『好きなように生きろ』
俺こと織斑一夏が尊敬する人の言葉で、最も好きな言葉だ。
だから俺はその様に生きてきたつもりだ。中学校の時、理不尽な理由で怒られて人の話を全く聞こうとしない教師の車のボンネットに大きく十円玉で『ボケ』と書いたり――大体、怒られて1ヶ月ぐらい経った頃にするといい――、全校集会で教壇の所にエロ本を置いてみたり、卒業文集で読書感想文を書いてみたりと、俺は自分が面白いと思った事は即実行して生きてきた。
まぁその後、何度もお姉ちゃんと妹に怒られたけどな!
誰だって自分の好きなように生きて、人生を思いっ切り楽しむ事が出来れば世の中きっと平和になるんじゃないだろうか。
などと殊勝な事を3年に1回ぐらい考えながら俺は今日も俺らしく1日を送る。
とりあえず今日は高校の入学試験。
受ける高校の名前は私立藍越学園。俺がここを受ける理由は2つ。『学費が安い』という事と『就職先が安定してる』というまぁ不景気と就職氷河期の時代において何とも素晴らしい謳い文句だった。
ちなみに俺、学校の成績はトップを維持している。理由は一つ。『成績が良けりゃ多少のやり過ぎも教師は目を瞑ってくれる』からだ。
たとえば『一流大学確実なぐらい成績が良いが素行の悪い生徒』と『留年ギリギリ成績下位で素行の悪い生徒』だと教師の反応はまるで違う。えてして教師の目は後者に向くのだ。
生憎、俺は『生徒に違いなんてない!』や『懲戒免職が何だ! お前を立派に更生させてやる!』や『お前達は腐ったミカンじゃない!』とか言うような熱血教師に会った事がない。とりあえず自分の生徒から一流大学を出して株を上げようとするリーマン教師ばかりだったので、成績で上位を保てれば多少の素行の問題は軽い注意で済んだ。
うん、大人汚い。
とまぁ俺は俺の生き方につまらない邪魔や茶々を入れたくないので、成績は学年上位を保つ。なので高校入試はハッキリ言って楽勝である。具体的に言うと、レベル12ぐらいでカンダタに挑む感じだ。
あれ? 具体的に言ったつもりなのに逆に解りにくいぞ。しかも楽勝かどうか微妙じゃね、これ?
しょうがない。別の例を挙げると、ジャギがアミバと戦うようなもんだ。あれ? アミバがジャギだっけ? つか、こいつ等どっちが強いんだ?
「ジャギかアミバか・・・アミバかジャギか・・・兄か天才か・・・仮面か偽者か・・・ジャギ、アミバ、ジャギ、アミバ、ジャギ、アミバ、ジャギ、アミバ、ジャギ、アミバ・・・俺の名を言ってみろうわらば・・・・・おや?」
『ママ~。あのお兄ちゃん、ネタキャラの名前言いながら歩いてるよ~』、『しっ! 見ちゃいけません! ちなみにお母さんはジャッカルが割と好きよ』とかお約束な台詞を言われるであろう俺は、試験会場を歩いている間に道に迷ってしまっていた。
ちなみに入学試験は去年に発覚したカンニング対策の為にその高校で行わず、多目的ホールを使用しての事となった。他の高校の入試も同時に行われている為、かなり広い場所を使用している。
マ、マズイ・・・このままでは俺は『世紀末的な漫画の事を考えてて入試を受けれず不合格』という史上初の中学生になってしまう。
・・・・・・・・・それはそれでおいしいかかも。
いやいやいや! 流石にマズいぞ。受験失敗して、中学留年なんてしちまったらお姉ちゃんに怒られる! 後、妹にまた馬鹿にされる!
「落ち着けイッチー。俺はやれば出来る子だ。こういう時こそ第六感を働かせろ。そうだ小宇宙(コスモ)を燃やせ! 目覚めろ俺のセブンセンシズ! あ、コレ六感じゃねぇや」
俺は額に指を当てて受験会場を探る。余談だが、このポーズで瞬間移動の練習を小三の頃までしていたのは俺と君だけの秘密だ。誰だよ、君って。
「む!」
ビビッと俺は感じた。前方にある扉。あそここそ俺が受ける私立藍越学園の試験会場だ。俺は職員さんに怒られるなどお構いなく、試験会場の扉に向かって走り、扉を開いた。
何か『関係者以外立ち入り禁止』とか書かれた張り紙があったような気がするけど今の俺は視覚より直感を信じる!
