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[16547] (チラシの裏より)魔獣と魔法使い達(ARMS×ネギま!)お知らせ
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/05/25 14:08
前書き

皆さんお久しぶり、雪風です。

今回は無謀にもネギま!とのクロスものです。
それに関して、もしかしたらARMSを知らない方がいるかもしれませんから、軽く説明を。

ARMSは1997年から2002年まで週間少年サンデーで皆川亮二先生が連載していたものです。


あらすじは、金属生命体を移植された少年・少女が巨大な組織による世界規模の陰謀に巻き込まれ、それに立ち向かっていく、というものです。

かなり大雑把ですいません。

興味を持たれた方は読んでみてください。


今回の連載は涼がネギま!の世界にいくものです。
一応修学旅行編までにしようと思っています。ちゃんと完結させたいと思うので、応援お願いします。






いつも本作品を読んで下さり、ありがとうございます。
お知らせというのは、しばらく更新が出来なくなるという事です。
理由の方は大幅な改訂を行うからです。
と、言うのも卵の時の私(今は孵化直後)がやらかしてしまったとんでもないミスを訂正する為です。
その問題の箇所は第1話で涼が世界樹から出てきた所です。ここで涼は服を着ているのですが、何故服を着せたのか作者自身も分かっていません。数話を投稿してから「こらあかんわ」と、言い訳を考え始めました。で、思いつきました。それを紙に書いて保管しておきました。で、受験が始まりました。で、受験が終わりました。……そして紙をなくしました。思い出す事が出来たら良かったんですが、無理でした。このままでは最終的にとんでもない事になるのが目に見えて分かったので、第1話の大幅改訂……と言うよりほとんど別物になると思います。更に以降の話が矛盾しない為に加筆・訂正を行っていきます。この件は完全に作者の怠慢です。本作品の更新を楽しみに待ってくれている方々には謝罪をします。申し訳ございません。ただ絶対に挫折はしないので。必ず戻って参りますので、それまでお待ち下さい。



[16547] 第1話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2010/02/16 21:04




Side 涼


「“アリス„・・・君は今まで憎悪と絶望の中で、ひたすら人類を滅ぼすことを考え続けてきた・・・。でも・・・もうそんな必要はないんだ。」

おれは、カツミを助け出すこの旅の中で“アリス„を知り、そして絶望の深さと人類への憎悪を知った。



一番始めに造られた、ARMSの適正因子を持った子供。
しかし、ARMSの適正因子を持ってはいたが、俺たちの様にARMSを移植されることは無かった。その理由は彼女は、チャペルの子供であったからだ。

チャペルの子供。
それは、サミュエル・ティリングハースト博士が考え出した「チルドレン・オブ・チャペル計画」と言う人体実験により生み出された、アル達の様な各国の天才達が集まるエグリゴリで研究者をしている子供達の事だ。

アリスはARMS適正因子を持ちながら、一人の研究者としてARMSの適正因子を持った、子供達へのARMSの移植実験に参加していた。
この時点で、サミュエル博士がもし、彼女の事を一人の女の子として見ていたら、と思う。その点では、やはりあの人もエグリゴリの学者だったと思う。

そして、“アリス„は実験体の子供を逃がそうとし、見つかり、そして殺された。

もし、アリスが適正因子を持っていなかったら、もしアリスがチャペルの子供では無かったら、一つでも歯車が違えば、こんな憎しみの連鎖は起こらなかったと思う。


死に掛けていたアリスは、彼女に並みならぬ感情を持つ「アザゼル」に取り込まれ、人間への深い絶望と激しい憎悪を持つ“黒いアリス”と、本来の心優しい“白いアリス”にわかれ、始まりのARMS「アリス」の中で生き続けた。
俺のARMS「ジャバウォック」だけは、アリスの深い絶望から生まれた。
だから、「ジャバウォック」はひたすら全てを壊そうとした。オレは一度憎しみに負け、人類を滅ぼしかけた。あの時もし、隼人や武士や恵がいなっかたらオレは確実に地球を滅ぼしていたと思う。やっぱりあの三人は最高の仲間・・・いや最高の家族だな。

この世界中の誰も“アリス”に人間を許してくれなんて言う資格は、きっと誰にも無い。それだけの仕打ちをしたからだ。兄弟同然の実験体を、青空を、自由を、全てを奪ったのだ。

だから、オレ達がすべき事は―――

「君の憎しみも・・・、悲しみも・・・、オレが全て飲み込んでやる!
“アリス”!!これからはオレ達と一緒に生きていこう!!」

―――一共に生きる事だ。











Side エヴァ

今夜も何の変哲も無く、ダルいだけの見回りが終わり従者の茶々丸と共に月見をしながら帰り道を歩いていた。

「茶々丸。じじぃからなにか連絡とか来てるか?」
「いえ、何も来ておりません、マスター。」
「そうか。」

一日が終わる、何も無く。昨日までと変わらぬ、そして明日からも何も変わらない。
何をしているのかと、自虐的に考えてしまう。かつての大悪党はもう見る影もないな。

「マスター。どうかされましたか?」
「なんだいきなり。」
「いえ、笑ってましたので。なにかあったのかと。」
「笑っていたかのか私は・・・まあ、そうだな、少し愉快な出来事があっただけだ。」

と言っても、本当は不愉快で堪らないがな、今の私の姿が。



「さて、いい加減月見も飽きたな。茶々丸、帰るぞ。」
「了解しました、マスター。」
「酒が手元にあれば、もう少し楽しめたんだがな」
「この時間ですと、もう売っていません。それにその様な物を持ちながらですと、戦闘にも邪魔になります。」
「・・・・」

やれやれ。こいつにもう少し融通と言うか、柔軟な考え方が出来れば少しは退屈も凌げるんだがな。
冗談を言って、真面目に反応を返されたんじゃ、ギャグを言ってすべってしまった、芸人の様な気分になってしまうではないか。
・・・今度から少しあいつらの見方を少し変えてみるか。

そして歩き出そうとした瞬間、突然夜空が光った。
なんだ、どうしたのだ!?急いで振り返ると

「世界樹だと!?バカな、まだ魔力は完全では無いはずだ。」

計算上は後、一年は掛かるはずだ。一ヶ月程度のズレならまだしも・・・

「行くぞ、茶々丸。」
「了解しました、マスター。」



私たちが世界樹の所に着いた時はまだ、白く発光していた。

「何が起きているというのだ・・・」
「マスター、世界樹は魔力を発していません。」
「何だと・・・ではこれは」

何だ、と言おうとして言えなかった。何故なら光が突然爆発したように強く光ったからだ。

「うわっ!」

咄嗟に顔を腕で覆い隠した。
光が収まったと思った時、ドサッっと何かが落ちる音がした。眩む視界の中、その落ちて来た物を見た。そこには服を着ている普通の男が倒れていた。


Side 涼

「う・・・」

それが自分の口から出たものだと言うことに、数秒してから気が付いた。
次第に意識がはっきりしてきて、最初に気づいたのは自分の前からする、圧倒的な威圧感だった。
咄嗟に、手足全部を使い後ろに飛んだ。
そこで改めて前を見てみた。
黒いボロ切れみたいな服を着た金髪の女の子と、どこかの制服みたいなのを着て、緑色の髪の・・・アンテナ?サイボーグ!エグリゴリか!?・・・いや、違う・・・か?確証がある訳じゃないけどエグリゴリと断定するのは違和感を感じる・・・。

それより問題なのは小さい女の子の方から、さっきから感じている威圧感を感じる事だ。明らかに、あの年齢の、しかも女の子が出せるものじゃない。恐らく、同年代であるキャロルとは比較にならない。それこそコウ・カルナギにも引けをとらないレベルだ。

「おい、侵入者。」

一旦距離を取ろうとした時、小さな方がこちらに話しかけてきた。
それよりも、・・・侵入者って言ったのか、あの子は。

「その、侵入者ってのはオレの事?」

「随分と白々しく戯けたことを言うな。結界に感知されなかった事は褒めてやるが、あんな大胆に世界樹から出てきてバレないとでも思ったか?」

・ ・・何だ、この子は。話し方が外見と全然一致しないぞ。
それに、結界にせかいじゅ?結界はまだしもせかいじゅなんて言葉は聞いたこともない。でも、それを言ったとこで信用してもらえそうにないな。どういう過程にしろ、オレがここに無断で入ってきた事は事実らしいな。

さて、どうする?物は試しに正直に言ってみる・・・

「言っとくが、命乞いや言い訳は一切聞かんからな。日頃の憂さ晴らしを貴様でさせてもらおう。」

まずいな、最悪の方向で話が進んでいる。

「ちょっと待ってくれ!少しはこっちの話しを聞いてくれ!」

「行け茶々丸。リク・ラク・ラ・ラック・ライラック」
「了解しました、マスター。」

茶々丸と呼ばれた女の子がかなりの速度でこちらに走ってきた。そのままの勢いを殺さず、右のストレートを放ってきた。
咄嗟にガードしたけど・・・!
「うおっ!」

重い!ガードしきれない!
そう思ったときには、すでに身体が吹き飛んでいた。

空中でなんとか体勢を直して後ろにあった巨大な木に垂直に着地、茶々丸の方に攻撃をしようとした時・・・

「氷の精霊17頭。集い来たりて敵を切り裂け。魔法の射手 連弾・氷の17矢!!」

その言葉が終わると同時に、懐から試験管を出しこちらに向かって投げてきた。そしてそれが割れた瞬間、突然鋭利な氷が大量にこちらに向かって飛んできた。

「なっ!」

ESPだと?!

「くっ!」

氷の攻撃をかわす為に前に跳ぼうとしていた力の向きを無理矢理変えて、横に跳んだ。

(!追尾してきた?!まずい、かわせない!・・・なら!)








Side エヴァ


侵入者に魔法の射手(サギタ・マギカ)が当たると思ったとき、氷を破壊しながら何かがこちらにかなりのスピードで飛んできた。
魔法の射手(サギタ・マギカ)を破壊された時に生じた煙のせいで反応が遅れた。

「ちっ」

咄嗟に氷盾(レフレクシオー)で防いだが如何せん私は体重が軽い為、威力を殺しきれず無様にも地面を転がっていた。

「マスター!」
「案ずるな。うまい具合に逸らす事が出来た・・・!茶々丸!」
「分かっています。」

けむりの中から、侵入者が走ってきた。茶々丸も走っていき、侵入者と相対した。
「あまり抵抗しないで下さい。」

余計な事を言うな茶々丸。


フェイントを交えながら茶々丸が接近した。茶々丸は右のストレート侵入者の顔目掛けて放った。侵入者は顔を傾けただけでかわし、腕を取り一本背負いの様に投げた。茶々丸は片手で衝撃を殺しながら着地し、そのまま片手だけを使い後ろに飛んでいった。

茶々丸は着地すると同時に駆けだし、侵入者の一歩手前で止まり後ろ回し蹴りを放ったが、侵入者はスウェーバックでかわし、侵入者は距離を詰め右腕で下突きを放った。茶々丸は腕でガードした。

「なっ」

奴の下突きをガードした茶々丸が少し押されていたのだ。
ガードしたにもかかわらずに、茶々丸を後退させるか・・・敵ながら大したものだな。




・・・腑に落ちないな。茶々丸との攻防を見る限り、奴は丸腰だ。しかし魔法の射手(サギタ・マギカ)を破壊したのは明らかに弾丸だった。しかもかなり大型の。あれは携帯出来る銃の口径ではない。初めは転送系の魔法を使ったのかと思ったが、魔力は感じられなかった。
だとすると、奴は銃に似た何か(・・・・・・・・)を特殊な形で持っている。


・ ・・・ふん、おもしろい。なら、その何かとやらを見せてもらおう。




Side 涼

視界の端でもう一人の女の子が懐に手を入れてるのが見えた。

―――くっ、まずい!

今戦っている女の子が前衛として白兵戦、金髪の子が後衛としてさっきみたいな追尾してくる様な厄介極まりない攻撃をしてくる。
なんとも理想的なパートナーだな・・・
くそっ、このままじゃジリ貧だ。

そんな事を思ってる矢先に

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック」

あの鋭い氷が飛んできた時に言ってたやつだ。どうやら攻撃する時には言わなきゃいけないらしい。・・・そんな事が分かったところでどうしようもないが。
それに――――顔の横をパンチが掠める――――他の事を考える余裕があまり無い。
その間にも金髪の子供の言葉は進んでいく。
茶々丸の攻撃をを弾き、距離を取ろうと後ろに下がったとき、突然腕が飛んできた。

「!!」

あまりにも予想外すぎて反応が出来ずに、その腕に首を掴まれてしまった。
ロ、ロケットパンチだと?!くそ、取れない!
しかも、後退するのを読んでたの如くジャンプし、浮いてるところを狙われた。

そして

「氷の精霊 17頭 集い来たりて敵を切り裂け 魔法の射手 連弾・氷の17矢!!」


やばい・・・



[16547] 第2話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2010/02/21 23:08
第2話


Side エヴァ

魔法の矢(サギタ・マギカ)が砕け、辺りを煙が覆う。
・・・よし、直撃したな。さっきの様に何かが撃ち出された様子もない。

「茶々丸、どうだ?」
「ただいま確認します。・・・・・・生体反応、あります。」
「ならいい。奴の隠し玉は見ときたいからな。死ぬのはそれからでいい。」

だんだんと煙が晴れてきた。
さあ、隠し玉を見せてみろ!

煙が完全に晴れ、そして奴のそれ(・・)が目に入った。

「・・・それは、なんだ?侵入者。」

そこには人間のそれと完全に別物になった右腕を掲げている、侵入者がいた。
おそらくあれ(・・)でガードしたのだろう。

「茶々丸。」
「スキャンは完了しています。」

さすがは私の従者だ。私の言いたいことを理解し、・・・その、す、すきゃん?とやらをやっていたらしい。

「で、あれは何だ?」
「・・・正直、私はスキャンの結果が信じられません。」
「お前がか?」

はい、と茶々丸は頷いた。・・・面白いな、茶々丸でさえ疑う様な結果か。

「あれは・・・生命体です。」




・・・・・・せいめいたい?・・・生命体だと?!

「厳密には金属生命体です。有機物と無機物、両方の特性を備えています。私に分かったのはここまでです。」
「いや、十分だ。」

ははっ、予想の遙か上を行くな。てっきり変身魔法かと思ったんだが。

・・・よし。

「茶々丸。あいつを捕獲するぞ。」
「・・・よろしいのですか?」

確認を取りつつも、私の命令に従い再び構える茶々丸。
残り少ない魔法薬でどうやりくりするか、頭の中で考える。
ここまで、気分が高揚するのは久しぶりだな。感謝するぞ、侵入者。

「構わん。それにいつも言ってるだろ?吸血鬼の弱点は日光、天敵は退屈だと!」











Side 茶々丸


マスターのその言葉を受けて、私は走り出した。
元々、この様な事態は想定外です。マスターの魔法薬も残り少ないはず。更に侵入者は未知の武器を持っている、と言うあまり状況は良くないです。
なのに、マスターは何故か嬉しそうにしている。
マスターは「天敵は退屈だ」と言っていました。
退屈を凌ぐためなら、この様な未知の敵とでも戦うのでしょうか・・・。私ではマスターの欲求を満たせないのでしょうか。
私はいつまでもあなたの傍にいます。





侵入者に接近し上から腕を振り下ろす様に攻撃をした。
それを異形の右腕を薙ぐ様に動かし、弾かれた。

ミシリと腕がイヤな音を立てた。

「!!」

予想より攻撃力が高い!
コンピューターの数値を修正しなければ。

再び接近し、今度は脇腹目掛けて左足で蹴りを放つ。
侵入者はそれをガードしようと腕を下げてきた。
―――今です!
ガードしてきた腕に当たる瞬間に軌道を変え、上段にした。

「うおっ!」

侵入者は身体全体を傾けかわそうとしますが。
―――狙いどおりです。

両方の足の裏のジェットを吹かし、足を入れ変えながら侵入者の顔を真下から蹴り上げた。
それを受けた侵入者はゴロゴロと転がっていきました。



「・・・驚きました。今のを受けられるとは思いませんでした。」

そう、転がりはしたものの見事に防御されていました。

「素晴らしい反射神経ですね。」
「昔から親父に鍛えられたからね。」

会話をしているものの私も侵入者も互いの一挙一動を見逃すまいと構えている。

「あなたは何故麻帆良に侵入してきたのですか?」
「まほら?ここはそういう名前のか?」
「・・・妙な事を言いますね。まさかここの事を知らないと言うのですか?」
「・・・少しは話を聞いてくれそうだな。うん、オレは『まほら』なんて地名は聞いたこと無い。」

・・・・これは少々予想外ですね。この人の言ってる事が本当だとしたら・・・。

「そんなもの嘘に決まっているだろう。じゃなきゃ世界樹からの侵入など考えん。」
「その『せかいじゅ』ってのも分からないんだけど」
「あくまでシラを通すか・・・世界樹は貴様のすぐ横にある、バカでかい樹だ。」

侵入者はこちらを警戒しながら、世界樹の方をチラっと見て、

「アザゼル?・・・いや全然違うか。」

アザゼル?確か旧約聖書に出てくる堕天使の事ですね。何故そんな物の事を?

・・・・・・。
私はマスターの方に近寄り、そっと耳打ちをした。

「マスター。」
「・・・分かっておる。どうやらただの侵入者ではないらしいな。しかしな茶々丸。」

マスターは邪悪そうな笑みを浮かべ、

「私は奴の能力を見てみたい。」
「しかし、それでは万が一本当に事故だった場合・・・」
「珍しいなお前がその様な事を言うとは。」
「いえ。ただその様な事になってしまったら、マスターの立場が危うくなってしまいます。」
「・・・・・・。分かったよ。まったく。」

マスターはわざとらしくため息を吐きました。
でも多分私が言わなくても、マスターなら殺すなどはしなかったと思いますが。

「よく聞け、侵入者。もしお前が私たちを倒すことが出来たらお前の話を聞いてやる。」

素直じゃないですねマスターは。









Side 涼


結局は戦うのか・・・。


場の緊張が一気に高まった。
なるべくならどちらとも戦わずに行きたかったんだけどな。



・・・勝てば話を聞いてくれるんだよな。ならこっちから仕掛ける!

一気に走り飛び込みながらサイボーグの方に後ろ回しを放った。

金髪の子の方は今は気にしない。
あの子は攻撃を放つ時に何か怪しげな色をした薬の様な物を使っていた。仮にあれがたくさんあったとしたら、もっと使ってくるはずだ。
多分あの子はアル並みに頭がいいんだと思う。じゃなきゃ確実に当てられる時にしか撃たない、なんて事は少なくとも外見通りの頭脳じゃ出来ない。


サイボーグの子に後ろ回しを受け止められ、軸足を払ってきた。それをガードした腕を踏み台にし後ろに飛び、かわした。
着地と同時に右腕で顔目掛けパンチを放った。それを払われ、カウンターの様に顔に蹴りが右側からきた。

―――くっ、こいつ巧いぞ!

それを身体を下げてかわし攻撃を繰り出そうとした瞬間、すでに外した足は地面に付いていた。

―――ぐっ、まずい!

後ろに飛ぼうとしたが、間に合わなく腹に見事に後ろ蹴りが決まっていた。
後ろに飛ばされて、何メートルか転がりようやく止まった。

「ごほっ、ごほっごほっ・・・、はあ、はあ」

接近戦に関してはオレよか巧いぞ、この子。

痛みを我慢しながら立ち上がる。

「・・・まさか起き上がれるとは思いませんでした。確実に入ったと思ったのですが、またガード出来たのですか?」
「いや、もろに入ったよ。どうやら接近戦は敵わないっぽいな。」

だから、悪いけど意表をつかせてもらう!

ARMSを砲撃形態に変える。電磁誘導ではなく圧縮空気で撃ち出すタイプに。
その間、数秒も掛けない。早撃ちの様に振り上げながら撃った。

「!!」

さすがに予想できなかった様で、少なくとも外れはしなかった。
辺りを煙が覆う。


と、少し気を抜いたとき、

「なに!!」

その煙の中から亀裂がかなり入った腕が2本飛んできた。

?なんだ、この軌道じゃ当たらないぞ・・・

そう思った瞬間、

「!!有線式か!」

その腕がオレを通り過ぎたところで、ワイヤーに気が付いた。
しまった、暗くて見えなかった!
ワイヤーはオレの身体に絡まり、そして

「マスター、いきます!」
「うわっ!」

その声と共にオレは一本背負いの様に投げられた。ただし、その高さは地上から4メートル位だった。







Side エヴァ

「茶々丸!」

茶々丸は恐らく砲撃を食らった。くそっ、いつ弾丸を補充した?まさか、あれの中で生成しているとでも言うのか?

「マスター、いきます!」

茶々丸無しでどうやるかを考えようとしたら、茶々丸の声が聞こえた。

・・・ははっ、さすがは私の従者だ。転んでもたたでは起きんか。だが、そうでなくては私の従者は務まらんか。


侵入者は上からワイヤーに絡め取られながら、こっちに投げられてきた。

「でかしたぞ、茶々丸!さあ、来い侵入者!こちらの準備は出来ているぞ!魔法の射手 連弾・氷の17矢!!」

魔法薬を奴に向かって投げ、呪文を唱えた。
魔法の矢(サギタ・マギカ)が四方八方から奴に向かって飛んでいき、奴に当たり爆散した。

「よし、今度こそ直撃したな。」

それにしても思いの他手こずったな。茶々丸も損傷したようだしな。魔法薬も残り1本か。

上を見たら、あちこちから流血した侵入者が煙を突き破ってこっちに落ちてきた。



そして――――こちらを見た。

「ちっ、まだ意識があるか。」

回避は間に合わない。なら最後の魔法薬で氷盾(レフレクシオー)を作り、受け止めてやる。
タイミングを合わせながら魔法薬を投げ、氷盾(レフレクシオー)を出した。
そしてぶつかると思った瞬間、奴が右手を振るった。



そして



奴の右腕の爪が



氷盾(レフレクシオー)を



まるで



紙の様に



切り裂いた。



「なにっ!」

バカな、氷盾(レフレクシオー)を切るだと!?

そのまま奴は私にぶつかり、一緒に転がっていた。
視界が戻ったとき、私の上に奴が馬乗りした状態で私の首に手を掛けていた。

・・・・・・まさかこの私が負けるとはな。

「マスター!!」

茶々丸がこちらに走ってきた。

「はあ、はあ、はあ、・・・さあ、これで話を聞いてもらえるんだろ?」

やはり魔法の射手(サギタ・マギカ)は直撃した様だな。頭からは出血し、腕や顔にも傷はたくさんあった。
・・・こんな満身創痍にやられるとはな

「一応約束だからな、じじぃの所に連れて行く。・・・しかし地面に背を付くなど、久々だな。」

いつ以来だ?あのバカとの戦いも背は付いていないしな。

「久々って・・・もしかしてオレより年上なのか?しゃべり方とか、振る舞い方とかは違和感があるのに何かしっくりしてるし、戦い方とか妙に巧かったし。」

ほう、こいつ中々見る目があるな。

「その通りだ。私は少なくとも600年は生きてるぞ。それより早くどけ。いい加減重いぞ。」
「あ、ああ、すまない。・・・それにしても600歳か、・・・って、600歳?!」

うおっ、なんだいきなり、びっくりするだろ。

「そうだ。貴様もエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの名位知っているだろう?」
「いや、知らないけど・・・。」
「そうだろう、知っていてあたりまえ・・・って知らんのか?!貴様、どこのもぐりの魔法使いだ?」
「魔法使い?・・・えっと、杖を使って何かしたり、箒で空を飛んだりする奴の?オレは違うけど、って言うかそんなものいたのか?」

魔法使いを知らないだと?確かに魔力は感じられなかったが、あの身体能力は一般人のそれではない。









その後しばらく話してみたが、どうも歯車が噛み合わない。極めつけは『藍空市』という都市と『高槻涼』と言うこいつの名前の事だ。
茶々丸に調べさせたとこ、驚くことにどちらもこの世界には存在していないものだった。



これでただの一般人という可能性は消えたな。
やれやれ、めんどくさいがじじぃの所に連れて行くか。



[16547] 第3話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2010/03/10 16:43


Side 涼



オレは今、エヴァンジェリンと茶々丸と一緒にどこかに向かって歩いている。

「ちょっといいか?」

気になった事があるため、エヴァンジェリンに話しかけた。

「さっきじぃぃの所に連れてくって言ったけど、その人はどんな人なんだ?」
「名前は近衛 近衛門。・・・この麻帆良学園の学園長をやってる、狸だ。」

かなりイヤそうに言った。・・・どんだけその学園長の事嫌いなんだろ。

「・・・ん?その人ももしかして魔法使いか?」
「その通りだ。あんな巫山戯た奴だが、この学園じゃ最強の魔法使いだ。」

“この学園じゃ最強の魔法使い“?・・・ってことはもしかして魔法使いは他にも沢山いるって事か。とんでもない世界だな。

「ところで、エヴァンジェリンはその姿だと小学生か?」
「・・・貴様、今、何と言った?」

地雷踏んだのかな・・・。エヴァンジェリンは口元を引きつらせながら、怒りの形相でこちらを睨んできた。こわ・・・。これは早めに謝った方がいいな。

「わ、悪い。気に障ったなら謝るよ。で、実際のとこどうなんだ?」

納得はしてなさそうだが一応年上のプライドなのか、怒りを静めてくれた。以後気を付けよう。この先も世話になるだろうし、あまり怒らせないようにしないとな。

「くそガキ共の集まりの中学生だ。」

中学生か。しかし、こいつはいつもこんな不機嫌そうな顔で授業受けてるのか。











しばらく歩いていると、西洋風の大きな校舎が見えてきた。
でかいし、随分と豪勢だな。オレの高校とは大違いだな。

「何を呆けている、行くぞ。」

こっちの気も知らずにスタスタと歩いていく、エヴァンジェリン。

「なあこれが『麻帆良学園』なのか?」
「いえ、違います。正確にはこの校舎は麻帆良学園女子中等部の校舎です。」

エヴァンジェリンの代わりに茶々丸が答えてくれた。それにしてもこれが女子校の校舎、と言うことは、男子の校舎が別にあると言うことか。

「ありがとう、茶々丸。でも女子校の校舎なんかに何しに行くんだ?いくら夜だからってさすがに気まずいんだが。」

「この校舎に学園長がいるのです。」
「・・・」






え?
いま何かとんでもない事聞いた気がするんだけど・・・。









『学園長室』と書かれたプレートが目の前にある。ほ、ほんとにあった・・・。大丈夫なのか、ここ?

