人生は一冊の本であり、生きることは物語を綴ることだ。
そんな、くだらないことを、誰かが言った。
◆
橙色の空。揺らぐ雲。落ちかけた太陽が滲んでいる。
映るものの輪郭を覚束なくさせる夕暮れはまるで飽和した砂糖水のようだった。
『私』は、砂糖水が満ちた揺らめく書庫にいた。
ぺらり、と。乾いた音が響く。
『私』の手元には一冊の本がある。
それに目を落とし真剣に睨みつける。辺りを見回せば、書庫には他の人間もいたが、皆静かに読書を楽しんでいた。周りの人間は自身の本に集中しているらしく見回す私に気付いた様子はなかった。
幸いだった、と『私』は苦笑を洩らした。
今の『私』の姿は、もしも周りの人間が注視すればひどく奇異なものとして映っただろう。だから今の状況は幸いだった。
もう一度視線を手元に落とす。
開かれた本に文字はない。
そう、今の『私』は奇異なことをしている。
なぜならこの本は、全編を通して白紙なのだから。
何も記されていない書物を真剣に読む『私』の姿は滑稽だろうか。それとも人は狂人のように思うのか。
それは分からない。
しかし『私』は淀みなく冊子をめくり、白紙の本を読み進める。
当然、文字は書かれていない。
それでも『私』は。
この本に記された『私』以外には誰も読むことのできない、愚か者の物語を見つめながら小さく笑みを浮かべた。
遠い昔抱いた夢想が頭を過る。胸に灯った感情は自分でも形容し難く、うまく言葉には出来そうもない。
だから『私』は砂糖水に溶け込んで消えて往く陽の光を見つめながら、もう一度小さく、本当に小さく笑った。
そしてまた本を読み進める。
『私』にとって本当に大切な、愚かな少女の物語を。
─────物語に題名はない。
『私』は今一度、深く静かに、名も無き物語の中に入り込んでいった。
『真・恋姫†無双“幸せな日々をあなたと”』
◆
柔らかいまどろみ。
穏やかな朝の一時。
包み込むような優しい気だるさを感じながら、寝台の上で北郷一刀は呻いた。
「おはようございます、ご主人様」
遠い声が聞こえる。
いや、近くでしたのだろうか。
距離感さえ覚束ないあやふやな感覚が呼び水となって目覚めが訪れる。
重い目蓋を無理にこじ開けて初めに映ったのは白い光、そしてその中に浮かび上がる黒い人影だった。光から逃れるように目を擦れば寝ぼけていた意識が段々とはっきりしてくる。
「月……?」
「はい、おはようございます」
もう一度、たおやかな笑みを浮かべながらメイド服に身を包んだ可憐な少女は朝の挨拶を口にした。
「ん、おはよう月」
「昨晩はよくお休みになられましたか?」
「ああ。でもなんか変な夢を見」
そこまで口にして。
何故か一刀は胸に強い痛みを感じた。
熱いのか、冷たいのか。よく分からない感覚が胸を突く。息が切れる。目が霞む。次いで脳裏に浮かんだのは月の光と誰かの顔。表情は読み取れない。
ただ纏った空気の静けさは感じ取れた。その誰かは悲しんでいるのだろうか、それとも別の感情を抱いているのか。考えても理解はできない。
思考の海に沈み込む程、胸の痛みは強くなる。それなのに一刀は、『辛い』よりも何故か『寂しい』と感じた。
「ご主人様?」
溺れる思考が柔らかな声によって優しく引き上げられた。視線を上げれば心配そうに目を細める月がいる。むしろ彼女の方が泣きそうな表情だった。だから少しでもそれを払おうとなんでもないと笑って見せた。
「ごめんごめん、ちょっと変な夢を見ちゃってさ。体調が悪いとかそういうのじゃないから」
ようやくまともに動き出した頭で一刀はそう言い、陽光に照らされて眩くきらめく月の髪に手を伸ばそうとして、
「ふっ!」
「りばーぶろーっ!?」
傍らにいた眼鏡っ娘メイドが短い呼気と共に放った拳によって肝臓を打ち抜かれた。
「朝から月に手を出そうとするな、ち○こ太守!」
「ちょっ、おま、止めるにしたって殺傷力高すぎ……」
