「……そんな」
――きゃはははははは
天高く響き渡る嘲笑に、暁美ほむらは呆然として視線を向けていた。
既に肢体は動かせず、魔力も底を尽きかけている。
視界の隅には、ソウルジェムを砕かれ二度と動くことのない三人の少女の亡骸が。
美樹さやか、巴マミ、佐倉杏子、三人の魔法少女をワルプルギスの夜まで存命させ、
なお且つ一応の同盟状態を築きあげた。無論のこと、まどかは契約させていない。
幾百幾千繰り返し、押し寄せる絶望を振り払い、そうして辿り着いた。
ただ一人の少女のため、必死になって駆け抜けた末に手にした奇跡。
接近戦を得意とする美樹さやかと佐倉杏子の両名を前衛とし、巴マミは遠距離からの支援砲撃に徹させる。
さらに自分の用意した数多の軍事兵器と時間停止能力でそれらを援護。
考えられる限りの、完璧な布陣。
――勝てる、今度こそ。
絶望の夜を超え、希望溢れる明日へ、失われた未来へと進む。
勝利を確信したその瞬間。
最高の“奇跡”は、最悪の“現実”によって砕かれた。
――きゃはははははは
くるり、と。
反転したのだ、魔女が――ワルプルギスの夜が。
そこからは彼女の一人舞台、喜劇のような惨劇の幕開けであった。
ワルプルギスの夜は暴風となって荒れ狂い、一瞬にして都市を、魔法少女たちを蹴散らした。
嘲り笑うワルプルギスの夜。
そこに至って、ようやく暁美ほむらは理解した。
ワルプルギスの夜は、最初から手加減していたのだ。
何故か?
それは、無力なる者どもを嘲笑うため。
それは、思い上がった愚者を断罪するため。
最強の魔女が本気を出せば、人類の文明など、魔法少女など、塵芥でしかないことを。
この絶望・事実を、幾千のループにして、ようやく暁美ほむらは知った。
この町の魔法少女を集めても、ワルプルギスの夜には勝てないことを。
知らされた、思い知らされた。ワルプルギスの真の力を。
――あはははははは
魔女が笑う。笑い狂う、踊り狂う。
少女の無力を嗤う、回り続ける愚者を嗤う。
それはまるで神のように、それはまるで月のように。
残された手は、ない。
「……まだ、よ」
否、一つだけある。
それは彼女にのみ許された、真実最後の手段。
既に勝敗の決したゲーム、逆転するには、さて、どうすればよいか。
簡単なこと、チェス盤を引っ繰り返せばいい。
かちり、と時計が音を立てる。
「諦めて、たまるもんですか」
ほむらは一筋の涙を流し、遥か高みにて踊る怨敵を見据える。
「いつか、いつの日にか、必ずお前を」
たとえ何百何千何万何億、繰り返すことになろうとも。
「斃して、みせる」
この悪夢から目覚めるため。
この牢獄を超越するため。
――きゃはははははは
魔女は笑う、見下して笑うだけ。
最後に残った哀れな地蟲に、とどめを刺すこともなく。
既に壊れて遊べなくなった玩具など、用済みだといわんばかりに。
――あはははははは
視界に映る最後の一瞬まで、魔女は笑っていた、笑うだけ。
足掻くのは止めろと笑いながら、何をしても無駄だと笑いながら。
戦い続ける少女に神の如き嘲笑を餞別として、手向けとして送るかのように。
――きゃはははははは
こうして、少女は未来を諦め、現在を棄て、過去に縋る。
こうして、少女は未来を求め、現在を越え、過去に遡る。
こうして、一つの物語の幕は閉じた。
誰も彼もが救われぬ、滑稽なまでに悲劇的な物語の幕が。
少女の努力も、祈りも、誓いも、その何もかもが。
すべて、そう、すべて。
あらゆるものは、意味を持たなかった。
終わってしまったものに、およそ意味など存在しないのだから。
チクタク・チク・タク。
チクタク・チク・タク。
耳障りな時計の音が、時空を超えて響いて。
「――チク・タク、チク・タク」
「……ん」
目を覚ませば、そこは病院の一室。
暁美ほむら――これが彼女の魔法少女としての能力。
時間操作・並行世界の横断。
