チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[24256] 【ネタ 習作】ぼ~っとしていたいと 初めまして僕の名前は間桐慎二です。(fate再構成)
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2011/04/28 08:40
 皆さんこんばんは、それともこんにちは、もしかしておはようございます?私は自堕落トップファイブという者です。Fateにおける間桐慎二がメインで、彼がもっと地味だったらというテーマで書いています。彼の人を見下す態度が無くなり、もっと素朴ならどんなに良いだろうと思い書いた作品です。

 読者の皆様に不愉快な思いを可能な限り減らす上で、幾つか注意事項があります。

 まず作者は現在Fate stay nightをやり込んだ訳ではありません。従って今後の展開についてもうろ覚えで知識も薄弱です。繰り返してやるというのは出来る限りFate世界観を保つためです。そして原作通りのキャラクターにもしたい思いからです。このSSは素朴慎二の織り成す並行世界です。士郎の親友的立ち位置かつ、慎二視点が多くなる事を覚悟して頂きたいです。

 少し『世界観』で触れましたが、徐々に雲行きが怪しくなります。と言いますのも作者が魔術や聖杯の概念が乏しく、独自の構想を練ったためです。妖怪、と言う物をやや押し出した酷く歪な作品になっています。

 それに伴い慎二の過去や能力、またオリジナルのキャラクターも登場致します。作者独自の設定によってFateの世界観を大きく変える、または汚した物と言えるかもしれません。

 引き起こされる作者独自の「魔術的な何か」に対する不信感や憤り。はたまた作者の認識違いやオリジナル設定への力落とし。どうしても埋められない相性の壁が確実に存在してしまうでしょう。

 これらの事から私がお伝えしたいのはただ一つ。「Fate原作が好きであればあるほど読むべきではない」そう思いました。50話ほど書いて来て数々の有り難いコメントから痛感いたしました。

 突っ込み所、不具合、ぐだぐだ感、本当に拙い文章でお恥ずかしい。見返していると赤面顔での噴飯物です。ですが現時点で持てる限りの知識と技術を駆使した結果がこの作品です。

 私としても責任を持って最後まで納得の行く作品に仕上げる気概ではあります。ですが皆さんにも一緒に楽しんで貰えれば本当に嬉しい限りなんです。そしてそうなるように日々研磨する心構えです。

 シナリオ展開でもう一つ。とりあえず本編通りに事を進めて行くつもりです。と言っても慎二の性格が真逆なので色々弊害が出ますけど。基本的には慎二以外の登場人物の行動は原作と同じという事ですね。

 それに関連して作者による偏った考えから、キャラクター性が一部崩壊している連中も存在します。ですので「合わないな」と感じられた場合、急ぎ退陣される事を推奨いたします。部分的な指摘は真摯に受け止めますが「全体的にこれつまらん」というお言葉には耳を傾ける訳には参りません。そこは作者のアイデンティティとして平にご容赦頂きますようお願い申し上げます。

 以上の事を踏まえた上でこの小説を読んで頂きたいです。読者の方に時間を取らせて、気分悪くなって欲しくないんです。出来るだけ楽しく、時に真面目に書く。慎二のサクセスストーリーとなるように精進して行きたいと思います(礼)







・・・





 間桐慎二はいつも通り目が覚めた。彼の起床は何故かいつも通りで、彼自ら「どうして起きれるんだろう、人間って凄い」などと寝ぼけた事を考えていた。ボサボサの髪の毛をどうにか整え、朝食を一人で取っていると妹の桜が慌ただしく帰って来たようだ。彼女はいつからか衛宮君の家に花嫁修業に出かけるようになった。それでも僕の朝食のためにこうやって急いで帰って来てくれるんだ。

 僕が食パンを生食いしているのを桜は大層ショックな顔で見ていた。え、もしかして今の僕ねずみ男とかそういうアレに見えるの?

「に・・・兄さん、ごめんなさい。私が帰って来るのが遅れたせいでそんな粗食に。」

酷いや、桜さん。超潤6枚切りの食パンに失礼ってものだよ。何たって超が付くパンなんだ。僕には計り知れないエネルギーが籠っているはずさ。超慎二、英語にすればスーパー慎二だ。う~ん弱そう。僕はそんな事を思いながら手をひらひら振り

「いやいや、朝早くから活動している妹の手間を省く事が出来て良かったよ。時間的に苦しいなら無理しなくても

「駄目です!そんな料理お爺様が許しても私が許しませんよ。」

「は、はい!」

これで僕が兄っていうんだから世の中不思議なものだよねぇ。彼女は衛宮君のもとでしっかり成長していっているんだ。兄としても嬉しいよ、うん。成長であれだけど、その、桜もうちょっと服大きいサイズにして欲しいかな。何か背徳的な何かが僕に湧いてきちゃうし。目のやり所に困ると言うか、ちなみにこれでも僕桜のお兄さんなんだけどね。

「・・・おはようございます。」

あら、ライダーさんが起きてらっしゃった。桜から話を聞くとどうも海外からわざわざ家庭教師としてお招きしたそうで。

「おはようございます、ライダーさん。僕はもう学校に行くのでまた夜に会いましょう。」

 頷くライダーさんをしり目に、僕はライダーさんの視界から逃げるように出て行った。あの人ちょっと美人過ぎるんだよね。何か人間を超えた神々の作りし美の権化と言うか。まぁドキドキしていらぬ事言わないように出て行くのがベストな選択だと思うんだよ、うん。と言いつつ学校に行っても時間有り過ぎてやることないんだけどさ。あ、僕弓道部だし弓でも射ようかな。

・・・

 結局道場に行ったものの鍵が掛かってて入れないし、わざわざ職員室に鍵取りに行くのもめんどくさいから教室に行った。僕は教室に向かいながらライダーさんの事をふと思い返した。

―――何であんなに無口なんだろう

 基本挨拶以外に会話が成立した試しが無いんだよね。あ、もしかして英語の先生なのかもしれないな。髪の毛の色も日本人離れしてるし何よりモデル体型だし。僕はみだらな思考になりそうなので慌てて頭をはたいた。何だよ、モデル体型だしって、全然関係ないじゃんか。

 それにしても桜が元気になって来たのは衛宮君とあのライダーさんのおかげだろうな。だってそれまで桜はいつも怯えたように暮らしていたんだ。とか言いつつ家にいるとちょっと元気無いけど。

 ちなみにお爺様って言うのは臓硯っていうお爺ちゃんが一緒に家で暮らしてるんだ。何か死臭がするっていうか、気持ち悪いんだよねあの人。だから僕は極力関わらないようにしてる。その爺ちゃんが桜を溺愛しててさ、やっぱ桜も気を遣うんじゃないかと。それでちょっと桜も家の中では悄然として余り生気が感じられなかったんだ。何だか得体が知れないもんね、あの爺さん。

 僕はこの通り地味でひ弱なもやし太郎だから、どうする事も出来ないんだけどさ。でもやっぱり爺ちゃんの嬉しそうに話す姿想像したら恐ろしい。桜が助けを求めて来たら手を差し伸べてあげようと思うけど、今の今までそんな事無かったんだよね。恩の押し売りや厄介事避けれるなら避けたいから、それならそれでいいけど。

 そうやって僕が廊下を歩いていると

「よー、酢昆布じゃん、はよーっす!」

短髪で朝から元気な彼は川尻猛(かわじりたける)君だ。運動部の何かに所属していると言ってたな。興味無いから忘れたけど。何せスポーツが得意なんだよ。そして僕の事を度々酢昆布と呼ぶ。これは僕が昼休み眠気覚ましに食べていた酢昆布を見てツボに入ったらしい。彼曰く

「お前、その髪型で酢昆布・・・ククッ、ワカメみたいな髪でお前それ、どんだけ海藻が好きなんだよー。ダーッハッハッハッハ!」

との事らしい。もう僕にはさっぱり笑いどころが分からなかったので「食べる?美味しいよ。」というと更に抱腹絶倒していた。一体何なんだ。

そんな彼の服装はいつも通りずぼらで、今日も教育指導に絞られたと朗らかに話していた。生徒会長の眼鏡の誰だっけ、え~っと

「川尻、貴様またそのような服装で!校内の風紀を乱すなと何度言えば気が済むんだ。」

「まぁま柳堂、そうカッカしなすんなって。寺の息子はもっと泰然と構えにゃならんのじゃないのか?」

 そうそう柳堂君だ、柳堂一成君。学校で屈指の堅物で知られる彼は、住職の息子さんだそうだ。僕の知識における住職は葬式以外ではスクーターで風俗に行くという偏った認識があるので別に尊敬はしてない。そしてふと見れば隣りに衛宮君も一緒だった。どうも今日は知り合いに良く遭遇する日だ。

「おはよう、川尻に慎二。川尻はともかく慎二、お前今日は早いんだな。」

「あーうん、何か家に居ても二度寝するだけだから。」

「ハハ、確かにな。」

「あ、衛宮君。いつも家の妹がお邪魔してごめんね。」

「ん、ああいや。寧ろ俺が助けて貰ってるくらいだし。逆に感謝しなきゃいけないくらいだ。」

 衛宮君と会話を始める時いつも桜の話題をワンクッション入れるのが通例となっていた。ありがとう桜、地味な僕でも彼と話す事が出来るのは君のおかげだよ。衛宮君は神の手を持つスナイパーとして弓道部で名を馳せていた。

 生徒会のたらい回しにされている彼だけど弓道部に置いてはもはやカリスマ的存在なんだよ。彼の純朴さ故か余り皆から注目を浴びてないようだけど、僕は彼を尊敬してるんだ。そんな衛宮君がなぜ弓道部を辞めたのかは、僕の中では学校の七不思議の一つになっている。どうもバイトが忙しいって言ってたけど。大きい家だし家賃高いんだろうねぇ。

 隣りでは柳堂君と川尻君が仲良く言い争いをしている。もう日常風景なので全く気にならない。その隙を見て僕は衛宮君に弓道に付いて話を聞こうと声を掛けようとすると

「何だ遠坂ずいぶん早いんだな。」

 と、学園のマドンナに普通に話しかけている。僕はもう美男美女のカップリングに慌てふためき戦々恐々とするしかない。僕は何も悪い事していないのに、いたたまれなくなってその場を後にするのだった。衛宮君はやっぱり凄いなぁ。遠坂さん何て見ただけで発情しちゃう僕では駄目だ。ちなみに遠坂凛さんって言うんだけど、この人は頭も良いしスポーツも出来るし日頃の行いまで良い人だ。

 僕なんか視界にも映らないだろうけど、それでも目線がこちらに向くだけで卒倒してしまいそうになる。遠坂さんなんだから遠くから見ないと、何ちゃって。それでも見れて良かった、今日は良い事あるかも。

 こうして僕は今日も健やかに学校生活を営むのだった。





―続く―








 はい、どうも皆さん、こんばんは。初めてFateSS書いてみました。覚えている一番最初のシーンを用いて地味慎二を登場させてます。後川尻君はオリジナルですね。まぁ生徒Aと何ら変わり無い感じですけど、これから続けるようであればまた登場するかもしれません。

 僕としては慎二がこんな感じなら心安らぐのになぁ、という思いです。声が無い分そこまでイラつかされる事は無いんですけどね。Fateやった方なら分かると思いますが、この話序章も序章、聖杯の欠片もありませんね。ていうかあの時点でライダーが居たのかどうかすら記憶が曖昧で申し訳ないんですが。

  それから今までチラ裏にてコメントを書いて下さった方々には深くお詫び申し上げます。チラ裏板で書いていて、皆さんの反応が良さそうなのでTYPE-MOON板に移民しました。そして最初の【ネタ・習作】の部分を削除しようとしたら間違って一話丸ごと消してしまったんですね。俺は一体何をやってるんだろう、と真夜中に吼えながらもう一度コピーアンドペイストで復活させたのです。

 その後何が原因なのか分かりませんが、ひたすら文字化けのページに飛ばされるようになりました。良く分かんないけどとりあえず再起動しよう。そんな初心者根性で再起動を掛けた所、見事に小説が全て喪失していたのでした。本当にごめんなさい!!願わくば見捨てずに慎二と僕を見守ってあげて欲しいと渇望するばかりです。

本日もこのような駄文をここまで読んで頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 怖いけど震えながらも行く、それが慎二クオリティ
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/12 05:51
 時計に目をやると良い時間になって来た。僕は今日も無為自然に生活出来た事に感謝しながら布団に入ろうとした。その時家の門が開く音にビックリして僕は窓から外をこっそり覗きこんだ。もしかして泥棒だろうか、爺ちゃんなら持って行っていいけど他の金品はちょっと・・・。

「あれ、桜じゃないか。こんな夜遅くにどこに行くんだろう。」

僕はそ~っと出ようとしている桜に分かるよう窓をコンコン叩いた。桜は肩を震わせ音の方に顔を向け、僕だと分かるとほっとしたようだった。僕は窓に出来るだけ近くまで来るように手招きして、小声で下に行くから待っているように言った。

外に降りて来ると桜が闇に浮かびあがるように立っていて何か怖い。桜は自分がいけない事をしている自覚があるのか、ちょっとしょんぼりしていた。僕はそんな彼女の緊張を解そうとおどけるように話そうと思い

「桜、いくら成長したとはいえこの時間帯に出歩いていいのは企業戦士だけだよ。僕達学生は明日に備えて寝なきゃいけないよ。」

僕は桜を諭すように言ったつもりだが、桜は自身の目的をはっと思いだしたようで途端に浮足立った。僕は無理にあれこれ詮索せず桜からのアクションをじっと待っていると

「あの、兄さん。私先輩、衛宮先輩の所に行こうと思うんです。」

 僕はその言葉を聞いた時に全身に稲妻が走るような衝撃を受けた。ショックのあまり数百個の細胞がどこかの部位で死滅したかもしれない。ちょ、ちょっと待っておくれ妹や。確かに僕は、僕は頼り無いし女性ともろくに話す事さえ出来ない小心者だよ。嫌いな爺ちゃんとも徹底的に距離を置いて暮らしているし。だからってそんな・・・いきなり過ぎるじゃないですか。

 いくら花嫁修業だからって、花嫁にクラスチェンジを果たすのは時期尚早じゃない?そりゃあ僕だって相手が衛宮君なら文句無しだよ。でもそれにしたって夜這いや夜伽みたいな真似されたら兄ちゃん悲しいよ。体を武器にしちゃ駄目だよ桜、愛の深さで正々堂々挑んで欲しいんだよ。

 それ以前に良く考えて下さいよ。ただでさえ辛気臭いこのお家、名前の通り桜という華があるからこそ何とか空気の清浄化に成功しているんだ。僕と爺ちゃんの二人暮らし何かしようものなら、近日中にはカビや埃にまみれて家中にツタや触手が絡みつく惨状になるよ。しかも僕パンを焼く事すらしない無精者なのに、老い先短い爺ちゃんにはあんまりな食生活になっちゃうよ。

 僕は突然の桜の家出を聞かされ、歯の根が合わずガタガタ震えていた。どうやらそれは僕の杞憂だったようで、桜が慌ててかぶりを振った。

「ち、違います。何か嫌な予感がして、その、とにかく先輩が心配なんですっ!」

 必死の形相で訴えかける妹を信じてあげず、何が兄と言うのか。分かった、僕も夜の外怖いけどちょっと頑張ってみるよ。最近事件が多発しているこの町を、妹を一人で行かせるのは危険だもの。だ、大丈夫。世界は僕たちが思っているより、少しだけ優しいはずさ。何事も起こらないよきっと、うん。

 そうやって自分に言い聞かせていると既に桜は駆け出していた。ま、待って怖いから待って!結局僕は兄としての威厳もへったくれも無い理由で、慌てて愛する妹の後ろを走って行くのだった。


・・・


 桜、持久走苦手なんだね。うん、見りゃ分かるよ。僕は桜の重い足取りを支えながら衛宮君の家に向かっていた。最初こそ突き放されると思う猛スピードで先を行く桜だったが、すぐに充電が切れたようで喘ぐように走り始めた。もう今では走っているのは形だけで、歩いている速度と変わらない。僕はその気概を見せて貰えれば十分だよ、うん。

 衛宮君の大きな屋敷が見えて来たけど、何やら人がいる。どうも二人いるようで一人が見覚えある姿なんだよ。ん~?あの髪形どこかで見た事ある気が・・・。遠目に見て僕が知ってるかも知れない女性は地面に尻もちを付いていた。その首に向けてもう一人甲冑の人が手を差し出している。何だ優しいシーンなのかな。さぁお手を・・・っていう所に出くわしたのだろうか。

 その時桜が普段まず出さないような活力に満ちた声で叫んだ。

「ライダー!」

 ・・・目上の人にはきちんと敬意を払いなさいって。いくら給料支払って勉強を教わってると言っても相手は年上なんだよ?僕は突然桜がライダーさんを呼び捨てした事の方が気に掛かり、咄嗟にそのような悪態を付いていた。そもそも良く考えればお互い呼び捨てにし合ってたじゃないか。今さら何言ってるんだろう、僕は。

しかしそれ以前に

――――ライダーさん居たっけ?


 僕は怪談が嫌いだ。そして残念な事に桜は怖い話大好きだ。滅多に出ない桜の茶目っ気が発動したのかと思い桜の方に振り向いた瞬間

ガキーーーン!

 な、何事?僕はもう一度前方に視線をやるとライダーさんが甲冑の人に、鎌みたいなので斬りかかってる。え、ええ?!こ、これって第三者的に見たら通り魔による猟奇殺人の現場にしか見えない。しかし何やら見えない壁が展開されているのか、甲冑の人に刃先は届いていないようだった。

 そして僕は今ふと思ったんだけど、ライダーさん桜のボディガードまで勤めてんの?ともすればかなりの金額を弾まなければならないと思うんだ。うち、そんな余裕あったっけ。その辺の事を今後桜と二人で話し合おうと思いながら、地面を蹴って桜と一緒に走る僕だった。

 どちらとも緊迫した表情のまま拮抗し合っている内に、僕たちは現場付近まで近づいた。しゃがんでいる女性は見覚えあるも何も、遠坂さんだった。もう一人の鎧を装着している人は女性のようで思っていた以上に幼い顔立ちだった。遠坂さんは僕達の登場がよほど意外だったようで呆気に取られた顔をしている。僕は珍しい遠坂さんの表情に思わず見とれてしまった。

 そんな中開門して一人の男がつんのめりながらはい出て来た。彼こそが主人公たる衛宮君です。僕はもう早く物騒な空間から解放されたい思いが全身に蔓延していたので、衛宮君の登場に一人感激した。敬愛する衛宮君に飛びつこうかと思ったけど余りに場違いな行動なので止めた。

僕は桜の兄だとアピールするように桜の側でひっそり佇んでいた。だってライダーさんにせよ剣士さんにしても、さらには遠坂さんまで目をギラつかせているんだもの。油断していると喉元を掻き切られる勢いだよ。

「セイバーもういい、もう止めてくれ!」

 普段衛宮君からそんな悲痛な声を聞いた試しがない僕は、驚きから目を見開いていた。セイバーと呼ばれた甲冑に身を包む少女は一度戸惑う素振りを見せた。しかしこの辺が潮時と判断したのか武装を解除して、衛宮君を守るように側に悠然と佇立した。桜は遠坂さんに手を差し伸べ立たせてあげていた。

 その後何やらセイバーさんと衛宮君は押し問答みたいになっていた。敵がどうとか、サーヴァントが何とか断片的に聞こえる単語はよく分からない言葉がほとんどだ。でも僕に分かることは先ほどまで命のやり取りをしていたって事。そして遠坂さんが殺されかけたと言う事が何となく分かった。

 遠坂さんは立ち上がり桜に感謝の言葉を言うと、同時に僕の襟元を引っ張った。

「何で桜がここにいんのよ。」

小声にしていても憤りがたっぷり濃縮された響きが伝わって来る。そもそもまともに話すのはこれが初めてなのに、いきなり敬語抜きで来られるとは思って無かったよ。ともあれ僕は遠坂さんを意識しないように背景に焦点を合わせ

「ち、違うんだよ。桜が胸騒ぎがするって外に飛び出したんだ。それで僕も心配だから一緒に着いて来たんだよ。足手まといになるのは分かってるけど、身代わりくらいにはなれると思うし。」

 数秒間遠坂さんの懐疑に満ちた視線を全開に受けながら、僕は頬を引きつらせながらも耐え抜いた。隣りで静観していた桜も困ったように微笑みながら

「遠坂先輩、兄さんの言う通りです。何だか突然心配になっちゃったんです。でも結果的に先輩を助ける事が出来て良かったです。」
 
 遠坂さんは鼻から不機嫌を表す息を噴出した後、今度は衛宮君に矛先を向けたようだ。何にせよ僕は無実が証明されたのだ、ありがとう桜。感極まって桜に握手を求める僕。桜は事態を飲み込めないが、僕が嬉しそうなのに釣られて笑っていた。

 事態をよく飲み込めていないのは衛宮君も同様のようで、唖然としながら僕達全員を見渡している。ライダーさんは忍びの血を引いているのか、音も気配も無く自然に桜の背後に立っていた。服装の露出度の高さと唐突な出現二つの意味で僕は驚きのけ反った。

 僕にはあんなにドスの聞いた声を発したのに、衛宮君には小川のせせらぎのようなゆったりした口調で遠坂さんは挨拶をしていた。それも極上の笑みまで漏れなく付いて来るものだから僕だってちょっとは嫉妬した。言われた所で鼻血を流してゆっくり後方へ倒れるのが目に見えてるからご遠慮願いたいですけど。

 それからの会話はもはや一方的と言って相違ないに等しかった。つまり完全に主導権は遠坂さんが握っていた。衛宮君は基本的に人が良いから、イニシアチブを相手に委ねてしまうんだ。最後は遠坂さんに馬鹿扱いされつつも門内、衛宮家の敷地内へと入って行くのだった。遠坂さんは衛宮君にお茶でも淹れといてと使い走りにした後こちらへ振り返り

「桜、どうやらあなたもこっちの世界に踏み込んでいるようね。」

こちらの真意を探るように凝視しながら意味深な事を言っている。平凡で無気力に生きて来た僕には無縁過ぎる世界なので、当然知る由も無い。帰ろうという催促のため、僕は桜の手を取ろうとした。しかしタイミングを合わせたかのように僕の手をかわし、桜は胸の前で右拳を左手で包むように組んでいた。伸ばした僕の手は所在なさげに空中を飛びまわり、最終的に壁の選挙ポスターの顔に着陸した。頑張ってこの町を住みやすくして下さいね。

「遠坂先輩、私も一緒に中に入って話をさせて下さい。」

強気な遠坂さんの眼力に負けないように口を結びながら振り絞るように声を出す桜。本当にいつの間にこのような凛々しい姿にまで成長したんだろう。もう兄として誇らしい。正直僕はいらないかもしれないと思ったので、桜に

「ぼ、僕外で待ってようか?変な人が来たらどうにか応対するし。」

僕は内心怖くて仕方ないけど、入って役に立つとも思えないので外の見張りを買って出ようとした。しかし桜はゆっくりかぶりを振り

「いいえ、私より寧ろ兄さんに聞いて貰いたいんです。兄さんは今の出来事の意味、何も理解出来てないでしょう?」

「う、うん・・・恥ずかしいけど、物騒な事だとしか。」

「私も話を伺ってみて、兄さんにご助力を乞う事になるかもしれません。多分聞いてしまったら後戻りは出来ないと思います。それでも、よろしいですか?」

 何やら今後の人生に大きく左右されそうな事を聞かれて、返事に窮してしまった。当たり前だよ、だってこんな展開想像すらしてないんだもの。衛宮君の家に行って、先輩来ちゃいました、エヘヘ~な感じになると思ってたんだし。

でも僕はこんなんでも一応桜のお兄さんなんだ。妹だけに危ない橋を渡らせる訳にはいかない。今まで言いたい事も言えずに耐え忍んできた桜が、ようやく僕に協力を仰ごうとしているんだ。桜の平穏は僕が守らないといけない。だから僕は大きく頷くのだった。その時ライダーさんの頬が少し緩んだ気がしたのは、僕の見間違いだったのかもしれない。


―続く―







はい、どうも皆さんこんにちは、自堕落トップファイブです!さてさて一番最初だけ書くのもあれなので、本編に入る手前くらいまでは進めてみました。確か桜と凛は姉妹でそれをまだ隠してるというのは覚えているんです。しかし引っ込み思案の桜が、ここまでアクティブな行動に出るかどうかは甚だ疑問です。あくまでも仮定での話、どんだけ勘の鋭い子なんだよと自分で思いました。

後駆け付けた時は魔弾を弾き飛ばし、突きつけられたその時です。まぁシロウ君出て来るの遅れたのは作者のせいって事で。ともあれライダーが凛を守る形にって、この時点ではまだ姉妹だと互いに知っているのか?う~ん、知っていればライダーに指示するのは必然でしょうが、認識していなければ一抹の違和感が残りそうです。僕の記憶違いで無ければ互いに遠慮して姉妹だけど他人を装うというスタンスだった気がします。まぁ何かおかしいと思ったら逐一文をいじくる気ではいますが。それでは今回はこの辺で失礼します!

本日もこのような駄文に目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 仮マスターになった僕
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/12 07:57
 衛宮家の勝手知ったる桜が僕と遠坂さんを居間まで導いてくれた。遠坂さんが桜をまるで身内のように大事にするのは、何か訳ありな事情があるのかもしれない。それから僕はつい先ほどの彼女の立ち振る舞いから、頂いて勝手な印象を直ちに改めていた。

 どうも遠坂さんは今の威風堂々と大股で歩く姿が本来の姿みたいだ。人目が多い所でこっそり人知れず見ていたけど、僕の知らない彼女がそこにいたんだ。僕は別にそれが悪い事だと全く思わないし、寧ろ地を見せてくれた彼女に感謝していた。ありがとう、僕に自然に接してくれて。

 桜も遠坂さんに僕と同じ印象を抱いていたのか気になった。ちらりと彼女に目をやるといつも通りの桜だ、彼女は遠坂さんの事を僕よりずっと精通しているのかもしれない。僕があちこち視線を投げるのを半目で遠坂さんが睨んでいるのに気付き、慌てて下を向く。僕はきっと彼女から軟弱者に見えてるだろうし、とても恥ずかしい気持ちだった。

 それでも桜を守るためなら、僕は何だってやろうと心に決めていた。両親の温もりもなく、家事全般を一挙に引き受けてくれた桜には返し切れない程の恩義があるんだ。女性の心理や気持ちを察するのは疎いけど、僕だけが兄として桜を守ってやれるんだ。僕は内心で気持ちを固めながら、出来るだけ目を動かさないように努めた。

 僕たちが居間に入ると家庭が崩壊したようなシーンがそこに広がっていた。寒さに震えながら散らばっている窓ガラスの破片を拾う衛宮君。それを余所にお茶を上品に啜るセイバーさん。彼は完全に尻に敷かれているのだろうか。一緒にガラスを集めようか、僕がそう思い始めた時、遠坂さんが身を震わせ驚きの顔を浮かべて

「寒っ、何よもう、って窓全壊してるじゃない。」

 僕とは違い自身の寒さから窓にしか意識が向かっていないようだ。心なしか衛宮君、恨めしい顔浮かべてるよ。何があったのか知らないけど、とりあえず順当に夫婦喧嘩と見ていいのだろうか。にしてはセイバーさんの行動が淡泊過ぎやしませんか。

 全開に開いている窓を見て僕は駄洒落な気分になってきた。しかし僕がその事を指摘した場合風による身体的寒さに加えて、メンタル面でも寒くさせそうなので思いとどまることにした。単なる役立たずが更に場を白けさせる発言を行うなんてもっての外だよね、うん。

「仕方がないだろ、ランサーって奴に急襲を受けて俺も必死だったんだから。」

 僕の構える散り取りにガラスの細かい破片を箒で掃きながら、溜め息混じりで語る衛宮君。こう言っちゃ失礼だけど、衛宮君ってつくづく苦労多そうな人柄だよねぇ。僕は君子危うきに近寄らずを実践倫理として胸に秘めているから同情しちゃうよ。遠坂さんは興味深そうに衛宮君の顔を眺め

「へぇ、それじゃあセイバーを呼び出すまで、あなた一人で彼とやりあったの?」

「やりあって何かいない、ただ一方的に打ちのめされただけだ。」

「ふうん、変な見栄とか張らないんだ。そうかそうか、あなたって本当に見た目通りな人なのね。」

 無念そうに自身の無力さを苦々しく話す衛宮君に、遠坂さんは好印象を抱いたようだ。僕はそんな事よりも気にかかる言葉を耳にした。

―セイバーを呼び出す―

 ・・・一体何だろうこの纏わりつくような違和感は。単純に帰国子女と見て良い物か。夫婦ではなく単なるホームステイに訪れた欧州の女性と認識して良いのか。それにしても・・・あまりに状況が似すぎている。セイバーさんとライダーさん。

 そもそもだよ、彼女らの名前が本名とは到底思えない。コードネームないしはハンドルネームのようじゃないか。先に衛宮君が発言したランサーという人も引っ掛かる。僕はもう一度チラリとライダーさんとセイバーさんに視線を投げかけた。彼女達は圧倒的な存在感を尚も発し続けている。

 僕は自身の考えにぞっとした。もしかしてこの人達は『人ならざる物』じゃないかと思い始めたからだ。ゴクリと喉を鳴らし、僕は散り取りを置いて再度桜を守るように立った。桜は決して僕より先に死なせはしないよ。死ぬのはまず僕からだ、いわゆる年功序列って奴さ。年配者からこの世を去るのが世の常として正常な事なんだよ。桜は僕の心情を察してくれたのか、ぎゅっと裾を握ってくれた。ありがとう、君はここぞという時に気持ちを汲んでくれる本当に優しい子だね。

 そんな僕の想いとは別に事態はさらに進み、というか言葉通り遠坂さんは窓ガラスの直前まで歩み出て行った。僕は窓ガラスの破片が刺さったら危ないと内心ヒヤヒヤしながら見ていたが、彼女は軽やかに歩いて行きゴミ袋に詰まっているガラスの欠片を手に取った。それから何と彼女は窓を直したんだ、え、す、す、凄い!指から血を垂らして窓直した、うわっ、これは世紀末。も、もしかして彼女は死者までも聖なる血液で、蘇生させられるとかいうアレな人なのではないか?!

 僕は人智を超えた神の領域と思える所業に口をあわあわさせていた。僕が震えながら戻った窓を指しながら桜を見ると、そんな僕を楽しそうに見ていた。え、もしかして僕、物凄くみっともないの?

 ふと周りを見れば誰一人として驚嘆している人物など居ない。相変わらずセイバーさんにライダーさんは無機質な雰囲気を醸している。遠坂さんも何やら不機嫌そうだ。ただ一人僕の憧れで、弓道に関してのみ私淑している衛宮君だけは僕と同じ気持ちだったみたい。でも驚きの度合いは僕の方が重篤だったんだけどね。

「衛宮君、あなたいくら突然の出来事に混乱してるからってこの程度の修復はしなさいよ。」

 ええ!?何で怒られてるの。ていうか僕今現代の日本にいるんだよね。今みたいな魔法を学問としてるような時代や世界観に居ないよね。と言う驚きの目で桜を見ると桜は僕に母親のような慈しみの目で微笑んでいた。いいよね、美人の笑顔、今僕はほっこりしたよ。それから僕は何かそういう世界観にいるみたいだよ。何か遠い目で外を眺めてしまうよ。僕本当呑気だなぁ・・・。

 未だに頭を垂れてちょっと不満そうな衛宮君と、それを諭すように話しかける遠坂さん。遠坂さんって結構世話好きな人なのかもしれないね。でも僕は怒られるとしなびたキュウリみたいになっちゃうから駄目だ。調理方法にも困らせるしとんだ厄介者なんだ、しなびたキュウリ可哀そう。

 僕たちはテーブルを囲んで腰を下ろして話をした。と言っても喋るのは殆どが遠坂さんと、相槌を打つ衛宮君だけだ。僕はというと顔色を伺うように視線をあちこち彷徨わすばかりで、予想通り何の発言も行えなかった。でも僕は誰かが不審な動きをして桜に危害を加えないかだけは注視するようにしていた。

 そんな僕も遠坂さんの懇切丁寧な口調でようやく事態が掴めてきた。何でも今遠坂さんがやったのは「魔術」だそうです。そして魔術師が何やら喧嘩をするみたい。魔術師らしく召喚の儀式を行った後、出現したサーヴァントで競い合うんだって。ちなみに遠坂さんのサーヴァントは瀕死らしいよ。え、展開早くない?

 そしてどうも家庭教師やホームステイなどでは無くここに鎮座するセイバーさん、ライダーさんもそのサーヴァントにあたる人達らしい。その毅然とした態度から、僕の数兆倍は有能だと言う事が図り知れる。僕の肝はミクロの世界に達する小ささなので、そんな立派な人達を呼び捨てに出来ようはずが無かった。

 それからちなみに遠坂さんが腕を捲り見せた模様はタトゥーではなく、令呪と呼ばれる刻印なのだそうだ。僕はそれを聞いて桜に一度、大喝一声した事を申し訳なく思った。僕は以前桜の腕に傷があるように思われたので見せるように言うと、桜は酷く拒否反応を起こしたんだ。これはただ事じゃないと思って無理やり見たら、タトゥーが。もう僕は憤怒の形相で桜を叱ったんだ。だってせっかくの綺麗な肌に傷を付けて模様を書くなんて悲しいじゃない。

 ともあれ僕の勝手な思い込みで桜に怒鳴った事を謝る事にした。ごめんなさい、桜。桜が大変な思いを抱えてるのに僕と来たら。桜はニッコリ笑いながら「嬉しかったからいいんです。」何て優しいフォローを入れてくれた。それでも僕は謝るんだけどね。悪い事をしたら謝る、この心を忘れたら人間お終いだと思うんだよ。

 聞く所によるとこの令呪はサーヴァントに命令出来るんだそうだ。ただし3回限り。僕は寧ろ3回もでかい口叩いていいのだろうか、と凛々しいライダーさんを横目に見ながら思っていた。何でも聖杯戦争って言うのが開催してるらしくて7人で殺し合うそうです。本当に言葉に発するのも気が引ける話ですよね。

 そして戦争に勝った人が何でも願いを叶えられるんだって。僕の願いはたった一つだけだよ。桜は養子として家に来たんだ。両親の温もりを知らず、寂しい想いを胸に秘めて来たに違いないんだ。だから僕は叶うなら桜が一般家庭に生まれ、人として生きるために必要で当然与えられるべき愛情を親から受けて育って欲しいと思う。と言っても僕は魔術何て使えないし、パシリくらいにしか使えないんだけど。

 衛宮君も自身がサバイバルなゲームに巻き込まれたを知り驚愕に打ち震えている。僕だって突然殺し合いするから頑張って生き延びてね、とか言われたら思わずお漏らしするよ。何たって覚悟も理解も出来てない内から、命のやり取りを突き付ける何て過酷にも程があるじゃないか。だから他の誰が認めなくても衛宮君の震えは僕が認めるよ。

 衛宮君は自身で入れたお茶を一気に飲んで気を落ち着かせる事にしたようだ。僕のお茶はとうの昔に飲み干されている。僕は何も入って無い湯のみに口を付け、間を持たせるために飲んでる振りばかりしていた。

 二人(衛宮君と遠坂さん)の会話式の講釈は尚も続行していた。今日の僕は驚いてばっかりだ。何でもサーヴァントの人達は英雄だというじゃないか。僕はもう何度盗み見したか分からないけど、またしてもセイバーさんとライダーさんを一瞥してしまった。ライダーさんは桜の身内だけど、セイバーさんは・・・。渇く唇を舌で湿らせながら僕は自身の恐怖心と闘っていた。

 本心で言えばやっぱり死にたくない。何で憎悪も恨みも無いのに殺す必要があるんだろう。でもそういう物だと言う遠坂さんの瞳に冗談の色は見えなかったんだ。だったら観念して覚悟を決めるしかないじゃないさ。僕は自分の覚悟を示すかのように、床に置かれた桜の手を上からしっかりと握ってあげた。桜は驚いたように僕の顔を見たが、まなじりを下げて握り返してくれた。

 それから先のライダーさんが瞬く間に出現したのは、霊体化させていたからというのも分かった。僕は霊体だったら銭湯とかで大活躍じゃないか、凄い。などと男性的発想をしていたがすぐに頭を振って打ち消した。そんな妄言は家で寝る前にたっぷりすればいいじゃないか、僕の馬鹿。

 ともあれようやく話が終わったようだ。遠坂さんは今度はセイバーさんに向き直り、ニヒルな笑みを浮かべて話しかけていた。衛宮君が半人前とか、正規のマスターじゃないとかファンの僕が聞いたら悲しい発言ばかりだ。言われっぱなし衛宮君も見るからにふてくされた感じで憮然と座っている。衛宮君は隠忍自重というか、とにかく辛抱強い人だ。

 何でもセイバーさんの力は完全じゃなくて霊体化も出来ないそうだ。なるほど隠密行動や斥候要員としては致命的な痛手に思えるね。僕からすれば霊体化していても、その膨大な生命エネルギーは隠せないんじゃないかと思ってしまう。と言えどもライダーさんの気配を全く感じなかった僕には何も言えないんですけどね。

 話がまとまりそうになっている所で今まで口を閉ざしていた桜が声を出した。

「そろそろこちらもお話に加わってもいいですか、遠坂先輩。」

 別に無視されていた訳ではないだろうけど何と言うか、黒い笑顔だった。ライダーさんもちょっと顔を引いて主に怯んでいる感じ。でもそうだよ、僕達間桐兄弟だって聖杯戦争の参加者なんだ。話し合いをしなくちゃいけないよね。遠坂さんは怯みも驚きもせず勝ち誇ったような不敵な笑みを浮かべ

「ええ、そうね。丁度私もそうしようと思っていた所だし。」

「ぼ、ぼぼ、ぼ、僕からも提案がっっっ!」

 僕はこの部屋に入って初めて声を発したので、不完全燃焼な始まりで言葉を発した。桜は思わず吹き出し、つられて遠坂さんにも笑われた。馬鹿にされてるみたいに思えるけど今はそんな事気にしてる場合じゃないんだ。

「さ、桜、今すぐ僕にそ、その令呪を渡しなさいっ!」

 僕は可能な限り悪漢を演じようと声を張り上げた。提案どころか命令になってる事すら気付かない僕は、相当テンパっているんだよ。桜は突然の僕の命令調にきょとん顔になっていた。僕は更なる説得性を持たせるために話を続ける事にした。

「ぼ、僕は叶えたい事があるからね。さ、ささ、桜に美味しい思いはさせないよ。だからその令呪を僕に譲って下さい!」

 もう最後は懇願していた。というか譲る方法があるかどうかも知らずに、一体僕は何を口走っているんだろう。腕を組んでニヤニヤ見ていた遠坂さんがそれを受けて質問をして来た。

「へぇ~・・・慎二あんた何が望みなのかしら?」

 ・・・しまった、考えてない!いや、考えてたけどそれは言うの恥ずかしい。僕は一人でえ~っと、え~っと、言いながらうんうん唸り

「き、決まってるじゃないか遠坂さん!世界征服だよっっっ。」

 僕は桜のためなら喜んで汚名を被ってあげよう。桜に危険な真似を絶対にさせるもんか。本当に世界征服したらすぐさま国民の皆様に返還するんだろうけどね。そして何故か止まる世界、今この時点で僕間桐慎二が既に世界を征服したような錯覚を覚えた。え、何僕もしかして凄い事言い過ぎて引かれてる?僕は途端に恥ずかしくなり、手をワタワタ振りながら慌てて弁明した。

「あ、や、今のは凄すぎたかも。えっと、日本支配、いや冬木市一帯でいいから支配したいんだよ、僕は!」

 僕が真っ赤になって色々どうしようもない事をまくし立てていると、耐えきれなくなった遠坂さんが呵々大笑の声をあげた。それにつられて震えながら下を向く桜。ライダーさんもはっきり頬を緩めているのが分かる。衛宮君はポカンとして、セイバーさんは全く表情を崩さなかったけど。

 ヒーヒー言いながらもどうにか体勢を整えた遠坂さんは、涙が出るほど愉快だったのか指で目元を拭いながら

「いや~桜あなた、良いお兄さんに恵まれてるじゃない。」

「ええ、本当に。」

 何やら僕そっちのけでほのぼのした会話をしている。勢いのまま立った僕だけど恥ずかしさに耐えられなくなり、勢い良く座りなおした。そして遠坂さんと桜は崩れた表情をもう一度引き締め

「・・・にしても令呪を移す何て芸当が出来る人物、私には一人しか思い当たらないわね。桜、あなたは何か良い案でもあるのかしら?」

「・・・ええ、これを。」

 桜はどこから出したのか何やら曰く付きがありそうな書物をテーブルに置いた。僕はしげしげと眺めたが、どこから見ても外国版の学術書程度にしか見えない。一体どういう使い道をするんだろうか。

 桜の話によるとこれは偽臣の書と呼ばれる物だそうで、仮のマスターになる事が出来るんだって。元々聖杯に興味無い桜は僕にマスター権を譲りたいけど、罪悪感を覚えて考えあぐねていたそうだ。何だ、僕恥ずかしい思いまでして骨折り損も良い所じゃないか。いいよ、いいよ罪悪感なんて覚えなくて。桜には前線は似合わない、家庭の台所で包丁握っている方がよっぽど堂に入っているじゃないか。

 とりあえず僕はすんなり仮マスターの権利を桜から譲り受け、話の話題が呆気無いほど早く終わってしまった。というかライダーさんがさっきから僕の真横に居て緊張するんですけど。

 衛宮君は僕達のホームコメディみたいな話を静かに聞いてくれていた。そして話が終わったのを見計らって握手を差し出して来た。僕は何がどうなってこんな状況になったのか分からないけどとりあえず握手をした。衛宮君は「ん」と言いながら握り返し

「慎二、お前って何か格好いいな。桜を大切にしてくれてありがとう。」

 などとお褒めの言葉を頂いてしまった。僕は照れくさくなって俯きながら、小声でありがとうと言うしか無かった。妹を大事にするのは当然じゃないかと思ったけど、最近良く分からない人が多いしね。でも僕に格好良いなんていう形容詞似合わないよ、格好良いのは笑顔で握手を差し出して来た衛宮君の方じゃないか。

 そしてそんな僕達のやり取りが終わったのを見て遠坂さんが一言

「それじゃそろそろ行きましょうか。」

 と至極当然の事のように言ったのだった。え、どこに?僕と衛宮君は当然分かるはずも無いので、お互いに顔を見合わせ横に振り合う事で共鳴するのだった。





―続く―





 はい、どうも皆さんこんばんは、自堕落トップファイブです!Fateの小説は余りに大手過ぎて難しいと認識していましたが、実際ゲームをやりながら書けばそこまで複雑でもありませんね。ただ設定が細かく、その点に関して細心の注意を払う必要はあるようです。

 作者としては原作の雰囲気を残したまま、慎二だけキャラを変えたいと思っています。よって辻褄が合っていなかったり、違和感を感じれば感想にて報告して頂ければ幸いです。ともあれ僕はこんな慎二好きですね、やはり主人公は良いキャラじゃないと楽しくありませんものね。読者の皆さんも楽しんで頂ければ言う事ないのですが。それでは今回はこの辺で失礼します!

 本日もこのような駄文に目を通して頂いて誠にありがとうございました!



[24256] ライダーは僕、僕はライダー
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/12/09 08:29
 僕達は夜道をひたひたと歩いていた。行き先は教会なのだそうだ。別に僕達は懺悔をしに行く訳でも洗礼を浴びに行く訳でもないんだ。遠坂さんによればそこの神父さんが聖杯戦争の事を良く知っているんだとか。知識を提供してくれるのは大変ありがたいんだよ。でも僕は何でそこの神父さんは人殺し何かを容認しているのかが不思議で、また悲しかった。神や教祖を崇めるのなら命の尊さを謳うのが神官の仕事だと思っていたんだ。

 恐らく僕のような一般人を欺くために神職に就いているんじゃないかと思う。そう考えただけでも何とも嘆かわしい気分になる。真剣に悩んで訪れた人に対して舌なめずりするような神父だったら、嫌でしょう?少なくとも僕はそんな人面獣心な人は勘弁願いたいです。

 言峰神父と呼ばれる方がおられるのは隣町だそうだ。こんな冷える夜道に行くような場所じゃないと思ったけど、鉄は熱い内に打てとも言うし。とりあえず僕らは集団で夜の散歩をしているんだ。

 桜は遠坂さんとお喋りに夢中だ。うんうん、仲良き事は実に素晴らしいね。僕は遠坂さんが桜の話し相手になってくれた事が純粋に有りがたかった。こんな僕だからあまり話すのが得意じゃなくて、いつも黙々と歩くハメになるんだ。だからああやって気さくに話をしてくれれば桜も楽しいだろう。

 僕はそれよりももっと気になる事が一つあった。

「・・・あの。」

「何か?」

「さ、さ、桜は前にいますよ、ライダーさん?」

「ええ、それが何か?」

「い、いえ・・・それだけです。」

「・・・」

僕は未だにライダーさんに慣れていなかった。というより一生女性に慣れる気がしなかった。失礼な話女性なら誰でも上がってしまう僕だ。この際美人だからとか言うのは、言いっこなしにして貰いたいんだよ。と言っても僕の周りの女性は容姿端麗な人ばかりなんだけど。

僕は何故ライダーさんが好きこのんで、僕なんかの傍を歩くのかが理解出来なかった。周囲には足音と前方から聞こえる会話が仄かに聞こえるだけだ。義務なんか有る訳では無いけど、僕と一緒に歩いていて不愉快な思いをさせるのは申し訳ないじゃないか。

「ら、ライダーさん?」

「何か?」

「あ、あ、あの僕ちょっと靴ひもに違和感感じるので、桜と一緒に話しながら歩いていいですよ?」

「・・・靴ひもの違和感と桜に何の因果関係が?」

「あ、いや、その、僕がほらしゃがんで靴ひも直す間に桜の元へ・・・その。」

「・・・」

「ご、ごめんなさい!」

「何を怯えているのです、あなたは。」

「い、いえ、その英雄とか偉人みたいな凄い人に会った事無くて・・・。」

「我々はサーヴァント、寧ろあなた方の方が高潔に当たります。」

「現代は、じ、実力社会ですから。能力がある人間の方が、やっぱり偉いんです。」

「・・・それは命令ですか?」

「・・・え?」

「ですから、私が桜の下に行けというのは主としての命令なのですか?」

「いえ、命令だなんてその・・・。ただ僕はライダーさんに申し訳無くて。」

「先ほどのセイバーの言葉を借りる訳ではありませんが。シンジ、あなたは知識は言うまでも無くもう少しマスターとしての自覚を持って頂きたい。」

 僕はそれどころじゃなかった。マスターでもマスタードでもレオタードでもいいよもう。ぼ、僕、女の人に呼び捨てにされてる。もう僕は口をパクパクして戦慄していた。僕はもしかして他人の空似で、別の誰かに言ってるんじゃないかと後ろまで振り向く始末だった。

「シンジ、何か不審な点でも見つけたのですか?」

僕は再三に渡り自らのファーストネームを呼ばれ、周囲を見渡すも自分以外に人影は見当たらない。僕は喉を鳴らし、震えながら自身に指を指して

「ライダーさん、も、もしかして僕を呼び捨て、で呼んでるの?」

「・・・寝ぼけているのですか、あなたは。」

 僕自身もボケた発言という自覚はしてるんだ。でもそれでも女性とろくに話した事の無い僕が、名前で呼ばれる日が来るだなんて思ってもみなかったんだ。それからライダーさんはアゴに右拳を当てながら考えていた後、こちらを向いて

「シンジ、一つだけ言わせて頂きたい。」

「は、はい!なんなりと。」

「どうしてあなたは私をさん付けで呼ぶ必要があるのですか?サーヴァントである私が主を呼び捨てにしている行為が無礼に当たります。」

「と、と、とんでもない!無礼どころか光栄です。」

「ではライダーと呼び捨てで今後お願いします。」

「それは、その・・・おいおい検討いた

「シンジ。」

「は、はい。」

「ライダーと呼び捨てでお願いします。」

「その、いくら何でもいきなりは、その・・・。」

「シンジ。」

「あ、あ、何か頭が痛く

「シンジ。」

「・・・。」

「シンジ。」

何で僕追い詰められてるんだろう。ライダーさんにはライダーさんのこだわりがあるのかもしれない。でも女性を呼び捨てにするのは、何か気恥しいというか、うん。

「と、ところでライダーさ

「シンジ。」

駄目だテコでも呼び捨てにならないと先に進ませないつもりだ。僕は大きく深呼吸を数回して精神を安定させた。そしてもう一度覚悟を決め

「ライダー・・・・・・・・・・・・さん。

「シンジ。」

 駄目だった。あれだけ間を空けたというのにNGを喰らうなんてあんまりだ。僕の最大限の譲歩と言っても良いくらいなのに。でもこのままだと完全にライダーさんに呆れられてしまう。僕は最後の手段に出る事にした。

「ラ、ライダー・・・ゴホッ、さ、ケホ、ん。」

「・・・・・・」

「ど、どうですか?」

「もう一度お願いします、念のため。」

「え・・・ライダー・・・コホ

「ストップ。」

「え、どうして・・・あ・・・い、言えた。」

「呼び捨てにするだけでどれだけ手間を掛けさせるんです、あなたは。」

「え、あ、う、その・・・ごめんなさい。」

「いえ、いいです。それがシンジの良さかもしれません。」

 何かサラっと恥ずかしい事言われた。僕は頭から湯気が立ち上ってるかも知れない。顔が熱くてしょうがないよ。僕は咄嗟に話を変えようと試みた。

「あの、ライダーっっっっ、くっ、っ。」

 もう僕の中で「さん」付けないといけないという気持ちが強すぎて我慢するのに必死だった。そんな僕の様子にライダーはクツクツ笑っていた。

「本当にシンジ、あなたは奇妙な人だ。」

「は、はぁ・・・それはどうも・・・。あの続きなんですけど。」

「何か?」

「ライダー・・の望みって何かあるんですか?聖杯で叶えられるとかって・・・。」

「・・・」

「あの、別に言いたくなければいいんです、けど。」

「シンジと同じです。」

「・・・え?」

「私も桜に幸せに生きて貰いたい。」

「・・・ありがとう、ライダー。」

「いえ、そのためにもあなたも強くなってもらわないと困る。」

「う、うん。僕頑張るよ。」

「桜にとってもあなたは掛け替えのない兄ですよ。きっとシンジが死んだら桜は悲しむ。」

「僕だって死にたくないけど・・・桜を守るためだったらしょうがないよ。」

「『守る』とは命と引き換えにする事ではありません。軽々しく死ぬ気にならないで頂きたい。そしてそうならないための私なのです。」

「・・・ごめんなさい。でも僕何の取り柄もないし・・・。」

「いいえ、取り柄はありますよ。桜への愛情なら誰にも負けていません。」

「・・・うん。」

「だから、あなたは桜と共に生きて下さい。そしてそのためにも私を利用して頂きたい。」

「・・・利用なんてしないよ。桜を大事にしてくれる人は桜にとっても大切な人なんだ。だから僕はライダーが傷つかない道があるならそれを探すよ。」

「・・・あれば、の話ですが。」

「良く言うじゃない、道は探している内に自分で切り開いてて作ってたって。だから諦めなければきっと活路は見出せるよ。」

「シンジは自信が無いのかあるのか本当にハッキリしない人ですね。」

「自信はこれっぽっちも無いけど、愛情で補ってるのかもしれないね。」

「ふふ、かも知れません。」

 僕はライダーが桜の幸せを願ってくれていると聞いただけで自然に接する事が出来た。だって桜の幸せを願うなら僕と同じじゃないか、自分に向かって敬語で話すなんておかしいと思うんだ。だからライダーは僕で、僕はライダーなんだ。こうして僕はライダーと固い絆で結び付き、桜を絶対に二人で守ろうと誓うのだった。





―続く―





はい、どうも皆さんこんにちは、自堕落トップファイブです!今回は会話ばっかりですね。そしてライダーメインです。僕の記憶の中でのライダーなのでちょっとキャラ違ってたら申し訳無い。慎二もきょどり過ぎてるのも何か微笑ましい。これでちょっとは慎二も聖杯戦争で活躍出来るかもしれないですね。ライダーとの関係が強まったので。人見知り激しい彼だけど、仲良くなればそれなりに話はしますからね。



[24256] セイバーと停戦条約の締結
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/12/09 08:37
 僕はライダーと話せた事で少し自信が湧いた。でも他の女の人はやっぱり怖い。それでも僕は言うって決めたんだ。目の前で雨合羽に身を包むセイバーさんに言わないといけない事なんだ。セイバーさんは衛宮君に雨具を羽織らされてすこぶる不快感を感じたのか、輪をかけて仏頂面になってしまっていた。もし下手な事を言おう物なら薙ぎ払われるかもしれない。

 でもこんな所から弱腰になってたんじゃ、今後もっと窮地に立たされた時に逃げ出してしまう。逃げて楽なのはその瞬間だけだ、良心の呵責に耐えきれず僕は自我を失うかもしれない。強さとは肉体だけを示す事じゃない、精神的にも太く厚くならないといけないんだ。筋肉なんて微塵も感じられない僕はまずメンタル面を強化しないと。

僕は意気込んだ癖にコソコソとセイバーさんの付近まで近寄っていった。セイバーさんは幸運にも一人で淡々と歩いている。衛宮君が先頭、次に桜&遠坂さん、そして僕とセイバーさん、最後尾にライダーの並びだ。僕は桜に聞かれたくないのもあり、声を潜めながらセイバーさんに話しかけた。

「あ、あの・・・セイバーさん。」

「・・・何か?」

「っ・・・その・・・。」

 圧力が半端じゃないんだ。平常時でさえ緊張で喉が枯れそうになるのに、ピリピリしている彼女は空中の大気を切り裂くようなプレッシャーを放っている。大丈夫、僕はライダーとも仲良くなれたんだ。皆話せば分かる人なんだよ、きっと。

「ぼ、ぼ、ぼぼぼぼ・・・。」

「・・・・。」

 話せば、分かる。しかしまず話にならないのはどうしよう。「ぼ」までしか言えない僕を未知なる生命体のように眺めているセイバーさん。僕は堪らず後ろに振り返った。ライダーは一直線に僕の方を見ていて、眼帯で何考えてるのか分からないけど期待してる感じがたっぷりだ。歩き方に張りがあるというか、さりげない動作で僕に檄を送ってくれている。

「・・・あの。」

「・・・」

「さ、桜は正規のマスターだけど、今のマスターは僕なんです。」

「そうですね。」

「・・・だからその、桜にだけは手を出さないで欲しいんです。かの、彼女は戦いなんて望まない優しい子なんです。だから、えと・・・。」

 僕がとりとめもなく桜を守ろうと必死に言葉を紡いでいるとセイバーさんは溜め息をついた。

「つまりあなたは私が勝つために、桜を狙うかもしれないと思っているのですか?」

「え!・・・いや、その、そんなつもりじゃ無いん、ですけど。」

 相変わらず会話もままならない僕に、セイバーさんはもう一度息を吐き出し

「安心なさい、私は戦意の無い者に危害を加えるつもりは毛頭ありません。そして仮であったとしてもマスターはシンジ、あなたです。したがって私が標的とするのはライダーとシンジだけです。」

 胸を張り、当然だと言うようにはっきりと断言してくれた。僕は桜に危害を与えないという言葉を聞いて安心した。後名前で呼ばれてちょっと心臓が跳ねあがりもした。

「あ、ありがとうセイバーさん!僕、それを聞けただけでも十分だよ。」

思わず僕は相手が英霊だと言う事をすっかり忘れて手を取り感謝の念を露わにした。セイバーさんはいきなり元気になり、溌剌として手を握って来た僕に少なからず驚いていた。有難い事に拒むような事はせず、しかし至って真剣な顔で

「・・・あなたはご自身の置かれている立場を理解しているのですか?今の私の発言は敵対すると言っているも同然なのですよ。それをどうしてこのように手を繋ぐ事が出来るのか、私には到底理解出来ない。」

「いえ、あなたは僕の申し出を承諾してくれた。僕はその感謝からこうして握手をしている。何ら疑問の余地などないですよ。僕にとって危険であろうが、桜にとって危険でなければそれは感謝すべき事なんです。」

 セイバーさんは呆気に取られたように僕を凝視なされていたけど、諦めたように目を瞑り頭を左右に振っていた。

「あなたと言いシロウと言い、どうにも今回は一癖も二癖もある方々ばかりのようだ。」

「・・・褒め言葉と受け取っておきます。」

 その言葉を最後に僕は後ろにずりずり下がってライダーに事後報告をする僕だった。

「シンジ、時間が掛かり過ぎです。」

「で、でもライダー僕言えたよ。やった、あんな凄い人と話が出来たんだ。」

「ふむ、その点は確かに評価できます。今回は及第点と言えるでしょうか。」

「うんうん、もう一回行けと言われても僕には同じように話す自信ないもの。」

「じゃあ行って下さい。」

「・・・え?」

僕はまさかそんな藪蛇を掴まされる事になるとは思わず、驚いてライダーを向いてしまった。ライダーはそんな僕の反応が楽しいらしく、口に拳を当てて声を出さずに笑っていた。酷いや、仲良くなったから別にいいけどさ。

「ライダーも人が悪いよ。」

 そういう僕にも笑みが浮かんでいた。人と話すのはこんなに楽しい事なんだ。普段あまり人と接する機会が無い物だから、そんな当たり前の事だって僕は嬉しかった。そんな事をしている内にもう歩道橋まで辿り着いていた。もうここまで来れば目的場所まであと一息と言った所だ。

 駅から離れ郊外を歩き、高台の地に協会は豪華な様相を呈していた。神を称える場とは言え、チャリティー精神を持った人間が高台を全面に活用して建てる物だろうか。この広大な敷地を惜しみなく利用している事を、誇りに思っていない事を願うばかりだ。

いくら外見ばかり見繕っても、内面の汚れや汚泥は拭い去れない。だからこそ僕達は宗教に頼り心を清潔に保とうとするんだ。頼られるべき存在の精神が、泥にまみれているなどあってはならない。涅槃の境地に達し、明鏡止水な人こそが相応しいんだ。どうか師事を乞えるような人格者でありますように。僕は協会に入る前から祈り始めるのだった。

教会の入り口にまで達した時セイバーさんが残ると頑なに言い張った。衛宮君が最後には折れ、さて行こうとなった時にライダーまで残ると言いだした。僕はどうしたのとひっそり聞くと

「いえ、私は少しセイバーと話をしてみようと思います。出来るだけ穏便に事を進めたいでしょう?シンジにしても、桜にしても。」

 僕はライダーの手をしっかり掴んで任せる事にした。ライダーは短期間の付き合いだと言うのに僕達兄妹を本当に理解してくれているなぁ。感謝の気持ちで一杯だよ。僕は少しジト目で見て来る桜の手を取り仲良く協会へと向かうのだった。


・・・


「・・・どういうつもりです、ライダー。」

「どうもこうも、あなたと同じ気持ちですが?」

「あなたがどういう思惑があるのかは知らないが。・・・私は勝ちに行きますよ、いつだって全力で。」

「ええ、それなら好都合です。」

「?・・・どういうことです。」

「ここは一時停戦と行きませんか。お互い友好的な関係を保っているようだし。」

「ふざけるな!私からの発言が聞こえなかったのか。」

「いいえ、至って真面目に私は言っています。我々は今とても不利な立場にいるのですから。」

「・・・。」

「よく考えてみなさい。あなたは不完全な状態の上に未熟なマスター。そして私の主もまだまだ頼り無い。そして桜を守りながらという制約まで付いている。我々単体では戦力は1にも満たっていないのです。」

「し・・・しかし、それでは情が

「情、あなたこそふざけているのですか?」

「何!?」

「手段を選んでいられる余裕も無い癖に、勝率を少しでもあげようとしないのは怠慢です。」

「・・・クッ。」

「まだ手の内さえ見せていないサーヴァントは後3人。それらをまず片づける方が先決ではないですか?それとも私情に身を委ねて先にリタイアしますか?」

「・・・いいでしょう。同盟という事ですね?」

「ええ、そうです。」

「ただし不穏な動きや寝首をかこうとした場合その首、直ちに切って捨てられる事をゆめゆめ忘れないで頂きたい。」

「それはお互い様の事です。では今後は桜とシンジを連れて衛宮邸に行かせて頂きます。」

「な・・・!」

「おや、同盟などと言ったのは口だけなのですか?」

「い、いや・・・それはいくらなんでも。」

「なるほど・・・寝首を掻かれるのが怖い、と?」

「・・・痴れ事を。全くマスターがマスターならサーヴァントも出鱈目だ。」

「ふふっ、あなたは分かっていませんね。シンジの本当の怖さを。」

「・・・何?」


―彼は気付けば心の隙間に入り込んで来るのですよ―


「いえ、直に分かるでしょう。」

「良く分からないが、どうやら私はまんまと口車に上手く乗せられてしまったようだ。」

「人聞きの悪い、騙してなどいませんよ。少なくとも今はあなた方に敵意を向けるつもりはありません。それに・・・」

あの屋敷にいるのは桜にとっても良く無い

「?」

「いえ、それにしても彼らは一体何の話をしているのでしょうか。」

「それは我々の知る所では無い。」

「それもそうですね。」

こうして僕が知らない所で停戦条約が結ばれたのだった。





―続く―




はい、どうも皆さんこんにちは、自堕落トップファイブです!やはりここは同盟を結ばせないと展開的に厳しいかと思いましてね。慎二によって出来る限り懐柔させて行く方向で話を考えて行こうと思います。それではこの辺で今回は失礼します!セイバーとライダーの会話とか地味に難しい物ですね(汗)

本日もこのような駄文に目を通して頂いて誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 殺す覚悟、殺される覚悟(シリアス風)
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/13 06:58
ギィ・・・

 重々しいドアの開閉音を耳にしながら、僕達は教会の中へと入っていった。厳かにして神秘的、日常とは違う世界に圧倒され僕は思わず息を呑む。全ての物が左右対称に理路整然と並び、全ての物質が均等だった。

 温かみを感じない、とても、とても無機質だ。僕の率直な思いだった。何もかもが正しく、ここに懺悔しに来た人間はこの静謐さよりも冷然と感じるここで内情をあらん限り吐露出来るのだろうか。

 ・・・それは僕の勝手な思いに過ぎない。真剣に悩み多き人を救う神父さんに失礼というものだろう。大体木を見て森を見てどうするんだ。第一印象で全体像を割り出す何て傲慢というものだよ。

 それでも胸が締め付けられるような圧迫感を覚え、安らぎのために桜の手を強く握った。彼女も僕と同じ気持ちか、鼓舞してくれたのか強く頷いてくれるのだった。

 遠坂さんはエセ神父とかアイツとか言いたい放題だ。それほど親しい仲なのか、果たして単純に気に入らない人物なのか。どうも硬い表情から察すると後者の気がしてならない。かと言えそれは遠坂さんの好みに適さなかっただけで、まだどんな人かなど推測の域を出ないんだ。だからまだ酷い事言っちゃいけないよ、僕。

 僕がそんな事を考えてる内に衛宮君が驚愕の声をあげた。

「神父さんが魔術師で、遠坂の兄弟子に当たるってのか?!」

 そう、神父さんは容認どころの話じゃなかった。自分の手を完全に汚している人物なんだ。僕は深く祈った、否定的な想いは全ての行動に支障をきたす。もしそれが本当だとしてもやむを得ない事情があったのかもしれない。僕はそうであって欲しいとここで神に祈るのだった。

 義憤の怒りを声を荒げて熱弁を振るう衛宮君。彼は本当に素敵な人だ。どうして会ってさえいない人物へ、そこまで感情を出せるのだろう。僕には出来ない、だから素敵なんだ。きっと彼はその澄み切った心で多くの人の心を安らかにして来たと思うんだよ。

 僕はいつも我田引水な解釈をして、都合の良い事ばかり考えてしまう。良い事なのか、悪い事なのかそれは分からない。でも憎んでもけなしても、そして悲観したとしても人間の本質は変わらない。それは万物に当てはまる普遍的な物だと僕は思っているよ。だから僕は好意的に捉えるしか無いと思うんだ。偽善でも良い、僕はどんなに偽物の気持ちから始まったとしても最後には善になると信じているよ。

 それにしても、相反する魔術協会とここ教会。皮肉な物だ、手段のためなら殺人をも許可してしまう魔術師。そのような方が教会を管理しているんだ。僕は暗い冗談に陰りのある笑いを漏らした。でも、と思う。そんな人だからこそ、人の弱い部分、暗い過去、非業の末を体験してきた方達の心を救えるのかもしれない。善人に悪人の気持ちなんて逆立ちしたって分かりはしないのだから・・・。

「・・・にしても言峰、さんだっけか?」

「そう、言峰綺礼よ。もう十年以上顔を付き合わせてる腐れ縁。出来れば知り合いたく無かったけど。」

 衛宮君の呟きに吐き捨てるように言い放つ遠坂さん。嫌い、というよりも憎いとでも言うような物言いに僕は身震いした。僕は悪意に弱いんだ、苦手な言葉は「迷惑」な僕は本当に心の弱いちんけな男に思える。

「――同感だ。私も師を敬わぬ弟子など持ちたくは無かった。」

 ダンディーな低い響きでその言葉は礼拝堂に響いた。彼こそが言峰綺礼さんなのだろう。祭壇の裏側、壇のすぐ付近から悠揚迫らぬ物腰で現れた。足音がやけに響き渡る。心の中に入り、心の深淵を覗かれているような錯覚に目眩がした。僕が頭痛に手を頭に押さえると桜が慌てて心配して、僕の顔を覗きこんで来る。僕は出来る限り平然を装い笑顔で大丈夫、と一言言うのだった。駄目だな僕は、本当に心配掛けてばかりだ。桜の前だけでは良いお兄ちゃんをしたいのに丸っきり体が言う事を聞かない。

 一言で表すなら言峰神父は長身痩躯だった。いや、決して痩せ細っている訳ではない。ただ長身故にそう見えるだけなんだろう。その目は安心立命とし、確かに神父に相違ないと思わせるだけの雰囲気をその身に纏っていた。しかし人の顔色ばかり伺う僕だから見える獰猛さが垣間見えた。



―――あの人は躊躇無く一切の逡巡も無く人を殺せるだろう―――



 背筋が凍るような感覚だった。自分でそんな事を考えたのが信じられなかった。しかし僕の直感がそう告げているんだ、あの人はいつか災いをもたらす、と。しかし警戒心を見せれば逆に興味をそそる対象になるだけだ。普段通り存在感を消してひっそりしていよう。

「・・・なるほど彼らが新たな参加者、で良いのかな。」

 遠坂さんに簡易的な説明を聞き、緩慢な動作でこちらを向く綺麗神父。衛宮君も先ほどの話で警戒心を剥き出しにしているようだった。駄目だよ、衛宮君。その対応は非常に不味い・・・得てして残虐な人と言うのは怯えや恐怖を快楽に変えてしまうんだ。だから下手に彼の好奇心を刺激しちゃいけない、衛宮君は本当につくづく苦労を背負う方に行動する人なんだ。

 僕は一切の感情を遮断し、直立不動の構えを解かなかった。いや解けなかった。それでも礼儀として会釈だけはした。余計な事など一切話してはいけない、僕の数少ない人生経験から学んだ処世術だった。

 衛宮君はマスターになった覚えなどない、と精一杯の強がりを言っていた。遠坂さんの話を良く脳に入れておけば出るはずの無い言葉なんだよ。衛宮君、君の理想は高すぎるのかもしれないね。なるべくしてなった物をねじ曲げても思い通りに行く事など本当に稀なんだよ。寧ろ事態を悪化させる事の方が多いんだ。衛宮君、物事の摂理をもう少し学んだ方が良いかもしれないよ。

 予想通りというか予定通りと言えは良いのか、言峰神父はサディスティックな笑みを浮かべている。愉悦に歪むあの表情をとてもでは無いけど清廉潔白とは呼べない。寧ろ残虐性や、冷酷な印象の方が色濃い。尚も獲物をいたぶるかのように、言葉の毒で衛宮君をじわじわ追い詰めて行く言峰神父。

 対岸の火事じゃない、いつ矛先が僕に向くとも限らない。そして何より友人の衛宮君を放って置いて自己保身に走る自分が情けない。しかし僕は桜を守る使命があるんだ、例え衛宮君が喉に牙を付き立てられようとも情にほだされる訳にはいかない。何かを守るために何かを犠牲にする、得てして人生とは無数の選択肢からなるものだ。だからこそ軸を定め一番大切な物に焦点を当てていないと、気付けば消失してしまう。エゴでも偽善でもクズでも良い・・・僕は桜をただ守りたいんだ。

 実際会話の内容はそこまで凄惨な物では無い。ただ僕の視点から見ると、言峰神父から撒き散らされる糸によって衛宮君が絡め取られるように見えていた。僕は桜の腰に手を回し、強く自分から離れないように身を寄せて話を聞いていた。

 しかし言峰神父の話は有益な情報源でもある。虎穴とも呼んでも違い無いようなこの場所だから聞ける話があるんだ。そうしている内に衛宮君はどんどん恐慌状態に入っている。どうにも噛みあっているようで噛みあわない会話。第三者だから良く分かる、あの神父は元より相手の意思を尊重する気などない。意見の押し売りをしているだけなんだ。

 僕らの常識にある神父ではない。衛宮君気付いて欲しい、あれはもう人の皮を被った荒い息を吐く獣だということに―――

「綺礼回りくどいことはしないで。私は彼に事情を説明して欲しいだけ。誰も傷を開けなんて言って無い。」

 その一言に衛宮君は自身を取り戻したようだ。遠坂さん、あなたは本当に勇敢な人だ。僕にはとてもじゃないけどそんな真似も、そして余裕もゆとりも無いと言うのに。言峰神父は横やりが入った事すらも愉快そうに尚もマイペースに話を進める。いたぶれる時にはいたぶり、無理な時には潔く身を引く。だからこそより一層、凶悪さが引き立つんだ。

 今の今まで何の話をしていたのか、言峰神父はようやくここに来て本題などという言葉を用いて話し始めた。僕にはもうこの言峰神父を尊敬する気が起きなかった。だってそうだろう、僕達は生きるか死ぬかの狭間に立たされているんだよ。いつどこで死ぬかもしれない恐怖と不安に脅かされながら、どうして長々と世間話を興じる事が出来るだろう。時間にしても、もう夜更けなんだ。人の心が少しでも汲み取れる人であれば、清々しい明日のために可能な限り早く会話を終わらせようとするだろう。

 僕は怒りよりも呆れの気持ちが濃厚になっていた。元より誰かに切れる事など数回あるかないかの僕だ。身内の桜くらいしか本気で叱った事などない。本題と言いつつ表現を変えて聖杯戦争の説明を繰り返す言峰神父。僕達に刷り込ませようとでも思っているのか、何度も何度も違う言葉で説明を施す。僕達に戦争と言う物を許容させようとでもするかのように・・・。

 衛宮君は尚も言峰神父に食い下がっていた。どうして彼は自身の心身よりも恒久的な平和に向けて行動出来るのだろう。僕は桜、そして僕の平和があればそれでいいんだ。だから必要なのは生き残る手段、防壁、策なんだ。何もかもを受け入れる僕だからこそ、人を当てにしないよ衛宮君。最終的に人は、自分のために容易く他人を犠牲に出来る。だから言峰神父に必死に妥協案を出して皆を救おうとするのは・・・とてもむごい。決して敵わないだろう強敵に、立ち向かう様はアニメや映画では勇敢だ。しかし現実にその場面に遭遇するとそれはただただ無謀だし、哀れ、そして滑稽にしか映らないんだよ・・・。

 さらに不幸なのはその滑稽さをエサにして君を食い散らかそうとする人物が、正に目の前に立っているんだよ。聖杯を分け合えば良い?幾度と繰り返されて来た事実を加味して言っているのかい。セイバーさんが居間で申し上げてたじゃないか「これが初めてでは無い」って。出来るなら最初からやっていると考える僕は、とても無気力なのかい。安易に現実を受け入れてしまうのは諦観の念から来るものなのかい。

 僕は目を細め、懸命に活路を開かんとする衛宮君をただただ眺めた。憧憬、羨望と慈悲の心を持って。でも助けない、彼が望んでする事、彼が助けを求めない事、何より桜を守る大義のために。

 柳に風、馬耳東風、ノレンに腕押し、会話にならず、決して耳を貸さず、全く意に介さない言峰神父。そんなに僕らの縋るような声、表情、態度が楽しいですか?僕達はあなたの家畜でも食糧でも無い。姿形意思ある人の権利を持つ人間なんだ。僕は依然両手を広げ、ご高説を説いておられる言峰神父を冷めた目で見ていた。

 同感だとも、ああ同感です。遠坂さん、僕もあなたの心中をお察しします。邪心と悪意に満ち溢れた彼と共生し、よくぞそこまで立派に成長なされた。僕は心から敬意を表する事としましょう。残念ながら彼の嗜虐心は僕の心に不快な感情しかもたらしません。爺ちゃん同様、彼もまた闇を愛する人なのでしょうね。

 彼のトークは饒舌さを増し、今度は殺人を我々に勧めて来る。何でも聖杯戦争に勝つために、マスターを殺れば良いとの事だって。自分の体はいくらでもくれてやるけど、桜の体だけは認められない。ライダーも言ってたけどもう僕は一人だけの物じゃないんだ。僕の体に密着するか弱い妹が僕を必要としなくなるその時まで、僕は死ぬ訳にはいかない。

 出来る事なら誰も殺したくないに決まってる。それでも、それでも無理なら・・・?


―――殺すしかないじゃないか―――


 何を考えているのだろう、僕は。これでは言峰神父の思うツボじゃないか。殺人者に決して平穏は訪れない、少なくとも僕には。それはだって殺害という十字架が僕の良心に深く突き刺さるものだから。誰であろうと他人の命を奪う権利など持たない、その逆もまた然り。桜、ごめんよ。僕は危うく暗黒面に堕ちそうになっていた。人殺しの兄ちゃんなんて嫌だよね、本当に申し訳ない。

 僕はいつまで続くとも知れない茶番に愛想が尽きて来た。結局言いたい事はいつも一緒なんだ。


―聖杯戦争でただ一人の勝者になれば良い―


 馬鹿げた結論のために一体こんな真夜中にどうして拘束されているのだろう。不愉快以外の適当な単語が見当たらないけど、ここは静観を貫き情報収集に努めるのが得策だね。何にしても不用意な言動から意識がこちらに向く方が危険度が増す。怒りに身を任せて火に飛び込む訳にはいかないんだよ。

 結局コールド負けした衛宮君は聖杯戦争へ宣戦布告する事になった。当然衛宮君は切歯扼腕たる振舞いで苦渋に満ちた顔をしていた。彼は自分の気持ちにとても素直なんだ。だからより傷つき、利用され、心を乱されていく。君がもし僕の身内だったのなら、どれだけ手を差し伸べられたか分からない。それでも助けない理由はただ一つ、僕達は赤の他人だからね。自分の身は、自分で守って欲しい。

 僕は風を肩で切りながら出て行く衛宮君と、それに続く遠坂さんの後を追う前に神父さんに感謝の言葉を述べようと思った。

「・・・とても実になる話、今日は本当にありがとうございました。」

「ふふ、君はとても良い。とても世の理を正しく理解している。」

「ありがとうございます、それじゃ、桜行こうか。」

僕が深くお辞儀をした後、桜は会釈をし教会を後にするのだった。





―続く―





はい、どうもこんばんは、自堕落トップファイブです!う~ん、慎二がちょっとキャラ大丈夫かなぁ~と心配になったり。彼は他人には怒りをあらわにするというよりも、一線を引いて逆に折り目正しくなります。下手に挑発したり、ふっ掛ける事などしません。それは自身に破滅をもたらすと漠然と心得ているからです。書いている内に気付けばこんなキャラになったのですが、まぁ有り、かなぁ?

皆を懐柔するつもりでしたが、何やら雲行きが怪しくなりました。それではまたお会いしましょう。

本日もこのような駄文に目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 魔人現る
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/12 22:02
 僕は扉を閉め、外気に晒された安心感から膝がカクリと折れた。当然桜は素早く僕の身を留めてくれる。もう彼女は僕と長い付き合いだ、僕の緊張が途切れた瞬間にへたる事を予測していたのかもしれないね。僕は何とか彼女に身を支えて貰いながら、長い溜め息を吐き出した。

「・・・怖かった。」

「兄さん、立派でしたよ。」

 僕は何も言う事も出来ず、ただ突っ立ってた木偶の坊だというのに桜はどうしてこうも優しいんだろう。僕は力なく首を振り

「いや、僕は不甲斐ない自分が悲しいよ。こうして桜に支えて貰っていないと何も出来ないんだ。」

桜はそれでも笑みを絶やす事無く

「いいえ、兄さんは誰が何と言おうと立派なんです。妹の私が言うんだから間違いありません。」

胸を反らしながらえっへん口調で誇らしげに言うのだった。ありがとう、僕は桜がいるから自分を保ち、困難に立ち向かう気構えが出来るんだよ。僕は感謝を噛みしめるようにしっかり顔をあげ

「ありがとう、桜。君は僕が絶対に守るからね。」

 と言うのだった。桜も満開の笑みになり

「うふふ、兄さんに守ってもらえるなら私安心できますね。」

 と相槌を打ってくれた。よし、僕ももう迷っていられないよ。でもその前に

「桜、ちょっと衛宮君に言わなくちゃいけない事があるんだ。」

 僕はそう言って桜の傍からそっと離れ、もつれる足をどうにか支えて衛宮君の元へ走っていった。

 桜は僕の言葉を受けて慎ましく少し離れた所を小走りで付いて来ていた。僕は一人むっすり歩いている衛宮君に向かって声を掛けた。

「え、衛宮君っ!」

 声に気付き、不思議そうに背後を振り向く衛宮君。あの神父さんには怒りを胸に持っていても、僕には憤りの念は持って無いようだ。

「?・・・どうした慎二血相変えて。」

「あ、あの、その・・・ごめんなさい!」

「あ~・・・話が見えないんだが?」

「ち、違うんだよ。そ、その僕中で何も出来ずに・・その。」

「ああ、何だそんな事か。慎二は何も悪い事してないじゃないか。」

「ううん、何もしてないから悪いって言う事もあると思うんだ。」

「慎二がそう言うならそれでいいけど、俺全然気にしてないぞ?」

「・・・うん、衛宮君がそういう人っていうのは僕も知ってるよ。でも謝らせて、ごめんなさい。これは僕のけじめなんだ。」

 そう・・・衛宮君をダシにして情報を引き出そうとした僕はとても悪い奴なんだ。それに自分に飛び火しないように、衛宮君を生贄みたいな扱いしたのも酷い話だもの。だから僕は衛宮君に謝らないといけないんだ。衛宮君の善意を利用する人間にだけはなりたくなかった。それに衛宮君は桜の思い人になりそうだし。

「・・・不思議な奴だな、お前。」

衛宮君はポカンとした顔でそんな事を言った。僕が何を謝っているかすら分からないんだからそう思っても仕方無いのかもしれないけど。僕も笑みを携えながら

「そういう衛宮君もね。」

「違いない。」

 僕達は二人で笑い合うのだった。それから僕はライダーの許に向かって行った。と言っても後ろに下がったんだけどね。彼女はいつも後方支援に徹していて見ていて少し不憫に思えたりもする。僕はライダーと喋るために近寄ると、後ろから付いて来た桜が通り様に

「兄さん、いくらサーヴァントだからってライダーばかり構ってたら私泣きますからね。」

 といたずらっぽく言って遠坂さんの許へ駆けて行った。大丈夫だよ、桜。僕もライダーも一心同体みたいな物なんだ。桜の身を案じるために僕達は一生懸命に知恵を絞っているんだよ。僕は笑顔で桜に手を斜めにして、敬礼みたいなポーズで肯定のサインを出した。それを見た桜も同じポージで対応し、それからクルリと前を向いて遠坂さんの隣りを歩きだすのだった。全く、本当に可愛い妹だよ。

「ふふ、だそうですよ、シンジ?」

「ライダー、君までからかうのは止めてよ。僕だって慣れたとは言え緊張してるんだから。」

「そうですね、からかうのは今度にしましょう。それよりも上手く行きましたよ。」

「え?」

「セイバーとの和解に成功しました。これで戦力は大幅に増すはずです。」

「・・・良かった。でもライダー

「分かっています、最後には倒さなくてはならないのは勿論の事。私もこれで一応サーヴァントですから心得くらいはあります。」

「・・・君は察しが良すぎるよ。」

「シンジは表情で何が言いたいのかが丸わかりなのです。」

「そうかぁ、まぁ話が早くて良いかもね、ふふ。」

「そう言う事にしておきましょう。」

「うん、でも和解の件ありがとう。これで少しは展望が見渡せるよ。」

「・・・そこまで頼りにされてないのも傷つきますね。」

「ああ、違う違う違う!ぼ、僕がこの通りどうしようもないから。ライダーは何も問題も不満も無いよ、悪いのは全部僕!」

「・・・ふふっ、分かっていますよ。シンジは本当に分かり易い。」

「・・・」

 もう、すぐ僕をいじりに走るのは止めて欲しい。ライダーって結構いたずらっ子なのかな。でもお姉さんが居たらこんな感じなのだろうか。ライダーは僕や桜にとって、良いお姉さんなのかもしれない。

 それより僕は行きと帰りで全体の雰囲気が変わった事に気付いていた。些細な事かも知れないけど、セイバーさんの立ち位置が衛宮君のより近くにいるようになったんだ。本格的に聖杯戦争が始まったという実感が、セイバーさんを見てようやく持ててきた。ありがとうセイバーさん、あなたは謹厳実直を体現されたような方だから気が引き締められるよ。

 僕も慣れない端然とした姿勢を取り、限界まで威厳を表す顔を整えた。しかしライダーには

「どうしたのです、シンジ。突然変な顔をして。」

「・・・酷い。」

 やはり慣れない事はする物じゃないと僕は思い、いつも通り豆腐みたいなたるんだ顔になっていた。そうこうしている内に大きい交差点まで戻って来た。僕ら間桐一味と遠坂さんは同じ方向、衛宮君とセイバーさんとは一時お別れだ。先ほど衛宮君に住み込みの事でお話させて貰ったけど快く引き受けてくれた。彼の寛大さは大海原よりも尚壮大かもしれない。僕も微力ながらアルバイトして、家賃や食費分くらいは払おうと思う。とにかくタダ食いだけは男として恥ずかしいから何か手伝いたいと思った。

 遠坂さんは衛宮君とお別れの挨拶する時に衛宮君に好きだと告白されていた。うわっ、凄い、何気なく凄い事真顔で言うね、衛宮君。僕には額に第三の目が出来て操られない限り、言えそうにないよ。それに衛宮君うちの妹が切なそうな顔してるんだけど?これはもう責任取ってお嫁に貰ってくれないと僕としては気がすまないかな。

 そして流石の遠坂さんも頬を染めずにはおられなかったらしく、衛宮君に悪態の言葉をチクチク突いていた。ああ、何だか癒されるなぁ。照れ隠しっぽいわざとらしい批判が、どうにもホットな気分にさせるよ。最後は感情を振り払うように

「せいぜい殺されないように気を付けなさい。」

 と衛宮君に忠告した後、進行方向に向いた時、彼女はその動きをピタリと止めた。進行方向にいる僕としては何故彼女があのように目を見開いているのかが分からなかった。僕を見ているようだけど・・・いや、その後ろ?

「うん、ちょっとあなた邪魔ね。やっちゃえ、バーサーカー♪」

 僕が振り向いた時そんな声を聞いた。そして僕が見たのは大気中の全てを巻き上げる程の闘志を持つ真っ黒い大男だった。男はゆっくり動いているのに尚僕には見えない速度で戦斧を振るった。見えるはずも無ければ避けれるはずもない。空気の振動が聞こえ、後から遅れて薙ぎ払われる風の音を聞いた気がした。





―続く―





はい、どうもこんばんは、自堕落トップファイブです!とうとうバトル編に入ってしまった。戦闘シーンを書いた事が無いので悪戦苦闘するさまが目に見えるようです。とりあえず次回は本格的な殺し合いが始まろうとしています。手に汗握りますね、バーサーカー。それではまたお会いしましょう。

 本日もこのような駄文をここまで読んで頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 荒れ狂う狂人
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/15 08:36
 歪む景色、巻き込むように渦巻くようにバーサーカーと呼ばれた男の周囲の風景が崩れる。崩れてみえる部分にバーサーカーの腕が高速で動いているんだろう。余りにも咄嗟な事なので、怖いという感覚さえ今の僕に持たなかった。

「兄さん!!」

 桜の悲痛な声まで聞こえる。しかしライダーの動きは早かった。少女が「あなた邪魔ね。」と言った時には跳躍をし始めていた。おかげで僕は死なずに済んだのかもしれない。僕が死んだと思った時には世界が反転し、突然の景色の切り替わりに脳が付いて来なかった。

 ライダーに抱えられ、そっと下ろされる僕。照れてる場合じゃないのに、頬を赤くしながらごめんと謝ってしまう。マイペースというか危機感が無いと言うか。でも体は正直だ。ガクガク震え始めているんだもの。僕は電柱に寄りかかりながらどうにか身を立てていた。桜が死に物狂いで僕の傍に駆け寄って来る。桜、淑女たるものそんな大股で走っちゃ行けないよ。僕は混乱し過ぎて本当にどうでも良い事を考えてしまっていた。

 これが、これが殺し合い・・・。命のやり取りというのは本当に一瞬で決まる物なんだね。ライダーが居なければ僕は呆気なく上半身が無くなっていた事だろう。だってそうだろう、バーサーカーの払った一撃は塀に大穴を開けてるじゃないか。僕の貧相な肉体なんて、瞬く間に分解してしまうことだろうさ。

少女はちょっと不満そうに眉をひそめて

「せっかく楽になれるのにもったいないなぁ。」

 ありがとう、僕を気遣ってくれて。でももうしばらく僕は生きなくちゃいけないんだ。だから桜を物影にやって僕は前に一歩歩み出した。どこに居たって当たれば死ぬんだ。それだったら気持ちだけでも強く持って、ライダーに勇気を与えよう。ライダーは僕と桜のためにあんな化け物と闘ってくれるのだから。少女は鼻を鳴らし僕から視線を背け、衛宮君へと笑顔を向けた。

「こんばんは、お兄ちゃん。会うのは二度目だね。」

 フレンドリーで邪気の無い笑みで話しかける少女。だからこそより狂気の色が際立っている。彼女もまた異常者なのだろうね。我々人間の命を蟻と同等程度にしか考えていない。僕は背後からの桜の決意ある表情、ライダーの勇姿から度胸を分けてもらっていた。お兄さんの僕が桜より怯えた態度を取る訳にはいかないよ。

 衛宮君は自身に向けて話しかけられたというのに、声すら発する事が出来ないようだった。それもそうだろう、僕だってさっきから震えが止まらない。こうして立っているだけで、相当の精神を摩耗して行くのが分かるんだ。きっと衛宮君も死の恐怖と悪寒を振り払うのに精一杯なのかもしれない。

遠坂さんは僕達よりもう少し心にゆとりがあるようで、額に右手を当て焦燥感を出していた。

「・・・バーサーカー、こんな所で出くわすなんて本当についてないわ。」

 溜め息何か付く余裕があるというのも、彼女は相当修羅場を潜って来たに違い無いと思うんだ。そんな遠坂さんの呟きが耳に入ったのかロシア系の白髪の少女は

「な~んだ、つまんないの。あなたのサーヴァント居ないのかぁ。今日は大漁だと思ったのになぁ。ま、今日は2匹いるし良しとしましょうか。」

 ・・・え?2・・・匹?あの子は英霊を昆虫扱いしているのか。無骨で強そうなおじさんと一緒にいるからって、えらく夜郎自大な物言いだなぁ。ライダーは僕のお姉さん何だから、その辺の節足動物と一緒にしないで貰いたいよ。僕は子供に強大な力を与える事は教育上よろしく無いと、改めて思い知らされた。

 その間少女は行儀よくスカートの裾を両手で持ち、お辞儀をしながら遠坂さんに向かって挨拶をしていた。彼女の名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンだそうだ。何だか僕の周りに登場する女性、どれもこれもカタカナ表記の人ばかりじゃないか。そう考えただけでも僕は不思議な世界にいるんだと思い知らされる。

 そして彼女の名を聞いて、遠坂さんは喉を鳴らし冷や汗を流していた。いたずらが成功したような無邪気な顔でイリヤと言う少女は、廃棄処分の宣言をした。・

「じゃあ殺すね♪片づけて、バーサーカー。」

 瞬間弾丸のように吹き飛ぶ黒い塊。もう早すぎてサッカーボールが舞っているようだ。同時にセイバーさんとライダーも粉塵を巻き上げながら跳躍した。距離などおかまいなしに、数十メートル坂の上から肉薄するバーサーカー。無論それを阻止するのはサーヴァントの領分だ。せめてもの援護として親指と人差し指を口に加え

ピイイイイイイイイイ

強烈な音波を鳴らした。別に音による攻撃じゃないんだよ。これ魔法とか魔術じゃないんだけど・・・

バサバサバサバサバサッ!カーカーカーカーカーカー!

 一斉にバーサーカーに襲い掛かるコウモリとカラスの群れ。何の役にも立たないかもしれないけど目くらましになってくれればそれに越した事は無いよね。口寄せ、とはちょっと違うかもしれないけど音の出し加減によって、僕は小動物程度なら操る事が出来るんだ。動物虐待を感じて滅多に使った事ないんだけど。ごめんね動物達、お墓はしっかり作ってあげる。だから今この時だけはライダーに力を貸してあげて!

