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ツァイス地方編(5/19 34話修正)
第三十四話 月夜の飛行艇チェイス! ~恋に落ちた空のキセキ~
<ツァイス地方 レイストン要塞 シード中佐の執務室>

ここで物語の時間はエステル達がツァイスの街で聞き込みをしていた頃にさかのぼる。
このレイストン要塞には、ロレント地方で宝石強奪事件を起こし、ボース地方で強盗事件を起こした強盗団の主犯格であるキールとジョゼット、ギルバルドの3人が収監されていた。
キール達は他の仲間をかばうために自分達が首謀者だと主張して罪を被ったのだった。
強盗団に加わったカプア運送の元従業員達は半強制的に協力させられた事になり罪は軽減され、帝国への強制退去で済まされていた。
しかし、ジョゼット達は3人は帝国には引き渡されずに今もレイストン要塞で刑に服している。
そんなジョゼット達3人は、兵士から呼び出しを受けてレイストン要塞の守備責任者シード中佐の部屋に通された。

「お前ら、元気そうだな」
「ドルンの兄貴!」

部屋の中に居たカプア運送の社長のドルンとの再会に感激したジョゼットは嬉しそうに涙を流して抱き付いた。

「バカ、泣くんじゃねえ、俺まで泣きそうになるだろう」

そう言うドルンも涙腺が緩んでいた。

「兄貴、こんな事になっちまってごめんな」

キールがそう言って謝ると、ドルンは首を横に振る。

「いや、お前達にこんな事をさせちまった俺が社長として悪かったんだ。お前達は良くやってくれたよ」

ドルンはそう言って抱きしめたジョゼットの頭を撫でた。

「話をしたいのだが、良いだろうか」

部屋の主であるシード中佐が声を掛けると、ドルンとジョゼットは気恥かしそうに体を離した。

「それで、ボク達をわざわざ呼び出して何の用さ?」

先程とは打って変わってシード中佐に物怖じせずに尋ねるジョゼットの態度に、シード中佐は苦笑した。
そうすると、ドルンは意味ありげな笑いを浮かべる。

「お前達、ここから脱走してみるつもりはないか?」
「えーっ、何を言っているのさ!?」
「そうだ、俺達は今まで真面目に刑に服して来たんだぞ」

ドルンの言葉にジョゼットは驚きの声を上げ、キールは声を荒げた。

「君達は、飛行艇の操縦の腕がかなり優れていると聞いている」
「カプア超特急便は帝国、いや世界で一番速く安全に荷物を届けられるのが売りだからね!」

シード中佐の言葉に、ジョゼットは胸を張ってそう答えた。

「それは頼もしい、実は君達に脱走犯の役をやってもらいたいのだよ。飛行艇を奪って逃走したと想定した特別訓練だ」
「俺達の腕前を買っての大盤振る舞いだそうだ」

ドルンは誇らしげに胸を張りながらそう言った。

「でも、ボク達にできるかな……」

自信が無さそうにうつむいたジョゼットにシード中佐とドルンが声を掛ける。

「君達が制限時間までに逃げ切れば特別に報奨金を出そう」
「その金があれば、会社を立て直して帝国に戻って来た今も仕事に付けないでいるやつらを雇い直す事ができるかもしれねえ」
「わかった、ボクもやってみるよ」
「俺も異存はない」

キールに続いてギルバルドもうなずいた。

「安心したよ、君達が拒否したらこれまでの準備が無駄になってしまう所だったからね」

シード中佐はホッとしたように息を吐き出した。

「それでは、早速発車準備に取り掛かってくれ」
「了解しましたぜ」

シード中佐の言葉にドルンはそう答えて、キールとジョゼットと共にシード中佐の部屋を出た。
兵士達に囲まれながらドルン達はレイストン要塞の中を進み、飛行艇発着場へたどり着くと、そこにはカプア兄弟の愛艇《山猫号》があった。

