきか、それに、儂自身、見ることは好きであったことが何よりも大きいかな」


 「100年………爺ちゃんって何年生きてんだ?」


 「覚えておらんよ」

 答えは、実に簡潔極まりなかった。


 「でも、確か、120年くらい前の白の国の王様と一緒に並んでる絵があったような………」


 「ああ、ロルフ=クラキ王かね、彼は儂が知る中でもまさに“賢王”と称されるに相応しい男であったよ」


 「知ってんのかよ、でも、爺ちゃんは“大賢人”だろ」


 「儂としては、老師と呼ばれる方が好きなのだがね」


 『老師サマ、老師サマ、フシュフシュ』


 『『『『  老師サマ フシュフシュ  』』』』

 その瞬間、機械精霊達が一斉に声にだす。


 「あ、それで機械精霊達は老師って呼ぶんだ」


 「シグナムやシャマル、それにローセスも若木の頃はそう呼んでくれたのだがね、いつの間にやら大師父と呼ぶようになってしまった、残念なことだよ」


 「いい歳こいた老人が、んなことで拗ねんなよ」


 「年齢と人の本質は関係ないことだとも。儂は長く生き過ぎて人間から少しばかり離れてしまったきらいはあるものの、それでも一応は人間なのであり、この法則も当てはまる」


 「精霊に形を与えて、機械精霊を作れるのは、人間って言うのか?」


 「間違いなく、人間だとも。なぜなら、そのような意味のないことに価値を見出すのは人間しかいないからね、ならばこそ、儂もまた人間なのだよ」


 「さっきと言ってることが違くねーか?」


 「あれもまた真実の断片、人には、それぞれの真実があり、鏡のように綺麗であっても裏側には異なる真実があるものさ、月の裏側は誰も見えんように。お前さんも、まずはそれを見つけ、自身の星を定めねば、月の裏側を知ることは叶わん。さもなくば、死に喰われるかもしれんよ」


 「相変わらずわけ分かんねえ、けど、死は優しく、それに故に残酷、だっけ」


 「死に意味を与え、どう捉えるかは人間次第だ。死はただそこに在るだけ、そこに恐怖を見るか、安らぎを見出すかは、全ては人間の心によるもの。お前さんが死を見た時、そこに何を見出すかが、騎士の真価が試される時、騎士とはかくも悲しいものなのさ」


 「まだ、“若木”だけどな」


 「今は、まだね」

 老賢人の言葉に深さを測れるほど、ヴィータはまだ成熟していない。

 だが――――


 「覚悟はあるさ、あたしもきっと、白の国の盾になる」

 その想いだけは、既に大人の騎士と同等に。


 「そうか、ならば儂は見守るとしよう、幼子よ」


 「幼子っつーな」


 「なになに、儂から見れば皆幼子だとも、それに、今呼んでおかねばあまり機会がなさそうでね、子供は成長してしまう」


 「そりゃそうだろーが、妖怪爺」


 「精霊爺と呼びたまえ」


 『精霊ジジイ、精霊ジジイ、フシュフシュ』


 「ふむ、よい子達だ」


 「はあ、ほんと似たもの同士だな」


 「それはそうだとも、友達なのだから。さて、お前さんは異国の話を聞きたいのであったか」


 「おうっ、まだまだ聞き足りねえ」


 「さてさて、それでは何から語ろうか」

 そうして、老賢人は釣りを続け、“若木”の少女は隣に座りながら彼の語る異国の話を聞きつつ、己を待つ未来について想いを馳せる。

 未来は未定、放浪の賢者にすら、完全に未来を読みきることなど出来はしない。

 ならば、騎士に必要なものは未来の知識にあらず、覚悟。

 どのような運命が待ちうけようとも、自身に誓った騎士道を曲げず、進み続けるという覚悟こそ――――


 白の国を守る、夜天の騎士が持つべき心であった。















ベルカ暦485年  クヴァルイースの月  白の国  ヴァルクリント城  鍛錬場



 「よし、素振りは終了。これより、模擬戦を始めるぞ」

 『『  はい!  』』   


 盾の騎士ローセスの言葉に、“若木”達が一斉に応える。

 現在、白の国で学ぶ“若木”達はヴィータも含めて34人、それぞれが二人一組で模擬戦を行うため、17組が出来あがる計算だ。


 「今回は組み稽古を基本とする、年長者、年中者、年少者はそれぞれ同じ者達と組むように」

 34人の若木は、その年齢、実力を考慮し、三段階に分けられる。騎士として必要なものは戦闘力だけではなく、状況判断力や机仕事もあるため、それらを総合的に見て判断される。

 ローセスが“若木”となったのは7歳の頃であるが、8歳まで年少者、8歳から11歳までを年中者、そして、15歳で騎士叙勲を受けるまで年長者、という経歴を持つ。

 白の国の若木の中では彼は遅めに騎士叙勲を受けた身である。まあ、他の者らは白の国出身ではないため、騎士叙勲=近衛騎士(夜天の騎士)である彼の基準とは単純に比較できないのだが。

 しかし、シグナムが7歳で“若木”となり、階梯を次々に飛ばして10歳にして正騎士となったという前例もあり、白の国の騎士そのものも数少ないため、ローセスとしては身近な目標こそが最大の壁であったりした。


 「兄貴、あたしは?」


 「お前はリュッセと組め」


 「了解」

 ヴィータは年齢的には年少者、もしくは年中者と呼ばれるはずだが、既に年長者と同様の訓練を受けていた。

 現在は7~9歳の年少者が8名、9~11歳の年中者が20名、そして、11~12歳の年長者が6名となっており、ヴィータはただ一人だけ8歳の若さで年長者の仲間入りを果たしているのであった。

 無論、他国から学びにやってくる者達も皆、資質を持ってはいるが、彼女と同等の資質を秘めたものは一人しかない。

 それが――――


 「ヴィータ、手加減はしないぞ」


 「んなもんしたら、顔面を粉砕してやるっての」


 「いい答えだ」


 「はっ、甘く見てると痛い目を見るぜ」

 現在、ヴィータと対峙する、背丈は130半ばで髪は黒、ローセス程の頑健さはないものの、この年代の騎士として平均的な体躯を持ち、標準的な剣型デバイスを構えた11歳の少年、リュッセである。

 彼は年長者の代表であると同時に、“若木”達を率いる隊長でもある。年少に一人、数が多い年中に二人、まとめ役が存在しているが、彼はその全てを纏めている。年長者の中には12歳で彼より年上の者もいるが、その彼もリュッセが隊長であることに異論はなく、心から彼を信頼していた。

 無論、年中者のまとめ役よりも年長者の方が上なのだが、もし年中者しかいない状況となれば、まとめ役の指示に従うように、という取り決めが若木にはある。年長者は、実戦に投入されることすらあり得ない話ではないために。

 そして、ヴィータもまた既に年長者と同じ扱いを受けている以上、いざとなれば年中者を率いる立場ともなり得る。

 ただ、既にヴィータの戦闘能力は隊長であるリュッセに近いものとなっているが、指揮や管制といった隊長としての能力ならばまだ遠く及ばない。

 そして、三名の夜天の騎士、剣の騎士シグナム、湖の騎士シャマル、盾の騎士ローセスはさらにその高みにある。

 ヴィータの騎士としての歩みは、まだまだ道半ばであった。


 「おおお!」


 「せえやっ!」

 若木達の訓練は、遙か後代のミッドチルダ式魔導師のそれとは異なり、その全てが実戦を前提として行われる。

 故にこそ、模擬戦においても17組が同時に行うのだ。戦場において、眼前の敵以外からの攻撃、もしくは流れ弾が飛んでくることは至極当然の話であり、それに対処するための訓練をしない方が異常と言える。

 遙か後代の時空管理局の魔導師は戦争するために訓練するわけではないが、ベルカの騎士達は戦争を前提とした修練を積む。これこそが、古代ベルカ式とミッドチルダ式、または近代ベルカ式の最大の違いである。


 「うらああああああああああ!!」

 ヴィータが構えるデバイスは、鉄の伯爵グラーフアイゼンと同型の鉄鎚、変形機構や知能は備えずとも、バリア破壊に特化したその力は健在であり、ヴィータの魔力が込められた一撃は、例え他国の正騎士であろうともそう簡単に止められるものではない。


 「ふっ!」

 しかし、対峙する少年もまた尋常ではない。彼が持つデバイスはヴィータとほぼ同様、すなわち炎の魔剣レヴァンティンから変形機構や知能を失くし、純粋な剣としての性能のみを維持した品であり、当然、作り手は“調律の姫君”。

 彼は炎熱変換の資質を持っているわけではないため、純粋な魔力の強化と剣技でヴィータの鉄鎚の破壊に対抗する。受け流しが得意な者ならば、まだ粗が多いヴィータの攻撃を躱しつつ反撃も可能ではあるが、ヴィータの攻撃を正面から受け止め、反撃に出られるのは若木ではリュッセ一人。

 シグナムやヴィータは攻勢を得意とし、ローセスは守勢を得意とする。彼女らと比較すればリュッセはどちらにも偏っていない中庸。そして、それだけに引き出しも多い。


 「縛めの鎖!」


 「ちぃっ!」

 ベルカの騎士とて、バインドは用いる。烈火の将は得意とはしないが、特に湖の騎士は得意としており、盾の騎士もバインドの拘束力は群を抜く。

 彼らより戦闘指導を受け、その技術を吸収している若き隊長は、既にそれを自己流に改良することすら可能としており、剣戟の合間にバインドを発動させ、相手の武器である鉄鎚を縛りあげる。


 「甘えっ!」

 そして、盾の騎士をいつか打ち破ることを目標とする少女は、バインドやシールド破壊を何よりも得意とする。真っ正面から全力の一撃を叩きつけ、ローセスの防壁を突破することがヴィータの最大の目標なのだ。

 リュッセが放ったバインドを力技で引きちぎったヴィータはそのまま肉薄し、他の術式を用いたことで僅かな隙が生じているうちに渾身の一撃を叩き込まんと振りかぶる。


 「テートリヒ・シュラーク!」


 「パンツァーシルト!」

 その猛威に対し、リュッセは受けとめるバリア型のパンツァーヒンダネスではなく、弾くシールド型の守り、パンツァーシルトで応じる。

 ヴィータの攻撃をバリア型の障壁で防げるのは夜天の騎士達くらいのものであり、自分は未だその域には達していない。

 だからこそのシールド防御だが、これですら面で展開すればヴィータの鉄鎚は容赦なく貫いていくだろう。こと、バリア破壊に関する限り、ヴィータという少女は烈火の将以上の天性を持ち合わせている。

 故に―――


 「鞘!?」

 リュッセは、パンツァーシルトを己ではなく、鞘に限定して展開させる。これならば、デバイス自体の硬度にシールドが上乗せされる形になり、鉄鎚の猛威にも対抗できる。

 彼が仕掛けたチェーンバインドは、ヴィータの攻撃を単調なものとするための布石、一点集中型の防御であるため、正確に相手の攻撃に合わせる必要があるものの、ヴィータの攻撃は尋常な速さではない。

 しかし、どんなに速くとも軌跡が読めれば対処は可能。チェーンバインドを引きちぎった勢いのまま攻勢に出るならば、その軌道は限定されたものとなる。

 バインドを破った段階で一旦呼吸を置かず、そのまま攻め込む若さが、ヴィータとリュッセの経験の差と言えるだろう。


 「紫電―――――」

 そして、鞘によって相手の渾身の一撃を防ぎ、返す一刀で確実に仕留める。

 これこそ、烈火の将が戦術の基礎にして奥義でもあり――――

 若木の隊長が受け継ぎつつある、攻防一体の戦技であった。

 言うだけならば容易いが、これを実行に移すには気が遠くなるほどの修練を必要とする、余程の天性がない限りは。

 そして、白の国の“若木”を率いる隊長は、その天性と修練の両方を備えており―――


 「一閃!」

 彼の烈火の将の一撃を、かなり真に迫った錬度で放つことすら可能としていた。


 「―――くぁっ!」

 咄嗟に片手でパンツァーシルトを張って防ぐヴィータだが、リュッセの一撃は先に自分が放った一撃と同等、下手をすると上回る威力を持つ。

 である以上、デバイスを用いないシールドだけで、その威力を殺し切れるはずもなく―――


 『一撃ガキマリマシタ。勝者、リュッセ、デス、フシュフシュ』


 それぞれの対決についている機械精霊が、片方の勝利を告げた。











 「お疲れ様だ、ヴィータ。なかなか惜しかったぞ」


 「うっせーシグナム、負けは負けだよ」

 労いつつもどこかからかうような口調で告げるシグナムに対し、ヴィータはやさぐれつつ応じる。

 旅より戻った翌日である今日、シグナムとローセスは若木達と集めて基礎訓練から模擬戦までを通して行い、その実力を見極めた。

 その中でも、最も成長が著しい二人こそ、ヴィータとリュッセの二人であった。


 「それに、リュッセもな、半年ほど留守にしていた間に、紫電一閃をあそこまでものにするとは」


 「ありがとうございます、騎士シグナム」

 対して、リュッセの方は騎士らしい礼を返す。このあたりが隊長とまだ8歳の若木の違いであろうか。


 「でも、シグナムの一撃だったら、あたしの腕は多分吹っ飛んでるよな」


 「さてな、骨が砕ける程度で済むかもしれんぞ」


 「二人とも、あまり物騒な物言いはどうかと思いますよ」

 内心、多分どちらかになるだろうと思うリュッセだが、そこはあえて告げない。


 「しかし、ヴィータはもう8歳、リュッセは11か、そろそろ、騎士叙勲の日も近そうだな」


 「えー、騎士になっちまったらあたしと戦えなくなるじゃんか」


 「いや、ヴィータ、僕は君と戦うために白の国にいるわけじゃあないんだが」


 「でも、楽しいよな?」


 「それはまあ、否定しないけどね……」


 「んじゃあそういうことで、ずっとここにいろ、あたしが追い抜くまで」

 その言葉に、歳相応の少年らしくリュッセが反応する。


 「追いつく、ではなく、追い抜くと来たか」


 「とーぜん、あたしの目標は兄貴だからな、リュッセなんて眼中にねえよ」


 「そのリュッセに、今日完敗したのはどこの誰だったかな」


 「うっせシグナム、3歳も離れてんだからいいじゃんか」


 「だが、正騎士となればそのようなことは言ってられんぞ、戦場でまみえる敵が、自分より若い保証などないのだからな」

 剣の騎士シグナムが正騎士となったのは10歳の頃。そして、彼女はすぐに戦場を駆けることとなった。

 その頃のシグナムが戦った敵の中に、自分より若い者などまさしく皆無であり、常に年長の敵と彼女は戦ってきたのである。


 「まあ、シグナムと比較するには正直どうかと思うわよ、お疲れ様、二人とも」

 そこにシャマルが現れ、戦い終えた二人に水筒を手渡す。


 「ありがとな、シャマル」


 「ありがとうございます、騎士シャマル」

 水筒を受け取りつつ、二人は礼を述べる。


 「どういたしまして、癒しと補助が本領だもの、貴方達の健康管理も私の役目なんだから」


 「それはいいんだけどさ、これ、もうちょいましな味になんねえの?」

 水筒の中身を一気に半分ほど飲んだヴィータが、若干抗議の声を上げた。


 「あら、口に合わないかしら、健康にいいだけじゃなくて、体力や魔力の回復を促進する効果もあるのに」


 「まずい、ってわけじゃあないんだけど、なんか微妙で」


 「あまりわがままを言うなよ、ヴィータ、先輩達に笑われるぞ」


 「お前、よく平然と飲めるなあ」


 「心を決めれば、どんな毒だって飲めるさ」

 その瞬間、空気が固まった。


 「へえ―――――――そう、私の特製ドリンクは、毒物扱いだったのね、リュッセ。傷ついちゃったなあ、私」


 「い、いえ、これはただの例えで…………」


 「リュッセー、男なんだから言い訳は見苦しいぞー、二言はねえだろー」


 「ちょっと、向こうでお話があるんだけど、いいかしら?」


 「……はい」


 それからしばしの間、起こった事柄については割愛しよう。


 

 「よく生きて帰ったな、リュッセ」

 労いの声をかけるは、無論、烈火の将シグナム。


 「いえ、別段酷い目に合わされたわけじゃありませんよ、女性に対する心構えを懇々と説明されましたけど。まだまだ僕は未熟者だそうです」

 年上のお姉さんの説教を乗り越え、何とか報告する若木の隊長。


 「何だあたしのときとずいぶん違うな。ま、それはともかく、次は負けねえ、のは多分無理だから、あと半年後くらいには追いつくからな」


 「ほう、意外と自分の力量を良く見ているな、感心したぞ」

 シグナムもまた、現在のヴィータの成長速度から見れば、半年ほどで戦闘技能だけならばリュッセに追いつくと見ていた。

 無論、騎士として他に学ぶことはまだまだ多くあるが、そこまで至れば、自分やローセスと同じ段階に足を進めるのも時間の問題だろうと。

 烈火の将は、予測していたのだ。


 「己を知らない者は、決して他者を見抜くことなど出来はしない」


 「老師の言葉だね」

 若木達はラルカスのことを老師と呼び、騎士達は大師父、姫君はラルカス師と呼ぶ。

 爺ちゃんと呼ぶのはヴィータくらいのものであった。


 「まだ受け売りだけど、いつかは自分の言葉にしてみせるさ」


 「ほう、頼もしい限りだ。若木達も成長しているようで、何より」


 「ですが、11歳の僕が今や隊長で、最年長も12歳となってしまいました」


 「そうだな、それに関する事柄ついて調べることも、我々の旅の目的ではあった」

 ここ数年、白の国の“若木”の年長者達が相次いで帰国していた。

 騎士叙勲がなされ、修行を終えたわけではなく、そのほとんどが強制送還に近い形で、である。

 本国の意向である以上は、学び舎である白の国としては何も言うことは出来ないが、きな臭さを拭いさることは出来ない。

 それはまるで、白の国を攻撃する上で、その障害となる存在を事前に回収するようにも取れるのだから。


 「会議は、これからですか?」


 「ああ、私と、シャマル、ローセスの三人と姫君と大師父、合わせて五人で行う」


 「あたしらは参加できないけど、かなり重要な会議なんだろ」


 「でなくば、自由奔放を旨とする大師父が会議などというものに参加されるわけがあるまい」


 「老師らしいというか……」


 「まあ、爺ちゃんだもんな、ところで、フィーは?」


 「昨日活動し過ぎた影響で、今日はずっと眠っているとのことだ」

 フィーは未だ発展途上、というよりも、正確には生まれてもいない。

 今の彼女は人形の器の中でゆっくりと成長する胎児に等しく、融合騎として世界に出た時が、彼女の生誕の瞬間と言える。

 それが、いつの日となるかはまだ分からないが。

 時は確かに、刻まれている。


 「そっか、じゃあその間あたしらは座学か」


 「そうなるな、私もシャマルもローセスもいない以上、実践は無理があるだろう。リュッセ、頼んだぞ」


 「はい、座学の教師の方々にお伝えしておきます」


 「それでは、私も向かうとしよう」


 「またなー」

 騎士達が帰還し、白の国は本来の姿を取り戻している。

 しかし、これより行われる会議において、白の国の将来に関わる事柄が話されるのは若木達にすら疑いない。

 果たして今後、白の国はどのように進んでいくのか。

 その答えは、まだ出ていない。






あとがき
 古代ベルカの魔法に関しては、守護騎士達のものよりも、キャロやルーテシアの召喚魔法の方がそれらしいというか、より古代の自然と共にあった魔法っぽい感じがしたため、本作品ではこのような設定となりました。
 また、“精霊”という名称についても、あまりに安易だと思い、

 晶霊 → 旧き者達 → 名もなき隣人 → 形なきもの → 蟲 → ジン → 素霊 → ライフストリーム → ツクモガミ → 妖精

 など、次から次へと考えはしたのですが、どうしてもしっくり来るものがなく、結局は単純明快な精霊に戻りました。やはり、考えの果ては陳腐なものになってしまうのでしょうか。もし、いいアイデアがございますれば、感想板に書き込んでいただければ幸いです。







[26842] 夜天の物語 第二章 中編 最果ての地の叡智
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:34
第2章  中編  最果ての地の叡智




ベルカ暦485年  クヴァルイースの月  白の国  ヴァルクリント城  夕月の間



 帰還した騎士達と“若木”達が訓練を終えた後。

 ヴァルクリント城の夕月の間に、ある意味で白の国の最高指導者とも呼べる面子が集い、円卓を囲んで座っていた。

 通常の国家であれば、王の下には宰相やそれぞれの国政を司る者ら(多くは貴族階級)がおり、彼らが座る円卓も、この白の国ではいささか異なる。

 無論、国政と呼べるかどうかは別として、人々が暮らす場所であり、諸外国とも対等な立場にいる国家である以上、運営を司る者らはいる。

 しかし、“学び舎の国”においてはそれらの意義はさほど大きいものではない。極論、誰もいなかったとしても、諸国の有識者が人材を派遣して何とかするだろう、という認識が白の国に住む者達にすら存在している。

 学院として在るからこそ意味がある白の国にとって、内政も外交もそれほど大きな問題ではなく、技術の継承と研鑽こそが最重要の事柄である。普通の学院なれば、収支を釣り合わせる必要もあるが、国際博物館的な要素すら持つ白の国では、あまり考える必要のない事柄でしかなかった。

 そのため、白の国における“替えが効かない要人”とは――――


 白の国の実質的な国主であり、デバイス技術の第一人者である“調律の姫君”フィオナ

 歴戦の勇者にして、その武名は遠国まで響き渡り、若木達に武術を継承する“烈火の将”シグナム

 薬草の知識や、魔術品を作る技術を修め、各国からの調律師や“若木”に伝えていく“湖の騎士”シャマル

 味方を守り通すための武術を極め、将を支え、姫君を守る不落の防壁、“盾の騎士”ローセス

 百年を超える時を白の国と共に在り、その技術を教え広め続ける“放浪の賢者”ラルカス


 この五人となるのであった。

 当代の王は病に伏せっており、一日の大半を眠っている状態。もしこの五人にもしものことがあれば、白の国は大きく揺らぐこととなる。

 教えるものなき学び舎ほど、意味のないものはないのだから。


 「まずは、改めて言わせてほしい、皆、御苦労だった」

 この場では立場上最も上位者となるフィオナが、まず労いの声をかける。


 「ラルカス師は最早語るまでもないが、将とローセスは半年にも及ぶ旅を続け、シャマルもその間一人で白の国を支え続けてくれた。本当に、感謝の言葉もない」


 「いいえ、姫君。我ら白の国に仕える騎士として、当然のことを成しただけです」


 「はい、わたしも騎士シグナムも、労苦と思ったことはありません」


 「私も、同じ想いですよ姫様。確かに大変ではありましたけど、これも騎士の務めです」


 「ふむふむ、まったくもってその通り。特に儂などはいつもの通りに諸国を渡り歩いたに過ぎんからね、改めて礼を言われるに値することではないだろうよ。だが、それとは別に礼を言うのはよいことだ、礼を言われて悪い気分になる人間とは、実際に働いていない、もしくは働けなかった者くらいであるから」

 フィオナの言葉に対して、それぞれがそれぞれの性格を表した言葉を返す。特に、賢者の言葉は長かった。


 「そうか、ありがとう。……………それでは、まずは将に聞きたいのだが、異国の騎士達の武勇はいか程だった?」


 「そうですね、今回の旅では訪れていない国も多くありますから一概には言いきれませんが、やはりヴェノンやアルノーラ、ミラルゴの騎士は大国だけあって精強でした。その他にも、ミドルトンやロドーリルなど、保有する数は大国に及ばないまでも、精強な騎士団を抱える国は多くあります」


 「では、古代ベルカの戦技の継承という点では、特に問題は見受けられない、ということか」


 「はい、少なくともかつて伝わっていた技術が廃れたという話はありませんでした。こと戦技という観点においては、ベルカの地に陰りは見うけられません」


 「そうか、それは何よりだ………」

 やや安堵の表情を見せるフィオナだが、騎士たる者、主君にとって嬉しい知らせばかりを届けるわけにもいかない。


 「ですが、技術はともかくとして、戦う者達、またはその上位に立つ貴族階級の精神にはやや陰りが見受けられます」


 「精神………か、具体的にはどのような?」


 「そちらの説明は、私よりもローセスが適任でしょう。私は近衛隊長という役柄故に、諸国家の上位者と面談することが多かったですが、ローセスはその間、一般の騎士達と親睦を深め、彼らの話を聞いて回っておりましたから。このような事柄は、下から上を見上げた時ほど実感しやすいものです」


 「はい」

 シグナムの言葉を、ローセスは気負うことなく肯定する。彼もまた、己の役割を理解しており、自分はそれを勤め上げたという自負を持っている。


 「ローセス、お前が感じた、陰りとは?」


 「一言で述べるならば、誇りの欠落、となりましょうか。民の守るためにある騎士達の中にも、自身の栄華のために力を振るう者が見受けられ、また、貴族の言いなりとなっている騎士も多く見受けられたのです」

 人の世界である以上、それは決してなくならないものである。

 しかし、古代ベルカ時代に“戦士”と呼ばれていた存在が“騎士”となり、貴族階級とは似ているようで異なる機構を持つに至ったのは、権力とは別のものに意義を見出し、戦う力を振るうことを目指したからこそ。

 騎士が権力の言いなりとなり、自身の栄華のために戦うならば、それはただの暴力装置と変わらず、“騎士”である意味が失われるのだ。

 後代はともかく、この中世時代のベルカの騎士達は、古代ベルカからの気骨を受け継ぎつつも、尊くある在り方を己に課しているのだから。


 「また、騎士に限らず、一般の兵士達にも精神的な堕落が多く見受けられました」


 「それはつまり、正規軍というよりも、むしろ盗賊に近い者が増えている、ということだろうか」


 「はい、魔法の力を持たない者らには、わたしたち騎士のように戦うことだけを生業とすることは稀少です。戦時においては兵士として出陣する者も、戦が終われば故郷に戻り、農夫など、それぞれの暮らしに戻るのが常ですが」


 「だが、元の生活に戻らず、かといって国軍に仕え続けるわけでもなく、戦地に武装したまま留まり、夜盗と化す者が増えてきている………のか」


 「その通りです、悲しむべきことですが」

 フィオナの推察をローセスが肯定し、若干の沈黙が訪れる。


 「確かに、悲しいことではあるけど、別にそれは珍しいということでもないわよね」

 そこに、これまで発言しなかったシャマルから意見が出る。


 「ああ、それは間違いない。他の懸案事項があったため注意して見ていたからこそ、我々も気付けたに過ぎん。もし、大国同士がぶつかり合う大戦でも起きれば、現状を遙かに上回る精神の堕落が起きるだろう。戦というものは、兵士や貴族、そして民の心をも荒ませる」

 それは、実際に戦火の中を駆け巡った経験があるシグナムだからこその言葉であった。

 しかし、それを逆に見るならば――――


 「それはつまり、各国の兵士達の心が荒んできている、ということは、大きな戦が近いことを示している可能性がある。という理屈が成り立ってしまうということね」


 「その通りだ。大きな目で見れば別に取り沙汰する歪みではなく、治があれば乱があるのは古代ベルカの頃からベルカの地の常。しかし――――」


 「此度の歪みは、繰り返される国家の興亡に伴う治と乱、列王達が行う戦争による荒廃とは、異なる要素を含んでいるのではないか。そう、将は感じたのだな」


 「はい、外れて欲しい予感ではあるのですが」


 「悪い予感ほど当たってしまうものさ、少なくとも、儂が見てしまうものは、悪いものほど良く当たる。用心するに越したことはあるまいよ」

 放浪の賢者が、目を閉じたまま、誰に語りかけるわけでもなく、語る。


 「ラルカス師、貴方はどう思われる?」


 「ふむ、そうだね、まずはお前さんの得意分野であるデバイスに関してからにしようか」

 呟きつつ、放浪の賢者は纏う衣の内より、魔道書の形を成すデバイスを取り出す。


 これこそ―――


 「夜天の魔導書……………完成は近いのでしょうか?」


 「いいや、まだまだ、というべきかな。旅をする機能、致命的な破壊を受けるとも蓄積された情報を損なうことなく再生する機能、これらは一応の完成を見たものの、肝心の部分はこれからとなっているのだよ」


 「蒐集行使、ですね」

 放浪の賢者が持つ、予言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)と並び、彼を賢人と言わしめる技能、蒐集行使。

 簡単に言えば、見た魔法を即座にコピーし、フルパフォーマンスで再現することを可能とする技能であり、これは、聖王家において秘伝とされる技能でもあった。

 戦う相手が用いる魔法、戦技をその身に吸収し、自由自在に扱う、古の聖王の業。

 古代ベルカより続く聖王家、その血筋には強力な魔力を秘めており、やがては総称して“聖王の鎧”と呼ばれることになる技能の先駆けともいえる。

 そして、放浪の賢者はそれを誰から学ぶことなく編み出し、その機能を“夜天の魔導書”に組み込むことをも可能としていた。


 「とはいえ、プログラム体である魔導書が見ただけでコピーするというのも無理のある話。そこで、シャマルの持つ技能を利用することで解決しているのだがね、もう少し改良が必要であろうと思う」


 「シャマルのリンカーコア摘出、ですか」


 「とりあえずは、私とローセスが“旅の籠手”と“鏡の籠手”にて魔法生物からリンカーコアを抜き出し、夜天の魔導書の分身である“魔法生物大全”に書き記す、という方法を取っています。まあ、大半において使用するのは“鏡の籠手”のみですが」

 シャマルの持つ転送魔法は数多くあるが、その中でも強力かつ汎用性の高いものが“旅の鏡”である。

 シグナムとローセスが持つ籠手はシャマルの能力を二つに分けたようなものであり、“旅の籠手”は物理的に離れたものを掴む機能を、“鏡の籠手”はリンカーコアを対象とし、傷つけずに干渉する機能を持つ。

 厳密に言えば“旅の鏡”の効果自体はほぼ“旅の籠手”のみであって、リンカーコアに干渉するのはある意味で外科手術的な技術となり、治療に特化したシャマル固有の特性といえた。

 ちなみに、ラルカスも同様の技能を持つが、彼の場合はドルイド僧独自の魔術に由来する他の類の無い魔力運用を行うため、別の品で再現することが難しく、コスト的に意味がないものとなってしまうため使われない。


 「この夜天の魔導書は儂だけのものではない。もし儂だけで作っていたならば、ただ書き込まれた文章を放浪しながら保持するだけのものとなっていたであろうから、それでは、儂の記録が彷徨うことと何ら変わりない」

 後に再生機能、転生機能となる部分を作り上げたのは紛れもなくラルカスである。

 しかし、彼の持つ蒐集行使を、リンカーコアを蒐集することで夜天の魔導書によって再現することを可能としたのは、シャマルの手腕による部分が大きい。そして、さらにもう一つ。


 「お前さんがこれより作り上げる管制人格と守護騎士プログラム、それこそが、この魔道書に本当の意味をもたらすものとなるとも。どのような技術があろうとも、そこに伝えるべき意思が伴わなければ意味はないのだから」


 「まだまだ、未完成ではありますが」


 守護騎士プログラム

 それは、プログラム体でありながらも意思を持ち、夜天の魔導書と共に在り、人々のために残すべき、伝えるべき技術を考察し、実行に移していく意識体であり、管制人格は彼らを含めた全体の統括を担う。

 簡単に言えば人工の精霊であり、自然の流れの中に在る精霊にラルカスが機械精霊として言葉を与えたように、人が人のために意思持つ存在を作り上げる。

 知能持つ人工物という意味における先達がグラーフアイゼンであり、レヴァンティンであり、クラールヴィント。彼らは意思持つ機械であり、主のために考え、自身で動くことこそ出来ずとも、人のために在り続ける。

 そして、完全人格型融合騎の雛型であるフィーは、守護騎士プログラムのプロトタイプであった。


 「人間の心を投影するならば、既に可能な段階まで出来ています。特に魔法人形技術が進んでいるアイラなどでは、魔法こそまだ使えないものの、人間とほとんど違わない融合騎も製作されているほどです」


 「うむ、それなら儂も存じているよ。今回の旅ではアイラへは往くことはなかったが、あそこにはフルトンがいる。お前さんの大先輩と呼べる男であったかな」

 現在においても一部の調律師達が人格を有する融合騎の開発に成功しつつあり、その第一人者であるアイラの調律師、フルトンという人物も、かつて白の国で技術を学んでいた。

 彼は、フィオナの父の友人でもあり、フィオナ自身幼い頃に何度か会い、短期間ながらも調律の技の教えを受けたことがあった。


 「はい、以前彼から便りが届きまして、スンナとスクルドという二機の融合騎を作り出したと。そして、片方のロードとして、将にお願いできないかという打診も」


 「私が、ですか?」


 「何でも、スクルドの方はまだ搭載すべき能力が決まっていないそうなのだが、スンナの方は炎熱能力の補助、すなわち、火力の上昇という方針で行くらしいのだ。よって、炎熱変換の魔力特性を持つ将が、ロードとして相応しいとのことだった。将が留守にしていたので、とりあえずは保留ということになってはいるが」


 「まあ、よいのではないかな、シグナム。お前さんがロードとなるならば、その子も安心できよう。もっとも、完成まであとどのくらいの時間がかかるかは分からんがね。融合騎を完成させるというのは並大抵のものではない」

 それを誰よりも理解しているのは、夜天の魔導書にそれを組みこむために研鑽を続ける、放浪の賢者と調律の姫君の二人であろう。


 「ただ、フルトン殿も気にかけていたのが、融合騎の人格のことだ。彼女らは人間の人格を投射する形で作られており、“人間ではない己”、“永き時を生きる己”に倦み疲れるのではないか、と心配しておられる」


 「やっぱり、そこがネックになるのですね」


 「人間と、デバイスの違い、ですか」

 シャマルとローセスもそれについては思うところがある。

 クラールヴィントとグラーフアイゼン

 人間と共に在りながら、人とは違う意思を持った彼らを知るからこそ、人間に近い人格では悠久の時を生きることが難しいことが理解することが出来る。

 二人は騎士として常人を遙かに超える精神の強さを持ってはいるが、悠久なる時の磨滅に勝てる自身はなかった。

 僅かなりともそれを成し得ているのは、放浪の賢者のみであったから。


 「姫君、夜天の魔導書に組み込む管制人格や守護騎士プログラムを、レヴァンティンのような完全に人間とは異なったプログラムとするわけにはいかないのでしょうか?」

 そしてそれは、レヴァンティンと共に戦うシグナムも同様である。


 「それは、可能ではあるのだが………」


 「しかしそれでは、今度は“人間のために必要な技術”を選別する段階で問題が出てきてしまうのだよ。シグナム、お前さんも知っておるように、レヴァンティン、グラーフアイゼン、クラールヴィントの思考は人間とは異なっており、それ故に人間らしい考えを本当の意味で理解することは出来ない。これは彼らが彼らである限り避けられんことであり、同時に、彼らにとっての誇りなのだから」


 『Ja』

 『Ja』

 『Ja』

 賢者の言葉に、三機のデバイスが同時に応える。

 自分達は、そのような存在であると。

 それ故に、自分達には意味があるのだと。

 騎士達の魂は、静かに答えていた。


 「夜天の魔導書がただの装置であるならば人間の意思は必要ない。たが、人間のための技術を旅しながら蒐集していくという目的で作るのであれば、やはりそこには人間と近しい思考を持つ管制人格と、書を悪意から守る守護騎士プログラムが必要となる。しかし、人間をそのまま模写したのでは、今度は悠久なる時の流れに擦り切れてしまう、これは中々に難しい」


 「それ故に、ラルカス師の構想の下で私はフィーを製作した。あの子は私にとって娘であり妹のようなものだが、その自由な在り方は人間とも機械とも異なり、精霊に近い」


 「確かに、機械精霊とあの子は良く似ているわ」


 「共に、ヴィータの遊び相手、という面でも同じですね」

 それは、シャマルとローセスにも実感できる事柄である。


 「さながら、人間の命題にも、機械の命題にも縛られぬ、“自由の翼”といったところかな。この夜天の魔導書を託すならば、そのような存在こそが相応しいと儂は思うよ。人と共に在りながらも、例え人が滅ぶとも意味を失わない存在こそがね」

 デバイスは人間のために機能するからこそのデバイス。

 しかし、夜天の魔導書に託される願いは、そうではない。

 人間のために必要な知識や残すべき技術を蒐集しながらも、それを成すのは人間のためだけには動かない自由なる精霊。

 それは一見矛盾しているが、そうではない。

 逆に、人間のために必要な技術を、人間のためだけに機能する存在が管制人格として集めるのでは、それは非常に危うい。人を害する技術を集めるよう命令された場合、それは人のために人を殺す技術を永遠に集め続ける機構と化してしまう。

 一度負の連鎖へと陥った時、それは二度と脱出できぬ無限ループへと嵌ることを意味する。それこそが、デバイス、すなわち機械の持つ最も危険な側面なのだ。


 「だがそれでも、とりあえずはお前達三人とラルカス師の人格を元に、守護騎士プログラムの製作は進めている。最終的には命題というか、存在の根本を精霊に近い形に仕上げることになるが、能力や性格は恐らくそのまま残る。だから、かなり人間らしい精霊ということになると思う」


 「つまり、私とシャマル、ローセスの三人は、夜天の魔導書を守るための守護騎士となる、ということですね」


 「まあ、今も似たようなものですけど」


 「我らの魂、夜天の主と共に在り」


 「儂は一応作り手ということになるが、夜天の魔導書の主ではない。主はあくまでお前さんだとも、フィオナ。この夜天の魔導書も、元々はお前さんの先祖に依頼されて作り始めたもの、もう、80年近く昔のこととなるがね」

 白の国は技術を受け継ぎ、伝えるためにある。

 放浪の賢者は白の国と共に在り、その技術を諸国へと教え広める。

 そして、その長き人生の最後の仕事こそが、夜天の魔道書の作成であった。


 「流石に儂も老いたよ、そろそろ旅を続けるのも限界にきたようでね」

 大賢者といえども、老いには勝てない。

 彼の命がいつ尽きるか知るのは彼のみであるが、それでも、彼が白の国と共に在り続けられる時間はそう長くはない。

 それ故に、彼は夜天の魔道書を残すのだ。

 自身の代わりに、それが白の国を見守り、技術の蒐集役にして広めし者、という役割を担えるように。


 「しかし、大師父ならば、老いに勝つ手法すら御存知なのではないですか? 既に、その年齢は人間の限界を超えていらっしゃるはず」


 「ほっほ、若いねローセス。それではいかんのだよ」


 「なぜです?」

 その瞬間、ずっと笑みを絶やさなかった放浪の賢者の表情が、引き締まったものへと変化する。


 「儂を敬うことを止めはせんよ、老人を大事にすることは、限度もあれど悪いことではないからね。しかし、その者を敬う、もしくは大切に思うあまり、自然の理を超越しようとしてはいかんよ。なぜなら、そのような考えこそが、現在のベルカに広まりつつある闇の源泉なのだから」


 「!?」

 その言葉は、ローセスの心にさながら鉄鎚の如き衝撃を与える。

 彼はラルカスとシグナムと共にそれを調べるために旅をしてきたが、まさか、自分の内にすら影の一部が食い込んでいるとは、思いもしなかったのだ。


 「何も、邪なる願いのみが闇を呼ぶのではない。いや、むしろ純粋なる願いこそが破滅を呼ぶのであることが多い、これは、経験則であるため、信頼性は高いと思うよ」


 「闇…………やはり、その源はアルハザードなのでしょうか?」

 アルハザード

 それは、白の国ならず、ベルカの地に生きる者ならば、一度はお伽話の中で聞いたことはある名。

 この世の全ての叡智はそこにあり、そこには人の歴史の始まりと終わり、そして、全ての叡智が記された万能の書が眠るという。

 ただ、それを確認したものは、ただの一人もいないため、あくまでこれはお伽話である。

 そう、そのはずなのだ。

 しかし―――



 「ああ、それは疑いない、最果ての地、アルハザードより流れ出る技術は、静かに、だが確実にベルカの地に広まりつつある」

 夕月の間に、これまでを遙かに超える重い空気が流れる。


 「ベルカの地は、いくつもの次元世界より成り立つものの、それらは全て“近しい世界”。五次元の海を漂う島のまとまり、列島や諸島と称すべき距離に限定されている」


 「ラルカス師、それは一つの世界に例えるならば、広大な海の、ある海域に存在する一まとまりの数百の島々。そのうち十数ばかりが知られているに過ぎない、ということですね」


 「少なくとも、儂にはそう観えたよ。しかし、アルハザードは違う。あれは同質の島々の一つではなく、遙か彼方に存在せし本当の意味での“別世界”。その文明を築き上げた者らも、人間とは根本から異なる者たちであろう」

 放浪の賢者は語る、あれは異物であると。

 若き頃、見てはならぬものを見てしまう寸前まで至ってしまった彼だからこそ、それの異端性を理解できる。

 それは、人間が理解してはならないものだということを、彼は理解したのだ。


 「あまり気分の良い話ではないが、グラーフアイゼン、レヴァンティン、クラールヴィントの三機、そしてこの夜天の魔道書とて、その技術の一端であるといえるだろうね」


 「………………貴方が、そう考えた理由とは?」


 「古代ベルカの時代にもデバイスはあったとも、しかしそれらはあくまで魔法の効率を高めるためのものに過ぎず、儂の持つシュベルトクロイツのように、純粋なる杖の形をしたものがほとんどであり、戦士が持つものは剣や槍、もしくは斧」


 「はい、それは白の国に伝わる書物より存じております」


 「古代ベルカとて平穏であったわけではない。今よりおよそ500年の昔には、各地で王国が興亡を繰り返し、戦が絶えること無き乱世であったと、ドルイド僧達は語り伝えている、そしてそこに、アルハザードより彼の翼が現れた」


 「……………聖王の、ゆりかご」

 フィオナがその名を呟くと同時に、三人の近衛騎士の身体にも緊張が走る。

 これもまた、お伽話に近いものではあるが、アルハザードそのものと異なり、実在することが確認されているために。


 「古代ベルカの叡智の結晶、とは言われるが、それはあり得ん話だとも。そもそも、古代ベルカにはそのような技術は文字通り“存在していなかった”。故に、あれはベルカの地においてすら、ロストロギアと呼ばれるのだからね」

 この時代に作られた魔法の遺品を、遙か後の時代ではロストロギアと呼ぶ。

 しかし、“聖王のゆりかご”はこの時代にあってすら、既にロストロギア。

 ならば、それは何処より来たりしものであるのか。

 大賢者は、ただ静かに語る。


 「初代の聖王がいずこよりあれを発見し、その血筋をゆりかごの鍵としたのかについては、我々の一族にすら伝わっていない。しかし、確かにそれは現れ、その大いなる力によって古代ベルカを席巻し、地に平和をもたらした。そして、それよりしばらく後にベルカ暦、諸王の時代が始まった」

 次元世界の歩みは、隣り合わせで進んでいる。

 現在はベルカ暦485年、ある世界の西暦に合わせるならば1000年頃、そして、古代ベルカの終焉、つまりベルカ暦の始まる頃は西暦においても500年頃、ローマという国家が滅び、時代の転機が訪れつつあった。

 遙か後の管理局時代においては、彼ら夜天の騎士が生きた時代も“古代ベルカ”と呼ばれるが、正確に述べるならば“古代ベルカの王達の血を引く諸王家の時代”つまりは”中世ベルカ”である。ちょうど、地球ならばビザンツ皇帝がローマ帝国の継承者であったようなものであろうか。

 そして、西暦にして1700年頃の“最後のゆりかごの聖王”は王家という形でその血筋を継いだ最後の王であり、その時代は王制時代の末期の”近世ベルカ”時代。国家体制は王制から共和制へと移行し、魔法を使える者は王族、貴族として君臨する魔法の時代は一度民衆の手によって終わり、質量兵器で武装した非魔導師達の時代がやってくる。

 その後に訪れた大混乱の時代を経て、魔導師とデバイスが再び共に歩みだした、乱の狭間の治の季節、管理局の時代が始まる。


 中世ベルカと呼ばれるべきこの時代は、騎士が騎士らしく在ることが許された、“古き良き時代”なのである。


 「確か……今でも聖王家の継承者はゆりかごで生まれて、死ぬ時はゆりかごで死ぬ、とか」


 「流石は湖の騎士、よく知っているね。彼の翼も今は眠りについており、聖王家の治める国も平和な土地であることは疑いない。初代の聖王も、ゆりかごが危険な存在であることは知っており、厳重な封印を施した結果は功を奏しているようだ」


 「しかし、その封を解こうとしている者達がいる。ならば、我らの守りし白の国にもいずれはその手が伸びることも覚悟せねばなりませんね、大師父」

 烈火の将は決意と共に言葉を述べるが。


 「その通りであるが、それだけでもないのだよ、古代ベルカの時代にアルハザードより流れし“最果ての地の叡智”、それが伝わるのは聖王家のみではない。ゆりかごと同等の力を秘めた古代兵器は今もベルカの地に人知れず眠っており、そして、この白の国もその一つ」


 「なっ!」


 「ええっ!」


 「本当ですか!」

 驚愕は近衛騎士三人もの、彼らもこれについては初耳であったのだ。

 唯一知るのは、病床に倒れた父よりそれを聞かされていた、フィオナのみ。


 「今まで秘密にしていて、すまなかった。将、シャマル、ローセス」


 「まあ、仕方あるまいね。これを知るのは白の国の歴代の王とその継承者、もしくは儂くらいのものであるから」

 なぜそれを貴方が知っているのだ、と疑問に思う夜天の騎士ではなかった。

 むしろ、放浪の賢者が知らなかったならば、そちらの方が驚きである。


 「話を少し戻そう、デバイスが“武器”から“機械”へと近づいたのはベルカ歴が始まった頃、つまりはゆりかごなどの古代兵器がベルカの地に現われた頃より、しかし、その進歩はお世辞にも速いものとはいえなかった。何せ、500年ほどかけてようやくレヴァンティン達が作れるレベルに達し、融合騎の雛型が作れるようになったのだから」

 そして、その歩みは、白の国と共にあった。


 「つまり、その始まりこそ異形の技術の一端があれども、その後の発展は、あくまでベルカの地に根付くものであった、ということなんだ。そして、白の国はその発展を見守りつつ、共に歩んできた…………もし、古代兵器を呼び覚まそうとする者が現れれば、それを防ぐべし、という言い伝えと共に」


 「そうして、今のベルカはある。始まりより既に500年、これだけの歴史を費やして構築してきたものであるならば、この技術は既にベルカ独自のものと誇ってよいだろうとも。しかし、それとは異なる技術が、新たに台頭しつつあるのは、皆知っていよう」

 それこそが、彼ら三人が諸国を渡って調べてきた最大の案件。


 「………魔導師を改造し人造魔導師を創り出し、魔獣をかけ合わせ、改造種を創り出し、命を弄ぶ」


 「最果ての地より流れ出る、異形の技術、ですね。わたしたちが調べた魔法生物の中にも、これまでに確認されていない生き物が何種かおりました」

 夜天の騎士が各地の魔法生物を調べて回っていたのも、在来の生物種との相違を確認するため。

 その調査の結果、本来の生命の流れではあり得ない生態を持つ魔法生物が確認されたのであった。


 「つまり、兵器として魔法生物を開発している者達がいる、ということですか」


 「幾つかは潰したが、あれはあくまで枝の一部に過ぎないだろうね。隠形が下手な者らは千里眼で見つけ出せるものの、技術が優れたものほど隠れることも上手い、過去視というものもそれほど便利なものではなく、最後はやはり足で探すより他はないのだよ」


 「それでも、大師父がいなければ僅かでも潰すことすら叶わなかったでしょう」

 シグナムやローセスの本分は戦闘にあり、探索は得意とするところではない。それを得意とするのはシャマルであり、そして、ラルカスであった。


 「だが、問題の本質はそこではない。今はまだ生命操作技術は異形のものという認識があるが、水面下では広まりつつある、なにしろ、これらは王族や貴族なればこそ夢見る“不老不死”を実現する手段ともなり得るからね」


 「自身の分身を創り出し、それに全記憶を移植する、でしたか」


 「プログラム体でもよいのであれば、白の国とて同じことは出来るとも。しかし、それを人間の身で行おうとすれば、歪みは避けられない。どんなに長く生きたところで、死というものからは逃れられんよ」

 人より長く生きし賢者は、そう語る。


 「しかしやがては、それらの技術は異形ではなく、王族や貴族のみに許された“奇蹟の力”とされる日が来るかもしれない………嫌な予想ですが」

 しかし、それを笑い飛ばすことは誰にも出来ない。

 その予兆が、ベルカの地に見られているのだ。


 「現状は、ハイランド、ヴェノン、アルノーラ、ミラルゴ、ロドーリル、ミドルトン、そして聖王家など、列王達はそれらの技術にそれほど興味を示していないようだね。彼らは良くも悪くも武人の家系、戦って白黒つけねば気が済まないところが玉に瑕ではあるものの、それ故に死というものを軽く見ることはないのは良いことだと思うよ」


 「常に戦っているからこそ、死を重く見る、ですか」


 「それは、わたしにも実感はあります」

 騎士として戦場を駆けるが故に、シグナムとローセスは死を感じ、死と共に在る。


 「その通り、皮肉な話ではあるがね。平和で、戦がない国ほど死というものを軽く見てしまう、ただ生きているだけで満足できないが故に、さらにその先を求め、長寿、果ては永遠の命を夢見る。これもまた、人の業というものかな」


 「それも人の持つ願いではあると思います、薬も医療も、長く健康に生きたいという意思から生まれました。ですが、それでも人は、生きることそのものにおいて、自然の理に逆らうべきではないと、私は思います」

 医者として、人を救うがために、シャマルもまた死と共に在る。殺すことも救うことも、死に近いという面では同義なのだから。


 「お前さんのように、人を治し、薬と毒を知り、生命の儚さに触れればこそそう思える。しかし、特権階級にある者ほどそれらから遠ざかってしまうものだよ。まあ、この法則を覆す社会構造というものは儂にも思いつかんがね、対案がない以上は軽々しく非難しても詮無いこと。ならばこそ、自分達に出来る対処法を考えるしかない」


 「ラルカス師のおっしゃる通りだ。私達白の国がどうするべきか、それこそが重要であり、私達にはそれしか出来ない」

 主君のその言葉に、騎士達は頷きを以て応える。


 「幸いにも、情報はある。ここより遠く離れた世界にニムライスという国があるが、その国にてある都市が独立し、さらにその周辺の街を併合しファンドリアという国家を名乗った。そして、その国が独立するために用いた力こそ」


 「生命操作技術、というわけですか」


 「そう、人造魔導師こそまだいなかったがね、従来の魔法生物とは異なり、戦うことのみに特化した生物が戦力として投入され、ニムライスの騎士達を屠っていった。その光景は、民が見るには少々重いものであったよ」


 「まさか、大師父、過去視を使われたのですか?」

 シグナムの問いに、賢者は頷きを返す。


 「それほど難しいことではなかったよ、彼の地には、強い“嘆き”が残されていた。異形の生命に殺されし者達は、これはあってはならない生き物であると認識し、その意思は“嘆き”となって漂っていた。儂はそれを眺めたに過ぎんよ」


 「ですが、その力をもって、ファンドリアという都市は、ニムライスという国から独立を果たしたのですね」

 新たに問いを投げるのは、シャマル。


 「そればかりか、今やニムライスそのものを飲み込みつつある。ファンドリアは国家と呼ぶにはいささか以上に相応しくない、あれは、人々が作り上げる国ではなく、一人の男によって築かれた瓦礫の王国なのだ」


 「………ラルカス師は、その人物を御存知なのですか?」


 「次元跳躍の技を用いて何度かファンドリアへ赴き、国全体の観察を行った。ここに来る前に寄るべき場所があるといったのもそういう理由があってのこと、と言えるかな」


 「なるほど」


 「そして、かつては一都市であったファンドリアの太守であり、それを国家となし、ニムライスすら飲みこんだその者の名はサルバーン。お前さんらも、その名は知っているはずだがね」


 「サルバーン!」


 「まさか!」


 「あの、サルバーンですか!」


 「………そんな」

 四人の驚きも無理はない。

 なぜならその名は、数十年前に白の国にて学び、他ならぬ放浪の賢者ラルカスの薫陶を受けし、多くの偉業を成した大魔導師の名であったのだから。

 また、融合騎の製作者として名高き調律師フルトンとも友であり、フルトンはデバイス製作技術を、そしてサルバーンは魔法を実践すること全般に関する知識と技術を深めていった。

 そして、白の国が誇る技術のうち、魔法石やカートリッジなども、その原型を作ったのは彼なのだ。

 それ故、もしサルバーンという人物がいなければ、カートリッジ搭載型アームドデバイスは完成しなかったであろうと言われている。


 「彼が…………異形の技術を………」

 シグナムとて面識があるわけではないが、騎士である彼女にとってもサルバーンの名は大きな意味を持つ。

 大きな力を持ちつつも溺れることなく、白の国、いや、ベルカの地に更なる発展をもたらした、偉大な魔導師として彼の名は語り継がれているのだから。

 そして、彼女が持つレヴァンティンのカートリッジシステムも、彼なくしてはあり得ないものであったために、もっとも、その知能の部分はフルトンが基礎を成し、フィオナが完成させたものではあるが。


 「あれだからこそ、とも言えるだろう。むしろ、並のものであればここまで異形の技術を浸透させることなど出来まいよ。サルバーンには力があり、叡智があり、実績がある。だからこそ、諸国の王もあれの言葉には耳を傾けてしまう、あれが作り出したカートリッジが、多くの国と騎士に力をもたらしたように」

 およそ、50年ほど前に白の国に現われた二人の天才、フルトンとサルバーン。

 それまでも、多くの魔法技術が白の国より生み出されてきたが、この二人によってさらに飛躍的に進歩することとなった。

 片や、それまで魔法の発動体であったデバイスに知能を与えた、騎士と心を通わせるように。

 片や、デバイスに更なる力、カートリッジを与えた、術者の限界を超えた魔法すら紡げるように。

 そして、フルトンの技術はフィオナ姫へと受け継がれ、彼もまたデバイスの知能をさらに発展させ、二機の融合騎、スンナとスクルドを創り出し、フィオナはそれをさらに進化させるための卵、フィーを創り出す。


 逆に、更なる力を求めたサルバーンが何を研究し、何を創り出したかは知られていなかったが、それが、世に出る時がやってきつつあった。

 彼の創りしもの、彼が求めた更なる力とは、すなわち―――


 「ですが……………ちょっと待って下さい」

 そこに、フィオナが疑問を呈する。


 「もしかして、彼は、白の国に眠るアルハザードの遺産を知ったのでは?」


 「十中八九知っているだろう。しかし、全てを知っているわけではないと儂は観る」

 放浪の賢者が観た、それが指す言葉はすなわち。


 「観たのですか?」


 「危険な賭けではあったがね、まあぎりぎりで気付かれずに済んだようだ。そして、あれがいずれ、白の国に禍をもたらすこともまた疑いない」

 放浪の賢者の予言は諸刃の刃。

 なぜなら、仮に白の国の滅亡を予言してしまえば。その未来を高い確率で引き寄せてしまうのだ。

 未来は、闇雲に観るべきものではないと賢者は語る。

 未来は未定であるからこそ、人は希望を持つことが出来る。ただ人に絶望を与えるだけの効果しかもたらさないのであれば、予言に意味などありはしない。


 「では、我々がとるべき行動とは――――」


 「それなのだがね、あれが何を考え、何を目的に動くかを把握しきらんうちは無暗に動くべきではない。なので、しばらくは儂一人で探索の旅に出ようと思う」


 「お一人で、ですか」


 「そう遠くないうちに、この白の国に戦火が近づいてくる。ならばこそ、お前さん達の役目は白の国を離れることではなく、若木達を育てることにある、違うかね?」


 「それは………」


 「それに、これまでと違い此度の旅は隠密行動が多くなる、また、人間とはいささか異なる旅の仕方もする予定なのでね、人間の騎士であるお前さんらでは随伴は辛いだろうよ、今回の旅の供は、機械精霊達にお願いしようと思っている」

 この半年の旅は、クレスという青年のように白の国の出身者たちを巡るものであり、人里を辿るものであった。

 しかし、放浪の賢者がこれより行う旅はそれとは異なるもの、街道をゆく旅ではなく、獣道を行くのでもなく、道の下に穴を掘って進むような旅。

 なぜなら彼は、白の国以外に存在する古代ベルカの時代、いや、さらにそれ以前の時代の遺跡に潜り、そこに眠るアルハザードよりの流出物を調査するつもりなのだ。

 強固な封印が施された場所、もしくは真竜などの強力な守護獣がいた場合は、千里眼などの探査魔法は通じない、直接足を運び、調べるより他はないのである。


 「夜天の魔導書はしばらくお前さんに預けるよ、フィオナ。もはや半ば儂の手を離れつつある品ゆえ、主であるお前さんが持っていた方が良い」


 「大丈夫なのですか、貴方は確か、直接攻撃系の魔法が不得手なのでは?」

 放浪の賢者ラルカスはフルトンとサルバーン、二人の天才の師であるが、その能力は戦うものよりも人の常識を離れたものが多い。

 時空を渡る業、未来を観る業、果ては精霊に名を与え、形を成す業まで。

 精霊の持つ移動性や不死性を込めた作品が“夜天の魔導書”といえるものの、直接的に攻撃する魔法は彼の得意とするところではない。だからこそ、今度の旅ではシグナムとローセスが供となったのである。

 そして、フルトンは理論者としての天才であったが、サルバーンは実践者としての天才。

 だからこそ彼は、デバイスを実践面で強化し、カートリッジ、さらにはフルドライブを編み出した。

 彼を相手にするならば、ラルカス一人では太刀打ちできないという懸念は尤もであった。


 「得意ではない、が、出来ぬわけでもないよ。それに、いざとなれば逃げればよいだけの話でもある。こと逃げ脚に関してならば儂を超える者はおらんと自負しているからね」

 あらゆる次元を渡る放浪の賢者。

 彼を超える移動手段を持つ者など、ベルカの地に存在しない。


 「サルバーンの手もすぐには白の国には及ぶまいよ。この白の国を害そうと思うならば、それ以前に国際的な根回しという者が不可欠なのは事実。もしくは、そのためにあれはファンドリアなる国家を築き上げたのかもしれない、何とも剛毅なことではあるが」

 野心を持ち、出世を夢見る人間の多くの目標は王となること。

 しかし、最果ての地、アルハザードの異形の叡智を求め、全てを極めんとする黒き魔術の王にとっては、そんなものは目的物を手に入れるための手段の中の一要素に過ぎない。

 そして、その男が白の国へ牙をむく日は、そう遠いことではないと賢者は語る。


 「それ故、夜天の騎士達よ、決して用心は怠るな、そして、白の国の在るべき姿を見失うなかれ。技術を伝えるための機構が白の国なのではない、伝えるべきものを残そうとする意志こそが、白の国なのである」


 「はっ、我が魂レヴァンティンにかけて」


 「はい、我が魂、クラールヴィントにかけて」


 「了解しました、我が魂、グラーフアイゼンにかけて」

 夜天の騎士達が放浪の賢者の言葉に対し、各々の魂に誓う。


 「ラルカス師、すまない」


 「いやいや、これもかつての友との約束なのだよ。お前さんの生まれる遙か以前に交わした、白の国を築きし旧き友との誓約、違えるわけにもいくまい」


 「そうですか、ならば、私と騎士達は今の白の国のために全力を尽くしましょう」


 「それでよい、放浪することは儂に任せ、王は国を守り、騎士は民を守ることに専念せよ。人が出来ることは多いように見えて実はそう多くはないのだから」




 白の国の会議は、こうして一旦の終わりを迎える。

 無論、放浪の賢者が再び旅立つ僅かの間に細かい予定が話し合われることとなるが、それはあえて語るほどのものでもない。

 ただ、若木達がただ穏やかに過ごせる日々が、徐々に終わりを告げつつあることは紛れもない事実であり。

 夜天の騎士達の長い闘いの日々が、始まる日もそう遠いことではない。

 その未来が、訪れるのは果たしていつとなるか

 放浪の賢者の予言は未だ一つのみ

 その予言が指し示す未来とは―――――






あとがき
 本作品においては、アルハザードはクトゥルフ神話でいうところの“セラエノ”などに近い立ち位置となっておりまして、そこからの流出物に関しては、お察し下さい。
 リリカルなのはという作品を三部作通して見ていると、どうもアルハザードという場所は、根本から異なるように感じられ、断片的な古代ベルカの文化や歴史を考察すると、微妙な“捻れ”を感じたことがこれらの設定のきっかけとなっております。
特に、ユーノのStS第20話の“先史時代の古代ベルカですら既にロストロギア扱いされていた古代兵器、失われた世界、アルハザードからの流出物とも”という言葉や、ゆりかごの次元航行艦隊とすら互角に渡り合えるという力は、騎士がデバイスを用いて“個人対個人”との戦いで最強と謳われたベルカの時代とどうしても合わない気がして、やはりユーノの考察のように、ゆりかごは“外側”から流れてきた品ではないかと考えました。
 そしてVividで語られている、なのは達の時代から300年前の“最後のゆりかごの聖王”の時代の文化や軍事力、さらに150年前には質量兵器が全盛であったことなどから、魔法の力で君臨していた貴族階級や王権は、質量兵器で武装した非魔導師達によって一度滅ぼされたのではないかと考察した次第です。
 
 まあ、なのはwikiなどに記述されている部分を独自設定で補完しただけなのですが、原作の設定そのものは可能な限り壊さないようにすり合わせるつもりですので、粗い部分には目を瞑っていただけると幸いでず。(現代編の物語には直接影響は出ませんので)






[26842] 夜天の物語 第二章 後編 小さな約束
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:35
第2章   後編  小さな約束




ベルカ暦485年  ヤヴァンナの月  ハイランド王国  首都アングルドル



 「はあ~、すんげえ広いな」


 「ヴィータ、あまりきょろきょろしていると、人とぶつかるぞ」

 ベルカに点在する国家のうち、大国と謳われるハイランド王国の首都アングルドル。

 その人口は50万近くに達しており、わずか500人程度しかいない白の国の一千倍であり、ヴィータが驚くのも無理はなかった。


 「だって兄貴、こんなに大きい街なんて来たことないしさ」


 「そういえば、お前はこれまで白の国から出たことがほとんどなかったか」


 「そうそう、せいぜい白の国から一番近いとこくらいだし、あそこもそんなに白の国と変わんないしさ」


 「確かに、このアングルドルとは比較にならないな」

 夜天の騎士達が白の国に帰還し、放浪の賢者が再び探索の旅に出てより、およそ三か月。

 夜天の騎士達はその間特に国外へ出ることもなく、“若木”達や調律師の卵達を育成することに力を注いでいた。

 諸外国を渡り、ファンドリアを門としてアルハザードより流れ出る異形の技術に対して警鐘を鳴らすことは放浪の賢者に任せるより他はない。

 無論、その経過は定期的に詳しく聞き及んでいるが、様々な次元の国家を渡り歩くならばラルカス一人の方が効率が良いのも確かであり、騎士達は己の成せること成すべきという判断のもと、次代を継ぐ者達に己の技術を継承していく。

 ただ、それでも時には夜天の騎士達が他の王国より招かれること、または、協力を求められることがある。


 「ところで兄貴、一応ここにはお客様、っていうか、外来の講師みたいな感じで来てるんだよな」


 「ああ、お…わたしたち夜天の騎士の武術をこのハイランドの騎士達に伝え、同時にお前達の成長具合を示すことがここを訪れた目的と言える。武術の指南は騎士シグナムの役割だから、わたしは模擬戦担当になるかな」

 そうした理由によって、シグナムとローセスの二名がこのハイランド王国へとやってきた。さらに、いい機会であったため若木の中でも最も成長著しい二人、リュッセとヴィータも同伴したのである。

 白の国は“学び舎の国”であるため、その真価は夜天の騎士達と、“若木”、そして調律師の卵にこそある。よって、白の国の意義を示すことにおいて、若木達が他国を訪れることはそう珍しいことでもない。

 ただ、そのような役は通常、12~14歳程の年長者が担うものであり、現在11歳のリュッセと、9歳になったばかりのヴィータの二人のような年若い若木が来ることは稀である。


 「んで、ここが終わったら、今度はイオルウィシアと、なんだか忙しいなあ」


 「当然だ、遊びに来たんじゃないんだからな」


 「それは分かってるけどさ、少しくらいは見物してーよ」


 「今は我慢してくれ、王宮での用事や、騎士達への指南が済めば少しはアングルドルの街を見回ることも出来る筈だから」


 「ホントか!」


 「嘘を言ってどうする、通常ならここからイオルウィシアまで移動するには相当の時間がかかるが、今回は騎士シャマルが送ってくださるから、問題はないさ」

 白の国からこのハイランド王国までやって来たのも、シャマルの転送魔法によるものである。

 ハイランド王国はこの時代のベルカ列強の中でもとりわけ大国であり、シャマルも幾度となく訪れたことがある。それ故、転送魔法で彼らを送り出すことも容易とまではいかないが、不可能ではない。

 そして、ここでの用事が済んだ後はシャマルが飛んで来て、今度はイオルウィシア王国まで転送させる予定である。


 「そっか、だからシグナムとリュッセとは別々に来たんだもんな」


 「流石の騎士シャマルといえど、四人同時に白の国からハイランドまで飛ばすのは難しい。大師父のような方はいくらベルカの地が広いとはいえ、二人もいない、というか、いたらそれはそれで驚きだが」


 「んー、あれ、確か、何十年も前にサルバーンとかいう爺ちゃんの凄腕の弟子がいたって話だろ、とんでもなく強力な魔法の使い手で、今ならちょうどいい感じで最盛期だろうし、そいつとかなら出来るかもしれないんじゃねーか?」


 「…………そうだな、そうかもしれない」

 ローセスの内心は驚愕に満ちていたが、それを口には出さなかった。

 サルバーンという、かつてラルカスの弟子であり、カートリッジの原型を作り上げた大魔導師がニムライス王国を滅ぼし、ファンドリアという独裁国家を築き上げたことはまだ白の国の若木には教えていない。

 だが、知らないのであれば、むしろこういう時の例えに用いられるのも当然と言える名前なのだ。

 こと、魔法の実践においてならば、並ぶものなしと謳われ、戦闘においてこそ最大の力を発揮するカートリッジの製法を一から組み上げた偉大な魔導師。

 それが、白の国に限らず多くの国に住まうものにとっての認識であり、ローセス自身、ラルカスの話を聞くまではそう思っており、まさか彼が異形の技術を生み出しているとは考えもしなかったのだから。


 <ベルカの地は広大だが、次元世界間のやりとりはほとんどないに等しい、それに、ニムライス、いや、ファンドリアが存在する世界はその中でも最も他から離れた座標にある>

 ベルカの各世界を地球のヨーロッパとするならば、ファンドリアはアイスランドのような位置にあった。

 ベルカ全土を見渡すならば辺境と言え、大きな国家といえばニムライスただ一つ、それ以外は小国がいくつか存在しているだけ。


 <だが、それ故に異形の技術を密かに浸透させるには絶好の場所ともいえる。ニムライスは唯一他の次元世界との繋がりを持つ国家だが、そこさえ押さえれば、文化的に孤立するも同然なのだから>

 新しいものを広めるならば、旧来のものが強い場所を最初は避けるのは至極当然の話。

 キリシタンが日本で布教活動をするとして、最初の布教場所に寺社の総本山を選ぶはずもない。


 <新国家ファンドリア、サルバーンを盟主と仰ぐその国は、いったい、何を求めているのだろうか>

 戦うことが本分であるローセスにそれを察することは難しい。

 それでも、考えずにはいられない。


 <白の国に眠るという、アルハザードの遺産。やはり、それが狙いなのか>

 ヴィータと並んでアングルドルの街を歩きながらも、マルチタスクを用いてローセスは思考に沈む。

 その隣では、ヴィータが同じくマルチタスクを用いて人とぶつからないように気を配りながらあちこちを物珍しげに見ていた。





ベルカ暦485年  ヤヴァンナの月  ハイランド王国  首都アングルドル 騎士団鍛錬場



 別のルートでやってきたシグナムとリュッセと合流し、王宮での挨拶は手早く済ませ、夜天の騎士と若木達はすぐさま自分達の成すべき仕事に取り掛かる。

 現代の次元世界に比べれば、一般の情報の伝達速度などは比較にならないが、王国間ともなれば、現代の電信機器にも引けを取らないのが、ベルカ文明の特徴である。

 個人単位ではあるものの、クラールヴィントのような戦闘ではなく、通信や探索、補助に特化したデバイスも作られており、王宮には必ずそれを扱える者が常駐している。

 早い話、用件を伝えるだけならば、使者を派遣せずともデバイスを用いた通信で事足りるのである。夜天の騎士が諸国を巡るのは通信だけでは解消しきれない要件、例えば武術指南などを成すためや、夜天の魔導書に魔法生物に関する情報を登録するための調査などを兼ねてのことであった。


 「よく来てくれた白の国の勇士たち、私はハイランド王国騎士団副団長であり、第二隊の隊長を兼ねるカルデンと申す、貴公らの来訪を心より歓迎する」


 「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。私は白の国の近衛騎士隊長、シグナム」

 鍛錬場には既に騎士達が集っており、その中でも一際体格が大きく、歴戦の風格を漂わせている金色の髪をした騎士が代表してシグナム達に挨拶する。


 「く、くくくくく」

 のだが、なぜか唐突に頭を下げて笑いだす。


 「………」

 「どしたんだ?」

 「さあ?」

 ハイランドの隊長の突然の狂態に困惑するのは白の国の正騎士一人と若木二人。

 一応、ローセスには心当たりはあるのだが、実際に来るまでは多分大丈夫だろうと考えていたため、若干動揺している。


 「………ふうっ、カルデン殿」

 そして、将一人は、その理由を正確に把握しているため、溜息をつきながらも声をかける。


 「いやいや、悪い悪い、あのシグナムが近衛騎士隊長と思うと、何度聞いても笑いが抑えきれなくてな、くくくく、シャマルと二人で、こーんなに小さかったのにな」


 「まったく、部下の前でその有様でどうするのですか」


 「おいおい侮るなよ、こいつらは俺の直属の部下だぞ、俺の性格くらいよーく分かってら」

 カルデンと名乗った騎士が自分の後ろを親指で示すと、壁際に並んでいた騎士達が、一斉に笑顔で手を振り。


 「お待ちしておりました! シグナムさん!」

 「ああ、よーやくこの日が来た!」

 「なにしろ、ハイランドの騎士には、王族の女性担当の近衛騎士以外に女がいない!」

 「なぜだ!? 女性が剣を振るって何が悪い!」

 「男ばっかじゃむさ苦しいにも程がある!」

 「どうせ指南されるなら、美しい女性の方がいいに決まっている!」

 「うむ、それはまさしく世の真理!」

 「第一隊の連中は真理に背く阿呆だ!」

 「巨乳こそ正義!」

 「美人こそ理想卿!」




 なんというか、騎士の対極にあるような台詞をマシンガンのように放っていた。


 「ほう、お前達………………よい度胸だ、その腐った性根をとりあえずは叩き直してやろう」

 それに対し、シグナムもどこか楽しそうにしながら、レヴァンティンを構えて馬鹿共に突貫していく。


 「……………騎士シグナムより話は聞いていましたが、まさか、これほどとは」

 そして、ローセスはやや呆然としながらも、とりあえず隊長であるカルデンに声をかけていた。


 「はっはっは、ハイランドの第二隊といえば、実力こそハイランド最強だが、性根に問題があり過ぎることで有名なんだぜ。まあ、上の情報封鎖もあって、アングルドルの裏街くらいに限定されるがな」


 「それは、騎士としていかがなものかと思いますが」


 「安心しな、女の尻を追っかけてビンタを喰らうことなんざ日常茶飯事だが、暴行だのなんだのはしねえ連中だ。国を裏切ることもなければ、戦場で死ぬことを恐れもしねえくらい肝っ玉も据わってる。そして何より、意に沿わねえ命令なら、相手が宰相だろうが王様だろうが刃向う度胸を持っている」


 「…………その点に関して“だけ”ならば、見習うべきところが多いと騎士シグナムもおっしゃっていましたが」


 「“だけ”ときたか、シグナムらしいが、確かに白の国の若木が見習うならそこだけにしといた方がいいかもねえな」


 「あー、ようするにおっちゃん達は、不良騎士ってことか?」


 「ヴィータ! もうちょっと柔らかい表現を使えって!」


 「いいじゃんかリュッセ、多分気にしそうにないぜ、このおっちゃん達」

 あわててヴィータの口を塞ごうとするリュッセに対し、ヴィータは平然と答える。


 「はっはっは、度胸の据わった嬢ちゃんだ、髪の色も同じだが、お前の妹か、ローセス」


 「はい、小官の妹で、名をヴィータと言います。こちらは、現在の若木を率いる隊長のリュッセ」

 一応は仕事の場であるため、小官という一人称を用いるローセス。

 普段から心がけて置かなければ肝心な時にボロが出かねないため、このあたりは徹底している。


 「鉄鎚の騎士見習いのヴィータだ、よろしくな、おっちゃん」


 「白の国の騎士見習い、リュッセです。出身はミドルトンですが、今は白の国の“若木”の隊長を務めています」


 「おう、ハイランド最強と謳われし、雷鳴の騎士カルデンだ。言っとくが、こいつは自画自賛じゃなくて厳然たる事実だぜ?」


 「確かに、近くにいるだけでなんつーかこう、圧迫感を感じるけど」


 「騎士シグナムの傍にいる時と、似た感じです」


 「いい勘してるな。これまでの会話を聞いてりゃ大体想像ついたと思うが、俺も白の国で“若木”時代を過ごしてね、シグナムが8歳の頃に俺は11歳で正騎士になった。かなりの年少記録だったんだが、シグナムに追い越されちまった」


 「ってことは、まだ30前か。老け顔だけど、意外と若いのな」


 「まあな、俺はもとからこんな顔だが、高い魔力を持った騎士ってのは、老いが遅いことが多い。俺の親父なんかもう48になるが、よく俺より年下に見られることを悩んでいたりする。流石に、息子より年下に見られるのは威厳ってもんに関わるからなぁ」

 そこに、ローセスが質問する。


 「貴方の父君は、確かハイランドの軍務卿であると伺いましたが」


 「ああ、騎士団長を10年くらい務めてから前線を退いて、そっちに栄転っていうある意味王道だな、本人もあまりに順調過ぎて面白みがなかったってよく言ってるが」


 「ははは………なんとも剛毅な家系なんですね」

 流石に、苦笑いが抑えられないローセスである。


 「おっちゃんは、兄貴と前に会ったことがあんのか?」


 「ああ、馬上槍試合ならぬ、合同騎士演習みたいな催しが3年か4年くらい前にハイランドであってな。騎士に成りたてだったこいつをボッコボコにしてやった」


 「容赦というものが微塵もありませんでしたね、まさか、騎士シグナム以上に激しい攻めをなさる方がいらっしゃるとは思いませんでしたよ」


 「まあ、俺にはそれしか取り柄がないから諦めろ、シャマルのような器用な真似は出来んし、お前のように拠点防衛に長けた魔法もない。とはいえ、あの頃からお前は強くなると思ってたぜ、まあ、シグナムの後輩で、あいつを目指してるって時点で決まってるようなもんだが」


 「そのシグナムは向こうで暴れ回ってるけど、いいのか?」


 「これもまた習慣みたいなもんだ、シグナムが白の国の正騎士になってから一番多く来ているのがここなんだが、今回で10回目くらいになるか」

 シグナムが騎士となったのは10歳の頃なので、2年に一度以上のペースで訪れている計算となる。


 「ですが、騎士カルデン、騎士としてそれでよいのでしょうか?」


 「ん、リュッセ、つったか」


 「はい、ハイランドの騎士と言えば武名高く、忠勇な騎士が多いと聞くのですが」


 「そいつは間違いじゃないが、ちょいと情報が不足してるぞ。確かに、ここ以外の隊は生真面目な騎士ばっかりだ、なんたって変わり者は大抵ここに回されるから」

 まさしくそれを示すように、後ろではシグナムに吹っ飛ばされた騎士達が宙を舞っている。


 「だが、さっきもちょろっと言ったが、騎士の本分ってのは節度を守って民に害なすものを切り捨てることだ。だから、もし王や貴族こそが民を害す存在になったとすれば、騎士は当然牙を向く。逆に、騎士に愛想尽かされるような奴には王たる資格はないってことだが、その点なら今の白の国は完璧だろう」


 「はい、それは間違いなく」


 「あたし個人としては色々あるけど、でも、姫様のために命を懸けることをためらう奴は」


 「若木の中にも、一人もおりません」

 ローセス、ヴィータ、リュッセ。

 一人は正騎士。一人は見習いであり、かつ主君は兄の恋人。一人はそもそも他国からやってきているいわば留学生。

 だが、フィオナ姫のために命を懸けて戦うことに迷いはない、という部分に関してならば三人の心は一致していた。烈火の将に関しては言うに及ばずだが。


 「まあ、つまりはそういうわけでな、“忠勇な騎士”の中には大貴族の命令に従って罪もねえ村を焼いた奴もいる。権力闘争に巻き込まれて首を刎ねられた奴もいる。そして、俺達はそういう連中には従わないことを旨としている」


 「それでよく、粛清されないもんだな」


 「何だかんだで王様がしっかりしているのが最大の理由だが、俺達の扱いづらさはともかく、実力は確かなのもある。それに、扱いづらいとはいっても、真っ当な戦争なら指示には従うし、相手を殺すことにも躊躇いはない、仲間を逃がす時間を稼ぐために死ねという命令だろうが、疑問一つなく従うぜ」


 「ですが、それは………」


 「ああ、一番切り捨てやすいということだ。ここにいる連中は俺も含めて大半が独身野郎で、仮に戦場で果てたところで遺される者もいないのさ、俺の親父も、死にたきゃいつでも好きなところで死ねなんて言うしな。ま、そんな軍務卿のお墨付きがあるからこそ、生を謳歌していられるってのも皮肉が効いてていいもんだが」

 雷鳴の騎士と呼ばれるハイランド最強の騎士は、笑う。

 自分達は権力闘争に明け暮れる者共にとっては厄介極まりない存在であり、いつ殺されてもおかしくはない。

 だが、ハイランドに本当の危機が迫ったならば、少なくとも自分達が逃げるまでの時間を稼げと命じても決して逃げず、命尽きるまで戦うことも確かであるために、生かしていく価値がある。

 もっとも、騎士達は貴族が逃げるための時間を稼ぐためではなく、民が避難する時間を稼ぐために戦うわけだが。


 「俺達はこれでバランスが取れているのさ。こっちは、意に沿わない命令を受けずに済み、ハイランドに外敵が押し寄せた時に己の誇りに従って死ねばいいだけ。向こうは向こうで、いざという時の防波堤として役立つのだからそれでよし、俺達が政敵の側につくこともないからな」


 「それも、騎士の在り方の一つであり、貴方達の選びし道、ということですか」


 「おうよ、白の国みたいのは理想形だが、そう都合よくあるもんじゃない。自分の誇りを貫き通したいならば、相応の工夫ってもんは必要だ、まあ、お前のように個人的に守るものがないからこそ出来る生き方だが」


 「はあ~、大国も大国で大変なんだな」


 「それはね、僕の国ミドルトンも、ここほどじゃないにしても、そういうことはあるだろうし」


 「ま、あたしの鉄鎚は白の国を守るために振るわれるから、それでいいんだけど」


 「迷いなくそう言える君が、少し羨ましいな」

 そう呟くリュッセの声には、僅かながら陰がこもる。


 「どうした少年、ミドルトンの騎士は厄介事にでも巻き込まれてんのか?」


 「僕も詳しくは知らないのですが、下手をすると国が二分される危険性すらある、なんて噂もたまに届くんです。老師の話ですから、誤報ということもないでしょうし」


 「彼の大師父が、か。ふーむ、どうも、ベルカの地に良からぬことが起きているってのは間違いなさそうだな」


 「それを伝えることも、わたしたち夜天の騎士の役目でもあります。表向きは武術指南ということになってはおりますが」


 「なるほど、それで俺達か。まあ、仮に俺達でなくとも、シグナムが来るってんならあいつらがくっついてくるわけだが、っと、終わったか」

 カルデンの言葉と同時に、“あいつら”の最後の一人が、シグナムによって吹き飛ばされた。


 「どうよ、いい感じに身体は温まったか」


 「ええ、丁度良い準備運動になりました」

 汗一つなく、シグナムはレヴァンティンを鞘に収める。


 「すげー、汗一つねえよ」


 「流石は、騎士シグナムですね」


 「わたしたちの中では君の戦い方が一番近い、よく見ておくとよいだろう、リュッセ」


 「はい」


 「俺は事前にやっといたからな、さて、まずは大将戦といこうか」

 そして、シグナムに応じるように、カルデンもまた己の武器を待機状態から顕現させる。



 「行くぜ、アイグロス!」


 『Jawohl.』

 顕現されるは、2メートル近い長さを持ち、雷の意匠が施されし蒼き槍。

 雷鳴の騎士カルデンが魂、アイグロスであり、レヴァンティンのような複雑な変形機構や知能は備えていないものの―――



 「帯電してる、あれって……」


 「カルデン殿は、電気への魔力変換特性を持っている。そして、あのアイグロスはそれを最も効率よく伝えるよう調整された専用のアームドデバイス」


 「つまり、炎熱の属性を持つ騎士シグナムとレヴァンティンの関係と同じ、ということですね」

 白の国の三人は会話しつつも飛行魔法によって浮き上がり、対峙する二人から距離をとる。

 それは、ハイランド騎士団第二隊の騎士達も同様であり、約30名全員が宙に浮き上がる。

 大国ハイランドの騎士団といえど、全員が空戦適性を持つのはこの第二隊のみであり、性格に多少の問題はあるものの、やはり彼らはハイランドの誇る最強の精鋭なのである。

 逆に言えば、騎士としては譲れぬ節度を守り通す彼らが最強の精鋭であるうちは、ハイランドという国が瓦解することはあり得ない。

 どのような国も、腐敗は内より始まり、外敵によってのみ滅びることはないのだから。


 「さーて、始めるか」


 「ええ、いつでも」

 同じく上空に浮き上がり、剣を構えし炎の騎士と、槍を構えし雷の騎士が魔力を集中させていく。


 「治療魔法が使える奴の手配も済んでいるから、片腕くらいが吹き飛んでもすぐ繋げりゃ多分なんとかなる」


 「それは、僥倖です」

 二人は互いに遠慮するつもりなど微塵もない。

 ここまでの条件を整えた上で、対等の騎士と戦える機会など滅多にないのだ。シグナムとローセスはかなり近しい実力を有するが、その戦闘タイプは大きく異なり、噛み合うものではない。

 だが、剣の騎士シグナムと雷鳴の騎士カルデンの両者は、その戦闘スタイルがかなり似通っており、炎と電気への変換特性に加え、それを十全に発揮するデバイスを持つという点においても―――



 「それじゃあ行くぜ、雷鳴の騎士カルデン、参る!」


 「剣の騎士シグナム、相手仕る!」



 まさに、互角の条件での戦いなのだ。










ベルカ暦485年  ヤヴァンナの月  ハイランド王国  首都アングルドル 騎士団鍛錬場 上空




 「紫電一閃!!」


 「雷光一閃!!」


 二人の繰り出す一撃が衝突する。


 重量という位置エネルギーと、疾走の運動エネルギーの相乗が驚異的な破壊力を生みだし、さらに、魔力と呼ばれる神秘の力を加え、その激突はもはや人と人のぶつかり合いではありえない域へと突入していく。

 ともすれば打ち合ったデバイスが破損しかねない勢いであり、真実、並のデバイスであれば最初の数撃で損壊していよう。

 だが、烈火の将が魂と、雷鳴の騎士が魂はそれほどヤワな存在ではない。


 「まだまだ行けるな、レヴァンティン!」
 『Jawohl!』


 「ここからだ! 飛ばしていくぞアイグロス!」
 『Jawohl!』

 彼らは主の力となるために作られたデバイス。

 類まれな力を持つが故に、生半可なデバイスでは全力を出し切ることすら許されない無双の騎士達。

 その全力を受け止め、その力を引き出し、更なる高みへと至らせるために、彼らは作られたのだから。

 レヴァンティンは、複数の姿と高度な知能を備え、状況に応じて主の望む姿を取る。

 アイグロスは、変形機能を備えず、知能もそれほど高いわけではないが、純粋な強度、そしてなによりも主の速度という武器を最大限に引き出すための管制機能を持つ。

 炎熱変換の属性を持つ主の魔力と呼応し、烈火の将の魂たる権能を発揮せし炎の魔剣。

 電気変換の属性を持つ主の魔力と呼応し、雷鳴の騎士の魂たる権能を発揮せし雷の神槍。

 そして、二人の騎士は己の相棒に絶対の信頼を寄せるが故に、一切を気にせず幾合もの剣戟を交わす。

 そこには射撃やバインドなどの魔法を用いた小技は一切存在せず、純粋なる戦技のみで二人は剣戟の異界を形成する。

 それは最早人の戦いの領域にはなく、俗に“真竜の戦い”と呼ばれる幻獣同士のぶつかり合いと同等の血戦であった。


 「す、凄い……」


 「なんつう、馬鹿げた戦い」

 その戦いを見つめる二人の“若木”にとって、それはまさしく未知との遭遇と言ってよい。

 この二人も幾度となく競い合い、白熱した接戦を繰り広げる間柄であり、実力が等しい騎士同士がぶつかり合えば、剣戟による決戦場が形成されることも理解している。

 しかしそれは、あくまで人と人との武器同士が創り出す、武芸者の境界線。

 凄まじいまでの魔力を迸りながら激突を続ける二人の騎士は、最早その領域を遙かに越えて、並の生物ならば踏み行っただけで死に到るであろう異界を築き上げており。

 少なくとも、騎士甲冑を纏わない一般の民が巻き込まれれば、窒息するであろうことは疑いなかった。


 「流石に、驚いているな二人とも」

 ただ、その中にあって盾の騎士ローセスは動揺を見せていない。

 これほどの相克を前にしても全く揺るがぬ鋼の精神は、まさしく彼が夜天の騎士の一人である証である。


 「ええ、驚きました」


 「シグナム、すげえのは知ってたけど……」


 「見るべきところはあの二人だけではないぞ、反対側にいる彼らもよく見てみるといい」

 ローセスに促されるままヴィータとリュッセが渦巻く魔力の向こう側に視線をやる。

 そこには、軽口を叩いて烈火の将に吹き飛ばされていた不良騎士の姿はどこにもなく、猛禽の如く鋭い視線で、瞬きすらせずに血戦を見つめる歴戦の強者達が勢揃いしていた。


 「あれが、先程の人達ですか………」


 「雰囲気、違い過ぎだろ……」


 「騎士というものはな、武器を握るだけで全く違う生き物に変貌する。レヴァンティンを握っていない時の騎士シグナムは、服装のことや香水のことにも気に懸ける美しい女性だ。また、アイグロスを握っていない時のカルデン殿も、軽薄な空気を纏った酒場の主人といった趣のある方だ」

 だが、とローセスは続ける。


 「それぞれの魂たるデバイスを手にした瞬間から、二人の身体は作り変わる、人間らしい機能を成すためのものから、戦うための存在へと、そして、人間としては矛盾したその相反を己のものとした者を、騎士と呼ぶ。決して、戦闘技能に優れるからでも、魔力量が多いからでもない、それを―――決して忘れるな」

 この場にいる幼い二人以外は、皆それを理解している。

 “若木”の二人を除いた者のうち、一度もその武器が血を吸っていない者はいないのだ。

 騎士の戦いとは、それはすなわち命のやり取り。命を奪い、奪われる覚悟を決めることは、騎士となる上で最初の階梯であると同時に、これを登ることは容易ではない。


 「二人は、殺すつもりで戦っているのでしょうか?」


 「それに極めて近いといえる。殺すために技を放っているわけではないが、死んでも構わないとは思っているだろう。逆に言えば、殺すつもりで放っていない攻撃で死ぬ方が悪い、そのような未熟者には騎士たる資格はない、といったところかな」


 「ははは、なんつー理論だよ、普通に考えりゃあ狂ってるって」


 「ああ、狂気だとも、戦場という場所に立てば、正気でなどいられない。だが、だからこそ騎士の存在には意味がある。その狂気は、決して守るべき人々の下へ持ち込んでよいものではない、我々が戦う場所とは、狂人の蔵であることを知れ、人では耐えきれぬ狂気を受けとめるためにこそ、我らは在る。その覚悟がないものは騎士となるべきではない」


 「………はい」


 「………おう」

 ローセスの言葉は強くはない。

 しかし、重く、静かに若木の心へと浸透していく。


 「もっとも、今ではその心構えを持つ騎士は数少ないという。このハイランドですら、ここにいる者達以外はほとんどいないとカルデン殿はおっしゃっていた。兵士と騎士の境界線は元々曖昧なものではあるが、近頃は特にそれが顕著になりつつあると」


 「やはり、白の国は特殊なのですね」


 「だな、数は少ないけど、全員、本当の意味での騎士だ。だからこそ、あたし達が目指す目標なんだ」

 心構えを新たに、ヴィータとリュッセは至高の騎士の血戦を見つめる。

 そこに余分な魔法は無く、一切を己の技量に依った戦い。

 にも関わらず、その場に満ちる魔力は徐々に高まっていき、物理的な熱すら帯び始めている。

 それには、二人の特性が大きく影響している。仮に、どちらかが盾の騎士ローセスであるならば、このような空間は形成されない。

 片や、炎熱、片や、雷撃。

 それぞれが魔力を滾らせるだけで物理的に影響を与える特性を持つが故に、デバイス同士のぶつかり合いも、砲撃魔法のぶつかり合いに等しい結果を生み出している。

 そして、互いの力が等しいが故に、相手に届くことなく飽和した魔力は周囲に蓄積していき、異界を形成する。

 交わされる剣気、激突する鋼と鋼、錯綜する視線。

 目まぐるしく立ち回り、空を幾度となく交差する二人は、あらかじめそう定められていたかのような調和を保って舞い踊る。

 さながらそれは、舞踏にして武闘。

 交わされる剣戟は、まるで天上の楽団の調べの如く鳴り響き、この世ならざる旋律を響かせ、戦慄をもたらす。

 動きに伴って吐き出される呼気は、いいや戦哮は、それ自体が詠唱。

 それはまさしく戦場の儀式、その全てが世界を塗り替えていく。


 「シグナムは、連結刃を使わないんだな」


 「いや、あれは、使えないと評すべきだ。レヴァンティンのシュランゲフォルムは強力にして変幻自在だが、その状態では刀身のコントロールで手一杯になり、また、刀身による受けが出来ない特性上、大幅に防御力が低下してしまう。対して、彼はどうだ?」


 「そうか、騎士カルデンのアイグロスは変形機能がなく、代わりに彼の雷速とも呼べる速度を管制する機能が付いている」


 「その通りだ、リュッセ。カルデン殿を相手にシュランゲフォルムを使えば、その瞬間にフルドライブで切り込まれる。無論、騎士シグナムもフルドライブは可能だが、シュランゲフォルムからでは、連結刃を引き戻さない限りフルドライブを発動できない」


 「フルドライブは、まさしく騎士の切り札。相手がそれをいつでも使える状態のまま、自分は使えない状態になっちまう、ってわけか」


 「とはいえそれも、彼の常識を超えた速度があってこそのものだ。彼以外の騎士ならば、フルドライブを使ったところでシュランゲフォルムの引き戻し以上の速度で切り込むことなど出来はしない。少なくとも、俺には無理だ、踏み込んだ結果、フルドライブからの紫電一閃でカウンターを喰らうのが落ちだろう」


 「うわ、そりゃあ怖いな」


 「確かに、恐ろしいですね、ほんの僅かでも踏み込むタイミングを誤れば、騎士シグナムのフルドライブでの紫電一閃の餌食となる。それを意識してしまえば、並の心臓では踏み込めませんよ」

 だが―――


 「彼がそれを難なく可能とする騎士だからこそ、騎士シグナムはレヴァンティンを変形させず、純粋な剣技のみでの勝負に出ている。逆に言えば、それしか許されない、あれもまた、騎士の究極系の一つだ。ただ一つの技能を極限まで鍛え上げ、敵にただ一つの選択肢しか与えない」

 雷鳴の騎士カルデンは、その電気変換資質でもって己を閃光と化し、長槍アイグロスでもって敵を撃ち砕くことのみに特化した白兵戦最強の存在。

 これを相手にするならば、生半可な小技は通用しない。通常、罠とは力や速度で勝る相手を仕留めるために用意するものだが、ある基準を超えた領域では、罠の入り込む余地はなくなる。

 剣の騎士シグナムならば、純粋なる剣技で以て応じ、盾の騎士ローセスならば、その突撃を真っ向から受け止め、その拳でカウンターを狙う戦法が唯一の対抗策となるだろう。

 ただし―――


 「でもさ、相手がシャマルだったら?」


 「そこが難しいところだ。生半可な罠や小細工は彼の速度の前では意味をなさないが、カルデン殿が正面突破に特化しているように、罠や搦め手からの攻撃に特化した存在が相手ならば、その条件は対等となる」


 「普通に考えるなら、騎士カルデンの圧勝で終わるはず、ですが、騎士シャマルは夜天の騎士の参謀、彼が彼女の策略に嵌ったならば………」


 「リンカーコアを摘出され、あっさりと負ける、という結果になるかもしれない。この戦いあくまで一対一であり、横やりが入らないことを前提としたからこそのものだ。もし二人が鍔迫り合っている時に、“旅の鏡”が来たらどうなる?」


 「二人とも、仲良く墜落、ってことになりそうだな」


 「その通り、一対一での強さが、そのまま戦場での強さに繋がるわけでもないことも覚えておくように。戦場では敵を破ることが全てじゃない、己の使命を果たせるかどうかが重要なんだ」


 「肝に銘じます」


 「心に刻む」


 そうして、盾の騎士が若木へと騎士の心得を伝えている頃、二人の騎士の戦いも最終段階へ至っていた。

 何合重ねたのか、幾合打ち合ったのか、それは最早二人にも、二機にも分からない。

 数え切れない程の鍔競りを経て、ついにこの戦いにも終止符が打たれる時が近づいてきた。


 「最後は一発、全力で行こうかい!」


 「ええ、これはあくまで試合。ならばこそ、小細工なしの全力にて!」


 『『 Grenzpunkt freilassen! (フルドライブ・スタート) 』』

 そして、二機のデバイスの全機能が開放される。

 フルドライブ機能

 それは、リンカーコアを持つ騎士や魔術師が無意識のうちにかけているリミッターを解除し、その制御をデバイスが行うことで限界威力の魔法を放つベルカのデバイス技術の結晶。

 そしてそれは、ベルカ暦が始まりし頃より進められてきた研究ではあるが、真の意味での完成をみたのは、ある天才がカートリッジなるものを作り出してよりのことである。

 つまり、レヴァンティンとアイグロス、白の国の“調律の姫君”が作りし前者と、大国ハイランドの最高の調律師が作りし後者とに搭載される、騎士の全力を引き出し、受け止めるための機能。

 それを作り出した存在とは、サルバーンという名の大魔導師なのである。


 『Bogenform!』

 ボーゲンフォルム。レヴァンティンは、剣と鞘が一つとなり、刃と連結刃に続く最後の姿、弓の形態をとり。


 「行くぜ、アイグロス!」
 『Jawohl!』


 アイグロスはあくまで槍の形態のまま、主の魔力と速度を最大限に引き出すことのみに全力を注ぐ。


 雷鳴の騎士、カルデンが渾身の一撃、その構えとは――――


 「我が一撃、止めることあたわず!」

 己の身体そのものを弓のように撓らせ、全力をもってアイグロスを撃ち出す。

 槍がその破壊力を最大限に発揮する体勢、投擲に他ならない。


 「我が一矢、いかなる壁をも貫き通さん!」

 対して、烈火の将シグナムは顕現させた矢に火炎を凝縮させ、必滅の一撃を解き放つ瞬間を計る。

 ボーゲンフォルムとなったレヴァンティンに彼女の魔力が収束していき、まさしく、一矢に全てを懸ける。


 「これは―――ヴィータ、リュッセ、もっと離れるぞ!」


 「了解です!」


 「おうよ!」

 その激突を見守る者達も、その凄まじさを感じ取り、さらに距離を取る。ハイランドの騎士の中にはなおも近くに留まる命知らずも存在したが。

 そして、極限まで引き絞られた一撃は、ついに開放の時を迎え――――


 「駆けよ! 隼!」
 『Sturmfalken!(シュトゥルムファルケン)』


 「穿て! 牙狼!」
 『Donnerwolf!(ドゥネアヴォルフ)』


 炎を纏いし破壊の矢と、雷を纏いし閃光の槍が―――


 激突した





ベルカ暦485年  ヤヴァンナの月  ハイランド王国  首都アングルドル郊外  アダマスの丘



 「いやしっかし、凄い激突だったよなあ」


 「いい勉強になったか、ヴィータ」

 鍛錬場での指南を終えたローセスは、ヴィータと共にアングルドルの郊外に位置するアダマスの丘、緑溢れる草原へとやってきていた。

 無論、彼が何もしなかったわけではなく、逆にシグナムとカルデンの二人が完全に相討ちとなったため、その後の指南は全て彼一人が受け持つこととなったくらいである。

 指南は今日一日のみというわけではないので特に問題はないが、後輩一人に後を任すのはいかがなものかと思わなくもない。


 「うん、でも、兄貴もしっかり教導役をやってんだなあ」


 「こら、白の国でお前達を訓練しているのは一体誰だと思っているんだ?」


 「さーて、誰だっけか、アイゼン、お前は分かるか?」


 『Nein.(いいえ)』


 「アイゼン、主人を裏切るな」


 「へっへー、アイゼンはあたしの方が主人になってほしいってさ」


 『Nein.(いいえ)』


 「っておい!」


 「ふふ、そうか、残念だったなヴィータ、アイゼンの主となるにはまだ修練不足のようだ―――――さあ、出来たぞ」

 草むらに座り込んで、先程までの教練について語り合っていた兄妹であったが、その間、ローセスはずっと作っていたものがある。

 それは―――


 「わあっ、相変わらず器用だな、兄貴」


 「少々遅れてしまったが、誕生祝いということにしておいてくれないか」

 ヴィータが9歳となったのは三日ほど前であったが、その頃はハイランドへの出立のことなどで正騎士であるローセスは忙しく、家族との時間を取ることは出来なかった。

 しかし、ヴィータに不服はない。彼女にとって兄が騎士らしく在ることはなによりの喜びなのだから。


 「愛する妹に贈るプレゼントが草で編んだ冠、ってのはどうなんだ?」


 「すまんな、あいにくと手先と反比例するように心が不器用でね、心を込めた贈り物に金銭をかけるというのが、どうしてもしっくりこないんだ」


 「まあ、兄貴らしいけどさ………少しは姫様のためにも、その心遣いを発揮してやれよ」


 「ああ、善処するさ」


 「まったく…」

 口では文句を言うようだが、ヴィータの表情は綻んでいる。

 やはり、兄が心を込めて編んでくれた贈り物が、嬉しいのであろう。


 「でも、これの作り方、兄貴は誰に習ったんだ?」


 「ああ、これはフィオナ姫から教えていただいたものだ。彼女が誰から学んだかまでは聞いていないが」


 「……姫様が発祥なのか」


 「いけなかったか?」


 「いや、悪くはないけど」


 「そうか、良かった」

 ヴィータだからこそ、“フィオナ姫より教わったこと”がローセスにとってどれだけ重きを成しているかが分かる。

 そして、それを用いて作られたこの草の冠が、どれだけの想いが込められているかも感じ取れる。


 <ホント、不器用だよ、兄貴は>


 我が兄ながら、つくづくそう思う。

 何もかもの真っ直ぐであるがために、他の人にはかえって回り道をしているようにすら感じるその在り方。

 だが、それこそが、盾の騎士ローセスという男なのであり―――


 <そんな兄貴だから、姫様も惚れたんだろうな、あたしにはまだ分からないけど>

 ヴィータはまだ幼く、恋愛感情というものは分からない。

 ただ、それでも年齢の近い異性と普段から共に訓練に励み、競い合いながら高め合っている身ではあるため、多少の予測くらいは出来る。


 <あたしも、リュッセと思いっきり打ち合ってる時はなんつーか、一体感みたいなもんがある。多分、シグナムとカルデンのおっちゃんも同じなんだろうけど、兄貴と姫様の場合、その一体感がただ傍にいるだけで感じられるんだろうな>

 それは、一般的な恋愛感情とは多少外れた考察であったが、そう離れているものではなかった。

 もし、ローセスとフィオナが一般的な恋人関係ならば的外れであったかもしれないが、彼はヴィータの兄であり、その思考は似通う部分もある。

 ローセスとフィオナは、一緒にいるだけで幸せ、もしくは安心できるという感情ではなく、一緒にいることが自然体であった。

 特に親しげに言葉を交わすわけではない、恋人らしく抱き合うわけでもない。

 だが、例え静かに二人でいるだけであっても、ただそれだけで意味がある。まさにそれは、一体感という表現が相応しいのかもしれない。

 二人でいることに意味があるのではなく、二人でいないことにこそ違和感がある、といったようなものであろうか。


 「それともう一つ、こちらはフィオナ姫からだ」


 「姫様から?」


 「ああ、渡すなら俺の贈り物を渡す時と一緒にしてくれと言付かった」

 ローセスは、夜天の騎士が用いる格納空間保持専用のデバイスより、フィオナ姫より預かった品を取り出し、ヴィータに手渡す。

 それは――――


 「うさぎ…………でもちょっと不器用だな」


 「姫様の手縫いの品だよ、騎士シャマルに習いつつ初めて縫ったものらしい。外見の悪さは大目に見てくれ、とのことだ」


 「別に………外見は気にしねーよ」


 「ああ、気にするようだったらアイゼンの錆にしているところだ。仮に主君のものでなくとも、心を込めて作ってくれた品を見た目のみで判断するようでは、夜天の騎士は任せられない」


 「騎士とか、それ以前の問題だよ………ただ、嬉しいんだ」

 ヴィータは、宝物を抱えるように、その手作りのうさぎを抱きしめる。

 彼女は、母からそういったものを受け取る機会がなかったから。


 「気に入ってくれたようだな、フィオナ姫も喜ばれるだろう」


 「うん………なあ兄貴、これを主君より賜った忠誠の証として騎士甲冑に付けるのってありかな?」


 「いけないことではないが、すぐに壊れてしまうぞ」


 「あ、そっか、じゃあ駄目だな」

 少しばかり残念そうにするも、実に当然な話なので、ヴィータも納得する。


 「だが、そうだな、騎士甲冑そのものを構築する際に組み込めば、顕現させることもできるだろう。とはいえ、現状のデバイス技術はあくまで戦闘向けのものがほとんどだ、デバイスに余分な負担をかけてしまうことになるか」


 「うーん、いつか、主君がイメージした通りの甲冑が纏えるようになるかな?」


 「フィオナ姫ならば、きっと作り出してくれるだろう。何年かかるかは分からないが、お前が主との絆の証を騎士甲冑に刻みながら戦える時が、来ることを願おう」


 「うん、ただ、それを傷つけられたらその相手をぶっ壊すけどな」


 「お前、それは逆恨みというものだぞ、騎士として戦場に出る以上は傷つけられることなど当然だろうに」


 「それとこれとは話が別なんだ。いいんだよ、あたし流の騎士道ってことで」


 「まあ、掲げる誇りは個人それぞれだが」


 「だろ」

 騎士の兄妹は笑い合う。

 騎士としての仕事故に共にいられる時間は少なくとも、どんな時でも、その心は繋がっている。

 この世で、ただ二人の家族なのだから。



 「それに、兄貴のもありがとな。草の冠だからきっとすぐ壊れちゃうだろうけど、これをもらったことは、あたしはずっと覚えてるから」


 「ありがとう、俺も、ヴィータにそれを作ってやったことは、ずっと覚えていよう」


 「約束だぞ」


 「ああ、約束だ」


 「またこういうとこ来たらさ、作ってもらっていーかな」


 「それも、約束だ。またいつか必ず作ってやる」





 それは、小さな約束

 仲の良い兄妹が交わした、本当に何気ない、ささやかな誓い

 だが、それでも、遙かな時をすら越えて、紡がれる約束はある

 永き夜と共に刻まれた悲しみの記憶ですら、消せない想いは存在するのだ

 それは、微かに繋がる細い糸に過ぎずとも

 家族の記憶、そして絆は、途切れることはない




 それは、絆の物語


 これは、その始まりへ繋がりし序章

 最後の夜天の主へと至る、その時まで

 その記憶は、確かにここに








あとがき
 A’S編の過去編である夜天の物語、第2章はここまでとなり、ほぼ全てのオリジナルキャラクターは出揃いました。A’S本編の特徴として、第二話くらいまでに主要キャラは出揃っており、その後は彼らを掘り下げつつ、群像劇の上手い演出のもと、最後の闇の書の闇との決戦まで持っていくという神がかっている構成があります。
 夜天の物語もそれに倣い、四人の守護騎士と、管制人格のオリジナルであるフィオナ姫を主軸に据えつつも、物語を構成する要素として、盾の騎士ローセスや、放浪の賢者ラルカスの二名を加え。白の国の外部に雷鳴の騎士カルデンや、ロートスの親友であった調律師クレス、そして、この物語の敵対者となる黒き魔術の王サルバーンを配置し、割と早期に登場させることとしました。(今更言うまでもありませんが、フィーはリインフォースⅡの雛型です)
 デバイス達の知能を築き上げたフルトンなる調律師と、彼が作りしスンナ(この娘についてはバレバレかもしれませんね)とスクルドという二機の融合騎との話は初期プロットでは第2章で書く予定でしたが、少々収まらないので第3章に移動することとしました、これは、彼らに関するシーンがローセスの初の戦闘シーンで、現代編の最初のシーンまで書かないほうが良いかな、と思ったことも理由です。

 今回の話は現代編の序章と繋がってるところがあります。また、これから初まる本編にも繋がってます。次回からようやく本編ですね、10話以上も使ってまだ本編が始まってないというこの不思議。舞台が整うまで話が書けないのが私の悪い癖ですね。

 さて、今回の話はここにあるNeon氏の「鋼の騎士 タイプゼロ」の16話「sword dancer」の表現を、作者氏の許可のもとで使用させてもらってます。この作品は私の中で3指に入る素晴らしい作品です。





[26842] 第一話 始まりは突然にして必然
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:36
第一話   始まりは突然にして必然




新歴65年 12月1日  本局付近 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”




 「お疲れ様リンディ提督、予定は順調?」


 「ええ、レティ、そっちは問題ないかしら?」

 ブリッジにおいて、アースラの艦長であるリンディ・ハラオウンと時空管理局本局運用部の提督、レティ・ロウランは通信モニター越しに親しげに会話を交わしていた。

 彼女らは昔からの友人であり、本局と地上本部の対立を何とか解消できないものかと日向に日陰に活動する融和派の筆頭格としても同胞と言える間柄である。


 「ええ、ドッキング受け入れと、アースラの整備の準備はね」


 「………何かあったのね」

 長年の付き合い故に、レティの様子からリンディはただごとではない事態が起こりつつあることを悟る。

 レティ・ロウランという女性は良い意味で女傑といえる性格をしており、辣腕を振るう切れ者であると同時にかなりのお調子者でもある。人事の問題などでかなり重要な案件と直面しても、ノリと勢いで乗り切ったりすることもあるくらいだ。

 無論、その裏では冷静な計算を働かせているのだが、最終的な判断を勘に頼る部分があるのは否めない。ただ、とあるデバイスは、それでこそ人間であると述べ、レティ・ロウランという人物を非常に高く評価していた。いや、パラメータを揃えてデータベースに登録していたと表現すべきか。

 ただ、冷静に判断し、計算高いだけならば、それこそ“トール”というインテリジェントデバイスと“アスガルド”という巨大演算装置の組み合わせに敵うべくもない。

 しかし、人間を運用するのは人間なのであり、人事に関してならば、時の庭園の中枢の二機はレティ・ロウランに遠く及ばない。これもまた、適材適所の凡例といえる。


 「こっちの方では、あんまり嬉しくない事態が起こっているのよ」

 そして、彼女が落ちこむとまではいわないものの、浮かない表情をすることはまさに稀に見ることであり。


 「嬉しくない事態、ね」

 リンディの表情も、自然と硬いものへと変化していく。


 「察しはつくと思うけど、ロストロギアよ。一級捜索指定がかかっている超危険物」


 「………っ」

 その言葉に反応したのは、つい先程ブリッジに入って来たクロノ・ハラオウン。


 「幾つかの世界で痕跡が発見されているみたいで、捜索担当班はもう大騒ぎよ」

 一級捜索指定がかかっており、かつ、時空管理局がその痕跡を見つけると同時に即座に動きだす危険物。


 「そう………」

 それは、ハラオウン家と切っても切れない関係にあるロストロギアを想起させる。

 無論、他にも幾つものロストロギアが存在しているため、確証はない。しかし、彼のロストロギアの転生周期を考えれば、そろそろ目覚めてもおかしくないのも事実なのだ。


 「捜査員の派遣は済んでいるから、今はその子達の連絡待ちね」

 クロノ・ハラオウンはあまり勘というものには頼らない性質であり、その性質は彼の補佐官であるエイミィ・リミエッタの方が強い。

 ただ、それでも彼は、第六感とでも云うべきものが警鐘を鳴らしているのを感じていた。

 そしてそれは、恐らく彼の母親であり、上官である彼女も同様に。








新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 オフィス街  AM2:23



 「ぐ、があああぁぁ!!」


 「あが、うぐあぁっ!!」

 そして、アースラのトップ二人の予感は、時空管理局にとっては最悪の形で的中することとなる。

 より大きな目で見るならばそれが最悪であったかどうかは別の話だが、未来を知りえない者達にとっては、少なくとも最悪と呼べるものであろう。


 「雑魚いな」

 仕留めた二名の管理局員を見下ろしながら、騎士服を纏った少女は呟く。


 「こんなんじゃ、大した足しにもならないだろうけど、一応、偵察役を排除することにはなるか」

 彼女の呟きに呼応するように、その手に抱えられた魔導書が、鈍く輝き出す。

 と同時に、管理局公用のバリアジャケットに身を包んだ二名の局員から、リンカーコアが抽出され、魔導書へと引き寄せられていく。


 「お前らの魔力、闇の書の餌だ」

 闇の書が保有し、その端末である守護騎士ヴォルケンリッターが備える蒐集能力。

 魔法文明なき管理外世界において、それが発動することそのものが痕跡を残すことになってしまうことは疑いないが、しかし、より良い方法があるわけでもない。


 「この歯ごたえのなさと、リンカーコアの質や錬度から見ても、こいつらは武装局員じゃないな。服装だけじゃん何とも言えねえけど、多分、実戦がメインじゃない調査班ってとこだろ」


 闇の書へリンカーコアが吸い込まれ、そのページが僅かながら埋まっていくのを見ながら、鉄鎚の騎士は冷静に考察を進める。

 外見こそ幼い少女のものであるが、その頭脳は明哲であり、くぐった修羅場も並の武装局員などを遙か後方に置き去っている。


 「だとしたら………大物を狙うなら、今のうちか」

 この海鳴に大きな魔力を持つ魔導師がいることを、彼女と盾の守護獣は確認している。

 その邂逅はまさに偶然のものであったが、主の危機が迫っている今、なりふり構っていられる状況ではない。

 例えその相手が年端の行かぬ少女であろうとも、管理局と関わりの無い在野の魔導師であろうとも。


 「近いうちに、ここは管理局に嗅ぎつけられる。そうなったら、蒐集を行えるのは別の世界じゃなきゃ無理なんだ……………」

 しかしそれは、彼女にとって気の進むことではなかった。

 管理局員や、大人の魔導師ならば躊躇うことはない、力を持つ者はそれに見合った覚悟を持つべきという価値観を基に鉄鎚の騎士はあるのだから。

 だが、まだ成人しておらず、国家や民のために尽くす立場にいるわけでもない少女を贄とすることは……


 「迷うな…………決めただろ、はやての将来は血で汚したりはしないけど、それ以外なら、何でもするって……」

 その葛藤は、今代の主が守護騎士を家族として迎え、愛情を注いだからこそ在る。

 これまでの守護騎士であったならば、そこに葛藤など微塵もなく、遙か昔に蒐集を行っていたであろう。

 逆に言えば、管理局に嗅ぎつけられるギリギリまでそれを行わなかった甘さこそ、闇の書の守護騎士がそれまでとは違っている証でもあるのだ。


 『Mine Hell(我が主)』


 「大丈夫だ、アイゼン」

 気遣うように音声を発した相棒に、ヴィータは騎士らしい笑みを浮かべて応える。


 「鉄鎚の騎士に迷いはねえ、主のため、お前を振るうこと、それが今のあたしの役目なんだ」


 『Ja.』

 襲撃は、恐らく今日の夜。

 その時に向け、鉄鎚の騎士はただ心を研ぎ澄ませる。

 戦いが始まったその時に、武器に迷いを込めぬように。

 鉄鎚を掲げしベルカの騎士は、夜天を見上げながら、夜の海鳴を歩いていく。








新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 風芽丘図書館  PM4:24




 「そっかー、同い年なんだ」


 「うん、ときどきここで見かけてたんよ。あっ、同い年くらいの子や、って」


 「実は、わたしも」

 静かな図書館の一角にて、二人の少女が微笑み合う。


 「わたし、月村すずか」


 「すずか、ちゃん…………八神はやて、いいます」


 「はやてちゃん、だね」


 「平仮名で“はやて”、変な名前やろ」


 「ううん、そんなことないよ、奇麗な名前だと思う」


 「……ありがとーな」

 そんな歳相応の少女らしい幸せに満ちた光景を、湖の騎士は静かに眺めていた。

 彼女のデバイス、クラールヴィントの力ならば、痕跡を残さぬように調整しながら主の周囲を窺うくらいは造作もない。

 ヴィータより時空管理局の調査班と思われる者らがこの世界に姿を現し、しかもこの街を嗅ぎつけつつあることを聞き、シャマルは護衛を兼ねてはやての周囲をクラールヴィントで念のため探査していた。

 幸いなことに、はやての周囲には闇の書以外の魔力の残滓は感じられない。少なくとも現段階においては、管理局の手が主へ及ぶ可能性はないはずだと、湖の騎士は安堵する。


 「ありがと、すずかちゃん、ここでええよ」

 自身が待つ図書館の入口付近まではやての車椅子を押して来てくれた少女に、シャマルも笑みを向ける。


 「お話してくれておおきに、ありがとうな」


 「うんっ、またね、はやてちゃん」

 恐らくこれから先、主の傍にいられる時間がさらに短くなるであろう時に、はやてのことを気にかけてくれる同年代の友達が出来たことに、感謝しながら。

 ただ、この出逢いが更なる邂逅を生む引き金となることを。

 予言の力を持ち得ぬ、湖の騎士が知る術はなかった。







新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 風芽丘  PM5:31



 「はやてちゃん、寒くないですか?」


 「うん、平気。シャマルも寒ない?」


 「私は、ぜんぜん」

 そうして、シャマルが車椅子を押して歩いていると、駐車場を超えたあたりで、彼女らを待つ人影と出会う。


 「シグナムっ」


 「はい」

 ヴォルケンリッターが将、シグナム。

 シャマルが主の周囲を探知している間、万が一に備え彼女も近場で待機していたのであった。


 「晩ごはん、シグナムとシャマルは何食べたい?」

 そして、シャマルが車椅子を押しながら、三人で家路を歩いていく。


 「ああ、そうですね、悩みます」


 「スーパーで材料を見ながら、考えましょうか」


 「うん、そやね……………そういえば、今日もヴィータはどこかへお出かけ?」

 ふいに、はやてが頭に浮かんだ質問を口にする。

 それは彼女にとってはまさに何気ない質問であったが。


 「ああ、ええっと、そうですね」

 シャマルにとっては、即座に返答することが難しい問いであった。彼女自身、主に虚言を吐くことに慣れていないために。


 「外で遊び歩いているようですが、ザフィーラがついていますので、あまり心配はいらないですよ」

 その面においては、シグナムは四人の中で最も揺らいでいない。

 いや、最も揺らいでいないのはザフィーラであろうが、彼はそもそも言葉を発する機会そのものが少ないため、あまり比較は出来ないだろう。


 「そっかぁ」


 「でも、少し距離が離れても、私達はずっと貴女の傍にいますよ」


 「はい、我らはいつでも、貴女のお傍に」

 そして、その想いは四人の誰もが変わりなく持つ、共通のものであった。


 「………ありがとう」

 主である少女もまた、彼女らと家族になることが出来た幸運に、感謝していた。

 これより待ち受ける、苛酷な戦いのことはまだ知らずとも、いいや、例え知っていたとしても。

 八神はやては、闇の書の主となれたことを、感謝していた。







新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 市街地 PM7:45




 夜の海鳴の上空に、赤い騎士服を纏った少女と、蒼き守護獣の姿がある。

 二人は共に神経を研ぎ澄まし、今宵の標的となる少女の気配を探る。

 その少女を直に見たことがあるのはヴィータとザフィーラであるため、四人の中でこの二人が探索役を受け持つこととなったのも当然の帰結であり。

 また、残る二人、シグナムとシャマルは二人の不在を主が不思議に思わぬようフォローする役でもあった。


 「どうだヴィータ、見つかりそうか?」


 「いるような…………いないような」

 とはいえ、探索は彼女らの本分ではない。補助の魔法に長けるのは、湖の騎士シャマルの領分なのだから。


 「こないだからたまに出る妙に強力な魔力反応、たぶんあの時のあいつだと思うけど、あいつが捕まれば、闇の書も一気に20ページくらいはいきそうなんだけどな」

 ヴィータが言う“こないだ”とは、すなわちユーノ・スクライアがフェイトとクロノの手伝いのために本局へと向かった時期からのことである。

 高町なのはが持つ巨大な魔力。そして、それを用いて行われる訓練は、本来であればただちに守護騎士達に捕捉されているはずであった。

 しかし、彼女の傍には稀代の結界魔導師、ユーノ・スクライアが常にいたのだ。

 彼の結界の内部で訓練を行う以上、その魔力は微塵も外部に漏れることはない。そして彼の結界はよほどの手練でなければ”結界が張られた”事自体を感知されないほどの性能なのだ。

 特に一度、スターライトブレイカーの新型が結界を破壊して以来、ユーノは結界の維持と外部へ影響を与えないことを特に意識し、より強固な結界を張るようになったため、守護騎士が蒐集を開始した10月27日からおよそ半月の間は、高町なのはの存在そのものが守護騎士のセンサーから隠されていたのであった。

 だが、その彼は現在本局におり、なのはの存在は丸裸となっている。まさに今は、千載一遇の機会でもあるのだ。

 ユーノの結界がない以上、その魔力の残滓を守護騎士が辿ることは、困難の一歩手前といった程度の難易度と言えた。


 「分かれて探そう、闇の書は預ける」


 「オッケー、ザフィーラ、あんたもしっかり探してよ」


 「心得ている」

 答えと同時に、陸の獣が基となっている守護獣であるとは考えられない速度でザフィーラは飛翔する。


 「封鎖領域、展開」

 その場に残ったヴィータの足元に、ベルカ式を表す三角形の陣が浮かび上がり。


 『Gefangnis der Magie. (魔力封鎖)』

 鉄の伯爵、グラーフアイゼンはその機能を発揮し、封鎖領域を広範囲に渡って展開させる。

 彼は物理破壊のみならず、結界などの補助においても優れた性能を発揮するバランスの取れた機体であり、どちらかと言えば、レヴァンティンの方が攻撃に特化した機構を備えていると言える。

 そんな彼にとって、封鎖領域を展開するための補助を行うことはまさに造作もないこと。この程度が出来ぬようでは、“調律の姫君”に作られしデバイスの名が泣くというものである。


 「魔力反応、大物、見つけた!」

 獲物を補足したならば、狩人が行うことはただ一つ。

 闇の書を腰の後ろに回し、鉄鎚の騎士は己が魂に呼びかける。


 「いくよ、グラーフアイゼン」


 『Jawohl.』

 赤い閃光が、封鎖領域に覆われた空間を駆けていく。

 既にその空間内には一般の民の姿はなく、リンカーコアと戦う力を持つ者達だけが残る戦場へと。

 海鳴の街は、変わっていた。








 同刻  高町家



 『It approaches at a high speed. (対象、高速で接近中)』

 鉄鎚の騎士と鉄の伯爵が張り巡らせた封鎖領域を、魔導師の杖は即座に察知し、さらにその術者が近づきつつあることを主に告げていた。


 「近づいてきてる? こっちに………」

 そして、得体のしれないものがやってくるというならば、どう動くべきか。

 魔導師の性格診断テストで用いられるような現在の状況において、高町なのはが取るべき選択とは、無論。


 「行こう、レイジングハート」


 『All right.』

 リンディ・ハラオウンやクロノ・ハラオウンが見たならば、もう少しは直進以外の選択肢も視野に入れるべきだと評したであろう。

 だがしかし、それこそが高町なのは。

 フェイト・テスタロッサが執務官、八神はやてが指揮官としての適性を持つならば、彼女こそはエースオブエース。

 単身で空へ駆けあがり、向かい来る敵を真っ向から粉砕するエースの中のエース。航空戦技教導隊の頂点こそ、彼女の進む道の到達点なのだから。

 引き出しが多いに越したことがないとは確かだが、引き出しを増やそうとするあまり、天性の能力を殺してしまうのも本末転倒な話ではある。

 クロノ・ハラオウンのようにあらゆる事象を見据え、万能の近い能力を備えることも一つの到達点だが、彼女のように不屈の心で己の道を突き進むことも一つの在り方。

 そこに優劣はない、要は、己の選択に満足できるかどうかである。

 ただ、一つだけ心にせねばならないとすれば――――

 星の光を持つ少女の下へ飛来せし騎士もまた、彼女と同じく一つの道を極めし直進型の強者であり、非常に真っ直ぐな価値観を持っているということであった。

 それは時に、不幸なすれ違いを産むこともあったりする。






 封鎖領域内 上空



 『Gegenstand kommt an. (対象、接近中)』


 「迎撃を選んだか………」

 グラーフアイゼンの言葉より、ヴィータもまた相手の意思を知る。

 ここで身を隠すための結界を張るか、もしくは飛行魔法や転移魔法での逃走を選ぶか、選択肢はいくつか考えられたが、獲物はその中でも最も可能性が低いと思われた手法を選んだ。

 それは、獲物の年齢を考えれば当然の予想ではあった。強大な魔力を有しているとはいえ、せいぜい10歳程度の少女、いきなり封鎖領域の中に閉じ込められ、さらに高速機動が可能な術者が近づいてくるという状況で迎撃を選ぶというのは俄かには考えられない話だ。


 「普通なら、毛布に包まって震えてるもんだよな………」


 『Aber was, wenn Sie Frau zu tun?(ですが、貴女ならば?)』


 「舐めた真似をしてきた野郎を真っ向から迎え撃ってぶっ潰す、だな」


 『Ja.』

 そうして、彼女は理解すると同時に、戦意を研ぎ澄ませる。

 この標的は、怯えるだけの兎ではない、迎撃の意思と牙を備えた狼であると心得よ。

 下手をすれば、喉笛を噛み裂かれるのは猟師の方となろう。

 
「ザフィーラと先に合流するのもありっちゃありだけど………」

 だがしかし、敵は一人、こちらも一人。

 この状況で、悠長に仲間と合流してから二対一に持ち込むなど、ベルカの騎士の成すことではない。


 「一対一で迎撃に出て来た相手を前に、退くことは出来ねえよな」

 例え蒐集のために動こうとも、彼女らはベルカの騎士。

 その誇りがあるからこそ、騎士は主のために命を懸ける。

 とはいえ、こちらに向かってくる少女に迎撃までの意思があるかどうかは別問題であり、その辺りは悲しいことだが、持っている人生観の違いと言えた。

 実際、なのはにとっては何か来るから行ってみて確かめよう、くらいの気持ちであったのだが、残念なことに、自分の行動が一般の9歳の少女のそれから大きくかけ離れているものであるという認識がなかった。

 なのはの意識も一般からは若干離れていることもあり、管理外世界に暮らしつつもミッドチルダ式の魔導師である少女と、1000近く前に生きたベルカの騎士であり、八神はやてという未だ魔法を扱えぬ普通の少女の下で暮らす若き騎士の価値観は、なかなかに噛み合わなかったのである。

 襲撃を仕掛けたのはヴィータであるが、彼女がこの半年間で学習した、“現代日本に住む9歳程度の少女の反応”から外れた対応をとってしまったなのはにも、この悲しい認識の違いを生みだす要因はあったといえる。


 「アイゼン、手加減はなしで行くぞ、油断すりゃ手傷を負うかもしれねえ」


 『Jawohl.』

 なのはにとっては不幸極まりなかったが、彼女の取った行動はベルカの騎士の基準に合わせれば―――


 【おら、宣戦布告もねえ奇襲野郎、こっちは逃げも隠れもしねえ、堂々とかかってこいや。これでもし逃げたら、手前を騎士とは認めねえよ、臆病モンがぁ!】

 と解釈されてしまうのであった。

 文化の違いとは、かくも不幸なすれ違いを産んでしまうものなのである。




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 ビル屋上 PM7:50



 「近づいてる………でも、どこから」

 なのはは、ビルの屋上に陣取り、周囲を見回す。

 第三者が客観的に見るならば、話し合いをするためにいるように見えなくもないが、どちらかと言えば“周りを気にすることなく戦え、かつ見通しの効く場所に来た”というように取る人の方が多いかもしれない。

 少なくとも、ベルカの騎士はそう取った、そう取られてしまった。


 『It comes. (来ます)』


 「あれは―――」

 そこに飛来せしは、話し合いの意思などないと言わんばかりの戦意の籠った攻撃。

 『Homing bullet. (誘導弾です)』


 「くうっ!」

 咄嗟にバリアを展開して防ぐが、実体を伴った誘導弾に対して弾くシールド型ではなく、バリア型を展開してしまったことが、彼女の戦闘経験の浅さを示している。

 なのはの魔力は膨大ゆえに、飛来した誘導弾を完全に防いではいるが、それは無駄のない運用とは言い難い。ユーノやクロノであれば、その四分の一以下の魔力消費で軌道を逸らすことに成功しているだろう。

 バリアを展開することそのもの関してならばなのはの術式に無駄はほとんどなく、その錬度はまさしくAAAランクのエース級魔導師のもの。

 だが、クロノ・ハラオウンがフェイトと模擬戦をした際に、


 ≪君やなのはの魔法は確かに凄い、威力だけなら僕以上だ。しかし、それをどういった状況において、どのように使うべきかという状況判断力がまだまだ足りない≫

 と注意したことが、まさにそれである。

 訓練や試験で定められた術式を展開するならばそれは完璧であっても、実戦はそれだけではない。

 そも、この誘導弾の目的は相手の足を止め、挟撃を仕掛けることにある。ならば、如何に強固であろうとも、その攻撃を受けとめてしまっている時点で悪手なのだ。

 これがクロノならば誘導弾をシールドで以て別方向に逸らし、反対側から襲い来るであろう術者にディレイドバインドを仕掛けながらその場を離脱しつつスティンガースナイプを放つまでやってのけただろう。

 とはいえ、武装局員ではなく、嘱託魔導師ですらない民間人の少女にそれを要求するのも酷な話といえる。クロノ・ハラオウンは5歳の頃から戦技教導官クラスの二人、リーゼロッテとリーゼアリアから手ほどきを受け、彼の才能と想像を絶する修練の果てに、その強さを得たのだから。

 しかし――――


 「テートリヒ・シュラーク!」

 戦いの場において、敵がそのようなことに斟酌してくれようはずもない。


 「く、ううう!」

 逆側より攻撃を仕掛けたヴィータの一撃を、辛くも利き腕とは逆の右腕でバリアを展開して防ぐが、衝撃までは殺しきれず。


 「うらああああああああ!!」


 「あああ!!」

 なのはの身体は宙へと投げ出され、ヴィータはそのまま追撃の体勢に移る。

 だが――――


 ≪リュッセだったら、逆に反撃してるくらいだ≫


 「?」

 ふいに、脳裏によぎった想いが、鉄鎚の騎士の足を止める、いや、止めてしまう。


 「何………だ」

 それはほんの一瞬のこと、しかし、確かに心を駆け抜けた一陣の風。

 もし、彼女の相手が“自分とほとんど同い年の魔導師”でなければ、恐らく湧きあがることもなかったであろうその想い。現に、管理局員を襲撃した際や、魔法生物を狩る際には何も感じなかったのだから。


 「……って、今はそんな場合じゃ―――」

 逡巡の時は一秒か、それとも二秒か。

 ほんの僅かの時間に過ぎないそれは、しかし彼女が奇襲によって得たアドバンテージを失くしてしまうには十分な間。


 「レイジングハート、お願い!」


 『Standby, ready, setup!』

 なのはは落下しながらも、己の愛機へと語りかけ、魔導師の杖とその鎧の顕現を実行させる。


 「ちっ」

 そして、鉄鎚の騎士は自身の奇襲が無意味に終わってしまったことを知る。

 確かに、僅かばかりの手傷は与えたものの、デバイスを起動させ、騎士甲冑(ミッド式ならばバリアジャケット)で包めば何の問題もないレベルでしかない。

 それ故に、騎士甲冑を展開する暇すら与えぬ奇襲と速攻こそが、ヴィータが構築した反撃を許さず蒐集を完了させる最善の手段だったのだが――――


 「仕切り直しか、すまねえな、アイゼン」


 『Nein.(いいえ)』



 これにて、条件はほぼ互角。

 外見だけならばほぼ同年代といえる魔導師と騎士の少女は、アームドデバイスと騎士服、インテリジェントデバイスとバリアジャケット、各々の武装を備えた状態で対峙することとなった。

 ここより先は、純粋な戦技を競う空の戦い。

 小細工や策はない、真っ向からのぶつかり合いとなる。

 その天秤は、果たしてどちらへ傾くか――――



 闇の書を巡る戦いは、その始まりの鐘を鳴らしていた。












あとがき
 A’S本編がスタートし、絆の物語もいよいよ開幕となります。今回の話で少し書いたように、過去編の内容や戦いは、可能な限り現代編とリンクさせるようにプロットを組んでいます。
 過去においてはヴィータの一撃をリュッセはシールドを纏わせた鞘で防ぎ、逆に紫電一閃による反撃を決めています。その経験だけというわけではありませんがヴィータは成長し、誘導弾を逆側から放ち、挟み撃ちからテートリヒ・シュラークを仕掛けた、という具合になります。
 また、アニメにおいては数十秒に及ぶなのはがバリアジャケットを纏う間、ヴィータは何をやっていたのか、黙って着替え終わるのを待っていたのか、というアニメの進行上仕方が無い、突っ込んではいけない事柄がありますので、その辺りを可能な限り無理がないように進めるための舞台装置が過去編でもあります。今回は、ヴィータの頭によぎった記憶が、彼女の行動を止めてしまったということで。
 基本的には原作通りに進みますが、細部においてはかなり相違点も出てくると思いますので、その辺りを楽しんでいただければ幸いかと思います。それではまた。






[26842] 第二話 魔導師と騎士の戦い
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:36
第二話   魔導師と騎士の戦い






新歴65年 12月2日  本局ドック 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”



 【レイジングハートより、救難信号が届きました】


 【了解しました、アスガルド、貴方は例の数式の演算をお願いします】


 【了承】


 時の庭園と交わされた信号は、ただそれだけ。

 しかし、45年を超える時を共に稼働してきたこの二機の間には絆というものを遙かに超えたものがある。

 インテリジェントデバイス、“トール”は知能を持つデバイスの初期型であり、アスガルドはその一歩手前の人工知能を備えた時の庭園の中枢機械。

 管制機としての機能を備えるトールがあればこそ、アスガルドにも人格と呼べるものが存在する。もし、トールがいなければ、彼は入力に従って膨大な演算を行うだけのスーパーコンピュータ、超大型ストレージでしかないのだ。


 『レイジングハートが救難信号を私達へ飛ばすとは、余程の事態が起こりつつあるのでしょうね。まあ、察しはつきますが』

 しかし、彼は焦らない、否、焦る機能を持っていない。

 かつては存在したその機能も、今の彼にはないのだから。


 『レティ・ロウラン提督が派遣した調査班よりの報告は、ハラオウン家と因縁が深い彼のロストロギアの再来を示唆しており、それはすなわち、守護騎士プログラムによる高ランク魔導師狩りが始まったということ。そして、このタイミングにおけるレイジングハートよりの救難信号、高町なのはのランクはAAA』

 別に複雑な演算を行わずとも、そこにある因果関係を察するなど、子供でも出来よう。

 まして、こと演算することに関してならば人間の遙か上を行くデバイスであれば尚更のこと。


 『しかし、それにしても……………良いタイミングですね』

 あらゆる状況、因果関係を超巨大オートマトンとそれを動かすアルゴリズムによってアスガルドが演算し、その結果を監修する彼は、ある種の“不具合”、人間的に述べるならば“違和感”を確認する。


 『まさに今、フェイト達の作業は終わりました。別に、私とアスガルドが連絡せずとも、彼女がそれを高町なのはに知らせることは当然のなりゆき。しかし、通信が繋がらず、管理局で調べれば第97管理外世界の海鳴市に広域結界が張られていることがすぐに分かるとなれば、彼女らが救援に向かうのは尚更当然のこと』

 まさにそれは、“そういうことになっている”ような、そんな因果関係すら考察できるほどの巡り合わせ。無論、機械の電脳はそれを確率論で処理することができ、人間のような違和感を持つことはない。

 だがしかし、確率的に計算することが出来るからこそ、それがどれほどの極小確率であるかを理解するのもまた、機械の特性なのだ。


 『しかし、そうもならない。管制機である私が8月にフェイトと高町なのはが共に過ごしていた際に、レイジングハートに追加しておいた機能。フェイトが遠く離れている間に高町なのはの身に何かがあれば即座にその異常をアスガルドを経由して私へ伝えるためのホットラインがあるため、私が先にそれを知った。まあ、微々たる差ですが』

 オートマトンは稼働を続け、アルゴリズムはその流れを淀めることなく回り続ける。


 【演算結果、出ました】


 【如何でした?】


 【パラメータが揃っていないため、解析的に“有意である”と結論することは不可能、ただし】


 【現在の状況は、何者かが組んだ、大数式の一部である可能性はある、ということですね】


 【肯定】


 【なるほど、今はそれだけ分かれば十分です。ご苦労様でした、アスガルド】

 人間ならば、“虫の知らせ”、もしくは“運命”などとも呼ぶ世に存在する不可思議なる因縁。

 機械の頭脳を持ち、0と1の電気信号でのみ世界を知る彼らは、それを“大数式”と称する。


 『状況は動きました、つまりは状態遷移が起きたということならば、どこかにそれを成した条件があるはず。ジュエルシード実験における私のように、解を収束させるために演算を続ける存在がいるかどうかは定かではありませんが、少なくとも何者かが最適解、もしくは近似解を求めて大数式を組んだ可能性は高いと見るべきでしょうね』

 一度行った事柄ならば、機械はそれに類する状況をパラメータに置きかえ、代入演算することで近似解を導き出す。

 彼はジュエルシード実験において、次元航行部隊、地上本部、時の庭園の利害関係を複雑に絡みあわせた上で、最適解、もしくは近似解を出すための大数式を組みあげた経歴を持つ。

 そして現在、都合九度目となる“闇の書事件”が発生しつつあるものの、それは一つの解へ収束しつつあるという可能性が導ける程に、状況は揃いつつある。

 これまで八度にも及ぶ管理局が観測した闇の書に関する事象。さらに、時の庭園もまた浅からぬ因縁を持ち、“生命の魔導書”というある意味での写本が存在していること。

 インテリジェントデバイス、“トール”が行っている演算とは、闇の書が収束する地点を予想ためのものであるともいえる。無論、それだけではないが。


 『とはいえ、この件については私は部外者に過ぎず、出来ることも微々たるもの。ここはとりあえず、観測者として成り行きを見守りつつ、パラメータを揃えることといたしましょう。さしあたっては、フェイトやユーノ・スクライア、クロノ・ハラオウン執務官に救難信号のことを伝えるくらいですね』

 彼は古い機械であり、本来は受動的な存在。

 入力がない限り、彼が自発的に動くことなど、この世界でたった一人のためにしかあり得ない。

 それ故、ジュエルシード実験において、彼は休むことなく働き続け、能動的にあらゆる方面で活動していたが―――


 『私は、私の機能を果たすだけです』

 休むことなく機能する命題は健在なれど、それを与えた存在はもういない。

 彼が自分で考えて“誰か”のために動くことはない、インテリジェントデバイス、トールは自分で考えて“プレシア・テスタロッサ”のために動く。

 だからこそ―――


 『ですが、貴女の無事を祈りましょう、高町なのは。貴女にもしものことがあれば、フェイトが悲しみます。それ故、私は貴女を死なせはしない、闇の書が貴女に死をもたらすならば、その未来を回避するために機能するのみ』

 今の彼は、フェイト・テスタロッサの幸せを映し出す鏡。

 彼に願いを託すのは、いついかなる時もテスタロッサの人間だけが持つ特権なのだ。






新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域内 PM7:50



 「さて、まずはどんなもんか―――」


 『Schwalbefliegen.(シュヴァルベフリーゲン)』

 先制して鉄鎚の騎士が放つは様子見の一撃。

 既に奇襲の優位は失われ、二人は対等な条件で対峙している。

 鉄の伯爵グラーフアイゼンの真価は、接近戦における防御ごと撃ち砕く強力な打ち下ろしにこそあるが、ただ近づいて鉄鎚を振り回すだけが戦いではない。

 特に、この戦いは相手を倒すためではなく、殺さないように無力化し、リンカーコアを蒐集するための戦い。

 打倒することが最終目標ではない以上、いきなり全力で頭部を狙うなどの攻撃は行えない。相手の技量を確かめた上で、それを制する勝利方法が求められる。


 「ふんっ!」


 ヴィータはグラーフアイゼンでもって鉄球を撃ち出し―――


 「うおああああああああああああ!!」

 同時に、ハンマーフォルムのままでの突撃を敢行する。

 シュヴァルベフリーゲンは白い魔導師の防壁と衝突して砕け、そこには爆煙が立ち上り、ヴィータの一撃はその中心を裂くように振るわれる。


 「避けたか」


 しかし、なのはの速度も並ではない。彼女は特性を考慮すれば後衛型でありながら、高速機動を得意とするフェイト・テスタロッサと互角の空戦を繰り広げたことがある。

 少なくとも、高火力や重装甲は機動力を犠牲にするという一般的な法則は、高町なのはという魔導師には当てはまらないようであった。


 「いきなり襲いかかられる覚えはないんだけど!」

 なのはの叫びは彼女の心をそのまま表すものであるだろう。


 <だろうよ、あったらこっちが驚きだ。手前の家が暗殺とかを生業にしてて、何人もの人間を殺してきたってんなら心当たりもあるかもしんねーけど>

 しかし、対峙する騎士にとっては、斟酌する必要のない事柄である。

 ただ、この時の感想が当たらじとも遠からじであったことを、ヴィータはかなり先のことかもしれないが、知ることとなったりするかもしれない。


 「どこの子! いったい何でこんなことするの!」


 「………」

 答えることなどないと言わんばかりに、ヴィータはさらに二つのシュヴァルベフリーゲンを顕現させるが。


 「教えてくれなきゃ―――――分からないってば!」

 しかし、誘導弾の制御に関してならば、なのはに一日の長がある。そも、ミッドチルダ式とベルカ式を比較するならば、どちらが射撃や誘導弾の制御に向いているかなど、論ずるまでもないのだから。


 「!?」

 予期せぬ角度、さらには速度を伴って、二筋の桜色の誘導弾が鉄鎚の騎士へと殺到し。


 「くぅっ!」

 一つは紙一重で避けるも、避ける先を予期していたかの如く、二撃目が襲い来る。誘導弾の基礎ではあるが、その速度と錬度は並ではない。


 「ちぃっ! このやらぁ!」

 ほぼ反射に近い動作でパンツァーシルトを発動させ、誘導弾を相殺しつつ弾き飛ばし、即座に反撃に出るヴィータ。


 『Flash Move.(フラッシュムーブ)』

 だがしかし、高町なのはの傍らには、彼女がいる。

 高速で襲い来る空戦魔導師への対処ならば、“魔導師の杖”レイジングハートの得意とするところであった。

 彼女は、雷の速度を持つ金色の魔導師と閃光の戦斧の主従を破るにはいかなる技能が必要であるか、そのシミュレーションを数え切れぬほど繰り返し、その対処法を編み出しているのだ。

 反射といってよい反応で星の主従は鉄鎚の一撃を回避し、同時にカウンター見舞う体勢に入る。


 『Shooting Mode.(シューティングモード)』

 防御や高速機動の制御をデバイスが担当し、主は誘導弾や砲撃に集中。

 それが、空を駆ける二人が実戦の中で編み出した、知恵と勇気の戦術なのだから。


 「話を――――」


 『Divine――――(ディバイン)』

 砲撃こそ、他の追随を許さぬ高町なのは最大の持ち味。


 「聞いてってばーーーーーー!!」


 『Buster.(バスター)』

 解き放たれる桜色の奔流は、AAAランクに相応しいどころか、Sランクに匹敵するであろう魔力が込められている。


 「!?」

 その光景に、さしものベルカの騎士も、困惑を隠せない。


 すなわち――――



 <言ってることとやってること違い過ぎだろ!>

 である。

 こちらが有無を言わさず襲いかかっている以上、敵が迎撃に出るのはある意味で当然であり、そこに問題など何一つない。

 しかし、僅かながら戦ううちに、ヴィータはこの少女は迎撃に出るつもりではなかったのかもしれないと思い始めていた。

 戦闘者のそれにしては彼女の応戦には“芯”が欠けており、どちらかと言えば“困惑”が多くを占めている様子。

 ひょっとして、本気で話を聞きたいだけなのか、と思った矢先の砲撃である。

 それもその筈、高町なのはは普段は争いを好まない心優しい少女だが、一度決めたら決して退かない不屈の心の持ち主だ。もしかしたら、それには父方の血が作用しているのかもしれない。

 <しかも―――洒落にならねえ威力!!>

 さらに、その威力と速度は彼女の予測を二周り近く上回っている。

 これまでの応戦の技術と、この砲撃の凶悪さは、対峙する騎士にとっては困惑を隠せないほど噛み合わないものであったのだ。


 <こいつ、砲撃特化型か―――>

 マルチタスクの一部では戦力分析を続けつつ、ヴィータは回避に専念する。

 しかし―――



 「あ――――」

 直撃こそ回避したものの、凶悪なる砲撃の余波は鉄鎚の騎士の騎士服の一部である帽子を破壊し、遠くへ吹き飛ばしていた。



 (うん………なあ■■、これを主君より賜った忠誠の証として騎士甲冑に付けるのってありかな?)

 彼女の脳裏を

 (お前が主との絆の証を騎士甲冑に刻みながら戦える時が、来ることを願おう)

 磨滅したはずの記憶が

 (うん、ただ、それを傷つけられたらその相手をぶっ壊すけどな)

 瞬きの間に

 (お前、それは逆恨みというものだぞ、騎士として戦場に出る以上は傷つけられることなど当然だろうに)

 駆け巡る

 (それとこれとは話が別なんだ。いいんだよ、あたし流の騎士道ってことで)



 「野郎………」

 ヴィータの黒い瞳が青く染まり、それはすなわち彼女が激昂していることを意味している。

 同時に、常に彼女と共に在る鉄の伯爵は主の意思を明確に読み取り、己の権能を顕現させる準備を始めていた。


 「戦いである以上、傷を負うことは覚悟せよ」

 それは、騎士の理。


 「だけど、それはそれ―――――これはこれだ!」

 だがしかし、主との繋がり示す品を、己の誓いと成すのも、騎士の在り方の一つ。

 騎士道とはすなわち、己の魂を示すための意思の具現。己の意思があってこそ、あらゆることに意義はある。


 「グラーフアイゼン! カートリッジロード!」


 『Explosion!(エクスプロズィオーン!)』

 中世ベルカのデバイス技術の結晶、カートリッジが吐き出され、グラーフアイゼンに爆発的な魔力が宿る。


 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』

 それは、鉄の伯爵が持つ二つ目の姿にして、ロケット推進による大威力突撃攻撃を行うための強襲形態。

 ハンマーヘッドの片方が推進剤噴射口に、その反対側がスパイクに変形し、力の集約を行うための姿へと。


 「ラケーテン――――!!」

 グラーフアイゼンより凄まじいエネルギーが噴出され、ヴィータは己の飛行魔法にそのエネルギーを上乗せし、爆発的な速度を生み出す。


 「ええっ!」

 そしてそれは、高町なのはという少女にとって、未知の領域にあるものであった。

 半年ほど前、ある魔法人形がそれを用いて稼働しているところを見たことはあり、その光景を思い出すと笑いがこみ上げそうになったが、今はそんな場合では無いので彼女はその光景を頭から閉め出した。

 そして彼女にとっての印象は“魔力電池”であり、その認識は正しいものであった。

 カートリッジと言ってもその用途は多種多様。非魔導師でも扱える魔導端末の動力用から、魔力不足を補うための低ランク魔導師用の品、そして、高ランク魔導師が使用する、己の魔法の威力を爆発的に定めるための推進剤。

 しかし、その魔法人形は戦闘が本分ではないため、なのはの前で高ランク魔導師用のカートリッジを炸裂させたことはなく、それを用いた魔法の使用も当然皆無。


 よって―――


 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 「あうっ!」

 彼女の張った障壁を、グラーフアイゼンは鏡を砕くが如くに破壊し、その要であるレイジングハートのフレームをすら撃ち砕く。


 「ハンマーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 「ああああああ!!!」


 ラケーテンハンマー

 魔力噴射による加速で威力を高めるものの、圧倒的な加速力と攻撃力を引き換えに、魔法サポート機能が落ち、射撃魔法、範囲攻撃が出来なくなる、言うなれば諸刃の刃。

 しかしそれだけに、後方からの射撃を得意とするミッドチルダ式魔導師にとっては天敵ともいえる攻撃。

 その速度は距離を即座に詰めることを可能とし、繰り出される一撃はフェイト・テスタロッサのフォトンランサー・ファランクスシフトをすら防ぎきった高町なのはのバリアをすら、跡形もなく粉砕する。

 魔法にも相性というものは当然存在しており、砲撃系の魔法は確かに強力ではあるが、障壁を破壊するならば、一点に魔力と物理的破壊力を収束させたアームドデバイスの一撃に勝るものはない。

 これまで、ベルカ式の使い手と戦ったことのない民間の魔導師にとって、Sランクに相当する力を持つ古代ベルカの騎士を相手にすることは、極めて困難であると言わざるを得ないだろう。


 「ふぅ、やっぱし、あいつはベルカの騎士を知らねえようだな」


 『Ja.』

 激昂して感情のままに襲いかかったようでありながらも、並行して冷静極まりない戦況推察を行うのが騎士というもの。

 外見とほとんど相違ない精神性を有するヴィータではあるが、彼女もまたかつての白の国の近衛騎士が一人。

 熱くなるあまり自分も周りも見えなくなるようでは、正騎士を名乗ることなど許されない。

 ただし、彼女が10歳に満たぬ若さにして、その心を得るに至った経緯は、彼女自身の中にすら既に存在していない。


 だがしかし――――その魂は常に傍らに


 彼こそは、幼き少女が鉄鎚の騎士となった瞬間を見届けた、ただ一つの存在なのだから。




 「デバイスも半分くらいは砕いた、一気に攻めるぞ!」


 『Jawohl!』

 ラケーテンフォルム特有の推進機構が再び鼓動を開始し、エグゾーストに似た音を轟かせる。

 対象はビルと衝突し、内部へと姿を消したが、魔力の反応はその位置のまま。

 つまり、このまま押し切るには絶好の機会。逆に、再び距離を与えてしまえば、あの悪夢の砲撃が再び放たれる危険性がある。

 ヴィータが優位に立ちつつある戦況ではあるが、その天秤はまだ完全に定まってはいない。この状態で油断、もしくは慢心し、獲物をいたぶるような真似をする者を、三流と呼ぶが―――


 <冷静に―――――今は、仕留めることだけに集中しろ、蒐集はその後だ>

 なのはにとっては不幸なことに、鉄鎚の騎士ヴィータは一流の戦闘者であった。



 「げほっ、げほっ、あ、つつ」

 対して、彼女はまだ戦闘技術というものを専門の講師から学んですらいない。

 古の白の国でいうならば、彼女はまだ“若木”なのであり、戦闘能力自体はかなり近くとも、“若木”と正騎士の間には超えること難き壁があり、それを彼女は実体験を以て知ることとなった。

 この経験を糧に、彼女の翼はさらに高みへと羽ばたくであろうが、それは今ではない。危機に陥ったその時に瞬時に成長できるほど、世界というものは優しくはない。御都合主義の英雄譚は、あくまで物語の中でのみ綴られる。


 「でええええええええええいい!!」


 『Protection.(プロテクション)』

 それ故、なのはに許されたことは、残る全魔力を防御に回し、破滅の一撃を耐え忍ぶべく術式を紡ぐことであるが。


 「鉄鎚の騎士と、鉄の伯爵に――――――」

 対峙する騎士は、夜天の守護騎士の中でも最もバリア破壊を得意とする前衛の突撃役。


 「砕けないものはねえ!」

 その侵攻は強烈無比にして、立ちはだかるものは悉く粉砕される。


 ≪破らせはしない! 守りきる!≫

 だが、主のためにある“魔導師の杖”のデータベースには、諦めるという単語は存在しない。

 彼女の銘は“不屈の心”、どのような状況であっても、折れることなどあり得ない。


 「レイジングハート!」

 主へと破壊が迫るならば、その盾となることこそ、デバイスの務め。

 己の命題を刻みつけし魔導師の杖に、迷いなどは微塵もなかった。



 ――――しかし、蓄積された経験の差というものはどうしようもなく存在する。


 それは、最近目覚めたばかりのレイジングハートも認めるところでもあった、製造年数は己が古いとはいえ、自身はまだあの45年もの長き時を稼働し続けたデバイスの経験値には及ばないと、彼女自身が認識している。

 ならば、今彼女と相対する騎士の魂もまた――――


 ≪我に―――――砕けぬものなし!≫

 守る誇りがあれば、砕く誇りも存在する。

 鉄の伯爵グラーフアイゼンはアームドデバイスであり、守りを本領とした機体ではない。

 主に仇なす敵を撃ち砕くことこそ、彼の存在意義なのだ。


 「ぶち抜けえええええええええええ!!」


 『Jawohl.(了解)』

 鉄鎚の騎士の咆哮に、彼は真っ向から応じ、ラケーテンフォルムの噴射口は、三度目の爆発を更なる加速へと変え、変換されたエネルギーはレイジングハートの守りを突き崩していく。

 と同時に―――


 【分かってるな、アイゼン】


 【Naturlich(無論)】


 【騎士甲冑だけをぶち壊す、間違っても心臓に突き刺さったりすんなよ】


 【Ich weis,(応とも)】

 彼女と彼は、刹那の狭間に意思を交わす。

 主の未来を血で汚すわけにはいかない。

 それが、現在のヴィータにとって守るべき誓いであり、彼女の騎士道の在り方なのだ。

 効率だけを見るならば、ここで心臓、もしくは頭部を撃ち砕き、死体からリンカーコアを蒐集した方が良いことは明白。

 ここは主の住む家の近辺であり、この少女が生き延びれば、より力を得て立ちはだかってくる可能性とて存在している。

 しかし――――


 【それが――――騎士だ!】


 【Jawohl.Mine Hell!(了解、我が主!】

 非殺傷設定という便利な機能の恩恵はなく、命を奪うことを前提に作られたデバイスと、戦場で敵の命を奪うための武術、古代ベルカ式を操る騎士は不殺の誓いを守り続ける。


 『Master!』


 「――――っ、ああ!」

 その一撃は強く、重く、ついに魔導師の杖の防壁を完全に破壊し、少女のバリアジャケットをも撃ち砕く。だが、その身に物理的に重傷と呼べる傷はない。


 「はあっ、はあっ、はあっ」

 主の荒い息と合わせるかのように、グラーフアイゼンの放熱機構がカートリッジの使用に伴い気体を噴出し、役目を終えたカートリッジをその身から吐き出す。


 【よし、上出来だ】


 【Danke.】

 殺しはしないが、敵の障壁の破壊するために全力を尽くす。

 それは矛盾、彼女が騎士であるが故の矛盾。

 ただのプログラム体であれば、迷わず殺しており、八神はやての家族としてのみ在ろうとするならば、そもそも戦ってすらいない。

 だがしかし、彼女はその道を選んだのである。


 「ふぅ」

 呼吸を整えながら、ヴィータは壁際に倒れ、上半身だけを起こした状態でなおもこちらに中破したデバイスと向ける少女へと近寄っていく。



 <このデバイス、インテリジェントだ。こいつを完璧に壊せば、そうそう代わりはねえはず>

 ただ、戦士の目は、魔導師ではなく、そのデバイスへと向けられていた。

 殺しはしないことを誓っているが、デバイスを破壊しないことを誓ったわけではない。そして、相手を殺さずに戦う力を奪うならば、それこそが次善の手段である。


 <レイジングハート、だったか、覚えておくぜ>

 無言のまま、ヴィータはグラーフアイゼンを振りかぶる。傍目には少女に止めを刺そうとしているように見えるだろうが、その対象は魔導師の命ではなく、魂。

 彼女が自身のデバイスを己の魂と認めるように、この二人も強い絆で結ばれていることは、短い戦闘ではあったが確かに感じ取れた。

 だからこそ、そこに温情はかけない。騎士として、戦いぬいた相手に終わりを与えるのみ。

 かくして、鉄の伯爵が魔導師の杖へと振り下ろされ―――――




 『Get set』




 そこに割って入りしは、魔導師の杖と同種の命題を持つ閃光の戦斧。


 「!?」

 だが、ヴィータの驚愕の理由はそこではない、自身の一撃が防がれたことよりも、それを成した敵手の気配を自身がまるで感じ取れなかったことこそが、彼女の心を揺るがせる。


 <いつの間に!?>

 そして、その原因、いや、術者も即座に姿を現し、ヴィータはその理由を悟る。


 「ごめん、なのは、遅くなった」

 そこには、転送魔法でフェイトと共に封鎖結界へ侵入すると同時に、その気配を極限まで薄めるという離れ業を平然と行った結界魔導師が、白い少女を守るように立ちはだかっていた。

 さらに、その前に立ち、グラーフアイゼンを受けとめる金色の髪を持つ少女は。


 「仲間………か」

 鉄鎚の騎士の確認の要素を含んだ問いに対し――――


 「………友達だ」


 『Scythe Form.(サイズフォーム)』



 己が相棒と共に戦闘体制を取りながら、自らに誓うように答えていた。





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すみません、なぜか途中で切れて投稿されてましたので、修正しました。




[26842] 第三話 戦いの嵐、再び
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:37

第三話   戦いの嵐、再び




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル内部 PM7:55



 封鎖結界に覆われた領域内にあるビルの一つ。

 その内部において、外見年齢だけならば小学生の中学年程度と思わしき少女が対峙する。


 「………」

 一人は、噴射機構とスパイクを備えた鉄鎚を構え。


 「………」

 一人は、魔力刃で刀身を構成した大鎌を構える。


 <アームドデバイス? いや、近接戦闘も出来るようだけど、これはアームドじゃねえ>

 既にミッドチルダ式魔導師を一人戦闘不能状態へ追い込んだベルカの騎士は、新手の少女の観察を続ける。


 <だけど、纏う雰囲気が向こうの奴よりも鋭い、ひょっとして………>

 そんな、彼女の疑念に応えるように。


 「民間人への魔法攻撃、軽犯罪では済まない罪だ」

 金色の髪を持つ魔導師は、言葉を紡ぐ。


 「手前は―――管理局の魔導師か」

 ヴィータは管理局の機構を詳しく知るわけではないが、次元世界の法律を詳しく知り、民間人への攻撃者の前に立ちはだかる存在と言えば、真っ先に浮かびあがるのがそれである。


 「時空管理局、嘱託魔導師、フェイト・テスタロッサ」


 「嘱託…………魔導師」

 しかし、彼女にはその名称に聞き覚えはない。

 かつての闇の書の主の下で管理局と戦った時も、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターと戦った局員は本局武装隊の武装局員や、エース級魔導師。さらに、今よりも社会が安定していない時代であったこともあり、まさしく最前線で戦い続ける魔導師を相手にしてきたのだ。

 それだけに、およそ9歳程度と思われる少女が、どのような形かまでは定かではないものの時空管理局の一員として立ちはだかってくることはヴィータにとって想定外であった。


 「抵抗しなければ、弁護の機会が君にはある。同意するなら、武装を解除して」

 とはいえ、その少女の言葉に戦うことを既に決めた騎士が従えるはずもなく。


 「あいにく、あたしらの価値観じゃあ、敵を前に武装を捨てるのは恥なんだよ!」

 ここでこのまま戦えば最悪二対一となることから、仕切り直すために全速で離脱を果たす。


 「ユーノ、なのはをお願い」


 「うんっ」

 だが、こと高速機動に関してならば、フェイト・テスタロッサを凌ぐことは容易ではない。

 飛行魔法による離脱を目論む者にとって、閃光の戦斧を従えた黒い魔導師は、最悪の相性と言える存在であった。


 「ユーノ君、どうやってここを……」


 「うん、その前に―――ありがとう、レイジングハート」

 なのはに治療魔法をかけながら、ユーノは半壊しながらもなおも主人と共に在るデバイスに礼を述べる。


 『Seem to arrive(届きましたか)』


 「え、どういうこと?」


 「レイジングハートから、トールに救難信号が届いたんだ。普通の念話や通信だったらこの封鎖結界で阻害されちゃうだろうけど、受け手は時の庭園の中枢機械のアスガルドで、それを管制機であるトールが動かしてる、だから、言葉の形は成してなかったけど、救難信号であることは判別できる信号が届いたんだよ」


 「そうなんだ……………ありがとう、レイジングハート」


 『No.………Don't worry. (いいえ………お気になさらず)』

 だがしかし、魔導師の杖にとっては、この状況が既に大失態であった。

 主を守りきることは叶わず、もしフェイト・テスタロッサとユーノ・スクライアが僅かにでも遅れていれば、主は――――

 レイジングハートは、高町なのはのために稼働してより初めて、己の無力さ、己の性能の足りなさを認識していた。


 〔いつか、貴女やバルディッシュにも分かる時が来ますよ。己の性能が主のために足りていない、ならば、自分はどうするべきかを考える時が〕

 己より遙かに長く稼働を続ける、先達の言葉と共に。

 彼女は、思考を続ける。


 「それよりも、あの子は誰? どうしてなのはを…」


 「分からない、いきなり襲いかかられたから………」


 「そっか………でも、もう大丈夫、フェイトもいるし、アルフもいる。それに………」


 「アルフさんも?」

 ユーノが最後に言いかけた言葉を遮ってしまう形で、なのはは確認の問いを返した。

 そして、なのはがその二人を思い浮かべているちょうどその時、上空では先端が開かれているのであった。








新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM7:57



 「バルディッシュ」


 『Arc Saber.(アークセイバー)』

 フェイトの魔力を受け、閃光の戦斧が鎌形を形成する魔力刃を、射撃魔法として解き放つ。


 「グラーフアイゼン!」


 『Schwalbefliegen.(シュヴァルベフリーゲン)』

 対して、鉄の伯爵は強襲形態であるラケーテンフォルムを解除し、魔法制御・補助能力に優れ、シュヴァルベフリーゲンの誘導管制補助には最適と言えるハンマーフォルムにて迎え撃つ。

 ヴィータが放った鉄球は四発。それとフェイトが放った魔力刃は空中で交差し、衝突することなく互いの目標へと突き進む。


 「障壁!」


 『Panzerhindernis!(パンツァーヒンダーネス)』

 迫りくる魔力刃を、彼女はバリア型防御、パンツァーヒンダネスにて防ぐ。

 もしフェイトが放った一撃が直射型射撃魔法であるフォトンランサーであれば、弾くシールド型防御、パンツァーシルトを用いたところだが、今向かってきているのは回転しながら飛来し、恐らくある程度の誘導性を有していると思われる魔力刃。

 ヴィータの読みは的確であり、フェイトの放った魔法、アークセイバーは魔力斬撃用の圧縮魔力の光刃を発射する誘導制御型射撃魔法。これに対してシールド型の防御を用いれば、死角へ回られて意味を成さない可能性があった。故にここでは半球形を成して受けとめることも可能なパンツァーヒンダネスを用いるべき。

 相手の攻撃の特性を瞬時に見極め、適切な防御魔法を選択する戦術眼は、彼女がまさしく歴戦の勇士であることを窺わせる。だがしかし、フェイト・テスタロッサの魔法の師であったリニスという女性の手ほどきも、また並大抵のものではなく―――


 「ちっ」

 アークセイバーにはバリアを「噛む」性質があり、さらに軌道も変則的なので攻撃される側にとっては防御・回避しにくく厄介極まりない。一応、防ぐことには成功したものの、的確な防御を成してなおかなりの魔力を注ぎ込むことを必要とした。


 「―――っ」

 だが、相手の攻撃に対して驚嘆の念を禁じえないのは、黒い魔導師も同様。

 赤い少女が放った誘導弾は実体を伴って襲い来上、その速度も尋常ではない。フェイトのバリアジャケットはそれほど強固ではないこともあり、彼女の戦闘スタイルはなのはと違って攻撃を受けとめることには向いていない。

 そのため、彼女の選択肢は制御しきれなくなる速度で動きまわるか、間合いを大きく離すかの二択となるのだが―――


 <この子の魔法、凄い錬度だ。なのはには若干劣るけど、勘がいい>

 純粋な誘導弾の管制機能のみならば、ミッドチルダ式の高町なのはとレイジングハートの主従に分があるのは当然の理。

 しかし、鉄鎚の騎士と鉄の伯爵は、速度や管制機能で劣る部分を、培った戦闘予測で補っている。つまり、四つのシュワルベフリーゲンを兵、己を指揮官と見立て、高速で避ける相手を用兵で以て追い詰めるのだ。

 魔力値の高さや錬度が、そのまま戦場での優位をもたらすわけではない、状況に合わせた応用力と的確に使用できる判断力こそが重要。

 現在のフェイトが最も模擬戦を行う機会が多い相手、クロノ・ハラオウンの教え通りの光景が彼女の眼前で展開されている。


 <だけど―――>

 そんな戦術を極めるクロノと模擬戦を行って来たが故に、フェイトもまたそういう相手と戦う際の手法をパターンとして保持している。

 その一つが――――


 「!?」


 「バリアァァーーーーーー!!」

 仲間と連携し、隙を突く戦い方。


 「ブレイク!」

 フェイト・テスタロッサが使い魔、アルフの放った一撃は、バリア破壊の特性を備えた渾身の拳。アークセイバーを防ぐためにはバリアこそが最適であるが、シールドと異なり球に近い形で展開すれば同時に行動の自由を狭めることにもなる。


 「くうっ!」

 その隙をアルフは的確に突いたのだ。まさしく主と以心伝心のコンビネーションと言え、ヴィータが展開していたパンツァーヒンダネスを完全に破壊する。

 されど―――


 「このやらあ!」

 弾かれた体勢から即座に立て直し、反撃に移る彼女もまた、並大抵ではない。


 「ラウンドシールド!」

 若干の驚愕を即座に押し殺し、アルフは障壁を展開。フェイト程の高速機動が無理な彼女では、受け止めるより他にない。


 「テートリヒ・シュラーク!」

 しかし、鉄鎚の騎士もまた、バリア破壊を得意とし、両者の戦闘の相性ならば、ヴィータがかなり優勢といえるだろう。


 「っあ!」

 ハンマーフォルムでの一撃を受け、アルフは傷こそ負っていないものの、衝撃までは殺しきれず落下していく。


 「――――!」


 『Pferde.(フェーアデ)』

 だが、騎士の直感はなおも脅威が去っていないことを告げている。

 “騎兵”を意味する魔術単語と共に、グラーフアイゼンがミッドチルダ式でいうところのフラッシュムーブに近い術式を展開させ、渦巻く風がヴィータの足元に発生し、急上昇。


 「せえい!」

 アルフと入れ替わるようにバルディッシュのサイズフォームによる直接攻撃を仕掛けてきたフェイトの追撃を躱しきる。


 「ふっ!」


 だが、その時には既に体勢を立て直したアルフが、移動魔法を無効化するための術式を走らせ、ヴィータの足に宿っていた湖の騎士シャマル直伝の移動用の風を消し飛ばす。


 <こいつらの連携――――――隙がねえ>

 これが、フェイト・テスタロッサとその使い魔アルフの連携戦術。

 歴戦の守護騎士にとってすら迎撃が困難なほどの錬度を、フェイトとアルフの二人は確立している。

 同じく歴戦の執務官であるクロノ・ハラオウンですら、この二人を同時に相手取るのは厳しく、模擬戦で競えば一本とられることすらあるのだから。


 「はああああああああ!!」


 「ぐっ!」

 アルフが足を封じると同時にフェイトが距離を詰め、再びサイズフォームでの近接攻撃を仕掛け、ヴィータは辛くもグラーフアイゼンの柄でバルディッシュの柄を受けとめる。


 <くそ、ぶっ潰すだけなら簡単なんだけど、それじゃあ意味ねえんだ>

 不殺の誓いがある以上、グラーフアイゼンが最大の破壊力を発揮するフルドライブ状態、ギガントフォルムは容易には使えない。

 それこそが、現在の守護騎士が持つ最大の枷と言える。

 命を奪い合う殺し合いの場において、非殺傷設定など相手に反撃の機会を与えるだけであまり効率的ではないように、“殺さずに制する”ことを目的とする場合において、殺傷設定など枷にしかならない。

 非殺傷設定も殺傷設定も、そこに優劣などありはしない。ただ、目的が変われば求められる機能も変わるだけの話であり、古い機械仕掛けは閃光の戦斧にそう教えていた。

 つまり、殺傷設定しか存在しないデバイスを用いる以上、守護騎士は全ての意識を相手の打倒のみに集中することは不可能。逆に、非殺傷設定のデバイスを操る者は、相手を殺してしまう危険性がないため、全ての意識を相手の打倒のみに集中できる。

 非殺傷設定とはまさしく、管理局員が全力を出し切れるように考案された、新たなるデバイス技術なのであった。


 <カートリッジ残り二発、やれっか―――>

 しかし、いくら状況が不利であっても、それが現実。

 限られた手札を如何に活用して道を切り開くかが、“戦術”であり、それを構築することも騎士の資質の一つである。





 「アルフさんも、来てくれたんだ……」


 「うん、クロノ達もアースラの整備を保留にして、動いてくれてるよ」

 そんな彼女らの空中戦を、なのはとユーノの二人もビルの屋上に移動し、その成り行きを見守っていた。










新歴65年 12月2日  本局ドック 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”




 「アレックス、結界抜き、まだ出来ない?」


 「解析完了まで、後少し―――」

 アースラにおいても、そのスタッフ達が事態を把握するべく全力で活動を続けている。

 特に、管制主任であるエイミィ・リミエッタは、このような状況でこそ、その腕が問われる。


 「術式が違う、ミッドチルダ式の結界じゃないな」

 その傍らに立つクロノ・ハラオウンも、目まぐるしく表示を変えるコンソールを見守りながら、解析を行っていく。


 「そうなんだよ、近代ベルカ式でもない。多分、古代ベルカ式だとは思うんだけど、少なくとも、聖王教会の騎士団の人達が登録してくれてる術式とも一致しないんだ」


 「古代ベルカといっても、地方や時代によって術式は異なる。現代まで伝わっているのはあくまで一部だ、仕方ないか」

 それ故に、古代ベルカ式の継承者はレアスキル持ちとほぼ同等の扱いを受ける。逆説的に言えば、再現が不可能なレアスキルと認定されるものは古代ベルカ式のものが大半なのだ。

 それはまた、ミッドチルダ式が専門性ではなく、広く伝え、学ぶための汎用性を突き詰めた魔法技術体系であることも無関係ではないだろう。


 【クロノ・ハラオウン執務官】


 【トールか】


 【はい、結界の解析は私とエイミィ・リミエッタ管制主任が担当いたします。ですので、貴方は戦力として現地に赴かれることが、効率的と称される部隊運用でありましょう】


 【その回りくどい言い方は何とかならないのか】


 【申し訳ありません。私の汎用人格言語機能は、もうフェイトの周囲でしか使用されないのですよ】


 【そうだったな………】

 フェイトと共にいる時ならば、何度彼にからかわれたか数えきれない。

 しかし、フェイトが傍にいない時のトールは、まさしくデバイスそのもの。

 年季を感じさせる、融通の利かない、古びた機械仕掛けなのだ。

 いや、細かい手法や対応においてはかなり融通が利き、経験に基づいた幅広い思考が可能であるが、根本的な行動原理となると一切の融通が利かないのがトールという存在である。


 【ともかく、了解した。君がいてくれて助かるよ】


 【感謝には及びません、フェイトのためです。では私も今からそちらに向かいます】


 【ああ、それでいいさ】

 アースラのスタッフは優秀ではあるが、ミッドチルダ式とベルカ式の違い、さらにその歴史背景についてまで把握しており、現在の状況とすり合わせながら解析できる存在となると、トップ三人に絞られる。

 とはいえ、艦長であるリンディは全体を指揮せねばならず、エイミィ一人では解析が厳しいのも事実であり、執務官であるクロノは非常に動きにくい立場にあった。

 しかし、現在のアースラにはその三人以上に“解析”というものを得意とする存在がいる。過去のデータベースと照らし合わせ、単純な比較演算を繰り返し行うことならば、彼の右に出る存在などいないのだ。


 「エイミィ、僕も出る。君はトールと協力して結界の解析に集中してくれ」


 「オッケー、任して」

 後方が万全であればこそ、前線組は心おきなくその力を振るうことが出来る。

 インテリジェントデバイス“トール”には直接的な戦闘技能はないが、他の者が本領を発揮するための環境を整える“舞台装置”としての機能ならば、他の追随を許さない。

 かくして、クロノ・ハラオウンもまた、戦場へと馳せ参ずる。







新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM8:01





 「――――っ!」


 「こんの!」

 目まぐるしく位置を入れ替えながら高速機動戦を展開する二人の戦いも、終息する時が見えた。


 「んあ!」

 しばらくは二人がかりでのコンビネーションを行っていたフェイトとアルフだが、敵の応戦技術を鑑み、一種の賭けに出た。

 それはすなわち、あえてフェイト一人で相手をし、アルフは敵を捕えるための罠を構築することに専念すること。

 なのはを一方的に打ち負かした相手に対して行う作戦としては若干博打性が高かったものの、どうやら功を奏したようである。


 「く、ぬぎ、くく…」

 ヴィータの四肢はアルフのバインドによって完全に拘束され、完全に身動きを封じられた。


 「終わりだね、名前と出身世界、目的を教えてもらうよ」

 フェイトとアルフは油断なく身構えつつも、捕えた少女に言葉をかける。

 だが―――


 <やっぱし、甘えな>

 絶体絶命の状況にありながらも、鉄鎚の騎士は冷静に思考を働かせていた。


 <あたしの危険性を考えれば、目的を聞く前にまずは手足の一、二本は叩き折るべきだろ。治療なんて後でも出来るし、尋問するなら医務室でも出来る>

 少なくとも、自分が時空管理局員であったなら、そうしているだろう確信がある。


 <それに、この程度で完全に封じれたと思われてんなら、甘く見られたもんだ>

 確かに、身動きは出来ないが、このバインドには魔力の生成や運用を阻害するような効果はなく、さらに、グラーフアイゼンは未だ右手にある。


 <カートリッジ残り二発、それを一気にロードして、ギガントフォルムを顕現させればその衝撃でバインドをぶっ壊すこともできる>

 だが、それを行えば後がなくなってしまう。

 今夜、ヴィータの戦略目標はあくまで高町なのは一人であり、この金髪の魔導師との戦いはそもそも想定外。長期戦を予想していたわけではないので、カートリッジの補給のことは考えていなかった。

 しかし、このまま戦っても勝ち目が薄いことを認識してなお、カートリッジをロードすることもなく、彼女が単身で戦い続けたのには当然、相応の理由がある。


 <何より、このバインドで――――――念話は止められねえよな>

 そも、白い魔導師の少女の探索役は、鉄鎚の騎士ヴィータ一人ではない。

 彼女と異なり、カートリッジを補給する必要もなく、戦闘継続可能時間ならば、四人の中で群を抜く存在が、つい15分ほど前まで行動を共にしていたのだ。

 すなわち――――


 「!? なんかやばいよ、フェイト!」

 野生の勘が成せるものか、アルフはただならぬ予感を察知し、主人に注意を促すも、時すで遅し。


 「はあっ!」


 「くああっ!!」

 凄まじい速度で下方から来襲せし剣の騎士が、フェイト・テスタロッサを炎の魔剣、レヴァンティンによって弾き飛ばす。


 「シグナム――――」

 だがそれは、ヴィータにとっても予想外の存在だった。

 彼女がこの場に来ると確信していた存在は、ヴォルケンリッターの将ではなく。


 「うおおおおお!!」


 「!? つああっ」

 騎兵の如き猛進から、ガードごと突き破る拳を放ち、体勢を崩した相手に追撃の蹴りを蹴りをみまい、弾き飛ばす近接格闘の名手。

 ヴォルケンリッターが盾の守護獣、ザフィーラであった。


 「レヴァンティン、カートリッジロード」


 『Explosion!(エクスプロズィオーン)』

 そして、奇襲によって体勢を崩した相手をそのまま見逃す程、烈火の将は甘くはない。

 先の一撃によって弾き飛ばされたフェイト・テスタロッサに対し、手加減なしの追撃をかける。


 「紫電一閃―――――――はああああっ!!」

 シグナムの炎熱変換を持つ魔力が刀身に満ち、炎の魔剣はその名の通りの姿を顕現させる。

 飛行魔法による加速、シグナムの太刀筋、さらに、カートリッジによる強化に、レヴァンティン自身の強度。

 これらが合わさったこの一撃を防ぐことは、例えSランクの魔導師であっても容易ではないだろう。


 「!?―――」

 そして、今日初めて古代ベルカ式の使い手と対峙することとなった少女がそれを成すことは、いくら天性の才能と惜しみない努力を積んでいる身とはいえ不可能なこと。

 紫電一閃は閃光の戦斧の柄をたたき割り、武器を砕かれ、一瞬の忘我にある少女へと必死の一撃を見舞うべく、シグナムはさらにレヴァンティンを振りかぶり―――


 『Defensor.(ディフェンサー)』

 必死の一撃は、閃光の戦斧によって防がれていた。


 「バルディッシュ!」

 柄が叩き割られ、今の彼は二つに砕けた状態。如何にデバイスであろうとも、無視することは出来ない損壊。

 だがしかし、閃光の戦斧は自身の損壊など意に介さない。そのようなことなどまさしく“考えるに値しない”とばかりに、彼は主を守ることに全てを費やす。


 ≪通さぬ≫

 寡黙な彼は激することなく、静かに猛る。奇しくも状況はレイジングハートと似たものとなったが、最初のラケーテンハンマーによってコアにまで達する傷を負った彼女と異なり、バルディッシュのコアは未だ無傷。

 故に――――


 「やるな」


 『Ja.』


 高速機動の管制制御を行う彼は、相手の攻撃の勢いすら利用し、下方へ加速し離脱を図った。

 無論、代償として高速でビルに叩きつけられることとなるが、リカバリーもまた閃光の主従の得意とするところ。剣を得物とする相手の間合いに留まるよりも断然安全な選択と言えた。


 「フェイトォ!!」

 とはいえ、やや離れた場所から見ていたアルフにとっては、バルディッシュの咄嗟の判断までは知りえない。

 彼女はただちに己の主を助けるべく向かおうとするが。


 「…………」

 その進路には、盾の守護獣が無言で立ちはだかる。彼の表情、彼の纏う気配が、“ここから先へは行かせぬ”と何よりも雄弁に語っていた。


 「まずい、助けなきゃ」

 同じく遠くからフェイトが墜落するのを確認したユーノは、即座に行動に出る。


 「妙なる響き、光となれ。癒しの円のそのうちに、鋼の守りを与えたまえ」

 ユーノの詠唱と同時になのはの周囲にミッドチルダ式を表す円形の陣が構築され、彼女を癒しの光が包み込む。


 「回復と、防御の結界魔法。なのはは、絶対ここから出ないでね」

 なのはを守るために行える可能な限りの処置を終え、ユーノもまた飛行魔法を用いて空を駆ける。

 しかし―――


 「不味い!」

 そこで彼が見たものは、紫色の閃光がフェイトの墜ちたビル目がけて急降下していく光景であった。今からユーノが全速力で駆けつけようとも、敵が先に到達してしまうのは明らか。

 なのはを守るための結界を構築する彼の手際は、これ以上ないほどに速いものであったが、それでも十秒近い時間を要した。

 そして、その間の時間を座して待つほど、烈火の将の戦術眼は甘くはない。


 【ヴィータ、しばらく待っていろ、先に仕留めてくる】


 【ああ、いざとなれば自分でも外せるから気にすんな。それに、ザフィーラもいてくれる】

 そのような念話が交わされたのが5秒前の話であり、シグナムはそのまま墜落した魔導師への追撃へ移る。

 自分がヴィータのバインドを解除すれば、その間に残る敵が墜落した仲間を助けるために動くのは間違いない。しかし、デバイスを全壊させてしまえば、戦力として復帰することはほぼ絶望的となる。

 ならばここでシグナムが取るべきは、まずは手傷を負わせた相手のデバイスのコアを完全に砕き、戦闘不能状態へと追い込むこと。蒐集を行うことも、ヴィータのバインドを解除することも、それからでも遅くはない。

 それはまさに、ヴィータがレイジングハートに対して行うとしたことの焼き増しでもあったが、彼女らがほぼ同等の戦術眼を有する夜天の騎士である以上、当然の帰結でもあった。

 的確な状況判断の下、烈火の将はフェイトが墜落したビル目がけて一直線に突き進む。

 そこに迷いはなく、例えフェイトが戦える状態になくても、容赦する気など微塵もない。


 故にこそ、ユーノがフェイトの救援に向かった際に彼女が健在であり、シグナムがそこに到達すらしていなかったのは、彼女が判断を変えたためでも、フェイトに温情をかけたわけでも当然なく。


 「民間魔導師への攻撃魔法使用、管理外世界の市街地における許可なき結界封鎖、さらに、嘱託魔導師からの勧告を受けた後の戦闘続行」

 シグナムの前に、ストレージデバイスを構えた黒衣の魔導師が立ちふさがったからに他ならない。


 「時空管理局、次元航行部隊“アースラ”所属執務官、クロノ・ハラオウンだ」

 その構えには一切の隙もなく、これまでシグナムとヴィータが対峙した少女たちからは感じ取れた“素人らしさ”が微塵も感じ取られない。

 外見こそ、12歳程度と見受けられる少年であり、その声もまだ声変わりしていないが、纏う空気は歴戦の戦士のそれ。


 「詳しい事情を、聞かせてもらおう」

 そして、同じく歴戦の戦士である烈火の将は確信する。


 「残念ながら、答えられる事柄は持ち合わせていない」

 この少年を相手にするならば、こちらも相当の覚悟をもって臨まなければならないことを。

 殺さないように手加減しながら戦おうなどと考えれば、即座に仕留められるであろうことを。


 「聞きだしたくば、武器をもって打倒するしか道はあるまい」


 「そうか」

 返答は短く、両者はそれぞれのデバイスを構える。

 ベルカのデバイス技術の結晶、カートリッジシステムと高度な知能を兼ね備えし、炎の魔剣レヴァンティン。

 特筆すべき特性は持たないが、それ故にあらゆる状況に対応し、最速の演算性能を誇るストレージデバイス。汎用性という点で他の追随を許さず、ミッドチルダ式の象徴ともいえるS2U。



 ベルカの騎士と、ミッドチルダの執務官の戦いが、始まろうとしていた。








あとがき
 ここより、原作とはやや異なった展開となります。トールが解析役に回ったことで、クロノが前線指揮官として問題なく動けるようになったことが、相違点になりましょうか。
 原作の二話が終わるまではかなり怒涛の展開となる予定ですので、バトル好きな方は楽しみにしていただければ幸いです。それではまた。






[26842] 第四話 集団戦
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:38
第四話   集団戦




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル内部 PM8:03




 「大丈夫、フェイト」


 「うん、ありがとう、ユーノ」

 バルディッシュがリカバリーを行ったとはいえ、凄まじい勢いで叩きつけられたフェイトは、ビルの階層をおよそ10階分貫き、建築物損壊よりも建築物崩壊と称すべき破壊をビルにもたらしていた。

 もしここが封鎖領域の中でなく、現実空間であったならば、このビルを使用していた会社の窓際社員の首が切られることは疑いない。

 とはいえ、ビルがどうなろうとそれは彼らの関知するところではなく、ユーノは手早くフェイトにフィジカルヒールをかける。


 「バルディッシュも……」


 「大丈夫、本体は無事」


 『Recovery.(修復)』

 本体コアが破損しない限り、彼やレイジングハートは主の魔力を受けて即座に戦線へ復帰することが可能。これもまた、現在のデバイス技術の発展の成果といえるだろう。

 とはいえ、やはり限界はある。損傷を受けたことは確かなのだから、戦闘が終わればデバイスマイスターに点検を依頼する必要があることも事実であった。


 「ユーノ、この結界内から、全員同時に外へ転送、いける?」


 「うん、アルフと協力できれば………なんとか」


 「私が前に出るから、やってみてくれる」


 「分かった」

 そして、フェイトは目を瞑り意識を集中させ、己の使い魔念話を飛ばす。


 【アルフも、いける?】


 【ちょっときついけど、何とかするよ。それに―――】


 【なかなかいい判断だ、フェイト】

 そこに、予想外の人物からの念話が届く。


 【クロノ―――】

 バルディッシュの修復と同時に、相手の戦力や結界の強度を分析し、今後の対応を考えることに集中していたフェイトは、ユーノが治療を行うための足止めを行っている黒衣の魔導師の存在を感知していなかった。

 それに本来ならば彼が容易く動ける状況でなかったこともある。もし古き機械仕掛けがエイミィと共に結界解析役を引き受けていなければ、彼がここに来ることは不可能であっただろう。


 【ただし、若干の修正を加える。敵は現在のところ三人だが、これ以上増えないという保証はない、いや、もし仲間がいたならば、恐らくは乱入してくる可能性が高い】


 【…………確かに】

 フェイトの構想の中には新たな敵の増援という要素は含まれておらず、この状況でそこまで考慮出来るクロノに対し、彼女は内心驚いていた。

 しかし、クロノにもそれなりの理由がある。昨日、レティ・ロウラン提督と自分の母であるリンディ・ハラオウンとの会話を聞いていた彼は、ブリッジを辞した後、闇の書に関する情報を即座にデータベースより参照できるデバイスと、闇の書の守護騎士の特徴について確認していたのだ。