 飛び散る死骸や肉片、しかしそれも一瞬の事ですぐにバーサーカーはサーヴァント達に斧を振り回す。何せラグがない、もう竜巻のように振り回す物だから僕の援護なんて塵程度も役に立ちやしない。それでも僕は精一杯出来る事をしようと、ひたすら周辺の小動物を巨体にまとわりつかせた。

「・・・あいつ。」

 遠坂が驚くのも無理からん事かも知れなかった。一番役に立たないと思っていた奴が、真っ先にサーヴァント目掛けて後方支援なんてしているんだから。そのためかライダーの動きにもキレがある。彼の行動は一見無駄に思えるが、しかしそれでもライダーに力を与えていた。真っ赤な顔で一生懸命吹く姿は、やはり身内の心を震わせる物があるのかもしれない。

 セイバーの魔力の籠った一撃に、その背後から忍び寄るライダーの武器。互いの相性が良いのか近距離、中間距離と上手く連携が取れていた。更には地味に慎二の小動物の目くらましも役に立っていた。というのも飛び散った残骸がやはりいくらかバーサーカーの視界を遮るのである。そのため振るわれる戦斧は、時として全く的外れな方向に振るわれる事も多々あった。

 とは言え、生き物も限りはある。そして長時間口笛を吹く事も無いため、慎二の出番はもう終わりを迎えていた。先の口寄せを使うと勢い良く息を吹き出すために強烈な頭痛に苛まれるのだ。彼は頭痛から来る吐き気と闘いそれでもまだ、掠れた笛を吹いた。

 ・・・僕に出来る事をしないと、ライダーに申し訳立たないじゃないか。だって彼女は死に隣り合わせで僕らのために戦ってくれているんだ。それなら僕も死に物狂いでやらないでどうするんだよ。もう出し方を間違って自身にまとわりつくネコが多数だったが、それでも出せる所まで出していた。

 大よそ化け物染みたアクションバトルが展開され、もう交差点も荒れ放題になっていた。平らに舗装を保つ箇所はほとんどなく、至る所にその傷跡を残している。一発喰らえば致命傷となる重量ある斧撃を彼女ら二人は巧みな剣、足さばきでいなしていた。いなす程度では風圧で吹き飛ぶ攻撃なので、跳躍して距離を取っていると言えば良いのか。

 男と女だから負けたのではない。バーサーカーの独壇場だったのだ。彼の肉体は硬度が異常なのか、何を喰らっても火花を散らすばかりで内部に傷がつかない。これでは子供が父親にじゃれつくのとそう大差ないではないか。

 僕はもう頭痛と吐き気で立つ事が出来ず、ネコ達にニャーニャー囲まれながらへたりこんでいた。もふもふの毛並みを撫でながら僕は一体どうすればライダーが勝てるのかを懸命に考えた。やはり少女を狙うしか道がないのだろうか・・・。

 それに何よりセイバーが本調子で無いというのも大きな要因の一つかもしれない。彼女は最初こそ、正確無比な斬撃を放っていた物の、息が上がって来るにつれその精度も落ちて来ている。ライダーはまだ行けそうだが何分セイバーの援護だ。前方の動きに合わせて攻撃するので、後手に回る攻撃になる。それにセイバーが受け切れず身を反転させて、かわせば背後にいるライダーに必然的に襲い掛かる。ライダーは構えを取って避ける物のその速度と破壊力の凄まじさで、どうしても被弾してしまう。

 もう互角とは言えず、じわりじわりと敗北の影が迫って来ているのだった。荒れ狂う暴風、一体この台風はいつまで続くのか。彼女が血塗れになって倒れる時、ようやく終わりを迎えるのだろう。コンクリートの破片や、ガードレールの一部が雨となって降り注いでいる。魔術師なんていらないじゃないか、これはもう、僕ら人間の出る幕じゃないよ。

 そして何とか保っていた均衡が脆くも崩れ去る時が来た。後手に回り続けたセイバーがとうとう防ぎきれず、無理な姿勢で剣戟を捌いた結果吹き飛ばされた。寧ろ今まで良く持っていたと褒めるべきだろう。はなから勝機の見えない肉弾戦に真っ向から立ち向かっただけで称賛に値する。セイバーの胸当てにはいつから出たのか血が滲んでいた。

 もう僕は呆然と絶望的な気分で今の状況を傍観するしか方法が無かった。お墓作ろうにも塵や粉になってこの世を去った数多の小動物。ごめんよ、全くもって結果が伴わないのに非業の死を遂げさせてしまった。これでは報われないよね。でも大丈夫、もしかしたらその報いを僕も受けることになるから・・・。

 その時遠坂さんが魔弾を連射していた。何を撃っているのか分からないけど、それでも人間相手なら風穴が開きそうな攻撃だ。だがセイバーさんの攻撃やライダーの蛇釘を全く意に介さないバーサーカーには、豆鉄砲程度にしか感じていないようだ。

・・・って僕は何を一人で諦めようとしているんだ。僕は猫布団から体を勢いよく上体起こし、桜の方を見た。彼女は尚も真摯な瞳で行く末を見届けようとしている。僕は無性に恥ずかしくなった。つくづく僕って駄目兄貴だなぁと思い知らされる。

 そう思い僕も桜に倣ってしかと見届けようと思った時に、最後に最も近い光景を目の当たりにした。セイバーさんが血潮を胴体から吹きながら飛ぶ姿。見るからに致命傷だ。誰がどう見たってここから逆転劇は考えられない。僕は桜の元に近づき

「終焉が近づいているようだ、万が一ライダーが地に伏す事になったら逃げるんだよ。」

 と優しく言った。桜は当然グズっていたけど、僕が何も言わずにずっと見つめたら萎れていた。生きていれば必ず良い事がある、だから桜には幸福と言う物を味わうために生き延びて欲しいんだ。自分勝手かもしれないけど、桜の最期だけは見届けたくないし。

 そんな時、ライダーがこっちに飛び込んで来た。え、どうしたの。ライダーは至って平坦な声で

「引きましょう、潮時です。」

「・・・え?」

僕が呟くのと同時に眩い光を放ち僕達を抱き上げ、一直線に白馬を出して空を駆けた。どういう経路を辿ったのか分からないけど、気付けば僕と桜は間桐の屋敷に戻って来ていた。ライダーはペコリと頭を下げ

「すいません、出来れば大量に魔力を消耗するのを避けたかったのですが。」

 もう僕からすれば命の恩人なのに何を言っているんだろう。というより僕達もしかして衛宮君達見殺しにした形なの・・・?桜を見ると僕と同じ感想に至ったようで悲痛な表情を浮かべている。ライダーは心を鬼にして僕達の身の安全を最優先してくれたんだ。確かに悔しいし情けないし、顔向け出来ないけど、それでもライダーには感謝しないといけないね。

 それからライダーは一切衛宮君達の話題を出さずに自室に戻っていった。彼女なりの配慮なのかもしれない。考えるだけで気が重いのに口に出すと尚憂鬱になるよ。これからもこういった場面が増えるんだろう。誰かが死ぬのをみたり、見殺しにしたり、そして殺したり。

 桜は俯いて涙を堪えて衛宮君達の心配をしている。もしかしたら今頃真っ二つになっているかもしれない。それは分からないけど、タダでは済まないはずだ。サーヴァントすら支えられぬ剣戟を、生身の人間風情にどう耐えろというのだろう。僕らはライダーの大技で逃げ抜いた。たが今いる彼らに果たしてあの巨神兵から逃げられるものだろうか。

「桜・・・明日衛宮君の家に行ってみようか。」

 桜は顔をあげた、涙は耐えきれなかったようで止め処なく溢れ出ている。僕はこんな悲しい顔をさせるために、決意した訳じゃないのに。

「分からないけど、彼女達が一体どうなったのか・・・気になるだろう?」

 コクリと頷く桜。本当なら直ちに駆けつけたいのかもしれないけど、無駄死にになるだけだもんねぇ。せっかくライダーに延命して貰ったんだ、その分だけでもしっかり生きないと・・・。僕は暗くなる自身の心も励ますために明るく声を出した。

「さぁ、明日朝に衛宮君の家に行くんだ。お風呂に入ってゆっくり今日は休もう。」

 桜は僕の気遣いに弱々しく笑みを返し部屋を出て自室に籠るのだった。僕はあの桜の姿をみて自分の進もうとする道が、果たして桜の幸せに繋がるかが不安に思えて来た。犠牲と殺人の上に果たして幸福な未来が成り立つのだろうか。しかし今日現場に居合わせて分かった。あれは和平などと言う平和的交渉など一切受け付けない。どちらか一方が死ぬまで戦斧を振り続ける戦闘狂だ。

 そして令呪がある限り僕達は命を狙われ続ける。令呪を持つ限りこの呪縛は解かれない。バーサーカーは正攻法では攻略できないと、今確認したばかりじゃないか。やはりあのイリヤという少女しか抜け道が・・・。そもそもどうして未来ある少女が聖杯何かにこだわるんだ。君ぐらいの歳ならいくらでも叶えられる時間があるだろう。僕は無邪気な顔で笑うイリアを想像すると良心がキリキリ痛む。無意識の内に平和的手段が無いかと探している。僕がイリアの声を思い返していると

「・・・殺すね・・・か。」

 そうだよ・・・そうだよね。僕達は分かっていたはずなんだ。殺し殺される関係であると言う事を。桜、兄ちゃんは桜の平和のために血で血を洗う事も厭わないよ。何故殺しに来た相手の保全何か考えていたんだろう。既に衛宮君は屍になっているかもしれないというのに。どれだけおめでたいんだ、僕は。

 桜には申し訳ないけど家に居て貰おう。明日衛宮君が居なければこの屋敷に幽閉させよう。やはり危険過ぎたんだ、僕の想像を遥かに上回る死線だった。とは言え桜がどう返事を返すかによるけど。僕の気持ちを押しつけて、桜を悲しませては本末転倒だし。

 僕は衛宮君達がどうか逃げ延びてくれている事を祈りながら、布団の中に身を横たえるのだった。。





―続く―





 はい、皆さんおはようございます、自堕落トップファイブです!逃げんのかよっ、という非難の声が聞こえそうな内容ですが・・・。やはりバーサーカーは圧倒的過ぎたと言う事で勘弁して下さい。最初から逃げとけよ、と思われるかもしれませんね。依然コメントにもあったのですが、ライダーの魔力にも限りあるのではないかと考えましてね。それにあわよくば倒す事が出来ればそれに越した事無いと言う事で戦ったんですね。

 ああ、後慎二の能力を少し付け足してみました。余りにも何もしてないのでは、このSSの主人公としてあれかなぁ、と思ってしまって。とは言えそこまで主人公補正を付ける訳にもいかないので、適度にしょぼい能力にしました。いや、実際日常生活では結構凄いんですけどね。それではこの辺で失礼します。

本日もこのような駄文をここまで読んで頂き誠にありがとうございました!(謝)
 



[24256] 奇跡の生還を遂げて
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/14 15:07
 そこにいる誰もが間桐一味を臆病だとか、卑怯だなどと思ってなどいなかった。寧ろ良く今まで健闘してくれたとさえ評価していた。しかし結果として戦況は更に悪化した事には違いない。剣を地面に付き立てながらでは無いと、もう満足に立つ事すらままならないセイバー。

 士郎は彼女のようなうら若き女性が、何故このような仕打ちを受けねばならないのか疑問で仕方が無かった。自身を見捨てれば生き残れる体を、自身のために失おうとしている。その現実があまりに辛く、悲しく、そして悔しかった。

 士郎はサーヴァントを人として見ていた。故にセイバーが死に体に鞭打ってまで死に立ち向かう姿は、彼の心を酷く痛めつけた。もう十分だとでも言うように直立不動のバーサーカー。主のひと声でセイバーの尊い命が天に召されようとしている。

 圧倒的な戦力差。そこから生まれる余裕からか、イリヤは自らのサーヴァントの正体を晒していた。分かった所でどうにも出来ない。今現在に置いて、著しい格差があるのだから。ギリシャの英雄、ヘラクレス。その場にいる死亡フラグが乱立する彼らに、更なる絶望をもたらす言葉だった。

 不敵な笑みを浮かべ、最後の悪あがき、死ぬ直前の負け犬の姿を愉しむイリヤ。そんな生きる希望も未来も無い状況に置いてなお、衛宮士郎はセイバーの安否を心配していた。それでこそ士郎と言えば良いのか。彼は迷うことなくセイバーを救う道を決断していた。

「いいわよ、バーサーカーそいつ再生するからね。首をはねてから犯しなさい。」

 この野郎・・・言いたい放題言いやがって!良いだろう、どうせ何をしても死ぬ身。それなら何でも出来るじゃないか――――

 とち狂ったとしか言えない士郎の疾走。ここでの常人の行動は明らかに失踪の方だ。しかし彼は違う、彼だからこそ死の門番に向かって突進出きるんだ。自分の肉体は後回し、それよりも自分のために誰かが死ぬなんて事はあってはならない。だから彼は―――

 グチャ

 俺はセイバーを飛ばす事だけを考えていたのに地に伏し血にまみれていた。俺は何をやっているんだ、早くセイバーを助けないといけないというのに。って、何故か皆一様に驚いて・・・その時口から血が溢れて来た。ゴポリと口から血を吐き出した所で自身の異常にようやく気付いた。

 腹が・・・無い?良く見れば人間に必要と思われる臓器や骨が周囲に散乱している。明らかに自分の物なのに、痛覚と神経が麻痺して痛みがもはやない。混乱した頭で彼はようやく突き飛ばすに至らず、セイバーと戦斧の間に入り、一撃をその身で受けて盾となった事に気付く。

 自らに毒づきながら致命傷となる傷からもう一度吐血する士郎。そんな時になっても、自分が死んだらセイバーはどうなるんだろうなどと考える別の意味で大物だった。だが彼の異常な行動はイリヤに思わぬ動揺の効果をもたらしていた。

「な・・・んで?」

 死ぬと分かってて飛びこむなんて昆虫くらいな物だ。誰だってそう考えるだろう。それなのに目の前の彼は無謀にも首を突っ込んだ。そして腹の臓器を撒き散らし、床に伏している。当然の結果だからこそ混乱する。全ての辻褄が合うからこそ狼狽する。なぜ、なぜ命を投げ出してまでサーヴァントなどを守ろうとするのか。魔術師としては半人前以下の愚行だから、イリアの思考を混乱させる事に成功したのだ。

 イリヤとしては士郎を我が手中に収めようと思っていたのに、壊してしまいそうになった事が不服だった。だから彼女に取って非常に不本意な結果になってしまったのだ。彼女は眉間にしわを寄せ

「もういい、つまんない。・・・リン、次に会ったら殺すから。」

 と捨て台詞を残してバーサーカーを連れ、闇へと姿を隠していったのだった。



・・・



「寝れる訳ないじゃないか。衛宮君は僕の大切なお友達なんだから。」

 僕は身を起こし、衛宮家に向かって行こうとしていた。頭痛が酷く壁伝いに歩く姿はみっともない。でも何かしていないと未だに死の淵に立っている彼らに、申し訳が立たないと感じたんだよ。もしかしたら僕の行為は全くの徒労に終わるかもしれない。それでももし、万が一生きていたら。そう考えればせめてもの贖罪として、精一杯手当をしなくちゃならない。それが逃亡者たる僕の役割だと思うんだ。

 僕は衛宮君の外門の壁にもたれしゃがみ込んでしまった。誰かに不審者と思われたらどうしよう。衛宮君のお友達なんです、の一辺倒で行くしかないや。でも本当に情けないなぁ。僕は結局何が出来たって言うんだろう。

気付けば次から次へと濁流のように涙が溢れて来る。敗者特有の、それも卑怯にも逃げた者の自責の念からの涙だった。泣いてる場合じゃないと腕で何度も涙を拭っても、全く止まる気配が無い。

 もういいや。泣きたい時は全部出しちゃえば良いんだ。だって出るんだから仕方が無い。排泄物みたいに異臭を放つでも無し、もう感情に委ねてしまおう。僕はいつものように焦点の定まらない目で空を見上げていた。



・・・



「慎二・・・あんた、何やってんの?」

血塗れの方々のご帰還に僕は更に洪水となって涙が溢れだした。こんなに嬉しい事はないよ。やっぱり無駄だと分かっても来て良かったんだ。僕は嗚咽を漏らし声にもならない声をあげて、何度も頷きながら衛宮君の・・・え?

「え、え、え、え、衛宮君!!!」

 い、意識がないじゃないか!こ、このままじゃ死んでしまう。衛宮君が死んじゃうよ!僕は途端に動きが機敏になり、遠坂さんと一緒に衛宮君を寝室へと運んで行った。遠坂さんもやはり焦っていたようで、軽口を叩く事など一切なく懸命に衛宮君の治療に専念してくれた。やっぱり遠坂さんは感情表現が不器用なだけで本当に優しい女の子なんだ。

 「本当にごめんなさい、何を言っても許されないかもしれないけど。それでも申し訳ありませんでした!!」

 僕は誠心誠意を込めて土下座を遠坂さんとセイバーさんに向かってしていた。謝って許される事じゃないし、そもそも許されるとも思っていない。でも許されないから謝らないのは違うでしょう?今後僕が生きて行く上で同じような事があったら、また謝らなくなっちゃうから。だからその時々しっかり生きなくちゃいけないんだ。

 腕を組む遠坂さんと満身創痍なのに未だに威厳を保つセイバーさん。両者とも背筋を伸ばし僕の謝罪に目を向けているようだった。遠坂さんは鼻から息を出し半目になりながら

「誰もあんたらを責めてないわよ。あの場に居た誰もが、バーサーカーと応戦してたの見てたんだし。ねぇセイバー?」

 それを受けたセイバーさんもゆっくり頷き

「ええ、確かに私はライダーの息使いを肌身で感じました。あれは手など抜いてなどいない、紛れもなく本気で闘っていました。そしてシンジ、あなたの貢献も当然私は知っています。だから何ら気に病む事などないのです。」

「そうそう、まさかあんたがあんな能力持ってるなんてね。流石に驚いたわ。」

「え、あ、いや、隠しててごめんなさい・・・。」

「なぁに言ってんのよ、馬鹿。私たちは敵対してるんだから手の内隠してて当然じゃない。」

 その時さて、と声を出してセイバーさんは立ちあがった。

「リン、シンジ申し訳ないが私も少々疲れている。お先に失礼してもよろしいですか?」

 僕は当然ブンブン縦に頭を振り、遠坂さんもヒラヒラ手を振ってさっさと休むように促していた。敵対しているのに、どうして今この時を好機と見ないのか。やっぱり遠坂さんは心優しい人に違いないんだ。

 それから僕は今までの経緯を遠坂さんから話して貰った。と言ってもあれからそんなに物事の進展は無かったようで、衛宮君に大穴が開いたくらいなものだけど。僕は耳を疑っちゃったよ。あんな巨人に立ち向かえるなんてやっぱり衛宮君は偉大な人なんだ。僕が感嘆の声をあげていると、遠坂さんもちょっと気分が良さそうだった。

 愚かで哀れで無様かもしれない。でもやっぱり格好良いかもしれないね、無謀で無茶な突貫というのも・・・。僕は少しだけ自身の考えを改める事にしたんだ。だってあんなにも遠坂さんが眩しそうに笑うんだもの。

 僕もそろそろお暇しよう。また桜とライダーを連れてここに来なくちゃいけないんだ。僕は遠坂さんに帰るように言うと、珍しく感謝の言葉を頂いてしまった。どうしたの?と言うと真っ赤な顔で頭を叩かれた。ごめんなさい、好意を棒に振るってしまって。でも本当に嬉しかった、だから僕も感謝の言葉を返すのだった。





―続く―





 はい、どうも皆さんおはようございます、自堕落トップファイブです!ちょっと本編と被ってしまって申し訳無いですね。やはり進行的に同じにしないと分からなくなりそうになるので(汗)

 ちなみにお腹修復されるんですね。僕はすっかり忘れていたので、慎二に「お腹がない!」と叫ばした所を変更しました。やはりゲームを進めながらやるとこういう事がチラホラ出てきますね。まぁ違和感感じたら言って下さい。書き直しますのでね。それでは失礼します。

本日もこのような駄文をここまで読んで頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] ライダーは僕達のお姉さん
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/13 12:56
 僕は間桐家に帰ったものの、やっぱり眠れなかった。だって朝桜の悲痛な表情を、真っ先に治してあげないといけないんだ。それに今寝ちゃったら丸二日くらい起きそうにないんだもの。僕はソファー身を委ねて一人じっと闇を見つめていた。

「寝ないのですか?」

「えひぃ!」

 物音一つ立てずに声を掛けられたら誰だって驚きの声をあげると思うんだよ、うん。気付けば僕の背後にライダーが立って居た。僕は右手で心臓を押さえながら

「ビ、ビックリした・・・。もうライダー、気配消して話しかけるのは心臓に悪いよ。」

「いえ、私は普段通りでしたので。恐らくシンジが完全に気が抜けていたのでしょう。」

 ・・・まぁいいや。ライダーが忍び系のお姉さんなのは重々承知の上さ。それよりも丁度良い話し相手が来てくれて僕は嬉しかった。

「あのさ、ライダー。ちょっとお話しようよ。僕眠れそうにないんだ。」

「一向に構いませんが、体の方は大丈夫なのですか?それに明日も部活なのでは。」

 僕は思わず笑ってしまった。学校なんてとっくに忘れてたよ。僕達は戦争なんて禍々しい物をしているのに、唐突なライダーの現実味溢れる言葉が僕の笑いを誘ったのだ。ライダーは珍しく僕に笑われたものだから拗ねてしまった。

「ごめんね、でも嬉しかったんだ。そういう感覚を取り戻せた事が。そうだね、僕は学生で弓道部員だったんだ。でも明日はちょっと休むよ。桜にも吉報があるしね。」

「吉報・・・とは?」

 僕は屋敷に帰って来た後に起きた事の顛末を、かいつまんでライダーに説明した。

「・・・すいませんでした。」

 そしてライダーは僕が話し終わった後、開口一番謝罪の言葉を口にしたんだ。どうして謝るのかさっぱり理解出来ない僕は動揺してしまった。僕が慌ててライダーに事情を聞くと

「いえ、シンジと桜を連れて戻った私の不始末をシンジに押し付けた形になったようですから。その事に遺憾の念を覚えていた所なのです。」

「不始末だなんてそんなライダー、自虐的過ぎるよ。僕の中ではもうハイライトシーンなんだから。」

「・・・ありがとうございます。」

 ライダーはちゃんと自分の過ちを認め正す事の出来る誠実な人なんだ。だから僕は信頼出来るし、信用してるんだ。僕は今後の方針や内情をライダーに懺悔するように話す事にした。

「教会で神父さんの話聞いてる時、僕は酷い事してしまったんだ。」

「というと?」

「うん、神父さんがとっても怖く見えちゃって。それで衛宮君に押し付けてしまったんだ。」

「怖い、とは。」

「何だろう、家にいる爺ちゃんも大概怖いんだよ。怖いっていうか気持ち悪さの方が先に立つけどさ。でもね、あの人の老獪さは見たまんまじゃない?その、目にした途端にああ悪い人だなぁって分かるんだ。」

「・・・。」

「でもね、あの神父さんは違うんだ。一見真面目で優しいおじさんなんだ。でもね、その瞳がとても濁って見えるんだ。笑みの歪み方が怖いんだ。そう、とても得体の知れない恐怖を感じるんだよ。外装を人で繕ってその内面にドス黒い物が渦巻いているように思えたんだ。もし僕の見解が正しい物じゃ無かったらとても酷い事を言っているよ。でもね、僕の直感がそう告げてるんだよ。・・・あの人は獰猛な捕食者に他ならないって。」

「・・・シンジが言うのならそうなのでしょう。あなたがとてもただの好き嫌いから、そのような事を発言する男性には思えない。」

「ありがとう、ライダー。でもこの事は誰にも言っちゃ駄目だよ?」

「ふふ、桜に嫌われてしまうから?」

「分かってるなら言わなくていいじゃないか。」

 僕達はしばし笑い合った。そして僕は桜の事でふと思ったんだ。

「ねぇライダー。桜、これからどうすれば良いと思う?」

「・・・彼女が、どう感じているか次第でしょう。桜のためを思うなら、桜の意思を尊重するのが我々の最適な行動です。」

「・・・ふふっ、僕と同じ結論だ。やっぱりライダーは僕だね。」

「かもしれませんね。」

 僕はどんな回答が来ても参考にしようと思っていたけど。ここまで同じならやっぱり僕達は、お互い良いパートナーだと思えてとても嬉しかったんだ。



・・・



 朝まで取りとめの無い話をした。沈黙も多々あったけど、ライダーと居ると僕は安らいだ。ライダーに何故最初話さなかったのか聞いたけど、爺ちゃんに桜を差し出してると思って気に入らなかったんだって。その事を少し不機嫌そうに言われたので、僕はまたいつものように慌てて謝った。そしてライダーはやっぱり最後は笑って許してくれるんだ。ライダーは僕にとって、とても気立ての良い優しいお姉さんだよ。

 さて、もう頃合いだろう。桜を呼びに行こう。僕は少し充血した眼に目薬を差した後、桜の部屋に向かった。ノックをしても返事が無い、桜はまだ寝ているのかな。僕は一声断わりを入れてから桜の部屋にゆっくり入った。

 桜もまた眠れない夜を明かしたようだ。呆然と椅子に座りぼんやり虚ろな目で僕を捉えていた。

「・・・にい、さん。」

「駄目だよ、桜。寝ないと肌に悪いし、何よりせっかくの美貌が台無しじゃないか。」

「でも・・・眠れないんです。」

「そうか・・・じゃあ僕と同じだね。」

「・・・兄さんも?」

「うん、まぁでも桜すぐに元気になる薬があるからね。そろそろ行こう。」

 そう言っただけで瞬時に合点が行ったらしい桜は一気に元気になった。

「行きましょう、早く!」

 げ、元気過ぎるよ。僕とてもじゃないけどそのテンションに付いて行く自信が・・・。

「兄さん何やってるんです、ライダーも呼んでお見舞いに行きますよ!」

「は、はい!」

 僕はすぐに立場が逆転して桜の言う通りに従うのでした。あ、お見舞いじゃないからちゃんと準備しないといけないじゃないか。僕がその事を伝えると桜も仰天したようだが、何か凄く喜んでいた。うんうん、やっぱり爺ちゃん嫌いだったんだね。

 桜は徹夜明けにも関わらず一生懸命走ったせいで、すぐにライダーにおんぶしてもらう結果になっていた。疲れと恥ずかしさで顔真っ赤だ。私ったら恥ずかしい~!と言いながら、ライダーの背中に顔をグリグリ擦り付ける姿は微笑ましかった。そんな僕も足ふらふらしてたけどね。そうして僕達間桐一家(祖父除く)は衛宮家へと歩を進めて行った。





―続く―





 はい、どうも皆さんこんにちは、自堕落トップファイブです。今回は教会での行動をライダーに懺悔させました。まぁちょっと悪いキャラ出てたんで、自粛の意味も込めてね。それでは失礼します!

 本日もこのような駄文に目を通して頂いて誠にありがとうございます!(謝)



[24256] 新たな同盟国
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/14 11:52
 桜は衛宮君の家の敷居を跨いだ後、靴を脱ぎ散らかして一直線に衛宮君がいると思われる部屋にダッシュして行った。僕とライダーは苦笑しながら、桜の靴を揃え家の中を歩いていた。

 僕は衛宮君の家にお邪魔するのは、まだ今日で2度目なので良く道が分からない。でも桜の感極まった泣き声をもとに辿って行けたので迷う事は無かった。この道は前と同じだから居間かな。開け放たれた障子から声が駄々漏れで感動の再会みたいだ。

 ひたすら衛宮君の無事をワンワン泣きながら喜び、謝罪をしている桜。良かったね、桜。やっぱり君と衛宮君は相性バッチリだと僕は思うんだよ。

 僕は困ったようにライダーに目をやると、彼女はゆっくりかぶりを振った。僕もその気持ちには同意見なので、僕は縁側に二人で並んで座り、彼らが落ち着くまで待つ事にした。僕もまた寝不足だったので、そのままうつらうつらと船を漕いでいた。


・・・


「・・・ん、う・・・うぅん?」

 僕は何やら後頭部に柔らかい物を感じる上に、何やら横たわっているようだ。薄ら瞳を開けていくと、ライダーの端正な顔を捉えた。柔和な表情に見えるけど、ぼやけて良く分からない。ハッキリ表情が見える頃にはいつものライダーだった。

「目が覚めましたか?」

「・・・うん・・・ここは。」

「衛宮邸ですよ、私達はしばらくここに住まわせてもらうために来たのです。」

「あ~うん、そうだった・・・って、え?!」

 そんなほのぼのした会話をしてる場合じゃないよ。僕、ライダーに膝マクラしてもらってるじゃないかっ!僕は意識が覚醒した瞬間に、恥ずかしさがこみ上げ勢い良く身を起こした。僕は緊張からの動悸を鎮めていると、ライダーは少し寂しそうな顔をして

「すみません、余計な事でしたね。」

 と全然見当違いな事を言ったので、僕の混乱は更に加速した。慌てて首や手を振り

「ち、ちちちちち違うんだよ。そういう意図でしたんじゃなくて、その・・・。」

 僕自身何で恥ずかしいか説明するのに窮し、口籠ってしまった。ライダーは冗談なのか本音なのか、尚も物憂げな表情を浮かべ

「いいんです。私のようなでかい女がお淑やかな真似をした所で、気味悪がられるのは知っていました。」

 い、一体どうしたって言うんだ。ライダーがそんなオセンチな事言うなんて僕は想像もしてなかったので、口の開閉の速度も増した。とにかくフォローを、フォローを入れないといけない!

「ライダーの膝、気持ち良かった!」

 もうストレートに僕は叫んでいた。ライダーはハッと顔をあげ僕の顔を見て、それでもしつこく表情に影を射す。僕の見えない方の唇の端が歪むのなんて、僕に分かるはずないじゃないか。

「お世辞ならいいんです、私は所詮サーヴァント。女として欠陥品ですから。」

 こんな極上級の女性が言うと、実に嫌味ったらしく聞こえるけどどうしよう。僕はその後もどれほどライダーが魅力的なのかと言う事を、何度も叫ばされる事になった。ライダーは最後クスクス笑いながらこっちを見て

「ありがとうございます、シンジのおかげで自信が付きました。」

 と絶品の笑みを浮かべる物だから、僕の顔は体内全ての血液を集めたように真っ赤になった。何か僕ライダーに告白したみたいで無性に気恥しい。僕もライダーに謝らないといけないと思って

「ラ、ライダーそれにしてもごめんね。僕の頭重かったでしょ。」

「いいえ、慎二の寝顔が穏やかなのでとても癒されましたよ。」

 僕は優しげな表情とともに言われた物だから、目眩を覚えたたらを踏んでしまった。駄目だ、最近ライダーが妖艶を武器にからかってくる。時たま冗談とも思えない事をサラリと言う物だから尚タチが悪い。僕は泥沼に嵌まりそうな気がしたので、根本的に話を変える事にした。

「そ、そ、そういえば桜は?」

「ああ、彼女もシンジと一緒で寝不足でしたから寝室で寝かせてますよ。士郎が連れて行ってました。」

「・・・なるほど。そ、それで衛宮君はどこに?」

「さぁ・・・私もずっとここに居たので分かりませんが。少なくとも見てませんね。」

「分かった、僕も衛宮君の調子見たいから行くね。ライダー、その、ありがとう。」

 僕はぶり返すのも何だと思ったけど、やっぱり心地よかったので感謝の言葉を口にした。ライダーはやんわりと微笑み

「シンジが望むのでしたら、いつでもして差し上げますよ。」

「~~~か、考えとくっ!」

 僕は恥ずかしさから湯気を頭部から上らせ、衛宮君を探し回る事にした。



・・・



「あら、慎二じゃない。」

 僕が声の方へ振り返ると、ボストンバッグを片手に持つ遠坂さんがいた。何だろう、彼女もしかして衛宮君と同棲するつもりなのかな。大変だ、桜の最大のライバルになっちゃう。僕は嫌な予感を感じ、ゴクリと喉に唾液を流した後確認を取る事にした。

「ね、ねぇ・・・と、遠坂さん?一体その重そうな荷物は一体・・・。」

「ええ、ちょっとね。訳ありで士郎の家に住まわせて貰う事にしたの。」

「な・・・え!?」

 なんてことだ、桜はあれで嫉妬深いんだ。いくら学園マドンナ遠坂先輩とは言え、僕はタダで済むとはとても思えないんだよ。僕はこれから起こるであろう天変地異を想像したら怖くなり、カタカタ震え出していた。不思議そうにそんな僕を眺め、遠坂さんは手を出して来た。

「士郎から話は聞いたわ。何でもあなた達も同盟を組んだんですってね。ま、短い間だろうけどその間だけでも仲良くしましょう。」

 僕は遠坂さんって「衛宮君」と呼んでいたような気がするけど、指摘した所で飄々と流されるだけな気がした。それならもう最初からそう呼んでいたと思うしかないよ。それに彼女もごく当たり前のように言うなら、僕に汲み取れと逆に彼女から叱られそうだ。

 僕は服の裾で手に付いた不浄な物質を落とすべくゴシゴシ拭き、慌てて手を差し出した。遠坂さんの手はとても柔らかく、その人の心を顕すようにとても温かかった。僕は握手してから何だけど、はたと疑問に思った。

「・・・あの、と言う事は遠坂さんも?」

「ええ、半人前の士郎とサーヴァントが負傷中の私だったらピッタリかなって。」

 ・・・僕には「相性ピッタリ」の響きが感じられ、桜が少し可哀そうになって来ていた。大丈夫、桜。懐の深さが肝要なんだ、少しくらい男のデレデレは黙認してあげないといけないよ。なんてったって、学園のアイドル的美女が目の前にいたら誰だって腰砕けると思うんだ。

 そうして僕達はマスター三人、サーヴァント三人計六人で構成される打倒バーサーカーチームを結成した。それぞれ三者三様で文殊の知恵が出ると思えば、かなりの勝率になると思うんだ。遠坂さんはまだ衛宮君にご挨拶に伺って無いらしくて、今から道場に向かってるらしい。何故道場なのかと言えば、そこでセイバーさんと話し込んでいる可能性が高いんだって。僕は遠坂さんのボストンバッグを持ち、一緒に道場に向かって行った。





―続く―





 はい、自堕落トップファイブです。皆さん、こんにちは!

 やはり、慎二を基点に置くためライダーの出現率が高いですね。そもそも彼はセイバーを怖がってる節がありますからね。まぁ生活に慣れて行けばその分接触も増えるので、今は耐え忍んで下さい。ライダー以外で好きな人の出番を待ち望んでいる人に言いました。それでは今回はこの辺で失礼します。

 本日もこのような駄文をここまで読んで頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 慎二の回顧録(シリアス調)
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/14 23:33
 僕はライダーの温もりのある膝の上に頭を乗せていたためか、遠い記憶の隅に追いやった過去を思い出していた。過去の思い出で良い事なんて有りはしない。感傷に浸る以外に何も無い過去をどうして掘り下げようとするのだろう。今までの僕は嫌な事には目を背けて生きて来たと言うのに。やっぱりライダーは僕に一握りの勇気を分けてくれたんだ。過去の傷を直視するだけの勇気を・・・。

 僕が記憶として覚えている事は、難しい本をたくさん読まされる事ばかりだ。何をやるという説明も無く唐突に渡され、ただそれだけだった。両親も見た記憶は無いし、爺ちゃんは子供の目から見ても異彩を放って見えた。僕にはこの世界があまりに窮屈だったんだ。

 僕が一番最初に逃げたのはそこからだったと思う。術式とか五大要素とか、僕には何の感慨も興味も与えなかった。だから何の勉強しているのかも知る必要が、はなからなかったんだ。向き合っていれば僕は魔術師としてもっと威風堂々としていられるのかな。

 僕は勉強の振りをして哲学書やライトノベル、恋愛小説ばかり読み耽った。本さえ読んでいれば怒られる事は無かったんだ。人の生み出す世界、創造力、感情の発露、全てが新鮮で僕は魅了された。爺ちゃんや当時居た使用人から教わらなかった人間らしさ、と言う物は全て書物から学んだんだ。

 命は尊く、そして人を愛する事は生きる希望になる。愛情を受けなかった僕は自身すら愛せないのに。家族と言う物を僕は熱望していたように思う。暖かく、心地よく、愛おしい家族が。

 学校に行き始めてまず分かった事は、皆一人が寂しくて群れるということ。僕は寧ろ周囲の目が怖くて一人が安心出来る事。愛情を知った物と、知らずに育った物の違いがここに置いて明白になったのかも知れない。自分の常識が他人の常識に通用するかが分からない。だから僕は喋る事が出来ず、気付けば口下手になっていたんだ。

 程良い相槌と適度なおべんちゃら。僕が学校に置いて不自由無く生活出来た理由は、ただそれだけだった。皆自由に振舞い、そして楽しそうに笑う。僕は皆が楽しいから、僕も楽しいはずだろうと笑う。友情なんて僕には存在しなかった。そもそも僕は果たして、一個人として存在していたのだろうか。それでも異端者は格好の餌食と分かっていたから、そう振舞うしかなかった。

 皮肉にも影の薄さのおかげで苛めの被害を免れていた。僕は決して一人で居る訳じゃなくて、数人集まる集団の後ろで意味も分からず笑っていたのだから。だから一人で本を読んだり、喧嘩をふっ掛けたり、先生に告げ口するのも勇気ある行動だと思うんだ。

 苛めの構造を理解すれば、決して目立つような事をしないのが正しい事だと僕は思っていたから。苛めを肯定しては駄目だけど、否定すればもっと苦しくなる。我が身可愛さは誰だって同じだと自己保身に走る。一番苦しい被害者には目も向けず傍観者になり下がる。一番良いのは目立たない事なんだ。良くても悪くても杭は打たれる。口が達者じゃない僕は、どっちに転んでも食いものにされてしまうんだ。

 僕は本を多数読んで来たおかげか、他人への悪意に対してはある程度の耐性が付いていた。だからこそ苛められている人が可哀そうだけど、助けて身を危うい場所に放る事はなかった。その分自責や悔恨の遺恨は残る。意気地が無くて、臆病で、薄志弱行だと嘆く。

 自分が嫌で、本に逃げ込む日々。学校では誰かの影となって同調するように笑う生活。何が楽しくて、どこに希望があるんだろう。僕はもう段々考える事さえ億劫になっていた。無気力だけど慣性にしたがって状況に合わせて周囲に揺れ動き、感性にしたがって笑う、それで僕の完成だ。くだらない駄洒落が出来あがるくらい、つまらない人生だった。

 そんな悲観と諦観と無気力な少年の僕と同じくらい生気を失った子が来たんだ。

「面倒はお主が見ろ。」

 たったそれだけで事情説明などいつも通りありはしなかった。でも僕にとっては、生きる源を与えられたも同然だったんだ。僕は爺ちゃんは怖くて気味が悪いけど、今この時ばかりは心の底から感謝した。

「よ、よ、よろ、よろしく。」

 僕は喋る事、それ自体がままならない男だったので緊張もあってか噛みまくりだった。手を出して握手を求めてみたけど、やはり警戒されているのか少女は人形を抱きしめてじっと見つめて来る。

 その時僕は直感的に感じたんだ。

―――君も両親の愛情を知らないんだね――――

 だから決心したんだよ。この子には僕が愛情を与えて立派に育てようって。そのために僕は生まれてきたのかも知れないね、ううん、そう思いこまないとやってられないんだ。僕は同類と言っちゃ失礼だけど、この少女に親近感を抱いたんだ。僕はようやく遅まきの成長を果たしたんだ。未だ怯える少女を抱きしめ

「よろしく、桜。僕は今日から君のお兄さんだよ。仲良くしようね。」

 そんな気障な事が言えたんだから。桜は表情が固まったまま、涙を浮かべゆっくり頷いてくれたんだ。大丈夫、もう怖くないよ。これからは僕が君の傍に居てあげるんだから。僕が君の支えになれるような、そんな兄になってみせるから。

・・・

 僕は妹桜のおかげで、学校生活にも張りが少しは出て来た。親友とまではいかない友達も出来たし、ある程度言いたい事は言えるようにはなったんだ。いじめっ子だろうと思われる人には近寄らないけど。僕にとっては大きな進歩で、また学校ってこんなに楽しい場所だとも知らなかった。僕は帰って何度桜に感謝の言葉を言ったか分からない。桜は万歳して欣喜雀躍する僕と一緒になって、満面の笑みで万歳をしてくれたんだ。

 進学し、弓道と言う物は一体どんな物だろうと見に行くと筋が良い!と煽てられ気付けば入部していた。その煽てた部長さんは猛々し過ぎて、僕はどうにも言葉を上手く繋げる事が出来ない。また同級生の女の子(名を美綴綾子さん)にも「シャンとしなっ!」なんて笑顔で背中をバシバシ叩かれるけど、僕は何だかとても眩しい存在に見えたんだ。どんな人であれいきいきしている人を見ると、どうしても羨望の眼差しになってしまう。あの快活さは僕には持ち合わせてない物だから。

 でも僕は大会何かではいつも準決勝止まりなので、美綴さんにいつも叱られる。

「どうして本気を出さないんだい?あんたの実力はそんなもんじゃないはずだよ、慎二。それともあたしの目が節穴だとでも言いたいのかい?そりゃ部員の呼び込みには気合入れたけどさ、これでも人を見る目は有る方なんだよ、あたしは。」

「い、いえ、違うんだよ。ぼ、僕、その、本番に弱くて。」

「い~や、弱く無いね。準決勝までの腕は文句無しなんだ。射形も息も集中力も乱れちゃいない。なら最後までどうしてその気構えで行けないんだ、あんたは。」

「そ、そんな・・・過大評価だよ。ぼ、僕は初級レベルの脳無しで

 その時、襟をグイっと手で掴まれて美綴さんの顔まで持っていかれ

「・・・あんたに敗れた出場者が初級レベルの脳無しと言いたいのかい?」

 僕は慌ててかぶりを振って、手をワタワタさせながら弁明を試みた。

「あ、ち、ちちちち違う、違う!こ、言葉の綾でその・・・。」

 美綴さんは内心呆れたように息を吐きながら

「ったく、練習態度も心得も出来てるあんたは逸材だと思うんだけどねぇ。いかんせん腕に性格が付いて行って無いと言うか何と言うか・・・。」

「きょ・・・恐縮です。」

「言っておくけど、褒めちゃいないよ。あたしゃあんたがどんな重圧を準決で感じてんのか知らないけどさ。この前言っただろ、弓道は『礼記射義』にあるって。全ては己と的との闘いなんだ。その中に他の誰かを介入させてどうするんだい。他の子に間桐を見習えって言ってるあたしの立場無いじゃないか。」

 僕が頭をガックリ下げ、「申し訳無い」とボソボソ言っているとプッと美綴さんが笑いだした。

「まぁいつもの事だからあんまり言ってもしゃーないか。でもあんた練習の時でもそうだけど、人に気遣い過ぎなんだよ。もっと話せばいいじゃないか、コソコソしてないでさ。」

「僕はその・・・上手く喋れないので。」

「・・・ふぅん、ならあたしで練習してみるかい?」

「・・・え?」

「人ともっと交わる事が出来れば、あんたの本番とやらでも気を強く持てるだろうさ。あたしの見立てでは慎二、あんたは相手に遠慮してセーブしている節があるからね。人ってのは皆が皆狭量じゃないってのを、あたしが証明してやる。」

 人懐っこい笑顔で手を差し出してくる美綴さん。僕は何でこんな良い人に対してまでおどおどしているんだろう。つくづく情けない奴だと自身を罵りながら、おずおずと握手のために手をを差し出すのだった。これで1年生だと言うのだから大物にも程があると思う。

・・・

 早いもので今では僕は副部長。当然美綴さんは主将になっていた。僕は相変わらず準決勝止まりだけど。ただ準決勝では腹痛による不戦敗による敗退なので、そこまで何も言われない。だけどたび重なる腹痛を引き起こすので、副部長ならぬ腹(はら)部長と揶揄されていた。でもいいんだ、練習の時はしっかり頑張って自分を磨けれるし。美綴さんのおかげで部員達とも軽口を叩き合えるくらいには僕も成長したんだ。

 そうして桜も僕の話に感化され、弓道を始めて。今こうやって戦争に巻き込まれていく訳だけど。



・・・



 うん、ろくでない人生に思えたけど大した事無いじゃないか。寧ろ幸せな方だよ。だって僕には心の拠り所となる妹もいるし、心優しい人にも出会えているじゃないか。だから頑張ろう、まだまだ物語は序章の部分をようやく過ぎようとしている程度なのだから。

「何言ってるのよ。今日からここに住むんだから荷物持って来て当然でしょ。」

「なっ!!!!」

 遠坂さんは本当に奔放な人だなぁ。衛宮君の承諾取って無く、住むと自分だけで決めてたんだね。美人は本当に得だと思うよ。僕や川尻君辺りがそんな事言おう物なら、即時豚箱行き確定だもの。ハハッ、分相応って言うか想像したら笑えて来ちゃった。衛宮君の驚愕の声を余所に僕はのほほんとそんな事を考えていた。





―続く―





 はい、どうもこんにちは。自堕落トップファイブです!慎二の良さが伝わらないのは過去が無いからなのか、と思い急遽作ってみました。さてどういう反応があるのか楽しみでもあり、不安でもあります。それでは失礼します。

 本日もこのような駄文に目を通して頂いて誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 時機尚早、好機逸すべからず
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/14 23:49
 道場に付いてからの会話はさぞ和やかにして、微笑ましい会話だった。衛宮君がセイバーさんと同じ部屋は道徳的にも男性的にも、色々な問題が生じると身を下げながら力説。しかしセイバーさんは腰に手を当て、然諾を重んじる委員長のような顔になり

「それは困る、就寝時は最も油断している時です。サーヴァントたる私がシロウと同じ部屋で寝るのに議論の余地などありません。」

 ・・・うん、使命感からの言葉だと分かっていても僕には羨ましいような、素晴らしいご提案だ。いや、実際同じ事言われたら衛宮君の数百倍は慌てふためくんだろうけど。衛宮君はとうとう令呪という最終兵器まで用いて、セイバーさんをどうにか退けていた。僕にしろ、衛宮君にしろ何か通ずる物があるよね。精神的不能という意味に置いてだけど。

 でもやっぱり衛宮君はモラリストだし、心配りが本当に大した物だと思うんだ。僕にとっては未だにセイバーさんは荒くれ武者にしか見えない。あのバーサーカー相手に、一歩も引けを取らずに斬り合う姿を見たのだから。だから衛宮君が彼女を普通に女の子として接する事は豪胆の域だ。そして女性配慮もバッチリなのだから、まさに胆大心小と言えるのかもしれない。

 最終的にセイバーさんの部屋は衛宮君の部屋付近と言う事で場は収まったようだ。セイバーさんは依然険しい表情で衛宮君を見つめていたけど、遠坂さんによる衛宮家の警報システムの話もあり沈着したようだ。遠坂さんはそれより私の部屋どこ?と衛宮君に聞き、彼が唖然としている間に

「どこでもいいなら勝手に選ぶわよ。行くわよ、慎二。」

と鼻唄混じりで歩いて行った。何だか僕配下みたいになってる、もしくは下僕。小市民らしく僕は会釈をして去ろうとしたけど、言うべき事があったので振り返った。

「あの!衛宮君、僕達先に逃げちゃってごめんなさい!三人の分を僕が代表して謝らせて欲しい。」

 衛宮君はおかしそうに笑い、後頭部をポリポリ掻き出した。

「いや、まぁ慎二。俺なんてただ無茶して突っ込んで自爆して、結果迷惑を掛けただけだ。それにお前、あの時一生懸命闘ってたじゃないか。」

「うん、それでも僕は

「慎二~、あんた何やってんの。まさか私の荷物漁ってんじゃないでしょうねっ!!」

 後ろからの怒号に僕は思わず飛び上がった。それを見て衛宮君はまた忍び笑いを漏らしながら

「ほら、遠坂も呼んでるぞ。俺はもう既に許してるから無罪放免だ。早く行ってやれ。」

 僕は両手にバッグを持ち腰を90度折って謝罪を示した後に、ヨタヨタ遠坂さんの許へ駆けて行った。

「ったく、つくづく面白い奴。」

 そんな衛宮君の呟きなんて聞こえるはずも無かったんだけど。

・・・

 お、お、重いよ遠坂さん。やっぱりこのボストンバッグとても重い。僕の貧弱な腕だと重量挙げのバーベルに感じてしまう。両手で抱えてガニ股で走りながら僕はそう思った。歩きたいのは山々だけど衛宮家の間取りに明るく無い僕は、遠坂さんを見失ったら大変だ。僕は散歩で疲れた犬のようにハヒハヒ言いながら必死に彼女の後を追った。

 滑って2回ほど転倒しながらも、どうにか遠坂さんが選んだ部屋まで運ぶ事が出来た。どうも縁側を進んだ先は客室みたいで、旅館としてやっていける気がする。こう見どころさえ何かあれば、ねぇ。清潔感漂ってる上にきちんと整備されてるんだから、活用しないと何かもったいないと思う。桜が一度掃除が大変と言ってたのも頷ける話だよ。僕なんて花瓶割って仕事増やすような男なのに。

 ようやく遠坂さんの荷物持ちが終わった僕の腕は完全燃焼していた。そのため曲がらないのでダラリと両腕を垂らして、不審な人物を演出する事になった。ノーガード戦法を取る訳じゃないんだけどね、足もガクガク笑ってるし。遠坂さんは部屋の中央に陣取り、左見右見してどこに何を置くか思案しているようだった。追いついて来た僕に

「ありがとう慎二、助かったわ。荷物持ちついでに物を置くの手伝ってくれない?後、勝手に私の私物に触れたら殺すから。」

 凄い爽やかな笑みで物騒な事を言われ、僕は背中に寒い物がよぎった。疑問口調で聞いて来てるけど、拒否権僕に無いんじゃ・・・。気付けばそれをそっちに、これをあっちにと現場監督と業者みたいに手分けして行動していた。あれ僕何も言って無いのに、どうしてこんなコキ使わされてるんだろう。

 遠坂さんの持ち物は魔術関係がほとんどで、関連書物が分厚いため重かったんだ。衣類なんかは多分家に帰って着替えるとか、そういう事なのかもしれない。僕は頼まれた書物を鞄から取りだすと布地の下着を見つけてしまった。

 僕としては桜の下着とか普通に洗濯したりするので、あまり抵抗が無かった。それに職場を共にしたというのもあって、警戒感が薄れていたのもある。僕は恐れることなく地雷を踏もうとしているのだった。

「遠坂さん、こんな重たい本の下に下着敷いてたら傷んじゃうよ。」

 何食わぬ顔でひょいと遠坂さんのパンティーを掲げて説明する僕は大馬鹿だろう。遠坂さんの黒目は喪失し、呆然と今の状況を整理し始めた。黒目が戻ってきた時には、烈火の如く赤みを帯びた顔もセットに付いて来た。

「あ、あ、あんた何勝手に触れてんの!」

「え、あ、はっ、僕は一体何をやってるんだ!」

 桜に対するノリを遠坂さんにやってどうするんだ。僕はそのまま高速土下座をして謝罪した所、後頭部をゲシリと足で踏まれてゴリゴリされていた。

「あ~ん~た~。死にたいなら死にたいと、ハッキリとそう言いなさいよ。」

 照れなのか本音なのか分からないけど、とりあえず手加減気味に僕を踏みつけながら折檻を加える遠坂さん。僕は痛いけど自業自得なので何度もスイマセンを連呼していた。何でもMと呼ばれる人達には楽しいらしい。けど僕には恐怖と苦痛しか無いので、僕がMじゃないということなのだろうか。

 飽きたのか遠坂さんは自身の下着を鞄の奥深くにねじ込みながら、溜め息を零した。

「・・・あんた普段あんなにおどおどしてるのに、どうしてそう変な所で度胸あるのよ。」

「まぁ・・・桜でちょっとは免疫が付いてるのかもしれないね。」

「ふぅん・・・桜の方が良いって?」

「ちょっと待って、その話の飛び方は流石におかしいよ!」

「だってね、桜で慣れてるから私の下着を拾い上げる根性があった訳でしょ。あ~あ、何か傷つくなぁ。誰にも見せた事ないのに。」

 い、今のは色んな意味で問題発言なんじゃないだろうか。誰にも見せて無い未踏の地を僕が勇んで踏み込んだと言う事か。そんな神秘的な土地に足を踏み入れながら、世辞の一つも言えないなんて。これは彼女の尊厳のために褒めなくちゃならない。

「と、遠坂さんのパンティー可愛、ブゲラッ!!」

 最後まで言わせて貰う事無く腹に蹴りをお見舞いされて悶絶する僕。一度失った信用は取り戻すことは出来ないのか・・・無念だ、悲しいよ。真っ赤な顔をして遠坂さんは肩を怒らせながら

「そういう事言わせたくて言ったんじゃないわよ!ああ、もう調子狂うなぁ。」

 僕は蹴りによって受けた内臓器官の修復を図るために蹲っていると

「それであんたはどうすんの、慎二。」

遠坂さんは唐突に質問を繰り出して来た。もう彼女はいつもの様子で先の事は水に流そうと言う雰囲気を纏っている。

「聖杯戦争、の事でいいのかな。」

コクリと頷く遠坂さん。僕は気持で負けないように唾を飲み込みながら、絶対に噛まないように気持ちを引き締めた。

「僕達ももしかしたら衛宮君と同じような結論かもしれない。聖杯の信憑性が明らかで無い以上、全てをなげうって他のマスターを皆殺しに何て出来ない。」

「信憑性も何もあなたも見たでしょう、バーサーカーとの戦を。あれこそが聖杯の奇跡を物が立っている何よりの証じゃない。」

「だからこそ僕は信じがたいんだよ。こうも考えられないかな、サーヴァントを作るのに聖杯は力を使い果たしたって。」

「・・・後ろ向きな発想ね。」

「僕は・・・どっちを向いているかなんて分からないよ。無闇に殺し合いをした所で得た物なんて、それは僕達の望む物じゃないと思うだけだよ。」

「ふ~ん、まぁいいけど。それじゃ基本スタンスとしては後手に回るって訳?」

「相手の素性が分からない以上攻めようが無いしね。逆に先手を打とうとして返り討ちに遭う方が恐ろしい。ホームグラウンドじゃないにせよ、罠を仕掛けている可能性だって十分あるんだから。命が掛かっているんだ、それこそ手練手管を弄して来ると考えるのが自然じゃないか。」

「言うわね。それになるほど、確かに一理あるわ。じゃあとりあえず今はバーサーカーへの対抗策を練ると言った所かしら?」

「うん、僕としてはバーサーカーにサーヴァントを仕向けて、マスターを人質に取るのが一番手っ取り早いと思ってる。」

「あら、案外えげつない事考えるのね。あの少女を殺そうっての?」

「出来るなら無力化を図りたいけど。あの様子じゃ彼女は聖杯戦争の虜になってる。殺す事に罪を忘れた人間の末路はいつだって悲惨なものだよ。それに下手な情を掛けていると僕らの身が危うい。一度殺されかけた身なんだ、同情の余地を残している場合じゃないよ。」

「ふふっ、何だあんた案外物分かりいいじゃない。普段と別人みたいよ?」

「何だろう、スイッチが切り替わるというのかな。桜が危険だと思ったら思考がクリアになるんだ。」

「なるほど、ね。本当桜とあんたは良い関係で羨ましいわ。」

 何故か物憂げな感じでそんな事を言い始める遠坂さん。らしくないというか、君も桜と非常に仲良くやってるじゃないか。しかし僕は遠い目をしている彼女に、その言葉を掛ける事が出来なかった。第6感が言えばより彼女の傷を抉ると言っている気がして。

 そんな少しメランコリックなのも一瞬の事ですぐに普段のサッパリした笑みを浮かべ

「でも安心したわ、慎二。その様子じゃすぐに他のマスターに倒される心配はなさそうね。まぁ最後は私があんたを倒すんでしょうけど。」

 ニシシシという感じで猫のように気まぐれな事を言いつつ笑う遠坂さん。この話題は一旦ここで打ち切られたようだった。もう物々しい雰囲気は霧散し、気楽なムードになっている。僕はやらないといけない事を思い出したので、挨拶をしてそそくさと遠坂さんの部屋から出て行った。

・・・

 僕は交差点でひたすら歩きまわって居た。本当に魔術というのは凄い物で、この世の果てみたいになっていた光景が今ではスッカリ元通りだ。僕は黒毛やら動物の破片、肉片と思える物をピンセットで丁寧に摘み袋に詰めて行った。あの現場には全く関係の無い物も含まれるかもしれない。でも僕は一つ掴む度ごとに「ありがとう、ごめんなさい」と呟きながら拾い集めていた。

 何時間集め続けたか忘れたけど、とりあえずバーサーカーが立っていた周辺の場所に落ちている物証はあらかた集めた。それを小さい木箱に収め歩行者の邪魔にならないよう、電柱のすぐ傍に置いた。そしてその前にお皿を置き線香をあげ、謝罪と感謝の意味を深く込めて弔った。さらに周囲に花屋で買ったプルメリアを置いた。死者の花と呼ばれ、白く気品がある美しい花だ。

 僕は通りを歩く人に不思議そうに見られ、直接聞かれもした。その度にここで不幸があったと言うと、何となく察した人は憂慮そうに僕を気遣ってくれた。中には手を合わせてくれる人さえ居た。僕はまだまだ人間は素晴らしい人が多いと言う事を知る事が出来た。

 動物達の命、そして彼らの生活を脅かす影を野晒しにする訳にはいかない。何より僕の大切な物に危害を加える者は誰であろうと断じて許さない。僕は心を鬼にして少女と敵対すると心に決めて衛宮家へと戻っていった。





―続く―





 はい、どうも自堕落トップファイブです!結構書くのに手間取り疲れました。焼香の作法とか色々調べて書いたんですが、過ちがあったら指摘して下さいね。直ちに訂正しますので。イリアとはどうなるのか、僕自身も決めかねていますが慎二と一緒に悩み抜いて決断を下そうと思います。それでは失礼します。

 本日もこのような駄文をここまで読んで頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] ライダーとの念話
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/15 03:55
 時刻は夕暮れ時、僕は衛宮君の帰路を辿っていた。そして僕は決して一人で交差点に行けるほど、自信家でも不用心でもない。勿論霊体となったライダーにも付いて来て貰っていた。ライダーは何も言わずに僕の時間に付き合ってくれた。サーヴァントだからとかそういうのは抜きにして感謝したいと思う。日常の有難みを忘れてはいけない。僕はもう非日常に足を踏み込んで、今後今以上に平穏から遠ざかるのだから。

「ライダー、僕の声、聞こえてる?」

 何ですか、慎二?

 ライダーは霊体の時は念話によって脳に直接的に語りかけて来る。

「や、ちょっと聞きたい事があるんだ。」

 何でしょうか?

「・・・あの、僕が何を考えてるとかって分かるの?」

 ・・・えぇ、分かりますよ。慎二はとても優しい心をお持ちだと言う事も。

「ぶっ!と、突然何言い出すのっ。でも、その、あ、ありがとう。あ、いや、そうじゃなかった。それで聞きたいんだけど、僕も念話って出来るの?」

 恐らくは、というより考えてる事がこちらに伝わっている時点で出来ているでしょう。

「・・・それもそうだね。それで念話での会話って桜には伝わるのかな?」

 ふむ、どうでしょうか。今まで慎二が他の女性に目を奪われて来た事を、私は間接的に知っていますが。それに関して桜に伝わって居れば態度に出ているでしょうね。ちなみに私は告げ口はしていませんので、念のため。

「も、もう、そうやって僕を適度にからかいながら答えるの心臓に悪いよ、ライダー!」

 ふふっ、すいません、うっかりしていました。私も慎二の目に留まるような女性になりたいという想いが、きっと態度に出てしまうのです。ともあれ念話した所で桜の耳に届いていないでしょう。それにしてもどうして突然?

 僕はライダーの言葉を安心したので念話でライダーと会話をする事にした。

 だって僕達が考えてる事が桜に知られたら、いらぬ心配を掛けちゃう事もあるだろう?

 ・・・なるほど、本当に慎二らしい理由ですね。桜が少し焼けます。

 ライダー、僕は君を頼りにしているんだから変な気を起こす必要無いんだってば。それにねライダー、僕は君に聞いて貰いたい話があるんだ。ライダーはどうしてイリヤスフィールが衛宮君達をそのままにして帰ったと思う?

 ・・・なかなか難しい質問ですね。やはり私には単なる気まぐれにしか。

 それだけ分かっていれば十分だよ。でも僕はそれだけじゃなくてもう少し掘り下げてみることにしたんだ。

 ・・・と申されますと?

 気まぐれを起こした理由、って所かな。何が起因して見逃したのかが引っ掛かるんだ。それにもしかしたらそこに勝機が有るかも知れないと思ってね。

 ふむ・・・。

 彼女は衛宮君にバーサーカーが攻撃を加えた後に気まぐれを起こした。ここから衛宮君が重要なファクターになると言うのはいいかな?

 ええ、そこまでは私も理解出来ます。

 うん、そこでだよ。衛宮君とイリヤスフィールの会話をもう一度考えて貰いたいんだ。

 確か・・・「2度目だね、お兄ちゃん」とか言ってましたが・・・。

 そう、2度目だ。彼女は初対面で彼に会った時、何か感じる物があったのかもしれない。例えば彼女の知り合いに似ている、とか。もしくは純粋に彼と話をして興味を持ったか。お兄ちゃんという俗称にも違和感を覚えたけど、遠坂さんにも初対面にして呼び捨てだったからそこは何とも言えないね。

 なるほど、つまり彼女は・・・。

 うん、衛宮君に興味を示していると言う事なんだよ。衛宮君と彼女が手を結ぶ事が出来れば、かなり楽になる。しかし僕には単なる友達としてとか、兄として彼を欲しているようには思えない。

 それはいかなる理由でそう考えられたので?

 普通に考えて友達とか知り合いになりたいなら、その相手に死ねと言えるかい?もし衛宮君以外に発したとしても、友好な関係を望むならそんな過激な発言を衛宮君の前で言わないと思うんだ。だから結論を言えば衛宮君を「道具」「手駒」「玩具」このように考えていると思われるね。まぁ彼女のサーヴァントの強さを考えれば、手駒や道具など要らないだろう。年齢的に考えてもただオモチャが欲しいのだろうね。

 確かにそれは考えられますね。しかし士郎はイリヤスフィールにどう対応するでしょうか。

 教会に行った時の神父と同じような流れになるだろうね。恐らく必死に説得した末に殺される、ないしは完全な道具になり下がるんじゃないかな。彼女はもう独自の価値観を養ってしまっているよ。そして子供特有の唯我独尊な一面も持っているから説得は無意味だろうね。

 ではやはり我々がバーサーカーを引きつけてその間に・・・

 ・・・殺すしかないだろうね、マスターを。もっともそれは僕がこっそり近づいて毒ヘビを使役すれば楽なんだろうけど。

 慎二はヘビも扱えるのですか?

 うん、どうにかね。昔動物園に行って色々試してたから、大体何を操れるか分かるよ。問題はそこまで動物を近寄らせてくれるかどうかと、耐性が有るかどうかだね。毒や怪我による耐性が強ければ、僕は即座にヘラクレス様の逆鱗に触れ肉塊にされるだろうね。

 確かに・・・それに奇襲は一度仕掛けたら、相手は二度と油断してくれませんからね。

 とにかく話を戻すと彼女は衛宮君に興味関心がある。そのため衛宮君を捕獲した瞬間は隙が生まれるかもしれない。ただタイミングがシビアだろうね。衛宮君にじゃれついている彼女を僕らが殺そう物なら間違いなく僕らは悪だ。衛宮君とは決別し、セイバーさんと完全な敵同士になるだろう。ライダー、僕は良識ある彼らと出来れば戦いたくないんだ。

 ええ、分かっています。チャンスがある時を見計らってと言う事ですね。つまり士郎が捕まった瞬間辺りがベストと言う事でよろしいですか?

 うん、それが最善だと思う。仲間を人質、拉致されると思って咄嗟に攻撃したら誤って殺したと言う事にすればいい。衛宮君も正当な理由があれば人殺しを容認する人だからね。要はは納得できる理由があれば良い訳だよ。

 ・・・本人が聞いたら顔を真っ赤にして怒りそうですが。

 ・・・どうかご内密にお願いします。でもとりあえずライダー。僕達も衛宮君と遠坂さんの行動に付き合っていこうよ。どっちみち僕も好戦的に打って出るつもりないしさ。それに僕らが固まって行動すれば向こうもおいそれと攻撃を仕掛けて来ないだろうし。

 そうですね、今の所はそれで良いでしょう。

・・・

 僕達はこうして今後の方針を決めて衛宮邸に帰って来た。既に料理の準備を始めているようで、香ばしい匂いが廊下にまで漂っている。居間の中では遠坂さんとセイバーさんが話をしている。気が小さい僕はとっても入りづらかった。そこで堪らず僕はお姉さんに救いを求めた。

 ラ、ライダー!

 嫌です。

 そ、そんなっっっ

 そんな理由でサーヴァントを現界させるマスターがいるものですか。慎二にはこういう日々の中で度胸を付けていって貰いたい。

 う、うぅぅ、なまじ正論だから何も言えない・・・クスン

 僕は決死の覚悟で引き戸を開けた、数ミリ程。これが今の僕の肝の大きさです。

 ・・・いくじなし。

 酷いよ、ここまで頑張った僕をもう少しは認めて欲しいくらいだ。

 ・・・

バーーン!

 心霊現象のように開け放たれる引き戸。ライダーは一瞬だけ姿を見せ、開け放つと同時にまた霊体に戻っていた。な、な、なぁぁぁぁ?

「らららら、ライダー!」

 僕はもう念話所か叫ぶようにライダーを呼んだ。

 荒療治と言う事です、次からはすんなり入れるようになるでしょう。

 そう僕に言い残し何食わぬ顔で僕の背後に立つライダー。愛の鞭にしてももう少し穏便なやり方と言う物を・・・

「・・・何一人で騒いでんのよ。」

 遠坂さんが呆れたようにこっちを見て悪態を付いて来た。僕だって好きでこんな醜態を晒したい訳じゃないんだよ?ライダーがいじめっ子だから・・・。

「兄さん、早く座ったらいかがですか?」

 あ、不味い。キッチンから出て来た桜の声もちょっと怒り成分が配合されている。恐らく遠坂さんと衛宮君の事で頭を悩ませているんだろうな。桜、僕はいつだって手伝ってあげるからね。・・・出来るだけ血なまぐさい事はさせないで欲しいけど。

 僕はこんなに大勢で食卓を囲むのは初めての事だったから凄く嬉しかった。それに衛宮君の料理はとても美味しいんだ。口からご飯粒を飛ばしながらおいひい、おいひいよ!という僕に衛宮君は親のような包容力のある笑顔で見つめていた。やっぱり僕ってみっともない。桜の料理が一段と上手になったのも衛宮先生のおかげだったんだ。

 僕はやはりこの人達と敵対するなど、あってはならない事だとしみじみ思い知らされるのだった。





―続く―





 はい、どうもこんばんは、自堕落トップファイブです!本編と進み方は同じにしても、表現変えたり、会話を変えたり工夫は施していますが・・・。やはり同じ展開というのは何とも申し訳無いですね。出来る限り内容を変えつつ結果を同じ、にするように精進したいと思います。それでは失礼します。

 本日もこのような駄文をここまで読んで頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] セイバーと完全和解
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/15 06:30
 僕はよくよく考えてみれば、セイバーさんと今までろくに話をしていない事に気が付いた。ライダーに任せっきりなんて申し訳無い。仮とは言え、今の僕はマスターなんだから僕も責任を持ってセイバーさんと話し合わないとね。・・・でも、やっぱりちょっと怖い。

 セイバーさんは普段から鋭利な刃物のように研ぎ澄まされている一切の隙が無い人なんだ。僕みたいな隙だらけの人間を見て、呆れ果てた末に同盟破棄して殺されやしないだろうか。分別過ぐれば愚に返るとは言うけど、やはり僕はどうしても杯中の蛇影を見て委縮してしまう。

・・・ああもう、下手の考え休むに似たり!こんな事を考えている内にセイバーさんが寝てしまったらどうするんだよ。桜に決して危害を加えないというセイバーさんが悪人のはずないよ、うん。

僕はただ話をしたいなどという理由では門前払いを受ける気がした。そこで僕は衛宮君のご助力を願う事にしたんだ。

「と言う訳で、僕にお力添えお願いしますっ!」

 お得意の僕の全力土下座を目に据えながら、衛宮君は目をパチクリした後に頤を解いた。え、今の僕そんなにアホっぽいの?彼はなおも可笑しそうにクツクツ笑い

「慎二、ありがとう。何だかお前見てると俺まで元気になるよ。ちょっと待ってろ。今お茶菓子と飲み物を用意するから。それから俺もセイバーちょっと苦手だったんだ。どうせだったら3人で話をしないか?」

「え、いいの!?僕はもちろんいいよ。衛宮君が一緒に来てくれるなんて百人力どころか千人力だよ。」

「なんでさ、そこまで凄いか俺?まぁ煽ててもお菓子と茶しか出ないけどな。」

 褒められて満更でも無さそうに明るく話す衛宮君。それから僕達はセイバーさんの部屋、というか衛宮君の部屋に来ていた。セイバーさんの部屋は衛宮君の真横なので、必然的に衛宮君の部屋を介して顔を合わせる事になるんだ。

 献呈の品としてお茶とお菓子の乗った盆を僕が持ち、衛宮君が襖の前に立つ。もう天皇陛下や総大将にご報告申し上げる気分だ。だって目の前の襖から闘気とか高貴さとか香気と言った、とにかく何かオーラが漏れ出ているんだよ。

衛宮君もかなり緊張しているのか、喉に唾液を流し込み深呼吸をしていた。自分の中で落ち着いたと判断したのか、小声で「良し」と掛け声を掛ける衛宮君。彼も内心かなりセイバーさんに気を遣っている事が伺い知れるよね。やっぱり生粋の苦労人だと思うよ、うん。

「セイバー起きてる――

スラーーー

 衛宮君が最後まで聞く事無く即座に開かれる襖。

「起きています。どうかされましたか、マスター。」

 僕達は餌を強請る鯉みたいにお互い顔を合わせて口をパクパクし合った。それでも意図は通じるんだ。もしや僕達って魚人?

 ど、ど、どうしよう衛宮君。僕まだ心の準備出来て無い!

 ば、馬鹿。さっき俺が深呼吸してたの見て無かったのかお前!

 違うんだよ、まさか襖の前でセイバーさんが待ち構えているなんて夢にも思わないじゃないか。

 俺だってもう頭真っ白で随徳寺をきめたいくらいだ。しかしここまで来て36計を発動させる訳にはいかない。そもそも俺セイバーのマスターなんだぞっ。

 そ、それもそうだね。ああ、そうだまずは食べ物で釣ればいいじゃないか!

 そうだぞ慎二、盆を上下して慌ててる場合じゃない。早くそれを彼女に!

 僕達の見事な以心伝心で、僕は彼女に自分達の分も乗っているのにも関わらず

「ど、どどっどどどうぞ!!お供えの品ですので、どうかお納め下さい!」

 風を切りながら頭を下げ両手でお盆を差し出す僕。何だか苛められたくないから、お金を渡すいじめられっ子になった気分だ。もしくは逆カツアゲ。逆カツアゲとはカツアゲされている訳では無いのに、被害妄想の果てに自ら金品を差し出す行為である。

 セイバーさんは無表情に僕達をただ眺め冷えた声で

「・・・あなた方は私を愚弄するためだけに呼んだのですか?」

ゾクゾクゾク

 本格的にやばいオーラが放たれ、僕と衛宮君は互いの距離を更に密着させた。そしてこんな時にさらに僕はえらい事に気が付いた。僕は衛宮君に小声で

「え、衛宮君!ヒソ」

「どうしたんだ、慎二。ヒソヒソ」

「僕セイバーさんと話そうと思っていた話題リスト居間のテーブルの上に置き忘れて来た。ヒソ」

「ば、馬鹿!そんな事を命の分かれ目の際に立たされてるこの状況で言うな!ヒソヒソ」

「で、でででもこのままじゃ、僕達完全にセイバーさんを小馬鹿にしに来た痴れ者に・・・。ヒソ」

「大丈夫だ、そこは俺が何とか―――

「・・・楽しそうな所悪いのですが、もう下がってもよろしいか?」

 その瞬間、僕達は瞬時に姿勢を正し息を合わせたように首を横に振った。

「ま、まぁ何だ。せっかくお茶菓子も用意したんだ。ちょっと俺達との小話に付き合って欲しい。」

「・・・マスターがそう言うのであれば従いましょう。」

 釣られてる、釣られてるよ衛宮君。セイバーさん滅茶苦茶見てる、お菓子見てるよ!僕は内心歓喜の声をあげながら、事態が好転した事に喜んだ。

 僕と衛宮君はお詫びの印として、お菓子を全部セイバーさんにあげた。セイバーさんはお菓子で陥落する私ではありませんよ。と言いながら自分の下に全部のお菓子を手繰り寄せていた。当然命知らずな突っ込みは入れません。その後はむはむ美味しそうに食べ、時折頷いているセイバーさんだった。セイバーさんの機嫌が直った所で僕達は話をする事にした。

「セイバー、もう傷口の方は大丈夫なのか?」

「うん、本当に。お腹から出血していたようだから僕も心配していたんだ。」

 質問を受けセイバーさんは頬に膨らんだお菓子をお茶を飲み込んで一気に流し込んだ。ほっぺに付いているお菓子のかすへの突っ込みも当然入れません。

「はい、問題はありません。バーサーカーに受けた傷なら概ね回復しています。ですがランサーの傷は少々厄介でまだ癒えていません。それでも今の状態であれば、バーサーカー以外のサーヴァントには引けを取らないでしょう。」

「へぇぇ、サーヴァントの人って本当に凄いもんだねぇ。僕なんてあんな傷負ったら数カ月くらい入院してそうなもんだよ。」

「いえ我々は個人差があるので一概には何とも言えませんが。私には自然治癒が備わっているだけですね。そしてシンジ、あなたは感心している場合では有りませんよ。そもそも本来我々は対立する関係。こんな所で無駄話に興じてないで対策を練ったらどうなんです。」

「そう言うなってセイバー。今はまだ慎二もライダーも仲間だろ?ならお互いの交流を深めたって別にいいじゃないか。」

「・・・ふぅ、マスターのあなたがそんな認識では先が思いやられる。聖杯を取ろうとお考えなら仲間であれ身内であれ、最終的には剣を付き立てなければならないのですよ。」

「お、お前――

 セイバーさんに食い下がろうとしている衛宮君を僕は片手で制した。ここは僕に任せて、衛宮君。僕がそういう決意の籠った目で衛宮君を見つめると、衛宮君は心得たように頷いてくれた。

「・・・確かに。セイバーさん、別に僕は馴れ合うとかじゃれ合うために話し合いに来た訳じゃないので安心して下さい。ただあなたが未熟で半人前以下の僕と手を結んでくれた事に心から感謝しているんです。そしてあなたの事をもっと深く知っておきたいんです。」

「ほぅ・・・それは私の人となりを知って優位に事を運ぶためですか?」

「その一面も否定はできませんが・・・。しかし僕と衛宮君は本質的に考え方は同じなんですよ。そして恐らくその中にセイバーさんも含まれている。」

「持って回った言い方はよして頂きたい。何が言いたいのです、あなたは。」

「無益な争いや流血は望んでいないはずですよ。ここにいる三人はね。」

「・・・。」

「ああ、そうだセイバー。サーヴァントだからマスターだからって理由で殺すなんて絶対駄目だ。慎二や遠坂みたいに良い奴かもしれないってのに。」

「・・・まぁその考えには僕も概ね賛成だよ、衛宮君。セイバーさん、出来る事なら僕達だけでも諍いは無しにしませんか?聞く所によるとあなたは無抵抗な人間に危害は加えないそうですね。」

「・・・ええ。」

「ならば僕とライダーは喜んで全面降伏いたしましょう。セイバーさんや衛宮君を殺してまで、聖杯を欲してなどいませんから。そして何より桜が悲しみます。だから可能な限り僕達と一緒に争い以外の道を探しませんか。あなたの願いを存じ上げていないので何とも言えないのですが。」

 僕の顔を真剣に凝視していたセイバーさん。しばらく経ち彼女はゆっくり目を瞑り大きく頷いた。

「いいでしょう、私もシンジの行動をさりげなく見てきましたが姦計を巡らせているとは思えない。親睦の証として私の事をセイバーとお呼び下さい。そして普段通りの口調で接して頂いて結構です。」

 僕は喜色満面の笑みを浮かべ、手を友好の握手を差し出しながら

「これからもよろしくね、セイバー。」

固い握手を交わすのだった。それから衛宮君に

「何で俺だけ衛宮『君』なんだよ。不公平だぞ。」

 とちょっと不機嫌そうに言われたので今後は士郎君と呼ぶ事になった。そっちじゃないよ、と笑いながら怒られたけど、何も言われなかったので不満は無いみたい。じゃあ士郎君で良いって事にしとこう、うん。

 これからどう進展するのか分からない。けど僕達は頑張ってやれる事をやるしかないよね。





―続く―





 はい、完全和解完了致しました。最後どうなるのかはまだ考えてませんが、とりあえず今の所はこれで良しとしましょう。それでは失礼します。

 本日もこのような駄文に目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 士郎君は人の味方、正義のヒーロー(になる予定)
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/15 08:41
 僕と士郎君とセイバーの会話はまだ続いていた。だいぶ空気も緩み、あまり会話としては弾んで無かったけど。でも僕と士郎君はセイバーが美味しそうにお菓子を咀嚼しているのを見ているだけでも楽しかった。時折見られてる事に気付き「言っておきますがあげません。」と言った時は二人で吹き出した物だ。セイバーもまた感情を素直に出す人なんだろうね。根が真面目だからちょっと怖く見えるだけなんだ。

 セイバーはお菓子を食べて一息付いた後に急に真面目な顔をして士郎君に向き直った。

「シロウ一つ訊きたい事がある。」

「な、何だよ。もうお菓子ならそれで最後だぞ。」

見た目の数倍食欲が旺盛とは言え何とも失礼な発言だが、僕は止める間も無かった。そしてセイバーさんは当然羞恥と怒りに声を荒げ

「そんな事を申し上げるつもりなど最初からありませんっ!・・・コホン、昨夜でのバーサーカーとの一件。あなたは両断されたのを覚えておられますね?」

「・・・あまり思い出させないでくれ。今でも吐き気を催して来るんだから。今後からはあんな無茶は控えるから。」

「それは私とて同じ事。ですがこれはあなたの人柄を知る上で、聞く必要があると判断しました。何故あの時バーサーカーに向かっていったのですか?いくらあなたでもタダでは済まない事は理解出来たはずです。」

「それは――」

 口籠る士郎君。僕には分かり切った事だったけど、本人を前にして言うのが恥ずかしいんだろうね。しかも相手はセイバーだもん、そりゃ言葉も上手く繋げなくなるよ。じゃあやっぱりここは僕の出番じゃないか。僕はゆっくり諭すように話しかけた。

「セイバー、君が士郎君を守るのと同じ事だよ。」

「サーヴァントが自らのマスターを守るのは当然であり、義務です。しかしその逆は成り立たない。」

「そうだろうね、でも家族なら成り立つだろう?僕はきっともし桜が同じような目にあったら何が有っても飛び込んで行くよ。それこそ死を顧みずにね。」

「しかし、私は――

「聞いてセイバー。そこが衛宮君の長所でもあり短所でもある所なんだよ。彼はね、きっと他の誰よりも人の命を重んじている人なんだ。きっとセイバー自身、サーヴァントは人では無いと割り切っているかもしれない。でもね、士郎君が君を助けたと言う事は人間として認めている何よりの証なんだよ。」

 ね?という風に士郎君に意見を求めると、彼は照れたように染めた頬をポリポリ掻いていた。そしてぼそぼそと

「あ~・・・うん、いや、まぁ、うん、別にそんな大層なもんじゃない。ただ俺は咄嗟に体が飛び出しただけだ。」

 と結局言葉を濁していた。何て言うか、僕ですらいじる人の気持ちが分かる。指をこね回しながらモゴモゴ呟く衛宮君って、こんな事言うのもなんだけど結構愛嬌あるんだよ。でもいじられる人属性なのは僕も同じだからね、うん。だから何も言わないし、手も出しません。

「つまりシロウは自然に私を助けようとした、と解釈してよろしいのですか?」

「・・・それは分からない、気が動転してたから。だから次はガタガタ震えてるかもな。」

「それが正常な人間と言うものです。自分の命を無視して赤の他人を助ける事など通常あり得ない。それは英雄でさえも決して例外では無いのです。そのような人間は内面のどこかが欠落しているでしょう。」

 士郎君を試すように深緑色の瞳で彼の奥深くを覗き見るセイバー。ただ僕はやはり彼女の物言いに憤りの念を覚えた。

「セイバーストップ、僕からも言いたい事があるよ。」

「む、何でしょうかシンジ。」

「士郎君だからとかに関わらず、人の内面を勝手に欠陥品呼ばわりするのは頂けないよ。誰にだって欠陥はあるというのに。悪い部分だけを取り上げるのは違うんじゃないかな。僕の知るセイバーはもっと公明正大に物事を捉えられる人だと思っていたのだけど違ったのかな?」

 僕の指摘を受け一度目を瞑り沈思黙考し始めた。そして彼女はゆっくり士郎君に頭を下げた。

「確かに不用意な発言でした。その件についてはお詫び申し上げます。ですが聖杯戦争に置いてマスターがサーヴァントを安易に庇う事は有ってはならない事なのです。」

「・・・分かってるよ。俺だって死ぬの怖いんだから。」

 士郎君は不貞腐れたようにそう返事をした。僕は彼がセイバーに対し好意を持っていると言う事は、既にこの時点で把握していた。まぁ当人同士の問題なので口を挟む余地などありはしないんですけどね。士郎君に気を遣ってか、セイバーは少し頬を緩め

「しかしシロウは臆病です。正しい道を歩めば素晴らしい魔術師になりますよ。」

「何だよ、それ。俺って臆病か?」

「ええ、とても。自身の立場を受け入れようと懸命に努力する辺りが特に。その賢明さを人は時に臆病と呼ぶのです。恐れを知らない者は賢者になれませんし、苦杯をなめた者だけが一流になるのと同じ事です。」

 何気ない会話だったが、僕にとっては刃物で刺されるような気分になった。士郎君は魔術師として向かい合っている。僕は・・・一体何をやっているんだろう。ふと立ち返ってみると自分自身何もしていない現実にようやく気が付いた。僕はこれではいかんと思い、セイバーの笑みにまだ見とれている士郎君に向かって

「そうだ士郎君。僕とライダーなんだけどバイトしようと思うんだ。住ませて貰うお礼と言っちゃなんだけど、いくらかお家にお金を入れさせて貰う事にするよ。」

「いや、慎二。そんな気を遣わなくてもいいぞ。遠坂なんてさも当然のように居座ってるんだから。」

「彼女は士郎君の魔術の師匠として、ちゃんと恩を返すじゃないか。僕見たんだよ、彼女が魔術師の本を一杯持って来てるの。あれ衛宮君に伝授しようとして持って来たんじゃないの?」

「いや、まぁそれもあるかもしれないけど。多分殆どが自分の私物だろ。それに桜だって家事の手伝いしてくれてるし。」

「桜は桜、僕達は僕達さ。士郎君、優しいのと甘やかすのは別物だと言う事を知っておいた方がいいよ。恩を仇で返すような人間に僕はなりたくない。だから親しき仲にも、ううん、親しき仲だからこそ礼儀と節度を持って接したいんだ。」

 珍しい僕の強気な態度に押されて、結局士郎君は

「いや、悪かった。凄く助かるよ、ありがとうな慎二。」

 いつも通り妥協してくれ、笑顔付きで感謝の言葉までくれるんだ。僕とライダーはもう働き口を決めてるから、日を追って電話を掛けてみるとしよう。よく言うでしょ、働かざる者食うべからずって。それに僕は自分自身の能力を磨く訓練もしようと思っているんだ。


・・・


 僕と衛宮君は結局同室で寝る事にした。変な誤解を招きたくないから先に言うけど、アブノーマルな関係じゃありません。至ってプラトニック、いやそれも何か違うな。とにかくお互いを嘱目し合う事で、両名における身の潔白を周囲に証明するためなんだよ。

何せこの屋敷に男二人に女四人、それも飛びきり上玉の女性ばかりだ。どんな劣情を催して強襲を掛けるとも知れないので、互いを諌め合う事にしたんだ。どこまで自分を信用していないんだと、ちょっと笑ってしまったけど。

でも僕自身、気味悪いとは言え住み慣れた場所から離れ、違う部屋で寝るのは修学旅行くらいでしか経験が無い。だから一人で輾転反側として嫌な夜を過ごすより、断然ここで一緒に居る方が有りがたかった。

それは士郎君にしても同じようで、セイバーに聞こえない声量で寝ながらボソボソ話し合っていた。

「どうしたの、士郎君。腕なんかを天井に掲げちゃって。」

「いや、遠坂に言われるまで気付かなかったな~って。令呪を隠す事。」

「ああ、それねぇ。ふふっ、僕もこの本包帯巻いた方がいいのかな?」

「・・・馬鹿(笑)」

 そんな本当にどうでも良い軽口を叩き合って笑い合っていると余計に目が冴えて来た。士郎君はムクリと身を起こし

「やっぱ眠れそうにない。慎二、悪いけど俺ちょっと土蔵に行って来る。」

「何しに?」

「ああ、俺は寝る前にいつも魔術の鍛錬をしてるんだ。」

「・・・僕も見に行っていい?」

「ああ、それは構わないけど。何も面白い事無いぞ?」

「いいんだ。だって僕も寝れないんだもの。」

「そうか、じゃあこっそり行くか。」

 僕達は小声で会話をした後、ソロリソロリと忍び足で闇の世界を歩いて行った。

「案外、ばれないもんだねぇ。」

「ああ、何か拍子抜けだな。」

 そもそも起きていれば僕達が会話を止め歩きだした時点で、呼びとめに入られるだろうけど。それでもやっぱり彼女は何か油断出来ない人なんだよね。年季の入った土蔵は趣きが有って、というか何かが封印されてそうだった。多分怖がりの僕は夜中ここだけは入らないでおこうと思うだろう。もしかして士郎君の度胸って、ここで身に付いたもの?

 そんな僕の想いを余所に普通に土蔵に入っていく士郎君。夜が怖い僕としては慌てて彼の後に付いて行った。中に入ると物が至る所に置かれていて足の踏み場も危うい状況だった。ただ彼が修行する場所だけポッカリスペースが空いていた。僕の踏み込む場所も無いし、彼の邪魔をしちゃ悪いので、僕は土蔵の入り口から下る階段の下段に腰を下ろして座っていた。

 もう彼は一切無駄口を叩く事無く真剣に鉄くずを握っている。きっとあれを加工させたりするのが彼の魔術なんだろう。

「―――トレース・オン(同調・開始)」

彼の言葉はそれっきりで僕にとっては、何が変わったのかさえ分からない。ただそれでも僕は彼の後姿を焼き付けようと、ただじっと凝視していた。この懸命に生きる努力をする彼を。夢を追い続ける様を。そして何より自分自身を鼓舞するために。そうやって士郎君と僕は夜を明かすのだった。






―続く―





 よしよし、なかなか良い感じに物語は進んでいますね。とりあえず今の所で僕からの不満な点はありません。誤字脱字に関しては見直しして治す事にして・・・。まぁ本編と似たりよったりな会話も多々ありますが、勘弁して下さい。それでは失礼します。

 本日もこのような駄文に目を通して頂いて誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 猛犬、いえ猛虎注意
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/15 16:58
2月4日
 僕は自身のクシャミから目を覚ました。うぅ、何だよ。誰、僕の布団取っちゃったの。と寝ぼけた頭で寝がえりを打とうとすると

ゴロゴロゴロゴロ、ガシャーン!

「・・・い、痛ぁ・・・。」

 痛いけど、痛すぎてか細い声しか出ないほどの激痛だった。寝起きだってのもあるんだけどね。うーん、それにしても僕階段で寝てたの?縮こまって寝てたせいか、体の節々が関節痛によって悲鳴をあげているよ。士郎君も僕によって引き起こされた喧騒のせいで安眠が妨げられたようだ。周囲の外敵に気を配る鹿みたいに毛布から身を起こし、こちらを呆然と見つめている。そして僕達がお互い虚ろな目で見つめ合ってたっぷり1分近く経ち、士郎君が一言

「・・・何やってんだ、慎二?」

 と、答えようの無い質問が飛んで来た。僕は昨日の夜中から話した方が良いのか、今しがた発生した出来事を話せば良いのか悩んでいると

「あ~、あ~・・・そか、そうだった。」

 どうやら士郎君の脳が活性化されてきたみたい。全ての記憶が一つの線となってまとまったようで、体の埃やゴミを払いながら立ち上がった。僕も簡易焼却炉みたいな鉄の塊に抱きついていた体をどうにか剥がし、よろよろ立ち上がった。

「おはよう、慎二。何だ結局そんな所で寝てたのか。俺が言えた義理じゃないだろうけど風邪ひくぞ。まだ俺は毛布があるけど、お前それ絶対体冷えてるだろ。何だったらシャワー使って来ていいぞ。」

「うん~おはよう。ありがとう、大丈夫。でも今日は早めに寝ようかな。何か体が重たいや。」

 士郎君は馴れているのか普段と変わらない足取りだけど、僕はもうアメーバみたいな動きだ。足をあげるのさえ億劫になりナメクジみたいにズ~リズ~リ歩く物だから、石に躓いて転んだりしていた。

 でもやっぱりまだまだ春には程遠い気温だね。庭に転がりながら土の上の霜と風の冷たさを全身で感じていたよ。士郎君は最初こそ心配していたけど、回数を重ねる内に耐性が付いたみたいだ。「先行って飯作るから手汚れたらしっかり洗えよ」と母親みたいな事を言って先に行ってしまった。僕も寝起きの息子みたいに「は~い」なんて返事をしながら庭のど真ん中で大往生していた。体も調子良くないし、外は寒いし、戦争の真っただ中だし。それでも一日は始まるんだ。

 グイッと自分の体を叱咤しながら起き上り、背伸びを思いっきりした。病は気から、じゃあ気分さえ良ければ病も治るのも道理だよね。僕は頬をパチパチ叩いてから

「よし、今日も僕は元気です!」

 と庭に生えている名も知らぬ木に向かって宣言して、朝食が待っているであろう居間に向かって走っていくのだった。・・・とと、その前に手を洗わないと。士郎君にどやされちゃうな。僕は自然と笑みが零れているのを感じていた。だって嬉しいじゃないか、例え家族ごっこだとしても一緒に食卓を囲む人が増えるというのは。やっぱり今日は素晴らしい一日になるに決まってるよ。だってあんなに太陽が輝いてるんだもの。

 ・・・とはいえ手を洗う時に見た時の僕はやはり病人みたいな面構えだった。うん、見る物じゃないよ、こんな顔。本当気持ちって大事だなぁ、何だかもう元気無くなって来たよ。とりあえず石鹸を目の下の隈に塗りつけて少しでも艶を出そうとしたら、目に染みて涙がボロボロ出て来た。いくら白い石鹸で目の下を白くしたって、ウサギの目をしてたんじゃ意味無いよ。僕はもうやり過ぎというくらい洗顔していると

「おはよ、慎二。そしてどいて。」

 僕に負けじ劣らずの表情を浮かべながら、不機嫌な遠坂さんが起きて来た。何があったのか知らないけど、下手に刺激したらヤバイと僕の警笛が鳴り響いている。

「お、おはよう。今日は何だか気分が優れないようだけど?」

「・・・朝はいつもこんなもんよ。うぅ・・・寒いし眠いし、だっるいわぁ。」

 あわわわ、学園のアイドルなんて最初に紹介した僕の面目丸つぶれだ。厭世単語を連発しながら、蛇口に向かう彼女。こう水面下で必死にもがく白鳥の例じゃないけど、これもそれなんだろうねぇ。でも僕は幻滅どころか寧ろ好感を抱いていた。だってやっぱり素直な心で接してくれた方が嬉しいじゃないか。バシャバシャ水を顔に叩くように当てて、水気をタオルで拭いた時にはいつもの名前通り凛とした顔になっていた。

 僕の呆気に取られた顔を捉えると、彼女はちょっと申し訳なさそうに笑って

「あーごめん、慎二。私寝起き酷くて、いつもあんな感じなのよ。それから横取りして悪かったわね、使ってたんでしょ?」

「あーいや、うん、大丈夫だよ。僕も眠気取ろうとして石鹸を目の下に擦りつけてただけ。」

「アハハハ、朝から何愉快な事してんのアンタ。」

「いや~病人みたいな顔してたから、ちょっと艶を出そうとしたんだけどねぇ。逆に涙が出て大変だったよ。」

「プッ、ククッ、やっぱアンタ面白いわ。まぁいいわ、それより早く居間に行きましょう。きっと士郎達が待ってるだろうし。」

 そして僕達は居間に行き、美味しい朝食を頂く事になった。その時でも桜に「兄さんを泣かせるなんて遠坂先輩酷い!」と色々大変だったけど、まぁ概ね平和です。やっぱり僕は前回と同様においちい、おいちい連呼しながら礼儀も作法もそっちのけで食べていた。違うんだ、料理もさることながら僕はこの空間が好きなんだよ。だからきっと食パン一枚でも喜んで食べるに違いないんだ。僕はずっとこういう和気藹藹な家庭を望んで生きてきたんだから。

 僕が卵焼きにソースをかけて慟哭の声をあげたり、卵焼きにかけるつもりの醤油を味噌汁にぶっこんで吹き出したり。基本的に僕はドジだった。その度に桜に散々謝り倒しながら雑巾を取りに走って行くので、次の日からは僕の席に雑巾が折り重なって用意されていたという。それでも皆楽しそうに食べていたので僕は至上の幸福を感じていたんだ。いつ殺されるともしれない我が身、楽しく生きないと損だよね。

 「あらぁ、今日は賑やかじゃない。えへへ、わたしも混ざっちゃお~っと。」

 それは突然の登場だった。というかそもそも初めての登場だった(SS的に)。人懐っこい笑みを携えながら僕の隣りに陣取る彼女は、僕らが通う穂群原学園の英語を担当する教師なんだ。名を藤村大河、僕と士郎君の担任でもあるんだけど、ここだけの話最初名前を見た時は男性かと思った。いや、男性顔負けの剣道の達人なんだけど。皆影でタイガータイガー言うけど酷いし気の毒だと思う。

「士郎、わたしもご飯~!って人こんなに居たっけ?」

姿勢は大人発する口調は子供の藤村先生は、だいぶここに馴れ親しんでおられるようでさも当然のように士郎君に声を掛けていた。残念ながらご所望の士郎君は今、居間にて石化魔法が掛かっておられる模様ですが。完全に新たな住人の紹介を失念していたと見て間違いないと思う。

「「おはようございます」」
「「おはようございます、藤村先生」」
「お、おはようございます・・・。」

 上から順にサーヴァント二人、次に女生徒二人、最後僕がそれぞれがほぼ同時に朝の挨拶を行った。先生はいつも通りにこやかな笑みを浮かべて

「はい、おはよう。ん~たくさんの挨拶素敵だわぁ。」

と言った表情のまま固まった。僕は何やら隣りで口を開けている藤村先生が心配になり

「せ、先生この卵焼き美味しいですよ。どうぞ。」

 おずおずと先生の口の中に卵焼きの切れ端を口に送り込むと、あむあむと食べ始めた。

「ありがとう間桐君。ほ~んと、いつ食べてもあなたの妹さんの料理は絶品よう。」

 とウインクをしながら人差し指を立ててまたしても硬直した。器用な人と言うか、相変わらず理解し難い不可解な行動を取る人だ。そこがまた素敵だと評判ですけど。まぁ僕も面白いと思うのでそれでいいと思います。

「って何であなたがここにいるのよーーーーーーー!!」

部屋所かこの広い家中に響き渡る程の雄叫びを挙げたのだった。





―続く―





 いや~そういえばタイガー出てませんでしたね。ネタキャラ丸出しのキャラで僕はやりやすいんですが(笑)まぁ次は散々士郎がいじられ、殴られ、叱られる話になりそうです。それではこの辺で失礼します。

 本日もこのような駄文をここまで目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 虎タイフーン
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/18 18:44
 突如として発生した熱帯低気圧(藤村1号)は超局所的(衛宮家のみ)に甚大な被害と混沌をもたらしていた。依然として猛威を振るう食器の数々、住民は直ちに避難を勧告されたものの既に手遅れな状態だった。とは言え食の安全に関しては抜かりは無く、セイバーとライダーの手によって大物(鍋や主菜)は救助されていた。

 頑固親父には誰しも備わるちゃぶ台返し。しかしこの場のテーブルはそれ以上の重量感があるはず。それを事も無げに半回転させる藤村先生はやはりタダ者じゃないよ、うん。遠坂さんは桜を連れて非難しているし、僕としてはそれだけ分かれば十分かな。

 熱湯並みの温度のお茶を喰らった士郎君は声にもならない叫び声をあげている。僕も暴風域のど真ん中にいるので、頭に卵焼きを乗せ顔面にご飯の入った茶碗がめり込んでいた。衛宮家は完全に修羅場と化しもはや地獄絵図だ。修羅場というか、修羅になった藤村先生が場を支配していると言った方が正確かもね。

士郎君の側頭部を両手でガッシリ掴み上下に振りまくりながら

「士郎あんた、いくら女の子に興味無いのかとお姉ちゃんが心配してたからって、幾らなんでもこんなに大勢連れ込まなくても良いじゃないっっっ!!それともわたしへの当てつけかあああああ!!衛宮家がいくら大きいからって乱痴気フェスティバルを開催する何て絶対に許しません!!」

「ま、ままままま待てぇぇ、ふ、ふ藤ねえ、お、俺のはな、話を、き、きき聞け!!」

 うわぁ、えらい事になってしまっている。というか藤村先生が叫びながら地団駄を踏むと、二次災害として地震が起きて家全体が揺れてるよ。この分だと下手すれば津波まで襲って来るかも知れないよ。僕は野次が飛び交う国会議員を諌める議長ように空鍋を盾にしながら

「せ、先生。どうか落ち着いて。ご静粛に、ご静粛にお願いします!」

 予想通り「うるさぁい!」とカウンターとばかりに熱い茶の入った急須が飛んで来たけど、どうにか鍋でディフェンスしていた。そして士郎君は完全に目を回してあちら側に飛び立ってしまったようだ。そりゃあんなに揺さぶられ続けたら、三半規管の機能が停止して頭おかしくなるよねぇ。そして一時的とは言え完全に藤村先生はバーサーカー状態になっている。僕のような一平民にこの天変地異を止められるはずも無い。僕は胸の前で両手を組み、天佑神助を信じて祈る以外に手段が無かった。

「同年代の若い男女が一つ屋根の下で下宿なんて絶対駄目~~~~!!」

 轟きの声をあげながら、気絶中の士郎君をグラインドさせる藤村先生。まぁ事の発端は士郎君の監督不届きというか職務怠慢だけど。いや、それ以前に昨日今日に決まった事を先生に知らせるのはいささか無理があるでしょう。それにしたって死人に鞭バシバシ入れてる先生容赦ないなぁ。それほど士郎君の事を大切に思っているという裏返しなんだろうね。

 涙を撒き散らしながら耳をパッタリ閉じた藤村先生は、もはや自然災害としか思えない。時折意識を取り戻した衛宮君が何を弁明、説明、釈明を唱えようにも全部「お姉ちゃんには聞こえません!」で踏み倒している。

 バーサーカーが最強とするなら、今の藤村先生は最狂だった。なおも頭を冷やせと言いながら士郎君に花瓶の水をぶっ掛ける藤村先生。せ、先生こそ完全に頭に血が登ってます!