「ボクらの山猫号だ……」

久しぶりの対面に、ジョゼットは目を潤ませた。
ドルンは誇らしげにジョゼット達に向かって言い放つ。

「エンジンの調整は完璧に仕上げてあるぜ」
「よっしゃ、俺達は捕まらねえ!」
「うん、ボクらの山猫号は世界一速いんだからね!」

キールとジョゼットも嬉しそうに声を上げて、山猫号に乗り込んだ。
山猫号は逃走する設定なので、荷物などは必要最小限で、床や計器などはキレイに磨かれていた。
ブリッジに入ったジョゼットとキールは歓声を上げた。

「ここに来れなかった従業員のやつらが、お前らのためにって張り切って掃除したんだ」
「そっか、あいつらが……」

ジョゼットは感激したように胸に手を当ててつぶやいた。
山猫号はジョゼットが見張りをして報告し、報告を聞いたドルンが計器のデータと併せて操縦手のキールに指示を下して、キールがその指示通り操縦する。
ドルンは最近は社長業に専念していたため、キールとジョゼットが捕まる前はギルバルドがキールの代わりをしていた。
しかし、今回はカプア運送の本気を見せるために黄金チームを復活させたのだ。

「へへっ、ギルバルドのおっちゃんの指揮で飛ぶのも悪くなかったけど、ドルン兄と久しぶりに飛べて嬉しいな」
「ああ、昔を思い出すぜ」

嬉しそうなジョゼットの言葉に、ドルンはうなずいた。

「ドルンの兄貴、久しぶりのフライトで大丈夫なのか?」
「なあに、飛べば思い出すさ」

キールに尋ねられて、ドルンは自信たっぷりにそう答えた。
そして、ジョゼット達に質問を返す。

「お前らこそ、今までずっと捕まっていたんだろう?」
「ボク達だってドルン兄と同じだよ!」

ジョゼットは笑顔で答えるのだった。
発進前のチェックを念入りに行ったドルン達は、シード中佐の合図でレイストン要塞を飛び立った。
そして、発着場に待機している空軍部隊の兵士に呼びかける。

「お前達、頼んだぞ」
「はい、《アルセイユ》や他国の飛行艇が出る幕はありませんよ」

兵士達はシード中佐に自信たっぷりにそう答えると、警備用の小型飛行艇に乗り込んだ。
南の空に姿を消した山猫号を追いかけて、5機の警備用飛行艇が編隊を組んで飛び立って行くのをシード中佐は見送った。



<ツァイスの街 空港 高速巡洋艦アルセイユ号>

ツァイスの街の空港に停泊していたアルセイユでは、新型エンジンの換装作業が終わり、動作チェックも最終段階を迎えていた。
機械の調整をする作業員の動きが気に入らないのか、ラッセル博士は付きっきりで指示を出していた。
あまりの干渉ぶりにたまりかねたグスタフ整備長はラッセル博士に声を掛ける。

「おいおい、ラッセルのじいさんよ、いい加減にしてくれ、クライゼンが困り果てているじゃないか」
「なんじゃこのぐらい、若いんだから大丈夫じゃろう」

ラッセル博士の言葉に、クライゼンは苦笑した。
そんなラッセル博士の張り切る姿に、ノバルティス博士が声を上げて笑い出す。

「何しろこのアルセイユはアリシア女王様との思い出の船だからな、気合が入るんだろう」
「へえ、そんな話は初耳ですね」

ノバルティス博士の言葉にグスタフ整備長は興味を示した。

「若かりし頃、ラッセルのやつはこのアルセイユを世界最高速の飛行船と周囲にもらしていた。そこで、ライバルの私の前で圧倒的な差を見せつけようと、当時16歳だったアリシア女王様を招待して乗せたのだよ」
「こら止めんか、ノバルティス!」

