時代の風

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時代の風:原発事故と生肉食中毒=東京大教授・坂村健

 ◇「安全がある」という神話

 今回の東京電力福島第1原子力発電所での事故に関して「安全神話の崩壊」という決まり文句をよく耳にする。しかし1995年に起こった高速増殖原型炉「もんじゅ」のナトリウム漏出事故など原子力関係の事故は--今回ほど大事でないにしろ--今までも何度もあった。その度にこの決まり文句が使われてきた。

 期せずして同時期に問題になった激安ユッケの食中毒事件、そして今の菅直人首相がカイワレを食べたO157やBSE。他にも産地偽装と、食の世界でも安全神話、実は何度も崩壊している。同じような構図は原子力や食だけでなく建築や交通など、さまざまな分野で繰り返されている。

 何度でも崩壊しゾンビのように復活する。それは「安全神話は崩壊した」と言いながら、日本人がその親玉の「安全がある神話」をかたくなに捨てようとしないからだ。

 「安全」とは見果てぬ夢--「100%安全」に近づくための不断の「より安全になるためのプロセス」しか存在しない--それが近年世界の工学界では一般化している「機能安全」の基本思想だ。

 1984年に起こったインド・ボパールでの殺虫剤製造工場事故--最終的には2万人以上ともいわれる死者を出し周辺はいまだに汚染されている--など、世紀末に多発した何度かの大事故を教訓に、世界の工業標準を定めるISO(国際標準化機構)は99年のISOガイド51の改定で「絶対安全は存在しない」と明記した。「絶対安全」の建前を明確に捨てることが社会をより安全に近づけるために重要とわかったからだ。

 しかし日本人は大前提としての「100%の安全」という状態がまずある。それが何らかの「あってはならない」原因で損なわれるから「危険になる」と考える癖から抜け出せない。そのためかISOでの機能安全の規格制定についても欧米が中心で、安全分野で以前は雄弁だった日本がまったく存在感がなくなっているという。外国での技術調達でも、日本製のものは機能安全のプロセスを踏んでいないということで拒絶される例も増えてきている。

 食の安全の分野で、「機能安全」の考えを取るのがHACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)。食品製造の際、工程の中の危害を起こす要因を分析し、それを最も効率よく管理できる必須管理点を定め、そこを連続的に管理して安全を確保するという管理手法で、世界ではこれが主流になってきている。ここでも、ポイントは「安全な食品」という概念の否定である。

 日本でもHACCPの考え方は、厚生労働省の総合衛生管理製造過程などに一部取り入れられてきているが、やはりなじんでいない。今回の激安ユッケの件でくだんの社長が反論で言った「生食用の規格の牛肉は流通していない」という言葉もその表れだ。

 「生食用の肉」を表面の「細菌が何個まで」というような結果論的な規格で決めるというのが日本の食品安全規格。しかし状況に応じて表面をトリミングする(削る)とかタタキのようにあぶるとか、長い間に痛い目にあった経験を元に生をより安全に食べる不断のプロセスを我々は生み出してきた。そういうすしやふぐの職人なら誰でも知っているようなことを伝統を持たない社長がコストダウンのために切り捨てた。そして、その理由が「業者がユッケ用と加工してきたから安全と思った」というのなら、まさにこの社長が「安全がある神話」にとらわれていたのが今回の根本原因だ。

 原子力でも「100%安全」でないと作らせないとなるとどうなるか。既にある原子炉は絶対安全だという前提なら今更危害を起こす要因の分析は無意味だし、必須管理点も避難訓練も事前の被害シミュレーションも行う必要がないということになる。タチが悪いのは、担当する技術者は実は絶対安全はないと思っていても、その建前を守ろうとすると、建前に反する外部からの指摘を聞きいれるわけにいかなくなるということだ。

 世に絶対安全がない以上、やるかやらないか、どこまでコストをかけるかということは、事故想定確率とその被害額を掛けた値と、社会的なものまで含めた経済のてんびんによるしかない。原発について議論するなら、その使用済み燃料処理コストまで含めたライフサイクルコストの不明朗さをむしろ突くべきだ。

 食の安全も同様。「価格が安いものは危ない」というのは一昔前まで常識だった。それはまさに経済性による健全な判断であり、それを失わせたのは「すべての食品は本来的に安全である」という「安全がある神話」のためだろう。

 皆が優秀でそれぞれの現場でコストを掛け安全になるべくして努力したからこそ実現された日本の安全。しかし、その時代が続いたために、いつのまにか安全が本来の状況と皆が信じ込んでしまった。しかし、それはもはや過去の話だ。ならば「安全がある神話」を捨てるしかない。人々が「安全がある神話」を捨てず、それを関係者に強要し続ける限り「より安全になるためのプロセス」という新たな安全概念の時代に日本は入ることができないのである。=毎週日曜日に掲載

毎日新聞 2011年5月22日 東京朝刊

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