 〔鉄鎚の騎士と名乗るフロントアタッカー、湖の騎士と名乗るフルバック、盾の守護獣と名乗るガードウィング、剣の騎士と名乗るセンターガード、現在の四人一組(フォーマンセル)の原型ともいえる守護騎士。これに闇の書の主が加わった際の戦闘力は計りしれません〕


 〔彼らの纏う騎士甲冑はその時の主によって変化し、特定は不可能です。また、正体を悟られぬように蒐集を行う場合は変身魔法によって姿を変えるため、外見から判断することはミスリードの危険性を高くします〕


 〔剣の騎士は中背でフルプレートアーマーを纏い、鉄槌の騎士は小柄な身体にやはりフルプレートアーマー、湖の騎士は軽装甲の鎧を纏った女性、盾の守護獣はその名の通り大型の狼であったといいます。判断は姿よりも所持するデバイスで行うのがよろしいでしょう〕

 それらの情報を現状にあてはめるならば、対峙している三人の特徴は、フルプレートアーマーという点を除けば見事に当てはまる。ミスリードの可能性が否定しきれるわけではないが、レティ・ロウランの話との整合性も考えれば、ほぼ間違いあるまい。

 となれば、あと一人、湖の騎士と呼ばれる後方支援役がどこかにいるはずなのだ。


 【そして、新たな敵が来たならば、最も狙われ易いのはなのはだ。そこで、敵の三人は僕とフェイトとアルフで足止めするから、ユーノはまずなのは一人を安全に転送させることに全力を注いでくれ、ただし、なのはとはある程度の距離を置いた場所で】

 複数の人間が入り乱れる集団戦における定石は、弱い者、もしくは傷を負った者から狙うというもの。まずは、確実に消せるところから潰していく。または、弱いものを狙うことで強者が庇わざるを得ない状況を作り出すという戦術もある。

 敵がその定石に則るならば、狙ってくるのはデバイスが中破し、バリアジャケットも失っているなのはが当てはまる。逆に言えば、なのはさえ転送させてしまえば、残る四人は自力で敵を振り切って逃走することも不可能ではないのだ。外部からはアースラが現在も結界の解析を進めているのだから。

 クロノ・ハラオウンは烈火の将を足止めしながら、そこまでの思考を働かせていた。


 【どうして………あ、そういうことだね、分かったよクロノ】


 【えっと―――ユーノの転送魔法を敵が妨害しようとした際に、なのはを巻き込ませないため?】
 

 【その通りだ。かといってユーノの防御結界があるとはいえ離れ過ぎるのも問題がある、いざという時には補助に回れる距離を保つようにしてくれ。それから、敵にまだ仲間がいる可能性がある以上、ただ結界の外に出せばいいというものでもない。下手をすれば、結界の外で敵が待ち構えている危険性すらあるからな】


 【ええっと、じゃあ、どこに? アースラは遠すぎるよ?】


 【遠見市にあるフェイト達のマンションだ、あそこの転送ポートを利用すれば本局まですぐに飛べる。純粋な安全性ならなのはの家が一番だが、一応は魔法を知らない家に瞬間移動させるわけにもいかないだろう】

 高町家こそ、現在の海鳴市において最も戦力が集中している場所であるのは間違いない(さざなみ寮という可能性もあるが)。

 しかし、なのはが家族に秘密にしている以上は、まだそこに転送させるわけにはいかない。それに、このような事態になった以上は、なのはを一旦アースラか本局へ避難させる必要があるため、高町家は好ましくないのだ。

 ジュエルシード実験のために時の庭園が現地の拠点として用意したマンションは転送ポートとしてなおも機能しており、夏にフェイトが遊びに来た際には別宅としても機能していた。


 【分かった。僕は、なのはを守りながら彼女の転送に専念すればいいんだね】


 【じゃあ、わたしは?】


 【一旦僕と合流してくれ。流石に二対一では厳しそうでね、仕切り直したいところなんだ。アルフは、もう一人の足止めを頼む、ただし、深追いはするな】


 【了解、転送魔法を準備しなくていいなら、どうとでもなるさ】

 全員の同時転送ともなればユーノとアルフが二人がかりで行う必要があるが、ユーノが一人でなのはの転送に集中するならば、その間アルフは戦闘に全力を注ぐことが出来る。そして、ユーノが抜けた穴はクロノがカバー。


 【頼むぞ、皆】


 【【【  了解  】】】

 これこそが、クロノ・ハラオウン執務官。

 彼の参入は戦力が一人増えただけに留まらず、現状における彼我の戦力を分析し、こちらが取るべき行動を瞬時に判断し、皆に指示を出す前線指揮官の到着を意味しているのだ。

 戦闘能力だけならフェイトはクロノとかなり近い領域に達しているが、指揮官としての能力に関してはまだまだ及ぶところではない。自分の能力を使いこなすことと、他人を上手く使うことは全く別種の技能なのだ。

 そして彼は戦況を見極め、指示を出すと同時に、前線の戦力の一人としても機能しているのであり、若きエース達において、それを可能とするのも今はまだ彼一人。

 二人の魔法少女が、“エースオブエース”、“金色の閃光”の渾名と共に指揮官としての能力も持ち合わせる真のエースへと至るまでには、まだ幾ばくかの時が必要であった。



 ミッドチルダ式魔導師と、ベルカの騎士のよる集団戦が始まる。






新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM8:04




 「つあっ!」


 「はっ!」

 そして、念話による作戦会議を行いながらも、黒衣の魔導師は剣の騎士と相対している。

 最早、高速で飛び回ることは戦うために最低限必要な技能とでも言わんばかりに空を舞い、交差する両者。

 彼ら二人に限らず、この場にいる魔導師と騎士は全員が空戦を可能としており、かつその半数近くは10歳未満。ミッドチルダの地上部隊が聞けば何の冗談だと笑いたくなるであろう状況だ。


 「スティンガースナイプ」

 クロノのデバイス、S2Uより誘導制御型射撃魔法が発射され、シグナムへと突き進む。


 「レヴァンティン」
 『Panzerhindernis.(パンツァーヒンダネス)』

 躱しきることは困難と判断した彼女は、バリアを展開するも―――


 「スナイプショット」

 僅かにタイミングをずらした弾丸加速のキーワードにより、魔力光弾(スティンガー)は急加速、シグナムの予想を超える“早さ”で命中する。

 そして、それに留まらず、魔力弾丸は空中にて螺旋を描きつつ魔力を再チャージ。クロノの指示のもと、再び敵へと肉薄する。


 <やはり、か>

 迫りくる追尾と魔力チャージの特性を兼ね備えた弾丸を鞘で弾きながら、シグナムは己の直感が正しかったことを悟る。


 <強いだけではなく、巧い>

 飛行速度や近接攻撃の威力ならばフェイトが上、誘導弾の制御や砲撃の破壊力ならばなのはが上。

 しかし、必要な時に必要な魔力のみを用い、クロノは最高の戦果をあげている。今の彼の目的は足止めであり、アースラの結界解析に長時間かかることも考えられる以上は、持久戦を前提とした戦法を取るのも当然の成り行きであった。

 ブレイズキャノンなどの砲撃魔法は放たず、ベルカの騎士の独壇場である接近戦にも持ち込ませず、中距離を保ったまま彼は誘導弾とバインドのみでシグナムをこの空域に釘づけし続けている。

 それは彼が、数は少ないとはいえ現代に残るベルカ式の使い手との戦闘経験を有していることを意味している。民間人であるなのはや、時の庭園とアースラ以外では訓練を行ったことのないフェイトと異なり、クロノにとって古代ベルカ式の使い手は初見ではないのだ。


 <一人では突破は難しいな、ザフィーラも敵の守護獣を相手にしている。ならば――――多少荒いが、許せよヴィータ>

 そしシグナムは、“多少荒い手段”を実行に移す。





 
 「意外と苦戦してんな、シグナム」

 そんな将の胸中は知らず、鉄鎚の騎士はバインドに捕らえられた状態のまま、戦況の推移を見守っていた。

 シグナムは新手の黒衣の魔導師に足止め、いやむしろ釘づけにされ、ザフィーラもオレンジの髪をした守護獣を相手にしている、こちらはしばらく押していたが、現在はほぼ拮抗状態、今すぐにこちらに駆けつけることは厳しいだろう。


 「やっぱ、自分で外すしかないか――――って、おおい!」


 『Schlangeform!(シュランゲフォルム!)』

 ヴィータの位置にすら聞こえるほどの大きさで、レヴァンティンの声が響き渡る。それは、炎の魔剣の二つ目の姿、連結刃への変形を意味している。


 「シュランゲバイセン!」

 連結刃からの攻撃はシュベルトフォルムでは届かない範囲や中距離への攻撃を可能とし、敵の移動や回避を困難とする、間合いを制することに長けた一撃。

 そして、シグナムがわざわざカートリッジを使用して連結刃への変形を行ったことには、二つの目的があった。

 一つは、クロノとの間合いを離し、一旦仕切り直すこと。

 そして、もう一つは――――


 「危ねえなおい!」

 連結刃がシグナムを中心に竜巻を形成するように展開し、それを回避したクロノは一旦距離置く。と同時に、その反対側にいたヴィータにも当然連結刃は届く。

 だが、刃が騎士服の一部を切り裂いたものの、ヴィータの肌は無傷であった。また、破壊されたものは彼女の騎士服だけではない。


 「右手のバインドだけきっちり破壊してら、ったく、荒っぽいにも程があんだろ」

 愚痴を言いつつ、ヴィータは右手に握ったグラーフアイゼンによってバインドブレイクを実行、残り三つのバインドを悉く破壊する。


 「文句を言うな、それよりも、バインドに捕まるとは油断でもしたか」


 『Schwertform.(シュベルトフォルム)』

 そして、仕切り直すためにヴィータの元まで引き、レヴァンティンをシュベルトフォルムに戻しつつシグナムが声をかける。


 「うっせーよ、戦術的判断って言え。いざとなればこっから逆転することだって出来らあ」


 「そうか、それはすまなかったな。だが、あまり無理はするな、お前が怪我でもすれば、我らが主も心配する」


 「わあってるよ」

 主に無用な心配をさせないことも、騎士たる者の役目。それは彼女らの心より生まれる想いであり、“独善”と言われればそれまでではあるが、騎士に限らず、人と人との触れ合いというものはそういうものだ。

 自分ではない他人の心など、完璧に把握できるはずもなく、そもそも自分の心すら理解できない場合も多い。しかし、だからこそ人間は触れ合い、言葉を交わし、繋がっている。

 だが、闇の書の守護騎士として長い夜の中にいた頃は、そのような意思すらなく、蒐集を行うプログラムに過ぎなかったが、そんな彼女らも、今は主のために戦っているのだ。

 二人の騎士は敵の動向に目を走らせながらも、会話を交わしていく。


 「それから、落し物だ」


 「あ…」

 シグナムはヴィータの帽子を手に取り、彼女の頭に乗せる。


 「ありがと………シグナム」

 やや照れつつも礼を言うその時の姿だけは、まさしく歳相応の少女ものであったが。


 「戦況は、四対三、芳しいとは言えないな」


 「ああ、それに向こうさんも迎撃準備万全みたいだ」

 その表情は、すぐさま歴戦の戦士のそれへと戻る。その視線の先には、杖を構えし黒衣の魔導師と、ダメージから復帰し魔力刃で構築された鎌を構えた、同じく黒衣の少女が空に佇んでいる。


 「一人は戦闘不能だから敵は四人。一対一ならば我らベルカの騎士に負けはないが、守勢に回られ、負傷者を逃がされると厄介だ」


 「つーか、ここで逃げられたら、あたしはあいつのデバイスを壊しに来ただけの間抜けになっちまう」

 今宵の守護騎士の戦略目標はあくまで白い魔導師から蒐集を行うこと。管理局の主戦力クラスの魔導師と真っ向からやり合うこと事態が、既に想定外なのだ。

 かといって、ここで退いてはただこちらの情報を管理局に渡すだけの結果しか残らない。何としても四人の壁を突破し、少なくとも一人からは蒐集を行わねばただの無駄骨だが、いくらベルカの騎士とはいえ相手が守勢に徹するならば突破は難しい。


 「そして、先程までとは気配が違う。ザフィーラが相手している守護獣も同様にな」


 「差し詰め、指揮官が到着して、戦闘だけに専念できるようになったってとこか。これまでは慣れない状況判断と戦闘を同時に行ってたから甘さがあったけど、その穴も埋まっちまった」

 つい先程まではザフィーラに押されていたオレンジの髪の守護獣、アルフも今ではほぼ互角にまで持ち直している。

 ヴィータの推察の通り、クロノの指示によってフェイトのことや転送魔法のことを気にする必要のなくなったアルフは、目の前の敵と戦うことのみに全力を注げているのであった。

 数の上で不利な上に、敵の指揮官も優秀。

 ヴォルケンリッターにとって、戦局はいささか厄介な情勢となりつつある。


 「蒐集を行うにも、まずは誰か一人を抜かねばならんが………一人だけを転送するならばあまり時間もかからん、まずは、あの少年を狙うべきか」

 その少年とは無論、なのはから若干離れた位置で転送魔法の構築と部分的な結界抜きを試みるユーノ・スクライア。


 「だな、闇の書はあたしが持って……………ない」

 腰の後ろに手を回したヴィータが、そこにあるはずのものがないことに気付く。


 「何だと?」

 そして、その答えは数秒後に別の方角からやってくることとなる。










新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 キッチン PM8:05



 「♪~♪~♪~、よしっと、――――ん」

 鼻歌を歌いながら料理をしている少女のエプロンのポケットに収められた携帯電話が、着信音を響かせる。


 「もしもし?」


 「あ、もしもし、はやてちゃん、シャマルです」


 「ん、どうしたん?」


 「すいません、いつものオリーブオイルが見つからなくて………ちょっと、遠くのスーパーまで行って探してきますから」

 ただ、その声はいつものシャマルの声に比べてややゆっくりとしたもの。

 電話である以上当然と言えなくもないが、これはシャマルが主に虚言を成すときの特徴でもあった。


 「別にええよ~、無理せんでも」


 「出たついでに、皆を拾って帰りますから」


 「そっか、気いつけてな」


 「はい、お料理、お手伝いできなくて、すみません」

 それは、虚言ではなく心からも想い。


 「だいじょぶ、平気やって」


 「なるべく急いで、帰りますから」


 「急がんでいいから、気いつけてな」


 「はい、それじゃあ」

 そうして、湖の騎士シャマルは通信を終える。ただし、その場所は海鳴のスーパーの近くではなく、近いようでどこよりも遠い、位相を隔てた封鎖結界内。彼女の視線の先では、二騎の守護獣が空中戦を繰り広げている。

 無論、封鎖結界の内部から携帯電話を使用したところで、通常空間にいるはやての携帯電話に繋がるはずもない。そもそも、位相が違うのだ。

 だがしかし―――


 「そう、なるべく急いで、確実に済ませます。クラールヴィント、導いてね」


 『Ja.』

 彼女の持つデバイスは、直接的な攻撃力の大部分を犠牲にすることで、強力なサポート能力を保有するベルカでも数少ない補助魔法特化型のアームドデバイス。

 彼女と湖の騎士シャマルの魔法が合わされば、魔力で駆動する魔導端末と、純粋な電気で駆動する機械端末を繋ぐのみならず、空間を隔てた通信すらも可能とする。

 それは、目立たず地味でありながらも、実は瞠目すべき脅威の技術なのである。


 『Pendelform.(ペンダルフォルム)』

 風のリングクラールヴィントに収められた宝石が分離し、拡大して振り子をなす。そこには紐が繋がっており、さながらダウジングに用いるかのような様相を見せる。

 この状態においてこそ、クラールヴィントは通信・運搬の補助に対して最大の性能を発揮するのだ。


 【ヴィータちゃん、シグナム、ザフィーラ、闇の書は私が持っているわ】

 故にこそ、その念話はおろか、彼女がこの場にいるとさえも誰にも感知されぬまま、湖の騎士は密かに通信回線を開く。

 クロノですら、湖の騎士が近くにいる可能性に思い至っているものの、その場所までは特定できていない。彼が戦闘を行っておらず、探索に集中出来たならば話は違うだろうが、シグナムとヴィータと相対しながらでは無理があった。


 【管理局の魔導師はまだ私を感知していない。だから、いい作戦があるの】

 そして彼女は、ヴォルケンリッターにおいて頭脳戦を担当する参謀役。

 ベルカの騎士でありながら近接格闘に向かないデバイスを操るその真価が、静かに発揮されようとしていた。








新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM8:08





 集団戦が開始されると共に、戦う者達はそれぞれに散り、一対一の戦いを三箇所において展開することとなった。それぞれの位置はなのはの場所から離れており、アースラ組がヴォルケンリッターをなのはから引き離した結果といえる。

 また、三箇所の戦闘位置とほぼ等距離であり、なおかつなのはともそれほど離れてはいない位置にユーノは陣取り、結界の突破となのはの転送を試みる。

 そして、三局の戦いの一つにおいて、既に衝突が行われていた。

 高速機動からの魔力を伴った衝突はそれだけで凄まじい音と光を生み出すものの、その中心にいる両者は意に介することなく、各々の得物に力を込める。

 閃光の戦斧と炎の魔剣

 剣とハルバード、形状や用途に違いはあれど、近接戦闘において真価を発揮する武器であることに変わりはなく、その鍔迫り合いは一見、拮抗しているように見受けられる。


 「く、ぐぐ」


 「――――」

 だが、互角ではない。魔力と魔力がぶつかり合い、火花が散るたびに僅かながらバルディッシュの刀身が削られていき、僅かに亀裂が入る。


 ≪相手はアームドデバイス、強度は向こうが上か≫

 近接戦闘に向いた武装であるとはいえ、バルディッシュはインテリジェントデバイスであり、対して、レヴァンティンはアームドデバイス。共に高度な知能と主の魔力変換資質を引き出す特性を備えているものの、重きを置いている機能が異なっている。

 ミッドチルダ式であるバルディッシュは射撃の制御や、何よりも高速機動の管制に主眼が置かれている。ベルカ式であるレヴァンティンは近距離、中距離、遠距離を問わず、いかなる状況でも最大の破壊力を引き出すことに主眼を置かれた攻撃専門といえる。

 近接戦闘において、現在のバルディッシュではレヴァンティンに及ばないことは、火を見るより明らか。


 『Photon lancer.(フォトンランサー)』

 フェイトは持ち前の機動力を発揮して大きく距離を取り、自らの周囲に四つの光球を展開、それぞれに魔力を込めていく。


 「レヴァンティン、私の甲冑を」
 『Panzergeist!(パンツァーガイスト)』

 対して、シグナムが選んだ防御はフィールド系のパンツァーガイスト。

 魔法攻撃に対して圧倒的な防御性能を誇り、全身を覆った場合は攻撃が不可能となるため、部分展開や鞘に纏わせるなどの調整が必要となるが、ここでは純粋な防御用として発動させる。


 「撃ち抜け、ファイア!」

 強力な魔力が込められたフォトンランサーが放たれ、剣の騎士へと突き進む。誘導性能を持ち得ない直射型ゆえに、弾速が速く、連射も可能。フェイトが最初に習得した魔法でもありそれだけに熟練しており、信頼性も高い。


 だが――――


 「!?」

 パンツァーガイストは全力ならば砲撃魔法すらも防ぐ。防御に徹した際のシグナムの守りを突破しようと思うならば、なのはのディバインバスターと同等かそれ以上の破壊力がなければ叶わない。


 「魔導師にしては悪くないセンスだ」

 それは、彼女の心からの想いであり、自分にも味方にも厳しい彼女がそのように述べるのは珍しい。

 遙かな昔、白の国にて“若木”を教導していた時には、そのように賛辞に近い言葉を受け取った者は稀であった。


 「だが、ベルカの騎士に一対一を挑むには――――――――まだ、足りん!」

 瞬間、シグナムの身体が消える。いや、フェイトにはそう見えるほどの速度で移動したのだ。


 「おおおお!!」

 その次に瞬間にはフェイトの頭上に姿を現し、上段から加速を込めてレヴァンティンを叩きつける。純粋な速度ならばフェイトが上回るにも関わらず、なぜこうも容易く彼女の間合いに入り込むことが出来るのか。


 「くうっ!」

 それはすなわち、速度に非ず技術、入りのタイミングと相手の目からは捉えにくい緩急。“相手に近づいて叩っ切る”というものがシグナムの戦術の基本ではあるが、それだけに彼女は間合いを詰めることを何よりも得意としている。

 ヴィータのグラーフアイゼンならば、ジェット噴射機構を備えたラケーテンフォルムがあり、急加速も可能だが、レヴァンティンにはその機能はない。それゆえ、シグナムは己の技量によってそれを補っているのであり、彼女の高い技量があってこそ、レヴァンティンは攻撃能力のみに特化することが出来る。

 炎の魔剣レヴァンティンは、烈火の将のために作られたデバイスであり、その連携にはまさに微塵の隙もない。フェイトが展開したバリアをそのまま破壊し、バルディッシュ本体にすら軽微ながら損傷を加える。


 「レヴァンティン、叩っ切れ!」
 『Jawohl!(了解)』

 さらに、カートリッジロード。生じた相手の隙を見逃さず、カートリッジを用いるべきタイミングを見極め、追撃を仕掛ける。

 炎熱変換された魔力が再びレヴァンティンに宿り、炎の魔剣はその真価を存分に発揮していた。


 「く、ああ!」

 バルディッシュで以て迎撃を試みるフェイトだが、その一撃は重く、強く、バルディッシュにさらなる損壊を加えると同時に、彼女を再びビルへと叩きつけた。






--------------------------------------------------------------------




 「はああ!」


 「スティンガーレイ」

 高度な空戦は別の局面でも変わらず展開されている。

 鉄鎚の騎士と黒衣の魔導師は高速で飛び回りながらも、ある種の膠着状態に陥りつつあったが、それは偶然ではなく、片方が意図的に誘導したものであり、もう片方がそれを知りつつもあえて乗るという形で展開されていた。

 クロノはヴィータの鉄鎚を躱し、反撃に用いる魔法は威力自体はそれほど強くはないものの速度とバリアの貫通能力が高いため、対魔導師用として優れるスティンガーレイ。


 「アイゼン!」
 『Schwalbefliegen.(シュヴァルベフリーゲン)』

 ヴィータもまた中距離誘導型射撃魔法で応じ、スティンガーレイを迎撃。そのまま反撃に転じようとするが―――


 「チェーンバインド」

 その進行方向には蜘蛛の巣のように鎖の網が張り巡らされ、彼女の最短距離で切り込ませることを許さない。突っ込むことは出来るが、それでは速度が鈍り、射撃魔法の的にしかならない。

 本来は拘束用魔法であるチェーンバインドをこのような形で展開することも、実戦における応用の一つ。教科書通りの使い方だけが全てではない。


 <ち、しゃあねえ、迂回して―――――!>


 そう思考し、上方に迂回し、重力を味方につけた一撃を叩き込もうとしたヴィータだが、ただならぬ予感を感じ、咄嗟に後方に飛び退く。

 その前方を、クロノのスティンガースナイプが下方から飛来し通過していき、さらに、その魔力弾を捕える形で上方に設置されていたディレイドバインドが発動した


 <いつの間に―――――――待てよ、まさか>

 驚愕しながらもヴィータはその攻撃の起点を探り、さらに驚くべき真相に辿り着く。


 <さっき、シグナムに放ってた誘導弾、あれは空中を旋回しながらチャージする機能を持ってた……………それを、地面すれすれに待機させてたってわけか>

 シグナムとヴィータが合流し、クロノもまたフェイトと合流した場面、その時に既にクロノは罠のための布石を敷いていたのだ。

 スティンガースナイプを消滅させず、己に戻すこともなく、ほとんどの魔力を失って失速するかのように見せかけ、下方へ落下。だが、その状態で密かに魔力を再チャージしていき、ヴィータが突撃をかけようとしたタイミングに合わせ、上昇させる。

 さらに、その上方にはディレイドバインドが設置されており、もしヴィータが後方に退かずにチェーンバインドを迂回した上方からの攻撃を選んでいれば、下からのスティンガースナイプを避けるために罠の中に飛び込むこととなっていた。


 <鋭いな、この程度の罠には嵌らないか>

 しかし、驚きがあるのはこちらも同様。対峙する赤い騎士がディレイドバインドに掛かれば即座に止めを刺すべく直射型砲撃魔法、ブレイズキャノンの術式をS2Uに待機させておいたクロノだが、無駄に終わってしまった。

 純粋な演算性能に優れるストレージデバイスは、幾つかの術式を待機状態にしておき、時間差で発動させることを可能とする。ただし、弊害として、その間の状況判断や術式の選択を全て魔導師が行わなければならなくなるという欠点も有していた。

 だが、クロノほど戦術の構築と展開に長ける者ならば、その欠点もそれほど痛手になりえない。まさしく、詰め将棋のように敵を追い込み、罠にかける、それが、クロノ・ハラオウンの基本的な戦闘スタイル。


 <こいつ、並じゃねえな。しかも、気付けばこの位置関係―――>

 クロノの罠を辛くも看破したヴィータだが、同時に自らが置かれた状況に気付く。

 チェーンバインドは未だに彼女とクロノを分かつ境界線のように展開されているが、その他の戦場、シグナムとフェイトも、ザフィーラとアルフも、悉くその境界線の向こう側に位置しており、なのはとユーノも同じく。


 つまり、ヴィータがクロノを相手にせず他の応援に回ろうとしても、振り返った先には誰もいないという状況。彼女が仲間を支援しようとするならば、まずはこの黒衣の魔導師を突破しなければならない。


 【フェイト、大丈夫か】


 【なんとか、まだいけるよ】

 対して、クロノは全速で反転すればフェイトやアルフの支援に回れる。当然、ヴィータの追撃を考慮する必要があるが、彼女の精神には既に楔が打ち込まれている。


 <アイツが反転して、あたしが追ったら、また罠があるかもしれねえ―――――なんて考えちまってること自体が野郎の手の内か>

 クロノが反転し、ヴィータが追う。それ自体が彼女を捕えるための罠である可能性が脳裏から離れない。逆に言えば、クロノは“反転するふり”をするだけで、ヴィータの次の行動に制限を加えることが出来るのだ。すなわち、ただちに追うか、一旦様子を見るか。

 だが、彼女は優れた戦闘者であり、無謀な突進を試みるには戦局を見る力が強すぎた。かといって、特に何も考えずに突進すれば、罠にかかるだけだろう。


 <どっちにしろ同じか、あの野郎、わざとさっきあたしに罠を見せつけやがったな>

 つまり、先程のクロノの罠は、相手の戦術思考レベルが高かろうが低かろうが、どちらにも対応できるものとなっていたのだ。

 相手が純粋に突っ込んでくるならば、ディレイドバインドで捕え、ブレイズキャノンで止めをさすだけ。相手が慎重に様子を窺ったならば、下からスティンガースナイプを飛来させ、それをディレイドバインドで捕える。それによって、相手の精神にどこに罠が仕掛けられているか分からない、という楔を打ち込み、こちらは、相手の戦術思考能力が高いほど効果を発揮する。


 <最適ではないが、第一段階はクリアだな>

 一つの駆け引きを終えたクロノは、思考を止めることなく戦況全体の推移を見守りながら、新たな戦術を構築する。

 クロノとヴィータの戦闘だけに限るならば、どちらが優位に立ったわけでもない。双方に傷はなく、魔力の消耗レベルにも大差なく、仕切り直しの状態で対峙している状況なのだから。

 しかし、戦局全体で見るならば、他の戦場に駆けつけることが可能な地の利を抑え、さらに自身が他方の応援に出た際に即座に追撃に移る選択肢すら封じたクロノが優勢となっている。

 目立つ戦い方ではなく、華がある戦い方でもない。将来、砲撃、高速機動、広域殲滅など、それぞれの代名詞とも言える特徴を有する三人の少女達と異なり、クロノ・ハラオウンの戦術には特筆すべきものは何もなく、彼はそのような才能には恵まれなかった。

 だが、積み上げられた経験と、短所をなくす方向に鍛え上げた魔導師としての能力、そして何よりそれを支える鋼の意思。それらを以てして、クロノ・ハラオウンは戦場の華たる紅の鉄騎と互角以上の戦いを繰り広げる。


 <こいつは、あたしと戦いながら、戦局全体を見てやがる>

 無言でありながらも、鉄鎚の騎士の内心は穏やかではない。

 これは別に、クロノの戦闘能力がヴィータを大きく凌駕しているために、他に気を回す余裕があるわけではない。ヴィータと一対一で対峙していても、他の戦況を見守りながら戦っていても、クロノ・ハラオウンの戦闘能力にはほとんど影響がないのだ。

 そして、それこそが執務官、もしくは前線指揮官として最も必要とされる能力。後方の司令官、リンディ・ハラオウンの立場ならば、戦闘能力は必要なく、指揮能力のみに優れていればいい。

 逆に、フェイトのような嘱託魔導師や武装局員であれば、指示された通りに動き、戦力として働く能力が優れていれば良い。

 しかし、執務官=エース級魔導師ではなく、必要とされるのは自身も前線で戦いながらも戦局全体を把握し、指示を与えつつ後方への連絡も同時に行う、多面的な技能。

 この数年後、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは努力の果てのその能力を身に付けるが、前線指揮官としての適正に関してならば、さらに後に彼女の補佐官となるティアナ・ランスターの方が優れていた。

 執務官の仕事は多岐にわたり、特に捜査に関してならばフェイトはティアナよりも適正があったが、クロノ・ハラオウンという男は、両方の能力において両者を凌駕していた。しかもそれは、天性によるものではなく、努力によって培われたもの。


 <強い、そうとしか言えねえな>

 故にこそ、彼には隙がない。

 純粋な戦いにおいてならば負けるつもりは微塵もないヴィータだが、集団戦における指揮能力では向こうが勝っていることを認めざるを得ない。

 このような相手を前に、搦め手を用いるのは得策ではなく、まして彼女は鉄鎚の騎士。最前線に立って敵を粉砕することこそが本領なのだ。


 よって、クロノ・ハラオウンの戦略を打ち崩すとするならば―――


 【もう少しよ、タイミングを合わせてね、ヴィータちゃん】

 主戦力としてではなく、参謀として策を巡らすことに長ける者。


 【応よ、任せな】


 湖の騎士、シャマルの能力こそが、要となる。



 彼女の策が発動する時は――――――近い。




[26842] 第五話 奇襲、策略、対抗策
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:38
第五話   奇襲、策略、対抗策




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  上空 PM8:08




 「はああああああ!!」


 「ぬうう!」

 三局の戦いは止まることなく進み、デバイスを用いない者同士の戦いもその激しさを強めていく。

 当初、盾の守護獣ザフィーラの体術はアルフを凌駕していたが、アルフが結界破壊や転送に労力を割かず、迎撃に全力を割けるようになってからはほぼ互角の様相を見せている。

 もし、彼女が転送魔法の準備をしていれば、純粋な戦闘能力はやや下がるものの、サポートに向いた獣形態をとっていたであろうが、今は互いに人型。高速で飛び交い、魔力を纏った拳を叩きつけ合う。


 【ユーノ、そっちはどうだい!】

 かといって、余裕があるわけでもないため、念話も自然と短く速いものとなるが。


 【もう少し、座標の設定は済んだ。後はなのは一人を送れるだけの穴を開けられれば―――】


 【上出来、そんくらいなら余裕だよ】

 ユーノからの朗報が、彼女の身に活力を与える。なのはの転送が済めばユーノも戦力として参加することが可能となり、戦況はこちらの有利となる。

 クロノ程全体を見る余裕があるわけではないが、アルフも自分達の現在の状況は理解しており、己の役割を遂行することに全力を尽くす。


 「………」

 対して、盾の守護獣は無言。

 彼は元々饒舌ではないが、今回に関しては無言であることにも理由はあった。


 【どう、ザフィーラ?】


 【問題ない、お前の指示通り、今は徒手空拳のみで戦っている】


 【そう、後少しで動くから、手筈通りにお願いね】


 【心得ている】

 アルフがユーノと念話を行っているように、ザフィーラもまたシャマルと念話を行っていた。

 そして、地に根を下ろさず、空戦から交差する際に拳や蹴りを放つ格闘戦においては、ほぼ互角であることを理解しつつも、盾の守護獣はその戦法を変えることはなかった。彼もまた本来は陸の獣であり、その本領は地に足をつけた格闘戦でこそ発揮されるのだが。


 【頑張って、もうすぐ、風はこちらに向くわ】

 ザフィーラは、湖の騎士シャマルの作戦立案能力を信頼している。ヴォルケンリッターが参謀役である彼女の策を信頼すればこそ、彼は戦術を展開することなく、同じ攻防に終始する。


 風向きの変わる時は、近い。











新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル群 PM8:09



 『Nachladen. (装填)』

 シグナムの手からカートリッジが放れ、レヴァンティンの柄の部分へと飲み込まれる。


 「カートリッジ………システム」

 そしてその機構を、閃光の戦斧とその主は理解している。他ならぬ、時の庭園の管制機が用いていたシステムでもあるのだから。


 「ほう、これを知っているか」

 それは、シグナムにとっても若干の驚きであった。闇の書の守護騎士として幾度も管理局員とは矛を交えたが、カートリッジシステムを用いていたものはほぼ皆無であったから。

 だが、それも無理はない。管理局が闇の書との抗争を繰り広げた時期は、インテリジェントデバイスの黎明期の頃。カートリッジシステムも一度は廃れた技術であり、デバイスマイスターらが心血を注いで復活させるべく努力していた時代だ。

 中でも、カートリッジシステムに関して最大の功績を成したのは“アームドデバイスの父”ことクアッド・メルセデスという人物。“インテリジェントデバイスの母”シルビア・テスタロッサはカートリッジ開発に関しては彼に及ばなかった、無論、彼女とて並のマイスターが及びもしない専門家であったことは間違いないが。


 「まあ………それなりに………」

 しかし、フェイトの言葉には陰りというか、憂鬱そうな気配が漂う。

 無理もなかった。なのはが“それ”を見たのは一度きりであり、それから半年以上経過していることもあって印象こそ強かったものの、既に過去のものとなっている。

 だが、フェイトにとっての“それ”は深層心理のレベルで刻まれつつあるトラウマと言ってよい、“ゴキブリ・フェスティバル”と並ぶほどの衝撃、いやむしろ笑撃を“尻からカートリッジを吐き出しつつ飛び回る怪人”は与えていた。

 物心ついた頃に刻まれたものゆえ、それを振り払うのは流石に容易ではない。レヴァンティンがトールの尻に突き刺さり、カートリッジを吐き出してトールごと吹き飛ぶ光景を想像してしまったフェイトを、責めることは誰にも出来まい。


 「?」


 そんなフェイトの反応に訝しげな視線を送るシグナムだが、今は戦いの最中であり、すぐに気を取り直す。

 まさか、彼女の脳内で己の魂が怪人の尻に突き刺さっていることまでは知りようもなく、いや、知らなくて良かったというべきか、もし知っていたら時の庭園に乗り込んでシュトゥルムファルケンを放っていたかもしれない。


 「終わりか、ならばじっとしていろ。抵抗しなければ、命までは取らん」

 不殺の誓いは、守護騎士全員が共通して持つもの。

 剣の騎士シグナムの攻撃は、ただの一度もフェイト・テスタロッサの命を奪う目的で振るわれてはいない。


 「誰が―――」

 フェイトはその言葉を否定し、同時に脳内の滑稽極まりない光景を考えないようにしながら、バルディッシュを構える。


 「いい気迫だ」

 シグナムはその返答に笑みを浮かべ、騎士として名乗りを上げる。もし、フェイトの脳内を知っていればそれどころではないが。


 「私はベルカの騎士、ヴォルケンリッターが将、シグナム。そして我が剣、レヴァンティン」

 言葉と同時に、レヴァンティンを両手で構え、油断なく見据える。片手と両手、どちらでも使えるのもレヴァンティンの特徴といえるだろう、ヴィータのグラーフアイゼンは片手で振るうには少々無理があり、それ成そうとするならば、ザフィーラと同等の体格が必要になる。


 「お前の名は?」

 相手の目を見据え、真っ直ぐに問う彼女に対し。


 「ミッドチルダの魔導師、時空管理局嘱託、フェイト・テスタロッサ。この子は、バルディッシュ」

 黒衣の少女も、真っ直ぐに応じる。


 「テスタロッサ…………それに、バルディッシュか………」

 そして、同時に―――


 【始めるわ、貴女も大丈夫、シグナム?】


 【ああ、名乗るべきものは名乗り、受け取るべきものは受け取った】


 【貴女らしいわね】


 【かもしれん、だが、準備は済んだ】

 既に、レヴァンティンにカートリッジは装填され、両手で構えている状態でシグナムはフェイトと対峙している。

 シャマルの策において、要となるのはシグナムであり、彼女の準備が整っていないのであれば、実行は不可能。


 【じゃあ、行くわ】


 【お前も気をつけろ】


 【ふふ、誰に言っているのかしら、近衛隊長】


 【そうだったな】

 それは、無意識に出た言葉ゆえに、彼女らは気付かない。

 その呼び名は、彼女らが夜天の魔導書の守護騎士、ヴォルケンリッターとなる前のものであったことを。

 彼女らは、気付かない。

 しかし――


 『Ja.』


 それを覚えている“彼”は、ただ静かに呟く。

 主人であり、己を構える烈火の将にすら聞こえぬ程小さな声であったが、彼は答えていた。

 我が主こそ、白の国の近衛騎士隊長、並ぶものなき剣の使い手であったと。

 騎士の魂は静かに、だが確かに、答えていたのだ。

 例え、その言葉を聞き届ける者が誰もいなくとも。





新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル屋上 PM8:10



 「よし、もう少し」

 なのはがいるビルからやや離れた別のビルの屋上にて、ユーノ・スクライアはなのはを戦場から避難させるための術式を紡いでいる。

 敵対する者達はクロノ・フェイト・アルフの三名が防いでおり、彼を妨害する者はいない。仮に、四人目の敵が現れたとしても、ユーノにもそれに対応する準備があり、クロノも即座に駆けつけられる体勢を整えている。

 戦況は確かに、自分達に傾いている。クロノがいなければかなり厳しかったであろうが、戦力が四対三となったことでユーノは戦闘に加わらずに結界破壊と転送に専念出来ている。


 しかし、それは甘いと言わざるを得ない。


 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが参謀、湖の騎士シャマルの策は、まさにユーノが自分達の優勢を確信し、あと僅かでなのはを逃がせると安堵した瞬間に発動した。


 「!?」


 【ペンダルシュラーク!】

 間違いなく、ほんの一秒前まで何もなかった空間、そこから紐と振り子が突如出現し、ユーノの身体に巻きつく。

 それは、ユーノが想定した攻撃のどれにも属さないものであった。遠距離からの誘導弾、アームドデバイスによる直接攻撃、もしくは、使い魔と思われる男性の拳、どれが来ても対応できるよう準備していたが、ほぼ零距離から紐が伸びてくることまでは予想しきれなかった。

 もしこれが、バインドなどの魔力で編まれたものであれば、対応策もあったが、これは”風のリング”クラールヴィントの一部であり、バインドブレイクでは解くことは叶わない。

 さらに―――


 【逆巻く風よ―――】

 祈るような旋律と共に紡がれた言葉、そのままの光景が、ユーノよりかなり離れた地点に出現した。


 「竜巻だって! なのは!」

 これが、湖の騎士シャマルの策であり奇襲。

 左手のクラールヴィントでもってユーノを物理的に拘束し、自身はなのはのいるビルを中央として、ユーノがいる場所と反対側に陣取る。そして、右手のクラールヴィントによって“逆巻く風”を発生させ巨大な竜巻を形成し、屋上にいる少女へと進軍させる。

 他の守護騎士を止めている三人はユーノのさらに向こう側に位置しているため、それを止められる者は、誰もいない。


 <いや待て、例えSSランクの魔導師だって、僕への空間転移攻撃を行いながら、強力な魔法なんて放てるわけがない。それに、これはデバイスだ>

 だがしかし、ユーノ・スクライアの頭脳は明晰であり、魔導師の限界というものを彼は知っていた。

 デバイスを用いての遠距離束縛、これを一切感知させずに行った手腕は見事しか言いようがないが、それを行いながらあれほど巨大な竜巻を発生させることは不可能。


 <だから、あれは見せかけだ。多分、威力もほとんどなくて、大きさがあるだけの張りぼての竜巻>

 仮に、ある程度の威力があったとしても、なのはの周囲にはユーノが張った癒しと防御を兼ね備えた上位結界、ラウンドガーダー・エクステンドはA+ランクの守りがある、そう簡単に破れるものではない。

 ユーノは即座にそこまで見抜き、まずは自身を拘束する紐を解くことを優先する。何をするにしても、まずはこれを解かないことには話にならない。

 だがしかし、惜しむらくは彼の能力、思考は学者肌と言ってよく、戦闘者のそれではなかったことだろう。

 確かに、彼の推察は正しく、あの竜巻が直撃したところでなのはにはかすり傷一つなく、それどころかビルにすらほとんど被害は出ないであろう。


 だが―――





 「なのは!」


 「やばいじゃないか!」

 ユーノよりもさらに離れた場所で戦う二人、フェイトとアルフには瞬時にそこまで察するための情報がない。ユーノがいる以上は大丈夫だろうという思いはあっても、巨大な竜巻が現れ、なのはの方へ突き進んでいく様子を見てしまっては、平静ではいられない。

 つまり、行動の優先順位をつけるならば、ユーノはまずフェイトとアルフに念話を飛ばすべきであったのだ。あれは見せかけであり、敵の術者は自分を束縛している、仮に多少の威力があってもなのはの周囲の防御結界は破れないと。

 しかし、ユーノ・スクライアの本分は遺跡発掘や学術研究であり、戦闘指揮に長けるわけではない。というよりも、この場で戦力の一人として戦えること自体が既に異常なのだ。


 【よそ見をするな! フェイト! アルフ! 今は目前の敵に集中しろ!】

 そして、唯一戦局全体を見渡していたクロノは、やや位置が離れすぎていた。

 鉄鎚の騎士を他の戦場から引き離し、かつ、自身は仲間のところへ駆けつけることが可能な状況は作り上げたが、全体を見るためにはどうしても距離を取って見渡す必要がある。

 そのため、シャマルが現れた位置はクロノとは最も遠い位置であり、完璧な直線ではないが、シャマル→なのは→ユーノ→フェイト、シグナム→アルフ、ザフィーラ→クロノ、ヴィータという位置関係であり、上から見るならば、十字架に近いものとなっている。

 十字架の頭の先がクロノであり、左右に別れたそれぞれにフェイト、アルフ、交点にユーノ、下側の最も長い部分の先端にシャマル、ユーノとシャマルの中間になのは、といったところだろうか。

状態図
                 ヴィータ
                 クロノ
  
  



  
  フェイト・シグナム      ユーノ       アルフ・ザフィーラ



 
                 なのは
  

            
 
                 ↑
                 竜巻

 




                 シャマル


 この位置関係ならばクロノからは一方向を見るだけで全体を把握できるが、それはシャマルにも同じことが言える。さらに、なのはに迫る竜巻を捕捉し、その威力を図り、敵の目的を察するにはクロノの位置は遠すぎた。いや、見抜きはしたのだが、遅かったというべきか。


 「飛竜―――――」

 そして、なのはの方へ意識を向けてしまったフェイトを、烈火の将が黙って見過ごすことはありえない。むしろ、これこそが湖の騎士の策略の真骨頂なのだ。カートリッジをロードし、シュランゲフォルムから繰り出す砲撃級の魔力付与斬撃を放つべく魔力を込め――――



 「一閃!」


 「!?」

 フェイトが振り返ると同時に、その飛竜の咆哮の如き一撃が解き放たれる。

 これまで、シグナムのフェイトへ対する攻撃は全て、間合いを詰めての斬撃に限定されており、クロノに対しては一度シュランゲフォルムを用いたが、フェイトにとっては初見となる。

 さらに、その初見での一撃がシュランゲバイゼンではなく、炎熱の魔力が込められた中距離砲撃といえる飛竜一閃。いくら才能に溢れているとはいえ、まだ歴戦とはいえない嘱託魔導師が即座に対処できる攻撃ではない。


 『Defensor.(ディフェンサー)』

 だがしかし、閃光の戦斧は揺るがない。

 例え主が動揺し、咄嗟の対処が出来ずとも、機械仕掛けの頭脳を有する彼が慌てることはあり得ない。


 (我々デバイスが取り乱しては話になりません。いついかなる時もただ演算を続けよ。動揺することは人間の特権であると心得よ、慌てたところで得ることなどないのですから)

 それが、先発機より彼が受け継いだ、インテリジェントデバイスの在り方なのだから。


 ≪防ぎます、我が主≫

 バルディッシュは高町なのはに迫る竜巻のことはまさに“考えることすらせず”、己の主を守護することに全てのリソースを費やす、それこそがデバイスであり、それでこそデバイス。


 「バルディッシュ!」

 僅かに遅れて、閃光の戦斧の主も驚愕から立ち直り、迫りくる破壊の渦に対抗するべく、障壁に魔力を込める。

 既に半年以上前となるが、彼女とバルディッシュはトランス状態にある高町なのはとレイジングハートのディバインバスターを受け止めきった。

 ならば、如何に飛竜一閃が強力であろうとも、彼女がベルカの騎士である以上砲撃に関してなのは以上とは考えにくい。フェイトにとってはむしろ紫電一閃による直接攻撃の方が鬼門といえる。

 そして彼女らは、飛竜一閃を見事に凌ぎきることに成功する。


 しかし―――


 『Schwertform.(シュベルトフォルム)』


 「レヴァンティン、カートリッジロード!」
 『Explosion!(エクスプロズィオーン)』


 烈火の将も元より、この一撃のみで終わらせるつもりはない。

 彼女の目的は、紫電一閃をバルディッシュのコアに叩き込み、その機能を停止させることにある。しかし、攻撃箇所が限定される一撃だけに、高速機動を行うフェイトとバルディッシュに狙って中てることは難しい。

 だからこそ、攻撃範囲が広い飛竜一閃をシャマルの竜巻によって生じた隙に叩き込み、相手を防御に集中させる。その状態で追撃をかければ、外すこともあり得ない。


 「紫電――――」

 策の発動前にカートリッジのロードは済んでおり、レヴァンティンに一度に三発のカートリッジが搭載可能。彼女がシャマルに告げた準備とは、すなわちこの連撃のためのものに他ならない。


 「一閃!」

 放たれた一撃は、今度こそ閃光の戦斧の守りを完全に突破し、彼のコアに重大な損傷を与える。


 ≪私は―――鋼だ≫

 だが、彼は自身の損壊など意に介さない。守るべきは主、修復など後でも出来る、今はただ主を守ることのみに全力を注ぐ。

 シグナムの一撃は彼を狙ったものではあるが、自分が壊れればその破壊が主に及ぶ危険性は十分にあり得るのだから。


 「あああっっ!」

 その衝撃までは殺しきれず、フェイトの身体は遠くまで飛ばされるが、傷らしき傷はついていない。

 “魔導師の杖”、レイジングハートと同様に、閃光の戦斧バルディッシュもまた、己を盾に主を守り通したのである。




-------------------------------------------------------------



 「縛れ、鋼の軛!」


 「なっ!」

 そしてもう一方の守護の獣同士の戦いにおいても、予期せぬ攻撃によって、大きなダメージを負うこととなっていた。

 なのはの方へ向かう巨大竜巻に注意が向き、ザフィーラから視線はおろか、身体ごと向きを変えてしまったその致命的な隙を、盾の守護獣は見逃しはしなかった。

 そして、これまで常に徒手空拳による攻撃のみを行って来たザフィーラから突如放たれた砲撃魔法に匹敵する魔力の奔流。アルフにとっては二重の驚愕であり、一瞬対処が遅れてしまう。

 確かに、格闘戦に置いてほぼ互角であったアルフとザフィーラだが、彼の攻撃は近接のみではない。アルフと異なり、彼は遠距離、もしくは広範囲を攻撃する手段を備えてるのだ。

 その攻撃は四方から囲むように拘束の軛で対象を突き刺して動きを止めるものではなく、彼自身の交差した腕から繰り出す一つの軛。捕獲や拘束など、用途が幅広いことが特徴の鋼の軛ではあるが、その中でも直接的な攻撃力が最も高い使用法である。

 アルフも咄嗟にラウンドシールドを展開するが、即興のそれでは盾の守護獣の鋼の軛は防げない、およそ10年後、数多くのガジェットのAMFを貫き、破壊することとなる攻撃の、収束型なのだ。

 だが、アルフとてただでやられるのを待つばかりではない。もはや防ぎきれないことを悟ったアルフは咄嗟に獣形態にチェンジし、狼の体毛によってダメージを最小限に抑える。

 人間形態と異なり手足を攻撃に使用するのは難しくなるものの、防御力では数段勝るのが獣形態。人間は、哺乳類の中で際だって皮膚の防御が薄い動物なのである。


 「く、つつつ、効いたねこりゃ」

 しかし、負ったダメージは決して軽いものではない。ザフィーラもまた追撃の手を緩めず、人間形態のままアルフ目がけて飛来してくる。


 「牙獣走破!」


 「く、あああ!」

 その攻めは苛烈を極め、これまで使用していなかった“技”すらも織り交ぜ、盾の守護獣は目前の敵を打倒するためにその力を解き放つ。

 こちらの戦闘の優劣は、最早明らかであった。






--------------------------------------------------------------



 そして、唯一優勢に戦いを進めていたこちらでも、戦況が動く。


 「間に合え――」

 クロノ・ハラオウンは警告が間に合わなかったことを悟り、即座に自分の戦場から離脱する。自分の相手を倒すことに拘らず、戦局の変化に応じて臨機応変に動く彼の判断は流石といえる。

 可能な限りの速度で飛行すると同時に、念話でもってフェイトとアルフに状況を確認するものの、返答は芳しいものではない。


 【ごめんクロノ………バルディッシュのコアが壊されて、全壊こそしてないけどもう接近戦は無理】


 【悪い、あたしもやられた。致命傷じゃないけど、足止めが精一杯ってとこだ。だからアンタは、フェイトの方へ行ってあげておくれよ】


 【分かった、フェイト、すぐ行く、それまで何とか凌いでくれ】


 【ごめん、クロノ】


 【気にするな、これも年長者の務めだよ】

 そう述べつつも、彼は同時に敵がこの後どう動くであろうかを予測する。

 既に敵の策に嵌ってしまっている状況だが、まだ最悪の事態には至ってない。挽回が可能なラインのギリギリではあるが、諦めるには早過ぎる。


 【ユーノ、聞こえるか】

 クロノは、自身の判断ミスを一先ず脳内から締め出し、状況への対処に全力を注ぐ。

 反省や後悔は後で幾らでも出来る。しかし、的確に対処することは今しか出来ないのだから、嘆いている暇などありはしない。




 「グラーフアイゼン! カートリッジロード!」
 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』

 離脱するクロノをあえて見逃し、罠の有無を確認したヴィータもまた、次なる行動に移る。

 シャマルの策はまだ成ってはおらず、彼女が役割を果たしてこそ完成を見る。


 「ラケーテン――――」

 グラーフアイゼンが強襲形態であるラケーテンフォルムを取り、ヴィータの身体を急加速、凄まじい勢いでもって突き進んでいき、なおかつそのルートは一直線。

 クロノの進路はフェイトのいる方角であり、ヴィータの進路には誰もいない。そして、上から見れば十字架の形となっていた各ポイントにおいて、ヴィータから見て直線上、クロノがいなくなることで辿りつける場所には―――


 「ハンマーーーーーーーーーーー!!!」

 クラールヴィントの束縛から脱し、せめてなのはだけでも転送させようと術式を紡いでいた、ユーノ・スクライアがいる。


 「ラウンドシールド!」

 ヴィータの奇襲に対しユーノはラウンドシールドを展開する、しかし、なのはの防御すら破壊したラケーテンハンマーの一撃は、彼の魔力では到底防ぎきれるはずもない。

 だが――――


 「なに!?」

 振り下ろしたグラーフアイゼンの柄、さらにはヴィータの腕にチェーンバインドが絡みつき、その威力を半減させたならば話は別。

 ほぼギリギリの時間差であったが、クロノからの念話によってヴィータがこちらへ向かう可能性が最も高いことを知っていたからこそ、ユーノも対応が可能であった。

 敵は場当たり的な対処ではなく、極めて綿密な連携を取り、恐らくは4人目の仲間の指示によって動いている。その動きが計画的であるからこそ、最終的な目的も察することが出来る。

 敵が何よりも警戒しているのは結界が突破され、転送魔法によって逃げられること、ならばこそ、最終的な目標はユーノ・スクライアでしかありえない。シャマルも、シグナムも、ザフィーラも、最も一撃の破壊力に長けるヴィータをフリーの状態でユーノの元まで送り届けるために動いていたのだ。

 シャマルが隙を作り出し、シグナムがバルディッシュを破壊し、クロノが応援に行かざるを得ない状況とし、ザフィーラもアルフに他への応援が不可能なほどの傷を与える。そうなれば、ヴィータは完全にフリーとなり、ユーノに渾身の一撃を叩きこめる。

 間一髪のタイミングではあったが、クロノの読みは的中し、転送役であるユーノが潰されるという最悪の事態だけは回避できた。彼が健在であれば、まだこの戦場から負傷したなのはやフェイトを避難させる可能性は残される。

 しかし――――


 『Explosion! (エクスプロズィオーン)』

 その程度の策で我が一撃を止められると思うな。

 そう言わんばかりに、鉄の伯爵の噴射機構がエグゾーストを響かせる。


 「ぶち、抜けえええええええ!!」

 小細工を真っ正面から突き破り、叩き潰す存在こそ、鉄鎚の騎士ヴィータ。チェーンバインドを引きちぎり、ラウンドシールドを砕くべく、止まることなく徐々に徐々に食い込んでいく。

 盾が勝つか、鉄鎚が勝つか。

 その天秤はしばらく揺れていたが、グラーフアイゼンが最後のカートリッジをロードした瞬間、ついに片方に沈み込む。


 「く、くく…」


 「終わりだ!」

 まさしく、終わり。もし後数秒、ヴィータの攻めが続けばそうなっていたであろう。


 されど――――


 「何!?」

 ヴィータの戦士としての勘が、己の危機を告げ、即座に彼女は離脱。

 その眼前を、死角から飛来した桜色の誘導弾が通過していく。


 「なのは!」


 「あのやろ……」

 憤怒の視線でヴィータが見つめる先いる人物は、ただ一人しかいない。そも、桜色の魔力光を持つ人間はこの場に一人しかないのだ。

 そしてそれは、湖の騎士の策において、唯一の想定外。デバイスを砕かれた少女を戦力外と見なしていたシャマルではあるが、“不屈の心”を持つ少女が、その程度で折れるはずがない。

 シャマルの計算違いはただ一つ、彼女は、高町なのはの精神の強度を甘く見ていたのだ。


 『Just as rehearsed.(練習通りです)』


 「福音たる輝き、この手に来たれ――――導きの下、鳴り響け――――――ディバインシューター、シュート!」

 ユーノが張った結界に守られ、シャマルの竜巻を無傷で凌いだなのはは、戦況の悪化を知り、自分に何かできることはないかを模索していた。

 良しにしろ悪しにしろ、高町なのはという少女は、仲間が傷ついていく中で一人結界の中でじっとしていることが出来る精神性を有していない。かといって、レイジングハートにこれ以上の無理はさせられないため、彼女はデバイスに頼らず、結界から左腕のみを出し、自身の手で誘導弾を構築、ユーノに襲いかかるヴィータに対して放ったのである。

 彼女の最近の魔法訓練は、自分だけで構築したディバインシューターで空き缶を100回打ち上げ、ゴミ箱に入れるというものであり、レイジングハートがある場合に比べれば圧倒的に数は少ないが、一発限りならば通常の威力を備えた誘導弾を操ることも可能となっていた。

 彼女の特訓は決して無駄ではなく、土壇場における引き出しを確かに増やしており、この場面においてそれが生きる。


 「ちい!」

 放たれた二発目の誘導弾を躱し、鉄鎚の騎士は無念と共に仕切り直す。

 そして、自分を用いずに魔法を放つ主に“魔導師の杖”が賛同したのにも、相応の理由がある。ユーノ・スクライアを救うことは出来たが、例の赤い騎士とほぼ一対一の状況に追い込まれている以上、結界を破って転送魔法を発動させることは難しい。

 ならば、結界を破壊するその役は誰が担うか、その先を考えたが故に自分が無理をするのはまだ早いとレイジングハートは考えた。


 「なのは………、ふっ!」

 一瞬の驚愕の後、ユーノも行動を再開し、ヴィータとなのはの間に移動し直す。なのはに助けられた形となったが、とりあえずは最悪の状況は回避できたのだ。


 【クロノ、なのはに助けられちゃったけど、こっちは何とか無事だよ】


 【そうか、相変わらず無理をする子だ。ともかく、剣の騎士は僕が抑えている、フェイトはそっちに向かわせた、アルフも合流するために動いている。君はなんとか鉄鎚の騎士を抑えてくれ】


 【それは何とかするけど、残りの二人は?】

 現在、傷を負ってないのはクロノとユーノの二人のみ。この二人が敵の主戦力と思われる二人を抑えることは可能だろうが、問題は後衛と見られる二人。

 手負いのアルフと、デバイスが壊されたなのはとフェイトだけで、凌ぎきれるだろうか、いや、仮に凌げたとしても結界を破れないのでは結局はジリ貧だ。ユーノが前線に出る以上、結界破りの役はどうしても必要になる。アースラも解析してくれているだろうが、応援は見込めないのが現状なのだから。


 【少しの時間なら、何とかなるだろう。彼が来るまでは持てば、反撃の機会が来る】


 【彼? 増援が来るの?】

 しかし、ユーノにはその存在が思い当たらない。リンディ・ハラオウンは高ランク魔導師だが、立場上そう簡単に動けない上、そもそも女性であって彼じゃない。かといって、現在整備中のアースラに武装局員がいるはずもなく、本局から借りるにしてもやはり間に合わない。



 ならば、いったい誰が―――――








新歴65年 12月2日  本局ドック 次元空間 時空管理局次元空間航行艦船“アースラ”



 『ふむ、戦況は芳しくないようですね』

 アースラにおいて、結界に阻まれて本来ならば分からないはずの内部の様子が、不鮮明な部分もあるものの、スクリーンに映し出されていた。

 ほとんど反射的に飛び出していったフェイト、アルフ、ユーノの三人と異なり、クロノ・ハラオウンは若干遅れて結界内部へと突入した、そして彼は、何の準備もなしに飛び込んだわけではない。

 結界による位相のずれを可能な限り無効化し、通信を行うための特殊端末、かなり高価な品であるため数は少ないが、次元航行艦ならば一つや二つはあり、武装隊の隊長や執務官などが単身で装備して結界内部へ突入するなどが用途であるそれや、他複数の装備を用意した上でクロノは結界へ突入したのである。

 ただ、ヴォルケンリッターが張った結界はミッドチルダ式とは異なったため、クロノの端末も効果を発揮したとは言い難いところであったが、それを補ったのはトールとアスガルド。

 予め管制機である彼のリソースの一部をその端末に移しておき、本体が自らの分身から受信、時の庭園に一旦送信し、アスガルドが高度な画像処理を施すことにより、何とか内部の様子をギリギリで判別できるレベルの映像をアースラへ送っているのだ。

 そして、デバイスである彼は、人間の目で理解できる情報とは別の形で認識し、結界内部の様子を理解していた。早い話が、クロノの端末を通してレイジングハート、バルディッシュ、S2Uと同調していたのである。


 『エイミィ・リミエッタ管制主任、私も現地に赴き、彼らをサポート致しますので、引き続き結界の解析をお願いします。恐らくはスターライトブレイカーによって破壊することになると予想しますので、タイミングを失わないよう、御注意を』


 「え、ちょと待っ―――」

 いきなりそう告げられて、エイミィが振り返った先には、機能が停止した魔法人形が転がっているだけであった。

 結界にも様々な用途があり、内部から外部へ出さない閉じ込めるものもあれば、出るのは自由だが外部からは入れないものもある。

 ヴォルケンリッターが張った結界は、内部の魔導師を外に出さないためのものであり、外から入るだけならばそれほど困難ではない。

 そして何よりも、“魔導師”に対するものであるために、“デバイスのみ”の場合は完全に素通りなのである。そのため、彼は実に簡単な転送の術式のみによって、己の後継機である閃光の戦斧の元へ自身の転送ができる。

そのことを、エイミィはトールと共に行った結界解析で掴んだのだ。そのために新たな援軍、いや救援物資をミットチルダの魔導師たちに届けることが可能であると分かった。

 湖の騎士の策略によって大きく傾いた形勢は、守護騎士の誰にとっても“想定外”の介入によって再び大きく揺れ動く。








あとがき
 A’S編を書くに当たって、是非とも書きたかったのが、集団戦の描写だったりします。無印編では登場キャラも少なく、なのはとフェイトの二人の戦いが主軸であるため、一対一での駆け引きはあっても、集団戦での駆け引きというものは存在しませんでした。
 しかし、A’S編はかなり近しい実力を持った者達がひしめき合い、デバイスとの連携を織り交ぜながら複雑な乱戦を展開します。そこに、“舞台装置”であるトールが加わると、別の展開とすることも出来ると思い、トールは戦力ではなく、支援役として活動させることに致しました。
 かなり先のこととは思いますが、StS編においても、今回のクロノの立ち位置にティアナを置き、機動六課フォワード陣にギンガやヴァイスを加えたメンバーと、数の子6人くらいを対峙させた集団戦を書きたいと思っています。既に対戦の組み合わせのプロットまでは決まっているのですが、やはり、遠い先のことになりそうです。
 次の話で、最初の戦いは終了となりますが、あと二つくらいどんでん返しを入れたいと思っておりますので、楽しんでいただければ幸いです。それではまた。







[26842] 第六話 母が遺したもの
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:39
第六話   母が遺したもの




新歴65年 12月2日 第97管理外世界 日本 海鳴市 封鎖領域  ビル屋上 PM8:15




 「フェイトちゃん………アルフさん」

 目まぐるしく変わる戦況を見守りながら、なのははこのままでは皆が危ないことを悟っていた。

 なのはのディバインシューターがヴィータの攻撃からユーノを救った後、ユーノはヴィータをなのはから引き離し、高速機動戦を展開、クロノも同様にシグナムを引きつけている。

 そして、アルフは傷を負いながらもザフィーラを足止めし、フェイトもなのはと同様、可能な限りデバイスに負担をかけないように魔法を放ってアルフをサポートしている。特に、サンダーレイジなどはバルディッシュがない状態でも呪文詠唱によって放てるが、それをさせない存在がいる。


 「あの人が、後衛型………」

 シャマルはザフィーラにブーストをかけると同時に、フェイトが詠唱に入ると“風の足枷”によって阻む。バルディッシュが万全ならば簡単に凌げるそれも、防御が薄いフェイトにとっては無視できない攻撃となっている。

 また、シグナムとヴィータもかなりカートリッジを使用しており、特にヴィータはなのはと戦ってから連戦続きだが、シャマルがサポートに回れば二人の消耗も即座に回復されてしまう。癒しと補助こそが彼女とクラールヴィントの本領なのだ。

 その上、ユーノが前線で戦っている今、結果破りは絶望的な状況。アルフも余力がないどころかザフィーラにやられないようにすることすら危うい状況だ。


 「今、動けるのは、私しかいない…………私が、皆を助けなきゃ」

 彼女にとっては、自分が皆の足枷となっている状況こそが何よりも辛い、自分のせいで誰かに迷惑をかけることを、ある種病的なまでに嫌うのだ。

 とはいえ、誘導弾を単発で放つ程度では、大した補助にもなりはしない、ならば、自分に出来ること、自分にしか出来ないこととは――――

 そして、そんな主のことを理解するからこそ、“魔導師の杖”は告げるのだ。


 『Master, Shooting Mode, acceleration.』

 レイジングハートのコアユニットが輝き、長距離砲撃時に展開される羽が顕現する。


 「レイジングハート……」


 『Let's shoot it, Starlight Breaker. (撃ってください スターライトブレイカーを)』

 損傷したこの状態でそれを撃てばどうなるかなど、誰よりも彼女は理解している。


 「そんな、無理だよ、そんな状態じゃ」


 『I can be shot. (撃てます)』

 だが、彼女はそう告げる。命令されない限り、彼女は提案を続ける。


 「あんな負担がかかる魔法、レイジングハートが壊れちゃうよ」


 『I believe master. (私はあなたを信じています)』

 それは、何があろうとも変わらぬ事柄。

 魔導師の杖にとって、高町なのは以外の主など、あり得ない。


 『Trust me, my master. (だから、私を信じてください)』

 その言葉に、なのはの目に涙が浮かぶが、今は泣いている場合ではないと割り切り、決意と共に告げる。


 「レイジングハートが、わたしを信じてくれるなら――――わたしも信じるよ」

 だがしかし、スターライトブレイカーは収束砲、ディバインシューターと異なり、ユーノの防御結界の中から腕だけを出して撃てるものではない。


 【クロノ君、スターライトブレイカーで結界を撃ち抜くけど、いける?】

 だからこそ、なのはは確認を取る。前線指揮官であるクロノの許可なく勝手に動けば、逆に皆を窮地に追い込むことにもなりかねない。

 現に一度、湖の騎士の竜巻によって、危機的状況に陥っているがために、大胆な行動に出つつもなのはは慎重さを忘れなかった。


 【駄目だ、危険すぎる。スターライトブレイカーを放つまでには10秒近いためが必要だが、その間はユーノの防御結界も意味をなさない。君のバリアジャケットがあればまだしも、今は丸裸なんだぞ、万全ならレイジングハートが防御もこなせるが、今の状態じゃ無理だ】


 【そ、それは……】

 なのは自身も危惧していたことだけに、言い返すことは出来ない。10秒間無防備になるなのはを守る存在が必要となるが、どうしても戦力が足りていない。

 シグナムとヴィータはクロノとユーノで抑えられても、ザフィーラとシャマルが残っている。手負いのフェイトとアルフでは、この二人を止めるのは厳しいと言わざるを得ず、特に、シャマルの魔法は空間を操り、距離を無にしてしまうのだから。


 だが―――


 『We get to the front(我々が、前線に出ます)』

 魔導師の杖と同じく、閃光の戦斧もまた、主の力となれない己を良しとしない。


 「バルディッシュ………」

 確かに、フェイトがアルフのサポートではなく前線に出れば、なのはの盾となることは出来る。アルフにも余裕が出来るため、シャマルを牽制することも可能となるだろう。

 シャマルになのはを攻撃させない手段とは、別の人間がシャマルに攻撃を加えるしかないのだ。

 だが、今の状態のバルディッシュでザフィーラの拳とぶつかればどうなるかは、火を見るよりも明らかである。


 「でも、そんなことしたら、バルディッシュが」


 『No problem.(問題ありません)』

 だが、閃光の戦斧は退かない。デバイスが、己のことを心配して主の力とならないことこそ、あり得ない。

 レイジングハートもバルディッシュも、その点については甲乙を付けがたい頑固さを持ち合わせているといえた。


 【まったく、どうしてデバイスというものは主に似るんだ……】

 だが、前線指揮官にとっては愚痴の一つも言いたくなる。強敵と戦いながらも彼女らを安全に逃がすための方策を考え続けているというのに、向こうは無謀な提案ばかりしてくるのだから。


 そこに――――


 【その意気や良し、と言いたいところですが、それは蛮勇というものですよ、二人とも。時には年長者の言葉を聞くことも悪くはないでしょう】


 「えっ?」


 「まさか!」

 届いた声に、二人の少女は驚愕の声を上げる。

 その声の発生源は、まるで初めからそこにいたかのように、フェイトの左手の中へと現れていた。


 【まったく、君の後継機達は悪いところばかり君と似てしまっているんじゃないか】


 【それは返す言葉もありませんね、クロノ・ハラオウン執務官。とはいえ、ここは彼女らの提案も方策の一つであることは確かでしょう、私がいる以上、無理も無理とはなりません】


 【そうだな――――フェイト、作戦変更だ。君はただちになのはと合流して、彼をレイジングハートと接続してくれ、そして、バルディッシュもな。アルフ、君には済まないが僅かの間、一人で凌いでくれ】


 「―――――うん! バルディッシュ!」


 『Yes,sir.』


 「任せな!」

 その言葉の意味を即座に理解し、テスタロッサ家の二人と一機は迷わず行動を開始する。その管制機と生まれた時から共に過ごしてきた彼女達だからこそ、彼がどういう存在であるかを熟知している。そして、この状況においては彼の権能こそが、起死回生の一手となることも。


 【…………一体、何を?】


 【分からん、だが、注意しろ】

 対して、シャマルとザフィーラにとっては彼らの行動は不可解極まりない。アルフとフェイトが二人がかりで何とか凌いでいたにもかかわらず、フェイトが下がればどうなるかなど火を見るより明らかだというのに。

 結界を破って新たな援軍が来たわけではないことは彼らには分かっていたが、手の平サイズの救援物資が送られてきたことには流石に気づけなかった。


 「さあ、かかってきな!」

 一人残されたアルフも、ここから反撃が始まるとでも言わんばかりに、気合いに満ち溢れた表情をしている。そこからは、じわじわと追い詰められている様子が微塵も感じ取れない。


 【ユーノ、防御結果を解除しろ、スターライトブレイカーを撃つ以上、無駄にしかならない。その代わり、君はそいつを絶対に二人の方にはやるな】


 【分かってる、君もね、クロノ】

 守護騎士の困惑を余所に、クロノは次なる方策を練り上げていく。加わった戦力と、彼が成せること、そして、現状を打破するためには、どう組み合わせるべきか。


 「なのは!」


 「フェイトちゃん!」

 そして、フェイトがなのはの下へと到着し、挨拶をすることもなく、古い機械仕掛けはその権能を展開する。


 『インテリジェントデバイス、トール、“機械仕掛けの杖”』

 紫色のペンダントが輝き、長さは60cmほど、特徴的なパーツは何一つなく、デバイスらしいといえばただそれだけが特徴といえるその姿が顕現される。

 彼の初期形態にして、“デバイスを管制する”機能を発揮するための姿、時の庭園の中央制御室以外で管制機能を使用するには、ハードウェアでの繋がりが不可欠。

 “機械仕掛けの杖”が顕現すると同時に、そこから二つの接続ケーブルが伸び、一つはレイジングハートへと、もう一つはバルディッシュのコアユニットへと接続される。


 『本当に、貴方達は無理をしますね、レイジングハート、バルディッシュ、このような状態でそれらを行えばどうなるかなど分かりきっているでしょうに』


 『………申し訳ありません』


 『………返す言葉もありません』


 電脳を介した彼の言葉に対し、反論する力を持たない二機。そもそも、自分達が不甲斐無いために主を危機に晒してるという自責の念が二機ともあるのだ。


 『いえいえ、別段責めている訳ではありませんよ。あの状況では最善の行動でしたし、貴方がたの己を盾にしてでも主を守るという行動があったからこそ、この状況があるのですから。そのことには素直に賛辞を述べましょう』

 彼らが身を挺して主を守ったからこそ、トールが来た意味がある。もし、デバイスが無事で逆になのはやフェイトが怪我で戦闘続行不能ならば、トールがいたところで何の役にも立たないのだから。

 『ですが、その後が問題ですね。折角私という存在があるのですから、それを利用しない手はありません、立っているものは先発機でも使え、ですよ。今後はより思考の幅を広げるよう努めるがよろしいでしょう』

 
 『了解です』

  
 『努力します』
 

 『さて、反省ならば後でも出来ますので、今はただ機能を果たしましょうか。貴方達のコアは既に大規模な魔法に耐えきれる状態ではありませんが、それは演算を並列して行えばの話、演算を別のリソースを用いて行うならば、その限りではありません』

 それを可能とする唯一のインテリジェントデバイスこそ、管制機トール。彼は、“デバイスを操る機能を持ったデバイス”なのだ。



 『Recovery.(修復)』


 『Recovery.(修復)』

 管制機能、“機械仕掛けの神”が発揮されると同時に、レイジングハートとバルディッシュの損傷が修復され、二機は万全の状態へと。


 『さあ、これにて貴方達のコアユニットは万全です! 反撃の時間と参りましょう!』


 『All right!』


 『Yes, sir!』

 トールの声が”周囲全体に届くように”高らかに響き渡り、形勢は再び傾く。


 「行くよ、レイジングハート!」


 「バルディッシュ、頑張ろう!」

 それに応じるように、二人の少女も魔法陣を展開、反撃の火蓋はここに切られた。





 「そんな―――――デバイスを修復するデバイス、なんて!」


 「まさか、な」

 信じがたい光景を目の当たりにした守護騎士の二人は、一旦合流して距離を取る。

 あともう一押しでアルフを仕留めることもできたが、復活した二人のミッドチルダ式魔導師を無視するわけにはいかない。


 ――――だがしかし、それはハッタリに過ぎない。




 『どうやら、上手くいきましたか』

 インテリジェントデバイス、トールは“嘘吐きデバイス”であり、彼の言葉を信じたものは馬鹿を見る。


 『詐欺師の言葉を、真に受けてはいけませんよ、誠実なる騎士殿』

 レイジングハートとバルディッシュのコアは修復されてなどいない。リカバリー機能で修復できるのはあくまでフレームのみであって、コアが損傷を受ければそれを直せるのはデバイスマイスターのみ。

 しかもケーブルによって2機(厳密には3機)が繋がった状態なので、打って出る事が不可能となっている。

 だがしかし、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターは“管理局の魔導師”についてはある程度知っていても、“管理局のデバイス”についての知識はない。仮にあったとしても、ここ数十年でデバイス技術は飛躍的な進歩を遂げており、その知識は“時代遅れ”でしかないのだ。

 闇の書と管理局の抗争の歴史に関する資料を集め、己のデータベースに登録している彼は、ヴォルケンリッターが戦力として脅威であることを把握していたが、プログラム体であるための限界も同時に把握していた。


 【貴女もご苦労様です、アルフ】


 【相変わらず、アンタは嘘つき野郎だね】


 【それこそが、私です】

 そして、彼の虚言に救われた形のアルフも、親愛の籠った罵倒を返す。


 『まあ何にせよ、僥倖です。レイジングハート、貴女はスターライトブレイカーの発射準備をお願いします、負荷は私が受けもちますので、どうぞ全力で』


 『Thanks.』

 そして、二機のコアが修復されたことは虚言であれど、二機が万全とまでは言わぬまでも、かなりの機能を発揮できる状態となったのは虚言ではなかった。

 レイジングハートもバルディッシュも“中破”状態であった。ならば、トールが“半分ずつ”リソースを振り分けたのならば、かなりの機能を取り戻せることも、実に単純な足し算の結果でしかない。


 【フェイト、君は敵の後衛に対して、ファランクスシフトを撃ってくれ】


 【ファランクス――――そうか、そういうことだね】


 「行くよ、バルディッシュ」


 『Yes, sir.』


 『Count nine.』

 フェイトもまた、クロノの指示の意味を理解し、実行に移す。

 前線指揮官の能力も優秀と言えたが、その指示の意味を汲み取り、即座に実行に移せる彼女達も、戦闘要員として優秀であるといえるだろう。


 【つまりは、敵の後衛である湖の騎士、彼女を狙うことによって、盾の守護獣の動きをも止める、攻撃は最大の防御、ということですね、クロノ・ハラオウン執務官】


 【ああ、敵の作戦は見事だったが、代償がなかったわけじゃない、今度はこっちがつけ込ませてもらおう】

 シャマルの策は、ヴォルケンリッターに優位性のみをもたらしたわけではない。補助役であるシャマルの居場所が割れたことで、後衛を狙う戦術をアースラ陣営にも与えてしまった。

 とはいえ、その前段階でミッドチルダ式の魔導師であるなのはとフェイトのデバイスを砕いており、ディバインバスターやサンダースマッシャーなどの砲撃魔法の発射は不可能、シャマルが遠距離から狙われる可能性はないはずであった。

 なのは、フェイト、ユーノ、アルフ、クロノの五人において、殺傷設定しか持たないヴォルケンリッターにとって無力しやすい相手はなのはとフェイトの二人、彼女らは専用のインテリジェントデバイスで戦っており、レイジングハートとバルディッシュには代わりが存在しないため、デバイスを物理的に壊してしまえばよいのである。

 ユーノとアルフはデバイスを持っておらず、クロノはS2Uの予備を常に持っている。管理局武装隊の標準的なストレージデバイスに近いS2Uを使う彼は、予備のデバイスであっても戦力がほとんど落ちないのだ。故にこそ、守護騎士はなのはとフェイトを狙ったのである。

 しかし、“機械仕掛けの杖”はそれを覆す。演算を別のリソースで行えるならば、彼女達の弱点は克服され、本来封じられていたはずの、強力な遠距離攻撃によって敵の後衛を狙うという戦術が息を吹き返す。


 『Count eight.』


 「フォトンランサー………」
 『Phalanx Shift(ファランクスシフト)』

 リニスがフェイトに教えた魔法の中でも、速射性、貫通性、そして応用性。あらゆる面で優れる魔法であり、閃光の戦斧バルディッシュがいなければ放てない魔法。

 一発限りの砲撃魔法と異なり、ファランクスシフトは多面的攻撃や時間差攻撃を可能とする。敵を狙い続け、足止めすることに関してならば最適とも言える魔法なのだ。

 準備に時間がかかるため、守護騎士が相手ともなると使いどころが難しいが、今は事前の策が効いている。シャマルがなのはを狙うことで隙を作り出したように、トールの登場とハッタリによって、シャマルとザフィーラの精神には困惑と焦燥が打ち込まれた。無論、僅かな時間があれば立て直しが効く傷ではあるが、それだけで十分。


 【異論はないか?】


 【もちろんありませんとも。私の専門は戦術面ではなく、その準備段階ですからね。専門外のことには口を出さず、専門の方にお任せするのが一番です】

 トールの役割はあくまで舞台装置。可能な限りの戦力を戦場に投入するための戦略、そして、それを運用した際に社会的、法律的な問題を生じさせないための政略こそが彼の機能であって、戦場において如何に戦力を運用するかは専門外。そもそも彼は機械の管制機であって、人間を管制するものではないのだから。


 『Count seven.』


 「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル。 撃ち――――砕けえええええええ!!!!!」
 『Full flat!(フルフラット!)』








 「!?」

 予想外の反撃を前に、烈火の将の精神にも驚愕の波が押し寄せる。


 「通しはしない」

 だが、彼女の前には黒衣の魔導師が立ちはだかる。ヴォルケンリッターの将と一対一で戦いながら、目立った傷は受けていない。

 彼のデバイス、S2Uはストレージデバイスであり、演算性能は優れるが近接武器としての性能に優れるわけではない。通常のインテリジェントに比べれば頑丈ではあるが、近接武器としての特性を持つバルディッシュに比べればやはり強度では劣っている。

 故にクロノは、レヴァンティンと打ち合う際には相手に傷を与えることをそもそも考えず、シールド型の障壁をS2Uへと展開し、完全に守勢に徹したのである。

 共に攻撃を目的としたぶつかり合いならば強度で勝る方が有利になるのが当然だが、これは片方が鉄製の鞘をつけたままで戦っているようなものであり、傷つけることが出来なくなる代わりに、耐久性では拮抗できる。

 その証拠というべきか、クロノ・ハラオウンはシグナムにただの一撃も入れてはいない。逆に、大きな傷ではないが、シグナムの斬撃は彼のバリアジャケットのところどころに傷を与えている。

 これが試合であればシグナムの優勢勝ちという判定は間違いないが、これは試合にあらず、実戦。己の目的を達成することが勝利条件である以上、場合によっては両方勝つことも、両方負けることもあり得る。

 仮の話ではあるが、なのはのスターライトブレイカーが暴発して、なのはが死んでしまえば、両方にとって負けとなる。クロノは言わずもがなであり、シグナムにとっても蒐集が出来なければ戦略目標が達成されない。


 <今後のことを考えれば、ここで潰しておきたい相手ではあるが、時間もないか>

 また、守護騎士には別の制約もある。主である八神はやてに知られぬよう蒐集を行っている以上、あまり時間をかけるわけにもいかないのだ。


 【シャマル、どうやらここまでのようだ。当初の目的を果たし次第、撤退するぞ】

 そうして、将は決断し、他の騎士達へと指示を飛ばしていく。






 【OKシグナム、とりあえず、それまでこいつはあたしが抑える】

 ユーノと高速機動戦を展開していたヴィータもまた、将の指示を受け、撤退の準備を進める。


 「フランメシュラーク!」
 『Explosion. (エクスプロズィオーン)』

 だがしかし、それは攻勢を緩めることを意味しない。むしろ、撤退準備を悟られぬよう、以前にもまして激しい攻撃を仕掛ける。

 フランメシュラークは魔力付与型の打撃攻撃であり、着弾点を炎上させる効果を持つ。かなり派手な攻撃ゆえに開戦の号砲のような用い方もするが、目くらましに応用したりと、汎用性も高い。


 「くっ」

 そして、この場においてはユーノ・スクライアにこちらの目的を悟らせないという点で最適の選択と言えた。








 「ザフィーラ、大丈夫?」


 「問題ない」

 盾の守護獣ザフィーラは、フェイトのフォトンランサー・ファランクスシフトの破壊からシャマルを守るためにその名に相応しい強固な防壁を展開していた。

 ファランクスシフトも万全ではなく、相手を行動不能にするために威力よりも速さと手数を重視しているため障壁が破られる恐れはないが、ザフィーラが完全に行動を封じられたのも確かである。シャマルも“風の護盾”という強力な防御魔法を有しているが、彼女は別の術式に集中するため、それは不可能。

 アースラ組の策が見事に決まっているように見受けられる状況下において、ヴォルケンリッターの最後の策は静かに始動していた。







 『Count one.』

 そしてついに、スターライトブレイカーの発射準備が完了する。


 「フェイトちゃん、少し離れて!」

 レイジングハートとバルディッシュの両方とトールを接続するため、なのはの傍でファランクスシフトを放ってたフェイトだが、スターライトブレイカーの巻き添えを避けるためにバルディッシュとトールを切り離し、距離を取る。

 ザフィーラの行動が封じられたことで既にアルフも退いており、ユーノとクロノもそれぞれ遠く離れている。もはや、なのはとレイジングハートを止められる者は誰もいない。


 「アルフさん、転送、お願いします!」


 「任せな!」

 また、アルフが自由となったことで、彼女が転送要員として機能することも可能となった。戦闘はきついが、転送魔法の準備を整えるのならば問題はなく、結界を破った後の行動にも支障はない。


 「行くよ、レイジングハート!」


 『Count zero.』


 ――――だが、その刹那


 【捕まえ――――た】

 スターライトブレイカーほどの魔力の収束を、湖の騎士と風のリングクラールヴィントが探知できないはずもなく――――


 「あ………」

 スターライトブレイカー発射の間際、それまで足止め用に放たれていたファランクスシフトが途切れる瞬間。

 その一瞬を、ヴォルケンリッターの参謀は見逃さなかった。


 「リンカーコア、捕獲」

 流れる水のように、彼女は蒐集のための術式を走らせ。


 「蒐集、開始」


 『Sammlung. (蒐集)』

 呪われし闇の書が、犠牲者のリンカーコアを、貪るように吸収していく。

 いきなりの事態に、フェイトは咄嗟に動けず、アルフも同様。クロノとユーノは距離的に離れ過ぎている。

 だが、その衝撃的な光景の中で、ただ一人、いや、一機、冷静に動いたものがいた。

 少女の胸から腕が生え、その掌にはリンカーコアが握られているという状況を前にしても、彼はそれこそを待っていたといわんばかりに己の権能を開放する。


 『“機械仕掛けの神”、発動』

 バルディッシュとの接続を切り離したため、彼の接続ケーブルは片方空いている。そして、すぐ傍には、術式を展開しているであろうデバイスがあるのだ。

 ならば、やることはただ一つ。


 「ええええ!!」

 果たして、驚愕は敵の意表を突いて蒐集を行ったはずの湖の騎士のもの。

 流石の彼女も、少女の胸に生えた自身の手、それを繋げている僅かな穴から接続ケーブルが現れ、“旅の鏡”を構成するクラールヴィントに逆介入するなど、思いもよらなかったのだ。

 だがそれも機械の常識で図るならば、ケーブルを繋げてクラッキングを仕掛けるのなら、逆にウィルスを流し込まれる危険性も考慮せねばならない。

 機械であるトールにとっては、至極当然の行動なのである。


 【お初にお目にかかります、”風のリング”クラールヴィント、私はプレシア・テスタロッサがインテリジェントデバイス、トールと申します、以後お見知り置きを】

 そして、ナノ秒単位の狭間において、電気信号による情報のやり取りが始まる。風のリングと繋がったことで、トールは彼女の名前に関する情報を読み取っていた。

 最も、クラールヴィントは己のリソースの大半を割いて“旅の鏡”と蒐集の連携を行っているため、現実空間との時間差はせいぜい20分の1くらいであったが。


 【時間もないので、単刀直入に問いましょう。貴女の主には、現在リンカーコアを握っている少女、高町なのはを殺害する意思はありますか?】


 【いいえ、ございません】


 【ありがとうございます。重ねて問います、この蒐集の後に彼女に重大な後遺症が残る危険性はありますか?例えば、慢性的なリンカーコアの過負荷状態、といったような】


 【いいえ、ございません。わたくしの主以外の守護騎士の方々であればその可能性はありますが、こと、湖の騎士シャマルに限って、それはあり得ません。むしろ、完治の暁にはこれまで以上に強靭なリンカーコアとなることを約束しましょう。原理的には筋繊維の超回復と同様です】


 【それを貴女は、己が命題に懸けて誓えますか。もし、そうでないのでれば、閃光の戦斧バルディッシュは即座にソニックシフトを発動させ、貴女の主人の腕を斬り落とすことでしょう。物理的に繋がっておらずとも、彼であれば、管精機たる私は指示を出すことが出来ます】


 【誓いましょう、”風のリング”クラールヴィント、その命題の全てに懸けて】


 【ありがとうございます。最後の問いです、貴女方は彼女の蒐集が終わった後、戦闘を続行する意思がありますか?】


 【いいえ、主達は既に撤退の準備を始めています】

 これ以上は言えない、主達にも事情があり、時間制限がある身であることは明かすべきではない、とクラールヴィントは考える。

 だがクラールヴィントは気付かなかった、この電脳空間においては、思考はダイレクトに相手に伝わることに。彼女の作られた時代にはまだ電脳を共有する技術はなく、これまでの闇の書の蒐集の旅においても、その経験はなかった。故に主達の情報の多くがそのデバイスに伝わってしまっていたのだ。

 八神はやての関わることなどは思考していなかったため伝わっていないが、現在の守護騎士の行動理念やその行動の制限についてが伝わってしまったのは確かだ。


 【なるほど、そういうことでありましたか。ならば、今宵の戦いはこれまでとし、痛み分けということで終わらせるのが妥当でありましょう】


 【それは、こちらとしても望むところではありますが……】


 【いかがなさいましたか?】


 【いえ、貴方はそれでよろしいのですか?】


 【無論、私は管理局のデバイスではなく、フェイト・テスタロッサという少女のためにのみ現在は機能しております。それゆえ、彼女の親友である高町なのはという少女の無事が保障され、なおかつ、今後は蒐集対象として狙われないことが確実となるならば、私にとっても望むところです】


 【ですが、フェイト・テスタロッサという少女の今後の安全は、わたくしには保障できませんが】


 【それは存じております、ですから貴女にこう伝えましょう。蒐集をなさるのは構いませんが、それは得策ではないと。もし万が一、貴女方がフェイト・テスタロッサという少女を殺害しようとすることがあれば、私はあらゆる手段を講じて闇の書とその主を抹消します。例え、それがこの世界を巻き込む次元震を起こすことであっても】

 無論、それはトールにとっても最悪の手段、現状におけるフェイトの幸福は、この世界があってこそのものであるのだから。そしてそのような展開にならないよう場を整えることこそ、彼の本領。だが、もしそうしなければフェイトが死ぬ状況下に立てば、彼は躊躇することなく実行する。


 【―――――――!!】

 物理的に繋がった、電脳空間での対話故に、クラールヴィントは知った。

 この相手は、虚言を弄していない。その局面に立てば一切の迷いなく、それを実行するつもりなのだと。

 そして思った、闇の書よりも、この相手の方が、ある意味で余程危険な存在なのではないかと。それと同時に、先ほどの自分の思考も相手に伝わったことも悟った。


 【それがデバイスというものです。主は私にとって“1”であり、それ以外は“0”、主より授かった命題を果たせないこ事こそ、あってはならないことなのですから】


 【それは確かに、その通りですね】

 だが、その言葉を否定する理由は、彼女のどこにも存在しない。クラールヴィントもまたデバイスでり、主のために機能する命題を持って生まれたのだから。


 【それでは、電脳空間における対話を完了します、いつかまたお会いましょう、クラールヴィント】


 【ええ、いつかまた、貴方が敵とならないことを願いますよ、トール】


 【おや、これはまた高く評価されたものですね】


 【おそらく、グラーフアイゼンやレヴァンティンであっても、同じ評価を成すでしょう】


 【なるほど、実に興味深い】

 そして、刹那の邂逅は終了する。


 『レイジングハート、高町なのはの肉体の安全性が確保されました、撃つことは可能です』


 『! All right.』

 管制機の言葉を“魔導師の杖”が疑う理由もまた存在しない。彼女もまた電脳を共有しており、彼と繋がっているのだから。


 「ブレイカーーーーーーーーーーーー!!」

 星の光を束ねた砲撃が解き放たれ、広大な空間を覆っていた結界が、跡形もなく消滅する。


 「なのは!」

 近くにいたため、なのはが倒れる前にフェイトは駆け寄り、その身体を抱きしめ―――


 【クロノ・ハラオウン執務官、湖の騎士のデバイス、クラールヴィントより実に興味深い情報を入手しました】


 【何だって?】

 管制機である彼は、どこまでも淡々に機能を果たす。


 【彼女らは今宵は退く模様ですが、追うのもリスクが高過ぎます。まずは状況を見極め、捜査方針を確認せねば道に迷うことも考えられますので、ならばこそここは、見逃すのが得策かと】


 【執務官としてはあまり賛同したくない意見だが、ここにいるのは皆正式な管理局員ではなく、嘱託魔導師に民間協力者、さらには民間人ときている。無理な追撃戦をさせるわけにもいかないな】


 【ええ、いくら貴方といえど、彼ら四人を一人で追うのは無茶というもの。本局がこの件をどう扱うか、全てはそれが定まってからですね、その面では私が得た情報も多少はお役にたてるかもしれません】


 【ところで、なのはは無事なのか?】


 【問題ありません。なにしろ、貴方が“それら”を持っているのですから】


 そして、今宵の戦闘の終わりを知るのは彼らのみではなく。




 【終わったな、退くぞ】


 【すまねーシャマル、助かった】


 【ううん、一旦散って、いつもの場所で集合しましょう】


 【お前達は先行してくれ、私が殿を務める】

 ベルカの騎士達は、僅かの逡巡もなく夜の空へと散っていく。

 近いうちに再び、管理局と彼らがぶつかる時は来るであろうが。

 ともかく、今宵の戦いは終焉を迎えたのである。




 だが、舞台の後には、後始末をしなければならないのも世の定め。




 「ユーノ、これらの使い方は分かるな?」


 「そりゃあ、飽きるほど使い方や効用をレポートにまとめたからね」

 リンカーコアを蒐集され、倒れたなのはの傍で、いささか緊張感の欠けた少年二人の声が響く。

 彼らは知っている、知りぬいている、この症状は命に影響があるものではないと。似たような症例を、飽きるほど検索し、何度も医療施設に赴いて医師の確認を取ったのだから。


 「クロノ、なのはは大丈夫なの?」


 「ああ、運のいいことに、僕らが散々扱って来たこれらは、こういう症状を癒すために作られたものだ。君のお母さんの研究成果、無駄にはしないさ」


 「母さんの……、うん、ありがとうクロノ」

 生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶“ミード”と魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末“生命の魔道書”。

 まさしくそれは偶然に近いものであったが、執務官であるクロノは、それらに関わる法的処理をこの半年間行ってきたため、それらを常に持ち歩いていたのである。最も、片方は“生命の魔導書”のさらに写本といえる“命の書”と呼ばれる端末であるが、効能はそれほど変わらない。


 「魔力が足りていないなら、“ミード”から注入してやればいい。入れ過ぎて悪影響が出たり、負荷が溜まっているなら、その部分を“命の書”で取り除いてやればいい。その辺りは、ユーノの担当だったな」


 「本職ってわけじゃないけど、うん、なんとかなりそうだよ」

 プレシア・テスタロッサという女性が遺した研究成果は、確かに受け継がれ、その娘の親友の危機を救っているのだ。



 ≪マスター、貴女の長く辛い人生は、決して無駄ではありませんでしたとも≫


 その光景を見詰めながら、古きデバイスは己の主を誇りに思う。

 アリシアのために過ごした長く辛い時間は、決して、無駄なものではなかったのだと。

 こうして、二人目の娘の人生を、今も支えてくれている。



 「そんじゃま、残る作業は俺とアルフの役目だな」

 その内の想いを微塵も出さず、彼は道化の仮面を被り、汎用人格言語機能を用いて己の成すべき機能を続ける。

 既にアースラより魔法人形一般型が転送されていて、動かすべき身体は確保している。


 「まだなんかあったかい?」


 「あったり前だ。娘が夜8時過ぎに部屋からいなくなって、戻ってこなかったら親御さんが心配するに決まってんだろうが」


 「あ―――」

 それは実に単純な話であったが、本局やミッドチルダに住んでいると見落としがちな盲点でもある。


 「筋書きとしてはこんなとこだ。フェイトがずっとやってた仕事が終わって、なのはがすずか、アリサと一緒にすずかの家でびっくりサプライズを企画したんだけど、はしゃぎ過ぎてフェイト共々ノックダウン、で、その旨を伝えに我らが参りました、ってことでお前と俺で高町家に行く。細かい設定は俺に任せろ」


 「ま、詐欺の役はアンタに任せるよ」

 ちなみに、アルフの傷もユーノの魔法で大体回復している。その程度ならば問題はなかった。


 「あ、それとクロノ、本局に着いたらなのはをベッドに寝かせて、同じベッドにフェイトも潜らせて、二人仲良く眠ってる写真を撮ってS2Uから俺まで送ってくれ、なのはの親兄弟にプレゼントするから」


 「まったく、君はよくそういう細かい設定に気が回るな」


 「詐欺の達人を侮るな、んじゃま、そういうことで。よしアルフ、いったん遠見市のマンションに転送してくれ、土産の虎屋の羊羹とってくるから」

 
 「なんだってそんなモン用意してんだい……」

 
 「洋菓子専門の喫茶店なんだから、和菓子のほうがいいだろ」


 「いや、そういう問題じゃなくてさ」

 



 そうして、嘘吐きデバイスの手によって真実は巧妙に隠されたまま、海鳴市にひとまずの平穏が戻る。

 無論、物語はこれで終わりではなく、まだまだ始まったばかり。

 呪われし闇の書を中心に回る、絆の物語はどのように巡ってどう収束するのか。

 それを知る者は、まだ誰もいない。


 ある女性と、その傍らに在った古いデバイスの物語はもう終わっているが。

 その長い旅の足跡は、確かに次代へと受け継がれている。






[26842] 第七話 本局の一コマ
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:41
第七話   本局の一コマ




新歴65年 12月2日  時空管理局本局  エレベーター内  PM8:45




 「検査の結果、なのはちゃんの怪我は大したことないそうです。一応、専門の医師の方に診てもらいはしたんですけど」


 「特にこれ以上するべき処置はない、ということでしょうね」


 「はい、応急処置が同時に手術レベルの規模でなされていたとかで、クロノ君もユーノ君も並外れているというか、なんというか」

 本局のエレベーター内において会話を交わすのは、アースラ艦長のリンディ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタの二名。エイミィが手にしているコンソールパネルには、今回の事件に関する事柄が要点を纏められた上で全て記載されていた。


 「ただ、魔導師の魔力の源、リンカーコアが異様なほど小さくなっていた、というのも気になるところで」


 「そう、じゃあやっぱり、一連の事件と同じ流れね」

 小さくなっていた、という時点でそれが過去形であることが窺える。リンカーコア障害の治療のために開発された二つの研究成果、生体機能促進型人工魔力エネルギー結晶“ミード”と魔力エネルギー吸収型リンカーコア治療用端末“命の書”はその機能を十全に発揮していた。


 「はい、やっぱり、闇の書事件、なんですね」


 「高ランク、いいえ、ランクを問わず魔導師からリンカーコアの蒐集を行う古代ベルカの騎士達。これまではその姿が特定できていなかったけど、ここまで来たら間違いないわ」

 ハラオウン家は、闇の書との因縁が深い。

 そのロストロギアによって夫を失ったリンディ・ハラオウン、父を失ったクロノ・ハラオウンが闇の書の守護騎士たる四騎、剣の騎士、鉄鎚の騎士、湖の騎士、盾の守護獣の特徴を見誤るはずもなかった。

 クロノに至っては、交戦している最中から敵がヴォルケンリッターであることを念頭に入れ、四人目の敵が現れる可能性を考慮して戦術を展開していたくらいである。


 「とはいえまあ、もし彼がいなかったら私もここまで確信は持てなかったでしょうけど。あれらに関することであらためて闇の書事件に関するレポートを読み直したのも最近だし」


 「例の、“生命の魔導書”、ですか?」

 生命の魔導書はロストロギア“ジュエルシード”によって生成された、闇の書の蒐集機能のみを複製した写本といえる存在。

 “願いを叶えるロストロギア”の特性でもって生まれた存在であるため、その製法は誰も知る由がなく、機能のみを実験を重ねることで把握できたに過ぎない。

 そのため、管理局の魔導関係の技師達が“生命の魔導書”を模してテスタロッサ家と技術提携し作り上げた“命の書”は性能面ではオリジナルに大きく劣る。機能そのものはほとんど変わらないが、効用や副作用などの点に関してまだ大きく離れているのだ。


 「あれが公の存在になって、主に管理世界で先天的なリンカーコア疾患で苦しむ子供達のために使用されるようになってから早二か月。その写本ともいえる“命の書”の最初の臨床使用例がなのはさんというのも奇妙な縁というべきかしらね」

 “生命の魔導書”とそれを基にした端末である“命の書”、そして、“ミード”を医療手段として臨床で用いることが正式に認められたのはちょうど今日のこと。元々、クロノ、ユーノ、フェイト、アルフはそのために集まっていたのである。

 リンディが言ったようにその二か月ほど前から試験運用という形で“生命の魔導書”は使用されており、これは、時間をかけるほどに子供達の治療が困難になることが予想されたためであり、他ならぬアリシア・テスタロッサの症例が“生命の魔導書”の使用へと踏み切らせる後押しともなっていた。

 そうして、“命の書”や“ミード”も試験運用されるようになり、既に実験的には問題ないことが証明されていることも考慮され、この二つは臨床で用いられることが公式に定められた。

 とはいえそれもまだまだ一般のものではありえない。これが使用されうるのは本局の中央医療センターか、クラナガンの先端技術医療センターなどの最上級の設備を備えた“管理局の施設”に限られ、次元世界に存在する一般の医療施設で使用されるまでにはどんなに早くとも1年半はかかるだろう。

 時間がかかる最大の要因は、時間をおいて現われる副作用がないかを確認し、安全性を確立するまで必要があるからに他ならず、それまでは管理局の直轄といえる機関でのみ使用されるのは当然の話ではあった。


 「でも、あそこにいたのが執務官で、なおかつあれらの公式登録の担当官だったクロノ君と、そのための“実践面”と担当していたユーノ君でなかったら、法律的にもヤバいところですよね」

 そして、“命の書”と“ミード”が試験運用ではなく、公式に認められてから最初の使用例となったのは高町なのは。実に、登録から3時間以内の使用であった。


 「もしくは、地上本部と連携して“生命の魔導書”を各地の医療設備に順番で貸し出している“彼”くらいなものね。時の庭園もまた、例外的にその二つを扱える医療機関の一つとして認定されているから」


 「ホント、いつの間にそんな手続きまでやっていたのやら」


 「いったいいつかしらね、でも、最近は地上本部の姿勢も少し丸くなってきたて言うし、ひょっとしたら彼の頑張りのおかげなのかもしれないわ」


 「う~ん、反目している状態から、利用し合おうという状態に変わりつつある、ってとこですかね?」


 「そんなものかしら、とりあえず、良くなってきそうな兆しがあることはいいことだわ」

 彼女達は本局の人間の中では陸と海の対立を憂い、改善しようと試みる融和派であるため、その風潮は歓迎したいところであった。


 「そっちはまあいいことですけど、私達の休暇は延期ですかね、流れてきにアースラの担当、というか、どう考えても適任がうちしかあり得ませんし」


 「仕方ないわ、そういうお仕事だもの。これも、クロノとユーノ君とフェイトさんの頑張りの成果の一つと受け止めましょう」

 リンカーコアの蒐集を行う守護騎士達による“闇の書事件”。

 これに対応するならば、アースラ以上の適任はあり得ない、これはまさに厳然たる事実であった。

 魔導師の魔力の源であるリンカーコアが異常に小さくなるまで蒐集されるという特殊な症状であるがゆえに、被害者の治療、リハビリには相応の医療設備と時間が必要となる。

 しかし、その症状に対して“特効薬”に近い医療装置が開発されており、現状においてそれを運用できるのは管理局の中枢に近い医療施設か、その登録を担当した執務官が乗る次元航行艦くらいのもの。

 その人物こそがクロノ・ハラオウンであり、“闇の書事件を追う執務官”として彼が適任であるのはこの時点で明白であり、さらに、アースラに搭乗する嘱託魔導師は“命の書”や“ミード”の特許や権利を保有するフェイト・テスタロッサ。


 「あの二つが、プレシアさんの研究成果である以上、受け継げるのはフェイトちゃんだけですもんね」

 エイミィがプレシア・テスタロッサという女性を会ったのは時の庭園で行われた“集い”の時だけであったが、皆で知恵を出し合ったその会議は、彼女の心にも印象深く刻まれていた。

 そして、彼女が言うように、プレシア・テスタロッサの遺産を引き継げるのはフェイト・テスタロッサしかあり得ず、さらにはそれらを実践面でサポートしたユーノもアースラにいるというおまけつき。

 まさしく、現状のアースラは“リンカーコア障害対策専門部隊”と言っても過言ではない面子が揃っているのである。


 「そのおかげで、なのはさんの症状もごく軽いもので済んだ。なら、私達が頑張らないでどうするの」


 「ええ、そうですね」

 何よりも、アースラスタッフが“被害者を救った”ことが大きい。

 “彼らならば被害者が確認された際に迅速に対処が出来ると考えられる”ではなく、“迅速に対処できた”という成果を既にアースラは挙げてしまっており、曲りなりにも守護騎士を退かせ、蒐集されたなのはを迅速に治療したクロノ達を除いて、一体誰が闇の書事件の担当者となるというのか。

 時空管理局もやはり組織であるため、“前例”というものを重く見る。アースラチームが被害者を救った前例がある以上、彼らがそのまま担当となるのも必然というべきだろう。


 「それで、今なのはさんはどこに?」


 「トールが確保していたテスタロッサ家のスペースです。既に入院するまでもないくらいまで回復しているから、フェイトちゃんと一緒の方がいいだろうって」


 「でも、スペース的に厳しくないかしら?」

 フェイト達がいるのはハラオウン家のスペースの斜向かいであり、ほとんど寝るためだけに使っている彼女達の“寝室”に近い。一応は怪我人といえるなのはを休ませるにはいささか不適当と考えられるが。


 「いえ、普段使っている部屋以外に何時の間にやら六ケ所くらい抑えていたみたいで、その中でも医療器具とかが置いてあるスペースを使うと言ってました」


 「まあ、いつの間に」


 「どうやら、アスガルドの方がトールの指示で動いていたみたいなんですけど、ネットワーク上でやり取りされる不動産情報に関してはちょっと」


 「流石に、専門外ね」








新歴65年 12月2日  時空管理局本局  テスタロッサ家居住スペース  PM8:50



 「いや、君の怪我も軽くて良かった」


 「御免ねクロノ、心配掛けて」


 「気にするな、僕の判断ミスが原因だ。これからまずは、始末書を相手にしなくてはならないな」


 「あれは、クロノのせいじゃないよ、私とアルフが竜巻に気を取られてしまったのが…」


 「いいや、部下の失敗は上官の責任でもある。それに君はあくまで嘱託魔導師であって管理局員じゃないんだ、ならば、その身の安全を保障するのは僕達執務官の役目であり、それを果たせなかった以上、始末書は書かないとね。何よりも、二度とこんなことがないように今後の改善策を検討する必要がある」

 他人にも厳しいが、己にはそれ以上、いや、その数倍は厳しい、それがクロノであった。

 既に闇の書事件を担当するのがクロノ・ハラオウンとフェイト・テスタロッサを有するアースラであろうことを彼も予想しており、フェイトが無関係ではいられないことも理解している。

 ならばこそ、彼女がヴォルケンリッターと再び矛を交える可能性は高いため、クロノはその時のための戦術の考察を行う。民間人であるなのはは別に戦う必要はないが、嘱託魔導師であるフェイトは有事の際にクロノの指揮下で戦う必要があるのだ。


 <もっとも、フェイトが戦う以上、なのはがじっとしていられるはずもない>

 クロノの個人的な感想を言えば、二人とも安全なところにいてくれた方が気が休まるのだが、そういうわけにもいかない。彼女達自身が望むなら可能な限りその意思は尊重しなくてはならないという理念もあるが、闇の書事件を担当する上で、AAAランクの魔導師の力は無視できないという現実もある。

 別に幼い二人に無理をさせずとも、本局ならばAAAランクの魔導師はゴロゴロとまではいかないが、存在している。この案件が闇の書事件である以上、戦力として一時的にアースラに貸し出してもらうことは十分可能であろうし、レティ・ロウラン提督ならばその程度は朝飯前だ。

 とはいえ、二人がそれに納得して引き下がるかといえば、それもまた怪しい。最悪、時空管理局とは関わりないところでヴォルケンリッターと対峙することとなる可能性もあるのだ。

 ならば結局、クロノ指揮下に二人の少女を置いておき、彼女らが無理しないように目を光らせ、もしもの時の救援体勢を整えておくことがベターといえる。


 <まあ結局は、僕達かなのは達か、どちらが精神的重圧を負うのかという話だ>

 リンディやクロノにとっては、指揮下に置く人間は武装局員の方がやりやすい。彼らは管理局の歯車の一部であり、最悪、殉職することも覚悟して武装隊に身を置いている。無論、彼らを無駄死にさせるつもりなど二人には毛頭ないが、いざとなれば割り切る精神もまた持ち合わせている。

 だが、なのはやフェイトは違う。彼女らは正規の局員ではなく、万が一にも死なせるわけにはいかず、負傷させることすらあってはならない事態であり、二人にとっては傷つくことは覚悟の上かもしれないが、上の人間にとっては胃痛の種となるのも事実。

 つまりは、クロノがミスをしなければいいだけの話であるが、その責任はクロノの双肩にかかり、その上官であるリンディも同様。気苦労が絶えないのはハラオウン親子であり、いざとなれば責任を負うのもハラオウン親子、割に合わないことこの上ないが、彼らはそれを選ぶ。

 彼女らを遠ざけ、武装隊からの増員を指揮するならば、“民間協力者、嘱託魔導師を危険に晒す”という重圧からハラオウン親子は逃れられるが、代わりに少女達の心に“自分達だけ守られている”という重圧がかかることになる。そして、二人は自分達が苦労する方を選んだ。

 これで、少女達を戦わせることにメリットがないならば否定するのだが、二人とも戦闘技能は一級品であることも事実であり、“管理局”にとっては彼女ら二人を使った方が効率は良く、万が一のことがあればハラオウン親子に責任を取らせれば済む。

 それらを全て承知した上で、ハラオウン親子は高町なのはとフェイト・テスタロッサが前線に出ることを許す。それがどれほどの覚悟と責任を伴うものであったかを、二人の少女がそれぞれ尉官クラスの階級となり、部下を持つようになった際に知ることとなるが、それは今しばらく先の話である。


 「それにしても、彼はいつの間にあんなスペースを確保したのだか」


 「わたしにも分からない、というか、今日まで知らなかったよ」

 クロノとフェイトは居住用のスペースで申し送り用の書類などを作成している。ユーノとアルフの二名はレイジングハートとバルディッシュの方についており、なのはの傍にはトールがいる。


 「まあともかく、なのはの傍には彼がいる。彼女が目覚めるまでは僕達は僕達のやることに専念しよう」


 「うん、そうだね」

 二人が書いている資料とは、自分達が戦った騎士に関するものであった。

 この先、再びぶつかる可能性が極めて高い以上、守護騎士の能力や戦い方は記録媒体にまとめて保存しておく必要があり、可能な限り交戦から時間を置かないうちに作成するのが望ましいため、なのはが目覚めるまでの時間を利用して二人はそれを書いている。

 また、ユーノとアルフも二機のデバイスを見守りながら、同様の作業を行っていたりする。


 だがしかし、彼らは知らなかった。

 この頃既に、高町なのはが目を覚ましており、凄まじい惨劇を体験することとなることを。

 その体験が、彼女の精神に大きなトラウマを与えることを。



 彼らは、知る由もなかった。










新歴65年 12月2日  時空管理局本局  テスタロッサ家医療用スペース  PM8:50



 「ふむ、流石に若いな、もうリンカーコアの回復はかなり進んでる」


 「ありがとうございます、トールさん」


 「ま、ちょっとの間は魔法がうまく使えないだろうが、“ミード”がかなり補完してくれたからその気になればディバインシューターくらいは撃てるだろ」

 彼は、汎用人格言語機能を用いてなのはと会話する。

 既に、彼がその機能を発揮する場はフェイトのいる空間に限定されつつあるが、高町なのはという少女は数少ない例外の一人である。

 この基準は、フェイトとの親しさのみならず、その対象の精神モデルのパラメータを用いている。簡単言えば、クロノやエイミィが相手ならば、本来の口調で話しても相手が違和感を覚えないから、といったところだろうか。


 「それはともかくとして、まずは風呂に入ったほうがいいぞ、お前今日はまだ入ってないだろ」


 「ええっ! どどど、どうして分かるんですか!?」

 うろたえるなのは。


 「そりゃあお前、お前の脇とかから漂ってくる汗臭さ」


 「ふぇええええええええ!! わ、わたし、臭うんですかあぁっ!!!」

 さらにうろたえるなのは。


 「なわけはなく」

 こけた


 「というか、俺には嗅覚の機能はない。レイジングハートもバルディッシュもサーチャーと同様の周囲の視覚情報を取り込む機能と音声記録機能は持っているが、触覚、味覚、嗅覚はないぞ」


 「あ、あああ、あのですね…」

 額を抑えながら抗議の声を上げようとするなのは、こけた際に打った模様。


 「だが、俺が使っている人形は触覚情報すら本体に伝えられる優れモノ。とはいえ、流石に味覚と嗅覚まではない。視覚情報から味を予想することは出来るが」


 「トールさん、ちょっとお話が……」


 「さて、とっとと服を脱ぐ」


 「え、ちょ、ちょっと、自分で脱げますから!」


 「病人なんだから文句言うな、お前の身体を健康体アンド清潔体にすることが我が使命なのだよ」


 「で、でもですね」


 「それに、クロノ、フェイト、ユーノ、アルフの四人は戦闘後洗浄している。あれだけの速度で飛びまわれば汗をかかないはずもないからな、アルフに至っては若干口から血も出てたし」


 「血! 血を吐いたんですかアルフさん!」


 「それに、フェイトも………」


 「フェイトちゃん、怪我したんですか!」


 「お前の隣で寝てた」

 こけた


 「と、トールさん………って、もう脱がされてるっ!」


 「さーて、浴室へ向かうか」


 「だ、だから、一人で出来ますっ!」


 「遠慮しない遠慮しない、遠慮し過ぎるのはお前とフェイトの共通する悪い癖だぞ」

 といいつつ、なのはを抱えて隣接する洗浄用の部屋へ向かうトール。


 「遠慮じゃなくて、恥ずかしいんですっ!」


 「機械相手に何を恥ずかしがることがあるか」


 「いや、トールさんて、見た目はお兄ちゃんくらいだから……」


 「ふむ、お前の父と兄がほぼ同年代に見えるのは俺だけだろうか?」


 「……………ノーコメントで」

 なのはもまた、家族の外見年齢の変わらなさに若干の違和感を覚えつつあるようであった。


 「そんなわけで、洗浄ルームへ到着」


 「いつの間に! っていうか、広いですね!」


 「そりゃ当然、ベッドで寝たきりの人を可動式ベッドごと運び込んで、四方八方からシャワーを撃ち込むための部屋だからな。別名を“血の洗礼ルーム”」


 「なんか………病人のための部屋とは思えないんですけど………」


 「さーて、ブラシと洗剤は、と」

 なのはを設置されてあった椅子に座らせ、さっさと洗浄器具を取りに向かうトール。


 「だ、だから、自分で出来ます」


 「気にしない、気にしない」


 「気にしますから!」


 「んで、ブラシはどっちがいい?」

 トールが手に持つのは、二種類のブラシ。


 「……………あの、どうしてこう、キリンさんや象さんを洗うようなブラシしかないんでしょうか?」

 そう、それはブラシと呼ばれるものだ。断じて、垢擦りなどと呼ばれるものではない。


 「問題ない、俺から見れば同じ生体細胞の塊だ」


 「生体細胞………って、痛い痛い!」


 「わかままなやつだなー」


 「貴方にだけは言われたくありませんっ!」


 「ふむ、この口調が悪いのか、ならば――――」


 「いえ、口調じゃなくて、ブラシが悪いんですけど……………聞いてませんね?」

 聞く耳もたずとはこのことか。


 『では、こちらの口調で、痒いところはありますか?』


 「えっと、痛いところならあるんですけど……」


 『お力になれず、申し訳ありません』


 「即答!?」


 『では、ブラシを変更いたします』


 「で、出来る限り、ソフトなので……」


 『善処します』


 一旦、奥に引っ込むトール。



 『こちらなどは、如何でしょうか?』


 「ストォォーーーーーーッップ!!!」


 『どうしましたか?』


 「それ! どう見ても便器を洗うためのブラシですよねえっっ!!」


 『いえ、これは一度も便器を洗うために使用されてはおりません、買ったばかりの新品です。用途は浴槽、排水口、便器などの水周りの洗浄に対応できる優れものですよ。よって貴女が今言った用途にも使われてます。それに、柔らかいですよ』


 「まだ便器を洗ってなくても! 便器を洗うためにも使われるブラシなのは間違いないんですね! っていうか、柔らかいんですか!」


 『ええ、対象が硬いことがあれば柔らかいこともあり、時には水に近いこともありますので。傾向的には硬い方が汚れにくいため、このように柔らかいブラシが最近の主流となっております』

 ちなみに、本局内にあるホームセンターで購入したものである。


 「その対象って、考えたくないんですけど……」


 『垢の塊やカビ、もしくは排泄物です』


 「言わないでください!!」


 『人間的に表現するならば、う●こです』


 「わざわざ人間的に言い直さないでいいですから!」


 『では、洗いましょう』


 「待って! 後生ですから待って下さい!」

 なのはも必死である。少女はおろか、人間として守り通さねばならない尊厳がかかっている。


 『難しい言葉を知っているのですね』


 「あ、前にお兄ちゃんから少し教わって……にぎゃああああああああああ!!」


 『泡が口に入りますよ』


 「やめてください! お願いですから止めてください!」


 『分かりました。止めましょう』

 ピタッと、動きを止めるトール。


 「ふぇ?」


 『如何しました?』


 「あ、あの、止まったことが意外で……っていうか、何で肌に密着させたまま止めるんですか?」


 『貴女に、お願いされましたから』


 「え、えと……」


 『先ほども申したように、私は機械です。ですから、貴女は恥ずかしがることもありません』


 「機械……それで、お願いには応えるんですか…」


 『そうですね、例えるならば、食器を洗う際に特別な感情を抱く人間がいないのと同じことです』


 「食器?」

 その瞬間、空気が凍った。


 「わたし、食器ですか?」


 『いいえ、貴女は人間です』

 しかし、デバイスの態度は変わらない。


 「………」


 『ですがまあ、仕方ありませんね。やはりここは、洗浄用のシステムに任せることといたしましょう。見ての通り、自動の機械システムがありますから』


 「あ、その方がわたしとしても気が楽なので、お願いします」


 『では、機動の準備をしてきます』


 またしても奥に引っ込むトール。

 だがしかし、なのはは気付かなかった。“起動”ではなく、“機動”の準備であったことに。

 トールが日本語変換を使ってたたために、気付くことは不可能であり。

 彼女は、気付かなかった。


 「うん、自動の方がよっぽどましだよね、やっぱり、人間みたいな外見だと恥ずかし」


 ガチャン、ガチャン、ガチャン


 「……………」


 『洗浄シマス、洗浄シマス、対象ヲ中ヘ格納シテクダサイ』
 
 そこに現われたのは、多足ユニットを備えてゆっくりとこちらに近づいてくる謎の物体。

 いや、形状から想像はつくのだが、なのははあえて考えないようにしていた。


 「あの、トールさん?」


 『ハイ、ナンデショウ』


 「それ、何ですか?」


 『自動洗浄システムデス』

 確かに、外見的にはそうだ。その自動洗浄システムとよく似たものをなのはも知っている。

 ただし――――


 「あの、それって、ガソリンスタンドとかにある、車を洗う機械じゃ……」


 『イイエ、自動車ハ洗エマセン。サイズ的問題カラ、二輪車ガ限界デス』


 「やっぱり! 本来は人間用じゃないんですね!」


 『ワタシノ肉体ヲ洗浄スルタメニ使用シマス、多少ノ改良ヲクワエマシタ』


 「人間に近いけど、人間じゃないですよねえぇぇ!!」


 『外部構成材質同等』


 「何で全部漢字なのっ!」


 『開始シマス』


 「ちょ、ちょっと待って!」


 『ナンデショウ?』


 待てと言われれば、律儀に待つのが機械。


 「あの、トールさんって、息はしませんよね?」


 『シマセン』


 「その機械って、何分くらい?」


 『約10分デス』


 「死んじゃいますよわたし!?」


 『蘇生設備万全』


 「死ぬこと前提ですか!?」


 『顔ダケハ別トナリマス』


 「そ、それなら何とか……」


 『開始シマス』


 「って、いつの間にか入ってるしいーーーーーーーーー!! 何でわたしも了承しちゃってるのーーーーーーーーーーーー!!!!」



 ただいま、洗浄中です。そのまましばらくお待ちください。



 『“ワックス”ハ、オカケシマスカ?』


 「ワックス!?」


 『ミラーヲ、トジテクダサイ』


 「ミラー!?」


 『空気ヲ、注入シマス』


 「わたしはタイヤじゃありません!!! いや確かにそろそろ空気は欲しかったですけど!!」


 『ワガママ』


 「貴方にだけは言われたくありません!!」








 およそ、10分後


 「御免、フェイトちゃん、わたし、汚れちゃった………」


 『イイエ、綺麗ニナリマシタヨ』


 「なんか………車どころか、バケツか雑巾にでもなった気分です」


 『フム、マダ改良ガ必要ノヨウデスネ。良イデータガ取レマシタ』


 「わたしは実験サンプルですか!?」


 『ソウイウコトモアルデショウガ、ソウデナイコトモアルデショウ』





 そんなこんなの、ある本局での一コマ。

 これから、彼女らは戦いの日々が始まることとなるが、その前にしばしの休憩を。


 ―――――――――休憩?









 あとがき


 終にやってしまいました。オリキャラが原作キャラと一緒にお風呂、というテンプレ展開をやってしまいましたよ。






[26842] 第八話 老提督の覚悟
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:42
第八話   老提督の覚悟




新歴65年 12月2日  時空管理局本局  顧問管執務室  PM8:45



 『以上が、クラールヴィントとの接触によって私が得た情報です』


 「なるほど………これは、無視できん情報だ」


 「提督も知っての通り、彼の管制機としての機能“機械仕掛けの神”はインテリジェントデバイスの母、シルビア・テスタロッサが彼にのみ搭載したものであり、これを古代ベルカ式のデバイスが破れるとは考えにくいかと」


 「そして、彼がデバイスであるためにこれらは“電子媒体に記録された情報”となり、裁判の証拠にも使えます。そうして彼は、アレクトロ社との裁判に勝訴したわけですから」

 時空管理局顧問管の執務室で語らうのは3人の人間と一機のデバイス。

 管理局へ入局してより50年を超え、かつては艦隊指揮官や執務統括官を務め、現在は三提督までとはいかないまでもやや名誉職に近い役職に在り、後進の者達の指導に力を注ぐギル・グレアム顧問管。

 アースラの艦長であり、闇の書と少なからぬ因縁を持つリンディ・ハラオウン提督。

 彼女の息子であり、同じく闇の書と因縁を持ち、現状において最も闇の書事件の担当官として適性を持つクロノ・ハラオウン執務官。

 そして、最後の一機は会議に参加している、とは少し異なる。どちらかというと、会議室の中央に置かれたプロジェクターが考える機能としゃべる機能を備えている、といった表現が適当であろう。

 彼は人間ではなく、管理局員でもないが(使い魔など、人間以外の管理局員もいる)管理局の高官が一堂に会する会議にすら参加する資格を持つ。当然、座るべき椅子はなく、彼がいる場所は中央にそびえる大型端末の制御ユニット接続部である。

 特に、今回の闇の書事件にかかわって急遽執り行われた会議のような場合において、“トール”というデバイスは重宝する。彼は膨大なデータベースを抱える“アスガルド”の管制機であり、無限書庫には遠く及ばないまでも、過去の多くの事例について即座に参照することが出来る。

 現に、この会議においても彼がまとめた“闇の書事件”に関する記述はかなり役立っていた。


 『人間ならば“口約束”という言葉もあり、それだけで記録に残ることもないため証拠とはなりませんが、我々の言葉は同時にストレージに記録されますから。まあ、デバイスの前で無暗に話すのは危険であるということでしょうか』


 「それは、肝に銘じるべき言葉かもしれんな」

 まさしくこの時発した言葉を、ギル・グレアムは後に顧みることとなる。彼自身は明確に思い出せずとも、トールは一語一句誤らずに記録していたのである。


 『話を戻しますが、クラールヴィントのみならず、グラーフアイゼン、レヴァンティンの主達も己のデバイスに攻撃対象の殺害を命令していません。これまでの8回に及ぶ管理局が観測した闇の書事件においては、観測されていないケースです』


 「不謹慎な話ではあるが、高町なのは君が無事であった事実がそれを証明しているな。これまでの記録にある守護騎士ならば、一撃で頭部を砕き、リンカーコアを蒐集していたはず。とはいえ、守護騎士が顕現しなかった場合もあったため、断言することも危険か。たしかその事例は第四次闇の書事件だったと思うが」


 『はい、管理局のエース級魔導師が主となり、最初の覚醒がなされる前に封印した結果、主のリンカーコアが喰い尽された事例ですね。もし彼の下で守護騎士が顕現していたならば、今回のようなケースも存在したかもしれません。しかし、仮定はともかくとして、守護騎士が顕現しているということは、闇の書が第二フェイズへ移行したことを意味しております』


 「守護騎士達は間違いなく闇の書の完成のために動いている。各地で起きている魔導師襲撃事件はその証だが、調査班からの報告によると、こちらも少々妙なことになっているな」


 『クロノ・ハラオウン執務官のおっしゃる通りです。蒐集こそされておりますが、死者はおろか深刻な障害を負った被害者も確認されておりません。守護騎士のデバイスはいずれもベルカ式のデバイスであり、戦場で戦うことを前提に作られたもの。古代ベルカ式を操る守護騎士の戦闘スタイルを考慮しても、殺さずに仕留めることの方が余程難しいはずなのですが』

 にもかかわらず、守護騎士は蒐集対象を殺さないように動いている。これは一体何を示すのか。


 「その通りだ。第一次闇の書事件においてBランク以上の空戦魔導師で構成された航空武装隊20名がわずか数分で全滅、指揮官であったAAAランクの魔導師も一撃で殺されるという事態となった。だからこそ当時は“鋼の脅威”とまで呼ばれたものと聞くが、どうにも矛盾しているように思われる」


 「守護騎士の行動原理も、主の精神傾向の影響を受けるということでしょうか?」


 「可能性はあるが、主にとって守護騎士はあくまでプログラム体に過ぎんはずだ。蒐集されたリンカーコアは守護騎士を再構成するための燃料ともなり、言ってみれば使い捨ての駒のようなものなのだが」


 「つまり、守護騎士を倒すこと、もしくは捕えることに意味はない、ということですわね。主の意思によって消滅させ、再構築すればよいだけの話でしかない」


 『それ以前に、守護騎士に闇の書本体に関する情報が与えられていないと私は予想します。プログラム言語で言うならば、あるメソッドの内部のみで定義される変数やクラスのようなものであり、闇の書が超大型ストレージならば、守護騎士にはヒープ領域が割り振られていることでしょう』


 「要は、“鋳型”だけが存在していて、守護騎士同じ規格で作られるが、保有する記録はあくまでその時に限るため継承はされず、本体に関する情報も保持していない、というわけか」


 「やはり、闇の書本体か、主を探し出すより他はないな。守護騎士達の行動がこれまでとは違うのもやはり主の影響によるものと見るならば、主を特定しないことには解決には向かうまい」

 グレアムが出した結論に、残る二人と一機も同意する。彼は既にその主のことを知っているが、そのことを知る人間も機械もここにはいない。

 だが、それはそれとして、現在のギル・グレアムは管理局の顧問管としてこの場に在り、管理局員としての立場から闇の書事件を解決するための方策を練ることに全力を尽くしてもいた。

 彼は今回の闇の書事件を最後にするべく11年の時をかけてきたが、“自分ならば必ず終わらせられる”という自信を持てる程になっている。彼が管理局員として生きていた年月、新歴12年から65年の53年間は安くはない。

 彼は前々回の闇の書事件、新歴48年にも自らが教導した部下を失っており、前回の闇の書事件ではクライド・ハラオウンを二番艦“エスティア”ごと自らの手で葬ることとなったが、彼が失ってきた仲間達は闇の書事件だけではなく、むしろそれは全体で見れば極一部に過ぎない。

 ギル・グレアムと同じ時代を生きた高ランク魔導師のうち生きているのは極僅か、今も現役で働ける身体であるのは彼一人。故に彼らは、“生き残りし者”と呼ばれる。

 だからこそ彼は、闇の書を完全に封印するために管理局員としては許されざることを行いながらも、同時に管理局員として己に出来る限りのことを成す。自分の計画が失敗し、再び闇の書が現れた時には自分は既に現役ではなく、そもそも生きているかも怪しい、既に彼の年齢は64歳となっているのだ。

 そうならないように全力は尽くすが、そうなってしまった場合に次元航行部隊を率いる司令官として次の闇の書事件にあたるのは、今自分の目の前にいる若き執務官であろう。

 そう思うからこそ、ギル・グレアムはクロノ・ハラオウンに“闇の書”というロストロギアに対抗するための方策の全てを授けるつもりで、この場にいる。若い彼ではまだ不可能であり、ギル・グレアムだからこそ実現できる対応策は数多く存在しているのだ。

 直接指揮を執るのはリンディ・ハラオウンであり、彼の立場上、直接的に力を貸すのは難しいものの、“闇の書事件”だけは別。


 彼はこの11年間、闇の書を永遠に封印するための方策を考え続け、それを行うための環境を整えるためにもあらゆる努力を払って来た。その一つが、闇の書事件発生時に彼が“総括官”として全責任を負うかわりに、戦闘が予測される地域への交通封鎖や管理世界の住民への避難勧告などの権限を一手に担うこと。

 刻一刻と変化する状況に応じて即座に対処する必要があるのが闇の書事件の特徴であり、守護騎士が顕現している状態、闇の書の完成状態、そして、暴走状態、それらの変化を毎回本局に報告し指示を仰ぐのではあまりにも遅すぎる。彼が艦隊司令官であった前回の闇の書事件においても、それが原因で武装局員の死者を増やしてしまった。

 次元航行艦船一隻を率いて事件にあたるならば艦長にある程度の権限を与えれば済むが、5隻以上の艦艇を従え、その全てが“アルカンシェル”を備えているともなれば、国家戦争クラスの軍事力と言って差し支えない。それを運用するならば本局の許可を得ながらの行動となるのは当然ではあったが、それでは闇の書事件に対処しきれない。

 だからこそ彼は、“伝家の宝刀”的なものではあるが、万が一の際には10隻近い艦隊を率いて本局遠く離れた地域までも独立的な権限を持ちつつ出動できる状態を整えた。無論それは“闇の書”が最悪のケースで発動した場合に限り、彼の首も飛ぶこととなるが、そんなものを惜しむような人間は執務統括官などになれはしない。


 まさしく彼は、己の全てを“闇の書事件”に懸けているのである。


 『それについてなのですがギル・グレアム顧問管。“闇の書”は第一級捜索指定遺失物ではありますが、存在する世界、文化、そして何よりも主の人格や環境によってその危険度認定は大きく変わります。現在得られている情報を考慮するならば、せいぜいが第三級捜索指定遺失物の扱いになると計算しましたが』


 「君の計算は正しいだろう。“闇の書”が最悪の形で力を発揮するのは独裁国家の軍高官などに渡った場合であり、第六次闇の書事件ではまさにそれが起こり、2200万人もの人命が失われた。私の故郷で言うならば、ナチスドイツに渡るような状況かな。アドルフ・ヒトラーなどに闇の書が渡った場合など、考えたくもない事態だ」


 『貴方は、第二次世界大戦中のイギリスでお生まれになったのでしたね』


 「ああ、私の父親も軍人だったがかの大戦で戦死してね、残る家族も、空襲で失った。幼い頃は父の後を継いで軍に入り、もう大戦は終わっているというのに、ドイツに復讐しようなど愚かな考えを持っていた。その私が時空管理局の艦隊司令官となったというのも、思い返してみれば不思議な話だ」

 ギル・グレアムと高町なのはの二人には魔法との出逢い方において多くの共通点がある。しかし、その時に受けた衝撃には決して埋められない差があった。

 ギル・グレアムは第二次世界大戦中のイギリスで生まれ、欧州が戦火に飲まれ、ドイツの戦闘機がイギリスへ飛来し民間人を攻撃し、その報復としてイギリスの航空機がドイツの街を民間人ごと焼きつくすことが“当たり前”とされた時代に育った。

 高町なのはという少女は、世界大戦が既に過去のものとなり、冷戦すら終結した時代に育った世代。彼女は“魔法”というものに魅せられたが、ギル・グレアムは“時空管理局”という存在にこそ魅せられた。

 もし、地球にも時空管理局のような組織があれば、6000万人を超える途方も無い数の死者を出し、その大半が民間人であったあの凄惨な世界大戦は起こらなかったのではないか、焼夷弾が民間人に容赦なく落とされることもなかったのではないか。そして、湧き起るインドなどの独立運動や、今も続く冷戦は―――

 そうして、彼は管理局に入った。それまでは祖国であるイギリスのため、いや、憎きドイツへの報復のために軍へ入ろうと考えていた少年は、国家や民族というものに帰属せず、“次元世界”のために存在する組織に己の夢を見出した。

 いや、彼だけではない。世界が狂気に染まり、世界が地獄を見た第二次世界大戦の時代に生きた人間ならば、“質量兵器が存在しない平和な世界”は誰しもが一度は夢見た光景だった。

 日本という国においては人間魚雷”回天”、人間ミサイル”桜花”という狂気の具現とも思える兵器が作られ、それに乗って若者達が命を散らせていった。”回天”、”桜花”に限らず特攻作戦という搭乗者の死を前提とした作戦が次々と行われた狂気の戦争。

 それが終わったあの時代、誰もが思ったのだ”2度とこんな戦争を起こしてはいけない”と―――


 今も尚管理局の人材不足は解消されず、幼い少年少女が危険な前線に赴くこともある。だがかつての大戦の様な”死を前提にした”人間を消耗品のように扱う段階には決してさせてはいけない、若き日の老提督もそうした思いを胸に走り続けてきた。




 「まあもっとも、キューバ危機などの際には長期休暇を貰ったものだがね。私は管理局に夢を託したが、それでも故郷というものは忘れられるものではない」


 『それは当然でしょう。大量破壊兵器の根絶を目指す管理局が、全面核戦争の瀬戸際であった世界に家族がいる人物を返さないはずがない。いえ、もしもの時は、貴方が懸け橋となって時空管理局が介入し、第97管理外世界が管理世界となっていた可能性すらあったはずです』


 「かもしれんな、アメリカとソ連が全面核戦争となり、無辜の民が核の炎で焼かれる事態となればいくら管理外世界とはいえ、時空管理局も座視してはいまい。介入することは望ましいことではないが、数億、いや、数十億の人間が死に絶えるよりは遙かにましだろう。まあ、それは過去の話だが――――」


 『闇の書が最悪の形で暴走すれば、キューバ危機以上の人災を第97管理外世界にもたらす可能性がある、というわけですね。現段階では可能性は極めて低いものの、ゼロではない』


 「その通りだ。だからこそ、闇の書を甘く見てはいかん。あれは、人の世の闇のそのものだ」

 それ故に、ギル・グレアムは闇の書を止めることに己の人生を懸けた。

 次元干渉型のロストロギアなどは、その名の通り既に“自然災害”に近いものがあり、人間の手を半分離れつつある代物だ。

 だが、闇の書は自然災害規模の力を持ちながらも、主の人格や所属する国家によって脅威の度合いが変わるという特性を持つ。民間人にとっては大差ない問題だが、彼にとってはそうではない。

 彼自身が述べたように、闇の書はナチスドイツのような組織に渡った場合に最悪の災厄をもたらす。それを止めることは、ギル・グレアムが時空管理局に入った理由そのものでもあり、彼が託した夢も具現でもある。


 ――――その代償が、罪のない少女を生贄に捧げることというのも、彼にとっては何よりも重い咎であったが。


 狂気の大戦中に生まれたギル・グレアムと、平和の時代に生まれた子供達の価値観は、やはり根本的な部分で違うのだ。

 理想論を振りかざしても、空から落ちてくる焼夷弾はなくならず、炎に包まれる街は救えない。


 そうして彼は、決して許されぬ罪を背負ってでも、闇の書を封じる覚悟を決めた。

 “正義”というものは価値観によっていかようにも変わる。やはり、彼の決断は今の時代を生きる管理局員達にとっても、決して認められないものであろう。

 それらを全て理解してなお、彼はその道を選んだのであった。それが茨の道であることは覚悟の上で。

 

 そして、グレアムとトールの会話を、クロノとリンディの二人はやや置いて行かれつつも何とか理解していた。

 第97管理外世界に関する“現在の知識”はかなりある二人だが、冷戦時代の米ソの対立に至るまで熟知しているはずはない。トールはフェイトがこの97管理外世界に住む事が決まってから、この世界に関するデータはあらかた揃えており、当然イギリス出身で、第二次世界大戦中に生まれたグレアムは知っている。


 「ですが提督、闇の書が現段階では第三級捜索指定遺失物扱いになる以上は、武装隊の大規模な動員や管理外世界への艦隊の派遣は不可能なのでは?」


 「それも事実だ。私の持つ非常時権限はその名の通り非常時に限ってのこと、簡単に言ってしまえば、私の首と引き替えにアルカンシェルを地表へ放つことを許可するというものと言えるか」


 『貴方の進退問題だけで済むかどうかさえ怪しいところだと推測します。もし、日本国の首都にアルカンシェルが打ち込まれれば、こじれにこじれて第三次世界大戦、となるやもしれません。世界の軍事バランスというものは危ういですから』


 「そのような事態には、私達の誇り、いいえ、存在意義にかけてさせません」


 「その意気だ、リンディ提督。だが、さしあたっては武装隊が大隊規模で必要というわけでもないな。運用するにも経費がかかる以上、人事部も慎重にならざるを得んし、何よりも中途半端な戦力の投入は闇の書にリンカーコアを提供することにしかならない」


 「そうですね…………闇の書の守護騎士に殺害の意思はなく、現段階での危険度が低いことは確認されましたから、僕達アースラだけでも対応は十分に可能だと思います」


 「守護騎士はまあいいとして、問題は主がどういう意図で蒐集を命じているか、また、そもそも闇の書の特性をどこまで把握しているか、ということでしょうね」


 『それに関しましてはデバイスとして意見があるのですが、よろしいでしょうか?』

 トールの発言に、三人が頷きを返す。


 『ありがとうございます。まず、守護騎士はあくまでプログラム体であり、彼らが“効率的”に動くならばやはり殺してリンカーコアを奪っているはずでしょう。しかし、彼らはそれをしておらず、それはまるで、管理局員の戦い方のようでもあります』


 「ああ、実際に戦ったが、その印象は確かにあった」


 『最も考えられる可能性は、主が守護騎士に殺害を禁じた場合です。その理由としては、まさしく今の我々の状態を作り出すこと、危険性が低いと判断させ、艦隊クラスの戦力が投入されることを防ぐため、これが一つの可能性です』


 「もう一つは、ちょうど、先の話に出てきたなのは君や私のように、高い魔力を持った管理外世界の人間がたまたま闇の書の主に選ばれてしまったケース、といったところかね?」


 『はい。一連の魔導師襲撃事件は全て第97管理外世界から個人転送で向かえる世界に限られており、闇の書の主は第97管理外世界にいる可能性が最も高いと考えられます。無論、ミスリードの可能性もありますが、主がたまたま選ばれた現地の人間ならば、辻褄が合います』


 「その場合、通常のプロセスに則って守護騎士が顕現した。そして、殺傷を禁じた上で、なおかつ守護騎士達を蒐集へ向かわせた、となるわね」


 『そうです。主が守護騎士達をデバイスのような道具ではなく、使い魔のような“家族”として認識している可能性もありますが、蒐集を行わなければ自分のリンカーコアが喰われることを知れば、守護騎士に蒐集を命じることでしょう』

 あらゆる可能性を演算する古い機械仕掛けも、八神はやてという少女が、自分がこのままでは助からないことを知りつつも蒐集を許さない精神の持ち主であることまでは知りようがない。

 ただ一人、この場でそれを知る老提督は、何を思うのだろうか。


 「なるほど、主の行動はあくまで緊急避難に近いものとも考えられるか………この段階で決めつけるのは早計過ぎるが、操作方針を定める指標にはなりそうだ」


 『はい、逆に考えれば、時間的猶予はこちらにあります。守護騎士の蒐集が犠牲者を出すものでない以上、闇の書が完成するまでに主を拘束、ないし闇の書の封印が出来れば我々の目的は達成されます』


 「だが、完成前までの封印は困難である上、転生機能によって次へ逃げられる可能性が高い。何より、守護騎士が存在している段階で闇の書を封印出来た事例がないのだ」


 「ですが、僕達が管理局員である以上、闇の書が完成するまでに出る犠牲者を見過ごすわけにはいきません………が」

 犠牲者に命の危険はなく、後遺症なども残らないならば、話は少し違ってくる。


 「こうなると、逆に難しいわ。“命の書”と“ミード”があるなら、あえて闇の書を完成させて、その状態で封印処理に移った方が安全かもしれない」


 『ただ、その場合。万が一失敗すれば第97管理外世界で闇の書が暴走し、地表目がけてアルカンシェル発射、という事態になる可能性も孕みます。その前に確保し、無人世界などで封印を行えるならばよいのですが』


 「安全策を取るならば、未完成状態で闇の書を確保し、次元空間においてアルカンシェルで吹き飛ばすことだが、それも結局先送りにしかならん」


 「ですが、管理外世界にアルカンシェルを撃つよりはましです。仮に先送りになったとしても、その時はまた僕が止めます」


 『闇の書が現れるたびにそれを確保し、無人世界でアルカンシェルを撃ち込むのをハラオウン家の家訓とすることも一つの解決策ですね。残念ながら根本的解決からは遠くなりますが』

 この中で唯一、闇の書に特別な感情を持っていないのはトールだけであり、それだけに客観的意見を述べることが出来る。

 だが、それも少し異なる。そもそも彼はプレシア・テスタロッサが関わること以外には主観を持たないのだ。


 「ともかく、闇の書の封印方法をどのようなものにするかは並行して検討するとして、当面の目標は、主の居場所を突き止め、守護騎士の守りを突破して闇の書を確保することですわね」


 「とはいえ、闇雲に探しても見つかるものではない。やはりここは守護騎士を利用するべきだろう」


 『でしょうね、高町なのはの襲撃があったのは海鳴市ですが、闇の書の主がそこに住んでいるとも限りません。ただ、守護騎士が日本語を話していた事実より、主の母語が日本語であることは間違いありませんね』

 実は、トールには心当たりがある。

 そもそも、彼がジュエルシード実験の舞台に海鳴市を選んだのはそこに“謎の結界”が敷設されていたからに他ならない。


 プレシアとアリシアのことで頭が一杯であったため、フェイトとアルフの脳内からは既に消えているその情報も、デバイスである彼は正確に記録している。また、結局必要性がなかったため、リンディとクロノにもこのことは話していなかった。

 その事実が今後どう影響するかは、まだ分からない。


 「守護騎士を捕えても口を割るとは思えませんが、トールの推察通り、主が偶然選ばれただけの日本人なら守護騎士を消して再召喚という真似は出来ないかもしれませんし、何らかの情報が得らえる可能性はありますね、なによりも」


 「彼の本体を守護騎士のデバイスに差し込んで“機械仕掛けの神”を発動させれば、というわけね」


 『はい、以前はケーブルを介したある種間接的なものでしたが、直接的に繋がればこちらのものです。ただそのためには、守護騎士を捕捉してエース級魔導師をぶつけ、隙を作り出す必要がありますね』


 「そうだな、近くの世界で蒐集を行うことは間違いないだろうが、それでも範囲は広すぎる。網を張るにしてもどれほどの局員を動員すればいいか………」

 戦争においても、捜査においても、何よりも重要なのは情報である。

 犯人を捕らえるための機動隊が揃っていても、犯人が潜伏している場所が分からなければ意味がないように、ヴォルケンリッターを捕えるための戦力を整えても、そもそも捕捉できなければ意味はない。

 しかし、第97管理外世界の近場の世界と言っても広大であり、到底網を張れるものではない。結局は守護騎士の魔力反応を感知し、現地へエース級魔導師を送ることとなるが、どうしても後手に回ってしまう。


 「海鳴市や、その近隣の県までをカバーするのは出来るけど、守護騎士も本拠地付近では魔力の痕跡を残さないようにしているでしょうし、何よりも戦闘地点が市街地になってしまう可能性が高いわ。やはり理想的なのは観測世界などで捕捉することだけど………」

 それを成すには、あまりにも膨大な人員が必要となる。闇の書が第三級捜索指定遺失物クラスの危険度である現状では、アースラの捜査スタッフとレティ・ロウランの探索チームくらいしか動かせない以上は夢物語でしかない。

 守護騎士達が魔導師を殺しており、危険性が高いと認定されれば大量の人員が送り込めるというのも、実に皮肉な話ではあった。死者や深刻な被害に遭った者が出ていない以上は、限られた人員で捜索するしかないのである。


 だが――――


 「ふむ…………ならば、兵糧攻めといくかね」

 そう言いつつ、ギル・グレアムが己の愛機、50年を超える時を共に過ごした相棒を取り出す。11年の時を闇の書事件への対策を講じることに費やしてきた彼の引き出しは並ではない。


 「オートクレール……」

 クロノも、そのデバイスは知っている。管理局の武装隊に支給されるデバイスの初期型であり、彼のS2Uの先発機といえる存在なのだ。


 「オートクレール、BW-4の情報を」

 主の声を入力として、ストレージデバイスが反応する。

 オートクレールは言語機能を持たず、唯一の意思伝達手段はコア部分に表示される文字のみ。彼は、トールより古い遙か過去のデバイスであり、今のデバイスのような多彩な機能は持ち合わせていない。

 しかし、ギル・グレアムはオートクレールを使い続けた。この主従には、最早切れない絆が存在しているのだ。
 

 「これは………次元犯罪、及び次元災害発生時における交通規制に関する条項、ですか?」


 「そう、守護騎士はリンカーコアを蒐集するために動く、それは逆に言えば、リンカーコアを持つものしか獲物に出来ない、ということだ」


 「なるほど、つまり―――」


 「図らずも、なのは君が蒐集されたことがここでは有利に働く。管理外世界の民間人である彼女が蒐集された以上、現在の第97管理外世界付近は、“一般魔導師にとっての危険地帯”として認定することが出来る。その辺りに滞在している者には一時的にミッドチルダへと退避してもらい、事件解決までの渡航を禁止する。そうなれば、魔導師襲撃事件は収まる」

 それは、オートクレールに登録された“闇の書事件”における対処法の一つであり、本局の重鎮たるギル・グレアムならではの方策であった。


 『まさしく、社会の歯車たる管理局ならではの方法ですね。物語の世界では影ながら存在する正義の組織が存在し、彼らが守護騎士が現れた際に都合よく現れ撃退してくれるのでしょうが、そんなことはせずとも、そもそも一般人を危険地帯に寄りつかないようにしてしまえばいいだけの話です』

 日本ならばそれは、警察や自衛隊にしか出来ない手法。

 人々を無差別に襲う連続猟奇殺人事件などが起きているならば、外出の禁止を義務付けられるのは国家の組織の特権である。悪い方向で軍部によって戒厳令などが出されたりすることもあるが。

 ギル・グレアムがこの11年で用意した準備とはつまりそういったものの発動体勢であり、こればかりは若き執務官であるクロノ・ハラオウンはおろか、リンディ・ハラオウンでも今はまだ不可能な芸当である。


 『そして、管理局の勧告を無視して危険地帯に留まり、蒐集の被害を受けたのならばそれは自己責任です。法に従わなかった者のために法の守り手が命を懸けるというのも変な話ですし、極論、見捨てても社会問題にはならないでしょう』


 「君は、痛いところを突くな。そういった側面があることは否定できんがね」


 『申し訳ありません。ですが、犯罪者の確保よりも民間人の安全を優先しなければならないことが管理局員の最大の枷ともいえ、広域次元犯罪者はそこを的確に突いてきます。しかし、“民間人がいてはならない状況”を作り出せば、その優先順位も変えることが可能となります』

 それは後に、デバイスソルジャーA型という存在が示すこととなるが、それはこの物語で語られる事柄ではない。


 「まあそれはともかく。規制、いえ、封鎖をかけてしまえば魔導師が襲われることはなくなる、つまりは提督がおっしゃったように兵糧攻めというわけですね。そうなれば守護騎士達は……」


 「リンカーコアを持つ魔導師以外の生物を狙う、いや、そうするしかなくなるだろう。ならば後は簡単だ、第97管理外世界付近にある魔法生物の生息域、もしくは保護区域、それらに網を張れば必ず守護騎士はかかる」

 彼の計画にとっては、守護騎士が捕縛されることは望ましいことではない。

 しかし、管理局が闇の書への対応マニュアル通りに動き、守護騎士を捕捉することも同じくらい重要なのだ。なぜならそれは、ギル・グレアムがいなくなっても対処できる機構が整ったことを意味し、それさえ出来れば、後をクロノに託すことも出来る。計画は必ずや成功させるつもりだが、失敗した場合に備えることも“上に立つ人間”の使命なのだ。


 「その際には、決して守護騎士に見つからないように徹底しなければなりませんわね。魔法生物を餌に網を張ったというのに、観測役が獲物になってしまったのでは本末転倒」


 「それは私も考慮したが、守護騎士のうち探索に秀でているのは湖の騎士のみだ。その他の三騎ならば捜査スタッフのスキルでも見つからずに済むはずだ。それに、エース級魔導師が駆けつけるまでの間という時間制限もある」


 「ただ、アースラは現在整備中で動けません。アースラが第97管理外世界付近にあれば即座に転送出来ますが、本局からとなると……」


 「そういえば、長期航行が可能な艦船は現在空いていなかったか。私の非常時権限で動員する艦艇は長期航行用の艦艇ではないから、代用も出来ん。とはいえ、やはり拠点は必要だ、何とかかけあってみるか」


 「そこまでご迷惑をお掛けするわけには―――」


 「いいや、リンディ提督、権限というものは使うべき時に使うものだ。やはり、有事の際に本局からでは遠すぎる。転送ポートを備えた艦艇を第97管理外世界付近に配置することは“闇の書事件”を扱うならば必須だろう」

 それは、グレアムの混じりけの無い本心。

 彼の計画から見れば難易度が上がることとなってしまうが、組織の体裁に拘るあまりに硬直した対応しか取れないという事態そのものが、“闇の書事件”を解決不能としてきた要因の一つなのだ。

 グレアムの計画によって“闇の書事件”が終わっても、次元世界に散らばるロストロギアはこれ一つではない。重要なのは管理局が柔軟な対応能力を失わず、ロストロギアの規模に応じた適切な運用を行える体勢を整えることなのだから。

 彼は自らの意思で茨の道を歩むことを決めたが、その要因は私怨というよりも自責の念であり、闇の書へ憎悪を燃やすには既に彼は年老い、多くの同僚を失い過ぎていた。

 彼はクライド・ハラオウンを失ったが、そのこと自体は珍しいことでもなく、それを成した闇の書を憎むよりも、己の判断ミスで彼を死なせてしまった自責の念と、闇の書の転生を止められなかった自身への憎悪が、ギル・グレアムの今の原動力となっている。


 だが――――


 『いいえ、それには及びません。フェイト・テスタロッサが嘱託魔導師として闇の書事件と関わることが明白である以上、時の庭園はその機能の全てを費やしサポート致します』

 リンディとクロノのことはよく知っており、それぞれの立場や能力の限界を把握している彼だが、テスタロッサ家、いや、時の庭園に関しては別であった。


 「時の庭園を、使うのか」


 『ええ、それに、網を張る役も私とアスガルドが引き受けましょう。守護騎士の到着を観測し、追跡するのみならばサーチャーとオートスフィアだけでも事足りますし、何よりも、気づかれたところで蒐集されることもありません。なにせ、機械ですから』


 「確かに、リンカーコアを蒐集する守護騎士を探索、追跡する存在として、機械以上に相応しい存在はいないかもしれないわ」

 機械は臨機応変の対処が出来ないために、捜査などにはあまり向かない。

 しかしそれは、人間の住む街での人間を相手にした場合の捜査であり、無人世界や観測世界で魔法生物保護区などに網を張るならば話は別、むしろ、そういった単一機能ならば機械は人間を遙かに凌駕する。


 『時の庭園が第97管理外世界付近にあれば、アスガルドは周辺世界のサーチャーからの情報をリアルタイムで解析できます。また、転送ポートもあるため戦力の派遣にも事欠きませんし、海鳴市とも直通しており、本局への転送ポートとしても利用できます。何より、リンカーコアが損傷した者達を治療する設備が整っており、同時に100人は治療可能です』


 「確かにそれなら、捜査チームの拠点にも使える上に、いざという時の主戦場にも使える」


 「理想的ではあるけれど、大砲は大丈夫なのかしら?」

 リンディが言うのは無論、地上本部に属するブリュンヒルトのことである。

 諸々の事情があって、時の庭園には未だにブリュンヒルトが鎮座している。解体するにも費用がかかり、時の庭園にあれば維持費をテスタロッサ家が負担してくれるため、資金不足の地上本部としては大助かりだったりするのだ。


 『ええ、そちらは何とかしますのでお任せを、ギル・グレアム顧問管、そういうことで如何でしょうか』


 「いや、問題がないならば異論はないよ。まあ、方針としてはこんなものだろう」


 「海鳴市を中心に守護騎士を捕捉するための監視員を置き、同時に、蒐集へ向かう守護騎士に対する網を時の庭園の機械達が張る。周辺の魔導師への避難勧告と交通封鎖に関しては、申し訳ありませんがお願いします」


 「ああ、任せたまえ」


 「トールが中央制御室にいてくれるなら、私とクロノは海鳴市にいた方が良さそうね。広域のカバーは機械に任せて、市街地は人間が担当する。なのはさんやフェイトさんのこともあるし」


 『では、より実働レベルでの調整に参りましょう。グレアム提督、オートクレールが持つ交通封鎖に関する情報と魔導師襲撃事件発生地のすり合わせを行いたいのですが』


 「ふむ、こちらのケーブルで良いのかね?」


 『はい、それを彼に繋いでくだされば』

 トールとオートクレールが接続され、人間ではあり得ない速度で情報がやり取りされていく、トールは同時にアスガルドとも連携し、守護騎士に対してサーチャーとオートスフィアが形成する“網”の構築に取り掛かる。

 また、グレアム、リンディ、クロノの三人も人員の配置やレティ・ロウランの調査班との連携をどうするかを話し合う。老提督にとっては、全ての人員を把握していれば、守護騎士達を意図的に逃がすこともできるという考えもあったが、それは表には出さない。


 しかしこの時、二機の古いデバイスが送受信していた信号が“兵糧攻め”と“機械の網”に関すること以外にもあったことを、三人は知らない。



 ギル・グレアムと53年間共にあったオートクレール


 プレシア・テスタロッサと45年間共にあったトール



 その存在は非常に似ているが、決定的に違う部分が存在する。


 それは、ストレージやインテリジェントといった区分ではなく、デバイスにとっては何よりも根源的な事象。


 その差異は、人間には非常に理解しにくいものであるため、老提督ですら、気付くことは叶わなかった。



 だがしかし、決して忘れてはいけない。



 どれほどの長き時を共にあっても


 どれだけ互いに信頼していようとも



 彼らデバイスは、アルゴリズムに沿って動く、機械仕掛けなのである。







あとがき
 今回は闇の書事件に対してアースラがどう動くかの説明が主でしたが、グレアム提督がより直接的に協力してくれている部分が相違点となっています。やはり、彼が11年間闇の書を封印するための方策を考え続けたのならば、闇の書事件が発生した際のあらゆる対応策を練っていると考え、もし失敗に終わったならば、クロノの世代に託すしかない以上、このような感じになるかな、と考えた次第です。
 また、彼が管理局に入って50年以上というのはA’S第三話の内容で、彼と管理局員の出逢いは映像からはなのはとほぼ同年代くらいに見えたので、グレアム提督の年齢は62~65歳くらいかなと想定しました。となると、彼の生まれた年代は第二次世界大戦の頃となりました。
銃などが街中で放たれることなどほぼあり得ない現在の日本で生まれ育った少女ならばともかく、爆撃機が空を飛び交い、民間人へ向けて容赦なく焼夷弾が落とされ、果ては原子爆弾まで落とされた時代に生まれ育ち、その後も米ソの冷戦が続いていた時代に生きた少年にとって“質量兵器の廃絶”を掲げ、国家に依存しない中立な立場を持つ管理局との出逢いは、“魔法”よりも遙かに重いものであったのではないかと思います。
 最高評議会、三提督、グレアム、レジアス、リンディ、そして、クロノ達の世代への時代と価値観の移り変わりも三部作通しての主題の一つで、そういった人間社会の移り変わりと、デバイスはどのように関わってきたかは特に描きたい事柄なので、丁寧に書いていきたいと思っています。やはり、ヴィヴィオ、コロナ、リオの世代がインテリジェントデバイスと共に平和に楽しく過ごしているVividが、到達したい地点です。

そして今回の津波で壊滅的な被害を受けた市外の様子をTVで見ながら、大戦中の空襲後の街はこのような状態だったのだろうか、と感じました。そして亡くなられた方へのご冥福をお祈りいたします。





[26842] 第九話 それぞれの想い
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:42



第九話   それぞれの想い




新歴65年 12月2日  時空管理局本局  デバイスルーム  PM9:30



 「うーん、やっぱり、芳しくはないみたいだ」


 「レイジングハートもバルディッシュも、無理したからねえ」

 クロノとリンディが今後の対応について協議している頃、ユーノとアルフの二人はそれぞれが戦った相手の特徴をレポートに纏め終え、デバイスの修復経過を見ていた。

 決して専門家というわけではないが、彼らから見ても二機のデバイスの状況は良くないものであることは分かる。もし“管制機”の補助なしで最後のファランクスシフトやスターライトブレイカーを放っていれば、さらに深刻な状態に陥っていたかもしれない。

 そこに、ドアが開く音が聞こえてくる。


 「なのはっ、フェイトっ」

 アルフが嬉しそうに入って来た二人の少女に声をかけ、同時に駆け寄っていく。


 「アルフさん、お久しぶりです」

 一応守護騎士との戦闘中も姿を見かけはしたが、なのはとアルフは直接言葉を交わしていない。ヴォルケンリッターと対峙している状況で、そこまでの余裕はなかったのだ。

 そうして、4人が若干遅れながらの再開を祝していると、部屋に入ってくる人間がもう一人、と一機。


 「なのは、平気そうでなによりだ」


 「まっ、俺は何の心配もしていなかったけど。ああそうだ、言い忘れてたけど高町家には俺が嘘八百を並べておいたから、無断外泊に関しては気にすることはないぞ」


 「クロノ君、と………」


 「どした?」


 「いいえ、何でもありません」

 トールの顔を見るなり前回(浴場)での文句を言いたくなるなのはだが、苦情を言うにも、そうなるとフェイトやユーノにも自身が受けた名状しがたい屈辱の体験を知られることとなるため、何も言えない。

 これがまあ、“女の子として恥ずかしい”ものならフェイトには話せるのだが、“人間の尊厳がかかっている”出来事であったため、なかなか相談できない。バケツか雑巾にでもなった気分とは、なのはの談である。


 「バルディッシュ……」

 フェイトの方は、トールが入ってきたことでバルディッシュの負傷のことを思い出し、彼が入っているケースの方へと歩いていく。


 「ごめんね、わたしの力不足で………」


 「お前が気にすることじゃないぞフェイト、デバイスに関して気にするのは俺の仕事だ」


 「だけど……」


 「だけども何もない。お前がバルディッシュの性能を生かし切れなかったならお前の責任だが、そうじゃない。現在のバルディッシュの性能を最大限に発揮した上で負けたんならそれは仕方ないことだ。だったら、次はどうすればいいかを考えろ、戦力的に劣っていようが勝つ手段はいくらでもある。なんつっても専門家がいることだし、なあ執務官殿」

 「ああ、それにそもそも戦わないことも選択肢の一つだ。まあ、君やなのはがそれを選べるとは僕も思わないが」

 クロノとしては苦笑いを浮かべるしかない。本音を言えば戦ってほしくはないが、半年以上の付き合いだ、彼女らがどう思っているかは予想出来る。


 「それでユーノ、破損状況は?」


 「正直、あんまり良くない。今は自己修復をかけてるけど、基礎構造の修復が済んだら、一度再起動して部品交換とかしないと」


 「そうか…」


 「ねえ、そういえばさ、あの連中の魔法って、何か変じゃなかった?」

 そこに、アルフが疑問点を挙げる。


 「あれはベルカ式だが、近代ベルカ式じゃない。古代ベルカ式だ」


 「古代ベルカ式って………確か、聖王教会とか、極一部にしかもう伝わってないんじゃなかったかい?」


 「うん、そのはずだよ。僕達スクライア一族がたまに古代ベルカ時代のデバイスを発掘したりもするけど基礎からして現在のものとは違うし。まあ、一般的には古代ベルカ式と呼ばれているけど、僕達が戦った相手が使ったのは多分中世ベルカ式のデバイスかな」


 「中世ベルカ?」


 「一般的には近代以降を近代ベルカ式、それ以前のものを古代ベルカ式と二分するが、それを厳密に分ければ現代ベルカ、近代ベルカ、近世ベルカ、中世ベルカ、古代ベルカとなるんだ。そして、ベルカでカートリッジシステムを開発したのは中世ベルカ時代の“黒き魔術の王”と呼ばれる人物だ」


 「えっとクロノ、黒き魔術の王って確か、一千年くらい前の伝説的な魔導師のことだったよね」

 うろ覚えながらフェイトが質問する。彼女がリニスから習った事柄は実践に関わることが多かったため次元世界史などはそれほど得意ではないが、黒き魔術の王は魔法を実践的に扱うことに深く関わるため多少は知っていた。


 「ああ、カートリッジシステムのみならず、フルドライブ機構やその発展版のリミットブレイク機構、それらを作り上げたとされる人物だ。かなり危険な思想の持ち主であったともされるから、現在では手放しで称賛される存在じゃないが」


 「でも、質量兵器の全盛時代には神のように崇められた人物なんだ。彼の人物考察にも諸説あるんだけど、とにかく、歴史の大きな影響を与えた大人物というのは間違いなくて、守護騎士のデバイスはその時代以降のものと考えられる」


 「えっと……」

 その中でただ一人話についていけないなのは。

 フェイトやアルフはともかく、彼女は次元世界の歴史などまるで知らないのである。よってそこは両方の世界についてを知っている機械が注釈を入れる。


 「なのはにも分かりやすく言うなら、織田信長みたいなもんだ。比叡山を焼き打ちにしたりとかなり乱暴な面もあったが、信長がいなければ日本史も別な方向に進んでいたであろうことは疑いないだろ」


 「あ、それは分かります」


 「それでまあ、事実とは違うが、信長が火縄銃を開発したとしてみろ。過去の武士が現代に現われたとして、そいつが火縄銃を持っていたんなら、少なくとも源義経の時代の人物なわけはねえってことだ」


 「なるほど」


 「だがまあ、そういった歴史考察は後でやるとして、そろそろお前達にはいくべき場所がある。クロノ、そろそろ時間だよな」


 「フェイト、なのは、君達に会ってもらいたい人がいる。君達が今後闇の書事件に関わるつもりなら、彼の許可が必要なんだ」














新歴65年 12月2日  時空管理局本局  デバイスルーム  電脳空間  PM9:40



 フェイトと高町なのはの二人はクロノ・ハラオウン執務官と共にギル・グレアム提督の下へと向かいました。

 入れ替わるようにエイミィ・リミエッタ管制主任がデバイスルームを訪れ、ユーノ・スクライアとアルフに彼についての説明を行っています。

 そして、私は――――


 『聞こえますか、二人とも』


 『はい』


 『聞こえます』

 エイミィ・リミエッタ管制主任に手を貸してもらい、私の本体を彼らが眠るケースへと接続、電脳空間における対話を開始しました。


 『これまでの経緯については送信したデータの通りです。アースラは“闇の書事件”の担当となることがつい先程正式に決定し、貴方達の主人二人がそのチームに加わるかについて、現在会談が行われています』


 『あの騎士達と、再び』


 『戦うこととなる』

 見事な繋ぎです。レイジングハートとバルディッシュの相性も実によいようですね。


 『ええ、それはもう確定事項と言ってよいでしょう。そして、フェイトがそれを望む以上は私は止めることはいたしません。それが危険なことであろうとも、彼女が望むならば私は全力でサポートするのみ』

 それが、使い魔とデバイス、リニスと私の最大の相違点でもありました。

 我が主、プレシア・テスタロッサが己の身体を顧みることなく無理な魔法行使と研究を進めている頃、リニスは幾度も無理やりにでも主を入院させようとしたことがあった。

 しかし、その度に私が立ちはだかった。“入院して己の身体を休めること”は主の願いではなかったため、それを阻むリニスを私は止めた、いざとなれば排除することも考慮に入れつつ。

 そして、リニスは優秀な使い魔でしたが、時の庭園内部では私には敵いませんでした。彼女は一度も私を出し抜くことは出来ず、それは結果として主の寿命を縮めることともなったでしょう。

 ですが、己の命を削ってでも娘のために研究を進めることが主の願いならば、私は止めることはしない。“主の鏡”として忠告は繰り返しますが、ただそれだけでした。そしてそれは、フェイトに対しても変わらない。


 『トール、貴方は我が主の望むままに機能するのですね』


 『然り。ただ一つ、我らの電脳が導き出す彼女の行動の結果予測が“フェイト・テスタロッサの幸せに繋がることはない”というものでない限りは』

 我が主より与えられた最後の命題は、フェイトが幸せになれるよう機能すること。

 リンディ・ハラオウンやクロノ・ハラオウンが闇の書事件に関わる中で自分だけ安全圏にいることはフェイト・テスタロッサにとって幸せではない、と私が保有する彼女の人格モデルは推察した。

 彼女が求める幸せとは、皆で協力して事件を解決し、また皆で笑い合える日々が来ること。それ故に、ヴォルケンリッターを一方的に排除することも最適解ではありません。既にフェイトは剣の騎士シグナムについて共感までは言い難いですが、繋がりを感じています。


 『それでは貴方は、あの騎士達の望みも叶えるつもりなのですか?』


 『それが、フェイトが願う幸せの形ならば、そうなるでしょう。彼女らが襲撃者として魔導師を襲い続けるならば可能性は低いですが、どうもそれだけではないようにも考えられる』

 ヴォルケンリッターの行動は明らかにこれまでのものとは異なっています。


 『少なくとも、貴方達の主、フェイト・テスタロッサと高町なのはの二名は騎士達の真意を知ることを望んでいます。人間としてやや歪と言えるかもしれませんが、彼女らにとっては自身が襲われることよりも相手の意思が分からないことの方が耐えがたいことなのですから』


 『それは……』

 答えに窮したのはレイジングハート。彼女もまた、己の主の持つ危うさを気に懸けることはあったのでしょう。

 高町なのはという少女は、相手に共感し過ぎる部分がある。それは悪いことではありませんが、危険なことでもあります。

 無論、彼女も無条件で相手に共感するわけではありませんが、彼女はある種の“感受性”が強い。強い意志を持って行動する人間を嗅ぎ分けるセンサーが優れていると言うべきか。


 『私が持つ人格モデルの中でも、過去の高ランク魔導師には彼女と同じような特徴を持つ方がいます。金銭目的や快楽のためなど、“軽い”動機の犯罪者には容赦なく砲撃を叩き込むのですが、相手に深い事情と決して譲れぬ意思を感じた場合には、まずは相手の真意を探ろうとしておりました』


 『どのような方だったのですか』


 『貴方の先発機の主ですよ、バルディッシュ。私の17番目の弟、”神秘の炎”アノールの主がまさにそういう方でした』

 どうにも、シルビア・マシンの主には似たような傾向が見られる。

 現在は防衛長官となったレジアス・ゲイズ中将の殉職なさった同輩達にも、かなり似ている部分がありました。


 『私のような機械では観測できないパラメータを、高町なのはは“直感”によって取得しています。つまり、彼女が鉄鎚の騎士の真意を知りたいと願っていることこそが、現在のヴォルケンリッターにはプログラムだけではない要素がある証なのです。なぜなら、高町なのはは人間ですから』

 人間の持つ“直感”が守護騎士に対して働いたということは、現在の守護騎士は機械的なプログラムではないということを示す。

 その行動はプログラムに縛られたものであるのかもしれませんが、それだけではない彼女らの意思が存在していると。

 私とアスガルドが保有する人格モデルは、演算しました。


 『そうである以上、高町なのはが引くことはありません。かつての事件において、ジュエルシード探索から引く可能性はあっても、フェイト・テスタロッサと会うことを諦めることはありませんでした』


 『つまり、我が主は“闇の書事件”を解決するためではなく、“守護騎士達”と理解し合うために戦うということですね』


 『それは貴女も理解していたことでしょう、レイジングハート。かつても彼女の優先順位は、ジュエルシードよりもフェイトの方が上でした。今回はそれが闇の書と守護騎士に置き換わったに過ぎません。だからこそ彼女は民間協力者、管理局員であれば闇の書を優先しなければなりませんからね』

 それ故に彼女は組織にとっては扱いにくい存在だ。戦力としては魅力的ですが負傷した際の責任が重く、さらに彼女自身がいざとなれば組織の命令よりも自身の意思を通す傾向を持っている。

 通常の人物ならば、今の彼女を指揮下に置きたいとは思いますまい。ですが、アースラの首脳陣は通常の人物ではありません。

 少なくとも、私の人格モデルは彼女ら三人を“稀な人材”と判定しています。


 『結論を述べれば、高町なのはもフェイトも闇の書事件を解決するために動くことでしょう。下手に彼女らを放置するよりはクロノ・ハラオウン執務官の下で監視しながら運用した方が暴発の可能性は低いですから』


 『暴発……』


 『否定できません……』

 二人とも、己の主の無鉄砲ぶりは知り尽くしているようで何より。


 『そこで、貴方達に問いましょう。主はヴォルケンリッターとの再戦を願っています、最終目標は理解し合うことにありますが、そのためには戦う必要があることは明白、ならば、貴方達は何としますか?』

 今の貴方達では、グラーフアイゼンやレヴァンティンには敵いません。

 私がクラールヴィントを通じて得た情報は完全ではなく、彼らのフルドライブ状態の姿までは分かりませんが、フルドライブを使わずとも貴方達の性能を凌駕しています。

 高速機動の慣性制御や、誘導弾の管制に関してならば互角以上ですが、それでは足りないことは明白。

 古代ベルカ式の戦技を操る騎士達を破るには、ミッドチルダ式のみでは厳しいものがある。それを成すにはクロノ・ハラオウン執務官と同等の修練を積むしかありませんが、そのような時間もありません。

 ならば、何らかのショートカットを行う必要がある。


 『問うまでも』


 『ありません』

 それを分からない二人ではないため、私の言葉は問いではなく、確認。


 『インテリジェントデバイスである貴方達に“これ”を組みこむことはどれほど危険であるかは理解していますね』


 『はい』


 『無論』

 カートリッジにも種類があります。簡易デバイスの動力用の電池や、低ランク魔導師が魔力不足を解消するための補助的なもの、それらは比較的安全に扱うことができ、武装隊でもかなり主流となりつつある。


 しかし―――


 『高ランク魔導師の術式を底上げするカートリッジには大きな危険が伴います。先に話にでたアノールの主は、ロストロギアの暴走体を撃破するためカートリッジの過剰使用とリミットブレイクの副作用によって命を失い、アノールもまた、コアごと全壊しました』

 高ランク魔導師の魔法は威力が大きい故に、危険も大きい。

 フルドライブ状態でカートリッジを併用しつつスターライトブレイカーなどを放てば、最悪、リンカーコアが壊れる危険すらあります。


 『ですが、先発機達の犠牲があったからこそ、我々インテリジェントデバイスの技術は進んできたのだと。そう教えてくれたのも貴方です』


 『私も、彼の受け売りですが存じています。我々デバイスは、管理局と共に在ると』

 まったく、そういう部分は兄弟機なのですね。それに、レイジングハートもバルディッシュのモデルですから、似通う部分があるのは当然の帰結と言うべきか。


 『よろしい、どうやら貴方達にはもう、助言の必要はなさそうですね』


 〔今の貴方は、フェイトの全力を受け止めるに足る性能を備えています〕

 私はかつて、そう言いました。


 〔しかし、いつか彼女は壁に突き当たる時が来る。今のままの自分では突破できない大きな壁に〕

 その時は、予想よりも早く訪れた。


 〔その時に、貴方が主のために何を考え、何を成すか、それがインテリジェントデバイスの真価が問われる時です。ただ沈黙して性能の悪いストレージデバイスとなるか、それとも〕

 その答えは、今確かにここに。


 『では、後のことは私が引き受けました。部品の発注が早いに越したことはありませんし、そも、時の庭園にはそのための部品が既に用意してあります。直ちにアスガルドに命じてアップデートの準備に取り掛かると致しましょう』


 『よろしくお願いします』


 『感謝します』


 さあ、忙しくなりそうです。


 『ただし、カートリッジは諸刃の刃であることは忘れないよう注意なさい。我が主が負ったリンカーコア障害に関しては、貴方達も存じていますね。主のリンカーコアか供給される魔力に異変を感じたならば、即座に時の庭園へ連絡を』


 『はい』


 『必ずや』

 後は何も言うことはありません。頑張るのは若者に任せ、老兵は後方で若者が全力を出せるよう支援することといたしましょう。


 『では、電脳空間での対話を終了します。潜入終了(ダイブアウト)』


 『Dive out(潜入終了)』


 『Dive out(潜入終了)』







同刻  時空管理局本局  顧問管執務室



 「「 失礼しました 」」

 幼い少女二人の選択は古いデバイスが予想したとおりのものであり、その姿を見送りながら、老提督は呟く。


 「なんとも、真っ直ぐな子達だ。あれほど純粋な目は珍しい」


 「ただ、真っ直ぐ過ぎて、たまに不安にもなります」

 部屋に残ったクロノは率直な感想を述べる。彼女らのそういうところは好ましく思っている彼だが、それだけに自分が注意せねばとも思う。


 「そうだな、闇の書事件にあたるならばなおのことだ。闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターがどのような存在であるかは具体的には分かっていない。あくまで、過去の事例から推察したものに過ぎん」


 「はい、そのことで提督にお願いが」


 「………無限書庫の開放かね」


 「はい、ロストロギアに関する情報が保管されていることから現在は封鎖同然の状況ですが、やはり闇の書事件の大元を探るには必要ではないかと考えます」

 無限書庫にはロストロギアはおろか、大量破壊兵器や核兵器の製造法まで全ての情報が揃っている。管理外世界ならば地球のように核兵器が普通に存在している場所もあるが、無限書庫にはそれらのデータも全て揃っているのだ。


 「得られる情報によるメリットよりも、情報が流出した際のデメリットの方が大きいことから、提督クラスの人間の許可がない限り入ることも許されない。僕の権限では入れませんし、母さ…艦長は現場で指揮を執りますから本局には残れません。ですが」


 「聡いな、私も君と同様に考え、無限書庫を開放するための準備を進めてはいた。ロッテかアリアが同伴することが条件とはなるが、そうだな………一週間もあれば開放は出来るだろう。そしてもし、無限書庫の記録が闇の書事件の解決のきっかけとなれば、全面的な開放も本格的に検討されるだろう」


 「ありがとうございます」

 頭を下げるクロノに、グレアムは疑問を呈する。


 「しかし、あの超巨大データベースから情報を探し出すのは並大抵ではないぞ、私も準備は進めていたが、肝心の送り込む人材をどうするかで悩んでいた。ロッテとアリアにもそれぞれ仕事があり、事務の者達は既存のシステムには強いが、あそこは完全に未整理状態だ。かといって成果が見込めるかも怪しい作業に大量の人員も送り込めん」


 それもまた、組織というものの宿命である。成果が見込めるようにならない限り、人材が本格的に派遣されることはあり得ない。


 「その手の専門家には心当たりがあります。ここ1ヶ月程一緒に仕事していましたが、能力は全面的に信頼できます」

 もっとも、依頼するのはこれからだが、その辺りはなんとしてでも引き受けさせようと考える若干黒いクロノであった。


 「そうか、その辺りは君の判断に任せる。使えるものは何でも使いたまえ、私も含めてな」


 「はい」


 「だが、無理はするな。いざという時に動けねば意味はない」


 「大丈夫です。窮持にこそ冷静さが最大の友、提督の教え通りです」


 「そうだったな、責任は全て老人に任せ、君は己の信念に従って動くと良い」


 「何もかも、というのも心苦しいのですが」

 しかし、クロノはまだ一執務官でしかなく、無限書庫の開放や第97管理外世界付近への交通封鎖、それらに責任を負える立場にはいない。リンディですら、一人で負えるものではないのだから。


 「なに、それが老人に出来る役目だとも、彼の三提督が名誉職とはいえ留まっているのもそれ故だ。流石に、最高評議会の方々の思惑に関してまでは分からんが」


 「先達に恥じないよう、全力を尽くします」

 そして、クロノも退出していき、部屋には老提督のみが残る。



 「後を継ぐ者達、か」

 彼はしばし物思いにふける。

 自分が夢を託した時空管理局、しかしそれもまた永遠のものではあり得ない。いつかは腐敗し、人々に害をもたらすようになるだろう。

 今はまだ腐敗はおろか組織として完成すらしていないが、徐々に整いつつあるのも事実。やがて完成すれば、後は下っていくのみ。


 「後継者不足は、どのような組織も抱える最大の問題。だが、要は後に続く者達に誇れる生き様を示せるかどうか、それだけなのだ」

 若者たちが“自分達も先達のようになりたい”、“彼らの後を継ぎたい”、そう思えるものを示せれば、その組織は続いていく。

 逆に、“こんな組織に仕えるくらいなら、新しい組織を作る”と思うようになれば、その組織は終わりを迎える。


 「私は、恵まれているのだろう」

 時空管理局を作り上げた最高評議会、それに続く偉大なる三提督。

 彼らを先達として持ち、さらにはクロノ達のような後継者にも恵まれている。

 自分が管理局と共に生きた53年は厳しい時代ではあったが、常に前を向いていた時代ではあった。今を生きる者達は、自分の子や孫の代がこのような苦労をしない世界を夢見て、激動の日々を駆け抜けた。

 徐々にではあるが、それは実りつつある。クラナガンもレジアス・ゲイズ中将を筆頭とした者達によって治安が改善され、海もようやく安定して武装局員を派遣できる状況が整い始めた。


 「だからこそ、これが私の最後の役目だ」

 闇の書は、管理局のような組織というものにとって最悪のロストロギア。

 その危険度や特性が一定せず、状況が常に変わるため定まった対応を取ることが出来ない。どうしても、後手後手の対応を取らざるを得ず、これまで多くの犠牲者を出してきた。

 それを止めるために犠牲が必要ならば、せめて最低限に。

 幼い少女を生贄にすることは決して認められるものではなく、その咎を負うのは自分一人でいい。

 クロノや先程会った少女達、彼女らは知る必要はない。


 「オートクレール、八神家の様子を」

 沸き起こる葛藤を鋼の心で制しつつ、彼は53年を共に駆けた己の魂を起動させる。

 ただ、彼は知らない。

 今現在開いた画面の存在を知るのは自分一人ではないことを。

 彼はまだ、知らない。










同刻  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 



 「はやてちゃん、お風呂の支度、出来ましたよ」


 「うんっ、ありがとうな」

 八神家では、家族が皆リビングに揃い、はやてとヴィータはザフィーラと共にテレビの前に座っていた。


 「ヴィータちゃんも、一緒に入っちゃいなさいね」


 「は~い」


 「明日は朝から病院です。あまり夜更かしされませんよう」

 読んでいた新聞を畳みながら、シグナムが己の主に声をかける。


 「はーい」


 「それじゃ、よいしょっと」

 はやてをシャマルが抱えるが、普通に考えればはやてがまだ9歳の小柄な少女とは言え、女性の細腕で床に座っている状態から抱え上げるのは楽ではない。

 しかし、シャマルは力むことすらなく、鞄を持つような自然な仕草ではやてを抱えあげる。彼女もまた夜天の守護騎士の一人であり、力が強いのと同時に、力の効果的な使い方というものを熟知していた。


 「シグナムは、お風呂どうします?」


 「私は今夜はいい、明日の朝にするよ」


 「そう」


 「お風呂好きが珍しいじゃん」


 「たまには、そういう日もあるさ」

 シグナムは目をつぶり、静かにソファーに腰掛けている。


 「ほんなら、お先に」


 「はい」

 はやて達が風呂場へ向かうと、リビングに残るのはシグナムとザフィーラのみ。


 「今日の戦闘か」


 「聡いな、その通りだ」

 否定することなくシグナムが服をたくしあげると、腹部には痣が存在している。古傷というわけではなく、真新しい傷だ。


 「お前の鎧を打ち抜いたか」

 ザフィーラの声には感嘆の響きがある。ヴォルケンリッターの将に傷を与えることは容易ではなく、ましてシグナムの相手はまだ幼い少女であった。


 「澄んだ太刀筋だった。良い師に学んだのだろうな、武器の差がなければ、少々苦戦したかもしれん」


 「だが、それでもお前は負けないだろう」

 シグナムの言葉は本心であったが、ザフィーラの言葉もまた同様である。


 「ああ、確かに強いが、経験がまだ足りていない」


 ザフィーラはシグナムが僅かではあるが傷を負ったことに気付いていたが、彼女と対峙し、傷を与えた本人であるフェイトは気付いていなかった。それはすなわち、戦場の駆け引きにおいてシグナムが巧者であることを意味している。

 仮に、ボクサーの試合であったとして、パンチ力があり、速いに越したことはないが、自分の放ったパンチが相手に効いたかどうか、それを判断する力も重要な要素である。それが分かっていなければペース配分が上手くいかず、無駄が多くなってしまう。

 逆に、シグナムがフェイトに一撃を加えた際にはそのダメージがフェイトの表情にそのまま表れていた。そこからシグナムはフェイトの余力を推察し、彼女を倒した後に他の戦場に駆けつける際の余力のことまで考えて戦術を決めることが出来た。だが、もしフェイトのダメージが分からなければ、まずはフェイトを倒すことに全力を注がねばならなくなる。

 つまりは、自分の持つ力を無駄なく有効に活用する技能、その部分においてなのはとフェイトはヴォルケンリッターに遠く及んでいないことを、シグナムとザフィーラは見抜いていた。無論、残る二騎も同様に。


 「問題は、あの黒服と例のデバイスだ」


 「ああ、彼が指揮官であるのは疑いないが……デバイスの方は正直分からんな」

 そして、守護騎士にとって警戒に値するのはクロノとトールの二人、いや、一人と一機。

 彼らの戦術はこの一人と一機によって覆されたと言ってよく、後者に至ってはその言葉がブラフであったことすら守護騎士達には判断できていない。いや、そもそも判断するだけの材料がない。

 闇の書の守護騎士は、管理局の武装隊や有能な指揮官とは戦ってきたが、“デバイスを修復するデバイス”などというものと遭遇したことはなかった。それ自体が嘘であり、彼は“デバイスを操るデバイス”であるが、実態においてそれほど差がないため、非常に判断しにくい。


 「私達が戦い、その相手からリンカーコアを蒐集することなく撤退することとなったのも今回が初めて。さらに、相手は間違いなく管理局の指揮官クラス。今後は、厳しくなるだろう」


 「魔導師相手の蒐集は………もはや不可能か」

 ヴォルケンリッター達もまた、管理局がとるであろう対応を協議していた。

 そして、魔導師襲撃事件が起きており、闇の書の存在が明らかになれば、この世界周辺には渡航制限などがかけられる可能性が高い。そう判断したからこそ、なのはの蒐集に踏み切った。

 これまでも彼女らは蒐集を行っており、それは管理局以外の魔導師も多くいたが“普通の魔導師”であったわけではない。観測世界や無人世界などで活動し、大型の魔法生物などに襲われる危険もある場所であることを知りながらそこにいた魔導師達である。

 これを地球に置き換えるなら、東京の市街地で白昼に通り魔が出現し子供が刺されたという事件と、タクラマカン砂漠でラクダに乗りながらシルクロードの遺跡調査をしていた調査員が盗賊に襲われた事件、ほどの違いがある。

 人々が安全に暮らすべき場所で発生した襲撃事件と、仮に守護騎士がいなくても危険が伴う場所で発生した襲撃事件では社会に与える影響度に天と地の差が存在する。裁判で裁かれる“罪”の中には社会に与えた影響に関する社会的責任というものもあり、それは同時に管理局が本腰を入れて動き出す引き金ともなり得る。

 よって、守護騎士にとっては倫理的な部分と管理局の動きに関する部分の両面において“一般人からの蒐集”は最終手段であったが、時間制限というものが枷となる。

 闇の書の完成は時間との戦い。管理局に捕捉されないまま蒐集が出来るのであれば、民間人である少女から蒐集する必要はなかったが、レティ・ロウラン提督が派遣した調査員は優秀であり、既に第97管理外世界の海鳴市にまで調査の手を伸ばしていた。