 と、その時今まで静観を保っていた遠坂さんが臆することなく歩み出た。何と言う、何と言う挑戦者。彼女の勇気に神のご加護が有らん事を。僕はまたしても八百万の神々に祈りを捧げるのだった。

「先生駄目も何も既に私は1泊させて頂いたのですが?」

 それは実に格式ある上品で見た者の心を奪うような素晴らしい笑顔だった。更には先生の脳に冷水としての冷却鎮静効果ももたらした。ブラボー、ハラショー、エクセレントだよ遠坂さん!僕はたった一人で暴風に立ち向かった勇気ある行動に感動し、気付けばスタンディングオベーションをしていた。

「・・・え?」

 藤村先生は戸惑いと疑惑が未だ晴れない様子で、目の前の力尽きた士郎君に目を向けた。そして遠坂さんに今一度顔を向け

「遠坂さん、ごめんなさい。もう少し詳しく説明してもらってもいい?」

「はい、ですから昨日泊めさせて頂いたんです。いえ、正確には土曜日の夜にはお邪魔していたので2泊ですけど。今は別棟の客間をお借りして、荷物も運び込んだ所です。」

 あまりの手際の良さに藤村先生は事後報告としてただ聞くしかなく、口をパクパクさせながら衝撃を受けているようだった。何でも良いけど討ち捨てられた士郎君が気の毒でならないよ。

「な・・・な・・・。」

「そしてその事(宿泊)はここに居る新参者全てに言える事です。どうでしょう、客観的に見て我々は下宿している状況下に置かれているのですが。」

 藤村先生は自責か無念か後悔か、とにかく顔じゅうに負の青い波紋を広げて行った。う~ん、士郎君って本当に大事に思われているんだなぁ。僕はしみじみ藤村先生がガクガク震えているのを見てそう感じていた。ようやく一段落付きそうなので皆でテーブルを戻し、再度食卓を囲んでいた。

 藤村先生は背後に陰りを帯びさせ、仰向けに倒れ伏している士郎君の真横に座って、彼の寝顔をじっと眺め

「・・・士郎が不良になっちゃった・・・。」

 とぼそりと呟いていた。僕は士郎の尊厳と名誉のために申し開きをしようと背後に近付くと、先生はブルブル震えていた。そ、そんな先生。泣くほど酷い事彼にしろ、僕にしろ何もしちゃいないですよ。それは僕達お互いが証明出来るんですから。僕は先生を宥めようと

「ふ、藤村先生僕達はただ―――

「士郎のあんぽんたーーーーーーん!!」

グシャア!

 僕が先生の肩に手を置こうとしたその瞬間だった。衛宮君に強烈な藤村先生のチョッピングライト(振り下ろし右ストレート)が炸裂していた。うわ、鼻陥没したんじゃ・・・。僕はその恐怖映像を生で思いっきり見てしまったせいで声を掛けるのが躊躇われた。しかし流石に士郎君に馬乗りになる藤村先生を見た時は、慌ててレフェリーストップとして僕は先生の両脇から手を回し止めに入っていた。

 桜も慌てて救急箱を持って来て士郎君の手当てをしながらキッと先生を睨みつけた。

「先生、幾らなんでも暴力を振るうなんてあんまりです。先輩に謝って下さい!」

 未だに不満があるように腕を左右にブンブン振って桜に無言の抗議をする藤村先生。しかし桜がムスッとした顔で

「先生のこれからのご飯作ってあげませんよ。」

 と言われると同時に士郎君に駆け寄って、彼をいい子いい子していた。なんて現金な人というか、いやはや餌付け済みでしたか・・・。桜は時として逞しいからお兄ちゃん参っちゃうよ、えへへ。

 遠坂さんは見かねたように溜め息を付いて、藤村先生の隣りに行って説得を試み始めた。

「先生、少しよろしいですか。時間も差し迫っている事ですし、手短に商談をまとめましょう。」

「・・・遠坂さん、先生悲しいわ。聡明なあなたならこんな馬鹿な真似しないと思っていたのに。これでもわたしは列記とした教師なんだから。風紀上の上でも断固として下宿なんて認めません!」

「教師としてお考えなら生徒の自主性を伸ばすと言う、我が校の方針に従うべきではありませんか?そもそも下宿している生徒は少なくありません。」

「学校や道徳を盾にしようったってそうはいかないんだから。ここは士郎と私と桜ちゃんくらいしか利用してないのよ?治外法権の下宿先で自主性なんて芽生えるはずありません!自動で出るご飯やお風呂、洗濯物。こんな楽園空間、3日と立たずに堕落しちゃうんだから。」

 ・・・ここに入り浸る藤村先生がそれを言うと、えらく問題な気がするのは僕の気のせいだろうね。教師として誇らしげに腰に手を当てる藤村先生に限って、ねぇ?という目で今しがた目覚めた士郎君を見ると、さめざめと泣いていた。うん、先生もうちょっと自粛した方がよろしい、かな?

 結局以下の理由で我々は下宿する事を許される事となった。

 まず遠坂さんは自宅の全面改装の間、ホテルに泊まるつもりがここに泊まって良いと士郎君に言われた事になる。そしてセイバーは帰国子女でホームステイで右も左も分からないためここに宿泊する設定になる。次に僕達間桐姉妹は祖父の陰湿な虐待と、日々物騒になる世の中なので士郎君の家にお世話になるという設定になる。ライダーは桜の家庭教師で間桐家に住んでいたが、もうついでだしここに住めよという事になる。まぁ一応こういう訳だ。

 残念ながらここですっと引き下がらないのが、生徒想いで情緒溢れる藤村先生の良さだ。宿泊に当たる敬意を聞いても、汗をタラタラ流しながらも困ったように

「話は分かるけど・・・そのう、皆さん美人揃いじゃない?士郎も間桐君も一応男だし・・・。何か間違いがあったら色々責任とか問題が発生しちゃうのよ。」

 そこでスッと何も話さなかったライダーが一歩歩み出た。僕達のお姉さんはここぞと言う時に決めてくれるんだ!

「ご心配にはおよびません、タイガ。シロウとシンジはホモですから。」

 やったーー!決まったよ、問題発言、凍りついちゃった。僕の頭にもビッシリ霜が生えてるし、士郎君も鼻から氷柱を垂らしているよ。ライダーは本当にお茶目っていうか、驚きのタイミングで場を荒らしてくれるんだから・・・アンポンタン!

 当然僕達男二人は仲良く氷結している場合じゃない。完全に黒目をどこへか捨て去った藤村先生を救出、もとい誤解を解かねばならない。僕らの必死の訴えが通じたのか、先生の黒目が戻って来た。そして一人うんうん、頷きながら

「・・・分かった、皆さんの下宿を認めましょう。」

 僕と士郎君は二人して抱き合い大喜びしていた。そして微笑ましい理解ある母親のような目で僕達を見る藤村先生。

「士郎、間桐君。・・・ほどほどにね?」

 通じてくれたのは部分的な物だった。藤村先生の中では晴れて僕と士郎君のカップルが爆誕してしまったようだ。教師としてそれこそ止めなくちゃ駄目でしょう、先生!僕らは溜め息をユニゾンしながら吐き

「慎二、悪いな。俺はもう色々疲れたからそういう事にしといていいか?」

「・・・うん。もう何でもいいよね。」

 二人して天を仰いだという。





―続く―





 久しぶりにコメディな会話を描けて大満足な気分です。いやー自分で書いて笑ってしまった。皆さんも楽しく読んで頂けたらと願いつつ後書きとします。それでは失礼します。

 本日もこのような駄文をここまで目を通して頂いて誠にありがとうございます!(謝)



[24256] 心配しないで桜ちゃん
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/16 15:35
 とても違う意味で非日常的な朝食がようやく終わりを迎えた。罰としてというか当然の事だけど、後片付けは全て藤村先生が泣きながら一人でやっていた。

「士郎ごめんなざーーーい!」

 泣きべそを掻きながら床に零れた味噌汁やら、お茶と言った諸々を雑巾がけする先生はやはり真面目な人だと思う。士郎君は殴られた鼻に絆創膏を貼り、ムスッとしていたけど大きく溜め息を吐いて先生の後始末を手伝っていた。

「藤ねぇの横暴はいつもの事だけど、今日のはちょっとばかりやり過ぎだぞ」

「うぅぅぅ、だってお姉ちゃんだって女の子なのにあんなに大勢のたおやめを目にするとは思って無かったんだもん。ウワーーーン!」

 幼児退行を遂げつつも後処理を進めて行く点に関しては大人だと思いますよ、先生。士郎君は手慣れた物で、食器を一つにまとめながら藤村先生の背中を擦って宥めていた。ううん、姉と弟というより寧ろ兄と妹・・・と思えてしまう。まぁ士郎君しっかりしてるもんねぇ。何だか他人事に思えないんだよ、僕は。

 それから思っていた以上に片づけが済んだ事が嬉しいらしく、藤村先生は楽しそうに士郎君の頭を抱えて撫で撫でしていた。士郎君は真っ赤になりながら

「や、止めろ藤ねぇ。皆が見てるだろっっ!」

 と非難の声を浴びせるも、逆に嗜虐心を擽るようで

「うふふふふ、これはお姉ちゃんの特権なのだー。ウリウリー♪」

 ことさら楽しそうに士郎君の頭をホールドしていた。う~ん、微笑ましいねぇ。僕は思わず桜の事を思い出してしまっていた。


―――桜も僕にあんな事されたいとかって


・・・有る訳ないよねぇ。僕みたいな八方美人が桜のような純粋な美人に何をやろうって言うんだ。ハハッ全く自分の愚かさにほとほと呆れるよ。そう僕が自嘲し、桜を何気なく見るとバッチリ目があってしまった。

 何と言うか、美人だなんて意識したせいで変に緊張するな。あまりそういう意味で見ないようにしていたというのに。桜は僕の顔をぼ~っと見てたけど、チラリと士郎君と藤村先生の方に視線を移し、また僕の表情を見つめ直した。普段良く桜と接する僕だから分かるけど、あれはねだってますね。私にもアレが欲しい的な。

 僕は素早く周囲を見渡した。僕の右隣りでいじられる士郎君&藤村先生。左隣りでミカンを剥くセイバー。そのセイバーの斜め前に座るのは読書に勤しむライダー。ライダーの斜め前、セイバーの対面に座りお茶を飲みながらテレビを見ているのが遠坂さん。そしてなおも僕を見つめる桜が遠坂さんの隣りに座っている訳だ。

 ピ・ピ・ピ・ピーン!ブッブー!←バツマークのパネルが跳ね上がる音

 無理です。その要求には答える事が出来ません。回答は即座に弾き出されたので、僕は立ちあがった。何か訴えかけるような目をしても無駄だよ、桜。公序良俗という言葉があってね。それに藤村先生から見ると僕と士郎君の仲良し子良しだってさ。そんな僕が妹の桜にまであんな事やこんな事をやろうものなら、今後ミスターアブノーマルと呼ばれるかも知れない。

 そして桜、もし士郎君が取られたように感じて助けを乞うたとしても同じ事。兄弟や姉妹愛の素晴らしさは僕達も良く理解しているはずだよ。だからここは彼らを好きなようにさせてあげなさい。そういう思いを込めて桜に渇いた笑みを返した。桜は僕の理解が得られなかったとしょんぼりしていた。僕達は兄妹の関係で、僕は桜の恋を応援する団員の一人なんだ。桜も俯いてないで勇往邁進するんだよ。僕も頑張るからね。

 僕はそんな事を思いながら皆に「それじゃお先に失礼します」と声を掛けてから、自室となった客間へ向かって行った。学校にも行かないといけないし。今日は、というか今日こそは弓道部に顔を出さないと美綴さんにどんな仕打ちを受けるか分からないぞ。何たって僕は副部長だというのに。

 そう考えると藤村先生にまた怒られる事になるのか・・・。いや実際にはさっき怒られたの僕じゃないけど、あんな剣幕見た後だと怖いよ。あ、もしかして桜先に藤村先生と部活に出かけちゃったかなぁ。しまったな、そう言えばちゃっかり準備出来てたよあの二人。僕はいつもどうしてこうすっとろいんだろうね。さて、とっとと準備を済ませて行くとしよう。

 だけどとっとと済ませたのが不味かった。曜日感覚が完全に麻痺していて違う曜日の時間割を用意していることに、出る直前気付いたのだから。

 ・・・全くあなたと言う人は。

 ご、ごめんよライダー!僕っていつもどうしてこうなんだっっっ

慌てふためき転げまわるように授業の用意をし、気持ちマッハで廊下を駆け抜けて行く僕。もうこの調子じゃ弓道部遅刻しちゃうよ。だから僕は門を超えた時に、凄く驚いたんだ。だって桜が僕を泣きそうな顔で待ってるんだもの。

・・・

 桜は衛宮邸の門前で兄が出て来るのを待っていた。彼女には一抹の不安が内心にあった。

 最近兄さんが忙しいようであまり構ってくれなくなった。それに比例するように増える知り合い。いえ、違う。兄さんはいつも通り、でも周りが変わって行くから怖いんだ。衛宮先輩と兄さんはどちらも優しい。衛宮先輩はぶっきら棒だけど、何気ない心遣いや家事全般を私に教えてくれた。兄さんは私に愛情と言う物を教えてくれた。どちらが大事とかじゃない。どっちも私には必要不可欠なんだ。

 最近ライダーも兄さんと親密だし、セイバーさんとも和解したとの事だし。遠坂先輩、姉さんだって兄さんにちょっかいを掛け始めてる。私には無い魅力的な女性からのアプローチに兄さんはいつまで耐え続ける事が出来るのか。そもそもよく考えて見れば弓道部に美綴先輩という猛者もいるではないか。

 ふと自分がどうして自身が彼女達を兄の恋敵みたいに考えているのか不思議になった。また意識した途端に猛烈に恥ずかしく思い始めた。

「これじゃ・・・まるでわたしブラコンじゃない」

 言葉に出すと余計に恥ずかしくなり桜は赤面したまま俯いた。そもそも藤村先生と一緒に行くのを断わって兄を待つ辺り既に重傷な気がしてくる。桜自身自分の感情を持て余していた。兄に対する想いと、士郎に対する想いが余りにも酷似しすぎているせいかもしれなかった。

 彼女としてはどちらも自身の傍に居て欲しい、ただそれだけだった。一度得た温もりを失い、また心を閉ざす生活を想像したら怖くなる。でも自分に彼女達のような積極性は無いし、逆に周りの女性は活発的過ぎる。多感な年ごろである桜としては今の危うい関係が怖かった。

 特に桜にとって慎二の存在は余りに大きすぎた。彼は無上の愛を義妹へ一心に注いだために、彼の温もりの無い生活が考えられないくらいまでに桜を虜にしていた。だからこそ桜は片思いの衛宮士郎よりも、兄の気持ちを一刻も早く知りたかった。そして温もりを味わいたかったのだ。だからこそ朝食後の一時に慎二に流し眼を送ったのかもしれない。しかしその結果として困ったように愛想笑いで済まされ逃げるように去った兄の姿。

「もしかして・・・私って迷惑掛けてるの・・・兄さん」

 彼女は泣きそうな声で一人ごち、孤影悄然と兄を待つのだった。

・・・

 僕は当然急ブレーキを掛けながら桜の姿を捉えた。・・・って、ええ?!さ、桜泣いてるじゃないか。僕は当然桜を強く抱きしめながら背中を撫で

「ど、どうしたの桜。もしかして居間での事で怒ってるの?それだったらごめん!だってあんなに大勢の前で恥ずかしいじゃない」

「ち・・・違うんです、グス、私が、全部悪いんです」

 もう全く要領が得ないし、何だか物憂げな桜を連れて部に行く気もしないので今日は朝連休ませて貰おう。って良く考えたら自由参加なんだけどね。まずはもうちょっと桜とこうやってしていよう、何も言わずに身を寄せていると言う事は、僕の判断が間違って無いって事なんだから。

 そうやって数分ほど経ってようやく桜の嗚咽は聞こえなくなった。僕は桜に

「それじゃ、行こうか。桜もう大丈夫かい?」

 と安否を尋ねると桜はコクリと前髪で表情を隠したまま頷いた。僕が身を離すとビクリと震え桜は怯えたように縮こまった。僕は安心を与えるために右手を差し出すと、すぐさま縋るように手を取って来た。どうも今の桜は情緒不安定みたいだ。

 僕達は言葉も無くただ歩いた。ライダーに聞こうかと思ったけどそれは隣りに歩く桜に失礼な気がしたので、結局何も言わなかった。桜は気落ちしたようにトボトボ隣りを歩きボソリと一言呟いた。

「・・・兄さん、ごめんなさい」

 僕には何故、何を彼女が僕に謝っているのかが理解出来なかった。だけど僕は桜が謝るんだから許す義務があるんだ。

「うん、いいよ。桜が謝るなら僕は許すよ。きっと桜の謝罪には多くの意味が含まれているんだろうね」

 そう僕が言うと桜はかぶりを緩慢に振り

「違うの、何だか兄さんが遠い所に行くような気がして・・・」

 僕は何となく桜が何を考えているのか分かりかけて来た。僕は何だかんだ言って桜に甘かったから、桜は兄離れ出来なかったのかもね。聖杯戦争で色んな人と打ち解けて行く僕が嫌なのかもしれない。

「桜、僕が遠い所に行くのが嫌なんだね?」

「・・・はい」

「でも僕達は生きるか死ぬかの生活を送っているんだ。この世とは最も遠い所に行く事になるかもしれない。」

 僕の言葉を聞いても彼女はそんなに心を揺さぶられていなかった。というか元からそんな事は承知の上とばかりに、普通に頷くだけなんだ。あれ、死ぬとかそういう事で悲しんでたと踏んだんだけどな。僕は桜の反応があまりに淡泊なので混乱してきたぞ。まぁいいや、実際に本人の口から聞くしかないか。

「桜、僕の考えた遠い所はあの世だけど、どうも桜には違う場所が思い当たるようだね?」

「・・・(コクリ)」

「ちょっと今の僕には思い当たる点が無くてね。差し支え無ければ教えて貰っていい?」

「・・・・・・」

 桜は言うべきか悩んでいるみたいだった。というよりも何やらもじもじしていた。この感じは照れが窺い知れるんだけど、その類の回答なんだろう。僕は辛抱強く待っていると

「・・・兄さんは」

 お、何か話し始めた。これを逃せば次は無いという気概で聞くんだぞ、僕!

「うん」

「女の人に告白されたらどうするの?」

「ぶっっ!!」

 ま、まさかの色恋話に飛ぶとは。いや、まぁ照れの具合からして赤裸々系とは構えていたけど。しかしウブな僕にはちょいとばかり厳しい話題だなぁ。僕は空を見上げながらう~んと唸り

「・・・僕みたいな小心者に告白するような人いないよ」

 あまりに想像付かないものだからそんな事を言っていた。だって本当にそう思うし。

「兄さんの悪口を言うのは止めて下さい!」

「は、はい!」

 兄さん本人が自虐するのも桜には悪らしい。でも僕は今ハッキリと分かったんだ。桜が何を気にしてるかって。

「桜、大丈夫だよ。僕は好きな人が出来ても、彼女が出来ても、君が立派に誰かを愛するまでは面倒見るつもりだから。というか士郎君好きなんじゃないの?」

「~~~そ、それは・・・。そうです、けど。でも兄さんも同じくらい大事なんですっ!」

「僕はそれを聞いて安心したよ、僕だって家族より大切な物は無いと思っているからね。だから桜、何度も言うけど何も心配しなくて良いよ。だって僕達はどんなに距離が離れても間桐という絆で繋がっているじゃないか。」

「・・・そうですね」

 桜はようやく目を細めて笑ってくれたんだ。必要としてくれる、必要とする。僕達はいつだってお互いを求めあっているんだ。だって僕らは愛情を受け無さ過ぎたんだから。まだまだ足りないんだ、だから彼女が不安に思うのは何ら不思議な事じゃない。そうやって僕らは結局二人揃って大幅に遅れて部活に顔を出し、美綴さんのゲンコツを頂戴した。

「来るなら来る、来ないなら来ない!あんたらたるみ過ぎだよ、全く!」

 それでも大遅刻の部員を練習に参加させてくれるだけ温情処置だと思う。今日も一日張り切ってやるしかないよね。桜の垢抜けた表情を見て、自身の気合を入れ直す僕だった。





―続く―





 はい、それではちょっと希望があった桜の内面を執筆してみました。まぁ恐らくこんな事思ってるだろう程度ですが・・・。違和感を感じたらまた仰って下さい。訂正して表現変えて、思考錯誤を重ねますので。何か上手くまとまったかが不安なので、ちょくちょく訂正を加えるかもしれません。ともあれこの辺で失礼します。

 本日もこのような駄文をここまで読んで頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] まさかの美綴ルート?
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/17 00:24
 僕達間桐兄妹は一発ずつ有難い一撃を貰ったというのに、僕は個人的にさらに呼ばれる事になった。腕組みをする美綴さんの目は直視出来ない程の迫力を持っている。

「・・・慎二、あたしの言いたい事が分かるね?」

「す、すいませんでしたっ!」

「へぇ、殊勝な態度でこの場を乗り切ろうってか。はーん、あたしも随分とまぁ舐められたもんだ」

「ち、違うんだよ。美綴さん、こ、これは全部僕の怠惰さが原因なんだ。ただそれだけの話なんだよ。何も話す事なんてこれっぽっちも無いんだってば!」

「語るに落ちてるよ、慎二。何だい、その話す事ってのは。本当にあんたら自身の怠慢が招いた失点なら、あたしもそこまで気に掛けないよ。でもね、今の今まで欠席どころか遅刻すらしなかったあんたを、心配するのがそんなにおかしいことかい?」

「だから、その節は申し訳・・・って、え、心配だって?」

「そうさ、だからあたしに相談できる事があるならこの場で聞いてやるから。自慢じゃないけど相談件数だけなら熟練者並みになってるんだ、あたしは」

 ハハハと豪快に笑う美綴さんは本当に姉御肌な人だとしみじみ思う。しかし流石に戦争について教えれば、危ない目に合わせてしまう・・・。う~ん、じゃあ今日の朝の事を相談してみようかな。確かにちょっと困ってた所ではあるし。

「うん、それじゃあお言葉に甘えて話すけど」

「よーし、どんと来なっ!」

・・・

「・・・という訳なんだ」

「はぁ~、あんたら妙に兄妹仲が良いとは思ってたけどまさかそこまでか。それで慎二としては桜と衛宮がくっ付いて貰いたいんだったっけ?」

「まぁ・・・桜としてもそれが望みではあると思うんだよ。でも何か今日の朝話した感じだとどうもまだしこりが残ってる感じなんだよねぇ。一応説得出来たには出来たんだけどさ」

「その『しこり』ってのは具体的に何か分かる?」

「そうだねぇ、僕と桜の愛情に隔たりがあるというのかな。僕は単純に家族愛なんだけど、何か桜のはもっと深そうなんだよねぇ。」

「・・・はぁ、そこまで分かってんなら気付いてやんなよ。桜はあんたの事が好きなんだって」

「うん、知ってるよ。それはまぁ僕達は二人で力合わせて――」

「じゃなくて!あたしが言ってんのは男として、異性として意識してるって言ってるんだよ」

「あぁそういう・・・え?」

「そうやって目を瞑って見ない振りばかりしてるのが、桜に余計な不安を与えてると思うんだけどねぇあたしは」

「いやいや、見ない振りも何も考えた事も無かったよ。大体兄弟で恋愛なんてするのはおかしいよ。視野狭窄も良い所じゃないか。・・・まぁそんな事言ったら士郎君に絞らせる事も問題かもしれないけどさ」

「まぁ世間じゃそうだろうさ。桜には違った、ただそれだけだね。そんな一般論はどうだっていいんだよ。重要なのはこれからあんたがどう桜に接するか、だろ。違うかい?」

「・・・仰る通りです」

「まぁそういうこと。ちなみにあんた好きな子いんの?」

「いや・・・いないけど。それに居たとしても釣り合わないよ、きっと」

「ったく、辛気臭い事言ってんじゃないよ。見た所顔も悪くないし、性格だってひん曲がって無い。配慮だってピカイチなのに、どうしてそう自己否定型なのかねぇ」

「色々な要因があると思うよ、うん。そんな事も別にいいじゃない。僕の好きな子と桜に何の関係があるのか聞きたいんだけど」

「あーそうだった、そうだった。じゃあさ慎二あたしの彼氏になってよ。悪い話じゃないと思うんだけどさ」

「別にいいけど・・・って、え?」

「うんうん、それでこそ慎二ってもんだ。これであたしは遠坂に勝てるし、あんたの妹も兄貴離れ出来るってもんだ。」

「何言ってんのか良く理解出来ないんだけど、え~っと、美綴さん?」

「全く、恋人だって言ってんだろ?綾子でいいよ、綾子で」

「でぇ?!ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ。展開があまりにも早すぎて脳が付いていけてないんだってば」

「今さら何言ってんのかねぇ、男に二言なんて無いんだよ。あたしが告白してあんたが承諾、はいこれでお終いじゃないか」

「こ、ここここ告白?!そもそもしたのいつなの?」

「だーもう、恥ずかしい事聞いてくんじゃないよ。何度も言える程あたしの肝も丈夫に出来てないんだ」

 ・・・何かとりあえず今カップルが誕生しました。僕とあ、あ、綾子さんだそうです。僕はとりあえず大事な事を確認しておきたいので

「えーっと、あ、綾子さん?」

「ふ~ん、綾子「さん」ねぇ?ほぉ~へぇ~はぁ~誰だろうねそいつは」

「あ・・あ・・・綾・・・子」

「プッ死にそうな声出してんじゃないよ、全くおかしな奴だね」

 楽しそうに僕の肩を叩くのはいいんだけど、ちょっと確認させてってば。僕は未だ馴れない呼び捨てに真っ赤になりながら

「綾子とりあえずその・・・弓道部で一緒ってだけの僕をどうして・・・?」

「んー別に深い理由なんてないよ。ただまぁしいて理由をあげるとするなら楽なんだよ。それに慎二、あんた普段頼り無いけどいざとなったら頼りに出来そうじゃないか。じゃなけりゃ大会で準決勝まで行けないと思うんだ。ま、これはあたしの勝手の推測だけどね。だからお試しって感じで付き合って、駄目なら駄目でいいじゃないか、な?」

「・・・うん。というか呼び捨てにして本当にいいの?」

「まだそんな事言ってんのかい慎二。いいかい、何でも形から入ってみるもんなんだよ。真似てみてやってみて初めて分かる事ってのも良くある事なんだ。あんたがどーーーーしても呼びたくないってんなら無理強いはしないけどさ」

「そ、そそそそそんな事は無いけど、だってご両親に申し訳無くて・・・その」

「うじうじ禁止!」

「は、はい!」

「今日からあたしの前に居る時だけでも『あの』『その』とか言って言葉を濁すんじゃないよ。濁したら・・・」

「わ、分かった。分かったから指ボキボキ鳴らすの止めて!折角の美人が台無しじゃないかっ」

「・・・お、あ、あんた案外そういう事言えるんじゃないか。へぇ~こいつは本当に掘り出し物かもしれないよ、ふふ」

 何やらご満悦の綾子を余所に何故か僕は一日で彼女が出来た。もしかしたら聖杯戦争で死ぬ前に美綴ファンに殺される気がしてならないけど。綾子はこれで用は済んだとばかりに鞄を持って

「さて、行くよ慎二。あんた今日から一応彼氏って事なんだからね。広まってもピーピー言うんじゃないよ。寧ろ桜に知らせなくちゃならないんだからさ」

「・・・ゴクリ、い、一応覚悟はしとく」

「ようし、その粋だ。さてもう良い時間だ、そんじゃ行くとするか」

 僕は綾子にガッシリ手を掴まれて引っ張られるように校舎に吸い込まれて行った。





―続く―





 はい、何か愛されてる美綴さんの話と仮恋人って感じにするつもりが本格的になってしまったアレです。どう影響をもたらすか分かりませんが、勢いで作ってしまってすいません。僕の美綴綾子のイメージは大体こんなんですが、お気に召すかどうかも分かりません。それではこの辺で失礼します。

 本日もこのような駄文をここまで目を通して頂き誠にありがとうございました(謝)



[24256] 初日に広まる僕らの付き合い
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/16 23:41
 僕は前例に漏れずいつも通り悩み抜いていた。いや、だって余りにも唐突過ぎる展開だし。何よりそう簡単に告白を受けて良い物なのだろうか。とは言え綾子のノリは途方も無く軽かった。友達だけど恋人でもある、という呼び名以外何も変わらないのではないか。僕がそうやって綾子と教室で別れ、一人で黙々と考えていると

「酢昆布ううううううううう!」

 何やらえらい剣幕で川尻君が接近して来た。テンションが高いのはいつもの事だけど、今日は何やら僕に敵愾心を剥き出しにしている。え、え、え・・・?

「ど、どうしたの川尻君?」

 僕は思いっきり何故か抱き寄せられ、そのまま川尻君にメリーゴーランドのようにグルグル回された。感情表現が特殊過ぎて、相変わらず何を考えているか分からない。

「とうとう、とうとう俺に妹さんを譲ってくれる時が来たってかぁ!?」

 なおも回転しながら何やら酷い勘違いをしているようだった。そして闘争の意味合いではなく、共闘の意味で僕を引き入れんとしているようだ。いや・・・桜に川尻君は流石にいくらんなんでも・・・。彼女は慎ましい可憐な女性なのに、蛮勇と呼ぶに相応しい川尻君は、いたずらに桜の心を引っ掻き回しそうなんだよ。

 いや・・・待てよ。しかし逆に桜を元気にさせる上だと川尻君って最適なんじゃ。彼の美点であるエネルギッシュさは、人の悩みを吹き飛ばしてくれるかもしれない。僕がそう考えていると、突然川尻君は冷静になり僕を椅子に優しく座らせてくれた。

「・・・悪い、俺もちょっと興奮して変な事口走ったわ。昆布の妹ちゃんが衛宮好きなの俺知ってっから。真面目に考えてくれなくてもいいよ、ありがとな」

 彼は案外気配りが出来るというか、友達想いなのです。そのため人望も厚いし皆に好かれてる。そんな彼がどうして僕に構ってくれるか不思議だけど。聞けば何でも安らぐんだそうで。僕ってヒーリング効果持ってんのかな。メンタル的なあれで。ともあれ桜の事をそこまで知ってくれてるなんて、僕も嬉しいよ。

「いや、いいんだよ川尻君。それにしてもどうして突然興奮しちゃったの?」

「ああ、そうだった。おめでとう慎二君!君ならいつかやってくれると信じてたよ」

「・・・?僕そんな大それたことした覚えが・・・」

 強いて言うなら最近殺し合いが始まったくらいしか記憶に残っていない。川尻君はまたまた~と言いながら肩をグイグイ押しつけて来る。

「俺はもうしっかり情報収集済みだぜっっ!」

 そう言いながらウインク付きで親指を突き出して来る川尻君。そして僕の耳に顔を寄せて来て彼は言った。

「美綴を物にしたんだろ?」

「・・・」

 早い、幾らなんでも早いよ。まだ一時間も経過していないのにどこから仕入れたの、その情報は。しかも正確だというんだから尚の事恐ろしい。僕の顔が赤みを帯びて動きが止まるのを受けて、川尻君は確信を持ったようだ。はっ、鎌を掛けられたのか僕は!?とは言え嘘を付いても綾子に怒られるだけなんだよね。

「そうかぁ、やっぱり本当だったんだな。でも良かったじゃないか、お前らお似合いだって。俺は美綴に一サジも興味無いから嬉しいんだよ。酢昆布の匂いに釣られてあらゆる女が虜にされると思ったら俺は・・・!」

 握り拳をギリギリ握りしめながらたぎる想いを語る川尻君。え、僕あだ名だけじゃなくて匂いまで酢昆布だったの?そして僕が奴隷になるとしても、彼女達を虜には・・・。僕はとりあえず情報源を彼から聞く事にした。

「それは良いけど川尻君。それ誰から聞いたの?僕とあや、美綴さんがお付き合いの関係だと言う事」

 危うく綾子と言いかけてどうにか僕は踏みとどまった。早く慣れさせようとしているせいで、日常でも呼び捨てにしてしまいそうだ。呼んでもいいのかもしれないけど、やっぱり学校内では公にしたくないというか。とにかく僕は恥ずかしいんです、はい。

「ふ、ふふ、ふひひひひ、ひゃっほう!隠せてないよ、隠せてないぜ純情ボーイ!」

 突然跳ねあがり、猛りの声を挙げて右手を天に突き出す川尻君。僕は彼の揺れ動く感情の波に付いて行けず、ポカンとするばかりだ。とりあえず円滑な会話のための潤滑油として

「な・・・何が?」

 と一言添えるのが精一杯だった。彼は僕の両肩をガッシリ掴みまたしても愛を囁くかのように、耳元に近づき

「あ・や・こ♪」

「~~~」

 川尻君、君もいつになく人が悪いよ。からかうのは毎度の事だけど、この手のいじり耐性は僕備わってないんだ。そもそも女性の方と付き合うなんて初めての経験なのだし。茹で上がった顔で目を見開く僕をひとしきり笑い飛ばした後、彼は無邪気に白い歯を見せた。

「わ~るい、悪い!この分だと俺も人で無し類に属してんね。話を戻すと、だ。俺は薪寺から聞いたぜ。薪寺・・・あ~楓だったかな?お前でも流石に知ってんだろ」

「あ~・・・」

 確かに知っている。良くも悪くもよく周囲の話題にあがる人だから。僕とは面識無いはずだけどね。体育の時にずば抜けて早い子が居た時も大概彼女だ。噂好きらしい彼女は色んな人の話を聞いては場を盛り立てているらしい。女生徒の人も良く「これ楓から聞いたんだけどさー」という枕詞を付ける物だから印象に残るんだ。彼女は基本は自由人だけど仲間内三人でいつも一緒に行動しているそうだ。うんうん、仲間想いの素晴らしい人じゃないか。

 ともあれその薪寺さんが噂話をすると、瞬く間に全校生徒に伝播するのは周知の事実となっている。悪いイメージを避けるために言うけれど、彼女は悪評を流すという事は僕の耳に入った試しはない。ただお祭り騒ぎが好きなだけだと思うんだよ。

 僕は川尻君にありがとうと感謝の言葉を述べると川尻君は僕のノートの一番最後のページに

突き合えよ!

 とでかでかと書き「突」に何重も丸をしてことさら強調した。その後太陽の笑みを浮かべて去って行った。・・・学生身分で僕に何を求めてるんだ。奥手の僕がそんなハードで難易度の高いパートに挑戦出来るはずないじゃないか。本当に彼は豪放磊落な人だよ・・・。僕は消そうかと一瞬悩んだけど、そのまま残す事にした。少しでも友人との思い出を残したかったんだ。明日にでも死ぬかもしれないのだから。

そう思った傍から川尻君が駆け寄って来た。気まぐれにも程が・・・

「お、おい。酢昆布何やら絶世の美女で有名な遠坂嬢からお声が掛かってるぞ。粗相の無いようにな!お、俺も流石に緊張したぜ。何度おかずにしたか分からん奴から声を掛けられる事になるとは思わなんだ」

 最後の方は何を言っているのか解読不能だったけど、とりあえず遠坂さんがお呼びのようだ。チラリと廊下に目をやると日頃とは違い皆に笑顔を振りまいている遠坂さん。こう見ると本当に家柄の良いお嬢様だよ。僕と目が合うとギラリとその目が光って人差し指をクイクイ曲げてお呼びだけど。ハ、ハハ・・・今日は女難なんだろうか。

 僕は腰を低くして、そそくさと遠坂さんの下に駆け寄ると

「ごきげんよう、間桐君。教科書ありがとう、返しに来たわ」

 何の冗談か、笑顔で1年生の教科書を差し出す彼女。僕、凄い馬鹿にされているんだろうか。僕が顔を引きつらせながら「い、いえいえ」と言いながら受け取ろうとすると、遠坂さんは教科書を下に落とした。・・・これはもしかして奇特なプレイと見て良いのだろうか。

 僕が取ろうとすると「あっ、ごめんなさい!」とあたかもドジっ子振舞いで一緒にかがんで来る。何の仕掛けか分からないけど、教科書から数本転がって出て来る鉛筆やシャーペン。

「・・・慎二、昼に放課後。言いたい事は山ほどあるけどね。それから来るのが遅い」

 いつもの強気で勝気な態度で鉛筆を優雅に拾いながら囁いた。なるほど・・・これを言うためにわざわざ。何とも優等生ぶるのも苦労するのだと僕は変に感心してしまった。・・・って

「え・・・午後サボって何かするの?」

「・・・昼に屋上」
 
 単なる言い間違いのようだ。頬を赤らめてムスッと言い直していた。照れからそっぽを向く遠坂さんは、そそくさとポケットに鉛筆類を突っ込みながら悠々と去って行った。何だろう、もう嫌な予感しかしないんですけど。





―続く―





 はい、どうも。いつも読んでご愛読感謝するばかり。薪寺、氷室、三枝出そうとも思ったんですが、いかんせん記憶が曖昧なので後回し。とりあえず桜よりも先に遠坂先輩を先に動かしておきました。

 ちなみに今ようやく本編の慎二が登場いたしました。桜に暴力を振るうなんて酷い話です、はい。まぁそんな奴は放っておいて、これからも弱気だけど心優しい慎二で進行して行きたいと思います。

 それから感想にも頂いたんですが、これは本編を根底から変えようとしているSSではありません。Fate stay nightの世界観を残しつつ、慎二だけを平凡にしたいだけなのです。ですのでまぁ並行世界と言う奴でしょうか。

 とりあえず慎二は士郎の行動に出来るだけセットになるように話を進めるつもりです。まぁ無理やりくっ付けるのもアレなので逐一理由を考えますけどね。したがって進行は大前提としてオリジナル通りに話を進めて行くつもりです。それでは今回はこの辺で失礼します。

 本日もこのような駄文をここまで読んで頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] やっぱり僕はマイペース
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/19 06:14
 やはり学園で名の知れた有名人と付き合うと、学園で時の人として扱われてしまう。僕は覚悟していたつもりなのに、結局教科書で顔を隠して座る小心者だった。話しかけられる事が無い日常から一変し、あれやこれやと根掘り葉掘り聞かれる休み時間。もう僕は一人あうあう言いながら、覚えたてのような拙い言葉で説明するのだった。

 真っ赤になった僕は女子に可愛いと言われたり、男子からは俺にもモテ技能を伝授してくれよ、とせがまれたり。こんなに皆から囲まれたのは一重に綾子のおかげなんだ。ありがとう、僕綾子のおかげでたくさんの人と接する事が出来るよ。

 人間関係に置いても奥手な僕は、他者に自発的に話しかけたりしない。だから日常に置ける必要最小限のドライな関係ばかりだった。でも話しかけられるようになると、案外相手に気に入られたりする。僕は今日で今まで居た人数の倍以上知り合いが増えたんだ。綾子って本当に凄い人なんだよ。

 僕は嬉しい反面複雑な心境だった。僕はこの通り何の取り柄も無いし、赤面症だし、口下手だし。生徒の中には「どうしてコイツなんだよ」という事を鼻息荒く言う人だっている。僕は自分の事を見下されているにも関わらず、その人の言葉を納得していた。

――本当、僕の何が良いんだろう・・・

 僕はプルプル頭を振り、邪念を振り払った。駄目だよ、そんな事考えちゃ。だって綾子は何故か知らないけど、僕の事を気に入ってくれたんだ。だったら僕が自分を否定したら綾子を否定する事になる。それじゃ綾子が可哀そうじゃないか。あんな素敵な女性に悲しい思いをさせるなんてあってはならない事なんだよ、うん。

 友達が新たに出来たり、ライバルというか嫌がらせ集団が出来たり、良くも悪くも騒がしい午前中だった。休み時間にトイレに立って戻った時に帰って机を見ると、張り紙が置かれ「美綴さんを返せ」とか「死ね」とか書かれていた。やる事が幼稚というか、何だか微笑ましい物じゃないか。綾子本当に皆から好かれてるね、というか執着されてると言った方が良いのか。

 僕はとりあえず最後に「ません」を書いて机の中に仕舞っておいた。そして次の休み時間にまたその紙を引っ張り出し「死ね『ません、そう焦らなくてもその内死にますよ』」「美綴さんを返せ『ません、そして彼女は物じゃないです』」と書き加えた紙を置いて、また席を立ってトイレに行った。帰って来ると何故かその紙は消えていた。そしてガムが一個ポツンと代わりに置かれていた。やっぱり人と言うのは過ちを認められる人が大多数なんだよ、うん。

 僕も聖杯戦争という戦地に立たされて多少度胸が付いたのかもしれない。人の好奇の目や悪意には苦手に違いないけど。そして人に迷惑を掛けるのも依然として何が何でも避けたい事だけど。得手勝手や厚顔無恥な人にだけはなりたくないものですね。

僕は昼休みを告げるチャイムが鳴った後に士郎君の席に向かった。

「士郎君、お昼どうするの?」

「あ~そうだな。俺遠坂に呼ばれてるしな、食堂のパンでも買って屋上に行くとするよ」

「あ、僕も呼ばれてるんだ。じゃあ一緒に行こうかな」

 そう会話をしながら僕達は席を後にし、売店へ向かって歩き出した。

「それにしても、慎二。今日はヤケに絡まれてたな。何かあったのか?」

「うん、どうも僕、美綴さんと恋人になったようなんだ」

「へぇ~・・・ってマジか?」

「・・・うん、それ何度も他の人に聞かれてるよ」

「いや、悪い。別に他意はないけど。にしてもその様子じゃ美綴から言った感じか?」

「そうなんだよ、手近な所に居た僕で手を打ったようにも見えないしねぇ。何分僕自信無いから、皆の反響を見ると不安になっちゃうよ」

「それは分かるけど、でも慎二は別に駄目とかそういう奴じゃないぞ。ただ自分を過小評価し過ぎなんだよな」

「ありがとう、士郎君。士郎君に言われると何か他人事に聞こえないから嬉しいよ。」

「・・・俺に何か思い当たる節有るって事か?」

 士郎君と僕ってどこか似たような所あるからねぇ。自分より他人を優先する所というか。まぁ過小評価してるのは僕だけかもしれないから何とも言えないや。

「さぁ、それは士郎君本人が気付かないと意味無いよ。それにしても相変わらず凄い人だよ、おばちゃん汗掻いてるじゃん」

「ああ、毎度の事ながらここも戦場だ。気付けば食パンとか人気の無い商品が取り残されるからな」

「・・・いつも食パン食べてる僕に謝って下さい」

「!わ、悪い、でも慎二お前、もっと頑張って上目指せよ」

「僕に取って食パンにマーマレード塗ったらそれが頂点だからいいのだ」

「前向きっていうか大らかだなぁ。やっぱ俺お前みたいな奴、好きだけどな」

「あのう、そういう事言う時は『嫌いじゃない』にしといた方が無難だよ」

「?・・・俺何か変な事言ったか」

「・・・どうだろう、深読みすると変な事なんだけどね。う~ん、分からないなら別にいいや」

「って、もうほとんど取られてるぞ慎二!急げ、下手すりゃ全滅しかねん」

「いやいや、士郎君何を言うんだよ。食パンなら大量にあるじゃないか、アッハッハ」

「~~~!」

 士郎君は人の群れに飛び込み、僕は遠くからそれを眺める事になるのでした。

・・・

 僕達は各自昼食となる品を持ち、遠坂さんへのホットの飲み物を選んでいた。というのも

 「寒い中僕達を待ってたら、鳥肌以上に絶対髪の毛逆立ってる」

 という互いの合意の基だった。僕達は修学旅行で家族へのお土産をあげるように、喋りながら選んでいた。この事が余計に遠坂さんを待ちぼうけにする事は言うまでも無いけど。

「僕、やっぱりこれが良いと思うんだ。」

 僕が選んだのは午後の紅茶のストレートだった。赤い色が遠坂さんに似合うし、一番飲んでいる所が想像出来た。

「いや、昼時ならこれだろ」

「伊衛門とは渋いの選ぶねぇ、士郎君」

「いや、まぁ一番無難だろ?」

「僕今それ遠坂さんが飲むの想像したら、白髪になってしわがれてたんだけど」

「ブハッ、ハハハ、それ面白いな。ってそんな理由で選んだら殺されるぞ、俺達。」

「ええ!?何で僕まで殺されんの、選んだの士郎君じゃないか。」

「そう言うなよ慎二。今の俺達の命運は互いが握ってるも同然だろ。それに合意の元の伊衛門なら、お前にも幾分かの責任はある」

「なるほど・・・今のが屁理屈なのは分かったよ」

「ああ、やばい、時間がないぞ慎二!もう間を取ってこれで行けばいいだろ」

 士郎君が素早く手にして買いに行ったのはホットのウーロン茶だった。・・・士郎君、8割くらい君の意思が尊重されてるのは、僕の気のせいでいいんだよね。そもそもウーロン茶と伊衛門って兄弟なんじゃ・・・。少しだけ恨めしく思いつつも士郎君の後を追うのだった。



・・・



「遅い!」

 第一声はやはり罵倒の声でしたか。ええ、我々はそんな事既に分かっていましたとも。遅いと言われても全く動じない士郎君はやはり芯の強い人だと思う。僕は思いっきりのけ反って、屋上のドアに頭をぶつけているというのに。

「悪いとは思ってるから、そう怒鳴るなよ。その様子じゃコレいらないか」

 ウーロン茶をひらひら振りながら気を引く衛宮君。う、上手い、これなら遅れた事よりも寒さによって冷えた身体を温めたいという気持ちで感謝に向くはず。流石士郎君、伊達に女性に囲まれた生活をしていないよ。とっても心理を掴めているじゃないか。

「・・・気が利くのは良いけど・・・何でお茶なのよ」

「いや、工事現場に居る人とか良くこれ飲んでるし、定番かなと」

 僕は驚愕のあまり、またもや震えあがった。工事現場のおっちゃんを何故出したし。それはセットの弁当を嚥下するために置かれた、弁当の相方みたいなものだよ。それ以前に遠坂さんに差し上げる飲み物を、ドカチン連中と同じ視点で考える辺りハイレベル過ぎる。

「あ・ん・た・ら・は0点!」

 口から煙を吐きながら高速で差され、何やら無能扱いを受けた僕達。それを聞いた士郎君は神妙な面もちになり

「・・・いや、俺は0点でいいけど。慎二は午後の紅茶が良いって言ってたから、20点くらいやれよ」

 優しさには素直に感謝するけど、それでも赤点間違いなさそうな点数なんだね。すると遠坂さんは存外正解に近い選択を僕がしたようで驚いていた。

「次からは慎二が選んで。それから紅茶はインスタントだったらミルクだから、覚えて置いてちょうだい。それ以外だとありがたみはランクダウンするから注意すべし。と言っても今回は最底辺だけどね」

 そう言いながら士郎君からお茶をぶん取りながら物影に移動していく遠坂さん。底辺に相応しい感謝の欠片も無い強奪っぷりだ。衛宮君が不満そうにしてるのを見て「ま、まぁ感謝くらいはしてるわよ」という辺り、根は良い女性だよね。

 何やら人に聞かれては不味い事みたいなので僕達も彼女に倣って身を隠す事にした。士郎君も寒いのが嫌なのか、単刀直入に遠坂さんに質問した。

「それで遠坂わざわざこんな寒空の下に呼び出したって事は何か話あるようだけど。一体何の話だ」

「・・・士郎と慎二に一つ、慎二に一つあるわ」

 僕はお腹がクゥクゥ鳴っているので食パンにマーマレードを塗りながら話を聞いていた。

「じゃあ俺と慎二の話を聞いたら、俺戻ってもいいか?」

「ええ、いいわよ。寧ろそっちの方が有難いし」

「?・・・まぁいいけど、話ってなんだよ」

・・・

 僕はパンをハムハム食べながら聞いていると何やらこの校舎に結界が張ってあるようだ。しかも何でも人を融解させちゃうんだって。怖いよね、誘拐だって怖いのに融解も怖いよやっぱり。だからこれからの方針はそのマスターを見つけて叩きのめすそうだ。今の遠坂さん見てるとただじゃ済まないのは見て取れる。

 油断するな!と再三に渡り口酸っぱく言い聞かされた。危険な物かもしれないと言われても、僕なんて結界の存在すら分からないのに。もっと初心者向けの結界を張って欲しいよ。

 そんな物張る馬鹿はいません。

 ライダーに叱られちゃった。ごめんね、ライダー。今のは僕の失言でした。

 でも確かに士郎君は危ないよ、だってセイバー霊体化出来ないから単独行動だもんねぇ。どうもこの結界はサーヴァントが張ったものらしくて、何やら高度らしいです。

 話が終わり、彼は不承不承と言った具合に頷いて教室に戻って行った。結局買った物教室で食べるのかな。僕がレモンティーを舐めるように飲んでいると、遠坂さんがこちらに向き直って

「慎二あんたもライダーがいるからって先走った事するんじゃないわよ。・・・と言ってもあんたは何も問題無さそうだけど。逆に何もしなそうだから問題かもしれないわ。」

 溜め息をついて何やら僕を分析している遠坂さん。問題児ばかり相手にさせているようで申し訳無い気分でいっぱいだよ。だから僕はレモンティーをあげる事にしたんだ。

「はい、お茶飲んだ後だとちょっとは美味しく感じると思うよ」

「ありがと」

 飲んだ瞬間に噴き出した。え、何すんの、もったいないじゃない。いまだにゲホゲホむせてる遠坂さんだったけど、赤い顔をしてすぐに僕の飲み物を返して来た。

「あ、あんたと何で間節的な接触しないといけないのよ!危うく飲む所だったわ。」

 ふぅ~・・・と溜め息をついて腕を額の汗を拭う仕草をする遠坂さん。どうも彼女にとっての間接キスは食道に通った時点で成立するらしい。

「それより慎二、話ってのは他でもないわ。綾子のパートナーになったそうじゃない」

「うん」

「止めときなさい」

 両肩をガッシと掴んで顔に黒い影を作り迫ってくる遠坂さんが怖いです。忠告痛み入る話だけど、今朝になったばかりでもう僕達破局するの?それは波乱万丈君じゃなくて単なる行きあたりばったり君じゃないか。

「な・・・何で?」

「理由はとても言葉で表せない程根が張っているのよ。分かってちょうだい、でも慎二のためを思って言ってるの」

「僕のためを思うなら理由も無く美綴さんを振る、僕の気持ちを汲み取ってよ」

「・・・っていうか、あんた何でそもそも引き受けちゃったのよ」

「何でだろう。あまりにも会話の中に告白が溶け込み過ぎてて、気付いたらすんなり承諾しちゃってたんだ。ああ、誤解されたくないから言うけど僕は嫌だとは思ってません。」

「はぁ・・・やられたぁ」

「どうしたの?何で僕と美綴さんが恋仲になると、遠坂さんが困るのか理解出来ないんだけど」

「・・・慎二は知らなくていいわ。それよりも絶対に尻に敷かれるわよ。運気も下がるし、色々大変な事だって抱える事になるんだから」

「まぁ・・・今十分大変な状況だけどね」

「何よわたしといるのが大変だっての?」

「いやいや、それは誤解だよ!今は楽しいよ、うん。けどさっきの結界の話じゃないけど、常に周囲に気を配らないといけないって話だよ」

「・・・ふん、わたしなんてどれだけ普段から周囲の目を気にして生きている事か。甘ったれた事言ってんじゃないわよ」

「・・・気を配るのと気にするのは・・・どうなんだろう。意味的に一緒なのかなぁ」

「一緒じゃないの。人の目や動作に敏感になるって事なんだから。外見を飾るってのも案外大変なのよ?」

「うん、たかが僕に伝言しに来るだけでわざわざ仕掛け用意するくらいの苦労は知ったよ」

「分かればよろしい」

 結局僕は何の話をされたのか分からなかったけど、昼休みが終わる鐘の音が鳴ったので戻る事にしたのだった。とりあえず僕と綾子をくっ付けたくないと言うのだけは伝わったよ。その理由は依然として謎だけど。乙女心は複雑なんだなぁ、なんて事を考えながら教室に向かう僕でした。





―続く―






 今一つ士郎と遠坂のキャラが安定しないというか。口調は似せてもやはり贋作っぽさは出ますね。本編を全部通してから、もう一度風を通す意味で全体をちょこちょこ訂正したいと思っています。それではこの辺で失礼します!

 本日もこのような駄文をここまで目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 真実の愛よ、永遠に(シリアス的)
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/17 21:37
 何事も無くいつも通り授業が進行し、放課後となった。僕はたったそれだけの事でも有難い事だと思う。だってこうして平穏な日々を過ごせるのが後何日継続できるか分からないんだ。こうして無事に平和に過ごせる時間というのは貴重なんだよね。

 士郎君はアンニュイな表情を今も浮かべながら歩いている。僕はもったいないなと思う。心配しても、焦っても、後悔しても、懺悔しても、どんな苦しい思いを内心に抱いても過去は変えられないし、未来は分からない。一寸先は闇なのだから、事の問題が生じた時の対処法さえしっかり決めていればそれでいいじゃないか。

自分の出来る範囲で頑張ればそれでいい。自分の不甲斐なさやちっぽけさに目を奪われて焦ってはいけないよ。だって人は個人の観点で見れば誰だって矮小なんだから。僕には士郎君の地面を見ながら歩く姿が、どうしても気で気を病んでいるように見えてしまう。諦めは心の養生、士郎君やっぱり君は一人であまりに多くの人を背負い過ぎているんだ。遠坂さんに言わせれば心の贅肉に当たるのかもしれないね。

「士郎君、悩んでいるのかい?」

「・・・ああ」

「思いを聞かせて欲しいな。僕は少しでも君の気を楽にさせてあげたいから」

「・・・もしあの結界が人に危害与える物だったら、慎二どうする?」

「多分士郎君とは見解が異なるよ」

「構わない。是非聞かせてくれ」

「桜と川尻君、それに美綴さんと言った懇意な間柄の人は何が何でも助ける。それ以外の人は場合によっては助ける・・・かな。結界をどうにかする術なんて知らないし分からない。だから僕は救助する方に心血を注ぐつもりだよ」

「・・・だよな。やっぱり全員を救うなんてのは虫が良い話なんだろうな」

「理想、だけどそれだけの力が僕達には無いよ。魔術にいくら携わっても結局の所、僕も君も生徒の一人でしかないんだ」

「・・・そうだな」

 僕はこれ以上話しても分かってくれるとも思えないし、余計傷の根を広げる気がした。だから話題を変えたんだ。

「そう言えば士郎君、屋上での話でバイトしてるって言ってたけど。何のアルバイトなの?」

「ああ酒屋でバイトをしてるんだ。商品の棚卸しとか、荷物運びが主な仕事なんだけどな」

「へぇ・・・何だか重労働な所そうだねぇ。僕の枯れ枝のような腕じゃとてもとても」

「ははっ、慣れれば案外そうでもないぞ?職場の人も良い人揃いだし」

「やっぱり良い人達の多い職場だと楽しいよねぇ」

 僕はこうして士郎君からバイトであったトラブルやネコ(蛍塚音子)さんと呼ばれる人の話を楽しく聞いていた。士郎君も語る相手が今まで居なかったのか、普段の彼とは違い頬が弛緩していたように思う。

 うん、良かった。少しでも士郎君の気分を紛らす事が出来て僕嬉しいよ。現実を直視するのも大切だよ。でもずっとずっと辛い思いをしてたら人生全てが辛くなっちゃうから。だからたまには全てを忘れて楽しんでもいいんだ。君にもその権利はあるんだよ、士郎君。寧ろ義務とさえ言えるかな?現実逃避と罵られるかもしれないけど、生命活動には必要な事だと僕は思っているよ。

喜びや多幸福は生きる糧にもなるし、生きがいにも繋がる。そして今後生きる源にもなりえるんだ。サーヴァントに魔力というガソリンが要るように、僕達人間にも希望という活力が必要なんだよ。君は強いけど、強いからこそ無理をし過ぎてしまっているよ、士郎君。

大丈夫、僕と共闘関係を結んでいる間は君も僕に取って大切な人なんだから。だから無理せずに明るく、楽しく暮らして行こうよ。泣くも一生、笑うも一生、それなら笑おうよ。僕だって人に尽くす事で生きている事を実感するのだから。


・・・


 僕と士郎君の歩く前には遠坂さんと桜の姿があった。彼女達も女の子同士お互いの心証を語り合っているんだろうね。桜が何やら俯き加減なのが気になるかな、僕としては。と、そんな事を僕が思いながらも士郎君と話していると、遠坂さんが唐突に振り返り一足飛びでこちらに肉薄して来た。え、何その身のこなし・・・猫の皮被るどころか猫そのものだよ。

 驚いている僕達男陣を余所に遠坂さんは士郎君に向かって

「士郎、あんたは前!」

 ドンッと桜の方に押しのけて士郎君の場所に遠坂さんが陣取っていた。僕としてはいきなりの場替えにただただ驚くしか無く

「え・・・遠坂さんどうしたの、急に?」

 僕が聞くと遠坂さんがポカリと頭をはたいて何故か溜め息を付いた。

「あんたねぇ・・・気持ちは分かるけどそんな理由で付き合うんじゃないわよ」

「え・・・?」

「桜に話を聞いたら全て読めたわよ。聞けば今朝桜と一悶着あったみたいじゃないの」

 目の前で俯く桜と、戸惑いから後頭部を掻きむしる士郎君を見ながら僕は今朝を思い出していた。

「でも・・・僕達兄妹だし」

「ふぅん、別にそれでいいならいいけど。でも桜のあのしょぼくれた姿があんたの望みなの?」

 僕は普段以上に小さく縮こまった前方を歩く可愛い小動物に目をやった。彼女は何も喋って無いようで、士郎君が実に挙動不審になっている。僕は桜の傍にいると言いながら、その実他の女に走ったように思われているのか・・・。

「・・・望んで無いよ。それでも僕達はお互いの人生を自らの足で歩かなくちゃいけないんだ。」

「まぁ・・・ね。でももうちょっとやりようを考えなさいよ。幾らなんでも行動起こすのが早すぎたわ、慎二。」

「確かにね・・・今朝の話をした後すぐに付き合う。学校にもすぐ広まったし、考えてみれば不自然にしか思えないよね。」

「ええ、あの子凄く今傷ついてるわ。慎二、あんたが桜の事を本当に大切に思うのなら、綾子と付き合うにせよ、まず桜を説得してからにしなさい。それがあんたの義務」

「そう・・・だね」

「・・・たく、見てるこっちが恥ずかしくなるくらいシスコンなんだから。わたしも人の事言えないけど」

「え・・・?」

「何でもないわ。それでどうすんのこれから?」

「そうだねぇ、何はともあれまた家族会議と行くしかないかなぁ。美綴さんとお付き合いする事は本当だし。桜に好かれて嬉しいけど、僕に依存するような愛はいらないよ。もし桜と本当に向き合う時が来るなら、それは今のお付き合いを笑顔で見送れる桜さ」

「きっつい事言うわ。正論は時として言葉の暴力って本当ね。まぁ赤の他人が口出しするような事じゃなかったかもね。方法は慎二に任せるけど、出来るだけ早く消化しなさいよ」

「うん、ありがとう。桜にも良い相談役となる人がいて良かったよ。優しいね、遠坂さん」

「・・・別にあんたのためにやった訳じゃないわよ」

「それでも桜に心やり所となる人がいるのといないのとでは大きく違うんだ。これからも桜をよろしくお願いします」

「ちょっ、ばっ、頭あげなさいよ!別にそんな大げさに考えなくていいのよ。単純に女友達として親しみ合ってるんだし。そんなの世間一般的なことじゃない」

「ふふ、遠坂さんも色々苦労抱えそうな人だね」

「・・・はぁ、全くそれについては同感だわ」

 その後僕は遠坂さんに魔術の事や、今までの苦労話を聞かせて貰う事になった。教える事や喋る事が好きなのか、ほとんど一方的だったけどそれでも楽しかった。遠坂さんと打ち解ける事が出来た事がまず嬉しいんだ。


・・・


 一人が沈んでいるとそれは周囲にも侵食して行くものです。衛宮家の夕飯に置いてもそれは例外じゃ無かった。セイバーも何故か静かな一同に少し不審に思いつつも箸の動きは変わらずだった。控えめな咀嚼音と箸が容器と擦れる音、器を置く音。本当にひっそりとした団らんの場になっていた。

 桜は沈痛、とは違う無機質な顔だった。能面のような桜を見るのは心が抉られる。初対面であった顔など僕はとっくに忘れていたと言うのに。僕に最初出会った桜は世界を見てさえおらず、ただ虚無に支配される女の子だったんだ。

 そうして桜はご飯を半分以上残し、一人早々と居間を離脱して行った。僕は一時桜に時間を与えようと思った。そして僕自身も考え抜いて結論を出さなくちゃいけないんだ。士郎君は桜の異変に疑問を抱いているようで

「・・・桜どうしたんだ?調子でも悪いのか」

 何だか癒された。僕は士郎君の見当違いな回答に心に刺さっている棘が少し払拭された気分になり

「そう、とっても調子が悪いんだ」

――心の調子がね

「そうか・・・しっかり休んで早く元気になるといいな。やっぱり元気な桜が一番だ」

「そうだね、本当にそう思うよ」

 遠坂さんもこれから用事があるとかで出かけて行き、セイバーも体力温存のために寝てしまった。士郎君は今お風呂に入っている。僕はライダーに話しかける事にした

「ライダー、やっぱり僕は上手く出来ないね」

「いえ・・・それも桜を思っての事なので問題はありませんよ。ただちょっと強引すぎました」

「うん、全ては安請け合いした僕の責任なんだ。しっかり桜と向き合わないといけないね。」

「はい、それは否定できません。」

「はは、相変わらず手厳しいね、ライダーは。うん、でもありがとう。ライダー、もし僕や桜が半狂乱になったら止めて欲しいんだ。だから霊体になってまた付いて来てくれるかい?」

「勿論です、マイマスター」


・・・


 僕が何度ノックしても桜からの応答は無かった。そして僕がドアの前で話をしようかと思い始めた時に

「兄さん、どうぞ」

 桜からの初めての応答がそれだった。あまりにも平坦で抑揚のない声に一瞬たじろいだ僕。けど負の連鎖を止めるためにもここで食いとめなくちゃいけない。僕は喉を鳴らしながら桜の部屋へゆっくり入って行った。

「お待ちしていました、兄さん」

 僕は驚愕と羞恥によって半ば口を開けて呆然としてしまった。桜は何故か扇情的な下着姿で僕を迎えた。ランジェリーショップに売られる、男心をくすぐりそうな際どい下着を身に付けている。何より恥ずかしげも無く寧ろ見せつけるような姿は、僕からすれば異様で桜が別人に思われた。僕はすぐさまライダーに厳戒態勢を取るように指令した。

「桜・・・服を着なさい」

「いいえ、兄さん。強がっても無駄ですよ。今日あなたは禁忌を破り、わたしの虜にするんですから」

「・・・いいから早く服を着るんだ」

「うふっ、兄さん・・・照れる兄さん素敵。ねぇ、もっと見たいでしょう?」

 全く話がかみ合わないなんてのはこれが初めてかもしれない。確かに劣情を催した事は否定しないけど、それ以上に悲しみや不甲斐なさが僕の全身を覆っていた。桜をここまで追い詰めたのは、全て僕の判断の甘さが原因なんだ。だからこんなヤケになったような桜に屈する訳にはいかない。自分で撒いた種は自分で刈り取るのが道理というものだ。

 桜は一人勝手に盛り上がり、背中のホックを外して半裸にまでなろうと、その手をライダーが掴んだ。いや、掴ませたの僕なんですけど。

「ど・・・どうして、ライダー?」

 ゆっくり左右に首を振るライダー。その手には桜の着替えが持たれている。

「桜、いくらあなたでもやり過ぎですよ。もう少しご自愛して下さい。」

「・・・どうして、あなたは・・・あなただけは私の味方で居てくれるって。ライダー、もしかしてあなたまで兄さんに――

「桜!!」

 僕は堪らず怒声を発していた。僕は何を言われても構わないけど、桜を本当に大事に思ってくれるライダーがあまりに不憫に思ったからだ。桜はビクリと体を震わせ涙をポロポロ流し始めた。

「桜、話をするのはまず君が身だしなみを整えてからだよ。ライダー、桜が一人で着れないようなら手伝ってあげて。僕は外で待機しているから、用意が出来たら呼んでね」

「はい、マスター」


・・・


 僕が次に部屋に入った時、うつ病患者のようにピクリとも動かずに桜はベッドに腰掛けていた。僕はそれを見た途端に涙が溢れそうになったけど堪えた。身だしなみ所か声もろくに出ずに話なんて出来やしないんだ。

 僕は煮え立つ自身への憤りを抑え込み、桜の隣りへゆっくり座った。それを機にライダーは部屋を出る前に一礼して出て行った。ありがとうライダー、後は僕で何とかしてみせるから。

 僕は桜に自分の思いの丈を全て語った。桜が好きだけど、僕達が兄妹であるという葛藤。それに僕は家族として桜を愛しているという心の溝。そして桜に諦めさせようという思いからお付き合いをした訳ではない事。話せば話すほど、僕は自分の短慮な行動に吐き気がし気付けば涙ながらに話をしていた。

 桜は僕のだみ声とも言える尻切れトンボの口調を最後まで聞いてくれた。もう最後はお互いワンワン泣きながら謝り合っていた。こうまでしないと心を通わせ合う事も出来ない僕は本当に情けない男だよ。桜は僕の気持ちが伝わったのか分からないけど

「兄さんが幸せになるならもう何でもいいです」

 泣き笑いを浮かべてくれた。僕はその言葉によりさらに涙量を増やすことになった。こんな素晴らしい妹、世界にもう一人とも居ないとさえ思っているんだ。僕達は色々今までの事や、学校、友達の事を散々語り合った。そうしている内に気付けば二人で眠ってしまっていた。向かい合い両手をしっかり握りあっていた。この手の温もりこそが兄妹の繋がりとでも言うかのように。

 ライダーはゆっくり僕らの体に布団に入れ、掛け布団を被せて微笑みながら呟いた。

「純粋な愛というのは本当に美しいものですね」

 僕はとても満ち足りた夢を見た気がした。





―続く―





 はい、どうもとりあえず作りました。ちょっと桜をヤンデレ風味にしてみました。今となってはもうちょっと改良の余地ある、かな?と思ったり思わなかったり。でもまぁ一応これで良しとしましょうか。

 こう読み返すと慎二って本当に「人に優しく、自分に厳しい」奴だと思います。何と言うか、やっぱり作者的にこんな慎二が好きです。それでは今回はこの辺で失礼します。

 本日もこのような駄文をここまで目を通して頂き誠にいありがとうございました!(謝)



[24256] 記憶の欠片、ピロートーク的な何か
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/18 07:41
 遠い昔の話だけど。と言っても十数年生きて来た僕の数年前ってだけなんだよ。

僕は夢を通してようやく両親の姿を思い出す。そして目覚めた時には雲散霧消する。

夢で見る母親の声は優しく、父親の手は大きく、夫婦仲良く暖かい家族だったんだ。

普段とは打って変わり僕の心身を気遣って、いつも気に掛けてくれていたんだ。

醒めて欲しくないと願いながら、僕が触れようとする。

その時には泡沫のように、母と父は笑顔を携えたまま飛び散って行く。

何度絶望したか。何度悲観した事か。何と世の無常さに失望したか。

救いの無い僕を癒してくれるのは、人の作りし架空の世界だけだった。

夢というのは、起きた直後なら朧にでも覚えている物だ。しかし僕は夢を見た事すら記憶にない。

だからこそ温もりを求める逃避行に至らなかった。精神的な要因から植物状態に派生する事はなかったんだ。

夢から覚めた僕を迎える両親は無表情で、無機質で、互いに無遠慮だった。

全ての動作に「無」が付く。それと同時に僕に対しても無関心だった。

僕が物心付く頃には使用人に変わっていた。お父さん、お母さんはどこに行ったのか。

僕に取って両親とはNPCみたいな物だ。一般的な詰問を繰り返し、有り触れた日常を繰り返す。

記憶の中に居る両親から、その愛を伺いしれる事は無かった。だから両親が喪失した時でも僕は普段通り無気力だったんだ。

最近両親の夢を見ないと思ってたけど、ひょんな所から出くわすものだね。

架空の両親の優しい言葉、甘い囁き、仄かに香る温もりの匂い。きっとこれは僕が望む形なのかもしれない。

触れば瓦解する脆さ。話しかけてもただ微笑む姿。記憶として残らない儚さ。

現実なのか、夢なのかさえ定かではない。それでも僕は知りたかった。目の前で気さくに話しかける男女の正体を。

僕は今まで中身の無い空虚な愛情に酔いしれてばかりいた。核心部分に触れ、失う事が怖かったんだ。

でも今は違う。立派に育った妹がいる。僕を一人の人間と認めてくれる人達がいる。

何より僕は覚悟を決めなくちゃいけない。そんな時機に直面しているんだ。

今ここで変化を遂げないと誰かが死ぬ。ほぞを固める上でも、今見なくちゃならない。

僕はその時初めて漆黒に染まる仮初の両親を捉えた。そこで目にした物は――



・・・



「―――!」

 僕はガバリと勢い良く身を起こした。酷く頭痛と目眩がしてならない。

何が作用してこのような朝を迎える事になったのか。僕には依然として訳が分からなかった。

僕は深呼吸しながら、胸に手を当てて気を鎮めていた。ちなみにその手は右手なのだけど。

何やら左手を妙に柔らかい物に押し当てているようだ。

擬音で「むにゅり」とでも鳴りそうな感触。考えただけで赤面しそうな構図だよ、うん。

僕はてっきりクッションか何かだと思っていた。そのため平常心を捨て去る事が無かったんだ。

「ん・・・んぅ」

・・・はて、一体今日の僕はどうしたんだろう。幾ら桜が好きだとは言え、幻聴まで耳にするようになったのか。

まだぼやける視界で部屋の判別が出来ない。僕は恐る恐る左手の方に目を向けた。

「~~~っ!!!!」

僕は声をあげないのに精一杯だった。そのため動作として顕著に表れた。僕は布団を跳ねあげ、ベッドの下に転げ落ちたんだ。

転げ回りながら勉強机の引き出し部分にある取っ手に、勢い良く頭をぶつけた。

並みの痛みじゃ無く、声が出ない程の痛撃だった。それでもなお鳴り響く僕の心臓と脳の痺れ。

いかん、僕はなんて不届き者な兄なんだ。桜のむ、むむむむ胸を触るなんて。年頃の女性の胸というのは奇跡の産物。

創造主たる神の織り成す芸術品なんだ。うっかり傷付けよう物なら天誅が下るという物だ。

僕は自分を叱り付け、寝ている桜に土下座して謝った。今のは不慮の事故と言う事で一つお願いします。

僕の中に置いて桜の初めてのパイタッチはノーカウントとなった。

「・・・寒い」

不味い、布団がはだけて桜が身をよじらせておるではないか。僕は慌てて桜に掛け布団を被せた。

時刻は今は4時ちょっと過ぎた所かな。朝男女が同じ部屋から出るのは不味いでしょう。

しかも兄と妹と来たもんだ。僕が禁断の果実をパクついてると思われちゃうよね。だから早々に退散しないとね。

だから僕は桜の頭を優しく撫でてあげた。そして今寝てるし昨日のお詫びとして、頬にバードキスをプレゼントした。

桜はキスをされた後に「にへらっ」と頬を緩めた。一瞬起きてる気がしたけど、まぁいいや。

僕はそのまま立ち去ろうとしたら、ムンズと裾を掴まれた。

振り向くとやはり桜は起きていたようで

「兄さん行っちゃヤダ。今のもっともっと。兄さ~ん」

こう・・・何でしょうね。外見と口調のギャップというか。

桜って清純系で和風の大和撫子タイプなんですよ。お淑やかで慎ましいっていうか。

同年代で胸だってトップレベルの柔力を持ってるし。男性に取って憧れの的なんだよね。

そんな子に甘えた声でおねだりされたら、ねぇ?失神か卒倒してしまうよ。

そのような世迷言を考えながら、僕は呆然とその場に立ち尽くしていた。今の状況が現実とは思えなくてね。

桜は要望が聞き入れられないと踏んだのか、グズり始めた。すすり泣きを始める桜。

「兄さん、うぐっ・・・好きなんです。うぅ・・・もっと一緒に居たいんです」

胸が張り裂ける思いだったので、僕はそのまま桜に抱きついた。痴情のもつれはありませんので悪しからず。

「ごめんよ、桜。悲しく寂しい思いをさせているんだね。でも安心して。昨日にも言ったよね?僕達は間桐で繋がっている切っても切れない間柄なんだ。桜があの日家を尋ねた時から、兄妹として心はずっと繋がっていくんだよ。」

「うん・・・うん・・・」

頷きながらヒッシと僕に抱きつく桜。寝汗で汗ばんでいたけど、僕は全く気にならなかった。

僕達はいつまで抱き合っていたのか分からない。耳には新聞配達員の原付音が微かに入って来る。

そこから推察すると5時過ぎなのかな?桜は僕の胸に顔を磨り寄せながら呟いた。

「ねぇ兄さん、わたし我がままだよね」

「ううん、桜は素直で本当に可愛い僕の妹だよ」

「兄さんは優しいから。わたし兄さんと衛宮先輩を両天秤に掛ける悪い女なの」

「誤認だよ、桜。自分で言うのも照れくさい話だけど、どっちも好きって言ってたじゃないか」

「・・・でも、両方なんて欲張りだもの」

「二兎追う者一兎も得ず、何て言葉あるけどね。僕は今回に置いては良いと思うよ。だって僕達は人間なんだ。そう簡単に感情をコントロール出来るもんか。好きなら素直に愛情を注げばいいと思うよ。ただし、迷惑は掛けない事」

最後僕が先生っぽく、人差し指を立てて念を押したのがおかしかったみたい。

桜はクスクス笑いながら涙を流していた。

「兄さんは皆に優しすぎるから。わたしがおかしくなるのは兄さんのせいでもあるんだからね」

「ごめんね、心をかき乱して。でも僕がもし美綴さんに振られたら桜にお願いしようかな」

僕の言葉に思いっきり頭を挙げて嬉々とした笑みを浮かべる桜。

あ、何か僕不味い事言っちゃった・・・?何でこう、その場のノリで喋るんだ僕は!

「本当!?えへへ、じゃあその時のためにわたし頑張らないといけないですね」

桜は元気良く飛び起きて朝食の用意に走っていった。残された僕はまたしても波乱の予感しかしなかった。

戦争してるのに僕は一体何をやっているんだろうか。僕は桜の部屋で一人頭を抱えてうずくまるのでした。





―続く―





 はい、どうも皆さんおはようございます。やっぱ桜の可能性も残しておきたいでしょ?な~んて思いも作者にあり、このような流れにしました。桜のちょいヤキモチ程度なら出来るでしょうか。

 あ、後ちょっと夢の話について補足。これは後々に真相を書こうと思います。ふふ、僕も読者の方の心を掴まないといけません。そのためこんな気になる文を書いたのです。とは言え出来るだけ忘れた頃に出そうと思います。がっかりされたくないので(汗)

 それから文をワードで一行ごとに空けるようにしました。一重に読みやすくするためです。まとまりが分からないとの事で詰めるか空けるか、ですよね。詰めたら圧倒的に読み辛いです。というか最初それで怒られたんですからね。ってな訳でもしこれでまだ読み辛いようであればコメントを下さいね。本当皆さまのコメントに感謝する次第です。それではまたお会いしましょう!

 本日もこのような駄文にここまで目を通して頂いて誠にありがとうございました!(謝)



[24256] ありふれた朝食風景
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/18 16:36
 こんな現場に出くわしたら誰だって驚くと思う。目の前でうつ伏せになって倒れてる人が居たら。

一体どうしてこうなった。僕が桜の部屋に居た所から整理して行こうかな。僕の責任どこにも無いんだけどね。

桜の部屋でひとしきり自分の軽はずみな発言を戒めた。何度も「言葉には言霊宿る」と念仏のように唱えた。回数にして30回ほど。

もっと唱えようと思っていたけど止めた。もう朝食の準備が整う頃合いだからね。

僕は廊下に誰か居ないか、厳重に確認した。正確にはドアを数ミリ開けて左右を視認する事だけど。

良かった、誰も居ない。僕は安心して別棟から抜け出して居間に向かった。その時縁側の廊下に人が倒れていたんだ。

もう考えるまでも無く僕無関係じゃないか。それより容体を早く見ないと!

「し、しっかりして下さい藤村先生!おいたわしや、一体誰にやられたのです?」

僕は藤村先生に駆け寄り様子を伺う事にした。ベニヤ板の廊下に顔面キスをしていて表情が分からない。

しかし耳を寄せて見ると息はしっかりしているようだ。というか何かブツブツ言っている。

「・・・られちゃった。」

「せ、先生、今何と?」

「士郎が取られちゃった~~~!」

ガクッ、思わず肩と膝と頭を下降させ落胆してしまった。何だ、今士郎君争奪戦なのか?僕は未だに喚く先生から事情聴取を行った。

何でも今朝先生が気まぐれで道場に行くとセイバーが精神統一をしていたそうな。

その後話をしているとセイバーが士郎を守るとか言うので腹が立ったらしい。

士郎は無二の弟分であり、自分が守るべき存在だ。藤村先生は決闘を申し込んだそうな。

その結果がこの打ちひしがれた先生のお姿です。さぞやボロ負けだったんだろうなぁ・・・。

先生はうつ伏せのまま、両腕枕に顔を埋めてシクシク泣いている。大の大人がやる行為じゃないけど藤村先生なら許される。

やはり日頃の行いは大事だよ。先生転んではすぐ白目剥いて失神するもんねぇ。この程度の事なら可愛いというか。

かくて藤村先生は日頃の行いが酷過ぎる。そのため大抵の事は笑って済ませられる人だった。

その分人望があり、親しまれる教師でもあった。陽気で無邪気な藤村先生は幸福を周囲に分け与えておられるんだよ、うん。

ともあれ朝食もあるのに、ここにじっとしていられない。僕は藤村先生を持ち上げようと両脇に手を回した。

しかし藤村先生は完全に力尽きておられる。重力に逆らう気力さえないようだ。すなわち全身が弛緩し切っているので凄く重い。

結局支え切れず二人してまた転倒していた。僕は慌てて藤村先生の顔面が廊下に直撃する所で、手を差し出して顔を受け止めた。

ふ、藤村先生、いくら何でも顔面から落ちないで下さい。見てるこっちがハラハラするんですから。

実際の所は僕が下手に動かしたせいなので、特に文句は言わなかったけど。にっちもさっちもいかない状況なので、先生に確認する事にした。

「藤村先生、僕朝食に向かいますけど。先生もご一緒しないんですか?」

藤村先生は「う~ん・・・」と唸りだした。おかしいな、食ならすぐさま飛び付く人のはずなんだけど。

「ありがとう間桐君。わたしもう朝ご飯食べたからいいの。匂いに釣られて思わず先に食べちゃった」

「・・・」

ふ、藤村先生・・・あなた曲がりなりにも教鞭を振るう聖職者の立場でしょうに。

生徒に団らんの温もりや協調性と言う物を率先躬行して下さいよ。セイバーに負けて自尊心が粉微塵になった事は心中お察ししますが。

僕はとりあえず部屋に戻り、毛布を一枚先生に被せておいた。とは言え今日の朝はそこまで寒さが浸透していないけど。

しかし冬将軍はまだ我々に寒風を吹き付けて来るんだ。三寒四温と言えど風邪には注意しないとね。

先生に毛布を掛けて「それではまた」と一言申し、僕は居間へと向かって行った。

藤村大河は自身に掛けられた毛布に身を包みながら呟いていた。

「あれじゃ桜ちゃんが兄妹の枠を超えて好きになるのも無理ないわ」

その表情は少し誇らしそうだったという。



・・・



 僕が居間に朝の挨拶と共に入ると、何やら賑やかだった。うんうん、食卓の場は楽しくやるのが一番だよ。

しかし士郎君は何やら居心地悪そうにトーストを齧っている。何だろう、士郎君の入り込めない話題なんだろうか。

僕は士郎君の隣りに腰かけながら小声で話しかけた。

「・・・どうしたの、今日元気ないじゃん」

「いや・・・まぁ周囲の話を聞いてれば俺の気持ち分かると思う」

との意味深な返答が返って来たので、僕も素直に耳を傾ける事にした。

「糖分を取れば取るほど余分な物が増える、特に腰回り。はぁ、桜みたいに出る所に出ればどんだけいいか」

「凛、それは違う。糖分に限らず適当なバランスが肝要なのです。そして運動も」

「あーはいはい、運動し過ぎも問題なのはセイバー見てたら分かるわよ」

「凛・・・何か含む所がありそうですね?」

「にしてもライダー何てもう全部満たされてるじゃない」

「?・・・凛、私が満たされているというのは?」

「だから、言いたくないけど女としてプロポーションは完璧だって言ってんの。そこまで行ってたらわたしも食べまくるわよ」

「いや遠坂、そこは体型維持しとけよ」

「いいのよ、減らすだけなら。衛宮君、私の生活方針に口挟まないで貰える?」

「・・・」

「でも・・・確かにライダーの体だったら兄さんも堕ちるかも」

「ええ、しかし慎二は長身の女は苦手なそうなので・・・」

「えぇ!?いやいやいや、言って無い言って無い。そして僕が堕ちない理由ってただそれだけだったの?我が事ながら衝撃の事実だよ。査定基準が身長だけって・・・」

「ひど~い、慎二。ライダー以上の女性何てこの先会えないかもしれないってのにさ」

「や・・・遠坂さん煽らないで・・・。そもそもライダーは僕のサーヴァントだし」

「へぇ、大した自信じゃないあなた。サーヴァントだからもう手懐けてるっての?」

「またそういう方向に持って行くし・・・。僕とライダーは一心同体で心腹の友なんだから。そういう憶測で物を言うのは止めてよね」

「必死になって訂正してるのが面白いのよね。やー張り合いあるわ、あんた。ってセイバーあんた一人でどんだけ食べてんのよ。しかもそれあたしのおかずじゃない!」

「いや、凛のダイエットに協力しているのです。善意として是非受け取って頂きたい」

「朝食は一日を過ごす源なんだから制限設けてないのよ、あたしは!」

「それにしてもシロウと桜の料理はいつ食しても素晴らしい。わたしが有頂天外にまで至り、凛の料理に手を出すのも無理からん事です、はい」

「言い残す事はそれでお終いかしら、セイバー?」

「凛、食事中に無作法ですよ。全く、せっかくの料理に失礼と言う物だ。はむはむ」

「私の領土にまで侵害しといて何言ってんのよぉぉ!」

「ああ、わたしが最後に食べようと思っていた卵焼き!」

「人の物先に食べておいて、何が『最後』よ!」

・・・うん、実に平和だ。セイバー、遠坂さんと箸同士で突き合いするのも行儀悪いよ。口挟んだら怒鳴られるから言わないけど。

確かに余り話しに加われる話題じゃなかった。女性の比率高いもんねぇ。会話がそっち中心に行くからね。

逆に話題に下手に入ると集中砲火浴びるし。いやはや乙女心はいつだって難しいもんです、はい。



・・・



 さて、朝練に行くとしよう。弓を射る事で精神を鍛える必要は当然ある。それに強力とまでは行かないけど武器にもなるんだし。

やはり自己研さんを怠って、他のマスターと渡り合おうなんて虫の良い話ないよね。

衛宮家に居る住人に挨拶を済まし、僕はいつも通り桜と一緒に部活に出かけた。

桜は朝の一件以来ご機嫌で、僕の腕を取って鼻唄を歌っている。このテンションで綾子にあったらどうなるか分からないな。

僕は桜を妹として愛している。そして今の恋人は美綴綾子。強く自分を持って臨まないと、血を見る結果になる。

僕は弓道と何ら関係の無い所で気合を入れて道場に押し入って行った。





―続く―




 はい、どうも。おはようございます!どうも日常会話がataraxiaのノリになってしまいますね。実際原作のセイバーはもっと素っ気ない訳なんですが。どうも均等に喋らせたくなるのは作者としての瑕疵なのか。

 まぁやっぱりせっかく一緒に暮らしてんだから、会話楽しんで貰いたいというのは本音です。戦争は戦争、日常は日常という感じでメリハリを付けてやって行こうと思います。それでは失礼します。

 本日もこのような駄文にここまで目を通して頂いて誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 手と手を取り合う女達
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/18 21:15
 さて皆さんおはようございます。僕こと間桐慎二、ただ今部活中です。不穏な空気です。

心頭滅却、明鏡止水、無我の境地に達しております。ですが断崖絶壁に立たされようとしている次第です、はい。

では話を巻き戻して行こうかな。あれから僕達は兄妹は揃って道場に入った訳なんだよ。当然朝の挨拶を皆にしてたんだ。

綾子にも当然例外なく挨拶したよ、僕は。彼女はちょっと不機嫌そうな顔つきをして

「桜、あたしもね、慎二からあんたの想いは聞いてるよ。だから無粋な事言いたかないんだけどね。でも度が過ぎりゃ言わざるを得ないじゃないか。練習するってのにいつまで慎二にまとわりついてんだい」

渋々離れながら、桜は何やらニヒルな笑みで綾子を見返した。

「おはようございます、部長。うちの兄がお世話になるようで。ええ、私は妹ですから。妹として兄をお慕いするのは当然ですよね?」

何やら小姑的なスタンスになろうとしている桜。き、君は一体何が目的なんだ。鼻で笑い返す綾子。

確乎不抜とは正に今の綾子を指すだろう。ちなみに現在ここで互いに睨みあっております。

「ほぉ~あんたも言うようになったじゃないか。人の顔色ばかり伺って話してたあの桜がねぇ。その点に関しては高く評価しといてやるさ」

「ふふ、ありがとうございます。それでは射詰めを兄さんとしますので」

「それは良いけど待ちな。まだ話は終わっちゃいないよ。」

その言葉で桜の表情が一気に冷ややかな物になった。さ、さ、桜・・・さん?

「何ですか、美綴先輩。練習の邪魔はしないで頂けますか?」

「い~や、練習の邪魔をしてんのはあんただよ、桜。周りをよ~く見てごらんよ。皆戸惑ってるじゃないか。いいか部ってのは、自分さえ良けりゃそれでいい訳じゃないんだ。これでもあたしはこの部を代表する部長だからね。あたしには部を一つにまとめる義務と責任があるんだ。」

「わ・・・わたしは別に邪魔して何か・・・」

「あたしらはいつも通りさ。違うのは人目憚らずベタつく桜、あんたただ一人だけだ。いつもの柔和な笑みを浮かべる桜はどこ行っちまったのかねぇ。あの子の慈愛に満ちた笑顔は部に安らぎを与えてたってのにさ。それに比べ今の桜、えらく殺伐としてるじゃないか。なぁ?」

周りに同意を求める綾子。この皆に同調させて説得力を持たせる辺りは上手いと思う。部員達も遠慮がちだが一様に頷いている。

桜が縋るように僕を見つめて来る。まぁ今回ばかりは綾子に軍配が上がったかな。僕は桜の頭を撫でながら

「そうだねぇ。懐いてくれるのは嬉しいけど、いつも通りの桜が一番いいかな。皆桜の事が大好きなんだってさ」

僕がそんな軽口を言うと、ノリの良い弓道部の男子諸君が乗って来た。

「そうそう、俺桜ちゃんの顔見るために来てんだよな!」

「んな事言ったら、俺桜ちゃんに会えるから弓道やってんだ、へへっ」

「何たって桜ちゃんは学年で一番の美女と呼ばれてるんだ。入らない野獣は――

最後の方は何やらおかしな事を口走る男子部員の面々。綾子は怒気を全身から発しながらふしだらな発言をした部員を指差して

「お前ら、グラウンド30周。今日はもうずっと走って邪念を追い払って来い!」

男子部員達「は、はぃぃ!!」

「ったく困った連中だよ」

綾子は溜め息混じりに言っていた。でもその表情は喜びを確かに備えた面容だった。

後で彼らに何か奢るんだろうな、きっと。綾子は人を思いやる事に掛けては天下一品なんだから。

まぁ・・・彼らの発言からは自業自得だったけどありがとう。おかげで桜も目が覚めたようだし。後で僕も感謝の印として何かお返ししようかな。

そうして練習は皆いつも以上に帯を締めて行っていた。それくらいに綾子の一言が効いたのかもしれないね。

僕は一人連射で弓を放っていた。今の所的を外さずに当て続けた数は最高で13本、だったかな?