「……諦めないわ、絶対に、絶対に」
涙の痕を拭い、ほむらはベッドから素早く起き上がる。
既に新たな戦いの幕は上がっている、一分一秒足りとて無駄にはできない。
そう、全ては交わした約束を忘れないため。
「……まどか」
見滝原町――某改装中のビルの屋上。
時刻は夕暮れ時、一人の少女が結界の中で異形の存在と戦っていた。
「はあああああッ!」
それは黄金色に煌めく魔法少女。
虚空からマスケット銃を召喚し、一斉掃射。
使い捨てたそれを手に、踊るようにして回転、群がる異形――使い魔たちを寄せ付けない。
「……巴マミ」
その華麗な戦いを、ほむらはやや遠方の鉄塔から冷やかに見つめていた。
相手はただ回転するだけのマネキン、使い魔の中でも最弱クラスに分類される。
主たる魔女の姿もない、この戦いで巴マミが命を落とすようなことはないだろう。
けれども。
「……無駄な戦いだわ」
使い魔はグリーフシード、魔力の源となるソレを落さない。
損得などまるで考えない、無関係の人間が襲われる可能性があるから戦う。
なるほど、TVアニメや少女漫画に出てくる、夢や希望に満ち溢れた理想の魔法少女とはそういうものだろう。
「夢、希望、か……滑稽ね」
所詮、彼女はピエロでしかない。
輝かしくも愚かしい使命感に駆られ、悪魔の掌で踊る哀れな操り人形。
けれど、最初は己もそうであったことを思い出し、ほむらは自虐の笑みをこぼした。
「ティロ・フィナーレ!!」
最後に残った一際大きなマネキンの使い魔に、巴マミは彼女の渾身の一撃を放つ。
巨大な大砲ほどもあるマスケット銃を召喚、巨大使い魔は塵一つ残さず砕け散った。
「これで打ち止め、みたいね」
結界が崩れてゆく、使い魔が逃げた気配もない。
ほう、と息を吐き、巴マミはどこからともなく紅茶を一杯。
夕日に照らされ、勝利の余韻に浸る彼女。
その姿の、なんと気高く美しいことか。
まるで夢のよう、同性でも思わず見惚れ、憧れを抱いてしまうことだろう。
(――クラスの皆には、内緒だよ!)
「……ああ」
そうだ、彼女は魔法少女という美しい夢に全力で酔っている。
その酔いを、まどかに移させるわけにはいかない。
「だから」
「だからね、巴さん」
「私は、あなたを救わない」
――巴マミは、いらない。
今回、ほむらは見滝原町以外の魔法少女を連れてワルプルギスの夜に立ち向かうことを計画していた。
前回の時間枠、絶望的な敗北にも意味はあった。
ワルプルギスの夜、その真の力を知ることができたのだから。
真の力――即ち全力、それ以上はもうない、はずだ。
最低でも三十人、それも世界各地で名を馳せる強力な魔法少女を連れてくれば、万に一つの勝ち目があるかもしれない。
(容易なことではないわね……不可能に、近い)
過去、別の時間枠でほむらはこの計画を実行しようとして、即座に挫折した苦い経験がある。
まず第一に、現存する魔法少女の大半は己の欲望、利害に沿ってのみ動くということ。
これは今までの時間枠で蓄えた大量のグリーフシードを餌にして釣ることもできるが、
そんな話にほいほいと乗ってくるような者は一人で満足に魔女退治もできない運だけで
生き延びてきた弱小の魔法少女だけだ。
第二に、ワルプルギスという名に立ち向かう気概のある魔法少女が皆無に等しいこと。
勇気と無謀を履き違えた愚か者は最初から役に立たない。
実力はあれど用心深い者は、決して安易に危険な橋を渡ろうとはしない。
何十年と生きながらえてきた歴戦の魔法少女は決まって現実主義者ばかりだ。
そういった連中は損得で結びついた小グループを作り、ちまちまと生まれたての弱い魔女ばかり狙って
グリーフシードを手に入れる。
縄張り意識も強く、見ず知らずのほむらが単独乗り込めば拒絶され危害を加えられかねない。
なにより最大の問題は、自分がいないことであの“悪魔”がまどかと契約を結んでしまうこと。
