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政治家が気に入らない相手に辞めてしまえ、という。それはご勝手にどうぞ、である。だが、三権の長の一人が、もう一人の長に退陣を迫るというのであれば話は違う。乱暴すぎる異様な[記事全文]
「アラブの春」とよばれる民主化の風は、このまま吹き続けるのだろうか。発端となったチュニジアに続いて、大国のエジプトでも強権体制が打倒された。だが、リビアでは政府軍の巻き[記事全文]
政治家が気に入らない相手に辞めてしまえ、という。それはご勝手にどうぞ、である。
だが、三権の長の一人が、もう一人の長に退陣を迫るというのであれば話は違う。乱暴すぎる異様な光景と言うしかない。
西岡武夫参院議長が菅直人首相に「即刻、辞任すべきだ」とする書簡を送った。記者会見や読売新聞への寄稿でも同じ趣旨の主張を繰り返している。
理由は東日本大震災や、原発事故での対応のまずさだという。辞めないなら、26日からの主要国首脳会議(G8サミット)の前に「野党が衆院に内閣不信任決議案を出す以外に道はない」とまで言い切っている。
確かに、菅政権の震災対応の遅れや原発事故の情報公開の不十分さに、人々は日に日に不信感を募らせている。国会でも批判が高まるのは無理からぬところもある。
しかし、立法府の代表が院としての決定もないのに、行政府の長である首相の進退を口にするのは看過できない。議長は公正中立を旨とし、わざわざ会派を離脱する慣例がある。そんな議長ののりを越えている。
しかも、西岡氏は参院の議長である。首相指名は衆院の決定が優越し、内閣不信任決議も衆院だけに許されている。参院は権力争いから距離を置く、「良識の府」としての役割を求められているのだ。なのに、議長が公然と首相退陣を唱えるのでは、まるで「権力の府」そのものではないか。
それに、そもそもいま首相の進退を論じている場合なのか。危機のさなかには、足を引っ張るのではなく、力を合わせる。そんな当たり前のことができない政治のありさまには、うんざりしてしまう。
西岡氏は「急流で馬を乗り換えるな」という言葉を引いたうえで、首相には激流に立ち向かう決意もすべもないとし、「乗り換える危険よりも、現状の危険が大きい」と切り捨てる。
こんな物言いに、民主党内の「反菅」勢力が呼応する構えも見せている。野党が不信任案を出したとき、小沢一郎元代表のグループなどが賛成に回り、可決される展開もありうるかもしれない。
だが子ども手当などの施策を撤回せよという自民党と、固守を唱える小沢氏らが倒閣だけで一致した先に、政権の展望は開けない。あるのは、さらなる混迷に違いない。
急流を乗り切るまでは、馬を叱咤(しった)し、激励し、前に進ませるしかない。進退を論じるのは、そのあとでいい。
「アラブの春」とよばれる民主化の風は、このまま吹き続けるのだろうか。
発端となったチュニジアに続いて、大国のエジプトでも強権体制が打倒された。だが、リビアでは政府軍の巻き返しで内戦となり、シリアでは市民のデモへの発砲が繰り返されている。
こうした危機感を背景に、オバマ米大統領は2年ぶりに中東政策について演説した。アラブ世界の「現状を維持することはできない」と指摘し、「言論・信教の自由に基づく改革や民主化を支援する」と宣言した。
リビアへの「人道介入」の必要性を訴え、シリアのアサド大統領には権力の移行を進めるか退陣するか選ぶよう迫った。友好国のバーレーンやイエメンにも民主化を求めた。
その一方で、独裁者を追放したエジプトには最大20億ドル(約1630億円)の財政支援を約束した。「民主化の果実」を実感できるようにしようという考えだろう。
地域の安定を求めるか。それとも民衆の運動を支持するか。
アラブの春への米国の対応は初め、あいまいな面があった。親米の独裁政権に頼っていたため、街頭に繰り出した民衆の声に耳を傾けるのが遅れたといえる。テロの封じ込めなど、複雑に絡んだ米国の利害が政変でどう影響されるのか、見極めかねていた面もあるのだろう。
テロについて、オバマ氏はオサマ・ビンラディン容疑者の殺害で、国際テロ組織アルカイダは「大きな打撃を受けた」と述べた。テロの危険は去ったわけではないが、対テロ戦に傾斜していた中東政策を、民主化支援に戻していく必要がある。
心配なのは、和平交渉の見通しが立たぬパレスチナ情勢だ。
イスラエル国境で、パレスチナ難民のデモとイスラエル軍の衝突が繰り返されている。パレスチナの主要組織ファタハとハマスの統一政権には、イスラエルが強く反発している。
オバマ氏は「永続的な和平が急務になっている」と述べ、イスラエルとパレスチナの「2国家共存」の実現を求めた。領土画定の原則として、イスラエルによる占領が始まる以前の1967年の境界線を基本に交渉するよう提唱している。公平な提案と言えるだろう。イスラエルは占領地の入植を即時中止し、パレスチナ側はテロを完全に放棄する――。容易ではないが、これしか糸口はない。
アラブの春を民主化と和平に結実させるためには、米国の強力な指導力が必要だ。日本もふくめ各国が協力したい。