もっと精度を高めないといけないな。魔術師がもし人形の類を操って攻撃して来た場合に、僕だけでも迎撃出来るほどの腕がいるんだ。

ちなみに背中に弓矢を50本携えております。精密性と連射速度、この二つを徹底的に磨くつもりだった。

最初こそ綾子や藤村先生に僕は大目玉をくらっていた。でも僕があまりに真剣にやるので、単なる悪ふざけで無いと信じてくれたようだ。

本当理解ある人達に恵まれると成長速度も著しいものだよ。最初は3本くらいしか連射出来なかったのに。目指せ3桁連射!



・・・



 汗を拭い、日常に戻るため制服に着替えた僕。さて今日も一日頑張りますか。僕は両握り拳をマラカスのように振って、自身を鼓舞した。

鞄を手に桜と綾子へ校舎に向かうように促すと、まだお互い話があるようだ。綾子は

「悪いけど先に行っといてよ。それから慎二、今日はお弁当作って来たから昼に道場来なさいよ」

と感動的な言葉を発していた。桜も僕のホッコリ顔に憮然としながらも会釈をして来た。

僕は「それじゃ後で」と一言添えて道場を去って行った。

綾子はそれを見て満足そうに息を吐いた。そして「さて」と一言置いて桜に向かいあった。

「桜、今日は悪かったね。皆の気持ちをまとめるダシみたいに使っちまったよ」

「いえ・・・わたしもその、問題ある行動でしたから」

「ふぅ~、全く罪作りな男だよ、慎二って奴は。妹の心まで奪っちまうなんてさ。こりゃあたしものんびり構えてられないねぇ」

「・・・兄さんは軽薄な男性じゃありません」

「ははは、本当あんたは兄貴の事となると存外強気になるねぇ。いや、あたしとしても嬉しい限りだよ。悪かったね、そういうつもりじゃあないんだよ。ただあたしや桜を虜にしたように他の女連中も目を付けると思ってさ。危機感抱いてるんだ」

「その気持ち・・・本当に良く分かります!」

そうして綾子と桜は二人で話し合った。結果、慎二がいかにして周りに狙われているかを共有し合った。

二人の結論として、共同戦線を張ろうと言う事で収まった。我らがいがみ合っている内に慎二が逃げだす事を恐れての事だった。

それならばいっその事一人占めを無くし、生活を安定させた方が彼も安心するだろう。

何より彼は日頃に置いては野性のタヌキの如き臆病で小心者だ。下手に不安感や恐怖心を抱かせれば、安寧を求めて逃亡しかねない。

桜は自分の兄が腰抜け呼ばわりされる事に憤慨していた。しかし実際の所その通りなので堪える事にした。

尚且つ衛宮家に置ける慎二の溶け込み具合から考えても、綾子の言い分には一理あるのだ。

どこの誰とも分からぬ馬の骨よりかは、信頼の置ける綾子の方が桜としても安心出来る。お零れとかもあるかもしれないし。

話がまとまった所で綾子は桜の頭をよしよしと撫でていた。

「いや、話がすんなりまとまって良かったよ。あたしにも弟がいるんだけどね?これがまぁ素直じゃないわ、喋らないわ、でも良い子なんだけどさ。可愛い妹が出来て嬉しいってなもんさ、はっはっは」

「いえ、そんな・・・」

「でもね、桜。これだけは覚えておいておくれ。公私混同は慎みなさいよ。あたしは桜を次期主将に任命するつもりなんだから」

「え・・・わた、しに?」

「ああ、責任感と真面目さが備わって無いと任せられないね。その点あんたは安心だ。桜、お兄さんを慕うのもいいけど。もっと自分を磨いて兄さんを見返してやんなよ」

「・・・はい!」

「ようし、いい子だ!おっと、それじゃあたし達もそろそろ行くかい。遅刻しちまうねぇ」

二人は新たな姉妹として仲良く校舎へと勇んで走って行った。

慎二の心配は杞憂に終わったようだ。いやまぁ、これからも大変だと思いますけど。





―続く―





 はい、皆さんこんばんは!さぁて今回はまたしても同盟を結成しましたよ。ライダー、桜、綾子が手を組みました。もう負けは無い(笑)そして慎二は誰の手に?地味にセイバーや遠坂も居る事をお忘れなく!それでは今回はこの辺で失礼します。

 本日もこのような駄文にここまで目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] それいけ僕らの愛妻弁当
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/19 03:24
 僕は固まっていた全身の筋肉を解すため、思い切り伸びをした。いやぁ、やはり勉学に勤しむと頭が重くなるもんだよ。

慎二は頭が決して悪い訳ではない。しかし好き嫌いが激しかった。いわゆる極端なタイプに分類される。

全体とすれば平均的になる物の、その差は0と10の違いがハッキリと別れた。

暗記物が割と得意とする彼は完全な文系タイプと言えよう。教師によっては理系の科目も好きになる。

ただあまりに興味の薄い、化学や数学になると途端に血の巡りが悪くなる。理解云々以前に眠さとの闘いになってしまう。そのためもはや勉強どころの話では無かった。

そういう意味で彼がつまらないと判断した科目は、総じて学力が全く付かないのであった。

文系科目の漢文古文がてんで駄目なのも、ただ単純に意欲関心が殆ど無いからだった。

「まぁ、分からない物は別に無理して分からなくてもいいよ」

これが彼のスタンスなので、全然気にもしていない。マイペースでおっとり型の慎二の決まり文句となっていた。

僕は今しがた終わった数学の悪夢から解放されてうきうきしていた。単純な計算ならまだしも文章問題なんて分かりゃしないよ。

タカシ君がケイコさんを追い抜く速度とか時間求めてどうするんだろう。犯罪の証拠にでもなるのかな。犯行時刻割り出したりとか・・・。ああ、もう別にどうでもいいや。

そんな事はタカシ君がケイコさんを殺害した後に考えればいいじゃないか。僕はそれよりも綾子とご飯を食べないといけないんだ。

何か唐突に彼女が出来て不安だったよ、そりゃあ。でもやっぱり僕みたいなのでも恋人が出来たら嬉しいじゃない、えへへ。

あ、でも士郎君どうするんだろう。彼も一緒に誘ってみようかな。ご飯は皆で食べる方が楽しいんだ。それは衛宮家で学習済みだよ、うん。

慎二はたくさんの恋愛小説を読んで理解はしている。しかし実際自分の事になると、途端に鈍感になる男だった。そこは二人っきりを目指すべきだとの指摘に対して、念のため。

僕がそう思って士郎君に昼食の誘いを掛けようと振り返った。すると士郎君は総菜パンを口に頬張りながら、もう食事を終えようとしている。

「し、士郎くんどうしたの!?パンを食べるからってそんなに頬をパンパンにしなくても」

「ム、ムグ・・ムググムグウム!」

「そ、そんな新たな言語体系、僕には理解出来ないよ・・・」

士郎君は水筒のお茶をグビグビ喉を鳴らして飲み始めた。うわぁ、消化不良とか大丈夫なのかな。

いくら精神的に頑丈な士郎君でも、胃の構造は人類皆共通なんじゃないだろうか。それとも士郎君、特殊な胃酸を持つ稀有な人?

「ング、ング・・・プハァ!わ、悪い慎二。俺ちょっとやらなくちゃならない事がある。昼食はまた今度誘ってくれ。次は多分普通に行けるから」

士郎君は僕の返事もまたずに、足早に教室を後にしていった。どうしたんだろう、生徒会関連なのかな。備品の修理、今度僕も手伝ってあげようか・・・。

僕は呆然と士郎君によって開け放たれたドアを眺めていた。あっ、けど早く行かないと綾子を待たせてしまう。

慌てて僕は士郎君の後を追うように、教室を飛び出して行った。


******


 僕は一度と無く歩かずに道場のドアを開けた。息切れが酷いし、喉もカラカラだ。メロスもこんな気分だったのかな。

僕は必死に空気中の酸素を肺に取りこむのに専念した。もつれる足をどうにか道場の中まで運ぶと

「遅かったじゃないか慎二。てっきり忘れてんのかと思ったよ」

「酷いですよ兄さん。約束は守るのも、女性より先に来るのも紳士の嗜みです」

僕は「お、遅れてごめんなさ」までで固まった。いや、何も至って驚くべき光景じゃないのは確かなんだよ。

僕自身士郎君を誘おうとしたんだから。その点に関しては異論を挟む気は無いんだ。

でも桜と朝、色々あったじゃない?それがどうしてこう、和やかにお茶を飲み交わしているのか。

朝の騒動が記憶に新しい僕としては、先見の明が働いてしまったんだ。嵐の前に静けさとでも言えば良いのか。

極度の運動による心拍数過多の状態にあった僕の心臓。そして体を休める事が出来るにも関わらず、尚も活火山状態だった。極度の緊張のせいです、はい。

僕はぎこちない動きで桜と綾子の中間位置にあぐらを掻いて座った。本当は床柱に背を預けたい所だ。

背もたれあると楽なんだもん。でもそこに足を向けた瞬間、綾子に睨まれたから止めた。

僕達は三人揃ったので気を取り直し、ビニールシートを敷いて食事の準備を整えた。なんだかピクニック気分だよ、うん。

どうも綾子と桜はお互いの意思を通じ合ったみたいだ。いやぁ悩みの種と言っちゃ失礼だけど、僕としても有りがたい話です。

仲良き事は良きかな、良きかな、はぁ極楽だなぁ。僕は目を横線にしてお茶を飲んでいた。

桜と綾子はそれぞれのお弁当を鞄から出して来たようだ。いや、僕が待たせてしまったようで本当に申し訳ない限りだよ。

「へぇ、美綴先輩ってこういうのも出来るんですねぇ」

「いや~、あはは、弁当を作るのは苦手なんだけどね。今日はちょっと張り切っちゃったよ」

何でも普段は売店のサンドウィッチ等で昼を済ましているらしい。僕も同類だから分かる。作るのってめんどくさいよね。

だからそれを聞いた時に僕はむせび泣き、綾子の両手を掴んで感謝した。僕何かのために苦労を背負ってくれるなんて本当に素晴らしい女性だよ、うん。

確かに彼女のお弁当の品々は馴れた物ではなかった。それでも僕は感動した、だって努力や愛情が伝わって来るんだから。

卵焼きの焼き加減ミスったのか少々焦げていたり。タコさんウインナー作ろうとして足が炭になっていたり。梅干しの種を取るために必死になったのか、えぐれていたり。ふかそうとしたのかさつま芋がとろけていたり。

とりあえず力加減を誤った失敗が多そうだった。だから僕は嬉しかったんだ。不慣れな事を、僕のためにやってくれたその心意気がさ。

僕が涙ながらに感謝するのを見て綾子は腕を組み頬を染めてそっぽ向いた。

「いや、まぁ、あたしもそこまで感謝されたら嬉しいよ。で、でも味の保障は出来ないからね!ま、不味かったらす、捨ててもいいし」

「何言ってるんだよ、綾子。僕は綾子に告白された事以上に気持ちが伝わって来たよ。本当にありがとう。僕は君の彼氏で居て誇りに思うばかりだよ。」

綾子の染まっていた頬が更に染まって行き、横を向いた顔を更に後方へ向けながら

「ば、ばばばば馬鹿な事言ってんじゃないよ!ほら、もうさっさと食べちまいな」

吐き捨てるように言う物だから僕は素直に従った。そんな僕の姿を横目でチラチラ伺う綾子。

味は至って平凡だったけど、だからこそ僕は身に沁みた。平凡な僕に平凡な味を与えられる。僕は自分が平凡だからこそ、綾子と結ばれたのかもしれないと思ったから。

僕は出来うる最上の笑みを浮かべて

「とっっっっっても、美味しいよ!」

と言い放ったのだった。綾子自身、一抹の不安はやはりあったようだ。パッと笑みを咲かせて、桜の手を取って喜んでいた。

桜もそんな普段の綾子と違う一面を見たためか。目を細め、自然な笑みを覗かせていた。

僕達は今一つの家族として団欒の一時を過ごしているのかもしれない。綾子、これからも僕をよろしくお願いします。

僕は心の中で深く頭を下げてご飯一粒残さず、愛妻弁当に舌鼓を打つのだった。





―続く―





 はい、もはや一直線。慎二と美綴まっしぐらも良い所です。しかしまだまだ物語は序盤なのです。今後の展開など作者にも分からない次第。慎二と一緒に見えない道を切り開いて行くとしましょう。それではこの辺で失礼します!

 本日もこのような駄文にここまで目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] まさかの末っ子ライダーちゃん!?
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/19 06:39
 僕らは思いの外話の華が咲き、食も良く進んだ。そのため今こうして食後のまったりした、憩いの空間を過ごせるんだ。

そんな時だった。今まで学校内で一度として行動を起こさなかったライダーが、念話を用いたのは。

 慎二・・・

僕はライダーからの声掛けの可能性を全く考慮していなかった。だから一度目は聞き逃してしまった。

 慎二・・・うぅ、慎二

「!?」

僕は目を見開き、自身のサーヴァントの異変にようやく気が付いた。い、一体ライダーどうしちゃったの!?

 ら、ライダー?ライダー、ねぇ、ライダー大丈夫なの?

僕もノロマながらも、ライダーに向かって安否の確認を取った。ライダーは霊体ながらに、とても悲しそうな声色だったんだ。

 慎二・・・

 う、うん。どうしちゃったの、ライダー?

 楽しそうですね。

 ・・・

流石に僕は目が点にならざるを得なかった。もはやライダー全然異常無さそうじゃないか。寧ろその質問の意図が測りかねるくらいだ。

 ・・・え?

 楽しそう、ですね。

 う、うん・・・楽しいけど。

 そうですか・・・。

 ・・・まぁ。

何やら会話が終わってしまった。というか一体何なんだろう。何が目的なのかさっぱり分からない。それからも「楽しそうですね」を連呼し続けるライダー。

 ら、ライダー、もしかして疲れてるの、疲れてるのなら先に――

 慎二・・・私は寂しい。

僕の気遣いは遮断され、何やら不平の声を口にするライダー。実際脳に直接来てるんだけどね。

 だ・・・だから、家に帰ればセイバーが――

 わたしは寂しいんです!

もう僕としては何が何やら狼狽するばかり。別に学校が嫌とかでは無いらしい。そして寂しいと連発する我がサーヴァント。あ・・・もしかして

 ら、ライダー・・・その、君も話に加わりたいの?

 いえ、特には

突然普段通りの声に戻って即答するライダー。ますます謎が深まるばかりだ。僕が首を捻りう~ん、と唸っているとライダーは一つコホンと咳払いをした。

 しかし、慎二が会話に加わって欲しいと言うのならば、やぶさかではありません。

 ・・・く、加わって欲しい。

 全く慎二は仕方がありませんね、ふふふふふ。

さっきと打って変わって超ご機嫌だ。どうも僕の解答はバッチリらしい。それにしてもどうしてこう女の人は気難しい人が多いんだろう。

しかしライダーを話に加えるためには、まず彼女の素性を考える必要があった。僕がその事をライダーに伝えると、彼女はえらく自信満々に答えた。

お任せ下さいマスター、私に考えがあります

彼女に思う所があるのなら、それに委ねよう。彼女は何だかんだ言って僕より賢いし。

そして彼女は霊体のまま外に消えて行った。だ、大丈夫だよね。何故だか僕は猛烈な不安に駆られていた。

何せ僕と士郎君をホモ扱いした程の大物だ。一体どんな手を使って来るか・・・。

しかし今となってはもう遅い。僕は震えながら彼女に未来を託すしか無かった。それから数分と立たず、早くも道場の扉が開いた。

ライダーは何食わぬ顔でスタスタとこちらに向かって闊歩して来る。僕と桜はともかく、流石に綾子は怯んでいるようだ。

身内とは言え、事前に知らされてない桜も同じ事。口をパクパクさせて、僕に驚きを露わにしていた。

ライダーは僕の真横までぬしぬしと我が物顔で歩き、こう言った。

「慎二忘れ物ですよ。」

僕に差し出された午後受ける現代文の教科書。僕は今日普通に持って来たのを覚えている。だから僕の机から取って来たのだろう。

これは霊体でライダーが取ったらしく。後日宙に浮く教科書という怪奇現象として学校を賑わした。そして後世へと語り継がれる学校の七不思議となる。

閑話休題、ともかく僕は謝辞の言葉と共に受け取った。勿論その顔はおおいに引きつっている。

そして渡した後、微妙な空気のまま沈黙。ライダーは自然な動作で綾子の隣りに座った。いや流れ的に違和感しかないけど。

どんな人でも教科書渡しに来ただけならもう帰れよ、と思うだろう。しかしライダーは良くも悪くも空気を読まない女性だった。

座る体勢も正座で、礼儀正しく上品かつ優雅。だがその体はバッチリ綾子に向き合っていた。

完全にライダーに捕捉されている綾子。当然綾子は得体の知れない女として警戒心を隠そうともしてない。

しかし弓道部主将は名ばかりじゃない。気丈にもこの謎の人物に話しかけた。

「しん、間桐君の知り合いですか?お渡しの用事は終わったように見受けるんですが。あ、あの一応ここ部外者は極力立ち入り禁止なので・・・」

どこの誰とも知れない余所者にたじろぎながらも発言出来るのは立派だと思うんだ。ライダーはピクリとも動かなかったけど。

そしてライダーは造次顛沛、言葉を発さずに止まっていた。重い口から出た言葉は

「まぁ素敵、この方が慎二の彼女なのね」

見事なまでの棒読みで謎の台本を諳んじた。僕も桜も顔を見合わせて頭の中真っ白だ。会話所か、話になっていないじゃないか。

「え、ええと、あんたは一体・・・」

僕は堪らず念話でライダーに話しかけた。

 ら、ライダー!?き、ききき君は一体何が目的でこんな・・・

 お静かに慎二。大丈夫です、まだ修正が効く範囲ですので。お任せ下さい。

 ま、任せるったって――

「すいません、綾子。少々悪ふざけが過ぎましたね」

突然素になるライダー。今のアレ(棒読み)は一体何を演出しようとしたのかてんで理解できない。

「え、あ、ああ・・・何だ、そっちが本当なんですね」

「止めて下さい綾子。わたしにそのような話口調をなさらないで結構です」

「え・・・でもあなたは―――

「ご心配には及びません。わたしは間桐家の一番末っ子ですから」

「・・・え、い、妹、さん?」

勿論僕達は何も聞いていない。そして思ってもみない発言だった。桜などは白目を剥いてフリーズしてしまっている。

ラ、ライダー無茶にも程があるよ。長女としての貫禄しかない君が、どうして秒殺で見抜かれるような嘘を付くんだ。

未だに混乱している綾子を余所にライダーは微笑を携えた。

「ですから綾子、是非とも私を妹として可愛がって頂きたい」

そんな意味不明な事を言いながら立ち上がるライダー。そして帰るかと思いきや逆に綾子に急接近していく。

その動きは豹のように俊敏で、かつ蛇のようにねっとり巻きついて行った。初対面からいきなり大胆なアプローチを受け、綾子もたじたじだ。

「ちょ、ちょっと、ちょっとぉ、お、落ち着きなって、あんた!」

ライダーにアゴやら腰やらをソフトタッチされている綾子。実に淫靡な空気が漂い始めている。

怪しげな笑みを浮かべてうっとりなライダー。彼女は一体何がどうしてああなった。

僕は目の前の女同士の絡み現場に目を疑っていた。何だか当てつけに見えなくも無いけど。

とりあえずライダーは戦闘し無さ過ぎて欲求不満なんだろうか。どうも脳の状態がよろしく無いようなんだけど。

今まで気を失っていた桜だが、綾子の悩ましげな声に目を覚ましたようだ。

「ラ、ララ、ライダー!!」

道場を揺るがす程の怒声。流石のライダーも上体を揺らし、声の勢いを受けているようだ。

「あなたは一体何をしに来たんです、全く!」

「さ、桜、いえ私はただ・・・仲良く――

「公序良俗に抵触するような事をして仲良くなっても意味ありません!!」

強烈な桜の怒鳴り声に、ただ項垂れるしかないライダー。うん、確かに今の構図だけ見るとライダーは妹みたいだよ。

そして荒い息を吐く綾子に桜はライダーの不祥事を謝罪していた。

「すみません、美綴先輩。うちのライダーがご迷惑をお掛けして」

「い、い、いやぁ・・・あたしはいいんだけどさ、あ、あは、あはは」

完全に心無い許しの声を出す綾子。う~ん、トラウマになってなけりゃいいけど。調子がどうにか戻った綾子は桜と僕に質問して来た。

「それで、その・・・ライダー、だっけ?あの子本当に妹なのかい?」

どうしましょう?という目で尋ねて来る桜。う、う~ん、僕としてはどっちでもいいけどね。

ただライダーを見る限り、妹として綾子に甘えたいみたいなんだよね。だから僕は桜に指で丸を作って許可を出す事にした。

「ええ、そうなんです。ちょっと訳ありなんですけど。でも本当に良い子なんですよ」

機転の効く桜はすぐさまライダーを自身の妹として容認したようだ。ライダーもほっと胸をなで下ろしているご様子。

そのまま桜と綾子はライダーの話題を中心に話込んでいるようだ。僕は気になる事があったので、ライダーに念話を通じて聞いてみる事にした。

 ライダー?

 はい、何でしょうか慎二。先に申しておきますが、決して悪気はありません。

 あ、いやそれは分かるけど。どうして急に僕達の妹なんかに・・・?

 ・・・憧れだったんです。

 憧れ?

 ええ、わたしは実際向こうの世界では本当に末っ子でした。しかし酷い姉達だったので、あのような面倒見の良さそうな人の下に付きたかったのです。

 なるほどねぇ。まぁライダーの過去は別に尋ねようとは思わないけど。それにしてもライダーいきなり抱き付くのはおかしいよ。

 ええ、少しばかり興奮してしまったようです。

 ・・・まぁ、ほどほどに。

 すいません、慎二。私は今初めて自分が酷い事を言ったと気付きました。

 ?何の事を言ってるのか分からないんだけど・・・。

 いえ、慎二が士郎と出来ているなどと。自分が言われて初めて気が付くとは愚かな女ですね。本当に申し訳ありませんでした。

 いや、まぁ済んだ事はもういいよ。とりあえずこの場で綾子と仲良くなりなよ?名誉挽回するなら今が一番良いはずだから。

 そうですね、それでは私達も話に加わるとしましょうか。

僕達はそうして昼休み限界まで話し込む事になった。これから午後の授業は教師と同時に、教室に掛け込む事になりそうだよ。

僕は先の事を考えて思わず歯を見せて笑っていた。だってこんなに楽しそうな未来を浮かべて、笑わないなんてどうかしてるじゃないか。

いつまでも平穏無事な世界が続きますように。そのために僕は足掻いているんだよね。僕は周りで楽しそうに話す三人を尻目に、まなじりを決するように頷いた。そしてしばしの休息の一時を大切にかき抱くのだった。





―続く―





 よっし、ライダーと綾子の絡みが出来た!上手く表現出来たかは分かりません。理由は姉への憧れという事で綾子に懐いたライダー。これからもほのぼの出来ればいいんですがね。

どうもここまで幸せな感じを出すと、戦闘し辛いな~と思ったり。この感じで行くと誰も死なないような、ねぇ?死なずに済むならそれに越した事は無いんですが・・・。世界観的に有りなのか無しなのか・・・。ま、気を取り直して続きの構想を練りましょう。それでは失礼します!

 本日もこのような駄文に目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 慎二、隠せぬレプリカ臭(シリカス)←シリアス+カス主体の意
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/19 09:53
 士郎は凛の言葉通りに従って行動していた。つまり魔術の基点を探さんと、学校の敷地内を隈なく回っていたのだ。

魔術の詳しい事情に明るく無い士郎に抑制や破棄は出来ない。だが彼の独自に備わる感覚によって場所を特定出来る。

違和感、甘い蜜として魔術が施されている場所を導く事が出来る。そこさえ分かれば後は凛が応対するという手はずになっている。

だから東奔西走とばかりに歩きまわるしか方法は無い。

彼は校舎の中でも異変を多々確認する事が出来た。しかしここ、弓道部の道場は別格だ。

セイバーが結界には祭壇がいる、と言っていた。それがここ周辺にあるのかもしれない。

あまりに密度の高い濃厚な香りに、胸を抑える士郎。認識してしまうと嘔吐感もこみ上げて来て、思わず口も手で押さえてしまう。

「くっ・・・刻印ってのは一体どこなんだ」

足取り重くゆっくり地を踏みながら周囲を警戒する士郎。そこに声を掛ける人物がいた。

「探し物かい、衛宮?」

「・・・え?」

士郎の眼前にいるのは確かに慎二だった。しかし異様なまでに顔色が悪い。またいつもの優しい瞳が喪失している。

居丈高、傲岸な態度に不信感を覚える。しかしまだ断定は出来る程の材料は揃っていない。士郎は平生を装っていつも通り話しかけた。

「し、慎二大丈夫か?えらく顔色が悪く見えるんだが」

「余計なお世話だよ、衛宮。僕の体は僕が一番良く知ってるんだ。それよりも奇遇だね。僕もこの辺に用事があって来た所なんだ。」

ずるり、と。彼は歩く度に黒い何かを落としながらゆっくり歩く。異形な姿として目に写る慎二。

士郎は直感的に彼が本物で無いと見破っていた。目の前の慎二は、卑下たニヤニヤ笑いを決して止めない。

また慎二が士郎を「衛宮」などと呼んだ事など一度として無い。ぶん殴ってやりたかった。

自身の大切な友人を汚され、冒涜されている気がしたから。しかし士郎は決して態度を変えなかった。

ここで目の前の慎二、いや偽慎二を逃せば情報が無くなってしまう、その事を士郎自身も分かっていたからだ。

「その様子じゃもしかして衛宮、君には分かってるのかもねぇ?」

クツクツと人を馬鹿にしたように笑う偽慎二。どうしてこういちいち人の神経を逆撫でしてきやがるのか。

士郎はもはや喋る余裕が無くなり、怒りを抑え込むのに精一杯だった。そして歯を食い縛って質問した。

「俺は何も分からない。お前、一体何をやったんだ?」

途端、偽慎二はさも愉快そうにこき下ろすように笑いだした。

「ハハ、ハハハハ、ここまで来て白を切ろうってか?話には聞いてたけどお前、本当に馬鹿だな。遠坂とか言ったっけ。あいつと手を組んで結界探し頑張ってんでしょうがよ?」

思わず士郎は脳で考えるより体を動かしていた。偽慎二は士郎に殴られ倒れ伏している。尚もおかしそうに笑う偽慎二。

「けひ、ケヒヒヒヒ、おお、痛ぇ。こいつはおもしれーや。言葉じゃ勝てないから暴力ってか。とんだ正義のヒーローもあったもんだねぇ」

痛い所を突かれ思わず息を詰まらせる士郎。しかしあいつは間違い無く悪だ。それに慎二を馬鹿にするな。

目の前の偽物を殺す勢いで睨みながら、敵意を剥き出しにする。しかし相手は飄々としたものだった。

相変わらずズボンの裾や服の袖の隙間からゴミを落とす偽慎二。あれは一体なんなのか。彼はにこやかに笑みを浮かべた。

「いやぁごめんごめん。僕もちょっと言い過ぎたよ。まぁさ、衛宮僕だってそう悪じゃないんだ。向こうから仕掛けて来ない限り攻めるつもりなんて毛頭無いんだよ」

空々しい事を平気で口にする偽慎二。そもそも日頃の慎二と接している士郎からすれば、聞くまでも無い事だった。

そんな彼の口から出たのは予想外の言葉だった。

「だからさ、手を組もうよ。そっちの方が効率的だろう?生憎僕も人殺しに不慣れだからね。半端者同士手を合わせて丁度良い塩梅だと思うんだよ。ふふふ」

士郎はどす黒い瘴気が漂う目の前の偽慎二を見つめた。彼の陰湿な笑みと共に差し出された手は、茶色く変色している。

俺は・・・一体どうすりゃいいんだ。士郎は唐突な決断を迫られていた。

今士郎が遠坂や慎二に助力を乞えば雲隠れされる可能性がある。だが明らかに別物と思われる目の前の慎二の姿。その笑みは、残虐性を備えた瞳を称えている。

大隠は市に隠るではないが、彼がどれほどの知能を備えているか士郎に知る術は無い。ならば危険を冒すだけの価値はあるのではないか――

答えなど聞かずとも分かるとでも言う風に歩きだす偽慎二。士郎は決死の覚悟で彼の後に付いて行くのだった。



******



慎二が衛宮邸に腰を落ち着かせる事もあってか、疎遠になっていた。間桐邸は昼間だと言うのに仄暗く、湿気を帯びてひっそり立っていた。

中学の時以来の話だが、何故こうも太陽を遮断しているのか。士郎にはいまだ知る由が無い。

更に電灯も少ないという配慮の無さだ。当時壁にぶつかる事だって数え切れないほどあったものだ。

「衛宮、こっちだ。居間にいるから早く来いよ」

士郎は内心舌打ちをした。慎二の声で気安く声を掛けられるのが嫌だった。一刻も早く顔面目掛けて塩をぶっ掛け、こいつを除霊したい気持だった。

そして自分で思いついて置きながら驚いた。こいつ


――もしかして人じゃ、無いのか?


途端に恐怖が彼の全身を電光石火で駆け巡った。彼は敵の本拠地に乗り込んだようなものだから。流石の士郎も冷や汗を掻かざるを得なかった。

士郎は危なげなく、居間へと足を運んだ。同様に内部は闇に支配されていた。目が慣れて来たのか、闇の中に人影が浮かび上がって見える。

そこに居たのは・・・

「ラ・・・ライ、ダー?」

士郎は思わず呟いてしまった。まさかこんな事が。暗くて良く見えないが彼女は紛れもなくライダー、その人だ。

ただ普段の清楚な佇まいじゃなく、ダラリと両手両足を下に垂らしている。見るからに生気が感じられない様子だ。

ソファーに悠々と腰を下ろし、両手を組んでアゴを乗せる偽慎二。彼はライダーを気に掛ける素振りすら見せない。まるで物とでも言うかのように。

「おい、もうちょっと下がれ。髪の毛が鬱陶しいんだよお前」

と言ってぞんざいにライダーをあしらっている。ライダーも気にした様子も無く一歩下がる。

全てがおかしい。ここに居る全ての人間が異常だと俺の脳が警告している。士郎はもう目の前の二人が人間ですら無いと悟っていた。

「さぁって、その様子じゃ僕のサーヴァントについても知ってるようだね」

手をクイクイ曲げてライダーを引き寄せる慎二。それから嬲るように彼女の体を触診で蹂躙していく。

見ているだけでも胸糞悪い光景だ。ここまで腐った奴を生みだした奴は、一体どんなゴミなんだろうか。

変わらずライダーは微動だにしない。そもそも彼女は意識があるかさえ分からない。偽慎二はひとしきり極上の作り物を堪能した後「一歩下がれ」と命令した。

「ま、そっちもサーヴァント要る訳だし?これくらいの牽制は当然の処置だよね」

悪ぶれる様子も無く、さも当然のように言い切る偽慎二。突き抜けた唯我独尊ぶりだ。もう気にならなくなりつつさえあった。

「それにサーヴァントってのは言う事聞かないじゃじゃ馬もいるそうじゃないか。ま、それもマスターが無能だからなんだけどさ」

ケラケラ笑いながら知った風な口を聞き、全てを見下す偽慎二。彼はさも名案のように言葉を紡いでいった。

「そうだ、僕のサーヴァントだけ見せるのは不公平だよねぇ?やっぱりそっちのサーヴァントも見せてくんなきゃさぁ。正義ってのは正々堂々が基本スタイルなんじゃないのぉ?」

どうやらこっちにセイバーがいると勘違いしているようだな。そりゃ寧ろこっちも好都合だ。俺も危ない橋を望んで渡る気なんてさらさら無い。

「断る、話をするのにサーヴァントを見せる必要なんてないだろう。こっちなりの牽制だ。」

その言葉を聞いて、偽慎二は大仰に溜め息を付いた。

「あーあーあーあー、そうですか、そうですか。本当に使えないダチを持つとこっちの身も疲れるもんだよ。ったく、僕以外本当に無能揃いなんだからさ」

手のひらを左右に広げ呆れたように首を振る偽慎二。こいつは本当に人間として終わってるとつくづく確信させられる。

それから慎二は話してもいないのに自分の事をベラベラ話し始めた。しかし思いの外情報としては役立つ物だったのには驚いたが。

曰く間桐家は魔術師の家系である。しかし徐々にその血が薄れて行き、慎二の代で完全に喪失してしまったそうだ。

確かに慎二が家で桜にマスター権を委託したのは見たけど、そこまでは知らなかった。って事は――

「じ、じゃあ桜にも魔術を教えてたのか?」

「んな訳無いでしょ?君本当何にも知らないんだなぁ。呆れを通り越して眠いんだよ。いいか、魔術師の跡取りとして知識を授けるのは長男だけさ。分散させて魔術の力弱めてどうすんだよ。ったく、雑種ってのは良い気なもんだよね。僕みたいに選ばれし者の悩みなんて抱えずにすむんだから、さ」

何やら自分に酔う偽慎二。何が選ばれし、だ。そもそもお前偽物じゃないのか?しかし新たに疑問が湧く。・・・桜もこいつらみたいにいるのか?

偽慎二は散々自己賛美に浸った後、ようやく本題に入って来た。

「とにかく僕が最初から言いたい事は一つだけなんだよね。僕と手を組もう衛宮。そして目の前の天敵である遠坂を殺ろうじゃないか」

「―――」

俺は一瞬奴が発した言葉を正しく理解出来なかった。殺す、と言っているのか?

俺は知っている、慎二が遠坂と親しい事を。そしてその逆に遠坂も慎二に信を置いている事も。

何も知らずに喋っているからこそ憎い。ここまで腐りきった奴と喋っていると、こっちの脳まで腐りそうだ。

俺は聞き返されないようにハッキリと決裂の言葉を口にした。そして立ち上がった。

「断る。悪いが、他を当たってくれ。他が要るのかどうか知らないけどな」

もう聞くまでも無い。どう考えてもコイツが全ての元凶に違いない。友人を馬鹿にしたツケはしっかり払ってもらうぞ。

「くひ、ふふひひひ、実に無駄な時間だ。こいつは面白い、全くこれだから雑魚の相手は楽しいんだ。さぁライダーお客様のお帰りだ。丁重にお見送りしてやれ」

俺が居間から去っても偽慎二の狂ったような笑い声が耳に張り付いていた。

そして明るみに出るとやはり、ライダーも本物じゃないようだ。俺は思わず安心してしまった。

寡黙だけど人としての温かみを持ち合わせるあのライダーはまだ存在する。俺は一刻も早く彼らの安否を確かめたかった。

外の門まで出て、ライダーは軽く会釈をして中に戻って行った。髪の毛の端々から黒いゴミがやはり落ちて行く。肌も茶褐色で血の気が全く無い。

得体の知れなさと気味の悪さに身をよじらせ、俺は勢い良く衛宮邸へと走って行った。



******



士郎の去りし間桐の屋敷にて

 臓硯は重い足取りを保ちながら居間まで歩み寄った。偽の慎二にもう笑みは無くただじっと前方の闇に目を向けている。

「くっく、どうじゃ。上手くやれそうか?」

「ああ、言うまでも無いよ。あんな下っ端のカスに僕が負けるはずがない」

そう鼻息荒く語気を強めると目から蟲が大量に湧き出て来る。「おっと」と声を掛けながら両目を押さえる偽慎二。

彼の顔はどうにか元の形を留めた。まだ慣れないのか、気を緩むとすぐに飛び出るから困ったものだよ。彼は一人小言を述べた。

「にしてもお主、わざわざ挨拶など行かずとも良かろうものを。ふっふ」

「いやいや、体がまだ馴染まないんだよねぇ。やっぱ動きながら調整しないとさ。それに底辺と喋るってのも案外楽しいもんだよ」

「ふふ・・・まぁ良かろう。お主の好きにするがええ」

「それにしても良いのかい、爺さん。可愛い孫を殺す事になるかもしれないよ?」

「カッカッカ、嬉しい事言ってくれるのう。じゃが・・・もうあいつらは使い物にならんでな。今儂の一番の孫はお主、ここに居る慎二のみよ」

「へへっ、だよね。じゃあちょっとご飯食べさせてよ。お腹空いてちゃ戦えないからさ」

そう言った瞬間、慎二は夥しい蟲の姿に戻り臓硯に吸い込まれて行った。そして後には一つの骸が転がっている。

「ククク、とんだ不孝者の慎二よ・・・お前にはもう頼れん。やはり儂自ら動くしか無いと言う事かの」

臓硯は一人呟き、その身を闇と同化させていった。後に残されたのは生無き2つの骸骨だけだった。今日も間桐家は闇に飲み込まれていく。





―続く―





 いよっしゃあ!悪役っぽい、実に悪役です。臓硯先生の出番が来てしまいました。と言ってもこんなキャラだったか不安なんですけどね。そして偽慎二は原作の倍近く、うざいキャラに仕立て挙げました。存分に殺意を抱いて頂きたい。

 大丈夫です、死にますから。ええ、もうそれはそれは殺す気しかありません。こんなの生かして置いても害しか無いんでね。結界云々に関しては本編では否定してましたが、多分慎二で間違い無いと思うので。

 したがってキャスターに張らせた件に関しては書き変えようと思います。それではまたお会いしましょう!

 本日もこのような駄文にここまで目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 杞憂、そして日常の再開
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/19 22:47
 今日も僕はいつも通り自己鍛錬として弓道に勤しんでいた。10本の壁はなかなか超える事が難しい。

やっぱもっと筋力付けなくちゃ駄目かな。僕は自分のもやしのような腕で、貧相な力こぶを作りながらそう思った。

当たる事は勿論だけど、殺傷力もいるもんなぁ。バーサーカー戦を見た僕としては、威力を考慮せざるを得ないよ、うん。

そんな事を考えながら弓矢の回収をしていた。もう今日は良い時間になった。帰り支度をしないとね。

皆めいめいに後片付けをしている時の事だった。一人の闖入者が凄い勢いで飛びこんで来た。

「慎二――――――――!!!」

突然の大絶叫に部員一同、唖然とするばかり。叫び声の主は元弓道部員の士郎君ならなおさらだろう。

とうとう奴は頭がおかしくなったのか、などという声も聞こえる。それでも汗だくで懸命にここまで走って来た人にそんな事言っちゃ駄目だよ。

何はともあれ僕は至って健康体なんだ。だから僕は片付けをそこそこに士郎君に駆け寄った。

僕を見つけると、たちどころに安堵の表情を浮かべた。何やら僕と言う存在が、士郎君を安心させるに至ったようだ。

士郎君は激しい息切れのために、まともに喋れていなかった。だから彼に道場で休んで貰う事にした。そしてその間に後片付けを急いで行ったんだ。

士郎君は何やら深刻な事態に遭遇したようだ。未だに片付けが終わった僕を強く握りしめているし。僕はずっと彼の手を握ってあげていた。

帰り道話を聞こうと思うので、綾子は陸上部の女子3人に任せる事にした。何でもその中の一人氷室さんと同じアパートだそうなので。

僕が綾子をよろしくね、と言うと三人声を揃えて『おーっ!』と感嘆の声をあげていた。

その後綾子は散々氷室さんにいじられ、薪寺さんに幾度も「ヒューヒュー」言われ、三枝さんに微笑まれていた。

真っ赤になりながら「あーうるせーうるせー」と連呼しながら歩いて行く。その綾子の後ろ姿は本当に年相応の物だった。

そんな羞恥の中でも彼女は僕に振り返り、元気良く手を振ってくれるんだ。やっぱり僕は本当に素晴らしい人に巡り合えたよ。

当然桜も士郎君の事が心配していた。そして帰り道も危険だから僕らは三人で帰宅したんだ。

三人になった途端に士郎君はすかさずこう言ったんだ。

「ら、ライダーは無事か!?」

そう言うと今まで霊体だったライダーが、不思議そうな顔を携えて士郎君の前に現れた。

「ふふ、いかがなされたのですか、士郎」

幾分機嫌が良さそうに見えるライダー。やっぱり綾子の事とても気に入ったんだね。良かった良かった。

その姿を見て緊張が解けたみたいだ。士郎君は涙をポロリと一粒流した。そして慌てて裾で拭っていた。

僕達兄妹も只ならぬ士郎君の様子が伝染して緊張していた。僕はこの場を代表して士郎君に事の顛末を尋ねたんだ。


******


結構怖い話を聞かされた。何でも僕とライダーがもう一人ずついるそうだ。

それで家に帰ったものの誰も居ない事で更に不安になった士郎君。慌てて学校まで走って来たそうな。

ライダーは霊体を解除して今隣りを歩いている。彼女も同様に驚きを示していた。

「・・・それで遠坂さんを殺そうって持ち掛けられたの?」

「ああ・・・今思い出しても頭に血が登って来る」

「確かに見覚えのある結界とは思いましたが、まさか瓜二つの私の仕業とは思いませんでした。」

「ライダー結界なんて張れるの!?」

「そうです、慎二。あなたには余りわたしの能力など知られたくなかった。しかし今はそうも言ってられませんからね」

「ううん、その気持ちを言ってくれるだけで僕は嬉しいよ」

ライダーの知っている結界ならもう準備はほぼ整っている状態らしい。後はもう一人の僕の気分次第になるとか。

人間の魂を食べるなんてあんまりだ。それじゃ死んだ人は勿論、ご両親も浮かばれないよ。

僕はライダーにしっかり確認する事にした。

「ライダー僕達は――

「分かっていますよ慎二。わたしは決して人を襲ったりなどしません。あなたが命令しない限りは」

「うん、ありがとうライダー」

やっぱりライダーは僕の最高のパートナーだと思う。僕の気持ちをすぐに察知してくれるんだから。

そして厄介な事に結界は本人のみが解除出来るように暗証詠唱を施してあるそうで。まぁ他の人にいじられないための暗証番号みたいなもんです。

結局方法は二つに一つ、倒すか、説得するかだった。うん、分かり易くて実に良いね。シンプルイズベストって奴だよ。

更に単純化する事に士郎君は「説得は無理」と言い切った。何でもその僕は外道以下の存在だそうな。

何を決めるにもまずは衛宮家で会議を開かないといけないねぇ。やはり皆で談論風発した方が、団結力高まるし。

何より危機意識を共有しとかないと不味いよね。一瞬の気の緩みが命を落としかねないんだから。

士郎君はまだ偽りの僕が気に入らないようで、あいつは駄目だクズだとぶつぶつ言っていた。

いやまぁ、別に僕の事を言われてる訳じゃないんだよ?でもあの慎二ムカツクとか言われると、うん、何かへこみます。

ちょっと沈んだ僕に気付き、背中をバシバシ叩く士郎君。「やっぱ慎二はそうじゃないとな!」と嬉しそう。

だから僕も「やっぱ僕ってそうじゃないとね!」と返事をする事にした。僕と士郎君は似た者同士なんだ。互いを大事にし合えるっていいよね。

士郎君は何かいつもの倍のテンションだった。いやぁたかが僕に会ったからってそのハイっぷりはおかしいよ。

と思うものの、そんな無粋な事は言いません。だって幸せな顔見るのって気持ちいいじゃないですか。

それに今日は奮発してビーフステーキなんだって!やった、ビフテキビフテキ!僕だって幸せになるってもんだよ、うん。

夕食はやっぱり賑やかだった。今朝と違い、藤村先生まで参入したんだ。もう祭りとなんら変わらない。

先生は釜ごと炊き込みご飯を強奪して、人質みたいになっている。そして僕達はネゴシエーターや機動隊になっていた。

「あー君は完全に包囲されているー。直ちに降伏して、その食物を渡しなさーい。従わなければーこちらにも考えがあるー。セイバー弾頭にライダーミサイルだって発射しちゃうぞー?」

士郎君は両手をメガホンにし、先陣切って交渉人となっていた。しかし最後の一言のせいでセイバーライダー両名に斬って捨てられていた。

「誰が爆弾ですか!」

「もうちょっと格好良い名前にして下さい」

という事らしい。ライダー・・・君って奴は。いつもながら着眼点が人と違うんだよ。

藤村先生は縁側に身を潜めてこちらの様子を伺っている。そして威嚇しながら

「な、何よ皆して!いいじゃない、減るもんじゃないんだしっっ」

そう言いながら片手で釜を持ち、スプーンで食べる先生。いや、滅茶苦茶減ってるじゃないですか。

その無残な光景にセイバーの目が鋭く光った。そして目にも止まらぬ早業で、藤村先生から釜を奪還していた。

そして藤村先生に怒りを込めた笑みを浮かべ

「大河、これだけご飯を食べればあなたは十分でしょう?今日はもうこれでお終いです」

何一つ料理を作っていない人としてはおかしな発言だった。しかしそれは藤村先生も同じ事。そしてセイバーには何らやましい所は無い。

かくして藤村先生はすごすご居間から撤退して行ったのだった。さらに士郎君は案外策士だった。

何とこのような展開になる気がしていたそうな。予備として、というかメインのビフテキはまだ出てません!イエーイ!

そうして我らがウキウキして本日のスペシャルミートを待ち侘びていると

「と思わせてーーー!」

残念ながら弟の考える事は姉に筒抜けだった。ゲストのように登場される藤村先生。

あの後姿に騙されたけど、厠に行っただけのようだ。実に皆の視線は冷ややかこの上無い。

士郎君も「何だそりゃあ」と声をあげて嘆いていた。まぁ人数分用意されてるからもめ事は無いんだけどね。

しかし先の炊き込みご飯の恨みは晴らさねばなるまい。という意見が過半数を超えていた。

ちなみに僕どっちでも良い派です。その結果、藤村先生のビフテキは彼女以外の人数分、6等分に分断されていた。

残った数センチの哀れなビフテキを藤村先生は涙ながらに食していた。結局僕ら間桐兄妹の二人は藤村先生に返還したけどね。

「やっぱりあなた達は最愛の生徒だわーーー!」

まぁ嬉しそうなのは何よりです。食欲旺盛なのも結構ですが、周囲の迷惑を考えて頂けると尚よろしいかと。内心で僕は一人ごちた。

僕としては藤村先生が幸せそうだからいいや、といつも通り甘かった。他の人が容赦無い分、僕みたいなのも必要だと思うよ、うん。

振り返って見れば何でも無い。いつも通りの一日だと思う。こうして過ごしている内に聖杯戦争終わって居ればいいのに。

僕は一人自嘲するように笑って、首を振った。楽しい事が多すぎると現実を見なくなる。それではいけないよね。

次にバーサーカーに会えば間違い無く殺される。最近僕のそっくりさんが悪事を働いているそうだし。

ゆっくりと着実に物語は進行を遂げているんだ。僕も止まってる場合じゃないよ。僕は居間にいる全員に話があると言った。

そして今藤村先生を見送る士郎君を待つのみとなっているのだった。





―続く―





 はい、皆さんこんにちは!シリアスの後にほのぼのは結構難しかったり。表現が堅苦しくなってるんですよね。とは言えどうにか書きあげれたので良しとしましょう。

 ちなみに30話というキリの良い話まで来ました。いや、物語的には中途半端過ぎますけど。コメントを拝見させて頂きますと、「更新早い」と良く頂戴いたします。僕としては褒め言葉として更に加速した訳ですが。

 しかし逆に何やら「竜頭蛇尾が心配」や「体大丈夫?」という懸念の声も頂いております。作者への心配から読者の皆様が小説を楽しく読めないなど、本末転倒も良い所です。そこでこれからは基本的に一日最大一話ずつ更新するようにします。

 確かに勢い良く進めて尻すぼみになっても意味ありませんしね。細く長くやっていきましょうか、気長にね。まぁ時間がある時にガンガン進めて書きためておきます。どんなに疲れてる時でもそれ投下出来ますし。

 また誤字脱字を予防出来るんですよね、書きだめて置くと。何度も見直し出来るんで。そう言った意味を込めて一日最大一話、この方向で参りたいと思います。僕何かの体調を心配して下さった方への感謝の念が絶えません。今後ともよろしくお願いいたします。それでは今回はこの辺で失礼します!

 本日もこのような駄文にここまで目を通して頂いて誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 迫られる決断、柳洞寺編
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/23 22:56
 僕達は居間で作戦会議を行っていた。皆の表情は例外なく引き締まっている。それもそのはず、命を賭しての戦いなのだから。

いつもの穏やかな雰囲気は見る影も無い。緊迫した空気の中、士郎君が玄関から戻って来た。

彼にとっても伝えるべき事がある。だから驚く事無く神妙な面もちで入って来た。そしてそのまま彼の指定席に座した所で、遠坂さんが口を開いた。

「・・・さて、それじゃ面子も揃ったようだし?話を聞かせて貰おうかしら」

僕は士郎君の話も知っている。そして僕も別に気になる事を学校内で小耳に挟んだんだ。僕は皆に聞こえるよう、声を大きくはっきり話し始めた。

「とりあえず僕から一件、そして士郎君からもう一件あります。どちらも聖杯戦争に関わる事ですね」

セイバーは「聖杯戦争」と聞いた時目が細くなり、眉を吊り上げた。冷静に見える彼女だけど、その表情からは闘志が漲っている。

やはり彼女は戦闘を欲しているのだろうか。僕は胸がズキリと痛むような思いだった。だって楽しそうに食事をしているセイバーを知っているんだから。

心の内側の気持ちは出さず、ただ僕は彼女の顔を眺めた。さぞ憂いを帯びた表情をしてるに違い無いけど、今の僕。

先に士郎君の話を聞く事にした。と言っても内心に留める事が出来ないように、彼はまくし立てたんだけど。

士郎君の話を皆真剣に聞き、桜も憤慨していた。

「そんなの兄さんじゃありません!」

あ、いや桜、気持ちは嬉しいけどね?その、テーブルバンバン叩くの止めて貰えると、僕嬉しいなぁ~、なんて。

遠坂さんもまた真剣な表情で黙考していたようだったけど、話しながら自身の考えをまとめ始めた。

「今聞く話じゃ実体があるようね。この事からファントムの類じゃなさそうだわ。そして幻影の術式とも違うみたいね。いえ、そもそも魔術で可能なのかしら」

「それほど高等な事なのか、遠坂?」

「ええ、形を整える事までは出来たとしても『個』として動かすのは相当な物だわ。しかも人格まで備わってるみたいじゃない」

「・・・あぁ、飛びきり性悪な性格だけどな」

「とすればもう神の域だわ。それは恐らくサーヴァントの仕業かも知れないわね。それとも単純に慎二に似た奴を操作してるとか」

「まぁそう考えるのが妥当かも知れない。それより学校の結界は間違い無く、あいつら偽物の仕業だと思う」

「・・・その確証は?」

「無い」

「そんなもんアテに出来る訳ないじゃない。第一さっきも言ったけど存在自体が奇跡の類なのよ?結界を張らせるなんて、サーヴァントがもう一体いるようなもんじゃないの」

「だけどライダーも自分の張る結界に似てると言ってたんだぞ?」

「え・・・そ、そうなの。ライダー?」

「ええ、確かに士郎の言う通りです。わたしが結界を張ればあのような形になると思われます。」

「嘘っ、そ、それじゃグッと信用度が増すわね。その分だとライダー、解除は・・・」

「ええ、わたしに似ているからこそ分かりますが出来ません。本人で無いと介在出来ない作りになっていますので。ですが場所は分かるので、凛が力を弱める事が出来るのであれば案内します。」

「そうして貰えると助かるわね。ふむ、まずはこれで一つ問題がはっきりしたわね。それでもう一つは?」

次に僕が今日知った情報を話し始めた。それは士郎君が午後に偽物の僕と関わっている間の話なんだけど。



******



「酢昆布、お前柳洞寺って知ってるよな?」

それは本当に突然の質問だった。何故か川尻君がそんな事を僕に尋ねて来た。

「え・・・柳洞寺って柳洞君が住んでる所じゃないの?」

「おう、そうだよ、それそれ。俺さ、結構柳洞ん家から近い所に住んでんのよ。そんでついこの間も茶菓子目的でお参りに行った訳な」

目的が不純過ぎるのはこの際置いておく。しかし何やらきな臭い話なのは間違いない。

「そしたら・・・いや、でもな。これ絶対誰にも言うなよ。正直俺だけが一人占めしたいくらいなんだけどよ。やっぱ何て言うの、興奮して誰かに喋りたいんだよな」

欲望のはけ口みたいな発言もこの際置いておく。妙に惹きつけられる話題故に。

「う、うん。僕別にそこまでお喋りする人居ないし、大丈夫だと思うよ」

「喋ったら、お前タイガーにスカート捲りして来いよ。いや、これ言っとくけどマジだから」

「・・・」

冗談のような罰ゲームを真顔で言う川尻君。実にシュールな光景に見えた。藤村先生にスカート捲りして誰が得するというんだ。

いや、確かに間違い無く鉄拳制裁を喰らうだろうけど。そういう意味では確かにお仕置きとしての意味はあった。

「ズボンだとしても俺は妥協しない。ちゃんとずり下げて来いよ」

「わ、分かったから!川尻君実は焦らすだけ焦らして話す気無いとかじゃないよね?」

「分かった、俺も男だ、覚悟を決めるぜ!あのな・・・」

こんだけ溜めといて、話の内容は呆気無い物だった。何でも女っ気の無い柳洞寺に場違いな程の美人が居たらしい。

そして気付けば柳洞寺に足を向けているんだとか。もう惚れてるんじゃないの?とにもかくにも、僕はその話を聞くと思わず溜め息が出た。

川尻君の性格も大体掴めていると思っていたけど。実際の所まだまだ分からないよ、やっぱり。

少しでも期待した僕としては慨嘆せざるを得なかった。でも実はその後なんだ。気になる事を川尻君が言ったのは。

「にしてもおかしな格好だったんだよな、ローブ?みたいなの羽織ってたし」

・・・ローブ、僕の中で魔術師という単語が即座に浮かんだ。しかし川尻君は坊さんの趣味なんだろう、で片付けてしまっていた。

はースッキリした。と言いながら去って行く川尻君。本当に喋りたかっただけのようだ。

彼も結構一方通行な御仁で、余り人の話を聞かない。そもそもスポーツマンの彼はガタイが良いしね。人に意見される事がないのかも。

抜山蓋世に相応しい振舞いの川尻君が少し羨ましかった。でも人と気持ちを共有せずに自己完結するのは寂しい事でもあると思うんだ。

さて川尻君の言う事が本当なのか。その確たる証拠や裏付けが欲しい。そこで僕は更に内部に精通している人間に話しかける事にしたんだ。

「柳洞君、ちょっと聞きたい事があるんだけど」

「む、誰かと思えば間桐か。聞けば最近美綴と睦まじいと噂されているではないか。悪い事は言わん。守銭奴か吝嗇者に相違無い奴に、間桐はもったいない」

「あ、うん、一応頭に入れとく。それよりさ、柳洞寺に女性が入ったの本当なの?」

「・・・うむ、実に口惜しい話だが事実だ。皆やはり浮足立ってしまっている。女人に心をかき乱されているようでは先行き不安、この上無い。心頭滅却すれば女人もまた眼中に無し・・・では」

自分を戒めるようにブツブツ言いながら柳洞君は去って行った。彼もまた謎多き人物だと思い知らされる。



******



僕はその内容を掻い摘んで(無駄話抜き)話した。張り詰めた空気の密度が更に増加した気がする。

遠坂さんは険しい顔つきだし。セイバーは瞑想している。ライダーは表情は普段通りだけど、無駄口一切無いし。桜も震えている。士郎君は驚きから目を見開いていた。

「柳洞寺って山のてっぺんにある寺の事よね?」

「そうだよ、遠坂さん。もしかして既に情報収集済みだったかな」

「行った事すら無いから知らないけど。それにしても郊外のさらに郊外にあるあの寺でしょ?そんな僻地に陣取るマスターがいるとは考えもしないわよ。深山と新都、両方距離が離れすぎてる。いくら目立たないからと言ってもよ。集めた魔力の無駄遣いとしか思えないわね」

その話を聞いて士郎君はうんうん頷きながら続いて来た。

「それにあそこは坊さんが何人も暮らしてるんだ。幾らなんでも派手な事やったら騒ぎになって大変だぞ」

「いや・・・それは分からないわよ、士郎。もしそこにいるのが大魔術を駆使するほどの人物だとしたらよ。寺の人間を籠絡するなんて簡単な事よ。それに慎二の話を全面に信用したら、そいつはキャスターかもね」

「キャ、キャスターか。遠坂、そいつってのは・・・」

「ええ、サーヴァント。もし英霊でかつ魔術師なら話は別よ。そいつは魔法や呪文染みた奇跡を可能にするでしょうから」

「遠坂、キャスターって魔術師なのか?」

「そうよ、それも最高レベルの。下手すりゃマスターさえも操れる程よ。ま、どっちにせよ、柳洞寺に立て篭もっていると仮定しての話だけど」

遠坂さんはそのまま考え込むようにあごに握り拳を当て、一人ブツブツ言い始めた。

そんな中セイバーは目をゆっくり見開き、僕の話に追随の一手を打ち始めた。

「いや、慎二の話は信憑性が高い。なるほど、あの寺院を押さえたのなら話が異なって来る。その程度の魔術ならお手の物でしょう」

「・・・!ちょっと待てセイバー、お前柳洞寺知ってるのか?俺まだ連れてっても無いし、教えた覚えも無いぞ」

「お忘れですか、シロウ。わたしは前回も聖杯戦争に参加しています。この町の事には多少覚えがある。だからあの寺院が落ちた霊脈だと言う事も把握しています」

その一言に遠坂さんの眉間に皺が寄った。そしてあり得ないとでも言うような剣幕で話し始めた。

「――落ちた霊脈!?ちょっと待ってよ。それってウチ(遠坂家)の事じゃない。どうして一つの土地に二つも地脈の中心があるってのよ」

セイバーはゆっくりかぶりを振りながら返答する。

「・・・それはわたしにも分かりかねます。しかし凛、論点が違うでしょう。今我々が考えるべきは対応策です。魔術師にとって神殿とも言える地である上に死角が無い。そして命脈が落ちる地とも聞きますから、魂を集めるにも絶好の場所と言えるでしょう。この近辺の事件に関わっている事はまず間違い無い。危惧すべきは町中の生命力を集めて得た、その膨大な力でしょうね」

遠坂さんは少し消沈しているようだ。やや合って溜め息混じりに話し出した。

「・・・それは初めて知ったわ。けど今の話通りなら、今は魔力を蓄えてる最中なんでしょうね」

士郎君は弱っている遠坂さんの心に、さらなる追撃の言葉を放っていた。

「要するに霊的に優れてるって事だろ?そんなの当たり前じゃないか。じゃなきゃ寺を立てないだろ、普通」

普段ボロクソに言っている士郎君の指摘にグッと喉を詰まらせる遠坂さん。いつもへっぽこ呼ばわりしてるし、効くだろうなぁ。

「そ・・・そんなの言われなくても分かってるわよ。当然じゃない。ただ見落としてただけよ」

「だよな。昔っから寺とか神社なんてのは神がかる地に立てるのが通例だ。そうじゃなきゃとても町を守れないだろうし。坊さんも伊達や酔狂でただ神を崇めてる訳じゃない。鬼門を封じて暗剣殺を絶つためだろう。その線で辿れば柳洞寺が由緒正しき神聖な地ってのは当然の成り行きじゃないか」

「っ―――」

「お、お前まさか・・・柳洞寺を単なる飾りだと思ってたんじゃ――」

「仕方ないじゃない、あそこには実践派の法術師が居ないんだから。全く存在感が無さ過ぎるのも困り者ね」

その後実践派の法術師を知らない僕らマスター陣営は、遠坂先生からありがたい話を頂戴した。

ちなみに法術師とは修行僧の事だそうです。実践ってのは悪霊退散とかのアレでいいと思う。

にしても結構痛恨のミスをさらりと流して行く遠坂さん。こう見ると彼女も結構ドジっ子なのかもしれない。

要所要所で、何かしらドジを踏むようだ。多分色んな所に気を配り過ぎているんだよ。灯台もと暗しって奴だよね。足元が疎かになっていると言えばいいのか。

でも普段から精力的に活動している遠坂さんにそんな苦言を呈する事は出来ない。何より彼女自身も反省してるようだし、それでいいじゃない。

まぁいいわ、といつも通り人指しを立てて疑問点を呈し始める遠坂さん。

「今はそれより寺の事よ。考えてみれば魔術師からしてみれば喉から手が出そうな場所じゃないの。そうなったらまず柳洞寺争奪戦が勃発してもおかしく無いはずよ。そのくらいの知識、魔術の心得があれば少し考えれば分かるはずじゃない」

「じゃあ少し考えろよ」

「うるっさいわね!だから影が薄すぎて見逃したって言ってるでしょう。それとも何、衛宮君。ここで一戦交えたいのかしら?」

「い、いや・・・悪い」

「ですが凛、それは違う。確かにマスターがあの寺院を掌握するのは容易いでしょう。そして生身の人間には何ら害が無い。しかし自然霊を排除しようと言う法術が働いている。文字通り我らサーヴァントには鬼門となっているのです」

その言葉に流石の遠坂さんも驚きを隠せないようだ。いつもより大きく目を開きセイバーに疑問を問い掛けた。

「し、自然霊を排除?――それじゃ、サーヴァントは入る事さえ出来ないっての?」

「入れない事はありません。しかし能力は抑制されるでしょうね。本来の力の大よそ6割程度しか力を発揮出来ないと推測されます」

「そんな針のむしろみたいな場所に居座るなんて余程の馬鹿じゃない。どうやってサーヴァントを維持しようってのよ」

「いや・・・一度足を踏み入れてしまえば問題無いでしょう。結界とは外部からの侵攻を防ぐための物。そして寺院を守る境界線とも聞きます。したがって中に入ってしまえば制限は受けないかと」

「・・・じゃあ中に入ればサーヴァントは本来通りって事でいいのね。けど寺院を建てたら地脈止まらないのかしら。一本くらいは通り道が無いと地脈の中心として成り立たないはずよ」

「ええ、その通りです。寺院の教えによれば、正しい門からの訪問者は拒めないと聞く。それが理由かは分かりませんが、寺への参道だけは結界が張れないそうです。よって正門のみわたし達サーヴァントを律する力が働いていないのです」

「なるほどねぇ・・・密閉したら空気が淀むもの。そりゃ穴開けて当然よね。ふぅん・・・それにしてもただ一つの脈筋が正門ねぇ・・・」

そのまま遠坂さんはふむふむと情報を整理し始めたようだ。僕としては奇襲は無理なんだなと考えていた。

にしても一度陣取ってしまえば安心出来る場所なんだろうねぇ。武陵桃源というか楽園の地というか。

恐らく準備が万端まで整った時点で仕掛けて来るだろう。その地を制圧した時点で、聖杯を本気で狙ってると見て間違いないんだから。

セイバーは確固たる信念を胸に抱きながらも士郎君に尋ねていた。その目はどこか期待しており、次のようにも見える。

――わたしに戦えと命令して下さい

戦いの言葉を待っているような静かな問い掛けだった。

「では、マスターご判断を。とはいえ、言うまでも無いでしょうが」

流石に士郎君は尻込みしているようだ。自分から攻撃を仕掛けるというのに強い抵抗があるらしい。

また遠坂さんも見送る方針を口にしていた。正門から行くにしても罠があるのはもはや必至だろう。何より自身のサーヴァントが万全の調子では無いのが大きい。

この遠坂さんの判断は周囲にどよめきを与えていた。セイバーの顔にも焦燥の色が見える。

士郎君の判断が曇るのは当然と言える。未熟な上に本調子じゃないセイバー。明らかに戦況は不利にも程がある。

セイバーは自身のマスターの判断を好戦的にしようと試みたようだ。

「それでは行きましょうか、シロウ。我らだけでも十分でしょうから」

その自信は一体どこから溢れるのかが不思議なくらいだよ。あまりにも当然のように言うもんだから・・・って我ら?

「ちょ、ちょっと。話に全く加わって無くて申し訳無いけど。セイバー、もしかして我らの中に僕とライダーも含まれてるの?」

「当然でしょう。このの中で一番余力を残しているのはあなた方なのですから」

そ、そりゃまぁそうだけど・・・。士郎君はその言葉で強く左右に首を振った。

「駄目だ、セイバー。やっぱりまだ戦うには準備が整っていない」

「その準備が整う前に、敵陣の準備が整う危険性があると言っているんです。では信二、あなたの意見をお聞かせ願いたい」

セイバーもなかなかどうして、強情だなぁ。どうしてこうなっちゃうんだ・・・僕は人生の岐路に立たされる思いだった。





―続く―





 いや、どうもすいません。本編と同じような話になっちゃって。一応会話内容を捏ねくりはしたんですけどね。やっぱ流れは一緒になってるのは申し訳無い限りです、はい。それではまたお会いしましょう!

 あ、ちなみに書き漏らしがあったので一度削除したんです。意味の無いアゲ進行申し訳ありませんでした(土下座)

 本日もこのような駄文にここまで目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 先走るセイバー、阻止する男2名
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/21 05:52
 僕は困ったように周りを見渡した。猛るセイバーに、口を噤んで僕を凝視する士郎君。

腕を組んで僕の決断を見守る遠坂さん。マスターである僕の判断を静かに待つライダー。

そして怖いだろうに。怖いにも関わらず決して留めようとはしない。じっと健気に僕を見つめる桜。

よし、決めた。僕はゆっくり、だけど大きく頷いた。セイバーは僕が行く決意を固めたと勘違いしたようだ。

セイバーは安堵の溜息を小さく付いた。そして胸を張り、意気揚々と最終確認を取って来た。

「慎二も行かれると見てもよろしいですね?」

僕は気持ちが揺らぐ事が無いように、一度深呼吸を施した。そしてセイバーに向かって言ったんだ。

「残念だけどそれは出来ないよ、セイバー」

彼女は一度確信を得たと思ったが故に、よりショックが大きかったようだ。驚愕に目を開きわなわなと震えている。

「慎二、あなたは腑抜けなのですか?いつまで交戦を避け続ければ気が済むのでしょうか。わたしはもう我慢の限界なのです」

僕に対する辛辣な言葉に桜とライダーが怒りをシンクロさせている。僕は2名の背中を撫で宥めつつも、セイバーに問い掛けた。

「じゃあ聞かせて貰うけど、一体何をしに柳洞寺へ?」

「・・・あなたはふざけておいでなのですか?決まっているでしょう。敵の所在地が判明したのです。柳洞寺へ撃って出るに決まっている!」

「セイバー、喧嘩を売って出るだけが闘いじゃないんだよ。大局を見据え、勇気ある静観も時には必要なんだ。それと君と僕とで見解が大きく二つ異なっている。」

「・・・というと?」

「いいかい、まず一つ目。サーヴァント、マスターかどうか確定していない事。もし万が一、誰一人として柳洞寺を陣取っていなければだよ?僕らが聖杯戦争に携わっている事が丸分かりだ。こんな夜にお参りするとは到底考え難いだろうしね。偵察だけなら白昼堂々と行えば事足りる話だよ」

遠坂さんも僕の意見には賛同のようで、後に続いてくれた。

「確かに慎二の言う事は一理あるわ。逆手に取られるって事よね?存在が一方的に向こうに知れたら、思うツボになるのは間違いないわ。より不利な状況に置かされる事は確かよ」

「そう、行くにしてもそんな覇気や闘気を剥き出しにされちゃ困るんだ。セイバーは剣の達人。物腰一つで常人と違うなんて、すぐに看破される可能性が高い。行くとしても結局の所、セイバーは待機かな」

「馬鹿な!サーヴァント抜きで太刀打ち出来る相手ではなかったらどうするのですか。そもそも我々の存在意義はどうなるのです。マスターに行かせて家でのうのうと構られる程、わたしは能天気では無い!」

「うん、そうだよね。どんなのが潜んでるか分からないのし危ないよね。だから行かないって言ってるんだよ、僕は。報酬の割にリスクが大きすぎるから見送ると言っているんだ。」

「っ・・・!」

「それからもう一つ。先と根本的には意味合いは一緒なんだけどね。マスターとサーヴァントの人柄を見てみたいんだよね。」

「・・・は?」

「いや、セイバーが呆れるのも分かるんだ。自分でも甘ちゃんだな~って思う。でもやっぱり良い人とは極力争いたくない。」

「ふぅ~ん、慎二あんた最近ガス漏れ事件で、不特定多数が病院送りになってんの知らないの?それの犯人だったらどうすんのよ」

「遠坂さん、そこもまだ分からないよ。それは本人に会ってみないとね。愉快犯なのか、勝機を見出すためなのか。それがハッキリしない内から殺す決意なんて僕には出来ない。」

「慎二、お言葉ですが少々考えが甘いのでは?今こうしている内にも犠牲者は増えていくばかり。そしてその分魔力を蓄えられるのです。悠長な事を言っている場合ではありません。」

「まぁ、それは確かにそうだね。早い内に芽を摘むというのには同意見だよ。」

「では!」

「忘れちゃダメだよ、セイバー。向こうの素性をこちらは全く入手できていないんだ。それに先の霊脈の話を聞くとさ。どう考えても正門に何か罠仕掛けているでしょう。そこまで息巻くセイバーさん、何か策でもあるんですか?」

「危険を恐れていては勝利など永遠に訪れない。そしてわたしは首の皮が繋がっていればいつまでも戦える!」

「格好良い事言っても駄目だよ、セイバー。君は確かに並はずれた回復力があるかもしれない。だけど僕やライダーには治癒能力なんて無いし、士郎君もセイバーには劣るただの人間だ。やはり僕にはセイバー、君が暴虎馮河の勇に浸っているようにしか見えない。敵しか映っていない君を行かせる訳にはいかないね」

「ご安心を、我々サーヴァントは主を守る存在だ。シロウや慎二を決して傷つけさせなどしません」

「ふふ、セイバーは本当に真面目で優しい。でもね、それが士郎君を傷つけている事になるんだよ?」

「な・・・何を馬鹿な――」

「だって思い出してご覧よ。自分の命を顧みずに、バーサーカーに飛び込んで行くような男なんだよ?それ考えたら君、苦戦出来ないよね」

「・・・」

思い当たる節があり過ぎて黙るセイバー。僕はチラリと士郎君の方に目を向けた。彼は少々照れくさそうだったけど、笑顔でしっかり頷いた。

「ああ、そうだセイバー。俺はお前がサーヴァントだろうが何だろうが、傷つく姿が見たくない。俺はいつだって身を挺してお前を守るからな」

「サーヴァントが傷つく事に何ら遺憾を覚える必要などありません。我々はただ使命や義務を果たしているだけなのです。ですから―――」

「あれ、セイバーってマスターの意思に背いてまで戦場に赴く気なの?こう言っちゃ失礼かもしれないけどね。サーヴァントの使命義務を唱えるなら、マスターの方針に従うのが筋だと思うよ?」

僕のこの発言でセイバーはとうとう俯いてしまった。ま、不味いな。言い過ぎたのかな。でもこれくらい言わないと引かないからねぇ。

「・・・分かりました」

項垂れたまま早々と居間から出ていくセイバー。それを機に女性陣は出払って行った。何となく気まずくなる僕たち男二人。

「・・・言い過ぎちゃった?」

「・・・かもな」

僕と士郎君はほとんど同時に溜息を付いた。まぁ今となっては済んでしまった事だよ。それより僕は士郎君に言うべきことがあった。

「士郎君、君も今日早めに寝て夜に備えた方が良いよ」

「?なんでまた唐突にそんな事言うんだ、慎二」

「いや、セイバーが俯いてたけど何か歩き方がしっかりしてたでしょ?」

「まぁ・・・確かにズカズカ、って歩き方だったような気がした。けどそれが?」

「うん、彼女いじけたとか、へこんでた風に見えなかったんだ。いやまぁ、多少はその気持ちもあるだろうけど。もしかしたら今日の夜更け、単独プレーに走るかも知れない」

「そ、それってつまり」

「うん、柳洞寺に一人で行くって事だよ」

「・・・止めなくちゃ」

「気持ちは分かるけど止めた方が良いよ。ますます根が深まるだけだと思うし」

「でもこのままじゃセイバーが!」

「落ち着いて士郎君。あくまで僕は可能性の話をしただけなんだから。本当にただ落ち込んでるだけだったらどうするんだよ。」

「その時は慰めるだけだ!」

「士郎君、落ち着いて!」

普段、僕は出さない大声を張り上げた。そのおかげか、士郎君は立ち上がりかけた腰を、もう一度降ろした。

そして僕はゆっくり士郎君に言い聞かせたんだ。だって士郎君、泣きそうな顔しているんだもの。

「気持ちは分かるよ、とても。だからこそ落ち着いて士郎君。セイバーは見た目は少女だけど、それでも英霊であり、大人の女性なんだ。下手に憐憫や慰めを与えるのは逆効果というものだよ?」

「・・・じゃあ一体どうしろって言うんだ」

「だからさっきから言うように彼女も自分の考えがあって、色々悩んでいると思うんだってば。ここは様子を見て互いに落ち着く方が良いよ。それにもしかしたら夜中に彼女が出撃するかもしれないと言ったでしょ?今僕らはこうして喋る前に、まず体を休めて備えた方が良い」

「何も無かったら?」

「その時はまた一緒に考えようよ。それに確かに柳洞寺に一度は足を運ばないといけない。それは僕も分かってる。一呼吸置いてクールダウンさせたいだけなんだよ、僕は」

「そもそもセイバーが行っちまったらどうするんだ?」

「その時は仕方がないよ。士郎君とセイバーを追うしかないね。僕もライダーを引き連れて援軍となろう」

「・・・分かった。すまないな、うちが色々揉めちゃって」

「ふふ、いいじゃない。人間らしくって。衝突あって喧嘩し合って仲良くなるのもオツなものだよ?」

「だよな」

僕らはお互い笑い合った。そして万が一に備えていつもより大分早く床に就くのだった。

ライダーにもこの旨は当然伝えておいた。寝ている所を叩き起こすのは忍びないしね。

部屋に入るとライダーは読書に耽溺していた。そして僕の話を聞くとクスリと笑い

「本当にあなたはお人よしで、優しいですね」

この片言隻語が了承の言葉となっていた。僕はライダーに深く感謝し、頭を下げた。

ライダーはいつだって僕や桜の主張や言動に従属してくれる。それはどんな小さい事でもそうだ。

サーヴァントなのにアルバイトの求人誌を見る。桜が怪我したら救急箱を急いで取ってくる。どんな些事でも僕の言葉を忠実に守ってくれる。

だからこそ僕は感謝を忘れないように頭を下げ続けるんだ。いつか頭を下げない立派な自分になる決意を鈍らせないために。そして不甲斐無い自分を正しく認識するために。

ライダーが困惑しても、当惑しても、説得しても、狼狽しても、とにかく感謝し続けるよ。感謝無くして、人の成長はあり得ないと僕は思うんだから。

よし、眠ろう。少しでも体力を付けていないと。僕は元気力満タンでようやく半人前なんだから。

願わくば何事も無い事を祈りつつ、僕は布団に潜り込んだ。そして微睡みの中、早く起きる事だけを一心に考えて眠りに付くのだった。





―続く―





 はい、シリアスが続きますね。そして僕がやっている本編も真にシリアスな感じです。やはり慎二的にノリノリで柳洞寺に行くのはおかしいと思いました。そこでセイバーを試す形でひとまず放置させる方向にしてみました。もし違和感を感じられたら申し訳ないです。あくまでセイバーを思いやっての行動だと、ご理解の程お願いします。今回はここで切らせて頂きます。それでは失礼します!

 本日もこのような駄文にここまで目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 不意打ち、友情の彼方
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/22 15:56
 気合の入れ方が良かったのか。僕は2時間ほどで目をさました。時刻は11時半と言った所か。

今電気も付けず部屋に座っている。外の暗闇は怖い。でも自室の無明は安心する。だって外敵に見つかる危険性が減るから。

僕はいつまでそうしていたのか。ずっと窓の外から流れる風の音に耳を傾けていた。そして五感が最大まで向上していたように思う。

風の流れを肌で感じ、暗黒を口内で味わう。外で揺られる木々を見つめ、その流れ出る葉の匂いを嗅ぐ。

だからセイバーが幾ら気配を消しても分かるんだ。空気の微弱な振動。遠くで襖の開く微かな擦れ。家が彼女の出立に、その気迫に臆病風を吹かせているんだ。

空気が揺らぎ、屋敷が震えているんだ。セイバーの本気は無機質まで萎縮させている。

僕は無念無想の域に達していた。だからセイバーが襖を開けて、出て行く時でさえ粛々としていたんだ。

「・・・ああ、やっぱり行くんだね」

僕は口からそう小声を漏らしていた。僕はゆらりと立ち上がっているはずの彼女を呼んだ。

僕でさえセイバーの出猟を嗅ぎ取ったんだ。彼女に分からないはずが無い。

「ライダー、僕らも行こうか」

 はい、マスター

僕は焦ることなくゆっくり部屋を出ていった。士郎君を呼びに行かないといけないからね。

変に常識的な僕は夜分に騒ぐのは近所迷惑だと思っていた。また緊急時の時こそ落ち着かないといけないとも教わっていた。避難訓練の事だけど。

だから僕は自分でも驚くほど心拍数が一定だったんだ。そして士郎君も部屋に居ないし。

僕は思わず笑ってしまった。寝た方が良いって言ってるのに。眠れなかったのかもしれないね。

彼もセイバーも本当に似た者同士じゃないか。互いに思いやり過ぎて、逆に摩擦が生じているんだよ。

歩みを一定に、靴を履いて土蔵に向かう。土蔵が見えた所で大慌てで、士郎君が飛び出して来た。

僕に駆け寄るやいなや、すぐさま詰問して来た。

「セイバーは!?」

僕が起きて来ている時点で分かろう物だ。しかし彼にそんな余裕などありはしないのだろう。

縋るように僕に訪ねて来る士郎君。僕はいたたまれない気持ちになった。しかしゆっくりかぶりを振って、彼の希望を打ち消したんだ。

「っ!!あの馬鹿、怪我も治ってないってのに。自身が女の子だって事を忘れてるんじゃないのか!?」

心配しながら自身のサーヴァントを罵る士郎君。一人吐き捨てながら倉庫に走っていく。

不思議に思いながらも付いて行くと、一台の自転車を引っ張り出してきた。

僕たちは二人乗りで勇んで出陣した。恐らく長い事使っていなかったのだろう。ギャリギャリ言いながら悲鳴をあげる自転車。

ライダーは二人乗りで尻や打撲したり、振り落とされそうな僕を気遣い

 慎二、私が運んで行きましょうか?

と聞いてくれた。でもライダーはもしかしたら戦闘要員になるかもしれないんだ。僕は出来るだけ彼女に無駄な体力を使って欲しくなかった。

 いや、ライダー今回は折角の機会だし。男二人の友情を満喫させてよ。

僕が上手くライダーを誤魔化すためのウソを付いた。ライダーを気遣ってる事を知られる何て照れくさいんだもん。

でもライダーは何故か嬉しそうに感謝の言葉を口にしていた。この分だと僕の本音伝わってるじゃん。

僕は顔を赤く染めながら、士郎君の腰をしっかり掴むのだった。念話は思った事伝わり過ぎて困るよ、うん。

そうして僕は何とか士郎君にまとわりついて、交差点を迎えた時だった。急に士郎君は思いっきりブレーキを掛けて止まった。

「わぷっっ」

僕は思いっきり士郎君の背中に顔面を押し付けた。発汗して湯気が出始めている士郎君の背中。なんか体育の後を思い出していた。

士郎君は茫然と自転車を止めて一点を見つめていた。そして一言半句、呟いたんだ。

「川尻、お前何してんだ?」

僕も流石に驚きが隠せない。自転車の後部から下車し、士郎君の前方を見る。確かに川尻君が果たしてそこにいた。

川尻君はサッカーの入ったネットを肩に担ぎ、もう一方の手に買い物袋を提げていた。士郎君の声に気付き、人懐っこい笑みをこちらに向けてくる。

僕は咎めと注意を行うために彼に近づいて行った。だってこんな夜更けに出歩いてたら危ないでしょ?

川尻君は遠くから奇遇だなぁ!と声を荒げてはしゃいでいた。僕も返事を返しながら進んで行ったんだ。

いつもの会話の距離まで接近したその時だ。川尻君の口一端が吊り上ったように見えたんだ。

「慎二!!」

士郎君の声が聞こえる。何があったんだろう。お腹が熱い・・・。僕はゆっくりと腹部に視線を下した。

僕が見たのは数本のナイフが刺さった僕の下腹部だった。そのまま僕は崩れるように倒れ伏した。

「・・・ふん、まぁ上出来と言った所か。まずは一人始末出来たと言う所だな」

川尻君の声で、別人のような話し方をする誰か。・・・お前は一体・・・。



******



 おいーっす!俺、川尻猛、猛々しい男と書いて猛ってんだ。何信二刺してくれちゃってんのって?まぁまぁ、落ち着きなさいって。

今回は少しばかり俺の話をさせてくれよ、な?いいじゃねーか、嫌われる前にもうちょっと俺の事を知って貰いたい訳よ。

日常でちょっと慎二と絡む以外話題に登らねー。そんな俺だけど、これでも頑張って生きて来たんだ。

慎二と初めて会ったのいつだっけなぁ。俺は球技のスポーツが大好きでさ。色んなクラブを掛け持ちしてんだよ。

だから慎二には「玉部」に入ってるって言ったんだ。あいつポカンとした顔してたな。ハハッ、俺って本当お気楽野郎だぜ!

それの関係で俺知り合い多くなる。俺は体格も人柄も良いから、ヘルプで試合とかに良く行くんだよ。でもよ、スポーツが多岐に渡り過ぎて、全部中途半端なんだよな。

酢昆布に出会ったその日も練習試合があった。けど惜しい所で負けちまったんだ。それで部員の奴は失望したように溜息を吐きやがるんだ。

俺は単なる助っ人で入っただけなのによ。部の栄光は正式部員が掴み取れってんだ、畜生。

ホーム、つまりうちの学校な。そこで試合があったんだよな。んで気分悪いしさっさと帰ろうと思ったんだ。そこで会ったんだよ、慎二にさ。

奴は弓道部員、道場に行けよと思ったんだ。でも何故か体育館前のベンチにポケッと座っていやがった。

俺はこの鬱憤を晴らしてやろうと慎二に絡んでみたんだよ。だって別に同じクラスで話もした事ない奴なんだぜ?別に嫌われたってどうって事ねぇよ。

そんな風にズカズカ背後から俺は歩いて行った訳よ。慎二の奴、あんまりにも動かねぇもんだからさ。俺てっきり寝てんのかと思ってたんだ。

俺はポケットからマッキーを取り出して落書きしてやろうと思った。我ながら頭の悪い発想だけどよ、それでも精一杯の悪事だったんだ。

そして寝顔を拝見してやろうと表に顔をやったら、バッチリ奴と目があっちまったんだよ。

コイツ一体本当何やってんだと。口半開きで上を見るでも、下を見るでも、前方の女子を見るでもない。とにかく焦点が定まってねぇんだよ。

俺はばれないように即座にマッキーを隠した。後日慎二にあのペンで何をしようとしてたの?と問い詰められたけど。

とにかく何か気まずいじゃんかよ。だから俺は咄嗟にフレンドリーを演じたんだ。

「よ、よ~う。隣り座っていい?」

何で俺は男相手にナンパみたいな事しなくちゃなんねーんだ。俺は遠坂を思って一人夜を過ごす健全な男なんだぜ?情けなくて涙が出らぁ。

慎二は茫然とこちらを伺いつつも、端に寄って座る場所を開けてくれたんだ。

座ったはいいけどよ、別段話す事ねぇんだよな。俺弓道とか興味ねぇし。慎二はいつも平々凡々に教室座ってる奴だからよ。取り立てて話題がねぇんだ。

だから結局俺は何故か慎二に試合の事を愚痴っちまったんだよな。奴はじっと話を聞いて、横槍も縦槍も何もいれずに話を淡々と聞いてくれたんだ。

最後は悔しくて泣いちまってたよ。何で俺が責められなくちゃなんねーのか、と。精一杯やったのに少しは認めろよ、と。

慎二は俺の涙を見て立ち上がったんだ。うん、俺だって分かるよ。男の涙ほどみっともねぇもんないもんな。見苦しい所見られたくないし、俺はこれっきりだと思ったんだ。

そうやって目の前の陸上部の走りを眺めてたんだよ、俺は。あのメガネの奴結構可愛いな、おい、とか一人呟きながら。

そしたら誰か横に座りやがった。畜生、ベンチもう一つ向こうにもあるじゃねーかよ。どうしてわざわざ相席を選びやがるんだ。

俺は慎二が戻ってくる可能性なんてこれっぽっちも考えちゃいなかったんだ。だから俺は舌打ちしながらそっぽ向いたんだよ。

そしたら頬に何かあっちぃのを当てられ「うわっちぃ!」って思わず叫びながら飛び上がっちまった。こいつやりたい放題じゃねーかよ!

俺は誰か分からん奴に舐められてたまるかと向き直ったんだ。そしたら慎二が缶を持って荒い息を吐いてやがんだよ。

「はい、これあげるから許してよ。きっと落ち着くよ?」

慎二が俺に渡したのは「ママのホットココア」っていう甘ったるいのだった。俺みたいなスプラッシュボーイがこんなの飲めるかよ。でも気付いたらゴクゴク飲んでた。

でも本当に旨いんだよ、心に沁みて来やがんだ。俺は押し留めたはずの涙の奔流がまた戻ってきちまった。

上辺だけじゃない人の温もりは慎二から学んだ気がすんだよな。俺はその時決めたんだよ。こいつは俺の親友に認定するって。

あって間もない内だけどよ、コイツはすげー奴だと思ったんだよ。だって初対面同然の奴にドリンクサービスするくらいなんだから。

そうと決まれば俺は他人行儀な口調をすぐさま止めた。今まで話して無かった遅れを取り戻さなくちゃなんねぇ。

何でも慎二は今日部活だと思って来たらしいんだよ。でもそれは明日、日曜の事だったんだってさ。俺は思わずココアを噴いちまった。

それで帰りゃいいのに、何でここで放心してんだよ、と。時間もったいねーじゃんか。

でも慎二は笑顔でいいやがるんだ。

「川尻君に会うためにここに居たのかもね」

俺はまたしても噴いちまったよ、ココア。お前そういうの女に言えよ、と。でも俺もまんざら悪い気分じゃなかった。

やっぱ慎二の言葉は暖けぇ、めっちゃ胸に来るんだよな。だから俺は茶化さずに「センキュ」と一言だけ謝辞を述べたんだ。

慎二があんまり嬉しそうに頷きやがるもんだからさ。照れ臭いじゃん、何か。だから俺は言い訳言っちまった。

「い、言っとくけど今のはココアの事に対する感謝の言葉だからな!」

慎二は唖然とした顔だったけど、ジュースを噴きだしやがった。ぶわっちゃ、こっち向いて噴くなよ!

慌てて謝りながらハンカチを出す慎二。俺もう何か悲しい事どうでも良くなってさ。慌てふためく慎二の肩に手を回して言ったんだ。

「お前は俺の親友だ、異論は認めねぇ!!」



******



 そんで俺たちは知り合った。あれからちょっと後に、慎二から酢昆布に戒名したんだ。

あ、川尻だけど連続でわりーな酢昆布。今回もちょっと譲ってくれや。

まだ大事な事話してねーからよ、やっぱ言わないと色々困るじゃん?何が困るのか俺には知ったこっちゃねーけど。

今回はちょっと酢昆布にも席を外してもらうぜ。俺の事について話さなくちゃなんねぇから。

俺って部活もヘルプ要員だけど、私生活も何でも屋みたいな事やってんのよ。つってもお手伝いしてちょこ~っと報酬貰う、そんな程度だけどな。

その中でも寺の掃除ってのは大変だけど、報酬が結構弾むんだよな。坊さんお経読む前に掃除しろって最初思ってたけど。

まぁ終わった後に茶菓子貰うのは本当。だから酢昆布には嘘を付いた訳じゃねーんだ。

結構柳洞とは古くからの付き合いでよ。色々小言は言われる物の、何だかんだ上手くやってたんだ。

だから結構俺、寺ん中の事詳しいんだよな。そんで何で一人も尼がいねーんだといつも嘆いてたんだよ。

そしたらつい最近、紅一点って奴?滅茶苦茶美人がいるじゃんか!いつから入ったのか知らんけど、フードから覗く顔が本当目を奪われるんだよ。

出で立ちはコスプレだけどさ。やっぱ中身が超美人なんだもん。清楚でお淑やかな感じがもう俺的にドストライクだった訳よ。

気付いたら俺ストーカーみたいに毎日通い詰めてたんだよな。でも笑った所一度も見た事ねぇんだ。

部屋から滅多に出て来ないしよ。見れただけで俺は大はしゃぎしてたんだ。

でも俺腹立ってたんだよ。だってフードの姉ちゃん何か使い走りさせられてる感じだったんだ。

あんな美女捕まえた手腕は認めるけどもっと丁重に扱えよな。ったく、同じ男として情けねぇや。

俺はそう思いながら、頼まれても居ないのに床とか雑巾で拭いてたんだよ。最近柳洞寺に入りびたり過ぎてバイト代貰ってねぇな。

まぁ眼福があるし俺としてはどうでもいいんだけどよ。お菓子出るし。

そうやって純情少年みたいに遠目に見るだけの生活してたんだ。そしたらついこの間の事なんだけどよ。

「お前は本っ当に使えない奴だな!」

訳分かんねぇけど男の罵詈雑言が聞こえてくんだよ。いつも通り柱を雑巾で磨きながら、俺は耳を肥大化させてた。

そしたらあのフードの姉ちゃんが罵倒されてるじゃないか。俺は他人事だけど、思わず飛び出しちまった。だって暴力はいくらなんでもやばいだろ、と。

男は特徴は無いけど無精ひげ生やして、身嗜みがろくでもない奴だった。とりあえず目が血走ってんのが怖いの何のって。

「ちょ、ちょちょちょっと!あんたいくら何でも手は出すなよっっ」

俺が姉ちゃんを介抱しながら非難の声を上げたんだ。その男は更に激昂して言葉にならない野次を飛ばしまくってた。

もう訳分からんし、意味分からんし、言葉になってないし。俺それよか殴られた美人さんが心配だから「だ、大丈夫ですか?」と声掛けたんだよ。

ちょっとっていうかかなり緊張した。だってこんなに間近で見るの初めてだしさ。

そんな中でも男は前後不覚になって、何か喚き散らしてる。

「キャスターてめぇ!いつの間に粉掛けてやがったんだぁぁぁ!!」

キャスターって呼ばれたフードの姉ちゃんは俺にやんわり微笑んでくれた。あ、もう俺無理っす。あんたに惚れちまったっす。

「ありがとう、坊や。でもここは危ないから早く行きなさい」

キャスターお姉さまは男に深く礼して自身の非礼を認めてた。その後男と一緒に奥の部屋へ消えて行ったんだ。

「んだよ、あのおっさん。どう考えてもつり合い取れてねーじゃん」

俺は内心毒づきながらも、解放された事に安心してた。怖ぇ、怖ぇよ、あのおっさん。

癇癪持ちは大抵見て来たけど、それって基本無意識じゃん?でもあのおっさんは違うんだよな。

発言や動きは感情剥き出しなんだけどさ。目だけが妙に冷静なんだよ、何てーのじっと俺を観察してたんだ。言っとくけど滅茶苦茶怖いよ、あれ。

俺は身震いしたからか、催して来ちまった。だから便所に行ったんだ。そして出た瞬間におっさんと鉢合わせよ。ついてねぇ、本当についてねぇよ。

おっさんはさっきと違う本当にただのおっさんだった。猫背でよれよれのコート羽織ってさ。

もうリーマンリストラアフターみたいな人だった。ただ眼だけはギラリと冷酷に光ってんだ。

俺とおっさんは何を言うでも無くただ、立ってた。俺は立ち竦んでただけなんだけどよ。おっさんはやっぱり俺を分析するように見てるんだ。

「ふん、なかなか使えるかもな」

そう言ったおっさんはあろうことか、自分の目玉を抜き取りやがった。

俺は恐怖とおぞましさに失禁しかけたよ。トイレ行ってて正解だったぜ。

おっさんは愉快そうに自身の目玉を握り潰し、ポケットから液体の入った小瓶を取り出した。

そして今しがた潰した自身の眼球の汁を小瓶に注いでいったんだ。な、何をやろうってんだ、一体。

おっさんはコルクで蓋を閉め、ゆっくりかき混ぜ俺に向き合った。畜生何でこんなタイミングで読経なんて始めやがるんだ。

誰も助けが来ない状況下。俺は最悪の展開にただ怯えるしか無かった。ヘビに睨まれた蛙の気持ちって奴が分かる。

足がピクリとも動かねーんだよ。ただひっきりなしに自分の心臓だけが暴れ回ってやがる。脳の警告だけは鳴り響いてやがるんだ。それでも足だけが動かねーの。

おっさんは俺の付近まで悠然と歩み寄って言ったんだ。

「口を開けろ」

開ける訳ねーだろ、馬鹿野郎。そんなおぞましい物見せんな!って俺は思ってんのに、なぜか口開けちまってんだよ。俺は涙を流しながらもう自身の死を覚悟して目を瞑ったんだ。





―続く―





 さて、急展開で申し訳ありません。しかしセイバー対アサシンなどは皆さんご存知でしょうからね。そこを割愛する上でキャスターのマスターと川尻君をコラボさせました。さてどう動くか。僕自身もちょっと興奮気味ですね。それでは皆さんまたお会いしましょう!

