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[26884] 【習作?禁書目録】這いよる定規さん【パロネタ多め】
Name: マイン◆a0b30d9b ID:f6242140
Date: 2011/04/05 16:16
学園都市
230万人の学生たちの脳を日々開発しているこの街。
その頂点とも言える七人の超能力者。

そして、その七人の超能力者の中で、つまりは学園都市の学生全員の中で、第二位を冠する人物。

姓は垣根
名は帝督

能力の名は、未元物質(ダークマター)

この世に存在しない物質を生み出し(或いは引き出し)、操作する能力。





「――なんだが、勘違いされやすいことに俺は未元物質を操作してはいるが、あくまで操作できるのは未元物質だけで、それによって生じる既存の物質、現象の変質自体を操作できるわけじゃねえ」

「ふう――ん?」

「つまりはよ、俺の能力自体は大したことはあるが、大したことねえんだよ」

「矛盾してるわよ、それ」

ドレス姿の小柄な少女が呆れたように言う。

「俺は能力を発現した時からレベル5だった。第三位のようにレベル1から這い上がったわけじゃねえし、第一位のように実験の繰り返しで能力に幅を利かせていったわけでもねえ。最初から何も俺は変わってねえ」

学園都市の、超能力者の順位というのは戦闘能力だけではない。
応用がどれだけ利くか、どれだけ有用か――に重点が置かれている。

「要するに、この世に存在しない物質を扱う俺の能力ってのは学園都市にとってもブラックボックスだらけなのさ。未元物質自体は人類にとっては全く未知の物質で、用途なんて掃いて捨てるほどあるだろうよ」

けどな、と帝督は一旦言葉を切った。

「同時にどう扱っていいのか分からねーんだ。俺の未元物質に常識は通じねえ――どこにでもある酸素や窒素が毒ガスに変わるかもしれねえし、固体に変わるかもしれねえ。そんなもんには学園都市も流石に迂闊に手を出すことが出来ない」

「だから、なのね。あなたが一応の自由を得ているのは」

「そういうこった。俺だって未元物質の性質全てを把握してるわけじゃない。もししてたら、今頃未元物質を出し続けるだけの機械にさせられてただろうよ」

嘆息。
有り得たかもしれない未来に心を馳せ、そして今という現実に安堵した。

「――で、だ」

「何かしら?」

「そろそろ交代といこうぜ、お嬢さんよ。次はお前のターンだ」

「心理定規(メジャーハート)、よ。未元物質」

「垣根帝督、だ。心理定規」

「・・・・・・そう。垣根帝督」

「おう」

「私が、あなたに対して言うことは一つしかないわ」

初対面の人間にここまで自分の能力について喋らせたのに一つだけとかナメてんのかこら、と帝督は思った。が、口にはしない。

「あなたに“スクール”に所属してもらいたいの」

「・・・・・・スクール?」

「勿論、学校に入学するなんてお気楽な解釈はしないでしょう? 未元物質」

「垣根帝督、だ」

正直に言わせてもらえば、と帝督は内心で暴露する。

(全くお前の言う通りだぜ、心理定規)

スクールと聞いたら大抵の人間は学校を思い浮かべるに決まってんだろ、という文句を口には出さない。

「その、何で俺なんだ?」

「あなたが第二位だからよ」

その物言いに些かカチンと来る。レベル5だから、という理由ならばともかく、第二位というのを強調されるのは帝督のプライドを少なからず傷つける。

「はっ、第一位にはフラれたのかよ?」

「勘違いしないで、私はそんなに尻軽じゃないの。そうね、なら言い方を変えましょうか、垣根帝督」

「あん?」

「私があなたを選んだのは、あなたが一方通行(アクセラレータ)ではなく、ましてや超電磁砲(レールガン)でもなく、未元物質だから――あなたが垣根帝督だからよ」

ずい、と帝督に顔を近づけ、真剣な表情で心理定規は言う。

「・・・・・・だから、何故俺だ?」

心理定規に気圧されながらも、帝督は言葉を何とか吐き出す。こういった経験はほとんどないのだ。

「一方通行じゃなく、超電磁砲でもなく、どうして俺なんだ?」

クス、と心理定規が笑う。そうしてゆっくりとした動作で彼女の右手が帝督の頬に添えられる。
まるで娼婦のような仕草に帝督の体がビクンと震えた。

「――第一に、金で動く人間は信用できないわ。つまりスキルアウトや低能力者、警備員。それに限らず下々の者たちね」

あなたなら金で動くことはないでしょう? と心理定規は確信している様子で帝督に言う。

「まあ、な」

金には実験の報酬やら何やらで全く困っていない。

「それに金だけ奪って逃亡、なんてことも考えられるけど、それ以上に金で動く人間は強者ばかりではないの」

それは帝督にも分からなくもない。

「第二に、名誉で動く人間は信用できないわ。レベル1から這い上がった超電磁砲、レベル6へと進化しようとする一方通行、他にも大勢の学生たち」

「おい、待て」

それは帝督も簡単には首を縦には振れない。
超電磁砲や一方通行が果たして本当に名誉の為に動いているかは分からないが、心理定規の発言をスルーは出来ない。

「でもあなたなら、名誉の為になんて動かないでしょう?」

「何をどうしたらそうなる?」

「だってあなた――第一位の座になんてこれっぽっちも興味ないでしょう?」

「・・・・・・」

言葉に詰まる。否定するのは簡単なことなのに、否定の言葉が喉から出ない。

「あなたの一方通行に対する距離単位は0、好きでも嫌いでもない、興味がない。いいえ、一方通行だけじゃない、あなたの他人に対する距離単位は須く0。今現在だってあなたは私に全く興味を持っていない」

「き、距離、単位?」

「私の能力は心理定規。対象の他人に対して置いている心理的距離を数値化する能力」

「そりゃ、随分と・・・・・・趣味の悪い能力だな」

また、心理定規は笑う。

「そんなこと言ってもあなたは私に嫌悪感を抱いてはいない。だって興味を持ってすらいないんだもの」

「そんな、ことは・・・・・・」

ない、と言い切れない。
心理定規の瞳は全てを見通しているかのように、帝督の瞳を覗いている。

「話を戻しましょう。金で動く人間は駄目、名誉で動く人間も駄目。なら、どんな人間なら良いか。その答えがあなたよ、垣根帝督」

訳が分からなくなる。
金は駄目、名誉も駄目。
だが帝督なら良い。

「俺、は・・・・・・」

金では動かない。名誉でも動かない。
では何でなら動くのか。
否、何でなら動くことができるのか。
垣根帝督という人間の原動力が何なのか、それは帝督自身にも分からない。

「答えは単純明快」

自然、喉がゴクリと唾を嚥下する。
目が心理定規から離せなくなる。
耳が彼女の声を逃さないよう研ぎ澄まされる。









「愛よ」

「――は?」

間抜けな声が出た。

「愛という感情で動く人間なら信用できる。何故なら愛は人を裏切らないから。金に釣られる人間よりも、名誉に眩んだ人間よりも、愛に生きる人間こそが信用できるのよ、垣根帝督」

だから、と心理定規は言葉を続ける。

「私があなたに愛を教えてあげるわ」

そうして、彼女は能力を発動した。
心理定規。測るだけではなく、その距離すら操る能力。真実を偽りで染める能力。

「ッ――!?」

ドクン、と帝督の心臓が跳ねた。
相変わらず目は心理定規から離せない。
五感の全てが心理定規から離れない。

「今のあなたと私の距離単位は5。そうね、例を上げるなら何度か話したことのあるクラスメートとか、その辺りかしら。尤も、あなたにとってはどうだか分からないけれど」

離せない、離れない、離したくない。
目の前の少女の姿を、初めて興味を持って目に焼き付ける。

「あらあら、そんな怖い目じゃ、まるで睨まれてるみたいだわ。じゃあ、次ね」

心理定規はもう一度二人の距離を測り直す。
今度はより近く。

「これで、10。好きなタレントとか、クラスの気になる子とか、そんな感じよ。あくまで私主観で、だけど」

そこまで聞いて、帝督が動く。
心理定規の華奢な肩を掴み、押し倒す。
が、そこまでだ。
ただ帝督は興味を持った対象である心理定規をじっくりと観察したかっただけ。

「随分、大胆なのね」

「・・・・・・まあな」

辛うじて帝督は喋ることを思い出した。
視覚と触覚だけではなく、聴覚があることを思い出し、心理定規の言葉に耳を傾ける。

「この調子じゃ、次はどうなってしまうのかしらね?」

「さあ、な」

それは帝督の方こそ聞きたかった。
こんな風に他人に興味を持ったことなど、なかったのだから。

「怖い怖い。それじゃあこれで――15。少し倦怠期の恋人、ってところね」

「っ・・・・・・!」

再び帝督の体が震える。
どうにかこみ上げる衝動を押さえ込む。
いくら心理的距離とやらを操作されようと帝督の心に常識という知識は残っている。

「うふふ、大丈夫よ、垣根帝督。だって私たちは――――相思相愛の恋人同士なんだもの」

――距離単位、20。

「遠慮しなくていいわ。あなたの愛を私に与えなさい。私の信頼に、応えてちょうだい――ああ、でもできれば」

――そして、血走った目の帝督に対し、心理定規はトドメとなる一言を発した。

「優しく、してちょうだい」



その日、帝督は初めて人の温もりを知った。











「・・・・・・あー?」

しばらくして、帝督は微睡みから目覚めた。
何故か気怠い体に疑問符。体を起こし、首を鳴らして、欠伸を一つ。
ぼーっとした学園都市第二位の頭はそれだけで覚醒した。
したものの、

(・・・・・・何で俺は寝てたんだ?)

思い出せない。

(しかも何で半裸?)

思い出せない。

(隣のちょうど一人分ぐらいの布の盛り上がりはなんだ?)

思い出したくない。
しかし放置するわけにもいかない。
意を決して、帝督はその布を剥いだ。

「・・・・・・ん、な」

「――あら、おはよう。帝督」

上手く言葉が出てこない。だがありのままを描写するならば、そこには所謂生まれたままの姿の少女――心理定規が居た。

「え? いや、え・・・・・・?」

「ジャスト二時間、いい夢は見れたかしら?」

二時間。どうやらそれだけの時間、帝督は眠っていたらしい。
逆に今は起きていて、つまりこれは現実なわけで。

「お、おま、おまえ・・・・・・!?」

「心理定規よ、帝督」

いや、それは分かる。
分かってはいるが、果たして帝督の知る心理定規は自分のことをこんな気安く呼ぶような間柄だったろうか?

「め、心理定規、これは、その、どういうことだ?」

「うふふ、覚えていないのかしら。あんなに激しく交わったというのに」

記憶にない・・・・・・とは言えない。
うっすらとだが思い出した。

「今のあなたの私に対する距離単位は3。ここまでしておいて酷い人ね」

「い、いや、これはお前の能力のせいで」

「言い訳は男らしくないわよ。さあ、私と契約して暗部に落ちてよ」

「・・・・・・」

楽しそうに笑う心理定規とは逆に帝督は笑えない。

「・・・・・・・・・・・・おい」

「何かしら?」

「・・・・・・そのスクールとやらに入ったら、何をすりゃあいいんだ」

「当面はスポンサーの依頼を受けるのと、戦力の増強ね」

「依頼・・・・・・?」

「ええ、どす黒く真っ暗な汚れ仕事よ」

「汚れ仕事、ね」

全裸の心理定規から視線を外し、目を閉じる。
まるで脅かすように言う心理定規の言葉にも、帝督は何も感じない。興味を持てない。

「・・・・・・分かったよ。どうやら俺に選択肢はないらしい」

仕事とやらに興味は持てないが、心理定規には少なからずの興味を帝督は持ってしまった。たとえそれが偽りの感情でも、初めて得た感情をどうこうする術を帝督は持たない。
それに何より、知識として知っていた。

「責任は取らなくちゃならねえからな」

「紳士的なのね、嫌いじゃないわ。それに、あなたにだってメリットはあるのよ?」

「メリット?」

「言ったでしょう? 私があなたに愛を、感情を教えてあげるわ」

少女は見た目からは想像がつかないような大人の笑みを浮かべ、そう言った。





「垣根帝督、私に惚れていいわよ」



[26884] その2
Name: マイン◆a0b30d9b ID:f6242140
Date: 2011/04/05 16:18
暗闇を人影が走る。
音だけでは正確に判断出来ないが、一人ではない。
そして走っているものだけではない、じっと潜む影もある。

(――6、7ってところか)

そう判断し、帝督は閉じていた瞳を開ける。

――パシュン、と気の抜けたような音が聞こえたような気がした。

「はっ、武器で不意打ちとは情けねえな、テメェらも一応能力者だろうが」

その音の正体はサイレンサー付きの拳銃によるものであり、帝督はその不意打ちを未元物質の壁によって容易く防ぐ。

「俺の未元物質にも種類があってな。ただその全てが共通して、この世に存在しない物質だから一括りに未元物質って呼ばれてるだけなわけだ」

それを見てか聞いてか、他の影も発砲し、銃撃が激しさを増す。
だがその銃弾は一発たりとも帝督に届くことはない。

「ちなみに、だが」

つい、と帝督は右腕を指揮者のように振り上げ、

「俺の未元物質は一○八式まである」

つい、と指揮者のように振り下ろした。
すると、それに呼応するかのように人影が一人、また一人と見えない力に押し潰されて地に伏せっていく。

「冗談だけどな」

笑い、今度は両手を指揮者のように振り上げ――無情に振り下ろした。

「ま、こんなもんだろ」

あっさりと複数の能力者を無力化し、帝督は一息吐く。
心理定規との契約から明けて三日。初めての依頼の終了だった。

――!

「うぉっ!」

適当な瓦礫の上に腰を下ろした帝督の目の前に突如、バイクが見事なドリフトを決め、ゴムの焦げた匂いとコンクリートに焦げ跡を残し、バイクは帝督の目の前に停止した。

「初仕事ご苦労様、迎えに来たわよ」

運転手がヘルメットを外す。その下には十四歳程度の少女の顔があった。
初めて会った時と似たような背中が大きく開いた服の、心理定規である。

「・・・・・・その格好にバイクは似合わねえだろ」

「心配しないで、自覚はあるわ」

そうかい、と投げやりに呟いて帝督は腰を上げた。

「お前が後ろに乗れ」

上着を心理定規の頭に被せ、その手からヘルメットを奪い取る。

「あら、優しいのね」

「別に」

心理定規は帝督の言葉に大人しく従い、上着を羽織る。

「ホテルに戻りゃいいのか?」

「ええ、今日はもう仕事はないわ――ところで」

「何だ?」

「あなた、免許は持っているの?」

「心配するな。知識はある」

「ちょっ――」

珍しく慌てる心理定規を尻目に、帝督はアクセルを解き放つ。完全独走、トップスピードで。











ホテル。
前にラブも何も付かないただのホテルである。庶民からすれば前に高級が付くが。

「なあ」

「何かしら」

そのホテルの一室、ソファーに横になって天井を仰いでいた帝督は何の気なしに対面のソファーで雑誌を読んでいた心理定規に声を掛けた。

(・・・・・・)

私に惚れていい、と言った少女。
帝督に感情を教えてくれると言った少女。

「どうしたの?」

何も言わない帝督を不信に思ったのか、心理定規が帝督が横になっているソファーに移動する。
高級なソファーは帝督が全身を預けて尚、数人分が腰掛ける余裕があった。

「なあ」

また同じ言葉を投げかける。

「今の俺はお前のこと、どう思ってるんだ?」

「・・・・・・正直、その質問には呆れるしかないわね。自分のことでしょう?」

「悪かったな」

だが他人に興味を持つ、というのが初めての帝督には自分の気持ちが理解できず、持て余すしかない。

「そりゃ、あの時、距離単位が10とか15の時とは比べるまでもない、ってのは分かるけどよ」

はぁ、と心理定規は溜め息を吐く。

「相変わらずあなたの私に対する距離単位は3。例えるなら何度か話したことのある近所の人レベルね」

「あー・・・・・・その、悪い」

それを聞いて帝督は体を起こすとばつが悪そうに頭を掻き、謝る。

「それはつまり、近所付き合いどころか恋人付き合いまでしたのにその程度しか私に関心を持っていないことを謝っているのかしら?」

「ああ」

「今の言葉を肯定されるのもあまり気にくわないのだけれど、あなたなら仕方ないわね」

一応、一通りは資料であなたのことを知っていたし、直接確かめたことでもあるし、と心理定規は言う。

「でもまあ、今のあなたは私の信用に足る人物じゃないのは確かだわ」

「愛がないからか?」

「愛がないからよ」

ふざけた理論だ、と帝督は思う。この科学の発展した街で、愛を信用の条件とするとは。
この学園都市とて感情まで否定するわけではないが、それを肯定もしない。
感情すらもデータなのだ。
確かにそういう意味では愛というのも信用に足るのかもしれないが・・・・・・。

「ならお前の能力であの時みたく距離単位を変えればいいんじゃねえのか?」

「そんなに容易く自分の心を弄らせるのは感心しないわね。それに今距離単位を変えても前みたくなるのが関の山だわ」

前みたく。それはつまり段階をすっ飛ばした恋人付き合いに他ならない。

「そうならない為には、最低限の距離まではあなたが歩み寄らないと駄目なのよ」

「それは、つまり・・・・・・」

「あなたが自分の意志で私に惚れるのよ」

・・・・・・はぁ。
今度の溜め息は帝督のもの。

「あのなあ、心理定規」

「何?」

「俺は他人に興味も持てないような男で、お前よりも無感情で物事に無関心だ。そんな俺が、会って間もない、しかも明らか年下のガキに、自分の意志で惚れると思うのか?」

「惚れるわ」

「何で」

「だってあなたはまだ何色にも染まってないもの。染め上げるのは簡単だわ」

「・・・・・・そうかよ」

自信満々な彼女の姿に帝督は呆れ、諦めたようにまた体をソファーへ預けた。

「ほら、今のであなたの私に対する距離単位は4。一歩前進よ」

心理定規の言葉が本当なのか、帝督には判断がつかない。
だがそれを責めることは出来ないだろう。
これまで他人に感情を抱いたことのない帝督でなくとも、他人に対する想いを数値化された経験など、心理定規に関わらない限りするはずもない。

ギシッとソファーが軋む。まるで猫か何かのような動きで心理定規が帝督へと這いよる。

「ねえ、垣根帝督」

心理定規は臍の辺りに跨り、帝督の胸板に手をおいた。

「な、何だよ」

心理定規の纏う妖艶な雰囲気に呑まれたかのように、帝督の声が震える。
そんな帝督の様子に心理定規は笑みを浮かべる。

「そんなに愛を知りたい?」

「な・・・・・・」

「心を弄らせて、偽りに染まってでも愛を知りたいのかしら?」

「・・・・・・別に。俺はお前の望む、愛とやらで動くような人間じゃねえからな。だから俺はただ、その解決策としてお前の能力を出しただけだ」

「ふふふ、そう。ならいいわ。でもね帝督、私の能力だって万能じゃないのよ」

依然、帝督に跨ったまま心理定規は喋り続ける。

「人によって愛の形は人それぞれ。可愛さ余って憎さ百倍、なんてことにも成りかねないし、首だけバッグに詰めてずっと一緒よ、なんてのもごめんだわ」

「・・・・・・そいつは確かに御免だな」

「だから、正直言ってあなたの時も賭けだったわ。分の悪い賭けは嫌いじゃないけれど、ね」

果たしてあれは賭けに勝ったと言えるのだろうか? という疑問はあるものの、それを口にするようなことはしない。
自分の首を絞めることになるのは明白だからだ。

「帝督。いくつか、決め事をしましょう」

「あ?」

「一つ、スクールとして依頼を完遂すること」

唐突な心理定規の言葉だったが、契約の確認みたいなものかと納得し、その言葉に頷く。

「二つ、スクールとして、垣根帝督として、私に力を貸すこと」

「ああ」

元より、そのつもりだ。
帝督が唯一興味を抱いた人間で、しかも責任を取らなくてはならない少女。
その責任をそういう形で果たせるならば帝督も望むところ。

「三つ、垣根帝督として私の下で愛を知り、私に惚れること」

「・・・・・・努力はする」

これには渋々頷く。
よくもまあこんなことを恥ずかしげもなく言えるものだ、と思いながら。

「四つ、私を絶対に裏切らないこと」

「分かった」

迷わず頷きながらも、帝督は戸惑う。

(俺は、学園都市第二位の垣根帝督ってのはこんなガキに良いように使われるような奴だったか?)

それとも自分のキャラは、そんなものだっただろうか。

「そう。ならいいわ」

「一つ、聞かせろ」

「何?」

「期限はあるのか? いつまで、だとか、目的を果たすまで、とかは」

帝督の言葉に心理定規は少し考える素振りを見せた。

「あなたは私に惚れるのだから、意味はあまりないのだけど――そうね、万が一倦怠期に陥った場合やあなたが私に惚れなかった場合を考えて、言っておきましょうか」

一拍置いて、心理定規は口を開いた。
いつもと同じ調子で、何てことないように。

「私のとりあえずの目的は学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリーとの直接交渉権の取得よ」

「アレイスター・・・・・・学園都市のトップに、何の用だ?」

「そうね。まずは厳しすぎる常盤台の門限の改正でもお願いしようかしら」

「言う気はないってか」

溜め息。

「・・・・・・まあ、別に良いけどよ」

きっと何か複雑で後ろ暗い暗部ならではの事情でもあるのだろう、と適当に納得する。

「そう拗ねないでちょうだい。時期が来ればいずれ教えてあげる」

「拗ねてねえ」

距離単位が20の時ならばどんな手を使ってでも心理定規の口を割っていただろうが、今の帝督にはそこまでする理由はない。

「そういや、心理定規。お前は当面の仕事はスポンサーとやらの依頼と、戦力の増強って言ってたよな」

「ええ」

「ならもう一つ聞くが、戦力の増強ってのはどうするんだ?」

「単純にスクールの増員よ?」

「いやだから、お前は金で動く人間も名誉で動く人間も信用できねえんだろ? ってことはだ」

それはつまり――

「俺以外にもお前への愛とやらで動く人間を探すってことか?」

「いいえ? 言ったでしょう、私はそんなに尻軽じゃないの。あなただって惚れた女に寄り付く虫と仲良くはできないでしょう?」

別に惚れてはいないが。

「なら、どうやって信用のおけるメンバーを増やすんだよ」

「帝督。私はあなたのことをそれなりに知っているつもりよ」

「・・・・・・?」

「あなたが他人に興味を持てないけれど、他人からは興味持たれる人間だってことも知ってる。他人、特に異性からね」

「・・・・・・おい」

「その理由は第二位という強力な能力だけでなく、あなた自身の魅力に依るもの」

「まさかとは思うが――」

「垣根帝督。出来るだけ役に立つ、強力な戦力(オンナ)を落としなさい。期待してるわ」

「おいぃ!?」











そんな会話から数時間後。
本当ならば小一時間使って問い詰めたいところだが、そうもいかない理由が帝督にはあった。
毎日とは言わないまでも毎週それなりの頻度で予定に入っている実験の為だ。

それと言うのも未元物質の性質のせいである。

この世界へと現出した途端に否応無しに法則を変化させる未元物質を変化する前の状態で保存するのは難しい。
ただ一人、未元物質を操作する能力を持つ垣根帝督を除いて。

(結局、拘束される時間が短いだけで未元物質製造機械にされてるのは変わらねえんだよな)

ひたすらに未元物質を生み出し(引き出し)続けながら帝督は思考する。

実験を始めてもう数年になるが、相変わらず実験の度に未元物質は新たな可能性を科学者たちに提供し続け、帝督の口座に金は振り込まれ続けている。



一時間ほど製造機械に徹していると、研究チームの主任から声が掛かった。

「未元物質」

「ああ?」

能力名で呼ばれることの若干の苛立ちを隠すこともせず、帝督は主任を睨みつける。

「君に会ってほしい能力者がいるんだ」

それを気にした様子もなく主任は帝督に告げた。

「・・・・・・名前は?」

「“木原”。心当たりはあるかい?」

「ねえな」



[26884] その3
Name: マイン◆a0b30d9b ID:f6242140
Date: 2011/04/03 18:56
帝督がその木原の少女と会ったのは八月の初め、噂で囁かれていた幻想御手事件が解決し、数日が経ったある日の実験後のことである。

主任によって用意された研究室の一室に帝督は案内された。

「――こんにちは、超能力者(レベル5)のお兄さん」

「・・・・・・垣根帝督だ」

その部屋に一人で入ってすぐに掛けられた女の声。
幼さの残るその声の主に目を向けると、少し驚いた。

(本当のガキじゃねえか・・・・・・)

短い金髪、幼さを残すどころか、幼さしかないその顔。身長から考えても、間違いなく中学生にも満たない、天然ものの小学生である。

「こんにちは、垣根のお兄さん」

「・・・・・・ああ」

何とか少女にそう返し、改めて観察する。
まず制服に付けられた風紀委員の腕章。
それから外傷は見当たらないが、少女が腰掛けているのはただの椅子ではなく、学園都市の高性能車椅子。
それに先ほどから右腕が動いていない。

「こんな格好で失礼するよ」

「ガキがそんなこと気にするな」

とりあえず対面の席を引き、腰掛ける。

「で、風紀委員が俺に何のようだ?」

「今日は風紀委員として来たわけじゃなくて、実験体として来たんだ」

帝督の顔が少し不機嫌そうに歪む。

「木原、とか言ったよな」

「ああ、自己紹介がまだだったよね。那由他、木原那由他だよ。垣根のお兄さん」

木原那由他と名乗った車椅子の少女は帝督に気圧されることなく、子供らしからぬ笑顔を帝督に向けた。

「お兄さんの能力、未元物質の力が今回の実験に必要でね」

「それでわざわざこの俺に挨拶しに来たってか? 殊勝なガキだな」

「実は少し前にお兄さんと同じ超能力者のお姉ちゃんとお兄ちゃんに負けて――ううん、勝負にすらならなかったから、その二人よりも序列が上のお兄さんの力を借りたいんだ」

その発言に帝督は目を細める。

(こんなガキ相手に大人気なく能力を使うレベル5が居るとはな)

一体誰が、というのに興味はない。帝督ならば当然か。

「第一位の方は数多おじさんの担当で、今は実験の真っ最中だし、他の第一位関連の実験も凍結されてるからね。垣根のお兄さんに頼るしかないんだ」

「そうかよ」

第一位の代わりとして選ばれたのは不満だが、心理定規に言われたように帝督は一方通行に興味がない。
それに何よりガキの言うことだとスルーした。

「で、その実験の内容ってのは何だ」

「未元物質の人体投与。それが私がお兄さんに直接お願いしに来た理由だよ」

「・・・・・・何?」

「未元物質を操作出来るのはお兄さんだけ。私の体に未元物質を直接投与出来るのは垣根のお兄さんだけだからね」

「お前、自分が何言ってるのか理解出来てんのか?」

「多少の無茶は承知の上だよ」

「あ~・・・・・・」

天井を仰ぐ。
那由他を見る。
天井を仰ぐ。
那由他を見る。

「無理だ、諦めろ」

「・・・・・・どうして? 凄腕の医者も知ってるし、何より私は超能力者になるまで死ぬ気はないよ?」

「自殺志願じゃないみたいだが、言ってることはそれと同じだ」

っていうか医者が出てくるのは確定かよ、このマゾガキ。というのは帝督の内心だけに留めておく。

「それでも、私には力が必要なんだ」

「そんなもん、俺が知るか」

垣根帝督の本質は悪だ。
本人に自覚があろうとなかろうと、無自覚に他人を傷つけ、否定するその生き方、人間性は間違いなく悪だろう。
だから帝督は無感動に無関心に、那由他の言葉を切り捨てる。
そして、帝督は完全に那由他から興味をなくした。

席を立つ。那由他に背を向け、歩き出す。

「ま、待って!」

そんな言葉に振り向くはずもなく、帝督はついさっき入って来たばかり扉へと歩を進める。

体のほとんど動かない那由他が車椅子から落ちる音が聞こえた。知らない。
何処で誰が泣こうが喚こうが知ったことではない。
学園都市第二位、未元物質に――人の常識は通用しない。

扉に手をかけた帝督の脳裏にふと、心理定規の言葉が過ぎる。

“出来るだけ役に立つ、強力な戦力(オンナ)を落としなさい”

(――――)

帝督の動きが、止まった。

(・・・・・・おい、垣根帝督。お前は今、何を考えてる?)