そう、そこにいたのは月と同じメイド服を身に纏った三つ編み眼鏡の少女、一刀付きの侍女・詠であった。
朝の一発目の挨拶がいい感じのリバーブローであったとしても侍女である。一刀としては単に頭を撫でようと思っていただけなのだが、彼女には朝から種馬が盛っているように見えたらしい。まあ普段の行いを見ればそう考えても仕方ないところではあるので一刀の自業自得と言えなくもない。
「まったく、油断も隙もない……って、どうしたの?顔色悪いわよ」
「朝起きてすぐ腹を殴られて血色のいい人間なんていないと思う」
「う。そ、それは悪かったわよ。でもそれを抜きにしても血の気が引いてるじゃない」
ばつの悪そうな顔をしながらも、心配になってきたのか額に掌が当てられる。ひんやりとした感触が心地よく、一刀は少しだけ瞼を下ろした。
「熱はないわね……」
「さっきも言ったろ?体調が悪い訳じゃなくてちょっと夢見が悪かったんだよ」
「夢?」
「一体どんな夢だったんですか?」
不思議そうに首を傾げる二人。全く同じタイミングで動いたのがなんか妙に可愛らしかった。そんな二人を眺めながら聞かれたからには夢のことを話そうと思い一刀は思考を巡らせる。
しかし、
「……あれ?」
どれだけ思考を巡らせても、先程まで見ていた夢は全く思い出せなかった。
あんなに奇妙な感覚を味わっていたのに、いつの間にかそれすらなくなっている。
「どうかしましたか?」
「や、ちょっと待って。ええっと……確か、硬くて太いのが熱くてぐちゃぐちゃな感じというか、ベットで眠ってる夢とか?他には、手が三本になる夢?」
自分でもよく分からないが、確かそんな感じだった……ような気がする。
どうも上手く表現できそうにないので考えるのを止め、目の前にいる二人の表情を見やる。すると何故か二人とも顔を真っ赤にしていた。
「ん?顔を赤くしてどうしがぜるぱんちっ!?」
「死ねっ!」
言い切る前に重たい拳が臓器に突き刺さる。その一発で膝が砕けた一刀は立っていることさえままならず崩れるように床に倒れ込んだ。ぶっちゃけもう武将になれるんじゃねーの?そう思わせる威力の拳である。いつの間にか武闘派メイドになっている詠であった。
「な、なんで……」
「うううううるさい!朝からなんて話をするのよ!?月、こんな奴ほっといていくわよ!」
「え、詠ちゃん?」
理由は分からないがとにかくご立腹の詠さんは月の手を掴むと踵を返し、どすどすと音を立てながら部屋を出ていった。とどめに部屋を軋ませるほど勢いよく扉を閉めて。当然床に転がったご主人様は放置だ。
「ははは、視点が低いと自分の部屋でもいつもと違う感じに見えるなぁ」
負け惜しみのように呟く。
軽く眺めてみると床に寝転がって見ても部屋には埃一つ落ちていない。いつも掃除をしてくれる月と詠に感謝だ。
あ、やべ。ベットの下に竹簡が転がってる。誰かに見つかる前に拾っとかなきゃ。
いや、それはともかくとして、
「何で、ボクシング……?」
きっとその答えは誰にも分からないだろう。
目覚めたばかりだったが、一刀はもう一度深い眠りにつくのだった。
◆
「で、それが三国の王が集う朝議に遅刻した言い訳になると貴方は本気で思ってのかしら?」
二度目の目覚めの後、玉座の間に辿り着き、朝議に顔を出した一刀を迎えたのは絹の如く柔らかな金糸の髪を左右対称に結わった、小柄で華奢な少女だった。
魏王・曹操───華琳の、あまりにも冷た過ぎる視線が一刀に無遠慮なまでに突き刺さる。
睨んでる、ものすごく睨んでる。
もう視線が研ぎ澄まされすぎて、針どころかダイヤモンドをカッティングするウォーターナイフみたいになっている。痛いどころの話じゃないのである。
「いや、華琳。じゃない、華琳様。今日の遅刻は本当にこちらとしても予想外だったと言いますか……」
