サイエンス

文字サイズ変更

クローズアップ2011:東日本大震災 被災3県、「医療過疎」加速

 ◇「今後、医師確保できるのか」

 東日本大震災で300を超える病院・診療所が休・廃止状態となった岩手、宮城、福島3県の沿岸部は、震災前から深刻な医師不足に悩まされる「医療過疎地帯」だった。震災で地域医療の抱える問題点がより鮮明に浮かび上がり、病院や診療所をどう配置し、役割分担させていくのかなど、医療の復興へ向けたビジョンを策定することが急務となっている。

 「ここで入院できればいいんだけど、今は診療所だから……」

 岩手県大槌町の公民館に設置された県立大槌病院の仮設診療所。岩田千尋院長(64)は24日、息苦しさを訴える70代の男性に語りかけた。男性は慢性の肺気腫が悪化した可能性があり、そのまま40キロ以上離れた同県宮古市の病院へ搬送された。

 地域医療を担ってきた大槌病院だが、震災前から医師不足にあえいでいた。岩田院長を含む常勤医師3人が診ていた患者は1日約120人。外科医や眼科医、当直勤務医などは他院からの出張診療でカバーしていた。60床のベッドは、ほぼ満床の状態が続いていた。

 震災による津波で、3階建ての2階まで浸水。54人の入院患者はスタッフが屋上に避難させて無事だったが、医療機器やカルテなどは全て流された。入院患者は家族の元に返したり内陸の病院に転院させた上で、県立大槌高校の保健室で診療を継続。4月25日から公民館に移り、常勤医師に加え、大阪などから駆けつけた医師らが1日約90人の診療にあたっている。

 現状では、震災前より医師が増え、患者の数は減少した。しかし、診療スペースは手狭で、患者数の見込みが立たないため、震災前のような予約は受け付けていない。その結果、特に午前中は大勢の患者でごった返すようになった。

 同病院は6月上旬にも、町内に建設中の平屋の仮設診療所に引っ越す。五つの診察室が確保できるが、入院患者の受け入れは想定していない。さらに、応援の医師たちは間もなく引き揚げる。「一時的には(医師が)たくさん来たけれど、今後どれだけ確保できるのか……」。この病院に勤めて35年、医師が減っていくのをその目で見てきた岩田院長はつぶやいた。

 釜石保健所管内(釜石市、大槌町)では、計52の病院と医科・歯科診療所のうち、半数の26施設が休止状態に陥っており、他の地域と比べてもその割合が突出している。壊滅的な被害を受けた大槌町では震災後、住民の町外流出が続き、今後どれだけ戻ってくるのかは不明で、将来的な患者数を見通すことも難しいのが現状だ。【町田結子、黒田阿紗子】

 ◇復興図まだ描けず 「人口減踏まえ病院統廃合」か「元通り」か

 今月18日、岩手県の復興計画策定へ向け、盛岡市内で開かれた医療分野専門家会議の初会合。県立宮古病院の佐藤元昭院長は「簡単に復興するなら(壊れた施設を)元の場所に造ることになるが、医師不足を再生産することにしかならない」と発言し、病院の統廃合によって集約を進めることを求めた。

 国の必要医師数実態調査(10年9月)で、必要な医師数が現状の1・4倍に達し、全国ワースト1位だった同県。県立病院が果たす役割は大きいが、経営環境は厳しく、09年度の累積欠損金は189億円と過去最大で、震災前から県立の一部医療機関で病床廃止など機能集約の動きが始まっていた。県医療局は、大きな被害を受けた県立病院の修繕費について「新しく建てるくらいかかる」とみる。

 こうした状況に、中核的な病院がなくなる可能性のある地域では危機感が募る。同県山田町で15日、住民団体「県立山田病院と地域医療を守る会」が開いた役員会合。一人が「県は山田を『切る』つもりではないか」と疑念を示すと、他の役員もうなずいた。

 同病院(60床)は町内唯一の総合病院で、5年前に23億円をかけて建て直したが、1階が浸水。42人いた入院患者を町外に転院させ、2階で外来患者の無料診療を行っている。ところが4月、建物を修繕するのではなく、入院・救急機能のない仮設診療所を町内に建設する方針が県から町側に伝えられ、不安が広がった。

 沼崎喜一町長と同会は4月28日、同病院の入院・救急受け入れの早期再開などを求める文書を県に提出した。「山田の単独再建が難しいのであれば、隣の大槌町と統合させた総合病院を建設する道筋も提案したい」。同会の佐藤照彦代表(71)は代替策も模索する。

 震災を機に病院再編を進めるのか。県幹部は「市町村のまちづくり計画とすり合わせながら考えなくてはいけない」と慎重だ。

 深刻な医師不足は、宮城、福島両県でも変わらない。

 宮城県の担当者は「元通りにするのがいいのか、(震災による人口減も踏まえ)全体をダウンサイジングしていくのがいいのか。きめ細かい議論が必要」と指摘する。同県でも、大学関係者や医師会などが医療機能の復旧に向けたグランドデザインを話し合う「地域医療復興検討会議」が設置された。県の担当者は「全体像を示した上で、地元住民の同意を得ていくことが最大の課題。そうしなければ個々の医師も離れていってしまう」と危機感を示す。

 一方、原発事故が収束していない福島県。県の担当者は「話し合いの場を持ちたいのはやまやまだが、原発事故が落ち着いてくれないと身動きできない」と話す。復興後のビジョンを描きようがないのが現状だ。

 さらに別の問題も起きている。原発のある沿岸部から多くの住民が移動した内陸部で、医療機関の人手不足が深刻化。福島市や郡山市などの約150機関が医師約120人、スタッフ約390人を緊急募集しているが、確保の見通しは立っていない。【山本愛、狩野智彦、加藤隆寛】

毎日新聞 2011年5月26日 東京朝刊

 

おすすめ情報

注目ブランド

毎日jp共同企画