帝督に愛を教えると言った少女。
帝督に惚れろと言った少女。
他人の想いを操る能力を持っていながら、他人の想いを信じると言った、心理定規。

(――はっ、どうかしちまってるぜ、垣根帝督っつー人間は)

一人の少女に、こんな短い時間で変えられた。

(だが、契約しちまったからな・・・・・・裏切らないって)

ならば、少女の期待を裏切るわけにはいかない。





「おい、木原那由他」

何とか体を起こそうと身動ぎする那由他に手を貸すでもなく、帝督は高圧的な声を掛けた。

「な、にかな・・・・・・垣根のお兄さん」

辛うじて首だけを動かし、那由他は帝督を見る。

「・・・・・・悪魔と相乗りする勇気、お前にあるか?」

クサい台詞だ、と思いつつも帝督は自分に思いつく最高の口説き文句を投げ掛ける。
木原那由他。
垣根帝督が小学生の少女を口説き落とした瞬間だった。











同日 二時間後

「それで、あなたが口説き落としてきた娘だけど」

「・・・・・・もう少し言葉を選べ」

「そう? じゃああなたが攫ってきた娘だけど」

「悪くなってねえか?」

「でも、事実には近づいたわ」

第七学区のとある病院の一室に帝督と心理定規はいた。

「木原那由他。他人に興味がないあなたは知らないだろうけど、この学園都市で木原というのはちょっとした名字でね」

「そう、なのか?」

「ええ。たとえば誰かにお前は木原みたいだ、って言われるのは私にとって最大限の屈辱だわ」

そこまで言うほどのことだと思ってはいなかった帝督は動揺する。

「マズかったか?」

「いいえ。マズいのは木原の研究者たちの方よ。あの娘は実験体なんでしょう? なら大丈夫、問題ないわ」

それを聞いて少し安心する。期待に応えようと有るかも不確かな自分らしさとやらを捨てて、此処まで木原那由他の車椅子を押して来たのだから。

「木原一族にとっては面白くないでしょうけど・・・・・・自分たちの実験体を持っていかれたのだから。でも彼女の体はもう弄くった後みたいだし、未元物質を投与した彼女を見せれば感謝さえされるかもしれないわ」

だから問題ない、と心理定規は言う。

「となると次は彼女、木原那由他が果たしてスクールの即戦力となるのか、ね」

「超能力者相手に生きてるなら、それなりなんじゃねえのか?」

「相手が一方通行や原子崩し(メルトダウナー)ならそうでしょうけど、もし相手があなたや超電磁砲、ナンバーセブンだったなら話は別よ」

「俺はあのガキとは初対面だ」

「でもあなたならたとえあの娘に喧嘩を売られても殺しはしないでしょう?」

「・・・・・・」

帝督は答えないが、それは事実だろう。
勿論、善意などではない。
ただ帝督が自分が興味を持てない人間全てを殺すほど、破綻していないだけだ。

「今の超電磁砲にはそんな度胸ないでしょうし、ナンバーセブンは・・・・・・言うまでもないわ」

「俺はその両方、というか他の超能力者に会ったことがないがな」

「そう。なら教えておくわ。学園都市第七位、ナンバーセブン、削板軍覇はそういう男よ。聖人君子なんてものじゃないけれど」

「まあ、興味ねえな」

でしょうね、と心理定規は笑って、話を戻す。

「あの娘の実力も含めて、それについてはあの娘が解放されたら聞かせてもらうとしましょう」

「ああ」

木原那由他は今、診察という名の拘束の真っ最中。
この病院のカエル顔の医者は、患者を見ると放ってはおけないらしい。
そのカエル顔の医者こそが那由他の言う凄腕の医者なのだが、今の帝督が知る由もない。

「ところで、これは純粋な私個人の疑問なんだけど」

「ん?」

「あなたの未元物質を人体に入れた場合、どうなるの?」

「あー、幸か不幸か分からねえが、俺が直接生きた人間に未元物質を突っ込んだことはねえ。あるとしてもせいぜい死体ぐらいだ」

その時はあまり帝督にとっても思い出したくない、ショッキングな映像が広がった。

「その死体は数分、意識もなく動いて最後は服を残して灰になった。その一回だけだから個人の適性の問題なのかどうかは分からねえ」

「サイエンスホラーね」

「バイオハザードでも引き起こしちまいそうな能力だぜ、本当に」

もしも見境無く使えば、学園都市の都市伝説に加わるであろうことは容易に想像できた。

「それなら、戦力の増強は見込めないかもしれないわね」

「・・・・・・まあ、なあ」

木原那由他をスクールの戦力とする為には彼女の望む実験をしなければならない。
成功する見込みがあまりにも低い実験を。

「木原那由他はともかく、あなたがやった場合はどうなの?」

「試したことはないが、未元物質を俺の体内で生み出すこと自体は不可能じゃない。だが前に言った通り、未元物質が変質させた物質や法則は基本的に俺の操作の範囲外だからな」

だからと言って帝督が自分自身の能力によって引き起こされた現象で自滅することはない。
それも未元物質の特性の一つによるものだが、今は割愛しよう。

「でも、即死じゃないのなら大丈夫かもね」

「捨て駒にはなるってか?」

「そうじゃないわよ。別に私は人を人とも思わないような冷酷無比な人間じゃないの。この場所、この病院の中で、という条件下なら木原那由他の命は保証されるってこと」

「それはどういう――」



「僕を当てにしているのなら、残念だが応えられないよ?」

「流石は冥土帰し、お早いお帰りね」

「彼女の体はもうボロボロだ。その上で僕の治療が必要になるような実験は、医者として見過ごせないね」

「患者が必要とするものは全て揃える、それがあなたのモットーだと聞いたのだけれど」

スライド式の扉を開け、入室したのはカエル顔、と表現するしかない風貌の医者。

「患者であるあの娘に、実験が必要とは思えないね?」

「・・・・・・ええ、その通りだわ。冥土帰し」

意外にもあっさりと心理定規は身を引いた。

「話は終わったか? なら先生、あのガキはどうなんだ?」

そもそも未だ未元物質を投与する、などという実験に乗り気ではない帝督は心理定規が引いたのを見て、話題を変える。

「命に別状はないね。元から治療自体はほとんど終わっていて、あの娘は絶対安静の身だったんだろうね?」

「そんな御身分であのガキは研究室に乗り込んで来たのかよ・・・・・・」

帝督は那由他の無茶に呆れるしかない。
そうまでして実験を受けたかったのか。

「悪いな、お前の期待に応えられそうにない」

「あなたじゃなくあの娘がね。構わないわ、第二位のあなたが居るというのに早急にそれ以上を求めることに若干の後ろめたさを感じていたところだったから」

「気にするな。俺は最強でも無敵でもない、ただの超能力者だからよ」

「話は纏まったようだね? なら、これからの話をしよう」

「これから?」

冥土帰しの言葉に帝督が首を傾げる。
これで終わりの話がまるで終わりでなくなったかのような物言いに。

「僕は患者の怪我を治すことは出来るけど、患者を怪我から守ることは出来ない」

「別に、それはあんたら医者の仕事じゃねえだろ?」

「その通りだ。でもあの娘の場合は事情が違うんだよ?」

「――?」

「治療が済むまであの娘は僕の患者、と僕は思っているんだが、あの娘の一族は特殊でね? 完治する前に返して欲しいそうだ」

「木原ならそう言うでしょうね」

「でもね、あの娘はそれを良しとしていない。患者が望むなら、僕はそれを絶対に叶えてみせる。どんな手を使ってもね」

絶対の意志を持って、冥土帰しは言う。
患者の為なら手段を選ばないと。
それはまるで前フリのような言葉。

「君たちなら、あの娘の願いを叶えられるかい?」



[26884] その4
Name: マイン◆a0b30d9b ID:f6242140
Date: 2011/04/05 19:35
「要するに、だ。あのガキが完治するまで此処のベッドに無傷で縛り付けてりゃいいんだろ?」

「そういうことになるね?」

「逆に言えばガキが完治して退院すれば、ガキを誰がどうしようと良いんだな?」

「そこから先は君が言ったように、僕たち医者の仕事じゃない。退院していく子たちを引き留める権利は僕たちにはないね?」

「はっ、そうかよ」

その言葉は人によっては酷く残酷で、非情に聞こえるだろう。
しかしそれを聞いても帝督の心は動かない。

「決まりだな、心理定規」

「みたいね」

「・・・・・・良いのか? 木原っつー名字の研究者はマズいんだろ?」

「それは実験される側から見れば、よ。潰す側に回れるならむしろ望むところだわ」

帝督はまた一つ心理定規について知った――こいつはおっかない女だ、と。
サディスティックな笑みを浮かべる心理定規を見て、敵に回さないようにと心に刻む。

「子供のお守りがスクールの試金石というのは少し複雑だけれどね」

「はっ、違いねえ」

これで決まりだ。
依頼の受諾は決定、不満は残るが不安はない。
後は――

「冥土帰し、って言ったっけか、先生よ」

「そう呼ばれることもあるね?」

「生きてさえいれば、どんな患者も助けられるんだよな?」

「此処は僕の戦場だよ? そして僕は必ず帰還してみせるね。僕の患者を連れて、さ」

その言葉を残し、冥土帰しは退室した。
或いは、新たな戦場に出陣したのだろう。

「じゃあ俺たちの方も速攻で片付けちまうか」

元より帝督と心理定規には黙って那由他の完治を待つ、という選択肢は存在しない。
やられる前にやる。向こうがこちらに出向く前に、こちらから出向いて話をつける腹積もりである。

「随分乗り気ね、帝督」

「気のせいだ」

どうかしら、と笑う心理定規に何故か居心地が悪くなった帝督に、救いの手が差し伸べられる。



「話、受けてくれたんだね、垣根のお兄さん」

救いの手――車椅子に乗った木原那由他。

「楽な仕事だったから受けてやっただけだ。どっちもな」

「でも報酬はそれなりだと思うよ? この前の実験で結構貰えたからね」

「――そのことなんだけど、少しいいかしら? 木原那由他」

心理定規が二人の間に入る。
勿論、帝督と那由他二人だけの会話に腹を立てたわけでもなんでもなく、言葉通り、仕事の報酬について話たかっただけだ。

「お姉さんは?」

「心理定規よ。好きに呼んでちょうだい」

「・・・・・・心理定規?」

「ああ、こいつの本名については俺も知らねえから、気にするな」

名前、とは思えない自己紹介に訝しげな表情を見せた那由他に帝督がフォローを入れる。

「ふうん・・・・・・はじめまして、定規のお姉さん。私は木原那由他、よろしくね」

ピシリと心理定規の動きが止まる。
そして数瞬の沈黙の後、再び口を開く。

「・・・・・・待って。それはやめてちょうだい。普通に、普通にでいいわ」

その声から、彼女なりの葛藤があったことが窺えた。

「そう? ならよろしくね、お姉さん」

「・・・・・・ええ。それで、報酬についてなんだけれど」

「希望があるなら、出来る限りそれを叶えられるよう努力するよ?」

「小学生から金を巻き上げる趣味はないわ」

それが心理定規の良識なのか、プライドなのかは帝督には分からない。
だが心理定規の意見には同意だ。

「その代わり、あなたの力を借りたいの」

「・・・・・・私の力?」

「私と帝督はスクールと呼ばれる暗部の小さな組織。あなたも木原なら似たようなものは知っているでしょう?」

「確かに、少しは知っているつもりだけど」

那由他は以前同じ場所で実験を受けた一人の大能力者を思い出し、頷いた。
確かその彼女は今、アイテムと呼ばれる組織に所属していたはずだ。

「なら話は早いわ。あなたには私たち、スクールに入ってもらいたいのよ。報酬はそれだけでいい」

「・・・・・・私は風紀委員だよ?」

「警備員で暗部に落ちた人間だっていくらでも居るわ。それに、あなたが直接仕事に参加するのはまだまだ先よ」

「? そうなのか?」

今度は帝督が二人の会話に口を挟んだ。
即戦力を、と言ったはずの心理定規が何故、という疑問故だ。

「あなたから彼女のことを聞かされてすぐに彼女のことを多少調べたのよ。その能力もね」

「超能力者相手に一人で喧嘩売るんだから戦闘には使えるんだろ?」

「能力者相手の戦闘なら、ね。彼女の能力は――」

「・・・・・・能力者のAIM拡散力場そのものを見て、触ることが出来る。超能力者のお姉さんには人の首筋を擽って笑わせるような能力って言われたけどね」

苦い思い出なのだろう、那由他は苦笑しながら自分の能力を説明する。

「確かにお姉さんの言う通り。能力者が相手なら意図的に能力を暴走させて自滅させることだって出来る。けど、AIM拡散力場が微弱な無能力者やそもそもAIM拡散力場を持たない一般人には何の意味もない能力だよ」

「そういうこと。暗部の任務で能力だけで戦う能力者のみを相手にする状況はかなり限定される。分かるでしょう?」

確かに、今日受けた依頼も相手は能力者だけだったようだが、主な攻撃は銃器に依るものだった。

(結局、このガキは心理定規が望んでいた即戦力にはなり得ないってことか)

「けれど、彼女が木原であるならそれは微々たる問題よ。血族全てが生粋の研究者、木原一族なら、元より本領は戦闘ではないのだから」

帝督の落胆とは裏腹に心理定規の笑みは依然として崩れない。

「単純に戦力、と言うならば一人で軍隊を相手に出来ると謳われたレベル5が居る。なら今はサポート役の方が私たちスクールにとって有用よ」

それが心理定規の本心か、それとも帝督への心遣いなのかは分からない。
だが少なくとも帝督は、心理定規の言葉に無意識下で嬉しいと感じていた。

「――さて、木原那由他。今語ったあなたの有用性も踏まえて、スクールに入ってくれないかしら?」

「・・・・・・」

那由他は考える。

かつて交わした約束。

“みんなで超能力者になって、風紀委員になって、学園都市の悪い人達をやっつける”

そう、那由他は約束した。
その為に自分の体をいくつもの実験に投じ、体の半分以上を機械としながら今日まで生きてきた。
全ては約束の為、未だ眠り続ける置き去り(チャイルドエラー)の友人たちの夢を一緒に叶える為。

(・・・・・・何だ、答えは決まってるじゃないか)

答えは意外にもあっさりと出た。

「――入る。こんな報酬でお姉さんたちが納得するなら、いいよ」

暗部に落ちる。むしろ望むところだ。
学園都市の闇から、学園都市を変えてやる。
もう二度と、悪い科学者に騙される置き去りが出ないように。

(・・・・・・待ってるから、絆理お姉ちゃん。超能力者になって、学園都市を守りながら、みんなを待ってるから)



「歓迎するわ、木原那由他。スクールにようこそ」

「一足早く大人の世界にようこそ、ってか?」

「これで報酬は前払いになったんだから、約束は守ってよ? 垣根のお兄さん」










「木原那由他のあなたに対する距離単位は10。まだ不満はあるけど、それもこの仕事を終わらせればなくなるでしょう」

病院の屋上。
まるでギャルゲーの親友キャラのように那由他の好感度、もとい距離単位を心理定規は帝督に伝えた。

「そう言われても俺にはよく分かんねえな」

「でしょうね。でも、いずれ分かるわ」

笑う心理定規。不思議と彼女の言葉は真実味を帯びているように帝督には聞こえた。

「あの娘の能力を考えると、私の能力が通じるか分からなかったから素直にこちらの質問に答えてくれて助かったわ」

「・・・・・・そういやよ」

能力、という言葉が出たのでついでに帝督は聞いてみることにする。

「心理定規、お前の本当の名前って何なんだ?」

出会った当初は気にならなかった。
だが、今の帝督の心理定規に対する距離単位は4。
名前を知らないままの付き合いにしては少し、近すぎる。

「あら、あなたからその質問が出るなんて嬉しいわ」

「・・・・・・一応聞いとこうと思ってな」

帝督には今のところこれっぽっちも心理定規に惚れるつもりはないが、これくらいは社交辞令だろう。

「でも今のあなたの私に対する距離単位では駄目ね。もう少し私に対する好感度を上げてから出直しなさい」

「俺が最初からずっと思ってたことだが、ついに好感度っつーゲーム用語を持ち出しやがったなお前!」

「別に、これぐらいなら一般教養の範囲内でしょう? それとも私が名誉もいらない、金も持たない夢も見ない、ギャルゲーやらないアニメ見ない、口調そのままのミステリアスな女だと思っていたの?」

「自覚あんのかよ!?」

しかもゲームってボカシてたのにギャルゲーって言い切りやがった! と帝督はらしくもないツッコミを披露。

「でも口調は別にキャラ作りというわけじゃないから、そこは安心してちょうだい」

「どう安心すりゃいいんだ・・・・・・」

心理定規にも裏はあるだろうと思っていた帝督だったが、とんでもない裏だった。

「・・・・・・嫌いになったかしら?」

「ならねえし、元からそこまで好きでもないから安心しろ」

「酷い人ね」

くすりと心理定規は笑い、帝督は笑わなかった。
いや、笑えなかったと言ってもいいだろう。
他人と関わりがなかったからこそ、多少は帝督も女に幻想を抱いていた帝督だが、その幻想は見事にぶち壊されたらしい。

「それじゃあお詫びとして、この依頼が終わったら・・・・・・私の名前を教えてあげるわ」

「お前わざとやってるだろ」

「冗談よ。それに本気だったとしても、あなたならこんな死亡フラグぐらいへし折れるでしょ?」

冗談という言葉を少し残念がってしまう自分が居るのは無視。
心理定規の言葉に不機嫌そうに返す。

「ああ?」

「物語の王道も、伏線も、都合も何もかもを壊して進む、それがあなた。だって――」

楽しそうに笑う心理定規が帝督には初めて年相応の姿に見えた。

「あなたの未元物質に常識は通用しない。そうでしょう?」

「――はっ」

釣られるように帝督も笑う。
久しぶりに、歯が見えるくらいの笑みを浮かべる。

「だから、私はあなたを選んだのよ。帝督」

「そうかよ。ならせいぜい、その期待を裏切らないようにしないとな」

面倒だ、とでも言いたげな口調だが、その顔は笑みを浮かべたまま。
不器用な帝督の様子を見て、また心理定規が笑う。
暗部らしからぬ、穏やかな時間。
それを悪くない、と感じる自分自身を帝督は認めた。

「それじゃあまずは手始めだ。さっさと終わらせてくる」

那由他から聞いた木原の研究所までの道筋はもう頭に入っている。

「そう。送り迎えは必要?」

「ガキじゃねえんだ。いらねえよ。お前は本物のガキの方に付いてろ。泣かせるなよ?」

「子供のお守りなんてしたことないけれど・・・・・・これも私たちの将来の為と割り切ることにするわ」

「・・・・・・」

「本当に免疫がないのね、あなた」

「・・・・・・うるせえ」

少し赤くなった顔を隠す為に心理定規に背を向け、出口へと歩き出す。

「帝督」

これ以上からかわれるのはごめんだとばかりに帝督の歩みは速さを増す。
そのまま速度を落とさず、荒々しく扉を閉めた帝督の耳にも、その声は確かに届いた。






「いってらっしゃい」



[26884] その5
Name: マイン◆a0b30d9b ID:f6242140
Date: 2011/04/06 19:24
第十七学区
木原那由他の話ではこの学区には木原一族(一族、とは言っても施設自体は個人個人の物だが)の研究施設がそれなりの数存在し、ここ最近那由他が居た研究施設もその一つのようだ。

(――あれか)

空気を固める、という性質を持った未元物質を足元に現出させ、夜の空に帝督は立っていた。
帝督の背に翼はまだない。

(残念なことに今日は雲に隠れて月明かりが届かねえ。直接乗り込むしかねえか)

昼間は太陽が、夜間は月が出ていれば未元物質を通した自然光を殺人光線や破壊光線に変え、遠距離から研究施設を破壊することも出来たが、生憎今夜は曇り、月明かりは帝督の下まで届いていない。

「だがまあ、話し合いの余地はまだあるかもしれねえしな」

そう結論付け、帝督は階段を降りるように研究施設へ向かって空中をゆっくりと歩いていく。
話し合いの余地を木原に求めること自体が間違いだと、帝督はまだ知らない。




この研究施設には受付も呼び鈴もなく、不本意なことに侵入という形になってしまったが、帝督は誰にも邪魔されることなく施設内に入ることに成功した。

(監視カメラは有ったが、何の反応もねえってことは留守か――)

薄暗い廊下を歩く帝督の耳が機械独特の駆動音を捉える。
学園都市でよく見る掃除ロボ、ではないだろう。

「――誘ってるってことだよなあ?」

廊下の前後から三機ずつ、武骨な移動砲台が現れる。

「随分レトロなメカだな、おい」

今日の能力者たちが向けてきた銃とは比べものにならないほど大きいサイズのようだが、その程度では超能力者を脅かすことはできない。

前後に未元物質を展開。
先程と同じように空気が固まり、硬質化する。
モース硬度20以上と測定された未元物質の壁は、銃撃を容易く防ぎきった。

「そらよ」

最初の依頼の時とは違い、腕を振り上げることなく声だけ掛けて帝督は未元物質を砲台たちへと展開、解放する。
それによって変質したのは重力。
普段人間にかかっている重力の何十倍もの力が砲台へとのし掛かり、耳障りな音を立て、圧壊した。

「さあて、どうやら話し合いする気はないみたいだな?」

虫のように涌いてくる機械たちを冷めた目で見ながら、帝督は再び能力を発動する。
この研究施設の全てを破壊するつもりで。











「ねえお姉さん」

ベッドに無理やり寝かされた那由他が心理定規を呼ぶ。

「何かしら」

読んでいる雑誌から顔を上げずに心理定規は返す。

「お姉さんの能力、心理定規ってどんな能力なの?」

「人間の他人に対する心理的距離を数値化して、操作する能力と言えば分かるかしら?」

暫しの思考の後、那由他はそれだけで理解し、頷く。

「AIM拡散力場を知覚できるあなたなら分かるでしょうけど、あなたにも帝督にも能力は使ってないから安心して」

ふうん、あまり興味なさげに那由他は呟いて、もう一つ心理定規に尋ねる。

「ところでお姉さん、その雑誌って」

「ちょっと待ってちょうだい。今毎回恒例の主人公の説教&ぶん殴りシーンなの。これを読み終わったらいくらでも話相手になってあげるから、少し黙りなさい」

漸く顔を上げた心理定規の目は座っていた。
本気と書いてマジのようだった。

「・・・・・・」

帝督相手に色々とカミングアウトしたので、那由他には変にキャラを勘違いされる前に素を全面に出していくつもりらしい。

「――ふう」

数分後、どうやら読了したのか、心理定規が雑誌から顔を上げた。

「全く困ったものよね。人を外見で判断する人間は。特に学園都市の闇を知る人間で、そんな愚かな行為に走る人達には」

「・・・・・・私、お姉さんを誤解してたみたいだよ」

「気にしないで。よくされるわ」

素知らぬ顔でさらりと言うと、雑誌を閉じ、当然のように病室の棚に仕舞う心理定規。
どうやら帝督の仕事が完了した後のことも見越した、長期戦(退院まで)の備えのようだ。

「さて、何の話だったかしら?」

「・・・・・・いや、もういいよ。お姉さん」

「そう? あなたが退屈しない程度の話し相手になるぐらいなら仕事の範囲内でもあるし、同じスクールの仲間として、親交を深めたいところなんだけど」

心理定規。
自分の領域に踏み込ませることなく、相手の領域にずかずかと踏み込む女である。

「・・・・・・お姉さん、垣根のお兄さんのこと、心配じゃないの?」

超能力者、その第二位である帝督への心配についてが愚問であることなど那由他も承知しているが、沈黙に耐えきれずそれを口にした。

「いいえ」

当然、心理定規から返ってきたのは否定の言葉。

「相手が木原とはいえ、今回の相手は対能力者用の戦闘法を会得していないんでしょう?」

「私のことだけじゃなく、それについても知ってるんだね。・・・・・・確かにあのおじさんは数多おじさんみたく肉体派じゃないし、テレサおばさんみたく駆動鎧を使うわけでもないけど・・・・・・」

けれど、木原の一族であるのは間違いないのだ。
愚問であるはずが、喋っている内に不安になってきた那由他。

「木原を甘く見る気はないわ。それでも、帝督が負けるとは思わない。それどころか苦戦すら論外よ」

しかしそんな那由他を余所に、絶対の自信を持って、心理定規は言う。

「信頼してるんだね、垣根のお兄さんのこと」

「残念だけど、それは違うわ」

「・・・・・・違うの?」

「ええ。帝督本人にも言ったのだけど、帝督にはまだ、絶対的に愛が足りないわ」

「・・・・・・お姉さん」

もう既に何度か言ったことだが、木原那由他は小学生である。
夢や希望で溢れた、子供である。

「お姉さんはロマンチックというより・・・・・・」

そんな小学生の那由他でさえ、心理定規の言葉にはこう言うしかない。

「・・・・・・メルヘンチックだね」

「・・・・・・心配しないで、自覚はあるわ」

自覚はあっても他人に言われると思いの外傷付くということを、心理定規は知った。











「よお、邪魔するぜ」

十分ほど掛けて目に付く全ての機械と機材を破壊しながら帝督は一番奥へと辿り着いた。

「やあ未元物質。随分暴れてくれたようだね。なゆちゃんの実験が控えていたっていうのに」

「ああ、悪かったな。だからお詫びの意味で未元物質をあんだけ使ってやったんだ。釣が来るぐらいだろ?」

「そうか。それは感謝しないとねえ。未元物質については僕も気になってはいたんだ。数多兄の一方通行やテレ姉のRSPK症候群を利用した体晶での到達。でも僕は未元物質にその可能性があると思ってるんだよ」

「興味ねえな。第一位(最強)も、レベル6(無敵)も。どうでもいい」

帝督にとってそのどちらも聞き飽きた単語だ。
耳にたこができるぐらい聞かされた。聞き流していたが。

「未元物質についてのデータは大分取れた。なゆちゃんの実験が終わった後で利用させてもらうよ」

「そのなゆちゃんにフラれたんだろ?」

「ん? ああ、そういえば今は冥土帰しの病院に居るんだったね。テレ姉が動く前に回収しないといけないなぁ」

気に障る男だ、と帝督は思った。
ニヤニヤと笑う顔も、自分のペースを崩さない態度も、気に入らない。

「それが嫌だっつーあのガキの我が儘に付き合わされて、俺は此処に居るんだよ」

「全く困った子だねえ、なゆちゃんは。わざわざ学園都市の暗部に依頼するなんて」

「本当に困ったガキだよ、あいつは」

そこだけは同意できた。
この仕事の後のことを考えて、溜め息を吐く。

「だが仕事は仕事だ。報酬ももうもらっちまったしなあ。悪く思うなよ?」

そう言って、帝督は未元物質を右腕の周囲に展開する。
それに気付いているのかいないのか、木原の研究者は余裕を崩さない。

「そうそう、言い忘れていたけど」

帝督が腕を振り上げたのを見て、木原は余裕の正体である切り札を口にする。

「今のなゆちゃんの体にはこんなこともあろうかと自爆装置を――」

「前フリが長ぇ!」

否、しようとした。
しようとして、出来なかった。
帝督の未元物質で覆われた拳が木原を顔面を捉え、華麗に中を舞う。

「が、ふ・・・・・・!?」

「馬鹿野郎、そういうのは後五分早く言うもんだ」

後五分早ければ或いは帝督は止まっていた――のだろうか。
だがもう遅い。
帝督の拳は振り下ろされているのだから。
物語の定石をぶち壊す、それが心理定規の選んだ垣根帝督という男。
人質も何も知ったことではない、というわけではないが。

「その装置とやらを作動させてみるか? どうせ無理だろうがよ」

「な、何故・・・・・・僕の作った自爆装置は冥土帰しにすら気付かれない自信がある! 後悔するぞ、僕を見逃したことを」

「見逃してはいねえよ。ただ悪足掻きを許してやってるだけだ」

よろよろと這い蹲る木原の手が背後の機械に伸びる。
それを止める気は帝督にはない。
何故なら無駄なことだと分かりきっているから。

「っ・・・・・・! そんな、まさか気付いたのか、冥土帰しが!」

「不発だっていうなら、そうなんだろうよ」

「僕の、木原の技術を超えた医療技術・・・・・・伝説、伊達ではなかったということなのか・・・・・・だとしても分の悪い賭けだっただろう。未元物質、君ほどの頭脳を持つ人間がそんな賭けに何故・・・・・・」

「テメェらの技術も、あのカエル顔の伝説なんざ知ったことじゃねえ。それに俺は分の悪い賭けなんざごめんだ」

帝督は何も知らない。
木原一族の異常性と技術力。
冥土帰しの異名の所以。
どちらも知らない。

「ただ俺はあの場所、あの病院の中でならガキの命は保証される――そう聞いただけだ」

知っているのはただそれだけ。
心理定規の言葉だけだ。
それだけで、垣根帝督が止まらずに動くには十分。

「さて、これで悪足掻きは済んだか? 悪いがテメェ如きに時間を掛けるつもりはこれっぽっちもねえ。さっさと終わらせて帰らせてもらうぜ」

右腕をぐるぐると回し、拳の未元物質を霧散させて準備運動は完了。

「今のは駄賃だ。未元物質のデータが欲しかったんだろ? なら今ので自分の体を持って理解できたか?」

無様に地に伏せた木原の懐を掴み、帝督は言う。

「それじゃあこれは駄賃でも何でもなく、俺の仕事だ」

未元物質も何もない、ただの拳を振り上げる。

「これに懲りたら那由他に関わるな。あいつはもうスクールの一員だからよ」

「待っ――」

そしてその拳は無慈悲に無情に、木原を殴り飛ばした。



「――お仕事完了、ってか」

顔の歪んだ木原が寄りかかっているメインコンピューターらしき機械も一応破壊した後、帝督は研究施設を跡にした。

こうして、帝督のによってあっさりと木原の研究施設が一つ、第十七学区の地図から消えたのだった。











「あの坊主、未元物質に自分の研究所を壊滅させられたって?」

「しょうがないんじゃない? 所詮は木原に婿入りした科学者だったんだし」

「でも那由他が冥土帰しの病院に居るってテレ姉が知ったらきっと激怒だYO」

「そいつはテレスティーナがどうにかすることだ。あいつのやることを那由他が知ったら必ず妨害するだろうからな」

「それはそうと、数多の絶対能力進化はどうなんだ?」

「今のところは順調なようだが、樹系図の設計者がない以上、失敗すれば次はないだろう」

「左様。SYSTEMへの到達は木原の悲願、数多の坊主やテレサのお嬢ちゃんがそれに辿り着けるかどうかは分からぬがな」

学園都市の闇は深い。
遠くない未来、帝督の前に闇が姿を現すだろう。
以前の帝督ならばただそれを受け入れ、落ちていくだけだった。
だが今の帝督ならば、違う選択をするかもしれない。

垣根帝督。
心理定規。
木原那由他。

そしてまだ見ぬ四人目もまた、学園都市の闇に呑み込まれた哀れな子供。
いつか、彼らは知る。
運命に抗い、光を求めることを。


スクールの戦いはまだ始まったばかり。



[26884] その6
Name: マイン◆a0b30d9b ID:f6242140
Date: 2011/04/07 19:40
「――帝督、これはスクールも暗部も関係ない、私個人のお願いよ。もしあなたが拒否しても、私はそれを咎めることはしないわ」

「・・・・・・」

「だから、ちゃんと考えて決めて」

そう言う心理定規の目は不安に揺れていた。

「それは、俺に頼まないとできないことなのか?」

帝督の言葉に少し悩み、心理定規は小さく頷いた。

「あなたにしか頼めない。あなたにしか出来ないことよ」

「もし、俺が断ったらお前はどうすんだ」

「それでも私は行くわ。たとえ成功する可能性が絶望的だったとしても、ね」

決意を秘めた心理定規の言葉に帝督は溜め息を吐く。
なら答えは決まってるじゃねえか、と。

「いくぞ」

「え・・・・・・」

「お前が戻って来ないようなことがあったら、俺との約束が果たせなくなるからな」

愛を教えてくれるんだろ? と帝督は不敵に笑った。

「・・・・・・ええ。一から十まで、手取り足取り教えてあげるわ」

漸く、心理定規の表情に笑みが戻った。











「いらっしゃいませー」

「・・・・・・おい」

「まずは今月の新作ね。リストに纏めておいたからあなたはこれをお願い。私は私自身の目を持って伏兵を捜すわ」

手渡されたメモは意外にも可愛らしい花のプリントが入っていた。
そのメモにはパソコンで打たれたような心理定規の几帳面な文字が大量に羅列されている。

「うふふ、ジャケ買いに絶対の自信を持つこの私の目から逃れられると思わないことね」

恐るべき速さで帝督の腕が重くなっていく。正確には帝督が手に持った持ったカゴが。

「え、これ学園都市で売っていいのかしら・・・・・・? いえ、知らないふりして買って行きましょう。売ってる店が悪いのよ」

うふふ、うふふ、と黒い笑いを浮かべる心理定規。
視線をカゴに落とすと、どう考えてもこれアウトだろ、というような表紙の本が積み重なっていた。
しかも極めつけはその全てに表記された、R-18の文字。

「ッ、現品限りですって・・・・・・? ああっ、ページに癖が付いちゃってる・・・・・・くっ、仕方ないわね」

もうカゴがいっぱいになりそうだ。
ああ、だから最初からカゴを二つ持たされていたのか。
いつの間にか普通の厚みの本から、積み重ねられる本が薄い物に変わっている。
しかしそれを凄まじい勢いでカゴに入れていく心理定規のせいで、既にカゴの高さの半分以上まで積み重ねられていた。

「・・・・・・おい」

「・・・・・・完売・・・・・・ですって・・・・・・? 仕方ないレジで注文しましょう」

ブツブツと呟きながら心理定規は帝督を置き去りに奥へと進んでいく。
そして進んだ先でまた本を手に取ると帝督(荷物持ち)の存在が居ないことに気付き、立ち尽くしていた帝督の下までつかつかと歩み寄り、その手を引く。

(・・・・・・女と手を繋ぐのって、俺、初めて)

ぼんやりとそんなことを思いながら、心理定規に引かれるまま、帝督は進んでいく。
そこから先のことを、帝督はあまり覚えていない。
いつの間にかカゴに積まれるのが本から、やけにデカいゲームの箱に変わっていたような気もする。
そして気付いた時には帝督はレジに並び、横の心理定規が会計を済ませていた。

「五万七千六百三十二円になります」

「あ、ポイントが溜まってるから引いてちょうだい」

レジスターに表示されていた五万を超える金額が零に変わったのは気のせいだと思いたい。





「・・・・・・つまり、どういうことだ」

「? どうしたの?」

やはり心理定規に手を引かれ、次に連れて来られたのは学園都市なら何処でも見かけるファストフード店。
帝督の呟きに飲み物が載ったトレーを持って来た心理定規が疑問の声を上げる。

「何を言っても反応がなかったから、とりあえずコーヒーにしたけどよかった?」

「・・・・・・ああ」

まずは渡されたコーヒーを一口飲んで落ち着く。
心の篭もっていない大量生産品だったとしても、今の帝督には有り難かった。

「・・・・・・つまりどういうことだ」

「え?」

先程まで帝督が持たされていた袋を覗き込んでいた心理定規が小首を傾げる。
不覚にも普段からは想像もつかない姿に心乱されたのは帝督だけの秘密だ。

「俺がさっき付き合わされた店と、そこで買ったこれは、どういうことだって言ってるんだよ」

足下に置かれていた袋を乱暴にテーブルの上に投げると、少し中身が飛び出た。

「ちょ、帝督、流石にここでこの子たちを晒すのは常識を疑うわ」

慌てて心理定規が袋に仕舞い直すと、真剣な目で帝督を窘める。

「説明しろ」

今の帝督がそんな視線に怯むはずもなく、有無を言わせぬ態度で心理定規に説明を要求する。

「あなたが何をそんなに怒ってるのか私には分からないのだけど・・・・・・」

「俺はお前の、お前個人のお願いとやらを聞いたんだが、そのお願いとやらは何だったのかを説明しろ、三行で」

「私の外見では
買い物できないから
あなたが必要だった
私、今とっても幸せよ」

四行じゃねえか。
というか余計な一行だった。

「ガキを病院に一人にしてまでやりたかったことがこれかよ・・・・・・」

「あの娘だって四六時中私たちと一緒というのも大変でしょう?」

「悪い、この件に関してはお前の言葉は何一つ信用できねえ」

心理定規の言うことのほとんどを信じてきた帝督だが、今回ばかりは無理らしい。

(まあ、確かにあいつを連れ戻そうとしてた木原の研究者は向こう1ヶ月は病院生活だろうがよ)

だとしても、相応の覚悟を決めて今日に望んだ帝督にとっては酷いオチだ。

「そう拗ねないでちょうだい。そうね、さっきの話は私の建て前で実はあなたと二人きりで買い物をしたかった、と脳内で変換しておいて」

「お前、俺を惚れさせる気とかねえだろ」

とんだメインヒロインである。

「失礼ね。呪うわよ」

「本当にお前がこの学園都市の人間なのか分からなくなってきた」

愛の感情論の次は呪いなどというオカルト話。
夢がある、と言えば聞こえは良いがこの街の人間からすれば笑い話にしかならない。

「これでもこの街に来て十年以上になるから、この街で過ごした時間はあなたよりも長いわよ?」

「・・・・・・はぁ」

それだけ居てもそんなことを言えるのか、溜め息を吐いて、コーヒーを飲み干す。
とりあえずはこれで一段落、後は帰ってゆっくり――

「それじゃあ休憩はお終いね。なら次に行きましょう」

「・・・・・・何だと?」

「誰も一店舗だけで終わりとは言ってないわ。予定では後二つよ。もしかしたら増えるかもしれないけれど」

立ち上がる心理定規を呆然と見上げ、それが本気だと理解した帝督は頭が痛くなった。
ついでに腕が痛くなるのも確定的だった。











それから当然というか予定外の行動は増え、結局今居る店で五店舗目。
荷物は持ちきれなくなって半分以上はコインロッカーの中だ。
それでも尚、帝督の両手には大量の荷物がある。

(・・・・・・何やってんだ、俺は)

今日何度目になるか分からない溜め息。

(こんなフツーに街歩いて、フツーに買い物して、普通の学生みたいじゃねえか。別に不幸に浸る趣味はねえが・・・・・・)

こんな、こんな生き方をしても良いのだろうか?