まあ朝起きたらしこたま殴られて意識を失うことを予想できる人間なんている訳ないとは思う。というか床で意識を失ったまま放置とかあんまりじゃないだろうか。
「ま、まあまあ華琳さん。ご主人様を責めても仕方ないし朝議を始めようよ、ね?」
その重苦しい空気を振り払おうと蜀王・劉備───桃香は、華琳の身体からあふれ出る怒気に多少引きつりながらも笑顔を浮かべた。
柔らかそうな栗色の髪と少し垂れた大きな瞳が柔和な印象を醸し出す桃香。それは外見の印象だけではなく彼女は戦乱を駆け抜けた英傑ながら、その血生臭い肩書に似合わぬ穏やかさ気性の持ち主である。胸が豊かな娘は心が豊かという噂はどうやら本当らしい。
「そうよ、過ぎたことをいつまでも言っていても仕方ないでしょう?それに王が遅刻するなんて珍しいことじゃない。私なんて朝議休んで朝酒を呑んでることもあるし」
くすりと軽い笑みと共に語り出したのは長い薄桃の髪に切れ長の瞳、褐色の肌に露出の多い赤い衣を纏った美女だった。金細工をあしらった、艶を出しながらも品のある装い。健康そうな色香の中に、どこか子供のような無邪気さを滲ませた妙齢の女性。呉王・孫策───雪蓮はまさしく子供のような無邪気さで、「王としてそれダメだろ」な台詞を言い放った。
「お前は少しくらい反省してくれ、頼むから」
溜息を吐きながら傍らにいた美女から言葉が落ちる。
美しい長い黒髪。眼鏡の奥にある切れ長で理知的な瞳。赤い衣から覗く褐色の肌はえもいわれぬ艶めかしさである。
彼女こそ孫策と断金の誓いを交わした友にしてブレーキ兼フォロー役、周瑜───その真名を冥琳という。
「あら、いいじゃない。いつものことでしょう?」
「その『いつものこと』の度にお前の後始末をして走り回る私の苦労も考えてほしいものだな」
呆れたように言って見せても何処か暖かな口調だった。結局冥琳自身も彼女とのこういう関係が気に入っているのだろう。
そんな二人の遣り取りに少しだけ柔らかな空気を取り戻した玉座の間。そこに幼げな声が響く。
「こほん。では各国の代表者と軍師の二名、それぞれ揃ったようなので本日の朝議を始めたいと思います」
その言葉の主は声色だけでなくその容姿も未だ幼さから抜け出ぬ風情の少女だった。しかしながら少女の知は等しく万人が認めるところである。蜀にその人ありと謳われたはわわ軍、もとい伏龍・諸葛亮───朱里が音頭を取り、ようやく今日の朝議が始まったのだった。
ちなみに出てこなかった魏の軍師はというと、
「ぐー」
頭に謎の人形を乗せた金髪幼女・風は騒ぎの最中にあって、それでもしっかり熟睡していたりします。
◆
「えーと、今日の朝議の議題ってなんだっけ?」
「朱里、すまんが概要から頼む」
冥琳が促すとそれに軽い笑みをこぼしながら答えた。
「はい、まずは基本的な所から。黄巾の乱から始まった群雄割拠の時代は、天の御使いが大陸に降り立ち、戦乱の末に魏・呉・蜀が三国同盟を締結したことによって終焉を迎えました。その後、乱世を終わらせた平穏の象徴である天の御使い……つまりご主人様を太守とした都を三国の中心に立ち上げ、三国の将は後進に国を任せ都に屋敷を構えました。そして後三日で三国同盟締結からちょうど一年になります。これを記念して三日後、三国あげての記念祭を開催することになりました。今朝の朝議はそれに際して出てきた問題点の修正、及び進行度合いの確認ですね。やった、噛まなかった」
最後に余計な言葉が聞こえたがそこは軽くスルーして、とりあえず現状は理解できた。
「ああ、そうか。そういうことになってるのか」
「そういうことになってるのかって、貴方ね。自分の治める都のことでしょう」
溜息と共に華琳は言った。
「いやだってなぁ……治めるって言ったって重要な所は軍師の皆や華琳や雪蓮に桃香、三国の王と決めてる訳だし。別に俺一人で運営してる訳じゃないからなぁ」
