2011年05月23日 (月)時論公論 「放射性物質の除染を急げ」
東京電力福島第一原子力発電所の事故から2カ月余りが経ち、放射性物質による深刻な環境の汚染が明らかになってきています。
きょうはこの汚染を直視しつつ、住民のためにどのようにして汚染を取り除いていけばよいのか、考えてみます。
今月、文部科学省はアメリカのエネルギー省と合同で空から調査した地面の放射性セシウムによる汚染地図を発表しました。地上での土壌汚染の調査とも一致しており、放射性セシウムの汚染の広がりが、明確に分かります。
半減期が30年と長い放射性のセシウム137による汚染地図、北西方向に汚染が広がっていることが分かります。
これに半減期が二年のセシウム134による汚染を加えて、放射性セシウム全体による汚染地図です。赤い色はもっとも汚染濃度の濃い1㎡あたり三百万ベクレル以上、黄色は百万ベクレルから三百万ベクレル、緑色のところは六十万から百万、水色のところは三十万から六十万です。
福島市など中通りにも汚染地帯が広がっています。
この汚染の状況をチェルノブイリ後の汚染地図と比べてみましょう。
これは当時のソビエト政府が発表した汚染地図です。チェルノブイリでは放射性のセシウム137が1㎡あたり148万ベクレル以上ある地域は住民を移住させる措置を取りました。55万ベクレル以上148万ベクレル以下の地域は移住あるいは農業や食生活については国の管理と制限を受ける厳戒管理区域とされました。
福島の汚染状況と比べてみますと、赤と黄色の部分はチェルノブイリではほぼ居住禁止区域にあたります。
緑や水色の部分は、厳戒管理区域に近い汚染で、セシウム134を加えますと福島市、二本松市、郡山市の一部にもそうした汚染地帯が広がっています。
このように東京電力の事故による放射性セシウムによる汚染は深刻であり、その実態から目を逸らしてはなりません。
ただチェルノブイリと福島の汚染状況には相違もあります。
チェルノブイリでのプルトニウム239とストロンチウム90の汚染地図です。原発周辺に濃い汚染地帯があることが分かります。
チェルノブイリでは原発の周囲30キロ圏内が未だに居住禁止区域となっているのは半減期が2万4千年余りと長い猛毒のプルトニウム239と体内に入ると骨に蓄積されセシウム以上に危険な半減期29年のストロンチウム90による汚染が深刻だからです。
これに対して福島第一原発の場合、これまでの文部科学省などの調査では原発の敷地内では微量のプルトニウムは見つかったものの、敷地の外ではまだ見つかっていません。また放射性のストロンチウムは見つかりましたが、これも微量です。
プルトニウムとストロンチウムについてはまだまだ調査が足らず、今後より詳細な調査が必要ですが、プルトニウムとストロンチウムによる汚染が少ないことが確認されれば、今後の希望を与える報せです。
チェルノブイリの状況に詳しく、福島の現地を調査した京都大学原子炉実験所の今中哲二さんは「チェルノブイリと今回の事故は放出のメカニズムが異なっているのだろう。しかし汚染の状況は深刻である。本来は事故直後に道路や公園など公共施設を水で洗い流すなど除染すべきだった。今からでも遅くないので、住民の健康と安全を守るため早急に除染を進めるべきだ」と述べています。
放射性物質やそこから発する放射線に対処する基本原則は「ALARA」の原則と呼ばれています。つまり「合理的に達成可能な限り被ばくを低くする」という原則です。
この原則を貫き放射性物質の除染に取り組まなければなりません。
そこで大きな問題となるのは除染した放射性物質の行き先、つまり保管先をどこにするかという問題です。郡山市と福島市にある下水処理場の汚泥などから高濃度の放射性セシウムが見つかりました。除染の有効性と放射性物質の貯蔵という新たな問題を浮き彫りにしました。
下水処理場には二つの種類があります。
雨水を分離する分流式の処理場ですと高濃度の放射性セシウムは見つかっていません。