(暗部に落ちる、そう聞いた時は想像もしなかった。いや、その前から想像もできなかった)

こんな普通の生き方を。
垣根帝督が出来るということを。

(・・・・・・ああ、くそ)

少し気を抜いたら口元が弛んでしまいそうになる。

(・・・・・・楽しい、んだよな、俺は、今)

だがそれを表情に出すことはしない。

(ぜってー口にはしてやらねえ。こいつの、心理定規の我が儘に付き合わされるのが楽しい、なんて)

そんなことを言ったらこの年下の少女はまた笑みを浮かべてからかってくるだろう。
それは御免だ。

「こら帝督、遅いわよ。此処で最後なんだから、シャンとしなさい」

「・・・・・・へいへい」

「もう夕方だし、学生たちに先を越される前に商品を確保するわよ」

楽しそうに笑い、心理定規は先へと進んでいく。
それをもう一度溜め息を吐いて、追う。
こんな所で一人にされるのは絶対に嫌だ。

「しかしまあ、お前も好きだなあ。別に他人の趣味をどうこう言うつもりはねえけどよ」

「・・・・・・ふふ」

「? どうした?」

「いえ? ただあなたが成長が嬉しいだけよ?」

「はぁ?」

今の台詞のどこに成長した要素があったのか、と首を傾げる。

「以前のあなたなら他人の趣味に興味なんてない、とでも言ってたでしょう?」

「・・・・・・さあな」

よく見てやがる、と帝督は内心で呟いてバツが悪そうにそっぽを向いた。

「っと、危ない最後の一冊だったわ、ね・・・・・・?」

などと言う心理定規の呟きが聞こえたかと思うと途中で言葉が途切れる。
不信に思って顔を正面に戻すと目に入ったのは見慣れた心理定規と、見慣れない茶髪の少女。
二人の手は最後の一冊らしい薄い本に伸びていた。

「・・・・・・常盤台のお嬢様がこんなところに居ていいのか?」

茶髪の少女が着ているのは名門常盤台中学の制服。
それを帝督が知っているのは別にブルセラマニアというわけでも何でもなく(むしろブルセラっ娘なのは心理定規の方だ)、ただ単に世間に疎い帝督でさえ知っている程に、常盤台中学が有名だということ。

(確かレベル5が二人居るんだったか?)

だから常盤台の制服と、その程度の情報は帝督も知識として知っていた。

「・・・・・・この手はどういうつもりかしら、超電磁砲」

「・・・・・・超電磁砲?」

それは確か、帝督に次ぐ第三位の能力名ではなかったか。

「あなたこそ、この手はどういうつもりですか? この本を掴んだのはミサカの方が0.7秒程先でした、とミサカはあなたに暗に手を引くように言います」

「その口調・・・・・・成る程ね。人形風情が人間の真似をして、それでも三位のクローンなの?」

何やら険悪な雰囲気の二人、それに超電磁砲にクローンという関連性の掴めない言葉。

「お姉さまは関係ありません。これはミサカの研修に必要なものです、とミサカはさらに力を込めます」

「これがあなたたちの研修に必要なわけないでしょう? というかあなたお金は持ってるのかしら」

「生憎、貨幣は持ち合わせていないので立ち読みで済ませるつもりです、とミサカは両手に力を込めつつ事実を伝えます」

「ふざけないでちょうだい。立ち読み? そんな邪道をこの私が許すわけないでしょう。愛無きあなたにこの本を渡すわけにはいかないわ」

白熱する二人を見て、再び溜め息。
本を掴んだ二人の手をはたき落とす。

「っ」

「っ」

心理定規は顔をしかめ、常盤台の少女は無表情ながらもどこか恨めしそうな目で帝督を見上げた。
二人の視線を無視し、帝督はレジへと向かう。

「ありがとうございました~」

会計を済ませ、商品を受け取るとそのまま真っ直ぐ出口へ。
二人を見向きもせず、帝督は店を出た。

「・・・・・・帝督、どういうつもりかしら」

「第三者であるあなたに漁夫の利を得られることは納得できません、とミサカは不満を露わにします」

「あのままにしてたら絶対騒ぎになってただろうが。お前ら、あの店出入り禁止になってもいいのか?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

帝督の正論に二人は押し黙り、俯く。

「ほれ」

「ちょ、ちょっと帝督! あなた、私を裏切るの!?」

そんな二人を見比べ、帝督は常盤台の少女の方に買った本を突き出す。

「お前は俺に持たせてる本がこんだけあるだろうが。こいつが読み終わるまでそれを読んでればいいだろ。・・・・・・おい、何してんだ。お前も早く読んじまえ」

やはり無表情だったが、不思議がっているように帝督には見えた。

「ありがとうございます・・・・・・とミサカは感謝の言葉を形だけ口にして、本を受け取ります」

「形だけかよ」

帝督のツッコミを無視し、少女は近くのベンチに腰掛けると穴が空くようにじっと本を読み始める。

「・・・・・・帝督、恨むわよ」

心理定規も心理定規で穴が空くように帝督をジト目で見上げた。

「勘弁してくれ」



[26884] その7
Name: マイン◆a0b30d9b ID:f6242140
Date: 2011/04/09 20:03
「妹達(シスターズ)?」

「ええ。単価十八万円っていうお買い得価格の第三位、超電磁砲のクローン。一応学園都市の都市伝説にもなっているのだけど――あなたに言っても無駄でしょうね」

ちらり、と帝督はベンチに座った常盤台の少女に目をやる。
本を熱心に読んでいて、帝督の視線にも心理定規との会話にも気付いてはいないようだ。

「製造予定数は二万と一。とは言っても実験が順調ならもう半分近くまで減っているでしょうけど」

「実験?」

「絶対能力進化(レベル6シフト)実験。樹系図の設計者(ツリーダイアグラム)が導き出した答えによると、七人の超能力者の内、レベル6へと至る可能性があるのはただ一人」

「それが一方通行ってのには異論はねえが、それとその妹達ってのと何の関係がある?」

「・・・・・・あなた、仮にも第二位でしょうに。いえ、あなたに言っても無駄なことだったわね」

少しは異論ぐらい持って欲しいものだわ、と心理定規は小言を一つ。

「その一方通行がレベル6へと進化する為に必要なのは超電磁砲の複数回の殺害、というのが樹系図の設計者の見解よ」

「・・・・・・ああ?」

「でも超電磁砲でなくとも同じ超能力者を何人も用意するのは不可能。その代替案がクローン、つまり妹達ね」

心理定規の口から告げられた事実に帝督は頭を働かせ、情報を纏める。

「まず、何で第三位のクローンなんだ?」

「DNAマップを得ることが出来たのが超電磁砲だったということと、妹達は元々は別の実験の産物だったのよ。それが絶対能力進化実験へと流れ、有効活用されている、ということ」

「別の実験でのクローン・・・・・・超能力者の量産実験か何かか?」

「まあ、そう考えるのが妥当でしょうね。それが頓挫した理由はクローンがオリジナルの数%の力しか持たなかったから、その実験は完全に凍結されてるわ」

学園都市の業が深いのは今始まったことではない、過去の実験のことを頭の隅に追いやり、帝督は次の疑問を口にする。

「これをお前に訊くのはお門違いなんだろうが、実際問題、今まで学園都市が取っ掛かりも見つけられなかったレベル6とやらにその実験で辿り着けるものなのか?」

「本当にお門違いね。特に超能力者のあなたが言うと尚更。・・・・・・個人的に言わせてもらえば、そんな解答を提示した樹系図の設計者もそれを実行する科学者も狂った、と言われた方が納得できるわ。そもそも超能力者の序列というのは戦闘能力によるものではないんでしょう?」

「はっ、成る程。お前らしい意見をありがとよ・・・・・・。序列についてはお前と最初に会った時に説明した通り、能力の応用の幅によって決まってる」

なら何千何万のクローンを用意して、それを何千何万殺そうと意味があるとは思えない。

「専門家でもねえ俺達でも分かるようなことを、何だって科学者や第一位はやろうとしてんだか」

「専門家は本気でそう思っているのかもしれないわ。学園都市の科学者にとってレベル6への到達は夢なのだから。第一位については分かりかねるけど、男というのはそういうものじゃないの? 上へ上へ、最強の次は無敵、男はそういう風に高みを目指すものだと私は思っているけど?」

「はぁ、そういうものなのか?」

帝督にはよく分からない理論だった。

「・・・・・・いえ、そこで本気にされると私は何とも言えないのだけど」

「それに無敵なんてのになれるのは、超能力者で言えば第五位くらいのもんだろ。心理掌握って言ったか? 向き(ベクトル)操作の一方通行じゃどう頑張っても最強止まりだ」

敵を無くせるのは、精神感応系能力者だけだろ、と帝督は当たり前のように言う。

「・・・・・・ふふふ、そうね。帝督、やっぱりあなたを選んでよかったわ」

そんな帝督を見て、心理定規は安心したように笑った。

「っ――帝督、この話は後にしましょう」

「あ? どうした?」

帝督が言い返すよりも速く、心理定規は動いていた。

「・・・・・・あなたは誰の許可を得て私の戦利品に手を出しているのかしら?」

「・・・・・・おや、まだ居たのですか、とミサカはさも今気付いたかのように顔を上げます」

声がした方を見ると、常盤台の少女――クローンの少女がベンチに置いておいた心理定規の戦利品(買った商品)を読んでいるところだった。

「まだも何もあなたを待っていたんでしょう・・・・・・? 一度ならず二度までも私より先に私の物に手を出すなんて、良い度胸ね」

静かな怒り、というのは今の心理定規のことを言うのだろう。
遠目からでも心理定規の怒気が感じ取れた。

「では訊きますが、あなたは逆の立場で手を出さずにいられますか? とミサカはあなたに問いかけます」

「減らず口を叩かないでちょうだい。さっさと返しなさい。折り目も指紋も付けずに新品の状態にして返しなさい。今すぐによ」

(無茶苦茶言ってやがる・・・・・・)

そんな二人を尻目に、帝督は何の気なしに空を仰ぎ見る。

「レベル6、神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの、ねえ」

恐らく学園都市の能力者の中で二番目にそれに近い場所に居るであろう帝督。

「だいたい科学の街で神なんてものを目指すこと自体オカシイだろうに」

木原の科学者にも言ったように、やはり興味は持てなかった。
結局、帝督にとっては一方通行も妹達も全て等しく、興味の対象ではない。
今、ベンチに座っている少女のことも一日も経たない内に忘れるだろう。
今の帝督の世界を形成しているのはスクールという小さな組織だけだ。
それ以上を求めようとは思わない。

(・・・・・・日が落ちる前に帰るか)

太陽の位置からして日没まで後一時間ほど、あまりのんびりもしていられない。と、空から視線を外したところで帝督の体に振動が走った。
尤も、最近多い地震でも何でもなく、ただ携帯電話のバイブレーション機能が働いただけだ。

(――ガキからか)

発信者は木原那由他。
帝督の番号を知っているのは限られているため、那由他からの電話は不思議ではなかった。

『もしもし、垣根のお兄さん?』

「そりゃ俺の携帯なんだから俺に決まってんだろ」

『いや、てっきりお姉さんが出るのかと思って』

「・・・・・・何であいつに携帯まで管理されなきゃなんねえんだ」

見ると、未だに心理定規はクローンの少女と口論している。

「それで、何の用だ? 何か必要な物でもあったか?」

『ううん。少し用事が出来て病室に居ないから、お兄さんたちは私のことは気にせずゆっくり休日を満喫してくれていいよ、ってことを伝えておこうと思って』

「用事って、お前まだ安静の身だろうが」

『もう体は九割近く回復してるし、問題ないよ。だからお兄さんたちはデートを楽しんで』

「ああ? おいこら、テメェなに愉快な勘違いしてやがる――って切りやがった・・・・・・」

暫し携帯を見つめて、それを仕舞う。
訂正なら後でいくらでも出来るし、用事とやらが何なのかは知らないが、あまり首を突っ込むことでもないだろう。

「まあこの荷物抱えて病院まで戻るのも面倒だったし、別にいいか」

ここの所ずっと病院とホテルに泊まりっぱなしだったが、帝督にも自分の家と言うべき寮がある。
病院よりも近いし、今日は久しぶりにそっちに帰るとしよう。
そう決めて、帝督は心理定規たちに声を掛ける。

「おい、心理定規」

「何かしら、今少しこの人形から手と目が離せないの」

帝督に見向きもしないまま心理定規が応える。

「ガキが今日は病院に戻って来なくていいってよ。俺は自分の寮に戻るが、お前はどうする?」

「・・・・・・随分と分かりやすいお誘いね、正直あなたのことを甘く見ていたわ」

「あ?」

クローンの少女から手と目を離し、帝督に向き直った心理定規が戦慄したように言う。

「・・・・・・お前、勘違いしてるだろ。俺はただ事実を伝えただけだ。何だったらガキに確認取ってみろ」

「・・・・・・そう。そうね。奥手なあなたからの誘いなんてあるわけがなかったわ」

「面倒だからもう何も言わねえぞ」

達観したような心理定規の態度に呆れつつ、帝督は再度問う。

「で、どうするんだ?」

「病院はともかく、ホテルの方に私物が残っていることだし私はホテルに戻るわ」

そう言って心理定規は先ほどまでとは打って変わった、流れるような動作でクローンの少女から自分の戦利品を奪う。

「・・・・・・不覚です、とミサカは恨めしそうにあなたを見上げます」

「もし万が一、もう一度あなたたちに会うようなことがあったら見せてあげるわ」

「その言葉はネットワークを介して妹達全員に伝わりました。覚えておけよ、とミサカはあなたに口上を述べます」

ええ、と心理定規は肯定した後、もう一度独り言のように呟いた。

「尤もあなたのような妹達が居たら、だけど」

「・・・・・・? 発言の意味が分かりませんが、とミサカは首を傾げます」

「気にしないでいいわ。人形には分からないでしょうし」

「ミサカは人形という名称ではありません。ミサカはミサカ9891号です、とミサカはあなたに訂正を求めます」

「興味ないわ。どうせもう二度と会わないのだから」

それだけ言って、心理定規はクローンの少女――ミサカ9891号を意識から外した。

「行きましょう、帝督」

「ん、ああ。・・・・・・じゃあな」

「はい。・・・・・・さようなら」

最後まで少女は無表情のまま、帝督たちに別れを告げた。





「言っておくが、こんなのはこれっきりだからな」

「こんなの、とは今日の買い物のことを指して言ってるのかしら」

買い物。断じてデートなどではなく、買い物。

「ああ。何で俺がお前の代わりにR指定の本やらゲームやらを買わなきゃならねえんだ」

「良いじゃない。減るものでもないのだし」

「良くねえ」

確かに減るものではないが、心理定規の趣味に一方的に付き合わされるのには納得がいかなかった。
だからといって逆に付き合わせるような趣味を帝督は持ってはいない。

「・・・・・・帝督」

突然、心理定規が歩みを止めた。
振り返ると、真っ直ぐに心理定規が帝督を見つめている。

「あなたと出会ってからの一週間。私はあなたに色々なことを教わったわ。それこそ、世界を見る目が変わる程のね」

「いや、俺はそこまでお前の人生観を変えるほどのことはしてねえよ・・・・・・」

真顔で何を言うかと思えば。
呆れるのは今度は帝督の方だ。何故今までにないシリアスな空気を、このタイミングで作らなければならないのか。

「あら、そうだったかしら」

そして自らが作り出した空気をすぐに霧散させ、再び心理定規は帝督の横に並んだ。
そしてその後、会話がないまま分かれ道へと差し掛かる。

「それじゃあ、また明日会いましょう」

特に依頼があるわけでもなく、那由他に二人が付きっきりになる意味も今はないが、それでも帝督はああ、と頷いた。

「そういやロッカー預けてきた荷物はどうするんだ?」

「それも明日にでも取りに行きましょう。流石に私の手ではこれ以上は持てないわ」

「・・・・・・ならそんなに買うなよ」

中学生程度の小柄な体に不釣り合いな両手の荷物を見て、また呆れてしまう。

「仕方ないでしょう。こんな機会、今までなかったのだから」

「あーあー、そうかい」

「でもこれからは有ることだし、次はもう少し自重するわ」

「って、おい!」

これっきり、と言ったはずだが、心理定規は当然のようにそう言って、それっきり帝督の方を見ることなく、去っていった。

「・・・・・・はぁ。ったく、面倒だ」

帝督もそれを追いかけることなく、軽くなった両手をポケットに突っ込み、自分の寮へと向かう。
クローンの少女のことはもう、覚えていなかった。


果たしてそれが帝督の興味関心の無さによるものだったのかは、分からない。
だが帝督のミサカに対する距離単位はいつの間にか、0へと変わっていた。



[26884] その8
Name: マイン◆a0b30d9b ID:f6242140
Date: 2011/04/10 20:14
帝督と別れた後、心理定規は真っ直ぐホテルに戻ってきた。
今日の戦利品をテーブルに置くと、ベッドにうつ伏せになって体を預ける。
高級なそれは、優しく心理定規を受け止めてくれた。

「・・・・・・」

目を閉じると、最近の出来事が思い浮かんで来る。

垣根帝督。
木原那由他。
そして――ミサカ。

「・・・・・・まったく、台無しね」

心理定規は体を起こし、戦利品に手を伸ばす。

(たそがれるなんて、私には似合わない)

妹達のことも、学園都市の暗部に星の数程ある悲劇の一つに過ぎない。
そんなものに心を乱されていては身が持たない、と心理定規は気持ちを切り替える。

「さて、今夜は眠れないわ」

そうして、心理定規は妹達のことを意識的に意識から外した。
距離単位は、変わらない。











「・・・・・・なーんか調子狂うんだよなあ」

常盤台ほどじゃなくとも、それなりに有名な学校の寮の一室。
心理定規と別れて既に数時間。垣根帝督は一人、其処に居た。
学校の学生寮と言っても、帝督は学校には久しく行っていない。
ただ居座っているだけだ。
最初は実験続きで行く暇がなかった。というのは言い訳か。
最初から学校に興味がなかった。
今もないし、何より行ける立場でもない。

(暗部とやらに落ちて、何かが変わったわけでもねえけどよ)

元々暗部に片足を突っ込んでいるような立場で、こうして首を突っ込んでも大して変わらなかった。

しかし、今帝督が感じている違和感は暗部に落ちる前にはなかったもの。
となると――

(結局、あいつに行き当たるわけか)

乱暴に頭を掻いて、帝督は立ち上がる。

「やれやれ、我ながら単純で困っちまうな」

頭から離れないドレスの少女。
それをどうにかする為にも、まずは空腹を解決するのが先決だろう。











(まったく、これもあのクローンのせいね)

後一時間程で日付が変わろうという時刻。
心理定規は預けていた戦利品たちを取りにコインロッカーに向かっていた。
妹達――ミサカ9891号との接触によって、5店舗目では一冊しか買うことができなかった為、それ以前に買っていた物と合わせても今夜を乗り切ることは出来ない、と心理定規が判断したからだ。

相変わらず背中が大きく開いたドレスのまま、夜の学園都市を心理定規は進んでいく。
かなり不用心にも見え、実際にここまで何人かの男達が心理定規に声を掛けようとしてきたが、その直前で心理定規から興味をなくし、去っていった。
これも心理定規にとっては慣れた作業。
無能力者であろうと超能力者であろうと例外なく、心理定規の前では心を操られる。



「・・・・・・こんなところで何をやってるかしら、あなたは」

そうして、誰にも邪魔されることなくコインロッカーへと辿り着いた心理定規の目に入ったのは数時間前にも見た顔。
違うのはその頭に無骨な軍用ゴーグルが存在していることと、手に持ったギターケース。

「・・・・・・おや、また会いましたね、とミサカは驚きつつ挨拶します」

「私が迂闊だったわ・・・・・・」

分かっていたはずだ、研修を終えた妹達が研究所に戻らず、何に向かうのか。
鉢合わせすることはないと高をくくっていた心理定規は自身の迂闊さを呪った。

「約束通り、例の物をお借りしたいところですが、今からミサカは大切な用事があるのでそれはまたの機会に」

「そう。というか頼まれたとしても冥土の土産になんて貸してあげないわよ」

「実験の内容まで知っているんですね。まさかマネーカードをバラまいているのもあなたなんでしょうか、とミサカは疑念を口にします」

無表情に無感動に、ミサカ9891号は言う。

「マネーカード・・・・・・?」

「いえ、このミサカにはもう関係のないことですね、とミサカは前言を撤回します」

心理定規が絶対能力進化実験について知ったのはもっと前、実験初期のことだ。
最近行われている妨害工作について知るはずもない。

(この実験で万が一にもレベル6を生み出されたくない、先を越されたくない研究者の連中というのが妥当でしょうけど・・・・・・それにしてはかわいいイタズラね)

「あなたのような子猫ちゃんは狼さんに食べられてしまう前に帰宅することをおすすめします、とミサカは親切心から口にします」

「・・・・・・あなたのその偏った知識は誰のせいなのかしら」

怒り、というよりも呆れてしまう。
このミサカは心理定規が知識として知る、妹達とはかけ離れているように見える。

「今日一日の研修によって得たものです、とミサカは胸を張って答えます」

「たった一日の研修で学んだのがそんなものだと思うと流石に可哀想になってくるわ・・・・・・」

「そんなこととは失礼な。学習装置(テスタメント)では学ぶことの出来ない、外の世界はミサカに色々なものを教えてくれました」

感動的な台詞、だが無意味だ。学んだことが俗物的過ぎる。

「しかし、一つだけ叶うならば日曜の朝に外に出たかったです、とミサカは願望を吐露します」

「もういい、だいたい分かったわ」

(認めたくないけど、思考回路が私みたいな妹達ね・・・・・・)

それだけでミサカの言わんとしていることが分かってしまう自分が嫌になった。

「ああそれに深夜放映されているという番組も気になります。超機動少女カナミンという番組らしいのですが――」

「もういい、もういいわ」

自己嫌悪とは少し違うが、無性に居たたまれなくなって、心理定規はミサカを止める。

「・・・・・・人形と言ったのは撤回するわ。あなたは立派な駄目人間よ」

「駄目人間に立派も何もないと思いますが、とミサカは冷静に指摘します」

やりにくい、と心理定規は内心で溜め息を吐く。

「・・・・・・それより、そろそろ実験の時間ではないの?」

「後二十分程ですね、とミサカは壁の時計を見て確認します」

その言葉にまた少し心が乱れる。

「なら、何処でやるのかは知らないけど、移動するべきじゃないかしら」

「こういう時は遅れて登場するものなのでしょう? とミサカは数時間前に知った情報を自慢気に話します」

「・・・・・・ただし主役に限る、けれどね」

「それにこのミサカの場合は被験者と同じポイントからのスタートではありませんので」

「さらりと無視しないでちょうだい」

本当にやりにくい。
心理定規のペースがどんどん乱されていく様は帝督が見たら、目を疑いそうだ。

(・・・・・・本当に情けないわ。暗部の人間が、心を操る心理定規が、クローンに心乱されるなんて)

自分らしくないことは自覚している。
自覚していて、可笑しくなる。

「そういえば、とミサカは今思い出したかのように言います」

「・・・・・・何よ」

「昼間の彼は一緒ではないのですね」

「私だって四六時中、彼と一緒に居るわけじゃないわ。というかあなたには関係ないでしょう」

「いえ、それがそうでもありません」

帝督の話題が出たこと自体は不思議ではなかったが、帝督が妹達に関係ある、というミサカの言葉は予想外のものだ。

「・・・・・・どういうこと。帝督とあなたたち妹達には何の関係性もないはずだけど」

帝督の経歴については接触する前に全て調べ上げた。
その中には妹達なんて単語は含まれていなかったし、帝督の言葉を信じるならミサカたちのオリジナル、超電磁砲とすら面識がないはずだ。

「大変言いにくいことですが、とミサカは前置きします」

「前置きはいいわ。早く、教えてちょうだい」

「その彼なんですが、別個体のミサカと逢い引きの最中のようです」

「・・・・・・」

「まさか浮気現場に遭遇するどころか浮気相手が妹達とは、昼ドラも真っ青の展開ですね、とミサカはこの後の展開に興味津々なのを隠しながら言います」

無表情ながら目が輝いている気のするミサカとは裏腹に心理定規は、はぁ、と大きく溜め息を吐く。

「何かと思えば・・・・・・」

「おや、期待していたような反応ではないですね」

「言っておくけど、今はまだ私と帝督の関係はあなたが想像しているようなものじゃないわ」

「今はまだ、ですか、とミサカはあなたの意味深な発言を繰り返します」

そう。今はまだ。
いずれ行き着くだろうとは思っているが、少なくとも今はそこまで至ってはいない。

「でも、少し呆れてしまうわね。何の為に私が・・・・・・」

能力を使って、距離単位を0にしたのか。
甘えたことを言えば、心理定規は帝督に能力を使いたくなどなかった。
心理定規に出会う以前の帝督なら、能力を使わずとも妹達のことに興味など抱かなかっただろう。

(・・・・・・馬鹿ね、私は)

「あなたが何を悩んでいるのかは分かりませんが、そんな顔では可愛い顔が台無しだぜ、とミサカはクールに言います」

(・・・・・・馬鹿らしいわね、私)

無言かつ冷めた目でミサカを見ながら、心理定規は悩んでいる自分が馬鹿らしくなる。

「そんな熱い視線でミサカを見つめるなんて・・・・・・まさか」

「それはないから安心しなさい」

言ってから思わず、苦笑が零れた。

(帝督には明日、お詫びを入れましょう。彼の優しさに付け入るようで悪いけれど。それにもう、能力を使っても無駄のようだし)

別れる寸前に距離単位を0にしたのに、こうして帝督は別のミサカと会っているのだ。
帝督も変わったということだろう。
ならばもう、能力を使う意味はない。

「どうやらあなたの悩み事も解消したようなのでそろそろ行きます、とミサカは少し別れを惜しみながら言います」

だがその笑みも束の間。
ミサカの言葉に現実に引き戻される。
今まで話していたこのミサカは、これから死ぬ。
そんな変えようのない現実が待っている。

「・・・・・・そう」

目の前のミサカのように、心理定規から表情が消える。

「では、もしも別のミサカに会うことがあったら、世界を大いに盛り上げる為のミサカをよろしくお願いします。後、約束は守ってくださいね、とミサカは念を押します」

最後の最後まで無表情の冗句。

「それは御免だわ。私が約束したのはあなた、他の誰でもないもの。・・・・・・まあ本当はあなただって御免だけど」

「こんな時、どんな顔をすればいいか分からないです、とミサカは有名な台詞を呟きます」

ミサカの言葉に心理定規は答えない。

「むう、ノリが悪いですね、とミサカは不満げに言います」

「答えたところで無駄って分かってるもの」

もし答えたところで、ミサカは笑わないだろう。
これは冗句でも何でもない。ミサカは本当にどんな顔をしていいのか分からないのだから。


「それでも答えるのが様式美というものです」

無表情に無感動に。
ミサカは心理定規とも、帝督とも違う。
帝督のように感情を忘れたわけではない。
心理定規のように感情を抑えているわけではない。
ただ単純に、最初から感情を持ち合わせていない。

「では今度こそ、さようなら。名前も知らないあなた」

そう言って、ミサカは心理定規に背を向ける。
もう二度と会うことはない。


無駄だと分かっていて、心理定規は最後に能力を発動した。

「・・・・・・ふっ」

思わず鼻で笑ってしまう。他でもない自分自身に。


ミサカ9891号と心理定規。
その距離単位は最初から最後まで0だった。
感情がないのなら当然の結果。測り直すまでもない。

(結局、人形が人間の真似をしたところで、人形は人形でしかない。人形に感情を抱く方が・・・・・・間違いなのよ)

そして心理定規は何も持たずに夜の学園都市に消えた。



[26884] その9
Name: マイン◆a0b30d9b ID:f6242140
Date: 2011/04/11 16:43
帝督が妹達の一人と出会ったのは偶然だった。
偶然を突然と言い換えても良い。
空腹を満たす為に訪れたコンビニで今日の夜と明日の朝の分の食品を買って、何処に寄る気もなく、真っ直ぐに帰るつもりだった帝督の耳に、ぐーと言う音がたまたま聞こえてきただけだ。

(おいおい、こんな古典的な音を鳴らすのは何処のどいつだよ)

それだけなら別に気に止めもしない、だがその音が一度ではなく二度、三度と徐々に近づいて聞こえて来るのであれば話は別だ。

溜め息を吐いて振り向く。

「こんばんはと、ミサカは素知らぬ顔で挨拶をします」

「――――ん、ああ、お前か」

いくら帝督といえ、興味がなくなったからと言って記憶からなくなるわけではない。
少し反応が遅れたのは、昼間にはなかった軍用ゴーグルのせいだ。

「何の用だ? って聞くまでもねえよなあ・・・・・・」

さっきまで聞こえていた音を考えれば、嫌でも分かる。

「妹達の研修ってのは飲まず食わずでやらせられるのか?」

「研修に出る前に施設で必要な栄養は摂取していますと、ミサカは答えます」

「じゃあ何でお前はそんなに腹を空かせてんだよ」

「想定外の運動をした結果ですと、ミサカは説明します」

想定外の運動?
その言葉を聞いて、ミサカを観察してみると、着ている常盤台の制服は若干汚れている。

(・・・・・・まあ当然か。中学生のガキが夜中出歩けば、馬鹿も寄って来る)

常盤台の制服(レベル3以上の証)を着ていても、見た目は子供で、さらにオリジナル、超電磁砲と同じ外見となれば仕方のないことだろう。

「・・・・・・仕方ねえな。おい」

「何でしょうか」

呼ばれてミサカが近づいてきたところで、帝督は手に持ったコンビニの袋を投げ渡す。

「真っ直ぐ持てよ。弁当がぐちゃぐちゃになる。そんでしっかり持ったら付いて来い」

ぶっきらぼうに言って、帝督は歩き出す。



十分ほど歩くと、まだ開いているファミレスが見えた。こんな時間まで営業しているファミレスというのも珍しいが、そこそこに人が入っている辺り、重宝されているらしい。

「此処に入るのですか? と、ミサカはあなたに尋ねます」

「じゃなきゃ来ねえよ」

「成る程。つまりこのコンビニ袋をミサカに持たせたのは代金代わりということですか。働く者食うべからずというやつですねと、ミサカは習得した知識を披露します」

そんなミサカに帝督は何も言わず、ファミレスに入店し、ミサカもそれを追う。

(・・・・・・やりにくいなあ、おい)

メニューを興味深げに眺めるミサカを眺める帝督は落ち着かない様子で、時折貧乏揺すりさえしている。

(ちくしょう。昼間、心理定規が居た時は気にならなかったっつーのに)

心理定規と初めて会った時とも、那由他と初めて会った時とも状況が違う。
前者は流されるまま、後者は実験という仕事の延長。
だかこれは仕事でも何でもない、プライベートだ。
しかも帝督の方から誘った、というのがこの状況の特異性を表している。

(・・・・・・これも、心理定規に会う前なら有り得ねえな)

帝督の方から誰かを誘う、など。
それに心理定規と出会ってからだって帝督は流されるまま、言われるがまま。
尤も、それに素直に従うということすら以前の帝督なら考えられなかったことだが。

「ではミサカはこのハンバーグセットをお願いします」

「まあ妥当なところだな」

クローンとはいえ、人並みの知識と常識はあるようだ、と帝督は安心する。

「このお子さまランチというのもミサカの興味を非常にそそりますがと、ミサカは断腸の思いで選択したことを伝えます」

「いや本当に妥当なところだ」

安心は束の間だったが。

ミサカの気が変わる前に手早く注文を伝えて、また沈黙。

(心理定規なら沈黙も気にならねえんだが・・・・・・)

先程から何かにつけて心理定規を引き合いに出している自分に気付き、帝督は少し嫌になる。

(くそ、完全にあいつの思う壷じゃねえか、俺?)