「じじぃ、入るぞ。」

ノックなしに入った。色々言いたかったが言っても聞かなさそうな気がしたから、何も言わずに付いていった。

「なんじゃい、いきなり。ん?後ろにいるのは誰じゃ?」
「侵入者だ。」
「な「と言っても事故で侵入してしまった可能性が高いがな。というか十中八九そうだ。」・・・それを先に言わんか、エヴァ・・・」

この人が近衛 近衛門学園長。・・・後頭部がいやに長いな。それはともかく。

「初めまして、高槻 涼と言います。」
「これはご丁寧に。ワシは麻帆良学園の学園長をやっておる、近衛 近衛門じゃ。して、事故で侵入とはどういう事じゃ?」
「ええっとですね・・・」

ええっと・・・どう言ったら良いのかな。正直言うとオレも正確なことは分かっていないからな・・・。

「それは私から説明いたします、学園長。」

茶々丸が助け船を出してくれた。助かった、茶々丸なら上手く説明してくれるだろ。











「ふむ・・・。君の名前、君のと住んでいた都市がないとな。茶々丸君が調べたのだから間違いないじゃろうな。どうしたもんかの・・・。」

学園長が唸っていると、今まで黙っていたエヴァンジェリンが口を開いた。

「じじぃ、私の考えを言うぞ。こいつは異世界の人間だ。」
「い、異世界とな?!」

オレが驚くより先に学園長が驚いた。そりゃそうだろうな、まさか自分たちとは別の世界が存在してるなんて。オレも驚きが無い訳じゃないが、なんて言うか・・・思ったほどでは無いというか。なんだろう・・・下手したらカツミと二度と会えないかもしれないのに・・・。


「異世界か・・・。にわかには信じ難いな。」
「だが、実際にその可能性が一番高いんだ。」
「しかし、仮にそうだとしたら彼の世界にその様な装置があるのか?聞けば彼は魔法を知らんらしいではないか。」
「全く頭の固い年寄りだ。」
「年ならエヴァの・・・「黙れ、殺すぞ、じじぃ。」すいません。」

やっぱり、地雷か。

「おい。あれを見せてやれ。そうすればじじぃも信じだろう。」

あれってARMSの事か。

「あれとは何の事じゃ?」
「黙って見てろ。」

いいか、とエヴァンジェリンに目で聞きオレはARMSを起動させた。その瞬間ナノマシンが一気に配列を変え、オレの右手をARMSへと変えた。






Side 学園長




エヴァが高槻君に合図を出すと、彼は少しだけ右腕に力を入れた。魔法を知らないと言っていたが、何をする気じゃ?気の類かの。

ペキッ

「!!」

その音がした瞬間、彼の右腕の表面がうごめき出した。数秒と掛からずに、彼の右腕は異形へと変わっていた。鋭く大きな爪。金属の様で、どこか生物的なものを感じる皮膚。
これが・・・

「これがARMSです。オレのいた世界で造られた、兵器です。」
「驚くなよ、じじぃ。茶々丸が言うにはこれは生物だそうだ。」
「な、なんと・・・。」

このようなモノが彼の世界には存在しているのか・・・。

「これは信じるしかないようじゃな・・・。しかし、君が異世界の人間だと言うのは分かった。じゃが、どの様にして帰るつもりなんじゃ?」
「それは・・・分かりません。オレ自身どういう風にこっちに来たのかが分からないんです。」
「だとしたら、しばらくはこちらで生活することになるな。ふむ、必要な物はこちらで用意しておく。そうじゃな、明日の午前中の内にまたここへ来てくれ。こちらで生活するにあたって、色々言っておくことがあるからな。・・・で、今日の寝床・・・なんじゃが・・・エヴァ、一晩だけだめかの?」

OKが出なければ、最悪野宿になってしまう。それは流石に気の毒じゃしな。いや、寮長の部屋で寝かせる事もできるか・・・。

「一晩だけならいいぞ。こいつの世界の話しも聞きたいしな。」

そう言うと、高槻君を呼びながらエヴァは扉に向かって歩き出した。・・・なんとOKが出るとは。

「・・・珍しいの、おぬしがOKしてくれるとは。」
「言っただろ?こいつの世界の話を聞きたいと。それにこいつからは・・・」

扉の向こうに消える直前にエヴァは口だけを動かして言った。恐らくじゃが

「血の匂いがする」と。










Side 涼


オレとしてはいくら実年齢が600歳だろうと外見が中学生の・・・下手したらそれ以下の女の子の家に泊まるのはかなり気が引けたが、ここで断ったら野宿になってしまうので我慢することにした。
ちなみに茶々丸は、お茶などの用意をしてきます、と言って足裏からジェットを吹かしながら飛んでいった。

「・・・・・・・」





「聞きたい事ってのは何だ?エヴァンジェリン。」

さっき学園長室から出るときに言っていたけど。恐らくはARMSの事とかだと思うけど。
しかしエヴァンジェリンはARMSの事じゃなく、オレにとっては少し予想外と言うか、あまり言いたくない事だった。

「お前は元の世界で何をしていた?お前からは血の匂いがする。」

挑発的な笑みを浮かべながら聞いてきた。気づいていたか。伊達に600年も生きていないって事か。

「貴様は人を殺したことがあるだろう?しかもかなりの人数をだ。」
「よく分かるな、そんな事。」

ふっとこちらを小馬鹿にするように笑い、

「当たり前だ。私は『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』の異名を持つ、悪い魔法使いだぞ。生粋の悪人だ。殺人なぞ、腐るほどやったわ。」

悪い魔法使い、か・・・。それにしては人が良かったけどな。

「確かにオレは、生き延びる為にこの手でたくさんの人を殺した。理由はどうあれ、人殺しはいけないことだ。」
「なら、貴様も私と同じように悪人を名乗るか?」

悪人、か・・・。エヴァンジェリンも何か色々複雑そうだな。

「エヴァンジェリン、君は悪人なんかじゃない。」

ぴくっとエヴァンジェリンの頬が動いた。

「何を根拠にだ?」

辺りの空気が変わる。こちらに対して殺気に近い敵意を向けてきている。

「オレ達が戦っていた奴らの中には、人殺しをゲーム感覚でやる奴とかがいたんだ。」

ガウスが良い例だ。レッドキャップスの訓練を兼ねて藍空市を舞台にオレ達と戦った。
レッドキャップスは一般人を人質に取り、平気で殺す様な奴らだった。
しかし結局はあいつ等もエグリゴリの実験体でしかなく、最後には突然老化現象を起こし老衰で死んでしまった。
確かにあいつ等は人殺しを何とも思わずに出来る連中だった。でも倒すべき敵であって、殺すべき敵と言うわけでは無かった。

「でもさ、そんな奴らでも殺しはいけないんだよ。どんなに大義名分を掲げたってね。」
「ふん、この私に説教するつもりか?」
「違うよ。ただこれだけは言っておきたかったんだ。」



「悪いことを悪いことだって、自覚出来る人は悪人なんかじゃない。さっきエヴァンジェリンは言っただろ?悪人だって。」

エヴァンジェリンは何も言わずに、こっちをじっと見ている。

「まだ少ししか接してないから確証はないけど、エヴァンジェリンは無条件で人殺しなんかしないと思う。それとも、誰彼構わずに殺してたのか?」

「私は女子供は殺さない。そこいらの殺人鬼と一緒にするな。・・・確かに好きで殺していた訳ではない。殺さずに生きていられた時もあった。だが、それでも私は大勢の人間を殺している。私は紛れもない悪人だよ。」
「エヴァンジェリン・・・。」

だったら、何でそんなに辛そうに言うんだよ・・・!

「お前はこれでも、私を悪人では無いと言えるか?」

言える、と今すぐに言いたい。でも、それじゃダメなんだ。いくらオレがそうだと言っても、きっとエヴァンジェリンは納得しない。エヴァンジェリンはオレ以上に人殺しの葛藤をしてきたんだ。それこそ、何百年と。自分を殺しに来た人を殺し、その敵を討ちに来た人を殺して、さらに・・・。憎しみの連鎖は止まらずに永遠と繰り返される。人殺しがいけない事だと分かっても、それをしなければ生きることが出来ない。

「・・・・。」

でも、それでも・・・!

「エヴァンジェリン。」

すっとオレは左手(・・)を出した。

「この手は何だ?」

「オレも人殺しの葛藤はした。でもそれはエヴァンジェリンの苦しみには到底及ばない。」

オレには隼人達と言う家族がいたから、その苦しみを乗り越えることが出来た。でも、たぶんエヴァンジェリンにはそれがいなかったんだと思う。
だからこそ、オレはこうしている。知ってほしいからだ。お前もこっち側で生きられるんだと。

「・・・・・・。」




























「今帰ったぞ、茶々丸。」

家の中はぬいぐるみで溢れていた。そして茶々丸はメイド服を着ていた。・・・ぬいぐるみと言い、茶々丸の服と言い誰の趣味だ?まさか、こいつか?

「お帰りなさいませ、マスター。いらっしゃいませ、高槻様。」

「・・・。」

・・・何だろう、外見的にはオレと同じかそれ以上の子に様を付けられると、なんて言うか・・・すごいくすぐったい。

「あの、茶々丸。様付けは遠慮してくれないか?すごい、くすぐったいからさ。」

「いえ、それでは失礼ですので。」

「こいつが良いと言っているんだ、良いんじゃないか?」

「ですが・・・。」

すごい礼儀正しいな、茶々丸は。



その後何とか、様付けをやめてもらった。ものすごい頑固だな、茶々丸。


さてと、流石に疲れてきたから寝かせてもらおうかな。

「えっと、オレはどこで寝ればいい?」

「私が案内いたします。」

ホントに礼儀正しいな、茶々丸は。

階段を下りていく。
あ、そうだ。返してくれるか分からないけど、一応言ってみるか。




「お休み、エヴァ。」









「ああ、お休み、高槻。」



[16547] 第4話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2010/04/01 22:19
Side涼

「失礼します、学園長。」

「おはよう、高槻君。朝早くからすまんの。」

「助けてもらってるんですから大丈夫ですよ。」

「君がこの世界で暮らしていくのに必要な物の手配は完了したぞい。今からこの世界で暮らしていくにあたって、色々と説明していく。と言っても、表の世界に関しては君の世界との差異はほどんどない。」

「と言うことは、裏は相当違うんですね?」


うむ、と学園長は頷いた。
魔法使いの事だろうな。それにしても魔法使いか・・・。異世界とは言え、そんなモノが存在してるとな。


「魔法使いとはその名の通り魔法を使う者じゃ。彼らはマギステル・マギと言うのを目指し、日々修行をしている。」

「マギステル・マギ?」

「うむ、偉大な魔法使いの事をそう呼ぶのじゃ。世のため、人のために影ながら魔法を使う、魔法使いの最大の目標じゃ。」


つまり、良い魔法使いって事か。そりゃ、良いことだな。・・・でも


「そうじゃない魔法使いもいるんですよね?」

「残念ながらその通りじゃ。中にはその力を悪事に使うものもおる。」


学園長は何とも言えない表情をしていた。
でも学園長には悪いけどそれが当然なんだ。力はあくまで力。その人の付録でしかない。力自体が千差万別なら、使う人も千差万別。ならば、学園長の言う悪い魔法使いが出てきてしまうのも仕方がなかった。



「そう言えば学園長、魔法使いは二人で一組なんですか?」

「いや、必ずしもそうではないが・・・そうじゃの、『ミニステル・マギ』についても話しておくとするか。」


ミニステル・マギ・・・。また知らない単語だな。響きはさっきのマギステル・マギに似ているけど。


「ミニステル・マギとは魔法使いの従者と言う意味じゃ。例外はあるが魔法使いは基本的に肉弾戦などは行わない。理由は簡単じゃ。魔法使いは呪文を唱えなければ、術を行使出来ないからじゃ。」

「つまり、無防備になるわけですね。」


確かにエヴァと戦った時、何かを呟いてから氷の矢が飛んできてたな。


「とすると、エヴァと茶々丸の場合は茶々丸がそのミニステル・マギと言うことですか。」

「その通りじゃ。そういえばお主はエヴァと一戦交えたそうじゃな。茶々丸君には結果を教えてもらえんかったが、どうなったのじゃ?」


言ってもいいのかな・・・。まあ、ここで下手に隠し事をするのも得策じゃないしな。


「一応、オレが勝ちました。」

「なんと・・・!封印状態とは言えあのエヴァを倒したのか?!大したものじゃな、高槻君。」


封印状態?・・・普通に出歩いてるから力を抑制されてるって事か。エヴァは何も言ってなかったから、あまり触れてほしくないことなのか。






「これが君の住居の住所じゃ。それと仕事じゃが用務員の方で一人定年退職して、空きがあるみたいじゃからそちらに行ってもらうことになる。」


仕事までもらえるのか。これはスゴく有り難い。何せこっちで生活を送るための基盤が今のオレには何一つ無いからな。


「それとは別に警備員をやってもらいたんじゃ。」

「警備員て言うと夜に校舎内を徘徊したりする人のことですよね?」

「いや、ワシらの言う警備員は普通のとは異なっていての・・・。そうじゃのまずこの学園の裏の顔を教えておこう。」





まずこの学園は魔法使いによって造られたとされているらしく、それの関係上ここには多くの魔法使いの先生や生徒がいるとの事。魔法先生の中では『高畑・T・タカミチ』と言う人が特に強いらしく、この学園では学園長に次ぐ実力者らしい。・・・と言うことは学園長は現時点でこの学園では最強の魔法使いなのか。外見だけじゃ分からないものだな。
他にもこの学園は全体を結界で囲っており侵入された場合にはそれが分かる様になっているみたいで、警備員とはその侵入してきたモノを撃退・もしくは捕獲が目的で、オレにやってもらいたいにはこれみたいだ。


「その警備員てのはエヴァもやっているんですか?」

「そうじゃが、本人に聞いたのか?」

「いえ、オレがあそこに現れたときに一番最初に来たんでそう思っただけです。」

「中々に聡いの。で、引き受けてくれるかの?」


部外者、と言うより不審者のオレをそんな仕事に就かせて良いのか?学園長の立場からしたら、オレは相当危うい存在のはずだ。


「学園長、自分で言うのも何ですがオレみたいな不審者に警備員なんて仕事をさせて良いんですか?」

「ほほ、これでも人を大勢見てきたんじゃ。人を見る目に自信はあるぞ。それとも君は何か企んでいるとでも?」


・・・・思わず苦笑してしまう。どうやらこの人は根っからの善人みたいだな。堂々と正面から「君は善人だ」なんて言われたら、こっちが折れるしかないな。


「それにの、エヴァが高槻君に自分のことをエヴァと呼んで良いと言ったのだろう?」

「はい。」


あの帰り道の時にそう言われたが、なるほどあれはエヴァなりの感謝なのか。つくづく素直じゃないな。


「ならそれも立派な理由になるぞい。」


何だ、この人もエヴァの事を分かっているじゃないか。あいつも少しは周りに目を向ければ自分が一人じゃないって事ぐらい分かるだろうに。








その後、用務員の人達がいる部屋を教えてもらい訪ねてみた。若いのが入ったのが嬉しいらしくかなり歓迎された。この年で就職してる、と言うことで家庭については聞かれなっかた。これは正直助かった。学園長がどういう設定にしたのかまだ把握出来ていなかったからだ。後で聞いてみたところ、田舎から上京するにあたって親の知り合いの学園長を頼ってきた、と言うものだった。

新しい家は商店街の近くにある小さめのアパートだった。
用意してくれるのは有り難いが、ブルーメンみたいな大きな組織ならまだしも個人でこんな事出来るってのは異常じゃないか?もしかして麻帆良の学園長だけじゃなくもっと大きな組織に属してるのか?
その後の大家さんへの挨拶もそこそこに、二階にある部屋に案内してもらった。


「さて、今日からここで暮らしていくのか。とりあえずは今日のご飯を買いに行くか。」


自給は・・・出来ない訳じゃないけど、あまり得意じゃないなけど・・・まあ何とかなるだろう。









「あ、茶々丸。」

「高槻さん。こんにちは。」


商店街の中のスーパーで買い物途中の茶々丸とあった。
しかし、茶々丸が買い物をしているのをみると違和感を感じてしまうな。オレがサイボーグがこんな風に普通に暮らしているのを見たことが無いからだろうけど。


「どうでした?」

「うん、とりあえず家も確保出来たし、仕事ももらえたよ。そうだ、学園長に頼まれて警備員やることになったんだ。確かエヴァも警備員なんだよな?」

「はい、その通りです。」


そうか、なら後輩としては色々聞いておきたいな。さっきは予定が色々あって学園長あまり聞けなかったからな。


「茶々丸、エヴァに色々と聞きたいことがあるんだけど少しお邪魔してもいいかな。」

「はい、恐らく大丈夫だと思います。」









Side エヴァ


「ただいま帰りました。」

「お邪魔します。」


ん、茶々丸とこの声は・・・高槻か。


「どうした?高槻。」

「学園長に頼まれて警備員をする事になったんだけど、それで少し聞きたいことがあって。」


警備員か。まあこいつの実力なら問題なかろう。私でさえこいつには敵わなかったからな。しかも本気ではあったろうが、全力は出していなかったしな。

「茶々丸、茶を用意しろ。」

「畏まりました。高槻さんは何を飲まれますか?」

「そうだな、・・・じゃあ紅茶を頼むよ。」

「意外だな、高槻は緑茶を頼むと思っていたが。」

「仲間の一人で紅茶を入れるのが上手い奴がいたからさ、その関係で紅茶は好きなんだ。」

「なるほど。」


しかしこいつは異世界に来たというのに、いやに冷静だな。一体どれほどの修羅場を経験すればこの年でこれほどの度胸が身に付くんだ・・・。
まあいい、いつかこいつの世界の話しを聞かせてもらおう。





「で、聞きたい事とは?」

「昼間学園長に説明を受けたとき、この学園は強力な結界で覆われているって聞いたんだけど、その結界はどうゆうモノなんだ?警備員が必要って事は、その結界が侵入者を迎撃するものじゃないよな?」

「その通りだ。結界はあくまで侵入を知らせるものだ。そして警備員はその知らせを受け、侵入者を捕縛、またはそいつらが召喚した化け物の退治だ。」

「化け物?」

「まあ、妖怪どもだ。鬼とか鳥頭とかだな。」


まあ、あんな有象無象どもじゃこいつは倒せんだろうがな。それにしても魔法使いの時に比べて意外と淡泊な反応だな。・・・もしやこいつのいた世界にも妖怪どもはいるのか?もしくはそれ以上のなにかが。


「侵入しようとしてくるのはどんな奴らなんだ?」

「西の奴らだ。」

「西?」


高槻が怪訝な表情をした。何だ、あのじじぃ協会とかの事言ってないのか。・・・ち、めんどくさい。


「失礼します、お茶が入りました。」

「ありがとう、茶々丸。」


おお、良い時に来たな茶々丸。こいつに言わせるか。


「茶々丸こいつに魔術協会の事と、呪術協会の事を教えてやれ。」

「畏まりました。」














「じゃあ、その西が襲ってくるのは過激派がやってるだけなのか。」

「まあな、今の西の長はじじぃの娘の婿だからな。昔に比べたら両方の仲はだいぶ改善されてるがな。」




「ありがとう、急におしかけて悪かったな。」

「構わんさ。その分今度貴様の世界の話をゆっくりと聞かせてもらうからな。」


高槻が立ち上がった所で電話がが鳴った。茶々丸が小走りに電話の方へといった。どうせじじぃだろうな。
それを高槻が複雑な表情で見ていた。


「何だ、その顔は?」

「いや、・・・オレの世界にもロボット・・・と言うか、サイボーグがいたんだ。たださ、茶々丸と違って彼らは完全に戦いの為だけに生み出されたんだ。何で彼らがサイボーグに改造されたのかは分からないけど、茶々丸を見ると・・・」

「お話の最中失礼します。高槻さん、学園長から電話です。」

「ん、分かった。」


じじぃに呼ばれるとなると、警備員絡みか。

サイボーグか・・・。と言うことは、あいつが戦っていたものはかなりの規模の組織だな。人体改造など簡単に出来るものではない。恐らく数え切れないほどの、失敗作が生み出されているのだろう。それを行なえる組織か・・・。恐ろしいな。どれほどの規模なんだ。高槻はそんな組織を相手によく生きていられたな。


「悪い、話の途中だったけど仕事を頼まれた。」

「ああ、別に構わんさ。ただし、今度聞かせろよ。」

「うん、まあ、今度な。」


そう言って、走りながら扉を開けて出て行った。
・・何故あいつはああも普通にしていられる?触りだけでもかなり凄惨な気がするんだがな。あいつが言う仲間のおかげなのか?仲間とはそれほど重要なのか?・・・私には分からん。














Side 涼


「すみません、遅くなりました。」


学園長室に入ったら学園長の他に、ギターケースを持った褐色の肌の長身の女の子に、竹刀袋を持った髪を片側だけで結っている女の子がいた。
二人とも同じ制服だけど、同い年なのか?
それにしても、まさか仕事を頼まれたその日の内にやることになるとは。


「すまんの、何度も呼び出してしまって。電話で話したとおり、侵入者じゃ。こやつらは二手に別れておる。片方は東の方角から、もう一方は西の方角から来ておる。君たちには西側を叩いてもらいたい。」

「分かりました、学園長。」

「了解した。」

「分かりました。・・・ところで学園長、こちらの方は?」


片結いの子がこっちを見ながら、質問した。


「今日新しく入った高槻君じゃ。すまんが、自己紹介は現地に向かいながら済ませてくれ。では3人とも頼んだぞ。」





校舎を出て、長身の子を先頭に走りながら二人に話しかけた。
それにしても2人とも走るの速くないか?


「さっき学園長が言ってたと思うけど、高槻涼だ。よろしく、二人とも。」


それに先に答えてくれたのは、片結いの子だった。


「私は桜咲刹那です。よろしくお願いします、高槻さん。」


この子が持っているのは、真剣か?それにしては長い・・・。もしかして、鬼達用に長くしてるのか?


「私は龍宮真名だ。よろしく、高槻さん。後、私は刹那と同じ中学生だから。」


同級なんだ・・・。ていうか中学生なんだ。分からなかった。
この子の武器はなんだ?ギターケースに入る武器ってなんだろう・・・。

しばらく走っていると、龍宮が止まった。その先を見て目をこらしてみると、10mぐらい先に2m以上の身長の何かがいた。


「あれが鬼か・・・。」

「?もしかして高槻さんはあれを見るの初めてですか?」


桜咲にオレの独り言が聞こえたらしく、少し驚いた顔で聞いてきた。


「似た様なのは見たことあるけどね。」


まあ、ARMS最終形態に比べたら威圧感は圧倒的に無いけど。それに見たところ特殊な武器とかは持ってないみたいだし。


「ところで高槻さんの武器はなんだい?見たとこ手ぶらだけど。」


と、龍宮がギターケースから銃を2つ取り出しながら聞いてきた。・・・ああ、その為のケースか。


「オレの武器はこれだ。」


ARMSを起動させ、一気に右腕を変えた。
2人が息を飲むのが分かった。エヴァもこれ見て驚いてたしな、当然か。


「別に警告とかは必要無いんだよな?」

「あ、ああ、もちろんだ。」

「分かった。なら先手を打たせてもらう。」


ARMSをシルバーのARMSを吸収して得た、電磁誘導砲(レールガン)に変えた。さらに変化した右腕に2人がまた息を飲むのが分かった。


「2人とも呆けてないで。発射と同時に一気に行くよ。」


狙いを定め、撃った。ドン、と身体に衝撃が走った。
2人は流石に場慣れしてるのか、オレが言った通り発射をほぼ同時に駆け出していた。
それにオレも続く様に高速で走った。2人の間を抜け、鬼達の間を抜けた。


「な、なんやー!何が起こった・・・がっ!」

「な、いつの間に後ろに・・・!1人獲られたぞ!」


気配も感じさせずにいきなり背後から出現したんだ。奴らからしたら完全に意表を突かれた形だろう。


「こなくそ!」


1匹が巨大な金棒をこっちに振り下ろした来た。それをオレはかわすでもなく受け流すでもなく、右腕で受け止めた。


「な、あぁ!」


金棒を弾きながら驚いている顔に蹴りを入れ、崩れるその身体に右のストレートを入れた。その鬼は吹っ飛び別の鬼にぶつかった。ぶつかったその鬼は音を立てながら、煙のように消えた。奴らは死ぬと消えるのか・・・。


「覚悟せいやー!」

「死ねー!」


体勢を直した時、オレを囲うように鬼達が攻撃してきた。
それをまず右からバッターのように金棒をスイングしてきたのを、身体を横にずらしてかわし、更に左から振り下ろしてきたのをスウェーバックでかわし、それを踏み台に飛び、前後の奴らの攻撃をかわした。
多少は連携が分かってるようで、タイミングをずらして来たが「水の心」を使えばかわすのは容易かった。
突然消えたオレに戸惑っているようだが、容赦はしない。下に手を向け、電磁誘導砲を全員に撃った。
着地し、敵を探そうと振り返ると2人がそれぞれちょうど最後の1体を相手にしてるとこだった。
桜咲は鬼の金棒を受け流しながら、立ち回っていた。あの立ち回りを見ると、あの刀はやっぱりこういう戦いの為の物だと分かる。対人用にしては長すぎるし。それにしても桜咲の体躯には合わない気がするんだが。


「斬岩剣!!」


気合いと共に刀を振り下ろした。
鬼は金棒で防ごうと、上に掲げたがその刀は見事に金棒を斬っていた。鬼はそのまま金棒と同じように真っ二つになっていた。
・・・スゴいな。あんな女の子が金棒を真っ二つにするとは。
一方の龍宮は鬼の金棒を器用にかわしながら、銃であちこちを殴打していた。


「この、ちょこまかと!ただの銃でワシを倒せると思うなよ、小娘!」

「残念ながら、こいつはただの銃じゃないんだ。」


鬼の攻撃をかいくぐるようにかわし、側面にでて銃を鬼の二の腕に付けて撃っていた。それと同時にこっちからは見えなかったが、足も撃たれていたようでその鬼悲鳴を上げながら倒れそうになった。が、倒れる前に龍宮が頭を撃ち抜いていた。
・・・銃で接近戦か。スゴいな、あんな使い方もあるのか。
強いな2人とも。ていうか、オレいらなかったんじゃ・・・。




[16547] 第5話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2010/04/16 10:03
Side 刹那


凄い・・・。確かに今回戦った鬼達は大して強くは無かった。でもそれにしたってあれだけの数を相手にすれば手こずってしまう。しかも囲まれた状態から一撃も喰らわずに、かわしてみせた。しかし一番驚いたのはそんな事では無かった。


「全く・・・。学園長はなんて人と組ませるんだ。危うく仕事が無くなるところだった。」


龍宮がやれやれと言った感じで苦笑いをしながらため息をついていた。


「2人とも怪我は無さそうだな。それにしても2人とも凄いな。驚いたよ。」

「驚いたのはこっちだよ高槻さん。鬼も見たこと無いって言うから、どんな実力なのかと思えば・・・。それにしても変わった能力だね。最初に見た時は驚いてしまったよ。見たとこ魔法じゃなさそうだけど・・・。」


そう私と龍宮が最も驚いたのは、高槻さんの右腕が異形のモノへと変わった事だ。高槻さんは特に隠そうともせずに、まあそうだろうね、と軽く笑って見せた。
・・・・・・分からない。何故そんなにも人間のそれとかけ離れてしまっている能力を抵抗なく使えるのか。だからだろうか、私は龍宮が帰るぞと言っても動かなかったのは。


「刹那?」

「すまない龍宮、先に帰っててくれ。」

「・・・。明日は学校もあるし、高槻さんにも悪いからほどほどにしておけよ。」


龍宮はそう言って、ギターケースを担ぎながら帰っていった。


「今の龍宮の口ぶりからすると、何かオレに聞きたい事があるみたいだけど。」

「・・・はい。よろしければ伺ってもよろしいでしょうか?」

「構わないよ。」


いいよ、と言ってくれたのに中々言いたいことが定まらずに、私は聞くことが出来ずにいた。
私が聞きたいのはもちろんあの腕の事だ。”何故使う事に躊躇いが無いのかと”。だがその質問をすることで私にも似たような何かがある、勘ぐられてしまうのが怖くて聞けなかった。


「この腕の事かな?」

「!!・・・はい。・・・失礼だとは分かっていますけど、何故平気で使う事が出来るんですか?」


普通の人と違う力を私や高槻さんの様な形で持ってしまうと、どうしたって恐れられてしまうと思う。幸い私は今だそういう目には合ってないが。だが私にとってはあの翼は到底受け入れられるモノじゃない。


「そうだな・・・。オレにとってこいつは隠そうとするようなものじゃないんだ。確かに一番最初にこいつの存在を知った時はかなり戸惑ったよ。」

「戸惑った?・・・それだけだったんですか?」

「オレ1人だったらどうなったかは分からないけどな。幸いオレと同じ能力を持った仲間がいたからな。」


仲間・・・。もし私と同じ境遇の人がいたら・・・。別に今の生活に不満があるわけでは無い。ただ、どうしてもそれを想像してしまう。


「でもこいつを憎んだ時もあったよ。この強大な力の使い方も考え方も全く噛み合わなかったんだ。」


考え方?まさか、あれは生き物だというのか?!