 本日もこのような駄文にここまで目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 男は妥協と度胸、女は温恭と愛嬌(士郎談)
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/23 23:19
 ライダーは自分の迂闊さを今日ほど呪った事はなかった。決して油断しているつもりは無かった。しかしまさか川尻猛まで豹変を遂げているとは。

「しっかりして下さい、マスター。必ずお助けします!」

自身の主に激励を送りながら、彼女は衛宮邸へ一直線に駆け抜けて行った。

自身に罵声を浴びせたいくらいだ。助ける前にきちんと護衛を果たせと。しかしそんな自己否定は後でいくらでも行える。まずは人命救急が先決なのだから。



******



時は慎二がナイフで刺された所まで遡る。慎二が崩れ落ちたのを見て士郎は激昂した。そして猛然と怒りの声をあげ、川尻に襲い掛かったのだ。

だが向こうとの距離はおおよそ30メートル程度離れていたか。士郎が川尻との距離を詰めるまでに当然迎撃を受けた。

川尻は短い詠唱を唱え、触らずにサッカーボールを細切れにした。ネットの網を潜り抜け零れ落ちる破片。

そして分解された破片が幾重もの球体を成し宙に浮遊する。彼が右手を前方に伸ばした瞬間、玉砂利が一斉に士郎を強襲した。

彼はその攻撃をベリアスフィア(多種多様な球体)と名付けている。

言葉通りそのサイズと量を変幻自在に操る事が出来るのが特徴である。恐らく球技が得意な彼独自の魔術と言えるかもしれない。

必要なら巨大化も可能である。ただし球体である事が条件だが。サイズはほぼ無制限だが、自身が支えられる重量が限度である。まぁ巨大な岩石とかになるとちと厳しい訳だ。

流石にこれはライダーによって捌かれた。と言うより士郎と慎二を抱えて跳躍したのだ。

当たらない事が分かると、川尻は舌打ちをした。またしても二言三言彼が何か唱えると、元通りサッカーボールに姿を変える。

勢いはそのままに壁に激突し、主の元に帰還するサッカーボール。彼は慣れた仕草で収納し、ネットを肩に担いだ。

「サーヴァントが居てはどうにもならん。悪いがここまでだな」

彼はそう言うとズボンのポケットからカプセルを取り出した。上に投げ、背を向けて去る川尻。士郎は追いかけようと足を前へ出した時、カプセルが地面に落下し割れた。

煙が噴出し、あたり一面煙に覆われ視界を奪われる。煙幕を張って逃げたと言う所だろう。

周囲が見渡せるようになると、尚も敵を討つために川尻を追おうとする士郎。それをライダーが肩を掴んで諌めた。

「士郎なりません。今あなたがすべき事はただ一つ、セイバーの元に向かう事ですよ。目的を決して見失ってはいけません。」

そんなライダーの訓戒を聞き士郎は歯を食いしばった。唇を強く噛み過ぎたのか、一筋の血が顎を伝っている。士郎はまた自転車に跨りながら、ライダーに顔を向けた。

「悪い、ライダー。慎二をよろしく頼む!」

そう言って噪音を撒き散らしながら、寺に向かって自転車を漕いで行った。そして冒頭のシーンへと続くのである。



******

凛side

 わたし遠坂凛は腕を組み、頭を抱えたいのを必死に我慢していた。次々と移りゆく事態の変化を整理するだけで時間を浪費しているからだ。全く持って心の贅肉極まりない。

「ああ、もう。何だってこう次から次へと!」

今慎二は自室にて休ませている。彼は用意周到だった。着衣を何枚も重ね、かつ雑誌の類を腹巻の要領で腹部に挟んでいた。

幸運にも上半身へのナイフが刺さらなかった事もあり、大事には至らなかった。鳩尾に2本、脇腹に1本、右ふくらはぎに1本のナイフが刺さっていた。

ただやはり足からの出血が酷く、止血に時間は要したのだが。ひたすら包帯を巻き、鎮痛剤を投与するくらいしか手立てはない。

「慎二といい、士郎といい。どうしてうちの男連中はこう無鉄砲なのよ」

 凛、それはまさかとは思うがわたしは――

「あんたが男じゃないってんなら含まれてないわ」

 ・・・

「ぷっ、ふふっ、冗談よアーチャー。そもそもあんた、無鉄砲っていうか無抵抗に切られただけじゃないの」

 くっ、フォローになってないし、寧ろそちらの方が手厳しいぞ、凛。

「ていうか誰も居ないのにわざわざ霊体にならなくてもいいじゃない。そんな事してると肉体に戻る方法、いつか忘れるわよ」

「・・・君は英霊を馬鹿にしてるのかね?」

いつも通りの仏頂面で現界するアーチャー。親交を図ろうといつも思うけど、なかなか屋根から降りて来ないのよね。

聞く所によると、衛宮士郎が気に入らないらしい。全く、英霊が好き嫌い言ってんじゃないっての。

「あ、いたいた。いや、だってほら。どこに居るか分かんないと喋りづらいじゃないの」

ふんっ、とそっぽを向くアーチャー。あ、ちょっと怒っちゃった。というより拗ねた?

「まぁいい。それよりもだ。間桐慎二は一体どうしたのだ?」

「ああ、そういやあんた知らなかったっけ。もう直ライダーが看病から戻るでしょうし、お茶でも淹れといて」

「・・・まさかとは思うが――」

「わたしとアーチャーしか居ないんだから、アーチャーが淹れるに決まってるじゃない。見張りしかしてないんだから、もちろん断らないわよね?」

痛い所を突かれたのか、息を詰まらせ上半身を仰け反るアーチャー。そんなアクションはどうでもいいから、早く入れて来いと言った所だ。

「君はもう少し貞淑な女性だと思っていた。が、それは見てくれの女振りに限るようだな」

むくれっ面になりながら、アーチャーはすごすごとキッチンに消えて行く。わたしほど慎ましい女性を演じる女優はそうそう居ないっての。何言ってんのあんた。

アーチャーの憎まれ口など毎度の事だ。それよりどうもあの顔に見覚えがある気がするんだけど誰だっけ。

まぁそんな事よりこれからの事だ。わたしは一人後図の策を練るのだった。



******

慎二side

 僕は本当にいつぞや見た漫画に感謝していた。だってあの漫画読んで無ければ、重症ないしは致命傷だったんだ。

名前を忘れてしまったけど、何せエジプトへ旅する漫画だ。バトル物だったけどね。服に雑誌を詰め込むのは、そこから学んで懐に仕込んでおいたんだ。

今僕たちはまたしても会議を行っている。桜とセイバーは自室で眠っているみたいだけど。

桜には単純に何も知らせてないから安眠させている。問題はセイバーの方だった。どうも魔力がそろそろ切れるらしいんだ。

正しく魔術回路が繋がっていないらしくてね。そして内在する魔力だけで戦闘を重ねた結果としては当然の結果と言えるよねぇ。まぁ電池切れって事でしょう。

というかそんな事言えばライダーどうなるんだろう。僕も魔術回路なんて当然ないもの。

でもつい最近それをライダーに訪ねたら、彼女頬を赤らめたんだよね。何が作用したのか全く分からないけど。

聞けば夜の内に搾取しているから大丈夫とか何とか。え、もしかして犯罪に走ってないよね!?と聞くとなかんずく真顔になって「それは絶対にありません」と堂々と言うんだよ。

じゃあいいやと僕は放っておくことにした。ライダーが大丈夫って言っているのに、僕が心配してもしょうがないしね、うん。女性からは問題ありません、多分。とか聞こえるけど訳分からない。

話を戻すけど、士郎君が参道に駆け寄ると物凄い突風が吹き荒れていたそうだ。どうもセイバーが出力を最大まで出している様子だったとか。彼もまたセイバーの魔力切れを恐れたんだろうね。

捨て身の思いで、大童にも石段に這いつくばりながら進んだとの事。それを見た相手サーヴァントと思しき人物の興が削がれたらしい。

セイバーに数言話しかけてその姿を消した。セイバーも風を止ませたので、叱責を飛ばそうとした所、崩れ落ちるように彼女が降ってきた。

寝ているとも衰弱しているようにも見えるセイバー。士郎君は彼女を背負いながら、慌てて帰って来たそうだ。

帰宅現場を遠坂さんに見つかり、これまた狼狽したらしい。必要の無い言い訳を考えていると、見事に真実を遠坂さんに明察されたんだとか。

その事が気味悪く思え「何一つ悩む事無く、言い当てるお前が怖い」と言った所、引っ叩かれたらしい。

何とも不憫な結末に思えてくる。これは自業自得で良いのか、いささか迷う所ですね、はい。

ちなみに僕は体内の血が結構流出したようで少し頭がふらふらする。そのため足取りも危うく、ライダーに何度寝るように促された事か。

それでも僕は寝ている場合じゃないんだ。鎮痛剤のおかげで痛みが麻痺している。今この時に話をしなくちゃいけない。何より折角得た情報を伝えずして何が結盟か。

だから僕は居間でライダーに寄りかかりながらこうして会議に加わっているんだ。遠坂さんは僕の参加に驚いていた。でも「その心意気や良し!」と嬉しそうだから良かった。

それよりこの服の上からでも分かる腹筋が6つに割れている人は一体誰なんだ。僕は何故か士郎君を睨むように居間に座る男性に視線を向けた。

黒の全身スーツの上に、前開きの赤いインバネスコートを付けたような服装だ。苦労されたのか、髪の毛は一面真っ白だ。見ようによっては銀髪に見えなくもない。

遠坂さんは僕が突然のお兄さんに呆気に取られている姿が映ったようだ。ああ、そう言えばとご紹介を賜った。

「そう言えばあんた達(僕とライダー)にまだ紹介して無かったわね。わたしのサーヴァントのアーチャーよ。見た目強面だけど、中身は小動物みたいな奴だから。そう構えなくていいわよ」

ジロリと自身のマスターに眼を飛ばされるアーチャーさん。ううむ、実に反抗的な態度なんだけど、よろしいのかな?しかし遠坂さんはにっこにっこしている。

僕がまたサーヴァントに“さん”付けすると予測していたのか、遠坂さんが先手を打って来た。

「そうそう慎二、アーチャーに『さん』とか付けなくていいから。すぐ図に乗るんだから」

「凛、き、君は本当にサーヴァントを何と心得――」

「何よアーチャー、もしかして『さん』付けして貰いたいの?へぇ、英霊様って権威を笠に着るような真似するんだ。それはごめんなさいね、アーチャーさん?」

「・・・アーチャーでいい」

「という事よ、慎二分かったわね」

「う、うん。よ、よろしく、ア、アーチャー」

「ふん、そう警戒せずとも良かろう。便宜上今は手を組んでいるのだからな。普段通りでないと上が煩くて敵わん」

「良くわたしの事分かってんじゃないの。そう言う事慎二。日常の会話を心がけるように。過度に緊張してたら言いたい事も言えなくなるでしょ。そんなの会議としてナンセンスだわ」

僕はその言葉にようやく安心してアーチャーに深く礼をした。そしてアーチャーもゆっくり眼を瞑り、大儀そうに頷いた。

「君たちとは短い付き合いになるだろうがね。せいぜい我々の足を引っ張らないようにしてくれ。」

「・・・お前セイバーに切られて養生中の身の癖して何言ってるんだ?足を率先して引っ張ってる奴がでかい口叩くな」

し、士郎君、勇気あり過ぎるよ。僕もちょっと思ったけど、それは言わないお約束って奴じゃあ無いの?

当然アーチャーは射竦めさせるような眼光を士郎君へ投げ返していた。それから腕を組み、挑発するように鼻で笑うアーチャー。

「ハッ、これだから半人前の白面小僧は困る。セイバーと対等にやりあってから言って貰いたいものだな。そしてわたしは闇討ちされたも同然の身だ。真向から対等に渡り合うだけの実力は備わっている。揚げ足取りが上手いだけでは生き残れんぞ、衛宮士郎?」

おおう、倍になって文句が帰ってきています。しかし士郎君は負けじと言い返す。

「俺より強くて当り前だろう。そのためにお前らサーヴァントは召喚されたんだろうが。それがマスターより弱くて何の意味があるんだよ。それと闇討ちされる何て油断以外の何物でもないじゃないか。やっぱ口だけなのはアーチャー、お前の方だろ」

「クックック、いや失敬。あまりに不愉快過ぎてつい失笑を漏らしてしまった。君の意見に耳を傾けるつもりはもとより無いのだがね?見張りすら出来ず、知識も、経験も無い君にだけは言われたくないものだな。率直に言わせて貰うとだ。無能者は無能らしく黙って大人しく、書物でも読んでたらどうかね?」

尚も続くお互いの罵り合い。遠坂さんの眉間に青筋が立つのも頷ける話だよ、うん。だって見てて醜いもんね。

勢いよくスリッパを持ち遠坂さんはとうとう猛りの声を上げた。

「いつまで茶番劇を続けんのよ。このカタツムリの角どもがぁぁぁ!!」

声と同時に二人の脳天をスリッパで打ち下ろす遠坂さん。それと恐らく蝸牛角上の事を指しての発言だと思う。うん、実にみみっちい争いだものね。

怒りに身を預けた遠坂さんはガムテープをビリッと広げた。そのままアーチャーの口目掛けて勢いよく、しっかり貼り付けた。むーむー言いながら不満を表すアーチャー。

「アーチャー、あんたが喋ると本っ当に話が先に進まないわ。反省の意味も込めて今日はずっと口テープ!」

お口チャック所か本当にガムテープを装着させられ、さめざめと涙するアーチャー。案外愉快な人かもしれない。議長は遠坂さんとなり本題の話に入って行った。



******



「とりあえず人物整理をしましょう。」

指を立て、状況整理が始まった。アーチャーはちなみに書記としてシャーペンを持たされている。

「最新の情報は、川尻猛、かしらね。で、一体コイツ何がどうなったの?」

アーチャーの書いた川尻猛に人差し指を示しトントン小突く凛。それに携わった人がめいめいに話し始めた。まずは慎二から。

「いや、本当に見た目は彼そのものだった。僕は一番近くまで近づいたけど、全く気付かなかったよ。ただ最後にニヤリと笑った時、多少の悪寒は覚えたけど。気付いた時点では時すでに遅し。ばっちりナイフがお腹に突き刺さった状態だからねぇ」

そしてその言葉を受けてナイフの刺さり方の話が展開された。それはライダーと士郎の口から語られる事となる。

「ああ、俺も慎二と同じように見てたけど全く違和感を感じなかった。俺が以前見た偽物の慎二とは別物だ。ただこの時間帯に行動している事に疑問は少し抱いたけどな。それとナイフで思い出したけど。アイツ手でナイフを所持して無かった。独りでにナイフが袋を引き裂いて飛び出したんだ」

「恐らく魔術の類でしょう。自動探知と言う奴かもしれません。一定の射程圏内の特定人物のみを襲うと聞きます。凛、あなたはこれに何か感じますか?慎二に刺さっていた内の一本を持ち帰った物なのですが」

ライダーがそう言いながら、テーブルの上に一本の果物ナイフを滑らしていく。向かって来たナイフの柄を指で押さえ、まじまじと見つめだす凛。

「・・・確かに極微弱だけど魔力を感じるわ。それにディテクト(探知)の初級魔術は確かに存在するわ。だけどオートディテクト(自動探知)となると上級向けになるのよ。どうして魔術師でない川尻がそんなもん駆使出来んのよ、おかしいじゃない!」

あり得ないという風に声を荒げる凛。その言葉に納得の行く答えを発言出来る者はいようはずもない。何故なら当事者の慎二、士郎、ライダーですら、ずっと同じ疑念を抱いているのだから。

肩で息をしていた凛だったが、諦めたように首を振った。

「今そんな事言っても始まらないわね。とりあえず川尻は敵と見なしていいのね?」

士郎と慎二の顔色は当然優れない。何しろ友達なのだから。ここで無条件に敵と認めてしまって良いのか。そうすれば次に敵対した時、本気で殺しに掛からなければならない。

慎二は固く目を閉じ、初めて彼に会った時の事を回想していた。


――お前は俺の親友だ、異論は認めねぇ!!


慎二はその言葉を思い出し、目を開いた。そして凛に向かって力強く言い放った。

「分かった、敵と見なしておこう。日常は普段通りの彼かもしれない。皆注意を怠ってはならないよ。特に士郎君、君と僕は安易に気を許してはいけない。」

士郎はその言葉に喉を鳴らし「わ、分かった」と弱弱しく返事を返した。慎二は付け足すように皆に伝えた。

「それから僕のわがままを聞いて欲しい。川尻君を殺すのは僕に任せてくれないかな?」


――親友だからこそ、僕がこの手で彼を救わないといけない



その言葉に士郎は思わず立ち上がって、慎二の襟を掴んでいた。

「し、慎二、お前何言ってんのか自分で理解してるのか!?」

暴怒と義憤に満ちた士郎は人倫信義を盾に慎二を説得する。その声は救いを求めるような声だった。慎二は士郎に上半身を浮かされながらも、毅然とした態度を崩さない。

「士郎君、君の言いたい事は何となく分かるよ。友達を殺すのは人道に反すると言いたいんだよね?」

「・・・そうだ。それが分かっていながらお前はどうして――」

「それが甘さや隙に繋がるからだよ」

「っ―――」

思わず襟から手を離し、力無くへたり込む士郎。呆けたように慎二の顔を見つめている。慎二は尚も滔々と士郎に言って聞かせていく。

「いいかい、僕は今どうにかここに居座れるのは本当に僥倖なんだよ。普通なら腹に何本もナイフ刺さってたら大惨事だ。偶々読みが当たって掠り傷程度に収まっただけなんだ。これは結果論なんだよ、士郎君。ライダーの話によると無数の玉を打ち放って来たそうじゃないか。もう手加減してどうにかなる相手だと考えるのは止めた方が良い」

「でもだからって!」

「じゃあ何か、君は川尻君を助けて僕が死んでも良いと言うつもりなのかい?」

「そ、そんな訳ないだろ!俺はただ・・・二人が無事で居てくれたらそれでいいんだ」

「その思考が隙を作るんだ、士郎君。運が良ければ助ける、程度じゃないと君、本当に死ぬよ?」

凛は半目になってその様子を伺っていた。しかし腕を組み慎二に向かって助言を呈した。

「慎二、残念だけどあんたも諦めなさい。意見が並行し始めてるわ。もうこっちとしちゃ士郎がしたいようにさせるしか無いわよ。そもそもあたしが幾ら言い聞かせてもコレなんだし。」

アゴで士郎を指し示す凛。士郎はぶすっと押し黙り、アーチャーは肩を揺らしてクツクツ笑う。それよりも、と凛は話を続けた。

「慎二あんた面白い事言ったわね。川尻は他の魔術まで行使してくるの?」

そこは一番冷静だったライダーが解説を始めた。

「はい、そうです凛。彼は自身の持つボールを一旦分解し、粉々にしました。そして欠片を全て球状にした後に、我ら目掛けて撃ち放って来たのです。いずれの動作に置いても短い語句を口誦しているようでした。恐らく魔術と見て間違い無いかと」

凛は淀みなく伝えるライダーの説明を受け思わず舌打ちを鳴らしていた。

「参ったわ、まさかそこまで高度な魔術を体得してるなんてね。こりゃ締めて掛からないとマジで死ぬわ。」

「遠坂、そんなにヤバイもんなのか?」

「ええ、かなり上位ランクの魔術よ。何せアナライズ(分解し)、フロウ(浮かせ)、フィックス(固定)。これだけで既に3種類の魔術が複合されてる。それを更に球状にして飛ばすですって?川尻は本当に何者なのよ!」

最後はやっぱり川尻何者なんだの結論に辿り着く凛。当然我らに(以下略

疲れたように溜息を付いた後凛は一つの可能性を示唆した。

「でも今の話を聞く限りじゃ、完全なマインドコントロールって訳じゃなさそうね。完全に乗っ取られてたら、雰囲気からしてガラリと変わるもの」

「じ、じゃあもしその操ってる奴倒したら――」

「ええ、一時的な物なら釈放されるかもね。あくまでも可能性の一つだけど」

途端士郎の目に希望の光が灯る。彼はそれだけ分かれば十分だと言うように、何度も頷いていた。

そうして話がまとまり始めたその時だった。スラリと障子が開け放たれた。そしてそこに立つのはセイバーだった。

どうやら一時的に気を失っていただけのようだ。士郎は思わず彼女にバッシングの声を浴びせた。

「お、お前セイバー!どれだけ自分が危ない橋を渡ったか分かってんのか!?」

そんな士郎の権幕を余所にセイバーは春風駘蕩と言った具合で、ゆっくり頷いた。

「ええ、自分の行いなど確認するまでも有りませんよ、シロウ。サーヴァントたる役目を果たすため、最善の策を取ったに過ぎない」

「何が最善だ馬鹿!お前の行動でどれだけ俺と慎二が心配したと思ってる。勝ち負け云々以前に、俺の承諾も得ずにどうして一人突っ走るんだよ!」

「いいえ、決して軽挙妄動からの行いではありません。わたしは部屋で一人考え、そしてその方がより良いと判断しての事です。シロウ、あなたのやり方ではいつか殺される。わたしはサーヴァントとして、みすみす主を殺されるのを黙って見過ごす訳にはいきませんから」

「だから、俺だって別に怖いから行かない何て一言も言ってないだろう?ただ万全の態勢を整えた方が良いと思ってるだけだ」

「こちらが整う前に向こうは膨大な魔力を蓄える。手筈が整っていない今こそが好機なのです。何度も同じ事を言わせないで頂きたい」

とうとう士郎君は堪忍袋の緒が切れたように立ち上がって叫喚した。

「俺は男として女の子に戦わせる事だけは許せないんだっっっ!!」

・・・

皆一様にして押し黙る。というか呆れている。アーチャーはやれやれと言った具合に首を振っている。凛は長い溜息を吐いている。セイバーと慎二もポカンと口を開けている。ライダーは目を輝かしている。

 慎二、慎二

突然のライダーからの呼び掛けに慎二は驚きつつも返事をした。

 ん、何か分かったのライダー?

 ええ、とても面白い事が分かりました。士郎の発言をあなたはどう思われますか?

 ・・・何かもう展開が読めるんですけど。

 嫌ですね、慎二。邪推は止めて下さい。それよりも質問の答えになっていませんよ。

 そ、そうだね。極力女性には戦ってもらいたくない、かな?は、はは。

 そうですか。なるほど、ちなみにわたし生物学的に分類するとメス、何ですが。

 まぁ見たまんま艶やかな女性だよね、うん。それがどうかした?

 ふふ、慎二。展開が読めるのではなかったのですか?

 ・・・はぁ。僕だってライダーには出来るだけ戦闘して貰いたくないよ、そりゃあ。

 ふむ、溜息の分だけ減点ですが。まぁ良しとしましょう。

 ・・・どうも。

一体僕たち何をやってんだろう、と思う慎二だった。結局セイバーと士郎の夫婦漫才みたいな会話は、士郎が代わりに戦うという事で終止符が打たれた。

あの人たちも一体何やってんだろう、とまたもや思う慎二だった。アーチャーも大仰に溜め息を鼻から射出しながら「馬鹿だ・・・大馬鹿だ」と嘆いていたという。

そしてそれからセイバー先生の剣術指南が士郎に課せられた。セイバーも士郎と共に戦う上で、彼の扱い方に慣れて来ているのかもしれない。

さらに凛からは士郎への魔術講座をすると言う。あんたもどう?みたいな目で慎二を見たが、丁重にお断りする慎二だった。ライダーに教えて貰うからそれでいいや、と彼は思っていたそうな。

もう夜も更け遅い時間なので皆ぞろぞろと出て行く。そんな中士郎だけ居間に一人残された。士郎は両手両足を畳に落とし、気鬱な表情でポツリと呟いた。

「なんでさ?俺一言もやるなんて・・・言ってない」

その独り言は誰の耳にも届かないのは自明の理というものだった。だって皆出払っているんだから。彼は一人悄然と項垂れていたが、不意に立ち上がった。

「しょうがない。もう決まった事だしやるだけやろう。それにセイバーに戦わせるより、よっぽど気楽ってもんだろう」

自分に言い聞かせるように言いながら右腕を回し、彼もまた寝室に向かうのだった。





******




 キャスターは二の句が継げなかった。何故いきなり死ぬ必要があるのか。元々何を考えているのか分からない男だった。内弁慶で自分に対してのみ驕傲だった憎たらしい男。

いつも通りコキ使われ井戸に水を汲んで戻ったらこれだ。一体自分にどうしろと言うんだろう。サーヴァントの自分の目から見てもこの男の行動は常軌を遥かに逸脱した物だった。

転がっている薬品は猛毒の物だ。つまり紛れもなく薬物自殺を図ったのだ。信じられない。勝てないと諦めたのか?いや、それはあり得ない。いつも威張り、踏ん反り返って高笑いを決めていたのだから。

キャスターは絶望的な気分で男を眺めていたが、何か遺書のような物を見つけた。それを手に取って読んでみると次のような単純な言葉が綴られていた。

――少し出掛けてくる。後の事は任せる。   米子(よねご)

何の冗談なのだろうか。少し所か帰って来れない所に行っておいて。キャスターは男のあまりにも簡素な表現に笑いを堪える事が出来なかった。

全く無意味に呼び出され、散々罵られた挙句がこれか。キャスターは笑いながら涕泣し続けた。袖を絞る程泣いただろうか、彼女はふと我に返った。

こんな所に居て何になる。魔力が切れれば死ぬ、自分がどうなるか分からない。キャスターは居てもたってもおられず、神域をひたすら歩き回った。もう自分の行動すら制御できない。

さっさと諦めて自分も自決しようかと馬鹿な事を考え始めた時、その男が現れた。

「米子から話は聞いている。お前がキャスターと言う事でいいのか?面倒を見てくれと頼まれた。これからよろしく頼む」

その男の名を葛木宗一郎(くずきそういちろう)と言った。

またキャスターは手紙に気を取られて気付けなかった。米子の左手が喪失していると言うことを・・・。





―続く―





 はい、どうも長々冗長になって申し訳ないですね。とりあえず続きとしては出来ました。多分SS書いて一番長い事書いた気がします。丸一日掛けて作ったんですから、ええ。もう色々出し切った感ありますね。まだまだ先は長いんですけど、明日はどうなるか分かりませんね。普段使わない脳をフルで使って知恵熱が出そうです(笑)

それとキャスターのマスターを簡単に殺す、というのは違和感があるとお思いかもしれませんね。後々分かると思いますよ、上手く表現出来るかは作者次第でしょうが。ヒントとしては「出掛ける」この一言に尽きますね。

後、魔術に関してなんですが。いまいち命名が分からず、和英辞典でそれっぽいの調べて見繕うと言う何とも残念な感じになってます。その辺に関しては申し訳無い限りですね、はい(汗)

それと遅まきながらアーチャー出してみました。どうでしょうか、こんな感じで良いかな~と自分では思うんですが。その辺もまたよろしければ感想頂けると嬉しいですね(笑)

もし「自堕落それはねぇよ」というのがあればまたコメントにてお願いしますね。私いつでもお待ちしておりますので。それでは今回はこの辺で失礼します!

 本日もこのような駄文にここまで目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 衛宮士郎の思想、隔離されし元マスター、朝食風景
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/24 20:46
慎二side

 少し士郎君の話をしようか。僕たちは最近いつも一緒に行動を共にするから、良く話をするようになったんだ。彼はお父さんの事になると凄く憧憬の眼差しを孕ませる。

その日も学校から帰宅する時何とはなしに、お父さんの話になったんだ。一番士郎君が誇らしげになる話題でもあったから。嬉しそうに喋る士郎君は僕の心に安寧をもたらすんだ。

「親父は魔法使いで、正義の味方だったんだ。少なくとも俺にとっては」

僕は凄く不思議に思ったので訪ねる事にした。

「士郎君にとって、だけ?」

士郎君は俯き、父親の遺憾の気持ちを引き継いだように表情を曇らせた。

「・・・ああ、正義の味方の落第者だと自分で言ってたよ。俺と親父は住む世界が違い過ぎたのかもしれない」

幼い時分を思い出して少し無念そうに拳を握りしめる士郎君。彼はどうして気付けば自分を責める方に進むのか。それは本当に僕と同じ思考回路だった。

聞けばお父さんは理想と現実の格差に、いつも頭を悩ませていたという。個人の力ではどうしても天井にぶち当たる。壁を迎える。底が尽きるんだ。

100人困っている人が居たら誰を助ける、何て質問にどう答えれば良いだろう。僕の答えは知り合いから助けて、残りは見込みがある人から順に救って行く、だった。

しかし士郎君は悩む事無く即答するんだよ。

「100人全て助けるに決まってる」

こういう人物だったんだ。なればこそ、自身のサーヴァントを救うという発想も頷ける話なんだよ。しかしそう物事は上手く行く物ではない。

自分の体に鞭をしならせ、叱咤し、擦り傷、火傷、凍傷、ありとあらゆる傷を作りながら進んでいく。果たしてそれが正道と呼べるのかも分からないというのに。

救われない者に目を向けていては先に進めないよ。そういう父親の言葉に子供ながら猛反発したそうだ。だってそうだよね、救われない命なんてあってはならないのだから。

千の命を救おうとして五百人の生命を取りこぼす。それよりは百人を見捨てて、九百人の命を確実に守り抜く。

それこそが現実界における正義の花形なのかもしれない。そうお父さんは漏らした事があるそうだ。

幼少期の士郎君はそれには賛同したようだ。ただ純粋に守る人数が多いが故に。そして彼は残り百人を助けてこそ、ヒーローと呼ぶのだ!と爽やかに発したらしい。

救い、とは果たして何なのか。生きる気力を失い、先行きが見えない人生を歩む。それより死を迎える方が、時として救済になるのでは無いか。僕はそんな事を一人思っていた。

そして僕としては999人が死ぬ事になっても、残り一人桜が救えるなら迷わず桜を救おうとするだろう。聖杯戦争に参加する折、そう心に決めたんだから。

シスコンと誹りを受けてもいい。だって桜は僕に取って初めての家族なんだ。折角舞い込んだ幸運を望んで捨てる人がいるかい?僕は何がなんでも桜の身だけは守ってみせるんだ。

手前勝手な幸福論を展開する訳じゃない。それでも僕は思うんだ。その人が望む世界こそがただ一つの救いなのだと。だから僕は死にたいと願うのなら、死なせても良いと思う。

でも他にもっと生きる喜びを得る手段はあるだろう。それを提示する事は出来ると思うんだ。そこは正義の使いとして、腕の見せ所なのかもしれない。

そもそも絵空事や理想を叶えるために魔術師やってんだもんね。はは、士郎君らしいよ、うん。さて2月6日、今日も張り切って行かないとね。桜の呼び掛けに返事をして、布団から身を起こす僕だった。



******



川尻side

 うぅ・・・畜生、一体俺はどうなっちまったんだ?俺は内面世界で一人蹲りながら頭を抱え込んでいた。一面は真っ白、深層世界を体現しているようだな、こりゃあ。

と、そこにカツン、カツンと足音が聞こえてくる。俺は思わず身構え足音の方を向いたんだ。立っていたのはいつか寺で会ったあの男だった。

目玉を抉ったはずなのに修復されている。流石ご都合世界だぜ。相変わらずボロ衣に身を包み、そのポケットに両手を突っ込んでいる。態度だけはセレブで、実にワンマン社長と言った相貌だ。

男は俺を立たせようと右手を差し伸べてきた。しかし俺は目玉をくり抜いたあの手が真っ赤に染まって見える。思わず俺は飛びのいて尻もちを付いていたんだ。

拒絶の意を表したも同然な俺の態度に全く気に留める様子がない。本当に何考えてるのか分かりゃしねぇ。男は手を元のようにポケットに突っ込んで半身の姿勢を取った。

「・・・まぁごく当然の反応だ。気にしなくて良い。そして川尻君。君への憑依はもう少しで完了する。後は君のアーカイブを整理把握するだけだ。せいぜい余生を楽しむがいい」

アー、カイブ?俺の保存記録って事か。それから憑依とか何とか聞こえたけど。突然現れて言いたい放題だな、本当に。俺はあまりに身に起こった現象が異常過ぎて、正しく解釈出来なくなっていた。

そうして男は元来た道を辿って白面の世界へと消えて行った。俺は茫然自失と言った調子でその後ろ姿を眺めてたんだけど・・・。

つーか、ここどこよ。夢なのか何なのかさえ分からない。上空から母ちゃんの俺を呼ぶ声が聞こえる。やっぱ夢に決まってんじゃん。だってこれから俺、目覚めるんでしょ?

そうして起きて俺は不思議に思った。記憶飛び飛びで断線してるような感覚。ていうか新聞とか読む習慣無いのに。なんで机の上にバッサーって紙面が広がってんの?

俺はそう思い腕を掻こうとしたら、包帯の違和感を感じた。あれ、俺いつ怪我したんだよ。痛みが無いのに包帯するとか構ってちゃんじゃねーか。俺は包帯を外したんだ。

「・・・何これ?」

俺の左手に何か訳の分からない紋様ができてんだけど。俺は喉をゴクリと鳴らしまじまじと見つめていた。すると唐突に声が聞こえたんだ。

 ・・・マスター、よくぞご無事で。

俺は思わず飛び上がった。何、何なんだよ。マスターってしかも俺の事?!俺は脳内に響く声にビビッて竦み上がった。

「は、はい!?そ、そもそもマスターって何!!」

俺は声を発する物の向こうもマスターマスター連呼するばかり。ていうかこの声って

 キャ、キャスター・・・さん?

 え!?

思った事を心の中で発すると、俺と同じくして向こうも驚き慌てるのだった。



******



 新たなマスター葛木を迎えたものの、魔力の充電は出来ない。したがって例によって大人の関係、年齢指定な方法で魔力を補充した。キャスターは魔力以上に解放感を感じていた。

宗一郎は飾り気がなければ面白みも人間味も欠ける男だ。だけどキャスターを温かく包む包容力を備えていた。

無欲恬淡だが、謹厳実直。一言で言えばキャスターにとって理想の男性だったのだ。

そんな幸福に満ち溢れた朝の事だった。艶々した肌で隣りに眠る宗一郎を眺めながら、背筋が凍るような感覚だった。思わず瞳孔が開き、わなわなと全身を震わせ呟いた。

「そ・・・んな。魔術回路が繋がって・・・る?」

一度得てしまった幸福を貶めるかのような絶望感。キャスターとしてはもうあの男、米子蓬莱(よねごほうらい)とは金輪際関わりたくなかった。

しかし令呪がある以上そうも言っていられない。キャスターは震える唇で形だけの労いの言葉を掛けた。

されどどうにも反応が返ってこない。ただ狼狽する様子のみが回路を通して伝わって来る。

何とも違和感が拭えない、あの男がそんな人間らしい感情を残していると思えなかった。骨の髄まで魔術に染まり、魔術の成就のためだけに生きるような男なのだ。

そうして応答が無いので、断続的に呼び続けていると思わぬ声を聴いてしまったのだ。

 キャ、キャスター・・・さん?

驚くなと言う方が無理な話だ。何故に以前庇うように米子に立ち塞がった少年が声を掛けて来るのか・・・。キャスターは次の瞬間顔を上げて驚いた。


――まさか


そしてキャスターはすぐさま男の死体がある部屋へと駆けて行った。というよりさっさと処分しなければ不味いだろう。その考えもあり、とにかく彼女は急いだ。

「・・・やっぱり」

無い、令呪のある左腕が消えている。もうこの時点で米子の目論見をキャスターは分かってしまった。


――あの少年の肉体を奪うつもりだ


でなければ死ぬ必要も左腕をごっそり持っていく必要も見当たらない。そもそも「出掛ける」という言葉の辻褄まで合って行く。

キャスターは改めて男の手段の選ばなさに、心胆を寒からしめざるを得なかった。男の肉体を闇へと屠りながら、キャスターは非情な選択をした。

 坊や、あの時の坊やなのね?

 あ、ああ。そうだけどキャスター、さんだっけ。一体これはどういう――

 残念だけど、あなたは殺し合いに巻き込まれたの。

 !!ど、どうすりゃいいんだ、俺は・・・。

 気持ちは凄く分かるわ、怖いわよね。わたしも助けたいのは山々なの。だけど外には敵が目を光らせてる。

 う、うん。

 気をしっかり持って。そして決して外に出ちゃ駄目。死にたくなければね。

 分かった。ありがとう、キャスターさん。でもいつまで家に閉じこもってれば・・・。

 大丈夫、直に争いは収まるわ。それと一つだけお願いがあるの。

 え、どうしたんです?

 私を自由にさせて欲しいのだけど、あなたの刻印が束縛しているのよ。

 な、何だって!?俺の訳分からん左のコレの事だよね?

 そう、それよ。だから「キャスター、君を自由にする」と強く唱えて貰えないかしら?

 そんなもんお安い御用だぜ!

キャスターは内心で深く謝っていた。こんな心優しい少年を見捨てるのだから。きっと自分は地獄に落ちるだろう。それでも幸福は望まずにはいられない。

――最後の一つ、令呪を使わせてごめんなさい、坊や

そうしてキャスターは米子蓬莱との縁を完全に断ち切り、新しく宗一郎をマスターに見立てたのだった。

ちなみに2回の令呪使用法について。一回目は完全なる服従を誓わせる。二回目は寺の人間を完全支配下に置かせた。そしてアサシンを呼び出した後に出会ったのが川尻だった。

呪縛から解き放たれ宗一郎の傍にしずしずと座るキャスター。彼女は内心で一念発起していた。


――あの男、米子蓬莱は必ずわたし達を殺しに来る


絶対に愛しいこの人を殺させる訳にはいかない。目の前で座禅を組んで瞑想している宗一郎を見つめ、固く覚悟を決めるのだった。

折角神から授かったこのチャンス、決して逃しはしまい。坊や、恐らくあなたはこの時だけは一番不幸かもしれないわね。わたしに関わったばかりに。

キャスターは自己を蔑むように嗤笑を漏らした。結局我が身可愛さで他人を切り捨てたに違い無い。だがこの身は既に穢れ切っている。何を恐れる必要があろうか。

彼女は心を閉ざすとばかりにフードを深くかぶり、その表情を消しさった。さぁこれからが本番だ。覚悟なさいな、サーヴァント達よ。そう口端を微かに歪め、静かにほくそ笑んだ。



******



 朝食時、士郎は大河に提案を述べた。

「藤ねえ、たまには親孝行したらどうだ。爺さんが娘に構って貰えないと、嘆いていたそうだぞ」

「お父さんなんか放って置いても――」

そこまで言った時、大河は箸の動きを止め、周囲を見渡した。そして士郎の顔をじーっと凝視する大河。

この不可解な行動を理解出来る者など、居間には存在していない。そして大河はたっぷり数十秒士郎を見つめ、俯いた。当然首を傾げる士郎。

「どうしたんだよ、藤ねえ。言いたいことがあるなら――」

「・・・酷い」

何やら心に傷を負った大河を見て士郎は慌てて訳を聞いた。

「ほ、本当にどうしたんだよ、藤ねえ!全く事情が掴めないぞ、俺」

「だって士郎、お姉ちゃんを二軍に降格するんでしょう?」

皆一様にその発言の真意を理解するために動きを止めた。やはり最初に活動を開始したのは、話しかけられた士郎だった。

「親孝行がどうして降格の話になるんだよっ!」

詰問調になりながらがなる士郎。しかし自他共に認めるお姉ちゃんは止まらない。寧ろ身を乗り出して反論し返した。

「だって可愛い子が一杯いる中でもう満腹なんでしょう!お姉ちゃん、戦力外通告。うわ~ん!」

士郎は狼狽よりも呆れから来る閉口が先だっていた。この女教師はどんな事態でもマイペースなのだろう。日常に置いては秀逸なキャラだが、なにぶん緊張感に欠ける。

士郎は頭に手を置きながら、疲れたように溜息を吐いた。そして大河に向かって言った。

「藤ねえが俺をこれっぽっちも信用してないのは分かった。でも俺は下宿として認識してるから、いかがわしい事はしない」

ゆっくりハッキリしっかりと言い聞かせる士郎。大河は目を伏せながら「それはそれで問題ある発言だけど」と唸っていた。そう言われると士郎も心外なので言い繕った。

「いや、まぁ、そりゃ興味くらいはあるけど――」

「衛宮君、何か言ったかしら?まさかわたし達に破廉恥な事でも?」

笑顔なのに責めるような口調で問い掛ける凛。それもまた士郎としては心外だった。

「遠坂にだけは無い。俺死にたくないし」

そう言った瞬間士郎の足に激痛が走った。物凄い勢いで凛が士郎の足を抓っている。慎二は上目使いに凛の顔色を伺いながら震えている。

「いででででで!!」

思わず痛みを表す声が出る士郎。凛は澄ました顔で

「あら、士郎。天から罰が下ったんじゃない?レディに対する扱いがなって無いって」

しれっと言い放った。そして大河は士郎が婦女子に手を掛けるような男性ではない。そういう意味で安心できると判断したらしい。満足気に何度も頷いている。

「罰が下るってんなら、上からだろ・・・。俺の痛み、どっちかって言うと下からだった」

「神なんだから物理法則無視できるに決まってんじゃない」

そんな話をする中、大河がふと思い出したように話し始めた。

「そう言えば美綴さんが痴漢に襲われたって話したっけ?」

「それは一体何のネタなんだ、藤ねえ」

「いや、ウソのようで本当なのよ、これが。それで逃げる途中に怪我しちゃったんだって」

「えっ!それ、本当なんですか、藤村先生!」

黙々と食パンを齧る慎二も流石に黙っていられない。しかし大河は手をヒラヒラさせながら笑った。

「そんな大げさなもんじゃないわよ。ただの捻挫だって。何でも逃げる時に転んだそうよ」

「命知らずな痴漢というか、向こう見ずというか・・・どれだけ飢え――」

士郎はそこまで言った時、慎二からの非難の目を見たので方向転換を決め込んだ。

「どれだけ上を目指してんだろうな、うん。奴は絶世の美女と名高い女性だし」

満足そうに頷く慎二。士郎はあわや同盟破棄になりそうな展開だけに肝を冷やしていた。

その後も朝は洋風が良いという意見が多数出て、場は荒れた。しかし日常的には実に平凡な食卓風景と言えるだろう。

慎二は士郎が休むと言った時、さほど驚きを示さなかった。剣術を学ぶのに忙しい事を知っていたからだ。しかし唐突な言葉に桜や凛、大河は難色を示していた。

「やるべき事があるからずる休みさせてくれ」

これの一点張りを決め込む士郎。結局皆が折れ、登校して行くのだった。慎二はサーヴァント相手に立ち稽古なんて、冗談にも程があると思っていた。

だから純粋に士郎を応援した。やはり彼の行動はヒーローに遜色ない物だと感嘆していた。慎二もまた弓道と、動物扱いを極めるべく学校へと赴いて行った。





―続く―





 はい、川尻君がどうなるか見ものというか。まぁダメな感じしか漂ってませんけど(汗)

とりあえず一日が始まりました。セイバーと士郎の立ち稽古は当然割愛の予定です。

やっぱり第三者的視点だと、士郎に重心が置かれますね。本編通りに進行すると元々慎二なんて居やしません。だから当然士郎がベースになってしまいますね。

さらには桜、ライダーも居ないので、どうしても存在感が希薄に・・・。う~む、今後そういう所を検討して行って、出せそうな場面でどんどん出す方針です。

全ての人物の個性を活かし、場を盛り上げる。特定の人物だけにならないように精進したいと思います。とりあえず今回はこれで行くことにします。それでは失礼します!

 本日もこのような駄文にここまで目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 慎二のスキルアップ
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/25 16:44
 慎二side

僕は弓道部の練習から解放され、一人思案していた。勿論綾子や桜には散々いじられるのは普段通りだけど。それでもやはり戦略の一つでも立てないと先行きが不安じゃないか。

まず何と言っても川尻君の事だ。彼が普段通りに登校して来た時をシュミレートしてみる。

「よう、酢昆布~、昨日は悪かったな、ハッハッハ!」

・・・いや、違う。彼はそこまで突き抜けた人物じゃない。僕は何を想像してるんだ、馬鹿。

「悪い・・・酢昆布。何か覚えて無いけど迷惑掛けちまったんだよな」

覚えて無いのに謝る訳ないじゃないか、どういう思考を回すんだ僕は。となればやはり普段通りに接して来るのか?それはそれで厄介な気がする。

というのも川尻君を通して僕や士郎君、あるいは遠坂さんを監視している可能性がある。であるなら極力彼に関わらないのが吉、というものだろう。

だが川尻君本人に何ら非がないというのが問題だ。彼はただ戦争に巻き込まれただけの、ぽっくり被害者なのだから。だけど敵の影が見える以上情けを掛ける訳にはいかない。

士郎君が居ないのも好都合と言える。もし救いが無いような変わり果てた川尻君がいればその時は・・・。

「また遠坂さんに『後ろ向き過ぎ』とどやされちゃうな」

しかし覚悟だけはいつも胸に秘めなければならない。もう一寸先は闇の世界に、僕たちは足を踏み入れてしまったのだから。

それともう一つ頭の痛い問題があった。動物に関する事だ。僕は以前コウモリやカラスを操った事は承知の上だと思う。体格が大型であったり、余りに凶暴な生き物は扱えないが。

しかしその僕の小型生類遠隔操作は昆虫に置いてこそ、その真価を発揮する。量的制限は基本的に無い。音で彼らの行動を制圧するのだから。

蜂や蛾、羽虫と言った特に飛翔する昆虫が強力な武器と化す。一固体としては大した戦力ではない。しかし億にも達すれば話は異なってくる。

とは言えサーヴァントには全く効かないだろうが。前回のバーサーカー戦を思い出せばため息しか出ない。いずれにせよただの人間の延長であるマスターにのみ有効なのだ。

しかし――

「・・・時期的に虫なんて居ないんだよねぇ」

根本的にそこが問題だった。夏場であればもっと威力が増しただろう。バーサーカー戦ではスタミナ切れの方が先立っていたけど。今ならもっと長時間鳴らし続ける事が出来る。

だがそれも相当数の生物が居れば、の話になって来る。まだ肌寒いこの季節。昆虫達も土の中や繭の中で、外気が最適温度になるのを待っている事だろう。

またバイト先もペットショップにしようと決めていた。トリマーとしてなら自分の天職だと思ったんだよ。

でも流石にこの状況で夜出歩いたり、一人で行くのは不味い。もう少し事態を把握するまではバイトはせずに弓道に専念する。ライダーも僕の傍で護衛に集中すると二人で決めたんだ。

そして僕は綾子と話し合い、今どうしても外せない事があると言って極力会わないようにしていた。大体からして聖杯戦争が終わらない限り、平穏なんて無に等しいんだ。

恋人にうつつを抜かす暇なんてない。そもそも僕と傍にいると危険が増すばかりだし。偽者の件もある。思い詰めた顔で言うとしぶしぶながらも彼女は了解してくれたんだ。

「慎二、きっちり方付いたら存分にあたしと遊んでもらうからね!」

実に清清しい言葉だ。希望に満ち溢れている。彼女のためにも、そして妹のためにも、今では自分のためにも死ねない。愛とは本当に偉大だと実感する。

人を愛する事は自分を愛する事と同義なんだね。僕は莞爾たる笑みを浮かべ、しっかりと頷いていた。



******



 あれから授業を受けたけど、川尻君は休みだった。何でも長期的に休むという連絡が入ったらしい。伝染病だと言っているけど僕にはウソだと丸分かりだ。

――嫌な予感がする

その後昼食を終え、僕はまた考えを巡らせていた。非力な僕には策略によって不意打ちを食らわせるしか手立てが無い。まともに戦う事などはなから不可能なんだ。

弓道に置いて、連射と束ね撃ち、蛇撃ちなどが攻撃手段に挙げられる。ライダーの真名はメデューサらしい。ライダーは魔眼のスキル、ペガサスなど神獣を操り、結界まで張れる。

そんな彼女も髪の毛を蛇に変える芸当は流石に無いそうだ。申し訳無さそうに申告されたけど、もう十分に強力だよ、うん。今度有り金はたいて蛇を大量買いしようと思う。

束ね撃ちは10本までならどうにか撃てる。精度は酷い物だが。散弾銃の劣化版と言った所か。5本まで落とせば横並びの缶5本を打ち抜く程には命中率が上がる。威力は残念なレベルだけどね。

問題はもう一つの小型生類遠隔操作の方だ。というか実に名前が長ったらしい。まず名前を考えた方が良さそうだ。僕はポケットから電子辞書を取り出した。

「え~っと、生き物の総称ってlife(ライフ)って言うのか。それで口笛だから・・・ウィ・・・ウィストル?何だか読み方難しいなぁ」

それからあれこれ一人で考えてWhistle for small life に決めた。何か結局長ったらしいじゃないか、僕のアホ。もっと縮めようかな。

「よし、決めた。Whistle Life(ウィストルライフ)だ!」

小さいのしか呼べないけど見栄張っちゃおう。聞けば英語というのは省略出来る言葉もあるそうだし。僕は満足げに頷き、ポケットに電子辞書をしまった。

やっぱり必殺技みたいなの持つと強くなった気がするなぁ。う~ん、僕もヒーローになるのかな。いや、まぁ他の生き物の力借りてる時点でやっぱ無理かも。

僕はいつも通り自己完結して、冬場の生物を考えていた。渡り鳥にテントウムシ、蝶の一種なんかも居たりする。けど居てもごく少数だろうしなぁ。

というより・・・以前弔っておいてまた利用しようとしている事が。何か自分を欺瞞して偽善的だとしみじみ感じる。うーん、やっぱり安易に犠牲を出す方向に行きたくないなぁ。

やっぱ動物とか訓練して生存確率高めた方が良いのかな。犬とか警察でも使われてるし、訓練としちゃいいんだろうけど。犬、ねぇ・・・衛宮家に入れるの有りなのかなぁ。

僕がそうやって犬についてひたすら考えていると妙な幻聴が聞こえた。

「ウォンッ!!」

僕は思わず飛び上がった。え、ここ屋上だよね。何で犬の鳴き声が?僕はきょろきょろ辺りを見渡したが、それらしい気配が無い。というかあご下を舐め回されている。

「・・・え?」

僕の右手が犬の頭部となり、その犬に顔を舐められているのだった。しかも今しがた考えていたドーベルマンだった。

顔立ち怖いけどとても可愛いです。帰る時にでも遠坂さんに聞いてみようかな。



******



結局放課後、僕がぼさぼさしている内に遠坂さんは先に帰られたようだ。あらら、やっぱり行動速度からして差がはっきり生まれて来るもんだねぇ。僕はライダーに話を聞いてみる事にした。

 ライダー僕の右腕見た?

 ええ、驚きました。慎二は動物に関しては本当に多彩な芸を持っている。

 まぁ僕自身も驚いたけどね。あれって魔術の一種なのかな?

 もしかしたら「獣化」かも知れませんね。実際目にした事はありませんが、聞いた事はあります。ただしやはり決まった詠唱や動物媒体が必要だとされていますが。

 うーん、呪文っぽいの何か言った覚え特にないんだよね。

 そうですね。わたしも見ていましたが、突然手の形が変化を遂げたように見受けられました。

 だよねぇ、気付いたらまた腕元に戻ったし。もしかしてコレが原因?
  
僕は念話をしながら懐から偽臣の書を取り出した。ライダーもふむ、と一言考えてから話し始めた。

 わたしには分かりかねますが、恐らくそれも要因の一つだと考えられますね。以前はそのような事無かったのでしょう?

 うん、そうだね。聖杯戦争始まってから訓練し始めたんだし。

「・・・兄さん、またライダーと話をしているんですか」

「!?」

僕は思わず隣りに目を向けた。い、いかん、桜さんがご立腹なさっているじゃないか。

「い、いやだなぁ。僕は何も話して何かいないよ。ねぇ、ライダー?」

「・・・」

「兄さん、ライダーは何も言いませんが?」

「黙秘権を行使するとは憎い心掛けだと思わないかい、桜?」

「いえ、ウソが付けないライダーは何も悪くありません!」

肯定も否定もしない、だからこそ都合の良い解釈する我が妹。たくましくなった、本当にたくましくなったよ。もうあの頃の初々しい桜はもういないんだね・・・。

「聞いているんですか、兄さん!」

「はい、もちろんです!」

僕はその後もヘコヘコ頭を下げながら衛宮邸に帰って行った。家に入る直前桜が俯きボソリと言ったのは効いた。

「わたしだって、その・・・兄さんともっとお喋りしたいんです」

何ていうか顔が赤くなる。そして向こうも顔が赤い。兄妹でこんなプラトニックラブを貫いていいんだろうか。僕は心までほかほかしたので桜の頭を優しく撫でてあげた。

「今は、その、色々あって大変だけど。これが終わったらいつだってお喋り出来るよ」

「・・・約束ですよ」

僕たちは門前で指切りをした。指を切った後は桜はいつも通り柔和な笑みに戻っていた。いや、良かった、どうにか汚名返上出来たみたいだし。

家に帰って弱りきった士郎君と今日の出来事の話をした。彼は僕に何か隠しているようだ。僕には知る術は無いけれど。それでも彼を信用するしか無いんだよね。

この聖杯戦争を彼とどうにか上手く締め括れればいいのに、そう思いながら僕は床に就くのだった。






―続く―





 はい、どうも、こんにちは。いやはや色々悩みました。僕の作品はこのまま進んでいいのか。キャラクターにどこか不備はあっただろうか。何を伝えたいのか。まぁとりあえず作者として今後の事を考えたんです。とりあえずね、思うことを書いて行きましょう。今回は後書きが長くなるかもしれませんが。やはり作者の思いは正しく皆様に伝えたいので。

まず最初にキャラクターの特徴についてですね。まぁ壊滅、崩壊、幻滅、された読者の方はいるかもしれません。でもどうにか半壊程度にまで抑えたいとは思いますけど。

最初の設定からして慎二の性格が真逆なんです。もうこの時点で半分壊れてるような物じゃないですか。そして作者の描くキャラクター性が合わないと読者様に思われれば、その時点で崩壊まっしぐらですよ。

慎二が地味だとどんな影響をもたらすかなど、読者の誰が分かるというんです。僕だってそんなもん分かりません。だからこそSSとして面白い物になると思いますし。

そもそもキャラの崩壊とか壊滅って何でしょう。まずそこから考えますとね。明らかに原作との行動から逸脱している、あるいは激変している、そういう事じゃないでしょうか。それを避けるために本編通りに事を進めているんです。

そして今更キャラ変更するにしましてもね。主要キャラは結構出してますよ。もう気付けば36話でしょう?例えば「ライダーの性格おかしい!」とか力説されても、変える点が多すぎる訳ですよ。
  
どの話のどの点がおかしいとか、辻褄合ってないとか、誤字脱字なら対処のしようがあろうと言う物です。しかしこの段階で性格の変動はほぼ不可能と見て間違いありません。というか今まで乗り越えてこられた読者の方々に違和感を与える所業になりかねません。

ですので、もうこのまま話を進めて行くしか無いと作者は考えています。キャラ壊滅的だと考えられる方、申し訳ありませんが諦めて下さい。自堕落トップファイブのSSはこういう物なんだと見捨てるなり、放置するなりして下さい。もはやそれがお互いのためでしょう。

ただ最初にそう言った記述をしていなかった点は作者の致命的ミスと言えると思います。その点に関しては誠に申し訳ございませんでした。不愉快な思い、あるいは胸糞が悪くなった方々にこの場を借りてお詫び申し上げます。それでは気を取り直し地道に先へ進もうと思います。

本日もこのような駄文に目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 正義の味方?笑止!(赤い弓兵談)
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/27 11:29
 士郎は色々あった一日に頭がパンクしそうだった。セイバーとの剣術の稽古。昼時にイリヤに出会った事。セイバーの脱衣所での裸体。遠坂からの魔術指南。

「・・・はぁ」

思わず溜め息を漏らす士郎。彼としては慎二にイリヤの事を話さなかったのが、何となく心残りになっていた。友達の慎二には包み隠す事無く話したいのだ。

「でもなぁ・・・川尻と同じようにイリヤも――」

――甘えや隙に繋がるんだよ

もう一度深い溜め息を付く士郎。やはり俺はどうしようもなく甘ちゃんなのかもしれないな。それでも公園でのイリヤは年相応だったんだ。

それに伝えるべき情報は何も無い。ただ幼いイリヤを妹のように感じた、それだけの話だ。そんな事を伝えればまた忠告の謗りを受けるだけじゃないか。

そう思いを募らせながら結局自分の安らぐ場所、土蔵に自然足が向く。大体セイバーの素っ裸を見てしまったんだ。

隣りの部屋で安々と眠れるはずが無かった。土蔵に着いた時、士郎が見たのはアーチャーと慎二の話す姿だった。



******



慎二side

 床に就く、何て言いながら布団に入っても眠れない。やっぱり僕は意気地なしの臆病者なんだ。戦うなんて覚悟を決めても、何もしていなければ震えが止まらない。

ガバリと身を起こす。土蔵に行けば士郎くんが今日も鍛錬をやっているだろうか。彼のひたむきな姿は、僕に知勇を与えてくれる気がする。

彼の後姿から漂う鋭気は僕に足りない胆力を補ってくれる。彼の剛毅な眼差しは僕のファイティングスピリットを心に宿らせてくれるんだ。

僕は外の夜は嫌いだ。風の音が怖い、自分の足音が怖い、無力な自分が怖いんだ。それでも土蔵の周囲だけは安心できた。士郎君の温もりを感じられるから。

勢いに任せて土蔵まで脇目も振らず、一直線に駆けて行った。一刻も早く小胆な心を肥大化させたかった。一人だととても惨めな気分になるんだ。

でも僕は土蔵まで来た時、思わず落胆した。士郎君は果たしてそこに居ないのだから。

「・・・ふふ、一体何を期待してたんだろうね。彼は今日、稽古や魔術講座で心身共に疲労困憊のはずじゃないか、僕の馬鹿」

思わず自分の悪態を付いてしまう。迂闊というか、他人任せな所本当直さないとね。士郎君に大きな口叩いておいてこの様だ。はは、本当に駄目だな、僕は。

そのまま土蔵の扉を背もたれにして座り込んだ。あぁ、やはりここは落ち着く。間桐の家はどうしてあんなに空気が濁っているのか。

あの爺さんもここに来たら清浄されて、もっと良い人になるんじゃないのか。そんな本当にどうでも良い事を考えていた。そんな時足音が聞こえてくる。士郎君かな、いや、これは――

「こんばんは、アーチャー。あなたも眠れないの?」

目の前のサーヴァント、アーチャーはニヒルな笑いを浮かべて横を向いた。あまりに普段通りに接した事がおかしかったのかも。

「いやいや、勇んで来たのだがどうやらアテが外れたらしい。まぁいい、衛宮士郎と違い、君はまだ話が分かるようだ」

「話が分かるかどうかは何とも言えないけど。その分だと何か話があるようだね」

そう僕が言うとアーチャーは真剣味を帯びるように目を細めた。少し眉間にも皺がいっている。僕も心の準備を整えるために、座ったまま背筋を伸ばした。

「では言わせて貰おう。この内容は正しく衛宮士郎にも伝えて貰いたい」

「分かった」

「セイバーの事だ。マスターが代わりに戦うなどとの愚行についてどう思う。ライダーのマスターよ」

「・・・立派だと思うよ、僕は。そして愚かだから僕はしないんじゃない。怖いから出来ないただの弱虫なんだ。」

そう自嘲めいた口調で言うとアーチャーは目を閉じ、口から小さく息を吐いた。それが当然の判断だと肯定するかのように。そして実際僕の言葉に追随してくれた。

「それが一般的な市民として当然の反応だ。メイガス(魔術師)、としては及第点と言った所か。そもメイガスとは死と常に隣り合わせな物だからな。心構えだけはとくと整えておくがいい」

「ありがとう、そう同意して貰えると僕としても助かるよ。じゃあアーチャーはどう思うの、士郎君の事。今の口振りから好印象とは程遠い感じを受けたけど」

途端に呆れるように笑みを零すアーチャー。もう言うまでも無いと言った調子だ。

「同じサーヴァントとしてセイバーが気の毒でならないな。戦いのために呼び出されたサーヴァントが戦に赴けぬなど。翼をもがれた鳥とそう大差が無い」

僕は少し悲しい気分に陥った。兵器として扱われて平気な顔浮かべるなんてさ。余りにも儚いじゃないか。

英雄として認められたからもう一度人生を歩める。この人達は消える、という前提で話を進めて貰いたくなかった。だって現に生きているじゃないか。

僕がその事を言うべきか言うまいか悩んでいると、また質問が飛んできた。

「わたしは衛宮士郎の私生活に興味も無ければ見向きもしない。しかし一つだけ確認しておきたい事がある。本人に聞きたい所ではあるが、また機会がある時にでも尋ねるとしよう」

僕は唾を飲み、両手を握って真剣な双眸を受け止めた。

「アレは誰とも戦いを望まず、争いを無くして聖杯戦争を終わらせるつもりなのか?また殺す覚悟は備わっているように感じるか、間桐慎二よ」

「・・・」

僕は数十秒ほど思惟の時間を取った。彼の普段の行い、発言を鑑みる時間を要したんだ。脳内を整理出来た後、僕はゆっくりと言葉を紡いでいった。

「覚悟は備わりつつある、と言った所だね。少なくとも僕からの視点だけど。ただ殺すのは躊躇うかもしれない。その時は僕が後押しするなり、代わりに僕が手を下すしかないね。でも彼も僕も争い事を避けて通れるようなら、進んで回避の道を選択するよ。根源的には僕たちの思考は酷似しているのだから」

僕の言葉が上手く伝わったかは分からない。でもアーチャーは神妙に頷いた。もしかしたら僕達に殺す覚悟なんてして貰いたくないのかもしれない。僕の勝手な思い込みかもしれないけどね。

「アレは周囲の手助けを全面に受けてようやく立つ雛鳥だ。その癖一丁前に人間の尊厳を守ろうとする。慎二、君も厄介な奴に関わってしまったな。わたしも傷が治れば直ちに奴の首を撥ねたい所だがね。生憎様、マスターが許してくれそうにない」

いつも通り憎まれ口を叩くアーチャー。彼なりに場を和ませようとしているんだろう。僕は彼の迂遠な気遣いに思わず笑ってしまった。僕が笑うとすぐさま仏頂面になるアーチャー。もうおかしくてね、ふふ。

「マスターの命令でも殺せない事ないんでしょう?僕アーチャーの印象がもっと良くなったよ。やはり英雄は皆人格者だと思うよ、うん。死ぬなんて考えないで。もうちょっと足掻いて欲しいな、君達は神様から『二度目の人生』を与えられたに等しい存在なんだから」

プイッと後ろを向いて背を見せるアーチャー。案外彼も照れ屋なのかもしれない。僕はその背中に向かって続けた。

「それに士郎君の事だけど。彼はまだ確かに全然成熟してない青二才かも知れない。でもそんな彼だからこそ与える勇気があると思うよ。少なくとも僕は彼に支えて貰ってようやく二足歩行が出来ているんだから」

そのままお互い無言のまま暫し時を過ごした。半永久的に続くとさえ思われた時空は、アーチャーの言葉によって遮られた。

「衛宮士郎に伝えておいて欲しい事がもう一つある。やはりわたしと彼は互いに忌み嫌う関係だ。理路整然と伝える自信が無いのでな」

「うん、しっかり僕が受け継ぐよ」

「正義の味方は決して大衆の救いや希望などではない。泥と血に塗れる汚職だ。奴が何を思って目指しているかは知らん。だが辿り着けども所詮は砂上の楼閣。それも今まで取りこぼした血肉と臓器で作られる代物だ。さらには掴もうとした命はエアポケットのようにその手からすり落ちて行く。落ちた遺物でより見てくれは、堅牢な建造物にはなるだろうがね。・・・全くもって救いの無い、惨たる世界に過ぎない。100体の死体を後始末をし、せいぜい1人の命を救うと言った所か」

言葉の軽口とは裏腹に発言内容の重さ、そして握りこぶしが小刻みに震えていた。彼は幾度となく絶望と挫折を繰り返し、妥協してなお数多くの命を守れなかったのだろう。

「理想は理を想うしか出来ず、また人の夢と書いて儚いと呼ぶ。事実人の身である以上、理想や夢は想うに留まるだけだ。自身の自己満足のため、存分に他者を生贄に捧げるといい。結果死屍累々の有様となり、その上に架空の城が建つだけだがな。そのようやく建立させた城さえも賽の川原に他ならない。無常な現実によって、その形を無残に崩されるだけだ。慎二、衛宮士郎に伝えておけ。『救おうとして救えるのは自分だけ』とな」

そういうと静かにアーチャーは闇に溶けて行った。僕はしばらく呆然と消えた彼の空間を眺めていた。想像していた以上に重い話で、何だか感傷的になっているんだ。そして聞こえるはずのない言葉を聴いた気がした。

――それでも一度も理想を振り返る事無く、追い続ける事が出来るか

願うような、試すような、そんな響きを伴って脳に入り込んでくる。思念という奴だろうか。きっと士郎君に一番伝えたい言葉はこれなのかもしれない。

そうやってぼ~っと観望するのは束の間の事だった。だって入れ替わるように士郎君が来たんだもの。彼はのっけから僕の身を案じていた。だって開口一番が

「慎二、アーチャーの奴に何もされなかったか!!」

なんだもん。そんなの僕笑うに決まってるじゃない。アハハと笑い出す僕をポカンと見つめていた。それからご機嫌斜めになり、貝のように押し黙ってしまった。

ごめんごめんと謝罪するも笑いは止まらない僕。引き続きお冠の士郎君だったけど、諦めたように溜め息を漏らした。

「何も無かったんならそれでいいけど。笑う事ないだろ。これでもこっちは結構心配したんだぞ」

「いや、本当にごめんね。寧ろ心配してくれたから嬉しいんだ。にしてもアーチャーと士郎君って犬猿の仲にも程があるねぇ。お互い牙を剥き合い過ぎじゃない?」

「分からないけど、あいつだけは認められない。以前一回話した事あったけど、その時にハッキリした。あいつも俺の事が気に食わないみたいだし。肌が合わないのはお互い様だ」

唾棄するように言い捨てる士郎君。やっぱ大悟しちゃってるアーチャーより、士郎君の方がとっつき易いや。いや、まぁ向こうはサーヴァントだから当然なんだけどね。

士郎君には洗いざらいアーチャーとの対話内容を話した。僕が話しているのに、アーチャーからの提言というだけでむかっ腹が立つようだ。実にぶっきら棒な返事になっていた。

それでも正義の味方の在り方について言われた時は、鱗が落ちるようなそんな表情になっていた。しかし僕の読みは見事に外れた。逆に何やら対抗心を燃やし始めたんだから。

「いいぜ、その覚悟とやらはもうとっくに出来てる。俺は戦うけど、どんな命も助ける。その俺のやり方が違っていたその時は、潔く死んでやる!」

覚悟を咆哮に変え、アーチャーに言い放つように轟きの声を夜空に拡散させるのだった。僕は思わず苦笑していた。アーチャー、彼結構手強いよ。

もしかしたら本当に理想を貫いて、想うだけでなく実現するかもしれない。そんな期待を持たせるような男に、今の士郎君は見えたんだ。

こうして夜が更けていった・・・





―続く―





 はい、どうも。原作では何やらアーチャーと士郎、土蔵の前で初の顔合わせだったようですね。もう勝手に合わせた後みたいな感じにしてたので、ちょっと失敗した気分です。大体同じ事言わせてるつもりですが、上手く言い換えれてますでしょうか。自分ではまぁ納得出来るし語呂的にも問題無いと判断しましたが(汗)それではこの辺で失礼します。

 本日もこのような駄文にここまで目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 蟲の計略、悩む慎二
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/27 12:51
2月7日

 偽慎二、いや蟲慎二とでも言えば良いか。彼は退屈な上に蟲ライダーの手際の悪さに辟易としていた。

「おい、まだ準備は整わないのかよ!」

辛く当り散らす蟲慎二。蟲ライダー微動だにせず、罵倒を全身でただ受け止める。そんな彼女の態度が更に腹が立ち、思い切り髪を掴んで引き寄せる蟲慎二。

「お前さぁ、贋作とは言えサーヴァントなんだろ?いつまでもたもた結界に時間掛けてんだよ」

以前ライダーには準備が整いつつあると話されていた結界。しかし完成間近という所で凛がそれを食い止めていた。臓硯の作った偽者共は所詮劣化品に過ぎない。

すなわち蟲ライダーはどうすれば凛の抑制魔術を解けるのかに苦心していた。どっちみち蟲慎二に非難を浴びるため、諦めたように何も言い返さないだけである。

髪の毛を思いっきり引っ張られたとて痛みなどあろうはずもない。ただ蟲が零れ落ち、すぐさま髪を修復に掛かるだけだ。蟲慎二もそれは承知の上なので舌打ちをするしか無かった。

大げさなくらい盛大な溜め息を付いてソファーに身を沈める蟲慎二。今日は幸い曇り空だ。どうにかして外に出る口実が欲しい物だ。そもそも意味も無く出てしまうと食欲が湧くため大事になりかねない。

それを抑制するために何か口実が――

「・・・くっ、くは、クヒヒヒヒヒ」

なぜこんな単純な事に気付かなかったのか。我ながら抜けていると思いながらも思いついた名案に歓喜の笑いが止まらない。

つい最近面白い現場を見ることが出来た。そいつをエサに釣り上げればいい。その結果どうなろうとも知らないが、全ては自己責任という物。僕の関与する所ではない。

そして今日は僕が間桐慎二として学園を見学するとしよう。たまにはオブザーバーとしてクズ共を観察するのもまた一興よ。

となれば早速支度をしよう。急がねば本物が学校内に入ってしまう。蟲慎二はつい最近手に入れた皮膚で外部に露出する部分をコーティングした。

流石に茶色いミイラみたいな皮膚では不味いもんねぇ、ククク。邪悪な笑みを浮かべ死体の皮を剥ぎ取る蟲慎二。ちなみに血は蟲が全て吸い尽くして出ない。

もはや干物になっている。彼にとって人間などもはや捕食の対象でしかない。故に死体こそが人間、という認識になっている。

そんなエサ同等の人間と学び舎を共にする行動。考えるだけで愉快で、実に下らない。無駄で無意味な行いほど自身の心を痛快にするものは無い。

聖杯などには興味も無ければ関心も無い。だが殺す事に関してはいくらでも意欲や興を覚えるのだ。蟲慎二にとって殺人など娯楽の一つでしかない。

結界にしても、早く人間が死に脅え悶え苦しむ様を拝見したいだけだ。全く、サーヴァントが能無しだと興醒めも良い所だな。そう一人不平を漏らす。

「おい、役立たず。僕も今日学校に行く。さっさと無い脳みそ使って結界を完成させろよ」

ライダーは微かに頷き肯定の意を表した。それを見て蟲慎二は不快そうに鼻を鳴らしながら、勇躍学校へと歩き出して行った。



******



慎二side

 なんというか偽者の僕は気持ち悪かった。初対面から凄く馴れ慣れしい態度だし。何より薄ら笑いが癇に障って仕方が無い。そもそも彼を学校に入れていいのか?そんな僕の意図を汲むかのように先に言ったんだ。

「安心しろよ。今日はそういう目的じゃないんだ。ただ偶には良いだろう?いつも僕は家でお留守番だ。時には外の空気だって吸いたくなる事あるんだよ。分かったらさっさと目的地に行くんだな」

一人言いたい事だけ言って校舎に入って行く物だから何とも選択権が無い。溜め息を吐いて仕方なく門を出て行くのだった。しかし一体ありゃ何なんだろう、実に面妖な人だ。

僕はライダーにちょっと尋ねてみたい事があった。だから現場に向かうまでの道中、念話を通じて対話をしていた。

 ライダー、彼は一体どういう目的で学校なんかに入ったんだろう?

 さて、真意はわたしにも分かりません。ですが凛がいる以上下手な真似は出来ないでしょう。寧ろ彼女に命を狙われて逃げ帰るのがオチじゃないですか。

 ふふ、言うねライダー。でも結界の件もあるし、何かある気がするんだよねぇ。

 ふむ・・・恐らく絶対的な優位性から来る驕りがあるのかもしれませんね。危険になったら結界を発動させて、凛の行動を阻害する。その間に逃げ延びる訳です。

 まぁあの人の態度って僕と間逆なのはさっき会った時に分かった。直ぐに別人だと看破されそうな物だけどね。

 違いありませんね。全く慎二を冒涜するにも程がある。

その後ブツブツとさっきのドッペル君の悪態を付くライダー。英霊にここまで支持される僕はかなりの幸せ者だと思うよ、うん。

そうして言われた場所に着いた物の誰も居なかった。早すぎたのか、行き違いになったのか。というよりそもそも――

「・・・ウソを付かれるっていう発想がなぜ無かったんだ」

 それが慎二の良い所でもありますからね。

実に複雑な心境だ。フォローされてるけど、今この時点では汚点でしかない。僕は額に右手を押さえフラフラと近場のベンチに腰を下ろした。

「・・・はぁ、まぁいいか。偶には何もかも忘れてぼ~っとするのも悪くないよ」

僕はそんな独り言を呟いて、ふと自分の服装に目を向けた。

「これ制服じゃん、不登校か僕は!何かあった感丸出し過ぎるでしょ」

僕は慌てて立ち上がり、衛宮家へと走っていった。意識した途端に周囲の視線が気になって仕方が無いんだ。

加えてライダーのクスクス笑いがヤケに気恥ずかしかった。心頭滅却したくても、直接脳に響く笑いはどうにもならない。

遮二無二足をバタツかせて、何も考えないように走る僕だった。



******



衛宮邸に戻り、居間を通り自室に戻る。人の気配が無くて当然だ、平日だし。しかし士郎君とセイバーは特訓のために道場に籠っているのだろう。

僕は自室で普段着に着替えながら、ふと思い出した。昨日士郎君と話をしていて違和感というか、隠し事を感じた部分の事だ。

「・・・そうか。そりゃ僕には言いたくないかもしれない」

ドッペル僕の言葉を信じ、士郎君の言い淀んだ箇所を踏まえると納得が行く。あくまでも推測の域を超えないが・・・。

――士郎君とイリヤが外で会っている

違和感と言えどそこまであからさまな物でもない。ただ前後の会話の繋がりを考えると妙に態度が異なった。ちなみに会話の流れというのは

「今日さ、初めて海老シュウマイに挑戦したんだよ。その材料を買いに行ってジャムを買ったんだが、高いんだこれが。いや安いのももちろんあったんだが、そこは色々あるだろ?

「まぁ・・・確かにここの女性陣は男勝りで、つわもの揃いだからね・・・うん」

「だろ?それに桜や遠坂が来て、舌が肥えてる連中だからな。何を言われるか分かったもんじゃない」

僕たちはそうやってうんうん、お互い頷き合っていた。次の発言が少し違和感を感じた物なんだけど。

「それからおやつのお菓子を買って・・・うん、家に帰って食べたんだけど。セイバーが兵糧攻めはヤバイとか言って。あれはなかなか面白かったぞ」

本当に僅かな違和感なんだけど、どうしてお菓子買った後に間があったのか。この時じっと目の動きを見たけど、妙に忙しなかったというか。一点に定まって無かったんだよ。

その時はセイバーへの罰は兵糧攻めに決まりだね、という話で盛り上がったけど。今にして思えば、どうも臭うんだよね。やっぱもう一人の僕からの情報は正鵠を射るのか?

とは言え士郎君が裏で糸を引いているとも思えない。昨日の夜見た剛健実直な姿が虚構とは考えにくいんだ。

敵だと分かっているけど割り切れない。そういう意味合いが強いんじゃないだろうか。少なくとも士郎君が言わなかった理由はそうであって欲しい。

だとするなら、だ。僕も何も言わずに会ってみようか。もしかしたら士郎君が何を感じたかを知る機会になるかも知れないし。僕はそう考えながらひっそり衛宮家を出て行った。



******



歩きながら僕はライダーに話しかけた。もちろん念話を通じてだけど。

 ライダーはサーヴァントの気配は分かるの?

 いえ、ですが注意すれば僅かに感知する程度は可能です。イリヤスフィール周辺に気を配れば、バーサーカーの存在の有無なら確認できますよ。

 十分だよ、彼女がバーサーカーを連れているようなら退散だ。

 賢明な判断だと思いますよ。

 ・・・出来れば和解の道歩みたい所なんだけどね。好戦的な彼女の態度から察すると難しそうだ。

 そうですね・・・わたしも臨戦態勢を整えつつある所です。

 バーサーカーの一振りはそれだけで致命的な威力だからねぇ。そのくらいの気構えじゃなければ、呆気なく死ぬ事になる。こんな事考えてる時点で和平交渉は絶望的だなぁ。

 それでもお気をつけ下さい、マスター。いくら容姿は愛らしくともバーサーカーのマスターです。その魔力は計り知れない物があるでしょう。

 ・・・だね。ライダーにとっても僕にとっても手に余る存在だ。ライダー、また空を駆けて貰う事になるかも知れないね。

 いえ、それで慎二が助かるなら安い物です。そして恩は体で払ってもらう事にします。

 何か冗談に聞こえないよ、ライダー・・・。

 ふふ、言葉通りなのでご心配なさらず。

 より不安になるよ、もう。

そんな事を話している内に公園に着いた。平日の昼間、それも規模の小さい公園だ。一人として公園の遊具を利用している者などいやしない。

ただ一人の少女だけが所在無さげに立ち尽くしていた。その瞳は何も捉えず、空と同じように曇った表情を浮かべている。同類を思い浮かべるようにただ曇天の空を眺めているのだった。





―続く―





 はい、どうも。おはようございます。とりあえず伏線回収の意味も込めて、士郎とイリヤの部分を改ざんしております。どうした物か未だに悩みどころではありますが。どっちみちバーサーカー戦は避けられないと思いますけどね。でなければ戦争になりませんし(汗)それでは今回はこの辺で失礼します!

 本日もこのような駄文に目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] イリヤと僕、ドッペル君の後始末
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/28 18:23
 慎二side

僕は目の前にいる少女が前回交差点で見たソレと、同一人物かが一瞬分からなかった。というのも雰囲気からして全然違う。迷子になった子の所作なのに、その目は大人の妖艶を点らせる。

これから互いに命を狙い狙われる関係。馴れ合いなど不必要なのかも知れない。だがやはり彼女の真意を知りたいんだ。だって命令のまま意味も分からず、人殺しをしているかもしれないのだから。

愛情を受けなければ人の温もりや優しさが分からない。父母愛を求めんとするが故に、期待に応えるために、その身を聖杯戦争に捧げたのではないか。

僕も基本的に性善説を唱える人間だ。話し合いで解決するのならそれに越した事は無い。その前にライダーに基本的な事を確認する事にした。

 ライダー、どう?彼女の周りに凄いのいる気配あるかな?

あんな強大な大男なら僕の目でも分かろうものだ。しかし霊体になられれば見えるはずもない。自分を過信するなどという事は出来ないので、やはり確認して貰うのが一番だよ。

 ・・・いえ、特には見当たりませんね。逆にそれが不安になりますが。

 まぁ、ねぇ。無用心というか、あの子一体何やってるんだろう。とりあえずいつでも逃げる準備だけお互いしておこう。

 分かりました、マスター。

そんな事を話し合いながら僕は公園の地に足を踏み入れる。よほど自分の世界に浸っているのか、僕に気付く気配が全く無い。

ここまで無警戒だと罠に見えてくる。しかしこっちも心の備えだけは万全だ。もう腹を括り近づくしかないじゃないか。

僕は出来る限り優しく話しかける事にした。でも優しすぎて小児性愛の変質者っぽくならないか、別の意味で心配だったけど。

とにかく自分の警戒を解かねば話にならないと思ったんだ。内心では警戒心バリバリなんですけどね、うん。

「こんにちは。確か君、イリヤスフィールさん、だったよね?」

ちゃん付けにしようか迷ったけど、それは幾らなんでも失礼な気がしたので止めた。もう自分の発言振り返ると、今から誘拐するようにしか見えない。し、しませんよ?