染め上げるのは簡単、と言われたがまさしくその通りだ。
完全に心理定規の言った通りになっている。
頭を左右に振り、ドレスの少女を頭から追い出す。

「あなたのその奇怪な行動には何か意味があるんでしょうか?」

「ああ。頭がスッキリする。ってかお前、何で店に入ってまでそんなゴツいゴーグル付けてんだ?」

「このゴーグルを付けたのは今日が初めてですので、実験に備えて慣らしておくべきかと思いましてと、ミサカはゴーグルを外しながら答えます」

少女には不釣り合いなゴーグルが外れると、昼間見た少女そのままの顔があった。

「だが昼間会った妹達は付けてなかったぞ?」

「・・・・・・このミサカが別個体だと気付いていたのですかと、ミサカは驚きつつ尋ねます」

「そりゃお前とあいつじゃあ全然違うからな」

昼間のミサカならば、もっと愉快な方法で帝督に接触してきただろう。
ダンボールとかに隠れたりしながら。
何故かそんな様子がありありと想像できた。

「ミサカ9891号は今日一日の研修でそこまで個体差を付けたのですねと、ミサカは感心します」

「あれは個体差っつーレベルじゃねえ気もするが・・・・・・」

「ミサカは何も学ぶことが出来ませんでした」

帝督が言葉を探す。
らしくないと分かっていても、何か言うべきだと思った。
だが、見つからない。
今の垣根帝督という人間では、この状況で掛ける言葉は見つからない。

「お待たせしました~!」

二人の間に流れる空気に気付いているのかいないのか、店員がスマイルを浮かべてプレートを運んで来た。

「・・・・・・と、思っていましたが、これで一つ学ぶことが出来ます」

「はぁ?」

「物を食べる、という行為は初めてですのでと、ミサカはナイフとフォークを構えながら言います」

その真剣な声と格好とのギャップがおかしくて、思わず帝督は笑う。

「それでは・・・・・・いただきますと、ミサカは感謝を込めながら言います」

「・・・・・・はっ、ああ。食え食え、食っちまえ」

こんなのは自分らしくない、垣根帝督らしくない、と自分自身が言っている。

(分かってる。だがんなこと今更だ)

もしもこれが心理定規の言っていた通り、彼女が帝督に与えると言った感情なのだとしたら悪くない、と思えた。

「実験の前にこのような経験が出来てよかったですと、ミサカはあなたにも感謝を伝えます」

「・・・・・・っ」

「どうかしましたか? とミサカはあなたの顔を窺います」

「・・・・・・いや、何でもない」

感情自体は何も悪くない。
ただ少しその感情を抱いた対象の都合が悪かっただけだ。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

また、沈黙が始まる。
帝督にとっては気まずく、ミサカにとっては何でもない時間。
しかしその沈黙は長くは続かない。

「・・・・・・なあ」

「? 何でしょうかと、ミサカは首を傾げます」

「飯食ってる時にする話じゃねえかもしんねえけどよ。お前はその実験とやらに何も感じないのか?」

その問いは心理定規には出来なかったもの。

「実験について、実験動物であるミサカたちが思うことはありません」

それは帝督も心理定規も予想していた答え。

「・・・・・・そうかよ」

予想通り過ぎてイラついてくる。
だが予想を外れた答えが返ってきたら、帝督はどうしていたのだろうか。

(分からねえよ)

果たして帝督に何かが出来たのだろうか。

「ごちそうさまでしたと、ミサカは両手を合わせます」

「・・・・・・ああ」

「あなたのはほとんど減っていませんが、体調が悪いのですか? と、ミサカは心配するフリをします」

「フリかよ」

というか言ったら意味がないだろ、と内心でツッコミを入れる。

「ミサカたちにはフリしか出来ませんから」

心理定規はミサカたちを人形と称した。
ミサカは自分たちを実験動物と称した。

「作り物の体に借り物の心。そんなミサカたちには感情というものを理解出来ません。もしミサカの行動が癇に障ったのであれば謝罪します」

帝督は何も言わない。

(心理定規なら、愛を、感情を教えてやる、って言えるのかもしれねえ)

「――それではミサカはそろそろ失礼しますと、席を立ちます」

(だが俺にはそんなことを平然と言える口は付いちゃいない)

収まらないイライラを隠そうともせず、乱暴に帝督も立ち上がり伝票を掴む。

「・・・・・・なあ」

レジへと向かう前に、最後にもう一度だけミサカへと話しかける。

「お前、名前は?」

「名前・・・・・・ミサカは検体番号9892号ですがと、答えます」

「そうか」

それだけ聞いて、今度こそ帝督はレジへと向かった。
ただ振り向かずに一言だけ残して。

「俺は垣根帝督だ」

らしくもない、そう思いながら。
少しずつ、帝督は変わっていく。

(・・・・・・くそったれ)











「第二位が妹達と接触したか」

窓のないビル。
その中に設置されたビーカーにアレイスター=クロウリーは逆さまに浮いている。

「事象自体は誤差の範囲内だが、やはり第二候補(スペアプラン)として保管し、プランを進めておくべきか」

学園都市中に散布された5000万機の滞空回線(アンダーライン)から得た情報を下に、アレイスターはプランを修正していく。
彼のプランが修正される度、学園都市の子供たちの運命は容易く揺れ動く。
超能力者とて、その例外ではない。

「スクールのブレインまで妹達に影響を受けるのは想定外だったが、良い傾向だ」

スクールのブレインと称されたのは、まだ14歳程度の少女。
アレイスターとの直接交渉を望む少女の運命もまた、揺れ動く。
アレイスターにとって都合の良いように。

「このまま傾くのであればいずれは沈む、か」

彼は無表情で笑う。
今はまだ世界は彼の都合の良いように動いていた。


この日、学園都市統括理事長直轄、猟犬部隊(ハウンドドッグ)に指令が与えられる。
内容はスクールのスカウト。
学園都市の暗く深い闇へ彼らは落ちていく。
だが、そこが彼らが輝ける場所。
表面上はアレイスターのプラン通り、ねじ曲げられた運命通りに事は進んでいく。









あとがき
はじめましての方も多いですが、作者のマインです。
とりあえずここまで一区切りとなります。
不完全燃焼な感じがバリバリですが、ご容赦ください。
シリアスなのかギャグなのかはっきりしないSSですが、敢えて表現するならシリアスな笑いというのが一番しっくりくるかと。
さりげない部分や重要な部分が丸々パロディだったりする、こんなパロネタありきのSSを今後ともよろしくお願いします。
それではまた次巻のあとがき又は感想板で。



[26884] その10
Name: マイン◆a0b30d9b ID:f6242140
Date: 2011/04/12 19:19
八月二十日
徐々に夏も終わりが近付いて来た頃だがまだまだ暑さは緩まず、太陽も容赦なく照りつけて来る。

「まあ要するに絶好のお仕事日和ってことだ」

そんな暑さの中、聞こえてきた声に路地裏を走る逃亡者の背筋はゾクリと震え上がる。
そして逃亡者は太陽に焼かれ、寒気の中で蒸発していった。
正確には太陽にではなく、物理法則を歪められた光線によって。

「ガキ、そっちはどうだ」

『もうすぐ終わるよ、お兄さん』

「そうかい。そりゃよかった」

通信機越しに聴こえる子供の声と、遅れて聴こえて来る男の悲鳴。
仕事は順調。

「――帝督、どうやら情報に間違いはなかったみたい。今吐かせてみたけれど、情報通り数は二十三。たまには諜報役もちゃんと仕事をするようね」

空から階段を降りるように地上へと歩く帝督に、下から声が掛かる。

「重畳じゃねえか。珍しく残業なしの定時上がりだ」

背中の大きく開いたドレスを身に纏った少女、心理定規の言葉に冗談めかしに返し、未元物質の壁を蹴って地上へと帝督が着地する。

「それでも外の労働基準法に真っ向からケンカ売ってるスケジュールだよね」

そんな帝督と心理定規の会話にまた一人加わる。
金髪の少女、木原那由他。

「お疲れ様。どう? 体の調子は」

「上の下ってところ。パワーはかなり上がってるけどその分、扱いが難しいから」

ギチギチ、と普通の人体では有り得ない音を出しながら、那由他の腕が動く。

「間違っても力加減間違えて機材壊すなよ。今日はお前の我が儘で前に出してやったが、お前の仕事はサポートなんだからよ」

「そうなったら前衛が垣根のお兄さん一人になっちゃうけど?」

「はっ、俺を誰だと思ってやがる。お前は黙って引きこもってりゃあいいんだよ」

乱暴に那由他の頭に手を置きながら帝督が絶対の自信を持って言う。

「なら私も那由他と一緒に下がってていいのかしら?」

茶化すように心理定規が笑う。

「お前は黙って俺の傍に居ろ」

「あら、随分恥ずかしげもなく言うようになったわね」

「ああ? 勘違いすんなよ、そうしねえとカバーしきれないっつーだけだ」

「それは残念ね」

白々しく心理定規は言って、またくすりと笑った。

そんな談笑というには些かデンジャラスな会話をしながら、ホスト風の男、キャバ嬢のような少女に幼すぎる少女。珍妙過ぎる組み合わせのまま、彼らは表通りに向かって進む。

スクール。
暗部に存在する組織の一つだが、二週間程前に漸く小組織の仲間入りを果たしたばかりの暗部でもかなり新しい組織だ。

(まあ尤も、やってることはもう他に負けず劣らずで一流のクズ野郎だけどな)

内心で自嘲しながら、帝督は表通りの直前まで来て歩みを止めた。

「じゃあ後は解散だ。夜まで好きにしろ。ただしガキ、お前は何処行くか言ってけ」

「本当にガキ扱いだね、お兄さん・・・・・・私はまた病院に行って、その後は真っ直ぐ戻るよ」

「そりゃ本当のことだからな」

帝督は笑って、もう一度那由他の頭に手を置いてから人混みに消えた。

「・・・・・・やっぱり納得いかないんだけど」

那由他は帝督の子供扱いが不満で、毎日のように言っているが帝督が扱いを改めることはない。

「諦めなさい。今更変わらないわよ」

「はぁ。おじさん達ならともかく、まだ学生と同じ年齢のお兄さんにされるのは納得できないよ」

溜め息を吐いて、那由他も病院に向かって歩き出す。

(不満、というより不安がっているように私は見えるけれど・・・・・・木原ではほとんど経験できなかったからでしょうね)

「お姉さんはこれからどうするの?」

「心配しなくとも、あなたのお友達の所に行く気はないから安心しなさい」

「・・・・・・別に、そういう意味じゃないよ」

那由他が病院に通うのは通院というのもあるが、そこに入院している友人へのお見舞いという面が大きい。
那由他が姉のように慕う、那由他と同じ置き去り(チャイルドエラー)の友人。

二週間程前、那由他は絶対安静の体を押して一つの事件の解決に尽力した。
風紀委員(ジャッジメント)として、その友達の為に。

俗にポルターガイスト事件と呼ばれるその事件の裏で手を引いていたのは、テレスティーナ=木原=ライフライン、那由他と同じ木原一族の女性。

それを知った那由他は迷わず家族ではなく、友人を選び、間接的にとはいえ那由他を病院送りにした超能力者(レベル5)や木山春生、そして他の風紀委員たちと協力し、その事件を満身創痍となりながら解決した。

そして病院で目覚めた那由他を待っていたのは、猟犬部隊(ハウンドドッグ)の隊長にして那由他の叔父、木原数多。

『おう那由他、これでお前も今日からクズの仲間入りだ』

笑いながら数多は那由他が完全に暗部に落ちたことを告げ、すぐに去っていった。
そうして那由他の下に残ったのは数多が置いて行った見舞い品と思しき果物だけ。

事情も何も数多は説明しなかったし、テレスティーナについて何かを聞くこともなかった。
理解できないまま呆然とする那由他だったが、それも一瞬。
那由他にとって大事なのは自身の処遇などより、友達のこと。

痛む体に鞭打ち、どうにかベッドから体を起こした那由他にこら! とお叱りの声が掛かった。
忘れるはずのない、友達の声。

『駄目だよ那由他ちゃん。怪我人は寝てなくちゃ』

那由他の記憶のままの、カチューシャの似合う少女――枝先絆理が居た。

『それからありがとう。私たちを助けてくれて』

その時那由他は年相応の少女に戻り、久しぶりに泣いた。
そしてそれから那由他は、未元物質を用いた実験を中止することを決めた。
死ぬかもしれない無茶をすることは、那由他にはもう出来ない。
絆理との約束を守る為に。

――と、感動的な話なのだが、不覚というか何というか、心理定規にその時の姿を目撃されてしまう。
それから時折、心理定規はこうして那由他をからかうのだった。


「それじゃあ私はこっちだから。お友達によろしくね」

「・・・・・・」

「あら、拗ねちゃったかしら?」

「・・・・・・拗ねてないよ」

もう一度溜め息を吐いて、那由他は心理定規と別れ病院に向かう。
その足取りは軽かった。











「定時上がり、じゃなかったの?」

那由他と別れた心理定規が向かったのはさっきまで仕事をしていた路地裏。
そこには先客が居り、既に用事は終わったらしい。

「これで予定通りの定時上がりだっつーの」

先客――先程別れたばかりの帝督だ。

「甘いのね」

「どうとでも言え。分かってるんだよ、こんなの俺のキャラじゃないってことは」

「直接手を下さずとも、あの娘が殺しの手伝いをしていることには違いないのよ?」

帝督の用事。
那由他の仕事の後始末。

帝督が那由他に伝えた仕事は、『敵対戦力の無力化』だが。
本来、スクールに与えられた依頼は『敵対戦力の殺害』である。

「お前がそう言うなら、俺がこうして後始末しようがしまいが関係ねえだろ。これは俺が勝手にやってることだ」

――帝督には、自分たちスクールがこの学園都市の底辺に落ちた理由の目星が付いている。
ミサカと別れた日の翌日、学園都市統括理事長 アレイスター=クロウリーの直轄部隊である猟犬部隊が帝督の下にも訪れ、問答無用で帝督はスクールとその下部組織のリーダーに仕立て上げられた。

猟犬部隊、引いてはアレイスターが動く理由は、アレイスターの第二候補(スペアプラン)とやらである垣根帝督にしかない。

帝督が利用出来る全てを使って調べても、出て来たのはアレイスターの第一候補(メインプラン)が一方通行(アクセラレータ)であり第二候補が未元物質であるということ。

それだけで十分だった。
つまりスクールを、心理定規を、那由他を、この暗部の底辺へ落としたのは自分の責任であるということだけは、良く分かったのだから。

結局、帝督が那由他の仕事の後始末をしているのも、自己満足に過ぎない。

(だが、こいつらは関係ねえ。アレイスターのプランとやらに含まれてるのは俺だけだ)

いつか必ず、二人をこの暗部から押し上げてみせる――と帝督は一人決意したが、心理定規にはバレバレだったらしい。
決意を固めたその日にバレた。


「いいえ。言ったでしょう? 帝督。私と暗部に落ちて、と」

「それを聞くのは三回目だな」

心理定規もまた、あの日、ミサカと別れた後に猟犬部隊と遭遇した。
しかしそれは心理定規にとっては都合が良い。
アレイスター直轄部隊との接触は直接交渉権へ近付いた証拠でもあるのだから――などと考える余裕はあの時の心理定規にはなかったが。

その後、帝督と合流した心理定規は嬉々とした様子で直接交渉権に近付いたと語ったが、帝督を騙すことは出来なかった。

那由他があの日のことを他人に知られたくないように、心理定規もまたあの日のことを知られたくはない。

あの日、帝督と心理定規は出会った時以来初めて肌を重ねた。

『ごめんなさい』

帝督には何を指して謝っているのかは分からないというのに心理定規は謝り続けた。
未だに帝督は何のことだか知ってはいない。
だがそれ以上に貴重なもの――心理定規の名を知ることが出来たのだから、良しとしていた。

そして、またあの台詞を帝督は言われたのだ。

『私と一緒に暗部に落ちてちょうだい』

一人で暗部に落ちることは許さない、と。


「一度言って駄目なら何度だって言うわ。契約は守ってもらうわよ」

「分かってる」

「なら私に惚れてくれたのかしら?」

「・・・・・・」

相変わらず心理定規は恥ずかしげもなく愛を帝督に語り、その度に笑っている。

――あの日、帝督は心理定規の名前と共に、その能力についても教えてもらっていた。

『私の心理定規には、二つの欠陥があるの。一つは私自身の距離単位を変えることは出来ないということ』

他人を騙すことは出来ても、自分自身を騙すことは出来ないという、当然と言えば当然のこと。

『もう一つは・・・・・・これは能力というより、私自身の欠陥ね』

そう言って心理定規は寂しそうに笑う。

『私の心理定規は、私自身の距離単位が一定以下の人間にしか使えない・・・・・・つまり、親しい人間には使えないということよ』

だからごめんなさい、ともう一度心理定規は謝った。

『もうあなたや那由他に能力は使えないわ。だから安心してちょうだい』


「・・・・・・らしくないのはお互い様っつーことか」

あの時のことを思い出して、帝督は思わず呟いた。

「何か言った?」

「いや、何も言ってねえよ」

後始末を終え、二人は歩き出す。
今日二度目の表通りまでの道を。

「お前はこの後どうするんだ?」

「買い物があるわ」

「またかよ・・・・・・」

「世界では日々新しい物が生み出され続けているのよ?」

溜め息を吐いて、無駄だと分かりつつも一応口にしておく。

「そうか。じゃあまた夜にな」

「あなたも来るのよ?」

「・・・・・・はぁ」

こいつらしい、と思いながらも溜め息は止められない。
だが帝督は、いや帝督も含めたスクール全員が、今の境遇を不幸とは思っていなかった。
そして同時に、いつまでもこの境遇に甘んじるつもりなど、毛頭無かった。











「10031次実験開始まで後三十秒です」

「――昼間からオマエらの顔見てンのもつまンねェから、さっさと終わらせてやるよ」

「準備はよろしいですかと、ミサカは最終確認を取ります」

「オマエこそ殺される準備はよろしいですかァ? 一万超えてンだから、人形とはいえ流石に学習してきてンだろうなァ」

「――それでは実験を開始します」



[26884] その11
Name: マイン◆a0b30d9b ID:3f0fd8e1
Date: 2011/04/14 21:14
「お帰り、垣根のお兄さんにお姉さん」

スクールの隠れ家の一つに戻った帝督と心理定規を待っていたのは那由他。
病院に行った後、真っ直ぐ此処に戻って来たのだろう。退屈そうに天井を眺めていた。

「ああ・・・・・・」

疲れきった帝督がソファーに座り込む。

「またあの後お姉さんに捕まったの?」

「まあな・・・・・・」

「情けないわね、スクールのリーダーがこの程度で疲れるなんて」

「いや、関係ねえだろ」

帝督と違い、心理定規は疲れるどころか元気になっているような気さえする。

「今日はお前らで適当に食って来い。俺は寝て、起きたら適当に食いに行く」

疲れているのもあるのだろうが、那由他たちには不貞寝のようにも見えた。

「仕方ないわね。行きましょうか、那由他」

「そうだね。こうなったらお兄さんは意地でも動かないし」

知らない人間から見ればまるで仲の良い姉妹のように、心理定規と那由他は一緒に食事へと出かけた。


それから数分後、むくり、と帝督が起き上がる。
携帯を開き、スケジュールを確認しておく。

(この二週間、実験が過密過ぎる。アレイスターの差し金なんだろうが・・・・・・第一候補の実験が順調だってのに何で俺を使う?)

第一候補、一方通行の絶対能力進化は順調、ということは簡単に調べがついた。
既に一万以上の妹達がシナリオ通りに殺害され、帝督の出会った9891号と9892号もそのシナリオ通り、あれから死亡したのだろう。

(・・・・・・くそが。今更俺にあいつらをどうこう言う資格はねえ)

あの日、帝督にはミサカを止めることも追うことも出来なかった。
結局最後の最後で帝督は流され、動けなかった。

(変わった気になろうが俺は俺だ。垣根帝督っつークズ野郎なんだよ)

他人に理由を求め、自身の意思で行動出来なかった。
妹達と何も変わらない、人形だ。

そう帝督は自分に言い聞かせるように内心で独り呟く。
――この時既に、心の奥底では気付いていたのかもしれない。
垣根帝督が恐れていたものが何なのか。

「そんじゃまあ、くそったれなアルバイトといくか」











「――幻想殺し(イマジンブレイカー)と第一位の接触はプラン通りに進んでいる」

窓のないビル。
アレイスター=クロウリーは誰に言うでもなく、一人淡々と喋り続ける。

「となれば第一位と第二位の接触も近い。どちらかが不完全に覚醒することになったとしても、プラン通りに進めばいい」

実験は続いていく。
アレイスターのプランと共に。











「おい、今更になって実験の引き継ぎっつーのはどういうことだ」

質問ではない、尋問のような口調で帝督は研究員を問い詰める。

「わ、我々だって不本意だっ。だが上からの命令で即刻未元物質の実験は全て、別の施設に引き継げと――」

「その上ってのは何処だ。理事会か。それとも木原か、それ以外か」

気圧される研究員の懐を掴み、壁に押し付ける。
研究主任の姿はなく、帝督を止める者はいない。
主任が居たところで止めることは出来なかっただろうが。

「げほっ! わ、分からない! 我々は何も知らされていないんだ! 知っているのは主任だけで・・・・・・」

「ちっ、使えねえ」

これ以上脅したところで何も情報は出て来ないと判断すると、あっさりと手を離す。

(どういうつもりだ? アレイスターの差し金なら一方通行の実験に何か問題が生じたのか? それとも並行してプランを進める気なのか・・・・・・)

「――随分荒れてるなあ、未元物質」

「ああ?」

気安く掛けられた声の主に、不機嫌さを隠そうともせず帝督は振り向く。

「テメェは・・・・・・」

「どうもこんばんは。姪が世話になってますってか?」

顔面に入った刺青を歪め――木原数多は凶悪そうに笑った。

「テメェのお気に入りは一方通行だろうが。愛想尽かして俺に浮気か?」

「あのガキが俺のお気に入り? 寒気のする冗談だなぁ、おい」

「寒気すんのはテメェの面の方だ。見逃してやるから俺の前から消えてくんねえ? ショタコンが」

数多と帝督。両者に浮かんでいるのは笑み。
だが和やかなムードなどない。
在るのは一方的な帝督の殺意と敵意だけ。

「これだから中途半端に力持ったガキは・・・・・・。一遍教育してやろうか?」

「おいおい教育者気取りとか笑わせんなよ。だいたいお宅の一方通行と違って俺は反抗期知らずの模範生だぜ?」

帝督は神経を目の前の数多に集中させる。
その一挙一動を逃すことないように。

木原数多。
那由他に格闘術を仕込んだこの男は一方通行にすら勝てる、と那由他に嘯いていたようだが・・・・・・

(冗談じゃねえ。マジでこいつ、研究者か?)

それが大げさでなく、真実に近いと分かる。
どうやって一方通行の反射を格闘術で破るのかは想像もつかないが、この男ならやりかねない。

「どうした、腰が引けてるぜ? 未元物質」

「ッ!」

速い。
思考の最中も帝督は意識を数多から逸らしてはいない。
だが現に数多はこうして帝督の懐に潜り込み、

「がっ・・・・・・!」

その顎を打ち上げた。
反射的に体を逸らしたおかげで、脳が揺れ意識を失うことだけは免れる。

学園都市最高峰の頭脳が演算を開始する。
脳にあるテンプレート、一瞬ではなく、刹那で演算は完了し、帝督の能力が発動した。

「ははぁ! これがお前のデタラメ物質か?」

「未元物質だ、このショタコン野郎!」

数多が後ろへと下がり、それを追うように不可視の力が床を陥没させていく。

(だが所詮は能力開発を受けてねえ無能力者以下、俺の未元物質の敵じゃ――)

「駄目だなぁ、全然駄目だ。能力にばっか頼ってっと馬鹿になっちまうぜ?」

次の未元物質を引き出すよりも速く、数多は帝督への肉薄する。

「これがゆとり教育って奴かぁ? 未元物質?」

「ぐっ・・・・・・ぁ!?」

腹部への痛烈な蹴り。
胃液が逆流する。

「んんー? おいおい、ちゃんと飯食ってんのか?」

昼食と夕食を抜いたのが幸いしたのか、胃液が少し口から零れ出す程度で済んだ。
折れそうになる膝を支え、帝督は数多を見据える。

「あ? 何だその目は? 暗部に落ちたにしては垢抜けねえガキの目だなぁおい」

「テメェと見つめ合う趣味なんざ――ねえよ!」

未元物質を腕に纏い、棒状に伸ばしながらそれを、横凪に振るう。

「だーかーらぁ、無駄だってのが分かんねえのかなぁ。第二位の脳味噌は」

「ぁ、ぎ――っ!」

不可視のはずのそれをいとも簡単に避け、数多は帝督の首を片手で締め上げる。

(手の動きで軌道が読まれたか――!?)