「あの、話しの途中失礼します。それは・・・生物、なんですか?」

「ああ、そうだよ。こいつはジャバウォックって言うれっきとした生き物だよ。」


開いた口が塞がらないとはこういう事を言うのだろう。まさかあれが生き物だとは思わなかった。


「ある戦いでオレは死にかけたんだ。その時にこいつは“全てが憎い“って言ったんだ。でもその時に気付いたんだ。こいつが何者で何で目覚めたのか。こいつはオレの負の感情でこいつは目覚めたんだって。こいつはオレ自身なんだって。」


!!・・・自分自身・・・。


「その時に決めたんだ、もう二度と目を逸らさない、二度と拒絶しないって。今じゃ最高のパートナーだな。」


そう言った高槻さんの顔は誇らしげだった。・・・この人はすごく強いな、羨ましくなるくらいに。戦う力も確かにすごいけど、それ以上にものすごく精神が強いんだ。だからあの力を何の躊躇も無く使えるんだ。私はどうなんだ?向き合えているのか?高槻さんの様に背中の翼と向き合えているのか?・・・・分からない。ただ私はこの力を一度も高槻さんみたいにこの力を誇らしく思ったことは一度もない。


「桜咲にどんな力があるのかは分からない。」


身体がびくっと動くのが自分でも分かった。・・・こんな質問をすればやはり分かってしまうか。


「何故、そう思ったんですか?」

「つらそうな顔してたからさ、そんな顔みれば分かるよ。後は、まあやっぱり今みたいな質問してくるってことは、って思ったからかな。」


そんなにつらそうな顔してただろうか。してたんだとしたら自分が情けなかったのだろう。


「その顔をみると桜咲は自分の力があまり好きじゃないみたいだな。・・・なあ桜咲。お前が力を持ったせいで酷い目にあったことはあるか?」

「・・・。」

・・・酷い目か。・・・里ではこの翼は禁忌だったから迫害はされていたな。それのせいで私は里を出なければいけなくなったんだ。この事はあまり思い出したくは無かった。
無言の私を見て、肯定と受け取ったのだろう、高槻さんは口を開いた。


「じゃあ、良いことはあったか?」


!!良いこと・・・。


「オレはあった。こいつが、ARMSがあったからオレは掛け替えのない家族を得たんだ。」

「私は・・・。」


この力のおかげで得られた掛け替えのないもの・・・。里をでて長に拾われ、居場所を得て、一生守りたいと思える方に出会った・・・。


「あ」


そうか、そう言うことか。ただ私がそれをみようとしなかっただけで、少し見方を変えればこの翼のおかげでこんなにも良いことがあったんだ。


「その嬉しそうな顔を見るとあったみたいだな、良いことは。」

「はい。」


すぐにはこの翼を好きになる事はないだろう。でも、それでも、向き合い方は分かった気がする。それだけでものすごく嬉しかった。高槻さんには感謝してもしきれない。


「ありがとうございます、高槻さん。」


頭を下げたら、少し視界が滲んでいた。どうやら泣いているらしい。それが分かったら途端に恥ずかしくなったしまい、落ち着くまで顔を上げられず、高槻さんに心配されたしまった。




Side 涼



「高槻さんはどちらに住んでいらっしゃるんですか?」

「家は商店街の近くにあるアパートだ。」

「方向が逆ですが?」

「エヴァの所にスーパーで買った物とか荷物を置きっぱなしなんだ。」

「エ、エヴァンジェリンさんの所に、ですか?」

「知ってるのか?」

「知ってるも何も有名じゃないですか。それに学校のクラスが同じなんですよ。あ、ちなみに龍宮も同じクラスです。」


3人とも同じクラスなのか。・・・馴染めてるのか、この3人は。エヴァはあんな外見だけど600歳だから話しかけられるならともかく、話しかけるなんて事はしないだろうな。龍宮は雰囲気がすでに中学生じゃないからな。纏ってる気配も既に“戦場“を知っているモノだった。オレも人も事言えた訳じゃないけど、一体どうやったらあの年でああなるのか。桜咲はどうなんだろうな。能力の事を除いても硬い感じがするしな・・・。

そうこうしてる内にエヴァの家に着いた。横を見ると桜咲がかなり緊張しているのが分かった。これは・・・畏怖か?それだけエヴァが桜咲にとって格上の存在って事なのか。もしかして正体を知ってるのかも知れないな。だとすれば仕方ないか。
エヴァってここの魔法先生とかにどう思われてるのかな。・・・少なくとも良くは思われてないだろうな。悪い魔法使いって自称してるし。ほとんどの魔法使いがマギステル・マギを目指してるって言ってたしな。先生をやってる様な人はどうやっても自称とは言え、悪い魔法使いを良くは思わないだろうな。

扉をノックした。少ししてから扉が開き茶々丸が顔を出した。

「はい、どちら様でしょう?あ、高槻さんとこんばんは、桜咲さん。怪我は無さそうですね。」

「こんばんは、茶々丸さん。」

「心配ありがとう、茶々丸。買ったものこっちに置きっぱなしだったから、取りに来た。」

「分かりました、では取ってきます。」

「悪いな、茶々丸。」


茶々丸は奥へと引っ込んでいった。そう言えばまだ晩ご飯食べてなかったな。今から作るのは少しめんどくさいな。


「桜咲。商店街の近くにあるファミレスとか知らないか?」

「えっと、探せばあるとは思いますが・・・。すいません、私外食とかあまりしたことなくて。と言うか高槻さんはもしかして麻帆良に来たばっかりですか?」

「そうだな、昨日来たばっかだな。」


正確には麻帆良どころかこの世界に来たのだけど。


「初仕事はどうだった、高槻。」


部屋の奥から寝間着であろう、ネグリジェを着た若干眠たそうなエヴァが出て来た。
・・・お前、少しは羞恥心無いのか?その格好は人前に出るものじゃないだろ・・・。寝惚けてるのか?
刹那があいさつしようとしてるみたいだけど、直視出来ずに困っている。


「思った程じゃなかったかな。それより先に上着かなんか着てこい。人前に出る姿じゃないだろ。」

「ん?」


自分の格好を確認した途端頬が若干赤くなった。・・・寝惚けてたみたいだな。
エヴァは「着替えてくる」と言い、そそくさと奥に戻っていった。
あれで600歳なんだよな、あいつ・・・。


「エヴァって実際はあんな感じなんだ。」

「学校とはかなり様子が違いますね。クラスでは誰とも口を聞かないんですよ。」


刹那が驚いた様子で言った。
学校じゃたぶん茶々丸以外とは口聞かないんだろうな。・・・無理もないか。学園長が言ってた“封印“ってのはたぶん力と同時に全部じゃないだろうけど、自由も制限されてるんだろうな。恐らくこの麻帆良から出られないんだろう。じゃなきゃ学校に通うなんてしないだろう。いやいや通ってるんだろうな。だから誰とも口を聞かないんだろうな。それに警備員もやらないだろうし。あいつは性格的に誰かの下に付くってタイプじゃないからな。
でも一体誰がエヴァを封印したんだ?封印されてないエヴァはかなり強いはず。それを封印したとなるとかなりの実力者だな。


「桜咲たちって何年生なんだ?」

「中学2年生です。」


ってことはあの龍宮って子も2年生なのか。でエヴァも2年生か。・・・この3人が同学年に見えない。龍宮とエヴァの2人は学年どころか学校を1個づつ間違えてる気がするな・・・。
その後、茶々丸に1番近いファミレスを教えてもらって、まだ夕飯を食べてなかった桜咲を誘って一緒に食べた。奢ろうと思ったら凄い勢いで遠慮され、仕方なく割り勘にした。
後日、この事のせいでちょっとした騒ぎに巻き込まれる事になってしまったのをこの時のオレはまだ露とも知らなかった。



[16547] 第6話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2010/05/10 15:55
今日は用務員としての初仕事だ。まだここの地理に疎いから遅刻しない為に早めに出た。
で、今学校の敷地内に入ったのだが・・・。


「これは・・・凄いな。」


流石に圧倒されてしまった。生徒の人数が軽く3桁いってる気がする・・・。
それに女子校だから完全に浮いている気がする。というか居心地が悪い。これは急いだ方がいいな。学園長にも顔出してくれって言われてるし。
生徒の間を縫うようにしながら走り出した。





「おお、おはよう、高槻君。」

「おはようございます、学園長。それにしても凄いですね、あの登校風景は。」

「ほっほっほ、あれはこの麻帆良の名物みたいなものじゃからな。ちなみに本鈴の鳴る前はもっと凄くなるぞい。今度見てみるといい。」


そうなのか・・・。っていうかどれだけ遅刻ギリギリの生徒が多いんだ・・・。


「それじゃ自分も遅刻ギリギリじゃないですか。」


なんて事を言ってると


「失礼します、学園長」


と男性の声が聞こえた。
後ろを振り返って見ると、眼鏡を掛け、物腰の柔らかそうな人が入ってきた。


(この人・・・凄い。)


一目で分かった。その佇まい、その雰囲気、全てがこの男性がこちら側の人間でかなりの手練れだと言うのを教えてくれた。それでもこの人は優しい人だと言うのも分かった。


「おはよう、タカミチ。」

「おはようございます。君が高槻君だね。僕は高畑・T・タカミチ。よろしく。」


その男性――高畑さん――はそう言って手を差し出してきた。


「高槻涼です。こちらこそよろしくお願いします。」


握り返したその手は間違いなく戦士の手だった。そして信用できるものだった。


「うん、いい目をしてるね。君は信用できそうだ。」

「ありがとうございます、高畑さん。」

「下の名前で構わないよ。これからは一緒に働いてくんだし。」

「じゃあ、お言葉に甘えます、タカミチさん。オレも下の名前で結構ですよ。」

「じゃあ、改めてよろしく涼君。」

「よろしくお願いします、タカミチさん。」








「おっと、もうこんな時間か。すまない、こう見えてクラス持ちでね。すまないけど、これで失礼するよ。」


そうか、タカミチさんは担任なのか。女子中の担任て大変そうだけど、そうでもないのかな?


「じゃあ学園長、オレも行ってきます。」

「うむ、頑張ってくるんじゃぞい。」


さてと、初仕事だし、気合い入れてくか。










弱ったな・・・。やっぱ付いてきてもらった方が良かったかな。報告されてる切れかけた蛍光灯を取っ替えるだけだから、大丈夫かと思ったんだがな。


「まさか、この年で迷子になるとは。」


渡されたのは蛍光灯を変える教室の場所が書かれた紙と蛍光灯だけだった。・・・地図も貰っとくんだったな。授業が終わったみたいで、廊下に生徒がちらほらと出て来ている。
さてとどうするか・・・。とりあえずここが何階かは分かってるから、次の教室に行くか。時間はかかるかもしれないけど、1つ1つ教室を調べていくか。


「次は2階か。」








「やっと終わった・・・。」


脚立から降りて、若干凝ってしまった首を回しながら脚立をたたみ、蛍光灯を筒に入れて教室から出た。


「とりあえず全部終わったけど・・・どうやって戻ろうか。・・・ん?」


視界の端に目立つ集団が見えたから、そっちを見てみると


「あれは・・・桜咲か。」


他の女子生徒に囲まれて、もの凄く焦りながら何事か叫んでいた。って言うか周りの子達も中学生なんだな。髪の毛が凄い色してるな。
そっちを見てたら、1人の女の子がこっちを向いて驚いた顔をしたと思ったらこっちに凄い勢いで走ってきた。
な、なんだ?


「突然失礼ですけど、高槻涼さんですか?」

「そうだけど・・・君は?」

「やっぱり!スクープゲット!あ、私は朝倉和美って言います。桜咲さんとはクラスメイトです。」


向こうにいる桜咲を見たら真っ赤な顔をして、逃げて下さい、と叫んでいた。
桜咲ってあんな顔もするんだな。


「知ってるみたいだけど、オレは高槻涼。」

「よろしく高槻さん。あ、そうだ。高槻さん今時間あります?」


一応仕事は終わったけど、一旦戻らなきゃいけないからな。なるべくならもう行っちゃいたいんだけど・・・。


「・・・・・・。」


この朝倉って子の期待と言うか、無言の圧力とみたいなのが凄い。けど結構時間掛かっちゃてるしな、放課後で妥協してもらおう。


「悪いけど今はダメだ。一応オレここの用務員だから。あんまり時間掛けると他の人に迷惑だから。」

「あ、用務員なんですか。じゃあしょうがないかな。ま、放課後でも聞けるからいいか。」

「そうだ。オレここに努めてまだ1日も経ってなくて、用務員室までの道教えてくれないかな?」

「いいですよー。」


用務員室までの道が漸く分かったので、お礼を言って向かうことにした。振り返る時に桜咲の方を見てみた。・・・留学生がやたら多いな。パッと見で分かるぐらい強そうな子もいるし。さっきの朝倉って子も含めて中学生離れした子が多いな。こっちの世界じゃ発達が早いのか?







Side 刹那


高槻さんが行ってしまう・・・。周りに邪魔されて”あの事が”結局言えなかった。


「放課後に来てくれるってさ。」


最悪だ・・・。こうなったら逃げるしか。


「桜咲さんも同伴だからね。逃げようとしたら、くーちゃんと楓頼むね。」

「あいあい。」

「了解したアルー」


逃げ道が無くなった・・・。


「しかし、あの御仁強そうだったでござるな。一度手合わせをしてもらいたいでござるな。今度頼んでみるでござる。」

「そうアルねーワタシも戦いたいアルよ。楓、そのときはワタシも呼んでくれアルよ。」


やはり気付くか。しかしどうなのだろう、実際。高槻さんのアレを使わない素の実力はまだ見てないからな。もしあの2人が本当に高槻さんと戦うのであれば、私も見てみたいな。
しかし、当面の問題は・・・


「あの高槻さんってけっこうな男前ね。そうなると益々気になるわね。桜咲さんとの関係が」


そう言ってニタニタと笑いながらこっちを見てくる朝倉の手にはデジカメが。そしてそこに表示されているのは昨日高槻さんと夕食を共にした時の写真。朝倉が偶々あのファミレスの前を通りかかったらしくその現場を目撃されてしまい、写真を撮られてしまったのだ。


「あれ、せっちゃん、どうしたん?」

「!!」


まずい!なんて時にお嬢様は来てしまうんだ!
咄嗟に朝倉の口を塞ごうとしたが間に合わず、


「桜咲さんが男の人と食事してたって話し。」


・・・言われてしまった。ちらっとお嬢様の方を見たら、とても驚いた顔をしていた。あ、目が合ってしまった。そしてこっちに近づいてきて、


「えーー!ホントなん、せっちゃん!?」

「い、いえ、あのその、い、一応、ホントです。で、ですが、別に、ここここ、恋人とかでは無く、ただの知り合いです。」


後になって考えてみると、どれだけテンパってたんだろうと思ってしまう。別に聞かれてもいないのに、変な事を口走っていた。


「それを確かめるために、放課後にこの人に来てもらうんだ。」


朝倉め、余計なことを!すっと朝倉がデジカメをお嬢様に渡した。


「・・・せっちゃん、楽しそうやね。」

「!!」


そう言ったお嬢様は寂しげだった。確かに自分でも驚くくらいにあの時は話していたと思う。理由は分かる。相手が高槻さんだったからだ。私と同じように人外の力を持っているから。だから負いを感じずに話せた。だがお嬢様とはろくに話せていない。怖いからだ。この力がバレたらと思うと。だからいつまで経っても話せない。・・・情けない!私のせいでお嬢様にこんな表情を・・・!


「お嬢様・・・。」


今までの私だったら、ここで堂々巡りの自責に走っていただろう。


「じゃあ良いことは?」


高槻さんの言葉を思い出す。高槻さんが言ってくれたあの言葉のおかげで少しだがこの力と向き合い方が分かった。だから今の私ならもう一歩踏み出せるはずだ。


「お嬢様。でしたら今度そのお方、高槻さんと一緒に3人で食事しませんか?」

「え?」


その時のお嬢様は、私が高槻さんと一緒に食事してた事を知った時より驚いた顔をしていた。そしてすぐに嬉しそうな顔をしてくれた。


「約束やでせっちゃん!!」


ありがとうございます、高槻さん。お嬢様・・・いえ、このちゃんと前の様に話せるようになるのはまだ時間が掛かると思いますが、出来ると思います。








Side 涼


朝倉に用務員室までの道を教えてもらったので今度は迷わずに行けた。その後もお昼休憩をはさみつつ、トイレの紙の交換、窓ふき、外の掃除等をこなした。もちろん地図は貰った。










放課後になり、あがって良いよと言われた時に朝倉との約束を思い出した。桜咲がなにやら叫んでいたから、恐らく昨日の食事をクラスメイトに目撃されたのだろう。それで事の真相を聞き出そうって魂胆なんだろう。まさか見られてたとは。そこら辺の事も考えるべきだったか?
とりあえず約束だから朝倉の教室、えーと2年A組だったよな。







「入り辛いな・・・。」


廊下と教室を隔てるドアの向こうからは女生徒の声がこれでもかと言う程に響いていた。この女子のみの喧噪の中に入るのは中々勇気がいる。いや、約束したんだから入らなきゃいけないんだが・・・。
と、目の前のドアが突然開き、中から龍宮とは違う褐色の肌をした女の子が出て来た。えーっと、確かあの時いたよな。


「ん?あなたもしかして高槻涼アルか?」


アル?もしかして中国人なのか?なんて分かりやすい・・・。


「うん。えっと朝倉って子に呼ばれた」


言い終える前にその子に手を引っ張られ教室に連れてかれた。人の話を少しは聞いてくれ。


「あれ、涼君じゃないか。どうしたんだい?」


タカミチさんが担任やってるクラスはここだったのか。なら、多少はこの子達を止めてくれるかもしれない。


「出来ればゆっくり話したかったけど、これから職員会議なんだ。騒がしいクラスだけどゆっくりしてってくれ。て言っても、このクラスじゃゆっくり出来ないだろうけどね。」


タカミチさんは、じゃあまた今度ね、と言って教室から出て行ってしまった。
・・・まあしょうがない。どうにかなるだろう。とりあえず教室を見渡してみた。
エヴァとは違う金髪の子や、エヴァとは違う小学生にしか見えない子や、龍宮と同じぐらい身長の子がちらほら、それに外国人の子。
・・・・・・随分とバラエティに富んでるな。


「高槻さんが来てくれたアルよー。」

「お、やっと来てくれたんだ。じゃあ、早速噂の検証といきましょうか。」

「朝倉さん?この方は誰ですの?」


金髪のとても中学生に見えない子が来た。こっちの世界じゃこのくらいがデフォルトなのか?


「えーっとね、桜咲さんの恋人じゃないかと噂の高槻さん。」


こ、恋人?何故?と思い桜咲の方を見たら、もの凄い申し訳なさそうな顔をしてこっちを見ていた。


「まあ、ホントですの?あら、失礼しました。私雪広あやかと申します。以後、お見知りおきを。」

「オレは高槻涼。質問に答えたら帰れると思うから少しだけお邪魔させてもらうな。」

「そうですか。・・・すぐに帰れるといいですね。」


その答えと表情からオレは、すぐには帰れないんだろうと言うのを悟ってしまった。


「じゃあ、桜咲さんと高槻さん。ここの椅子に座って。えー、それでは両者の尋問を開始したいと思います。」


イエーイ、と周りのギャラリーが叫んだ。その他の生徒も遠巻きながらもこっちを見ているのが分かった。どうやら包囲網は完成したようだ。
この日、オレは女子中学生の底なしのパワーを身を持って知らされた。



[16547] 第7話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2010/06/08 09:29
第7話



Side 涼


尋問が始まってからどれくらいが経ったか・・・。朝倉とその周りの野次馬達は疲れと言うのを知らないように、しつこく質問をしてきた。何で桜咲と食事をしただけでここまでいろんな事を根掘り葉掘り聞かれるのか・・・。


「桜咲さんとは恋人関係?」

「違うって・・・。」


この質問は何回目だろう・・・。


「ちぇ、思ったより口が堅いな。」


何回否定すればいいのやら。桜咲の方もさっきからずっと質問攻めにあってるな。オレ以上疲れてるな。表情が憔悴しきってる・・・。そろそろこの質問攻めを終わりにしてもらいたいな。用事があるとか適当な嘘を付いて逃げるか?でもそうすると桜咲を見捨てる事になるから、これは却下だな。一番良いのはタカミチさんが来てくれることなんだが・・・


「初デートは?」

「してない。」

「チューはした?」

「してない!」

「ワタシと戦ってほしいアル!」

「してな・・・え?」


声のした方を見ると、教室の前でうろうろしていたオレを中へと引っ張った子だった。
それより勝負してほしい・・・?


「えっと君は?」

「ワタシは古菲アル。高槻さん、ワタシと戦ってほしいアル!」


朝倉の方を向き、無言で説明を求めた。


「名前はさっき言った通り古菲。中国からの留学生よ。で、えーっとまあ格闘好きなのよ。」


・・・なるほど、コウ・カルナギと同じタイプか。タチの悪さは比べ物にならないけど。
実力は恐らくかなりあるのだろう。コウ・カルナギもそうだった様に戦闘好きはそれ相応の実力がある。


「彼女はどれくら強いんだ?」

「去年のウルティマホラって大会で優勝したわ。」

「その大会の規模は?」

「男女関係なく大人子供関係なくで、規模は相当のものよ。」

「そりゃ、凄いな。その年で大人にも勝てるのか。」

「私としてはそのくーちゃんに戦いを申し込まれてるのに驚きなんだけど。・・・ねえ桜咲さん、高槻さんて強いの?」

「恐らくかなり強いです。」

「さ、桜咲さんにまで・・・!」


朝倉がこちらを驚愕の目で見てきた。まあ傭兵夫婦に育てられたのは伊達じゃないしな。でも良かった、良い具合に話が・・・


「もしワタシに勝ったら、初チューをあげるアルよ。」

「桜咲さん!あんな事言ってるよ?!良いの?」

「あの、私にふられても困るんですが・・・」

・・・逸れなかった。いやこの話の流れはマズい・・・!このままじゃ・・・


「で、高槻さんは誰かとチューしたことあんの?」


やっぱり!どうする?正直に・・・・・・あれ?オレした事あったよな?何だ、鐙沢村の記憶が、あの炎(・・・)以前の記憶が酷く曖昧だ。何故だ?それ以降ははっきりしているのに。


「高槻さん?」

「ん、ああ。・・・いや、した事は無い・・・な。」

「だってよー!2人ともチャンスじゃん!」

「いや、あのチャンスと言われても・・・。」


と、その時教室の扉が開きタカミチさんが入ってきた。


「まだいるのか、君たちは。僕が行ってから1時間以上経ってるよ。そろそろ涼君を解放してあげなさい。」


た、タカミチさん、助かりました!
て言うか1時間以上も経ってるのか。疲れるわけだ・・・。
朝倉達はちぇーとか言いつつも帰り支度を始めている。良かった、やっと解放される。
みんなに続いて教室から出ようとしたら、タカミチさんに呼び止められた。


「すまないけど今日の9時頃に世界樹の前に来れるかい?」

「今日の9時ですか?大丈夫ですよ。警備員の仕事ですか?」

「いや、今日は違うよ。この学園には僕達の他にも魔法使いがいるって事は聞いてるだろ?その人達との顔合わせをやるんだよ。」


周りを見ながら小声でオレだけに聞こえるように、言ってきた。
オレは分かりましたと答え、タカミチさんはよろしくね、と言って忙しそうに走っていった。
オレはとりあえず家に帰るかと思い歩き出そうとした時、若干訛りの入った声に呼び止められた。
そっちを向くと、長い黒髪の女の子がこっちに寄って来た。・・・外見は普通だ。なんか久々に普通の中学生らしい中学生を見た気がする。


「えっと、君は?」

「近衛木乃香言います。」

「近衛?もしかして君は学園長の孫?」

「そやよ。」


学園長って結婚してたんだ。・・・似てないな。これは学園長には言わないでおこう。
そういえば学園長ってかなり強い魔法使いなんだよな。もしかしてこの子も魔法使いなのか?流石にここじゃ聞けないけど。


「で、どうしたの?もしかして桜咲との関係の質問?」


だとしたら流石にお断りしたいな。


「せっちゃんの事やけどちゃうよ。あんな高槻さんにお礼を言いたかったんや。」

「お礼?」

「そや、せっちゃんの友達になってくれた事や。うち、ちっさい頃せっちゃん仲良かったんやけど、しばらく会えなくて中学生になって再会したら周りに壁作ってうちとも誰とも口聞かなかったんや。」

この子・・・。桜咲も理由が理由だから仕方ないとは言え、こんなにいい友達をほっとくなんてな。


「でもな、今日せっちゃんから口聞いてくれたんや!”今度3人で一緒にご飯食べませんか”って。」


3人?


