チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[9553] 【習作】半端な俺の半端な介入録(リリカルなのはsts オリ主)最新四十三話大幅加筆
Name: りゅうと◆352da930 ID:3ecf3e5d
Date: 2011/05/15 01:59
初めまして、この小説はリリカルなのはstsのオリ主再構成ものとなっております。

ここから先は注意書きとなります。
以下の要素が苦手だという方は、ブラウザの戻るボタンを押すことをお勧めします。


・オリ主が出ます。
・本編に介入します。
・視点が変わることがあります。
・再構成する作品の解釈が独自のものになる可能性があります。
・間違えてはいけない、あるいは変えてはいけない設定を勘違いしている可能性があります。
 そういう場合はご指摘をお願いします。
・時々空白期のことをやる(かもしれない)。
・時系列の法則が乱れる、可能性があります。
・キャラクターの設定を把握しきれていない。
・アニメを中途半端にしか見ていない。
・↑穴空き含めて友人に借りて一周してきました。あと何週かはしたいところ……(2009年 9月5日現在)
・wikiは友達。
・更新は不定期。



2009年6月14日 投稿



[9553] プロローグ-別れと出会いと-
Name: りゅうと◆352da930 ID:3ecf3e5d
Date: 2010/10/16 00:59
その日、簡単な捕り物任務を終えて隊舎へと戻り、オフィスの自分のデスクへと向かおうとした俺を待っていたのは、オフィス手前の休憩所でタバコをふかしていたおじさんだった。

「おう帰ったかプレマシー。さっき隊長がお前を探しとったぞ」

そして、いかつい顔に快活な笑みを浮かべるそのおじさん上司に、もっと上の上司の呼び出しを伝えられる。

呼び出し? 

何で? 今日が締め切りだったはずの報告書は昨日すでに出したし、始末書を書くようなことを起こした覚えもない。

……やっぱり、何で?

俺はおじさんに近付き、首を傾げながら聞く。

「呼び出しですか? 俺、なんかしましたっけ?」

「んなこた知らん。わしァただの伝言係でしかねェんでな。帰ってきたのを見つけたら伝えといてくれとパシられただけの、不憫で下っ端なおっさんに過ぎん。あんま過度に期待せんでくれや」

「……あなた副隊長でしょうが。それで下っ端だと言うのなら、俺たち空士以下は木っ端の残り屑みたいでしょ。変なこと言わないでください」

「いや、他はともかくてめーは自分で出世から遠ざかってるんじゃねえか。そんな人間の戯言なんぞ聞いてられるか」

「相変わらずセリフに容赦がない。職場の上司に優しさが足りません、転職したい」

「あのなぁ……。副隊長だろうがなんだろうが、所詮は上層部の駒なんだよ。部隊なんてそれこそ腐るほどあるんだ。そん中の一つで副隊長やってるからって、偉いなんてこたァねェだろう? わしもお前も、上の連中からすりゃあ同じ木っ端だよ」

「わー、夢も希望もないっすねー。まあ確かにその通りなんでしょうけど」

て感じで話してると、近くを段ボール箱抱えた男隊員数人が通った。

で、俺が副隊長と話してるのを見て何か察したのか、その中の一人がにやりと言う感じで声をかけてくる。

「セイゴさん、またなんかしたのかよ。ホント懲りないよね、あんた」

「うっせーよ。余計な御世話だ。それと今回身に覚えがない。マジで」

「あり、そうなんだ。じゃあ何ででしょうねー」

「知るか。聞きてーのはこっちだっつーに」

とか何とか受け答えしながら戦々恐々としつつ部隊長室へと向かい、うちの部隊のボスゴリラ(♀)と対面する。

そこで待っていたのは、死刑宣告に近いものだった。

「お前、本日付で異動になったから。荷物まとめて地上に行きな」

「……は?」

目の前に座っているボスゴリラ(二児の母)の物言いに唖然とするしかない俺。

「おいおい、何言ってんのこのゴリラ頭悪いの馬鹿なの死ぬの? 何でこんな微妙な時期に人事異動だよ死ねこのハゲ」

「口の利き方に気をつけるんだなこの万年一等空士。私とてこんな意味の分からん時期にこんな意味の分からん案件に脳ミソのリソースを使わなければならないことに憤りを感じとるんだ。その辺察せ平隊員」

「ふざけんなこの子持ち(兄のほうは生意気、妹のほうは人見知り)ババア、あんたも知らねえとかありえねえだろ常識的に考えて」

「そのとおりだよ腐れヤンキーくん。だがこれは仕方が無い。なにせお偉方直々の異動命令だ」

「……は?」

本日二度目の唖然タイム。

「何でお偉いさんが俺みたいなクソ隊員の人事にいちいち介入してくるんですか?」

あまりの唖然っぷりに口調が敬語になる。

俺の口調にゴリラ隊長(ゴリラゴリラ言ってるけど割とスレンダーな長髪美人。問題なのは男勝りの性格)も表情を引き締め態度を変えた。

「一応自覚はあったのだな。自分が平の隊員として色々な意味で管理局員の風上にも置けないと」

なんてことはなかった。いつも素ですね、憧れます。

「そりゃまあ自分のことですから。……で? 一体どういう経緯でこんなことに?」

「どうやら、聖王協会関連のようだな」

「……何でだよ」

とか口にしつつ、俺はもう既に確信に近い感覚で今回の件の首謀者の顔を思い浮かべていた。

「……あいつら関連か、畜生ったれ」

あんだけ断って音沙汰なくなったから、てっきりもう諦めたかと思っていたのに、まさかこんな搦め手を使ってくるとは……。

あまりにあんまりな事情に頭を抱えて蹲りたくなった俺に構わず、上司はさらに続けた。

「詳しいことは私の権限では知りようもなかったが、なにやら取引があったようだ。まあ、本局としても協会との取引で不良局員一人を差し出せばいいのなら安いものだろう。まあ、なんにせよ現場としてはいい迷惑だ」

「本当にな。いや、冗談抜きでどうすんだよ仕事の引継ぎとか。今の新人ただでさえ自分のことで手一杯なのに」

「確かに仕事の件もあるが、何より痛いのは私の小間使いが一人減ることだな。お前は本当に使い勝手が良かった。あらゆる意味で」

「そうですか、そりゃどうも」

肩を竦めつつ嫌味すら込めてそう言っても、我が上司様はそれすら意に介さない。

「それにしてもやったな青年。今回の異動に伴い、君の階級は准尉となる。馬鹿みたいな高待遇じゃないか、ご機嫌取りが見え見えだがな」

「……わーい。どうしよう隊長、俺全然全くこれっぽっちも嬉しくねーよ」

「そうぼやくな青年。これで晴れてお前も万年一等空士から卒業だ。頑張れば私の階級も超えられるかも知れんぞ」

ニヤリと嫌な感じに口の端を歪めながらそう言い吐く我が上司(三等空佐)。

「あんたは分かってて言ってるから本当にタチが悪い。俺が昇進意欲無いの知ってるくせに」

嫌いなものは責任ある立場です。平のほうが気楽でいい。

「確かにな。だが、私としてはお前がこんなところで燻っていたことのほうが驚きでならんのだ。実力だけで言えば隊長補佐やっていておかしくない魔力量のくせに。このAAが」

「褒めても何も奢りませんぞ」

「それは残念」

ちっとも残念そうでない口調で言うよねこの人。まあ別にそれはいいんだが。

確かに俺の魔力量はAAではあるものの、8年前のあの時からほとんど上がってない。それを今更、変に期待されても困る。

「しかしまあアレだ。お前の新たな門出を祝って、今夜は私のオススメの店に飲みに連れて行ってやろう」

「奢りで?」

「ありえん」

「だったらイラネ。つーか旦那さんと子供さん放って部下と飲みに行こうとするなよ奥さん」

「そう言うな。たまには息を抜かんとやってられんのだよ、奥さんというやつは」

そう言って彼女(今年で34)は、肩を竦めて溜め息を吐いた。

思えばこの人との付き合いもそれなりに長かったが、これでこの悪縁も終わりかと思うと少し寂しい気もする。

しかしあれだ。もうそろそろ潮時なのかも知れん。

8年前、現在エース・オブ・エースと呼ばれている少女に会ったあの時に、俺が管理局で働く理由は無くなったと言っても過言ではなかったのだ。

それをただ惰性……とは言えないまでも、ずるずる流れで今まで過ごしてきたけれど、この状況はある意味いい転機ではないだろうか。辞職して新しい人生を探すのも悪くない。

「なにはともあれ、そろそろいい時間だ。正面玄関のロビーに行け」

「……は? なに?」

思案中に目の前で上司が発した言葉に、俺は首を傾げた。すると上司はニヒルに笑って鼻を鳴らした。

「どうやらお前を欲しがった課の隊長さんとやらはお前の性格を熟知しとるようだな。どうせお前辞表出して姿くらます気だったんじゃないか?」

「うぐ……」

なんでバレた?

なんでバレた!?

「もう迎えが来ているはずだ。お前一人にご丁寧なことだよ、本当にな」

今度こそ俺はorzした。マジで逃げられないとは何事だろう。ええい、こうなれば最後の手段!

「隊長! ここで辞表書いていいですか!」

「却下だ。早くロビーへ向かえ、虚け者」

orz






























しょぼくれながら仕方なくロビーへと向かうと、いくつかの段ボール箱と一緒に佇んでいる少年少女四人を発見した。

見たことない顔だったので即分かる。とりあえず近づいて挨拶。

「どうも。こんな時期にいきなりそちらへ転属することになった二十二歳の転入生です。趣味はこの隊舎の上司と罵り合うことです」

軽いジャブのつもりだったのだが、全員頬を引き攣らせて微妙な顔をしてしまった。

どうやら世間の穢れを知らない初心な青少年達らしい。社会の荒波に揉まれた俺には懐かしい反応だ。

このまま会話が続かないのも面倒なので、適当に冗談だよ冗談とか言って空気を変える。

すると今度は勝手に自己紹介を始めてきた。

青髪の元気な子がスバル・ナカジマ。楽しそうで何より。

ツインテールの勝気そうな子がティアナ・ランスター。なんか微妙な視線を感じる、なに?

ちびっ子男子がエリオ・モンディアル。ちょっと生意気そう、でも隊長の息子よりはまともそう。

ちびっ子女子がキャロ・ル・ルシエ。ちょっとおどおど気味、人見知りかな?

……ん? ナカジマでスバル?

「もしかして、ゲンヤさんの娘さんか?」

「あ、はいそうですけど。お父さんと知り合いなんですか?」

知り合いかそうでないかと聞かれれば知り合いだった。二年位前にちょっとした出張で地上に行ったとき、仕事上がりに私服に着替えてから立ち寄ったあっちの居酒屋のカウンター席で隣り合い、店主挟んで仕事の愚痴を言い合っているうちに意気投合、それ以来ちょくちょく会って飲んだりしてた。

あの人最初は俺のこと陸の人間だと思ってたらしい。でもまあ、特に問題はなし。

あの人俺のこと気に入ってくれたらしいし、俺もあの人のことは嫌いじゃなかったので。

まあ、俺にとっちゃ陸だろうと海だろうと関係ないのでどうでもいいことなのだが。

だってあれじゃん。人間とか、みんな違ってみんないいとかよく言うじゃん。

人には出来ることと出来ないことがあるんだから、出来ない部分補い合わなきゃじゃんか。

つーか俺とか普通にリーダーシップ発揮するとか他人に指示出すとか苦手だから素直にゲンヤさんには憧れてるんだが。

「ん、ゲンヤさんとは酒飲み友達だ。娘さんがいるとは聞いてたけど、まさかこんなところで出会うとは」

正直驚きだ。

「で、それはともかくナカジマ。今日はどんな用事でここへ?」

「え、どんなって……」

ナカジマは俺の問いに戸惑ったようだった。もともと迎えに行けとだけ言われていたのだろう、こんな質問は想定外だったようだ。

俯いてうんうんと悩みだすナカジマを見かねたのか、横からランスターが口を挟んできた。

彼女曰く、自分たちは隊長に言われてあなたを迎えに来た。

理由は、自分達のちょっとした休憩の意味と、面通し。

それでわざわざ自分達の隊舎からここまで公共交通機関使って出向いて、俺のことを引っ張って来いと言われたのだとか。皆様こんな所までマジでご苦労様である。

ちなみに彼女らの横にある段ボール箱は、普通に俺の仕事の荷物らしい。

俺の同僚連中が俺が捕り物してる間にゴリラ隊長に言われて詰め込んだのを任されたんだとか。まさかさっきあいつらが運んでたのこれか。俺の許可取れコノヤロー。

しかもこれ運んでたってことは、俺の転勤知っててあんな風にニヤニヤしてやがったのか。

あいつら今度殴る。

何はともあれアレである。包囲網は完璧なので逃げ場はない。ならば力を抜いて楽に行こう。

こんなところで気張っても、意味なし価値なし得がなし。

正直平穏な日常を乱されて憤りは感じるけど、それをこいつらにぶつけるのは完全に筋違いだしな。

そんなわけで、とりあえず自己紹介しようと思う。

「それでは初めまして。本日付で────……ちょっとスマン、ナカジマ」

「はい?」

「お前らの所属してる課って、なんて名前?」



全員ずっこけた。



「すげー、息ぴったり。さすが仲間だな!」

「ってそうじゃないでしょちょっとあんた! 自分がこれから所属する課の名前も知らずにここに来たの!?」

ランスターがこけたままツッコンできた。許可してないのに上司相手に敬語でなくなったのはどうかと思うが、うむ、なかなかのキレだ。

ちなみに、

「聞く前に上司に部屋追い出された。自分の所属してる(現在)以外の課とか興味ない」

だから知りませんって説明。てかちょっと待て、追い出されたってことはアレもしてない。……まあいいか、自己紹介の後で。

ちなみに課の名はランスターがものすごい頭を抱えていたので、モンディアルとル・ルシエが親切にハモって教えてくれた。仲いいね、キミ達。

では改めて自己紹介。

「それでは改めまして。本日付で時空管理局所属機動六課へと配属されることとなりました、誠吾・プレマシー一等……じゃなくて、准空尉。どうぞよろしく。ではちょっとやらなきゃいけないこと思い出したからここで待っててくれ」

後日ナカジマに、一礼して身を翻して走り出すまでの一連の流れが凄く滑らかだったので、体捌きのコツとか教えてくださいといわれるのだが、それは別の話。

「あ、ちょ────」

モンディアルらしき声を聞き流しながら、俺は隊長室からここまで来るのに辿った道を逆走し、目的の部屋へと辿りつくとノック無しにドアを開け、押し入るように室内へと突貫して敬礼し、

「隊長、今までありがとうございました。不肖、誠吾・プレマシー。井の中から大海へと行ってまいります」

机に座って書類を流し読みしていた隊長は、俺の無礼な入室にしばし目を丸くしていたが、不意に端正な顔に不敵な笑みを浮かべ、

「よし、行って来い。言っておくが無様を晒すのは許さんぞ。それと────」

不敵な笑みを消し、隊長は小さく、なのに綺麗に柔らかく微笑んだ。

「困ったことがあれば、何でもいいから言って来い。数年続いた腐れ縁だ、力になってやる」

それは俺が初めて見る、隊長の優しい笑顔だった。

俺は今度は礼をして、隊長室を後にした。




こうして俺は、数年来慣れ親しんだ隊舎を離れることになった。




これが、俺の機動六課介入の馴れ初めである。






























介入結果その一 ティアナ・ランスターの落胆




正直、私は彼に会うまで緊張のしっぱなしだった。

隊長の皆さんからは失礼の無いようにと言い含められていたし、何より今から会いに行く彼は、その昔なのはさんのピンチを救ったという実力者だという話だった。

しかも魔力資質はそれなりではあるものの、突出した何かを持っているわけではない。

にもかかわらず、現在管理局のエース・オブ・エースと呼ばれるあの人のことを助けたことがあるのだという。

はっきり言えば、凡人である私の身近な目標になるかもしれない人だった。

彼の所属しているという隊舎へと向かう道中はずっと、どんな人なんだろう、やっぱり生真面目なのかな、それに努力家なのかな、とか期待に胸膨らませるというのとはちょっと違うのだけど、でもどこかわくわくしていた。

……なのに、これはどういうことよ……。

今私達の目の前にいるのは、明らかにやる気のない表情をした男性。

顔の造りは普通、黒の髪の毛は無造作につんつん。180ほどはありそうな長身の体は確かに鍛えられているように見えるけど、体のスペックと彼の表情は明らかに歯車がかみ合っていない。

しかも私達相手にさんざんボケ倒したかと思ったら、息つく暇もなくどこかへと走っていってしまった。

スバルはそれを見てなんだか目を輝かせていたけど、私は正直落胆を隠せなかった。

だから私は、また目指すべき指針を見失っていたのだった。





























はい、導入でした。
ところで僭越ながらお聞きしたいのですが、レアスキルって結構何でもありなのでしょうか?
私の友達wiki君を回ってもよくわからなかったので、答えていただけると幸いです。





2009年6月14日 投稿

2010年8月23日 改稿



[9553] 第一話-旅と道連れ世に情け-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/10/16 01:08
主に俺の荷物がシャレにならん量だったので、とりあえず転送ポートに立ち寄って荷物の転送を依頼。

それからぞろぞろと五人で歩いて近くの駅へと向かい、公共交通機関使用の旅に出た。

ところでこういうリニアモーターカー的な乗り物のボックス席というやつは基本四人で座るものだと思う。

そして今ここにいるのは元から知り合いな四人と明らかに部外者な俺。

そんなわけで俺は一人寂しく奴らが四人掛けしてる席の横の席へと着席。平日の昼間だからそこまで混んでないのでそれなりに快適。



べっ、別に寂しくなんてないんだからねっ!



……ああ、こんなん言ってて全体的に感情が悲哀に満ちてくるよね仲間外れ。

とか心の中で呟きつつ、ちょうど良いので昨日徹夜でネットサーフィンしとった分の睡眠時間取り戻したるぜよとか思って船をこぎ始めた頃合いだった。

「あの、プレマシーさん……」

「……ん?」

呼びかけられて閉じていた瞼を開けてそちらを見ると、ボックス席の通路側に座っている赤毛の少年がこっちを見ていた。

「ん。どうした、モンディアル」

「あの、えっと、よろしければなんですけど、いろいろとお話を聞かせてもらえれば、と。あなたの武勇伝を、よくフェイトさんから聞かせてもらっていたので」

ちょっと目が輝いているのは仕様だろうか。さすが少年、純粋無垢という名のナイフが荒んだ俺の心を抉り込むように突き刺す。

というかあの執務官さんはいったい俺のどんな話をしたというのか。

はっきり言って、あの人たちと会う前ならともかく、会って以降に武勇伝なんて呼ばれるようなことをした覚えがない。盛大に失敗したことなら何度もあるが。

その理由はいくつかあるが、まあそれは今はいい。

高町と遭遇して以降の俺なんて、やる気の無い不良高校生並に不真面目だったはずだ。

入院前と退院後の俺のあまりの変わりように、あの時の俺の上司は涙目だったからな。

んで、左遷に左遷を重ねて、結局たどり着いたのがさっきまで俺の上司だったあの隊長さんの所。

二つ名に鬼とつくあの人のもとで小間使いにされていなければ、今頃俺はフリーターでもしとったんではなかろうか。

「なんでも、任された仕事は何でもこなす凄い人で、任務成功率は9割を超えていて……なのに本人は昇格に興味が無くて、自分の手柄は他の隊員さんに譲って、一等空士として地道に働くことで頑張っているんだよ、ってフェイトさんが言っていました!」

酷い美化だった。

真実はもっとなんかダメな感じなのに。

確かにあの隊長のもとに送られてから、俺は高町と会う前くらいのレベルにまで仕事の成功数というか受諾数というかそういう感じのものを復元した。

だって失敗するとあのゴリラの地獄の特訓3時間コースなんだぜ。真面目にもなります。

だけど正直一等空士以上の昇格には興味なんてなくなってたし、だから俺は手近な奴に適当に手柄をばらまくことにした。

そうすりゃ俺は魔の出世コースから逃げられるし、お仕事成功の手柄自体は隊の評価につながるので、誰の手柄であろうと隊長もご機嫌になる。

そうすりゃ特訓コースからも逃げられて一石二鳥。

けど、分かるやつにはそういうの、分かっちゃうんだよね。

主に犯罪者の拘束方法とか、災害処理の手順とか、戦闘の痕跡とか。

高町とかには俺がやったとバレバレだ。

だからあいつの親友であるフェイトさんとかがそのこと知っててもおかしかないけど、それを吹聴するのは勘弁してほしい。

しかも子供の夢を膨らませる感じに。

だって見てみろよ。

ル・ルシエとかもモンディアルと同じような期待の表情してこっち見てるし、ナカジマもなんか今の話で目が輝いてる。

あのボケかましてからさっきに至るまでものすんごい剣呑な表情浮かべてたはずのランスターも感心した表情しとる。

おい馬鹿やめろ、これ以上俺の評価を上げたらいかん。この話は早くも終了しなければ俺の今後の生活にかかわりますね。

てわけで、適当に話題を逸らす。

「モンディアルよ、その話は追々してやるとして、今は俺の別件の話を聞いてもらいたく存じまする」

「え、あ、はい!」

やる気十分な感じに元気な返事をするモンディアル。うん純粋でいいね。会話の誘導が楽だ。

「まず一つ目。敬語はいらないや。子供は子供らしくタメ口を利くといいよ。ついでだから他の連中もそれでおっけー」

「え、で、でも……」

躊躇いがちに目を伏せるモンディアル。他の奴らも微妙に躊躇しとる。

ならばそんな初心な少年たちに聞かせてくれよう、今まで俺がいた部隊、あそこで俺に対して敬語を使う奴などいなかった! 後輩口調はいたけど。

なぜならそう徹底されていたから、あの隊にいたやつは、下から上まで老若男女関係なく俺にはタメ口で話す。

理由は簡単。俺が部隊長に敬語を使わんからだ。

上司に対して敬語を使わん輩に、部下が敬語を使う必要などない。と、隊長のありがたーい御達しのおかげで、隊舎内で全く全然これっぽっちも敬語と縁がなくなったこの数年。

てな訳で、長年職場内でタメ口しか利かれなかった身としては今さら敬語使われると調子が狂う。なので敬語撤廃な!

とか何とか説明したらランスターが、

「あんた、それいろいろと悲しくないの?」

とかタメ口利いてきたが気にしない。というか順応性高いなおい。

「そ、そこまで言うなら……」

ランスターがタメ口利いたおかげか、モンディアル達も渋々とタメ口モードへ突入。うむ、善きかな善きかな。

では次の要件。

「ではもう一つ、これも今の話と地続きなのだが、お前たちをあだ名で呼ばせていただく。代わりに俺は誠吾と名前呼びでおっけー」

またも微妙な反応をする連中に、俺はいつも親愛(笑)の印に初対面の同僚にはあだ名を送っているのだと言い訳。

もっと仲良くなろうZE☆ とか言ったら納得してくれた。そんなわけで一人ずつ行ってみよう。















スバル・ナカジマの場合



「じゃあナカジマから名付けよう。お前、スバルバトスな」

ぶるあああああああっ!

「え、ええっ!? 何その変な名前っ!」

「俺の知る限り青髪最強のゲームキャラから名前を拝借(若干髪の色素は薄い)。アレンジを加えてみました。ただしロン毛気味で悪役、しかも超わがまま。けど若本だから許せるっ」

「最悪じゃないですかっ! しかも元の名前より長いなんておかしいよっ! というか若本って誰!」

私の大好きな声優さんの一人ですが何か?

「嫌だというならスバ公(読み方:すばはむ)で行こう。異論は認めない。それと敬語混じってんぞ。慌てるなスバ公慎重に言葉を紡げ」

「え、あ……うぅ」

「まあ、どうしても認可出来んというのであれば他のラインナップは、スバーニア、スバルンルン、スバルーズベルト、地上の星(風)となりますが」

「スバ公でお願いします」

「ふむ、そうか、残念だ。地上の星(風)はお勧めだったのだが」

風の中のすーばるー。











エリオ・モンディアルの場合



「次、モンディアル。エリーでよかろう」

「い、いやだよっ!」

「なに? なぜだエリー」

「やめてってば! それ女の人の名前じゃないかっ! 僕は男!」

「そんなことは百も承知だ。ところでエリー、わが母上様の故郷の星であるところの第97管理外世界『地球』には、【エリーゼのために】という楽曲があってだな、これはベートーヴェンという作曲家が作曲を手がけたピアノ曲なんだが……」

「そっちもダメ! というかエリーから離れてよっ!」

む……少々トリビアを披露しようとしたのに邪魔しおって。

「案外とわがままな奴め。ではあれだ、エリ坊で行こう。これならばお前の注文は満たしているはずだ」

「え……う、うーん……」

「ちなみに異論は認めるが、その場合俺的あだ名ランキング暫定二位の『エリー』が繰り上げ一位となり――」

「エリ坊でいいです!」

「ちなみに次点にモンディという選択肢も」

「もうやめてえぇぇぇ!」

耳を塞いで自らの膝に突っ伏すエリ坊。ふむ、苛め過ぎたか。















キャロ・ル・ルシエの場合



「次、ル・ルシエ」

「は、はい……」

前例二つにビビっているのか、ルシエは恐縮しきっていた。うーん……。

「よし、キャロ嬢でいこう」

「え……」

「ふ、普通だ」

「でもこれ、あだ名じゃないような……」

「スバ公、なに、気にすることはない。というかこれ以外思いつかんのだ。それにキャロ嬢くらいの歳の子をいじめるのは俺の趣味じゃない」

「じゃあなんで僕苛められたのさ!?」

「甘ったれるな少年! 事あるごとに理不尽という名のハンマーに存在意義を叩き潰されながら成長していく、それが男の伝統だ!」

「確実にダメな類の伝統ね」

「悪しき伝統は廃れないものだよランスター。かくいう俺もいろいろと苦難を乗り越えて今まで生きてきたので、あの苦しみを後輩少年男子にもぜひ味わっていただきたい」

「うぅ、セイゴが鬼畜だよぅ……」

エリ坊がまた膝に突っ伏した。やばい、なんかちょっと楽しい。













ティアナ・ランスターの場合



「私はいらないわ。ランスターのままでいいわよ」

「そう言われると余計つけたくなる。ちなみに名付けを拒否した場合外堀から埋める。隊長陣には俺からその独自の呼称で呼ぶようお願いしておこう」

「つけてもいいからそれはやめなさい!」

「うむ、了解した。では…………アナ?」

「……アンカーガンは」

「おーけいおーけいストップだ非礼を詫びよう。だから殺さないでくださいお願いします」

即行床に這いつくばってorz状態起動。プライドなにそれ食べれんの?