「違え違ぇ。全然違えなあ。テメェらみてぇなガキ、目瞑ってても二百万は殺せる」

「な、に・・・・・・?」

考えが読まれている。
考えだけではない、帝督の焦りも疑問も何もかも。

「テメェの能力はもう丸々晒されてんだよ。勉強熱心な未元物質くんは小学生のガキに頭下げて俺のことを聞いてたみてぇだが、全然意味ねえよ」

数多は笑う。
心理定規とも那由他とも違う凶悪な笑みで。

「那由他と俺を一緒にしてもらっちゃ困るよなぁ。俺が一日二日教えた程度のあいつと俺じゃ天と地程に差があるんだよ」

帝督が那由他から聞いた木原一族の戦闘法。
能力者の力の流れを読み、その隙を突く。

(だがこいつには那由他と違ってAIM拡散力場なんざ見えねえはず・・・・・・。ならどうやって)

「テメェみたいに脳味噌弄くってる精神異常者の考えなんざ、手に取るように分かんだよ」

「っ、ぐ・・・・・・!」

数多の腕にさらに力が加わる。
首が圧迫され、酸素が脳へと回らなくなる。

(マ、ズい・・・・・・こんな頭じゃ演算が、できね・・・・・・)

意識が遠退き、視界が暗転していく。

「手間取らせんじゃねえよ。ガキが」

帝督が意識を失ったことを確認して、数多は手を離し、冷めた目で帝督を見下ろす。

「連れてけ」

「はっ!」

猟犬部隊の隊員が帝督を二人掛かりで掴み、外に停めた車両へと運んでいく。

「そんじゃ後はよろしく頼むわ」

「了解。・・・・・・しかしよろしかったのですか? 第二位に攻撃を加えて」

「無傷で持って来いなんて言われてねえだろうが。それどころか生きて連れてこいとすら言われちゃいねぇんだ。くだらねぇこと言ってないで仕事しろ仕事」

「・・・・・・はっ」

それだけ言って、数多も車両に戻ろうとするが、研究員の一人がそれを止める。

「ま、待ってくれ! 主任は? それに今後の我々の扱いはどうなる!?」

数多はそれを無視し、待機していた隊員から銃を取り上げた。

「おい、聞いているのか!? 統括理事会は何と――」

研究員の言葉は最後まで続かなかった。
何故ならその頭は吹き飛び、ビチャビチャと肉片をバラまきながら倒れ込み、床に血の海を作り始めているから。

「全員始末したら撤収だ。あんまり待たせんなよ?」

「は――はっ!」

「おーし、良い返事だ」

銃を隊員に返し、数多は今度こそ車両へと向かう。
気怠そうに、面倒くさそうに。











「・・・・・・」

帝督が意識を取り戻して最初に視界に入ったのは見知らぬ、無機質な天井。

「ちっ、くそ・・・・・・あの野郎」

寝ていた長椅子から起き上がり、体を確認すると鈍い痛みが走ってはいるが、五体満足のようだ。

(あれからさほど時間は経ってないはず・・・・・・朝には戻らねえとな)

帝督に動揺はない。
今の状況も予想の範囲内だ。

(にしても、まさかあの野郎の下で実験しろっつーんじゃねえだろうな)

帝督の下に再び姿を現した猟犬部隊。
彼らの目的が帝督の運送だけなのか、それともその隊長、木原数多の下で実験を続けさせるつもりなのか。

(心理定規やガキの話を聞いてる身としては、木原の実験台なんざごめんだ)

それ以前なら、もしかしたらそれも良しとしていたかもしれない。
だが今の帝督には那由他と同じく、死ねない理由がある。


とりあえずこの長椅子しかない無機質な部屋から出ようと立ち上がった時、帝督の携帯に着信が入った。

『もしもーし、お昼寝は済んだか? 未元物質』

「テメェの声聞くまでは快適な目覚めだったよ、ショタコン」

『寝ぼけてんならもう一回寝かしつけてやろうか? 起きれる保証はねぇけどなあ』

聞こえて来る耳障りな笑い声に舌打ちをして、帝督は嫌々会話を進める。

「まさかテメェが本気で俺を教育するなんて愉快なこと言わねえだろうな」

『愉快なのはテメェの頭かぁ? 俺はもうテメェら超能力者に興味はねえ』

「第一位を生み出してご満悦ってか? しかもその一位が今度はレベル6に、と来たんだ。そりゃあ超能力者如きに興味は湧かねえわな」

木原一族の悲願に今最も近い男、木原数多。
彼が今更能力開発に手を出す意味はない――と帝督は考えていたが、数多から返って来た言葉は意外なものだった。

『レベル6ゥ? はっ、まだそんなモノの為にあのガキは大量虐殺に勤しんでやがったのか、傑作だなそりゃあ!』

意外だった。
木原があの実験を否定するということが。
帝督や心理定規と同じように、無意味だと笑うことが。

『あんなもんじゃ意味がねぇ。何万人クローン人間をぶっ壊そうとレベル6には届かねぇよ』

「――ってことはそれも、プランの内かよ」

『んぅ? 何だそれを知ってるなら話は早ぇ。そうそうあれもこれもぜーんぶ、アレイスターのプランの内だ。テメェがそうやって第二位の座に居座ってられんのも、クズ野郎に成り下がるのも全部アレイスターのプラン通りってわけだ』

何が愉しいのか、数多は電話越しに笑い続ける。
電話を握り潰したい衝動を抑え、本題に入る。

「で、俺はそのプランに従ってどうすりゃあいいんだ」

『何にも変わらねぇよ。テメェは此処で黙って脳味噌弄くられながら未元物質を作ってりゃいいんだ』

「そうかい。分かりやすい説明どうも」

木原の人間でないのなら、誰であろうと同じことだ。
皮肉たっぷりに言って、電話を切る。

(プラン通り? いいや違えな。アレイスターのプランに“今の”俺の存在はなかった)

心理定規との出会いもが
那由他との出会いが
妹達との出会いが
たとえその全てがアレイスターのプラン通りであったとしても、帝督の心まで操れるわけではない。

(笑わせるぜ、アレイスター。テメェのプランは端っから破綻してやがる)

今の帝督の抱いている感情を、アレイスターには想像がつかなかっただろう。
いや垣根帝督がこんな感情を抱くなど、恐らくただ一人を除いて想像出来なかった。



[26884] その12
Name: マイン◆a0b30d9b ID:f6242140
Date: 2011/04/19 19:49
八月二十一日
この日、奇跡が起きることはまだ誰も知らない。
アレイスター=クロウリーを除いて。


「っつーか何で仕事が休みの日まで俺はお前と行動しなきゃならねえんだよ? 買い物なら昨日言ったろうが」

別に不満はない。不満はないが、一応帝督は釘を刺しておく。
決して素直になれないわけではない。

「言ったでしょう? この世界では日々新しい物が創造されているって。でも今日は別件よ」

「別件?」

「何処で何をしているのかは知らないけれど、帝督、あなた最近疲労が溜まっているようね」

思わぬ心理定規の言葉に、帝督は返す言葉に詰まる。

「・・・・・・心配すんな。自覚はある」

言葉の通り、帝督にも疲れている自覚はある。
スクールの仕事、実験の過密化、木原数多との戦い、敗北と最近はスケジュールが多すぎた。

「自覚のない疲労というのも問題だけど、自覚していてさらに疲労を重ねるというのも厄介よ」

「・・・・・・別に大したことはねえ。毎日がクソみたいに充実してる証拠だろ」

尤も充実感など露ほども感じてはいない。

「それにそう言うなら今日は大人しく寝せといてほしかったんだが」

「あなたの場合、どうせ一人にしても休まないでしょう? 色々と調べ回っているようだし、苦労もしているようね」

どうやら心理定規にはお見通しらしい。
いや、帝督の顔に出来た痣を見れば一目瞭然か。

「人間相手の諜報なら私の得意分野なのだけど」

「いや、そこらの人間相手じゃ情報は出てこねえよ。流石に今はまだ理事会の連中に手を出すわけにもいかないからな」

帝督が調べているのはアレイスターのプランについて。
プランはいくつも並行して進められていて、そのプランの存在自体は調べが付いている。

(それも意図的に掴まされているのかもしれねえが・・・・・・)

だがプランの詳しい内容自体はほとんど分からない。
出てくるのは一方通行や未元物質、それに幻想殺しや虚数学区といった単語だけで、それが何を示しているのかまでは調べられなかった。

「そう。私には何も出来ないみたいね」

「俺が勝手に調べてることだ。お前が気にすることじゃねえよ」

「まあだからこそ、今日あなたを連れ出したのだけど」

「息抜きに、ってか?」

「お互いに、ね」

そう言って心理定規は笑う。いつもと同じように。

今回ばかりは那由他にデートと茶化されても否定はできない。
端から見てもそれはデートという行為そのものだったのだから。

「で、何処に連れて行ってくれるんだ?」

「それはあなたに任せるわ。私はこういう経験がないから。流石に昨日と同じコースは嫌でしょう?」

「・・・・・・俺だってねえよ」

だが帝督としても昨日と同じショップ巡りはごめんだ。
うろ覚えの学園都市の地図を頭の中に思い浮かべながら、どうしたものかと思案する。

「それじゃあ、エスコートお願いね?」

「・・・・・・へいへい」











木原那由他は一人、第七学区を歩いていた。
勿論、最終的な行き先は病院である。
那由他の親友、枝先絆理を含めた置き去りたちは未だに冥土帰しの病院に入院している。
眠れる暴走能力者と化していた彼女たちの脳への負担は決して軽いものではない。今も経過観察中、とのことらしいが――

(あの先生のことだから、それだけじゃないよね)

患者が望むものなら全て用意する。
それをモットーとしているカエル顔の医者が、絆理たち全員をまとめて受け入れてくれる置き去りの施設を探していることを那由他は知っている。
きっとその施設が見つかるまで、絆理たちの治療は終わらないだろう。

(私も頑張らないとね、風紀委員として)

腕につけた腕章を見て、自分の立場を再確認する。

(暗部だろうと何だろうと関係ない。私は風紀委員だ)

もしも那由他が帝督と関わらなければ、暗部に落ちることもなかっただろう。
だが那由他は後悔などしていない。

(私がスクールに居る間は木原の人も絆理お姉ちゃんたちに簡単には手を出せない)

行方不明となっている木原幻生や警備員に拘束されているテレスティーナ以外にも、能力体結晶――体晶を研究している人間は居るし、那由他の体を使って義肢研究に取り組んでいる人間も居る。
そいつらが絆理たちを再び利用しないとは言い切れない。
だがレベル5が組織しているスクールならば、木原とはいえそう簡単に手は出せない。テレスティーナの件でその力を身を持って体験しているからだ。
しかも帝督は超電磁砲、御坂美琴の上を行く第二位。
それだけでも、スクールに入った甲斐があると那由他は考えている。

・・・・・・その帝督が昨夜、木原数多に敗北しているとも知らずに。救いなのは数多が体晶に全く興味を持っていないことか。

(それにしても、暗部と比べればこの辺りは平和だよね)

などと、考えていた那由他だったが、直後にその考えが甘かったことを思い知らされる。

「すごいパーンチ」

そんな間抜けな掛け声と、同時にやってきた爆風によって。

「っ・・・・・・!?」

その衝撃に反射的に手で顔を庇う。
明らかに能力による爆風と衝撃にも関わらず、その前兆にAIM拡散力場を知覚出来る那由他が気づけなかったことと、聞き覚えのある声。

(これは――)

爆心地であろう数十メートル先に大男が倒れているのが見える。

「根性が足りん!」

そして爆発の元凶であろう“頭にハチマキ、紅白シャツに白ランの男”の姿も。
那由他は其処に向かって走り出す。
どうやら最近の自分には超能力者に縁があるらしい、と思いながら。

「今日は一人なんだね」

「ん? お前は――」

「風紀委員だよ。超能力者のお兄さん」

那由他の言葉に男は少し考える素振りをして、答えた。

「おお! そんなに小さいのに風紀委員とはやるな、嬢ちゃん!」

「・・・・・・言い方が悪かったね。風紀委員だよ、現行犯のお兄さん」

そういえばこの男はあまり話が通じない人間だったことを思い出し、もう一度那由他は腕章を付けた腕を見せる。

「言っておくけど黒子お姉さんの時みたいな、根性を入れてただけ、なんて言い訳は聞かないよ?」

ポルターガイスト事件の時に改めて知り合った風紀委員、白井黒子からもこの男の話は聞いた。

「黒子・・・・・・? 俺にそんな黒そうな知り合いは居ないぞ?」

「とにかく、風紀委員として拘束させてもらうよ」

故に、最初から那由他は男と会話を成立させる気はない。

(多分、一応お兄さんの方が被害者なんだろうけど・・・・・・私の力がレベル5にどこまで届くのか、もう一度試させてもらうよ?)

以前は遠すぎて届かなかった。
だからこそ、今回のチャンスを逃したくはない。

(垣根のお兄さんは相手をしてくれないだろうからね)

そうして那由他は贅沢過ぎる力試しを開始した。











「何だ? あの人だかり」

適当に街をぶらついていた帝督と心理定規の視界の端に、人の群れが映った。

「何かイベントでもやっているんじゃない? この街では珍しくもないでしょう」

人混みが嫌いな心理定規は興味がないようで、早々に人だかりを視界から外す。
帝督よりも背の低い心理定規からは見えなかったようだが、帝督にはしっかりと三叉の矛のマークが見えた。

(警備員か? ってことは何かの事件だろうが・・・・・・俺には関係ねえな)

興味がない、ではなく関係がない、に変わったのは帝督自身も気付いていない大きな変化だろう。
そして帝督も警備員と黒髪のツンツン頭の学生を視界から外し、また歩き出す。

「じゃあまた適当に店に入るか?」

「――――」

「? おい、心理定規?」

「・・・・・・ええ、そうね」

この時、帝督が気付いていれば或いは、別の結末が待っていたのかもしれない。

「ところで、せっかく教えた名前では呼んでくれないの?」

「暗部にいる内はそっちの方が安全だろ。下手に名前が知れるよりはいい」

「あら、残念ね。それなら私もあなたのこと、能力名で呼んだ方が良いのかしら?」

「今更何を言ってんだ。それに俺の名前はもうとっくの昔に知れ渡ってるんだよ」











「はぁ、はぁ・・・・・・ッ」

「どうした? もう終わりか?」

息の上がる那由他とは逆に、男は息一つ乱れていない。

(やっぱりこの人の力の源はAIM拡散力場とは違う、別の何か・・・・・・)

以前、那由他が戦った超能力者――超電磁砲、御坂美琴とはまた違う絶対的な力の差。
那由他の力――AIM拡散力場を知覚し、それを乱す能力では男の能力を暴発させるどころか、AIM拡散力場すらまともに視ることが出来ない。

「しかし見かけに拠らず中々パワフルな嬢ちゃんだな」

既に肉体の七割以上が機械となっている那由他の人外の身体能力を駆使して攻撃してもビクともしない。

殴ろうが蹴ろうが、まるでタイヤか何かにぶつかるような感触で、全くダメージは通っていないようだ。

(義肢自体が強化されたおかげで、この力の流れの中で動作不良を起こさなくなっただけでも、マシなんだろうけど・・・・・・)

「終わりなら俺は行くぜ! 自分自身に根性を入れに!」

「――ちょ、ちょっと待って!」

放っておけば今すぐにでも駆け出しそうな軍覇を止め、那由他は一つの提案をする。

「私は風紀委員として、お兄さんを見逃すわけにはいかない」

「そうか! 頑張れよ!」

「お兄さんに大人しく捕まる気がないなら、お兄さんより弱い私にはどうすることも出来ない」

というより、那由他でなくともレベル5を止められる風紀委員は居ない。
風紀委員以外ならば那由他にも心当たりはあるが。

「だから今から私がお兄さんを監視して、その間問題を起こさなかったら今回の件は不問にしてあげる。どうかな?」

交渉とは強気でなくてはならない。
もし軍覇に拒否され、逃げられたら消耗している那由他に追う術はないのだから。

(戦闘能力だけを見ればレベル5の中でも上位に入るこのお兄さんを監視していれば、少しでもレベル5に近づけるかもしれない。・・・・・・この人の能力だと望み薄かもしれないけど)

「つまり俺の根性がどのぐらいのものかその目で見たいということか! よし、いいぜ!」

「契約成立、だね」

軍覇の言葉に那由他はニヤリと小学生らしくない笑みを浮かべた。

「それじゃあ行こうか、お兄さん」

「おう! ・・・・・・ん? 俺がついて行く側なのか?」

はて、と首を傾げる男の背を押して、この場から離れる。
周囲に人の気配はないが、あまり此処に留まるのは得策ではない。他人から見れば小学生に高校生が殴る蹴るの暴行を無抵抗で受けているようにしか見えないのだから、怪しすぎて風紀委員どころか警備員に通報されてしまう。

「ところで嬢ちゃん、名前はなんて言うんだ?」

「木原那由他だよ。現行犯のお兄さん」

やはり軍覇は那由他のことを覚えていないらしい。

(あの時はやっぱり眼中にすらなかったのか、それとも、ただ記憶力が悪いだけなのかな?)

「そうか! 俺は削板軍覇だ。よろしくな、嬢ちゃん!」

「呼び方は変わらないんだね・・・・・・」

多分、後者なんだろうと結論付けて、那由他と軍覇は並んで歩き出す。

「それにしてもこの街は良い風が吹くな!」

軍覇の言葉通り気持ちの良い風が那由他の金髪を揺らすが、二人を通り過ぎた風を最後に、今日はもう風が吹くことはなかった。


――この瞬間から、四人の超能力者が一つの事象に向かって動き始めていた。



[26884] その13
Name: マイン◆a0b30d9b ID:3f0fd8e1
Date: 2011/04/25 20:08
八月二十一日 夕刻
第七学区のファミレスにて。

「お前の趣味に振り回されなくても疲れることには変わりねえんだな・・・・・・」

椅子に背を預け、帝督が気怠げに言う。

「これぐらい普通よ? 単にあなたがこういうことに慣れていないだけ」

キャバ嬢のような格好とは裏腹に、上品に紅茶を一口飲み、心理定規が笑う。

「・・・・・・まあ誰かと一日中出歩いた経験なんざほとんどねえけどよ」

「あなたの外見だけ見れば経験は豊富そうなものだけど」

心理定規をキャバ嬢と言うなら、帝督はホストのような服装と雰囲気だ。
周囲からすれば、今の二人は軽薄そうなカップルにしか見えないだろう。

「そりゃお互い様だ」

「・・・・・・悪かったわね」

心理定規は誤魔化すようにまた一口、紅茶を飲む。

「なんつーか、今更だけどよ」

そんな心理定規をぼんやりと眺めながら、以前からの疑問を帝督は口にした。

「お前、何でそんな風俗嬢みたいなエロい格好してんだ?」

「言うに事欠いてエロいって・・・・・・あなたねえ」

ジロリと恨みがましく心理定規は帝督を睨む。

「そりゃ初めの頃は大して興味もなかったぜ? だが今こうして見ると、明らかにおかしいだろ」

改めてじっくりと見られると、心理定規にも羞恥心が出てくる。
少し頬を赤くしながら、また一口。

「二週間ぐらい前から完全な共同生活を送るようになって気付いたが、寝る時もやけにスケスケな服だしな」

そんな心理定規の様子に気付かず、帝督はこの際だからと気になっていた事を次々と言っていく。

「流石にありゃあガキには刺激が強ぇんじゃねえか? いくらあのガキがマセてるとはいえ、小学生なんだしよ」

「べ、別にあの格好で出歩くわけじゃないんだから良いでしょっ」

「だけど今日行った店で見た服だって全部露出度高いだろ?」

ムキになる心理定規が珍しいからか、帝督は少し楽しげに見える。

「・・・・・・」

「いやそれがお前の趣味だったとしても否定する気はねえ。ただもう少し年相応の格好ってのもあるのに、どうしてそういう格好をしているのか気になったんだよ」

しかしこれ以上を機嫌を損ねるのは得策ではないと判断し、フォローを入れる。遅すぎる気もしたが、仕方ない。

「分かっていたことだけど、あなたってデリカシーがないわね」

「それを俺に求めても無駄だ。こうやってお前の格好に興味を持つだけでも成長しただろ?」

ちなみに補足すれば、これは皮肉でもなんでもなく、帝督の素の発言である。

「・・・・・・この格好にも、一応理由はあるのよ。あなたにとってはくだらない理由でしょうけどね」

「・・・・・・え、マジで?」

「何よその意外そうな顔は。今でこそ慣れたけど、昔から理由もなしにこんな格好できないわよ」

さらに一口。
心理定規の格好に理由があったのは、帝督にとってはかなり意外なことだったらしい。
目を見開いて心理定規を見つめている。

「・・・・・・悪りぃ、ぶっちゃけそれも趣味だと――!?」

最後まで言い切ることは出来なかった。
帝督がいきなり蹴られた脛の痛みに悶絶してしまったからだ。

「お、お前・・・・・・」

「気にしないで、ただの照れ隠しだから」

痛みに悶える帝督を尻目に、心理定規が席を立つ。

「おい、まさか今ので帰るとか言うんじゃねえだろうな」

「言ったでしょう? ただの照れ隠しだって。私が帰る理由はどこにもないわ」

素知らぬ顔で心理定規は言いながらトイレに向かって歩いていった。

「あー・・・・・・俺が悪いのか、今のは」

帝督の席から見える心理定規の後ろ姿からは見えすぎなくらい彼女の肌が見えていた。

(・・・・・・これも良い機会だな。この際だ、気になるところ全部言っておくか)











第七学区。

「あの、お兄さん?」

「俺の奢りだ! 遠慮しないで食って良いぞ!」

削板軍覇と行動を共にして数時間、襲い来るスキルアウト達との戦闘やら何やらを経て、那由他はとある料理店に居た。
目の前の料理と軍覇を見比べ、尋ねる。

「気持ちはありがたいんだけど・・・・・・私、小学生の女の子だよ?」

「おお、ちっちゃいとは思ってたがまだ小学生だったのか?」

「うん。だから『十五分で完食したらタダ、激辛巨大カレーライス』を奢られても、完食出来る気がしないんだけど・・・・・・」

湯気と匂いだけで顔が火照ってくる目の前のカレー。
これって嫌がらせなんだろうか、と勘ぐってしまうのも無理はない。

「あれだけ動いたら腹が減ってると思って頼んだんだが、駄目だったか?」

「いやその、気持ちはありがたいんだけど・・・・・・うん、いただきます」

が、軍覇には悪気はない。だから那由他も無碍に出来なかった。
木原那由他は空気の読める小学生なのだから。

(ッ――!?)

冷や汗がただの汗に変わる。この時ばかりは生身の肉体が三割ぐらいしか残っていないクセに正常なままの味覚を呪わずには居られなかった。

「また一段と辛くなってるな・・・・・・根性のつく味だ」

ゴーカイな男だというのは分かっていたことだが、豪快というかただの馬鹿なんじゃないだろうか、と自分と同じく汗だくな軍覇を見て、那由他は認識を改めた。

(辛いというか痛い・・・・・・)


~十分後~


「――っよし! 完食だ!」

汗でハチマキを滲ませつつ、イイ笑顔で軍覇は完食宣言。
対して那由他は六割近く残ったまま。まだ食べる気でいる辺り、軍覇が言った通りの根性ある小学生らしい。

「そういや嬢ちゃん」

「なにかな・・・・・・? おにいさん」

カレーと格闘している那由他に軍覇が声を掛ける。

「木原ってのは良くある名前なのか?」

「・・・・・・どういう意味、かな」

ドクンと那由他の心臓が跳ねる。やましいことがあるわけではないのに那由他に焦りが生まれる。

「いや、何回か聞いたことのある名字だったからな」

「・・・・・・木原なんて名字、この街じゃ珍しくもないと思うよ? その人の名前は?」

「確か木原、木原・・・・・・木原マサキ・・・・・・いや違うな・・・・・・木原・・・・・・」

木原と超能力者という組み合わせは珍しくない。
あまり良い組み合わせではないが。

(・・・・・・木原すら匙を投げた正体不明の能力者、世界最大の原石・・・・・・削板軍覇)

軍覇もまた、木原と関わりのある能力者だというのは那由他も知っていた。
覚えている、というのが予想外だっただけで。

(第一位、一方通行以上に色々な研究機関で調べられてたみたいだから、覚えてるなんて思わなかった)

「――嬢ちゃん」

「何かな、超能力者のお兄さん」

軍覇が木原のことを覚えているなら、拒絶されることも覚悟しなければならない。
別に構わない。軍覇よりも身近にレベル5は居る。
だというのに那由他が軍覇に拘ったのは、

「忘れた! というか名字が木原だったのか野原だったのかすら思い出せない!」

「・・・・・・お兄さんって馬鹿だよね」

「何っ!? そうか・・・・・・俺は馬鹿だったのか・・・・・・」

削板軍覇が彼にしかない何かを持っているからなのだろう。

「そんなことより、嬢ちゃん」

「今度は何かな?」

「時間、無くなるぞ?」

何故かニヤリと勝ち誇った顔で言う軍覇。
もうすぐ開始から十五分、カレーライスは半分以上残ったままだった。





「良い追い上げだった、やっば嬢ちゃんは根性があるな!」

「・・・・・・ありがとう、でいいのかな」

ヒリヒリする唇を押さえつつ、那由他が辛うじて返事をした。

「よし! じゃあ帰るか! ・・・・・・ん? ってことは嬢ちゃんもついて来るのか?」

「お兄さんって勘違いで人生を棒に振りそうだよね」

那由他は幼い容姿には不釣り合いな疲れ切った笑みを見せた。

(あんまり収穫はなかったけど、絆理お姉ちゃん達へのお土産話ぐらいにはなるかな)

目標であるレベル5のことなら喜んでくれるだろう。友達の顔を思い浮かべると、少し元気が出た。

「それじゃあ今回の件は――」

――プランにはない第七位と那由他の再会は、これでおしまいのはずだった。

「おお? あれはいつかの電気使い(エレクトロマスター)の嬢ちゃんじゃないか?」

「・・・・・・お兄さん?」

スクールが繋いだ奇妙な縁は少しずつ束ねられていく。











心理定規が席を離れ、トイレに入った時、タイミングを見計らったように携帯が震える。

『やあやあ、心理定規ちゃん』

「・・・・・・何の用かしら。仕事の話ならリーダーを通して欲しいわね」

聞こえてきたのは落ち着いた女性の声。二十代半ばだろう、と心理定規は分析している。

『今回は未元物質くん率いるスクールじゃなく、心理定規ちゃんご指名の依頼なんだよね』

「なら人材派遣(マネジメント)から連絡が来るはずだけど」

『それが理事会直々の命令でね。人材派遣になんて任せられないでしょ?』

からかうような女性の声。知らず、携帯を握る手に力が籠もる。

「・・・・・・だとしても、スクールの制御役であるあなたから私に仕事が回ってくるのは納得がいかないわ」

『でもでも、理事会、引いては理事長サマとの繋がりは大切にした方が良いんじゃないかな? かな?』

「・・・・・・」

沈黙を是と取ったのか、それとも心理定規を無視して話を進めたのかは分からないが、スクールの制御役の女は話を続けた。

『心理定規ちゃんにとっても、とっても良い話だと思うよ?』

アレイスターの直接交渉権を得ることが心理定規の目的だ。正確に言えば、目的の為の手段を得ること。
その手段の第一候補が直接交渉権。
理事会がスクールではなく、心理定規個人に接触してきたということは、少しは近付いているようだ。

『それにそれに、理事長サマのことだけじゃなく、もう一つ心理定規ちゃんには都合が良いんじゃないかな? んー、都合って言うか、気分かな?』

「・・・・・・? どういう意味」

『心理定規ちゃん、ヒーローになってみたくない?』

制御役の言葉に心理定規は思わず失笑してしまった。

『ヒーローだよ? ヒーロー。日曜朝八時だよ?』

「あんまり馬鹿にしないでくれる? そんな言葉に釣られる人間が居ると思うの?」

『まあまあ、ここは私に釣られてみてよ』

溜め息を吐いて、先を促す。どうせこの電話相手の女は無視しても勝手に話を進めるのだから。

『心理定規ちゃん、ちょっくら絶対能力進化実験を止めてきてくれないかな』

「・・・・・・、」

一瞬、心理定規は呼吸を忘れた。

「どういう、こと? あの実験は理事会も黙認してるはずよ」

『うーんと、A、理事会の気が変わった。B、理事会がドSで心理定規ちゃんを困らせたい。C、依頼は建て前で心理定規を殺したい。どれだと思う?』

「・・・・・・そのどれでもないわね。レベル6を諦めるはずがないし、まだ私は理事会の目に付くようなことはしていないもの」

『じゃあそれ以外の何かなんじゃないかなー? そんなことよりやる? やらない?』

まだ、という含みのある心理定規の言葉には触れず、電話相手の女は心理定規を急かす。

『ほらほら、急がないと。あんまりトイレに長居してると未元物質くんが変な勘違いしちゃうよ?』

「趣味が悪いわね」

やっていることも、言っていることも。

受けない、というのは簡単だ。
受けることもまた同じ。

『一万人近い人間を一気に救える機会なんてそうそうないと思うよ?』

「・・・・・・ええ。そうでしょうね」

人間という表現を心理定規は否定しなかった。

『それにそれに、失敗しても死ぬとは限らない。逃げ切れたらその後の安全は保証してくれるって話だし。もしかしたら単純に心理定規ちゃんの能力が効果があるのか確かめたいだけなんじゃない?』

「それなら実験の妨害なんて頼まないでしょう。白々しい。当て馬のつもりかしら」

まず初めに思い浮かぶのは第二位である帝督。

(私を使って帝督と一方通行をぶつける? ・・・・・・いいえ、わざわざ二人の超能力者を失うような真似をするとは思えない)

これはアレイスターにしか分からないことだ。
心理定規も帝督も一方通行も、自分自身の役割には気付いていない。
戦闘の過程と結果すらもアレイスターのプラン通りだとは、気付かない。

「・・・・・・何であれ、私と妹達の関わりを知っていないと任せられない仕事ね。本当、悪趣味だわ」

恐らくこの仕事を断ったところで意味はない。
理事会、いやアレイスターのプラン通り事が進んでいくだろう。
それなら――
言い訳じみた思考を廃し、心理定規は口を開く。

「いいわ。やってあげる」

『おおっ、心理定規ちゃんならそう言うと思ってたよ。妹達との約束を守らなくちゃいけないもんね?』

「知った風な口を利かないで。そんなものじゃないわ。私は私の目的の為に動いてるだけよ」

『そう? じゃあじゃあ分かってると思うけど、このことは他言無用だよ』

そう言って、電話は切れた。
ふう、と息を吐いて、鏡を見る。
鏡に映った心理定規は人形のように無表情だった。

「・・・・・・どうかしてるわ」

でも、そんなものよね。何故か納得出来た。
トイレから出て、帝督の待つ席に向かう。
デートはこれで終わり。急用を片付けなければならない。

「ごめんなさい。用事が入ったわ」

「・・・・・・はぁ?」

帝督と目を合わせることなく、席に再び座ることなく、事情を説明することなく、心理定規はファミレスを後にした。

二人の想いはすれ違う。











「さーて、これで私のお仕事は完了っと」

電話を終えた女は一人呟いて、凝った体を伸ばした。

「心理定規ちゃんと一方通行の対決。理事長サマが何の為にそんなことするのか分からないけど、さてさて未元物質くんはどうするのかなぁ?」


アレイスターのプランは止まらない。
ただ少しずつ敷かれたレールから外れ、進んでいく。

「心理定規ちゃんの能力にベクトルがあるのかは分からないけど、さてさて一方通行に通じるのか。それとも何の策もなしに受けたのか。後者じゃないって言い切れないよねぇ」

スクールの制御役の女はまるで童女のように楽しそうに笑う。



[26884] その14
Name: マイン◆a0b30d9b ID:4629798f
Date: 2011/04/27 20:22
「ちくしょう・・・・・・あの女、最近俺の扱いが酷くなってねえか?」

日が沈み始めた学園都市を一人歩くホスト風の男。
学園都市の七人の超能力者の一人、垣根帝督。
第一位に隠れがち、というわけではないが第二位である帝督が街を出歩いても面倒事に巻き込まれることは少ない。
喧嘩を売られることも、空からシスターが降ってくることもない、平和な道程。

(トイレから戻ったと思ったら俺に伝票押し付けて、急用だって? それはねえだろ。非常識過ぎるだろ)

ぶつぶつと呟きながら、街を彷徨う。

(・・・・・・本気で怒って帰ったとかそういうんじゃねえよな? いやまさか今更あれぐらいのことで有り得ねえ。ってことはつまりあれか)

不満が不安に少し変わる。

「・・・・・・はぁ」

帝督は気怠げに溜め息を吐いた。
心理定規のこともある。だがそれだけではない。

「お前らはストーカーが趣味なのか?」

「っ!」

ゆらりと帝督が後ろを振り向くと、見覚えのある後ろ姿が見えた。
常盤台中学の制服。茶色の髪。無骨なゴーグル。

「待てやコラ」

「・・・・・・何の用でしょうかと、ミサカは仕方なく足を止め振り返ります」

無表情な、人形のような顔。透き通った声。

「用があんのはお前の方じゃねえのか」

帝督から不機嫌な声が出た。

「たまたま知っている姿があったので観察していただけで、特に用はありませんと、ミサカは告げます」

「そうか。俺はお前を知らねえ」

「ミサカはミサカ10033号ですと、ミサカは検体番号を答えます」

ふーん、と興味なさげに帝督は答える。
実際、ミサカ10033号の目には興味を持っているようには見えなかっただろう。

(10033・・・・・・あいつらからさらに100回以上実験が行われたってことか)

その事実が帝督を苛立たせる。

「俺は垣根帝督だ」

「はい、知っています」

「だろうな」

冷ややかな視線をミサカ10033号に送りながら、帝督は考えていた。苛立ちの理由。

(こいつに苛立ってるのか、心理定規に苛立ってんのか、それとも自分に苛立ってるのか・・・・・・分かり切ってることか)

ガシガシと自分の頭を乱暴に掻いて、帝督の表情が歪な笑顔に変わる。

「ちょっと付き合えよ。どうせ暇なんだろ?」

ガラの悪い風貌に相応の帝督の誘いにミサカは少し考える素振りを見せ、コクリと頷いた。





「実験ってのは順調なのか?」

近場のオープンカフェに入り、適当に二人分の飲み物を注文し、帝督は尋ねた。

「・・・・・・ZX――」

「C741ASM852QWE963’、研究者用の符帳(パス)だけなら知ってんだがな」

符帳の確認を取ろうとしたミサカの声に被せ、帝督は記憶に留めて置いた実験の符帳をそのまま暗唱する。

「話せねえなら別にいいが、奢ってやってんだ。茶飲み話くらいは提供してくれよ」

「・・・・・・そもそもあなたがミサカをここに連れてきたのではないですかと、ミサカは反論します」

「俺も最近知ったんだが、他人と話すってのも悪くねえ」

帝督はコーヒーに一度口を付けた後、ポツリと呟いた。

「独り言だと思って口にした言葉に誰かの声が返ってくるっつーのは新鮮だからな」

「言葉の意味が理解出来ませんが」

「お前を誘った甲斐があるってことだ」

さて、と帝督は場を仕切り直す。

「ところでお前、9892号って知ってるか?」

「妹達なのですから当然ですと、ミサカは答えます」

帝督はずっと考えていた。
心理定規のこと、スクールのこと、妹達のこと、自分自身のこと。自分を取り巻く決して広いとは言えない世界のことを。
そして気付いた。自分が抱いた感情というものに。

アレイスターのプランにはなかっただろう。
垣根帝督という人間がそれに気付くなんてシナリオは。

「俺はよ、お前らはいくらでも替えのある乱造品だと考えてた」

「それは事実ですと、ミサカは同調します」

「心理定規はお前らを人形っつーし、俺はそれを馬鹿みてえに信じてた」

心理定規と出会ってから、帝督はずっと彼女の言葉を信じてきた。
那由他の時、冥土帰しの時、どちらも心理定規の言葉に従って動いた。
それが心理定規の言う、感情を教えることだと信じていた。

「そんなこと考えてっから俺はスペアだったんだろうよ」

口調とは裏腹に帝督には笑みが浮かんでいる。

「――俺に愛を教えるなんて言葉を吐いた奴が、テメェらを本気で人形扱いするはずがねえのにな」

「・・・・・・意味が分かりません」

「要するにあいつが暗部に似合わねえぐらいメルヘンチックな頭をした馬鹿だってことだよ」

感情を抱くことのなかった帝督に体を許し、ミサカには心を乱される。
どれだけ口調や服装で取り繕っても、隠し通せるはずがない。

「だからさっさとあいつにお似合いの表の世界に返してやろうと俺が動いてるっていうのに・・・・・・はっ、ムカつくぜ。大したムカつきぶりだ」

「・・・・・・?」

「俺はあいつに責任を取るってまで言ってやったんだぜ?」

携帯電話を開き、タイミング良く送られてきたメールに目を通す。
差出人はスクールの下部組織、諜報役。
メールに添付されていたのは学園都市のマップ。そこに一つの点が打たれていた。

「だっていうのにテメェらにばっかかまけて、しかも俺に説明もなし。これは浮気ってヤツになんのか?」

愉快そうに笑って、帝督は携帯を閉じ、立ち上がる。
それとほぼ同時、帝督の耳に聞き覚えのある声が届いた。


「・・・・・・お兄さん?」


スクールの一員、木原那由他の疑問の声。

「なんだ、お前病院に行ってたんじゃなかったのか? っつーかそっちの愉快な格好してんのは誰だ?」

(――?)