僅か一ヶ月程度での時間では、この計画は実現不可能なのだ。
けれども。
その難問を容易ならざるも解いてしまう回答が、彼女にはある。
(今回の時間枠を、捨て石にすれば)
自分にはほぼ無限の時間がある。
今回だけでなく、数千回はこの計画一本に集中して繰り返せば。
世界中の魔法少女と出会い、その性格や能力を調べ、自分に協力するように誘導することも可能であるはず。
気の合う友人を装い、哀願し、臆病を煽る。
心の弱さを突き、心にもない言葉で慰める。
人心を掌握する術を研究し、彼女たちを従え、ワルプルギスにぶつけさせる。
(そう、最初から諦めて、見捨ててしまえば)
瞬間、堪え切れない吐き気と、心胆を震わせる寒気がほむらを襲う。
今回の時間枠を捨て石に――それは、今現在の時間枠のまどかを見捨てることと同義だ。
何度も何度も繰り返してきた。
しかし、最初からまどかの生存を諦めたことは一度もない。
巴マミを見捨て、美樹さやかを見捨て、佐倉杏子を見捨て。
ついには、己の歩む理由すら見捨てるというのか。
(ああ、私、最低、だ)
けれど、やるしかない。
この町の魔法少女だけでは、ワルプルギスの夜を越えられないのだから。
己一人の力では、何をも為すことができないのだから。
どれだけの嘘を重ねようと、どれだけの偽りを紡ごうと。
その過程で、たとえ全てを失おうとも。
最後に、たった一人の親友に、未来を渡せるのなら、それでいい。
(ごめんなさい、まどか)
彼女に会っていこうとは思わない。そんな資格は己にはない。
血が滲むまでに強く唇を噛み締め、ほむらはこの町から去ろうとして――
突如響いた絶叫に、歩みを止める。
(……悲鳴?)
まさか、別の魔女か、もしくは使い魔が現れたのか。
けれど、ソウルジェムには何のも反応はない。
それとも、事故でも起こったのか?
ほむらは鉄塔から眼下のショッピングモールを見下ろして。
「……なっ」
瞬間、言葉を失った。
恐怖に顔を歪め、逃げ惑う人々。
それを追い立て、狩る者たち。
煉瓦敷きの歩道から。
排水溝の下から。
日常に溢れた、ありとあらゆる隙間から、無数の異形が溢れ出す。
「ナー、ナー、シー」
「ナー、ナー、シー」
無数の異形――頭部には眼も鼻なく、大きな口が張り付くのみ。
手にした刀で人々を切り捨て、踏み躙り、嬲る。
まさしく阿鼻叫喚の地獄絵図。
「くははははッ、苦しめ苦しめ、人間どもォッ!」
その醜悪な群れの中、一際目立ち高笑う者が一人。
古風でありながらも派手に装飾された装束を身に纏い、地面まで伸びる乱れた長髪を引き摺る。
悪趣味なまでに結われた大量のカンザシが、じゃらじゃらと耳障りな音を立てて。
「オラァ!」
先端が八叉に分かれた槍――というよりは鍬のような武具を振り回し、逃げ遅れた人々を
纏めて打ちのめす。
「ひひいいっ」
「た、助けてくれえ」
「おおう、おうッ、お前ら、死にたくないのか?」
「は、はい、そうですっ」
「死にたくない、死にたくないっ!」
必死に命乞いをする人々に、異形は口元を歪めて。
「そうか、そうか――ああ、いいだろう」
異形の長髪がさらに伸び、人々の身体に巻き付き、信じられないことに空中に持ち上げる。
「ひ、や、やめて、おろし、て」
「た、すけ、あ、あああ、あ……」
巻きつかれ、絞られる顔からは見る間に生気が失われて黒ずんでいく。
「おおゥ、潤う、潤うぜェ、貴様ら感謝しろよォ?『スグには』殺してやらねえからよォ」
「じわじわと吸って、俺様の美髪の養分にしてやらァよォ」
汚らしい笑い声を上げ、異形は髪を振りかざす。
その時、乱れる髪に隠されるようにしていたその顔が露わになる。
黒い皮膚、茶色の隈取、獣のように尖った牙、そして二本角。
その貌は、昔話にでてくる鬼そのものだった。
(なんなの、いったい、何が起きてるの……!)