で、俺の奇行に焦りながら回り見てちょっとやめてよ恥ずかしいからっとの仰せなので、とりあえず立ち上がって再考。だが、

「しかしいい案を思いつかないので普通にティア嬢でいいですか」

「……それ、あだ名の意味あるわけ?」

「こういうのは気分が重要だと思うわけでありますからして、細かいことはスルーするといいと思うよ」

「……もう好きにして」

「うぃ」

疲れたように溜め息を吐いていたので、これ以上は弄らない。引き際は重要なのだ。






















そんな感じに彼らと打ち解けてみた。

それから俺の武勇伝(笑)の類は巧みに除けて会話を続行。それなりに情報交換しているうちに乗り換えしたり歩いたりして目的地についた。

うわー新築の隊舎だようらやましーなおい。て俺今日からここで働くんだったな、はっはっはっ。



────さて、では俺の平穏を乱した連中と、面会と行きますかね。

























介入結果その二 エリオ・モンディアルの戸惑





終始不機嫌そうな顔をしていたプレマシーさんに思い切って話しかけてみると、驚くようなことを言われた。

自分より10以上年下な僕に対して、敬語を使うな。

そんなことを言う組織人の人なんて、僕は初めて見た。

そしてさらに、愛称の押し付け。

そこから後の会話の時も、彼の話術で終始戸惑っていた僕だけど、なんだか今日会ったばかりの人とは思えないほど簡単に打ち解けることができてしまった。

会いに行く前は、フェイトさんに聞かされていた話のこともあってすごく緊張していたのに、自分でも驚きだ。

僕はもっとこの人のことを知りたい。

これから一緒に働くんだから、その機会はいっぱいある。

明日からも、積極的に話しかけてみようと心に誓いながら、



僕に兄ちゃんがいたら、こんな感じなのかな。



と、不意にそんなことを思っていた。




















2009年6月15日 投稿

2010年8月23日 改稿



[9553] 第二話-驚き桃の気キャロさんの気-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/10/16 01:14
さてあいつらと対面だー、とか思ってたんだが出鼻を挫かれることになる。

なぜなら正面玄関から隊舎内に入ると、いきなり何か白い物体がキャロ嬢に向けて突貫したから。

「きゃっ────ってフリード! もう元気になったの?」

「キュクルー!」

キャロ嬢がその白い物体を胸元で受け止め、いきなり話しかけ始めた。

何ぞと思って覗き込むと、そこには小さな飛竜のような生き物が。すげー、ちっけーのは初めて見た。

それを見るティア嬢とかスバ公とかエリ坊とかは、もうよくなったの、よかったじゃない。とか、フリード元気になってよかったねキャロー。とか、おいてっちゃったから寂しかったのかな、いきなり飛び込んでくるなんて、とか言っとる。

俺だけ一人呆気にとられてると、キャロ嬢がこちらを向きながら胸元の飛竜を促した。

「ほら、フリード。セイゴさんに挨拶して」

「キュクルー!」

なんかよろしくと言ってそうな感じに鳴いたので、とりあえず頭を撫でてやる。あれだ、なんか顎の形かっけーなおい。

「フリードっての? こいつの名前」

「はい、フルネームはフリードリヒ、私にとってとっても大事な子だよ」

「ふむ、フリードリヒね……」

つまり、




────脳内変換劇場────





フリードリヒ → フリード → リード → 犬とかの首につけるあれ





────脳内変換終了────




要するに、

「ひも! ひもじゃないか!」

「キュク!?」

「せ、セイゴさんいきなり何を!?」

テンションあがってフリードを胴上げしてやったらティア嬢に殴って止められた。






























一応さっきああなった経緯を説明したら、またもやティア嬢に殴られた。なぜだ。

「ティ、ティアー、いくらなんでもやりすぎだよー。セイゴさん一応上官さんだよー」

「うっさい! こんぐらいやんなきゃこの人には分かんないでしょ!」

二人して酷い言いようだが第一印象が酷過ぎたので仕方ないね。とりあえずかばってくれてありがとうスバ公。

とはいえ、

「殴られても結局分からんのだがな」

「それ威張ることじゃないよセイゴ」

「え、えっと……」

キャロ嬢が漫才してる俺達を見ながら戸惑っていたので、とりあえず事情を聞く。

何でもこの竜、訓練中にちょこっと怪我して、医務室で手当て受けてたんだとか。

ふむ、よく見るとちっこくてなかなかかわいらしい外見ではないか。しかし、

「怪我、ね……。ちょっと見せてくれるか?」

「え、セイゴさん、分かるの?」

首を傾げるキャロにさーねーと言いながら、フリードを引き取る。

……ふむ、この動きのぎこちなさからして、翼を少々傷めたのか。けど、

「────…へえ、この課の医者って優秀なんだな。いきなり全部魔法で治そうとするんじゃなくて、自然回復に任せられる方向まで持ってって後はほっとくわけか。この感じなら、傷める前より丈夫になるんじゃねーかな」

俺の出番は無さそうなのでキャロ嬢にフリードをかえす。と、全員で目を丸くして俺を見てるのはなんかの儀式の始まりかなんかですかそうですか。

やめろ、黒魔法はやめろ。

「おい、どうしたお前ら。俺の眉間に銃創でも出来上がってますか?」

「………これさえ、これさえなければ素直にすごいと思えるのに……」

「は?」

苦虫を噛み潰したような表情でそう言うティア嬢。何の事かと疑問符を浮かべてると、

「セイゴさんって怪我のこととか分かるんだね、すごーい」

「うん。なんか本格的な診断だった。セイゴってそういう勉強してたの?」

スバ公とエリ坊に言われて気付く。ああ、そゆことか。

「俺の親父、医者なんだ。ジェッソ・プレマシーってーと、結構その筋じゃ有名なんだけど、知ってるか?」

全員首を横に振る。知らないか。ま、医者の名前なんて知らない方がいいわな。健康な証拠だ。

「セイゴさんのお父さんって、獣医さんなの?」

「いんや、専ら人間相手だよキャロ嬢」

「え、それならどうして────?」

不思議そうな顔をするキャロ嬢。うーん、まあ正直に答えてもいいけど、若干暗い話になるからねー。

細部ぼかすことにしますか。

「年中忙しかったうちの親父が、終始暇だったガキの頃の俺に与えたのが、古今東西人でも動物でも分け隔てのない種類の揃った医学書だったのさね」

そして当時まだ純粋だった俺は馬鹿正直にそれを全部読了しました。4歳から6歳の間の二年間に、確か延べ数百冊はやらかしたね。

本当はもっといろいろと面倒な事情があったりしたのだが、まあそれはこんな所で言うべきことでもなかろう。

んで、ガキの頃に覚えたそういう知識ってのは結構忘れないものだ。

現に今あの時読んだ本の中の何冊か分の知識が、こうして雑学的に役に立っている。

んで、なんで質問に答えたのにお前らの表情はさっき以上に微妙な感じに仕上がっとるんだね。

「や、やっぱりセイゴって凄い人なんじゃ……」

「態度だけ見るとそうだとは思えないのにねー」

「ス、スバルさん、失礼ですよっ!」

いや別にいいけどなそんな評価でも、直接口にしてくれるなら。けどねー、

「……」

「ティア嬢さん、言いたいことは口にしようぜなんすかその胡散臭そうな表情」

「……なんでもないわよ。ただ、人間だれしも一つくらい取り柄はあるものなのねと思っただけ」

「いや、取り柄とか言われても結局俺医者になんぞなる気ないし、正直知識の持ち腐れだろ」

大体ガキの頃の知識だから今の医術にゃ追いつけやしないし、記憶違いもあるだろうし。

確かに体鍛える時に効率的な方法考えるのとか、戦闘の時に相手の急所的確に狙って気絶させたりするのには役に立ってたりしたけど、それ以外で使い道ないし。

……でもそう考えると、俺は結局どこまでも親父のおかげで生きてこられたわけだ。…マジで一生頭上がらんかもな。

そんなことを考えて小さく溜め息を吐いていると、いきなりロビーへと女性が駆け込んできた。

何事かと全員でそちらを見ると、そこにいたのは金髪の美人さん。見覚えのあるその顔は、

「なるほどなるほどあなたでしたか」

納得しました優秀な医者。さすがあんとき親父に無理やり弟子にされただけある。

「あ、せ、セイゴくん!? こっちに白い竜が────って、フリード、ここにいたの」

そう言って胸をなでおろしたシャマルさん。彼女はそのままこちらへと近づいてきた。こっちくんな。

「全く、気付いたらいきなりいなくなっていたから心配したんですよ」

「キュクルー……」

そう言ってフリードを嗜めるシャマルさん。彼女はその竜の態度に反省の色が取れるのを見るとすぐさま笑顔を浮かべる。

「とにかく、何事もなくてよかった。それにみんな、セイゴくんのお迎えご苦労様です」

そう言ってエリ坊たちを労う。エリ坊たちは全員恐縮して礼をする。シャマルさんはそれから俺の方を見て、

「セイゴくん。お久しぶりです」

「……ええ、そうですね。超久しぶりですね。具体的にいえば一月ぶりくらいですね」

剣呑な視線にのせてそう言うと、シャマルさんは怯えた表情をした。

「……あの、もしかして怒ってます?」

「おこらいでか!」

「ひゃっ!」

怒鳴りつけると、シャマルさんは頭を抱えて蹲った。何その反応。あんなことしといていつもどおりの反応期待してたの?

「ちょっとあんた、シャマルさんに何を────」

「ま、待ってティアナちゃん!」

「え────」

なんかもう俺に遠慮が無くなりつつあるツッコミ専用ティア嬢を、シャマルさんが座り込んだまま押しとどめる。

「悪いのは、私たちの方なんです。セイゴくんは何も悪くないの」

戸惑って混乱しだすティア嬢。代わりにスバ公が聞いた。

「あの、それどういうことですか?」

シャマルさんが気まずそうにこちらを見る。

どうせすぐに知れることだろうから、包み隠さず話してやったらいいんじゃないかな?





────数分後





「つ、つまりセイゴは……」

「そう、無理やり転属させられて知らぬ間に階級上昇させられました。お前ら来なかったらマジで辞表出して姿晦まそうかと思ったね、実際」

ロビーのソファで自販機で買ったコーヒーすすりながらこれまでの経緯を話すと、全員驚愕した後気の毒そうに俺を見てくれやがった。

何ですかその目は同情とかマジでやめてください泣きそうになるから。

「でもこれで納得いったわ。どうりでおかしいと思ったのよね。さすがに自分の所属する課の名前知らないとかありえないわよ」

「だよね。さすがにあれは……」

「いやまあ、前々から決まってたとしても興味なかったけどね」

「…………」

「…………」

「さっきから君たち表情の変化目まぐるしいね、さすが若いと感情表現豊かですな」

「いや、セイゴのせいだと思うけど」

「うん、セイゴさんのせいだね」

「ですよね」

にしてもエリ坊もキャロ嬢もいい感じに遠慮が無くなって来とる。さすが俺、他人にナメられる速さだけは天下一品だZE☆!

「それはともかく、この怒りを糧に隊長陣の方々にぜひ嫌がらせをしたいので協力を要請する」

全員一斉に眉間に皺を寄せた。超嫌そう。特にスバ公とティア嬢とか半端ない。

「そんな嫌そうな顔するなって、お前ら四人には隊長室に一緒に入って欲しいだけだから。あとは突っ立ってるだけでおーけー」

「え、それだけなの?」

うむキャロ嬢、それだけだ。けど強いて言えばもう一つ。

「お前らの今現在の高町一等空尉への評価的なものを聞かせてくれ」

そんなわけで評価内容。

かっこいい、冷静、すごく強い、優しい、お淑やか、綺麗、物憂げなどなど。

……うーんおかしい。おっちょこちょいと頑固一徹、それに悪魔と弄るとおもろいがない。

これが伝説のフィルター効果というやつですかそうですか。つーか本性がバレないように頑張っとるんだろうかあいつが。

藍染さんの言っとったことが正論なんだと改めて思う瞬間である。よし、

「これから数日をかけて貴様らに、憧れは理解から最も遠い感情なのだということを教えてやろう」

髪かきあげたりしてマンガの真似してかっこつけてみたらティア嬢に白い目で見られた。

おのれ高町調教は既に完了済みですかそうですか。

しかしその化けの皮、サクサクっと剥がしてやるから覚悟するがいいはっはっはっ。

とりあえずその後も説得続けて、何とかスバ公たちの協力も取り付けた。まあ、マジで室内にいてくれるだけでいいのでと押し通したわけだが。












そんなわけで今度こそ四人連れて隊長室行こうとしたら、途中から会話の蚊帳の外だったシャマルさんに呼び止められた。

「あの、私は何もしなくていいんですか……?」

「うん、だってテンパって俺の計画邪魔されそうだし」

崩れ落ちるように倒れた。

orzった! シャミーがorzった! 久しぶりに見た。確か前に見たのは8年前の俺の病室で、リンゴの皮剥こうとして失敗して他の四人に怒られた時だった気がする。つまり超レア。

いや、幸先いいわ。うん。






























介入結果その三 キャロ・ル・ルシエの驚き





私の中でのその人の第一印象は、怖そうな人だな……だった。

だって、隊舎を出て電車に乗るまでのセイゴさんは、すごく怖い表情を浮かべていた。

けど、お話ししてみるとすごく気さくで、でも、それならなんであんなに怖い顔をしているのかわからなくて……。

それから六課へ戻ってすぐ、怪我の手当てを受けていたはずのフリードが私に会いにロビーまで来てくれた。

丁度いいと思ったからセイゴさんに紹介すると、彼は少し悩むような素振りを見せてからいきなりフリードを胴上げし始めた。

私があわあわしているとティアナさんがそれを止めてくれる。事情を聞くと、楽しい愛称が浮かんでテンション上がっちまったぜい、と教えてくれた。ちなみにティアナさんがそれを聞いてまた頭を叩いていた。痛そう……。

……けど、『ひも』って……。

しかも連想の仕方が突飛過ぎて驚きを隠せなかった。

そのあと、フリードを追いかけてきてくれたらしいシャマルさんとセイゴさん本人に、彼がここに来るまでずっと不機嫌だった理由を教えてもらった。

セイゴさんは前の職場が気に入っていたこと、六課に来る気はなかったこと、六課始動の三ヶ月ほど前からなのはさんたちに勧誘を受け続けていたこと。

そしてそれを悉く断って、音沙汰が無くなったかと思ったら、いきなり今日異動を言い渡されたこと。

聖王教会使いっ走るとか、八神の奴いくらなんでも無茶苦茶だべさー。と言って、はぁぁと溜め息を吐いていたセイゴさん。

私も、エリオ君たちも、さすがに驚きを隠せなかった。

『あの』なのはさんたちが、そこまで固執して呼び寄せたかったほどの人。

そんな人、他に誰も知らない。

その彼は、私たちにちょっとしたお願いをしてきた。スバルさんたちは少し躊躇していたけど、彼に説得されて渋々とうなずいていた。

それから隊長室に向かう途中、

「なにはともあれよろしく竜君。誠吾・プレマシーだ。仲良くしてくれるなら返事は『わん』と発音してくれたまえ」

「キュク!? きゅ、きゅく、キュル……」

「おー、頑張ろうとするとは素直ないい子だな。よし、あとで餌をくれてやろう。なにがいいかな、はっはっはっ」

「キュクルー♪」

そうしてフリードと遊んでいたセイゴさんの楽しそうな笑顔が、すごく印象的で────





────私はもっとこの人のことを知りたいと、自然とそう思っていた。



















2009年6月17日 投稿

2010年8月23日 改稿



[9553] 第三話-愛しさと切なさと怒り的な何か-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/10/16 01:27
隊長室の前にたどり着くと、ティア嬢が入室の手続きを取り始めた。

「八神部隊長、ティアナ・ランスター二等陸士です。セイゴ・プレマシー准空尉をお連れしました」

堅苦しい口調でコンソールにそう告げると、入ってええよーと気の抜けた返事が聞こえる。

それを確認してティア嬢はドアを開けてスバ公たちを促して先に入室した。そして邪魔にならない位置に控える。さすが真面目少女、体運びはともかく動きに無駄がねー。

このまま廊下に突っ立ってても話が進まないので、俺もカツカツと靴鳴らしながら入室。

部屋の中には見た顔三つ。高町に八神にフェイトさん。なぜフェイトさんだけ名前呼びかというと、名字が長いからである。ちなみに八神だけデスクに腰かけていた。四人はその後ろに控える形。

「お、来たね誠吾くん」

「いらっしゃい、セイゴ」

「ひ、久し振りだね。いらっしゃい」

え、なにこのお帰りなさい的雰囲気。

さすがにこれは予想外なんだが。

あんな方法使って呼んだ手前、さすがにもう少し自重した態度で接してくるだろと思っとったのに……。

八神は慢心王張りに腹芸王だからまあいい。でもフェイトさんは今の反応的に俺がここに来た理由知らんのじゃないだろうか。こういうことは普通に否定しそうな人だしね。

その点高町の微妙そうな口調は普通の反応だなーと思う。しかしなんだか違和感もある。まあ、俺の反応見ようとしておっかなびっくりしているといった感じなのかね。

ならばその期待に応えて反応してあげよう。────悪い意味でですが。

俺は八神の対面に気をつけをして立つと、キビキビした動きを心がけて敬礼をした。




────普段は絶対に浮かべないような満面の笑みを浮かべながら。




「本日付で、時空管理局本局、古代遺物管理部機動六課へと配属されました、誠吾・プレマシー准空尉です。お久しぶりです、皆さん」




────八神たちの表情が、恐怖的な何かで凍りついた。

しかしそこはさすが八神、一瞬にして表情を取り繕い、余裕を見せるように笑顔を浮かべた。

それとは対照的に、フェイトさんは「え?」と首を傾げているし、高町に至っては目を見開いてから悲しそうな表情を浮かべる。

俺はそれに見て見ぬふりをし、さらに続ける。

「この度は私のような一局員の出向にわざわざ面倒な手順を踏ませてしまって、申し訳ありませんでした」

「────あ、ああ、それはええんよ。ただな誠吾くん。そ、その敬語は嫌がらせやろか?」

苦笑を浮かべながらそう言う八神。そうです、嫌がらせです。嫌がらせなんですが、

「申し訳ありません。仰っている意味が、よくわからないのですが」

「……そかそか。ま、それでもええよ。きみがどういう態度をとっても、私もきみへの接し方を変える気はないしね」

さすが八神、俺たちに出来ないこと(真黒な腹芸)を平然とやってのける。

しかしそこに痺れもせんし憧れもしないけども。

あー、しかし久しぶりの真面目な敬語疲れる。八神と腹芸し合うのはもっと疲れる。

だけどここで折れたら意味がねー。頑張れ俺負けるな俺心にもないセリフを絞り出せ俺。

「そうですか。……しかしそれにしても、私ごとき不良局員のために出迎えまでよこすというのは流石にやり過ぎではないかと思うのですが」

「そんなことないよ。誠吾くんはとっても優秀や。な、なのはちゃん」

「……うん。彼は今年の初めから今日まで、違法魔導師逮捕11件、魔法災害救助23件、通常災害救助25件、軽犯罪の処理39件の解決に尽力してくれてるよ」

……驚きを隠せないんですが。

なにこの娘。何で俺本人も覚えていないよう情報網羅してんのストーカーなの? てか一応隠蔽工作してるのにバレバレとかマジありえんファック! しかもアカペラでスラスラ言うとか丸暗記ですかそうですか。

これ訴えたら勝てんじゃね? ……いや無理だ。俺がここにいるとこから考えて法的権力は明らかにあちら側に傾いてる。勝ち目ねー!

「それにきみにはレアスキルもある」

なんでお前はそこで楽しそうにそういう爆弾発言を投下するんですか嫌がらせですねわかります。つーかレアスキルってあれですか? あの使えるのか使えねーのかいまいちよくわからんやつのことですか。

てかそれ今ここで言うほどすげー能力じゃねーじゃん。確かにレアスキル持ってるやつとか大抵すげー奴だけど、俺の能力微妙じゃん。

てか余計なことを言うから横にいる連中超動揺してるんですけどアフターサービスの用意は勿論万端ですよね。ていうか万端にしろコノヤロー。

とかめっちゃ心中焦りながら、俺は口を開いた。

「……やー、お言葉ですけど、過ぎた力が集まればそれが災いを呼ぶこともありますよ?」

「確かにな。けどな誠吾くん。うちの隊にはその災いに立ち向かうだけの戦力が必要なんや。それは分かってもらえんやろか」

小さく悪足掻きするが、八神は余裕の態度を崩さない。

くそ、どっから切り崩せっちゅうんだよこんな暖簾に腕押し女をさ!

「……しかし、それと迎えをよこすこととは────」

「誠吾君。私がなんもせーへんかったら辞表書いてとんずらしてたんと違うん?」

「ぅぐ……」

「まあ、誠吾くんは他人に迷惑のかかることは嫌うからな~。ティアナたちを迎えに行かせたら、きっと逃げられなくなるやろなと思たんや」

それを聞いて、敬語を駆使する俺を茫然と見ていた(何かするとは言っていたが、何をどうするとまでは伝えていなかった)エリ坊たちの態度が変わる。

汚いな、流石狸きたない。

つーかやることがえげつない。知り合いになったことをマジで後悔している自分がいる。

またもや焦ってるとエリ坊が八神の方に身を乗り出した。

「そ、それって、もしかしてセイゴ……じゃなくてプレマシー准空尉は僕たちのために……?」

「そやでエリオ。『自分が逃げたら迎えにきたそいつらが怒られる。そいつら悪くないのにそれは可哀想じゃね?』とか思たんと違うかな」

……ご名答すぎるよ、ぱっつあん。……ああ、やっぱりこの四人組連れて来たの失策だったかも。

……いや、それはないか。こいつらいなくて外聞気にしなくなる高町に詰め寄られたらいくらなんでも流される。それは俺の望むところじゃない。

しかしこのままだとこいつらの中の俺に対する好感度がリミットブレイクしかねんのじゃないかね、てそれねーよ。

とか思ったけどそうでもなかった。横をチラ見したらまた全員驚いた顔してる。つーかスバ公、なんで目が輝いてるのやめてその目はさっきロビーで高町を褒めてた時の目でしょこっちに向けないで。

「ん、誠吾くんどうかしたん?」

この子、分かってて言ってるよね。なんだそのニヤケ面、額に『肉』の字書くぞコルァ。

「……いえ、なんでもありません。それで私ごとき平隊員にどのような仕事をさせるおつもりで?」

「ん。それはこの書類見てくれれば分かると思う。リミッターの設定もよろしく。誠吾くんのは一段階分下げることになっとるから、ランクはAになるね」

書類を受け取って簡単に目を通し、愕然とした。

「……これは要するに、六課の雑用を一手に担えと、そう言う捉え方をして構いませんか?」

「うん、かまへんよ。私もなのはちゃんたちも、誠吾くんには期待しとるからな」

その期待の結果に書類雑務と庶務系仕事まで混ざっているとは何事だろうかと膝つき合わせて小一時間話し合いたいけれどそれでは八神の思う壺ですよね。

「……了解しました。では正式着任は明日からのようですので、今日はこれで失礼させていただきます」

「あ、ちょっと待って誠吾くん。も少し世間話でも────」

「お断りします」

早口で遮ると、八神が「む」と押し黙る。ここで漸く隙が見える。つまり俺のターン。

「八神部隊長、あまりグダグダ言いたくは無いので、一つだけ」

「────なにかな?」

鉄面皮被りながら首傾げた八神の目を見て、俺はさらっと言った。

「申し訳ありませんが、職場で馴れ馴れしく名前で呼ばないでくださいね」

「!」

ようやく八神の鉄仮面を崩すことに成功。それでも八神は、その表情のまま苦々しげに聞いてきた。

「────なら、どう呼べばいいかな?」

「名字と階級で、よそよそしく呼んでいただければ理想的です。お願いします」

言い捨てて身を翻すと、俺はそのままドアの方へ近づいた。そのまま部屋を出ようとしたところで、

「せーくん、待って!」

高町に、呼び止められる。

「お話、お話しよう! ね、お願い……っ」

なんだか随分と必死な声だなと思った。

俺はその場に立ち止まって静かに深呼吸する。そして声のした方へ振り返り、

「高町一等空尉」

「────っ」

そう呼びかけると、高町は驚いたように身を硬直させた。これ以上追い打ちをかけるような真似もどうかと思うが、ここで言わなきゃ意味がない。

「私はあなた方に呼ばれてここに来ました。けれどそれは、友達として頼まれたからではなくて、局員として命令されたからです。ならば私のここでの立場は、あなた方より階級の低い一局員でしかないじゃないですか」

「そ、それ、は────…」

「そういうことなら上官殿。私のことは、プレマシー、とでも呼び捨てでお呼びください」

「────っ……!」

「────では、これで」

それだけ言い置いて、俺は部屋を後にした。






























部屋を後にしてしばらく廊下歩いてたら後ろからドタドタとこちらへ複数人が駆けてくる音がした。ので振り返るとティア嬢達がこっちに全速前進DA☆状態で突貫してきたのでさすがにビビる。

で、

「あんた、さっきのあの回りくどい態度はいったい何よ」
「セイゴ、さっきの僕たちのために逃げなかったって話本当なの!?」
「セイゴさんって凄いいっぱい事件解決してたんだね!」
「セイゴさんってレアスキル持ちだったのっ?」
「キュクルー!」

四人と一匹で一斉に話しかけないでください。俺は聖徳太子じゃねーのである。そこのところご理解いただけるだろうか。

「とにかくきみ達の疑問も尤もだろうけれども、少し落ち着いてくだされ。それと今は先に俺の問いに答えてティア嬢」

「え、私? ……なによ」

「うむ。高町さんのことなのだが、あの人いつもどれくらいの時間に仕事あがる?」

「なんでそんなこと……」

「いいからアンサープリーズ。重要なことディス」

若干詰め寄る俺の雰囲気に気おされて、なんなのよ。とか文句言いながらも答えてくれるティア嬢。やっぱいいやつだなー。

「そっか、あと二時間はあるか」

「ちょっと、答えたんだからあんたの方も私たちの質問に答えなさいよ」

「ああ、そうだな。じゃ、俺の頼みもう一つ聞いてくれたら答弁タイム突入ってことにしよう」

「……なによ」

ものすごく警戒した様子で聞いてくるティア嬢。なにその態度、別に大したことしねーよつーか何かされるとか思ってるなら心外。

とか思ったけどとりあえず苦笑しながら言う。

「お前ら確か今日はもう非番だよな。それなら簡単。六課の中、案内してくれね?」






























六課の中を粗方案内され終わってから、俺は高町が寮に戻る時に通るという道で、もうすっかり暗くなった夜空を見上げながら突っ立っていた。

近くの物陰のどっかにティア嬢達が隠れているはずだが、俺に気配を辿らせないとは相当離れてるのか結構手練なのか知らないが、やるなーあいつら。

とか思ってると、こちらへと近づいてくる足音を感知。そっちを見ると、俯いて落ち込みオーラを振りまきながらこちらへとやってくる一人の少女を発見。

と、不意にこちらを見て、驚いた表情をしたそいつ。俺は軽く手をあげて挨拶する。

「よう、高町」

「あ……」

なんで呼び捨てにしただけで滅茶苦茶嬉しそうな表情を浮かべるのだろうか。普通嫌そうにするか怖そうにしない? この状況。

昔からだけど、なんかこいつ本当にずれてるよなー。とか思いつつ、さっきとはうって変わって意気揚々とした雰囲気を漂わせながらこっちに駆け足で近づいてくる高町を見てそのあまりに楽しそうな様子になんだかイラっとくる。

イラっときたので、さて、それでは俺の憤り発散タイム~プライベート編~の幕開けといこうではありませんかという感じに気持ちを移行。まあ小難しく言ってるけど要するにやつあたりである。

そんなわけで嬉しそうな顔してる高町に近付いて右手をチョップ型に構えてそれを振り上げて、

「え────」

思いっきり頭に振りおろした。

高町は衝撃で目に星を飛び散らせ、そのまま叩かれた所を押さえて蹲る。

「────っぅ!? な、なにするのせーくんっ!」

そのまま立ち上がって涙目で顔を近付けてきたのでのけぞるように遠ざかりながらもう一発チョップを額に。

「あうっ!?」

そこから連続で怒涛の連発チョップへ移行。高町も叩かれた所をガードするが、目をつぶって受動的に防いでいるだけなのでガードの無い所を狙って両手でビシビシとダメージを与え続ける。

「いっ、痛いよせーくんっ!?」

「ああ、俺も痛い。お前の頭に休みなくチョップを入れ続けているこの手が」

「そこは嘘でも心が痛いって言う所じゃないのっ!?」

俺の心が? お前を殴って痛む?

