――約六千年前、『彼ら』はその原始惑星に到達した。
彼らは宇宙の流離人、故郷を失いあてどもなく銀河を巡る放浪者だった。
過去形なのは、既に彼らは第二の故郷となる星を見つけていたからだ。
――太陽系第三惑星、地球。
彼らと地球人の生物としての在り方はあまりに異なっており、それゆえそのファースト・コンタクトは幸福なものではなかった。
地球人は彼らを理解できなかったし、彼らも地球人を理解できなかった。
救い主が現れなければ、おそらく彼らは地球を滅ぼしてしまっていたろう。
だが、『イノベイター』と名付けられた新人類――脳量子波と呼ばれる特殊な脳波を操る能力に目覚めた者たちの一人が、光見えぬ荒野に道を斬り開いた。
彼は地球の命運を賭けた戦いに挑み、結果、異星からの来訪者達との対話を成功させ、人類を滅亡の危機から救ったのだ。
救われたのは、人類だけではない。
彼ら――金属生命体達もまた、永劫とも思えるほどの長き孤独から救われたのだ。
彼らは人類を親しい友人とし、共に生きる道を選んだ。
そうやって二つの種が手に手を取って歩むようになってから、長い長い時が流れたとき、彼らの一部は冒険に出ることにした。
この広大な宇宙の何処かには、まだ自分たちの発見していない生物がいるはずだと信じ、航海に出たのだ。
何千年か、何万年か。
おそらく、それを数えることに意味はないだろう。
有機生命体には到底耐えられぬ、果ての見えない旅路の末――
――彼らはその星を見つけた。
始祖暦6242年、4月
トリステイン魔法学院にて
「えー、まずは初歩の初歩から始めたいと思います」
禿頭の中年教師、ジャン・コルベールが教鞭を振るう。
教室の生徒達は彼の方を見ていないわけではないのだが、何か他の事に気を取られているような素振りだ。
「今からおよそ六千年前、『エルス』はこのハルケギニアに降り立ちました。
えー、ミスタ・グラモン……はいないか。
ミス・モンモランシ、彼らの特徴を簡潔に説明してください」
「……生きている金属、ですか?」
答えながらもしかし、彼女の視線は気遣わしげにさまよう。
「パーフェクトです!
そうです、彼らはその体を金属で構成していながら、生物体としての特徴を備えているのです!
これがいかに特異な事実かは、ハルケギニアに土着の生物と比較すると一目瞭然であり……」
コルベールはそれから15分ほど、難解な専門用語を交えつつ滔々とまくしたててから、ようやく生徒達の視線に気づいてばつが悪そうな顔をした。
「……おほん! ええ、話を進めましょう、ね。
私達の祖先が飛来したエルスを見た時の反応は、様々だったようですね。
神や悪魔として崇める者、攻撃して追い払おうとする者、パニックに陥る者……
これらの反応はつまり、私達と彼らの間の意思疎通が極めて困難であるが故に起こったものです。
彼らは私達のように話すことが出来ませんからね!
彼らと対話することができるのは、『イノベイター』というある特殊な因子を持つ人間のみなのです。
さて、ミス・ツェルプストー……もいませんか? 欠席が多いですねぇ……
ではミスタ・マリコルヌ、人類初のイノベイターにして、六千年前エルスとの対話を成功させた人物は誰ですか?」
「始祖ブリミルです」
「はい、その通り!
始祖が彼らから伝えられたメッセージは、驚くべきものでした。
彼らは空の彼方にある、このハルケギニアとは違う世界からやってきたというのです。
そこには私達と極めてよく似た種族が住み、高度な文明を築いていました。
始祖はその世界の知識をエルスから伝えられ、ハルケギニアの発展に大きく貢献したのです。
さらに、エルスは言いました。
『私達はこれからこの世界中に散る。火の中に、風の中に、水の中に、土の中に、遍在する。
ブリミルよ、私達と契約せよ。そうすればお前達が呼びかけた時、私達はそれに応じ、望みを叶えよう。
お前達がこの世界のために、正しく行動する限り』
……そう、これが魔法の誕生なのです!」
興奮したコルベールが教壇を叩くと、それに呼応するかのように地面がずしり、と揺れた。
「……む、地震ですかな?