俺は未来に続く扉を思いっ切り開いた。
「右を見ても女子。左を見ても女子。前を見ても女子。後ろを見ても女子。上を向いても・・・空しか見えねぇや」
後、下見ると地面しか見えないので、とりあえず前後左右は俺以外は全て女子ばかりだった。
真新しい白い制服に身を包み、俺は巨大な学園に一歩足を踏み入れた。
未来へ続く扉を開いた結果、俺は何故か私立IS学園に入学してしまった。
IS学園と言うのは、IS――インフィニット・ストラトスを扱う人間を養成する世界で唯一の学園だ。
ISとは一言で言えば『現在最強の兵器』だ。
当初は宇宙空間での活動を想定して作られたマルチフォーマル・スーツだった。しかし、宇宙で活動きても、宇宙へ進出する方は全くもって進まない。まぁつまり『デートで着ていくブランド物の服を買ったは良いが、電車に乗れずデートに行けなかった哀れな男』という事だ。うん、いまいち解らん。
まぁ早い話が宇宙進出計画は頓挫。しかし、スーツ自体のスペックは高く、お偉いさん達は『兵器』としての転用を考えた。が、アラスカだかマラカスで『戦争ヨクアリマセェーン。平和ニ解決シマショー!』という様な話し合いが行われたらしく、ISは現在、『スポーツ』の枠に落ち着いている。
でも空飛んでビーム撃って剣使ってミサイル防ぐISをスポーツで括れる筈がない。そんなのはただの建前で、どの国もISの研究を日夜進めてしっかりと軍事利用してるけどな。
でもISには実は致命的な欠陥がある。
俺の尊敬する人――師匠と呼んでもいい人――は、かつて言った。
この世で女しか上手く扱えないものが三つある。『夜泣きした赤ん坊』、『童貞』、『IS』の三つだ、と。そう、ISは何故か女性にしか扱えないのだ。
そう・・・俺が間違って入った部屋に置いてあったISを起動させるまでは。
「何でこうなるかなぁ」
女にしか動かせない試験用のISを男の俺が起動させてしまった事は世界的に話題になり、テレビの取材が来たり、変な黒い服のおっさん達が来たりして、俺はこのIS学園に入学してしまった。その時、家族として妹――モザイクかかってたけど――のコメント。
『非常識な人だと思ってましたが、ここまで非常識だとは思いませんでした』
と、全国ネットで俺が非常識な人間だと言いやがった。
で、現在、世界でISを動かせる男は俺一人。当然ながらこの学園にいる人間は、教師も含めて全員女である。俺の事は『世界初のISを動かせる男』として既に認知されており、道行く女子達の視線は全て俺に集まってくる。
生憎、俺にマゾッ気は無いので、視線に晒されても興奮はしない。だが、流石にこうも見られると気分の良いものではない。
「くそ・・・いっそ俺も女子の制服を着てくれば・・・」
「アホかお前は」
「む? 誰だ、人をアホ呼ばわりするのは!?」
いきなり後ろから無礼な言葉を述べる人物に文句言ってやろうと俺は振り返った。
「! お、お前は!?」
そこにいたのは、学園の制服を着て、長い髪をリボンでポニーテールにした女子だった。凛とした表情と佇まいは、まるで侍を連想させる。
「ひ、久し振りだな・・・い、一夏」
そっと視線を逸らしながら俺の名前を呼ぶこの女子・・・間違いない。コイツは、俺の幼馴染。6年前、引っ越してしまったが、間違えよう筈がない。
「お前・・・チリトリぶほっ!!」
「箒だ!!」
幼馴染の強烈なパンチが飛んできて、地面を転がる。地面に倒れる俺に向かって、幼馴染こと篠ノ之箒は、大股で歩み寄って来て胸倉を掴む。
「貴様、その呼び方で呼ぶのはやめろと昔言っただろう?」
「わ、悪い。久し振りに会ったから忘れてて・・・えっと・・・掃除機」
「箒だと言ってるだろうが!」
「いやでも他にもモップとか雑巾とかハタキとかあるし・・・」
「わざとか!? わざとなんだな!」
「でもまぁゴミ箱とかクズ籠を言わないだけ良心的と思わないか?」
「人の名前を間違って呼んでる時点で失礼だ!!」
む。確かに一理あるな。だがまぁ今はそれより・・・。
「おい箒。注目されてるぞ」
「え? あ・・・」
俺が目配せして箒も気付いたようだ。そう。今、俺達は周囲の生徒達から注目の視線を浴びていた。まぁこんな往来で男女が大声を張り上げていれば注目されるだろう。大声出してんの箒だけだけど。
箒は手を離し、咳払いをすると俺を見据えて言った。
「そ、その・・・何だ。ひ、ひひ、久し振りだな・・・」
「お~。元気そうだな、箒。会えて嬉しいぞ」
「嬉し・・・!? ば、馬鹿! こんな人の前で・・・!」
「?」
いや、そりゃ6年ぶりに幼馴染に会えたら嬉しいだろ。何で箒の奴、慌ててんだ?