「ありえん(嘲笑)」

「嘘でもいいから容赦が欲しいよぅっ!」

やかましいと思う。俺はあれほどあの課を離れる気はねえって言ってたってのにこんな無茶苦茶なことを引き起こしたやつは個人的にちくちくといじめ続けたいよね。

大体今回のこれ、俺の対応の甘さが招いたことでもあるから反省点は俺にもあるけど、いろんな奴らにいらねー迷惑かけちまったと思うし。

俺にだってあの部隊にだって都合ってもんがある。今回のこれ、セイス部隊にどれだけ迷惑かけたんだろうか。

仕事の引き継ぎも、こんな中途半端な時期に俺に代わる人財探すのも、管理局に勤めて長い高町なら並の苦労で出来ることじゃねーってことくらい分かっていると思う。

なにしろ、最近の俺の日課と来たら、新人のフォローで残業フルコースからのお泊まりがデフォルトだったのだ。ただでさえ俺がいたあの課の仕事ってのは物量が多いから大変だってのに、こいつらが余計なことしてくれたおかげでもう単純な残念って言葉が痛く霞むくらいの残念さ加減に突入のはずである。

あ、セイスってのはあの鬼ボスゴリラの名前です。

とか、誰に向けているのかいまいちわからん説明を心中で入れつつ、高町の頭を狙うチョップの雨をさらに加速させる。

「痛たたたたたっ!? ちょ、ちょっと待ってホントに痛いよ!?」

「はいー、存じ上げておりますー。他人の痛みとか大好物ですー。ワタクシ即席のドSですのでー」

俺のそんな間の抜けた独白に、即席ってその場限りなのっ!? とのツッコミがあったので、Yes.This is pen.とか発音良く言ったら話が通じないよぅ……と若干べそかき始めたけど知らん。

そのまましばらく叩き続けていたんだが、そのうち頭抱え込んでうずくまりながらごめんなさいごめんなさいと呟き続けるようになってきたあたりで攻撃をやめる。

「……まあ、ちょっとやりすぎたか」

「うぅ……頭痛い……」

って感じで泣きかけてたんだが、そこから管理局有数の力を持つ魔導士の誇りかなんかよく分からんもので気持ちをなんとか持ち直したようで、

「ごめんね、せーくん。私のせいで、こんなことに……」

本当に、ごめんなさい。と、蹲ったまま視線を伏せつつそう言った高町。

俺は所在無げに頭をかいた。

「あー、もういいよ。俺もうお前らのこういうアレに関しては諦めてるから。謝んなら、セイス隊長とかにでも直接言ってくれ」

「うん……」

蹲りながら呟くように頷いて落ち込む高町。……あぁ、いい加減もういいか。疲れた。

「まあ、もうこんな馬鹿なことしないってんなら、今日はそれでいいや」

「え────あ…っ」

高町の手を引いてとりあえず立たせる。顔を見ると涙の痕があるが、謝る気もない。

「とにかく、今度隊長んところ挨拶行こう。謝る謝らないじゃなくて、とりあえず顔出さないと」

「あ……は、はい!」

一瞬驚いて呆けてから、気を入れなおすようにしっかりと返事をして頷く高町。

俺はそれを見て、これ以上こいつにさせる釘なんてないなと溜息をつく。

にしても今日は、予想外のことだらけでやたらと疲れた。とにかく帰ってもう寝て────って、あ。

「? どうかしたの、せーくん」

突然固まった俺の方を見て高町が不思議そうな顔をした。一方俺はそんなことどうでもいいくらい今日一番の焦りを感じていた。

いろいろと怒涛の連続に巻き込まれて忘れてたけど、俺の住まいってここから電車でどう頑張っても数時間じゃね? つまり、

「……俺、今日泊まる場所ねーよね」

「……あ」

高町も俺の今の状況に気付いたのか、ポカンと口を開いた。

ああ、あれだけの理不尽にさらに重ね付けしてこんなオチですか。神様なんてクソくらえみんな不幸になっちまえばいいんだこんちくしょおおおおおおお!




このあと、私の部屋に来る?とほざいた、女性としての感性が根こそぎ逝かれてるんじゃねーかと思う高町の顔にアイアンクローを入れてからその辺に隠れてたエリ坊たちを見つけ出し、今日の俺の宿を獲得する作業が始まるのだが、ここでは割愛させていただきます。




しかし、割愛とは別に補足を一つ。

「あ、言っとくけど、このままなんのあれもなく水に流すのも業腹だし、嫌がらせに俺の気が済むまで職務中は徹底して敬語使い続けようと思うんで、そのあたりしかとご記憶願います」

「え゛……」

心底嫌そうに顔を歪めたこの時の高町の表情を、多分半月くらいは忘れない。






























介入結果その四 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの心労





隊長室に入って来た時から様子のおかしかったセイゴが言葉でなのはを突き放して部屋を出て行き気まずい雰囲気が流れる中、エリオたちが私たちに礼をして部屋を出て行ったあと、

「あかん、誠吾くんあれマジギレや。さすがにあかんかったかなー……」

はやてが頭を抱えてつぶやいた言葉を聞いて、私はその真意を問いただした。

そうして私が知ったのは、最近目に見えて元気のなかったなのはのために、彼女が勝手にセイゴをここへ無理やり呼び寄せたという話だった。

私は愕然とした。

確かに最近なのはに元気が無かったのは分かっていたけど、その原因がセイゴの意思によるものだった以上、私にはどうする事も出来ない。

彼にだって事情があって、私たちの勧誘を断ったはずなんだから。

それが分かっていたから、私はいつも以上になのはに気を掛けて、そのフォローに徹していた。

今回新設したこの機動六課に、なのはが積極的にセイゴのことを誘っていたのは知っていた。

なのはとしては久しぶりに彼と一緒に働くいい機会だと思っていたらしく、それこそ毎日のように彼に通信をかけていた。

その様子を時々見ていた私も、日に日にげんなりしていくセイゴの様子を苦笑しながら眺めていた。

だけどセイゴは、頑としてそれを受け入れようとはしなかった。

理由は教えてくれなかったけど、それだけの何かがあったのだと思う。

セイゴの怒りは当然だった。

それを察したからこそ、なのははさっきから俯いて何も言わないのだろうから。

今朝はやてに二人一緒に呼び出されて、セイゴが六課に来ると言われた時の表情とは、何もかもが違いすぎる。(そのあとすぐに任務に赴いた私は知らないことだけど、なのはは私が出て行った後にはやてにセイゴを呼んだ方法を聞いて、彼がエリオたちに連れられてこの部屋に来た時には罪悪感を感じていたそうだ)

心配になって大丈夫?と聞くと、か細い声で大丈夫だよと言って笑ってくれた。けど、全然大丈夫には見えない。




今日は訓練を丸一日休みにしてあったので、気まずい雰囲気のまま書類整理を始めるためにオフィスへ。

だけどなのははやっぱり元気がなくて、仕事も全然進まない。

仕方が無いから今日はもう帰るように言ってなのはを送り出し、私が彼女の分の書類を変わる。

グリフィスたちにも手伝ってもらってそれを終わらすと、もう既に夜の8時を回っていた。

手早く帰り支度をして、寮へと急ぐ。

きっとなのはは今頃落ち込んでいるはずだ。だから慰めることはできなくても、傍には居てあげたい。そう思ったのだけど────

「あ、お帰りフェイトちゃん! にゃはは」

────寮に帰りついて自室で見たのは、笑顔満開のなのはだった。

……何が何だかわからない。

帰り道で何かあったのかと思いついて翌日セイゴのもとへ行ってみたけど、セイゴの態度は昨日と変わらない。

……本当に、なんなんだろう……。

訳がわからなくて、でも誰も説明なんてしてくれなくて。




……私の心労は、こうして順調にたまっていくのだった。
































おまけ-数日後の会話-




「でもせーくん、もし辞表書けて管理局を辞められたら、どうするつもりだったの?」

「ん? んー……ほとぼりが冷めたころに嘱託魔導師試験受けて探偵業とか始めてもよかったかもなー。あ、マジでそれ楽しそうだわ。今からでもやるか」

「だ、だめ! せーくんは一生管理局で働くの!」

「それなんて管理局の奴隷? つーか定年退職無しとか鬼畜すぎだろ管理局。それと労働基準法って言葉を知ってますか高町」

「そ、それは地球の法律だもん! ここはミッドだからいいの!」

「いや、こっちにもそれに準じる法律は────…」

「私休暇一切使ってないけど何にも言われないからいいの! ────あ」

「……おい。前にあれほどきっちり定期的に休み取れと親父と一緒に言ったよね。言ったよね!?」

「……に、逃げますっ!」

「あ、てめ、待ちやがれこのボケ! 今度親父呼んで健康診断させるからな! 絶 対 させるからな!」

「それ、振りー?」

「マジだよボケっ!?」


















2009年6月18日 投稿

2010年8月23日 改稿



[9553] 第四話-朝練と三等空尉と部隊長と-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2011/02/28 23:47
朝。目覚ましは無かったもののいつもの癖で目が覚めたので、のそりと起き上がって立ち上がり、軽く伸びをする。

さすがに床に直で寝たせいか全身がバキバキになっててやばい。つーか布団も掛けてなかったので寒い。自業自得だが。

まあ仕方ないのでとりあえずストレッチして硬直をほぐしていく。

そうしていると、ベッドで眠っていたエリ坊がのそりと起き上がった。

昨日は結局宿のあてがなかったので、六課に戻って転送装置で送られてきた荷物の中から体動かす時に使う目的で置いてあったジャージとか取り出してから、エリ坊の部屋にあがりこませてもらったのだ。

その際この少年、俺が床で適当に寝るからお構いなくと言ったら、え、それじゃ寒いだろうから一緒にベッドで寝てもいいよ? とか言い出したけど普通に辞退した。

子供とは言え男と一緒のベッドとかありえん。俺はどこのお父さんですか。

「……んー、セイゴ起きたのー?」

「あ、ワリー。起こしちまったな」

「ん、いいよ。朝練あるし」

目を擦りながらベッドを下りてくるエリ坊。その姿は、制服を着て肩肘張っている時とは違って年相応に見えて、なんか和む。

「てかお前も朝練なのか、奇遇だな」

「え、奇遇って、セイゴも朝練とかするの?」

「失敬な。管理局入ってから十何年と経っているが、その間鍛錬を欠かしたことはほとんどねーぞ」

「ほとんどなんだ……」

そりゃ風邪とかひいたりしたし、入院したことだって少なかなかったからな。

「って、セイゴ早起きなんだね。いつもより一時間も早いや」

エリ坊が時計を見ながら驚く。

「あれ、そうなのか? ならもう少し寝といた方がいいんじゃないのか成長期」

「ううん。セイゴの鍛錬ってのに興味あるし、一緒に行くよ。良ければつきあってもいいかな?」

「別にいいけど、へばんないでくれると助かるなー」

「む、大丈夫だよ。これでもなのはさんに鍛えてもらってるんだから」

そう言って頬を膨らますエリ坊。

ふむそうか。ならば着替えて出発だ。






























で、

「はぁ…はぁ…はぁ…」

「やっぱ無理だったね。仕方ないね」

六課について演習場へと案内してもらい、俺の毎朝の訓練メニューの三分の二を消化したあたりでエリ坊がダウンした。

俺は持っていたタオルでエリ坊の頭を扇いでやっている。

「せ、セイゴ……毎朝、こんなに動いてる……の…っ?」

仰向けで息を乱しながらそう聞いてくるエリ坊。つか注意しない俺も悪いと思うが、こいつはこんなにボロボロになってこのあと高町の教導とか受けられるのだろうか。心配でならん。

「ああ、てかこれまだウォーミングアップだぞ。このあと刀の素振りと、型の反復練習もする。時間が余れば誘導弾もな」

「う、うそ……」

今度こそエリ坊が目を見開いた。何その驚きよう。こちとら接近戦型の近代ベルカ式魔導師なんだから、こんぐらいしなきゃ安全に戦えないんだよ。

しかも俺にできることと言ったら魔力のせた刀で斬るか誘導弾打つかの二択。あとはシールドのバリエーションとかで攻撃捌いて、回復魔法で時間稼ぎつつ敵を倒す感じ。

収束砲撃は適性無いし、普通の斬撃だって高ランク魔導師相手じゃ真っ向からじゃ弾かれるだけだから敵の防御の隙間突く感じに攻撃しないとならない。

そのためにはいろいろと安定した体が必要不可欠なのだ。だから鍛錬は欠かさない。

「まあ、十年以上前から毎日毎日やってる俺にいきなりお前が追いついてきたらお兄さんちょっと立ち直れねーから丁度いいな」

「う、うぐぐ……」

俺なんかに負けたのが悔しいのか、エリ坊が頑張って体を起こそうとする。

しかしズルリと滑って頭から地面に突っ込みそうになったので、肩持って支えてやる。

「────ほれ、しっかりしなって。なんなら明日にでもお前の分の訓練メニュー考えてみるからさ」

「本当!?」

俺に支えられながら目を輝かせるエリ坊。何その欲しいおもちゃを買ってもらえた子供みたいな反応。俺があげるの訓練メニューだよ?

しかしこいつに与える訓練メニューか。今日ここまでついてこれたこと考えると、俺が15の時の訓練メニューくれてやればちょうどよさそうな感じ。

でもねー。これが才能の差ってやつなのかねー。

10歳の時点で俺の15の時相当の運動能力持ってるとかどういうことなの……。

そのうち普通に抜かれちまうんだろうな、こいつにも。

はぁ、こちとらガキの頃から必死で魔力負荷掛けて魔力増やしたり、毎日毎日訓練励んだりして今の領域に達したってのに、なんか切ねー。

ま、いいや。俺は俺に出来ることしかやらねーし、それ以上を求められる覚えもねー。

どうせここでの俺は高町の精神安定剤以上でも以下でもない。

「セイゴ……?」

俺がそんなこと考えてぼうっとしてるとエリ坊が不安そうに俺の顔を覗き込んできた。

無意味に怯えさせるのもどうかと思うので、頭に手ェのせて髪の毛かき混ぜてやる。

なんか、やーめーてーよー、とか聞こえるが、なに、気にすることはない。

そうしてじゃれていると、

「あ、エリオ君とセイゴさんだ」

「ホントだ、二人ともおはよー」

フォワード陣の女性メンバー到着。それに伴ってエリ坊の頭から手を離す俺。よれたエリ坊見てティア嬢が不審げに表情を変える。

「どうしたのよエリオ、あんたもう既にボロボロじゃない」

「あ、はい。セイゴの朝練に付き合っていたんですけど、ついていけなくて……」

「は……?」

恥ずかしそうに説明するエリ坊と、それを信じられないというような表情で見るティア嬢、それとポカンとしてるスバ公とキャロ嬢。

「あんた、エリオだけになんかやらせて自分はさぼってたの?」

「んな訳なかろう。自分でやらなきゃ鍛錬にならんだろうが」

「じゃあなんでエリオがボロボロなのにあんたはぴんぴんしてんのよ。しかもほとんど汗かいてないし!」

汗なら少し休んだので引っ込みました。それと俺はいつも通りに動いてただけです。

という旨を説明したら、

「嘘。あんたそんなに体力あるの……?」

「そんなってのがどんなかは知らんが、医学知識をふんだんに盛り込んで十年以上かけて造り上げた体は割と凄いですよ」

まあそれだけじゃないんだけど。

力瘤作りながら得意げにしてたら高町がやってきた。

で、

「せーくんの体力? うん、かなり凄いと思うよ。努力の結晶って感じだね」

ティア嬢の質問に簡単に答える高町。

ん? なんだろうこの違和感。

何と言うか、昨日俺に対していた時とは月とスッポン。

高町は部下とは一枚壁をおいて付き合うタイプなのだろうか?

そんなこと考えてるうちに、高町はパンパンと手をたたき、

「さ、みんな今日の訓練を始めるよ。エリオ、いける?」

「────はい! 大丈夫です!」

さっきまでぐったりしていたエリ坊がきびきびとした動きで立ち上がりながら返事をした。回復早いな。これが若さか。

「じゃあせーくん。朝練の続き、頑張ってね」

「はい。ありがとうございます、高町さん」

敬語で返すと少し眦を下げる高町。

そんな顔されても、これ以上は俺も譲歩したくない。

だから黙って軽く会釈した。高町は後ろ髪惹かれてそうな感じでありながらも、四人を連れて去っていく。その背を見送ってから、さっきの続きを始めようとして────俺の方に近付いてきた赤髪三つ編みの少女を発見。

「────あれ。ロヴィータさん? ロヴィ―タさんじゃないですか!」

ちなみにロリとヴィータの合わせ技です。

ヴィータはしかめっ面をしていた。敬語と呼称の相乗効果でなかなか凄い顔になっている。

「……てめー、その呼び方やめろって言ってるだろ」

「まあいいじゃないですか、細かいことは。ところでこんな所でどうしたんですか?」

「ああ、新人たちの訓練見に来たんだけど……」

「私がいたから声をかけたわけですか」

というか敬語にツッコミがないのは八神か誰かから話が通っているからだろうか。

と、そこで昨日あのあと高町に聞き出した話を思い出した。せっかく会ったので聞いてみよう。

「ところでヴィータさん」

「ん? なんだよ」

「少し小耳に挟んだんですが、あなたも私の異動に賛成していたというのは本当ですか?」

「うぐ……それは」

わー……。この反応はマジですね。

「意外ですねえ。あなたがあんな卑怯くさい作戦に賛成したとは。あなたなら正面突破で私に勧誘くらいしそうなものなのに」

つか、本当に意外だった。こいつがあんな搦め手に乗るとかいままでの出来事思い返しても想像が出来ん。

俺のしれっと言ったセリフに、ヴィータはまた言葉を詰まらせた。

それから数瞬ほど待っていると、ぼそりと何かつぶやく。聞き取れない。

「────何か言いました?」

「────っ! だから、近くにいてくれればあたしがお前を守ってやれるだろって言ったんだよ!」

「────…え?」

何をいっとるんだこいつは────と思って、唐突に過ぎる嫌な思考。まさか未だにあの時のあれを気にしているとおっしゃるか。

「……あの」

「な、なんだよ」

呆れ声で話しかけると、ヴィータは怯えたように後ずさった。

「あなたもしかして、まだあのときのこと気にしてんすか」

「……当たり前だろ。だってあの時、あたしは……」

なんか顔しかめてまた鬱モードに入るヴィータ。めんどくさいからとりあえずチョップ。

「いってーな! なにすんだよ!」

「うっさいですよこのネガティブロリータ」

「ネ、ネガ……!?」

「昔っから何度も何度も何度も何度も言ってますけどね、あのときのあれは俺が勝手に飛び出して勝手に死にかけただけなんですよ。で、俺としては完膚なきまでに忘れ去りたい悪しき記憶なんです」

つーか青臭くて恥ずい記憶と銘打ってもいい感じ。人間関係って難しいよねー。

「だからあなたにもさっさと忘れ去っていただきたいわけですよ。それともあんたはそんなに当時の俺の失態を鮮明に覚え続けていたいのか嫌がらせですかコノヤロー」

「忘れろって……忘れられるわけねーだろっ!?」

怒られた。いや、確かにそうだけど、忘れられなくとも話題に出さないようにするくらいは出来るはずなので、そういう努力お願いできませんかねー。てか、

「俺もう気にしてないんですが」

「気にしてないって……っ。それじゃあたしの気がすまねーんだよ!」

「しつこくてめんどくさい……。そういうの良くないと思います」

「また誰かがあたしの前で傷つくよりましだ!」

「……あー」

「な、なんだよっ……」

「……いや、……なら、お好きにどうぞ」

「するさ! ────…て、え?」

「……俺の背中は任せました先輩。あなたが見ててくれるなら、俺は安心して前向いてられます」

そう言い残して、ひらひら手を振りながら俺はその場を去った。

ちょっと前に、自分がやらかした盛大な失敗を思い出した。

もう朝練続ける気分じゃなかった。

それに、今のうちにしておきたいこともある。






























介入結果その五 八神はやての認識






朝一で部隊長室にやってきた誠吾くんが、やっぱり似合わない敬語とともに差し出してきたのは、バインダーに綴じられたかなり分厚い書類やった。

それを机越しに突きつけてくるので、私は訝しがりながらもそれを受け取り、中身を読んで────



────絶句した。



そこに挟んである書類に書いてあったのは、六課に対する誹謗中傷。




なんであんな課があるのかわからない。
金の無駄。
つーかあの課ただの仲良しごっこじゃねwメンバー幼馴染集めてるって聞いたけどw
よくもまあ地上もあんなもんつくるの容認したよな。
あれだってよ。聖王教会の秘蔵っ子の権力のゴリ押しwまじきたねえw
ああ、あの噂本当だったのか。魔力ランクとレアスキルだけで地位を上り詰めてるやつがいるって────




そこまで読んで、私はバインダーを力任せに閉じた。

睨むように誠吾くんの方を見ると、彼は不気味な笑顔を浮かべて私の方を見とった。

彼はその表情を保ったまま言う。

「言っておきますけど、それ俺が書いたわけじゃないですから。文字通り、検閲フィルター皆無の市民の生の声です。まあ過激すぎる部分は多少省いてありますけど、それだけです」

そう言って誠吾くんは、くるりと踵を返して私に背を向けた。そして、扉の近くまで行ってから、もう一度こちらを見た。

「それ以上読む読まないはあなたの判断にお任せします。けど、俺としては是非読んで欲しいなあ。せっかく一晩でネット上にばらまかれてた情報を読みやすいようにまとめ上げたものですから」

邪悪な笑みでそう語る誠吾くん。私は先ほどの内容を思い出して、頬がひくひくと引きつる。しかしそれを悟らせたら負けな気がするので、なんとか平常心を心がけて声を出す。

「……そ、そっか。わざわざ私のためにありがとな。……疲れたやろ?」

「やー、そんなことないですよー。むしろなんか途中から楽しくなってきましたね」

「……一応参考までに聞くけど、なんでなん?」

「いや、あなたが今うかべている表情を思い浮かべてですが」

楽しそうに言ってから、続き、読んで欲しいなあ。読んで欲しいなあ……?と言い置いて、誠吾くんは部屋を出て行ってしまう。

ああ、なるほど。彼のしたい事が分かった。

「……嫌がらせやね。確実に」

それも私単体への。しかもそのために一晩でこんな分厚い資料まで用意して。

「けど、ああ言ったってことは、書いてあることは多分ホントのことなんやろな……」

……あまり気は進まないけれど、目の前にあるバインダーは私がしたことへの周囲の反応。これを無視して先へは進めない。

だから、表紙に指をかけて、ゆっくりと開く。

さっき読んだ場所までページを進めて、そこからさらに読み進める。

否定と罵倒、それと少しの賛同。それらを目にしながら、胃がキリキリするのを感じつつしばらく読み進めていると、暴言の熱量にあてられて朦朧としかけていた頭を一気に冷やすような文を見つける。