 実に皮肉なことではあるが、管理局の対応が早く、海鳴にまで迫ったために、守護騎士が民間人であるなのはの蒐集に踏み切った、という因果関係が存在していた。対応に回ったのがレティ・ロウランでなければ、なのはが蒐集されることはなかったであろう。


 「効率は下がるが、今後はここから可能な限り離れた世界で魔法生物を対象とするしかないな」


 「既に管理局はこの街にまでやってきた。他に手はないか」

 守護騎士と管理局の間には、既に戦略の読み合いが開始されていた。

 魔導師相手の蒐集は効率的だが、“殺さない”以上は痕跡を多く残すことになってしまい、どうあっても自分達の本拠地はいずれ探られてしまう。

 そうなれば、魔導師からの蒐集は不可能となり、魔法生物を対象とした蒐集に切り替えることとなるが、守護騎士には“はやてのリンカーコアが持つ間”という別の時間制限も存在している。

 なのはからの蒐集によって20ページ以上が埋まったが、それを魔法生物のみから集めるのは時間がかかる。一体ごとの蒐集ペースという面では効率が悪いわけではないが、魔導師と違って魔法生物というものは一箇所にかたまって生息しておらず、一体を仕留めるごとにかなりの距離を移動せねばならない。

 極論、クラナガンで蒐集を行えばそこら中にいる魔力持つ人間500人程度から蒐集すれば終わる。時間にすれば半日程度で済むだろう。現に、過去の闇の書事件では陸士学校や空士学校など、多くの魔導師が在籍し、守護騎士を迎撃することが不可能な訓練生を標的とした場合もある。

 だが、はやてが主である以上はそのようなことは出来ない。現在の手法が非効率であることは理解しているが、闇の書完成後に自分達が捕まり、はやてが終身刑になってしまっては何の意味もないのだ。かといって、次元犯罪者としてはやてに管理局と戦い続ける道を歩ませることも論外。

 そういったあらゆる要素を考慮した上で、この時点で400ページを超えていることが、なのはから蒐集する必要がないボーダーラインであったが、レティ・ロウランの手腕はそれを超えてきた。

 300ページを超える程度しか埋まっていない状況で海鳴市に管理局の調査員が現れた以上、守護騎士としても決断するしかない。その判断を担うのも将たるシグナムの役目であった。


 「全てが終わるまで、何としても主には隠し通さねばならん」


 「我らが消えることとなろうとも、主の未来だけは」

 闇の書の蒐集は守護騎士の独断であり、主は無関係。

 それだけは、何としてでも崩してはならない事柄。

 闇の書の存在を隠し通すことが不可能となった以上、八神はやては“闇の書の主”でしかない。蒐集の罪は、彼女の人生に影を投げることになる。

 このままリンカーコアを蝕まれて死ぬか、他人のリンカーコアを奪い、罪を負って生き延びるか、あまりにも割に合わない二者択一。


 それこそが、“闇の書の呪い”の最も凶悪な部分。


 だからこそ、守護騎士はその罪を自分達だけで負うべく、主に黙したまま蒐集を続ける。その罪によって自分達が消えれば、“闇の書の主”の危険度は大きく下がる、管理局が闇の書の主となってしまっただけの少女を幽閉するような非道な組織ではないことも彼女らは知っていた。

 だが、同時に“危険性”があるうちは非情手段も辞さない組織であることも知っている。管理局は社会の歯車であり、公共の人々に危険が及ぶ可能性がある以上は、蒐集を行う自分達と相容れることは不可能。


 だがしかし、彼女達は気付けない。


 “蒐集を行わず、管理局に事情を話した上で協力を依頼する”


 その選択をした際に八神はやてが拘束される危険性や、政治的に利用される可能性、それらを考慮して選ばなかったわけではなく、“そもそも頭に浮かばなかった”事実。蒐集することを前提として管理局への対処を考えている自分達。

 八神はやてを救うことが目標で、蒐集はそのための手段であるはずが、蒐集を行うことを起点として自分達が対応を考えているという矛盾。


 『その行動はプログラムに縛られたものであるのかもしれませんが、それだけではない彼女らの意思が存在している』


 あるデバイスはそう評したが、それは逆に言えば。


 『彼女らが主を想うが故の行動であっても、それはプログラムに縛られたものに過ぎない』


 となり、それに気付くことは出来ぬまま、守護騎士達は戦い続ける。






 時空管理局の指揮官たち、闇の書の守護騎士、各々の想いが複雑に絡み合いながら闇の書事件は進んでいく。

 そしてその中に、深い事情をまだ知らず、純粋に相手と言葉を交わしたいと願う二人の少女がいる。

 闇の書の闇を消滅させる鍵は、果たして――――





あとがき
 原作第三話において、ヴィータの『早く完成させて、ずっと静かに暮らすんだ、はやてと一緒に』という台詞に対して、ザフィーラ、シグナム、シャマルが無言で彼女の方を見るシーンが印象深く、この時点で守護騎士達は(ヴィータも心の中では)もう“自分達が静かな暮らしに戻ることはない”という覚悟を持っているではないかという印象を受けました。彼女達の行動を見返すと、“闇の書が完成させてはやてを救い、その将来を血で汚さない”という意思の下に動いていますが、その中に自分達の未来が含まれていないように感じられます。
 本作を執筆するにあたって何度もA’S本編を見直しているのですが、見直すほどに伏線の張り方やそれぞれの心理描写の描き方が神がかっていると驚嘆するばかりです。無理なく無駄なく物語がすすむため、SSを書く者としては手を加える“余白”というか“あそび”がないため、かなり難しいですが、原作ファンとしては原作の流れを崩さないように大団円へ向かえるよう、全力を尽くしたいと思います。それではまた。








[26842] 第十話 使い魔と守護獣
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:43


第十話   使い魔と守護獣





新歴65年 12月3日  時空管理局本局  テスタロッサ家居住スペース  AM7:00



 「なのは、朝だよ~」


 「う、ううん」


 「ほら、起きてなのは」


 「あと、五分」

 本局にある自室にて、現在苦戦中のフェイト。

 元々寝起きの悪い方ではないなのはだが、昨夜の激闘に加えリンカーコアが蒐集されたこともあり、中々起きる気配がない。


 「起きないのか?」


 そこに、とあるデバイスが動かす魔法人形がひょこっと顔を出す。ちなみに、本体はその中に搭載されておらず、時の庭園の中央制御室からの遠隔操作だったりする。本体は時の庭園を第97管理外世界付近へ移動させるための手続きと作業を並列して行っており、中枢コンピュータであるアスガルドもまたフル回転していた。


 「うん、昨日が昨日だから、無理ないと思うけど」


 「だがなフェイト、ご飯というものは作りたてが一番うまいんだぞ。お前がなのはのために心血を注いで作り上げた至高の朝食を無駄にするわけにもいくまい」


 「そ、そんなに大げさなものじゃないよ」


 「ほうそうか、となると、朝4時半に起きてキッチンで試行錯誤を繰り返していた金髪の少女は一体どこの誰だったのか(推奨BGMニコ動の”なのフェで卵とじ”)」


 「………見てたの?」


 「何度も言うようだが、俺の眼はこれだけじゃない。テスタロッサ家のどこにでも機械の眼は光っていると思え」

 この“トール”が本体でないことは実はフェイトも知らない。いや、そもそもトールの本体が現在どこに在るかを把握している人間はこの世にいないのだ。


 それを行えた唯一の人間は、もう既にこの世にいないのだから。


 「まあ、それはともかく、こいつを起こさねばならんな」


 「でも、無理やり起こすのもかわいそうだよ」


 「心配いらん、まあ見ていろ、一秒で起こしてやる」

 そう言いつつなのはの傍に近づくトール(が遠隔操作する魔法人形)。

 そして―――


 『洗浄シマス、洗浄シマス』


 「ストォォーーーーーーッップ!!!」

 ものの一秒もかけずに、なのはは目を覚ました。







新歴65年 12月3日  時空管理局本局  ミーティングルーム  AM8:30



 「ミーティング………なんだよねこれ」


 「うん、多分」

 アースラスタッフが闇の書事件に対してどのような配置になるかのミーティング、ということで集まったわけではあるが、その場にいるのはなのは、フェイト、クロノ、エイミィ、リンディと魔法人形が一つだけ。


 【ユーノ、そっちはどうだ?】


 【順調に進んでる、何度も来たから流石に慣れたよ】


 【あたしの方はもっと順調さ、何しろ、自分の家だからね】

 ユーノ、アルフに加え、アースラの観測スタッフのアレックスとランディ、さらにはギャレットをリーダーとした捜査スタッフは時の庭園に入り、現地に着いてすぐに本部として役割を果たせるよう機材の調整などを行っている。当然、そちら側の統括は管制機トールであった。


 「予定としては、なのはさんの保護を兼ねて、なのはさんのお家の近くに臨時作戦本部を置く予定だったのだけど、彼の提案で時の庭園を利用することになったの。だから、アースラのスタッフは時の庭園の準備に取り掛かってるわ」


 「まあ、そっちにも拠点を置くことは変わりないし、時の庭園が到着するまではあたし達はマンションにいるから、やっぱり現地にも拠点があった方が何かと便利だし、御近所付き合いもあるしねー」


 「じゃあ、フェイトちゃんのお家が本部になるってことですか?」


 「そういうこった。時の庭園は通信設備、転送設備に加え、リンカーコアが損傷した人間を治療するための設備も充実している。ぶっちゃけ、闇の書事件を追うならアースラよりも向いていると言えるだろう」


 「それを言われると身も蓋もないな」

 苦笑いを浮かべるクロノだが、その言葉を否定することが出来るわけでもない。


 「えっと、ユーノとアルフは向こうで頑張ってくれてて、アースラの皆も一緒に頑張ってて、なのはとわたしは何をすればいいの?」


 「何もない」


 「何もないんですか!」


 「というのは嘘で」

 こける寸前で踏みとどまるなのは、流石に耐性がついてきた模様である。


 「お前達の役割は敵の研究だ。ヴォルケンリッターの捕捉まではアースラスタッフの役目だが、その後はAAAランク魔導師であるお前達の出番になる。当然、ユーノとアルフも戦線に加わるが、主戦力はお前達であることは変わらない」


 「あたしは管制官だからサポートが役目だし、艦長は全体の指揮でクロノ君は現場指揮。だから、なのはちゃんとフェイトちゃんが守護騎士と戦う際の主戦力ってことになるんだ」

 幼い少女を主戦力として扱うことに抵抗がないわけはないが、一度決定したならば迷いは持たず、彼女らが万全な状態で他のことに気を取られず戦いに全力を尽くせるよう支援することに力を注ぐ。

 アースラスタッフは若い年代が多いが、その割り切りができ、自分達の能力の限界をわきまえている者達であった。


 「前回は、敵の作戦にやられた形になってしまったからね、今度はそうならないように予め配置や相対した際の注意点を確認しておきたい」


 「マンションの方の準備はあたしと艦長でやっとくから、クロノ君、トール、後よろしくね」


 「任された。そっちには肉体労働専門の連中を既に派遣してあるから、遠慮なくこき使ってくれ」


 「ええ、存分に使わせてもらうわ」


 そうして、リンディとエイミィが海鳴市へ向かい、ミーティングルームには三人と一機が残る。



 「ねえトール、肉体労働専門の連中って、何?」


 「ああ、以前お前との訓練用とかに使ってた格闘戦用の魔法人形を、外見は人間と同じで低ランク魔導師用のカートリッジで駆動するように調整したんだ。戦闘能力はほとんどなくなったが、重いもんを運んだりする時には力を発揮する、早い話が引っ越し用魔法人形、ってとこだ」


 「いつの間に……」


 「いまさら聞くな」


 「まあそれはともかく、そろそろ始めよう、トール、画面を」


 「アイアイサー」

 彼の言葉に応じ大型ディスプレイが表示され、そこには四騎の騎士の姿が映し出される。


 「闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターの強さは直接戦った君達はもう十分に知っているだろう。魔導師ランクにすれば間違いなくSランク以上の戦闘能力を持っている上、彼らは古代ベルカ式を操る」


 「つまり、殺傷設定のデバイスで戦っている、ってことだよね」


 「ああ、カートリッジの特性については昨日言ったとおりだが、守護騎士は古代ベルカ式の使い手だけでなくさらに厄介な特性を持っている」


 「えっと………」

 考え込むなのはだが、まだ戦闘に関する本格的な訓練を積んでいない彼女では答えを出すことは不可能だった。


 「フェイトはもう知っているかもしれないが、復習も兼ねて一から説明する。まず、僕達が使うミッドチルダ式魔法は汎用性を求めた技術体系であり、安全に扱うことに主眼が置かれていることから、射撃や砲撃などの遠距離攻撃、もしくはバインドが主流だ。フェイトのような高速機動からの近接攻撃を得意とするタイプは珍しい」


 「うん、つまり、なのはのようなタイプが一般的ってことだよね」


 「ああ、それに対してベルカ式は広範囲攻撃や砲撃などの遠距離攻撃をある程度捨て、対人戦闘に特化している。身体強化やアームドデバイスの扱いは得意だが、魔力を身体から離すことや遠くへ撃ち出すことを不得意とする。これは、近代ベルカ式においてもかなり似通っている傾向なんだが―――」

 クロノが端末を操作し、ディスプレイに昨日の戦闘風景が映し出される。



 【飛竜一閃!】


 【グラーフアイゼン!】


 【逆巻く風よ!】


 【縛れ、鋼の軛!】


 剣の騎士からは砲撃魔法に匹敵する一撃、飛竜一閃が放たれ、鉄鎚の騎士からは4個の鉄球を遠隔操作するシュワルベフリーゲンが放たれ、湖の騎士もまた遠く離れた場所に竜巻を発生させ、盾の守護獣は攻撃と捕縛の両特性を備えた魔力の奔流を叩き込む。


 「これ、古代ベルカ式なの?」


 「そう思うのも無理はないが、ベルカ式の特徴を表す三角形の陣が展開されていることからも間違いはない。つまり彼らは、近接戦闘で本領を発揮するアームドデバイスの使い手であると同時に、ミッドチルダ式と同等の遠距離攻撃をも備える戦闘のエキスパートということだ」


 「シグナムの近接の一撃、紫電一閃はバルディッシュの防御を破るほど凄い威力だったけど、遠距離攻撃も持っていた……」


 「わたしが戦ったあの子も、一撃でレイジングハートを壊しちゃったけど、鉄球を操るのも上手かったもんね……」


 「さらに、ベルカの騎士は一対一ならば負けはないとまで言われるが、集団戦にも彼らは長けていた。いや、個々人の実力も極めて高いが、集団戦になるとさらに本領を発揮すると言うべきか」

 彼女らの脳裏に浮かぶのは、竜巻が発生してからの一部の隙もない守護騎士の連携。

 シャマルが竜巻で隙を作り出し、シグナムが飛竜一閃から紫電一閃へ繋ぎバルディッシュを破壊、ザフィーラもアルフを鋼の軛で負傷させ、ヴィータをフリーの状態でユーノの下へ辿りつかせる。

 まさしく、それぞれの能力を把握し、互いに信頼し合っているからこそ可能な連携技。なのは、フェイト、ユーノ、アルフの四人だけでは不可能な芸当である。


 「集団戦だと、勝ち目は薄そうだね」


 「集団戦のコンビネーションというものは一夕一朝で身につくものじゃない。当然、出来る限り集団戦でのコツは教えるが、それだけでは守護騎士を倒すまでには至らないだろう」


 「じゃあ、どうするの?」


 「そこで俺と捜査スタッフの出番というわけだ」

 その言葉と同時に、ディスプレイの画面が切り替わる。


 「これは、何ですか?」


 「なのはの世界、第97管理外世界周辺のリンカーコアを持つ大型魔法生物の保護地域を分布だ。お前達が昨日会った威厳あるおっさん、ギル・グレアム提督の権限で既に地球周辺の世界には魔導師の滞在が禁じられている、まあ、一種の戒厳令みたいなもんか」


 「あまり使いたい手段じゃないが、魔導師襲撃事件がなのはの世界を中心に起こっている以上、管理局としては渡航制限をかけるのも止むを得ない状況だ。そして、獲物である魔導師がいなくなれば、守護騎士達が狙えるのは魔法生物しかいなくなる」


 「そこを、俺と時の庭園のサーチャーやオートスフィアで網を張る。その情報は各地に派遣されるアースラの捜査スタッフを通じてエイミィに届き、そこからクロノを通してお前達に指令が届き、守護騎士の下へ転送する。理想は一人で蒐集に来たところを四人くらいで待ち伏せして、ボコることだ」


 「なんか、卑怯………」


 「流石に、かわいそうというか……」


 「ああん? 文句あっか負け犬共。そもそも手前らが一対一でヴォルケンリッターに勝てんなら捜査班もここまで回りくどいことしなくてもいいんだよ、そういう台詞は守護騎士に勝てるようになってから言え」


 「「ごめんなさい………」」

 項垂れる少女二人、何だかんだで守護騎士にいいとこなしでボッコボコにやられたことを気に懸けているのである。


 「ちょっと言い過ぎだぞ、トール」


 『申し訳ありません。ですが、彼女達には暴走しがちなところがありますから、たまには毒舌も必要なのです』


 「急に口調を戻さないでくれ、混乱する」


 『そう落ち込むことはありませんよ、二人とも。貴女達はまだ9歳であり、出来ることは限られている。ならば、自分に可能なことを見つめ直し、出来ることをやれば良いのです。それに、時には大人を頼ることも必要ですよ』


 「トールさん……」


 「ありがと……」

 先ほど罵倒された張本人から慰められているわけではあるが、口調どころか音声まで変わっていたため、別人に言われている気分になっている少女二人。


 「ったく、アインさんはこいつらに甘過ぎるんですよ、そんなだからこいつらが無茶ばっかりするってのに」


 『ですがツヴァイ、そのための舞台を整えることが私の役目です。それに、レイジングハートとバルディッシュもおりますから、大丈夫ですよ』


 「済まないが、一人で対話をしないでくれ、余計混乱する」


 「えっと……」


 「どっちがトール、いや、どっちもトールで、あれ?」

 見事に混乱中。


 「驚いたか、これが俺の人格切り替え攻撃だ。裁判の途中でこれをやられた日には最悪だろ」


 「だろうな、途中で人格をホイホイ変えられては混乱するなという方が無理だ」


 「まあそれは置いといて、話を戻すが、守護騎士を捕捉してお前達エース級魔導師がその全力を発揮できるような環境を整えるまでが俺達後方支援組の役目だ。とはいえ、四対一の状況に持って行ける可能性はぶっちゃけ低い、そこで、お前達の課題は一対一で互角の勝負に持ち込めるようになることだ。集団戦じゃなければ勝機はある」


 「一対一で……」


 「シグナム達に、勝つ……」


 「そのためにレイジングハートとバルディッシュも強化中だ。高ランク魔導師用のカートリッジシステムを搭載し、さらにはフルドライブ機構も導入する。これなら、デバイスの面では守護騎士と同等のところまではいける。クロノのS2Uには付いていないが、こっちは特に必要ないからな」


 「彼らの完成には少なくとも三日はかかる。その間に可能な限り、集団戦や古代ベルカ式を想定した訓練を行っていくからそのつもりでいてくれ」


 「でも、レイジングハートがいないとわたしはあまり魔法が……」


 「わたしも、バルディッシュがないと……」

 それが、インテリジェントデバイスを扱う場合の最大の欠点といえた。

 それぞれの魔導師に応じて最適のAIを組み込み、呼吸を合わせることで真価を発揮するために、代わりというものが存在しない。正規の訓練を受けた武装局員が汎用的なストレージデバイスを使うのはそのためである。

 これは、管理局のみならず、地球に存在する軍隊などにも同様のことが言える。軍隊で主力として使用される兵器は強力な兵器ではなく、生産しやすく、整備しやすく、運用しやすい兵器。ストレージデバイスはまさにその三点を全て備えている。

 逆に、インテリジェントデバイスは生産するのが大変で、整備するにはデバイスマイスターが必要で、壊れた際の予備がないため運用しにくいという代物。まさしく、一般の武装局員が扱うべきものではなく、一握りのエースが持つべきものであった。


 「そこは気にするな、ミレニアム・パズルにはレイジングハートとバルディッシュのデータが登録されている。現実空間でフレームが壊れていようが、データさえ無事なら仮想空間(プレロマ)で模擬戦は出来るのだ」


 「僕も聞いた時は驚かされた、人間の治療中には考えられないことだが、デバイスの修理中にはそういうことも出来るらしい」

 レイジングハートとバルディッシュに必要なものはフレームの修復と、カートリッジシステム、フルドライブ機構の搭載。

 つまりその間、彼らのAIが本体にある必要はない。トールがオーバーホール中に別の機体にリソースを移して活動を続けたように、レイジングハートとバルディッシュも同様のことが可能。

 かといって、通常のストレージデバイスに彼らのAIを搭載したところでなのはやフェイトが万全に魔法を使えるわけではないが、ミレニアム・パズルの仮想空間ならば話は別。


 「そしてさらに、仮想空間ならばリンカーコアがまだ完治していないなのはも身体のことを気にせず魔法を放つことが出来る。まあ、肉体が実際に経験していない以上片手落ちではあるが、それでもある程度の効果はある」


 「えっと、仮想空間の体験は記憶に残らないんですか?」


 「いいや、記憶には残る。だが、人間の身体というものは複雑でな、脳に直接情報を刻みこむことで“思い出”を作ることは出来ても、魔法の特訓のような“身体で覚える”ことは反映出来ないものなんだ。まるっきり意味がないわけじゃないが、現実空間で身体を使って模擬戦をすることに比べれば、どうしても経験値で劣るんだ」

 現実空間と仮想空間の間には隔たりというものがある。その境界を“騙す”ことによって可能な限り薄くすることが嘘吐きデバイスの役目ではあるが、やはり限界というものは存在するのだ。


 「とはいえ、現実空間での1時間は仮想空間での7日間に相当する。デバイスを使っての高度な戦闘を行うとなるとレイジングハートやバルディッシュのリソースの都合上、1時間を1日に相当させるくらいが限界だが、それでも十分な訓練期間になるだろう」


 「そういうわけだ、仮想空間ではあるが、丸一日かけて徹底的にしごいてやるからそのつもりでいてくれ。現実での時間はせいぜい1時間だから、学校があるとなどの理由で休むことも却下だ」


 「うわぁ……」


 「凄いことになりそうだね……」


 「ついでに言えば、現在管理局が保有している守護騎士の戦闘データを基にした“仮想守護騎士”も俺とアスガルドで用意する。こいつらを倒せるようになれれば、第一段階は終了という感じだ」

 トールの演算に無駄というものはなく、フェイトが闇の書事件に関わることを決めた以上はあらゆる面でサポートする。

 自分の持つ機能、時の庭園が備える機能、さらにはテスタロッサ家の財力、それらは全てフェイト・テスタロッサのためにのみ使用される。

 それが、今の彼の在り方であった。












新歴65年 12月3日  時空管理局本局  テスタロッサ家居住スペース  AM10:03



 今後の訓練内容について一時間半ほど話した後、クロノもエイミィやリンディを手伝うために海鳴に向かった。なのはとフェイトは向こうがある程度片付く頃、大体正午辺りに向かう予定であるため、若干時間に余裕がある。

 その時間を利用して、フェイトが抱いた疑問についてトールが解説していた。


 「それでフェイト、お前の疑問はヴォルケンリッターの一人、盾の守護獣は誰かの使い魔なのかってことだな」


 「うん、アルフが自分と同じような気配を感じたって言ってたから」


 「その認識は多分間違いじゃないな、ベルカでは使い魔は守護獣と呼ばれ、その特性はミッドチルダにおける使い魔とそう変わらない。だが、他の騎士の使い魔、つーか守護獣とは考えにくいだろう」


 「どうしてですか?」

 今度はなのはから質問が出る。トールに対して敬語を使うのはなのはくらいのものであり、ユーノもここ一ヶ月半ほどアースラで共に作業していた間に慣れていた。


 「使い魔ってのは、魔導師が契約する形で作り出すものだが、その能力はだいたい主にないものを備えているもんなんだ。フェイトだったら自身が近距離、遠距離を含めた攻撃魔法と高速機動得意とし、防御が薄いため、使い魔であるアルフは補助系のバインドや転送魔法、さらには防御を得意としている」


 「なるほど、つまり、使い魔は自分にないものを持っていてサポートしてくれるんですね」


 「その通りだ。時空管理局の高ランク魔導師には使い魔を持っている人物も多くいるが、その中でも理想形とされるのが、お前達が昨日会ったギル・グレアム提督だ」


 「理想形?」


 「ああ、高ランク魔導師は数少なく、管理局にとっても貴重な戦力だが、彼らが提督などといった高い役職に就くと前線で活動するわけにはいかなくなる。上の人間は部隊配置や運用を司ることが主だから、特に魔導師である必要があるわけではないが、“現場の魔導師とその限界”をよく知っている人材が必要なのも事実なんだ」


 「確かにそうだね、能力的には必要なくても、現場のことを実体験で知っていて、高ランク魔導師の能力の限界を理解しているという点で魔導師である将官が必要になってくる」


 「そういう時に使い魔というものは役に立つ。簡単に言えばフェイト、将来お前が次元航行部隊の艦長になったとしよう。その時お前はSランク以上の魔導師になっていて、管理局にとっては前線で働いてくれると非常に頼りになるが、艦長である以上はそう簡単には動けない。そんな時に、お前の魔力をほとんどアルフに渡してしまえば、アルフが代わりに前線に出られるってことだ」

 そのような形で、管理局は高ランク魔導師が出世した際に生じる戦力の不足を防いでいる。人材不足が問題であることを知りながら、それに対して何も対策を講じない組織など存在せず、絶対数が足りていないために根本的な解決とはなっていないが、管理局とてただ手をこまねいているだけではない。


 「今はまだ全ての魔力を自分で使えるほど身体が成長していないからアルフに魔力を渡すことに意味はあるが、あと数年もすればフェイト一人で動いた方が効率は良くなる。だが、さらに時が立って組織的な問題からフェイト方が自由に動けなくなると、今度はアルフの方が一人で動くようになる、面白いもんだろ」


 「魔導師と使い魔は、本当に助けあう存在なんだね」


 「でも、グレアムさんが理想的っていうのはどういうことなんですか?」


 「その疑問は最もだが、純粋な足し算の問題だ。ギル・グレアム提督はSランク相当の魔力を保有する高ランク魔導師だが、どちらかというと魔法を自分で放つよりも、魔法をカードとか別の所に込めておいて自由自在に解き放つ、という間接的な手法を得意としていたそうだ」

 その技術は、リーゼロッテ、リーゼアリアの両名に引き継がれてもいる。


 「そして、他の場所に魔力を込めることを得意とする彼は二人の使い魔を従え、それぞれ格闘戦と魔法戦を得意としているとかで、共にSランク相当の実力者、この意味が分かるな」


 「え? じゃあ、一人のSランク魔導師から、二人のSランク相当の使い魔が作られたってこと?」


 「その通り、流石に二体の使い魔を維持する以上は彼自身は魔法をほとんど使えなくなるようだが、“高ランク魔導師としての経験”はなくならない。つまり、ギル・グレアム提督は一人で、現場の経験を持つ魔導師の指揮官と、先陣に立って切り込む格闘戦に秀でたSランク魔導師と、前線で武装隊を指揮しつつ援護可能な魔法戦に秀でたSランク魔導師、その三役を埋めることが出来るわけだ」


 「凄い……ですね、経験を生かした司令官と、前線で指揮する高ランク魔導師の両方を一人で出来るなんて」


 「それも、突撃役と現場指揮官の両方を」


 「ま、あのクロノの師匠って立場だからな。それに、そのくらいじゃないとあの時代を生き抜いて艦隊司令官になれはしない」


 「でも、そうなるとリンディさんは使い魔を持っていないんですか?」


 「あの人もちょっと特殊だ、リンディ・ハラオウンは中規模の次元震すら完全に抑え込めるディストーション・シールドを単独で張れるほどの結界魔導師だ。つまり、次元干渉型ロストロギアに対する最後の切り札みたいなもんで、通常の運用よりも、いざという時の出力こそが重要になる」

 リンディ・ハラオウンは結界魔導師であり、格闘戦などのスキルを持たないため、直接的な戦力にはなりにくい。そんな彼女が使い魔を持てば、アルフのような近接格闘型の使い魔となることは疑いないが。


 「つまりだ、あの人の使い魔に出来ることは、武装局員でも出来るってことであり、Bランク魔導師でも4人くらいをうまく運用すればAAランク魔導師と同じくらいの働きをさせることは可能ってことだ。むしろ、代用が効く程度の戦力のためにいざという時のリンディ・ハラオウンの最大出力を弱めることの方がもったいないわけだ」


 「リンディさんの使い魔は武装局員数名で代わりが効くけど、リンディさん自身の能力は、十数名の武装局員がいても変わりが効かない、ってこと?」


 「その通り。だからこそ、使い魔を持つべきかどうかもケースバイケースなんだ。古代ベルカ式の稀少技能を持っている場合なんかも、使い魔、この場合は守護獣を持たずに自身の能力をフル活用する方が望ましい」


 「結構難しいんですね」


 「じゃあ、なのはが使い魔を持ったら、どんな子になるかな?」


 「ユーノが出来あがるな」

 即答、まさに即答、そこには1秒の遅れも存在しなかった。
 

 「そ、そうなんですか」


 「考えても見ろ、なのはに出来ることでユーノにも出来ることはあるか? 逆に、ユーノに出来ることでなのはにも出来ることはあるか?」


 「えっと………砲撃、はユーノには無理だし、誘導弾の制御も無理、そもそも射撃魔法自体が苦手なわけで……」


 「わたしは、ユーノ君みたいな結界は使えないし、転送魔法も無理、治療も出来ないから………バインドとシールドくらい、かな?」

 改めて考えてみると、互いに出来ない部分を持っている二人である。


 「というわけだ、ユーノ・スクライアはまさに高町なのはの使い魔となるべく生まれた存在と言っていい」


 「ユーノが聞いたら怒るよ。ただでさえよくクロノにからかわれているんだから」


 「でも、クロノ君だったらどうなるかな?」

 ちょうど話題が出たことで、なのはがクロノに使い魔がいた場合を考えてみる。


 「クロノに出来ないことを使い魔が出来るわけで……………………………………………あれ?」


 「射撃、砲撃、近接戦闘、高速機動、バインド、転送、治療……………クロノ君って何でも出来ちゃう?」


 「あえて言うなら、電気変換や炎熱変換は出来んが、これは資質だからどうしようもないし、使い魔に持たせようと思って持たせれるもんじゃない。広域殲滅型の攻撃もストレージデバイスに登録さえしてあれば使えるらしいし、S2Uには今は登録してないらしいが」


 その辺りの指導を五歳の頃から受けているクロノには、魔法戦における隙はない。ただ、魔法戦に関する汎用性ならば、カードに蓄積した術式を起動させることで、あらゆる系統の魔法を瞬時に発動させることが出来るリーゼアリアはさらにその上を行く、他ならぬ彼女がクロノの魔法の師なのだから。


 「つまり、こうだ。クロノの使い魔は“何も出来ないが場を和ませる癒し系のマスコット”。それこそが、クロノに出来ないことだ」


 「癒し系………」


 「どうなんだろ………」

 クロノの愛想は良い方ではないことを知っている二人だが、あえてノーコメントにしておいた。口は災いのも門である。

 
 「そうじゃなければまんまクロノ2号かな、技の1号が全体を指揮し、力の2号が前線指揮を行えばグレアム提督のように隙が無い」


 「その例えもどうかと……」


 「とまあ、使い魔講義はそういうわけだが、ヴォルケンリッターの盾の守護獣は他の騎士の守護獣とは考えにくい。あえて言うなら湖の騎士だが、それなら防御型よりも遠距離の敵を攻撃できる射撃型の方が相性はいいはずだ」


 「確かに、シグナムだったらなのはのように、ユーノみたいなタイプになるだろうし」


 「あの赤い服の子は防御も堅かったから、やっぱり足りない部分を補うなら補助系の能力だよね」


 「そう、能力的に考えると湖の騎士が剣の騎士や鉄鎚の騎士の守護獣というのは考えられるが、盾の守護獣はどちらもあり得ず、湖の騎士なら遠距離系のはずだ、空間を操る能力と砲撃を組み合わせられた日には地獄だからな」


 「じゃあ、わたしが使い魔になるってことですか?」


 「なのはの砲撃が、空間を繋いで零距離から……………怖いね」

 この10年後、ナンバーズと呼ばれる少女達の誰かがそれに近い悪魔のコンボによって撃ち落とされることとなるが、それはまだ先のことである。


 「まあ何にせよ、盾の守護獣は主の護衛と考えられる。つまり、闇の書を作った本人の守護獣だった、という可能性が一番高いか」


 「闇の書の主の守護獣………」


 「でも、闇の書の主はどんどん変わっていくから、最初の闇の書の主の使い魔、いいえ、守護獣ってことですよね」


 「仮説に過ぎんがな。いずれ、そのことも調べにユーノが無限書庫って言う超巨大データベースの発掘にとりかかる予定だが、そっちの開放ももうちょい先の話だ。それまでに大まかな割り出しくらいは調べておきたいところだが」


 「それは、闇の書の起源について?」


 「応よ、昨日言ったとおり、守護騎士の持っているデバイスを考えれば中世ベルカ時代に作られたものと考えられる。ひょっとしたら、例の黒き魔術の王が闇の書を作った張本人かもしれない」


 「名前的には、ぴったりですよね」


 「確かにそうだ、“黒き魔術の王”が“闇の書”を作った。これほどしっくり来る組み合わせはないな。だがまあ、歴史の事実というのは物語よりも奇妙なことも多いから、どうなんだかね」


 「その人は、最後はどうなったの?」


 「これも諸説様々あるんだ。質量兵器全盛時代には不死の王だったなんて言われてたから、死因すらそもそもなかったことになっていたが、現在はとりあえず伝わっている話はある」


 「話ってことは、具体的な史実じゃないんですね」


 「ああ、伝承によれば、“黒き魔術の王は、雷鳴の騎士と名も無き弓の名手に討ち取られた”ってことになっている。雷鳴の騎士の方は大体分かっているんだが、名もなき弓の名手の方はさっぱりだ」


 「ほんと、お伽噺みたい」


 「1000年近く前の話だからな、そういう風になるのも仕方ないんだろ。ま、真実が眠ってるとしたらそれこそ無限書庫くらいじゃないか」




 その因果は、まだ誰も知りえない。

 無限書庫は未だ開放されず、夜天の物語は知られることなく歴史の闇へと埋められたまま。

 だがしかし、声に出すことは叶わずとも、夜天と闇の戦いを記録している者達は存在する。

 今はまだ、その道は交わらないが。

 古きデバイスと、古き魔導書の端末との邂逅が、大数式の解を導き出す。


 その解が出る日は、まだ遠い。






あとがき
 現代編は三話の半分くらいですが、一旦ここで過去編へと移ります。現代編のなのはとフェイトの日常シーンは原作通りなので描写はせず、アレックス、ランディ、ギャレットといった裏方のスタッフと、トールが地道な探査で守護騎士の足跡を追い、シャマルが転送魔法や“旅の鏡”を駆使して追えないようにしたりするなど、地味な苦闘を少しだけ書いた後、VS守護騎士第二回戦に移りたいと思っています。ただ、ローセスとザフィーラ関係でそれまでに書いておきたい部分があるため、ここで過去編第三章に入ります。途切れ途切れにならないよう、更新速度は上げていくつもりですので、頑張りたいと思います。それではまた。



 あと、まったく関係ないのですがvividの覇王っ子ことアインハルトには、覇王の無念とはまったく囚われない自由な生き方をして欲しいと思ってます。

 そして

 「聖王オリヴィエを救えなかったことを悔やみ、憎み、子々孫々まで伝えて無念を晴らすと誓った彼(クラウス)の渇望。
  そんなことは知ったことではないと自由を求めた彼女(アインハルト)の渇望。
  継承と転嫁、言葉にすれば全く違うように聞こえますが、その魂の形質は哀れなほどに似通っている。
  ようは、誰か他の者に被せるということです」

 ということを言われるようになって欲しい。おもに出所したスカ博士とかから。

 分かる人向けのネタですみません。




[26842] 第十一話 風の参謀VSアースラ捜査陣
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:44
第十一話   風の参謀VSアースラ捜査陣




新歴65年 12月4日 ミッドチルダ―第97管理外世界 次元空間  時の庭園  中央制御室 PM4:47




 【トールさん、サーチャーと管制ユニットの点検、終わりました】


 時の庭園の中央制御室、観測スタッフのランディからトールへと通信が入る。

 【ありがとうございます。操作の方は問題ありませんか? 元々私が管制するものであって人間が使用するようには設計されていませんので、少々厳しいかもしれません】


 【あ~、確かに、ちょっと分からないところが、というより、タッチパネルがないんですねこれ】


 【接続ケーブルを繋いで直接電気信号を送る以外には命令を受け付けないようになっているのですよ。ですが、問題はありません、通常のデバイスに専用のユニットを接続し、そこから接続ケーブルを伸ばすことで操作は可能です】


 【なるほど】


 【それと、事前の調整をしっかりやっておけば、あとは貴方のデバイスから遠隔操作も可能となります。むしろ、それを行うための管制ユニット、と言えますね】


 【それはありがたいですね、つまりこれなら】


 【貴方達が現地、すなわち第97管理外世界にいながらにして、時の庭園から散布されるサーチャーやオートスフィア達の稼働状況を知ることが出来るということです。エイミィ・リミエッタ管制主任やクロノ・ハラオウン執務官との連携を取る際にも役立つことを保証します】


 【凄い便利ですね、それで、その専用のユニットというのは?】


 【18番倉庫に格納されていますので、そちらのオートスフィアについていけば辿りつけます】


 【うわっ、いつの間に隣に浮いてる】


 【中央制御室からならば、私は全ての魔導機械を管制可能です、なにしろ、管制機ですからね。ともかく、彼の後を辿っていけば18番倉庫には辿りつけますよ、ご武運を、ランディ】


 【ご武運って、何かいるんですか?】


 【現在、時の庭園が稼働状況にあり、多数の人員が乗り込んでおります。なので万が一の事態に備え、防衛用傀儡兵の中隊長機であるゴッキー、カメームシ、タガーメが通路などを巡回しております。遭遇すれば精神的ダメージを負う可能性が考えられますので、注意を】


 【………】

 アースラの観測スタッフであるランディは、かつての合同演習における地獄絵図をリアルタイムで中継していた。そして、同時に思った、武装局員でなくて良かったと。

 しかし今、その災害は自分の上にも降りかかる可能性があるらしい。


 【いかがなさいました?】


 【あの……なんで精神的ダメージを受けそうな代物が通路を徘徊しているんでしょうか?】

 巡回ではなく、徘徊という言葉を使ったランディであるが、実に当然の話であり、おそらく使用法としては正しい。


 【現在、フェイト・テスタロッサが時の庭園におりません】


 【つまり?】


 【彼女に無用な精神的苦痛を与えるわけには参りません。かといって、中隊長機もたまには稼働させねばいざという時に不具合が出かねません、ヴォルケンリッターとの戦いが想定されるこの状況において、時の庭園の戦力も万全を整える必要があるのですよ】

 自分達の精神的ダメージはどうでもいいのか、と言いたくなるランディではあったが、時の庭園の管制機に何を言っても無駄出ることは分かりきっていた。トールというデバイスは、テスタロッサ家の人間のためにしか動かないのだ。

 ただし―――


 【守護騎士に対して、“アレら”を使用するんですか?】


 【未定ですが、使う可能性は高いですね。新型の“スカラベ”や現在開発中の中隊長機を凌駕する最終兵器も、戦線へ投入されることとなりそうです】

 ランディは恐怖した。

 “スカラベ”、はともかくとして、中隊長機を上回るという最終兵器がいかなるものかは想像したくもなかったが、どうしても頭の隅から離れない。

 というか、守護騎士達は4人中3人が女性だったはず、トラウマどころでは済まない気がする。


 【もし、視界に入れたくないのであれば、フェイトが戦う戦場の観測担当となることをお勧めします。彼女が近くにいる場所において最終兵器が投入されることはないでしょうから】


 【そうします】


 【まあ、その場合はアレックスが犠牲になるわけですが】


 【………】


 <アレックス…………許せ>

 ランディは心の中で百回ほど同僚に対して土下座しながらも、フェイトの担当になることを心に決めた。

 余談ではあるが、後日、アレックスとトールの間にも同様の会話がなされ、フェイト担当を巡って二人の男が血みどろの争いを繰り広げることになったりならなかったり。

 「フェイト(の担当)は僕がもらう!」

 「いいやフェイト(の担当)は俺のものだ! お前には渡さない!」

 という誤解を受けても申し開き不可能な言葉を言い合っていた。

 また、その光景をエイミィが目撃し、リンディ・ハラオウンに報告。“アレックス、ランディ、ちょっとお話があります”という言葉と共に艦長室に呼ばれたりしたのもまったくの余談である。

 そして、爆弾の投下場所にいる可能性が高い、なのはとクロノの二人には、後方スタッフ一同から花束が贈呈されたらしいが、当人達にはなんのことやら意味不明であったとか。(管理局の殉職者の葬送に用いられる花であったらしい)



 閑話休題



 【アスガルド、オートクレールへ通信を】


 【了解】

 ランディを苦難の旅へと送り出し、通信を終えたトールは、時空管理局本局にいるギル・グレアムのデバイス、オートクレールへと繋ぐ。


 【トール、君かね】


 【ギル・グレアム顧問官、封鎖状況はどのように?】


 【まだ発令したばかりではあるが、第97管理外世界を中心とした世界の魔導師達の多くが既に蒐集を受けている。おそらく、避難することになるのは30名程度で済むだろうと見込んでいるよ】


 【なるほど、その程度ならばいざとなれば時の庭園に閉じ込めておくことも可能ですね】


 【もう少し穏やかな表現を使ってもらいたいところではあるが、そのようだ】


 【こちらの作業は順調に進んでおります。サーチャーとオートスフィアの数は十分揃っておりますし、アースラのスタッフはやはり優秀です。特に、観測班のアレックスとランディの二人はよくやってくれています】


 【それは良い知らせだ。レティ君と連携している捜査スタッフはどうなっているかね?】


 【ギャレットをリーダーに、こちらも上手く動いています。既に五名程がそれぞれ別の観測指定世界の魔法生物保護区域に向かい、現地の局員と連絡を取り合いながらサーチャーやオートスフィアの設置場所の見当に入っています】


 【ふむ、そうか】

 アースラスタッフは既に総動員に近い形で動いており、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターを捕捉する網を急速に構築しつつある。

 これは、闇の書に対する対策を11年かけて構築してきたギル・グレアムのマニュアルがあってこそのものであり、彼にとっては感慨深いものである。

 かつての闇の書事件においても、初動からこれほど連携のとれた対応がとれていれば、あれほどの被害者を出すこともなかった。だが、その犠牲があったからこそ、今がある。


 【貴方の後を継ぐ者達は、実に優秀ですよ】

 その心を見透かしたのか、いや、人格モデルと照合することでそのような演算結果を導き出したというべきか、トールという機械仕掛けが声をかける。


 【嬉しい限りだが、それでは私達の世代がふがいなかったようにも聞こえるな】


 【そのようなことはありませんよ、私の弟達が、貴方達の世代やその後の世代の方々と共に歩んでおりましたから】

 時の庭園のデータベースには、管理局と共に歩んできたデバイス達の記録が収められている。

 それらは機密やプライベートに関わるものではなく、デバイスマイスターに閲覧が許された実働記録のみに限られてはいるが、激動の時代を生き抜いた管理局員達の人生を推し量るには十分な記録であった。


 【そうか………オートクレールと同じ年数を誇るデバイスは、君くらいのものなのだな】


 【私とて、彼には及びません。その後に続いた者達は初期型のカートリッジの暴走や、フルドライブ、リミットブレイクなどの機構が未発達であったこともあり次々に壊れていきましたが、まだ残っている古強者もおります】

 実は密かに、その古いデバイスの主に“依頼”を行っているトールであるが、そちらはギル・グレアムへ伝えるべき事柄ではない。


 【話を変えるが、時の庭園には地上本部が開発した追尾魔法弾発射型固定砲台“ブリュンヒルト”が搭載されていると聞いたが】


 【はい、その通りです】


 【よく地上本部の了解がとれたものだ】

 ギル・グレアムは本局の人間であり元は艦隊司令官や執務統括官、地上本部と直接的に繋がりがある役職ではないため、その辺りの専門家ではない。どちらかと言えば人事部のレティ・ロウラン提督の方が精通していると言えるだろう。

 かといって、一般的な局員に比べれば遙かに精通しており、それだけに現在の時の庭園の状況が非常に危ういものであることも理解している。


 【そのあたりにつきましては、私から申し上げることが出来る権限がございません。参照のためには地上本部の防衛長官、レジアス・ゲイズ中将の承認を必要とします】

 そして、彼はデバイスであるがために親しい相手であっても機密を漏らすことはない。その唯一の例外たる存在は既に故人であり、地上本部の機密を漏らすことが“フェイト・テスタロッサの幸せ”に繋がることなどあり得ないため、フェイトもまた除外される。

 まあ、少々どころではなく黒い裏取引があったのは事実なのだが、人格者であり、一言でいえば“お人よし”であるギル・グレアム顧問官には“何か”があったのは分かっても、深い内容まで洞察することは出来ない、仮に疑ったところで何も証拠がないのが実情なのだが。


 【まあそちらは時の庭園にお任せ下さい。本局の方々は闇の書事件を解決することに全力を尽くしていただきたく存じます】


 【確かに、その通りだ】

 トールにとっては、今のギル・グレアムの思考は誘導しやすい部類である。

 彼は己の全てを闇の書事件を終わらせることに懸けており、現在に限れば視野狭窄に陥りつつある。トールにとって、そのような人間の人格モデルは何よりも知り尽くしているものだ。


 ≪今の貴方は、フェイトが生まれる前の我が主、プレシア・テスタロッサによく似ておりますよ。ギル・グレアム顧問官≫


 それ故に、トールは簡単に彼の思考を誘導できる。アリシア・テスタロッサが事故で意識を失って以来、プレシア・テスタロッサの鏡として機能してきた彼は、それを20年以上続けてきたのだから。

 トールにとっては、“闇の書事件”にのみ意識を向けさせ、その他への注意がいかないよう誘導することほど容易いことはないのだ。

 自分が鏡として主に対して行ってきたこと、その逆を行えばいいだけの話でしかない。


 ≪何と容易いことでしょうか、その逆は私には出来ず、フェイトが生まれてくれるまで、我が主の思考は“アリシアの蘇生”にのみ向いていたというのに≫

 トールは、演算を続ける。

 プレシア・テスタロッサの娘、フェイト・テスタロッサが幸せとなれる未来を実現させるために。









新歴65年 12月4日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 はやての部屋 PM11:03



 八神家に訪れる静寂の時間。

 昼間は家族皆で笑い合い、穏やかでありながらも賑やかさも含んだ幸せな風景が見られる場所も、夜の訪れと共に静かな眠りにつく。

 闇の書の主にして、ヴォルケンリッター達に光を与えた少女は、ただ静かに眠っている。

 その眠りは深く、多少のことでは起きそうにない。


 「…………はやて」

 小声で呟きながら、同じベッドで眠っていた少女は静かに、慎重にベッドから抜け出す。

 主との間に置かれていた“のろいうさぎ”をずらさぬよう、細心の注意を払って抜け出すことに成功した少女は、最後にもう一度主の方を見やり、部屋から静かに出ていく。


 ただ、彼女は気付かない。


 自分達が顕現した頃に比べ、主の眠りが徐々に、徐々に、深いものとなりつつあることを。

 昼間はこれまで通りであり、足の麻痺が徐々に上へ進んでいること以外は目立った異変はないが、リンカーコアから吸収される魔力は増加の一途を辿っており、9歳の幼い身体にこれまで以上の負荷をかけている。

 そのため、彼女の眠りは深い、いや、深く眠りにつける今はまだ良い。

 いずれ、リンカーコアの浸食は生命活動にすら影響を与えるものへと進行していく。その時、彼女には眠ることすら許されぬ苦しみを受けながら、緩やかに死を待つのみとなるだろう。

 それだけは、何としてでも阻止せねばならない。

 主との誓いに背くことになろうとも。

 自分達が消滅することになろうとも。

 我々に光を与えてくれた、この少女の未来だけは何としても―――




新歴65年 12月4日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ビル屋上 PM11:07




 「来たか」


 「わりい、ちょっと遅くなった」

 それを咎めるものはいない。ヴィータが遅れた理由など、今更問うまでもないことだ。


 「クラールヴィントのセンサーで広域を探ってみたけど、管理局の動きも本格化しているみたい。それに、予想よりも対応が早いわ」


 「やはり、少し遠出をすることになりそうだな。出来る限り離れた世界で蒐集を行うぞ」


 「今、何ページまで来てるっけ?」


 「現在は340ページ、こないだの白い服の子でかなり稼いだから。代償も大きかったけど」


 「リスクは覚悟の上だったんだから、仕方ねえ。それより、半分までは来たんだ、ズバッと集めてさっさと完成させちまおう」

 ヴィータは拳を握り、誓うように言葉を紡ぐ。


 「早く完成させて、ずっと静かに暮らすんだ…………はやてと一緒に」

 それは、もはや叶わぬ望みであろうと守護騎士の皆が理解している願い。

 だがそれでも、希望を捨てることはない。

 希望を捨てることで主を救う可能性が高まることなどなく、それはマイナスの要素にしかなりえないことだ。命を捨てる覚悟を持つことと、生きることを諦めることは等価ではなく、そこには決して埋まることのない差が存在している。


 「………」

 無言のままヴィータを見つめる盾の守護獣の心境はいかなるものか、それは分からない。

 剣の騎士と湖の騎士の二人も、想いを込めた瞳で彼女を見るが、その心境は果たして。


 「往くか」

 僅かに訪れた沈黙を破るように、ザフィーラが声を発する。


 「あ、ちょっと待って、その前にやることが」


 だが、シャマルから静止の声が出る。


 「どうした?」


 「えっと、管理局の目を出し抜く方法を考えていたのだけれど、取りあえずの案があって」


 「もう出来たのか」

 湖の騎士シャマルはヴォルケンリッターの参謀役、敵を出し抜くなどの知謀妙計を考えるのは彼女の役割ではあるが、昨日の今日でそれが思いつくとは将たるシグナムにとっても驚きであった。


 「出来たは出来たんだけど、あまり使いたくない手でもあって………」


 「何だよ、とりあえず話してくれって、じゃなきゃ判断なんて出来るわけねえんだから」


 「そうね……」

 腹を括ったように頷きを一つ。

 風の参謀が、他の騎士達へと己の策を解説していく。







 「なるほど………確かにあまり使いたくない手ではあるが、効果的ではある」


 「あたしらの目的は闇の書の完成だけど、はやてから危険を遠ざけることも同じくらい大事だもんな――――」


 「リスクはあるが、成果も見込める。私は、やるべきであると思うが、皆はどうだ?」

 ザフィーラの問いに対し、それぞれは―――


 「あたしも異存はねえ、後方の備えがしっかりしてる方が思いっきり暴れられる。いつ管理局に捕捉されるかびくびくしながら蒐集するよりは、効果的なんじゃねえか」

 紅の鉄騎の意見は、戦場における兵士の士気に準じたものであった。糧道を絶たれる可能性や、敵に捕捉される可能性を考慮しなくてよいのであれば、前線の兵士は思う存分力を振るうことが出来る。


 「私も一応賛成、提案者が消極的なのもどうかと思うけど、蒐集にあまり回れない身としては心苦しくて」

 後方支援役の定めとも言えることではあるものの、前線に出れない身としては心苦しい。しかし、参謀としては賛成の湖の騎士。


 「私も無論、賛成だ。確かにページは消費するが、それ以上に集めれば済むだけの話。小を惜しんで大を失うは愚か者の成すことだ」

 そして、烈火の将が決断した以上、方針は定まった。

 シャマルが手に持った闇の書を開き、術式を紡ぎ始める。


 「闇の書よ、守護者シャマルが命じます―――――――ここに、偽りの騎士の顕現を」

 『Geschrieben.』

 守護騎士の命に応え、闇の書が蠢き、ページを消費しながらその力を発揮する。

 ベルカ式を表す三角形の陣が展開され、そこより現れるのは―――


 「自分自身が召喚されるのを見るってのも、変な気分だな」


 「ああ、私も同じ意見だ」


 「だが、同じであるが故に、意味がある」

 彼女らの目前に顕現した四騎は、寸分違わず同じ姿のヴォルケンリッター。

 守護騎士の召喚は主にしか成せぬが、同じ鋳型を用いて偽りの騎士を顕現させるならば、シャマルにも可能な業である。


 「だけど、中身はスカスカよ。話す機能もないし、通信を行うことも出来ないし、意志もない。せいぜいが飛行魔法を用いて飛び回るだけ、だから、こうして―――クラールヴィント」

 『Anfang. (起動)』

 風のリングクラールヴィントが主の命に応じその権能を解き放つ。ペンダルフォルムから紐が伸び、操り人形の如く顕現した四騎に絡まる。


 「私の魔力を込めて、操ることになる。だけど、1ページ分を四分割して作り出したダミーとはいえ、外殻を構築しているのは闇の書のページだから」


 「存在自体は、私達と大差ないということか」


 「こいつに、20ページ分くらいの魔力を込めれば、あたしが出来あがんだもんな」

 自分そっくりの騎士を小突きながら、少し思い煩うように告げるヴィータ。

 彼女もまた理解している。以前の主人の中には自分達を消耗品として扱う者も多く、無理な蒐集を命じ、滅びれば蒐集したページを消費し、守護騎士を再構築、再び蒐集を命じるという悪夢のような循環もあったことを。

 その想いを察しながら、シャマルはあえて触れず、淡々と述べる。


 「これなら、私達の姿が捕捉されたリスクも帳消しにできるわ。こっちのダミーは以前捕捉されたままの姿だから、わざわざ変身魔法で姿を変える必要もなくなるし」


 「変身魔法で姿を変えようと、変えまいと、管理局が我々を補足したところで、真贋の判断をせねばならなくなる。主戦力が限られていればいるほど、その判断は慎重にならざるをえまい」

 烈火の将が捕捉し、湖の騎士は頷きを返す。


 「さっすがシャマル、悪知恵が働くぜ」


 「一応、参謀ですからね」

 僅かに笑みを浮かべつつ、彼女は油断なく空を見据える。


 「まずは、このダミー達を先行させて、近場の世界に“旅の鏡”で転送させるわ。四人バラバラは流石にきついから、シグナムと私、ヴィータちゃんとザフィーラをセットで動かす。皆は、ある程度時間を置いてから、遠くの世界で蒐集をお願い。私はサポートに回るわ」


 「了解したが、無理はするな。ダミーの制御を行いながら空間転移を繰り返してはいくらお前といえ負担が大きい」


 「大丈夫よ、湖の騎士シャマルと、風のリングクラールヴィントは後方支援こそが本領。前線で蒐集に回れない分、このあたりで頑張らないと」


 「無理してぶっ倒れられたらあたしらが困るんだよ、回復役はシャマルしかいねーんだから」


 「気をつけます、じゃあ、そろそろ飛ばすわ」

 シャマルとクラールヴィントが“旅の鏡”を形成し、闇の書のページ1枚分を消費して作り上げたダミー達を近場の世界へと転送していく。

 そして、僅かに遅れ―――


 「行くぞ、レヴァンティン!」
 『Einverständnis. (承知)』


 「やるよ、グラーフアイゼン!」
 『Bewegung. (作動)』


 「………」

 各々の魂と共に騎士服を纏う二人と、無言のままに転送の陣を展開する守護の獣。


 「闇の書は現在、339ページ。それじゃあ、夜明け時までに、またここで」


 「ヴィータ、熱くなるなよ」


 「わあってるよ」


 「往こう」

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが、蒐集の旅へと出陣する。















第95観測指定世界




 世界ごとの時間軸はほぼ共通しており、それぞれの世界は“異なる可能性を辿った同一の惑星”であることが知られている。

 それ故、大気の密度はほとんど世界において同一であり、人間が窒息しない構成となっているが、同じ惑星であっても場所が異なれば日付も変わり、季節も違う。そもそも、季節という概念が存在しない世界もある。

 アースラの捜査スタッフのリーダー、ギャレットが訪れていた第95観測世界もそういった季節というものがない世界であり、一年を通して豊かな森林は葉が落ちることもなく、鮮やかな緑を保ち続ける。

 ただし―――


 「すんげえ花粉だ――――花粉症じゃなくても、こいつはきついな」

 緑で覆われていることが、人間にとって好条件であるとは限らない。一年中緑が生い茂っているこの世界では、常に大量どころではない花粉が宙を舞っており、人間の肺を痛めつける。

 故に、ギャレットは専用のマスクを着けてこの世界固有の保護動物、早い話がリンカーコアを持つ生物の調査とサーチャーの設置を行っていた。

 リンカーコアを持つ生物は、とにかく密猟の対象にされやすい。第97管理外世界においてもサイの角や象牙などが高値で取引されるように、魔法生物の身体の一部は蒐集家にとっては実に貴重品であり、医薬品として扱われることもある。

 それ故、時空管理局には自然保護隊というものが数多く存在している。自然保護官の任務は多岐に渡るが、密猟者から動物達を守ることが最大の任務と言っても過言ではあるまい。


 「よくまあ、こんなところで頑張ってるなあ、あの二人も」

 そう呟きつつ、ギャレットはサーチャーの散布を終え、ベースキャンプへと帰還するため空へと舞いあがる。

 地上部隊の捜査スタッフと異なり、次元航行艦に勤める捜査員の中には、飛行適性と持つ者がいる。というより、このような人間の文明の恩恵がない世界において魔法生物に対して活動するには、魔導師は必須なのだ。

 観測指定世界で魔法生物の調査などを非魔導師のみで行おうとすれば、専用の機材を運び込むだけで凄まじい手間となってしまう。予算などの問題も考慮すれば不可能な話であり、常駐している自然保護隊員達は戦闘要員ではなく、あくまで監視要員。

 よって、彼らは動物達に異常がないかどうか、サーチャーや自分の目を用いて監視し、密猟者などの痕跡を見つけ次第、本局や支局などに連絡、緊急性が高い場合などは武装局員を派遣してもらうのである。

 今回は、“闇の書事件”という大規模な事件が発生していることもあり、本局次元航行部隊の捜査員がサーチャーを増設しにやってくるという極めて珍しい事態となっているが、それが速やかに行われるのも、根となって管理局を支える者達の地道な活動があればこそ。


 <魔法文明の発達した都市部で、何不自由ない生活を謳歌しながら管理局を批判する輩は多いが、そういう奴らはこういう場所で頑張ってる人達のことなんて、見向きもしないんだよな>

 ギャレットもまた若くして次元航行部隊の捜査班のリーダーを任されている身であり、そう言った話しも耳にする機会は多い。

 管理局は人間世界の歯車、支持率100%の政府などどの世界を見渡しても存在しないように、批判する者は必ずおり、また、そうでなくてはならない。批判するものがいない機構ほど危険なものはないのだから。

 だがそれでも、管理局員とて人間だ、災害などの発生時に組織としての面子に拘って的確な対処が出来なかったなど、こちらに明らかな過失があったならば、批判も甘んじて受け入れ、二度とそのようなことはないように全力を尽くす必要があることは理解している。

 しかし、管理局の末端、こうした辺境の観測指定世界で頑張り続ける人達のことなど知りもせず、ただ一部分の高官の現状のみを聞いて“管理局は悪の組織だ”などと批判する輩に対して好意的な目を向けることが出来るほど、ギャレットは聖人君主ではない。というより、それが出来るならばその人物は人間の心を持っていないと見るべきだろう。


 <ま、俺なんかが愚痴っても何にもならないが―――>

 それでも、純粋な想いで自分達を手伝いたいと言ってくれたあの少女達は、そのような心ない悪意から遠ざけたいと思う。

 高町なのはとフェイト・テスタロッサ、彼女らの才能は凄まじいものであり、それは嫉妬を代表とした負の感情を引きつけるもの、半年を超える付き合いであるアースラの人員達は年齢がある程度近いことや役割が完全に離れていることもあって和気あいあいとやっているが、地上部隊の武装局員などからすればどう見えるか。


 <ハラオウン執務官の判断は、適当なものだろう>

 彼女達はあくまで民間協力者と嘱託魔導師、第97管理外世界の学校に通う子供という前提を忘れてはならない。仮に、正式に入局することになっても、14歳程度まではそちらで過ごす方がよいだろうと、彼は言っていた。

 だが同時に、ギャレットにも思うことはあり、たまにエイミィ・リミエッタと話したりもする。


 <そう言うあの人自身が、嫉妬や批判の対象になっているというのに、な>

 クロノ・ハラオウンは11歳にして執務官となり、この3年間目立った失敗もなく、かなりの成果を挙げている。だが、それ故に妬みの対象になりやすい。士官学校時代も、そういったものに晒されてきたことだろう。

 それが彼の尋常ではない努力の成果であることをアースラのスタッフは知っている。次元航行艦は一つの単位であるため、一種のコミューンに近い、この内部で派閥争いが起きるようでは碌な成果を挙げることは出来ないだろう。

 次元航行艦アースラは、艦長のリンディ・ハラオウン、執務官のクロノ・ハラオウンを筆頭に、一致団結して任務に当たる。今回の闇の書事件も休暇を返上してのものであり、確かに辛い仕事ではあるが―――


 「我らがアースラスタッフ! 平均年齢21歳! 妻子持ちおらず! 彼氏彼女持ちのリア充皆無! 残業どんとこい! 休暇返上上等! 次元世界の平和のため、日夜働き続けます! ふはははははははははははは!!!」

 誰もいない観測指定世界に、男の慟哭が響き渡る。というか、街中でこんな叫びを上げれば通報されること疑いない。

 しかし、それこそがアースラスタッフの仲の良さの根源、“非リア充同盟”であり、休暇が延期になろうが不平不満が出ない理由。

 休暇が延期になったところで、恋人がいるわけでもない、妻や夫、子供が待っているわけでもない。唯一の子持ちであるリンディ・ハラオウン艦長は子供が一緒の艦に乗っているので問題なし。

 それ故に、クルー皆の仲は良く、長期任務も苦にはならない。クロノ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタがいつ結合するかの賭けも半ば公然の秘密となりながら行われていたりもして、最近はなのはとユーノのトトカルチョも加わりつつある。

 10年後、八神はやてが中心となって設立される機動六課という組織は、間違いなくアースラスタッフの気風を強く引き継いでいる。“自分達もいつかはああいう風に、次元世界のために働きたい”と次の世代に思わせる輝きが、そこにはあったとうことだ。

 ただし、彼氏、彼女持ちが壊滅状態の“非リア充同盟”、という部分まで受け継いでしまったというおまけがつく。とはいえ、そうでもなければほとんど休みがない苛酷なシフトに耐えられないという事情もある、早い話、妻子持ちが働ける職場ではないのだ。




 「何を叫んでいるんですか?」


 「あー、聞こえてたか、だが、聞かなかったことにしておいてくれ、タント、ついでにミラも」


 「ギャレットさんの、“彼女と休暇が欲しいーーー”っていう叫びをですか?」

 考え事しながら飛んでいるうちにベースキャンプまで到達していたらしく、外で食事の用意をしていた二人に思いっきりギャレットの叫びは届いていた。

 ちなみに、ベースキャンプ周囲には花粉除去のための設備があり、この範囲内ならばマスクなしで普通に呼吸が出来る。もしくは、バリアジャケットにそういった機能を付け加えるかだが、捜査員のギャレットにはそこまでの魔力はない。そういったスキルは災害救助担当の局員や、武装局員の領分だ。


 「彼女欲しいのは確かだけど、どうだミラ、俺の彼女にならないか?」


 「遠慮しておきます。次元航行艦勤務の人との恋愛は破局しやすいことで有名ですから」

 実に滑らかに断るのは、エイミィ・リミエッタと同年代、16歳のミラという女性局員。入局3年ほどではあるが、自然保護隊員として厳しい環境でも頑張り続けている芯の強い女性である。


 「やっぱ駄目かあ、タント、お前の彼女の防御は堅いな」


 「別に僕の彼女というわけではありませんが、というかギャレットさんの打ち解ける早さは凄いですね」

 やや呆れつつ応対するのは、タントという男性局員。ミラの一年年下の15歳で、入局2年目、自然保護隊員として熱心に活動しており、物腰が穏やかなためか少年というより青年といった印象を受ける。


 「まあな、俺達次元航行部隊は各地を飛び回る仕事だ。こうしてお前達と知り合いになれたけど、これっきりということも多い。だから、悔いを残さないように色々と話す、うちの執務官はその辺が苦手だから、そこら辺は俺達が補ってるのさ、次元航行部隊が活動できるのも、お前達のように現地で頑張り続けているやつらがいてくれるからだからな」


 「そう言われると、ちょっと恥ずかしいですね」


 「恥ずかしがる必要はない、堂々としていろ、お前達も―――」


 『アラート!』

 その瞬間、ギャレットの持つ端末が緊急音を鳴らす。



 「って、嘘だろ! もうかかったのか!」

 彼が敷設してきたばかりのサーチャー、それが守護騎士を捕捉したことを告げていた。













新歴65年 12月5日  次元空間  時の庭園  中央制御室  日本時間 AM2:47



 【つまり、囮であった、そういうことですね】


 【ええ、姿形は資料通りで、魔力反応もそのままだったんですが、観察を続けているうちに違和感を覚えました】

 ギャレットの端末が緊急を告げてよりおよそ1時間後、彼がベースキャンプの端末によって時の庭園の管制機トールとの回線を繋いでいた。

 向こうの時間では深夜であるため、リンディ・ハラオウンやクロノ・ハラオウンにはまだ伝えていない。仮に伝えたところで主戦力のデバイスが修理中である現状では打つ手はなく、彼らの疲労を蓄積する以外の効果はないと判断した管制機は、情報をあえて自分のところで止めていた。

 図らずもそれは、良い方向に働いたようである。つまりこれは、フェイントのようなものだったのだから。


 【貴方が感じた、違和感とは?】


 【守護騎士はリンカーコアを蒐集しにここにやって来たはず、確かにここは保護指定区域で魔法生物の数も多く、第97管理外世界からそれほど離れていない。だからこそ真っ先に網を張りに来たわけですが、にも関わらず空を飛びまわるだけで行動に移る気配がなかった】

 30分程は観察に徹していたギャレットだが、しばらくするうちに捜査員としての勘が告げ始めた。

 すなわち、何かがおかしい、と。


 【それで、サーチャーの一つを近づけてみたんですが、破壊しないどころか反応そのものを返さない。守護騎士がサーチャー程度に気付かないはずもありませんが、しばらくそれを繰り返してもやはり反応がない。そこで、危険とは思いましたが俺自身が出ていってみたんです】


 【無茶をする、とは言えませんね、的確な判断です。事前の資料をしっかりと読んでくださっていたようで何よりです】


 【ええ、守護騎士が“効率的な蒐集”を目指しているんなら、俺のような雑魚をおびき寄せるのにサーチャーを無視し続けるのはおかしい。不審に思って飛び出してきた俺から蒐集するよりは、そこらの魔法生物から蒐集した方がよほどページは埋まるはず】

 ギャレットもまた、捜査スタッフのリーダーを任せられる程の人材、その程度の判断力がなければ務まるものではない。

 魔導師としての能力はせいぜいがEランク、飛行速度も走るより遅い程度が限界であり、なのはやフェイトに比べればまさしく“雑魚”。

 だがしかし、彼らを侮ることなかれ、魔導師として優秀であることが管理局員として優秀であることではない。こと、捜査に関する資料収集や状況判断ならば、彼らはAAAランクの少女達の遙か上を行く。

 なのはとフェイトにはヴォルケンリッターに対する主戦力としての役割があるように、観測スタッフのアレックスとランディ、捜査スタッフのギャレットにもそれぞれの戦いがある。アースラスタッフはまさしく一つの機構であり、各々の役割を果たしつつ連携し、一致団結して闇の書事件を追っているのだから。


 【そして、近付いた貴方は確信したわけですね、その守護騎士達が囮、ダミーであることを】

 そして、その連携の要となる管制主任であるエイミィ・リミエッタや、執務官のクロノ・ハラオウンも人間であり、不眠不休で働くわけにはいかない。

 だからこそ、デバイスである彼が休むことなく情報を整理し続ける。各世界に散らばって捜査する者達はそれぞれの場所によって時間帯が異なり、24時間体制で通信を行う存在が必要だが、三交代制は多くの人員を必要とする。しかし、トールとアスガルドがいればそのような問題は解消される。


 【ええ、詳しいデータは送った通りなんですが、こいつは厄介ですよ。人間と魔力で作られた人形なら区別もつくんですけど】


 【守護騎士はそもそも闇の書より作られた存在、このダミーもまた闇の書より作られた存在。つまり、魔力の密度と性能が異なるだけで、これらもまた守護騎士であることは事実というわけですね。確かに、これは厄介だ、こちらの主戦力は限られていますから、ミスリードは一番回避したいところですが】

 囮に対して、なのはやフェイトをぶつけ、空振るほど馬鹿らしいものはない。しかし、サーチャーからの情報だけでは見極めるのも難しい。


 【守護騎士の行動から、囮か否かを見分けるのにどの程度の時間がかかると貴方は予測しますか?】


 【ん~、これもまた環境によりますね。荒野、砂漠、海、それぞれで異なりますし、魔法生物の生態にもよる。探し回る方が見つけやすい個体もいれば、魔力を放出して待ち構えてりゃ向こうから襲ってくる危険なやつもいます、だから、場所によって取るべき行動もまちまちなんですよ】


 【そして、守護騎士が魔法生物に対してどの程度の知識を持ち合わせているかが不明であるため、行動のみから判断するのは難しい。かといって、数十分もかけて真贋を判断するのは痛いですね、初動における数十分の遅れは致命的だ】


 【つっても、なのはちゃんやフェイトちゃんを、運が良ければ当たる博打のような状況で送り出すわけにもいきませんよ、あの子らだって学校とかあるでしょうし】


 【その辺りは我々だけで考えてもどうにもなりませんね。ともかく、貴方は一旦帰還してください、貴方が時の庭園に到着する頃にはリンディ・ハラオウン艦長やクロノ・ハラオウン執務官も目覚めているはず】


 【了解、しかし、闇の書事件ってのは一筋縄じゃいきそうもありませんね】


 【でなくば、管理局がここまで手こずることもないでしょう】


 【違いないっす】

 そして、通信が終わり、管制機は休むことなく“本物の守護騎士”達による魔法生物からの蒐集状況との照合を始める。そういった単純作業の繰り返しでこそ、機械は本領を発揮する。


 【アスガルド、彼が到着するまでに、何か一つは相違点を探り出しますよ】


 【了解】

 機械の演算は、止まらない。

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターが参謀、シャマルの策とアースラ捜査陣の読み合いはなおも続く。






おまけ
 
12月3日  夜  高町家において

 「桃子、どうした? 随分嬉しそうな顔をしているが」

 「ふふふふ♪ なのはがね、『お母さん、一緒にお風呂入って』って言ってくれたの」

 「そうか………なのはが」

 「ええ、なのはからお願いしてくることなんて、滅多になかったから」


 末っ子であるなのはは滅多にわがままを言わない子であるが、甘えることがほとんどないことを気にしていた。

 そんな末娘が甘えてくれることが嬉しくて仕方ない桃子さんであった。


 「しかし、急にどうしてだろうな?」

 「一人でお風呂に入るのを怖がっているみたいなんだけど、転んで溺れかけでもしたのかしら?」





某所にて

 『計画どおり、これにて、高町なのはと一緒にお風呂に入るというフェイトの願いが叶えられる確率は高まりました。後は、ハラオウン家にて二人きりになる状況があればよい、実に簡単なことです』


 デバイスは――――無駄なことをしない


 全ては、演算のままに

 たとえしょうもないことでも




[26842] 夜天の物語 第三章 前編 野望と欲望
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:44
第三章  前編  野望と欲望




ベルカ暦485年  ヴィルヤの月  アイラ王国  ハンド地方



 そこは、見渡す限りの平原であった。

 この時より観るならば遙かな未来、現代の守護騎士達がいる国ではありえない風景。

 その国には四季があり、数限りない美しい景観を持つ色鮮やかな国ではあるが、この時代、この大陸の風景にはまた異なった趣がある。

 広い、ただそうとしか表現できない広大なる平野。

 このような場所であれば、鬼謀妙計は意味を成すまい。軍師と呼ばれる者達も、山岳を利用した伏兵や、河川を利用した包囲戦などの方策はとりようがない。

 ただただ広大なる平野、ここでは純粋なる兵の強さと騎馬の速度のみが試される。

 書物で読むことでしか戦を知らぬ者達にとっては実感出来ぬことであろうが、この壮大なる自然の前では、人間の策など無意味と知るだろう。


 ここは、戦士達のために用意された決戦場。

 そこに“日常”が入り込む余地はなく、狂気こそが正気となる。

 これよりこの場で数百、あるいは数千に上る命が散ることになるだろう。その死に意味があるかないかなどは問題ではない。一度戦場に足を踏み入れた以上、命より軽いものなどありはしなくなる。



 美しい平原が、修羅の戦場へと変わるまでの刹那の刻

 時は黎明、藍色の空の下、たなびく風をその身で受けながら、一人の騎士が蒼き賢狼と共にその光景を眺めていた。

 空は高く、流れる雲は早い。澄み切った大気の下、彼らは迫りくる軍勢を待ち受ける。


 「美しい景色だ」


 「………」

 独白のごときその言葉に、賢狼は無言。そも、彼は言葉を発する権能こそ持つが、それを表に出すことはない。

 だが、その心に宿る想いは、隣に在る青年と同じものなのだろう。


 「ここでどれだけ多くの血が流されることになろうとも、自然は、変わらず美しくあり続けるのだろうな」

 それが、この時代の戦の理。

 どれほどの血が流されようとも、数十万の人間の無念が宙を彷徨うことになろうとも。

 人の戦が、雄大なる自然を汚すことはない、それが、中世ベルカの騎士達の戦。

 遙か未来、質量兵器が全盛となる時代においては、人間の戦は自然どころか次元そのものを歪ませるものへと変貌していく。人間の中に、人間こそがこの世で最も邪悪な滅ぶべき種族であると信じ、人の世界をロストロギアによって滅ぼそうとする者が、後を絶つことなく出現する程に。


 だからこそ――――


 ≪その血を受けとめる存在こそ騎士、だったか≫


 「ああ、我ら騎士の務めにして誇りだ。決して、民をこの場に関わらせてはならない」

 後代の歴史家たちより、中世ベルカは、古き良き時代と讃えられる。

 戦争がなかったわけではない

 陰謀がなかったわけではない

 貧困がなかったわけではない

 死はそこら中に溢れ、疫病によって滅ぶ村など数え切れぬほど存在していた。魔法を使えぬ者達が、魔法を扱う者達によって弾圧されることもあり、搾取されることも当然のごとくあった。

 しかし同時に、弱き人々を守るために、その力を振るう者達も確かに在り、彼らは“貴い存在である”とされていた。

 魔導の力を持つ者が持たざる者達の上位に特権階級として君臨することは“当たり前”ではなく、人々を守り、そのために命を懸ける者達だからこそ、人々が指導者と認める時代。

 だが、ベルカの地にも、陰りが見られるようになった。

 平原を見渡す小高い丘、そこに一人の騎士と一頭の賢狼が佇む。

 彼らの役目は、ここに進軍してくる軍勢を迎え撃つことにあり、相手を殺し尽す覚悟を持って彼らはこの場に立っている。

 そう、この戦いに慈悲は無用。

 なぜなら――――彼らが戦う相手は、慈悲を持たぬ敵なのだ。


 「来たか」


 ≪そのようだ≫

 言葉は発することなくとも、賢狼たる彼は思念を人に伝える力を持つ。

 それ力が誰しもが理解できる明確なものとなったのは、放浪の賢者が彼にザフィーラという名を与えてよりのことであるが、そのことを彼は感謝していた。

 そして、賢狼の鋭き眼は、この地に目がけて進軍してくる軍勢の陣容を正確に捉えた。


 「アイゼン、頼む」

 『Jawohl.』

 盾の騎士ローセスもまた、グラーフアイゼンを起動させ、遠方の情景を探るための魔法を展開する。

 彼自身の魔法技能は戦闘に関することが多いため、このような補助的な魔法に関してグラーフアイゼンがいなければそれほど優れるものでもない。とはいえそれは、湖の騎士シャマルと比較すればの話であり、仮にアイゼンがなくとも、彼の探索技能は通常の騎士に比べて劣るものではないが。

 そうして二人は、迫りくる軍勢の正体を知る。

 それは予想されたものではあるが、やはり実際に目にすれば複雑な思いを抱かざるを得ない。


 「あれが………改造種(イブリッド)か」


 ≪最果ての地より流れる異形の技術によって、歪められし者達≫

 そこには、人間達がいた、人間だった者達がいた。

 遠目には“人間”と呼べる外見ではあるが、よく見れば人ではあり得ぬ皮膚を持った者がいた、手が異常に長い者がいた、足が四本ある者がいた。

 それらは、かつて“ハン族”と呼ばれた部族を中心とする武装集団のなれの果ての姿であった。


 「彼らとて、守るべき者も、帰るべき場所もあったはずだが……………痛ましいことだ」

 彼らは古代ベルカの時代より存在し、リンカーコアを基礎とした魔法体系とは別種の技術を持っていた部族。放浪の賢者ラルカスは、彼らを“森の人”と呼ぶ。

 デバイスが発展し、騎士達の力が増すにつれて古代ベルカの技術は次第に廃れていき、彼らもかつてはこの地の全てを闊歩していたが、次第に王国の力に押され、今やアイラの国土の片隅に僅かな勢力圏を持つのみ。

 アイラという国とは決して友好的な間柄ではなかったが、それでもある種の“共生”が図られてはいた。彼らが住む森は王国にとっては魅力のある土地ではなく、彼らがそこから出て掠奪を働かない以上は不干渉。

 ハン族と呼ばれることになった森の人達も、元々は自分達が住んでいた土地に我がもの顔で君臨する王国に対して忸怩たる思いはあったが、棲家であり聖地でもある森が奪われない以上は、平原や山、川、湖などは譲り渡しても構わないという立場であった。

 だが、対立の根が断たれたわけではなく、特に若く力に溢れた世代には、自由に森から出ることが叶わない生活に不満を覚える者達も多かった。

 そんな彼らに、王国に復讐するための“力”を示し、望む者に与えた存在がいた。

 その者は“野心”と“覇気”、“行動力”を好み、ハン族という部族の若者たちはその眼鏡にかなってしまった。そして、若者たちは人としての一部を捨て去ることで、王国の騎士に真っ向から戦うことを可能とする力を得た

 そうして彼らは森より出で、近隣の村や町を焼き滅ぼして回る。最初の頃は部族の者達も彼らを“英雄”と褒めたたえたが、彼らが滅ぼした村々の人々の首や内臓を“戦利品”として持ち帰り、それらを肴に宴を開くようになると、次第に距離をおくようになった。

 何よりも、部族の者達は恐れたのだ、希望に満ちていたはずの若者たちの顔が、いつの間にか野望と欲望のみに染まっていることに。

 だが、暴力というものは人を惹きつける力を持つ。やがてはハン族のみではなく、似たような境遇にあった者達や、盗賊の類いに至るまでが加わるようになり、“異形の力”に魅せられた悪鬼羅刹の集まりになり果てた。

 そうして、彼らの暴走は止まることなく、さらには王国の主都目がけて終わること無き進軍を開始した。

 部族の長老と呼ばれる者や、老人たちは彼らを止めようとしたが、逆に殺され、彼らの聖地であった筈の森は炎に包まれた。女子供も容赦なく殺され、古代ベルカより生きてきた“森の人”は、他ならぬ自分達の部族の若者の手によって永遠に歴史から消え去ることとなったのである。

 その経緯をローセスとザフィーラは理解しており、もはや原初の目的すら忘れ果てた哀れな者達に終焉を与えるべく、この場にいる。


 「彼らは、自分達の部族の未来を憂い、家族の未来を明るいものにするべく立ちあがった。それは新たな戦乱を呼ぶ決断ではあったが、彼らにとっては大義であったはず」


 ≪しかし、結局は力に溺れ、守るべき者をも焼き滅ぼすこととなった。これが、異形の力の業というものか≫

 その技術を流れ出させている者こそ、かつて白の国で学び、カートリッジやフルドライブ機構を作り出した大魔導師、今は“黒き魔術の王”と呼ばれる者。


 「サルバーン――――――貴方が何を求めているのかは分からないが、我々は止めねばならない」

 放浪の賢者の弟子であった男が、異形の技術に手を染めた。ならばそれを止めるのも、同じく薫陶を受けた自分達、夜天の騎士の役目であろうとローセスは考える。

 それは彼のみではなく、シグナムとシャマルにとっても共通する思いではあった。

 しかし―――


 ≪だが、ヴィータは、どうするのだ?≫


 「………」

 リュッセを筆頭とした他の“若木”は白の国の人間ではなく、黒き魔術の王と戦わねばならない理由はない。

 しかし、ヴィータは違う。彼女が夜天の騎士を目指す以上はサルバーンが生み出す異形の軍勢と戦わざるを得ない。

 それは、人と人との戦いよりもなおも凄惨な、どちらかが全滅するまで終わることない、狂乱の戦となるだろう。

 そんな修羅の戦場に、妹を送り出したくないという思いは当然ある。だがしかし、ローセスもまた夜天の騎士である以上、後を継ぐ者を育てねばならない。

 そして、現在の白の国において、彼女らに続く者はヴィータしかいないのだ。その下の世代はまだ生まれたばかりであり、成長するまで8年はかかる。


 「あの子が望む道を、わたしは尊重する。それが、答えだ」


 ≪兄としての想いは、押し殺しても、か≫


 「ああ………大師父の、予言の通りに」


 ≪そうか……≫

 それで、会話は終わる。ローセスとザフィーラにとってはそれだけで十分であり、そこにどれだけの想いが込められているかなど言葉にせずとも理解できる。

 そして何より、今は戦う時だ。余分な感傷はここまでであり、これより先、彼らは戦うための存在となる。


 「グラーフアイゼン、カートリッジロード」
 『Explosion!(エクスプロズィオーン!)』

 既に敵は、射撃型の魔導師ならば射程圏内といえる距離まで迫っている。

 数はおよそ1000、さらにそれらはただの人間ではなく、騎士に匹敵するだけの戦闘能力を備えた集団だ。流石にベルカの騎士と一対一で戦える者は極一部だろうが、それでも5体もいれば騎士と対等に戦える。それほどの軍勢にたった二人で突っ込むなど正気の沙汰ではないが、ローセスには微塵の恐れもない。


 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』

 鉄の伯爵が持つ二つ目の姿にして、噴出機構による大威力突撃攻撃を行うための強襲形態。

 魔導師の間合いを即座に詰め、アームドデバイスによる渾身の一撃を叩き込むことを可能とする“調律の姫君”の技術の結晶。


 「行くぞ!」


 ≪承知≫

 ローセスの身体が赤い流星となり、それに並進するように蒼い流星が追従する。

 異形の軍勢と、夜天の騎士の戦いが始まった。









―――――――――――――――――――――――――――――――――







 「始まったか」

 ローセスとザフィーラが布陣する丘より後方、夜天の騎士が持つ端末より戦闘が始まったことを知った烈火の将は、それ情報をアイラ軍を率いる騎士へと伝える。アイラにも当然端末は存在するが、“調律の姫君”が作り上げたもの以上は存在しない。

 今回、この戦場へやってきたのはシグナム、ローセス、ザフィーラの三名。元々は別の理由でこの地方を訪れていたのだが、異形の軍勢が暴れ回っているという話を聞き、参陣することとなった。

 アイラ軍はこの地点のみではなく、ローセスとザフィーラが突入した地点を包囲するような形で1500近い兵隊と30名の騎士が展開している。ベルカの時代において騎士は一騎当千の戦力ではあるが、やはり数の暴力というものは侮れず、魔導の力を持たない者達も対抗するための知恵を働かせる。

 騎士とて人間であり、魔法生物と違って生命力が人間離れしているわけではない。毒を塗った矢が一本刺されば、それだけで死に到る、もっとも、騎士甲冑を貫いて矢を当てるのは並大抵ではないが。

 だが、カートリッジが登場する以前から、魔力付与の技術は存在していた。騎士とは言え、魔力が籠った毒塗りの矢を四方八方から射かけられれば命を落とすことになる。飛行能力を持たないならばなおさらのこと。

 これよりさらに数百年以上後、機関銃などの質量兵器によって魔導師が次々に殺されていくことになるのも、こうした戦術の最終形態といえるだろう。秒間数百発近く吐き出される弾丸を躱すことは、空戦魔導師であっても容易ではないのだ。


 「しかし騎士シグナム、確かに効果的な作戦ではありますが、本当に彼らは大丈夫なのでしょうか?」

 今回の作戦はいたって単純。ローセスとザフィーラが敵陣のど真ん中に突入し暴れ回り、敵を足止めすると同時に二人を包囲する陣形を取らせる。

 異形の軍勢に最早人間らしい理性はないが、戦場における駆け引きや、効果的な戦術というものだけは完全に失ってはいない。まさしく彼らは、戦うために調整された兵器のようなものなのだ。

 よって、それを逆手に取り、ローセスとザフィーラを囮にすることで敵の包囲陣形を誘い、さらにそれを数で勝るアイラ軍が外側から包囲する。これにより、敵は内と外から挟撃されることになる。

 しかし、戦力バランスがどう考えてもおかしい。外側が1500の兵と30名の騎士であるのに対し、内側が騎士一人と守護獣が一頭。(彼らはザフィーラがローセスの守護獣と思っている)

 これでは、外側の包囲網が完成する前に内側の彼らが包囲殲滅されてしまうと、アイラ軍の指揮官である騎士は作戦が始まる前から憂慮していたのだが。


 「問題ない、あの二人にとっては包囲網が完成するまで持ちこたえるのは造作もないことだ。敵が騎士ならばともかく、戦士としての誇りも失った異形の者相手に僅か数分が持ちこたえられないなどありえん」

 烈火の将は、絶対の信頼を込めて断言する。


 「それに、あまり多勢を投入しても足並みが揃わねば意味はない。あの役は高速で飛行できるものでなければ不可能だが、即興の連携では危険すぎるだろう」

 空を往く場合は、周囲と速度を合わせながら敵陣へ突入することは陸に比べてさらに難しい。

 一人だけ突出してしまえば集中砲火を浴びることになり、かといって足並みを揃えるために飛行速度を遅くすれば全員が的になるだけ。

 そのため、普段から行動を共にしている夜天の騎士のみで突入するという判断は、妥当なものではあるが。


 「ですが、ザフィーラ殿は陸の獣であり、高速飛行は苦手と聞きましたが」

 これも一度は確認したことだが、シグナムから返って来たのは以前と同じ問題ないというものであった。

 ただ、僅かに付け加えられる言葉があり。


 「確かに、ザフィーラは空戦が苦手だ、というより、ほとんど空を飛べん」

 そう断った上で。


 「だが彼は、夜天の騎士の誰よりも高速機動に長けている」

 確信を込めて、シグナムは告げていた。










―――――――――――――――――――――――――――――――――








 「縛れ、鋼の軛!」

 敵の中心にグラーフアイゼンのラケーテンフォルムで飛び込んだローセスは、大地に鉄鎚のスパイクを叩きつけると同時に、彼が最も得意とする範囲攻撃魔法を発動させる。

 赤き魔力によって構成された尖った石柱の如き波動がローセスを中心に発生し、さながら“串刺しの森”とでも表すべき光景を作り出す。

 言うまでもなく、それらは全て殺傷設定であり、そもそもこの時代に非殺傷設定の魔法というものは存在しない。

 具現化された魔力の槍は対象を確実に絶命させ、彼らが確かに生きていたという証、鮮血の雨を四方にまき散らす。

 そこに―――


 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォ!!!」

 魔を祓うと言われる賢狼の咆哮が響き渡ったと認識する間もなく、かつてハン族であった青年達の首が独りでに宙を舞う。

 その不可解極まる光景を実現させているのは、言うまでのなく蒼き賢狼ザフィーラ。彼にとっては特別なことをしているわけではなく、ただ全力で走り、己の牙と爪を振るっているに過ぎない。

 だが、彼と周囲の敵の時間軸は決定的にずれていた。向こうにしてみれば閃光が駆け抜けたという認識しかなく、気付けば自分の首が胴から離れているという事態。困惑する暇すらなく、彼らはこの世からいなくなっていくのだ。


 「アイゼン、待機していろ」


 『Ja.』

 ローセスが切り込み、ザフィーラが円を描くように駆け回り自分達の空間を確保した後、ローセスはグラーフアイゼンを一度待機状態に戻す。

 鋼の軛を広範囲に発生させる場合などはアイゼンの魔法補助能力を併用し、高速飛行を行う際にも用いるが、己の肉体を用いた防衛戦を展開する場合はローセスにとって不要となる。

 その辺りが、ヴィータがアイゼンは自分の方が相性がいいと言う根拠なのだが、同時に、ヴィータには不可能でローセスだからこそ可能な使い方も存在していた。


 「おおおおお!」

 ローセスは両手を交差させ、魔力を全身に行きわたらせる。彼の騎士甲冑は外見上、ほとんどないも同然の薄装甲なのだが、それは見当違いというものである。

 彼は元々デバイスとの相性がそれほど良くなく、器物に魔力を込めることが体質的な問題で致命的に苦手であった。ちょうど、未来ではユーノ・スクライアという少年が似た体質を持っている。

 その問題を解決したのが、白の国の“調律の姫君”フィオナ。彼女は融合騎の原型、すなわち知能を持たないユニゾンデバイスを開発し、ローセスと融合させた、その銘を“ユグドラシル”という。

 言ってみればそれは後の“融合騎”の核のようなものであり、リンカーコアと似た特性を持つ。リインフォースⅡやアギトといった融合騎が己の魔力のみで魔法を放てるのは、リンカーコアに相当する器官を保有しているからに他ならない。

 ローセスの体内にある“ユグドラシル”はそのプロトタイプであり、守護騎士システムの原型でもある。夜天の魔導書の守護騎士が単独で機能することが出来るのも、“コア”を保有しているからであり、他者との融合機能こそ持たないが、守護騎士もまたユニゾンデバイスの一種にカテゴリされる存在なのだ。


 「裂鋼波!」

 そして、ローセスは“ユグドラシル”の処理能力によって、外部のデバイスの力で甲冑を纏うシグナムやシャマルよりも効率の良いフィールド防御を可能とする。元々彼の戦い方が守勢に向いていたということもあるが、その戦闘継続時間の長さとフィールド防御の堅牢さこそが、彼が“盾の騎士”と呼ばれる由縁なのだ。

 当然、“ユグドラシル”とてユニゾンデバイスであるため、誰でも使えるものではない。適正が低いものに埋め込めばそれは“融合事故”を引き起こし、最悪の場合はリンカーコアが機能不全を起こし死に至る。

 夜天の騎士や若木の中でも“ユグドラシル”との適正があったのはローセスのみ、というより、そもそもローセスに合うようにフィオナが作ったのだから当然である。

 湖の騎士シャマルの言わせると―――


 (ユグドラシルこそ、姫様の愛の結晶よ。体質的にデバイスが使えなかったローセスは若木の中ではほとんど最下位だったけど、10歳の頃から3年かけて姫様がユグドラシルを完成させてからは、一位になったものね。まあ、諦めずに修練を続けたローセスの努力があってこそのものだけど)

 ということであった。

 ローセスは堅い防御と持久力を生かした防衛戦を最も得意とするが、その攻撃手段は己の肉体を用いた格闘戦となる。これは、ユグドラシルが完成するまではデバイスが使えず、己の魔力のみで戦わざるを得なかったことが最大の要因であったが、ベルカ式である彼では射撃などを修めることも難しかったことも理由である。ベルカの騎士の中では、ヴィータは射撃系攻撃の制御も得意という稀有な資質を持っているのだ。

 ユグドラシルが完成してからはローセスも広域防御結界などを張れるようにもなり、攻撃と捕縛の両面を備え、範囲攻撃をも可能な鋼の軛を会得したが、どうしても一撃の破壊力や高速移動の面で問題が出てくる。

 それを解決したのがグラーフアイゼンであり、彼には“ユグドラシル”と同調する機能があるためローセスも万全とまではいかないがその機能を発揮させることが出来る。ラケーテンフォルムの一撃と鋼の軛と組み合わせたり、さらには別の使用法もある。


 「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」


 「ぬっ!」

 ザフィーラと共に円陣を構築するように敵を圧倒していたローセスだが、これまでとは違う敵の到来によりその動きが止まる。

 その体躯は2メートルをゆうに超え、3メートルに届くほど、筋肉ははちきれんばかりに膨れ上がり、一見してまっとうな人間の身体ではないことがわかる。

 しかし、同時に鍛え上げられた戦士の肉体の趣も残っており、その巨体を最大限に生かすべく調整されたような、そのような印象を与えられる。ただし、発する声はもはや人間のものとは呼べなかったが。


 「騎士か、もしくはそれに準じる戦士を素体とした改造種…」


 ≪気をつけろ、並の敵とは違う。おそらくハン族を率いていた大将なのだろう≫

 ローセスが立ち止まった反対側では思念を飛ばしつつもザフィーラが敵を引き裂いている。彼が対峙している敵もほぼ同じ体躯を持っているようだが、ローセスが対峙している相手程の脅威は感じられない。

 とはいえ、ザフィーラのように次々に敵を屠ることがローセスに可能かと言えば、否であった。


 <やはり、人間の限界か>

 ローセスも敵の攻撃を躱しつつ接近し、彼の拳が敵に叩き込まれるが、筋肉の鎧に覆われ、さらには強固なフィールド防御も施されていると見られる守りを突破できない。

 自身が人間であるための攻撃力の限界、それをローセスは誰よりもよく知っていた。腕に装着するグローブ型のアームドデバイスも一度はフィオナが作ってくれたがやはり彼とは相性が悪く、デバイスを操ることが出来ないため己の力のみで戦ってきた彼だからこそ、人間は“武器を扱うことが出来る”生物であること思い知らされた。

 生体的な構造として、人間の筋力は獣のそれには及ばない。だからこそ、レヴァンティンのような剣、アイグロスのような槍を人間は鍛え、それを扱う武術を編み出したのだ。

 ローセスは“ユグドラシル”によって弱点を補っているが、これも人間の限界を突破するものではなく、あくまで外付けのデバイスを内部に組み込んで反応の齟齬をなくしたに過ぎない。かの聖王のように肉体のみでデバイスを操る騎士を圧倒するには、レリックなどを体内に埋め込み、人ではないものに変貌するしかないのだ。


 <わたしでは、ザフィーラのように肉体の性能だけで圧倒することは適わない。体術を極めるだけでは、同じように鍛え上げた獣には勝てないだろう>

 現在対峙している敵も、ローセスと同じように己の肉体を限界まで鍛え上げた戦士だったのだろう。それに異形の技術が組み合わさり、人を超えた力を発揮している以上は、肉弾戦では勝ち目は薄い。ザフィーラのような速度と爪と牙がなければ。


 「だが、わたしにも牙はある。なあ、アイゼン」

 『Ja.』

 主の呼びかけに応じ、鉄の伯爵が再びハンマーフォルムを取る。

 彼こそ、人間であるローセスが持つ牙にして刃。いかなる敵も打ち砕く騎士の鉄鎚。シグナムがレヴァンティンでもって敵を叩き斬るように、ローセスには彼がいる。


 「伸びろ!」

 ローセスが地面にグラーフアイゼンの柄を突きたて、打突部分に片足を乗せた状態で命を下し―――


 『Jawohl!』

 グラーフアイゼンは主の命を忠実に実行し、柄を凄まじい速さで伸長させる。この連携こそ知能を与えられた彼らだからこそ成せる技、知能を持たないアームドデバイスに予め時間差で伸びるよう入力しようとも、0.2秒、いや、0.1秒単位で変化する敵の動きに合わせた最適な動きは実現できない。

 しかし、ローセスの意思を汲み取り、グラーフアイゼン自身がマイクロ秒単位で入力される周囲の状況と照合しながら調整を行うならば、本来不可能な連携も可能となる。騎士とデバイスが呼吸を合わせ、類を見ない戦術を繰り出すことこそが、白の国の近衛騎士の最大の特徴なのだ。



 「臥襲――――走破!」

 グラーフアイゼンが凄まじい勢いで伸び、その先端に足をかけた状態からさらに脚に込めた魔力を爆発的に解き放つことでローセスは閃光の如き速さを体現し、その速度は瞬間的ではあるがザフィーラのそれを上回る


 「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 その蹴りは筋肉とフィールド防御の守りを貫通し、異形の怪物となった戦士の心臓を貫き砕く。


 「鋼の軛!」

 だが、それで終わりではない。改造を施された者が心臓や頭を潰された程度で止まる保証などないのだ。ならば、どのような怪物であろうとも動けなくする手段を講じるまで。

 心臓を貫いたローセスの脚、すなわち“敵の内部から”鋼の軛が生じ、その身体を突き破り大地に縫い止める。如何に筋肉の鎧とフィールド防御に固められていても、体内までは強化しようがない。

 そして、血に染まった己の脚を顧みることなく、ローセスは身を翻し次の敵に狙いを定める。僅かな間とはいえ彼が一人の敵に集中できたのもザフィーラが背後を守ってくれたからであり、即座にその援護に向かわねばならない。

 ここは戦場、息を吐く間などありはしない。油断したものから死んでいく修羅の空間なのだ。


 「飛竜――――――」

 しかし、そんな血戦場に、一陣の風が吹き抜ける。


 「一閃!」

 新たに空から飛来した援軍が、まさしく竜の咆哮と呼ぶに相応しい一撃を叩き込み、数十、いや、百に届くかもしれない命が散った。


 【シグナム】


 【心配はしていなかったが、無事で何よりだ、ローセス、ザフィーラ】

 彼女が来たということは、包囲網が完成したことを意味していた。

 これまでの二人の役割は包囲網が完成するまで持ちこたえることであり、円を描くように空間を確保する守勢の戦いであった。


 だが―――


 「「「「「「「「「「「「 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! 」」」」」」」」」」」」」

 四方から鳴り響く鬨の声が守勢の終わりを告げる。これより先の彼らの役目は挟撃の一翼を担うことであり、つまりは三人がそれぞれの方向へ目がけて突き進むこととなる。


 【私は北へ突き進む、ローセスは南東、ザフィーラは南西だ】


 【了解しました】


 ≪心得た≫

 将の指示のもと、彼らは突撃を開始する。シグナム、ザフィーラは元より、盾の騎士たるローセスも例外ではない。


 「アイゼン、やるぞ!」


 『Jawohl.』

 そして、完全に攻勢に出る以上、ローセスのスタイルもこれまでとは異なったものへと変化していた。

 対人戦闘においては徒手空拳とアイゼンの機動力を生かした複合戦術をとるが、これは対軍戦闘であり、なおかつ敵を薙ぎ払う殲滅戦、ならば、最も適したスタイルがある。


『Gigantform!(ギガントフォルム)』

 グラーフアイゼンのフルドライブ状態であり、カートリッジを2発消費する攻撃の切り札。

 魔力量があまり多くないローセスにとっては使用するタイミングが難しいが、まさしく今はその状況。求められるのは耐え忍ぶことではなく敵を撃滅すること、なおかつ、一撃で敵の陣形を崩し戦力を削り取る大技こそが相応しい。


 「ギガントシュラーク!」
 『Explosion!』

 ローセスの放った一撃は敵軍を文字通り“叩き潰し”、ローセスとザフィーラへの包囲網の一角に穴を穿つ。

 そこを目がけて外側の王国兵士が殺到し、分断された敵はもはや各個撃破の好餌でしかない。

 後の推移は語るまでもない、白の国での行われる大会戦の前哨戦ともいえた戦いは、かくして終わりを迎える。








ベルカ暦485年  ヴィルヤの月  アイラ王国  湖岸都市カーディナル




 都市の外れに存在するやや大きめの家屋。外見からは普通の家に見えるその内部にはデバイス作成、または調整のための設備が整っており、ここが“調律師”の仕事場を兼ねていることが窺える。


 「私達の戦った相手ですが、やはり実際に相対しなければ分からないものですね。違和感、いいえ、禁忌感とでも言うべきでしょうか、そういったものを感じました」


 「なるほど………彼の地より流れ出る技術による細胞レベルでの肉体強化、いや、リンカーコアを持つものならばそれすらをも強化しているか、生命の流れとは相容れぬ方向へと」


 「ローセスの“ユグドラシル”のように、リンカーコアとの相性などを綿密に計算し、融合事故が起きぬように調整されたものではありません…………あくまで私の推測に過ぎませんが、あのまま戦い続ければ数日後には多くの者が自壊していたかと」


 「君の推測ならば間違いということはないだろう、烈火の将シグナム」


 「いいえ、貴方から見ればまだまだ若鳥に過ぎません」

 シグナムの対面に座り、話を聞いているのはこの工房の主であるフルトンという初老の男性。

 既に70近い年齢に達しているが背筋は伸びており、衰えというものを感じさせない。


 「だが、あやつがそのような技術を広めているか……………白の国で共に学んだ者としては複雑な思いだ」


 「なあマイスター、そいつって、マイスターがよく言っていた同期のサルバーンってやつのことなんだろ?」


 「スンナ、マイスターがお話になっている最中です。口を挟むものではありません」


 「いいじゃんかよスクルド、あたしらにだって関係ない話じゃないだろ。融合騎の技術がとんでもない方向に使われてるのかもしんねえんだぞ」


 「だからと言って、まだ完成すらしていない私達に何かできるわけでもないでしょう。申し訳ありません、騎士シグナム、話の腰を折ってしまって」


 「いいや、構わない。初めて会うが、君がスクルドで、そちらがスンナ、だな」

 シグナムの視線の先には、空中に浮きながら話す妖精が二人。

 その大きさは人間の子供よりもさらに小さく、彼女らが人工の手による創造物であることは一目瞭然。

 彼女らこそは、“調律の姫君”の師である稀代の調律師、フルトンの技術の結晶といえる融合騎、スンナとスクルドであり、スクルドが若干早く生まれたため、姉ということになっている。外見上の差はほとんどないが、口を開けば区別するのは容易であった。


 「はい、製作された年代を考えれば、ユグドラシルの後発機、ということになります」


 「あたしらはまだ作られて1年くらいだもんな、よろしく、ロード候補。アンタの戦いを見てたけど、凄かったぜ」

 直接ではなく、フルトンが製作したサーチャーを通してものであったが、彼女らもまた夜天の守護騎士の戦いを見ていた。

 特にスンナにとっては自分のロードとなる予定であるシグナムの戦いを無視できるはずもなく、食い入るようにサーチャーから送られてくる画像を見つめていた。


 「どうだスンナ、お前の主に彼女は相応しいと思うかね?」


 「合格も合格、これ以上の物件はそうはねえって」


 「それは光栄だな」


 「おめでとうございます、騎士シグナム。それに、スンナも」

 融合騎に限らず、デバイスにとって主に恵まれること以上の幸運はない。故にこそスクルドは主に恵まれそうな妹を祝福する。

 逆に、一度も使われることなく終わることが、最大の不幸といえるだろう。


 「でもさ、シグナムと、えーと、ローセスとザフィーラだっけ、が戦ってた連中って、人間以外のもんが混じってたよな」


 「あれは、改造種と呼ばれるもの。簡単に言えば合成獣(キメラ)を人間を素体にしたものかな、私の専門はデバイスであるため生命操作技術は専門外だが―――――あやつは、研究しておったな。元はラルカス師の魔法生物大全と同じく生態調査に関するものであったが、いつの間にやら道を違えたらしい」


 「ではやはり、今は“黒き魔術の王”と呼ばれる彼が作り出したものに間違いないと」


 「ラルカス師も同じ結論を持っておられるだろう。今はもうファンドリア王国でもなく、ヘルヘイムという名称となっていたかな、彼の地に君臨する黒き魔術の王は、紛れもなくかつての同輩、サルバーンだ」

 フルトンにとっては、それを口にするのは辛い。昔は共に白の国で学び、理想を語りあった仲であるのだ。


 「マイスター………」


 「………」

 二人の融合騎は、主を気遣うように周囲に侍るが、かけられる声はない。何しろ、彼女らが生まれる遙か以前の話なのだから。


 「大師父より聞きました、彼はデバイスのみならず、あらゆる分野に関する天才であったと」


 「ああ、騎士としての戦闘能力、シャマルのような薬学の知識やカートリッジといった魔導具を作り出す技術、そして、デバイスに関する知識も通常の調律師のそれを遙かに凌いでいる、かのフルドライブ機構はまさしくその証」


 「ですが、融合騎に関する技術であれば、貴方が上であったとも」


 「この歳になって謙遜しても始まらぬ、確かにその通りだ。例の異形の軍勢、その大半は動物の細胞やら筋肉組織などを移植され、野生の力を発揮する代わりに人としての知能の多くを失った者達なのだろうが、中にはそれだけではない者も混じっていたな」


 「ええ、私は対峙しませんでしたが、ローセスが戦った相手の中におそらく“ハン族”のリーダーであったと思しき若者がいました。もはや見る影もなく、人間ではあり得ぬ巨躯を備えた異形となり果てていましたが、確かに“武術”を操っていたと」

 それはすなわち、移植された力に溺れるだけではなく、制御し、己の力を変える者も存在している事実を示している。


 「君が到着する少し前に、戦場跡に残ったローセスから死体の中にあった“奇妙なもの”に関する情報が送られてきたが、間違いなく融合騎のコアであった。それも、常時フルドライブ状態にする術式が組まれておったよ」


 「それはつまり――――相性が悪ければ暴走し、相性が良くとも近いうちに死ぬこととなる諸刃の刃、ということですね」


 「どちらかといえば、融合騎の暴走である融合事故を意図的に起こさせるもの、といった方が良いかもしれん」

 遙か未来において、“闇の書”の管制人格もそれと同じ存在になり果てることを、二人が知る由もない。

 主と融合し、リンカーコアを常時暴走させ、その命が尽きるまで破壊を続ける意味無き融合騎。それに、人格があるかどうかの差でしかない。


 「では、彼は独自に融合騎、と言ってよいものかどうかは分かりませんが、それに準じるものを作り出すことに成功したと判断するべきですね」


 「あやつらしい発想ではある。主のリンカーコアや肉体の特性を考慮し、暴走事故が起きぬように調整したものが私やフィオナの融合騎。人格の有無はあれど、ユグドラシルはローセス専用であり、スンナは君専用だ。もっとも、スンナの場合はある程度の相性があれば十全とはいわぬまでもユニゾンは可能だが」


 「彼女はともかく、ユグドラシルには無理ですね。非人格型ですから手術でもしない限りは切り離しが出来ませんし、そもそもローセスのリンカーコアと深く結びついているため、切り離すことそのものが困難です」

 非人格型の融合騎は己の意思がないため、ユニゾン機能を持った端末でしかない。そのため一度融合した後はその起動や調整も全て主の意思により、切り離すことは困難極まる。ちょうど、リンカーコアが自分の意思を持って勝手に魔導師から離れることが出来ないのと同じように。

 対して、人格を持つ融合騎はユニゾンと解除を己の意思で行える。まだ完成していないが、スンナの意思でシグナムと融合し、彼女の意思で分離することが出来る。主が重傷を負った場合の緊急時などには、融合騎が表面にでて身体を動かす機能も存在する。

 だがそれは危うい側面も持っており、融合騎の力が強ければ主の肉体を乗っ取ることすら可能であることを意味している。その点で見れば、ローセスのユグドラシルは汎用性がない代わりに安全性が高いと言え、彼専用に調整されているため暴走の危険がほとんどなく、意思がないため余分な機能が仇になることもない。


 「だが、あやつの作り出した融合騎は主のことなど考慮していまい。一言でいえば“乗りこなせない方が悪い”、ということだろう」


 「デバイスを使い手に合わせるのではなく、どんなデバイスであろうと自身の手で使いこなせて見せろ。その代り、力を求める者には相応の見返りを用意する、ということですか」


 「うむ、フルドライブ機構もそのような意思に基づいて作られたものだ。簡単に言えば、あやつの強大な魔力に並のデバイスでは耐えられず、耐久性を重視すれば今度は出力が制限される、故にこそのフルドライブ機構。あやつが作り出した時には、全力運転すればあっという間に枯渇してしまう者達のことなど、まるで考慮されていなかった」

 魔力電池に近い役割を果たすものは以前からあったが、高ランク魔導師が限界を超えた術式を紡ぐことを可能とした、高ランク魔導師用カートリッジを作り出したのはサルバーンであり、彼の技は底辺に合わせるものではなかった。

 フィオナの融合騎、ユグドラシルはローセスようにデバイスを扱う才能がなかった者のために作られたが、黒き魔術の王の融合騎には“慈悲”というものが微塵も存在していなかった。


 「本当に、彼の人格は苛烈と言うほかない。彼の最大の脅威は、その技術ではなく精神性にある、大師父はそうおっしゃっていましたが」


 「その通りだ。ストリオン王国の話は聞いているだろう」


 「はい、カルデン殿から直に、ハイランドとは古くから同盟関係にあった彼の国が滅んだと。もっとも、滅んだとはいえ国土そのものには大きな被害が出ていないのが唯一の救いだとおっしゃっていましたが」


 「そう言えば君は雷鳴の騎士カルデンと親交が深かったな、ならば私以上に詳しく知っているか」


 「恐らくは。首都において武装集団が蜂起し、王城を制圧。転送魔法を扱えたストリオンの宮廷魔導師が至急ハイランドへ飛び、救援を要請。カルデン殿がハイランド王国騎士団第二隊と共に駆けつけ首謀者を討ち取り、反乱自体は鎮圧したらしいですが、王族を含めた主要な貴族の全てが既に処刑されていたと」


 「そして、それと似たような手口で滅んだ国家があったはずだ。もっとも、向こうは成功しニムライスは滅び、今は黒き魔術の王が統べるヘルヘイムと化した」


 「………彼の存在に触発されたのではないかと、カルデン殿も予想してました」

 シグナムの声にも陰りが見られる。なぜならそれは、技術以上に危険なものが流れ出していることを意味しているのだ。


 「ベルカの地を覆うとしているのは異形の技術のみではない、それを求める野心と欲望だ。ストリオンで反乱を指導したロベスという男も元は騎士階級であったが、爵位を持つ貴族となった野心家。卓越した知謀と剣術、魔導の術を修め、数々の武勲を挙げ、ストリオンでは英雄とも呼ばれていた。しかし、救国の英雄は反逆の奸雄となったようだ」


 「ストリオン王家にも黒い噂はありました。ですが、反乱が起これば結局一番被害を受けるのは民です。それを考えずに反乱を起こした以上は、大義があろうとも意味はない。結局、彼は反逆者として雷鳴の騎士カルデンに討ち取られる最期となり、残されたのは死者の山のみ」


 「そのような男達に“野心”と“欲望”いう毒を、あやつは流れ出させている。王や騎士が民のためではなく、己の野心と欲望のためにのみ戦うようになっては、ベルカの時代も終わりを迎えることだろう」


 「………野心と欲望」

 シグナムとて、ベルカの時代が未来永劫続くとは思っていない。かなり未来のこととはなるが、ベルカの列王達もやがては腐敗し、圧政に堪えかねた者達は質量兵器を手に蜂起し王権を打倒、魔法国家は一度消え去り、質量兵器の時代がやってくる。

 しかし、彼女は願わくば、騎士が国と民のために戦う時代が続いてほしいと思っている。

 だが、最果ての地より流れる叡智ではなく、一人の人間の野心がベルカの地を根底から覆そうとしているのだと彼女は感じていた。


 「故に、あやつが白の国に眠る古き遺産を狙うならば、それは絶対の機会だろう、サルバーンがいなくなれば、技術はともかく野心の流出には歯止めがかかる。ラルカス師も同様に考えておられるかもしれん」


 「国を奪った男が、今もなお凋落するどころか勢力を拡大させ続けている。その事実こそが、野心家たちの炎を煽っている以上、彼が倒れない限り、第二、第三のロベスが出てきてしまう。彼を殺す以外に方法はありませんか」


 「第二、第三のロベスは容易に発生しえても、第二のサルバーンはそう簡単には表れまい。あれほどの才能と野心を秘めた男など、100年に一度もおるまいよ。あやつをここで止めれるならば、数百年はベルカの命脈も延びるとは思うが」


 「大師父も近いうちに白の国へ戻られると聞いています。………彼が攻めてくる日も近いのかもしれません」

 それは、状況から推察したものというよりも、歴戦の勇士であるシグナムの勘といえた。

 大きな戦いが近いことを、烈火の将は肌で感じ取っている。


 「私は戦う力を持たぬゆえ何も出来んが、可能な限り、スンナの完成を急ぐとしよう。この子は必ずや君の力になってくれる」


 「おう、まっかせろい!」

 あまりにも重い内容であったため、ずっとしゃべっていなかったスンナがようやく口を開く。


 「だが、くれぐれもサルバーンを甘く見るな。あやつの融合騎に関してはそれほど脅威ではないと私は思っており、本来あやつはこのような系統はそれほど好むところではなかったが、気になるものがある」


 「それは?」


 「フルドライブ機構をほとんど完成させた頃、さらにその発展形についてあやつが私に語ったことがあった。リンカーコアの全力を引き出す機構のさらに上、限界を超えた力を引き出すシステム、リミットブレイク機構を」


 「リミットブレイク………」


 「あまりにも危険極まりない技術ゆえに、真っ当な騎士ならば使うとは思えんが、改造種ならば躊躇うことなく使うであろう。君達夜天の騎士の力は確かだが、敵が限界を超えた力を振るう可能性も忘れないでくれ」


 「了解しました。肝に銘じます」


 「―――――これまでのデバイス技術の進歩の速度から考えれば、リミットブレイク機構が安全とは言わぬまでも扱える技術となるまでは、200年はかかると私は予想した。だが、あやつならば、20年ほどで成し遂げてしまうかもしれん、安全性などは考慮しないであろうが」


 「ですが、彼自身もそれを使うのですね」


 「間違いなく、そして、暴走など絶対に起こさないだろう、あやつはそれだけの才能と技術を持っておる。だが、それはあくまでサルバーンだからこそ出来るものだ、おそらく君でもその真似は出来まい」

 黒き魔術の王の技術は、他者を顧みるものではない。彼にとっては“安全に扱える機能”であっても、他の者にとってはほぼ間違いなく暴走する危険な代物、となる。


 「それでは、私はそろそろ」


 「ああ、重ねて言うが、あやつと戦うならば細心の注意と覚悟を忘れるな」


 「はい」


 「死ぬなよ、シグナム」


 「ご武運を、騎士シグナム」

 そして、二人の融合騎に見送られ、シグナムが飛び立とうとした間際。


 「ああ、すまん、最後にもう一つ」

 調律師フルトンは、あることを唐突に思い出し、彼女を呼び止める。



 「何でしょう?」


 「私自身、あまりにも不可思議なことであったため、あまり深く考えずにいたのだが、事態がこうなっては無関係とも思えんのだ」

 彼にしては珍しく、要領を得ない言葉であった。それほど、彼にとっても言い難いものがあるのか。


 「実は一年ほど前だったか、私の下にサルバーンの友人だと名乗る男が現れた。そして、こう言った、“融合騎を完成させるための技術に興味はないか”と」


 「どういうことです? サルバーンもまだ融合騎は完成させていないはずなのでは?」


 「そう、奇妙な話だ。私も疑問に思い、あやつが融合騎を完成させたのかと問うたのだが―――」


 (いいや、彼はまだだとも。いやいや、それも語弊があるね。このベルカの時代において、融合騎を完成させた者はいない、そういうことになっているのだから。そして、そこに最も近いのが貴方であるため、私はこうして尋ねて来たのだが、そうか、彼とは異なり貴方は否定するのか、己の欲望を)


 「その男は、答えを言うと同時に、言ってもいない私の返事を了承したのだ。あまりにも不可解であったが、狂言のようにも感じなかった。言ってみれば、そう、ラルカス師ではないが、違う次元を覗きこんだかのような気分だった」


 「………どうにも、理解できません」


 「そうだろうとも、私自身理解しかねている。ラルカス師が若い頃に危うく観るところであったという“見てはならないもの”とは、ああいうものを指すのかもしれん」


 「その男の、名前は?」


 「ヴンシュと名乗ったが、間違いなく偽名だろう。サルバーンのことを尋ねても彼のことは話せない契約となっているというばかりで、証拠も何もありはしなかった」


 (貴方に欲望がないならば、私と貴方の邂逅はここまでだろうね。ただ、貴方の娘達にはいつか話をしてみたいものだ、それがいつの私で、どのような欲望に沿っている私かは未知だが、ああ、それも一興というものだ。未来を、楽しみにしていよう)


 「しかし…………妙な話だ。あれほど印象深い男であったにも関わらず、どのような風貌であったか正確に思い出せん。ただ、印象に残っているのは――――――」


 そして、フルトンという二機の融合騎を作り上げた調律師の脳裏に残ったものとは




 「紫色の髪と、深遠な知性を漂わせながらも同時に狂気を湛えた黄金の瞳、そして、泣き笑いの道化の仮面のようでありながら喝采しているような………異形の笑み、だけだ」









あとがき
 隠すどころか正体ばらしまくりですが、今回の話はStSの伏線ともなっております。過去編はA’S編のクライマックスへ繋がるための要素が主眼となっておりますが、StSのための要素もところどころにあります。これらの伏線を回収するのはかなり先のこととなり、正直、物語が一番綺麗に纏まっているのは無印で、A’Sまでが物語として纏まる限界ではあるのですが(StSはキャラも多くて書きたいことが多すぎ、私の筆力不足で纏め切れないのが原因です)、完結はさせたいと思っていますので、StSまで頑張りたいと思います。Vividは本当に心の清涼剤です。


 別にヴィータの魔力光で鋼の軛やったら薔薇の…… なんておもってませんよ?




[26842] 夜天の物語 第三章 中編 白の姫君、黒の王
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/05/24 20:26
第三章  中編  白の姫君、黒の王




ベルカ暦485年  エルベレスの月  白の国  知識の塔




 “人のために生きることは真に己の道なのか、騎士たる者よ心せよ、騎士の魂は誰がために”


 「君はどう感じた、ヴィータ」


 「難しい、よな。そもそも、それが分かってれば誰も悩んだりしねーだろ」


 「……違いない」

 苦笑いを浮かべながら、赤い少女と黒髪の少年は共に歩く。

 その距離はとても近く、まるで寄り添うかのように。


 「僕は、悩んでばかりだ。これでは隊長失格だな」


 「馬鹿、お前以外の誰が隊長を務めるんだよ。あたしも他の奴らも皆認めてるし、頼りにしてんだからもっとしゃんとしろって、ちょっと難しい課題が出たくらいで落ち込むな」

 とは言いつつも、リュッセの悩みは非常に根が深いものであることをヴィータも理解している。いや、理解しているからこそ、彼女は彼の隣を歩きながら声をかける。

 彼女らが歩いている知識の塔は“若木”達が座学を学ぶ際に多く使用されると共に、各国から訪れる“調律師”達もかなりの頻度で使用する白の国の象徴的な施設。

 そこには白の国の歴史が全てあると言われ、騎士達が残した武術の指南書から過去の調律師達のデバイス研究に関する文書など、その道を志すものにとっては宝庫の如き空間といえるだろう。

 その塔の一室で“若木”の中の年長者6人が騎士たる者が備えるべき心構えに関する講義を受けていたが、抱いた感情はそれぞれにとってなかなかに表現しがたいものであった。


 騎士とは、何か?

 誇りとは、何か?

 我等の魂は、誰がために?


 その答えを見つけ、それを守り抜くための力を身につけた瞬間こそが、彼らが正騎士となる瞬間であるのかもしれない。しかし、正騎士ですらその答えは不変のものではあり得ない、でなくば、主に背く騎士など存在するはずもないのだから。


 「本当、難しいな。騎士は誰のために戦う? 何を守って戦う? そして――――もし、仕えていた主を裏切るならば、その騎士は一体何に価値を見出したのだろう?」


 「主が仕えるに値しない奴なら、まずはぶん殴ってでも矯正するのも騎士の道とは思うけど………んなことしたら、反逆罪だもんな」


 「主に背く騎士、主を守って死ぬ騎士―――――――主がいなくなって、残される騎士。何も出来ず残された者は、何をすればいいのだろう?」


 「何か出来るだろ、少なくともお前は、あたしらを率いて戦うことが出来るんだから」

 それは、ヴィータの心からの言葉であったが。


 「ありがとう、ヴィータ」

 リュッセが返した言葉は、彼女の望むものではなかった。


 <ちげーて、励ましとかじゃなくて、本心だよ>

 と思うヴィータだが、まだ幼い彼女にはどこまで言葉に出して伝えるべきで、どうすればリュッセに己の想いが届くのかが分からない。

 ただ、いつも皆を率い、夢と自信に溢れていた少年が、悲しみに沈んでいる姿を黙って見ていられる精神を、彼女は持ち合わせていなかった。


 「ったく、そんなに悩んでんなら、一旦隊長職を退いて休んだらどうだよ。その間はあたしが代わりを務めてやるし、弱ったお前くらいあたしが勇敢に守ってやるよ」

 そんな彼女の、少々背伸びした発言は


 「それは無理だな、君は単体での戦闘能力なら僕と同等だが、集団戦での戦略が甘い、隊長になるのはまだ早いだろう。それに、この状況で、僕が抜けるわけにもいかないだろう?」


 「そうだけど……」

 冷静に彼によって返され、しぼんでしまう。

 話が騎士としての在り方といった概念的な部分から、戦術とった実践的な部分に移ればいつも通りの明晰さを取り戻すのも、リュッセが既に騎士としての精神性を完璧に有していることの証明。

 例えどんな悲しみの淵にあろうとも、騎士たる者は戦となれば冷徹なる殺人者とならねばならない。

 リュッセという少年は、骨の髄まで騎士なのだ。彼女の兄、ローセスがそうであるように。


 「今や、ベルカの地の幾つもの国で騎士が反乱を起こしている。ストリオン王家の没落を筆頭に、各地で王家に背き、反乱を起こす者が現れ始めた」


 「しかも、騎士だけじゃねえんだろ、ある意味で爺ちゃんの昔の同族といえる連中も蜂起してるって話だし、ほとんど王国の騎士に討伐されてるらしいけど、それでも軽く見ることも出来ねえ」


 「騎士の誇り、それ自体が失われているのだろうか……………僕の国のように」


 「ミドルトンも、今や内乱中…………元気出せ、っても無理か」

 リュッセの故国ミドルトンはそれなりに大きな国であったが、かなり前から内乱の危険や下手をすれば国が二分する危機すら囁かれていた。

 そして、それは僅かな時を経て現実の者となったが、故国が危険な状況にあってもリュッセは帰還することはなかった。


 「いや、大丈夫だ。僕の両親もこうなることが分かっていて、もう破局は避けられないと悟ったからこそ僕をここに残したんだろう」

 リュッセの家はミドルトンの王家を守護する役割を持つ家系であったが、先の内乱で滅んだストリオン王家と同じ運命となったミドルトン王家を守るために戦い、反乱軍によって殺された。

 そして、いくら奮闘しようとも多勢に無勢、彼らが守るために命を懸けた王族も、死の運命から逃れることは叶わなかった。ただ、王都から離れた場所に暮らす王家の血を引く人間は存在したため、彼らを神輿とした王軍と反乱軍がぶつかり合う戦乱の真っただ中に現在のミドルトンはある。

 つまりもう、リュッセには帰るべき家も、守るべき主君もいないのだ。


 「そうなのでしょう、騎士シャマル」

 己の魂を預ける場所を失った少年が、自分達の背後で見守るように物陰に隠れていた女性に対し、振り返りながら声をかける。どのような状況にあろうとも、彼の気配を探る技能が錆びつくことなどあり得ない。


 「………ご免なさいね、貴方のお父様とお母様からは、“貴方は自分の意思で仕えるべき主君を見つけなさい”、と言伝を預かっているわ」

 そして、シャマルもまたこの少年が成熟した精神を有していることを知りぬいているため、隠すことなく真実を話す。

 後の時代ならば、まだ11歳の子供に話すべきことではないと非難されることもあろう。だがしかし、今は中世のベルカであり、リュッセは騎士見習いたる“若木”の隊長。

 誰でもない、社会システムそのものが認めている。彼はもう、守られるだけの子供ではないのだと。


 「…………今のミドルトン王家は、簒奪や謀略が溢れる毒の壺であったと聞きます。ですが、以前父と母が言っておりました、自分達はミドルトンに長く仕え過ぎた、今更、道を変えることは出来ないと」


 「だから、リュッセをここにか………ほんと、難し過ぎるって」

 騎士として主君に尽くす心がある。

 その主君がもはや民のために尽くす心を失っているならばどうすべきか。

 そして、自分の子供にはどのような道を歩ませるべきか。

 騎士としての在り方と、親としての心とは、どうしてこうも相容れぬものなのであろうか。


 「ストリオンもミドルトンも、きっかけは野心を持った騎士なのでしょう。ですが、既に人心が王家から離れつつあったことが最大の要因なのですね、カルデン殿の仕えるハイランドでは反乱を影は見られないと聞きます」


 「そうね………ヘルヘイムの“黒き魔術の王”が野心と欲望を駆り立てているのは間違いないわ。けど、それぞれの国に火種があったのも確か、彼はまさしく暴嵐となってその火種を炎にしてしまった」

 その表現に、ヴィータは違和感を持った。そして、シャマルという女性はこのような時に的確な表現を使うことを知っているからこそ、その意味を確かめるべく問いを投げる。


 「暴嵐だったら、火種なんて消し飛ばされちまうんじゃねえの?」


 「大師父が言うには、彼はそういう存在らしいわ。火種に風をあてて焔にするようなものではない、消し飛ばすつもりで暴嵐を叩き込み、それでも消えなかった者にのみ力を与える。いいえ、彼の嵐に耐えきる頃には山火事を起こしている、ようなものだとか」

 それこそが、黒き魔術の王サルバーン。放浪の賢者ラルカスが警戒し、危険な存在であると認める由縁であった。


 「それで、反乱に及ぶ箇所はそれほど多くなくとも。どれも致命傷になるほどの大規模な内乱となるのですね」


 「そういや、鎮圧に成功してるのって、カルデンのおっちゃんくらいか。シグナムと兄貴とザフィーラも“ハン族”ってのを止めたけど、あれはただの暴走だって話だし。反乱が起こったところは、どこも戦いが続いている」


 「貴方達には、まだ知って欲しくはない事柄だったわね。こうなってしまった以上は仕方ないけど」

 ベルカの地を覆いつつある影については既に白の国のみならず、ベルカに生きる誰もが知ること。

 だが、黒き魔術の王の正体については意外と知られていない。なぜ具体的な名前が表に出てこないのかはシャマルも預かり知らぬ事柄であったが、リュッセの家族が間接的とはいえサルバーンの犠牲となった以上は黙っていることも出来ない。これは、彼の騎士としての道に関わることなのだ。

 そして、夜天の騎士ローセスの妹であり、いずれはその一人となるヴィータもまた同じく。


 「でもさ、逆に考えればチャンスだろ。サルバーンってのが駄目な王家をぶっ潰してるなら、残ってるのは割と良い王家ってことで、後は、あたしらがサルバーンをぶっ潰せばベルカの溜まってた泥や膿をまとめて洗い落とせるって」


 「君は、本当に前向きだな」


 「後ろ向きで誰かが救えるなら、あたしだって今頃後ろ向きになってるって」


 「そうだな、その通りだ」

 そんな、二人の光景を見守りながら―――


 <ヴィータちゃんは、本当に優しい子ね>

 湖の騎士は内心で微笑む。

 “若木”の中では最も戦技に優れ、精神的にも成熟しているリュッセだが、故国で内乱が起き両親が王家と共に死んだともなれば平静ではいられまい。表向きは平静でも、やはりまだ11歳の少年、その心は深く傷ついているに違いないのだ。

 その知らせを受けてより、シャマルはクラールヴィントを用いてリュッセを可能な限り見ていたが、一日のほぼ大半、ヴィータが彼の隣にいることに直ぐに気付いた。

 シャマルに限らず、同輩の“若木”四人もそのことには気付いていたが、リュッセ本人には気付いている様子はなかった。周囲の変化に気が回らないほど彼の精神が傷ついていた証であり、ヴィータはそれを理解した上でずっと彼の傍にいたのだ。

 深い悲しみにいる時に、一人でいることはあまりに辛いから。


 ヴィータという少女は、リュッセという少年を独りにはしなかった。


 「それでさリュッセ、お前はこれからどうするんだ?」


 「僕か?」


 「そうだよ、さっきまで話してたけど、“人のために生きることは真に己の道なのか、騎士たる者よ心せよ、騎士の魂は誰がために”の教えの通り、お前の魂は、誰のために振るうんだ?」


 「……これまでは、父と母と同じようにミドルトン王家を守るために振るうだろうと考えていた、彼らは、僕の目標であり憧れであったから、だけど―――――」

 既に父と母は亡く、守るべき王家も潰えた。

 一応、血を引く者を立てて反乱軍と戦っている者達もいるが、彼らが王族を飾り程度にしか思っておらず、覇権を握ることのみを目的としていることなど誰もが知るところだ。そもそも、本当に王家の血を引いているかすら怪しい。

 そもそも、リュッセの家は王家の血を引く者を守るわけではない、民を安んじ、国を保つために尽くす者の身を守護するために存在していたのだ。

 ミドルトン王家が既にその資質を失いかけていたことは事実であるが、王家が滅べば戦乱が巻き起こるのは確実であり、苦しむのは民。だからこそリュッセの両親は騎士として仕え続けたが、自分達の息子は手元で育てず、6歳の頃には白の国へと送りだした。

 それ故に、リュッセには故郷の記憶はそれほど多くない。彼の記憶の大半を占めるのは、白の国における仲間と師との輝かしき日々なのだ。


 「だからさ、お前も夜天の騎士になっちまえって」


 「え?」

 そして、その言葉はあまりにも意外であり―――


 「ああ、それはいいわね。夜天の騎士に必要なものは白の国を守る覚悟と、伝えられてきた技術を後代に伝える意志。大師父だって当然白の国出身じゃないんだから、貴方がなっても何の問題もないわ」


 「え? い、いえ…」

 湖の騎士シャマルが即座に賛成したため、その混乱に拍車がかかる。


 「いい考えだろ、何気に数が少なくて後継者が極わずかなのが、白の国の最大の問題なわけだし」


 「そうね、やっぱり騎士の子供の方がリンカーコアを持って生まれる可能性は高いし。でも、ヴィータちゃんも隅におけないわね、未来の旦那候補を今のうちに確保しておこうってことかしら?」

 リュッセもまたそうであるように、騎士同士が結婚し、子供が生まれた場合の方がリンカーコアを宿して生まれる可能性が高いのは事実。

 そして、白の国の近衛騎士、すなわち夜天の守護騎士が白の国を守り、技術を修め、後代に伝えることを使命としている以上、後継者を作り出すことも重要なこととなる。

 そう言った面からみても、リュッセとヴィータという組み合わせはかなり順当なものであるのだが。


 「たりめーだろ、こいつみたいないいヤツ滅多にいねえし。そもそも、あたしより弱い奴なんて旦那とは認めねー」

 中世ベルカに生きる騎士見習いの少女の男女の仲に関する価値観は、非常に真っ直ぐなものであった。この辺りが、シグナム、ヴィータと、薬草師が本分であったシャマルとの違いであろうか。


 「じゃあ、意地でも負けるわけにはいかないな」


 「はっ、あたしを嫁にしたけりゃ、絶対負けんじゃねえぞ。でも、いつかあたしが勝つけどな」


 「矛盾、だな。でも、矛盾を孕んでこその騎士か」


 「応よ」

 そんな、微笑ましいのか、仲睦まじいのか、猛々しいのか判別がつきにくい会話を行う少年と少女を見ながら、シャマルは心の底から思った。


 <やっぱり、ヴィータちゃんはローセスの妹なのね。根本部分がそっくりそのままだわ>

 まさしく二人は騎士の兄妹。

 ローセスとヴィータの絆において、騎士という要素は最早不可分なのだろう。

 そして――――


 <まずい、まずいわ。つい最近20歳になったばかりのローセスと18歳の姫様はおろか、11歳のリュッセ君と9歳のヴィータちゃんにすら先を越されちゃいそう………>

 この時代のベルカでは、15~18歳程が一般的であり、20歳になればやや遅め、25を超えれば危険水域に入り、30を過ぎればほぼ絶望的。

 特に騎士の場合はさらに早いことも多いため、リュッセとヴィータならば15歳と13歳くらいでくっつきかねない。この場合のくっつきとは肉体的な接合をも兼ねたりする。


 <カルデンさんって、独身だったわよね、シグナムとくっつく気配はないし………いや待って、いっそのことクレス君って手も………ローセスと同年代だから20歳、うん、十分範囲内よね、6歳差なら………>

 仲良く手を繋ぐ、ことなどなく、仲良くデバイスを打ち合いながら空を駆けていく二人にヤバい方向へ思考が飛びつつあるシャマルが気付くことはなかった。

 余談であるが、ここを通った人々は悉く彼女をスルーしていき、しばらく後でたまたまやってきたザフィーラが思念を飛ばして正気に戻すまで彼女の脳内の暴走は続くこととなった。

 どういう思考の果てに至ったかは不明であるが、その段階におけるシャマルの脳内では男性化したシグナムが夫であり、ローセスとクレスも二号、三号とした逆ハーレムを構築していた。その脳内風景を誰かに見られた日には彼女はクラールヴィントのペンダルフォルムで首をくくっていたかもしれない。















ベルカ暦485年  エルベレスの月  白の国  ヴァルクリント城付近 草原




 「凄い………機械が、空を飛んでいる」


 「………確かに」

 黄昏の空、フィオナが指さす方向をシグナムもまた見入る。落日の残光を浴びて輝きながら、懸命に風に乗る小さな影。


 「見事に、空を舞っています。魔法の力を使うことなく、いずれはリンカーコアを持たぬものでも空へ舞い上がることを可能とする知恵の結晶」

 魔法が古くから存在するため、魔法の力を用いない純粋な機械というものはベルカの地には存在していない。デバイス達はいずれも魔力を動力とする魔導機械。

 しかし今、フィオナとシグナムの視線の先で空を舞っている翼は、風を受けて飛び上がり、魔法の力を借りることなく進んでいる。いわゆる、滑空と呼ばれるものであり、鳥よりも翼竜に近いものではあるが、流体力学などの原型が生まれつつあるのは確かであった。


 「白の国を舞う自由の翼………いつかは、鳥のように自身で羽ばたきながら動けるようになるだろうか」


 「そうですね、いつかは可能となるでしょう。ですが、機械仕掛けから作られた生命にそぐわぬ翼であることもまた事実です。恐ろしい用途に使用されるようなことがなければよいのですが………」

 シグナムとしては、まずそれを第一に危惧せずにはいられない。

 人に便利さをもたらすものは、戦争の道具ともなりうる。レヴァンテインはある意味でその象徴であり、それを扱う騎士は常に力に溺れず、自身を戒める心を忘れることは許されないのだ。


 「火を得ては人を焼き、鉄を得ては人を切り、それもまた、人の歴史か………」

 調律の姫君の美しき声にも、憂愁の陰りが見受けられる。白の国に伝えられる書物は、まさしく人の歴史を伝えるものであるために。


 「自由に空を舞うための翼は、死を振りまく悪魔の翼となるかもしれません。いいえ、恐らくいつかはそうなるでしょう」

 中世ベルカの治の季節は列強の王達と彼らに仕える騎士達の存在によってもたらされていることは事実であり、調律の姫君フィオナと剣の騎士シグナムはその体現者と言ってよい。

 だがそれは、王族や騎士が力を持って君臨することが最善であることを意味するわけではない。要は、“力有る者は力無き者のために”、“力有る者はその責任を忘れるべからず”という価値観こそが平和の時代を支えているのだ。

 ドルイド僧であれ、騎士であれ、後の時代の選挙によって選ばれた指導者であれ、人の上に立つ者がそのような意思を持ち、それらが貴いとされる価値観が存在するならば、その時代は平和の世と呼ばれることだろう。

 逆に、王や騎士が増長の果てに特権階級として君臨し、人々から搾取するだけの存在になり果て、金と暴力のみで指導者となり、人々を支配するようになれば、乱世がやってくるのは避けられない。


 「機械技術も、魔法技術も、結局は人の心次第ということだろうな。サルバーンが操る生命操作の業すら、純粋に子の幸せを願う心によって運用されるならば、悲劇が生み出されることもないだろう」


 「はい、ですが、戦争に利用されれば果てなき悲劇を生み出すこととなる………いいえ、既に生み出されている」

 烈火の将は、“ハン族”という森の民が辿った悲劇を思い起こす。戦う力しか持たない彼女には彼らを殲滅する以外の選択肢はなかったが、あのような悲劇を生みだす技術は無暗に広めるべきではないと強く思う。

 少なくとも、野心家たちの煉獄とも呼べるような世界に彼の技術がもたらされれば、何が起こるかなど考えるまでもない事柄であった。


 「ローセス………お前は、何を想いながら部族を率いていた青年の心臓を貫くこととなったのだろう……」

 戦う力を持たない彼女にはそれを知る術はなく、ただ、機械仕掛けに乗って空を舞う青年を見つめるしか出来ない。

 この機械仕掛けは白の国に存在する技師達が作り上げたもので、まだ安全性が確立されていない試作品であるため、事故が起きても自力で飛べるローセスがテスト飛行の操者となったのも当然といえた。


 「姫君、お気になさることはありません。我々騎士は戦いの場では余計な雑念を持つことなく、敵を倒すことにのみ集中します。彼の敵に対してローセスに想うことがあったとしても、それは戦う前か後での話、彼が敵に死を与えた瞬間には、既に次の敵のことを考えていたでしょうから」


 「将、それでは慰めになっていないぞ。まるで、ローセスが血も涙もない戦闘機械であるかのように聞こえてしまう」


 「申し訳ありません。ですが、騎士には時に戦闘機械となることも求められます…………む」


 「どうした?」


 「いえ、少々嫌な想像をしてしまっただけです」

 シグナムの脳裏を掠めたものは、現在ローセスが乗る“機械”がやがて進歩し、空を往く騎士や魔導師を墜とすことを可能とする“戦闘機械”となった光景であった。

 いずれはそうなるだろうと言ったのは他ならぬ彼女だが、あまり想像したいものでもない。どう贔屓目に見ても、人々に幸せがもたらされる光景とは思えなかった。

 その心情をある程度察したフィオナはあえてシグナムの想像したものを問わなかった。もっとも、ちょうど同じ時にシャマルが脳内で想像、いやむしろ妄想していた光景を知れば、問い殺さずにはいられなかっただろうが。


 「近いうちに、乱世の炎がこの国にもやってくる。果たして、私はこの国の人々を守り切れるだろうか……」


 「守り切れるとも、なぜならお前さんは誰よりもこの地の風に愛されているからね」

 まるで気配などなく、初めからそこにいたかのように、むしろ、本当に初めからそこにいたのかもしれないが、少なくとも二人の女性は知覚していなかった存在が、フィオナの独白に応えた。

 そして、そのようなことが可能な人物といえば白の国に唯一人しかありえず、それを理解している二人もまた慌てずに言葉を返した。


 「お久しぶりです、大師父」


 「お帰り、ラルカス師」


 「うむ、ただいま、と言いたいところではあるが、ここは儂のお気に入りの場所ではあるものの帰るべき場所ではない故に適当ではないな。言葉というものの扱いには最新の注意が必要だとも」

 彼独自の、語りかけるような教えを説くような、はたまた自身にのみ言っているかのような言葉はフィオナとシグナムの二人に、放浪の賢者がやってきたことを強く認識させた。

 そして、二人は同時に理解した。彼がこの場に現れたことの意味を。


 「ラルカス師、貴方がここにやってきたということは、嵐が近いのですね」


 「よくない知らせというものは、唐突にやってくるものだよ。特に、答えを期待しない問いなどを投げてしまった際には嫌なものまでくっついてくることも多い、それは大変だ、答えを知ることを恐れるあまり問いを投げることを忘れてしまう」


 「大師父、申し訳ありませんが、私達にも理解できるように語ってはいただけないでしょうか」

 ラルカスの返事に対して、フィオナとシグナムの顔には同時に疑問符が浮かんでいた。二人とも放浪の賢者とはある程度長いだが、未だに理解しきれない事柄が多いのが現状だ。


 「すまないね、ここしばらく人と話していなかったために、少し話し方を忘れてしまったようだ。人と根本から違うものとばかり話すものも考えものだ、自分が人であったことを忘れてしまいがちになってしまう」


 「貴方は、いったい何者と話していらっしゃったのですか」


 「多くは、機械精霊なる彼らだよ。ほらちょうど、お前さんの頭上にもおるとも」

 古代ベルカの技術の真髄を知る老人が指した先は、フィオナの顔の少し上であり。


 『老師サマ、オヒサシブリデス、フシュフシュ』

 そこには、一体の機械精霊がふよふよと浮かんでいた。


 「ふむふむ、機械精霊767番“アカシア”、君は風が好きかな、それとも風が君が好きなのか、いやいや、風が好きな君こそが風なのか、それとも、そうでないのかな?」


 『ソウデス』


 「それは良かった。いや、良いことかどうかは儂が判断できることではなく、君達にとっても判断できることではないとも、ただ、無意味ではないがね」


 『ボクハ、ココニイマス』


 「そうとも、それが成せる以上は意味がある。君達は人間ではないのだから」


 『オ守リシマス』


 「任せたよ、君が好きなものは儂もかなり好きでな、土や火も好きではあるが、放浪者たる儂には水と風が気が合うようだ。無論、そうでないかもしれんがね」


 『オ元気デ』


 「ああ、また会おうとも、いつか、遙か先の未来において会える機会があるならば」

 そして、機械精霊の姿が消える。放浪の賢者に言わせれば、人間には知覚しにくい状態になっただけらしいが、彼女ら二名にとっては違いが分からない。


 「あれで、会話になっていたのだな……」


 「流石というべきか、何と言えば良いのか……」

 放浪の賢者が精霊と心を通わせる時の言葉は、人間に理解できるものではなかった。そも、人間ではない存在に語りかけるための言葉なのだから、当然なのかもしれない。


 「ようやく勘が戻ってくたかな。さて、お前さんの問いに答えるならばそれは是となる、ヘルヘイムという名を冠した黒き魔術の王の領域に異形の落とし子の嘆きが満ちておるとも、遠からず、ここへやってくるだろう」


 「狙いは、“竜王騎”でしょうか?」


 「まず間違いなくそうだろう。無論、それだけではないが、それを狙ってくることは間違いない。ならばこそ、我々はそれを守るために彼の地へ潜らねばならんとも、危険は伴うが危険を冒さずして嵐を退けることは出来んよ」


 「大師父、“竜王騎”とはいかなるものなのです? 姫君より“聖王のゆりかご”と同時期に現われたアルハザードよりの流出物であり、白の国に封印されたロストロギアであるとは窺っておりますが」

 シグナム、シャマル、ローセスの三人は元より、フィオナすら白の国に眠るロストロギアの詳細については知らなかった、そもそも詳細が伝えられていないのだ。


 「あれを“竜王騎”と呼んだのは儂が最初であるため、一応名付け親ということにはなるかな。それと、中身については儂も詳しくは知らぬよ、“観た”ことだけはあるが、鍵がない限りは彼の心は儂にも分からないのさ」


 「彼? では、それは生体兵器なのですか?」


 「儂にとっては、彼のアルザスの守護者、ヴォルテールをさらに上回る真竜を機械と融合させ、次元干渉を行うロストロギアを動力として備える、といった存在に感じられた。少なくとも次元跳躍の力を持つことは間違いないだろう、その他の部分については設計者ではないので断言はできないがね」


 「それは………」

 絶句するシグナムを責められるものは誰もおるまい。ラルカスが示した存在は、まさしく怪物と呼ぶに相応しく、大陸どころか次元世界そのものを容易に破壊できるような力を持つとしか思えない化け物だ。


 「そんなものが、この地に眠っているのですか………」

 その事実に戦慄を隠せないフィオナであるが、放浪の賢者はその言を否定する。


 「いいや、アレが眠っておるのはこの世界ではなく、どの世界でもない。以前、次元世界を列島と例えたが、ベルカの地を島国とするならば、アレは海底で眠っておる。この地に在るのはあくまでそこと繋ぐ門を顕現させるための鍵でしかなく、それ自体に大きな力があるわけではないのだよ」


 「大師父には、それが“観える”のですか」


 「観るだけが限界ではあるがね、その門を閉じることなど出来んし、干渉することも出来ん。儂の力はあくまで見るだけで手を伸ばすものではないからね、まあ、もし伸ばせていれば今頃喰われておったであろう、深淵に手を伸ばせば、いつの間にか深淵から手を伸ばすことになってしまうものだ」

 それは、放浪の賢者以外には誰も理解できない狭間の逸話。

 だがしかし、ある一人がその深淵の一端を見つけ出したがために、その男は黒き魔術の王となった。


 「では、私達の成すべきことはただ一つですね」


 「“竜王騎”の鍵を求めて襲い来るサルバーンから鍵を守り、彼を仕留めること」


 「それしかないでろうね、あれの目的も大体掴めたが、驚くほどに何も変わっていなかった。サルバーンは変わったわけではなく、ただより高みへと進もうとしているに過ぎんようだ」


 「それは、つまり…」


 「竜が歩けばそれだけで人間など踏み潰されることとなる、あれにとって、人間国家の存亡はその程度のものでしかないようなのだよ。昔から、上ばかりを見て足元を見ない傾向があったが、あれには誰よりも高く飛べる翼があった故、地面を顧みる必要がなかったのだろう」

 サルバーンが意図して国家を滅ぼしているわけではなく、彼が動いた結果として国家が滅びた。

 ラルカスが語る内容は、つまりそういうことであった。


 「なんと、傲慢な……」

 白の国の王女として民を想うフィオナにとっては、その在り方は決して認められるものではない。だが、黒き魔術の王は彼女の想いなど顧みることなく攻めよせてくる。


 「傲慢か、確かにあれは自分が傲慢であることを堂々と誇る男であった。逆に、あれにとっては謙虚である人間こそ理解不能なのだろうよ、単純と言えばあれほど単純な男もいまい」


 「しかし、他者を顧みない絶対的な存在に、なぜ多くの野心家たちが従うのでしょうか?」

 そこだけは、シグナムにとって理解できない部分。サルバーンに忠誠を尽くそうとも、報われることがあるようには思えないのだ。


 「実に簡単な理屈だよ。滅多に他人のことを褒めることのない人物から自分だけが褒められれば気分が良くなるものだが、サルバーンはその究極系と言える。あれはほとんどの人間など虫同然に思っているようだが、野心や向上心を持つ者に対しては“人間”であると認めることがある。フルトンは、あれが対等と認めた唯一の存在であったよ」

 かつては対等であり、共に白の国で学んだ二人の天才。サルバーンもその頃はまだ“人間を踏み潰さないように気を遣って歩く巨人”であった。虫のように見える人間の中に、自身と対等と認められる存在がいたからこそ。

 だが、デバイスに知能を与え、人間と同等の心を持つ融合騎を作り上げるための研究を進めたフルトンは“他人のこと”を顧みながら歩みを進めたが、サルバーンはどこまでも己の技術を極めるために飛翔した。

 フルトンにとっては、サルバーンは強欲に染まったように感じるが、サルバーンにとってはフルトンこそが怠惰に堕した存在であった。高みを目指すための翼を生まれ持ち、かつてはそのために羽ばたきながら、力を恐れて羽ばたくことを忘れた者。


 「誰よりも力を持ち、誰よりも傲慢なる者。そのような存在に認められることは、人によっては王位を簒奪するよりも優越感を得られるものなのだよ、人の世界に君臨する王者ではなく、サルバーンという神に認められた超越者、ということになるかな。そしてその神も従う者達に対して無関心ではなく、自身が認める在り方を崩さぬ限りは弟子と見なすのだよ」


 「………方向性が逆なだけで、目指しているものは同じということですか、私も、先達の夜天の騎士達に自らの後継者と認められることこそが、何よりの喜びでした」


 「そう、あやつの理念は騎士のそれよりも遙かに単純で分かりやすい、それ故に、人を惹きつける力に満ちておる。優しさや思いやり、それは人間の持つ素晴らしさではあり、それらを備える王は賢君とされる。しかし、他者を踏み潰し、喰らい潰し、己の理想を叶える覇道もまた、人々が求める王の在り方。故にこそ、黒き魔術の王」



 そして、しばしの沈黙が訪れる。

 放浪の賢者ラルカスは問われたことは返し、相手が聞きたいことを持つならば先んじて応えることもあるが、己の考えを整理している段階の人に対して口を開くことはない。精霊に対しては気が向けば話しかけるが。

 シグナムにとっては、聞くべきことは全て聞いた。サルバーンの目的とそのための行動が分かった以上、後は騎士たる本分に従うのみ。黒き魔術の王が求める“鍵”を賭けて、彼と雌雄を決す以外の道などありはしない。

 だが、自身が戦う力を持たず、愛する者達を戦場に送りだすしか出来ない彼女にとっては、最も来てほしくないものが来てしまった瞬間でもあった。


 「姫君、そろそろローセスに飛行を止めるよう伝えてきます」

 主の想いを察した将は、静かにその場を離れる。こうした時に余分な言葉を発さず即行動に移るのも彼女の特徴と言えるだろう。

 そして、憂いを抱えた調律の姫君と、いつもの如く佇む放浪の賢者がそこに残る。賢者の眼は全てを見通す故、彼女の想いもまた理解しているはず。


 「ラルカス師………」


 「話し合いでは解決は出来んよ、フィオナ」

 だからこそ、戦う以外の選択肢はないものかと思う彼女の想いを、放浪の賢者は静かに否定する。


 「あれは、話し合いに応じる心を持っておらぬ。いやいや、懐かしくもあるがね」


 「懐かしい?」


 「古い話さ、そう、古い話だとも」

 彼が述べたのはただそれだけ、どうやら、彼女に語ることではないようである。


 「案ずるなとは言えんが、そう悲嘆することではないよ。少なくとも、お前さんが守るべき白の国の民、彼らの未来が闇に覆われていないことは儂が保証する」


 「観えたのですか?」


 「そういうことにしておこう。この国はどこよりも風に愛された土地であり、君は風に祝福されて生まれてきた。先程、アカシアも言っておったように、風の精霊達は君を好いているとも、故に、心配はいらない、君がそう願うならば、風はきっと戦火を防いでくれるとも」

 放浪の賢者ラルカスは深い意味を持つ言葉を伝える時、フィオナを“君”と呼ぶ、彼風に言うならば言葉には意味がある、といったところなのだろうか。


 「風ならば、シャマルではないのですか?」


 「ふむ、確かに彼女は風の癒し手ではあるが、風に祝福されたのは君なのだよ。風が優しき癒し手であるのも、心からの声援(エール)を贈ってくれるからこそだ、君は騎士達を支える存在であり、運命は君の手の中にあるのだよ。誰よりも風に愛され、慈しまれる君は、同時に周りの皆に安らぎと平穏を与える祝福の風であるのだから」


 「………よく、分かりません」


 「いつかは分かるさ、長き夜と旅の果てに、最後の夜天の主がきっと証明してくれるとも」

 最後の言葉は、フィオナの耳には届かなかった。それは、人に語り聞かせる言葉ではなく、世界に語る言葉であったから。

 ただ、それとは別にフィオナはラルカスの言葉の真意を考えていた。

 確かに、彼は言ったのだ、守るべき白の国の民の未来は闇に覆われてはいないと。

 ならば―――


 「ラルカス師、騎士達の未来は、どうなのでしょうか?」

 その民達を守る存在の未来は、どうなのだろうか。


 「儂の予言はこういう時によくないものばかりを当ててしまう。それ故、見ないことにしておるよ」


 「ですが、ローセスは」


 「気になるかね?」


 「………はい、主としては恥ずべきことだと分かっているのですが…………私は、ローセスの未来が最も―――」


 「それを責めることは誰にも出来んよ、人とは、そういうものなのだから。優先順位がなければ、愛とて意味無き言葉の列になってしまうだろう、君達人間は精霊ではないのだよ」


 「…………」

 そして、調べのような祝詞のような不可思議な旋律を伴い、古い言葉が紡がれる。

 それを聞き終えた時、彼女が何を想い、何を成すか。

 その答えは、僅かな先の未来へと。







ベルカ暦485年  エルベレスの月   ヘルヘイム  地下の神殿跡



 絶対に、それを目にしてはいけない

 絶対に、それを耳にしてはいけない

 それは人の身では理解してはならぬ絶対の領域、故に触れることは禁忌と心得よ

 もしその禁を破ったならば、あらゆる全てを失うだろう。そして、あらゆる叡智を得るだろう

 魂なるものがあってしまえば、それすら奪われ、吸収される。そして、回路に組み込まれるのだ

 人の世の果て、人の及ばぬ領域で蠢く者共に触れるべからず

 我らが犯した禁を忘れるな、それは触れてはならぬものだ

 行ってはならぬ、言ってはならぬ

 命惜しくば引き返せ、人の世を守りたくばすぐ戻れ、ここより先は何もない、あるのはただ破滅のみ

 もし、忠告を聞かずに進むのであれば

 我らの嘆きの全てを、お前は知ることになるだろう







 「くだらんな」

 そこは、ある文明が築いた超巨大建築物の極一部が僅かに残る旧き遺跡の最下層。

 極一部しか残っていないが、その一部分こそがその他の部分を破壊した力を宿す中枢であることは、ロストロギアや古代の遺跡に通じた者たちならば然程時間かけずに知ることができ、同時に恐怖するだろう。

 この先に、未知の力が潜む事実に、その力を、自分達が得ることが可能であるという幸運に。


 「所詮、この程度か」

 だが、彼にとっては唾棄すべきものでしかなかった。落胆も、ここまで来れば笑い話でしかない。

 彼の前にあるのは、滅んだ文明の時代に生きた者達が最後に残した辞世の句とでもいうべき石碑。その奥にあるものを彼は探し、それを効率よく進める手段としてニムライスという国を滅ぼし、ヘルヘイムと呼ばれる国家というかむしろ組織を作り上げもしたが。


 「古代ベルカのさらに前、人の歴史を鑑みればあり得るはずの無い年代の地層に眠るロストテクノロジーの遺跡、今回こそはと期待したが……………」

 肩を落とすにしては堂々と立っている人物は、外見上は30歳程に見える。しかし、実年齢は70を既に超えているが、この人物に老いという概念があるのかどうかは疑わしい。

 それほどまでに精悍な顔立ち、それほどまでに目に宿る野心。

 そして何よりも、ただいるだけで人間を窒息させるほどの強大な覇気。老人というものが持つ筈の老成した静かな佇まいが、この人物からは微塵も感じ取ることが出来ないために。


 短く切られた灰色の髪も、180を超えるだろう体格も、整ってはいるがそんなことは問題ではない。ただこの人物が在るだけで弱い生物は死に絶えると錯覚するほどの空間を、その男は居ながらにして形成していた。


 「君の望むものはなかった、ということかな?」

 そして、そんな男の後ろに立ち、まるで朝の挨拶でも交わすかのように話しかける男もまたあり得ない存在であった。いやむしろ、不気味さではこちらの方が際立っている。

 遠目であろうとも判断できる、特徴的な紫の髪に、深遠な知性を漂わせながらも、同時に狂気を湛えた黄金の瞳。そして何よりも、泣き笑いの道化の仮面のような、それでいて、どこまでも心の底から喝采しているような、異形の笑み。

 フルトンという稀代の調律師が邂逅し、“不可思議”と感じた男が、黒き魔術の王の後ろに控えるように立っていた。だが、口から飛び出す言葉には相手を立てる要素は微塵もない。


 「この程度のものに滅ぼされたのであれば、古代文明とやらは所詮その程度のものだった、それだけのことだ」


 「それは酷いな。彼らは彼らの時代を必死に生き抜き、様々な物語を築きあげ、その果てに滅んでしまった。それに、せめて名前くらいは呼んであげたまえ、ベルカのように彼らの文明にも名前があるのだから、その愛と憎しみの織り交ざった悲劇の舞台を無価値と断じるのは、あまりにも可愛そうだとは思わないのかね?」


 「思わんな、文明として最盛期を迎え、自然の摂理によって衰退していき、その果てに滅んだならば敬意の一つも評しよう。だが、自分達の技術に驕り、溺れ、その果てにアルハザードの知識を求め、挙句に最盛期を迎えることなく消し飛んだ敗北者など、顧みるにも値せん」


 「だがしかし、君が使っている生命操作技術の多くもまた、彼らが遺したものではないかね。私に求めてくれれば提供する用意があると言うのに、君は頑なに断り続けるのだから」


 「技術そのものに貴賎はない。それが、彼の国で学んだ我が師よりの教えであり、私もまたそう考えている、ようは、力に溺れるか、力を使いこなすかの話だ。貴様の悪意の籠った契約とやらを断る理由は、もう飽きるほど言った筈だが?」

 道化を演じるように言葉を紡ぐ男に対し、黒き魔術の王の返事はそっけない。

 道化の言うとおり、この遺跡の上層や中層に眠っていた生命工学に関する知識と技術、それらは確かに彼も使用しているが、それを求めて発掘したわけではなくあくまで付随品に過ぎない。そしてそれらも、所詮は遙か過去にアルハザードより流れ出したものに過ぎず、つまりは模造品を模造しているようなものだ。

 もっとも、黒き魔術の王が再現した技術はそれらを上回り、より大元の技術に近いものであったが、それをこの道化に対して誇るのはそれこそ道化というものだ。

 ヴンシュと名乗るこの男こそ、アルハザードの水先案内人。無限の欲望を秘めし者にして無限の欲望に応え続ける無限循環システムなのだから。


 「君の研究成果は、君だけで成し遂げてこそ意味がある、だったかい。やれやれ、君の弟子たちは不死や不老に興味があるようだが、師たる君にないというのも滑稽な話だね」


 「私には興味がないだけだ。あれらが不死不老を求めるならばそれもまた野心と欲望の形の一つ、まあもっとも、それらを得たところで有効に使えそうな者はいないが、不死などあり得んと諦め、漫然と生を消費する塵芥に比べれば多少は見込みというものがある。お前から見れば同類だろうが」


 「まあそこは、見解の相違というものだがね。不死を願うことも欲望なれば、人として死ぬことを願うのもまた欲望、そこに差などありはしない。もしそれに差を付けるとしたらそれは私ではなく人間の役目だ、そう、人間である君だからこそ己の主観に従って欲望に優劣を決められる。それを、他人に押し付けることが出来る、何とも素晴しいことではないかね」

 自分の価値観を他者へ強制させること、それもまた人間の欲望の形だと道化は笑う。そしてそれを最も迷いなく実行する男がここにいるからこそ、欲望に応えるシステムの一部たる道化はここにいる。


 「だがそれでも、私は君に興味がある。君ほど自身の欲望に忠実であり、不可能というものに反逆する意思を持つ人間はいないからねぇ、君の師匠殿は残念ながら対象外だ」


 「別枠、ということか」


 「さてさて、そういうこともあるだろうが、そうでないこともあるだろう」

 道化はただそこに在るのみで、黒き魔術の王に何かを与えたわけでも、唆したわけでもない。むしろ、そのような行動に出ていれば、即座に彼によって“この道化”は破壊されていたことだろう。

 黒き魔術の王にとって、この存在はまさしく道化、暇が生じた際に他愛ない会話でも行い時間を潰すだけのものであり、それ以上でも以下でもない。

 黒き魔術の王は“機械のように”研究を続ける存在ではなく、己の意思を持って自身の求めるものを探索する“人間”である。故に、このような道化にもそれなりの価値があった。


 「それで君は、かつての学び舎を破壊するのかね? 彼の地に眠る鍵を求めて」


 「それもある。叡智を極めるのは望むところではあるが、それよりも先に越えねばならん存在がいる」


 「なるほど、弟子としてのこだわりというものかね、そのためにベルカの地全てを巻き添えにするとは、何と傍迷惑な男であることか、師との決着をつけたいならば自分だけでさっさと出かけてやればよかろうに」


 「何度かそれも試してみたが、その度に逃げられた。そもそも、逃げることを目的とする者を追うことに意義を見出すのは狩猟者であり、私は探究者だ。自分が満足できねば意味はない」

 放浪の賢者を殺すことに意味はない。それだけでいいならば、偶然彼の頭上に隕石でも落ちて彼が死んでも同じことだ。

 黒き魔術の王が求めるものは、自分の手で彼を超えることにあり、まさしく自己満足でしかなく、そのためにベルカの全てを火の海と化すことを彼は是とする。

 自然に生きる強者は、弱者のことなど顧みない。腹が減れば獲物を襲って喰らうだけの話であり、襲われる側の都合など考慮するに値しないのだ。

 そして、そのような究極的な自己中心的な人間をこそ道化は好ましく思う。誰しもがそれぞれの欲望を持つ人間の世界において、我意を通したくば他者の欲望を飲みこむしかない。矛盾を抱えつつ貴くあるという点で騎士の持つ欲望もなかなかに面白いが、所詮は不純物が混ざったものに過ぎず、純粋な宝石には至らない。


 「だからこそ、彼が逃げることの出来ない状況を作り出したか、恐ろしい男だね君は。君の弟子たち、確かええと、アルザングにサンジュにビードと言ったかな、彼らもそれなりにやるようだが、君には遠く及ばない。あの子達は言うに及ばずだが」


 「アルザング、奴だけは多少目をかけているが、他では夜天の騎士には敵うまい。あの国の騎士は実に勇猛な者達が揃っている」


 「弟子にしたいとは思わないのかね? 上位三人より下の者達など、コインの表裏のような確率でたまたま非人格融合騎“エノク”に適合出来たに過ぎぬのだから、彼女らは実に頼りになると思うよ」


 「それこそ愚問だ。真、我が師の薫陶を受けた騎士ならば私の軍門になど下りはしない。この程度の技術に魅入られ、誇りを捨てるような騎士など切って捨てるのみだ」


 「流石だ我が友! それほどまでに君にとって白の国は汚すこと許さぬ“聖域”であるというのに! それを自らの手で壊すことに躊躇わないばかりか、夜天の騎士達との心躍る闘争に君の心は高鳴っている! それでこそ黒き魔術の王! それでこそのサルバーン!」

 耐えきれないとばかりに哄笑を上げる道化、その表情には亀裂のような笑みが浮かぶが、それこそが素顔であるようにも、それもまた仮面であるようにも感じられる。


 「まあ何にせよ、実に面白くなりそうではないかね。君の一番弟子、アルザングが教育を担当した例の子はなかなかに見込みがありそうだ。二番弟子が受け持った子は若干不安ではあるが、それもまた一興だろう」


 「死ねばそれまでだ、戦場に泣き言は無用」


 「くくくくくくく、ああ何とも君らしい。そして、未だ目覚めぬ闇統べる王、彼女の目覚めも、実に楽しみではないかね!」


 「期待などしておらぬ、アレが真我が子ならば自身の力のみで己の道を切り開く、力及ばず死したならば、その程度の器であっただけのこと、仮に生き延びても詮無いことよ」


 「何とも剛毅なることだ。くくくく、ベルカ列強の王達において、君ほど苛烈なる王はおるまいよ! さあて、楽しい祭りの始まりだ! ベルカで最も強大なる黒き魔術の王が白の国へと槍を定めた! 解き放たれるまで時間はあと僅か! 果たして、夜天の騎士達はこの脅威を退けられるか否か! さあさあ皆様、御観覧あれ!」


 「よく言うな、貴様は何もしないであろうに」


 「その通り! 今回の私はただの傍観者! 大数式の起動キーであったフルトンとサルバーン! この二名が我が欲望を拒んだ瞬間に私は舞台へと上がる権利を失くしてしまったのだ! 故にこそ傍観者に徹しよう! 果たしてこの物語がどのような結末を見るか、観客として実に楽しみにしているとも! くくく、くくくくく、ははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

 暗き地の底で道化が笑う。舞台の幕が上がった、いよいよ物語が始まると子供のようにはしゃぎまわり、開演を触れまわる。


 さあ、いよいよ時が始まる。


 遙かな未来、絆の物語へと至る序章は、始まりの終わりを迎えようと、時計の針を加速させていく。


 その果てに待つものは野心か、希望か、はたまた混沌か。


 未来を見る放浪の賢者はただ静かに語るのみ。


 旧き言葉によりて記されし予言は確かに告げる




古き技を伝えし知識の塔、朱の色に染まりし時

           彼の地に吹く風の中、異形の落とし子の嘆きが響き渡る
 
雲と闇が交錯し、雪を覆いし守護の星は瞬き墜ちれど

           墜ちたる欠片は蒼き盾、昇る紅の明星に託される









[26842] 夜天の物語 第三章 後編 嘆きの遺跡
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:ee4ccd9f
Date: 2011/03/31 15:46
第三章  後編  嘆きの遺跡


ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  嘆きの遺跡  第三層




 古のベルカの地に、白の国と呼ばれる国がある。

 風に祝福されしその地を守るように囲む環状の山脈、その一角にある人の手の及ばぬ深き裂け目に隠された旧き遺跡にて。

 暗がりの中、広大な迷宮に挑む騎士が三人、さらに、彼らを守りように傍らにある賢狼が一頭。

 そこは暗がり。そこは黒色に満たされた不気味極まる魔の宮。

 怨霊魔物が跋扈して、死の気配が色濃く漂う惨劇の迷宮。

 常人ならば足を踏み入れるだけで精神に異常をきたすであろうその空間。しかし、そこに挑む者達もまた人間の条理にそぐわぬ領域に身を置く達人。

 それ故、彼らに畏れはない。嘆きが満ちるこの空間においては、恐怖こそが最大の敵であることを、言われるまでもなく理解する騎士達は覚悟と共に足を進める。

 そして、賢狼にとっては亡霊などそもそも恐れるに値しない。ここにいる者らは全て“人間”に叫び訴えている過去の記憶であり、そもそも彼にはその嘆きが意味をなさないために。


 「レヴァンティン!」
 『Schlangeform.(シュランゲフォルム)』

 暗がりに轟く紫の閃光が、昼が地底に降りてきたと言わんばかりに空間を染め上げ、群がる亡霊を撃ち抜き砕く。


 「縛れ、鋼の軛!」

 先陣を切る剣の騎士を守るように、赤の軌跡が怪物を絶つ。その軌道はただ一つではあり得ず、十数、いや、数十を超える死の刃が容赦なく黒い影を消し飛ばす。


 「………」

 遊撃手として動く賢狼はあくまで無言。黙したまま己の身体能力を余すこと無く発揮し、二足の獣では決して発揮しえぬ魔の領域の速度と牙を持って魔物の群れを薙ぎ払う。


 「風よ………黒く淀みし土地を、浄化せしめん」

 そして、後衛たる湖の騎士は先陣を切る者達が切り開いた領域を、人間の領域へと塗り替える。

 ここは、遙か古代の亡霊が今なお残る死の遺跡にして、人の世界から遠く離れた地下世界。

 人間の生きる場所ではあり得ず、亡者や魔物を薙ぎ払ったところでどこからともなく湧いて出る異形が即座に穴を埋めてしまう。

 もし、この遺跡を彼らに気付かれずに踏破しようと思うならば、人とは異なる術理に身を置くより他はない。放浪の賢者が成すように、自身を精霊と近い存在と成し、彼らの嘆きを“すり抜ける”といったような。

 人間の騎士達たる彼女らと賢狼たる彼にそれは不可能な業であろう。だがしかし、人間には知識があり知恵がある。自身にないならば、可能とするものを用意することが人間の歴史なのだから。

 素手で木を切ることが出来ぬならば斧を作り上げるように、海を渡れぬならば船を作り上げるように、人の身で地下へ潜れぬならばそれを成すための物を作り上げれば良い。

 それらの知識を収め、さらには修め、後代へと伝えていく場所こそ白の国。そして彼女らは白の国を守りし夜天の騎士。

 人の力の及ばぬ遺跡を踏破する存在として、彼女ら以上に適任な騎士はいまい。ただ一人でそれを成しうる放浪の賢者は完全に別枠といったところであろうか。




 「ここまでが、第三層か」


 「それほど強大と思える敵はいませんでしたが、まだまだ先は長い。流石はロストロギアを封じる遺跡と言うべきか」


 「でもまあ、目標が分かっているだけでも随分気が楽になるわ。何階層まであって、竜王騎の鍵がどこに在るかも分からない状況じゃ、魔力や体力よりも先に心が折れてしまう」


 ≪たとえそうでも、お前たちならば心が折れることはあるまい≫


 「ありがとう、ザフィーラ。そうだな、そんな程度で折れていては、ヴィータやリュッセに笑われてしまう。あいつらの目標であるならば、この程度軽くこなせなければ」


 「言うようになったな、ローセス。さて、シャマル、クラールヴィントを用いて大師父と通信は出来るか?」


 「試してみるわ、導いてね、クラールヴィント」


 『Jawohl.』

 主の命に応え、風のリングクラールヴィントがその権能を発揮し、遠く離れた地上へと念話の網を広げてゆく。


 『Pendelform.(ペンダルフォルム)』

 風のリングクラールヴィントに収められた宝石が分離し、拡大して振り子をなす。そこには紐が繋がっており、さながらダウジングに用いるかのような様相を見せるが、今回の用途は通信である。


 【大師父、聞こえますか?】


 【聞こえているとも、ついでに言えば、見えてもいる。君達が遺跡に巣くう影を祓ってくれたおかげで遠視もやりやすくなった】


 【大師父のおかげです。貴方が遺跡の“門”を開き、地上の風を地下へ繋げてくれなければ、私とクラールヴィントもせいぜい補助が限界でしたでしょうから】


 【礼を言うなら、儂ではなくフィオナに言っておきたまえ。儂が出かけておる間、ずっとこの時のための準備を進めていたのだから】

 白の国に残されていた文献と、放浪の賢者ラルカスの“眼”によって、この遺跡がどのようなものであるかはおおよそ把握されていた。

 この遺跡は“嘆きの遺跡”と呼ばれ、古代ベルカのさらに前の時代に存在しており、唐突に滅びたイストアという文明が築いたものだという。

 その辺りの経緯は最早定かではないが、過去を観る力を持つ放浪の賢者は知っているのかもしれない。だが、要点はそこではなく、古代ベルカの時代にアルハザードより流出した“竜王騎”の鍵をこの遺跡に封印し、初代の白の国の王にその管理を託したドルイド僧がいたという事実である。

 シャマルは“ひょっとしたらそのドルイド僧は大師父本人なのでは”、と思っているが、おそらく彼女に限らず夜天の騎士達やフィオナも共通して持つ疑問であったろう。もっとも、仮にそうであったとしても何かが変わるわけではないが。

 そして、この遺跡には魔力素が人間の残留思念と反応した亡霊や、古の生命操作の業によって今もなお稼働を続ける培養槽から生まれ出る異形の落とし子によって満ちていることが文献に記されており、そういった場所であるからこそ竜王騎の鍵の封印場所に選ばれたとも言える。


 【ええと、この浄化の術は私達の術式よりも、古代ベルカの召喚術などの術式に近いものですよね】


 【簡単に言えば、魔避けのまじないかな。古代ベルカのドルイド僧達は亡霊をたしなめ、鎮めることに長けていた。中には亡霊たちと共に領域を形成し、幽世の門番となる者もいたが、なかなかに陽気な者達でもある。もっとも、彼らは人の残滓が混ざった亡霊を闇精霊(ラルヴァ)と呼んでいたがね】


 <亡霊たちの管理者と、お知り合いなんですね………>

 という内心はとりあえず出さず、シャマルは通信を続ける。


 【ともかく、姫様が作って下さったこの“タリスマン”の術式を基に風の結界を張ることで、亡霊、いえむしろ闇精霊の漂う領域を生者が歩く領域へと変えることが出来る。そして―――】


 【異形の技術で作られし者達はそのような清浄な風の中では生きられぬのだよ。それが、イストア文明の時代における生命操作技術の限界であったが、サルバーンのそれは遙かに凌駕しておる。あれが作り出した者達に通じるものではないことを、くれぐれも忘れぬようにしたまえ】


 【はい】

 長々と会話を続けるわけにもいかないため、シャマルはそこで念話を切る。


 「どうやら通じたようだな」


 「ええ、それに、見えているって、いざとなれば私達全員を白の国へ送還することもこれなら可能だわ。もっとも、最下層まで達したら可能かどうかは分からないけど」

 遺跡に潜る役がシグナム、シャマル、ローセス、ザフィーラの四人であり、最も遺跡に慣れているラルカスが地上に残った理由がすなわちそれである。

 サルバーンの軍勢がいつ白の国へ攻め入るか予断を許さぬ状況において、夜天の騎士達全員が白の国を離れることは得策ではない。しかし、戦力分散も各個撃破の機会を敵に与えるだけとなってしまう。

 そこで、四人全員が固まって行動し、ラルカスが遺跡の入口で“門”を形成することによって、いざとなれば四人を一斉に白の国へ送還させるための術式を整えた。フィオナが作り上げた“タリスマン”が亡霊を祓うものであると同時に、その転送を補助するものでもあった。

 夜天の騎士が本分に集中できるよう、あらゆるデバイスを作り上げ補助することこそ、彼らの主にして調律の姫君フィオナの役割。ヴォルケンリッターがその全力を発揮するには、彼女の存在も不可欠なのだ。


 「では、わたし達は先に進むのみですね」


 「ああ、この第三層までは既に亡霊はいない。だが、異形の技術で作られた魔物は逃げるように奥へ向かっているようだ、ここから先は階を下るごとに厳しくなるぞ」


 「最下層は第九層らしいけど、要は、九段構えの陣を突破するようなものね。第一陣の討ち漏らしはそのまま第二陣と合流してしまい、第三陣にはその二つの残存兵力が組み込まれる」


 「つまり、この遺跡に潜む魔物全てを殲滅する気概で臨む必要がある。そういうわけですね」


 「それならば、私の得意とするところだ」

 堂々と、剣の騎士は言い放つ。それは誰もが認めるところであり、シグナムの能力は殲滅戦でこそ最大の効果を発揮すると言っても過言ではない。

 単身で敵陣へ切り込み、炎を纏った剣戟によってあらゆる敵を切り裂き、焼き滅ぼす。それを可能とする戦闘能力を彼女はまさしく備えているのだから。


 ≪だが、一先ずは休息をとるべきだ。疲れは確かに存在している≫

 ザフィーラは騎士達を常に観察し、彼らの状態を把握している。

 第一層から第三層まではさしたる強敵はいなかったが、いかんせん数が多かった。さらに、休まずにここまで突き進んで来たため、若干ながら疲労があることも確かであった。


 「そうだな、シャマル、結界を」


 「了解。妙なる響き、癒しの風となれ。交差せし陣のそのうちに、鋼の守りを与えたまえ……」

 クラールヴィントをリンゲフォルムに戻し、シャマルは回復と防御の結界魔法の構築を開始。

 ミッドチルダ式と異なり、ベルカ式は三角形の陣を構築する。そのため、二重に陣が交差し六亡星を築きあげ、それを覆うように円形の外縁が構築され、癒しと防御の陣が完成する。


 「それじゃ、しばらく休みましょう。この中にいれば体力と魔力が回復されていくから」

 もしこの場にいるのがシグナムとローセスとザフィーラだけであれば、自然回復に頼る以外の方法はなく、身体を休めることでしか体力と魔力の回復は図れない。

 しかし、癒しと補助が本領である湖の騎士シャマルがいれば、極僅かの時間で体力と魔力の双方の回復を図ることが可能となる。そして、構築された陣は自動で作用するため、癒し手であるシャマル自身も回復することも可能であり、ヴォルケンリッターに魔力切れはあり得ない。

 つまり、遺跡に潜む亡者や魔物が侵入者を打倒しようとするならば、まずは湖の騎士を倒す必要があり、彼女自身の戦闘能力は前衛に比べれば低く魔物にとっては狙いやすいが、盾の騎士ローセスがいる限りそれも不可能。

 ヴォルケンリッターの中で最も戦闘継続可能時間が長い存在はローセスであり、守勢を本領とする彼は攻勢を本領とするシグナムや、高速機動を本領とするザフィーラに比べてエネルギーの消費が少ない。基本的に、相手の攻撃を受け止め、あるいは受け流し、カウンターを狙う戦術なのだ。

 盾の騎士が湖の騎士を守護する限り、亡霊や魔物がシャマルの下までたどり着くのは不可能であり、前衛のシグナムと遊撃手のザフィーラによって討ち取られるばかりである。さらに、戦況によってはローセスも攻撃に転じることもあるので、鋼の軛で敵の動きを封じたり、グラーフアイゼンのラケーテンフォルムで切り込んだりと、状況に応じてローセスの役割も流動的に切り替わる。

 そうした、付け入る隙のない連携こそが、夜天の守護騎士をベルカ最強と言わしめる由縁。

 単体の戦闘能力ならば雷鳴の騎士カルデンなど、彼らと同格の強者もいるが、陣形を組んでの集団戦でヴォルケンリッターに勝る騎士は存在しない。

 全員が揃っている以上、夜天の騎士に敗北はあり得えず、彼らは臆することなく遺跡の最深部へと向かう。

 その果てに何が待つのか、それはまだ分からない。










ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国 西部 上空




 【ヴィータ、そっちは異常ないか?】


 【ああ、斥候らしき鳥とかもいねえし、見慣れねえ虫とかもいない。いきなり騎士が乗り込んできたらそれもそれで驚きだけど、そういうのもいねえよ】


 【そうか、僕の方も異常ない。彼らが戻るまで何事もなければいいんだが】


 【そういう時に限って何かあるのが世の常だもんな、それに、相手があのサルバーンってんなら、何かあると見ていた方がいいんじゃねえか】


 【だな、敵が来るものと思って行動しよう、皆にもそう伝えておく】


 【ああ、こっちの連中にも言っておく】

 リュッセと念話を行いながらも白の国の上空を飛びまわり、ヴィータは敵影らしきものがないか神経を尖らせる。

 現在の彼女は“若木”の副隊長であり、隊長であるリュッセと共に半数ずつの若木を率いて白の国の警備、いや、警戒を行っている。

 二ヵ月半ほど前、ミドルトン王家が滅びてよりすぐの頃は精彩に欠けていたリュッセではあるが、今では元通りどころかかつて以上の覇気に満ちている。やはり、夜天の騎士となることを決め、その覚悟を持ったからであろうか。

 と、ヴィータは考えているが、何よりも彼女の存在が一番大きかったとまでは知りようがない。リュッセの感情もローセスのそれに似て直線的でありながら愛情に直接結びつくものではないため、判別がつきにくいということもあったが。

 何にせよ、故国も両親も失った少年にとって、若木の副隊長である少女こそが最も大切な存在であることは間違いなく、意志を新たに、若木の隊長である少年は夜天の守護騎士を目指して修練を重ねていた。

 そして、夜天の騎士達がいない今、白の国に攻め込むには絶好の機会。放浪の賢者ラルカスが対抗するための策を既に敷いてはいるが、それでも危険があることは間違いない。

 若木とはいえ、彼女らも既に戦闘は十分可能であり、流石に年少組は地上で待機しているが、残りの者らは皆それぞれの空域を受け持ち、敵が来ないかどうかを監視している。そして、リュッセとヴィータの二人には定まった空域はなく、最大の機動力を持つ彼女らは白の国の人が住む部分のほぼ全域を飛び回っている。

 一応、女性や子供はヴァルクリント城に集められているが、砲撃魔法や広域殲滅魔法というものが存在する以上、固まっていた方が安全というものでもない。確かに守りやすくはあるが、万が一突破されれば一撃で全滅という危険を孕む。

 そのため、白の国の守りは領域に入らせないことを前提としており、籠城戦などは基本的に想定していない。空戦を行える騎士が空を守り、拠点防衛に長けた者が唯一の陸路である風の谷を守る。

 そして、現在の夜天の騎士の能力を考えれば、風の谷で攻めよせる軍を防ぐ役目は盾の騎士ローセスしかあり得ない。


 <敵が来たら、さっさと空を制圧して兄貴の援護に向かわねえと>

 空と陸、敵の機動力を考えれば優先して守るべきは空であるが、より多くの敵が攻めよせるのが陸であるのは疑いない。


 風の谷からヴァルクリント城まではある程度距離があるため、陸の軍勢が押し寄せても何とか民の避難は間に合うだろうが、空の敵はそうはいかない。そのため、空の敵を優先して排除せねばならず、他の騎士が空を抑えるまでの間は、ローセスはただ一人で迎撃に出ることになるだろう。

 <嫌な予感がする、兄貴達なら大丈夫だってのに――――>

 だが、ヴィータの心を揺るがしていたのは、直接的な危機ではなく、漠然とした予感であった。

 (ただし、心しなければならんよ、勇壮なる“若木”よ)

 以前、放浪の賢者が彼女の語ったある言葉が――――

 (お前が騎士となるその時は、そう遠いことではない。だが、お前がこの道を進み続けるならば、烈火の将を超える誉れと共に、最も大切なものを失うかもしれん)

 彼女の脳裏から、離れなかった。














ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国   嘆きの遺跡  第七層



 「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 【AAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!】

 剣の騎士シグナムが最後の闇精霊を斬り伏せ、凄まじい激闘が続いた第七層にもついに終局が訪れる。


 「風よ………黒く淀みし土地を、浄化せしめん」

 間をおかず湖の騎士シャマルが風の結界を展開し、幽世に限りなく近づいていた異界を、人間の環境へと塗り返していく。


 【オ、オオオオオオオ………】


 【ヒキ……カエセ……】


 【モド……レ……】

 だが、亡霊、いや、残留思念ともいうべき存在の反応は上層とは明らかに異なっている。第五層あたりから浄化されることを拒み抵抗する者達ばかりか、言葉らしきものを発する者も現れ始めた。

 放浪の賢者ラルカスが機械精霊を作り出せるように、人の残留思念に手を加え、強力な闇精霊(ラルヴァ)へと変える技術も存在しており、下層の亡霊たちは“自然”のものではなく明らかに兵器としての改良を加えられたものと見受けられる。

 とはいえ、所詮は過去の亡霊。現実を生きる夜天の騎士達にとっては顧みるべき存在ではなく、立ちはだかるならば排除するだけの存在に過ぎない。

 また、培養される異形の魔物の錬度も上層に比べれば多少強力になってはいるが、それでもサルバーンの手が加わった“ハン族”の者達やその首領であり、融合騎らしきものを埋め込まれていた青年には及ぶべくもない。


 「アイゼン!」

 『Jawohl.』

 ローセスの持つグラーフアイゼンの柄が伸び、残っている魔物を壁に叩きつけ、さらに槍を薙ぎ払うかのように振り回すことで他の魔物も同様に壁へと吹き飛ばす。これもまた、膂力に優れるローセスならではの使用法であり、ヴィータには不可能な技だ。


