「がんばって。」
脳裏に響く懐かしい声に思わず口元が緩む。
ずっと、戦い続けてきた。
肥大化した魔力は魔獣のグリーフシードでは浄化しきれず、仲間の魔法少女達は皆少しずつ力尽き、まどかの元に迎えられていった。
私は最後の力を振り絞り、私の武器である弓を多数殲滅用に拡張した黒翼を展開すると、魔獣の群の頭上に飛び立ち空間攻撃を行う。
「お疲れ様。ほむらちゃん・・・」
力尽き、くずおれた私の耳元で再び聞こえたまどかの声に安心すると私は意識を失った。
私が目を覚ますと、いつかの空間に私は裸で浮かんでいた。
「久しぶり、ほむらちゃん。」
「え?」
振り向けば、いつの間にか、そこにわずかに笑みを浮かべたまどかが立っていた。
私は何もかも忘れて、まどかに抱きつく。
「まどか・・・!まどかぁっ!」
涙を流しながら、バカのようにまどかの名前を呼ぶ私を、まどかは笑って優しく抱きしめ背中を叩き続けてくれる。
「まどか!会いたかったっ。ずっと会いたかった!」
「うん。うん・・・っ。私も会いたかったよ、ほむらちゃん。おつかれさま。てへへ、こういうときもっと気が利いたこと言えたらいいんだけどね。良い言葉が思いつかないや。」
2人で抱きしめあい、ひたすら名前を呼び合う私達。
だがそれも思わぬ闖入者によって邪魔をされることになる。
「本当にお疲れ様だね。暁美ほむら。」
聞こえたその声に私は耳を疑う。
だが、足下を見ると私たちのすぐそばに、キュウベえが佇んでいた。
なぜ・・・なんでコイツがここにいるの!
なんとか内心の叫びを押し殺し、表面上は冷静を保って問いかける事に成功する。
「なぜあなたがここにいるのかしら。」
「僕のする事はただ1つ。少女達の願いを叶え、魔法少女に導くこと。それだけだよ。」
相変わらずの無感情な瞳で私達に向け語りかけるキュウベえ。
だが、そんなはずはない。
私はもう願いを叶えられている。
浮かんだ疑念を晴らすため、私はキュウベえに向け再度問いかける。
「私たちの願いをもう1度かなえるために来たとでも言うの?」
「その通り。正確には君たちではなく、暁美ほむら。君の願いを、だけどね。」
その言葉に私は再び耳を疑う。
私の願いは既に叶えられているはず。
でなければ、概念存在となったまどかにこうして再会できるわけがない。
「あなたは私の願いを叶えて魔法少女としたのでしょう。それとも同じ人間の願いを何度でも叶えれるというのかしら。」
「いいや。1人の人間の願いは間違いなく1度しか叶えられないよ。でもね、暁美ほむら。君だけは特別だ。
君の、鹿目まどかとの出会いをやり直したいという願いは、鹿目まどかが概念存在となった時点で破棄されている。当然だよね。概念というのは、ただそこにあるモノ。時間という概念がない存在と一定の時間をやり直そうなんていう願いは矛盾してしまうからね。」
それはおかしい。
私は魔法少女としての力を失っていなかった。そのうえ概念存在であるまどかとこうして再会している。それでは、この空間に私達しか存在しない説明がつかない。
「まどか。力尽きてあなたの元へ消えていった魔法少女達はどこ?」
「ううん。ここには誰も来てないよ。私は浄化しきれなくなったソウルジェムが、グリーフシードに転化するエネルギーを利用して魂を抽出して、別世界でずっと良い夢を見てもらってるだけだもん。」
戸惑った表情を浮かべ私の問いに答えるまどかにますます疑念を深くする。
それもおかしい。それでは美樹さやかさが消えた事が説明できない。
だが、巴マミも佐倉杏子もどちらも力尽きた後はソウルジェムが消え、ただの人間として死んでいった。
これはどういうこと?
「それはおかしいわ。ならばなぜ力を使い果たした美樹さやかは消えたの?」
「それは・・・さやかちゃんはどの時間軸でも、必ず魔女になっちゃうの・・・さやかちゃんが生きのこるって未来が存在しないから・・・」
答えにくそうに視線を逸らして答えるまどかの言葉に少し私は納得する。
そういえば私は魔法少女が消滅するのは美樹さやかしか見ていない。ならば美樹さやかこそがレアケースという事があってもおかしくはない・・・?
他の魔法少女達はただの人間にもどって最期を迎えていく?