「それでも貴方はこの都を預かる人間として、ここで起こり得る全ての問題を把握し、それに関する予測や対応を準備しておくべきではなくて?」
「それが出来るのは才能に恵まれた一握りの人間だけだと思う……」
「うん、私もそう思う……」
桃香が同意してくれる。数少ない凡人同士通ずるものがあるのだろう。もっとも二人とも仁徳と魅力のみで国をまとめ上げたことを考えれば十分規格外ではあるが。
「だとしても、せめて今回の祭に関しては把握しておきなさい。この記念祭の中核はあくまでも『大陸に平穏を齎した天の御使い』───即ち貴方なのだから」
「大丈夫、俺はテストの科目を当日になって初めて知るタイプだから」
「何を言っているのかは分からないけれど貴方が統治者に向いていない事だけは分かったわ。貴方達二人には一度王のなんたるかを叩きこまないといけないようね……分かってるとは思うけれどもう一人は貴方のことよ、桃香?」
「あ、あはは。お手柔らかに……」
視線を逸らし恍けようとした蜀王の首にもしっかりと言葉で首輪をはめる。流石にドSのお姫様、首輪の扱いは手慣れたものである。
「えーと、そろそろ続けてもよろしいでしょうか?」
朱里が遠慮がちに話に割り込んでくる。少し脱線しすぎたようだ。
「ごめん、続けてくれ」
「はい。それではまず呉から報告を上げて頂けますか?」
「ああ、構わん。とは言っても、報告するような問題は特に起こっていないな。将達による催しも準備はほぼ終わっている……当日に雪蓮と祭殿の暴走を抑えるという大仕事は残っているが」
冥琳が何でもないことのように自国の王に対し暴言を吐く。「ちょっとそれどーゆーことよ、ぶーぶー」とか言っている呉王はさらっと無視することにした。
「催し……ああ、そっか。今回のお祭りでは三国の将が出店やら出し物を準備するんだっけ?」
なんか学園祭みたいだな、と一刀は思った。
「そうだ。私達は今まで戦ばかりをしてきたからな。この記念祭は多少でも民が私達に抱いている物騒な印象を払拭し距離を近づける、という意味合いもある。そのために私達が催しを行うという訳だ」
「うちは明命が張り切ってるわよー。『私の人生の全てをかけます!』とか言ってたもの」
いくらなんでもお祭りにそこまでかけなくてもいいと思うのだが。たぶんそこは突っ込んではいけないのだろう。
恙無く呉の報告は終わり、いつの間にか目を覚ました風と華琳が一歩前に出る。
「次は魏ね。風、報告を」
「そですねー。魏の方も記念祭に関してはさして問題は起こっていません。ただ……少し気になる報告が上がっています。警備隊の皆さんが見つけてきたのですか、城壁の上や城下に文字があったらしいのです」
「文字?」
「はい。なんでしょう、血で書かれた文字が都の到る所で、という程ではありませんが見つかったのです。一応、風も確認してみたのですが解読できませんでした。いったい何が書かれているのでしょうね~」
気の抜けるような間延びした物言いながら、風の口調は普段よりは幾分か重々しく聞こえた。
一刀は軽く顎を弄りながら自身の思考に没頭していく。
風にも読めない血で書かれた文字。
何かが、妙に引っかかる。
だがいくら考えてもその何かは見えてこない。ただ嫌な予感、とでもいうのだろうか。ぬるりとした鉄臭い不快感が体の上を這っているような気がした。
「血で書かれた文字か……何やら不吉だな。北郷、呉から穏を調査に出したい。あれで穏は呪術などにも造詣が深いからな。何か分かるかもしれん」
「冥琳が言うなら間違いないだろ。頼む」
考えても血文字が何を意味するのかなど分からない。今は少しでも調べる方がいいだろう。
奇妙な不快感を追い出すように頭を振り、気を取り直して朱里の言葉を促すように
「では最後は蜀から報告させて頂きます。血文字についてはこちらでも幾つか見付かっていますので蜀からも調査に人員を割こうと思います。もう一つ、報告に上げるほどのことかはまだ分からないのですが……」