思い出話を始めたノバルティス博士をラッセル博士が止めようとするが、ノバルティス博士は制止を振り切って話を続ける。

「そうしたら、女王様は私とラッセル博士の目の前で『シロハヤブサの方が速い』と言ったのだ」
「ははっ、それは傑作だ!」

グスタフ整備長は大声を上げて笑った。
そこに王女親衛隊の制服を着た女性士官が中へと入って来る。

「おや、エンジンの調整はもう済んでいると聞いていたが?」
「これはユリア様、そのはずなんですが……」

グスタフ整備長は渋い顔でラッセル博士に視線を送った。

「困ったものだな、作戦決行まで時間が無いと言うのに」

王女親衛隊の隊長であるユリア中尉はそう言ってため息をついた。

「では、特別訓練は実施される事になったんですか?」
「ああ、先程ターゲットとなる山猫号のクルー達の了解がとれたとレイストン要塞から連絡があった」

グスタフ整備長の質問に、ユリア中尉はうなずいた。
ユリア中尉の言葉を聞いたグスタフ整備長はラッセル博士をなだめるように声を掛ける。

「聞いたか? じいさん、調整はそれぐらいにして……」
「そう言う事なら、急いで仕上げるんじゃ!」
「ひえええっ!」

整備士のクライゼンはたまらず悲鳴を上げた。
そしてしばらく経った後、クライゼン達の努力の成果か、アルセイユは山猫号を追いかける作戦に参加する事が出来た。



<ツァイスの街 遊撃士協会>

エステル達がアルバ教授と共に街に戻って来た頃には、日がすっかりと暮れていた。
怪盗紳士から新型エンジンの設計図を取り戻した事をキリカに報告しようと遊撃士協会に入った。
すると、遊撃士協会の受付では来訪者がエステル達を待っていた。

「ちょうど良い所に戻って来たわね、あなた達にお客さんが来ているのわ」
「えっ、あたし達に?」

突然キリカに告げられて、エステルは驚きの声を上げた。

「私はアルテリア法国の星杯騎士団の総長セルナートと申します」
「ええっ、そんな偉い人がどうしてあたし達に?」

そう言ってセルナートがお辞儀をすると、エステルは驚いて尋ねた。

「レナ殿からの紹介で、あなた方お2人に協力して頂きたいことがあるのです」
「母さんの紹介?」

セルナートの言葉を聞いて、エステルは疑問の声を上げた。

「僕達に協力できる事とは何でしょう?」
「それは……」

ヨシュアが尋ねると、セルナートは言いにくそうにアルバ教授に視線を送った。
雰囲気を察したアルバ教授がエステル達に頭を下げて出て行こうとする。

「あ、私はこれで失礼しますね、街まで送っていただいてありがとうございました」
「今度こそ、反省して下さいね」
「はい、わかりました」

ヨシュアの言葉にアルバ教授はそう答えて足早に立ち去って行った。
エステルはキリカに取り戻した新型エンジンの設計図を渡した。

「お疲れ様、報告は後で聞くわ。どうやら、セルナートさんの用件は緊急みたいだから」
「かたじけない、では2人をお借りします」

キリカにお礼を言ったセルナートは、エステルとヨシュアを促して遊撃士協会を出て行った。

「あのセルナートさん、あたし達をどこへ連れて行くつもりなんですか?」
「時間が惜しいから、ついてからお話します」

エステル達はセルナートに付いて行き、夜のツァイスの街を歩いて行く。
そしてついにツァイスの街の南門を出て、トラット平原まで来てしまった。
トラット平原には小型の飛行艇が泊められていて、飛行艇の近くには人影が1人立っていた。
暗がりで見えなかったが、近づくとシスター服を着た女性だと判った。

「ルフィナ、待たせたな。まだ、終わってはいないな?」
「はい、山猫号が捕らえられたと言う報告は聞いておりません」

セルナートに尋ねられて、シスター服の女性、ルフィナはそう答えた。
ルフィナはエステル達にアルテリア法国のシスターだと名乗った後、エステル達を小型飛行艇メルカバ伍号機の中へと案内した。

