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特集ワイド:東日本大震災2カ月 渇いた心に、この一冊

先月再開した保育園で絵本の読み聞かせに目を輝かせる子どもたち=岩手県山田町で、木場健二撮影
先月再開した保育園で絵本の読み聞かせに目を輝かせる子どもたち=岩手県山田町で、木場健二撮影

 東日本大震災の発生から2カ月。相次ぐ余震や原発事故報道に、今も不安な日々を過ごさざるを得ない。そんなとき、書物の力を借りるというのはどうだろう。眠れぬ夜の友となり、渇いた心を潤してくれる一冊とは--。3人の「本読みの巧者」に教えてもらった。【江畑佳明】

 ◇恋愛小説で甘いひと時--作家・池澤夏樹さん

 震災直後から「頑張れ」ムードが続いている。テレビでも街角でも、この文字が目に付く。善意からというのはわかる。しかし、わざわざ言われなくとも、被災した人たち自身が「頑張ろう」と切に感じているのではなかろうか。

 4月上旬に宮城県の仙台市や石巻市などを取材で訪れた作家の池澤夏樹さんは「被災された方にとって、『頑張る』という言葉は頭から離れないものでしょう。でも、そこからちょっと離れる時間も必要です」と言い、恋愛小説を読むことを推奨する。「疲れているときには、一粒の甘いチョコレートがありがたく感じられる。恋愛小説にも、きっと、それと同じような効果があると思うんです」

 そんな池澤さんが薦めるのが「マイトレイ」(ミルチャ・エリアーデ著、河出書房新社の世界文学全集第2集3「マイトレイ/軽蔑」収録)。

 宗教学者のミルチャ・エリアーデ(1907~86)が、若いときの体験をもとに書いた小説だ。ルーマニア出身の彼がインドへ留学した際、ある学者の屋敷に寄宿し、そこのマイトレイという名の娘と恋に落ちる。ルーマニア人とインド人だから、文化の違いは大きい。「あの振る舞いの意味は」「愛と受け取ってよいのか」「外れていたら赤っ恥だぞ」などと、登場人物たちの心は揺れ動く。「三島由紀夫の『潮騒』よりも、もう少し大人の恋愛物語です」

 池澤さんは「日本はこれまでよりも貧しくなる」と言い切る。「これ以上の原発推進が難しいこともあるけれど、地球上の原油も、もう残り少ないから火力発電にも限界がある。また、風力や太陽光ですぐに電力量が増えるわけではない。とすれば、少しずつ使うしかないでしょう。産業成長は鈍り、我々もこれまでの消費中心の考え方から抜け出さないといけない」

 そして、この国の針路の一つのモデルとして「キューバ」を挙げ、「キューバへ行きたい」(板垣真理子著、新潮社)を薦める。「キューバは有機農業が盛んで、医師は日本の3倍ほどもいる。歌って踊る明るい国民性もあります。昔の沖縄の暮らしも例としていいでしょうね」

 「幸福の尺度」を変えなければいけないとすれば、書物は大きな助けになるだろう。そこからヒントを得て、不安解消につなげたいものだ。

 ◇絵本で「思いやり」再確認--ノンフィクション作家・柳田邦男さん

 一日の終わりは、なるべく落ち着いた気持ちでいたい。ノンフィクション作家の柳田邦男さんは、そんなときには絵本が役立つという。

 柳田さんは「まず『絵本は子どもだけが読むもの』という先入感を捨ててほしい。そして声を出して自分に言い聞かせるようにゆっくり読むんです」と教えてくれた。さらに絵を見つめながら読むことで、心が穏やかになっていくのだという。大人になって忘れかけていた「他者への思いやり」を再認識するといった効用もあるそうだ。

 そんな柳田さんが薦めるのは「でも、わたし生きていくわ」(コレット・ニース・マズール作、エステル・メーンス絵、柳田邦男訳、文渓堂)と、「あの路」(山本けんぞう文、いせひでこ絵、平凡社)の2冊だ。

 「でも、わたし生きていくわ」は、事故で両親を失った女の子が親戚に預けられ、そこで受けた愛情が大きく温かいものだったため、傷ついた心が癒やされていく物語。「あの路」は母親を失った少年が、3本足の野良犬と心を通わせて成長する内容だ。

 柳田さん自身、少年時代に父と兄を亡くしている。「いずれも、心のふるさとを得られればハンディがあっても乗り越えて成長できることを伝える本です。被災地では親やきょうだい、友だちを亡くした子どもが大勢います。大人がその子どもたちとどう向き合えばいいか、ヒントを与えてくれるでしょう」と語る。

 「悲しみは喪失感をもたらすだけではない。他人の気持ちを理解し、思いやる豊かな心を育むこともあるのです」

 柳田さんは今、被災地で子どもたちに絵本を読み聞かせる活動の計画を立てている。

 書店や図書館に出かけ、新たな本の世界に触れてみる。それが自分の中のたんすの引き出しを増やし、重苦しい日常から一歩を踏み出す元気につながるのかもしれない。

 ◇探検記でリーダー理想像--東京女子大名誉教授・広瀬弘忠さん

 書店に足を運ぶと、当然ながら震災関連コーナーが目に付く。東京都内の書店関係者に聞くと「原発関連本が売れている」のだそう。特に子育て中の女性のニーズが高いのが基礎から学べるものだ。正確な知識を得て子どもたちを守りたいという心理の表れか。

 災害心理学の専門家で東京女子大名誉教授の広瀬弘忠さんが薦めるのは、マゼラン海峡の発見で知られる探検家・マゼラン(1480年ごろ~1521年)の生涯を描いた「マゼラン」(シュテファン・ツヴァイク著、みすず書房)だ。「原発事故はこれまで経験したことのない事態。この危機にリーダーはどう対応すべきかを考えるのに、ちょうどいい本だと思います」と話す。

 下級貴族出身のマゼランはスペイン国王を説得し、新航路開拓のため5隻の船に250人の船員を率いて、航海に出る。海峡だと思った場所が実は大河だったり、部下や船員の反乱が起こるなど苦労が絶えなかったが、毅然(きぜん)たる決断をしてマゼラン海峡にたどりつく。フィリピンで現地住民と戦い死亡したが、広瀬さんは「マゼランが持っていた特質は、沈着、果断、勇気、そして実行力。さらに何でも人任せにせず、食料の在庫まで綿密に計算したほど準備も怠らなかった。未知なる壁に立ち向かうためには、いずれも必要なものでしょう」と語る。

 一方、日々伝えられる原発事故。人体や農作物などへの影響を考えると、どうすればよいかわからず、右往左往してしまうことも多々ある。広瀬さんは言う。「不安を取り除くには、一人一人が正しい知識を持ち、自ら判断することが必要です。マゼランの生き方は国のリーダーだけでなく、一個人の判断にも参考になるでしょう」

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t.yukan@mainichi.co.jp

ファクス03・3212・0279

毎日新聞 2011年5月11日 東京夕刊

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