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ツァイス地方編(5/19 34話修正)
第三十五話 オーバルギア暴走事件! ~迫る陰謀の影~
<ツァイスの街 ラッセル家>

ツァイス地方の夜空を舞台に繰り広げられた特別訓練。
その軍配はアルテリア法国のメルカバ号に上がった。
ラッセル一家の技術を終結させて開発した新型エンジンを乗せたアルセイユは負けてしまった形になった。
その翌日、ラッセル博士一家はアガットを自宅に招いて食事をしていた。

「いやあ、ユリア様にサインまで貰えるとは思わなかったわ」

しかし、一番荒れそうなエリカ博士は憧れていたユリア中尉と会う事ができて上機嫌だった。

「ふーっ、ターゲットの山猫号が他の飛行艇に確保されたと聞いた時は凄い怒りようじゃったが」
「ええ、ユリア中尉が居てくれて助かりました」

ラッセル博士の言葉にダン博士も同意した。

「あんた達はあんまり悔しがっていないようだな?」
「まあ、あれは完敗じゃったからの」
「敵の死角を突いて急接近するテクニックはかなりのものですね」

アガットに言われて、ラッセル博士とダン博士は清々しい態度で答えた。

「アガットさん、私の作ったスープはどうですか?」
「まあまあだな」
「ミーシャさんの作った料理とどっちがおいしいですか?」
「それはだな……」

ティータに聞かれて、アガットは困った顔で口ごもった。

「あっ、ミーシャさんって私より年上なんでしたっけ」
「……そうだな、ミーシャがお前ぐらいの年の時は料理もあまり上手くは無かったな」
「私、ミーシャさんが羨ましいな、アガットさんみたいに優しくて強いお兄ちゃんが居て。私は一人っ子だから」
「バ、バカ言うんじゃねえ!」

笑顔のティータにそう言われて、アガットは照れ臭そうに答えた。
その様子を見たダン博士はラッセル博士と顔を見合わせる。

「これは……彼を試さないといけないですね」
「そうじゃのう」

そしてダン博士はアガットに話し掛ける。

「君は明日ボースに戻るんだよね?」
「ああ、いつまでもボース支部の仕事を他のやつらに任せているわけにもいかないからな」
「じゃあ、帰る前に僕と手合わせをしてくれないか?」
「えっ、あんたが?」

アガットは驚いてダンに聞き返した。

「ダンはね、怪我で引退する前は遊撃士をやっていたのよ」
「若い頃のカシウスに棒術を教えるほどだったんじゃよ」
「何だと!?」

カシウスの名前を聞いたアガットは目の色を変えた。

「はは、僕は基礎を教えただけですけどね」

ダンは謙遜して控えめに言った。

「俺の方からも手合わせをお願いしたいぜ」

アガットがダンの申し出を嬉しそうに承諾すると、エリカ博士は不気味な笑みを浮かべる。

「ふふっ、思いっきり痛めつけてあげなさい」
「冗談止めてよー、お母さん」

エリカ博士の言葉を聞いてティータは不安そうな顔になった。
冷たい殺気を感じたアガットは、少し不安になるのだった。



<ツァイスの街 中央工房 地下5階実験場>

アガットがダン博士と手合わせをする話はカシウス達の耳にも届き、カシウスとレナ、エステルとヨシュア、アネラスも対戦に立ち会う事になった。
たくさんの見物者が詰めかけて、アガットは苛立った様子だ。

「何でおっさんがツァイス地方に来て居やがるんだ」
「ちょっとした散歩さ」
「けっ、ロレント支部の仕事はほったらかしかよ」

のんきに答えるカシウスに、アガットは舌打ちをした。

「アガット先輩、頑張って下さい!」
「おう」

手を振って応援するアネラスに向かって、アガットは右手を軽く上げて応じた。
そんなやり取りを見たティータがアネラスに声を掛ける。

「アネラスさんって、アガットさんと仲が良いんですね」
「うん、アガット先輩と一緒にボース支部で仕事をしていたからね」
「もしかしてアネラスさんはアガットさんの事を……」