「ならばなぜ私だけがまどかの元へ来れたの?それに私が魔法を失っていない理由の説明がつかない。」
「君のもともとの魔法は時間制御だったよね。だけどまどかの概念化によってその魔法を失った君は、まどかと同じ弓を使うようになっただろう?しかも少しずつ力が増大していった。違うかい?」
私の疑念に今度はキュウベえが横から口を挟む。
だが確かにコイツの言うとおり、本来の時間操作を失った私は、代わりに得たまどかとお揃いの魔力弓で戦っていた。しかも、その力は戦いが激しくなるに連れ、どんどん増大していった。
「ええ。確かにそうよ。」
「そもそもそれがありえない。通常の魔法少女は力を消耗するだけで、力が増大したりしない。ここからは推測になるけど、おそらく君がまどかから受け継いだリボン。それが媒体となって君がまどかの力を運用する事が出来たんじゃないかな?」
このリボンが?
キュウベえの指摘に思わず私は頭のリボンに手を触れる。
その理屈なら一応私がまどかの力を引き継ぐ事ができた理由にはなる。
だがそれは新たな疑問を生んでしまう。
「ならばなぜ魔法を失ったのにソウルジェムが残っていたの?それに肥大化する力に合わせるようにして、私のソウルジェムの濁りは少しずつ浄化仕切れなくなっていったわ。まどかの力を借りているだけならば私の魔力消費はせいぜい身体の維持くらいのはずよ。」
混乱する頭を必死に落ち着かせ、なんとか問いに結びつける。
だが内心で戸惑う私の問いに対して、コイツはすぐに返答を返してくる。
「勘違いしているようだけど、ソウルジェムは願いの代価ではなく、魔女と戦いやすいよう精神と肉体を加工したものにすぎない。だから、君の願いはキャンセルされても、ソウルジェムが消える事はないんだよ。魔力に比例して浄化が追いつかなくなっていったのは、まどかの力の呼び水に君の力を利用しているからだろうね。だから増大する力に比例して呼び水として使う魔力も大きくなっていったというわけさ。しかも、大きな力を引き出すほど君はまどかの外部端末として世界に認識され、最後は世界にまどかと同一存在であると誤認されてこの空間へ来ることができた。仕組みはこんなところじゃないかな。」
キュウベえの言葉を噛みしめ考える。
たしかにこれも否定する材料はない。けれどコイツの言ったことが本当だとすれば・・・
だが、結論に思い至ると同時にまどかが先に叫びを上げていた。
「そんなのおかしいよ!それじゃあほむらちゃんは願いの代償を得ずに戦わされてたって事じゃない!」
「そうだね。だからこうして遅まきながら願いを叶えに来たんじゃないか。暁美ほむらは願いの代価を先払いしてくれただけだよ。何もおかしいことはない。」
「嘘よ!そして願いを叶えたほむらちゃんにまた戦わせてエントロピーを回収するんでしょう!やめてよ!!先払いで代価を払わせて、願いを叶えた後も払わせ続けるなんて詐欺じゃないっ!!」
「ありがとう、まどか。でもいいの。」
私の言葉に涙を流して激昂していたまどかが振り向く。
そう。コイツが願いを叶えるなら。
私がまだ願いを叶えられるなら・・・!
私は両手を握りしめ、キュウベえに宣告する。
「叶えなさい。キュウベえ。まどかをもう一度人間にもどしなさい。」
「ダメ!ほむらちゃんっ!!」
「いいの、まどか。あなたのためなら私はもう一度・・・ううん、何度永遠の迷路に囚われても構わない。」
涙をたたえるまどかを抱きしめ、キュウベえを睨み付ける。
だが、コイツはすぐに首を振ると私の願いを否定した。
「悪いけど、僕にはその願いを叶える事はできない。」
「なぜっ!!」
「君は確かに強力な因果をもっている。けれど、より上位のまどかの願いがある以上まどかを人間にすることはできないよ。」
キュウベえの説明に唇を噛みしめる。
その理屈ではまどかを救うためにはまどか以上の因果を持った存在を連れてくるしかない。
私が再び時間を繰り返せば、まどか以上に因果を集めることもできるかもしれない。
けれどそのために必要な時間制御は、私が願いを叶えなければ得ることはできない。
ここまで来てなお、私はまどかを救うことができない?
