「アート・オン・アイス」写真提供　菅原政治氏（Japan Sports）

　６回公演で６万席以上が満席になるのはどんな客層かということも、気になる。こんな質問が誰からか出た。「昨夜の観客の中で、スケート以外のものがお目当てだった人達はどのくらいいるのですか？」。これに対しヘーナー氏から意外な答えが返って来た。「９０％は、いわゆる曲型的フィギュアファンではありません。スケートは好きでたまには見るが、出場選手全員の名前を覚えているような人たちではない。アイスショーだからでなく、エンターテインメントとして見に来てくれているんです」。

　ドナ・サマーと、メゾ・ソプラノのキャサリン・ジェンキンスの御両人のコンサートだけだとしても充分満足なはずだ。ジェンキンスは英ウェールズ出身で、英国王立音楽院卒の優雅で美しい容姿を持つ。彼女のデビューはクラシックのミュージシャンとして、英国ではマリア・カラス以来の最速でのチャート１位を８週間連続したシンデレラ・ガールだ。また、ポップ・チャートでも上位ランク入りした事もあり、持ち歌にはダイアナ元妃の婚礼式や葬儀に歌われた聖歌「Ｉ　Ｖｏｗ　Ｔｏ　Ｔｈｅｅ　Ｍｙ　Ｃｏｕｎｔｒｙ」（祖国よ　われは汝に誓う）、「Ｉ　ｗｉｌｌ　ｇｏ　ｗｉｔｈ　ｙｏｕ」、「Ｔｉｍｅ　ｔｏ　ｓａｙ　ｇｏｏｄ　ｂｙｅ」とジャンルを超えたレパートリーも話題になったほどの実力者だ。

　その２人のボーカルとスケーターとの共演は普段と違うエネルギーが醸し出され、別の世界が広がって来る。舞台のプロと氷上のプロとの戦いと調和はより効果を表す指針になるし、燃え上がる情熱に変えられる。それが瞬時、観客にとって一つの生きている魅力と感じるのではないだろうか。ドナ・サマーとキャサリン・ジェンキンスという２人のビッグアーティストの演奏を務めたオーケストラと、指揮者のクリストフ・ウォルターにもすごさを感じたし、ビッグ・スケーターとの共演も、お互いのパワーのレベルが合っていることが舞台を一層盛り上げる要因でもあった。

　ショーを作る途上では、演出する側とアーティストとスケーターの曲の選択が、合わず違う曲選びをする場合もあるそうだ。また、アーティスト側からもリクエストがあったりして、双方を調整して行くのも結構、難儀なようだ。滑走順にも問題はある。ショーに合っているスケーターを選ぶと言うコンセプトは常にあるが、まさかプルシェンコを先に演技させて、無名ともいえる選手を最後に持っていくわけにはいかない。それぞれにマッチした演目と音楽と言うだけでなく、コンサートとしての盛り上がりの演技構成も同時に考えていかなければならないということだ。

　サラ・マイヤーの演目の「Ｐｌａｙｅｒ」は、彼女が欧州選手権で優勝する６週間前にビデオ撮影したもの。まるで、優勝を予測したかのようなピッタリと合ったバック映像とプログラム構成だったのは、各出演者にヘーナー氏の心意気が、魂が、乗り移っていることの結果なのかとも思った。彼の全身全霊がショーに向かって投球されている証拠だろう。今回のようにクラッシックあり、ポピュラーミュージックありの両方をこなさなければならない。また、オーケストラには高い質が求められる。団員たちの練習、そして最終段階でも、ドナ・サマーたちとのリハーサルでの再度の調整などなど、かなりの時間が掛かったそうだ。そんな大がかりなエンターテイメントを満足にやりこなすためには、アーティストとスケーター、それに関わる人たちをそろえると、相当な費用が必要なことは言うまでもないだろう。

　リンク・ボードや２階観客席のボードなどに、６社以上のスポンサーが付いていた。メイン・スポンサーは大手自動車メーカーのフォルクス・ワーゲンで、オフィシャル・カーなども提供あるという。そのほか航空会社が２つ、保険会社、日本の企業も幾つかあった。オフィシャル・ホテルでは開演前と開演後にパーティーを毎日していて、中々気が利いてスマートだ。行き届いた気遣いは次に繋がっていく事だろう。このようなスポンサーが資金源か？　と思っていたが、ヘーナー氏いわく「私の最大のスポンサーは６万人の観客！」（１回の公演で約１万余りの観客数×６回公演）。何とかっこいい答えだ。毎回チケットを買って見に来てくれる客こそがスポンサーと考えている。日本流に言うと「御客様は神様！」なんて言葉も浮かんだ。彼の人情深い人柄が見える気がする。だから、こんなビッグなショー「アート・オン・アイス」が出来るのだろう。

　６月にはアジア初の上海（中国）で興行するという。どんなエンターテイメントになるのか、今から興味が募るばかりだ。（この項終わり）

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（2011年4月19日16時26分  スポーツ報知）