戸惑うほむらは、鉄塔から動けずにいた。
繰り返される時間枠にも、微細な変化は起こる。
彼女は理性的な分、迂闊な行動はとるまいとして咄嗟の行動に遅れが生じてしまう。
故に、ここで彼女が動くのは必然のことであった。
「逃げて!」
銃弾が異形の髪を穿ち、人々を解放する。
解放された人々は、言われるまでもなく必至の様相で散り散りに逃げていく。
それと同時に、他の人々を襲っていた異形たちにも銃弾が放たれる。
「ナ、ナー、シィー」
軽々と打ち倒されていく異形の群れ、残るのはただ一人、いや、一鬼と呼ぶべきか?
「……なんだァ、どこのどいつだァ、この俺様の美髪を汚す野郎ァよゥ?」
怒気を含んだ声で、乱れ髪の異形は視線を動かす。
空中に列をなすようにして浮かぶマスケット銃。それを指揮する少女を睨む。
少女――巴マミは人々を庇うようにして未知の異形の前に立つ。
後先を考えず咄嗟の判断で飛び出したのだろうが、その結果として大勢の人が救われた。
「……あなたは、魔女なの?」
銃口を向けながらも、マミは発砲をせず異形に対して語りかけた。
それも当然だろう。通常の魔女は結界の内部に隠れ潜むはず、しかし目の前の化け物は
こうして平然と街中で活動しており、さらには言葉まで通じているのだから。
「マジョヲォ?なんだそりゃァ?」
問われた異形は首を傾げて。
「おォレ様はァ、外道衆一の美丈夫、あッ、ミダレガキ様よォ!」
その名の通り乱れた髪を役者のように大仰に振り回して見せ、高らかに己の名を告げる。
「……外道衆?ミダレガキ?」
なんだ、何を言っている。
マミも、様子を窺っていたほむらにも、何一つとして理解できない。
「おうよっ、御大将――否、煩わしいドウコクの野郎は消えたッ、あァ、ならばならばァ、俺様の天下よォ!」
理解できるのは、この異形の群れが魔女ではない、何か別の存在ということ。
そしてもうひとつ。
「……あなたが魔女であろうとなかろうと、そんなのは些細なことよね」
「私は魔法少女として、人々を襲う悪しき存在を許さない!」
「だからマジョじゃねェ、外道衆一の美丈夫、ミダレガキ様だァ!」
怒号とともに、長髪が巴マミを絡め取ろうと伸びる。
蛇のように分かれ左右上下から襲い来るそれを、マミはまるでダンスのステップのように華麗に避けながら
マスケット銃を召喚して反撃する。
「はっ、豆鉄砲なんざ効くかよォ!」
ミダレガキは手にした獲物を奮い、銃弾を弾き落とす。
ここに外道と魔法少女、異能の存在同士の闘いが幕を開ける。
「はっ!」
マミはリボンを足場にして縦横無尽に空を跳躍し、一つ所に留まらず素早く移動、銃弾を放つ。
「おらァッ!」
それを長髪と槍で防ぎ、反撃するミダレガキ。
端から見れば、勝負は拮抗しているようにも見えるが。
(くそがァ、ハエみてえに飛び回りやがってェッ)
追い詰められているのは、外道のほうであった。
ミダレガキの得意とするのは中・近距離。髪は際限なく伸ばすことはできるが、
離れれば離れるほど細かな操作ができなくなる。
自慢の髪で動きを止めて生気を奪い、得意武具たる槍で貫く、それがミダレガキの必勝の形。
それに対して相手は遠距離からの射撃を得意とし、単純にミダレガキより動きが早い。
伸ばす髪は悉く撃ち砕かれる、予備のナナシ連中を出しても効果は薄いだろう。
ミダレガキは内心の焦りを隠せず、次第に動きが粗くなっていく。
これでは防戦一方、否、こちらが次第に押されてきている。
「あら、偉そうなことを言ったくせに、この程度なのかしら、美丈夫さん?」