「ふ、ふん!」
箒は鼻を鳴らし、大股で歩いて行った。俺、あいつ怒らせるような事したか?
「しっかしまぁ箒が同じ学園とはねぇ・・・」
だがちょっと考えれば、それも当然だと思う。何せ、あいつの姉ちゃんが姉ちゃんだしなぁ。
「っと。感慨に耽ってる場合じゃないな」
初日から遅刻なんて流石に問題だな。中学の入学式で遅刻しかけて、体育館に自転車で突っ込んだのはいい思い出だった。後でお姉ちゃんに半殺しにされたけどな!
「先生。僕、席替えがしたいです」
教室に入って俺は入って来た小柄で眼鏡をかけた童顔先生の山田真耶先生に申し出た。
「お、織斑君。まだ自己紹介もしてないのに・・・」
「先生、僕、目が良いんで後ろの席の人と変わりたいです」
ちなみに俺と先生の現在の距離は1mもない。そう、つまり俺の席は、ど真ん中の列の最前席。教壇の真ん前である。当然だが、この教室に男子は俺一人。そして物珍しさからか教室中の女子の視線が集まってくるのを、ひしひしと感じていた。
「で、でもクラスが決まっていきなり席替えは・・・」
「じゃあ自己紹介するんで、その代わりに席替えを要求します」
「入学早々、教師に交換条件を求めないでください!」
「先生、俺にどうしろと言うんですか?」
「とりあえず自己紹介しますので、それまで待ってください。ね?」
人差し指を立てて微笑む山田先生。う~ん、流石にそんな笑顔で言われては、俺も折れざるを得ない。あの人が言ってた男が究極に弱いものは『女性の笑顔』、『女性の涙』、『おかんの料理』、『エロ本』と言うぐらいだからな。何か俗物的なものが混じってる気がするけど、まぁ間違ってはいない。多分・・・。
とりあえず出席番号順に自己紹介が始められる中、俺は何気なく自分の右側、窓の方の席を見る。そこには、先程、再会した幼馴染の箒が座っていた。箒も俺の視線に気付いてこちらを見たが、すぐにプイッと顔を窓の方に背けてしまった。
くそ・・・箒のクセに俺をシカトするとはいい度胸だ。後で箒絞りの刑を6年ぶりに実行してやる。ちなみに箒絞りの刑とは、箒の腕を雑巾みたいに絞る、俗に言う雑巾絞りだ。単純に箒にするから箒絞りと呼んでいるだけだ。
「・・・・・くん。織斑一夏くんっ」
「はい、何でっしゃろ?」
山田先生に呼ばれて返事をする。
「え? な、何で関西弁?」
「?」
「いや、そんな不思議そうな顔をされても・・・あの~。つ、次、織斑君の自己紹介の番ですよ。あの、『あ』から始めて、今、『お』の織斑君なのね。だからね、ゴ、ゴメンね? 自己紹介してくれるかな? だ、駄目かな?」
「駄目と言われれば駄目。いいと言われればいい。だけど僕はノーと言える日本人になりたいです」
「え?」
「すいません。自分でも何言ってるか解んないです」
勢いで適当に言ってみたが、たまに俺は自分でも何を言ってるのか良く解らん時がある。う~ん、ちょっとは考えてモノを言うべきだろうか?