「凄い、飛行艇の中はこんなになっているんだ!」

通信用ディスプレイモニターなど定期便の飛行船に無い先進的な設備を見て、エステルは驚きの声を上げた。

「何や、総長が呼んで来る協力者って、エステルちゃん達やったんか」
「あれ、ケビンさん?」

飛行艇のクルーの席に座っていたのはルーアン地方でのマノリア村で会った事のあるケビンとリースだった。

「どうも、お久しぶりです」

リースが礼儀正しく頭を下げた。

「ケビンさん達もアルテリア法国の人だったんですね」
「こんな凄い飛行艇に乗れるなんて、ケビンさん達はもしかして偉い人だったの?」

ヨシュアとエステルが尊敬のまなざしでケビンとリースを見つめると、ケビンは苦笑する。

「まあ、そんな偉いわけやないんやけど、あんまり周りには言いふらさんといてな、巡回神父の仕事も好きやし」
「私達がアルテリア法国の星杯騎士団だと知れると警戒される恐れがあるので、普段は身分を隠しているのです」
「そっか、母さんも元星杯騎士団って街の人に話していないもんね」

ケビンとリースの言葉に、エステルは納得したようにうなずいた。

「それで、あたし達に協力して欲しいって事って何?」
「僕達は飛行艇の操縦なんてできませんけど」
「あなた方には捕縛要員になって頂きたいのです」

セルナートはエステル達に現在ツァイス地方の上空で行われている山猫号とリベール空軍の軍事訓練の事を話した。
そして、アルテリア法国の高速飛行艇メルカバも要請を受けて参加する事になっていると付け加える。

「ほんまは、ワイとリースやのうて、ワイの従騎士のセサルとマーカスが操縦のサポートをするはずやったんだけど……」

ケビンはそう言って、気まずそうにセルナートを見つめた。

「ふふ、私の操縦に何か不満でもあるのか?」
「いえいえ、めっそうもありませんわ」

セルナートが低い声で言うと、ケビンは慌てて否定した。

「セルナート総長の運転は荒っぽいので、振り回されないようにしっかり手すりにつかまっていて下さいね」

リースが小さい声で言うとエステルとヨシュアは冷汗をドッと浮かべる。

「あの、セルナートさん? 残念だけどあたし達遊撃士の仕事があるし……」
「うん、僕達は協力を辞退させてもらって……」

エステルとヨシュアが立ち去ろうとすると、飛行艇の入り口のドアがルフィナによって塞がれる。

「お2人とも、レナ先輩の要望でもありますので最後まで付き合っていただきます」
「そうやな、獅子は可愛い子供を千尋の谷に落とすって言うやないか」
「落ちたら怪我どころじゃすまないじゃないですか!?」

ケビンの言葉にヨシュアは必死のツッコミを入れた。
エステル達の慌てふためく姿を気にかけずセルナートは毅然と操縦席へと着席する。

「ずいぶんと出遅れてしまったようだが、ちょうど良いハンデだな」
「目標の山猫号の位置は南南西の方向、高度3,000アージュです」

リースの報告を聞いたセルナートはいきなりエンジン出力を最大にして高度を上げて行く。
船体が大きく傾き、エステル達にG(重力)が圧し掛かる。

「ひえええっ!?」

エステル達は夜空に輝く月が自分達に迫って来るように見えた。



<高速巡洋艦アルセイユ号>

夕方から山猫号を追いかけていたアルセイユ号は、いまだに山猫号を捕らえきれずに居た。
アルセイユ号に乗り込んでいた帝国の大使であるダヴィル大使は、誇らしげに艦長のユリア中尉に声を掛ける。

「さすが、我が帝国のラインフォルト社のエンジンですな。貴国の新型エンジンとやらはこの程度ですか?」
「いえ、まだ勝負は決まっておりません」

ユリア中尉は毅然とした態度でダヴィル大使に言い返した。

「いやいや、この42アージュの船体をこれだけの速さで動かせるのだから、たいしたものだよ」

同じく招待を受けてアルセイユに乗り込んでいたオリビエが感心したようにそうつぶやいた。
そして、ルーアン地方からやって来て、アルセイユに乗り込んでいたクローゼに声を掛ける。