そういや今日さ、俺の先輩が六課に無理やり引き抜かれた。
え、マジかよw
マジ。あの人俺とか他の新人のこととかすげー真面目に面倒見てくれてて、これなら慣れるまで何とかなるかと思ってたのにいきなり引き抜かれたからもう毎日残業確定。マジひでえ。





全身から血の気が引いた。

彼を無理に引き抜いたことへの、誠吾くん本人以外の被害者の明確な言葉。

ああいうことをすれば、こういうことにもなる。

「こんなことにも気付けなかったなんて……。焦ってたんかな、やっぱり」

理屈ではわかっていた。……つもりやった。ただ、それを想像の中で考えるのと、現実で見るのとでは話が違う。

それに、今回彼にしてしまったのは、権力の暴力。私が、上に行って何とかしたいことの一つ。

それを、彼にしてしまった。本末転倒もいい所や。

そして、彼の用意したこれ。これだけが全てだとは思わない。けど、六課への否定的な意見の数は、少ないどころか、多い。

さっきは、嫌がらせのために頑張った。って態度やったけど、昨日の今日でこれだけのことを調べた彼。

一言で説明すれば、優秀。

そこに補足を付け加えるなら、その彼をいきなり引き抜かれたあの隊には、大きな損害が出たはず。



「いくらなんでも、悪いことしてしもたよね。今更やけど……」



────だけど私は謝れない。



安易に頭を下げられる立場では、もう無くなってしまっていたから。






























食堂で朝飯食い終わった後、フォーク銜えて手持無沙汰にぼんやりしてたら、対面に誰かが座った。

顔を向けるとそこには八神。得体のしれない笑み浮かべながら、手を組んでその上に顎のっけてこっち見てる。

「……あー。さっきぶりです。八神部隊長」

「うん。さっきぶり、誠吾くん。そう言えば今朝は朝練しとったそうやね、なのはちゃんが嬉しそうに言うとったよ」

そうですか。と答えながら、俺は内心結構動揺してた。

さっきあんな嫌がらせしたばっかだってのに、なんでこのタイミング?とか、ここで話しかけてきた意味は?とか、今さら何の用?とか、疑問が浮かんでは消えていく。

そんな感じで焦って黙りこくっていると、勝手に話をすすめてくれた。

「ところで誠吾くん。ちょっと小耳に挟んだんやけど、きみ、職務中でなければ友達付き合い続行してくれる気でおるそうやね」

「ちょっとタイムカード通してきますね」

「ツヴァイの てが すべる」

立ち上がろうとしたら腰のあたりを何かが通過。ズボンのポケットが軽くなる。

「……リインフォースⅡ空曹長、准尉命令です。財布を返しなさい」

「返さなくてええよ。部隊長命令や」

ぐっ……またも権力の力が……。

というか高町、口滑らすの早すぎですありえん。何がそんなに嬉しかったのかも知らんけど、バラす相手もありえん。

「遅くならない段階で、一回腹割って話し合いたいと思うとったんや。そしたらそう言う話思い出してな」

「あなたが腹割ったら、悲しむ人が出るからやめた方がいいと思いますよ。大体あれ超痛いと噂です。そもそも介錯どうする気ですか」

「切腹と違うよ、誠吾くん」

軽口もあっさりと返されて俺がっかり。脱力しながら椅子に座りなおす。

「……それで話とは?」

「ああ、これは友達としての言葉やからそう言う気持ちで聞いてほしい。今回のことはごめんなさい。さすがにやり過ぎました」

そう言って頭を下げた八神。友達として、ね。

「つまりお前は、軍人として下げる頭は無いわけですか」

「簡単に下げられる頭と違くなってしまっとるんよね。いろいろとしがらみも多いし」

そう言って暗い表情を浮かべた。それが腹芸なのか本音なのかは、俺には区別がつかない。

「けど、焦ってたとは言えこんな時期に碌に準備期間も与えずに異動させてしまったんは確かに私のミスや。せやから私からセイス隊長の部隊のこと、いろいろフォローしようと思う」

高町に全部聞いてたらしい。全く隠し事ができる気がしない。

「フォローって、具体的には?」

「事件への派遣任務と捕り者任務。その他の仕事で、本来なら誠吾・プレマシー一等空士が担当するだろうはずだった事件を、こちらに回してくれるように頼んでみる。これならセイス隊長の方も優秀な人財探すまで何とかなるやろ」

「それ、ちょうど俺も頼みに行こうと思ってたことですぜ。ここに来た条件ーみたいな言い訳して」

「おや、なんや知らんけど私たち以心伝心しとったみたいやね」

「わー、すごく寒気がする。けどまあ、感謝はしときますねー」

「ええんよ。身から出たサビみたいなもんや」

八神はそう言って小さく笑うと、少し離れた場所で俺たちを見ていたツヴァイを呼んだ。

「話はそれだけ。ほら、財布返したって」

「了解ですぅ」

「返却確認したですぅ」

「ま、真似しないでくださいっ!」

「了解ですぅ」

「うううううううセイゴさん!」

そうして頬を膨らますツヴァイ。

財布掏った恨みだ。






























介入結果その六 八神はやての内心





今回の件は、ひとえになのはちゃんのためやった。

なのはちゃんが悲しんどる。その原因は、あの時彼女の命を救った彼。

彼はなのはちゃんが再三六課への出向をお願いしていたにもかかわらず、頑としてそれに首を縦に振らなかった。

何が彼をそこまで頑固にさせるのか、私はそれを、何となくわかっていた。

彼はきっと、私がなのはちゃんたちに対して感じているものを、あの課の中に感じている。

だからあそこを出る気はないと言ったのだと、それは理解できる。

だけど私には、なのはちゃんが笑って仕事をしてくれることの方が大事やった。

だから彼を引き抜いた。

誰も文句をつけられんように、カリムの力まで借りて。

だからきっと、私は許されないと思っていた。

なのに昨日の夜、

「にゃはは、せーくんに怒られちゃった」

と言って電話をかけてきたなのはちゃんの話を聞く。

そしてあの誹謗中傷。

少しでも罪滅ぼしになればとセイス隊長の課のフォローをすることにした。

本当に、焦っていたんだと思う。本来ならこういう弊害が出ることなんてわかりきっていたことなのに、それを計算のうちに入れていなかった。

それほど私の中で、なのはちゃんが笑わないというのは、重大なことだった。

彼女曰く、

「落ち込んでいたつもりはなかったんだけど、断られる度にせーくんが私のこと嫌ってるのかもしれないと思っちゃって……」

だ、そうだ。

彼と彼女の間に何があったのかは、私は知らない。

だけど何かがあった。

あの管理局のエース・オブ・エースと呼ばれる少女の心に、何かを残した男。

それだけが、私の心に引っ掛かっていた。





























今回のことは、本当に申し訳ありませんでした。
とりあえず、もっといろいろと事実関係を確認して投稿するよう心がけていきたいと思います。
今回の件でご指摘をくださったシアー様には最大級の感謝を。
また、皆さんが下さった感想も、今後の参考にしていきたいと思います。
これからも頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします。






























2009年6月20日 投稿

2010年8月23日 改稿



[9553] 第五話-六課の中の誠吾-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/10/16 01:48
とりあえず八神の方にも釘を刺すことには成功したので今日の目的は達した。俺が渡した資料で引用した掲示板のアドレス教えてこれから暇があったら見たらいいんでないでしょうかと言っといたので、気が向いたら世論というものを目の当たりにするのも悪くないと思うよ。

もともとあの掲示板は俺が自分の噂話が立ったりしていないかと調べるために時々使っていたもので、こんなところで役に立つとは思っていなかった。

とはいえ、あそこに書かれていることが全てというわけでもない。中には六課に肯定的な意見だってあったし、良くも悪くも誰が書いているのか分からない以上、思ってもないようなことを書く奴だってもちろんいる。

八神もあそこでそう言うものの真偽を確かめる慧眼を養えるといいよね。そうなったら儲けものだ。

悪意を知っていて無視するのと、知らないで見過ごすのとでは全然違うと思う。主に後々の対応的な意味で。

まあともかく、頑張ってください。

上に立つなら、下の意見もぜひ知っておいて欲しいと思うので。これ下の人間の願い。

しかししばらくは何かにつけて嫌がらせしたいなー。俺をあんな謝罪と事後処理だけで丸めこめたと思われるのもなんだかなーだし。

とか考えながらオフィスで書類仕事。

バリバリとグリフィス准尉が今朝俺に渡していった書類片付けてると、ロングアーチの女子二人組が絡んできたので適当に挨拶して自己紹介。それからまた仕事。

しかし無駄に物量が多いのはやっぱどこの課も同じだな。あそこよりは少ないけど。

てか気のせいかも知れんがこの課の面々動きに無駄が多い気がする。

経験不足による二度手間の多いこと多いこと。

新設の課なんてこんなもんかねーとか思いつつそんな感じで昼頃まで過ごしてたんだが、飯食って書類整理午後の部始めようとしたらなんでか知らんが人づてにフェイトさんに取り調べ室に呼び出された。

なんでだろう。もしかして俺に取り調べやれとかそう言うあれだろうか。

別にやってもいいけど俺の話術とか基本的に堅気さん以外には通用しないのでやめた方がいいと思うよ。

なんか犯罪者さん各位の皆さんは、俺が何喋っても自分を馬鹿にしていると思う自意識過剰なシャイなあんちくしょうが多いんだよね。

とか不毛なこと考えてたけど多分普通に調書書く役押し付けられるだけだろうね。何で俺に頼んだかは知らんが面倒な相手じゃないといいけど、時間かかると俺残業ルート確定だし。

とか考えて取り調べ室入ったと思ったらいつの間にか椅子に座らされてフェイトさんと向き合っていた。

何が起きたか分からなかった。

催眠術だとか拘束術だとかそんなちゃちなもんじゃ断じてねえ。

もっと恐ろしい物の片鱗を味わったぜ……。

とかかっこつけてみたのはいいがオチは泣きそうな表情のフェイトさんに押し切られ、俺が犯人が座る用の椅子に座らされただけだったりする。

……なぜだ。俺がいつどんな犯罪を犯したというのだ……。

……は! まさか以前に「テスタロッサ・ハラオウンって略すとT・Hか。……某ギャルゲしか思い浮かばんな」「To Heartですね、わかります」とか友人どもとふざけてたのがバレたというのか!?

て、んなわけねーよ。もしそうなら真っ先に高町とかが抗議に来る。

じゃあなにこの状況。いやちょっと待て落ち着いてよく考えろ俺れれれ冷静になれこれってもしかして。






俺は准尉→この人一尉扱いの執務官→つまり上司の呼出→俺の転属理由って理不尽→進路相談





…………女上司の個人面談……だと……?





とか思ってわなわなしてたら昨日なのはと何かあったのかと必死な表情で聞かれた。

「は?」

とか思って話を聞くと、彼女高町と同室なもんだから昨日六課を出た時は落ち込んでたのに部屋戻ったら笑顔満開で何事かと思ったんだとか。

で、今朝から俺のことちょくちょく観察してたんだが、特に昨日と変わったところを見つけられなかったので呼び出してみたんだとか。

……てかあれだ、この人執務官だよな。

俺今朝から結構本性曝してた場面あったと思うんだが、それを知らないのはただ単にタイミングが悪かっただけか?

まあ、執務官とか忙しいんだろうし、ニアミスしてもおかしかないが。

別に隠すことでもないので昨日から今朝にかけてあったことをさらっとおさらいしてみた。

そしたら、

「じゃあ、なのはともはやてとも仲直りしたんだね」

とかいったので、

「ねーよ」

と思わず切り捨ててしまった。

確かにプライベートのあいつらと話はしたのだけれど、許したとかそういう話では無かったと思う。

てか、そんな速攻で許したらあいつら何も学ばないじゃないか。同じようなことがもう一度あれば、今度こそ俺、許容できんと思う。

てーかセイス隊長ん所の仕事とか任されるのどうせ俺だろポジション的に。だったら結局あいつ大したことしてないじゃんか。

だからこれからその辺のことチクチクつついて行こうと思うんだ、とか言ったらちょっと悲しそうな顔した。

でも譲んない。これは俺のポリシー。

俺のターンが終了したら今度はフェイトさんのターン。

今回の事件は八神と愉快な守護騎士一部の独断であって、高町やこの人はその日の朝まで俺の異動のこと知らなかったんだとか話してくれた。

やっぱり経緯はそういうことかーって納得の気持ちと、けど、この高町をかばってるのが確実に分かる発言って正直どうよと思う気持ちがある。

こんなんだから諸警察機関において家族の発言は証拠能力持たないんだろうね。

大体高町だってそれなりの役職ついてるんだからもうちょいマインドコントロールとかポーカーフェイスとか身につけるべきだろ少なくとも身内騙せるレベルの。

八神を見ろ。あの面の厚さをどこで身につけたのかは知らんが、社会の荒波にもまれて十数年の俺すら凌駕しとるぞ。

腹芸に関しては負けんようにするのが精いっぱいで絶対に勝てない。

昨日は運が良かっただけだ。

とか思ったけど口には出さない。人間って、一回痛い目見ないと実感湧かない生き物だと思うんだ。

だったらその前から注意してても無駄。なのでそれなりなことがあってから苦悩しつつ学んでいくのがベターだと思う。

いや、偉そうなこと言ってるけど結局それ以外出来ない俺が無能って話である。

で、一通り話も終わったら今度はエリ坊たちのこと聞かれた。ちなみにこの時点で敬語やめてます。この人も気付かなかったって点では同罪な気もするけど、まあ知らなかったなら別にいいやとも思う。なら高町は、って?

あいつの態度のせいでこんなことになったのに許せるほど俺はおおらかじゃないので無理ですはい。

で、この人エリ坊とキャロ嬢の保護責任者なんだって。

19で10の二人の子持ち……ゴクリ。とか思ったけどもちろん口には出さない。なんかいろいろあるんだべ。

昨日泊まるところがなかったのでエリ坊の部屋の床貸してもらったとか話したら驚いてた。

つーか部屋のこと八神に聞いたら、元からエリオの所に共同で住まわせる気だったらしい。が、俺としては寮とか嫌な感じなので借りてるだけ的認識。

なので今夜も借りるって話になってると言ったら羨ましそうな表情して、

「いいなーエリオとお泊り、私も一緒しちゃだめかな?」

とか言い出したからとりあえずチョップ。

「男の園に女が入ってくるとかない。絶対ない。つーかあんた年頃の娘が知り合いってだけの男がいる部屋に上がり込むっておかしいでしょ普通に」

とか言ったら、べ、別にセイゴなら大丈夫だよ……とか言っていたのは嬉しめばいいのか悲しめばいいのか。

とにかくそろそろ戻んないと残業になるからと言って部屋を後にした。

最後まで羨ましそうだったことについては今度きっちり話し合うことにしようと思う。






























書類整理は終えてたので定時でタイムカードきったら背後に気配を感じて飛びのいた。

そこにはなぜかまた暗いオーラを纏った高町がいた。後ろには走ってこっちに追いついてきたらしいティア嬢とスバ公たちがいる。

「……どうしましたか高町さん」

「……ちょっとここじゃ話せないから、とりあえず隊舎を出ようか」

とか言って手を取られた。まだ仕事の残ってたグリフィス君とかに助けを求める視線を送ってみたけど逸らされた。裏切り者!

心の中で三回目のドナドナを歌い始めたあたりで隊舎の外へ連れ出された。

で、

「せーくん! 私にも愛称をつけて!」

わけのわからんこと口走りだしたから、頭にチョップ入れた。叩かれた場所押さえて涙目になった。

「何で今さら愛称の話題ですかコノヤロー。面倒くさい」

「だって、スバルたちにはつけてあげたって聞いたよ! なら私にも!」

面倒なことになったなーとか思いつつ近くで気まずそうにしてるスバ公たちを睨む。全員目を逸らした。ゴルァ。

つーか呼び名の件については8年前に決着ついたじゃないか。それを今さら蒸し返されても困る。

「どうしてもつけて欲しいか?」

「うん」

「どうしても?」

「どうしてもっ」

「だが断る!」

つーかあんなことがあってすぐに誰がそんな親愛の証くれてやるかばーかばーか!

どうしてもつけて欲しければ実力行使で来るといいよ、ただし素手でな!

とか言ったらマジで「にゃああ!」とか言いながら突っ込んで来たので右手とって「そぉい!」と一本背負いした。

もちろんちゃんと受け身はとらせたぜ。

高町とはこれまでもいろいろあったので、魔法無しの肉体魔力強化のみのじゃれあいならなんとか勝てるレベル。

まあ死ぬほど頑張ってこのレベルまで引き上げたんだけども。

ちなみに言っとくが俺と高町が二人して本気になったら俺が確実に負ける。勝てるわけ無い。

「う、うぅぅ。せーくんが酷いよぅ」

「酷いのはお前の頭ん中だ。見ろ、新人四人組がお主の醜態を見て驚愕しているぞ」

「え」

驚きとともに高町がそちらを見る。

全員唖然茫然しとる。

高町は慌てて体裁整えて奴らのフォローへ。

本当に意味のわからんことで暴走する馬鹿だ。いつもはもっと聡明なくせに。

なにはともあれ高町の憧れの上司フィルターが一枚剥がれた。ざまぁ。

とか思ってたらまたこっち来たのでとりあえずグチグチ愚痴ってみた。

「つーかてめー昨日の今日でこのテンションはどーゆーことなの。もっと喪に服すんだしばらく自重するんだ俺はしばらくこんなで行くから」

とか言ったら、

「ご、ごめんなさい」

と謝ってきたのでうんまあいいやとこの話はお開き。

本当、もっと落ち着いてほしいよね、こいつにはさ。






























介入結果その七 スバル・ナカジマとティアナ・ランスターとエリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエの驚愕






「「「「ありえないと思った」」」」




















2009年6月20日 投稿

2010年8月23日 改稿



[9553] 第六話-朝と依頼と高い所と-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/10/16 01:52
朝。いつもの癖で目が覚めたので、のそりと起き上がって立ち上がり────ってデジャヴ感じるわー。

とか思ったけどそうでもなかった。

「おはよう。セイゴ」

声掛けられたのでそっちを見ると、エリ坊がすでに制服に袖を通していた。昨日とは若干立場が逆に、やるなエリ坊。くやしい…! でも(ry

「うん……? ……あー、おはよう。今日は俺より早起きなのな」

「うん、わくわくして早く起きちゃった!」

昨日と同じくストレッチを始める俺にそんなことを言うエリ坊。わくわく……だと……?

「訓練の内容ハードになるからってわくわくするとかエリ坊はドMなん?」

「……? どえむ……? なにそれ────ってセイゴどうしたの、倒れこんだりして?」

「……いや、気にしないでくれ。お前の純粋さを目の当たりにして軽く打ちひしがれてるだけなんだ」

そして自分の薄汚れた感性に絶望しただけなんだ。うん、ホントそれだけなんだよ。なのになんでこんなに胸が痛いのああ俺ってホントダメな感じ。

「えっと……よく分かんないけど、頑張って!」

「ああ、純粋な視線が痛い……でも頑張るよ、俺」

「……?? ……?」

本気で首をかしげてっるぽいエリ坊を見ながら、お前は薄汚れないように努力してくれとかちょっと真面目に願う俺だった。……男である以上無理だと思うけど。

そんな感じのやり取りで始まる朝でした。






























昨日と同じく二人で出勤。俺はジャージに、エリ坊は訓練着に着替えて演習場へ行くと、今日は先客がいた。

エリ坊見るときょとんとしとるから、きっと来るとか聞いてなかったんだろうな。

「で、なんでお前たちまでいるのか不思議でならないんですが」

「なんでって、自主練に決まってるじゃない。エリオがやるなら私もやるわ」

「えっと……私もです!」

「キュクルー」

「私もっ!」

朝っぱらから元気ですねスバ公さん。てか別に参加するのは構わねーんだけど、事前に言ってくれねーから今日の訓練メニューエリ坊のしか考えてねーよ俺。

確かスバ公が15でティア嬢が16だったよな。どうせこの二人も才能天元突破してんだろうから基本年齢より高めでいい気もする。

しかしスペック詳しく知ってるわけでもねーしエリ坊のメニューでとりあえず流しておけばいいかもしれない。

キャロ嬢とか10だからエリ坊と一緒でもいいかと思うけど、なんかこの子ちょっとひ弱なイメージなんだよな。

けど高町の教導受けてるわけだから体力はそれなりなんだろうか……? うーん……。

「まあいいか。とりあえず俺の動きを反復してくれ。言っとくが生ぬるいとか内容薄いとかそう言う文句一切受け付けないから。サプライズで来たお前らが悪い」

「……なんか適当ね」

「安心しろ。内容はガチだ。何せ俺が生きて任務から帰ってくるために必死で考えたかんね。効果は一応実証済みだぜー」

「へぇ、そう考えると結構すごそうな感じじゃない」

そんな会話してちょっとわくわくしてそうな表情浮かべたティア嬢。だからなんでエリ坊もお前も訓練きつくなるってのに楽しそうなんだよってお前たちだけじゃありませんねスバ公目が輝いてるしキャロ嬢も頑張るぞって感じに頬が紅潮しとる。

向上心の高い子供たちだ。7年前くらいの俺に見習わせたい。

何せあの頃の俺と来たらどうしようもなく無気力だった気がする。

心の奥底で望んでいたことを達成してしまったせいでそれまで頑張ってきた反動が来た、というのが最近の俺のあの頃の俺に対する考察の一つだが、あの状態から俺をここまで持ってきたあの隊長ってのは……まあ凄いよな。

「あの、もしもーし……?」

「……ん、ああ、どうしたスバ公」

「いや、ぼうっとしてるからどうしたのかなーって」

「ああ、スマン。ちょっと考え事をな。じゃ、そろそろ始めようか」

俺のセリフに、四人全員たたずまいを直す。そんなに緊張しなくても……とか苦笑しながら、さて、まずはダッシュ10本を3セットと……。

とか考えて、俺はエリ坊たちを「さ、やんぜー」と促して朝練を始めた。






























で、一時間半後。

俺はなぜか高町の隣でガジェットもどき相手に訓練するスバ公たちを観察する羽目に陥っていた。

なぜこんなことになったかと問われれば流れでですが何かとしか言いようがないが、とにかく俺謹製、朝練の訓練メニュー終えたころにやってきた高町に強引に誘われる形でビルの上から新人どもを高みの見物と洒落込む流れに引き込まれてしまった。

てか高町って結構高い所好きだよね。馬鹿と煙は……なんでもないです。

そう言えば朝練の結果だが、一人も脱落者は出ない感じで終わった。

特にスバ公なんかは「いい運動だったー」とかちょっと清々しい感じにさわやかにタオルで汗拭いてたし、ティア嬢もちょっと息切れしてた感はあったけど普通についてきていた。

「なんであんた息一つ切らせてないのよ!」とか絡んで来たけどその辺は仕方ない。お前らに合わせると自然と軽く流す感じになってしまうんだから。

しかしこの調子ではいずれ体が鈍っちまうっつーか体の動かし方を忘れちまうっつーか。今夜あたりからちょっといろいろ調整しないとまずいかなーとか思ったりもする。

ところでエリ坊も本日は普通にいい感じに運動してた。ちょっときつそうだったけど。まあ、昨日のこいつに合わせていろいろ内容調整してたわけだからそうでないと困るわけだが。

ちなみに驚きだったのはキャロ嬢だ。

精々三分の二くらいでギブアップするかと思っていたのに、存外最後まで頑張ってついてきていた。

いや、管理局に入って十数年。人は見かけによらないってのは十分に学んできたつもりなんだけど、こういうの見るといちいち驚くよ、ホントさ。

つーかさっきから見てて思うんだけど、スバ公のあの右手のナックル超かっけーんだが。

あのギアの部分の外観とかヤマトの波動エンジン思い出して超燃える。宇宙戦艦的な意味で。

必殺技とか打つ時に超回転してオレンジ色に発光したりするんだろうか。もしそうならちょっと見てみたい。

とか考えてたらいつの間にか高町がこっち見てた。何かと思って聞いてみる。

「どうかしましたか、高町さん。私になにか?」

「……ううん。ただ、そう言う顔をしてる時のせーくんは大抵どうでもいいことを考えてるはずだから、今度はどんなことを考えてたのかな、って」

なにこいつなんで俺の表情変化把握してんだちょっと驚愕。

てかやべー俺、こいつ相手にそんなこと見破られるとかポーカーフェイスの特訓するしかねえ!