「ちいいッ!」
焦りから、何か突破口はないかとミダレガキは迂闊にも敵から視線を外して周囲を見回し。
「……んんっ?」
本来ならそれは愚の骨頂、ではあるが。
注意深く見れば、視界の右端、瓦礫に隠れるように息を殺して蹲る子供がいた。
恐怖で足が竦み、逃げるに逃げらないのだろう。
「……くひひゃひゃひひゃ」
ミダレガキは、嗤う。
彼は外道衆の一員。読んで字の如く、そこに属するものは一人の例外もなく性根の腐りきった外道なのである。
そして、彼は多少知恵も回り、人間という生物のことも僅かながら“理解”していた。
「おらあッ!」
逃げ遅れた子供に、長髪を伸ばす。
意図的に速度は落とした、死なれては餌にならないからだ。
その代償として幾らかの銃弾を喰らうが、致命傷となる威力ではない。
「え?……っッ!」
突然明後日の方向に攻撃をする異形にマミが訝しんだのは一瞬、
その先に生存者がいることに気がついた彼女は、迷うことをしなかった。
マスケット銃はミダレガキから銃口を逸らし、少年を狙う髪の先端を撃つ。
間一髪、少年は死の運命から逃れられた、が、しかし――。
「馬鹿がァッ!」
そう、人間というのはいつもこれだ、無関係な他人を守るために時として命を投げ出す、愚かしい、まったく愚かしい。
まったくもって理解できないが、そういうモノだということは“理解”していた。
猛烈な勢いで、ミダレガキは巴マミに自慢の乱れ髪を放つ。
拘束も生気吸収も考えない、ただ打撃を目的とした一撃。
故に、疾い。
「っ、しまっ……」
本来なら、辛うじてだが避けることのできた一撃。
けれど、この状況を読んでいた差は致命的だった。
「きゃああああッ」
ミダレガキの髪はマミを弾き飛ばし、ビルの外壁に打ち付ける。
「く、くううっ」
「くひゃひゃひゃひゃ、流石は俺様ミダレガキ様、いよっ、外道衆一の美丈夫よォ!」
悪鬼は勝利を確信し、嗤い、嗤う。
体勢を立て直そうとするマミに向け、容赦なく乱れ髪が伸ばされる。
――このままでは、巴マミは死ぬ、殺される。
「……っ!」
それまで傍観していたほむらが反射的に時間を止めようとした、その時。
「――そこまでだ、外道衆」
声が、響いた。
それとともに、赤い閃光が悪鬼の身体に炸裂する。
「ぐギィッ!?」
予期していない攻撃に汚い悲鳴を上げ、ミダレガキは無様に転倒する。
「か、顔がァ、外道衆一の美丈夫である、この俺の顔に、傷がああああッ!?」
顔を抑え、髪を傷つけられた比ではなくうろたえるミダレガキ。
響く金属音、足音。
夕日を背にして、何者かがやってくる。
不浄の闇を風のごとくに掃い、荘厳な気配を纏った、何者かが。
「ななな、なんだァっ、誰だ手前はァ!?」
「あ、あなたは」
「いったい……?」
外道は怯み、少女たちは息を飲む。
沈む夕日の最後の光に照らされ、悠然と歩むシルエット。
次第に、その姿が露わとなっていく。
「――星を清める宿命の騎士」
正義を体現するかのような、それは、鋼の雄姿。
額に輝く護星のエンブレム。胸には猛々しい獅子の意匠。
「ゴセイナイト!!」
宿命に導かれた白銀の鉄騎士が、ここに降臨した。
「ご、ゴセイナイトだァ? 何を俺より目立っていやがるゥ!!」
逆上したミダレガキは得物を振い白銀の騎士に襲いかかる。
鈍い金属音、ミダレガキの槍をゴセイナイトは小型の銃器、レオンレイザーを盾にして軽々と受け止める。
「なッ、なんだとォ!?」
「外道衆、お前たちは地球汚染源ではない、しかし」