「さらに、この船体は貴方のように美しい」
「まあ、お世辞がお上手ですね」

クローゼは穏やかに微笑んでオリビエに答えた。

「貴様は相変わらずだな」
「ミュラー君、そんな厳しい目で僕をにらまないでくれたまえよ」

大きな体格の真面目そうな感じの男性がクローゼを口説こうとするオリビエに釘を刺した。
ダヴィル大使の護衛でツァイスを訪れたミュラーは、街を出たエステル達と入れ替わる様なタイミングでエルモ村から戻って来たオリビエを見つけたのだった。
見つかったオリビエはミュラーから逃げようとしたが、アルセイユにクローゼが乗っている事を聞くと、ミュラーに付いて来た。

「せっかくツァイスの街に来たのに、エステル君達と会わなかったのかい?」
「まだ2人には私の身分を知らされたくありませんから」

オリビエが尋ねると、クローゼは苦笑してそう答えた。

「ふむ、あの2人があからさまに態度を変えるとは思えないが……僕も自分から旅の演奏家と言うステータスを崩すつもりはないな」
「貴方は話してもエステルさん達に信じて頂けないかもしれませんね」
「それは同感です」

クローゼの言葉に、ミュラーが強くうなずいた。

「2人ともヒドイっ」
「ふふ、ごめんなさい」

おどけた様子でオリビエがそう言うと、クローゼは笑いながら謝った。

「ターゲット《山猫号》に急接近する、飛行物体あり……」

アルセイユの観測士エコーがそう言うと、ユリア中尉達の視線がモニターに集中する。
望遠カメラの映像に浮かび上がったのはアルテリア法国の高速飛行艇メルカバ伍号機だった。
メルカバの無軌道な動きに、ユリア達はぼう然とモニターに見入っていた。



<メルカバ 伍号機>

セルナートの無茶苦茶な操縦に、乗っていたエステルとヨシュアは乗り物酔いを起こしかけていた。
メルカバの動きに牽制されたのか、山猫号の動きは遅くなった。
チャンス到来と判断したセルナートは機体をグングンと山猫号へと近づける。

「まさか、体当たりする気なの!?」

エステルがたまらず叫び声を上げた。

「ケビン、キャッチャーの準備をお願い!」
「よし来た!」

ルフィナがそう指示をするとケビンが張り切った様子で返事をした。
観測士役をしているリースは真剣な眼差しでモニターを見つめている。

「ケビン、目標までの距離、後250アージュ!」
「OK!」

リースの言葉にケビンが応じ、すぐに飛行艇が何かにぶつかったような衝撃が走った。

「うわっ!」

船体が揺れてエステルとヨシュアは倒れてしまった。
ドッキングに成功したと確信したケビンが歓声を上げる。

「目標をバッチリ補足したで!」
「それでは、エステルさん、ヨシュアさん、お願い致します」
「えっ、何を?」

セルナートに言われて、エステルとヨシュアはキョトンとした顔になった。

「エステルさん達には山猫号に飛び移って乗組員を拘束してもらいます」

ルフィナに言われてエステル達はたじろぐ。

「それって、飛行艇の外に出るって事!?」
「危険すぎはしませんか?」
「安定して飛行すればその衝撃は定期便の甲板と変わらへん」
「私の腕が信用できませんか?」

ケビンとセルナートに説得されて、エステルとヨシュアは覚悟を決めて後部甲板へのドアを開いた。
外へ出て見ると、想像していたよりも甲板は穏やかな様子だった。
そして間近に翼にガッチリと縄を巻きつけられた山猫号の姿が見えた。
翼を伝って、山猫号の中へと入る事ができそうだ。

「エステル、足元を気を付けて」
「うん」

ヨシュアと一緒にエステルは山猫号の翼へと飛び移ろうとした。
しかし、その時機体が大きく揺れた!

「うわっ!」

足を踏み外し、体のバランスを崩したエステルが悲鳴を上げた。

「エステルっ!」

ヨシュアが身を乗り出してエステルの腕をつかむ事には成功した。
しかし、ヨシュアはエステルの体を引き寄せようとしたが、前のめりになってエステルの体勢は戻らない。
そして、ついに2人は正面から抱き合ったまま頭から落下してしまった。
気絶してしまいそうな重力が頭にのしかかる。
薄れ行く意識の中で、エステルはこのまま自分達は地面に叩きつけられて死んでしまうと思った。

(ゴメン、あたしのせいでヨシュアまで巻き込んで……)

エステルは目に涙を浮かべて心の中でヨシュアに謝った。
しかし次の瞬間、エステルにとって信じられない事が起こった。
ヨシュアが顔を近づけてエステルの唇に自分の唇を重ねたのだ!