那由他は内心で疑問符を浮かべる。
帝督から感じる違和感。隣に立つ軍覇のことも頭から抜け落ちて、その正体を探る。

「ったく、あいつだけじゃなくお前も俺に黙って独断専攻。二人揃って反抗期かよ」

那由他は立ち上がった帝督とその傍らに座るミサカを見比べ、状況を整理する。違和感の正体はまだ掴めない。
そんな中、軍覇が声を発した。

「おい、そこのお前!」

「なんだよ、白ラン野郎」

「嬢ちゃんぐらいの歳じゃ反抗期にはまだ早いぞ!」

驚く程場違いでズレた一言を。

「んだよ。じゃあテメェが小学生のガキを誑かしたのか?」

「俺がそんな根性なしに見えるのか!」

そう言われ、帝督は改めて軍覇を見つめる。
紅白シャツに白い学ラン、ハチマキ。古い漫画にも出てこなさそうな頭の悪い格好。
軍覇と目が合う。
ニヤリと軍覇は不適に笑った。

「漲る根性は並みの人間よりも多いかもしれないという自負が、俺にはある」

そこでようやく帝督は理解した。第二位とは思えない程遅い結論だ。

「お前が馬鹿で、那由他に人間を見る目がないっていうのは分かった」

「俺が馬鹿かどうかなど些細なことだ!」

間髪入れず帝督の暴言に真っ向から切り返し、那由他もそれに続けて口を開いた。

「私に人を見る目がない、っていうのは言い掛かりだよ。垣根のお兄さん」

名前を呼ばれたのは初めて会った時以来だろうか、と那由他はふと思った。

「なら空気が読めないんだな。そこの根性馬鹿は今のシーンには不釣り合いなんだよ」

どこか心理定規に似た台詞に那由他の口元が弛む。

「今はシリアスな場面で、俺が珍しくやる気になってるところだっつーの」

「ならお兄さんはこれからどうするつもりだったのかな」

帝督と妹達。どちらのことも知識として多少は知っている。
しかしその組み合わせに至る経緯もここまでにあった会話も、事情も那由他は知らないが、帝督の纏う空気が変わったことだけは理解できる。
まるでテレスティーナと、木原と袂を別った時の自分と同じ、決意の宿った瞳。
肌で感じる。今までにはなかった帝督の強い意思。

(――これが第二位)

那由他は当たり前のことを再認識する。

(――根性のある目だ)

軍覇は有りの儘、其処に立つ人間を理解する。

「これからどうする、だあ?」

そんなもの、決まりきっている。一々言葉にするまでもない。
だが帝督はミサカを見て、それを言葉に変換する。


「――ヒーローになりに行くんだよ」











「どうやら間に合ったみたいで安心したわ。何もかも遅すぎたけど、ね」

絶対能力進化、第10032次実験。
ロケーションは人気のない操車場。

「あなたは・・・・・・」

「“はじめまして”。私は心理定規」

開始時刻には間に合った。
10032人目でようやく、心理定規は抗う立場に立つ。

「何の用でしょうか。この辺りは実験場にあたる為、部外者を入れる訳にはいかないのですがと、ミサカは説明します」

「あなたが殺されちゃうと仕事にならないから、私の仕事が終わるまで大人しくしていてもらいたいのよ」

二人の会話は噛み合わない。
心理定規には最初から会話を成立させるなどない。

「とは言っても、私の能力はそもそも感情がない、仮にあったとしてもそれを表に出す術を持たないあなたたちには意味がないのよね」

「あなたの仕事が何であるかは知りませんが、ミサカにもこれから仕事があります」

「第一位にプチっと呆気なく潰されるだけの、簡単なお仕事のこと?」

はい、とミサカは無表情で首肯した。

「なら悪いけど、此処で私に潰されてもらうわ」

ガチャと音を立て、拳銃が10032号に向けられる。心理定規の小さな手にもレディース用の拳銃は良く馴染んだ。
10032号は動かない。構える銃を持っていないからではない、動く必要性を彼女は感じなかった。

「力が入り過ぎです。それではミサカに正確に命中させることは難しいでしょうと、ミサカは指摘します」

軍用クローンとして脳に直接入力された知識から分かる。心理定規は拳銃を使うことに慣れてはいない、または緊張し、普段の力を発揮できていないのだと。

「正確に当てる必要はないわ。あなたが動かなくなれば良いんだから」

心理定規は笑う。いつものように、普段と変わらないようにと笑みを張り付ける。

(ここで躊躇えば、ここで時間を掛ければ、良くあるお決まりのパターンなのかもしれないわね)

獲物を前にして長々とした口上を述べれば大抵の場合は邪魔が入る。心理定規の知識はそう告げている。
会話は必要ない。早く撃ってしまえ。

だが、まだ引き金は引かれない。
心理定規は待っていた。無駄だと知っていて、目の前のミサカ10032号がお決まりの言葉を返してくれるのを。

(醜く無様に『死にたくない』と泣いてくれれば、楽なんだけどね・・・・・・)

思わず笑ってしまう。彼女たちにそんなことが出来れば、こんなことをしなくて済んだかもしれないのに。

「それじゃ、何か言い残すことはあるかしら」

数瞬の間の後、心理定規はそう問いかけ、

「――――あなたのような人を優しいと言うのでしょうねと、ミサカは呟きます」

「酷い勘違いね」

――ゆっくりと引き金を引いた。乾いた音がとても遠くに聴こえた。











「オマエが今回の相手って事で良いんだよなァ?」

「はい。ミサカ9891号。不束者ですがよろしくお願いします」

一方通行は9891号の言葉に顔を歪めた。
9891号の返答も奇妙だったが、妹達と会話が成立すること自体は今までも何度かあった。
だがそれは実験直前までの話だ。今回はもう実験が始まっている。

「完全に死角からの狙撃だったのにも関わらず、正確なミサカへの返球。見事なコントロールですね、とミサカは称賛します」

現に9891号は腕が繋がってこそいるが、右肩から血を流している。

「・・・・・・? どうかしましたか?」

沈黙したまま動かない一方通行に9891号は言葉を投げかけた。

「はっ、実はさっきの攻撃でダメージが通っていたのでしょうかっ?」

「オマエ、なンか特別な調整でも受けてンのかァ? 人形らしくもなく減らず口叩きやがって」

「いえ。ミサカは他の個体と同じ方法で製造・調整されましたが? とミサカはスルーされたことを気にせずに答えます」

また二人の会話が成立した。
凶悪な笑みが一方通行に戻る。

「ちったァ楽しめそうだなァ」

「はい。今夜は寝かさないぜ? とミサカはクールに言います」

9891号と一方通行は相対する。各々の目的を果たす為に。一方は殺される為、一方は殺す為。

「派手に散らせてやるから感謝しなァ!」

「おやおや、では私はドーンと行きましょう」

一方通行は笑い、ミサカは笑わなかった。





「――ハッ、結局口だけかよ。まァ粘った方だと思うぜェ?」

あっさりと勝敗は決した。
ただの能力者では一方通行と戦いにすらならない。一方的な狩り。当然の過程と結果だった。

「少し、は、楽しめました、か・・・・・・? とミサカは・・・・・・」

ヒューヒューという音で呼吸しながら、9891号は辛うじて言葉を紡ぐ。
彼女は死に体だった。後十五分もすればただの肉に変わるだろう。
四肢が繋がってはいるが、あらゆる箇所から出血し、額には汗が浮かんでいる。

「つっまンねェよ。オマエらを何回ぶっ殺してると思ってンだ」

「そう、です、か」

「このまま黙って死ぬのを待つのと、プチっと一思いに潰されンのと、どっちがお望みだァ?」

その残酷な問いかけに9891号は即答した。

「せっかくですから、もう少し付き合って、ください、とミサカはお願い、します」

「あァ?」

「出来るなら、誰かの腕に抱かれて死んで、みたいものですが、あなたの場、合、能力で、弾かれてしまう、でしょうし」

途切れ途切れになりながら、9891号は冗談混じりに要望を伝えた。
彼女らしい軽口だった。
そんな彼女は一方通行にはどう映ったのか。

「――――チッ」

「・・・・・・?」

一方通行は舌打ちすると、手で9891号の頭に触れた。

「動くなよォ。こンなことやンのは初めてだからなァ。ミスったら頭がボン、だぜ?」

「・・・・・・あなたが人の頭を撫でるというのはとても危険なんですね」

「撫でてねェ」

数秒の内に手を離し、面倒臭そうに壁に寄りかかった。

「頭ン中を弄くって痛覚を遮断した。くははっ、これだけ実験を繰り返してンだから新しい事にも挑戦しねェとなァ。良い実験台になったぜェ?」

「何故わざわざそれを、このミサカに?」

「俺の実験に付き合わせてる身だからなァ。最期の言葉ぐらいは聞いてやるよ」

「なるほど。ツンデレですか、そうですか」

「今度は痛覚倍にしてみっかァ」

「ひぎぃ」

奇妙な時間だった。
少なくとも一方通行にとっては。

「しかし戦闘にしか使えない能力だと思っていたのですが、これでますますあなたの能力が分からなくなりました、とミサカは首を傾げます」

「良い加減俺の能力にも気付いてるもンだと思ってたがなァ」

「シナリオ上、ミサカたちに被験者の情報はほとんど与えられません。顔と名前、後好きな食べ物ぐらいでしょうか」

「・・・・・・」

「あなたの好物はもやしですよね?」

「痛覚三倍」

「ひぎぃ」

実際に操作されたわけではないが、また思わず声が上がる。声が声なのでふざけているのかもしれない。
それが素でないと言い切れないのが9891号の恐ろしい所だ。

「ミサカにトラウマを植え付けないでください。もしもネットワークに繋がっていたら、伝播して大変なことになってしまいます、とミサカは訴えます」

「知るか」

「やれやれ、困ったものです、とミサカは肩を竦め・・・・・・られないのでした」

肩が外れているのか、それとも動かす力が残っていないのか。どちらかは分からない。

「・・・・・・オイ」

「はい」

「もっと別のこと考えたりしねェのか、この状況で」

「別のこと・・・・・・。ないことはないですが、ミサカは未練たらしい女にはなりたくありませんから」

「未練ねェ――――まさか今更、生きたいなンて愉快なこと言わねェよなァ」

少しの間の後、一方通行はそんなことを口にした。
9891号は悩むこともなく、答える。

「少なくとも、死にたいとは思っていません」

その言葉に一方通行の心臓が跳ねた。何故かは自分でも分からない、はずだ。

「あなたに殺されるのは構いません。ですが、それ以外の要因で死ぬのはミサカたちの存在意義を否定することになってしまいますから」

9891号の答えは、酷く歪んでいた。

「だから、お願いです。あなたがミサカを惑わすようなことを言わないで下さい。あなたにだけはミサカたちを否定するようなことを言ってほしくありません」

そう9891号は言い切る。その真っ直ぐな瞳には迷いが微塵もなかった。


「ミサカたちは、絶対にあなたをレベル6に進化させてみせますから」


「――オマエにンなこと言われなくとも、俺はレベル6になる。最強なンてつまらねェものじゃねェ。こんなつまンねェ実験をする意味もなくなるよォな絶対的な力を手にすンだよ」





どれくらい経ったのかは分からない。
冷たくなった9891号と一方通行はまだ、一緒に居た。

「――次の実験場は此処ではありませんがと、ミサカは被験者に告げます」

やって来た回収係の妹達の一人が一方通行に淡々と告げた。

「実験の後始末はミサカたちが行いますと、ミサカは説明します」

「被験者 一方通行は次の実験場へ直ちに移動して下さいと、ミサカは言います」

「スケジュールに変更はありませんと、ミサカは伝えます」

「次の実験開始まで後十分二十秒ほどですと、ミサカは補足します」

異なる口から同じ声で違う言葉が発せられていく。
ゆらりと一方通行は寄りかかった壁から離れた。

「分かってるからリレーして喋ンな気持ち悪ィ」

「では、9901号から9905号までは薬莢の回収を。9906号から――」

指示をしていた妹達の言葉が途切れた。

「あ、くっ・・・・・・?」

いつの間にか、一方通行が片手でその妹達の首を掴み、持ち上げていた。

「お待ち下さい。その個体の検体番号は9914、実験はまだ先です」

別の妹達が感情の篭もっていない声で一方通行を止める。


「オマエらは一人残らず俺がぶっ殺してやるから、研究室の隅でガタガタ震えながら自分の番を待ってやがれ」


そう言って、一方通行は整列する妹達に持ち上げた妹達を放り投げる。
誰にも受け止められることなく地面に落下した妹達は咽せながらも立ち上がった。

「・・・・・・次の実験まで十分を切りました。移動してください」

「――チッ」

最後にもう一度舌打ちして、一方通行は次の実験場へと向かった。レベル6へ至る為に。











――引き金は引かれ、放たれた銃弾は一瞬で10032号へと到達する、はずだった。
その直前に何かが彼女の前に着地する。
瞬きする間もなかった。
銃弾は10032号も、その何かも撃ち抜くことなく心理定規の頬を掠り、後方へと飛んでいく。

一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
目の前に現れたのが何なのか理解できなかった。

「――おいおい、中々現れねェからどっかで野垂れ死ンだのかと思って見に来てみりゃあ、どういう状況だァ?」

「一方通行・・・・・・!」

「たまたま紛れ込んだ一般人、じゃねェよなァ。俺をレベル6にさせたくねェ研究機関の妨害ってのが妥当なところか」

一方通行の視線を受け、体が強張る。
しかしそれを振り切り、心理定規は呆れたような溜め息を吐いた。


「まったく、この狙い澄ましたかのようなタイミング。映画か何かのヒーローみたいね、一方通行」

「何処の誰だろうと俺の実験を邪魔すンなら――ブチ、殺す」



[26884] その15
Name: マイン◆a0b30d9b ID:4629798f
Date: 2011/04/30 22:09
心理定規は操車場を走る。
息を荒げ、時折足をもつれさせながらも無様に逃げ続ける。

(落ち着きなさい。集中して、能力を発動させる。一方通行の反射はあくまで有害なベクトルの反射。解析されていない今なら届くはず)

精神感応系の能力は空間移動と同じく、能力者の精神状態が深く関わる。
それが分かっているからこそ、心理定規は常に冷静であるように心掛けてきた。
だが一方通行と相対した時の得体の知れない恐怖が心理定規の心を乱す。

(ドロドロとしていて心が読めない。奥が見透かせない)

帝督とは真逆だ、と心理定規は思う。
透き通り過ぎて何も見えなかった帝督とは違う、言葉では言い表せない何かに一方通行の心は溢れている。

(能力が通じたところで上手くいくのか・・・・・・上手くやらなければ死ぬだけね)

死。それを改めて覚悟すると、心理定規の心が冷め切っていく。感情が消える。恐れるものはここには存在しない。

「――――」

足を止め、振り返る。

「鬼ごっこは終わりかァ?」

「・・・・・・ええ。最初から逃げ切るつもりはなかったし、逃げ切れるとも思えないもの」

そして再び鬼と向き合った。
迷いはない。迷う理由もない。迷う必要がない。

「こっちもスケジュールが押してるからよォ、そりゃ助かるわ」

一方通行は気怠げに頭を掻き、地面を蹴る。
その僅かなベクトルが操作され、巨大な力となって一方通行の体を疾走させる。

「――それにしても案外第一位も普通の名前なのね。拍子抜けしちゃったわ」

「・・・・・・あァ?」

その直前、心理定規の言葉に一方通行が止まった。

「名字が二文字に名前が三文字。由来が分かり易くていいわ。残念ながら名が体を表すとはいかなかったようだけど」

「――成る程なァ、精神感応の応用か何かか。ベクトルはあるんだろうが、反射の適用外か」

「私があなたの反射を破った能力者第一号ってことで良いのかしら?」

確信が確証に変わる。
心理定規は最強とされた第一位にも通用する。

「――だけどなァ俺の反射のフィルターに引っかからねェってことは、反射するまでもねェってことだ」

それはつまり、有害ではない、一方通行が無意識に受け入れている無数のベクトルの一つということ。
酸素を反射していないように、重力を反射していないように。

「その無害な何処にでもあるものをねじ曲げる。それが能力者でしょう?」

自分だけの現実(パーソナルリアリティ)。心理定規だけの世界は一方通行の世界を浸食する。

(距離単位は――)

心理定規の頭に一方通行の見る世界が一瞬で入って来る。
莫大な情報の中、心理定規は演算を始めた。

心理定規に向けられるのは敵意や殺意、距離単位は酷く遠い。
大勢の他人に対しても、一方通行の距離単位は離れている。帝督のような無関心ではない、明確な意思で一方通行は他者を拒絶している。

(他人と同じでは一方通行は止められない。彼が距離単位を近付かせる人間はいない)

――そう思っていた。
最強とは孤高で、他者を寄せ付けない、高みの存在だと。

だからこそ、頭に入力されてきた値が信じられなかった。

一方通行は敵意ではない、反対のものを向ける存在が。彼の世界に居ることが。
「・・・・・・!?」

驚きよりも先に心理定規を襲ったのは、やはり恐怖だった。

「・・・・・・狂ってる」

目の前の存在の異常性を再認識する。
そして、能力が通じないことを思い知る。
心理定規が一方通行に勝機を見いだせていたのは、彼が孤独な存在だったからだ。
帝督と同じ、他者に好意や親しみを覚えたことのない人間だと思っていた。
それならば帝督の時のように、心理定規自身が唯一の拠り所となり、攻撃を躊躇わせるどころか、無力化させることは簡単だった。

しかし、一方通行の人としての異常性は帝督を上回っている。

(・・・・・・彼と距離単位が最も近い人間の数値は18)

それよりも近い位置に自分を置くことは可能だ。
どんな憎悪も嫌悪も、心理定規の前では意味をなさない。敵意が好意に変わり、憎しみが愛しさに変化する。

だが人間の心理が単純でないことは彼女もよく知っている。
いくら距離単位を近付けても、逆に攻撃が熾烈さを増す人間もいる。
愛しさ余って憎さ百倍。それは彼女が帝督に言ったことだ。
だがそうだとしても、


「妹達を一万人以上殺しておいて、どうしてそんな距離単位を保てるのッ!?」


――一方通行―妹達。その距離単位は18。
普通の人間なら危害を加えようとも思わない、一万回の殺害になど精神が耐えられるはずがない。

「・・・・・・狂ってるわ」

絶望を吐き出すようにもう一度、心理定規は呟いた。

「オマエみてェなガキが狂気を語ってンじゃねェよ」

この世全てを嘲るように白い怪物は笑った。











『――猟犬部隊隊長、木原数多。未元物質以外を止めろ。生死は君に任せる』

専用回線でも何でもないただの無線からアレイスター=クロウリーの命令を受け、木原数多は気怠げに返す。

「りょーかーい」

無線を乱暴に白衣に戻すと、調子を確かめるように両手のマイクロマニピュレータを握り直した。

「っつーわけでお前らには此処で潰れてもらうんだけど、それでいいよな?」

そう軽い調子で二人の少年少女に問いかける。

「――なぁ、那由他」

二人の少年少女、即ち、超能力者 序列第七位 削板軍覇と自身の姪、木原那由他に。

「・・・・・・二週間ぶりだね、数多おじさん」

「それっぽっちしか経たねぇのに随分グレちまってんじゃねぇか? おい」

敵として直接家族と向き合うのは、那由他にとってこれが二度目だ。
一度目は二週間程前、御坂美琴たちと共にテレスティーナと。
そして現在、削板軍覇と共に数多と。

「そういやお前の親代わりもベッドの上で嘆いてたぜぇ? 『なゆちゃんが家出した』ってなぁ」

「貴重な実験台が逃げ出した、の間違いじゃない?」

「さぁな。あいつ、今度は“暗闇の五月計画”の残骸を使ってるみてぇだし」

結局、那由他の代わりはいくらでも居るということなのかもしれない。
那由他一人でいくら足掻いたところで、非人道的な実験の犠牲になる子供は無数に居るのだろう。

「たとえ悪足掻きだとしても、私は止まらないよ。私の力だけじゃ止められなくても、スクールが・・・・・・私とお兄さんたちが止めてみせる」

「おいおい、自分たちを正義の味方か何かと勘違いしてねぇか?」

猟犬部隊に包囲されながらも那由他は笑う。
白井黒子や初春飾利たちの姿を思い出しながら。

「違うよ。私じゃまだまだ正義の味方には程遠い。私はただの――」

那由他は腕章を付けた右腕を前に構え、誇らしげに名乗った。

「――風紀委員だよ」

それを見て、今度は数多が笑う。

「格好良いねぇ! 立派になったじゃねぇか、那由他ァ!」

明らかな嘲笑と共に、数多が右手を上げる。
即座に那由他と軍覇を取り囲んでいた猟犬部隊が銃を構えた。

「そっちはどうしたぁ? 聞いてた話と違って大人しいじゃねぇか、第七位!」

「・・・・・・」

軍覇は答えない。腕を組み、その両目は閉じられている。

「・・・・・・」

「もういいわ」

数多はつまらなそうに上げていた腕を下ろす。
それを合図に全方位から銃弾が二人に向かう。
那由他に不安はなかった。レベル5が居るからではない。削板軍覇が居るから。

「――――ハァッ!!」


軍覇の目が開かれ、耳を塞ぎたくなる咆哮が辺りに響き渡った。
同時に軍覇と那由他を中心に爆発が起きる。そこに突っ込んだ銃弾の雨は原型を失い、ひしゃげた弾丸がカラカラと地面に落ちる音と絶え間ない銃声だけが聞こえる。

しかし通じない銃を弾切れまで撃ち続ける程、猟犬部隊は無能な集団ではない。
絶え間なく続いていた銃声が止むと、それを待っていたかのように爆煙が晴れていく。

「成る程、確かに理論の理の字も分かんねぇ力だ。科学っつーより非科学だな、こりゃ」

「・・・・・・」

軍覇は答えない。
数多は続けた。

「ジジイどもが匙を投げるわけだ。・・・・・・それで、風紀委員でも実験関係者でもないテメェがなんで此処に居る? 那由他に誑かされたのか、それともロジカルにゃ説明できねぇ理由か?」

第七位、削板軍覇。
説明のできない力を振るう、超能力者がどうかも分からない者。
何事にも根性という精神論を持ち出す暑苦しい男。
彼の存在は、この暗い学園都市の闇には酷く不似合いだ。

彼は御坂美琴や枝先絆理と同じように、光の世界が居るべき場所だ。
しかし、

「俺は電撃使いの嬢ちゃんが関係してる実験を止める手伝いに来た、それだけだぞ?」

軍覇は迷うことなく、闇に首を突っ込んだ。
事情はここに来るまでの道中で聞いたがそれが理由にはならない。ただの状況だ。

「あー、ムカつくガキだな、テメェも。ったくレベル5の連中はどいつもこいつも・・・・・・」

「レベルなんて細かいことは関係ない。多分、このお兄さんは・・・・・・軍覇お兄さんはレベル0でも力を貸してくれたと思うよ。・・・・・・ね?」

「おう、それに俺の力はこの体に漲る根性だからな!」

彼の過去に何があったか、それをこの場で敢えて語る必要はないだろう。
そんな理屈付けは、軍覇には似合わない。

「単純根性バカか。イライラするぜ・・・・・・殺れ」

数多の言葉を合図に猟犬部隊が再び動き出す。

「俺が! お前らに! 根性を入れてやるッ!」

軍覇が拳を地面に振り下ろした。一瞬の間の後、凄まじい轟音と風が周囲の猟犬部隊を吹き飛ばす。
そんな彼らを踏み台にして、軽やかに那由他は数多の前に降り立つ。

「おじさんの相手は私だよ?」

「ハァ・・・・・・那由他よぉ、お前に闘い方を教えてやったのが誰だか分かってんのか?」

「おじさんだよ。闘い方だけじゃない、おじさんには色んなことを教えてもらった」

感謝もある、負い目もある。だが、

「同じくらい美琴お姉さんにも感謝してる。・・・・・・だから」

那由他がギチギチと音を鳴らしながら構えた。

「勝てるとは思ってない。けど時間ぐらいは稼がせてもらうね」

もう一度数多は溜め息を吐くと、自分の手の平を拳で叩く。
かつて那由他の頭を撫でた男の手には機械のグローブ。
叔父は敵として、那由他の前に立ちふさがる。











何処かで風もないのに回るプロペラが見えた。
何処かに雷のような光が見えた。
何処かに説明のできない爆発が見えた。
何処かに赤青黄色のカラフルな爆煙が見えた。
――何処かにドレスの少女の姿が見えた。
――少女に触れようとするクソが見えた。


“それ”は夜空を切り進む。
その背には歪な二枚一対の白翼。
羽根のない、ハリボテのような翼の羽ばたきで起こされた烈風で街に配置された風力発電用のプロペラが狂ったように回転する。

「――ォォォォオオオオオオオッ!!」

その雄叫びと共に白い弾丸が操車場へと着弾した。
衝撃で大地が、積まれたコンテナが、吹き飛ぶ。
彼の翼がガラスのように砕けた。

「危ねェな」

一方通行の周りの砂煙が一瞬で晴れる。その体にも、服にすら傷や汚れは見当たらない。

「っ・・・・・・?」

心理定規は突然の衝撃に閉じていた目をゆっくりと開ける。
抱き抱えられた彼女にも傷一つついてはいない。

「てい、とく・・・・・・?」

彼女らしくない、弱々しい声音だった。

「ああ」

心理定規は不機嫌そうな垣根帝督の顔を見て、状況を把握していく。

「ッ、あなた、自分が何をしているか分かっているの!?」

「ああ」

帝督は同じ言葉を返す。

「これはスクールに関係ないっ! 私個人の仕事よ! あなたに手出しされる謂われはないわ!」

帝督は沈黙した。
彼女の見たこともない様子に気圧されたのだろうか。

「この仕事には統括理事会が絡んでる・・・・・・その意味があなたには分かるでしょう!?」

普段からは想像もつかない怒気を孕んだ心理定規の叫び。

「それだけじゃないっ、あなたの目の前に立つ存在が何なのか、あなたは理解してないっ!」

心理定規は必死だった。

「第一位、その意味があなたになら分かるでしょう・・・・・・?」

第二位という、最も一方通行に近い位置に居る彼ならば、相対するまでもなくその差を理解しているはずだ。
彼が出てきたところで状況は好転などしない。むしろ心理定規にとっては最悪の状況。
何故なら、

「私は・・・・・・私はあなたに死んでほしくないのよ」

彼女の願いは暗部には似つかわしくないものなのだから。

「・・・・・・あなたも那由他も妹達も、誰にだって死んでほしくなんかない・・・・・・」

いつもの飄々としていた少女の姿はない。
弱々しい口調で口にした甘すぎる言葉。
それだけが彼女の願いだった。
彼は応える。

「死なせねえよ」

彼の腕には少女が居る。
守るべき存在がある。

「お前が死ぬなっつーなら、誰も死なせねえ」

再び帝督の背に歪な翼が生えた。先程よりも大きな白い翼が。

「心理定規」

名前では呼ばない。
この身勝手な少女が反省するまで、名前で呼んでなどやらない。
その代わり、帝督は最高の殺し文句を口にした。

「俺はお前に惚れることにした」

今なら分かる。
垣根帝督という人間の原動力はこの腕の中にあった。
垣根帝督はこの少女の為に動くことができる。


心理定規は応えない。
答えることができない。
どんな表情をすればいいのか、何と言えばいいのか、思考がまとまらない。

バサッと心理定規を抱えた帝督の体が宙に浮いた。
地上から十メートルの辺りに滞空し、帝督はようやく白い怪物に視線をやった。

「ったくよォ、今日はなンなンだァ?」

「さあな。ラッキーデイなんじゃねえか? 第一位」

「ああ、そォかもしンねェ。クソ野郎をぶっ殺せるンだからなァ? 第二位」



[26884] その16
Name: マイン◆a0b30d9b ID:ce63d888
Date: 2011/05/04 19:46
「――拳を握りなさい。本当に死ぬわよ」

とある鉄橋に二人の男女の姿があった。

「っ・・・・・・!?」

少女から電撃を放たれようとした刹那。第三位、超電磁砲 御坂美琴は異変を感じた。

思わず目の前の少年から視線を外し、空を見上げる。

美琴の前に立つツンツン頭の少年もつられて空を見た。
異変の原因を視認するよりも早く、烈風が二人を襲う。
周囲のプロペラが壊れてしまうのではないかと思うほど、激しく回転した。

その激しい風の中、美琴は翼の生えた人間を見た。
その向かう方角は、


(実験場の方向――!?)

