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新しいシーズンが始まった。UCIとグランツールの確執は、もう取り返しのつかないところまで来たように見える。昨年から今年にかけて、チームのスポンサーの変更や選手の移籍が例年よりはるかに多くみられたのは印象的だった。
選手の移籍は、いろいろな条件が整って決まる。契約は、選手が活躍をしたり、スポンサーが、あるいはチームが戦略的にどの人間が欲しいとか、いろいろな条件がある。実力があるとか、人気があるとか、その地域に住んでいるとか…。スポンサーの経済効果を狙って選手を選ぶことも多い。
 

移籍したい選手、移籍しなければならない選手、上を目指したい選手、その3つの動きが絡まって、選手の移籍話や交渉はツール・ド・フランスの頃から激しくなる。
9月中には、ほとんどの選手がどこに行くかが決まるケースが多い。契約が実際になされるのが先なので明らかにできないだけで、まずエース級から行く先が決まり始める。
移籍は、本人がそれを公表はしないまでも、チームバスの中などでチームメイトにこっそり教える。

「○○がウチに入るらしいよ」「オレ○○に行っちゃうからね」なんて話が聞こえてくる。すると仲のいい連中は「オレも連れていけよ」という話が起きることもある。それは、その選手のアシストとして入ってきた選手の場合に多い。

 

ボーネンやペタッキのアシストに見られるように、特にスプリントは連係プレイが重要だ。だから、ゴール手前で発射してくれる選手とか、その直前まで時速60kmで2キロくらいは全力で引っ張ってくれる、どんなシチュエーションでも絶対に譲らずにトップを引っ張ってくれるような選手をアシストとして連れていく場合がある。

目立たない選手だったけど、過去にサエコチームでチポッリーニを勝たせるために先頭を牽いたジュゼッペ・カルカテッラ(イタリア)なんて、外見も迫力があり、誰も前へ出てこられない状態で引いていた。「ここでジャマをしたら後で殴られるんじゃないか」と感じるくらいの迫力だったよ。

また、総合狙いの選手は、自分の女房役みたいな選手が必要だから、総合力のある選手を連れて行きたがる。いざとなったときに役に立つ、司令塔になってくれる選手を連れて行くこともある。こうして、アシスト選手も移籍先が決まっていく。移籍の情報は、契約上は言っても問題はないかもしれないけど、決まる前に他のチームが獲得したがるとか、今在籍しているチームに迷惑がかかることもあるし、もしかすると自分の契約も反古になる可能性もあるから、あまり軽率に公言することはないんだ。
ボクがヨーロッパに行って、初めて出た大きなレースがリエージュ〜バストーニュ〜リエージュ(以下L-B-L)だった。L-B-Lに出るときは、ポルティにとってジャンニ・ブーニョが絶対的なチームのエースだった。ジロを完全優勝し、世界選手権を2度勝っていたころのブーニョに対して、自分は彼の「お付き」みたいな感じだった。そのころの自分に積極的な「アシスト」なんて望めないと思っていたけど、「メンバーに選んでもらったんだからしっかり走ろう」と思って出た。

ブーニョは、L-B-Lのようなレースでは、ずっと後ろにいて他の選手と談笑し、全然慌てず、本当の勝負どころで前に出るという戦い方をした。だから前を牽かなきゃならないシーンがけっこうあった。集団の動きが活性化しているなかで前に出たいんだけど、それには路肩ギリギリを走る必要がある。前に出ては後ろに下がり、と、集団が渦を巻いた生き物のように動く。その、前に出るとき、本当はボクがブーニョを引っ張っていかなきゃいけないのに、テクニックがないので、ブーニョが自分で前の選手のケツにハンドルを当てながら上がっていった。

本当に綱渡りのようなワザだよ。ひょい、ひょい、ひょいっと、路肩を外れるかどうかのギリギリを抜けていく。後ろから見ていると本当にうまかった。ちょっと間が空いていたらスッと上がり、空いていなくてもコジあけて前に上がっていくんだ。