高濃度の放射性セシウムが見つかった下水処理場はともに雨水も集める合流式の下水システムです。合流式でも雨が降った後に汚泥の放射性セシウムの濃度が上がっています。つまり雨水により町の放射性セシウムが洗われ、下水に流れ込み、汚泥の中へと濃縮されているのです。町を洗えば、放射性セシウムを取り除けるということです。
特にコンクリートの建物やアスファルトで覆われた都市部ではこうした水による除染は有効な手段となります。また郡山の下水処理場では汚泥を高温で溶融して、スラグにしています。汚泥に比べまして容積は35分の1程度になります。溶かした場合、気化するセシウムも出ますので、それをフィルターで確実に捉え、大気には放出させないようにすることは必要ですが、容積を小さくして、セシウムを掴まえる、処理しやすくするというシステム構築のヒントとなります。
問題点は現状では放射性セシウムの汚泥は下水処理場に溜まり続け、保管能力が限界に達することです。これまでは汚泥はセメントの原料として関東などのセメント会社に出荷されるなどしてきました。国は10万ベクレル以下なら問題ないとしているものの、なかなか放射性物質で汚染された汚泥を引き取るセメント会社が無いのが実情です。
国はとりあえず、下水処理場に保管してよろしい、としていますが、これは大変無責任な対応です。1週間で7~80トンの汚泥が発生しますから、早晩下水処理場の構内では保管しきれないことになります。
下水だけでなく、今後放射性の廃棄物が大量に発生することが予想されます。
福島県では国に対して除染によって発生する汚泥など放射性廃棄物を最終処分する方策を早急に立てるよう求めています。
家の除染でも同じことです。放射性のセシウムによる汚染に対して原子力の専門家で作る東京のNPO法人「放射線安全フォーラム」などが住宅の除染の試みを行いました。計画的避難区域内の家屋で、屋根に上って高圧の水を吹きつけました。放射線のレベルは半分近くに低くなりました。
また土壌の放射性セシウムを取り除くため、放射性物質を吸着する性質の2種類の薬品を混ぜた特殊な液体を地面にまきました。この液体は数日で固まります。土壌を取り除くときに放射性物質が飛散しますと内部被ばくの危険が増します。そのため飛散しないように放射性物質を吸着して固めてから土を取り除くのです。こうした除染でも課題となるのは取り除いた土などの保管場所です。
原子力委員会の委員長代理を務めた田中俊一副理事長は「除染すれば大量の放射性の廃棄物が出てくるのでまず保管場所の確保が急務だ。除染に対する政府の対応は遅すぎる。
専門家の意見を聞いて、除染を進め、住民に希望を与えるべきだ」と述べて、政府の早急な対応を促しています。
福島県立安積黎明高校の教師が独自に校舎内を測定して、放射線レベルの高いところを図にしました。
同じ学校でも場所によって放射線レベルには差があります。側溝が最も高く、さらに中庭など芝生を植えている場所の放射線レベルが高くなっていることが分かります。学校では生徒に注意を喚起するとともに放射線レベルの高い場所については独自に除染措置を取るとしています。地域、地域で細かな汚染地図を作ることが被ばくを避ける有効な手段であることが分かります。
最後に我々大人は子供たちに対しては重大な責任を負っています。
放射能に対しては、子供は大人よりも影響を受けやすく、またその後の余命が長いという点からも放射線被ばくによる晩発性の影響を避けるためにも、より「ALARA」「合理的に達成可能な限り被ばくを低減する」という精神を貫かなければなりません。
校庭の土の汚染の問題でも表土を撤去すれば放射線レベルが大きく低下することが分かっているのであれば、国・文部科学省が取るべき態度は明らかでしょう。
今までの政府・行政の対応を見てみますと、あまりに受け身です。放射性セシウムは黙っていれば無くなるものではありません。住民の健康と安全を守るためにも総合的な除染措置をまとめ、早急に実行に移すことを求めます。
(石川一洋 解説委員)
投稿者:石川 一洋 | 投稿時間:23:58