とまあそれはとりあえずおいといてしかしあれだ。

「よく動きますね。さすが若いと元気なことで」

「若いって……。せーくんまだ二十二歳だよね?」

「甘いですね高町さん。人間二十越えたら途端にいろいろ疲れますから気をつけた方がよろしいですよ。主に人生観的な意味合いで」

「こ、怖いこと言わないでよせーくん……」

「あと一歳! あと一歳!」

「怖いこと言わないでよせーくんっ!?」

「現実は目の前です。そんなことよりほら、もっとちゃんと自分の生徒を見ないと」

「大丈夫。ちゃんと見てるよ」

そう言って新人どもの方に視線を戻す高町。それを見て内心疲労気味な溜息を吐いていると、さっきから俺の横でいろんな機器使って新人どものデータ収集してた子がくすくす笑っていた。

それに気付いてそっち見ると、その子が話しかけてくる。

「本当に話に聞いていたとおり面白い人ですね。プレマシー准空尉さんって」

「お褒めいただき恐悦至極にございますお嬢様。ところで先ほどから気になっていたのですが、あなたはどこのどちらさまでしょうか」

「あ、そう言えばまだご挨拶していませんでしたね、すみません。シャリオ・フィニーノ一等陸士です。シャーリーとお呼びください」

そう言って頭下げてきたので俺も会釈。一等陸士かー、なら敬語いらんね。

「ここ六課では通信主任として働いています。他にもデバイスマイスターとして仕事をしていますから、何か困ったことがあったら申し付けてくださいね」

「なるほど、ではこちらも。誠吾・プレマシー准空尉。よろしく」

そんな感じで自己紹介してから込み入った話を聞く。

何でもこの人いろいろ忙しいから普段はオフィスにいないんだとか。つまり今のところの行動範囲が専らオフィスである俺と会うわけがなかったというわけだ。

それが朝練後のこんな所で会うことになったのだから、巡りあわせってのは数奇なもんだね。

「しかしここで酢飯か。飽きないな、この課は」

「……はい? 何か仰いましたか?」

「いや、なんでも。ところでシャーリー。きみ、デバイスマイスターなんだよな」

とっさに話を逸らす俺。視界の端で高町が微妙な表情を浮かべているような気がするが、そういえばあいつ地球出身だ。寿司も知っているよな。

しかし何も言わないなら知らないのと変わらん。このまま話の方向性を変えてしまおう。

「はい。もしかして何かご入り用ですか?」

手元の機器操作しながら聞いてくるシャーリー。そう、今のうちに是非とも実現してもらいたい装備がある。デバイスじゃないけど。

俺がどんなものをどんな風に作ってもらいたいかを伝えると、彼女は訝しげに眉をひそめた。

「えっと、多分出来ると思いますけど。そんなもの何に使うんですか……?」

主に俺の身の安全確保に。ついでに言うと俺のデバイスの安全確保にとか伝えると、なんかちょっと思いついたような顔になって、

「あの、プレマシー准空尉」

「なに? ついでに言うと俺のこととかセイゴさんとかでいいよ。堅苦しいのめんどい。ある一定の人間とは距離を置くためにわざと堅苦しくしてるけども」

とか言ったらまたもや視界の端で高町が反応を示した。しかし今度はちょっと泣きそうな雰囲気、だが知らん。

「ならセイゴさん。お望みの物を作る代わり、と言っては難なんですが……」

「なんでござんしょ」

とか軽く聞き返すと答えて来た。俺のデバイス見たいらしい、今ここで。

「……どうしても今ここで?」

「え、あの、そんなに嫌なら無理にお願いはしませんけど……。セイゴさんのデバイスって、アームドデバイスの刀剣とインテリジェント・デバイスの銃で一対のデバイスだと聞いていたので、結構興味がありまして……」

「……ああ、なるほど」

そう言えばセイス隊長のところにいた時にも、同じ課のデバイスマイスターが楽しそうに観察しとったっけ。

「……あの、ダメでしょうか?」

「いや、ダメってことは無いんだけどな……」

そう、見せるのは別にいい。問題なのは見せる際に今現在このデバイスの要となっているクソ宝石にかけてあるインテリジェント特有の意志を封印するための術式(俺オリジナル)を解かなければならないことにある。

別に戦闘のためならいちいち躊躇とかしないんだが、他人に見せるためだけにあのめんどくさい人格呼び起こすのとか超嫌だ。いや、自分で作っといて難なんだけどさ。

その旨伝えるとシャーリーはそんなに酷い人格なんですか?とか聞いてきたので是と答える。

もともとは真面目な口調の普通の人格だったのだが、二年くらい前に悪ふざけでダチ連中と一緒にいろんなロクでもないデータ詰め込んだら見事なネタ頭脳をもったマシンガントーク人格が出来上がってしまった。ちなみにC.V.ルルパルドである。

性能自体はその魔改造によって劇的に向上し(デバイスの意識が色濃くなったのが原因のようだ)、自分でも驚きの精度で誘導弾が当たったりした。

だけど人格がちょっと……。

そんなわけで普段はあの耳障りな音声聞かないようにするためにデバイスそのものに電源をOFFにするのと同じような封印処理をしてあって、これ解除は楽なんだが再封印は手順がめんどい。だからあんまりやりたくない。

あれと話してると退屈はしないんだが途中から相当ウザい。出来るなら戦闘以外ではお近付きになりたくない。

なので戦闘データから適当にいろいろ引っ張って観察してくれるようにとお願いする。

シャーリーはちょっと残念そうに眦を下げながら了承してくれた。うむ、聞き分けがよくて助かる。

ところで、

「せーくん、私以外とは普通にみんなと仲いい……うぅ」

とか言ってるやつが一人いたんだがとりあえず無視した。つーか仲微妙なの別にお前だけじゃねーから。

しかし、俺のこと見ながら部下のこともちゃんと見てるその器量は本当にすげー。マジで。






























介入結果その八 スバル・ナカジマの不安






朝練を終えて、なのはさんに今日の反省について聞きに行くと、一緒に私たちの訓練を見ていたセイゴさんが表情をいつもより少しだけ真剣なものに変えて横から口を挟んで来た。

「よく動いてるし攻撃もかなり威力高いと思うんだが、敵を撃破する時に体が止まる癖があるようなのでそこはどうにかした方がいいと思う。撃破確認と同時にバックステップとか結構重要だと思うんだ。具体的には────」

そして、きょとんとしながら「せーくんが珍しくこういうことで饒舌だ……」と言っているなのはさんの代わりに近接戦を重視したスタイルでの立ち回りについていろいろと教えてくれた。

それは私にとってすごく参考になる意見で、やっぱりこの人はすごい人なんだと実感させられた。

そう言えば、初めてセイゴさんに会った日、すごくきれいな動作で私たちの前から走り去っていったことがあった。

あの身のこなし、私も身につけてみたい。

そう思ったのでどうすればいいですかと聞くと、毎日ちゃんと走ってればそのうち体が勝手に動くぞいと言われた。

それからちょっと複雑そうな表情になって、

「しかしこのまま行ったら俺、一年後とかには多分ここにいる全員に追い抜かされてるねー。老兵は死なず、ただ消え去るのみ……て洒落にならん。いやー世知辛いなおい」

と苦笑して言った。

エリオとキャロはそれを嬉しそうに聞いていたし、ティアもちょっとだけ頬を赤くして「何よその根拠のないセリフ」とか言いながらセイゴさんに突っかかっていっていたけど……。



────彼のその姿がとても寂しげで、私はなぜか、とても不安になっていた。





























2009年6月22日 投稿

2010年8月23日 改稿



[9553] 第七話-初任務とあれ以来のそれ-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/10/16 01:57
そろそろこの課に関する周囲のしがらみについても知っておかなければならんかなと思った俺は、端末でいろいろあさったり、グリフィス君や他のいろんなスタッフにいろいろ聞きながら情報集めてみた。

その結果わかったのは、この課にはあまりにもいろいろと敵が多いこと。

その中でも特に酷いのは地上。地上の部隊なのにね……。

中将敵に回してるとかぶっちゃけありえん。

まあ設立理由からして陸に対して喧嘩のバーゲンセール実施中である。このしがらみはある意味当然なんだろうが……。

それでもゴリ押しできるあたりこっちの味方も相当なもんだけどな。

つーかこれ、俺がもし陸士だったら六課詰んでたんじゃね?

あんな引き抜き方して、中将さんが黙ってるとは思えない。

それこそ全力でつぶしに来るだろう。

……あ、でも俺が陸士だったら高町と会うこともなかったろうから、こんな無茶なイベントはあり得なかったわけか。

うーむ。そう考えると複雑だ。

そんなこと考えながら前日のように書類書いたり端末にそのデータを入力したりしてると、グリフィス君にちょっといいですかと話しかけられたので、なんでござるかと聞き返したらなんか微妙な表情をされた。

俺のおかしな言葉づかいは気にせんでくださいと言うととりあえず流してくれたので話の先を促す。

なんかあなた指名の任務が入っているのですがどうしましょうという質問だったので二つ返事でじゃあ行って参ると了承。

多分セイス隊長ん所からまわされた任務だろう。八神も仕事が早いなぁ。まあ、俺をここに転属させた手腕から分かっちゃいたことだが。

さて、サクサクと終わらせてきますかね。






























とある世界で不法に魔法使って権力跳梁跋扈させてた山賊的魔導師どもを適当に捕まえて本局の担当の人に引き渡してから六課に戻り、任務終了の報告するために報告書作ってから部隊長室へと向かった。

で、

「なんということでしょう。部隊長室に入ると、八神部隊長がデスクで突っ伏して燃え尽きていました」

「……実況しなくてええから」

さいですか。

「と言うか何をしているんですか、たれパンダのようにたれたりして。隊長らしくしていないと、士気に関わると思いますが」

「ああ、うん、ごめんなさい。……それがやね」

自分で今し方操作していたらしい端末を指さしながらなんとも歯切れの悪い態度を見せる八神に眉根を寄せながら近付いて画面を見る。

そこに表示されていたのは例のネット掲示板のスレッドだった。

俺は八神から端末を掏ると、操作を変わって上から下まで画面をスクロールさせながら速読。

「……これは随分と」

俺を唸らせるほど見事でいい感じに火が着いてしまっていた。なかなかの飯うま状態。やり玉に挙げられた六課の連中の誹謗中傷。対象が八神だけではなくなっている。

どうやら俺のあれの件が見事に話のネタになったらしい。自称管理局員な連中が、優秀な人財もってってんじゃねーよ六課ぁ、とかまくし立ててる。

高町にフェイトさん、それからグリフィス君なんかもやり玉。グリフィス君普通に真面目な裏方家業でいい人なのになぁ、有名所だから仕方ないか……。

つーか何でこれ俺本人まで責められてんの? 化け物じみた六課の戦力に引き抜かれるには分不相応な実力の持ち主とか自分でも分かってるからわざわざ指摘すんな傷つく。

「まさか、ここまで凄いことになるなんて思わんかったんや……」

ちょっと泣きそうな表情でそう呟く八神。なんか俺の予想以上にこの誹謗中傷の嵐が堪えているらしい。

俺のイメージ的に八神とかこの程度のやっかみ「だからなんや」とか一言で切り捨てそうなイメージあったんだけど割と打たれ弱いな。

それともあれだろうか。大人の駆け引き的な嫌みの応酬に強いだけで、こういう人間の感情をダイレクトな形で伝える形式に弱いのだろうか。

どうやらそのような気もする。なんかこいつがいつも纏っている雰囲気とか、何となく世間知らずの箱入り臭するもんな。

やんごとなき身分の方々の嫌みは軽く流せるくらいに慣れていても、俗世の直接的な物言いには慣れていないようだ。

自分のやっていることは正しいと思っている奴に限って、市民も自分の味方に決まってるとか思ってるもんだから、こういう悪意にはめっぽう弱いよねー。

しかしまああれだ。このまま八神に潰れられて一緒に六課も潰れましたー、なんて展開はゴメンなのでとりあえず適当にフォローしてみようと思うんだ。

「そうですねえ……。確かにこれはちょっと酷いですが……。しかしまあ、あまり気にしても始まりませんし。こういうことを思われているんだと、心の隅で思っておけばいいんじゃないですか」

「……誠吾君は、これが市民の当然の反応やと思う?」

「知りませんよそんなこと。ただ、そう言う風なことを書いた人間はいるっていうのだけは間違いありませんけどね」

「……? 書いた人がいるってことは、そう思った人もいるってことやろ?」

「これ、私の勝手な持論ですけど、こういう場所での匿名の書き込みって本人特定しにくいので本音を気兼ねなく話せるものではあるんですけど、本人特定できないから逆に嘘ばっか書くってこともあると思うので、そのあたり注意が必要だと思いますよ?」

「……結局どういうことなん?」

「別に思ってなくても掲示板の勢い煽るためにそう言うこと書き込む奴もいますから何でもかんでも信じるなってことです」

というか、

「ちょっといろいろと調べてみて思ったんですけど、このスレッドがここまで伸びてる理由って、多分あなたがこの課をたてた理由の方にもあると思うんですけどね」

「……え?」

「陸の小回りが利かないから……なんて陸の人々に正面から喧嘩売ったあなたが、ここでまたただでさえ人員不足な管理局で無茶な人事異動なんてさせたものだから相手に話のネタ与えたようなものでしょうよこれ。事態の帰結としては当然の結果だと思いますよ」

「け、喧嘩って……」

何その反応。そんなつもりなかったっての? ねーよ、あれは完全に真っ向から陸の存在意義否定してました。

陸だって頑張ってると思う。だけど優秀な人は大体海に行ってしまって、人財不足が深刻なのはどうしたって解決のしどころが無い。

救いなのは、これを現実世界にまで持ってきて問題にするような人が今の所いないということだろうか。

まあ、部隊の連中としてみれば何と言っても上の決定だし、そこまで表立って文句を言えやしないだろう。

ただ、派閥闘争的なあれに関して言えば、安心などできはしないのだが。

「そもそもですね、あなたが陸の小回りの利かなさを何とかしたいというのなら、まずはあっちの人員不足解消から始めないと話にならんでしょう。何度か仕事で陸に行ったことありますけど、現場に出られる人員が足りなさすぎですよあれ。そりゃ事件の初動だって遅れます」

「いや、けどやね、それを解消するとしてもまずは私が偉くならないといけないんよ。だから私は────」

「だったら、今のこの誹謗中傷はその過程で生じた厄介事です。清濁飲み込んでこその上司なんですから、我慢してください」

「む……」

俺の言葉を正論だと思ったのか、八神は納得いかない表情を浮かべながら口を噤んだ。

その様子が子供っぽくて、俺は心中苦笑した。

「それにしても、目的達成のために生ずる障害が面白いと思えないってところは、まだあなたも20に満たない女の子なんだと思い出させてくれるいい事象ですねー」

「え?」

「以前セイス隊長が言っていました。困難だからこそ、やり遂げた後にそれだけの実りある結果が付いてくるものだ、と。そしてその困難に立ち向かうことが、最高に面白いことなんだと」

だから お前がやる気を出すまで 鍛えるのを やめない。とか言い出して、特訓されまくったのも懐かしい思い出である。

「あなたがこの課をどのような目的でたてたかなんて知りませんけど────ただ、あなたほどの権力を持つ人が行動を起こすと、必ず他人に何かしら影響は出ます。俺みたいな路傍の石ころ的存在を無意識に踏みつけていることだってあるでしょうけど……」

自分の意志を踏みつけられた結果ここにいる身としては、ちょっと本気で思うことがある。

「そういう反感ばっかり買ってると、いい事無いと思いますよ。そのあたり、もう少しいろいろ工夫の余地ありですね」

少なくとも、もう俺の時のような軽挙は慎んでもらいたい。

そう願いながら、俺は深刻な表情で考え込む八神をおいて静かに部屋を辞した。

そしてオフィスの自分の机に戻って気付く。

「……あ、結局報告書だしてねえ」

……まあいいか、あとで。

今は放っておいてあげるのが、一番だと思うし。






























介入結果その九 ティアナ・ランスターの追跡







訓練を終えてシャワーを浴びて、もう今日はやることもないからスバルに声掛けて帰ろうと思って────その時、ジャージ姿でこそこそと演習場へと向かうあいつを見つけた。

セイゴ・プレマシー。

あんまり不審な動きをしていたから何を始めるつもりなのかと心配になって後をつけると、あいつは演習場で普通に自主練を始めてしまった。

今朝私たちと一緒にしていた、地味な体力作り。

だけど地味な割には結構きつくて、なのにあいつはそれを軽々とこなしていた。

私がそれについて悔しそうにしていると、「積み重ねて来た年月を凌駕されたら立ち直れねーからそう言う顔やめて」と言っていた。

つまりあいつは、ああいう日々の積み重ねを欠かしていなかったと言うことなんだと思う。

そのことは、今目の前で繰り広げられている光景も証明していた。

私たちとしていた訓練とは、質も量もケタ違いの動作量。

それを見て私は、息を呑んでいた。

私や……あるいはスバルでも、あれだけ動けば一時的にかなり疲労してしまうはずだ。

なのにあいつは、少し息を乱して、それなりの量の汗をかいただけでそれをこなしてしまった。

一時間ほどそうして体を動かしてから、その上あいつはさらにデバイスを起動して、私があまり見たことのない型の刀剣を手に取り、何か喋りながらそれを振り回し始めた。

喋りかけている相手は、肩から提げたホルスターに収まっている銃。インテリジェントデバイス……なのかしら……?

それはともかく、あいつが剣を振り回すその姿はいつもとは表情まで違っていて、私は戸惑を隠せなかった。

これが本気のあいつの動き。

今の私では、すべてにおいて足元にも及んでいない。

普段にどれだけふざけていても、あいつがなのはさんたちに認められた存在なのだと今更のように再確認させられて、私は普段から胸の奥底にある焦燥を加速させていた。






























2009年6月24日 投稿

2010年8月23日 改稿



[9553] 第八話-始まりと決意と焦りと-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/11/08 00:20
なんやかんやといろいろありはしたが、俺がようやく六課での生活サイクルを形成し終え、それに身を任せるようになり始めたころ、新人どもが初任務に出向く運びとなった。

俄かに慌ただしくなる六課の中で、俺だけは特にやることもなかろうと焦ることもなく書類まとめてたわけなのだが、なぜだか知らんがこの任務に高町やツヴァイとともに同行してくれるよう頼まれた。

こんな錚々たるメンバーが出向くのになぜにわざわざ私まで行かなければならんのですかと通信で出先の八神に聞いてみると、なんか俺が六課に来たせいで高町のリミッターランクが一段階上がってしまったので保険をかけたいのだそうだ。

要するに今現在高町の魔力量は俺と同じAランク。新人の援護をするのには問題なかろうが、ちょっと心配なので様子見についていってほしいのだとか。

と言うかこんな所でもそんな弊害発生してたんですね。だから私なんか呼ばなけりゃ万事問題無く事が進んだでしょうに……とか嫌味言ったら「そやね、ごめん」とか素直に謝罪してきて鳥肌立った。

そこにいつもの不敵な笑みはなく、本気で謝っているのが分かった。

……さすがに俺も、こういう風に謝られると怒ってるのがどうかと思えてくる。

そんなわけで俺の横でなぜかちょっと嬉しそうな表情浮かべてた高町と「ニヤニヤしないでください、これから任務なのですから態度を引き締めていただかないと困ります」「あ、はい。ごめんなさい」てな感じの八つ当たりっぽい会話繰り広げてから共に移送用のヘリに乗り込んだら先に乗り込んでたティア嬢にむっさ微妙な視線向けられた。

なんかよく分からんのだけど、三日ほど前から会うたびにこの調子なのだ。しかもこちらには何かした覚えがないだけにどうすればいいのかもわからず、俺に剣呑な視線を寄越す割には毎朝の俺の訓練には他の奴らと一緒に顔を出しているのでマジで疲れる。

一回この件についてスバ公に、なんでやと思う?とか八神風の言葉づかいで質問してみたのだが、返答の内容は芳しくなかった。スバ公もいきなりティア嬢がピリピリし始めたのでちょっとどうすればいいのか困っているらしい。

日常では普通にしているのに、セイゴさんが近くに来ると様子が変になるんだー、とか言われたんだが俺嫌われてるんだろうか?

まあ俺の態度とか嫌いな人は嫌いだろうしそれならそれで仕方ないんだけど、俺の中のティア嬢のイメージってどちらかと言うと嫌いな奴にはあんた嫌いだから近寄んなとか平気で言いそうな気がするんだけどそうでもないのかね。

まあこの問題もとりあえず保留。今は任務に集中ですよっと。

そんなわけで今回の任務に俺もついていくことを高町がフォワード陣に説明。するとエリ坊が目を輝かせた。

こいつにもこの数日ですっかり懐かれたものである。体力作り他いろいろと面倒見てるせいかなんか俺のこと年の離れた兄貴みたいに思ってくれてるらしい。

それはわりと光栄だと思うんだが、こっちでの新居が決まるまで彼の部屋にあがりこんでいる関係上、毎晩のようにベッドで一緒に寝ようとか言われるのが結構辛い。

これも別に一緒に寝てやってもいいんだがここで一緒に寝たら何か負けな気がする。お前それ下らんプライドじゃんと言われればまさにその通りです。

しかし男って下らんプライド守ってなんぼだと思うんだ。そりゃ切り捨てるときはばっさり切り捨てますが。

そんなこと考えてると高町が任務先での心構えを新人共に説き始めてた。その姿はまるで先生のようで────って、ああそうか。こないだからこいつに感じてた違和感ってそれか。

普段俺に見せる態度が態度なだけに、こいつが余所行きの様子で公私分けてると「おー」と思ってしまうというわけだ。

しかしこれ、微妙に意思疎通はかれなくなりそうな気がするんだが俺の気のせいだろうか。教師と生徒の間にある溝って、昔っからいい結果を生みださない気がする。教師の抱く心配は、生徒にとっては鬱陶しかったりするしねー。

まあそんなこと俺が気にしても仕方ないので、話を続けてる高町に背を向けて運転席の方へと向かう。

そこには俺よりちょびっと年上くさい男性の姿が。

どうも、誠吾・プレマシー准空尉です。今日は命お預けしますねと自己紹介すると。

「了解です。こっちはヴァイス・グランセニック陸曹。どうぞよろしく」

と言われたのでとりあえず右手出して握手。適当に話してたらやっぱり俺より年上。24歳。仲良くなれそうな気持ちのいい人だったので、今度飯行きましょう飯、もちろん無礼講で。とか言ったら、お、いいっすね!とか言ってくれたのでもっと親交深めようと思う。






























ヴァイスさんの操縦するヘリで目的の列車まで到着。

高町の新人共への再度の説教が終わると、そのご本人がじゃあ行こうかとこっちに言いだしてきたので拒否をした。

「え、なんで? 一緒に行った方が効率いいでしょ?」

「この任務の主役はここの新人たちですし。今回の私の役目はあなたのとりこぼしのフォローですから。見通しのいいここから誘導弾を打っていたほうが効率がいいです」

とか言ったら高町以外全員目を丸くして「ここから!?」とか驚いてたのでちょっと俺もビビる。

ああそうか。こいつら俺のデバイスの性能知らないままだったか。しかしまあ、ひけらかすのもめんどい。大体あのデバイスとか、そもそもこいつらにはあんまり見せたくない。

「まあとにかく、あなたのとりこぼしは私が何とかしますから、どうぞ遠慮なく暴れ回ってきてください」

とか言ってごまかしながら高町の背を押す。高町はそれに微妙な表情をしながらも仕方がないとヘリから飛び降りた。

ひゅるるるるるーと落下しながらデバイス起動してバリアジャケット着て、それから飛行魔法使って空飛んでガジェットの密集地帯へと向かう高町。

途中でフェイトさんと合流して空飛ぶガジェットどもを一掃していった。あれなら俺いらんでしょ。

そんなこと思ってるうちにツヴァイが任務内容の再確認を終え新人共も出動の運びに。とりあえず俺も頑張れよーとか落ち着いていけーとか声掛けて送り出す。

……相変わらずティア嬢の視線が微妙すぎて泣きそうだ。エリ坊とキャロ嬢の素直な反応がマジで俺の心のオアシス。

で、あいつらも飛び降りて落下中に変身。……ていうか何で変身してから飛び降りないんだろうね。効率悪くない? つか危なくない? 下からの攻撃とかさ、警戒してしかるべきじゃね? とか思うので後で高町に聞いてみよう。

てかいつの間にあいつらデバイスもらったんだろ。あれ多分シャーリーの新作だよね。

とか思うけどまあいいや。……俺も一応デバイス起動。

「ファントムガンナー、セットアップ」

始動キー口にすると俺が首から下げてた翡翠色の宝石が適当に輝いてから二つの武器を形作る。

左腰に鞘付きの、尤もカートリッジ機能つけてあるから不自然に刀身が変形している刀が、右肩にホルダーごと提げた無骨な黒の装飾銃が。

もちろんバリアジャケットも勝手に展開。色は灰を基調にしてところどころに青とか散らされてるやつ。上にロングコートも装備。前は開いてあるので結構楽。

それらすべての作業の際、ちょっとリンカーコアに痛みが走るが、まあいつものことである。

それはともかく、

『ふ、ふはははっははははっは! ようやく私の出番かマスター! 今回の起動は何日ぶりかな私はもう二度と起動されないのではないかと肝を冷やしたこの数日間以前はもっと頻繁に私を必要としてくれたというのに何だ最近のこの体たらくはもっと私を使えもっと私をしゃべらせろもっと私を活躍させろおおおおおおおっ!』C.V福山潤




…………うぜえ。




てか起動自体は昨日の晩もしたじゃんか痴呆ですかこのデバイス。確かに刀振り回してただけだからお前の出番なかったけどそんくらい覚えとけと言いたい。

と言う気持ちを込めつつ低いトーンで言った。

「……うっせーんだよこのクソデバイスもう少し静かにしろ」

『出来るわけがないだろうこの私を常時喋っていなければ退屈して死んでしまうような体にしてくれたのは誰だと思っているのかねこの鬼畜外道!』

「俺だよ、でも体って何? この指で挟んで全力で力入れたらあっという間に砕け散りそうな安っぽい宝石のこと言ってんの? ねーから、お前とか普通に宝石砕けて死んでもターミネーターのごとく復活するだろどうせ」

『そんな仕様は私にはない! だからやるなよ、絶っっっっ対にやるなよ!』

「振りか」

『すんません調子乗りましたマジでやめてください!』

とりあえず宝石摘んだら謝罪したので許してやることにする。で、そんなやり取りをしてる俺たちにヴァイスさんが一言。

「……ず、随分と個性的なデバイスっすね」

「……騒がしくてすんません。あまり気にしないでください」

俺が頭下げると気を遣ってくれたのか話題を変えてくれた。

「それにしてもそのジャケット、なんか……」

しかし残念! その話題も地雷です。

「……言わなくてもいいです。……数年ほど前に、高町さんに無理矢理デザイン変えられまして、なぜかあの人のと男女のペアみたいなお揃いに……。戻そうかとも思ったんですが、そこの部分だけパスワードかかってて変更不可なんです……」