ティータの気持ちを察したのか、アネラスは首を振って否定する。

「大丈夫だよティータちゃん、私は可愛いものが大好きだから!」

アネラスはそう言ってティータを抱きしめた。

「ふえっ」
「それに、アガットさんの方も私を妹のような存在にしか見ていないよ」
「!!」

アネラスが笑顔で付け加えると、ティータは厳しい目つきでアネラスをにらみつけた。

「あれ、ティータちゃんを怒らせちゃった?」

そんなアネラスとティータのやり取りを見たカシウスはあきれたようにため息をつく。

「なあ、普通はそう考えないだろう。年が10歳以上も離れているんだぞ」
「男女の恋愛に関する勘は鋭いかもしれませんね」

レナは感心したようにアネラスを見つめて少し嬉しそうに微笑んだ。

「父さん達ってば何でも面白がるんだから」
「まったく困るよね」

エステルの言葉にヨシュアも同意してため息をついた。

「そろそろ始めようか」
「こっちはいつでもいいぜ」

ウォーミングアップを終えたダン博士が声を掛けると、アガットも応じて武器を構えた。
力任せに突進するアガットを、ダン博士は棒術を上手く使いこなして受け流して行く。
アガットの数手先を読むダン博士の動きに、エステル達は目を見張った。

「さすがに力はあるようだね、攻撃を受ける度に手がしびれてしまいそうだよ」
「くそったれ、余裕をかましやがって!」

ダン博士と戦うアガットは、初めてレーヴェと戦った時の事を思い出した。
あの時突進ばかりだったアガットの攻撃は、レーヴェにほとんど防がれた。
レーヴェに攻撃の動きの単調さを指摘されたアガットは複雑な動きを取り入れ、この前レーヴェと対戦した時は互角に戦う事ができて満足していた。
しかし、ダン博士相手には付け焼刃の動きは通用しない。
ダン博士はアガットの動きに反応してるのではなく、アガットの動きを読んでいるのだ。
上には上が居る事を知らされたアガットだった。
重剣を振り回すうちにアガットはスタミナを消耗し息を切らし始めた。
それをチャンスと見たダン博士は防戦から一気に攻勢に転じた。

「うおおっ!?」

それまでの攻撃で体力を消耗していたアガットはダン博士の攻撃を防ぐ事が出来ず、持っていた重剣を叩き落とされてしまった。
アガットの重剣が実験場の床に落ちた音が鳴り響き、剣を拾おうとしたアガットの手はダン博士の棒によって防がれた。
こうなってしまっては、アガットは負けを認めるしかない。

「降参だ」
「これでは、まだ君を認めるわけにはいかないな」
「何の話だ?」

ダン博士の言葉を聞いて、アガットは不思議そうな顔で首をかしげた。

「そこで止めちゃうなんて甘すぎよ、追い打ちをかけて立ち上がれない程ボコボコにしてやらなきゃ!」
「おいおい、勘弁してくれよ」

エリカ博士が悔しそうにそう言うと、アガットは疲れた顔をしてため息をついた。
その時、上の方で物音がして中央工房の建物全体が大きく振動した。

「何が起こったんじゃ!?」

ラッセル博士が驚きの声を上げると、エレベータからレンが飛び出して来る。

「大変よ、倉庫で作業をしていた作業用のオーバルギアが突然暴走を始めたの!」
「何だと!?」

レンの言葉にカシウスは驚きの声を上げた。

「オーバルギアには誰か乗っておるのか?」
「フェイが乗っていたんだけど、突然操縦不能になって。博士や作業をしていた人達は避難したんだけど、あのまま暴れ続けたら倉庫がメチャクチャになっちゃうわ」
「よし、俺達で止めよう」

ラッセル博士の質問に対するレンの説明を聞いて、カシウスが提案すると、エステル達はうなずいてエレベータに乗り込んだ。

「ワシらは後から行くぞい!」

ラッセル博士達は、オーバルギア運搬用のリフトで倉庫に向かうとカシウス達に告げた。



<ツァイスの街 中央工房 地下1階倉庫>

エステル達がエレベータから降りると、コンテナを蹴散らして暴れ回るオーバルギアの姿が目に入った。
操縦席に座っているフェイは叫び声をあげながら必死に止めようとしているが、オーバルギアが停止する気配は無く腕や脚などが壁にぶち当たっている。
この騒ぎを知って上の階に居たマードック工房長やグスタフ整備長達は階段を駆け降りて来たようで、肩で激しく息をしている。