「――御坂!」

ツンツン頭の少年――上条当麻が美琴の名を呼ぶ。
彼もまた、同じものを見たのだろう。

「今のが一方通行なのかっ!? だったら時間がない!」

違う。実験の開始まではまだ時間が多少ある。
それに今のが一方通行だとしたら、異変の説明がつかない。
――美琴の体からは常に電磁波が出ている、彼女はその反射波や磁気の変化によって周囲の異変を察知することができる。
だが彼女には異変の正体が掴めなかった。
一方通行ならば電磁波が反射され、そのまま美琴に返ってくる。
しかし今の人型からは電磁波も反射波も返ってこなかった。
確かにこの目で見たというのに、だ。

美琴は知らない。電磁波が彼の能力によって変質し、全く違う方向に霧散したのを。

「御坂ッ!」

いつの間にか上条が美琴の肩を掴んでいた。
ビクッと美琴が震える。

「こんなことしてる場合じゃないだろ! このままじゃ俺もお前も間に合わなくなっちまう!」

「っ・・・・・・」

それは駄目だ。
それは美琴の決心も上条の決意も全て無駄になってしまう。
それでは本当に誰も救われない。

「俺はお前のやり方を認めないっ! だけど! お前だって自分を犠牲にしてまで止めたかった実験に間に合わないなんて結末、認めらんねえだろ!?」

「ッ――当たり前でしょ!?」

「だったら!」

美琴よりもさらに強く、上条が叫んだ。

「だったら・・・・・・だったらどうしろって言うのよ・・・・・・一万人の人間を死なせた私の罪に誰も巻き込んだりできない。これは私が一人で終わらせなきゃいけない・・・・・・」

美琴は泣いていた。
そこに居たのは第三位、超電磁砲などではない、ただの中学生。
一万人以上の人間の命を背負うことなど、出来るはずもない。その重さに、自分の罪に、容易く押しつぶされてしまいそうになる。

「だったら、」

優しい声だった。

「だったら。何一つ失う事なくみんなで笑って帰るってのは俺の夢だ」

一体どれだけの人間がその夢を綺麗事だと笑うのだろう。

「だからそれが叶うよう、協力してくれ」

一体どれだけの人間がそんな夢を臆面もなく語れるのだろう。

「・・・・・・一方通行はあらゆる種類のベクトルを皮膚に触れただけで操る能力者。アンタと私に何が出来るのよ・・・・・・」

「いや」

上条は首を横に振る。

「俺一人でやらなきゃ意味がないんだ」

美琴は耳を疑った。
今、この男は何と言った?

「実験を止めるには実験の予測演算の大前提を覆せばいい。“一方通行が最強の能力者”だって前提を。同じ超能力者の御坂が一方通行に勝ったとしても、それじゃあ駄目だ。けど、万に一つも勝ち目がないはずの無能力者が一方通行を倒せば、その前提を覆せる」

上条当麻の右手にはそれを為す可能性が宿っている。現に今までだってその腕の幻想殺しで、美琴をあしらってきた。
だが、

「ふっざけんじゃないわよ!!」

そんな方法を美琴が許せるはずがない。
涙を拭い、上条を睨む。

「いくらアンタの右手が特別だったとしても、一方通行は同じ超能力者の私でも次元が違う。そんな力を持ってる奴とどう戦うの!?」

「――絶対、御坂妹を連れて帰ってくる。約束するよ」

それは答えになっていない。
けれどその言葉には説得力があった。
この男ならどうにかしてしまうかもしれないという説得力が。


――しかしそれに甘える訳にはいかない。
妹達の命をたった一人で背負うことも、たった一人に背負わせることも、美琴には出来ない。

「・・・・・・さっきのは一方通行じゃないわ」

上条を止めることはもう出来ないだろう。
もう美琴には彼を止めるだけの言葉はない。

「え――?」

「実験に関係してるのかどうかも分からない。けど、もしもあれが敵だとしたら、アンタ一人でどうにかできるの?」

ならせめて、と美琴は思う。
妹達の命を一緒に背負うことは美琴にも許されているのではないだろうか。
いや、許す許さないの問題ではない。
美琴にはその義務があるはずだ。

「絶対、一人でなんか行かせない。アンタ一人にあの子達を預ける訳にはいかない」

その言葉に上条は諦めたように笑った。

「信用ねえな、俺」

「・・・・・・バカ」

お互いがお互いに意味を取り違えた言葉を交わし、二人は並んで走り出した。











「あ、ぎっ――!」

「大体、テメェらがどう足掻いたところで実験は止めらんねぇだろうが」

数多が腹を容赦なく蹴り飛ばすと、那由他はボールのように二、三度バウンドしながら壁に叩きつけられた。

「そもそも此処で戦うこと自体、なーんも意味がねえってことに気づいてるか? ん? 那由他」

血を吐きながらも立ち上がろうとする那由他をつまらなそうに見つめながら、数多は言う。

「仮にお前らが此処を突破しても、一方通行をぶっ殺さなきゃ実験は止まらねぇ。あそこの根性バカは戦闘力だけなら超能力者の中でも上位だ。一方通行の反射を破る可能性だってゼロじゃねぇ。が、あいつやテメェに誰かを殺す根性があんのか?」

今度は軍覇が戦っているであろう方向を見た。
数多は既に軍覇の性格の大体を理解している。
那由他のことなど、完全に理解しているだろう。

(・・・・・・私は第一位に勝つなんてできない。軍覇お兄さんは誰かを殺すなんてしない。でも、それでも――)

「それでも何かせずにはいられない、ってかぁ?」

那由他の心を読んだように数多が言った。
いや、ように、ではない。数多に那由他の思考は完全に読まれている。
それでも那由他は笑った。

「違うよ。それでもこの戦いには意味がある、って言おうとしたんだ」

強がりだった。だが、数多の言葉も那由他の言葉も嘘はない。

「リーダーの、お兄さんの頼みだからね。意味ならある。きっと、ある」

血反吐を吐いて那由他は立ち上がった。
立ち上がる理由が、意味が、此処にはある。

「それにお兄さんとお姉さんの帰りを此処で待つってだけでも、私は十分だよ」

再び那由他は駆け出す。
勝ち目があるかは問題ではない。
今、この瞬間にも帝督と心理定規が、スクールが戦っている。なら立ち上がる。なら立ち向かう。それだけだ。

それに何より、那由他は帝督が頼ってくれたことが嬉しかった。
家族という繋がりを自ら断ち、那由他には友人との繋がりしか残っていなかった。本当ならそれだけで十分すぎるはずなのに、帝督と心理定規は家族に変わる居場所を、繋がりをくれた。

そんな彼らの期待に応えたい。そんな彼らに恩返しをしたい。そう思うのは当たり前じゃないだろうか。

それがたとえ、家族と戦うことになろうとも。





軍覇はらしくもなく焦りを感じていた。
言うまでもない、那由他のことだ。
軍覇にも木原数多という男の異常性は理解できる。
あの男は相手に敵意も悪意も感情もなくとも、草を抜くように命を刈る。
相手に好意も善意も感情も持っていたとしても、単純な作業のように命を奪う。

数多にとっては相手が誰であっても、殺さない理由にはならない。
家族だろうと友人だろうと何だろうと、殺すと決めたら殺す。

軍覇には初めてのタイプだった。
あれが学園都市の裏にある、暗部。

「嬢ちゃんたちには似合わねえな」

猟犬部隊の一人に音速以上の速度で近付き、殴り飛ばしながら、軍覇は言う。
そしてすぐに自分の発言をいや、と否定した。

「この街には似合わねえ」

また一人、人間が軍覇の手によって空を飛んだ。
背に銃弾を受けながらも、軍覇は止まらない。
そんなもので削板軍覇は止まらない。

埒が明かないと判断した猟犬部隊の一人が巨大な筒を車両から持ち出すのが見えた。
ロケットランチャー、間違っても生身の人間に向けるものではない。

「来いよ」

しかし軍覇は意に介さない。その言葉はロケットランチャーを持つ者に言ったのではない。
この場に居る猟犬部隊全員に向けた者だ。

ロケットランチャーが軍覇に向けて発射される。

「さあ、来い! 銃なんざ捨てて掛かって来い!」

それを拳から放たれた謎の波動で爆散させながら、軍覇は言った。

「根性のねえ奴はどいてろ! 俺は今! 猛烈に急いでる!」

焦って事態が好転することはない。焦るだけでは何も始まらない。
だがその先の道を示し、切り開く為の拳を軍覇は持っている。











「実験が始まるまで時間もあンまねェからよォ。あっさり決めちまうが構わねェンだよなァ!」

「はっ、やってみろよ、第一位!」

帝督が地上の一方通行を見下ろしていられたのはそれまでだった。
どんなベクトルを操作したのかは定かではないが、一方通行は一瞬で空中の帝督の眼前へ到達する。

「チッ――!」

「何だァ? そんなに数字がコンプレックスか?」

凶悪な笑みが目の前に広がった。

「気色悪りぃ面見せてんじゃねえよ!」

吐き捨てながら、振るわれる一方通行の腕を歪な翼を使って受ける。
本来ならその防御ですら、一方通行の前ではしてはいけない。

(能力で生み出した翼だろうと肉体に繋がってンならそのまま挽き肉に――)

構わず翼に触れようとした一方通行が、ゾクリとした嫌な感覚に襲われる。
反射的に手を止め、操作したベクトルを霧散させると、彼の体は推進力を失い、重力に従い地上へと落ちていく。

「悪人面で近付くなよ。トラウマになっちまったらどうしてくれんだ?」

「だから尾引かねェよォに此処で死体にしてやるよ」

帝督は心理定規を抱えたまま“月を背に”滞空する。

「まず“一つ”だ、第一位」

「あァ?」

氷が軋むような音を立てて翼が広がり、振るわれた翼が烈風を起こす。
同時に月光が翼越しに一方通行を照らした。

再び、一方通行が大地を蹴る。今度は上空ではなく、真横に。

「さて問題だ。俺は何をしたでしょうか?」

(能力による攻撃・・・・・・いや空気中に何かバラまいた? それとも回折した光が殺人光線にでもなったってのか?)

一瞬感じた肌を焼くような痛みに馬鹿馬鹿しい仮説を立てる。だが否定材料はない。

「今テメェを襲ったのは風か? 光か? それとも別の何かか?」

(有害なベクトルは全部反射される。だが、あの女の時みてェに本来無害なベクトルなら反射の壁を抜けて来る・・・・・・チッ)

「好きなもんを選んで反射しな。だが空気中の酸素を反射すれば息はできねえ、光を反射すりゃ何も見えねえ。さあ、選べよ」

単純な戦闘では帝督に勝ち目は薄い。
それでも心理定規を守る。実験を止める。
その両方をしなければならない。

(一方通行をぶっ潰すだけじゃ意味がない。だがぶっ潰さないと始まらねえ・・・・・・まずは心理定規を降ろすのが最優先か)

腕に抱いた心理定規を見る。今起こっているのは超能力者同士の戦争だ。
一方通行だけではない、帝督自身が巻き込みかねない。

「・・・・・・帝督」

俯く彼女は帝督を呼んだ。

「心配すんな」

「・・・・・・心配ぐらい、させてちょうだい」

ギュッと帝督の服を掴み、心理定規は言う。

「離さないで。一緒に居させて」

「・・・・・・無理だ」

心理定規は何度も首を横に振る。ぐずる子供のように、何度も何度も。
彼女の過去に何があったのか、帝督は知らない。
知っているのは少女の本当の名前ぐらいだ。
どうして暗部に落ちたのか、どうして帝督に接触したのか、どうしてアレイスターとの直接交渉を望むのか、何も知らない。

「大丈夫。俺はお前を守る。お前が願うなら俺自身も守る。絶対に居なくなったりしねえ。これが終わったらお前のことを絶対に離さねえ」

帝督は強く心理定規を抱き締める。温もりを確かめるように。

「だから待ってろ」

――コクリと、微かに心理定規は頷いた。

二枚の翼が少しずつ姿を変えていく。
飴細工を熱で伸ばしたような不自然で不細工な翼が、少しずつ変質していく。

変質してなお、まだ歪さを残す白い翼から羽根が舞い落ちる。

端から見れば月明かりに照らされる彼らは、まるで天使のように見えただろう。

「似合わねェな、メルヘン野郎」

「心配するな。自覚はある」

翼を求めたのは帝督の意思だが、その翼の変化は帝督の意図した意思によるものではない。
未元物質が見せた新たな可能性の内なのか、それとも帝督の無意識を反映したのか。

(そんなもん、どうでもいい)

浮かんだ疑問を一蹴し、帝督は翼を動かす。
その動きに反応し、一方通行が移動しようとするが帝督の目的は一方通行ではなく――ミサカ10032号だ。

「そいつを頼む」

少し離れたところで様子を窺っていたミサカ10032号の前に降り立つと、心理定規を押しつけ、すぐにまた飛び上がる。

「待ってください。こんなことをしてあなたに何の意味が――」

10032号の言葉は途中までしか聞こえなかった。聞いてやる気もない。

「そんなくだらない質問を俺にするんじゃねえよ」

するなら俺じゃなく、そいつにしろ、と内心で続けて。


帝督は操車場にある、吹き飛んだコンテナの一つに着地し、一方通行を見下ろす。

「そンなに俺を見下ろすのが気持ち良いかァ? 第二位」

「それで? 優秀な第一位は問題の答えは見つかったのか?」

素直に会話する気など双方にありはしない。
あるのは殺意と敵意だけ。

「オマエの能力、確か未元物質っつったか。格下の能力なんざ一々覚えてねェが、見た所、既存の物理法則を変質させてやがンだろォ? 好き勝手にとはいかねェみてェだがなァ」

口笛を吹いて帝督は馬鹿にしたように一方通行を称賛する。

「これだけで見抜けんだったら最強なんて引退して研究者にでもなったらどうだ?」

「本気でただ見抜けただけだと思ってンだったら、哀れだな」

「もしかして攻略法でも見つけた気になってんのか?」

「ああ。つっまンねェ能力だ。オマエみたいなのが第二位だから俺を狙う馬鹿が後を絶たねェンだよ」

言い終えるのとほぼ同時に一方通行が地面の石を蹴り上げ、石がショットガンのように帝督に向かう。
帝督に着弾する前に石は不可視の何かが叩き落とされ、不可視の何かが一方通行にまで到達する。

(思いつく限りのベクトルを注入した。そんだけありゃあ、あの野郎の反射してないベクトルを逆算出来る)

最初の月光を回折した攻撃はただの確認だ。物質ではなく、物理法則を変質させた攻撃が一方通行に届くか否かの。結果として反射されないことを証明し、攻撃を一つ通らせることに成功した。
ならば後は一気に逆算すれば――一つと言わず大量の攻撃を通すことも可能。


「くっだらねェ――――逆算、終わるぞ」


それは帝督の言葉ではない。だが帝督の台詞でもあった。
既に解析用の攻撃に被せるように、逆算した反射されないベクトルの攻撃が翼の起こす烈風という形で放たれている。

「俺の能力はオマエの融通の利かねェ能力とは違ェ。反射の範囲の再設定なんざ自由にいくらでも出来ンだよ」

余裕を含んだ声。それが何てことのない作業のように言って、

「オマエは最初の一撃で決めなくちゃならなかった。こうなる前になァ」

無傷の一方通行は口が裂けたように両手を広げて笑った。

「これが俺とオマエの差だ。第一位と第二位の、比べるのも馬鹿らしくなっちまうぐらいのな」


しかし。
帝督も同じように笑っていた。



[26884] その17
Name: マイン◆a0b30d9b ID:19cb7cf6
Date: 2011/05/08 19:28
「嬢ちゃん、よくやったな」

そんな声が聞こえた気がした。

「もう十分頑張った。嬢ちゃんは本物の根性の持ち主だ」

肩に手を置かれたような気がした。

「だから無理しないで休んでろ」

肩に置かれた手が離れるのを感じながら、那由他は意識を手放した。


「すげぇな、お前。すげぇよ」

那由他が気絶したことを確認し、軍覇は立ち上がる。

「小学生の女の子を、自分の家族をここまでいたぶって顔色一つ変えねぇなんて、根性無しどころじゃない。こんな性根の腐った野郎は初めて見た」

彼らしくない、静かな声音。
ゆっくりと立ち上がった軍覇と木原数多が相対する。

「さっき何で此処に居るのかって言ったな。――確かにオレにはこの嬢ちゃんの為に学園都市の最暗部にケンカ売る程の義理はねぇ」

軍覇は冷たい事実を告げた。
しかしそれを告げてなお、軍覇は数多の前に立ちふさがる。

「だが嬢ちゃんには同じ木原の一族を敵に回してでも守りたいものがあるってのは良く分かった。その為にここまで頑張る姿を見せられちまったら、オレに出来ることはただ一つだ」

そう言って、軍覇は十メートル以上離れた数多に向かって、拳を振った。

「オレも根性を出す。根性で嬢ちゃんに応えてやる」

念動力などでは説明のできない衝撃波によって停められていた猟犬部隊の車両の一つが爆発し、炎上する。

「くっだらねぇな。根性根性と。ちったぁ論理的な会話は出来ねぇのか?」

いつの間にか数多は移動していた。
軍覇の攻撃の斜線から外れた場所に気怠げに立ち、苛立ちを隠そうともせずに。

軍覇の攻撃を前もって読んだわけではない。
“その技術”は軍覇には通じない。

(原石っつーのは面倒だな。大別された能力者の思考パターンに引っかかりもしねぇ)

だが拳を振りかぶるのを見た後に動き、避けることが出来るだけの身体能力を木原数多は持っている。

「あー、面倒くせぇ」

溜め息を吐いて数多が懐に手を伸ばす。

「おおおおおおっ――らぁ!」

それを止めようとした訳ではない。
ただ目の前の数多をぶん殴る為に、軍覇は音速の二倍の速度で数多へと肉薄した。

しかし。
それは数多には届かない。

数多の手にあるのは仮面だった。
白と金の、人工的な光を放つ無機質な仮面。
サイズは人間の顔を覆いきれるかどうかと言ったところの、普通の仮面。
異様に見えたのはそれに目や口の為の穴が存在しないからか。

(いや、違う)

軍覇がいくら力を込めようとも、拳はそれ以上進まない。――仮面に触れることができない。
目に見えない何かが軍覇の拳を止めている。

「まぁこれも未元物質のちょっとした応用ってやつだ。本家にも同じことが出来るだろうよ」

数多の言葉に、軍覇は仮面に浮かび上がった文字に気付く。

Equ.DarkMater。

第二位、垣根帝督の能力名が仮面に浮かび上がっている。

「既存のとは全く違う、新たな科学理論でなら説明のつく未元物質と、科学では説明できそうにもねぇお前の能力」

数多は笑う。一方通行を連想させるような凶悪な表情で。

「ガキの頭じゃ理解できねぇんだから同じようなもんだろ?」

仮面から複数枚の翼が伸びる。
仮面が生み出した物なのか、それとも仮面を通して引き出した物なのか軍覇には想像もつかないが、同じことだ。

軍覇が握りしめていた拳を勢いよく開くと、そこからまた説明のできない衝撃波が生まれ、翼がボロボロと崩壊していく。

「あーあー、まだ数少ないんだぜぇ? これ」

だが崩壊したのは翼だけだ。仮面には傷一つない。
そして仮面さえあれば、翼はいくらでも発生する。
新たに発生した翼が軍覇を包み込むように伸びた。
白い繭に包まれたような軍覇に向かい、今度は数多が拳を振りかぶる。
そして容赦なく振り抜いた。
軍覇を包んだ翼が、吹き飛ぶ軍覇に合わせてさらに伸びる。

「ッ――!」

声は聞こえない。
繭に阻まれて聞こえないのか、それとも声にするほどの痛みではないのか。
どちらなのか数多には分からない。

「テメェの能力が引き起こす結果は意味不明だが、その過程には必ず一定の動作がある。なら動きを封じちまえばテメェは何もできねぇ。テメェは何されても大した痛みを感じねえ鈍感野郎らしいが、ベクトルを反射してるわけじゃねぇだろ?」

例えば拳を振るう。例えば大きく叫ぶ。

軍覇は理解や説明のできない力を、理解や説明のできない動作で発動してはいない。
むしろ頭の中の現実を引き起こす通常の能力者たちよりもその動作は分かりやすい。それが軍覇の特殊性を表しているとも言えるが。

「テメェはそこで蓑虫にでもなってろ。アレイスターに殺すなとは言われてねぇが、テメェは殺すにしても厄介そうだしな」

だが、と言葉を切って、

「那由他を生かしとく理由はねぇ。別にテレスティーナやジジイに義理立てする気なんざさらさらねぇが、だからっつって殺さない理由にもならないしなぁ」

翼の生えたままの仮面を投げ捨て、数多は壁に寄りかかった那由他に向かって歩を進める。


姪に対して殺すか殺さないかの選択肢しか思い浮かばないことを、数多は疑問に思わなかった。











(実験開始時刻は八時三十分・・・・・・後五分もないっ)

鉄橋から10032次実験場への最短ルートを選択しながら、美琴と上条は走っていた。

「必ず間に合わせる。これ以上一人も妹達を殺させやしない」

美琴の心を読んだように、上条が言った。

「・・・・・・アンタが逃げたって、誰も責めたりしないわ」

その言葉が眩しくて、美琴はそんな事を口にする。

「私、今までアンタにさんざん酷いことした。会う度にケンカ売って、さっきだって無抵抗のアンタに本気で攻撃しようとしてた」

いっそ責めて欲しかった。
その方が楽になれる。その方が未練もなく、死ねる。
そう思ってあの時美琴は上条と敵対した。

「それなのになんで・・・・・・夢の為なんて理由だけで一方通行と戦えるの?」

それなのに、今美琴は上条と共に走っている。

「お前だって妹達の為にずっと戦ってきたんだろ」

前を向いたまま、上条は言う。

「だって・・・・・・これは私の責任だから」

「お前は妹達のことだけじゃなく、今までずっと責任だとか義務だとかだけで戦ってきたのか?」

美琴の頭に思い浮かんだのは虚空爆破(グラビトン)事件や幻想御手(レベルアッパー)事件、ポルターガイスト事件。
それ以外にも美琴は様々な事件に首を突っ込み、超能力者としての圧倒的な力を振るい、解決に力を貸してきた。

(あのテレスティーナって女の時は私の間違った判断のせいで子供たちが危険に晒されて、木山春生やあの子――那由他にも怪我をさせた・・・・・・)

だが仮に、間違った判断をしなかったら、美琴は何もしなかったのだろうか?
木山春生やカエル顔の医者に任せて、何もせずに元の生活に戻っていたのだろうか。

「違うだろ? お前だって色々な人を助けて来たはずだ」

「・・・・・・そう、かもしれないけど」

「俺も責任や義務なんかで戦ってるんじゃない。自分の夢の為に戦ってるだけだ」

美琴が顔を上げ、上条の横顔を見た。
そして眩しそうに目を細めてポツリと言う。

「・・・・・・私もアンタの夢が叶うよう、協力するから」

「ありがとな」

「・・・・・・それはこっちの台詞よ、バカ。・・・・・・ありがとう」

次の角を曲がって、真っ直ぐ進めばそこは実験場であり、戦場だ。
現在時刻は八時三十分――実験開始時刻。











「やあやあグッナーイ」

馬鹿にしたような挨拶で強制的に通信は始まった。

『・・・・・・どういうつもりですカ』

通信先の研究者は声こそ冷静のようだが、彼女に困惑を隠し切れてはいない。

「何のことかな? かな?」

彼女の言葉は他人の神経を逆撫でし、それを利用する。自身のペースに引き込み、それこそ精神感応系の能力者のように口先で操る。
それがスクールの制御役の女だ。

『彼らは学園都市の駒のはずでス。なら彼女と違って彼らには実験を妨害する理由はなイ』

「いやいや、その理屈はおかしい。理由なんてついカッとなって、だけでも十分でしょ?」

研究者は怒りを抑え、努めて冷静に会話を続ける。

『それを阻止するのがあなたの役目でしょウ』

「? だからあなたたちについカッとなっちゃうように制御したんだよ?」

『ナ・・・・・・!』

「いやー、未元物質くんのおかげかな? 心理定規ちゃんがこんな簡単にやってくれるとは思わなかったよー。うんうん、やっぱり私はアイテムの制御役ちゃん・・・・・・長いね。よし、略してアイちゃん、に比べたら制御役はまだまだだね」

楽しそうに笑う童女のような声に、研究者は声を荒げた。

『上層部ガ! 理事会が何故今更邪魔をすル!?』

「自分のお胸さんに訊いてみなよ。分からないと思うけど。けど仕方ない。そんなものだよ、この街は。私から言えるのはそれだけ・・・・・・あ」

研究者の怒鳴り声を気にした様子もなく飄々と言ってから、わざとらしく女が間抜けな声を上げた。

『・・・・・・?』

「これだけは言っておくね。――あなたが不幸になってくれたおかげで、私は来月も三食食べて生活していけるよ。ありがとー」

『ふざけ――』

言いたいことだけ言って、女は通信を切った。
逆探知も不可能だろう。そんな可能性を彼女は残さない。

「それにしても第七位や木原の女の子まで動くなんてねぇ。これも理事長サマのプランとやらの通りなのかな?」











異様な光景だった。
様々な場所で、同じ顔の少女たちが夢遊病患者のように外に出て、何処かを見つめている。

『彼らはスクールと呼ばれる小組織のようです、とミサカ10283号は偶然聞いた情報を伝えます』

ミサカネットワークを介して得た情報にミサカ10033号の眉がピクリと動いた。

『そして垣根帝督。彼は七人の超能力者の一人、被験者 一方通行に次ぐ第二位だそうです、とミサカ10201号は同じく偶然得た情報を伝えます』

『何故、彼らが実験の妨害を?』

共通の情報を得た妹達は共通の疑問を抱く。

『レベル6が目的ではないでしょうか』

『樹系図の設計者の演算では、レベル6に進化する可能性があるのは一方通行だけだったのでは?』

『その事実を知らないのではないでしょうか、とミサカ10824号は推測します』

ミサカネットワークという巨大な脳が論理的な解答を導き出したが、同時にその脳自体がその解答に新たな疑問を呈する。

『何故かは分かりませんが、その解答が正しいとは思えません、とミサカ10033号は言います』

『信憑性はありませんが何故だか否定する気になれません、とミサカ10087号はミサカ10033号に同意します』

『しかし、それなら何故?』

ミサカネットワークが疑問で溢れていく。
理解できなかった。

『どうして彼らは戦っているのですか』


その答えを教えてくれる人は居ない。











ズドン! という大きな音と振動を感じながら、心理定規は唇を噛み締めていた。
帝督によって此処に降ろされてから暫く、何も言わず、何も聞かずに。
しかしようやく、その口を開いた。
いや、開かざるを得なかった。

「・・・・・・何処に行こうというの」

ミサカ10032号が戦場の中心に向かって歩き出そうとしたからだ。

「10032次実験は延期せざるを得ませんが、これ以上の戦闘は演算に致命的な歪みが発生し、絶対能力進化実験そのものが破綻する可能性があります。それを阻止する為に――」

「させないわ」

生気を失っていた心理定規の声に力が戻る。

「邪魔はさせない」

「・・・・・・何故、実験を妨害するのですか。あなた達に一体何の意味が? と、ミサカは全ミサカを代表して尋ねます」

「・・・・・・」

10032号の、妹達の問いに心理定規は答えない。

「少しは自分で考えてみなさい。・・・・・・人形じゃ、ないでしょう」

「・・・・・・ミサカは」

そこでまた、沈黙が訪れる。しかしそれは長くは続かない。


「――御坂妹ッ!」


心理定規のように、帝督のように、那由他のように、軍覇のように、ミサカの為に動く人間がまた二人。

「・・・・・・そうよね」

自分が動かなくとも、きっと良かったのだ。
そうすればこんな気持ちになることも、帝督を危険に晒すこともなかった。

隣の10032号に駆け寄ってくる超電磁砲とツンツン頭の少年を見ながら、心理定規はそんなことを思う。

(それでも今は・・・・・・帝督の助けになるなら、どんなに惨めで醜くとも足掻く)

これから心理定規が行うのは自分の尻拭いだ。しかも他人に頼ることしかできない、あまりにも情けない尻拭い。

唇を噛みしめ、心理定規は立ち上がった。
このまま間違いで終わらせる訳にはいかない。
ヒーローになれなかったからといって、ただ諦める訳にはいかない。
そして何よりも。自分勝手な行動で、大切な人を失わない為に。



[26884] その18
Name: マイン◆a0b30d9b ID:19cb7cf6
Date: 2011/05/12 18:58
レベル5同士の、第一位と第二位の戦争は続いていた。

「やっぱ厄介だな、ベクトル変換っつーのは」

その戦争の中心にあっても帝督の声には幾分か余裕が含まれていた。

「無様に逃げ回ることしか出来ねェのに、余裕かましてンじゃねェよ」

対する一方通行の声には苛立ちがあった。
未元物質を含んだ反射の計算式を再定義した今、帝督の能力はもう一方通行には届かない。
しかし一方通行の攻撃もまた、帝督に届くことはなかった。
単純な反射や石の弾丸では帝督には届かない。

「――これでようやく二つだ。だがまだ足りねえ」

帝督は月光の回折による攻撃を通した時のように数を数えた。

「何を言ってやがる?」

未元物質によって起こされた爆発に晒されながら、一方通行はつまらなそうに言う。

「俺とテメェには差があるって言ったな。それも比べるのも馬鹿らしくなるぐらい、絶対的な」

自嘲するように、帝督は笑う。

「だがそれはテメェが最強だから分かることだ。超能力者の中の突き抜けた頂点、全てを見下してるクソ野郎。誰もがテメェみたいなカミサマ視点に居るとか思ってんじゃねえよ」

帝督は全てに無感情で無関心の無機質な人間だった。
しかし物事を正しく把握する目と脳を持っている。
かつての自分が最強の足元にも及ばないことは理解していた。
だが、自分の持つ力も正しく認識している。
そう、一歩引いた連中から見れば自分も目の前の怪物も変わらない。
他のレベル5やレベル4では及びもつかない――

「他人からすれば俺達は同じ――化け物同士だ」

「なァにトチ狂ったこと言ってンだ、オマエ」

「だから分かりやすく順に差を見せてやったんだよ。純粋な能力で反射を破る。その能力を純粋な能力で攻略される。まさに一進一退の好勝負だろ」

帝督の笑みが変わった。
自嘲するようなものから、勝ち誇ったかのような笑みに。

「そして三つ。たとえテメェを殺せなかったとしても、もう一度この戦況を覆しちまえば、頭の悪い奴らも気付く」

大仰に、居もしない観客達に見せつけるように手を広げ、帝督は一方通行を見据え、言う。

「レベル6に唯一至れるっていうテメェをぶっ潰せる可能性、樹系図の設計者にも演算出来なかった、未知の可能性にな」

「・・・・・・見た目だけじゃなく頭までメルヘンらしいなァ。未知の可能性だァ? そンなもンは存在しねェ。この俺を止められるものなンてこの世界にはねェ――!」

一方通行を中心にして、大気の流れが変化する。
ベクトル変換能力。反射の先、ベクトル操作。
10031号の血流を逆流させ、絶命させた時のように。或いは9891号の痛みを消した時のように。
一方通行は大気の流れを掌握した。

