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これが言いたい:温室効果ガス削減中期目標は見直すべきだ=山口光恒

 ◇首相自らサミットで説明を--東京大学特任教授・山口光恒

 東日本大震災とそれに続く福島第1原子力発電所事故の結果、震災対策以外の最優先課題は原発事故の早期収束と電力の供給力不足対策となり、温暖化対策は暫時棚上げとなった。だがこれはあくまで国内の事情であり、温室効果ガス削減の国際交渉はスケジュール通りに進んでいる。

 大震災で停止した原発15基(点検中を含む)のうち福島第1の6基が復旧せず、これに浜岡原子力発電所の停止分も加えて火力発電で代替すると仮定すると、今回の事故による日本の年間二酸化炭素(CO2)排出増は約3000万トンとなる。これは90年のわが国温室効果ガス排出量の2・3%にあたり、この分だけ京都議定書の目標達成が苦しくなる。電力不足による経済活動への影響や節電効果もあるが定期点検中の原発の再稼働に遅れが出ており、目標未達のおそれがある。

 次に2020年に向けての日本の中期目標への影響である。鳩山由紀夫首相(当時)が宣言した25%削減に限らず、中期目標のすべてのシナリオは、20年までに原子力発電所9基の新設(及び稼働率の80%以上への引き上げ)を前提としていた。

 今回の事故により、この前提の大幅見直しは必至である。9基のうち建設中の2基のみが20年までに完工し、福島第1の6基も20年に稼働しない場合、これらを火力発電で代替すると年間CO2排出増は9000万トン強、90年比約7%増となる。仮定次第で10%にも達する。

 震災で中期目標はこれだけ上振れする可能性がある。もちろん太陽光等の自然エネルギー代替も考えられるが、これらは中期目標で最大限の増加を見込んでおり、大幅積み増しは難しい。

 こうした中で菅直人首相が早急に行うべきことの第一は万一の目標未達に備えて、フランスで開かれる主要国首脳会議(G8サミット)などの場で震災による排出増加部分を「不可抗力」として京都議定書目標の枠外とするよう説得することである。

 特段の事情なしに京都議定書目標達成を早々にあきらめたカナダに対し、罰則の議論は出ていない。日本は中越沖地震による柏崎刈羽原子力発電所停止による排出増について、海外からの排出枠購入でつじつまを合わせた。つまり、不可抗力を海外への資金流出でまかなったのである。これを繰り返してはならないし、今の日本にその余裕はない。

 第二は、中期目標の前提条件であるエネルギー長期計画見直しが必至の中でこれを理由として25%削減目標の一時凍結を宣言すべきである。日本の震災に対する関心と理解がこれだけ高まっている現在、一刻も早く正式にこれを宣言することが重要である。

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 その上で震災の日本経済への影響、国の復興計画と財政状況を踏まえ、環境と調和した日本経済発展の戦略を構築する。その中で化石燃料、自然エネルギー、原子力の最適な組み合わせの合意を得て、それを反映した中期目標を策定し、国際社会に提示する。

 目標は主要国参加による意欲的な国際条約締結の場合とそうでない場合の2本立てとすべきである。内容がしっかりしていれば心ある世界の国や人からは必ず評価される。

 化石燃料発電の効率向上、技術革新による自然エネルギーのコスト低減と普及、リスクに正面から向き合いこれを認識した上での原子力の利用に向け、専門家の知恵を借りつつ長期的視野で政策を立案する。このことこそ、日本に必要な戦略である。

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 「これが言いたい」は毎週木曜日に掲載します

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 ■人物略歴

 ◇やまぐち・みつつね

 専門は環境経済・政策。温暖化に関する各種政府委員会や国際機関の委員を務める。

毎日新聞 2011年5月12日 東京朝刊

 

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