「アーツなどで攻撃をしてしまうわけにはいかないようだな」
「ええ、あの機体が爆発でもしたら、搭乗者の方が傷ついてしまいます」

カシウスとレナのやり取りを聞いたエステル達は悔しそうな表情になる。

「でも、どうやってあのオーバルギアの動きを止めるの?」
「俺達全員でかかっても取り押さえるのは無理そうだぜ」

エステルの疑問の言葉に、アガットが難しい顔でそう言った。
すると、さらに地下に行っていた大型リフトが上がり、ティータが乗り込んだオーバルギアがラッセル博士達と共に姿を現した。
その姿を見たアガットが怒った顔で怒声を発する。

「おいチビスケ、どうしてそれに乗ってやがる!」
「すぐに起動可能なオーバルギアが、ティータ用の機体しか無かったのよ」

エリカ博士がアガットの質問に答えた。

「わ、私があの暴走したオーバルギアを取り押さえます!」

緊張しながらもティータはそう宣言してフェイを乗せて暴走するオーバルギアに近づいて行く。

「うわっ、ものすごい力です」

暴走したオーバルギアのパワーに、ティータは押されてしまっているようだった。
しばらく2体のオーバルギアは取っ組み合いを続けていたが、ティータの乗るオーバルギアが投げ飛ばされて壁に激突してしまった。
その衝撃で気絶して動きを止めたティータのオーバルギアに暴走オーバルギアが迫る!

「チビスケっ!」
「いかんっ!」

アガットとカシウスがティータのオーバルギアに駆け寄ろうとした。
エステルとヨシュア、アネラスも2人に続く。
そして、暴走オーバルギアは気絶している操縦席のティータに向かってパンチを繰り出した!

「ぐはっ!」

オーバルギアのパンチを食らったアガットが跳ね飛ばされた。
カシウスは持っていた棒を思いっきり叩きつけてオーバルギアのパンチの軌道をティータから反らした。

「今だ!」
「うんっ!」

ヨシュアの合図にエステルはうなずき、エステル・ヨシュア・アネラスの3人掛かりでティータを操縦席から引っ張り出した。
エステル達がティータを助け出した後も、オーバルギアは暴走を続ける。

「やはり脚の動力部を破壊して動きを止めるしかないようだな」
「ええ、私が隙を作ります」

カシウスにレナはそう答えて、風のアーツ”グランストーム”を詠唱した。
突然発生した竜巻に巻き込まれて暴走オーバルギアの動きが止まる。
そのチャンスを逃さず、カシウスは暴走オーバルギアの脚の部分に棒を思いっきり叩き込んだ!
すると、煙を上げながら暴走オーバルギアの下半身の動きが完全に停止する。

「風を切り裂くように接近するなんて、カシウスは凄いのね」
「うん、完全に風の動きを読んで身体を動かしている」

レンの言葉を聞いて、ヨシュアは同意してうなずいた。

「よしっ、後は操縦席からパイロットを降ろすだけじゃな」

ラッセル博士は安心したような笑顔になってそうつぶやいた。
腕を振り回し続ける暴走オーバルギアの操縦席からカシウスによってフェイが救出され、倉庫の中に居るメンバーから歓声が上がった。

「あれ私、どうしちゃったんだろう……?」
「オーバルギアが叩きつけられた衝撃で、軽い脳しんとうを起こして気絶していたんだよ」

目を覚ましたティータのつぶやきに、ダン博士が答えた。

「ごめんなさい、私がオーバルギアを上手く使いこなせなくて……」
「相手が悪かったんだ」

落ち込んだティータをダン博士は慰めた。

「あ、アガットさん!?」

包帯で頭や腕などを巻かれて横たわるアガットの姿を見て、ティータは慌ててアガットに駆け寄った。

「出血がひどかったから、包帯を巻いて手当てしたのよ」
「大丈夫なんですか!?」

レナの言葉を聞いたティータの顔はさらに青くなった。

「たいした事無えよ」
「ダメよ、起き上がっちゃ」

そう言って起き上がろうしたアガットをレナが押し止めた。

「ごめんなさいアガットさん、私をかばったせいで……」
「バ、バカっ、泣くんじゃねえ!」

こらえきれなくなったティータはついに泣き始めてしまった。
そんなアガットとティータの姿を見て、ダン博士とキリカ博士は言葉を交わす。

「これはもう彼を認めるしかないようだね」
「私はまだ完全に認めるわけにはいかないわよ」

そんな2人のやり取りを聞いたカシウスは笑みを浮かべてヨシュアにそっと耳打ちをする。

「どうだ、アガットとティータの抱える年齢と言う障害に比べればお前達の抱える障害も大した事は無いと思えないか?」
「でも、5年経ってもアガットさんはまだ20代だし」