 「ザフィーラ!」


 ≪承知≫

 そして、生じた隙を賢狼は見逃さない。壁にまで飛ばされた魔物を達に陸の獣が発揮しうる最高速度で疾走し、その首を牙と爪でもって飛ばしていく。

 盾の騎士と賢狼の息の合った連携によって魔物達も全滅し、第七層には静寂が訪れる。


 だがしかし、嘆きの遺跡に潜む脅威は亡霊と魔物のみに非ず。

 命なき、魂無き機械仕掛けの罠も侵入者を奈落へと導くべく牙を研いでいる。


 「ローセス、上だ!」

 己の相対していた敵をいち早く片付け、手が空いていたシグナムはその脅威に最初に気付き、盾の騎士へと警告を発する。

 後方に位置し、遺跡の浄化を行っていた湖の騎士と、彼女を守りつつ、前線で魔物を撃滅するザフィーラの援護を行っていた盾の騎士の頭上、何一つ存在していなかった筈の空間に、魔力で形成された刃がひしめき、ギロチンの如く重力のくびきへとその身を委ねた。


 「はああ!」

 だがしかし、奇襲は彼には通じない。烈火の将の言葉を受けた瞬間に、盾の騎士は既に防御フィールドの構築を完了していた。

 赤色の魔力で構築された滑らかな曲面を描く半球状の防御フィールドは攻撃が形成され、それは中央に向かう起動からそれている場合は弾くシールド型、中心に向かう場合は受け止めるバリア型の両特性を備え、さらには内部の人間の物理防御をも高める効果さえ付与された最強の守り。

 この鉄壁の守りを如何なる状況においても発生させる守護の星こそ、盾の騎士ローセス。デバイスとの相性が悪く、それほど魔力資質に恵まれているわけでもなかった過去においては不可能であったが、調律の姫君フィオナが作り上げし融合騎“ユグドラシル”を備えた彼に隙はない。


 「ローセス、大丈夫!?」

 突如作動した罠から庇われた形となったシャマルは、やや焦りを含んだ声を上げるが―――


 「問題ありません、この程度でどうにかなるほど―――――柔な鍛え方はしておりません!」

 二つほど己の左腕に食い込んでいた魔力のギロチンを、筋肉の収縮のみで粉砕し、ローセスは平然と答える。

 流石にこの芸当だけは、湖の騎士は当然として剣の騎士にも不可能である。どれほど強くとも彼女らは女性であり、ローセスのような強固な筋肉の鎧と力を込めることで極限まで硬質化させる“戦う性の身体”を備えてはいない。

 故にこそ、彼女らを守ることもまた己の役割であるとローセスは心得ている。女だからという理由で彼女らを軽視するような精神性を彼は微塵も持ち合わせていなかったが、それとは別次元の領域で男は女を守るために命を懸けるべきであると認識しているのだ。


 ≪相変わらず無茶をする、だが、それでこそお前か≫

 そして、その認識を最も認めているのは人間ではないザフィーラであった。彼は人間という存在を古より客観的に観察しており、“男は狩りに出て、女は留守を預かる”、原始であるが故に複雑な理が何もない、肉体機能に応じた純粋なる役割分担をその目で見てきた。

 彼に目には、ローセスという男の精神性は古代ベルカの戦士に近いように見受けられる。ともすれば黒き魔術の王サルバーンに近いところがあるのかもしれない、だが同時に、この時代の騎士の誇りを誰よりも重んじる男でもあり、矛盾を内包しつつ許容するその在り方にこそ賢狼は興味を持った。


 ≪真、騎士とは興味深い≫

 改めて感じた想いを表面に出すことはなく、蒼き賢狼は周囲に敵や罠がないことを確認し、仲間と合流する。彼らもまた周囲を調べ、怪しいものがないか調べて回っているようである。


 「イストアやらいう文明は、それほど生命操作技術に長けていたわけではないようだな。異形の怪物とはいえ、この程度か」

 奇しくも、烈火の将が抱いた感情は黒き魔術の王と近しいものであった。もっとも、そのことに安堵する彼女と落胆する彼では、精神性に大きな違いが存在していたが。


 「ですが、培養槽から作り出される魔物よりも、亡霊たちの方が厄介です。もし大師父の技と姫君の技術、そして騎士シャマルの魔法がなければ、わたし達も途中で果てていたでしょう」


 「そうだな、多少掠っただけで悪寒というべきか、凄まじく冷たいものが身体を突き抜けた。まともに攻撃をくらえば、精神が破壊されるかもしれん。古代ベルカの精霊の技にも、このような危険な側面はあるのか」


 「私は攻撃を受けてないから良く分からないけど……」


 「当然です、貴女に万が一のことがあれば、わたし達は終わりなのですから」

 亡霊たちに対して常に最前線で戦っていたシグナムは、いくら戦闘技能に長けているとはいえ、やはり無傷とはいかなかった。ただ、魔物から受けた傷はただの傷であり、治療すれば済むものであったが、亡霊の攻撃は精神に作用するものであり厄介きわまりない。早い話、騎士甲冑が意味をなさないのだ。

 そのため、守護騎士達は亡霊を優先して倒すことを心掛け、特に炎熱変換の資質を持つシグナムは亡霊を切り払う役として適任であった。炎は穢れを祓い、魔を清める効果を持つ。どのような怨念も浄化の炎の前では灰となるのみである。

 逆に、近接格闘を主眼とするローセスや己の爪と牙で戦うザフィーラは致命的に相性が悪い。ローセスの鋼の軛ならば触れずに攻撃できるが、魔力の衝撃によって弾き飛ばすだけであり相性が格別良いわけではない。魔を祓うと言われる賢狼の咆哮も、上層の亡霊には有効であったが、第五層以降の亡霊たちにはさしたる効果もなかった。

 よって、亡霊の相手はシグナムが行い、シャマルはサポートに徹する。ザフィーラは魔物のみを対象として攻撃し、ローセスはシャマルを守護しつつザフィーラを援護するという体勢が自然と出来あがっていた。

 一応、将であるシグナムからの指示はあったが、全員が優れた状況判断能力を持つ夜天の騎士達の場合はそれも確認の要素が強い。自分達がどう動くべきかを全員が考える能力を持っていることこそ、夜天の騎士の最大の強みでもある。


 それ故、隊長として状況把握能力に長けるリュッセは、既に夜天の騎士を名乗れる能力をほぼ全て修めているといえた。彼と同等の戦闘能力を持つヴィータの判断力も大分上がってきたが、正騎士になるにはあと一歩といったところであろうか。


 「さて、いよいよ次は第八層だ。ここを抜ければ最下層である第九層に至る。気を引き締めていくぞ」

 将の言葉に全員が頷きを返し、シャマルは回復と防御の陣を形成してそれぞれが結界内部で身体を休める。

 気を引き締めていく、とはすなわち万全の態勢で臨むことを意味し、その言葉に応じて駆け出すような者にはまだ夜天の騎士を名乗る資格はないと言えるだろう。







ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国   嘆きの遺跡  第八層



 「これは………石碑か」


 「古代ベルカ語…………いいえ、違うわ、多少は通じる部分もあるけど違う言語、多分これがイストア語なんでしょうね」


 「大師父がいれば読めるのでしょうが、わたし達だけでは」


 ≪不可能、だろうな≫

 その石碑に刻まれた文はその場の誰にも読むことは不可能であった。しかし、遠視によって彼らを見守る放浪の賢者は、その文を確かに理解していた。



 絶対に、それを目にしてはいけない

 絶対に、それを耳にしてはいけない

 それは人の身では理解してはならぬ絶対の領域、故に触れることは禁忌と心得よ

 もしその禁を破ったならば、あらゆる全てを失うだろう。そして、あらゆる叡智を得るだろう

 魂なるものがあってしまえば、それすら奪われ、吸収される。そして、回路に組み込まれるのだ

 人の世の果て、人の及ばぬ領域で蠢く者共に触れるべからず

 我らが犯した禁を忘れるな、それは触れてはならぬものだ

 行ってはならぬ、言ってはならぬ

 命惜しくば引き返せ、人の世を守りたくばすぐ戻れ、ここより先は何もない、あるのはただ破滅のみ

 もし、忠告を聞かずに進むのであれば

 我らの嘆きの全てを、お前は知ることになるだろう



 その石に文章を刻んだ人間は存在せず、それは思念を映し出す術式が込められた遺言の石。

 自動で文章を書き出すという点では放浪の賢者の予言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)に似た部分もあり、それが何を意味するかを知るのもまた、彼だけだろう。

 彼にとっては亡霊、すなわち闇精霊から身を隠し進むことは造作もない。古代ベルカのドルイド僧はそのような術を何よりも得意とする者達だ。

 だが、逆に培養槽から生み出される異形の魔物を屠るのに適しているのは中世ベルカの騎士である。ラルカスの業は物理的な破壊を主眼とするものではないため、彼が一人で遺跡に潜っていれば力尽きる可能性が極めて高い。

 それを、ただ一人で可能とする存在こそが黒き魔術の王。彼が戦闘能力ならば自分を超えていることを放浪の賢者は理解していた。故にこそ、探索の役を夜天の守護騎士へと託したのである。

 石碑に記された文の意味を知り得ぬ騎士達は前進する。第七層からはクラールヴィントの機能を以てしても念話を届かせることは難しくなっており、この石碑について放浪の賢者に聞くためだけに第六層まで戻るわけにもいかなかった。

 そして、第八層にはそれまで群れを成すように存在していた魔物や亡霊は出現せず、その静けさが逆に不気味とも言えた。

 だが、ここに至りし者達は全員が歴戦の強者。最深部に近付いた段階で敵の出現率が急速に低下した理由を、誰しもが言うまでもなく理解していた。

 第八層まで辿りつける猛者を相手に、最早雑魚は不要。

 用意すべきは、雑魚の群れではなく、強者をすら殺し得る強力なる個体。


 すなわち――――亡霊の集合体、遺跡の技術の結晶、闇精霊(ラルヴァ)の王


 【オ、オ、オ、オ、オ…!!】


 この第八層は他の階層とは明らかに作りが異なっている。迷宮の如き複雑さを持ち、狭い通路が入り乱れるこれまでの階層に比べ、ここは言わば大広間。

 天井までの空間はおよそ20メートルはあるだろうか、前後左右に広がる空間もところどころに巨大な柱が存在しているものの、100メートル四方はあるだろう。


 【オ、オ、オ、ァ、ァ…………オオオオオオオオオオオオァァァァaaaaaaAAAAAAAAAAA!!!】


 その叫び、いいや、嘆きは地上に届けとばかりに響き渡り、物体には何の影響も与えることなく人間の心を蝕んでいく。顕現した闇精霊の王はこれまでの黒い亡霊の大きさを遙かに凌駕し、高さだけでも10メートルはゆうにある。


 だが―――


 「あれは人型ではないな、これまでの亡霊は大型のものでもせいぜい2メートルほど、そして、いずれも人間になりそこなったような歪なヒトガタであったが――――」


 「亡霊の集合体なのだとしたら、人型を保てなくなるのも自明の理なのかもしれないわね。元々は人の残留思念に過ぎず、ここに留まっていたものが魔力素と結合して実体化したものに過ぎないのだから」


 「闇精霊となり集まって形を成そうにも、最早主体が定まらず、あのような溶岩ドームの如き形状にしかなりえない。不安定で今にも破裂しそうという点では特徴をよく表しているのかもしれませんが」


 ≪本当に破裂し、小型の亡霊が弾丸のように吐き出される可能性もある。注意は怠らぬ方がいい≫

 第八層にまで到達した者達が、この程度の聲で怯むことなどあり得ない。冷静に敵の正体を見定め、どう攻略すべきか戦術を脳内で練り上げていく。


 「Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」


 そして、闇精霊の王に続き、召喚陣より顕現する怪物たち。


 「新手か―――それも、二体」


 「片方は蛇、片方は鳥、どっちもかなり大きいわね―――――クラールヴィント、解析を」


 『Ja.』

 新た現れた二体の敵、それを油断なく見据えながら、湖の騎士はその正体を見極めるべくクラールヴィントに指示を出す。後衛の要である彼女は戦闘が始まる前こそが最大の活躍場であるともいえる。


 「鳥型の召喚陣は右、蛇型の召喚陣は左。確か、この空間の左右にも部屋があったはずですが、培養槽か何かがあり、そこから召喚されたのか、それとも」


 ≪最下層より、召喚されたか≫


 「しばらくは様子を見るぞ、後続が来るようならそちらを先に止めることも考えねばならんが、敵が三体だけならば奥に進む」

 当然、そのためには目の前の敵を打倒することが前提となるが、そんなものはまさしく論ずるまでもない。彼らは騎士であり、敵が立ちはだかるならば打ち破るのみである。


 「間違いないわ、あの蛇や鳥と、正面の亡霊の集合体は全く別の個体ね。ただ、魔力で編まれた身体を持っている可能性があるから注意して、蛇の表面から触手が出てきたり、鳥の翼が増えたりとかするかもしれない」

 亡霊の最大の厄介な点は、物理衝撃のみでは破壊できない点にある。魔力素を元に残留思念が顕現しているに過ぎない以上、魔力を伴わない攻撃を加えたとところで毛程のダメージも与えられず、リンカーコアを持たない人間にとっては悪夢のような存在と言えるだろう。


 「そうか、では私の相手は奴か」

 シグナムの見据える先には闇精霊(ラルヴァ)の王が鎮座する。物理攻撃は効かず、さらには触れることも危険な存在である以上、炎の魔剣レヴァンティンを振るう剣の騎士こそが亡霊退治には最適である。


 「地を這う蛇はザフィーラに任せた。わたしは、あの鳥型をやろう」


 ≪心得た≫
 
 地上での戦いならばザフィーラこそが最適であり、流石に大蛇が空を飛ぶとは考えにくく、仮に飛んだとしても高速機動が得意ではあるまい。そして、空を飛び回る巨鳥が相手ならば鋼の軛によって檻を形成することが可能なローセスが適任といえる。


 「行くぞ!」


 「おうっ!」


 ≪承知≫


 「クラールヴィント、補助を」


 『Jawohl.』

 シャマルの役割は言うまでの無く、全員の補助。また、この三体以外の敵が現れた場合の索敵役も兼ねている。

 嘆きの遺跡の最下層へ至る最後の門とも言える番人達と、夜天の騎士達の戦いが始まった。















 「紫電――――」

 三人の中で最初に接敵したにはシグナム。かつて、ベルゲルミルという大型の怪物を無力化させた時と同様に、無駄な牽制など行わず、初撃から渾身の一撃を叩き込み―――


 「一閃!」
 『Explosion!(エクスプロズィオーン)』

 炎の魔剣レヴァンティンより膨大な熱量が放射され、闇精霊(ラルヴァ)の王を切り裂き無に帰す。

 はずであった。


 「む!」


 【ヒキ……カエセ】

 彼女の炎は、闇精霊(ラルヴァ)の王に全く影響を与えていない、そればかりか―――


 「炎だと!」

 一瞬、10メートルを超える巨体が発光すると同時に、熱線とでもいうべき火炎の帯が全方位へと放射される。それはさながら火山の噴火の如く。飛行魔法を駆使しかろうじて回避に成功したが、まともに喰らっていればただでは済むまい。


 『Mein Herr.(我が主)』

 だが、それ以上に炎の魔剣はたった今放たれた攻撃に尋常ならざるものを感じていた。烈火の将に仕える彼だからこそ、それは決して看過出来ぬことだ。


 「どうした」


 『Die gegenwartige Flamme ist eine Sache und die gleiche Qualitat meines Herrn.(今の炎は、我が主のものと同質です)』


 「………なるほど」

 己の魂の言葉により、瞬時に彼女は絡繰に気付く、なるほど、そういうことならば自分の炎を無力化するのも容易であろう。


 「七層目まで随分“らしい”と思っていたが、なかなかどうして、やってくれるではないか」








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 ≪ふむ≫


 そして同じ頃、ザフィーラもまた敵の特性を見誤っていた事実を悟る。

 彼の標的は大蛇であり、その動きは俊敏と言えるものではなく、賢狼の速度に比べれば牛の歩みにも等しいものであった。故に、ザフィーラの爪牙は容易くその身を引き裂いたのだが。


 ≪切り裂かれた肉片がそれぞれ小型の蛇となりて再生、水の属性というわけか≫

 引き裂いた肉片はスライムの如き形状に変化し、蛇の身体も半透明に近い粘液のようなものに変化、シャマルが告げた形態変化の可能性は正鵠を射ていたようである。この敵は物理攻撃を無力化する特性を持った水の蛇、攻撃力はさほど高くはないが、再生力に長けている。

 そして同時に悟る。爪と牙による直接攻撃しか行えぬ自分ではこの敵を打倒する術はないことを。また、自分を相手にするのに敵の特性があまりにも都合が良いということも。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 「雷撃とはな」

 『Panzerhindernis!(パンツァーヒンダーネス)』

 他の二騎と同様、ローセスもまた苦戦と称すべき戦況にあった。敵が放った射撃型の雷撃をグラーフアイゼンのバリアが防ぐが、明らかに攻め込まれている状況だ。

 彼が相手する巨鳥、いや、怪鳥というべき存在は嘴や爪が攻撃手段ではなく、羽毛全体から放たれる雷撃。それは近接格闘を得意とするローセスにとっては攻撃の主力が封じられたことを意味する。

 すなわち―――


 <俺の戦法はカウンターが主体だが、敵が近付いてこない以上はこちらからいくしかない>

 敵が雷撃を身に纏わせた突撃などといった攻撃にでるならばやりようもあるが、この敵は常に中距離の間合いを保ったまま雷の特性を持つ射撃のみを放ってくる。また、飛行速度もローセスのそれを上回っており、彼から攻勢に出ても捉えることが出来ない。


 「ラケーテンフォルムの強襲も、無意味だろうな」


 『Ja, es ist eine uberlegene Strategie dafur, Feind zu sein.(ええ、敵ながら優れた戦略かと)』

 ラケーテンフォルムの噴出機構を利用した突撃は爆発的な推進力を与えるが、方向転換が効きにくいという欠点もある。対して、怪鳥はハチドリの特性でも有しているのか、空中で静止した状態からあらゆる方向へ高速で移動することを可能としている。

 さらに厄介なことに、己のサイズをある程度調整することすら出来るようで、ローセスが檻に捕えるように放った鋼の軛も小型化することによって容易くすり抜けていった。


 <どう考えても、俺の特性を考慮した上で調整されたとしか思えないな。つまりは―――>

 そして、三人の戦闘者はほぼ同時に同じ結論に達した。








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






 【つまり、これまでの七階層までにおける私達の戦闘データを基に、彼らは作られたということね】


 【ああ、私が対峙している亡霊の集合体は私と同様の炎熱変換の特性を保有している。これでは、飛竜一閃を放ったところで何らダメージを与えられまい、火に火を放っても無意味だ】


 【こちらも同様です。明らかにわたしとグラーフアイゼンの特性を無力化するようにこの怪鳥は構成されている。おそらく、第一層でわたし達が戦い始めた時から、製造は始まっていたのでしょう】

 つまりは、これまでの敵は侵入者を迎撃するものであると同時に、その戦闘能力や特性を測るための物差しでもあった。

 階層を下るにつれて、難易度が上がっていくかのように出現する魔物や亡霊が強力になっていったのはつまりはそういうこと。敵の能力を測るならば、徐々にぶつける駒の強さを上げていくことこそが最も手っ取り早い手段である。


 【こうなると、私達が幾度も休息を取り、万全の体勢で臨んだことも、わざわざ敵に最高のデータを与えてしまっただけということか】


 【遺憾だけれど、そういうことになってしまうわね】


 【ですが、休息を取らずに突き進めば途中で力尽きていたことでしょう】


 ≪つまり、二段構えの罠≫

 侵入者が弱ければ即座に亡霊や魔物によって駆除されるのみ。

 侵入者が強くとも、第一層の敵に勝利し、“こんな程度ならば楽勝だ”と侮るような低レベルの戦闘思考を持っているならば、徐々に強力になっていく魔物や亡霊にやがては疲労し、朽ち果てる。

 そして、夜天の騎士達のように万全の準備を整え、慎重かつ速やかに進んでいく者に対しては、七層までの戦力は物差しとなり、最後の八層においてそれぞれの能力を封じる番人が用意される。

 夜天の騎士達が蛮勇に走らず、時間をかけて着実に進んできたことが、敵、いいや、防衛システムに最強の番人を作り上げる時間を与えてしまったというのも皮肉な話であり、優れた罠であることは疑いないだろう。


 だが――――


 【シャマルは私の代わりに闇精霊(ラルヴァ)の王を抑えてくれ。ザフィーラは私が水の蛇を蒸発させ次第、雷の怪鳥を仕留め、ローセスはそのための準備をすると共に、闇精霊の王に止めを刺す役だ。その際はシャマルと協力しろ】

 その程度のシステムで止められるならば、夜天の騎士がベルカ最強と謳われることなどあり得ない。


 【分かったわ】


 ≪承知≫


 【了解しました】

 将の指示を受け、即座に動きは始める彼らはまさに一流の戦闘者。聞くと同時にそれを実現させるための絵図をそれぞれが脳内に構築している。マルチタスクは騎士の基礎であると同時に奥義でもあるのだ。もっとも、ザフィーラは騎士ではないが。

 シグナムの炎は闇精霊の王に通じず、ザフィーラは直接攻撃しかできず、ローセスの鋼の軛では威力不足。

 水の大蛇に対してザフィーラとローセスは無力であり、唯一相性が良いシグナムは闇精霊の王と渡り合える唯一の存在であるため、そちらには応援に行けない。

 雷の怪鳥はローセスにとって天敵とも言える。ザフィーラならば抗しうるが、彼もまた自在に分裂して足止めをかける水の大蛇に阻まれている。

 そして、シャマルは補助役であるため、彼女の力では三体の番人を倒すことなど出来ない。いかにブーストによって他の騎士の力を上げようと、そもそも攻撃が通じない以上は意味を持たない。

 それが、嘆きの遺跡の防衛システムが導き出した結論であり、必至の戦略。

 だがそれは、これまでの第七層までの戦いにおいて、夜天の騎士達が全てのカードを出し切っていたならば、という前提があればの話であった。


 すなわち―――


 「ペンダルシュラーク!」
 『Verhaften Sie Verhutung gegen Bose.(捕縛結界)』


 「シャマル、こちらの準備が完了するまでは持たせろ!」
 『Ich fragte!(頼みました!)』

 シャマルが前線に出て闇精霊の王と相対し、代わりにシグナムが後方へ引き下がる。

 湖の騎士シャマルが前衛へ打って出、剣の騎士シグナムが後衛に下がるという第七層までの戦いはおろか、夜天の守護騎士の戦いを知る者ならば誰しもが仰天する光景。だが、自動制御の防衛プログラムを突破するならば、あり得ない手段こそが最適手となる。

 闇精霊の王をクラールヴィントのペンダルフォルムによって縛りあげ、その動きを封じる。一見無謀に見える行動だが、亡霊の集合体である闇精霊の王は他の二体とことなり俊敏さというものをほとんど持っておらず、その身体から繰り出される触手も、空戦適性を持つシャマルに躱しきれないものではない。


 さらに、湖の騎士シャマルは空間を超えて攻撃することを可能とし、つまりは遠隔操作が得意ということであり、闇精霊(ラルヴァ)の王を縛るクラールヴィントも手元から伸ばす必要はない。クラールヴィントから伸びる紐は螺旋を描くように闇精霊の王を取り囲み、その動きを封じる結界を構成するが、シャマルはその術式を紡ぎながら高速でその周囲を飛び回っていた。


 「熱線を撃てない貴方なんて、その程度の存在よ。こちらから攻撃を仕掛けないなら、大した脅威じゃないの」

 『Wirklich.(如何にも)』

 無論、クラールヴィントの結界とていつまでも闇精霊の王を捕え、熱線を封じられるわけではない。戒めが破られ、熱線が放たれればシャマルは間違いなく消し飛ぶことになるだろう。


 「レヴァンティン、炎熱変換機能を全開にしろ」

 『Jawohl!』

 しかしその間、剣の騎士シグナムと炎の魔剣レヴァンティンは完全にフリーとなり、全力の一撃を放つことが可能となる。


 その対象は無論、闇精霊の王ではあり得ない、どれほど威力を高めようともシグナムの炎では闇精霊の王を滅することは出来ないのだ。


 ならば―――


 「切り裂いてもそれぞれが独自に動き、再び融合する水の大蛇。ならば、まとめて焼き尽くすまでだ」


 『Mein Herr, der es verstand.(心得ました、我が主)』

 これより放つのは、彼女らにとって未完成の技。

 烈火の将シグナムが持つ炎熱変換資質を最大限に発揮する奥義であり、威力は飛竜一閃をも上回るが、全ての魔力を炎へと変換させるまでに十数秒という時間がかかり、この作業ばかりはカートリッジによって短縮することは不可能。

 つまり、一対一の戦いにおいてはまず使えず。騎士達が戦場を交錯する集団戦においてでさえ、味方の補助があったとしてもほとんど放つことは不可能と言える大技。

 だが、今対峙している相手には“臨機応変”という言葉は存在していない。第七層までの彼女らのデータを基に行動するだけであり、シグナムが“これまでにない行動”に出た場合それに有効に対処する手段を持たないのだ。


 「剣閃烈火!」
 『Explosion!』


 故に、剣の主従を阻む者は何もない。十数秒の時間をかけて変換された膨大なる炎熱はフレアの如き輝きを伴い、今まさに獲物目がけて解き放たれようとしていた。


 「火竜一閃!!」

 目指すべき完成形は逃げ場無き空間殲滅魔法であるが、現段階ではまだ砲撃魔法に区分される火竜の咆哮。

 だがそれは未完成とはいえ、水の蛇如きを蒸発、いや、消滅させるには十分過ぎるほどの威力を持っていた。








 「縛れ!鋼の軛!」
 『Explosion!』


 シグナムの火竜一閃が水の蛇を消滅させたタイミングに合わせるローセスはまさしく阿吽の呼吸。グラーフアイゼンの力を借り、魔力の波動による赤き杭の森とも言うべき檻を作り上げる。

 だがしかし、相手は自在に体長を変化させる能力を持つ高速機動型の怪鳥。身体が小さくすればいかようにも躱すことは可能であろう。


 ≪流石だ、ローセス≫

 とはいえそれも、攻撃者が一人きりであればの話でしかない。シグナムが水の大蛇を消滅させたことでフリーとなったザフィーラが、ローセスの作り出した檻を“身体を小さくして隙間をすり抜けようとしている”怪鳥を捉えることなど、卵を割るように簡単なことだ。

 陸の獣であるザフィーラが空を自在に飛ぶ怪鳥を捉えるのは本来ならば難業と言える。だが、鋼の軛で周囲が覆われた状況ならばその優位性は逆転する。

 後の経緯詳しく語るまでもない。鋼の軛に対して身体を小さくしながら高速機動での回避を試みた怪鳥は、待ちうけていた賢狼の爪によってバラバラに引き裂かれることとなった。


 「さあ、行くぞアイゼン!」

 『Gigantform!(ギガントフォルム)』

 残るは、闇精霊(ラルヴァ)の王ただ一体。止めを刺す役も既に定まっており、終幕は速やかに降ろされる。

 第七層までの戦いにおいてローセスが用いた戦術は近接格闘戦と、グラーフアイゼンの柄を伸ばし、槍のように振り回すことによる後方支援、そして、ラケーテンフォルムを用いた突撃からの鋼の軛が一度だけ。

 つまり、この闇精霊の王はギガントフォルムによる一撃への対処を考慮することなく作り出された存在なのだ。ならば、そこを突かない理由などなかった。


 「逆巻く風よ―――」
 ローセスの攻撃準備が整ったことを見てとったシャマルは、敵を捕縛するための術式を解き、ローセスを補助するための魔法を発動させる。

 戦況に応じて捕縛、回復、補助などの役割を瞬時に切り替える技能こそ、後方支援役が最も備えるべき能力である。高速飛行などはあくまで付随品に過ぎない。


 「ギガントシュラーク!!」
 『Explosion!』

 放たれる止めは、巨大な敵を丸ごと叩き潰す大質量の鉄鎚が、竜巻を纏って振り下ろされるという凶悪極まりない一撃であった。亡霊の集合体とはいえ、粉々に砕かれたところを竜巻によって磨り潰されたのでは再生のしようもない。


 【ヒキカ…エセ……】

 遺言の如き言葉を残しながら、闇精霊(ラルヴァ)の王は完全に消滅した。後には、何も残らない。

 終わってみれば、シグナムが念話によって指示を出してより1分を待たずして三体の敵は消滅。全体で見ても5分ほどに過ぎない短い戦闘であった。









ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国   嘆きの遺跡  最下層




 「随分と、あっさり見つかるものだな」


 「ここまで簡単だと逆に怪しくなるけど、伝承通りではあるわ。“ここまで辿りつける程の者ならば、これに踊らされることはあるまい”という話だけど」


 「つまりは、善か悪かが問題ではではなく、力無き者がこれを得ることこそが危険であると」


 「そういうことみたい。まあ最も、古代ベルカのドルイド僧が残した“精霊の守り”というものがあったらしいのだけど、それは大師父が“門”を開いていることで発動しないようにしているって」


 ≪古代ベルカのドルイドの業は、ドルイドにしか解けん≫

 夜天の騎士達が辿り着いた最下層には、特に何もなかった。

 いや、ここにはイストアという文明の叡智の結晶とも言える技術が眠っていたのであろうが、それらは欠片も存在しなかった。誰かが持ち去ったのか破壊したのかは定かではないが、代わりに在るのは古代ベルカのドルイド文字で刻まれた複雑にして巨大な方形の陣と、その中心に座する“竜王騎”の鍵のみ。

 もし、放浪の賢者がいなければ、この方陣は突破不可能の最後の障害として立ちはだかったであろうが、彼らは何の妨害も受けることなく中央まで歩き、普通に鍵を手に取ることが出来た。


 「しかし、これが最悪のロストロギアと位相を繋ぎ、門を開く鍵とは到底思えんな」


 「見た目は、ただの杖型のデバイスね。銘らしきものが刻まれてるけど…………これは、古代ベルカ語ね………ランドルフ、かしら?」


 「いずれにせよ、目的の物は得たのです、早急に帰還しましょう。白の国にサルバーンの手勢が押し寄せているかもしれません」


 「そうだな、シャマル、転送は出来そうか?」


 「ちょっと待ってて、クラールヴィント」

 『Ja.』

 ペンダルフォルムに変形したクラールヴィントを最下層に存在している方陣に接続し、シャマルはしばしの間目を閉じて集中する。

 やがて、目を開いたと同時に、彼女は弾むような声で告げる。


 「行けるわ。大師父の“門”とこの方陣は原理は良く分からないけど共鳴しているみたい。だから、この遺跡に存在する術式にはそれほど妨害されずに転送は出来るわ。“タリスマン”は姫様の下にもあるから、一人ずつならヴァルクリント城まで一気に送れる」


 「よし、それならば直ちに帰還するとしよう」


 「ええ、クラールヴィント、旅の鏡を」

 『Jawohl.』

 “タリスマン”という補助端末をクラールヴィントに接続し、シャマルは旅の鏡を形成し、鍵を持つシグナム、次にザフィーラ、ローセスの順で転送していく。


 「後は、私だけね」

 そして、最後は彼女自身を転送するために通常とは異なる術式を紡ぐ。それほど大差があるわけではないが、それでも一度閉じ、新たに旅の鏡を開き直す必要がある。



 だが、その一瞬が極めて危険であることに、彼女は気付かなかった。



 ここが嘆きの遺跡の最下層であり、苦労の果てにここまでたどり着いたということも、彼女、いや、彼女達の判断を誤らせる要因となっていた。

 シグナム、ザフィーラ、ローセスが先に転送された以上、最後に術式を紡ぐシャマルを守る存在はおらず、周囲を警戒する存在もいない。他ならぬシャマルが転送役なのだから至極当然の話ではあるが、もし襲撃者がいるならば、各個撃破の絶好の機会となる。

 他の三人は遠く離れたヴァルクリント城におり、後衛であるシャマル一人が遺跡の最下層にいる状態。



 その瞬間をこそ―――――黒き魔術の王は待っていた。




 「え!?」

 その魔法の発動速度は常軌を逸しており、シャマルの主観では気付けば自分は魔法の鎖に囚われていた、というものであった。


 「こ、これは……」


 「負傷することもなく、対して手間取ることもなく、この遺跡を踏破したことは褒め讃えよう。だが、まだ甘い。最後まで気を抜くな、目標を達成し勝利に酔いしれている時こそ隙が生じる。覚えておくが良い、若き夜天の騎士よ」

 屈強なる肉体、精悍なる顔立ち、目に宿る野心、そして何よりも、ただいるだけで人間を窒息させるほどの強大なる覇気。

 そのようなものを纏い、かつ、誰にも知られないまま嘆きの遺跡の最下層に現れ、夜天の騎士を束縛する。そんなことが可能な人間と言えばシャマルは一人しか思い当たらない。


 「サルバーン………いったい、どうやってクラールヴィントのセンサーを」

 転送を行う前、確かに彼女はクラールヴィントを方陣と連結させ、遺跡内部を探索し、転送の障害となる存在がいないかどうか確認したはずだ。

 にもかかわらず、この男は忽然とこの場に現れた。あまりにも不可思議、あまりにも不条理である。


 「私は放浪の賢者ラルカスの弟子であった。それだけでは答えとして不服か?」

 その言葉に呼応するかのように、シャマルの周囲に半透明の物体が現れる、形状から判断するに、これは犬であろうか?


 「これは……」


 「無限の猟犬(ウンエントリヒ・ヤークト)。放浪の賢者の“眼”を欺こうと研究を重ねた時に開発した魔法の一種、授業料として受け取っておくがいい」

 サルバーンの右手が翠色に輝き、その輝きが同時にシャマルの脳に灯る。


 「な!?」


無限の猟犬(ウンエントリヒ・ヤークト)
魔力によって生み出した猟犬を放つことで、その場にいながら探査・捜索を行うことを可能とする。
目視や魔力探査にかかりづらいステルス性能を持ち、目や耳で確認した情報を本体へ送信・記憶する機能を持つ。
精製時に込められた魔力が尽きるまで自立行動を行い続けることができ、その活動は術者の魔力に依存しないため、運用距離の制限はない。
陸・海・空を移動でき、セキュリティ・障害物を越えての建造物への侵入、機械端末にアクセスしての情報収集を行う。
猟犬の名の通り、単体での戦闘活動も可能であり、またその防御力も高い。並の騎士が相手ならば猟犬のみでの制圧も可能。



 シャマルの脳内に、自分が知る筈のない情報が刻まれていく。



思考制御
対象の脳内の「記憶」を捜査し、読み取ることを可能とし、同時に、対象の脳内に書きこむことも可能。
機能的にはマルチタスクの延長線上に在り、対象の頭脳を“自分のマルチタスクの一つ”に置き換える。
これを完全に制御する前提条件として、自身の記憶の読み取り・書き込みを完全に修める必要がある。それがないまま行えば記憶の混同の危険が伴い、廃人となる可能性もある。



 <まずい、それはつまり、私の持つ白の国の情報が……>


 守護騎士の参謀である彼女は白の国の“風の守り”やその他の施設の現在の状況を熟知している。白の国に攻め込む者にとって最も貴重な情報を持っているのは湖の騎士シャマルに違いない。

 さらに、彼女は回復役であり、ここが潰されれば消耗戦となった際に挽回する術がなくなる。戦争における定石とは正確な情報を集め、敵を上回る戦力を揃え、敵の補給を絶つこと。

 サルバーンはそれを一切の無駄なく行うために、あえて“竜王騎”の鍵を見逃した。確かにそれは最終目標ではあるが、目前の宝に目が眩み、戦略を乱すような愚は犯さなかった。


 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 精神攻撃による傷は通常の回復魔法では治療不可能。

 つまり、この段階で白の国は消耗する一方となり、回復役が潰された以上、サルバーンの軍勢を耐えきる術はない。数の優位というものは相手に回復する手段がない時に最も力を発揮する。


 「さて、我が師がここに来るまで一秒か、それとも二秒か」

 彼はこの僅かの時間を作り出すために、遺跡の入口で“門”を形成しているラルカスに対し己の手駒である騎士の半数を向かわせたが、時間稼ぎにしかならないことなど誰よりも理解していた。

 無限の猟犬(ウンエントリヒ・ヤークト) は遺跡探査の際に重宝したが、放浪の賢者の眼を欺ける程のものではない。ならば、そもそも目を向ける余裕をなくさせればよいだけの話であり、ここまでは彼の思惑通りに進んでいる。


 そう、それは白の国内部においても。









ベルカ暦485年  ヴィルヤの月  白の国  北西部  上空



 「手前は、サルバーンの騎士か?」

 白の国の上空において、ヴィータは存在を隠すこともなく、橙色の魔力光をたなびかせ堂々と飛来した敵手の前に立ちはだかり、その素性を問いただす。


 「ええ、黒き魔術の王サルバーンに作られし人造魔導師、ナンバリング01、名をシュテルと申します。この子は、私の愛機ルシフェリオン」


 「人造魔導師………?」

 対峙した相手は、ただ淡々と名乗った。

 自分は、作られた命であると、騎士を殺すために作られた存在であると。


 「我が主の命に従い、貴女を殲滅します」


 「はっ! やれるもんならやってみな。夜天の騎士の騎士見習い、若木が副隊長ヴィータ、参る!」









――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 「お前は何者だ、と聞くまでもないな。君のような幼い“若木”を僕は知らない」


 「幼いだと、随分と失礼な物言いだな」

 同刻、ヴィータと同様、リュッセもまた白の国へと侵略してきた敵手と相対していた。

 こちらも自らの姿を隠すことなく堂々と飛来し、その魔力光は青色、ちょうど、髪の色と同様であった。


 「どう見ても子供にしか見えない。若木の年少組よりも幼そうだ」


 「はっ! 僕をそこらのガキと一緒にしないことだな! 我が名はレヴィ! 黒き魔術の王サルバーンに作られし、えーと、第二の人造魔導師! ナンバリング02だ! そして、その相棒バル」


 「夜天の騎士の騎士見習い、若木が隊長リュッセだ。戦うならばさっさと始めよう」


 「名乗りの途中で邪魔するな! レヴィとバルニフィカス、お相手つかまつる!」


 <精神面が弱そうだ、ここは、搦め手で行くとしよう>








 黒き魔術の王がその姿を現し、ついに幕が上がる。


 雲と闇が交錯し、その果てに散りゆく者と後を継ぐもの。


 ここで終わる物語とここより始まる物語。


 その境界線は果たして―――




 時計の針が、加速していく







あとがき
 過去編も大分来ました。ここまでは過去編の一話が現代編の倍近くになっていましたが、ここから先は戦闘シーンが多くなるので可能な限り短く区切ろうと思っています。一章につき三部構成は変わらないと思いますが、分量はそれほど多くならないようにコンパクトに纏めるよう頑張りたいと思います。
 以前どこかで私の作品のオリキャラは全て“役割”から発生した舞台装置であり、性格などは後付けであるとかいたと思うのですが、サルバーンを筆頭とした敵役のオリキャラはまさにそうで、早い話がマテリアル三人が過去の時代に登場してもおかしくないように、“生命操作の業”を広める存在が必要で、その役割から違和感がないように性格や行動理念などを埋めていくことで形成されています。そういった意味ではローセスやリュッセも同様で、原作キャラ以外は全て原作をより良い形にするための要素として誕生しました。
そういうわけで、これから結構な数のオリキャラが登場しますが、戦争が始まった段階で登場するキャラである以上、役割は“死に役”でしかないので大半はあっさり退場すると思います。マテリアル達は原作ではいませんが、A’Sポータブルで原作者によって生み出されたキャラクターなので別です。それではまた。
 




[26842] 第十二話 地味な戦い
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/03/31 14:55
第十二話   地味な戦い



新歴65年 12月5日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 はやての部屋 AM6:30




 ピピピピピピピピピピピピピピ、カチ


 「ん、んんんん」

 目覚まし時計を止め、八神はやてはいつのも時刻に目を覚ました。

 何か、夢を見ていたような気もするが、それを明確に思い出すことは出来ない。


 「何やろ………凄く、悲しい夢だったような………」

 悲しさ、なのか、ひょっとしたら違うものなのか、それすらも不明。

 ふと隣を見ると、お気に入りにうさぎを抱えながら、赤毛の少女が気持ちよさそうに眠っている。


 「………ぬいぐるみ?」

 なぜ、その姿に違和感を覚えたか。

 若木であった少女は騎士となり、戦場を駆け抜ける存在となった。迫りくる黒き魔術の王の軍勢を迎え撃つ彼女に必要なものは、女の子らしいぬいぐるみではなく、騎士のための甲冑であり鉄槌。


 「……?」

 それを彼女は知らない、唯一知るはずの管制人格からすら、長き夜の間に失われてしまった夜天の物語。

 ただ、眠る時ですら少女が身体から放すことのない、ミニチュアのハンマーの形状をしたペンダントが、朝日を受けて鈍く輝いていた。









新歴65年 12月5日  第97管理外世界 日本 海鳴市 桜台林道 AM6:35




 「福音たる輝き、この手に来たれ――――導きの下、鳴り響け――――――ディバインシューター、シュート!」

 なのはの左手の先に魔力が収束し誘導弾が生成され、彼女の意思に従い自由自在に飛び回る。

 その標的は以前も使用していた空き缶であるが、以前と異なる点があるとすれば―――


 「く、ううう」

 100回を超える回数、空き缶を壊さないように命中させていた彼女が、30回程でかなり苦しそうな顔をしているということだろうか。


 「あ!」

 そして、46回目にしてコントロールを失い、空き缶はあさっての方角へと飛んでいく。


 「はあ~」


 「あまり落ち込まないで、なのは、レイジングハートがあればもうほとんど大丈夫なはずだから」

 励ましの言葉をかけるのはフェレットモードのユーノ・スクライア。先日までは時の庭園で闇の書の関するデータの編纂やその他もろもろの作業を行っていた彼だが、時の庭園が第97管理外世界周辺に到着したため、転送魔法を用いてこちらへやってきたのであった。


 「レイジングハートが後どのくらいで直るのか、ユーノ君は聞いてる?」


 「えっと、トールの話によると、修復自体は完了しているんだけど、カートリッジシステムの搭載に手間取っているみたい。本局のマリエルさんっていう人にお願いしているらしいんだけど、インテリジェントデバイスに高ランク魔導師用のカートリッジを積むのはやっぱり難しいんだって」


 「そうなんだ………仮想空間なら一緒に頑張れるんだけどね」

 既に昨日、第97管理外世界の近くまでやってきた時の庭園でフェイトと共に仮想空間での訓練を行ったなのは。

 トールの言うように、経験を完全に肉体へフィードバックさせることは出来ないが、やはり長い間魔法が使えない状態では勘が鈍ってしまうため、その点では役立っている。

 普通の生活を行うならば特に必要はないが、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターと戦うならば、僅かの隙も致命傷になりかねないのだから。


 「よっし、もう一回!」


 「あまりやり過ぎないようにね、“ミード”と“命の書”でほぼ治ってはいるけど、リンカーコアがかなりの傷を負ったのは間違いないから」


 「うん、ユーノ君がいてくれるから大丈夫!」


 「あ、あははは……」


 最終的な部分でユーノ任せであるなのは、彼女の精神においてブレーキという単語はまだ未発達なようであった。

 最も、ユーノ・スクライアという少年もブレーキとして機能するかどうかは怪しいが。





新歴65年 12月5日  第97管理外世界付近 次元空間 時の庭園 AM6:41



 「アルカス・クルタス・エイギアス。煌めきたる天神、今導きのもと降りきたれ……」

 金色の髪の少女、フェイト・テスタロッサが天候操作の儀式魔法を紡いでいく。


 「バルエル・ザルエル・ブラウゼル……」

 彼女の使い魔、アルフがそれを補助し、時の庭園の空に厚い雷雲が立ち込める。


 「サンダーフォール!」

 天候操作により雷雲を発生させ、目標に落とす遠隔攻撃魔法サンダーフォール。


 魔法ではなく、自然現象としての雷を発生させるため、魔法を遮断する結界などでは防ぐことは出来ないという特性を持つが、非殺傷設定も不可能となるため、対人ではなかなか使いどころが難しい魔法でもある。


 「どうだい、フェイト」


 「やっぱり、バルディッシュがいないと威力が低い。それに、こんなに時間がかかってたらシグナムに何度も切られてるよ」


 「そっか、魔法を使う練習にはなるけど、あいつらを相手にするための訓練にはなりそうもないね」


 「フォトンランサーは撃てるけど、ファランクスシフトは無理だし………後は、サンダーレイジかな」


 「でもあれも結構隙が多いからね、ミッド式の魔導師相手ならともかく、古代ベルカの騎士が相手じゃ厳しいよ」


 「うーん……」

 なのはと異なり、フェイトの戦闘スタイルは移動砲台ではなく、高速機動からの近接攻撃に加え、距離が離れた際はフォトンランサーやアークセイバーを放ち、射撃魔法と同等のスピードで切り込むという戦術が基本となる。

 そのため、足を止めて詠唱を行い、魔法を放つという訓練では実戦においてほとんど役に立たない。アルフが壁役として時間稼ぎを行える状況ならば話は別だが、一対一となった際にはフェイトがずっと静止したまま魔法を放つ機会はほとんどない。

 いや、あるにはあるが、その場合も高速機動への“繋ぎ”としてのケースがほとんどであり、サンダースマッシャーなどの直射系砲撃魔法を放つ場合も、即座に切り込めなければ彼女の攻撃は完成しない。


 「おーい、どうだ~」

 そこに、デバイスが操る魔導人形が一体現れる。


 「あ、トール」


 「……なんだトールかい」


 「随分疎ましげだなアルフ」


 「あんたが来るとロクなことがない、っていうか、ロクなことがあったためしがないんだよ」


 「だが、それも今日までだ。本日はバルディッシュがないフェイトに良い物を持ってきてやったぞ、テスタロッサ家において唯一バルディッシュの代わりが務まるインテリジェントデバイスだ」

 そう言いつつ彼が取りだすのは、長さは60cmほど、特徴的なパーツは何一つなく、デバイスらしいといえばただそれだけが特徴といえる、ストレージデバイスに極めて近い杖。


 「これって……」


 「お前の母、プレシア・テスタロッサが幼い頃に使用していた魔導の杖だ。バルディッシュ程じゃないが、電気変換を持つお前の特性をそれなりに発揮できるし、インテリジェントだから多少の融通は利く」


 「そっか、母さんが使ってたんだ、ありがと………アレ?」

 フェイトがその杖を受け取った瞬間、トールが崩れ落ちる。


 「ど、どうしたのトール!」


 『私ならばこちらにおりますよ、フェイト』


 「え?」


 『それは、私が“電気変換された魔力によって動く魔導機械を操る機能”によって管制していた人形です。私の本体が中央制御室にあれば離れていても動かせますが、今は貴女の手の中に本体があるわけですから、接続が途切れた以上は動かなくなるのは当然の理です』


 「そ、そっか……」
 
 どうリアクションすればいいのか分からず、戸惑うフェイト。


 「まったくアンタは」

 と言いつつもさっさと手際よく人形を片づけるアルフ、この辺りの連携は流石というべきか。


 『さて、訓練を進めるならば早めに済ませてしまいましょう。今日は貴女の転校初日なのですから、万が一にも遅刻するわけにはいきませんからね』


 「うん、それじゃあ、行きます!」


 『Photon lancer Full auto fire.』

 直射型射撃魔法、フォトンランサーを放つと同時に、フェイトは空へ舞い上がる。その速度はバルディッシュがある場合とほぼ同等であった。


 「トールって、こんなに速かったの?」


 『いいえ、私単体では不可能なことです』


 「どういうこと?」


 『種明かしをするならば、貴女の高速機動を支援するための慣性制御に関する複雑な演算が私ではなく、常に私とリンクしているアスガルドが行っており、管制機たる私に演算結果を送信し続けているわけです。なので、私がやっていることは、貴女の人格モデルに沿って次の行動を予測することだけです』


 「なるほど」


 『当然、時の庭園内部でしか行えませんが、ここに限り、ファランクスシフトでも放つことは可能です。バルディッシュのデータもまた私の中に登録されており、アスガルドのリソースがあればそれを再現することは造作もないこと。ここは時の庭園、テスタロッサ家のデバイスの全てはここにあるのです』


 「そう、じゃあ……アルカス・クルタス・エイギアス……疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ……バルエル・ザルエル・ブラウゼル………フォトンランサー・ファランクスシフト!」

 時の庭園で生まれた子と、時の庭園を管制するための機能を与えられたデバイスが、空を舞う。

 その姿は、共に戦う相棒と言うよりも―――


 「なんでだろうね………自転車を練習している娘を、転ばないように後で支えながら押している父親のように見えるよ……」

 バルディッシュは、フェイトの全力を受け止め、彼女をさらなる高みへ羽ばたかせるために存在する。

 だが、トールは違う。彼がこのような機能を発揮できるのはこの時の庭園のみであり、フェイトと共に歩むことは出来ない。

 娘が庭で練習しているうちは、転ばないように支えることは出来るが、外に出て広い道を走るようになれば、転ばないように祈りながら見守るだけ。


 「………フェイトは今日から、なのはと一緒に学校に通う。巣立つ時が、近いのかな……」

 フェイトとアルフはこれからは翠屋の近くのマンションにて、ハラオウン家の人達と一緒に過ごす。

 だが、トールは誰もいなくなった時の庭園の中央制御室で、ただ演算を続けている。

 彼に託された最後の命題を果たすために。


 「アンタ自身はどう思って………いいや、意味なんてないね、だって、アンタは」

 使い魔とデバイスは違う。

 アルフが一人で時の庭園に残るとすれば、やはり寂しく思うだろう。例えそれがフェイトの幸せのためだとしても。

 だが、トールは違う、彼はただそのことしか考えない機械仕掛け。自分のことを考える機能をそもそも持っていない。


 それが悲しいとは、アルフは思わない。

 それこそが、デバイス達の誇りであることを、彼女は知っていたから。


 「早く帰ってきなバルディッシュ、フェイトと常に一緒にいられるのは、やっぱりアンタだけなんだよ。そして、アンタのいるべき場所は、フェイトの傍しかないんだから」












新歴65年 12月5日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家  AM11:02




 「クロノ君、駐屯所の様子はどう?」


 「機材の運び込みは済みました。時の庭園の中枢コンピュータ、アスガルドと連携していますから、かなり広域をカバーすることが出来ています。現在は周辺世界へのネットワーク構築にアレックスとランディが、現地にはギャレット達が向かっています」

 ヴォルケンリッターが日本語を話し、なおかつなのはを襲ったことを考えれば、やはりその主は海鳴市周辺か近県に潜んでいる可能性が高い。よもや、アメリカ在住ということはないだろう。

 闇の書を追うアースラスタッフの本部は時の庭園に置かれ、現在クロノがいるマンションはその牙城。ここから転送ポートで時の庭園へ飛び、そこから本局や周辺世界へと飛ぶことが可能となっているが、闇の書の主と最も近いであろう拠点がここなのである。

 本部としての機能は本来ならばアースラが担うべき役割ではあるが、整備中のため時の庭園が代行という形になっていた。


 「そう、ご依頼の武装局員一個中隊は、グレアム提督の口利きのおかげで指揮権をもらえたわよ。というか、もう少し融通を利かせなさいというところなんだけど、予算と責任の二つは人事部の最大の敵だから困るわ」


 「ははは……まあ、ありがとうございます、レティ提督」

 そのあたりはまだ、執務官であるクロノには何とも言えない話題である。武装局員の指揮権をもらった以上はその責任は艦長のリンディ・ハラオウンと現場指揮官であるクロノ・ハラオウンに帰結するが、予算に関しては前線組にはどうすることもできない。

 前線には前線の苦労があり、後方には後方の苦労がある。相互理解を深めながら支え合っていくのが最上であるのは分かっているが、なかなかそうはいかないものが人間社会というもの。


 「魔導師の被害が収まっているから、現状では派遣できる数は一個中隊が限界ね。被害が大きくなれば戦力も大量に投入できるというシステムは正直どうかと思うけど、それも、予算と人員が確保できればの話、地上部隊はもっと限られた条件でやっているんだから、贅沢は言えそうにないわ」


 「そうですね、限られた人員でやって見せます」


 「その意気よ、若者よ、大志を抱け」

 力強い言葉を残し、レティ・ロウランの通信が切れる。

 闇の書事件に限らず、エース級魔導師が必要とされる案件は、見込まれる被害の大きさによって派遣される部隊の規模が決定される。担当区域を定めて十分な戦力を常駐させることが出来れば、それに越したことはないが、そんな予算も人員もない。特に高ランク魔導師は数少ないのだから。

 そのため、本局や支局に集中させた戦力を、発生した事件に応じて各地に派遣するシステムを採用しているわけであるが、地上部隊は逆にそれぞれの担当区域が定まっており、戦力が十分とはいえないが、とりあえずの常駐体制は整っている。

 そのあたりの機構の違いも、本局と地上部隊の軋轢の要因の一つではあるのだろう。そのため、その橋渡し役である地上本部は、クラナガンの治安を維持する常駐部隊としての特性と、各世界の地上部隊の応援要請に応じて必要な戦力を派遣する中央組織としての特性の両方を備えている。

 そうした面では、10年後に発足される機動六課は“予想される事件に対して予めエース級魔導師を集結させた”という点で本局初の試みであり、まさしく“実験部隊”であった。逆に言えば、ようやくそれが可能となる程度には管理局の体制も整いだしたということなのだが。

 しかし、今はまだ新暦65年。闇の書事件のようなエース級魔導師が何人も必要となる案件に対しても、限られた人員であたらねばならず、増援が見込めるのは被害がさらに広がるか、闇の書が暴走状態に入った時。

 若き執務官の苦労は、当分尽きることはなさそうである。









 「おう、クロノ君、どう? そっちは」


 「武装局員の中隊を借りられた、捜査を手伝ってもらうよ」

 リビングにて、冷蔵庫からオレンジジュースを引っ張り出していたエイミィが声をかけ、クロノもスクリーンを起動させながら応える。


 「そっちは?」


 「よくないねー、昨夜もまたやられてる。まあ、魔導師の被害が出なかったのはいいことなんだけど……」

 エイミィがコンソールを操作しながら、昨夜の守護騎士の動きについて解説していく。


 「これまでより、遠くの世界で蒐集を行っているみたい。とは言ってもグレアム提督が張ってくれた封鎖線の内側ではあるから、そっちの方はまあいいんだけど、問題はこっちで」

 映し出された画面に、クロノの表情が強張る。


 「これが、ギャレットからの映像か?」


 「うん、ヴォルケンリッターのそっくりさん、というか、ほぼそのまま」


 「闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッター。彼らを倒したところで蓄えたページを消費することによって再生は可能だが、それだけでもないようだな」


 「ダミーなのは間違いないんだけど、トールの解析によるとこいつらも闇の書のページを消費して作られた存在だろうって」


 「厄介だな、通常の解析手段では見分けることは困難か、守護騎士とはいえ、戦闘状態じゃなければ魔力反応はそれほど大きいものじゃない、密度で見分けるのも厳しい」


 「というか、高魔力反応を撒き散らしながら蒐集するアホはいないもんね。可能な限り魔力は抑えて行動するはず」

 さらにエイミィがコンソールを操作し、時の庭園と通信が繋がる。


 「どう? トール、そっちは」


 【残念ながら、有益といえるものはありませんね。とりあえず二つほど本物と偽物の相違点を発見しましたが、どちらも状況によっては決め手とはなりえません】


 「君の手元にある情報は、ギャレットが得た偽物のデータと、昨日の魔法生物からの蒐集状況と、これまでの守護騎士に関するものだったな」


 【はい、守護騎士が蒐集を行った世界はまだ網が張られていませんでしたので、サーチャーによって蒐集が終わった後の様子を記録したものに過ぎません。偽物の方はギャレット捜査員のおかげで良いデータがあるのですが】


 「その中から君が発見した相違点とは?」


 【まず一つ目は、彼らの飛行速度です。先の戦いにおけるデータにおいては、守護騎士の飛行速度にそれほど差はありませんでしたが、盾の守護獣は若干ながら遅く、湖の騎士もまた然り。しかし、偽物の場合は四騎ともほぼ同一の速度で動いていました、恐らく、一人の操り手が四騎全てを操作していたのでしょう】


 「なるほど、それぞれが自律行動を取れるならば能力に応じた個体差が出て然り、特に後衛型の湖の騎士にはそれほど高速で移動する意味はないはずだ」


 【ええ、ですから湖の騎士シャマルが風のリングクラールヴィントによって四騎の偽りの騎士を操っていた、と考えられます。私が直接知ったデバイスは彼女のみですが、クラールヴィントはそのような機能に特化したデバイスです。ただし、今後もそれが共通する保証はありません】

 確かに、現段階では偽りの騎士達は同じ速度で動いていた。しかし、これはあくまで一度目に過ぎず、二度目以降は手法を変えてくる可能性も十分に考えられる。


 「個体ごとに飛行速度を変えながら四騎同時に操作することが可能か否か、そこがポイントか。まあ、操作性重視で数を減らしてくる可能性もあるが」


 「うーん、現代の魔導師なら予想もつくけど、古代ベルカ式の後方支援型と支援に特化したデバイスの組み合わせなんて、他に聞いたことないし」


 「聖王教会に二人ほど古代ベルカ式の使い手がいるのを知っているが、デバイスまでは知らないな。そもそも、支援に特化したアームドデバイスという存在があり得ない」


 【でしょうね、武器としての特性を突き詰めたデバイスこそがアームドデバイス、その定義に沿うならばバルディッシュの方がクラールヴィントよりも数段アームドデバイスと呼べるはず。しかし、彼女はアームドデバイスです、それは私が保証できます】

 デバイスを管制する機能を持った古いインテリジェントデバイスは語る。

 風のリングクラールヴィントは、アームドデバイスであったと。


 「まあ、そこは今議論しても仕方ないが、もう一つの相違点というのは?」


 【守護騎士の組み合わせです。偽りの騎士は鉄槌の騎士ヴィータと盾の守護獣ザフィーラ、剣の騎士シグナムと湖の騎士シャマルが二人一組で行動しておりましたが、これまでの状況から考えるに、前者の組み合わせはありましたが、後者の組み合わせは確認されておりません。いえ、それ以前に】


 「偽物を操作しているのが湖の騎士ならば、彼女が蒐集に現れるはずがない。少なくとも、湖の騎士が現れた場合、それは偽物である、ということになるな」


 【ですが、こちらも今後の展開次第なのです。偽物を三騎に抑えることで、飛行速度を調整できるだけの余裕が生まれる可能性もありますし、その先入観を逆手にとって湖の騎士自身が出てくることも考えられます。転送役である彼女とクラールヴィントが先に飛べば、仲間をすぐに呼び寄せることが出来、かつ、撤退もやりやすくなる】


 「先入観か、君は縁がない言葉じゃないか?」


 【そうですね、我々は確率モデルを構築し、それぞれに確率を振り分けますから、全ては“あり得る”こととなり、“そんな馬鹿な”という事態が起こるとすればただ一つ、モデルを構築する際の要素が不足していた。それしかありません】


 「つまり、これまで全く知られていない能力が出てきたら、貴方のモデルは再構築しなきゃいけなくなるから、それまでのものは全く使えないと」


 【ええ、そしてその瞬間から新たなモデルの構築を開始し、それのみにリソースを費やします。人間と違う点は、失敗を悔む時間をそのまま次の策の構築に回すことでしょうか】

 人間と異なり、機械は0と1の電気信号で動く。

 ならば、“切り替えの早さ”というもので人間が機械に敵う道理はない。文字通り、スイッチのように切り替えることが出来るのだから。


 【まあそういうわけで、現段階における私の結論は“データ不足”、これに尽きます】


 「なんともありがたい意見だが、逆に腹が据わっていいかもしれない」


 「だね、現段階で守護騎士を捕らえようとして無理した挙句に空振るよりは、地道に着実に積み重ねていった方が良さそう」


 【まずは、包囲網を完成させることですね。私とアスガルドとサーチャー、オートスフィアのネットワークも完璧ではありませんし、アースラのクルーが如何に優秀とはいえ、慣れない機材では本領を発揮できません。網が完成し、彼らが現在の指揮系統に完全に慣れた時にようやく、守護騎士捕縛計画を練る準備が整います】


 「“将を射んとするならばまず馬を射よ”、なのはの国の格言だったかな」


 「勉強熱心だねクロノ君」


 「いや、フェイトの勉強に付き合わされただけだよ」


 「いいお兄ちゃんしてるねえ」


 【いいお兄ちゃんですね】


 「君まで言うな、トール」

 若干赤面するクロノ、敏腕の執務官ではあるが、こういうことには免疫が薄い。


 「ともかく、当分は観測スタッフと捜査員達の出番で、なのはやフェイトの仕事が来るのはもうしばらく先だな、遭遇戦がない限りは」

 そして、何事も予想通りにはいかないこともクロノは熟知していた。いや、現実というものは周到に策を練れば練るほど、それを嘲笑うかのように予想外の展開を見せるものだ。

 だからこそ、いざという時に臨機応変の対応はかかせない。緊急時に普段通りのマニュアルでしか動けない者は二流止まり、そういう時に的確に動けるものを一流と呼び、普段のマニュアルすらこなせないものを三流と呼ぶ。

 そして、臨機応変に動くことも、普段のマニュアルを正確にこなせるからこそ可能となる。ギャレットが言ったように、根となって支える者達の支援があるからこそ、次元航行部隊やその切り札である執務官は動けるのだ。基礎があってこその応用であり、いきなり応用を成そうとして上手くいくはずもない。

 まあ、中にはそれを成せる怪物もいるが、それらは単なる“別枠”であり、“人間社会の歯車”を効率よく回す助けにはならない。むしろ、規格外の歯車が混ざれば、機構そのものを軋ませてしまう。“SSSランク越えの完全無欠の超人”など、人間社会にとって百害あって一利なし、神は信仰の対象であるからこそ意味があり、実在すれば魔王にしかなりえない。

 人の世界の機構である管理局の司令官であるリンディや指揮官であるクロノは、あくまで一般の局員を基準とした対応策を練らなくてはならない。なのはやフェイトのような強力な才能を前提とした策はマニュアル足りえず、一般の捜査員と一般の武装局員の力によって、守護騎士を捕捉するまでは成さねばならないのだ。



 ただし―――



 【遭遇戦の場合は、アースラが借り受けた武装局員一個中隊が強装結界でもって抑え、エース級魔導師を投入する。といったところでしょうか?】


 「そうするしかないだろうな、個人の能力に頼った作戦は褒められたものじゃないが、緊急時にはそれも必要だ。だが、あくまで本命は観測指定世界で守護騎士を待ち伏せし、こちらの有利な条件を整えた上でエース達が全力を出せる状況を作り出すこと」


 「なのはちゃんとフェイトちゃんの能力は戦闘に特化してるからねえ、まずは守護騎士達が逃げられない状況を作らないと、撤退させないようにしながら戦わなきゃいけなくなるし」


 【武装局員による強装結界だけでは足りませんね、それらはあくまで物理的な障害であり、力ずくでの突破が可能なもの。理想は、精神的な壁、力だけでは突破できない概念の檻こそが望ましい。守護騎士がプログラムに沿って動いているだけならば、それも容易なのですが】


 最初の戦闘における守護騎士の戦いはそれに近いものがあった。

 全員が姿を現すというリスクを負った以上は、戦果なしでは引き下がれない。そういった精神的な壁は純粋な力では打ち破りにくい、焦りはミスを生み、それが悪循環を作り出す。

 ただし、前回の戦いはなのはが潰されており、フェイト達も敵の正体が分からないまま交戦しているという不利な状況から始まったため条件はほぼ五分であった。しかし、双方が目的と能力を知っている状態で待ち伏せが出来れば、今度はこちらが有利となる。


 「守護騎士に別の目的があるとしたら、主が絡んでのことしか考えられないけど」


 「闇の書の蒐集を進める最終目標、それが鍵となるかもしれないな」


 【守護騎士は獲物を殺すつもりがない、さらに、その行動には制限がある。現在の情報だけでは何とも言えませんね、やはり、情報が不足しています。現状は、互いに腹を探り合う序盤戦、といった具合でしょうか】


 「じゃあ、ある程度蒐集が進んで、こっちの捕縛準備も整った段階が中盤戦かな?」


 「そして、闇の書が完成するか、僕達の罠が守護騎士を主ごと捕らえるか、どちらが勝つか瀬戸際の終盤戦、といったところか」


 【私とアスガルドが演算するシミュレーションならばそのように進むのですが、現実というものは未知のパラメータに満ちておりますから、その辺りは人間である貴方達にお任せするより他はありませんね、機械に出来ることは、人間の手伝いだけです】

 機械が物事を解決するなどあり得ない、古いデバイスはそう語る。

 彼はただ舞台を整えるのみ、望む結末があるのは人間だけであり、そもそも機械には望む結末がない。

 トールというデバイスはプレシア・テスタロッサが望む結末、“フェイト・テスタロッサが幸せになること”を実現するための舞台装置、それが、今の彼であり、これはもう二度と変わることはない。


 アースラと守護騎士の戦略の読み合いという、地味な戦いはなおも続く。












新歴65年 12月5日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 PM0:33





 「それじゃあ、はやてちゃんの病院の付き添い、お願いね、シグナム」


 今日ははやての診察の日であり、シグナムが付き添うこととなっている。


 今日は月曜日であり、本来ならば学校に通っている時間帯、その時間を病院へ行くことに充てなければならないというのが八神はやてという少女の現実であり、それはさらに悪くなっていく。


 「ああ、ヴィータとザフィーラは、もう?」


 「出かけたわ、前回の偽物も今日くらいまでなら保つと思うから」

 守護騎士達にはユニゾンデバイスと同等の“コア”があり、己の力のみで魔力を生成できる。

 しかし、1ページ分の魔力で作り出した偽りの騎士にはそれがない。込めた魔力は飛行魔法を行使すれば徐々に減っていく一方であり、シャマルが魔力を追加することは出来るが、消耗品であることに変わりはない。

 それはまさしく、現在彼女の膝の上にある物体のように。


 「カートリッジか」


 「ええ、昼間のうちに、作り置きしておかなくちゃ」


 「すまんな、お前に任せきりにして」


 「バックアップが私の役目よ、気にしないで」


 「………そうだな、我々にはそれぞれの役割がある。それを果たすだけだ」

 夜天の守護騎士には明確な役割分担が成されており、それは彼女らが人であった頃から変わらない。

 故に、彼女らが自らを恥じるとすれば、仲間に負担をかけることではなく、己の本分を果たせなかった時だろう。

 シグナムならば、敵をその剣、レヴァンティンでもって打ち破れなかった時であり。

 シャマルならば、仲間が傷付いているその時に、治療することが出来なかった場合。

 故に、湖の騎士シャマルにとって、カートリッジの生成や、探索役を引き受けることなど苦でも何でもない。

 自分の能力が必要とされる時に、何も出来ない以上に辛いことなどないのだから。








新歴65年 12月5日  第78観測指定世界  日本時間  PM5:16




 「はあっ、はあっ、はあっ」

 牙をと石柱の如き甲羅を備えた巨大な亀。

 そう表現すべき魔法生物を仕留めた少女は、砕いた甲羅上に立ち、息を荒げていた。

 そして、その体内から青緑色のリンカーコアが摘出され―――


 「闇の書、蒐集」

 『Sammlung. (蒐集)』

 呪われた闇の書、そう呼ばれるロストロギアへと飲み込まれ、白紙のページを満たしていく。


 「今ので、3ページか」


 「くっそ、でっけえ図体して、リンカーコアの質は低いんだよな。まあ、魔導師相手よりは気が楽だし、効率もいいけど」

 鉄槌の騎士ヴィータがそのように言うことそのものが、主はやてが我々に与えてくれた何よりの贈り物なのだろう、と、盾の守護獣ザフィーラは思う。

 彼女の役割は、先陣を切って突撃し、敵を粉砕すること、ならば、相手が何者であろうとも容赦などしない。魔導師を相手にするよりも気楽であるということは、今のヴィータはかつてのヴィータとは違うということだ。

 だがそれは、長い夜の中で彷徨い、心ない主の下でただひたすらに殺戮と蒐集を行っていた頃のヴィータと比較してか。


 あるいは――――


 「次行くよ、ザフィーラ」


 「ヴィータ、休まなくていいのか?」


 「平気だよ、あたしだって騎士だ。この程度の戦闘で疲れるほど、柔じゃないよ」

 古の、ベルカの騎士としての彼女と比較してのものなのか。


 「………」

 それは、ザフィーラにも分からない、そも、彼の持つ記憶も朧気であり、完全に失われている記憶も多い。

 故に、それを知るとすれば、ただ一つだけだろう。


 「行くよ、アイゼン」

 『Jawohl. Mein Herr.(了解、我が主)』


 カートリッジの補給を済ませ、己の魂へと語りかける少女へ、鉄の伯爵グラーフアイゼンは応える。

 貴女こそ、我が主であると。

 我が存在の全ては、貴女のためにあると。

 この身が幾度砕けようと、貴女の魂で在り続けると。


 かつて盾の騎士の魂であった鉄の伯爵は――――確かに応えていた。





=================

 故に獣殿やサタナイルは人間組織を破壊してしまうんですよね、それがモデルのサルバーンも同じ要素を持っていたりしますが。




[26842] 第十三話 それ行け、スーパー銭湯
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/03/31 15:00
第十三話   それ行け、スーパー銭湯




新歴65年 12月6日  第97管理外世界  海鳴市  PM3:33




 「うわあ、でっけえ車」


 「ほんまや、キャデラックのリムジンやね」


 「キャベジンの、リラックス?」


 「ふふ、まあそんな感じや、おっ、信号青や、ヴィータ」


 「オッケー、はやて―――発進!」


 「レッツゴー!」

 笑い合いながら横断歩道渡る二人の少女、9歳程度と見られる黒髪の子は車椅子に乗り、それより僅かに幼く見える赤髪の子が車椅子を押している。

 外見から考えれば、いくら9歳程度の小柄な少女とは言え、人を乗せた車椅子を押すのは8歳の少女には厳しいように感じられるが、ベルカの騎士たる彼女にとってはまさに造作もないことであった。


 「おーい、早くしろよー!」

 「うっせーよー」

 「お前が速いんだって」

 すれ違うように、小学生程度の男の子達が元気に駆けていく。


 「はあ~、そういや下校時間だったんだな、道理でうっせえと思った」


 「皆元気でいいことや」

 この辺りの発言は年相応どころではなく、はやての精神年齢の高さが伺える。


 「あの白い制服って、あれだよね、えっと………はやてに写真見せてもらったあの子の」


 「そうやね、すずかちゃんの学校の制服や、ヴィータ、学校に興味あるか?」


 「え? い、いや、別にんなことはないけど」


 「ヴィータは………一年生くらいかな? 制服着たら、かわいいやろなあ」

 後にヴィータが着ることになるのは学校ではなく、管理局の制服となるが、それは先の話である。


 「う……かわいいのは……苦手だな、あっ、シグナムだ」


 「ほんまや、シグナムー!」




■■■




 「シグナム、買い物カート持ってきてくれておおきにな」


 「いえ、シャマルの指示ですから」


 「帰りに買い物してくんだよね、はやて、アイス買っていーい?」


 「いいけど、Lサイズはあかんで、ヴィータがまた食べ過ぎて、お腹痛くしたらあかんしな」


 「うう………人の過去の傷跡を……」

 多少へこむヴィータ、アイスの食い過ぎでお腹を壊したという過去は、彼女にとって黒歴史でしかなかった。


 「そういえば、先ほどは何かお話の途中ではありませんでしたか?」


 「ん、ああ、学校の話やったね」


 「ああ、別に何でもない話だったけどさ」


 「学校ですか………石田先生がおっしゃってましたね、貴女の足がもう少しよくなれば、きっと復学も出来ると」


 「ふふ、石田先生らしい励ましやなあ………わたしは別に、学校に行っても行かんでも」


 「そうなの?」


 「わたしが家におらんかったら、皆のお世話が出来んやんか」


 「すいません……お世話になっております」


 「感謝してます……」


 「ふふふ、闇の書と守護騎士ヴォルケンリッターの主として、当然の務めや」


 何気に家事のスキルが低いことを気にしている二人、人間であった頃から騎士であった彼女らにとって、家事とは自分でやることではなかった。彼女らの役割は別にあり、そも、家事が出来る騎士など存在する時代ではなかったから。

 そして、今は空いている時間のほとんどを蒐集に費やしているため、家事を引き受ける余裕もない。そして何よりも、はやて自身が家事を引き受けたいと思っていることが最大の理由であった。

 これまで、ただ一人きりで生きていた八神はやてという少女にとって、自分が生きている意味というものは希薄であった。仮に、“危険なロストロギアを貴女ごと凍結封印する”と言われても、それならそれで構わない、誰かに迷惑をかけながら生き続けるよりはいいと思っていただろう、自分がいなくなったところで悲しむ人などいないのだから。

 しかし、今の彼女はそうではない。八神はやては闇の書の主であり、守護騎士達の衣食住の面倒を見なければならない。それは、彼女が生まれて初めて見出した“生きる意味”であり、四人の家族を得て、八神はやてという少女の人生というものが本当の意味でスタートした。そのように、彼女自身が思っている。

 だから、彼女は今幸せなのだ。例え学校に行けずとも、家族と共にいられるのであればそれだけで十分、逆に、健康な身体になったところで、シグナムも、ヴィータも、シャマルも、ザフィーラもいないのであれば、そんなものに意味はない。それならば、不自由なままの方がずっといい。

 そう願うからこそ、彼女が蒐集を命じることはなく、そのような主であるからこそ、ヴォルケンリッター達は誓いを破ることになろうとも、自分達が消滅することになろうとも、彼女を救いたいと願う。

 最適解は“健康になった八神はやてが家族と幸せに過ごす”のただ一つであるというのに、近似解になったとたんに別々のものとなってしまう。それが、人の世の覆せぬ法則であり、それを知る古い機械仕掛けと、その相棒の巨大オートマトンは最適解を導き出すための演算を既に開始している。


 クラールヴィントとの接触によってもたらされた僅かな情報は、大数式を回す要素となっていた。







新歴65年 12月6日  第97管理外世界  海鳴市  八神家  PM4:04



 「お帰りなさい、はやてちゃん」


 「ただいま、シャマル」


 「買い物、はいよー」


 「ありがとう、ヴィータちゃん」

 ヴィータから買い物袋を受け取るシャマル。全くの余談だが、家庭用レジ袋はまだ普及していないようである。


 「主はやて、失礼します」


 「うん」


 「よっ、と」

 車椅子からはやてを抱え上げるシグナム、彼女がやると自然と絵になるのが不思議であった。


 「やっぱり、シグナムの抱っこはええ感じやなあ」


 「そうですか」


 「はやてちゃん! 私の抱っこは……駄目なんですか………」


 「甘いでシャマル、シャマルの抱っこは、素敵な感じや」


 「わあい!」


 「どっちが上なの?」


 「さあて、どっちやろな」


 「行先は、リビングでよろしいですか?」


 「よろしいよ」

 仲の良い家族。

 その光景を表現するのに相応しい言葉は、それ以外になかった。


 「さて、ヴィータちゃん、車椅子のタイヤ、拭いてきてくれる?」


 「あいよー」


 「ヴィータ、おおきにな」


 「すぐ綺麗にしてもってくるかんね」

 ヴィータが玄関に向かい、シャマルは買い物袋から中身を取り出しテーブルに並べていく。


 「ちくわに大根、昆布にさつま揚げ……今夜はおでんですか?」


 「当たり、じっくり煮込んでおいしく作るから、楽しみにしててな」


 「はい」









新歴65年 12月6日  第97管理外世界  海鳴市  ハラオウン家  PM4:27



 「ただいまー」


 「お邪魔しまーす、あれ? 今日はエイミィさん達いないの?」

 すずかやアリサと別れ、帰宅したフェイトと一緒にやってきたなのは。

 しかし、闇の書事件の前線基地でもあるハラオウン家には現在誰もいなかった。本部である時の庭園に管制機がいる以上、通信や指示を出す面で特に問題はないが。


 「うん、リンディ提督とクロノは本局で、エイミィはアレックス達のところに行くって」


 「そっか、ユーノ君とアルフさんもお手伝いに回ってるから、わたし達だけなんだ。出来ることがないのって、結構寂しいね」

 二人の役割はヴォルケンリッターに対する主戦力、ぶっちゃけ、捕捉するまではやることがなく、捜査組を手伝える技能もなかった。


 「なのはもまだ本調子じゃないし、無理しちゃだめだよ。その間は、わたしがなのはを守るから」


 「うん、ありがとう、フェイトちゃん」


 「もちろん、本調子になってからもだよ?」


 「にゃはは、言われなくても、分かってるよ」

 とはいえ、フェイトの能力は壁役には向かないため、二人で組んで敵を殲滅するという表現が妥当だが、それは言わぬが華であろうか。


 「はぁ~、でも、やっぱり早く万全にしたいなあ、レイジングハートと一緒に考えた新魔法、もう少しで完成だったから」


 「そうなの?」


 「うん、レイジングハートも色々考えてくれるから、頑張らないと、って」


 「いいね、レイジングハートは世話焼きさんで、―――バルディッシュは無口な子だから……なのに無理するし、大丈夫?って聞いても、Yes sir. ばっかりだし」


 「あはは、バルディッシュはそうだよね。でも、トールさんみたいになったらそれもそれで……」


 「ええと………あまり考えたくないね」


 見事に意見が一致した二人であった。








新歴65年 12月5日  第97管理外世界  海鳴市  ハラオウン家  PM5:03




 「お風呂かげん良し、っと」

 なのはと軽い訓練を終えたフェイトは、浴槽になったお湯の温度を確かめ、リビングへ向かう。

 ビルの屋上での訓練であり、結界担当のユーノやアルフもいないので高速で摩天楼を飛び回るような真似はしなかったが、それでもある程度は汗をかいているので風呂に入りたくもなる。


 「なのは、お風呂、お先にどうぞ」


 「そんな、フェイトちゃんのお家なんだから、フェイトちゃんお先に」


 「ああ………ええと、うん……いえいえ」


 「どうかしたの…………ひょっとして………心の準備が出来てない?」


 「! な、何のことなのは、お風呂に入るのに、心の準備なんて必要なわけないないないな」

 明らかに混乱しており、後半は言葉になっていない。

 フェイトとしてはなのはと一緒に入りたいのだが、自分から普通に切り出せる性格ではないことを時の庭園の管制機は知っていたため、“なのはと一緒に入りたい”というフェイトの願いを叶えるべく策謀を巡らしていた。

 その一環として、なのはは自動洗浄マシーンの餌食となり、フェイトも先日餌食となった(なのはの尊い犠牲のおかげで改良されていたので、なのはよりソフトではあったが)。二人が共に一人で入ることが苦手となったならば、最適な結論はただ一つ。

 だが、それでも中々言い出せなかったフェイトではあるが、感受性というか、そういう面での勘が鋭いなのはは、フェイトも自分と同じ体験をしたのだと察した。彼女がフェイトに先に入るように勧めたのも、心の準備をするためであったりもしたが、そこは割愛。


 「だったら、フェイトちゃん、一緒に入ろう」


 「え? い、いいの」


 「実は……わたしもトールさんの洗浄マシーンに……」


 「そうなんだ………」

 そして明かされる真実、幼い二人では腹黒デバイスの真の目的までは察しえなかったが、苦楽を共にしたという認識は彼女らの友情をさらに堅固なものとしていた。そして、同時に誓った、いつかあのデバイスをギャフンと言わせて見せると。

 まあ、管制機が“最終兵器”を開発中であると聞いた瞬間に、その誓いは次元の彼方へ消し飛ぶこととなるが、それはまた別の話。


 「たっだいまー」

 そこに、エイミィが帰還。


 「おう、なのはちゃん、いらっしゃい」


 「お邪魔してまーす」


 「おや? 二人ともお風呂場前でその格好ということは、お風呂はまだ?」


 「はい、フェイトちゃんと一緒に入ろうって」


 「そいつはグッドタイミング」


 「ふぇ?」

 その瞬間、インターホンの音が響き渡る。


 「こっちも、グッドタイミング」


 「こんにちはー、お邪魔しまーす!」


 「お姉ちゃん?」


 「美由希さん?」

 驚愕は幼い二人のもの、彼女らの持つ人間関係の情報からでは、美由希がここにいる理由が導けなかった。


 「いらっしゃい、美由希ちゃん」


 「エイミィ、お邪魔するよ」


 「エイミィさんと、お姉ちゃん、いつの間に仲良しに?」


 「いやほら、下の子同士が仲良しなら、上の子もねえ」


 「意気投合したのは、今日なんだけどね」


 「うえええ」

 なのはとフェイトが長い時間をかけ、何度も戦い親友になったのに比べると、電撃的としか言いようのない二人。高町美由希とエイミィ・リミエッタ、やはりただ者ではない。

 とはいえ、リンディ・ハラオウンとプレシア・テスタロッサも同じようなものであり、親友になるのに時間は関係ないということだろうか。それとも、なのはとフェイトが不器用過ぎるだけなのかもしれない。


 「それで、ほらこれ、美由希ちゃんが教えてくれたの」


 「海鳴スパラクーア、新装オープン?」

 このような成り行きによって、なのはとフェイトがアリサとすずかを誘い、6人でスーパー銭湯へと出かけることとなった。











新歴65年 12月6日  第97管理外世界  海鳴市  八神家  キッチン・リビング PM5:05



 「うん、仕込みはオッケー」


 「はあ~、いい匂い、はやてぇ、お腹減ったあ~」


 「まだまだや、このまま置いておいて、お風呂入って出てきた頃が食べ頃や」


 「ううう………待ち遠しい」


 「それまでは、これでつないでおいてね、ヴィータちゃん、シグナム」


 「これは?」


 「私が作った和え物よ、わかめと蛸の胡麻酢和え♪」

 だがしかし、シャマルの味覚はやはりまともではない。


 「ふむ………ヴィータ、覚悟を決めろ、それが友としての礼儀、騎士としての情けだ」


 「分かってら、例えどのような困難があろうとも、全部食うと誓ったからな」


 「はあ~、酷い」


 「シャマルの料理も大分上達しとるし、平気やよ、さっきわたしが味見したし」


 「なら安心です」


 「いただきまーす♪」


 「ねえ、ザフィーラ、うちのリーダーとアタッカーは酷いと思わない?」


 【聞かれても、困る】

 盾の守護獣の返答はつれないものであった。


 「ザフィーラまで………酷い」


 「シャマル、ザフィーラ困っとるやん、あまり落ち込んだらあかんよ」


 「へぇ? はやて、今の思念通話受けてないよね?」


 「へ、思念通話してたん?」


 「失礼しました。お耳に入れることではないと思いました故」


 「ええよ別に、ザフィーラ滅多にしゃべらんから、声を聞けると嬉しいよ」


 「はやて、問題! 今のはやての言葉を受けて、ザフィーラはどんなことを考えてるか!」

 はやての言葉からほとんど間をおかず、ヴィータがはやてに問いかける。


 「うーん………そやなあ……“お言葉はありがたいですが、無暗に言葉を発しないのは我が主義です故”とか?」


 「どう?」

 解答を求めるのはシャマル、彼女も興味がある模様。


 「寸分違わずに」


 「凄い凄い! どうして分かるの!」


 「もう半年も一緒にいるんやで、そのくらい分かるって」


 「素晴らしいことです」


 「理解あふれる主をもって、幸せですね、私達――――――さて、そろそろお風呂もいい頃かしら」

 しかし、ただ一つ、異なっている部分があった。

 “お言葉はありがたいですが、無暗に言葉を発しないのは我が種族の主義です故”

 それが、盾の守護獣が考えた事柄であり、他ならぬ彼自身がそれに疑問を抱いていた。


 ≪ほぼ無意識であった、我が種族…………果たして我は、何者であったのだろうか≫

 盾の守護獣ザフィーラ、それが己であることは間違いない。

 しかし、守護獣である以上は必ず元となった動物がおり、誰かの守護獣であったはず。

 だが、それが何であったか、彼自身にすら忘却の彼方にある。

 いや、それは本当に忘れているのか? 思い出そうとすると何かが妨害しているのか?


 「きゃあああああああああああああああああああああ!!!」

 その思考は、唐突に響いた悲鳴によって中断することを余儀なくされた。


 「シャマル!」

 「どうした!」

 「どないしたん!」

 シグナム、ヴィータ、はやての三人も悲鳴を聞き、何事かと浴室を見やる。


 「ごめんなさい! お風呂の温度設定間違えてて、冷たいお水が湯船いっぱいに~~」


 「ええええええぇぇぇ」


 「沸かしなおしか」


 「せやけど、このお風呂の追い焚き、時間かかるからなあ」


 「シャマル、しっかりしてくれ」


 「ごめんなさいぃ」

 うっかりスキルは人間の騎士であった頃から変わらぬシャマルの特徴であった。まあ、医者として働く時に発動しないのが救いというべきか。


 「シグナムさあ、レヴァンティンを燃やして水に突っ込めばすぐ湧くんじゃね「断る」……即答かよ」

 提案したヴィータの言葉が終らぬうちに成された瞬時の否定。


 「うむむむ、闇の書の主らしく、私が魔法で何とか出来たらええねんやけど」


 「いえそんな、やはりここは責任を持って、私が何とか」


 「炎熱系ならば私だが、微妙な加減は難しいな」


 「火事とか起こしたら、シャレになんねえぞ」

 こんなことで魔力を使い、闇の書の主の場所が知られたとすれば、末代までの恥となるだろう。


 「てゆうかええって、こんなしょうもないことで魔力を使ってたらあかんわ」

 そして、主の英断により、末代までの恥を実現する危険は回避された。






■■■



 「海鳴スパラクーア、新装オープン、さらに三名様以上で割引や。これはもう、行っとけいう天のお導きやろ」


 一週間分のチラシから、以前見ていたスーパー銭湯のものを見つけ出したはやて、その辺りは主婦さながらである。


 「行ってみたい人!」

 「「 はぁーい! 」」

 返事をしたのはヴィータとシャマルの二人。


 「我が家で一番のお風呂好きさんが、なんや反応鈍いで」


 「ああ………いえ……」


 【シグナムはまた、身内の失敗を主に補ってもらうのは良くないとか考えてるか?】


 【え……、はい】

 その時、はやてからシグナムへ届いたのは思念通話。ただし、シャマルとヴィータに対しては、


 「シグナムは、人前で裸になるのが恥ずかしいんとちゃうか?」


 「はは、きっとそーだな」

 通常の会話を続けながらであり、魔法が何も使えない現状であっても、誰に習うまでもなくマルチタスクを自然と可能としていた。

 これこそ、SSランクという稀代の魔力を秘め、膨大な術式が収められた夜天の魔導書の使い手にして主、八神はやての才能の片鱗。彼女は並列処理は苦手というが、それはあまりにも巨大な魔力と衝突するからであり、マルチタスクそのものが苦手なわけではなく、むしろ並みの魔導師を遥かに凌駕している。


 【何度目かの注意になるけど、シグナムはごっつ真面目さんで、それは皆のリーダーとしてええことやねんけど、あんまり真面目すぎるんは良くないよ】


 【すみません】


 【わたしがええ言うたらええねん、皆の笑顔が、わたしは一番嬉しいんやから】


 【はい、申し訳ありません】


 【申し訳んでええから、わたしを主と思ってくれるなら、わたしを信じてな】


 【信じております】

 遥か過去の白の国の近衛騎士隊長、烈火の将シグナムであれば、常に気を張り真面目であるのは当然のこと。主君の身を守護する騎士の長であるからには、いついかなる時も気を緩めることはなく、それが、人間であった頃の彼女の在り方。

 しかし、今は八神はやてという少女に仕える騎士であり、時代が変わり、文化も異なるのであれば、騎士の在り方とて不変のものではない。それを、シグナムはこの幼き主より学んだ。

 中世ベルカの白の国に生きた烈火の将と、現代の日本で生まれ育った少女に仕える闇の書の守護騎士は、元は同じであってもやはり異なる存在。外見や性格、能力はそのままであっても、騎士の根源である“騎士道”が違うのだ。

 ただし、かつての騎士道が完全に失われたわけではない。管理局を相手にする場合ならば彼女は不刹の誓いを守り通すだろうが、八神はやてを殺そうと襲い来る敵や、存在そのものが害となる“異物”に対してならばその限りではない。

 それが、ヴォルケンリッター。ほとんど同じであっても、根源的な部分で彼女ら騎士は魔導師とは異なるのである。


 「でも、色々あって、なんだか楽しそうですね」


 「ほんとだ」


 「ねっ、だから、シグナムも行こ」


 「分かりました。それでは、お言葉に甘えて」

 そして、シグナムもスーパー銭湯へ出かけることを了承する。


 「ザフィーラも行こか、人間形態になって、普通の服着てったらええんやし」


 「お誘い真にありがたいのですが、私は留守を預からせていただきたく」


 「そうなんか?」


 「夕餉の見張りもございます故」


 「そっか……まあ、皆で行ってもザフィーラは男湯で一人になってしまうし、ほんならごめんな、ザフィーラは、留守番いうことで」


 「御意に」

 彼だけは、残ることがこうして決定し。


 「ほんなら皆、着替えとタオルを持って、お出かけの準備や!」

 「おーう!」

 「はーい!」


 「シャマル、私の分も頼む」


 「はーい、任せて」

 はやて、ヴィータ、シャマルの三人は銭湯へ行く準備のためにリビングから離れ、シグナムとザフィーラのみが残る。


 「……主に窘められたか」


 「ああ……だが、なぜだろうな、恥じいる気持ちはあるのだが、不思議と心が温かい」


 「真の主従の絆とは………そういうものなのだろうな」


 「絆か………そうなのかな」

 闇の書の守護騎士として、長く彷徨ってきた彼女には不安がある。果たして、自分達は主にとって良き臣下であれているのか。

 長い夜の間に、臣下として在るべき姿をも、自分達は失ってしまったように思える。それがこうして、原初の自分達のように在れるのも、光を与えてくれた今の主があればこそ。

 その主への誓いを破り、主に黙したまま蒐集を続ける自分達は、果たして騎士足りえるのか―――


 「不安もあるだろうが、心身の休息も、戦いのうちだ。今は、主と共にゆっくりと寛いでくるのがよかろう」


 「うん………お前も時間があれば眠っておくといい、今夜も蒐集は深夜からだ」


 「心得ている」

 ザフィーラは狼の姿のまま、静かに頷く。


 「シグナムー、準備で来たわよー」


 「ああ、いま行く、それではザフィーラ、留守を任せた」


 「承知」

 主と騎士達を見送り、盾の守護獣はただ一人となったリビングにおいて、静かに目を閉じ、懐古する。


 ≪剣の騎士シグナム、湖の騎士シャマル、鉄槌の騎士ヴィータ、そして我、盾の守護獣ザフィーラ≫

 闇の書の守護騎士は四人、そしてもう一人、管制人格たる彼女が存在する。


 ≪闇の書の、守護騎士………≫

 闇の書の守護騎士は四人、それは揺るぎなき事実。

 だが、自分達に闇の書の守護騎士と呼ばれる前の姿があるならば、その時は果たして。


 ≪少なくとも、守護獣である我には元となった存在がある。だが、なぜそれが思い出せん≫

 何かがおかしい、それは、守護騎士の全員がどこかで思っていること。

 しかし、何がおかしいのかが分からない。それはまさしく、ウィルスに侵されたプログラムはそれ自身では異常があることが分からず、ウィルス探知のソフトウェアが別に必要となるように。

 守護騎士プログラム自身には、何かがおかしいことまでは気付けても、何がおかしいのか知ることは出来ない。それが、闇の書の守護騎士である彼らの限界。


 だから―――


 ≪グラーフアイゼン、クラールヴィント、レヴァンティン、お前達は、何かを知っているのか?≫


 先日の蒐集の際、鉄の伯爵グラーフアイゼンが主であるヴィータに言葉を返した時、自分は確かに何かを想った。

 それは、懐古の念であったか、それとも―――

 騎士の魂たちが何を告げても、防衛プログラム、いや、暴走プログラムが上位にある以上、守護騎士への情報は検閲され、残るものはない。

 しかし、それは失われてはいない。騎士の魂は、確かに受け継がれている。



 静かに身を横たえ、身体を休めながらも、盾の守護獣ザフィーラは過去の情景へと想いを馳せていた。





[26842] 第十四話 銭湯と戦闘
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/04/01 22:36
十四話   銭湯と戦闘




新歴65年 12月6日  第87観測指定世界  (日本時間)  PM5:38





 「ギャレットさん、結界の敷設、完了しました。次は?」


 「とりあえずそんだけありゃあ充分だ、ここは………オートスフィアはほぼ無理だな、設置しても多分壊される。魔力が弱いタイプのサーチャーでいくしかないな」


 「手伝いますよ」


 「わりいな、頼むわ」


 「いいえ」

 観測スタッフのリーダーであるギャレット、民間協力者であるユーノ・スクライア。

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターを捕捉するための網の構築のために二人は大型の魔法生物が多数生息する世界を巡り、サーチャーやオートスフィアの敷設を行っていた。


 「しかし、君は凄いな、これだけの結界を1分もかからず張っちまうとは、結界魔導師としてならAAAランク、いや、下手すりゃAAA+ランクに達してるんじゃないか?」


 「これしか取りえがないですから、ジュエルシードの時も、ほとんどなのはに頼りきりで」

 リンカーコアを有する魔法生物も多種多様であり、その危険度もかなりバラつきがある。ギャレットのようなEランク程度の魔導師でも性質を知っていれば特に問題はない場合もあれば、AAランク以上でなければ遭遇を避けるべきという強力な個体もいる。

 観測スタッフ達は様々な観測指定世界や無人世界へ飛び、現地の自然保護部隊の隊員達と連携しながら包囲網の構築に勤めているが、中には自然保護部隊ですら駐留していない世界もあり、そういったところほどヴォルケンリッターが出現する可能性も高いといえた。

 かといって、ギャレット一人では巨大魔法生物に襲われた場合の対処がほぼ不可能であるため、今回はユーノ・スクライアがサポート役として随伴していた。また、彼は結界敷設や探知魔法を得意としており、このような調査に関してならば、ある意味で専門とも言える。


 「そう自分を卑下するもんじゃないぞ、君だって頑張ってる、というか、君は学校には通ってないんだっけか」


 「スクライアの皆と一緒に発掘の手伝いをやってました。ジュエルシードは僕が初めて発掘を任された品だったんですけど、あんなことになっちゃって」


 「9歳でロストロギアの発掘を任されたのか、スクライアは管理局以上のスパルタというかなんというか、うちのハラオウン執務官ですら、ロストロギアを相手にしたのは11歳の時のはずだぞ、まあ、こっちは“関わった”じゃなくて、その事件に関連した人々の“人生の責任を負った”だから単純な比較は出来ないが」


 「凄いですよね、クロノは。まあ、たまに“フェレットもどき”なんて言われてからかわれますけど、それさえなければとてもいい奴ですし」


 「あ~、あれな、実を言うと、あの人がああいう風に軽口を言うことってほとんどなかったんだ。唯一リミエッタ管制主任だけは違ったけど、母親である艦長にすら任務中は敬語をしっかりと使う人だからな、何気に、同年代の同性の友人なんてほとんどいないし――――ああ、一人くらいいたっけかな」

 ギャレットが言った少年とはヴェロッサ・アコースという名を持っているが、ユーノ・スクライアと同様、年代に見合わない明晰な頭脳と、ある種の“達観”を持っている。これは、人の思考を読み取るという彼の固有技能に起因するものであろうが。


 「クロノも、結構無理しますからね。でも、無理に成り過ぎないようにしてる部分がなのはやフェイトとは違うように思いますけど」


 「本人曰く、自分の失敗談に基づくもの、だそうだが、どうなんだかね」


 「その辺はよく分からないですね」

 話しながらも淀みなく手が動いていく二人、5年以上管理局員として働いているギャレットはともかく、ユーノのマルチタスク技能はどうなっているのか。


 「うしっ、ここはこんなもんか」


 「次ですね、えーと……………北西方向、距離400キロ」


 「一発で跳べるか?」


 「ええ、この世界はあまり高い山とかはないそうですけど、一応上空に跳びますね」

 転送魔法はユーノ・スクライアの十八番。

 ギャレットの飛行魔法では尋常どころではない時間がかかってしまう距離も、ユーノの転送魔法があれば一瞬で辿りつくことが出来る。


 「おっしゃ、頼む」


 「ええ、しっかりつかまっていてください」

 ミッド式の円形の転送魔法陣が展開し、彼ら二人の身体を包み込む。

 そして、空間の関係を騙し切り、三次元における物理法則を嘲笑う方程式の力により、彼らは数百キロ離れた地点の上空へ移動する。


 「しっかし、こんだけの広範囲に渡って蒐集を行うたあ、敵ながら守護騎士ってのは働きもんだよなあ」


 「そうですね、その上戦闘能力も高く、何よりも戦略が凄い」


 「だな、例のダミーを見破る手はまだねえし、さらにまた何か仕掛けてくるか分かりゃしねえ」


 「彼らの本拠地がどこかはまだ分かりませんけど、今も休まず、蒐集の方策を練っているかもしれませんし、ひょっとしたらどこかで蒐集を行っているかも」


 「トールさんのように、かね。守護騎士がプログラム体ってんなら、それこそ休まず動き続けてるのかもな」



■■■

同刻  海鳴スパラクーア



 「ちょっと、すみません」


 「脱衣所は………ここかぁ」


 「おおっ」


 「広い………綺麗やねー」

 現在、スーパー銭湯、海鳴スパラクーアにいる八神家女性陣、ザフィーラを除いて全員やってきました。


 「車椅子でもスムーズに入ってこられたな」


 「段差が全部スロープになってるのね、車椅子の置場もあるって……あ、あそこだわ」


 「ナイスバリアフリーや、流石新装開店」


 「えっと、ロッカーは……」


 「私とはやてちゃんはそっちで、シグナムとヴィータちゃんはそっちね」


 「ああ」

 二組に分かれる八神家、流石に4人かたまっていては狭い。


 「ふひひ、早く入ろー」


 「こら、家じゃないんだぞ、あまり脱ぎ散らかすな」


 「きちんと片づけるだからいいじゃんよー」


 「公共の場でのマナーを言っている」

 やや強い口調で言うシグナム、彼女はその辺りのマナーには厳しい。


 「はあ、ったく一々うるせーなー、うちのリーダーはよー」


 「それ以前の人としての心構えだ。それにお前は、普段から少々だらしないところがある」


 「ああもう、ちくちくうるせーなー!」


 「ちくちく言われるようなことをしなければいいだろう」

 徐々にヒートアップしていく二人、シグナムが言ったように、ここは公共の場である。


 「へっ、ちょっとおっぱいが大きいからっていい気になるなよ!」


 「な、なんだそれは! なぜそんな話が出てくる!」


 「無暗に胸にばっか栄養やってっから、そうやって心の余裕がなくなるつってんだよ、このおっぱい魔人!」


 「おっぱ―――貴様! そこに直れ! レヴァンティンの錆にしてくれる!」


 「あーん! そっちこそ、グラーフアイゼンの頑固な汚れになりてーか!」


 「「 ぬぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……!! 」」

 それぞれに待機状態のデバイスを持ちだし、臨戦態勢に入る二人。


■■■

同刻 八神家


 ≪グラーフアイゼン、クラールヴィント、レヴァンティン、お前達は、何かを知っているのか?≫


 深く瞑想し、常に自分達と共にあった彼らを想いながら―――


 ≪騎士の魂であり、誇りであるお前達ならば――――我等が忘れてしまった何かを、覚えているのだろうか≫


 静かに身を横たえ、身体を休めながらも、盾の守護獣ザフィーラは過去の情景へと想いを馳せていた。


■■■

同刻 海鳴スパラクーア


 「あー、これこれ、喧嘩しないの。喧嘩する子には、夕食後のデザートが出えへんよー」


 「だってはやて、このおっぱい魔人が!」


 「誰がおっぱい魔人か! 誰が!」


 「シグナム、貴女そんな恰好で大きな声を出さないの……! 恥ずかしいから……!」

 繰り返すようだが、ここは公共の場である。このような大声で言い合っていては注目されない方がどうかしている。

 そして―――


 『………』

 『………』

 鉄の伯爵グラーフアイゼンと、炎の魔剣レヴァンティンは、出来ることなら盾の守護獣と共に留守を守っていたかったと本気で考えていた。

 守護騎士の名誉のため、風のリングクラールヴィントが何を想ったかについては触れないでおこう。








新歴65年 12月6日  第84無人世界  (日本時間)  PM6:57




 【聞こえるか、返答しろ】


 砂漠の世界


 一言でそう表現できる、無限に砂地のみが続く一面の砂漠。

 しかし、そこにも生命は存在しており、特に、通常の進化の形からは異なる道を歩んだ魔法生物こそがこの世界における支配者となる。

 そして、その支配者として君臨する“砂蟲竜”と呼ばれる魔法生物は非常に好戦的であり、獲物を見れば即座に襲いかかる性質を持っている。そのため、自然保護部隊もこの世界には派遣されることはなく、それ故に無人世界であった。


 【な、なんとか無事です……】


 【そうか、後20秒待っていろ、すぐいく】

 だが、管理局が保有していた“砂蟲竜”に関するデータは万全ではなかったといえる。この世界固有の生物であり、本格的な調査が成されることもする必要もなかった以上は仕方ないが、その不備が観測スタッフの危機を呼ぶ引き金となった。

 一応彼らは“砂蟲竜”が苦手とする匂いを発する機能を備えた専用の防護服を纏い、彼らの動きを探れるようにレーダーなども用意した上でこの世界の調査に臨んだが、砂の中を走る彼らの速度は地表のそれの比ではなく、レーダーが迫りくる影を感知した時には既に手遅れとなっていた。

 そうして、観測スタッフ二名が触手によって捕縛されてしまったが、調査スタッフは彼らのみではなく、随伴していたオートスフィアや機械類はまさしくマイクロ秒の間も置かずに時の庭園へ救難信号を飛ばした。


 「ストラグルバインド!」

 観測スタッフにとって幸運であったのは、クロノ・ハラオウン執務官が本局から闇の書事件対策本部である時の庭園にちょうど帰還していたことだろう。彼は管制機トールから連絡を受けると同時に転送ポートへ飛び乗り、第84無人世界へと跳んだ。


 「AAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 そして、オートスフィアからの信号の発信源へ到着し、巨大魔法生物“砂蟲竜”をバインドによって捕縛し、宣言通り20秒で観測スタッフを救出した。


 「無事か?」


 「あ、ありがとうございます。防護服のおかげで、なんとか……っつ」


 「どうやら、怪我もなくというわけではないようだな。―――妙なる響き、癒しの光となれ……」

 ストレージデバイス、S2Uがミッドチルダ式の円形陣を紡ぎ、水色の魔力光が負傷したスタッフの身体を包み込み、打撲、もしくは捻挫と見られる怪我を癒していく。


 「あ……ああ………」

 “砂蟲竜”に捕縛されている時は緊張と恐怖で痛みを感じていなかった彼だが、助けられたことで急激に襲ってきた痛みに顔を歪めていた。しかし、S2Uから放たれる癒しの光を受けるうちに、徐々に表情が和らいでいく。


 「とりあえずはこんなものだろう、君は?」

 さらに、もう一人のスタッフにも声をかける。


 「じ、自分は平気です……」


 「嘘を言うな、右足を引き摺っているだろう」


 「ど、どうして?」


 「引き摺っているというのはハッタリだが、負傷しているかどうかは見ればすぐわかる。自分のミスで負った怪我で上官に手間をかけさせるわけにはいかない、とでも考えているなら、それは筋違いというものだ。この件は、“砂蟲竜”の危険度を正確に把握しないまま君達を送りだした艦長と僕の責任だ」


 「そ、そのようなことはありません。レーダーは反応していたというのに、自分達の判断が遅れて」


 「君が武装局員ならばそうかもしれないが、そうではないだろう。ここは観測員に任せるには危険度が高すぎた、レティ・ロウラン提督から武装局員を借りているのだから、彼らに担当させるべきだった、やはりこれは僕達の失態だ、すまなかったな」


 「ハラオウン執務官……」

 謝罪の言葉をかけつつ、問答無用で治療魔法を発動させる。彼も、今度は拒否しなかった。

 ただ、もう一人のスタッフがあることに気がついた。


 「ハラオウン執務官、よろしいでしょうか?」


 「何だ?」


 「あの“砂蟲竜”を縛っているバインドは、何でしょうか、余り見たことがないんですが」

 通常、大型の生物を拘束するならばチェーンバインドが向いている。レストリクトロックやリングバインドなどは基本的に対人であり、大型生物に使用できるものではない。

 しかし、現在“砂蟲竜”を捕縛しているバインドはチェーンバインドではない。彼ら二名もギャレットと同じくEランク相当ではあるが魔導師であり、バインドの違いくらいは見れば分かる。むしろ、実力で劣っている分だけ、観察力には自信があるのだが。


 「あれはストラグルバインドだ」


 「ストラグルバインド?」


 「対象の動きを拘束し、なおかつ対象が自己にかけている強化魔法を強制解除する捕獲魔法だ。魔力で体を構成した魔力生物に対しては武器にもなり、“砂蟲竜”のようなリンカーコアを持つ魔法生物は通常の活動にも魔導師で言うところの身体強化を行っている、つまり、それを遮断してやるだけで行動不可に追い込むことが出来る」


 「はぁ~」


 「欠点として、副効果にリソースを振っている分、射程・発動速度・拘束力に劣る面があり、魔導師相手の実戦ではあまり使い道がない。捕縛に成功すれば身体強化は解除できるが、バインドブレイクまで無効化出来るわけじゃないからね。しかし、バインドを破る魔法ではなく、純粋な魔力でバインドを引き千切ろうとする大型魔法生物に対しては効果がある」


 「なるほど、でもハラオウン執務官ならもっと簡単な方法があったんじゃ」


 「否定はしないが、“砂蟲竜”も生き物だ、いたずらに傷つけていいわけじゃない。人間が襲われていた場合は殺すことも含めて許可されているが、それはあくまで人間の都合だ。いざとなれば躊躇いはしないが、他に方法があるなら、殺さずに済ませるに越したことはないだろう」


 「………流石」

 もう一人が、小声で呟くと同時に、クロノ・ハラオウンが“アースラの切り札”と呼ばれる由縁を再認識していた。

 なのはのディバインバスター、フェイトのサンダースマッシャーなどは高威力の砲撃魔法であり、AAAランクの彼女らが放てば、“砂蟲竜”を一撃で仕留めることが出来るだろうし、彼女らがこの場に来ていれば迷わずそうしただろう。

 しかし、クロノはより魔力が少なく、より局員が傷付く可能性が低く、そして、“砂蟲竜”も傷付けない方法でそれを成した。さらに、負傷した局員をその場で治療することも。


 「自慢する程のものでもないさ、ユーノにも同じことが出来る。それに彼らのようなリンカーコアを持つ魔法生物は管理局法で保護対象として登録されている。状況が状況とはいえ無闇に殺すわけにはいかないさ、法の番人としてはね。ともかく、ここの続きは僕が引き受けるから君達は時の庭園へ帰還するように、その後の指示は艦長に仰いでくれ」


 「はい」


 「分かりました」

 ストレージデバイスS2Uが転送用の魔法陣を展開し、二名の観測スタッフが時の庭園へと送還される。

 ちなみに、クロノが言ったことは事実であるが、むしろその事実の方がおかしいのである。

 武装局員はおろか、戦技教導隊員ですら扱える者が少ないであろうストラグルバインド、それに加えて転送魔法と治療魔法も使うことが出来、さらに高速飛行も可能とする9歳の民間協力者、デバイスなし。

 ある意味で、高町なのはやフェイト・テスタロッサ以上に稀有というか、あり得ない存在だろう。


 「さて、エイミィたちも頑張っているんだ、僕だけしくじっているわけにはいかないな」


■■■

同刻  海鳴スパラクーア 



 「あぁ~~ 気持ちいいぃぃ~~」

 銭湯から一番最初に上がったエイミィは、施設のリラックスルームにあるマッサージチェアで極楽状態にあった。

 温かいお湯がほぐしてくれた身体を、さらにマッサージしたとなれば、彼女に溜まった全身の疲れが飛んでいくことだろう。相棒のクロノはより一層の疲れがたまっていくであろう状況にいるが、別に彼女に責は無い。

 
 「あ~~、お湯の中も極楽だったけど、こっちも極楽だ~~」

 
 「あ、エイミィ、みつけた」

 などと気の抜けた言葉を発するエイミィに、湯上りの美由希が声をかける。髪が解かれて、眼鏡を外した彼女はいつもより大人っぽい印象がある。ちょうど彼女の実母美沙斗のような雰囲気になっいている。

 もっとも、この場に美沙斗がいたら、美由希とは姉妹にしか見られないだろう。それと同じに、士朗と恭也の2人は兄弟にしか見えない。この不可思議な現象は、やはり御神と不破の血がもたらすものなのか。しかしだとしたら高町桃子はいったいどういうことか。

 まあそれはともかく

 
 「気持ち良さそうだね、エイミィ」


 「ん~~、実際気持ちいいよ~。美由希ちゃんもどう? 全身の疲れがとれるよー、ちょうどあたしの隣空いているし」


 「じゃあ、そうしようかな、と」

 そうしてエイミィの隣のマッサージチェアに座る美由希だが、ある事に気づいた。操作パネルが無いのだ。


 「あれ、これどうやって動かすの?」

 
 「ん? ああ、これねぇ、音声入力式なんだよ。横のカードにコースとかモードとか書いてるでしょ、それを言うの。というか機械のほうで聞いてくるよ」

 というエイミィの言葉を引き継ぐように、マッサージチェアが実に機械的な音声を発した。


 『ゴ利用アリガトウゴザイマス、もーど、モシクワこーす、マタハまっさーじ部位ヲ言ッテ下サイ』


 「わっホントだ、すごいねコレ」


 「便利だよね~、ちなみにあたしのおすすめは、今あたしがやってる全身ほぐしコース」

 そうした2人のところへ、美由希と同じく風呂上りで上気した雰囲気の少女2人、なのはとフェイトが仲良く現れた。

 
 「あ、お姉ちゃんももう上がってたんだ」

 
 「エイミィも」

 実に息があったコンビになっている、流石は親友というべきか。しかしこの呼吸を今日会ったばかりの美由希とエイミィも持っていたことに、2人はなにか忸怩たるものを覚えないこともなかった。


 「お帰り2人とも。アリサちゃんたちはまだ入ってるの?」


 「うん、最後にゆっくり浸かってから上がるっていってたよ」

 
 「エイミィは気持ち良さそうだね」


 「うん、いまマッサージ中。あ、フェイトちゃんたちもする? あたし結構やってたから代わるよ?」

 そういってすすめるエイミィに、2人の少女は顔を見合わせ、「じゃあお言葉に甘えてやってみようか」的な結論になった時、少女達の心を脅えさせるに足ることが起こった。

 即ち、美由希がマッサージチェアに音声入力をし、それに機械が答えたのだ。機械そのものの音声で。


 『カシコマリマシタ、全身ホグシこーす、強サれべるハイクツデショウカ? 1カラ7マデ有リ、1カラ順に強クナリマス』

 
 「じゃあ、レベル3くらいで」


 『れべる3デスネ、デハ開始シマス』

 その様子を隣で見ていた少女2人は見事に固まった。別にこのマッサージチェアはかの腹黒デバイスが持ち込んだものというわけなく、そもそも今の彼は時の庭園で、対守護騎士の網の構築中だ。いるはずが無い。

 とはいえ、その機械そのものの人工音声は、2人の少女にあるものを連想させるには十分すぎた。具体的には洗浄マシーンを連想させるには十分すぎた。

 
 「どう? 気持ちいいよー 2人も疲れてるだろうし、どうぞどうぞ」

 そういって悪意ない笑顔で、かつ純然たる親切な気持ちで勧めるエイミィに対し、2人の少女は非常に申し訳ない気持ちになりながらも


 「「いえ、また次の機会にします」」

 と言って固辞した。

 これには少女達に罪は無い。エイミィにも無論罪は無い。罪があるとしたら時の庭園にいる管制機だが、デバイスを裁く法律は残念ながらまだ制定されていない。

 
 「そう? そんならなんか冷たいもの食べに行こっか。むこうでカキ氷売ってたよ、冬にカキ氷っなんか贅沢だよね」


 「あ! 賛成です! 行こ、フェイトちゃん」

 カキ氷。その単語に一瞬ビクッと反応した金髪の少女だが、「大丈夫、大丈夫、別にトールのお腹からなんか出てこない……」とぶつぶつ言いながら、己の想像を打ち消していた。

 そうして親友に手を引かれ、フェイトもエイミィの誘いに乗ってカキ氷を買いに、マッサージチェアがあるエリアから離れた。

 エイミィたちの姿がリラックスエリアから見えなくなったその瞬間―――


 「隣、いいですか?」

 と、1人マッサージを続けていた美由希の耳に、穏やかな女性の声が聞こえてきた。

 
 「ええ、どうぞ」

 そう言って、自分に声をかけたハニーブロンドの、髪の声に似たおっとりとした印象の女性に答える美由希。そしてその女性は他ならぬ湖の騎士シャマルである。

 無論のこと美由希は、つい最近、今自分に話しかけた女性の腕が、大事な妹の胸から生えていた事実などは知りようも無い。

 シャマルはちょうどエイミィたちが離れて見えなくなった、その瞬間に美由希に声をかけてきた。しかしそれは別に狙ったわけではなく、神懸ったタイミングによる全くの偶然である。

 この世にタイミングの神なる存在があるとすれば、今のシャマルはその寵を一身に受けた存在と言えるだろう。


 「ええと、これどうやって動かすのかしら?」

 美由希同様に使い方が分からないシャマルの様子を見て、エイミィとしたやりとりの焼き増しなような説明を行い、二人並んで全身がほぐされる心地よさに浸っていた。


 「ほんとに気持ちいいな~」

 
 「そうですね~」

 御神の剣士と湖の騎士とは思えぬ間の抜けた声を出す二人。実に平和な光景であった。







新歴65年 12月6日  第84無人世界  (日本時間)  PM7:09



 【お疲れさまですクロノ・ハラオウン執務官】


 【トールか】

 2人の観測員を転送した数分後、管制機から通信が入った。


 【彼らの帰還を確認しました。現在はメイド型魔法人形が出迎えに出ております】


 【ほんとに、何でもあるんだな】


 【それと、兼ねてより製作していた砂漠世界専用のサーチャーが完成いたしましたので、転送可能です】


 【あれか……】

 その存在は、クロノも以前から知ってはいた。同時に、有効であることも理解している。

 ただ、観測スタッフにそれの散布を任せることにはどうしても抵抗があったが、砂漠世界の危険度が予想よりも高いことが明らかとなった現状では、背に腹は代えられない。


 【分かった、転送してくれ】


 【了解、S2Uと私を遠隔同調させます、回線第7チャンネルをONにしてください】


 【ああ】

 管制機トールとデバイスが同調するには接続ケーブルで繋ぐ必要があり、魔法人形などならば、トール本体を機械の内部へセットする必要がある。

 しかし、時の庭園の中央制御室にいる場合は話が別、スーパーコンピュータ“アスガルド”の演算機能をトール自身のリソースとして扱うことが可能となるため、事前の調整さえしておけば次元世界を跨いだ同調すら可能となる。とはいえ、転送魔法の座標設定の誤差修正程度が限界であり、負荷の肩代わりは不可能だが。

 当然、この調整はバルディッシュにも成されており、レイジングハート・エクセリオンも備える予定である。主戦力となる二機と、時の庭園の管制機の連携は闇の書事件において欠かせない要素であった。

 そして、管制機より砂漠世界のクロノ・ハラオウンの下へ届けられた物体とは―――


 『ムッカーデ、起動シマス。ゴ命令ヲ』


 【………なあトール、なぜ時の庭園のサーチャー散布機能を持った機械はこんなにリアルなんだ?】


 【カモフラージュのためです】


 【そうか…………まあ、ゴキブリやカメムシやタガメに比べればマシ、か……?】

 ちなみに、ギャレットや他の観測スタッフがあちこちに設置して回っているサーチャーも、大半が虫型や動物型だったりする。

 森林が多い世界ではトンボ型や蝶型など、岩山地帯では蛇型などもあったりするが、特に大きい必要もないので、大抵は虫型だ。

 勿論、意味もなく気色の悪いサーチャーをばら撒いているわけではない。ミッドチルダ首都クラナガンなどにおいてサーチャーやオートスフィアのような文明の利器があっても目立たないが、魔法生物が生息する観測指定世界や無人世界では死ぬほど目立つ。

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターを捕捉することが目的である以上、サーチャーの存在は可能な限り隠し通す必要があり、“砂蟲竜”が徘徊する砂漠の世界ならばムカデ型が適しているのも事実であろう。

 ただ―――


 『サーチャー、散布ヲ開始シマス』

 大きなムカデ型の機体から、大量の小さいムカデ(の姿をしたサーチャー)が吐き出されていく光景というものは見たいものではない。


 「………」

 かといって、設置を確認しなければならない立場上、目をそらすことも出来ないクロノは、目に毒なその光景を見続けるしかなかった。


 【クロノ・ハラオウン執務官、発汗状況は問題ありませんか?】


 【彼らが脱水症状を起こしていたか?】


 【いいえ、そこまで深刻なものではありません。せいぜいが喉の渇きが強い程度の段階でしたが、あと10分も炎天下の砂漠における拘束状況が続いていればその危険もありました。彼らが持っていた水タンクも破壊されてしまったらしいので】


 【そうか………ストローを腰に巻きつけた水格納用デバイスに繋いで、いつでも吸えるようにした方がよいのだろうか】


 【どうでしょうかね、そちらもそちらで誤飲の危険性や、意識を失った際に喉に水が入ってしまう危険性が考えられます。かといって、意識の有無を判断する機能まで付けたのではコストがかかり過ぎます。次元航行部隊とはいえ、そこまでの予算は見込めないでしょう】


 【確かに、これ以上を望むのは贅沢というものか。人材の運用や創意工夫で何とかするしかないな】


 【こういった部分で予算が必要とされる現状は、“人の住む街の治安維持を行う地上部隊”には分からないでしょう。逆に、申請した予算が悉く却下される地上の現状も、本局の人間には分からないものですが】


 【仕方がないこと、とは言いたくないがそれが現実ということは否定できない。君達デバイスと違って、僕達人間は“実感”というものに大きく影響される。実際に災害の現場に立ち会うことと、映像で見るだけではまるで異なるが、デバイスにとっては同じなんだろう】


 【ええ、私の本体が得たデータも、貴方のS2Uを経由して得たデータも、管制機トールにとっては等価です。私の本体が得ようと、サーチャーが得ようと、どちらも等しく魔道機械のハードウェアが記録した電子情報、に過ぎません】

 それが、生物としての五感を持たないデバイスと、人間の違い。

 デバイスから見れば、“実感”というものに左右されている人造魔導師も戦闘機人も守護騎士も、皆“人間寄り”の存在である。


 【それはともかくとして、貴方の健康状態は大丈夫でしょうか? ちなみに彼らはメディカルルームで処置しましたので問題ありません】


 【大丈夫だ、バリアジャケットに暑さを遮断する機能を付け加えている】

 クロノが普段からバリアジャケットを纏っているのは、それを当り前の状態としておいて、機能を付加した際に普段通りの動きが出来るようにするため。普段からの地道な積み重ねはこのような場面で力を発揮する。


 【なるほど、災害対策の局員が主に用いる機能ですね。本当に貴方の引き出しは多い、フェイトや高町なのはも少しは戦闘以外の技能を身につけるべきとは思うのですが】


 【それはもう少し先でもいいだろう、今はまだ長所を伸ばす方向で鍛えた方が彼女らにとってはいいはずだ。それに、ユーノとアルフがサポートしてくれている】


 【そして貴方は全員をサポートする。“どのような状況にも対処できるよう、あらゆる技能を身につける”、それが貴方の選んだ道なのですね、長所を伸ばすのではなく、短所を無くす方向に鍛え上げた】


 【特筆すべき長所がなかっただけの話さ、僕には、何もなかったからね】

 クロノ・ハラオウンには特化した才能というものが何もなく、器用貧乏以下であった。

 だからこそ、全てを鍛えた。何か一つを鍛え上げたところで何も成せないであろうことを、幼いうちに悟ってしまえるだけの精神性を有していたことが、彼の悲劇であると同時に彼の唯一にして類稀な長所。


 【ですが、やり過ぎるのも良くはありません。リンディ・ハラオウンとて一人の母親、貴方のことはいつも心配なさっていることでしょう】


 【………そうだな、肝に銘じておこう。だが、今回のことは僕達のミスだ、このままにしてはおけない】


 【それは然り。今回は惨事に至りませんでしたが、それはあくまでアースラにクロノ・ハラオウンがいたから防げたに過ぎない、個人の技能に頼った対策はマニュアルとは呼べない、とは貴方の言でしたね】


 【このようなことがある度に、僕が来るわけにもいかないし、今回は時の庭園にいたからよかったが、本局にいたら間に合わなかったかもしれない。対策を、講じないとな】


 【さしあたっては、各世界の魔法生物の危険性をもう一度検討し、レティ・ロウラン提督より借り受けた武装局員とアースラの観測スタッフの配置を再考する、といったところでしょうか。あと、アルフとユーノ・スクライアをそこにどう組み込むか、ですね】


 【出来る限り彼らに負担はかけないようにしたい、やはり、管理局員は民間人のために身体を張らなければならないのだから】


 【なるほど、ではそういった方向で】

 精神の波長が合う、というわけではないが、クロノとトールの基本姿勢には似通った部分がある。

 二人とも、結果よりも過程を重視し、“たまたま上手くいった”ことを喜ぶよりも次はどうするべきかを考える。違いは、人間であるクロノには現場と後方を両立させれるが休息が必要であり、管制機械のトールは休むことなく考え続けるが後方のみ、といった点だろうか。


 『終了シマシタ』

 終了を告げる電子音が鳴り響き、“ムッカーデ”が通常状態に戻る。


 「終わったか」


 【帰還なさいますか?】


 【いいや、他にも4箇所程設置すべき場所がある、そちらを終えてからだ】


 【本当に良く働きますね、貴方は】


 【多少は無理もするさ、闇の書事件は今の僕の始まりだ。僕の11年は、この時を見据えていたからこそあるようなものだからね】

 闇の書事件は、未解決の案件。およそ十数年程度の周期で、転生を繰り返す。

 その悲劇を、二度と繰り返させないという想いが、5歳の頃から魔法の訓練を重ねてきたクロノ・ハラオウンの根源であった。無論、それだけというわけではないが、始まりの鍵であるのは間違いない。


 【長年続いてきた悲しみの連鎖は、何としてもここで終わらせる】


 【ええ、守護騎士達とて休んでなどいないでしょうから、ここが正念場です】


■■■

同刻  海鳴スパラクーア


 「はぁ~、なんか、いいきもちぃ」

 赤毛の少女が、泡の出るお風呂につかりながら、四肢の力を抜いてリラックスしている。

 銭湯なのだから実に当たり前の光景ではあるが、クロノとトールが予想していた現在の守護騎士とは180度かけ離れた姿がそこにはある。

 片や、戦闘中、片や、銭湯中。

 最早シャレの領域だが、戦闘中の者達にとってはシャレで済ませられるものではないだろう。知らぬが仏という言葉は実に真理であった。


 「ごめんね、隣いーい?」


 「え、ああ、どーぞ」

 そこに、金髪の少女、アリサ・バニングスが現れ、赤毛の少女、ヴィータの隣に座る。

 知る者が知れば綱渡りどころではない邂逅であり、やはり、知らぬが仏とは真理である模様。


 「ねえ、あなた、一人で来たの?」


 「え? いや、あたしは、家の皆と、……えと、あなたは?」

 初対面の人間には一応敬語を使おうと心がけているヴィータ、普段は普段だが、やる時はちゃんとやる子であった。


 「わたしは、友達と、友達のお姉さん達と一緒に来たの」


 「そうですか」


 「そう、でもほんと、このお風呂気持ちいいわねえ~」


 「ええ、ほんと」


 そして―――



 「「 はぁ~ 」」

 二人の溜息というか、むしろ幸せの吐息は見事にハモった。






新歴65年 12月6日  第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  PM7:11




 「はぁ~」

 こちらは幸せの吐息ではなく、溜息をついているアルフ。


 「お疲れかしら、アルフ」


 「うー、大丈夫大丈夫、まだまだいけるって、クロノもユーノも頑張ってんだから」


 「そうねえ、何だかんだ言って、男の子なのね、あの二人は」


 「何せ、“探索は僕らに任せて、君は母さ…艦長をサポートしてやってくれ、時の庭園なら、君の方が詳しいだろう”だもんね」


 「いつの間にやら、立派な男の子になってしまったわ」

 その時、リンディが見せた表情が、アルフには気になった。

 なぜだろう? と自分で考えたが、あまり時間をかけずにその答へとたどり着く。


 <プレシアと、似てたんだ………アリシアのことを考えてた時の、あの人に>

 フェイトのことを考えてる時とは、違う表情。

 アルフは知らなかったが、高町なのはの母親、高町桃子という女性も、同じような表情を浮かべていることを管制機は確認しており、彼女らの共通項から一つの結論を導いていた。


 それは、“子供に十分な愛情を注ぐ機会がなかった母親の、憂いの表情”であると。


 「………」

 特に重い話をしていたわけではなかったはずだが、アルフはなぜか話しかけるのを躊躇った。

 幸いにして、自分の前には書類やら観測データやらが山を成している。とりあえずこれらを整理する作業をしていれば、ただ黙っている息苦しさも紛れるだろう。

 そう考え、アルフは作業を再開する。リンディの手も淀みなく動いているが、それはもはや条件反射的なものに近いのか、その目は現在を捉えているようには見えない。


 <普段は……クロノと歳の近い姉弟みたいに見える人だけど………>

 今の彼女を見て、クロノ・ハラオウンの姉だと思う人間はいまい。デバイスならば、そう考えるかもしれないが。

 リンディ・ハラオウンの纏う空気には、姉には決して持てないものがある。


 <母親、か……>

 使い魔であるアルフには、親というものが実感として分からない。彼女は群れからはぐれた仔狼であり、フェイト・テスタロッサに救われ、彼女の使い魔となったから。

 だけど………


 <あたしにとっては、きっと、リニスなんだろうね>

 それに、近いものは知っている。確証はないが、きっとそうだろう。

 ふと思えば、時の庭園へ帰ってきたのも三カ月ぶりくらいになるか、リニスがいて、プレシアがいて、トールがいて、自分とフェイトがいる頃は、ここにいるのが当たり前であったのに。


 <一家五人でテスタロッサ家、そりゃあ、ハラオウン家にいるフェイトは幸せそうだし、なのはも傍にいてくれるけど……………あの時に集ったメンバーが全員いたら、もっと幸せだっただろうね>

 アルフは想う、それに、もう一人の家族のことも。

 アルフもまた、ある嘘吐きデバイスが作った桃源の夢において、彼女と一緒に過ごした記憶を持っているから。

 そんな、ありえたかもしれない現在に想いを馳せていたからだろうか―――



 「Song To You………クロノ………」



 呟くように、祈るように、紡がれた彼女の小さな声を。

 子を想う母の言葉を。

 アルフが、聞き取ることはなかった。



 代わりに――――



 『ならば私はどうなのでしょうか、マスター』


 母が娘のために作り上げ、その娘が母となった時に、娘のために“人間のような”受け答えが出来るように機能を与えられた古い機械仕掛けが、それを聞き届けた。

 そして―――彼は自らの在り方を確認する。

 もう主がいないため、決して変わることのない命題を。



 『Function For You、………マスター』

 貴女のために機能します、我が主

 『Message To You、………アリシア』

 言葉を、貴女に、アリシア

 『Happiness Presented To You、………フェイト』

 幸せを、貴女へ贈ります、フェイト





あとがき

最後は真面目にしたのに、なにか締まらないですね。ちなみに”砂蟲竜”というのは原作でシグナムが倒していたアレです、勝手に命名しました。クロノが対峙したのはシグナムが倒したやつよりは小型です。
 



[26842] 第十五話 遭遇戦 ~二度目の戦い~
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/04/03 19:13
第十五話   遭遇戦 ~二度目の戦い~




新歴65年 12月7日  第97管理外世界  海鳴市  ハラオウン家  管制室  PM6:45



 「そっか、レイジングハートもバルディッシュも無事完治と、今どこ?」


 【二番目の中継ポートです。あと10分くらいでそっちに戻れますから】

 アースラの最前線施設でもあるハラオウン家の一室に設けられた管制室にて、エイミィは本局にデバイスを受け取りにいっていたなのは、フェイト、ユーノ、アルフの四人から報告を受けていた。

 現状、アースラスタッフは各地へ散らばって動いており、数時間単位で活動場所が異なっている。なのはやフェイトは基本的に海鳴市から動かないので現在地を把握しやすいが、捜査員などはあちこちへ派遣されているため、所在がつかみにくい。

 それらのスタッフの位置を把握し、無駄のない連携を行えるように調整することこそが、管制主任であるエイミィ・リミエッタの現在の主任務である。通信と情報統括の要であり、艦長であるリンディと、武装局員や捜査員を率いて現地で動いているクロノに次ぐ、アースラのナンバー3こそが彼女であった。


 「そう、じゃあ戻ったら、レイジングハートとバルディッシュについての説明を―――」

 『アラート!』


 「! こりゃまずい! 至近距離にて、緊急事態! 観測スタッフ、武装局員総員、第一級厳戒態勢へ! クロノ君!」






同刻   第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  作戦本部  



 「状況を」


 緊急事態を告げるアラート音の中、次々に切り替わる画面を睨みながらリンディ・ハラオウンは慌てることなく現地の局員から報告を聞いていた。


 【都市部上空において、捜索指定の人物二名を捕捉しました。現在、強装結界内部で対峙中です】

 答えたのは、武装局員の小隊長を務める22歳の局員。今回アースラに加わった部隊は一個中隊規模であるが、その中核はジュエルシード実験における“ブリュンヒルト”との模擬戦に参加していた20名となっている。ちなみに彼は中隊長機“ゴッキー”と遭遇した経験を持つ。

 魔導師の戦力は少々特殊であり、AAAランク魔導師ともなれば、単体で分隊規模、オーバーSランクならば単体で小隊規模の戦力として数えられることもある。一応、4~5名で分隊、15~20名で小隊、50~60名で中隊、150~200名で大隊という区分はあるものの、保有する魔導師ランクによってこの数はかなり変動するため、目安程度でしかない。

 ただし、魔導師ランク=戦力とはならない。リンディ・ハラオウンのようにSランクに相当する魔力を持っていても実戦的な能力を有していない場合もあり、逆に、魔導師ランクは低くとも武装隊経験が長く、一騎当千に近い戦力となる近代ベルカ式の使い手も存在する。

 その中でも今回は割とバランスの良い戦力配分であるといえる。全員がBランク以上の武装局員であり、一分隊4名による四個分隊で一小隊。それが三個小隊で一個中隊48名、小隊長3名と中隊長となるクロノ・ハラオウンを加え、52名という規模。


 【貴方の手元の戦力は?】


 【自分の小隊のうち、ウィスキー、ウォッカ、スコッチの三分隊12名だけです。アップルジャック分隊はかなり遠くへ出張る予定でしたから】


 三つの小隊はアルクォール、ウィヌ、トゥウカと呼称され、彼はアルクォール小隊16名を率いる小隊長。配下には四つの分隊、ウィスキー、ウォッカ、スコッチ、アップルジャックがある。


 【分かりました。交戦は避けて、外部から結界の強化と維持を】


 【はっ】


 【現地には執務官を向かわせます。援軍が到着するまで、持ちこたえて】


 【了解しました】



 一つのスクリーンが閉じ、同時に別のスクリーンを起動させる。



 【エイミィ、クロノは?】


 【もう向かいました、後、トゥウカとウィヌですが、ウィヌ小隊のチワワ、マルチーズ、ドーベル、ダックスの四分隊は全部遠くの世界へ散っています。トゥウカ小隊のポンド、フラン、ルピーは割と近いですから、時の庭園を経由すれば30分くらいあれば】


 【分かったわ、時の庭園で待機中のアップルジャックとマルクの両分隊も現地へ向かわせます。その際には執務官か、彼が交戦中ならばアクティ小隊長の指揮下に入るように】


 【了解!】


 【30分………エイミィ、なのはさんとフェイトさんは】


 【ユーノ君とアルフと一緒です。10分もあればこっちに着けると言ってましたから、急げば5分で】


 【…………】

 逡巡の時間は僅か。その間にリンディ・ハラオウンは現在の戦力配分とそれぞれに動員令を出した際に現地に到着できるまでの時間、さらには守護騎士に対してどの程度の働きが可能であるかを計算する。

 正直、Bランクでは守護騎士と直接対峙するには足りない。Aランクを有する小隊長3人ならばそれなりに戦えるだろうが、一般の武装局員では辛いものがある上、トゥウカとウィヌの隊長は遠く離れている。それを平然と成したユーノ・スクライアという少年が異常なのだ。


 【彼女らも、現場へ】


 【―――了解しました】

 これは遭遇戦であり、万全整えてというわけではない。なのはとフェイトを戦線へ投入するかの判断は難しいところであったが―――


 「………どうか無事で」

 一度決断した以上は、彼女らが無事に帰還できるよう全力を尽くすより他はない。

 リンディ・ハラオウンは目まぐるしく変わる画面を見つめながら、情報の整理にあたっている時の庭園の管制機を呼び出し、“例の手段”が使えるかどうか確認するため、中央制御室へと回線を繋いだ。









新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  封鎖領域  上空  PM6:49




 「囲まれたか」


 「遭遇戦になっちまったな」

 アルクォール小隊のうち、ウィスキー、ウォッカ、スコッチの三個分隊12名が包囲する相手は、鉄鎚の騎士ヴィータと盾の守護獣ザフィーラの二騎。

 この対峙は、両陣営にとって予想外のものではあるが、このような事態は往々にして起こり得る。ヴィータとザフィーラが蒐集から帰還するタイミングに、たまたまスコッチ分隊の巡回ルートと時刻が重なったために起きた衝突であるため、共に準備不足が否めない。

 この場合、有利になるのは無論、ヴォルケンリッターである。管理局側は十分でない戦力で彼女ら二人を捕縛する必要があるが、ヴィータとザフィーラにとっては一角を突破するだけでよい、別に敵を全て倒さなければいけない理由などないのだから。

 戦力的には互角か、管理局がやや優勢であっても、勝利条件に雲泥の差がある。これを覆せるほどの戦力差と戦略が果たしてあるかどうか。

 だが―――


 【蒐集は、どうする? こいつらは間違いなく武装局員、一人当たり3ページは稼げるぜ】


 【難しいところだな、強欲は身を滅ぼすとはいうが、危険を恐れていては成果を得られんことも事実】

 守護騎士にもまた、欲しいものがあり、それが目の前にある。

 5日ほど前に海鳴市においてヴィータが蒐集した局員は捜査員であり、ギャレットと同じようにEランク相当の魔力しか有していなかった。しかし、今彼女らの前にいるのは武装局員、全員がBランク以上の魔導師であり、12名全員から蒐集することが出来るならば―――


 【一気に、36ページくらいは稼げるってことだ】


 【―――いや、待て】

 その瞬間、ザフィーラはある可能性に気付いた。

 自分達が、並の武装局員では到底敵わない存在であることは管理局とて理解しているはず。そして、自分達の目的がリンカーコアの蒐集にある以上、彼らは好餌にしかならない。

 だがしかし、“餌”となるものを、獲物を求めて彷徨う獣の目前にちらつかせるとすれば、それは―――


 「返り討ちに――」


 「ヴィータ! 上だ!」


 「なっ!!」

 獣を仕留めるべく、狩人が罠を張っている場合しかあり得ない。


 「スティンガーブレイド! エクスキューションシフト!」

 狩人とは無論、クロノ・ハラオウンのことを指し、狩人は“餌”を囮とすることで獣を仕留めるための矢を放つ準備を完了していた。

 魔力刃スティンガーブレイドの一斉射撃による中規模範囲攻撃魔法。クロノの周囲に展開しているその数は100を越えており、魔力刃一つ一つを環状魔法陣が取り巻き、一斉に目標へ狙いを定める。

 連射性ならばフェイトのファランクスシフトに劣るが、貫通力ならば上をいく。また、魔力刃の爆散による視界攪乱の効果もあり、武装局員12名が強装結界強化・維持の為に散開した隙をつかれないようにする効果もある。


 「ちぃ!」

 しかし、彼が対峙している相手は、最硬の防御を誇る盾の守護獣。ヴィータを庇うように展開された鋼の守りが襲い来る魔力刃を防いでいく。



 「少しは―――通ったか」

 エクスキューションシフトの着弾と、武装局員が強装結界維持のために散開したのを確認し、ストレージデバイスS2Uを油断なく構え、クロノは煙が張れるのを待つ。


 「ザフィーラ!」

 だが、盾の守護獣ザフィーラの障壁を抜けたのは、僅かに3発。ただ、その3発の魔力刃は彼の腕に刺さっているわけではあるが。


 「気にするな、この程度でどうにかなるほど―――柔じゃない!」

 筋肉の収縮のみで、ザフィーラは魔力刃を砕き割った。無論、魔力による身体強化があるからこその技だが、クロノは自分にあれが可能であるとは思えなかった。


 【ダメージまでは高望みというものだったか、だが、目標は果たせたな】

 しかし、状況はあくまでクロノに有利に傾いている。守護騎士二名を補足したスコッチ分隊、さらに近場にいたウィスキー、ウォッカの分隊を現場から退かせず、守護騎士の包囲を続けるように指示したリンディの意図を悟り、彼も現場指揮官として即座に動いていた。

 まずこの状況において優先すべきは補足した守護騎士を逃がさないことだが、主戦力が到着するまでどうしても3~5分の時間がかかる。クロノが一番早かったが、それでも2分以上の時間はあった、ヴィータとザフィーラならばその間に包囲の一角を突破することなど容易い。

 それ故に、用意したのは“精神的な檻”。守護騎士の戦略目標を“この場から離脱すること”から“武装局員から蒐集すること”の狭間で揺れ動かすことで、二人の動きを封じた。ヴィータとザフィーラが包囲の一角を突破すべきか、武装局員を打倒して蒐集すべきかで悩んだのは90秒ほどであったが、クロノが到着するには十分であり、それこそが主戦力到着までの時間を稼ぐためのリンディの策。

 武装局員とて軟弱ではなく戦い慣れた者達であるが、守護騎士を相手にするには力が足りず、結界を維持することで精一杯であることは事実。だが、いつSランク相当と思われるベルカの騎士に強襲されるか予測できない状況において、守護騎士の前に立ちはだかり続けた彼らの度胸と勇気もまた、見逃してはならない要素である。

 彼ら武装局員が、オーバーSランクかそれに準じる怪物の巣窟である戦技教導隊の教官の下で、殺すつもりかと思われる程の厳しい指導を受け、容赦なくボコボコにされるのも、このような状況においても冷静さを失わず、己の役割を果たすことに集中できる鋼の精神を鍛えるため。

 その過程で潰れる者も少なからずいるが、それで潰れる程度の者達ならば、ヴィータとザフィーラの前に踏みとどまることなど出来ず、逃げだしていただろう。

 故にこそ、厳しい訓練に耐え抜いた彼らは“武装局員”と呼ばれるのだ。他の部署や民間の企業などにもAランク以上の魔導師は存在しており、魔力だけならば武装局員より遙かに高い者もいる。

 だが、非殺傷設定など搭載していないアームドデバイスを持ち、こちらを睨みつけながら殺気を飛ばしてくる魔導犯罪者を相手に、怯むことなく対峙し、執務官が到着するまで命を張って足止めする、それは魔力が高いだけの高ランク魔導師には不可能なこと、魔導師ランクはBであろうとも、彼らは“戦士”なのである。

 そして、高町なのはとフェイト・テスタロッサの最大の特徴は、その武装局員らと同等の精神性を有しているという点だろう。高い魔力を持っていようとも、それを扱う技能がなければ宝の持ち腐れだが、守護騎士と対峙するにはそれ以前の問題として、“不屈の心”が必須となる。

 技術の面では歴戦の強者であるベルカの騎士や、5歳の頃から訓練を積んできた執務官の少年には及ばずとも、骨が軋むような緊張感と恐怖が支配する実戦の場において、怯むことなく立ち向かう精神の強さを彼女らが持っているからこそ、リンディも決断を下した。


 【武装局員、配置完了、オッケー、クロノ君!】


 【了解】

 そして、戦力を如何に運用するかという点において指揮官の腕が問われる、戦力が揃っていなくとも、運用方法次第で高ランク魔導師を足止めすることも可能であり、今回はまさにその実例。結果だけ見るならば、Bランク魔導師12名のみによって、一発の射撃魔法を放つこともなく、Sランク相当の古代ベルカ式の使い手を釘づけにすることに成功した。さらに武装局員はその後も結界維持要員として機能できる。


 【主戦力もそっちに送ったよ、マルクとアップルジャックの両分隊は予備戦力としてアクティ小隊長が率いてるから、現状における戦力、AAA+の執務官一名、AAAランクの魔導師二名、AA+の使い魔一名、Aランクの小隊長一名、Bランクの武装隊員20名、あと、判別しがたい一応のAランク魔導師一名】


 無論、最後の一人はユーノ・スクライアしかあり得ない。


 【ウィヌ中隊は間に合わない。後25分くらいでポンド、フラン、ルピーの三個分隊と小隊長が到着するけど、それまで守護騎士を逃がさないことが絶対条件になる】


 【分かった。そっちは残りの二騎の捕捉、頼んだぞ】

 二騎が強装結界に閉じ込められた以上、残る剣の騎士と湖の騎士の二名も必ず出てくるはず。


 【艦長の指示の下で動いてるよ、アレックスとランディもこっちに着いて、海鳴市全域のスキャンを開始したけど、即興だからあまり精度は期待しないで】


 【了解だ】







新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  封鎖領域  ビル屋上  PM6:50




 「レイジングハート!」


 「バルディッシュ!」

 そして、彼女らの役割こそ、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターに対する主戦力。

 ギャレットのような捜査員はおろか、専門の訓練を積んだ武装局員ですら敵わない領域にいるベルカの騎士達。彼女らに対抗するならば、最低でもAランクは必要であり、それですら瞬殺される危険をはらむ。

 よって、彼らの役割はここまで、強装結界内部に守護騎士を閉じ込め、逃げられないよう外部から補強する。エース級魔導師が敵の打倒にのみ全力を注げる状況を作り出すという役目を、予期せぬ遭遇戦でありながら見事に果たした彼らの働きは見事の一言に尽きる。

 『Order of the setup was accepted.』
 『Operating check of the new system has started.』
 『Exchange parts are in good condition, completely cleared from the NEURO-DYNA-IDENT alpha zero one to beta eight six five.』
 『The deformation mechanism confirmation is in good condition.』


 「や、やっぱり」


 「今までと、違う」

 これより先はエース級魔導師の役割であり、闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターと戦うため、いや、打倒するために生まれ変わった二機もこれまでとは異なっている。

 より強く、より堅牢に、己の主を守護するため、レイジングハートとバルディッシュは命題を同じくする新たなハードウェアへと進化した。

 代償として、セットアップに約4秒というやや長い時間を有することとなってしまっているが、二機の主達の役割は主戦力、万全整えた状態で戦うことを前提としているのだから問題はない。彼女らが別の任務に就くならば、その時に改めてデバイスマイスターがセットアップ時間に対する調整を行えばよいだけの話。


 【そう、それがその子達の選んだ姿――――9歳の女の子のデバイスとしてはちょっとどうかと思うけど、結界構築や報告書の処理、治療とかの汎用機能を一切捨てて、純粋に戦闘能力にのみ特化した、ベルカ式カートリッジシステム搭載型のインテリジェントデバイス】


 『Main system, start up.』
 『Haken form deformation preparation: the battle with the maximum performance is always possible.』
 『An accel and a buster: the modes switching became possible. The percentage of synchronicity, ninety, are maintained.』

 それが、ヴォルケンリッターに対抗するため、二機が選んだ道。

 エイミィとしては二人の少女の将来が少々不安になりそうな改善案だったが、これ以外の案をレイジングハートもバルディッシュも受け入れなかったため、この案で行くこととなった。


 【呼んであげて、その子達の、新しい名前を!】


 『Condition, all green. Get set.』

 『Standby, ready.』

 そして、解き放たれるその名は―――


 「レイジングハート・エクセリオン!」


 「バルディッシュ・アサルト!」


 『『 Drive ignition. 』』




 荘厳なる金 苛烈なる赤 装飾を施されながらも無骨 何より凶暴

 前方接続部に設置された弾倉に闘志を装填する破壊の象徴

 自動式カートリッジデバイス(オートマチック)、“レイジングハート・エクセリオン”




 精錬された黒 耽美なる黒 研ぎ澄まされた刃の如く美麗 何より冷酷

 六ある弾倉の最下部より無慈悲なる死を吐き出す殺意の象徴

 回転式カートリッジデバイス(リボルバー)、“バルディッシュ・アサルト”






 「あいつらのデバイス――――まさか! 正気か!?」

 二人の少女が見据える先に座す鉄鎚の騎士、彼女の驚愕に応えるように。


 『Assault form, cartridge set.』

 閃光の戦斧、バルディッシュ・アサルトは基本形態であるアサルトフォームを。


 『Accel mode, standby, ready.』

 魔導師の杖、レイジングハート・エクセリオンもまた基本形態であるアクセルモードをとり。


 「―――行くよ、フェイトちゃん!」


 「うん、なのは!」


 二人の少女は、魔導師と騎士の闘技場へと足を踏み入れる。









同刻  第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  中央制御室



 『このような展開となりましたか』

 時の庭園は現在、闇の書事件を追うために時空管理局の次元航行艦とほぼ同等の役割を果たしており、リンディ・ハラオウンがいる作戦本部はまさしくその中枢である。

 しかし、時の庭園の機能そのものに関してならば、この中央制御室こそが中枢となる。数多くの乗組員が搭乗し、人間によって動かされることを前提としている次元航行艦と異なり、時の庭園は機械によって動かされることを前提とした作りとなっている。

 そして、その中枢に座すは、管制機トール。彼が何を想い何を成すか、考えるまでもなくただ一つの答えしかあり得ないため、却って人間には理解しがたい。


 『この状況は、彼にとって予想外とは言えないでしょう。確率こそ低いものの、あり得る事態である以上、手を打っていてしかるべき。ならば、“彼女達”が周囲にいるはず』

 現在彼が有している情報は少なくない。しかし、決定的なものもまたなく、一言で“情報不足”と断言できる状況だ。

 “機械仕掛けの神”によって、風のリングクラールヴィントから得た情報、こちらからは守護騎士の行動理念や課せられている束縛をほぼ理解できたが、根源部分が判明していない。

 いや、それ以前の問題として闇の書のという存在そのものがおかしいのだ。ならば、守護騎士やそのデバイスから得た情報が間違いないものである保証もなく、無限書庫が開放され、闇の書そのものに関する信頼できるデータが揃わない限りは、彼は判断が下せない。

 そして、もう一つ。


 ≪オートクレール、貴方の依頼をお受け出来るかどうか、残念ながらまだ判断はつきません。彼の老提督が望む終焉は貴方より聞き知りましたが、話を聞く限りではそれを良しとしない方達もいらっしゃるようです≫

 返答はない、あるはずもない。

 管制機が独り言のように発したものは音声ではなく、通信のための信号でもない。ただ、彼の電脳、内部回路にパルスが走ったに過ぎない。

 だがそれは無意味ではない、中央制御室に在る彼はアスガルドと一心同体であり、トールの思考は彼に届く。そして、スーパーコンピュータの大演算機能が複雑極まる計算を絶え間なく行い続け、その思考はあるストレージデバイスへと送信される。

 闇の書事件の対策本部たる時の庭園から、オートクレールへと情報が送られることは当然の帰結であり、老提督も含めてそれを怪しむ者などいない。しかし、二機の古いデバイスは誰も知らない情報のやり取りをも行っていた。

 管制機に情報を伝えた彼はストレージデバイスであり、インテリジェントデバイスと異なり独立した意思を持たない。入力に合わせて出力を返すだけの端末に過ぎない彼らストレージデバイスに何を語りかけたところで意味はない。


 ≪故に今回、私は観測者に徹しましょう。フェイトの現在の望みは守護騎士の真意を知ることにあり、それについて私は詳しい情報を知り得ませんから、まずはその情報を得るために動きます≫

 だがしかし、時の庭園の管制機はストレージデバイスやアームドデバイスと意思を疎通させることを可能とする“機械仕掛けの杖”。

 機械と同調し、機械を理解し、機械を管制する。原初に彼に与えられた機能はそれであり、マイスターに娘が生まれなければ、その命題も異なったものとなっていただろう。


 ≪フェイトが守護騎士達の心を知り、その主、八神はやてに辿り着いた時、彼女が何を想うか、私の行動はそれ次第です≫

 管制機は知る、老提督の覚悟を。

 管制機は知る。老提督のみが知るはずであり、アースラの乗組員達が知らない闇の書の主の名を。

 だが、管制機は知らない、闇の書がその主にどのような影響を与えているかを。

 管制機は知らない、守護騎士達が何を知り、何を求めて動いているか。

 ただ、アルゴリズムに従って蒐集を行っているのか、それとも、アルゴリズムに背いた行動をとっているバグなのか。


 ≪ただし、異なる考え方もある。守護騎士達が主のために動くことがアルゴリズムに逆らうバグなのではなく、現在の闇の書のアルゴリズムこそが、本来ならばあり得ぬバグという可能性≫

 管制機たる彼は知る、闇の書の管制人格という存在は矛盾に満ちていると。

 大元が歪んでいる以上、守護騎士達とてその影響を受けている。さらに、それが主に如何なる影響を与えているかも未知数。

 未知のパラメータは数多く、大数式の解が見えない。この段階でアースラが八神はやてという少女に辿り着いたとして、果たして効果があるものか。

 闇の書を封じる的確な手段が確立されていない現状、守護騎士の真意が判明していない現状、守護騎士にとって管理局が“敵対者”でしかあり得ない現状、そして、闇の書とはそもそもどのようなものであったかが分かっていない現状。


 それらを鑑み、管制機は黙したまま観測を続ける。現在の彼が知り得ている情報、“闇の書の主は八神はやてという少女である”、これを開示したところで、フェイト・テスタロッサという少女の望みが叶うことに繋がるという演算結果が出なかった故に。

 そして、より基本的な理由として、トールというデバイスは十分な情報が揃わない限り行動を起こさない。唯一の例外はプレシア・テスタロッサから命令があった場合、彼女が何かを願った場合だが、それはもうあり得ない。

 だからこそ、彼は、黙したまま観察を続ける。見方によればアースラの全員を裏切っているようでもあるが、デバイスにとってはそうではない。デバイスが裏切ってはならないのは主と、与えられた命題のみ。

 人間ならば、“板挟み”という感情もあるが、デバイスにはそのようなものはない、電脳が導き出す計算結果のままに、ただ機能する。

 アースラの観測スタッフ、捜査スタッフ、さらには武装局員、彼らと協力し、彼らが休んでいる間も集まったデータの分析を続け、守護騎士を捕捉するための包囲網の構築に大量のリソースと数多くの魔導機械を費やしながら、彼は“闇の書の主”に関するデータを開示しない。

 だがしかし、そこに矛盾はない。


 『アスガルド、戦況の推移を見守りながら守護騎士の行動を観察します。いざとなれば中隊長機を現場へ転送しますので、転送ポートの準備も並行して行い、また、武装局員に負傷者が出る可能性も考えられますから、“ミード”と“命の書”を用意した上でメディカルルームを手術可能な状態に維持するように』


 『了解』

 現状、その情報を開示したところで、生じるのは不協和音のみ。情報源が明かせない情報は、余分な混乱をもたらす危険が高い。

 つまりは、リスクとリターンの問題でしかない。得られる利益よりも、その行動がもたらす不利益の方が大きいという演算結果が出たため、トールはその情報を開示しない、ただそれだけのことである。

 人間と異なり、機械である彼にとっては――――

 ただ、それだけのことでしかない。



 最後の闇の書事件、守護騎士と管理局の二度目の戦いが始まり、長い夜の終わりへと、時計の針は進んでいく。





あとがき
 ちょうど原作の第四話が終わったところで守護騎士との第二回戦開始です。A’S編を書いていて、物語が進む過程を何度も見返すと、闇の書事件へのオリキャラの干渉が実に難しいことを思い知らされます。
 仮に、原作知識があったとして、無印であればフェイトの事情やプレシアの目的、そして何よりもジュエルシードの発動タイミングを知っていることはかなりのアドバンテージとなりますし、原作をより良い形に導くことも出来ると思います、仮に上手くいかなかったとしても、基本的になのはとフェイトの二人が軸なので、この二人が触れ合うように誘導できればよいわけです。
 しかし、A’S編は人間関係がより複雑に絡んでおり、特にグレアム提督とアースラ、守護騎士の立ち位置は非常に難しいものがあります。原作知識によって闇の書の主や守護騎士の事情が分かっていても、闇の書が完成しない限りは打つ手がないという状況は変わらず、下手に干渉すると“こじれてしまう”可能性が非常に高いのです。それを無理に繋げようとすると、守護騎士が理由もなくオリキャラの言うことを信用したり、グレアム提督が11年間の苦悩と葛藤をあっさりと捨て、方針を変えてしまうことになったりと、プロットの構成段階では無数のボツ案が積み上げられることとなりました。
 なので、無限書庫が開放され、“闇の書そのものに関する信頼できる情報”が揃わない限りは、無暗に介入しない方が物語が纏まる、という結論に達しました。トールはクラールヴィントとオートクレールよりそれぞれの陣営の事情をある程度知っており、アースラの方針についてはほぼ全て知っています。ならば、現段階におけるトールの選択肢は“静観しながら情報収集に努める”以外に成りえません。フェイトが『あの爺さんムカつくから、ぶっ殺す』や『守護騎士の野郎ども、舐めやがって、ぶっ殺す』(
フェイトの性格ではありえないことですが)と言えば話は違いますが、フェイトにもまだ心の中で望む闇の書事件に関する明確な終焉の形がない以上、トールは積極的な行動には出ません。
 ということで、原作の第八話くらいまでトールは裏方に徹し、事件の展開も原作に近い形となります。ただ、最初の戦闘のように戦闘内容は変えていくつもりですので、頑張っていきたいと思います。それではまた。




[26842] 第十六話 主と鍋のために
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/04/09 12:01
第十六話   主と鍋のために


新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  スーパー三国屋  PM6:30



 時は、少しだけ遡る。


 「そやけど、最近みんな、あんまりお家におらんようになってしまったね」


 「えっ、ええ、まあその………なんでしょうね」

 唐突に振られた話題に、シャマルは咄嗟に切り返しが出来なかった。

 とはいえ、彼女を責めることは出来まい。他の三人であったとしても、この言葉に明確に返せる答えを持ってはいないのだから。


 「別に、わたしは全然ええよ、みんなが外で色々やりたいことがあるんやったら、それは別に」


 「……はやてちゃん」


 「それに、わたしは元々一人やったしな」


 「―――!」

 だが、その言葉だけは、彼女はただ受け入れるわけにはいかなかった。


 「はやてちゃん、きっと大丈夫です!」


 「シャマル?」


 「今は皆忙しいですけど、あと少ししたら、きっと」

 それは、願いであると同時に誓いでもある。

 例え何があろうとも、この少女だけは救うと、彼女ら四人は誓ったのだから。


 「―――そっか、シャマルがそう言うなら、きっとそうなんやね」

 車椅子に乗った少女は、優しい笑みを返す。長い夜の中で凍て付いた守護騎士達の心を溶かしてくれた、光のような笑みを。

 本当に、自分達は素晴らしい主を持ったと改めて思いながら、シャマルははやての車椅子を押し、買い物に戻る。


 「今夜はすずかちゃんも来てくれるし、お肉はこんなもんでええかな?」


 「ええ、ヴィータちゃんがたくさん食べる分を考えても」


 「外は寒いし、今夜はやっぱり温かお鍋やね」


 「はい」

 そして、買い物を終え、外に出た少女は、冷え込む空気に僅かに身を震わせ、手に息をかけながら、空を見上げる。



 「みんなも、外で寒うないかなぁ」

 季節は冬、6時を過ぎれば既に空は漆黒の帳が降りてきている。

 綺麗に澄んだ星空を眺めながら、闇の書の主である少女は家族に想いを馳せる。

 僅かに位相をずらした同一の次元空間において、繰り広げられる戦いの嵐を、未だ知ることなく。


 少女は、ただ純粋に家族のことを想っていた。











新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  強壮結界外部  上空  PM6:52




 「強装型の捕獲結界、ヴィータ達は、閉じ込められたか」

 海鳴市の上空に浮遊するは、ヴォルケンリッターが将、剣の騎士シグナムとその魂、炎の魔剣レヴァンティン。


 『Wahlen Sie Aktion! (行動の選択を)』


 「レヴァンティン、お前の主は、ここで退くような騎士だったか」


 『Nein.(否)』


 「そうだレヴァンティン、私達は、今までもずっとそうしてきた」

 カートリッジがロードされ、レヴァンティンの刀身に炎が宿る。これより彼女が何を試みるかなど、考えるまでもない。

 知謀を尽くして敵の裏をかくのは彼女の領分ではない、剣の騎士シグナムは常に真正面から敵を見据え、切り捨てることをこそ矜持としている。

 だが、同時に―――


 <ヴィータとザフィーラが捕縛されたということは、例の黒服が来ているな>

 将でもある彼女は、自分達が置かれている戦況を正確に把握していた。クラールヴィントのように探知能力に長けているわけではないため、結界内部の状況は突入してみなければ分からないが、敵の主戦力が集結しているであろうことは疑いない。

 そしてさらに、今のシグナムには普段を遙かに超える探知能力が備わっている。それは彼女自身の力というわけではないが、遠隔探査を行える頼もしい味方が、彼女にはいるのだ。


 <そして今、確かに息を飲む気配がした>

 彼女がわざわざレヴァンティンへ問いかけ、己の選択を誇示するように掲げているのにも相応の理由がある。ほぼ間違いなく、結界を維持している者達の他にも戦況を観測している者達がいる、正確な位置までは探れないが、気配の僅かな動きがあれば、規模や役割程度は察することが出来る。


 【シャマル、お前は今動けるか?】


 【ええ、買い物は済んだし、今ははやてちゃんがお鍋の用意をしてくれてるから、すぐに出られるわ。状況も、貴女のおかげで分かっている】

 ヴィータとザフィーラが蒐集から帰還し、スコッチ分隊とはち合わせてからの数分間、シグナムはただ座していたわけではない。

 強装結界が展開されるまでに周囲を飛び回り、後続が駆けつける気配がないかを探った結果、強力な魔力反応が結界内部へ転移してきたことを感じ取った。

 そうして、敵の主戦力が強装結界内部におり、指揮官は例の黒服の少年であり、武装局員が外部から結界を維持し、さらに自分とシャマルの出現に備えた伏兵が配置されていることを知り得た。


 【お前が、これを託してくれたからな】

 そしてそれを余すことなくシャマルが知ることが出来る理由こそ、シグナムの手に握られる一つの指輪、クラールヴィントである。

 クラールヴィントは四つの指輪で一つのデバイスの機能を果たすため、リング同士の繋がりは他のデバイスとの連携とは比較にならない。唯一比肩しうるとすれば、時の庭園の管制機トールと、中枢コンピューターのアスガルドのみであろう。

 その指輪の一つをシグナムが持ち、レヴァンティンと接続する。クラールヴィントは補助・通信に特化しており他のデバイスとの連携を行うことを可能とする。流石に管制機トールのようにリソースの共有までは不可能だが、情報のやり取りならば問題なく行える。


 【これを私が持ったまま強装結界内部へ突入した場合、お前は内部の様子は分かるか】


 【大丈夫、分かるわ】


 【そうか、ならば私は内部へ飛び込もう。お前は中には入らず、外部の敵を叩いてくれ、だが、例の黒服が出てきたら注意しろ、直接は戦うな】


 【ええ、そうするわ、私では彼の相手にはならないでしょうし】

 なすべきことが決まったならば、即座に行動に移すのみ。

 クラールヴィントによって結界の内部と外部が完璧な連携が取れるならば、管理局を出し抜く方法はある。無論、実現させるのは容易ではないが、彼らは一騎当千のベルカの騎士にして、誉れ高き夜天の騎士、この程度の難局を凌げぬはずがない。



 【お前の魂の一部を借りていく、そちらもぬかるな】


 【ご武運を、騎士シグナム】










同刻  第97管理外世界  海鳴市  強壮結界内部  ビル屋上




 「私達は、貴女達と戦いにきたわけじゃない。まずは話を聞かせて」

 黒いバリアジャケットを纏った少女が静かに語りかけ。


 「闇の書の完成を、目指している理由を」

 白いバリアジャケットを纏った少女も、守護騎士の戦う理由を問う。

 鉄鎚の騎士と盾の守護獣と対峙する少女二人は、自分達がやってきたのは戦うために非ず、話を聞くためなのだと告げていた。

 相手と戦う前に、まずはその真意を知りたい、それが、なのはとフェイトの偽らざる気持ちであった。

 しかし――――


 「あのさあ、ベルカの諺にこういうのがあんだよ」

 鉄鎚の騎士ヴィータの内心は、“こいつらはマジで言ってるのか?”、というものであった。


 「和平の使者なら、槍は持たない」


 「――――?」


 「――――?」

 その言葉に対して、なのはとフェイトは首を傾げる。片や現代に生きるミッドチルダ人であり、片や地球人、中世ベルカ時代の諺を熟知しているはずもない。


 「話し合いに来たってんのに武器を持ってくる奴がいるか馬鹿、って意味だよ、バーカ!」


 「んなっ! い、いきなり有無を言わさず襲いかかって来た子がそれを言う!」


 「それにそれは、諺ではなく、小噺の落ちだ」

 的確にツッコミを入れるザフィーラだが、彼も意味もなくそうしているわけではない。

 彼の瞳は、少女二人の目をじっと見据え、その言葉に偽りがないかどうかを探っていた。その言葉が真実ならば、管理局が闇の書の主を問答無用で捕えようとはしていないこととなり、ともすれば彼らの今度の行動方針に関わるかもしれないのだ。


 「うっせ! いんだよ、細かいことは」

 とはいえ、今のなのはの現状を例えるならば、44口径の拳銃(レイジングハート)で武装していた少女が、薙刀(グラーフアイゼン)で武装した少女に襲われ、拳銃が大破。代わりに、ロケットランチャー(レイジングハート・エクセリオン)を携えて薙刀を持った少女の前にやってきた、という感じである。


 「なのは、フェイト………今のレイジングハートとバルディッシュを構えながら言っても、説得力が……」


 「………言うな、ユーノ」

 レイジングハート・エクセリオンとバルディッシュ・アサルトは見事なまでに戦闘に特化したデバイスであり、それを起動させ、臨戦態勢をとりながら“話し合いをしに来た”と言っても説得力が微塵もない。どう考えても、“お礼参りに来た”という印象しか持たれまい。

 デバイスを持っていない少年の意見は尤もであり、杖型の汎用性の高いデバイスを持つ少年の意見も同じであったが、一応はフォローになっていないフォローをしておく。なんにせよ、なのはとフェイトの感性はやはりどこか一般認識とずれているようであった。


 <しかし、随分と、人間らしいな………>

 それよりも、クロノが注目した部分は別にあった。

 彼も以前の戦いにおいて紅の鉄騎と対峙したが、その時の印象は油断ならない強敵、というものであった。今もそれは変わらないが、随分と見た目相応、より端的にいえば子供らしい印象を受ける。

 本来、守護騎士は人間でも使い魔でもなく、闇の書に合わせて魔法技術によって作られた疑似人格、主の命令を受けて行動するプログラムに過ぎないはず。少なくとも、管理局が経験してきた八度に及ぶ闇の書事件においてはそのように報告されている。

 ならば、その相違点は一体何に由来するのか―――


 <直観的なものなのかもしれないが、なのはの言葉も核心を突いている。なぜ守護騎士達が蒐集を行い、闇の書の完成を目指しているか、そもそも、主は守護騎士に何を命じた? 命を奪わぬように蒐集をする真意とは>

 現状は二対五、このまま一気に攻めれば倒すことは可能であろうが、それだけでは根本的な解決にはならない。主がいる限り守護騎士の再生は可能であり、闇の書本体とその主を見つけ出すことが重要なのだから。


 <なら、ここは―――>

 その時、凄まじい音と共に、強装結界の一部が突き破られた。


 「―――シグナム」

 金色の髪の少女、フェイトの呟きの通り、落雷の如き閃光が落下したビルの屋上には―――


 「………」

紫色の魔力を纏い、炎の魔剣レヴァンティンを構えし烈火の将、シグナムが存在していた。


 <これで、五対三か、ここで彼女らを捕えられればいいんだが>

 それは少々厳しいだろうとクロノは推察する。ここまでは自分達に有利に進んでいるが、やはり守護騎士達にとっては撤退出来ればそれでいいという状況は変わらず、勝利条件は向こうが圧倒的に有利なのだ。

 そして、ここが市街地であることも管理局にとって不利な条件だ。万が一にも民間人を巻き込むわけにはいかないため、強装結界よりもさらに大きく封鎖結界を張らなければならず、一定以上の距離を逃げられた場合、軽々しく追うことが難しくなる。

 法の制限を受けず、自由気ままに動き回れるのはいつの時代も犯罪者の特権。どんな理由があろうとも守護騎士達が犯罪者である現状は変わらず、それだけに自由でもある。



 「ユーノ君! クロノ君! 手を出さないでね! わたし、あの子と一対一だから!」


 「本気か………」


 「あの眼はマジだよ」

 と、様々な事柄について考えている現場指揮官と異なり、主戦力の一人の思考は既に固まっている模様。流石に付き合いが長いユーノはなのはの目が大マジであることを察した。


 「アルフ、私も………彼女と」

 そして、もう一人のAAAランク魔導師も、強装結界を破って突入してきた騎士にのみ、その目が向いている。


 「ああ、私も野郎に、ちょいと話がある」

 その使い魔の女性もまた、自らと同じ存在であると思わしき、狼の耳と尾を備えた男性を見据える。


 <三対三か、どうやら、向こうの戦闘思考も固まりつつあるようだな>

 なのは、フェイト、アルフの三人にそれぞれ視線を向けられているヴィータ、シグナム、ザフィーラの三騎も、相手を見据え戦意を固めているように見受けられる。

 守護騎士はベルカの騎士であり、一対一ならば負けはないと呼ばれる存在。ならばこそ、一対一を挑まれたならば逃げに徹する可能性は低い。

 下手にユーノとクロノが参戦し、五対三という不利な状況となれば守護騎士が一点突破の逃走にのみ集中する可能性が高いが、あえてこちらの戦力を絞ることで一対一を美徳とする騎士の誇りに訴えるという手も悪手というわけではなく、妙手と言うべきかもしれない。


 【ユーノ、それならちょうどいい、僕と君で手分けして、闇の書の主を探すんだ】


 【闇の書の――】


 【連中は持っていない。恐らく、湖の騎士か、主が近くにいるはずだ。僕は結界の外を探す、君は内部を】


 【分かった】

 そして、それぞれの役割が定まる。誰も口に出した者はいないが、この場にいる8人の誰もがそれを理解していた。


 『Master, please call me “Cartridge Load.”(マスター、カートリッジロードを命じてください)』

 戦いの開始が近いことを悟った魔導師の杖は、主に新たな力の開放を促す。


 「うん、レイジングハート、カートリッジロード!」
 『Load Cartridge.』

 魔導師の杖、レイジングハート・エクセリオンが自動式(オートマチック)のカートリッジをロードし、なのはの全身に桜色の魔力が満ちる。


 『Sir.』

 「うん、わたしもだね」
 
 フェイトもまた、己の愛機を構え。


 「バルディッシュ、カートリッジロード」
 『Load Cartridge.』

 閃光の戦斧、バルディッシュ・アサルトが回転式(リボルバー)のカートリッジをロードし、フェイトの全身に金色の魔力が満ちる。


 「デバイスを強化してきたか………気をつけろ、ヴィータ」


 「言われなくても!」

 ザフィーラの言葉に反応しながらも、ヴィータの目はなのはとレイジングハートに注がれている。ザフィーラもまた、アルフの一挙一動を目で追うことを怠ってはいない。


 「………」

 無言のままに炎の魔剣を構える烈火の将の視線の先にいるのは、閃光の戦斧を構えた少女。それぞれが臨戦態勢に入り、動くタイミングを見計らっている。

 だが、戦いの始まりを告げる鐘は、予想外のところから現れた。


 「これは」


 「結界が―――」

 その瞬間、強装結界に異変が生じた。目の前の敵に集中する6人には感知できず、これから結界の外に向かおうとしていたクロノと、結界内部の探索を開始しようとしていたユーノにしか感じ取れないものであったが、強度が僅かながら下がっている。しかもこれは、外部から攻撃を受けたわけではなく―――


 「湖の騎士、先制攻撃か」

 ヴォルケンリッターの最後の一人、湖の騎士シャマル。後衛型である彼女が武装局員を直接攻撃してくるとは考えにくかったが、どうやらそれは甘かったらしい。


 「ユーノ、僕は外へ向かう。なのは達のサポートと、結界の維持を任せていいか」

 即座にクロノは判断した。外で強装結界を維持している武装局員がやられれば、当然強壮結界の強度もなくなっていく、それを防ぐにはクロノが向かうしかないが、既に僅かながら弱まっている結界を内側から支える役も必要となる。


 「うん、任せて」

 そして、その役にユーノ・スクライア以上の適任はいない。なのは、フェイト、アルフの三人はヴォルケンリッター三騎を抑える役があるため、唯一手が空いているユーノが彼女らの逃走を封じる役となり、クロノが湖の騎士を捕縛する。

 現状ではそれは最善の策と思われ、決して悪手とは呼べないだろうが、彼らの認識はまだ甘かった。

 湖の騎士シャマルと闇の書、この二つが揃った時、凶悪極まる連携が完成する。

 それを、彼らは思い知らされることとなる。









新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  強壮結界外部   PM6:55



 「リンカーコア、蒐集」

 『Sammlung. (蒐集)』

 湖の騎士シャマル、彼女は強装結界からかなり離れた場所に位置し、“旅の鏡”を二つ同時に展開、武装局員のリンカーコアをその両手によって抉り出していた。

 さらに、抉り出されたリンカーコアは彼女の胸の前に浮いている闇の書へと吸収されていき、無地であったページに古き時代のベルカ語の文章が刻まれていく。

 強装結界は外部から武装局員が補強しており、そう簡単に出られるほど柔なものではない。守護騎士の逃走を封じるという点では有効な手段であることは間違いないが、逆に言えば、強装結界を維持する12人の局員達は動けないこととなる。

 そしてそれは、シャマルのリンカーコア摘出の格好の餌食となる。シグナムの攻撃と異なり、シャマルの攻撃は出所が分かりにくく、捕捉するのは困難を極める。


 「いたぞ! あそこだ!」

 だがしかし、それも強装結界内部からという前提がつく、リンディとクロノは予め結界外部に二個分隊8名を待機させてあり、Aランクの小隊長がそれを率いている。他の三騎ならばともかく、白兵戦を得意とはしないシャマルにとってはかなり厳しい数だ。

 さらに、クロノも強壮結界から外部に出て、シャマルを仕留めるべく動き出している。AAA+ランクの執務官とAランクの小隊長、さらにはBランクの武装局員8人を同時に相手にするなど、戦闘に特化したオーバーSランクの魔導師といえども辛いものがある。

 しかし、それもまたシャマルの計算の内であり、風の参謀は敵に伏兵があることを理解した上で、リンカーコアの蒐集に踏み切った。ならばそこには相応の勝算があってしかるべきであり、勝算があるからこそ彼女は大胆な攻めに出ているのである。


 「闇の書よ、守護者シャマルが命じます―――――――ここに、偽りの騎士の顕現を」

 クロノの予想通り、闇の書は湖の騎士シャマルが持っていた。それはつまり、たった今蒐集したリンカーコアを消費することによって、偽りの騎士の顕現が可能となることを意味している。

 シャマルが今蒐集したリンカーコアは6ページ。Bランクの武装局員二人分であり、健康な成人男性であり、身体も鍛えているという事実が、限界に近い蒐集を可能としていた。

 つまり、なのはに比べて彼らは限界近くまでリンカーコアを蒐集されていたということであり、やはり、民間人である少女に比べ、武装局員に対しては容赦というものがないシャマルであった。


 「な――!?」

 そして、出現した光景に対しての驚愕はどの局員のものであったか。流石の武装局員も、“闇の書を抱えた湖の騎士”が6体も同時に現れては混乱するなという方が無理であった。

 さらに、それぞれが飛行魔法で異なる方角へと散っていく。かつての騎士と異なり1体につき1ページ分が消費されており、飛行速度も速く、有する魔力も多い、咄嗟に魔力の強さによって見分けがつくはずもなく、そもそも、闇の書のページを消費して作られた偽りの騎士の見破り方はまだ検討中なのだ。


 「慌てるな! 数ではまだこちらが有利だ、一体につき一人が付き、捕捉し続け偽物かどうか判断しろ。ハラオウン執務官は既にこちらに向かっている、それまで逃がすな!」


 「「「「「「「「  了解!  」」」」」」」」


 だが、武装局員を率いる小隊長も経験豊富な強者であり、予想外の展開に対しても慌てることなく的確な指示を下していく。

 湖の騎士シャマルのリンカーコア摘出は凶悪極まりない技だが、高速で飛行している相手に放つのは流石に厳しい、強壮結界を維持している者らはともかく、シャマル目がけて距離を詰めていく彼らを捉えられるものではない。

 ならば、敵が7人に増えたところで数の優位はまだこちらにある。囲んで捕縛することは既に不可能だが、本物の捕捉さえ出来ていれば、後はAAA+ランクを誇るアースラの切り札、クロノ・ハラオウンに任せればよい。


 「逆巻く風よ―――」

 しかしこちらもさるもの、追い討ちをかけるように本物のシャマルが巨大な竜巻を発生させ、武装局員達の視界を遮る。以前と同じくほとんど威力のない張りぼてではあるが、その用途は攻撃ではなく当然別にある。


 <これなら、どれが本物の私か見分けがつかないでしょう>

 ビルの内部に身を隠しつつ、彼女は自分の作戦が上手くいっていることを確認する。強装結界のさらに外側まで広域に封鎖結界が張られているため、一般人を巻き込む危険もない。

 この点もまた、管理局にとっての地の利の悪さを示している。都市部での戦いにおいては万が一にも一般人を巻き込むわけにはいかないため、管理局は広域に渡って封鎖領域を展開せねばならず、Aランクの小隊長がその役を担っているが、彼が戦線に加われないことはこうなると響いてくる。

 かなりの広域に渡って封鎖領域を展開している小隊長は部下に的確な指示を飛ばすことは出来るが、前線に出ることは難しい。万が一彼が墜とされた場合、封鎖領域が解除されてしまうからだ。

 逆に言えば、彼が健在である限りはクロノは市街地の結界のことを気にせず全力で戦えることとなるが、彼が到着するまでの僅かの間にシャマルは容赦ない追撃をかける。


 「つ か ま え た」


 彼女の表情が冷たい笑みを浮かべる。ヴィータをして、“シャマル怖え”と言わしめる夜叉の笑みである。


 「さらに、6ページ」

 湖の騎士シャマルの両手に、さらなるリンカーコアが握られている。既に彼女の手によって、四人の武装局員が散ることとなった。









同刻  第97管理外世界  海鳴市  強壮結界内部




 現場指揮官である黒衣の魔導師がシャマルに対処するために強壮結界の外部へ出た瞬間を、待ち構えていた者がいる。


 <シャマルは、上手くやっているようだな>

 ヴォルケンリッターが将、剣の騎士シグナム。

 彼女の方からは強壮結界の外側の様子を探ることは出来ない。シャマルに対して念話を飛ばすことは可能だが、リンカーコアの摘出を行いながら武装局員を相手にしているであろうシャマルには、外側の状況を教えられる余裕はあるまい。

 だが、クラールヴィントの一つがシグナムの手にある以上、その逆は可能である。シャマルが外部から観察し、タイミングを計ることで彼女らの策は完成を見る。


 そして―――


 【シャマルの合図に合わせ、私とヴィータで結界を破壊する。それまでは個々で相手をすることとなるが、主が鍋を完成させるまであまり時間もない、早急に隙を作り出すぞ】


 【どうすんだ?】


 【挑んでくる敵を避けるのは騎士として褒められたことではないが、鍋を用意して待っている主を待たせる不忠に比べればさしたるものでもない。再戦を望む彼女らには済まないが、こちらが合わせられるほどの余裕は私達にもない】


 【つまり、組み合わせを替えるというわけか】

 現在、シグナム、ヴィータ、ザフィーラはそれぞれ異なる方向へ移動しており、それぞれを追う形でフェイト、なのは、アルフがついてきている。

 なのはがヴィータと一対一だと宣言し、フェイトもシグナムとの対戦を望み、アルフもザフィーラに用がある以上、当然の組み合わせではあるが、それはあくまで彼女らの都合であり、ヴォルケンリッターがわざわざ合わせる義理はない。

 そして何より、彼女らには早急に鍋を用意して待っている八神はやての元に戻らねばならないという使命がある。敵の主戦力が到着した以上は既に短時間での蒐集は不可能であり、将の判断は迅速であった。

 クロノ・ハラオウンの唯一の計算外は、八神はやてが月村すずかと共に鍋を用意してヴォルケンリッターの帰りを待っているという点に他ならず、その理由だけは、“闇の書事件”を追っているクロノに分かるはずもない。

 もしこれが夕食後ならばシグナム達もなのは達の挑戦に応じたであろうが、今は夕食前、八神家において夕食を皆で食べることは定められた掟であり、“騎士の誇りに懸けて”破るわけにはいかないのだ。

 さらに今夜は、主が家に客人を招いている。騎士達の価値観に合わせれば、客人を招いている主の下に臣下が遅れることは不忠の極み。

 何気に、なのはとフェイトの挑戦を粉砕した最大の要因は月村すずかだったりするが、それはまあ、不幸な偶然というものだろう。というより、すずかが八神家に招かれていたからこそヴィータとザフィーラが早めに帰ってきて、管理局に捕捉されることになったのであり、必然と言えば必然であった。


 【私が白服の魔導師を相手にする。ヴィータは敵の守護獣を、ザフィーラはテスタロッサを叩いてくれ、主はやてと鍋のために】


 【分かった。あいつには悪いが、はやてと鍋のためだ】


 【了解だ、では、一旦合流するぞ、主と鍋のために】


 それまで、戦闘区域を離すように移動していた三人が急激に方向を転じ、一箇所に合流するべく動き出す。

 全ては主と鍋のため、ヴォルケンリッターは一対一の矜持を捨て、速攻で勝負を決めに出たのである。




■■■



 「………どういうことだ?」

 さらに二人の武装局員がやられ、残り八人となったことによって、弱まった強壮結界を固め直しながら三騎の動きを観察していたユーノは突然の行動の変化に疑問を覚える。

 だがしかし、ユーノの本分は戦闘指揮ではなく、敵の戦略を読み取ることを得意とはしていない。彼の頭脳は明晰であり、大抵の事柄ならば察知しえるが、戦場における駆け引きというものは特殊なものであり、何よりも経験がものを言う。

 こうなると、ヴォルケンリッターを捕えるための強壮結界も、戦闘要員と現場指揮官を分断してしまうという副作用が出てくる。四人全員が高度な戦略眼を有しているヴォルケンリッターと異なり、全体を見渡しながら戦う能力に長けているのがクロノ一人という経験の差が響いてくる。

 レイジングハートとバルディッシュが強化された今、個々人の戦闘能力ではほぼ対等にまで迫ったはずだが、やはり戦略、戦術の面で守護騎士はなのは達の上を行く、遭遇戦における臨機応変の駆け引きでは及ぶべくもない。


 「合流するつもりなのか………でも、どうして」

 合流することで二対一の状況に持ち込めたりするのならば分かるが、それぞれをなのは、フェイト、アルフの三人が追っている現状では、合流したところで三対三にしか成りえない。


 「じゃあ、連携を………でも、彼らの戦いはあくまで一対一が基本のはず」

 前回の戦いにおいてヴォルケンリッターは高度な連携を見せたが、その戦いは一対一が基本であり、それらが組み合わさったものに過ぎない。大勢を相手にする場合ならばともかく、エース級魔導師を相手にするならば、やはり一対一でこそベルカの騎士は本領を発揮する。

 後衛型の湖の騎士ならばその限りではないだろうが、彼女は強壮結界の外でクロノが相手している。残る三騎は前衛と壁役であり、サポートよりも自らが戦うタイプ、ならば、合流したところで特に益はないはず。


 ならば、なぜ―――




■■■




 「ふん、結局やんじゃねーかよ!」


 「わたしが勝ったら、話を聞かせてもらうよ、いいね!」


 「ふんっ、そいつは、無理な話だ!」

 しばらく高速移動を続けていたヴィータだが、空中で静止し、その掌に鉄球が握られる。


 『Schwalbefliegen.(シュワルベフリーゲン)』

 鉄鎚の騎士ヴィータが得意とする遠距離攻撃魔法、シュワルベフリーゲン。


 「ふんっ!」

 だが、その対象はなのはではなく―――


 「えええ!?」

 タイミングを合わせ、近くまでやってきていたザフィーラ。

 ヴィータが放った鉄球は味方目がけて放たれ、一直線に突き進む。


 「おおおおおおお!!」

 だがそれは予定調和。自身に向かってくる鉄球をザフィーラは渾身の一撃でもって蹴り返し、その方角はなのはでも、ザフィーラを追っていたアルフでもなく―――


 「フェイトちゃん!」


 「―――!」

 『Defensor.』

 シグナムを追う形で飛行していたフェイト、予想もしなかった方角からの奇襲に驚愕する彼女だが、バルディッシュは即座に防御し、カートリッジによって強化された障壁はシュワルベフリーゲンをものともせず弾く。


 「紫電―――」

 しかし、ヴォルケンリッターの連携はそこで終わるほど優しくはない。レヴァンティンがカートリッジをロードし、炎の魔剣の刀身に炎熱変換された魔力が満ちる。

 その一撃を身をもって知るフェイトは回避すべく距離を取ろうとするが―――


 「なのは!」


 「一閃!」

 その一撃はフェイトではなく、瞬時に距離を詰め、なのは目がけて放たれた。


 『Protection Powered.(プロテクション・パワード)』

 「レイジングハート!」

 だが、閃光の戦斧と同様、魔導師の杖もまた奇襲に対して即座に対応して見せた。シグナムの紫電一閃を真正面から受け止め、徐々に削るように押し込んでくる刀身をなのはへ触れさせることなく―――


 『Barrier Burst.(バリアバースト)』

 展開したバリアを破裂させることにより、爆風と衝撃を発生させ距離をとる。砲撃魔導師であるなのはにとって距離を詰められることは鬼門であり、剣士であるシグナムと接近戦を行うのは無謀を通り越して愚行でしかない。