「誰!?」

バッと声のする方、僕の方向から後ろに後ずさるイリヤ。あ、何か傷つくな。これ思った以上に苦行な気がして来たよ。

なおも顔を引きつらせながら「や、やぁ、どうも~」なんて安っぽい笑みを浮かべながら近づく僕。彼女もようやく僕のうだつの上がらない顔を思い出したようだ。

「あなた、この前逃げた・・・」

「・・・うん、そうです、はい」

何か精神的に来る、なぁ。やっぱ逃亡シーンが一番色濃く残っているようだ。否定出来るはずも無く、うなだれるように肯定するしかない。

僕のそんな姿がおかしかったのか、表情を崩すイリヤ。しかしすぐに無表情になり

「わたしを殺しに来たの?」

いきなり物騒な事を言い出した。やはりこの発想からして、聖杯戦争を成敗戦争と思っているに違いあるまい。僕は慌ててかぶりを振った。

「い、いや、別にそういうんじゃないよ。ただ通り掛かった所に君がいたから・・・」

咄嗟に誤魔化す僕はどうにもみっともない姿に映るだろう。そしてわざわざ話し合いをしに来た、何て軽口を言える感じでもなかった。

「ふ~ん、あなたって結構な変わり者なのね」

僕は自他共に認める変人だとは思うけど、どうも褒められているようだ。口振りが何とも柔らかいイリヤの口調からそう思ったんだ。

「え、え、どうして?」

とは言え、変人たる理由は尋ねておきたい。後学のためとも興味本位でもあるけど。彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて

「だってサーヴァント連れてるじゃない。それに今わたしバーサーカー居ないし」

僕は流石に狼狽した。自分で何を言ってるのか分かっているのか。ライダーの言葉を聞いたとは言え、確証にまで至っていなかったというのに。

彼女は僕が驚きうろたえる様を楽しそうに笑い、飛びついて来た。うろたえ度が増したのは言うまでも無い。ライダーが焦る感じも何となく伝わってくるくらいだ。

「ね、ね、お話しましょう。それが目的なんでしょう?」

パッと身を離し、目を星のようにキラキラさせて提案して来る。思わず僕は喉を詰まらせた。一転の曇りの無い笑みを浮かべるこの少女が、何だって殺し合いなんかを・・・。

僕は精一杯の笑みを貼り付けて頷くのだった。



******



 名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンと言った。前に聞いたけど、長すぎてフォン以降覚えて無かった。アインツベルンをアインツベルクリンなど言い間違えしている所で

「イリヤでいいよ」

クスクス笑いながらそう言ってきた。ううむ、僕は本当にバーサーカーのマスターと喋っているのかが疑わしくなって来る。実は双子とかそういうアレなんじゃなかろうか。

僕の間桐慎二という日本名は聞き取りづらいのか「ま、マトシンジ」変換すると的慎二になりかねない。僕もシンジでいいよと言い返していた。すると人差し指を口に当てながらイリヤは

「シンジ、案外読みやすいわね。それに温厚なあなたに合う名前だわ」

嬉しそうににっこり言って来るものだから照れ笑いを浮かべるしかない。

僕とイリヤは暫しお喋りの一時を共にした。僕はやはりこの少女がバーサーカーのマスターであると、再認識させられたに過ぎない。しかしそれで良かった。

無差別に殺したくないし、どういう人物かを知らないまま流れで殺すなんて後味が悪いじゃないか。少なくとも僕はそう思うんだ。

そりゃあ情は確かに湧くし、躊躇いも戸惑いも生まれる。それでも歩み寄れる可能性があればそこに賭けたいのも確かだった。

彼女は何でもアインツベルンの森とやらに居を構えているそうだ。でっかいお城らしいんだけど、彼女の世話役はメイド二人のようだ。

頻繁に「セラ」と「リズ」という単語が出てくる。他にどんな人が潜んでいるか分からない。ただとりあえず城内での主要人物はその2名なんだろう。

喋るのが楽しいのか、単純に心を許してくれたのかは分からない。最初はたどたどしい口調だった物の、今はとても楽しそうだ。何でも話し相手が居ないらしい。

バーサーカーとかメイドいるじゃん、と思ったけど。それはほら、会話のキャッチボールの事でしょう、うん。

基本的に僕は話を受けに回っていた。情報収集のためでもあり、元々僕が口下手なせいもある。それによって分かった事は、やはりイリヤは純粋だという事かな。

良くも悪くもすれてない。教育による歪みはあるけど、それでも心を保っているように感じる。だけど僕としては話し合う余地は無いように感じていた。

どうもイリヤへの刷り込みは完全に済んだ後のようなんだ。彼女は聖杯戦争のために死ぬ事に疑問を抱かない。そしてそのためだけに生を授かったと信じて疑わない。

病状として言うならば完全に「末期」なんだ。僕がどんな提案をしようと、どんな折衷案を差し出そうと、結局は殺されるだろう。死ぬか、生きるか、その二通りしか無いんだ。

だから僕において彼女との和平への道は完全に破綻していた。だからこそ自分の話なんてするはずが無い。圧倒的戦力差とは言え、手の内を隠していた方が優位な事が多いんだ。

僕は彼女の話がキリの良い所に辿り付いた所で、ゆっくりベンチから腰を上げた。そうして彼女に笑顔で手を差し出して言ったんだ。

「楽しい一時をありがとう。僕はもうそろそろ帰らないといけない」

「うん、こちらこそ、と~っても楽しかった!」

冷たい手でギュッと握ってくるイリヤ。僕は複雑な思いが交差していたが諦めていた。


――次会う時はお互い殺し合う、その時だろうね


僕は出来る事なら楽に逝かせてあげたいと思いつつ、イリヤに背を向け公園を後にする。そんな僕の心を見透かしたかのように、背後からイリヤの呟きを聞いた。

「安心して、シンジ。手加減なんてしないから」

僕は驚いてイリヤの方へ振り返った。彼女は無邪気な笑みの「無」を取り払い、冷笑を浮かべている。もう子供とはとても思えない立ち振る舞いになっていた。

何とも無礼な事を考えたのかもしれない。彼女は僕なんかよりも立派な魔術師なんだ。何が楽に逝かせる、だ。寧ろ殺される確率が高いのは僕の方じゃないか。

思い上がった自分を律し、彼女に謝罪の意を込めて深く頭を下げた。顔を上げた時、彼女はベンチで話していた時の醇乎たる笑みを携えていた。

気を引き締め直し、僕は再び衛宮家へと帰還していくのだった。



******



 家に着くなり僕はいきなり怒られた、藤村先生に。何でも今日の素行はとんでも無かったらしい。僕はドッペルの存在を忘れて学校を休んだ事を叱られているのかと思ったら。

「全く桜ちゃんの胸いきなり揉むし、突然下級生を苛めるし。遠坂さんのスカートまで捲ってたじゃない。どうしちゃったの、間桐君?」

「・・・え、あ、う?」

もはや想像を絶する所業をしていたらしかった。イメチェンにも程があるとなおも説教を続ける藤村先生。だが僕としてはどれだけの人に迷惑を掛けたのか、それが不安でならなかった。

「え、それ僕どうなったんですか?」

それを聞いた先生はポカンと口を開け、溜め息を付いた。リンゴをシャリシャリ食べながら話を続ける先生。物を飛ばさず喋る事に関してなら藤村先生はプロだった。

「そんなの間桐君本人が一番知ってる事でしょう、全く。変な物拾って食べた、とかじゃないわよね」

ううむ、事態を正しく把握出来ない以上、女性陣への態度に困るというか。とりあえず僕はその日、非礼参りに奔走する事となった。正直思い出したくありません。

ただ僕はボロボロになりながら自室に向かう途中、士郎君の部屋で呼び止められた。

「慎二、面白い光景が見られるぞ」

士郎君はにやけながら実に嬉しそうにそう言って来る。散々遠坂さんに蹴りを入れられた僕としては、ここで面白い物を見て安らぐ必要性がある。

僕は見る前に顔をにやけさせ、見せて見せてーと中に押し入った。士郎君は口元に指を当て「静かに」と促し、そ~っとセイバーの襖を僅かに開けた。中では

「~~~~っ!」

何やらライオンの人形と思しき物を抱えて布団を転がるセイバー。ありゃ一体何の出し物なんだろうか。僕は呆然としてその光景を眺めていた。

士郎君の話によると藤村先生から貰った品だそうで。あのやる気の無い表情の獅子人形をあげたらしい。セイバーが食後そわそわしてお茶菓子を食した後、すぐさま部屋に戻った。

それを見て好奇心がMAXまで刺激された士郎君は悪いと思いつつ覗き見た。そこに居たのが今のセイバーだったとか。しかし見事なまでに原型を留めない感情表現っぷりだ。

頬擦りしながらグルングルン布団内を縦横無尽に、音も無く動きまわるセイバー。やはり隣りを気にしてか、声を漏らさないのが彼女らしいと言えば彼女らしい。

顔の筋肉は弛緩し切って、頬も緩みたい放題だ。見ているだけで幸せな気分になって来る。何やら士郎君が言うにはライオンに並々ならぬ想いがあるそうだ。

僕たちはお互いクスリと笑い合って静かに襖を閉めた。お休みセイバー、楽しそうな君の姿はとてもヒーリング効果があるよ。気持ち的には痛みが引いたんだから。

そうやって僕がこそこそ部屋に戻ろうとすると、遠坂さんとバッタリ出くわした。うっ、と息をお互い詰まらせる。さっき散々蹴られたわき腹が痛むってもんだよ。

遠坂さんは遠坂さんでやりすぎたと思ったのか、ちょっと申し訳無さそうだ。

「・・・あんたが悪いのは間違いないけど。その、や、やり過ぎたわ」

頬を僅かに染め、そっぽ向きながら謝罪をしてくる遠坂さん。いや、まぁ僕も相当えらい事をやったみたいだから素直に謝った。

「僕も酷い事しちゃってごめんなさい」

「いいのよ、もう。でもあんた良く無事だったわね。木にでも引っかかったの?」

「え?」

「いや、思いっきり2階から蹴り飛ばして窓から吹き飛んで行ったから。怒りに身を任せてその時は歩いて行っちゃったけど。それからやばいと思って見た時にはもういなかったし」

窓から蹴落とすほどの無作法を働くとは何という無法者だろう。スカート所かパンツまでずり下ろしたんじゃないだろうか。アナーキーにも程があるじゃないか。まぁ余程気に入らない態度をしたんだと思う。

ただ彼は只者じゃないのだけは分かっている。どんな方法を取って逃げたのか知らないが、とりあえず無事だったようだ。とりあえず僕は木に引っかかったという事で事なきを得た。

遠坂さんは士郎君とセイバーが親密になっている事にも、何やら不快らしい。そのため僕への先の制裁は単なる八つ当たりみたいな形になったのかもしれない。

何にせよ魔術の事でやる事があるから士郎君を呼びに行く所のようだ。僕が代わりに士郎君を呼びに行く事になった。こんなのお安い御用だよね。

そうして遠坂さんの部屋に士郎君を送ってさぁ寝ようという時に

「・・・兄さん」

桜のか細い声が僕を呼び止めた。ビクッと肢体を震わせ桜を見やる僕。桜は何もお咎め無かったけど、ずっと俯いていて違う意味で怖かった。僕は恐る恐る問いかけた。

「ど、どうしたの、桜?」

「あの、学校で無かったらわたし・・・」

よよよとこちらに寄りかかってくる我が妹。禁断の臭いが凄い漂ってくる。もちろん妹に毒牙を掛けるほど鬼畜じゃないよ、うん。だから僕は桜を引き剥がしてもう一度深く謝った。

「ごめんね、桜。僕がどんだけ酷い事したのか計り知れない。ただ天地神明に誓って二度とあのような事はしない!」

桜は電撃を撃たれたようなショッキングフェイスになってたたらを踏んだ。

「そ、そんな・・・あんなに情熱的だったというのに。酷いです、兄さん」

どこから訂正すればいいのかも分からない。もう一人の僕がどこまで卑劣漢なのかすら定かで無い以上、僕はひたすら桜に謝り倒すしか手段が無かった。

桜はしばし僕の謝罪に耳を傾けていたが、やがて諦めたように去って行った。去り際に

「これで兄さんを独占できると思ったのに・・・」

という言葉を残して。またしても嫌な汗を掻いてしまった。僕はとりあえず寝る事にした。今日は流石にぐっすり眠れそうだ。色々新しい発見にも出会えたしね。

はて、と振り返ると疑問に思う事がある。

「何で僕、入れ替わった事言わなかったんだろ」

う~ん、と小首を傾げ、しばし立ち尽くす。後付のような言い訳を考える僕。多分士郎君がイリヤとの会話を言わなかった、それと同じ事かなぁ。

それにドッペルゲンガーが何かやらかして無い、あ、いや色々やってるけど。それでも致命的な悪事を働いてないじゃないか。そこまでの蛮行なら藤村先生も角を生やし火を吐くだろう。

お小言程度で済んでいるんだから、一応の約束は守られてると見たんだよね。僕は僕で意義のある一日を過ごす事が出来た。言わばギブアンドテイクだったんだ。

向こうは自らの正体を隠した。なら僕も今日は正体を隠しておこうと思ったんだよね。うん、多分そういう事だろう。

そうやって僕は布団に入るまで一人黙考した。暖かい羽毛に身を寄せると、すぐに睡魔に包まれていった。明日も平穏無事でいられますように、そう願いながら。




―続く―





 はい、どうもどうも。ずっと書いてると何やら自分の文に満足しなくなりますね(笑)どうにも表現力が少ないのか、経験地不足なのか。何とも稚拙な文になったような気分を抱えています。

 辻褄合わせばかりに気を取られ、内容が薄くならないようにしたい物です。また独自の設定等々で不愉快な思いをされた方に深くお詫び申し上げます。どうして指摘される前に自分で気付けないのか情けないんですが。

 コメントを頂くおかげで少しずつですが、改善されて行っているように思います。言われなければ気付かない事って多々あるものですからね。やはりご指摘の言葉は成長の糧になる物だろう、と。

 今後も見苦しい部分や情けない醜態を晒すかと思います。ですがその度に気持ちを入れ替えて、心機一転取り組もうと心に誓っております。どうぞ暖かくも厳しい言葉や、激励のお言葉を頂ければと切に願っております。それでは失礼致します。

 本日もこのような駄文にここまで目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 士郎への魔術指南は至難の業
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/29 20:02
2月8日

 士郎side

 夢を見た。それは記憶の一番古い、今の自分になるきっかけの夢だ。そもそもそんな夢を見たのは何故か。恐らく昨日の出来事に誘発されて引き起こされた2次災害ではないか。まずは昨日の出来事を遡って行く所から始めよう。

そもそも昨日俺は遠坂に宝石を飲まされた。いや、まぁ飲んだのは自発的なんだが。ドロップかと思いきや宝石だというから驚きもするだろう。

消化不良を起こしたらどうする。そういう俺の反論は論点がずれているらしい。遠坂の説明を求め、回答が貰う前にその異変は起きた。

――ドクン

心臓の鼓動が波打つ、何て物じゃない。血液全体が沸騰するかのような感覚。神経は例外無く麻痺し、意識を保つだけでも集中力を要する。

この感覚に咄嗟に対処出来たのは俺自身、馴染み深い物だからだ。これは自身に魔術回路を取り組もうとし、失敗した後のおける肉体の反発に他ならない。

自分の失敗による後遺症なら我慢のしようもある。しかし何だって好きこのんで失敗体験を味わなければならないのか。そう文句を言いたくても実際それどころじゃない。

俺の気持ちなどどこ吹く風、遠坂は矢継ぎ早に説明をしてくれる。魔術の講義というのも生半可な物じゃないと思い知る。

眉間に力を入れ、息を整える。それだけで少しは気分は楽になり、何とか聞く余裕だけは生まれていった。

遠坂の話を要約すると俺は根本から間違っていたとか。20年余り生きて来て、全否定食らった気分だ。一瞬気を緩ませ、気絶しかけるところだった。

何でも魔術回路にはオンとオフがあるようだ。そのスイッチの切り替えを行える事が魔術師の前提条件らしい。俺は一からいつも自身に魔術回路を構築していたからそんな物は知らない。

その事で遠坂は親父に憤慨していた。師匠失格よ!何て言うもんだから、俺は腹が立って言い返してやった。すると「適応力はまぁまぁね」という全く違う返答が帰って来たんだ。

この赤い悪魔は俺と会話をする気が無いんだな。俺は落胆とも諦観にも似た思いで溜め息を放っていた。

それでも未熟な俺を導いてくれるこいつはやはり良い奴だと思う。素直に感謝の言葉を言うと、不機嫌そうに目を逸らして

「一応協力者のアンタが不安定だとこっちの身の危険性も増えるのよ。そのための手助けなんだから変な誤解しないでよね」

などと弁解を唱えてくる。どういう心理状況か理解に苦しむが、照れ隠しで良いんだろうか。俺は気付けば思った事をそのまま口に出してしまっていた。

「遠坂って・・・素直じゃないよな」

これが彼女の小悪魔スイッチに抵触したようだ。俺はその後魔術の訓練を続けさせられるハメになっていた。

ようやく魔術講座から解き放たれた物の、体が熱くて寝られない。高熱にも関わらず、体が熱すぎて眠れないソレと似ている。

熱と違い寒気の類は無いので、純粋に外に出て火照りを覚ます事にした。俺は手頃な角材を手に強化を試みるとやはりヒビが入るだけだ。強くする所か破壊している。

力の入れ過ぎと遠坂先生は仰るけど。抜き方が分からないのでどうしようもない。俺は力なく角材を放り投げた。今は疲れた、あのガラクタの処理は明日にしよう。

そう思い空を眺めていると、より火照りを悪化させそうな奴がやって来た。

「・・・何の用だよ、アーチャー。見張りの方はいいのか」

自然口調が刺々しい物になる。どうしてだか分からないけど、アーチャーにだけは気を許せない俺が居る。そもそも向こうだって見下すような態度ばかり取って来るからな。

「わたしとてお前と同じ空間に居ると感覚が鈍るから気が好かん。しかし呉越同舟に身を置くのにはそれだけの理由があるという事だ」

相変わらず前置きの長い男だ。理由から先に述べてさっさと行けばいいのに。俺がこの男を苦手とする理由なんて、今の発言だけで分かろう物だ。

俺は舌打ちをする事ぐらいしか抵抗する術を持たなかった。聞こえているのか聞くが無いのか。何食わぬ顔でさっき捨てた角材を拾い上げるアーチャー。

「凜がお前を気に掛け過ぎている物でな。マスターの病原を取り除くのもサーヴァントの使命という所か」

「何だよ、もう。自覚症状は十分あるから放っておいてくれ。俺に言うより遠坂に言った方が確実だろう。大体俺から頼んでやって貰ってる訳じゃないんだし」

「言って止めさせられるなら、ここに来てはおらん。」

そう言いながらしげしげと角材の成れの果てを見やるアーチャー。何だか出来の悪い成績を見られる気分で決まりが悪い。案の定アーチャーのジャッジは辛口だった。

「強化、の魔術のようだな。酷すぎて逆に分かりにくいのは褒めるべき所か」

「そういうのを皮肉って言うんだよ。褒められても全く嬉しくない。どうせ俺は半人前、居た堪れない気持ちは俺だって持ってるんだよっ」

疲れと宝石のおかげで体には力が入らない。だから口だけは達者な自分がまた情けない。ニヒリストなアーチャーはいつも通り苦笑を浮かべて、俺を否定する。

「いや、違う。凛も教育方針については間違えている」

「だから俺だって―――。え、遠坂?」

ここに置いて自身のマスターに方向転換するとはどういう腹積もりなのか。不可解極まり無いのもまた、アーチャーを苦手とする理由かもしれない。

「そうだ。お前は不器用にして魔術の位は低次元。完成品に手を加えた所で泥を塗るような物だ」

そう言いながらヒビ割れた角材を見せ付けるアーチャー。俺はぐうの音も出ず、ただ歯を食いしばるしか出来ない。事実その通りなのだから。

そんな俺の堅忍する姿が意外だったのか。ニヒル成分の比較的少ない笑みを浮かべて尋ねてきた。

「どうした。お前にしては殊勝な態度を取るではないか。以前の時の狂犬らしさが見当たらないが?」

「・・・誰が狂犬だ。あれはお前の態度全体が気に入らなかっただけだ。今回は事実その通りなんだから反論のしようがないだろ。俺が未熟なのが悪いんだから」

出来の悪い生徒が教師に諭されているような。そんな状況にイライラして俺は顔を背けた。そんな俺を不憫に思ったのか。アーチャーは憫然たる腕組みを決め、思案顔を作った。

「・・・ふむ、お前は少々師に恵まれていないのかもしれないな」

俺は自分の拙劣を嘆いているというのに。どうして周囲に責任転嫁するのか訳が分からない。本当に不思議そうな顔で俺が見ていたのにアーチャーが気付き、その叙説を始めた。

「そう不思議な事ではない。有能な魔術師が有能な魔術師を生み出すとは限らん。寧ろお前ほど知識や経験不足相手には溝が大きすぎる。つまり凛が悪いのではなく、相性が悪いと言える。お前相手には二流の魔術師辺りが上手く行くと思うのだがな。凜は優秀過ぎるが故に凡夫のお前の悩みなど分からないのだ」

皮肉のような言葉を真顔で言われるのがこれほど腹が立つとは。声のトーンからして本音だ。本音で皮肉になるとは生粋の皮肉屋だと思う。金を払う所か、精神的苦痛に対する損害賠償を要求したいが。

「言いたい事は分かった。お前、俺を馬鹿にしてるんだな?」

俺はブルブル震えながら立ち上がった。とりあえず一発お見舞いしてやらねば気が済まない。恐らくカウンターを食らうだろうが、知った事か。

こっちは戦闘モードだというのに、アーチャーは微動だにしない。そしていつもの耳障りな小言まで来ないと来た。ただ淡々と俺に向かって言うんだ。

「違うな。そもそもお前は戦闘に向いていない。俄仕立ての魔術や剣術など実践で何の役にも立ちはしない。せいぜい一瞬の隙を生み出す程度には役立つかもしれんがな。お前はそれ以前のレベルだ。精神修行、確固たる己をまず確立させねばならんだろう」

「健全な肉体には健全な魂が宿るってんだろ。だからこうして鍛錬や魔術の修行をしてるんじゃないか。少しでも生き延びるため、実力を底上げしようと努力してる」

全くの見当違いな回答とでも言うように溜め息を付くアーチャー。そしてこちらを見た時の目は、下の下を見るような、そんな蔑みを含んだ物だった。

「それが目先に囚われていると言うんだ。はたから見る分や自己満足としては良いだろう。だがそれでは時間が掛かりすぎる。そして完成したとして、サーヴァントと対等に闘うなど出来ん。良くて逃げ延びると言った所だろう。」

セイバーと全く同じ事を言われた俺は勿論口を紡ぐしかない。でも他に出来る事が無いんだ。だったらやれる事やるしかないじゃないか。それの何が悪いんだ。

言い返す事も適わぬ、動く事もままならない俺はただ睨み付けるしかない。俺の眼光などそよ風程度でしか無いアーチャーもこちらを睨み返す。その目力は圧倒的な実力差を持ってこちらを射抜いて来る。

「いいか、良く聞け。お前が唯一つ勝てるとすれば、それは脳内だけだ。だから想像しろ。勝てない相手に正攻法など通じない。ならば想像の中で勝つしかなかろう。その勝つための何かを幻想しろ。今のお前に出来る事などそれくらいしかないのだから」

・・・何故かは分からない。どうしようもなく気に食わないこの男の言葉。それでもいつか必ず役に立つ、そんな気がした。理由は分からないが、何故か確信があった。

「今の言葉は忘れてもらって構わんよ。腑抜けのままの貴様の方がこちらとしては、殺しやすいのでな」

憮然とした口調でいつも通りの嫌味を残して消えて行った。本当にただアドバイスをくれるためだけに来たのか。少しだけ奴への嫌悪感が緩和した気がする。

俺は首を傾げつつ、先のアーチャーの言葉を何度も繰り返し再生させていた。何故だか分からない。ただ心に牢記する必要があると自ら認めてしまっていた。

「・・・勝てる物を幻想しろ・・・か」

もう一度口にしながら空を見上げる。俺には見えないが、アーチャーもこちらを伺っている気がした。

長くなった、これが昨日の出来事だ。自分を掘り下げる必要性。宝石による灼熱の肉体。それらが誘因となり、過去の記憶、大災害の夢を見たのかもしれない。

あの時から俺は切嗣、親父に拾われ今がある。悲しく、辛い十年前の事だが、今となっては古い過去の出来事に過ぎない。

ただ事実として受け止め、繰り返さぬよう努める。結局背後への選択肢は存在しない。あるのは前方に広がる無数の道。俺にはそのどれかを選定する事しか出来ない。

振り返る猶予も余裕も無い。だからこそ俺、衛宮士郎は前を向くしか無いのだ。そうして俺は土蔵で目を覚ますのだった。今日2月8日が今開始した。





―続く―





 うわぁ・・・見事に慎二出てないですね(汗)はい、どうもこんばんは。いやはや、原作のままに進行するとは言え、丸きり一緒なのは申し訳ないです。慎二との会話で語らせようとも思ったんですが。たまには士郎視点もいるかなぁ、と。

 言葉変えただけじゃん、すいません、仰る通りです。しかし出来うる限り自堕落カラーを出したつもりです。アーチャーと士郎の会話が違う事でご容赦下さい(土下座)

 セイバーとの剣術に関しては軽く触れる程度に留めています。しかし士郎の人間性を補強する上で今回のシーンは外せないかな、と。今の士郎を知ろうとする上での回想シーンは極力省かない方向で進めて参りたいと思います。

一応再構成物という事で、喉まで出掛かっている罵詈雑言は戻るのページにぶつけて頂けると幸いです。それでは今回はこの辺で失礼致します。

本日もこのような駄文にここまで目を通して頂きまして誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 蟲と人間、偽者と本物、邪悪と純真
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/11/30 13:02
 士郎side

 始まりは一本の電話からだった。そこまでは何の問題も無く、日常を続けていたんだ。俺が今朝寝坊して大目玉を食らった以外は。

遠坂も魔術を俺に教えるという事で学校を休むという。そして午前中はセイバーとの剣術、午後からは遠坂の指導を仰ぐ事になっていた。そう午後に差し掛かった時の電話だった。

昼食は11時半には終え、もう魔術講座が始まっていた。自主性を重んじる方針なのか、ランプを40個渡して先生は退出なさったが。12時半過ぎと言った所でその電話が鳴った。

誰も出る気配が無いので仕方が無く自分が出る。すると電話口の相手は慎二だった。珍しくも、午後に必要な体操服を忘れたのだとか。

俺は二つ返事で持っていく事を了承した。慎二の部屋に行くと収納ケースに体操服と書いてあるから一目瞭然だった。

そうして俺は出掛けの挨拶をしようと思ったが、どうにも住人二人が見つからない。時間的に厳しくなってきたので、書置きだけを残して学校に行く事にした。

「ちょっと慎二の忘れ物届けてくる
                           士郎」

学校に着いた時は「授業に備えて皆、中なんだな」程度に思っていた。体育の授業も6時限目と考えれば別に不審な点は見当たらない。そもそも無い事に気付けば怪しさ全快なのだが。

何気なく校門を潜った時に一気に世界が暗転した。世界は赤に染まり、自分の生命力を奪わんと吸引して来る。高まる動悸に眩暈、吐き気。入って直後の自分でこれだ。

それ以前に体操服持ってこさせたのは口実じゃないか?よくよく考えれば口調にも違和感が・・・。今更になって自分の浮薄な言動が嫌になる。

「―――くそっ!!」

俺は当然中へと駆け出して行った。何故この時点でセイバーや遠坂を呼びに行かないのか。本当アーチャーに言われた通り目先に囚われ過ぎている。だがそれでも友の安否が気に掛かるんだからどうしようもない。



***



 慎二side

 僕に取ってそう驚くべき事ではない。ただ来るべき時が今来た、それだけの話だ。桜は目の前の僕が間桐邸に避難させているらしい。監禁の間違いだろう、馬鹿馬鹿しい。

「そう睨むなよ、なぁ?僕達は元々表裏一体みたいな物じゃないか」

「そんな事はどうでもいい。桜の身は本当に安全なんだろうね?」

「クッ、何度もしつこいねぇ君も。言っただろ、基本的には君と僕は同一なんだ。だから妹を愛でるのも同様の事。僕も信用されてないもんだ」

「学校内を変わり果てた姿にしておいて、どの口が言うんだ」

午後の授業が始まる前という事で、廊下にも生徒や教師が転がっている。それをさもめんどくさそうに教室内に蹴り捨てて行く、もう一人の僕。

「まぁそう言うなよ。にしても君も珍しいねぇ。贋作とは言えライダーのブラッドフォートは、オリジナルのそれと酷似しているんだよ?個人差はあれど、そろそろ君もふらついて良い頃合いなのにな。まぁそういう耐性があったのかもね」

彼の言う通り、万全とまでは行かないが少し不調を唱える程度だった。切迫した状況で体の悲鳴を聞いてる場合じゃないのもある。それに下手をすれば綾子や藤村先生の身も危ういんだ。

「どうしてこのタイミングで結界を発動した」

押し殺すように確認を取る僕。立ち位置が丁度同じでライダーの位置まで同地点。本当に鏡に向かって喋っている気分だった。

「ああ、それね。もう我慢出来なくなったんだよ。少し遊び心を重視して相手をしてやれば付け上がりやがって。それに結界の効果を下げられたけど一応完成はしてたからね。まぁ人間一人消化するのに時間が掛かるけどさ。それとあの遠坂って女は次の獲物にするって決めてるんだ。アイツのおかげで両腕がお釈迦になったからねぇ。楽しみは最後に残しておかないと。表面は繕えても骨の部分は脆いのさ。体を構成する蟲も結構死んだし、これでも結構苦労してるんだ。食事だけでなく似たような体格の奴探して、殺さなきゃならなかったしね」

苦労話をさも当然のようにひけらかす人間もどき。何人の人間が犠牲となり、どれほどの怨嗟が彼に詰まっているのか。地獄に堕ちる事は間違いないが、それでもまだ物足りない。

「ま、今日はね。折角の機会だから君の体貰うけどさぁ!」

そう言うが早いか猛然と走ってくる偽者。無策で何をトチ狂っているのか。僕は弓を構え、ライダーは迎撃に専念する。常に手元に弓と筒に入れた矢を持っているのが幸いした。

日々研鑽の賜物か時間の隙間など存在しない。構えた時には解き放つ。それも正確に、一本の弓矢などこの距離で狙う必要など無い。頭に刺さればそれでいいのだ。

ライダーには同じ存在が宛がわれる。ただ能力差は絶対的な差を生んでいた。匠とも言える無駄が省かれた致命傷の連撃。にも関わらず肉片を飛び散らせながらも戦う贋作。

切り刻まれ、えぐられ、大穴を開けられる。それでも痛みを感じる事無くライダーに肉薄する。ライダーも流石に動揺の色が隠せないようだ。僅かに後退していた。

そしてそれはこちらも同じ事。弓矢が脳を貫通したにも関わらず、ずるりと矢が抜け落ちる。血も無ければ、痛みや怯みもしない。直感的にやばいと感じる。

「残念だけどお食事って事で『骨』は入れて無いんだよねぇぇぇ」

突進する汚物に僕はもう逃げる以外の選択肢を持ち得ない。しかし何とかしてコイツをどうにかしない限りは結界を解く術が無い。

動き的には鈍重な物だ。体を操り慣れていないのか、いなすだけならどうにでもなる。だが問題は飛ばして来る蟲の方だった。

「そうちょこまか逃げるなよ。なぁいいじゃないか。もう十分人生を堪能しただろう?」

楽しそうに指の一部分をベアリングに用いて放ってくる。当たればどうなるか考えたくも無いが、倒れた人に張り付いて貪り食う様を見てしまっている。

当たればこちらは致命的な損傷。向こうにはこっちの物理攻撃を全く意に介さない。厄介極まりない。蟲・・・だったっけ?

もしやと思い、僕はウィストルライフを試みた。

ピーーー

「クッ、アハハハハ、何の真似だい。犬でも猫でも何でも呼べよ、食うだけだからさ!」

どうにも全く意味を持ち得ない。あれは生き物に分類された物じゃないと分かっただけだ。もはや何をやっても柳に風、暖簾に腕押し、馬耳東風だ。

ライダーの方に見やると、相手方の髪の毛が分散し、四方八方から蟲攻めを食らっていた。流石のライダーもこれには避けるので手一杯のようだ。僕は即死だろうけど。

「ハァ、ハァ、ハァ―――」

最後は懸命に走って逃げていた。対抗出来る術が無いのにどうすればいいのか。自分自身情けない行いだと分かっている。しかしこのままでは嬲り殺されるのは明白だ。

彼は何故だか携帯を生徒から奪い電話を掛けているようだ。くそ、完全に遊ばれている。しかしそれでも勝機が全く見えないのもまた事実なのだ。

「おおい、そんなに逃げたって逃げ場は無いんだ。気楽にやろうよぉ」

無邪気な顔で言いながら、倒れ伏す生徒の一人の腕をもぎ取り肉を食す蟲男。堪えろ、今はまだ勝ち目が見当たらない。腕や足を何に変えた所でエサをくれてやるだけだ。

奴には生物としての攻撃は一切受け付けない。物理的な攻撃までも軽症に留めてしまう。完全に八方塞がりになっている。何か、何か手立ては・・・!

僕はふと外の景色を見やった。いつだって曇りだ。心の心情を表すかのように厚い層となって太陽を塞いでいる。空まで八方塞がりになっているじゃないか。

「空まで八方塞がり。もしかして・・・」

僕は職員室に向かって一階へと駆け出した。そしてギリギリの所で蟲の猛攻を交わし、何とか職員室への入室を果たした。すぐさま僕は懐中電灯を探し始める。

あった!川尻君からトリビア情報として聞いておいて本当に良かった。今はどうなっているか分からない。しかしそんな彼に感謝しなければなるまい。

僕の読みが正しければ「光」に弱いんじゃないか。そう思っての行動だった。そして職員室の扉が開いた瞬間に懐中電灯の光を顔面に向けた。

「うわぁぁぁぁ!!」

やったか!?僕は思わず近づき掛けた所で、直感的に横っ飛びをしていた。僕の居た部分には蟲僕の一部が飛翔していくのが見える。

「・・・な~んて、効く訳無いじゃん。確かにちょっとは怯みはするけどさぁ。その程度の光量で悲鳴上げてたら、街灯や蛍光灯の光で死に耐えるっつーの」

全く持って自分の浅慮さが心憎い。良い線行ったと思ったんだけどなぁ。向こうはどっちみち逃げようが捕まえようが、皆殺しの心組みに違いない。

足掻けば足掻くほど向こうに暇つぶしのサービスしているのと同じような物だ。それでも何かして一矢報いたいじゃないか。こっちは常に窮鼠猫を噛む心境なんだ。

僕は足止めとばかりに蟲僕の目に矢を突き立て、飛び散る蟲の塊を死に物狂いで避けた。替えの体なんて無い、だから僕の集中力は最大まで高まっていた。

極限まで研ぎ澄まされた感覚。どんな愚鈍な動きを相手がしても決して警戒は解かない。それが死に直結すると理解しているから。僕は決して負ける訳にはいかないんだ。

そうやって僕は逃げ惑いながら、必死に使えそうな物を探していた。蟲僕は尚も嘲弄しながら程よく僕を牽制して来る。しかし気を抜けば即座に死ぬだろうけど。そうやって下駄箱付近まで通過する所で、居るはずのない人物が居た。

「慎二ーー!」

怒号を上げて士郎君が校内に入ってくる。しかし色々事情を知らない彼はこれ以上無く不味い。飛んで火に入る夏の虫も良い所だ。当然何も知らない士郎君を見てニヤリと笑みを浮かべる蟲僕。

「士郎君、伏せて!!」

僕の叫び声に驚いたのか、咄嗟に反応してくれたのか、声と同時にうずくまる士郎君。彼の頭部の辺りを弾丸となった蟲の塊が通過していく。僕は転がりながら下駄箱を盾に士郎君との邂逅を果たした。

「何でここに!?」

「いや、騙された。コイツを届けに」

そういう彼の手には体操着の入った紙袋が見える。僕らの会話を聞いて蟲僕が物笑いとばかりにせせら笑う。

「いやいや僕が呼んだんだ。やっぱこういう機会には殺せる人物は呼ばないとねぇ。サーヴァント何て物連れて来られちゃ困るし。やっぱそれっぽい理由じゃないと一人で来ないと思ってさ」

尚も嗤笑を漏らしながら、ゆっくり距離を詰めて来る蟲僕。僕は一つの望みに掛けるしか無かった。

「士郎君、せっかく来てくれたんだ。君にしか頼めない事がある」

僕達はすぐさま作業に取り掛かった。物の数秒で終わる事なんだけどね。手早く済ませ校舎の外へ逃げ出しながら、僕は士郎君に謝辞の言葉を述べていた。

「こんなに上手く行くと自分でも思わなかった」

はにかみながらそう言う士郎君。いやいや、一発で弓矢を強化してくれたじゃないか。後はそれが上手く行くかどうかは運任せと言った所か。

校庭のど真ん中で立ち往生している僕と士郎君。逃げ場が無くて狼狽していると思ったのか、悠然と歩いてくる蟲男。余裕の笑みを浮かべ、負ける事など全く考えてすら居ない。

これで駄目なら手立てが無い。士郎君に礼呪を使って貰ってセイバーを呼ぶしかないよ。僕達は二人で頷きあった。

「へへ、良い心掛けだね。そうそう、そうやって潔く待っていてくれればさ。僕も優しく介錯してあげられるって物だよ」

そう悠々閑閑と闊歩するのも今の内だ。君の電話は思いもよらぬ武器を呼ぶ事になった。それを思い知るがいいさ。僕は距離が数メートルに達した所で着火した。

校舎で火気厳禁、というより生徒教師に被害が及ぶ。だからここ、校庭に陣取ったんだ。士郎君と衣類、君が招いた災難と言う物だよ。悪の栄華は滅びると言った所かな。

燃え盛る鏃部分に巻き付く体操着。強度が増した弓矢は崩れない。僕は火矢を構えていた。その瞬間、蟲はどよめき、本体も同様に目の色を変えた。

「火・・・だと、おい。それだけは不味い。それはやば――」

「やばいから撃つんじゃないか」

そう僕は声と火矢を同時に発した。この距離で外すなど有り得ない。浄火してあげるよ。次はもっと清らかな生物種として輪廻転生を果たしてね。

火中で悲鳴を上げながら火の粉を撒き散らす蟲僕。矢は抜けども炎は抜けず。その身を業火に包み、転げまわる。驕る者の末路など無様な物だ。僕は冷ややかに見下ろしていた。

もう群を成す事すら適わず、めいめいに火玉となって飛ぶ蟲達。生き汚いとも言えるその様はもはや滑稽でしかない。

「畜生、畜生、畜生!このままじゃ僕としての自我まで燃えちまうっっっ」

原型を留めず何が自我だ。黒塊となって猛炎をあげ、所々抜け落ちた人間紛いが何を言う。

「ああ、仕方ない、ライダー!!」

共鳴、という物か。念話とはまた別の音波ツールを用いてライダーを呼び寄せる可燃物。こちらに引き寄せられた蟲ライダーもまたズタボロだった。

頭部は欠け、右腕は無い、脇腹もごっそり取られ、見ているだけで痛々しい。士郎君も思わず呻いている。蟲ライダーは何食わぬ顔で主の元に近寄り、蟲僕の下腹部に左手を突っ込んだ。

そのまま蟲僕は痙攣しピクリとも動かなくなる。蟲ライダーの手の上でウネウネ動くあれが本体という事だろう。手のひらサイズの癖に声だけは発する事が出来るようだ。

「お前がのろまなせいで僕まで手痛いダメージを食らっちまった。やはり幾らなんでもサーヴァントに戦いを挑むのはちと厳しいか。僕も少々侮り過ぎていたよ。ライダー、ブラッドフォートを解除して撤退だ。今は家の予備に早く戻らないと僕がヤバイ。このまま野晒しにされちゃ乾燥して死んじまう」

蟲が喋るのは見ていて気分が悪い。とっとと失せろと言った具合だ。もう一度同じ手は通じまい。交わされるか距離を取られるだけだろう。士郎君は身を乗り出して殴りかかろうとするが、片手で制する。

死に底無いの蟲だが人間一匹を殺すのは造作も無い事だろう。戦意喪失した彼らを下手に刺激する必要も無い。君はこんな所で無駄死にしている場合じゃないんだ。

ライダーが窓を飛び越えこちらに突進してくる。彼女が切り込んで来ると同時に蟲ライダーは跳躍してかわし、結界の解除を図った。そして元の空が広がり、万年塀を乗り越えて颯爽と逃げていったのだ。

僕はようやく世界が好転したのに安堵の溜め息を零した。そしてその時思い出した、皆倒れてるじゃん!

「ど、どどどどど、どうしよう士郎君、ライダー!びょ、病院を呼ばなくちゃ!」

「ちょ、お、おい、慎二落ち着けって」

「そうです慎二。先の凛々しい姿はどこへ行ったのです」

「逃げ回ってただけだよっっ!それより人命救助だ、警察だっ!」

「いや、そこは救急車だろ」

「それだ!!」

僕と士郎君で救急車の手配と生徒の手当て。ライダーは遠坂さんへ事後報告に行くのだった。



******



 臓硯はボロボロになった自身の一部分の謝罪や醜態を見て愉悦に浸っていた。

「爺ちゃん、こんなハズでは無かったんだっっっ」

「よいよい、儂としても面白い結果となったのでな」

肩を揺らし嬉しそうに表情を歪める臓硯。単なる青い若造かと思えば、案外やりおるわ。そう内心で慎二への印象を改めていた。

「慎二とお主の違いは本番に強いか弱いか。ここに置いて歴然とした差が出ておるやもしれんな」

もう少し半身に戦わせて見るか?様子を見るか?どちらにせよ自分が長生きする事に変わりはない。

「クック、愉しませてくれるのう」

臓硯は身の安心感から感興が生み出されていた。何にせよ戦争の最中。慎二の強さが確認出来た以上、そこまで心配する必要は無い。

腰に当てている手をゆっくり小突きながら、一興を考える事に没頭した。彼にとって戦争の行く末を見るのも一種の娯楽なのだ。大事なのは保身。それさえクリアされれば他はどうでもいい。

闇の中、今しがた一人で帰る無警戒な若者に目を向ける。彼はじわじわと闇に溶け、ターゲットの補足に入るのだった。





―続く―





 いや、まぁどうにか出来ました。納得して頂ける内容かは別にして、ですが。自分的にはアリ、かなぁという所です、はい。ちなみに着火する時に用いたライターは職員室で入手しております。

 行き当たりバッタリの戦闘でしたが、何とか上手く纏められてホッとしていますね。それでは今後も続けて参ろうと思います。さてこの辺で失礼します。

 本日もこのような駄文にここまで目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 色気付我が妹
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/12/04 06:17
 慎二side

 僕達は救護隊員の方々と一丸となって犠牲者の手当て、輸送を手伝った。蟲にやられた人は皮が破られ、出血も酷い。僕は真っ先に腕を千切られた人の救助に向かった。

多量の血液流出により、息も荒く、唇も紫になっている。服を破き、必死に止血のための材料にする。こんな意味も無く死んではいけない。まだ何も大成もせぬまま死なないで。

「生きて下さい!もう少し、もう少しで救命隊員の方が来られますからっ。どうか、どうか死なないで!」

祈るような、懇願するように生徒に呼びかけるしか出来ない。無力だし、何も出来ない自分が本当に情けない。士郎君も保健室に向かい、絆創膏やら包帯だのを持って傷の手当に心血を注いでいた。

綾子や柳洞君、それに藤村先生もそこまでの大事には至っていない。ただやはり体力の消耗は激しく、栄養剤や栄養ドリンクを与えたりしていた。

僕の加持祈祷が天に届いたのか、死者は出ずに済んだようだ。隊員の人達に握手を求められたり、敬礼されたりした。何だかいたたまれない気分だった。だってこの地獄を作った原因は僕達にあるのだから。

僕は何人もの人間の救急車への搬送、それに先の戦闘から疲れがピークに達していた。言峰神父が急ぎで現れ

「君達は良くやってくれた。後はわたしが取り持とう。何も心配しなくていい」

そういってくれた時、僕は安心感から脱力し壁を背もたれにへたり込んだ。そうしてただ瞑目するように目を閉じたつもりが、気が付けば眠ってしまっていたんだ。



******



 これは夢なのか。それとも過去の体験なのか。であるなら何の体験なのか。僕には分からない。ただ目の前にいるのは確かに僕の両親だった。

両親は欣喜雀躍として手を取り合い、快哉を叫んでいた。そして僕をそっと抱きかかえるたんだ。僕はどういう状況か全く分からないけど、ただその温もりが嬉しかった。

大旱の雲霓を望んでいたかのように大はしゃぎする両親。童心に返ったかのような、欲しいオモチャを与えられたような、そんな純粋な笑みだった。

僕はただそれが嬉しくて。もっと楽しそうにして貰いたくて。一緒に笑おうとした。いや実際笑ったんだ。ただ何故だか分からないけど、愛憎相半ばとなっていた。

夢の中ではこんなにも両親の情の篤さを知れるのに。ほんの一握りの愛も現実では享受できなかった。この夢だって目が覚めれば記憶は夢に閉ざされる。夢の記憶は涙として外に流れ出る。

・・・・・・

時と場面は変わる。急転して表情が消えるお父さん、お母さん。何故だろう、どこで間違えたのだろう。僕には分からない。分かろうはずも無い。だって何もしていないんだから。

僕はどうして、どうしてこうも両親の記憶が曖昧なのか。一体僕は何を思って生きるのか。他律的で、内向的で、消極的で、受動的。いつだって流れに身を任せて来た。

だから僕は生きる意味を外部から得るしか無いんだ。両親に愛されていないのだから。愛に飢え、求め、渇望する。好きだから愛するのではない。愛されたいから愛を注ぐんだ。

桜に始まり、大事な僕の知り合いの面々。誰一人として失いたくない。そこに理由があるとするならば。彼らの存在が僕の支えだから。

どんな情でも構わない、愛情でも友情でも温情でも哀情でも。ただ人との繋がりが欲しいんだ。周囲の死は自分の死をも意味する。だから僕は知り合いを死なせたくない。僕も死にたくないのだから―――



******



 僕はそうして目を覚ました。また妙な夢を見たようだ。おぼろげな世界は薄暗く、それでも自分の部屋だという事を理解できた。ふと左腕が動かない事に気付く。

チラリと腕を見やると、桜が僕の掛け布団に腕を突っ伏して寝ている。左手は桜の腕の下敷きになっていたから動かないだけだった。静かな寝息、静寂な空間、とても居心地が良かった。

どうやって桜が戻って来たのかは知らない。でもここに居る桜が本物であれば、僕としてはそれだけで十分だった。愛おしく、愛らしく、愛くるしい。

僕は猫可愛がりと言った具合なのかな。寵愛と盲愛は似て非なる物なのに。綾子には申し訳無いけど、やっぱり桜は家族として大切な存在なんだ。

僕はそっと桜の頭を撫でようとして、はたと手を止めた。何だか触るのがとても躊躇われたんだ。僕は布団を動かさないよう、静かに右手を布団にしまい込んだ。

一つ溜め息を付く。花は摘む物じゃない、見て、眺めて、鑑賞する物だ。僕はそう思う。桜の穏やかな寝息を聞いていると、邪魔をするのが惜しいんだ。

僕は決して桜を独占したい訳じゃない。愛しているけど、それは家族愛なんだ。決してその壁を越える事は出来ない。だから不用意に接触しない方がお互いのために良いと思う。

桜は僕が好きだと言うけれど。人の心もまた有為転変としている物だ。きっと時間の経過と共に恋愛感情は薄れて行くに違いない。僕達は兄妹、それを忘れてはいけないよね。

いつまで僕は目を開けて天井を見上げていただろうか。桜の「うぅん」という一声によって現実に引き戻された。どうも桜も目を覚ましたみたいだ。

そうして桜の方に視線をやると彼女とバッチリ目があった。口は半開きで目も虚ろ、完全に寝惚けている様子だ。しかし僕の瞳を捉えるとみるみる内に理性をその目に備えさせる。

「おはよう、さく――」

僕は挨拶をしようと声を掛ける瞬間に桜に頭を抱きかかえられた。流石に照れるというか、本来兄がするべき行為な気がして、動転してしまった。

「ち、ちょっとっっ、さ、桜、さん!?」

僕の声により一層抱える手の力を強める桜。その真剣さが僕の熱くなった頬を急速に冷やしてくれた。良く聞けば彼女は嗚咽を漏らしている。僕の心は熱い感情より暖かいそれにシフトしていくのを感じていた。

桜は声にもならずひたすら僕の頭を抱え、肩にあごを押し付けていた。一生離さないほどの力に僕まで涙腺が緩みそうになる。感謝から僕も桜の背中を優しく擦っていた。

桜はひとしきり激情に身を委ね、僕の体をしっかりホールドしていた。しかし僕が僕であると安心出来たのか、ゆっくりその拘束を緩める。緩めただけで姿勢は同じだけれど。

桜が僕と肌を重ねて安心するように、僕もまた充足感を得ていた。どうしてだろう、一体この感情はただ妹を慈しむだけの物なのだろうか。

僕はふと不安になったけど考える事を放棄した。止めよう。桜がこんなにも僕の心配をしてくれているというのに。変な邪念を持って距離を取っても傷つけるだけじゃないか。

自然な関係でいいんだ。自然体、ありのまま、あるがままに接すればそれでいいじゃないか。則天去私の心持で邪な考えを捨てよう。桜が大事なのはいつまでも変わらないんだし。

僕がそんな悟りの境地に達し掛けている時、桜がポツリと言った。

「・・・あんなのは兄さんなんかじゃない」

その言葉とほぼ同時にまた抱き締める力を強める桜。僕もその気持ちに応えるようにしっかり受け止める事にした。桜の不安や恐怖、その他負の感情全てを吸収するかのように。



******



 それから桜はポツリポツリと今までの経緯を話してくれた。もう一人の僕を思い出すだけでも嫌なようで、何度も行き詰った。

僕は無理しなくても良い、と何度も言ったんだ。それでも強くかぶりを振る物だから、最後まで付き合うしか無いじゃないか。

「今の兄さんの素晴らしさを自分にしっかり刻むんですっ!」

と良く分からない理由によって、苦痛の塊とも言える体験談を語る桜。どうもやはり弓道が終わった時に捕まったようだ。というより嬉々として付いて行ったらしい。

何でも最初見た時は瓜二つ所か、違和感すら抱かなかったらしい。どうも桜の前で迫真の演技を行ったようだ。そして偽りの僕を見抜けなかった事に自責の念を抱いている模様。

当の本人である僕でさえ「鏡」と思ってしまった面容だ。声まで同じと来ている。似たような言葉遣いをされればコロリと騙されるだろう。

僕は桜が心を痛める事が何よりも悲しい、そう言いながら背中をポンポン叩いた。桜は感極まってまた涙を溢れさせていたけど。でも悲しい時は全部出した方が良いと思うんだ。

二人きりになった途端、その僕は豹変し暴力まで振るったという。高圧的で支配欲がとても強く、戸惑いから挙措を失ったそうだ。偽者と知った時は恐慌を来し、恐悸から身を竦めてしまったらしい。

そのまま間桐家に連れられた桜。どんな責め苦を受けるかとおののいていると、意外にも何もされずさっさと出て行ったらしい。逆に拍子抜けしたくらいだと語る。

しかし桜は出るに出られない状況になっていたとの事。というのも

「逃げてもいいけど、その時は君のお兄さん死ぬ事覚悟しといてね。あ、僕の妹になりたいならそれもいいけどさ。捕まえてたっぷり躾けてあげるよ」

と酷薄な笑みで言われたらしい。身の毛の弥立つような未来を想像して絶句したそうだ。僕だってあんな蟲男に桜を任せる事なんて万が一にもありえない。

とりあえず肝を冷やしていた物の、間桐邸に居ると本当に何事も無かった。ただ帰って来た蟲僕蟲ライダーの成れの果てを、目撃してしまったそうだ。嫌悪感と悪心感に堪えられず、逃げ帰って来たらしい。

衛宮邸に戻るとライダーとセイバー、それに遠坂さんが話し合っていたみたいだ。桜としてはライダーが無事である事が何より嬉しかったのだとか。

まぁライダーが負ける所なんて想像も付かないけど。ともかく見た瞬間に涙が止め処なく流れ、勢い良くライダーに抱きついたとの事。

ライダーに纏わり付きながら、事情を聞いている間に僕をおぶった士郎君が帰還した。僕の安否が非常に気にかかったが、士郎君のいつもの笑みを見て安心したそうだ。

とは言え士郎君も苦渋と義憤に満ちた顔をして帰って来たらしい。出撃の声を何度も上げていたみたいだ。

結局士郎君の頭を冷やすのと、僕が目を覚ますのを待つ。その二つの意味で明日に方針を決めようと言う結論に達したようだ。

でも士郎君はあまりにも不用意な行動を取ったとして罰を受けたそうで。セイバーも怒りを露わにし、剣術の猛特訓を受ける羽目になったのだとか。

更には遠坂先生の課題を終わらせないまま出て来た物だから先生もご立腹。遠坂さんの魔術指南も苛烈を極め、今士郎君はグロッキーの状態らしい。

ううむ、聞いているだけで士郎君の悲鳴が聞こえるようだよ、うん。と言うより士郎君は自己修復機能が備わっているから、少々傷が出来ても治るんだよね。

それによって多少の無理も利くんだろうけど。にしたって痛みはあるだろうから、正直生きた心地がしなかったに違い無い。

どっちみち今日はもう夜遅いし。もう一度寝て万全の調子で明日を迎えよう。話を聞いた僕が寝る事を考えていると、桜が布団内に進入して来た。同衾の選択肢はとりあえずありません。

「さ、桜。僕達もお互い年頃なんだ。僕の言いたい事は分かるね?」

桜の両肩をむんずと掴みながら懸命に説得を試みる僕。しかし決意に満ちた桜は引き下がらない。それどころか満面の笑みを浮かべて言うんだ。

「はい、兄さんになら身も心も全部捧げられます!」

「僕はそういう意味で言ってるんじゃないよっっっ!」

間逆の回答が来たため、僕は思わず声を荒げてしまった。桜の力は思った以上に強く、全体重を込めて押してくる物だから分が悪い。結局そのまま僕が折れて桜が僕に巻きついている。

桜の言い分によると今僕の温もりを感じていないと不安で仕方が無いらしい。であるならば僕としても妥協するしか術を持ち得なかった。

僕は桜の抱き枕と化し、身をもって桜が健やかに育ってくれた事を痛感する。色んな感触で。僕の煩悩君もにょきにょき元気良く伸びそうだ。何にせよ危険水域に達しております。

堪らず僕は自身の守護神様にご助力を得ようとした。桜も不安かも知れないけど、僕は違うベクトルで不安だよ。

 ラ、ライダー!

 ・・・何ですか。楽しそうな事をして。今読書をしているんです。良い所なんです。

すこぶるライダーの機嫌も悪い感じだった。声の端々から嫉妬やら妬み嫉みが絡んでいる。それでも僕達の健全な未来のために姉、ああいや妹だっけ。何にせよライダーの力が必要なんだ!

 楽しいよりも危ないんだ。とにかくライダーにも部屋に来て貰いたいんだよ。もう僕の力ではのっぴきならない事態に進展しそうなんだっ!

 ほうほう。だから私も混ざれ、と?

 何で加わる方向になるの!そこは僕達が禁忌を破らないように、互いを引き剥がす方に頭を回しておくれよ。

 ふむ、私も今日は慎二と二人っきりになりたいと思っていました。ふふ・・・

 あ、あの・・・ライダーさん?

 いえ、今のは何でもありません。とりあえず桜と慎二が手を出すのを止めればいいんですね?

 !そう、そういう事だよ。桜も今は安定期に入ってるみたいだから心配無いけど。どんな間違いが起きるかしれないからね、うん。言ってて何だか情けなくなるけど、これでも男だし。

 分かりました、何とか桜を鎮めてみせましょう。そして慎二の猛りも・・・。

 ・・・?最後何言ってるのか良く分からないんですけど。

 分からなくてもいいんですよ。ふふ、それでこそ慎二という物。

嫌な予感しか残らない念話だったけど、一応身の保障は出来た。これで最悪の結末だけは避けられそうだ。桜も目を瞑って寝ているようだし、僕も寝よう。

・・・・・・

その後桜が真夜中に寝た振りを解除し、慎二へのディープキスを開始した所でライダーに捕まり、部屋に収容されたと言う。

そして入れ替わるようにライダーが魔力充電のため、慎二の部屋に忍び込んだのは言うまでもない。





******





 はい、どうも遅くなりました。とりあえず生活が安定したので更新を再開出来そうです。やはり忙しいとどうにも後回しになりますね。愛らしくも成熟した桜の相手は色々大変そうです。慎二の良心の呵責も描けたので今回はこれで良しとしましょう。それから慎二の設定が原作と大幅に変わってしまいそうです。原作重視の方、再度ご了承の方をよろしくお願いします(礼)それでは今回はこの辺で失礼します!

 本日もこのような駄文に目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 士郎視点に置ける慎二
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/12/05 20:36
 士郎side

 自分でも空回りの連続だと分かっている。器用に立ち回れる人間でも無い事も。それでも出来る事をやるしかないと思う。何もしないよりずっと良い。

下手の考えなど休むに似たりと昔から言うじゃないか。だから俺は剣術でも魔術でも何だってやってやる。だから色々詰め込み過ぎてぶっ倒れる事だって気にならない。

それくらいやらなけりゃ。じゃなければあの地獄絵図が脳裏に浮かんじまう。慎二と一緒に校内に入った時の無残な光景を。もう俺はあんな有様を目の当たりにしたくないんだ。

そもそも10年前、親父に拾われたあの時から目指したじゃないか。正義の味方、世のため、人のため、自分のため。救われた命、世間に還元せずして何になる。

俺はまだまだ未熟で若輩者だ。遠坂の肩を借りてようやく自室に戻る程度に軟弱だ。自分の余力を考えろと言われる。でも俺はいつだって出し切ってやるさ。

力が及ばないのに、手を抜いている暇なんてどこにも無い。足りない分は勢いと気合と根性でカバーするしか無い。我武者羅に遮二無二突っ走るんだ。

そう頭では思っているのに。ままならない自身の肉体。日々鍛錬を積んで来たと思っていたのに、セイバーの前じゃ赤子同然。

遠坂の前でも強化は未だにその実力を揮えていない。というより揮う前に俺がぶっ倒れたんだけどな。もう嘆息の吐息を吐き出す以外に何を出せと言うんだ。

争ったり競う訳ではないけど。慎二の事をふと思い出す。俺が一日中セイバーに指導をして貰っている間、普通に学生として生きている。魔術の知識も体術も持たない彼が。

それなのに今日の蟲共と対面していた時の慎二はどうだ?普段の彼とはもはや別人だ。俺なんかよりずっと魔術師としての資質があるとさえ思ってしまう。

身に纏う雰囲気がガラリと変わる。心は熱く、思考はとてもクリアな状態に見える。慎二は極限状態になればなるほど、迷いを断ち切れる、そんな男なのだろう。

俺も二の足を踏む事は余り無いけど。それでも感情のままに動く直情型だしな。結果として周囲に甚大な迷惑を被らせている気がする。

・・・いや、変な劣等意識を持つのはよそう。慎二のペースがあるように、俺だって自分のペースを持っているんだ。鈍足でものろまでも良い。とにかく鍛え上げるだけだ。

それに明日は蟲野郎の息の根を絶対に止めてやる。慎二の火矢で少しは煉獄の地へ行っただろうが、全然足りない。奈落の底にまで叩き落としてやる。俺の日常の象徴を荒らしやがって。

そんな事を考えながら、気付けば眠ってしまっていた。


******


 夢を見る。また十年前のシーンだ。あんな大勢が倒れ伏した学内を見たためだろうか。より鮮明に、生々しく、十年前の現場を蘇らせる。思えばあの情景は「死」その物だった。

声も出せず、指一本動かず、思考も朦朧とする。ただ視界だけが明るく、火の粉が飛び散る様が目に飛び込んで来るのだ。ああ、地獄とはこういう場所なのだと。そう子供心に思った物だ。

勿論火は物を覆うために燃焼物も網膜に焼き付けていく。全身が火に覆われ、口から悲鳴を上げる事すら叶わず炎を吐く男性。

崩れた瓦礫の下敷きになり、迫り来る死に脅え金切り声を上げる女性。救いの手を差し伸べて、無常にも自身も猛火の餌食になる青年。燎原の火は例外無くその猛威を振るっていく。

烈火は見せ場とばかりに歓喜の声として木材をパチパチ鳴らし、勢いを増すばかり。誰もが救いを求め、誰一人として救われる事がない。これを地獄と呼ばずに何と呼ぼう。

だから俺は自身もまた死ぬ事を厭わなかったし、疑う事すらしなかった。逆に安心を覚えたくらいだ。俺はそこまで酷い死に方をしなくて済むんだと。このまま意識を失うのだと。

そう思い空を見上げた。空だけは、いつもの広大無辺の様相を変えていない。そこにもまた安堵を覚える。俺はこの地で果て、そうあの雲の一部となって飛べるのだと。

今思えば馬鹿な考えなのかもしれない。それでも希望を覚えて届くはずの無い雲に手を差し伸ばしたんだ。そして俺は薄れ行く意識の中で神様を見たんだ。

だってこんな状況下で無傷な人が居る訳ないじゃないか。そう思って笑ったんだ。俺は天国に行けると思ったんだから。

でも違ったんだ。俺の力尽きた掌を掴む手は確かに質感と温度を持っていたんだ。どんな理由だろうと、どういう経緯なのかは知らない。そんな裏事情どうだって良かった。

ただ俺はこの時、この場所に置いて一番の幸せ者だと思ったんだ。だって生きられるんだから。天国に行きたい?馬鹿を言え、死からの恐怖を忘れるための弥縫策に過ぎない。

命の恩人で、今でも俺にとって永遠のヒーローなんだ。そいつの顔は過去となった今に置いても鮮明に思い出せる。目に涙を溜め、俺の生存を喜ぶその顔を。

赤の他人である俺の生命を掛け替えの無いような顔で笑う。余りにも、余りにも嬉しそうだから。どっちが救われたのかが一瞬分からなくさえなった。俺も釣られて涙が出た。

声も出せず、感謝の言葉を言いたいのに。それでも男はしっかり俺を抱き上げ、俺の代わりに発してくれたんだ。

「ありがとう」

何に対する感謝なのか。俺の気持ちを代弁したのか。それとも男の本心なのか。その単語には複数の意味が折り重なっているように思えた。

それでも、それでも男の全てが詰まった言葉なのだと。その事だけは幼いながらに理解出来たんだ。

そして俺はこの千載一遇の機会を逃すまいと無我夢中で男にしがみ付いた。声が出ない代わりに力を込めて抱きついた。喜びを涙に変えて外部に垂れ流した。安心感と脱力感から俺はそのまま気を失った。

そこまで行けば後はトントン拍子で事が進んでいく。病院でその男、切嗣に引き取られ、俺は当然のようにその背を追う。何故切嗣の後ろを追う事に何の躊躇いも持たなかったのか。

助けられる側から、助ける側になりたかったのか。恐らく違う、もっと単純な事だ。ただ切嗣のあの心の底から歓喜に満ちた表情が、あまりにも眩しく瞳に写ったから。

本当に些細で、それだけの理由なのかもしれない。それでも俺は心に誓ったんだ。救われた命、次は誰かを救うためにある。そう自分に言い聞かせて走り続けた。

何故なら救うと言う事は同時に救われる。切嗣を見れば明白だったんだ。あんな満ち足りた笑みを見せられたら、その後ろを追うしかないじゃないか―――


******


 追った先には戦争が待ち受け、神父には激励じみた事を言われる。ふざけるな、こっちははなから乗り気じゃない。ただ目の前で困る人が居たら助ける程度で良いんだ。

そんなちっぽけな庶民の味方で十分なのに、自分には余りにも強大過ぎる。戦争、それも群雄割拠するかのような莫大な魔力を持つ英霊7人の殺し合い。

そんな中に自分が割り込んだ結果があの学校の惨劇だ。遠坂の話によると犠牲者は居ないと言っていたが、実際の所を知る術は無い。言峰が隠蔽工作していたとしても分からない。

あいつは聖杯戦争に協力的な立場なんだ。俺達の気概を削ぐ真似をする訳が無い。だがあの場を取り仕切ってくれた事には素直に感謝しないといけない。

とは言え生徒の多くにトラウマを植え付けたに違いない。彼らに何の非が合って、その身を魔力として捧げねばならないのか。

ただこの土地に生まれ、穂群原学園に入学した。たったそれだけの理由なのだ。私利私欲に塗れた下らない戦争のために犠牲になる。こんな馬鹿な話があってたまるか。

無理に生命を吸収された影響を知る訳ではない。しかし少なくとも体力は著しく低下するだろう。もしかしたら後遺症を残す生徒も中にはいるかも知れない。

そもそも彼らは魔術の存在すら知らない。本当に無関係な一般市民に過ぎない。彼らの人生を奪う権利など誰にも持たない。

事実を知ってしまった以上、あの爛れた生徒の皮膚を目睹した以上、元凶を放置する訳にはいかない。戦うと決め、敵と認識した。後は覆滅するだけじゃないか。

蟲野郎、お前らは大罪を犯した。何の罪も無い人々に手を掛けた罪はその命を持って償って貰う。その覚悟があって、あんな洒落にもならない結界を発動させたのだろう?

夢なのにどんどん血液が脳に上がって来る。血が沸騰していく。怒りで全身の筋肉が強張っている。眦を裂き、怒髪天を付く程の痛憤が体内に充満する。

慎二は一人居ればそれで十分だ。それに俺の友達の慎二って奴はこれ以上無いくらい良い奴なんだ。劣化所か最低ランクのレプリカでしかも人間じゃない?ふざけるな!

――喜べ、君の願いはようやく叶う――

よりにもよって忌々しい言峰綺礼の言葉が聞こえて来る。加速度的に怒気が膨れ上がって―――


******


俺は感情が爆発すると同時に、布団を蹴り上げていた。同時に暮冬の肌寒い温度によって我に返る。晩冬の寒さで平常に戻る自身の単純ぶりに一人恥ずかしくなる。

「何やってんだろ、俺。」

気付けば何の夢を見たかさえ風に乗って外へ出て行った。何となく照れ臭く、頬をポリポリ掻きながら布団を畳む。物凄くムシャクシャするような夢を見た気がする。

畳まれた布団の前に意味も無く胡坐を掻き、内容を思い出そうと首を捻る。

「・・・駄目だ。完全に抜け落ちた」

いいや、朝食の準備をしよう。今日も学校行かなくちゃなんないし・・・って学校!?

瞬間俺は夢の内容と怒りの大本を思い出した。途端に焦燥感に襲われ、俺は荒々しく部屋を飛び出した。

縁側から天気を推察すると、泣き出しそうな空模様だった。空一面が雲に覆われ、太陽も泣いているに違いあるまい。

俺がそんな事を思いながら居間に進行方向を向ける。今日こそ忌まわしい偽者を叩きのめさないといけない。そう気合を入れて前方に目を向けた時、縁側に座る慎二を視界に捉えた。

頭に雀、膝の上に野良猫を乗せてボケーっと前を向く慎二。時折ポケットからパンクズの入った袋を取り出し、親指で弾いてエサを雀に与えていた。

余りの緊張感の無さに一気に膝が落ちる。これが火矢を撃った男だと誰が信じるだろう。たまに二重人格なのでは無いかとさえ思う時がある。

確かに昨日は奴らを退けるまでは出来た。しかしまだ安心出来る状態じゃない。手傷を負っている今こそ仕留めるチャンスではないか。そう慎二に言おうと足を踏み出す。

「いつも気を張り詰めていると、重要な時にふと緩む事があるんだよ」

慎二の言葉に思わずその場に立ち止まっていた。俺の歩き方一つで何を思っているか分かるのか。本当に洞察力が優れていると思う。俺は溜め息を付いて彼の隣に座った。

鳥は飛び立ち、猫は逃げていく。しかし慎二は気にする風でもなく、体勢をそのままにパンクズを口に運ぶ。

俺は慎二にどう言えば気持ちを伝えられるか、考えあぐねていた。早く蟲を一匹残らず殲滅したい。そのために奮起しないと駄目だろう。早く出立の準備をしよう。

そこではたと気付く。蟲慎二の根城がどこにあるかなど俺は知らない――

「野生動物は単純で良いねぇ。エサを与えればすぐに懐いてくれる」

慎二が何を言いたいのか図りかねる。俺は慎二の真似をし、じっと前を見て次の言葉を待った。

「でも知能ある人間はそうはいかない。警戒するし、こちらの思惑を探るように注視する。戦闘後の警戒心は最高潮だと思うんだ。例え見つけたとしても、有効手段が無い限り苦戦を強いられる。果たしてそこに勝算はあるのかな?」

・・・これだ。慎二は真剣になるといつになく饒舌になる。目に鋭さを持ち、何となく冷然とした空気を身に纏う。また疑問口調になるのも特徴的だ。

確かに慎二の言いたい事は分かる。敵の居所も掴めぬままの暗中模索は、徒労に終わるかもしれない。それでもやらなくちゃならない。

諸悪の根源が存在する以上、市民の生活を脅かす。今叩かないと、今無力化していないときっと後悔する。俺はもうあんな折り重なる人間を見るのは真っ平ごめんなんだ。

俺は下を向き、この噛み締める思いを慎二に伝えようと顔を上げた。慎二はこっちをじっと見ていたみたいで、その表情はいつもの穏やかさを取り戻していた。そしてにっこり笑って言うんだ。

「じゃ、行こうか。倒しに行くんでしょ?」

思わず俺はポカンと口を開けてしまった。今からぶらりと旅に誘うような、そんな気軽な声色だった。殺意など微塵も感じられない。頭が真っ白になった俺は自分でも良く分からない事を言った。

「え、あ、いや、お前。その、いいのか?」

「うん、別にいいけど」

「何でさ。さっき否定的な事言ってたじゃないか」

「客観的に見てそういう側面もあると伝えただけだよ。それに士郎君が彼らを追う事は承知の上だよ。害悪の塊である彼らを潰す事は依存無いしね。」

「・・・やっぱりお前って変わってるな」

「まぁね」

俺たちはひとしきりお互い笑い合った。気が緩んだせいか腹の虫が鳴り出す。ああ、そういや朝食の用意しないといけないのか。

「ふぅ・・・とりあえず朝食にするか」

「あ、そういや何か物足りないと思ったら朝ごはんまだなのか」

「はは、そりゃパンクズだけじゃ足りないだろ」

そんな事をお互い言いながら同時に立ち上がり、居間へと向かっていった。俺はこの時思ったんだ。慎二はやっぱり俺以上にお人よしで、凄く良い奴なんだと。

俺は頼りになる戦友を持てたからか、自身の気持ちが穏健になって行くのを感じていた。感情に流され過ぎず、状況に応じて臨機応変ってのが今なら出来そうな気がする。

慎二、やっぱりお前凄いよ。俺は一人笑みを零して居間の引き戸に手を掛けるのだった。





―続く―





 はい、と言う訳で士郎視点より描いてみました。夢は原作と同じですが、自分なりにアレンジしています。もっとも士郎らしくアレンジという所は苦労した所ですが。作者としてはそこまで違和感が無いように思えたので投下いたします。それではこの辺で失礼します!

 本日もこのような駄文に目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 川尻別視点、作戦会議
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/12/10 01:52
 川尻母side

 川尻猛の母は息子の突然の変化に対応しかねていた。突如として別人のようになった息子にどう接すれば良いのか。戸惑いと混乱が彼女を支配している。

初めて猛の異変に気付いた時、手の施しようが無い状態に見えた。ふらりとどこかへ出て行ったと思ったら、帰った時には目を疑った物だ。

猛自身に問題は無いものの、その手に持つ物が問題だった。血を包帯で止血された人間の腕。作り物だとしても手が込み過ぎている。何よりその血臭が鼻孔内を刺激してくる。

もはや気付いた時点から手遅れ状態に思われたのだ。母は目の前にいるのが息子だとは到底思えなかった。仕草や動作は本人のそれだが、目つきやオーラが違い過ぎている。

犯罪者特有の凶悪な雰囲気に、思わず萎縮して座り込んでしまう。申し開きをする所か、逆に残虐な笑みを浮かべるこの男は誰なのか。恐怖と当惑から歯がカタカタ震え始める。

母親としての義務は事情を聞く事なのだろう。しかしとてもではないが、眼前の男が息子だとはにわかに信じがたいのだ。純粋に恐慌状態に陥っており、話せる余裕が無いのもある。

猛禽類の瞳で猛のように蟹股で歩みを進める男。自分と距離が縮まれば縮まるだけ、死に近づく気がした。後一歩で位置関係がゼロになる。そう思った時には目を瞑ってしまっていた。

しかし自分の横をするりと抜けて行く男。すれ違い様に一言だけ言った。

「お母さん、そう脅えるなよ。俺達は家族だろう?」

失望感と絶望感だけを残し、自室の二階へと登って行ったのだ。猛の母は思わず嗚咽を漏らしてしまった。ああ、やはり人違いなどではなく「猛本人」なのだと。

自分を母と認識し、何気ない所作も息子のソレだが。それでも別人であって欲しかった。青天の霹靂とは正にこの事では無いか。

何の兆しも見せず、諍いも争いも無い家庭環境で誰が今の姿を想像できようか。少なくとも今の息子を矯正する自信が無い。そもそも叱った経験自体が余り無いのだ。

愛情を一身に注いできた。その結果、友達思いの善良な子に猛は立派に育ったのだ。無精者で横着だから、身だしなみに関して注意を受ける事は多々あるが。

優しく誇りに思える息子の反転はとてつもない精神的苦痛を伴った。猛の母は大量の涙をフローリングに滴下する以外に何も出来なかった。

またしても真夜中に出て行く息子の背を見ながら、のそりと立ち上がった。不安と恐怖で身を潰されそうだ。早く夫の寝る寝室に向かおう。

・・・寝よう、これは悪夢による仕業だろう。そうに違い無い。現実逃避と揶揄されるかも知れないが、このままでは心が折れてしまいそうだったのだ。

幸いにも一晩経つと今朝起きて来た猛はいつも通りだった。やはりあれは悪い夢だったのか。思わず安堵の溜め息を漏らしてしまう。

しかし猛は元気が無く、いつもの活気が失われていた。ゲームのし過ぎによる寝不足はいつもの事なので何も思わなかった。しかし切羽詰った顔で

「俺殺されるかも知れないから、外に出られない」

そんな事を言い出したのだ。断じて息子は虚言癖など持ち合わせていない。冗談とも思ったが余りに真剣な顔で言うのである。理由は聞けども応えてなどくれない。

思い当たるのはやはりあの腕の事だ。もう息子が踏み越えてはいけない領域に達していると確信してしまった。万が一の事があれば警察に出頭させよう。そう思って猛に目をやると

「残念ながらお前の知る川尻猛は死んだも同然の身よ」

衝撃の事実と共に脳に侵食する何か。得体の知れない異物感とノイズを耳に響かせ、猛の母は意識を遠のかせていった。



******



「偽者討伐・・・ね。別に問題無いけど。士郎、ちゃんと勝算あっての事でしょうね?」

あたかも当然のように聞く凛。士郎としては一匹残らず冥府に送るしか考えていない。だが肝心な具体的手段に関してはからっきし考えが及んでいなかった。

時は朝食後、蟲共を野放しにする訳には行かないと言った所で、先に置ける凛の発言である。士郎は腕を組み、幾ばくか瞑想を行った後顔を上げた。

「・・・これから考える。何も考えて無かった」

その発言を聞いた途端、凜は顔に手をやり大げさに溜め息を吐いた。士郎は心を乱されまいと表情を硬化させたが、残念ながら頬が少し赤い。

そのやり取りを見てセイバーと間桐集団(慎二・桜・ライダー)も思わず苦笑する。慎二は別に落胆などしておらず、それが士郎の良さだと割り切っていた。

凜は頼りないマスターを相手に出来ないとばかりに、そのサーヴァントに話しかける。

「セイバー、あんたのマスターこんなんだけど。あなたとしては偽者虫を殲滅するのに依存無い訳?」

セイバーはふむ、と拳をアゴに当てて思案顔になる。そして一人脳内整理をしてから顔を上げ、意見を滔滔と述べていく。

「実際にその現場に居合わせ無かったので何とも言えません。しかしここにいるライダーよりも能力が劣るようであるならば、まず敗北は無いでしょう。一度道場で剣を交えたので断言できます」

当然とばかりに胸を張るセイバー。その言葉にライダーの眉がピクリと揺れる。表情に出ない彼女だが、両膝に置かれた握り拳に感情が表れていた。拳をメキメキ言わせて振動させている。

その姿に間桐兄妹はもちろん喫驚し、慌てて背中を撫でて宥めに掛かる。ライダーも負けず嫌いな所があり、下手に逆上させると嫌がらせをしかねない。

こういったメンタルヘルスケア(心の手入れ)も重要になる。仲間内で抗争している場合じゃない。

それはライダーも承知の上だから、何も言わずに肯定として黙している。慎二はライダーの背中を摩りながらフォローを行った。

「うん、それにライダーも贋作相手には一歩も引けを取らないよ。彼らが逃げなければまず間違い無く勝てたに違い無いよ」

慎二の言葉を契機にピタリとライダーの震えが止まる。しゃきっと背筋を伸ばし、湯飲みを手にして優雅にお茶を啜る。彼女は立ち直りも人一倍早かった。

コトリ、と湯飲みを上品に置きライダーは話し始める。

「セイバーの言うように白兵戦ではわたしは到底敵わない。そしてわたしと慎二の類似品も我々サーヴァントには遠く及ばない。それにも関わらず仕留めるまでに至らなかった。これは特筆すべき点かと思われます」

そこでセイバーが腰に手を当てて言葉を返す。腕を揮う事が叶わなかった事を根に持っているのか、少々へそを曲げているようにも見える。

「それはあなた方が人命を優先したからでしょう。シロウと慎二で手分けして手当てと人員要請を行えば事足りるはず。ライダー、あなたは追撃に向かうべきでした」

サーヴァントとしては適切な指摘かも知れない。凜も目を瞑り難しい顔で悩んでいる。士郎は怫然とした表情でセイバーの方を向いた。

「ちょっと待てセイバー、済んだ事を言っても仕方無いだろう。それに校舎内に何人の犠牲者が倒れていたと思ってる。現場に居た俺からすれば、いくらでも人手が増えて欲しいと思ったくらいだ。しかも事態は一刻を争う状況だったんだ。一番足の速いライダーに迅速で的確な情報伝達が合ったから救えた命もあるはずだ。とてもじゃないが、俺は感謝こそすれ彼女を責める事は出来ない。」

そう言ってお互いしばし睨み合う士郎とセイバー。周囲は固唾を呑んで見守るしかない。桜は手を口の前で浮遊させてあわあわ挙動不審になっている。

そして数秒ほど相対した後セイバーがフーッと息を吐き、彼女が引き下がる形に終わった。頭を左右に振りながら自身の悪態を付くセイバー。

「・・・やれやれわたしも精神修行がまだまだ不十分のようです。そうですね、結果を論じても詮無き事でした。結果として被害が微細に済んだのは一重にあなた方の功績という物。今後どう応対していくかに焦点を絞るべきでしたね」

セイバーが殊勝にも非を認める事で士郎も自分の失態を思い出す。元々セイバーを連れて行けば問題無かったという事実がある訳で、士郎も決まり悪そうに頬を掻く。

「あ、いや・・・俺も次からはちゃんとセイバーや遠坂に意見を求めてから行動する。その点に関してはすまなかった」

士郎の謝罪に凜はジト目になり、ねめつけるように士郎と目を合わせる。自分の美貌を理解していながら、至近距離で見つめられると困る。後に士郎は語ったという。

士郎は慎二と違い、意地で持って凜の視線から目を背ける事はしなかった。しかしやはり羞恥から来る精神的苦痛を伴う。冷や汗を掻きながら問いかける士郎。

「な、何だよ。言いたい事があるなら口で言ってくれ。先に言っておくが以心伝心は俺には通じないからな」

その言葉と同時に距離を取り、腕を組む凜。鼻を鳴らしながら半目になっている。彼女としてはもっとうろたえて欲しかったのかも知れない。

「そんな事は最初から知ってるわよ、朴念仁。とりあえず目を見た限りウソは付いてないようね。ま、状況次第ですぐに危ない橋に突っ走るんでしょうけど」

落胆の溜め息と共に診断結果を言い渡す凜。士郎としては自分の事を良く知って貰えて嬉しい物の、評価が低い事で意気消沈していた。自然と膨れっ面になる士郎。

その光景は殺伐とした雰囲気を緩和させる事には成功していた。空気が幾分和らいだ所でライダーが話の続きを言い始める。

「もう少し細かく見ていきましょう。わたしの類似品による結界ですが、わたしのそれとは厳密には異なっています。いえ、勿論生命を吸収する事に関しては同じなんですが」

魔術の知識が豊富な凜も興味深そうに聞いている。基本的に質疑に関しては彼女が行っていた。

「へぇ、ライダーの結界はヒトを『霊体』として魔力に変えて吸収するのよね?」

「そうですね、最終的にはそうなります。しかしあの結界はヒトに寄生した蟲による物です。溶解に気を取られて見落としがちになりますが、あれは内部侵食ですね」

流石にその言葉で士郎が目の色を変える。猛然とライダーに食って掛かっていった。

「ちょ、それじゃあの場に居た生徒の体中に蟲が巣くっていやがるのか!?」

「ご安心を、その可能性は極めて低いですね。結界無くして養分を吸い取る事は不可能でしょうから。あれは巨大な胃袋として機能し、ゆっくりと消化するための物です。恐らく栄養が整い次第、母体を食い破り血肉を得る寸断かと。結界が無くなった時点であの蟲も朽ち果てるでしょう」

ライダーの淡々とした生々しい言葉で、皆一様に険しい表情を浮かべる。士郎と慎二は二人して人命を優先して良かったと、胸を撫で下ろしていた。さらにライダーは続ける。

「結界は吸収という点で真似する事が出来たのでしょう。しかしおそらく法具や魔眼などは持ち合わせていないはずです。でなければ死ぬ寸前まで出し惜しみする理由が分からない」

「・・・なるほどね。結界は模造品を作ったけど、サーヴァントとしての能力までは模倣出来なかったって訳ね。ま、そんなのは当たり前なんだけど。それでも十分人間離れした芸当なんだけどね」

凜がふむふむ頷きながら整理を始める。そうしてようやく安心したように笑った。

「何だ、全然楽勝じゃない。ライダーに加えてセイバー、それにアーチャーまで居るんだもの。どこに負ける要素があるってのよ」

その凜の言葉でもライダーは決して真剣な顔を崩す事はしない。一度覚悟を決めるように目を瞑り、凜に話しかける。

「ええ、凜の言う通り我々サーヴァントが負ける事は有り得ません」

その一言で凜の表情も真剣味を帯び始める。険しい顔でライダーと向かい合う凜。ライダーはその姿に満足気に頷き、先に話を進める。

「ただ彼らは人間を『殺し慣れ』ている。対するだけで血の臭いが纏わり付く程の死臭を放っています。故にどこまで傷めれば、どう扱えば苦しむかを経験から知っている可能性が高い。何せ結界をオモチャとして扱うような人物ですから。よって彼らは対人間として脅威なのです」

ライダーの言葉で流石に人間組は冷や汗を流す。凜はまたしても腕を組み直しうなり始めた。

「対人とか対軍の法具は知識を得ていたけど。対魔術師、とはね。どこのアウトローだか知らないけど厄介な物作ってくれたわ」

凜はぼやいていたが、セイバーは普段通り冷静に話し始める。

「そう悲観する事もないでしょう、凜。元より我々サーヴァントはマスターに掛かる火の粉を払う存在です。基本的に二人一組になっている以上、おいそれと仕掛けて来る事はないはずです」

そう、マスターが窮地に晒される事がないようにサーヴァントが存在する。その上である程度身の保障はされていた。ただ――

「人質になった時は、もう終わりかも知れない訳ね」

凜がそうポツリと一言零す。結界の話もあるが寄生による吸収などを得意とする彼ら。生きたまま乗っ取られれば、もう死んだも同然だろう。

相手は危険で陰湿な罠を用いてくるかも知れない。だからこそ、これ以上犠牲になる人間を作りたくない。慎二と士郎はその点に置いて共通認識を持っていた。

互いの気持ちを分かち合うように頷きあい、士郎が言葉を発した。

「遠坂、俺と慎二は蟲野郎を追う。そんな人殺しに快感を覚える奴を野晒しに出来ない。遠坂はどうする?」

士郎の言葉に凜は少しだけ考えて、ゆっくり首を振った。

「今の話を聞いた限りリスクが大きそうだし、止めとくわ。それにもっと強大な敵は居る訳だしね、バーサーカーとか。元々そのために手組んだし。そもそも桜一人残して行く訳にも行かないでしょ」

言いながら桜の頭をポンポン優しく掌で叩く凜。桜は頬を染めて照れている。慎二と士郎は心得たように微笑み、それぞれのサーヴァントを携え居間を後にして行った。

「ま、吉報を期待してるわ」

という凜の激励と

「お気を付けて」

真心の籠った桜の言葉を背負い男二名は、殺されないように頑張ろうと誓い合ったという。





―続く―





 はい、どうも遅くなりました。毎日更新とかほざいていた作者ですが、どうも上手く行かない物ですね。とにかく納得が行かないんですよ。もっと良い表現出来ないか、上手く文章化出来ないのか、と。色々煩悶している内に時間ばかり経つ一方でして(汗)

 決してやる気無いとか、さぼっている訳ではないんですが。ずっと小説を書き続けていると表現のマンネリ化に困るものです。何とか言い回しを考える日々なんですが。加えて川尻の出し具合にも頭を悩ませる次第です。程よく出すというのがこれほどまでに難しい物とは。

 書きたい内容や最終的な終わりの構想は出来上がっている物の、過程が難しいですね。もしかしたら今後も更新が滞るかもしれません。とにかくこれからも気合を入れて書いて行こうと思います。どうか気長に待って頂ければ作者としては感動するばかりです。それでは失礼致します(礼)

 本日もこのような駄文をここまで読んで頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 町を探索、お昼は喫茶店(注:月姫・空の境界クロスオーバー)
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/12/10 15:17
 慎二side

 遠坂さんと桜を衛宮邸に残し、僕達は揃って外に出て来た。桜も遠坂さんと一緒に居ればまず心配いらないだろう。にしても木枯らしは相変わらず容赦が無い寒さだよ。

ライダーは霊体となって僕のすぐ付近に備えている。迂闊にも僕に仕掛けて来た時、返り討ちにする算段なんだけど。

それでもマスターとサーヴァントっていう間柄を互いに強く認識する上で必要だと思う。遊びで出かけるのとは訳が違うんだから。念話があるし、何ら不便する事無いしね。

僕の隣にはラフな格好の士郎君と普段着のセイバーが携えている。傍目から見ると僕達は三人してどこかに遊びに行くように見えるだろう。

朝の七時半、いつもは部活の真っ直中の時間帯だ。そして登校時間と被るにも関わらず、通行人の数も数える程度にしか居ない。生徒の姿が見えないのだから当然か。

人影が見当たらない閑散とした通行路は、より風通しを良くしているように思える。僕は首を襟まで縮め、白い息を吐きながら手を擦り合わせていた。

セイバーは風と友達なのか知らないけど、全く寒くなさそうだ。というより見ているこちらの方が寒い格好だよ。羨望の目で見ていると彼女は士郎君に話しかけていた。

「学校は休校だそうですね。やはり結界の余波として長引くかも知れませんね」

士郎君は渋っ面で首肯しながら追随を打つ。

「・・・ああ、重度の栄養失調みたいなもんだろう。少なくとも後二、三日は学校がまともに機能する事はないかもな」

士郎君の言葉はかなりオブラートに包んだ物だ。嘘ではないけどその程度の被害までなら、そんなしかめっ面になどならないだろう。そもそも僕もその場にいたんだし。

皮膚が変色してしまった人。血の気が失い、唇が真っ青になり呼吸もままならない人。倒れた拍子や、下敷きになった結果骨が折れている人。指の壊死と、訴える体の異変。

理由や原因は千差万別なのだろうけど、どれも結界による弊害だ。地震とか火事なら天災や人災だったと諦めが付く。しかし彼らに因果関係を知る術は無い。

いつ訪れるとも知れぬ災難に脅える生活になる。意識を早々に無くした者は不幸中の幸いだ。意識があればその戦争の傷跡みたいな現場を目の当たりにする事になるのだから。

悪夢と闘病生活の生徒はきっといるはずだ。僕はこの戦争に終止符が打たれた暁には彼らのお見舞いに行こうと思う。あ、お見舞いと言えば―――

「大河も病院に運ばれたと聞きます。あなた方は彼女のお見舞いに行かなくてもいいのですか?」

そう、藤村先生や生徒の多くが病院送りになっていた。病院で授業が行われそうだが、もちろんそれは無い。というかそんな元気あるなら退院しろという話だよね、うん。

僕は時間があるなら行こうと考えていた。それにお見舞い繋がりで様子を見たい人物も居る訳で・・・。チラリと士郎君を伺うと、彼はしっかり頷きながら返事をしていた。

「ああ、藤ねえは疲労による体調不良なんだと。心配しなくていいから勉強しとけってさ。まぁ今から社会科見学って言う事にしとけば問題ないだろう」

士郎君は今から既にアリバイ工作を考えているようだ。勉強云々より外を出歩いた事を怒られそうだけど。まぁその辺は僕も一緒に謝ろう。

それに士郎君はとしては早く見つけ出したい気持ちで一杯だろうし。一報を入れて藤村先生の無事を確認出来た以上、もう心配事は無くなったも同然かな。

あなたは良いのですか、という目でこちらを一瞥するセイバー。とりあえず士郎君の動向を聞いてみたいし、合わせてみることにする。

「あーうん、今日はとりあえず詮索を優先する感じで行こうかな。クラスの皆に会うと何か気が抜けちゃうし」

ふむ、と頷きセイバーは僕らに向き直る。大体言いたい事は分かるよ。これから何するか何も決めてないもんね。

「お二人とも探索、ですか。ですが何かアテはあるのですか?わたしはサーヴァントの気配を探る事は出来ても妖魔の類は感知出来かねます。手掛かりも無く闇雲に探すのはいささか無謀に思えるのですが」

困ったようにこちらへ申し出るセイバー。僕は未だに女性に直視されるのは慣れない。意味も無く指をいじってしまう辺り本当に頼りなく写る事だろう。

そんな僕とは違い、士郎君は待っていましたとばかりに即答していた。

「俺が思うに人間に舐められたと思って結界を発動させるような奴だ。かなり負けん気の強い奴だと思う。そして今痛めつけられて体力が低下している。この二つからしてまた人間を襲い始めているに違い無い。襲うのは夜中としても昼には結界の準備を行えるだろう」

セイバーも神妙に頷き、相槌を打つ。結界は何とも言えないけど、人間を襲うのは日常茶飯事になっていても不思議じゃない。牽制にもなるし結構的を射ていると思う。

「ではあれですか。敵を探すのではなく、結界の方を探すという事ですね」

「まぁそうなる。結界なら場所も限定されるだろうし。大きな建物があり、人が多く集まる場所。新都の駅前辺りから虱潰しだな」

「驚いた、なかなかやりますね、士郎」

セイバーは士郎君を刮目して再評価を下していた。こんな事言っちゃ怒られるだろうけど、料理以外でセイバーが士郎君を褒めるのは初めて見た気が・・・。

士郎君は高評価を得たにも関わらず何食わぬ顔で話し続ける。彼は自分の事になると途端に鈍感になるのかも知れない。他人に対して敏感かと言われれば・・・分からないけど。

「探すアテが無けりゃ言い出さないぞ、流石に。いつも考えなしだと思われるのは心外だ」

良かった、探索方法は考えていてくれて。遠坂さんに聞かれたのは打開策だけど、恐らく具体的な戦術に関してのみ描けて無いんだね。

衛宮邸での「何も考えてない」と言ったのは部分否定だったんだ!ああ、良かった。僕は思わず安堵の溜め息を漏らしていた。衛宮君は何故か応援したくなる不思議な人なんだ。

そんな僕にもセイバーから意見を求められた。セイバーって議長とか教師とか、何か人をまとめる職業似合いそうだよね。教鞭が似合うキャリアウーマンというか。

「一応僕も考えはあるよ。と言っても今回の件とは別なんだけど」

僕の言葉を聞くと二人とも納得してついで感覚で付いて来てくれた。やはり気になるじゃないか、川尻君が。


******


 川尻君の家は柳洞寺よりも学園に近い位置にある。そのおかげで朝から晩まで練習が出来ると、嬉しそうに語られた覚えがある。

無論僕や衛宮君の家よりもこじんまりした一軒家なんだけど。それでも温かみというか、一般家庭っていいなぁって良く思った物だ。

お母さんはとても愛嬌のある人でいつもニコニコと微笑んでいる印象が強い。大きい試合の時に安産祈願のお守りを渡すという、色んな意味で凄い人だと息子さんから聞いた。

とは言えその記憶も過去の物。彼は聖杯戦争に巻き込まれる形となり、今どういう状況なのかも分からない。殺されたのか、乗っ取られたのか、意思があるのか無いのか。

全てが謎に包まれたまま、僕は恐る恐るインターホンを押した。

ピンポーン

「はい、川尻ですが」

その声は川尻君のお母さんの物だ。トーン的に普段通りでまずほっとした。とりあえず挨拶をする。

「あ、間桐です。川尻君のお見舞いで来たんですけど」

僕は何度かお宅訪問させて貰っているので、簡単な自己紹介ですんなり通して貰える。しかしおばさんは少し息を呑む気配を見せた後、ゆっくり言い聞かせるように言った。

「ごめんなさいね、今猛の調子が酷くて。それと学校に伝わって無かったかしら。あの子伝染病に掛かっていてね。来てくれた事は本当に嬉しいし、伝えておくわね。でも申し訳無いけど今日は勘弁してあげて。また元気になったら折り返し電話しようか?」

僕はこの時後ろに振り返って衛宮君に小声で尋ねる。流石に間桐家に電話されても困るし、誰が出るというんだ。

「士郎君、川尻君の調子が良い時に折り返し電話するそうだ。電話番号教えても大丈夫?」

士郎君とセイバーは二人して難しい顔をする。川尻君がグレーゾーン過ぎるから警戒するのも頷ける話だ。でも士郎君は首を縦に振ってオーケーサインを出してくれた。

僕はおばさんに簡易に事情説明を施し、衛宮邸の電話番号を伝えた。おばさんの何度も謝る姿が忍びなくて、僕は早々に切り上げた。僕の中でようやくスイッチが切り替わる。

僕らは次に間桐邸に様子見しに行く事にしている。セイバーと士郎君はさっさと川尻家を後にしていく。ただ僕はインターホンから数歩離れた所で二階を見上げた。

二階には川尻君の部屋がある。そして窓が全開でカーテンを靡かせている。まだ肌寒いこの季節、自宅で休む病人が窓を開けて寝るだろうか。単なる換気なのか・・・?

僕は士郎君に呼ばれる事で我に返り、すぐさま彼の後を追っていった。


******


 間桐邸に向かう道中、セイバーが士郎君に質問をしていた。

「シロウよろしいのですか。川尻なる人物はまだ安心と断定出来た訳では無いのでしょう?安易に個人情報を晒すのはどうかと思うのですが」

その事に関しては僕も同じ疑問を抱いていた所ではある。いくら母親が原型を留めているとは言え、信用出来るはずが無い。と言うより夜中に強襲したあれは誰なんだという疑問が残る。

一時的と見れば問題が無くて良いのだろうが、伝染病は嘘の可能性が高い。余りにもタイミングが良すぎるし、健康児の彼からそんな話を一度も聞いた試しがない。

良くて寝たきりか、あるいは豹変し過ぎていて見せられないか。それとも―――

「慎二、おばさんは普段通りだったんだろ?」

一人思考の海に入っている所で士郎君に話しかけられ、思わず顔を上げる。士郎君は不思議そうに僕を眺め、同様の質問を繰り返した。

「うん、ただ家に上げるか否かで逡巡が合ったのが気に掛かるね」

「そりゃお前、上げたいけど伝染病だから仕方ないっていう葛藤じゃないのか?」

「・・・そう、だね」

僕としては最初から嘘だと決め付けているとは言えず、歯切れの悪い肯定をする事になった。しかし士郎君としてはそれで十分というように頷き

「だったらまだ目に見えて敵と決まった訳じゃない。本当に病気かも知れないし、困った時は助けになってやりたいじゃないか。敵だったとしても向こうから仕掛けてくれれば好都合って物だろ」

その言葉を聞けば僕とセイバーは頷いて押し黙るしか無かった。事実どっちみち警戒する事には変わらない。ならば開き直って万全の体制で待ち構えるのも有りという所か。

ちなみに間桐邸に行ったのは単に僕の贋作という理由ただそれだけなんだ。僕としてはあの館に妖怪の一匹や二匹いても不思議じゃないと思う。

もうお化け屋敷みたいな全形というか、にじみ出るおどろおどろしさが。自分で言っておいて何だけど、良く今まであそこに住み続ける事が出来たと思う。思わず自画自賛だよ。

念のためセイバーに気配を探って貰いつつ、ライダーに見回りをして貰った。帰って来た時のライダーは元気を屋敷に吸い取られたように消沈していた。彼女もここでは嫌な思いをさせていたのだと申し訳無い気持ちになる。

しかしそうではない。ライダーによると片付けられて綺麗な状態なのに腐臭が漂うという。その余臭はごく最近の物でやはり彼らが出入りしているのは間違い無いそうだ。

どっちみち嫌な思いさせてんじゃないか。何がそうではない、なのだろう。僕は色んな意味でライダーに深くお詫び申し上げた。

士郎君もここまでは予想通りと言った様子だ。ライダーに労いの言葉を掛けて気落ちする事無く、淡々と新都へと僕らは歩を進めていった。

そして新都に付いてから僕達はひとまず昼食を取る事にした。気付けば昼過ぎに差しかかろうという所で、めいめいに空腹を覚えていた。

「・・・とりあえず腹減っては戦、出来ないよな?」

「なぜわたしを見るのです」

「いや、別に」

「・・・」

士郎君はセイバーのジト目から慌てて目を逸らしつつ、僕らは少し遅めのランチを取るため喫茶店へと向かった。


******


「いらっしゃい!」

僕らは威勢の良いお兄さんの声によって迎えられた。そしてセイバーと士郎君は固まった。どうも顔見知りの店だったようだ。店の名はアーネンエルベというらしい。

「何だ、セイバーと殺し損ねた坊主じゃねえか。まぁその何だ、今回は客だしな。今日は見逃してやるからさっさと席に着きな」

「ラ・・・ラ、ランサー。あなたは一体何をやっているのですか!!」

士郎君は僕の背後にまで後退し、セイバーは柳眉を逆立てる。というかランサーって最初の方に士郎君を襲った人だよね?無茶苦茶ウェイターをこなしているんですけど。

僕らはおっかなびっくりと言った具合に店内に足を踏み入れ、席に着いた。どこにでもあるような喫茶店でまさかこのような出会いがあるとは思わなんだ。

「えーなになにーその子達ってランサーの知り合いなの?」

既に着席する女性二人の内一人が話しかけて来た。髪の毛は肩に掛かる程度でセイバーと良く似た色の髪だ。日本語の流暢さに思わず舌を巻きそうになる。

白のセーターに膝下まで長めの赤いスカート。簡素な服装だが女性らしいラインは失われておらず、寧ろ清楚さを追加させていた。更にはあどけない笑みを浮かべる愛嬌まである。

ただ一点深紅の瞳だけが気に掛かる。充血以外で赤い目って色々不味いんじゃないの?僕は一抹の心配を覚えたが、余りに人懐っこい様子にすっかり毒気を抜かれていた。

「ああ、入り口にいる内少なくとも二人が俺と殺り合ってる。もう一人の坊主に見覚えはねぇが恐らく仲間って所だろ。かー、にしても厄介な連中がご来店なさったもんだ」

ガシガシ頭を掻きながらお冷を盆に乗せ持ってくるランサーさん。何とも様になる姿に、思わず見とれてしまう。軽口とは裏腹に立ち振る舞いや所作に一切の無駄が無いんだよね。

へー、と興味深そうに僕らを眺めながら氷の入ったお茶を飲む先の女性。その時対面に座っていたもう一人も片目でこちらをチラリと見やった。

片手を上着のポケットに突っ込み、丸っきり関心が無さそうだ。一人静かにティーカップを傾けている。女性かどうか判別しづらい人だけど服装と表情から何となくそう思った。

単衣の上に革ジャンを羽織っている。こちらを見ているのは数秒と言った所で、すぐにその視線を閉じてしまう。だがお茶を飲む女性によって無理やり話題の中に投じられる。

「ねねっ、式も興味あるでしょ!聞きましょうよ」

目をキラキラ輝かせながら立ち上がって、目の前の女性(式さん)に話しかける赤眼の女性。何言ってんの、とでも言いそうな目で見上げていた式さんだが

「いいけどオレは興味無いぞ。聞くなら一人で応対しろよな、アルクェイド」

一応これで了承の意味らしく、アルクェイドははしゃいで席を開けた。四人掛けの所を詰める事で、五人座らせるつもりらしい。渋々と言った具合に座る我ら三人

「ランサーがいつも『戦えねぇ、ストレス溜まる、マスターうぜぇ』って愚痴をこぼしてるのよ。てっきりわたし全部冗談かと思ってたわ」

僕らの大まかな関係を把握したアルクェイドさんは笑いながらそう話した。見掛け通り懐が深いというか、豪胆と言うか。

全く驚く気配を見せる事が無い事に驚きそうだ。表情と発言のギャップが凄すぎて逆に笑えるというか。何というか子供の喧嘩程度の認識なのかも知れない。

「はぁ、冗談ならどれだけ良いか。殺された事を思い出して気分が重くなる」

士郎君は長い溜め息を付きながら深く椅子に座りなおす。そこへランサーさんが士郎君と僕のサンドウィッチを運んできた。

「ああ、そりゃすまねぇな。こっちもそれが本職なんでな。流石にそこの手を抜けねーわ。ありゃお前の運が悪かったって事で・・・ほい、サービスで付けといてやる」

そう言いながら士郎君の所にあんみつの入った器を置くランサーさん。そんな物で許せるか、という顔でそっぽを向く士郎君。

とりあえずセイバーは物欲しそうにあんみつに釘付けになっている。それを見た士郎君はそれとなく彼女の方にあんみつを寄越して行く。お礼を言って喜んで食べるセイバー。

ヘアバンドを付けた黒髪のロングの子が兄を探しに来たり。同じく黒髪の制服女子が入って来て開口一番

「幹也来なかった?」

と聞いて、式と出て行ったと聞くや否や舌打ちして去って行ったり。すると今度は眼鏡のシスター風の女性がカレー大盛りを数分で平らげ颯爽と出て行ったり。

とにかく出入りの激しい店で色んな人が入って来ては、さっさと出て行く印象が強かった。それは店の人も黙認しているのか、日常風景なのか大してお咎めも無い。

先の式と言う女性も幹也という黒縁めがねの男性が来たらさっさと出て行くし。セイバーがナポリタンを食べ終える頃にはアルクェイドさんも別の人と出て行った。

話すと言ってもこちらの自己紹介ぐらいな物で相手の事はてんで分からない。それでもここに来れば会えるかもね、という一言がヤケに気に掛かった。

料理は一級品で士郎君も唸っていた。セイバーもいつも以上にコクコク頷いて食べている。僕らは思った以上の味に大満足で出て行った。お会計の時何か忘れている気がしていたけど。

 ・・・慎二

その一言で僕は凍りついた。何で三人だった事に疑問を抱かなかったのか不思議だ。

 ラ、ラ、ラ、ライダー!!!何で言ってくれないのっ!?それからごめんなさい!!