「3人って、もしかしてオレも入ってる?」

「うちはかまわへんよ。」


まだ2人っきりじゃ無理って事か。なら行くしかないな。


「桜咲がオレを挟むことで君と話せるんだったら、行くよ。」


すぐにわだかまりが消えることは無いだろう。人外の力を望まずに持つって事はかなりキツイ。それでも大丈夫だろう。あいつが苦しんでたらオレが先人として導けば良いし、なによりあいつにはこんなに良い友達がいるんだ。


「いつがいい?今日は無理だけど、夜は基本的には暇だから」

「うーん、そうやな・・・。せっちゃんの予定も聞いてへんからな、また明日来てくれへん?」


また来るのか・・・。正直言うと気乗りはしないが、まあしょうがない。明日は近衛が味方になってくれるだろう。


「分かった。じゃあまた明日来るから。」


さてと、とりあえず今日の晩のおかずを買っていくか。と、そうだ。買い物の帰りにエヴァに魔法先生の事聞いておくか。
校舎を出たとこでちょうど訪ねようと思っていた2人組が、前を歩いていた。


「おーい、エヴァ、茶々丸ー。」






Side エヴァ


「おーい、エヴァ、茶々丸ー。」


ん、この声は高槻か。そういやあいつはここで用務員とやらをやっていたんだったな。


「こんにちは、高槻さん。」

「おす。」

「で、何のようだ?」

「今日の夜に魔法先生達との顔合わせからさ、どんな人がいるのかエヴァに教えてもらいたくてさ。」


ああ、そういえばじじぃがそんなこと言ってたな。・・・めんどくさ。


「そんなもんじじぃにでも聞け。」

「学園長もタカミチさんも忙しいみたいだからさ。エヴァには世話になりっぱなしで悪いんだけど、今頼れんのエヴァと茶々丸しかいないからさ。」


頼れるのは私達しかいないか。
その言葉に機嫌を良くした私は高槻に魔法先生の事を教える事にした。


「ふん、そこまで言うなら良いだろう。」


高槻がホッとした様に息を付いた。


「ありがとな、エヴァ。」


さてと、・・・だれが来るんだったかな?一応じじぃから聞いてはいたんだが・・・。大体は想像が付くんだが、間違って教えてそれが発覚したら私の面子は丸つぶれだ。・・・ううむ、どうしたものか。


「マスター。私から説明しましょうか?」


ナイスだ、茶々丸。後はお前が上手くフォローしてくれれば、全て丸く収まる!


「別に構わんが、何でだ?」


頼むぞ、茶々丸!
私のアイコンタクトを受けた茶々丸は・・・


「めんどくさそうでしたので。」


茶々丸ーー!
お前よりによって何てフォローだ!高槻が苦笑いしながら、どこか納得したよう顔をこちらに向けてるじゃないか!貴様、何だその年長者が年下を見守るような顔は!







Side 涼


「では説明いたします。まずは学園長、高畑先生はご存じですか?」

「うん、今朝紹介してもらった。」

「わかりました。では続けさせていただきます。」


そう言って茶々丸が挙げてくれた名前はさっきの2人を除いて7人だった。意外と少ないんだな。全員の特徴を教えてもらい、とりあえず全部頭に入れておいた。
そこでふと、さっきの事でふて腐れてるエヴァの方を見て、少し気になった事を茶々丸に聞いた。


「なあ、茶々丸。エヴァって魔法先生達にどんな印象持たれてるんだ?」

「あまり良い印象は持たれておりません。」


やっぱりか・・・。あいつも言ってたけど、かなり名の知れた悪い魔法使いだったらしいからな。歩み寄るってのは難しいんだろうな、エヴァも先生達も。


「分かった、2人ともありがとな。今度何か奢るよ。」

「いえ、申し訳ないですからけっこうです。」

「覚悟しとけ!」


うん、実に正反対な反応だ。つーか何を覚悟しとくんだよ。やっぱりどう見ても茶々丸が保護者だよな。


「貴様、またその顔を!」















時刻は9時を少し回ったところだ。茶々丸に教えてもらった通りの人数がその場にはいた。教えられた特徴をそれぞれに当てはめながら、全員を見渡した。
そのすぐ後に学園長がタカミチさんと一緒にやってきた。


「うむ、全員そろっておるな。さて諸君、彼がさきの会議で紹介した、高槻涼君じゃ。」


学園長がこちらを見たので、一歩前に出た。口を開こうとした時にかなり軽い威圧感を感じた。・・・なるほど、あえて軽く出し特定させにくくするってことか。早いな、もう腕試しが始まってるのか。


「高槻涼です。以後よろしくお願いします。ガンドルフィーニさん。」


オレがそう言ったら、ガンドルフィーニさんは少し驚いた顔をした。やっぱりあの人か。


「何故、私に?」

「挨拶(・・)をしてくれたので。」


少し皮肉っぽい言い方になったかもしれないけど、ガンドルフィーニさんは軽く笑い、


「その若さで大したものだな。それにいい目をしている。よろしくな、高槻君。」

「はい、お願いします。」


それを機にその場にあった緊張感が薄まった。


「ほっほっほ、言った通りであろう、高槻君は強いと。」

その後1人1人名前を教えてもらい最後の人となった。


「私は葛葉刀子。よろしくね。ところであなたが良ければだけど、一つ組み手をしてもられないかしら?」


学園長の方を見た。


「高槻君が良いのなら構わんぞ。」


なら、せっかくの機会なんだ、どういう意図があるのかは分からないが受けよう。


「分かりました。お願いします。」

「ありがとう。」


互いに間合いを取るため、離れていく。
剣士か・・・。剣を持ってる隼人とはまた違ったタイプだな。
この世界じゃ桜咲の様な女の子でさえ金棒を容易に切断するんだ。全く油断は出来ない。それにこの人は桜咲より確実に強い。


「さあ、始めるわよ。」

「いつでもどうぞ。」



[16547] 第8話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2010/06/15 09:52
Side 刀子


この子は恐らくかなり強い。まだ直接戦っていないから実力の程は分からない。しかしそれでも分かる。精神的にも肉体的にも強い、と。
その証拠に私が帯刀していた真剣を抜刀したにも関わらず、全く変わらないのだ(・・・・・・・)。臆すでもなく、強がるでもなく、変わらない。あくまで冷静に。


(全くどんな修羅場をくぐれば、この年でこれだけの胆力を身につけられるのか。)


足を軽く前後に開き、構える。彼は依然として変わらない。
彼の目を見た。


――いつでもどうぞ――


それを合図に私は駆けだした。彼の目の前で右足で踏み込み、真っ直ぐ突く。


「葛葉!」


外野の声が聞こえた。恐らくやりすぎだ、と言いたいんだろう。だが対峙してみれば分かる。手を抜いて勝てる相手ではないと。
彼は一切まばたきをせずに身体を傾け私の突きをかわし、そのまま踏み込み右のストレートを繰り出してきた。
私はそれを後ろに飛んでかわし、素早く背後に回り込んだ。そのまま背後から剣を横薙ぎに振るったが、当たるとは思っていなかった。何故なら彼の目はしっかりと私を見ていたからだ。攻撃を外した直後を狙って背後を取ったのだが。
凄まじい目を持っているわね。それに・・・
そして私の予想通り彼は私の攻撃をしゃがんでかわし、後ろ蹴りを放ってきた。
かわしてからの攻撃への繋ぎ方が巧い・・・!
その蹴りは腕でなんとかガードしたが、衝撃は殺しきれずに後ろに下がってしまった。
間合いを取るために後ろへと飛んだ。


(全く学園長はどこでこんな子見つけてきたのよ)


高槻君は姿勢を直し、構えている。
私に攻撃を当てた、と言ってもガードしたが、とりあえず私の身体に攻撃が当たった時点でもう彼の実力は疑いの無いもの。別に疑ってた訳じゃないけど。
だから本当ならここで終わりにしてよかったのだが・・・。何というか意地になっていたと言うか。


「素晴らしいわ、高槻君。あなた程の年でそこまでの強さを持っている人はそうそういないわ。」

「ありがとうございます。」

「だから本当なら終わりなんだけど、もう少しだけ私のわがままに付き合ってね。・・・少しだけ本気を出すから。」


身体全身に気を回す。
こうすることにより、私の身体能力は向上する。


「おい、葛葉!そこまでやらんでも・・・」


神多羅木の言うことは尤もだ。私自身大人気ないと感じている。でもこれで彼が負けても評価は変わらないだろう。だから彼には悪いけど止めない。
高槻君の方も気を感じ取れないなりに何かを感じたのか、こちらを警戒している。


「安心して、峰打ちで行くから。」


「分かりました。ならオレも葛葉さんと同じように少し本気を出します。」


そこではっとなった。彼は魔法を一度も使っていない。いや、魔法どころか魔力すら使っていない。どういう事だ?彼は魔法使いでは無いのか。


「ん?」


そこで彼の異変に気付いた。目の下に不可思議な模様が浮き上がっているのだ。いやそこだけじゃない。顔全体にも、袖から見える腕にも模様が走っている。


「行きます。」


そう言った彼の目は赤くなっていた。


「っ!」


ドンと音を立てて、彼は真っ直ぐ走ってきた。
早い、かなりのスピードだ!
こちらの射程に入ると同時に剣を振るったが手応えは無かった。そこには抉られた様な痕が残っている地面があった。
いない?!どこに・・・!


「!!」

戦士としての本能がプレッシャーを真横から感じた。私はそれに従い、咄嗟にしゃがみ込んだ。その直後顔があった箇所を蹴りが通った。しゃがんだ姿勢のまま、『瞬動』を使い、離れた。


(気は感じ取れなかった!『瞬動』も使わずに何て速さ・・・!)


足でブレーキを掛けながら、急激な減速に耐え彼の方を向き駆けだした。
剣を振り下ろす。それを彼は腕で止めた。
くっ、いくら峰打ちだからといって、鉄に変わりはないというのに、こんな風に受け止めるなんて・・・。


「驚いたわね・・・!こんなに速くなるとは思わなかったわそれに私の剣を素手で受け止めるなんてね・・・!少しショックだわ。魔法を使った様にも見えないし、気でもないわね。いったい何なの?」

「終わったら、説明しますよ・・・!それに、驚いたのはこっちも同じです。さっきとは動きが別人じゃないですか。」

「その割にはしっかりと反応してるじゃない。」


腕の力を抜き、後ろに倒れ込みながら高槻君のお腹に足の裏を付け、巴投げをした。素早く立ち上がり落下地点に向かって走った。高槻君はしっかりと着地しこっちを見た。
単発の攻撃じゃかわされる。
突きを連続で放つ。もはや素人目には引きの瞬間が見えなくなっているだろう。私自身気が付かなかったが、もう峰打ちなど関係なかった。完全に頭に血が上っていたと思う。下手したら死んでいたかもしれないのだ。
しかし実際のとこはそんな心配はいらなかった。何故なら


「っ!かわした?!」


彼は私の突きを全て後退せずにかわしたのだ。
視界の端に拳が見えた。何とかそれに反応し、その腕を取り剣を手放し彼を投げ飛ばした。そして落下途中の剣を足で蹴り上げて掴み取り、走った。
そしてちょうど着地した高槻君に剣を突きつけようとしたが、高槻君は身体を素早く回し、抜き手を繰り出して来た。それと同時に私の剣が彼の首に掛かり、彼の腕は私の心臓を迫っていた。


「そこまで!!」


その声ではっとした。
・・・そうだった、これは手合わせだったんだ。
私たちの間にタカミチさんが割って入ってきた。


「2人とも落ち着いて!」


・・・私としたことが本気でやってしまった。


「ごめんなさい、高槻君。本来なら実力を見るだけだったのに」

「大丈夫です。結局お互いに怪我しなかったんですから。」

「かなり予定外じゃったが高槻君の実力は疑いの無いものであったろう?」


その場にいた全員が頷いた。
そうだ、忘れるところだった。


「高槻君、あなたの能力の事なんだけど。教えてもらえるかしら?少なくとも魔法じゃなかったと思うけど。」


高槻君は学園長の方を窺っていた。
?何か、話しちゃまずい事でもあるのかしら。


「話せないんだったら、無理に話さなくてもいいわよ。」

「いえ、混乱しちゃうんじゃなかと思って。学園長よろしいですか?」

「おぬしに任せる。」

「分かりました。じゃあ話します。」


そして彼の告白はとんでもない一言から始まった。


「オレはこの世界の住人じゃないんです。」








は?

え・・・どういう事?この世界の人間じゃないって・・・魔法世界の人間て事?


「涼君、それはどういう事だい?」


タカミチさんも同じ疑問を持ったらしく、真剣な表情で聞いていた。


「オレがいた世界には魔法なんてありませんでした。葛葉さんが言った気とか言うのも。」


彼の言ったことを要約するとこうだ。
彼は元の世界で世界規模の秘密組織『エグリゴリ』と言う組織と戦っており、最後の敵との戦いが終わった直後にこちらに飛ばされてきた、と。


「驚いたわ・・・。まさか私たちの世界とは全く別の世界があるなんて。・・・ところで急かすようで悪いんだけど、あの力について説明してもらえないかしら。」

「じゃあ、驚かないで下さいね。」


袖を捲り少し力んだと思った瞬間・・・


「なっ!」

「うわっ!」

「これは・・・」


みなが驚くのも無理は無かった。彼の腕に先ほどの模様が走ったと思った瞬間、人間のそれとは別の腕へと変化したのだ。


「これがオレの能力、ARMSです。」

「それは・・・生まれつきの能力なの?」

「そうですね。覚醒したのは今年ですけど。」


今年?じゃあ彼はそれまで普通の生活を送っていたって事なの?どんなに密度の高い戦いの日々なら1年足らずこんな風になるのよ・・・。








Side 涼


オレが造られた人間とかは言わない方がいいな。変に気を遣われるのは止めてもらいたいからな。
その後は改めて、全員と挨拶をした。その際全員が右手を差し出してくれた。あまりにも自然に出されてこっちが戸惑うくらいだった。


「そういえば、学園長のお孫さんに会いましたよ。」

「木乃香に会ったのか?可愛かったじゃろう。」

「同意させてもらいます。ところで彼女は魔法使いじゃないんですね。」

「その事なんじゃがな、木乃香は確かに魔法使いじゃないんじゃが持っている魔力は儂をも凌ぐほどなんじゃ。」

「それってかなりの量ってことですよね?」

「さようじゃ。」


でもそれほどの魔力を持っていて自衛の手段を持っていないのは、かなり危険なんじゃないか?もしかして桜咲とかは護衛なのか?


「桜咲は近衛の護衛ですか?」

「よく分かったの。その通りじゃ。」

「でも近衛自身が自衛の手段を持ってないのは、危険だと思うんですが。」

「木乃香の父親の頼みなんじゃよ。木乃香には裏の世界を知ってほしくないそうじゃ。もちろん儂もじゃがな。」

「もしかして、その為にあのクラスに入れたんですか?」


あのクラスは、こう言っちゃ悪いが異常だ。裏を知っている人間が多いいし、知らなくとも通用する実力を持った子もいる。


「何人かを意図的に入れたのは間違いない。じゃがあそこまでトンデモクラスになるとは思ってなかったんじゃがな。」


トンデモクラスってのは思ってたんだ。それより意図的に入れたってのが気になるな。


「何故そんな事を?」

「それはの、新学期に来る新卒の新任の先生の為じゃ。」


新任の先生にあのクラスを任せるのか・・・。この人案外鬼畜だな。あのクラスの溢れんばかりのバイタリティは今日身を持って知ったからな。可哀想に。

「それでの、君にその先生のサポートを頼みたいんじゃ。」

「オレにサポートですか?それは・・・無理かと思うんですが。」

「いやいや、仕事面でのサポートはこちらがする。君にして欲しいのは、プライベートとかの相談役じゃ。」


プライベートの相談役?益々訳が分からない。新卒てことは少なくとも20歳は超えているだろうに・・・。


「その先生はまだ数えで10歳なんじゃ。」










・・・・・・・・・・・・・は?



[16547] 第9話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2010/08/13 19:22

Side 涼



「新任の先生?」

「そう。」


オレは今、近衛と桜咲と一緒に前に夕飯を食べたファミレスに来ている。この間3人で夕食を一緒に食べると、約束しそれが今日になったのだ。


「んー、うちはなんも聞いてへんな。せっちゃんは?」

「わ、私も特には、聞いてないです。」


・・・桜咲、テンパりすぎだ。少しは落ち着け。

学園長から衝撃の知らせを聞いてから1週間。嘘か誠か新任の先生は子供。・・・いや、まあ世の中にはアルみたいな滅茶苦茶頭のいい子供とかいるけど、チャペルの子供達はあくまで人工的に造られたからな。ところがその子供先生、ネギって子は素の実力で10歳で先生をやれるくらいの頭脳の持ち主みたいだからな。


「新任の先生がどないかしたの?」


言っちゃっても平気か?まあ後少しすれば分かるんだし、構わないか。


「いや、この間学園長から聞いたんだけど、その新任の先生はどうも子供らしい。」

「ほんまに?!」

「だ、大丈夫なんですか、それは?」


大丈夫かと言われれば、大丈夫ではないだろうと答えたい。ただまあ学園長の話を聞く限りでは非常に出来た子らしいからな・・・。それにしても不安だが。


「どんな子なんやろなー。かわええといいなー。」


・・・近衛は将来大物になるな。
まあそれはさておき。やっぱりまだ知らないか。新任の先生が子供なんて話題になっちゃうと思うんだがな。この2人が知らないなら恐らく朝倉にもこの情報は行ってないんだろうな。あいつなら知った日にクラスどころか学年全体にバラすだろうしな。


「うちジュース取ってくるわ。せっちゃんは何がいい?」

「え、えっと麦茶をお願いします。」


近衛がジュースをドリンクバーへと取りに行った時に桜咲が小声で話してきた。


「高槻さんは確か先日先生方と顔合わせをしたんですよね。後日聞いたんですが、刀子さんと戦ったとか。」

「ああ、戦った。かなり強かったよ。そういえばどことなく桜咲の剣の型と似てたけど、同じ流派か?」

「ええそうです。神鳴流と言って退魔の剣術です。」


って事は桜咲もあの高速移動使えるのか・・・。凄いな、神鳴流って。
っと近衛が帰ってきたか。


「2人で顔付き合わせて内緒の話?」

「そんなんじゃないよ。桜咲がやってる武術について質問してたんだ。な、桜咲。」

「そ、そうですね。高槻さんも格闘技をやってらっしゃるので。そうですよね、高槻さん?」


うーんここでオレに話をふっちゃうか・・・。どうもこいつの近衛から逃げる癖は結構根が深いな。・・・桜咲にはちょっと悪いが強引なやり方でいくか。って言ってもオレが直接何かをするわけじゃないが。


「あ、悪い2人とも。オレ学園長に呼ばれてたんだった。ここはオレが金出しとくから、もう少しのんびりしてな。」

「あ、そうなんや。もーじいちゃんたら。」


一方の桜咲はもの凄い動揺していた。口パクで行かないで下さい、と必死の形相で言ってる。
・・・悪いな、桜咲。お前には荒治療が必要みたいだからな。恨み言は後で幾らでも聞いてやる。だから今は近衛木乃香の護衛の”桜咲刹那”じゃなく、近衛木乃香の友達の”せっちゃん”として話せ。








Side 刹那


・・・行ってしまった。お嬢様と2人っきり・・・。
決してお嬢様とお話をするのがイヤなのではない。ただ・・・ただどう接して良いのかが分からないのだ。お嬢様と長い年月離れていたのもある。しかしそれ以上に私などが話して良いのかといまだに思ってしまう。高槻さんに力との向き合い方を教えてもらったとはいえ、私にはあの人程の強さがないからどうしてもマイナスの考えをしてしまう。


「せっちゃん!」

「!な、なんでしょう、お嬢様?」

「もー、無視せでよ。そないに高槻さんにいてもらいたかったん?」


どうやら何回か話しかけていたようで、私が返事をしなかったことに対して頬を膨らませていた。


「いえ、そういう訳では・・・。お嬢様とこうして話すのが久しぶりなので、少し緊張してしまって。」

「そないに緊張しなくてもええのに。でも久々にせっちゃんと話せて良かったわ。せっちゃんずっとうちと口聞いてくれなかったから、さびしかったんやで?」

「・・・申し訳ありません、お嬢様。」


ホントに私は不甲斐ないな・・・。高槻さんがいなければ、私はお嬢様がこんなにも寂しそうにしている事にも気付かなかったんだな・・・。
でも、それでもお嬢様が私なんかと話せて嬉しいとまだ言ってくれるなら、私は絶対に強くなります。いつかこの力と正面から向き合い、お嬢様とも正面から話せるようになります。
だからもし少しお待ち下さい、お嬢様。


「あ、そや、前々から聞きたかったんやけど、せっちゃんて高槻さんの事好きなん?」

「!?!?!?!?ゲホッ、ゲホッ・・・」


いきなり、シリアスな空気は終わりを告げた。
危うく飲んでいたジュースを盛大に吹き出すとこだった。お嬢様に掛かるのはマズいと思いどうにか耐えたが代わりに気管に入り、盛大に咽せてしまった。
――いきなりお嬢様は何を言い出すんですか・・・。


「わわっ、せっちゃん大丈夫?」

「ゲホッ、ゲホッ・・・大丈夫です。あの、えっと、いきなり何を言い出すんですかお嬢様は?」

「え?ちゃうの?」


そんな真顔で、違うの?と言われても困るんですが・・・。


「せっちゃん、何か高槻さんと話してると楽しそやったからそう思ったんやけど。」

「あ、いえ、えっとですね、高槻さんには以前悩みをを聞いてもらったことがあって・・・」

「それで好きになったん?」

「だから違いますって!」


実際のところ私が高槻さんに対して抱いている感情は何なのだろう。男性とこんなに話すのは高槻さんが初めてだ。
高槻さんにはこの力との向き合い方を教えてもらい、この様に昔のようにとは全くいかないがお嬢様と2人で話すことが出来た。だから私は高槻さんに対しては感謝してもしきれないし、長と同じくらい尊敬している。
でもそれ以上は分からない。どう確かめればいいのかも分からない。自分でも自覚出来るぐらい私はこの手の話しには疎い。
・・・・・・お嬢様はどうなんだろう。


「お、お嬢様はどうなんですか?うち解けている様でしたが・・・。」


うう、いちいちどもってしまう自分が恥ずかしい。


「・・・・・・・。」

「お嬢様?」


お嬢様が何か放心した様にこちらを見て固まっている。
何か顔に付いているのかな?


「せっちゃん!」

「!は、はい!?」

「せっちゃん、せっちゃん!」

「は、はい、はい」


その後何やら凄く嬉しそうな顔をしながら、こっちの質問に答えてくれた。
何があったか分からないが、お嬢様の笑顔が見られて良かった。


「ところでせっちゃんは高槻さんが言ってた子供先生ってどう思う?」


学園長が言ってたと言うならホントなのだろう。・・・まあそれでもあの学園長の言だから完全に信用出来る訳ではないけど。確認しに行ったら


「ああ、あれは嘘じゃ。」


とか言いそうな気がする。


「真偽の程はともかくとして、普通はあり得ないですよね。」

「うーん、せっちゃんは否定派?」

「ああ、いえ!別にそういういわけでは・・・。」

「うちはおもしろそやなって思うわ。」


お嬢様が肯定的となるとあのクラスのほとんどが肯定的にとりそうだな。あのクラスは良くも悪くも非常識人が多いからな。まあ流石に自分のクラスの担任になったら慌てるだろうな。
この時の私はまさかその子供先生が新しいクラスの担任になるとは露とも思っていなかった。ましてクラスメイトが普通に受け入れてしまう事も。





Side 涼

・・・うん。ちゃんと話せてるみたいだな。
少しぎこちないが桜咲がちゃんと話せてるのを見届けたオレは帰路についた。

桜咲は人外の力が発覚するのを恐れてひたすらに壁を作っていた。
でも人外の力に向き合うには1人では到底不可能だ。オレだって隼人達がいたからこそ鐙沢村の後立ち直る事が出来た。
だから桜咲。1人になろうとするな。1人になってしまえば速かれ遅かれその力の重圧に耐えきれなくなる。今はまだ怖くて言えないだろう。だけどいつか自分の口から力の事を話すんだ。お前が話しても良いって思えた奴ならきっと大丈夫だ。




「ん?何だ?」

ちょうど雲が切れ満月が見えた時、その月明かりに照らされて真っ黒な何かが飛んでいるのが見えた。初めは鳥か何かかと思ったが、距離に対して縮尺が滅茶苦茶で明らかにでかかった。


(侵入者か?)