茶化すように言ったカシウスにヨシュアも冗談を混ぜたツッコミで逃げた。
困った奴だとカシウスは苦笑した。



<ツァイスの街 中央工房 工房長の部屋>

作業用オーバルギアの暴走事件が解決した後、エステルとヨシュア、カシウス、ラッセル博士とノバルティス博士、レンはマードック工房長の部屋で話し合っていた。
レナとティータとアネラスは怪我をしたアガットに付き添って医務室に、エリカ博士とダン博士は暴走したオーバルギアのさらなる分析をしている。

「で、暴走の原因は何だったんですか?」
「どうやら、基本ソフトを入れ替えられていた様なんじゃ」
「そんな事が可能なんですか!?」

質問に対するラッセル博士の答えに、マードック工房長は驚きの声を上げた。

「どうやら、出力を上げるために改造したものが出回っているようじゃ」
「オーバルギアには出力を抑える機能がついているのだが、そのリミッターを解除したようだな」
「だからティータのオーバルギア以上のパワーが出たのね」

ラッセル博士とノバルティス博士の言葉を聞いて、レンが納得したようにそうつぶやいた。

「でも危険じゃない? そんな物が出回っているなんて」
「うむ、直ちに国内にあるオーバルギアの総点検を行う必要がありますな」

エステルの言葉に、マードック工房長は真剣な顔でうなずいた。
作業用のオーバルギアは、港の荷物の積み下ろしなどの力作業のために使われ始めているのだ。

「よし、直ちに中央工房の署名でオーバルギアの使用を一時中止するように緊急事態宣言を出そう」
「そうした方が良いじゃろうな」

マードック工房長の言葉にラッセル博士もうなずいた。

「……もう遅いようですよ」

そう言って工房長室に姿を現したのはキリカだった。

「どういう事かね?」
「先程グランセル港でオーバルギアの暴走事件が発生し、王国軍の戦車隊の発砲によって鎮圧されたと報告がありました」
「何だと!?」

キリカの答えを聞いてマードック工房長はまたもや驚きの声を上げた。

「それで、改造基本ソフトの拡大を防ぐために遊撃士協会も広域捜査に乗り出す事になったのよ」
「なるほど、大変な事になったな」

キリカの話を聞いたカシウスは真剣な顔になってうなずくのだった。



<ツァイスの街 ツァンラートホテル>

その頃、ツァイスの街にあるホテルの一室ではオリビエとミュラー、ダヴィル大使とその側近達が顔を合わせていた。

「まさか、帝国と同じ事件がリベール王国にも起きるとはね」

オリビエはどこか面白がっているような顔でため息をついた。

「やはりこれはやつの仕業だろう」

ミュラーは真剣な顔でうなずいた。

「あの帝国でオーバルギア暴走事件を起こした元ラインフォルト社の導力技師……ですか?」

恐る恐るダヴィル大使が質問をすると、ミュラーは肯定する。

「やつは自分の開発した基本ソフトを採用しなかったラインフォルト社を恨んでいたからな」
「それで帝国で騒ぎを起こして指名手配になったと思ったら、リベール王国にやって来ていたとはね」
「この事件は帝国と王国の外交問題になることは無いでしょうか?」

ダヴィル大使は汗をふきながらオリビエに尋ねた。

「いや、それは無いと思うが……問題は黒幕だね」
「オズボーン宰相の事を疑っているのか?」

オリビエが意味ありげにつぶやくと、ミュラーは顔をしかめて聞き返した。

「いかにも武力派の彼の好みらしい攻撃的な基本ソフトだしね」
「証拠も無しに滅多な事を言うものではない」

ミュラーが怒った様子でいさめると、オリビエは皮肉めいた笑みを浮かべる。

「証拠なんて残すヘマはしないだろうね。あの事件もリベール王国将校のクーデターって事で片付けられてしまったようだし」
「それこそ言ってはならない事だぞ」

強くミュラーが言うと、オリビエは両手を上げて降参のポーズをとり、口を閉じるのだった。

(民間のラインフォルト社は歩み寄りを見せているのに、宰相殿はいつまで敵対行動を続けるのやら。やはりここは計画を成功させるしかないか)

オリビエは窓からツァイスの街並みを眺めながら心の中でつぶやくのだった。
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