「ん、なにかあるのか?」
「いえ、実際に何かがあったという訳ではないのですが。最近民から『幽霊が出た』という類の話を耳にします」
「幽霊?」
一刀が意外そうに声を上げると、朱里はいやに神妙な面持ちで頷いた。
「幽霊、ねぇ。なんというか、ホントにそんなの居るのか?そもそも存在自体が眉唾だなぁ」
「何を言っているのよ。貴方がその存在自体が眉唾ものの代表格じゃない」
「う、そりゃそうだ」
にまにまとからかいの笑みを浮かべながら発された雪蓮の言葉は確かに的を射ていた。何と言っても北郷一刀の肩書は天の御使いである。天からやってきた、などという与太話よりはまだ幽霊の方が現実的かもしれない。
「この際幽霊が本当にいるかどうかは置いておくとして、この類の噂が蔓延するのは好ましくありません。あまり長く続くと民の不安、不満が蓄積し何らかの弊害となるかもしれませんから」
噂の正体が幽霊であろうがなかろうが、悪戯に人心を惑わすものを放置するわけにはいかない、というのが朱里の考えだった。現代社会なら『幽霊が出る』などという与太話は何の影響もないが、神秘に近しい時代であればある程、信仰とは実行力を持つのである。故にたかが噂と切り捨てることはできないのだろう。
「分かった。それに関しては……そうだな。まずは幽霊の正体を探るところから始めるか。噂の出所を少し調べてみよう。各国から武将と軍師を一名ずつ出して調査してもらえるか?」
「軍師はともかく武将も?」
不思議そうに首をかしげる桃香。短く「ああ」とだけ返し言葉を続ける。
「一応、ね。なにもなければそれでいいけど、もし幽霊の正体が幽霊を語った賊や五胡の先兵だったら目も当てられない。今は情報がないほとんどないんだから、用心するに越したことはないと思う」
こんな所でどう?と視線で各国の王と軍師に確認を取ると皆揃って満足気な笑みを浮かべ頷いた。なんというか、子供を褒める親の表情だった。なんだろう。普段の俺はそんなに頼りないのだろーかと若干いじけたくなる一刀だった。
「最後になりましたが記念祭に関してはこちらも最終調整を残すのみとなります。後三日のうちには全て滞りなく完了する見込みですね」
「ん、じゃあ記念祭に関しては問題なくいきそうだな」
「そう言えば、今朝のことなのですが、ご主人様と深い仲だと言い張る眼鏡をかけた導師服の男性が『げいばー』というものを記念祭で出店したいと申し出てきましたが、いかがいたしますか?」
「潰してくれ今すぐにだ」
「はわっ?まだ途中なのに……それに潰すも何もまだ出店していませんが」
「そうじゃなくてその男を潰してくれ。兵も将も使えるだけ使っていい。なんなら恋に出陣してもらおう。そいつは世界の歪みだ。放っておいたら大変なことになるから早めに潰していてくれ。後近くに金髪の男がいたらそいつも土葬しといてくれ。ダメガネの仲間だから」
「は、はぁ」
よし、何しに来たかは分からないがこれで後顧の憂いはぶっつぶした。
全くヤツらは物陰でカサカサと動いたかと思うと忘れた頃にやってくるから性質が悪い。そのうえ妙に打たれ強く生命力も尋常じゃない。可能な限り早めに潰しとかないと安心して眠れない。
「じゃあ三国とも報告は終わったし、これで終わりでいいかな?」
一刀の言葉に頷きで返し、本日の朝議は終了した。各国の王辰も最後の仕上げのために記念祭の準備に戻る。
祭まで後三日。よく分からない情報もあったが取りあえずはうまくいっているようだ。この記念祭は盛大なものになるだろう。出来れば何の問題もなく開催出来ればいいのだが。
多少の不安もあるが、それを追い出すように一刀は首を振る。
それで何かが解決するわけではないが少しは気合が入ったように思える。
「よし、それじゃあちょっと皆の様子でも見てくるかな」
そう一人ごちて玉座の間を後にした。
祭まで、後三日。