そうでないにしても、確認はした方が良さそうだった。そう判断したオレはそれが降下していった場所へと走った。



そこは人通りの少ない、何かがあっても気付かれない様な場所だった。
そしてそこに奴がいた。
街灯が無いためかなり見づらかったが、横たわっている人のすぐ横にしゃがみ何かをしていた。
――やっぱり侵入者。その光景はどう見ても良くない何かをしていた。
全身へとARMSを行き渡らせ、助走を付けながら飛び上がり侵入者へと蹴りを食らわせた。


「!ちっ!」


だがその蹴りは侵入者が出したシールドに防がれ当たらなかった。
そのシールドを踏み台に後ろへと回転しながら飛び、四つん這いの格好で着地し、素早く侵入者の側面へと回り込み、横たわってる人から離すためにARMSを振るった。
侵入者はそれをしゃがんで回避し、こちらの予想通り距離を取った。
顔を侵入者へと向けたまま、横たわっている人――女性か――の首筋に手を当てた。動悸が速くなっていたが・・・
――ん?何だこの傷?感触的に小さな刺し傷か。でも小さすぎるな・・・これじゃ致命傷にはならない。・・・だとすると殺害が目的じゃないのか。

ARMSをレールガンへと換え、侵入者に向けた。


「この女性に何をした?」

「・・・」

「だんまりか」

「・・・ちっ」


舌打ちと共に侵入者は深く被っていた帽子を脱いだ。
そしてその姿を見てオレは流石に驚きを隠せなかった。


「エヴァ・・・。どういうつもりだ?」

「・・・・・・。」



[16547] 第10話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2010/08/16 11:05

Side エヴァ


まさか、こいつにこんなタイミングで見つかってしまうとはな……。
相手が私と分かって高槻はARMSを解除してたが、まだ気を緩めてはいなかった。


「この人に何をしたんだ、エヴァ」

「血を吸っただけだ」


それを聞いて高槻は多少面を喰らった様子だった。流石にこいつも吸血鬼が実在しているとは思っていなかったか。

「驚いたな、お前吸血鬼だったのか……」

「その通りだ。簡単な理由だろう?」

「でもそれだけじゃないだろう?」

「……何故そう思う?」

「吸血鬼だってのが理由なら、普通は定期的に吸わなきゃダメなんじゃないか?」


もう気付いたか…。確かにこんな事を定期的にやっていたとしたら、あっという間に噂になってしまうだろう。『首筋に噛まれた後が付いた人が見つかった』なぞ、学生だけでなく社会人ですら食い付く。そしてそれが立て続けに起これば、子供や女だけでなく、大人の男でさえビビるだろう。そしたら、この女はこんな場所をこんな時間に1人では歩かないだろう。


「エヴァがもし定期的に吸ってるなら、噂が無さすぎる。」

「分からんぞ。私が気まぐれで吸っているだけかもしれんぞ?」


その台詞をいった瞬間、高槻の雰囲気が少し変わった。
これは……怒りか?


「それがもし本当なら、エヴァ。オレはお前をここで倒す。」


ちっ、今の台詞はこいつにとってはあまり良くないモノだったみたいだな……!
流石にこいつには今の私ではどう足掻いても勝てないだろう。


「どうなんだ?600年も生きた悪い魔法使いってのは、こんな風に抵抗する事も出来ない人を襲う程度のプライドしかないのか?」


……耳に痛い台詞だな。私自身こんな事を進んでやろうなどとは思っていない。ただ……今の私はそうしなければいけない程脆弱な存在だ。こんな抵抗も出来ない者を襲う。……フッ、私も地に墜ちたものだな。


「プライドか。今の私にはあってもないような言葉だな。」

「……」

「確かに昔は女子供は襲わない、と決めていた。だが今はそれをかなぐり捨ててでも、力を付けなくてはならんのだ。」

「何の為に?」

「封印を解くためだ。私に協力な封印を掛けた男は、3年で解除しにくると私に言った。私はそれを信じ、待った。しかし奴はそれを守らずに死んだ。それから15年だ。ここに封印されてから。」

「で、今になってその封印を解く術が見つかったのか。」

「ああ。正直あきらめていたよ。茶々丸が造られてからは、ここでの怠惰な生活もそこそこ楽しめる様にはなった。だが、奴の息子がここに来ると知ってな。」


ネギ・スプリングフィールド。奴の息子。奴の血をしっかりと受け継ぎ、膨大な魔力を有している。経験は皆無だろうが、その魔力は今の私にはとてつもない脅威だ。
こいつとは違い経験が無いぶん、まだマシだがそれでも勝てるわけが無い。だからこうして吸血を行おうとしたんだがな。まさかこんな序盤で見つかるとはな……。全くどれだけ運が無いんだ、私は。


「ネギって子の事か。」

「知ってるのか。ああ、その通りだ。そいつと戦うには力が必要だった。」

「それで吸血してたって訳か。」


高槻は自分の顔を手で覆い、呟くように言った。


「エヴァ。何でオレに見つかったんだ……。」

「それをよりによって見つけた張本人が言うか。それなら言わせてもらうが、貴様こそ何故見つけてしまった。」


こんな問答に意味は全く無い。高槻は私を捕まえる。当然私は抵抗も出来ずに捕まるだろう。いや、抵抗はするだろう。だが茶々丸もいない今どれほど持つだろうか。恐らく1分と持つまい。
そろそろ戦闘体勢に移るか、と懐に手を伸ばし魔法薬に手を掛けたとこで高槻がよく分からない事を口走った。


「……エヴァ。」

「何だ?」

「オレはエヴァが1つだけ約束してくれるなら、オレはお前を見逃す。」

「どんな条件だ?」


高槻が言った事は『目的と手段を間違えるな』と言うものだった。
つまり、私が『力を付ける』と言う目的のための吸血では無く、『吸血』と言う行動自体が目的にしてしまう、と言う事だ。
何故高槻がそんな事を条件にするのかは分からないが、さっき私が気まぐれと言った時の反応からすると、前の世界での事が関係しているのだろうな。


「しかし、そんなモノ現場を見ていないお前に分かるのか?」

「分かるさ。オレだって修羅場は伊達に潜っていない。そういう奴とそうじゃない奴を見分ける事位簡単に出来る。」

「……もし私がそれをした場合、お前はどうするのだ?」

「その時はオレがお前を……殺す。」


そう言った高槻の表情には凄味があった。既に殺す覚悟も殺される覚悟も出来ている顔だった。

「人の尊厳を踏みにじる事は1番やっちゃいけない事だ。でもエヴァならそんな事はしないって信じてる。」

「何故分かる?」

「……確かにお前はお前が言う通り『悪い魔法使い』だろう。封印されたのもそれのせいだろう。でもエヴァは越えちゃいけない一線は越えてない。エヴァは生きるために殺し続けたって言ったよな。オレも同じだから分かるんだ。人が生きる為に殺していたのか、自分の欲求の為に殺していたのかが。だからオレはエヴァを信じる。」


……こいつが本当に私が約束を違えたかが分かるのかは分からない。案外はったりなのかもしれないし、もしかしたら私がしらを切り通せばやり過ごす事も可能かもしれない。
しかし……


「でもエヴァならそんな事しないって信じてる」

あいつはこんな事を勘ぐってしまうような私を信じると言った。信じるなど言われたのは凄く久しい気がするな。……別に照れてるわけでは無いのだが、何かこうこそばゆい様な、むず痒い様な……。
しかし悪い気はせん。
何故だろうな、そこら辺の魔法使いどもに言われたとしても何も思わんだろうに。
そう思った時、高槻が言った言葉を思い出した。

「オレも同じだから分かるんだ。」



ああそうか、だからか。こいつの在り方が私と近いから、だから私の感情が動くのか。それではそこらの魔法使いに言われても何も感じないと思っても仕方ないか。


「分かった。貴様のその信用に、無いも同然だが私の誇りに掛けて応えてみせよう。」


何か、久しぶりに気分が良いな。
よし。


「おい、涼」

「……どうした、いきなり」


いきなり下の名前で呼ばれ、少し動揺していた。
珍しいな、こいつが動揺するなど。下の名前で呼ばれるのに慣れていないのか。


「別に構わんだろう?下の名前で呼ぶくらい。」

「……まあ別に構わないけど。で、何だ?」

「家で飯を食ってけ」

「お前料理出来んのか?」

「何を言ってる。茶々丸が作るに決まってるだろう」


私がそんな面倒な事をするか。別に出来ない訳じゃないぞ。ただ面倒なだけだ。


「……。」


ん?何だ、その表情は。


「どうした、涼」

「いや、エヴァらしいなと思ってた。でも茶々丸に迷惑だろう、こんな時間に」

「別に私は許可しているのだから、平気だ。」

「茶々丸も大変だな……」

「何か言ったか?」

「いや、何も。さっきまで桜咲と近衛と飯食べてたから、お茶だけで良いよ」


刹那とか。ああ、なるほど。確かにあいつにとってもこいつの傍は心地良いだろうな。なにせ同じ様に人外の力を外側に持っているからな。
ふむ、明日にでもおちょくってみるか。良い反応をしそうだな。くくくくくくく……。


「エヴァ、何か凄い悪役顔してるんだけど……」

「うん?気のせいだろう。さてさっさと行くぞ。」


そう言って歩き出した私の足は封印が解けた訳でも無いのに、何故か驚く程軽かった。
















Side 涼


冬休み明けの最初の出勤。
今職員の間ではやはり子供先生――ネギ・スプリングフィールド――の事が話題となっている。しかも用務員の人から聞いた話だと、出張でしばらくいなくなるタカミチさんの代わりに2年A組の担任やるんじゃないかって。
…………学園長、あなた鬼ですか?あんな良く言えばバイタリティに溢れた、悪く言えばとてつもなく騒がしいクラスに新任の、しかも子供を担任にするんですか。
一度被害に遭った者としては全力でサポートしようと思う。
そんな事を思っていたら、一緒に外の掃き掃除をしていた中年の男性に呼ばれた。


「高槻君」

「はい?」

「何か、放送で学園長が呼んでるよ」


色々考えてたから気付かなかった。でも何の用だろうな。裏の用事だとしても朝っぱらからそんな事言わないだろうし。
まあ、とりあえず行くか。


「すいません、じゃあちょっと行って来ます」

「はいはい、行ってらっしゃい」







「失礼します、学園長。」

「おはよう、高槻君。じゃあ早速用事を伝えるとするかの。もうそろそろネギ君がここに着いてると思うんじゃが、恐らく初見ではここまでは来られんだろうから迎えに行ってくれんかの。ネギ君もいきなり年の離れた先生が迎えに来るよかは、安心できるじゃろうし。」

「分かりました。そうだ、写真見せてもらっても良いですか?」

「大きな杖を背負ってるから、分かるとは思うがの。ほれ、これが写真じゃ」


そういって見せてもらった写真は、赤毛の利発そうな顔をした少年が写っていた。
確かに頭良さそうな雰囲気はあるな。アルみたいに生意気じゃないと良いけどな。
それより気になる言葉が聞こえたんだが、時間に余裕があるわけでも無いからさっさと行くか。
そうだ、掃き掃除も丁度終わってるだろうし一旦そっちに行って掃除用具一式預かってから行くか。







掃除用具が入った籠を台車に乗せてごろごろと音を鳴らしながら進んでいると、小学生位の子、と言うかネギ君が女子生徒2人と揉めているのを見つけた。
この後オレはもう少しのんびり歩いてても良かったんじゃないかと、後悔する羽目になる事をまだ知らない。


「おーい、ネギ……」


声を掛けようとしたその時、ネギ君のくしゃみと共に女の子の服が弾け飛んでいた。


「…………は?」


そこで一旦オレの頭はフリーズした。そして事もあろうに今使われた魔法の事を考え始めていた。
今のは確か……





「魔法を教えて欲しい?何だ、貴様魔法使いにでもなるつもりか?」

「違うよ。ただ知っておきたいだけだ。この先もしかしたらまた魔法使いと戦うって事があるかもしれないからさ。その時の為に知っておきたいんだ」


そう、確かあの夜の何日か後にエヴァにどんな魔法があるのか教えてもらった時だ。その時に基本の技だ、と言う事で教えてもらったのと似ている。
確か名前は武装解除(エクサルマティオー)だったな。
しかし、ホントに服を脱がすんだな。あんな衆人の前でかわいそう……!!何冷静に見てんだ、オレは!
そこで漸くフリーズしかけて、冷静に状況を傍観していたオレの頭が動き出した。
籠に入っている、大きめのブルーシートを急いで取り出しそれを手に持って走り、身体を隠しながらしゃがみ込んでいる女の子に被せた。


「な、なに?!今度はなに?!」

「あれ、高槻さん?」


傍にいたもう1人の女子は近衛だった。


「近衛!この子をあそこの籠の中に入れろ。中の物は一旦出していいから。急いであげろ。」

「わ、わかった。ほな明日菜行こう」


そして、状況が分からず呆然としていたネギ君の方へと視線を向けた。
……大丈夫なのか、この子で。一連のやりとりを見てかなり不安になったがとりあえず、声を掛ける事にした。


「ネギ君だね。ようこそ麻帆良へ」



[16547] 第11話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2010/08/17 21:12
Side 涼


裸にされてしまった子の安否は気になったが付いていけば変態の名を頂戴することになるので、ネギ君と学園長室へと向かっている。
ここまでの道中でオレはネギ君に自己紹介と魔法の存在を知っている事を打ち明けておいた。


「じゃあ高槻さんも魔法使いなんですか?」

「いや、オレは魔法使いじゃないよ」

「え?じゃあ何ですか?」

「んー、それは追々わかるよ」

「えー、教えてくれないんですか?」

「結構特殊な能力でね。おいそれと言えないんだ」

「いつか教えて下さいよ?」


変だ……。
オレはネギ君と会話しながらそう思った。
何が変なのか。それは先のミスを全く弁解しようとしないことだ。
話の流れが違うと言うのもあるかもしれないが、さっきのは魔法使い関係者が見れば魔法だと一発で分かる。それともネギ君はオレが気付いていないとでも思っているのか。だがそれにしては心配するそぶりが見られない。

もし、ネギ君が魔力を制御出来ずに魔法を暴発させ、一般人に怪我をさせかけた事を正しく認識できていなかったら?
――こんな予感当たらないでくれよ……。


「ネギ君。さっきの事だけど……」

「えっと、さっきと言うと……」


この反応だけでさっきの出来事がネギ君にとってそれほど重要でなかったことが分かる。


「魔法を暴発させてたよね?」

「ああ、そうなんですよ。くしゃみをするとよく……そのせいで服とばしちゃって……悪い事しちゃったなぁ」


悪い事。ここで正しく認識出来ていたならば、「危ない目に」だったはず。
つまりネギ君は自分がしでかした事を正しく認識出来ていないのだ。
……ここでオレがそれを指摘するのは簡単だ。しかしこうも自覚が無いとなると指摘したところでそれに納得するかが分からない。くそっ、こういうのは学校が教えなきゃいけないことだろうに……!


「どうしました?」


黙りこくったオレを不思議に思ったのか、ネギ君が顔を覗き込んできた。
もし、ネギ君が自分の力で敵ならまだしも、暴発によって味方を傷つけてしまったら、最悪折れてしまうかもしれない。
だが、これはネギ君が自分で気付かなければいけないものだ。他人から教えられたのでは意味がない。そしてそれを乗り越える事が出来たのならば、自ずと『力』の本質に気付く事が出来る。でも、傷付けてしまってからでは遅い。くそ……埒が明かない。どうする……?
…………一旦保留にしよう。
もし、最悪の事態が起こったらオレがネギ君を導こう。それがオレの役目だろう。


「ネギ君。もし君が大きな壁にぶつかったら、決して1人で乗り越えようとしないでくれ」

「壁……ですか」

「そうだ。それがどんな物かは分からない。ただ今言った事だけは覚えておいてくれ。君は1人じゃないんだ」

「分かりました。でもそんな壁ぐらい1人で乗り越えてみせますよ」

「頼もしい限りだな」


彼の返事は普通の人が聞けば立派とか言うだろうな。
挫折を知ってる人なら甘いと一蹴するかもしれない。
オレもそれを知ってるから言える。1人では決して乗り越えられない壁もあると。








「ここが学園長室だ。とりあえずここまでの道のりは覚えてくれ」


さて、中に入りたいんだがどうも女性の怒鳴る声が聞こえる。
……まさか職場に女性問題を持ち込んでる訳じゃないよな。もしそうだとしたら……。
とりあえず中に入ろう。


「学園長、失礼しま……」


そこには女子生徒に締め上げられてる学園長の姿があった。


「…………」


オレは無言で扉を閉めた。
今の光景をネギ君に見せたら、学園長の権威の失墜と共に彼にトラウマを与えてしまうかもしれない。何せ女子生徒は学園長の事を持ち上げてたからな。


「高槻さん、どうしたんですか?」

「いや……、ちょっとね」


今度はノックしてから、もう少し声を大きくして呼び掛けてみよう。それで学園長に気付いてもらおう。


「学園長、失礼します」

「高槻君か?!ちょっと助けて欲しいんじゃが……!」


こちらの気遣いを無に帰すようなとても学園の長とは思えない、情けない声が返ってきた。
仕方がないからネギ君には外で少し待ってもらう事にして、中に入った。
そこにいたのは学園長を締め上げてるジャージを着た、ツインテールが特徴の髪の……というか先ほどの魔法の被害者の女の子だった。後はそれをどうにか止めようとしている近衛がいた。
このカオスな状況に少し目眩を感じたが、学園長が青くなっているのでその子の腕を掴んで強引に下ろさせた。


「ストップ」

「誰よ!」


と返ってきたのは、怒鳴り声と肘打ち。
それを手のひらでパシっとオレが止めた事により正気に返ったのか、締め上げていた手を離した。
ひゅーひゅー、とおかしな呼吸音になってる学園長がかなり心配だった。


「あ、さっきの人……」

「近衛、どういう状況だ?」

「えっとなー、高畑先生に新任の先生が子供って事を教えてもらった途端に……」

「…………」


あのバイタリティ溢れるクラスの中で、さらにバイタリティの固まりがいたか。
感嘆と呆れを感じながらその子を見た。勝ち気な目……オッドアイか?左右で目の色が違うな。それにしても一瞬とは言え、衆人環境で裸を見せてしまったと言うのに、凹むどころか学園長を締め上げるとは……。


「あの、さっきはありがとうございました」

「いや、君の方こそ大変だったね。いきなり……」


その子は気まずそうに目を逸らした。
っと、無神経すぎたか。いくらこんな怪力でも女の子だからな。


「すまない。デリカシーが無さすぎた」


一言謝ってから学園長の方を向いた。一応呼吸が安定してきたみたいだ。


「助かったぞい、高槻君。一瞬じゃが三途の川が見えたぞ」


反応に困ったからスルーすることにした。


「ネギ君を呼んでも大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫じゃ」

「ネギ君、入ってきて良いよ」

「は、はい!」


少しうわずった声が聞こえた。そしてその声を聞いたオッドアイの子の表情が険しくなるのが見えた。これは……マズい!


「失礼しま……うわっ!」


悲鳴をあげるネギ君。それはそうだろう。扉を開けたらいきなりグーが飛んできたのだ。でも当たった訳じゃない。ネギ君の鼻先でオレが止めたからだ。
しかし、なんつー反射速度だ。それにかなり威力がある。手が少し痛い。


「えっ!」


オッドアイの子は自分のパンチが止められた事に驚いているようだった。……普通の女子中学生がパンチを止められて驚くって……何か違うだろ。


「ネギ君。早く通っちゃいな」

「あ、はい!」

「あ、待ちなさい、このくそガキ!」


……オレの女性への見方が古いのか?くそガキって……。


「近衛。この子を外に連れ出すから手伝ってくれ」

「了解ー」


近衛に手伝ってもらいながら、何とかその子を部屋の外に出す事が出来た。


「ふう」

「ご苦労じゃったな、高槻君」

「あの子は?」

「神楽坂明日菜と言う子じゃ」

「嵐の様な子ですね……」


パンチを受け止めた手がまだジンジンと痺れている。……あの子女の子だよな?


「ほっほっほ。さてネギ君。麻帆良へようこそ。先生が卒業試験なぞ大変だとは思うが、頑張ってくれ」

「は、はい!頑張ります!」

「うむ、その心意気や良し。本採用されなければ本国へ強制送還じゃからな?」

「は、はい!」


しかしまあ、その試験とやらが女子中学生の先生か。それによりによってあのクラスか……。がんばれよ。


「では、外にいる木乃香達に送ってもらってくれ。ああ、そうじゃ、少し待ってくれんか。紹介したい先生があるんでな」


その先生とやらが来る間に学園長に聞きたかった事を聞いておこう。
一応ネギ君には聞こえないようにしておこう。


「学園長」

「何じゃね?」

オレが小さな声で言ったので自然と学園長も小声で聞き返してきた。


「ネギ君はまだ自分の魔力を完全に制御出来ていません」

「本当かね?」

「はい。あの神楽坂って子がジャージなのはそのせいです。武装解除(エクサルマティオー)の一種だと思いますが」

「むう……」


その時扉が開き眼鏡を掛けた女性が入ってきた。この人がネギ君に会わせたい先生か。


「今の話はまた後でしよう。さて、ネギ君。彼女が君の指導教員の源しずな先生じゃ」

「よろしくお願いします!」

「よろしくね、ネギ君」


その後、源先生は授業があるのでと言って退室した。学園長はあの先生にネギ君を教室まで連れて行ってもらう予定だったらしいが、オレ達が着くのが少し遅れた事とさっきの暴行事件のせいで、時間がなくなってしまったらしい。なので仕方ないから外の2人に案内を頼むと言い出した。


「あの、学園長。近衛はともかく神楽坂に頼んで平気なんですか?」

「まあ…………大丈夫じゃろう」

「学園長?」

「…………君も付いていってくれ」


まあそうだろうな。でも何で神楽坂はあそこまでネギ君を嫌う?子供嫌いなのか?
その事が気になったので、オレが合流する前に何かあったのかと聞いたところ、


「いえ、失恋の相が出てたのでそれを……」


と言う答が返ってきた。そりゃキレるわ。真に受ける方もどうかと思うがな。しかし、この子は……若干の頭痛を感じながら扉を開けた。
そしてまたもパンチが飛んできた。
――そこまでやるか、普通?
恐らくネギ君を狙ったであろう、オレの腹へと直進するパンチを手で押さえ込んだ。


「少し落ち着け、神楽坂。子供相手にそこまでやるな」

「!……すいません、間違えました!」


やっぱりネギ君狙いか。それにしては威力が……。て言うか受け止められてまた驚いてるよ。


「ネギ君に色々言いたいのは分かるけど、少し落ち着けって」

「はい……」

「えっ、僕何かしました?」


本気で言ってる……んだろうな、ネギ君は。どういう教育受けてんだよ……。言って良い事と悪い事の区別くらい分かるだろうに。


「ネギ君。言って良い事と悪い事ってのがあるんだ。そしてネギ君が言ったのは後者」

「でも、僕は親切のつもりで……」

「ネギ君は親切のつもりかもしれないけど、赤の他人からそんな事言われたら誰でも怒るよ」


会話をしていてネギ君はひどく歪だと感じた。行動が矛盾している。立派な魔法使い(マギステル・マギ)になりたいと言っているのに魔法を一般人に使うし、先生になる為にここに来たのに、初対面の生徒を怒らせるし。
一体親は何を………………。
もしかして親がいないのか?そう思うと納得がいく。たぶん親代わりの人はいたんだろう。実際真っ直ぐは育っているのだから。だけど、所々で捻れている。だからこんなにも歪に見えるのだろう。これはかなり良くない事態だ。このままネギ君が成長すれば、無意識のうちに人を傷付ける。しかも心身共にだ。


「うう、そうだったんですか……。あの、すみませんでした」


言われて納得して謝れるならまだいい。だけど、大人になってもそれじゃマズい。
なるべくなら自分で気付いてほしいな。


「ま、まあ素直に謝るなら許さないでもないわよ。でも次に変な事言ったら許さないからね!」


神楽坂の恐ろしさを知ったネギ君はその台詞に完全にビビってた。大丈夫なのか、本当に?
て言うか、中2の女子が10歳の子供を本気で脅すなよ……神楽坂。




[16547] 第12話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2010/09/02 22:25


Side 涼


漸く教室へと着いた。とりあえずオレはもう戻っても良いだろう。いい加減仕事をサボりすぎだからな。


「じゃあネギ君。先生の仕事頑張ってくれ」

「はい!」


もう流石に神楽坂も何もしないだろと思い、用務員室に戻ろうと歩き出した時教室の扉の上に何か挟まってるのが見えた。
うわ、これはまた随分と古典的で悪質な罠だな……。
それが何かすぐ分かったからネギ君に言おうとしたが、既に教室の扉を開けてしまっていた。
そしてそれと同時にネギ君の頭上から、チョークがこれでもかとたっぷり塗られた黒板消しが降ってきた。
そして落っこちてくるそれに全く気が付いていないネギ君。
かわいそうに……。
ボフン、と頭に落ちたであろう音が鳴った。


「げほっげほ……いやー、引っかかっちゃたな……うわっ!」


どうやら罠はあれだけじゃなかったらしい。
続いて聞こえた悲鳴に何事かと思い、中をのぞくと頭からバケツを被り身体中に吸盤の矢を貼り付けたネギ君が横たわってた。
……本当に悪質な罠だな。
下を向くと細い紐が張ってあった。これで転んだのか。
流石に放ってはおくことは出来なかったから、中に入ってネギ君の身体をはたきながら起こした

「大丈夫かネギ君?」

「あぶぶぶぶ……、酷い目に遭いました」


教室からは入ってきたのが子供だと分かってどよめきが起こっていた。うわー子供じゃん、てっきり担任の先生かと思ったよ、とか聞こえたがこれは大人でもキツいと思うんだが……
とりあえずもう大丈夫そうだから戻ろう。流石に子供相手にあのテンションではいかない……よな?
一抹の不安を感じながら教室から出た。

「ふう……えー、今日からこの学校でまほ……英語を教える事になりました、ネギ・スプリングフィールドです」


……不安だ。


















「終了っと」


用務員も意外と大変なんだな。トイレ掃除。庭掃除。校舎のゴミ拾い。切れた蛍光灯を変える、などなど。
年配の人しかいないから楽なものかと思ってたけど。
さてそれはさておき、ネギ君の初授業は上手くいったのかな。オレの予想だと上手くいって無さそうなんだよな……あのクラスは新任でなおかつ子供の先生には重すぎるだろうし。