「いいね、盛り上げてくれるじゃねえか。第一位」

その風を感じながら帝督は、

「オマエを殺して、それで幕引きだ。仮にも第二位のオマエを殺せば、噛みついて来る馬鹿も少しは減るかもなァ!」

「何も変わらねえよ、馬鹿が。・・・・・・テメェが変わろうともしないで、何かが変わるとか思ってんじゃねえぞ」

笑みを消した。

「俺はアレイスターの第二候補(スペアプラン)だ」
風により槍のように飛んでくる鉄骨を避けながら、帝督は淡々と言う。

「今こうして第一候補(メインプラン)であるテメェと食い合ってるのも、アレイスターのクソ野郎のプラン通りなのかもしれねえ」

だがな、と帝督は続けた。

「俺はそんな物に縛られてるつもりはない。俺はただ自分の女の為に此処に居る。たとえ全てが奴に仕組まれた物だとしても、だ」

「・・・・・・オマエはそのワケの分からねェヒーロー気取りの妄想で、この実験の邪魔をしてるってのか」

お互いに静かな口調だった。

「俺はそンなふざけた妄想野郎のせいで、足止めされてンのか」

しかし帝督の言ったような似た者同士だからこそ、お互いの内に秘めた激情は理解出来る。

「何処までももがいてやる、プランなんざぶっ壊してやる――俺みたいな外道が誰かを助けて守って、誰かを幸福に出来るってことを、クソ野郎共に見せつけてやる」

「ふざけンじゃねェェええええええッ!!」

その感情の渦を先に解放したのは、一方通行だった。

「誰かを助ける!? オマエのくだらねェ妄想に誰が救われるってェ!? 妹達か!? それともオリジナルかァ!?」

怒り。苛立ち。憎悪。――嫉妬。
人の持ち得る悪感情の全てを孕んだかのような、心の底からの敵意。

「オマエがヒーローを気取りてェだけじゃねェか! 自分の為に他人を使ってるだけじゃねェかよォォォ!」

「――――」

否定する要素はあるだろう。だが帝督から否定の言葉は出て来ない。

垣根帝督は未熟な人間だ。今ようやく人間になろうとしている、無機質な存在だ。

「返す言葉はねえよ。言ったろ、俺達は同じだ。認めたくねえが俺がテメェでも同じことをしてた」

帝督は反論できない。一方通行を否定する術を帝督は元々持っていない。

「それでもよ、駄目なんだわ。俺はお前を認められそうにない」

だから、美辞麗句で説き伏せることなどしない。

「あいつに手を出したお前を、ぶっ潰さないと気がすまねえ」

その圧倒的な暴力で敵をねじ伏せる。

「テメェだってそうだろうが、一方通行ァァアアアアアア!!」

そして。異なる法則を持った暴風と烈風が激突した。


「そンなそよ風でこの世界のベクトルを全て操作する俺に勝てると思ってンなら、話にならねェぞォ!」


この世の物理法則から外れた烈風。だが、それはこの世の法則に対して無敵という訳ではない。
翼が起こした風はそれ以上の嵐に拮抗するまでもなく飲み込まれていく。

決してこの世界の力は異なる世界の力に劣ってはいない。

「テメェの力じゃ虫も殺せねえ虚弱体質が調子乗ってんじゃねえ!」

帝督は前へと飛ぶ。

一方通行は帝督の反射の隙間を見つける為の逆算をさらに逆手に、あくまで無害なベクトルに偽装されたベクトルを反射するよう再定義しただけ。
嵐に飲み込まれ、その中に拡散して組み込まれたのはそもそもが有害であり、殺意の塊である未元物質だ。
一方通行は未元物質の性質全てを完璧に把握したわけではない。

尤も膨大な大気のデータを完全に把握し、演算している一方通行にとってその中に突如現れた“バグ”を掌握するのは容易いこと。

しかしその一瞬、嵐が未元物質を操作する帝督に乱された。
彼我の距離を一気に詰め、帝督は嵐の中心へと到達する。

「オマエの拳が俺に届くと思ってンのかァ!?」

中心――両手を広げ、待ち構えていた一方通行の上に。

「テメェの代替品(スペア)が、テメェには及ばねえとか思い上がってんのかッ!?」

一方通行の足下の地面が目に見えない何かに踏みにじられるようにビキビキと割れていく。
異なる法則下の重力を反射していたとしても、通常の物理法則下の重力は反射されない。
それに従い一方通行は、割れていく大地に足を取られ、倒れる。

「だからどうしたァ!」

割れた大地の欠片に足で触れると、鋭い欠片が帝督に向かって高速で飛んでいく。
が、それはどんな物理法則が作用したのか、帝督に届く前に消滅した。

「オマエの能力じゃ、もう俺の反射は抜けらンねェ」

二人を包む嵐が激しさを増す。

「オマエの能力じゃ、俺の操作は防げねェ」

その嵐が分かれ、強大な渦を巻く。

「それでどうやって俺を潰すって?」

倒れたままの一方通行の目が、冷めていった。
敵を見る目から、虫けらを見るような目に。

「――オマエが潰れてろ」

帝督の身体を、操車場を、複数の風の渦が飲み込んだ。











彼の右腕により渦が強風となって周囲に霧散する。
一方通行が生み出した渦の影響は心理定規達の下にまで至っていた。
砂煙を上げながら彼らに迫ってきたそれを、上条当麻はその右腕、幻想殺しで打ち消した。
――本来、打ち消せるはずのない現象をその手で。
だがそれに気付ける者は居ない。

予想外の光景に心理定規が目を見開く。

「・・・・・・? いやでも俺の右手で消えたってことは一方通行じゃない・・・・・・鉄橋で見た奴か――?」

上条が“不可思議”な感覚に首を傾げる。だがそれを無視し、ミサカ10032号に怪我がないか確認した後、上条は散乱したコンテナの向こうの戦場の中心を見た。

「何故、お姉さま達まで此処に・・・・・・?」

「あなた、その能力は・・・・・・」

「そんなことより、アンタは何者。実験の関係者? それとも――一方通行と戦ってる奴と関係があるの?」

二人の言葉には答えず、バチバチと前髪から電気を発生させながら、美琴が敵意を込めた瞳で心理定規を射抜いた。

「・・・・・・後者よ」

「なら、あれは誰? どうして一方通行と・・・・・・」

上条から美琴へと視線を移すと心理定規は噛み締めていた唇を離し、美琴と視線ぶつける。

「その前に一つ確認させて。あなた達は此処に何をしに来たの?」

「実験を止める為だ」

答えたのは上条。美琴は無言で頷き、それに同意した。
その返事に一度、瞳を閉じてから心理定規は改めて二人を見る。
そして。

「それならお願い・・・・・・いいえ、お願いします。・・・・・・力を貸して下さい」

深々と頭を下げた。
そのまま言葉を続ける。

「あの人は実験を止める為に、私の代わりに彼処に居るっ。私じゃ、あの人を助けることは出来ない・・・・・・っ」

その肩は震えている。
原因が何なのか、彼女の声で想像がつく。

「あなた達の目的が実験を止める事なら、帝督は必ず力になるっ! だからお願いっ、帝督を死なせたくない・・・・・・死ぬかもしれない状況に立たせたく、ないの」

上条が口を開こうとするのを美琴が手で制する。

「何でアンタ達は実験を止めようとしてるの」

「・・・・・・私はただの傲慢。これ以上、私の知り合いに死んでほしく、ない。たとえ本人が死を当然と受け入れていても」

10032号には答えなかったものを、帝督に吐露したように心理定規はその願いを口にした。

「帝督は・・・・・・私の為に、私を助ける為に此処に来てくれた。私が願ったから、実験を止める為に命を掛けてる」

美琴達にはどう映ったのだろうか。
少なくとも良い印象は持たないだろう、と心理定規は思う。
自分勝手な嫌な女。分かっている。
それでも、どんなに無様でもこの可能性に縋りつく。

「・・・・・・お願いします」



「――御坂、二人を頼む」

「・・・・・・でも」

「この子の言った通りなら帝督って奴は敵じゃない。だから、後は俺がやる」

今度こそ、美琴に上条を止めることは出来ない。
ただ此処で待つことしか出来ない。心理定規と同じように。

「・・・・・・」

心理定規が顔を上げた。
恐る恐る、ゆっくりと。

「・・・・・・分かった。この子達は任せて。だからアンタも必ず――」

「戻って来る。帝督って奴と一緒に」

最初に目に入ったのは上条の笑顔だった。
誰にも出来ないことをやってしまいそうな、そんな笑顔。

「だから泣くなよ」

心理定規は何も言えない。
言わなければならない言葉があるはずなのに、声が出ない。

「待ってください、とミサカは・・・・・・」

「お前には文句が山ほど残ってる。後でたっぷり言わせてもらうからな」

そう言って、上条は振り向くことなく走り出した。
それを見送ることしか出来ないまま、心理定規は立ち尽くす。
これでもう心理定規に出来ることはない。

(愚かね・・・・・・私みたいな人間が動いて、この子達の為に動く人間が他に居ないなんてある訳がなかったのに)

この世界は、悲劇ばかりではない。
悲劇ばかりを見てきたせいで忘れていた。
――この街のヒーローは一人じゃない。

金の為でもなく、名誉の為でもなく、愛の為――ただ誰かの為に動ける人が居る。
そんな幻想が真実であったことを心理定規は知った。

(・・・・・・本当、馬鹿ね、私は。一人で動いて、結局帝督を巻き込んで、こうして後悔する)

そんな真実が後悔を加速させる。

(助けたいって気持ちだけじゃあ、誰も救えない)

「・・・・・・あの、さ」

(分かっていたつもりだった。・・・・・・そもそもそんな気持ちを持つこと自体、場違いだったのかもね)

「――ありがとう。この子達の為に動いてくれて。理由は分からないけど、この子達の為に動いてくれる人が居るって分かった。本当は私が一人で解決しなきゃいけないことなのに・・・・・・」

(私達は表の世界に悪影響しか与えない。それが善意や優しさであっても)

「・・・・・・ねえ、ちょっと?」

(交差すれば否応なく表を悪意で染めてしまう。私のような人間に少しでも善意や優しさがあるなら、それを内に秘めておくことが最善・・・・・・)

「・・・・・・」

「お姉さま? 何を――」

(今回の命令の真意は分を弁えろ、ということなのかしら・・・・・・光に触れようなんて思うなっていう――)

思考と自責に埋没していた心理定規を現実に引き戻したのは初対面のはずの美琴の、遠慮のない電撃だった。

「ななななななにをををを」

痺れのせいで声が震えている。先程の上条の右手の力を見た時よりもさらに目を見開き、信じられないと言うように美琴を見た。

「無視すんな!」

「い、いきなり能力を人に使う!?」

「アイツか黒子にぐらいしか普段は使わないわよ!」

「私とは初対面でしょう!」

この空気が読めないのは9891号と同じ、それともオリジナル譲りだったのだろうか。
レベル5の中でも美琴は温厚という話だったが、認識を改めねばならないかもしれない、と心理定規は強く思う。

「――アンタみたいな奴に心当たりがあるのよ。そして私はそいつが嫌いなの」

10032号の前に立ち、美琴は心理定規を睨む。

「そう。そういえばあなたは“アイテム”と対峙したんだったわね」

心理定規の言う通り、美琴は八月十九日に暗部の小組織、アイテムと直接戦っている。
心理定規から暗部特有の匂いでも嗅ぎ取ったのだろうか。

「・・・・・・アンタ、あいつらを知ってるの」

「同類よ。分かっているでしょう?」

「じゃあ何で実験の妨害なんか・・・・・・」

「さっき言ったことが全てよ」

心理定規は身構える。
場違いの行動の結果がこれだ、と自嘲して。

「・・・・・・はぁ」

しかし、美琴は溜め息を吐いて警戒を解いた。

「――?」

「これじゃただの八つ当たりじゃない」

心理定規から地面に視線を落として、美琴が言う。

「他人任せに出来ない理由があるのに何も出来ない。私が何とかしなくちゃいけないのに何も出来ない・・・・・・アンタもそう思ってるんじゃない?」

「・・・・・・」

「七人しかいない超能力者の第三位、常盤台の超電磁砲、そんなの肩書きだけで・・・・・・何も出来ない自分が大嫌い」

そうか、と理解する。
美琴は心理定規にアイテムと同じものを感じたのではない、心理定規に自分を重ねていたのだと。
それに気付いた瞬間、心理定規も自身と美琴を重ねた。

「・・・・・・だからといって電撃というのはどうかと思うけど」

「・・・・・・悪かったわね」

成る程、確かに今の美琴と心理定規の状況は似ている。
むしろ第三位である美琴の方が、自身の無力を痛感しているのかもしれない――と、そこまで考えて、今更になって気付く。
第三位、御坂美琴は目の前に、第二位、垣根帝督は戦場のど真ん中に。そして第一位、一方通行こそ最大の障害として戦場に君臨している。
序列が強さを表すものではないが、それでも指標にはなる。ならばその三人が出尽くしているこの場において、最後の希望、絵に描いたようなヒーローとして現れたあの少年、上条当麻とは一体――?

「一つ訊かせて」

「な、何よ」

「あのツンツン頭の彼、一体何者なの・・・・・・? 第三位のあなたが助けを求める存在なんてそうは――」

美琴は躊躇うように視線をさまよわせ、節目がちに言う。

「無能力者(レベル0)」

「――え?」

「無能力者で、230万分の1の天災で・・・・・・お人好しの馬鹿よ」

そんな人間に重すぎるものを背負わせていることを再確認したのか、美琴の声は段々と小さくなっていく。

「アイツなら私にできないことも当たり前のようにこなしちゃうんじゃないかって・・・・・・そんな予感があったから、アイツに頼った」

今度は心理定規がはぁ、と息を吐いた。

「・・・・・・私が助けを求めたのは帝督に死んでほしくないから。でも、それは帝督を信じ切れていないということと同じ。あなたと私、どちらが酷いのかは分からないけれど」

美琴が求めているのは心理定規の慰めなどではない。心理定規もそうだ。
欲しいのはそんな言葉ではなく、

「今はもう、悔やむのは終わりにしましょう。悔やんで帝督が帰って来るならいくらでも悔やむわ。けど、そんなことよりも出来ることが私達にもあるはずよ」

愚かな自分達にでもやれることだ。

「ミサカ10032号・・・・・・いえ、御坂妹だったかしら」

「何でしょうか・・・・・・?」

「あなたも自分に出来ることをしなさい。あなたがまだ帝督や彼の邪魔をするって言うなら、それを止めることが私達に出来ることよ」

「・・・・・・」

御坂妹は答えない。動くことも、しない。

「――なら、今、私達に出来ることは何? 私には考えもつかないけれど、あなたなら考え付くでしょう。第三位、御坂美琴」

化け物達に及びもつかないとしても、此処に居る少女はこの街に君臨する超能力者、その第三位。
心理定規や御坂妹よりも遥か高みに位置する少女。

「・・・・・・一方通行は大気のベクトルを操作して風を操ってる。大気に人工的な乱れを起こせば、その操作を邪魔できる・・・・・・かもしれない」

その頭脳はすぐに最善を導き出す。

「そう――あなたが言うならそれが、私達に出来る最善なんでしょう」

美琴が顔を上げ、御坂妹の肩を掴んだ。

「お願い・・・・・・アンタも協力して。アンタの力が必要なの――アイツの夢を叶える力になる為に」


――そして、少女達は動き始める。自分達の最善を。自分達の戦いを。
ただ守られる、ただ救われる、それに納得する訳にいかないのだから――。



[26884] その19
Name: マイン◆a0b30d9b ID:19cb7cf6
Date: 2011/05/21 19:19
カツ、カツという数多の足音は暗い夜の街に嫌に響いた。
音が響く度、那由他との距離は縮まり、那由他の命が削られていく。

カツン、と足音が止まった。那由他よりも手前、軍覇との戦闘で吹き飛ばされたのだろう猟犬部隊の一人が転がっていた。

チッ、と数多は舌打ちをして、隊員を蹴る。
腹を蹴られた隊員は咽せながら目を覚ました。

「他の奴らを回収しろ。余った奴らは置いてけ」

「りっ、了解・・・・・・」

乗ってきた車両の一台は軍覇に壊され、全員を回収することは出来ない。数多は冷たく言い捨て、再び歩き出す。
それを隊員が恐る恐るといった様子で呼び止めた。

「だ、第七位はどうしますか」

「ほっとけ。余計な真似はするんじゃねぇぞ」

足を止めることなくそう答え、今度こそ那由他の下にたどり着く。

「聞こえちゃいねぇだろうがそういう訳だ、那由他。お前は此処で死んどけ。生きてたところで別にやることもねぇだろ?」

白衣から拳銃を取り出し、それを那由他に向ける。
引き金を引いて、それで木原那由他という幼すぎる少女の寿命は尽きる。
迷いも躊躇いもなく、数多は引き金に指を掛けた。

「じゃあな。恨むんなら未元物質でも恨んどけ」

そして――。





軍覇は未知の物質の翼に包まれた闇の中で格闘していた。
拳を振るうだけで人をなぎ倒し、叫ぶだけで爆発を起こし、睨むだけで物が吹き飛ぶ。
そんな能力を持っていても、この拘束は破れない。
拳を握ることも、喉を震わすことも、目を動かすことすら出来ない。

(・・・・・・むう)

声が出せないので心中で唸り、体を動かせないので心中で腕を組みながら軍覇は考える。
この状況を打破する術を。
外の状況は分からないが、良い状況ではないだろう。
那由他の身にも危険が迫っているかもしれない、と。
それは分かる。だが、どうする?

(力が入らない・・・・・・能力を使うことも出来ん)

通常の能力者ならば、たとえ未知の物質に包まれようと、思考し、演算出来る頭があれば能力を使うことは出来ただろう。
しかし軍覇は本来超能力者に分類して良いのかも分からない特殊能力者。その点に関しても彼は規格外だった。

(・・・・・・むう)

もう一度唸る。
視界は闇。目を開けているのか閉じているのかも分からない。倒れているのか立っているのか、生きているのか死んでいるのかも分からない。

(根性ォォォ!)

いくら内心で叫んでも、能力は発動しない。
軍覇にとってこんな状況は初めてで、普段なら能力を使おうと思った時には既に身体が動き、既に能力が発動していた。

(・・・・・・)

他の能力者にすればそんなことは有り得ないが、それでも軍覇は軍覇の理屈でその説明のできない力を見せてきた。
念動砲弾(アタッククラッシュ)や誘電磁力などという造語を作り、自分だけのの理屈で。

(そういや電気使いの嬢ちゃんも言ってたな。俺の理屈じゃ電気を殴り落とすなんてできないと。つまりオレはオレの理屈じゃない何かでどうにかしてたってことか。なら――)

――その理屈を軍覇はこの瞬間、あっさりと放棄した。
能力者という一応の枠付けを破り、レベル5という格付けを壊し。
説明のできない力をそうと受け入れ、自覚し、それを己の力として振るう。

(やってやれねえことはねえ!)

ゴォ! と何らかの力が軍覇の体を包み、そして未元物質の繭を内側から破壊した。
同時に仮面に皹が入り、割れ、塵となる。
最早軍覇を拘束するものはない。

「これが俺の! 根性だぁぁぁああああ!!」

軍覇が咆哮と共に立ち上がる。
その叫びが得体の知れない風を巻き起こし、いやそれはもう小さな台風だ。
その台風は数多だけを吹き飛ばし、ゆっくりと収まる。

「・・・・・・だからバカとガキは嫌いなんだよ。大人しく寝てれば良かったっつーのによぉ」

吹き飛ばされた数多が那由他から離れた場所に着地する。

「オイ、撤収だ撤収! とっととクズ共を回収しろ!」

数多の怒鳴り声にビクリと怯えながら、何とか動ける隊員たちが倒れた者たちを担いで車に運んでいく。

「逃がすわけねえだろうが――!」

「オイオーイ、良いのかぁ? 能力使っちまって。複雑かつ繊細な根性バカ」

軍覇が何の動作もなく、能力を発動させようとするが、それを数多が止めた。

「超能力者の暴走で学区が一つ壊滅なんてゴメンだぞ? 俺は」

「確かにオレはバカかもしれない。だが、ここで引くような奴はもっとバカだ」

得体の知れない力を纏いながら、軍覇が一歩踏み出す。
それだけで説明のできない、目に見えない何かが起きているような気がする。

(チッ。こいつ相手に下手にジャミングしたところで意味はねぇ)

演算を妨害する音波どころか、能力者の脳に負荷を掛けるキャパシティダウンでも軍覇に効果は見込めないだろう。
木原でさえ解明できなかったナンバーセブン、樹系図の設計者にも演算できないであろう未知。
そんな怪物と数多は相対している。

「嬢ちゃんの代わりにオレがお前をぶん殴る」

その言葉と同時に数多の視界から軍覇が消えた。
軍覇が動いたのではない。数多が空を飛んでいた。

(――!?)

前触れもなく。少なくとも数多にはいつ攻撃を受けたのか、これが攻撃なのかすら分からなかった。


(何処にダメージを受けた? 何時攻撃を受けた?)
身体に不自然な痛み。殴られたような、撃たれたような、言い表せないダメージが数多を襲う。

「本気で潰すぞ、お前」

頭を埋め尽くす疑問符の中、軍覇の声が何故か耳元で聞こえた気がする。
軍覇は一歩も動いていないというのに。

「この、クソ野郎が――!」

悪態と共に、数多は地上へと急速にたたき落とされる。
それは一瞬の出来事だった。











「勝手に勝ち誇ってんじゃねえぞォォォオオオオ!!」

一方通行に操作された風の渦の中、帝督は歪な二枚の翼を用いて抗う。
この世の物理法則は変質し、しかしその法則も一瞬で一方通行の支配下に置かれる。
ただの新物質や新法則では、一方通行の頭脳に解析されてしまう。
それでも解析の為に生み出された刹那が帝督を救った。

「・・・・・・?」

(――! 風が乱れたッ?)

一方通行の操る学園都市の大気が不自然に乱れ、操作から外れる。
その乱れは離れた場所を起点にした、有り得ないもの。自然風や風使いの能力者、などという言葉では表せない、説明できない力によるものだ。

「うぉぉおおおおお!」

そしてもう一つ。
――幻想殺しを持つ少年が風の渦を打ち消し、大きな風穴を作る。



「――なンだ」

「テメェ」

一方通行と帝督の声が被さりながら少年に届く。
一方通行の声は地上から、帝督の声は頭上から。

「まさか第二位のお友達ですかァ?」

「クソが。誰だか知らねえが邪魔してんじゃねえぞ」

突如現れた乱入者に二人から殺意が飛ぶ。

「お前が帝督かっ!?」

それを物ともせず、少年、上条当麻は帝督の名を呼んだ。

「だったらなんだっつーんだ」

「女の子に頼まれた。お前を助けてくれって」

「・・・・・・心理定規。――それでテメェはノコノコやってきたってか?」

帝督は苛ついていた。
戦いに水をさされ、しかもそいつは自身の手で助けると決めた女に頼まれたと宣う。
まるで自分では役者不足だと言うように。
無論それは帝督の被害妄想に過ぎない。上条は誰に頼まれずとも、此処に着ていただろう。

「空気が読めねえな、テメェも心理定規も」

初めてかもしれなかった。自分の意思というもので動くなど。
だからその意思を突き通したかった。
今の帝督にとって上条は邪魔者でしかない。

それはくだらない意地だ。
たった一人で最強に立ち向かい、愛する女を救う。
そんな自分に酔っているだけなのかもしれない。
一方通行の言う通り、ヒーローを気取りたいだけなのかもしれない。

「テメェの出る幕はねえ。わざわざ死にに来る必要もないだろ」

一方通行に視線を戻すと、帝督は無造作に右手を振った。未元物質を操作し、上条を退場させる為に。

「――あの女の子はお前に死んでほしくなくて、見ず知らずの俺なんかに頭を下げたんだ」

しかし、上条の右手がその不可視の攻撃を打ち消した。いとも容易く。

(念動力か? 確かにそれなら未元物質だけなら防ぐのも不可能じゃねえが・・・・・・)

今の攻撃は物理法則をねじ曲げた光線などではなく、単純に未元物質をぶつけるだけの攻撃だ。
そうでなければ手加減のしようがない。
だが、こうも簡単に第二位の攻撃を防げるのか?
そんな疑問が生まれる。

上条の言葉は途切れない。

「お前が命を賭けて助けようとした子が、お前に死んでほしくないって言ってんだ! だったらお前は生きなきゃならない!」

(・・・・・・あいつが望んでくれんなら死ぬつもりなんざねえよ)

上条の叫びとは反対に帝督の心は冷め切っている。
それは言われるまでもないことだ。

「事情も知らねえ部外者が説教タレんな。何様だよ、テメェは。第一位の前にテメェから潰すぞコラ」

それが帝督の苛立ちを加速させる。

「俺はテメェみたいな雑魚に助けられる必要はねえ。俺は俺の力であいつを守る。あいつの願いを叶える。この俺が自分の力で――!」

目の前のツンツン頭の少年が本物のヒーローに見えて。まるで自分が偽物のようで。
決して間違ってなどいない――はずなのに。

「そんなもんに拘って、自分で自分の大切な人を泣かせてんじゃねえ」

「な――――」

その時。帝督は一方通行のことも忘れ、思考が停止した。

「お前がどれだけ強いのかなんて知らない。だけど、お前が死ぬかもしれないって思うだけで泣く子がいる」

――帝督は絶対的な強さなど持ってはいない。一方通行に絶対勝てるという保証などない。

だから恥も外聞も捨て、泣いて助けを請うた人がいる。

「ならお前は使えるものを全部使ってでも、生き残らなきゃならないだろ!? あの子の本当の願いを叶える為に!」

帝督は何も言わない。


「――お前があの子を助けたいって思うのと同じくらい、あの子もお前を助けたいって思ってんだ!」


妹達でもなく。那由他でもなく。
心理定規は今、帝督だけを守りたい。
上条や美琴が妹達を助けてくれるというなら、心理定規は帝督だけを助けたい。

9981号はもう、いない。
心理定規があの時助けたかった少女は死んでいる。
確かに心理定規は死んだ人間と同じ顔の少女たちを助けたかった。その気持ちは本当だ。
だが、死人に対する想いなどで帝督を失いたくない。

薄情かもしれない、だがそれが心理定規の本心だった。
死んだ人間の為に愛する人を犠牲になど、できない。



「それで茶番は終わりかァ?」

帝督の体が空から遠くの地面に叩きつけられた。
上条が右手を伸ばすよりも速く、声の主によって。

「ッ、テメェ!」

「はァ? オイオイ、あいつに隙を作ったのはオマエのありがてェ言葉だぞ? ヒーロー。テレビじゃねェンだ、俺が大人しく説教終わるまで待ってるとか思ってンのか?」

愉しそうに、それでいて不愉快そうに一方通行は笑った。


「どうやらテメェが一番空気読めねえみたいだな」


声がした。
虚勢ではなく余裕そうな声が。

「せっかくの空気の読めねえヒーロー様のヒーロータイムだったってのに、台無しじゃねえか」

砂煙が何処からか生み出された風によって晴れ、その風の中心に帝督は立っていた。
無傷ではない、歪な二枚の翼はなく。頭から血を流し、それが目に入ったのか片目は閉じられている。
それでも帝督は立っていた。

「俺が心理定規だったら説教だな説教。悪役失格だぜ、一方通行」

ただ愉快ような笑みを浮かべて。

「おい。半分力貸せ、ヒーロー」

「・・・・・・俺はヒーローなんて柄じゃねえよ」

帝督の言葉に上条も笑った。

「なら俺は悪党以下のチンピラか。そいつが俺の女に手を出したって理由だけで此処にいるんだからよ」

「チンピラはそんな台詞吐かねえって」

そうか、と帝督はもう一度笑って、

「第二位一人だったところに雑魚が一匹増えたところで大して変わらねえ。やることは同じだ。今度こそぶっ潰す」

「え、お前第二位だったのか?」

「ああ? じゃなきゃ第一位相手に喧嘩売らねえっつーの。・・・・・・いや、売ってるか。俺が第二位じゃなくてもあいつがいたなら、な」

ガシガシと頭を掻き、今度こそ一方通行へと意識を集中する。

「終わりにしようぜ、一方通行」

「クソが」

敵意と殺意の籠もった視線がぶつかり合う。
それに退くことなく、帝督と上条は構えた。
一方通行は構えない。構えなど必要ない。
意識を集中する必要さえもないだろう、帝督の力が届くことはないのだから。
故に、一方通行は口を開いた。感情のままに。

「――二人揃ってヒーロー気取ってンじゃねェよ」

今まで一方通行の心の奥底にあった思いが爆発する。
認めない。認める訳にはいかない。

「あいつらは俺にぶっ殺される為に生まれたンだ。なら俺にぶっ殺されンのが当然だろうが!」

誰の為の実験だ? 誰の為の命だ?

「オマエらが実験を止めたとして、あいつらみてェなクローンが生きていけるとか思ってンのか?」

全て自分の為だ。
研究者たちの為などではない。無敵になりたいと願ったのは自分自身だ。

「あの人形が助けてくれとでも言ったかァ!? 俺に殺されたくなんかないっつったのかよォ!?」

言うはずがない。そんな考えなど持てるはずはない。
一方通行はミサカ本人から聞いたのだ。
ミサカたちを否定する言葉を言うなと。

「オマエらの勝手な都合で邪魔してンじゃねェよ!」

そこまで言うと、一方通行は大きく息を吐いた。
何時ぶりだろうか、こんなに声を張り上げたのは。

「――妹達だって必死に生きてんだぞ」

「・・・・・・あァ?」

「殺されるのが当然なのも、当たり前の事みたいに自分たちを実験動物だって呼ぶのも、作った奴らがそう教えたからだ。――それでも、妹達だって自分なりのやり方で精一杯生きてんだぞ」

上条は否定する。
一方通行の言葉の全てを。

「猫に餌をあげたり、ノミを取ってやったり、誰かに命令されたんじゃない。自分で考えて、自分がやりたいからそうしたんだ。自分の意思で」

妹達は言葉にはしなかった。それどころか考えもつかなかった。
だが、そんな当たり前のことも出来ないようにしたのは研究者たちだ。
ならば。

「確かにこの世界は妹達が生きていくには辛い世界かもしれない・・・・・・だけど、お前の勝手な都合で妹達の命を奪っていい事になんてなんねえだろ!!」

生きたいか、と問うのはせめて人間らしく生きてみてからでなければならないだろう。
人らしく生きて、当たり前に生活して、それから問えば良い。
その為に立ち上がってくれる人たちがこの世界にはいる。
上条当麻や御坂美琴だけではない。もっとたくさんの人々が。
中には心無い人間もいるだろう。
その時はまた立ち向かうだけだ。

――だから、こんなところで妹達の命を終わらせる訳にはいかない。


拳を握りしめ、上条は走り出す。

「――いくぞ、最強」

ただ真っ直ぐ。一方通行に向かって。
帝督に止める間はなかった。だが、まだ間に合う。
上条の後を追い、帝督も足を動かした。
止める為ではない。
その握った拳を振り抜く為に。

「――歯、食いしばりやがれ、一方通行ァ!」


「うォォオオオオッ!」


それはどちらの声だったのか。
二人は並び、一方通行の懐に潜り込む。
一方通行は防御の姿勢など取らない。両手を広げ、演算する。
一方通行は後でも先でもただ二人の体に触れるだけでいい。それだけで勝敗は決する。


――しかし、一方通行は両手を広げたまま、後ろへと吹き飛んだ。
反射の壁を破った、二人の拳によって。


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