その事実に私は歯がみし、それでもまどかを救う方法を必死に考える。
考えなさい。それでも何か・・・何か方法があるはずよ・・・
「もういいよ、ほむらちゃん。私は大丈夫だから。普通の女の子になれるチャンスなんだよ?普通の女の子になって幸せにすごすチャンスなんだよっ!」
「だめよ!私がいなくなったらまどかはまたこんな誰もいないところでずっと・・・」
私のために泣いてくれる親友の訴えに返答しようとした瞬間、ふと自分の叫びの途中で疑問が浮かぶ。
ここは概念空間だとキュウベえは言った。
そして、通常の時間軸から外れ人間から認識されなくなるとも。
私の推測が正しければ・・・
「キュウベえ。なぜあなたはなぜここにいるの。」
「さっきも答えたよね。僕の仕事は」
「そうではないわ。あなたは以前、ここは概念空間だと言った。認識する事ができないとも。実際私と一緒にいたあなたはまどかのことも、以前の世界のことも忘れていたわ。
でも今のあなたはここにいて、しかもまどかの願いによる因果律の改変前の世界を覚えている。それはなぜ。」
そう。これが私の抱いた疑念。
私と一緒にいたキュウベえはまどかの事を忘れていたのに、このキュウベえは以前の時間軸と記憶が連続している。
そこで浮かんだ疑念が、キュウベえもまた何かの概念存在の外部端末ではないかということ。だからあらゆる時代に現れ、また上位互換ながら個体ごとではなく統合された意識を持ち、それ故に一匹を殺してもまた別の個体がすぐに現れる事ができたのではないかということだ。
「あなたも何かの概念存在の端末ではないの?だから上位概念であるこの空間にいるあなたは、まどかがいた時間軸との記憶も連続している。そしてあなたがいろいろな時間軸に現れるのもそれが理由。違う?」
「否定するほど間違ってはいないよ。」
「後者の2つは間違っていないのね?」
「そうだね。」
「そう。ならいいわ。」
コイツの場合、どこが間違っているか確かめておかないといけない。
でなければとんでもない落とし穴があるのは何度も身をもって経験している。
だがそれでも、後半の前提が間違っていないなら構わない。
「なら今度こそ叶えてもらうわ。私をまどかの分身と一緒にあの日からやり直させて。」
改めてキュウベえを見て願いを告げる。
しばし無言のまま見つめ合う私とキュウベえ。
それを心配そうな瞳で見守るまどかに心の中で語りかける。
ごめんね、まどか。あなたには心配ばかりかけて。でも絶対にあなたを救い出して見せるから。
静かに決心を改める私にキュウベえが言葉を吐き紡ぐ。
「確かにその願いは叶えられる。でもいいのかい?君の願いを叶えても鹿目まどかは僕と同じように魔法の素養のある人間にしか認識されない。それはもはや人間の定義じゃない。それでもかまわないのかい?」
「ほむらちゃん・・・」
キュウベえの言葉にまどかが不安そうにこちらを伺う。
それでもこの願いは変えない。変えるわけにはいかない。
「大丈夫よ、まどか。あなたを絶対にもう一度人間にしてみせる。私を信じて。」
まどかの肩に手を置き、目を見据えてはっきりと言う。
失敗は許されない。私が許さない。これ以上まどかを傷つけたりしない!
「うん・・・わかった。私ほむらちゃんを信じる。」
揺れていた瞳を1度伏せ、もういちど目を見開いたまどかにもう迷いはない。
ありがとう。ごめんなさい。どんな手を使っても救い出してみせるから・・・
だからまどか。今は私を信じてくれてありがとう。
「ありがとう、まどか。私を信じてくれて。改めて言うわ。さあ、叶えさい。インキュベーター!」
「・・・君の願いはエントロピーを凌駕した。おめでとう暁美ほむら。さあ新しい力を使ってごらん。」
キュウベえの言葉と共に、胸に生まれる苦痛。
だがその苦痛に耐えきると、失ったはずのソウルジェムが再び生まれる。
同時に左腕にかつてなくした時計が現れる。
懐かしい感触に思わず時計の表面を撫でると、長年のパートナーはひんやりと冷たい感触を伝えてきた。
思えばこの時計とも長いつきあいだった。
今までただの道具として使ってきたが、この時計のおかげで今度こそ、まどかを助ける事ができるかもしれない。
そう考えればもう少し愛着をもってもいいのかもしれない。
「行きましょうまどか。あなたの未来を取り戻しに。」
私の言葉にまどかがしっかりと頷く。
それを見届けると私はギミックを発動させる。
中の砂がこぼれ落ち、歯車が動き出す。
「じゃあね、暁美ほむら。向こうのボクによろしく。」
「ごめんよ。2度とあなたとは会いたくないわ。」
縁起ではない言葉を吐くキュウベえに背を向けると、私はまどかの手をとり頷き合うと2人で時間の回廊に向けて足を踏み出す。
今度こそ・・・今度こそこの戦いを終わらせてみせる。
そう心の中で呟くと、もういちど私はまどかの手を強く握り尚した。