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福島第一原発事故の収束に向けた工程表は、作成1カ月で早くも遅れが心配されている。東京電力が事故直後の炉の詳しいデータを取り出して公表した。これを見ると、1〜3号機すべて[記事全文]
福島第一原発で大事故を起こした東京電力の今後をどうするか。この問題を巡る議論は、政府が賠償支援策を決める前後から混迷を深めている。政府案は、資本市場への影響を避けようと[記事全文]
福島第一原発事故の収束に向けた工程表は、作成1カ月で早くも遅れが心配されている。
東京電力が事故直後の炉の詳しいデータを取り出して公表した。これを見ると、1〜3号機すべてで炉心溶融(メルトダウン)が考えられるなど、状況が極めて深刻だとわかる。
炉の中は見えないが、燃料は不定形の塊になり、一部は圧力容器の底から漏れて、格納容器に落ちているとみられる。
それにしても、ここまで2カ月もかかるとは、どういうことか。本来は発生直後に、大ざっぱであっても炉の状態を計算して割り出し、「最短時間で最良の措置」の選択に役立てるものだろう。
「データがそろわない」と、東電はこれまで詳しく計算しなかった。事故当事者として頼りないだけでなく、情報公開のあり方として問題がある。
外部の多くの専門家は「早い段階でメルトダウンが起きているはず」といっていた。なのに東電と原子力安全・保安院は「炉心の損傷」という言葉を使ってきた。小さな事故のイメージに誘導したのではないか。
厳しい想定をしていれば、建屋の爆発をおこした水素発生にもっと注意できたはずだ。汚染水による作業員の被曝(ひばく)も防げただろう。
今後は、作業の一層の難しさを覚悟しなければならない。炉心溶融を起こした1979年の米国スリーマイル島原発事故では、カメラで炉心を撮影するまでに約3年かかり、燃料を取り出せたのは事故後10年あまりが過ぎてからだ。
こうした状況から、東電が17日に出した工程表の改訂版も前進が少ない内容となった。
当初の工程表は、初めの3カ月間で1、3号機の炉心を水で満たす「冠水」などで安定的な冷却状態をつくるとしていた。
しかし1号機は格納容器からの水漏れが大きく、冠水を断念した。2号機は格納容器の一部である圧力抑制室が壊れているので、まずコンクリート詰めのような作業が要る。3号機の建屋内外には放射性のがれきが多く、作業を妨げている。
損傷が広く、激しい事故だけに、「6〜9カ月で原子炉を落ち着かせる」という目標には相当な困難が予想される。
だが、避難住民は作業をかたずをのんで見守っている。工程表の進展は、ふるさとへ帰る時期の指標になるからだ。炉を落ち着かすことができれば、帰宅を検討できる。三つの溶融炉心を制御し、処理するという長く困難な闘いが続く。
福島第一原発で大事故を起こした東京電力の今後をどうするか。この問題を巡る議論は、政府が賠償支援策を決める前後から混迷を深めている。
政府案は、資本市場への影響を避けようとするあまり、株主と債権者の責任を棚上げした。必要な資金調達は新設の機構が肩代わりするものの、国の財政負担を抑えるため、東電に超長期にわたって弁済させる。
現行法の中で賠償金の支払いを優先させるためとはいえ、本来は破綻(はたん)状態にある東電を無理やり生かす枠組みであるため、早くも弊害が露呈している。何より当事者である東電に、出直しへ向けた悲壮感が全くない。
役員報酬の削減を、当初は半減で十分とした感覚。企業年金のカットも、従業員の老後を考え「検討していない」という社内常識――。
見えない放射能に追われ、生活が根底から脅かされている被災者も多い中、その浮世離れぶりは目を覆うばかりだ。
しかも、この流れを既成事実化する段取りが着々と進もうとしている。20日に予定されている東電の2011年3月期決算の発表だ。賠償策を急いだ背景には、決算を通常のシーズンに済ませ、東電の経営不安を抑える思惑があった。
東電は定款で6月に株主総会を開くことを定め、例年、5月に決算発表を済ませている。
だが、今は異常事態だ。賠償総額も東電の返済能力もはっきりしない段階で、正しい決算ができるのだろうか。
金融庁は震災で支店や工場、重要な取引先が被災し、決算作業が困難になった場合は有価証券報告書の提出延期を認めている。東電も政府も、予定していた決算や株主総会の日程にこだわるべきではない。
むしろ、その間に、賠償策の枠組みそのものを見直すとともに、東電の事業や資産の洗い出しを急ぎ、それを反映させた決算にすべきだ。
今のまま決算に踏み切った場合、それを承認するかどうか、判断を迫られる新日本監査法人の責任も重大だ。
過去には、カネボウの粉飾に加担した中央青山監査法人が消滅した例がある。もちろん同列視はできないが、結果的に投資家の信頼に背く事態は避けなければならない。
無理を重ねた今の賠償支援の枠組みは、市場が経営をチェックする機能をゆがめかねない。企業の番人として市場を支える監査法人がすべきことは何か。職業倫理に徹し、後世の評価に耐える仕事をしてほしい。