思わず僕は自他共に責めていた。ライダーの声はもう涙声で戦意喪失っぷりが半端じゃない。僕はレジ前でお持ち帰りのサンドウィッチとフレンチトーストを無理して作って貰う事にした。

ライダーには向こう一ヶ月分謝る勢いでひたすら謝罪した。念話なのに正座して明後日の方向を見ている雰囲気を醸すライダー。とにかく謝った、謝り倒した、事実路上で土下座した。

周囲に人がいてざわめこうが、クスクス忍び笑いされようが、もうこっちはそれ所の話じゃない。今彼女にどんな無茶振りをされても可能な限り従う心境だったのだ。

しかしライダーの処罰は温情な物で「一ヶ月はしっかり夜熟睡する事」という罰なのかさえ怪しい物だった。僕は涙ながらに感謝しつつ謝辞の言葉を述べた。

結局僕らは午後一時半にようやく活動を開始した。とは言え、ライダーが相当急いで食べてこれである。彼女にはいくら頭を下げても足りないくらい申し訳ない。

何にせよ僕らは手分けしてビルを一つ一つチェックして行った。もう三時間くらいビルを片っ端から調べただろうか。未だに当たりに出くわさない。

僕も一緒に付き添う形で居るけど、怪しい物を見つけるという実質ただの付き人だった。それと通行人にも目を配るようにしていたけど、やはりどこにも異常が見当たらない。

そんな時ふと士郎君とセイバーに目を向けると、彼らは寄り添ってどこかへ向かおうとしている。というか士郎君が凄くふらふらだ。僕も慌てて彼らに近づいて尋ねる。

「ど、どうしたの?士郎君凄くやばい顔してるけど」

「ええ、とりあえず一旦休める場所に移動しないといけません」

僕とセイバーで肩を貸し、士郎君の誘導を始める。士郎君は最初こそもがいていた物の、無駄な抵抗と分かってからは大人しくしていた。

僕らは手近な公園に足を運び、士郎君をベンチに座らせようとする。士郎君は連れて来られた場所が公園という事で荒い口調で僕らを諌めてくる。

「お、お前ら状況分かってんのか!こんな公園にいたってびた一文得る物が無いじゃないか。ただでさえ時間を浪費してるっていうのに、これ以上無為な時間を過ごそうってのか?」

その剣幕に僕は思わず仰け反ってしまう。だけどセイバーは腰に両手を当て、悪い生徒に指導する教師のように話しかける。

「いいですから、そこに腰掛けて下さい。あなたは見えない疲労が蓄積して、体が悲鳴を上げているのです」

苦虫を噛む表情で、仕方なく椅子に腰掛ける士郎君。座った瞬間に半分白目を剥いた。疲れというか、気絶一歩手前って・・・。とりあえず同じ男として尊敬したいと思う。

首を振って荒い息を尚も吐き続ける士郎君。その額にはじっとりと汗が滲んでいる。バーサーカーによる手傷や日々の鍛錬の疲れ、それに魔術の訓練もあるだろう。

彼は一日をほとんど聖杯戦争に捧げている。寝る間も休む間も惜しんで動いて、体が軋まないはずが無いんだ。座る事でようやく自分の不調に気付く士郎君。

僕も駅前のビル前で士郎君を見た時「ヤバイ!」と思った。でもそれより、今ここに置いてやっと限界を迎えた事に気付く彼は違う意味でヤバイと思う。

その気持ちはセイバーも同じ所だろう。目を細めて剣突を食らわせる気満々だ。彼女は一度大きく鼻から息を出して一言だけ言った。

「休息も必要な時間ですっっ」

しかし士郎君は見当違いな事を言った。

「ちょっと待ってくれ、すぐに動けるようにするから」

そう言いながら目を閉じ、息を整え始める士郎君。セイバーの目が完全に三角になっている。ここは流石に僕の出番かと思い、言葉を紡いだ。

「あ、いや、士郎君。僕疲れたから一緒に休もう!」

そう言いながら士郎君の隣りに陣取る僕。士郎君は目を白黒させ、セイバーは溜め息を付く。士郎君は尚も事情が分からないようだけど

「あー慎二が休むならもう少しここにいるか」

と言ってベンチに深く座りなおしていた。僕は何とかフォロー出来て良かったと隠れて溜め息を付く。セイバーにも小さく礼を言われた。

そして士郎君の方に目を向けると、何やら近くのベンチで膝枕をするカップルに熱視線を注いでいた。僕の頭の上で一つの答えが導き出されていた。

「セイバー、彼をお願いします」

勢い良く立ち上がり、右手をベンチに向け、左指でカップルを指差す。ポカンとしたセイバーだったけど、頬を僅かに染めておずおずとベンチに座る。

「ば、ばばばば馬鹿!慎二、変な気は回さなくていいっっっ!!セイバーも余計な心配しなくても横になればすぐに落ち着くから」

士郎君はセイバーの大よそ五倍は真っ赤になってそっぽを向いた。何たるピュアな反応だろう。これは悪魔の尻尾と角と牙が生える気持ちが少しだけ分かる。

とりあえず僕とセイバーはお互いにクスリと笑い合い、再び士郎君に視線を投げた。余程疲れが溜まっていたのか、狸寝入りするつもりが本腰を入れて眠る事になっていた。

僕から見れば士郎君は単なる照れだと思ったし、多分膝枕で起きたら嬉しいと思った。そう提案したのは僕だけど。それでも寝ている彼を無理やり倒して膝に乗せるのも違うと思った。

僕はとりあえず行く所が後二箇所ほどある。セイバーに一言声を掛けて、その場を後にした。その時の士郎君はとても穏やかな顔をしていたのが印象的だった。





―続く―





 はい、どうも。今回はやけに長くなってしまいました。というかアーネンエルベって皆さんご存知なのでしょうか。一応タイプムーンシリーズのキャラが集うとされた不思議な喫茶店なのです。月姫や空の境界に登場するキャラも出してみました。ちなみに空の境界に関しては「アーネンエルベの日常」というコミック以外に知識がありません。

 まぁそういや昼飯食ってねぇなぁ、と思って場所を考え、喫茶店でいいかと思えば御あつらえ向きなのがあるわと思って出しました。これを機にランサーとの和解の道も考えたいと思います。それでは失礼します。

 本日もこのような駄文にここまで目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 滅私と自愛のさじ加減
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/12/12 01:13
 士郎side

 何でこんな寂れた公園で膝枕をするカップルがいるのか。俺としては驚きの方が濃厚だったが、慎二には羨望の眼差しを向けているように写ったみたいだ。

そりゃあ俺だって男だし、人生で一度くらいはして貰いたい思いはある。しかしそれは平和な時限定だろう。今はおいそれとニヤケ面を浮かべて人肌の温もりを享受している場合ではない。

そもそも照れ臭いし。そういうのは二人っきりの時とかにする物だろう。自分でも青臭いと分かっていながら、真っ赤になって否定し寝た振り何かしてしまう。

セイバーに少し悪いかな、と思うけどもう言ってしまった。それならば今は自分の体を休める事が第一だ。呼吸を整えていく内に、気付けば夢の中へと入ってしまっていた。

 場所が場所なだけに、それに関係した夢を見るのも頷ける話だ。一夜明け、ようやく火の手は飽きたかのように、緩やかになっていた。

だいぶ終幕のシーン辺りを思い出しているようだ。一面が火葬場と化し、そこかしこで猛煙が立上って行く。

辺り一帯を焦土に変えた大火災は未だぶすぶすと燻り続ける。視界は完全にスモークによって妨げられ、動く気にもならない。そして動ける状態でも無いけれど。

逃げようと思索した所でどこに何があるかさえ判別が付かないこの状況下。一体どこに安息の場があるというのか。秋毫の希望も無い事態に足掻く気力など湧いてくるはずもない。

煙の影響で空も不機嫌になり、もう時期雨が降り出す気配を彷彿させる。もう意識が断続的な物となっている。雨が降る頃には手遅れだろうと、そんな事を考えた物だ。

自分はまだ穏やかな死で良かった。色々見たく無い物まで目に入れてしまったせいで、自分が幸せだと錯覚する。きっと順番があるんだろう。罪の重さがあるのかも知れない。

年齢による物か、罪の大きさによる順番か、ただの気まぐれか。子供ながらに死神さんは今日凄く忙しいだろう、などと妙な事を考えていた。

ぼんやり空を見上げながら、一際熱い胸に目をやる。傷は深く、倒れた木材が突き刺さっている。

「――ハハ」

何だか笑えてしまった。多分声は出ていないと思う。だけど口は笑みを浮かべたんだ。そうか、動く気も何も、動けないだけじゃないか。

俺は致命的な傷を負って死神による首狩り待ちだった。途端にさっきまで抱いていた幸福感とやらは、完全に消失していた。いやこれ結構痛々しいだろ、と。

疲れたから寝そべっていただけと思っていたけどな。いやいや、世の中そんなに甘く無いという事か。俺は控え目に言っても重傷を負い、全身の神経が持って行かれていたんだ。

記憶というのは都合良く改ざんされる物だけど。今になって都合悪い事を思い出さなくてもいいじゃないか。不幸自慢は嫌われる。こんな話、誰にもしないだろうけどな。

過去の自分に憑依し、霊体ながらに一人零す。潔く、というか単に諦めただけの生気の無い顔で、呆然と空を見上げる。取り乱したくても、体が麻痺して動かない。

周りに転がる黒こげミイラをぼんやり眺め、まだかなぁと心の中で呟く。死の恐怖よりも動けない退屈さの方が勝っている。前の夢みたいに脳内麻薬がどうして出ないんだ。

空の一部になるとか天使が迎えに来るとか。今回はやけにリアリストな自分が居る。多分胸の傷を視認した事で、薄れた現実感が舞い戻ったのだと思う。

黒い影が自分を覆った時、ようやく救われた気分になった。第二の人生頑張ろう、そう思って手を差し出したんだ。遅いぞ、死神。こっちはほとほと待ちくたびれてる。

・・・と、アレ?いや、待てよ。胸の熱さとか、抉れとかどうにも記憶に無い。これは単に記憶違いか、別の事実か―――

「―――」

むくりと身を起こす。全身が麻痺所かピンピンしている。襟を開け胸を見れども傷など見当たらず。

「・・・おかしい、胸の傷が無い」

おかしいのは寝起き頭の自分なのだが、開口一番一人ごちた。そもそも何で胸の傷なんかを気に掛けたのか。ランサーに胸を打ち抜かれたあの時は、遠坂に助けて貰ったじゃないか。

大体なんで胸の傷なんかを今更気にしているのか。夢から目覚める直後の疑問だけ覚えている物だから、前後関係がさっぱり掴めない。

よくよく過去を振り返ってみれば、自分の死に掛けた理由は外傷などではない。火傷による呼吸困難によるものだ。冷静になればなるほど独り言の意味不明さが分かってくる。

いや、そんな事より―――

「俺、寝すぎだろ・・・。セイバーごめん!」

数分休むつもりが、もう数時間寝たんじゃないかという程の薄暗さだった。これはもう夜だな。事実紛う事無く闇に支配されていた。

「はい、良く寝ておられました。その甲斐あって、幾分血色が良くなったようです」

セイバーは澄ました顔で何でも無い事のように返事をする。俺としては醜態を晒した気分で、何となく決まりが悪い。

「慎二が休むって言ったから俺はここにいるだけで・・・って慎二は?」

「彼はまだ心当たりがある箇所があるとの事でもう行かれましたよ。行き先に関しては何も存じ上げませんが」

「・・・そう、か。にしてもセイバー起こしてくれても良いだろうに。俺としては体が動ける程度にまで休めればそれで良かったんだ。長時間寝る俺が悪いんだろうけど」

俺は後頭部を掻きながら思わず咎めるような事を言っていた。日頃からサーヴァント主張の激しい彼女だからこそ、俺としては起こして貰いたい気持ちが強かった。

「繰り返しになりますが休息は活動する上で必須です。外ではいつ何時敵襲があるか分からない。その時に疲労感があるようでは話にもならないでしょう。外出時では小まめに休息を取るのも重要だとわたしは思います。それに休眠を取っていたのは一時間程度の事です。何ら問題などありませんよ」

理攻めはセイバーの得意とする所であり、俺に敵う訳は無い。だがそれでも言いたい事はあった。

「そりゃ一時間で俺が起きたから良かったという結果論だ。こんな寒空の下で俺を待って風邪でもひいたらどうするんだ」

「ええ、心配なさらずともそろそろ起こす気でしたよ。日も沈み寒さが強くなって来ていますから。自力で起きられたので楽をさせて頂きました」

このようにあっさりと受け流される結果に終わる。いや言い争いで勝ち負けを競う気はさらさら無いし、そもそも俺の失点だし。結論として、うちのサーヴァントはしっかり者。

「あー・・・でもやっぱ体の調子は上がってるみたいだ」

ベンチの上で不自然な体勢になって寝ていた体の緊張を、伸びをして解す。息は全然乱れていないし、体も軽い。試運転と言った具合に野原を歩行していく。

今でこそ空空獏獏とした草むらに包まれているが、昔は住宅地だったんだ。跡形も無く痕跡を残さないこの草木の広がる空間。それなのに夢や記憶に置いては真っ赤に包まれる。

原体験の記憶は烙印として刻み込まれているようだ。最近九死に一生を得る再現映像ばかり夢に見て辟易として来た。一日一回は思い出させてないか?

「シロウ・・・立ち止まっていますが、何か問題でも?」

俺が歩みを止めて地面を見つめていたのが不審に感じたのだろう。セイバーが気遣ってくれる。とは言え、ここは確かに問題が多いな。俺は振り返りながら返事を返した。

「次に休むならもっと別の場所が良いな。ここはどうも嫌な事を思い出し過ぎる」

俺の言葉にセイバーの目が細くなる。真剣な表情で疑問を呈してくる。

「嫌な思い出、ですか。シロウはこの地に何か縁がおありなのですか?」

「・・・あー言って無かったか。俺実はこの辺に住んでたんだよ。十年前の話だけど。大火災で家も両親も皆焼け落ちて、俺だけ切嗣に助けられたんだ。そんでそのまま親父となって俺を養子として迎えてくれたんだよ。」

流石のセイバーも口を開けて驚いている。魔術師で養子って、どうなんだろう。良かったよ、強化でも魔術使えて。

「それでは・・・貴方は・・・」

「ああ、実の息子って訳じゃないんだ。生みの親より育ての親って事で、切嗣を本当の親父だと思ってるけど。それに聖杯戦争と全く無関係って訳でも無いのかな。ここが前回の聖杯戦争で最後の決戦地ってのは聞いている。その激戦区で生き残った俺がマスターになるとはな。そもそも親父に会った時点で俺の命運は決まったような気がするけど」

草原をさくさく歩きながらふと思う。十年経った今でも芝生に毛が生えたような草むらだ。災害によって微生物や土壌の質が劣化したのだろうか。

何にせよもう少し頑張って背丈を伸ばして欲しいと思う。視界が草木で埋め尽くされれば、記憶もいくらか閉鎖される気がする。

過去の断想を保持する俺には、この視界が開けた地は辛い。思念や無念が全身を覆う感覚に襲われる。俺は心を揺るがすまいと前方を睨み付けた。

「シロウ、度々犠牲者が出るかに拘る理由はこれですか。あなた自ら聖杯戦争の犠牲者だから、同じような経験を他人に与えたくないと?」

セイバーは半分以上確信を持って聞いて来るけど、実際の所どうだろうか。腕をあご下でクロスして首を傾げながら思案する。

「んー、ちょっと待ってくれ。一度考える猶予が欲しい」

言われて見ればそうだ。俺被災者だし、次の犠牲者を厭う理由はそれで十分な気がする。でもこれまでそういう発想で誰かを助けようと思った事が無かったのも事実なんだ。

「そんな立派な物じゃないかもしれないな。セイバーに言われて、そういう考えもあるなと思ったけど。親父に助けられた時、純粋に嬉しかったんだ。それに格好良かったし、憧れたんだろうな。他になりたい物もとりわけないし、自分も親父を目指したんだと思う」

正直助かると思っちゃ居なかった。だからこそ嬉しさもひとしおだった。絶望から希望に変わる何て夢にも思わない。死ぬから生きるに変わる選択肢何て最初から無かった。

だって皆自分以上に救いを求めて、それでも生命を散らして行ったんだ。喉が焼け声が出ない自分は火に飲み込まれるに決まっている。分かっているけど、生きたい。

だから救われた時は感涙せざるを得なかったし、言葉に尽くせない感謝や恩がある。反面生を意識すればするほど、その時の死者への後ろめたさがある。

「俺は・・・本当に運が良いと思う。恵まれ過ぎているくらいだ。大して願っても無いのに、たまたま差し出した手を親父に救出して貰った。他の人はどれほど死力を尽くして泣き叫ぼうが、もがこうが焼け死ぬ中で。」

風で揺れる草木を見つめながら、被害妄想みたいな発言を出す。それでも俺以外が土に還ったという事実は重すぎる。死者の上に成り立つ生はとても苦しいんだ。

「後ろめたくないはずがない。ここに来ると死者に恨み言や視線を向けられる気分になる。強いて理由を挙げるなら全員を救うことで、後ろめたさを払拭したいんだ。誰か死ねば生き残った奴が死者を嘆き、また自分の生を責めるだろうから」

折角授かった命なんだ。大事にしろよと言われるかも知れない。それでも俺は、ただ一人願いを叶えられた幸せ者なんだ。自分以外救われなかった人々のために贖罪を果たそうと思う。

生ある限り人を救う―――これが俺、衛宮士郎に課せられた責任。

誰に言われた訳でもないけど。ただそうしなければならないと思っただけの事だ。俺は大きく息を吐いた。柄にも無く格好付けた事を考えている自分がちと恥ずかしい。

「起きてしまった事実は変えられない。死んだ人も戻らない。ただ死者に報いるために、今後の被害を最小限に食い止めたいんだよ。十年前と同じ過ちは繰り返さない。それだけは何が何でも食い止める覚悟は出来てる。じゃなけりゃ、ここで散った人達に顔向け出来ないしな。何か色々言ったけど、俺の理由はその程度の物だよ」

言いたい事言ったら何だか元気が出て来た。引き続き蟲人間を探さないとな。今なら夜だし運が良ければ遭遇するかも知れない。

人目が減ればその分襲ってくる割合も増えるだろうし。幾らでも囮になってやるから攻めて来い。状態が良くなったからか、いつになく好戦的な思考になっている。

さっきから一言も喋らずじっと俺を見つめるセイバーに声を掛ける。いつまでもここでお喋りに興じている訳にもいかないしな。

「セイバー、そろそろ行こう。オフィス街で調査の続きを始めるぞ」

俺の声掛けにもまだ応答が見られないセイバー。む、今度は彼女に異変が起きてるのか?何やら悲しそうな表情を浮かべているが、さっぱり理解出来ない。

俺が安否を問いかけようという所で、表情を元に戻した。凜とした彼女は無機質な印象も与えてくる。そして俺に語りかけて来た。その声はしっかり熱を伴って耳に入ってくる。

「シロウ、あなたはとても寛仁大度な御仁だ。情け深く、人を救うという心の大きさには敬服に値します。しかし余りにも自分を省みない姿勢は時として身の破滅をもたらす。犠牲者を出さぬよう滅私奉公し、果てに自身が犠牲者にならぬよう気を付けて頂きたい」

鋭く釘を刺された。疲れた時に休息を取らなかったあれが罪だと言うように。ミイラ取りがミイラになるという、あれの事を言っているのだろうか。

「自身より他人を優先する姿勢はとても立派な事です。ただ自分の実力に合わせ時に、自分も優先して頂きたい。あなたはどうも眼高手低の嫌いがある。後悔と破滅は一致します。自身の撲滅を良しとするのならいいでしょうが。あなたはそうではないでしょう?・・・シロウ、あなたはもっと自分を大切にするべきだ」

俺の真横を通り過ぎながら苦言を呈してくるセイバー。自分を大切に・・・だって?そんな物は初歩中の初歩、幼稚園児レベルの次元だろう。一体何を・・・

「行きましょう。確かにここは貴方に取って安らぎどころか、害をもたらす場のようだ」

言ってからくるりと反転し、一人オフィス街へ歩を進めるセイバー。反論を試みたいが、何となく矛を収めてしまう。何故だろう、やはり当てはまっているのか?

俺は自問自答を始めていた。彼女の言いたい事が分からず混乱してしまっているんだ。自分は当然最優先だし、自分を助けない選択肢など有り得ない。

「―――っく」

にも関わらず歯がゆさだけが俺に残された。言葉と行動が一致していないのが原因だ。くそ、何を勘違いしているのか知らないけど。俺だって自分を犠牲になどせず、人を助けたいんだ。

俺はやるせない思いを付近に転がる小石を思いっきり蹴飛ばして発散した。当然蟠りが消える筈も無く、セイバーの後を追う以外に道は無かった。

 夜の街を歩くと、岐路に急く人達が足早に歩くのが見える。皆自身のねぐら以外に見えないと言ったように一心に前を向いて競歩する。とは言えショッピング目的の人が賑わう時間でもあった。

あらかた主要の建物を見た俺たちは二人して地図を眺めている。俺としては次に行く地は頭に浮かんでいた。セイバーは地図から顔を上げて俺を見る。

「表立った場所は一通り済みましたね。次に行く場所はありますか?」

「次は結界というより狩場になりそうな場所に行く。工場が並んでいる場所があるが、いくつか廃工場になっている。人通りも割りと多いが、それでも身を隠す場所も多い」

セイバーと話を進めるが、どうも事務的な受け答えになる。気まずいというか、何と言えばいいか。この辺からして自分はまだまだ未熟者だと思い知る。

「・・・狩り場とかそんなんいらねーし。ってか俺自由人だし」

俺とセイバーはバッと声の方を振り返る。どうという事は無い、数人で歩く若者の一人が会話が弾んでそんな事を口走っただけだ。

そう思うのに、その青年と目が何故合うのだろう。そいつの仲間も突然何お前~、と皆で笑い者にされている。

友達にちょっと先に行くよう伝えて、彼は億劫そうに親指で指し示す。その先は丁度人が切れたオフィス街に向けられていた。

「ちょ、待ってよぉ!お前らマジ見えなくなるまで行くとかどんだけぇ~」

それだけの仕草をして若者は元のようなテンションで仲間を追っていく。・・・これは一体何だ。明らかに罠だろう、というか誘っていやがるのか?

「安心して下さい、マスター。どんな事があっても守り通してみせます」

セイバーは意気込んで目で行くように訴えて来る。上等だ、ここまであからさまにお誘いを受けたのでは後には引けまい。何が来ようが気持ちだけは整えておいてやる。

指差された方向にある程度行くと、今度は射抜くような視線を感じる。わざと出しているであろう殺意は、方向性を指し示している。セイバーとお互い頷き合いながらゆっくり進む。

オフィスビルを象徴する、ビルの点灯はその一角だけ見事に消えている。人の存在感も今は殆ど感じられない。ただただ遠距離からの視線を感じるばかりだ。

目の前を歩く社会人以外に人通りは無いが決して見通しの悪い場所ではない。緊張感から何度も唾を飲み込み、いつまでこの時が続くのかと思っていたその時―――

ブシュッ

「――え?」

目の前の男性がナイフで首を掻っ切った。鮮血を前方に撒き散らし、痙攣しながら転倒する男性。俺とセイバーはもはや呆然とその場に立ち尽くすしか―――

「シロウ!!」

その時セイバーは突然俺を押し退けて来た。目の前に何かが降って来る。

グシャア!!

花が咲いた、真っ赤な花が。赤い池を作りピクリとも動かない人間。その背に赤い文字で

「屋上」

とだけ記されていた。その時俺の中で何かが弾けた。





―続く―





 さて、戦闘の兆しを見せつつ次に繋げる訳ですが。どうなんでしょう、うん、何か自分でも不安になる。ライダーが仲間に居る分、別の奴に奮起して貰うしか無い訳で。今が一番の山場になっていますね。とりあえず自分が納得出来る文を綴るしかありませんね。

次は慎二の方に行きます。本編と色々被っている癖に表現だけいじくっている作者ですが、今後ともよろしくお願いします(汗)それではこの辺で失礼します。

 本日もこのような駄文をここまで読んで頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 固まる決意と去来する記憶
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2010/12/15 06:27
 慎二side

 二度目だ、この道のりを歩くのは。僕が歩く足音だけが耳に入ってくる。一歩進む毎に脳が覚醒する。地に足を踏みしめる時、微弱な地殻変動さえも脳にイメージされる。

空ろな目だと周囲に写るだろうが、闇の暗部まで見渡せる。不思議な事で表面から内部を変換出来るまでに高揚していた。こんなにも精神統一した事は無い。

しかし油断できない相手と会話をする以上、気を張り詰めておく必要がある。勝つ事は出来なくとも、回避する事は可能なはずだ。僅かな情報だけでも未来はある程度推察出来る。

とは言え最初から飛ばし過ぎて現場で疲弊しても意味が無い。それにライダーには聞かなければならない事もある。僕は念じて、ライダーとの意思疎通を図った。

 ライダー、彼・・・川尻君、中に居た?

 いえ、もぬけの殻でしたよ。言葉通り等身大の人形が布団に入っていました。

・・・やはりか。この時点で真っ黒なのは確定したも同然だよ。嫌な予感というのはことごとく嫌な現実を突きつける物だね。

僕は川尻君の家を去る直前に彼の部屋の窓が全開である事を不審に思った。そこで霊体のライダーに中の様子を探って来て貰ったのだ。

勿論何かしら罠が仕掛けられている可能性もある訳で。その時は潔く引き返すように強く念を押した。しかし間桐邸に着く直前に戻って来た彼女は、内部をある程度見たようだ。

川尻家を去る時には、ある程度気合が入って来た。とは言え突然真顔になって、ライダーと念話するのも訝しまれる。勝手に部屋を覗き見るのは色々犯罪だろうし。

それに案外士郎君やセイバーと会話するのも楽しい。そういう訳でライダーに聞く時は二人きりになった時と決めていた。それに士郎君が介入すると事態がこじれそうだ。

ライダーは沈黙を崩す気配が無い。言葉は来ないけどとても複雑な思念だけは送り込まれる。―――これはきっと悪い物を見た、そう言っているのも同然だ。

 一言で言えば落花狼藉、でしょうか。普段の彼がどのような私生活を送っているのか知る由もありません。ですが・・・乱雑で粗野な部屋、というより故意と悪意を持って汚された部屋でした。

川尻君の部屋は物が多すぎて置く場所が無い感じになっている。だから部屋に入ると足の踏み場も無い状況に出くわす。

ただある程度の分別はされてあり、種類ごとに区画が出来て居たような気がする。ゲームやその攻略本が山積みに。優勝トロフィーや賞状の区間。アルバムや思い出の品々のまとまり。

置き方に関してはなおざりだけど、一応どこにどんな物があるかはパッと見でも分かる。それを汚すという事はやはり―――

 彼の思い入れがあると思われる物全てが破壊されていました。写真は引き裂いたり、画鋲で目を潰してありました。ゲームの類も物の見事に粉砕していましたね。それから人形の首だけが棚に並べてありました。

 ・・・そう。

僕は目元を拭い、涙を払った。僕はゲームを一緒に彼の家でやった。アルバムも並んで二人で見た記憶がある。フィギュアだって僕に嬉しそうに自慢していた。

そんな彼が望んでそんな事、するはずないじゃないか。誓って彼はそんな人間じゃないと僕が証言したい。そしてライダーはさらに興味深い事を伝達してくる。

 ただとても几帳面なのか、壊れた物と使用可能な物が分かるようになっていました。破壊空間と、生活空間とでも言いましょうか。この事から恐らく衝動的な物ではありません。破損対象物以外は目立った形跡が見当たらない。

 川尻君は決して過去を踏み躙って悦に浸るような人種じゃない。それは僕が断言する。やはり川尻君の中に別の人格が紛れ込んだと考えられる。そしてライダーの話から考えると、どうも主導権を握られているようだね。

 はい、ただ所々に赤い染みが出来ていましたが、恐らく血液と思われます。他人の血であれば殺害した可能性が濃厚です。また自分の血であればある程度抵抗出来る状態であるとも考えられます。壁を殴った跡があった事から、川尻猛としての意思が残っている可能性も否定出来ません。

前回僕を「始末」という辺り聖杯戦争のマスターに違い無いだろう。とするとサーヴァントを使役して殺害を行うはずだろう。何故家に血痕が残る?

わざわざ自宅で殺害、あるいは殺害した死体を持ち込む理由が分からない。通り魔のように街角で襲って身を潜ませる方が合理的な気がするけど。

だから僕は猛君が自分を見失わないように「自傷」に走っているのでは無いかと思う。リストカットは自己認識のために行うとどこかで聞いた事がある。

ただ無意識にセーブが掛かるだろうから、そこまで深く抉らないと思うけど。染みの量は結構大きいみたいだから、やはり他人の物なのだろうか。そこまでは分からない。

どちらにせよ以前の川尻君自身を維持するのは厳しいだろう。意識があり、自身の目を通して悪行を行う時には絶大な吐き気を催すだろう。

達観する事も諦観する事も出来ず、ただ悲観するばかり。彼の部屋は散らかっていたけど、凄く人間味の溢れる部屋で心が温まる。

趣味の物や自分を象徴する品々。彼の交友関係の広さは膨大な写真の数からも伺い知れる。それを虫の標本のように、画鋲だの釘だので突き刺す自分。

その固有空間を土足で上がるばかりか、私物を漁り真綿で首を絞めるように壊していく。どれほどの苦痛に苛むのか想像を絶する物がある。

そうかと言って現場を見ていないとしても、全く身に覚えの周囲の異変を目撃するのも恐ろしい。人間は記憶や経験を消したがるけれど、実際とても重要な物なんだ。

その辻褄合わせが無ければ、恐怖感がせり上がる。記憶の断片すら無く、目の前にあるのは残骸のみ。

辿る記憶も無く、結果から全てを知らなければならない。自分の周辺に転がるゴミを見て何を思う。得体の知れない畏怖の念だけだ。自責か転嫁か。川尻君なら前者だろう。

自分が自分でない感覚など、常人には到底理解出来ないだろう。勿論僕だって分からないし、分かりたくもない。

気持ちを共有出来ないのは同時に孤独を意味する。一番苦しい時に孤立無援に立つ窮地。平凡な家庭環境の下で生まれた人間には耐えられる物だろうか。

僕は歯がゆい思いから、上下の歯を擦り切るように擦り合わせた。川尻君とは共有する時間が多いだけに、易々と割り切る事など出来やしない。

川尻君を侵食した何者かは外道だというのは分かった。目的は何であろうと、鬼畜でサディストな人物に違いない。僕はライダーに礼を述べ、目の前の教会を見上げていた。

川尻君が一時的でなく永続的に乗っ取られるのならば、礼呪を受け渡すはずだ。遠坂さんの話によると言峰さんは霊媒治療によって令呪を移植出来るかもしれないという。

彼の力を借りたのか独自で処置を施したのか。ともあれ言峰さんを訪ねておいて損は無いだろう。乗っ取った人物の手掛かりを何か掴めればいいのだが―――

******

 重苦しい開閉音と共に内部に体を踏み入れる。重々しく荘厳な空間は相変わらず圧迫感をこちらに与えてくる。慣れて居ないのもあるけど、やっぱり僕は神社が性に合っている。

入ったと同時に神父、言峰さんと目が合った。前回同様奥に引っ込んでいるとか思っていた僕は、思わず気が動転して入り口で硬直した。

講壇で仰々しく後ろ手を組み、泰然自若と立っている。まるで僕が来るのを察知して、待っていたかのような。あるはずが無いのに、全く動じない姿勢に対し邪推が働いてしまう。

僕が気を取り直して扉を閉めた時には、言峰さんは目の前に立っていた。僕の石化時間の長さにも呆れるが、さっさと距離を詰めて来た言峰さんにも疑問を感じる。

僕とて賑やかに会話を勤しむつもりは毛頭無い。しかし何度も遠回りをしながら、聖杯戦争の御講釈を垂れた人物の動きとは思えなかった。

言峰さんは中身の無い空っぽの笑みを浮かべて立っている。無駄話は無しだと、その目が語っている。僕は当惑から言葉に詰まり、一瞬何を言っていいのか分からなかった。

「珍しい訪問者だ。まさか匿え、という訳ではないだろう?いささか何も無い簡素な場所だが話だけなら幾らでも聞こう」

立ち話で長時間話すつもりなのか、入り口から場所を移す気は無いようだ。思いやっているようで中身が伴っていない好意が押し付けがましい。急速に脳が冷えていく。

「ありがとうございます。お時間は取らせません。ただ少しこちらでお尋ねしたい事があって立ち寄ったのです」

一滴たりとも心を許す気が無く、刑事みたいな話し口調になる。依然として言峰さんは涼しげな顔を変えず、鷹揚に頷くだけだった。

「こちらに新しくマスターが変わった、という旨を伝えに来られた方はいますか?もしくは変わりたいと仰られた方、でも構いません」

表情からは何も探る事は出来ない。普段から胡散臭いだけに、多少の違和感が上手く誤魔化される。言峰さんは芝居じみた仕草で目を閉じ、ふむ、と言いながら話し始めた。

「残念ながらわたしは公平な立場を貫かねばならない。誰に加担する事も、提供する事も許されぬ身だ。そのような事をすればわたしは立ちどころマスターに切り殺されるだろう」

僕は無言を持ってじっと我慢強く続きを待つ事にした。そんな事は百も承知だ。しかしもし何か思い当たる節があるなら、必ず表層に表れるはず。その僅かな誤差を嗅ぎ取るためにここに来たんだ。

「・・・ただそうだな。せっかくはるばる遠方から来てくれたのだ。聞き役として話なら伺おう。逆に何故そのような事を思うのかをお聞かせ願えないかな?」

「聖杯戦争が勃発してから、僕の友人の様子が豹変した物ですから」

「ほぉ、ご学友の様子・・・。具体的にはどう言った?」

「どうも魔術を体得しているようです。彼は魔術師の家系では無いにも関わらず、です。であるなら聖杯戦争に関与している者がいると考えるのが妥当という物です」

「なるほど、凜辺りにわたしの事を聞いたのかな。ふふ、なかなかに君は察しが良い」

満足そうに頷き、相槌を打つ言峰さん。どちらとも取れるが、霊媒については本当のようだ。何せこちらは何も言っていないにも関わらず、自身の能力を吐露しているのだから。

「断言しておこう。誰一人として聖杯戦争の参加者は変わっていない。君がここを初めて訪れたあの日から」

直立不動で真剣な眼差しで発言する。その瞳に何ら翳りは見えない。年季の差もあるだろうが、それでも言峰さんは鉄壁で何を考えているのかをこちらに読み取らせない。

「先も触れたが、手術によって令呪を抜き取る事は出来る。だが令呪を移植する事は不可能だ。あれはそう単純な代物では無いのでね」

・・・なるほど。となれば彼による令呪委託、という線は薄くなるのか?それでも有難い情報だ。僕は深く一礼をして教会を後にして行った。






教会を慎二が去ってから数分後、綺礼は薄い笑みを浮かべてポツリと言った。

「令呪の授受など造作も無い事。ただ自力で真実に辿り着けるか。あがき、苦しみ煩悶し、人は熟成する物だ」

その言葉は当然慎二の耳に入る事は無かった。

******

 今時間は何時頃だろう。買い物帰りの主婦やら、学生の夜遊びを見る所そこまで遅い時間でも無さそうだけど。僕は今もう一つ目的の場所に向かっている。

次の場所は正直言って感傷に浸るだけの空間になるかも知れない。でもそれでも良いと思っていた。川尻君の記憶や思い出は共有出来る限り、僕が持ち続けようと思うから。

公園のベンチに腰を下ろし過去の追憶に浸る。暗い公園に一人で居るのも何だか寂しい。僕はライダーの分のホットドリンクを買って一緒に座って貰っていた。

気付けば僕はライダーに昔話を辿るように話していた。こうして思えばライダーと話をするなんて昔は思っても見なかった事なんだ。

ここ公園は良く川尻君が自主トレを行う場所でもある。自宅があまり好きじゃなかった僕は休日良くここで時間を潰す事が多かった。

そういう意味においても川尻君とは接点が多いんだ。気付いたらマネージャーみたいに、僕はタオルや水筒を持って行くのが当たり前になっていた。

たまに子供たちと混じって僕らはサッカーをしたりした物だ。僕は駆けっこが苦手な物だからいつもキーパーだったけど。いつも顔面でボールを受け止めるから顔面キーパーと呼ばれていた。

学校も楽しかったけど、公園で自由に遊戯に費やす時間が僕の救いだった。桜に話をすれば彼女も嬉しそうに聞いてくれた。人見知りの強い彼女は決して外に出なかったけど。

ボールを午前中に無くして午後皆でひたすら探し周り、見つけた時にはペチャンコだった事。小学生の一人が大きい方をサッカーの試合中に漏らして大惨事になった事。

桜を初めて連れて来た時、一人が猛烈にアタックして大騒動になった事。それ以来桜が来なくなり、何故か川尻君が僕に凄く謝ってくれた事。ちなみに桜にとってそれは笑い話になっている。

ここにはたくさんの替え難い思い出が詰まっている。そしてもしかすると川尻君はもう上塗りをする事が出来ないかもしれないんだ。

知らず内に僕は涙を零してライダーに昔話を話していた。笑いながら涙を零す、嬉し涙とは程遠い涙。昔の記憶が眩しければそれだけ今の厳しい現実に辛くなる。

それでも川尻君という友人を忘れないように。彼の存在を僕の中で生かすために話した。決して無駄な事じゃない。殺すから何もかも忘れるなんて僕には出来ない。

彼が川尻猛であるために、彼の尊厳を守るために、僕は彼を殺すんだ。だから昔の彼がどれほど人間性に富み、素晴らしい人格だったかを認識しないといけない。

生き地獄を味わっているなら、僕が救ってあげよう。彼の呪縛を解き放ってあげよう。だから今はこの涙を否定する事無くだくだくと流し続ける。弱い自分を洗い流す行為なんだ。

僕はあらかたライダーに公園での記憶を語って一息付いた。それからぬるくなったおしるこに口を付ける。その時に川尻君がこんな事を言っていたのを思い出す。

「気にすんなよ、ていうか俺今すげぇ暑いし丁度良いわ。いいか、慎二。ぬるくなった飲み物はレンジで温める事でその温度を取り戻す事が出来る。過去における思い出は生きる上で糧となり活力を与える。だけどな、人間は過去に向かって進むんじゃねぇんだ。進むのはいつだって未来なんだぜ!ていうかぬるっ!次からキンキンの奴よろしく頼むわ、って事が言いたかった」

「未来に向かって生きろって事だね」

寒い時期に持ってきたホットのジュース。練習が長引いたため、川尻君が僕の所にやって来た時にはぬるくなっていた。その事を僕が謝ると彼は一気飲みしてそう言ったんだ。

彼は過去にも未来にも肯定的だ。楽しく生きているし、人の喜びも共感出来る感性も持っている。まだ彼は自分を見失わず、足掻いているのかもしれない。

「―――」

殺す事ばかりに気を取られていたけど、川尻君は未だ尚希望を失っていないかもしれない。僕に全幅の信頼を寄せる彼を安易に殺す発想は果たして正しいのか。

僕は立ち上がり、ライダーはその姿を闇の一部に変える。僕は脳裏に浮かんだ事をそのままライダーに伝えた。

 ライダー、僕と川尻君は親友だ。彼が望むなら死を、彼が望むなら生を。決して僕の気持ちを押し付けはしない。だけどそれはその余裕がある時だけに限った話だ。

 心得ています、マイマスター。

僕達はお互いに対川尻に対する認識を共有しながら再び衛宮邸へと帰って行った。





―続く―





 とりあえず慎二の方はこれで帰還する流れになります。彼としてはセイバーがいるから大丈夫だという思いと、夜も更けたし帰っただろうと思っての事です。まぁ色々交差する思いがあるでしょうが、思いの丈を綴れたように感じています。

 シリアス続きで作者的にも辛いですが、頑張って先を続けて行こうと思います。それではこの辺で失礼致します。

 本日もこのような駄文をここまで読んで頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 千の風になって散る蟲
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2011/02/14 06:16
 士郎side

 頭が煮え滾る。これが冷静で居られるか。目の前で人が二人も死ぬ。こんな事はあってはならない。俺は歯をギリギリ鳴らしながら一直線にビル内部に走ろうとした。

「待ってください、マスター」

冷静なセイバーの声がヤケに癇に障ってしまう。彼女は何も悪くない、だけど状況が状況だけに平静でいられない。俺は内心の熱を保ったまま押し殺した声で尋ね返した。

「・・・何だセイバー、危険なのは百も承知だぞ。だけど殺人を犯した奴を逃す手はない。話なら手短に頼む」

セイバーは場数を踏んでいるのか、厳しい顔だけれど余裕がある。武装の状態で腰に手を当てて、今しがた降って来た男性をアゴで示す。死体に変わったそれが何だと言うのだろう。

「背中の字に目が行き過ぎていますよ。手足を良く御覧なさい。腐敗溶血の進行から見て死後3日は過ぎています。感情的になれば向こうの思うツボでしょう」

言われて見れば肌が茶色くなって、明らかに死因は今の飛び降りでは無く見える。しかしでは目の前で首を切った男性はどうなる。

俺がそう言おうとした時、セイバーは男性の遺体を引っくり返した。ウジ、いやもっと流動的な何かが男性を覆っている。何だ、これは・・・。

「これを見て分かるでしょうが、コレらに支配されていた可能性が高い。尺取虫のようにも見えますが。やけにふらふら歩く物ですから、その時点で勘繰っていました」

今の眼前の事態は何も自分達のせいでは無い。そうセイバーが言っている。事実今死んだとしても何ら我々に非が無いけれど。だけど被害者には変わりないじゃないか。

瞬発的な義憤は落ち着いた物の、今度は深い傷心が沸き起こる。やはり一刻も早く諸悪の根源を取り払ってもらいたい。

セイバーはもう調査が済んだのか、彼らに剣を突き立てた。とは言え動作からそう見えるだけで、実際の変化は分からない。

両手で勢い良く風を切りながら、見えない剣を降ろすセイバー。両手が腰付近まで下降した時、彼らの体外に夥しい蟲が飛び出ては闇に消える。

俺はセイバーに強い意志を持って意見を述べた。聖杯戦争から今初めて、俺がマスターとして攻撃を許す時かも知れなかった。

「セイバー、一秒でも早く上の虫けらを地獄に突き落としてくれ」

彼女は両手を下げ、無表情にこちらを見る。俺の言い方だと護衛は後回しだと言わんばかりだ。恐らく彼女は本当に自身で身を守れるのか、そう問うているに違い無い。

「心配はいらない。何のために毎日鍛錬をして来たんだよ。それよりも今は元凶を取り払う事が先だ。危なくなったらすぐ逃げるから急いで先に行ってくれ」

セイバーは目を閉じ神妙に頷いた。俺が無茶をしないと判断してくれたのだろうか。そして一言だけこちらに向かって発した。

「すぐに片付けます」

言葉と共に残像となり、彼女はビルの側面を登っていく。あの分だと行くだけ無駄かも知れない。屋上に着いた時には決着も着いていそうだ。

「・・・それでもあいつ一人に働かせるのもな」

そう言いながらビルの入り口まで駆け寄っていく。ドアノブに手を掛けた時、嫌な悪寒が背筋を突き抜ける。絶対何か居る、聞こえない息遣いが耳に幻聴として聞こえてくる。

俺は喉を鳴らし、厳戒態勢を取ってノブに手を回した。


******


 セイバーはどちらが正しい選択なのかが分からなかった。マスターと同行して確実に屋上に進む方が賢明ではないか。しかし今自分の行動はその間逆。

彼には釘を刺したし、事実いつもの冷静さを取り戻していた。とは言えビルの内部には確実に何らかの仕掛けがあるはず。

自身の主の身を案じていない訳が無い。そしてその焦燥が速度となり、更に勢い良く頂上を目指していく。もう決断して登ってしまっている。ならば死力を尽くすだけだ。

確かに確実に守る上で彼の傍にいるのが一番だ。しかし同時に余りにもリスクを伴う。士郎は確かに一般人より肉体が発達している。しかし精神的に拙いのだ。

彼は人質を目にしようならすぐに降伏してしまう、そのような人物に見えてしまう。さらには彼に気を取られすぎて、足元を掬われる可能性もある。

それならば人質がいようが、どんなトラップが待っていようが看破してくれる。元よりこの身は聖杯のために在り、闘争のために存在する。

そんな事を考えながら風の加護を受け疾風となり屋上に到達する。英霊だろうが、悪鬼の類だろうが、妖怪変化、人間だとしても容赦はしない。そちらの誘いなのだ、何ら出し惜しむつもりも無い。

吹きさらしの風を浴び、彼女は屋上に仁王立ちする。目の前には長身にして長髪の女性が、飄々と立っている。魔力を全く感じない所から彼女、ライダーが例の紛い物なのだろう。

「賢明な判断だねぇ。脆弱なマスターが居ないってなるとこちらは相当不利な訳だ」

彼女とは思えぬ口振りと、声色の違いから思わず瞠目する。その声は紛れも無く聞き覚えのある声だったのだ。

「あっれぇ、そう言えばまだ僕達出会って無かったのか。言っておくけど彼も僕も同じような存在だ。彼に信を置くならここで手を組むのもいいよ、ふふ」

「世迷言を通り越して雑音にしか聞こえませんね。自身の肉体を持たぬ妄執に用などありません。ただちにその紛らわしい慎二の声をやめ、声帯を変えたら如何です?」

「ハッハハハハ、これは一本取られたけど。以前どちらの誰かにやられた物だからさ。そこは勘弁して欲しいなぁ」

そう言いながら屋上の空間を歪ませる。漏れ出る吐息、胎動、息吹。セイバーは剣を構えいつでも迎え撃てるように整える。

「妖怪ってのはさ、目に見えてるんだ。ただ彼らは認識されないだけなんだ。なぁ単純な事だろう?とは言え強すぎる存在は僕を駆逐するだろうからね。同じ種族の類のみを現界させるんだよ。良く言うだろう、類は友を呼ぶ、ってね!」

瞬間時空の捻れと共に百鬼夜行の群れが到来する。それも全てに置いて昆虫の類というのだから、不快極まりない。だというのにセイバーは全くたじろぐ素振りすら見せない。

足場を埋め尽くされ、視界を妨げられる程の蟲世界に置いてもセイバーという花は枯れない。絶対的優位な立場にいる蟲の総大将の方が逆に気押されている。

一歩踏み進む毎に潰されて煙となって消失していく魑魅魍魎。悠然とこちらに歩を進めるセイバーから後ずさり、ライダーの姿で慎二の声で情けない声を上げる。

「で、出鱈目だ。いくらサーヴァントが化け物だからって隙間が無い訳が無い。その無骨な甲冑の中は無防備な肉が詰まっているだけだ。中に入っちまえば僕らの勝ち同然なんだ」

首を振りながら後方へと下がる蟲ライダー。違和感しか無いその姿に内心憤りを覚える。セイバーは顔色一つ変える事無くただ止めの一撃を放つためにのみ前進する。

「先の死体を見た時点で物の怪の類である事は既に分かっていました。このような状況は大した問題ではありません。それに残念な事ですがわたしに魔の類は触れる事すら叶わず、成仏していくでしょう。不運ながらあなた方にとって一番の天敵を呼び寄せたようですね。」

最後の一歩という所まで迫った所で、セイバーは透き通るような声で彼らに伝えていた。そして剣をゆっくりもたげながら

「ただ、そうですね―――」

シロウは確かに連れてこなくて正解でした。そう内心思いながら不可視の剣を蟲ライダーの頭に突き刺した。


******

 士郎side

 じっと息を潜め、彼らから身を隠す。一体どうなってる。彼らは生きた人間じゃないか。化け物の類が待ち受けていると思いきや、待っていたのはヒトの集団だった。

彼らは例外なく目を閉じ、ゾンビのようにふらふらと迫ってくる。どうもノブを回した者を標的にする仕組みのようだ。もっとも、本当にゾンビならどれだけいいか。

「・・・畜生、攻撃出来ない。あいつらは何も罪が無いんだ」

俺にとって一番最悪な組み合わせかも知れなかった。攻撃するという選択肢を選ぶ訳にいかずただ逃げるばかり。左足は投げられたナイフが突き刺さり、動く事もままならない。

足を引きずりどうにかエレベーターに逃げこんだは良いけど。あろう事か最上階まで稼動していない。四十階までしか動かないエレベーター。

出れば待ってましたとばかりに若者が金属バットを掲げて突っ込んで来る。低空姿勢で何とかかわすも、目の前にはパッと見で五人は控えていた。

状況は過酷だったが、セイバーの剣術がここに来てようやく役に立った。攻撃を捨て避ける事に専念すれば、ほとんど当たらない。スウェーや首振りで安直な攻撃から退ける。

ただ足が使えないのが辛い。回復力が並外れた肉体になったとは言え、数分で完治するはずも無い。致命打はかわす物の、どうしても被弾してしまう。

相手もエレベーターを使う事は予測済みのようで、入り口よりもさらに動員されている。人海戦術により体は満身創意となっている。

若者の比重が高く、動きにキレのある連中が多いのも問題だ。考えてみれば四十六階で見たあいつは、新都で指差した奴じゃないか。

今は四十八階、階段の張り込みを避けて部屋の一室に隠れたが、まずったかもしれない。少し体を休めるため、身をくらませるための行動なのだが。

多勢に無勢という状況下、くらませるにしても限界がある。事実掃除用具入れなどに入っている所で、事態の好転を望めるはずもない。

ずるずると擦り寄るような足音。バットなどの得物を引きずる間延び音。目の機能が正常じゃないために、物をなぎ倒す騒音。確実に追い詰められていた。

「・・・実は俺、相当やばいんじゃないか」

一人自分を責めるゆとりも無く、モップを強化する事にした。


******


 ヒュウヒュウなどと生易しい風でなく、ゴウゴウと吹き荒れる屋上。セイバー髪を靡かせながら、目の前の罪人を斬って捨てた。しかしその目は未だに険しいままだ。

首を刈り取り、体を縦に真っ二つにする。にも関わらず傷口から粘液を放出し、縫合に取り掛かっていく。首を屋上から蹴り落としても、断面から首がせり上がって来る。

「・・・なかなか興味深い化け物ですね、あなたは。どういったカラクリなのでしょうか」

セイバーは内心の焦りを軽口に変えて剣を蟲ライダーの胸に突き刺す。口元を歪めゆっくり与太話をするように話し始める蟲ライダー。

「いやいや、実際僕も驚いたし怖いんだよ。同胞(蟲)を散らすのも本当に忍びない。でもね、演技なんだよね。はは、君いいの?マスターほったらかしにしてて。今頃建物の中で肉塊になってるかもねぇ」

「黙れ!!」

怒りと共に纏う風の強さを増し、原型無く細切れにする。なのにうねうねと元に戻り始めようとする。

「自己再生・・・」

本体はここではない。コレほどまでに分解して尚も修復出来る等という事がそれを証明している。セイバーは士郎の安否と自身の不甲斐無さに歯を噛み締める。

周囲を見渡せば、殺風景な屋上が広がっている。・・・おかしい、あれほどの魍魎の数が一気に姿を消すなど。そう言えば地に限らず、鬱陶しい飛び回る飛虫も見当たらない。

セイバーはもしやとバッと顔を上げる。そこには雲の一部となるように巨大な蛾が空を飛んでいた。鱗粉を撒き散らしながら自由に旋回している。

その鱗粉もただの空気抵抗のための緩衝材などではない。その粉には死者の生への妄念が詰め込まれている。触れればそれだけで脳裏に断末魔が轟きの声を上げる。

セイバーは傷は与えられなくとも、直接脳に響く声まで抑止できない。顔を顰め空を見上げるセイバー。空をヒラヒラ泳ぎながら、それでも近づくような愚かな真似はしない。

「そう怖い顔をするなよ。死んだら僕がマスターになってやるからさ。ああ、令呪とやらが無いと駄目なんだっけ?アッハハハハ」

尚も挑発を続けるだけの巨大な蛾。セイバーは跳躍によって何度か斬りかかるが、相手ははなから勝負をする気が無い。より高い位置へとずれ、彼女との距離を等しく保つ。

「あなたが大きいのは図体と態度だけのようだなっ!いつまでこのような茶番を続けるおつもりか」

後ろで再生を果たそうとしている、蟲ライダーには目もくれない。ただ空で揺れ動く、鱗翅妖怪に怒声を放つ。彼女は震えながら、とうとう自身の枷を解き放つ決意をした。

「いいでしょう、あなたがそこまで逃げ回るならそれも構いません。空ごとなぎ払って差し上げます」

このまま逃げ回られている内にマスターが殺されては元も子もない。急いで片付けると言った手前、事態をこれ以上逼迫させる訳にいかなかった。怒りよりも焦燥の方が強かったのだ。

号風、もう嵐と呼んでも良さそうな台風を身に纏う。彼女の動きに大気が狂喜し、激動する。死者の戯言などことごとく吹き飛ばし、吹き荒れる暴風の渦。

ピタリ、と蛾の動きが止まる。本能的に危険と察知したのか、覚悟を決めたのか。頭部の彼の表情は、狂笑を浮かべていた。寧ろここまでが彼の目論見だった。

僕はどうせ最後まで捨て駒だ。それは知っていたからね。最後はセイバー、君の魔力を全て出し尽くさせて死んでやるよ。はは、これだけ聞くと英雄みたいな発言だ。

彼はどこまで行こうと上空に居る限り、あの突風から逃げられると思っていなかった。所詮寄せ集めで作ったこの創作物。つまらない粉を放って多少の嫌がらせを行うくらいしか出来ない。

最初から勝つ気などない。死ねばラッキー、こちらが死ぬのは計算の内。ただまさか宝具まで使用してくれるなんてな、ここまで行けば楽しくなる。

人間を殺しすぎて、爺さんにも説教を食らう。もう窮屈なこんな世界何も未練など有りやしない。虫けららしく塵となって大気の成分になってやるよ。

封を解いたセイバーの聖剣。黄金にして絶対無比の強さを誇る、英霊に遜色ない剣。風が剣に収束し光と変わり、蛾の視界は眩い光彩に全て遮られる。どちらにせよ逃げ場など無かったのだ。

「アハ、クク、面白い。実におかしい、俺如きを殺すってのに。わざわざ最強の剣を開放するお前の姿がよぉぉ」

慎二の言葉など闇に葬り、本性を晒しながら翅を広げて急降下していく。早いか遅いかの死期よ、何も恐れるものは無い。残像となる程彼は落ちて行く、いや堕ちていく。

セイバーは彼の最期の足掻きを見据え、宝具の名を口にして全ての力を解放した。

「―――エクス」

剣を上段に構え、特攻隊となった一匹の得物を見据える。その目には闘志の他に憐憫の光を帯びた物もあった。

「カリバ――――!!!」

解き放たれた光の弾幕は視界を覆う全てを飲み込んでいく。無論巨大な蛾の一匹や二匹いとも簡単に丸呑みにされていく。巨大な矢となって雲に巨大な大穴を開け終幕した。





―続く―





 どうなんでしょう、んーどうでしょう。何だか色々アレンジ入れすぎて世界が揺れている感覚がします。蟲慎二の成れの果ては巨大な蛾、という事なんですが。まぁ実際出して来た蟲を寄せ集めただけ何ですけどね。とりあえずフェードアウトですかね、蟲の連中は。

ここまででひたすら困ったのが、いかにしてセイバーに宝具を開放させるかですね。うん、これは困った。ライダー級の切迫感を出さないといけない訳で。という訳で蟲パワー全開でお送りした訳ですが。

 まぁ色々非難の声もあるでしょうが。非難するよりさっさとここから避難した方が建設的ですよ、はい。それでは今後もどうにか原作通り事が運べそうなので一安心という所ですね。この辺で失礼致します。

 本日もこのような駄文をここまで読んで頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 帰宅に次ぐ帰宅
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2011/02/14 06:15
 士郎side

 強化したモップを携え、俺は身を固くして掃除道具入れから飛び出す気構えを整えていた。その時周囲に異変が起こった。

・・・音が消えた。囲まれたか、通り去ったのか。しかし先ほどと余りに様子が違い過ぎる。ゾンビ歩行から急変し、狩人のように身を隠しているのか。

音が聞こえない代わりに自分の脈動が聞こえる。鬼が出るか蛇が出るか。殺す気は無いが、怪我をさせてしまうのはしょうがない。でなければ自分が殺される。

そんな事を考えながら出るタイミングを見計らっていると―――

「・・・ぅ」

短い喉の詰まった声が聞こえ、続いてカラーンと得物を落とす音が聞こえる。俺は音だけで状況整理をせねばならず、またロッカーの中で懊悩した。

しかし事態は終息を迎えたようで彼らの会話によってそれが知らされた。

「痛って、何だよ全然割りに合ってねーじゃねーかよ。何もしなくていいけど、体中傷だらけじゃん」

「まじだわ、足とかジンジンしてるんですけど。あの海草野郎、次見つけたら絞めるわ」

「あーまぁとりあえずどっか飯行かね?金だけはたんまり貰ったし」

「おう、その後ボーリングかカラオケでちょっと発散しねぇ?ピンを奴に見立てて殺す」

「ブハハ、何お前。それ超穏便じゃん、っていうか仏じゃね?お前の先祖釈迦じゃね?」

「っせーよ、見つけたらボコボコにすっけど。いねーんだから代用使うしかねーだろ」

その後も数人目覚めて、皆でワイワイ騒ぎながら去っていく。俺は肩透かしを食らったような気分でモップを元の位置に立てかけた。

皆去ったと言うタイミングでガタンと音を立て、ロッカーから身を乗り出す。ようやく息詰る閉鎖空間から広く自由な場所に出られ、大きく息を付く。

「・・・はぁ、セイバーが先にかたを付けたみたいだな」

いけない、彼女の功績を讃えるのもまたマスターの役目だろう。俺は急ぎセイバーの元へ行くために上の階を目指して行った。

49階の階段まで傷む体に鞭を打ってやって来た所でセイバーに出会えた。その時のセイバーは尋常じゃない程顔が赤く、息も途切れ途切れだった。

しかも俺の姿を見つけた途端気を失い、柳洞寺の時のように降って来た。正直前回と違い手傷を負う俺は受け切れない気がした。しかし彼女だけは傷つけないように受け止め無いといけない。

想像とは反し、セイバーは異常なまでに軽かった。女の子を抱える経験など皆無に等しい。しかしそれでも予想の斜め上を行く重量に危機感を覚えた。

サーヴァントの運搬をする事しか出来ない自身に憤りを感じる。それでも背中から聞こえる苦しげな吐息は俺の傷ついた体を鼓舞する。急いで自宅に帰って休ませないといけない。

自分の能無し振りはランサーに襲われたあの日からとうに理解している。だけど自分とそう大して変わらない少女に戦わせる事など俺には出来ない。

それなのにこいつと来たら、聖杯のためと言って死地に勇んで赴く。バーサーカーの時だって柳洞寺の時だって―――

「ってもしかして宝具を使用しちまったのか!?」

柳洞寺で瞬間的に思い出した。時と場所は違えど、あまりに酷似したイベントに思い出さざるを得なかった。傷の事など忘れ、俺は無我夢中で走った。

「・・・また俺のために無理させちまったってのか」

涙を堪え一心不乱に走る。傷が開こうが、血が流れようが知った事じゃない。それよりも彼女の命が掛かってるんだ。俺にはもう衛宮邸しか見えていなかった。



******



 慎二side

 士郎君の家が遠目に見えた時、不審者が僕を迎えていた。とは言ってもその視線の先は衛宮邸に向けられており、見上げるように立っていたけれど。

大きいコートを羽織り、帽子を深く被って居て怪しさが凄い。実地調査なのか、それとも個人的に興味深いと思ったのか。何にせよそこで居候をさせて貰っている以上、追い払わないといけない。

僕は正直関わりたくないと内心思いつつも、距離を縮めていった。その怪しい人は僕が歩いて来たのを見ると、急ぎ足で去って行った。

衛宮家の警報システムを聞いていても不安になる。鳴ったとしても即座に反応出来るかは分からない。対応する前に息の根を止められる可能性もある訳でやはり心配だ。

僕は途端に歩幅を広げて駆け出した。大丈夫、遠坂さんがいるんだしアーチャーもいる。何も無いだろうと頭で分かっていても、その姿を見ないと怖いんだ。

勢い良く入り口の引き違い戸を開ける。入り口に入っても全く異常は見当たらない。寧ろ荒い息を付きながら玄関で立ち尽くす僕が異常だ。

僕が靴を脱ぎ、並べる所で奥からパタパタと足音が聞こえる。エプロン姿の桜だった。手を拭きながら現れる我が妹はやはり癒される。朗らかな笑顔に救われる。

「おかえりなさい、兄さん。丁度夕飯が出来上がった所です。良かった今から兄さん達の料理をラップに包もうかと思っていた所でした。ギリギリ間に合いました」

嬉しそうに微笑むこの愛くるしい女性が妹なんです。なにやら僕にはもったいないというか、有難いというか。僕は不安から一転して歓喜が身を包み、桜に拝み始めた。ありがたや、ありがたや。

「に、にに兄さん突然何してるんですか!」

ワタワタと手を振り、僕の行動に制止の声をあげる桜。僕はお願いをするみたいに頭を下げ続け、その姿勢のまま返事をした。

「ただいま桜。そしてありがとう。僕は今とても嬉しいんだ。だから頭を下げるんだよ」

桜は未だ僕の言いたい事が通じず、戸惑うばかり。僕としては日常を守ってくれた桜に感謝の念を込めているだけなんだけど。桜は困ったように僕に歩み寄り、拝む手を引き寄せ

「ほらほら、良く分かりませんけど終わって下さい。ご飯が冷めない内に行きますよ」

そう言いながらぐいぐい僕の腕を引っ張り居間へと連れて行かれた。僕は妹にリードされっぱなしだけど、それでもそんな妹が大好きです。

 居間に入ると遠坂さんがテレビを見ていた。夜のニュースを評論家みたいに分析しながら見ている。新都で行方不明者がまた出たそうだ。誰の仕業か分からないけど酷いもんだ。

「あら慎二、帰ったの。おかえり」

「ただいま、何か異常とか無かった?」

遠坂さんは一瞬呆然としたけど、すぐに頬を緩めた。

「安心して、警報装置に加えてアーチャーがいるんだから。寧ろ桜が気を揉んでたんだから、そっちを心配しなさいよ」

「あ、うん、どうも・・・」

桜の事を出されると少し照れて尻すぼみになる。僕達は兄妹だというのに、そうニヤニヤした感じで言われるのは困る。

食器を運んで来た桜は不思議そうな顔で僕らを見るけど。何か突然声色を変えて命令口調で僕に呼びかけた。

「兄さん、食器を一緒に運んで下さい!」

「は、はい!」

僕はいつまで経っても主導権を握る事は無いと思う。でも手伝いを始めたら桜が機嫌を直したようなので良かったです。

遠坂さんは僕が完全に妹の尻に敷かれている状態を見て、笑いを堪えていた。後ろ向いて隠してくれるのは有難いけど、肩が揺れて丸分かりなんだよね。もう慣れてるからいいけど。

いつもとは少し人数が減ってご飯を食べた。待ってあげたいけど、折角の料理を冷ますのも申し訳ない。だけど僕は彼らが食べる時、一緒の卓に座ってあげようと思う。

食卓は人数に比例して楽しさも増すと思うから。それに日常におけるコミュニケーションの積み重ねが、信頼を強固な物にすると思うんだ。

 僕達が食事を終え、ライダーは自室に戻って行った。居間には僕と遠坂さんと桜の三人が残っている。僕は一連の流れを掻い摘んで彼女達に説明を施した。

遠坂さんもランサーさんが居たアーネンエルベには驚いていた。というより聖杯戦争参加者なら誰でもびびるだろう。僕は初対面だからそこまで驚嘆しなかったけど。

「・・・ふぅん、まぁそのアーネン、エルベだったっけ。そこ以外は大した収穫は無かったって事でいいのね?」

責めるでも貶すでもなく事実確認の上で尋ねる遠坂さん。事実それ以外は別段知り得た情報など何も無いので素直に頷く。

遠坂さんはふむふむと頷き、それから話し始めた。あの人差し指を立てて話すのは何か訳があるのだろうか。多分癖の一種なのだろうと思うけど。

「こっちもそこまで期待していた訳じゃなかったし、ランサーの勤める喫茶店を見つけただけでも大儲けよ。それに個別に周って居たのも良い牽制になった可能性があるわ」

「そう言って貰えると僕も有難いよ」

「ただ次から合流する時間場所を定めておいた方が良いわよ。手を組んでるんだからそれを生かさなくちゃ。今だって夜を徘徊しているのか、敵と応戦しているのか分からないんだから。士郎が殺されたらあんたも寝覚め悪いでしょ?」

「・・・面目無いです」

言われてみればその通りだ。自己責任だと何だと思って帰って来たけど。何だか自分が薄情な行いをしたように思えてきた。

僕がうな垂れているのを見て遠坂さんは苦笑を漏らす。そんな時帰宅の音が玄関からして来た。僕はほっと息を付こうと空気を吸い込むと―――

「遠坂、ちょっと来てくれ!セイバーが、セイバーが!」

切羽詰る士郎君の声。遠坂さんのもしかしたらが的中してしまった。僕も青ざめながら慌てて彼女の後を追う。そんな僕の手を掴む妹の手。バッと振り返ると真剣な顔で桜は言った。

「決して兄さんのせいじゃありません」

その言葉で僕は我に帰り、ありがとうと謝辞を述べた。肉体だけでなく、精神的にも強くなった我が妹。僕より遥かに立派だと思うけど、だからこそ守らないといけない。

桜の頭を撫で、僕は玄関へと急ぎ足で向かって行った。玄関ではセイバーに気を取られ過ぎて、士郎君が錯乱していた。単語も「セイバー」と「やばい」をひたすら連呼している。

トップブリーダーとなった遠坂さんは腕を組み、目の前の狼狽士郎君を眺めていた。そしてバチーン!と士郎君の目の前で盛大な音を響かせ手を叩いていた。

ピタリと動きを止める士郎君。それからは早かった。「靴を脱ぐ!」と言われればすぐさま靴を脱ぎ捨てる。「彼女を部屋に運ぶ!」と言われて兵士のような俊敏さで部屋へと走って行った。

遠坂さんは短い溜め息を一つ吐いて、くるりと僕の方へ向き直った。唖然と見ていた僕の隣を通り過ぎながら

「何かやばそうだからセイバーの様子見るわ。慎二も居間で待機しておいて」

そう言いながら悠然とセイバーの部屋へと向かって行った。僕は士郎君の靴をいそいそと並べながらポツリと呟いた。

「・・・貫禄あるなぁ」

そして僕は寝るのが遅くなる事を覚悟して、居間へと足を運んで行った。





―続く―





 はい、どうも。話は大して進みませんでした。今日はまたちょっと作者の心情と言いますか、内に秘める思いを吐露しようと思います。

 僕も大概打たれ弱い小心者で、批判や苦言には滅法弱い男です。いや、だからコメントしないでね、などと無礼な事を言うつもりはありません。ただ厳しいお言葉を頂いた際には立て直すのに時間が掛かると申し上げたいのです。

 脆弱な作者ですいません。でも自分としては皆さんに不快な思いをさせたのなら、やはり申し訳無くなるんです、はい。決して元のFate stay nightを貶めるような作品にしたくないな、と。

 恐らくオリジナル要素を入れると「世界観」が崩れるというご意見もあるでしょう。ですが僕は寧ろ逆だと思うんです。原作を元に上から付加する形で行けば、そこまで崩壊しないのではないか。そう考えて色々思考を凝らしています。

 また何故「妖怪」を押して来るのか。それはやはり余計な説明が不要だからですね。物の怪という存在だけで、不思議な能力を付加出来るじゃないですか。魔術のように理屈や法則などを無視出来るため扱いやすいのです。

 以前魔術に関して疑問や違和感を持たれた方もおられるかと存じます。僕自身が魔術に関して、深く知識と考察を入れていないのが起因しています。だからこそ原作の言葉を借りながら、やっとこさ語れる程度なのです。

 原作通りで無ければ、無い知識を駆使して戦闘や説明をする事になります。生兵法は怪我の元、とある通り非常に危険です。胡散臭いにも程がある上に、納得とは程遠い講釈を垂れる事になるでしょう。だからこそ原作通り事を進める訳です。

 似たような出来事を編み出し、結果を同じようにする。こうする事で内容は似るけれど説明の仕方が異なる。でなければ想像と妄想による有りもしないなんちゃって魔術を説明してしまいます。正直米子ですら、魔術を使わせる際に自ら半信半疑で使わせているんです。

 全部通してFateを把握してから作品を作れと罵られるかもしれません。ですが僕は寧ろ新鮮な気持ちの時、自身の感性が高まる気がします。全てを知ってしまったら正直満足して小説を書く気など起こりません。それほどFateは完成された素晴らしい作品ですから。

 だからこそ断片の記憶を使い、今持てる知識と情報で話を構築していきます。Fateの全てを網羅出来ていません。ですから先に起こるイベントもうろ覚えですし、もしかしたら知識が間違っている事もあります。その間違いは嘘の情報などでは無く、単純に無知なだけです。それも問題大ですが、生暖かい目で訂正して頂けると有難いです。

 この度はFate原作をこよなく愛する方皆様にお詫び申し上げます。作者がほのぼの慎二を書きたいがために、原作を酷く汚す事になるかも知れません。こちらはそのような気は毛頭無いのです。ですがやはり結果として不快感や嫌悪感を抱かれるのならば、謝罪しなければならないと思います。本当に申し訳ありませんでした。

 僕もFateは好きだし、何とか穏便に進めたい所です。だけど全く同じでは作品としては駄作というより、贋作になります。理解されなくても、有り得なくても、気に食わなくても、それでも先へ先へと進みます。似せながら、でも内容は異なるように展開させようと思います。それでは今後ともよろしくお願い致します。

 本日もこのような駄文をここまで読んで頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] セイバー危篤?苦しい情勢
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:8c53522d
Date: 2011/02/14 06:15
 士郎とセイバーが帰宅したが、今現在重々しい空気が漂っていた。それもそのはずでセイバーの状態が芳しくないのである。居間にて今後の方向性と状況把握に専念していた。

「例の蟲は一部倒せたと思う。現場に居合わせて無かったけど」

士郎がそう言い始める。もちろんこれではどういう事か分からないので凛が質問を返す。

「居合わせて無かったってどういう事?」

「いや、だから―――」

士郎がその時の事態の動きを説明していく。人間やその死体を操る事を聞いた慎二と桜は互いに顔を引きつらせている。怒りよりもやはり恐怖の方が先行しているようだ。

また士郎がセイバーと別れ、別個に行動した事を凛は強く嗜めた。

「あんたね、いくら屋上から降って来たからって、屋上で待っているとは限らないじゃない。今回は単純な相手だから良かった物の、本来なら死んでてもおかしくないわよ」

最後は溜め息交じりで言い放つ凛。士郎はむっ、と不機嫌そうに回想し始めた。そして確かに危険な賭けだったと思い当たっていた。事実彼は人間に殺されかけた訳だし。

「・・・悪い。確かにそれは考え無しだった。屋上にいる奴をさっさとぶっ飛ばしたい、しか考えてなかった」

本当にそう思っているのか、裏表の無い声で士郎はハッキリと言う。腕を組んで半目で士郎を睨んでいた凛だったが、小さく息を付く。

「まぁいいわ。士郎が向こう見ずなのはこっちも織り込み済みだし。そもそもサーヴァントと離れるマスターなんて、想定すらされないだろうし。案外士郎って敵に回すと恐ろしいかもね。セイバー単独で特攻されたら脅威だわ」

愚かな行為という物を逆転の発想で、奇策と認識し始める凛。一人頷きながら、士郎を貶しながら褒め称えた。士郎は一人首を捻って一言だけ発する。

「・・・なぁ、俺って馬鹿にされてるのか?」

ただ首を振るしか無い桜と慎二だった。一言も喋っていないライダーがここで疑問を呈する。

「ところで凛、士郎お二人にお聞きします。セイバーの容態はどうなのですか」

途端に表情が曇り、影を差す両名。重い口を開き、セイバーの様子を語り始める。凛は焦りを表情に浮かべ、士郎もまた苦しそうに居住まいを正す。

慎二は桜に聞かせる話では無いし、夜も更けるので寝るように促した。危険を避けるために外敵の情報を聞かせるのは良い。だけど希望が損なわれる現状を知らせる必要は無い。

日常は今後続く安寧があってこそ持続出来る。慎二としては恐怖に怯える桜の姿など見たくも無かった。しかし桜はゆっくりと首を振る。

「最初にここへ兄さんをお呼びした時から、決意は固まっていますよ」

毅然とした態度、凛々しい声、決意漲る瞳。桜の目まぐるしい心の成長に慎二は嬉しく思う。だが庇護の元から巣立つ雛鳥を見るのは少し悲しい物がある。

慎二は桜の畏怖を感じないように彼女の手を握った。しかし同時に飛び立とうとする彼女を恐れて、無意識に取った行動かも知れなかった。

凛は慎二と桜が座した所で一つ息を付き、話し始める。

「どんな宝具を使ったのか知らないけど、セイバーの魔力はほとんど無い状態よ。セイバーは今消えようとする力に必死に抗っているわ。言うまでも無いと思うけど―――」

「消える・・・という事か」

凛の言葉を続けるように慎二が呟く。凛は頷き話を続ける。

「少なくともすぐに消える訳じゃないわ。でも次宝具なんて使おう物なら間違いなく無に帰するでしょうね」

失意と無念が渦巻く中、士郎は死中求活の声をあげる。勢い良く立ち上がって言葉を荒げる士郎。

「ちょっと待てよ、遠坂に慎二。まだ完全に終わりって訳じゃないだろ。寝ればセイバーは再び持ち直すんじゃないのか?」

士郎の言葉を受けて、凛は「この分からず屋」と言わんばかりの目で士郎を見る。彼女もまたセイバーが離脱する事は大打撃に違いない。それでも士郎に展望を話し続ける。

同盟とは対等で利害の一致の基に成り立つ物だ。しかし凛と士郎の関係は先進国と途上国の立ち位置であった。ある意味士郎の人徳が為せる業と言えなくも無い。

結局の所セイバーは消滅こそ免れよう物の、もはや戦力としては欠陥にまでなった。皆沈痛な面持ちで、凛と士郎の話し合いは続く。

有効策はいつまでも出ない。出口の無い迷路に迷い込んだような逼迫感に包まれる。話がループしそうになり、凛は話を打ち切った。

「とにかく、慎二達はもう寝なさい。これ以上進展するでも建設的な意見が出る訳でも無いんだし。わたしはもうちょっとこの石頭に言い聞かせるから。慎二あんたはもう分かってると思うけどセイバーは頭数に入れない方が良いわよ。それにこうなった以上、あんたらは間桐の家に戻るのも手ね。もうやばい奴消されたみたいだし」

慎二と桜、それにライダーも立ち上がる。障子を開けて出る際に慎二は胸の内を話した。

「遠坂さん、僕達はもう間桐の家に戻る気は無いよ。僕達はこの家を気に入っているし、それに士郎君には寝床提供の恩がある。アルバイトをして家賃を払うつもりだけどこんな状況だ。だから身の安全を守る事で恩返しをしようと思う。それに危機的状況化だからこそ、互いの結束力を強めないといけないんじゃないかな?」

その言葉に士郎は深く頭を下げて謝辞の言葉を述べる。凛も嘆息の息を吐くが、その口元は緩んでいた。慎二は就寝の挨拶をし、それに続く形で桜とライダーも出て行った。

「・・・っとにお人良しよね、あいつも」

彼らの退出を見届け凛は一人ごちた。そして表情を引き締め、セイバーを救うための苦肉の策を士郎に話した。セイバーに街行く通行人を襲い、魂を奪う魔力に変えるという最終手段を。



******



 慎二side

 桜と別れ僕は自室に入る。千変万化する日々。変化が多ければ多いほど考える事も多い。セイバーの体調、川尻猛の意向、強敵バーサーカー、まだ見ぬサーヴァント。

千思万考した所で頭は混乱するばかり。どれもこれも自分には手に負えない代物揃いなんだ。溜め息を零し布団に潜り込む。馬鹿の考え休むに似たり、寝て英気を養おう。

夢の中では何の不自由する事無く走り回れるというのに。何者を怯えるでも、警戒するでも、逃げる必要も無い。ただ景色の移り変わりを楽しむ嘯風弄月とした日々を過ごせる。

夢は人の気持ちを具現化させるのか。基本的に嫌な夢はあまり見ない気がする。両親も優しいし、山の中はいつだって平和だし。

「・・・こんな戦争早く終わらせてピクニックでも行きたいな」

そうとも、僕はこんな波乱万丈を望んでいる訳じゃない。いつだって平穏無事を唱えて来たし、目指して来たんだ。桜のためでもあるけど、僕のためにも早く終わらせないといけない。

皆で遠足や花見なんてどうだろう。凄く楽しそうだ。頬が緩むのを抑えられない。そんな楽しそうな光景を想像してにやけない人は居ないと思うんだ、うん。

その日、また夢を見た。両親の夢以外に見る夢は決まって山の夢だ。基本的にインドアの僕は、夢を介してアウトドア願望を解き放っていたのかもしれない。

いつも誰かの後に付いて歩く、ヒタリヒタリと。小心者の僕は夢でも臆病な存在だった。歩き方が忍者みたいに音を立てないように歩く。

山道をただ下っていくだけの夢は何の意味があるのか分からない。だけどこの夢は山を下り終える直前に終わりを迎える。前を歩く人は老若男女、一人の時もあれば複数の時もある。

でも数が多くなっても、一番後ろを僕はこそこそ歩いていく。知り合いでも無い誰かを追うのはおかしい話だ。気味悪がられたり、威嚇されたり、逃げられたり。

僕は話すのが苦手だから、見ているのはとても楽だった。色んな人を眺めるのも楽しい。だからこの夢もそんなに嫌いじゃないんだ。

ただ山道を見送るだけの何でもない夢。面白くもおかしくも無いつまらない夢。だけどそんな平凡な夢が嬉しかった。僕は人間との繋がりがあれば何でも嬉しかったんだ―――

僕はこの夢を見た後、一仕事やり遂げた男の顔になる。大儀を果たした気分というか、何か役割を果たせたというか。とにかくすこぶる機嫌良く起きられるから好きだった。

「・・・うん、今日も頑張れそうだ」

一人呟いてベッドを降りる。相変わらず髪はボサボサでやる気の無い顔をしているけど。僕がキリッとした好青年になる事は無いと思う。僕はおっとり型なんだ、多分。

居間に行くとセイバー以外は揃っていた。士郎君は何やら思い悩んだ顔をしているけど、下手に気遣う訳にもいかない。悩む人に他人が出来る事はそっとして置くことだと思うし。

昨日の晩から皆会話も少なく、慎ましい朝食になった。桜はセイバーの料理を増やして元気を与えようと考えていたらしい。肝心のセイバーが睡眠中のために不振に終わったが。

各自食事が終わるとさっさと居間を出て行く。遠坂さんは調べたい事があるらしいし、士郎君も一人になりたいと居間を去っていく。

桜の洗い物を手伝い、僕もまた自主練に励む。筋トレを行って筋力をあげないといけない。ダッシュをして瞬発力を鍛えないといけない。魔道書を読んで知識を蓄えないといけない。

色々見習いの僕はやらないといけない事だらけだ。常人より出切る程度では殺される。延命のためにも生存能力だけは高めないと駄目だよね。

お昼になっても士郎君は帰って来ない。部屋にも土蔵にも居ない所から外をふら付いているのか。団欒を重んじる士郎君が昼時に帰らないのは違和感がある。

遠坂さんや桜も同じ想いらしく、気が気じゃない様子でご飯を食べた。勿論会話などあろうはずも無い。いつも通りご飯は美味しいけど、全員揃って居ないと味気無いもんだね。

士郎君を探しに行こうにもどこにいるのか皆目見当が付かない以上、下手に動けない。僕は気を紛らわせるように鍛錬に取り組んだ。

昼下がりセイバーが起きた所で士郎君の居所がハッキリした。地図を広げセイバーが指差すのは冬木市郊外の森中心部。呆然と声を出す遠坂さん。

「・・・アインツベルンの森」

彼が居るのは共闘して立ち向かうべき敵の本拠地だった。





―続く―





 はい、どうもお久しぶりです。生活が一段落したので話を続けました。書きたいように書いて、直せる点や改善出切る部分を変えて行こうと思います。内容が同じでも切り口を変えれば読める物になると思いますので。それではこの辺で失礼します。

 本日もこのような駄文をここまで読んで頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 忍び寄る死の気配
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:68bc9dcd
Date: 2011/02/14 21:12
 保険程度のつもりで待機していたというのに。間桐慎二はただかすむ視界と、希薄になりゆく世界にしがみついていた。

もとより自分一人で妹君を守れるなど思わない。侵入者が来た時は即座に妹を連れ、逃げる気しか無かった。

しかしそれは全くもって浅慮だった。結果はずたずたにされた自身の体と、目の前で昏倒する桜がいるだけだ。廊下に横たわるその姿は儚く、そして美しかった。

警報が作動して感知した時、瞬時に居間から桜の部屋に向かった。そして見た物が桜の倒れている姿。嫌な予感や、罠だとか抜きにして一心不乱に駆け寄った。

そうして彼女が無事だと分かった瞬間、銃弾に似た何かを体に打ち込まれた。見事な手際に声も無く感嘆の溜め息を付く。

貫通することなく、ずうずうしくも体内に居座る何か。異物による圧迫と内臓損傷で、嘔吐感と吐血が同時にやって来た。

こんな状況にも関わらず、他人の家を自身の血で汚す事が躊躇われる。

―――死ぬかもしれないってのに、何て悠長な

朦朧とする自身をどうにか鼓舞し、意識を強く持つ。でなければ気を失う、いや死すら迫っているように感じられる。

現にそれは錯覚などではないだろう。口からの血液の流出を嫌った所で傷口からの流血は避けられない。床に流れ落ちる血はどうしようもない。

余りに呆気なく、そして何のために衛宮邸にお邪魔しているのか分からない。だから懸命に生へ執着したのだ。

この直面を何とか一人で切り抜けてこそ、一人前と言えるのではないか。一丁前な事を脳裏に浮かべながら、それでも倒れる桜に目立った外傷が無い事に安堵する。

危険な状況下で、人は『自分だけは大丈夫』という感情によって精神の均衡を保つという。これを心理学用語で正常化バイアスという。

冷静でいよう、泰然と構えよう、そういう気持ちが生んだ怠慢なのか。戦争と言う異常から逃避するための楽観視が、この現状を呼んだのかもしれない。

後悔したい感情が昇ってくるが何とか飲み込む。幸い向こうはサーヴァントを連れ歩いていないようだ。不幸中の幸いと考え、活路を見出す方が建設的だろう。

それに桜を一人にしていればもっと最悪の事態になったはずだ。それを思えば笑う膝にも活を入れられるという物だ

口いっぱいに広がる鉄と酸の味を嚥下し、視界が狭い事で左目を潰されて居る事にも気が付く。痛みや苦しみよりもどうにか生きながらえている事がただ有難い。

妹を残してこの世を去るのは不本意だ。だから力の加減か、調整かはたまた僥倖か。決定打を与えていないこの傷には少しだけ感謝する。

廊下の曲がり角を利用され、遠距離射撃。穿たれた時から既に狙撃主の正体は何となく掴めていた。

「・・・無様な物だ。人として生きれば生きるほど死に近づいていく。繋がりやしがらみ、そして絆はこの世で最も不要な物と言える」

廊下から浮かび上がるように立つその姿は確かに友人だった。川尻猛、しかしその面影はどこにも無い。

こちらに手駒が無いと判断したのか、悠然と歩みを再開する。よろける足で壁伝いにどうにか妹の前に立つ。保護者として兄として、盾でもいいから守ってあげたかった。

圧倒的な威圧感を身につけた友人の容姿を保つ誰か。しかし原型だけでケアのされていない肌や身なりから、直に川尻猛は風化していくだろう。

「・・・」

目の前に立ち尽くし、こちらをじっと観察する男。少々いらだっているようにも見える。慎二は意識を保つので精一杯で満足に思考すら働かない。

「・・・僕が、マスターで、彼女は無関係な一般人。殺すのは、僕だけにしてくれ」

慎二がどうにかそんな事を言うと、男は真一文字に噤んだ口を開いた。

「力を、出さないのか?俺の見立てではこんな物では無いのだが」

尚もこちらの様子を伺う男に違和感を覚える。まともに殺り合っていないというのにどうして分かるのか。雲泥の実力差がある事は今の一撃から一目瞭然ではないか。

「―――ふん、まぁいい」

醒めたように呟き、等身大の球に飲み込まれて行く。主の帰還と共に無数の穴が空いていく。先ほど体を貫いたのはあの穴から射出される物なのだろう。

「どうも期待し過ぎていた。サーヴァントも連れず、どれほどの実力かと思えばその程度。使えるようなら取り込むのもやぶさかでは無かったが」

穴だと思っていた部分は人の口になり、そして顔を形成する。あれが犠牲者だとすれば目の前にいる男は大量殺人を行った事に他ならない。

「そこの女を守りたいのなら、力を出せ。骨があればお前の意思を汲んでそいつを殺すのだけはやめてやる」

空中でゆらゆらと動きながら庭へと移動を始める。慎二に本気を出させるために桜に危害が及ばない所でし合う計らいのようだ。

慎二は覚悟を決める。気を失った桜を連れてアレから逃げられない。桜を見捨てて逃げるなど、選択肢にあろうはずもない。頼りのサーヴァントはバーサーカーと戦っている。

「・・・もう僕達はお互いに引けない所まで踏み込んでしまったんだ」

憐憫と哀愁を込め、内部に閉じ込められた川尻猛に向かって呟く。出来れば助けてあげたい気持ちも勿論あった。そもそも猛には何の罪も無いのだから。

しかし劣勢な現在の状況からして、生き延びる事がまず危うい。だからこその決意、そう友人を殺すことの―――

桜を手早く自室に避難させ、深呼吸をして外に向かって行った。桜の部屋を出る前に一度だけ、自身の妹を顧みる。

自分が負ければ間違い無く殺されるだろう。そして今のままでは間違い無く自分はあいつには勝てない。単なる直感だが通常兵器では成す術がないように思える。

「きっと生きて帰るから」

寝ている桜に言ったと言うより、自分を励ますように言って彼は部屋を出て行った。





******





 衛宮士郎救出部隊は正攻法によって真正面から敵の本拠地に侵入した。というのもバーサーカーが外に出て行くのを視認出来たからである。

士郎も多少ふら付く程度で五体満足だ。後はこの場を去り逃げ切ることが出来ればベストだった。

「・・・まぁここまで簡単に行く、なんて思っちゃいなかったけどね」

凜が呟く先にはバーサーカーとイリヤが立っている。立っているだけで死を感じさせる存在感。セイバーが本調子なら最高なのだが、今はそうも言っていられない。

アーチャーが歩み寄り、目だけで「さっさと行け」と語る。心底おかしそうに笑うイリヤの声をきっかけに、アーチャーが言葉も無く切り掛かっていく。

その隙に走り出す凜、士郎、セイバー。出口を出た所で凛は宝石を一発空へ撃ち放った。それは合図であり、サイン。そのガンドの光を機に、更に光量を増した塊が落下してくる。

さながら隕石とも思える物体は天馬に乗ったライダーの特攻。アーチャーを陽動に使い空からライダーに急襲させる。城内での戦闘における作戦だった。

幻獣を召喚し、それを宝具の力で最大出力まで引き出す。その火力と威力は隕石をも超える代物かもしれない。

ガンドの色によってベルレフォーンを使うか、ただ合流するかを決定する。今回は迷う事無く一撃をお見舞いするだけだ。

彗星となって城壁から城内へ突き抜け、全ての物をなぎ払って行く。その光景はただただ圧巻で、跡形も無くバーサーカーは消えたと三人は呆然と城を眺める。

大穴が開けられたために内部は筒抜けになっている。外の三人とは違い、イリヤは多少面食らった物のすぐに立て直していた。

「こ、この程度の事で殺られる程、バーサーカーは弱くないんだから!」

外に聞こえる程のイリヤによる怒声が響き、その声に反応したように巨体が持ち上がる。脱皮して間もないように血色が良いバーサーカーは剥き出しの傷を彷彿とさせる。

人体模型のリアル版みたいなバーサーカーは尚も動けるらしい。傷の修復に専念しながらもマスターを守るべく、外敵の排除に掛かる。

「・・・あの耐久力が宝具って事かしら。とにかく行くわよ!」

舌打ちを鳴らして凛は独りごちた後、同行者に声を掛けてさっさと駆け出した。

「行くってどこに・・・っておい!」

士郎が尋ねる時には風を切って凛は森へと入っていく。士郎は頭を掻き毟り、今にも倒れそうな弱々しいセイバーを顧みる。

その後お姫様だっこをしながらセイバーを抱え、凛の後を追ったのは言うまでもない。





―続く―




 はい、どうも本当にお久しぶりです。シリアス書いてシリアスになり過ぎて一度考える事を放棄した作者です。

何でしょうか、バーサーカー、ライダー、アーチャーの三人の戦いを想像するのがどうも上手くいかない。思いつかないしちょっと距離置こうと思い風を通した次第です。

本来その場その場のフィーリングで話を構築させるやり口なので、余り考えすぎると却って逆効果のようですね。魔術の本とか読んでもどうにも結びつかないですし。

やはり初心に帰ってチラ裏に戻ろうと思いました。魔術の事を勉強してから書くとなると膨大な年月を消費しそうなので(汗)

応援のコメントや辛口のコメントを頂いた方、返信もせずに申し訳なく思います。今後もどうぞ暖かい目で見守って頂ければ幸いです。

本日もこのような駄文をここまで読んで頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 究極の大器晩成型、死んで覚醒
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:68bc9dcd
Date: 2011/02/16 23:22
 ライダーとアーチャー、そしてバーサーカーとの殺し合いはまだ続いていた。たった三人の戦いだというのに、それは数千人で兵戈を交えるよりも更に激しい。

闇の中で煌く天馬の輝き。闇に同化してもただ赤黒い眼光を放つ巨人。城の外壁や森の上を飛び回り、斬る為の武器を弓矢に使う男。それは確かに人間には規格外な戦闘だった。

ライダーの初撃でどれほどの体力を奪ったのか。そもそも奪えたのか怪しい程、バーサーカーは苛烈さを増していく。理性や知性は欠片も残って居ないだけにスタミナだけは底無しだ。

とは言え多勢に無勢という程ではないが、二対一である事は大きい。英雄という人を超越した人物がタッグを組めば、いとも簡単に戦力差は翻る。

逆にイリヤというマスターを守りながら、サーヴァント二体を相手にしている事の方が異常なのだ。そして巨人はマスターの傍に居ない二人を罵るように咆哮をあげる。

ライダーは幾度目かの緩急を付けた攻撃の最中、自身のマスターを思った。無論自分とてマスターの傍らで待機していたいのは本音だ。

しかし今ここでバーサーカーを倒すというのも立派な奉公という物だろう。慎二と桜を連れてこの巨体を相手に出来る気がしないのもある。

天馬は膨大な魔力を有している代わりに制御が難しい。騎兵のライダーだからこそ使いこなせるじゃじゃ馬と言っても過言ではない。

極限まで張り詰める集中力と、一撃で屠られるバーサーカーの攻撃をかわす緊張感。マスターの事を考える余裕がそこにあるかどうか・・・。

慣れというのも恐ろしい技能で、バーサーカーに一度与えた技は通じない。戦闘が長引くのも、バーサーカーがこちらと互角の位置まで登り詰めて来た事に他ならない。

ライダーはちらりと共闘しているアーチャーを見る。お互い協力しているつもりは毛頭無いと言った具合で、コンビネーションらしい協力技も無い。

ただ何度も猛攻をバーサーカーから受けながら、尚も戦うあの弓兵は何者なのか。今となっては多種多様な武具による剣戟が、バーサーカーの体力を地道に削っている。

ライダーがバーサーカーの体勢を崩し、そこに追撃を加えるアーチャーの一撃。そしてその攻撃を毎回耐え、バーサーカーがアーチャーへ切り掛かっていく。

この流れが何度も展開されている。言うまでも無く、一番苦しい立場に置かれているのはアーチャーだ。バーサーカーの攻撃は避ける事に心血を注いでも、それでも喰らう。

受け流す事も、受け止める事も、かわす事も出来ない。病み上がりの体でバーサーカーとこれだけ戦えれば大健闘だろう。

ともあれ終わりが見えない戦にも、思わぬ所から終焉を迎える事になる。一瞬だけ慎二の存在を知覚すると、その生命力が殆ど残されていない事に気付く。

ライダーの体がわなわなと震える。慎二が窮地に立たされ、今一人で闘っている状況に今更になって気が付くなど―――

「っ―――」

言い訳や卑下はとりあえず後回しで、一刻の猶予も無い。サーヴァントはマスターが居てこそのサーヴァントなのだから。

とは言えここで行けば、アーチャーの生存率は限りなく低くなる。自分が見捨てたように思われるのも何となく決まりが悪く、一瞬考えてしまった。そんな時

「居ても居なくてもそう変わらんよ」

まるで心を読んだかのように城の屋根の上からアーチャーが声を発する。言い方は皮肉なのに、酷く優しい心遣い。

普段から嫌みったらしいのにどうして憎めないのか、何となくその理由が分かる。表面の棘は照れ隠しで、心根は優しいからだろう。

「・・・すいませんが、我がマスターの命を優先させて頂きます」

「ああ」

「あなたもセイバーと合流したらどうです?一人で殺り合うのはいささか不利でしょう」

バーサーカーの一撃を大きくかわし、合流しながらの会話。ライダーは内心焦りつつもそう提言した。何となく敵前逃亡し過ぎな感も否めなくて、思わずそう提案してしまった。

目を閉じ、喉を鳴らして気障に笑うアーチャー。そして剣を複製し、バーサーカーに打ち放つ。その一撃は確実にバーサーカーの急所を捉え、喋る時間を作っていた。

「お前もマスターに毒され過ぎだ。本来の役割を思えば、マスターの救命を最優先するのは当然の事。俺のマスターは有能で、それに見合うだけの仕事をこなさねばならん。撤退して自身の無能を知らせるなど笑止千万。選択は二つに一つ。相手を散らすか、己が散るか」

「・・・」

バーサーカーの目に生気が戻り、こちらに跳躍してくる。アーチャーは背中越しにライダーに言い放った。

「お喋りはここまでだ、無駄口を叩く前に手足を動かすんだな。行け!」

そう言って奮起しながらバーサーカーに立ち向かう。ライダーは方向を変え、衛宮邸に向かう前に一言

「ご武運を」

そう言い残してマスターの元へ駆けていった。


******


猛スピードで衛宮邸に向かい、着く頃には慎二はほとんど死んでいる状態だった。死ぬ前の吐息だけが脳内に流れて来るのは酷く苦しい。

唇を血が出るまで噛んでも彼を救えない。幾ら人より能力が卓越しても、死者を蘇らせる事など自分には出来ないのだ。

衛宮邸の庭に結界が敷かれ、そこを突き破ると無数の首が彼女を待っていた。慎二は両手を生首に噛まれながら中に浮かされている。

傷の無い所など無い、無慈悲で過酷な状況でもまだ手に弓を手にしていた。その健気で前向きな姿勢に涙腺が緩む。早業で慎二に纏わり着く頭を一刀両断して自由にする。

抱きかかえる彼の温もりは小さく、目に見えて死にそうだった。周りにゆっくりと浮遊しながら近づいてくる生首、眼球、脳髄、ありとあらゆる器官達。

ゆらりと立ち上がり、ライダーは怒りと憎しみを込めて周囲のゴミを蹴散らしていく。一体主はどこにいるのか、ただそれだけが知りたかった。

「・・・違う・・・ここでも無い」

どこからともなく聞こえるが、未だに音源が分からない。辺り一体を血の海にして尚、本体が居ないのはどういう事なのか。後は慎二しか・・・。

そう思った時、慎二が口から大きく血を吐きうな垂れた。家の柱にもたれたまま痙攣を始め、目、鼻、口、耳、あらゆる出入り口から血が湧き出る。

ライダーはこの時涙を流しながら、慎二に向かって武器を構えた。





******





 目を覚ます。いや、というより今の状況が分からないから状況整理から始まる。本当に目を覚ましてくれればいいのに、と切に願う。

「・・・ここは、教・・・室?」

どうも記憶が混濁していなければ、衛宮邸の庭で殺されかけた僕。『かけた』などと、もうこれは殺されたと見て間違い無いのかもしれない。

何となく自嘲的な笑みを浮かべてしまう。張っていた糸が途切れたように大きく息を天井に吐く。もしかして僕は自縛霊と言う物に分類されるのだろうか。

「別に僕、そこまで学校に思い入れ無かったように思うけど・・・」

そんな事を独りごちながら、無人の廊下を歩く。外も真っ暗で、というか闇しか見えないから何階を今歩いているかさえ定かではない。

意味も無く直進し続けると、一つの教室の電気が付いていた。もしかして同類の方が居て、あそこが避難場所なのだろうか。とりあえず今後の方針を知りたいので急ぎ足になる。

その教室は4年C組とやらだそうだ。『死』に被せた教室名に少し、ビビる。しかも中から楽しそうな声が聞こえれば、どうにも入りづらい。

「し、死神とか悪魔とか、ゆ、幽霊とか、止めてほ、欲しいなぁ」

自分も同じような存在の可能性が高い癖に思わずそんな事を口走る。そんな事を言っても怖い物は怖い。そして自分の身なりを見る限り、健常者のソレなんだ。

でも内部から漏れる声に危険な「ゲラゲラ」とか「ギェーッヘッヘ」とか「ヒョヒョヒョ」みたいな、明らかにやばい感じが無い。ただ普通の笑い声である事だけが頼りだった。

意を決してドアをこっそり開ける。今回はライダーも居ないので、中の様子を伺える。中では中央で机に座る男と、それを取り囲む鬼火。

男は犬耳と尻尾が生えていて、こちら側からは表情が伺えない。ひたすら独りで周りの魂みたいな物と話して、一人で腹を抱えて笑っている。

「え、マジ?おお、そんでそんで!ほぉ絶体絶命だわ、それは。しかも本当に絶命したって救いがねぇぇぇ!!」

なかなか激しい相槌で、喜怒哀楽もまた激しそうな情緒的な人物だ。僕としては川尻君みたいな人で少し安心してしまった。

僕が胸を撫で下ろして部屋を入ると、一斉に周囲に浮いていた火の玉が消えた。自分のせいなのかとかなり焦り、もう一度廊下側に後ずさる。

「ああ、ごめんごめん。ビビらす気は無かった。ていうかそんな事でビビるなよっ!あーまぁ俺と初顔合わせだし?しゃーないのかなぁ」

また独りで頬をボリボリ掻きながら気さくに話を進める男。振り返ってまた僕は言葉を失ってしまった。

「・・・またお前か」

犬セット(尻尾と耳)に気を取られてしまったけど、顔がまたしても僕と同じだ。僕は臨戦態勢を取って、ドアを掴み逃げる準備を整える。

「え、マジで?俺の事覚えてくれてんの!?うっはー兄さん記憶力いいわ」

どうもノリが違うから何となく警戒を解きそうになるけど、まだ分からない。変な蟲をいつ飛ばしてくるか、そして目的を知りたい。

「にしてはどうも様子がおかしいって。折角の再会だってのに、顔色険しすぎ!」

「ちょっと待て、様子がおかしいと感じているのはこちらも同じだよ」

軽い足取りで歩み寄ろうとする、犬男を右手で制し大事な事を確認する。何を考えて何を思って、このような場に僕を呼んだのかだ。

「目的は・・・何だ?」

きょとんとした顔をした後、犬男は大笑いを始めた。仰向けになるまで笑われると、酷く屈辱的になるのは僕だけじゃないはずだ。

「いやー、さっすが我らの兄さんだわ。俺もその質問は想定してなかったしな。いやはや流石ですわ」

一人またしきりに天井に話し掛けた後、勢い良く立ち上がった。そして長くなるから、座りましょうとだけ言ったんだ。


******


 彼は僕の常識と言う物をぶち破ってくれる事をあっけらかんと言ってくれた。

「え・・・今何て・・・?」

「だからー、慎二はその体に一番適応出来る魂だって言ってんの」

ちなみに僕の事を「兄」と呼ぶのは遠慮して貰った。何だか居心地が悪いので。

「ちょ、ちょっと待ってじゃあ僕そんなに長く生きて無いって事?」

「長いっていうか色々試した結果、上手く行ったからそのままにしてるって感じ?まぁどれ程の期間生活してたのか知らねーしなぁ」

つまり目の前に居る彼も間桐慎二という訳で。僕はとりあえず多くの魂の中の一人という訳で。

「え、え、じゃあもしかして他にも僕候補居たの?」

「まぁなぁ、妖怪でも霊魂でも受精卵でも何でもござれだったけど。そんで俺が慎二の予備って訳、予備っていうか補佐っていうか」

尻尾を振りながらアピールされても今更どうすればいいのやら。補佐の割りに僕、今結構えらい事になってるんだけど。

「僕、てっきり死んでここに連れて来られたのかと思ったよ」

「いや、それで合ってる合ってる。というかもっと早く来るかと信じて疑わなかったのに!」

楽しそうに『もうちょっと早く死ぬと思ってた』とかみたいな事言われても。無意識に人を傷つける人というのは彼の事を言うのだろう。

「とりあえず死んでからでないと君に会えなかったって訳か」

気を取り直して話を続けていく。彼はちょっとこちらをじと目で見てくる。別に何かやらかした訳でも無いけど、何となく顔色を伺うのは小心者の僕ならではだ。

「慎二、ほんとーに人違いしてたんな!全く、喜び損だ、畜生。屋上で一度会ったあれが俺だっていうのに!」

僕は、左掌に右手で判子を押す仕草で「あ~」と納得を表した。というかあんな細かい所での出会いなんて・・・。道端ですれ違ったのとそう大差無いと思うんだよ、うん。

覚えている人居るか分からないけど、そう言えば屋上で自分の腕を犬に変えるなんて事した覚えがある。気味悪いし、エサ代とかそういう変な事を考えている内にそれっきりだけど。

目の前で本当に悔しそうに机をダンダンと叩く彼を見ていると、何だか僕が悪い気がして来た。。彼は僕が思っている以上にメンタル面が繊細なのかもしれない。

「ごめん、ごめん。僕もっと凶悪な方を思い浮かべてたよ。本当にごめん!」

僕は誠意を込めて、四十五度上半身を曲げる事を意識して謝った。片目を閉じ、腕を組んでじっとこちらを見ていた彼だったがやがて大きく頷いた。

「俺、寛大だからな!許してやる、まぁ俺器大きいからっ」

やたら器の小さそうな台詞をうんうんと頷きながら言う犬君。ああ、そうだ。彼の名前をまだ聞いていなかった。

「そう言えば・・・君、何て呼べばいいの?順序かなりおかしい気がするけど」

「あーそかそか、間桐慎二は売り切れだもんなぁ。うーん、俺犬だし犬にちなんだ名前の方が覚えやすいよな」

「・・・って、え、名前無いの?」

「そうとも!」

えっへん、という感じに威張って言う事じゃないと思う。ちょっとこの子が不憫に思えて来た。自分と同じ顔の子が名前無い事を堂々と言われると胸に来る物がある。

『ケン(犬)』にこだわりが合って食べ物の名前が良いとか。ケン縛りが苦しく、即座に思いついたのが『ケンタッキー』だった。

僕が心苦しそうにそれを伝えると、おお、と目を輝かせて「それでいい!」と快く了承してくれた。長いからこれからケンタと呼ぶ事になるけど。

「それで話を戻すけど、これから僕達はどうなるのさ」

「うーん、一応決まりがあるのよ。予備の俺って妖怪とか物の怪とかそういう類じゃん?そんでまぁ慎二は人間として生活送って来た訳だからさ、世界の見え方が変わる訳」

「・・・妖怪とかそういうのが見えるようになるって事?」

「まぁそれもあるし、何より寿命が無くなる。いや、勘違いしないで欲しいけど、殺されりゃ死ぬよ?でもそれは一時的な物で、また時間が経てば修復される。人間よか耐久力が付くわな」

不老不死になって、知り合いが死ぬ所を立ち会う事になるのか。それにお化けが怖いという弱音は論外、と。

「だからさぁ、まぁ何だ。臓硯の爺さん的に死んでもまだカムバック出来る奴が良かったんだろうねぇ。死なれたら困るの、あの人だろうし」

僕は聞き捨てならない言葉を聴いた気がする。咄嗟に聞こうと思った時

「あ、やべぇ!これマジで本体壊されるわ。桜の妹さんも居る事だし、まだやるよな?」

「え、あ、ちょっと待って、き、聞きたい事が・・・まだっ」

「はい、時間切れです!」

「色々待ってぇぇぇぇぇぇ」

そう叫んだ瞬間窓ガラスが全部割れて吸い込まれて行った。今更新しい人生の幕開けって色々困るよ、僕は!