 「アイゼン!」
 『Explosion.』

 ヴィータもまた、機を逃さず追撃へと移る。一人に対して二人がかりで挑むのはベルカの騎士の戦いではなく、彼女の狙いも当然なのはではない。


 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』

 「でえええええええやあああぁぁ!!!」

 さらに、ヴィータを呼吸を合わせ、ザフィーラもまた追撃に移り―――


 「はああああああ!!!」

 ヴィータとザフィーラは空中で交差するようにすれ違い、ヴィータによる鉄鎚の一撃はアルフへと、ザフィーラの拳はフェイトへと叩き込まれる。


 「く、ううう―――」

 アルフはラウンドシールドを持って対抗するが、ラケーテンフォルムは噴出機構のエネルギーによる大威力突撃攻撃を行うための強襲形態。なのはやユーノのバリアも砕いており、まともに受けてはどう抵抗しようとも破壊される。


 「舐めるんじゃないよ!」

 だが、アースラ組とて何の研究もしていないわけではない。なのはならばプロテクション・パワードで受け止める予定であったように、アルフもまた一応の対策を練っている。

 アルフが取った方策は受けとめることではなく、拳によって攻撃軌道を逸らすこと。武器を持たない彼女は攻撃レンジが短い代わりに、懐に入り込まれても防御が可能という利点があり、それを最大限に利用し、グラーフアイゼンの打突部分ではなく、柄の部分に拳を叩き込むことで薄皮一枚の回避を成功させる。


 「バルディッシュ!」
 『Haken Form.(ハーケンフォルム)』

 ザフィーラに対してフェイトがとった対抗手段は、アルフのそれよりもさらに攻撃的なもの、早い話がカウンターであった。

 バルディッシュ・アサルトの近接戦闘用の形態であり、以前のサイズフォームに比べ魔力刃のサイズアップと魔力密度・切断力の強化が図られ、後方に姿勢制御を行うフィンブレードを3枚増設されているハーケンフォルムによる一撃。


 「―――せい!」

 だがここで、少々奇妙な事態が生じる。

 ザフィーラがフェイト目がけて拳を放ち、フェイトがハーケンフォルムによって迎撃する、という構図であったはずが、いつの間にやらフェイトが放った一撃をザフィーラが柄の部分に拳を叩き込むことで軌道を逸らす、という事態になっている。

 盾の守護獣の名が示すとおり、ザフィーラの戦い方は先の先を取るものではなく、後の先をとるカウンター狙いが主体。対して、フェイトは高速機動による先の先を得意とする以上、このような噛み合わせとなるのは至極当然の話ではあったが―――


 「お前の相手は、私が務める。シグナムと戦いたくば、まずは我が盾を突破することだ」


 「………」

 フェイトに対し、盾の守護獣ザフィーラが。





 「そういや、あん時バインドで捕まえてくれた礼をしてなかったよな」


 「そんなの律儀に覚えてる必要はないよ」


 「わりいな、受けた恩は倍返しがあたしの流儀なんだ」

 アルフに対し、鉄鎚の騎士ヴィータが。





 「ヴォルケンリッターが剣の騎士、シグナム。お前の友の名は聞いたが、私はお前の名を知らない、聞かせてもらえるか」


 「なのは、高町なのは」


 「高町なのは――――覚えておこう」

 なのはに対し、剣の騎士シグナムが。


 一対一が並行して三箇所で行われる三局の戦い、という点では同じであれど、管理局の魔導師達が意図したものとは異なる組み合わせによる戦いが、ここに始まろうとしていた。

 全ては、心優しき主と鍋のために。






この当時の守護騎士の優先順位

はやて>石田先生>すずか・鍋>近所の人達・爺ちゃん婆ちゃん>なのは・フェイト>管理局員

となっています。

あとがき
原作の第四話を見返していて感じたのは、アースラの武装局員達の度胸が半端ないということでした。彼らは標準的な武装局員と思われるので、そのランクはせいぜいBランク、なおかつ、空戦魔導師にとっては“至近距離”と言っても過言ではない距離で対峙していましたから、ヴィータとザフィーラが距離を詰め、全力の一撃を放てば瞬殺されること間違いない状況で、真正面から立ち向かっていたことになります。
 仮に、StS開始時点におけるフォワード四名が、リミッターなしのヴィータと正面から対峙し、いつ“非殺傷設定での渾身の一撃”が放たれるか分からない状況で下がらずに身構えていろ、と言われても多分無理ではないかと思います。スバルやティアナは災害救助部隊員として人命にかかわる現場で働いて来ましたが、その場面で求められる覚悟とはまた違うものであり、“死ぬ危険性”と“殺される危険性”は等価ではないと思います。
 Vividの三巻を読んで特に思ったのがその部分で、正々堂々のスポーツではなく、敵意、時には殺意を持って襲い来る魔導犯罪者と対峙することになる武装局員や捜査員、執務官の戦いは、“相手を倒す”ことと“仲間を死なせない”ことが両天秤になっているのか、と考えました。今はまだ、なのはやフェイトは相手を倒すことに集中していますが、正式に局員となってからは、後者の方を特に鍛えたのではないかと考えています、A’Sの段階での強さと10年という時間経過を考えると、直接戦闘における強さよりも、総合的な能力の向上を目指したように感じられましたので。
 そんなわけで、なのはやフェイトが純粋に“戦力”としてのみ働くのはA’Sが最後となるので、厨二病的な彼女らの戦闘もこの機会にやっちまおうと考えている作者ですが、頑張っていきたいと思います。それではまた。(この病気はもう治りそうもありません)







[26842] 第十七話 仮面の男出番なし
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/04/06 11:43
第十七話   仮面の男出番なし




新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  強装結界外部   PM7:00



 「スティンガーレイ!」

 S2Uより直射型射撃魔法が発射され、高速の光弾がシャマル目がけて飛来する。


 「また外れか」

 だが、撃ち抜いた騎士は霞となって消え去る、などという良質なものではなく、保有する魔力を開放して魔力爆発を引き起こすという遙かに悪質な代物であった。

 つまり、今回生成された偽りの騎士達は高速で飛行する爆弾も同然、射撃魔法が当たれば即座に爆発し、周囲の空間をジャミングし、本物を区別するためのサーチャーやレーダーの目を眩ませる。

 かといって、封鎖領域の外側に逃げようとするそれらを放置するわけにもいかない、闇の書は間違いなく湖の騎士が持っており、他の三騎よりも彼女を捕えることの方が優先順位が高いのだ。



 【エイミィ、どうだ?】


 【あー、駄目だ、サーチャーやレーダーが妨害されてる。それに、新たに三体出てきたよ】


 【これで、残る武装局員は7人か………】

 シャマルのリンカーコア摘出と闇の書、その恐るべきコンボは強装結界を維持している武装局員達を、湖の騎士のエネルギー源へと変えてしまっていた。

 リンカーコアを蒐集し、それによってダミーを作り出し、姿を眩ます。ダミーが潰され、本物が捕捉されそうになればまたリンカーコアを蒐集し、ダミーを生成、この繰り返しだ。


 【どうする?】

 エイミィの問いは、強装結界をこのまま維持するか、それとも解除するかというものだが、結界の解除は守護騎士を取り逃がすこととほぼ同義である。


 【まだ早い、トール、準備は?】


 【メディカルルーム、手術準備完了、“命の書”と“ミード”の調整も済みました。武装局員全員の定期検診におけるリンカーコアのデータが届いておりますので、即座に手術可能です。仮に20名全員がリンカーコアを蒐集されようとも、三日あれば職場復帰が可能かと】

 リンカーコアの治療は事前の調整がものを言う。なのはの場合は緊急であり、やはり応急手当に近い部分があったが、武装局員は全員が定期健診を行っており、守護騎士に蒐集されるリスクを覚悟した上で任務に当たっている。

 そして、後方の備えが万全であれば、前線もリスクを恐れずに大胆な行動に出られる。このまま時間をおけば蒐集された武装局員の命が危ないのであれば、無念ながら撤退という判断になっていたかもしれないが、治療設備が整っている時の庭園が作戦本部である以上、多少の無理も利く。


 【ユーノが内部から強装結界を補強してくれているから、その間に何とか湖の騎士を捕縛する】

 新たに三体のダミーが作られ、合計15体に達しているが、クロノと武装局員達は既に7体を破壊している。

 つまり、生成速度よりも破壊速度の方が上回っているのであり、クロノが率いている8名を撃破出来ない以上、この天秤は崩れない。クロノが到着し、より高度な連携が取れるようになったことも拍車をかけている。


 【根比べ、だね、腕の見せどころだよ、クロノ君】


 【最善を尽くす】


 【うん、こっちも全力でサポートするよ】

 通信を行っている間にもクロノは全速で飛行し、ダミーをさらに一体捕捉する。近づけば動きからして本物でないことも分かるが、破壊しておかなければ後でどのような不具合が出るか分からない、湖の騎士は策謀に長けた参謀なのだから。


 「スナイプショット!」

 ダミーを破壊し、マルク分隊とラム分隊に指示を出し、湖の騎士に対する包囲網を構築していく。

 ダミーは封鎖領域外部へ逃げようとしているが、リンカーコアの蒐集とダミーの生成を行っている本物はそれほど動けないはず、ダミーの発生地点がほぼ一定の区画に限定されていることもそれを示している。

 そう思わせておいて、脱出を試みるダミーの中に本物が潜んでいる可能性も捨てきれないためダミーは全て叩いているが、それを加えてもなお、アースラの方が数の上で優位に立っており、ダミーの数は減り、包囲の輪は狭まりつつある。

 闇の書を操り、悪辣な策を展開する風の参謀と、部下を率いて彼女を追い詰める黒衣の魔導師。

 派手な砲撃も強力な近接の一撃もない頭脳戦は、徐々に終局へと向かっていく。











同刻  第97管理外世界  海鳴市  強装結界内部




衝突する桜色の魔力光と紫色の魔力光。


 ミッドチルダ式の魔導師と、ベルカの騎士の戦いは激しさを増し、各々の得意とする戦術を展開していく。


 「アクセルシューター!」
 『Accel Shooter.』

 レイジングハートの先端より、12発の光の帯が射出される。それは現状におけるなのはの最大発射数であり、誘導力・威力・貫通力もディバインシューターより格段に上がっており、かつ、相手の攻撃も迎撃可能、中距離戦においては攻防一体の陣となる新型魔法。


 「つあっ!」

 迫りくる誘導弾を、シグナムは炎熱変換された魔力を纏わせた一閃にて弾き飛ばす。カートリッジのロードはされていないが、純粋に彼女の魔力が込められるだけで、レヴァンティンは危険極まりない凶器と化す。


 「―――追って」

 だが、なのはの誘導弾は強く、速い。シグナムの一撃を持ってしめても砕くことが出来ず、弾かれた光弾は魔導師の杖の制御に従い、再びシグナム目がけて飛来する。


 「ふっ」

 四方からは迫りくる光弾を弾くのは難しいと判断した彼女は、上方への離脱を試みる。もしなのはがレイジングハート・エクセリオンを用いた訓練を十分に積んでいれば上方からも誘導弾が殺到してきたであろうが、なのはが生まれ変わったレイジングハートを持つのはこれが初めてであり、いわば試運転なのだ。

 もっとも、カートリッジシステムを搭載したレイジングハート、を扱う訓練は“ミレニアム・パズル”による仮想空間(プレロマ)において行っているため完全に初心者というわけではないが、管制機が語ったように、身体で覚える部分まではフィードバックさせられないため、若干の齟齬が生じている。

 だからであろうか、上方に離脱したシグナムを追う誘導弾の動きはやや直線的なものとなり、シグナムが一度に迎撃する機会を与えてしまった。


 「レヴァンティン!」
 『Sturmwinde. (シュトゥルムヴィンデ)』

 シュベルトフォルムの刀身から衝撃波を打ち出す攻防一体の斬撃。

 シグナムが主に相手の飛び道具を撃ち落とす際に用いる攻撃であり、純粋なミッドチルダ式魔導師であるなのはに対してはかなり有効な手段と言える。

 放たれた衝撃波は12発の誘導弾を砕き、シグナムは休むことなくなのはへと肉薄していく。


 「――――!」

 12発のアクセルシューターは、現状におけるなのはの最大発射数、これが防がれたということは、シグナムはなのはの攻撃を凌ぎながら間合いを詰めることが可能であることを示しており、彼女の侵攻を止めるならばバスター級の破壊力が必要となる。

 しかし、ディバインバスターは発射までに多少時間がかかり、なおかつ誘導性能を持っていない。十分に引きつけた上で放つことが出来れば決め手となるが―――


 「シュランゲバイゼン!」
 『Schlangeform.(シュランゲフォルム)』

 レヴァンティンの第二形態、連結刃がそれをさせない。シュランゲフォルムは威力よりも間合いを制することに主眼が置かれた形態であり、複雑極まりない刃の群れがなのは目がけて飛来する。


 『Axelfin.(アクセルフィン)』

 射撃型であるなのはにとって、間合いを詰められることは致命的。剣士であるシグナムと戦うならばなんとしても距離を取らねばならず、万が一デバイス同士の打ち合いになってしまえば、レイジングハートのフレームが持たない、バルディッシュと異なり、近接を想定されたデバイスではないのだ。

 これがグラーフアイゼンであれば、柄の部分と打ち合うことも可能だが、レヴァンティンは剣であり、刀身全てが刃。一点の破壊力ならばグラーフアイゼンに劣るが、なのはにとってはむしろこちらの方が厄介であった。


 「逃がさん!」

 『Schwertform.(シュベルトフォルム)』

 伸びきった連結刃を一旦戻し、シュベルトフォルムとなったレヴァンティンと共にシグナムは高速で間合いを詰める。

 “近づいて叩き斬る”ことが戦術の基本である以上、シグナムの間合いを詰める技術はヴォルケンリッターの中でも最上である。ヴィータの場合はラケーテンフォルムのロケット加速による強襲が可能なため、シグナム程にはその技術に長けておらず、ザフィーラの基本は“待ち”だ。

 先の戦いにおいて、シグナムは機動力において自分を上回るフェイトに容易く接近し、紫電一閃を決めている。シュワルベフリーゲンなどの誘導弾や遠隔攻撃を持たないシグナムは、まさしく接近戦のエキスパートといえる。

 とはいえ、彼女にも遠距離攻撃がないわけではない。ただしそれはフルドライブ状態での渾身の一撃であり、まともに喰らえばなのはは死ぬ。非殺傷設定というものが存在しない現在のレヴァンティンの最強の一撃は、不殺の誓いを持つシグナムにとって禁じ手に近いものだ。


 「速い!」

 しかし、それがなくともシグナムは強い。攻撃の威力や速度もさることながら、何よりも戦術の組み立てが優れている。これがフェイトであれば一度直接戦っているため対処のしようもあり、現にフェイトはそのつもりで修練を行っており、なのははヴィータとの再戦を期して訓練していたが―――


 「はああ!」

 『Protection Powered.(プロテクション・パワード)』

 「くうっ!」

 シグナムと戦うための訓練が、十分であるとはいえなかった。

 甘いと言えば甘いのであり、なのはがヴィータに再戦を申し込んだところで向こうが応じる保証などなく、むしろ、相手の不利はこちらの有利、なのはがヴィータとの戦いを想定していたならば、それを外す方が戦略としては正当だ。

 だが、ヴォルケンリッターは一流の戦闘者であると同時にベルカの騎士でもある。真正面からぶつかれば拒むことは難しいだろうと、執務官であるクロノやリンディですら想定しており、それは正しい洞察であった。


 <主はやてと鍋のため、時間はかけられん!>

 ただし、ヴォルケンリッターにそれ以上に大切な事情があることまでは、いくら優秀なアースラ首脳陣とはいえ読み取ることは出来なかった。管制機に至っては論外であり、機械である彼にとってそのような条理に合わない“人間の心”こそが最大の鬼門、45年をかけて積み上げた人格モデルを以てしても、人間を計るにはなおも足りない。


 『Schlangeform.(シュランゲフォルム)』


 主の意図を察し、炎の魔剣レヴァンティンが形状を変える。

 鉄鎚の騎士ヴィータと鉄の伯爵グラーフアイゼンのラケーテンハンマーによってバリアが砕かれ、本体すら破損させられたレイジングハート。

 その轍を踏まないよう、カートリッジによって強化された魔力を用いて障壁を展開し、さらに、激突点に魔力を集中できるよう改良を加えたプロテクション・パワード。これならば、ラケーテンフォルムの一撃にも当たり負けることはない。

 そしてそれは、レヴァンティンにも適用されるものであり、先の衝突においては紫電一閃を防ぐことに成功しているが、あくまで正面からの攻撃に限っての話。障壁の死角となっている後方へ回り込むように連結刃が展開し、なのはを後ろから襲う。


 「あぐっ!」

 『Master!』

 シュベルトフォルムからの強力な一閃から、連結刃への繋ぎ。鉄鎚の騎士のラケーテンフォルムからはあり得ない連携であり、ヴィータに対抗するために編み出された防御では、シグナムには抗しきれない。


 そして同様のことは、他二つの戦場においても言えた。




■■■




 「おらあああああああ!!」


 「くうっ!」

 鉄鎚の騎士ヴィータと、橙色の使い魔アルフ、この二人の戦いはほぼ一方的といえる様相を見せている。

 ヴィータの戦術は単純明快、加速と一点突破に特化したラケーテンフォルムによってアルフに肉薄し、ひたすら攻撃するというものだ。

 これは、ヴィータの速度が相手を上回っているからこそ可能な戦術であり、相手がなのはやフェイトであればこの戦術はとりようがない。なのははヴィータとほぼ互角の飛行速度を誇り、ヴィータが突進すれば誘導弾が背後から襲ってくることになるだろうし、彼女の防御はカートリッジを得てさらに堅くなっている。

 また、フェイトが相手ならば正面から突撃するだけでは捉えられない、純粋な速度においてフェイトはヴィータを凌駕しており、さらには射撃魔法もなのは程の誘導性はないが放ってくる。

 だがしかし、アルフの戦闘スタイルはザフィーラと似通っている部分が多く、基本的に彼女はフェイトのサポートとして動いている。そのため、防御力やバインド、近接格闘など、フェイトが担えない部分は得意となるが、フェイトが得意とする分野では少々弱い。

 つまるところ、ヴィータはフェイトとはそれほど相性が良くはないが、それだけに使い魔であるアルフとは相性が良いということだ。使い魔が主の能力を補完するような特性を備える以上、これは当然の理とも言える。

 なお、同じ理屈で、なのはに対して相性の良いシグナムは、ユーノのような搦め手を得意とするタイプを苦手としている。彼女の技は全てが直接攻撃系で占められているため、直接攻撃系魔法を持たないユーノとは真逆であり、シグナムの剣が空回りすることになりかねず、相性が良いとは言えない。


 「ラケーテン―――」


 「やば!」

 そして、ヴィータを有利に傾けている最大の要因が、グラーフアイゼンの一点集中した破壊力だ。アルフはシールドやバリアの形成を得意としており、広域殲滅魔法などに対しても強固な障壁によってフェイトを守り切ることを可能とする。

 しかし、彼女はミッドチルダ式の使い手であり、古代ベルカ式との戦闘経験が少ない、というかこれまで皆無であった。リニスの教育内容にもアームドデバイスで襲い来る古代ベルカ式への対処法という項目はなく、破壊力が一点に凝縮されたラケーテンハンマーの一撃はアルフにとって鬼門と言えた。

 とはいえ、彼女とて無策ではなく、最初に実現させたようにグラーフアイゼンの柄に拳を叩き込むことで何とか紙一重で回避していくが―――


 「せえい!」


 「ぐっ!」

 紙一重である以上は、かすることもあって然り。回を増すごとにヴィータの攻撃は鋭くなっていき、直撃こそ避けているが、シールドでかろうじて逸らす場面も増えてきた。


 <こいつも、学習してる>

 アースラ組がヴォルケンリッターを研究してきたように、彼女らもまたアースラ組を研究している。それこそが、魔導犯罪者がロストロギアの暴走体や、魔法生物などに比べ厄介とされる由縁であり、つまるところ、人間の最大の長所とは身体能力ではなく、学習能力ということだ。

 次元世界には数えきれないほどの生物がおり、中には人間を遙かに超える力と知能を持った生物もいる。真竜などは最たる例だが、そのような彼らと比較した場合においても、人間以上に学習能力に特化した生命体は確認されていないのだ。


 「同じ防御で凌ぎきれるほど、ベルカの騎士は甘くねえ!」


 「だったら、同じ攻撃ばかりであたしを倒せると思わないことだね!」

 故にこそ、時空管理局にとって最大の脅威とは、ロストロギアでも魔法生物でもなく、人間に他ならない。広域次元犯罪者などはほんの数年を置いただけで、現行の管理局システムの穴を突き、違法行為を当然の如く行っていく。ロストロギアや魔法生物は対処法が確立すればそれまでだが、人間の犯罪者は違う。

 闇の書が破壊不可能とされる最大の原因は、必ず人間が使うからに他ならない。そこに人間の悪意というものが混ざっていなければ、闇の書は今頃永久封印されていたことだろう。

 そして、闇の書の一部であるヴォルケンリッターもまた、管理局にとっては厄介極まりなく、一度は捕縛することに成功した手段も、二度目はあり得ない。最初の戦いにおいてヴィータをバインドに捕えることに成功したアルフも、この戦いでは一度も成功していない。


 <このままじゃジリ貧だ、何とかしないと>

 局面を打開する手法を探りつつ、アルフは防衛戦を続ける。というより、攻勢に出ることをヴィータが許さない。

 こちらの戦いもまた、守護騎士の有利に進みつつあった。







■■■


 『Plasma Lancer.』

 閃光の戦斧の音声が響き渡り、黒いバリアジャケットを纏った少女の周囲に、8個のスフィアが形成される。


 「プラズマランサー、ファイア!」

 それは、バルディッシュ・アサルトによって強化されたフォトンランサーの発展型の直射型射撃魔法。

  フォトンランサーと比べ発射された弾自体に強度があり、目標に命中しなかった場合も「ターン」のキーワード(遠隔操作)で方向転換し、再度目標へ向けて攻撃が可能となっている。

 さらに、クロノのスティンガーブレイドと同様、発射時及び再発射時に、弾体の一つ一つを環状魔法陣が取り巻くことで加速発射を可能としている。フェイトのプラズマランサーにファランクスシフトの特性を加えたものが、クロノのスティンガーブレイド・エクスキューションシフトと呼べるだろう。


 だがしかし―――


 「はあああ!」

 弾の速さも、命中しなかった場合に方向転換するという特性も、“受け止められた”場合は意味をなさない。

 盾の守護獣、ザフィーラの障壁はまさしく鉄壁であり、フェイトの射撃魔法では貫くことは敵わない。それを成そうとするならば、プラズマスマッシャーのような砲撃魔法が必要となる、いや、果たしてそれでも貫けるかどうか。


 「バルディッシュ!」
 『Haken Form.』

 それならばとハーケンフォルムによって高速機動からの強襲を仕掛けるフェイトだが―――


 「………」


 鉄壁の構え

 ザフィーラはあくまで防御の構えを崩さず、迎撃ではなく守勢に徹する。

 フェイトの攻撃は重さよりも切れ味や速さを重視したものがほとんどである。電気変換の資質を有しているため当たれば行動不能に陥らせるほどのダメージを与えることが出来るが、積み重ねによって盾を砕く、ということには向いていない。

 故に、バルディッシュの一撃は彼の防御を貫けない、さらに、それだけではなく―――


 「裂鋼牙!」

 敵の攻撃を防ぎ、最も技の出が早い直進型の魔法攻撃、裂鋼牙で瞬時に反撃する後の先こそ、ザフィーラの基本スタイルである。無論、連携は多種多様に存在するが、この組み合わせが基本であることは間違いない。


 「せい!」

 持ち前の速度を利してザフィーラの攻撃を躱し、即座に迎撃を試みるフェイトだが、クロスレンジにおいてはバルディッシュを振るうフェイトよりもザフィーラの方が早い。


 「裂鋼襲牙!」


 「うあぁぁ!」

 とはいえ、フェイトの速度は尋常ではなく、ザフィーラも十全に魔力を込めた拳を放てているわけではない。培われた戦闘経験によって彼女の動きを予測し、そこに拳を中てているだけ、という表現が的確だろう。

 しかし、フェイトの防御も厚いものではないため、それだけでも十分な効果が見込める。さらに、高速機動を行うフェイトの魔力消費は、空中で静止して防御と反撃に徹しているザフィーラのそれよりも遙かに大きい。

 このまま戦えばスタミナ切れになることは間違いなく、遠からず痛烈なカウンターを受けてしまうことになるだろう。今のザフィーラの反撃でさえ、フェイトの薄い装甲では無視できないダメージとなって蓄積している。


 <でも、速度ならわたしが上、振り切って、なのはやアルフを助けに行ける>

 フェイトも自分と敵の相性が悪いことを悟っており、一旦引いて合流すべきではないかと考える。

 アルフならば、ザフィーラと互角の格闘戦を演じることが出来るし、砲撃に特化したなのはならば、純粋な威力でザフィーラの防御を貫けるかもしれない。

 三人の中で、最もザフィーラと相性が悪いのは高速機動からの近接攻撃と、射撃、砲撃を組みわせたヒットアンドアウェイを旨とする自分だ、ならば―――


 【なのは、アルフ、この組み合わせはまずい、一旦合流して相手を替えないと】


 【でも、シグナムさんはそう簡単には振り切れそうにないよ、連結刃が、どこまでも追ってくる】


 【こっちもきつい、残念だけど、速度はこの鉄鎚野郎の方が上だ】



 フェイトと同様の感想はなのはとアルフもまた有していたが、間合いを詰めて襲い来るシグナムと、ジェット噴射の加速によって突っ込んでくるヴィータを振り切って合流するのは容易ではない。


 【わたしから行くよ、彼の速度よりわたしの方がずっと速いから、離脱だけなら簡単に出来る】

 ヴォルケンリッターの布陣における唯一の隙、ザフィーラは確かにフェイトにとって倒し難い相手ではあるが、逃げにくい相手ではない。むしろ、離脱を目的とするならば、三人の中で最もやりやすい相手だ。


 【距離的にはなのはの方が近いから、まずはそっちに行く】

 彼女達もまた、ヴォルケンリッターと戦うにあたって戦術というものの重要性を実感し、時間が許す限りクロノから教えを受けていた。

 自分の目の前の相手だけに拘らず、全体を見ながら戦うことが出来るようになりつつあるのは、僅か数日という時間を鑑みれば、目覚ましい進歩であると言えるだろう。


 だがしかし、敵の戦闘思考レベルに合わせて戦略を決定するのが一流の指揮官というもの。

 烈火の将シグナムと、参謀である湖の騎士シャマルは、彼女達がその程度の判断を出来るようになったであろうことを見越した上で、その上を行く戦略を用意していたのである。










新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  強装結界外部  ビル屋上 PM7:07





 「捜索指定ロストロギアの所持、及び使用の疑いで、貴女を逮捕します」


 「………」

 結界外部で行われていた虚像と実像が織り交ざった頭脳戦は、綱渡りのような駆け引きの末に、とあるビルの屋上において決着を見ていた。

 その間にさらに一名の強装結界担当の武装局員がリンカーコアを引き抜かれたが、その犠牲を無駄にすることなく、クロノと小隊長、8名の武装局員達はシャマルを包囲することに成功していた。

 湖の騎士シャマルが空間魔法に長けていることは最早周知の事実であり、武装局員8名が転移を封じるための結界を構築し、その内部でクロノとシャマルが対峙、小隊長はさらに外側で封鎖領域の維持に当たっている。


 「抵抗しなければ、弁護の機会が貴女にはある。同意するならば、武装の解除を」

 “旅の鏡”による逃走は封じられ、闇の書を使うだけの余裕もない。クロノはシャマルの数メートル先におり、こちら目がけてS2Uを向けている。

 他の三騎ならばこの状況からでも正面突破を図れるが、後衛であるシャマルには不可能な芸当、そも、彼女が直接アースラの主戦力と対峙する状況になっている時点でほとんど詰みなのだ。

 それを誰よりも知っているからか、彼女の周囲には観念したような、もしくは悲観的とも言うべき空気が漂っている。


 「ええ…………そうします」

 そして、投降の意を示すように手を上げ、指に収まっていたデバイス、クラールヴィントの一つを取り外す。


 <一つ、足りない?>

 だが、歴戦の執務官であるクロノはその違和感に即座に気がついた。彼はレイジングハート、バルディッシュ、S2U、そしてトールが記録していた前回の戦いの映像を何度も見返しており、湖の騎士の指に収まっているデバイスが四つであることを確認している。これは、クラールヴィントと同調したトールからも裏が取れている。

 後衛である彼女が単独で動いていたというのに、そのデバイスが一つ足りない、それが意味するものとは一体何か。

 さらに―――


 「どうぞ」

 コインでも投げるかの様な自然さで、シャマルは指から外したクラールヴィントを、山なりにクロノ目がけて放り投げる。

 ほぼ反射的に、一瞬クラールヴィントを目で追ってしまったクロノ、しかし即座にシャマルに視線を戻した瞬間、“それ”はやってきた。


 







新歴65年 12月7日 第97管理外世界  海鳴市  強装結界内部  ビル屋上 PM7:06



 クロノがシャマルを包囲し、投降を促す瞬間より数えて僅かに1分ほど前。

 強装結界内部においても、戦局に大きな変化が表れていた。


 「ハーケンセイバー!」

 バルディッシュ・アサルトのハーケンフォームの刃を飛ばし、飛翔しながら高速回転して円形状に変化する魔力刃による、高い切断力と自動誘導の性能を持つ魔法。

 この局面でフェイトがこの魔法を選んだのは、威力よりも自動誘導という特性を考慮したためであり、通常は自動で敵に向かうハーケンセイバーと高速で飛翔するフェイトが同時に襲いかかるが、攻撃ではなく離脱のための時間稼ぎとしても利用できる。

 状況に合わせた的確な魔法運用という点で、フェイトは間違いなく成長している。流石にまだ守護騎士と同格とまではいかないが、その成長速度は末恐ろしいものを感じさせる。


 「はああああ!」


 「―――! テスタロッサか!」

 己の許す限りの全力で飛翔し、フェイトはなのはと対峙しているシグナムに対して切りかかる。流石に不意を突かれてか、シグナムも辛うじて受けたまま、一旦後退していく。


 「アクセルシューター!」

 さらに、なのはも誘導弾をシグナムではなく、アルフに突撃しているヴィータ目がけて放つ。なのはの戦場からはかなり距離を隔てた場所で戦っているアルフとヴィータだが、遠距離攻撃こそ高町なのはの十八番である。


 「またかよ!」


 「残念だったね!」

 ヴィータにとっては、ユーノに対して放った渾身の一撃を、なのはのディバインシューターによって妨害されたという苦い経験があり、図らずしもそれと似たような状況が作り出されていた。

 そして、フェイト、なのは、アルフは合流を果たし、相性が悪い敵と1対1×3という危機的状況は何とか回避される。


 【シャマル、こちらは行けるぞ】

 だがしかし、その瞬間をこそ、烈火の将は待っていた。

 彼女らの目的はこの三人を倒すことでも、蒐集を行うことでもなく、鍋を作って待っている主とその友人の下へ可能な限り早く帰還すること。

 ならば―――


 【こっちも、後30秒も持たないわ、武装局員の結界で転送系の魔法が封じられてるし、例の黒い子がこっちに来てる。流石に優秀ね】


 【そうか、ならばちょうどいい、タイミングはいつだ?】


 【私がクラールヴィントを外して、上に投げた瞬間、貴女が持っている指輪とは対になっているから、接続しているレヴァンティンが合わせてくれるわ】


 【了解だ、的が決まっているならば、我が一矢が外れることはあり得ん】


 【お願いします、リーダー】

 剣の騎士、シグナムが魂、炎の魔剣レヴァンティン。

 刃と連結刃に続く、もう一つの姿にして、最大の速度と破壊力を誇るフルドライブ状態。

 すなわち―――


 『Bogenform!』

 ボーゲンフォルム、シグナムの戦術において攻撃の核となる剣と、防御の核となる鞘、その二つが結合し、一つの弓となる。


 「え―――!」

 「な―――!」

 「に―――!」

 その姿に、アースラ陣営の三人は一瞬言葉を失う、剣の騎士と呼ばれるシグナムが弓を持つなど、流石に予想できることではなく、これまでの闇の書事件のデータにおいては、この形態は一度も存在しなかったのである。


 『Grenzpunkt freilassen! (フルドライブ・スタート)』

 カートリッジが吐き出され、レヴァンティンがその全力を開放、すなわち、主のリンカーコアを100%稼働させるフルドライブモード。

 非殺傷設定が存在しないデバイスにおいて、フルドライブを機能させることは、己の力の全てを敵を殺すために費やすことを意味する。シグナムもヴィータも、相手を殺さないように意識の一部を力の制御に費やしているが、フルドライブ状態ではそのような加減は効かなくなる。

 それ故に、八神はやてが主である守護騎士にとって、フルドライブは人間相手に使えるものではない。ただし、放つ相手が人間ではないならば、その限りではないのだ。


 「我が一矢、いかなる壁をも貫き通さん!」

 壁、まさしくシグナムが狙いを定めているのはそう表現できる。

 武装局員が形成し、本来は12人で外側から固めていたが、6人がリンカーコア摘出の餌食となったため、ユーノ・スクライアが内部から補強しているヴォルケンリッターの逃走を封じるための強装結界。

 守護騎士の中で、それの破壊を可能とするのは二人。剣の騎士と鉄鎚の騎士のフルドライブ状態における渾身の一撃に他ならない。

 烈火の将シグナムが、顕現させた矢に火炎を凝縮させ、必滅の一撃を解き放つ瞬間を計る。

 そして、ほんの数秒の時間を置いて―――


 【今よ!】

 湖の騎士が、“的”を放り投げ、その時が訪れる。


 「駆けよ! 隼!」
 『Sturmfalken!(シュトゥルムファルケン)』

 結界・バリア破壊の能力を持つ、灼熱の炎を纏いし矢は音速の壁を越えて飛翔し、強装結界へと命中、それを突きぬけ、さらにその先へ。

 無論、その先に存在する“的”とは―――







同刻  海鳴市  強装結界外部  ビル屋上 



 「! 総員! この場から離れろ!」

 その奇襲を彼が察知できたのは、湖の騎士の指輪が少なかったことに違和感を覚え、その理由を考えていたからか、それとも、積み重ねられた戦闘経験によるものか。

 いずれにせよ、クロノ・ハラオウンは強装結界を突き抜けたことで音速を超える領域に比べれば減速し、威力もある程度落ちている灼熱の矢が飛来することを感知し、武装局員へ退避命令を出すことに成功していた。


 「クラールヴィント、“旅の鏡”を」
 『Jawohl.』

 しかし、シャマルが残り二つの指輪によって自分を転送するための“旅の鏡”を顕現することまでは止めようがなかった。“旅の鏡”を展開したところで、武装局員の張った転送封じの結界がある限り、離脱は不可能であるが。


 「「 うわあああああああああ!!! 」」

 ちょうど、矢が飛来した方向にいた武装局員の悲鳴が響き渡ると同時に、結界へ着弾した矢が爆発し、爆炎と衝撃波が発生。結界破壊の能力を持った矢は、武装局員の転送封じの結界を消滅させ―――


 「さよなら」

 数秒に満たない僅かの隙に、湖の騎士シャマルは戦場から離脱を果たしていた。


 「―――逃がしたか」

 爆炎が張れる頃には、シャマルが“的”として放り投げたクラールヴィントの一つも周囲にはなく、闇の書もまた当然のことながら、湖の騎士と共に姿を消していた。






同刻  海鳴市  強装結界内部   




 「まずい、補強を!」

 シグナムが放ったシュトゥルムファルケンによって穴を穿たれた強装結界は、罅の入った盾も同然であったがまだ辛うじて機能を留めていた。

 シュトゥルムファルケンの爆発そのものはシャマルの転送魔法を封じていた結界に対して用いられたため、強装結界は一部分が貫通するだけで済んでいた、なのはのスターライトブレイカーのように、“結界の完全破壊”という特性を有しているわけではないのだ。

 そして、穿たれた穴をユーノは即座に補強する。Aランクという彼の魔力を考えればどういう理屈で可能とするのか疑いたくなるが、ギャレットが言ったように、総合ならばAランクであっても、結界魔導師としてならばAAA、下手をするとAAA+ランクに相当するのかもしれない。

 だがしかし、そんな彼を嘲笑うように、ヴォルケンリッターの第二の槍が放たれる。


 「アイゼン!」
 『Gigantform!(ギガントフォルム)』

 鉄鎚の騎士ヴィータと、鉄の伯爵グラーフアイゼン。

 この二人の砕けぬものは存在せず、守護騎士四人において最も物理破壊を得意とする一番槍こそ、彼女らである。

 グラーフアイゼンのフルドライブ状態、ギガントフォルムが顕現し、途方もなく巨大な鉄鎚へと姿を変える。こちらもシグナムと同じく、相手が人間ではないからこそ可能な伝家の宝刀である。


 「レイジングハート!」


 「バルディッシュ!」

 だがしかし、その一撃をただ傍観している程、なのはとフェイトは愚鈍ではない。ディバインシューターとフォトンランサー、彼女らの射撃魔法の中で最も発動が早いそれらを瞬時に放とうとし―――


 「縛れ――――鋼の軛!」

 彼女らにとっては完全に死角であった下方より伸びる、藍白色の杭を思わせる魔力の波動がその動きを止めていた。

 それは、先の戦いでアルフに放たれた収束型ではなく、四方から囲むように拘束の軛で対象を突き刺して動きを止める、鋼の軛の本来の使用法。


 「フェイト! なのは!」

 だが唯一、その攻撃に気付けた者がいた。以前ザフィーラと戦い、鋼の軛によって痛手を負わされたアルフは、ザフィーラが遠距離攻撃を有していることを身をもって知っており、ヴィータが巨大な鉄鎚を掲げる光景を前にしても、彼への注意を怠ることはなかった。

 三人が固まっていたことは、全員が鋼の軛の標的となることを意味しているが、同時に、守りやすくもある。障壁によって主を守ることはアルフが最も得意とするところであり、さらに守りはそれだけではなく―――


 「まずい、防御を―――」

 彼女らより遙か遠くにいるユーノ・スクライア、ヴィータの巨大な鉄鎚をその魔力を目撃し、もはや強装結界が破られるのは避けられないと悟った彼は瞬時に目標を切り替え、なのは、フェイト、アルフの三人を守るための障壁を展開させた。

 その判断は見事の一言に尽きるが、それは同時にヴィータを止められる者は最早誰もいないことを意味しており―――



 「ギガントシュラーク!」

 横薙ぎに放たれた鉄の伯爵グラーフアイゼン最大の一撃が、ヴォルケンリッターの逃走を封じていた強装結界を完全に破壊していた。










新歴65年 12月7日  次元空間  時の庭園  中央制御室  日本時間 PM7:20



 『ふむ、やはり闇の書の守護騎士にはアルゴリズムだけではない理由があるようですね』

 鉄鎚の騎士が強装結界を砕き、三騎は飛行魔法によって逃走。途中まではエイミィ・リミエッタが指揮するサーチャーとレーダーが追っていたが、再び“偽りの騎士”が現れ、判別がつかなくなった段階で追跡を中止した。

 間違いなく、先に離脱した湖の騎士が今回蒐集したページの余りを用いて顕現させたものに他ならず、使うべき時には躊躇なく使うその思いきりの良さは流石にベルカの騎士と言うべきか。


 『此度の遭遇戦、結果だけを見るならばアースラの敗北とも取れますが、得たものも多い』

 6人の武装局員が蒐集されたが、その分のページは今日の戦いでほぼ消費し、プラスマイナスは0。

 守護騎士の実力や切り札、行動理念についても数多くのデータが取ることに成功、長期的に見るならば実に有意義な成果をもたらしてくれた。


 『まだ大数式のパラメータが揃ったとは言い難いですが、それでも徐々に集まりつつある。それに、“彼女ら”もやはり動いていたようですね、偶然ではありましたが、彼女らを捕捉できたのは僥倖と言える。まあ、役目はなかったみたいですが』

 管制機は知る、老提督が何を覚悟し、どのような終焉を求めているかを。

 それ故に―――


 「………出番なかった」


 海鳴市に存在するビルの陰にて、虚しそうに呟く仮面の男の姿を、“時空管理局の誰もが知らない時の庭園独自のサーチャー”が、確かに捉えていた。

 管制機が操るサーチャーの中には“12月の第97管理外管理外世界”にいても違和感がない形態を持つ者達がいる。

 フェイト・テスタロッサが地球で暮らすことを決めた時、私立聖祥大学付属小学校に通うと決めたその時から。

 時の庭園の管制機だけが存在を知るサーチャーが、海鳴市のフェイトに関わる重要地点に中心に、多数設置されていたのである。

 余談ではあるが、高町家において、なのはがお風呂に入ることを怖がっている事実を確認したサーチャーも、それらの一つであったりする。

 そして、時の庭園が闇の書事件対策本部となっている現在においては、管理局が第97管理外世界に置いているサーチャーやレーダーもまた、彼の管制下にある。

 フェイト・テスタロッサは管制機トールがそれらを悪用しないためのある種の“保険”でもあり、彼女がハラオウン家にいる以上、トールが管理局に敵対することはあり得ない。

 だがしかし、管理局のサーチャーを悪用することと、それにばれないように時の庭園独自のサーチャーを設置することはイコールではない。

 可能な限りフェイトを見守るためにトールが放ったサーチャーは、思わぬ成果を上げていた。

 そして、それらのサーチャーの役割はあくまで“フェイトを見守る”ためのもの。

 それ故、八神はやての所在地を知りながらも、彼はこれまで八神家にサーチャーを飛ばすことはなかった。

 彼が八神家そのものの調査を開始するのは、月村すずかを通してフェイト・テスタロッサが八神はやてを知り、彼女と友達になった時より後のことになる。

 ただし、既にフェイト・テスタロッサの友人である月村すずかとアリサ・バニングス、その二名は別である。

 守護騎士と管理局の戦闘に巻き込まれることを万が一にも避けるため、守護騎士を武装局員が補足した時より、管制機は彼女らの携帯電話のGPS機能によって現在地を特定し、サーチャーを派遣していた。(専用の変換機によって、地球のなのはが本局にいるユーノにメールを飛ばせたりもするので、逆も然り)

 そして、月村すずかの安全確認のために派遣されていたサーチャーは―――


 「たっだいまー、はやて!」


 「ただいま戻りました」


 「ただいまです、はやてちゃん」


 「………」


 「お帰り皆、お鍋の準備できとるよ、グッドタイミングや」


 「お邪魔してます、シグナムさん、シャマルさん、ヴィータちゃん、ザフィーラ」


 守護騎士の行動理念の根源を、偶然ながら、探り当てることに成功していた。

 こうして闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターは――――


 主と客人が待つ鍋に、間に合ったのである。






あとがき

 これにてVS守護騎士2回戦終了ですね。原作と組み合わせを変えてみたのですが、いかがだったでしょうか?
 さて、次回なのですが、このA''s編のメインというか、最も書きたい部分があります。そして原作の『リリカルおもちゃ箱』に関連する描写がありますので、原作をやっている方から、感想、意見がいただけたらとても嬉しいです。もちろん、原作をやってない方からの感想もとてもありがたいです。
 一応予備知識として、リリカルおもちゃ箱の最終話を見ていたほうがよいかな? もちろん強制などはしませんが。ニコニコ動画で見られるはずです。




[26842] 第十八話 Song To You
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/04/09 12:10
第十八話   Song To You




新歴65年 12月7日  次元空間  時の庭園  中央制御室  日本時間 PM7:40




 【武装局員6名の治療、第一段階を終了しました。ウィスキー、ウォッカ、アップルジャックの各分隊よりちょうど2名ずつ蒐集を受けたわけですが、全員、容体は安定しており、集中治療室から一般のメディカルルームへと移しました】


 【そうか、それは何よりだ】


 【取りあえず飛行魔法が使える程度まで回復するのに要する時間はおよそ38時間、高町なのはのデータがありますから、より効率的な治療が見込めます。それに、初期の治療も定期リンカーコア健診の結果を基に行われましたから、回復は早いと予想されます】


 【回復の要は、初期治療と普段のデータの積み重ね、というわけか】


 【ええ、定期健診などは非常に時間がかかり、およそ全ての局員は面倒であると考えているでしょうが、こういう時には役に立ちます。ただ、早期の復帰が可能となるため、障害手当は見込めそうにありませんが】


 【それは言わないでおいてくれ、それに、不自由な想いをしてそれに応じた金を受け取るよりも、健康な身体がある方が良いに決まっている。君の主の研究成果も、それを望む人達のために使われているのだから】


 【確かに、これは失言でありましたね、以後、注意することと致しましょう】


 【しかし、武装局員6人がやられたか、これはまた始末書の山を覚悟しなければならないな】


 【貴方の責任とは判断しかねますが、組織というものはそのような歯車である以上、それも致し方ないのでしょうね、故にこそ管理職というものは存在する】


 【そういうことだ。時の庭園の設備のおかげで大事に至っていないが、対処を誤れば最悪、リンカーコア障害になる】


 【しかし、それが予想されるからこそ、時の庭園がここに在るのです。気にせずどんどん使ってください、フェイトも、それを望んでおりますし、治療費もこちらで負担しますから】


 【すまないな、だが助かるよ】

 シャマルによって武装局員が蒐集されていく状況において、クロノが強装結界の維持を選択した最大の理由がそれである。

 組織にとって、いかなる時も最大の課題となるのは責任問題と予算問題の二つ、責任の方はリンディやクロノが負うので擦り付け合いなどにならないが、問題は予算である。

 蒐集を受けたリンカーコアの治療を行える医療施設はそれほど多くなく、次元航行艦か本局、もしくはクラナガンくらいにしか存在しない。そして同時に、それらの設備を使用するには多額の費用がかかる。

 アースラとて管理局という機構の一部であり、闇の書事件という重大な案件に対処しているとはいえ、やはり予算は限られている。武装局員6名が蒐集を受け、その治療のために多額な費用がかかるとなれば、今後の活動を考えると少々痛い。

 しかし、その治療を時の庭園で行い、なおかつその費用をテスタロッサ家が負担するとなれば、武装局員の被害を気にせず作戦を続行することも可能となる。極当然の話だが、“費用を請求するかどうか”は医療機関次第なので、アースラが問題になることもない。とても親切な医療機関に巡り合えた、だけのこと。

 とはいえ、現在時の庭園は地上本部の管轄にあるため問題が生じるようにも思える、が、それも“ブリュンヒルト”に関する部分のみであって、その他の部分はあくまでテスタロッサ家固有の品、管理局から正式な医療行為の認可を受けた民間施設、でしかない。

 そのため、アースラスタッフが無断で“ブリュンヒルト”やその動力炉たる“クラーケン”のある区画に入ることは問題となるが、その他の施設はあくまで民間であり、家主の許可さえあれば自由に動ける。

 この場合、家主とは当然の如くフェイト・テスタロッサ、ただし、成人ではないため法的な後見人はリンディ・ハラオウンとなる。つまり、間接的ではあるものの、現在の時の庭園はアースラ艦長と執務官、ハラオウン家のプライベートスペースともいえるのである、ぶっちゃけ、反則ギリギリ、グレーゾーンど真ん中。

 その辺りの処理において、リンディ・ハラオウン、レティ・ロウラン、そして、管制機トールの間で大人の話があったのは言うまでもないが、当然の如く、なのはやフェイトには知らされていない。

 闇の書事件に少数精鋭で正面からぶつかるなら、このくらいのチートがなければやってられるか、というのがアースラクルーや武装局員達の想いであったが、時の庭園があっても状況はなおも好転せず、緊迫した駆け引きが続いている。


 【そのようなわけで、こちらは問題ありません。エイミィ・リミエッタ管制主任も既に包囲網の再構築に努めており、ウィヌ、トゥウカの両小隊は通常の配置に戻るために動いています】


 【ああ、それは直接エイミィから聞いた。艦長もそちら側で動いているから、こっちは僕に任せる、だそうだ】


 【まあ、バックスタッフによる網はともかく、守護騎士と直接矛を交える前線では、貴方以外に指示を出せる人間はおりませんからね】


 【それが最大の問題なんだが、執務官が武装隊の中隊長を兼ねるというのもあまり良い方式ではないな】


 【身体は一つですからね、私ならば、ここから二つの身体を操作することも出来ますが】


 【たまに羨ましく思うよ、自分に無いものを羨ましく思うのは、人間の性質というものかな】


 【私も、そう判断します。それ故に、あの子らの精神的ケアが必要であろうと予測します】


 【なのはとフェイトか、少し、様子を見に行ってみよう】


 【お願いします、エイミィ・リミエッタ管制主任がハラオウン家に帰宅する際にはご連絡します。彼女は現在、作戦本部にて奮闘中です】


 【分かった、とりあえず皆が揃ったら、今後の方針について話し合おう】


 【ええ、会議の場はハラオウン家でよろしいかと、細々とした情報の整理は私が引き受けますので】


 【いつもすまない】


 【いいえ、人間では退屈に感じる単調作業、それをサポートすることも我々デバイスの重要な役割です】


 『是』


 【このように、アスガルドも申しております】


 【そうか、じゃあ頼んだ、僕達は人間に出来ることをやろう】


 【それが最善です、クロノ・ハラオウン執務官】

 そして、クロノが通信を切る間際。


 【あの二人を、よろしくお願いいたします、クロノ・ハラオウン。フェイトの兄となる貴方だからこそ、この役をお願いしたい】


 【?】


 古いデバイスは、奇妙な言葉を残していた。







新歴65年 12月7日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家  PM7:45



 「アルフ、なのはとフェイトは?」

 トールとの通信を終えたクロノは、家の中のどこかにいるはずのフェイトとなのはを探そうとし、リビングでソファーに横たわっていた子犬フォームのアルフを見つけ、声をかける。

 ただ、アルフもあまり元気があるにようには見えない。どちらかというと力なく倒れ込んでいる、という感じだ。


 「フェイトの部屋にいるよ」

 果たして答えは予想通り、ただ、彼女らの現状まで予想通りではないことを祈りたい心境であった。


 「そうか、入っても大丈夫だろうか?」


 「大丈夫じゃないかい、戦闘後のシャワーは終わってるし、怪我らしいものもしてないし、身体を休めているはずだけど………」


 「何かあったのか」


 「うん、フェイトから何かこう、暗い雰囲気っていうか、落ち込みムードなオーラが伝わってくるんだよ」


 「君が力無くソファーに横たわっている原因はそれか」

 使い魔と主の間には、精神リンクというものがあり、全部ではないが主の精神状況などを使い魔は察することが出来る。

 このリンクは主から任意で遮断することが可能であり、特に、プレシア・テスタロッサという女性は己の使い魔であるリニスと精神リンクを繋ごうとはしなかった。

 ある可能性の世界においては、彼女とリニスの間にも主従の絆でもある精神リンクが繋がれているが、管制機トールが現存しているこの世界においては、彼女らは既に故人であり、それが繋がれることは永遠にない。


 「うん、やっぱり落ち込んでるみたいなんだけど、あたしには無理だ、フェイトのネガティブオーラに汚染されて、あたしの思考もネガティブになってるから」


 「ということは、ユーノが?」


 「うん、なのはとフェイトを必死に慰めてるみたいだけど、多分無理だと思うよ」


 「まあ、ユーノだからな」

 別にユーノ・スクライアという少年が口下手というわけではないのだが、普段からなのはとフェイトを気遣ってばかりの彼の言葉では、励ましではなく気遣いとしてしか受け取られない。こういう時は、オブラードに包まず事実をズバッと言ってのける人物の方が適任である。

 アルフはフェイトのネガティブオーラでダウンしているため、適任はエイミィ、ただし、彼女も不在であり、そうなるとクロノしかいない。

 最も適任であるのは、客観的事実しか述べることがないデバイスなのだが、フェイトがハラオウン家にやってきて以来、トールは直接的にフェイトの心の支えになろうとはしておらず、その役をなのは、ユーノ、クロノ、リンディ、エイミィなどに託そうとしていた。

 彼曰く、『私の命題は彼女を見守ることにあり、共に生きることではありません』とのことであり、そういった点においては、彼はフェイトの意思を斟酌することはない。彼は主から己に与えられた命題の範囲内においてのみ、フェイトの心を考え、フェイトのために機能する。

 また、レイジングハートとバルディッシュも現在沈黙しながら反省中、実に似た者主従である。


 「まあ、特訓の成果があれでは仕方ないかもしれないが、放っておくわけにもいかないな」


 「そうそう、お兄ちゃんらしく励ましの言葉を贈ってやりなって」

 なのはとフェイトの二人は、それぞれヴィータとシグナムとの再戦を想定し、“ミレニアム・パズル”の仮想空間での訓練や、それ以外でもかなりの修練を重ねてきた。

 しかし、その想いは見事に外れ、なのははシグナムに、フェイトはザフィーラにボコボコにやられる、という結果だけが残った。デバイスが大破したわけではなく、怪我をしたわけでもないが、良いところがないままやられた、という点は間違いなかった。

 どんなに強くとも9歳の女の子、落ち込むなという方が無理か、と思いつつ、クロノは部屋のドアをノックする。


 「フェイト、なのは、入っていいかい?」

 反応はない、反応はない。

 ノックを繰り返し、もう一度呼びかける。


 「フェイト、なのは、起きているか?」

 反応はない、反応はない。

 ただし、小動物が走るような音がする。


 「クロノ、入ってきて、鍵かかってないから…」

 その声は何かこう、疲れ果てたというか、縋りつくような印象を与えるほど衰弱していた。

 責任感が強い少年だけに、必死に少女達を慰めようとしたのであろうが、完全敗北に終わったことがその声だけで判断可能であった。


 「失礼するよ、って、何だアレは」


 「なのはとフェイトを具にして、布団がご飯と海苔を兼ねているお寿司、だと思う」

 俗に、す巻きと呼ばれる物体、それがフェイトの部屋の床に二つ転がっていた。

 ベッドは一つしかないので、見たところ、押し入れに仕舞われていた布団を使った模様。なのは巻きが掛け布団、フェイト巻きは敷布団によって構成されており、顔だけ布団からはみ出している。

 ちなみに、布団を巻いているのはバインドである。自分です巻きを作るにはそれしか方法はないが、見事なまでの魔法の無駄遣いであった。


 「やはり、落ち込んでいたか」


 「うん、結構張り切っていたからね、見事に空振りになった挙句、逃げられちゃったし」

 とりあえず突っ立っているだけでは何も出来ないので、まずはなのは巻きの方へ近づいてみるクロノ、アルフからの情報でフェイトがネガティブオーラを放っていることを聞き知っているため、まずは地雷を避けようという選択であったが―――


 「お父さん、お母さん、どうしてわたしなんかを産んでしまったんですか? お兄ちゃんやお姉ちゃんみたいに銃弾よりも速く走れもしないし、剣でコンクリートの壁を切り裂くことも出来ない、挙句の果てにヴィータちゃんにやられて、シグナムさんにも歯が立たないダメなわたしを……」

 甘かった、なのはを取り巻いている負のオーラも決してフェイトに劣るものではない、というか、キャラが変わっている。


 「いや、それはむしろ、君よりも家族の方が異常な気がするんだが」

 とりあえずツッコミを入れるクロノ、後半はともかくとして、前半がおかしい。人間は銃弾より速く走れる生き物ではないし、コンクリートの壁は鉄製の剣で切れる物ではないはずだ。


 「ううん、違うの、お父さんとお母さんも、お兄ちゃんとお姉ちゃんも悪くないの、悪いのはわたし、わたしだけ。わたしが何も出来ないから、わたしがいてもいなくても変わらないから、いいえ、いない方がいいから、皆わたしを見てくれないの」


 「………」

 ことは案外深刻、クロノは直感的にそれを悟った。

 高町なのはという少女が持つ強さを彼は知っているが、それ故の危うさも感じていた。ヴォルケンリッターに二度続けて敗れたことが、彼女の心の最も弱い部分を表面に出そうとしている。

 なのはが、魔法という力をそのまま受け入れ、自分の力を変えた理由。

 力を持つことへの恐怖はなく、自分が傷つくことへの恐怖もなく、何も出来ない自分をこそ恐れていたその根源。

 家族の愛に飢え、居場所を求めながらも、迷惑をかけることを恐れて何も出来ず、一人になってしまったトラウマ。

 管制機トールが、フェイト・テスタロッサと鏡合わせにように似通っていると称した、その在り方。

 不屈の心に隠された、少女としての弱さが、そこに表れていた。


 「それは別に、君のせいじゃないだろう」

 クロノ・ハラオウンは、なのはのトラウマの根源である、幼少時の高町家の家庭事情を聞き知っている。というより、あの管制機に一方的に伝えられた。

 これはあくまで高町家の問題であり、他人であるクロノが断りもなく知ってよいことではないが、“フェイトの幸せのため”に機能するデバイスはそんなことは考慮しない。フェイトとなのはが心に傷を負った際に、それを癒す立場にいる人物にはそのための情報を無理やりであろうと送信する。


 それが、管制機トールであり、彼がその情報が必要になる可能性があると計算したその時が、今訪れていた。


 「お母さんは、私達に寂しい想いをさせないように一生懸命で、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、大好きな剣術の練習まで中断して、家のことやお店のことをお手伝いしていて―――――わたしは、本当に小さくて、ひとりぼっちになってしまう時間が悲しくて―――誰も、傍にいてくれないのが寂しくて―――」

 自分は、本当はいらない子なんじゃないかと、そんなことばかり考えていて


 「だけど、それは違って―――」

 夜中に一人でとても辛そうにしていたお母さんが―――

 (なのは―――)

 わたしを見て、笑ってくれた

 (ごめんね、いつも一人で寂しいよね)

 わたしをぎゅっと抱きしめてくれて、あったかな胸に抱かれて感じたのは

 (だけどお父さん、きっとすぐに元気になるから)

 うれしさと、切なさと

 (そしたらきっとまた、家族みんなで遊びにだって行けるから)

 ただ守られて心配されて、何も出来ないまま待っているしかできない自分


 「だけど、私は何もできなくて――――悲しいことを前にしても、悲しんでいる人を前にしても、何も出来ない、あんまりにも小さくて、無力な自分が――――悲しくて、悔しくて」


 「………」


 「どうして、わたしの手はこんなに小さいの………」


 それはなのはだけが持つ想いであり、決して他人には共有は出来ない。

 だが、クロノにはその想いが理解できた。それは、クライド・ハラオウンが殉職してよりすぐの頃、クロノ・ハラオウンという少年に刻まれた、原初の想い出そのものであったから。


 「魔法の力を得て、レイジングハートと一緒に、フェイトちゃんを―――助けるって言ったのに、自分自身すら守れなくて、クロノ君やユーノ君に守られてばかりで――――わたしの手は、小さいまま………」

 高町なのはという少女が何よりも恐れる、何も出来ない自分。

 誰かに助けられることしかできない、無力な自分。



 「フェイトの方は……」

 もう一つのす巻き、フェイト巻きの方を見やると、やはり同じ症状がそこにはある。


 「わたしは何も出来ない、母さんも、姉さんも、リニスも助けられなくて―――――」

 なのはの家族が、高町士郎が大怪我を負って入院している間、一丸となって頑張っていた時、なのはが何もできないことを悲しんでいたように。

 フェイトの家族が、アリシア・テスタロッサを治療するために頑張っている時、フェイトもまた、何も出来ないことを悲しんでいた。

 だから、彼女は必死に、8歳でAAAランク相当に至る程の訓練を繰り返した、だけど、願いは届かなくて。


「なのはも………友達になるって言ったのに、なのはが危なくなったら助けるって誓ったのに、何も出来なくて、アルフとユーノに助けられただけ……」

 盾の守護獣ザフィーラの攻撃から、二人に助けられたのは事実ではあるが、ザフィーラが彼女らを攻撃したのは、なのはとフェイトを放置できない脅威と認識しているからこそ。

 だから、二人は決して足手まといでも無意味でもない。彼女らがいなくては、アースラの戦略は根本から見直しを迫られる。


 「と、口にしても聞こえそうもないな」


 「僕が何を言っても、二人とも“自分が悪い”としか返さないんだ、こんなこと初めてだから、どうしたらいいか分からなくて」


 「ふむ………」

 僅かに考え込み、そしてクロノは思い当たる。

 (あの二人を、よろしくお願いいたします、クロノ・ハラオウン。フェイトの兄となる貴方だからこそ、この役をお願いしたい)

 生まれる前からフェイトのことを知っている古いデバイスが、そう告げていたことを。


 「彼は、この子達の心を知っていたのか」


 「彼?」


 「いや、こっちの話だ」

 あの管制機が二人の少女の根源を把握しているのなら、それを彼に問い合わせれば彼女達にかけるべき答えはすぐに見つかるだろう。

 だがきっと、それではいけないのだ。彼は自分の役割は見守ることであり、共に生きることではないと語っていた。


 <フェイトの家族となる、僕達が何とかしなくてはならない、そういうことか、トール>

 まったく、あのデバイスはどこまでも主に忠実でどこまでも厳しい。

 ある意味で、甘やかすという言葉と最も縁の遠い存在なのだろう。甘やかすことがフェイトの将来に良い結果をもたらしはしないと計算したならば、彼が甘やかすことなどあり得ない。


 <いつも厳しいわけじゃない、正直、過保護な部分も多くあるし、フェイトが望む大抵のことを彼は叶えようとする>

 クロノは知らないが、フェイトのなのはと一緒にお風呂に入る、という望みを叶えるために、実にしょうもない支援を行っていたりもする。


 <だが、肝心な部分となると、彼は厳しい。まるで、普段は人間よりも人間らしく、あらゆる事態に対応できる万能な存在のようでありながら、根本の部分で融通が効かない機械仕掛けである彼そのもののようだ>

 兄、という要素はこれまでのフェイト・テスタロッサにとって無かった要素であり、管制機トールはクロノ・ハラオウンという存在を把握するため、最も多く交流を持った。

 そのためか、クロノはおそらくリンディ以上にトールという存在の根源を理解している。プレシア・テスタロッサがいない今、トールを最も理解している人間はクロノ・ハラオウンなのかもしれない。


 「彼のことばかり考えてしても仕方ないな、まずは、この子達を元に戻さないと」

 トラウマというものは実に厄介だ。

 ゴキブリや洗浄マシーンのような“軽い”ものは特に問題はないが、行動理念に結びついているものは根が深い。

 何も出来ないこと、家族を救えないこと、家族に必要とされないこと、それが二人の少女が精神に抱える最大の恐怖。

 これまでは、二人が互いに支え合うことで忘れていたが、今回は二人が同時に傷ついたことで、癒す者がいなくなってしまった。

 なのはが傷ついたならば、フェイトが支える。フェイトが傷ついたならば、なのはが支える。“わたしが傍にいる、わたしが貴女を必要としている”と、相手の目を見て伝え合う。

 そういった意味で、二人の少女は片翼の天使のようなものだ。飛ぶためには手を繋ぎ、一緒に羽ばたかねば落ちてしまう。


 「子供である今はそれでいいが、大人になったらそうはいかないか。だとすれば、家族として、兄として、僕は―――」

 クロノは、自分の過去を思い返す。

 父親を3歳の時に失い、管理局員としての仕事に忙しかった母に甘える時間はあまりなかったように思われる。

 だが、それを自分は苦に思っただろうか?


 <違うな、士官学校でエイミィに出逢うまで、そんな余裕すらなかったんだ>

 5歳の頃から、リーゼロッテ、リーゼアリアの指導の下、魔法の訓練を始めた自分。

 だが、自分には才能というものがなかった。それを理解してもなお、いつかは執務官になって、“闇の書”のようなロストロギアによる犠牲者を出させない、そんな“正義の味方”を目指し、ただがむしゃらに魔法の訓練を続けていた幼い自分。

 それを目指す気持ちは今も変わらないが、同時に、理想ばかり見ていても現実は変わらないということも知った。エイミィと出逢ったのはちょうどそんな時だ、士官学校に入り、組織というものの限界を知り、軽い諦観を覚えていた頃。


 <今思えば、つくづく面白みがない男だな、僕は>

 波乱万丈とはほど遠く、延々と同じことを繰り返していただけの子供時代だった。

 それが変わったのは、エイミィと出逢って、執務官と補佐官として一緒に働くようになってからだと思うが、その時自分は既に11歳、そこからの経験はまだ9歳のなのはとフェイトの参考にはなりそうもない。

 かといって、それ以前の自分はあまりにも人との繋がりが少なかった。いや、なかったわけではなく、母や恩師であるグレアム提督、実際の師匠であったリーゼ姉妹を始め、母の親友のレティ提督や管理局の人達、さらには士官学校の同期と、数多くの人達との出逢いと触れ合いはあった。

 だが、その頃の自分は外を向いていなかった。引きこもりというわけではないが、目指すべき場所へ辿り着くために全力を注いでいたため、自分が一人でいる寂しさにすら気付いていなかった。気付いていない以上、そこに特別な想いがあるわけもなく、参考にならない。


 <母さんがなかなか家にいないのも、これ幸いと魔法の訓練をするだけだったな。注意する人がいないのをいいことに無茶もやったが、母としては胃が痛くなる思いだっただろう>

 我ながら性質の悪いことに、引き際というものもわきまえていたから手に負えない。多少の無理はしても身体に影響が出るような真似はせず、長期的に見れば効率的といえるような訓練ばかりやっていた。それでも、苦しいものは苦しいし、痛いものは痛かったが。

 理にかなっている訓練法であるが故に、母も本気で止めることは出来なかった。近くで見れば注意せずにはいられなかっただろうから、自分も出来る限り母の目の届かぬ場所で訓練していた。そういった意味では、仕事で忙しい母と、夢を追うことしか考えていなかった自分は、噛み合ってはいたのだろう。

 あの頃の自分は、本当に悪い息子だったと自嘲する。いや、今でもあまり自信はないし、前線で戦う執務官をやっている時点で、親孝行とは間違っても言えない、最悪、死ぬ危険もある仕事であり、数年に一人は殉職者が出ている役職なのだから。

 殉職までいかずとも、日常生活に影響が出るほどの後遺症を負って引退した者も多い。執務官にも数多くの担当があるが、その中でも自分はロストロギアを扱う次元航行艦所属、ジュエルシードや闇の書以外にも、数多くのロストロギアを相手にしてきた。まあ、闇の書事件を追うために選んだ道なのだから、当然と言えば当然なのだが。


 <我ながら、何とも可愛げのない子供だ。それに比べれば、この子達はずっと素直でいい子だな>

 しかし、可愛げのない子供であった自分では、素直で感受性の強い彼女達の参考になりそうもない。


 <スクライアで育ったユーノも少し特殊だ、確かに、彼の言葉ではどうにもならなかったのだろう>

 芯の強さならば、ユーノはなのはやフェイトの数倍強いとクロノは思っている。女の子と男を単純に比較することは出来ないが、現実を見据えて前に向かうという部分ではユーノの心は揺るがない。

 その姿勢が、自分とよく似ている、ということにはクロノは気付かなかった。だからこそ、この二人もまた親友なのである。


 <なら―――待てよ、昔の僕だってずっと強がっていられたわけはじゃない、落ち込むことだってあった>

 執務官になってからは、失敗を落ち込む暇があれば、再発防止に全力を尽くせ、という姿勢であるため忘れていたが、自分も昔からこうだったわけではないはず。(その辺はトールと似ていたりする)

 そんな時、自分はいったい、何を支えにしていただろうか―――


 「う……」


 「どうしたの?」

 いきなり呻き声をあげたクロノに、いったいどうしたのかと尋ねるユーノ。


 「何でもない……」

 と答えつつ、辿り着いた回答について熟考するクロノ。


 <この歳になるとかなり恥ずかしいが、最も大切な思い出であるし、僕の一番の支えであったことは確かだな>

 結局は自分もあまり大差なかったようだと、改めて自嘲するクロノ、だが、それでよいのだとも同時に思う。

 やはり子供は、母の愛に包まれているべきなのだろうと、当たり前のように彼も考えていたから。


 「とりあえず、手は浮かんだ。今のなのはとフェイトには、多分これが一番有効だ」

 確証はないが、そんな気がする。

 何より、あの管制機が言ったのだ、クロノ・ハラオウンに任せると。

 ならば、自分こそが彼女らに対する特効薬となるものを持っている、そう、彼は判断したはずだ。

 その答えを示さず、兄自身に考えさせたことも、何とも彼らしいと思える。


 「S2U………いや、Song To You、スタートアップ」

 『Reday set.』


 ストレージデバイスS2U

 普段はそう呼ばれ、管理局の武装局員が使う標準のストレージデバイスと大体同じ性能を持っているが、込められた願い、託された命題はそれとは異なる。

 彼に託された命題は、管制機トールと最も近い。母が自分の子供に贈った願いそのものであるから。

 シルビア・テスタロッサという女性が、幼い身体で扱うには危険な程の高い魔力資質を持って生まれたプレシア・テスタロッサのために、時の庭園の管制機というコンセプトで設計されていた、まだ生まれていないデバイスに“常に一緒にいられない私の代わりに、私の娘の魔力を制御し、娘をあらゆる脅威から守るように”という命題を込めたように。

 リンディ・ハラオウンという女性が、父を失い、その後を継ごうと頑ななまでに頑張り続ける息子、クロノ・ハラオウンのために、通常の武装局員が扱うストレージデバイスを基に、“常に一緒にいられない私の代わりに、息子と共に在り、支えてあげて欲しい”という願いを託されたデバイス。



 故にその真名を、Song To You(歌を、あなたに)



 母が子に贈る、“ただ健やかに育ってほしい”という原初の願いが込められた、愛の結晶。


 「なのは、フェイト」

 Song To Youが音楽を奏で、優しい旋律が流れ出す。

 そこに、歌詞はなくハミングのみ、その声は“私はいつでも見守っていますよ”という母の想いそのものだから。


 「君達は、無理に頑張らなくてもいいんだ」

 そして、かつてその歌を贈られ、自身の信じる道を歩み続けた少年が、愛を失うことを恐れる少女達に言葉を紡ぐ。


 「君達が無理に頑張っても、君達のお母さんは、喜びはしないよ」

 自分はそれが出来ない悪い息子であった、だからこそ、妹やその親友に同じことをさせるわけにはいかない。

 理屈は、至極単純、彼は男の子だから、いざとなれば母を守らねばならない、男というのはそういうものだ。

 だが、彼女達はどんなに強くとも女の子なのだから、時には弱音をはくのも当たり前だろうと彼は思う。


 「ただ、健やかにすごしてほしい、幸せに笑ってほしい、それだけなんだ」

 執務官という道を選んだ自分は、その願いを壊してしまう危険に満ちている。

 それを自覚しているからこそ、クロノは鍛錬を続けるのだ。闇の書事件のような犠牲者を出させないという目標もある、次元世界に生きる人々の生命と財産を守るために戦う存在が執務官であり、負けるわけにはいかないという理由もある。

 だが、何よりも最大の理由は、健康無事に母のもとへ帰るため、母を泣かせないために、クロノ・ハラオウンは“相手に勝つためのスキル”ではなく、“負けないための、生き残るためのスキル”を鍛え続けた。

 派手さない、輝きもない、射撃・砲撃ではなのはに劣り、速度ではフェイトに劣る。特筆すべきものは何もなく、だがそれ故に全てを修め、あらゆる状況に対処し、無事に生還する。


 「どんなに頑張っても、君達が傷ついては意味がない。自分を犠牲にして守っても、涙しか残らない」

 クロノ・ハラオウンは、殉職した自分の父、クライド・ハラオウンを尊敬しているし、目標にもしている。

 二番艦エスティアの局員が退避するまでブリッジに残り、部下を救うために命を懸けたその姿は、艦長としてはあるべき姿、理想形なのかもしれない。

 ただ、母を泣かせたことだけは、許してはならないことだと思っている。

 まだ幼く、物心つく前のクロノに僅かに残る母の思い出は、夫を失って泣いている姿だったから。

 気丈な母のことだ、決して息子の前で泣くことなどなかったはず、きっと自分がそれを目撃したのは偶然だったのだろう。だが、その光景はクロノの心に深く刻まれ、彼が進む道はその時に決まったのかもしれない。

 母を守れる強さを、泣かせない強さを、絶対に生きて帰る強さを得て、父の跡を継ぐ道が。

 そして現在、守るべき家族がもう一人増えようとしており、その子を守るためには、その親友もセットで守らねばならない。


 「だから君達は、笑っていてくれ、ただそれだけで、僕達は頑張れるから」

 望むところ、それこそが自分の選んだ道であり、求めた強さだ。

 世界はこんなはずじゃないことばかり、父が死んだという過去は変えることは出来ない。だから、大切なものを失いたくなければ、守りきれるだけの強さが必要。

 そう信じて進んできた、闇の書に恨みがないと言えば嘘になるが、クロノにとってはこれ以上の犠牲者を出させないこと、仲間の安全を維持すること、そして、家族を泣かせないことの方が重要なのだ。

 理不尽に悲しみ、復讐に狂う精神を、幼い頃に見た母の涙が、彼の心から流してしまったのかもしれない。ある意味では欠落者といえるが、復讐に狂う人間がいるならば、こういう人間もいてこそ世界のバランスは取れている。


 「だめ、それだけじゃだめ―――わたしは、お父さんを治してあげられないし、お兄ちゃんやお姉ちゃんに、好きなことをさせてあげられない―――クロノ君やユーノ君が頑張っても、わたしは………」


 (お前がいてくれるから、お父さんもお母さんも頑張れるんだよ)

 (なのはが笑っててくれれば、お姉ちゃん達だって、元気百倍なんだから)

 (じゃあ、いつも笑ってる! みんなが元気になれるように!)


 「いつも、笑っていることしか………できないんだよ…………」


 「………そうか」

 そして、クロノは理解した。


 <どうやら、なのはの兄、高町恭也という人と、僕は似たもの同士みたいだ>

 父、クライド・ハラオウンが亡くなった時に、泣いている母を見た幼い自分、そして、進む道を決めた。

 おそらく、高町士郎という人が死ぬ寸前の大怪我を負った時に、高町恭也という人も、自分と同じものを見たのだろう。多分、父を誇りに思うと同時に、二度と母を泣かせるようなことをしたら許さない、とも思っているはず。

 そして恐らく、なのはも似たようなものを見たのかもしれないが―――


 <すまないな、なのは、こればかりは、譲るわけにはいかないんだ>

 男としての意地、兄としての意地。

 ああ、つまりはそういうことなのだ。


 「なのは、それは違う。君のお兄さんやお姉さんは、自分のやりたいことを我慢して頑張っているわけじゃない、君達の笑顔を守ることが、やりたいことなんだ」


 「でも、わたしも―――」


 「残念ながら、こればっかりは兄や姉の特権だ、今回の場合が、僕がフェイト担当で、ユーノが君担当かな」


 「え、ぼ、僕!?」


 「ユーノがやりたいことは、何よりも君の笑顔を守ることらしいから、別に君が気に病むことはない。だから―――」


 「ちょ、ちょっと!」

 今の彼女らに必要な言葉は、きっとこれ。


 「一度の失敗なんかでくじけるな、頑張れ、なのは、フェイト、僕達は皆、君達を応援している」

 励ましでも、慰めでもなく、君達の手がもっと大きくなることを願う、祝福のエール。

 小さな子達よ、もっと頑張れ、僕達は応援している、いつでも背中を押してやれる。


 果たして―――


 「クロノ君……」


 「あ……クロノ、いつからそこに?」

 奏でられた母の歌によってか、紡がれた兄の言葉によってか、少女達の瞳に光が戻る。

 「ようやく戻ってくれたか、というかそんな恰好で君達は一体何をやっているんだ?」


 「あ、あれ、ええと、にゃはは」


 「な、なんでだろうね、あははは」

 笑顔というには、誤魔化しの要素が強かったが、それでも少女達に笑顔が戻り、バインドを解いて彼女らは立ちあがる。


 <僕では、こんなものか、やっぱり、母さんは凄い>

 クロノも幼い頃、落ち込む事があるたびにこの歌を聴き、母を側に感じて、心を落ちかせていた。そして内心でそう思いつつも、彼は普段通りに―――


 「遊んでいる暇はないぞ二人とも、闇の書事件は終わったわけじゃないし、今日の戦いで守護騎士の強さや特性も大体掴めた、次こそは捕縛して、主を突きとめる」


 「え、あ、うん!」


 「りょ、りょうかい!」


 落ち込む暇があれば、次はどうするかに全力を注ぐ、そんな自分の在り方を、少女達に示したのだった。


 「あ……でももう少しこの歌を聞いていていいかな?」


 「ああ、それは構わないよ」

 そうして微笑むクロノの表情は、たしかに妹を想う兄のものとなっていた。

 テスタロッサの家には父がおらず、時の庭園において、フェイトにとってはトールが兄であり、父であった。

 しかし今、フェイトはハラオウンの家におり、クロノが兄となり彼女を支えている。






 ≪貴方は私と同じだったのですねS2U、いえ、Song To You。母が、その何よりも大事な子供のために作った贈りもの≫

 そして、墓守となった管制機は、時の止まった庭園の中枢に佇みながら、静かに演算を続けている。


 ≪――――――そうか、だからなのですねマスター。貴女が会ったばかりのリンディ・ハラオウンにフェイトを託したのは、私のマイスターと、自分の母と同じ雰囲気を感じ取っていたから、なのですね≫


 彼には理解することが出来ない、人間がもつ不思議な感覚で娘を託す相手を定めた主を思い、母が娘のために、彼へと残した最後の命題を守りながら――――

 Song To Youと同じ命題を託されたデバイスは、黒髪の少年が金髪の少女の兄となった光景を、見守っていた。





あとがき
アニメでは明言されていませんが、S2Uの声がリンディさんの声の理由は原作の通りだと思っています。
 自分は、リリカルおもちゃ箱が大好きです。Song To Youを聞いた時は涙がぼろっぼろ出ました。他の音楽も大好きですが、Song To Youが一番好きでした。
 今回の話は、A’S編の最大の伏線であり、絆の物語の根源部分、“家族の絆”に絡んでくる部分です。高町家、ハラオウン家、八神家の三家族の絆こそが、リリカルなのはA’Sという物語において得られた宝物なんじゃないかと自分は考えており、これらの家族の繋がりから、StSへと人の繋がりは伸びていくのだと思います。
 そういうわけで、なのはの心の最大の檻である家族との関係、その檻を破壊する始まりの鍵を今回の話にしたいと思っています。StSでは可能な限り、なのはの性格をリリカルおもちゃ箱のなのはが成長した形にしたい、という身に余る願望を秘めており、戦う時は不破なのはで、普段は高町なのは、高町桃子という女性を母に持つ娘であることを出していきたいと思っており、自分の中でのなのはのテーマソングは、『はるひな ~Theme of Momoko&Nanoha~』で固定されております。
 母と娘というテーマは自分の作品における解答編であるVividにも繋がる部分があり、やっぱり、みんな仲良く平和に過ごす以上の幸せはないと思います。





[26842] 第十九話 反省会と特殊訓練
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/04/13 16:11



第十九話   反省会と特殊訓練




新歴65年 12月7日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家  PM8:00



 「もう一回確認しておくけど、カートリッジシステムは扱いが難しいの。非魔導師とかが使うショックガンとか、Eランクくらいの捜査員とかが使う簡易デバイスに使われてるタイプのカートリッジならそんなに危険はないんだけど」

 ある程度立ち直ったなのはとフェイトに、エイミィが生まれ変わったレイジングハートとバルディッシュについての説明をしていく、クロノはこれまでの情報を別室でもう一度確認している。


 「えっと、ギャレットさん達も使ってるんでしたっけ?」


 「うん、観測指定世界では何があるか分からないから、彼らも準備は万全にして臨んでるよ。だけど、高ランク魔導師の魔力を引き上げるタイプのカートリッジはかなり危険なんだ、フルドライブと併用させて使ったことで大破した例や、リンカーコア障害になっちゃった例もあるし」


 「バルディッシュの先発機もそうなったって聞きましたけど、今は大分安全性が高まったって」


 プレシア・テスタロッサの娘だけあり、その辺りの知識はかなり豊富なフェイト。


 「そうなんだけどね、ぶっちゃけ、なのはちゃんとフェイトちゃんの魔力は大き過ぎるんだ。今はまだ身体が成長していないから無意識のうちにリンカーコアが出力をセーブしてるの、だけど、フルドライブやカートリッジはその限界を突破させる機能を持つ、つまり、分かるよね?」


 「はい、身体が成長しきってないからセーブしてる力が解放されたら、その負荷がわたし達にそのまま跳ね返ってくる、ってことですね」


 「そういうこと、だから、フルドライブはあくまで最終手段ということを忘れないでね。大人の魔導師でもそれなりに危険が伴うし、何より、その子達がね」

 エイミィがやや声を落とし、なのはとフェイトの掌の上にある、二機のデバイスを見つめる。


 「なのはちゃんとフェイトちゃんの身体が負荷に耐えられない以上、誰かがその負荷を受けとめなきゃいけない。そして、それを成すのは誰か、言うまでもないよね」


 「レイジングハート………ありがとう」

 『All right.』

 高町なのはを支える杖となること、あらゆる壁を乗り越える風となること、そして、彼女に不屈の心を宿す星となること


 「バルディッシュ……」

 『Yes sir.』

 フェイト・テスタロッサが振るう剣となること、その身を守護する盾となること、そして、彼女の進む道を切り拓く閃光となること

 彼らに託された命題がそうである以上、その選択は至極当然、主のために負荷を請け負うことを厭うデバイスなどこの世に存在しない。


 「モードは、それぞれ三つずつ、レイジングハートは、中距離射撃のアクセルと、砲撃のバスター、フルドライブのエクセリオンモード。バルディッシュは、汎用のアサルト、近接攻撃用のハーケン、フルドライブのザンバーフォーム、言ったように、破損の危険があるから、フルドライブは最終手段ね」


 「はい」

 「うん」


 「特に、なのはちゃんは注意してね。バルディッシュと違って、レイジングハートは打ち合いを想定していないから、フレーム自体の強度は一般的なストレージよりも脆いんだ。強度の順番で言うなら、守護騎士達のレヴァンティンとグラーフアイゼン、フェイトちゃんのバルディッシュ、クロノ君のS2U、そして、レイジングハートになるから」


 「エクセリオンモードで戦ったら、レイジングハートが壊れちゃうってことですか?」


 「誘導弾やディバインバスターまでなら大丈夫だと思う。だけど、カートリッジを三発以上使って放つ、エクセリオンバスターのフォースバーストや、高速型のスターライトブレイカーはきついかな、フレームを強化する手もあるけど、それだと多分、動きが重くなる」


 「今後はそうするにしても、シグナム達と戦うには、痛手ですね」


 「そうなんだ、ジュエルシードの時みたいに、大型のモンスターとかを相手にするなら絶対にフレームを強化して安全性を高めた方がいいんだけど、Sランク相当のベルカの騎士を相手にするなら、ちょっとね」


 そこに―――


 「それ以前の問題として、ヴォルケンリッターを相手にフルドライブを使うのは意味がないな」

 一旦座を外していたクロノが戻ってくる。


 「クロノ君、お疲れ様」


 「ただいまエイミィ。それで、話の続きだが、フルドライブ状態での戦闘はリンカーコアを100%解放し、全ての魔力を注ぎ込む、この意味が分かるかい?」

 クロノの言葉に、なのはとフェイトがしばし考え込む。

 やがて、フェイトがやや自信なさげに応え。


 「えっと、全力全開で行くから、細かい制御が効かない、ってこと?」


 「その通りだ、フルドライブ状態で精密な制御を行うのはかなりの訓練を要する。ただ、文字通り“身体で覚える”ことだから仮想空間(プレロマ)での訓練ではあまり意味がない、まずは現実空間において、フルドライブ状態の自分を簡単にイメージできるくらいに練習しなきゃいけないんだが」


 【貴女達は魔力が大き過ぎるため、フルドライブの訓練はそう簡単には行えません。魔力量がそれほど多くない方ならば一日おきに行うことも可能ですが、スターライトブレイカーやプラズマザンバーブレイカーなどを訓練で放った場合は、三日間は魔法の訓練禁止となることうけあいです】

 さらに、時の庭園に座す管制機からも通信が入る。クロノが兄となり、フェイトがハラオウン家の子となることが確定した今、わざわざ人形をハラオウン家に派遣する必要性を計算し、彼の電脳は否という演算結果を導いた。

 他にリソースを割く必要がない状況ならば派遣していただろうが、今は時の庭園の機能のフルに使い、守護騎士包囲網の構築や、負傷した武装局員の治療などを行っており、トールとアスガルドにもそれほど余裕はなかった。それにもう一つか二つ、“極秘計画”も進めているために。


 「じゃあ、フルドライブの訓練禁止ってことですか?」


 「それ以前に、君達の戦闘能力そのものは守護騎士に比べて劣っているわけじゃない、今回は相性が悪い相手だったが、それでもデバイスが破損したわけでも、怪我したわけでもないだろう、ならば、その差はどこにある?」


 「………戦術の、組み立て――――あっ」


 「分かったかい」


 「フルドライブ状態になっても、判断力や戦術眼が向上するわけじゃない」


 「だから、魔力が上がっても、当たらないと意味がない」

 なのはとフェイトは、ほぼ同時に同じ結論へと辿り着く。


 「魔力の向上は大型魔法生物やロストロギアを相手にする際は大いに役立つ、現に、これまでのフルドライブによって大破したデバイスなどもそういう状況で使われることがほとんどだった。だが、常識的に考えて、市街地で一人の犯罪者に対して収束砲は撃たないだろう」


 「確かに……」


 「治安維持を目的とする、管理局員には撃てないよね……」


 【付け加えるなら、守護騎士達はどうやら対象の殺害が禁じられている模様です。彼女らのデバイスには非殺傷設定が存在しないことをクラールヴィントより確認しておりますので、彼女らはフルドライブでの一撃を人間に対して放つことは出来ない可能性が高い、ただし、100%ではないこともお忘れにならないように】


 「ということは、話を整理すると……」

 沈黙して話を聞いていたエイミィが、聡明な頭脳によって結論を導き出す。


 「ある意味で双方がフルドライブを使えないわけだから、なのはちゃんとフェイトちゃんの課題は、戦術面で守護騎士と対等になることかな、カートリッジロードのタイミングとか、駆け引きとか、仲間との連携とか」


 「ううう……」


 「やっぱり、そうなるよね……」

 極論、フルドライブは膨大な魔力に任せた力押しでしかない。

 ジュエルシードなどが相手ならば魔力がものを言うが、人間相手の案件はパワーだけではどうにもならない。状況に応じて、的確な対処を行う能力こそが求められる。

 無論、力があるに越したことはなく、引き出しが多くなれば対処法も増える。だからこそ、クロノ・ハラオウンは常に鍛錬を続け、あらゆる技能を修めてきたのだから。



 「それで、今回の反省だが、さっきまで君達の“ミレニアム・パズル”における戦闘訓練をもう一度確認していたんだが、トールが用意した仮想守護騎士との戦いにおいて、二人とも見事に一人とだけ戦っていたな」


 「う」


 「あはは」

 なのはが戦った仮想守護騎士は鉄鎚の騎士ヴィータのみ、フェイトが戦った仮想守護騎士は剣の騎士シグナムのみ。

 クロノも忙しいどころか多忙を極めていたため、なのはとフェイトとの訓練に割ける時間はほとんどなく、連携の仕方や、戦いの行ける戦術構築のポイントを教えた後は自習に任せていたのだが、少々監督が足りなかった模様。


 「まあ、僕も敵の戦略を見抜けなかった以上は偉そうなことはいえないが、自分が定めた相手意外と戦う可能性も今後は考えてくれ」


 「ごめんね、クロノ君……」


 「以後、注意します……」

 自分の監督不行き届きが原因であるため、叱ることはなく注意に留めるクロノ。


 「お兄ちゃんだねえ、クロノ君」


 「茶化さないでくれ、エイミィ」

 そして、クロノが兄なら、エイミィは姉的な立ち位置であった。


 【その点につきましては、私からも謝罪する点がございます。今回の件は貴方の失敗ではなく、彼女らの責任でもなく、私の失策であったとも言えます】


 「どういうことだい?」


 【クラールヴィントの一つを遠隔でレヴァンティンと接続し、タイミングを合わせて強装結界を破壊する。このような戦術はこれまでのヴォルケンリッターの行動からは見受けられませんでした。つまり、フェイトや高町なのはが守護騎士との戦いを通して学び、成長しているように、向こうにも学習されてしまった、ということです】


 「……君がレイジングハートとバルディッシュと接続し、さらにはクラールヴィントとも接続したように、か」


 【誤算と言えば誤算です。風のリングクラールヴィントはアームドデバイスでありながら、補助、通信、支援、情報処理に長けている。つまり、現存するミッドチルダ式のどのデバイスよりも、管制機トールに近い性質を有しています。彼女に対して“機械仕掛けの杖”を見せてしまったことは、早計でありました】

 学習能力こそ、人間の持つ最大の持ち味。

 守護騎士の手口を管理局が学習し、包囲網を構築しようとしているように、守護騎士もまた管理局の手法を学び、取り入れる部分は取り入れてくる。

 基より、白の国は“学び舎の国”であり、夜天の守護騎士は技術を学び、後代に伝えることをこそ使命とする者達であるが故に。

 彼らに対して迂闊に手を晒すことは、相手を増強することにも繋がりかねないことを意味していた。


 【剣の騎士が風のリングを持って強装結界内部へ突入、本来不可能であるはずの外部の湖の騎士と綿密な連携を取りながら結界を破壊する。これは、クラールヴィントが提案した手法ではないかと推測します、ちょうど、前回と立場を入れ替えたような状況でしたから、対応策を予め練っていたのでしょう】


 「もし自分達が相手の立場となったらどうするか、シミュレーションの基本ではあるな、だが、それを一発で実現するのは並大抵じゃないぞ」


 「それを出来るほどの、歴戦の騎士ってわけだ。なのはちゃん、フェイトちゃん、大変だあこりゃ」


 「わたし、魔導師歴、半年です……」


 「わたしは、えっと………本格的に活動したのはジュエルシードを探しだした頃だから、1年半、くらいなのかな?」

 対して相手は、千年を超える時を超え、戦い続けてきた闇の書の守護騎士。

 経験の差は歴然であり、何らかの手段を講じなくてはならないのは疑いなかった。


 【ただし、こちらに有利な情報もあります】

 そこに、管制機が二度の戦いにおいて導いた結論を告げる。


 「何か分かったのか?」


 【はい、二度目の戦いを観測した結果、確認が取れました。まず、前回の戦いにおいてレイジングハートとバルディッシュが破壊され、新たにカートリッジシステムを搭載して戦いに臨んだことは言うまでもありません】

 相変わらずの回りくどい言い方であったが、これがトールである。


 【しかし、グラーフアイゼンとレヴァンティンの二機には改善された様子がありませんでした。今回新たに観測されたフルドライブ状態からも、守護騎士が弱点を克服出来なかったことが伺えます】


 「弱点、ですか?」


 「弱点って、何、トール」


 【貴女達を殺さないようにして戦うならば、殺傷設定よりも非殺傷設定である方が有利であることは明白。非殺傷設定ならば、相手を殺さずにフルドライブ状態で戦うことも可能となります。しかし、守護騎士にはそれが出来なかった、なぜか?】


 そして、クロノがいち早く解答に辿り着く。


 「守護騎士には、デバイスマイスターがいない、ということだな」


 【主がそれを担えるならば最上なのでしょうが、管理外世界を本拠地としている時点で、その可能性もほとんどあり得ない。闇の書の力によって、その一部であるデバイスを復元することは可能でも、改良することが出来ない、中世ベルカに則るならば、騎士がいても調律師がいないのです】

 それこそが、闇の書の守護騎士が抱える最大の欠点。

 中世ベルカの騎士は、調律師が調整した騎士の魂たるデバイスと共に戦うことで最強足り得る。

 だが、調律の姫君がいない今、騎士の魂を調整する者がいない。殺傷設定が不利であることを承知しながらも、それを改善することが出来ないのだ。

 もし、管制人格が本来の機能を果たしていたならば、デバイスマイスターとして顕現し、騎士達のデバイスに非殺傷設定を搭載していたことだろう。闇の書は敵から知識や技術を蒐集することに長けているのだ。


 【そうである以上、彼らの姿も変わりようがありません、グラーフアイゼンは、通常形態と思われるハンマーフォルム、強襲形態と思われるラケーテンフォルム、フルドライブ状態のギガントフォルムの三つの姿を持っています。構成的にはバルディッシュに近いですね】

 汎用性が高いアサルトフォルムとハンマーフォルム、近接攻撃用のハーケンフォルムとラケーテンフォルム、フルドライブ状態のザンバーフォームとギガントフォルム。


 【レヴァンティンは、通常形態のシュベルトフォルム、連結刃による多種多様な攻撃を繰り出すシュランゲフォルム、そして、遠距離からの最強の一撃を放つためのボーゲンフォルム。ただし、シュベルトフォルムやシュランゲフォルムにおいてもフルドライブは可能であると推察されます】


 「だろうな、彼女が剣の騎士である以上、フルドライブが弓だけとは考えにくい。むしろ、あらゆる形態からフルドライブが可能と見るべきか」

 レヴァンティンは最も攻撃に特化したデバイスであり、グラーフアイゼンのような結界敷設の補助や、誘導弾の管制機能を持たない。その代り、あらゆる形態からフルドライブを行い、シグナムの全力を叩き込むことを可能とする。


 【最後にクラールヴィントですが、こちらは補助や通信がメインですので、直接攻撃能力はほとんどないと考えられます。ただし、ユーノ・スクライアを捕縛したように、敵を抑えることに関してならばかなりの有用性があります、ペンダルフォルムと呼ばれる形態ですが、注意が必要でしょう】


 「盾の守護獣はデバイスを持っていないから、その三機か」


 【厄介な敵ではありますが、底が見えてきたのも事実です。まだ隠し玉がある可能性は高いですし、特に闇の書には最大の注意を払う必要がありますが】


 「………あれか」

 クロノが呟くと同時に、ハラオウン家のスクリーンに6人のシャマルの光景が映し出される。


 「これ、ほんとに厄介だよねぇ、存在自体が守護騎士とほぼ同じだから、見分けとかそういう次元じゃないし」


 【最悪、本物の湖の騎士が破壊された場合、偽物にページが吸収されていき、新たな湖の騎士となる可能性もあります。少なくとも、時の庭園内部ならば、管制機トールにはそれが可能です】


 「現在動いている人形を破壊しても、本体が新たにリソースを割けば、それが新たなトールになる、というわけだね」


 【それ故、私を止めようと思うならば、まずはアスガルドを止める必要があります。この場合は言うまでもなく、闇の書が該当しますね】


 「でも、無暗に破壊することも出来ないんですよね」


 「転生機能で、逃げちゃうって」


 「どの程度の破壊で転生するかのデータがない上、データ収集のために試すにはリスクが大き過ぎるな」


 「かといって、アルカンシェルで吹っ飛ばしたデータじゃあ参考にならないし、ほんと、厄介というかなんというか」

 考えれば考えるほど、闇の書の厄介さだけが分かっていく現状。


 だがしかし、少年少女達は諦めない、何気に16歳と14歳と9歳×3が闇の書への対策を練っているわけであるが、そこはまあ置いておこう、武装局員6名が倒れ、包囲網の再構築の指揮を執っているリンディがこの場に来られるはずもない。


 そして、しばらく実戦面での協議が続いたが、やがて、より大きなレベル、そもそもの守護騎士の目的へと議題がシフトしていく。


 「あと問題と言えば、守護騎士達の目的だよね」


 「そうだな、どうも腑に落ちない、まるで彼らは、自分の意志で闇の書の完成を目指しているようにも感じられる」


 【闇の書の副作用によって自分が死ぬことを恐れた主が、可能な限り傷つけないように蒐集を命じた、という線もやや薄まってきましたね】

 実はその理由に大方に見当をつけている管制機だが、おくびにも出さない。この辺りは“嘘吐きデバイス”の本領であろうか。


 「闇の書ってのは、ジュエルシードみたいのとはちょっと違うんだよね、あたしは、プレシアやフェイトのために集めていたけどさ」

 途中から人間形態になって議論に加わっていたアルフが確認するように言う。


 「第一に、闇の書の力はジュエルシードのように自由な制御が効くものじゃない。守護騎士達はページを消費することでその力の一部を使っているが、蒐集したリンカーコアを消費するという特性を考えれば、管理局に目をつけられるだけだ」


 「これまで、八回の闇の書事件が起きてるけど、どの時も純粋な破壊という結果しかもたらしていない、っていうのは前に渡したレポートの通り、時空管理局設立以前については、ちょっと分からないかな」


 「それともう一つは、ヴォルケンリッターの性質だ。彼らは人間でも使い魔でもなく、闇の書に合わせて魔法技術で作られた疑似人格、主の命令を受けて働くプログラム体に過ぎない。と、これまでの闇の書事件に関するデータからは推察出来るんだが」

 そう、これまではそうだった。

 だからこそ、第九次闇の書事件はこれまでとは全く異なるケースであると言える。


 「そうだね、スクリーンで説明すると、って、早っ」

 エイミィが行動に出る前に、スクリーンが現れ、守護騎士四人と闇の書の姿が映し出される。


 【データ転送、完了しました】


 「ありがとう、さて、守護騎士は闇の書に内蔵されたプログラムが、人の形をとったもの。闇の書は再生と転生を繰り返すけど、この四人は闇の書と共に様々な主の下を渡り歩いている」


 【ただ、独立した魔法行使が可能である以上、リンカーコアに相当する器官を備えていることは間違いありません。恐らくは、融合機能がないユニゾンデバイス、のようなものと考えられます。そして、同一の“鋳型”から毎回生成されるわけですが、容量の問題から記憶は別の領域に保存されているかと】


 「簡単に言えばゲーム機かな、何回プレイしてもゲームの内容は変わらないけど、セーブデータは毎回別々。一回全クリしたからといって、新たにニューゲームすれば最初からってこと」


 「ただ、メモリーカードに以前のプレイデータが残っているならば、必要に応じて反映させることは可能かもしれない、ということだ。この場合は何百回ものプレイデータが保存されているハードディスクが別にあるようなものか」


 「でも、今回はゲームの内容そのものが変わっちゃった、ってことですか?」


 「うん、意思疎通の対話能力は過去の事例でも確認されているんだけど、感情を見せたって例は今までにないの。闇の書の蒐集と主の護衛には必要ないだろうから」


 【今までは音声を発しなかったキャラクターが、いきなり音声機能がついた、ということかと。蒐集と護衛のみが機能ならば、確かに人格は必要ありません、ゴッキー、カメームシ、タガーメがいきなり人間のようにしゃべりだしたようなものです】


 「うわぁ……」


 「うう………」


 「何でよりによって、アイツラを例に出すんだい」


 【護衛などの機能のみを行うプログラム体、という点でイメージしやすいかと考えました。インテリジェントデバイスは主と同調して機能しますから少々異なります】

 余談だが、この例えを後に聞き、時の庭園に攻め込もうとしたヴォルケンリッターがいたりいなかったり。


 「ま、まあともかく、守護騎士達は、ええっと、傀儡兵みたいなもので、互いの場所の確認とか、敵の行動状況とかが分かってればそれでいいはずなんだけど」

 流石に、中隊長機を例に出せなかったエイミィ。


 「で、でも、ヴィータちゃんは怒ったり悲しんだりしてたし」


 「シグナムからも、はっきりと人格を感じたよね、………やられっぱなしだけど」


 「うん………最近負けっぱなしだけどね」

 彼女らを思い出すと同時に、敗北の記憶が湧きあがってくる。あまり考えない方が良さそうであった。


 【それにつきましては、可能性が二つあります。まずは、私のように、限られた条件でのみ人格機能を発揮し、それ以外ではひたすら機能を続ける機械仕掛けとなるようにプログラムされていた場合です、私にとっての主やフェイトが今の守護騎士の主であり、これまで管理局が扱って来た事件における主は、何らかの“条件”を満たしていなかった】


 「なるほど、分かりやすいな」

 身近な例がいれば、人間というものは連想することが容易となる。

 命題に沿って活動を続ける、人工の人格を備えたプログラム体、ここにいる全員はそういう存在をよく知っていた。


 【時の庭園を闇の書に例えるならば、管制機である私が主を選びながら次元世界を旅し、選ばれた主には時の庭園の機能が全て与えられ、守護者としてゴッキー、カメームシ、タガーメが付いてきます、最悪ですね】


 「それが分かっているなら、あの外見をなんとかしてくれ」


 【拒否します。そして、歴代の主のうち、フェイトと同年齢の少女であれば、私は現在使用している流暢な言語機能、もしくはより人間的な汎用言語機能を用いた人形を用い、“家族”であるように接する。それ以外であれば、中央制御室にある管制機として主の命令に従うのみ、といったところでしょうか】


 「だけど、闇の書の破壊機能とかを考えると、“家族”ってのはイメージしにくいね」


 【そうです、ですから、もう一つの可能性が高いと私とアスガルドは計算しました】


 「もう一つ?」


 【時の庭園の機能そのものがおかしい場合です。例えば、本来は親を失った子供を探し、保護しながら“親”としての役割を果たすはずであったのに、いつの間にやら次元を巡りながら“ブリュンヒルト”を撃って回る存在となった。そして、かつての名残で、主とした人物が子供の場合は“人格プログラム”が作動する、といった具合ですかね】


 「なるほど、だがその場合、主が破壊という機能を行うための部品であることには変わりはないな」


 【そうです。ですから、ゴッキーとカメームシとタガーメが、私の現在の機能を知り、何とか主を助けようとしている、とすれば、辻褄は合いますね。無論、狂った私がそれを知れば、中隊長機を処分することになるでしょうが】


 「だからなんでアイツラを例にするんだい、守られる子が可哀そ過ぎるじゃないか」


 「………無理」


 「………死んだ方が、まし」



 なのはとフェイトは常に中隊長機に囲まれている光景を連想し、その道を選んだ。おそらく、はやてであっても同じ選択をしたであろう。


 【とはいえ、所詮は可能性の話、つまるところ、“データ不足”。この仮定を行うならば、まずは時の庭園の本来の機能を知らなければ論じることは不可能です】


 「闇の書そのものに関するデータ、つまりは起源を探る必要があるというわけか、ユーノ、どうだった?」


 「ええっと、今日が7日だから、明日には手続きが終わって、明後日から探索が始められると思う」


 「あ、例の無限書庫?」


 「ああ、グレアム提督のおかげで、何とか使用許可が下りた。あそこには質量兵器の製造法まで揃っているからね、滅多なことでは使えない」


 「でも、闇の書事件は滅多なことだもんね」


 そして、無限書庫に眠る情報が解決の手がかりになるのではないかと、アースラ首脳陣は期待していたが、果たして期待通りの成果が得られることとなる。


 「えっと、じゃあユーノ君は明後日くらいからそっちで情報収集、ってこと?」


 「そうなるかな、探索の方はお手伝い出来なくなるね」


 「そっちは、ギャレット達が大分済ませてくれたから問題ないよ。アレックスとランディからの連絡体制も整って来たし、今回の戦いも、武装局員を即座に派遣出来たという点ではいい感じだし」


 「じゃあ、わたし達は………」

 フェイトがやや自信なさげに自分達の仕事を問う。

 主戦力の二人組は、守護騎士が捕捉されるまで基本的に出番がない。

 ただ、二回連続で敗れた身としては、何かこう、今までと違う特訓でもしなければ不安になるだろう。


 「学校を休ませるわけにもいかないし、これまで通り、かな」


 「そう……だよね、ユーノ君みたいに調べ物とかできないし、アルフさんみたいに結界敷設とかできないし、捜査のお手伝いもできないし、クロノ君やエイミィさんみたいに指揮もできないし」


 「うん、何もできないですから、そうします」

 ネガティブモードに戻りかけている二人、やはり、負け続けている現状をどうにかしない限り、どうにもなりそうにない。


 「フェイトちゃん、今日は一緒に寝よう」


 「そうだね、なのは、負け犬らしく、仲良く傷を舐め合おうか」

 もはや末期症状に至りそうな感じで、フェイトの部屋に向かおうとする二人。


 【お待ちなさい二人とも、こんなこともあろうかと、私が特殊訓練の段取りをしておきました】

 そこに、天の声(天井に設置されたスピーカーからの声)が響き渡る。


 「特殊―――」


 「訓練」

 その言葉に、二人の目に光が灯る。


 【貴女達の最大の弱点はすなわち経験不足、逆に言えば、それさえ補えば守護騎士とも互角の戦いが可能ということです。なので、密かにベルカ式の高ランク魔導師の方に模擬戦してもらえないかと打診しておいたのですよ】


 「いつの間に………って、僕や艦長は何も聞いていないが」

 流石にそれは無理だろうと、クロノは思う。

 なのはやフェイトは正式な局員ではないため、基本的にアースラを通してしか管理局に関われない。自分や艦長であるリンディを通さずに武装隊と接触するのは不可能に近い。

 それに、闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターに匹敵するほどの使い手となれば、本局でも数少ない。遺失物管理部や戦技教導隊、または自分のような執務官などだが、大抵はミッドチルダ式だ。オーバーSランクの古代ベルカ式となれば本当に極僅かだ、近代ベルカ式ならば多少はいるが、それでも少ない。


 「それは当然です、なぜなら、“ブリュンヒルト”に関する交渉の際に、地上本部のレジアス・ゲイズ中将に依頼したことですから」


 「レジアス・ゲイズ中将………ということは、まさかあの」

 その情報から、ある一人の人物が思い当たる。

 クロノは直接の面識はなかったが、その人のことは聞いたことがあった。

 次元航行部隊の執務官ならば、聞いたことがある地上部隊の人間となれば将官クラスを除けばそれほど多くはないが、彼の勇名はクロノも聞いていた。

 そして、古代ベルカ式を扱う闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターに対抗するための技術を学ぶ上で、彼ほどの適任はいないだろう、相変わらず、このデバイスは理にかなった行動しかしない。



 なぜなら、彼は―――



 【時空管理局・首都防衛隊所属、ゼスト・グランガイツ一等空尉、魔導師ランクはS+、戦闘スタイルは古代ベルカ式、彼も忙しい方ですから一日限りの特別教導となりますが、得るところは多いはず。騎士の戦い方というものをしっかりと学びとって来ましょう、二人とも】


 地上部隊で唯一と言える古代ベルカ式のオーバーSランク魔導師にして、30年近い戦歴を誇る歴戦の強者なのだから。





 次回から再び過去編です、4章、5章と続ける予定ですので、ゼスト隊長が好きな方には申し訳ありません。



[26842] 夜天の物語 第四章 前編 夜天と闇の相克
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:c0ee2330
Date: 2011/05/22 00:37
第四章  前編  夜天と闇の相克





ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  嘆きの遺跡  最下層



 「現われたか」

 旧き時代の遺産が眠る嘆きの遺跡、その最下層において黒き魔術の王はただ一人で佇んでいたが、その時間は三秒に満たぬものであった。

 彼が夜天の騎士が一人湖の騎士シャマルより“思考制御”の術式によって情報を奪い、さらには彼女の脳を過負荷状態とすることで意識を飛ばしてより、ほんの僅かの間を置くこともなくその存在は初めからそこにいたかのように現れていた。

 つまり、彼は1分もかけずに黒き魔術の王の配下である騎士達を破ったこととなるが、それは当然を通り超えて必然でしかなく、驚くには値しないことであった。


 「大気に満ちる風よ、その自由こそを我は友としよう。時間、空間の軛すら我らを阻めるものではない、風こそは自由なるもの、どこにでも在りて、どこへでも行ける」

 灰色の衣を纏った老人、放浪の賢者ラルカスはかつての弟子と対峙したまま、中世ベルカの時代の騎士が扱う魔法のいずれにも属さぬ術式を走らせる。

 大気が存在する場所ならば、その空間全ては風の友。彼らと意思を分かち合うことが出来たのならば、誰であろうとどこへでも行けるとも。

 それは人間の条理を無視した技であるが、自然にとっては実に単純にして当たり前の法則。友の所まで遊びに行くことに、なぜ時間や空間に束縛される謂れがあるのか。そも、時間や空間もまた我らの友なのだから。


 「転移魔法、いや、古代ベルカのドルイド僧に合わせるならば、“藍色の風”か」


 「熱き風、凍てつく風、雷をもたらす風、恵みをもたらす風、切り裂く風、叩きつける風、風の顔も様々であり、皆親しい友ではあるが、放浪者たる儂は自由なる風が一番好きでね。彼女も儂を好いてくれているのか、たびたび力を貸してくれる」

 放浪の賢者ラルカスが扱う転移の技は、ただ精霊に働きかけるものであり、人間とは異なる座標の力。

 とはいえそれも絶対というわけではない。魔導師が張る強装結界などによってその転移を遮断することも当然可能であり、最終的には法則の鬩ぎ合いとなる。ただ、魔導師の結界強度が魔力の大きさに比例するならば、ラルカスの術は精霊との仲の好さに比例するという違いは存在するが。


 「ありがとう、風よ。なに、癒しきることが出来なかったとな? それは君達のせいではないとも、人の心に自然の風は吹かぬ故に心の傷は癒すことはできぬ、だがしかし、健全なる肉体には健全なる精神が宿る、君達の働きは決して無駄ではない、感謝しているともさ」

 既に、嘆きの遺跡の最下層にシャマルの姿はない。放浪の賢者の“友人たち”によって時空を超えてヴァルクリント城まで運ばれ、肉体が負っていた疲労や傷などもほぼ全て治療されていた。


 「まったく、呆れ果てた力だ。貴方の技はデバイスを用いる夜天の騎士の魔法すらも遙かに凌駕しているというのに、なぜ、自らの技よりも劣る技術を広めようとする?」


 「その問いは50年以上昔にも受けた覚えがある。そして、言葉を返しているはずだがね」

 古代の遺跡にて対峙する二人。進む道は決定的に違っており、もはや戦う以外にない両者ではあるが、そこに流れている空気は課題について意見を交わす師と弟子の如く。



 「古代ベルカの技は既に過去のもの、今を生きる者達には、それに合った技術がある」


 「そう、それが儂の答えだよサルバーン」


 「確かに、古代ベルカの技は廃れた。勝った者は生き、負けた者は死ぬ、それこそが大地の掟である以上、私もそこに否はない」


 「君もまた、古代ベルカの技を受け継ぐ末裔であるために、かね。君のその精神は古代ベルカの大戦士のそれに良く似ている」


 「他の者との比較などどうでもよい、私は私だ」

 その言葉には、絶対の自信が宿る。他者の誰に認められずとも、己が己を誇れるならばそれだけで十分と断じる強大な自我、それこそがサルバーンという男の強さの根源を成す要素であった。


 「だからこそ君は、最果ての地の叡智を求めるか」


 「如何にも、騎士の時代が自らの手によってのみもたらされたものであるならば、別に興味もなかったが、そうではない。初代の聖王がアルハザードより現れた彼の翼を持って、古代ベルカを統一し、騎士と王国の時代がやってきた。それを責めることはせん、仁徳と博愛を掲げる者らにとっては、古代ベルカは野蛮、冷酷としか映らなかったのであろう」

 古代ベルカは人がまだ自然と共にあった時代ゆえ、弱肉強食こそが共通の理念。

 自然を生きる獣の子のうち、弱いものは親から餌を与えられることなく死んでいくように、生まれつき身体が弱かった子は殺されることが当たり前とされる部族も多く、それはまさしくその時代の“正義”であった。

 奪うことは生きることであり、奪われた者が嘆いたところでそれは敗北者の戯言に過ぎない。だからこそ、戦士は牙を研いだ、子は早いうちから戦う術を学んだ、その気質を受け継ぐ者達こそが現在の騎士である。

 その文化が変わるきっかけとなったのが初代の聖王であり、彼が“聖なる王”と呼ばれる理由。それまで獣とさほど変わらない存在であった人類を、文明的な存在と成し、法と道徳というものをベルカの地の基礎となしたからこそ。


 だが―――


 「それは所詮、アルハザードより流れた“聖王のゆりかご”があったからこそ実現できたこと。いくら騎士や調律師が技術を高めたところで、それはどこまでいっても亜流にしかならん、大元を超えない限りは」


 「君は、超えるつもりなのだろう、聖王のゆりかごを、竜王騎を、最果ての地の技術そのものを」

 アルハザードの叡智そのものを己の力によって凌駕すること、それが目的である以上、黒き魔術の王が道化の戯言に耳を貸すことはあり得ない。そして、彼がそう在るからこそ、道化は黒き魔術の王を興味深く観察し続ける。


 「当然だ、私が学び、修めてきた知識と技術が全て、アルハザードより流れしものの亜流に過ぎんなどと言われて、黙っていられる気質を私は母の胎内にでも置き忘れたのだろう」


 「やれやれ、見え過ぎるというものはやはり良いことばかりではないものだ。君の眼がもう少し盲目ならば、見るべきものではないものを見なければ、王としてでも、調律師としてでも、後世まで偉大な者と語り継がれていたであろうに」


 「貴方は、虫に神と崇められるのが嬉しいか? 悪魔と恐れられるのが厭わしいか?」

 その言葉の意味など考えるまでもない、サルバーンにとって“無辜の民達”からの評価など、あってもなくても変わらないものでしかない。虫に崇められても、恐れられても、人の歩みに何の変化もないように。


 「中々に嬉しいとも、虫達もまた儂の友であり、共に褒められるのは嬉しいことだよ。まあもっとも、嫌われても別に儂の在り方が変わるわけでもない故、そのあたりは君と近いのだろう」


 「なるほど、貴方らしい答えだ。だが、だからこそ問いたい。貴方は先程私が見えてはならぬものを見たと言った。であるならば、貴方もそれを見た筈だ、そうでなければ私が見たかどうか判断できるわけもない」


 「否定は出来ぬだろう」


 「ならばなぜ、アルハザードより流れたものの亜流に過ぎぬ技術を自分達だけで生み出したものと盲信し、日々を漫然と生きるだけの今のベルカを良しとする? 例え技術や文化は未発達であろうとも、古代のベルカは自分達の足で歩んでいた。他人が用意した船に乗り、その船をより良いものとするだけで満足する今のベルカとは違う」


 「本当に、君は強欲だ。他人の船をより良いものにすることが悪いことでもあるまいに、自分の手で船の全てを作り上げねば満足できんか」


 「少なくとも、私は不満だ。他人の船を借りるよりも、自分の手で作り上げた筏の方が価値はある。誰に憚ることなく自身のみで作り上げたもの故、沈むのもまた己の責任だ」


 故に、彼は古代ベルカが滅んだことに思うものはない。

 古代ベルカは自身の力のみで筏を築きあげ、そして、アルハザードという他の船に沈められた。弱いものが滅ぶことは当然の帰結であり、外敵に勝てなかっただけの話、ドルイドと戦士の時代は栄え、そして滅んだ、それだけのこと。

 だが、それより昔のイストアという文明は唾棄すべきものでしかない。自分達で筏を作り上げながら、それを船とするための研鑽を行わず、他の船の技術に憧れ、乗り換えようとし、挙句に失敗して沈んだ。それに比べれば、正面から挑み、そして敗退した古代ベルカの方が万倍の輝きがある。

 そして、他人の船の上に乗っていることも知らず、その船を作り出した技術と同系統の技術が流れてくるだけで発生した自分達の国家の動乱を、“最果ての地の技術のせいにする”愚物は彼の好むところではなかった。

 彼の価値観に合わせるならば、異形の技術を明確に敵と捉え、排除するために全力を尽くす夜天の騎士達はむしろ好ましい。ほんの少し歯車が違えば、アルハザードの技術を破壊するために共闘していたかもしれないほどに。


 「その船の起源を知らずとも、自分達が暮らしやすいように長い年月を重ねて改良を加え、一つの様式を築き上げたならばそれはもう彼らのものであろう。君が気に入らぬからと言って、その船ごと叩き壊していい道理はない」


 「それがどうした。仮に、私がその船を気に入っていようとも壊そうと思えば壊す。現に、今の白の国がそうではないか」


 「君にとって人間は塵芥だった。だが、その中に砂粒ではなく、宝石が存在することを君はフルトンを通して知ったはずだが」


 「宝石を集めることに価値を見出す人間もいるだろう。だが、私は踏み潰してもなお砕けなかった宝石を、己の手で破壊することにこそ価値を見出している」

 それが、白の国であり、さらにはアルハザード。

 サルバーンが価値を見出し、自身の力を持ってしても容易には砕けぬ存在であると知るからこそ、それを砕くことに意義がある。その過程で関係ない無辜の民とやらがどれだけ砕けようとも、彼の知ったことではない。壊す価値の無いものが壊れたところで、何の感慨もありはしないのだ。


 「それが君の答えか」


 そして、彼がそのような存在でしかあり得ないことを知っている。ならばこの言葉は、確認のための独り言のようなものだろう。


 「しかし、そうなるとアレも実に奇特な存在ではないかね。いずれはアルハザードの技術を超え、破壊してくれると宣言する相手を友と呼び、邪魔するわけでも手を貸すわけでもなく、その行く末を見守るのみとは」


 「やはり、貴方もアレを知っていたか」

 二人とも、その存在の名前を呼ばない。そも、その存在の名前を知る者はどの世界にもいないのだから。


 「一度だけ会ったことがある、意気投合とはいかなかったが、知己ではあるだろう。時が巡り、最果てに至る頃には談笑しているかもしれんがね」


 「何とも気の長い話だ、私ならばその前に破壊しているだろう」


 「本当に、君の考えは呆れるほど単純で傲慢だ。ならばこそ、不老不死に君ほど縁がない人間もいない」


 「当然だ、不老不死の存在になれば何でも出来よう。それはつまり、そこらの塵芥が不老不死になろうとも、この私が不老不死になろうとも、成せることは“同じ”ということだ。やる意思を保てるかどうかは別であろうが、強制されれば他の存在にも可能なことである以上、私の在る意味は屑に堕する」


 「だが、限りある人間の命で白の国を滅ぼし、ベルカを滅ぼし、さらにはアルハザードすらも滅ぼすとなれば、確かにそれは誰にでも可能なことではないだろう。強制されようが出来ないものは出来ない、故にこそ君は高みを目指すか」


 「私の人生だ。自分の思うように生きるまで、生き方も死に方も自分で決めてこその人間だろう」


 「やれやれだ、君ほど人間というものを好いている人間も少ないというのに、君が“人間”と認める人間は極僅か。賢君と暴君の差とは、かくも紙一重、実に悲しいことではないかね」


 「そろそろ、いいだろう」

 唐突に、サルバーンが会話を切る。と同時に、彼の周囲が歪む程の魔力が抑制の軛から解き放たれていく。

 放浪の賢者と再び相まみえた瞬間から、彼の心臓は火山の如き鼓動を繰り返している。恋い焦がれた相手と会う時の情動など遙か彼方に置き去った領域で。

 彼は言った。自分が踏み潰しても壊れず、価値があると認めた存在を破壊することにこそ、己の存在意義があるのだと。

 ならば―――


 「貴方を超えたく、破壊したく、私の身体が唸っている。70を過ぎて恥ずかしい限りだが、これはもうどうにもならぬ性分のようだ」


 「だからこそ君は老いというものから遠いのだろう、儂とは別の方向性ではあるが、時の摩耗から離れているという点ではやはり似通っている」

 ただ純粋に、放浪の賢者は語ることが好きであったが、ことここに至ってはやることは一つしかないことも悟っている。



 「シュベルトクロイツ(剣十字)」


 「ハーケンクロイツ(鉤十字)」



 言霊の開放に応じるように、それぞれの手に魔導の杖が握られる。

 片方は、俗にクロススピアと呼ばれる形状に、輪のようなパーツが付与された杖、放浪の賢者の魔力発動体、シュベルトクロイツ。

 片方は、同じく十字架に近い形を持つが、それらは鉤ともなっており、刺突、切り払い、引き寄せ、弾きなど、あらゆる状況に対応するために作られた戟という武器に近く、近接武器としての特性が強く現れるハーケンクロイツ。


 「行くぞ」


 「やれやれ、儂の本分は戦闘ではないのだがね」

 黒き魔術の王の身体より発生する魔力光は“黒”。光としてあり得る色ではなく、他の全ての光を飲み込む色。

 それはすなわち、あらゆる魔法を取得し、あらゆる技術を己がものとするサルバーンという男の特性そのものであり、まさしく彼は黒き魔術の王であった。

 対して、放浪の賢者ラルカスの魔力光は無色透明。魔力が発生していることすら常人には理解しがたく、どこまでも自由気ままに流れていく彼そのものであった。

 そして、これから茶でも飲もうかというほど当たり前のようにかけられたサルバーンの言葉に対し、ラルカスもまたいつも通りに応じ―――



 「刃以て、血に染めよ。穿て、血塗られた短剣(ブラッディダガー)」


 「雫以て、霜と成せ。来たれ、極寒の短剣(フリジットダガー)」



 放浪の賢者と黒き魔術の王の、人の域を越えた領域での相克が始まった。













ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  北西部  上空



 「せえや!」


 「飛翔モード、回避」


 「ちくしょ……」

 白の国の上空にて、二騎の小さな影が高速で飛び回り激しい空中戦を展開する。

 外見年齢だけをみれば共に9歳程度の少女であり、赤い甲冑と鉄鎚を構えた少女は実際その程度の年齢であった。対して、赤紫色の軽装甲冑と同色の杖を構えた栗色の髪を持つ少女は、生まれてからまだ1年程度である。

 だが、その飛行技能も射撃の技術も一流と言って差し支えない。空戦を行える騎士の中でも、彼女を上回る者は数少ないだろう。


 「パイロシューター」

 赤紫の少女、シュテルが呟くと同時に、その杖より三発の誘導弾が吐き出される。彼女は一度に三発同時に放つことを基本としているが、最大で十二発同時に放つことを可能としている。


 <こいつ、射撃型――――騎士の戦い方じゃねえ、むしろ、騎士を倒すための戦い方だ>

 自らを追尾してくる誘導弾をアームドデバイスである鉄鎚でもって撃ち砕きながら、ヴィータは敵の特徴に関する考察を進める。

 ベルカの騎士は基本的にアームドデバイスによる近接攻撃が主流だ。中にはシャマルのように補助を専門とする者もいるが、シグナム、ローセス、カルデン、リュッセ、いずれも近接戦闘に長けた技能を持ち、遠距離攻撃も可能とはするが、“近づいて叩きのめす”ことが基本であることは間違いない。

 対して、この少女は距離をとっての誘導弾を通常の攻撃手段としている。陸戦しか出来ない騎士がこの少女と相対すれば、自らの攻撃が届かない空中から一方的に射撃される的にしかならない。すなわち、騎士殺しの存在と言って過言ではないだろう。


 <だけどそれは、相手が空を飛べなければの話、って言いたいところなんだけど……>


 「無駄です、貴女の速度では私は捉えられません」


 「はっ、戦場での駆け引きってのは速度だけで決まりはしねえんだよ!」


 「ブラストファイア」


 「ちっ」

 放たれる直射型の魔法を辛うじて躱すヴィータだが、敵の言が事実であることは認めざるを得なかった。この敵は明らかに空戦の騎士を倒すための訓練を重ねており、アームドデバイスで切りかかる騎士を幾人も墜としている。でなくばここまで滑らかに反応出来るはずはない。

 さらに―――


 「炎熱変換か、珍しい資質を持ってんじゃねえか」

 先ほど放たれたブラストファイアという直射型の攻撃は、明らかに炎熱変換の特性を有したもの。同じ特性を持つ烈火の将シグナムの戦いを何度も見てきたヴィータが、それを見間違うことはない。


 「そうなるように生み出されたのですから。当然の結果です」


 「つーことは何か、炎熱変換の特性を持つ騎士から作られたってのか?」


 「答える義務はありません」


 「そうかよ」


 「ルベライト」


 「!」

 まるで会話の中の一文のような自然さで魔法が放たれる。赤紫の少女、シュテルが放ったルベライトは対象を中心に収束するリングを発生させる魔法であるため、相手が止まっている会話中でもなければ仕掛けることが難しい。

 そして、リングは中央に向かって収束する以上、ヴィータの逃げ場は上下にしかあり得ず―――


 「パイロシューター」

 シュテルは三発の誘導弾を二連射、六発のパイロシューターが半分ずつに分かれ上下から押し寄せる。徹底して遠距離からの攻撃を行う隙のない戦術と言えた。


 「パンツァーヒンダネス!」

 迎撃は困難と判断したヴィータはバリアを発生させ、誘導弾を凌ぎきる。彼女の防御は並の騎士よりも遙かに堅く、誘導弾程度で貫き通せるものではない。


 「パイロブラスト」

 だが、バリアを展開して足を止めるのを待っていたとでも言わんばかりにシュテルが接近し、バリアにほぼ接する状態から強烈な一撃を叩き込む。いくら強固なバリアとはいえ、至近距離から砲撃魔法を喰らってはひとたまりもない。


 「パンツァーシルト!」

 だが、夜天の騎士達の教えを受け、夜天の騎士を目指す彼女の戦闘センスも並ではない。バリアが破られたその瞬間に内側にシールドを発生させ、砲撃をなんとか逸らす。ノーダメージとはいかないが、被害を最小限に食い止める英断であったのは事実。

 そうして、一旦距離を置き、両者は空中で対峙する。


 「やりますね、このコンビネーションを凌いだのは貴女が初めてです」


 「へえ、そりゃあ光栄だ」

 適当に返しつつ、ヴィータは敵の言葉から突破口を探る。今のコンビネーションを破ったのが自分が初めてというならば、この敵はシグナムやカルデンといった超一流の騎士と戦った経験はないと言うことを示している。

 対象を中心に収束するリングに加え、六発もの誘導弾で逃げ場を封じ、辛うじて防げば至近距離からの砲撃が叩き込まれる。確かに厄介な連携であり、その上この敵の魔力は尋常ではない、純粋な魔力量ならば夜天の騎士の誰よりも大きいだろう。あるいはそれが、人造魔導師の特徴なのか。

 だが、自分のシールドでも辛うじて防げるレベルならば、夜天の騎士にとってはそれほど脅威にはなりえまい、特に、自分の兄ローセスの防御の硬さは群を抜いている。とはいえ、敵に更に上位の攻撃手段がないとは限らないが。


 「ですが、貴女では私には勝てません。そのデバイスはかなり優れたもののようですが、カートリッジもなければフルドライブ機構もない通常のデバイスに過ぎない」


 「わりいな、まだ見習いのもんでさ」

 シュテルの指摘通り、ヴィータが用いているデバイスはグラーフアイゼンと同等の強度を持つ優れたアームドデバイスではあるが、ヴィータの身体がまだ身体が成長しきっていないことを考慮し、カートリッジやフルドライブ機構などは搭載されていなかった。


 「貴女のようなタイプの騎士ならば私は幾人も戦い、打倒してきました」


 「さっき、あたしが初めてだって言わなかったか?」


 「ああ、申し訳ありません、言葉が足りませんでしたね」

 ガシャン ガシャン

 ヴィータにとっては聞き慣れている、デバイスがカートリッジを吐き出す際の独特の音。


 「通常モードならば、凌いだ方はいらっしゃいました。ですが、この先を防ぐことが出来たなら、貴女が最初となります…………ルシフェリオン、フルドライブスタート」

 二つのカートリッジを吐き出すと同時に、ルシフェリオンと呼ばれたデバイスが魔導師のリンカーコアを最大出力とするための機構を発動させる。


 <なんつう魔力だ>

 そして、人造魔導師である彼女のリンカーコアの出力は騎士のそれを大きく上回っており、それがフルドライブ状態となった時、どれほどの威力となるか。


「貴女を………殲滅します」



 星光の殲滅者



 黒き魔術の王の国、ヘルヘイムにおいて彼女は恐れを込めてそう呼ばれる。徹底して遠距離攻撃のみを行い、地を這う騎士や人間の兵隊を容赦なく薙ぎ払い、僅か1年で万に届く人間を焼き滅ぼした流星の化身として。

 彼女が現れたが最後、村であろうと街であろうと一切の容赦なく殲滅され、後には何も残らない。人造魔導師でり、人として生きることがなかったため、彼女はどこまでも冷酷に、正確に、破壊と死をもたらす。

 近接での打ち合いこそ最大の誉れとされるベルカの地において、彼女の存在はまさしく異端。そのデバイスには接近戦のための機能が微塵も存在しておらず、ただ無慈悲に地上の人間を焼き尽くす凶つ明星。


 黒き魔術の王サルバーンが構築せし生命操作技術、その結晶とも言える少女が、己の権能を解き放った。









ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  東部  上空




 同刻、白の国の別の空域においても空中戦が展開されていた。


 「雷神衝!」


 「フィールド」
 『Panzergeist.(パンツァーガイスト)』

 青髪の人造魔導師の少女、レヴィから放たれる直射型の射撃魔法を、フィールド防御、パンツァーガイストによって防ぐ。


 「光翼斬!」


 「バリア」
 『Panzerhindernis.(パンツァーヒンダネス)』

 放たれる誘導性能を持ったブーメラン状の雷撃を、自身を覆う形で展開するバリアでもって防ぐ。


 「光魔斬!」


 「シールド」
 『Panzerschild.(パンツァーシルト)』

 近接から繰り出される攻撃を、己のデバイスに纏わせたシールドによって防ぐ。


 「どうしたどうした! でかい口を叩いておきながら、防戦一方じゃないか!」


 「そういうことは、一撃でも有効打を入れてから言うんだな」


 「口の減らないやつめ、ならば喰らえ! 究極の一撃を!」

 高速で飛び回る少女の前に三角形の陣が形成され、凄まじい魔力が集中する。さらにそれだけではなく、青白い雷がその周囲に余波の如く生じている。


 <やはり、電気への魔力変換資質。それに、あの輝きは………>

 リュッセには、その輝きに見覚えがあった。見たのはただ一度きりだが、そう簡単に忘れられるようなものではなく、むしろあの光景を忘れろと言う方が無理な注文だ。


 「雷神爆光波!」

 放たれるのは烈火の将の飛竜一閃にも匹敵するかと思われるほどの砲撃魔法、だが、威力と速度こそ凄まじいが狙いが単調に過ぎる。


 「風を」
 『Pferde.(フェーアデ)』

 発生するは、湖の騎士シャマル直伝の移動用の風魔法。渦巻く風がリュッセの足元に出現し、彼の身体を急上昇させ電気変換された魔力による砲撃を躱しきる。


 「くっそ、ちょこまかと、騎士なら男らしく堂々と打ち合え!」


 「君は、打ち合いが出来るのか?」


 「はん! 馬鹿にするなよ、僕のバルニフィカスはシュテルのルシフェリオンと違って騎士と接近戦も行えるように設計されている。その上、カートリッジシステムもフルドライブ機構もあるんだ、そこらのデバイスなんかとは格が違うんだ!」


 「ならば、僕のような格下には逃げ回るしか出来ないことも理解してほしいが」


 「それとこれとは話は別だ、騎士の癖に逃げ回るなんて、恥を知れ!」

 空中に静止し、呼吸を整えながらリュッセはどうやら頭はそれほど強くないと思われる少女の言葉から情報を整理する。


 <どうやら、人造魔導師は他にもいて、そいつが持っているデバイスはルシフェリオン、そちらは近接は想定されていないようだが、カートリッジシステムやフルドライブ機構はあると見るべきか。作り手がサルバーンならば尚更だ>

 と言っても、確証があるわけでもないため、もう少し会話を続け情報を集めるべきと判断する。


 「仕方ないだろう、君は彼の黒き魔術の王サルバーンが作り上げた人造魔導師、僕のような普通の騎士が太刀打ちできる相手じゃない、それに、そのデバイスもそうなのだろう?」


 「当然! 僕の電気変換資質を最大限に発揮できるよう、サルバーン様が作って下さった至高のデバイスこそバルニフィカスだ! まあ、シュテルのルシフェリオンだけは唯一同格と認めてやるけど」


 「電気変換資質か、まさかそんなものまで持っているとは………」


 「理解したか、僕らは君達のような凡百とは生まれからして違うんだ。クローン培養でもなく、優秀な遺伝子をかけ合わせた純粋培養による新たなる人類、それが僕達、人造魔導師なのだから!」


 <クローン培養とは、複製体のことだな。では、純粋培養とは恐らく……>

 大体の想像がつき、同時に嫌な予感もするが、それでもあえて問う。


 「君は、自分を作る素となった父親の顔を知っているのか?」


 「僕の父はサルバーン様だけだ。遺伝子上の親なんか知ったことじゃない」


 「では、君に戦い方を教えたのも父親であるサルバーンか?」


 「いや、サルバーン様の二番弟子、サンジュ様だ。まったく、生まれたのはシュテルの方が先だからって、何であいつの教育担当がアルザング様なんだよ、実力的に考えれば僕が一番のはずなのに………って、何でこんなことお前に言わなくちゃいけない!」


 <アルザング、その名は知っている。黒き魔術の王の高弟にして、ヘルヘイムの執政官、“蟲毒の主”の異名を持つ魔術師にしてサルバーンの片腕とも言うべき存在。一番という言葉は、つまり一番弟子である彼がシュテルという人造魔導師の教育担当であったということか>

 もう一人、この少女の教育担当だというサンジュという名にもリュッセは覚えがあった。


 <破壊の騎士、の二つ名を持つ男。その破壊行動には一貫性がなく、村や町、果ては城までを無差別に破壊して回るという、黒き魔術の王の配下では三本の指に入る強者>

 だが、“破壊の騎士”の二つ名からイメージできる存在とはやや異なり、攻撃魔法ばかりではなく、転移魔法や空戦などもこなすと聞く。強大な魔法の才能を秘めているようだが、恐らくは自己顕示欲が強く、自らの魔法の力を破壊という形で誇らずにはいられない性質なのだろう。


 <だからこそ、“破壊の騎士”が教育担当だというこいつは自信過剰で口が軽い。自分達の凄さを語って聞かすことが大好きで、一言で言えば子供だ>

 確かに、保有する魔力は膨大であり、空戦の速度は自分を上回っているだろう。だが、その攻撃はあまりにも真っ直ぐ過ぎ、虚と実を織り交ぜた戦術というものがまるでない。ただ、生まれ持った性能に頼って暴れまわることしか出来てないのだ。

 まず間違いなく、“破壊の騎士”も似たような特性を持っているのだろう。それでは同等の力を持つ強者に敵わないばかりか、格下に足元を掬われることにも繋がりかねない。


 <ヘルヘイムという国や、その組織はサルバーンにとって使い捨ての道具程度のものでしかないと老師はおっしゃっていた。だとすればそのような男が二番弟子ということも頷ける>

 敵がそれほど有能でないことは歓迎すべきことだが、それとは別にまだ確認すべきことがあった。


 「ところで、君達を生み出すのに必要なのは、血液か? それとも髪の毛などの身体の一部か?」


 「いきなり何を言うんだか、それに、阿呆だな君は。人間の子供を作り上げるならば、遺伝子に決まっているだろう」


 <なるほど………カルデン殿、複数の女性と関係を持つのはやはりあまりよいことではないようです>

 そして、リュッセは悟った。間違いなくこの少女は雷鳴の騎士カルデン遺伝子から生み出された存在であろうと。先程彼女が放った雷光はあまりにも彼の雷鳴の騎士に似通っている。

 彼は独身であり、かなり多くの女性と関係を持っていると直に聞いた。ならば、彼の精子をサルバーンが入手することは極めて容易いだろう。というか、暗殺すら簡単なのではないだろうか。

 逆に、シグナムとシャマルはあり得ない。行かず後家もこういう時にはいい方向に作用する、などという考えが知れればリュッセのリンカーコアは間違いなく抜き取られることだろう。


 <それに、高速機動に加えて、電気変換資質を利用した超加速、いずれも彼の戦闘スタイルそのものだ。もっとも、錬度は劣るが>

 リュッセがレヴィという人造魔導師の少女の攻撃を簡単に凌げる最大の理由はそれであった。彼は以前雷鳴の騎士カルデンより手ほどきを受け、さらに、彼とシグナムの全力を戦いをその目で見届けた経験を持つ。


 「ふん、遊びはここまでだ。一気に片をつけてやる! バルニフィカス、フルドライブ!」

 敵の魔力が目に見えて増大し、これまで以上の猛攻が来るであろうことは一目瞭然だが、リュッセには恐れは微塵もない。

 例えフルドライブを発揮しようが、この少女が雷鳴の騎士カルデン以上の使い手ではないことは明白、ならば、彼と模擬戦を行った際に構築した対抗策がそのままあてはめれば―――


 「来るぞ、アスカロン」

 『Ja.』

 そして、ヴィータと異なり、リュッセは既に実戦において敵を破るためのデバイスを持っていた。レヴァンティンと同様の剣型デバイスであり、カートリッジシステムとフルドライブ機構を搭載している。

 AIについては、グラーフアイゼン、クラールヴィント、レヴァンティン程高度なものは搭載していない。その分のリソースを用いて代わりに“ある機能”を搭載しているからだ。

 よって、アームドデバイスでの近接攻撃以外では持ち味を完全に発揮できないヴィータと異なり、リュッセの戦術には幅がある。先程までの攻撃を悉く防ぐことが出来たのも、彼自身の技量の他にデバイスが攻撃以外の部分でも補助できるようになったこともある。無論、使いこなすことは並大抵ではないが。


 「バラバラにしてやる、雷刃の襲撃者の力、思い知るがいい!」



 雷刃の襲撃者

 シュテルと異なり、レヴィのそれは周囲から恐れられる異名ではなく自称であった。何より、彼女が生まれたのは一か月ほど前に過ぎず、まだそれほど実戦経験がないのだ。素質はほぼ同等であっても、経験の差というものはどうしようもなく存在する。

 そして、フルドライブを発動させたところで“戦術眼”が増加するわけではなく、リュッセには対応できる自信があった。いざとなればこちらもフルドライブ機構を発動させることも可能であり、むしろ、彼の危惧は別にある。


 <念話が繋がらない。何らかの手段で妨害されているのもあるのだろうが、ヴィータもおそらく……>

 念話の届く距離は送り手と受け手のレベルに依存する。遠く離れた地上にいる“若木”の年少組に届かないのは仕方ないとして、同じ空にあり、リュッセとほぼ同等の実力を持つヴィータと繋がらないというのは考えにくい。

 ならば、自分と同様ヴィータも敵と交戦していると考えるべき。サルバーンの配下の騎士か、融合騎を埋め込まれた改造種か、もしくはこの青髪の少女が口に出すシュテルという名の人造魔導師という可能性もある。

だが―――


 <白の国全体のことは夜天の騎士達に任せるしかない。僕は僕の成せることを確実に>

 若木の隊長は、己の成すべきことを明確に見定めていた。

 自分の役割は警戒にあり、敵が現れれば交戦して討ち取ること。強敵と戦いながら他のことを考えることが出来ると思うほど彼は自惚れておらず、白の国へ攻め込んでいるのが黒き魔術の王サルバーンならば尚更のことだ。


 「来い、騎士の戦いというものを教えてやる。アスカロン!」


 『Explosion.』



 白の国へと闇が攻め入り、それを迎え撃つは強壮を誇る夜天の雲。

 だが、守り手は彼らだけではない。夜天を目指す若木もまた、騎士の戦場へと馳せ参ずる。

 闇と雲の相克はまだ始まったばかり。




















                         
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            △△△ ・ シュテル                  △△△
           △△△    ヴィータ                    △△△
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                         魔軍




[26842] 夜天の物語 第四章 中編 守護星の予言
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/04/22 09:11
第四章  中編  守護星の予言





ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国 中央部 ヴァルクリント城  上空





 「シュランゲバイゼン!」
 『Explosion.』


 炎の魔剣レヴァンティンの第二の姿、連結刃が白の国の空を舞い、侵攻してきた敵を跡形もなく粉砕する。

 そう、文字通りの粉微塵。なぜならシグナムが撃ち砕いている敵は、人間ではなく生き物でもなかったから。


 「よもや、飛行型の魔導機械とは…………サルバーン、貴様はどこまで…」

 白の国においてつい先日、調律の姫君と技師達が作り上げた白い翼が空を舞った。それはリンカーコアを持たない人間でも空を飛ぶことを可能とする夢を乗せた希望の翼であるべきもの。

 だがしかし、白の国に飛来した黒い翼は、人を突き殺すための鋭角と、地表を焼き滅ぼすための火薬を積んでいる。それはまさしく魔導の技と科学の技の愛されざる融合であり、黒き魔術の王が作り上げた異形の技術の一端であった。


 (ああ、素晴らしい、これは何とも素晴しい。もし、いつかの私がゆりかごの魔導兵器を基としたガラクタを作る機会があるならば、我が友情の証としてこれを参考にしたいのだが、よいだろうか?)


 遙か遠きヘルヘイムにて、そう嘯く道化が存在したが、そこまではシグナムの知るところではなかった。


 「やはり、奴は白の国の守りを知り尽くしている………」

 現在彼女はヴァルクリント城の上空にて、城を目指して飛来した魔導機械を駆逐しているが、本来ならば彼女が守りに着く必要はないはずであった。

 この白の国は風に祝福された土地であり、魔力素の構成も他の土地とは大きく異なる。つまり、異国の騎士が攻め込んできたところでリンカーコアを十全に働かせることは出来ず、戦力は半減かそれ以下となるのだ。

 ちょうど、遙か未来の第97管理外世界においてユーノ・スクライアという少年が患った機能不全と同じであり、時間をかければ適応可能であるため半年以上は過ごしている“若木”や、白の国で生まれ育った者達には何ら影響はない。

 だからこそ、戦い慣れぬ“若木”達も白の国内部ならば防衛戦の戦力として期待できる。相手が正騎士であろうとも、リンカーコアが機能不全を起こしているならば若木でも互角以上に戦うことができ、かつて白の国で学んだ者が攻め込んでくるという例外を除いて、風の守りは鉄壁であるはずであった。


 「AAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」


 「改造種(イブリッド)か!」

 だが、黒き魔術の王はそれを知りつくし、白の国を攻略するための戦力を整えた。彼が開発した非人格型融合騎“エノク”もまたその一つ。

 融合騎“エノク”とリンカーコアを融合させた改造種はどのような環境においても十全の戦闘能力を発揮することを可能とする。ローセスが対峙した“ハン族”の首領であった青年もまたその一人であり、融合騎の暴走によってやがては自我を失い、暴力機構となり果てた。

 ただ、融合適性など考慮されていないため、リンカーコアを持つ者に片っ端から埋め込み、生き残れた者を戦力として投入するといった人道を無視した運用となるが、黒き魔術の王の国ヘルヘイムにおいては死ぬ方が悪いのである。

 機能だけならばローセスの持つ“ユグドラシル”と“エノク”は類似しているが、託された命題はまさしく真逆、調律の姫君の作るデバイスと黒き魔術の王の作るデバイスはあらゆる面で相反する定めに在るのか。


 「レヴァンテイン、叩っ斬れ!」
 『Jawohl!』

 “エノク”と融合した改造種の性能は完全に基となった騎士や魔導師の強さに比例する。ローセスが戦った相手は“ハン族”最強の戦士であったため、強敵足り得たが。


 「次だ、行くぞ」

 『Ja.』

 リンカーコアを持つ人間に融合騎を埋め込んだだけの改造種が、烈火の将の進行を阻めるはずもない。この程度ならば若木であっても難なく撃退できるであろう。


 さらに、白の国も守りは風だけではない。


 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォ!!!」

 魔を祓うと言われる賢狼の咆哮が響き渡り、ヴァルクリント城を取り囲むように飛来した魔導機械を悉く切り裂き、穿ち、地に落とす。

 だがそれはおかしい、賢狼ザフィーラは陸の獣であり、彼がその魔の領域の速度を発揮できるのはあくまで足場があればことだ。一度限りの跳躍ならばともかく、空を自由自在に跳ねまわり、魔導機械を砕くことはあり得ない。


 しかし、それを可能とするのが白の国の空、いかなる戦火も焦がすこと許さぬ夜天なのだ。


 『オ手伝イシマス、フシュフシュ』

 『オ手伝イシマス、フシュフシュ』

 『オ手伝イシマス、フシュフシュ』

 『オ手伝イシマス、フシュフシュ』

 『オ手伝イシマス、フシュフシュ』

 ザフィーラが空中において足場として用いたのは、彼ら、機械精霊。放浪の賢者ラルカスの友であり、彼に名を与えられたという点ではザフィーラの盟友とも言える者達。

 彼らは水と風が合わさる場所に発生する者たちであり、時には不可視の風となり、時には可視の水となる。攻撃する力を持たず、ただ浮いているに過ぎないが、ザフィーラにとっては足場として機能すれば十分。

 さらに、それだけではない。彼らはヴァルクリント城に侵攻してくる敵にとって厄介極まりない“障害物”となる。当然、魔導機械とぶつかれば彼らも砕けることとなるが、機械精霊に死の概念は存在しない。いや、放浪の賢者に言わせれば存在はするが、生命のそれとは大きく異なっている。


 ≪協力、感謝する≫


 『イイエ、友達デスカラ、フシュフシュ』

 彼らは言わば雹のようなもの。時には家屋の屋根を砕くほど大きな塊となることもあるが、雹が砕かれたところで雲はまた生まれ、雨ともなり、雪にもなる、水も風も、決して消えることはないのだ。



 「はあああ!」

 シグナムは彼らの中を一直線に突き進み、改造種を撃墜する。


 侵攻してくる者達にとって機械精霊は障害物となるが、夜天の騎士達にとっては障害物とは成りえない。足場として利用する時は“氷”となり、そうでない時は“風”となる、放浪の賢者ラルカスが白の国に敷いた守りとは、つまりはそういうもの。

 ここは風に祝福されし白の国、そこの輝く夜天の空はいかなる者にも穢すこと敵わず、たとえ戦火が及ぶとも、精霊の友なる誇り高き雲がそれを阻む。

 故にこそ、彼女らは雲の騎士団、ヴォルケンリッターと呼ばれる。彼女らこそ、夜天の下に集いし雲であり、白の国を守る不滅の盾、鋭利なる刃なのだから。


 「ザフィーラ、ここを任せた。私は他を殲滅する」


 ≪承知した≫

 嘆きの遺跡よりシャマルの“旅の鏡”によってフィオナの元へ帰りついた彼女らは、白の国が置かれた状況を即座に悟った。

 リュッセとヴィータがそれぞれ強力な敵と相対しており、他の“若木”達もそれぞれの空域で改造種(イブリッド)や魔導機械と交戦中。さらに、陸からも大規模な異形の軍勢が押し寄せている。

 そして何よりも致命的なのは、回復の要である湖の騎士シャマルが潰されたことだ。放浪の賢者ラルカスによってすぐさまヴァルクリント城まで送り届けられた彼女だが、精神に受けた傷は回復魔法では治せず、おそらく三日間は昏睡状態が続くだろう。

 よって、夜天の騎士の選択はザフィーラが城を守り、シグナムが遊撃手として空を防衛、そしてローセスが地上の軍勢を防ぐというものしかなかった。シャマルとクラールヴィントがあればそれぞれと綿密に連携を取りながら有機的に動けただろうが、一度分散すれば後は個々で戦うしかない状況に追い込まれてしまった。


 【ローセス、…………………やはり、届かんか】

 試しに念話を送ってみるが、ローセスからの返事は届かない。距離的に考えれば夜天の騎士達が持つ通信用のデバイスの効果で届くはずなのだが、それを妨害する者がいるのだろう。シャマルがいればその特定も出来たが、現状ではそれは夢物語でしかない。


 つまり、まずは城周辺の敵を片付けることとしたシグナムとザフィーラに先駆けて、己の戦場、白の国の門たる風の谷へと向かったローセスは完全に孤軍奮闘の状態だ。応援に駆け付けたくはあるが、彼女らにも成すべき役割があり、そう簡単には応援に回れない。


 <唯一の救いは、サルバーンを大師父が抑えてくれていることか>

 敵の中で最も恐るべき存在であるサルバーンが嘆きの遺跡の最下層にて放浪の賢者ラルカスと相対している。ある意味でその戦いこそが全体の趨勢を決すると言っても過言ではないが、もはやそこは自分達が立ち入れる次元の戦いではないだろう。文字通りの意味で次元を超えた場所で戦っている可能性が高いのだから。

 ともかく、今は空の敵を殲滅するのみ。まずは民の安全を確保せねば、若木やローセスの援護に回ることも出来ないことを、烈火の将は理解していた。










ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国 南端 風の谷



 ―――月が、近い

 日は既に沈み、夜の支配者たる星々と月が輝きを放ち、その恩恵は地上へと降り注ぐ。

 白の国においては夜の訪れは闇をもたらすものではない。存在する木々が、草が、山々が、微弱ながらも昼の光を帯びており、星と月がその光に力を与える。

 それ故、夜の上空で戦う若木達も、夜天の騎士も、盟友たる賢狼も、昼間と変わらぬ速度で飛び回ることが許される。白の国が闇に閉ざされる時とは、夜とは異なる存在が覆い尽くすことしかありえない。


 白の国へと至る唯一の陸路、守りの要とも言える谷間にて、一人の騎士が静かに佇む。

 彼の役割はここを死守することにあり、ただそれだけに専念することが今の彼の存在意義といってよい。

 その地に押し寄せる軍勢の数は目視では数え切れぬほど、津波を思わせるかのような勢いをもって、黒い森がこちらへと進軍してくる。

 だが、それは森ではない。木々を思わせるほどに高く掲げられしは槍であり、それらを持つ者らもまた人間ではあり得ない、黒く重厚な甲冑に身を固めた異形の技術によって歪められし改造種(イブリッド)。


 リンカーコアを持つ者が融合騎“エノク”によって空の戦力となったならば、こちらはリンカーコアを持たぬ者らが改造されたもの、それ故に夥しい数を誇り、仮に全滅させたところで補充も容易なのだろう。

 彼らと、盾の騎士ローセスは幾度となく対峙していた。放浪の賢者の供としてベルカの地を巡っている時ですら村を襲う彼らを屠ったことがあり、軍を成す程にまで彼らが完成したのはここ最近のことではあるが、ローセスの騎士としての道は改造種との戦いであったともいえる。

 同輩であるシグナムとシャマルは人間相手の戦を多く経験していよう。無論、彼にもないわけではないが、それよりも悪鬼羅刹の類いを相手にすることの方が圧倒的に多かったのは事実であり、彼の騎士としての数年間は異形の怪物と戦い続けた日々であっただろう。


 「だからだろうか、これほどの大軍を前にして、全く恐怖の感情が湧きおこらないのは」

 彼自身、それは不可思議な感触であった。確かに自分はここにいるにも関わらず、どこか遠くから自分を眺めているかのような。

 彼はただ一人であり、白の国内部にも空戦を行える敵が侵入している以上、増援の望みは薄い。彼は、己の一人の力のみを頼りに、万に届くかと思われる黒い波からこの谷を死守せねばならない。


 一体一体の力は、さしたるものではないだろう。改造種と戦って来たローセスだからこそ、押し寄せてくる者達が“ハン族”の者達よりもかなり劣る、いわば一般人に獣を混ぜた程度の存在に過ぎないことが分かる。

 だが、数の暴力というものは英雄の力を無に帰す。どれほど卓越した騎士であれ、真竜を倒す程の力を持とうとも、永遠に戦い続けることが出来ない。瞬間の力はまさに魔の領域にあろうとも、人の身である以上、切られれば死に、力尽きれば倒れるのみ。

 己を待ち受ける未来を明確に頭に映し出しながらも、ローセスの心に畏れはない。


 我は、白の国の盾。敵が押し寄せてきたならば谷を堅守し、最前線で敵を抑えることこそが我が使命、盾の騎士たる証。


 それを誇りに、ローセスはここまで歩んできた。それはこれからも変わらないはずであるのに、なぜ、辿り着いたとすら思うのだろうか。

 辿り着く、それは終着点への到達を指す言葉。

 白の国を守る不滅の盾は、これからも国と、何よりも愛する姫君を守るために在り続けるはずであるのに。


 「そうか……」

 一言呟き、彼はそれほど昔ではない頃の記憶を手繰り寄せる。



古き技を伝えし知識の塔、朱の色に染まりし時

           彼の地に吹く風の中、異形の落とし子の嘆きが響き渡る
 
雲と闇が交錯し、雪を覆いし守護の星は瞬き墜ちれど

           墜ちたる欠片は蒼き盾、昇る紅の明星に託される




 放浪の賢者の予言の詩を思い出し、ローセスは後ろを振り返る。

 常時ならば若干の青みを含んだ薄闇色、そう表現できる白の国の空が、朱に染まっている。それが、星光の殲滅者と恐れられる少女が放った光によってもたらされたものであることまでは彼に知りようがなかったが。

 ローセスが守るこの場所は谷間であるため最も強い風が吹く。故にこそ風の谷と呼ばれ、今まさに彼は風の中にいる。

 さらに、押し寄せる軍勢は異形の落とし子。鬨の声とも嘆きの声ともつかない絶叫が、谷間へと響き渡る。

 まさに今こそ、夜天の雲と深き闇が交錯する時。そして、白の国の王家の紋章は雪、それを受け継ぐのは、彼が愛するただ一人の女性しかあり得ない。


 「雪を覆いし、守護の星は瞬き墜ちれど、か」

 守護の星が墜ちる。それが何を示すかは考えるまでもないことであるが―――


 「感謝します、大師父。俺が、彼女を守る盾に、白き雪を覆う守護の星であれたことを、この世界そのものが認めてくれた。これほどの誇りはありません」


 彼はまさしく、骨の髄まで騎士であった。

 例え生き永らえようとも、主人への忠誠を尽せぬ生ならば、そんなものに意味などない。無論、ここで果てるつもりなど毛頭ないが、自身の行く末よりも、フィオナという女性を守る守護の星であれたかどうかの方が、彼にとっては重要なのだ。

 ヴィータが時折、騎士は狂った理論で動いていると言うのも無理はない。彼らの頭はまさしく捩じ曲がっており、常人から見れば発狂しているともとられるだろう。

 賢狼たるザフィーラが、“騎士とはかくも興味深い”と評し、ローセスと共に戦って来たのも、そんな不可思議な精神性を持つ存在に、何かを感じたからであろうか。


 「さあ、行くぞ、アイゼン」

 『Jawohl.』


 だが、そんな感傷も戦いが始まれば頭の片隅にも残りはしない。

 戦場に恐怖は不要、躊躇いも不要、ただ敵を滅ぼし、主を守り通すための戦意だけをぶつけ合う。


 しかし



 「「「「「「「「「「「「「「「 AAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!! 」」」」」」」」」」」」」」」


 それは、この時代の騎士同士の戦いであればの話、元より慈悲はおろかまともな思考能力すら持たない改造種(イブリッド)を相手にした戦は、誇りも何も無き殲滅戦にしかなりえない。

 彼らは獣ですらなく、獣以下。野生の獣が村を襲うことはあるが、彼らの多くは火を恐れ、人間が強大な力を持っていることを知れば攻めることなどせず、不利を悟れば逃げだす。

 だが、改造種にはそれがない。恐怖という感情、生存本能というものが破綻した彼らは自らの肉体を顧みることすらせず、自らの身体が崩壊することになろうとも破壊を続ける。

 その在り方は、命じられた作業を実行するだけの機械ですらない。彼らは自分達が何を成すべきかすら理解出来ぬまま、ただ暴れ狂い、その命を散らすだけの存在。


 「なんと………哀れな」

 『Ja.』

 その想いを禁じえない。あと数秒で彼の意識は戦闘へと切り替わり、彼らを殲滅する存在へと変貌することとなるが、その前に彼らを偲ぶことは傲慢ということは出来ないだろう。

 改造種と戦い、屠るたびに彼は思うのだ、一体彼らは何を想い、何を求めて人間の身体を捨てたのか。

 ヘルヘイムの軍勢に囚えられ、望まぬままに改造されたのか、復讐に猛り、力を求めて受け入れたのか。それとも、守りたいものがあり、他に方法はないと信じて決断したのか。

 それらの想いを全て飲み込んで、戦争というものは死を与えていく。その受け皿となることこそ騎士が在る理由だとローセスは考えるが、思考は常に止めず、より良い道はないかと考え続けることを忘れてはならない。

 そうして、自問自答を繰り返しながら、より良い明日のために歩みを進めることこそが白の国そのもの。国土ではなく、建物ではなく、その想いを次代へ伝えること意志が白の国なのだ。

 彼がここで果てようとも、後を受け継ぐ者がいる。夜天の誓いは、白の国の意志は、滅びず残る。その想いとて長き時の流れによっていつかは忘れ去られるだろうが―――



墜ちたる欠片は蒼き盾、昇る紅の明星に託される



 少なくとも、盾の騎士ローセスの後を継ぐ者は、確かに存在しているのだ。


 「縛れ――――――――鋼の軛!」
 『Explosion.』


 白の国の門たる風の谷、盾の騎士と鉄の伯爵の、ただ二人による戦いが、始まった。













ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国 中央部 上空




 【騎士シグナム、聞こえますか?】


 【リュッセか】


 朱に染まる空の下、シグナムは魔導機械や改造種(イブリッド)を薙ぎ払いながら無人の野を駆けるかのように突き進み、ヴァルクリント城を中心とした一帯の制空権を完全に取り戻していた。

 白の国の民の多くは城に避難しており、年長者の若木四人をそちらへ配し守備に専念させた。これで、いざとなればザフィーラが機動戦力として動くことも可能となる、最もそれは城の防備を危うくするため最後の手段とも言えるが。

 年中者の若木達はシグナムの指揮の下、二人一組で迎撃にあたり、効率よく敵を撃破している。通常の魔導機械や改造種ならば彼らだけでも問題はないが、敵がそれだけではないこともシグナムは悟っていた。


 【こちらは現在、人造魔導師と交戦中です。他の者らが戦っている魔導機械や改造種と異なり騎士を仕留めるために調整された存在、敵の主戦力かと】


 【なるほど、お前は戦況をどれほど掴んでいる】


 【年中組が空の防衛にあたっていることしか、他は?】


 【年長四人はザフィーラと共に城の防衛にあたっている。年少組は調律師や技師達と連携しながら地上の拠点を守ることに専念させた、今のあいつらの技能ではまだこの空に出るには足りん】

 カートリッジが存在するように、魔力を物体に込め、リンカーコアを持たない者でも簡易なものならば魔法を発動させることは可能となっており、白の国はその最先端を走っている。

 特に、その扱いに長けている魔導技師や調律師達は、設備と器具さえ揃っていれば防衛戦に限り騎士と対等の働きをすることも可能だ。空戦は無理があるが、地上を守るだけならば彼らだけでも何とかなる。結界発生器や魔法石と呼ばれる品々は湖の騎士シャマルを筆頭に日々作られ、有事に備えて蓄えられているのだ。

 飛来した魔導機械がかなりの量の火薬や、後の時代に焼夷弾と呼ばれるものの原型を落としているが、建物の多くが焼けていないのは彼らが防御結界を発生させる装置などを的確に運用しているからこそ、白の国はそれ自体が巨大な城砦であるともいえる。


 【では、風の谷が破られ、地上の軍勢が押しよせない限りは、僕達は敵の主戦力を相手にできるということですね】

 だが、空から降ってくる攻撃だけならともかく、地上戦力が現れれば彼らではどうしようもない。それ故、ローセスの役割は重大であった。


 【そうなるが、シャマルがサルバーンによって潰されたことを念頭に入れておけ、大師父によって城に運ばれたが意識不明だ。サルバーンは大師父が抑えてくださっているが、我々が傷を負えば即座に癒すことが出来ないことに変わりはない】


 【騎士シャマルが……】

 彼女以外にも回復魔法を扱える者、もしくはそのような設備はある。

 だが、それらはあくまで長期的に時間をかけて治療するものであり、戦闘中に重傷を負った者を即座に治療し、戦線復帰を可能となせるのは湖の騎士シャマルと風のリングクラールヴィントしかあり得ない。放浪の賢者ラルカスにも可能ではあるが、彼は嘆きの遺跡の底で黒き魔術の王と相対している。

 つまり、白の国の主戦力であるシグナム、ローセス、ザフィーラ、リュッセ、ヴィータが腹を貫かれるなどの重傷を負えば、その時点で戦力の補充は絶望的となる。唯一それを成せるシャマルが最初に潰されたことはあまりにも痛い。


 【お前の方で得た情報はあるか?】


 【はい、僕が戦っている相手はサルバーンが作り出した人造魔導師で、その教育担当が“破壊の騎士”サンジュであり、彼女の遺伝上の父は雷鳴の騎士カルデンであり、電気変換の資質を有しています。彼女のデバイスもカートリッジとフルドライブを搭載しており、また、ヴィータが対峙していると思われる相手も同様の人造魔導師で、そちらの教育担当はサルバーンの片腕、“蟲毒の主”アルザング】


 【そうか、サルバーン配下の中で名の通っている者と言えば、アルザング、サンジュ、ビードなどだが、彼らと人造魔導師が主力、と考えられるな。まだ隠し玉がある可能性はあるが】

 未だ目覚めぬ“闇統べる王”、その存在を知るわけではないが、そういう者がいてもおかしくないと察するシグナムの勘は、流石に歴戦の強者ものである。

 【この子は、僕が仕留めます。騎士シグナムはヴィータの方へ向かってください、向こうの敵はこちらより強力で、ヴィータには念話を送る余裕もなさそうなんです】


 【…………分かった。だがお前も油断はするな、特にお前の相手の教育担当でもあるという破壊の騎士サンジュは、暗殺に長けるなどという話も聞いたことがある】

 暗殺、それは破壊の騎士などという異名にはなかなかそぐわない技能であるが、誰がどのような技能を持っているかは異名によって決まるものではない、そも、盾の騎士ローセスが鉄鎚を振り回す時点でおかしいのだから。


 【了解しました。周囲には気を配ります】

 そうして、念話を終えるシグナムだが、その間にも魔導機械を破壊しながら高速で移動を続けている。

 シグナムが向かう先はヴィータが交戦している空域であるが、そちらを優先した理由にリュッセには戦いながら念話を行える余裕があったこともある。決して楽観は出来ないが、ヴィータよりも余裕があるのは確かなのだから。


 「待っていろ、ヴィータ」

 そう呟き、シグナムが飛行速度を最大にした瞬間――――


 「!?」

 シグナムの身体を戦慄が走り、彼女は己の直感に従って回避行動をとる。

 それまで彼女が進んでいた軌道を追うように、灰色の魔力を纏った黒い矢が駆け抜け、シグナムはほんの僅か判断が遅れていたら自分が墜とされていたことを悟る。


 「何者だ」

 レヴァンティンを油断なく構え、空中で静止しながらシグナムは周囲に視線を走らせ、魔力を感知する。

 しかし、先程の矢を放った射手の姿は見当たらない。あれほど魔力を込めた一撃ならば、射手の魔力を掴めないということはないはずなのだが。


 『Ich kann keinen Gegenstand spuren.(対象、感知できません)』

 「………」


 レヴァンティンの声だけが響き、彼女の周囲に動きは見られない。ヴィータの下へ救援に向かわなければならない以上、このままというわけにもいかないが、迂闊に動くことも出来ない。


 「レヴァンティン」

 『Jawohl.』

 よって、彼女は一種の賭けに出ることとし、主の魂である炎の魔剣もその意思を汲み取り即座に行動に移る。


 『Schlangeform.(シュランゲフォルム)』

 「シュランゲバイゼン!」

 カートリッジが吐き出され、レヴァンティンが連結刃へと変形、炎を纏った刃が周囲の空間を蹂躙していく。ここまで飛行する間にカートリッジの補充は済ませているためまだ弾装にも余裕はある。

 先ほどの矢を放った射手はいかなる手段かは分からないが確実に周囲に潜んでいる。研ぎ澄まされた彼女の感覚は敵の“呼吸”か“戦意”とでもいうべきものを捉えており、敵が離脱したわけではないことを理解していた。

 そして、敵に自分を仕留める意思があり、牙を研いでいるならば―――


 「はあっ!」
 『Ich verhaftete Sie!(捉えました!)』

 第二の矢が、レヴァンティンが遠くまで伸びきった隙を見逃すはずもない。

 連結刃の隙間を縫うように飛来した矢を、シグナムはシールドを纏わせた鞘によって迎撃しようとしたが、瞬時の判断で鞘の傍らの杖型デバイスで防いだ。

 「そこか!」

 矢が放たれた位置を瞬時に見極め、連結刃が殺到する。シグナムが防ぐと同時にレヴァンティンが捕捉する連携には一部の隙もない、手ごたえこそなかったが、敵の魔力の反応は確かに掴んだ。


 「流石だ、烈火の将。私の固有技能(インヒューレントスキル)、“幻惑の鏡面”を容易く見破るとは」

 それまで誰もいなかったはずの空間に、中肉中背の黒衣を纏い、弓を手に持った男が現れる。騎士甲冑らしきものを纏っていないところから見るに、騎士ではなく魔術師であろうか。

 ただ、自らの能力について語り聞かせたことから、この人物が名の通ったベルカの使い手であることは判別できる。この時代においては自身の能力とは隠すものではなく、堂々と言い放つことが多い。相手に知られてしまうだけで対応策が練られるものなど評価するに値せず、例え知られようとも意味をなさない能力こそ強者の技。

 雷鳴の騎士カルデンや烈火の将シグナムの勇名は戦闘スタイルと共にベルカの地に鳴り響いているが、彼らの能力を知ったからといって、破れるものではない。そして、シグナムと相対する人物もまた自身の能力が知られたところで破れるものではなく、戦術と応用によって敵の対抗策を打ち破るという自信があるからこそ堂々と宣言するのだ。

 自身の能力が知られることを恐れる臆病者など、いくら魔力が高くともベルカの地では讃美されることはない。それは黒き魔術の王にとっても同様であり、むしろ彼はそのような軟弱者は容赦なく焼き尽くす存在であり、その配下たる者らにも軟弱は許されない。中世ベルカとは、そのような時代なのである。


 「貴様が、“蟲毒の主”アルザングか」

 そして、シグナムはこの敵の異名を即座に把握することができた。先程杖型デバイスで弾いた矢が彼女の騎士甲冑の一部をかすっており、その部分が腐食している。腐り落ちる前に彼女の“炎”によって焼き切ったため広がることは避けられたが。

 烈火の将が“炎熱”の魔力変換を行うならば、その存在は“毒”の魔力変換を行う、彼の異名はその能力と行動理念の両方を表す唯一無二の称号でもあった。

 「ほう、彼の誉れ高き烈火の将に覚えていてもらえたとは、嬉しい限りだ」


 「見たことはないが、状況を考えれば辿り着く」

 リュッセからの情報で、ヴィータが戦っている相手はサルバーンの片腕、アルザングが教育担当であった人造魔導師であることが分かっている。そして、そこへ向かおうとしていたシグナムを遮る形で攻撃してきた存在として、最も可能性が高いのが誰であるかなど考えるまでもない。


 「紫電一閃!」

 そして、サルバーンが嘆きの遺跡にいる現状、この男こそが白の国攻略の司令官である違いない。仮に司令官が別にいたとしても、この男がサルバーン配下の中で最強の存在であることは疑いない以上、シグナムはここで全力を賭して仕留めるつもりでいた。


 「グアサング!」

 だが、烈火の将の一撃を、蟲毒の主は瞬時に顕現させた剣でもって正面から防いだ。ベルカの地を見渡してもこれを可能とする騎士は多くない、雷鳴の騎士カルデンや盾の騎士ローセスならば可能であろうが、この男は本来接近戦を主眼とするものではない魔術師なのだ。

 さらに、先程の矢と同じく、その剣にはあらゆる存在を蝕み殺す“毒化の魔力”が宿っている。もし、シグナムが持つ剣が炎熱変換された魔力を宿した炎の魔剣レヴァンティンでなければ、斬撃を放った側の剣が砕ける、というえ結果となっていただろう。

 「レヴァンティン! 撃ち砕け!」
 『Explosion!』

 炎の魔剣レヴァンティンがさらにカートリッジをロードし、刀身に炎熱変換された魔力が迸る。

 
 「ぬ、ぐう―――」

 炎熱と腐毒の魔力はほぼ互角の相性であり、蟲毒の主の持つ剣型デバイス、グアサングもレヴァンティンに劣らぬ強度を持つ優れたデバイスではあったが、烈火の将と炎の魔剣の連携に抗しえるほど、その主は近接戦闘に特化した人物ではない。

 ならばこそ、彼もまたこの窮地を凌ぐための策を予め用意していた。烈火の将とまともにぶつかれば、魔術師たる自分に勝ち目がないことなど分かりきっていることだ。


 「ちいっ!」

 自身の後方から襲い来る脅威を察知し、シグナムはアルザングとの距離を離す。この相手を前に距離を取ることは得策ではないが、そうせざるを得ない状況である以上は是非もない。


 「よく来た、三号(ドライ)、四号(フィーア)、五号(フェンフ)」

 彼が話かけた先には、三人の子供が空に静止し待機していた。うち二人は10歳程度の少年であり、もう一人は同じ程度の少女。持っているデバイスは少年二人が槍であり、少女は杖。

 だが、その身からは強力な魔力は感じられる。シグナムが現在対峙している蟲毒の主アルザングから感じられる魔力と比較しても遜色ないほどだ。もっとも、強力な魔術師ほど力を隠すことにも長けるためそのまま判断できるものでもないが。


 「人造魔導師か」


 「如何にも、僕はナンバリング03」


 「俺はナンバリング04」


 「わたしはナンバリング05」


 人道魔導師の少年らはそれぞれに応えるが、その声には感情らしきものがほとんど感じられない。だが、その理由など対峙する男の異名を考えれば即座に思い当たる。


 「これが、貴様が“蟲毒の主”と呼ばれる由縁か。蟲毒の壺の管理者よ」


 蟲毒の壺

 それは次元世界、国家を問わず、あらゆる文明においても共通して存在する強者の育成法。数多くの蟲を壺に押し込め、最後の一匹になるまで殺し合いをさせる、そして、生き残った者は強力なる尖兵に仕上がる。

 黒き魔術の王の国、ヘルヘイムではこれが日常であり、強者は這い上がり、弱者はただ死ぬのみ。ならば、人造魔導師の子供達だけがその法則が適用されないはずもなく、その地獄の法の管理者こそが、執政官を兼ねる“蟲毒の主”アルザング。ヘルヘイムは国家とは名ばかりの、巨大な蟲毒の壺なのだ。


 「そういうことだ。何か不服でもあるかね」


 「不服しかないが、一つ問う、名を与えず番号で管理するのはなぜだ?」


 「名とは、その存在そのものを表す、力有る言葉の形、古代ベルカのドルイド僧は名を与えることで真竜すらも友とした。ならば、駒を縛り、向上心を与える要素としてこれほど適したものはあるまい」


 そして、蟲毒の主は自らの作品達を見やり―――


 「我らの前にいる者こそ、誉れ高き烈火の将。この者を討ち取れ、方法は問わぬ、見事討ち取りし者には名と力を与えよう」


 「――了解!」


 「我が槍に懸けて!」


 「命のままに!」

 瞬間、人形のようであった少年たちに生気、いや、妄念とでもいうべき感情が立ち上る。

 人造魔導師として作られ、碌に知識も与えられぬままに蟲毒の壺へと堕とされ、精神を殺しながら力を得る以外に生きる術を持たなかった少年達は、“己が在る証明”、“存在意義”に飢えている。

 だが、彼らはその飢えの正体に気付いていない。自分達が本当に求めているものを知らぬまま、人造魔導師の子らはただ命じられる通りに殺戮を繰り返す。


 「それが――――貴様が司る法か!」

 そして、烈火の将シグナムにとって、蟲毒の主アルザングの手法は決して認められるものではない。若い命を消耗品とし、殺し合わせ、生き残った者にのみ名を与え支配する。それは、白の国の若木達を慈しみ育てる夜天の騎士と完全に真逆の在り方だ。


 「否定したくば、より強大なる力を持って成して見せよ! 力こそ真理!」

 だが、蟲毒の主にも忠誠を誓う主があり、彼の道こそが唯一絶対と信奉している。

 シグナムが白の国に仕え、調律の姫君フィオナが歴代の王より受け継ぐ理念の下、若木達を育成するように、アルザングはヘルヘイムに仕え、黒き魔術の王サルバーンが示す理念の下、蟲毒の壺の蟲達を育てあげる。

 シグナムが若木達に愛情を持つならば、アルザングもまた蟲達に愛情を持っている。そのベクトルは致命的なまでに交わるものではないが、シグナムの首を獲るべく襲い来る少年達がただの“人形”ではないことは明らかであった。

 ある意味で、ヘルヘイムには無意味に死ぬ者は存在しない。貴族の気まぐれでただ命を奪われるような不条理はあり得ず、どんな命も残らずただ一つの法の下、平等に強者の糧となる。道端で飢えて死ぬ者らすら、骨の一片まで喰い尽され、異形の者なる改造種(イブリッド)の動力源として機能するのだから。


 “弱肉強食”、それが蟲毒の壺の唯一にして絶対の法則。その管理者こそ蟲毒の主アルザングであり、人造魔導師の少年達もその法則に沿って生み出された掠奪者の一員である以上、意思なき人形ではあり得ない。そも、己の意思がない者など強者の糧にしかなり得ぬ国なのだ。


 だが、アルザングはサルバーンをこそ絶対と信奉しており、彼への忠誠に比べれば蟲達への愛など比べるべくもないことも確かであった。


 通常の軍とはまるで異なるが彼は司令官であり、白の国の攻略、さらにはその後に広がる覇業のためならば、蟲達を消費することに躊躇いはない、が、決して無駄にするつもりもない。弱者を糧とするならば、勝ち続けることこそが強者の務め、それでこそ糧となった者らにも意味を与えることが出来る。

 サルバーンがもたらした生命操作技術を基に、アルザングは数多くの人造魔導師を作り出し、形になった者達を蟲毒の壺へと放り込むことで三号(ドライ)から九号(ノイン)までの七体の“成功作”を作り上げた。番号が若いほど性能も高くなっており、それもまた向上心を高めるための処置である。

 しかし、サルバーン自身の手によって作り出され、名を与えられた二体、原初の人造魔導師シュテルと現状では最後発のレヴィは生まれながらにして凄まじい才能を秘めていた。蟲毒の壺に放り込んだところで結果が見えており、その必要がない程に。

 よって、シュテルは一号(アイン)であり、レヴィは二号(ツヴァイ)。人造魔導師の指揮権は二号を除いて彼にあるが、最後発のレヴィが容易く自分の作品を凌駕した事実は、自身と主君の圧倒的なまでの差を意識させずにはいられない。


 <いつかは、彼と同じ位階へと、私こそがあの方の後継者だ>

 しかし、諦めることなど母の胎内に置き忘れたかのように高みを目指すアルザングの在り方こそ、彼がサルバーンの片腕と呼ばれる由縁。

 言葉に出来ぬほどの強い意思を秘めたまま、彼は己の固有技能“幻惑の鏡面”を発動させ、その場を離れる。シグナムが察したように彼の役割は白の国攻略の司令官であり、この戦場だけにかかずらっているわけにはいかないのだ。

 ただ、この攻撃で全てを決するつもりは彼にもなく、可能ならば攻め落とそうと思っているが、白の国の防衛機能や夜天の騎士の強さを探ることも目的である。

 彼らの目標は白の国で終わりではなく、ここは始まりに過ぎない。その覇業はベルカの地全てへ槍を定めており、そのためには力が必要不可欠、白の国から学びとるべきものがあれば、彼はそれを貪欲に吸収するつもりでいた。

 尽きぬ野心と向上心、それこそが黒き魔術の王サルバーン第一の臣下である証であり、故にこそサルバーンもまた唯一アルザングに“目をかけている”。


 そして―――


 「恨みはないが、お前達を救ってやれるほど、私の腕は長くない」

 白の国の烈火の将は、己の首を狙って襲い来る哀れな人造魔導師達を、全力を以て迎え撃つ。

 どのような事情があろうとも、戦う意思を持って戦場に臨んでいるならば、加減することなく全力で相手することが、彼女の騎士道なのだから。


 「行くぞ、レヴァンティン!」

 『Jawohl, Mein Herr.(了解、我が主)』



 朱に染まる空の下、新たなる戦いの火蓋がここに切られた。



                    
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              △△△                   △△△△
            △△△  ・シュテル                 △△△
           △△△    ヴィータ                   △△△
         △△            ・アルザング             △△△
        △△                                 △△△
       △△      ドライ、フィーア、フェンフ         ・ズィーベン  △△△
      △△           ・シグナム                      △△△
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  △△                     ・フィオナ                   △△
 △△                       ザフィーラ           ・リュッセ  △△
 △△                                        レヴィ  △△△
  △△                                           △△△
  △△△     ゼクス・                                △△△ 
   △△△                                       △△△
    △△△                          ・アハト       △△△
      △△△                                  △△△ 
       △△△                                △△△
        △△△            ・ノイン             △△△△
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                            ・ローセス
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                         魔軍
           



[26842] 夜天の物語 第四章 後編 騎士達の戦い
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/05/22 00:33
第四章  後編  騎士達の戦い





ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国 東部 上空



 白の国の上空にて、青い光と白い光が交錯する。



 「何で、何でだ!」


 「………」

 シグナムと念話による通信を交わしてよりおよそ数分、リュッセが戦う戦場は徐々に収束へと向かいつつあった。


 「くっそ、光翼斬!」


 「アスカロン」
 『Panzerschild.(パンツァーシルト)』

 繰り出される攻撃をリュッセは必要最低限の動作で防ぐ、フルドライブ状態に移行したレヴィの魔力とバルニフィカスによる魔法攻撃の威力はまさしく一流の騎士のそれであったが、あくまで威力に限った話。


 <確かに、重く、速い、だがそれだけだ>

 リュッセに一定以上の魔力と、高度な戦闘技能が備わっていなければ瞬く間に飲み込まれていたであろうが、幸いにも彼の両親もまたミドルトンの騎士であり、リュッセの魔力量もかなり多い方である。

 そして、彼の剣の技量は既にシグナムのそれと比べても遜色ない位階に達している。その上、レヴィのオリジナルといえる雷鳴の騎士カルデンの強さを知り、彼の指導を受けたことがあるという経験が勝敗の天秤を傾かせていた。


 <まあ、射撃などに関する技能は母方譲りなのかもしれないが、近接における一撃と魔力量、何よりもあの高速機動と電気変換資質は間違いなく彼のものだろう。ついでに、気質も>

 もし、雷鳴の騎士カルデンに娘がいたならば、この子のような性格になっていたのではなかろうかと思わなくもない。逆に言えばレヴィに足りないのは経験だけであり、それが補われればカルデンを上回る存在となれる可能性すら秘めているのだ。


 「くそォ! 何でだ! 何で当たらない!」

 当たっていないわけではないが、有効打となっていないのは事実。とはいえ、リュッセはレヴィに一撃も与えておらず、互いのダメージで測るならば圧倒的にリュッセが劣勢なのだ。

 しかしそれは、リュッセの攻撃をレヴィが悉く躱し、逸らしたということを意味しない。そもそも、リュッセはまだ一撃足りとも攻撃を放っていないのだ。


 「どうした、君の全力、フルドライブとやらはその程度なのか?」


 「何だと! 言ったなこいつ! 喰らえ、天破・雷神鎚!」

 リュッセはただ敵の攻撃を防ぎ、言葉による挑発を繰り返しているだけだ。一見、何の効果もないように見えるが、既に効果は表れ始めている。


 <高速機動型は最も魔力の消費が激しい。いくら人造魔導師であり、通常を遙かに超える魔力を備えていようともまだ子供だ、限界はそれほど遠くはないはず>

 守りに徹し、挑発を繰り返し、相手のエネルギー切れを狙う。それがリュッセの戦術であり、同時に唯一の勝機でもあった。

 現実の問題として、レヴィの飛行速度はリュッセの遙か上をいっており、彼の攻撃では捉えられない。剣の技量だけならかなりの域に達しているリュッセであるが、高速機動に関してはまだシグナムには及ばず、彼女ならば雷鳴の騎士カルデンとも対等に渡り合えるが彼にはまだ不可能な芸当だ。

 故に彼は右手にアスカロンを、左手に鞘を構え、あらゆる攻撃に対処できるように備えながら空中で静止していた。相手が速いならば、こちらは早さと緩急で勝負、常に高速で動きながら技を繰り出すレヴィよりも呼吸を整え、タイミングを計って繰り出すリュッセの防御が技の出としては早く、さらには静から動という緩急も加わる。


 「あたりさえすれば―――」

 それはほんの微細な要素ではあるが、その僅かな糸を手繰り寄せ、リュッセは能力的には勝っている相手と互角どころか精神的には圧倒的に優勢に戦いを進めている。

 リュッセの能力はオールマイティであり、シグナムやヴィータのように爆発的な攻撃力はなく、ローセスのような強固な守りもない。だがそれ故に無限の応用性を持ち、優れた戦術眼が組み合わさればあらゆる敵に勝つことが出来る。早い話、リュッセには苦手な敵がおらず、得意な敵は今まさに対峙している直情型であった。


 「あててみろよ」

 これまでとは口調を変え、小馬鹿にするような口調をあえて使うことでリュッセはさらに挑発する。レヴィの魔力も大分減ってきているはずだが、フルドライブ状態での猛攻を防ぎ続けてきたリュッセの消耗もそれなりにある。


 「こんの…………僕を本気で怒らせたことを後悔するがいい!!」

 その瞬間、バルニフィカスが四発ものカートリッジをロードし、レヴィの身体に爆発的な魔力が集中する。

 さらに、それだけではなく――――


 <これは、天候操作>


 「僕が雷刃の襲撃者と呼ばれる由縁、喰らい知れ!」

 自称ではあるが、レヴィという少女の特徴をよく表している異名であるのは間違いなかった。ただ、ベルカの文化では他者から自然と呼ばれるようになった異名こそ価値あるものとされる。

 シグナムの“烈火の将”やカルデンの“雷鳴の騎士”といった異名は誰かがそう呼び始めたことによって広まったもの。ローセスの“盾の騎士”は主君より与えられた二つ名だが、既にそれは白の国の外部までも知られている。

 そして、その最たるものは“黒き魔術の王”であり、ヘルヘイムの法を司る“蟲毒の主”や数多くの村や街を容赦なく焼き滅ぼしたことから恐れと共に呼ばれる“星光の殲滅者”なども同様である。


 「アスカロン、大技が来るぞ。準備は出来ているな」

 『Es wird vervollstandigt.(完了しています)』

 自身の魔力のみならず、自然の雷すらも味方につけて放つ一撃。その威力は恐らくシグナムのシュトゥルムファルケンに匹敵する。

 当然、リュッセとしては躱すか、放たれる前に倒すかの二択に絞られるわけだが、速度の差を考慮すれば後者が不可能であるのは自明の理であり、前者もまた攻撃範囲を考えれば極めて難しい。

 だがしかし、リュッセにはそれを成す策があり、彼の魂アスカロンもまたそのための準備を進めていた。


 「む――」

 射出直前であったレヴィは、突如発生した光に瞼を閉じる。もっとも、目が見えずとも彼女の魔力感知能力はリュッセの魔力を捉えている。


 「目くらましとは、浅知恵だな。そんなもので雷神の化身たる僕の眼から逃れられると思ったか!」

 リュッセがいた付近から白色の光が迸っているが、レヴィは己の目に特定の魔力光を遮断する術式を走らせ、光の中心から逃れるように飛びだす影を確実に捕捉する。



 「終わりだ! 雷刃! 滅殺! 極光ォォ斬!」

 リュッセの移動速度はレヴィの予想よりも速いものであったが、収束砲と同等の威力を持つこの一撃から逃れられるものではない。青色の極光は確実に彼を飲みこみ、殺傷設定の一撃はその身を消滅させる。