ふと前を見ると少し遠くからでも分かる、見慣れた金髪が見えた。
エヴァだ。
ちょうどいい、ネギ君の授業の事聞いてみるか。
エヴァは歩幅がかなり小さいので軽く走っただけですぐに追いついた。


「エヴァ」

「ん、ああ涼か。何だ?」

「ネギ君の授業はどうだった?」

「お前はあのクラスでいきなり上手くいくと思うか?」


やっぱり……。今度会ったら慰めてあげよう。
あのクラスじゃ、普通の先生でも苦労するだろうに。タカミチさんよく担任やってられたな……。
そこでふと茶々丸がいないのに気付いた。珍しいな、いつもは一緒にいるのに


「茶々丸はどうした?」

「ハカセの所に行って、ばーじょんのあっぷでーととか言うのをやっている」


……ああ、バージョンにアップデートの事か。あまりにもひらがな発音だったから一瞬何を言ってるのか分からなかった。こいつ機械音痴なのか……。ロボットの事だから専門用語は分からなくてもバージョンとかアップデート位は分かっとけよ。
それにしても茶々丸ってアップデートなんて出来たんだな。って事はあんなに高性能なのにまだ容量に空きがあるって事か。……凄いな茶々丸造った人は。かなりの天才だな。


「そのハカセってのはどんな人なんだ?」

「私のクラスメイトだ」











…………うん、まあ、あのクラスならありか。ロボットに吸血鬼に拳銃使いに剣士に小学生に高校生に、極めつけは魔法使いの子供先生。


「ホントにトンデモクラスだな、2-Aは。聞くだけでも飽きないと言うか。クラスメイトを紹介される度に驚くというか」

「まあそれには概ね同意だ」

「お前もその内の1人だろうに」

「私は普通だ」


どの口で言うんだよ、そんな事。








その後エヴァと別れ、今日の夕飯を考えながら家へ向かって歩いていると後ろからでも見える程本を抱えて、ふらふらと歩いている女の子を見つけた。
あれは持ちすぎだろ、いくらなんでも。
しかもその先は階段になったいる。流石に危なっかしくて見てられないので一緒に持ってあげよと近寄ろうとした瞬間


「!!やばい!」


落ちたぞ!くそっ、もっと早く気付くべきだった!
階段の段数からするとかなりの高さがあるはずだ。それのかなり上の方から落ちたんだ。最悪の場合も考えられる……!
急いで同じ所から飛び降りた。しかしそこにはオレの予想とは違う光景があった。


「た……高槻さん」


と、今にも泣き出しそうな顔をして降りてきたオレの方を向いたネギ君。
その傍らには落ちた子が横たわっていた。パッと見はどこも怪我はしていない。


「ネギ君、彼女は大丈夫なのか?」

「は……はい、ギリギリの所で間に合いました。ただ……」


良かった、ネギ君が下にいてくれて助かった。
近くにネギ君の杖らしき物があるから……ん?そこでもう1人の人物を見た。
神楽坂明日菜だった。
……ああ、これはまた厄介な子に見られたな。
さて、どうフォローするか。


「せ、せんせい……?」


ん、この子はネギ君のクラスの子か。
その声にネギ君が反応し、オレが後ろを振り向いた瞬間、一瞬の隙を突かれて神楽坂にネギ君をかっさらわれた。そしてもの凄い勢いで走り去っていった。
は、速い!きょうびの女子中学生はあんなに速いのか?!
追いかけようとしたが、倒れてる子の事も放ってはおけなかった。


「君、怪我はないか?」

「え、あ、あああの、な、何が、あ、あったんですか?」


その子は顔を真っ赤にしながら手をわたわたと振りながら、もの凄い勢いでどもりながら返事をした。
……とりあえずは大丈夫みたいだな。


「助けてくれたのはネギ君だ。後でお礼いっときな」


それだけを言って、急いでネギ君の杖を拾い少し離れた所に置いてあったネギ君の荷物を抱え、神楽坂が落としていった荷物を持って走った。



少し走るとちょっとした雑木林の中でネギ君が神楽坂に詰め寄られてた。
ホントにバイタリティーの固まりだな……!


「他の人には黙ってて下さい!そうじゃないと僕大変な事になるんです!」

「知らないわよ、そんな事!」

「……仕方ありません。秘密を知られたからには」

「ストップ!」

「あ、高槻さん」

「2人とも少し落ち着くんだ」


今の会話から察するにもうネギ君が魔法使いって事はばれてるっぽいな。黙ってて下さいとか言ってたし。
しかしこんなに早くにバレるとは……。


「ネギ君、荷物渡しておくよ」

「あ、そうか杖置いてきちゃってたんだ。ありがとうございます」

「……ところでネギ君は神楽坂に何をしようとしたんだ?」

「えっと、さっきの事を忘れてもらうと記憶操作の魔法を……いたっ!」


言い終える前にネギ君の頭に軽く拳骨を入れた。
ネギ君のこの魔法で何でもかんでも何とかしようってて考え方は少し危ないな。


「ネギ君。それは幾ら何でもやっちゃいけない」

「で、でもそうしないとオコジョに……!」

「オコジョ……?まあそれは後で聞こう。ネギ君、良いかい。魔法は確かに便利だけどそれを使えば万事解決、て訳じゃない。仮にこの場を誤魔化せたとしてもいつか絶対にボロが出る。そしたらマギステル・マギどころか先生にすらなれないよ」

「そ、それは困ります……」


まだネギ君には記憶云々の道徳的な事は分からないだろうから、ひとまずはマギステル・マギになれないと、少しだけ脅かしておけばいいだろう。


「それに魔法ばっかに頼ってちゃネギ君がここに来た意味がないだろ?」

「ここに来た意味、ですか……」

「そう。ネギ君は確か卒業課題として先生をやれって言われたんだっけ?」

「そうです。それで僕がいた学校の校長先生の友人だった学園長がいるここに来たんです」

「先生をやれって言われたのが偶然だとしても、やれって言われたからには君はここで魔法使いとしてだけじゃなく、人としても成長しなくちゃいけないんだ」

「人としても成長しなくちゃいけない……」

「魔法なんてのは偶々、偶然手に入っちゃった力でしかないんだ。それに普通の人は無くてもやってけるんだ。だからここでは使うべき時以外は使わない事。さっきのはまさしくその時だったよ」

「そ、そういえば彼女怪我してなかったですか?」

「ああ、元気……なのかはちょっと分からないけど大丈夫だったよ」


それともあのしゃべり方がデフォルトなのか……。なんにせよ無事だったのは確かだ。

「良かった……」

「ネギ君はさっきどう思って魔法を使った?」

「……助けなきゃ、って思いました」

「そう、それだよ。ネギ君が助けなきゃって思った時に使うんだ」

「でも、それで人に見られたら……」

「自分の為に魔法を使ってオコジョになるくらいなら、誰かを助けてオコジョになった方がかっこいいだろ?」

「!!……そ、それは考えた事ありませんでした。そうですよね、確かに高槻さんの言う通りですね」


だろうな。オコジョになるってのはたぶん魔法使いにとっては最大の恥なんだろう。つーかオレもいやだがな、オコジョになるなんて。


「ただし、助けたいからと言って人目を憚らずに使うのはダメだからな。その時はネギ君が魔法を使わずに自力でギリギリまで頑張って頑張って、それでもダメだった時、それが使うべき時だ」

「使うべき時……。そうですよね、僕ウェールズで魔法を日常的に使ってたから……。考えてみれば当たり前ですよね。使うべき時に使う……、高槻さんありがとうございました」


そう言って頭を下げるネギ君。
ネギ君は確かに所々で捻れているが、基本的には真っ直ぐ育っているからこうして人の話しをちゃんと聞いてくれる。これなら、ここにいる間に分からなくちゃいけない事も分かってくれるだろう。


「あの~……、ちょっといいですか?」


と、そこに明らかに置いてきぼりとなっていた神楽坂が恐る恐るといった感じで手を挙げていた。
さて問題はこっちだな。どうするか。


「そ、そうだ!高槻さん、どうすれば良いんですか?記憶操作しちゃいけないのは分かったんですけど、で、でもどうすれば?」

「……。なあ神楽坂、さっきの行動神楽坂の目にはどう写った?」

「本屋ちゃんを助けた……」


若干ふて腐れるように言った。神楽坂自身も分かっているんだろう、少なくともさっきネギ君は何一つ間違った事はしていないと。……朝の事はともかく。


「ネギ君、あの事(・・・)は謝ったかい?」

「い、一応謝りました。……気圧されてですけど」

「じゃあ、もう一度謝っておいた方がいい」

「あの、神楽坂さん。朝はその……すみませんでした」

「う……、良いわよ、本屋ちゃん助けたのでチャラにしてあげるわよ!後、言わなきゃ良いんでしょう?」

「あ……、ありがとうございます!」








そうだ、神楽坂の荷物も持ってたんだった。
中身は……お菓子とかっぽいけど、量がヤバくないか?


「神楽坂、お前の荷物だけど……食べ過ぎじゃないか?」

「わ、私のじゃないですよ。こいつの歓迎会をやるんですよ……って、そうだ!歓迎会、すっかり忘れてた!ほら、早く行くわよ!」

「うわわ、あ、あの高槻さんも来ないですか?流石にあれだけの女子の中でだと恥ずかしくて」


なに?
…………凄く遠慮したいな。オレにとってあのクラスは軽いトラウマだからな……。でもネギ君の言う事も分かる。だからネギ君の意志も汲み取ってあげたいんだが……。
ネギ君の歓迎会だし、こっちには矛先向かないか?でもそれだとなんかネギ君を盾にしてるようであまりいい気はしないな。


「あ、あの高槻さん?すごい難しい顔してるんですけど大丈夫ですか?」

「…………」


神楽坂は原因が分かってるのか気まずそうに顔を逸らした。
しょうがない、ここはネギ君の為に我慢するか。


「分かった。一緒に行っても構わないなら同行するよ」

「たぶん、大丈夫だとは思いますけど……ホントに良いんですか?」

「あまりしつこく聞かれると決意が鈍る」

「そ、そうですか」

「?」


そして数時間後、オレはまた行かなきゃ良かったと後悔する事になるのであった。



[16547] 第13話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2010/09/17 12:19



Side 涼


「ねえ、あんたはどんな魔法使えるの?」

「まだ修行中の身ですからそんなに大したものはまだ使えませんよ。使えたとしても基本的なものばかりです」


ネギ君の歓迎会に付いていく事になったオレ。正直あまり気は進まないが……。まあ前回あんなに質問攻めにしたんだから今回はないだろう。……と言うかそうなって欲しい。


「なあ、神楽坂。たぶんいるとは思うけど朝倉は?」

「朝倉がこんな機会逃すわけないわよ」


やっぱりか……。こうなったら腹を括るしかないな。


「朝倉さんって、確か報道部に所属している人ですよね?何かあったんですか?」

「ん、いやちょっと前に朝倉を筆頭にいろんな生徒に質問攻めにあってね」

「そういえば、高槻さんってどうやって桜咲さんと仲良くなったの?桜咲さんが誰かと口聞いてるのあんま見ないんだけど」

「悪いが、それは秘密だ」


この事に関しては一般の生徒おろか魔法関係者にもおいそれとは教える事は出来ないからな。それを知るのは桜咲が言う時だけだろう。



教室に着いた。中からは生徒達の声が聞こえる。
もう大分出来上がってるな……。酒を飲んでるわけでもないのに。


「じゃあちょっと待ってて。あんたが来た事伝えるから。合図したら入ってきて」


そう言ってネギ君から中が見えないように入っていく神楽坂。
一方のネギ君はソワソワとしている。どうしたのかと思ったが……、
ああ、楽しみなのか。
それに気づき、やっぱりまだ子供なんだなと微笑ましく思った。


「楽しみみたいだね、ネギ君」

「ええ、わざわざ僕の為に歓迎会を開いてくれたんですから。2-Aの皆さんは優しいんですね」

「入ってきて良いわよー」


神楽坂の声が聞こえた。生徒達の声が聞こえなくなってるのはたぶん、待ちかまえてるんじゃないかと。


「は、はい、入ります」


少し上擦ってるネギ君の声に少しだが笑ってしまった。
ネギ君がこっちを見て不満そうな顔をしてきたから、軽く謝っておいた。
ネギ君が扉を開ける。


「「「「ようこそ、ネギせんせーい!!!!」」」」


幾つものクラッカーと生徒達の歓迎の声。
それにビックリしていたが、次第に嬉しそうな顔になるネギ君。子供らしくて実に良い表情だ。


「わー、ありがとうございます!」


生徒達に手を引っ張られながら輪の中に入っていくネギ君。その姿はすぐに見えなくなった。別
……どれだけ群がってるんだ?
オレも捕まらない内に入るか。適当な飲み物を紙コップに注いだ。
ふと視界の端にネギ君とは違うスーツが見えた。
タカミチさんいるじゃん……。
ちょっとばかし後悔しながら、教室の隅へと退避するオレ。


「高槻さんもいらしたんですか?」

「ん、ネギ君に頼まれたんだよ。男1人じゃ寂しいからって。タカミチさんいたけど。しかしネギ君は凄い人気っぷりだな」


紙コップを片手に持った桜咲はやってきた。
オレの視界には女子達にもみくちゃにされているネギ君が写っている。みんなの取り合いが半端無いがショタの気でもあるのか?
あ、母性本能か。
……いや、違うか。幾ら何でもあれはないか。


「あ、あの高槻さん」

「ん?」

「しょ、少々プライベートな質問よろしいですか?」


プライベート……。オレの私生活になんか気になる様な事あったかな。まだ職場と家を往復する位しかしてないんだがな。


「まあ、別段隠す事もないし構わないぞ」

「えっと……そ、その高槻さんはエヴァンジェリンさんと、その仲良いんですか?」


……何を言ったんだあいつは。
まあその質問に答えるとすると、イエスなのかな。こっちに来てから一番話してるのはエヴァ達だし。


「まあ仲良いっちゃ、仲良いな」

「そうですか……」


その答を聞いてからか分からんが、桜咲が少しだけだが暗くなった。
そして小声で何かを呟いている。
名前で…………呼び合う……、とかなんとか

何だ?




Side刹那


高槻さんがエヴァンジェリンさんと仲が良いと聞いた時のよく分からない不愉快な感じ。
前にエヴァンジェリンさんに高槻さんと名前で呼び合ってると言われた時の感じと似ている。
その時にエヴァンジェリンさんには、もの凄い意地の悪い顔でこう言われた。


「安心しろ、お前から涼を取ったりはしない。だからそんな噛み付きそうな顔をするな」


……思い出しただけでその時の羞恥心が蘇ってくる。
いや、別に、決して高槻さんを取られるのがいやでそんな顔をしたとか、そんな事はない。それに高槻さんが誰と仲良くしてもそれは高槻さんの自由なのだ。だから別に私が怒る事ではない。そもそも私にはお嬢様をお守りすると言う重要な任務が……。


「桜咲、大丈夫か?」

「!!だ、大丈夫です!」

「そ、そうか。なら良いけど……」


こちらの顔を覗き込むものだから、思わず怒鳴ってしまった。それに高槻さんは驚いていたが、私が大丈夫と言ったのでそれ以上は気にしてこなかった。


「…………」


ネギ先生の方を微笑ましいものを見るように眺めている高槻さんを、バレないように少しだけ見つめる。
……私は高槻さんにどの様な感情を抱いているのだろう。
私はこの人と一緒にいると安心する。たぶん高槻さんが私と同じ様な人外の力を持っているからだろう。高槻さんなら私の力の事を知っても私を見る目が変わったりしないと思っているから。
それ以外にも、高槻さんにはこの力との向き合い方を教えてもらい、少しずつだがお嬢様との溝も埋める事が出来ている。
改めて考えてみると私は高槻さんにお世話になりっぱなしなんだな。

正直私が抱いている感情は私にはまだよく分からない。
でも全く不愉快ではない。むしろどことなく心地良いものだ。
たぶんこの人やお嬢様と接している内に分かってくると思う。だからそれまでは深く考えずにいようと思う。


それはそうと…………







「名前で呼び合う……。羨ましいですね」





Side 涼


「名前で呼び合う……。羨ましいですね」


そんな呟きが聞こえた。
ふむ……オレはこんな時どんな反応をすれば良いんだろう。
今の台詞とか前後の会話から察するに、エヴァとオレとの事を言っているんだろう。
この間のエヴァの顔が思い出される。とても悪そうな顔だったな。
それはさておき、少し考えてみる。
下の名前で呼び合うって事は、そいつらは仲が良いって事だ。仲が良くなきゃ呼ぼうとも思わないし、呼びたいとも思わない。
オレとエヴァもたぶんそうだろう。
つまり、桜咲は……




名前で呼び合う仲間が欲しいのか。
桜咲って誰かと話すのまれみたいだしな。
よし、ならこっちから言えば良いか。


「なあ、刹那」

「!!」


そう言った途端、刹那は顔を極限まで赤くし、盛大に咽せた。
い、いきなりどうしたんだ?!
とりあえず、背中をさすりながらどうしたのかと聞いた。


「だ、大丈夫か?いきなりどうした?」

「げほっげほっげほ……、い、いきなりはこっちの台詞です」


咽せた直後の為顔を赤くし、目に涙を溜めていた。
不謹慎だが、それを少し可愛いなと思った。


「い、いきなり、その……し、下の、な、名前で呼ぶなんて」

「刹那の呟きが聞こえたんだが……、マズかったか?」

「い、いえ、決してそんな事はないです。ただ、いきなりだったんでビックリして……」


落ち着いたみたいなのでさすっていた手を離す。それを見て刹那が少し固まっていた。
あれだよな、刹那って最初は無表情タイプかと思っていたけど、結構表情動くよな。


「イー所、みぃちゃった」


その声にハッと前を向く。口を手元にやり、ニヤニヤとしている朝倉がいた。
朝倉和美。別名「麻帆良のパパラッチ」。その名の通り常にスクープを狙っている奴だ。
しまった、初めからこいつを警戒していたと言うのに。刹那との話しに集中し過ぎて、完全に忘れていた。
朝倉を筆頭に麻帆良野次馬ーズがオレ達を囲う様にいた。
少し周りを見渡す。
……大丈夫だ、逃げられるな。
刹那と目を合わせる。
オレは履いていた靴を脱いだ。刹那は人の壁が薄い右側にバレない様に少しずつ体重を傾けていた。
――いけるな?
――はい


「さぁーて洗いざらいって、うそぉ!!」


朝倉が驚くのも無理はない。オレが邪魔になるために教室の後ろに下げられていた机の上に乗り、その場にいた野次馬達を飛び越えたからだ。
そして、全員の目がオレに向いた時に合わせ、壁の薄い右側から素早く抜け出した。


「ええーー、いやいやいやいや!」

「悪いが朝倉の尋問と言う名の拷問はお断りだ」


着地と同時に素早く走り出す。丁度その時刹那が前の扉を通り過ぎるのが見えた。
よし、あっちも首尾良く逃げられたか。
それに続いてオレも教室から飛び出した。
後ろを向くと中国からの留学生が笑顔で走ってきた。
それはもう嬉々として走ってきてる。


「待つアルよー、高槻サン!私と勝負アルー!」


何か趣旨が変わってないか?
それにしても厄介なのを。ああいう手合いはしつこいんだよな。くそ、逃げ切れるか?
オレのその予想は大当たりし、30分以上校舎内で鬼ごっこする羽目になった。
あの子のスタミナの量はもういっそ感心する程だった。途中で歩くとかはあったけど、それ以外はほとんど全力疾走だってのに。
しかも無事に振り切った時も2階の窓から


「明日こそ、勝負するアルよー」


と、元気に言っていた。
……まあ、ああいう元気な子は嫌いじゃない。ある意味とても純粋だし。
ただ、まあ……、限度を知って欲しい。そして常識を学んで欲しい。その為にはネギ君に頑張ってもらわねば。
改めて応援するぞ、ネギ君。



[16547] 第14話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/02/11 20:47
Side 涼


ある平日の放課後。ネギ君が深刻な顔をして用務員室にやってきた。
何事かと思い尋ねてみると、


「正式採用の為の最終課題が出たんです」

「その顔を見るとかなりの難題みたいだね」


どんなものかと思い、その最終課題が書かれた紙をネギ君に渡してもらう。
そこに書いてあったのは、2ーAをテストで学年最下位から脱出させる、と言うものだった。
……あのクラス最下位だったのか。てことはタカミチさんの時もって事だよな。キツそうだな。
でもあのクラスはそんなに出来が悪いって感じはしないんだがな。
それを尋ねてみると確かにその通りだと言う。実際学年で5位以内が数人いるのだという。
しかし……


「バ、バカレンジャー……。なんて安直な」

「今日放課後にテスト勉強をやってみたんですけど、その中でアスナさんがぶっちぎりで……。古菲さんに至っては逃げるし」


……ごめん、古菲が逃げるその原因は恐らくオレだ。
古菲はあの歓迎会の日からほぼ毎日「勝負アルー」と言って絡んでくる。いつも適当にあしらっていたんだがな。というかあいつは学期末テストが近いのになにをやっているんだ。


「この学校がエスカレーター式ってのがかなり悪く作用してるな」

「そうなんです。クラスでもそう言ってる人いましたし」


しかし、ううむ……どうしたものか。相談に来た手前何かアドバイスをあげたいんだが、生憎オレは人に勉強を教えられる程頭が良くないからな。


「とりあえずは、そのバカ五人衆を集めて最下位を脱出出来たら何かご褒美を与えるとか。逆に何か少し脅かしてくとか。有り得ないけど、小学校からやり直しとか」

「あ、それ良いかもしれませんね」


ネギ君が持ってるクラス名簿を拝借し中を見る。
5人の内2人がバトルマニアか。……しかたがない、オレが一肌脱ぐか。
後は……、こいつを使えば上手く噂を広められるかも。


「この2人はオレから言っておくよ。ネギ君は他の奴らの分のご褒美を考えておいてくれ」

「すみません、お願いします」

「後は、朝倉に頼んでさっきの事を噂としてクラス内に上手く広めてもらおう」

「そうですね。じゃあ今から、あ、高槻さんも一緒に来ます?」

「…………本気か?ネギ君」


あの朝倉に借りを作るなんて事をしたら、どんな目に遭うやら。この間の歓迎会からまだ一回も遭遇してないからな。もの凄い質問攻めが待っているであろう事は容易に想像出来る。


「でも長瀬さんと古菲さんもいますし、丁度いいんじゃないですか?」


……仕方がない。後日に2人を訪ねてまた変に勘ぐられるのは勘弁して欲しいしな。
朝倉に見つかる前にやる事やってさっさと帰ろう。













「あれ、高槻さんじゃん。なに、とうとうインタビュー許してくれたの?」


あっという間に見つかった。て言うか、寮の玄関にいた。しまったな、迂闊だった。その可能性を考慮してなかった。


「いや、それは金輪際受けない事にしている」

「ありゃ、残念。じゃあ何用?」

「えっと、僕の方から頼み事があるんですが、大丈夫ですか?」


そっちは頼んだぞ、ネギ君。
玄関から比較的近いところに寮長さんの部屋があったので、そこに古菲と長瀬を呼んでもらった。
程なくして2人がやってきた。


「高槻さんやっと勝負を受けてくれる気になったアルか!」

「近いけどそうじゃない。て言うか、テストが近いのにお前は何をやってるんだよ」

「……バレたアルか」


古菲は誤魔化すように苦笑いしている。長瀬の方を向くとスッと目を逸らした。
お前らな……。


「それに聞けば、2ーAは万年最下位とか」


2人は益々顔を逸らした。自覚あるんだろうな、バカレンジャーなんてあだ名を付けられてるし。オレも人の事をどうこう言える程に頭が良いわけじゃないけど。


「そこでだ、2人に提案があるんだ」

「何アルか?」

「何でござろう?」

「2人がテストの点数を上げる事が出来て、万年最下位の脱出に貢献出来たら、2人と勝負しよう」

「ホントアルか?!」


うわっ、予想はしてたけど凄い食い付きようだな……。テストの話しをしてた時は全く元気の無い目をしてたのに、今の話しをした瞬間にもの凄い勢いで目に光が宿った。


「ただし、制限時間ありの一本勝負だからな」

「それでも良いアルよ!」

「拙者も参加してよろしいでござるか?」

「構わない。ただし、さっきの条件を満たしてる場合のみだからな」

「アイアイ」


さてと、とりあえずの餌まきは終わった。後は2人の頑張りに期待しよう。
ネギ君の方は果たして大丈夫か?朝倉の事だから何か無茶な要求とかしてそうなんだよな。いや、流石に今回は無いか。失敗すりゃネギ君が先生になれない訳だし。


玄関の方に行ってみると、ちょうど話しが終わったらしく朝倉が寮内に戻ろうとしていた。


「やってくれるか?」

「流石に担任の頼みとあっちゃねぇ、しかも子供に無茶な要求するわけにもいかないしねぇ」


 流石にその辺りの良心はまだ残ってたか。
だが、朝倉はこちらを、ふふふと意味ありげに妖しい笑みを浮かべながら見てきた。


「…………」


その笑みは中学生と言う年に疑問を持てるような、男を誘惑するような笑みだった。
何も知らない男が見れば、惚れるんじゃないかと思う程だった。

……まあ、オレはこいつの本性知ってるから何とも思わない、と言うか思えないけど。


「悪いが、その手には乗らないよ」

「ありゃ、私の誘惑が効かないとは」


今ので少しでも動揺したりなど隙を見せたら最後。またあのパパラッチ&野次馬ーズによるエンドレス尋問(拷問)が行われるだろう。


「とりあえず、頼むぞ」

「任された」


外に出てネギ君の所に向かった。
もうそろそろ遅くなるし、送ってくか。……ん、そういやネギ君てどこに住んでるんだ?まさか一人暮らしじゃあるまい。


「ネギ君ってどこに住んでるんだ?」

「アスナさんこのかさんの所に住まわせてもらってます」


同居なんだ……。部屋の住人に些か以上に疑問を感じるが、……まあどうせ学園長の指示だろうな。


「ネギ君。分かってるとは思うけど、この課題は先生としての君が試される」

「分かってます。魔法は使いません。」

その言葉信用させてもらうぞ、ネギ君。
……ただ、少し不安があるとすれば魔法の存在を知ってる神楽坂なんだが、まあそこはネギ君に頑張ってもらおう。
さて、用事も終わったし夕飯の買い物してから帰るか。