「この星を、人々を苦しめる悪しき魂を、私は許しはしない!」
「ぐ、ぐうっ、なにをゥ」
その気迫に押されるようにして、ミダレガキは僅か後退して。
「レオンレイザーソード!」
掛け声とともに瞬く間に銃器が変形し、赤い刀身も眩い一振りの剣となる。
一閃、ゴセイナイトは剣を縦に振り下ろす。
「が、ぎヒいいッ」
それを防ごうとしたミダレガキの槍は真っ二つに折れ、地面に転がり落ちる。
「な、ナナシ連中、出会えィい!」
ミダレガキの声に呼応して地面の隙間から血の色が吹き出し、そこから無数の異形たち――ナナシ連中
が現れ、ゴセイナイトに集団で襲いかかる。
「ナー、ナー、シー」
「ナー、ナー、シー」
数では圧倒的に不利。
けれど、白銀の騎士は揺るがない。
「ナイトメタリック!!」
「ナ、ナシー!?」
瞬くのは五芒の星、凄まじい勢いで強烈な斬撃が飛びナナシ連中を一瞬で全滅させる。
「は、馬鹿がァッ!」
「むっ」
炎上したナナシ連中、その奥からミダレガキの髪が伸び、ゴセイナイトの肢体に絡み付き、身動きを封じる。
「そいつらは囮よォ、さあて、この美丈夫の顔を傷つけた罪は重いぜェ?じわじわと吸い殺してやらあッ!」
今度こそ勝利を確信したミダレガキは、鬼の貌を邪悪に歪めて。
「――何か勘違いをしているようだな」
しかし、護星の騎士は揺るがない。
微塵たりとも、だ。
「そ、そんな馬鹿な、あ、ありえないッ」
ミダレガキは、その表情を先ほどまでとは真逆の感情に歪める。
己の自慢の髪、強靭かつ柔軟なその縛りが。
「貴様のターンなど、最早ありはしない」
力任せに、破られるなど。
「はあああッ!!」
「ひ、ひいいいいいいいッ!?」
溢れる闘気、ナイティックパワーが外道の戒めを解き、燃やし尽くす。
そして。
驚愕し恐怖するミダレガキに、ゴセイナイトは終わりを告げる。
「ここからが、私のターンだ」
「ち、ちくしょおおおおッ!!」
破れかぶれとなったミダレガキは、髪を振り乱して無策でゴセイナイトに突撃する。
――gotcha
響く電子音声は、彼のターン(勝利)を告げる音。
「レオンセルラー・セット」
ゴセイナイトは腰に掲げた携帯電話型のパワー開放器、レオンセルラーを手にし、展開。
続けてガンモード状態のレオンレイザーにレオンセルラーを合体させる。
「バルカンヘッダーカード!」
一枚のカードを取り出し、レオンセルラーにセット。
――Summon Vulcan Headder
カードの絵柄に刻まれたそれがそのまま実体化・召喚され、ゴセイナイトは流れるような動作で
レオンレイザーの先端にバルカンヘッダーをセットする。
レオンレイザー、レオンセルラー、そしてバルカンヘッダー。
この三つが合体した時、ゴセイナイトの必殺武器、ダイナミックレオンレイザーが完成するのだ。
「ナイトダイナミックカード!!」
最後のピース、騎士のエンブレムカードをセット。
「断罪のナイティックパワー……」
――Knight Dynamic
「パニッシュ!!!」
高速回転するバルカンヘッダー、そこから無数のエネルギー弾が青い光の軌跡を描いて放たれる。
「が、ガアアァッ」
吸い込まれるようにしてその直撃を受けたミダレガキは、痺れたように一瞬硬直して。
「……こ、この、美丈夫がァ、ミダレガキ様がァ、こ、こんなところでェェ!?」
爆発、炎上。
塵一つ残さず、この世から消滅した。
「……」
暁美ほむらは、唖然としてその場に立ち尽くす。
なんだ、これは。
(私は、夢でも見ているの?)