 「見たか臆病者め! 白の国なんていう軟弱な場所で育ったお前達が、サルバーン様の下で鍛えられた僕達に敵うものか!」

 高らかに勝ち名乗りを上げるレヴィだが、かなり長時間のフルドライブに加え、カートリッジの連続使用、さらには天候魔法を加えた大威力砲撃と放った後となっては流石に息が上がっている。

 自身で気付いてはいなかったが、元々軽装甲であった甲冑の守りもかなり薄くなっており。もし今新手が現れればかなり厳しいことになるであろう。

 だが彼女は自分の先輩といえるシュテルとその教育担当であるアルザングの力を信頼していた。その二人が夜天の騎士達を抑えている以上、そいつらがここにやってこれるはずはない。自分が仕留めた相手と同様、今頃死んでいる。


 「ふう、だけどちょっとばかり疲れたな」

 次の戦いに備えて意識を切り替えるまでの僅かの間、敵を打倒した後ならばどれほどの強者でも多少は抱く弛緩の瞬間、戦闘経験の浅いレヴィの場合はかなり大きな隙となり得るその時を―――



 「紫電――――」


 「!?」

 白の国の若木の隊長たる、リュッセという少年は見逃さなかった。


 「一閃!」


 「しょうへ、ああああああああああああああああああ!!」


 烈火の将シグナムより受け継ぎ、彼自身の魔力に合わせて修練を重ねた紫電一閃。

 炎熱変換の特性を除けばもう本家とほとんど変わらないとまで言われるその一撃は、先の全力砲撃によって魔力の大半を消費し、勝利に浮かれていた人造魔導師の少女の防御を突破し、戦闘不能の傷を与え地に叩き墜とした。



 「ふう、だが、これで終わりではない、追うぞ、アスカロン」

 『Ja.』


 そして、完璧に決まった己の策に酔いしれることなく、リュッセは冷静に敵の追撃に移る。戦闘続行が不可能な傷を与えたことに疑いはないが、安堵するには早過ぎる。











 「はあ、はあ、い…たい」

 上空から墜とされ、地表すれすれでなんとかリカバリーに成功したレヴィだが、それで魔力が完全に尽き、無防備の状態で地面に伏す。

 何とか片膝を立てて立ち上がろうとはするものの、右肩から腰に懸けて斬られた傷は浅いものではなく、人造魔導師としての肉体に付与された自己治癒機能によってかろうじてふさがっているが、流れ出た血液までは補完しきれない。結局、立ち上がることは敵わず、自分の前に降り立った少年を見上げるのが限界であった。


 「どうやって、僕の一撃を………」


 「幻影魔法というものがある。多量の魔力を使うためここで再現はしてやれないが、後は自分で考えることだ」

 後の時代ではフェイク・シルエットと呼ばれる、単体あるいは複数の幻影を発生させる高位幻術魔法。

 肉眼や通常のデバイス類では見抜けない精度を誇るが、幻影に攻撃が直撃すると消えてしまう欠点もある。しかし、“敵を消滅させる”威力を持った砲撃魔法への囮として用いるならばその欠点も問題とはならない。

 ベルカの騎士であるリュッセはこれを得意としているわけではなく、せいぜい一体しか作り出せず、一直線に飛行させる程度の操作性しかないが、戦況に合わせて組み合わせれば凄まじい威力を発揮する。

 アスカロンが発生させた強烈な光、ローセスがグラーフアイゼンを用いて放つ閃光魔法アイゼンゲホイルを参考とした、閃光と音による瞬間的なスタン効果を目的とした空間攻撃によってレヴィの知覚を一瞬遮断、その間にリュッセは己の幻影を作り出し、さらに、誘導弾をその内部に仕込んだ。

 リュッセが常に魔力を抑えながら戦って来たのはこのための布石でもある。レヴィが感知してきたリュッセの魔力は常に小さいものであったため、誘導弾程度の魔力でも誤認させるには十分であり、レヴィの戦闘経験が浅いこともあって効果は抜群であった。

 そして、幻影目がけて大規威力砲撃を放ったレヴィが気を抜くまで魔力を探知されないよう動かずにその場で待機し、彼女が弛緩した瞬間に己の最強の一撃を叩き込む。


 「君のデバイスは向こうに転がっており、魔力ももうないだろう。大人しく降服しろ、投降するならば命まではとらない」


 「く…そ」

 そうして、この局面における戦闘が終結した。









ベルカ暦 485年  ギラルドゥスの月 白の国  北西部  上空




 若木の副隊長ヴィータと、星光の殲滅者シュテル、こちらの戦いはリュッセとレヴィのものとは逆の様相を見せていた。


 「せええええええい!」

 ヴィータが距離を詰め、シュテル目がけて鉄鎚を振り下ろす。


 「バリア」

 だが、その一撃をルシフェリオンが展開した強固なバリアが防ぎきる。


 「ん、ぎぎぎぎ」

 一撃の破壊力こそがヴィータの持ち味であり、己の矜持かけてなんとか突き破らんとするが、


 「かてえ―――」


 「バリアブレイク」

 バリアは破れないばかりか、逆にシュテルが破裂させ、両者は逆方向へ吹き飛ぶ。それはすなわち、両者の距離が離れたことを意味し。


 「パイロシューター」


 「んなっ!」

 放たれる誘導弾は十二発、これまでは三発ずつ撃っていたことを考えれば、一気に四倍になったわけであり、ヴィータの驚愕も無理はない。


 「こんな大量の弾、制御できるわけが―――」


 「できます、私はそのように作られた。そして、この子も」

 人造魔導師の第一位、シュテルはフルドライブ状態に移行した後も戦術の基本は変わらない、距離を保ったまま誘導弾を放つことは同じであってもその凶悪さはそれまでの比ではなかった。

 通常状態では速度と精密な制御を備えて襲い来る誘導弾は三発ほどあったが、今や十二発の誘導弾全てが隊列を整えて襲い来る軍隊のような統率力を見せており、さらに、威力までも増している。


 「シュワルベフリーゲン!」

 ヴィータはベルカの騎士には珍しく遠距離攻撃を備えており、四発の鉄球を自在に操作し敵へ肉薄させるが―――


 「無駄です」

 シュテルの誘導弾が容赦なく鉄球を撃ち砕く。こと、誘導弾の精度を競う戦いにおいてはシュテルが圧倒的に勝っていることは疑いない。


 「パンツァーヒンダネス!」

 さらに襲い来る誘導弾を辛うじて全方位型のバリアで防ぐが、誘導弾はその周囲を旋回し、ヴィータが脱出できぬようにした上で一発ずつ突き刺さり、バリアに罅を入れてゆく。


 「逃げ場がねえ……」

 下手に動けば誘導弾の的にしかならない、かといってこのままではいずれバリアが押し切られることは目に見えている。それに敵には至近距離からの砲撃魔法という凶悪な技もあり、先程は辛うじて防げたがフルドライブ状態となった今、それを喰らえばどうなるかは火を見るより明らかであった。


 「ブラストファイア」

 さらに、誘導弾ばかりではなく貫通力を持ち炎熱変換の特性すら持った直射型の魔法も織り交ぜるという徹底ぶり、戦闘において無駄なことを一切せず、敵を滅ぼすことに全力を注ぐその在り方こそが、彼女が“星光の殲滅者”と呼ばれる由縁。


 「らああああああ!!」

 だが、戦機を見極める能力ならばヴィータもまた並の騎士に劣らぬどころか凌駕してさえいる。誘導弾から直射型魔法に切り替わるその瞬間にバリアを破裂させ、上方へ向けて離脱する。


 だが―――


 「パイロブラスト」

 シュテルの読みは、さらに上回る。というよりも、彼女の性能がヴィータの想像の上を行っていたというほうが正確だろう。

 十二発もの誘導弾を制御し、直射型魔法をも放ちながら、さらに砲撃魔法の準備を並列して進める。いくらフルドライブ状態にあるとはいえ三種の射撃魔法を同時に扱うなど、ベルカの騎士ならばおよそ考えられることではない。


 「何!?」

 よって、脱出先を狙うように放たれた砲撃をヴィータが予測することは不可能であった。純粋な戦術眼のみならばヴィータとシュテルではむしろヴィータの方が若干上回るかもしれなかったが、可能である事柄、という部分においてかなりの差があり、遠距離攻撃に関する性能差が戦術思考の幅にそのまま表れた形だ。


 「パンツァーシルト!」

 ヴィータに出来ることは咄嗟にシールドを張ることしかなかったが、バリアを自ら破裂させて急加速を行った直後だけに魔力の収束が鈍い。これでは膨大な魔力を誇るシュテルの砲撃に対し一秒も持たないであろう。


 だが―――



 「飛竜―――」


 「む、」

 しかし、続く光景に眉を顰めたのはシュテルの方であった。彼女にとっては想定外の光景がそこに顕現していたためであり、彼女は感情が出にくいだけで感情がないわけでないので、その辺りは外見相応と言えるかもしれない。


 「シグナ」


 「一閃!」

 ヴィータが驚愕の声を上げる間もなく、シュテルの放った砲撃との間に割って入ったシグナムは、斬撃でありながらも砲撃と同等の破壊力を持つ竜の咆哮、飛竜一閃を放ちパイロブラストを相殺していた。

 そして、シグナムはヴィータの隣に並び立ち、人造魔導師の少女と対峙する。と同時にこの少女が先程までの三騎とは格が違う相手であることを認識していた。


 「シグナム、どうしてここに」


 「リュッセに頼まれたのだ、先にお前の救援に向かってくれとな。途中、多少の妨害にあったため少々遅れたが、そこは許せ」


 「多少の妨害、ですか」

 シグナムの軽く流す程度の発言に反応したのはシュテル、彼女も彼女なりに仲間といえる人造魔導師達のことを気にはかけており、死ねばそれまでと割り切っているが、烈火の将に対して何も出来なかったとなれば、少々人造魔導師としての矜持が傷付けられる。

 彼女もルシフェリオンを通して他の人造魔導師がどのように動いているかをある程度把握しており、アルザングからの通信によって三号(ドライ)、四号(フィーア)、五号(フェンフ)の三人が相手をしたと聞いていたが、時間稼ぎ程度にしかならなかったらしい。


 「あれらは、お前の同輩か、もしくは後輩といったところか。太刀筋は悪くなかったが、少々真っ直ぐ過ぎたな」


 「………」

 それはシュテル自身も思っていたレヴィ以下の人造魔導師の欠点であった。高い魔力量やそれを運用する技術はまさしく一流なのだが、それを戦況に合わせて組み合わせる戦術の面で拙い部分が多いのだ。

 彼女は“蟲毒の主”アルザングより直接それを学んだが、レヴィは“破壊の騎士”サンジュが師であり、三号(ドライ)以下の者達は蟲毒の壺を生き抜いた者達、それがマイナスに作用しているように思われた。

 生まれてより碌な知識を与えられぬまま蟲毒の壺に落とされ、生きるために殺し合う。確かにこの手法ならば、生き延びることや戦うことに特化した、生まれついての戦闘技能者を選別出来るが、蟲毒の壺の最後の一人となるまでは独学で戦うことなり、冷静な計算の下での戦術よりも本能のままに戦う癖がついてしまっている。


 “訓練などいらぬ、修行などいらぬ、仮想敵など百万殺したところで所詮は仮想、実戦こそ全て”


 サルバーンやアルザングはそれを可能とする凄まじい資質と精神の強度を持っている。だが、全ての者がそうではない、ある程度の才能の者を鍛え上げ、達人の領域へ上げるならば、白の国の教導方針が適していることもまた事実なのだ。


 「ヴィータ、これの相手は私に任せ、お前はローセスの支援に行け。遠距離攻撃が行える者がいるだけで戦術の幅は大きく変わる」


 「―――――――――分かった」

 シグナムの言葉に意味を考え、感情が一瞬否定しかけたがヴィータは頷きを返し、戦場から離脱していく。

 このまま二人で戦いシュテルを仕留める選択肢もあるが、複数を相手にする場合は戦力的に劣る者を集中して狙うのが戦の定石だ。

 つまり、ヴィータがいれば最悪“足手まとい”になりかねないということ。敵がベルカの騎士であればシグナムが前衛となり、ヴィータがシュワルベフリーゲンによって後方からの支援に徹することも出来るが、敵は遠距離戦に特化しておりシュテルの誘導弾はいつでもヴィータを狙える。

 故にこそ、シグナムは一対一で戦うことを選んだ。無論、彼女が言ったとおりローセスの応援に行く役が必要であったことも事実だが、烈火の将は敵と味方の能力、様々なものを考慮に入れて判断を行っているのであった。

 それを理解しているからこそ、ヴィータに否はない。ここで感情に任せて反駁するようではいつまでたっても“若木”であり、騎士になどなれはしまい。


 「烈火の将シグナム、貴女が相手となりますか」

 戦場から離脱するヴィータを、彼女が狙うことはなかった。幾つか要因はあったが、何よりも人造魔導師三体を破った烈火の将を一対一で打ち破り、自らの性能を証明したいという気持ちが強かった。

 やはり彼女もヘルヘイムの人造魔導師であり、向上心が高かった。いやむしろ、彼女の向上心が他の個体よりも群を抜いて高かったからこそ、僅か1年で高度な戦術を展開するまでに達したのか。


 「戦う前に言っておく、死にたくなければ降参しろ。手加減をする余裕はこちらにはない」


 「断ります。恐らく、彼らも同じことを言ったと思いますが」


 「そうか、ならば容赦はせん」

 シュテルの言葉は事実を当てており、シグナムは同じ言葉を三騎の人造魔導師にかけたが否定が返ってきたため、戦闘の突入した後、三人の中では一番劣っていた杖型を持つ少女、五号(フェンフ)の首を刎ねた。

 それで敵が怯めば投降を呼びかけるつもりでいたが、残る二人は怯むどころか仲間の死体の裏から槍を突き刺すほどであり、仲間の死などは、彼らが蟲毒の壺において既に慣れ親しんだものであることを思い知らされた。

 だが、いくら精神が戦闘者として完成していようとも、力の差というものはどうしようもなく存在する。三号(ドライ)と四号(フィーア)も程なくして炎の魔剣レヴァンティンによって両断されることとなった。敵として戦場に立つ以上、烈火の将もまた容赦などしない。

 そうして、空の戦いは新たな局面、烈火の将と星光の殲滅者の死闘へと姿を変えた。








ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国 南端 風の谷



 「―――シッ!」

 鋭く呼気を吐き出し、同時に放った拳が異形の肘関節を砕き、絶叫、悲鳴、怒号が吹き荒れる。

 如何に改造種(イブリッド)であり、生存本能が欠落した、止まるまで動き続ける暴力機構であるとはいえ痛覚というものがなくなったわけではないらしい。いや、痛覚があるにも関わらず死を恐れず暴れ続けることこそが異常なのか。

 背後から一際大きい異形が襲いかかってくるが、振り向くこともなく後方へ蹴りを放つ。

 盾の騎士の踵はその異形の顔面を文字通り粉砕し、彼はその情報を即座に脳から締め出すと同時に次の敵へ意識を振り分ける。ここは戦場、死などどこにでも溢れており死者になど用はない、戦う術を持つ生者にのみ我が拳は振るわれる。


 「AAAAAAAAAAaaaaaaaaaaa!!」

 奇声というべきか、怒号というべきか最早判別不能な叫びと共に、十数人の異形が同時に槍を投擲する。こと相手を殺す場合に限り、姿形すら異なる異形達は一つの方向性を持つらしい。

 だが、それを目視する前にローセスの身体が動いていた。歴戦の騎士が持つに至る“直感”、いや、“心眼”と呼ぶべきか判断がつきかねる感覚に従い、彼は自身に迫る脅威を回避していた。

 この状況において、生死はコインの裏表のようなもの。一つでも間違えれば即座に荒波に飲まれることは間違いなく、綱渡りのような攻防をローセスはもう何度繰り返したか数えるのを諦めた。


 『Es ist der Hintern!(背後です!)』

 背後から襲い来る長剣の一撃を紙一重で躱し、魔力の籠った拳によって鎧ごと撃ち砕く。その隙に四方八方から敵味方区別ない攻撃が殺到するが―――


 「おおお!」


 鉄壁の構え

 盾の騎士ローセスの代名詞とも呼べる防御シールド、それを如何なる体勢からでも繰り出せることこそ、彼が守勢に長ける最大の理由であり、瞬時に形成されたシールドがあらゆる脅威を防ぎきる。シグナムの飛竜一閃ですら、ローセスの防御を突破することは叶わない。


 『Eine grose Menge kommt!(大群、来ます!)』


 「鋼の軛!」

 そして、彼目がけて大群が殺到する瞬間こそまとめて撃ち滅ぼし、僅かながら呼吸を整えるだけの時間を得る好機。

 ローセスが放った赤色の串刺し杭、鋼の軛は一度の百を超える異形を刺し貫き、白の国の門たる風の谷を赤く染め上げる。


 「はあ、はあ…… これで何体だ?」


 『Es ist ziemlich 1300.(およそ、1300)』


 「十分の一程度は、超えてくれたか」

 風の谷で防衛戦を開始してより、ローセスはグラーフアイゼンを用いず己の肉体のみで戦っている。

彼の持つ融合騎“ユグドラシル”はこれまでにない速度で回転しており、生み出される魔力は彼の身体を破壊せんとするほどに体内に満ちている。

 ローセスの戦闘スタイルは堅い防御によって敵の攻撃を受け止め、拳や蹴りによって反撃に転じるカウンターこそが基本。

 グラーフアイゼンを用いる場合は伸ばした柄を用いた援護や、ラケーテンフォルムからの強襲、さらにはギガントフォルムによる渾身の一撃などとなる。

 だが、今彼が相手にしているのは嘆きの遺跡の下層に潜む魔物でもなく、大型の怪物でもない。戦闘能力そのものは普通の人間とそれほど大きく違いはないが、夥しいまでの数を誇り、死を恐れることなく突き進んでくる津波の如き異形の群れ。

 これを相手にギガントフォルムなどを用いればたちまち魔力が枯渇してしまい、ラケーテンフォルムの強襲も防衛戦においては意味のある選択ではない。

 必要最低限の動作と魔力で敵を滅ぼし、集団で殺到した場合は鋼の軛でもってまとめて串刺す。

 それが、現状の彼に許された唯一の戦術であり、一度押し寄せる波に飲み込まれれば後がない状況での綱渡り。

 空戦を可能とする彼ならば、突破されようともさらに後方に展開し直すことも出来るが、その際にどれほどの傷と魔力の消耗を覚悟せねばならないかは、あまり考えたくない事柄であった。


 加えて―――



 「はあああ!」

 『Durch Aufmerksamkeit bin ich wieder anders als vor einer Weile.(注意を、先程とはまた違います)』

 押し寄せる異形は中隊単位で別の種類となっており、ローセスが対応にある程度慣れた段階で、次と入れ替えるという戦術が繰り返し行われていた。

 それはすなわち、この異形の軍勢を指揮している人間の指揮官がいることを示している。

 恐らくはサルバーン配下の騎士であろうが、ただでさえ人間より強力な異形が陣形を組んで襲いかかってくるというのはまさしく悪夢でしかない。

 だが、そんなことで怯むような者はそもそも一人で谷を死守するために立ちはだかることなどしない。そればかりか、彼は敵の指揮官が姿を表せばグラーフアイゼンのラケーテンフォルムで持って切り込み、叩き潰すつもりでいた。

 ローセスが己の肉体のみで戦う理由には、グラーフアイゼンの力を敵に見せず、戦機において使用することもあった。


 「おおおお!」

 加速、跳躍、飛脚、掌打、ありとあらゆる体術を用い、“ユグドラシル”によって強化された肉体は異形の軍勢を薙ぎ払う。

 盾の騎士ローセスは人間であり、その力には当然限りがある。どんなに強くとも戦い続ければ疲労がたまり、疲労がたまれば動きは鈍くなる。そして、動きが鈍くなれば傷を受け、それが徐々に体力そのものを低下させる。

 故に彼は、心を堅くする、拳に力を込める。絶望こそが最大の敵であり、この身はまだまだ動くのだ。

 柔軟に、強靭に、どれほどの異形が殺到しようとも白の国を守る盾は砕けないと知れ。


 「旋剛脚!」

 2メートルを超える巨体を蹴り飛ばし、さらに背後の敵に拳を叩き込む。それらの攻撃には一切の加減はなく、殺すこと前提の全力の拳であり蹴。

 とはいえ、いくら夜天の騎士の中で最も長い戦闘継続時間を誇るローセスであっても、休みなく戦い続ければ魔力や体力が続くはずもない。にもかかわらず、彼の動きには衰えというものが感じられないのはなぜか。


 それこそが、白の国に張り巡らされた防衛策の一つ、体力と魔力の回復を行う結界陣。

 この風の谷にはリンカーコアに作用し体力と魔力を回復させる結界が張られており、ここで戦う限りは常に回復魔法を受けているような状態となる。

 その術式を破られないようラルカスの手も加わっているため、これを破れるとすれば黒き魔術の王サルバーンくらいであろう。


 ただし、当然のことながら味方だけを回復させるといった器用な設定を出来るはずもなく、侵攻してきた騎士や魔術師も回復してしまうこととなる。

 少数精鋭こそが夜天の騎士の特徴である以上それなりに効果はあるが、敵も回復しながら射撃魔法を放てるような状況ならば結局は押し切られることは目に見えている。

 だがその問題も、融合騎“ユグドラシル”によって解決された。現在の風の谷に張られた結界はリンカーコアではなく“ユグドラシル”に働くように調整されており、最終的にはリンカーコアに働くが融合騎を挟んだ間接的なものとなっている。

 故に、ローセスはカートリッジロードを伴う大技を使用しなければ、ほぼ無限に戦い続けることも不可能ではない。この風の谷は紛れもなく彼の領域であり、盾の騎士がその本領を発揮するためのあらゆる環境が整っている。


 <だが、これはあくまで回復の結界であり、治療の結界ではない>

 体力と魔力が十全ならば多少の怪我は問題にならず、自己治癒も早くなることは事実だが、それでも傷というものは生体機能を損ない、特に出血した場合は失った血を取り戻すことは出来ない。

 よって、彼の戦いが綱渡りである事実は揺るがないのだ。際限なく押し寄せる異形は死を恐れず突き進み、それを防ぐ騎士もまた死を恐れずに殴り蹴り砕き破壊を振りまき、狂乱の戦を演出する。


 それはさながら、死を超えた戦士が踊り狂う死の舞踏(トーテンタンツ)。

 そこに日常などが入り込む余地などありはしない、狂った条理が君臨し、死者を増やし続ける煉獄こそが戦場なのだから。

 しかし、そのような地獄にあってですら―――


 「ここは、通さぬ!」


 盾の騎士ローセスは倒すためではなく、守るために戦い続ける。それこそが彼の誇りであり、彼の騎士道の具現。


 「臥襲走破!」

 幾千の異形が押し寄せようとも、彼は難攻不落の盾であり続ける。例えその果てが分かりきった結末しかあり得なくとも、彼は戦い続ける。

 己の仕える白の国を、ただ一人となった妹を、共に戦って来た友を、教え導いていた若木を、そして、敬愛する主であり一人の男として愛する女性を守るために。


 ローセスは、戦い続ける。



ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  中央部  ヴァルクリント城




 【ザフィーラ、戦況はどうなっている】

 白の国の中央部に位置するヴァルクリント城において、調律の姫君フィオナは自らが製造した視覚情報収集端末、いわゆるサーチャーからもたらされる情報を整理しつつ、夜天の騎士達の戦況を城を守護する賢狼に通信専用の端末を用いて尋ねていた。

 白の国の若木の年少組と調律師達が協力して地上の建物の防衛にあたり、民の大半は既にヴァルクリント城へ避難完了。なおかつ周辺の敵はシグナムとザフィーラによって駆逐され、年長組四名も防衛にあたっているのでこの方面において敵影は見られなくなった。これは一先ずの戦果と呼べるだろう。

 残る問題は、白の国へ飛来した魔導機械や改造種(イブリッド)から各地の空を守護する年中の若木達と、敵の主力と見られる人造魔導師と相手にしている夜天の騎士たち。空戦の騎士達が暴れまわる戦場ではサーチャーはほとんど役に立たず、機械精霊達からの言葉を遠隔で受け取ることが出来るのは放浪の賢者ラルカスのみであるため、ザフィーラの念話能力に頼る他はない。

 彼の念話能力、というよりむしろ聴覚ならば、シグナム、ヴィータ、リュッセの念話を聞き取ることも可能であるが、彼から伝えることはそれほど得意ではないため、司令塔として機能することは難しい。そして、彼の聴覚をもってすら聞き取れぬ遠くで孤軍奮闘する男が一人、それこそがフィオナの不安を煽る存在でもあった。


 ≪リュッセは敵の打倒したようだ。ヴィータは苦戦していたようだがシグナムが合流し、入れ替わるようにローセスの下へと向かった。だが、敵の司令官であるアルザングの姿が見えんことが気がかりだ≫


 【では、“蟲毒の主”がヴィータやリュッセを狙う可能性もある、ということなのか】


 ≪うむ、流石にシグナムならば遅れを取りはすまいが、リュッセやヴィータではまだ荷が重かろう。それに、奴の配下たる人造魔導師は複数おり、まだ幾人かが潜んでいるようだ。もっとも、若木達が狙われる可能性は低いと思われるが≫


 【その根拠は?】


 ≪人道魔導師の主が“蟲毒の主”であるということだ。白の国を攻め落とすならば主戦力を投入する相手は夜天の騎士か、それに次ぐ若木の両隊長、もしくは、そなたかだ≫


 【………今、私が狙われれば、成す術はないな】

 彼女が王女であることを考慮すればそれはあり得ない事態であったが、フィオナは自身の護衛を置かず、夜天の騎士の全騎を迎撃へと送りだしていた。もっとも、サルバーンによって潰されたシャマルは医療塔で休ませており、そこには若木の年長組の一人が常につき、怪我人が狙われぬよう目を光らせていた。


 ≪本当に良いのか、我の位置からでは即座に駆けつけることは出来んが≫


 【構わない、むしろ、敵が私を狙ってくるならば好都合というものだろう】

 夜天の騎士達の目的は白の国を守り通すこともあるが、“竜王騎”の鍵を黒き魔術の王とその軍勢に渡さないことも同等、もしくはそれ以上の重要事であった。

 だとすれば、フィオナの言はおかしい、それでは矛盾している。“竜王騎”の鍵を決して渡せぬ筈ならば、ヴァルクリント城の守りは鉄壁でなければならず、烈火の将が打って出たばかりか、賢狼までも外周の遊撃役となっているなどおよそ考えられることではなかった。

 しかしそれも、ある前提条件が満たされていればの話に過ぎない。戦場において虚実は入り乱れ、常識的に考えてあり得ない策こそが窮余を凌ぐ起死回生となり得るのだ。

 すなわち――――


 【私が囮となれば、敵は必ずや狙ってくる。戦闘能力も鍵も持たぬ、ただの調律師をな】

 調律の姫君フィオナは、夜天の騎士達が入手した“竜王騎”の鍵を保持していない。かといって、城内の蔵などに収められているわけでもなく、そもそもそのような場所にあるならば彼女もこれほど悠然と構えてはいられないだろう。

 にもかかわらず、フィオナが悠然と構えていられる理由はただ一つ。現在、“竜王騎”の鍵はこの白の国で最も安全な場所にあり、かつ敵がそれを知ることが不可能な状態にあるために他ならない。

 その場所こそ―――


 ≪聞かされた時は驚いたがな、まさか、前線で戦うシグナムに鍵を預けるとは≫

 白の国における最強の騎士、烈火の将シグナムの手元に他ならない。既に一度敵軍の司令官である“蟲毒の主”アルザングが彼女と相対していたが、その腰にあるレヴァンティンの鞘の隣にある杖型デバイスこそが“竜王騎”の鍵であるとは見抜けなかった。

 大切な物を守り通すならば最も堅牢な場所に隠す。その心理を逆手に取った大胆な策であり、さらにはシグナム自身が敵の攻撃を防ぐための防具として“竜王騎”の鍵を堂々と使用しているというとんでもない事実がある。

 “竜王騎”の鍵は生半可な手段では破壊することは敵わない。それはすなわち、鞘の代わりに用いて敵の攻撃を防ぐことも可能ということ、まさしく蛮行と呼ぶべき行為であり、仮に思いついたとしても実行に移す者は滅多にいないであろうが、烈火の将シグナムはそれを成す戦術眼と度胸を兼ね備えていた。


 【この白の国において、将の下以上に安全な場所などない。それに、仮に白の国が滅ぶとも、彼女ならばハイランドのカルデン殿の下まで一人で辿りつける】

 湖の騎士シャマルが健在ならば他の策もあったが、この状況ではそれぞれの能力によって敵を打倒し生き延びるより他はない。ならば、もし白の国が墜ちることとなった際に最も生き延びる可能性が高いのは誰か、言うまでもなくそれは烈火の将でしかあり得ない。

 そのような策を敷いた上でシグナムは人造魔導師の少女シュテルと対峙しているが、それ故に特攻に近い攻勢をかけることは出来ず、時間をかけて実力差でもってして押し潰す戦術を取ることとなるため、他の救援に回りにくいという点も確かであった。


 ≪だが、その時は他の者は助かるまいな、民は当然逃がすこととなるが、騎士や若木達はその盾となって果てることだろう、そしておそらくは、そなたも≫


 【………】

 賢狼の忠告とも取れる言葉に対し、フィオナが想ったことは自身の未来ではなく、盾となって滅ぶ者の際その一人となるであろう、予言を受けし愛する男のことであった。

 彼の戦場、風の谷だけは戦況がまるで把握できていない、賢狼の耳を以てしても念話が届かぬほど遠く、精霊の力や回復の陣などがあるため、サーチャーなども置くことが出来ない。盾の騎士ローセスはまさしく孤軍奮闘と言える状況なのである。

 援軍を送ろうにも、それは生半可な実力のものでは意味がない。ローセスの戦う風の谷には敵の地上戦力の全てが集中しているに違いなく、年少の若木などでは崖から突き落とすようなものだ。


 【ザフィーラ、お前が救援に向かうことは出来ないか?】

 シグナムもまた人造魔導師と相対し、“蟲毒の主”がまだ潜んでいる可能性が高いならば彼女が向かうわけにはいかない。ヴィータが向かっているようではあるが、状況からして人造魔導師の一部が彼女の足止めに回ることも考えられる。

 となれば、フリーに動けるのはリュッセかザフィーラとなるが、機動力で言うならばザフィーラが勝っており、何よりもヴァルクリント城の安全がほとんど確保された今、彼の存在は遊兵となりつつある。戦における下策とは戦力でありながらも戦場に投入できない遊兵を作ってしまうことである。


 ≪残念だがそれは出来ん、我が友ローセス、そして、夜天の将シグナムよりそなたを守るようにと頼まれた。決して破れぬわけではないが、現状ではまだ破れぬ≫


 【それは…………分かるが】

 仮に“竜王騎”の鍵を持っていなくとも、フィオナは白の国の王女であり、夜天の騎士達にとっては守るべき主君。であるからには、彼女を危険に晒す策を騎士から提案するわけにはいかず、受け入れることも難しい。

 そんな騎士達の心を汲み、賢狼は自分がフィオナの傍を離れることは難しいと答えたのである。

 そして、調律の姫君フィオナは聡明であり、ここでザフィーラを城の守りから離すことは城に集った民を危険に晒すことであることを理解していた。


 【だが………私の騎士達が命を懸けて戦う中、私だけ何も出来ぬまま座視してはいられないのだ】

 しかし、彼女には儚げな印象があるが、芯は非常に強い女性であることは夜天の騎士はおろか若木、民ですら知っている。そして、そんな彼女がローセスに課せられた予言が成就しつつあるこの時をただ座して耐え忍ぶことを選ぶはずもなく。


 【すまないがザフィーラ、私のわがままにつきあって欲しい】

 懇願することもなく、詫びることもなく、王者としての威風をもって、調律の姫君フィオナは己の選択した道を賢狼ザフィーラへと告げていた。




                         
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               △△△△               △△△△
              △△△       ・アルザング      △△△△
            △△△   シュテル                 △△△
           △△△   ・シグナム                   △△△
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      △△                             ・ズィーベン   △△△
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  △△            ・ヴィータ    ・フィオナ                   △△
 △△                       ザフィーラ            ・リュッセ △△
 △△                                         レヴィ △△△
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   △△△                                       △△△
    △△△                        ・ノイン         △△△
      △△△          ・ゼクス                    △△△ 
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[26842] 第二十話 今は遠き、夜天の光
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/04/24 17:33
第二十話 今は遠き、夜天の光


新歴65年 12月8日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家  AM8:00



 それはきっと、いつもと同じ、いつも通りの朝。

 夕食にわたしの友達であるすずかちゃんがやってきて、皆で鍋を囲んで楽しい夕餉となり、一緒にお風呂に入ったり、楽しく過ごした翌日。

 ただ、いつもと違うのは、わたしが目を覚ましたのは八神家ではなく、月村家やったこと。

 まあ、色々とあって、気が付いたらすずかちゃんを迎えに来たリムジンに自分も乗り込んでいたというのはびっくりな話やけど、家族は皆笑って送り出してくれた。

 色んなお話をしたし、なのはちゃんというすずかちゃんの友達にメールを送ったりもした、いつか会って友達になりたいと思う。

 ただ―――


 【ご友人の家にお泊りになるならば、今夜はほぼ制限なく動ける。戦いは夕方あったばかりだ、流石に管理局の網も緩んでいるだろう】


 【じゃあ、すぐ行こう。出来る限り蒐集して、さっさと終わらせねーと】


 【だが、シャマルは念のため10時までは待機しておいた方がいいだろう、電話がかかってこないとも限らん】


 【そうね、そうしましょう】

 わたしの大切な家族が、とても辛い旅に出ていることは、この時のわたしは知らなくて。


 「ふぅー、落ち着いたあ」


 「お疲れ様でした、主はやて」

 リムジンで送ってもらったため、家に帰ってきた時に少し気疲れしていたわたしを出迎えてくれた烈火の将の声も、少しだけ疲れが含まれていたことに気付かなかった。


 「あれ、ヴィータとザフィーラは?」


 「一緒に、町内会の集まりに行っています。夕方には戻ると」


 「そっか」


 「ヴィータちゃん、町内会のお爺ちゃんお婆ちゃんの人気者ですから」


 「あはははは」

 そう、それは、何でもない日常。

 だけど、少しだけ普通の日常とは言えない風景もあって。


 「闇の書が」


 「どうしたの? 急に現れたりして」


 「起動はしていませんね、待機状態のままです」

 八神家の最後の一人、というか、一冊? の、闇の書が気付けばわたしの傍に浮いていた。


 「うーん、一晩家を空けたのは久しぶりやから、寂しかったんかな?」

 闇の書はただ浮いているだけ、なのに、なぜか寂しそうな、悲しそうな印象を受けるのは、なぜだろう?


 「おいで、闇の書」

 でも、言葉をかけると、嬉しそうに寄ってきてくれて。


 「ふふふ、ええ子や、よしよし」

 撫でてあげると、不思議とわたしも温かい気分になれる。


 「なんだか、前にも増してはやてちゃんに懐いちゃってますね」


 「他のマスターの時には、こんなんなかった?」


 「ええ、我々の記憶の限りでは」

 闇の書は、様々な魔導師の魔力を記録して、ページとして蒐集することで力を発揮する、蒐集蓄積型の巨大ストレージ。

 蒐集方法がちょい荒っぽいので、わたしは許可を出していない。

 だからこの子は、今は白紙のただの本。まあ、浮いたり飛んだり、すり寄ってきたりはするけど、ただそれだけ。


 「あははは、やあ、もう、いたずらしたらあかんって、あはははは♪」


 「なんだか、もうすっかりペット扱いね」


 「だが、あれも満更ではなさそうだ」

 そして、闇の書の守護者であり、所有者の臣下として働く騎士が、この子達。

 烈火の将シグナムと、風の癒し手シャマル、あとは、現在お出かけしてる、紅の鉄騎ヴィータと蒼き狼ザフィーラ。


 「あふ」


 「あら、睡眠不足ですか?」


 「うーん、昨日は遅くまで話し込んでもうたから、ちょいと足りてないみたいや、すずかちゃん家の布団、ごっつふかふかでちょい緊張したし」


 「では、お休みになられますか?」


 「そやね、ご飯時に眠ってまって、皆がお腹空かせたらあかんし、少し休ませてもらうな」


 「では、ベッドまでお連れしましょう、よいしょっ」


 「ふふ、ありがとうな」


 でも、最近は…急に……眠く…なることが……増えてきたかな?

 ちょっと前……までは……こんな…こと………なかった………思うん……やけど―――





■■■




 「はやてちゃん、もう寝ちゃった?」


 「シャマル、毛布を」


 「うん」


 シャマルが毛布を手に取り、シグナムへ渡す。


 【シャマル、主は本当にただの寝不足か? 闇の書の影響が何か出ているのでは】


 【今調べたけど、何もないみたい、昨日までと、何も変わらないわ】


 【何も?】


 【ええ、闇の書が、はやてちゃんの身体と、リンカーコアを侵食してるのも、今はまだ、足の麻痺以外には健康が保たれているのも】


 【その侵食が、少しずつ進んでいるのも、か】

 その時、はやての上に浮いていた魔導の書が、気遣うように鈍く輝く。


 【ああ、闇の書、気にするな、主は大丈夫だ】


 【平気だから、心配しないで】

 無意識のうちに、二人は闇の書を気にかけている。その中にいる最後の一人こそ、現状に最も心を痛めていることを知るように。


 「お休みの邪魔をしてはいけないわ、出ましょう」


 「ああ」


 「闇の書も」

 その言葉に応えるように再び鈍く輝き、古いロストロギアは騎士達の後についていく。


 「実は一つ、気になることがある」


 「えっ」


 「以前、主はやてが私のことを、“烈火の将”と呼んだことがあった。ヴォルケンリッターの烈火の将ともあろう者が、そう落ち込んではいけないと」


 「でも、その二つ名って」


 「私達の間で、わざわざ使う名ではない。私を将と呼ぶのは、闇の書の管制人格だけだ」


 「まさか……」





■■■




 「う、ううん……」


 【主、我が主】


 「んん、なんや~、ご飯、まだやで~」


 【昨夜は失礼しました。騎士達が用意したセキュリティの範囲外においででしたので、私の備蓄魔力を使用して、探知防壁を展開しておりました。睡眠のお邪魔だったかもしれません】


 「んーん、そんなことないよぉ、なんや、守られてる感じがしてたぁ」


 【この家の中は安全です。烈火の将と、風の癒し手もおりますし、私からの精神アクセスを、一時解除します。予定の時間まで、ゆっくりお休みください】


 「ん、お休みなあ」


 【はい――――我が主】




■■■




 「まさか、管制人格が起動しているの、だって、あの子の起動に必要なページはまだ蒐集し終えてないし、はやてちゃんの許可だって」


 「無論、実態具現化まではいっていないだろう。だが、少なくとも人格の起動は済んでいる、そして、主はやてとの精神アクセスも行っている」


 「うん、それ自体は別に悪いことじゃないと思うんだけど」


 その時―――


 【シグナム、シャマル、ザフィーラだ】

 ヴィータとは別の世界へ蒐集に出かけていた、盾の守護獣から連絡が入る。


 「あ、ザフィーラ、ちょうどいいところに、今どこ?」


 【かなり遠くだ、管理局の網は無いようだが、その分獲物も少ない。集めたコアは僅かだがとりあえず蒐集は出来た、闇の書を受け取りたい】


 「うん、今、闇の書に行ってもらうけど……」


 【どうかしたのか】


 「闇の書の管制人格が、主はやてと精神アクセスを行っているようだ」


 【……そうか】


 「対策を考えていたの、貴方の意見は?」


 【管制人格は、我々より上位に配置されたプログラムだ、現状において、我等は彼女の行動に直接干渉できん】


 「正規起動するまでは、対話も出来ないしな」


 【彼女も我等も、想いは同じはずだ、アクセスだけならば害はないだろう。そして、意識の底でも出逢えたならば、我等の主は、彼女のことも労わってくださるはずだ】

 守護騎士と管制人格もまた、深い絆で結ばれている。

 あまりにも長い夜の間に、その絆の根源は失われてしまったが、それでも、絆はなくならない。


 「現状維持が、ザフィーラの結論?」


 【余分な混乱を防ぐため、ヴィータには伏せておくことも提案する】


 「そうね、私も同意見、というか、それしか出来ないんだけど」


 「ふむ―――闇の書が転移準備を始めた、じきにそちらに着く、ザフィーラ、引き続きよろしく頼む」


 【心得ている】

 闇の書は単体であっても、守護騎士の下へ転移する機能を備えており、この転移だけは管理局には決して捉えることは出来ない。

 なぜならそれは、放浪の賢者ラルカスが夜天の魔導書のために組んだ術式であり、夜天の守護騎士達も、管制人格たる彼女も理解できない、ミッドチルダ式でもベルカ式でもない、古のドルイドの技で編まれたものだから。

 闇の書が備える転生機能もまた、それと同じ術式で構築されており、ミッドチルダの魔導師やベルカの魔術師がいかなる術で封じようとしても、それは儚い夢。

 闇の書の転移を止めるならば、転生プログラムそのものを破壊するより他はない。どんな術式であっても、巨大ストレージに刻まれたものである以上、プログラムそのものならば破壊は可能である。

 ただしそのためには、強固どころではない防衛プログラムを突破する必要があり、無理に行おうとすればやはり転生してしまうため、これも不可能に近い。

 故にこそ、闇の書は破壊不能のロストロギアと呼ばれる。


 「何も出来ないのは、心苦しくて不安ね」


 「そうだな、だが何もできないならば、せめて良い方に考えよう。あの子とのアクセスで、主の病の進行が少しでも弱まってくれることがあれば」


 「うん……………うん、そう考えましょう!」


 「そういえば、お前が闇の書に施した仕掛けの方はまだ大丈夫か」


 「ああ、偽装フィールドのこと、まだ大丈夫よ。私達四人以外が開いた時はページは白紙のままに見えるし、普通に調べたくらいじゃ、魔力反応も出ない。闇の書が完成するまで、はやてちゃんが気付くことはないわ」


 「主はやてに真実を偽るのは、心苦しいがな」


 「言い出したのは私だし、やったのも私、貴女が気に病むことじゃないわ」

 そこに、電話音が鳴り響き、シャマルが応対に出る。

 電話の主は海鳴大学病院の石田先生であり、明日の定期検診が11時であることの確認と、予約が必要な機器を使用するため、時間を間違えないようお願いします、という内容であった。


 「はい、それではまた明日」


 「石田先生か?」


 「うん、明日の予約の確認だって、明日は、私が付き添うから」


 「出来ればヴィータも連れて行ってやってくれ、少し休ませないといけない」

 それはすなわち、シグナムは蒐集に出ることを意味している。今日出かけているザフィーラもまた同様だろう。


 「了解、それじゃあ、お洗濯を済ませちゃうわね、貴女も出来る限り休んでおいて」


 「ああ」

 リビングから出ていくシャマルを見送り、シグナムは一人佇む。


 <考えることは、多いようで少ない、今はただ、闇の書の完成を目指すのみ>

 右手に、ミニチュアの剣型アクセサリの状態で待機している己の魂を見つめながら。


 <シャマルを追い詰めた、黒衣の指揮官、強装結界をほぼ一人で維持して見せた、結界魔導師、そして、まだ拙い部分もあったが、戦術と連携を進歩させてきた三人、誰が相手であろうとも、戦って切り抜けるまでだ>

 烈火の将は、静かに覚悟を新たにしていた。







新歴65年 12月9日  第97管理外世界  海鳴市  海鳴大学病院  AM11:00



 「それじゃあ、検査室ね、案内するわ」


 「はい」

 ほぼ時刻通りに定期健診を終え、さらに検査のために移動する。車椅子を押しているのはシャマルであり、ヴィータはその隣を歩いている、腰には、お気に入りののろいウサギをくっつけながら。


 【はぁ~、微妙に憂鬱や】


 【そうなの?】

 普通に歩きながらでも、会話が出来るのが念話の便利な点である。


 【この検査退屈なんよ、じーと、寝転んでないとあかんねんけど、眠ってもうて、寝返りとかうったらあかんし】


 【そ、それは大変だ……】

 生来、じっとしていることが苦手なヴィータにとっては想像するだけで拷問であった。

 だがしかし、敵を待ち伏せする時、蒐集の際に獲物を狩るために息を潜める時、鉄槌の騎士ヴィータは呼吸すらほとんど止めた状態で静止し続ける。

 “鷹の眼の狩人”には及ばないまでも、気配を殺すこともまた騎士の持つ技量の一つ、特に、主を守る近衛騎士はその技能が求められ、夜天の守護騎士とて例外ではない。


 【まあ、じっとしてるのは大変ですが、頑張って受けてください。はやてちゃんの身体が、良くなるためですから】


 【そうやね】「あ、ヴィータは下で待っててええよ、知り合いのお爺ちゃんやお婆ちゃんがおるかもしれんし」


 「うん、はやて、頑張ってね」

 念話と同時に、普通の言葉でも話すはやて、この切り替えも半年で随分慣れていた。




■■■



 <うーん、相変わらず退屈や、眠ったらあかんと思うほど、眠なるなあ>


 そこは既に現実と夢の狭間。

 身動きしないでただじっとしているはやての身体は眠っている時とほぼ同じようなものであり、その境界が徐々に曖昧になっていく。


 そして―――


 <あ、またこの夢や、最近良く見る、不思議な、夢>

 起きている時はほとんど思い出せないが、夢に落ちると不思議に前にも似たようなことがあったことを思い出す。

 そのような夢を、はやては聞いたことがなかったが、魔法の中にはそんなものもあるのかな、と、ややぼうっとした頭で考えていた。

 そして、白い霧のようなものが徐々に晴れ、自分の目の前の光景が輪郭を帯びていく。



 そこには―――



 「ヴィータ、手加減はしないぞ」

 「んなもんしたら、顔面を粉砕してやるっての」

 「いい答えだ」

 「はっ、甘く見てると痛い目に合うぜ」


 <ヴィータ? それに、向かいにおる黒髪の男の子は、誰やろ?>


 「おおお!」

 「せえやっ!」


 <わわ、真剣と鉄鎚で打ち合っとる。剣道の先生もびっくりや>


 シグナムが剣を振るうところははやても見たことはあるが、ヴィータが戦うところは見たことはない。

 だが―――


 「ふっ!」

 「甘えっ!」


 <なんや――――とっても、楽しそう>


 二人の打ち合いは素人目にもかなり危険であろうことは分かる、下手をすれば命に関わり、殺し合いの一歩手前といえるだろう。だがしかし、そこから憎悪や敵意といった負の感情は感じられない。


 <危険極まりないはずなのに、なんかこう―――仲の良い兄妹がじゃれあってるような、そんな感じやね>


 やがて勝負がつき、二人の少年少女は先生から論評を受ける。


 「お疲れ様だ、ヴィータ。なかなか惜しかったぞ」

 「うっせーシグナム、負けは負けだよ」

 「それに、リュッセもな、半年ほど留守にしていた間に、紫電一閃をあそこまでものにするとは」

 「ありがとうございます、騎士シグナム」


 <シグナムとヴィータは、いつもこんな感じやね。格好は普段とちゃうけど、よく似合うてるし、なんかこう、先生みたいな感じがする。剣道場の非常勤講師は、けっこう天職かもしれへんなあ>


 「お疲れ様、二人とも」

 「ありがとな、シャマル」

 「ありがとうございます、騎士シャマル」

 「どういたしまして、癒しと補助が本領だもの、貴方達の健康管理も私の役目なんだから」


 <あ、シャマル、こうしてると、部活の子達と保健室の先生みたい。まあ、服だけは中世ヨーロッパっぽいけど、よう似合うとる>


 「それはいいんだけどさ、これ、もうちょいましな味になんねえの?」

 「あら、口に合わないかしら、健康にいいだけじゃなくて、体力や魔力の回復を促進する効果もあるのに」

 「まずい、ってわけじゃあないんだけど、なんか微妙で」

 「あまりわがままを言うなよ、ヴィータ、先輩達に笑われるぞ」

 「お前、よく平然と飲めるなあ」

 「心を決めれば、どんな毒だって飲めるさ」


 <あ、あかんで君、それは禁句や……>


 「へえ―――――――そう、私の特製ドリンクは、毒物扱いだったのね、リュッセ。傷ついちゃったなあ、私」

 「い、いえ、これはただの例えで………」

 「リュッセー、男なんだから言い訳は見苦しいぞー、二言はねえだろー」

 「ちょっと、向こうでお話があるんだけど、いいかしら?」

 「……はい」



 <ご愁傷さまや……>



 時が―――進む



 「でも、兄貴もしっかり教導役をやってんだなあ」

 「こら、白の国でお前達を訓練しているのは一体誰だと思っているんだ?」



 <草原? いるのは、ヴィータと―――ザフィーラ?>


 しかし、はやては違和感を覚える。


 <雰囲気はザフィーラによう似とるけど、髪がヴィータと同じで赤いし、肌の色もちゃう、それに何より、ヴィータにお兄さんって呼ばれとる。あれ、ザフィーラって、ヴィータのお兄さんやったんか?>


 「さーて、誰だっけか、アイゼン、お前は分かるか?」

 『Nein.(いいえ)』

 「アイゼン、主人を裏切るな」  「へっへー、アイゼンはあたしの方が主人になってほしいってさ」

 『Nein.(いいえ)』

 「っておい!」

 「ふふ、そうか、残念だったなヴィータ、アイゼンの主となるにはまだ修練不足のようだ―――――さあ、出来たぞ」


 <あれは―――>


 「わあっ、相変わらず器用だな、兄貴」

 「少々遅れてしまったが、誕生祝いということにしておいてくれないか」


 <ザフィーラがヴィータに作ってあげてた冠と、同じや……>


 「愛する妹に贈るプレゼントが草で編んだ冠、ってのはどうなんだ?」

 「すまんな、あいにくと手先と反比例するように心が不器用でね、心を込めた贈り物に金銭をかけるというのが、どうしてもしっくりこないんだ」

 「まあ、兄貴らしいけどさ………少しは姫様のためにも、その心遣いを発揮してやれよ」

 「ああ、善処するさ」

 「まったく……」


 <姫様って、誰やろ? 見た感じ、お兄さんの彼女さんかな、ヴィータとしてはちょい複雑そうやね>


 「それともう一つ、こちらはフィオナ姫からだ」

 「姫様から?」

 「ああ、渡すなら俺の贈り物を渡す時と一緒にしてくれと言付かった」


 <え?>


 「うさぎ………でもちょっと不器用だな」

 「姫様の手縫いの品だよ、騎士シャマルに習いつつ初めて縫ったものらしい。外見の悪さは大目に見てくれ、とのことだ」

 「別に………外見は気にしねーよ」


 <ヴィータの、お気に入りの………>




 時が―――進む





 「レヴァンティン!」0

 『Schlangeform.(シュランゲフォルム)』

 「縛れ、鋼の軛!」

 「………」

 「風よ………黒く淀みし土地を、浄化せしめん」


 <古い遺跡? 皆、黒い何かと戦っとる……人間やない、あれは――――なんや?>


 そこは、遙か古代の亡霊が残る死の遺跡にして、人の世界から遠く離れた地下世界。

 しかし、それに挑む騎士達はまさしく光、押し寄せる亡霊も異形もものともせず、夜天の騎士達は地下へと進んでいく。


 「シャマル、結界を」

 「了解。妙なる響き、癒しの風となれ。交差せし陣のそのうちに、鋼の守りを与えたまえ………」


 <奇麗な光……>


 「それじゃ、しばらく休みましょう。この中にいれば体力と魔力が回復されていくから」


 <どんなにシグナム達が凄くても、ずっと動きっぱなしは無理やもんね、でも………ザフィーラが二人いる>


 はやての目の前では、癒しの陣の内側で休む三人の騎士と一頭の賢狼が存在している。

 そのうち二人は、はやての良く知る二人と同じであった。格好は甲冑であったけど、無骨と華麗の両方を備えたその甲冑は、彼女らに実によく似合っているとはやては思う、自分がデザインした騎士服がちょっと霞んで見えるほどに。

 大きな狼もまた、はやてはよく知っている、彼女の知る蒼い狼そのままの姿だ。ただ、ヴィータが兄と呼んだ人間形態のザフィーラによく似た男性と彼が一緒にいる姿に、彼女は違和感を覚えた。


 「ペンダルシュラーク!」

 『Verhaften Sie Verhutung gegen Bose.(捕縛結界)』

 「シャマル、こちらの準備が完了するまでは持たせろ!」

 『Ich fragte!(頼みました!)』

 騎士達はさらに下へと進んでいく、立ちはだかった強大な怪物も、彼女らの進撃を阻めはしない。


 「熱線を撃てない貴方なんて、その程度の存在よ。こちらから攻撃を仕掛けないなら、大した脅威じゃないの」

 『Wirklich.(如何にも)』

 「レヴァンティン、炎熱変換機能を全開にしろ」

 『Jawohl!』

 「切り裂いてもそれぞれが独自に動き、再び融合する水の蛇。ならば、まとめて焼き尽くすまでだ」

 『Mein Herr, der es verstand.(心得ました、我が主)』

 「剣閃烈火!」

 『Explosion!』

 「火竜一閃!!」


 <――――凄い、あのおっきい蛇が一撃や>


 巨大な怪物を一撃の下に消し飛ばすその姿は、まさにお伽話に登場する英雄そのもの。



 「縛れ!鋼の軛!」

 『Explosion!』

 「さあ、行くぞアイゼン!」

 『Gigantform!(ギガントフォルム)』

 「逆巻く風よ―――」

 「ギガントシュラーク!!」

 『Explosion!』


 <まるで――――竜を対峙してお姫様を助ける、物語の騎士様みたい>



 時が―――進む



 「シュランゲバイゼン!」
 『Explosion.』

 「レヴァンティン」
 『Jawohl.』

 「はあっ!」
 『Ich verhaftete Sie!(捉えました!)』

 「流石だ、烈火の将。私の固有技能(インヒューレントスキル)、“幻惑の鏡面”を容易く見破るとは」

 「貴様が、“蟲毒の主”アルザングか」

 「ほう、彼の誉れ高き烈火の将に覚えていてもらえたとは、嬉しい限りだ」

 「紫電一閃!」

 「グアサング!」

 「レヴァンティン! 撃ち砕け!」
 『Explosion!』


 白の国を、闇が覆い


 「くっそ、光翼斬!」

 「アスカロン」
 『Panzerschild.(パンツアーシルト)』

 「終わりだ! 雷刃! 滅殺! 極光ォォ斬!」

 「アスカロン、大技が来るぞ。準備は出来ているな」
 『Es wird vervollstandigt.(完了しています)』


 騎士達と若木達が


 「シュワルベフリーゲン!」

 「ブラストファイア」

 「らああああああ!!」

 「パイロブラスト」


 命を懸けて戦い


 『Eine grose Menge kommt!(大群、来ます!)』

 「鋼の軛!」

 『Es ist ziemlich 1300.(およそ、1300)』

 「十分の一程度は、超えてくれたか」

 『Durch Aufmerksamkeit bin ich wieder anders als vor einer Weile.(注意を、先程とはまた違います)』

 「ここは―――通さぬ!」


 散りゆく者達が


 「騎士の誇りを………嘗めるな!」

 「アスカロン! カートリッジロード!」

 『Explosion!』

 「システム―――――“アクエリアス”、顕現!」

 『全開放!』



 「グラーフアイゼン、カートリッジロード」

 『Explosion!』

 「ラケーテン――――!」

 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』

 「ハンマァァァーーーーーーーーーーー!!!」



 「アスカロン………征くぞ」

 『Jawohl.』

 「フルドライブ―――――モード、“ゲオルギウス”!!」

 『Grenzpunkt freilassen! (フルドライブ・スタート)』



 「盾の騎士ローセスが魂、鉄の伯爵グラーフアイゼンを、舐めるな!!」

 『我に―――――砕けぬものはなし!』

 「ぶち抜けえええええええええええ!!」

 『Jawohl!(了解)』


 最後の輝きを見せ


 「ギガントシュラーク!」

 『Explosion!(エクスプロズィオーン!)』

 「鉄鎚の騎士ヴィータと、鉄の伯爵グラーフアイゼン! ここから先は、一歩たりとも進ませねえ!!」


 後を継ぎし者達が


 「縛れ―――――――鋼の軛!」

 「盾の守護獣――――ザフィーラ!! 我が誇りにかけて、ここは通さん!!!」



 夜天の誓いを、守っていく






 そして、長い、永い時が流れ――――







 『『『『『『『『『『『『『『『 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォ!!!! 』』』』』』』』』』』』』』』


 時代が変わり、人が変わり、夜天の騎士たちもまた、深き闇へと沈んでいく。



 <これは―――また違う戦場、さっきの世界やない、騎士達がたくさんおるけど、時代も違う>


 なぜ自分はその光景を違う世界、違う時代と分かる? なぜ彼らが騎士であることが理解できる?

 そのような疑問は頭に浮かばず、はやてはその光景が示す現実を、確かに捉えていた。


 【伝達! 伝達! 城門は破られました! 首魁と思しき女達が、将軍と交戦中! 防御の陣は、壊滅状態!】

 城の内部にて、通信用の端末を持った女が、前線の状況を伝えている。


 『ぐわああああああああああああああああああああぁぁ!!』

 『温いな、手にした剣が泣くぞ』


 <シグナム! なんや――――そのごつくて歪んだ甲冑姿は、あの奇麗で、騎士の象徴そのものだった甲冑は、どこにいったんや………>


 その光景に、はやては心を痛める。

 騎士としての輝きが微塵もない、黒く汚れ、歪んだ甲冑、あまりにも変わり果てたその姿の痛ましさに。


 『はあっ、はあっ』

 『約束のものを頂こう』

 『な、が、ああああ! き、貴様、何者……』

 『覚えてもらう理由はない、貴様はただ―――――闇の書の糧となれ!』

 『ぎゅ、ぶああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』


 騎士の胸からリンカーコアが飛び出し、既に瀕死であった騎士は生命力を失い、息絶える。


 <闇の書! シグナムあかん! そんなんしたらあかん! それじゃまるで、シグナム達の国を襲っていた、あの怖い黒い騎士やないか!>


 融合騎“エノク”を埋め込まれ、騎士としての誇りも何もない、暴力装置となり果てたヘルヘイムの異形の騎士。

 環状山脈を越え、上空より飛来し、白の国の若木達や賢狼、そして、烈火の将によって討ち取られていった闇の軍勢、今や、彼女がそれらと同じものへとなり果てていた。

 【将軍、倒されました! 救援を! 至急救援を! あ、が!】

 通信用の端末に必死に叫んでいた女の首に、細く伸びる紐が絡まり、その身体を宙に吊り上げる。


 『どうぞ、お静かに』


 <シャマル! シャマルも、甲冑が………黒く、闇に染まっとる>


 それは、はやてが知るシャマルとはあまりにもかけ離れた冷たい顔、そして、先程見た、命を懸けて異形の怪物に立ち向かい、この世にあってはならない亡者達を浄化していった清純なる湖の騎士の面影はない。

 『私達は、貴女の命にも、このお城にも何の興味もありません。いただきたいのは……』

 『あ、ぐ、ああああああ……』

 女の胸からも、輝く結晶が引き抜かれ―――

 『貴女達の魔力の源、リンカーコアだけ』

 『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!』

 その身体が、地に落ちる。リンカーコアを丸ごと引き抜かれることは、魔力のみを蒐集されることとはわけが違う、臓器を直接体外へ抉り出されるようなもの。

 魔力の結晶であり、半物質でもあるため、すぐに戻されれば命に別状はないが、抉り取られたまま放置されればどうなるかなど考えるまでもない。


 <シャマル………どうして、どうしてや、お伽話に出てくる、騎士様みたいやったのに>


 『城を守る一軍と、その将とてこの程度か…………ベルカの騎士も地に堕ちた』

 『そう言わないの』

 『これも、時の流れだ』


 <ザフィーラも………でも、一番変わってしまったのは………みんなや>


 時は既に、夜天の騎士達が生きた中世ベルカの時代より500年近く後。初代の聖王が築きし“列王の鎖”も既に緩み、列強の王達は私利私欲のために動き、権力闘争に明け暮れる時代。

 中世ベルカの時代、騎士達の黄金期に生きた彼女らにとって、今の騎士の腐敗は目に余る。これではもはや、貴い存在とは口が裂けても言えぬ、とはいえ、この身も既に同じようなものであるが。

 ベルカの時代が完全に終わるまではなおも200年の時を有するが、それは、無意味なる延命でもあった。末期においては、終わらない戦乱、灰色に覆われた空、川のように流れる血があるだけの暗黒時代とされるが、この時代はいわば灰色時代。

 戦火が広がれば、それを止めようとする英雄もまた現れる。覇王イングヴァルドなどはその筆頭であり、はやてが生きる時代から300年程前のベルカ末期においては、質量兵器で武装した共和制を掲げる者達が世界を立て直そうと奮起した時代であり、古代ベルカの気風を受け継ぐ聖王家などの最後の王達も、滅亡前の輝きを見せていた。

 そうして訪れた共和制による平和の時代も長くは続かず、50年ほどで陰がさし始めることとなるが、それでも、暗黒の時代の後には治の季節がやってきた。しかし、この時代にはそれすらない。


 『近頃はベルカでも戦争は稀だもの、もう騎士の時代ではないのかもね』

 騎士が、武力ではなく、財力と権力を頼みとした時代。それ故に武力による戦は稀であり、流れる血は確かに少ないのだろう。

 だがそこに、輝きはなかった。あらゆる物事は停滞しており、文化は衰え、新たな音楽や詩が作られることは稀、人々は平和と苦難の中間のようなぬるま湯の中で、ただ生きていた。戦争がない代わりに人身売買は盛んに行われ、全ては金で取り引きされていた。

 とはいえ、理不尽を最終的に解決するのは暴力しかあり得ないため、戦争は起こる。また、夜盗などの類も多く、楽土とは間違っても言えはしない、だがしかし、金や財産がある程度奪われることはあっても命が奪われることも稀であり、地獄とも言い切れない。

 奪う者達は、捕りつくすことはせず、山菜も半数を残しておけばすぐに殖えるように、民達からも捕り過ぎることはなかった。それを良心的と呼べるかどうかは疑問であるが、決して固有の武力を抱えた金持ちは襲わない以上、義賊とも呼べない、むしろ、奪った金品の何割かは貴族や騎士に献上していた。

 それはまさしく、灰色の時代。野心家たちの火は消えることもないが燃え盛ることもなく、ベルカの地に覇を唱えようと考えるものはいない。中には地獄に近いくらい酷い有様の国もあり、中には平和が保たれている国もある、が、どちらの国も外へ打って出ることはなく、奇妙な切り分けがなされていた。

 そしてそれ故に、最果ての地で嗤う道化にとっては何の興味もなく、異形の知識が最も浸透しなかった時代でもあるのだろう。

 道化にとって、アルハザードの技術が浸透する程の価値がない時代であったから。


 『これではコアの蒐集も心苦しい、弱者を蹂躙して奪うのは、どうも性に合わん』

 『だが、此度の主が我らに望むのもまた、ページの蒐集のみだ』

 『効率一番、早く蒐集しないと、また怒られるわ』

 『そうだな、ヴィータは?』


 <そうや、ヴィータは―――>


 守護騎士の中で一番小さい、はやてが妹のように可愛がっている子。

 そして、夜天の騎士の中で最も若く、守護の星の意志を引き継いだ、誇り高き鉄鎚の騎士。

 しかし、彼女もまた―――


 『でえええええええええい!!』

 少女の一撃が振り下ろされた地点は爆発し、クレーターの如き光景が展開する。その少女が纏う甲冑もまた、かつての輝きはない、昇る紅の明星であったその姿は、まるで死に絶えた錆の惑星のように煤けている。


 『ぎゃああああ!』

 『ば、爆撃! なんだ、なんだ今の攻撃は!』

 『ひ、ひいいい、腕が、腕があああああああああああああ!!』

 倒れ伏し、消し飛んだ腕を抱えるように転げまわる騎士、いや、ただの人間を塵のように見下ろしながら、少女は心底ウザそうに告げる。

 『うっとおしい、ああうっとおしい! 戦場で悲鳴を上げるくらいなら! 初めっから武器なんて持つんじゃねえ!!』


 <ヴィータ―――あかん、その人達は、ヴィータのお兄さんみたいな立派な騎士とは違うんよ、死ぬのが怖い、ただの人間なんや>


 だがしかし、頭部目がけて振り下ろされた鉄槌は、横合いから伸びた剣によって止められていた。


 『シグナム………なにすんだよ!』

 『熱くなるなといつも言っているだろう、蒐集対象を潰してどうする』

 『ちっ、うぜえんだよ、こいつら。覚悟もねえくせに戦場にしゃしゃり出やがって、ヘルヘイムの異形の方が数段ましだ』

 『魔力の消費も避けるべきだ、十分に休息がとれるわけではないのだぞ』

 『うっせえっつってんだ!』

 『いいから、さっさと蒐集して戻りましょう――――主様のところに』

 『はっ、主様ねえ』

 その口調から、彼女が主を微塵も敬っていないことが誰であろうと理解できた。


 <みんな………どうして>


 騎士達の変わり果てた姿に、今代の主が涙する。

 心優しき主の下で、騎士としてではなく、家族として幸せに過ごす今の彼ら。

 その姿とは多少違ったけれども、最初に見た夜天の騎士達は、貴き精神を備え、輝きに満ち、人々が理想とする騎士の具現であったのに。


 <戦いばかりだったかもしれんけど、笑い合っていた…………前を向いて、仲間と一緒に、幸せそうやったのに………>


 だからそれが、あまりにも悲しい。

 今は幸せでも、過去は辛かったということは、あってほしいことではないが、それでも、今の自分に出来ることはある。

 辛い過去を癒せるように、前を向いて歩けるように、自分が、あの子達を幸せにしてあげようと、強くそう思える。

 だが―――


 <なんで――――どうして、あの輝かしい光が、闇に堕ちてしまったんや>


 それはもう、彼女にはどうにも出来ない出来事。

 今の彼女達を幸せにしても、その事実は変わらない。過去の傷のさらに前、確かに存在したはずの誇りを取り戻すことは、平和な世界に生きる優しい少女には、決して出来はしない。

 なぜなら、今の彼女達は、彼女を闇から遠ざけるために、闇の全てを背負おうとしているから。


 <誰か、教えて―――>


 「驚きました、こんな場所まで、ご自分で入ってこられたのですか」


 「え……」

 はやてが気付くと、目の前の光景とは別の質感を持った銀髪の綺麗な女性が、静かに佇んでいた。


 「え、あ、ああ、あなたは……」


 「現在の覚醒状態で、ここまで深いアクセスは危険です。安全区域までお送りしますので、御戻りください」


 「待って、ちょお待って!………わたし、貴女のこと………知ってる」

 以前にも、夢の中で会ったことがある。

 だが、それだけではない―――


 「はい、貴女が生まれてすぐの頃から、私は貴女の傍にいましたから」


 「やっぱり、闇の書―――ううん、お姫さま?」


 「姫? ……………申し訳ありません、それは一体、誰のことでありましょう」


 「そ、か…………ううん、ごめんな、わたしの勘違いかもしれん」

 そもそも、自分が見た光景の中に、フィオナ姫自身は出てこなかった。ローセスという男性が、言葉に出しただけ。

 でも、確かにはやては彼女こそがフィオナ姫ではないかと感じたのである。

 あの誇り高き夜天の騎士達が、命に代えても守り通すと誓った女性、今目の前にいる人は、まさしくそのような雰囲気を持っている。

 きっと、この人のためなら、はやてと共にある今の騎士達も、命を懸けて戦うだろうと確信出来るから。


 「私は、本魔導書、闇の書の管制プログラムです」


 「そっか…………うん、それなら今はそれでええよ、いや、そやない、その前に、現状の説明、してもらってもええか?」


 「ええ」

 そして、雪の精霊のように儚い雰囲気を纏った女性が、静かに語る。


 「これは、私と騎士達が共有する記録、闇の書の歴史であり、過去です。今の貴女と共に在る彼女らからはアクセス出来ない領域にあるため、彼女らにとっては“そんなこともあったかもしれない”程度のものでしかありませんが」

 ただ、その方がきっといいと、彼女は語る。

 覚えているには、あまりにも辛い記憶ばかりだから。


 「本来は、蒐集を終え、第二の覚醒を果たし、真の主になった者にのみ閲覧が許可されるのですが、貴女は随分早く、ここにいらしてしまったようです」


 「なあ、過去っちゅうことは、わたしが最初に見たあの光景も?」


 「………申し訳ありません、私が存じているのは、将があの城の将軍を切り伏せたところからでしかないのです。………管制人格である私ですら、把握できていない部分が、増えてしまって」


 「そっか、そんなら、しゃあないな」

 二人の前で、過去の映像が続いていく。


 『ヴォルケンリッター、ただいま帰還しました。本日の戦果は、西の城を一つ』

 『蒐集ページは、54ページ、合計、316ページとなりました』

 将と参謀が、傅いたまま主へと報告を行うが、そこに感情というものはまるで感じられない。


 『遅い、遅いわ』

 『はっ』

 『私は闇の書に選ばれた、絶対たる力を得る権利がある!』

 『はい』

 『神にも等しい闇の書の力! 彼の黒き魔術の王サルバーンが遺した究極の秘宝! これがあれば、私は彼の力をすら凌駕出来る! 早くこの手にもたらすのよ、早く、早く、私を……闇の書の真の主に!』


 「黒き魔術の王サルバーン……それって確か―――」


 その瞬間――――――世界が壊れた


 「な、なんやこれ!」


 「暴走プログラム! 馬鹿な! この段階で発動するはずがありません!」

 突如、風景が乱れる、いや、それどころではない、はやてと彼女がいる空間そのものが捻れ狂い、暴れ回っている。

 今や管制人格ですら制御できない程に増大した“闇の書の闇”、その中枢が、その名前を聞いた瞬間に震えあがり、狂乱したのだ。


 黒き魔術の王サルバーン


 闇の書の闇の中枢にとっては、決して無視できぬ存在にして、恐怖の根源そのもの。


 【怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!!!】


 闇の書の根幹に近い部分で、決してその名前を口にしてはならない


 【壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される壊される!!!!!!!】


 彼女達に名を与え、力を与え、知識を与え、そして、恐怖と共に死を与えた暗黒の絶対者


 【助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ――――――!!!!!!!】

 闇の書の根源にあるのは、ただ一つの念、すなわち、“恐怖”。

 世界が憎くて破壊するのではない、快楽を求めて破壊するのではない、絶望に染まって破壊するのではない。

 闇の書の闇はただ一人の存在を未だに恐れ、恐怖に慄き、怯えながら破壊を続けている。

 そして、恐怖によって乱された映像が、やがて一つの形を成していく。


 「あ、あれは―――」


 「ラルカス師―――」

 自身が発したその言葉を、管制人格は知覚していなかったが、その記録は決して、夜天の魔導書の全てから失われたわけではない。

 果たして、乱れた映像が再び過去へ飛び、嘆きの遺跡の最下部であったはずの空間、今や、二人の大魔導師の魔術の相克が築き上げた決戦場、次元の狭間を略奪するように形成された異空間へと移る。



 『響け! 終焉の笛! ラグナロク!』

 放浪の賢者ラルカスが保有するベルカ式魔法において、最大の攻撃力を誇る直射型砲撃魔法。

 現代の魔導師では、Sランクを超える者であろうとも独力では決して作り出せない膨大な魔力。収束砲ならばリミットブレイクを併用することで辛うじて届くほどの尋常ならざる魔力が、放浪の賢者の杖、シュベルトクロイツへと集っていく。

 彼は本来ドルイド僧であり、精霊の力を借りることを本懐とする。しかし、その他の魔法を使えぬわけではなく、その魔力は中世ベルカに存在するあらゆる魔術師を凌駕し、放たれる貫通破壊型砲撃に対抗できる者などいまい。


 ただ一人を除いて―――


 『轟け! 勝利の号砲よ! エクスカリバー!』

 彼の存在こそ、中世ベルカ、いや、各次元世界に人類が誕生してより最強の魔導の使い手である黒き魔術の王。

 彼が己の師を超えるために鍛え上げし魔術、叡智、武力、あらゆる技術が、既に全次元世界において片手で足りる程に少なくなった超えるべき高峰、黒き魔術の王が未だ破壊しえぬ存在を撃ち砕くため、極大の魔力が荒れ狂う。

 そしてその魔力の全てが、彼の右手に握られた破壊の杖、ハーケンクロイツへと集っていく。その魔力が解き放たれれば、町はおろか、城が一撃で消滅しようとも不思議はない。


 『人智を超えた鍛錬の果てに、そこまでの力を得たか、かつての我が弟子、黒き魔術の王サルバーンよ!』


 『今こそ貴方を超え、我が覇道の糧としてくれよう、私が師と仰いだ唯一の存在、放浪の賢者ラルカスよ!』



 そして、白の波動と黒の波動、二つの極光が衝突し――――


 次元が―――砕けた







 「はぁ、はぁ」


 「ご、御無事ですか………我が主」

 はやてが気付いた時、彼女は雪のような髪を持った女性に、抱きかかえられていた。

 脅威から守るため、絶対に離さないように両の手で抱き締め、女性は幼い少女の身体全てを破壊の相克から覆っていた。


 「あ、ありがとな……」


 「いいえ、貴女をお守りすることは、我が使命であり、例え使命でなくとも私が成したいと思う、何よりの事柄ですから」


 「………うん」

 その包容力に、はやての心は思わず泣きたくなるほどに揺れ動く。

 はやての記憶にはないけれど、もし、自分の母が生きていたら、この女性のように温かかったのだろうかと。

 半ば呆然としながら、それゆえに混じりけのない心で、はやては思っていた。



 「申し訳ありません主、少々、失礼を」


 「へ、あ…」


 そして、彼女は現在の自分に許される限りの権能を用い、予想外の暴走によって破損したプログラムを修復していく。


 回帰とでも呼ぶべきその機能の対象にははやても含まれており、先程の管制人格である彼女にもよく分からない光景は、二人の記憶から洗い流されていく。


 この邂逅そのものが本来あり得ぬ事柄であり、はやてが目覚めれば欠片しか残らない夢と現実の境界の幕間。


 しかし、先程のあれは、それですらあり得ない完全なエラー、これは、修正されねばならない。




 ■■■




 「この記録は、随分昔のものですね、今からならば、500年近く前になるでしょうか、この時の主は、ベルカのある女性領主でした。良くも悪くもない方だったようですが、強大な力に魅入られ、狂ってしまった」


 「シグナムもシャマルも、随分感じがちゃうな」



 『明朝には出立する。それまで、可能な限り回復しておけ』

 『ヴィータちゃん、寒いから、こっちにいらっしゃい』

 『いらね、一人で寝る』



 「ちょ、ちょお待って、まさかこれが、この子らの部屋か?」


 「この主の時は、そうでしたね」


 「日も当たらん部屋で、じめじめした石の床で、こんなん、まるっきり牢屋やん!」


 「仕方がないのです、守護騎士達は異形の業による者たちでしたから、人目のつくところには」

 彼女は語らない、この時代よりさらに先、戦乱が最も酷い時代、人が死ぬのが当たり前の世界においては、彼女らは将軍のような扱いを受けていたことを。

 生体改造の業、戦闘機人、人造魔導師、そういったものが溢れていた末期のベルカにおいてはヴォルケンリッターも異形どころかまっとうな存在でしかなく、隠し通す必要もなかった、実に皮肉な話である。

 そして、この騎士達を異形と呼ぶならば、先程の破壊をもたらした魔人を、いったい何と称すればよいのか。


 「そんな、そんなのおかしいやん! ことの善し悪しは別にして、主のために一生懸命働いている子らを、こんな寒そうな場所に……ご飯はちゃんと食べさせてもらてたんか、それに皆、普段用の服とかは………あんな薄着で、震えとるやんか!」


 「既に過去の出来事です、あまり心を乱されないように」


 「そやけど、これはあんまりや!」


 「彼女達の過去は、優しい貴女には、刺激が強いようですね、一旦映像を消します」

 彼女の言葉と共に、過去の映像が消えさる。

 ただ、彼女は語らなかった、守護騎士達が本来在るべき姿であれば、震えていることも、疲れた身体で蒐集に出ることもなかったことを。

 湖の騎士シャマルの本領は癒しと補助、彼女が展開する癒しの結界の中で休めば、飢えや石の床はともかく、寒さからは無縁で万全の状態に回復することも出来た筈。そんなことすら、この時の彼女らは忘れてしまっていた。

 そして、この時の守護騎士達は――――――弱い

 この時代の彼女らが、黒き魔術の王サルバーンや蟲毒の主アルザングに率いられたヘルヘイムの軍勢と戦えば、碌な抵抗も出来ずに殺されることだろう。

 城攻めにおいて、彼女らは一度として己の魂を呼ばなかった。

 炎の魔剣レヴァンティン、鉄の伯爵グラーフアイゼン、風のリングクラールヴィント。

 魂なき騎士の刃は、せいぜい腐敗した騎士もどきを縊る程度が関の山、地獄の軍勢を迎え撃つには足りない。

 ましてや、並ぶもの無き絶対者、黒き魔術の王サルバーンを相手にするなど、夢のまた夢。


 「それに、今の騎士達は幸せです。優しい貴女の下で、暮らせるのですから」


 「あ、う、ええっと」


 「ありがとうございます、私からも改めて、感謝の言葉を述べさせていただきます」


 「えと、いえ、こちらこそ」

 そしてふと、はやては気付く。


 「そっか、貴女が闇の書さんなら、わたしを皆と逢わせてくれたのは、貴女なんやね」


 「残念ながら、私が自らの意思で選んだのではありません。私の転生先は、乱数決定されますから」


 「そんなんええねん、貴女が私のところへ来てくれたから、私はあの子らに逢えた、そして、今は貴女とも逢えた、素直に嬉しいし、感謝したいと思う、あかんか?」


 「いいえ、それでしたら、何も問題はありませんね」


 「ありがとう、せやけどごめんな、わたし、ずっと貴女に気付かんで………シグナム達も言ってくれればよかったのに」


 「いえ、私はページの蒐集が進まないと、起動できないシステムですから、ページ蒐集を望まない貴女への、烈火の将と、風の癒し手の気遣いです、酌んでやってください」


 「うん………ページ蒐集せんと、貴女は外へは出られへんの?」


 「対話と、常時精神アクセスの機能起動に、400ページの蒐集と主の承認が、私の実体具現化と、融合機能の発動は、全ページの蒐集が済み、貴女が真の主となられなければ無理です」


 「………えっと、実体具現化いうのが出来れば、シグナムやヴィータと同じように、一緒に暮らせるようになるん?」


 「ええ、この姿で顕現できますから、それに、必要に応じて貴女と融合し、魔導書の全ての力を使うことが出来るようになります」


 「そっか、私が闇の書の真のマスターになれたらええねんやけど」


 「望まぬ蒐集を、命じることもありません」


 「うん………」

 そして、彼女は静かに告げる。


 「現状で、ここまで深層までのアクセスは危険です、目覚めのタイミングで、表層までお送りします。以降、間違って入ってこられることがないよう、システムでロックをかけておきます」

 果たして、彼女は気付いているだろうか、本来は入れぬはずのはやてがここにいるということは、闇の書のシステムそのものにバグが生じているということに。


 「申し訳ありません」


 「謝らんでええけど、寂しいな、せっかく逢えたのに」


 「はい、私もです」


 「じゃあ、お別れまでの間、主としてお願いしてもええか?」


 「ええ」


 「シグナム達にはもうお願いしとることで、わたしの家族になるなら絶対やらなあかんことや」


 「はい、なんなりと」


 「ほんなら―――」



 刹那の邂逅の時が過ぎていく。

 やがて、目覚めの時が訪れ、少女に残る記憶はなく、ほんの僅かの名残があるだけ。

 それを、一人残された彼女は、悲しいとは思わなかった。


 「それは構わない、だが、それ故に、遠からず訪れる破滅を止める術が、私には何もない」

 闇の書を司る彼女は涙する。既に、中枢であるはずの自分ですら止められぬほど広がりきってしまった闇に。

 そして、闇の根源を認識することすら出来ない、力無き己に。


 「夜天の光は、闇に堕ちた………私は主を救うことも、騎士達を止めることも、何も出来ない」


 涙が、頬を伝う。

 まるで、雪のような彼女の髪が溶け出しているかのように。


 「どこの誰でもいい、どんな手段でもいい、この絶望の輪廻を、断ち切ってはもらえないか」


 彼女は願う、願うしか出来ない。


 「あの優しい主と、一途な騎士達だけでいい、救ってはもらえないか………烈火の将、風の癒し手、蒼き狼、紅の鉄騎――――そして、我が主…………八神はやて」


 誰か、誰か―――


 「神でもいい、悪魔でもいい………どうか、あの子らを――――救ってくれ」









新歴65年 12月9日  第97管理外世界  海鳴市  八神家  PM7:00



 「わたしはちょお、お庭に出てるな」


 「外は寒いですよ、はい、上着」


 「おおきにな、シャマル」

 その日の夕食後、はやてはただ一人で庭へ出る。

 かつて、シグナムに抱かれながら共に出て、蒐集を行ってはいけない、自分は今のままで幸せだからと、告げたその場所へ。

 ただ―――


 「闇の書、一緒に来るか?」

 ただ一つ、古い魔道書が、彼女につき従う。


 「今夜も綺麗な星空やね」

 はやては、宝石が散りばめられた暗幕の天蓋を見上げ、静かに呟く。


 「闇の書は、ずっと昔から生きてて、色んな星空を見てきたんやろ?」

 彼女の頭上には、人より遥かに永い時間を輝き続ける悠久の星々。


 「この世界の星空はどないや? 昔と同じように綺麗か?」

 少なくとも、古の白の国の星空は、どこよりも美しいものであったと、夜天の騎士の誰もが誇れるだろう。

 未だ対話する力を持たない魔導書には返す言葉はなく、はやても当然それを理解している。だが、決して無意味だとは思っていない。


 「―――なあ、わたしの中で、闇の書の存在が少しずつ大きくなっていくんが分かるんよ。だんだん、だんだん、一つになっていく気がしてる」

 騎士達が如何に隠し通そうとしても、覆いつくせぬ絆がある。


 「せやけど、ページは埋まってへんもんな………当たり前や、シグナムと約束したからな」

 そして、はやてが“あの子達”と呼ぶ家族には告げることのない、彼女の本心を語る。


 「なあ、わたしはな、この足も身体も、別に治らんでもええんよ、………というか、石田先生には悪いけど、治ると思ってない」

 彼女はこれまで、一人で生きてきた、だから、死ぬことにさして恐怖はなかった。


 「そんなに長くは生きられんでもええ、あの子らがおらんかったら、わたしはどうせ一人ぼっちやしな」

 だけど―――


 「そやけどあの子達が、シグナムやシャマル、ヴィータやザフィーラが、わたしを必要としてくれている間は、それまで、わたしは絶対、死んだり壊れたりせえへんで、これはもう、絶対に絶対や!」

 今は違う、家族のために、不自由な身体であっても、どんなに苦しいことがあろうとも、彼女は生き抜くと決めている。

 それが、八神はやてという少女の強さであり、最後の夜天の光の根源であった。


 「わたしは、貴女と皆の―――マスターやからな」

 はやては、彼女を“貴女”と呼んだ。

 意識してのことではない、だが、確かにはやてはそう呼んでいた。

 母のように、自分を優しく、かつ力強く抱きしめ、守ってくれた彼女を。


 「はやてちゃん、風邪ひいちゃいますよ、中に入りましょう」


 「はあい!」


 「今御迎えに」

 そして、シグナムがはやての元へ歩いてくるまでの僅かの時。


 「星の光は、幾歳遥か、今は遠き……夜天の光」


 「え」


 「なんでもないよ」


 「そう……ですか」


 <星が、光が闇に消えても、それでも私は最後まで、夜天の主としての責を全うする。誰にも迷惑かけへんから、誰の邪魔もせえへんから、わたしはただ、わたしに幸せをくれた子達を、精一杯幸せにしたいだけやから―――>

 彼女はもう一度、闇に染まった天蓋と、その中で輝く白い光達を見上げ―――


 <だからお願い、神様も、悪魔の人も―――――わたし達のこと、そっとしといてな>

 少女は、星へと祈りを捧げていた。







 古の白の国において、神よりも、悪魔よりも未来を見通す力を持った賢者が、確かに告げている。



 (いつかは分かるさ、長き夜と旅の果てに、最後の夜天の主がきっと証明してくれるとも)



 遥かに昔、夜天の魔導書の管制人格である彼女からすら忘れ去られてしまった、遠い遠い過去の記憶。

 どこまでも不思議で、どこまでも深い知識を持った老人が、かつて彼女にそう語ったことを。

 深い悲しみに沈む彼女が、思い出すことはなく、心優しきその主が知る由もない。

 今はまだ闇に覆われ、夜天の光は遠い。

 しかし、繋がれた絆はなくならない、騎士の皆が忘れてしまっても、魂たる彼らが覚えている。

 管制人格すら忘れている故に、真の主ですら、既に知る術がないその記録を、いつか誰かに伝えられる日を望みながら―――




 闇の書のシステムの一番下、何にもアクセス出来ないがために、歴代の主の誰からも改変を受けなかった彼らは、その時を待ち続ける。








あとがき
 今回は、A’S編サウンドステージ02、第6.5話、『今は遠き、夜天の光』をベースに、本作品オリジナルの過去編を加える形で構成されています。A’S本編やサウンドステージを聞くたびに想うことが、八神はやてという少女の優しさと、その心の強さです。ギャグ要素の強いSSなどではかなり愉快なキャラになることが多いはやてですが、家族想いの、どこまでも優しく真っ直ぐな心を持った純粋な少女という印象を自分は強く持っています。ですので、本作品のStSにおけるはやても、単身でガンガン動くタイプよりも、皆を支えるお母さん、といった感じにしたいと思っています。何より、最大の相違点ははやての隣にリインフォースがいてくれることだと思いますが、機動六課のフォワード陣がそれぞれに働いて帰ってくれば、はやてとリインフォースがおいしい鍋を用意して待っていてくれる、みたいな感じで。

今回少し書きましたが、守護騎士たちの歴代の主が皆良い人物で無かった理由として、”闇の書は黒の王サルバーンが遺した秘宝”というネームバリューが原因だという設定です。それもおいおい書いていくつもりです。

 過去編と徐々に終焉へと向かっていき、デバイスが繋ぐ“絆の物語”も収束する時へと進んでいきます。夜天の騎士に仕え続ける彼らと、主の命題を守り続ける古いデバイスの邂逅が、果たして如何なる解を導き出すか、伏線はあちこちに仕込んであり、中にはStSで回収されるものもありますが、頑張っていきたいと思います。




[26842] 夜天の物語 第五章 前編 異形の権能、騎士の誇り
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:0db87abd
Date: 2011/04/28 16:18
第五章  前編  異形の権能、騎士の誇り




ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  東部  



 「投降しろ、だと……?」


 「ああそうだ。君に戦う意思がないならば、命まで取りはしない」

 若木の隊長が発したその言葉は、人造魔導師として作られ、ヘルヘイムの暗き地で育った少女にとっては一瞬知覚出来ないほど、想定外な言葉であった。


 <戦場で相まみえた敵を、殺さない? 何を馬鹿な……>

 だがしかし、目前の少年の目からは微塵の揺らぎも感じ取れない。レヴィは戦闘経験が浅く、そもそも作られたから一か月ほどでしかない新兵であるが、それでも戦場の兵の理は知っている。


 「お前は……敵を殺さないのか……?」


 「殺す時は殺すさ、容赦なく徹底的にね。だが、それは戦場で相対し、敵に戦う意思があればの話だ、先程までの君はまさにそれであり、故に僕も殺すつもりで先の一撃を放った。生き残れたのは君の技量が高かったからに過ぎないが、今の君に戦意がないのであれば、命を奪うつもりはない。もっとも、そのまま返すことも出来ないが」

 故に、投降し、捕虜となれ。であるならば君の安全は保証する。

 言葉にしたわけではないが、少年の目はそう語っていた。


 「僕、は………」

 その言葉は、レヴィという人造魔導師の少女の心にこれまでになかったもの、いや、あり得なかったものを与えていた。

 レヴィは現状の人造魔導師の中では最後発であり、彼女が生まれた時には第一の人造魔導師であるシュテルは既に一万に届きかねない程の人間を焼き滅ぼしていたため、恐れと共に“星光の殲滅者”と呼ばれていた。彼女が雷刃の襲撃者と自称するのは子供らしい対抗心、というか“シュテルだけずるい”といったものであったが。

 そして、残りの同輩達、“蟲毒の主”アルザングによって作られた三号(ドライ)から九号(ノイン)はいずれも蟲毒の壺から這い上がってきた者達であり、敵は殺し尽す者、情けをかけるなど愚か者のすること、という価値観を誰もが持っていた。

 だが、レヴィはまだ何色にも染まっていなかった。天性の才を持って生まれたがために蟲毒の壺に送られる必要がなく、ヘルヘイムに刃向う者を焼き滅ぼす役は既にシュテルがついていたため、彼女の一か月の全ては戦闘訓練に充てられていた。

 本当の意味での戦いはこれが初めてであり、初陣でもあったのだ。

 無論、ヘルヘイムで行われる“戦闘訓練”とは命のやり取りであり、捕虜となった騎士などが“この子供を倒せば解放してやる”という条件の下、レヴィと戦ったことは幾度もあった。

 とはいえ、彼らは命を惜しんで降伏した騎士達であり、技術はあってもその太刀筋には“芯”となるものが欠けていた。

 故に、彼女にとって降伏とは、自分が殺してきた情けない騎士達と同じ愚物となり果てる最も恥ずべき行為であり、到底受け入れられるものではない。そんなことをするくらいならば戦士として死ぬ方が百倍まし。


 である筈だった。


 「僕は、降伏なんて………」

 だがしかし、彼女の声は震えており。


 「どうしてだ、なぜ君は降伏しない?」

 見下すこともなく、彼女の目を真正面に捉え、真摯に問うてくる少年に対し彼女は――――


 「僕が、人造魔導師だからだ、戦うことが全てで、破れた以上は…」


 「なるほど、ならば君は騎士でも戦士でもないということだ。自分の意思ではなく、ただ命じられるままに動いていただけの存在が、降伏を許されず、戦場で果てねばならない理由などないだろう」


 「え……?」

 騎士でも、戦士でもない

 確かに、彼はそう言った。

 ああ、それは間違いないだろう。自分達、人造魔導師は騎士を打倒するために作られた存在であって、騎士であるわけじゃない。でも、戦うために作られた存在であることは彼も否定しなくて。


 「残念ながら、まだ、戦場は騎士のものだ。戦うために作られた君達には酷かもしれないが、主のために戦い、騎士としての誇りを守り、戦場で果て、死んでいく。その権利を譲ることは出来ないな。それを成したければ、僕達を打倒するしかないぞ、“節義に死す”ことは僕達騎士にとって最高の誉れなのだから」

 例え命を失うことになろうとも、貫くべきは誇り、守るべきは騎士の魂。

 人間としては破綻しており、捻れ曲がったその道理を貫き通す者こそが騎士であり、この狂気は我らだけのもの。たかが“戦うために作られた”程度の人造魔導師ごときに易々と譲れるものではない。


 「君達人造魔導師がそのように作られた兵器ならば、僕達騎士は人間として生まれながら、自ら望んで修羅の煉獄に身を置くことを選んだ悪鬼羅刹の群れ。無論、日常においては人間に戻るが、戦場における騎士に慈悲など求めないことだ、君が死にたいと願ったところで、我が騎士道を貫くためならばそんな願いは踏みにじるまで」

 騎士とは、主に仕え、民を守るもの。日常における在り方がどこまでも“他人のため”であるからこそ、戦場においては“己のため”にのみ動く。

 己の国、主を、誇りを守るため、敵を殺す、その願いを踏みにじる、存在全てを焼き尽くす。それが騎士であり、“日常”に生きる民達が憧れ、“貴き存在”と祭り上げる理想の具現の正体なのだ。

 騎士見習い、いいや、もう既に一人前の騎士である少年は、己が狂気を示し、少女の在り方を全否定していた。


 「今の君の言葉には信念がない、貫き通す誇りがない、そのような迷いを抱えた者に“節義に死す”誉れを与えるわけにはいかないんだ。故に僕は君を殺さない、もし仲間のために死にたいのであれば、自害でもして果てるがいい。だが、僕は僕の騎士道にかけてここでは君を殺しはしない」


 「………」

 言葉は槍となり、少女の心臓を刺し貫く。

 少女は、理解できなかった。

 少年の言葉が、主と仲間のために死ぬことを最高の誉れと誇れるその在り方が、それを今の自分に与えることは出来ず、騎士道にかけて死なせないと宣言する強さが。

 生まれてから今まで、自分で考えて行動したことがない少女には、“あまりにも人間らしくなく、どこまでも厳しい”その在り方が、理解できなかった。

 故に、少年の言葉に対して少女は返す言葉を持たず――――



 「が―――」


 少年の胸を背後から刺し貫く槍を見た時、ただ呆然とすることしか出来なかった。









ベルカ暦485年  ヴィルヤの月  白の国  南西部  上空



 「……?」

 その時、赤い閃光と化して風の谷へ突き進む少女の胸を駆け抜けたものは何であったか。


 <何だ? 念話が届いたわけでもない……けど>

 確証はない、根拠もない、だが、ヴィータは確かに“何か”を感じ取っていた。

 何か、致命的なことが起きている予感がする。表現できない、名状しがたいものが胸の奥から競り上がってくる。

 それは放浪の賢者の予言のためか、はたまたそうでない別の何かか。


 <何でだ、いったいあたしは何が不安なんだ?>

 現在の白の国の戦況を、ヴィータは正確に把握しているわけではない。あまりに多くの情報があっては彼女の心が乱れ、十全に力を発揮できなくなることを心配したリュッセの進言で、シグナムが彼女に与えた情報はローセスのものだけに限られていたために。

 そして、そのリュッセは東部にあり、ローセスは南端で敵を死守している。現在南西部にあるヴィータからはおよそ同じ程度の距離であり、どちらかにしか駆けつけることは出来ない状況。

 だが、彼女の不安の原因は、大切な両者のどちらかしか救えないことではなく―――


 「残念ですが、ここより先は通行止めです。我が主アルザングの命により、人造魔導師ナンバリング06がお相手いたします。罷り通りたくば、私を倒していきなさい」

 自分がどれだけ急ごうとも、どちらも救えないのではないかという、絶望的な予感であった。


 (ただし、心しなければならんよ、勇壮なる“若木”よ、君が騎士となるその時は、そう遠いことではない。だが、君がこの道を進み続けるならば、烈火の将を超える誉れと共に、最も大切なものを失うかもしれん)









ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  南部  風の谷




 「が、ぐああ!」

 『Mein Herr!(我が主)』

 果てしなき死闘が続いた風の谷、しかし、その戦いにも終焉というものは必ず訪れる。

 盾の騎士ローセスは己が全てを懸けて戦い、戦い続け、千を超える敵に死をもたらした。だがそれは万を超える槍の群れ、押し寄せる黒い森を前にしては儚い抵抗でしかなかった。

 何人の同胞が死のうとも意に介すことなく前進を続ける異形の兵団。最果ての地より流れ出る技術の一端を用いて製造されし改造種(イブリッド)。

 黒き魔術の王に言わせればそれこぞが愚昧なる分類であり、そもベルカの地の技術は最果ての地より流れ出る技術を基としたもの、この時代に現われた生命操作の業と大元を同じくする技術でしかない。

 たかがその程度のものが流れ出した程度で滅ぶ国家ならば、所詮はその程度のもの。高みを目指す黒き魔術の王は、壊す価値すらない国家などを顧みることなどありはしない。

 故にこそ、彼が“壊す価値がある”と認めた白の国には異形の軍勢が押し寄せる。いや、そればかりではない、黒き魔術の王に仕える強大無比なる魔術師達もまた王の召し出しに応じ、指揮官として参陣しているのだ


 「なかなかに善戦したが、くははははは! そこまでのようだなぁ! 盾の騎士ローセス!」

 黒き槍で構成されし異形の森から姿を現すは、一人の魔術師。ある道化が、王の手下の中ではまだましな部類と称した三人のうちの一人であり、“虐殺者”の異名を持つ男。

 白の国攻略の地上部隊の指揮官、ビードという名が、その男に与えられた力有る言葉の形であった。

 「貴様は……虐殺者、か」

 己の二つ名を叫ぶ男を、ローセスもまた知っていた。その異名の通り、数多くの民を虐殺し、黒き魔術の王の下で“破壊の騎士”と悪名を二分する男を。


 「如何にも! 我こそは黒き魔術の王サルバーンより最大の軍権を与えられし栄光の将! ビードなり!」

 劇場で台詞を読みあげるかのように、高らかに宣言する黒衣の男。保有する力には疑いないが、精神の部分に存在する隙が“蟲毒の主”アルザングに見下される由縁でもある。


 「貴様如きに軍権を与えるとは、黒き魔術の王にとって、その異形の軍勢は余程価値の無いもののようだな」


 「はっ! ほざいたな青二才が! 二十年程度の年月を生きただけの貴様にあの方の何が分かるという! そして何より、我が固有技能(インヒューレントスキル)“爆撃の刃”の前に成す術もない貴様がほざいたところで滑稽にしか映らぬわ!」

 爆撃の刃、それが“虐殺者”の持つ権能の名であり、黒き魔術の王に与えられし力。

 武器として作られた鉄ならばいかなるものでも、剣、槍、斧、ナイフ、そして矢の先端なる鏃。それらに魔力を付与することによって爆発物と変える恐るべき権能。

 “蟲毒の主”が持つ固有技能“幻惑の鏡面”は己の姿や気配、魔力を隠蔽し、完全なる奇襲を可能とするが、あくまで個人に帰す技能。汎用性という点では、三人の中でビードの技能こそが最も優れているのは事実であった。

 つまり、異形の軍勢の一人一人が持つ武器。調律師が作り上げたデバイスではなく、頑強なだけの通常の武器に過ぎぬそれらを、ビードは魔力爆撃を可能とする魔導兵器へと変えるのだ。さらに、単体ではなく数十の武器を同時に炸裂させることをも。


 「なるほど、貴様のフィールド防御は堅牢極まりない! まさしく“盾の騎士”の名に恥じない逸品ではあるが、我が“爆撃の刃”の前では意味を成さん! 数百の魔力弾を防げはしても、数千の魔力爆撃を防ぐことはできまい!」

 ただ一つ、“爆撃の刃”に欠点があるとすれば、魔力を付与した段階でそれは爆発物へと切り替わり、衝撃と共に爆発する運命から逃れられなくなることだろう。

 それは魔力を伴った指向性のない爆発であり、嘆きの遺跡に潜む物理攻撃の通じぬ闇精霊(ラルヴァ)すら葬る力を持つ、ただし、指向性の無い爆発故に発動者たるビード自身をも巻き込んでしまう可能性はゼロではない。



 (中々に面白い素材ではあるね、だが、惜しむべきは無骨であり優雅さというものに欠けることか。そう! ただ破壊をもたらすならば魔導機械にも可能なこと、それだけでは華がない! 故にこそ求めるは芸術品! ならばならば、“刃舞う爆撃手”こそが戦場に咲く華となろう!)



 ドルイド僧ならぬベルカの騎士、もしくは魔術師には感知できぬ狭間より、道化が眺めただただ嗤う。

 その黄金の瞳が見つめているのは風の門なる戦場か、はたまた遙か先の未来の光景か。


【黙れ】


 その道化の言葉が届いたかどうかは定かではない、だが“虐殺者”は無意識のうちに誰に届くはずもない念話を飛ばしていた。


 「確かに、防ぐことは難しい、お前の能力は集団戦において最大の力を発揮する。防衛戦を展開するものにとって、天敵といっていいだろう」

 ローセスもまた、繰り出される魔力爆撃を幾度も受けとめるうちに敵の能力と、その特性を把握するに至っていた。戦場で見えた敵の技能を看破することも、夜天の騎士が備えるべき技能の一つ。


 そして、同時に理解していた。風の谷に陣を置き、専守防衛に徹する自分にとってこの能力は致命的に相性が悪いことも。

 敵に大量の兵力と武器がある限り、ほぼ無限に近い魔力爆撃が襲い来ることと同義であり、サルバーンの布陣にはまさしく隙というものがない。

 だが―――


 「だがしかし、せっかくの技能も、持ち主がそれでは意味がない。良き主に恵まれぬデバイスも、技能も、何とも哀れなことだ」


 「何だと……」

 叫ぶように言葉を発していたビードの声が細まる。


 「お前の能力は確かに攻略戦において絶大な力を発揮するだろう。だが、それを運用するお前自身の不甲斐無さが、黒き魔術の王の鉄壁の布陣を無価値に貶めている。部下の背後に隠れ、矢玉に魔力を付与するだけのお前の戦い方は、臆病者のそれであり、決定的に誇りが欠けている」


 「はっ! 何を言いだすかと思えば負け犬の戯言か! お前達騎士などという輩はいつもそのような逃げ口上を述べるものだ、正々堂々戦えなどとなあ! 馬鹿が! これこそが戦略というものだ! 消耗品を効率よく運用し、強者を疲弊させ、弱らせたところを叩く、そんなことすら分からぬからお前達は次々と国を失う羽目になるのだ!」

 ストリオン王国も、ミドルトン王国も、奇襲によって玉座が壊され、王家は潰えた。それは確かに事実ではあろうし、ローセスもまた否定はしない。


 「ああ、確かにそれは優れた戦略であるのかもしれないな、戦場に足を踏み入れぬ“一般の民”の見解に沿えばの話だが」


 「何?」

 盾の騎士ローセスは威風堂々と立ち、黒衣の魔術師を見据え、言い放つ。


 「気付かないか? お前の考えは戦場で命を懸ける兵士や指揮官のそれではなく、戦火と縁無き民の考えに寄っている。その思考を持つことは悪いことではないが、戦場は狂人の蔵、死の尽きること無き殺戮の煉獄、その地獄の中に在って力を振るうには、お前の考えは“まとも”に過ぎるのだ」


 「………」

 その光景を、何と捉えるべきか。

 国を、主君を、民を守り、その命を賭して戦う高潔なる騎士の“狂気”に、数多くの無辜なる民を虐殺し、人ならざる異形の軍勢を従えた、非道なる魔術師の“常識”が圧倒されていた。

 だが、それこそが騎士。人として歪んだ道を是とし、戦場を駆ける華で在り続け、日常を支える根となり茎となる。その全ては、戦争という狂気を、守るべき民から切り離すために、死を誉れとする馬鹿げた価値観を“国民共通のもの”としないために。

 まさしく彼らは、“いないに越したことはない存在”だ。王家が腐敗し、騎士達の時代が終わる頃、質量兵器によって王権を打倒した者達は、“お前達のように戦場を誉れとし、死に価値を見出す輩がいるから、戦争はなくならないのだ!”と叫び、騎士達を打倒した。

 しかし、騎士達がいなくなった時代においても戦争はなくならず、むしろ国家を総動員し、民間人すらも巻き込んだ総力戦へとシフトしていった。つまり、“騎士がいるから戦争はなくならない”のではなく、“人間が戦争を捨てられないから騎士が必要とされた”のだ。

 古代ベルカの時代、“聖王のゆりかご”の力をもって地に平和をもたらした初代の聖王は、放浪の賢者と同じく未来の光景を幻視したのかもしれない。人間から戦争を無くすことは出来ない、戦わなければ人間は腐る。ならば次善の策は、民から戦争を切り離し、騎士と騎士、軍人と軍人の“戦場の法”に則った戦いに限定させること。

 かくして、後代の歴史家より“列王の鎖”とも呼ばれる国家間の価値観の共有により、中世ベルカの戦争は騎士が兵を率いて戦う“戦場”に限定されることとなった。それが、初代の聖王が成した最大の偉業であるといえよう。

故にこそ、中世ベルカは古き良き時代と呼ばれる。民を戦火から守るため、人間社会が抱える“戦争”を引き受けるため、彼ら騎士は、貴く、そして最も愚かな存在で在り続けるのだ。


 「目の前に欲しい首がある、武勲を立てるべき戦場がある、ならば、自身の命など惜しんで何とする? お前の能力を思い返してみろ、後方でこそこそと隠れて兵力を小出しになどせず、お前が先陣に立って切り込み、俺の意識を引きつけ、その隙に後方へ部下を回り込ませるだけで挟撃を仕掛けることも出来た。もっとも、易々とさせはしないが」

 ローセスは敵の能力を悟ると同時に、“自分が敵の立場ならばこうする”という戦術を数十通りは想い描いていた。

 だが、敵が取った手法はその中でも最も下策であった。如何に強力な魔力爆撃であろうとも、前方からしか攻撃が来ないのであればローセスの盾も前面にのみ展開していれば済む。

 それとていずれは押し切られるが、長く持ちこたえることが出来たのは、ローセスの勇気と力ではなく、敵の臆病さと愚鈍さに起因していた。


 「力に溺れ、足元が見えていない愚か者、それが貴様だ、“虐殺者”。戦場を駆ける強者ではなく、力無き民を虐殺するしか能がない小さき者。そのような男が黒き魔術の王の臣下となれた理由を考えたことがあるか、いや、そもそも、お前は黒き魔術の王の何を知っている?」

 盾の騎士ローセスは、放浪の賢者ラルカスより幾度も話を聞き、黒き魔術の王の人となりを知った。

 その男は、究極的なまでの自我と野心、欲望に満ちており、あらゆる面で人という存在を超えている。魔力の強さも備える性質も、何もかもが規格外であり、人間の秤で考えること自体が間違いであると。

 ならば、その男がヘルヘイムという国や、生み出した異形の軍勢に執着することなどあり得ない。多少の興味程度はあるかもしれないが、それは古本を見つけ、少々気になるタイトルであった、程度の話でしかないだろう。

 つまり、万の異形を率いるビードという男は、一万冊の古本の管理者程度の価値でしかない。むしろ、適材適所という面では実に見事な配置とも言えるであろう、決して、役不足ということはないのだから。


 「………死ね」

 盾の騎士ローセスの問いに対し、返答は実に簡潔であり、そも返答の形を成していなかった。

 その問いは、黒き魔術の王の第一の弟子たる“蟲毒の主”アルザング、彼以外の臣下の誰しもが自問し、誰もが答えを見つけられなかったものであるがために。

 黒き魔術の王は絶対者であり、その道を誰とも分かちあうことはない。

 “蟲毒の主”はそれを理解し、その在り方をこそ信奉し、自分は己の野心と欲望のままにその後を追うのみであると定めているが、それ以外の者達はどこかに不安、いいや、畏れを抱いている。いやむしろ、恐れない方が気が狂っている。



 “ヘルヘイムにおいて、黒き魔術の王を恐れていない存在は、執政官アルザングただ一人”



 それはヘルヘイムに仕える誰もが知ることであり、だからこそアルザングは比類する者なき第一の臣下にして、黒き魔術の王の代行者足り得る。

 ヘルヘイムの法は彼が司っており、命令の大半はアルザングよりもたらされるものでしかなく、王の勅令など数えるほどしか存在しない。

 故にこそ、多くの魔術師や騎士がこの白の国攻略に並々ならぬ闘志と野心を燃やしていた。この命令はアルザングよりの又伝えではなく、サルバーン直下の命、ここで武勲を立てればアルザングと同等の位階に進むことも夢ではないと。

 そうして戦場に臨んだ騎士と魔術師の半数が、嘆きの遺跡の入口において放浪の賢者を足止めする駒とされ、夜天の雷によって消滅したことをビードは知る由もなかったが、知っていたとしてもサルバーンの命に逆らえるはずもなく、結末は変わらなかったであろう。


 「我が権能にて滅びて失せろ! 盾の騎士!」

 “虐殺者”の叫びに呼応するように異形の軍勢が一斉に槍を投擲する。それら全てに“爆撃の刃”が付与されておりその数は数百を超えていた、その威力たるやグラーフアイゼンのギガントフォルムをすら上回るだろう。

 襲い来る暴嵐たる死の刃、加えて自身は満身創痍。


 その絶望的状況において――――


 「グラーフアイゼン、カートリッジロード」

 『Explosion!』

 盾の騎士ローセスと、鉄の伯爵グラーフアイゼンには微塵の恐れもありはしない。

 数秒後に待ち受ける己の終わりを幻視しながらも、彼らの絆は微塵も揺るがず、ただ己に成せることを成すのみと、最後の前進を開始した。












ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  東部  



 黒い杭が、自身の胸から突き出ている。

 それが、リュッセが知覚できた唯一の光景であった。

 胸から溢れ出る鮮血も、握力が失われたことで地に落ちる愛剣アスカロンも、地に倒れ伏す自分の身体も、徐々に失われていく体温さえも。

 何一つ、彼には分からぬこと、一体何がどうなっているのか、それすら疑問に思う間もなく。


 リュッセという少年の身体は、“破壊の騎士”サンジュによって壊されていた。


 『フン、生温いガキが、コノ程度で騎士を語るナド片腹痛いワ』

 その言葉には独特の響きが宿る、というよりも、まるで壊れた楽器が鳴らされているかのような不快な声。

 その声が人のものとはかけ離れていることにも理由があった。かつて、破壊の化身たるこの男は無謀にも黒き魔術の王サルバーンに戦いを挑み、その肉体を完膚なきまでに破壊された。

 だが、手足を消し飛ばされ、内臓の大半を失い、肺を失ったために声すら出せなくなった男の目に、まだ光があることを見てとった黒き魔の王は、その男に止めを刺さず、生命操作の業の被検体とした。

 出来たばかりの融合騎“エノク”をリンカーコアと融合させ、生体機能を維持、さらには魔力をこれまで以上に高める。そして、失った四肢はデバイス技術を用いた義肢により人間を遙かに超える性能を持たせた。

 ただし、食欲、性欲などは当然なく、僅かの休眠を必要とする他は破壊のみを行う狂った歯車へと。

 そうして、既に名すら持たなかった破壊の男は黒き魔術の王の生命操作の業の結晶、“破壊の騎士”サンジュとなったのである。


 「サンジュ……様」

 レヴィという名を持つ人造魔導師の少女にとっては自分の教育担当にあたる人物ではあるが、彼女自身この相手を好きにはなれず、自身の教育担当がアルザングであればと幾度思ったか分からない。


 『ククク、ダガ血は良い、我ガ槍も猛ってオルワ』

 その手に掲げるは血塗れの槍、デバイスなのか、人の手によるものなのかも定かではなく、ただただ禍々しき黒き槍。ただ、今はその黒色も鮮血の赤に染まっている。

 そう、たった今刺し貫かれ、意識を失い地に伏す少年の血によって。


 『馬鹿ガ、愚カナ、小僧メ、敵を仕留めたナラバ容赦ナク破壊スレバよいものヲ』


 「………」

 侮蔑の言葉と共に、破壊しておればよかったものをと言いきる“破壊の騎士”。

 そして、その対象である少女のことなど、その男は意に介さない。


 『ソレを成サヌが騎士の信念カ、愚カシい、愚かシイ、愚カしイ―――!』


 「……愚か…」

 愚か、本当にそうなのだろうか?

 あの少年の真摯な目は、僕にはそうは見えなかった、むしろ、貴いもののようにも―――


 『ソシテ、貴様モダ、人形ヨ!』


 「―――!?」

 “破壊の騎士”の怒りが少女目がけて放たれる。レヴィは、人形と呼ばれることがあまり好きではなかったが、それは単にこの相手が自分のことをそう呼ぶからかもしれないと、今更ながらに思った。


 『コノような小僧二敗レ! アマツさえ情けヲかけられ、ソレに対シ何も出来ぬナド、何タル不様! 唾棄スベキ意志薄弱!』


 「あ…ああ……」

 強まる怒り、いやそれは既に殺意の域に達している。そもそもこの男は融合騎“エノク”の最初の成功例であり、数多くのデバイス技術を肉体に組み込んだ自身こそ、黒き魔術の王の技術の成果であると誇っている。

 それ故、その後に作られた人造魔導師なる存在、それを推し進める“蟲毒の主”アルザングを何よりも嫌っていた。サルバーンにとって人造魔導師が暇つぶし程度のものであることを彼は悟っており、シュテルやレヴィが重要な存在ではないことを知っていたが、自身もまたそうであることには気付いていなかった。

 そして、レヴィという少女は知っていた、この男が“破壊の騎士”と呼ばれる由縁を。

 意味もなく、道理もなく、ただ破壊をばら撒く存在、狂った機械人間。だがしかし、そのような存在ならばヘルヘイムにはいくらでもいるが、この男がその中に在ってなお忌み嫌われ恐れられる理由とは―――


 『我ガ権能、固有技能(インヒューレントスキル)“大地の潜行者”デ以て、土二還ルがヨイ!』

 大地の潜行者、それが“破壊の騎士”の持つ権能の名にして、黒き魔術の王に与えられし力。

 転移魔法などとは根幹からして異なる術理によって自由自在に大地に潜み、移動することを可能とする技術であり、白の国の若木の隊長であった少年を背後から刺し貫くことを可能とした異能の業。

 烈火の将シグナムの“破壊の騎士”は暗殺なども得意とするという助言を受け、周囲に気を配っていた彼ではあるが、流石に地中までは探りようがなく、地中に潜むうちは術者の気配も遮断されるのだ。

 “蟲毒の主”が持つ固有技能(インヒューレントスキル)“幻惑の鏡面”と異なり、空戦においては何ら意味をなさない技能ではあるが、こと地上戦においてはサンジュこそが三人の中で最強。“虐殺者”ビードが集団の力を以て放つ“爆撃の刃”も地中深くに潜む彼には届かない。

 ただ一つ、“大地の潜行者”に欠点があるとすれば、大地以外のもの、例えば人工の建造物などが埋もれていた場合はそれをすり抜けることは出来ず、潜行中は他の魔法が使えないという点だろう。

 この力は古代ベルカのドルイド僧のそれに似て、地中の精霊に働きかけ、彼らの意識を騙すもの。友となり力を借りるものではないため、助力を得ることは敵わず、それが限界をもたらしてもいた。



 (ふむふむ、こちらも面白い素材ではある、だが、やはり物足りなさが残るのは残念な限りだよ。惜しむべきは己が力を隠そうとするあまり、自由なる心を忘れてしまっていることか。それでは精霊を友とは出来ないのさ。ただ地に潜り突き進むだけならば魔導機械にも可能なこと、それだけではスマートではない! 故にこそ求めるは芸術品! ならばならば、“潜行する密偵”こそが優雅に地を泳ぐスイマーとなろう!)



 ドルイド僧ならぬベルカの騎士、もしくは魔術師には感知できぬ狭間より、道化が眺め、ただただ嗤う。

 その黄金の瞳が見つめているのは若き騎士が地に伏す惨劇の場か、はたまた遙か先の未来の光景か。


【黙レ】


 その道化の言葉が届いたかどうかは定かではない、だが“破壊の騎士”は無意識のうちに誰に届くはずもない念話を飛ばしていた。


 『猛る以外二能無キ二号(ツヴァイ)、哀レな人形、アルザングにドウ唆されているカハ知ラヌが、貴様ラが名を得たトコロで意味はナイ。ヒトとなる時、ソンナモノは永遠二来ルことナド無イノダ!』

 “破壊の騎士”の手が延ばされ、青い髪を持つ少女の服を掴み取る。

 “大地の潜行者”は地に潜み、自在に移動する技能であるが、自身が触れている衣服や武器、果ては人間も同様に潜ませることが出来る。

 だが、その最中に手が放されたならば、その存在はどうなるか、どのような末路を迎えるか。


 「い……いや……」

 それをレヴィは知っており、他の者ではあり得ぬ凄惨な殺し方こそが“破壊の騎士”が忌み嫌われ、恐れられる由縁であった。人間というものは未知なる脅威を何よりも恐れる生き物であるために。


 『貴様ガ壊れたトコロで、サルバーン様は気にもカケヌ、自身の弱さヲ呪うガいイ、哀れな人形ヨ! クク、クククク、クハハハハハハハハハハハ!!』

 それは哄笑であり嘲笑、命あるもの全てを嗤う耳障りなる声。

 それを咎めるものはいない。唯一“破壊の騎士”が主人と仰ぐ黒き魔術の王が定めし法は“弱肉強食”であり、破壊される者のことなど顧みない。

 故に、サンジュという男はサルバーンを信奉する。彼の下にいれば思う存分に破壊を続けることが出来る、彼は自分の思うままに破壊することしか興味がなく、口にするような大義など持ち合わせてはいない。

 ある意味で、純粋とは言えるだろう。だがしかし、アルザング程の狂信の域には達していないことは彼の能力を見れば明らかであり、それが“蟲毒の主”がサンジュを見下す由縁であった。

 そう、真に彼が破壊することのみを己の証としているならば――――

 敵から隠れ、地に潜み命を奪う、そのような“盗人”の如き行いを“破壊者”の矜持と出来る筈もないのだから。


 「…や、やめ……だ…誰か……」

 だがしかし、魔力が枯渇し、立ち上がることすら不可能な少女には抗う術があるはずもなく。


 『沈メ沈メ! 誰モ知ラヌ地の底デ朽ち果てヨ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』


 「誰か………助けて!」

 人造魔導師として作られてから僅か一ヶ月程の命、その中で最も歳相応ともいえる純粋な反応。

 すなわち、助けを求めることしか出来なかった。

 それは、まさしく無意味な哀願でしかないはずであり、“破壊の騎士”の哄笑を深める以外の効果は及ぼさなかったが――――




 けれど、たった一人、それを聞き届ける。

 命を弄んで嗤う耳障りな声を撥ね退け、助けを求める幼子の声を確かに受け取り。

 異形なる業によって力を得しその存在を止めるべく、剣を携えて。



 「お前が――――沈め」

 声と、同時に―――


 『ヌグゥア……!?』

 一閃、白光が疾る。

 “破壊の騎士”の背中から胸を刺し貫き、白光を纏う剣が異形の技術の群れたる肉体を穿つ。


 『小僧!?』

 それを成すのは、“破壊の騎士”の背後に立つ少年の持つ剣、彼の魂アスカロン。


 「女子供を……破壊することが……お前の権能とやらか」

 言葉を出すのも辛いどころか、その口からは鮮血が溢れている。リュッセが負った傷は紛れもなく致命傷であり、湖の騎士シャマルが意識を失っている今、彼の死は最早逃れられぬものとなっている。

 だが、それがどうした、騎士の恐れは死ぬことに非ず。

 我らが恐れることはただ一つ、己の騎士道を貫けぬまま朽ちていくこと。

 その恐怖に比べれば、胸を貫かれた痛みなど、傷ついた心臓を動かす苦痛など、何程のものでもにない。

 戦意を無くし、恐怖に脅え、助けを求める少女1人救えず何が騎士か!


 『……グ、ググ、貴様……!』


 「………」

 その光景を、青髪の少女はただ呆然と見上げていた。

 恐怖の象徴、破壊の化身、自身に迫る逃れられない死の具現であった巨躯の魔人を、一刀の下に穿つ白色の刃。

 その光景は――――まるで運命に抗う英雄を描いた宗教画のように

 貴く、美しいとさえ思える騎士の形であった。


 『オノレェェェェ!!!』

 だが、それだけでは破壊の化身たる男は倒れない。黒き魔術の王より授かった力の源たる“エノク”が鼓動し、ただそれだけで衝撃波を発生させる。


 「く、おおおおおおおお!!」

 しかし、血の塊を吐こうとも、若き騎士はその手に持った剣を離すことなく―――


 「アスカロン! カートリッジロード!」
 『Explosion!』

 己が魂に、更なる力の発動を命じる。


 『ギ、ガ、アアアアアア!―――――コ、小癪ナ!』

 それでもなお、倒れるどころか軋む様子すら見せないのは流石というべきか、黒き魔術の王の技術の精粋であることに偽りはなかった。その技術は黒き魔術の王にとって“この程度”のものであるという事実を除けば。


 『コノ程度で! 我は殺セヌ! お前モ地に飲まレ! 滅ビ去るガイイ!』

 そして、“破壊の騎士”がその権能を発動させ、若き騎士を飲み込まんとする刹那―――


 「システム、“アクエリアス”、顕現!」

 『全開放!』

 調律の姫君フィオナが作り上げし魔を退ける破邪の剣、アスカロンがその真価を発揮する。

 先ほどよりもさらに眩く煌く白光、それはまさしく闇を祓う太陽の如く。


 『ギ、ガ、アア、グアアアアアアアアアアァァァァッッ!!!』

 その光は何者をも破壊しないが、ただ一つだけ例外がある。


 『馬鹿ナ! 馬鹿な! 我ガ権能ノ源たル、“エノク”ガ!!』


 「力に驕りし破壊者、その力が仇となる。お前達は、自らの傲慢によって滅べ」

 だがしかし、その光は紛れもなくリュッセのリンカーコアの魔力を用いて、アスカロンが発生させているもの、それは彼の残り少ない命を加速度的に削ってゆく。


 『融合騎ヲ、破壊スる、デバイス、だト!?』

 黒き魔術の王サルバーンが操る異形の技術の中に、融合騎があることは知られており、調律の姫君フィオナの師であり、かつてのサルバーンの同輩であった調律師フルトンの下に、その残骸が夜天の騎士によって届けられた。

 白の国で学びし頃のサルバーンがただ一人自らと対等と認めた存在にして、融合騎に関することならば黒き魔術の王を上回る稀代の調律師、その彼が作り上げたシステムこそ“アクエリアス”。

 融合騎“エノク”の力を弱めるのではなく、過負荷状態のさらに先に領域にまで引き上げる自壊回路。

 これは、元々フルドライブ状態を強制的に起こさせる“エノク”の特性を逆手に取ったものであり、対象の魔力が強いほど、その力への依存性が高いほど効果を発揮する。

 “エノク”の力によって生き永らえ、破壊の権能を得た“破壊の騎士”にとってこれ以上の天敵は存在しない。

 そして、調律の姫君フィオナはフルトンが築き上げたシステム“アクエリアス”を、リュッセの持つ破邪の剣アスカロンへと組みこんだ。炎の魔剣レヴァンティンや鉄の伯爵グラーフアイゼンに組み込む案もあったが、そちらは取りやめになった。

 曰く、“エノク”の力に頼るだけの愚物ならば、専用のシステムを組み込むまでもない。

 それが、夜天の騎士の決断であり、レヴァンティンとグラーフアイゼンはそれだけの物理破壊力を秘めている。よって、彼ら程の破壊力を持たないデバイスらが、このシステムを組み込むに至ったのであった。


 『オノレ、貴様如キ二――――!!』

 権能はおろか、生体維持を行う機能やあらゆる力を奪われた狂いし機械人間は、自身の手で若き騎士を砕かんと鋼の腕を振り上げ―――


 「消え失せろ!」


 『ガアアアアアアアアァァァッッ!!』


 その手は、振り下ろされることがないまま、異形なる命を無に帰す白光の中に融けていった。




 「はあっ、はあっ」

 後に残るのは、動力の全てを失った機械類のみ。

 サンジュという男のリンカーコア、それと融合し力を与えていた“エノク”という融合騎、その二つを失った身体は最早人型を保つことすら叶わず、バラバラの機械部品と化して散らばっていた。


 「………」

 そして、小さな少年の大きな勝利を、座り込んだままの人造魔導師の少女は、ただ見上げる。

 その目に宿る光は、いったい何と呼ばれるものであろうか。

 それは、まだ分からない。











ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  南部  風の谷



 「ラケーテン――――!」

 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』

 鉄の伯爵が持つ二つ目の姿にして、噴出機構のエネルギーによる大威力突撃攻撃を行うための強襲形態。

 迫りくる数百の投擲と、“爆撃の刃”による暴嵐を迎え撃つべく彼らが選んだのは“盾の騎士”と言わしめる堅牢なる防御ではなく―――


 「ハンマーーーーーーーーーーー!!!」

 全ての力を一点に収束し、最大加速を以て敵を粉砕する近接最強の一撃であった。


 「なにい―――!」

 果たして、驚愕は“虐殺者”ビードのもの。戦場を駆ける強者であれば、大量に投擲される槍の雨を防ぐよりも、当たる面積を最小にしつつ一点突破を図り、司令官を一撃の下に叩き潰すなどごく当たり前の発想だが。

 盾の騎士ローセスが称したように、この男の思考はあまりにも“まとも”過ぎた。

 己の危険を顧みない無謀なる突撃、頭の螺子がとんでいるとしか思えない馬鹿げた高速機動、そんなものが当たり前として横行する狂気の空間こそが戦場であり、騎士が華となる殺戮の饗宴。


 「おおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 だが、臆病さというものも時には利点となり得る。生粋の戦闘者ならば己の読み違いと敗北を悟り、盾の騎士と鉄の伯爵の猛攻を受け入れてしまう状況において。


 「ヒイィ!!」

 “虐殺者”ビードは恥も外聞もなく逃げ出した。そもそも彼は騎士ですらなく、安全な後方から己の能力を用いて支援を成すことが限界の魔術師なのだ。

 同じ魔術師であっても、剣の技を磨き、烈火の将シグナムの紫電一閃を真っ向から受け止めることをも可能とする“蟲毒の主”アルザングと比べれば戦闘者として天と地の差が存在している。


 そして―――


 「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 “虐殺者”の軟弱さも総司令官たる“蟲毒の主”の知るところであり、それを補うべくその護衛として強力な改造種(イブリッド)が配置されていた。かつてローセスが戦った“ハン族”の首領と同格、もしくはそれ以上の屈強な戦士達である。


 「く、ぬぐぐぐぐぐぐぐぐ!」

 いくら鉄の伯爵グラーフアイゼンの強襲形態とはいえ、フィールド防御を備えた筋肉の鎧を複数突き破り、指揮官を追撃するのは不可能。

 そして、この状況において“爆撃の刃”の使い手を後方へ逃がすのは敗北と同義である。それ以前にローセス自身が前進したため風の谷の守りが無となり、時間をかければ他の異形がそちらへ殺到してしまう。


 「縛れ! 鋼の軛!」

 だが、盾の騎士には確固たる勝算があった。ラケーテンフォルムから鋼の軛へ繋げる連携は彼の得意とするところであり、発生した赤色の波動が血の杭の如き深紅の森を築きあげ、“虐殺者”の退路を塞ぐ。


 「くくく、馬鹿めぇ!!」

 しかしそれも、相手が地を這う存在であればの話。いくら精神的に脆いとはいえ魔術師ビードが一流の使い手である事実は揺るがず、さらには融合騎“エノク”によって通常を遙かに超える魔力量を有しており、そも、数百もの槍に“爆撃の刃”を付与することを可能とした要素こそが、融合騎“エノク”に他ならない。

 “破壊の騎士”サンジュの“大地の潜行者”と“虐殺者”ビードの“爆撃の刃”は共にそれぞれのリンカーコアに由来する固有技能(インヒューレントスキル)であるが、それを凶悪なる権能へと進化せしめた業こそが黒き魔術の王サルバーンの技術である。

 そして、融合騎“エノク”がフルドライブの強制によって作り出す、強大な魔力を用いた高速の飛行魔法によって飛び去るビードを、風の谷を守る使命を持つローセスには追撃する手段はなく――――



 「外さずの弓、フェイルノート」



 鷹の眼を持つ狩人が、守護の盾に代わってその役割を果たし、“ただ一人で護衛も連れずに飛び上った魔術師”目がけて死の棘を解き放つ。

 その手に持つ弓は、彼が自身の手で作り上げたデバイスであり、白の国において放浪の賢者の薫陶を受けし証。

 狩人にして調律師、そして盾の騎士ローセスの親友、クレスのためにのみ存在する“外さずの弓”、フェイルノートに他ならない。


 「ベルスロンファング!!」

 放たれる一矢は、剣の騎士シグナムが魂、炎の魔剣レヴァンティン、その最後の姿たるボーゲンフォルムより放たれるシュトゥルムファルケンに匹敵する速度で飛翔し、決して的を外すことはない。

 烈火の将より剣の技量を受け継いだのがリュッセであるならば、弓の技量を受け継いだのはクレス。例え騎士にあらずとも、その誇りは決して譲れるものではない。


 「ぐ、が、ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁっっ!!!」

 完全に軌道と威力を計算されつくした矢は、“虐殺者”ビードの心臓を穿つと同時に停止し、無慈悲に込められた機能を顕現させる。


 「カートリッジ遠隔起動、システム、“アクエリアス”」

 外さずの弓、フェイルノートより放たれた矢、ベルスロンファングもまた一つのデバイス。矢であるが故の消耗品ではあるが、込められた命題は一撃で敵の命を刈りとることにあり、それこそが誇りである。


 「ひ、ぐるおおおおお!!」

 フェイルノートよりの遠隔起動によって炸裂したカートリッジが魔力を生成し、システム“アクエリアス”を起動、リュッセが使ったように直接叩き込む用途に比べれば数段劣るが、心臓をぶち抜いた状態からの追撃としては十分過ぎる。


 「灰は灰に、塵は塵に」

 そして、最後の起動キーが紡がれると共に―――


 「アアアア―――――!!!」

 ただ一度使用されるために作り出されたデバイス、ベルスロンファングはその身を破裂させ魔術師の肉体を完全破壊、込められたその命題を確かに果たしたのであった。


 「見事だ、クレス」

 『お見事』


 そして、久方ぶりの再会と共に、かつてと変わらぬどころかより洗練された技を示し、己との連携を一部の乱れもなく成し遂げた親友に対し、ローセスは惜しみない賛辞を送り。


 「この程度、朝飯前だよ」


 放浪の賢者ラルカスが事前に敷いた防衛策の最後の一つ、“鷹の目の狩人”クレスは、昔通りに応えたのであった。

あとがき
 今回はオリキャラ活躍の話となりました。ローセスとリュッセの二人の騎士道とサルバーンの配下のぶつかり合いであるため、原作キャラがほとんど登場しませんが、それもこの話が最後になると思います。何しろ、彼らは次の話で………
 それはともかく、敵役であった“破壊の騎士”サンジュと“虐殺者”ビードですが、コンセプトは『何しに出てきた』です。能力的には強いはずで、偉そうなことを言っているにもかかわらずあっさりとやられるキャラ、数々のゲームや漫画に登場する秒殺野郎たちに敬意を表し、登場させることといたしました。当然、これで退場です、二度と出番はありません。

 あと、リュッセとレヴィの会話につきましては、StSにおけるティアナとノーヴェの会話を参考にし、対比させる形にしてみました。

 ノーヴェ「んなわけねぇ! こっちは、戦闘機人、戦うための兵器だ。戦って勝ち残っていく以外の生き方なんて……ねえんだよ!」

 に対し
 
 ティアナ「戦うための兵器だってさ、笑うことも、優しく生きることもできるわよ。戦闘機人に生まれたけど、誰よりも人間らしく、馬鹿みたいに優しく、一生懸命生きている子を、私は知ってる」

 リュッセ「残念ながら、まだ、戦場は騎士のものだ。戦うために作られた君達には酷かもしれないが、主のために戦い、騎士としての誇りを守り、戦場で果て、死んでいく。その権利を譲ることは出来ないな」

 こんな感じです。
 

 ティアナの説得と、リュッセの宣言の違いは、やはり生まれた時代と価値観の違いそのものであると思います。中世ベルカの騎士と現代の管理局員には似通った要素もありますが、やはり根源的な部分で違うところがあり、“時代と共に変わるもの”と“時代を経ても変わらぬもの”も過去編と現代編を通して描きたい部分でもあります。
 白の国の戦いもいよいよ激しさを増し、予言の時は迫ります、その時、夜天の騎士達は何を想い如何なる決断をするか、楽しみにしていただければ幸いです。(相変わらず説明文が長く、自分の趣味が全面に出過ぎている稚作ではありますが)


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            △△△   シュテル                 △△△
           △△△   ・シグナム                   △△△
         △△         ・アルザング                △△△
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      △△                               ・ズィーベン △△△
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  △△                     ・フィオナ             ・サンジュ △△
 △△                       ザフィーラ     ・アハト    リュッセ △△
 △△                                         レヴィ △△△
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      △△△         ・ヴィータ                    △△△ 
       △△△         ゼクス                    △△△
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                     ・クレス  ・ローセス
                            ビード
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                        魔軍



[26842] 夜天の物語 第五章 中編 知られざる騎士叙勲
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/04/29 15:19
第五章  中編  知られざる騎士叙勲




ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  北西部  上空



 「サンジュ、ビード、敗れたか………不甲斐無い奴らめ」

 白の国の北西にて、侵攻軍司令官のアルザングは己の権能、固有技能(インヒューレントスキル)“幻惑の鏡面”にて姿を隠し、烈火の将シグナムと星光の殲滅者シュテルの戦いを観察しながら、各地の戦況を把握していた。

 一言で述べるならばそれは芳しいものではなかったが、“蟲毒の主”にとっては痛恨事というわけではない。もとよりこの一撃で白の国を陥落させることは困難であると悟っており、この戦は白の国の実戦力を図るための前哨戦ともいえるのだ。


 それ故、“闇統べる王”やヘルヘイム最大の戦力である“黒き竜”はこの戦に参陣していない。片方は未だ目覚めえておらず、片方は未調整ということもあるが、やはりそれらが攻め込む最終戦争の前哨戦という意味合いが強いことが最大の理由であった。

 ただし、黒き魔術の王サルバーンだけは別だ。軍をどう動かすかも、構成や補給に関しても全権がアルザングに委ねられており、彼自身が指示を出したのは“白の国へ攻め込むこと”と半数の騎士や魔術師に対する“放浪の賢者を討ち取ること”の二つのみ。サルバーンは如何なる時も己の意思によってのみ動く、他の者の都合など顧みることなどない。


 「だからこそ、白の国の攻略は我が使命。歯車は噛み合っている」

 “蟲毒の主”は黒き魔術の王に忠誠を誓い、彼の後を追うことに全てを懸けている。ならばこそ、サルバーンが若き頃を過ごした白の国を攻め落とすことは難行であると同時に、自身にさらなる飛躍をもたらすであろうと期待してもいた。

 とはいえ、ヘルヘイムの戦力がここまで不甲斐無いというのも予想外ではあった。本来の予定ならば彼は姿を隠したまま白の国の戦力を把握することに務めるはずであったが―――


 「サンジュ、ビード、三号(ドライ)、四号(フィーア)、五号(フェンフ)、悉く潰されたか。六号(ゼクス)は――――こちらも時間の問題だな」

 流石にこのままではまずい、攻め手の中で最大の戦闘能力を誇る“星光の殲滅者”シュテルも烈火の将の前に徐々に劣勢へと追い込まれつつある。アルザングが周辺に座することで、シグナムが周辺にも意識を振り分け、全力での攻勢には出ていないにもかかわらずだ。


 さらに―――


 「む、七号(ズィーベン)、八号(アハト)、九号(ノイン)、何をしている――――いや、考えるまでもないか」

 人造魔導師や空を舞う魔導機械の稼働状況はアルザングの把握するところでがあるが、その心の内までは予測するしかない。真に遺憾ではあるが、どうやらあの三騎は“成功作”とするには満たない者達であったらしい。


 「一号(アイン)は、自力で退くであろう。六号(ゼクス)は墜とされても構わぬが、若木の副隊長を自由にはできんな、そして、二号(ツヴァイ)、あれをまだ失うわけにはいかぬ」

 迅速なる決断とともに対処を開始する行動力、それがヘルヘイムの執政官であり、黒き魔術の王の片腕である証。

 残る空中戦力をヴィータの下へ集結させつつ、彼自身は東部へと駒を進める。ついに、“蟲毒の主”も前線へと躍り出たわけではあるが―――

 自身が唯一把握していない場所があることを、彼は失念していた。そこにはヘルヘイムの戦力が存在せず、白の国の防諜機能が最も優れている場所であるため当然ではあったが、その主が当然とはかけ離れた行動に出ていることまでは、読むことは出来なかった。








ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  東部  




 “破壊の騎士”が倒れ、その残骸が散らばる戦場跡。

 そこに残るは魔力が尽き、同時に戦う意思までも失っている青い髪を持つ人造魔導師の少女と―――


 「………が、は」

 破邪の剣アスカロンを地に突き立て、辛うじて大地に伏すことだけは拒んでいるものの、胸から流れ出る血は止まらず、最早余命いくばくもないことが明らかな若き騎士のみであった。


 「………」

 その姿を前に、青髪の人造魔導師の少女、レヴィは己の心が分からなかった。魔力が尽きた今の自分に出来ることはなく、死んでいく彼を見守ることしか出来ないが、仮に魔力が残っていたとすれば自分はどうしていただろうか。

 苦しまぬよう、速やかに止めを刺したか。

 捕虜とするため、転移魔法で連れ帰ったか。

 それとも、あるいは―――


 <分からない、僕は、どうしたいんだ……>

 そんな、短い人生において初めて葛藤というものを知った少女の前に。


 「不様なものだな、二号(ツヴァイ)」

 感情がないようでありながら、どこか暗い愉悦を腹に秘めたような無気味な笑みを浮かべながら、人造魔導師の少年が降り立った。


 「七号(ズィーベン)………」


 「そう、七号(ズィーベン)、七号だよ。一号(アイン)、いいや、シュテルやレヴィと違い名前すら無き戦闘人形、夜天の騎士やその若木の隊長らと戦う機会すら与えられず、“破壊の騎士”ごときの追跡と監視を任された哀れなる七号さ」


 「どう……したんだ?」


 「どうしただと? ああ、分からないだろうな君には、虫けらの如くあの蟲毒の壺に落とされ、必死の思いで這い上がった僕達がどれほどの苦労をしてきたかを、三号(ドライ)、四号(フィーア)に追い抜かれ、あまつさえ最後発であり、蟲毒の壺に落とされてもいない君にまで追い抜かれた地虫の気持ちなど」

 彼女には分からない。最後発である自分が、生まれ持った才能によって蟲毒の壺に落とされることもなく二号(ツヴァイ)となり、レヴィという名を与えられたことを、雷刃の襲撃者と名乗ることを許されていることを、下位の者らがどう思っているか。

 才能溢れる天の星として生まれた者には、地獄を潜り抜け、戦う力を得てもあっさりと抜かされる地の星の者らのことは分からない。シュテルであれば「下らないですね」と一蹴するだけのことではあるが、今のレヴィにはその怨嗟の声を無視することが出来なかった。


 「目ざわりなんだよ、お前は……………お前らがいる限り、僕達は永遠に名すら与えられない人形のままだ」

 さらに、


 「だけど、何かが欲しくば奪い取るのがヘルヘイムの掟」

 八号(アハト)が、


 「奪わせてもらうわよ、小さなお嬢さん…………黒き魔術の王に作られし“成功作”」

 九号(ノイン)が、


「「「  我等の、糧となれ……!!  」」」

 ようやく巡ってきた機会を前に、溜めこんできた憎悪の念を解き放つ。


 「君達………」

 だがしかし、それらを前にしてレヴィに恐れはなかった。困惑はあったが、その行動の理由も明らかになった以上、思うことは何もない。

 彼女は、“蟲毒の主”アルザングが教育担当で原初の人道魔導師であるシュテルと一番仲が良かった。共に黒き魔術の王サルバーンに作られし存在で、蟲毒の壺を経験していないという共通点はあったが、それを抜きにしても性格の波長が合っていたのだ。

 そして、最年長であるシュテルから教えられたことは、人造魔導師は能力順に番号が与えられており、そのまま製造された順とはなっていないこと。製造された順ならば、一号(アイン)、七号(ズィーベン)、八号(アハト)、九号(ノイン)、五号(フェンフ)、三号(ドライ)、四号(フィーア)、六号(ゼクス)、二号(ツヴァイ)であること。

 つまり、アルザングに製造され、蟲毒の壺を潜り抜けた者達の中でも、彼らは追い抜かれた者なのだ。さらに、武勲を上げたものから名が与えられる法である以上、彼らがその機会を得られる可能性は低い、現に、ヴィータ、リュッセ、シグナムと戦う機会を彼らは与えられなかった。

 とはいえそれは―――


 「そんなだから君達は、アルザング様に認められないんだよ」

 ヘルヘイムの法においては、ごくごく当たり前のことに過ぎない。力こそが全てであり、レヴィの方が数段優れているのは事実、そこに怨嗟の念を挟むほうがおかしい。


 「ふざけるな! 蟲毒の壺を経験していない貴様に何が分かる!」

 声を上げるのは八号(アハト)だが、三人の共通した念ではあるのだろう。


 「………」

 それに対しては返す言葉を持たないレヴィだが、自分の言が正しかったことを悟った。

 確かに、辛かっただろう、苦しかっただろう、それは同情に値する事柄であるかもしれないが―――


 「ヘルヘイムの法は、弱肉強食――――弱い者、苦しんだ者のことは………顧みられることはない」


 「「「 ―――!!! 」」」

 白の国の少年、リュッセに助けられたレヴィは今、その絶対の法則そのものに疑問を持っていた。

 だからこそ、より澄んだ目でヘルヘイムの法を見つめることが出来たのだ。そして、彼らがその法から外れている故に認められないことも。

 彼らの主張は、“自分達はこれほど苦しみ、大変だった”という苦労アピールでしかなく、白の国では同情されるであろうが、ヘルヘイムでは侮蔑の眼差しを向けられるのみ。

 つまりは、向上心が足りていないのだ。三号(ドライ)、四号(フィーア)、五号(フェンフ)などはレヴィに追い抜かれたことに憎悪することも嫉妬することもなく、ただひたすら自らの技を練磨した。結果として、退くことを知らないが故に烈火の将に殺されたのは皮肉としか言いようがない結末ではあったが、戦場とはそういうものだ、女子供であろうとも容赦なく死をもたらしていく。

 “蟲毒の主”アルザングが求める者とはつまりはそういう者達であって、自分達の不幸をひけらかし、他者に嫉妬し、その足を引いて貶めようとする精神性ゆえに、彼らは後発組に追い抜かれ、番号が低かった。一応、蟲毒の壺を生き抜いた“成功作”ではあったが、たった今を以て“失敗作”となったことに気付いていない。

 ―――いや、たった今、そのことに気付いてしまったのか。


 「黙れえ!」


 七号(ズィーベン)が激昂し、手に持つ斧型のデバイスを振りかぶる。


 「遺言はそれだけか! ならば死ぬがいい!」

 初めから殺すつもりであれば、無駄な会話など挟まず、即座に殺すべき。

 そのような理すら実行出来ない故に、“蟲毒の主”は彼らを監視要員くらいにしか使わなかった。人造魔導師であるため魔力資質は高く、蟲毒の壺を生き抜き、戦闘訓練も積んでいるが、戦士となるのは決定的な要素が欠けている。




 だからこそ―――



 「失せろ」



 短い呟きと共に繰り出された剣閃をまともに喰らい、弾き飛ばされることとなった。騎士甲冑があったため血が出ることはなかったが、三人揃って何の反応も出来なかったのはその攻撃が完全に想定外であったからだろう。


 「君は……やはり……」

 そして、青髪の少女にとってはもはや驚くに値しないことであった。彼は確かに言ったのだ、自分の目の前では君を死なせないと、それこそが我が騎士道であると。

 ならば、胸に穴が空いていようと、そこから大量の血が流れ出していようと、後数分もない命であろうと、若き騎士リュッセの障害にはなりえない。己の騎士道を最後まで貫き通すことしか彼は考えていないのだから。


 「馬鹿な! その傷でなぜ動ける?」

 「何らかのデバイスでも使っているのか……まさか、融合騎を!」

 「だけど、それならそれでやりようもあるわ」

 自分達の恐れを振り払うように叫ぶ三人の人造魔導師。

 それが、彼と戦っている時の自分の姿であったのだろうか、と、レヴィは自嘲するような瞳で見つめていた。



 「アスカロン………征くぞ」

 『Jawohl.』


 そして、騎士の少年は白色の魔力光をたなびかせ、己の最期を前に微塵も臆することなく―――


 「フルドライブ―――――モード、“ゲオルギウス”!!」
 『Grenzpunkt freilassen! (フルドライブ・スタート)』


 その全ての力を燃やし尽し、最後の進軍を開始した。











ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  南西部  上空



 「らああああああああああああああ!!!」

 “蟲毒の主”アルザングが予想したように、この空域における戦闘にも決着の時が訪れた。

 幾合にも及ぶ交錯の末、ヴィータの持つ鉄鎚が人造魔導師六号(ゼクス)の防御を撃ち貫き、一切の躊躇なくその頭部を粉砕していた。

 六号(ゼクス)の能力も他に比べて劣るものではなく、ヴィータも楽に勝利したわけではないが、“星光の殲滅者”シュテルに比べれば数段劣り、互角とは呼べなかったが彼女と渡り合った若木の副隊長に一対一で勝利するのは今一歩及ばなかったといえるだろう。


 「ちっ、手間取らせやがって、さっさと向かわねえと―――」

 ローセスが風の谷で戦い始めてより既にかなりの時間が経過している。移動の際にカートリッジを補給できる自分と違い、向こうにはそんな暇すらなく絶え間ない攻撃が仕掛けられているはず、夜天の騎士の中で最も戦闘継続時間が長い盾の騎士とはいえ、やはり限界というものはある。

 伏兵である“鷹の目の狩人”クレスのこともヴィータは把握していたが、彼は接近戦が主眼ではなく長距離からの狙撃を得意とする生粋の狩人、星光の殲滅者シュテルとは別の意味で騎士の天敵と言える存在なのだ。

 それ故に、拠点防衛に向いている戦闘スタイルとは言い難い。敵が人造魔導師のような限られた数の強力な戦力であるならば最大の効果を発揮するが、押し寄せる雑魚の群れというのは狙撃手の最も苦手とするところだ。狙撃手の攻撃は一撃一殺が基本であり、数千の敵に対処できるものではない。

 そして、人間の軍と異なり、指揮官が打ち取られたところで改造種(イブリッド)の軍勢は怯むこともなければ前進を止めることもない。破壊し尽くすまでどこまでも突き進む存在が彼らであり、それを止められるとすれば司令官たる“蟲毒の主”アルザングか、黒き魔術の王サルバーンのみであろう。


 「―――! ちっくしょ!」

 それを知るがために兄のもとへと急ぐ少女の前に、無数の魔導機械と空戦を可能とした改造種(イブリッド)が立ちはだかる。

 彼女の行動を“蟲毒の主”は予想しており、その進軍を阻むための策を事前に打っていた。彼女の位置から風の谷へ向かうルートには無数の魔導機械と改造種(イブリッド)が配され、彼女の進軍を妨げるよう牙を向く。


 「そこを―――どけえ!!」

 道を阻む者がいるならば、ヴィータが成すことはただ一つ。

 若木の副隊長は鉄鎚を手に赤い閃光となり、立ちはだかる敵へと突撃を開始した。








ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  南部  風の谷



 「おおおおおおおおお!!」

 屍が積み上がる、死体が吹き飛ぶ、かつてヒトガタを成していたモノがそうでないものへと化していく。

 指揮官であった“虐殺者”が滅んだ後も、風の谷へと攻めよせる異形の軍勢には果てというものがまるで見えない。“爆撃の刃”のよる圧倒的な火力こそなくなったものの、守護の星を殲滅せんとする戦意は微塵も衰えることなく、盾の騎士ローセスの首のみを目がけて突き進む。

 いやむしろ、“戦略的”に兵力を小出ししていた指揮官がいなくなったことでその凶暴性、押し寄せる怒涛の如き勢いは増しているようにすら思われる。通常ならば隊列や陣形の乱れは防衛側にとって付け入る隙となりうるが――――



 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」

 この地に満ちる軍勢はヒトに非ず。生存本能が破綻し、己の命などあってもなくとも破壊できるならばそれで構わんとばかりに突き進み続ける狂乱の獣。彼らは決して止まることなく死への行軍を続行する。


 「フェイルノート、撃ち貫け!」

 だが、風に祝福されし白の国の門の守り手も今や一人ではない。盾の騎士ローセスの壁を突破して攻め入ろうとする者達は、鷹の目を持ちし狩人の手によって脳髄と心臓、改造種(イブリッド)といえども砕かれれば機能停止へと追い込まれる急所を粉砕されていく。


 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
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 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」


 しかし、異形の軍勢には果てがない。いや、果てがないわけはないのだが、守り手たる二人にとってはそう感じられる程の圧力でもって白の国の防衛陣を北へ北へと押し込んでいく。


 「縛れ! 鋼の軛!」

 とはいえそれも、敵が盾の騎士ローセスを突破したことを意味するわけではない。突出した部分と後続を分断する“軛”によって、切れ目なく襲いかかることをこそ強みとしていた異形の軍勢の前進が止まる。

 これこそ、鋼の軛の真骨頂である。攻撃と捕縛の特性を兼ね備えるが故に、敵の分断を可能とする盾の騎士が最も得意とする魔法にして、敵を止めることに特化した防衛戦の要。


 「降り注ぐは炎、全てを焼き尽くす流星となりて、眼下の敵を灰燼ヘ帰さん……」

 そして、ローセスと共に白の国で育ち、共に技を研鑽したクレスにとって、その意図を看破し合わせることなど造作もない。即興でありながら、それを超えることなどあり得ない程の連携を見せる。


 「ウルスラグナ!」

 “外さずの弓”、フェイルノートより強力な一撃の矢が放たれ空中で爆砕、数十もの魔力で構成された矢へと分かたれ、さらにそれらは炎熱変換の特性を持ち、突き刺さると同時に爆炎を生み出す。破滅の矢によって作り出されるその光景は、生きることそのものを許さぬ焦熱地獄。


 「それが、例の矢か」


 「ああ、騎士シグナムの魔力を込めていただいた特製の矢だ。ただし、炎熱変換を持たない僕ではそう何発も撃てないぞ!」

 “鷹の目の狩人”クレスは騎士ではなく、調律師こそが本分である。ならば、他者の力を借りて戦うことは恥でも何でもなく、それを可能とした技術こそが誇りなのだ。

 魔力を込めるという点ではカートリッジと変わらないが、彼の矢は炎熱変換や電気変換といった性質が変化した魔力を込め、本人以外であってもその力を発揮することを可能とする。だが、本人ではない以上は当然そこには負荷が発生し、その証としてクレスの右手は火傷を負っており、連発しようものなら焼け落ちることすらあり得よう。


 「十分だ! 敵を押し戻すことが出来るならば―――アイゼン!」
 『Jawohl!』

 だが、その程度の傷を厭う者ならばそもそもこの修羅の煉獄に馳せ参じなどしない。彼もまさしく騎士と同じ類の狂気に身をおいている男であり、そうでもなければ盾の騎士ローセスの親友が務まるはずもない。

 「伸びろ!」

 そして、クレスが焼き尽くすことで取り戻した領域を、ローセスはグラーフアイゼンの伸縮機能を用いることで踏破していく、大地が焼け焦げ凄まじい熱を持っているための移動手段であるが、普通に考えるならば空戦が可能なローセスにとっては必要のない行為でしかない。

 だが、移動を全てグラーフアイゼンに任せることで、ローセスはマルチタスクの全てを格闘戦に費やすことが出来る。ローセスがデバイスを用いぬ格闘戦を得意とするからこその業であり、まさしく、騎士とデバイスの連携の極地。そして、それを可能とする存在こそが、調律の姫君によって作られし意思持つデバイスを操る夜天の騎士。


 「さあ行くぞ! 風の門を通りたくば我が盾を突破して見せよ!」

 押し込まれていた状況から最初の地点まで巻き返し、ローセスは異形の大群を迎え撃つどころか突撃していく。それはこれまでならばあり得ない戦術であったが―――


 【ローセス、背後は任せろ】

 これまでと違う点は、敵を全て食い止める必要がないということ。ローセスが切り込むことで谷に敵が侵入しようと、それらは全て“鷹の目の狩人”によって仕留められていく。さらに、押し込まれることになろうとも幾度かならば挽回も可能であるならば、思い切った攻勢に出ることも不可能ではないということだ。

 ただし、癒し手がいるわけではないため、ローセスが負傷すればそれまでという状況は変わらない。さらに、回復の結界があるとはいえ、“虐殺者”を仕留める際に使用した鋼の軛やラケーテンフォルムでの突撃はローセスの魔力を著しく減少させていた。回復するといってもそれは静止していればの話であり、戦い続けていれば気休め程度にしかなりえないのだ。


 【ああ、どんな敵だろうと通すものか、俺とお前で出来ない事なんか何も無い!】

 だがしかし、光明はある。ザフィーラは姫君の護衛であるため無理があるが、白の国内部の敵を片付けたならばいずれ烈火の将シグナムがこちらに駆けつけるはず、もしくは、リュッセやヴィータという可能性も考えられるが、彼らが来られない可能性や、最悪の状況もあり得ないわけではない。

 それはつまり、既に白の国で生き残っているのは彼ら二人のみであり、敵の空戦力によって白の国が既に滅ぼされている可能性であるが―――


 【今はただ、この地を死守するのみ】

 それは考えても意味のないこと。彼らに出来ることは命の続く限り風の谷を守り抜くことであり、それ以外の選択肢などないのだから。

 断崖を綱渡りするような極限の防衛戦は、なおも続く―――――守護の星が墜ちるその時まで








ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  北西部  上空




 「紫電一閃!」


 「ああぁぁ!」

 北西の空域、最高の戦力同士のぶつかり合いといえた戦場においても、ついに終わりが訪れる。

 守り手である白の国の近衛騎士隊長、烈火の将シグナムと攻め手において最大の破壊力を備えた星光の殲滅者シュテル、両者の戦いはしばし拮抗していたが、ある時を境に片方へと傾くこととなった。

 それはすなわち、“幻惑の鏡面”によって近くの空域に潜みつつ二人の戦いを観測していた“蟲毒の主”アルザングが移動した時であり、近くに潜んでいた油断ならぬ敵手が離れたことを、シグナムは正確に洞察したのであった。

 何とも表現しがたい感覚ではあるが、戦場から“敵意”が消え去ったとでも言うべきか、それをシグナムは歴戦の勘によって感じ取った。如何に固有技能を用いて姿を隠そうとも、人間の痕跡を完全に消すことというのは不可能に近い、それはすなわちこの世界から存在しなくなることと同義なのだから。

 特に、この白の国は風の精霊の力が強く、独特の魔力場を形成している。アルザングは白の国出身ではないため、“幻惑の鏡面”も完全に効果を発揮してはいなかったという経緯も存在していた。


 「………これまでのようですね」

 人造魔導師のナンバリング01、シュテルは己の負けを悟り、即座に撤退のための体勢に入る。烈火の将に及ばぬと悟れば撤退せよ、それが彼女の教育担当でもある司令官アルザングの命令であった。

 彼女自身が重傷を負ったわけではないが、射撃の要であるルシフェリオンが炎の魔剣レヴァンティンの紫電一閃の直撃を受け損壊している。如何に黒き魔術の王が作り上げたデバイスとはいえ、アームドデバイスでない以上はその一撃に耐えきれるわけもなかった。


 「貴女の勝利を讃えましょう、烈火の将シグナム。そして、再戦のあかつきには私が勝利することを誓います」

 それだけの言葉を残し、ルシフェリオンのカートリッジをロード、搭載されていた転移機能を発動させシュテルの姿はかき消える。

 湖の騎士シャマルのクラールヴィントに匹敵するほど転送に特化した術式がそこには存在しており、シュテルの膨大な魔力をもってすれば白の国の外程度まで瞬時に転移することが難しいことではなかった。


 「……逃がしたか」

 だが、シグナムはそこに違和感もまた感じ取っていた。そもそも白の国を本気で落とすつもりであるならば、デバイスに逃走用の術式など搭載しておくはずはない。

 最後の転移魔法はシュテルが紡いだものではなく、彼女はただ魔力を込めただけだ。そうでなければ術式を紡ぐ間にシグナムは距離を詰め、切り捨てていたであろうから。


 <この侵攻は、前哨戦ということか? もしそうであるならば……>

 今は逃走用に確保されていたデバイスのリソース、決戦時においてそこに積みこまれるであろう機能とは―――

 (フルドライブ機構をほとんど完成させた頃、さらにその発展形についてあやつが私に語ったことがあった。リンカーコアの全力を引き出す機構のさらに上、限界を超えた力を引き出すシステム、リミットブレイク機構を)

 稀代の調律師、フルトンの言葉が思い出される。それは予感ではあったが、確信に近いものをシグナムは感じていた。


 <いや、今考えても詮無いことか、今は―――>

 脳内で考察を続けながらも、シグナムは一直線に飛翔し紫色の流星となる。向かう先は、白の国の東部。

 彼女の役割は白の国に攻め込んだ空中戦力を駆逐することであり、ただちに風の谷のローセスの下へ駆けつけたい気持ちもあったが、まずは国内の敵を一掃し安全を確保せねばならない。

 湖の騎士シャマルが健在であれば、守りを彼女に委ねると同時に各地の戦況を詳しく知ることも出来たが、それは最早不可能なこと、現実を見据え、出来ることを成すしかないのだ。

 そして、シグナムが向かった先はリュッセが戦っているはずの東部、恐らく自分の近辺に潜んでいたであろう“蟲毒の主”アルザングが消えたことが不可解であり、彼がもう一人の人造魔導師の下に現れる可能性が高いと彼女は判断したのである。

 それは半分正しく、半分外れでもあり――――

 その地に到着した時、烈火の将は一つの魂を受け取ることとなる。








ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  東部



 そして――――幕が下りる時が来た。

 一人の人間の人生を物語とするならば、その終焉において幕は下りる。早いか遅いかには個人差があって然りではあるが、彼のそれは果たしてどうであったろうか。

 それは、ある少年の物語にして、大人になる前に騎士となり、戦場で果てた若き騎士の物語。

 騎士の家系に生まれ、両親と同じく仕える国の盾となることを志し、そのための技術を学ぶべく、古き技を今に伝え、今の技を未来に伝える学び舎の国へとやってきた、一人の少年。

 ………思い返せば、そこでの日々こそが彼の人生そのものであり、故郷や家族というものとは奇妙なまでに縁の薄い道のりであった。騎士というものは、代を重ねてその意思を継承していくものであるというのに。

 それは、騎士であった父と母が遺した、親としての最後の心。

 人心が王家より離れ、滅びゆく国に息子を道連れとすることを拒んだ彼らは、誉れ高き白の国の夜天の騎士に、息子の将来を託したのだ。

 だが、結果だけを見るならば、それは正しい選択ではなかったのかもしれない。

 ミドルトンという少年の故国を滅ぼす遠因となった黒き魔術の王、その槍が最初に向かう先こそが白の国であり、夜天の騎士の使命もまた、その槍から逃れることではなく、槍の担い手を滅ぼすことにあったから。

 そして、彼もまた白の国の若木の隊長、いや、夜天の騎士の一人として戦い、果てることとなった。

 だが、少年の心には一部の悔いもありはしない。むしろ、自分をこの国へ送り、偉大なる騎士達と共にあることを許してくれた両親には、感謝してもしきれなかった。

 それは、戦いの中で果てるというありきたりの最期であり、騎士の武勲として世に残る誉れは何もない、無意味な死であるかもしれないが――――


 「我が騎士道―――貫き通しました。父上、母上」

 少年にとっては、それだけで十分、それこそが、彼の人生にとっては何よりも高き誉れなのだから。

 少年の人生も平坦なものではなく、信じていた騎士道の在り方も不変のものではなかった。

 特に、己の故国が騎士の裏切りによって滅び、民の支持を失った王家を守るために父と母は戦い、結局は王家もろとも死に絶えたという事実は、少年の進む道に重い影を投げかけた。



 “人のために生きることは真に己の道なのか、騎士たる者よ心せよ、騎士の魂は誰がために”



 その言葉が、少年の肩に重くのしかかる。守るべき国、忠誠を誓うべき主君、受け継ぐべき誇りを失った少年は、これまで鍛えてきた自身の力を、一体誰のために使うべきか、見出すことが出来なかった。

 しかし、闇の中を彷徨う日々も長くは続かなかった。少年にとっては何よりも眩しい太陽の如き少女が、闇を祓い、道を照らしてくれたから。



 “だからさ、お前も夜天の騎士になっちまえって”



 少女にとっては何気なく放った言葉かもしれない、むしろ、少年と共にあることこそが少女にとって当たり前であったから、自然とそのような言葉が出たのか。

 だが、その言葉は間違いなく、闇を彷徨う少年にとっての灯となったのだ。

 それからのおよそ二ヶ月半、両親と故国を失ってすぐであるという状況には変わりなく、普通に考えるならば辛く苦しい日々であるはずのその期間。

 少年にとってその日々は、それまでの11年を足し合わせたよりもなお価値のあるものだった。己の人生、存在そのものを懸けるに足る騎士道を見出し、それを貫くための技を磨くためのその時間は、黄金の如き輝きを確かに放っていた。

 故にこそ、ここで果てる少年の胸に恐れはない。いや、ないわけではないが、それよりも遙かに大きなものが心の隅まで行き渡り、恐れというものを果てへと追いやってしまったのだろう。

 父と母がミドルトンに最期まで仕え、国に殉じたことも、今ならば分かる。騎士以外の者には理解できない狂人の理論なのかもしれないが、それで構わないと少年は想う。


 「空が―――蒼い」

 いつの間にか雲は去り、朱に染まっていた空も今はなく、僅かに青みを湛えた薄墨に染まっている。

 機械の残骸と三つの屍が横たわり、青髪の少女が傷なく座り込んでいる、風の吹く丘にて―――

 少年は仰向けに倒れたまま、静かに空を見上げていた。


 「瀕死の傷を負った状態で、人造魔導師三人を破るとは。この少年が優れているのか、それとも私の作品が余程の不良品であったのか、まあ、両方といったところであろうか」

 そこに、音もなく、いなかったはずの男が現れる。

 だが、少年がその言葉に反応することはなかった。その男が敵意というものを備えているならば騎士として見据え、下手をすれば立ちあがったかもしれないが―――

 奇妙なことに、男には少年を害する意思は無いようであった。


 「レヴィ、この愚か者が。貴様のデバイスにもいざという時の転移術式を組みこんであったというのに、全てのカートリッジをロードして何とする」


 「あ……アルザング…様」

 シュテルのルシフェリオンとレヴィのバルニフィカスを作り上げたのは黒き魔術の王サルバーンであるが、その調整は片腕たる彼の役目であり、リミットブレイク機構を一時的に外し、転移機能を搭載したのも彼の判断によるものであった。無論、“破壊の騎士”サンジュは難色を示したが、彼の知ったことではなかった。


 「ただちにシュテルと合流し、ヘルヘイムへと帰還せよ。この前哨戦におけるお前達の役割はもう済んだ、決戦に備えやるべきことは山の如くある、休む暇などありはせんぞ」

 “蟲毒の主”アルザングが転送魔法の術式を紡ぎ、三角形の陣がレヴィの周囲に顕現する。彼の本領は魔術師であり、直接戦闘よりもこちらの方が得意であった。


 「あの……彼は?」

 そして、転移魔法が完成するまでの僅かの間に、仰向けに倒れたままの少年を見据えつつ彼女は問うた。


 「知らぬ、私は魔術師であり騎士の介錯を行う資格は持ち合わせていない」

 アルザングの目的はレヴィをシュテルと合流させ、ヘルヘイムへ帰還させることにある。少年はその障害とは成り得ず、“未来の障害となる可能性”もない。“蟲毒の主”が騎士であれば介錯したかもしれないが、彼は魔術師であり無駄に魔力を消費することは本懐ではなかった。

 そして何より、彼は黒き魔術の王を信奉している。この状態から少年に止めを刺すことは“勝利を盗む”に等しき愚行、騎士ならぬ者が少年に死を与えることは、あまりに醜悪な行為だ。

 他者を顧みず、己の野心と欲望のままに突き進む者らにも理というものがある。むしろ、誰とも共有しないがために、己の理を守ろうとする姿勢は騎士のそれをすら上回るのかもしれない。


 「………さよなら………………ありがとう」


 転移魔法が完成する瞬間、青髪の少女は小声でそう呟き、空間を渡る光の中に溶けていった。その声には確かにこれまで彼女が持ちあわせいなかった感情が籠っていたことを、“蟲毒の主”は知るのか、それとも知らないのか。

 その答えを示すこともなく、アルザング自身もまた転移魔法を用いこの場から離れた。向かう先は最大の激戦地であり、白の国を陥落させるならばこの前哨戦において何としても仕留めておかねばならない敵手が守る風の谷。

 この戦いにおいて、司令官であるアルザングが標的と定めていたのは盾の騎士ローセス、予定通りならば目的は成就しているはずであったが、想定外の存在がそれを打ち崩しつつある。

 乱された作戦を修正するべく、黒き魔術の王の片腕もまたこの場から姿を消す。この地にはもう、意味のある存在は何も残っていないのだ。

 けれど―――



 だが、心するがいい、受け継ぐものなき孤高なる魔術師よ。

 騎士の魂は死せず、その剣に宿り続ける。自分のためにのみ魔術を極め、高みへ至ろうとするお前には、決して理解出来ぬ境地であろうが―――

 決して騎士の魂を侮るなかれ、それがあるいは、お前の最期をもたらすこともあり得るのだから



 今より50年以上過去、白の国の東に在り、良き風の吹くこの丘において。

 旧きドルイド僧と、その弟子であった若き魔術師があり、そのような言葉が交わされたことを、風も大地も確かに覚えている。

 意味のないものはない、決して、無価値ではないのだ。

 少年はここで果て、その命は散りゆく、それは最早逃れられない定めではあるが―――

 少年はまだ、生きている。生きている限りは、それは無価値ではあり得ない。


 だから―――


 「――――なんとも、満足そうな顔をしているな」


 「――――騎士……シグナム」

 もう何の機能も成せない筈の少年の身体は、剣の師である将に対し、確かに反応を返したのだ。

 そして、彼女もまた理解している。少年はもう助からず、今言葉を返したことが既にあり得ぬことであることを。
 

 「お前の騎士道は、守り通せたか?」


 「………はい、確かに」

 だからこそ、ここでは人間らしい気遣いの言葉や、別離の言葉は必要ない。二人は騎士であり、騎士とは人間とかけ離れた道理を貫く存在、戦場で果てた騎士に、余計な言葉など必要ない。

 彼女が余分な言葉をかけず、騎士道の所在を問うことこそが、少年を騎士と認めている証であり―――

 少年にとっては、何物にも代え難き名誉であり誉れであった。


 「ならば、贈るものがある。姫君と、私と、ローセスと、シャマルの四人で考え、誰もが認めた名だ」

 それは、無意味なる贈り物。あと一分もなく死にゆく者に、何を贈ろうと意味などない。

 だが、騎士とはそういうものだ。条理に沿って動くならば、騎士など必要ないのだから。


 「白光(ひかり)の騎士、夜天の守護騎士の一人であり、最も気高き刃に贈る称号だ。破邪の剣アスカロンを持ちて、異形なる者を無に帰す、輝ける白光」


 「白光の騎士……」

 異形の技術の集合体たる“破壊の騎士”を無に帰し、精神に歪みを抱えていた人道魔導師を討ち取り、純粋なる心を持った少女は、殺すことなく無力化した白光の騎士。

 まさしく、リュッセという少年の在り方、その騎士道を表す称号であった。


 「白の国の近衛騎士隊長、夜天の騎士が烈火の将、シグナムとその魂、炎の魔剣レヴァンティンがここに刻む。新たなる夜天の騎士、白光の騎士リュッセの誕生を」

 それは、誰にも知られることなき騎士叙勲。

 形式もなく、主君もおらず、師から弟子へと贈られた名誉の具現。

 彼女は宣誓の言葉と共に、その魂たる炎の魔剣、レヴァンティンを水平に掲げ


 「我が……魂……アスカロン……に……懸けて……」

 少年は最後の命を燃やし、右手に持ちし剣を上へと掲げ―――

 二つの剣が、交差する。




 「「 我等、夜天の主の下に集いし雲 」」


 紡がれる言葉は、滑らかに


「「 主ある限り、我らが魂尽きることなし 」」


 死の淵にある少年の喉は、途切れることなく声を紡ぎ


「「 この身に命ある限り、我らは御身の下に在る 」」


 その命が尽きるまでの、瞬きほどの僅かな時、宝石よりも麗しき輝きを放つ美麗刹那


「「 夜天の王にして我らが主、フィオナ・ヴァルクリントの名の下に 」」


 少年は確かに――――自身が憧れた理想の具現、夜天の騎士の一人であった





 それは、白光の騎士の物語

 若木であった少年は騎士となり、守るべき国と主、そして友と未来のために全てを懸け

 彼の騎士道は途切れることなく、最期は師たる烈火の将に見送られ、その生涯に幕を下ろした

 されど、その魂は確かに―――



 「今より私がお前の主だ、黒き魔術の王と彼が生み出す異形の軍勢を滅ぼすその時まで、異存はないな、アスカロン」


 『Jawohl.』


 その剣に宿り、受け継がれていく







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       △△△        ・ヴィータ                   △△△
        △△△              ・フィオナ          △△△△
         △△△△             ザフィーラ       △△△
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                            ・クレス
                             ローセス
                             アルザング
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                        ■■■■■■■■■■■
                          魔軍         



[26842] 夜天の物語 第五章 後編 鉄槌の騎士 盾の守護獣
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/04/30 13:44
第五章  後編  鉄槌の騎士 盾の守護獣



ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  南部  風の谷




 「ぬ、ぐ、あああああああああああ!!」

 裂帛の気合いと共に繰り出される拳が、押し寄せる異形の軍勢を撃ち砕く。どれほどの数をもってして攻め込もうとも守護の盾を貫くことはかなわない。

 盾の騎士の防御は堅固にして鉄壁、数の優位は圧倒的なものではあるが、防衛戦に徹したローセスを破ることは烈火の将ですら不可能だと認める程、異形が寄り集まったところで成せるものではない。

 無論、彼とて人間であり限界というものは存在する。しかし、既に白の国内部に攻め込んでいた空戦力の大半は打ち破られ、人造魔導師の一号(アイン)、二号(ツヴァイ)は撤退し、残りは全滅、“破壊の騎士”サンジュと“虐殺者”ビードも既にない。

 つまり、今もなお激しい攻防が繰り広げられるこの風の谷へ援軍が到着するのも遠い話ではないだろう。ローセスが守る風の谷こそが最大の激戦地であることは夜天の騎士の誰もが理解しており、現に、ヴィータは立ちはだかる魔導機械達を破壊しながら駒を進め、シグナムもまた白の国内部に脅威がないことを確認し次第向かう予定であった。


 「フェイルノート、焼き尽くせ!」

 さらに、ローセスの背後の陣取り彼を援護する“鷹の目の狩人”との連携は絶妙の一言に尽き、このまま行けば援軍が来るまで十分持ちこたえることは可能であっただろう。


 ヘルヘイム軍の司令官にして黒き魔術の王の片腕、“蟲毒の主”アルザングがこの戦場に現われることがなければ。


 「はあっ、はあっ、はあっ」

 ローセスの息は荒く、その表情にも明らかに焦りが見られる。攻めよせる大群を薙ぎ払い、風の谷を死守してきた彼ではあるが、今押し寄せてくる者共はこれまで戦ったことがない存在、すなわち―――


 <蟲―――これほど厄介な存在とは>

 蟲、そう、それは蟲と呼ばれる存在だ。

 自然に生きる虫ではなく、様々魔術による加工が施され生物を殺す、中でも人間を殺すように調整された者共。

 虫という存在は極めて単純な理に沿って動いており、最も“機械”に近い生物であるともいえる。人間を再現するロボットの製造は困難を極めるが、蟻と動きをする“蟻ロボット”は実に単純なアルゴリズムのみで製造可能。

 そしてこれらは古代ベルカの時代にドルイド僧から分派した、“蟲使い”と呼ばれる者達が作り上げた技術、それを受け継ぐ魔術師、いや、呪術師とも呼ぶべき存在こそ―――


 「呪いを衣として身に纏え、呪いが水のように腑へ、油のように骨髄へ、纏いし呪いは汝を縊る帯となれ。我が眷属たる蟲共よ、息絶えし腐肉を苗床に顕現し、生ある者を喰らい尽くせ」

 “蟲毒の主”アルザング、彼がそう呼ばれるのはヘルヘイムの象徴たる蟲毒の壺の法を管理する執政官であるばかりではない。古代ベルカの蟲使いの技を継承し、黒き魔術の王の薫陶の下、破壊を司る業へと昇華せしめたからに他ならない。

 この蟲共こそ、ベルカの地に現われた原初の“戦闘機械”とも言える。己の意志など持たず、命を失うことを恐れもせず、ただ定められた法則に従って活動を続ける生体兵器。

 動物には生存本能というものが存在するが、虫、特に蟻のような単純なものになるに連れてそのようなものは薄れていく。女王蟻を守るために兵隊蟻が何万匹死のうとも、理は何も狂ってなどいない、それが彼らの存在意義であり、命そのものも短いため人間の尺度に従って“価値”というものを定めるならば、彼らほど低い命もあるまい。

 最果ての地より流れ出る生命操作の業によって“人間”をベースに他の生物を加え、生存本能というものを失くした上で戦闘に特化させた存在が改造種(イブリッド)であるが、“蟲毒の主”アルザング個人の手駒たる蟲共は、そのような手間をかけることなく、命を捨てて襲い来る。



 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」

 そして蟲ばかりではなく、改造種(イブリッド)の攻勢も弱まることはない。むしろ、彼らの穴を埋めるように蟲共は存在しており、押し寄せる黒い森はいよいよその密度を高めていく。


 「く、おおおお!」

 ローセスの拳が異形の頭部を完全に砕き、その活動を停止させる。

 はずが―――


 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」

 インゼクトと呼ばれる虫がある。

 古代ベルカの蟲使いは主に偵察に用いた召喚虫であるが、禁呪に近い使役法として“他者に宿ることで制御する”というものも存在した。

 遙か後の時代においては、ガジェット・ドローンと呼ばれる魔導機械を制御し、その性能を高めるという用途で使われることとなる召喚虫だが、“蟲毒の主”アルザングが生きる中世ベルカにおいては魔導機械も作られたばかりで発展はしておらず、彼の操る蟲も機械を操ることを可能とはしていない。

 だがしかし、生体ならば話は別である。彼は生命操作技術に深く精通しており、黒き魔術の王には敵わぬまでも人道魔導師を作り出すことを可能とした魔術師。ならば、彼にとっては機械よりも“人体”の方がよほど制御しやすく、蟲が操作するならばその個体が生きているかどうかなど関係ない。

 すなわち―――


 <蟲を用いた――――屍体操作術(ネクロマンシー)>

 それが、“蟲毒の主”が盾の騎士を仕留めるために用いし策、本来の予定ならばここで蟲を用いた屍体操作の業は使うはずではなく、最終決戦において対策を練られてしまう可能性が高いが、陸の防御の要たる盾の騎士は何としてもここで排除しておきたい。

 当然、最も排除したいのは回復の要たる湖の騎士であるが、彼女はヴァルクリント城の医療塔におり、賢狼が城の周囲を固めている以上は困難きわまる。ならば、戦場が固定されており、最前線で戦うしかあり得ない盾の騎士が第二の目標となる。


 「縛れ! 鋼の軛!」

 脳や心臓を破壊しても敵が止まらない、防衛戦を展開する者にとってこれほどの悪夢はないだろう。蟲に操られ、押し寄せる異形を止めるには肉体を完全に破壊するか、大地に縫い止める以外にないが。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」


 ここにきて、数の暴力というものは最大の力を発揮する。押し寄せる敵全てを鋼の軛によって止めていては、ローセスの魔力はすぐに底をついてしまう。


 「降り注ぐは炎、全てを焼き尽くす流星となりて、眼下の敵を灰燼ヘ帰さん……ウルスラグナ!」

 クレスが放つ爆炎の矢、ウルスラグナも蟲共相手には有効打となり得るが、放てる数に限界がある。既に彼の手や焼けただれ、一部は炭化を始めている部分すらある。どんなに多く見積もっても、あと数発が限界であることは明らかであった。

 可能であれば、蟲共を操る術者を倒すことこそが最善なのだが、“幻惑の鏡面”がそれを許さない。中世ベルカの魔法技術といえる射撃魔法や近接での一撃と併用することは不可能であったが、蟲共を操る古代ベルカの召喚魔法
に限り、アルザングは“幻惑の鏡面”と同時に発動させることを可能としていた。


 「続け、続け、続け、女王たる蟲は既にない、我こそが汝らの王たる者なり。死にゆく者共の屍を苗床とし、今こそいで参れ」

 ローセスの周囲に散らばる幾百の死体、それらを中心に方陣、古代ベルカの召喚の陣が展開され、改造種(イブリッド)の身体を媒体とし更なる蟲共が召喚されていく。

 この世の基本的な理の一つに等価交換というものがある。転送魔法とは基礎を異にする召喚魔法では術者の魔力を対価に差し出すことで召喚虫を顕現させるが、代わりの対価があるならばその負担も軽減される。

 ローセスがこれまで粉砕してきた改造種(イブリッド)の死骸、それら全ては蟲共を呼ぶ餌となり、その蟲共が屍体を操り、さらには蟲自身もローセスの肉を喰らおうと押し寄せる。

 それはまさに、ヘルヘイムの法たる“弱肉強食”の具現。倒れた者は糧となり、戦火はどこまでも広がっていく。地獄の法を司る執政官アルザングの真骨頂にして、ヘルヘイムの法においては“無意味なるものは存在しない”のだ。


 (いやいや素晴しい、何とも素晴しい限りだよ、これはまさしく一つの完成形と言って差し支えあるまい! 蟲を用いて屍体を操り、彼らが生み出した屍を苗床にさらなる蟲が生み出される! それは何と華麗なる地獄の法の具現! 恐るべき無限循環であろうか! 故に君こそ黒き魔術の王の片腕! 絶対者たる王の地上における代行者足り得る!)