いや……あれは!」
コルベールが窓に駆け寄り、外に巨大な人形の影を四つ認めた。
コルベールが目を剥く。
「――MS<マジック・サーヴァント>!?」
「もう一度言ってくれたまえ、ルイズ。
よく聞こえなかったのでね」
金髪の少年、ギーシュ・ド・グラモンは、緑色に女性的なフォルムの愛機の中で問いかけた。
マジック・サーヴァント。
それはメイジがエルスとの契約によって与えられる、最強の盾にして最強の矛。
かつて彼らのいた宇宙の彼方で使用されていた兵器をモデルにした、総身をエルスで構成された20メイル近いサイズの人型機動兵器。
戦艦すら沈める火力と、風竜を遥かに凌駕する機動性を兼ね備える、怪物的兵器である。
「僕には君が、この『ヴェルダンデ』と更に二機を、君は一機で相手をすると言ったように聞こえたのだが……
無論聞き間違えだろうね?」
「余り物扱い」
「心外ねぇ……」
傍らの二機のMSのパイロットが、軽口を叩きあった。
赤の機体はゲルマニアからの留学生キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーの『フレイム』、凄まじい火力を誇る砲撃戦用機。
青の機体は詳細不明のガリア人タバサの『シルフィード』、機動性に特化した機体である。
対するは――
「聞き間違えじゃない。
この模擬戦、私は三対一で勝つ」
涼やかな声音で告げた少女は、桃色がかったブロンドの髪のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
その機体は、頭部にある二本の突起物が特徴的な白い機体。
「ふん……外面だけ『ガンダールヴ』を真似て、いい気になっているようだね?」
――六千年前の伝説である。
始祖ブリミルがエルスより与えられたハルケギニア最古のMSは、頭に二本の角を持っていた。
エルスはその機体に、かつていた世界の言葉で『争いを根絶する者』を意味する名を与えたという。
現在の名称は『ガンダールヴ』。正式な名は、忘れられて久しい。
「わかっているのかね? 僕はトリステインのエース、ギーシュ・ド・グラモン!
模擬戦でも負け無しの、スペシャルなのだよ!」
「……もう始めていい?」
ルイズは呆れたように溜息をつく。
「ああ――好きにしたまえ!」
ヴェルダンデが腰から抜き放った実体剣・ソニックブレイドを構え、全速力で突進する。
すれ違いざま、ルイズの白いMSを一刀両断にする心算である。
(態度は生意気とはいえ美しいレディだ、余計な怪我はさせずにさっさと終わらせよう……
なーんて考えてあげてる僕は優しいなぁ、ふふふ――)
と、自分に酔いまくりながら突進したギーシュのヴェルダンデは――
すれ違いざまに、
「……えっ?」
ソニックブレイドを持った左腕を斬り落とされた。
(……あるぇー? おかしいなぁー?)
ギーシュは現実逃避を始めた。
(抜き身も捉えられないほど、圧倒的に僕の実力が足りてないなんて……
そんなことあるわけ――)
そんなギーシュの思いを完全に無視しながら、ルイズは剣を振るう。
「僕は、青銅で……」
右腕が飛ぶ。
「ヘタレで……」
頭部が落ちる。
「噛ませ犬……なのかな?」
ヴェルダンデが、崩れ落ちた。
コルベールは急いでいた。
(あれほど口を酸っぱくして、校内での模擬戦は禁止だと言っておいたのに……)
どうもあの兵器には、若者の血を熱くさせる何かがあるようだ。禁止だといくら言っても、毎年模擬戦騒ぎが起こる。
まあかくいうコルベール自身も、MSという存在に心奪われた口だから偉そうなことは言えないが……
(しかし、ミス・ヴァリエールのMSへの執着ぶりには参ったものだ……)
彼女はその『特異性』ゆえ、国ぐるみで彼女のMS操縦技術の向上に努めることが決まっている。
場合によっては、現在アルビオンで進行中の事態に投入する必要が生じるかもしれないからだ。
(MSの戦線投入……始祖ゆかりの代物を、王家に楯突くために使用するとは……)
それはハルケギニアにおいては、禁忌以外の何物でもなかった。
やるからには、貴族派はもう勝ちさえすれば下馬評などどうでもいいのだろうな、と人に思われるくらいの。
(……あんな年若い少女を、戦争の道具に使おうという我々が言えた義理でもないが)
……まあ、今はそれは問題ではない。
早く模擬戦を止めに行かねば。
「……!」
やけに静かだ。MSの駆動音が聞こえない。
(終わった……のか?)
コルベールは、拳を握り締める。
最悪の事態が想定されたからだ。
つまり、生徒の死。
(ミス・ヴァリエール……!)
彼女はその特異な才能ゆえに、自信家に過ぎるように思えた。
無礼と思い指摘はせずにきたが、今となってはそれが悔やまれてならない。
(私が忠告していれば……ッ)
三対一での戦いなど、相手が余程油断しているか弱くなければ勝てるわけがない。
(生きていてくれ……!)
祈りつつ駆け寄ったコルベールの目に飛び込んできたのは、
地面に崩れ落ちた、三機のMSだった。
(……!?)
コルベールは驚愕した。
あまりにも破壊のされ方が、パイロットを傷つけぬように神業的な技量で手加減されていたから――ではない。
破壊されている機体はどれも、ルイズのものではなかったからだ。
つまり……
次の瞬間、コルベールは捜し物を見つけた。
――無傷のルイズの機体を。
「こ……れが……」
コルベールはこの時、初めて理解した。
自分達とはあまりに隔たった、もはや天上の域にあるほどの、絶対的な力。
「これが――純粋種の力か……!」
コクピットの中で、ルイズは沈着冷静だった。
(勝つのは当たり前……)
自分は他人と違うのだから。
魚は泳げる、鳥は飛べる、ルイズは勝てる。
全て、同じ事。
(……いい感じ)
ルイズは、自分の機体の中にいるのが好きだった。
母親に抱かれているような、満ち足りて安心した気分になれる。
なぜだろう、と自問して、ふっと微笑む。
――その瞳は、金色に輝いていた。
***
続かない。マジで。