(……えっ!? あたし、ヨシュアにキス、されちゃっている……!?)

エステルはその感覚を最後に、そのまま意識を失った……。



<ツァイス地方 レイストン要塞 医務室>

それから数時間後、空中に放り出されたはずのエステルとヨシュアはレイストン要塞の医務室に居た。
エステルが気絶した直後のタイミングぐらいで、古竜レグナートの背中に乗ったカシウスとレナが落ちて行く2人を受け止めたのだった。
そして気絶したエステルは、カシウスとレナによってベッドに寝かされていた。

「ヨシュア、お前の正直な気持ちを見せてもらったぞ」
「ふふ、死に直面した時、人間は嘘をつけませんからね」

空中でのヨシュアとエステルのキスシーンを見たカシウスとレナはニヤニヤとした顔でヨシュアに話し掛けた。

「……まさかあの墜落が仕組まれていたなんて」
「上手く拾い上げる事ができて本当に良かったよ」

ヨシュアのつぶやきに、カシウスは笑顔でそう答えた。

「ちっとも良くありません! そのおかげで僕達は、いや、エステルが死んでしまう所だったんですよ!」
「しーっ、大声を出すとエステルが起きてしまうだろう」

怒った顔で怒鳴ったヨシュアを、カシウスが止めた。

「ごめんなさいね、私達は強引な手を使ってでも確かめなくてはいけないと思ったの」
「そうだ、お前達がツァイス地方で功績を上げているとキリカから聞いてな。正遊撃士への推薦状を出すのも近いと言っていたぞ」
「えっ、それじゃあ……」
「次のグランセル支部で推薦状を貰う時に、お前達は重大な結論を出さなければならない。つまり残された時間はそう多くないんだ」
「だから、カリンさんからあなた達の話を聞いた時、おせっかいかもしれないけど少し後押しが必要だと思ったのよ」
「僕が悪いんですね」

レナとカシウスの話を聞いて、ヨシュアはうなだれたようにそう言った。

「そろそろエステルが目を覚ます頃ね」
「じゃあ、俺達はそろそろ行こうか」
「えっ、僕がエステルに説明するんですか!?」

レナとカシウスは後は任せたとばかりにヨシュアの肩を軽く叩いて部屋を出て行ってしまった。
椅子に座っているヨシュアは、どう説明したらいいのか頭を抱えてしまっていた。

「あれ、どうしてあたし達は助かったの?」

目を覚ましたエステルがヨシュアに尋ねると、ヨシュアは内心の動揺を気付かれないようにごまかしながら説明を始めた。
まず、墜落事故は仕組まれたのではなく偶然起こった事にして、通りかかった古竜レグナートで空中散歩中のカシウスとレナの2人に助けられたと嘘の説明をした。
墜落事故をカシウス達が仕組んだ事を明らかにすれば、なぜカシウス達がその様な事をしたのか自分にとって恥ずかしい理由を話さなければならないからだ。

「あはは、父さん達てば滅茶苦茶ね。おかげであたし達も助かったんだけど」

ヨシュアの少し無理のある説明を少しも疑っていない様子のエステルは、嬉しそうに微笑んだ。
そして、エステルは少し顔を赤くしながらヨシュアに尋ねる。

「ねえ、あたしは気絶しちゃったけど、その間にあたしに変な事していないわよね?」
「そ、そんな事するはずないじゃないか」
「そうよね」

ヨシュアはエステルがキスの事を覚えていない事を聞いてホッと胸を撫でおろした。

「そうだ、エステルが目を覚ましたってに言って来るね」

ヨシュアはそう言って医務室を出て行った。

「……あたしはハッキリと覚えているよ。どうして、ヨシュアはあたしにキスしたって言ってくれないの?」

1人きりになったエステルは悲しそうな顔でそうつぶやいたのだった。
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