 ドルイド僧ならぬベルカの騎士、もしくは魔術師には感知できぬ狭間より、道化が眺め、ただただ嗤う。

 その黄金の瞳が見つめているのは白の国の門たる決戦場か、はたまた遙か先の未来の光景か。

 【黙れ―――――道化めが】

 そして、“蟲毒の主”は古代ベルカの流れを受け継ぐ蟲使いであるため、その存在を微かながら感知しており、それだけに疎ましい。

 ある日突然、彼が信奉するただ一人きりの王の前に現われた異形の道化、何をするわけでもなく、ただ王の傍に侍り、嗤うだけ。

 その存在が――――彼にとってはこの世の何よりも厭わしかった。


 「随分と粘ったものだが――――これまでのようだな」

 だが、“蟲毒の主”は自身の心を瞬時に抑え、戦場に集中する。魔術師であろうとも一度戦場へ出てきた以上はその法に従わねばならない、さもなくば無意味に果てるのみであろう。


 「命を穿て、“カルハロス”」

 その手に握られるのは漆黒の弓と、禍々しい幽気を漂わせた凶なる矢。

 それは烈火の将シグナムに放たれた奇襲の矢と同系統のものではあるが、そちらが力を測るための矢であれば、こちらは命を確実に奪うための絶命の矢、纏わりつく灰色の魔力も先の矢とは比較にならない。

 そして、彼の持つ“毒化”の魔力変換がその一矢を必殺のものへと昇華させる。純粋な威力のみでもローセスの防御を貫通しうるが、ただの傷ならば治療魔法によって回復し得る。しかし、“蟲毒の主”の毒をくらっては、いかなる治療魔法であっても回復することはかなわない。

 故にこそ、彼は”蟲”と”毒”の主なのだ。

 「さらばだ――――盾の騎士ローセス」

 そして、押し寄せる異形と蟲の大群の前に満身創痍となり、まともに動くことすら不可能になりつつあった盾の騎士へと、必死の一撃が――――


 「死ね」


 放たれた。








ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  南西部  上空



 「――――!?」

 行く手を阻んでいた魔導機械や空戦型の改造種(イブリッド)を撃滅し、風の谷へと駒を進めようとしていた若木の少女は、例えようもない感覚を捉えた。


 <何だ? 今のは―――――何だ?>

 それは考えたくない事柄でありながら、考えなくてはならないこと。

 彼女が、夜天の騎士を目指す若木である以上、そこから目を逸らすことは許されない。今まさに、彼女の人生における最大の分岐点が訪れようとしており、彼女の人生はそこで決することを、放浪の賢者は過去に観ていた。


 (お前が騎士となるその時は、そう遠いことではない。だが、お前がこの道を進み続けるならば、烈火の将を超える誉れと共に、最も大切なものを失うかもしれん)

 最後の夜天の騎士が生まれる時がやってくる、それはもうそぐ傍まで。

 守護の盾は、既に砕けたのだから。











ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  南部  風の谷



 その光景を見た瞬間、クレスの時は止まったといってよいだろう。

 矢、それは彼が最も見慣れた武器であり、彼が愛し、弓と共に成長してきたものであった。

 だがそれが――――彼の親友の胸から生えている。

 それも、ただ胸であるわけではない、それは心臓があるとされる場所だ。

 停止の時間は、一秒か、それとも二秒か。

 彼が行動を再開した時には、ローセスの胸から血が噴き出しており―――



 「アイゼン!」

 『Raketenform!(ラケーテンフォルム)』


 親友の取った行動に、我が目を疑った。








 「はああああああああああああああああ!!!」

 『Explosion!(エクスプロズィオーン!)』


 そう――――彼は待っていた。


 “蟲毒の主”アルザングが自分に止めを刺すべく、最後の一撃を放つ瞬間を。敵が先に打倒した小物、“虐殺者”などとは格が違う強者であるが故に、最後は己の手で止めを刺しに来るその一瞬を。

 押し寄せる異形と蟲共と戦い、魔力のほとんどが尽きた状態において、彼は待ち続けた。

 その時こそが、姿を隠したまま蟲共を操る敵手を仕留める唯一の機会であると悟ったが故に、最後の罠を用意したのだ。

 それは、己の心臓を囮とし、敵の一撃を防ぐことなくあえて受け、防御ではなく反撃に全力を注ぎ込む必死の策。それを行ったが最後、自身の命が果てることなど大前提。

 頭の螺子が飛んでいるとしか言いようがなく、仮に思いついても誰が実行するというのか、と呆れたくなるほどの策とも呼べぬ特攻精神。

 だが、彼が夜天の騎士であり、先に散った白光の騎士リュッセの先達であることを考慮すれば、それは当然と言える選択でもある。彼らはまさしく、狂気の煉獄に生きる悪鬼羅刹と呼べる存在であろう。


 「ラケーテン―――――!」

 そして、魔力がほぼ底を突き、まともに拳を繰り出すことすら厳しくなったローセスが“蟲毒の主”を仕留める方法はこれしかありえなかった。“蟲毒の主”の固有技能“幻惑の鏡面”を看破することは彼には不可能であり、遠隔召喚される蟲共の出所を突きとめる手段はない。

 ならば、これしか方法はあり得なかったのだ。姿を隠している手段や敵が矢を放つことまでは知りようがなかったが、盾の騎士ローセスに止めを刺すならば何らかの強力な攻撃手段を用いるはず、その時こそ、“幻惑の鏡面”が薄れる唯一の機会、最強の矛と身を隠す暗幕は決して共存できないものなのだ。

 それはまさしく、戦場に立つ者達にのみ結ばれるある種の“信頼”が成せる技。“蟲毒の主”が黒き魔術の王の片腕である以上、戦場の理を知らぬ筈もない、ならばこそ、最後は己の全力を以てして仕留めにかかるはず。常人には理解できず、理解するべきでもない、修羅の道理がそこにはあった。


 「グアサング!」

 だが、ローセスが“蟲毒の主”の心情を察したならば、逆もまた然り、アルザングもまた盾の騎士ならばこの程度のことはやりかねんと想定した上で、カルハロスによる絶命の一撃を放っていた。

 そして今、彼の手に握られるのは漆黒の剣。烈火の将シグナムと炎の魔剣レヴァンティンの紫電一閃すらも受けとめた、頑健なるアームドデバイス、“毒の切先”グアサング。


 「ハンマァァァーーーーーーーーーーー!!!」


 「はああああああああああああああああ!!!」


 激突する鉄鎚と剣。

 二つの武器は火花を散らし、互いに相手を破壊せんと鎬を削り合う。

 だが、拮抗では意味がない。アルザングにとっては防ぎきるだけで勝利となり、多少の傷を負おうとも問題はない。対して、ローセスはここで敵の頭部を粉砕せねば勝利とは成りえない。

 鉄の伯爵が持つ二つ目の姿にして、噴出機構のエネルギーによる大威力突撃攻撃を行うための強襲形態ラケーテンフォルム、そこから放たれる渾身の一撃をすら、“蟲毒の主”は防いで見せた。もはや、盾の騎士の万策は尽きた―――


 『Ich zerdrücke alles!(我に―――――砕けぬものなし!)』


 はずもない。盾の騎士ローセスが魂、鉄の伯爵グラーフアイゼンが“自らの意思”によってカートリッジをロードし、必滅の一撃を叩き込むべく“蟲毒の主”へと迫る。


 「何―――だと!?」

 果たして驚愕は黒き剣を構えし魔術師のもの、使い手たる盾の騎士は己の“全ての力”を両腕に込めており、デバイスにカートリッジロードを命じる余裕すら存在していない。にもかかわらず、カートリッジが自動でロードされ、黒き剣を砕かんと迫る鉄鎚の猛威は増していく。


 「盾の騎士ローセスが魂、鉄の伯爵グラーフアイゼンを、舐めるな!!」

 その叫び、その咆哮は普段の彼からは想像もつかない。

 だがしかし、ローセスはヴィータの兄であり、湖の騎士はその精神性は非常に似ていると称した。つまりは、そういうことなのだ。


 「ぶち抜けえええええええええええ!!」
 『Jawohl!(了解)』


 そしてついに、鉄の伯爵の先端が黒き剣に罅を入れ―――


 「馬鹿な! グアサングが――!!」

 烈火の将シグナムの紫電一閃すら防ぎきったその刀身を――――砕いた。

 その瞬間


 「がはっ!!」

 『Mein Herr!(我が主)』

 横合いから飛び込んできた一撃によって、“蟲毒の主”を砕くはずの鉄鎚は、主ごと遠方へと飛ばされていた。


 「ふ、ふふふふ、まさか、ここまで追い込まれるとは、いささか侮ったか。私もサンジュのことを笑えんようだ」

 “蟲毒の主”の隣に佇むは、彼の最後の防衛線、護衛用の人型の蟲であった。

 身体能力こそ高いが、複雑な指令をこなせるだけの知能が備わっていないため、“主に近づくものを攻撃せよ”といった自動防御機構程度の役にしかたたず、遙か未来の召喚師の少女、ルーテシア・アルビーノに仕える召喚虫ガリューに比べれば遙かに劣る存在だが、この際はそれで十分。

 盾の騎士は鉄の伯爵ごと護衛蟲によって吹き飛ばされ、最早動くことも敵わない。当然だ、むしろ、魔力が底を尽き、心臓を貫かれた状態から万全の状態の烈火の将の紫電一閃以上の攻撃を繰り出したことこそが異常なのだ。

 それも失敗に終わった今、彼の死は速やかに訪れる。“蟲毒の主”の剣、グアサングを砕くまで迫ったという功績のみを残して。


 だが――――


 爪牙


 それは鋭き刃であり、命を奪う死の鎌。それが、一陣の風となって突き抜けた。


 「――――がっ」

 その風を感じ、反射的に身体をずらしたのは流石と言えるが、無傷ではあり得ず―――

 “蟲毒の主”アルザングの右腕は、鮮血をまき散らしながら宙を舞っていた。


 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォ!!!」

 僅かに“遅れて”、魔を祓うと言われる賢狼の咆哮が響き渡る。それはすなわち、先の奇襲が音速を超えた魔の領域で行われたものであることを示していた。


 「賢狼―――!?」

 驚愕と同時に、アルザングは飛翔し空へと舞い上がる。大地を駆けるならば何よりも速いとされる賢狼と地上でやり合う以上の愚行はなく、そも、彼の刃は盾の騎士によって砕かれており、片腕も飛ばされた状態だ。

 蒼き賢狼ザフィーラは一瞥をくれるとすぐに踵を返し、離れた位置に横たわっていたローセスの下へ急行、彼を背中に乗せ、鉄の伯爵グラーフアイゼンを咥え、風の谷へと疾走する。


 「させぬ」

 しかし、アルザングもまた一流の戦闘者。すぐに冷静さを取り戻し、再び漆黒の弓カルハロスを顕現させ、盾の騎士を背中に乗せているために急激な方向転換が不可能な賢狼目がけて狙いを定める。

 如何に速くとも、ほぼ一定の速度で一直線に進むだけならば、狙撃することは容易い。当然、並の技量では不可能であるが、彼の技術は並というものを遙か後方に置き去っていた。

 とはいえ、片腕を失っている以上は命中率が下がるのも事実。魔力の矢を代わりに用いることで片手のみでの射撃を行うことは造作もなく、その際は弓というよりも射撃管制のデバイスとして働くこととなるカルハロスだが、やはり両手に比べれば放つまでに時間がかかる。


 「させないのは、こちらだ!」

 そして、弓の名手は彼一人ではない。風の谷に陣取り、ザフィーラの前進を阻まんとする異形を撃ち貫きながらも、同時に“蟲毒の主”へ矢を放つは鷹の目の狩人クレス。

 やはり、アルザングにも動揺と焦りはあったのだろう。己の権能“幻惑の鏡面”を再構築しないまま追撃に移ってしまったことがそれを示しており、“蟲毒の主”がついに見せた隙を見逃すような男ならば、クレスが鷹の目と呼ばれることなどあり得ない。


 「ちい!」

 クレスが放った矢を回避し、自分がまだ完全に冷静さを取り戻していないことを認識した“蟲毒の主”は、ザフィーラをこの場で仕留めることを諦め、状況の把握のために思考を働かせるが、そもそも賢狼がこの場にいることそのものがおかしいことに即座に気付く。

 そも、彼が湖の騎士シャマルではなく、盾の騎士ローセスに狙いを定めたのはヴァルクリント城の座す調律の姫君には常に賢狼ザフィーラが守りについており、そちらの防備が万全であったからに他ならない。ということは、城の守りをあえて捨て、賢狼を前線へ送り出したということか。


 「―――まさか、な」

 しかし、事実は空想よりも奇なるもの。アルザングの前で展開された光景は、蒼き賢狼ザフィーラが調律の姫君の守りを捨ててこの場に馳せ参じたわけではないことを如実に物語っていた。









 「ローセス! 生きているか!」


 「姫様!」

 その光景に驚愕したのはアルザングのみではなく、クレスもまた同様であった。

 外から駆けつけた彼は知る由もない、機械仕掛けの白い翼。調律の姫君フィオナと白の国の魔導技師達が作り上げ、武器を積まず、リンカーコアを持たぬ人々でも空を舞うことを可能とした希望の翼を。

 そして、ただ一人でそれを操り、最大の激戦地である風の谷へフィオナ自身が飛んでくるなど、およそ考えられることではない。しかし、夜天の騎士達の主であり、白の国の継承者たる彼女はただ守られ、城の中で無事を祈るだけに甘んじる精神を持ってはいなかった。儚い印象が強い月の如き乙女ではあるが、同時に芯の強い女性でもあるのだ。


 「どうしてここに!」


 「すまんが、説明している暇はない。状況はグラーフアイゼンからの信号によって把握している、今は行動に移す時だ」

 風の谷の状況は芳しいものではない、クレスの援護によってザフィーラがローセスを背負ったまま風の谷の谷間まで帰還したが、そこで手詰まりでもあった。

 守りの要であるローセスが墜ちた以上はザフィーラがここを守るより他はないが、彼の能力は専守防衛に向いているものではなく、クレスの援護がなければ少々辛い。クレスもまた既にウルスラグナなどの強力な矢を放つことは出来ないほど消耗しており、かといって、ローセスを抱えて逃げ切れるほどの魔力も残っていない。

 というよりもそれ以前に、狩人であるクレスは空戦を得意としていない。彼の能力は狙撃に特化したものであり、壁役と組むことで最大の力を発揮するが、単独での戦闘能力は決して高くはないのだ。

 だがしかし、瀕死のローセスをこの場に放置して迎撃に専念することも出来ない。ザフィーラには可能かもしれないが、騎士ではないクレスには親友を見捨てて防衛に専念するという修羅の精神が備わっておらず、それを成すには彼とローセスの絆はあまりにも強すぎた。


 「ローセスは私が城まで逃がす、お前とザフィーラはこの谷を死守してくれ、いずれ将が駆けつけてくれる、それまで持ちこたえてくれ!」


 「了解しました! 姫君!」

 そんな内心の動揺と困惑を打ち消すほど力強い声がクレスの心を突き抜け、彼は反射的に返答していた。これも、彼の弓の師である烈火の将シグナムの教導の賜物というべきか。


 「ザフィーラ、頼んだ!」
 

 ≪承知≫

 蒼き賢狼もまた、全てを知った上で彼女を護衛しながら風の谷へと駆けてきた。

 すなわち、フィオナがここに来た理由はローセスを助けるではあったが、それがもう間に合わないことも悟っており――――


 ≪戦場において負傷者は“足枷”にしかならぬ、死にゆく者のためではなく、命を懸けて守る者のために、戦場に足を踏み入れるか≫

 彼女は、ローセスの死が逃れられないことを知った上で、愛する男が仲間の足枷とならないよう、彼を後方へ下げるためにやってきた。それは、どれほど悲しい決断であったかは人ならぬ身では想像するより他はないが―――


 ≪ままならぬものだ。ローセスは命ある限り戦い続ける男、死なない限りは、決してこの場から退くことはあり得まい。ローセスが死に直面した時のみが、愛する男を戦場から遠ざけることが可能となるとは≫

 それが、騎士と主の間に結ばれる愛の絆の宿命ならば―――

 騎士とは、何と重い業を背負った存在であることか。

 だが、ローセスという男はそれを全て覚悟した上で夜天の騎士が一人、風の谷を守護する盾の騎士となったのだ。何度生まれ変わったとしても、この男がその道を違えるとは到底思えぬ。

 ならばもし、ローセスという男と、フィオナという女が、その運命から解き放たれるとするならば―――


 ≪白の国が滅び、フィオナが姫でなくなった時しかあり得まい。例え国が滅ぶとも、ローセスは騎士であり続けるだろう≫


 それはあり得ぬ仮定でしかないが、賢狼は二人が普通の人として共にある光景を見てみたいとも深く思うのだ。

 最も気高き刃が逝ってしまったと風達が嘆いている。賢狼たるものの知覚によって、リュッセが騎士として死んだことをザフィーラは既に悟っていた。そして今、ローセスも騎士として倒れた。

 彼に名を与えた放浪の賢者の予言は、またしても的中してしまったようである。ならば、残りの騎士達の運命も、逃れられぬものなのだろう、黒き魔術の王サルバーンは、それほど恐るべき存在だ。

 騎士として生まれ、騎士として死ぬ。それが彼らの定めであり、それに準じる気高き魂を感じたからこそ、賢狼たる彼はその在り方を見届けようと思った。

 だが、同時に思う、その真価を図るには、彼らが人間として生きた場合と比較する以外に方法はないのではないかと。もっとも、人の命はただ一度きりであり、それこそ不可能な事柄ではあるが―――


 (いやいや、不可能ということはない。君の器が役目を果たし、賢狼たる魂が風に還るその時に、騎士として生き、騎士として死んだ彼らの気高さを、君は本当の意味で知ることが出来るだろう。同時に、騎士がどれほど儚く悲しき存在であるかも)

 彼に名を与え、人と共に在ることを可能とした不思議な老人は、確かにそう言ったことがある。

 それが何を意味するかはまだ分からないが――――



 ≪我に―――――成せることを≫



 賢狼ザフィーラは、盾の騎士ローセスを乗せて空を舞う白い翼を見つめながら、己の成すべきことを悟りつつあった。










ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  南部  



 風の谷を抜け、一路北へ進路をとるフィオナは、片手で操作を行いながら、残る腕で愛する男の身体を支えていた。


 「冷たい―――な」

 その身体からは急速に体温が失われつつあることが、嫌でも分かってしまう。

 盾の騎士ローセスの体内には融合騎“ユグドラシル”があり、そう簡単に主を死なせることはない。“蟲毒の主”の毒とはいえ、そう簡単に彼を殺せはしない、このまま無事に城までたどり着ければ、僅かではあるが助かる見込みもあるはず。

 だがそれは、誰よりも治療の技に長け、薬草師としての知識を備えた湖の騎士シャマルが健在であればの話、黒き魔術の王サルバーンの戦略は容赦というものが微塵もなく、傷つき倒れた者達が助かる可能性というものを根底から潰していた。

 シャマルがいない今、“蟲毒の主”の毒を解毒することが出来る者は、白の国に存在しないのだ。

 「馬鹿…………私を、決して一人にしないと、お前は誓ってくれたと言うのに」

 それは、彼が盾の騎士となった時、騎士の宣誓と共に、フィオナという女性を愛する男として誓った言葉。



 (君を、決して一人にはしない)

 だが、その言葉はもう果たされることはない。

 だからこそ、彼女の瞳からは、涙が流れているのだろう。


 「誓い……は………違え……ません」


 「ローセス……」

 意識があるのか、ないのか、それすらも定かではない霞がかかった言葉ではあるが、彼は言葉を返す。

 どこまでも愚直に、不器用に、己の信念を貫き通す。それが、盾の騎士ローセスの騎士道であった。


 「む―――」

 そんな二人の時間に、無粋なる闖入者が現れる。いや、同時に危険なる襲撃者でもある存在が。


 「魔導機械――――数は7機ほど、“蟲毒の主”が呼んだか」

 フィオナの推測通り、それは“蟲毒の主”アルザングが派遣した待ち伏せであり追手であった。

 風の谷から北目がけて飛び去った白い翼の行先はヴァルクリント城しかあり得ぬと推測した彼は、その方面で残っていた魔導機械を集結させ、追撃を命じた。既に7機しか残っていなかった事実は、白の国の若木達の優秀さを示すものでもあった。

 とはいえ、戦う力を持たない白い翼にとっては危険極まりない存在である。風の谷へ向かう時はザフィーラがいてくれたが、今は守る者はおらず、敵にとっては調律の姫君を殺す千載一遇の機会であろう。


 「お前達、ローセスを任せていいだろうか」

 だがそれも予想された障害であり、フィオナがやるべきことは決まっている。故に、迷うことなく実行に移すのみ。


 『オ任セヲ、フシュフシュ』
 『オ任セヲ、フシュフシュ』
 『オ任セヲ、フシュフシュ』
 『オ任セヲ、フシュフシュ』
 『オ任セヲ、フシュフシュ』


 その言葉に応じ、五人、いいや、五個というべきかもしれない機械精霊達が応え、五人がかりでローセスの身体を乗せ、ゆっくりと下降しつつ前進していく。

 彼らはローセスとザフィーらの友であり、白い翼に共に乗り込んでいた。友誼に厚い者たちなのである。

 彼らが離れると同時に、フィオナは進行方向を東へ転じ、魔導機械を己の方へと引きつける。それらの狙いは白い翼であり、瀕死のローセスを狙うとは考えにくい。

 そして、フィオナが進路を取った方角の先にはまだかなりの距離があるが烈火の将シグナムがいるはずであり、ローセスを乗せた機械精霊達が進む方向には―――


 「くっ!」

 そこまで考えたところで攻撃が飛来し、彼女は可能な限りの制動を行い、攻撃を回避していく。そのため、大きく見れば同じ空域を旋回しているような軌道となってしまうが、背に腹は代えられない、

 他のことを考える余裕もないまま、フィオナは決して諦めることもなく、魔導機械の攻撃を躱し続けた。









ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  南西部  



 かくして予言は成就し、その時は訪れる。

 フィオナの行動もそのための予定調和であったかどうかは定かではないが、放浪の賢者ラルカスならば、きっと否定したことだろう。

 自分が観た光景のみが定まった未来であるなどあり得ない、未来は千変万化であり、だからこそ未知なる輝きに満ちているのだと、夢見る少年のような口調で彼はいつも語っているのだから。


 『Die gegenwartigen Bedingungen als oben erwahnte.(現状は、以上の通りです)』

 白い翼から離れ、機械精霊達の背に乗っている間、鉄の伯爵グラーフアイゼンは己の主に事の経緯を説明していた。

 ローセスが己の肉体を用いた格闘戦によって風の谷を守護している間、その戦況を可能な限り調律の姫君へと伝えていたこと。賢狼ザフィーラを伴って、かつてローセスも乗った白い翼によって彼女がやってきたこと、現在はザフィーラとクレスの二人が風の谷を守っていること。

 そして、盾の騎士ローセスが、もう助からない命であろうことを。

 鉄の伯爵グラーフアイゼンは、偽ることなく伝えていた。そも、デバイスが主に虚言を弄することはあり得ないのだ。


 【そうか、だが、ザフィーラとクレスではいささかきついな。彼の戦いは大群を食い止めるには向いておらず、あいつももう限界だろう】

 もう喉がまともに動かないため、ローセスは念話による対話を行う。先に逝ったリュッセが行ったように、命を振り搾れば声を出すことも出来るだろうが、それには些か早い。


 【それに、フィオナ姫を………一人には出来ん】

 だからこそ、彼は念話を飛ばす。近くにいるはずであり、彼の後を託せる存在へと。


 【来てくれ………ヴィータ】

 鉄の伯爵グラーフアイゼンの、新たな主となるに相応しい、自分と同じ赤い魔力光を備えた少女を。


 彼は、待っていた。








 「兄貴!」

 果たして、彼女が到着するまで要した時間は1分か、それとも、2分か。

 その正確な時間を計ることに意味はない。重要なことは、彼女が間に合ったということ、それだけである。

 ローセスが待っていた少女、ヴィータが到着した時、彼は血塗れで地に伏していた。機械精霊達にグラーフアイゼンが語りかけ、地に降ろしてくれと頼んだがために。



 「おい……おいっ! バカヤロー、しっかりしろよ!」


 「だい、じょうぶ…とは……流石に……言い……難いな」


 「なんで……なんでだよ………夜天の騎士は無敵なんじゃなかったのかよ!」


 「すまんな……不甲斐……無い………兄で」

 口を開くことは、命を削るに等しい、空気が肺を通るだけで血管をズタズタに引き裂いていく。

 それでも、盾の騎士ローセスは念話を用いることはなく、己の言葉で妹へと語りかけた。自分が妹に言葉を伝えられる機会は、これで最後であると誰よりも悟っていた。


 「不甲斐無いなんて、そんなことあるかよ! あたしにとって兄貴は憧れなんだぞ!」

 倒れ伏す兄を抱え、何とか上体を起こそうとしながら、彼女は必死に語りかける。そうしなければ、兄の命が即座に尽きてしまうという強迫観念に似た想いを必死で拒みながら。


 「そうか…………ヴィータ、よく……聞け」


 「………はい」

 だが、彼女もまた夜天の騎士を目指す若木であり、理解する、理解出来てしまう。

 自分の兄が今、人生で最大の決断を迫られていることを、そして、盾の騎士ローセスに恐れというものがあるのなら、ただそれだけであったということを。

 だからこそ彼は、自身の破滅に繋がる危険を知りながら、放浪の賢者に願ったのだ。己の未来を観てくれと。


 「…………アイゼンを、お前に……譲る時が………きた」


 「………」

 その意味など、問うまでもなかった、察するまでもなかった。

 夜天の騎士が一角、盾の騎士が墜ちる。ならば、その後を継いで誰かが黒き魔術の王が率いるヘルヘイムの軍勢と戦わなければならない。

 その後継者に、自分が選ばれたのだと。

 そして、隊長であるリュッセではなく、副隊長である自分であるという意味を。

 破邪の剣アスカロンが、鉄の伯爵グラーフアイゼンへと伝えた、悲しき事実を。

 彼女は、悟ってしまった。


 (お前が騎士となるその時は、そう遠いことではない。だが、お前がこの道を進み続けるならば、烈火の将を超える誉れと共に、最も大切なものを失うかもしれん)

 そして、今こそ、自分が騎士となるその時。

 彼女が望み、覚悟を定め、そして、心のどこかで来てほしくないと恐れていた時は、今ここに。


 「怖い……か?」

 その内心を見透かしたように、優しい声で兄が問う。


 「うん………怖いよ…………あたしだって、女の子なんだぞ」


 「そうだな………俺は……お前を………騎士には……させたくなかった」

 それは、偽らざる彼の本音。

 騎士という存在がどのようなものであるかを知る者ならば、己の妹や娘を騎士にしたいとは思うまい。いや、弟や息子であっても同様だろう。

 しかし、彼女が騎士になろうとすることを誇らしく思う気持ちもある。その矛盾を内包し、許容してこその騎士であり、それは死を覚悟して戦うよりも、あるいは辛い心の葛藤。


 「でも、あたし以外の誰が――――――アイゼンを受け継ぐってんだよ」

 そうして、彼女は兄の手より、盾の騎士の魂、鉄の伯爵グラーフアイゼンを受け取る。

 その瞬間、彼女の歩む道が定まった。もう二度と戻ることの出来ない、修羅の煉獄を突き進む道を。

 彼女は選び、その一歩を踏み出したのだから。


 「アイゼン……ありがとう………そして、妹を頼むぞ……」


 『Jawohl. Mein Herr.(了解、我が主)』


 その命令を、彼は決して忘れない。


 遙かに永き旅において、その身が幾度砕けようとも。

 人の欲望、怨嗟の声、積み重なる深き闇が、夜天の空を覆うとも。

 鉄の伯爵グラーフアイゼンは、主人に託された命題を、ただの一度も忘れることなく、ただの一度も違えることはなかった。


 「ヴィータ……お前の……名を」

 そして、烈火の将が少年に贈ったように、盾の騎士もまた―――


 「鉄鎚の騎士………誉れ高き、夜天の騎士の………一番槍だ」

 妹であり、弟子でもある彼女へと、贈ったのだった。



 「………鉄の伯爵、グラーフアイゼン―――――今からは、このあたし、鉄鎚の騎士ヴィータが、お前の主人だ」


 『Jawohl. Mein Herr.(了解、我が主)』

 そして、少女は騎士として最初の言葉を、己の魂となった彼へと向けて放ち。


 「フィオナ姫を………頼む」

 最期まで、兄としての言葉よりも、騎士としての言葉を贈った彼の言葉に従い、赤き流星となって飛び去った。







 そうして、その場には血塗れの青年だけが残る。

 魔力も尽き、己の魂も託し、命そのものすら消えかけている霞のように微かな存在。

 だが、彼の命はまだ尽きていない。融合騎“ユグドラシル”は最後の瞬間まで働き続け、盾の騎士を死なせはしない。

 そう、例え何も出来ずとも、命ある限りは。


 決して、無価値ではないのだ。











ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  南東部  上空




 白の国の上空にて行われていた、人々夢を託された白い翼と、破壊の意志を託された死の翼の演舞は唐突なる終わりを迎えた。

 意思を持たぬ魔導機械には何の感慨もなかったであろうが、白い翼を操る女性には、それが何を意味しているかは即座に理解できた。

 彼女を追跡していた7機の魔導機械、その戦闘の1機を撃ち貫いたのは凄まじい速度で飛来した鉄球であり――――



 「グラーフアイゼン!」

 『Schwalbefliegen.(シュヴァルベフリーゲン)』


 空に響き渡るその声の持ち主を、調律の姫君はよく知っていたから。

 そして、その少女が鉄の伯爵グラーフアイゼンを持って戦っている意味を、兄をヴァルクリント城へ連れていくことではなく、自分を助けることを優先した意味を。

 放浪の賢者ラルカスの予言を、彼女は実感と共に理解していた。



 「ヴィータ――――」

 その少女に、何と言葉をかけるべきか。

 なぐさめ? いいや、違う

 怒り? そんな身勝手があってたまるものか

 いたわり? そうしてやりたいが、この場で必要なものはそれではない

 ここはまだ戦場であり、彼女は既に夜天の騎士、そして自分は夜天の主なのだから。


 答えなど、初めから一つしかないのだ。


 「風の谷へ、救援に向かってくれ。将も向かってくれるだろうが、彼女は空の守りを優先せねばならない、敵の空戦力が消滅したと確認できるまでは厳しいだろう」


 「分かりました。姫様」


 「クレスは、多分限界が近い。彼を退かせ、ザフィーラと共に将が来るまで持ちこたえてくれ」


 「はい、前線のことはあたしらに任せ、姫様は城へ」


 「ああ…………そうしよう」

 ヴァルクリント城周辺に敵はいない、仮にいたとしてもシグナムが既に片付けているだろう。

 ならば、城へ戻るフィオナをヴィータが護衛する必要はない。彼女には、行くべき場所が他にある。

 リュッセが逝き、ローセスが果てた今、彼女が戦わなければならないのだから。


 「ヴィータ、お前は、お前だけは………どうか、死なないでくれ」

 それは、いつか妹になるはずであった少女への、心からの想いであり。


 「あたしは、死なねえよ……………絶対に」

 誓うように言葉を残し、騎士となった少女は戦場へと飛び立った。









ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  南部  風の谷




 「く、そおおおおお!!」


 狂乱の嵐


 今のクレスの精神状態を表すならば、それが最も相応しいと思えるほど、彼の心は荒れ狂っていた。

 許せない、許せない、許せない、許せない、許せない!

 白の国を墜とさんと迫りくる異形の群れが、それを率いる“蟲毒の主”が、全ての元凶たる黒き魔術の王が。

 そして、何よりも、目の前で親友を死なせた自分自身が!


 「がああああああああああああ!!!」

 心は狂乱の檻に囚われながらも、しかし手は冷静に、放たれる矢のコントロールは乱れることなく異形の頭部を撃ち抜いていく。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」

 だがしかし、“蟲毒の主”の召喚虫、インゼクトが込められた異形達は頭を失ってなお前進を続ける。狙撃手にとっては最悪の相性であり、片腕を失ってなお蟲を操る性能に衰えが見られないアルザングの戦闘者としての能力も並ではなかった。


 「ならば――!」

 冷静ではいられない脳を必死に抑え込み、クレスは戦法を切り返る。すなわち、頭部や心臓を狙うのではなく、足を砕いて進むことそのものを不可能とする戦法へと。

 しかし、それすらも然程効果のあるものではない。動く機能を失った異形は後続の異形に引き裂かれ、新たな蟲の苗床となる。異形の絶対数も減っていないわけではないが、未だに5000を超える大群であることには変わりなく、底というものがなおも見えない。


 「お……のれ!」

 そして最大の問題は彼自身の肉体と魔力。度重なる大威力射撃と休む間もない連続精密射撃は彼のリンカーコアを消耗させ続け、フルドライブ状態も同然の酷使が続いている。彼の魔力量は豊富というわけではなく、このままでは自壊の危険すらあり得る。


 ≪まずいな≫

 問題はクレスばかりではない。前線で敵を食い止めるザフィーラもまた自分達の不利を痛感していた。

 彼の戦闘スタイルは他を寄せ付けぬ圧倒的な速度と爪牙によって敵を引き裂くというものであり、ローセスのような境界防御を得意としていない。特に、このような専守防衛の局面においては鋼の軛のような範囲攻撃がどうしても必要不可欠となる。

 だが、彼はいくら速くともその攻撃は一撃一殺が限界、強敵を屠ることは出来るが、雑魚の大群をまとめて相手に出来るものではない。シグナムならば連結刃による空間攻撃が可能であり、シャマルならば竜巻によって吹き飛ばすということも出来るのだが。



 【クレスさん! ザフィーラ! どいてくれ!】


 そこに、念話が響き渡る。

 その声は戦場に似つかわしくない幼い少女のものであったが、備える精神と覚悟は既に騎士のそれ。僅かに前までは騎士見習いであった少女であるが、今はもう騎士なのだ。

 念話に応じて咄嗟に離脱しつつ、後ろを振り返った二人が見たものは、盾の騎士ローセスが魂である鉄の伯爵グラーフアイゼンのフルドライブ形態、ギガントフォルム。

 しかし、その大きさはローセスのそれをさらに超え、城壁であろうと一撃の下に砕き潰すと言わんばかりの威容を見せていた。


 「ギガントシュラーク!」
 『Explosion!(エクスプロズィオーン!)』

 大地を鳴動させ、爆砕の一撃が異形の軍勢へと叩き込まれる。風の谷に殺到し、密集していたことが仇となり、ただの一撃で500近い改造種(イブリッド)と大量の蟲共が弾け飛ぶ。



 「鉄鎚の騎士ヴィータと、鉄の伯爵グラーフアイゼン! ここから先は、一歩たりとも進ませねえ!!」



 自らが叩き潰した死骸の地平の上に降り立ち、騎士となった少女は堂々と宣言する。命なき屍は厚みというものに欠けており、死骸の山という表現は似つかわしくなく、やはり地平という言葉が適当だろう。


 「ヴィータ……」

 その姿を、クレスは悲しさと共に見つめていた。肝心な時に援護が出来ず、ローセスを目の前で死なせてしまったことへの自責の念による狂乱を吹き飛ばす程の光景が、そこにはあった。

 砕き潰した異形の屍の上に堂々と立ち、揺らぐことなく敵を見据え、鉄の伯爵を構える紅の鉄騎。

 それは宗教画の一つであるかのような雄々しくも神秘的ですらありながら、同時に悲しき姿であった。

 そこに、憐み、哀愁といった感情は浮かばない。それは覚悟を持って戦場に立つことを選んだ少女に対する侮辱というものだろう。

 だからこそ、ただただ悲しい。少女がその道を選んだことを尊く想いながらも、クレスは悲しい想いを抱くことを禁じえなかった。


 「鉄鎚の騎士―――」

 そして、驚愕は攻めよせる異形を率いる“蟲毒の主”も同様、いや、それ以上であったかもしれない。

 若木の副隊長である彼女が到着することは可能性が高いと見ていたが、彼女も賢狼と同じく範囲攻撃を持ち合わせておらず、近接での一撃以外に脅威となるものはない。それ故に、星光の殲滅者シュテルに彼女は遅れをとった。

 ならば、異形の軍勢と蟲共の前には意味を成すまい、接近戦に特化したベルカの騎士の戦い方では、黒い森を防ぎきることなど不可能なのだ。


 「フランメシュラーク!」

 だが、目の前で展開される光景はその予想を裏切っており。


 「シュワルベフリーゲン!」

 炎を発生させる衝撃波、遠隔攻撃を可能とする鉄球の複数同時制御、さらには鉄鎚を巨大化させての渾身の一撃。

 今のヴィータは、攻撃力ならば白光の騎士リュッセを上回り、盾の騎士ローセスと互角、いや、僅かながら凌いでいるかもしれない。それほどの脅威が風の谷に降臨していた。


 「しかし、所詮は子供、あのペースでは魔力が持つまい」

 だがしかし、司令官アルザングの戦術眼はどこまでも冷静であった。鉄鎚の騎士の戦闘は盾の騎士と異なり持久戦に特化したものではない。突撃役としては誰よりも優秀であろうが、これは防衛戦、暴れるだけではすぐに力尽き、異形の群れに飲まれるのみ。

 とはいえ、“蟲毒の主”とて消耗がないわけではない。特に賢狼ザフィーラに奪われた片腕は無視できるものではなく、徐々に蟲の召喚と制御が困難になりつつあるのも確かであった。


 「鉄鎚の騎士を仕留めた時が、引き際か」

 そう遠くない先、烈火の将がやってくる。今の状態で彼女と相対して逃げ切れる自信は、流石の彼にもありはしなかった。




 ≪クレス、ヴィータを援護し、しばらくここを防いでくれ≫


 【一体何を―――】

 だがしかし、“蟲毒の主”の計算外は、賢狼の取ったあり得ぬ行動であった。


 ≪すぐに戻る、任せた≫


 【――――――了解しました】

 疑問はあったが、追及することなくクレスは彼の言葉に是をもって応えた。

 賢狼ザフィーラは無駄なことなどしない。ひょっとすれば、純粋な移動速度で最速である彼が、烈火の将シグナムを背に乗せて連れてくるつもりなのかもしれないとは思ったが、違うようにも思われる。

 ただ、任されたからには死力を持って守るのみ。放てる矢はせいぜいあと10本ほどであろうが、攻撃力こそ高いが連携に隙があるヴィータの背中を守るくらいはしてみせる。


 「ローセス、お前の背中を守るはずだった矢だ、決して外しはしない」

 鷹の目の狩人は、後悔の念、自責の念を押しこめ、冷徹なる狙撃手へと舞い戻る。今は冷静さこそが最大の友であり、荒れ狂う心は邪魔者以外の何ものでもない。

 鉄鎚の騎士ヴィータと、鷹の目の狩人の、最後の防衛戦が始まった。












ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  南西部



 古き技を伝えし知識の塔、朱の色に染まりし時

 彼の地に吹く風の中、異形の落とし子の嘆きが響き渡る

 雲と闇が交錯し、雪を覆いし守護の星は瞬き墜ちれど

 墜ちたる欠片は蒼き盾、昇る紅の明星に託される



 死の闇へと落ちていくその淵にて、盾の騎士ローセスは放浪の賢者の予言を思い起こしていた。


 自分の魂、鉄の伯爵グラーフアイゼンは紅の明星へと託した。そうして守護の星は瞬き墜ち、彼の生命は尽きるはず。


 しかし、未だ成就されぬ文がある。


 堕ちたる欠片は蒼き盾


 欠片とは、果たして一体何を――――



 「聞こえるか、ローセス」


 「………」

 声が、確かに聞こえた。

 念話ではなく、それに近い賢狼の不可思議な能力ではなく、彼の声が。

 風のような自然な流れに乗って、心と耳の両方に響いた。


 【聞こえる】

 風に乗せるための言葉を全てヴィータに託してしまったがために、ローセスは念話でもって答える。ただそれだけが、今の彼に成せる全てであった。


 「お前の妹、鉄槌の騎士ヴィータはクレスと共に戦っている。しかし、敵の数が多い、あのままでは力尽きよう」


 【………】

 彼がそう言う以上、それは事実なのだろう。

 しかし、それならば彼がここにいるのはおかしい。

 賢狼ザフィーラは、誓約を違えない。


 ≪お前が共にあれない時は、我が見守ろう≫


 かつて、蒼き賢狼は盾の騎士にそう誓った。

 彼が放浪の賢者の供として長い旅に出ている間、まだ副隊長ですらない一人の若木であったヴィータの傍にいてくれたのは、彼だった。

 確かに、有事の際には姫君の護衛を受け持つという役割は定められていたが、それも不変のものではない。現に、ローセスを乗せて白い翼で空を駆ける彼女を護衛せず、彼は風の谷の守りを任されていた。

 そして、鉄鎚の騎士ヴィータが風の谷で戦っているならば、賢狼もまたその傍らで戦い続けているはずだというのに。

 なぜ、彼はここにいる?

 死にゆく自分を看取ったところで、事態は何も好転しないというのに―――


 「我の力では、皆を守り切れん」


 【………】

 返される言葉は、静かに、重く響いた。

 どんなに速く鋭い爪牙があろうとも、守り切ることの助けにはならない。

 必要なのは爪ではなく、盾。

 いかなる脅威からも夜天の騎士達を守り切る、不滅の盾こそが必要なのだ。

 だが、その役を担っていた盾の騎士はもういない。守護の星は、瞬き墜ちたのだから。


 故に―――


 「守護獣の契約を、我に」


 【―――!?】

 その言葉は、死の淵にあるローセスにすら、驚愕の軛を打ち込んだ。

 誇り高き孤高の賢狼が、人間の守護獣となる。人間に力を貸すことすら稀というか、放浪の賢者がいなければなかったであろうに、ましてや―――


 【待て―――守護獣は、主と命を共有する。俺が死ねばお前は―――】

 それは定め、主が死ぬ時、守護獣も共に滅ぶ。

 そして、それでは意味がない。ザフィーラが守護獣となったとしても、風の谷に着く頃にはローセスの命が尽きている。

 だが―――


 「放浪の賢者ラルカスが、我に託した。通常の契約の、逆なる法を」

 死にかけている獣に、己の魔力を分け与えることによって使い魔となし、命を救うことが出来る。遙かに未来において、フェイト・テスタロッサという少女はそうして、群れからはぐれ死に瀕していた子狼を救った。

 その逆の術式、死にかけている人間を、獣が魔力を分け与え、さらに己を彼の守護獣となす。その場合は―――


 【待て、それでは、お前の人格は―――】


 「消えることとなろう。獣の姿の時は多少残るかもしれんが、我そのものは残るまい」

 魔力を与える側が、守護獣となる。それはすなわち自身の器だけを残し、命を入れ替えることに等しい。

 盾の騎士ローセスの死にゆく命を、ザフィーラの命によって補完し、魂の器となる肉体を融合させる。複雑な術式どころではないそれを、彼の力のみで成そうとするならば、その過程で彼の魂は―――


 「だが、お前は大丈夫だ。調律の姫君に作られし欠片が、お前のリンカーコアと魂を磨滅から防いでくれる」


 【欠片………】

 融合騎“ユグドラシル”はローセスのリンカーコアと切り離せないレベルで融合している。それ故に、多少無理な力を加えたところで、彼のリンカーコアが壊れることはない。

 しかし、ザフィーラのリンカーコアは助かるまい。賢狼のリンカーコアを消費することで紡がれる守護獣の契約、その後に残るは、ローセスのリンカーコアと、“ユグドラシル”によって動く、主であり、同時に守護獣でもある存在。


 【だが―――】


 「構わん、我の命がなくなろうとも、意志は消えん。我々の命は人間のそれとは違う、我の器が消滅し、風に還る時、我は元の存在に戻るだけだ、そこにいる彼らと同じように」


 『マタ会イマショウ、フシュフシュ』
 『マタ会イマショウ、フシュフシュ』
 『マタ会イマショウ、フシュフシュ』
 『マタ会イマショウ、フシュフシュ』
 『マタ会イマショウ、フシュフシュ』


 自分の死の概念は人間のそれとは異なる、故に、お前が気に病むことはないと賢狼は語る。

 沈黙の時間は一分か、はたまた二分か。

 そして、ローセスもまた彼の意志を悟り、止めることに意味はなく、そのような時間は無駄でしかないことを理解した。


 【俺の、騎士としての魂は――――ヴィータに託した】


 「ああ」


 【だが、白の国を、仲間を、そして、フィオナを守ろうとする、ローセスという男の意志はまだここにある】


 「ああ」

 身体は傷つき、血液は大量に流れ出て、もはや動く場所はどこもない。

 残る命も極僅かであり、今にも消え去る?燭の火でしかない。

 だが、意志はまだ残っている。命ある限り、決してそれは無価値ではないのだ。



 【ならば俺は、皆を守る守護獣となろう。騎士としての誇りではなく、ただ皆を守る意志を貫き通す不滅の盾に、悲しき覚悟と共に戦場に臨む彼女らを支える、守護の獣へと】



 そして、ローセスは己の意志を込めて宣言する。ザフィーラに促されたためではなく、これは確かに己の意志で選択した道であると。



 【お前の魂を――――俺にくれ、ザフィーラ。決して、無駄にはしない】


 「承知した、我が主にして我が分身、盾の騎士ローセスよ」


 それは、決して違えること無き“誓言”


 賢狼の生涯において、三度しか成されぬという神聖なる誓い。

 一度目は、彼がこの世界に生まれ出で、己の在り方を自らの意志で定めた時に。

 二度目は、放浪の賢者が彼に名を与え、ザフィーラという個を得た時に。

 そして、三度目は、己の魂を引き換えに守護獣となり、主となった青年に全てを託す時に。



 「もはや、言葉は不要。我は汝であり、汝は我なり」


 古代ベルカのドルイドの業を示す方陣が賢狼を中心に展開され、盾の騎士の身体は、三角形の陣が包み込む。


 【俺達の命が尽きる時に、また会おう、誇り高き賢狼よ】


 「ああ、その時を楽しみにしていよう、誇り高き盾の騎士よ」


 光が―――二人を包み込み



 『サヨウナラ、ローセス』


 一人の機械精霊が、静かにそう呟いた。
















ベルカ暦485年  ギラルドゥスの月  白の国  南部  風の谷




 「はあっ、はあっ」


 終わること無き決戦場。


 最早そのように称するより他はないほど、数多くの血を吸いこんだ谷間は、しかしなおも血を求め続けている。


 「大丈夫か、アイゼン…」

 『Ja.』

 奮戦を続けた鉄鎚の騎士ヴィータであるが、傷だけで論ずるならば、むしろ鉄の伯爵グラーフアイゼンの方が深刻であった。

 長い年月を共に戦ったローセスと異なり、ヴィータはまだグラーフアイゼンの扱いに長けているとは言い難い。ラケーテンフォルムやギガントフォルム、誘導弾の管制制御などはローセスを上回る適正を持つが、適切な量の魔力を注ぎ込むことが出来ていなかった。

 つまりは、適量が定められた水道の蛇口に限界以上の水を流そうとするようなものであり、さらにそれを、水道自身の意思によって防ぎ止めていたのだ。

 この戦いは持久力が求められる防衛戦。敵の数は未だ膨大であり、僅かな魔力の無駄も許されない。

 ならば、魔力を注ぎ込み過ぎたことで、余分な魔力が外へ漏れだすことなどあってはならない。鉄の伯爵グラーフアイゼンは、己のフレームが軋むのを覚悟の上で、ヴィータの魔力を適切な値へと抑え込みながら戦い続けているのであった。


 (アイゼン……ありがとう………そして、妹を頼むぞ……)


 彼は、託されたのだ。彼女のことを頼むと。


 その命題を果たすためならば、自身が傷つくことなど顧みるに値しない。この身は鉄鎚、相手を砕くためならば、己が砕けることも覚悟せよ、それは必然の理。


 「らああああああああああ!!!」


 そして、鉄の伯爵グラーフアイゼンを携えし鉄鎚の騎士にもまた、恐れはない。既に魔力は底を尽きかけているが、それでも彼女は怯まず迫りくる敵を迎え撃つ。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」

 だがしかし、異形の軍勢にはなおも底が見えない。残り数千ほどにまで減少しているのは間違いないはずだが、僅か数騎の騎士が相手にするにはやはり数が多すぎる。


 「これまでだな」

 異形を率いる“蟲毒の主”は正確に鉄鎚の騎士の余力を見抜いていた。間違いなくこれが最後の突撃、この足が止まれば、もう後はない、黒き森に飲まれ散りゆくのみ。

 そして、己の手で止めを刺そうなどという意思は既に彼にはなかった。それを逆手に取られ、片腕を失ったばかりであり、賢狼の姿が見えないことも気がかりである。

 彼は、“幻惑の鏡面”を発動させたまま静観に徹しており、既に蟲共も召喚も止めていた。鉄鎚の騎士は満身創痍であり、鷹の目の狩人からの援護ももはや意味を成していない。

 この局面における彼の勝利は定まった。白の国を滅ぼすには至らなかったが、盾の騎士と討ち取り、後釜と思われる鉄鎚の騎士も仕留められるならば、前哨戦としては十分な戦果といえる。


 だが、そんな彼の計算は脆くも崩される。





 「縛れ―――――――鋼の軛!」





 既に堕ちたる守護の星、その欠片が蒼き盾となり、異形の軍勢を堰き止めていた。








 「―――――馬鹿な」


 信じがたい光景、信じたくないにも程がある光景。

 これまで彼が盾の騎士を討ち取るために敷いてきた万全の布陣、それを根底から覆し、彼の策を否定する光景がそこには展開されていた。

 だが――――同時に違和感もある。

かつては赤い血の杭の如き威容を誇っていた鋼の軛は、今や藍白色。しかし、以前に増して力強く、“ここは通さぬ”という意思が遠目にも感じ取れる程に。

 そして、最大の相違点は―――


 「守護獣――――だと」

 それを発生させた敵手は、盾の騎士ローセスとは似て非なる存在であった。

 燃えるような赤色であった髪は白く染まり、真紅の魔力光も同様に藍白色へと。


 体躯こそ大きな変化は見られないが、肌は褐色となり、その額には守護獣の証たる水晶が存在している。


 そして何よりも、人間ではありえぬ獣の耳と、狼の尾。




 「盾の守護獣――――ザフィーラ!! 我が誇りにかけて、ここは通さん!!!」




 解き放たれる咆哮は、人間のそれでありながらも、狼の遠吠えの如く。

 その名乗りを聞いた瞬間、この決戦場にいる知恵ある者達の全てが理解した。


 盾の守護獣


 その言葉が持つ意味を。彼の名がザフィーラである理由を。堕ちたる守護星の鋼の軛が、ここに再臨した道理を。

 己の前に守るように立つ、兄のように広い背中を呆然と見上げる少女も。

 最後の爆炎の矢、ウルスラグナをつがえ、己のリンカーコアを犠牲にしてでも鉄鎚の騎士へ迫る敵を薙ぎ払おうとしていた盾の騎士の親友も。

 己の布陣が、無意味なものへと堕したことを悟り、自嘲めいた笑みを浮かべる“蟲毒の主”も。


 全員が、悟っていたのである。


 「ヴィータ、ここは私に任せて退け」


 「…………あ、ああ」

 半ば放心したまま、力強い腕に背中を押され、彼女は後方へと飛び立つ。

 それは行く先も定まらないような飛行であったが、鉄の伯爵グラーフアイゼンが彼女の傍にはある。クレスが守る谷の中まで、彼女は無事辿り着けることだろう。


 「牙獣――――走破!」

 そして、盾の守護獣ザフィーラが、ただ一人の進軍を開始する。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」


 押し寄せる異形も、彼の前では意味をなさない。例え彼の傍らをすり抜け、谷へ迫ろうとも、何よりも強固なる鋼の軛がそれを阻む。

 賢狼の強靭なる肉体に、盾の騎士の意思“ユグドラシル”が宿った盾の守護獣は、決して誰にも破れない。


 「―――――撤退せよ」


 それを悟ったが故に、司令官たる“蟲毒の主”は指令を下す。

 既に残り3000程にまで減った異形如きでは、盾の守護獣を突破することは敵わない。蟲の援護も既になく、時をかければ烈火の将も到着しよう。

 そして、己の毒も盾の守護獣には通じない。“蟲毒の主”の毒によって死にかけていた盾の騎士の“ユグドラシル”が宿っている以上、間違いなくあの身体は耐性を備えている、一つの毒によって同じ存在を二度殺すことは絶対的に不可能だ。

 これより先は、無意味に駒を消耗するだけ、ならばこそここは退くべき。


 「――――退いたか」

 そして、同じく歴戦の強者である彼も、戦が終わったことを瞬時に悟った。それまで怒涛の如く押し寄せていた異形の群れから、“殺意”や“戦意”が薄れたことを明確に感じ取ったために。

 この異形共は死ぬまで暴走するしかなかった“ハン族”の者達とは違い、司令官の指示によって、撤退させることも可能となっている。

 新たに得た情報を整理しながら、盾の守護獣は油断なく周囲を見据え、数多くの血を吸った風の谷の中心に立ち、敵が完全に退くまで身構えていた。












 かくして、白の国の戦いは、ひとまずの終わりを迎える。


 夜天の騎士達とヘルヘイムの黒の陣営、両者の相克によって多量の血が流れ、散った騎士達もおれど、終幕にはまだ早い。


 黒き魔術の王の進軍は終わったわけではなく、いずれ再び押し寄せる。


 その先頭に立つは、黒き魔術の王その人か、代行者たる蟲毒の主か、それとも、未だ目覚めぬ“闇統べる王”か。


 それはまだ、分からないが。


 一つの戦いが、ここに終わりを告げていた。





[26842] 第二十一話 最強の騎士
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/05/05 11:43

第二十一話   最強の騎士




新歴65年 12月9日  時空管理局本局  中央センター  AM8:00




 「しかし、本当に良かったのか、なのは、フェイト、今日は学校がある日だろう」

 本日は金曜日、大学生ではないなのはとフェイトには当然の如く授業がある。


 「いいの、フェイトちゃんと一緒に決めたことだから」


 「勉強は、後でも頑張れるけど、こっちは、今日しか頑張れない」

 いっそ見事といいたくなるくらいに強い意志を秘めた瞳で言い返されては、クロノには最早何も言えなかった。

 彼個人としてはなのはとフェイトの学校生活は可能な限り乱したくはないのだが、仮に本局に連れてこなかったところで結局はそれぞれで特殊訓練を始めそうな勢いだ。


 「でも、あんまり無理はしないでね、なのは、フェイト」

 一緒に本局までやってきたユーノの目的は多少異なる。

 ギル・グレアム提督の協力によってようやく使用可能となった無限書庫、今日からユーノはグレアム提督の使い魔であるリーゼロッテ、リーゼアリア両名の協力も得ながら、闇の書の起源に関する調べ物を開始する。


 「うん、大丈夫」


 「きっと、強くなるから」


 「いや、そういうことじゃなくて、怪我とかしないようにって、模擬戦をやってくれる人って、古代ベルカ式の使い手なんでしょ」


 「ああ、ゼスト・グランガイツ一等空尉、魔導師ランクはS+、ミッドチルダ地上部隊では間違いなく最強の魔導師、いいや、騎士だ」


 「最強の騎士、か。いくらなのはやフェイトでも、無理がないかな……」

 ユーノとしては、この模擬戦を止めたい気分なのだが、一度決めたら絶対に引かないなのはとフェイトの気質も良く知っているだけに、止める術がないことも理解していた。


 「無理があるのは百も承知だが、それ言うならヴォルケンリッターの相手を彼女らがすることが無茶苦茶だからな、多少荒療治にはなるだろうが、効果的なのも間違いない」

 万一、二人が大怪我することになろうとも、それが模擬戦ならばまだいい。十分な設備と支援体制が整った条件での戦闘である以上、最悪の事態に陥ることはない。

 だが、ヴォルケンリッターとの戦闘中に万が一があれば、最悪命を落とすことすらあり得る以上、ここで古代ベルカ式のオーバーSランク魔導師と戦うことは決してマイナスにはならないだろう。


 「まあ、うん、トールもいてくれるし、大丈夫かな」

 時の庭園の管制機は、既に昨日のうちにミッドチルダの地上本部へと向かっている。なのはとフェイトの最終目的地も地上本部なのだが、その前に本局での手続きを済ませる必要があるため、ユーノと共にやってきたという経緯がある。

 アースラに搭乗している嘱託魔導師のフェイト・テスタロッサと、“闇の書事件”に関しての民間協力者である高町なのは。

 この二人が地上本部首都防衛隊のゼスト・グランガイツと模擬戦を行うならば、相応の手続きという者が必要となり、それ以前に普通ならば実現するはずもない模擬戦なのだ。


 「しかし、彼はいったいどういやってこの模擬戦を実現させたのやら」


 「えっと、ゲイズさん、ていう人とは昔から懇意にしてるって、トールは言ってたけど」


 「それは理解しているが、ブリュンヒルトのことといい、ただ仲がいいだけの話で済むレベルじゃないんだ」

 フェイトやなのはには知らせたくはない大人の世界の話が絡んでいるのは疑うまでもないが、それがどのような類のものなのか。

 あの管制機のことだから、どんなことをやっているのか想像もつかない。何か、“究極兵器”なるものを開発しているとは聞くが、まさかそれ関係だとは思えない、というか、思いたくない。


 <ひょっとして、ゴッキーやカメームシやタガーメがミッドチルダ地上部隊に配備されるなんてことは………いや、まさかな>

 万が一にもそんなことはあって欲しくないと思いながらも、冷や汗が流れるのを止められないクロノであったが、彼の予想は当たらじとも遠からじ、といったものであった。









新歴65年 12月9日  ミッドチルダ首都クラナガン 地上本部 防衛長官執務室 AM9:05



 『お久しぶりです、ゲイズ中将、おかわりないようで何よりです』


 「お前も、相変わらずのようだな」


 『ええ、私は変わりません』

 クロノ、ユーノ、なのは、フェイトが本局の中央センターに到着した頃、時の庭園の管制機はミッドチルダの中枢にあった。

 彼がここを訪れるのは初めてではなく、そう珍しいことでもない。この半年だけでも月に一度くらいのペースで訪れている。

 そして、情報の交換という面ならば、秘匿回線を用いてかなりの頻度で行っている。現在は時の庭園とレジアス・ゲイズの個人的な繋がりを知る人間はいないが、近いうちに彼の娘であるオーリス・ゲイズも知ることとなるだろう。


 『ブリュンヒルトの改良計画も順調のようですが、目指すべき目標点、アインヘリアルに近づくにはまだかなりの時間を有しそうですね』


 「そこは仕方ない、元より1年や2年でどうにかなるとは思っておらん」


 『流石です、若い者たちもたまには腰を据えてじっくりやることを学ぶべきかもしれません』


 「若い者、か、お前はもう老人だったな」


 『人間で例えるならば、80はゆうに超えておりましょう。デバイスの耐用年数は通常ならば十数年、長くとも30年といったところでしょうから』

 インテリジェントデバイス“トール”は、45年間稼働を続けている。

 ギル・グレアムのオートクレールのように53年に届くストレージデバイスも存在するが、彼はもう“現役”ではない。


 「だが、ゼストのデバイスはまだ働いている」


 『アームドデバイスの父、クアッド・メスセデスが作りし“ベイオウルフ”、彼も、私の古き友ですね、稼働歴は30年に届きましょうか』


 「デバイスか、考えてみれば不思議なものだ。ただの機械に過ぎんというのに、気がつけば魔導師達の隣にいるのが当たり前となっている、通信端末も広義の意味ではデバイスなのだろうが」


 『魔導師が扱う魔法補助の道具、という狭義のデバイスならば、確かに非魔導師である貴方には不思議に感じられるかもしれません、ですが、我々は人間のために作られた、そこに疑問もなければ不思議もありません』


 「これは独り言のようなものだ、聞き流せ」


 『そうしましょう、他の案件については、何かありますでしょうか?』


 「いいや、特にこれといってはない。デバイス・ソルジャーもまだリンカーコアの確保を進めている段階であり、外の企業や市場の動向を気にかける必要もない」


 『リア・ファルも現段階ではまだ必要ではない、ということですか』


 「やることはまだまだあるが、まずは費用を捻出せんことにはどうしようもない。そう何度も何度も時の庭園から資金を融通してもらうわけにもいくまい」


 『確かに、献金もほどほどにしなければ賄賂だ癒着だと騒ぐ方々が出てきますからね。ですが、それもやり方次第ですよ、特に医療分野は巨額の費用が動く割には専門的用語が多いため誤魔化しやすいですから、製薬方面は一番やりやすいですかね』


 「医療分野………生命工学関係か」


 『“ミード”や“命の書”の行政的な手続きも終わりましたし、テスタロッサ家としてもそろそろ本腰を入れて取り掛かる予定です。特許はこちらにあるため、使われれば使われるだけ資金が転がり込んできます』


 「その一部が、あの男の下へ流れるというのもいけ好かん話だが」


 『ですがまあ、知的財産権の観点で見るならば、正当な報酬ではあるのでしょう。ジェイル・スカリエッティがもたらした技術によって救われた人間は数多くいる、発展した産業がある。間接的ではありますが、止められた紛争も数多い、食糧問題と彼の技術は、今は切り離せないものとなりつつあります』


 「だからと言って、奴がいなければ世界が成り立たぬわけでもない」


 『その通りです。ですが、熱心に研究を行った者が評価されず、何の対価も受け取れないならば研究者は少なくなり、社会の産業は衰退していきます。そのための特許法であり、そのための権利でありましょう』


 「随分、博学だな」


 『このような分野は刑法と異なり、“人間の感情”が混ざらないため、暗記すればそれで済みます。感情はどうあれ、利権問題は白と黒が法によってつきますから、機械にとっては扱いやすいのですよ』


 「なるほど、アレクトロ社がお前を相手にしたのは不運としか言いようがないな、俺も、注意せねばなるまい」


 『私は、貴方の弱みを握って失脚させようなどとは思っておりませんよ、むしろ、貴方に敵対するものを片づけて差し上げるつもりです』


 「………要求は何だ?」

 トールが言外に言っていることを、レジアス・ゲイズは即座に察する。

 要は、トールはレジアスに依頼したいことがあり、その見返りを先に提案している、ということだ。


 『まだ可能性の話ではありますが、いざ必要となった際には今から準備しなければ間に合いません』


 「もったいぶるな、いちいち回りくどいのはお前の悪癖だ」


 『申し訳ありません、何しろ機械ですから、順序立てて説明せねばエラーを起こすのです』


 「お前は性能の悪いストレージか」


 『今の私はそれに近い、なにせ、貴方はテスタロッサの人間に近しい人物ではありませんから』

 インテリジェントデバイス“トール”が、人間らしい言語機能を用いる相手は限られている。

 そして、テスタロッサ家の人間に遠くなればなるほど、その傾向は強くなる。

 プレシア・テスタロッサと異なり、フェイト・テスタロッサにはレジアス・ゲイズとの面識もなければ繋がりもない。それを持っているのはあくまで管制機トールのみである。


 『話を戻しますが、1つ目はブリュンヒルトのことです。あれの発射権限を一時的に海の提督へ譲渡していただきたいのです、無論、管制は私が行いますが、作戦行動を考えた場合、権限は集中していた方が効率は良い』


 「面子などどうでもよい、全ては効率か、何とも機械らしい話だ」

 これが、人間から出された提案であるならば、レジアス・ゲイズもまた“感情的に”反応していただろう。彼の中には海に対する負の感情は根強く残っている。

 だが、それを機械相手に言うことほど無益なことはない、レジアス・ゲイズにとって、時の庭園の管制機は感情を捨てて純粋な利害関係のみを吟味しながら交渉を行えるという点で、稀有な存在であった。


 『感情的には否定したいのではないかと推察しますが、私の人格モデルも完璧とは言えませんので』


 「ふん、それが俺の悪癖であることくらいは理解している。だが、人の上に立つ者に完全な機械になることは許されん、強い意志を示さずして、誰がついてくるという」

 それが、レジアス・ゲイズの持つカリスマ性。

 どうあっても、ミッドチルダ地上部隊は本局に比べて下位であり、弱い立場にあることは揺るぎない事実。

 そんな中で、卑屈になることなく、地上の現状と要求を本局に対して言える存在というものは、確かに必要なのだ。無論、度が過ぎれば逆効果ともなるが、何もせずに組織が硬直するのに任せるよりは数段ましである。


 『そこは、人間同士で議論していただければ幸いです』


 「確かに、お前に言うのは詮無いにも程があるな」

 そして、そのような役割が求められる彼であっても、この存在とは熱くなることもなく、冷静に応対することが出来る。

 自動販売機や駅の改札に対して怒り声を挙げて蹴りつけることは、無意味を通り越して滑稽でしかない、要はそういうことである。


 「それで、相手はリンディ・ハラオウンか?」


 『現段階では確定しておりませんが、おそらく、ギル・グレアム提督になるのではないかと予想します』


 「ギル・グレアムだと、なぜあの男の名前が出る―――――待てよ、今お前が関わっているのは闇の書事件だったか」

 地上部隊の人間であれば、海の案件などほとんど知りはしないが、彼は地上部隊と本局の繋ぐ地上本部の防衛長官であり、さらに闇の書事件はロストロギア災害の中でも特に知名度が高い。


 『御察しの通りです』


 「なるほど、あの男が動いているか………」

 そしてそれ故に、レジアス・ゲイズの中でも様々な思索が浮かんでくる。現状では一艦長に過ぎないリンディ・ハラオウンと異なり、ギル・グレアムの発言力は無視できるものではない。

 もし、彼に貸しを作ることが出来るのであれば、今後のデバイス・ソルジャーの運用やアインヘリアルの開発においても有利に進めることが―――


 『皆で協力し合えれば、それに越したことはありません、最低限の労力で、最大の効果が得られる極めて優れた方法です』


 「効率と結果だけを見るならば、だがな」


 『確かに、人間関係の調整のコストと労力を計算に入れておりませんでした、ひょっとすれば割に合わないのかもしれません』


 「道化め、お前が計算していないなどあり得るものか」


 『汎用言語機能を用いていない私などこの程度ですよ。返答は、まあ、近いうちにお願いします、本日、クロノ・ハラオウン執務官がこちらに参られますので』


 「やはりか、相変わらずの根回しの良さだな」

 依頼をするならば、十分な準備期間を予め計算しておく。

 トールの行動は、常にそれを基準にしている、そして、準備が整っていないのであればそもそも動かない。

 ヴォルケンリッターとの戦いにおいて、彼が観察と情報収集に専念しているのも、その行動方針が理由である。


 『彼は今回、彼女らの保護者としてやってきたついでです、もしくは、こちらのついでに彼女らを案内してきたともとれますが、そこは主観によりますので何とも』


 「そちらはもういい、海の執務官がやってくるならば近日中にここまで正式な書類が届くだろう、その時決定しよう、もう一つは?」


 『こちらは簡単です。現在地上本部が運営している“生命の魔道書”の貸し出し、その順序に、ある少女を割り込ませていただきたい』


 「むう、だがあれは重度のリンカーコア障害を負った子供に優先して貸し出すように法で定められている。俺の権限で割り込みは出来ん、そもそも、そのようにしたのはテスタロッサ家だろう」

 生命の魔道書は、ジュエルシードの力で作られ、テスタロッサ家から“実験成果”として時空管理局に管理を依頼された品。

 法的な諸事から、かなりの紆余曲折を経ることとなったが、現在では博物館への貸し出しに近いような扱いでテスタロッサ家と繋がりの深かった地上本部に譲渡され、重度のリンカーコア障害に苦しむ子供の治療のために、各管理世界の医療機関に順番で貸し出されている。


 『いえ、そちらの法律そのものには反しません。ただ、例外的な対象として、管理外世界を含めていただきたいだけです』


 「管理外世界だと?」

 それは、レジアス・ゲイズにとってはやや意表を突かれた言葉である。

 それぞれの管理世界の公的資金で運営される地上部隊の統括である彼は、基本的に管理外世界で起こっていることに関与する立場ではない、そちらは海の領分だ。


 「それこそ、次元航行部隊の役割ではないのか、ハラオウンの方が余程適任の筈だ」


 『無論、“命の書”や“ミード”は用いる予定です。闇の書事件を追う際の有効性が認められておりますので、アースラと時の庭園にはかなりのストックがございます』


 「それでは、足りんということか」


 『私の計算に誤りがなければ、“生命の魔道書”であっても根本治療は望めないでしょう。それほど重度のリンカーコア障害に侵されつつある少女が、管理外世界にいるのですよ』


 「だが、なぜお前がそのために動く?」

 博愛精神など、機械には存在しない。

 特に、この管制機は徹底してテスタロッサ家の人間のためにしか動かない古いデバイスなのだ。


 『簡単なことです、その少女、八神はやてはフェイト・テスタロッサの友達である月村すずかの友達です。今はまだ互いに面識はないようですが、それぞれの親密度合いを考えれば、やがて友達になることは明白。その時、フェイト・テスタロッサが何を思うかを私はシミュレートし、その願いを叶えるための下準備に動いているだけ』


 「それだけ、か」


 『ええ、それだけです。現段階では可能性ですが、一か月以内という期間推定ならば、100%に限りなく近い、遅かれ早かれそうなるのならば、準備は早い方が良い』


 「そういうことなら、まあかまわん、最初の条件付けの際に管理外世界を考慮に入れていなかった不備を正すだけのことだ」


 『ありがとうございます、御礼は必ずや』


 「これでようやく貸し借りなし、といったところか、ゼストの件も含めてだが」


 『そういうことになるかもしれません、模擬戦の件も、重ねて感謝いたします』


 「俺はゼストに依頼しただけだ、礼はあいつに言え」


 『分かりました、それではそういうことで』

 その言葉を残し、人型の自動人形が防衛長官の執務室から退室していく。

 今回は珍しく、トールの本体はこの人形の中にある。闇の書事件の本部として機能している時の庭園から、管制機たる彼が離れるのはあまり得策ではなかったが、彼の優先順位は常にフェイトが上にある。

 つまり、フェイトのために彼の本体がここにいる必要性が存在していた、ということを意味していた。











新歴65年 12月9日  ミッドチルダ首都クラナガン  地上本部  談話室 AM11:00



 「時空管理局・地上本部首都防衛隊のゼスト・グランガイツ一等空尉だ」


 「初めまして、本局次元航行部隊“アースラ”所属、クロノ・ハラオウン執務官です」


 「は、はじめまして、高町なのはです!」


 「ふぇ、フェイト・テスタロッサです!」


 「おーい二人とも、そんなに緊張しなくてもいいぞ、この旦那はその辺あんまり気にしない人だから」

 それぞれが自己紹介をする中、防衛長官との会談を終えた人形だけは、実にフリーダムであった。

 もし、レジアス・ゲイズとの対話を聞いていた者がいて、この状態の彼を見たならば、その差異に驚嘆せずにはいられないだろう。


 「ベイオウルフも久しぶり、って、こっちはしゃべれないんだったか」


 「久しぶりだ、と言いたいが、お前はそのような口調だったか?」

 ゼスト・グランガイツはインテリジェントデバイス“トール”と初対面ではない。

 彼が以前に地上本部を訪れた際、何度か話をしたことがあり、それ以前にそれぞれのマイスター同士が交流を持っていたという経緯もあった。


 「あー、ゼストの旦那の前ではこの口調でいることはなかったか、こいつは汎用人格言語機能、ていってね、まあ、こっちの娘さん達のための機能なんだ」


 「僕もたまに混乱しますが、流石に慣れてきました」


 「わたしは、この姿のトールさんに丁寧語で話されたら混乱しちゃいます」


 「わたしは――――慣れてる、と思いますけど」


 『洗浄シマス、洗浄シマス』


 「「 きゃあああああああああああああああああああああああ!!! 」」


 「とまあこのように、こいつらをからかうのに有効なのさ」


 「2人とも、落ち着け、ここに”あの”機械は無い。申し訳ありません、グランガイツ一等空尉」

 錯乱する少女達をなだめ、即座に頭を下げるクロノは、元々苦労人気質だったこともあるが、兄としての姿が板についてきていた。


 「構わん、模擬戦前のリラックスとしては効果的だろう」

 とはいえ、彼も些細なことで気分を害するような気質でもない、早い話が大人なのであった。












新歴65年 12月9日  ミッドチルダ首都クラナガン  地上本部  訓練室 AM11:15




 10分ほど、今回の模擬戦の目的や現在なのはとフェイトが直面している課題を話し合った後、訓練室へと移動する4人+デバイス達。

 途中からクロノは別件で席を外すこととなるが、夕方5時頃にはなのはとフェイトを引き取りに来る予定である。


 「しかし、フルドライブを用いた模擬戦は危険が伴うが、本当にいいのか?」

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターの戦闘能力については映像も交えて説明したが、それでもゼストとしては9歳の少女相手に全力を出しての模擬戦は不安を禁じ得ない。

 彼の攻撃力は強大無比であり、非殺傷設定とはいえ、命を奪うことは容易なのだから。


 「大丈夫です!」


 「絶対、撃墜しませんから!」

 二人の少女は気合十分、ただ、空回りしないかだけが不安になる。


 「ま、大丈夫です、ここの医療設備は整っていますし、こいつらの身体データは俺が全部持ってますんで、それに、ほら」

 俗に、医療カプセルと呼ばれる、治療器具を手術レベルまで一通りそろえた移動用手術室とも呼べるものが、廊下の向こうから移動してくる。


 「昨日のうちに、あれを手配しておきましたから、腕が折れようが20分もすれば戦線復帰可能です。こういうのは何よりも初期治療がモノを言いますからね」


 「最初は怪我も多いでしょうから、1時頃までは僕もついています。治療魔法は一通り扱えますので」

 当然、地上本部にも医療技術と治療魔法を修めた医務官はいるが、こちらから訪問しての模擬戦でそこまで準備してもらうわけにもいかない。

 医療カプセルも時の庭園で用意したものであり、早い話が持ち込みの品である。ついでに言えば、これをこのまま置いていって地上本部に寄付することが今回の模擬戦の対価であった。


 「そうか、そういうことならば、まあよいが」


 「今のあいつらに必要なのは、“絶望”なんです、それをお願いできるのは旦那しかいないんですよ」


 「随分と物騒な表現ですが、彼女らは圧倒的な格上と戦った経験がないのが弱みなんです。ヴォルケンリッター達も、フルドライブを用いた戦いはしていませんでしたから」


 「こっちの執務官殿は罠を用いた知略タイプですので、徒労感を与えるのは得意中の得意ですが、絶望感を与えるのには向いていません。純粋な性能で圧倒的に上な相手との戦闘経験が必須なんでしてね」


 「分かった、微力を尽くそう」


 「お願いします!」


 「よろしくお願いします!」

 そして、少女達は気合を込めて、訓練室内部へと向かう。


 「フェイト、なのは、一つだけ忠告だ」

 医療カプセルの準備を始める一人と一機は、とりあえず部屋の外で待機だが、管制機の方が最後に餞別の言葉を送る。


 「えっと、何?」


 「模擬戦が始まったら、取りあえず全力でシールドを張っとけ、そうすりゃ、運が良ければ気絶は免れる」


 「? まあ、念頭に入れておくね」

 そして、なのはとフェイトの二人は、最強の騎士が待つ訓練室へと。


 「さて、何分保つかねえ」


 「せめて1分、いいや2分は保ってほしいところなんだが」



 30秒後



 「治療を頼む」

 バリアジャケットを袈裟がけに切り裂かれ、完全に気絶した少女ニ人と、同じく真っ二つに切り裂かれたニ機が、鎧を纏わず、移動速度に重きを置いた戦装束の古代ベルカ式の騎士に担がれて戻ってきた。


 「星、星が見えるスタ~」


 「母さん、ほら、綺麗な星空~」


 『1分保ちませんでしたね、というか、二人ともいずこへ旅立っているのでしょうか』


 「二人は僕が治療する、君は、そっちの2機を頼む」


 『了解しました』

 クロノ・ハラオウンとトール、この二人の組み合わせにも当然意味はある。

 クロノの役割はなのはとフェイトがこうなった際の二人の治療役、彼の魔法と知識、そして医療カプセルがあれば大抵の傷は即座に治せる。

 そして、もう一方の役割は―――


 『管制機能ON、“機械仕掛けの神”』

 レイジングハートとバルディッシュ、ニ機の自己修復機能を最大限に発動させると同時に、エラーチェックを行う整備士としての役目であった。

 なお、ゼストには予めデバイスのコアを破損させないようにと頼んでいる。そのため、フレームの損傷ならば人形の中に格納されているカートリッジや管制機トールの機能によって修復することが可能となる。


 『申し訳ありません、トール』


 『面目ありません』

 ただ、こちらのニ機も主に劣らず凹んでいたが無理もない。

 カートリッジシステム搭載型のアームドデバイスを操る古代ベルカの騎士に対抗するために新たな姿、レイジングハート・エクセリオンとバルディッシュ・アサルトになったというのに、見事なまでに一撃で真っ二つにされたのだから。


 『そう気に病むことではありませんよ、彼、“ベイオウルフ”は純粋な武器としての性能のみを追求したアームドデバイス、レヴァンティンやグラーフアイゼンのような変形機能を有していないだけに、硬度ならばあのニ機を大きく上回ります』


 『ですが―――』


 『それに、30年以上もゼスト・グランガイツと共に戦ってきた騎士の魂。残念ながら、貴方達とは年季が違います、胸を借りるつもりで堂々と挑み、精一杯叩き折られなさい、敗北の積み重ねこそが勝利への前進です』

 要約すると、いくらでも直してやるから存分に破壊されてこい、となる。


 『All right!』


 『Yes,sir!』

 ただ、この辺りの気質は、主人そっくりなデバイス達であった。


 「今度は、頑張ります!」


 「クロノ、頑張ってくるね!」

 そして、回復した二人は再び愛機と共に訓練室へ向かい――――



 1分後



 「治療を頼む」


 「星、星が見えたスタ~」


 「ねえリニス、星ってなんで輝いてるの?」


 『1分は保ったようですね、ただ、フェイトが故人と対話していることが気になりますが』


 「………不安になってきた」

 クロノの不安をよそに、少女二人はなおも諦めない。

 今回はレイジングハートとバルディッシュが小破で済み、彼女らのバリアジャケットもそれほど損傷がなかったため、割とすぐ復帰した。


 「三度目の正直! レイジングハート、エクセリオンモード、ドライブ!」
 『Ignition.』


 「今度こそ! 行くよバルディッシュ、ザンバーフォーム+ソニックフォーム!」
 『Zamber form.』

 現状における全力全開、なのはとフェイトは持てる全てを尽くして挑み―――


 『Grenzpunkt freilassen! (フルドライブ・スタート)』



 ゼスト・グランガイツが同じくフルドライブを発動させてより10秒後(一人2秒、移動に6秒)。


 「治療を頼む」


 「姉さん、ほら起きて、もうご飯だよ~」

 ソニックフォームの自分よりも、さらに速い速度で切り込まれ、一撃でズタボロとなったフェイト。


 『最初は我が主、次にリニス、そしてアリシアと、順番通りというか何というか』

 そして、もう一方は。


 「初めましてお父さん、高町なのはです、意味は菜の花だよ」

 咄嗟に放ったエクセリオンバスターごと切り裂かれ、デバイスもろとも撃墜されたなのは。


 『高町なのは、並行世界の自分とリンクしてはいけません、この世界での高町士郎は故人ではありません』


 「君は、何を言っているんだ?」


 『お気になさらず』

 少女達は完膚なきまでに叩きのめされていた。







新歴65年 12月9日  ミッドチルダ首都クラナガン  地上本部  訓練室 AM12:30


 気絶も既に六度を超え、ようやく模擬戦らしい展開も見せ始めた。


 「なのはやフェイトが慣れてきたのか、それとも、彼が手加減してくれているのか」


 『どうやら、後者のようです。ベイオウルフが高速移動の際の管制にリソースの大半を回し、斬撃の強化をほとんど行っておりません』

 古代ベルカの特徴は、接近戦での一撃にある。

 身体強化の要領で強化したアームドデバイスに渾身の魔力を込め、一撃で叩き潰す。剣の騎士シグナムの紫電一閃や、鉄槌の騎士ヴィータのラケーテンハンマーなどはその代表例といえるだろう。

 また、トールがそれを知るのは、ハードウェアを介さない簡易的なものながら、“機械仕掛けの神”によって模擬戦を行っている三機と情報を共有しているからである。


 「攻め手を抑え、高速機動に回すか、フェイトにとってはいい経験になるだろうな」


 『彼女は、自分より速い敵と戦ったことがありません。そのため、“速度ならば自分が上”という判断に基づいて戦うしか他になく、“速度で劣っているならばどうやって迎撃するか”という発想に乏しい』


 「だが、今はフェイトがその状況に追い込まれた、速度でグランガイツ一等空尉が上回っている以上、フェイトは何らかの方法で打開せねばならない」


 『貴方ならば、ディレイドバインドや氷結系の遅延魔法など、多彩で嫌らしい攻め手が数多くありますが、あの子らは直接的な攻撃手段ばかり――――おや、中距離型のエクセリオンバスターに続き、長距離のディバインバスターも両断されましたね』


 「一点に魔力を集中し、高密度の魔力刃を振り下ろしたみたいだが、洒落にならない密度だ」

 かつて、なのはとフェイトが放ったAAランクの近代ベルカ式の使い手の渾身の一撃に匹敵する、250万を超える魔力の籠った一撃を同時に抑えたクロノであるが、彼の一撃を受け止める自信は流石にない。

 魔力を武器に集め、強化する技能では古代ベルカ式は近代ベルカ式のさらに上を行く。射撃魔法を苦手とする故に、近接においては他の追随を許さない系統が古代ベルカ式の騎士の戦術である。


 『オーバーSランクの古代ベルカの騎士による渾身の一撃、リミッターもなく、非殺傷設定であるが故に遠慮なく放てるその凶悪さ、恐ろしい限りです』


 「ディバインバスターとて、Sランクの魔力が籠っているんだがな」


 『ミッドチルダ式Sランクの砲撃では、古代ベルカ式S+ランクの一撃に敵わない、至極当然の理屈です』


 「後は、魔力運用の技術か、彼女らは魔力が高いだけに制御も難しい。二人の制御技術そのものは低いどころか最上級だが、それでも最後は経験がモノを言う」


 『実力で劣っており、経験が足りない以上、知恵と工夫で何とかするしかありません、今こそ、存在意義の見せどころですよ、レイジングハート、バルディッシュ。純粋なパラメータで劣っていればどうにもならないストレージと異なり、インテリジェントは純粋な性能で劣るが故の可能性があるのですから』


 「となると、S2Uはどうなるかな?」


 『S2Uの場合、打開する戦術を組み立てるのは貴方です、クロノ・ハラオウン執務官』


 「努力しよう」


 『それよりも、しばらく戦況は膠着しそうです。フェイトと高町なのはが繰り出す知恵と戦術を、ゼスト・グランガイツ一等空尉が迎え撃つという図式になるでしょうから、私だけでも何とかなりましょう』

 最初期は、容赦なく打ちすえ、デバイスごと破壊していたゼストであるが、流石にそれだけでは訓練にならないので、“実力ではどうしようもない”ことを悟らせた段階からは、相手に合わせて戦っている。


 「ああ、今のうちにこっちの用事を済ませてしまうとしよう。だが、本当に彼は凄まじいな」


 『地上部隊では、彼を指して“英雄”と呼ぶことがあります、枕詞を付けず、ただ“英雄”と呼ぶ場合がそれはゼスト・グランガイツを表す』


 「英雄か、何とも的確な表現だ」


 『そして、“英雄達”を率いてクラナガンの安定を守り続けた存在が、レジアス・ゲイズ中将。今では、英雄達は単数形になってしまいましたが』


 「先達の名に恥じぬよう、僕らアースラも頑張らないといけないな」


 『貴方ならきっと出来ますよ、闇の書事件は、今回を持って終わりを迎えるでしょう』


 「ああ………そうさせて見せる」

 少女達の激闘が続く中、少年もまた己の職務を全うすべく歩き出す。

 そして、ただ一機残った管制機は、その権能を用いてもう一機の“古き友”へと情報を送る。


 【未だ、パラメータは定まらず、大数式の解は見えません。ですが、確実に収束に向かいつつあり、どうやらそう悪い状況でもなさそうです】

 彼を上回る稼働歴を誇る、古いストレージデバイスへと。


 【古き友、ベイオウルフも協力して下さり、こちらの戦力は整いつつあります。貴方の望んだその時が来るかもしれません、その時こそ、我々デバイスが全員協力し、闇の書を完全消滅させるために動くでしょう】

 レイジングハート、バルディッシュ、S2U、レヴァンティン、グラーフアイゼン、クラールヴィント、シュベルトクロイツ、トール、オートクレール、アスガルド、そしてもう一人。

 全てのデバイスが、一丸となれば―――


 【あの巨大ストレージ、闇の書をどうにかできるやもしれません、未だ可能性の話ですが、そう悪い賭けでもないように考えられる。少なくとも、未来を信じる少女達は必ずやその選択をするでしょう、故に、貴方はただ待つがよろしい、オートクレール、風向きはいつか、追い風となりましょう】


 古いデバイスは、情報整理しながらパラメータが収束する時を計算し続ける。


 祝福の風が―――追い風となるその時を。





[26842] 第二十二話 少女達の夢
Name: イル=ド=ガリア◆26666ccb ID:97ddd526
Date: 2011/05/08 16:53
第二十二話   少女達の夢




新歴65年 12月10日  次元空間  時空管理局本局  中央センター  AM9:30




 「はあ~、改めて見ると、時空管理局本局っておっきい」

 窓から巨大な街を見下ろし、なのはは感嘆の息を吐く。

 時空管理局の本部であると同時に、1つの街を内に持つ巨大な艦でもある次元世界最大と称される巨大建造物。

 それが時空管理局本局であり、次元世界からあらゆる情報が集まる情報都市でもある。

 その中でも中央センターは中枢機能が集まっている区画であるが、長く時空管理局に勤めている者達からはそれほど良い場所とは思われていない。

 別に機構的な問題や、退廃的な空気が流れているわけではないのだが、中央センターにずっといると“ここが世界の中心であり、我々は世界の管理者である”などと錯覚してしまいかねないからだという。

 ただ、9歳の少女はそのような大人の話を知る由もなく、ただ純粋の都市の大きさに驚いているのであった。


 「なのは、お待たせ」


 「うん、フェイトちゃん」

 そこに、少女の待ち人が現れ、彼女らは二人で歩きだす。


 「嘱託関連の手続き、全部済んだ?」


 「うん、とはいっても、難しいことは全部トールとクロノが済ませてくれたから、私は書類にサインしただけなんだけど」


 「でも、やっぱりミッドチルダは凄いね、フェイトちゃんでも立派に就業許可とってるんだもん」


 「あはは、確かに、日本だったら9歳で雇用契約なんてないもんね」


 「うん、それに、フェイトちゃん名義で部屋なんて借りられないよ」


 「………多分、それはミッドチルダでも結構無理じゃないかと思うんだけど」


 「えっ? でもフェイトちゃんの部屋……」


 「私の部屋は、まあ、気にしないでおいて」

 現在、本局にいる二人であるが、昨日は本局にあるテスタロッサ家の居住スペースに泊った。

 ハラオウン家が日本に引っ越した現在では特に使われてはいないが、リンディやクロノを始めとして、ハラオウン家に関わる人々は本局を訪れることが多い。

 そのため、休憩室なども兼ねて以前確保した部屋が全てトールがそのまま管理しており、フェイトとアルフがおよそ半年程寝泊まりしていた部屋もほぼそのままの形で残されていた。

 ただ、その辺りの維持などがどうなっているのかはフェイトも把握しておらず、おそらくハラオウン家も誰も知らないであろう。


 「トールさん、ってこと?」


 「うん」


 「そうなんだ」

 その固有名詞一つ出すだけで、大抵の不条理に説明がつくことを、流石になのはも慣れてきていた。

 そんな不思議機械は、なのはとフェイトがズタボロとなり、本局に運び込まれてから時の庭園に引き上げ、引き続きヴォルケンリッター包囲網の監視にあたっている。


 「なのはは、ユーノとは会えた?」


 「うん、まだ無限書庫そのものには入っていなくて、調査のための準備や内部の確認をやってる段階だったから」


 「そっか、一度中に入っちゃったら私達じゃそう簡単には入れないもんね」


 「それと、レイジングハートとバルディッシュもお昼過ぎには直るって」

 昨日、ゼスト・グランガイツとの模擬戦によって二桁を超える回数は破壊された2機。

 コアの損傷こそなかったものの、短期間にそれほど壊されれば流石に自己修復の限界を超えている。

 そこで、エイミィの後輩で、時空管理局本局メンテナンススタッフであり、レイジングハートとバルディッシュの改造にも携わったマリエル・アテンザにクロノがメンテナンスを依頼していた。


 「随分、無理させちゃったもんね」


 「うん………でも、絶対無駄にはしないよ、ゼストさんに習ったことは、きっとヴィータちゃんやシグナムさんにも通じるよ」


 「うん、そうだね」

 通算、気絶17回、バリアジャケット大破8回、デバイス損壊22回。

 これほどまでボコボコにされた以上、何か学び取らなければ少女二人もデバイス2機も浮かばれない。


 「っと、あら、なのは、フェイト」


 「あ、リーゼロッテさん、リーゼアリアさん」


 「こんにちは」

 なのはとフェイトはギル・グレアムの使い魔二人とは面識があり、ちょうど昨日も本局まで一緒に来たユーノが二人に捕食されかけているところを目撃したばかりだ。


 「ちょうどいいところに来た、迎えに行こうと思ってたんだよ」


 「「 ?? 」」


 「クロノに頼まれてたのよ、時間があるようなら、本局内部を案内してやってくれってさ」


 「フェイトちゃんは半年くらい住んでたって聞いてるけど、住居区画と中央エリアはまるで違うしね、B3区画以降は入ったことないでしょ」


 「はい」

 一つの街に住んでいても、用がなければ市役所の方面などには行かないことは多い。

 フェイトはしばらく本局に住んでいたが、あくまで民間人としてであり、アースラと関わる部分を除けばほとんど本局のことは知っていなかった。


 「でも、いいんですか?」


 「一般人が観てもそんなに面白いものじゃないと思うけど、いけてる魔導師の二人なら、結構楽しいと思うよ♪」

 なお、なのはとフェイトを呼び捨てにしているのがロッテ、ちゃんを付けて呼ぶのがアリアである。


 「どう、行ってみない?」


 「はい!」


 「お願いします」

 こうして、使い魔二人による、本局案内ツアーが始まった。



■■



 「ここがB3、武装局員が普段訓練しているところね」


 「はあ~、皆さん、普通のスーツ姿なんですね」


 「デスクワークもあるからねえ、地上部隊の制服はまた違うけど、スーツ姿って点では変わらないかな」


 「次元航行部隊のオペレーターとかもちょい特殊だね、まあ、次元航行艦は一つで共同体とも言える単位だから、連帯意識を強めるために各艦独自のものを使ったりもするから」


 「管理外世界だと、潜水艦とかのイメージが近いかもしれないわね、海の底も次元空間も、なにか事故でもあったら一巻の終わりって点では大差ないから」


 「で、向こうが訓練所、ちょうど今訓練してるはずだよ」

 四人が着くと、中から実戦にちかいであろう魔法の衝撃と怒号が聞こえてくる。


 「うわぁ、皆さん、頑張ってますねえ」


 「こういう実戦形式の訓練は、週に三回か四回、基礎訓練だともっと多いかな」


 「でもまあ、昨日の貴女達の訓練内容には届かないわね、というか、貴女達、無理し過ぎ」


 「あ、あはは~」


 「ど、どうしてそれを………」

 いつの間にやら、少女達の無茶ぶりは知れ渡っていた。


 「昨日、クロノから相談うけたの、貴女達の将来がちょっと不安だから、突撃思考を抑えるような良い教導方法はないかって」

 それが、やがて教導官としてのなのはへと受け継がれ、突撃思考のスバルとティアナへの教導に生かされることは、この時の彼女らが知る由もない。


 「えと、リーゼさん達は、武装局員の教育担当だとか」


 「うん、そうだよ」


 「戦技教導隊のアシスタントが、最近は一番多い仕事かな」


 「戦技――教導隊?」

 なのはにとっては初耳の単語である。


 「武装局員に特別な戦技を教えて、導くチームね」


 「武装局員も大抵はCランクくらいは必要だから結構狭き門なんだけど、それに教える役割だから………まあ、トップエリートだわねえ、まさにエースの中のエース、エースオブエースの集団」


 「はぁ」


 「本局に本隊があって、支局に4つ、全部で5つあるけど、全員合わせても100人ちょっとくらいなんじゃないかな」


 「そんなに少ないんですか」


 「私達みたいな非常勤アシスタントも含めればもっといるし、高ランクの嘱託魔導師もアシスタントとしては結構いたりするんだけど、本職の教導官はそれほど多くないのが現状ね」


 「武装局員の数に比べて、腕のいい教導官が少ないのが問題なのだよねえ、まあ、本来教える立場に着くべき奴らが、がんがん殉職しちゃったから」


 「あ………“生き残りし者”」


 「ん、私達やお父様の世代はそう呼ばれることが多いわね」


 「組織としては、昔現役でバリバリ働いてたのが前線を退いた後、教える側に回るのが一番いいんだけどね」


 「私達の知り合いで戦技教導隊の教導官だった、ファーン・コラード三佐って人がいたけど、あの人の夫も殉職してるわ、彼女が訓練校の教師になったのはその頃だったかな」


 「だから、名誉職のような立場にいるのは黎明期の三提督くらいのもので、本来なら教える立場にいる人達が今も現役で働かざるを得なかった、ていうのが教導官不足の最大の原因なんだ、そんなだから武装隊のガキ共がなかなか強くなんないんだけど」


 「はあ………」


 「大変なんですね……」


 「っと、ごめんごめん、いつの間にか案内から愚痴り大会になってたね」


 「いえ、えっと、クロノ君も、武装局員のメニューでトレーニングしたんですか?」

 場の雰囲気を変えるため、なのはが少し話題を変える。


 「ノンノン、クロ助の時は、あたしとアリアがみっちりくっついて、それぞれの科目で個人授業」


 「あの子が5歳の時から教えてたけど………あれはなかなか教えがいのある生徒だった」

 アリアが、やや感無量といった趣で呟く。


 「はあ」


 「うん、こんなこと言うのもなんだけど、クロノはあんまり才能のある子じゃなかったから」


 「え……そうなんですか?」

 現在も模擬戦では負けることが圧倒的に多く、ヴォルケンリッターとの戦いや普段の任務などでも隙がないクロノを考えると、とてもそうは思えないフェイトであった。


 「まあね、魔力量は両親譲りでそこそこある方だったけど、魔力の遠隔操作は苦手だわ、出力制御はてんっで出来ないわ、フィジカルはよわよわだわ」


 「う~ん、想像できない」


 「同じく……」


 「まあ、あの子は頑固者だったからねえ、覚えは悪かったけど、一度覚えたことは忘れないし……」


 「馬鹿みたいに一途だったからさ、一つのことをひたすら延々と繰り返して練習しても、文句一つ言わずについてきた。あそこまでの頑固者は、私達の教え子の中でもいなかったかな」


 「それは……なんとなく想像できます」


 「うん」

 その姿ならば、なのはとフェイトにも想像できた。

 クロノ・ハラオウンが弱音一つ吐かず、延々と練習を繰り返す姿、これほど想像しやすい光景もなかっただろう。


 「滅多に笑わない子だったけどね、それがちょっと、寂しかったっけ」

 その根源は、11年前の闇の書事件。

 当時三歳であった彼にそのような道を進ませてしまったことを、誕生してより既に40を数える彼女らもまた、後悔しているのだ。


 「士官学校でエイミィと出逢って、仲良くなってからかな、クロノがよく笑うようになったのは」


 「うん、あの子の影響は大きいね、今じゃ局内じゃ割と有名だもん、ハラオウン執務官と、リミエッタ執務官補佐の名コンビは」


 「うん!」


 「間違いありません!」

 そこは、胸を張って言い切れるなのはとフェイト。

 エイミィ曰く、“下の子達”にとっては、“上の子達”が有名なのはやはり嬉しいものなのだろう。


 「そういえばフェイト」


 「はい」


 「フェイトはやっぱりあれ、正式に局入りするの?」


 「え、えと、まだその辺りはちゃんと決めてなくて」


 「9歳で使い魔持ちのAAAランク魔導師っていったら、管理局でも民間でも、どこでも選び放題だから、急いで決めることもないけどね」


 「は、はい、でも………民間企業は、ちょっと」

 プレシア・テスタロッサが勤めていた、アレクトロ社。

 無論、その企業のようなものが民間企業の全てではないとフェイトも知ってはいるが、まだ9歳の少女の心情としては、姉の死の原因であり、母の死の遠因となった民間企業というものに、若干の抵抗感があった。

 逆に、かつてリニスが遺失物管理部に所属していたということもあり、彼女にとって時空管理局は一言でいえば“印象の良い”組織であった。クロノ、リンディ、エイミィを始めとしたアースラクルーの存在も、それに拍車をかけているのであろうが。


 「色々と考えているんですけど」


 「なのはの方はどうだい?」


 「わたしは、管理外世界の住人ですし、管理局の仕事も、実はよく把握してなくて」


 「私も、漠然としてしか」


 「漠然と、ねえ」


 「どんな感じ?」

 うーん、としばらく二人は考え込み。


 「次元世界をまとめて管理してる、警察と裁判所が一緒になったところ?」


 「後は、各世界の文化保護とか、災害救助とか」


 「ああ、そんだけ分かってれば上等上等」


 「細かい仕事はいくらでもあるけど、大筋はそんなものだから、早い話が、政府と同じようなものなの」


 「政府?」


 「そう、お父様の故郷はイングランドだけど、なのはちゃんは日本だったわね」


 「はい」


 「そう、それで、警察のお仕事や、裁判官のお仕事、って言われればある程度イメージできるけど、“政府の仕事”って言われると、表現に困るでしょ」


 「あ、確かにそうです」


 「魔導犯罪者は警察、裁くのは裁判官、災害救助は消防、レスキュー、とまあ、そういう行政一般を次元世界をまたにかけて行っている部局、といったところかしら」


 「第97管理外世界にも、国際警察や国際救助隊があるように、次元世界にもそういう機構が存在する。別に特別なものじゃなくて、人間世界の視野が広がれば、そのような組織は存在して然り、後は、国家に依存するか、国家間が共同で作り上げた組織によって運営されるかの違いだけ」


 「第一管理世界で、永世中立世界のミッドチルダだけは司法・行政・立法を時空管理局が司る特別ケースだけど、あそこはようは次元世界のテストケース、全ての管理局法は次元世界を全体を考慮しながら作られて、まずはミッドチルダで施行される。で、問題点を直しつつ、数年後に各世界に適用される、そんなとこかな」


 「うう、難しいです」


 「前にも、トールから聞いたことはあるんだけど」


 「まあ、こんなこと気にしながら生きてる人はいないから、そんなもんでいいのさ」


 「私達は、お父様が闇の書事件対策で第97管理外世界を中心とした一帯を封鎖したりで、そういった国際事情ならぬ次元世界事情に精通しないといけないから知ってるようなもので、地上部隊の管理局員なら誰も意識してないわ」


 「その辺の認識の差が本局と地上部隊の摩擦の要因にもなってるから、相互理解は必要だけど、そこはそう簡単に解決出来ることでもないし」


 「ただまあ、知ったかぶりして管理局を批判して大恥かいてる自称論評家とかが残したかなり過激な雑誌なんかもあるから、その辺は注意した方がいいわ」


 「日本で言うなら、ネット上で好き勝手な情報が溢れてるようなものですか?」


 「そうね、民間人というのはいつの世でも政治批判が好きだから、気持ちも分からなくはないけど、“相手の身になって考えること”を忘れちゃだめよ、子供達」


 「はいっ」


 「はいっ」

 それは、なのはとフェイトへ向けた言葉でありながら、自分達自身に向けた言葉でもある。

 長く組織にいればいるほど、現実というものは重くのしかかり、小さな子供ですら守れる簡単なことも守れなくなる。

 だからこそ、大人というものは子供へ希望を託したくなるのかもしれない。


 「難しい話は置いておいて、適性で見るなら、フェイトはお父様やクロノみたいな執務官か、そうでなきゃ指揮官向きだね、精神的にも能力的にもクロノとタイプ近いし」


 「そうですか?」


 「今はまだあまり実感ないかもしれないけど、もう少し戦術や組織としての動き方が分かってきたら、きっと似てくると思うよ、クロノの教師だったあたし達が言うんだから間違いないって、能力的には実の兄妹って言ってもいいくらい」


 「ありがとうございます、嬉しいです」


 「ただし、執務官になるなら半年に一度の執務官試験を突破しなきゃいけないから厳しいぞ~、クロノだって一回落ちてるんだから」


 「「 ええ~!! 」」

 まさかの事実に驚愕する二人。


 「筆記試験も実技試験もどっちも合格率15%以下の超難関、責任重大だし、指揮官スキルと固有スキルも両方必要だし」


 「とはいっても、クロノが落ちたのはちょうど11歳になったばかりの時で、その半年後には受かったんだけど」


 「執務官は他人の人生を左右する役職だから、年齢を理由に採点基準が甘くなることはない。そこを11歳で突破したんだから、弟子ながら大したものではあるわ。だけど、11歳の子供が犯罪者の求刑に大きく関与するというのも、難しい話だね」


 「犯罪者の……」


 「求刑……」


 「裁くのはあくまで裁判官で、機構的には独立してるけど、裁判には執務官も当然関わる。忙しいから他の仕事を兼任しながらになるけど、やっぱり他人の人生を背負うことには間違いない」


 「執務官試験が難しいのは、生半可な覚悟じゃ勤まらない仕事であるから。ただ魔力や才能があったからって執務官になられるようじゃ、人生を左右される方がたまったものじゃないでしょ」


 「自分の意思で犯した罪なら仕方ないけど、特に海の執務官が扱うような案件はそう簡単に括れるものじゃない。ロストロギアの中には人の心を操るものもあるし、少年魔導師や使い魔が犯罪を強制される例もある。執務官は、その人達の人生に責任を負うことを覚悟せねばならない」


 「特に目標はないけど、才能だけはあったから執務官を志望しましたなんてのは論外ね、筆記と実技と突破しても面接で100%落とされるから」


 「お父様も、執務統括官であった当時は執務官試験の面接官もやっていたわ。そのお手伝いをしたこともあるけど、まあ、クロノみたいのは面接で落ちることはない、クロノが落ちた時は実技面で足りない部分があったから」


 「はあ……」


 「難しそうですね……」


 「まあ、フェイトなら捜査官って道もあるけど」


 「ううん……えと、なのはだったら」


 「「 武装局員 」」

 僅かな間も置かず、ロッテとアリアの声がはもった。


 「えええ!」


 「うん、なのはのデータを見る限り、これしかないね、戦闘派手だし、他のことを考えるより一直線に進む方が向いてるし、よかったなあなのは、将来の道が決まったぞ♪」


 「よ、喜んでいいのでしょうか」

 彼女の父、兄と姉の正体を知る者ならば、“血は争えん”の一言であっただろう。


 「その辺の冗談はともかく、君のスキルを考えれば、多分、候補生から入って士官直行コースだろうし、二年くらいで中隊長になって、その後で教官訓練を受けて、4,5年後には教導隊入り、なんて道も、夢じゃないかもね」


 「はあ」


 「と、お! 知った顔発見!」


 「二人とも、ちょっと待っててね、奥の見学許可、もらってくるから」

 そして、ロッテとアリアは向こうへと走っていく。


 「将来、かあ、あまりまだちゃんと考えてなかったなあ」


 「今は忙しいしね、でも、エイミィやクロノを見てると、五年後の自分達があの人たちみたいになれるかなって、少し不安になるね」


 「うん、今は教えられてばっかりだし」


 「でも、なのははきっと、自分の道を究めるのも、誰かに何かを教えるのも、きっと似合ってるって思うよ」


 「ありがとう、フェイトちゃん」


 「今はまだ分からないけど、一緒に考えていこう」


 「うん、フェイトちゃんと一緒なら、きっと進めるような気がする」


 「私も、なのはと一緒なら」

 比翼の天使。

 あるデバイスは、高町なのはとフェイト・テスタロッサをそう称した。

 目には見えずとも、少女達の翼は傷付いている。二人が揃っていなければ、今はまだ羽ばたくことはかなわない。

 だから、いつか一人でも大空を舞えるようになるその時まで。

 時が止まった庭園に座す管制機は、フェイト・テスタロッサを見守り続ける。

 彼女が、本当の意味で大人となる、その時まで。










新歴65年 12月10日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家  PM3:02



 「お帰り、フェイト、なのは」


 「ただいま」


 「お邪魔しまーす」

 転送ポートを通して、ハラオウン家へと帰ってきた二人。


 「クロノ、一人?」


 「エイミィは、アルフの散歩がてら、アレックス達のところに食事を差し入れに行ってるよ、二人ともインスタントばかりなんだそうだ」


 「あぁぁ」


 「まあ、操作スタッフのギャレット達や武装局員なら、携帯食片手に無人世界や観測世界を渡り歩いてるから、まだいい方かもしれないが」


 「ほんと、皆、頑張ってるんだね」


 「そりゃあね、君達にこんな苦労までさせてしまっては、管理局員の名折れだ。艦長も、時の庭園で包囲網の指揮を執ってる、僕ももう少ししたら向かうよ」


 「うん、私達も、準備万全だよ」

 『All right.』

 『Yes sir.』

 応じるように、レイジングハートとバルディッシュが輝く。


 「しかし君達、本局でリーゼ達に変なことを吹きこまれたりはしなかったか?」


 「妙なことって」


 「どういうこと?」

 微妙に楽しそうな二人、この辺りは年頃の女の子である。


 「あの二人は、腕もたつし、仕事も完璧にこなすんだが、プライベート面がどうにも猫だから」


 「別に、そんなにみょーなことは言われてないもんねー」


 「うん、それに、猫の使い魔だって真面目な人もいるよ」


 「そうか、なら、いいんだが……」


 「将来のことについて、少し話してたの」


 「リーゼさん達の話によると、わたしは執務官、なのはは武装隊の教官向きだって」


 「それはまた、あの二人にしてはえらくまともな話を………どういう風の吹き回しだろう」

 クロノにとっては、意外極りない、ギル・グレアムが基本堅物なだけに、その使い魔である二人はかなり自由奔放なのであった。


 「クロノは、どう思う?」


 「慧眼、流石だな、似合うというか、それぞれの能力を良く考えている」


 「そうなの?」


 「なのはの戦闘技術は、実際大したものだ。魔力任せの出鱈目に見えて、要所で基本に忠実だからな、頑丈なのと、回復が速いのもいい。高火力、切り込み速度、堅い防御、回復力、これを揃えられたら厄介きわまりない、唯一の問題は判断力だったけど、彼との訓練でそれも大分良くなっている」


 「喜んでいいやら、傷付いていいやら……」


 「フェイトは勉強好きだし、執務官としての能力を鍛えるのも、楽しみながら取り組めるかもしれない」


 「うん」


 「だけど、どっちも大変な道だぞ、教官訓練はとてつもなく高いレベルの魔力運用を要求される。教導隊を目指すなら、尚更だな」


 「リーゼさん達も、厳しい道だろうって」


 「執務官試験は、僕が言うのもなんだが、採用率がかなり低い」

 11歳の少年が合格できた試験と聞けば簡単そうだが、実質は難関どころではない。


 「そう聞いてるよ」


 「確かに、管理局はいつでも人手不足だから、腕のいい魔導師が入ってくれるのは助かる」


 「うん」


 「事件はいつでも起きてる。今僕達が対処している闇の書事件以外にも、どこかで何かが起きている。これは、この国においても同じだろうが」


 「……うん」


 「僕らが扱う事件では、法を守って、人も守る。イコールに見えて、実際にはそうじゃないこの矛盾が、いつでも付きまとう。自分達が正義だなんて思うつもりもないけど、厳正過ぎる法の番犬になるつもりもない」


 「なんとなく………分かるよ」

 フェイトは、その対極の存在を知っている。

 迷うことを知らず、矛盾など知らず、どこまでもただ一つの事柄のためだけに思考と行動を続ける存在を。

 だからこそ、矛盾に満ち、それを打開するために進み続ける人間の在り方を、フェイトは直感的に理解していた。クロノやリーゼが彼女は執務官に相応しいと、そう思った根源がそこにある。


 「難しいんだ、考えることを止めてしまった方が、楽になれる。まともやろうと思ったら、戦いながら、事件と向き合いながら、ずっとそういうことを考え続ける仕事だよ」


 「………」


 「だから、自己矛盾するけど、僕は、自分の妹やその友人には、もう少し気楽な職業に就いてもらいたい気もするな。母さんのそんな願いを無視した身で、堂々と言えることじゃないんだが、でも、だからこそ思う」


 「……うん」


 「難しいね……」


 「まあ、君達にはまだ時間がたくさんある。フェイトも、少なくとも中学校を終えるまではこちらの世界で一般教育を受ける方がいいと思うし、並行しながら出来ることもある、ゆっくりと考えるといい」














新歴65年 12月10日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家  PM7:02



 「ただいま、フェイト」


 「お帰り、クロノ」


 『作業はなかなか順調ですよ、フェイト』

 夜、時の庭園に出向いていたクロノを、今度はフェイトが出迎えていた。


 「あれ、トールがデバイスのままって、珍しいね」


 『本体は中央制御室にあります。クロノ・ハラオウン執務官と円滑に情報の送受信を行うために端末をこちらへ派遣した形でしょうか。エイミィ・リミエッタ管制主任とアルフももうすぐ戻りますので、貴女とのコミュニケーション用の人形は不要と判断しました』


 「そう」


 『騒がしさがお望みならば、いつでも』


 「ううん、遠慮しとくね、後、お風呂は私一人で入れるからね」


 『そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう』


 「ないよ!」


 「フェイト、あまり興奮するな」


 『それでは、兄妹水入らずの一時を。私は情報の整理に戻ります、あまり余分なリソースを取らせないでください』


 「自分から話しかけたくせに………」


 「ふふ」

 フェイトの子供らしく拗ねる姿に、クロノは笑みを抑えることが出来ない。

 何だかんだで、フェイトはトールに対して心を開いている、というより、警戒心を持っていないのだ。

 そう、“トールは自分に対して本当に酷いことはしない”ということを、本能レベルで理解しているかのように。

 彼女は、管制機に対してはとても無防備であった。


 「ところでフェイト、携帯電話というこっちのデバイスはもう買ったのか?」


 「えっと、未成年は親の承認が必要だったはず、それにクロノは念話の範囲が長いから無くても問題ないよ」


 「いや、学校の友人と話す時にも必要だろう、親の承認が必要なら、母さんに頼めばいい」


 「嬉しいけど………いいのかな?」


 「何も問題はない、駄目な理由は、何もないだろ」


 「………」

 その言葉の意味など、考えるまでもない。


 「しかし、エイミィは遅いな、トールの話ではもうすぐってことだったけど」

 だから―――


 「あの……」


 「ん?」


 「ありがとう………お兄ちゃん」


 「ぶはぁ!」

 フェイトが放った爆弾発言によって、クロノは噴くと同時に盛大にすっころんだ。


 「く、クロノ!?」


 「な、何でもない、何でもないから! そ、そうだ、艦長から渡されたデータの整理があるから、ちょっと部屋に行く!」


 「う、うん」


 「と、わわ!」

 平時の冷静さはどこへやら、あちこちにぶつかりながら部屋に駆けていくクロノ。


 「あ、はは、ちょっと急すぎたかな、クロノが照れ屋さんなの、忘れてた」

 取りあえず、クロノがこぼしたコップを片づけるフェイト。


 「でも、やっぱり優しいな、うちのお兄ちゃんは」

 自らに言い聞かせるように呟きつつ、彼女は窓から夜空を見上げる。

 そこに、星になってしまった大切な人達の面影を感じながら。


 「ねえ、リニス、空の向こうから、見ててくれるのかな」

 彼女は、幸せな今に想いを馳せる。


 「私の新しい居場所は、本当に優しい人ばっかりだよ、プレシア母さんのことや、姉さんのことは悲しいし、そう簡単には振り切れない………事件も大変だけど、でも、頑張れてるよ」

 自分は、大丈夫だから。


 「アルフも、バルディッシュもいてくれるし、トールは、ずっと支えてくれてるから、今戦わなきゃいけない人は凄く強いけど…………母さんが産み出してくれて、リニスが育ててくれた私と、リニスが造ってくれたバルディッシュは、きっと負けない………うん、きっと頑張るから」

 だから―――


 「安心して、見守っていてください………貴女達の娘と妹は、元気です」


 彼女は、星へと祈りをささげ―――





 『………Thanks FATE.』

 主に託された願い通りに動き続けるデバイスは、ただ静かに礼を述べていた。

 テスタロッサ家に生み出され、仕えることが出来たことに、この上ない感謝を捧げながら。

 古いデバイスは、静かに演算を続ける。







あとがき
 今回は、A’S編サウンドステージ02、第6.5話、『今は遠き、夜天の光』の管理局サイドの話を基に、独自要素を絡めたものとなっており、時系列的には本作20話と同じ日となっています。リーゼ達やなのは、フェイト、クロノの台詞は基本踏襲しておりますが、思うことはクロノやリンディさんはいい人だなあ、ということです。
 管理局アンチというか、リンディさんやクロノが子供を連れ去って働かせようとしているような書き方がされている場合をたまに見受けるのですが、どうしても原作のイメージとかけ離れていて、私個人としては敬遠しています。二次創作というものに対する見方はそれぞれですので私がとやかく言えることではないのですが、やはり原作に対する敬意や愛があった方が良いのではないかと思っています。
 自分も独自解釈やオリキャラは多数登場させておるのですが、やはり原作が大好きです。無印編は既に終了しましたが、原作を見直す度に“この辺をもうすこし掘り下げて、なのはらしさやフェイトらしさを出せなかったか”などと自問自答を繰り返している体たらくで、自分の筆力ではあれが限界だろうとは思っているのですが、もう少し上手く書けなかったか、という葛藤が消えることもありません。
 ですが、こういう想いこそがよりよい作品を書こうとする原動力かとも思いますので、A’S、StSまでの長い道のりを書ききる所存です。稚作ではありますが、読んでくださっている方々や感想を下さる方々のためにも頑張りたいと思います。





[26842] 第二十三話 事件は会議室で起きているんじゃ―――
Name: イル=ド=ガリア◆ec80f898 ID:97ddd526
Date: 2011/05/09 07:21
第二十三話   事件は会議室で起きているんじゃ―――




新歴65年 12月11日  第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  作戦本部 AM8:02



 「こっちのデータは以上よ、お役に立ってる?」


 「ええ、ありがとうレティ、それにしても、守護騎士達は本当に働き者ね」

 リンディ・ハラオウンとレティ・ロウラン。

 実働部隊を率いるリンディと、後方支援部隊を率いるレティの連携は見事なものであり、ギル・グレアム提督の支援もあり、守護騎士包囲網はほとんど完成したと言ってよい。


 「だけど、大分行動パターンも読めてきた。短距離転送の繰り返しで帰還されてるから、この間のような遭遇戦を除けば日本での捕捉は難しいけど、観測世界で捕捉出来ればこっちのものね」


 「後は、クロノ君やあの子らの力量次第と、そっちの方はどうなの?」


 「ちょっと無理のある訓練を積んだようだけど、二人ともやる気満々よ。事件を手伝わせてしまっているのは心苦しいのだけど」


 「母親としての気持ちはあるけど、子供達の意志も尊重してあげたい、か、難しいところね」


 「そう言えば、グリフィス君は何歳になったかしら?」


 「今六歳よ、貴女に比べれば幾分遅く産んだから」

 リンディ・ハラオウンの実年齢はアースラの公然の秘密となっているが、この外見で既に14歳の子供を持つ母親なのだ。

 10年前と全く変わらない外見を誇ることから、妖精か何かではないかと噂されることもある女性だが、この10年後も全く変わらないため、いよいよ噂は真実味を帯びていくこととなるが、それは余談である。


 「そっかー、でも、あの子達が大人になる頃には、もう少し楽な体勢になっていて欲しいわ」


 「グレアム提督の時代に比べれば今は随分ましになっているのでしょうけど、まだまだ問題点は多いし、ここで満足もしてられないわね、それはそうと、今日はこっちに来るのだったかしら?」


 「ええ、アースラの整備と、武装の件で」


 「アルカンシェル、か」

 レティの表情が若干曇る。

 魔導砲アルカンシェル、次元航行艦船に取り付けて放たれる強力極まりないその兵器の使用許可を得るには相応の手続きが必要であり、アースラ艦長のリンディ・ハラオウンとナンバー2のクロノ・ハラオウンは本日そのために本局へ向かう予定となっていた。


 「闇の書事件が終わればまた外すことになるでしょうけど、無いに越したことはない武装とうのも現実だし」


 「スイッチ一つで大量破壊が可能という点では核兵器と何ら変わりない、旧暦の末期にはこれが“一般武装”だったというのだから、恐ろしい話ね」

 どんなに平和な時代であろうとも、一定の抑止力というものは必要とされる。

 時空管理局の時代では、新歴に入った当初から強く残る質量兵器への忌避感や、大量破壊兵器の無差別使用の恐れから、“作りにくく”、“運用しにくい”ものを可能な限り採用している。

 アルカンシェルは最たる例であり、確かに強力ではあるが、製造にも維持にも莫大なコストがかかり、“兵器”としては欠陥品の塊である。

 戦艦ではなく、通常の航行機能に主眼を置かれた艦船に搭載されるため、兵器そのものの防衛機構がなく、連射も不可能。さらに発射のためにはファイアリングロックシステムと呼ばれる何重もの強固なシールドを解除する必要があり、“急に必要になっても簡単に撃てない”代物であった。

 11年前の闇の書事件においてはこれが功を奏した。

 闇の書の暴走に乗っ取られた二番艦“エスティア”はアルカンシェルを放とうとしたが、何重ものプロテクトに阻まれ即座に撃つことは叶わず、正規の手順によって準備を進めたギル・グレアムの艦からのアルカンシェルによって滅ぶこととなった。

 前述のように、防衛機構が搭載されていないため“先に撃った者が勝つ”のであり、そうなれば複雑な手順を理解し、十分な訓練を積んでいる方が早いのは自明の理。

仮にテロリストに奪われたところで、アルカンシェルの撃ち合いになれば、時空管理局が必ず勝つ、何しろ、一発撃てば本局に戻っての補給が必要となり、試射など出来はしないのだから。

 次元航行艦のクルーは、本局のシミュレータによってアルカンシェルの発射訓練を行い、時には発射こそしないものの極めてそれに近い演習も行うが、そのような設備をテロリストが保有するのは非常に難しい。

 “単発の欠陥兵器”アルカンシェルは、そういった方面での安全に主眼が置かれた、ある意味で管理局の時代を象徴する兵器なのである。


 「アルカンシェルクラスの兵器が主砲として何発も撃たれていた時代、今じゃあ、単発の爆弾扱いだけど」


 「それでも、テロリストの手に渡ったら交渉手段としては利用出来るもの、兵器としては無理があるけれど」

 兵器としては欠陥品だが、“切り札”としては意味を持つ、その辺りはレティが言ったように、まさしく核兵器と同様であった。

 つまるところ、ヘリを撃ちおとすミサイルのように“撃つのが当たり前の兵器”か、核兵器のような“撃たないことが前提の兵器”かの違いだが、ロストロギアが相手の場合は撃つケースがあり得る点で、アルカンシェルはやや特殊である。よって、核兵器と異なり“発射訓練”も定期的に行われるのである。


 「でもまあ、金食い虫だから、アルカンシェルを持ちたがるテロリストはいないでしょうね」


 「闇の書事件がなかったら、アースラも全力で遠慮するわ、これ一つを維持するだけでクルーのボーナスをカットせざるを得ないような最悪の品だし」

 それが、アルカンシェルが量産されず、滅多に使われない最大の理由。

 時空管理局の時代では、“安価でお手軽で強力な兵器”を生み出すことが禁忌とされている。兵器とは“高価で面倒で割に合わないもの”であるべし、時空管理局のような管理機構が役割的に押し付けられる“厄介者”であれ。

 パソコンや携帯のようなお手軽で便利な品は皆が持ちたがるが、場所を食う上、高価で維持が大変なスーパーコンピュータを持ちたがる人は滅多にいない。公的機関に比べれば無駄が許されない裏組織なら尚更のことである。

 アルカンシェルとは、“必要な場所にだけあればいいスーパーコンピュータ”のようなものなのであり、必要になった以上は船に載せるが、要が済めば場所と金を食うだけなので降ろしたいのは至極当然の話となる。











新歴65年 12月11日  時空管理局本局  無限書庫 AM9:14



 「時空管理局の管理を受けている、世界の書籍やデータが全て収められた、超巨大データベース」


 「幾つもの世界の歴史がまるごと詰まった、言わば、世界の記録を収めた場所」


 「とはいえ、ほとんどのデータが未整理のまま」


 「ここでの探し物は大変だよー」


 「本来なら、チームを組んで年単位で調査する場所なんだけどね」

 ロッテ、アリアの二人も幾度かは足を踏み入れたことはあるが、それは必要なデータを探すためではなく、無限書庫の状態が正常かどうかをチェックするためであった。

 無限書庫は、長い間閉鎖同然の扱いとなっており、こうして開かれたのも実に5年ぶりのこととなるのだ。


 「大丈夫です、過去の歴史の調査は、僕達の一族の本業ですから、検索魔法も用意してきましたし」


 「そっか、君はスクライアの子だっけね」


 「私もロッテも仕事があるし、ずっとってわけにはいかないけど、なるべく手伝うよ」


 「かわいい愛弟子の頼みだからね♪」


 「ありがとうございます、ですけど、ここのデータって、かなりまずいものもあったりするのでしょうか?」


 「うーん、以前の調査によると、古代ベルカ時代からの様々な世界の文献が収められてるってことだから、旧暦末期の超兵器に関する記述なんてのもあるかもしれないわね」


 「古代ベルカを席巻したロストロギア、“聖王のゆりかご”とかに関するデータもあるかもしれないし、まあ、次元世界最大のびっくり箱みたいなところかな」


 「………これまで閉鎖されてきた理由が、何となくわかります」


 「ま、最大に理由は繰り返すようだけど人手不足。現在の案件を処理するだけで手一杯で、昔のことを顧みる余裕がなかっただけの話なんだけど」


 「ほら、忙しい喫茶店と同じだよ。昨日の営業と比較して今日が良かったかどうかを判断できるのは、お客さんが大方いなくなって、店が空いてきた頃からでしょ、これまでの時空管理局は、バイトが少なくててんてこ舞いの喫茶店状態だったの」


 「なるほど、それで、ようやくバイトの確保に目処がついてきて、昔と比較しながら改善していけそうな下地が整った、ということですね」


 「まあ………ね、思い返せば、とてつもなく長い道のりだったけど」


 「あたし達も40年くらいだし、最長老の65年選手に比べればまだまだだけどね」


 「えっと、伝説の三提督、ですか」


 「そう、時空管理局の黎明期から頑張ってる偉い人達。ここの鍵も、あの人達が管理してるって話だよ」


 「お父様も、あの人達と話し合って、無限書庫を開けてもらったって言ってたから」


 「はあ………」

 まだ65年ではあるが、時空管理局もそれなりに積み重ねた歴史はある。

 無限書庫に収められた膨大な歴史に比べればまさしく花火のようなものであろうが、それでも、前に進んできた。


 <時空管理局の歴史、か、それ自体を纏めて編集してみるのも面白いかもしれない。今ならまだ、黎明期に生きた人達の体験談も聞けるわけだし>

 ユーノ・スクライアは骨の髄まで歴史学者であり、一族の気質を強く受け継いでいた。

 後に彼が無限書庫司書長となり、歴史学者として時空管理局と各次元世界が共に歩んだ道のりを纏め上げる最初の一歩は、まさしくこの時にあったといえる。

 それが、一体世界に何をもたらすのかは、まだ分からないが。


 「とりあえず、闇の書の起源に関する探索を始めます」

 歯車が、動き出す。

 古代ベルカ、中世ベルカ、そして旧暦の末期。

 歴史の変わり目に必ず現れ、歴史が偉人と称する者達の影の中にあり続けた存在が残した歯車が、静かに組み上がり始める。









新歴65年 12月11日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家  AM10:00



 「たっだいまー」

 スーパーマーケットの袋を携え、エイミィが買い物から帰ってくる。


 「お帰り、エイミィ」


 「お帰りなさい」

 出迎えつつ、食料品を冷蔵庫に詰めるのを手伝う二人、一応なのははハラオウン家に住んでいるわけではないが、この辺りは慣れたものとなっている。


 「艦長、もう本局に出かけちゃった?」


 「うん、クロノと一緒に、武装追加の件で難しい会議と、演習があるって、アレックス達も」


 「武装っというと、アルカンシェルかぁ、あんな物騒なもの、最後まで使わずに済めばいいんだけど………それもそれで無駄金になっちゃって嫌だなぁ」


 「お金かかるんですか?」


 「そうなのよー、こっち風に言うなら、潜水艦に核ミサイルを搭載するようなものだから、乗っけるだけで場所使うし、金はかかるし、撃つとなれば面倒な手続きが必要だし、維持費だけで大変だし、厄介ものの代表格だよ」


 「あまり、いいものじゃないんだね」


 「兵器なんてそんなものだって、いつでも平和が一番なんだから」


 「でも、クロノ君もいないですから、戻るまではエイミィさんが指揮代行だそうですよ」


 【責任重大だねぇ】

 床で寝そべっているアルフが念話を飛ばすが、魔導師ではないエイミィには聞こえていなかったりする。


 「それもまた物騒な、でもまあ、そうそう非常事態なんて起こるわけが―――」


 『エマージェンシー!』

 どうやら、運命の女神はエイミィが嫌いだったようである。









新歴65年 12月11日  第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家 管制室 AM10:05


 「状況は!?」


 【アルクォール小隊、小隊長アクティです、捜索指定の対象が、網にかかりました。敵影から見て、剣の騎士と思われます。現在、気付かれないよう、距離をとって追尾中】


 【ウィヌ小隊、小隊長ヴィッツです、捜索指定対象を捕捉、鉄鎚の騎士と思われます。現在、森林部上空を飛行しています】


 【トゥウカ小隊、小隊長トラジェです、捜索指定対象、盾の守護獣を捕捉しました。雷雲が吹き荒れていますが、その分気付かれずに済んでいます】

 クロノを中隊長とする武装局員一個中隊、三つに分けられたそれぞれの小隊の隊長から、吉報が入る。


 「緊急事態って言うか、千載一遇のチャンスなんだ……」

 アースラクルーのギャレットをリーダーとした捜査スタッフ一同と、レティ・ロウランから貸し出された武装局員一個中隊、さらには、時の庭園のサーチャー類によって敷いた守護騎士包囲網。

 長い地道な戦いはついに功を奏し、守護騎士の捕捉に成功していた。


 「えっと、例の偽物の可能性は?」


 【剣の騎士が砂漠に生息している大型魔法生物を仕留め、リンカーコアを蒐集するのを確認しました。偽物である可能性はないと考えられます、アクティ、終わり】


 【こちらも、鉄鎚の騎士が高速で飛翔し、ワイバーンの亜種を撃墜するのを確認しました。同様に、リンカーコアの蒐集が行われています、ヴィッツ、終わり】


 【盾の守護獣が海中に生息していた巨大くらげを串刺しにして仕留めたのを確認、リンカーコアの蒐集も他と同様です、トラジェ、終わり】


 「か、完璧だ、完璧なんだけど………」

 エイミィは頭を抱えたくなった。

 状況はすこぶる良い、例の偽物ではなく、本物の捕捉に成功した。蒐集が行われている以上、偽物である可能性はない。

 その上、三箇所バラバラの世界で蒐集を行っている状況で同時に捕捉できた。まさしく各個撃破の絶好の機会である。


 ただし―――


 【ハラオウン執務官に繋いでください、指示を】

 三人を代表して、アクティが発言する。三人の小隊長の中では一番勤続年数が長い。


 「えっと――――」

 エイミィはクロノの補佐官であり、管制主任。

 彼女を通して、中隊長であり現場指揮官であるクロノへ指示を仰ぐ彼らの行動は実に正しい。

 のだが。


 【リミエッタ管制主任?】


 「えっとね、その、今いないんだ、クロノ君」


 【いない? どちらにいかれてるのです?】


 「本局の方に用事があって………」


 【そうですか、では、ハラオウン艦長に取り次ぎを―――】


 「・・・・・・艦長も、一緒に本局に行っちゃってて」


 【What?】

 急に言語は変わってしまったアクティだが、そうせざるを得ない程の驚愕がそこにあった。


 「えーと、つまり、今アースラトップ二人は不在で、私が指揮代行」


 【か、か、彼らとの連絡は!?】


 「………アルカンシェルの運用に関わる、本局の高官が集まってる会議だから、私の権限じゃ会議が終わるまで無理、グレアム提督やレティ提督ならなんとかなるけど、二人とも中にいて」

 時空管理局もやはり社会機構、お役所仕事とはその辺りの融通が効かないものである。


 【事件は会議室で起きてるんじゃない! 現場で起きてるんだ!】


 「あああ~~! お役所仕事と官僚主義の弊害がもろに出てるーーーーーーーー!!!!」

 完全にパニックに陥る現場スタッフ一同、トップが不在での緊急事態の前に、実に脆かった。


 「え、エイミィさん、しっかりしてください!」


 「え、エイミィ、落ち着いて!」

 そして、事態の深刻さや組織の駄目な点が良く分からないだけに、なのはとフェイトは案外落ち着いていた。


 「そ、そうよね、前を向かないと、まずは、会議終了予定時刻は――――55分後、却下、それまで待つのは論外。仮に繋がっても、本局から時の庭園を経由して現場に飛ぶなら15分くらいはかかっちゃうし」


 【守護騎士達はある程度の蒐集を終えているようです、短距離転送に繰り返しで第97管理外世界に帰還する可能性もあります】


 「それが問題なんだよ~、えっと、アクティ小隊長、ヴィッツ小隊長、トラジェ小隊長、そちらの戦力で強壮結界は張れますか?」


 【問題ありません、アルクォール小隊はウィスキー、ウォッカ、スコッチが揃っています、アップルジャックも10分もあれば合流可能】


 【ウィヌ小隊、チワワ、ドーベル、ダックスがいます。チーズは時の庭園で待機しています】


 【トゥウカ小隊、こちらは手元にポンドしかいません。近くの世界にマルクとフランがいますので、10分もあれば盾の守護獣を抑えられます、ルピーは時の庭園です】


 「よし、いい感じ! って、駄目じゃん! 強壮結界で覆ってもギガントシュラークやシュトゥルムファルケンで破られるだけだし!」

 実に当たり前の事実ではあるが、エイミィはそもそも武装隊の指揮官ではない。

 彼女は管制主任であって、指揮官としての研修を受けているわけではなく、こういった実戦面での判断をしながら武装隊を動かせというのは無理な話であった。

 指揮官代行とは言っても、本局から連絡や打診があった際に対応できる、という点での代行であり。こういう緊急事態には全く別の技能が要求される。


 「えっと、盾の守護獣なら破られる恐れはないけど、トゥウカ小隊はまだ強壮結界を張れる程には揃ってない。誰かがそれまで足止めしなくちゃいけなくて、他の二人が―――」

 必死に頭を働かせるエイミィ。リンディとクロノがいないものはどうしようもなく、彼女がやるしかない。

 小隊長3人も優秀ではあるが、彼らは既に現場におり、守護騎士の追跡や監視に当たっているため全体的な判断は行えない、そもそも、全体を把握できる権限を持っていないのだ。

 それが可能なのはリンディかクロノのみなのだが、揃って不在というのはまさしく致命的。


 「剣の騎士と鉄鎚の騎士は結界破壊可能な破壊力を持ってるから、戦いつつ武装隊に指示を出して、連携しながら捕えられる人材が必要。でも、クロノ君はいないし、代わりをなのはちゃんとフェイトちゃん――――に出来るわけないね、そんなの夢のまた夢」


 「エイミィさん、ひどいよ……」


 「わたしたちだって一生懸命やってるよ……?」

 かなりテンパってるエイミィは二人の精神的フォローまでは気が回らない、というか、むしろ彼女の方が精神的フォローが必要である。


 「ユーノ君がいないから、こっちの戦力は3人だけ。強壮結界で覆って、戦力を一箇所に集中させれば――――駄目だぁ! 二人のうちどっちかが駆けつけて破っちゃう!」

 もしクロノがいれば、ザフィーラをアルフが抑え、シグナムをクロノが抑え、なのはとフェイトが二人がかりでヴィータを倒す、などといった布陣が簡単に思い浮かぶ。

 仮に、守護騎士がシフトチェンジを行ってきても、現場にクロノがおり、それぞれの小隊長に的確な指示を出せるならば対応は可能である。リンディがいればさらに本局に増援を頼むことも不可能ではない。

 だが、現場指揮官であるクロノがいない今、臨機応変の対応が不可能となっている。最初の布陣が決まれば、敵の動きに合わせて変えることが難しく、それ故に方針が纏まらない。


 「敵に合流されたらダメ、連携では勝ち目が薄いんだから―――なら、一対一×3の状態に持ち込めば――――これも駄目だ、敵には空間転移に長けた湖の騎士が残ってるし、時間をかければ彼女が来て逃がされちゃう」

 最早、八方塞がり。

 絶好の機会であったはずが、トップ二人の不在という最悪の時期に重なったため、見事に打つ手がない。


 【俺達は―――闇の書に呪われてるのか?】

 アクティ小隊長がそう思ったのも無理はない。

 闇の書がこれまで破壊されなかった原因は、この“凶運”にあるのではないかと、三人の小隊長全員が思っていた。

 ようやく包囲網が完成し、理想的な形で捕捉できたというのにこの事態、泣きたくなってくる。



 『落ち着いてください、エイミィ・リミエッタ管制主任、絶望するにはまだ早過ぎますよ』

 そこに、天の声が響き渡る。(例によって、天井のスピーカーからの声)


 「トール!」


 『緊急事態のようですので、機械の主義には反しますが、単刀直入に言いましょう。リンディ・ハラオウン艦長とクロノ・ハラオウン執務官が不在のこの現状で、守護騎士を捕縛することは不可能です』


 「で、でも」


 『あと、混乱されているのは分かりますが、少しは言葉を選ばれますように。フェイトと高町なのはの能力では、守護騎士を捕縛するまでには至らないのは厳然たる事実ですが、それ故に心を傷つけるものです。彼女達がクロノ・ハラオウン執務官に劣っている事実は、もう少しオブラードに包んで表現しなければ』


 「ぐふっ」


 「ぎゃふっ」

 トールが放った言葉の矢が胸に突き刺さり、見事なまでに止めを刺された二人、立ち直れるかどうか心配である。


 「いや、トールが止め刺してるような………」

 アルフの突っ込みは、完全にスルーされた。


 『ですから、ここは目標を変えましょう。貴女達が陥っている思考の迷路は“守護騎士を捕えること”を目標としているからこそです、ですが、管理局の最終目標はあくまで闇の書とその主の確保であり、守護騎士を捕えることではありません。突き詰めれば、主さえ抑えれば守護騎士はどうとでもなるのです』


 「あ……」

 それは、彼女らが現場で働く人間であるが故の盲点。

 ヴォルケンリッターを捕えるために包囲網を構築し、そのために苦労を重ねてきた彼女らだからこそ、守護騎士を捕えることを目的にしてしまう。

 だが、山を登る手段は一つではない。そのために道を切り開き、苦労してきた者達にとって、途中からヘリを使えるようになったからもういいよ、などと言われれば憤慨ものだが、機械にとってはそうではない。

 トールとアスガルドもまた、包囲網構築のために苦労を重ねてきたが、より効率的な手段が見つかったならばそれまでの成果を即座に棄て去り、そちらの手段に切り替える。それが機械というものだ。


 『要は、最後に勝てばよいのです。そのための布石として、この段階では闇の書のページを消費させることを目標といたしましょう、これならば、現状の戦力でも可能です』


 「ページを消費させる、そっか、守護騎士の目的は蒐集じゃなくて、闇の書の完成。だから、ページを削ることが出来れば」


 『まだまだ、巻き返しの機会はあるということです。それに、一度手に入れたものが失われた時の喪失感は中々に大きいですから、“焦り”が高まる可能性は十分あり、それが、さらなるミスを生み出す、人間が陥る悪循環ですね』

 機械である彼には、そんなものはない。

 ミスはミス、過去は過去、パラメータを整理し、再演算を開始するのみである。後悔などしても、効率が良くなることはないのだから。


 『そして、もう一つ、今回の我々の大きなマイナス点はクロノ・ハラオウン執務官が現場に降りられないことですが、これも目標を変えれば利点とすることが出来ます』


 「どういうこと?」


 『早い話が、陽動です。剣の騎士、鉄鎚の騎士、盾の守護獣、この三騎にフェイト、高町なのは、アルフをそれぞれぶつけ、武装局員が外側から強壮結界で覆う、これは現状の戦力で可能です』


 「だけど、湖の騎士がフリーになっちゃうよ、クロノ君がいない以上、どうしても手が足りない」


 『しかし、その事実を向こうは知りません。そこで一計を案じます。時の庭園にて待機しているチーズ、ルピーの両分隊8名、彼らを戦闘体勢で海鳴市へと送り込むのです。三人の騎士が包囲され、クロノ・ハラオウン執務官がそれぞれの戦場にいない状況で、敵の本拠に近いであろう海鳴市に武装局員が現れれば、湖の騎士はどう思うでしょうか』


 「あ、そうか! なのはちゃん、フェイトちゃん、アルフが他の三人を抑えてるうちに、クロノ君が武装隊を率いて闇の書の主を捜索しにきたとしか考えられない!」


 『前回の戦いにおいて実際にそれを行おうとしていただけに、効果的です。そして、前回と異なり、距離が離れ過ぎているため湖の騎士には強壮結界を維持している局員を攻撃する手段がない、かといって、彼女一人で主の護衛は務まらない』


 「そうだね、湖の騎士一人じゃあ、クロノ君と8名の武装局員を相手に出来ないのは、前回で立証済み。実際にはクロノ君はいないけど、向こうがそれを知る術はない」


 『そう、そうなればとる道はただ一つ、包囲された三騎を呼び戻すしかありません。僅かな可能性であれ、主が狙われ、守護騎士が傍にいない状況が発生しうる以上、そうするより他はない、これがプログラム体の弱みです、いついかなる時も、主を最優先しなければならない』

 他ならぬトールだからこそ、それが分かる。

 以前行われた、時の庭園とアースラとの合同演習、その途中で、ルール違反ではあるがクロノ・ハラオウンがプレシア・テスタロッサへ武装局員を動かしたならば、トールはどれだけ有利な状況であっても、全ての機体を主の護衛に向かわせる。

 デバイスにとって、主は絶対。それ故に、主を狙われるだけでその行動は大きく制限されるのである。

 そしてそれは、プログラム体である守護騎士も同様であった。


 「だけど、他の三人を急に呼び寄せるといったら―――」


 『闇の書のページを消費し、その魔力を開放するしかありますまい。主に危険が迫っている以上、そうするより他はないのです』

 クロノが現場に降りられないことを逆手に取り、クロノが姿を現さないことで守護騎士を疑心暗鬼に陥れる。

 ヴォルケンリッターは歴戦の強者であり、これが陽動作戦である可能性にも容易に思い到るだろう。

 だが、今の彼女らは中世ベルカの白の国に生きた夜天の守護騎士ではなく、プログラムに縛られた闇の書の守護騎士。

 これは陽動であると彼女らの経験が判断しても、僅かでも主に危険が及ぶ可能性が残っている以上、主が最優先という定められたプログラムには逆らえない。それが、現在の守護騎士の限界なのだ。


 「よし! それじゃあ後は迅速に動こう、アクティ小隊長、ヴィック小隊長、トゥウカ小隊長は主戦力が守護騎士と交戦し次第、強壮結界で彼女らを包囲、湖の騎士が闇の書のページを消費して助けに来るまで維持していて」


 【【【 了解しました 】】】


 「後は布陣だけど、なのはちゃんが鉄鎚の騎士、フェイトちゃんが剣の騎士、アルフが盾の守護獣、でいいかな?」

 それぞれの特性を考えるならば、それが最適の組み合わせである。

 間違っても、なのはとシグナムを戦わせたり、フェイトとザフィーラを戦わせてはいけない。どう考えても相性が悪い。


 「うん!」


 「分かったよ」


 「りょーかい」


 『ただし、フェイト、貴女に一つだけ忠告を』


 「何?」


 『剣の騎士シグナムがいるのは砂漠の世界です、そして、彼女の魔力は炎熱変換、この意味が分かりますね?』


 「空気中の水分がないから、天候系の魔法は使えない。サンダーフォール、サンダーレイジ、プラズマザンバーブレイカーの三つは封じられている、ってことだね」


 『そして、気温が高いためスタミナの消費が激しくなります。炎熱変換の持ち主はバリアジャケットに自然と耐熱の属性が付きますからそれほどでもないでしょうが、薄着で高速機動が売りの貴女では消費は倍近くになるでしょう』


 「地の利は、圧倒的にシグナムに有利なんだ……」


 『そこで、アクティ小隊長、現在剣の騎士シグナムがいる地点より南東10kmの地点に大型のオアシスが確認されています。そこまで彼女を誘導できますか?』


 【出来るでしょう、ちょうど、アップルジャックが到着しましたから、自分を含めて17名の魔導師がいます。半分は強壮結界を張る役として先行させるとしても、自分が残る8名を指揮すれば、オアシスまで誘導するくらいならば、何とか】


 『お願いします、時の庭園のオートスフィアや傀儡兵、中隊長機も可能な限り援軍として送り込みましょう。フェイト、貴女は剣の騎士がオアシスの半径3km以内に近づいた段階で接敵して下さい』


 「うん、分かった、オアシスがあれば天候魔法も使えるし、あんまり暑くないよ」


 「鉄鎚の騎士は―――上空を飛んでるね、これならなのはちゃん、普通に行ける?」


 「ええ、五分五分の条件です」


 「よし、ウィヌ小隊は、なのはちゃんが接敵すると同時に、強壮結界を張って」


 【了解】


 「あたしの方は問題ないよ、あの野郎の飛行速度はそれほどじゃないから、逃げられることもないだろ」

 人型になったアルフが、モニターに映るザフィーラを見据えながら、不敵に笑う。


 「OK、トゥウカ小隊は、マルク、ポンド、フランが揃い次第、強壮結界を張って」


 【了解】


 『陽動を行うルピーとチーズは大局を見ながら動きますので、リミエッタ管制主任と私で直接指示を出します。あくまで捜索するだけですので、十分でしょう』


 「よっし、布陣は完了!」

 これにて、体勢は整った。


 『では皆さま、そのようにお願いいたします。指揮代行はエイミィ・リミエッタ管制主任、通信はこのトールが取り次ぎいたしますので、御安心を』

 管制機の締めの言葉と共に、それぞれが一斉に行動を開始する。

 流石は百戦錬磨の管理局員、いざ目標が決まれば行動は迅速であり、なのは、フェイト、アルフの三名も一度決めれば揺るがない。

 アースラとヴォルケンリッターの、三度目の戦いが開始されようとしていた。



 ―――ただ、それらとは別に。



 ≪ただし、保険は必要ですね。それに、現段階で彼女がどうなっているか確認しておくことは無駄とはならない≫


 時の庭園の管制機は誰にも知られぬまま―――


 ≪貴女に感謝を、月村すずか、今この時に八神はやてと共に図書館にいてくださるとは、実に、実に都合が良い。最悪、誘拐事件に発展するやもしれませんが、まあその時はその時ということで≫


 万が一に備えて、月村すずか、八神はやて誘拐計画を練っていたりした。


 木の葉を隠すなら森の中。幼女誘拐事件という木の葉を隠すには、月村家という裕福であり、複雑な事情を抱えている家は、実に好都合なのであった。


 八神はやては、あくまで“たまたま”誘拐事件に巻き込まれた形となる。


 ≪あくまで保険ですが、準備するに越したことはありません。僅かでも必要となる確率があるならば≫


 それが――――機械というものだ。







あとがき

 数多くあるSSの中で、誘拐されたすずかを助けたオリ主は結構いると思いますが、すずか誘拐を目論んだオリ主(もうA's編ではトールは主人公じゃありませんが)っていたでしょうか?
 少なくとも私は読んだことありません。



[26842] 第二十四話 包囲戦 ~三度目の戦い~
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/05/14 07:47
第二十四話   包囲戦 ~三度目の戦い~




新歴65年 12月11日  第84無人世界  (日本時間)  AM10:10


 砂漠の世界


 一言でそう表現できる、無限に砂地のみが続く一面の砂漠。

 しかし、そこにも生命は存在しており、特に、通常の進化の形からは異なる道を歩んだ魔法生物こそがこの世界における支配者となる。

 かつて、アースラの観測スタッフが“砂蟲竜”と呼ばれる魔物に襲われた世界であり、クロノ・ハラオウンがストラグルバインドによって彼らを助け出したのはほんの5日ほど前の話。

 だが、それらの苦労は無駄ではなかった。今こうして、闇の書の守護騎士を捕捉することに成功し、これまで常に後手に回ってきた管理局が、ようやく反撃を開始することが出来たのだから。


 「捕捉されたか」

 ヴォルケンリッターが烈火の将シグナム。

 彼女もまた自分が管理局に捕捉されたことを理解しており、追跡を振り切ることは難しいだろうことを悟っていた。


 「捜索指定遺失物の保持、及び観測世界、無人世界での無許可での魔法生物の乱獲、もろもろの容疑で貴女を逮捕する!」

 アースラが率いる武装局員一個中隊、そのうちの小隊の一つ、アルクォール小隊の小隊長とその部下八名が彼女を追跡しているのである。


 <存外に速いな、迎撃することは容易いが―――>

 追手が武装局員だけならば、シグナムはその選択をとっていただろう。ランクにすればSランクに届いている彼女の戦闘能力は一般の武装局員の及ぶところではなく、Aランクのアクティ小隊長ですらまともにぶつかれば歯が立たない。

 だが、アースラが強力な魔導師を幾人も保有していることはシグナムも存じており、下手に交戦すれば主戦力との多対一の戦闘を強いられる可能性が高い。

 今回は遭遇戦ではなく、管理局が敷いた網にかかってしまったのは自分である。それ故に、シグナムの選択肢は主戦力が到着する前に武装局員を振り切り、次元転送によって引き上げるというものになるのだが。


 『目標、捕捉シマシタ』

 彼女が振り切ろうと速度を上げるたびに、回り込むようにオートスフィアが姿を現し、魔力弾を放ってくる。


 「ふっ!」

 バリアやシールドを発生させるまでもなく、シグナムは鞘の一振りで魔力弾を薙ぎ払うが、それでもそのまま直進することは得策ではなく、不規則な移動を強いられる。


 <誘導されているのか? いや、現段階では何とも言えん>

 この世界における地の利は管理局側にあり、シグナムは自分が飛行している先にオアシスがあることまで存じてはいない。


 <武装局員が強装結界を準備して待ち受けているならば、シュトゥルムファルケンによって砕くまでだが、敵もそれは熟知しているはず>

 アースラが守護騎士の戦術眼を警戒しているように、ヴォルケンリッターもまた、リンディやクロノの大局眼を警戒している。

 前回の戦闘でシグナムの切り札であるシュトゥルムファルケンや、ヴィータの切り札、ギガントシュラークを使用している以上、その対策を何も練っていないとは考えにくい。

 ならば、どうするつもりか――


 「バルディッシュ!」
 『Thunder Blade.(サンダーブレイド)』

 その答えをシグナムが導き出すより早く、解答がやってきた。


 「テスタロッサか!」

 サンダーレイジのパワーアップバージョンであり、雷の剣を多数発射する、ロックオン式の複数攻撃魔法サンダーブレイド。

 サンダーレイジと同じく、自然の力を借りる魔法であるため、魔力消費そのものはプラズマスマッシャーなどの純粋魔力砲撃よりも少なくて済み、クロノのスティンガーブレイド・エクスキューションシフトに似た形状を持つ。

 その分、地の利にかなり左右される魔法であり、屋内戦では使いにくいが、今回のように予め戦闘場所が定まっている場合は絶大な威力を発揮する。


 「レヴァンティン!」
 『Panzergeist!(パンツァーガイスト)』

 対して、シグナムが選んだ防御はフィールド系のパンツァーガイスト。

 バリアでは足りず、シールドは基本一方向からの攻撃にしか対処できないため、方向転換機能を有していると見受けられる攻撃を相手に用いるのは妥当ではない。

 以前はフォトンランサーを完全に弾いたパンツァーガイストであり、全力ならば砲撃魔法すら無力化出来る強固な守りであったが―――


 「ブレイク!」

 フェイトのキーワードによって雷の剣が爆裂し、パンツァーガイストに食い込んでいた刀身が、シグナム目がけて放電する。


 「ぐっ、ぬうぅ」

 流石のシグナムも、待ち伏せの上に放たれた強力な魔法攻撃を無傷で防ぐことは敵わず、多少の傷を代償に辛うじて距離をとる――――のではなく、逆にフェイト目がけて高速で斬りかかる。


 『Haken Form.(ハーケンフォルム)』

 奇襲を受けた際に取りあえず距離をとるのではなく、逆に距離を詰め、斬りかかることを選択したのは歴戦の兵であるシグナムならではの判断であり、近づいて斬ることを本領とする古代ベルカの騎士としては正しいもの。


 「ハーケンセイバー!」

 だが、今のフェイトもまた、古代ベルカの騎士の戦術展開に関する経験を積んでいる。

 シグナムが取った行動は、まさしく一昨日にゼスト・グランガイツによってボコボコにされた、ある意味での黄金パターンであった。


 <こっちの攻撃が少しは通ったと安心した次の瞬間、わたしは気絶していた>

 ゼストの切り込む速度は洒落にならず、こちらの射撃魔法がダメージを与え、攻防に一段落がつき、次の行動に移るまでの一呼吸の隙にあっという間に切り伏せられている。

 そんな悪夢のようなパターンを10回以上もやられれば、嫌でも対処法が身に着く。


 「はああああ!」
 『Assault form.(アサルトフォルム)』


 「おおおおお!」
 『Explosion!』

 ハーケンフォルムから誘導性能が高いハーケンセイバーを放ち、再びアサルトフォルムへと変形、切り込んでくる騎士を迎え撃ちながら、魔力刃が背後から襲う。

 相手が一撃に全てを込めていれば、それだけ背後からの奇襲には気付きにくくなる。ただ、その一撃でフェイト自身がやられては意味がなく、ゼストでの模擬戦では大抵その結末に終わっていた。


 『Schlangeform!(シュランゲフォルム)』

 しかし、シグナムの行動はゼストのそれとは異なり、フェイト目がけて強力な一撃を見舞いながらも、瞬時に変形させた連結刃によって背後から迫りくるハーケンセイバーを迎え撃つ、というものであった。


 「―――くっ!」


 「―――ぬっ!」

 そして、両者は弾かれ、今度こそ仕切り直しの形となる。


 <当然だけど、ゼストさんとは違う対応だ。ベイオウルフには変形機能がなかったから、背後から攻撃が来る前に私を打ち倒すことに全力を注いでたけど、シグナムのレヴァンティンには連結刃への変形機構があるから、攻撃が多彩だ>

 フェイトは、同じベルカの騎士であってもデバイスによってその戦術も異なるものとなることを実感しており。


 <判断力が大幅に向上している、ここ数日の間に、一体どんな訓練を積んだのか……>

 シグナムは、前回の対峙に比べて凄まじい程に進歩したフェイトの戦術に驚きを隠せなかった。

 まず間違いなく、これまでのフェイトであったならば、サンダーブレイドが命中した段階で安堵しており、まさかそこからシグナムが息をつかせずに切り込んでくるとは想定できなかっただろう。

 しかし、そのような意を図って間合いを詰めることこそが、古代ベルカの騎士の得意とするところ。

 最初の対決において、純粋な速度ではフェイトが上であるにも関わらず、シグナムがあっさりとフェイトの間合いに切り込めたのはこの技術が並はずれていたからである。


 「強装結界、私との一対一を望むか」

 そして、フェイトとシグナムが対峙するのを待っていたかのように強装結界が張られ、二人だけの決戦場を築き上げる。

 強装結界の範囲内には大きなオアシスが存在し、フェイトが天候系の魔法を使う地の利が整っている。砂漠の暑さによる疲労も然程心配する必要はなく、二人は思う存分に技を競い合うことが出来る。


 「ええ、そのつもりで来ました。前回の戦いでは貴女と戦えませんでしたから」


 「すまんな、こちらにも事情があった」

 流石に、主とその友人と鍋のためとは言えないが、シグナムにとってはフェイトとの決着よりも優先すべき事柄であった。


 「今度は、負けません」

 宣誓と共に、己の半身、バルディッシュを構える。


 「別に私はお前に勝ったとは思っていない。共にカートリッジを使用したデバイス同士での戦い、これで初めて五分の戦いとなる」

 シグナムもまた、己が魂、レヴァンティンを構える。


 「だけど、貴女のデバイスには非殺傷設定が積まれていない、フルドライブは使えないんじゃ」


 「今更隠しても仕方あるまい、だが、フルドライブが使えないのはそちらも同様だろう。いや、正確に述べるならば、万全に使いこなすまでには至っていないと言うべきか」


 「………隠しても、仕方ありません」

 現段階では、ザンバーフォームは使えない、というか、意味がないことをフェイトは痛感していた。

 一度、ザンバーフォームにソニックフォームを加えた状態でゼストに切り込んだことがあるフェイトだが、防御が薄くなり、さらにはバルディッシュが大きいために大振りとなった隙を突かれ、一撃で撃墜された。

 大型の魔法生物を相手にするならば十分有効だが、対人武器としてザンバーフォームを利用するには、フェイトの体格はまだ小さ過ぎるのだ。

 どんなに強力な一撃も、当たらなければ意味はない、今のフェイトにとってのザンバーフォームは一撃の破壊力を上げる代わりに精密なコントロールが利かなくなる諸刃の剣なのである。

 シグナムも、ザンバーフォームの特性までも理解しているわけではないが、フルドライブというものは、短期間で使いこなせるものではないことは承知している。


 「つまり」


 「この戦いは」

 共にフルドライブが封じられた状態での、五分の対決。

 勝敗は、純粋な戦技によって決まる。


 「お前を倒さぬ限り、シュトゥルムファルケンによって強装結界を破壊することは出来ないだろう、余分な思考は捨て、私はお前を倒すことに全力を注ごう、テスタロッサ」


 「ええ、貴女を逃がさないための処置は武装隊の皆が引き受けてくれましたから、私は貴女を倒すことに全力を注ぎます、シグナム」

 条件は共に同じ、何らかの外的要因が来るまでに相手を打ち倒すこと。


 「いざ」


 「尋常に」

 ベルカの騎士とミッドチルダの魔導師が、それぞれの愛機を構え―――


 「「 勝負! 」」

 互いに、真正面から激突した。







同刻  第87観測指定世界  


 「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 「ぬううううぅぅぅぅぅぅ!!」

 こちらの戦闘は、フェイトとシグナムのそれよりも若干早く開始されていた。

 フェイトがシグナムとの戦いを望んだように、アルフもまたザフィーラに問いたいことがあったのだが、前回の戦いでは主と鍋のために短期決着を選んだヴォルケンリッターの戦略によって、相性の悪いヴィータとの戦いを余儀なくされたという経緯がある。


 「でかぶつ! アンタも誰かの使い魔なんだろ!」

 渾身の拳を叩きつけながら、アルフは自分と同じく狼の尾と耳を持つ存在へと問いかける。

 だが―――


 「ベルカでは、騎士に仕える獣を、使い魔とは呼ばぬ!」

 それは、彼にとって決して譲れぬ矜持。


 「主の盾、そして牙―――騎士としての誇りではなく、守護の意志を貫き通す不滅の星―――守護獣だ!」


 「同じような、もんじゃんかよ!」


 「いいや違う! 私は、主によって命を与えられた存在ではない!」


 「なんだって!?」

 アルフは元々、群れからはぐれ、死にかけていた子狼であった。

 それを、フェイト・テスタロッサという少女が見つけ、自らの使い魔とすることで命を繋ぎとめた。その契約は通常のものとは違い、死が二人を分かつまでその絆はなくならない。

 アルフの魔力を込めた渾身の拳は、ザフィーラの堅い防御に防がれ、2人は弾かれたようにいったん距離を取り、空中をゆっくりと浮遊し、対峙する。


 「アンタの主人は、フェイトと戦ってる奴じゃないってことかい」


 「シグナムは我らが将だが、主ではない」


 「じゃあ、アンタの主は、闇の書の主、っていうわけね」

 それなら、アルフにとっても納得がいく。

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターは闇の書から生み出された存在であり、闇の書の主はそれを使役しているに過ぎない。

 だから、自分とフェイトの間のようなリンクがザフィーラと主の間にはない、主によって命を与えられていないというのも考えて見れば当然の話だ。


 「………我らが主はただ一人。命でこそ繋がっていないが、私の主であることには変わりない、私は、私の意思で守るべき存在を守っている」


 ――ならば俺は、皆を守る守護獣となろう。騎士としての誇りではなく、ただ皆を守る意志を貫き通す不滅の盾に、悲しき覚悟と共に戦場に臨む彼女らを支える、守護の獣へと――


 それが、遥か昔に盾の騎士であった青年から、盾の守護獣ザフィーラが受け継いだ信念。

 闇の書の守護騎士プログラムとなった今であっても、その意思は変わらない。騎士達の魂がデバイス達に託されているように、彼もまたその意思を守り続けているのだから。

 例え、どのような時代であっても、どのような主であっても。

 ザフィーラの盾は、彼が守ると誓った存在のためにある。仕えるに値せぬ主の時は、彼はただリンカーコアを狩る牙としてのみ機能していた。


 「………だったら何で、闇の書の蒐集なんてことをやってんのさ!」


 「守るべきもののためだ、それ以外の理由などない」


 「だけど、あんたも使い魔―――守護獣ならさ、ご主人様の間違いを正さなくていいのかよ」

 アルフにとって、その気持ちは分からなくもない。

 かつて、ジュエルシードをフェイトが集めていた時、それがフェイトが幸せになるための唯一の可能性であるのなら、例え誰かを傷つけることになったとしても、アルフはジュエルシードを集めることを優先しただろう。

 結果として、根回しに異様に長けたデバイスのおかげでその辺りを心配する必要はなかったが、それでも、アルフが覚悟を持っていたことは事実である。


 「闇の書の蒐集は、色んな人に被害を与えてる、いや、闇の書そのものが、大きな災厄を撒き散らしてる。そんなことを命じる主を、何で放っておくのさ」


 「………闇の書の蒐集は我らが意思、我らの主は、闇の書の蒐集については何もご存じない」


 「何だって………そりゃいったい」


 「主のためであれば血に染まることも厭わず、我と同じ守護の獣よ、お前もまた、そうではないのか」

 これ以上語ることはない。

 握りしめたザフィーラの拳が、静かに構えを取り、その姿からは譲る気配は微塵も感じ取れない。


 「そりゃ、そうだけど………だけどさ!」

 逆に、アルフにとっては迷いが生じる。

 思い出すことはやはり、命が短いプレシアのために、ジュエルシードを集めていた時のこと。

 もし、立場が逆で、あの時の自分の前にこいつが現れていたらどうだろうか?

 ジュエルシードはモンスターを生み出し、次元震を起こす危険性もあるから、干渉するのはやめろと言われて、自分は引き下がるだろうか?

 犯罪者になってしまう危険があったとして、フェイトにはそんなことさせられないとしても、だからといって何もしないことなど出来るだろうか?

 答えは―――否。


 <あたしも、きっと、例え後で捕まることになっても、ジュエルシードを集めるよね>

 使い魔であるが故に、悟ってしまう。

 自分にとってのフェイトが、ザフィーラにとっては闇の書の主なのだと。

 故に、言葉で止まるはずもない、悪いことをせずに泣き叫べば幸せになれるなら、今頃フェイトは母と姉に囲まれているはずだろう。


 「戦うしか、ないのかい」


 「………本意ではないが、お前達は蒐集を行う我々を見逃すことは出来ぬのだろう」

 ザフィーラの言葉を証明するように、トゥウカ小隊によって逃走封じの強装結界が展開される。


 「あ……」

 だが、アルフにとっては些か間が悪くも感じた。

 戦うしか選択肢がないとしても、何か他に方法はないのかと、彼女もまた考えたかった。

 考えて、納得しない限りには、自分はこの相手に対して問答無用で戦うことは出来ない。


 <ええい、ったく、こういうややこしい話はアンタの専門だろうが、トール>

 甘えなのかもしれないと我ながら思うが、アルフは内心でそう愚痴っていた。

 こういう複雑な想いや利害関係が絡んでいる時こそ、全部1か0で判断するデバイスの出番だというのに。


 <ほんと、アイツは分かりやすくていい。相手にどんな事情があろうと、フェイトのためになることは1、それ以外は0だ>

 フェイトの使い魔である自分は、そこまで徹しきれないというのに。

 そう考えるアルフだが、それは若干の間違いを含んでいる。

 管制機トールにとって、プレシア・テスタロッサが1であり、それ以外は0でしかない。

 フェイトもまた、1であるプレシアが彼に命じた要素に過ぎず、全てはプレシアを中心に成り立っている。

 闇の書の守護騎士が、プログラムに沿って動くように。

 トールもまた、原初に刻まれた命題に沿ってのみ動いているのだから。











同刻  第95観測指定世界



 【シグナム達が?】


 【ええ、砂漠で交戦してるの、シグナムはテスタロッサちゃんと、ザフィーラは守護獣の子と別の場所で。強装結界が張られてるから、自力での脱出はほとんど無理】


 【管理局の網も大分厄介になってきたな、長引くとまずい、助けに行くか―――】

 鉄槌の騎士ヴィータと鉄の伯爵グラーフアイゼンならば、強装結界も突き破ることが出来る。

 だが―――


 「!? 結界か」

 ヴィータがそう判断した瞬間、彼女もまた広域の結界に閉じ込められたことを理解する。


 【シャマル、おい、シャマル!】

 強装結界によって念話も封じられ、仲間を連絡を取る術がない。シャマルもこちらが閉じ込められたことまでは分かっても、結界内部のことまでは分からないだろう。


 「ちっ、アイゼン、取りあえず一箇所ぶち破るぞ!」
 『Jawohl.』

 ヴィータの判断は迅速であった。

 彼女は鉄槌の騎士であり、夜天の守護騎士の中で最も物理破壊に向いている。結界を破壊することに関してならば、鉄槌の騎士ヴィータと鉄の伯爵グラーフアイゼンに敵う者はそうはいまい。


 「って、あいつ―――」

 しかし、ヴィータの決断を遮るように、シグナム、ザフィーラに比べるとヴィータを閉じ込めた結界の展開が若干遅かった理由がやってきた。


 「行くよ、レイジングハート!」
 『Buster mode. Drive ignition.』

 レイジングハート・エクセリオンの第二形態、砲撃に特化したバスターモード。

 古代ベルカの騎士であるヴォルケンリッターとの戦いにおいて、なのはは性質上、距離を置いて戦わねば話にならない。

 ハーケンフォルムを始めとした近接と射撃を併用するフェイトや、クロスレンジが主体のアルフ、万能タイプのクロノと異なり、なのはは遠距離からの大威力砲撃こそが最大の持ち味である。

 長距離攻撃や誘導弾の慣性制御が苦手な古代ベルカ式にとって、ミッドチルダ式に距離を置いて戦われるのは鬼門であり、通常、戦いになれば何としてでも距離を詰めようとする。


 「ディバイン―――――」
 『Load cartridge.』

 だが、強装結界内部で対峙し、相手が結界を破れるほどの攻撃手段を持っているとなると話は違ってくる。

 なのはにとっては距離を取りたいところだが、それをすればヴィータが逆方向へ移動し、強装結界の壁を破壊してしまう可能性が出てくる。

 故に、武装局員はかなり広域に渡って強装結界を展開する必要に迫られた。ヴィータが壁まで到達するまでに、なのはの砲撃がヴィータを撃墜出来るように。


 「バスターーーーーーーー!!」
 『Divine buster. Extension.』

 そして、極大の砲撃、ディバインバスター・エクステンションが放たれる。

 エクステンションの名の通り、ディバインバスターの最大射程の延長が行われており、常識外の遠距離からの狙撃を行うことを可能とする。


 「アイゼン!」
 『Gigantform!(ギガントフォルム)』

 避けることは不可能、耐えることも厳しく、相応のダメージを覚悟せねばならない。

 そう判断したヴィータは、防御ではなく迎撃を選択する。


 「ギガントシュラーク!」
 『Explosion!』

 時間がないため、グラーフアイゼンの巨大化機能はそれほど使われていないが、フルドライブ状態の膨大な魔力が注ぎ込まれた一撃が、ディバインバスターを迎え撃つ。


 「ぐ、おおお!」


 「く、ううう!」

 こうなれば、勝負は純粋な力比べとなる。

 ミッドチルダ式の遠距離砲撃が勝るか、古代ベルカ式の渾身の一撃が勝るか。

 ゼストとなのはの激突の場合は悉く古代ベルカ式が勝利したが、今回はグラーフアイゼンへの魔力の充填も完璧ではない。超長距離からの砲撃という予想外が、ヴィータの反応を僅かながら遅らせていた。


 「つ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 「や、ああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 果たして、せめぎ合いは徐々にではあるがディバインバスターの方へと傾いていき―――


 『Load cartridge.』

 駄目押しで追加されたレイジングハートの二発のカートリッジが、勝負の決着を告げていた。











新歴65年 12月11日  第97管理外世界  海鳴市  八神家  AM10:20



 「まずいわ、皆、強装結界の中に閉じ込められてる」

 遠く離れた地球の海鳴市から、クラールヴィントの通信機能を用いてヴィータと念話を行っていたシャマルだが、彼女からの通信も途絶えてしまった。

 シャマルの能力ならば三人のどこへも即座に転移できるが、しかしその場合、二つ問題が生じる。


 「でも、私の魔力じゃ、外から強装結界は破れない」

 ミッドチルダ式の強装結界をすり抜けることは、古代ベルカ式の使い手であるシャマルには無理な話であり、破るにはどうしても強大な魔力が必要となる。

 外側から結界を補強しているであろう武装局員を削れば何とかなるが、今回は時間との戦い、悠長にリンカーコアを一つずつ引き抜く時間はないし、そもそも対策が取られている可能性が高い。


 「何より、例の黒服の子がどこに居るかわからない、一体どの戦場に―――」
 『Eine dringende Warnung.(緊急警報)』

 シャマルの疑問に答えるかのように、クラールヴィントが明滅していた。


 「これは―――武装局員が海鳴に!」

 その事実が意図することは明白、闇の書の主へと、捜索の手が伸びているということ。


 「まさか、黒服の子が武装局員を率いてこっちに―――」

 目まぐるしく変わる局面にシャマルが驚愕する中、そこに、一冊の魔導書が現れる。


 「闇の書、どうしてここに?」

 闇の書はヴィータが持っていたはず、にもかかわらず、まるで自分を使えと言わんばかりにシャマルの下へとやってきていた。

 守護騎士の次元転送魔法と異なり、闇の書の転送は放浪の賢者ラルカスが残した術式によるもの。例え強装結界の中であっても、それを阻めるものではない。


 「………迷っている暇はないわ、貴女がここにいるということは、ヴィータちゃんが危ないということなのね」

 頷くように、闇の書が上下に動く、手話ではないが、移動とページの動きで闇の書の言いたいことは何となく察せられるのである。


 「シグナムとザフィーラも動けない以上、私がやるしかない。それに、もし黒服の子がはやてちゃんを捕捉したら私だけじゃあ対抗できない。なんとしても、皆を呼び戻さないと」

 その手段はただ一つ、破壊の雷による強装結界の三箇所同時破壊。

 それを行えば、おそらく60近いページが消費されることとなるだろう。なのはからの蒐集で埋まったページが20ページ程なので、ちょうどなのは3人分にあたる計算だ。


 「でも、その前にはやてちゃんの安全を確認しないと、万が一武装局員が迫っていたら、先にはやてちゃんを逃がさないといけないし、すずかちゃんと一緒に図書館に行くとは言ってたけど―――」

 闇の書を使う覚悟を決めつつ、シャマルは携帯電話で確認を取る。

 武装局員がやってきている中、下手に魔法を使えば怪しんでくれと言っているようなものだ。次元転送のためには使わざるを得ないが、それははやてが近くにいないことが大前提。

 はやてに武装局員らしき人物の区別などつかないだろうから、怪しい人間や普段見掛けない異人などが周囲にいないかどうかを確認する程度しか出来ないが、何もやらないよりはましである。









同刻 第97管理外世界 日本 海鳴市 風芽丘図書館  




 「申し訳ありません、お嬢さん方。いやはや、私も歳をとったものだ、ここまでやってくるので精一杯で、階段を上るのは些かながら辛いものがあります。本当に、ありがとうございました」


 「いいえ、気にしないでください、お爺さん」


 「そうやって、困った時はお互いさまやし、私たち、というかわたしがエレベーターを使うついでやったから」

 静かな空気が流れる図書館において、友達であるすずかと一緒に本を読んでいたはやては、一人の老人と出逢った。

 図書館の上の階に上がるには老人には厳しかったようで、エレベーターを探していたようであったが、そこを通りかかった二人がエレベーターまで案内したことがきっかけであった。

 最初、すずかの車を運転しているお爺さんかと見違えたはやてであったが、よく見れば違うことに気付いた。

 なんでそう思ったのかと改めて考えると、恰好もさることながら、このお爺さんが纏っている雰囲気が月村家に仕えている人達となんとなく似ていたのだ。


 「えっと、お爺さんは、執事さんですか?」


 「おや、よく分かりましたね。ええ、私はかれこれ45年ほど奥様に仕えさせていただいており、屋敷の中では最も古株になりますか」


 「45年―――凄いですね」

 すずかの驚きも当然である、流石に45年間も一つの家に仕え続けるというのは並大抵のことではない。


 「ははは、そうたいしたことではありませんよ。私はあの屋敷で生まれ、あの屋敷で育ちました。私がお仕えしていた奥様のお母様、つまりは御先代様に頼まれたのです、私の娘を支えてやってほしいと。私はただ、その言葉を守り続けているに過ぎません」


 「いやいや、それも十分凄いことやと思いますよ」


 「ですが、私がお仕えした奥様も半年程前にお亡くなりになり、御先代様と同じように、私に娘のことを頼むと言い残されました。まあ、私もけっこうな歳ですので、彼女が成人するまでという期間限定となりますね、そこから先は流石に寿命が持つかどうか」


 「えっと、じゃあ、今はその子に仕えていらっしゃるんですか?」


 「ええ、そうなります。それに、奥様のご友人の方が後見人になってくださり、近いうちに養子にとりたいともおっしゃってくださっております。その方の御子息とお嬢様もとても仲が良く、兄妹のように過ごされておりますので、私としては一安心、といったところでしょうか」


 「本当、よかったですね、なんか、全然関係あらへんのにわたしまで嬉しなってしまうわ」


 「うん、わたしも」

 そんな少女二人を、温和な笑みを浮かべながら老人は静かに観察する。


 ≪我が主、貴女の娘は本当に良い友人に恵まれた。八神はやて、貴女もまた私の”お嬢様”の友人となってくださることを、願いましょう≫

 そのような思考は一切表面に出ることなく、老人はただ初対面の執事として話し続ける。

 とはいえ、そこに大した演技を必要としているわけではない。

 彼はただ、数十年の昔、主の長女の保育役を任された際に用いていた老執事の姿を用いて、己の身の上話をしているに過ぎない。

 彼が語った内容に一切の虚言はなく、彼は45年間、ある工学者の家に仕え続けてきた。先代の頃に生まれ、奥方に仕え続け、そして今は、遺された御令嬢を見守っている。


 「それらもろもろのこともあり、あの広い屋敷は奥様の思い出が残り過ぎておりますから、お嬢さまはつい先日、後見人の方の住居があるこの街へと引っ越されました。ただ、まだあまりこちらでの生活には慣れていらっしゃらないようですので、この街の郷土史料や観光案内など、それらを求めて私は図書館へ足を向けた次第です」


 「なるほど、えっと、はやてちゃん、海鳴市の郷土史料ってどこらへんにあったかな?」


 「確か、古文コーナーの向こうだったと思うで、ほら、この前“謎の巨大植物出現”なんていう雑誌が追加されてたとこや」


 「あ、あれか」


 「謎の巨大植物?」

 老人が、聞きなれぬ単語に首を傾げる。


 「えーと、半年前に出来た海鳴の都市伝説というかなんというか」


 「あのですね、大きな動く植物とか、大型トラックほどもある子猫とか、何本もの尾を持つ祟り狐とか、人間ではあり得ない速度で動く疾風の剣士とか、ロケットパンチを撃つメイドロボとか、そういったオカルトな存在が海鳴には数多くいて、光の玉を持った魔法少女がそれを退治するとかいう話なんですけど」


 「噂の出所もまるで分んないんですけど、いつの間にか存在していて、なぜか郷土史料のコーナーにそんな雑誌があるんです。いったい誰が置いたんやろ?」


 「それは、何とも不思議な街ですね」


 「不思議、というのは確かかもしれませんけど、でも、良い街ですよ」

 自分の一族も少なからず不思議な存在(先ほどの都市伝説のひとつにもなっていた)であるが、それでも、海鳴は良い街であろうとすずかは思う。


 「ええ、貴女方のような小さな淑女がそう思われるならば、きっとそうなのでしょう。その土地の価値を測るならば、子供の笑顔を見るべし、という言葉もございます」


 「あ、あはは、そう言われるほどわたしは淑女ちゃいますよ、すずかちゃんならともかく」


 「いえいえ、そんなことはありません。私がお仕えした奥様が過ごされた街は、大きく立派ではありましたが、子供が笑顔で歩けるとは言い難かった。多くの方々の必死の努力の末に、今では子供が笑顔で過ごせる街になりつつありますが」


 「えっと、外国なんですか?」


 「ええ、この国ではございません。後見人の方も度々向こうで仕事をなさいますので、お嬢様も中学卒業まではこちらで過ごす予定ですが、その後はまだ分かりません。こちらで過ごされるか、国へ戻られるか」


 「お爺さんとしては、どう思ってるんですか?」


 「私に意見はありません。全てはお嬢様がご自分で選ばれること。そして、例えどのような選択であろうとも、私は影からお支えするのみです」


 「そうですか………とにかく、案内しますね」


 「重ね重ね、ありがとうございます」


 「………ん、着信や、ごめんすずかちゃん、ちょっと通話コーナー行ってくるから、お爺さんの案内、任せてえーか?」


 「いいよ、シャマルさんから?」


 「そうみたい、なんかあったんやろか」

 そして、すずかと老人は郷土史料コーナーへ向かい、はやては通話コーナーへと。


 「もしもし、シャマル?」


 【あ、はやてちゃん、繋がりましたか】


 「うん、どないしたん?」


 【いえ、ちょっとシグナムやヴィータちゃんと連絡が取れなくて、探しに行こうと思うんですけど、はやてちゃんが一人でいるのが心配になって】


 「そんなん、心配せんでええよ」


 【ですけど、なんかこう、怪しい人とか、コスプレっぽい恰好で走り回ってるお兄さんとか、いませんでした?】

 武装局員のバリアジャケットを日本風に表現するならば、それしかなかった。


 「いたら逆に驚きやって、私が会ったのは、お爺さんだけや」


 【お爺さん? ヴィータちゃんの知り合いですか?】


 「んー、多分違うと思う。すずかちゃん家みたいなお屋敷に仕えてる人で、もう45年もずっと働いてるゆうてたから、ゲートボールはやっとらんと思うよ、こう、まさに老執事って感じや」


 【そうですか………なら、安心ですね、しばらくはすずかちゃんとそのお爺さんと一緒にいてくださると、私も安心できます】

 武装局員に限らず、次元航行部隊の局員は総じて若い。

 その事実は守護騎士も知るところであり、それ故に、老人は警戒の範囲外であった。

 まさか、艦隊司令官クラスの人間が海鳴の街を歩いているはずもなく、闇の書事件の中心となっている第97管理外世界ならば、一般の魔法関係の人間もあり得ない。

変身魔法を用いている、という発想はそもそも浮かばない。変身を使うということは相手を”騙す”ことであり、闇の書の主を”探しに来た”武装局員達が、あらかじめはやてが主であることを知っているなど無いからだ。


 「ほんに、シャマルは心配性やね」


 【ごめんなさい、性分なもので、それじゃあ】

 それ故に、シャマルは現段階では主に危険はなく、一刻も早くシグナム、ヴィータ、ザフィーラを包囲から救出すべきと目的を定める。

 そして―――


 『近いうちに、結界破壊のための大規模な魔力爆撃が行われる可能性が極めて高くなりました。レイジングハート、貴女は高町なのはを守りなさい。バルディッシュ、貴女はフェイトの意思を優先なさい、フェイトの身はゴッキー、カメームシ、タガーメ、ムッカーデに守らせます、アルフは防御に秀でていますから心配いりません』

 時の庭園の中枢に座す管制機は、海鳴へ派遣した人形からの信号を受け、各地で戦うデバイス達に指令を飛ばしていた。

 彼の本領は機械の管制にこそあり、直接戦う機能がない故に、サポートに特化している。

 最も、時の庭園から庭園外部にある人形を操作し、彼の持つ人格を完全に投影させる場合は、リソースの多くを割くので一体が限界。それも周囲に補助となる魔道機械が無い管理外世界では、人形の性能をフルに使えない状態になるので、老人の言うことは本当で動作は緩慢なものだ。

 彼が多数の機械群を手足のように自在に操れるのは、庭園内部だけである。


 こうして、守護騎士包囲戦は、さらなる展開を迎えることとなる。





謎の老人登場、いったい何者でしょうか(笑) 誘拐ではなく、戦いが終わるまではやての側にいる、という展開になりました。あくまで”保険”なので。あと、はやてたち接している時は、ほとんど素の人格にちかいですね。

それと、わかりづらかったと思いますが、十八、十九話以降から、トールの人格の使い分けが少々変わってます。リンディ、クロノ、エイミィに対して用いていた人格に変更がされました。今まではフェイト達がいる時はなるべく人形を用いて愉快型の人格を使い、フェイト達がいないときは、ほぼ素状態の人格と口調を使っていましたが、十八話でクロノが心情的にもフェイトの兄になってからは、あまり人形を用いず、その代わり口調はデバイスのものですが、愉快型の人格と素の人格をブレンドした人格を使ってます(ちょうど風呂場でなのはに接していた感じですね)
ですので、これからはデバイス口調のまま冗談を言ったりするシーンが増えると思います。彼が素の人格で接するのは、フェイトと接点が無い人(レジアスさん等)とデバイスたちになりますね。




[26842] 第二十五話 交わらぬ想い
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/05/14 07:46

第二十五話   交わらぬ想い




新歴65年 12月11日  時空管理局本局  無限書庫 AM10:14



 「へぇー、器用なもんだねえ、それで中が分かるんだ」


 「ええ、まあ」

 無重力空間である無限書庫、その一角でミッドチルダ式の魔法陣の中心に座りながら、ユーノは解読のための術式を走らせる。

 その数10冊、ある世界の聖人は同時に複数人との対話を可能としたというが、ユーノ・スクライアは相手が本ならば10冊との同時対話が可能であるらしい。


 「しっかしまあ、君のマルチタスクも凄いねぇ」


 「その代わり、攻撃用の魔法とかは全然使えないんですけど」


 「なーるほど、極端な特化型魔導師ってわけか、リンディさんもそういう感じだけど、君はその比じゃないね」


 「そうなんですか?」


 「長いこと武装隊の教育係をやってきたから、色んなタイプの魔導師を見てきたし、中には古代ベルカの固有スキルを持ってるのとかもいたりしたけど、君の珍しさはそれ以上だと思うよ。オーソドックスの典型のクロ助とは対極だ」

 ユーノは攻撃系魔法全般がまるで使えない代わりに、補助系に異様に特化している。

 クロノは、何の適性もなかった代わりに、あらゆる魔法を習得できる素質を持つ。

 他人ではどんなに努力しようとも追い付けない天性の業を持つユーノは、どんなに努力しても攻撃魔法は身に着かない。

 才能というものを何も持っていなかったクロノは、努力次第で固有スキルに分類される魔法以外ならばどんな術式であろうと習得することが可能。

 二人はまさしく対極であり、教官経験が長いロッテにとっては実に面白い。


 「あの………リーゼロッテさん達は、前回の闇の書事件を見てるんですよね」


 「うん、ほんの11年前の事件だからね」

 ちょうど話題にクロノが出てきたためか、ユーノは兼ねてから確認したかったことをロッテに聞いてみることにした模様。


 「その………本当なんですか、その時に、クロノのお父さんが亡くなったって」


 「………ほんとだよ、あたしとアリアは父様と一緒だったから、すぐ近くで見てた」

 ロッテにとっても、その時の光景は忘れられない。

 彼女の主、ギル・グレアムの人生が暗い影に包まれた忌まわしき事件。

 あの時以来、彼女は己の主が心の底から笑顔を浮かべたところを見たことがない。


 「封印中の闇の書を護送したクライド君が―――ああ、クロノのお父さんね」


 「はい」


 「クライド君が………護送艦と一緒に、沈んでいくとこ」


 「アルカンシェル、ですか」


 「うん………あれの発射権限を持っているのは、次元航行艦の艦長か、その上位の艦隊司令官だけ。間違って発射されないように、ファイアリングロックシステムで厳重に守られてるから、一番早く撃てるのは、上位者なんだ」


 「それが………グレアム提督」

 クロノは当時3歳、詳しいことなど覚えていないだろうし、リンディも忘れられることはないだろうが、それを過去のこととして割り切り、未来を向いて生きている。

 リンディ・ハラオウンはギル・グレアムを恨んでなどいない。闇の書の暴走は彼の失態ではないと、クライド・ハラオウンの葬儀の時に、彼女はそう告げていた。


 「現場のことなんて知らずに、ただ後ろで椅子にふんぞり返っているだけの奴らは、時空管理局にもいる。そういうの中には父様の失態だって騒ぐ輩もいたけど、11年前の闇の書事件に関わった人達は、誰も責めていない―――――だけど」

 他でもない、ギル・グレアム自身が己を責め続けている。

 クライド・ハラオウンの残る二番艦エスティアに、アルカンシェルを発射したのは彼自身、その重さは、他の誰にも理解は出来ない。

 部下の死を看取ることと、その手で引き金を引くことはやはり違う。

 ギル・グレアムの指示の結果、部下であるクライド・ハラオウンが死んだのではなく、ギル・グレアムが直接クライド・ハラオウンを殺したに等しい。


 「父様は、ずっと自分を責めてる。闇の書事件を、止められなかったことを」

 だからこそ、使い魔であるリーゼロッテとリーゼアリアは心を痛める。

 11年間、主の心は常に闇の中にある。

 ロストロギア―――“闇の書”

 冠せられた名の通り、その闇はギル・グレアムの心を常に覆い続けており、その闇を晴らす手段がいったいどこにあるのか。


 「………すみません」


 「いいよ、昔のことというのは確かだし。だけど、君はそれを―――」


 「ええ、闇の書をキーワードに探索した結果、11年前の事件に関する報告書のコピーのようなものが出てきて」


 「ふぅん、おかしいな、11年前といったら、無限書庫は閉鎖されてたはずなんだけど………」

 むしろ、それ以前の疑問。

 すなわち―――


 「そもそも、この無限書庫にデータを収めたのは、一体誰なんですか?」


 「………」

 ここが書庫である以上、データを編纂し、収めた者がいて然り。

 ならば、それは誰か?