とにかく山田先生のご指名だ。自己紹介をするか・・・・いや別に順番回って来ただけで指名でも何でもないけど。
「え~・・・織斑一夏です。好きなおでんの具は大根です。以上」
席を立って自己紹介して再び座る。直後、クラス中の女子がざわついて近くの席の連中と話し始めた。
「何で自己紹介でわざわざ好きなおでんの話を?」
「そうよね。普通は好きなものを言うはずよね。なのに何でおでんの具に絞ったのかしら?」
「そもそもおでんの具で一番美味しいのってコンニャクよね」
「え? 違うわよ。はんぺんよ」
「玉子でしょ、どう考えても!」
「あんた素人? 厚揚げ以外にあり得ないわ」
「牛スジの良さを知らないなんて人生の半分は損してるわ」
あちこちでおでんの好きな具の話をする女子達。
ちなみに俺の尊敬する人は、『美女の唾液の垂らした出汁をご飯にかけて食うのが旨い』と人として最低の発現をかましたりする。いや、あんま関係ないけど。
「おかしい・・・どうしてこうなった?」
「お前の所為だろうが、どう考えても」
不思議に思っている俺だったが、いきなり頭を後ろから叩かれた。
「い・・・・! あれ?」
痛い、と言う前に俺はある事に気付く。この一番痛い角度と絶妙な威力を俺は知っている。うん、何つーか物心ついた時から知っているようなこの感触は・・・恐る恐る顔を上げる。
「げえっ! 華雄!?」
「微妙過ぎるわ」
パァン! また叩かれた。好きだけどなぁ、華雄。お茶漬けの次くらいに。
いやでも・・・俺は再び顔を上げる。スラッとしたボディに、長い黒髪。切れ長の鋭い眼光に、黒いスーツが良く似合うこの女性・・・ってゆーか、俺の姉の織斑千冬こと千冬姉だった。
「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」
「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」
「山田君、座布団ほぐ!!」
「お前は黙ってろ」
山田と言う名前を聞けばお約束で言わなければならない俺のボケを千冬姉が出席簿で頭を叩いてきて黙らせる。
「諸君。私が織斑千冬だ。君達新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言う事を良く効き、良く理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は若干15歳を16歳までに鍛え上げる事だ。逆らっても良いが、私の言う事は聞け。良いな」
それってつまり『誰も俺に逆らうな!』って言ってるようなもんじゃん。つか、明日16歳になる奴はどうすんだ? 1日で鍛えるのか? ・・・・・・やりそうだなぁ、この人なら。
俺が怪訝な顔をしているのを他所にクラス中からは黄色い歓声が湧いた。
「キャーーー! 千冬様! 本物の千冬様よ!!」
「ずっとファンでした!」
「私、お姉様に憧れてこの学園から来たんです! 北九州から!」
「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!」
「私、お姉様の為なら死ねます!」
人気者だなぁ千冬姉。でもまぁ当然か。千冬姉は、第1回ISの世界大会『モンド・グロッソ』の優勝者だ。つまり世界最強のIS使いという訳なんだな、これが。しかも知人関係で、ISの事についても、そこらの技術者より詳しいし、良く考えりゃ教師としてこれ程、適した人はいないか。人格は別問題として。
そんな人気者の千冬姉だが、当の本人は重い溜息を吐いた。
「毎年、良くもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者を集中させてるのか?」
隠そうともしない容赦の無いお言葉。普通なら此処で生徒は心を折られたり、暴言教師と評価を下げたりするが・・・。
「きゃあああああああ!!! お姉様! もっと叱って! 罵って!」
「でも時には優しくて~!」
「そして付け上がらないように躾をして~!」
「私、鞭で叩いて欲しいです~!」
「蝋燭でも構いません~!」
「ギャグボール・・・! ギャグボールが鞄の中に・・・!」
このクラス、何か怖い。変態のるつぼか、ここは? クラスメイトに戦慄を覚えた俺は、ここから避難すべく立ち上がった。
「先生、僕身内が危篤なんで帰って良いですか?」
「身内を目の前に堂々と解る嘘をつくな!」
パァン! また叩かれた。
「え? 身内ってもしかして・・・」
「織斑君って、あの千冬様の弟?」
「じゃあ世界で唯一男でISを使えるっていうのも・・・」
「ああっ! いいなぁ代わって欲しいなぁ!」
「私も織斑君叩きたいなぁ」
「あ、私、鞭持ってるわよ」
「私はどっちかって言うと叩かれたい・・・」
やっぱこのクラス怖い。俺がもしドMになったら、このクラスの女どもの仕業だ。
「で、織斑。何でお前は自己紹介に、わざわざ好きなおでんの具なんて言った?」
「千冬姉も大根好きだよな?」
「ああ。熱々でホクホクの大根に出汁が染みて、これがまた日本酒に合う・・・って何を言わせる!!」
パァン! また叩かれた。
「学校では織斑先生と呼べ!」
「はい・・・」
僕のお姉ちゃんは怒りんぼです。