これ俺のデバイスなのにね。……なんでだろう、涙でてきそう。

と、テンション駄々下がりになってきたところでシャーリーから連絡。高町たちとは別の方向から数機のガジェットが接近してきているそうなので援護してくださいとのこと。

開けっぱなしのヘリのドアへと近付き、身を乗り出して左手で装飾銃を構える。

高町の方は気にする必要も無さそうなので列車の方を視認。

と、高町たちが向かった方とは関係の無い方向から、八機ほどのガジェットが列車に近付いていっている。あんな空中系の敵にこのまま接敵されると、ティア嬢やキャロ嬢はともかくスバ公とかエリ坊とかがきつい。足場悪いし。

……リミッターもかかってるし、カートリッジケチるとこの距離じゃちょっと心許無いか。

「ファントム、カートリッジフルロード」

『ふはははは了解した! カートリッジフルロード!』

ファントムのウザい復唱とともに、装飾銃に装填されていた六発のカートリッジがすべてロードされ、空薬莢が排出される。

視界の端でヴァイスさんがその様子を目を剥いて見ていた。まあ、こんなこと普通の人はしないよね。

俺はそれを黙殺し、列車の上にいる新人共全員に念話で連絡。

爆風で吹き飛ばされるなよと警告してから、照準を定めた。

「ファントム、誘導任せる────ヴァリアブル・シュート」

『ガイドバレット! ふはははは撃っていいのは!?』

「────…撃たれる覚悟のあるやつだけだー」

なんとも間抜けな掛け合いとともに引き金を引くと、リンカーコアの疼きとともに俺の構えた装飾銃から八発の誘導弾が発射。

それらは結構な距離を飛んでから高速で列車へと近づく八体のガジェットを悉く打ち抜き、爆散させた。

それを確認すると、俺は集中を解いて息を吐きだした。

……と、

「あ、あんた……ほとんど狙撃手並の腕前じゃないか……」

マジで驚くヴァイスさん。MOVである。下らない話はさておき、説明タイム。

「これ俺の実力じゃないっすから。このそっち方面だけは優秀なデバイスが勝手にやってるだけ。現在座標と目標座標から逆算して最短ルートを決定、あとはそれに添った威力の弾丸を俺が撃つだけ。なので魔法弾の制御も簡単」

『ま、マスターが私を……この私を褒めただと……っ!? う、嬉しくなんてないんだからねっ!』

「……うわあ」

マジでキモイので止めて欲しい。まあそれはともかく、これで俺の出番は終了だろう。あとはじっくりあいつらの雄姿を観戦していようと思う。






























あのあと、一応周囲を警戒しつつ戦闘を観戦してたら、男の子的なプライドっぽい物で無理したエリ坊が車両から振り落とされて崖下に真っ逆さまなピンチに陥ってそれからフリードが超大きくなって背中にキャロ嬢乗せてエリ坊助けてた。

あれが成長期から成熟期への進化ですねわかります。デジヴァイスはどこだ。

というか件のひも君はデジモンだったのか。これは驚き。

このままいくときっと完全体に超進化したり、究極体にワープ進化したりするんだろうな。

なんかちょっと楽しみだわー、いや冗談抜きで。

しかし冗談抜きで心臓に悪かったよねあれ。流石に俺もヘリから飛び出そうかと思ったくらいにはさ。

まあ飛び出したところで距離的にどうせ間に合わなかっただろうし、あの車両の上の新型ガジェットがあの上余計なことしないように牽制のヴァリアブル・シュート撃ってたから無理だったけどさ。

こんなことなら最初からあいつらの方へでもついて行った方が良かっただろうか。まあ、こんなこと今ここで考えた所で今更な話なのだが。

それから車両に戻ったエリ坊が敵の親玉っぽいガジェット仕留めて任務は終了。

結局俺あんま役に立たなかったけど、ま、いいか。






























介入結果その十 エリオ・モンディアルの決意






セイゴのおこなった、誘導弾による驚異的な狙撃。その模様は、僕を含めフォワード陣の全員が唖然として見ていた。

列車に乗り込んでからしばらくして、シャーリーさんから後方に警戒してくれと言う連絡が来た。

それからすぐにセイゴから来た念話。その内容は、

『おーい、後ろにいるガジェット吹っ飛ばすから、爆風で車両から落っこちんなよー』

と言うものだった。

僕は戸惑いながらも機関部へと向けて駆けていた足を止め、列車の後方を見た。

そこにはどこからかやってきたガジェットの姿が八体。

こちらへと向かってくるその敵の姿に内心焦りを覚え────そして次の瞬間には、その焦りは消え失せていた。

なぜならその敵を、さらにその背後から来た灰色の魔力光が貫いてしまったから。

僕の知らない魔力光。その攻撃は間違いなく、セイゴの一撃。

周囲にある山の関係か、僕たちの乗ってきていたヘリは列車からはかなり離れた場所にあった。

なのにセイゴは、そんな距離のことなどなんでもないかのように八体のガジェットを破壊してしまった。

胸の奥から震えが来た。

僕も彼のように強くなりたい。

彼と共に戦場を駆けたい。

そう思ったから、とにかく今は目の前の任務を精いっぱいやろう。そう思えた。

結果、少し失敗してキャロ達に迷惑をかけてしまったけど、セイゴに無理して何やってんだ馬鹿と怒られてしまったけど、僕はもっと頑張りたいと、自然とそう思えていた。




……けど、隊舎に戻ってから見たティアナさんの思いつめたような表情が、どこか僕を不安にさせていた。






























2009年6月26日 投稿

2010年9月27日 改稿



[9553] 第九話-一つの出会いと焦りの果て-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/10/16 02:12
新人共の初出動から数日。

俺がいつもどおりに割り当てられた書類整理してると、なんだかおずおずと俺の方に近付いてきた八神が一緒に108陸士部隊に行って欲しいんやけどだめかなとか尋ねてきたので首を傾げる。

そんなん別に俺じゃなくてグリフィス君連れていけばよくね?とか思ったのでその旨を敬語使って伝えてみると、なんかゲンヤさんに会いに行くんだけど俺が六課に来たことあの人に話してあったせいで会いに来る用事があるなら一緒に連れて来いと言われてしまっているそうな。

そう言うことならあんまり気乗りはしないけど出向くことに吝かじゃない。最近会ってなかったし久しぶりにお目通り願えればちょっと嬉しい。

しかしあれだね。これで今夜は残業確定。今日中にあげなきゃいかん書類が後いくつかあるからねー。

とか思ってたらグリフィス君が用事があるなら書類代わりますよと声をかけてきてくれた。

やべぇ、マジで感動した。こういう気配りができる子とか今時珍しい。若いのに。

少なくとも昔の俺はできんかった。自分のことで手いっぱいだったしな。






























八神とツヴァイに連れられて108陸士部隊に到着。八神が受付の人に話し通して途中でツヴァイと別れてそこから先も特に迷うこと無く俺を連れて中へ。

随分と迷いなく進みますねと聞くと、勝手知ったる我が家みたいなもんやからねとはにかみながら言った。

なんでも八神、この部隊でゲンヤさんの部下として研修していたことがあるんだとか。

へぇ、それは知りませんでしたとか答えながら適当な会話続けつつ歩いてると、そのうちとある部屋へとたどり着いた。

中に入ると燻し銀な男性が一人。彼は俺たちの姿を見ると、よぉと片手あげながらかっけく笑った。

ゲンヤ・ナカジマその人である。

とりあえず流れでソファ勧められて八神がゲンヤさんの対面に座ったので俺はその背後に『休め』の体勢で控える。

そんな俺見てゲンヤさんが眉を顰めた。

「おいどうした。てめーも座りゃいいじゃねえか」

「いえ、自分は結構であります」

軍人ぽくそう返すと気味の悪い物でも見た表情浮かべて思いきり表情を歪めた。

いやー今までの付き合いが付き合いなだけに訝しがられ方が半端じゃないね。普段の酒飲み友達してる時にこんな態度とったことないから余計気味が悪いらしい。

しかしそこは経験豊富な三佐さん。しばし微妙な表情浮かべてた彼は、ああ、と何か思いついたような表情を浮かべ、

「まさか、あの噂が本当だったってわけか……?」

「う、噂……?」

八神がビクッと反応しながら呟くと、ゲンヤさんは滔々と語り始めた。

曰く、機動六課の部隊長がコネを使って嫌がる局員を無理やり引き抜いた。

曰く、その局員を引き抜いた理由はごく個人的なもの。

曰く、引き抜かれた局員は都合よくこき使われている。

曰く、引き抜かれた局員は遠まわしな方法で隊長陣に嫌がらせをしているらしい。

などなど。

「まあ大体あってますね」

「……そやね」

「八神……」

「……面目ないです」

あきれるゲンヤさんに八神が頭を下げて微妙な雰囲気に。そこへ来たるは救いの女神。青髪長髪の少女とツヴァイが仲良くお茶持ってきた。

八神がその子を嬉しそうにギンガ!とか呼んどったので、ああ、スバ公の姉かと気付く。

確か二歳しか違わんとかゲンヤさんに聞いてたけど、随分あいつと違って大人っぽい。姉さんなんてそんなもんかなーとか思ってるとこっちに気付いて自己紹介してきたのでこっちも自己紹介。

するときょとんと首を傾げた。

「セイゴ・プレマシーさん……? 確かお父さんの言っていた……」

とか聞いてきたのでそのプレマシーで正解ですと返答。つーかスバ公は知らんのにこの子が知っとるのはどういうことでしょうか。

じゃあなたが……とかちょっと驚いてたけどゲンヤさん家でこの子に何言ってるの?

これ以上の風説の流布は避けたいのであとで本人に聞いておくことにしよう。

そんなこんなでギンガさんが出て行ってから八神が本題を切り出した。

なんでも密輸品のルート捜査をお願いしたいんだとか。

それの捜査依頼とかこの間俺とグリフィス君とかで頑張っていろんな部署に掛け合ったんですがそれでは足りませんでしたかそうですか。

まあ確かに地上のことは地上の人にも頼むべきかとは思うのでこの判断は正しいと思えるんだけど、なんで他の部署には書類で話し通してこの人には直接会談なのとか思ったんで一応聞いてみると「うっ……」とか口籠ったから、ああ、と思う。

要するにここもあなたのコネの一つな訳ですね。確かに正式ルート通した捜査のあれとか万年人手不足な管理局じゃそこまで綿密にやってもらえやしないでしょうから保険かけたいのは分かるんですがこの微妙な差別具合はどうよとも思う。

けどこんな所まで来てそこまで俺が言うのもなんだかなあと思ったので、この場は何も言わずこの辺でおさめることにしよう。

で、ちょくちょく世間話してるとゲンヤさんが八神見て言った。

「しかし気がついてみりゃ、お前も俺の上官なんだよな。魔導師キャリア組の出世ははえぇなぁ。セイゴはそうでもなかったらしいがよ」

「魔導師の階級なんて只の飾りですよ。中央や本局に行ったら、一般士官からも小娘扱いです。それに誠吾君は、出世しないように頑張っていたみたいですから」

そうです。頑張っていたんです。なんかかなりの数の部署にバレバレだったっぽいけど隠蔽していたつもりなんです。

だけど結果は一応ついてきていたんです。出世してなかったわけだし。だけど、

「その苦労ももう水の泡ですね。一等空士からいきなり准空尉への昇進。……ああ、この先私を待っているのは危険な戦場」

「う、うぅ……」

また口籠る八神。最近のこいつマジで打たれ弱いんだがそんなにあの掲示板の件が効いたのだろうか。

凄いよ市民の声! ダイレクトなだけに少女の心に響くらしい。

そうこうしてるとどこからか通信。どうやら今回の調査の中心になるらしき人からの連絡のようだ。

それに答えてからゲンヤさんが後で食事に行こうと誘ってくる。

断る理由などありようもないので簡潔に了承。八神もちょっと嬉しそうに受諾した。






























打ち合わせ終えた後ギンガさんも連れていつもの居酒屋行った。四人掛けの席で定食だけ頼んでそれをパクパクしながら世間話することに。

酒飲めないのは残念だけど、未成年二人も連れて酒盛りとかもどうかと思うのでまあ仕方ない。それにどうせ俺向こう戻ってからまだ仕事する気だし。

そういやツヴァイどこ行った? ……まあいいか。

「ところでセイゴ。スバルの奴はどうだ? うまいことやってるか?」

箸使って黙って飯つついてるとゲンヤさんが俺にそんなことを聞いてくる。何でそんなことを俺にとか思ったので聞き返した。

「……なぜ私に聞くんですか? そう言うことはここにいらっしゃる部隊長さんに尋ねた方がよろしいのではないかと思われますが」

「……すごく刺々しい言い方やね」

「まあこいつも割とちまちまと嫌みくせぇ性格だからな。ま、こいつの機嫌に関しちゃ時間が適当に解決すんだろ。つーかセイゴ、てめーいつまでその気色悪ィ態度続ける気だ。飯食いに来てまで無粋な真似すんな」

「ですね。じゃ、こっからはいつもどおりで」

「変わり身早っ」

八神うっさい。

「それで? どうなんだよスバルは。どうせてめーのことだ、新人連中と一緒に朝練とかやってんだろ」

「なぜバレたし」

「てめーとの付き合いもいい加減なげーしな。で?」

そろそろ焦れて来たのかこちらに身を乗り出してきた彼。いい加減答えんと頭叩かれそうなので言ってみる。

「そうですねー、頑張ってると思いますよ。体力は頭抜けてるし、パワーもあるし。ただちょっと猪突猛進なのに敵の攻撃の見切りが未熟と言うか……ゴリ押しタイプでハラハラもんですね、見てる方としちゃ」

そんな感じに見解告げると横で飯食ってた八神が目を丸くした。

「い、意外とよく見てるんやね、誠吾君」

「いえ、このぐらい魔導師の部下に対しては当然ですよ八神さん。いつ背中を預けるような間柄になるかもわからないのですから」

「セイゴォ、口調をいちいち変えんな」

「うぃす。すんません」

「す、素直な誠吾くんとか初めて見た」

うっさい、なんだその心底意外そうな表情。確かにこんな反応お前たち相手じゃほぼしないと思うけども。

「あ、あの」

そんな感じで会話の応酬してると、俺の前に座ってたギンガさんが話しかけてきた。

「ん、どうしたよ」

「あの、あなたにいろいろとお聞きしたいことがあるんですけど、よろしいですか?」

遠慮気味にそう言った彼女。それにしても、




いろいろとお聞きしたいこと……だと……?




「ゲンヤさん、あんたこの子に俺に対するどんな陰口仕込んだんですか」

「え、ちょ────っ?」

「あぁ? なんだそりゃ、どういう言いがかりだよ」

「だって初対面の子が俺なんかにいろいろと聞きたいことなんぞいきなりあるわけないでしょう。てことはあんたに何か吹き込まれた可能性が高い」

「確かにいろいろと話はしてやったが、陰口を叩いた覚えはねえな。つーかてめー相手なら陰口なんぞ叩かねえで直接言った方がおもしれえから面と向かって罵倒するぞ、俺は」

「ああ、それは確かに」

そもそもこの人そう言うタイプじゃないよね。分かっちゃいたけどさ。言ってみただけ。

てことで彼女のハイパー質問攻めタイムに突入。

最近の六課に関するあの噂は本当なんですかとか昔神童と呼ばれてたことがあったんですよねとかなのはさんを助けたことがあったって話も聞きましたしとか以前の職場では大活躍だったんですよねとか俺にとってかなり噂になって欲しくないことばかりの質問攻め。

つーか凄いな彼女。今の質問一息で言い切るとか。

それら全てにうんとかそーとかいやーとか適当に返事してると、八神がフェイトさんから通信受けて帰っちまった。

俺が若干困ってるの見てあとはごゆっくりーとか言いながら苦笑してたのがちょっと気になるがまあもういいや。

もういちいちその程度のことで目くじら立ててもしょうがねーし。

とか考えながら、苦笑するゲンヤさんの横で俺に質問し続けるギンガさんに適当に返事を返し続ける俺だった。






























介入結果その十一 ギンガ・ナカジマの困惑





その出会いは突然だった。

うちの隊舎に八神二佐がたずねて来たのだと私の所にやってきたツヴァイ曹長に聞いて、部隊長室にお茶を持って行くと、そこにはお父さんと八神二佐以外に見覚えのない男性が一人いた。

挨拶もそこそこに名前を尋ねると、セイゴ・プレマシーと名乗られる。

その名前は、以前からよく耳にしていた。

そのほとんどは主にお父さんの口からもたらされるもので、それ以外では噂程度の知識の中でだ。

だけどお父さんの口から語られる彼の印象と、噂話で伝えられる彼の印象は、何もかもが異なり過ぎていて何を信じればいいのかわからない。

だから私は、いい機会だと本人に直接尋ねることにした。

……そこから先はいつもの悪い癖。

気がつくと彼はげんなりとしていて、私の横でお父さんが気の毒そうに彼を見ていた。

責任を取って彼を駅まで送るようにとお父さんに言われ、彼と共に街道を歩いている時だった。

「きみたち姉妹ってさ、昔に大怪我でもしたことあるのか?」

「え?」

唐突にそう聞かれ、私が目を丸くしていると、彼は凄く言い辛そうに頭をガリガリ掻いて続ける。

「いや、医者の息子としての勘なんだけどね。なんとなくこう体の感じに違和感があるというかなんというか……」

「────っ!?」

「ああ、うまくいえねーや。すまん、忘れてくれ。俺の勘違いだ」

頭を下げる彼。本来ならそこで愛想笑いを浮かべて誤魔化して、話を切り上げるべきだったのかもしれない。

だけど、私は聞かずにはいられなかった。私だけでなくスバルにも同じ疑問を抱えている以上、野放しにはできない。

釘をさすなら早めにと、そう思ったから────

「……もしそうだったら、あなたはどう思いますか?」

「は?」

「もし私とスバルが過去に普通では手のつけられないような怪我を負って死にかけて、その命を拾い上げるために体の半分以上を機械化してしまったとしたら、あなたはどう思いますか?」

それは事実とはかけ離れたブラフだった。だけど、本質とは相違ない。

私たちの体の機能を機械が補っているのは、紛れもない事実なのだから。

「……んー、そうだなあ」

彼は左の眦を下げて困ったような表情を浮かべていた。今頭の中では、どんなことを考えているのだろう。

同情? 嫌悪? それとも他の何か?

……悪趣味な質問だと自分でも思う。

だけど、聞かずにはいられなかった。

先ほどまで一緒にいて話をしたから、少しだけ期待してしまっているんだ。彼は私たちを普通に受け入れてくれるんじゃないかと。

数瞬ほどそうして黙りこんでいた彼は、いきなり何か閃いたかのような表情をし、

「運が良かったな、とか?」

「……は?」

「だってよ、世の中いくら頑張ったって亡くなっちまう人は居る。なのに結局お前たちは生きてるわけだから、よかったじゃんか……としかいえねーよ」

彼の声はどこまでも透明で、でもだからこそ本気でそう思っているんだと伝わってきた。

けどだからこそ私は、それを素直に受け入れられない。

「な、なんでですかっ! 体の半分以上が機械だなんて、そんなの化け物と同じだと思ったっておかしくないのに……」

「化け物ねー……。俺が思うに化け物ってのはどっちかってーと、生まれてこの方そういう苦労をしたことのない、そう言う事例を受け入れられない連中の考え方だと思うけどな」

「……っ?」

「ああ、なんでもねー。忘れてくれ。人生無駄にいろいろあったやつの戯言シリーズだから」

何の気負いもなくそう言った彼の表情が印象的で、私はもう二の句が継げなくなってしまった。




それが、私が彼と出会った最初の日の夜の会話で、彼との微妙な関係の始まりだった。






























仕事の残り具合を確かめるために六課の隊舎へと戻り、それから今日の分の訓練をしようと思って演習場へと向かうと、なぜかティア嬢が思いつめた表情でビル群の一角に立っていた。その近くにはおろおろしているスバ公もいる。

何事かと近付いて事情を聞きだそうとしてみると、ティア嬢は俺の姿を確認すると同時にクロスミラージュを起動させた。

おいおい物騒過ぎるにもほどがあるぜティア嬢とか軽口叩いてみるが効果なし。そして、

「お願い。私と、戦って」

顔を俯かせながら簡潔にそう言って、手元の双銃を構えた。

……嫌悪ここに極まれりだなー。とか思いながら場違いにもなぜか和んだ。

なんか知らんが嫌われるのもここまで来るといっそ清々しいね。まあ、あんな態度取られ続けるよりはこんな感じに決闘申し込んできてくれる方がよっぽど好感持てるよ俺としては。

けどねー、それとこれとは話が別だと思うわけですよ。

「……返事は?」

「────…!」




────あー、違ったわ。




不安そうに言いながらこちらへと向けた目には、無い物をねだるような光があった。

嫌になるほど見覚えのあるその目は、あの時の俺と同じ色。

つまりあれだ、こいつが俺を嫌ってるとか、あの態度は嫌がらせだとか、そんなん全部俺の勘違いだったってわけか。

……よく考えてみれば、これだけいろいろ似てたってのに、なぜ今まで気付かんかったのだろうね。




こいつは自分の目的のために強さを求めている。




そして今回、俺はこいつの中にある強さの矜持の何かの琴線に触れてしまったのだろう。

要するに、こいつは俺に何らかの教えを請いたいわけだ。

あの管理局のエース・オブ・エース、高町なのはの教導受けてるってのに贅沢なことである。

でもまあ、気持ちは分かる。高町の教導とか、どっか他人行儀くさいというか、親身さが感じられない。

あいつが真摯な態度で頑張ってこいつらを導こうとしているってのは蚊帳の外から見てる俺には十分すぎるくらいに分かるんだが、生徒ってのはえてしてそう言う部分が見えないものなのよね。

ティア嬢は動かず、俺の返事を待っている。

俺の答えを求めている。

ただ、そんな目で見られても俺の気持ちは変わらんのでした。

……俺の答え? そんなん決まっとろう。俺は────





「────戦えって? 断るよ」






























断ったとはいえこのまま無碍に追い返すのもいろいろ違うと思うので、とりあえずロビーのソファに移動して話を聞くことにした。

ティア嬢は俺が決闘断った瞬間から超絶に暗い表情になってしまっていたので、スバ公がそれを滅茶苦茶心配そうに覗き込んでいたもんだから二人を説得してここまで連れてくるのには骨が折れた、けどしょうがないな。俺の断り方も悪かった。

適当に缶コーヒー買ってきてそれを二人に手渡し、俺は自分の分を開けて一口煽る。

ティア嬢もスバ公も飲むような気分じゃないのか手をつけないけど、奢ってやったのに飲まれないのってちょっと心に来るよね。なんか悲しくなる。

このまま誰も喋らないと空気が悪くなり続けそうだったので俺から口を開いて事情を聞く運びに。なぜ俺が気を遣わんとならんねんとか思うけど年長者だから仕方ないね。

そんなわけでティア嬢のスーパー懺悔タイム。

何でもこの子、俺が初めて夜練やった日の一部始終を目撃してて、ありえないと思ったんだとか。主に俺の運動量的な意味で。

しかもそのウォーミングアップの後にやった刀振り回してたやつ見て自分とのレベルの違いにわなわなしたんだってさ。

それだけならまだしも、この間のこいつらの初任務の時の俺の誘導弾使ったガジェット撃破も混乱に拍車をかけたそうな。近接格闘は自分の分野じゃないからまだしも、誘導弾はモロに専門分野だったので、そちらも衝撃的でしたというこって。

で、今日はもう辛抱たまらんくなって俺に決闘申し込んでそれなりの勝負して俺の戦闘技術いろいろ盗み見ようとしたんだとか。

でもあれだぞ。お前たちの訓練見てて思うんだが、今のティア嬢たちじゃ天地がひっくりかえっても負ける気がせんぞ俺。思うにこいつら数秒持たないんじゃなかろうか。

なんつってもあれだ。経験が圧倒的に足りないせいか全体的に攻撃が真面目すぎる。

あれじゃあどう攻撃してくるか見え見えだし、俺みたいに捻くれた戦法取る相手にゃ相性が悪かろう。俺死角から死角から攻めるからね。

俺の戦法に正面突破の文字とかないから。抜け道探索とかはあるけど。

犯罪者とかの逮捕の時って正面からだと割に合わないんだよね。マジな話。

とかそんな文句言ってもあれなので話を戻そう。

大体あれじゃん。キャリア違うんだからその程度の力の差とかあって当然じゃね?とか聞いたら、ぼそぼそと小声であんたみたいな不真面目な奴に追いつけてない私自身に腹が立ったのよとか言われた。

……うん、あれだね。若いよね、ホント。

いやすんません。今回のこの子の暴走とか完全に私の日頃の態度が悪いのが原因ですねごめんなさい。

だけど22年かけて形成してしまったこの性格は今さら一朝一夕じゃ変えられないというか変える気が無いし、そこは諦めてもらうしかない。

代わりと言っちゃあ難なんだが、

「しかしそういうことなら今日からの夜練、ティア嬢も参加する?」

「え?」

ポカンと間抜けな表情浮かべるティア嬢。

何その意外そうな表情。俺確かに戦うの嫌とか言ったけど、一緒に訓練するの嫌とか言ってないよ。

そもそも戦うの嫌とか言ったのだって、どうせこいつ高町に内緒で決闘しようとしてるんだろうなと思ったからであって他意はない。相手してやったってよかったのだ。

だけど結局のところ、こいつの上司としての役回りは高町のもので、先生としての立場も高町のものだ。決闘するならあいつの意向を伺うのは当然のことだろう。俺の独断でそれを冒すのはやったらいけないことだと思う。

だけど暴走してるなら止めてやるくらいはいいよな。直属ではないとはいえ俺だって上官だ。

このまま突っ走って昔の俺みたいに阿呆なことになると見ている方としても嫌な気分になるしね。

と、最初の方のあたりさわりない部分の旨のみを伝えて、体力面のみ面倒を見てやることを約束。「しかし朝練の時のような手加減は一切出来ませんがよろしいか」と聞いたらあっさりと「お願い!」と返事が返ってきた。

それに反応してスバ公とかも「私もやるっ!」とか言って来たんだが便乗ですねわかります。

このままいくとエリ坊とキャロ嬢も明日あたりには参加してきそうなのは俺の気のせいじゃないんだろうなー。

……はぁ、どっちかってーと俺、一人で体動かす方が好きなんですけどねー。仕方ないとはいえちょっと悲しい。

ま、ちょっとぐらいこいつらの面倒見るのも悪くねーかなとも思う。





────二人してこんだけ嬉しそうな顔されたら、もう。ねえ?






