 「リーゼロッテさん?」


 「それが、分からないんだよね」


 「分からない?」


 「うん、無限書庫が作られたのは新歴になる前、時空管理局最高評議会の書記をやってる人が、初代の司書長として作り上げたとは伝わってるんだけど」


 「だけど、彼がどこから無限書庫の書籍を集めたかは誰も知らない、ってことですか」


 「一説には、世界の情報を自動的に蒐集するロストロギア、なんて言われてるくらい。でもまぁ、おかしな話ではあるんだよ、ここでの捜索にはチームを組んで年単位であたるほどだって前に言ったよね」


 「はい」


 「でも、だったら書籍を収めるのにだってそのくらいの労力がかかるはずなんだけど、“無限書庫に情報を収めていく役職”は、どこにもないんだよ」


 「じゃあ、この資料はいったいどこから………」


 「………一箇所だけ、誰も業務内容を知らない部署がある、そこがやってるんじゃないかとは思うんだけど」


 「それは―――」


 「最高評議会直属の部署、通称“神秘部”。まぁ、何をやってるか分からなくて、何を問い合わせても“最重要機密”なんて答えしか返ってこないことに対する揶揄を込めた通称だね。つまり、無限書庫の詳しいことは、最高評議会しか知らないんだ」


 「えっと、それは僕が知っていいことなんでしょうか?」


 「構わないって、最高評議会とは言っても、ほんと何をやってるか分からないし、地上部隊の人間なら存在自体を知らないのもたくさんいる。三提督が名誉職なら、最高評議会は偶像みたいなもの、本人に会ったことがあるのも、もう三提督くらいだし」


 「はあ」


 「ロッテ! いる!?」

 そこに、息を切らせて使い魔の片割れ、リーゼアリアが現れる。


 「どしたの、アリア、そんなに急いで」


 「エイミィから連絡があって、守護騎士が現れたそうなの、でも、リンディさんもクロノも今会議中だから身動きが取れない」


 「そりゃ大変!」


 「な、なのは達は!?」


 「武装局員が強壮結界で抑え込んで、その中で対峙してるみたい、それぞれ、一対一で」


 「悪い、ユーノ君、あたしとアリアは向こうの様子を見に行くから、こっちはしばらく任せたよ」


 「は、はい、分かりました。僕は闇の書の探索を続けます」

 戦闘に特化しているわけではない自分よりも、百戦錬磨のリーゼ姉妹が行った方がよほど役に立つ。

 それを理解している故に、ユーノ・スクライアは自分に出来ることを行う。

 かつて、ただ一人でジュエルシードを封印するために向かい、一人の少女を巻き込んでしまった苦い経験は、彼の行動に思慮深さと現実というものを刻んでいた。


 「なのは達を、お願いします、リーゼロッテさん、リーゼアリアさん」


 「任せて」


 「間に合うかどうか微妙だけど、最善を尽くすよ」











新歴65年 12月11日  第84無人世界  (日本時間)  AM10:20




 『Schlangeform!(シュランゲフォルム)』

 炎の魔剣レヴァンティンが再び連結刃へと変形し、雷光の主従へと刃の鞭が襲いかかる。


 『Load cartridge, Haken form.』

 対抗すべく、閃光の戦斧バルディッシュもハーケンフォルムを取り、迫りくる刃を迎え撃つ。


 「ハーケンセイバー!」
 『Blitz rush.』

 放たれる魔力刃がシグナムへ向かうと同時に、加速魔法ブリッツラッシュを用いてフェイトは高速機動を展開、シグナムの死角へと瞬時に移動する。

 術者本人の高速機動の他、制御中の飛翔している弾体に加速をかけることも可能であることがブリッツラッシュ最大の特性であり、フェイトとバルディッシュが息を合わせることで、本人の高速機動と魔法弾加速は同時に行使できる。


 「はあああ!」
 『Haken slash.』

 魔導師と知能持つデバイスによる連携攻撃。

 純粋な処理性能ではストレージに劣るインテリジェントデバイスの真価がまさしく発揮されていた。

 だがしかし―――


 「ふっ!」
 『Schlangebeisenangriff!(シュランゲバイセン・アングリフ)』

 デバイスとのコンビネーションを真価とするのは、白の国の夜天の守護騎士とて同じこと。


 「鞘!?」

 剣の騎士シグナムが鞘にシールドを纏わせて防御すると同時に、炎の魔剣レヴァンティンはフェイトの退路を塞ぐべく複雑な螺旋を紡ぎあげる。


 「おおお!」

 間髪いれずに放たれたシグナムの蹴りがフェイトを弾き飛ばし、彼女の身体は連結刃によって作られた茨の檻へと直進し―――


 『Plasma lancer.(プラズマランサー)』

 閃光の戦斧が放った射撃魔法によってベクトルを捻じ曲げ、刃の檻から無傷のままに脱出する。


 「!?」

 加えて、プラズマランサーは蹴りを放った体勢のままのシグナムへと直撃する。速射性を重視した故に直接的ダメージはないであろうが、与えた精神的ダメージは大きい。


 『Assault form.(アサルトフォルム)』

 大地に降り立ったフェイトは、バルディッシュを基本形態のアサルトフォルムへと戻し。


 『Schwertform.(シュベルトフォルム)』

 叩きつけられるように着地したシグナムもまた、レヴァンティンを基本形態であるシュベルトフォルムへ可変させる。


 「プラズマ―――」

 「飛竜―――――」

 休むことなく、互いのデバイスよりカートリッジがロード。

 フェイトはバルディッシュの補助を受けつつミッドチルダ式の魔法陣を展開し、シグナムはレヴァンティンを鞘に収め、足元にベルカ式魔法陣を展開、抜刀の体勢に入る。


 「スマッシャー!」

 「一閃!」

 カートリッジロードによりバルディッシュが紡ぎ出す魔力を込め、最大射程を犠牲に威力と発射速度を高めた、雷光を伴う純粋魔力砲撃、プラズマスマッシャー。

 鞘にレヴァンティンを収めた状態でカートリッジをロードし魔力を圧縮、シュランゲフォルムの鞭状連結刃に魔力を乗せ撃ち出す、砲撃クラスの射程とサイズを誇る極大の斬撃、飛竜一閃。

 フェイトとシグナム、両者にとって中距離での決め技と呼べるそれらが砂漠にて激突し、その余波だけで傍のオアシスの水が一部蒸発していく。


 「はあああああああ!」

 「おおおおおおおお!」

 その激突の結果を見届けることなく、上空にて両者のデバイスが交差する。

 その間にもバルディッシュは砲撃を行ったアサルトフォルムから近接のハーケンフォルムへと変形しており、レヴァンティンもまた飛竜一閃のシュランゲフォルムから、剣の状態、シュベルトフォルムへと戻っていた。

 高レベルの戦闘スキルを持つミッドチルダ魔導師と古代ベルカの騎士の戦い。

 この戦闘で競われるのは個人の力量のみに非ず、デバイスとの連携こそが最大の要である。


 「バルディッシュ!」
 『Yes, sir!』


 「レヴァンティン!」
 『Jawohl!』

 主の意図を汲み取り、いかなるタイミングで己の形態を変化させるか。

 そして、変形の機会を読み間違えた方が、敗者として地に伏すこととなる。

 フェイトとシグナムが互いに認め、ライバルのように感じているように、バルディッシュとレヴァンティンもまた、決して譲れぬ戦いの中にあった。









同刻  第87観測指定世界  


 「はあっ、はあっ」


 「………」

 シグナムとフェイトの知恵と戦術の限りを尽くした戦技の競い合いとは異なり、こちらは単調なぶつかり合いに終始していた。

 元来、アルフもザフィーラも陸の獣であり、空戦は決して本領発揮の場とは呼べない。

 クロスレンジでの格闘戦が両者の最大の持ち味である以上、地に足をつけての戦いでこそ、優劣というものは定まるはず。


 <つっても、ここ、海の上だしね>

 だが、第87観測指定世界はほとんど陸地が存在しない水の惑星。地球の異なる可能性の中には、そのような世界も当然の如く存在している。


 <拳に迷いが感じられる、一気に攻めれば倒すことは出来るだろう――――だが>

 とはいえ、アルフとザフィーラの条件が完全に五分というわけではない。

 アルフの基本的にフェイトのサポートとして動くため、バリアやバインド破壊、空間転送などの補助系魔法も得意としており、クロスレンジでの格闘戦も、フェイトが苦手とする足を止めての撃ち合いを代わりに行うためと言ってよい。

 対して、盾の守護獣ザフィーラは、格闘戦による防衛戦を得意とした盾の騎士ローセスと、爪と牙による圧倒的速度と攻撃力を誇った賢狼ザフィーラが融合した存在。

 鋼の軛に代表されるように、広域の攻撃能力や遠距離での攻撃手段においてザフィーラはアルフを凌駕しており、空戦であればその差はなおさら大きくなる。


 「どうしたい、ずっと飛び回っての格闘戦なんて、アンタらしくないじゃないか」


 「………」

 しかし、ザフィーラはあえて鋼の軛は使わず、高速機動からの打撃戦に終始していた。

 この場合、互いの交差する時にしか攻撃の機会はなく、格闘技能を発揮することもほとんど出来ない。

 空中で静止しての格闘戦も展開されたが、空中の姿勢制御や踏み込みのための力場の形成などに魔力を割くため、地上での場合の半分も技量を発揮できないし、魔力も喰う。

 結果として、互いにスタミナと魔力を削り合うことになるが、アルフにとってはザフィーラと互角に渡り合う有効な戦術であるに違いない。

 それでも陸戦魔導師から見れば十分高度な空戦なのだが、フェイトやシグナム、なのは、ヴィータのそれに比べればやはり劣っているのは事実。


 <蒐集は―――出来んな>

 倒すことは可能、蒐集しようと思えば、アルフからここでリンカーコアを奪うことは困難に非ず。

 だが、その結果得られるものは新たな罪と、管理局からの敵対心のみ。

 既になのはから蒐集を行っている以上、自分達が民間人を襲った罪人であることは違いないが、ザフィーラが見ているものは少し違う。


 <仮に、闇の書が完成したとして、我らの罪が消えるわけでも、管理局の追跡がなくなるわけでもない。いずれは、主はやての下へ辿り着くだろう>

 闇の書がどれほどの力を持とうと、個人では組織というものには敵わない。

 そして、守護騎士が望むものは、主はやての幸せであり、管理局から逃げ続ける逃亡生活を強いるわけにはいかない。

 ならば、どこかで自分達は捕まり、闇の書の蒐集に主が関与していなかったことを管理局に伝える必要がある。


 <代償として、我々が消滅する可能性は高い、誰かに、主はやての後を託さねばならん>

 四人の中でただ一人、ザフィーラは常に一歩引き、全体を見通すよう心がけている。

 ヴィータは闇の書を完成させるために必死になって頑張っているが、可能ならば彼女一人くらいは主とともに助けられないだろうか。

 それが、彼の偽らざる心。


 <管理局は非道の組織ではない、例の黒服の指揮官も敵手ながら好感が持てる人物だった。そして、主戦力である彼女らはどこまでも真っすぐな心を持っている>

 少なくとも、これは僥倖に違いない。

 管理局とて人の組織である以上、ただ職務に従って事件を処理するだけの人物もいれば、自分の出世のために犯罪者を捕えようとする者もいるだろう。

 だが、現在自分達を追っている者達は、人格的に信頼できる。古来より、ベルカの騎士達は刃を交わすことで相手と心を交わしてきた。


 「一つ、問おう」

 だからこそ、ザフィーラは問いを投げる。


 「なんだい?」


 「闇の書の蒐集は我らの意志、それは先に述べた通りだが、それを信じるならば、お前達の司令官は我らの主をどうする?」


 「どうするって、目的が分かんない以上はどうしようもないよ、アンタらが違法行為をやってんのは事実なんだから」


 「………ならば、仮に私が投降し、全ての事情を話したとすれば、闇の書の完成まで管理局が我らを見逃す可能性はあると思うか?」


 「そりゃ、難しい質問だね」


 「我々とて、管理局という組織の存在理念を完璧に理解しているわけではない。だからこそ、管理局と共に行動しているお前に問う、お前は正規の局員ではないのだろうが、だからこそ言えることもあるだろう」


 「むぅん」

 空中で対峙し、油断なく構えながらも、アルフはマルチタスクを用いて熟考する。

 二人の攻撃がクロスレンジに限られ、ザフィーラに遠距離攻撃を行う意思がない故に可能な、境界線での対話。

 ある程度の距離が離れている以上、いきなり襲いかかることで不意を突くことは出来ない、その気があるなら、ザフィーラはとっくの昔に鋼の軛を使用していることだろう。


 「見逃すのは、難しいと思うよ。けど、こっちでも闇の書そのものについての調査は進めてる。永久封印する方法が見つかるかはまだ分からないけど、アンタの主が闇の書の主でなくなれば、取りあえずの解決にはなるんじゃないかい」

 アルフは、闇の書と管理局の戦いの歴史をそれほど知らず、ギル・グレアムやハラオウン家との因縁も把握していない。

 だからこそ、公平な視線で判断することが出来る。むしろ、彼女の目から見れば、自分達がヴォルケンリッターと戦っていることの方に違和感を覚える程だ。

 本当に、これでいいのか?

 守護騎士を捕えることが、闇の書事件の解決になるのか?

 管理局員として、犯罪者を捕えねばならないという義務を負ってないために、戦えば戦うほど、アルフにはそれが分からなくなった。


 「我らの主が、闇の書の主でなくなる、か―――――――――確かに、それが可能ならば、我々が蒐集を行い理由もなくなるだろう」


 「そりゃ、どういう」


 「恐らく、お前達の指揮官はその可能性を考慮していることだろう。だが、我々が闇の書の守護騎士であり、民間人を襲った経緯がある以上、放置することは出来ない、つまりはそういうことだ」


 「だけど、アンタらも退けない理由があるんだろ」


 「闇の書の蒐集は、時間との戦い。今、我々は拘束されるわけにはいかぬ」


 「ままならない、もんだね……」

 管理局と守護騎士が相対している最大の理由は、社会システムそのもの。

 治安維持機構であるが故に、個人的な心情はどうあれ、アースラは守護騎士を追わねばならない。

 守護騎士もまた、時間が限られている現状では捕まることは許容できない。


 「お前の主がどうかは分からんが、シグナムはそれを悟っているからこそ、全力で戦っているのだろう。私も含め、基本的にベルカの騎士とは融通が利かぬ、特に主が絡むならばなおさらにな」


 「心情的には戦いたくないけど、立場上、戦わないといけない。だからこそ、お互いに悔いなく、手加減せずに全力でやりあおうってわけかい」


 「それが、シグナムの騎士道だ。あれは死ぬまで、いや、死んでも変わらん」

 その言葉には、呆れなのか誇りなのか、判断に迷うニュアンスが含まれる。

 法の概念も、罪の概念も、昔に比べ遙かに複雑になっており、執務官という役職はその具現。

 それに比べ、中世ベルカの騎士達は随分とシンプル極まりなく、その価値観の違いが、自分達がぶつかり合う理由なのかもしれない。


 「じゃあ、結局」


 「少なくとも今は、戦うより他はない。もしお前達が闇の書の主を、主でなくする方法を見つけ出したならば、話は違うかもしれん」

 そして、再び拳を構える盾の守護獣。


 「………そうかい、残念だよ」


 「すまんな、私も止まるわけにはいかんのだ」

 世界は、ままならない、歯車が噛み合っていない、正直な気持ちとしてアルフはザフィーラと戦いたくない。

 あと少しで分かり合えるようなのに、ピースが足りていないのか、戦う以外の選択肢が見つからない。


 <トール、あんたがずっと動かないのは、ひょっとして………>

 こうなることが、分かっていたから?

 守護騎士を捕えても、闇の書事件が解決しないと判断したから、闇の書のページを減らすなんていう作戦を提案したのか?


 <問いただしても、どうせのらりくらりと躱されるだけだろうし、まったく、ややこしいったらありゃしない、そもそも考えるのはあたしの領分じゃないってのに>

 どういう因果で、戦闘要員のはずの自分がこんなに悩まなくてはならないのか。

 世界の理不尽を恨みながら、アルフは強壮結界が破られるまで、ザフィーラと意味のない戦いを続ける覚悟を固めていた。








同刻  第95観測指定世界



 「アクセルシューター、シュート!」
 『Accel Shooter.』


 「グラーフアイゼン!」
 『Explosion!』

 三局の戦いの最後の一つ、ミッドチルダ式砲撃魔導師と、古代ベルカの騎士による遠距離戦。

 順当に考えれば、圧倒的になのはが有利であるはず、強大な個人戦闘力を有する代わりに、魔力を身体から離す、遠くへ撃ち出すことを苦手とするのがベルカ式。


 「つえらああああぁぁぁぁぁl!!」

 ただし、魔力によって自身の身体と武器を強化することは、ベルカ式の得意とするところ。相手に攻撃は届かずとも、迫りくる誘導弾を直接叩き落とすことは十分可能。


 「あれが、ヴィータちゃんのフルドライブ」
 『Yes,master.』

 ヴィータのグラーフアイゼンには非殺傷設定は存在せず、フルドライブ状態で直接なのはに攻撃するわけにはいかない。


 「でも、こっちの攻撃を防ぐ用途になら、遠慮なく使えるんだね」

 なのはが遠距離戦を主体とするミッドチルダ式魔導師であるために、可能なこともある。

 フェイトやアルフが相手ならば難しいが、ヴィータから近付かない限りなのはが接近戦を挑んでくることはない。つまり、ヴィータが守勢に徹するならば、フルドライブを用いた迎撃も可能となる。


 「今度はこっちの番だ!」
 『Kometfliegen!(コメートフリーゲン)』

 そして、ただ耐え忍ぶ戦いを良しとする精神を、鉄鎚の騎士ヴィータは持ち合わせていない。

 最初のディバインバスター・エクステンションによって浅くないダメージを負わされた身である。このままで終わってはベルカの騎士の名が廃るというものだ。


 「うらああああああ!」

 古代ベルカ式では珍しく、ヴィータは誘導弾の管制を得意とし、魔力を身体から離して運用することを苦手としていない。

 だが、それ言うなら夜天の守護騎士ほぼ全員に当てはまり、早い話が、ヴォルケンリッターを常識で図ることこそが危険ということだろう。


 「鉄球―――それも大きい!」

 通常形態、ハンマーフォルムから繰り出されるシュワルベフリーゲンと異なり、コメートフリーゲンは自身の頭より巨大な鉄球に真紅の魔力光をまとわせ、 ギガントフォルムのヘッドで撃ち出す。


 『Axelfin.』

 しかしその分軌道は読みやすい、威力は高くともクロノのスナイプショットなどに比べれば躱しやすく、高威力の攻撃も中らなければ意味はない。

 レイジングアートがアクセルフィンを起動させ、なのははコメートフリーゲンの射線から身を躱し―――


 「甘ぇよ!」

 その瞬間、巨大な鉄球が爆散し、通常サイズの鉄球が全方向に飛び散った。


 「これは―――!」
 『Protection Powered.(プロテクション・パワード)』

 なのはとレイジングハートが即座にバリアを形成、迫りくる鉄球を悉く受けとめる。


 「この隙に―――」

 自らの放った鉄球が牽制として効果を発揮したのを確認し、ヴィータは離脱を図るも―――


 「ディバイン――――」
 『Buster mode. (バスターモード)』

 稀代の砲撃魔導師、高町なのはと、魔導師の杖、レイジングハート・エクセリオン。

 この二人の射程から逃げきることは容易ではなく、下手な対応をとれば撃墜の運命が待っていることを最初の一撃でヴィータは思い知らされていた。


 「ちっくしょ!」

 舌打ちしつつもヴィータは立ち止まり、一旦ハンマーフォルムにグラーフアイゼンを戻し、構える。

 フェイトとシグナムの戦いと同様、こちらもまた目まぐるしくデバイスが形状を変化させ、互いに隙を狙いあう。

 レイジングハートは通常形態のアクセルモードと遠距離砲撃のバスターモードを使い分け、ヴィータを間合いから逃さず、詰めさせない。

 グラーフアイゼンもまた、誘導弾の制御に適したハンマーフォルムと、強大な砲撃を凌ぎうるギガントフォルムを使い分け、状況の不利を戦術で補う。


 <あいつ、随分戦い方が上手くなってやがる>

 そして、ヴィータがなのはに対して抱く想いは、シグナムのフェイトに対する評価とほぼ同様であった。

 自分の攻撃を中てることに拘らず、ヴィータと強壮結界との距離や、グラーフアイゼンの形態を見据えながら最適な魔法を選択し、デバイス形態を切り替える。

 無論、インテリジェントデバイスであるレイジングハートの補助があってこその芸当ではあるが、主従の連携そのものが以前に比べ格段に進歩している。


 『Let's shoot it.(撃って下さい)』

 かつて、鉄の伯爵グラーフアイゼンに砕かれ、主を守り切れなかった魔導師の杖、レイジングハート。

 研鑽を積み、強くなったのはなのはだけではない、彼女もまた、今度こそ主を守り抜く覚悟を持ってこの戦いに臨んでいる。


 「バスターーーー!」

 放たれる砲撃は既に何度目か。

 その度に数発のカートリッジが消費され、膨大な魔力が強壮結界内部に散布される。


 「ラケーテン―――」
 『Raketenform.(ラケーテンフォルム)』

 そして、ここに至り、ヴィータもまた覚悟を決めた。

 これまで使用しなかった、グラーフアイゼンの第二形態、ロケット推進による大威力突撃攻撃を行うための強襲形態。


 「ハンマーーーーー!!」
 『Explosion!』

 その推進力を利用し、ディバインバスターを回避、その勢いのままになのはへと突撃を敢行する鉄鎚の騎士。

 一度ラケーテンフォルムに変形してしまえば、ギガントフォルムを取るのにハンマーフォルムを経由しなければならず、カートリッジの予備はまだあるものの、強壮結界から出ることが厳しくなってしまう。

 ラケーテンフォルムはまさしく、相手を撃ち砕くという意思の具現であり、ヴィータが結界からの逃走よりも、なのはをここで倒すことを選んだ証。

 だが―――


 「行くよ、レイジングハート!」
 『Yes,my master!』

 それこそ、高町なのはが待ち臨んだ瞬間。


 「―――何!?」

 その光景に、ヴィータは驚愕せずにはいられない。

 なのはは、一切の回避行動も迎撃も行わず、重量挙げの棒の如くレイジングハートを構え、真正面からヴィータの攻撃を受けとめていた。


 『Protection Powered.(プロテクション・パワード)』

 レイジングハートが強固なバリアを形成する中、なのはは真っ直ぐな目をした少女へと、己の意志を示す。


 「ヴィータちゃん、わたしは貴女と戦うために来たわけじゃない!」


 「あんだって!」


 「こうでもしないと、きっとヴィータちゃんは逃げちゃうだろうから!」


 「お前、正気か!?」

 貴女と、話したい。

 ただそれだけのために、殺傷設定で繰り出される鉄鎚の騎士のラケーテンハンマーを真っ向から受け止める。

 それを、高町なのはは微塵も躊躇することなく実行していた。


 「この前、わたしは古代ベルカの騎士の人に訓練してもらったの、ヴィータちゃんと戦うために」


 「―――やっぱりそうか」


 「それで、理解したんだよ、騎士の人達は、デバイスに色んな想いを込めて、戦ってるんだって」


 「………」


 「ゼストさんに比べて、私の魔法は軽かった。どんなに威力の高い砲撃でも、あの人は真っ直ぐ進んできて、真っ二つにしちゃうの」

 ゼスト・グランガイツの一撃は、ただひたすらに速く、鋭く、そして重い。

 そのデバイス、ベイオウルフも複雑な変形機構は持たないが、その攻撃の一つ一つが全て必殺の一撃であり、蓄積された戦闘経験とその重みは、彼女の魔法を容易に切り裂いた。


 「そりゃ、とんでもねえ化けもんだなあ」


 「ミッドチルダの街を守るために、ゼストさんのベイオウルフの刃はある。ヴィータちゃんのグラーフアイゼンはきっと、闇の書の主さんのためにある。じゃあ、私のレイジングハートは誰のために」


 「手前のためじゃ、いけねえのかよ」


 「そうあって欲しいけど、それだけじゃだめなの! わたしの手はまだまだ小さいけど、きっと、誰かの手を握れるから!」


 「ぎ、ぐぐ」

 なのはの意志に応え、レイジングハートがカートリッジをロード、破られかけていたバリアが輝きを取り戻す。


 「だから、私はここにいる! わたしはヴィータちゃんとお話がしたい、ヴィータちゃんの手を握りたい! 貴女がどれだけ大変かは分からないけど、それでも、いつか分かり合えるよ!」


 「それで………受け止めたってのか、下手すりゃ死ぬってのに」


 「うん、ヴィータちゃんと、グラーフアイゼンを信じてるから」


 「アイゼンを?」

 ヴィータにとっては、完全に予想外のその言葉。


 「トールさんが言ってたよ、例え、闇の書が破壊を命じても、騎士の魂は主が望まない殺人はさせないって。どこまでも主の願いを叶えるために機能する、それがデバイスだって」

 守護騎士が自分の意志で行動していようとも、それはプログラムに縛られたものとなる。

 しかし、ヴォルケンリッターが己の意志を持っている以上、騎士の魂たる彼らは、決してそれを裏切らない。

 鉄の伯爵、グラーフアイゼンは鉄鎚の騎士ヴィータのためにのみ存在する。断じて、闇の書の意志などに従っているわけではない。

 夜天の騎士達が、八神はやてという少女を仕えるべき主と定め、そのために戦っているからこそ、グラーフアイゼン、レヴァンティン、クラールヴィントはその意志に応える。

 仕えるに値しない闇の書の主、その命のままに破壊と蒐集を続けるだけの闇の騎士の傍らにある時、彼らは沈黙していた。

 自らの意志を持ち、自らが奉ずる主のために戦う騎士達をこそ、己の担い手、夜天の守護騎士と認めるが故に。


 「だから、私達はきっと分かり合えるよ、その子がヴィータちゃんを信じているんだから、私も、レイジングハートも、ヴィータちゃんを信じられる!」


 「―――!?」


 「今はまだ無理かもしれないけど、いつか教えて! 闇の書の蒐集を続ける理由を! そんなに必死になって、頑張り続けるそのわけを!」


 「つ、あああ!」

 ヴィータの身体を突き抜けたのは、カートリッジの過剰使用による反動か、それとも、別の何かか。

 それが何であるか分からぬまま、彼女は魔力を炸裂させ、なのはから距離をとっていた。


 「はあっ、はあっ」

 だが、装填してあったカートリッジを使いきり、空になった弾倉に補給することもなく、なのはを見据え続けているのは、ヴィータの動揺の証であろう。


 「わたしは、ヴィータちゃんに傷ついてほしくないよ、当然、他の皆も」

 なのはは、真っ直ぐにヴィータを見つめる。

 ヴィータ以上に、その身体は満身創痍。

 カートリッジ過剰使用の砲撃を繰り返し、彼女自身に残されていた魔力も、ラケーテンハンマーを止めたことによりほとんど底をついた。

 だが、そんなことは気にすることでもないと言わんばかりに、ボロボロの身体で、なのははヴィータに問いかける。

 自分の心を偽らず、ありふれた言葉でいいから、真っ直ぐに伝えることが出来れば、きっと最初の一歩を踏み出せるはずだと、信じているから。


 「ヴィータちゃんは、どうなの?」


 「あたしは………」

 その言葉に、何を返す、何と返せば良い?

 それが、彼女にはまだ分からぬまま―――

 定められた、別れのプロローグがやってくる。

 紡がれようとしている絆を引き裂くように、闇に堕ちた魔導書が放つ、破壊の雷が、顕現しようとしていた。








あとがき
 現代編も、徐々に佳境へと向かいつつあります。過去編では守護騎士達の原初の姿と騎士道の在り方、そして、夜天の魔導書に託された想いを描きたく、現代編では少女達の純粋な想いを中核にしたいと思っています。
 “闇の書”は人間社会の闇の象徴とも呼べるロストロギア、だからこそ、その呪われた因果を打ち破れるのは人と人との絆であり、希望を信じることが出来る純粋な願いではないかと思います。原作においても、その鍵ははやてとリインフォースの絆であり、闇の書の夢の中で幻想の家族と現実の友達の狭間で涙するフェイトの想い、そして、決して諦めないなのはの不屈の心でした。
 なんといっても、私はパッピーエンドが大好きで、なのは達の守護騎士達は幸せに笑いあって欲しいと思っています。闇の書の過去の被害者のことなど、重い話題もありますが、私の作品ではその辺りはあまり触れずに行く予定です。StSにおける数の子達も同様で、vividのように皆仲良く笑い合うのが一番だと思います。
 そろそろ中盤も終わり、物語は収束の時へと進んでいきます、それではまた。




[26842] 第二十六話 恐怖の再来
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/05/15 18:16
第二十六話   恐怖の再来




新歴65年 12月11日  第84無人世界  (日本時間)  AM10:30




 「はあっ、はあっ、はあっ」

 最早幾度めの交錯か判断できぬほど刃を交わした、閃光の戦斧バルディッシュと炎の魔剣レヴァンティン。

 古代ベルカの剣技を振るう烈火の将シグナムといえど、流石に疲労の影が色濃い。


 <ここに来て、なお速い、目で追えない攻撃が出てきた――――早めに決めないと、まずいな>

 如何に高速で動く相手とはいえ、10分以上も戦っていれば目が慣れてくる。

 にもかかわらず、ここにきて目で追えなくなりつつあるということは、フェイトが複雑な緩急を織り交ぜていることもあるが、何よりも―――


 『Geschwindigkeit, um Anstiege zur Reaktion zu bringen(反応速度、上昇しています)』

 彼女の速度の上限が、変化しているという事実を示している。



 「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」

 フェイトの疲労も、シグナムに劣らぬどころか、むしろこちらの方が濃い。

 バルディッシュも全力で彼女のサポートに回ってはいたが、未だ9歳というどうしようもない事実は覆しようがなく、どんなに強くとも、スタミナの最大許容量がシグナムに比べ劣っている。
 
 膨大な魔力量によって何とか誤魔化してはいるが、肝心の体力が底をつけばそれまで、魔力で速度を上げようとも、武器を振れなくなれば運命はただ一つ。


 <強い、クロスレンジも、ミドルレンジも、圧倒されっぱなしだ―――――まともにくらったら、叩き潰される、今はスピードで誤魔化してるだけ>

 ソニックフォームほどではないが、フェイトはバリアジャケットの出力をやや下げ、速度の向上に充てている。

 シグナムの放つ斬撃は強力極まりなく、まともくらえば大ダメージは避けられない。

 つまり、攻撃を受け止めるよりも速度をあげ、的確に捌く方が危険が少ないという判断であったが、これまでのところは功を奏している。


 『The limit is near. (限界は、近いかと)』

 その巧妙極まりない調整を行っているのがバルディッシュであるが、そのトリックも既に限界。

 持久戦は、フェイトにとって不利、その見解は彼女にとっても同様であった。


 「………」

 「………」

 両者無言のまま対峙が続く。

 このまま惰性に任せて戦うよりも、ここで戦局を変える一手を打つべきという判断は共に同じ、どの札を切るべきかで互いに戦闘思考を最終段階へと進めつつある。


 <しかし、これほどの速度を誇る使い手との戦いとなれば、シュトゥルムファルケンの速度でなければ厳しい、だが、フルドライブは―――>

 相手を殺すつもりで放つならば、シグナムの決め技はボーゲンフォルムからのシュトゥルムファルケン。


 (最後は一発、全力で行こうかい!)

 (ええ、これはあくまで試合。ならばこそ、小細工なしの全力にて!)

 〔〔 Grenzpunkt freilassen! フルドライブ・スタート 〕〕


 遠い昔、中世ベルカの時代であれば、試合ですら烈火の将と雷鳴の騎士は互いに全力の一撃をぶつけ合っていたが―――


 <厳しいな>

 八神はやてを主とする今の彼女にとっては、実戦であっても人に放つことは不可能。

 時代は中世のベルカではなく、対峙する敵手は騎士ではない。

 相手を殺すことが前提の、狂った条理は必要とされてはいないのだ。


 <やるしかないかな、ソニックフォーム、だけど、結局はわたしの斬撃でシグナムを仕留めることが出来なきゃだめで――――あれ?>

 そして、過去の思い出へと心を旅立たせていたのは、フェイトも同様。


 <ええっと、相手の防御が優れている時は―――>

 シグナムの防御、パンツァーガイストは全方位からの攻撃にも対処可能であり、全開出力ならばプラズマスマッシャーをも防いで見せた。

 この時点で、シグナムに対して有効な射撃魔法がほとんど封じられたに等しい、サンダーブレイドも初見では通じたものの二度目は通じず、プラズマザンバーブレイカーは威力は最高だが隙が多すぎる。

 故に、フェイトは防御を捨てて速度を向上させ、接近戦に勝機を見出そうとしていたのだが―――


 (いいですか、フェイト)

 彼女に、戦い方を教えてくれた優しい女性の思い出が


 (スピード、鋭さ、威力、攻撃面に関してならば貴女はもう一流の域でしょう)

 強敵との戦いで、極度の集中状態にあるはずの精神に、浮かび上がる。


 (それは素晴らしいことですが、攻撃スキルにはまだ「その上」があったりします。例えば、最大威力の接射砲も通らない程の高い防御技術や強靭さ、そんなスキルを持つ相手にはどう対処すればよいでしょう?)


 <うん、まさに、シグナムはそう、砲撃ですら通じなくて、防御技術が圧倒的に高い>

 蘇る思い出の中、教師からの問いに、アルフが真っ先に応えて


 (はいはいはい! 超全力でぶっとばす!)

 (はい、駄目ですね。人の話を聞きなさい、それが通じない時の話をしてるんです)


 <そう、だから、そんな相手と戦う時は―――>

 フェイトは記憶を辿る。強力な防御技術、何よりも自分より格上の相手を倒すための方法は―――


 〔相手を、交渉の場に引きずり込むのです。特に、人質などがとれれば、最高と言ってよいでしょう〕


 <違う違う違う、これじゃない>

 どういうわけか、悪逆無道の機械仕掛けが出てきた。やや、記憶の迷路に迷い込みつつある模様。


 (ああー、あれだろ、諦める、これっきゃないね、もしくは土下座とか)


 <だからこれでもないって、何人いるのトール――――あ、でも、そんなトールをバインドで磔にして、リニスが滅多打ちにしていた魔法が>

 変な経路を辿ることにはなったが、フェイトは正解の記憶へと辿り着く。


 (圧縮魔力刃で切り裂く、うんと大きくて強い刃で!)

 (それもいいですね、フェイトの手足がもう少し伸びたら、そっちが主力になるかもしれません)


 <だけど、それは不正解、まだ私は小さいから>


 (ただ、そんな大きな魔力刃を振り回すには、フェイトはまだ小さいですからね、「今の貴女にできること」で)

 バルディッシュ・アサルトのフルドライブ、ザンバーフォーム。

 強大かつ、高密度の魔力刃であるそれならば、シグナムの防御も突破できる。

 だがしかし、かつてリニスが述べたように、ジェットザンバーなどの巨大な刃を振り回すには、9歳のフェイトはまだ小さい。対人戦で可能となるには、あと数年は必要だろう。


 (高密度な射撃を、高速で連打!)

 (そう、正解、高密度の圧縮した貫通射撃弾を大量に布陣するんです。もちろん、発射準備に時間のかかる大魔法ですから、相手の動きを止めるのは必須事項になりますが)


 <だけど、カートリッジシステムがある、今の私とバルディッシュなら―――>


 (この大軍勢を槍の嵐にして、一点に向けて乱れ撃ち、それが私が教えてあげられる、今のフェイトのための最大魔法)

 リニスがフェイトのために考案し、残してくれた魔法。

 身体が成長しきっておらず、強大無比な一撃とコントロールの両立が難しい、故に、彼女の持つ速度という武器を最大限に生かし、相手の防御を削り取る雷光の騎兵隊。

 その銘を―――


 「フォトンランサー・ファランクスシフト!」
 『Load Cartridge.』

 半年前のフェイトであれば、スフィアの準備にかなりの時間を要した大魔法。

 だがしかし、ヴォルケンリッターに対抗するために搭載されたカートリッジシステム、炸裂した五発の弾倉から紡ぎ出された膨大な魔力が、その時間を半分以下に短縮する。


 「む――!」
 『Mein Herr!』

 烈火の将シグナムと、炎の魔剣レヴァンティンもまた、ただならぬ攻撃の気配を敏感に察する。


 「これは、ザフィーラが受け止めた魔法か――――レヴァンティン、炎熱変換機能を全開にしろ」
 『Jawohl.』

 一度目の戦いにおいて、ファランクスシフトは盾の守護獣ザフィーラと湖の騎士シャマルに対して放たれている。

 その時、バルディッシュのコアは損傷しており、ファランクスシフトも数こそ多かったが、威力はそれほどのものではなかった。


 「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル」
 『Phalanx Shift.』

 だが、今回のそれはかつての比ではない。カートリッジの五発分の魔力が込められ、フェイトの残存魔力の全てが周囲に浮遊するスフィアへと込められ、雷の槍による大軍勢が顕現しようとしていた。


 「………」

 対して、シグナムもまたその隙に切り込むことはせず、静かに己の魔力を集中させていく。

 一発限りの砲撃と異なり、ファランクスシフトはどのような体勢からでも発射可能、準備が整う前にシグナムが切り込んだところで、焦って突進した彼女を槍の軍勢が迎え撃つ。

 無策のまま切り込み、30の槍を相手にするか、こちらも準備万端整え、100の槍を迎え撃つか。

 どちらが得策とも判断しがたい局面ではあるが、ベルカの騎士たるシグナムがどちらを選択するかなど、考えるまでもない。


 「来い! テスタロッサ! お前の全力、見せてみろ!」
 『Panzergeist!(パンツァーガイスト)』


 「撃ち――――砕けえええええええ!!!!!」
 『Full flat!』


 電気変換された魔力が槍の嵐となり、炎熱変換の鎧へと突き進む。

 雷光の騎兵隊、フォトンランサー・ファランクスシフトと、灼熱の甲冑パンツァーガイスト。


 「く、ああああああああああああ!」

 「………」

 裂帛の気合いと共に軍勢に突撃を命じる魔導師と、無言のままに防御に徹する騎士。

 雷の槍は、果たして炎の鎧を突き破れるか否か。


 <撃ち放つこれは、あくまで矢のようなもの、雷の矢じゃ、炎の鎧は貫けない>

 シグナムと戦い続けたフェイトだからこそ、それが分かる。

 連射だけでは足りない、シグナムの防御を打ち破るには、まさしく“槍”こそが必須。


 「スパーク――――」
 『Load Cartridge.』

 六連装のリボルバー、その最後の一つに込められた弾丸が解き放たれ、既に満身創痍に近かったフェイトの身体に更なる魔力が充填。その負荷が少女の身体を切り刻む。


 「つ、あああ!」

 スフィアの設置時間を削るため、カートリッジを五連ロードし、自らの魔力も限界ギリギリまで絞り出してのファランクスシフト。

その最後の一撃は、周囲に浮かぶスフィアを束ね、己の全てを懸けた必中の槍。


 「エンド!」

 解き放たれた大槍、スパークエンドが進軍し、騎兵隊の突撃によって切り裂かれつつあった炎の鎧を突き破る。

 その間際―――


 「剣閃烈火!」
 『Explosion!』

 烈火の将シグナムが持つ炎熱変換資質を最大限に発揮する奥義が、フェイトの渾身の技を迎え撃つ。

 あえて切り込まず、時間をかけて炎熱変換された魔力を練り上げた剣の主従、その目的は、炎の鎧パンツァーガイストのためだけではない。

 十数秒の時間をかけて変換された膨大なる炎熱はフレアの如き輝きを伴い、火竜の咆哮の如く荒れ狂う。


 「火竜一閃!」

 迫りくる雷の大槍を迎え撃ったのは、炎の鎧ではなく、灼熱の噴火。

 収束された雷と炎が相克し、発生した熱量は炎天下の砂漠を焦熱地獄へと変えてゆく。


 「あああああああああああ!!」

 「おおおおおおおおおおお!!」

 だが、どんな天災も永続するものはあり得ぬよう、終幕は訪れ―――


 「………相殺、か」

 「おみごと、です」

 フェイトの全てを懸けた攻撃は、シグナムの全力の迎撃によって、防ぎ止められていた。



 <―――今だ>

 その隙に、動きだす影が一つ。

 雷光と炎熱、その二つがぶつかり合い、両者が全力を出し切った果ての空白。

 闇の書を“完成させる”ことを目的とするその存在にとっては、まさしく千載一遇の好機。


 『いただけません、実にいただけませんね。使い魔、リーゼロッテ』

 だが、その行動がトリガーとなって顕現する地獄を、彼女は知らない。


 『管理局、闇の書、知ったことではありません。フェイト・テスタロッサに害なすものは皆等しく排除対象』

そう嘯きながらも、彼とその相棒たるアズガルドは数十回に及ぶ演算を行っている。全体の状況、現状における中隊長機の配置状態、フェイトの肉体と精神のダメージの深刻さの予測、あらかじめリーゼ姉妹の介入を警戒していたことを悟らせないためのカモフラージュ、そしてギル・グレアムとの間に禍根を残さずにリーゼロッテを撃退する方法。

 それらのことをすべて踏まえ、繰り返し演算を行った末に出た最適解を実行した結果――

 ここに、黒い恐怖が再臨することとなる。







同刻  第90無人世界



 「さあ、やるわよ、闇の書」

 魔法生物が特に存在しない無人の世界。

 闇の書の獲物となり得る生物が存在しないために、守護騎士からも網を張る管理局からも注目されることはなかったその場所。

 だが、それ故に、ヴォルケンリッター達が出陣、帰還する際の中継点としては利用価値がある。

 スーパーで買い込んだ食料品やテントなども置かれており、蒐集における前線基地というか、隠れ家の一つとして機能しているそこに、シャマルと闇の書の姿があった。


 「闇の書よ、守護者シャマルが命じます。眼下の敵を撃ち砕く力を、今、ここに!」

 ここは、シグナム、ザフィーラ、ヴィータが戦っている各世界とほとんど等距離にあり、同時に援軍を送るならば最も適した条件といえる。

 管理局とて無限の人員を誇るわけではなく、守護騎士が現れる可能性が高い魔法生物が生息する世界ならばともかく、地理的条件のみ整った無人世界まで全て網羅するのは不可能。

 そして、シャマルが取った行動は、破壊の雷による強装結界三箇所の同時破壊。


 「クラールヴィント、次元を繋いで」

 『Jawohl.』

 シャマルが実際にそれぞれの世界へ移動すれば、ページの消費はより少なく済み、先にヴィータかシグナムを包囲から逃せば、協力してあたることで40ページの消費で済むという計算もある。

 だがそれは、管理局に援軍や罠がなく、助けにきたシャマルを待ち受けていなかったという希望的観測に基づいてのもの。

 高みから全てを俯瞰し、世の中の出来事を全て知っている存在であれば、“無駄のない戦力配分”も可能であろうが、シャマルの手元にある情報は決して多くはない。

 また、誰か一人を先に助ければ、次に自分達が向かう場所など考えるまでもなくなり、敵に戦力を集中させてしまう恐れもある。

 三箇所のどこに救援が現れるか予想がつかないために、予め管理局が一箇所に戦力を集中することは不可能、そのアドバンテージを最大限に生かす方法こそ、三箇所同時攻撃。

 兵力の小出しは愚の骨頂。敵の網にかかり、包囲殲滅の憂き目にあるこの状況で、中途半端な対応をすることこそが最も危険であることを、風の参謀たるシャマルは理解していた。

 結果的に、ページの無駄になろうとも、ここは安全策をとるべき。

八神はやてが主である以上、万が一にも、守護騎士の一角、大切な家族が欠けることは許されないのだから。


 「撃って、破壊の雷!」
 『Geschrieben.』

 理由はもう一つある、強装結界の破壊を可能とする“破壊の雷”はほとんど指向性のない魔力爆撃であり、敵だけを選んで打ち倒すような真似は出来ない。

 つまり、強装結界を破った雷を回避し、その後の行動を選択するのはそれぞれの判断で行うしかなく、内部との連絡が取れない現状では、精密な連携は不可能。

 それならばいっそ、直接的戦闘力の低い自分は現場には降りず、強装結界のみ次元跳躍攻撃で破壊し、後は独自の判断で帰還してもらう方が良い。

 それぞれが的確な状況判断力を有し、全体を見渡せる位置にあれば誰もが司令塔として機能できることこそ、ヴォルケンリッター最大の強み。


 「後は任せたわよ、皆。クラールヴィント、大丈夫そうな人から通信を繋いで」
 『Ja.』

 ただ二つほど、彼女の計算外があるとしたら。

 ある場所では、破壊の雷より早く、強装結界が破られており。

 他の一つにおいては、強装結界内部が地獄絵図となっていたことであろうか。







同刻  第87観測指定世界


 「これは!」


 「来たか……」

 奇妙な冷戦状態。

 そう表現すべき戦いが続いていた戦場に、終焉をもたらす角笛が響き渡る。

 遙か上空より、強大な魔力を伴った黒い雷が落下。

 破壊対象は強装結界だけにとどまらず、周囲で結界を固めている武装局員すらも巻き込むことだろう。


 「こりゃ、まずい!」


 「仲間を守ってやれ、直撃を受けると危険だ」

 そう言い残し、ザフィーラはドーム型強装結界の天頂方向、つまりは、破壊の雷の着弾点へと飛翔する。


 「え、アンタ!」


 「アレの余波は私が防ぐ、お前は他を守れ」


 「………ん、分かったよ、機会があればまた会おうじゃないか」

 アルフにはこの場でザフィーラを捕える意思はなく、その提案は渡りに舟ともいえた。

 防御に秀でたアルフが守りにつけば武装局員の被害も出ないであろうし、雷本体はザフィーラが防ぐ。

 当然、強装結界は破壊される上、ザフィーラを取り逃がすことにはなるだろうが、そこは予定調和。闇の書を使わせた時点で、管理局側の戦略目標は達成されている。


 <無理して怪我を負うことはない、誰も傷つくことないんなら、それに越したことはないさ>

 それが、アルフの偽らざる想い。

 極論、フェイトが平穏な学校生活を楽しみたいと思っているならば、別に闇の書事件と大きく関わる必要もないというのがアルフの基本姿勢。


 <だけど、クロノやリンディが大変な時に、あたしらだけのんびりしてるわけにもいかないよ>

 つまるところ、守護騎士と実際に相対している者達の戦う理由は、個人的なものばかり。

 リンディやクロノには管理局員としての“義務”はあるが、仮にそれがなくとも二人には闇の書を追う理由がある。


 <だったら、手を取り合うことだって出来るよね。宗教戦争やってるわけでもない、闇の書さえなくなれば、あいつらだって戦う理由はなくなるってんだし>

 防御の術式を紡ぎながら、アルフは天頂近くで魔力爆撃を受けとめるザフィーラを見上げる。


 「凄いね、あいつは、盾の守護獣なんて名は、伊達じゃなさそうだ」

 多分、障壁の防御力ならば自分以上だろう。

 負けるつもりなど毛頭ないが、総合的なスペックでは向こうが有利なのは事実。


 「ほんと、あんまり戦いたくないね、模擬戦とかなら、望むところだけど」

 もし、フェイトと自分となのは、それにクロノやユーノ。

 この面子と、守護騎士達が皆で仲良く模擬戦でもやるとしたら―――


 「なんか、楽しくなりそうじゃんか」

 今はまだ敵対関係にあるけれど、いつかそんな日が来ればよい。

 破られた強装結界から飛び去る藍白色の流星を見上げながら、アルフは彼女が願う幸せな未来を想い描いていた。







同刻  第95観測指定世界



 「破壊の雷、シャマルか!」


 「か、雷、それも、もの凄い大きな!」

 星の光を手にした少女の問いかけに、最も若き騎士が答えを探していた時に、それはやってきた。

 紡がれる絆が疎ましいのか、妬ましいのか、それは分からないが、守護騎士の動揺に闇の書の闇もまた、思うところがあるのだろうか。


 「ヴィータちゃん、あれは!?」


 「強装結界を破るための、魔力爆撃だ、ここにいると危険だぞ、お前も早く―――」

 ヴィータとの戦いにおいて、勝つための戦術を無視し、話し合うために己の魔力を削ったなのはは既に満身創痍。

 通常の状態ならばともかく、今のなのはでは破壊の雷の余波だけでも撃墜しかねない、それほどに消耗している。

 だが、ヴィータがいい終わるより早く、彼女は行動に移っており、その魂である魔導師の杖もまたその意志に応えた。


 『Starlight Breaker!(スターライトブレイカー)』


 「風は空に―――」

 風と共に魔力が吹き荒れ。


 「星は天に―――」

 星となって収束する。


 「そして、不屈の心はこの胸に!」

 ヴィータとの戦いにおいて、なのはは幾度もカートリッジを使用した砲撃を放ち、既に魔力は尽きかけている。

 だが、それは全てこのための布石、強装結界内部には大量の魔力が散布されており、高町なのは最大最強の魔法を放つ下地は完璧に整った。


 「おい、そんなボロボロの身体で、何する気―――」


 「アレが落ちてきたら、武装局員の人達も、ヴィータちゃんも大変なことになる。だから、その前に」

 『We shoot it completely(私達が、撃ち抜きます)』

 収束砲、スターライトブレイカーで破壊の雷を撃ち抜くと。

 決意を秘めた目で、彼女はそう告げていた。


 「そいつを、あたしに撃てば、それで終わるだろ」

 ギガントシュラークであっても、スターライトブレイカーは相殺不可能。

 距離が開いている時点で、これが放たれていれば、自分は詰んでいた。

 にも、かかわらず。


 「それじゃあ駄目なの、ヴィータちゃんが気絶しても、アレは止まらないんでしょ」


 「だけど、周りの局員だってそのくらいの覚悟はあるだろ、殺傷設定の魔力爆撃つっても直撃でもしなきゃ、死にはしねえよ」


 「それでも駄目! 誰かが傷つくかもしれない、ひょっとしたら死んじゃうかもしれない、そんな未来は、私は嫌!」

 それは、平たく言えば子供の理想。

 現実は厳しく、誰もが幸せになれるものではない、そんなやるせない世界で、管理局員は働いている。

 だからこそ、未来を信じて真っ直ぐに進む彼女らが、時に眩しく、太陽のように映る。


 「この手の魔法は、撃ち抜く力――――涙も、痛みも、運命も、レイジングハートと一緒に、切り拓く!」

 星の光が、収束する。

 周囲に漂っていた魔力が、王の号令を受けた騎士達の如く、一糸乱れず集ってゆく。


 「結界は壊しちゃうけど、アレが落ちてきたら同じことだから、大丈夫!」

 『All right.』


 「いや、それはそうかもしれないけど……」

 破壊の雷が強装結界を破壊する前に、スターライトブレイカーによって強装結界ごと撃ち砕く。

 論理的には問題ないはずだが、何かが間違っている気がするのはなぜだろうか?


 「行くよ、レイジングハート! スターライト―――――」
 『Count zero.』

 一度決めたら、高町なのはは梃子でも動かない。

 その意志の強さ、どこまでも真っすぐな心を、ヴィータは思い知らされていた。


 「ブレイカーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 桜色の極光が、全てを塗りつぶす。

 紡がれる絆を破壊しようと迫っていた闇の雷は、放たれた星の光によって、一瞬にして無に帰した。

 武装局員に唯一人の被害もなく、ヴィータも完全な無傷のまま、辺りには静寂が戻る。

 ただ、強装結界も跡形もなく消滅していたが、それはまあ、御愛嬌というものか。


 「はあっ、はあっ」

 それで彼女の魔力は完全に底をつき、最早空中で浮いているのが精一杯、バリアジャケットまで解除されていた。


 「ほんとに、全部ぶっとばしやがった」


 「え、えへへ………わたしの魔法は、ユーノ君やクロノ君みたいに結界をすり抜けるような器用なことは出来ないから、女の子は火力なの」

 器用さでは男に敵わないので、女は火力で勝負。

 大切な何かを根底から間違えているような気もするが、ヴィータも割と似たような価値観をもっているため、突っ込む者はいなかった。


 「お前………名前は?」

 強装結界がなくなった以上、ここに留まる理由はない。

 転送用の陣を形成しながら、ヴィータは全ての力を使い果たした少女に問いかける。


 「なのは、高町なのは………名前で呼んでくれると、嬉しいな」


 「お前にとって、大きな意味があるのか」


 「うん、名前で呼んでくれることはね、友達になる最初の一歩なんだよ」


 「そっか………じゃあ、なのは」


 「なあに」


 「今回のことは、貸し一つだ。お前があたし達の主の敵にならねーんなら、一回だけ、お前の頼みを聞いてやる」


 「頼み、かぁ」


 「せいぜいよく考えろよ、こんなことは、二度とねーからな」

 照れくささを隠すように、そっぽ向きながら、騎士の少女は転送魔法の光の中に消えていった。


 『Thanks for your effort,Master.(お疲れ様です、マスター)』


 「うん、結局、逃げられちゃったね」


 『Don't worry. (いいんじゃないでしょうか)』


 「かなあ?」


 『Yes.(ええ)』


 「………ありがとう、レイジングハート、わたしの我がままに付き合ってくれて」


 『No problem.』


 「それでも、ありがとう」

 その言葉を、魔導師の杖は何よりも嬉しく思う。

 主が自分を頼ってくれた、己の心を隠すことなく、騎士の少女と話すために力を貸してほしいと告げてくれた。

 そして、自分は主の力となり、その望みを叶えることが出来たのだ。


 『Thanks.』

 遙か遠く、時の庭園の中枢で、そのための布石を整えてくれた古い管制機に、彼女は礼を送る。

 管理局のために動くならば、ここで守護騎士を捕える方策もあったはず。

 しかし、彼が提案した策は、なのは、フェイト、アルフがそれぞれ他からの干渉を受けることなく守護騎士と対峙できるもの。

 古い管制機は、管理局のためではなく、フェイト・テスタロッサとその親友である高町なのは、その二人の願いを叶えるために、機能していた。












同刻  第84無人世界


 時が、止まっていた。

 フェイトも、シグナムも、奇襲を仕掛けたはずの仮面の男ですら、涅槃寂静たる完全停止の理に囚われ、身動きが取れない。

 しかしそれも無理ない話。

 それほどまでに不可思議、それほどまでにあり得ない光景が広がっていた。

 すなわち―――


 『#$&%?&?@*♪¥!!!』

 仮面の男とフェイトの間に立ちはだかり、というよりも地面から這い出してきた、なんかよく分からない名状しがたいもの。

 時の庭園が誇る第四の中隊長機、“スカラベ”が、そこに顕現していた。

 そして、仮面の男の腕は、よりにもよってその“変な何か”を貫いており―――


 ウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾ


 そんな効果音しか当てはまらなそうな光景と共に、名状しがたい“蟲”のような小さいものが、突き刺さった腕へと這い出して来ていた。


 「ぎゃああああああアアアアあああぁぁぁぁぁあァァああァァァァ!!! なんかいっぱい出たあああああぁぁアアアあアぁァァァああアアアァァ!!!」

 そう叫んでしまった彼、正確には彼女を誰も責められまい、使い魔だってピュアな心は持っている。

 だがしかし、ここは“管制機トール”が主戦場に設定した場所、当然、潜んでいる名状しがたい者共は“スカラベ”一体ではない。


 『#$&%?&?@*♪¥!!!』

 砂地のあちこちからは、ムカデ型サーチャー散布マシーン“ムッカーデ”が。


 『#$&%?&?@*♪¥!!!』

 『#$&%?&?@*♪¥!!!』

 『#$&%?&?@*♪¥!!!』

 オアシスの水の中からは、隠れ潜んでいた“ゴッキー”、“カメームシ”、“タガーメ”が。

 描写するのも憚られる光景を作り出しながら、“フェイトを守るために”突撃を開始した。

 トールとしても、クロノが前線に立てる状態であれば中隊長たちをフェイトの周囲に配置したりはしなかったが、場合が場合であり、リンカーコア障害と精神ダメージを天秤に載せた結果、彼の計算は精神ダメージという回答を出していた。出してしまっていた。


 「嫌ああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァあァァアアァァァあアアアアァァあァぁぁ!!!!!」

 フェイトの絶叫が砂漠の世界へと木霊し、二秒後には気絶した。

 当然である。


 「て、テスタロッサ!」

 だがしかし、頭の中は混乱の極地にあったが、辛うじてシグナムは行動を起こす。

 彼女とて蟲が平気であるわけはなく、見るのも嫌であったが、遙か昔に“蟲毒の主”と戦った経験が、多少の耐性をもたらしている。

 その記憶は過去の彼方にあれど、完全に消え去るものでもない。


 「どけええぇぇぇぇぇぇ! テスタロッサには指一本触れさせんぞ!!」

 そして、シグナムの目からは、気持ち悪いことこの上ない巨大な蟲がフェイトを襲おうとしているようにしか見えず、咄嗟に彼女を抱き抱えて離脱を図る。

 正々堂々と渡り合った好敵手を、こんなおぞましい蟲どもに汚させるわけにはいかない。そうした意思を抱き突進して、”襲いかかる蟲”からフェイトを救った彼女はまさしく姫君を救う勇敢なる騎士そのもの。

 実際はその逆なのだが、あまり大差はない。

 ただ―――


 「今度はなんだ!」

 間の悪いことこの上ないタイミングで、破壊の雷が強装結界を直撃。

 砂漠の世界であるため、雷が周囲へ伝わることもあまりなく、結界維持にあたっていた武装局員も多少の余波は受けたものの、ほとんど無傷で済んだが―――


「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「なんだああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「おわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ぶるぐわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 破れた強装結界内部から、大量の虫型サーチャーが噴き出す。それはもうブワっ、と。

 時の庭園の機械類、特に中隊長機は、“フェイトに危害を加えるものを攻撃”するようにプログラムされている。

 そして、破壊の雷によって周囲の状況が正確に把握できないこの場合、やることはただ一つ。


 “フェイト以外全て敵とみなし、攻撃せよ”


 その結果、半年ほど前の演習の悪夢が再現されることとなった。

 どういう因果か、ちょうどアルクォール小隊は前回の演習に参加していたメンバーで構成されていたりする。真にご愁傷様としか言いようがない。

 シグナムとフェイトの激突の果てに、仮面の男がフェイトを狙ったと思いきや“スカラベ”を貫き、水中から現われた“ゴッキー”、“カメームシ”、“タガーメ”が仮面の男に襲いかかるが気絶したのはむしろフェイトで、シグナムがそれを庇うと破壊の雷が強装結界を破壊し、大量の虫型サーチャーが武装局員に襲いかかった。

 この状況を的確に表現するのは極めて困難であるが、あえて表すならば―――


 地 獄 絵 図


 ということになるだろうか。


 「離脱!」

 そして、烈火の将シグナムは逃げた、見事なまでに逃げた、全力全開の逃走だった。


 「うわああああああアアアアアアアアアァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁ亜亜亜亜亜亜亜阿阿阿阿阿阿阿阿!!!」

 割って入ったはずの仮面の男は、大量のゴキブリとタガメとカメムシとスカラベの集中攻撃を受けてそれどころではなかったため、彼女を阻む者はいない。とりあえず哀れな仮面男には黙祷を捧げよう。

 そしてシグナムはもう何がどうなっているのか理解不能で、とにかくこの場を離れたい一心で転送魔法を用いて逃げたのだが、あることを失念していた。

 それはすなわち―――






新歴65年 12月11日 第97管理外世界 日本 海鳴市  AM10:36



 「………どうしよう」

 シグナムは、フェイトを抱えたままだった。

 無我夢中で転送魔法を使用したため、八神家から離れた公園辺りに跳んだようだが、気付けば腕の中にフェイトがいる。

 魔力をほとんど使いきっていたことや、意識がないこともあり、バリアジャケットが解除されているのは唯一の救いだが、何の解決にもなっていない。


 「放置する、わけにもいかん、だが、どこに届ければいい?」

 とりあえず自分も騎士甲冑を解除するが、どうすればよいのか皆目見当つかない、というか、未だに頭が混乱している。

 このままでは罪状に幼女誘拐が加わりかねず、かといって管理局に届けることも出来ない。


 「と、とりあえず、シャマルに連絡を―――」

 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。

 シグナムの運も捨てたものではなく、縁というものは実に奇妙奇天烈。


 「あれ? シグナム、こんなところでどないしたん?」


 「あ、シグナムさん、こんにちは」


 「あ、主はやて!」

 そこに現われたのは、彼女の主と、その友人の月村すずか。


 「ん、その子は―――」


 「こ、これはですね」


 「ええ!? フェイトちゃん!?」

 シグナムが何か言うよりも早く、すずかが驚愕の声をあげる。


 「ど、ど、どうしたのフェイトちゃん!?」


 「い、いえ、私もよく分かっていないのですが、多分、眠っているだけかと」

 紛れもなく、シグナムの本心である。もう何がなにやら。


 「えっと、この子が、フェイトちゃん?」


 「うん、そうだよ、でも、眠ってるというよりは気絶してる、というか魘されてるような………」


 「だ、だめ……ゴキ、ゴキゴキ―――」

 フェイトから漏れるのは謎の単語。

 彼女のトラウマを知らぬ者には理解できぬこと、なのはであれば実によく分かるだろうが。


 「シグナムさん、フェイトちゃんはどこで眠ってたんですか?」


 「そ、そこのベンチで眠っていたかもしれないのですが、なぜか地面に倒れていて」

 あまり説明になっていないが、“自分もよく分からない”ということを伝えるという点では的確かもしれない。


 「何やあったんやろか、まさか誘拐なんてことはないと思うけど」


 「ど、どうなのでしょう?」

 外見というものは、非常に重要である。

 成人男性が眠った少女を抱えていれば、眠ってしまった娘か妹を抱きかかえているのか、いかがわしい目的かの二つの憶測が浮かび上がるが、女性であれば、大抵は前者に絞られる。

 少なくとも、シグナムがフェイトを抱えていて、彼女を誘拐犯と思う人間はごく稀であろう。


 「とにかく、フェイトちゃんの家まで運ばないと」


 「すずかちゃん、この子のお家の人の連絡先、分かる?」


 「ごめん、フェイトちゃんの携帯しか分からない、でも、お家は知ってるから」


 「そうですか、ならば、お願いできますか、主はやては、私が家までお送りしますので」


 「えっと、ああ、いいタイミング」

 ちょうどそこに、月村家の車が現れる。


 「お迎えきたみたいやね、すずかちゃん」


 「うん、フェイトちゃんは私の家の車で送るよ、よいしょっと」

 シグナムからフェイトを受け取り、抱えるすずか、9歳の女の子としては並はずれた膂力である。


 「えっと、はやてちゃんは?」


 「シグナムが送ってくれるから大丈夫や、すずかちゃんは、フェイトちゃんを送ったってや」


 「そう、それじゃあはやてちゃん、シグナムさん、さようなら」


 「さようなら~」


 「お気をつけて」

 すずかとフェイトを乗せた車が発進し、はやてとシグナムが残る。


 「ここは、図書館裏の公園だったのですか」


 「そやよ、シグナムも何度か来たことあるやろ」

 車椅子に乗ったはやてが自動車に乗り込むには時間がかかるので、他の人の迷惑にならぬよう、普段あまり車が停まらない裏の公園で待つ。

 なんとも、主とすずからしいとシグナムは思うが、同時に―――


 <ほぼ無意識の転送故に、主の下へ跳んでしまった。そういうことか>

 ヴォルケンリッターが無意識に思い浮かぶ“帰るべき場所”、それが、八神はやて。

 守護騎士と主の間に存在するリンク、それを辿るように、シグナムははやての近くへと転移した。

 主を危険に晒しかねないという点では注意せねばならないが、温かい想いにも満たされる。


 「えっと、シグナムは、迎えに来てくれたん?」


 「はい、その途中で彼女を見つけまして、まあ、些か混乱しておりました」


 「ふふ、シグナムでも慌てることはあるんやね」


 「申し訳ありません」


 「でも、嬉しいよ、迎えに来てくれて、おおきにな」

 真実は異なるが、その笑顔を否定したくはない。


 「いえ、当然のことです」

 色々なことがあったが、とりあえず、危機は去った。それだけでよしとしよう。


 【シグナム、そっちは無事?】


 【ああ、今は主はやてと共に家に向かっている】


 【あたしも無事、ちょい負けそうになったけど、まあ、いいこともあったし、悪くはなかったよ】


 【私も先程帰還した、蒐集を行えたわけではないが、それ以上に得るものがあった】


 【そうか………それは、何よりだ】

 結果だけ見れば、蒐集は行えず、60ページも一気に減っただけ。


 【しかし、主はやての友人である彼女と、テスタロッサが友達とは、なんとも奇妙な縁だ】


 【え、どういうこと?】


 【詳しくは帰ってから話そう、まともに考えれば吉報ではないのかもしれんが――】


 だがしかし、シグナムの心の中には、


 【不思議と、あまり嫌な予感はしないな、ひょっとすればこの縁が、私達の救いになるかもしれん】


 主より与えられた温かみに似た、何かが残されていた。



 そしてあの蟲の大群の光景は速やかに忘れようとしていた。





 あとがき

 なのはは彼女らしいまっすぐな心を、ザフィーラは彼らしい思慮深さを、それぞれ表そうとした決着です。
 え、あと一方面の決着? そんなものあったかな? ちなみに”スカラベ”という蟲が分からない方は、『ハムナプトラ』という映画を観ましょう。

 それはさておき、誠に申し訳ないことですが、いまより更新間隔が伸びそうです。6月になったら落ち着くと思うのですが、いまは割りとてんてこ舞い状態です。
 読んでくださっている方々には本当にすみません。



[26842] 第二十七話 老獪なる管制機
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/05/19 13:01

第二十七話   老獪なる管制機




新歴65年 12月11日 第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  メディカルルーム  AM11:05



 「なのは、前にも言ったと思うが、あまり無茶はしないでくれ、心臓に悪い」


 「ごめんね、クロノ君」


 『そのような晴々とした表情での謝罪ではあまり誠意というものは見受けられませんが、無茶しただけの成果はあった、ということですね』


 「はい、ちょっとですけどヴィータちゃんとお話出来ましたし、それに、名前で呼んでくれたんです」


 「だからといって、六連マガジン4つ、カートリッジ24発の使用、さらにそれらは悉く長距離砲撃の強化、加えて、スターライトブレイカーの発射、これがどれだけの無茶か分かってるのか」


 『無駄ですよ、クロノ・ハラオウン執務官。一度決断した高町なのはは梃子でも考えを変えませんし、レイジングハートも全面的に協力しておりました。その上、彼女への後押しを行ったのは私ときている』


 「やっぱり君か!」


 『子供がどんなに願おうとも、それが危険を伴うならば止めることが出来るのは親や兄の特権、これは貴方とリンディ・ハラオウン艦長が受け持っています、ならば、私の役目は子供の背中を押すこと、止める者と唆す者、両者のバランスをとりつつ、最終的な判断を子供に任せることこそ、成長が見込めるのではないでしょうか』


 「だ、だからといってだな」

 管制機トールは理屈の塊。

 人間にとっては屁理屈に感じる理論も多いが、“直感”や“感性”というものを持たないデバイスは、常に理屈でしか発言しない。

 それ故に、トールを説き伏せることほど困難極まることはないとクロノも分かっているだけに何も言えない。


 「ところで、フェイトちゃんは大丈夫ですか?」


 『こちらもカートリッジ18発を使用した挙句に、準備なしのフォトンランサー・ファランクスシフトを放ったようですが、肉体的には、問題ありません』


 「え、えっと、それってまさか………」

 この管制機から“肉体的には無事”と聞かされることほど不安になることはない。

 何しろそれは、“精神的には無事ではない”と言われているのと同義であり、なのはの脳裏に黒い恐怖や浴場の恐怖が蘇る。


 「………映像を見れば一目瞭然だが、見せると君まで寝込むだろうから口で伝えよう。フェイトの救援としてゴッキーとカメームシとタガーメと新型の“スカラベ”が出動した、後は察してくれ」


 「フェイトちゃん………なんて可哀そう」


 『まったく、悲しいことです』


 「「 お前が言うな 」」

 見事にハモった、なのはの言葉も容赦がなかった。


 『さて、高町なのは、本日の13:00よりこの時の庭園にて今回の包囲戦における評価、及び判明した事実と今後の検討などを行う予定ですが、貴女は出席できますか?』

 しかし、管制機はどこ吹く風、精神的ダメージと最も無縁な存在が彼である。


 「えっと、大丈夫だと思いますけど」


 『今回貴女は外傷らしい外傷はありませんから、問題となるのはカートリッジの過剰使用による過負荷です。“ミード”や“命の書”によってその辺りは軽減されていますが、結局は本人次第なのですよ』


 「えっと……」


 「つまり、通常の傷やダメージなら、筋肉が炎症反応を起こしたりなど、身体から相応の信号が出る。内臓は特にその辺りが分かりやすいんだが、リンカーコアという器官はその判断が最も難しいんだ」


 『魔法を用いない純粋な外科手術では干渉することすら出来ない半物質、それがリンカーコア。魔導力学的な計測手段に頼るしか判別する術がない故に、早い話、“触診”などが不可能なのですよ』


 「だから、患者さんの主観がとっても大事、ってことですか?」


 「そういうことだ、結局は本人にしか判断できないから、患者自身に“大丈夫”と言われると医者としても手が打ちにくい。黎明期の管理局に務めた高ランク魔導師の多くが過労で倒れた原因の一端はそこにある」


 『貴女のように、無理をしたがる人間にとっては、“医者を騙しやすい”障害なのですよ。なので、そうですね、ヴォルケンリッターの湖の騎士などが管理局の医務官になってくださればありがたい、彼女ならばリンカーコアの“触診”が可能でしょうから』


 「う、うえええ」

 リンカーコア摘出をくらった張本人だけに、それは流石に遠慮したいなのは。


 「なるほど、名案だ」


 『でしょう』


 「クロノ君! トールさん!」


 「今後、なのはやフェイトが無理するようなら、湖の騎士にリンカーコアを引き抜かせて確かめさせるとしよう」


 『虚言があれば、そのまま闇の書の糧にするということで』


 「もの凄い物騒な会話!」


 「ああもう、いっそヴォルケンリッターに管理局上層部の魔導師のリンカーコアを全て差し出して講和でも結ぼうか」


 『汚いですね、流石クロノ・ハラオウン執務官、汚い』


 「どうしよう、クロノ君が壊れちゃった……」


 「僕は壊れてなどいない、少々やるせないだけさ」


 『流石に、会議に邪魔されて現場に降りられなかったことは腹立たしいですか』


 「それは、まあね。市民の安全と財産を守るべき管理局員が、自分達の会議に縛られて現場に出られないなど、本末転倒でしかないだろう」


 『その辺りの調整も、時空管理局という組織が抱える問題点であり、今後の改善点でしょう。貴方が老提督と呼ばれる頃には直っているとよいですね』


 「他人事だな」


 『いいえ、助力は惜しみませんよ、貴方はフェイトの兄なので。無論、貴女もですよ、高町なのは、貴女はフェイトの一番の親友ですから』


 「え、い、いやぁ、あははは」

 とても嬉しそうななのは、フェイトの一番の親友と呼ばれて悪い気がするはずもない。


 『喫茶翠屋の売り上げに貢献するため、我が時の庭園の人形を客として送りこ―――』


 「それだけは止めてください!」


 『安心なさい、人形の体内にはゴキブリ型サーチャー発生装置はありますが、発動させたりはいたしません。誤動作がなければ』


 「最後にもの凄く不安になる言葉が!」


 「君は、なのはの家を潰す気か………」


 『そして高町なのははフェイトと同居することとなり、嬉し恥ずかし同棲生活の始まり、というのも案の1つとしてはありました。今はもうボツ案ですが』


 「よかった、本当に良かった」


 『代替案はありますが』


 「すぐに破棄してください!」


 『無理です、フェイトのお願いでなければ』


 「フェイトちゃん、お願い、すぐ目を覚まして、わたしにはフェイトちゃんが必要なの……」

 一生このデバイスに口では勝てないんじゃないかと思い始めたなのは、大体正しい。


 『クロノ・ハラオウン執務官、先程平気だと言った高町なのはの言葉に虚言はないようです、突発的な驚愕時におけるバイオリズム、及びリンカーコアから生成される魔力値の変化を見る限り、彼女の体調は正常値に近い。よって、彼女を会議に参加させることに問題はないという診察結果を報告いたします』


 「そうか、ありがとう」


 「へ?」

 今、何と申した?

 なのはの心境は、まさしくそういう感じ。


 「会議まで後2時間くらいはあるから、それまではゆっくり休んでいてくれ、なのは、僕は仕事があるから一旦失礼するよ」


 「え、え?」


 『よきお仕事を、クロノ・ハラオウン執務官』


 「あまり聞かない言葉だな、まあ、最善を尽くすさ」

 そして、メディカルルームを出ていくクロノ。


 「あの、わたしはからかわれたのでしょうか、それとも、診察されたのでしょうか?」


 『そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう』

 なのはの疑問に、答えが出ることはなかった。







新歴65年 12月11日 第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  資料室  PM0:33



 「ところでトール、月村すずかというフェイトを運んでくれた子と応対したのは君だったか」


 『ええ』


 「彼女は、どこでフェイトを見つけたんだ?」


 『風芽丘図書館の裏手の公園であったと伺っています。剣の騎士シグナムがフェイトを抱えたまま転送魔法を使用したところまでは追跡しておりましたが、その後までは分かりませんでしたから』


 「だが、君のことだ、海鳴市にもサーチャーを飛ばしていたんじゃないか」


 『その通りです。月村すずかがハラオウン家に到着する前に彼女を捕捉することには成功しています、ただ、ヴォルケンリッターはその時既に周辺に見当たりませんでした』


 「それもそうか、そもそも、闇の書の主が海鳴市にいるという保証もない。近辺にいることは間違いないと思うが」

 実際は、すずかとはやてがフェイトを抱えたシグナムと出会ったのは“お爺さん”と別れてすぐのこと。”お爺さん”は見つからない位置からその様子をしっかりと眺めていた。

 故に、トールはハラオウン家に先回りし、フェイトを受け取ることが出来た、その時の人形は“若い人”であったため、すずかがその正体に気付くことは不可能。


 『リンディ・ハラオウンと貴方が不在という条件を考慮すれば、上々の成果といえましょう。高町なのはも外傷はなく、フェイトも然り、アルフに至ってはほとんど無傷です』


 「外傷だけは、な、アルフはずっとフェイトに付き添っているわけだが」


 『彼女は使い魔ですから』


 「君のせいで、そうする羽目になっているという嫌味には聞こえないんだな」


 『はて、いったいなぜ私のせいなのでしょうか?』


 「いや、いい」

 クロノは、もう諦めた。

 これに対して苦言を呈するのは徒労でしかないことをいいかげん悟った模様。


 「もう一つ聞いておきたい、君は、闇の書事件について時の庭園が知りえている情報を、残らず管理局に渡しているのか?」


 『いいえ、意図的に伝えていない情報もございます』


 「聞くまでもない気がするが、その理由は?」


 『フェイトと、その親友である高町なのは、この両名が“守護騎士と分かり合いたい”と望まれました。しかし、それを叶えるには、守護騎士が管理局に捕縛されては困ります、重要参考人と面会できるのは執務官である貴方くらいであり、嘱託魔導師であるフェイトと民間協力者である高町なのはにはその権限がありません』


 「………その部分に関しては、確かに僕らも譲れないな」


 『公私混同をなさらないという点で、素晴らしいと存じます。しかし、貴方も御存じのように、時の庭園、いいえ、管制機トールにとっての優先順位は常にフェイトを基準としております』


 「つまり、フェイトは僕や母さん、エイミィを手伝いたいと思っている、だから、時の庭園は捜査に全面的に協力する。そして同時に、守護騎士達と一対一で戦い、もしくは話し合い、分かり合いたいと思っている、だから、守護騎士が“捕まってしまう”情報は意図的に隠している、ということか」


 『左様です。フェイトの望みが“守護騎士を捕まえること”にあるならば、全ての情報を公開していたでありましょう』


 「闇の書事件を追うこと、守護騎士と戦うこと、そして捕まえること、同じようで違うな」


 『ええ、とはいえ、現在はフェイトの兄である貴方、母であるリンディ・ハラオウン、その二名もまたフェイトにとって大切な人物ですから、貴方達の最終目標が“守護騎士を捕まえること”であったならば、やはり情報を全て公開しておりましたでしょうし、ミッションSWを実行に移していました』


 「確かに、時空管理局の艦長と執務官の目的は守護騎士とその主を逮捕し、ロストロギア闇の書を封印することだが、僕の母さんの望みは、そうじゃない、いや、それだけじゃない」

 昨日、クロノがフェイトに語った言葉がある。


 (僕らが扱う事件では、法を守って、人も守る。イコールに見えて、実際にはそうじゃないこの矛盾が、いつでも付きまとう。自分達が正義だなんて思うつもりもないけど、厳正過ぎる法の番犬になるつもりもない)


 『貴方達は、闇の書の主が被害者に近い存在であることを知っており、とりわけ、今回のケースはその要素が強いのではないかと推測なさっています』


 「ああ、その件については、過去の事例を掘り返しながら何度も君と話し合ったな」


 『そして、仰られた。闇の書の主の行動が緊急避難に近いものであるならば、出来るだけ罪人としては扱いたくないと、過去の主達の罪をその存在に被せ、断罪するような真似だけはしないと』


 「それをしたら、僕達が管理局員である意義は失われるだろう」


 『その姿勢、真に御立派であると称賛します。しかし、全ての管理局員、とりわけ、上層部にいる人間がそのような思考を持っているわけではありません。平穏無事に守護騎士を捕まえることが出来、主を抑えることに成功したとなれば、果たして、何が起こるか』


 「………“闇の書”とは本当に皮肉な名前だ。グレアム提督がその辺りは抑えてくださっているが」


 『時の庭園がアースラに供与した情報は、本局の高官まで定期的に報告せねばなりません。それが、義務というもの、しかし、時の庭園は現在“民間協力組織”であり、そちらから“供与せよ”との催促でもない限りは情報を流すかどうかはこちらの自由』


 「その通りだ、管理局員の身内であっても、民間人は民間人。その原則は守られればならない」


 『つまりは、そういうことです。フェイトと高町なのはの願いを叶えるための障害になりうる本局の高官には、黙っていてもらいたいのですよ、ただ、非常に優秀なアースラクルーが、意図的に提供されていない情報の内容を“予想して”行動することは可能であると考えます』


 「それはあくまで“予想”に過ぎず、証拠ではないため、本局に報告するには当たらない、ということか」


 『こちらとしては、情報を公開できないだけで、隠したいわけではありません。公文書というものはなかなかに厄介なものですから』

 そして、クロノは大凡の状況を理解した。

 月村すずかから聞いたかのかどうかまでは分からないが、おそらくトールは既に闇の書の主を把握している。

 そして同時に、現段階でその情報を“時空管理局”に公開したところで、フェイト、なのは、クロノ、リンディ、いずれの願いも叶わない、少なくとも有利には働かない、という演算結果が出たのだろう。

 闇の書の主の身柄を巡って、本局の上層部、果ては聖王教会などの権力闘争に発展するような、碌でもない結果も、可能性としては考えられる。


 「君は、ユーノが無限書庫で発掘している情報を待っているのか」


 『現段階では、闇の書そのものに関する情報が揃っておりません。あと僅かのピースが揃えば、大数式の解が導けるところまでは来ていると予想しますが、まだ、時期尚早』


 「なるほど、ならば僕達も待つとしようか、捜査は確実に進んでいるし、焦って逮捕に踏み切った結果、証拠不十分で裁判に負けるのは間抜けの極みだ」


 『ご理解、感謝致します』


 「それはいいとして、先程言っていた守護騎士を捕まえるための“ミッションSW”というのは一体何だ?」


 『“ストリーキング・ヴォルケンリッター”の頭文字を取りました。彼女ら4名と同じ外見を持つ魔法人形を製作し、海鳴市を全裸で疾走させるというもので、後は日本警察が彼女らの身柄を確保してくださることでしょう。副作用として、守護騎士とその主が社会的に死ぬことが挙げられます』


 「それは………確かに“捕まえる”ためには有効な手段かもしれないが………僕と母さんの目標からは、かけ離れているな」


 『左様です、闇の書の過去の罪どころか、無実の罪を着せる作戦ですから』

 本当に手段を選ばないならば、守護騎士を捕まえる方法はいくらでもある。

 ただ、代償として“人として大切な何か”を切り捨てる必要があったが。


 「その作戦は、聞かなかったことにしておく」


 『賢明な判断です。アースラからの提案として管理局の公式文書に残った日には、末代までの恥となるでしょう』

 真に、公式文書というものは恐ろしい。

 実に嫌な形でそれを実感したクロノだった。








新歴65年 12月11日 第97管理外世界付近  次元空間  時の庭園  作戦本部  PM 1:00



 午後1時、作戦本部において会議が始まり、まず最初に議長であるリンディが発言。


 「フェイトさんは、心に重い傷を負ってしまったかもしれませんが、命に別状はありません」


 『加害者には、然るべき報復を』


 「「「「「 アンタだ、アンタ 」」」」」

 高町なのは、クロノ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタ、アルフ、リンディ・ハラオウン。

 性格も口調も異なるはずの五名の台詞は、見事に一致した。


 「ところで、リーゼさん達は?」


 「アリアがロッテを看病してる。どうやら、フェイトのところへ救援に向かってくれてたらしいんだが、アルクゥール小隊と同じ症状で寝込んでる」


 「あああ………また犠牲者が」


 「すまないことをした……」


 『覚悟もないまま戦場に臨むことがどのような結果を生むか、という教訓ですね』


 「いや、絶対違うからソレ」


 「ま、まあその議論は置いておくとして、トール、時の庭園のサーチャーが暴走したのは、例の雷の影響なのですか?」


 『おそらくそうでしょう。基本的に時の庭園の機械類はフェイトに害する者を攻撃するようプログラムされています。電流を伴った魔力爆撃が広域に渡って放たれた結果、周囲の存在全てを敵と認識した、というわけです』


 「機械の恐ろしいところだな、まあ、物理的被害はなかったが……」


 「代わりに、精神的被害がとんでもないことに………」

 頭を抱えるエイミィとクロノ。


 『済んだことは仕方がありません、前を向き、今後のことを考えましょう』


 「その通りなんだけどさ、アンタに言われるのだけは我慢ならないんだけど」


 『済んだことは仕方がありません、前を向き、今後のことを考えましょう(天井スピーカー)』


 「発声媒体を変えりゃいいってもんじゃないよ!」

 カタカタカタカタ

 その時、作戦本部の各テーブルに備えつけてあるプリンタが作動する。

 印刷された紙には―――


 “済んだことは仕方がありません、前を向き、今後のことを考えましょう”

 と書かれていた。


 「…………」

 さらに、空間にディスプレイが浮かび上がり、二次元、三次元のそれぞれで文章が作られる。

 内容は、語るまでもなく―――


 “済んだことは仕方がありません、前を向き、今後のことを考えましょう”

 であったそうな。


 「御免、あたしが悪かった、話を続けて」

 早くも精神を折られたアルフ、時の庭園内部で管制機に勝つのはかくも難しい。


 『さて、ここで忘れてはならないのは、闇の書のページを消費して放ったと考えられる魔力爆撃、その僅か前にエイミィ・リミエッタが指揮を行っていた駐屯所のコンピュータがクラッキングを受けたという点ですね』


 「うん、システムがほとんどダウンして、指揮系統が危うく寸断されるところだったけど」


 「時の庭園のシステムは、一切干渉を受けなかったと」


 『その通りです。多くの場所で共通のものが使われている管理局システムと異なり、時の庭園のシステムは完結型。高町なのはにも理解しやすく言うならば、インターネットとイントラネットの違いといったところでしょうか』


 「公共のシステムと、独立システムの違いだな」


 『はい、絶海の孤島に建設された要塞が堅固であることと理屈は同じです。外部との連絡が少なく、物流がないほどクラッキングは受けにくい、逆に、国防総省などを隔離するわけにはいきますまい』


 「だけど、駐屯所のシステムも結構新しいものだったから、クラッキングは容易じゃないし、それが可能なら時の庭園に干渉くらいは出来るんじゃ………」


 『私の予想は、管理局内部の人間、もしくは繋がりがある人物による犯行、といったところです。ハラオウンの失脚を願う者などはどこかにいるでしょうし、大人の社会には理由などどこにでも転がっております』


 「あまり考えたくはないけれど……」


 『人間が感情的に考えたくないことであるが故に、我々デバイスが考えることが最善。故に、提案いたします、この件で貴女達は考えないでいただきたい。その辺りは私が考えますので、後ろ暗く鬱になりそうな事柄は機械に任せ、人間である貴女達は、闇の書事件を追う方が良いという演算結果を提出します』

 とりわけ、機械らしい語尾で締めくくったのは、つまりそういうこと。


 『特に、高町なのは、アルフ、貴女達にこのような話は聞かせられません。それよりも、守護騎士達との邂逅や、彼女達の考え、人格について考察すべきだ』


 「うん、そうですよね」


 「確かに、んな後ろ暗いことは考えたくないし、アンタに任せるよ」


 『いかがでしょう、リンディ・ハラオウン艦長』


 「そうね………管理局内部に関わることである以上、無視することは出来ないけど、とりあえずここで議論すべきではなさそうだから、そこは後で個別に話しましょう」


 『了解しました、では皆さま、そのようにお願いいたします』


 「じゃあ、アルフ、まずは君が戦った盾の守護獣との会話を頼む」


 「あいさ、あたしの次はなのはだね」


 「はい」

 闇の書を追うならば、今は人間社会の闇は考えるなかれ。

 闇を追う者は闇に飲まれる、それこそ、闇の書を不滅の存在としてきた最大の理由。

 だからこそ、絆を信じて前を向こう。


 ≪過去を記録し、解析するのは機械でも出来る。しかし、未来を切り拓くのは人間のみ≫

 デバイスには、願いを叶えるロストロギア、ジュエルシードへ願いを託すことは出来なかった。

 “自分が望む未来”を思い描けるのは、人間の心があればこそ、電気信号で動く機械には決して不可能。

 だが、集いし全員が“皆が笑い合える未来”を望むならば。


 ≪我々デバイスは、その願いを叶えましょう。私とバルディッシュ、アスガルドはフェイトの願いを、レイジングハートは高町なのはの願いを、そして、彼らもまた≫

 絆は紡がれつつある。

 共に戦うにはまだ少しばかり足りないが―――


 ≪グラーフアイゼン、レヴァンティン、クラールヴィント、貴方達の主の願いが重なれば≫

 全ての力を、闇の書を止めるために使うことが可能となる。

 それこそが、“最も効率的な方法”であり、全員が意志を一つにし、力を合わせた時が、一番能率が上がる。

 実に単純であり、それ故に覆りようがない事実がそこにあった。









新歴65年 12月12日  第97管理外世界 日本 海鳴市 八神家 リビング AM5:30



 「えっと、じゃあ、その仮面の男は、一体何がしたかったのかしら?」


 「うむ、それが分からん」


 「昆虫採集、ってわけじゃねえよな、砂漠だし」


 「あんな気持ち悪い蟲を採集する奴の気がしれんし、考えたくもない」

 包囲戦より一夜が明けた八神家リビング。

 ヴォルケンリッター四人もまた、昨日の戦闘経過と今後の方針について語りあっていた。

 昨日ははやてがシグナムと共に帰ってきてからずっと一緒にいたことと、それぞれがかなり疲労していたこともあり、作戦会議は明朝早くということで決まっていた。


 「シグナムと、テスタロッサちゃんの間に割って入って、何かよく分からないおっきな蟲のようなものを攻撃して、悲鳴を上げる」


 「その上、小型の蟲に纏わりつかれ、管理局員と共に逃げ回る。何をしたいのか、さっぱり意味不明だ」

 レヴァンティンに記録されていた映像を、クラールヴィントが解析した結果がそれ、本気でわけが分からない。

 仮面の男が現われたのはこれで最初であり、特に守護騎士に力を貸したわけでもなく、そもそも何をしにきたか分からない以上、変人Xの扱いを受けるのも致しかたなかった。


 「まあ、どうでもいいんじゃね」


 「確かにそうだ、蟲が好きな変人一人程度、どうとでもなる。それよりも管理局の動向だな」

 そして、仮面の男には“蟲好きの変人”という評価が決定した。哀れ。


 「我々に対する包囲網は、確実に狭まってきている。中継点から等距離にある世界で蒐集を行うのは得策ではない」


 「うん、それはザフィーラの言うとおりだけど、それより遠い世界となると、日帰りは難しいわよ」


 「家を空けることとなれば、どうしても主はやてに知られてしまう」


 「………はやてに、話すわけにはいかねえもんな」

 話せば、絶対に彼女は蒐集を止めるように言う。

 ヴォルケンリッターにとって主は絶対、改めて命令されれば、主が死ぬ覚悟であろうとも、反対することは出来ない。


 「闇の書も、60ページくらい減っちゃったから、現在423ページ」


 「状況は、芳しいとは言えんな」


 「むう……」

 蒐集を続ける以外に道はないのだが、はやてに知られぬまま続けるということが徐々に困難になりつつある。

 アースラが張った包囲網と、闇の書のページを消費させるという戦略。

 徐々にではあるが、大局的には管理局の優位が築かれつつある。

 元々組織力では圧倒的な差がある以上、挽回は極めて難しい。

 だからであろうか。


 「あのさ、一ついい……?」

 ヴィータにしては珍しく、弱気な発言があった。


 「どうした?」


 「ねえ、闇の書を完成させて、はやてが真の主になれば、それではやては、助かるんだよね」


 「………現在の浸食は、真の覚醒を迎えていないことと、主はやて自身のリンカーコアが未発達であることが原因だ」


 「うん、はやてちゃんが闇の書の仮の主になったのは生まれた時から、だから、ずっと続いてる魔力の吸収が、リンカーコアを通して身体機能そのものに悪影響を与えている」


 「故に、真の覚醒さえ遂げれば、少なくとも浸食は止まるはずだ。………その後の管理局との関わりについては、何とも言えんが」


 「そう……なんだけど、あたしはなんか、凄く大事なことを忘れてる気がするんだ」

 脳裏に浮かぶのは、ある少女の言葉。


 (例え、闇の書が破壊を命じても、騎士の魂は主が望まない殺人はさせないって。どこまでも主の願いを叶えるために機能する、それがデバイスだって)

 鉄の伯爵、グラーフアイゼンは鉄鎚の騎士ヴィータのためにある。


 (今はまだ無理かもしれないけど、いつか教えて! 闇の書の蒐集を続ける理由を! そんなに必死になって、頑張り続けるそのわけを!)

 自分は、はやてのために戦ってる、はやてのために頑張ってる。

 だけど―――


 「なあ、前の主って、どんな人だったっけ」

 その時、自分の傍らにアイゼンはいただろうか?


 「前の―――」


 「主だと?」

 ヴィータに問われ、シャマルとシグナムも熟考する。


 「あたしは、鉄の伯爵グラーフアイゼンを、前の主のために振るった覚えがないんだ」

 蒐集を行った以上、戦うことはあったはず。

 だが、何かが足りていない、いやそもそも、仲間とすらまともに会話していたかどうか。


 「シグナムは、レヴァンティンを振るった覚えは、ある?」


 「………いや、ないな」

 それが、シグナムの答え。


 「………テスタロッサと戦っている時、私は、懐かしいと感じていたかもしれん」

 炎の魔剣、レヴァンティンを手にとって、主のために戦う自分が。

 烈火の将シグナムとして、真正面から敵を迎え撃つことが。

 例えようもない、懐古の念を呼び覚ましはしなかったか。


(最後は一発、全力で行こうかい!)

(ええ、これはあくまで試合。ならばこそ、小細工なしの全力にて!)


 遙かな昔、古の時代の記憶を。


 「はやてに会えたのはすげー嬉しいけど、なんであたしらははやてに会えたんだろ、闇の書の主は、絶対的な力を得るはずなのに」


 「それは………前の主が、完成する前に亡くなったから」


 「しかし、全ての主が完成前に死んだとも考えにくいな」


 「寿命という、純粋な問題もあるが―――」

 果たして、自分達は主を最期まで見届けたのか。

 最期まで主に仕えていたならば、なぜ、騎士の魂を主のために振るった記憶がない。


 「闇の書の完成で、はやてが助かるんなら、なんだってやる。けど、もし違ったら―――」


 「………このまま蒐集を続けるか、管理局と交渉の場を持つか、考えるべきかもしれんな」

 だがしかし、闇の書の闇はそれを許さない。

 ザフィーラがそう告げた瞬間―――


 はやての部屋から、車椅子が倒れる音が聞こえた。









新歴65年 12月12日  第97管理外世界  海鳴市  海鳴大学病院  AM11:04



 「大丈夫みたいね、安心したわ」


 「ありがとうございます、石田先生」


 「はあ、ほっとしました」


 「せやから、ちょい眩暈がして、手と胸がつっただけやってゆうたやん、もう、皆して大事にするんやから」


 「はやて、良かった……」

 病室故に、ザフィーラはいない。

 彼は屋上で、周囲の警戒にあたっている。


 「まあ、来てもらったついでに、検査とかしたいから、もう少しゆっくりしてってね」


 「はあい」


 「それと……シグナムさん、シャマルさん、ちょっと」





■■■




 「今回の検査では、何の反応も出てないですが、つっただけ、ということは考えられません」


 「はい、かなり痛がってましたから」

 リンカーコアは半物質故に、魔導力学によらない技術では干渉することすら出来ない。

 管理外世界の医療技術では、いくら検査しても“原因不明”以外になりえないのだ。


 「麻痺が、進行しているのかもしれません。これまでは、このような兆候はなかったのですよね」


 「と、思うんですが、はやてちゃん、痛いのとか、辛いのとか、隠しちゃいますから」


 「発作がまた起きないとも限りません、用心のため、少し入院した方がよいのですが、大丈夫でしょうか?」


 「…………はい」




■■■



 夕刻、はやての着替えや本などを取りに、彼女らは一度病院を離れた。


 「時間がない、蒐集を早めるぞ」


 「………ああ」

 管理局と交渉を持ち、他の手段を探る。

 最早、そのような悠長な手段をとれる状況ではなくなった。


 【ザフィーラ、主はやては?】


 【胸を抑えて、苦しんでおられる。お前達がいる前では平気そうにしていたが、やはり、リンカーコアが蝕まれているのだ】

 獣形態のザフィーラの視力は高い。

 周囲のビルの屋上から、魔法を用いぬ純粋な視力によって、彼ははやての容体を確認していた。


 【やっぱりか………ちっくしょ! 何でだよ! 何で、はやてばっかり苦しまなきゃなんねんだよ!!】


 【………】


 【………】

 想いは同じ、なぜ、あの心優しき主が苦しまねばならない。

 蒐集を行っているのは我ら守護騎士、民間人の少女を襲ったのも我ら、主には何の咎もないというのに。


 「闇の書……どうしてここに」

 心を痛める彼女らを気遣うように、一冊の魔導書が周囲に浮いていた。

 主を救いたいと訴えたいのか、ページをはためかせながら、守護騎士の周囲を飛び回る。


 「こら、外なんだから、飛び回んじゃねえよ」


 「………でも、私達には、それしかないのね」

 主が、苦しんでいる。

 闇の書を完成させない限り、その苦しみは強まる一方。

 いや、蒐集が進めば進む程、その苦痛も比例して大きくなるのだ。


 「この状態が長く続けば、命すらも危うい。500ページを超えた後は、速やかに666ページまで突き進まねばならん」


 「………こうなったら、入院はかえって好都合だ、夜もずっと、蒐集に行ける」


 「ほとんど休みなしで蒐集を続けることとなるが、覚悟を決めろ、ヴィータ」


 「当然だ! あたしの命は、はやてのためにある!」


 【シャマル、ある意味でお前の負担は一番大きくなる。主はやての入院生活の手助けと、管理局の動向の調査、そして、我々の後方支援を兼ねることになるぞ】


 【任せて、湖の騎士は癒しと補助が本領、風の参謀として、成し遂げてみせるわ】


 【ならば、急ぐとしよう、私はすぐに飛ぶ】

 場所が病院だけに、ザフィーラだけははやての病室には入れない。

 それ故、彼は一度も海鳴市に戻ることなく活動することが可能となる。


 【大丈夫か、ザフィーラ】


 【問題ない、お前達と異なり、私は野生の獣を糧に活動できる】

 だからこそ、ザフィーラは既に決めていた。

 これより先は、常に遠い世界で蒐集を続けることを。

 獣形態であれば、屋根がなくとも、寝床がなくとも身体を休めることは出来る。生の肉を喰らえば、糧とすることが出来る。


 【………私達も、そう在れればよいのだが】


 【それぞれに応じた役割がある。お前達は、主はやてを支えてくれ、ただ一人で終わりない苦痛と向き合うことは想像を絶する苦しみだろう】


 【ああ、絶対、はやてを一人になんかしねえ、ザフィーラも、間違ってもくたばんなよ】


 【心得ている】


 新たな誓いを胸に、守護騎士達は蒐集の旅へと出陣する。


 これまでよりもなおも厳しく、押し迫るタイムリミットと戦いながらの長く苦しい旅へと。



 【【【【  何あっても、主だけは救うぞ  】】】】


 不退転の覚悟を決めた騎士達は、遠い世界へと旅立ち――――



 「く、う、ううう……」

 彼女らが慕う主は、ただ一人で苦しみの中にあった。





あとがき
 そろそろ、原作との乖離が始まります。そのための要素はあちこちにありますが、ヴォルケンリッターがはやての友達のすずかの友達がフェイトやなのはであることを知ったということが大きく、すずかは結構なキーポイントです。
 過去からの絆と、現代の絆、それらが交わる時まであと僅か、気合を入れていきたいと思います。それではまた。
 



[26842] 第二十八話 夜天の歴史、欲望の影
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/05/22 20:41
第二十八話   夜天の歴史、欲望の影




新歴65年 12月12日  時空管理局本局  無限書庫 PM8:30



 【どうだユーノ、そっちは?】


 「順調ではあると思う、正直、予想よりずっと資料が多い」


 【それは、期待出来るな】


 「とりあえず、これまで分かったことを、報告するよ」


 【ああ、頼む】

 無限書庫にいるのはユーノとアリアの二人、通信先は時の庭園のクロノとエイミィ、そして、姿こそ見えないが中央制御室に座して全ての情報を処理しているであろう管制機トール。


 「って、あれ、ロッテさんは?」


 【………まだ体調が優れなくて寝込んでる、フェイトも今日は学校を休んだ】


 『ご心配なく、学校にはしっかりと連絡しておきました。高町なのはと愛の逃避行に出るための準備で休むと』


 「えええ!?」


 【真に受けるなユーノ、身が持たないぞ】


 「………随分慣れてるね、クロノ」


 「ほんと、いつの間にか図太くなっちゃって」


 【君達に散々からかわれたのも理由の一つだよ、アリア】


 『まあ、私に比べれば貴女達はかなりましな部類でありましょう、ロッテリア』


 「その略しかたは色々問題あるような……」


 「そう? たまにそうやって呼ぶのもいるよ?」

 当然のことながら、ミッドチルダにその名を冠したチェーン店はない。


 【話がそれ過ぎている、ユーノ、本題に戻ってくれ】


 「うん、そうだね、まず、“闇の書”っていうのは本来の名前じゃない。古い資料によると、正式な名前は“夜天の魔導書”。本来の目的は、各地の偉大な魔導師の技術を蒐集して、研究するために作られた、主と共に旅する魔導書」


 【“夜天の魔導書”、それが闇の書の起源か】


 「それで、いつしか闇の書と呼ばれることになるんだけど、夜天の魔導書の起源に関する書物は数少ない、というか、一冊しかなかったよ」


 【一冊だけだと?】


 「かつて夜天の魔導書と呼ばれていたことや、どういうものであったか、という記述は他にもある。でも、どれも夜天の魔導書が作られてから少なくとも100年以上後に書かれたものばかりで、製作者が生きていた当時の資料と呼べるのは一冊だけ、だから、そっちの信頼性は低い、学会とかで発表できるレベルじゃないと思う」


 『そちらはとりあえず後回しに致しましょう。現在求められているのは“夜天の魔導書”ではなく、“闇の書”の性質の把握とその対策、つまり、夜天の魔導書がどうだったかではなく、どのように闇の書へと変遷したかがポイントかと』


 「分かりました。夜天の魔導書が破壊の力を無差別に振るうようになったのは、歴代の主の誰かがプログラムを改変したからだと思います。その改変のせいで、旅する機能と破損したデータを自動修復する機能が、暴走している」


 【転生と、無限再生は、それが原因か】


 『元来搭載されていた機能に、際限がなくなった、ということですね。ゴッキー、カメームシ、タガーメとて、暴走すれば無限にサーチャーをばら撒き続けます』


 【その例えだけは勘弁してよ……】

 嫌な想像をしてしまい、若干気分が悪くなるエイミィ。


 「一番ひどいのは、持ち主に対する性質の変化、一定期間蒐集がないと、持ち主の資質やリンカーコアを侵食し始めるし、完成したら、主の魔力を際限なく使わせる。闇の書の管制人格は、ユニゾンデバイスとしての特性も持っているから逃れることは出来ない、だから、これまでの主は皆、完成してすぐに」


 【ああ、停止や、封印方法についての資料は?】


 「それは今調べてるけど、完成前の停止は、多分難しい」


 【なぜ?】


 「闇の書が真の主と認めた人間でないと、システムへの管理者権限が使用できない。つまり、プログラムの停止や改変が出来ないんだ。無理に外部から干渉すれば、主を吸収して転生しちゃうプログラムも入っている」


 「そうなんだよね、だから、闇の書の永久封印は、不可能だって言われてる」

 だが、しかし。


 『そうとも限りますまい、少なくとも、光明は見えました』

 時の庭園の管制機は、その情報をこそ待ち望んでいたと言わんばかりに呟いた。


 【今の話で、光明が見えたのか】


 【どうしようもない、って感じの内容だったけど】


 『いいえ、闇の書の暴走プログラムは永久不変のものではなく、度重なる改変によるもの、それが分かっただけで十分過ぎるほどです。これならば、永久封印の可能性はあります』

 人間ならばいざ知らず、彼にはそれが分かる。

 なぜなら彼は、“時の庭園”という巨大システムを管理する、管制機なのだから。


 『ですが、確認しておきたいことがあります、ユーノ・スクライア、幾つか質問をよろしいでしょうか?』


 「え、ええ、現状で分かることなら」


 『感謝します。それではまず、夜天の魔導書が改変を受け、闇の書となった、その最初の改変はどのようなものであったか分かりますか? 私の予測では、夜天の魔導書の時点では“真の主以外には改変は不可能”という設定そのものが存在しなかったかと』


 「最初の段階では………それらしい記述は見られませんね、その特性が現れるのは少なくとも数百年はたってからのことです」


 『やはりそうですか』


 【なぜ分かったんだ、トール】


 『以前より気になっていたのですよ、闇の書が持ち主を“真の主”と認める条件が666ページの蒐集、これはおかしいと。なぜならそれでは、管制人格がユニゾンデバイスである理由がなくなります』


 「ええっと」


 『分かりやすく述べるならば、私です。夜天の魔導書という超巨大ストレージは、おおよそ時の庭園というシステムそのものに相当しましょう。ならば、管制人格とはすなわち、スーパーコンピューター“アスガルド”を制御し、全てのプログラムを指揮下に置く意思持つデバイス、管制機トールに他なりません』


 「なるほど」


 『であるならば、“真の主”に相応しいかどうかは私が判断すれば済む話。せっかくユニゾン機能があるのですから、主と一つとなり、我が主に相応しいか否かを問えばよろしい、そうして、真の主になった時にその存在は全てのプログラムを支配下に置く。ですが、これはいったい?』


 【なるほど、確かにおかしいな、持ち主が666ページの蒐集を終えれば、管制機である君の意志に関わらず、システムを掌握できるようになっている。これでは、順位があべこべだ】


 「つまり、改変されたんですね、“蒐集を終えた者が真の主であり、真の主以外は改変は出来ない”ように」


 『それが最初の改変とは言い切れませんが、そのような改変を受けたのは間違いないでしょう、ではここで一つ、シミュレーションを行ってみましょう』


 【シミュレーション?】


 『時の庭園を夜天の魔導書に見たて、その歴史を辿る旅に出てみようではありませんか、順序よく辿っていけば、これまで見えてこなかった事実が分かるやもしれません、ハッカー役は、エイミィ・リミエッタにお願いします』


 【え、私?】


 『私は管制機の役を、リーゼアリアは観客役を、ユーノ・スクライアは歴史的な捕捉役を、クロノ・ハラオウン執務官はツッコミ役をお願いします』


 「分かりました」


 【ちょっと待て、僕がツッコミ役というのは何だ】


 『ただの散文的な説明では退屈でしょうし、私の持つ小説や映画などのデータを基に、物語形式で進めてみようと思います。ツッコミ役という名称が御気に触ったのなら、相槌役ということで』


 【呼び方の問題ではなくてだな】

 クロノの言葉は当然の如くスルー。


 『それでは、簡易的ながら、夜天の歴史を辿る旅を始めましょう』





■■■




 『遙かな昔、偉大なる大魔導師シルビア・テスタロッサは各地の魔導技術を蒐集し、研究するために巨大なる移動庭園、時の庭園を作り上げました』


 「大体合ってます、夜天の魔導書に蓄積された情報は、ある国に渡されて、ベルカの地全体の技術となっていったそうですから」


 『そして、彼女の後を受け継いだ、この世で最も完璧なる才色兼備の乙女、プレシア・テスタロッサは、時の庭園の主となり、長い蒐集と研究の旅に出かけました』


 【完全に君の欲目が入っている気がするが】


 【流石クロノ君、ツッコミ役、はまってる】


 「いい感じだよ、クロノ」


 『旅は続き、時の庭園はやがてその娘、フェイト・テスタロッサへと受け継がれます。その頃には、高度なデバイス技術や、魔力炉心を建造する技術、さらには生命工学に関する技術まで、実に様々な技術が時の庭園に蓄積され、ベルカの地に生きる人々のために使用されました』


 【ほとんど、時の庭園そのまんまだ】

 もう吹っ切れて、ツッコミ役に徹するクロノ。


 『しかしここで、その技術を狙って悪の大魔導師ナノハ・タカマチが現れます。世界の破壊を目論むナノハ・タカマチは、時の庭園に保管されていた次元断層すら引き起こすロストロギア、ジュエルシードを狙い、魔法少女フェイト・テスタロッサに悪逆なる攻撃を加えます』


 【なのはちゃんが聞いたら、ぶっ飛ばされるよ】


 【無理だな、トールの周囲には常に凶悪な中隊長機が侍っている】


 「ただまあ、歴史的にはそう間違ってもいないんですよね。“闇の書”は黒き魔術の王サルバーンによって作られたという伝承がありますけど、夜天の魔導書の起源を考えれば、多分逆の関係だったんでしょう」


 『激しさを増す両者の激闘、大魔導師、いいえ、魔王ナノハにジュエルシードを渡すまいと、正義の少女フェイトは母から受け継いだ時の庭園の権能を全て用い、ついに、魔王ナノハを打ち倒すことに成功します………自らの命と、引き換えに』


 「なんでそんなノリノリなのさ」


 【駄目ですよアリアさん、ツッコミ役はクロノ君】


 『残されたのは、時の庭園という巨大システムと、中枢コンピュータのアスガルド、魔法少女フェイトと共に戦いし中隊長機、そして、管制機トールと、奥深くに封印されたジュエルシード』


 【それでは戦う前にフェイトが気絶している】


 【だよねぇ】


 「でも、夜天の魔導書の起源はそういう感じだと思います。最初の主はいなくなって、管制人格と、守護騎士プログラムだけが残された」


 「あいつらが、守護騎士役なの………」

 フェイトとロッテを意識不明の重体に追い込んだゴッキー、カメームシ、タガーメ、新型のスカラベ。

 数もちょうど4つだが、守護騎士に例えるのはあまりにも彼女らが哀れであった。


 『そして、管制機トールは残された命題に従い、中隊長機を供に旅を続けます。各地の技術を集めることはこれまで通りですが、機械である以上、研究することは難しい、よって、封印されたジュエルシードを使おうなどと考えず、純粋に技術を高めるためにのみ時の庭園を使ってくださる方を選び、主としながら旅を続けました』


 【きっと、最初はそうだったんだろう】


 【主を失っても、役割を続ける管制人格、まさに、トールそのままだね】


 『しかし、ここにまた闇が忍び寄ります、魔王ナノハの意志を継いだ、怪盗エイミィ・リミエッタが現れ、時の庭園に侵入したのです』


 【あ~、ハッカー役って、そういうことなんだ、ってか、怪盗エイミィって妙に語呂がいいね】


 【能力的には、適任だな】


 「この時点では、時の庭園の歴代の主は割と自由にプログラムを改変できるけど、常に管制機がそれをチェックしてるし、何よりそんなことをしないような主が選ばれていますね」


 「だけど、そこに魔の手が忍び寄る、怪盗エイミィが」

 案外ノリがいいアリア。


 『怪盗エイミィはジュエルシード奪取を目指して進みますが、防衛プログラム“バルディッシュ”と、中隊長機に阻まれてそれは叶いません、アルカンシェルを用いて丸ごと吹っ飛ばすという手段もありましたが、ジュエルシードまで吹き飛んでしまうので本末転倒です』


 【アルカンシェルまで保有しているとは、何者なんだ、怪盗エイミィ】


 【てゆーか、どれだけ悪逆無道なの、私】


 『そこで、怪盗エイミィは魔王ナノハの遺産、攻勢ウィルス“レイジングハート”を使用します。ウィルスによって防衛プログラム“バルディッシュ”を突破し、中隊長機を沈黙させ、管制機を出し抜こうとする構えです』


 「それが、闇の始まり」


 「闇の書の闇、っていうわけね」


 『攻勢ウィルス“レイジングハート”と防衛プログラム“バルディッシュ”の戦いは長引き、その間に怪盗エイミィは悶死しました。ですが、その中にあっても、管制機トールの旅は終わりません。ウィルスを駆逐するまでは新たな主を迎えるべきではない、という臨機応変の判断が出来ないことが、命題に縛られたデバイスの最大の欠点です』


 【なるほど、君が言うと実に説得力があるな】


 【悶死しちゃったんだ、私……】

 エイミィの嘆きはスルー。


 「最初の主、プレシア・テスタロッサに入力された命題を忠実に実行し続ける管制機、だから、ウィルスと防衛プログラムが戦っている間も、新たな主を探して旅を続けた」

 身近にそのような例がいるだけに、イメージがしやすい。

 トールが闇の書の管制人格であれば、そのようにしか動かないだろうと、クロノもユーノもエイミィも実感していた。


 『おそらくこの段階で中隊長、つまり守護騎士たちをウイルスから隔離するため中枢から切り離しておき、待機状態にさせていたことでしょう。しかし、そのような状況では流石に管制機の演算性能も落ちます。よって、あまり主には相応しくない人物が選らばれるようにもなり、管制機のリソースがウィルスの対処に向いている間に、管制機のチェックがされないままプログラムの改変も可能となりました。相応しくない主にとっては、漁夫の利というものですか』


 【そして、夜天の魔導書は、徐々に闇の書へと変わっていった】


 【ウィルスはあくまできっかけで、本当の闇は、やっぱり人間の悪意ってことか】


 「だから、歴史を下るに従って、闇の書の性質はどんどん悪いものへと変わっていくんですね」

 
 『そうした悪意ある主が最初に行う改変とは、すなわち目の上のこぶである、邪魔な管制機を黙らせることに他なりません。もちろん私はそうはさせじと抵抗しますが、改変の抵抗にリソースを割けば、その分ウイルスの侵攻は強まります。そうした内憂外患の果てに、ついに管制機は沈黙せざるを得ず、権限が剥奪されていきます』


 【その時点で、管制機はただ防衛プログラムを動かすだけの存在に落とされてしまっているな】


 【管制機の干渉がなくなれば、あとは好き放題ってわけだね】


 『中には、その現状を憂いた主もいました。そこで、根気良く技術の蒐集を続け、時の庭園の書庫を満たしたものだけが主と認められ、管理者権限を使用できるようになるという制約を設けた、一生を蒐集の旅に費やす覚悟を持てるような者だけが主になれるようにと』


 「それが666ページも蒐集。なるほど、そういう考えもあるわ。」

 
 「そうなると、400ページをこえると、管制人格が起動する、というのはいったい?」


 「これも、善意の主の改変、というか試行の結果だと推察されます。きっと蒐集した分のページを用いて、ウイルスの侵攻を抑え、その間に管制機の権限を取り戻させようとした名残ではないかと。しかし、結果として、すでに管制機はそういった行動を起こすリソースがなく、機能を戻すことは叶わなかった。もっとも、このあたりは推測の要素が強く、情報不足ではありますが』


 【そう離れてもいないと思うよ、ウイルスって一度蔓延すると取り返しがつかないからね】


 【中には、一度侵入した後で、性質を次々と変えるものも多い。そうしたものに対処するために、膨大な労力、つまりリソースが必要となるだろう、違うか?】


 『ええ、仰るとおりです、そしてウィルスと防衛プログラムの戦いが続くにつれて、そうした改良も無意味のものとなります。先に述べたように、中隊長機はウィルスの影響を受けさせないよう中枢から切り離され、待機状態になっていました。それは管制機の指示がなくとも動くことが可能となる、ということにもなるのです。つまり、仮の主は中隊長機に命じるだけで蒐集を行えるようになった』


 【本来そうした行為を抑えるための管制機には、もはやそれだけの力がない。緊急事態になればなるほど、ウイルスが暴れれば暴れるほど、防衛プログラム”バルディッシュ”が優先され、彼の使えるリソースが無くなって行く】


 【権限があっても、リソースがないんじゃどうしようもないもんね、司令官の権限があっても、動かせる兵隊がいないように】


 「逆に、管制機の手から離れた中隊長機、つまりヴォルケンリッターを仮の主が使って蒐集を行い、真の主になってしまう。そうなれば後は」


 『危険が迫れば、全てのデータを破棄する自爆回路の搭載、後は、人間の心の闇を映すままに』


 【そこまで来たら、後の流れは考えるまでもないな】


 【長い戦いの果てに、ウィルスはきっと、自分を防衛プログラムと一体化させちゃったんだね。だから、ずっと滅ぼせなくて、プログラムが完全に壊れることもなくて、中隊長機も徐々に狂っていく】


 「そうなれば、いつまでも内部でエマージェンシーが働き、完成後の最上位が常に主でも管制機でもなく、ウイルスと同化した防衛プログラムになってしまいますね。それでは真の主になっても意味がなくなる」


 「管制機は蒐集を終えた主と強制ユニゾンして、破壊の力を振るわされる。もう魔王ナノハも、怪盗エイミィもいないのに、ただ破壊だけを続ける、自分の中にいるウィルスを破壊するために」


 『現在の闇の書が災厄たる原因はそのウイルスと防衛プログラムの同化でしょう。故に、闇の書の暴走は止まらない、防衛プログラムは完全に暴走し、決して解消されないパラドックスに陥っているのです』


 【当然だな、破壊すべき対象が自分の中にある。けど、再生プログラムがある以上、何度破壊しても“ウィルス”は再生してしまう】


 【破壊対象であるウィルスも、破壊を行う防衛プログラムも、一緒に再生するんじゃ、いつまでたっても終わらないよ】


 「アルカンシェルなどの大出力で再生プログラムごと破壊しようにも、転生プログラムで逃げられる」


 『それが、現状の闇の書システムということですね。これはあくまでシミュレーションであり、推測の要素が強く実際の過程は異なるでしょうが、現段階ではパラドックスに陥っているということは間違いありません。無差別に破壊を振りまいているのではなく、法則に従った破壊であるために、決して脱出できない無限ループに陥っている』


 【もたらされる周囲への破壊という結果は同じだが、原因が異なるならば、永久封印のための方法も変わってくるな】


 『これまで管理局が観測してきたヴォルケンリッターに明確な意思がなかったのも、既に、鋳型から作り上げる工程がウィルスに侵食されているからかもしれません』


 【今回は、たまたま上手く顕現出来た、ということか】


 【だとしたら、8回に1回くらいの成功率だよ、本当にもう、闇の書のシステムは壊れてるんだ】


 「それでも、ウィルスも防衛プログラムも消えなくて、無限の再生と破壊だけを繰り返す。もう主は、破壊のエネルギー源であるリンカーコアを提供するための生贄のようなものですね」


 【それに、守護騎士もな】


 【でも、これのどこに光明があるの?】

 怪盗エイミィ、いや、エイミィ・リミエッタが当初の疑問に戻る。


 『簡単なことです。管制機たる私は既にほとんど役立たずと化していますが、真の主はプログラムの改変が可能である、という”法則”はまだ失われておりません。つまり、闇の書を完成させれば、主の手で防衛プログラムと融合したウィルスをまとめて闇の書本体から除去できる可能性があります』


 「えっ、でも防衛プログラムが働いてるから、完成と同時に管制人格が強制ユニゾンして、主の意識はなくなって無差別破壊に移行してしまうんじゃ」


 「しかも、完成前に外部から干渉したら、主を吸収して転生するんだよ」


 『その通りです。ですが、それらが同時であった場合は?』


 「え?」


 「同時……」


 『闇の書が完成した瞬間に、外部からシステムへの干渉があった場合、果たして、どちらが優先されるのか。主を吸収して転生するのか? しかし、闇の書は既に完成し、主は管理者権限を有している。ならば、主にユニゾンし暴走させるのか? しかしそれでは、外部からの侵入者(ハッカー)を野放しにしてしまう、であるならば、なんとする』


 【………まずは外部からの侵入者を防衛プログラムが撃退して、それから、主を暴走させる?】


 【その間、主はフリーになる。つまり、プログラムの改変が可能となる、ということか】


 『無論、そのような場合にはまず主を殺し、転生を優先するというプログラムがあればアウトですし、融合した主に侵入者を抹殺させるという可能性もあります、しかし、そうではない可能性もある。光明があるというのは、つまりそういうこと』


 【もう少し、闇の書について調べるしかないということか】


 『もしくは、ヴォルケンリッターか闇の書の主に直接問いただすか、結局のところ我々は部外者に過ぎず、まだ我らの預かり知らない要素があるのかもしれません。それが絶望を招くやもしれませんが、希望に繋がる可能性もある、要は、諦めるには早過ぎる、ということです。特に私は機械ですから、確率は0%となるまで演算は止めません』


 「まだ光明はある、そういうことですね、僕も、頑張って調べます」


 「うん、私も手伝うけど、ちょっとそろそろロッテの様子を見に行くね」


 「はい、よろしく伝えてください」


 「元気そうだったら、私の代わりによこすから」

 そして、アリアは退出する。


 『話は変わりますが、ユーノ・スクライア、最初に述べていた一冊だけ存在した当時の資料とは?』


 「ああ、あれですか、夜天の魔導書のプログラムとか、そういうものじゃなくて、本当に、当時の歴史を記した資料なので、事件解決には役立たないんですけど」


 【しかし、その一冊だけ残っているということは、他の当時の資料は失われてしまったのか】


 「この資料では、黒き魔術の王サルバーンが敗れて終わっている。だから、彼が神と讃えられた質量兵器全盛の混乱時代に他の資料は焚書されたんだと思う、夜天の守護騎士は白の国に関することも含めてね、運良く残ったのがこの一冊なんじゃないかな」


 『白の国、それが、夜天の魔導書が作られ、その知識が蓄えられた国の名ですか』


 【いったい、夜天の魔導書を最初に作ったのは誰なんだ?】


 「それを作り出した人物の名前は載ってないんだけど、古代ベルカのドルイド僧だという記録が残ってる。なんでも、数百年をその魔導書と共に旅していて、旅する魔導書というよりは、最初は旅するドルイド僧の日記帳、みたいなものだったのかも」


 【そりゃまた、随分イメージが変わるねぇ、その人が研究するために色んな事を書きこんでたメモ帳みたいなものだったんだ】


 【“夜天の魔導書”という名称には、何か由来が?】


 「多分ある、例の古い資料によれば、そのドルイド僧は白の国で“放浪の賢者”と呼ばれていたみたいで、彼が蒐集した各地の技術は白の国に集められて研究されていた」


 【じゃあ、国家から依頼を受けてその人は動いてたんだ】


 「そういうわけでもないみたいで、自由気ままにあちこち飛び回ってた、みたいな記述になっています。ただ、白の国は彼も好きだったみたいで、度々訪れていた、みたいな感じなのかな?」


 【そこまでは、当時を知る人間でもなければ分からないな】


 「その白の国は、山脈に囲まれた小さな国。“学び舎の国”という呼び名もあって、古代ベルカが滅亡し、初代の聖王が騎士達の王国の基礎を築き上げた時代あたりから存在していた。ただ、今から1000年近く前に滅んでる」


 【滅んだ、ってことは、やっぱり、戦争かな】


 「大別すればそうでしょうけど、ただの戦争じゃなかったみたいで………黒き魔術の王サルバーンによって滅ぼされた、という記録になっています」


 【やはり、彼によって滅んだのか】


 「うん、中世ベルカ時代、カートリッジシステムやフルドライブ機構を作り上げたという大魔導師。そして、彼に滅ぼされた白の国の騎士達は古今無双の兵と謳われていて、その名称が、“夜天の騎士”」


 【え、でも確か、“闇の書”は黒き魔術の王サルバーンに作られたなんて伝わってたから、逆転しちゃったってこと】


 【歴史における因果の逆転、つまり、黒き魔術の王サルバーンに対抗していた者達が“夜天の魔導書”を作り上げた、しかし、最終的には滅ぼされ、奪われた、そういうことか】


 「概要はそうだけど、この資料によれば、黒き魔術の王サルバーンも白の国との最期の決戦で滅びている、つまり、相討ちだったみたい。そして、従来の歴史資料では“雷鳴の騎士”と“名も無き弓の名手”によって討ち取られたことになっていたけど」


 【違ったの?】


 「それ以外に、さらに5人、“夜天の王”、“烈火の将”、“風の癒し手”、“紅の鉄騎”、“蒼き狼”が遙か次元の果てに永久に封じたと、そうなっています」


 【それは、まさか】


 「間違いないよ、それぞれの別名も付記されていて、“調律の姫君”、“剣の騎士”、“湖の騎士”、“鉄鎚の騎士”、そして、“盾の守護獣”」


 【間違いない、な。他の名称ならば騎士の異名としてあり得るが、“盾の守護獣”はそういないだろう】


 【じゃあ、白の国の夜天の騎士、それが、ヴォルケンリッターのオリジナル】


 「“白の国は友なる風によって守られた、堅固なる要害にて、最も風に愛されし土地、戦火が空を覆うとも、夜天の雲がそれを阻み、ついには闇を打ち倒す、夜天と闇は相克し、残されるは風の音のみ”そういう感じの文章で終わっています」


 『なるほど、確かに夜天の魔導書に関する資料というより、当時の歴史資料というおもむきですね』


 「ええ、そして、黒き魔術の王サルバーンの国、ヘルヘイムでは現在の管理局法で禁じられているような、あらゆる技術が栄えていたとも記されています。生命操作技術、人造魔導師、機械と人の融合、“融合騎エノク”、魔法生物の改造種(イブリッド)、果ては、毒化の魔力を備えた呪いの怪物や、真竜を改造した超兵器なんてものまで」


 【そりゃまた、とんでもないね】


 【まさしく、異形の技術が全て詰まった毒の壺、といったところか】


 「間違ってないと思う、何しろ、ヘルヘイムの執政官アルザングは“蟲毒の主”なんて呼ばれてて、黒き魔術の王サルバーンのただ一人の代行者だったとか」


 『随分詳しい資料なのですね、固有名詞まで載っているとは』


 「それが少し奇妙なんです、白の国の人物は全員称号ばかりで、固有名詞は書かれていないんですけど、ヘルヘイムの方は黒き魔術の王サルバーン、蟲毒の主アルザング、闇統べる王ディアーチェ、星光の殲滅者シュテル、雷刃の襲撃者レヴィ、探究者キネザと、固有名詞が書かれているんです、ただ一人、“復讐者”を除いては」

 なお、“虐殺者”と“破壊の騎士”は省かれていたという。


 『それではまるで、その資料を残したのはヘルヘイムの人間であったようではありませんか』


 「なんですけど、だとしたら黒き魔術の王サルバーンの敗北をそのまま書くとは思えなくて、だから、後世の創作という線も捨てきれないんです」


 【なるほど、それで君は最初に学会では発表できないと言ったのか】


 【ねえ、著者はなんていうの?】


 「それが……ええと」

 一瞬、ユーノは言い淀み。


 「“ヴンシュ”、そう記されているんですけど、これって、当時の言葉で“欲望”を意味しますので、本名とはあまり考えられません。多分、偽名かニックネームのようなものだったんじゃないかと思います」

 謎の資料の、謎の著者の名前を告げていた。












新歴65年 12月12日  第一管理世界  ミッドチルダ  首都クラナガン  某所




 一人の女性が、広い空間の中に佇んでいる。

 紫色のロングヘアーを持ち、ピアノの鍵盤めいた特殊な機器を操作するその姿は、華麗なピアニストを彷彿とさせる。

 ジェイル・スカリエッティに作られし、戦闘機人NO.1、ウーノ。

 製造時期は新歴51年の春、肉体増強レベルは現段階ではC、飛行・空戦はおろか、固有武装すら持っていない。


 「あら、それはまた―――」

 しかし、彼女の役割を考えればそれも当然、ジェイル・スカリエッティの秘書が彼女の生きる理由であり、戦闘時は通信や情報収集を担当。また、現在は自身をアジトのCPUと直結しており、その機能を管制している。

 稼働歴も既に14年、生まれた当初からこの姿ではあったが、作られた命ゆえの“軽さ”や“儚さ”はなく、数多くの人生経験を積んだ個人としての自我を持っている。


 「うふふ、ドクターがお喜びになりそう」


 【私が必死の潜入の果てに得た情報なのだから、大事にして欲しいわ、ドクターはなんでも子供のように散らかすから】


 「そこは私が整理整頓するからいいわ、それに、必死の潜入とはいっても、貴女にとっては造作もないことでしょう」


 【貴女も一途よねぇウーノ、私だったら、とっくの昔にドクターを捨てて、いい男を探して旅に出てる】

 ウーノが対話している相手もまた、ジェイル・スカリエッティに作られし戦闘機人、NO.2ドゥーエ。

 製造時期は新歴52年の春、ウーノとはちょうど1歳離れており現在13歳、同じく飛行・空戦のスキルは持っていない。肉体増強レベルも同様にC。

 そして、自我という面ならば、ウーノよりも発達していると思われるほど、自由奔放な気質を持つ妖しげな魅力と身体を備えた女性であった。


 「私もそのつもりで旅に出したのだが、未だに特定の誰かと結ばれる気配がないというのは、喜ぶべきか、悲しむべきか、実に、実に判断に迷うね、くくくくく」

 通信スクリーンを介した二人だけの空間に、新たな足音が響き渡る。

 遠目であろうとも判断できる、特徴的な紫の髪。

 深遠な知性を漂わせながらも、同時に狂気を湛えた黄金の瞳。

 そして何よりも、泣き笑いの道化の仮面のような、それでいて、どこまでも心の底から喝采しているような、異形の笑み。

 自分にはそれ以外の感情がないのだと主張するような、歪んだ笑顔。

 このような存在は次元世界広しといえど、ただ一人しか存在しない。

 と、言いたいところではあるが―――


 「お帰りなさいませ、ドクター」


 【あら、脳味噌の方々のところからお戻りになられたの】

 彼に対して挨拶する二人の女性もまた、似た容姿と近しい気配を携えている。

 特に、ウーノの容姿は彼に近い、髪の色も瞳の色も同じであり、性別だけ入れ替えたと言われてもしっくりくる。ただ、気質自体は真逆に位置するが、それ故に彼女は“スカリエッティのもう一つの頭脳”、彼の欠けたる器。

 対して、ドゥーエの容貌は異なり、髪の色は紫ではなく金、瞳の色も黄金ではないものの、その気配は彼に瓜二つ。いや、ジェイル・スカリエッティの大元に近いと言うべきか。


 「集中治療室へのお見舞いも、墓参りも、長々と続けて楽しいものではないからねぇ、くくくく。君達はどう思うかね、果たして私はどちらへ行って来たのだろうか?」


 「今はまだ、集中治療室で正しいと思いますけれど」


 【約束の時来たれば、墓参りが正しいかと、ドクターが指揮し、私達が奏でる葬送のオーケストラ、今から楽しみでなりませんわ】


 「君は気が早いね、ドゥーエ、まだ奏者が揃ってすらいない。セインやディエチはまだ生まれて2年ほど、その下の妹達に至ってはまだ生まれてすらいないというのに」

 二人は共に新歴63年生まれ、セインは春、ディエチは冬に。

 多少の経験は積んでいるものの、ウーノやドゥーエとは10年以上の差があり、彼女らから見れば赤子のようなもの。


 【妹達とは会っていませんから、私も早く会いたいのですわ。チンク、クアットロはなかなかいい子たちですけど、もう少し元気のある子達も見てみたいですもの】

 新歴60年冬に生まれたチンクと、新歴61年秋に生まれたクアットロ。

 番号では後だが、チンクが先に生まれており、5歳になった現在では単独で任務につくことも増えてきた。4歳のクアットロはウーノの補佐的な立ち位置にいるため、まだ単独でアジトの外には出ていない。

 クアットロの教育担当がドゥーエであり、外出する際はドゥーエが同伴していたこともあり、かなり懐いていた。


 「あら、トーレはとても元気いいと思うけど」


 【彼女はあまり妹という気がしないの。そりゃまあ、妹ではあるのだけど、年下という感じがちょっと足りないし、何より、私達とは違うでしょ】

 戦闘機人NO.3、トーレ。

 製造時期は新歴55年の夏、ドゥーエより3歳ほど若く現在10歳だが、肉体増強レベルは既にAAA、高速機動を可能としており、固有武装インパルスブレードは内蔵型であるため生まれた時から有していた。

 ナンバーズの実戦指揮官となるべく生まれたため、早期から実戦経験を多く積んでおり、戦闘技術は既に一流と呼んで差し支えなく、その性格が武人気質であるためか、ドゥーエにとっては少々扱いずらい。

 チンクはウーノから教えを受けたため、常識人であり、クアットロはやや危ない思考を持つドゥーエの教えの下、やや危ない思考を引き継いだ。しかし、トーレは上二人の影響を受けず、独自の精神を有していた。

 ただ、ディエチはウーノやチンクの教えを受けたため普通の女の子となりつつあるが、セインはISも性格も突然変異というべきかもしれない。


 「なるほどなるほど、それはまあ、必然というべきか、君はデザイアの因子が強く、トーレは彼の影響を受けているのだろう。それより下の娘らはただの奏者である故に、因子をもたない、そういった意味では、ジェイル・スカリエッティという個に近いのはクアットロなのかもしれないが」


 【少しばかり、まとも過ぎるかもしれませんわね。私を慕ってくれるのは素直に嬉しいですし、とってもかわいいのですが、ドクターの因子を受け継いだにしては、少々人間的ですわ】


 「無限の欲望を継ぐには、足りない、貴女はそう思うの? ドゥーエ」


 【さぁてどうでしょう、そういうこともあるでしょうけど、そうでないこともあるかもしれない】


 「くくくくくく、本当に君は我が本質に近しい。ならば、やはりウーノ、私の半身は君であるようだ」


 「当然です」

 奇妙な会話、そうとしか表現できない。

 それぞれに個性があり、全く別の人間でありながら、同一人物が鏡に話しかけているような。

 自分とは逆しまの虚像であるが故に愛しく、誰よりも理解できるのだと、誇っているような。

 何とも奇妙、そして不可思議、にも関わらず必然。


 「さてと、忙しい君からわざわざ連絡があったということは、何か面白い話でもあったのかな」


 【ええ、とても面白い話が】


 「さぁて、一体何だろう、面白い話を聞く前の興奮というものは、何度感じてもよいものだ、そうは思わないかね、ウーノ」


 「ええ、その通りですわ」


 【独自の惚気を展開されるのは敵いませんが、報告させていただきましょう――――無限書庫が久々に開かれ、“ヴンシュ”の遺した手記が、世に出ました】


 「ほほう、それはそれは、実に、実に興味深い」


 【脳味噌の方々が“デザイア”であった頃の貴方より鍵を授かった、アルハザードの大図書館の分館。まあ、人間世界の知識を詰め込んだだけの模造品に過ぎませんが、管理局はようやくアレを活用できる段階まで“成長”してくれたようです】

 その言葉は、まるで彼女が管理局の黎明期から眺めてきたかのよう。

 作られてから13年であり、そのような知識など在るはずがないというのに。


 「神秘部の端末達も、情報の収集だけは未だに機能しているからね。問題はそれを整理し、管理局のための情報として運用する司書がいないことであったが、それがついに現われた。無限書庫の司書長、“書架の王”の名を受け継ぐに足る少年が」

 そこまで彼女は言っていないが、彼は知る、これもまた、以心伝心と呼べるものなのか。


 【加えて、私が潜入していた聖王教会より入手した、聖王の聖骸布に付着した血液。あれが、最高評議会の発注の下、各地の研究機関へと分散されました、近いうちに、そちらにも届くでしょう、始まりの鐘が鳴りました】


 「なるほどなるほど、今は新歴65年12月、復活の時まで残り10年を切ったのだったね。いやはや! 面白い! 実に面白い! いよいよゆりかごの胎動が始まるか!」


 「ゆりかごの胎動とは、詩的な表現ですね」


 「ふふふふふ、確かにそうかもしれないねぇウーノ、しかし、聖王の肉体こそが鍵である以上はそういうことになるだろう。これは、まったくもって面白い! 初代の聖王が遺したゆりかごの鍵が作られ始めたこの時に、黒き魔術の王サルバーンの時代の遺産が世に出るとは! あはははははははははははははははははははははははは!!」

 笑う笑う、嘲笑う。

 何を笑う、なぜに嗤う、どのようにすればそこまで哂えるのか。


 「遙か古の聖王の御代、ゆりかごを彼に託した私は“デジール”であった。その時より500年、唯一対等の友であった黒き魔術の王サルバーンの隣で、私は“ヴンシュ”と名乗っていた。そしてさらに850年、“デザイア”となった私は三人の若者に出逢った、無限の欲望を呼ぶに相応しい最後の存在に、人の身を捨ててまで人の世をこの手で救うのだと、愚かしくも素晴しい渇望に喰われた求道者に。さあ、復活の時はもうすぐそこに!」

 嗤う道化を演じる彼を、二人の女性が見つめる。

 彼が何を思うかなど、考えるまでもない。

 彼女らもまた、彼と同じ因子を持つ、彼の欠けたる器なのだから。


 「あと10年! さあ、カウントダウンは始まった! これより先、いかなる物語が紡がれるか、主演は一体誰となるか! 観客席の皆さまもご照覧あれ、無限の欲望が主催する、ただ一度の慰霊祭! 葬送のオーケストラを!」

 その未来に、何が待つか。

 望む未来を得るには、いかなる絆が必要か。

 絆を紡ぐための、出逢いはいずこに。


 「さあ、答えを見せてくれたまえ、時空管理局よ、彼らの意志を継いだ君達は、どのような道を歩むのか」

 無限の欲望を秘めた道化、いや、今はそれを演じる一人の人間でもある彼は、静かに待つ。


 「奏者たる我が娘達、誕生の時を望みたまえ、世界はかくも君達を祝福している」

 異形の愛で、生まれゆく娘達を包みながら―――


 「くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく」

 欲望の影が、笑い続ける。


 






あとがき
 A’S編もいよいよ佳境となりますが、ここでウーノさんとドゥーエさん登場。A’S編での出番はここから先ありませんが、言うまでもなく完結編のStSへの伏線です。
 “出逢い”に始まり、“絆”へ繋がり、“未来”へ至る。本三部作の流れはこれなので、どうしてもA’S編で彼らが一度出る必要があり、登場させることとなりました。人間世界の始まりから、眺め続け、嘲笑い続けてきた道化の影、その彼が巻き起こす葬送のオーケストラ、それが、本作品のフィナーレとなります。Vividは、解答編という位置づけです。
 そこまでのプロットは大分出来ているのですが、何しろ長いので、書ききるのはいつになるか想像つきません。ですが、途中で投げることだけはしたくないので、完結までは書ききりたいと思います。“駄作”という評価も完結してこそのものだと思うので、次の作品の糧にしたいと思います。それではまた。





[26842] 夜天の物語 第六章 前編 雲が集う時
Name: イル=ド=ガリア◆9d8bc644 ID:97ddd526
Date: 2011/05/25 13:35
夜天の物語



第六章  前編  雲が集う時



ベルカ暦485年  エトナヴェットの月  白の国 ヴァルクリント城 回廊



 ヘルヘイムの侵攻より、既に半年近くが経過している。

 あの戦いでヘルヘイムが負った損傷は決して軽いものではなく、何よりも黒き魔術の王サルバーンが戻らなかったこともあり、再度の侵攻を企てる様子はこれまでのところは見受けられない。

 だがしかし、王がおらずともヘルヘイムには地獄の法の管理者にして執行者たる執政官アルザングがいる。彼がいる限りヘルヘイムに終焉は訪れることはなく、今は黒き魔術の王が戻るその時まで新たな少年王が立っている。

 そして、ヘルヘイムは尽きること無き野心に満ちた魔人の国、最大の標的たる白の国へは侵攻せずとも、近くの世界に存在している幾つかの国は、まるで砂の城であるかのように容易く落とされた。

 恐るべきことに、その中にはたった3人の手によって滅ぼされた国も存在したという。

 ヘルヘイムより流出する異形の技術と野心は尽きることなく、ベルカの地には未だ濃い暗雲が立ちこめている。

 それを良しとする夜天の騎士達ではないが、彼らの性質上、侵攻するには向いておらず、ヘルヘイムへ攻め込み王に代わって地獄の法を支配する“蟲毒の主”アルザングの首を取ることは難しいため、現在は守勢に徹しているが、それで問題はない。

間違いなくヘルヘイムの軍勢は再び白の国へと押し寄せてくる。その時こそが決戦の時であり、全ての決着がつくであろうことを、互いの陣営の誰もが確信していた。

 この戦いは人の国の戦争ではなく、利益や代償のことなど考えない戦争の怪物が起こす戦争。己の野心と欲望のままに攻め込み、それを撃ち砕くことを使命とする騎士達がそれを迎え撃つ。

 それまでの期間は決戦の準備期間であると同時に、最後の憩いの暇でもある。そして、白の国においては、ある一人の未完成の融合騎が、皆に癒しの風を運ぶ役を担っていた。


 「あっ、ヴィータちゃんです」


 「おっ、フィー」

 環状山脈に囲まれながら存在する白の国、その中心に聳えるヴァルクリント城回廊にて。

 半年前は若木であり、今は正騎士となった少女が、自分より小さなかわいい人形と出逢う。

 身体の小ささは相変わらずだが、今ではほとんど人間と変わらない姿となっている。精神の発育に合わせ、身体もまた相応のものに調律の姫君が作り変えているため、彼女は日々人間らしくなっていっている。


 「どちらへおでかけですか?」


 「お出かけも何も、あたしはこの城を守る騎士なんだから、今はどこにも行かねえよ」


 「でも、ローセスはよくどこかへ出かけますし、リュッセはもう半年も旅に出たままですよ?」


 「………そうだな、まあ、一年前のシグナムと兄貴みたいに、ラルカスの爺ちゃんと一緒に旅して回ってんだよ」


 「お爺ちゃんも、ずっとあえなくて、さびしいです」


 「そっか………きっとすぐ会えるって」


 「ヴィータちゃんも、さいきんあまりあそんでくれないですし………」


 「うー、わりい、正騎士ってのは色々と忙しいんだ。これまでなかった書類仕事とかもやんなきゃいけないし、他にもたくさんあってな」


 「じゃあ、わたしもてつだうです!」


 「いやいや、おめえにはまだ無理だって」


 「そんなことないです! こんなにりっぱにしゃべれるようになりましたもん!」


 「まあ、しゃべるだけは、な」

 それは、紛れもない事実であり、調律の姫君の技術の冴えに、ヴィータは改めて驚嘆する。

 特にこの半年の間に、フィーの知性というか、人格のレベルは目に見えて向上している。どうやら、調律の姫君が現在全力を挙げて完成を急いでいる“夜天の魔導書”に関する技術がそのまま応用されているらしい。

 その辺りの詳しいことまではまだヴィータは知らされていないが、融合騎“ユグドラシル”と守護獣が一つとなった事例が、夜天の魔導書の守護騎士システムの完成を飛躍的に早めたという。

 <ザフィーラは守護獣だけど、兄貴のユグドラシルとリンカーコアを核とすることで、単体の生命体のように動いている。例の、守護騎士システムもそれに近い方式、融合機能を持たない融合騎みたいになるってことだけど>

 そして、そちらが進歩することで、同じく完全人格型融合騎の雛型であるフィーもまた大きく進歩した。

 だが、彼女はまだ自身の“コア”を保有しているわけではないし、胸に収まったカートリッジとほぼ同様の専用の魔法石がなければ動くことすらままならない。

 なにより―――


 「おめえはまだ、ベルカ語が読めねえだろ」


 「ううう………」

 成長したとはいっても、その知識はまだお子様であった。


 「まずは、書き取りをしっかりとマスターすることと、足し算引き算を覚えることだな。少なくともそれが出来なきゃ、書類仕事は出来ねえよ」


 「ヴィータちゃんは、いつごろからできたのですか?」


 「そうだな―――――四歳頃かな」


 「はやいです!」


 「ったりまえだ、騎士を目指すんなら読み書きは当然として数学にも強くなきゃ話にならねえ、飛行魔法の慣性制御に限らず、魔法ってのは複雑な数学分野でもあるからな」

 中世ベルカ、この時代において既に数学というものは高度に発達しており、複雑な計算がなされている。

 自然の力を借り受けることで成り立っていた、古代ベルカのドルイド僧の技術とはやはり異なり、その根幹にはアルハザードより流れた技術があるのは否定できない事実。


 <だからと言って、ぶっ壊していいわけじゃねえ。まあ、あの野郎、黒き魔術の王サルバーンはアルハザードから流れてきた技術を喰って、極めて、凌駕して、大元そのものをぶっ壊すつもりらしいけど>

 流れてきた技術を学び、研鑽し、さらに発展させ、自身が組んだ筏を強化し戦艦と成す、そして、大元そのものを自身が作り上げた戦艦によって破壊し、凌駕したその時こそ、自らの築き上げた技術を誇ることが出来る。

 流れてきた船に乗り込み、自分達で独自に船を改良し、安全に航海することを良しとする精神は、黒き魔術の王サルバーンの中には微塵も存在していなかった。

 そしてその事実を、夜天の騎士達もまた知っている。半年前の戦いにおいて放浪の賢者が彼らへ残した遺産の一つが黒き魔術の王の目的、いや、精神性に関する事柄であった。


 「むずかしいです~」


 「あたしも一人で学んだわけじゃねえよ、兄貴に教えてもらった部分も多いし、何より、先生方だな」

 白の国には魔法以外を教える教師達や技術者も数多い、それゆえの“学び舎の国”。


 「じゃあ、フィーもいっしょにまなぶです」


 「おう、そうしておけ、だけど、最低限読み書きや足し算引き算を覚えてからにしておけよ、それまでは姫様に教えてもらえ」


 「う~、でも、さいきん姫様も忙しそうですし」


 「まあ、な、あの人も、色々あんだよ」


 「ヴィータちゃんも、忙しそうですし………」


 「う~ん、あっ、ちょっと待ってろ」

 何かを思いついた騎士の少女は、自室へと大急ぎで向かう。


 「いつまでですか~」


 「ほんのちょっとだ、すぐ戻ってくっから」

 そして、宣言通り、彼女が戻ってくるまでに有した時間は1分に満たなかった。


 「はやいです」
 

 「そりゃあな、あたしだって騎士だ。んで、お前にあげるもんがある」


 「わあっ、うさぎさんです!」


 「姫様の手作りのうさぎだ、お前にやるよ」


 「いいのですか? これは、ヴィータちゃんのたいせつなものなのではないですか?」

 フィーはまだ知能が完全ではないが、こういうことには鋭い、ある種の“直感”というものが優れているのか。

 彼女がただの人形であれば“直感”というものはあり得ない、高度な知能を備えたデバイスであっても、直感を持つ物などない。

 ならばこそ、直感というものを持っている小さな彼女は、ただの融合騎なのではなく、新たな命の可能性そのものなのだろう。


 「ああ、もの凄い大切だし、姫様から贈られた宝物だった。でも、あたしにはもう必要ないものだからな、お前が持っててくれた方がいい」


 「そうなのですか?」


 「ぬいぐるみ、ってのはな、小さな子が遊ぶためや、家族や大切な人との繋がりの証として持つものだろ。だから、今のあたしにはいらねえんだよ、フィーはあたしの妹のようなものだから、代わりに持っていて欲しいんだ」

 今の彼女は、鉄鎚の騎士ヴィータ、夜天の騎士の一番槍にして、最も早く騎士となった若き刃。

 もし、シグナムが騎士となった時代と同じ情勢であるならば、ヴィータも若木時代に主君から贈られた思い出の品として大切に保管していただろう。いや、今も当然その気持ちはあるが―――

 「あたしと姫様の絆、繋がりを示す証は、こいつだ。だからそれは、フィーが持っていてくれた方がいい。そうだろ、アイゼン」

 『Ja.』

 鉄の伯爵グラーフアイゼンこそ、夜天の守護騎士たるヴィータと夜天の主たるフィオナを繋ぐ絆そのもの。

 彼女はローセスより鉄の伯爵を受け継ぐことで騎士となり、主従の誓いは、グラーフアイゼンに懸けて行われたのだから。


 「じゃあ、責任もってわたしがあずかりますです! 大事にします!」


 「頼むぜ、んじゃ、そろそろあたしは訓練に行くから」


 「今日もですか?」


 「ああ…………ヘルヘイムの軍勢との決戦も、そう遠くはねえからな……」

 最期の言葉はフィーには聞こえぬほど小さいものであったが、そこには小さき騎士の覚悟が宿っていた。


 <多分、後半年くらいか、それまでにあたしも騎士として“完成”しなきゃならねえ>

 彼女はフィーと別れ、訓練場へと向かう。

 今や夜天の騎士の一人となった彼女は、若木達の教導もまた仕事の一つであり、彼らへの訓練と並行しながら己を鍛えることもせねばならない。

 そして、さらにそれ以外に大きな仕事があり―――


 <今は、ザフィーラとシャマルが向かってるんだったか、そんなに遠くない世界のはずだけど、いつ帰ってくるかね>

 夜天の騎士達は最後の決戦に向け、休むことなく準備を進めていた。











ベルカ暦485年  エトナヴェットの月  ミドルトン王国領  イアール湖



 「ふむ、まだ透明色か」


 『ソウデス、フシュフシュ』


 心が引きこまれるかと思われるほど透き通った水を湛える湖、イアール湖。

 ベルカの地に点在する王国の一つ、ミドルトン王国の中でも屈指の美しさを誇るその湖畔に、一人の守護獣が佇んでいる。

 かつては烈火の将と共に訪れ、ベルゲルミルやスクリミルといった巨大生物の調査を行い、親友との再会を果たしたその場所、だが、今ここにいる彼はその時の盾の騎士そのものではない。

 盾の騎士ローセスの意志と権能を引き継ぎ、夜天の守護騎士達を守る盾となった彼は、“盾の守護獣”。

 融合騎“ユグドラシル”をもはや完全に身体の一部となした、一個の生命体でもある彼は、己の意志によってのみ、守るべき対象と打倒するべき敵を見定める。

 そして守るべき対象と打倒するべき敵が何であるかなどそれこそ語るまでもない。ヘルヘイムの魔人達との来るべき決戦、その時の布石のために彼は今ここにいるのだから。


 「クレスがここにいるならば、ミドルトン王国全域は頼めたのだが、な」


 『彼モ忙シイデスカラ』

 “鷹の目の狩人”に限らず、かつて白の国で学び、放浪の賢者の薫陶と共に騎士となった者達も各地で活動を進めている。ハイランド王国の雷鳴の騎士カルデンはその筆頭であり、彼も配下の騎士達までもが動いてくれているが、その他はほぼ全員が単体で動いている。

 彼らの多くがそれぞれの王国の騎士隊長クラスかそれ以上の役職に身と置いているため、白の国の先達達の横のつながりは侮れないものがある。むしろ、この繋がりが“列王の鎖”の要ともなっており、中世ベルカにおける騎士の黄金時代を支えていた。

 彼らの働きかけもあり、ベルカ列強の王達はほぼ同じ結論に達している。すなわち、あのヘルヘイムはあってはならない国である、と。

 ベルカの歴史の中には、ベルカ全土を統一しようとする野心によって各国へ進軍した国家もある。だが、“列王の鎖”と呼ばれる盟約がそれを阻み、非道、卑怯と呼ばれる策略によって伸張したところで残る国から袋叩きにされるのがおちであった。

 しかし、現在ベルカの地を覆っている影は野心と欲望。各国の王家や騎士達そのものが野心の虜となり、ストリオンやミドルトンのように内乱状態に陥った国もあり、ヘルヘイムによって直接滅ぼされた国もある。


 「このミドルトンも今や内乱状態、だが、簒奪が成功した例は未だヘルヘイムのみ、“列王の鎖”はまだ腐ってはいないようだ。一部の王家が腐敗しようとも、末端はまだ無事であった」

 黒き魔術の王サルバーンに触発され、似たような真似を試みる騎士達が各地にいる。

 ヘルヘイムの野心に踊らされ、国を大きく揺るがせたり、二分するところまではあるが、簒奪が成功し新たな統治者として民衆に受け入れられた者は未だいない。つまり、“力有る者は、力無きもののために”という中世ベルカの価値観はまだ根底から揺らいではおらず、そう簡単に崩れたりはしていないということだ。

 ある意味で、ヘルヘイムの存在は良い効果をもたらしてもいる。上の腐敗が末端に広がる前に強大無比な外敵が現れたことで、各国の王族、騎士達の精神は締め直されており、政争などにかまけていれば、ヘルヘイムにもろとも滅ぼされるという危機感がベルカの国々から“退廃”というものを取り払いつつある。


 「黒き魔術の王サルバーン………良くも悪くも、あの男は前進しかしない。反乱を起こし、国を奪う方向性か、王と騎士達が一丸となり、国を保つ方向性かの違いはあれ、今のベルカは“凄まじい速度で前に進んでいる”」

 ヘルヘイムから流出する野心と欲望は見事なまでに二極化を促している。

 黒き魔術の王サルバーンは、どちらでもない曖昧な態度、というものを許す精神性を持っておらず、容赦なく踏み潰していく。早い話、ヘルヘイムと同調し戦火を巻き起こすか、ヘルヘイムと敵対し、王と騎士の本分を果たすか、それ以外の選択肢など用意されてはいないのだ。


 「だが、野心家達はなぜ気付かぬのだろうか、国を奪ったところで、結局はヘルヘイムに飲み込まれるだけだというのに」


 『人間デスカラ、フシュフシュ』

 しかし、ヘルヘイムと同調することに意味はない。仮に簒奪に成功したところで、ヘルヘイムは容赦なく蹂躙していくことだろう、逆に、その時支配者の地位にあるならば、それは殺してくれと頼んでいるようなものだ。

 ヘルヘイムの掟は弱肉強食、国家を攻め落としたならば、その地は戦功一番のものに与えられる。降伏は許さぬ、最大限の抵抗をしてみせよ、それでこそ我等の糧とする価値がある。

 肉食の獣を前に、草食獣が降伏することに意味はなく、肉食獣の真似をして自分達は貴方の同類だと訴えたところで何の意味があろうか、標的が肉食獣であろうが草食獣であろうが、この怪物は区別なく喰い尽していく。歯ごたえのある獲物だったか、そうでなかったの違いでしかなく、怪物の牙が収まるなどありえない。


 弱肉強食


 ただそれだけが、ヘルヘイムの掟。

 人間世界の理ならば、“この相手を敵にするのは骨が折れる”と思わせることが出来れば、優れた獣はそう簡単に手出しはしないため、肉食の獣となることに意味はある。

 しかし、黒き魔術の王の国にはその道理は当てはまらない。強さを示すことは“壊しがいがある”という印象しか与えず、真っ先に標的にされるだけ、つまるところ、ヘルヘイムを滅ぼすか、滅ぼされるかの二択か、もしくは、地位や権力を全て捨て、ヘルヘイムの一員となるか。

 今の権力を維持したまま、ヘルヘイムの矛から逃れる方法などありはせず、一度全て捨て、己の力によって這い上がる以外にヘルヘイムの権力者となる道はない。


 「あれは人の国ではない、獣の国でもない、獣の意志を備えた人ならざる者達、魔人の国だ」


 『デスガ、世界ハ許容シテイマス』

 それは歪みではあるはずだ、だが、それはあくまで人間の目から見た場合の話であり、自然にとってはそうではない。

 弱肉強食は自然界においては至極当然の理、むしろ、自然にとっては人間国家の方がヘルヘイムに比べれば歪んでいるのかもしれない。


 「そうだな、賢者の石の色がそれを示している。私も賢狼であった頃ならば、それを感覚で分かっていたのだろうが」

 『彼ハ、モウイマセン、ローセスモ、イマセン、貴方ハ貴方デス』

 機械精霊には、そのように感じ取れるらしい、放浪の賢者がいない今、彼らの意思を理解できる者はいないが、それでも友誼に厚い彼らは白の国に力を貸し続けてくれている。

 賢狼ザフィーラが、盾の守護獣となって、今も守り続けているように。


 「お前は、どう思う? 世界は、私達に力を貸してくれるであろうか」


 『キット無理デス。老師ノ友達デアッテモ、気マグレデスカラ』


 「だろうな、私達が変わり種なのだ。ベルカ列強の国々とヘルヘイムが終わらぬ戦争を続けたところで、自然にとっては関係のないことだ、力を貸してもらえる道理はないな」


 『デモ、中ニハ変ワリ種モイマスヨ』


 「それも確かだ、2個ほどは既に黒色となり、7個ほどは灰色となっている。だが、全体から見ればほんの一部だ」

 ザフィーラの目の前に鎮座している結晶、“賢者の石”と命名されたラルカスの魔力光そのものである真球の石は、“我関せず”を旨とする自然の意志そのもののように無色透明のまま。

 これを観測し、透明のうちは石が力を失わぬように定期的に魔力を込めていくことが、今の夜天の騎士達の役目の一つである、無論、他にも数多くの仕事が存在しており、シャマルもまたそのために動いている。


 「今はまだ、その時ではないのだろう。逆に言えば、これらが必要とならぬに越したことはないのだがな」


 『老師サマ、黒イ風ガ吹キソウデス、フシュフシュ』


 「ああ、大師父が残した言葉である以上、間違いはあるまい」

 機械精霊の言葉は時々意味が分からないものとなるが、ザフィーラには何となく言いたいことが分かった。


 「黒き魔術の王サルバーンは必ず戻ってくる。彼が戻ってくるその時こそ、私達の最期ともなるだろう」










ベルカ暦485年  エトナヴェットの月  白の国  ヴァルクリント城  研究室



 「シャマル、戻っていたか」


 「報告が遅れてごめんなさい、先に、こっちの処理を済ませてしまわないといけなかったから」

 白の国を離れて任務についていたシャマルとザフィーラ、二人はそれぞれに役割を果たした後合流し、クラールヴィントの転送魔法によって白の国へと帰りついていた。

 そして、シャマルの前には淡く輝く魔力の結晶がある。夜天の騎士ならば見慣れた結晶、魔力の源、リンカーコアである。


 「蒐集の成果はどうだ?」


 「まあ、順調ね、焦って集めたところで姫様が進めている夜天の魔導書の方が出来ないと意味ないし、少しずつ進めてはいるから、まだ結構かかるけど間に合わないことはないと思う」


 「そうか、では、しばらくはこちらで作業に専念することになるのだな」


 「ええ、“蔵知の司書”は姫様にしか使えない固有技能だし、あれを夜天の魔導書に組み込むのも“調律の姫君”たる彼女だけ、だけど、その源になるリンカーコアは私の担当だから」


 「さらに、今は“夜天の王”でもある。姫君と呼ぶのは本来妥当ではないのだがな。それにしても、よく一度に十数冊もの書物を全て把握できるものだ」

 白の国の王、すなわちフィオナの父は長らく伏せっていたが、半年前の侵攻の後に息を引き取った。

 当然の如く、後継者であるフィオナは白の国の王となったが、特に変わるものはなく、さらに―――


 「構わないでしょう、白の国は――――もう、終わるのだから」

 それは既に、国民全員に告知されていることであり、彼らの移り住む先の確保を、白の国より巣立っていった騎士や調律師と連携しながら行い、この半年で大体の準備は終わっている。

 白の国にはヘルヘイムの槍が突きつけられており、民を守りながらの戦いでは夜天の騎士達に勝ち目はなく、何よりも民をこれ以上危険に晒すわけにはいかない。

 フィオナの決断は早かった。この半年はヘルヘイムを迎え撃つためであると同時に、白の国を終わらせるための準備期間でもあり、夜天の騎士達はそのために動きまわっているのだ。

 それ故、彼女の称号にも大して意味はない、姫であろうと王であろうと、国そのものがなくなれば意味をなさない。


 「そう言えば、武術関係の書物の搬送はどうなってるの?」


 「大体はハイランドに移すこととなった。やはり、武の技を伝えるならばあそこ以上の国はない、既に一部は移され始めている」

 白の国の“学び伝えるため”の物は続々と国外へ運び出されていっている。これらは決して戦火に潰えてよいものではなく、ある意味では人命以上に守り通さねばならぬものだ。

 そうして、“戦うため”のものだけが残っていく。夜天の騎士然り、デバイス然り、カートリッジ然り、様々な魔術兵装然り。

 ヴィータがフィーに忙しいと言った理由は、それらの担当がシグナムとヴィータであるからに他ならない。だが、シグナムには他にも多くの役割があるため、ヴィータの比重はかなり大きいといえる。


 「お前がしばらく動けぬのならば、私が蒐集に出よう。それに、各国の宰相や騎士団長達に伝えねばならんことも多い」

 シグナムは、白の国の近衛騎士隊長、この“学び舎の国”においては軍事部門の最高責任者である。

 簡単に言えば、フィオナを中心に、内政方面はシャマルが補佐を、外交方面ではシグナムが補佐している状況だ。通常の国政との違いは、“国を保つ”ための方策ではなく、“国を終わらせる”ための方策である部分だろうか。

 流石にその辺りはまだヴィータは関与していない。だが、トップの指示の下、実際に動く現場指揮官としての役割が彼女にはあり、若木達を率いて書架の整理を始めとした様々な作業を行っている。


 「貴女も忙しいわね、烈火の将の留守の間にヘルヘイムの軍勢が攻めてきたらどうしましょう」


 「問題ない、というか、分かって言っているだろう」

 普通に考えれば、これらの作業を進める上で最大の懸念は準備が整わぬうちにヘルヘイムの再度の侵攻がある場合だが、その可能性は極めて低い、どころか、ほとんどゼロと断言できた。

 なぜならば―――


 「ヘルヘイムは、黒き魔術の王サルバーンの国だ、こちらの準備が整わぬうちに急襲し攻め滅ぼすといった“人間らしい戦略”を彼の国が取るはずもない。新たに立った“闇統べる王”とやらの内心は知らないが、“蟲毒の主”が執政官である限り、地獄の法は揺るぐまい」

 ヘルヘイムにおいて、完全勝利とは“傷を負わずに敵を打倒すること”ではなく、“万全の敵を完膚なきまでに叩き潰すこと”であるために。


 「でしょうね、………私は、アルザングと実際に戦うことはなかったけれど」


 「気にするな、というのは、無理な話か」


 「相手がサルバーンで、不意を突かれたなんて言い訳にもならないわ。癒し手が何よりも必要とされる時に、何も出来なかった………私がちゃんとしていれば、リュッセも、ローセスも」


 「それ以上言うな、誰もお前を恨んだりなどしていない」

 『Ja.』

 烈火の将に応えるように、白光の騎士リュッセの魂、破邪の剣アスカロンが輝く。

 デバイス内部の収納スペースにはリュッセの遺髪があり、コアユニットにも“あるもの”が残されている、彼の魂、アスカロンはただ静かに応えていた。


 「悔やむことなどいつでも出来る、そうだろう?」

 長々と語る必要はなく、シグナムとシャマルの間にはそれだけで十分であった。


 「そうね――――彼らの意志を継ぐならば、決戦の時に二度としくじらないこと、絶対に、黒き魔術の王サルバーンと蟲毒の主アルザングを滅ぼすこと、それしかないわ」


 「ああ、それに―――私達も僅かに遅れるだけの話だ」

 ヘルヘイムとの最終決戦、死ぬつもりなど毛頭ないが、その可能性が極めて高いことも覚悟している。

 良いか悪いかは別として、白の国のデバイスは“無理が効く”ように設計されている。リンカーコアを限界以上に酷使して最後の一撃を放とうとしても、騎士の魂たちはそれに応える。


 鉄の伯爵グラーフアイゼンが、盾の騎士ローセスの命を囮にした最後の突撃に最期までつき従ったように。


 だが、それ故に―――


 「ヴィータちゃんは、今どうしてるの?」


 「ザフィーラと訓練している。既に、彼の障壁を打ち破れるほどにアイゼンを使いこなしている」


 「そう………まだ、半年なのに」

 夜天の騎士となってからのヴィータの成長は早い、いや、早過ぎる。

 土台を整え、じっくりと身体を造りながら鍛えていく手法ではなく、身体への負荷など無視し、ただひたすらに追い詰めるように鍛え上げているのだ。

 肉体とリンカーコアを限界を通り越した段階まで追い込み、シャマルの治療によって無理やり回復させる。そんなことを繰り返していれば、リンカーコアはあっという間にガタが来ることは間違いない。


 「何を言っても、ヴィータは止まるまい。これを覚悟した上で、グラーフアイゼンを受け継いだのだから」

 一度ならず、シグナムやシャマルは止めようとした。

 だがしかし―――


 (あたしに必要なのは、平穏に余生を過ごすための寿命じゃねえ、サルバーンとの決戦の時に、あいつらを叩き潰すための力だ。どの道、力が足りなければ殺されんだろ、だったら、身体が無事でも意味ねえじゃんか)

 その言葉に、反論することは出来なかった。

 ヴィータが夜天の騎士となるというのは、つまりそういうことであり、それこそが盾の騎士ローセスの唯一の恐れであった。

 だからこそ、彼は放浪の賢者ラルカスの己の未来を観てくれと頼んだのだ。その時に、自分が迷うことなく決断を下せるように、決められないまま命が尽きるようなことがないように。

 嘆きの遺跡に潜るその時も、ローセスの心は狭間で揺れ動いていた。しかし、予言が成就する時には、彼の中には迷いはなかった。

 盾の騎士ローセスは、白光の騎士リュッセと同じく、骨の髄まで騎士であったから。


 「でも、私はやっぱり、ヴィータちゃんには無邪気に笑う姿が似合っていると思うわ」


 「それは私も同感だ」

 だがしかし、それは言っても詮無いこと。

 ヴィータは既に、ローセスやリュッセと同じように、騎士として生き、騎士として死ぬ道を選んだのだから。

 その覚悟の証として、フィオナから貰った少女としての品を、フィーに託したのだから。

 中世ベルカの時代に生れついた、一人の人間としてのヴィータの人生は、グラーフアイゼンを受け継いだ時に定まった。


 「騎士とは、悲しいものね」


 「でなくば困る。皆が憧れ、誰もが騎士になれると思ってしまえば、騎士がいる価値などなくなるのだからな、我らは、人間世界の狂気を受けとめる煉獄の蓋だ」


 「うん………私達も、覚悟の上で受け継いだものね」

 夜天の騎士の年長二人は想いを馳せる。

 彼女らが夜天の騎士となった時は、まだヘルヘイムという国は存在しておらず、ベルカの地に暗雲は立ち込めていなかった。

 だが、夜天の騎士となった時から、どのような終わり方も覚悟はしていた。

 これは、その終わりが最も無慈悲で、最も強大な力と共にやってきた、ただそれだけのことである。







ベルカ暦485年  エトナヴェットの月  白の国  ヴァルクリント城  調律の間




 「万事順調、とはまでは申せませんが、賢者の石も夜天の魔導書の順調に仕上がりつつあります。これも、貴方のおかげです、ラルカス師」

 数々のデバイスが並び、幾多のデバイスが作り出されているその空間の主たる女性は、ある一つのデバイスに対して独り言とも聞こえるように言葉を紡ぐ。

 いや、本来ならばそれは独り言でしかあり得ない。そのデバイス、シュベルトクロイツは純粋な魔導の杖であり、魔法発動体に過ぎない、グラーフアイゼン、レヴァンティン、クラールヴィントのような知能は持ち合わせてはいないのだ。


 『いやいや、それは紛れもなく君達の成果だとも、儂はただ石を置き、精霊達に語りかけたただけ、さらには仕上げを全て君達に任せて遠い世界に旅立っているときている、これでは大師父と呼ばれるにも問題があるというものさ』

 にもかかわらず、そこからは彼の放浪の賢者の声が響いているが、それは彼の肉声ではない。

 放浪の賢者ラルカスは、黒き魔術の王サルバーンを封じ込めるため、自身諸共、次元の狭間へと突き落としたのだから。彼の空間転移の業によってですら帰還も通信も叶わぬ遠き世界へ、彼は旅立ってしまったのだから。


 「まったく、ここに残されているのはデバイスに録音された音声に過ぎないというのに、なぜ会話が成り立つのでしょうか」


 『さてさて、なぜだろうね』

 その理由を、フィオナは理解している。

 半年前、白の国の戦いが一先ずの終結を迎えた時、盾の守護獣ザフィーラが再び嘆きの遺跡へと赴き、既に亡霊も怪物もいなくなった遺跡をそのまま下っていき最下層へと到達した。

 そこで彼が発見したものは、放浪の賢者と黒き魔術の王が雌雄を決したその空間に、墓標のように突き刺さったシュベルトクロイツのみであり、その他には争いの痕跡が一切見られなかった。

 だが、それも当然の理屈、封鎖結界によって空間の位相をずらし、現実空間とは違う座標で戦いを行う技術は中世ベルカはおろか古代ベルカの時代より存在するが、ラルカスとサルバーンの両名の決戦場となったその空間は、通常を遙かに超える魔力によって紡がれた異空間と化していたのだ。

 そして、最後の激突の際にラルカスは風の力を借りて通常空間へとシュベルトクロイツを帰還させた。夜天の魔導書へと記すべき術式、黒き魔術の王サルバーンを封じ込めるための秘術の全てをそこに刻み、最初の夜天の主たるフィオナへと託すために。


 「貴方には、観えていたのですね。今こうして私と話している光景が、そして、その通りに貴方が録音したのですから、噛み合わないはずもない」

 嘆きの遺跡に赴くのに先立ち、ラルカスはフィオナに、シュベルトクロイツに録音のための機能を取り付けてくれと頼んでいた。そしてそれを伝言ではなく“会話”となさしめているのは、放浪の賢者が持つ予言の権能によるもの。


 『確実というわけではないよ、未来は千変万化、儂が観たものだけが世界の全てであろうなど、そのようなことはありえんとも、未来は無限の可能性を秘めているのだから』


 「そうなのかもしれません、ですが、貴方ならば、本当に未来の全てが観えているのではないかと、時々思ってしまいます。そして、人間である私達に合わせてあえてそれを言わないでいるだけのような」

 そう考えているのは、他ならぬサルバーンなのではないかと、フィオナは思う。

 白の国の後継者であり、夜天の主である自分よりも、放浪の賢者の弟子でもある夜天の騎士達よりも、真に放浪の賢者の真髄を理解しているのは、黒き魔術の王サルバーンではないか。

 シュベルトクロイツに込められた、二人の相克の記録を参照するたびに、彼女はその想いに囚われた。





■■■




 「撃ち抜け! 夜天の雷!」


 「滅殺せよ! 破壊の雷!」



 純白の雷電と漆黒の雷電。

 完全なまでに背反する二つの雷が、それぞれの術者を消滅させんと喰らい合う。

 だがしかし、それは互角ではあり得ず、極大の魔力の相克がもたらした爆発が晴れた時、その光景からいずれが競り勝ったかは明白であった。


 「ふうっ、まったく、呆れるばかりの力だ」


 「当然だ、貴方を超えるため、貴方を破壊するために築き上げた力だ。この私がな」


 「君らしい。ああ、なんとも君らしい。やはり、君の根源は“挑む”ことにあるようだ。見下すことでもなく、現状に満足することでもなく、ただひたすらに上を目指す、だからこそ君は踏み潰される者達のことを顧みない、なにしろ、上しか見ていないのだから」


 「私が超えてきたもの、私が培ってきたもの、私が学んできたものは全て私の内にある。他を顧みる必要などどこにある、見据えるならば未だ高みにある存在であろう」


 「なるほど、ならば、あの哀れな少女達も、未だ目覚めぬ君の娘も、そして、君の唯一の代行者たる蟲毒の主も、全ては君の内にあるのだろう」

 “虐殺者”ビードや“破壊の騎士”サンジュ、彼らもサルバーンの叡智の一部を譲り受けた者達であるが、サルバーンの世界には認識されていない。

 例え上しか見ていなくとも、人間は別の存在を知覚することは出来る。サルバーンにとっては見据えている存在がラルカスであり、その先にある破壊すべき目標がアルハザード、ならば、シュテル、レヴィ、ディアーチェは髪の毛のようなもの、そこに在ることは認識しており、頭に手をやれば触れることもあるだろう。

 そして、蟲毒の主アルザングは黒き魔術の王サルバーンの影、常に下に在るが故に決して視界に入ることはないが、意識せずとも在ることは理解しており、同時に、自分と不可分の要素である。サルバーンという存在はアルザングという影を通して初めて下界に影響を与えるのだから。

 上を目指して飛翔する彼にとって、影は不可欠の存在ではない、しかし、不可分の存在であり、サルバーンが“影を切り離すことは出来ない”という不可能を踏破することに意義を見出したならばその限りではないだろうが、それは彼の興味を引く事柄ではなく、アルザングもまたそれを知った上でその後を追い続けている。

 振り返ることなど一度もなくとも、“お前ならば私の後についてこられる”と、振り返って確かめる必要すらないのだと、黒き魔術の王はその背中で告げていた。


 「だがしかし、ヘルヘイムの他の者達は、君の世界の中にはいない。ローセスに敗れた虐殺者も、リュッセに討ち取られた破壊の騎士も、哀れな七人の少年少女も、嘆きを放つ異形達も、君にとっては垢のようなもの、紛れもなく君の一部ではあったものの、在ることに意味のない価値なしだ、君が、価値なしにしてしまった」


 「貴方ならば、己の垢にすら価値を見出すのであろうな、自分から落ちた垢を何年と眺め続け、どのようなカビが生えるかを観察しながらその生命の形を見守る、といったところか」


 「流石は我が弟子、儂のことをよく分かっておるようだ。以前、そのような道を君に勧めた覚えがあるのだがね」


 「それは私には不可能なこと、何しろ、生き急ぐことしか知らぬ男だ」


 「それもそれで、美徳ではあるよ、まあ、それは置いておこう」

 会話を重ねるうちにラルカスの呼吸は徐々に整っていき、会話を合わせながらサルバーンはただそれを待つ。

 放浪の賢者と黒き魔術の王の戦いは常にその形で進んできた。二人が同時にそれぞれの魔法を放ち、必ずサルバーンが競り勝つ、そして、次の魔法を放つまでの間、師と弟子の会話を交わす。

 純粋に戦技を競う戦いであるならば、既にサルバーンは百回を超えるほどラルカスを殺しているだろう。戦闘者としての能力ならば、二人の間には比べるべくもないほどの隔たりがある。

 だが、それでは足りない、彼の目的はラルカスを殺すことではなく、ラルカスを超えることだ。余裕ではなく、慢心ではなく、ただ己の在り方、生き様の全てに懸けて、サルバーンはラルカスが術を紡ぐのを待っている。



 貴方の全てを見せてみろ、私はその尽くを凌駕して見せよう



 サルバーンの内にあるのはただそれだけ、放浪の賢者が述べたように、どこまでも単純で、呆れ果てるほどに傲慢な理念を掲げ、ただひたすら己の道を突き進む男こそが黒き魔術の王なのだから。


 「期待をかけてくれるのは嬉しいが、そろそろ品が尽きてきたようだ。ラグナロクも夜天の雷も、儂の持つ魔法の中では最も破壊に秀でたものなのだがね」


 「だが、それは貴方の全力ではあるまい。放浪の賢者の業の真価が破壊にあるなど、ベルカの地に生きる誰もが思っていまい、まして、この私が貴方の真価を見誤るとでも思うか」


 「思わんよ、ただ言ってみただけだ。見ることも、語ることも好きなのでね」


 「そうか」

 二人の大魔導師は、普通の魔導師の力など及ぶべくもない領域で己の秘術をぶつけ合った。

 そして、その全てにおいてサルバーンが競り勝ち、戦闘魔法においてならばサルバーンがラルカスに勝ることは戦う前から分かりきっていたことでしかない。

 故にこそ、これまでの魔術戦はまさに“語り合い”なのだ。長らく離れていた師と弟子が巡り合い、存分に語り合っていただけの話。

 それでさえ、余人が知れば笑いたくもなるような極限の戦いであったが、これより行われるは人智を超えた戦い。


 「そろそろ、友の準備も整ったようだ、儂の最後の業、君の望みどおり披露するとしよう」


 「ならば私はそれを踏破しよう。私が築き上げた魔術の全てに懸けて」

 放浪の賢者ラルカスの最大の秘術と、黒き魔術の王サルバーンの最大の秘術が、ついに相克する。



 「我はあまねく次元の海を渡る者、あらゆる時空の壁を超え、果てなる先を観通す者。なぜなら時間も空間もまた我の友であり、我は友に助力を惜しまぬ。だからこそ友よ、今こそ願う、その力、我に貸してはくれぬであろうか、決して無駄にせぬことをここに誓おう。一にして全、全にして一なる我が友よ」


 風が集う。


 いや、一般的に風と呼ばれるものが大気の流れであるならば、それは風とは呼べないはず。

 しかし、放浪の賢者にとっては確かに風であった、ありとあらゆる場所に遍在するが故にどこへでも行ける。その力を借りられるならば、次元を渡ることも、全てを観通すことも、そして、その男を次元の果てへと飛ばすこととも容易でしかない。

 それは、古代ベルカのドルイド僧達が精霊と呼んだ力、世界の一部であり、自然であり、ある意味で世界そのものでもある彼ら。その力を借り、奇蹟の技を振るうことに最も長けたものがラルカスであるならば――――



 「我はあまねく次元を砕く者、あらゆる叡智を修め、覇道を果てまで踏破せし者。時間、空間、名もなき存在に至るまで我が糧であり、我はその全てを力へと変える。故にこそ世界よ、今こそ命じる、その存在の全て我に差し出せ、決して無駄にせぬことをここに誓おう。一なる我が、全なる貴様ら全てを喰らう」


 風が喰われる。


 起きている現象そのものは放浪の賢者のそれと近しいはずなのだが、どこまでも真逆の方向へ墜ちている。

 人間とは、自然の理に沿うだけではく、歪めることをも得意とする。自然と共に在り、力を借りることが人の道であるならば、自然を喰らい、叡智を築き、我が力と成すことも人の道。


 弱肉強食


 それこそが、黒き魔術の王の道であり、自然の理でもあるが、それは彼が自然の理を尊いものとしているわけではない。彼が望み、選んだ道がたまたま自然の理と似ていたに過ぎない。


 「それが君の選んだ道か、自然を喰らい、我が力とする道」


 「弱肉強食、それが私の法だ。自然界の法に従うのではない、私は私の法に従っている。自然など遙か昔に踏破した、我が糧に過ぎん」


 「どこまでも傲慢なるものよ、その傲慢こそが、君の破滅となるやもしれんよ」


 「その時は、私は所詮それまでの男であっただけのことだ」

 言葉を交わしながらも、彼らの周囲にはもはや人間の言語では正確に表現することが叶わない“力”が渦巻いていき、巨大になると同時に収束を繰り返す。

 魔導師や魔法生物は通常、リンカーコアと呼ばれる器官によって魔力素を体内に取り込み、魔力という形をなして魔法という術式を成すが、中には体内に通さず直接空間に漂う魔力を集める技術も存在する。

 それは、魔力収束と呼ばれる砲撃魔導師の最上級技術(エクストラスキル)。

 だがしかし、この両者が行っている技術はそのさらに上をいき、一度リンカーコアを通して魔力を形をなして発動し、周辺に散布していた魔力を集める、ではなく――――


 「精霊の力を借りるのではなく、己がものとしたか」


 「精霊の力を借りることに関してならば、貴方には及ばぬ、ならばこそ、私は私の道を選んだ」

 魔力の源となる魔力素、未だ魔力の形を成していない原初のそれをかき集め、リンカーコアを通さずに“力”と成す技術。

 一般に、魔力と呼ばれるものは数多くの種類がある、炎熱変換然り、電気変換然り、中には毒素変換と呼ばれるものすらあり、それらは皆、“生物が使いやすいように魔力素を加工したもの”ということは広く知られている。

 それ故に、AMF(アンチ・マギリング・フィールド)などの魔力を打ち消す結界などにも、その結界と反応する“周波数”というべきものがある。同じ媒質であっても、振動の周期が異なるならば、その特性は全く違うものとなるのは自明の理。

 つまりは、あらゆる魔力の性質とは“魔力素”という媒質をどのような周波数に加工するかの違いでしかないということだ。人間ならばそれに適した周波数があり、それを可視光とするならば、赤外線、紫外線、エックス線、ガンマ線などは人間とは異なる魔力であり、可視光の中の赤、黄、青などの色分けが、変換資質ようなものだろうか。

 そして、古代のドルイド僧はまさしく原初の力を操っていた。魔力ではなく、その基である魔力素そのもの、すなわち精霊と意思を交わし、名を与え、力を借りる。もっとも、操り手が人間である以上は限界はある。

 ドルイド僧が借りた力も結局は“魔力の塊”のようなものになるため、中世のベルカ式魔法とそれほど大差があるわけでもない、真竜などが精霊と従えるといわれることなども同様であり、魔力素の波動という点では違いはない。

 だがしかし―――

 もし、際限なく精霊(魔力素)と意思を通わせ、力を借りる術式があるならば。

 もし、際限なく精霊(魔力素)を集め、支配し、隷属させる術式があるならば。

 その存在は、無限のリンカーコアを有するに等しい“魔力”を顕現させることも出来るだろう。ロストロギアと呼ばれる、アルハザードより流れた結晶が、核分裂に似た魔力素分裂とでも言うべき反応を励起させていくことで、次元を引き裂く断層すら発生させることを可能とするように。


 「さあ行こう、我が友よ、数多のジンを集中させ、今こそ無限の奈落を、果てなき檻を築き上げよ」


 「今こそここに集え、我が糧よ、幾多のジンを収束させ、暗黒の断層を、絶対なる爪牙もて全てを引き裂け」


 あくまで両者ともに人間であり、その力は無限ではあり得ない。

 だが、人間に観測不能なほどの力であるならば、既に無限と呼んでも差し支えないであろうほどの精霊の力、魔力の源がそこに集い、二人が“ジン”と呼ぶ力へと集約されていく。

 膨大な魔力素を集め、リンカーコア内部で人間や魔法生物が無意識に行っている変換を術式によってなし、魔力へと精錬、同時にさらに魔力素を収束させ、二つの中間のような状態の“力”へと遷移していき、膨張し、収縮しながら大局的に見れば安定しているそれを、二人は“ジン”と呼んでいた。

 人間の肝臓と同じ機能を化学プラントによって行うならば、凄まじく巨大な設備が必要になるという。リンカーコアもまた同様であり、魔力素を取り込んで魔力と変える魔力炉心は未来においてですら発明されてはいない、必ず、魔力の形での種火が必要となっている。

 それを、この二人は自らの術式によって成していた。人間のリンカーコアが可能としているのだから理論的に出来ないはずはないのだが、それは言わば、“肝臓で行われる化学反応を全て脳で理解し、自分の手で行うこと”に等しい。


 「これを、破壊の業と成したか!」


 「無論だ、アルハザードより流れる結晶は単体で次元断層を引き起こすことを可能とする。ならば、それを我が術式のみで凌駕せずには、踏破したことになりはせん!」


 「如何にも君らしい、しかし、その破壊にベルカの地を巻き添えにさせるわけにはいかぬよ! 次元の果てへと、共に落ちてもらう!」


 「受けて立とう! 貴方が築き上げる無限の檻を、我が魔術の全てで以て破壊してくれん!」


 収束した“力”が、ついに二人の術式が支えられる臨界点へと達し―――



 「来りて集え! 悠久なる精霊の牢獄! 混沌の軛なる”輝くトラペソヘドロン”!」


 「全てを無に帰せ! 強大なる破壊の断層! 険悪にして窮極なる”黒の風”!」



 二人の大魔導師は、ベルカの地より遠く離れた次元の果てへと消えていった。





■■■




 「貴方がサルバーンに対して放った最後の魔法、いえ、魔法とは根幹からして異なる秘術、次元の果てへと対象を飛ばし、永遠に封印する“輝くトラペソへドロン”。あれを理解することは私には出来ません、全ての魔力を飲み込む虚数空間のさらに果てなど、想像することすら……」


 『きっと、その方が良いのであろうさ、それに、あれの名前には対した理由はないよ、まあ、願掛けのようなものでね、強い効果を望むならば、強い意味を持つ名前を与えるのが効果的、ただそれだけのことなのだから』


 「では、私達には馴染みのないあの名称にも、深い意味があると」


 『一応はね、ただ、サルバーンに言わせれば“借り物”に過ぎんのであろう。ベルカの地が長い歴史と共に育んできた力有る言霊ではなく、よそで見かけたとんでもないものを当てはめただけだからね、まあ、これはあくまで外法だから、ベルカの言葉を与えたくはなかった、それだけだよ』


 「魔力素、いえ、魔力の形を成す前の精霊を集め、その力によって次元の扉を開き、虚数空間の果てに彼らそのものによる牢獄、言わば“次元牢獄”を築き上げる大魔法、それが、“輝くトラペソへドロン”」

 虚数空間にはあらゆる魔力を打ち消す“何か”が満ちており、あらゆる魔法がキャンセルされる。飛行魔法も転移魔法も使えず、一度落ちたが最後、二度と上がっては来られない。

 だがもしも、魔力素の振動周波数の中に、虚数空間に満ちる“何か”と反応しない帯域があり、それを用いた術式を組む事が可能ならば、虚数空間すら踏破することは出来るだろう。

 そしてその技を放浪の賢者ラルカスは有しており、その事実をただ一人知っていたサルバーンは、独力でそれを学び、習得したのだろう。ならば、今の彼は虚数空間のどこかに“門”があるという、アルハザードにすら自分の力のみで辿りつけるのではないか―――


 「いえ、違いますね、アルハザードが虚数空間のさらに奥に存在する以上、必ずそこへ渡る手段が存在する。貴方はそれを観て、彼はそれを知り、ついには独力でそれを可能とした。………この世界にもたらされる破壊は、アルハザードへの次元跳躍のための二次災害、それが、次元断層………」


 『次元干渉を行えるロストロギア、それらを励起させて次元断層を引き起こし、アルハザードへの門を顕現させることは普通の魔術師でも不可能ではないよ。だが、それでは次元断層の破壊の力に指向性を与えることは出来ぬし、虚数空間を踏破することも叶わないだろうね』


 「彼は、それを己の術式のみで可能とした。全ては、貴方を超え、そのさらに先、アルハザードへと至り、破壊するために―――――ですが、それならば」


 『サルバーンは必ず戻るであろう、アレの放った“黒の風”はそれを可能とする力を持っていた。多少の時間は稼げると思うが、座標の特定が済めば即座に“穴”を穿つことは予想するまでもない、位置的に、アレの方が近いのでね』


 「………単体で、次元断層を引き起こす魔術、そのような術式を編み出すとは」


 『これは儂のせいでもある。あれの向上心に火をつけてしまったのは過ちであったかもしれない、まあ、後は任せたよ』


 「そこで他人任せですか」


 『放浪者とは得てしてそういうものさ、儂らはただそこに在り、気が向いた時に助言を成すに過ぎない、だからこそ助言を残そう。サルバーン程“有言実行”という言葉が似合う男を儂は知らぬ、ならばこそ、アレは必ず次元の檻を破壊し、ベルカへと帰還し、白の国を破壊するだろう。その時こそが、唯一無二の機会である』


 「負ければ、ベルカの地が全て潰えることになるのですね」


『サルバーンからベルカの地を守るための最期の術式は組んである、それを生かせるかどうかは君達次第、儂は、次元の果てより見守らせてもらうよ』

 そして、唐突にシュベルトクロイツの再生が止まる。

 予め録音されていた音声が再生されたに過ぎないのだから唐突の何もないのだが、あまりにも自然に話していたために、フィオナには唐突に会話が終わったように感じられた。


 「見守らせてもらう、ですか、ラルカス師、貴方は本当に変わらない」

 サルバーンは今、ラルカスが築き上げた虚数空間の果ての次元の檻、“輝くトラペソへドロン”の中にいるはず、本来ならば、二人とも二度とベルカの地に戻ることはかなわず、放浪の賢者は命と引き換えに黒き魔術の王を次元の狭間へ封じ込めたはずなのだ。

 しかし、二人の力がほぼ互角であったならばその限りではない。牢獄を築き上げたラルカスが先に次元の果てへと飛び、サルバーンを“引きずり込む”のだから、結局は単純な綱引きとなり、ラルカスが“慣れている”ことを差し引いても決定的なアドバンテージとはならない。


 「次元を遙かに超えた場所の座標の概念は私には分からない、だが、ラルカス師が“深い”場所にいるならば、サルバーンが“浅い”場所にいるのは間違いないのだろう、例えて言うならば、ラルカス師がサルバーンにロープを巻きつけた状態で崖から飛び降りたようなものか」

 “押し込む”ことが出来るならばそれに越したことはなかったであろうが、通常の空間における魔力ではサルバーンの方が上である以上、まずはラルカスが有利なフィールドである次元の果てに先に飛び、そこから“引っ張る”より他はない。

 しかし、サルバーンもまた精霊の根源を操り、次元そのものを歪ませる術理を習得していた。ラルカスがその力を“転移”に使うように、サルバーンはそれを“破壊”に用いる。

 遠くない先に、黒き魔術の王は次元の檻を突破し、ベルカの地に再臨する。その時こそ、白の国の夜天の騎士達が最後の戦いと挑むことになることは疑いない。


 「………全員が、戦うことになるのだな 烈火の将、風の癒し手、蒼き狼、そして………紅の鉄騎」

 まだ10歳にもなっていないヴィータも、ヘルヘイムの異形の軍勢と、それを率いる蟲毒の主と、何よりも、黒き魔術の王サルバーンと戦わねばならない。

 ヴィータも覚悟した上で騎士となり、今もザフィーラと共に厳しい訓練を積んでいる。後半年もかけず、シグナムと同等の戦闘能力を発揮するようになるだろう。

 主君としては、夜天の主としては喜ぶべきであり、祝福すべきことではある。


 だが――――



 「ラルカス師――――本当に、彼女の運命は避けられないのでしょうか」


 彼女は、問わずにはいられない。

 烈火の将を超える誉れよりも、あの真っ直ぐな少女には幸せな日々こそが贈られて欲しいと、調律の姫君、いや、ローセスという男を愛した一人の女性は願う。

 それは、決して叶わないことを彼女もまた知っているが、それでも――――願わずにはいられない。


 「ザフィーラ………後どれだけの時間が残されているかは分からないが、それまででもいい………ヴィータを、守ってやってくれ」


 そして、もう一人。


 「グラーフアイゼン、私に出来ることは、お前がヴィータの力になれるよう調律することしかない……………あの子を、頼んだ………」


 愛する男のために作り上げ、今は妹へと託された騎士の魂に祈りをささげる彼女の頬を――――


 一筋の雫が、こぼれ落ちていた。




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