「そーいや、そろそろテストの順位発表だね」

「今回もウチらのクラスが1位でしょ」


と、玄関前を掃除してる時に生徒の話してるのが聞こえた。
日付を頭の中で確認してみると、なるほど、そろそろ結果発表が行なわれる頃合いだな。
あれから、ネギ君は一度も来なかったが果たしてどうなったのか。


「高槻さーん」


と、タイミング良くネギ君が出勤してきた。
掃き掃除を一旦中断して、そちらに向き直る。


「おはよう、ネギ君。そろそろ結果発表みたいだけど、担任として皆の仕上がりはどうだった?」

「はい、とりあえず出来る事は全部やれたと思います」

「そりゃ、良かった。ところで最近はこっちに顔見せなかったけど、煮詰めすぎたりしてないか?」


あまりネギ君が他の先生達と話してるのを見た事無いからな。大人しかいないから、あまり気安くは話せないんじゃないかと思う。つまり不安な事とか、愚痴とか。
かと言って、クラスの生徒達にそんな事は話せないし。


「えっと、高槻さんの所に行っちゃうと、何か頼っちゃうんじゃないかと思って……。今回の事は少なくとも、僕が頑張れば出来る事だと思ったんで。それにアスナさんと話してると意外とストレス発散になるんですよ」

「そっか。頼らずに出来る事と、頼っても良い事が区別出来てるなら大丈夫だな。それにしても、意外だな、神楽坂が聞き上手だとは。短気だとばかり……」


「いえ、お互いに罵り合ってます」


…………ああ、そっちか。確かにそれも良い手段だな。神楽坂となら、後腐れ無さそうだし。そういう意味では相性良いのかもな。


「じゃあ、僕そろそろ行きますね」

「良い結果が出たら、何か奢ってあげるよ」

「え、そんな、悪いですよ」

「ネギ君だって頑張ったんだから、それぐらいはしなきゃね。それに良い子にはご褒美って言うだろ?」


そう言ったら、ネギ君は一瞬キョトンとした顔になった。それから、おずおずと、お願いします、と言って校舎に入っていった。
そう、ネギ君はまだ9歳の子供。状況が状況だから、大人にならざるを得ないが本来ならまだ大人から学んでいる年。だからこうして誰かがまだ子供なんだよ、と教えなきゃいけない。大人になるってのは、状況に急かされてなるものじゃない。
オレだって親父にもお袋にも、今会ったって学ぶべき事は多いい。いや、いくつになっても子供は大人から何かを学ぶものだ。
ネギ君は本来ならこの学校で普通の先生としても、魔法先生としても学ぶべき事が沢山あるのだ。ただ、「英雄の息子」と言うレッテルのせいで、本人も周りもそんな普通の事に気づけないでいる。だから、誰かがそれに気づくまでオレがその大人をやろう。人に威張る事が出来る程の人生はまだ積んではいないが、少なくともネギ君よりは積んでいるつもりだ。親代わりになるつもりはないが、兄貴代わりくらいにはなれるだろう。
さて、とりあえず掃除を再開するか。




Side ネギ


「すいぶん嬉しそうな顔してるわね、ネギ。1位になれたのがそんなに嬉しかったの?」

「え、そうですか?」


顔を触ってみる。うーん、よく分からないな。
でも理由は分かってる。アスナさんが言った通り1位を取る事が出来たのは嬉しい。でもそれ以上に、教科毎に作ったバカレンジャーの人達用に作ったプリントを使って一生懸命勉強してくれた皆さんの苦労や、噂を流してくれた朝倉さんや、その噂を信じて(騙す事に少し罪悪感を感じたけど)頑張ってくれたクラスの皆さんの苦労が実ったんだから、凄く嬉しい。


「じゃあ、僕ちょっと寄るところあるので」

「どこ行くの?」

「高槻さんの所です。結果は知ってると思うんですけど、直接言いたくて。後、何かご馳走してくれるって言ってましたし」

「へえ、良かったわね。……なんて言うか、高槻さんてネギのお兄さんみたいね」


言われて気付いた。
よく相談に乗ってくれるし、頼れるし、色々教えてくれるし。……お兄さんか。何か少し嬉しいな。


「じゃあ、行ってきますね。……えへへ、お兄さんか」


ご褒美ってなんだろうな~。



[16547] 第15話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/03/26 16:08
Side エヴァンジェリン

夜の風に吹かれて髪がなびく。それが心地よく、ここでずっと風に吹かれていたい気分になる。
良い風だ。
顔を上げれば、雲に少し隠れているがきれいな満月が悠然と輝いていた。
何か良い事がありそうだ、などと柄にも無くそんな事を思った。

「……ん?」

しばらくの間、そこで月を眺めていると視界の端に人影が差した。
そちらに目線をやる。
……なるほど、良い事が起きたな。
そこには同じクラスメイトの佐々木まき絵が1人で歩いていた。
1人で、その上女となればそれは格好の標的になる。
ネギ・スプリングフィールドと戦うには力が必要だ。いくら仕掛ける時があの日でも力を蓄えておくに越した事はない。
口角がつり上がるのが分かる。すまんな、と軽く呟き月見の場所にしていた街灯から佐々木まき絵に向かって翔ぶ。
何となく気配で察したのだろう、佐々木まき絵がこちらに振り返る。そしてその顔が恐怖で歪む。

「きゃあああああああああ!!」











と、今までの私ならそうやっていただろうな。間違いなく。
足場の街灯のすぐ下を佐々木まき絵が通り過ぎていく。
確かに女を襲えば、比較的楽に力を蓄える事が出来る。
だが……

――無いも同然だが私の誇りに掛けて応えてみせよう

だがあいつにああ言ってしまった手前、それだけは出来ない。
あいつは女子供を襲うな、とは言わなかった。だが私が言ったその誇りに掛けてもそれは出来ない。
わざわざ標的を成人男性のみに絞る事は今の私にとってはデメリットしかない。
だが私を信じると言ったあいつの信頼には応えなければならんと思っている。

「ふっ……」

口から苦笑なのか微笑なのか、自分でも分からない息がもれる。
らしくない事をしていると思っての苦笑なのか、それともらしくない事をしていると思っての微笑なのか。
まあどちらでも良い、結局はらしくはないんだからな。
さてここらをもう一回りくらいして帰るか。酔いつぶれてる奴でも見つかればいいんだがな。……ニンニクが混じってる料理を食ってない奴に限りだが。











「吸血鬼がいる」

登校している生徒達からそんな言葉が聞こえた。
さすがに少しは噂になるか。もっとも所詮はただの噂で一部の生徒が知っている、その吸血鬼である私からすれば、鼻で笑ってしまう程度のものだ。
ただその中には
赤いコートを着たダンディーな男の吸血鬼だ、とか
金髪の無駄無駄叫ぶ男の吸血鬼だ、とか
妙に具体的なものもあったが……、マンガか何かか?

「おはようございまーす」

最近では聞き慣れた、良く通る声が後ろから聞こえた。
ネギ・スプリングフィールド。
あいつの息子。あいつが死んでしまった今では、私の封印を解く事が出来る唯一の存在。いずれ戦う事になる相手だ。礼儀正しい茶々丸はともかく私にはあいさつを返す必要は無い。そのまま無視して歩みを進める。
あ、あれーエヴァンジェリンさーん、などと後ろで戸惑う声が聞こえるが知った事ではない。

「あまりいじめてやるな、エヴァ」

「親しくなってしまっては戦いにくいだろう、と言う私なりの親切だ」

玄関に着いたとこで、先程の遣り取りを咎める様な声が掛かり、それに対して私は冗談を返した。
高槻涼。
別世界からやって来た男。デタラメな強さの男。人外の力を手にした過程、それからの生き方など、その在り方が最も私に近い男。

「おはようございます、高槻さん」

「おはよう、茶々丸、エヴァ」

こいつと話すのなら構わんのだが、あんまり話し込んでると後ろに追いつかれるからな、さっさと行くか。

「じゃあな、涼」

「さぼるなよ」

涼の小言に適当に返事をして、下駄箱へと向かった。















街灯の上に立ち、周りを見渡す。
と言ってもまだ時間が遅いわけでもないから、期待はしていないが。

「ん?」

比較的広い通りに視線を向けてみれば、耳に何かよく分からない物を付けて歩いている男がいた。
耳に直接当たっている箇所はパッと見で柔らかい物で出来ているのが分かる。
都合が良い。あれではよほどデカい音でない限り、辺りの音が聞こえないはずだ。
街灯から次の足場となる街灯へと飛び移る。
標的の男が真下を通る。良し、今だ。
一気に背中へと飛び、張り付くと同時に首筋に噛み付く。
血を吸い出し、喉を鳴らしながら飲む。
男は一瞬悲鳴を上げたが、すぐに意識を失った。
貧血になるギリギリの所まで吸い続ける。
そしてちょうど吸い終わった時に

「きゃああああ!!」

耳をつんざく様な女の悲鳴が後ろから聞こえた。
ちっ、少し気を抜きすぎたか。
男の首筋に噛み付いたまま、視線だけを後ろに向けた。
そこにいたのは、私と同じクラスの生徒だった。確か宮崎のどかと言ったな。
目撃された事と悲鳴を上げた事に舌を打ちたかったが、不幸中の幸いか、宮崎のどかはその場で崩れ落ちる様に倒れた。
……そういえばこいつは気の弱い奴だったな。
倒れている宮崎のどかにそっと近づく。

「ふん、ホントにらしくない」

腕を肩に回し、起こす。
起こしたは良いがどうしたもんかと、顔を上げればちょうどベンチがあった。
身長の関係で少し引きずってしまったが、まあ良いだろう。道路で寝ているよりはマシだ。
しかしらしくない事をすれば何か起きるのは本当の事なのか、今日も1日聞いた声が迫ってきた。

「待てぇーー!僕の生徒に何するんですかーー!」

思わず苦笑が漏れる。
全く、らしくない事をするからだ。一般人どころか魔法先生が来たじゃないか。
抱えていた宮崎のどかを地面に降ろし、その場から飛び退く。

「ラス・テル・マ スキル・マギステル、風の精霊11人(ウンデキム・スピリトゥス・アエリアーレス)縛鎖となりて(ウィンクルム・ファクティ)敵を捕まえろ(イニミクム・カプテント)」

そう急くな。貴様の生徒には何もしちゃいないぞ?

「魔法の射手(サギタ・マギカ)・戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)!!」

ちぃ、これはかわせん。あまり触媒がないから使いたくはないが、致し方ない。
懐から手を入れて、フラスコを投げつける。

「氷盾(レフレクシオー)!」

空中で魔法同士が激突する。
……ッ、こいつは予想以上だ。流石は奴の息子だ。防御したが完全に相殺とはいかずに、強い風がこっちに届いた。それだけで済んだのは幸運だったが、おかげで帽子がどっかに飛んでいってしまった。
激突で生じた煙が晴れていく。
さて、不本意とは言え折角出会ったんだ。挨拶といこうか。

「こんばんは、ネギ先生。……いや、ネギ・スプリングフィールド」

「えっ?!」

私を認識したその顔は有り得ないモノを見つめる顔だった。
まあ、それはそうだろうな。自分のクラスの生徒が一部で噂になっている吸血鬼の正体で、しかも魔法使いなのに悪い事をしているからな。

「そんな……エヴァンジェリンさんが犯人で、しかも魔法使いなんて……。何で魔法使いなのに、こんな事を?」

「簡単な事だ。この世には善い魔法使いと悪い魔法使いがいるんだよ、坊や。それにしてもこの威力流石は奴の息子だ」

「え?お父さんの事を知って……」

流石にこいつにとっては行方不明の父親の事を言われれば、動揺するか。そしてその動揺は、隙になる。
素早く懐からフラスコと試験管を取り出し、坊やに向かって投げつける。

「リク・ラク・ラ ラック・ライラック。氷結・武装解除(フリーゲランス・エクセルマティオー)!」

「うあああああ!!」

振り返る直前に坊やがレジストするのが見えた。
咄嗟の反応であれだけのレジストが出来るのか。大したものだ。










「待ちなさーい!どうしてあんな事を、先生として許しませんよ!」

「だったら捕まえて見せろ、坊や。そうすれば、奴の事も教えてやるよ」

「!!……なら捕まえて見せます。そしたらあんな事をしてる理由と、お父さんの事を教えてもらいますよ」

そのセリフと共に坊やのスピードが上がる。
それと一緒に詠唱も聞こえてきた。これは精霊召喚か……。
後ろを見て、思わず感心する。
そこには8体の中級精霊がいた。あの年でこれだけやるか。なるほどここの連中が期待するわけだ。こいつはまさしく天才という奴だな。
しかし、厄介だ。今夜のエンカウントはまさしく偶然。坊やとの一戦なぞ全く考慮してない。どうにか茶々丸が間に合えば良いがな……。
後ろから迫ってくる精霊達に意識を移す。こいつら全部を迎撃出来ない事もないが、触媒の数から言って、それはあまり良い選択ではない。
なら、選択肢は1つのみ。全部をかわす事だ。
手足を広げ、強引に減速し精霊達の間を潜る。

「えっ?うわああっ!」

その行動があまり予想外だったのか、坊やは悲鳴を上げながら間一髪私との激突を避けた。
そこから一気に急降下し、反転して追ってきた精霊をかわす。
湖面へと急降下し、詠唱を開始する。

「来たれ氷精 爆ぜよ風精 氷爆(ニウィス・カースス)!」

これの目的は坊やの精霊に対する直接的な迎撃ではない。
空中に出来た大量の氷塊を水中へと突っ込ませ、爆発させる。それによって水柱が出来、それが凍気によって湖面共々凍り付く。即席の障害物の出来上がりだ。
私は氷の柱の間をスピードを落とさずに潜り抜ける。
後ろから柱に激突する音が聞こえた。全部とはいかないまでも、幾らかは墜ちただろう。
湖の上から陸の上へと移動する。
坊やはどこに……?辺りを見回そうとして、正面から坊やがこっちに突っ込んできたのに気付いた。
かなりのスピードで脇を通り過ぎた。後ろを向くと、キツい角度のUターンをしてこちらに向き直った坊やと目が合った。
そして再び、先程と同じ数の精霊を召喚していた。

「芸が無いぞ、坊や。そんなんでは私を捕まえられんぞ」

「同じじゃないですよ!」

何を、と言おうとして正面を向いた瞬間に理解した。
正面から同じく8体の精霊が迫っていた。
16体を同時に扱うだと?!くっ、この挟み撃ちをかわすのは不可能だ。
全部の迎撃も不可能。なら正面の奴らを……。

「風花 武装解除(フランス・エクサルマティオー)!!」

だが、当然突発的な事に対処すればわずかでも隙が出来てしまう。
迎撃している最中に接近され武装解除を喰らい、羽代わりのマントを持って行かれた。
教会の屋根に着地する。

「やるじゃないか、先生。まさかこれほどとはな」

「これで僕の勝ちですね?さっき言った事聞かせて貰いますよ」

「そうかな?」

「触媒もマントも無いエヴァンジェリンさんに勝ち目はありません」

なるほど。確かにそうだ。まあ実際は触媒は全く無いわけではないが、今の窮地を脱する事が出来ないのに変わりはない。チェスならチェックメイト、将棋なら王手と言った感じか。但し……

「坊やがそう思うなら、呪文を唱えてみろ」

「……ラス・テル マ・スキル・マギステル」

「魔法の……痛て!」

それは全部条件が対等であればこその話し。今の坊やは私……いや、私達とは条件が対等ではない。

「紹介しよう。出席番号10番、私の従者(ミニステル・マギ)の絡繰茶々丸だ」










「これで呪いを解く事が出来る……」

今の私は最高に気分が良かった。らしくない事をしたのは寧ろ幸運を引き寄せたようだ。
坊やは茶々丸に拘束されている。

「う……うぅ……」

「安心しろ、殺しはせん。解呪出来るまでは吸わせて貰うから、貧血にはなるだろうがな」

首筋に歯を立てる。高揚感を押さえるのに苦労する程、今の私は舞い上がっていた。

「助けて……涼さん」

その名前を聞き、呪いを解いたらあいつも連れて行くか、などと場違いな事を考えていた。

「こらーーー!変質者共ーー!」

「ちっ、邪魔が入ったか」

だが所詮は一般人。邪魔者の跳び蹴りに対し、障壁を作って適当に跳ね返そうとした。

「!!」

それはほとんど直感だった。そいつの蹴りに涼のARMSに似た何か(・・・・)を感じ、咄嗟に腕を顔の前に掲げた。そしてその直感は見事に的中した。
障壁が粉々になった。
直前でガードが間に合い直撃は避けられたが、いかんせん体格に差がありすぎた。蹴りの勢いに耐えきれずに屋根の上を転がってしまった。

「マスター!」

「大丈夫だ。腕が痛むが支障はない。しかし、あいつと言いこいつと言い、真祖の障壁を簡単に壊してくれる……!」

茶々丸に手を借りて起きあがる。
しかし、こいつは何だ?涼はARMSと言う力を持っているからまだ分かる。
だがこいつは……。
くそっ、後1歩と言う所で……!

「……退くぞ、茶々丸」

「分かりました、マスター」

「ではな、先生。また明日会おう」




[16547] 第16話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/04/17 14:19
Side ネギ

「昨日怖い目にあったのは分かるけど、先生が登校拒否してどうすんのよ?!」

「あうぅー!パンツだけは、パンツだけは許してくださーい!」

いつまでもグズっている僕に、我慢の限界を迎えたアスナさんが遂に実力行使に出た。
パンツ一枚になってしまった僕は抵抗出来なくなり、服を着せられてしまった。
うぅ、無理です……。学校に行ったら、エヴァンジェリンさんとまた顔を合わせる事になる……。正直平静を保っていられる自信がない。
昨日の散々な戦闘を思い出す。
……パートナーか。こんな事を誰かに頼めるはずもない。でもエヴァンジェリンさん達と戦うのには、最低でもパートナーが必要だ。でも頼めるはずも……。
堂々巡りに陥ってた僕はアスナさんの声で漸く正気に戻る。

「ほら行くわよ!流石に校内で襲ってきたりはしないでしょ」








「マスターはサボタージュです」

茶々丸さんのその言葉を聞いた時、肺にある空気が全部出たんじゃないかと思う程の、ため息が出た。
よ、良かった……。
でもすぐに問題は何も解決していない事に気付く。いずれエヴァンジェリンさん達はやって来る。そしたら今度こそ血を吸われてしまう。昨夜は殺されずに済んだけど、次もそうだとは限らない。アスナさんが助けに間に合ったのは、本当に幸運だったと思う。
……ああ、どうすれば良いんだろう……。
安堵のため息はすぐに不安のため息に変わってしまった。
その不安やパートナーの事などが頭から離れず、ろくに授業が出来ずにクラスの皆さんに心配させ、あげくにはパートナーの事をうっかり言ってしまい、騒動を起こしてしまった。
そして、放課後には元気の無かった僕を気遣ってか、大浴場で「ネギ先生を元気づける会」なるものを開いて貰った。
クラスの皆さんが僕のためにわざわざ開いてくれたのは、凄く嬉しかった。
ただ逆セクハラだけは止めて欲しかった……。

でもそれがあったおかげで、カモ君と会う事が出来た。
エヴァンジェリンさんやパートナーの事でいっぱいいっぱいだった僕には、カモ君との再会は嬉しい事だった。
アスナさんはカモ君の事を中々信用してくれなかったけど、結局僕のペットとして麻帆良に滞在する事になった。
翌日にカモ君は自身の特殊能力で感知した僕との相性の良い人とパートナーの契約を結ばせようとした。カモ君がやろうとしている事は確かに正しい。でも本当に良いんだろうか、と言う疑問が消えない。何も知らない宮崎さんをこちらに巻き込んで、あげくにはエヴァンジェリンさんとの戦いにも巻き込む。
なのに、僕はカモ君の言う事を断れずにいた。パートナーがいなければあの二人に勝てない事も事実なのだ。考えが酷く矛盾している。
もし涼さんに魔法は安易に使うものじゃない、と言われなかったら良く考えずに契約をしていたかもしれない。
結局宮崎さんとの契約はアスナさんの妨害により未遂に終わった。

「兄貴ー、何かパートナー探しに乗り気じゃないっスけど、どうしたんです?」

「魔法の事を何も知らない人を巻き込んじゃって良いのかなって。それに……」

「それに……何です?」

「今僕はある人に狙われてるんだ」

それがあまりに予想外だったからか、カモ君は一瞬唖然とした表情になった。我を取り戻したカモ君に、詳しく話して下せぇと言われたので、とりあえず現時点で分かっている事を話した。

「エヴァンジェリン……吸血鬼……。どっかで聞いた事あるような……」

「え、カモ君、エヴァンジェリンさんの事知ってるの?」

しばらくの間カモ君は首を捻りながら思い出そうとしていたみたいだけど、結局は思い出せなかったみたい。
思い出す事を諦めたカモ君は、僕の方に向き直って口を開いた。

「兄貴、だったら尚のことパートナーが必要ですぜ」

「う……うん、それは分かっているんだけど」

「魔法を知らない奴を巻き込みたくないんでしたっけ?だったら姐さんに頼めば良いんじゃないですか?」

「アスナさんに?」

「そうっすよ。これは名案っす!姐さんなら魔法も知ってるし、何よりあの運動神経は強力な武器ですぜ」

カモ君の提案はとても良い物に思えた。確かにアスナさんのあの運動神経なら茶々丸さんにも勝てるかもしれない。
正直魔法を知っているって言う事だけで、ここまで反応が変わってしまう自分が少し恥ずかしかったけど、他に良い案がある訳でもなかった。

「今は木乃香姉さんがいるから言えませんけど、明日言ってみましょう」









「姐さんがネギの兄貴とサクッと仮契約を交わして、相手の片一方を二人がかりでボコっちまうんだよ!」

仮契約の仕方がキスと言う事もあってアスナさんは最初嫌がってたが、僕の現状を知っている以上無下にも出来ないらしく、最終的には受け入れてくれた。
アスナさんは何だかんだやっぱり優しかった。初めは乱暴者でガサツな人だと思ってたけど、僕の事を心配してくれているのが分かる。
カモ君が書いた魔法陣の上でアスナさんと向かい合う。
うう、昨日からこうなる事は覚悟してたけど、その場になると凄い恥ずかしい。アスナさんも照れがあるのか、顔が赤い。そのせいで僕も余計に恥ずかしくなってくる。
アスナさんは少しの逡巡の後、僕のおでこにキスをした。

「あ、姐さん!何でそんな中途半端な所に……」

「い、いいでしょー、何処でも」

「とりあえずこれで仮契約は成立!これであのロボをやれますぜ!」

その言葉を聞いて仮契約成立で浮かれていた頭が、冷水を被ったように冷えた。
そうだ、僕達はこれから茶々丸さんと戦いに……。
途端に動悸が激しくなる。
僕は茶々丸さんって言う人じゃなくて、茶々丸さんって言う生徒(・・)と戦いにいくんだ。
……僕に出来るの……そんな事が?
そもそもこの選択で当ってるの?状況に流されてるだけなんじゃ……。もしかしたら僕は選択すらしてないんじゃないか?

「兄貴どうしたんスか?あのロボを探しにいきやすぜ」

「う、うん」

でもこうしないと、次は殺されるかもしれないんだ。
胸に手を当てて、激しくなっている動悸を静めようとしたけど、当然そんな事で動悸が静まる訳もなかった。










「こんにちはネギ先生、神楽坂さん。……油断しました。でも、お相手はします」

茶々丸さんと相対しているここに至っても、動悸は治まらなかった。むしろその激しさは増していた。
ここに至るまでの道中、茶々丸さんはたくさん良い事をしていた。それが当たり前であるかのように。
だから僕はそんな風に当たり前にやれる茶々丸さんに、最後に尋ねた。
だけど、その問いは茶々丸さんを攻撃したくなかったからなのか、それともこの嫌な動悸を止めたかったのか。

「茶々丸さん……。僕を狙うのはやめていただけませんか?」

茶々丸さんの返事を祈る思いで待っていた。
果たしてその返事は……。

「申し訳ありません、ネギ先生。私にとってマスターの命令は絶対ですので」

僕の望んでいたものではなかった。

「……では、茶々丸さん」

「……ごめんね」

いい加減覚悟を決めないと。でないと僕どころかアスナさんにまで傷を負わせてしまうかもしれない。
――この選択で正しいのか?
でも、僕のそんな思いとは裏腹に杖を構えようとする腕は酷く緩慢な動きだった。
――僕は選択をしたのか?
ダメだ……! この状況になっても考えがバラバラだ!
茶々丸さんを倒さなきゃいけないのに、それを肯定出来ない自分がいる。
アスナさんを守るには茶々丸さんを倒さなきゃいけないのに、それを肯定出来ない自分がいる。

「行きます」

「!! 契約執行(シス・メア・パルス)10秒間(ペル・デケム・セクンダス)!! ネギの従者(ミニストラ・ネギィ) 神楽坂明日菜!!」

ギリギリまで鈍い反応しかしなかった身体は、茶々丸が声を出した事によって漸く動き出した。
僕の詠唱が終わると同時にアスナさんは駆けだした。

「速い! 素人とは思えない動き。しかし―――」

茶々丸さんの言う通りアスナさんの動きは素人目からしても、凄いと思った。
普通の人なら上昇した身体能力にすぐには対応出来ないはずなのに、アスナさんは対応どころか使いこなしている。
でも……

「くっ、このぉ!」

「修正可能範囲内です」

押されている。それが分かった時に僕は既に詠唱を始めていた。
迷いながら……。
完了しつつある詠唱。
でも僕には、標的が定められないでいた。

――撃たなきゃアスナさんがやられてしまう!
――生徒に攻撃をするのか?
――そうしなきゃ、アスナさんも僕もやれてしまう!
――この攻撃で茶々丸が壊れてしまったら?

僕は……

僕は……

僕は……

「うわああああああああ!!」

どうすれば良いんですか!!

「兄貴?!」

「ネギ?!」

ぐちゃぐちゃになった僕の心は魔法の制御が出来なくなってしまい、暴発を起こしてしまった。
暴発した魔法は射線上にいる者を敵味方関係なく飲み込もうとする。
まずい!!