頭の中を駆け巡り、反芻される単語、言葉。
外道衆、ゴセイナイト、私のターン。
それら全てをどうにか理性的に噛み締めて、ほむらは。
「待って」
意を決して、白銀の騎士の前に立つ。
「……」
巴マミは唖然としてその場に立ち尽くす。
なんだ、これは。
(私は、夢でも見ているの?)
頭の中を駆け巡り、反芻される単語、言葉。
外道衆、ゴセイナイト、私のターン。
断罪のナイティックパワー。パニッシュ。必殺技。
それら全てを噛み締め、マミは。
「……か」
「かかかかかっ、かっこよすぎるッ!!!」
目をキラキラと輝かせ、巴マミは熱の籠った視線を白銀の騎士に送る。
それはまるで、ヒーローショーで憧れのヒーローを目にした幼い子供のようだった。
「外道衆、撃破確認」
「ご、ゴセイナイトさんっ!!」
「ほむうっ!?」
どこへともなく去ろうとするゴセイナイトの前に、マミはとてつもないスピードで立ち塞がる。
途中で誰か撥ね退けた様な気もするが、たぶん気のせいだろう。
「む?」
「あああ、あのっ、どうか、私の家にいらしては頂けないでしょうか、お茶とケーキぐらいしか
お出しできませんがっ!」
あなたは何者なの?外道衆とは?頭の片隅に幾らかの些細な疑問も浮かんだが、そんなことは後回しだ。
「うむ」
ゴセイナイトは、奇抜な服装をした黄色い少女を上から下まで眺めて。
「構わないが」
「ハピネスッ!」
マミさん、思わずガッツポーズ。
喜色満面、お花畑全開ルンルンスキップでゴセイナイトを自宅に案内しようとして。
「あら?」
ふと、道端に転がる黒髪の少女と視線が合った。
「……あなた、魔法少女?」
「……そうよ」
「……ええと」
「……ほむう」
何か、気まずい空気が流れて。
「あなたも、来る?」
ついでだと言わんばかりに、マミはほむらのことも誘い。
「そうね、お邪魔しようかしら」
長い黒髪をクールにかき上げ、ほむらは久方ぶりにマミの自宅にお呼ばれされた。
あとがき
――外道衆
ミダレガキ
【身長】一の目・198cm
【体重】一の目・86kg
【得意武具】 搦討八忌捌槍(からめとうはっきはつそう)
乱れた長髪のような、歌舞伎者のような、アヤカシである。
とにかくも派手な言動を好み、自身を外道衆一の美丈夫と言って憚らない。
自慢の髪は人間の生命力を吸い取り、それによって潤いが保たれているの
だという。さらにミダレガキの髪は自由自在に伸び縮みし、また斬られよう
ともすぐに再生するという。強靭さと柔軟性を併せ持ったこの長髪こそが
ミダレガキ最大の武器である。
現代の伝承で『髪鬼』という妖怪がいるとされている。髪鬼は、髪を際限
なく伸ばす化け物らしい。おそらくはミダレガキが髪を振り乱して
暴れる姿が、『髪鬼』伝承のルーツであろう。
クロスオーバー第一弾、天装戦隊ゴセイジャー。
まどか☆マギカワールドに護星の騎士ことゴセイナイトさん参戦。
いやー、自分が実際会ったら、ほんとにマミさんみたいなことしちゃうかもしれません。
それぐらい本編でこの人格好いいです。
その本編は全50話と敷居が高いですが、挿入歌「ゴセイナイトは許さない」は最高に熱い曲なので
是非ともこれだけでも聞いてほしいです。
侍戦隊シンケンジャーは映画でゴセイとクロスしているので、外道衆だけですが今後も
ちびっと登場予定があります。
アラタ以下ゴセイジャーの5人の皆さんは、残念ながら登場予定はありません。
登場人物が多くなると作者の力量的に話を纏められなくなる可能性が大なので。
……あと、ゴセイジャーのwikipediaで敵組織の項目、特にブレドラなんとかさンのことを読んでおくと、
今後楽しんでいただけるかもしれません、はい。