犯罪被害者の権利保護や支援を目的とした「第2次犯罪被害者等基本計画」が動き出す。3月25日に閣議決定された計画は、重点課題の一つとして経済的支援の取り組み強化を明記。今後、新たに設置する検討会で具体策の策定に向けて議論し、5年以内に実行に移す予定だ。刑事裁判への参加制度が導入されるなど権利確立が前進する一方、事件で後遺症を負った被害者が高額な医療費負担に苦しむケースもあり、日常生活への支援の充実が大きな課題になっている。理不尽な犯罪で困窮する人々を救済する仕組みづくりに期待したい。
被害者や遺族を経済的に支援する国の制度に、犯罪被害給付制度がある。80年に導入され、08年の制度改正で支給額が増額されたが、給付金を受け取れなかったり、減額される被害者も多い。あくまで「見舞金」と位置づけられているため、継続的な補償も受けられないことから、改善を求める声が強い。
岡山県倉敷市の会社員、大崎利章さん(46)は、制度の不備に苦しむ一人だ。昨年2月、同居していた実弟に妻(当時38歳)を刺殺され、自宅に放火された。中学2年の長男と小学1年の次男もナイフで頭などを切られ、大けがをした。実弟は、ギャンブルの負けにいら立っては、大崎さんの家族に嫌がらせを繰り返していたという。
今年2月に現場を訪ねると、焼けた家財道具がまだ家の外に積まれていた。業者に払う金がないため、大崎さんと長男が少しずつ片づけているという。事件直後、手持ちの現金が7000円しかなかったのに、捜査を理由に銀行口座を凍結された。医療費を払えるか不安になり、完治前に息子たちを退院させた結果、傷口が開いてしまった。
葬儀代や電化製品の買い替えなどの出費もかさんだが、民間支援団体から31万円の補助を受けた以外、公的支援は一切なかった。遺族向けの犯罪給付金は最高で約2900万円になる計算だが、加害者が弟だったため給付金の対象外。申請すらできなかった。大崎さんは「親族間の事件でも被害者に落ち度がないなら支給対象にすべきだ。遺族が特に困る事件直後に、当面の資金を迅速に提供する仕組みを作ってほしい」と訴える。
長期にわたる支援が必要なケースも深刻だ。宇都宮市の主婦、海老沼志都子さん(60)は02年7月、近隣に住む男(当時62歳)に猟銃で撃たれ、一時は意識不明の重体に陥った。自宅裏に住んでいた義姉(同60歳)が最初に撃たれ、驚いて外に出た志都子さんも被害に遭った。
志都子さんは事件から6日後に意識を取り戻したが、左眼球の摘出手術を受け、左半身まひの後遺症が残った。今も散弾銃の弾が頭や首に100発以上残り、鈍痛に悩まされる。車いすや歩行補助具で移動し、リハビリや眼科の通院治療を続けている。
事件後、医療費や介護器具費、自宅の修理費などで2000万円近くを費やした。直後に自殺した男の家族は賠償に応じていない。国から支給された給付金も、志都子さんが無収入の主婦だったことなどを理由に約670万円にとどまった。当時の上限額の約3分の1に過ぎない金額だ。
再び手術が必要になる可能性もあるが、費用を捻出できるか分からないといい、夫の宣さん(60)は「給付金は一時金でなく、被害の実情に合った継続的なものであるべきだ」と要望する。
欧米と比較して、日本の制度は十分と言えるのか。諸沢英道・常磐大教授(被害者学)によると、08年の統計で国民1人当たり1年に負担する犯罪被害者への給付金額は▽フランス602円▽英国557円▽ドイツ330円▽米国180円に対し、日本はわずか5円にとどまっている。
「諸外国では、国が犯罪被害者を守れなかった責任を取るという考え方に基づき、補償制度が充実しているが、日本ではそうした概念が定着していない」。諸沢教授はそう指摘し、「欧米のように、警察が発行する被害者証明書さえあれば、事件直後でも病院で医療費を負担しなくていいようにしたり、被害者が事件前の生活に戻るまで継続的に支援する制度に変えるべきだ」と提言する。
第2次計画の基本方針は、被害者に対する経済的支援を「個々の事情に応じて適切に」「途切れることなく」行うことを掲げた。こうした理念が看板倒れにならないよう、被害者が困っているタイミングで救われる補償制度の整備を求めたい。
毎日新聞 2011年5月19日 0時01分