2009年6月29日 投稿

2010年8月23日 改稿



[9553] 第十話-中二×理念=フラグ-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/10/16 02:18
「あーあ、出会っちまったなぁ……」とか「出会いはいつも突然だ!」とかなんとかいうセリフを読んだのはいつだったのかいまいち記憶がはっきりせんというか忘れたのだが、まあ今重要なのはこの文そのものなのであってその出自ではないからまあいいや。

なにはともあれアレである。そう、なんというかアレなのだ。なんかこうすんげー説明し辛くて歯がゆいんだが、うんアレだ。何がアレかと言うとアレだよ。うん、そう、アレ、アレのこと、出会いは突然ってこと、うん。

……説明になってない上に脈絡がなくてぐだぐだである。でも文句は受け付けない。なぜなら俺今超テンパってるから。

いや、別にあれだよ? 予想してなかったわけじゃないよ?

だけどさ、予想してたからって冷静でいられるわけじゃないというか、そこは俺も人間だし人並みに困惑したりするわけですよ。

大体向こうも仕事が忙しくて俺とニアミスしてたのか、ここに異動して来てから一回も顔合わせなかったもんだからこっちもかーなーり油断してましたね、うん。

それが会って早々これだと言うならどんな鉄面皮の持ち主だろうとそれなりに動揺するだろうってもんでしょうよ。

いやすんませんこれ言い訳ですね。

まあともかくアレだ。なぜそれなり程度の事象なら基本的に落ち着いて対処できるくらいの人生経験積んできたはずの俺がこんなにも見苦しくテンパってるのかと言えば、アレである、一言で言うとアレだ。





シグナムさんにデバイスでの実戦訓練申し込まれました。





なんという死亡フラグ。

すっげー戦いたくない。

さすがに俺もこのレベルの危機に瀕すると思考がぐだぐだになりますネ仕方ない。

なんせアレだ。8年前に同じ近接剣術中心の戦闘をするものとして一度交戦して友好を深めないかとか言われて口説き落されて退院後に軽い気持ちで模擬戦したら、本気になった彼女の『紫電一閃』でスラッシュ・ファントム(俺の刀の名)ごと真っ二つにされたからね。

トラウマなのだ。

非殺傷設定とはいえ痛いもんは痛い。魔力ダメージナメたらあかんと思う。特に俺みたいなやつはな。

そもそも会って早々挨拶もそこそこにいきなりデートと書いて決闘と読むやつのお誘いだったもんだから驚きもひとしおである今日この頃。なんなのこの人俺に恋でもしてるのとか思うけどありえねーよねそんなん。

けどまああながち間違いでもないかもね。だってこの人決闘に恋してるし。ライバルに飢えてる感じ。

俺としては彼女のお相手はフェイトさん一人にお任せしたいんだが、シグナムさん的には俺みたいなやつと戦うのも一興らしい。……鬱だ。

一体全体なんで朝っぱらからこんなことにー、とか超思う。だからいろいろとここに至るまでの経緯を思い出してみようと思う。

落ち着け俺冷静に思い出せばきっと原因を突き止めることができるはずだ頑張れ俺負けるな俺。

そんなわけで順を追ってチャート式に思い出してみようと思う俺。











朝、エリ坊と共に起床し、仲良く出勤。

なんかすげー疲れ切ってるティア嬢とスバ公、それを見て心配そうにしとるキャロ嬢に合流。

昨日までと同様の朝練をこなしていい汗流す。

小休止タイム。

エリ坊とキャロ嬢が、ティア嬢とスバ公がボロッボロな理由を聞く。

昨日の晩にあった俺とのやり取りを包み隠さず暴露。(俺涙目フラグ)

予想通りエリ坊たちも夜練に参加表明。

仕方なく許諾。(俺涙目)

キャロ嬢とエリ坊が無邪気に喜んでるの見ながら溜め息吐く。

高町のスーパー新人訓練タイム

とりあえず新人共の訓練終わってから夜練のことについて高町に報告しようと思って演習場に残る。

シグナムさんイベント発生 イベントシーン-突然の邂逅発動-(たまたま新人共の訓練見に来てた件の人に遭遇)

とりあえず適度に挨拶。

決闘しようZE☆

俺現実逃避←今ここ












俺のせいだった。

なんか決闘申し込まれるまでの過程にティア嬢とか高町とかその辺の人物ちらほら出て来たけど結局俺のせいだった。

しかしアレだ。そもそもの原因としてなんであん時ティア嬢を夜練に誘ったんだろうか。今さらなんだがとても悔やまれる。

いやまあ、理由とか分かってんだけどね。

結局のところ嫌だったのだ。俺の目の前であいつが焦って悩んで自滅していくのを見てるのが。

こんなこと言ってると俺がいいやつみたいだけど、別にそんなこたァない。だってティア嬢のためじゃないからね。総じて俺のため。

と言うか、他人のためにとか言いながら何かする奴は嘘吐きだと俺は思う。

だってありえねーだろ、そんなの。

他人のためだけに怪我できるとか、死ねるとか、そう言うのは人間としての重要な機能の何かが欠落していると、俺は思う。

ただ、別にだから他人を助けないんだとかそう言う理論的飛躍をさせるつもりなんて毛頭ない。俺だって結構人助けとかそういうことはしてきているし、その行為に関しては否定しねーよ。

だけど、俺が人助けをするのは、結局のところ自分のためなのだ。

そいつが苦しんでるのを見るのが気分悪い。

俺の目の前で人が死ぬのを見るのが寝覚め悪い。

あいつがしている犯罪行為は反吐が出る。

そういう風に思ったから、俺は今までいろんな人間の手助けをしてきた。

要するに俺は、自分が見てて嫌なものを目の前から消したかった。

だからそれは決して、助けた相手のためなんかじゃあない。

全ては自分のために。自分の気分の悪さを払拭するために。自分の利害のために。

こんな話を以前に酒飲みながらとあるダチにしたら、てめーも立派な中二病患者になって……とか泣かれた。どうでもいいが地球の用語引っ張ってきて馬鹿にするのはやめて欲しい。こっち中学校とか言う概念ねーだろ。

それはともかくイラっときたので腕ひしぎ極めながらじゃあてめーはどうなんだよとか聞いたらまあその考え方で行くと俺も自分のためにやってるな。てかお前の理論で行くと偽善者はこの世から消えるよね、すっきりするわーとか答えて来た。

確かにそうなんだがそれはそれで論点がずれているような気もする。けどまあ今は気にしない。

要するに今したのはシグナムさんとの決闘は不可避だってことの確認みたいなもんだ。その延長線上で中二的な理論展開したにすぎない。なんかかなりいろいろ違うけどもうそれでいいよ、どうせ逃げられないのは変わらんし。

「おい、聞いているのかプレマシー?」

いろいろ考えてるうちにバリアジャケット展開し終えてレヴァンテイン手にしてるシグナムさんが俺の顔覗き込んですんげー訝しげな表情しとった。なんか喋ってるけどどうしようか。

とか思ってたらようやく思い至った。

昨日シャーリーにもらったあれ使えばいーんじゃん。今みたいな状況何とかするために制作頼んだんだし。つーかすげーよシャーリーナイスタイミングそしてグッジョブ。

てなわけで早速実行しようと思う。取り出したるはポケットから、無色透明の小さなビー玉。ただし見た目だけ。

取り出したそれに魔力込めて、それからひょいっと投げてみる。

小さく放物線を描いたそれは、シグナムさんに向かって落下。彼女はそれをもちろん難なく受け止め、

「────なっ!?」

次の瞬間。手の中で発光したビー玉大のそれからジェル状の物質が噴出し、それが全身にまとわりついて身動きできなくなるシグナムさん。

イメージとしては鳥もち的なネバネバが全身に絡みついている感じ。ちなみにこのジェル、普通には取れない。見た目ただのジェルだけど、実質これバインドと遜色ない。

短時間で対象を無力化するのに最適なんですとは前の職場のデバイスマイスターの弁。あいつデバイス整備の傍ら、趣味でちょくちょくこういうデバイス使用しなくてもちょっと魔力込めると効果発揮する準魔力武装とか研究してるので結構頼りになる。でも武器は作ってない。拘束系の無害なやつが主。

ただし今ん所完全にオーダーメイドなので時間がかかりすぎるから大量生産は無理らしいのが残念。

シャーリー的にはこの武装とか結構興味深いらしいのでそのうち大量生産の目途とか立ててくれると助かるね。

……しかし絵面が予想外にエロい。設計したあいつグッジョブと思ったのは俺だけの秘密。

「ぷ、プレマシー!? これは一体何の真似だ!」

「ふはははは、俺の勝ちですね」

「……は?」

ポカンとするシグナムさんに適当にでっち上げた言い訳を聞かせる。

実戦訓練と言うことは実戦を想定してるわけだから不意打ちをしてもいいはず。それにしてもヴォルケンリッターの将さんが私程度相手にこの有様とは……平和って怖いですねー。とか言ったら額に青筋浮かべながら頬を引き攣らせた。で、

「……そうか。まあ、確かにお前の言うことも一理ある。実戦において一々仕切り直しなどあるはずもない。ならばこそ、不意打ちにも対応できてこその騎士である。……確かにその通りだろう」

「ご理解いただけて恐縮です」

「……今日の所はこちらの負けを認めよう。次の『死合』は後日に持ち越すことも明言する。だから早くこれを取り去ってくれないか」

……なんだろう。彼女の言い放った『しあい』という言葉のニュアンスがとてつもなく不吉な響きを秘めていたような気がする。気のせいだろうか。

ここは土下座とかして許してもらった方がいいかも知れんね。いのちをだいじに。

そんなわけでいろいろと解除の手順踏んでシグナムさん救出してからorzして謝罪した。

すみませんごめんなさい次からはもっと真面目にやるので不意打ちで俺を襲うのだけは勘弁してくださいごめんなさいごめんなさいごめんなさいとか平謝りしてたら「……分かった、もういい。しかし次の時には正面から打ち合うと約束しろ」とか言われたので泣く泣く了承。

大丈夫、油断しなければ何とかなるよ俺の刀。昔よりそれなりにパワーアップしてるしさ!

とか自分に言い聞かせながらシグナムさんに頭を下げ続けていた。






























飯食って書類整理午前の部始めようとしたらなんでか知らんが人づてに高町に取り調べ室に呼び出された。

なんなんだろうなんか最近この手のデジャヴが多い気がする。前の時は午後だったよね。

なんなの取り調べ室で秘密のお話をするのが最近の流行なの?だとしたら世も末だなおいとか考えながら取り調べ室へ行くと、また犯人の座る椅子に座らされて取り調べを受ける運びに。

なんでやねんとかすっげーツッコミたかったけどなんか高町が異様に深刻な顔してたから自重する。空気は読むために存在するよね。

で、高町のハイパー尋問タイム。

内容はティア嬢とスバ公の異常な肉体の酷使について。

なんか朝の訓練の時に異常に気づいたんだけど、二人に聞いてもただの自主練ですとしか言わないもんだから俺に相談しに来たんだとか。

これは流石にしまったとおもう。シグナムさんとのやり取りのおかげでこいつに夜練のこととか報告すんのすっかり忘れてた。

おのれシグナムさんあなたは俺の異動に賛成はしなかったとか聞いていたのでそれなりに信じていたのにこの仕打ちですかそうですか。

とかふざけてる場合ではないと思うのでさっさと高町に事情説明。

昨日の晩から俺主導で肉体改造しようとしてます。一応きちんと体調については管理してるので怪我の心配はないです。と告げる。

高町がそれを聞いてむむぅと唸り始めたので「ちゃんと私が責任を持って見ておきますので心配しないでください。ただ、あなたの教導の際はその範疇には入りませんので責任は持てませんけれど」とか挑発したら「だ、大丈夫だよ私はっ」とか言ったのでそのままなし崩し的に認めさせてみた。

俺が思うにティア嬢とかみたいなタイプはダメとか言っても自分が納得しない限り勝手に自主練とかやりそうな気がするので、何をしているのか把握できる分こっちの方が万倍マシだと思うのだ。

そんなこんなで高町に夜練の件を認めさせることに成功したので今度は俺のターン。

昨日の夜に少々思ったことを口にしてくれようと思う。

「高町さん。私の勘違いかもしれないので違っていたなら一笑にふしてくれて構わないのですが」

「? なにかな?」

「ランスター二等陸士のことなのですが。彼女、何か焦り過ぎてはいませんか?」

「……!」

ちょっと心当たりのありそうな表情を浮かべる高町。やっぱ気付くよね、そりゃ。

「私が思うに彼女は今、自分の力に自信が持てていないように思えます。何かしらやりがいのある単独任務でも与えてあげれば、それが自信になると思えるのですが」

きっと不安なのだろう、ティア嬢は。俺と言う中途半端な壁が登場したことで、自分が成長していないのではないかという錯覚を覚えてしまった。

だけど訓練なんてもんはどこまでいっても訓練で、成長の是非なんて問えやしない。

それに比べて任務を与えられるというのは、それだけで上司に認められているという証だ。自信にもなりやすいだろう。結局、自分の力を確認できるのは実戦でしかない。

「……確かにそうだけど、今はみんなに危険を冒させるわけにはいかないよ。もっと地力をつけてから、いろいろなことをするようにしないと────」

自分の二の舞になる、とかいいたいのだろうか。

確かに高町の主張は概ね同意できるけど、このままいくとそれとは別の部分で取り返しのつかない何かが起こりそうな気がするんだよねー。主に任務中の暴走的な意味で。

高町はそこには気付いていないんだろうか? 端から見てるとティア嬢の焦燥とか結構オープンだから気付きそうなもんだけど。まあ俺も人のこたァ言えねーけども。

とかそんなこと思ったけどこんな考え口にしてもあれなのでとりあえず搦め手から攻めようと思う。主に悪徳商法的な意味で。

「そうですか。……そう言えば高町さん。最近私にセイス隊長のところからまわされた任務が入ってきていることは御存知ですよね」

「え、う、うん」

「実はその中には、一人でこなすには少々骨が折れるようなものもありましてですね」

「……えっと」

「ところで私が以前所属していた課では、新人の部下を連れてそう言った任務をこなすことが多くありました。これには私の仕事のサポートをさせて私の負担が減るようにすることと、新人に任務の空気を体で覚えさせるという意味があったのですが……」

「……うん」

「そこで私といたしましては、こちらの課でもそのようなことをしてみたいと愚考しているわけなのでありますが……。どうでしょう、少しだけ私に新人たちを貸してみたりする気はありませんか? まあもちろん、その気があるやつだけですが」

もちろんあいつらの無事は、私が保証します。と自信たっぷりに言い放ってみる。本当はこんな風に戦闘での絶対を口にするのは好きじゃないんだけれど、高町を納得させるにはこれくらい言わないとならんだろう、頑固だから。

まあでも、あいつらの無事を保証してやるってことに嘘は無い。……俺の無事は保証しないけどな。死ぬ気は絶対にないが、多少は怪我するかも知れんねーとか思う。

高町は俺への信頼とあいつらの安全を秤にかけているようで、すんごく悩んでいたんだが、

「────わかりました。せーくんがついていてくれれば、私も安心だから」

「信頼していただき、恐縮であります」

そんな感じで会話終えて解散した。さーて今日も書類整理だやっほーいとか無意味にテンションあげながらオフィスへと戻る俺だった。






























介入結果その十二 ティアナ・ランスターの認識






あいつに誘われ、そして始めることになった夜練。

自分から望んで始めることにしたそれだったけど、その内容は私の想像を遙かに超えていた。

連続的な筋肉と心臓、そして肺腑の酷使。

あまりのきつさに私が倒れこむと、あいつは決まってどこかから水の入ったバケツを持ってきて、中身を容赦なく私に向けてぶちまける。

スバルでさえも、倒れるようなことはなくても、普段よりずっと疲れているように見えた。

全体の半分以上までは何とか立ち止まることなく食らいついていた私たちだったけど、後半になるにつれて全然体がついていかない。

理由は何となくわかっていた。前半よりも後半の方が明らかに運動量が濃いのだ、このメニューは。

前半には準備運動のようなものも含めた優しめな運動を詰め込んである。これは私も参加している朝練でもやっている内容だったので特に問題は無い。

だけど後半は別次元だった。そもそも前半の内容だって、私からしてみればかなりの運動量だったのだ。なのにそれを簡単に凌駕する要素が詰め込まれた訓練。

正直、なめていた。50mの全力ダッシュを20本とかインターバル40秒ずつでやっておいて平然とした顔をしているこいつはどこかおかしいのではないかと思う。

……まあ、平然とはしていなくとも、なんとかついて行っているスバルもどうかと思うけど。

「すんません、さっさと起きてつかーさい。俺の訓練も兼ねてるからあんまり休憩してもらうとちょっと困るっす。それともまさか俺の体を鈍らせて任務を失敗させるのが目的ですかそうですか。なんて遠まわしな嫌がらせをっ!?」

その上私たちにこんな安い挑発をして発起させようとしてくれるくらいに余裕だというのでは、こいつへの認識を本格的に変えなくてはならなくなりそうだ。

結局、そんな風に水をかけられて嫌みを言われてを数度繰り返し、ようやく訓練を終えたころには、もう私は立つことさえできなくなっていた。

スバルも私の隣で座り込んで、乱れた息を整えている。

私も、壊れた人形のように一心不乱に空気を吸い続ける。

「はぁ、はぁ、はぁ……っ」

「はぁ、はぁ……」

「おーい、大丈夫かよ」

「はぁ、はぁ、はぁ……っ」

「はぁ、はぁ……」

「返事が無い。ただの屍のようだ」

「こっ、こんなに息切らせてる屍がっ、いるわけないでしょうがっ!」

「んー? 分かんないよー、いるかもしれないよ世の中にはー。ほら、世界って超広いじゃん。時空的な意味で」

「そ、それは確かに……」

「納得すんな馬鹿スバル!」

「なんだ、まだ元気じゃんか」

そんな風にいつもと変わらない軽い態度で笑いながらそう言ったあいつは、私の顔の横に缶のジュースを置いた。スバルにもそれを手渡す。

その様子はあれだけの運動をこなしたとは思えないほどに普通。

「きっちりと水分の補給をどうぞ。今日は初日なので驕ります」

次は自分で用意してなーと言いおいて、あいつは私たちからかなり距離をとり、それからデバイスを起動させて刀を振り回し始めた。

……本当に呆れるしかない。私も、スバルですらへたり込むような運動量をあっさりこなして、その上さらに動いている。

その様子を見ていると、なんだか胸の奥がチクリとする。





原因の分からないその胸のざわめきの正体に気付かされるのは、まだかなり先のことになる。






























2009年7月6日 投稿

2010年10月4日 改稿



[9553] 第十一話-経過と結果と副作用-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/10/16 02:22
高町に取り調べ室へと呼びだされてから数日が経った。

その間、エリ坊とキャロ嬢の参加も決定した夜練だが割と順調だったりする。

そもそもああいう肉体酷使系の訓練は、三日もつやつはそのまま普通に続けられるもんだ。んで、あいつら普通に四人とも三日もったからね。そこから先は流れ作業。

流石にティア嬢とスバ公はともかくエリ坊とキャロ嬢に俺と同じメニューこなさせる気は年齢差的に起きなかったもんだから内容軽くしたもん渡してやらせてみたんだが、それでも根を上げないとは俺も驚きだった。

それでも筋肉痛とか辛そうだったので運動の前後にやると回復に最適なストレッチとか教えてやったりもした。ちなみに、こうかは ばつぐんだ。

つーか無意味に根性あるよねあいつら。実直と言うか真面目と言うか……。今の俺には真似できん。昔の俺なら────…まあやれるかも?

そんなこと考えながら今日も今日とて机に向かってガシガシ書類整理してたわけだが、不意に肩つつかれたので顔あげて後ろ見るとヴィータが気まずそうな顔して立ってた。

なんかすんげー嫌な予感がするので早々にお帰り願いたいんですが無理ですねわかります。とにかく話を聞かんことにはどうしようもないのでなんぞ用ですかと質問してみる。

するとおずおずと後ろ手に隠してたもん俺の方によこしてきた。

それ見てまたですかヴォルケンズと思う。

「……あのですね、他のヴォルケンリッターの人達にもさんざん言ってるんですが、怒りを抑えられずに壊すくらいなら見ないでください誠吾さんのお願い」

「し、仕方ねーだろ! はやてにだけあんな嫌な思いさせるわけにはいかねーんだよ!」

その心掛けは大変立派だと思うがこのままのペースでそれ破壊され続けて新しいの発注し続けてたらそれだけで六課の予算お亡くなりになるよね。

「つーかですねー、経理系のお仕事もしてるわけだから分かっていらっしゃると思うんですけれどもー、仕事用にセキュリティカスタマイズされた端末も安くないじゃないですかー。シャーリーが修理できる程度に破壊するなら可愛いもんなんでしょうけどー、あんた方そう言う範疇超えた破壊施してますよねー」

「……うぅ」

シグナムさんは刀剣で真っ二つ、シャミーはワイヤーで微塵切り、ザッフィーは原理のよう分からん『あれ』で串ざしで、挙句の果てにはこいつがハンマーでぺちゃんこの巻である。いい加減にしろと言いたい。可哀想だろ端末が。

つーかどうせ壊すならプライベート用の壊せよとか思うけど自分のはとっくにおじゃんなんですってよ奥さん。だけどだからって仕事用のやつ破壊はやめて、後生だから。

「で、これで何件目でしたっけ。某掲示板を覗いたせいで怒り狂ったあなた方が携帯端末を破壊するのは」

「…………16件目」

「信じられるか? 俺、この課に来てから一月経ってないんだぜ……?」

てか嫌み的な意味で答えられなさそうな質問してみたんだが予想が外れてちょっと驚く。つーかそう言うの覚えてるくらいだったら俺の注意の方を覚えておいてほしいもんなんですけども。

さて、そろそろ本格的に対策の方考えないとやばいかねーこの件。

ちなみにその件ってのがどの件かと言うとだ、定期的にちょくちょく覗いておいた方がいいですよと俺が八神に進言した掲示板があったと思うんだが、それを覗いていた八神がいつも通りに落ち込んでるのをたまたま見かけたヴォルケンリッターの方々が八神を問い詰めて原因を追究。

事実を知った彼らまでそれをチェックするようになりだしたもんだからさあ大変。己への悪口についてはともかく、八神は勿論のこと高町やらフェイトさんのやつ、それにヴィータさん的にはおまけで俺の悪口とか見つけるたびに怒りが天元突破しちゃうんだそうで。

そのため掲示板閲覧に使用する端末を掲示板覗く度に破壊してくれやがるので最近ちょうど備品の発注担当に任命された俺涙目というわけである。

てかさー、あいつらもそう言うものに興味をもったというのはすごくいいことだと思うんですけど、他人の書いた悪口読んだくらいで罪のない機械を破壊するのはやめてあげて欲しい。俺も機械も涙目だから。

だって今ヴィータが持ってきた端末だったものの残骸見てみろよ。タンクローリーが上通った後みたいにぺしゃんこだよ? ギガントフォルムか、ギガントフォルムなのか。

グラーフアイゼン取り上げようかと本気で悩むよね。

それはともかく、そろそろ本気で経理がヤバい。もともと新設な課なもんだからいろいろいり用なのだ。それを少ない予算でようやく回してると言うのにこう何度も何度も本来はいらない部分で金使われたら首が回らなくなるだろうが。

とか脅したらその時は自腹切るからいいんだよとか言ったので切った理由が情けなさすぎるのでやめてくださいと言ってやめさせる。

てか個人の献金も明細に乗るんだから余計なことはしないでくれ。ただでさえ面倒くさい課なんだからこれ以上面倒くさいことを増やさないでほしい。こんな理由で予算足りなくなりましたとかバレたら設立反対だった連中のおいしい餌になるだろうが釣られクマー。

と言うかそんな約束はせんでもいいから自制心を身につけろと言いたいんだが。

とか言ったらしょぼーんとなってごめんと言ったのでとりあえずもういいですから仕事に戻ってください、新しい端末はシャーリーに言って用意しておきますからと言って話を終える。

やれやれヴォルケンさんたちの八神好きにも困ったものだ、しかし真面目にどうすっかねこの案件とか頭悩ませてたらグリフィス君が近付いてきてセイゴさん、事件ですとか言ってきた。

惜しい、そこは「姉さん、事件です」が正解ですとか言ったら何の話ですかとか聞いてきたのでドラマの話ですと切り返す。あのホテルなんかいいよねアットホームで。

そんなこんなで事件らしい。具体的な内容書かれた書類渡されたので目を通すと、ちょっと一人じゃきつそうな内容だったのでようやくですねとか思った。

さて、ではティア嬢達借りて行ってきますかね。






























訓練中だったティア嬢とスバ公を高町の目の前で誘拐しようとしたけどめんどくさいからやめたあと事情を説明。実はこないだの高町とのやり取りとか、無意味な期待掛けられてもあれなので、こいつらにはオフレコだったからついて行くの嫌だとか言ったらどうしようかとか思ってたんだがそんな心配杞憂でした。

俺の任務の補佐を頼みたいんですがよろしいか、ちなみに高町の許可は取得済みですぜとか言ったら嬉々として二人とも乗っかってきた。なのでヴァイスさんにヘリ出してもらって転送ポートまで送ってもらう。

本当はエリ坊たちにも行くかどうか聞こうとか思ってたんだが、よく考えてみたらあの二人フェイトさんの部下なのであの人の確認取らなきゃならんよね。けどそんなことさっき思いついた上に今日あの人出張任務で一日いないから断念した。通信してもよかったけどめんどいからやめた。