「アスナさん!逃げて下さい!!」

「え?」

暴発した魔法の射手(サギタ・マギカ)は、アスナさんを飲み込み、爆発した。

ああ……うそだ。アスナさん……。

「アスナさーーーん!!」











Side 涼

ネギ君の様子がおかしいのは昨日からだった。
朝も神楽坂に担がれて登校してきた。二階の窓からそれを見て何事かと思い、下の階に行くと茶々丸と何かを話していた。
朝と言う事もあり、何を言っているかは分からなかったが、話し終わった後のネギ君のホッとした表情を見て察しが付いた。
エヴァ絡みだ。たぶん昨日辺りに戦ったんだろう。そして負けた。あの怯えっぷりからすると、かなり怖かったんだろうな。神楽坂のおかげでとりあえずは大丈夫みたいだが。
階段を昇っていく二人をやり過ごす。
今回の事に関しては基本的に無干渉でいくつもりだ。これはあいつらのケンカだからな。どんな選択をするにしろ、何も言わないつもりだ。

それにしても、エヴァが失敗するとはな。エヴァとネギ君が一対一なら失敗する可能性もあるが茶々丸がいる。
第三者が邪魔に入ったのか?可能性としてはこれが一番高い気がするが、だとすると誰が?
……もしかして神楽坂か?
想像してみて意外な程それはしっくり来た。あいつの性格なら見てるだけなんて無理だろう。
しかし、また新たな疑問が生まれる。邪魔したのが神楽坂だとして、撃退はどうやった?
確かにあいつの運動神経は高い。普段の身のこなしからしてかなりのモノだと思う。そんじょそこらの奴には負けないだろう。
ただ魔法使いは別だ。魔法使い相手なら、ただ運動神経がいいだけじゃアドバンテージにはならない。オレみたいな特殊な能力があれば別だけど。
だとしたら油断か?いや、自分で言うのも何だが、オレと言うイレギュラーを見ているエヴァなら油断なぞしないはず。
……これ以上の推測は無意味か。
オレはダラダラと続いていた思考を止め、仕事をするために移動した。









放課後。廊下を歩いている時に、窓の向こうにネギ君と神楽坂を見つけた。
コソコソと言う擬音が付きそうな位不自然な歩き方は、何かを尾行しているのだとすぐに分かった。何を尾行しているのか気になるが、それより気になるのは、足取りはしっかりしているのにどこか足が地に付いていない、と感じられるネギ君の方だった。
一目で危ういと感じた。
急いで玄関まで走り、二人を追いかけた。

しばらくしてから二人が誰を尾行しているのかが分かった。
茶々丸だ。
たぶん二人で茶々丸を倒そうとしているのだろう。
ただそれが誰の提案なのかが分からなかった。
仮にネギ君が提案したとしたら、あんなに不安定な状態にはならないだろう。ネギ君は何も選択していない。だからこそあんな状態なのだろう。ネギ君が選択した上での行動なら、極力手を出すつもりはなかった。それがどんな結果になろうと、ネギ君が選択した事だからだ。
神楽坂、と言うのも薄いだろう。あいつの性格からして、そんな提案が出来るとは思えない。

……第三者。たぶんこいつが提案したのだろう。

少し先ではネギ君と神楽坂が茶々丸と会話をしていた。
何を言っているかは分からなかったが、それはすぐに終わり臨戦状態になっていた。

先に仕掛けたのは神楽坂。契約の恩恵だと思うが、その動きは目を見張るモノがあった。
だが茶々丸の動きはそれより上だった。明らかに以前対峙した時より強くなっている。確かエヴァが誰かの所でアップデートをしたって言ってたな。それのおかげか。
それより……。

「ネギ君がやばいな……」

ここから見ていてもネギ君が迷っているのが分かる。明らかに戦えるコンディションではない。あえて口を出さなかったのだが、それがかなり悪い方向に作用してる。大事にならきゃいいんだが……。

だが次の瞬間それは起こってしまった。

「うわああああああああ!!」

絶叫。そして魔法の暴発。
暴発したそれは敵味方関係なく呑み込もうと、飛んでいく。

「まずい!」

それは真っ直ぐに茶々丸と神楽坂に向かって飛んでいく。茶々丸は気が付く事が出来たのか、離脱をしていた。だが神楽坂が突然の出来事に全く反応出来ていない。
ARMSを起動させ、全速力で駆け出す。
間に合えってくれ!
神楽坂と接近する魔法の射手(サギタ・マギガ)の間に割って入り、ARMSで顔を隠す。
次の瞬間身体をいくつもの衝撃が走った。皮膚が破れ、血が飛び散る。
……っく、結構痛いな。エヴァのより威力が上だ。

「た、高槻さん?」

「怪我はないみたいだな」

「わ、私の事より、高槻さん血が!」

「しばらくすれば塞がるから。それよりネギ君の方をどうにかしないと」

オレはこちらを見て涙を流しながら呆然としているネギ君の方へと歩き出した。



[16547] 第17話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/05/04 22:38

Side 涼

オレはズボンのポケットからハンカチを取り出し、涙でぐしゃぐしゃになっているネギ君の顔を拭いた。
その最中にネギ君の肩にいた動物と目があった。
ペットにするにしては変わってる……

「あ、あんた一体何モンで?」

……………………。
たっぷりと驚いた後に、魔法関係の動物かと理解出来た。
しかしもう驚く事は無いだろうと思っていたんだが、まさか動物がしゃべるとはな。考えた事もなかった。

「麻帆良で用務員兼警備員をやってる高槻涼だ。よろしく」

「おれっちはアルベール・カモミール。兄貴の親友のオコジョ妖精です」

オコジョとの自己紹介を終えて、改めてネギ君に向き直る。

「さて、ネギ君」

オレの呼び掛けにビクンと体を震わせる。自分のしでかした事に怯えているようだ。
ネギ君のこれまでの人生じゃこんな事は無かったんだろう。
だから分からないんだろうな。“力”とどんな風に向き合っていかなくちゃいけないのかが。

「別に今からネギ君を叱ろうとかしてる訳じゃないから」

「…………」

「まず始めに確認しておくけど、ネギ君は何をしようとしていたか自覚はあるか?」

「茶々丸さんを……倒そうとしました……」

それが分かっているなら、とりあえずは大丈夫かな。

「ま、待って、高槻さん。これには訳が……」

後ろで聞いていた神楽坂が思わずといった様子でオレにそう言ってきた。
その行動に少し意外だな、と思った。本人に堂々と子供は嫌いと言ってのける程なのだが、どうやら何だかんだでネギ君の事を心配している様だった。

「さっきも言ったけど、別に叱ろうって訳じゃない。茶々丸を倒すって選択自体は間違いじゃない。ただ」

「ただ……何ですか?」

話す事が出来ないネギ君の代わりに神楽坂が問いかけてくる。
これから言う事はたぶんネギ君自身も分かっている事だと思う。

「ネギ君が自分で選択した事じゃない、って所が問題なんだ」

ネギ君は唇を噛みしめながら俯いてしまった。
茶々丸を倒そうと言い出したのはたぶんこのオコジョだろう。本人(?)も悪意あっての事じゃないんだろうが、ネギ君に必要なのは一緒に悩んであげる事だ。

「その様子だと自分でも分かってるみたいだな」

コク、とネギ君は静かに頷いた。

「でも旦那、あのロボを倒さねぇと兄貴がヤバかったんです!」

「分かってる。だからさっきも言っただろ、選択自体は間違いじゃないって。それを人に任せたのがいけないんだ。選択をしたらそれ相応の責任が伴う。寧ろ、こっちの方が大事な事だ。これには大人も子供も関係無いし、その責任は誰にも肩代わり出来ないし、してもいけない」

もしその選択の先にある責任を自分で背負う事が出来ないのなら、それを選択する事は出来ない。もしこれを理解しないまま、無責任に自分の好きな選択をしていったらいずれは破滅してしまう事になる。今それを身を持って知ったネギ君ならもう大丈夫だろう。
後は今回の事の根本的な原因だ。

「ネギ君は何で自分が倒すか倒されるかしか考えられなかったか、分かるかい?」

オレの問い掛けに対して首を横に振るネギ君。
まあこれが分かっていたらそもそもこんな事態にはならなかったか。

「今のネギ君はある意味で“力”に呑まれているんだよ」

「力に呑まれてる?」

人が“力”と向き合っていくのは本当に難しい。本来人は特別な“力”なんか無くても何の問題も無く生きていける。だがもし人が“力”を手に入れてそれが当たり前になってしまった時、“力”を行使するのに何の違和感も感じなくなってしまったらそれは“力”に呑まれてしまっている。自分の持つ“力”は特殊なモノと言う認識、もしくは“畏れ”を感じていなくてはならない。
今でこそオレとの会話で自分なりの“力”との向き合い方が分かってきている刹那も、ずっと呑まれていたのだ。刹那の場合はトラウマが原因で過剰に“恐れ”を抱いていた。
当たり前になりすぎず、過剰な恐れを抱かない。“力”と向き合っていくのはこの二律背反が常に付きまとうのだ。だが“力”と正面から向き合えたなら、それは自分と周りの人達を守れる強い“力”なる。

「生まれてから魔法に触れてたからだろうね。魔法がネギ君の中で当たり前になっている」

オレが言った事でネギ君は何かに気が付いたのか、ハッとした表情になった。

「……そうか、だから僕は戦うしかないって思ったんだ。魔法が当たり前になってたから」

「そう、選択肢を自分で限定してたんだよ。前にも言ったろ、魔法は偶々手に入っちゃった代物って位の認識で良いって」

「分かってたつもりだったんですけどね、僕もまだまだです」

「気付けたんだから問題ないさ」

まだ目は赤く充血してるものの、晴れた顔をしている。
この分ならもう大丈夫かな。
ネギ君の惨状を見ていた神楽坂やカモミール達がホッと息を吐いた。
と、突然神楽坂が大声を出した。

「あーーー!そういえば高槻さん、怪我……ってアレ?」

服が破れたり、血がくっついていたりと怪我の痕があるのに怪我自体がない事に気付いて神楽坂がオレの体をマジマジと見つめ出す。
……かなり気恥ずかしいので、頭を押して離した。

「あまり女の子が男の肌をジロジロ見るな」

「あ、いや、そんなつもりじゃ……。あの怪我はどうしたんです?」

神楽坂はオレの指摘に自分が何をしてたのかを理解して、気まずそうに言い訳をする。
で、質問の答なんだが正直に言って良いものかと、逡巡したが誤魔化しても納得してくれなさそうなので仕方なく話した。

「治った」

「へぇ~、治った……って治ったぁ?!」

またもや耳がキーンとなる様な大声を張り上げる神楽坂。お前女子なんだから少しは慎みを持てって。さっきから叫んでばっかじゃないか。

「……魔法ですか?」

オレの答えに静かに驚いていたネギ君が興味深そうに尋ねてきた。どう誤魔化そうかと考えていたオレにとってネギ君のその質問は渡りに船だったので、利用させてもらおうと思った。

が、

「あれ、でも前に違うって言ってたな」

言われて思い出した。そう言えば初めて会った時に言ったな。
しかしこれで魔法だよって誤魔化せなくなってしまった。
こうなったら追求が来る前に話題を変えよう。

「ネギ君はエヴァの事はどうする事にしたんだ?」

ネギ君は少し考えてから話し始めた。

「この間初めて戦った時、エヴァンジェリンさんに言われたんです。この呪いはお前の親父のせいだって。それで今思ったんです。僕には魔法使いとしてエヴァンジェリンさんと相対したら、何一つ勝てないって。技術的な問題もですけど、その、精神的なものと言うか。エヴァンジェリンさんの十五年間閉じ込められた苦しみとか、そういうのを否定してまで戦えるのかって言ったら無理なんです」

「じゃあ、大人しく血を吸われるのか?」

「それも違うと思うんです。閉じ込められたって事は何かしら悪い事をしてるからですよね。もし僕の血を吸って、出て行ってしまったらエヴァンジェリンさんはまた独りになってしまうかもしれません」

その通り。エヴァは元が付くとは言え賞金首だったのだ。エヴァに恨みを持っている奴なんていくらでもいるだろう。エヴァ自身がやられなくても茶々丸がやられるかもしれない。そうじゃなくてもロボットなんて整備をしなければあっという間にボロボロになってしまう。

「それでネギ君はどうするのかな?」

「僕が解呪します」

「マ、マジですか兄貴?!あんな目にあったじゃないですか。それに外に出たらまた悪さをするかもしれないっすよ」

驚愕しているカモミールの問いかけにも、ネギ君は冷静に言葉を返した。

「だから僕は話しに行くよ。戦いにはいかない。正直まだ怖いけど、一人の教師としてエヴァンジェリンさんと話しに行く」

大した奴だよ、ネギ君。
オレは不謹慎だと思うながらも思わず笑ってしまった。よく恐怖を乗り越えた。
ネギ君の選択したのはは自分で潰してしまっていたモノだ。魔法使いではなく、教師としての選択肢。
これならもう手を出す必要はないだろう。

「ネギ君」

「はい」

「その選択はある意味で魔法使いのそれより難しい」

「分かっています」

「エヴァは長生きだからな。口説き落とすのは難しいぞ。出来るか?」

オレの冗談交じりの忠告にも怯む様子を見せずに、ネギ君は大きく頷いて見せた。

「神楽坂は手を出すなよ。これはネギ君の戦いだからな」

「…………付いて行くぐらい良いでしょ?」

「お願いします」

この二人、最初は仲悪いと思っていたが中々良いコンビじゃないか。
さてここら辺で退散しとくか。また追求されると面倒だし。
二人にじゃあ、と告げて歩き出そうとして、ネギ君に呼び止められた。

「涼さん。ありがとうございました」

「頑張れよ」










Side ネギ

エヴァンジェリンさんと話す事を決意した次の日。幸か不幸か、朝からエヴァンジェリンさんと顔を合わせる事になった。

「昨日は家の茶々丸が世話になったそうだな」

特に脅しているわけでも無いのに、エヴァンジェリンさんが醸し出す威圧に呑み込まれそうになる。お腹にグッと力を入れて、エヴァンジェリンさんを真っ直ぐ見る。

「それに関しては謝ります。ごめんなさい」

エヴァンジェリンさんの斜め後ろに立っていた茶々丸さんに向かって頭を下げる。
僕が謝罪した事が意外だったのかキョトンとした顔をするエヴァンジェリンさん。
その後、ニッと口角を上げて邪悪そうに笑った。ううっ、恐い……。けど、ここで退いちゃダメだ。

「坊やが血をくれれば許してやらん事もないぞ?」

「その事に関して話したい事があるんですが、放課後伺ってもよろしいですか?」

「話したい事?……フン、面白い。良いだろう、来るが良い」

良し、これで初めの関門は突破出来た。後は僕がエヴァンジェリンさんを口説き落とせるかどうかだ。
ではまた後でな、と言ってエヴァンジェリンさんと茶々丸さんは歩いていった。

「…………はぁ~~~~……」

「大丈夫、ネギ?」

「大丈夫ですよ。これぐらいで音を上げてたら、本番で持ちませんよ。……弱音は全部が終わってから吐きます。その時は聞き役頼んでも良いですか?」

「構わないけど、ホントに大丈夫なの?」

本当はあまり大丈夫じゃない。心配してくれてるアスナさんを騙すのは心苦しく感じるけど、さっきも言った様にまだ弱音を言って良い時じゃない。
だから今は騙されていて下さい。





放課後。
エヴァンジェリンさんは途中で帰ったらしく、午後の授業では見なかった。
朝あれだけアスナさんに啖呵を切ったのに、今は情けないくらい足が震えてる。握った手にも汗をかいてる。動悸もアスナさんに聞かれるんじゃないかと思う程、激しくなっている。
くそ、しっかりしろ、僕!こんなんじゃ説得出来ないぞ!
でも僕の思いを笑うかの様に身体は震え、動悸は収まる事を知らない。

「行くわよ、ネギ」

その声と共に感じた温もりが震えを、激しい動悸を止めてくれた。アスナさんの声だ。アスナさんの温もりだ。
握ってくれている手をしっかりと握り返して、その声に答える。

「はい!」



[16547] 第18話
Name: 雪風◆9b2e24a1 ID:85efe588
Date: 2011/05/20 17:45
Side ネギ

アスナさんと一緒に学校を出てから歩く事数十分。エヴァンジェリンさんの家に着いた。
その家は幾つもの丸太が重なって造られた、いわゆるログハウスだった。
二人で住むには大きいんじゃないかなとか、中はどうなってるのかななどとこれからの事には全く関係ない事を考えられるのは余裕があるからなのか、それとも動転しすぎているのか。僕としては前者であってほしいと思う。まあこんな事を考えられる時点でいくらかの余裕はあるのだろう。一人だったら無理だったと思うけど。

「……ホントに一人で大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫です。アスナさんのおかげで、冷静でいられました」

「な、なによ改まって。別にお礼とか良いから」

いい人だ。改めてそう思う。
こっちに来てから一番迷惑を掛けているのに、いつも一番僕の近くにいてくれる。今回の事だってアスナさんは何も関係ないのに、エヴァンジェリンさんに負けた僕を危ないって事を承知で助けてくれた。非日常の世界に足を踏み入れる事になるのに、僕との仮契約を受け入れてくれた。
もう一度心の中でありがとうございます、とお礼を言ってから手を離し、玄関に向かって足を踏み出す。そして扉をノックする。

「こんにちは、エヴァンジェリンさん。家庭訪問に来ました」










「ようこそネギ先生。いやネギ・スプリングフィールドと呼んだ方が良いかな?」

「ネギ先生でお願いします」

茶々丸さんによって居間へと案内され、エヴァンジェリンさんとテーブルを挟んで向かい合う形でソファーに座った。
家の中にはぬいぐるみがたくさんあり、しかもそれは全て手作りであった。そういえば茶々丸さんの服も特徴的だったな。アスナさん達が着るような私服じゃなかったな。お店じゃ撃って無さそうだけど、作ってるのはエヴァンジェリンさんなのかな。だとしたら凄いな。

「杖を持ってきてないのを見ると、戦いに来た訳じゃないみたいだな」

「さっきも言った通り今日は家庭訪問に来たんです。後、これからも戦うつもりはありません」

「……どういう意味だ?」

エヴァンジェリンさんの表情が初めて動いた。良し、とりあえずは食い付いてくれた。
話し始める前に、僕は緊張で渇いた喉を茶々丸さんが入れてくれた紅茶で潤した。

「そのままの意味です。よく考えてみれば僕には戦う理由が無いんですよ」

「親父の事は知りたくないのか?」

「確かに知りたいですけど、それは今回の事で使える理由じゃないです。僕は一教師としてエヴァンジェリンさんに臨む事にしたんです」

「……で、私にどうしろと?一生徒として臨めと?それが私にどんな徳になる?ただ貴様が血を吸われる事が恐いだけじゃないのか?」

「恐いです。ここに来る時もアスナさんがいなかったら来られたかどうか分かりません。でも逃げているつもりはありません。だから家庭訪問に来たんです」

「私がそれに乗ると思うのか?」

「ただで乗るなんて思ってませんよ」

「ほう?」

さあこれが僕の切り札だ。後は僕がエヴァンジェリンさんに対していかにこの切り札が高いモノに見せるかだ。

「僕がエヴァンジェリンさんの呪いを解きます」

表情が動く。僕の提案が何を意味しているのかを考えているんだと思う。
そして少し期待するような表情が一瞬だけ見えた。

「まさかとは思うが解く事が出来るのか?」

期待を裏切るようで少しだけ申し訳なかったが、こんな所で嘘を付いたってデメリットしかない。

「いえ解けません」

「……だろうな。で、それだけか?」

軽いため息をしてから、睨め付けるように僕に視線を向けてくる。
これ以上つまらない事を言ったらタダではおかない、と言外に言っているような表情だった。

「だから僕が解けるようになるまで待ってて下さい」

「……話にならんな。それでよく話し合いなどと言えたな」

「待って下さい。この提案はエヴァンジェリンさんにとって悪い事だけではありません。僕を使って(・・・)呪いを解くのと、僕が(・)解くのでは意味合いが全く違います」

僕の血を吸って呪いを解いたとしたら、それは脱獄に近いものだと思う。エヴァンジェリンさんと親しい人達が黙っていたとしても、それ以外人は黙っていないと思う。
逆に僕が解いたならそれは、例えは悪いがいわば釈放の様なものだ。

「貴様が習得出来るとも限らないだろう」

「いえ、必ず習得します」

「どうやって信じろと?」

「それに関しては信じて下さいとしか、僕には言えません」

「……何故だ?お前にとって私は敵か、精々ただの生徒だ」

「生徒だからこそです。生徒が抱えてる問題を解決するのも教師の仕事です。それにこれは個人的な事ですけど、エヴァンジェリンさんには独りになってほしくないんです」

これで言いたい事は全部言った。後はエヴァンジェリンさんが決めるだけだ。
……これでもし提案を蹴られたら、僕には戦う事が出来るだろうか。もし戦う事が出来たとしても勝つ事が出来るだろうか。経験値なんて僕とエヴァンジェリンさんじゃ雲泥の差だ。
…………いや、勝たなきゃいけないんだ。もし僕が負けて血を吸ってしまったらエヴァンジェリンさんは独りになる。それだけはダメだ。エヴァンジェリンさんはもう充分独りを味わっているんだ。そんなのを何度も味わって欲しくない。

「……貴様変わったな。少なくともこの間のようなみっともなさは無いな」

「……」

「が、それだけでは足りんな。私が信用するには」

ダメか?もし断られたら戦うしかない。

「だから、私に信用させてみろ」

「え?」

「自分には習得出来る程の力があると、私に信用させてみろ。それとも……自信が無いか?」

それはつまり、私と戦って勝て、とエヴァンジェリンさんはそう言っているのか。
……自信はない。でもやるかやらないかじゃないんだ。やるしかないんだ。

「やります。僕はエヴァンジェリンさんに勝ちます」













「あ、ネギ。どうだった?」

「残念ながら口説けませんでした」

でも少なくとも、怖がって戦えない、なんて事は無くなった。勝たなきゃエヴァンジェリンさんが独りになる。だったら否が応でもモチベージョンは上がる。
……本当は僕一人で戦いたかったけど、そんな事はどうやっても無理だ。だから僕は――

「アスナさん。頼みたい事があるんですけど、いいですか?」

「な、何?」

「―――僕と契約して下さい」

アスナさんと契約する事を決断する。アスナさんを絶対に傷付けないと、決心する。





「そうか。戦う事になったのか」

「はい。でもこうなったからには何が何でも勝ちます」

アスナさんと別れた後、涼さんに報告しようと思ったけど、考えてみたら涼さんの家の場所を知らなかった。いてくれたらラッキーぐらいの考えで学校に行ってみたら涼さんは用務員室に一人でいた。聞いてみると僕が来るんじゃないかと思ってたらしく、待っててくれたみたい。

「じゃあエヴァと戦うネギ君に一つアドバイスをあげよう」

そう言うと涼さんは何かを懐かしむような顔をした。

「人の足を止めるのは絶望ではなく“諦観(あきらめ)”、人の足を進めるのは希望ではなく“意志”。これは知り合いが言ってた言葉なんだけど。どんな状況になっても本人が諦めさえしなければどうにでもなるって事だ」

涼さんの言葉は戦う時に役立つ具体的な手段とかではなかった。けどその言葉は戦闘技術なんかよりも役に立つ言葉だと、僕はそう思った。涼さんが言った言葉は不思議なくらいに僕の心の中にストンと落ちていった。

「いつ戦うんだ?」

「近々ここの点検のために大停電があるんです。その時にとエヴァンジェリンさんが指定してきました」

「……結界絡みか」

「?」

「オレ達警備員はその日森の警備をやるんだ。ここの結界は停電になると消えるらしいからね。たぶんエヴァもそれを狙っているんだろ」

「全快と言う事ですか」

「恐いかい?」

「恐いです。でも負けるつもりはありません」

恐くなんかありません、なんて前の僕なら見栄を張ってそう言っていたんじゃないかと思う。でも涼さんに話を聞いて“恐れ”や“畏れ”が必要な感情なんだと言う事が分かった。その感情を認めて初めてそれを克服する事が出来るんだと、僕はそう思う。

ふと涼さんが嬉しそうな顔をしているのに気付いた。
疑問に思ったので尋ねてみた。

「いや、いい顔をしているなと思ったからさ」

「そ、そうですか?」

「自分のやるべき事を見つけたって顔だね」

「見つけましたから」

褒められたのは嬉しいけど、まだ何かを成し遂げた訳じゃないからまだ喜ばない。
それでも恥ずかしい事に変わりはなかったから、話題を変える事にした。

「そ、そういえば涼さんてエヴァンジェリンさんと仲良しなんですか?」

「んー、まあ良いんじゃないか?あいつがどう思ってるかは分からんが、少なくともオレはそう思ってる」

「昔からの知り合いですか?」

「いや、知り合ったのはここに来てから」

「涼さんて麻帆良にいつ来たんでしたっけ?」

「ネギ君が赴任してくるちょっと前だよ」

「ええ?!ど、どうやって仲良しになったんですか?」

てっきりここに長いからかと思ったんだけど、よく考えたら涼さんってまだアスナさん達と年そんなに離れてなさそうだし、ここに長いってのは有り得ないよね。
だとしたらどうやったんだろ……。

「オレの場合も最初はケンカしたんだ。で、その後お互いの事を話した結果かな」

「ケンカ」。
僕の間違いじゃなきゃ、ケンカとは言い争ったり殴り合ったりする事のはず。うん、間違いない………………って「ケンカ」?

「え、ケンカって、え、あ、言い争いとか、そう言う……」

「戦ったんだよ」

そう涼さんは苦笑しながらぼくに告げた。
……そ、そんな軽く告げる事なんですか?いや、て言うか結果はどうなったんですか?
その答が知りたいようで知りたくない。
それよりエヴァンジェリンさんとケンカしたって聞いて思ったんだけど、涼さんってもしかしてかなり強いの?この間も僕の魔法からアスナさんを守ってくれた時も、怪我をしていたとは言え、重傷どころか軽傷だったし。それどころか少し経ったら傷は治っちゃってるし。
……涼さんって何者なんだろう。この戦いが終わった時にエヴァンジェリンさんに聞いてみよう。
……って、僕今普通に戦いが終わったら聞こうって思ってた。負けるつもりが全くないんだ。勝てるって決まってる訳でもないのに。
思わず自分で自分に対して苦笑してしまう。
でも……
でもこれぐらいでちょうど良いと思う。なにせ相手はあのエヴァンジェリンさんだし。


……よし、勝とう。


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