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社説:布川事件再審 速やかに無罪確定を

 強盗殺人罪に問われながら長年、冤罪(えんざい)を主張してきた2人の男性の再審公判で、水戸地裁土浦支部が無罪を言い渡した。67年に茨城県利根町布川で大工の男性が殺害された「布川事件」である。

 判決は「犯人性を推認させる証拠は何ら存在しない」と指摘した。明白な無罪の判断であり、警察・検察は重く受け止めるべきだ。

 被告の桜井昌司さんと杉山卓男さんは捜査段階でいったん自白したが、公判では自白は強要だとして無罪を主張した。物証はなかったが、1、2審、最高裁とも自白の信用性を認め78年に無期懲役刑が確定し、刑務所へ。2人は96年に仮釈放されるまで29年間を塀の中で過ごした。

 仮釈放後の01年に始まった第2次再審請求審で、検察側がそれまで表に出さなかった証拠を開示した。

 中には、犯行時間帯に現場付近にいた2人組が桜井さんと杉山さんとは異なると証言する近隣女性の調書や、現場に残っていた毛髪が2人のものではないとする茨城県警作成の鑑定書があった。また、取り調べの録音テープを専門家が鑑定すると、10カ所以上も編集痕跡があった。

 「殺害方法が自白とは異なる」との新たな鑑定書も採用され、09年12月、最高裁で再審開始が確定した。

 事件が起きたのは44年も前だが、現在の司法の現状にも通じる多くの教訓がくみ取れる。

 都合が悪いからと、被告に有利な証拠を出さなくていいのか。公益の代表者である検察が、必ずしも「法と証拠」に基づいていないことが明らかになった。大阪地検特捜部の郵便不正事件にも共通する構図だ。

 検察改革の一環で、「検察官倫理規定」が策定される。だが、倫理任せで足りるのか。少なくとも、殺人のような重大事件や再審では、証拠の全面開示か全証拠リストの開示を義務づけるべきだろう。

 もし裁判員裁判で、被告に有利な証拠が隠されたことが後に判明すれば、司法に対する国民の信頼は大きく損なわれるに違いない。

 また、捜査当局による取り調べテープの編集は、可視化(録音・録画)の議論に直結する。可視化によって取り調べの任意性は一定程度保たれるが、捜査側が自白部分を都合よく切り取っては、真相解明に有害だ。判決も「全過程で録音されたものではなく、捜査官とのやりとりが何ら明らかになっていない」と、価値に疑問を投げかけた。取り調べ過程の全面可視化がやはり求められる。

 死刑か無期懲役が確定した事件の再審は戦後7件目で、過去6件は無罪が確定した。一連の経緯をみれば、検察は控訴をせず、2人の無罪を確定させるべきである。

毎日新聞 2011年5月25日 2時30分

 

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