―続く―





 はい、どうも。まぁそろそろ慎二覚醒させないと敵と闘えませんしね。説明不足や、不必要な説明があったら申し訳無いです。頑張って書くので許してください。

ここに来て新キャラ「ケンタ」ですが。慎二がこれより大きく戦力が上がるかと。新しい事を書いたので手直しする所が多々あるかもしれませんが、逐一修正しようと思います。

本日もこのような駄文をここまで読んで頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 堕ちる巨星、再生への旅路
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:68bc9dcd
Date: 2011/03/18 23:12
 落ちていく。流れていく。意識はあるのに金縛りにあったかのように動かない肉体。さきほど親しげに話していたケンタはどこへ行ったのか。

窓から放り出された後、僕はまた一人になった。でも独りには感じない。裏づけを取る事は出来ないけど、ケンタの存在を実感出来た。

―――二人で一人、いや―――

「彼もまた僕、なんだ」

幸福感と言えばいいか、充足感と言えばいいのか。両親の温もりを満足に得られなかった僕には、妙にくすぐったい物がある。

心を支えて貰えると口元が綻ぶのだと初めて分かる。彼はいつだって僕を見守ってくれていたに違いない。それが嬉しくて仕方がなかった。

認識した途端、視界が大きく開けて来た。今僕はようやくスタート地点に立てたのかもしれない。自分と言う存在を更に深く理解できたが故に。

力なんて別に興味は無いけれど。富も名誉もお金にも関心は無いけれど。日々の安寧のためにもう一度立ち上がろう。終着点など無い、果ての無い先へ進もう。

そうして僕はゆっくり現実へ浮上して行った。そうしようと決心した時、ケンタの声が聞こえた。

―――中の奴は俺に任せろ―――

「――――っ」

返事をする間もなく、僕は赤色に塗れた世界に戻された。内部侵入者は彼に任せよう。僕が行った所で同じ結果になるだけだ。それよりもライダーを安心させたかった。

目の前が血の海過ぎて、視界が塞がっているに等しい。他人から見たら死に掛けているように見えると思う。目も見えないし、音も良く聞こえない。完全に満身創痍だ。

でもケンタは確かに長髪の女と言ったんだ。僕はライダーが助けに来てくれたんだと信じて疑わない。彼女は僕のサーヴァントであり、姉のような存在なんだ。

「ラ・・・ダー・・・」

死なないと分かっていても、多量の出血で声がかすれ死に損ないの声しか出ない。さっきまで温もり云々で一人喜んでいた自分とえらい違いだ。

そう声にした途端、誰かに抱きしめられた。誰かなんて、もう言わずとも分かっている。痛いくらいに抱擁するその長身の女性は僅かに震えている。

小さい声で何を言っているのか分からないけど、謝罪とか懺悔の類だと思う。そんなの必要無いんだ。僕はもう今この時点で嬉し涙が出そうなんだから。

今の今まで寝てたような物なのに、眠くて仕方が無い。安心感で疲労感が一気に出てきたのかも知れない。やっぱり僕は僕のままだ。

 ―――ふふ、やっぱり僕は弱いや。でも何だか安心した

僕は気付けば無意識に念話で独り言を言っていた。思った事を思ったらそのまま相手に通じてしまうのは少し気恥ずかしい。

 ―――慎二、くぁwせdrftgyふじこ!!

そして念話が通じると分かるや否や、ライダーは凄い勢いでまくし立ててくる。朦朧とする意識の僕にはちょっと何を言っているのか分からない。

ただ安否を気に掛けてくれているのだけは伝わってくる。僕は大丈夫、大丈夫と何度も応答し彼女を何とか静める事が出来た。

ただ眠いというと、ライダーはすぐさま僕を拾い上げ風を切って寝室に送ってくれた。僕は拾い上げられた時点で呆気なく気を失ったけど。

でも落ちる瞬間にこれだけは言っておいた。

 ―――心配してくれてありがとう、ライダー



******



 士郎、セイバー、凛は逃走のために走った訳ではない。戦力の立て直しのために一時撤退をしていた。早い話がセイバーの魔力充填である。

精液が魔力の源であり、そこから先は言わずもがな。ムードも雰囲気もへったくれも無く、魔力注入組み手を行い、早々に前線に向かっていた。

凛は自身のサーヴァントの救出に焦り、セイバーは邪念を振り払うように森を突っ切る。士郎はとりあえず付いて行くのに必死過ぎてもう無心だった。

どれほど走ったか、目的地が目前の所になった時、唐突に凛が足を止めた。俯き髪で表情が見えないが、その後ろ姿は儚く、年相応の少女に見えた。

士郎は声を掛けようと歩み寄ったが、彼女の様子からその意味を察した。

「―――アーチャーが、やられた・・・?」

士郎の呆然と出した声に誰も何も言わない。いや、そもそも凛が反論しない時点で事実である事を意味していた。

「・・・わよ」

ぼそりと放った凛の声は自分に言い聞かせる用の物で、士郎とセイバーには聞き取れ無かった。距離を縮めた彼らを射抜くように睨み、凛はハッキリと言った。

「絶対にケリをつけるわよ」

押し殺すように吐き出された言葉は有無を言わせない迫力を伴っていた。しかし今更の言葉でもあり、既に腹を括っている士郎とセイバーは首肯で持って返事とした。

作戦会議とすら言えない程の談義は数秒で終わった。作戦代表の遠坂隊長によって今後の方針は速やかに決められた。

シンプルにして単純明快。士郎とセイバーが囮で、凛が闇討ち。戦術的には基礎的な物だった。即興で凝った作戦など考える時間の猶予も余裕も無い。

バーサーカーが弱っている今こそが好機、そこから凛は別れ士郎とセイバーはバーサーカーの元へ駆けていった。

戦場はもはや天変地異が起こったような有様だった。木々はあらゆる方向になぎ倒れ、城に至っては修復不可能なほど見事に全壊していた。

月明かりを浴び仁王立ちするバーサーカー。こちらが来るのを予期していたかのように微笑む少女、イリヤスフィール。

妖艶な笑みを浮かべ、殺戮に酔い痴れる舌なめずりをしてこちらを一瞥する。最後まで立っている我々が勝者である、と。最強の兵士を従えているのは自分だ、と。

そう完全に自己陶酔していた。二対一の争いを覆したという事実に。故に感覚が麻痺していたのかもしれない。だからバーサーカーが負けるはずが無いと妄信したのかもしれない。

バーサーカーの生命が後一度断ち切られれば死ぬほど弱っていたと気付けなかった。アーチャーとのタイマンになった時点でイリヤは勝利を確信していたのだから。

半人前のマスターと弱ったセイバーに何が出来る。窮地を抜けると人は気が大きくなり、楽観的になる。だからこそバーサーカーに押されるセイバーを嘲笑う事が出来たのだ。

セイバーに止めを刺そうと大振りの斬撃を与える。セイバーを倒すのは時間の問題だ。シロウをどういたぶろう。そうだその前に鬱陶しくて目障りなリンから―――

その時初めて彼女は違和感を覚えた。この状況は明らかにおかしい。誰が好き好んで殺されに来るものか。そもそもバーサーカーも殆ど限界に近いではないか。

ようやく現実的な感覚を取り戻し、バーサーカーを一時的に引かせようと思い立ち

「待ちなさい、バ―――」

ズガーーーーン!!!

そして全てが終わっていた。どこからともなく颯爽と姿を現す遠坂凛。普段のバーサーカーであれば全く苦も無く殺していただろう。

しかしアーチャーの負わせた傷で、膝のバネや腰の回転が上手く行えず迎撃が遅れたのである。それが致命的な隙を作ってしまった。そこを凛に至近距離で脳天を撃ち抜かれたのだ。

先のアーチャーとの戦いで風前の灯であったバーサーカーは完全に止めを刺された。イリヤの悲鳴が聞こえ、雌雄を決したにもかかわらず凛の表情を崩さない。いや、崩せない。

「こ・・・の・・・はな、しなさい!」

全て出し切った彼女はもう一人の強気な少女でしかない。バーサーカーの腕力から逃れる事も叶わず、逆に胴体を掴む手の力は増すばかり。

セイバーが何度斬りつけても切断にまでは至らない。メキメキと鈍い音を立て始め、呼吸すらままならなくなる。アーチャー、今からそっちに行くかも。そんな事を考え始めた時―――

「―――遠坂を、離せっ!」

ズバッと小気味良い音を立てたと思えば凛はそのまま落下する。一体この状況でどうやって・・・

「エクス・・・カリバー・・・?」

衛宮士郎が持つそれは確かにエクスカリバーだった。セイバーが持つ物と酷似しているが、セイバーが開放した物とはまた違う。

凛は屈強な男の腕からどうにか逃れ、仰向けに寝転んだ。一人、そして人知れずふっと笑い夜空を見上げた。天賦の才って奴を人目見て何だか笑えたのだ。

「・・・美味しい所全部持っていくんじゃないわよ、馬鹿」

セイバーと士郎が一緒に剣を持ちバーサーカーを貫き、ゆっくり倒れていく。それを尻目に彼女は大きくため息を一つ付き、天に向かって呟いた。

「あんたの仇は討ったわよ、アーチャー」

そこまで言ってようやく彼女は肩の力を抜いた。


******



 桜は目を覚まし、いつの間に寝てしまったのかと疑問に感じた。折角兄と一緒に時間を共有出来るというのに、何をもったいない事をしているのか。

「・・・?」

立ち上がって軽い眩暈を覚える事に疑問を覚える。何故立ちくらみなどするのだろう。そんなに長時間、自分は寝ていたのか。

最近は住居人が増え、騒がしい衛宮邸も今はひっそりと静まり返っている。廊下から居間の明かりを見ると付いていない。では兄は部屋にいるのだろうか。

騒がしいのが苦手である桜は、閑静な闇が嫌いでは無かった。暗闇を恐怖と感じる事は無かった。見えない感じない物に何を恐れる事があるのか。もっと恐ろしい物がいるというのに。

軽く軋む床の音を聞きながら慎二の部屋の前に立つ。兄の個人空間に入るのは妹の特権である。そしてその事が異様に彼女を興奮させ、高揚感で頬が熱くなる。

兄が何をしているのか分からない。真面目な兄の事だから、今後の方針に頭を悩ませているのかもしれない。忙しそうなら暖かいお茶でも煎れてあげようか。

そんな事を考えながら慎ましくしずしずとドアをノックする。ところが幾ら待っても返事が返って来ない。兄にしては珍しく居眠りをしてしまったのかもしれない。

授業中眠って怒られる事を笑って話すが、家にいる時はあまりそのような事が無い。クスリと笑みを漏らしてしまう。そういう抜けた所も兄の一つの魅力だとさえ思える。

居眠りなどというのは完全な勘違いだと気付くのは、部屋を覗いた時だった。今ここに居るべきはずがない人物がそこに居たのだから。

「・・・ライダー?」

彼女は遠坂先輩と一緒に衛宮先輩を助けに向かったのでは無かったか。その彼女がここに居ると言う事は何を意味しているのか。

ライダーは桜の呼び掛けにも応じず、ずっと兄を見つめている。その姿はもう看病している姿にしか見えなくなる。

いつの間にライダーの隣に並んだのか分からない。だけど気が付けば静かに眠っている兄を見下ろしている自分がいる。寝息すら聞こえない、それはもう死んでいるかの―――

そう思い掛けた時、体がガタガタと震え出す。理解したくないのに感覚的に今の状況を判断出来てしまう。

「わ、わ、わたしのせい・・・だ」

震える唇をどうにか動かして出た言葉はそんな自虐的な言葉だけだった。しかし今頭の中に浮かぶ言葉がそんな単語ばかりなのだから仕方が無い。

自分のために奮起する兄を見るのは嬉しく、優越感さえ覚えていた。そしてもっと構って欲しかった。そして何より何も知らないまま兄を巻き込むのが一番嫌だった。

でも、でもこんな姿を見るためにマスターを委託した訳じゃない。兄は戦うなら自分を連れて逃げると思っていたのに。それがどうしてこんな―――

そう考える時、肩にそっと手を置かれた。バッと顔を上げるとライダーがこちらを見つめている。

「慎二は今も戦っています。そしてきっと帰って来ます。そう、彼は言っていました。そして自分のせいなどと思わないで下さい。それは慎二の望む所では無いでしょう。わたしたちの戦い、それは慎二を信じて待つ事だけですよ、桜」

そう元気付けるライダーの顔も憔悴した笑みだった。きっと彼女が一番責任を感じているに違いないのだから。だからわたしは口を引き締め頷き返した。

兄さんは自分を置いていかない。今まで兄さんが嘘を言った事など無かった。年功序列なのだから自分より先に死ぬなんて事は有り得ない。

きっと帰ってくる、そう信じて兄の手を握った。その手の温もりは消えておらず、確かに生きている。僅かにほっとしてわたしは兄さんに語りかけた。

「わたしはいつまでも待ちますよ、兄さん」

兄の左手を両手で包み、祈るように手の甲に額を付けた。この想い、どうか兄に届きますように、そう願いながら。





―続く―





 はい、またまたお待たせして申し訳無いです!どうも書いてて良い発想が思い浮かばないんですよ(汗)やっぱり自分で面白いと思えるシナリオじゃないと、小説を投稿する気にならない物です。とは言え今回の展開も満足度的には六割と言った程度でしょうか。やはり浮き沈みと言うか、波がありますね。

 今後もぼちぼち話の続きを書いて行こうと思います。どれほど皆さんに面白さを伝える事が出来るかは分かりません。つまらんと思われる方には本当に申し訳無い限りです。でも自分的には「まぁ有りやろ」という気持ちを持って投稿しているつもりです。ですので読者様にも同様に楽しんで頂ければ、それに勝る喜びは無いと思います。

 本日もこのような駄文をここまで読んで頂き誠にありがとうございました!



[24256] 交錯し背反する社会、そこに求める共存
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:59b62367
Date: 2011/05/03 22:51
 腹に大穴を開けられ、膝から下を丸ごと持っていかれる。米子は苦渋の表情を浮かべ、自分の根城に撤退する。痛みよりも己の失態に対する憤りによる物だった。

ゆらゆらと穴開き球体が浮遊する。まだ全然足りない。逃げていては仕留める事は出来ない。もっと殺傷力が必要だった。だから一度は救い泳がせた、あの山犬を。

しかし米子にとっての最大の誤算は、一度倒した獲物に殺られる事は無いだろうという驕りだった。そう今この場面に置いてケンタは紛れも無く自分よりも強い。

以前の奴はこうまでも好戦的であったか。否、あの時は―――

「っ!!」

そんな顧みる時間すら与えず突進するケンタ。しかしそれは想定の範囲内。この姿を見てどういう攻撃手段か分からない訳ではあるまいに。不退転の覚悟という奴か。

内心でほくそ笑みつつ、米子は持てる限りの力を使いルサンチマン(弱者の深い恨み)を解き放った。

眩い光を放ちながら眼前の猛犬を襲う死者の魂。その姿を見ながら米子は満足そうに頷いた。折角溜めた力だが、それで奴が手に入るなら安い出費だ。

彼がそうして武装を解きゆっくりと光の収束地点に歩みを進めると―――

「ご馳走様」

その一言と共に鼻から上を根こそぎ噛み切られた。瞬間彼はガクリと膝を割り、崩れ落ちながら最後にニヤリと笑った。卑下するかのような、自分にふさわしい結末と思ったのか。

敗北を悟った米子は潔く死を迎え入れた。そして彼のほんの僅かな良心なのか。最後の最期に川尻猛に肉体を返還し、この世を去って行った。

「慎二・・・ごめんな」

話せた言葉はたったその一言だけだった。謝罪の言葉は短い物だったが、さきと一変して親愛なる温度を含んでいた。ケンタは思わず耳を立て、じっと亡骸を数秒ほど観察した。

どうも何事も起こらないようなので、久しぶりの獲物を平らげていく。ぼろぼろに傷つけられた時はどうなるかと思ったが、この分だと修復は早そうだ。

昔もこうやって狩猟して気ままに暮らしてた気がする。山の中で今と同じような情景が思い浮かぶ。人間なんて俺たちにとって凄い大物だった。

「・・・あいつ人間にだけは関わるなってうるさかったよな」

そう言いながら食事を済ませ、前足を伸ばして思いきり伸びをする。それより早く主に返してやらないと―――

「欲目を出してしまう」

幾らなんでも謀反や強奪を行うのは時期尚早という物だ。舌の根も乾かぬ内に事を起こすのも寝覚めが悪い。

「・・・何考えてんだろう、俺」

おおよそ妖怪とは思えぬ人間らしい思考に思わず苦笑する。『寝覚め』などという物を考える必要も無いし、奪いたい時は寝首を掻いてやれば済む話だ。

思考する、昔は何を考え、どう行動していたのか。闇に支配された体内の中、お座りの体勢で天を見上げた。やはり外に出て気ままに暮らそうか。

手を貸す、などというのは口実に過ぎず、準備が整い次第山に還ろうと思っていた。記憶は匂いを辿って行く内に思い出すに違いない。

ネギを背負った鴨(米子)のおかげで、自分は独立して行動出来るほどの力を貰った。戸惑っている慎二から逃げる事は容易だ。逆に平穏を取り戻し、あいつも安心するかもしれない。

自分があいつを修復して、俺が分離するだけの力を貰ってひっそり去る。それが当初からの目的。人間の俗世に用も無いし、興味も無い。

前足で耳をこねくり回してから、彼は舌をだらりと伸ばし、溜め息を落とした。

「ま、いっか」

そう漏らすと、ケンタは勢いよく飛び上がって慎二の体から出て行った。



******



 それは唐突だった。目覚める、というより起動したかのような。そんな突然の覚醒。隣で女性が寝ており、一体この子は誰なのか。最初に思った事がソレだった。

どうも今日は一段と頭が寝ぼけているようで、記憶障害まで引き起こしている。恐らく自分は大変大きな事故か厄災に巻き込まれたに違いない。

そんな馬鹿げた事を考えている内に、隣の女性が寝返りを打ちこちら向きに転がる。布団を引き上げたせいで、外気が入り肌寒かったのかもしれない。

顔を見た時、瞬時に蘇る記憶。思い出される情報は次々と伝播し、現在の自分まで辿り着いた。最近の波乱万丈な人生に身を縮めながら、とりあえず桜に掛け布団を掛け直した。

桜の寝顔を何となく眺めていると、ふとした疑問が沸いてきた。というよりも至極全うな感想というべきか。

「・・・ここは僕の部屋・・・ですね、うん。桜はどうしてここで寝てんの?」

もう一度再度周囲を見て、自室である事を確認して一層不思議に思う。昔から自分にべったりだった妹。しかし自立心を育むという名目上、中学校に上がる頃には別々に寝るようにしたのだ。

心配して添い寝してくれるのは有り難いが、習慣にされると逆にこちらが困る。

「桜はよほど慎二の事が心配だったのでしょう」

今後妹との距離の取り方を考えていると、背後から声を掛けられた。いつも通り気配を感じさせないライダー。驚きよりも安心感の方が勝っていた。

慎二は人差し指を口に当て、ライダーへ外に出るよう促した。ライダーは静かに頷き、そっとドアを開けて慎二が先に出るように配慮した。

廊下に出ると慎二は安堵の息を付く。誰であれ、親しい人物の安眠など妨げたくない。ライダーはドアを閉めるとすぐさま質問を放ってきた。

「何かお話でも?」

「ん、そういう訳でも無いけど。ただやけに目が冴えてるから、夜風にでも当たろうと思って」

「念のためにお聞きしますが、お体の方は?」

即答しても逆に心配されると思い、慎二は軽いストレッチや屈伸をして体調を確認する。幸い不調を訴える部位は見つからず、大丈夫みたい、と頷いた。

しかしライダーはそれでも心配なのか、関節を揉んだり、裾を捲ったりして容態を慎重に確認した。そしてようやく安心して頷いた。

「少々信じがたい回復力ですが、問題は無いようです。ではご一緒させて頂きます」

さも当然というように背後に回るライダー。勿論そこに拒否権など存在しない。慎二も苦笑で返しながら、一番涼むのに適している縁側に足を運んでいった。

縁側に着くまで、そして着いて腰を下ろしてからも会話は無かった。隣りに座しているライダーも一言も発さず、ただ長髪がなびいていた。

ライダーは慎二の自主性を重んじてくれたのか、それとも済んだ事にどうこう言うつもりは無いのか。

とにかくあれこれ詮索されない、というのは慎二にとっても有り難かった。自分自身状況整理をしないといけない。

聖杯戦争とやらに巻き込まれた所まではしっかり覚えている。サーヴァント同士の聖杯を巡る戦い。バーサーカーがとんでも無い強さで、士郎がさらわれて。

どうにか現在まで思考が戻ってきた。起床してから今まで30分近く夜風に当たらないと思い起こせない。何とも滑稽な話だと、慎二は自嘲の笑みを浮かべる。

―――おいで

突然の事に思わず慎二はライダーを見た。見知らぬ誰かの声。幻聴かと思ったが何か感じたのか、ライダーもスクッと立ち上がり、警戒の色を見せ始めた。

「慎二、どうも屋根の上に何かいるようです」

霊感も無いし、怪奇現象が怖い慎二と常日頃豪語する慎二。身震いして泣き言を漏らし掛けた瞬間に思い出した。つい先ほど訳の分からない体験をしているではないか。

「・・・どうされました?」

突然自分の方を凝視する慎二を、ライダーは心配そうに顔を覗き込んでくる。慎二はふと我に返るとライダーのドアップをもろに見てしまい、慌てて顔を背けた。

月明かりの中とは言え、あそこまで接近されればいくら何でも緊張する。彼女の美貌は男性なら誰だって陥落するほどの容姿なのだ。

「え、あ、い、いや、大丈夫。それよりどうも僕が呼ばれているような気がする。だから一緒に行こうか」

何ともウブな反応をしていると自覚しているが、幸いライダーは深く突っ込む事は無かった。非常事態と言う事でそれどころでは無い、そう考えているのだろうか。

ライダーは慎二を軽々と持ち上げ、瞬く間に屋根へと移動した。足元一面が瓦の傾いた夜の中、屋根棟の中央にソレは居た。

全容は明らかではない。生き物としての断片だけがそこにあった。目から頭蓋に掛けては存在しないし、胴体その物さえ無い。

かろうじて目より先の額段から鼻、口があり、指部が長方形の四隅の位置に置かれている。丁度伏せをしている格好だろうか。舌がはみ出た口からは断続的に呼吸が漏れ出ていた。

慎二自身、驚く事に不思議と恐怖を覚えなかった。というより眼前に居る化生の類は自身の抜け落ちた記憶を想起させた。

自分の考えに間違いが無ければ、自分の恩人であった。直感的に同一人物である事が分かる。しかしどうにも確信が持てなくもあった。

「・・・あぁ・・・こんばんは」

憔悴というか、酷く年を取った年輩の声だった。慎二はおぼつかない足取りで、人二人分ほど距離を開けて屋根の棟に腰を下ろした。

「こんばんは、もしかして以前お会いした事がありますか?」

シェパードに似た漆黒の鼻をひくつかせ、指を一点に集中させた。姿勢を正したのか、お座りをしたようだ。

「ああ、そうだ。アレは何と言ったかな。・・・『ケンタ』と命名されたのかな?」

フフフとさも愉快そうに笑う老犬。そこでふと疑問に思う。以前あった時と雰囲気が大分違う。そもそもこんな年を取ったような喋り方ではなかったはずだ。

「あの・・・前会った時とは全然違うような・・・」

そこまで言うと、斜め上を向いていた口がゆっくりとこちらに向き直った。

「さて、話す事が多すぎるのも難儀だね。それから後ろにおられる女性には聞かれても良いのかな?」

「ええ、勿論です。彼女はパートナーであり、僕の右腕ですから」

ライダーが何か言う前に慎二は毅然と言い切った。慎二の言葉を受け、すぐ後ろでライダーは一礼をして霊体になった。

その言葉を聞くとケンタは舌を引っ込めて、呆然とこちらを見つめている。それを見て慎二は咄嗟にしまった、と感じて弁解した。

目の前にいるのは自身を救ってくれた上に、力添えまでしてくれると一度言ってくれた人物。そんな人に腹心の知り合いが居ます、などと気を悪くすると思ったからだ。

「いや、これは―――」

「大丈夫、言わなくてもいい。何も気に病む事などないのだよ」

慎二は自分の置かれている状況を伝えようと言葉を紡ごうとした。すると遮るようにケンタは口を挟んだ。

「君が戦いをしている事など承知の上だ。でなければ僕がこうして表に出る事など無かったのだから」

どこまで知っているのかそんな事を言うケンタ。落ち着いた口調、紳士的な態度に慎二は違和感を覚え、何となく落ち着かない。

「・・・まずは僕の素性を話すべきなのだが」

そこで一旦言葉を切り、思案するように閉口する。そして鼻の頭を舐めて、続きを再開し始めた。

「残念ながら過去、自分がどのような日々を送っていたのかは覚えていない。僕は長い間、間桐慎二の一部となって放蕩していた。君が内部で見た僕は、君にとって好ましい人格として存在していた」

「ああ、それで・・・」

慎二としては初対面にも関わらず、妙に安心した覚えがあるので納得してしまった。余りに親しみやすいがために警戒したくらいだった。

「本来の性格、というよりも『言葉』を会得したのが後天的な物でね。自分が昔何を考え、どう感じていたのかさえ定かではない。ただ欲望にのみ忠実だったよ」

自分の欲求を思い出したのか、口の横から舌がはみ出て、断続的に息を吐く。禁断症状に耐えているように見えなくもない。

「僕は凄くシンプルだ。『食う』のが本質なのだろう。ひっそりと山で狩猟でもしていたんじゃないかな。全ては憶測だがね」

その言葉を聞いて、慎二はケンタから気持ち一人分距離を取った。さりげない動作と、ぎこちない笑みを浮かべて。そんな話をされると威圧されているようで恐ろしい。

「ああ、すまない。怖がらせるつもりは無かったんだ。幸か不幸か、僕はもう理性や知性を得てしまった。だから別に誰かに危害を加える気にはならない」

「ではあなたがここにいるのは、一体どういった・・・」

「僕がここにいるのは有り体に言えば『義務』かもしれないな。慎二君は僕に感謝しているかもしれないが、僕もまたこうして外の世界に出られた。だから君の平穏が戻るまでは傍に居ようかと思ったのだよ」

「・・・」

慎二は考える。目の前の異形のものをすんなり信用していいのか、と。鵜呑みにしてしまっていいのか、と。

しかしこうして姿を現して、話をしてくれる点は信用に値すると判断した。それにケンタの話によれば、今までと事情が異なってくると言っていた。

どちらにせよ彼から話を聞かない事には先に進めないような気がした。慎二はもう気持ちを切り替えて色々と質問して、話を聞くことにした。

ケンタはゆっくり、そして丁寧に質問一つ一つに答えていった。中にはにわかに信じがたい話もあったが、ケンタの話によるとこうだ。

まず川尻猛、衛宮邸を襲った魔術師の米子は死んだ。幽体離脱の類で進入したのでは、という事だった。どうもケンタの力を欲して攻めて来たようだが返り討ちにしたとの事。

猛の最期の言葉を聞くと、慎二は胸を締め付けられる思いだった。どう考えても聖杯戦争における真の被害者は、彼に違いないと思った。

助けられなかったのか、そんな言葉が浮かんだがすぐに揉み消した。所詮は「たられば」に過ぎない。反省はしなければならないが、決して後悔をしてはいけない。

慎二が落ち着いたのを見て、ケンタは次に自分たちについて話し始めた。

「人は常に変化を欲し、進化を求め続けていく。しかしそこから我々は違う。時間の概念が無く、常に止まったままなんだ。だから我々は時代に取り残され、気付けば人々の視界でさえ除外されたのだろうね。住み分けなどではない。妖怪や亡霊は、人間社会と決して交わる事は無い。同時に存在して、すれ違う。世界が交錯しているんだよ」

慎二は思い出す。ケンタに言われた言葉を。あの時は寿命が長くなる、と言われた気がする。それは人間の存在する世界から徐々に廃れていく事なのではないか。

それはつまり死ぬ、と言う事は誰の目にも映らなくなった時なのだろうか。

「ご覧の通り、世界から省かれる結果がこの姿だ。最低限の部品しか分け与えてくれないのだよ。慎二、君は僕の力に依存して暮らす事になる。勘違いして貰っては困るから先に言うが、僕が君を侵食するのではない。君が君自身を侵食していくんだ」

慎二はかなり哲学的な事を言われた気がして、思わず目が点になった。それは知性や理性が失われる、と言う事を指すのだろうか。

「君はある程度成長する所までは他人と同じだ。しかし逆に老化して衰えていく事が無い。周囲が衰退していく中、君はいつまでも全盛期みたいな物だ。周囲の目やいたたまれなさから、人里から離れるかもしれない。君の戦いはそこからだろうね。退屈との折り合い、半永久的に続く時間は徐々に君自身を蝕むだろう」

「・・・」

慎二は返す言葉も思いつかず、ただ黙って聞いていた。なにしろ実感が沸かない。普段通り目覚め、見かけの上では何ら世界に異なった所が見当たらない。

「今の所君は半分人間、半分霊魂。すなわち両世界をまたがっている事になる。本質社会の住人は自身の行動に疑問を抱いてはいけない。自分を否定すれば、世界も安心して僕達を排除に掛かる。あっという間に老い朽ち果てていく事になる。故に年齢や外見など不必要なのだ。だから君もしっかり自我を保ち続ける事だ。同情や共生など誰も求めてやしない。基本的に干渉しない方がいい。まぁ今に分かる時が来る、だから―――」

そこまで話した時、下の廊下がにわかに騒がしくなってきた。何を言っているのか聞こえないが、桜の慌てふためく声が聞こえる。もしや騒ぎの原因だと思った慎二は動揺した。

「ふむ、どうやら姫君を起こしてしまったようだね。今日はこのぐらいにしとこうか。最後に一つだけ忠告だ。慎二、もし知り合いが死んでも君は生きている。他人の痛みを分かち合う事など出来はしない。あまり気にしない事だ」

そう言うと鼻先を真下に向け、一礼してゆっくり振り返った。棟の端まで歩を進め、そこでもう一度鼻っ先がこちらを向いた。

「長髪の女性、名は何と?」

瞬時に慎二の傍にライダーは出現し、丁寧に自己紹介をする。それを聞くとケンタは満足そうに大きく頷いた。

「そうですか、ありがとう。あなたがいる内はよほどの事が無い限り、彼が滅びる事は無いだろう。どうか慎二を支えてあげて欲しい」

言われるまでもない、という具合で即座にライダーは首肯した。それを見てケンタは大きく跳躍して、また会おう、と一言残して消えていった。

残された慎二とライダーは余韻に浸るように彼の飛んだ先を眺めていた。

「何だったのでしょう、彼は?」

「・・・正直僕にも良く分かっていない。でも今はとりあえず」

先ほどから走り回る足音と、自分を呼び続ける声を聞くと悠長にしていられない。というか本当に死んだような気分になるから早くお喋りをしたい。

一寸先は闇の我が人生。だから今ある人との繋がりを大事にしよう。慎二は深く頷いて自分に言い聞かせた。

そうしてここへ来た時のようにライダーに抱えあげてもらう。生きるというのは人との触れ合い。社会的な行為。だから自分を異端扱いせずに出来るところまで人と触れ合おうと思う。

「ごめーん。今、屋根の上に登ってた!」

家の内部から聞こえる驚き呆れる声に、思わずライダーと笑い合う。ひとまずここの住人にどう話をしようか、そんな事を脳裏に浮かべる慎二だった。





―続く―





 はい、どうもお久しぶりです。えらく期間を空けてしまい、申し訳ない限りです。とりあえず今後の動向に若干の不安を覚えておりますが(汗)

たくさんの方向性が浮かんでは消え、浮かんでは消え。思いつきで書いて見た物の、原作から大きく離れる結果になりそうではあります。

細かい修正が勿論必要だとは思いますが、とりあえず投下しようと思います。それから独自設定とは言え、最近の原作ブレイカーな展開に消そうかと迷ったぐらいです。

しかし落ちや展開をある程度決めた以上、引けない所まで進んでしまった感もあるのです。ですからお叱りのお声を頂いたとしても、根本的な改善というのは難しいです。どうかご了承して頂きたいと存じ上げます。

慎二が寝ている間に士郎の一日は終わっています。桜が探し回っている時には、セイバーと土蔵で会話している辺りだと考えています。

それでは本日もこのような駄文をここまで読んで頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 間桐慎二の自意識維持計画(長期)
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:59b62367
Date: 2011/05/19 15:44
 己の人生を悲観した事は無かった。こんなものだろう、と。大抵の事はその一言で済まして来た物だった。

この僕間桐慎二は無気力でかつ、脱力を原動力にして生きている男なのです。

「・・・はは」

乾いた笑いを零し、同時に何を考えているのだろうと首を振る。薄っぺらい虚栄心では、果てが無い虚脱感に勝てる道理が無い。

眠れない訳でも、眠りたくない訳でも無い。ただ「眠る必要が無い」だけだ。寝ようと思えば、ひたすら眠る事も出来るのだろう。

だからこそ怖かった。明朗快活とは程遠い存在の自分。そこに有り余る自由は容易に堕落させる。いつ自己完結した世界に引き篭もるのか、それだけが恐怖の対象だった。

屋根登り騒動の後、自身の変化を僕は誰にも打ち明けなかった。いや、出来るはずが無かった。もう人間では無いんです、最終的には地縛霊です。見事に自爆しそうな発言だ。

まともに聞いてくれる知人は本気で心配するだろう。話半分に聞く知り合いは興味本位で色々聞いてくるかもしれない。どうでもいい他人にとっては臍が茶を沸かす塵芥に過ぎない。

衛宮家に住む住人は揃って人格者揃いだ。親切は行き過ぎればおせっかいとも取られる事もある。でも僕はそんなおせっかいな人たちが大好きだった。

数奇な出来事の連続に錯乱しているのかも知れない。何よりも僕自身が今の現実を受け止められていない。そんな中説明など出来ようはずが無かった。

八方から真意を確かめるような目、心の底から安否を伺ってくれている。自分は恵まれていると思う。逆に失った物などほとんど見当たらない。

ある意味死と隣り合わせとも言える境遇。望めば不老不死となれる肉体。人間よりもしかすると優遇されたご身分なのかもしれない。

だが僕は全く嬉しくなかった。なぜだろう、日本人独特の体質なのか。皆と違うのが嫌なのか、出る杭になどなりたくないのか。

ただ僕は平凡に平穏に穏便に人生を送りたかった。無論死ぬのは真っ平ごめんだが、皆と共に公平な生活を営みたい。ただそれだけを渇望していた。

花はいつか散るからこそ咲く輝きが増すと思う。桜など正にそれだが、それは人間の一生にも当てはまるような気がする。死に向かって生きるからこそ、懸命に足掻いて今を楽しむのだ、と。

「交友関係に恵まれているし、不幸中の幸いって奴だよ、うん」

僕はむくりと身を起こし、スタンドの明かりを付けて勉強机に向かった。良い人たちに巡りあえた今の気持ちを書き残して置こうと思った。

そうすれば、そうすればきっと来るべき時、亡き人々の想いを抱いて生きていける。恐らくは錯覚だろうし、幻想かもしれない。だけどいずれにしても忘れたくは無かった。

眠らぬ夜、永い一人、大幅に増加する寂寞感。未来永劫続くだろう日々を生きる上で、人々との触れ合いはかけがえの無い物だろう。

しかし今自分には孤独を感ずる事は無かった。ぽっかり開いた穴を人情や任侠で繕ってくれているからかもしれない。

気が付けば涙がノートの上に数滴落ちる。涙もろいと良く言われる。本当にその通りだと思う、服の裾で拭っても込み上げる物までは止められない。

なぜ泣くのか分からないが、とにかく悲しかった。打ち明ける事が出来ない苦悩、いずれ来る別れの時に対する恐怖が涙腺を刺激したのかもしれない。

―――彼らの人生がより幸福になるように、大往生出来るように力を貸そう

利用されても騙されてもいい。上っ面の優しさでも何でもいい。僕が信じた友人達の幸福は僕にとっての幸せなのだから。

ヒトとして死ぬ事は叶わない。ならばヒトとして可能な限り生き続けよう。ヒトとしての誇りを忘れぬために、誰かを支え、温もりを共有しよう。

だから僕はノートを閉じて、布団に潜り込んだ。当然じゃないか、僕は人間なのだから。



******



「慎二、もうあんな所に登るなよ」

翌朝士郎は慎二が居間に入った直後、そう窘めた。慎二は後頭部を掻きながら、照れ臭そうにごめん、と謝った。正直に話せていないので、妙な気まずさが彼の中にはあった。

「『高い所に登りたかった』なんて、案外お子様なのね」

イリヤが言う通り、一貫して知的好奇心が理由で屋根に登った事になっていた。とは言え士郎以外の女性陣(ライダーを除く)はいささか懐疑的な視線を崩さなかった。

「酷く痛めつけられて変な所ぶつけたんじゃないでしょうね?いまさら屋根の上に登りたいって冗談もほどほどにして欲しいんだけど」

ギロリと音が聞こえそうな眼光で射抜きながら切れ気味の凛。休んでいた所を起こされた挙句、余りに下らないオチだったため、腹の虫が収まらなかったようだ。

「まぁ体の調子が戻って動きたくなる気持ちは分かります」

凛をまぁまぁ、と宥めながらセイバーは慎二のフォローを入れる。慎二は唯一の救いとばかりに、そうなんだよ、と何度も頷く。

未だに縦揺れを続ける慎二をですが、と逆説の接続詞を持って行動を制止させた。

「我々はともかく桜が一番あなたを憂慮していたように思います。寸暇を惜しみ、傍で介抱していた彼女を心配させるのはどうかと思います」

ぐうの音も出ないとはまさにこの事で、慎二はもはや借りて来た猫のように縮こまった。両手の人差し指をつつき合わせながら、俯きセイバーに向かい謝罪する。

「謝る相手はそっちじゃないでしょ!」

一向に事態が進展しないのを見かねて、凛は慎二の両肩を掴み、体ごと桜の方に向かせた。未だに一言も喋らず、尋常じゃないプレッシャーを放つ桜。

その姿に慎二は思わず息を呑み怯む。妹の怒りはあるラインに達すると、逆に何も話さなくなる。普段とかけ離れた存在感と圧迫感。ここで下手に刺激するとどう転ぶか想像も付かない。

「あ、あの桜・・・さん。この度は何とお詫びすれば良いのか。申し訳無い限りで・・・」

しどろもどろにとりあえず拝み倒す慎二。言い訳や屁理屈などは、油に火を注ぐ所業に他ならない。最後はすいませんでした、と全力土下座の状態で停止した。

第三者的には公開処刑にしか見えない光景。士郎も他人事では無いと固唾を呑んで見守っていた。そんな中桜はようやくポツリと口を開いた。

「・・・どうしても言えない事なんですね」

ここに居る住人を代弁するかのような言葉。囃し立てる展開から一転、お通夜のように静まり変える。慎二としてもいくらお膳立てされた所で、もう自分の中では決めている。

「本当に言うべき事が無いんだ。ただ心配させた事は謝るよ。ごめん」

自分は摩訶不思議な体験をして、良く分からない存在になった。しかし目立ちたい訳でも活躍や躍進したい訳ではない。ただ自分は衛宮家の平和をひっそり守りたいだけ。

自分を語らず、周囲に溶け込む。だから下らない妄言を吐くくらいなら、ほのぼのとした会話を楽しみたかった。人間社会に住むのだから人間として生きたいのは当然の願い。

口を割らないと諦めたのか桜は顔を上げた。その顔はいつも通りだったが、どこか無理をしているような苦い笑み。納得は出来ないが、聞かれたくないと理解出来たのか。

「ごめんなさい、わたしのせいで。朝食が冷めてしまいますね。頂きましょう」

「ええ、その通り。美味しい内に頂かなければ食材に対して失礼という物です」

真っ先に朝食への情熱を示すセイバー。両手を揃えて、いまかいまかと号令を待っていた。すっかり毒気を抜かれたその他のメンバーも、テーブルに並ぶ朝食に視線を向けた。

「あーまぁ、とりあえず食うか」

良く分からないが助かった、とばかりに士郎が朝食を促す。そして皆が両手を合わせた所でいただきます、と挨拶をして朝餉が始まった。


******


「はぁ・・・疲れた」

何とも気の重いモーニングを終えた僕は、真っ先に食器を片付けて退散した。メンタル面の何と脆弱な事か。

 お疲れ様です。にしてもこんな朝からどちらに?

ライダーが話しかけて来る。突然話しかけて来るのはもはや日常になりつつあった。僕はスイッチを切り替えて考えている事を説明した。

 ・・・なるほど。妙な所で思い切りが良いと言いますか。普段怖がりをアピールしているのは演技では無いかと思える程です。

なかなか酷い言われようだった。僕は必死で今の自分に順応しようとしているだけなのに。僕は意識的に焦点をずらす。それはラジオのチューナーに似ていた。

意図的に視えない物を捉える。見えるはずだと確信を持って視る。するとぼんやりと霊的な物を視認出来るようになった。

ある者は地面を這い、ある者は歩き、ある者は浮遊する。徐々にはっきりと視える頃には背景が逆にぼんやりと靄(もや)に包まれていた。

視える物は人間だった物に留まらない。小人や人形、あらゆる幻想が闊歩していた。

死ね死ね死ね死ね死ね、飯飯飯飯、打つ打つ打つ打つ打つ……

それぞれが与えられた言葉をひたすら繰り返し、同じ動作を繰り返す。壁に釘を打ち付ける者、ある範囲を徘徊する者、電柱を登り下りする者。

勿論それだけが能じゃない者もいるが、大多数がそのような者達で占められていた。慣れない視界と、不気味な光景に思わず頭痛を覚えた。

「大丈夫ですか、慎二」

眩暈でふら付く僕にライダーは気丈に話しかけてくれる。霊体の彼女も視えている。僕はどうにか頷くと、体勢を立て直した。

徐々に目が慣れてくると彼らは自己完結しているが、一応周りが見えているようだ。霊同士で会釈をしたり、じゃれ合っているようなシーンもある。

通行している一般人にまとわり付いても気付かれない。固執せず、次々と現れる人間に移る。認識されず、相手にされず、無視される。それでも同じ動作を繰り返す。

それは決まった動作であり、彼らにとってルーティンワークのような物だ。逆に気付かれた場合大喜びで取り付くに違いない。

現に視える自分に対して襲い掛かる(じゃれる)者も何人か居た。ライダーが居なかったらどうなるかと思うと、考えたくも無い。

そうして僕はひたすら別世界に慣れるように努めた。この霊視が一体何の役に立つかは分からない。ただ自分の正体を紐解く鍵のような気がして、見ざるを得なかった。

五体満足のまともな者は殆ど居ない。会話もろくに通用しない。慣れない内はブツブツ言う声が怖くて仕方が無い。

しかし基本的に悪意を持つ者は殆ど居ない事に気付く。彼らもまた戸惑いながら、そして出来る事を繰り返しているに過ぎないのかもしれない。

 僕と同じなのかな―――

そう考えると、気持ちがぐっと楽になった。勘違いかもしれない。分かり合う事は無かろうが、心境が段違いだった。

グロイ姿の人は極力見ないように、そして危なげな人には近づかない。これを守ればなかなか面白い景色である。こうして午前中は心霊現象に慣れる事に心血を注いだ。



******



 昼食を済ませ、また町を徘徊する。桜に色々心配されたが、家でのんびりしている猶予など当然無い。もっと自分を理解して、活用する必要があった。

まだ数時間程しか視てないが、それでも分かった事がある。大まかに二種類で分類分けが出来る。

一つ目は幽鬼の類である。一般的に幽霊は死者の魂によって残界している状態である。基本的に死ねば成仏するのだが、残った者達は当然未練がある。

探し物や、後悔があって同じ動作を繰り返す者はまだいい。害が無いから。自分の世界に浸っているだけで何もアクションを起こして来ないのが素晴らしい。

それでも邪魔者や妨害する者には牙を剥くに違いあるまい。逆に殺意や怨念で残留している者達は厄介極まりない。言うまでも無く有害だから。

害を与える者は一定の条件を満たした時点で襲い掛かってくる。時間、場所、視認の有無などである。視えているだけで近寄って来るので実に積極的だ。

彼らの行動原理は至って単純で、ひたすら規則正しい。馬鹿の一つ覚えと言ってもいい。ただそれだけにその行動力は活発で、恐ろしいのが難点である。

もう一つは変化の類だ。人のみならず物や動物なども存在する。お化けの平行線と思えばいいだろうが、いかんせん彼らは知性を持っている。

野生動物のように見つかれば逃げるし、あるいは牙を剥く事もある。独自の文化や生活環も持っているかもしれない。そのため妙に結束力を持つ物も居た。

天狗みたいなのが空を飛んで居たが、規則正しく空を飛び、こちらと目が合うと様子を伺っているようだった。その時に覚えた恐怖感はそう簡単に忘れられそうに無い。

欲求と言うより興味本位で近づいてくるのが妖怪変化と何となく体感した。どうにか会話が出来るが、微妙に食い違う事が多々ある。

大体声帯の違いやら、翻訳が必要なほどくぐもった言語を使う者が多い。和平交渉はまず無理と思った方が無難である。友好関係を築くのは、気の遠くなるような旅みたいな物だろう。

そろそろ戻ろう、慎二はとりあえずねぐらに帰ろうと思い歩を進める。衛宮邸の周辺を数時間ふらつく自分はさぞや怪しい人物に違いあるまい。

元の視界に戻し、欠伸をしながらのろのろと歩く。その歩みもライダーの一言によって止められた。

慎二、これはどちらに向かっているのですか?

「どこって、そりゃもちろん士郎くんの・・・」

そこまで言ってようやく気付く、自分の現在位置に。冬木市中心の交差点、そこが慎二の立っていた場所だった。

愕然とした慎二は二の句が継げず、硬い口調でライダーに行き先を告げ歩き始めた。ライダーもまた深くは追求せず、追従する。

混乱する頭で慎二は考える。無意識とは言え、衛宮邸に向かうつもりが、全く別の場所に居る。その事実がひたすら不快で、不思議で気味が悪かった。

ネジが数本緩んでいる自分だが、幾らなんでも夢遊病の如き奇行は行った覚えが無い。いやもしかすると行っていたのかもしれないが、自分の記憶を探る限り今が初めてである。

目的として『自分の居場所』に還ろうとしていた。そう考えると自分はもともと間桐家の人間なのだから、そこへ向かおうとしていたのか。

一見違和感の無い考えにも思える。しかしどうにも腑に落ちない。やはりケンタという犬の妖に何か関係があるのか。最近の変化と照らし合わせればそうとしか考えられない。

慎二は小さく一息付き、もうこれ以上何も考えないようにした。自分が抜けているのは日常茶飯事みたいな物なので、まともに取り合うだけ時間の無駄だと思ったからだ。

何にせよもう少し自分の行動に意思を持とうと思い直す。自己抑制が正しく機能していないのは明確なのだから。

気付けば太陽も一仕事を終え、日は落ち辺りは薄暗くなっていた。肌寒く人の気配を感じない夜道を歩く。慣れるかと思った闇も、やはりいつも通り恐ろしく怖い。

でもそんな自分は人間臭くて良いと思う。小心者の人間と、立派な化け物だったら前者が良い。生まれが人間なら、人生を全うするのが真っ当な人間という物だ。

我ながら下らない駄洒落を挟んだと苦笑しつつ、衛宮邸の外壁を歩く。妙な悪寒を感じるとライダーが出現するのは同時だった。

自身も能力の底上げのため開眼し、より敵のリサーチに努める。また身体能力が上昇するので生存率は上がるだろう。

さながらガイコツ剣士の風貌の連中は唐突に出現した。とは言え所詮傀儡に過ぎないのか緩慢な動作で剣を振るのみだ。

無論その切れ味は恐ろしく、一撃を喰らえば致命傷になりかねない。幸か不幸か人間よりも能力が上がった慎二は、難なく剣戟を見切る事が出来る。

ただ骨人形に数の上限が無いようで増えていく一方なのが厄介だった。というより外にこれだけ居る時点で、衛宮家の中にも侵入しているに違いない。

「ライダーとりあえず桜の元に急ごう!」

声を荒げ、慎二は自身のサーヴァントに声を掛ける。ライダーも頷き、慎二を抱えるために近づいた。その時ケンタの声によって遮られた。

「ちょっと待ってくれないかな」

悠然と歩いて来るケンタは背後に三頭の犬を携えていた。軍隊のように規律正しく歩き、ケンタの合図と同時に猛然と骨達に襲い掛かった。

能力は圧倒的であり、正確で迅速に獲物を仕留めていく。猟犬による狩りの時間となっていた。その様を唖然と見つめる慎二にケンタは声を掛ける。

「強くなる必要は無いかもしれない。しかし外敵を追い払う力や、舞い落ちる火の粉を振り払う力は欲しいだろう?」

その言葉に慎二は内心の反論を飲み込む。事実自分の戦いはひたすら後手であり、相手の力を利用して同士討ちを狙うしか手段が無かった。

言葉の出ない慎二を尻目にケンタはライダーに目を向ける。ライダーは骨を秒殺でみじん切りにして彼と相対する。

「彼はわたしに任せてあなたは彼の姫君を守ってくれないかな。この子はもう少し力の使い方を知る必要がある」

ライダーは慎二の命令を待ち続け、黙していた。慎二としてはこれ以上人間を超越したく無いのが本音だった。しかし妹の事を考えればそうも言っていられないのも事実である。

「ライダーとりあえずここはどうにかなりそうだから急ぎ桜のもとへ。僕を連れていない分早く行けるだろう。桜を早く安心させてあげて欲しい」

 承知いたしました、マスター。しかし身の危険が迫った場合、すぐにお呼び下さい。

念話でそう言い残すと彼女は闇に消えていった。これで少なくとも桜の身は安心出来る。依然として骸の兵士達は再生を繰り返し、剣を振り回している。

外壁の上で伏して待っていたケンタは、ライダーが去ったのを見て地面に降りた。慎二の横に並び授業開始の言葉を述べた。

「それでは実技の授業を始めるとしよう」

慎二は嫌な予感しかしなかったが、肯定の返事を返すしか無かった。





―続く―





 はい、どうにか仕上がりました。色々不平不満が噴出するかも知れません。細部まで行き届いていない設定に辟易とされる方もいると思うと申し訳無い限りです。

僕としてはFateの世界観と慎二の世界観を上手く混ぜようと苦心しています。違和感が極力少なくなるように表記したい所でありますが、どうにも難しいものですね(汗)

今の所慎二中心で、他のキャラクターと絡ませるシーンが少ないのも少々心苦しいです。ただ慎二の心理的な気持ちや、現在の状況を整理しない事には意味が分からないと思うので、もう少しだけ補足して行こうと思っています。

Fateの再構成といいつつオリジナルの設定ばかり増やし、一部読者の方に不快な思いをさせてしまう事お詫び申し上げます。

本日もこのような駄文をここまで目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] 実技による新しい戦闘スタイル習得
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:59b62367
Date: 2011/05/20 14:44
 すっかり日が落ち、肌寒い闇の中、異質な状況が目の前で繰り広げられている。無数に剣を振るガイコツの群れ。それらを相手にするのは三頭の野良犬。

見事な連携で次々に殲滅していく。相手はいくらでも復活するため持久戦になりそうだ。それでも見とれる程に鮮やかに分解していく。

「俊敏性や瞬発力なら君も負けてない」

大口を開けて周囲の骨をまとめて喰らい尽くすと、ケンタは慎二にそう言った。避けるのに精一杯の慎二としては恐縮するしかない。

「君の本分は・・・」

そこまで言った所でまたしてもふら付きながら骨の集団が取り囲む。ケンタはやれやれと溜め息を付きながら、慎二に歩み寄る。そして彼の肉体にするりとそのまま入って行く。

 どうもあちらさんはせっかちなようだ。特別に今回は僕が手を貸してあげよう。

慎二はぞわりと感じる寒気に全身が総毛立った。寒気とは別に感じる体中の熱気。高揚感と闘争心が湧いて来る。数体の骨による剣戟から身を交わしながら距離を取る。

 まず慎二、君は見る事に突出している。もう一度良く刮目して欲しい。

言われた通りにしっかりと相手を見据える。すると明瞭に敵の姿を捉える事が出来た。線でハッキリと認識出来る所まで行くと、更に不思議な物を目にする。

「……ぼやけた部位がありますね」

骨の集団にはそれぞれ曖昧に見える箇所があった。視覚的には曇っている感じだろうか。それは顎骨、頚骨、背骨、肋骨、頸骨など様々である。

例外無く一箇所だけ靄が掛かった箇所がある。疑問に思いその部分に目を凝らすと、慎二自身に変化が起きた。成仏出来なかった霊が侵食して来たのだ。

 何も臆する事は無い、煙霞(えんか)たる部分が視えるだろう?万物に魂は宿る。人はそれをアニミズムなどと言うが、君はその霊魂の出入り口が視えるのだ。僕はその部分を霊孔(れいこう)と呼んでいるがね。通常視えないこの出入り口も特異な君なら視えるのだ。

講釈は有り難いが慎二としてはそれどころでは無い。今にも取り殺されそうな状況で、悠長に話を聞いている場合では無かった。

脳に浸透してくる邪念に悶えながら、必死に放たれる剣を捌いていく。その様子を気にする事無くケンタは話を続ける。

 というのも君は人間でもあり、霊でもある。人間界と霊界、本来交わる事の無い世界が君を通じて繋がるのだ。生者に憧れた魂魄は君を求めて襲うのも道理だろう。

「そ、そんな、そんな事言ってる場合じゃないでしょう!!」

現在進行形で襲われている慎二にとって、襲われる理由とかどうでも良かった。脳内を蹂躙され、金切り声まで聞こえてくる状況は、ひたすら耐え難い。

 ああ、すまない。少々話が長くなってしまったが、早い話が入ってきた物は出せば良いだけの話だ。念じなさい、強く気持ちを込めて解き放てば良いのだ。

嫌悪感に満ちていた慎二は即座に実行に移した。とりあえず『出て行け』と強く念じた。彼の心からの本心であった。

すると慎二の目を通し、亡霊は骨の霊孔に向かって飛び中に入って行く。骨はのた打ち回り、程なくして動かなくなった。唖然とする慎二にケンタは補足していく。

 この通り君の目は特別な物だ。だからその目を通じる事で、害でしか無い怨霊を武器に変える事が出来る。彼らの欲求は肉体を得る事だ。故に乗っ取った時点で成仏するがね。

それはいわゆる道連れという事になるのか。なかなか強力な攻撃手段になりそうだ。一般人からすれば見えない敵からの攻撃になる訳だし。

 さらに君は下級の霊であれば操れる能力まである。もう一度やってごらん。

言われた通り同様に霊孔を見つけると、同じく頭に魂魄が入り込んでくる。拳銃で言うならリロードみたいな物だろう。そして霊孔はかなり集中しないと視えない。

前方に意識が行くので背後から乗り移る要領なのか。後頭部からお邪魔されているように感じる。とりあえず鬱陶しい事に変わりは無いのでさっさと射出した。

丁度目の前まで迫ってきたガイコツの、膝の関節部位から亡者は潜り込んで行く。途端に壊れた人形に悶え狂う。ケンタはすかさず慎二に声を掛ける。

その声を聞き慎二は強く『戦う』ように指令した。すると骨人形は戦士となって勇猛果敢に仲間を切り払う。しかしそれも長くは持たず、数秒程で崩れ落ちた。

ふわりと慎二からケンタは抜け出ていく、全てを言い終えたというように。伸びをして、ガードレールの上に立つ。欠伸を一つしてから慎二に言った。

「さて僕からは以上だ。後は実践で慣れると良いだろう」

そう言うと最初と同じようにコンクリートの壁の上に登った。慎二は一瞬泣き言を言いたくなったが、こんな事でグズっている場合でもない。

 やらなければやられる。もう引き下がれない所まで来ている。覚悟を決めろ。

自分に言い聞かせ、大量の骨ゾンビに向き合う。同じ要領で霊孔を見極め、魂魄を体内に引き入れ、解き放つ。戦い方はとてもシンプルなので確かに慣れだけかもしれない。

数をこなせばいくらか余裕が出てくる。すると引き入れる霊魂も三体まで収納出来る事が分かった。魂合わせで合体させる事も可能で、長時間操る事も出来るようだ。

寧ろ三体引き入れた方が苦痛にならない。一体だと言葉が鮮明なため、より生理的に苦しい。しかし三体同時の言葉は意味を成さず、雑音にしか聞こえない。

戦闘にも大分慣れ、もはや作業と化した頃、突如ケンタが慎二の肉体に入った。余りに突飛な行動に慎二もどう対応して良いか分からない。

 上から来る、防衛線を張れ!

言葉と同時に慎二の能力が最大まで上げられる。目は充血し、歯は尖り、髪は逆立つ。魂魄は際限無く彼の体に吸収され、全ての霊孔を把握する。

一発で数体の死霊を解き放ち、骨を操り、自分を中心にドームを作る。何とか間に合ったようで、折り重なった骨ドームに多様な武具が突き刺さっていた。

雨のように降り注ぐ弓矢の数々。すぐに止んだから無事に済んだ物の、長時間落とされれば大怪我を負う羽目になっただろう。

危険な大雨を降らした男は、のっしのっしと塀の上を伝って歩いて来た。威風堂々とし、王の風格をした男は青年だった。

頭のてっ辺からつま先まで金色に包まれた男は右腕を腰に当ると、その場で歩みを止めた。どうも自分という生存者が居る事に少なからず驚いたらしい。

「ほう、これは珍妙な術を使う俗物が居たものだ。偶然とは言え我(オレ)の我攻めを止めるか。本来であれば我に醜態を晒した罪は重く、万死に値する。しかしなかなか面白いページェントを見せてくれた礼だ。特別に殺さずにおいてやる。せいぜい感謝するが良い」

そう言うと悠然と闊歩を再開し、中庭に近い塀へと向かっていった。まさしく台風のような男で、恐らく自分では戦になりはしないだろう。

死に物狂いで防戦したおかげでどうやら命拾いしたらしい。というよりケンタが居なかったら消滅していただろう。生き延びる事が出来るとは言え、ヒトの部分は消し去るに違いない。

ゆっくりとケンタは抜け出て、舌をだらしなく垂らした。

「それではまた会おう、達者でな」

それだけ言い残すとのんびりと方向を変え、夜中の闇に消えて行った。残されたのは三頭の野犬の亡骸だけになっていた。

いつの間にか慎二の周りを囲んでいた骨集団の姿が無い。代わりに先と同じような豪雨の弓矢が中庭を襲っていた。

ぼそぼそ金髪の男が何かを言い、更に苛烈に武器が攻め立てる。いくら英霊とは言え、アレを捌くのは至難の業ではないか。

慎二はとりあえず門を潜り、中庭の様子を見に行く事にした。中庭を見た時にはローブを覆った女性が断末魔を上げ、全身に槍やら剣が突き刺さる所だった。

余りの光景に呆然と立ち尽くす事しか出来ず、気が付けば塀の上に居る男は二言、三言何かを言って去って行った。結果的に消えたのは部外者だけであった。


******



 その夜は当然のように作戦会議が行われた。御三方(セイバー、士郎、凛)の話によればあの黄金青年はアーチャーらしい。懐かしい響きがするが全くの別人なのだとか。

性格というか喋り口調はどことなく似ている気がする。僕がそんな事を考えていると遠坂さんとセイバーが新アーチャーの正体について話し合っていた。

しかしながら結論としては分からず仕舞い。何でも宝具が多すぎて特定出来ないそうだ。真名が分かれば何か探れる、とは遠坂さんの弁だが果たしてそうだろうか。

真っ向からセイバーと戦って勝ち、キャスターを一瞬で葬る。しかも前回の聖杯戦争からの生き残りと来た。正攻法では攻略不可能にしか思えない。

ライダーと桜も口を閉ざして水を差さないようにしている。ライダーもアーチャーに付いて聞かれたが、何も心当たり無いと首を振る。

宝具は全て偽者では無いかという遠坂さんの推論も、士郎君によって一蹴された。宝具を投影出来るという生粋の鍛冶職人には、見抜く力も備わっているらしい。

遠坂さんは腕組みをしながら、上腕二頭筋を人差し指でリズムを取っている。悩みながらも何も思い浮かばないので相当フラストレーションが溜まっているご様子だ。

「何よ、慎二。今のあたしと目が合ったということは、何か思い浮かんだという事なんでしょうね」

完全な難くせなのだが、これは運が悪いとしか言いようが無い。そして当然ただ観察していただけとは言えない。僕は何とかフル回転して思いつきを言ってみる。

「それぞれの宝具が本物と言う事はそれを使って居た人もいる」

「……まぁ、そうね」

「ということはつまり全ての宝具の持ち主を足していけば……」

「足していけば?」

「もう神なんじゃない?」

バキッという快音と共に僕は後方に吹き飛んだ。ライダーは僕をしっかり受け止め、桜は僕の手当てをする。素晴らしい危機管理シミュレーション能力。

「より絶望の境地に陥るような珍回答は却下」

再び黙考をしていた遠坂さんだったが、やがてニヤリと助平笑いに頬が歪んだ。そこに居る全員が身構える。何故ならその笑みは誰かをいじる前の予備動作に他ならない。

「……ところでセイバー」

セイバーは身を硬くし、他の面子は相好を崩す。桜とライダーに至ってはテーブルの下で握手をしている。セイバーは一度目を瞑り、覚悟を決めたように静かに返答した。

「なんでしょうか、凛」

「アーチャーがあなたに約束とか言ってた気がするけど、あれ何?」

第三者的に見るとセイバーは逆に平常に戻り、士郎君が妙にそわそわしている。セイバーは何でもない事のように言葉を返す。

「どういうつもりかは分かりませんが、求婚されました。恐らく揺さぶりを掛けて居たのではないかと」

ククク、と遠坂さんが忍び笑いを漏らす。士郎君は士郎君で信じられないというように口をポカンと開けていた。何と言うか色々温度差が凄い事になっている。

気付けば桜とライダーも興味深そうに話に聞き入っている。一気に緊張感が無くなったような気がする。僕としては何ともコメントのし辛い話題だった。

「セイバーさん、それ相手の方本気だと思います!」

桜さんは鼻息荒く、セイバーに説明する。恋する者は同じ匂いを嗅ぎ取れる物なのだろう。セイバーとアーチャーくっ付けば、士郎君が射程距離に入るという打算が見えるのは……。

「それこそ度し難い。サーヴァントは終始主に仕える身。その本気とやらも我が剣の錆にしてくれます」

胸を張りながらハッキリと言うセイバー。心なしか士郎君がホッとしている。逆に桜は後ろ手で握り締めていた。セイバーと士郎君、相性良さそうだし気が気じゃ無いのだろう。

その後も桜と遠坂さんの説得及び質疑をセイバーは淀みなく答える。しかしその回答はどこかずれており、女性としてではなく、従者としての理由が主だった。

それが妙な歯がゆさを生み、士郎君と桜はやきもきしていた。桜は必死だが、遠坂さんは明らかに士郎君の反応を楽しんでいる。

「……だってさ、良かったわね、士郎」

こんな事を言われれば幾らなんでもからかわれていると気付く。流石の士郎君も耐えられなくなったのか、お茶を淹れに席を立ってしまった。僕も士郎君が居ないので思った事を言わせて貰う。

「セイバーが金髪のアーチャーさんと付き合う振りして寝首を掻く事出来ないの?」

皆の視線はセイバーに向くが、セイバーはゆっくりとかぶりを振る。

「わたしの態度が突然軟化したとあればいささかアーチャーも懐疑的になるでしょう。油断させるにはかなりの時間を労する事になります。まだサーヴァントが残っている現時点ではあまり得策とは言えません」

……得策だった場合実行するのか。真面目に回答すればするほど遠坂さんが喜ぶだけなのですが。

結局その後単なる雑談に流れ、お茶を飲みながらまったり過ごした。特に進展も無く、下らないお喋りが尊い物に感じた。

女性陣がワイワイと喋り、男二人がたまに口を挟んで突っ込まれて笑う。何だか今だけ酷く平和に感じた。この記憶は忘れないようにしよう。僕はそう心に刻み込んだ。

そして夜も大分更けたので住人はそれぞれの寝室に戻っていった。僕も部屋に戻り心に残った事を書き留めて寝る事にした。



******



 臓硯は一人間桐家で時を待っていた。半ば諦め掛けていたシナリオが順調に進んでいるのである。興奮を抑えられず、杖で床を何度も小突く。

そんな彼に声を掛ける者が居た。目的は異なるが利害が一致しているため、共闘関係にある。蟲が電話の役割を果たし、情報を伝える。

「慎二は順調に人間を辞めている。ターゲットにも接触」

それだけ聞くと臓硯は破顔一笑し、全身をブルブル振るわせた。震える声で何とか返事をする。

「……その調子で頼むぞ」

「……己自身のためだ」

「クック、互いにな」

それで会話は終了した。臓硯はソファに深くもたれ天井を見上げた。そして無意識の内に呟いていた。

「もうすぐ儂は不老不死になれる。全てがうまく行けば……」

そうして無数の蟲に分解し、ソファの隙間に溶け込んで行った。そして誰も居なくなった。闇の中嗤う様に蟲が蠢いていた。





―続く―





 はい、いつも読んで下さっている方ありがとうございます。ギル様が初めて出ましたが、全然会話していませんね(汗)

今後彼の会話も挟みつつ進行させて行きたいと思います。

本日もこのような駄文をここまでお読み頂き誠にありがとうございました!(謝)



[24256] ぼ~っとstay night
Name: 自堕落トップファイブ◆d6d23546 ID:59b62367
Date: 2011/05/22 17:25
 夜は皆就寝しなければならない。などと言うのは固定観念という物だ。慎二は内心で言い訳を言いながら夜更かしを実行していた。眠れないのだから仕方が無い。

とは言う物のやる事もなく、天井の染みを数えるという不毛な作業をしていた。見つけた所でどうなる訳でもなく、ただ刻々と時間だけが無為に過ぎる。

そんな中、廊下で静かに歩く人物が居る事に気が付いた。忍び足の時点でひたすら怪しい。ドアをこっそり開けて廊下を覗くと、足音の主は士郎だった。

「こんな夜更けにどこに行くんだろう」

単純に居間に向かう訳でもなく、その行き先は玄関。外出しようとしているは目に見えて明らかである。

誰にも知られたくない用事なのだろう。それにしては余りにも無用心過ぎる。慎二は溜め息を付きながら、自身のサーヴァントに付いて行くよう指示した。


******


 物分かりの良いサーヴァントで非常に助かる、というか自分には過ぎる程の逸材。ライダーに護衛をお願いしてから、僕は縁先に腰を下ろす。

ライダーは何一つ文句言う事無く、淡々と行動に移してくれた。たまに暴走するけれど、それはオフ限定。オン(仕事中)では実に頼りになるサーヴァントだ。

そして僕の一番のお気に入りスポットがこの縁側だった。心安らぐというか、清涼な気分になるというか。特に用事が無い時は九割方ここに居る。

自分以外も夜行動していると思えば、何だか無理して寝るのも馬鹿らしい。縁の下で足をぶらつかせながら、外の景色に視線を飛ばす。

馬鹿らしいと言えば、そもそも自分は余り物事を深く考えない。というより考えた所で、余計にこんがらがるだけだ。あれ、これって自分は馬鹿という事なのだろうか。

ぼけっと無意味に外を眺めるのは何やら久しい。本質的になるとか言っていたが、そもそも何も考えていない。自分は恐らく自然消滅していくだろう、多分。

「あら、あんたも起きてたの?」

そうしていると、私服姿の遠坂さんに声を掛けられた。気配で分かっていたから驚く事は無かった。遠坂さんはごく自然な動作で僕の横に並んで腰を下ろす。

「ちょっと気がかりな事があってね~」

寝むれないのは丸きり自分の事だが、棚に上げてそう答える。友人が夜出かけていて心配で眠れないのです、今の僕は。遠坂さんはふぅんと、興味無さげに前を向いていた。

長髪を夜風になびかせながら、両手を背後の床に付いて夜空を見上げている。純粋に綺麗だと感じたし、聖杯戦争も悪い事ばかりじゃないと思う。目の保養にもなっている。

「そ、じゃ、あたしと同じじゃない」

「そうなんだ」

何も聞いて来ないのでこちらも深く聞かない。それが良いと思う。過度の干渉は人間関係に亀裂を入れる元だから。適度な距離感を保ちたいというのが僕の弁。

「……」

「……」

多分彼女も何となしに夜風に当たりに来たのだろう。特に会話が弾む事も無く、ただ漫然と時間を過ごす。無言の空間が苦痛じゃない程に遠坂さんと仲良くなるとは。妙に感慨深い物があった。

「……そう言えば慎二、聖杯を手に入れたらどうすんの?」

遠坂さんの言葉によって静寂が途絶えた。僕はそう言えば聖杯を巡って戦っているのだ。敵は着実に数を減らしているし、手に入れるのも夢ではないだろう。

「平凡で平穏な人生を送ろう……かなぁ」

悩んだ挙句、出たのがそんな些細な願いだった。それでも自分にとっては切実で尊貴で掛け替えの無い想いだった。

「ふぅん、っていうか冬木市を支配するとか言ってたの、やっぱ嘘なのね」

「時間の経過と共に、夢の在り方も形を変えるという事だね」

あくまでも平常を装ったが、どれほどの効果があっただろう。遠坂さんは顔を横にしてじーっとこちらを観察している。やがて前を向いて、つまらなそうに呟いた。

「……ま、そんなこったろうと思ったけどさ。あんた無欲そうだし」

今の僕はシリアスモードと認識されたのかもしれない。深く追求されずに済むというのは、僕にとってもありがたい事だった。

「でもまぁ、平穏を望む気持ち、分からないでもないわ。狂った巨人を倒したと思ったら、次は宝具大量保持者だもんね。しかも変人だし」

悩みがある内はそんなもんよ、と彼女は付け加えた。僕は笑いながら相槌を打っていた。上手く切り返せる聞き上手には程遠い。

「それでも夢とは程遠いわ、それ。聖杯戦争終わったら叶うじゃない。将来なりたい職業を聞かれて『ニート』とか『フリーター』って答える奴とそう大差ないわよ」

僕はと言えば曖昧に頷くしかない。輪廻転生しないこの身としては、それすらも羨ましく思えたから。本音を言えばもう一度、人の道を歩みたかったのだ。

しかしそんな願望が伝わるとは思えないし、そもそも打ち明ける気も無かったから。遠坂さんは僕の背中を比較的強めに叩いて言った。

「少年よ、大志を抱け!」

晴れ晴れとした笑みで言われた。正直ドキッとした。激励された事で一瞬泣きかけた。そこは耐えた。僕は上擦りながらどうにか謝辞の言葉を述べていた。

「慎二にしても士郎にしても、どうも放っておけないのよね~」

世話の焼ける男二人の愚痴みたいだが、その表情は明るい。遠坂さんも何だかんだで、この状況を楽しんでいるのかもしれない。

そうやって和やかに失敗談やら改善すべき点をお互い話し合っていた。そんな中玄関から物音がした。恐らく士郎君が帰宅したのだろう。それを遠坂さんはスッと立ち上がった。

「じゃ、行きましょうか」

どうも気がかりな事はお見通しのようだ。というか同じ気がかりだったというべきか。僕も別段異論は無いので後に付いて歩いていった。


******


 協会に赴き自分の気持ちを整理出来た。そして新たな悩みを抱えて、帰宅した俺を出迎えたのは慎二と遠坂だった。

「お帰り、見た所スッキリしたようで何より」

「お、お前らどうして―――」

「まぁまぁ今時の若者は、寝付きが悪いという事で一つ納得を」

「そゆこと、立ち話もあれだから移動するわよ」

誰にも気付かれないようにこっそり出て行ったのにこの有様。うな垂れたい気分になるが、それよりも早く遠坂に連行された。

「……またごちゃごちゃ増えたねー」

「言っとくけど慎二、変な物見つけたら問答無用で叩き出すから。あんたはお茶を淹れて来て」

ちゃんと淹れられるかな、と頭を掻きながら出て行く慎二。大丈夫、湯の沸かし方さえ間違えなければ誰だって出来る。

というか慎二はこの部屋に良く来るのだろうか?そもそも―――

「変なモンって何だ?」

「衛宮君、そういうのを藪蛇というのよ?」

笑顔が怖い。何がなんだか良く分からないがこれ以上追求しない方が良さそうだ。そして長時間夜道を歩いて芯から冷え、今頃になって寒さを体感しはじめた。

「ごめん、ごめん。本当なら淹れて待っとくつもりだったんだけど。慎二と話してたら忘れてたわ。それで、綺礼の所に行ってたの?」

どうやら外出だけならず、行き先まで筒抜けだったらしい。俺ってそんなに単純なのだろうかと、自問自答してしまった。

というより夜道を一人歩きした俺を黙って見送ってくれたこいつには、むしろ感謝しなければなるまい。こう互いを信じあえる関係は、何だか悪くない。

だから俺は誠実に返事を返した。遠坂はそう、と微かに笑って、それ以上は追求しなかった。普段はいじわるな癖にこういう時は気が回るから厄介だ。

「あ、いやまぁ、大した話は出来なかったしな」

「そうだろうから詮索しなかっただけよ。重要機密を知ってたら薬盛ってでも聞き出すわ」

彼女流の気遣いかもしれないが、後半部分が冗談に聞こえなかった。俺は乾いた笑いを浮かべるしか出来ず、適当に聞き流すことにした。

「綺礼は持ってまわった言い方ばかりで話すと疲れるだけだからね」

「……まぁな。精神的に疲れる」

「わたしもね、疑う事を知らなかった生娘時分に相談した事があるのよ」

「……は?」

突然の自分語りに対応出来ず聞き返してしまった。というか生娘というキャラじゃないだろう、お前は。しかし遠坂は全く気にせず話続ける。

「真面目でお淑やか、粛々とした優等生に憧れて言い寄る男達。いい加減鬱陶しいからぶっ飛ばしたい。そう懺悔?まー相談したのよ。あの頃はウブで純だったから悩んでいた訳」

淑女だったと自称する目の前の女。懐かしいのか遠い目をしているが、そもそも解決手段が暴力というのはどうなのだろう。どちらかと言うと男勝りではなかろうか。

「そして綺礼は言ったわ。『誰しもが役者であり、常に何者かを演じている物だ。だからその怒りは特別な物ではない。演ずる事はストレスを伴う事だからだ。しかし皆、在りたい理想の自分を演じる。もちろん演技から自然体になるには相当の時間を要する。だが常に無理をしていると感じるのならば、本当はそうなる事を望んでいないからではないのかね?』」

そこまで言って間があった。どうも言われた事を再度咀嚼しているらしい。そして俺としては割りとまともな事を言ったように思えるんだが。

社会的に生きる上でモラルやマナーを守らなければならない。その上で交友関係を保ち、共同生活を営むのだ。

自然体が理想の自分なら演じる必要は無い。しかし求める姿が別にあるのならば、その虚像に自身を重ね、近づくように努力しなければならない。自己実現のために。

自分の目的のために努力してなりたい自分になる。そのストレスは耐えられるだろう。しかし他人の理想に合わせれば、苦痛しか伴わない。

要するに他人本位の演技は駄目で、自分本位の演技なら頑張れ、と言う事か?言わんとする事は何となく掴めそうだった。

「あーつまり何だ。その……結局男を殴ったのか?」

「殴ってたら今のわたしは存在してないわよ。んーその当時は『つまり我慢しろ』って言われた気がして、仕方が無く綺礼蹴ったけど。今思い返すと玄妙なアドバイスねぇ……」

何故だろう、あれほど嫌いな神父に親近感が沸いたのだが。というかそれは単なる八つ当たりという物では……。

「腐っても聖職者という事かしら。訳分かんない事言う奴だけど、たまに真理を付くから一応ちゃんと話は聞いてあげてね」

最初は話をするな、という流れだったのが、気が付けばたまに良いアドバイスくれる人みたいな位置付けになっていた。いや、苦手だから滅多に行かないと思うけど。

というか普段は人をおちょくる専門なのに、いつになく自分の事を話すな。不器用だと思うが元気付けてくれようとしているのかもしれない。だから俺だって思った事を馬鹿正直に答えるのも、致し方ない事なんだ。

「で、これからどうすんの、士郎?」

「うん、とりあえず明日デートする」

臆面も無く答える俺に対し、遠坂は笑顔のまま硬直した。そのまま緩やかに顔を床に向け、肩を震わせ始めた。いかん、戦争の真っ只中だというのに余りに抜けすぎた発言だったか!?

謝ろうかと俺は咄嗟に右手を出しながら、未だ震える遠坂に声を掛けた。セイバーとデート、と何度も呟いているのが何ともホラーである。

「い、いささか緊張感に欠ける発言だった。悪い、とおさ……」

謝り切る前に、嵐が吹き荒れた。そう、笑いの。

「デート、あはははは、デートだってー、はははははは!」

怒りが突き抜けて笑いに変わったのか?と内心恐怖したが、遠坂は本気で爆笑しているだけのようだ。謝った事もあり、通常よりもなお一層恥ずかしい。判断を誤ったと言える。

尚も足をばたつかせて抱腹絶倒する遠坂。学校で優等生然としている高嶺の花はここには居ない。憧れを抱く生徒に見せてみたい程の大笑いだ。

「言っておくけどな。もう明日のデートは俺の中で決定事項だからな」

「ぷくく、それは全然いいんだけどさ。いやー恋は思案の外なんて言うけど本当ねー。普段女っ気の無さそうな男が本気になった瞬間っていうか。恋は仕勝ちとも言うから精精頑張んなさい」

目尻に涙を浮かべ、笑いながら背中を叩く遠坂。野次馬根性丸出しだが、応援してくれるのは純粋に嬉しい。酒の肴にされるのは癪だが。

ようやく笑いが収まったようで、呼吸を整え始める遠坂。ここまで全力で笑われると嫌味が無く、逆に清清しくもあった。そして遠坂は凄く澄んだ目で凄い事を言った。

「貴方たちの事は好きだから応援はしてあげる。成就させるのよ」

不意打ちで『好き』とか言わないで欲しい。いくら複数形にされた所で、言われ慣れしていない俺はすぐ不整脈になるのだから。

俺はぎこちなく、返事を返してそれっきりだった。こっちが照れた途端に子憎たらしい笑みを浮かべる遠坂。こんな時、慎二なら―――

「そういや慎二が遅いな、あいつ何やってんだ?」

「さっきからドアの前でこっち見てたけど?」

「……え?」

そう遠坂に言われ、そちらを見やると確かに居た。数センチだけドアが開いてそこから様子を伺う男が。本当に何やってんだ、慎二。

「ごめん、何かやけに盛り上がってて、入りづらかった」

「……いつから覗いてた」

「えーっと……『明日、デートする』の所から。士郎君頑張って!」

親指を突き出す慎二と、慎二による俺の真似が妙に似ていて噴出す遠坂。傷口に塩を塗られたように話が戻って来たような気がする。

さっさと部屋からずらかりたい思いだったが、慎二が折角淹れてくれたお茶を飲まねばなるまい。そうして小一時間ほどばかり俺たちは談笑した。


******


 話が終わり、慎二は一人電話の前に居た。少々気恥ずかしいが、今の勢いを無くした場合次は無いと思ったのだ。士郎に発破を掛けられたとも言える。

「もしもし」

「あ、もしもし、僕だけど」

「あー分かってる分かってる、この時間に電話してくんのあんた以外に居ないから」

綾子は笑いながら軽く答える。慎二は夜中に人知れずこっそり電話をしていた。それはいつも通り。しかし今日はもう一つ別の用事があった。

学校はまだ再開していないので、他愛ない話をしながら慎二は唾を飲み込む。基本的に綾子が話をして相槌を打つ身なので、上手く間に割り込めない。

結局三十分ほど聞き役に徹した末、綾子の話が切りの良い所で終わった。ちょっとした間が空いた、その時慎二は問い掛けた。

「あ、あのさ。明日……暇?」





―続く―





 はい、どうも作者です。忘れていた訳ではありません、美綴綾子さん。まぁとりあえず次に繋げる形ですが、どうなる事やら。

恐らく金ピカの方も出るでしょうが、慎二を絡ませるかまだ考えていません。それではまたお会いしましょう。

本日もここまでこのような駄文をお読み頂き誠にありがとうございました!(謝)


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
1.04079699516