 
路肩から落ちてもスグに復帰できるように、そして慌てないようにと、実はブーニョは前日にその練習までしていたんだ。泊まっていたヘントの街でトレーニングに出かけたとき、やたら路肩に落ちては復帰する練習を重ねていた。ブーニョはそういう選手だったんだ。「あれだけレースを走っていたら、そんなことしなくても身に付いているんだろう」と思ったけど、それを何回も反復練習していたんだ。自分に言い聞かせるように、落として、ボーンと上がって…。
2008年には別府史之がスキル・シマノに移籍した。これは、いい意味でフミがグランツールへの出場のチャンスに近づいたと見ていいと思う。スキル・シマノの土井雪広も、もともとしのぎを削った二人でしょう。うまいチャンスを掴んだと思ってやるしかないし、その気でいると思う。ビッグチャンスが転がってくる可能性があるはずだ。

ボクが出てから10年以上、誰もツール・ド・フランスを走っていない。こんなに日本でロードレーサーに乗る人達が増えているときに、その人達が楽しめる大きな話題づくりとしても、そろそろ出場してくれないといけないよね。今ツールに出たら、反響は僕が出た当時とは遙かに違うだろう。出始めたら立て続けに出ると思われていたのに、こんなに間が空くとは誰も思っていなかった。
今の日本の状況は、ロードレースのチームにスポンサーがついても、そのメリットを発揮できていないと感じる。日本のトップクラスのチームになると、1億円以上は必要になるだろう。プロコンチネンタルチームで数億、UCIプロツアーチームは10数億以上、30億円とか、巨額の費用がかかると言われている。

日本のチームについて言えば、たとえ数千万円でも、それを出せる企業は少なそうだ。自転車業界の企業だったら使命感もあって出すだろうけど、もっと根本的には大きな露出があって、費用対効果があるという状況がなければ、数千万円を出してくれる企業はない。夢だけじゃお金は集まらないし、レース活動はできないよ。

どんなスポーツでも、頂点があって、それが華やかだったら、裾野が広がっていく。たとえ専門誌だけにしか露出ができないとしても、それを十分にしなきゃならない。成績を出すだけじゃなくて…それが大事な姿勢だ。
 
スポンサーを大事にする、サプライヤーを大事にする、というのは当然のことなんだ。スポンサーといえば、思い出すのはとあるサドルメーカーのこと。ある年、ポルティの使うサドルのスポンサーが変更になった。そのメーカーのサドルを使うとお尻が痛くて、本当に大変だったのだけど、ブーニョも黙って使っていたから、誰も文句が言えなかった。帝王がそうなので、みんな黙って従っていたんだ。

ところが、ある日皆がボイコットしてしまった。見かねたメカニックが「みんながかわいそうだ」と他社のサドルを持ってきて、全部付け替えてしまったんだ。選手は大喜びだったけど、監督は怒ったね。スポンサーからお金をもらって、商品をもらって、それでプロチームは成り立っているんだ。「許さん、クビだ〜!」と、そのメカニックはついにクビになってしまった。この話なんか、チームがいかにスポンサーを重視しているかがよくわかる話だ。
 

チームバスやチームカーについての話をしよう。日本の企業だったら、ごちゃ混ぜのデザインをするかもしれないね。ヨーロッパのチームは、トータルでバランスよくデザインされていることに気づくと思う。

ボクがいたポルティは黄色と緑の配色でしょ? 黄色と緑の組み合わせなんてあり得ない! と思ったけど、それをうま〜く処理して、クルマのラインを生かしてデザインしてみせる。向こうのチームは見せ方をよく知っているよ、ハズレがない。

チームバスの見せ方は、「チームの勢いがある」というのを見せることだ。あれで会場に入っていく、という行為が必要なんだ。大勢の皆さんに見せるのだから、レースの前からちゃんとアピールする必要があるんだ。たまにはヘリからも撮られるから、屋根の上にもロゴがちゃんと見えるようにしてある。そのへんも計算ずくというわけだ。

プロだから無駄な動きというのはしないけれど、たとえばUCI2クラスのレースで、ポルティが「唯一目立つチーム」として招待され、走るとする。そういうときには、勝負に関係なくてもずっと引っ張ったりする。必ずポルティがコントロールするんだ。そして最後にちゃんと勝つ。たとえば「そこで引っ張っても全然意味がない」「格下の選手がどんどん脱落していくんだから、いなくなるのを待っていればいいじゃないか」という状況でも、ちゃんとレースを組み立てる。そういう「見せ方」も大事なんだ。

いよいよレースシーズンが開幕する。ロードレースそのものの映像はもちろんだけど、何でもないときの選手の振る舞いやチームのスポンサーなどに注目してみると、より奥深い観戦ができると思う。ぜひレースの現場にも足を運んで欲しいね。

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