置いてかれた二人は羨ましそうにティア嬢達見てたけど今回は仕方ないね。確認不足だった俺のせいだから何とも言えないが。

「それで、今回の任務内容は?」

ヴァイスさんの運転するヘリの中でリラックスし始めてた俺にティア嬢が緊張した口調で聞いてきた。任務内容ね、今回は確か────

「────…小麦粉の密輸阻止だ」

「……は?」

「いいかティア嬢にスバ公、今から向かう現場にある白い粉は全て小麦粉だから断じて幻覚作用などない」

「……いや、あるでしょそれ」

「うん、あるよね」

「おいやめろ馬鹿共。早くもこの話は終了ですね」

「え、ちょ、ちょっと!」

「いいから細けーことは気にしねーでいくぞ。それと多分護衛の魔導師と戦闘になる、気合い入れとけよ御二人さん」

「「────! はい!」」

なんといういい返事。気合入ってるなーとか感心するけど空回らないようにしてほしい。……でもその辺は空回ったとしたら俺の責任問題に発展するんだよね。極力気をつけねば。

「そう言えばアレだ。戦闘中に流れ弾でその小麦粉入れた袋が破裂して空気中に粉末が漂うかもしれないけど吸うなよ、絶対に吸うなよ!」

「何で小麦粉なのに吸っちゃいけないのか言ってみなさいよ……」

「それはあれだほら……咳出るじゃん!」

「すっごい無茶な言い訳だね、セイゴさん」

うっさいスバ公。まだ話さなきゃならんことあるから黙ってなさい。

「ところで今回の戦闘方針なんだが、お前ら特攻してくれ。俺援護するから」

「「……え!?」」

「そんな二人して驚かんでも」

運転席でヴァイスさんも驚いてるのは御愛嬌だ。

で、私たちにそんな大役任せるなんて何考えてんのよあんたはとかティア嬢が絡んできたので、

「安心しろ。この場合俺が後衛の方がお前らの安全確保が楽だからそう言う方式にしただけだ。最近の俺広域で仲間の援護する方が得意なもんでな」

とか言ってとりあえず落ち着ける。実際の話守りながら戦わなきゃならんのならその方が効率がいい。俺が前出てたらこいつらのこととか気にしてられんし。

そんな感じで理由説明したら二人とも納得してくれたのでとりあえずおっけー。

それから突入対象の建物の間取りとかも考慮して綿密に打ち合わせ終えた辺りで転送ポートについたのでタイミングもおっけー。さて、お仕事お仕事っと。






























端的に言うと地球の海鳴の海沿いの倉庫で行われるあれ系なアレの売買を阻止するのが今回のお仕事だ。

その辺のことはさっきの緊張取り去る的な意味でやったあの悪ふざけのあとにちゃんと真面目に伝えてあります。

で、なぜ管理外惑星のそんなことに管理局員がわざわざ出向くかと言えば、ミッド特製の強烈なアレを悪徳魔導師さんどもが地球の悪徳な方々に売り捌こうとしてるからである。

そんな情報どっから仕入れたんだろうとか思うけどまあそんなことを気にしても栓ないことなのでそれはいいや。

「じゃ、もう一度作戦の確認するぞ」

「ええ」

「うん」

取引が行われると情報のあった倉庫の近くの建物の陰に隠れながらそんな会話を交わす。

今回の作戦はこうだ。

まず最初に倉庫の正面の扉をスバ公のディバインバスターで吹き飛ばす。敵の人数ちょっと多いので出だしは重要だ。

出来るだけ派手に突入することで相手を少々でも焦らせることが狙い。魔法で地球の建物壊すことの後始末は八神にお任せ。扉の修理費も気にしない。こういうのは必要経費で落ちるから問題無い。

そっからは簡単。

スバ公はそのまま破壊した入り口から突入して目についた魔導師の方々を片っ端からぶん殴り、敵の渦中へ突入していくスバ公を別の入り口から侵入したティア嬢が少し離れた場所から援護する。

んで俺はさらに別の場所から侵入して天井あたりを飛行魔法でうろうろしながら上から適当に新人二人が相手をするには面倒くさそうなやつを見つけて撃つ、そんな感じ。

まあ、敵さんに気付かれるのを警戒してサーチャーは自粛しているので、内部に突入した後はあの二人に判断自体は任せてある。

なって一月程とはいえBランクだし、判断能力はそれなりだと考えての配置だ。何かあれば俺も援護するから大丈夫だと推測。

こんだけいろいろとこいつらにお任せしときゃあ少しは自信になるでしょう。俺も楽できるし。

さてでは汚い花火を上げたろうぜとか言いつつ作戦決行。

二人はさっさとデバイス起動して準備完了。俺もいやいやながらデバイス起動。リンカーコアに痛み、でも気にしない。

で、

「起きろファントム。仕事だ」

『おーけいハローだミスター久しぶりに私の出番だな、くはーっはっはっは! ところで最近の私の使用頻度が極端に低いのは放置プレイと言うやつを試しているのかねミスターふははははそんなプレイを試したところで私はミスターに屈したりは絶対にせんぞ絶対にだくはーっはっはっは!』

「マスターだよ、このボケ?」

そんな感じで会話しながら二人と別れて適当な入り口探してそこから侵入。

気付かれないように天井近くに待機。下の方では悪そうな人々がトランク交換してる最中だった。

そうしてるうちに豪快な音と演出とともにスバ公が突入してきた。俄かに殺気立つ悪い人たち。

数人がデバイス起動してスバ公へと襲いかかるが、それを何処からか飛んできた誘導弾が邪魔する。

そのせいで踏鞴を踏んだそいつらをスバ公がリボルバーナックルでぶん殴って吹っ飛ばす。

この分なら俺の援護いらんかなとか思ったその時である。俺に向けられた殺気に気付いてその場から飛び退ると、さっきまで俺がいた場所を銀色の閃光が通過した。

そのままの勢いで天井に突き刺さったそれを目で追うと、サーベル的なものが見事に鉄骨を貫いていた。あれデバイスだよね。剣投げるとか尋常じゃないよ馬鹿なの死ぬのとか思ってたら背後に気配。

腰の刀引き抜いて振り向きざまに斬り付ける。相手はそれを前面に張ったシールドで弾くとそのまま突貫してきた。

シールドごとの体当たり。正面から受けるのはしんどそうなので体位ずらして受け流して捌く。そのまま体勢崩した敵さんの背中に全力の蹴りを見舞い、ついでに刀につけたカートリッジ一発ロードして誘導弾を発動、五発ほど出現したそれをそのままぶつける。別にガンナー使わなくても球は撃てる、命中精度は下がるけど。

しかしやっこさんかなりの手練みたいで完全に体勢崩れていたにもかかわらずシールドで俺の誘導弾全部ガードしてから飛行魔法使って天井に突き刺さってた剣引き抜いてそのまま斬りかかってきた。

うわぁ、これは予想外。他はそうでもないけどこいつだけ無駄に頭抜けて強い。まさに別格。

こういう実力がガチンコの奴とやるのは正直しんどいけど仕方ない。こんなやつにティア嬢達狙われたら面倒極まりないのでこっちに来てくれて助かったくらいに思っておくことにする。

横目で見るとあの二人はもう既に他の連中片付けて、逃げ出そうとしてる地球の住民っぽい奴らにバインドかけてる最中だった。

予想より数段早いな。高町に教導受けてるとはいえ驚きの成長力だ。敵さんだってBランクくらいっぽいやつ奴一人はいたのに。

あいつら的にも体が自分のものじゃないみたいによく動いたろうから、これでちったあ自分の力量も確認できただろう。

俺が襲われてるのには気付いてるんだろうが、こっちにかまけて証拠物件と犯人連中確保できないのでは話にならないので冷静な判断してくれて助かる。

とはいえこっちものっぴきならない状況である。剣で斬りかかってきたりシールドぶつけてきたり正直面倒くさいねこの相手。

このまま刀一本で受け流していても埒があかないので肩に提げてあったガンナー引き抜いた。

「ファントム、カートリッジフルロード」

『ふははははっ、なんという大盤振る舞いだ! 最初からクライマックスだな!』

そんな感じでガンナーに装填されていた6発のカートリッジが全てロードされる。これだけ魔力込めたらその程度のシールドでは防げまい。まあ、念には念を入れますが。

俺の渾身のカートリッジロードを見た相手に若干動揺がはしったのでチャンス。

「ソニック────」

『ムーブである』

瞬間的に相手の目の前まで移動し、刀の峰でやっこさんの手を叩いて剣を吹き飛ばす。

で、痛みに顔顰めながら当然シールド発動させて体当たりしてきたので、さらにソニックムーブ。背後に移動して背中にガンナー突きつける。

そしたらちょっと予想外なことに相手もソニックムーブ使ってきた。瞬間的に俺から離れて距離とったので面倒くせーとか思いながらさらにソニックムーブ。また背後とる。

今度は逃がす気はないのでスラッシュの方で精製したバインドで体を弱拘束してから背中にガンナー突きつけてそのまま引き金引いた。

「ストライクショット」

『フルバーストオオオオッ!』

轟音とともにカートリッジ六発分膨れ上がった灰色の魔力弾がやっこさんの背中にゼロ距離ヒットで炸裂。同時にリンカーコアに痛みがはしった。やっこさんは派手に吹き飛んでジャケットパージされて地面に叩きつけられて二、三回バウンドしてそのまま動かなくなる。……あれ死んでないよね?

俺は周囲にサーチャーを放って奇襲を警戒しつつ、呟いた。

「……やり過ぎた」

『そんなことはなかろう。少なくとも死んではいまいよ。心音が感知出来るのでな!』

「……マジでそう言うところは高性能だなお前は」

これでもう少しまともな性格だったら最高のデバイスなのに。いや、こんななったの俺のせいだけどさ。

もう何度も繰り返した無駄なやり取りをいつまでしてても仕方ないので、とりあえず気絶してる剣士さんにバインドかけに行ったらいろいろと始末の終わったらしいスバ公とティア嬢がこっちへと近付いてきてた。……何その微妙な表情。

「なんですかその顔。俺の眉間に────」

「それはもういいわよ。……それより、さっきのあれは何よ」

「無視とは酷い。つーかあれとは何ぞや」

言葉遮られたのでちょっと不機嫌になりつつ事情を聞くと、さっきの俺のカートリッジフルロードが随分と衝撃的だったらしい。

そういやあの時こいつらのために使いはしたけど使った場面見せてなかったな。あん時のヘリの中ヴァイスさんしかいなかったし。

そんなわけで長々と説明しなきゃならん流れになりそうではあったんだが、そんなことしてると騒ぎ聞きつけたこの星の治安機関がやってきかねないので今日の夜練の時に説明してやるということにして今は犯人共の護送に力を入れることに。

証拠がなけりゃバレないからね。人が空飛んでエネルギー弾撃ちあってたとか自白されても地球の治安機関も困るだろ常識的に考えて。

バインドかけた犯人共を3人で協力してさっさと運んだ。後任の待機組に犯人引き渡してから六課に帰還。

その間ティア嬢のすんげー感情の読みにくい目が俺の方にずーっと向けられてて超居心地悪かった。

なんかティア嬢って何かある度にこんな態度になるんだけど俺とは相性悪いんだろうか。

これは今夜の夜練面倒なことになるフラグですねわかりますとか心中頭抱えながらヴァイスさんのヘリに乗り込む俺だった。






























介入結果その十三 エリオ・モンディアルの憤慨






セイゴって、すごくいいかげんだと思う。

別に何かを約束していたわけじゃないんだからこんなことを言うのも変かもしれないけど、いいかげんだと思う。

て言うか、スバルさんたちもずるい。僕だって一緒に行きたかった。

一緒に行って、セイゴと肩を並べて……とまでは行かないだろうけど、何か手伝うくらいはしたかったのに……。

なのにセイゴと来たら、重要なところで抜けていた。フェイトさんに僕たちの出動許可を取っていないだなんて、出動のことなんて知らなかった僕にはどうしようもないじゃないか。

なのにそれをするべきセイゴはそれを忘れていて、しかも運の悪いことにフェイトさんは任務で六課を留守にしている。

だから置いて行かれた。そしてキャロと二人で訓練の続きを受けた。

なのはさんの教導を受けることに文句なんてあるはずない。……けど、やっぱりちょっと納得いかないのも事実で。

だからセイゴが帰ってきたら、思い切り文句を言ってやるんだと息巻いていたんだ。

……けど────




なんだか微妙に剣呑な雰囲気を漂わせているティアナさんたちと、その彼女たちを背にして居心地悪そうにしながらなのはさんに任務完了の報告しているセイゴの姿を見て、僕は頭に思い浮かべていた文句を見失ってしまっていた。






























2009年7月9日投稿

2010年10月4日改稿



[9553] 第十二話-休暇×地球×海鳴-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/23 03:28
なんか理由とかよく分からんけどまた地球に行くことになった。

ちなみに海鳴へ、である。

何でだろうねー。確かにこないだ来たときは任務のためだったし久しぶりにプライベートで士郎さんとか桃子さんとか美由希さんとかバニングスとか月村とかに会いにいくのも悪かーないと思うがなんでこんなタイミングよとか普通に思うよね。

まあなんでかってーとあれだけどね。エリ坊にセイゴついてきてーとか誘われたからだけどね。

もともとこのイベントの原因となった出来事ってのが、隊長陣と新人共が海鳴でちょっとした任務をこなさなきゃならんところにあったわけなのだが、この任務に出向く面々がエリ坊以外全員女だって所に問題があったわけである。

しかも今回日帰りじゃなくて泊まりがけだし。

……ザッフィー? まだ男として認識されてないみたいよ、新人組には。まあこういっちゃ悪いですけど見た目犬だしね。

そうなるとエリ坊的には俺を誘いたいわけだ、貴重な男性要員として。

しかしそもそもその日とか俺ようやく最近仕事に一段落ついてきたから久しぶりに二日ほど休暇入れてたのに激涙目なんだが。

いい加減エリ坊の部屋に厄介になり続けるのも悪いし、こっちで適当に賃貸でも借りようとか思ってたから丸二日だらだらしながらゆっくりと部屋決めと引っ越しの用事に使う気だったのに計画がおじゃんである。

ああ、どうしよう。最近あいつの部屋に入り浸り過ぎてるせいか、寮長さん的な人にここに住んじゃえばいいのにとかめっちゃ迫られてるから早いとこ逃げたいんだけどなー。

寮に入るとかぶっちゃけありえん。団体行動超嫌いです。プライベートくらい好き勝手に生きたい。

だけどエリ坊的には俺を自分と相部屋にする計画を着々と進行させているらしい。最近外堀が埋まっている気がしてならない。親父に送られてきた俺の私服とかそのまま持ち込んでるからエリ坊の部屋に俺の私物とかめっちゃ増えたし。いやこれは俺のせいか。

でもなんか八神の悪い所が似始めてる気がする。早々に手を打たねばまずいかも知れん。

……そういや話がずれたついでに思い出したんだが、こないだのあの任務以来ティア嬢たちとの関係がだるい。

あの日の夜練のうちにファントムガンナーの無意味な処理能力によるカートリッジロード時の魔力制御の安定性について一説講義をぶったのだが、その説明受けたティア嬢とか表面上は納得したような素振り見せてたんだけど水面下じゃそんなことねぇから。

ところであの任務の日以降、それまでは鳴りを潜めてた俺に対する任務がそれなりに増えたんです。

なんか風の噂で聞いたんだが、それまではセイス隊長がキャリアウーマン的な意地で踏ん張って仕事の前線支えてたんだけど、流石にそろそろ限界近いらしくて開き直ったそうな。

無理なものは無理だから遠慮なく甘えることにしよう、てさ。

で、その回された分の仕事についてくるティア嬢たちの視線がヤバい。獲物を狩る目だよねあれは。ハンター的なアレ。

なんか一つでも多く俺の戦闘技術的なものを盗んだろうって気概が壮絶に伝わってくる。デバイスで盗撮とかしてるから始末におえん。

だけどまあ、文句も言えんよね。表面上俺に直接指導請いに来てるわけじゃないからさー。なんか言っても適当にはぐらかされるしね。

だけど半端に任務に呼ばなくするのもそれはそれでまずいよなー。手綱握れんくなるし…いや、別に今も握れているわけじゃないんだけどな。これ以上のグダグダはまずいでしょう……うーむジレンマ。

俺としてはあいつらみたいな新人組は、今ん所高町の教導みたいな教科書通り以外の不純物は混ぜるべきじゃないと思うんだけどねー……。怪我のもとだよ。

大体俺みたいに生きるために必死になるような時期はもっと後だと思うんだが、まああの必死になり方じゃ下手に刺激するとかえって悪化する気もしてしまうのが悩みどころなんだよね。

……ホント。なぜ俺がここまで悩まにゃならんのか……。教導隊の出でもないのに……。

閑話休題。

まあ、最初は高町とかフェイトさんとかが休暇なら一緒にいかないかーとか、お休み一日目なので朝練のあとエリ坊の部屋に戻って二度寝体勢だった俺に通信で連絡とってきたんだが、休暇だからこそ放っておいてくださいと通信切って突っぱねた。この辺は楽勝。

しかし軽く事情聞いて思ったんだが、いくらロストロギア捜索のためとはいえ隊長陣全員出張るとかどうなん? しかも新人まで連れて。

説明ん時の会話のフィーリングとか休暇中の俺誘ってるところからして任務兼休暇のつもりなんだろうか?

しかしこれじゃ六課、空も同然じゃんか。

この場合六課に来た任務どうするんだろう。ほとんど非戦闘要員しかいない上に俺だって休暇取ってるのに。……まあ処理能力超えた任務入ったら断るんだろうけども、グリフィス君あたりが。……ごめん、ダルい役割押し付けて。

とはいえ異動以来無休で働いてきた身としてはそろそろ流石に休暇とんないと体も心ももたんのだよね。仕事の具合からして俺が休暇取れそうなの今くらいしかないし。お詫びに今度美味いお茶菓子持ってくから休憩時間に一緒に茶でも飲もうグリフィス君。

しかし高町とかよくもまああれだけ働いておいて休暇取らずに生きていけるなと本気で感心する。

人間、体を休めるってのはすごく重要なことだと思うんだが……懲りずにいまだに無茶な仕事の仕方してるらしいし、マジで今度親父と相談した方がいいだろうか。

まーたこんな下らないことで何か起こされてもつまらないしねー。

なーんて、高町の誘い突っぱねた後こんなこと考えてたんだが、そうこうしてると今度はエリ坊から連絡入って遠慮がちに、お願いだから一緒に行こうよとか言われたからさあ弱った。

高町とか相手ならともかく、エリ坊相手だと無碍に断れん。宿の恩義とかあるし、何よりこういう風に純粋に懐いてくれてる子供を突き放すのは精神衛生上よろしくない。

と言うかどうせ夜練のこともあるしついて行った方がいいのかねーとか思うのも事実。視線が辛いけど主にティア嬢の。

仕方ないから溜め息一つとともに了承の返事返すと超嬉しそうにお礼言ってきた。癒されるねー。

ちなみにエリ坊の近くから聞こえてくる高町の「せーくん私の誘いは断ったのになんでー!?」と言う叫び声は気にしない。

集合場所と時間聞いてから通信切る。さて、適当に旅支度してから向かいますかね。






























とりあえずエリ坊たちに金魚のフンのごとくくっついてって海鳴へ到着。ちなみに私服。

任務に関しては俺には関係ないのでさっさと別行動とらせてもらうとしよう。

その旨伝えたらみんなして微妙な顔したけど知らん。と言うか俺今日休暇なわけだから文句言われる筋合いないと思うんだけど。エリ坊が夜に寂しい言うからついてきただけなのに団体行動とらなきゃならんとか嫌ですたい。

そんなわけであいつらに背向けて早速翠屋へと向かうことにする。あの落ち着いた雰囲気の喫茶店で茶をしばき倒しながらぐでーっとするのも悪くないと思う。士郎さんたちに会うのも久しぶりなのでちょっと楽しみ。

で、その道中に商店街で前の方歩いてる若干懐かしい後頭部を見つける。周りにひしめく黒の中で一人だけ髪金髪のショートだし歩き方が威風堂々なのでまず間違いなくあいつだよね。

あ、バーニング発見!とか大きな声出したらこっちに気付いて私はバニングスよ!とか叫びながら飛び掛かってきたので適当に避けてからまた挨拶。しかし知り合いとはいえ天下の往来でここまでノってくれる奴も珍しかろう。

貴重な友人だ、大事にしようと思う。

「やーお久しぶり。でっかくなったなーお前も」

「でっかくって……前に会ってからそれほど経ってないでしょ」

「いや、お前とは三年は会ってないだろ。俺が前にこっちに来たのはもうちょっと最近だけどもな。それからでっかくなったってのは俺みたいな適当なやつの適当な社交辞令だから文字通り意味がない、気にしなくてもいいぜよ。確か前に会った時も同じようなこと言った気がするしな」

そうだったっけ?とか首かしげる姿は昔と変わらんね。それにしてもあんたは変わんないわねーと言う仕草は随分とまあ大人っぽくなっちまったけども。

高町とかからは無意味に周期的に連絡入ったりしてたし、半年に一回くらいは任務の都合でかちあったりしてたからそこまで感じないんだが、流石に三年越しに会ったりすると印象変わるよね。まあ、金髪と勝ち気な感じは変わってなかったので判別には苦労せんかったけども。

それからいつも地球文化の転送サンキューとお礼言っておく。俺の無駄な地球の知識とか大抵こいつが人脈使っていろいろ漁った結果質のよかった商品群を格安で適当に送ってきてくれているから構成されているようなものだ。

漢字やら文献やら楽曲やらドラマやらバラエティやらアニメやらゲームやらはとても興味深い。もちろん金は払ってるよきっちりと換金して。

何でそこまでしてもらってるかってーとあれだ。母上様の故郷の文化について知れる数少ない機会だからねー。最近じゃ余計な知識の方が多いし趣味として楽しくなってきてるのも否めないけどな。

「しかし、あんたまで来るとは予想外だったわね。呼ばれたとしてもめんどくさいとか言って突っぱねるかと思ってたけど」

「よくぞ気付いたな。一回突っぱねました」

得意げに言ってやったら威張るんじゃないわよとか怒られた。なぜだ。

それから、まあいろいろあって来る運びになったわけだよ、でも休暇中だからあいつらとは別行動なんだぜとか事情を説明。バニングスこそこんな所で何で歩いてんのとか聞くと、今から翠屋行って美由希さんと月村とか拾ってから高町たちん所へ行く気なんだとか。車使わないのは気分転換なんだそうで。

それなら目的地同じだし一緒に行こうぜとか言ったら「何? それはデートのお誘いかしら?」とか生意気にも不敵に笑いながらそんなこと言ったので「……はっ」とか鼻で嘲笑ってやったら靴の踵で足の甲踏み抜かれた。

踏まれた所押さえて蹲りながら相変わらず過激ですねバーニングアリサさん、流石常時強烈炎焼女とか言ったら頭叩かれた。追撃コンボですねわかります。

そんなやり取りしながらノロノロと翠屋へ向かった。なんか久しぶりに適度な距離感の友人と楽しいやり取りした気がする。やっぱ気が楽になるね、こういうのはさ。






























ドア押しあけて翠屋に入ると、カウンターにいた士郎さんと目があった。

おお、久し振りだね!とか喜んでくれたので苦笑しながら挨拶する。そうしてる間にバニングスは奥の方のボックス席に行ってそこに座ってた女性陣呼んで戻ってきた。

なんとびっくり、そこには月村のほかにフェイトさんのお義姉さんとフェイトさんの使い魔さんがいた。

久し振りだねえ、とか、わー久し振り誠吾くんとか言われたので適当にはいはいワロスワロスとか言ったらまたバニングスに頭叩かれた。なんか自重しないとタンコブ出来そうなので自重しようと思う。

彼らとなんやかんやと雑談してると店の奥から桃子さんと美由希さんが登場。ところで桃子さん8年前から外見変わんないんだがあれか、賢者の石にでも手を出したのか。不老不死ですねわかります。

こちらも笑顔浮かべながら久しぶりとか言ってきたのではいはい(ry

テンプレどおりにバニングスに殴られるところまでやってから適当な席について本格的に雑談することに。なんか喫茶店的インターバルな時間なのか店内にはお客さんが皆無だったので美由希さんと桃子さんも参加してるけど気にしない。ところでカウンターに残ってる士郎さんが店主だから仕方がないとはいえ何だか不憫なんだが。

そんなこと思いつつ注文したコーヒー啜ったりシュークリームぱくついたりしながら話をした。両方とも相変わらずうめぇ。

まあ話の内容は主に高町の近況とかだけども。連絡はそれなりにしてるみたいだが仕事の内容については話さないらしいので俺のような裏口は魅力的なんだとか。

でも俺大してあいつのこと知らんから適当に風説の内容ばら撒いてみた。管理局の白い悪魔とか最強のエースとかそんな話。話の最後に内容の真偽はよく分からんけどねと付け加えるもの忘れない。

それから今度は俺の近況の話へ。あんま話す気はなかったんだけど自然と内容がこないだの高町たちの無茶の方へと向かってしまった。まあいいか。

うわぁ……って顔してるバニングスたちとかちょっと眉根よせてる桃子さんとかとは対照的にエイミィさんとかなんか苦笑してるだけだったけど、そう言えばこの人のお義母さんと夫の人って六課の後見人の人だよね。そりゃ苦笑するしかないな。

まあそんな話この人には関係なかろうし掘り下げる必要もないので無視する。

そんなこんなで話し続けてるとなぜか話題が妙な方向に、

「ところであんたとなのは、いい加減付き合ってんの?」

「あん?」

いきなり見当はずれなことを言い出すバニングス。俺があいつと付き合う?

「ありえん(笑)」

そう、そんなことは天地が引っくり返ってもありえない。だから士郎さんカウンターでグラス磨きながら俺に殺気を放つのはやめてください。笑顔なので余計に怖い。

「え、誠吾くんとなのはちゃんって付き合ってるんじゃなかったの?」

だからなんでだよ月村。ねーよ。あいつと付き合うとか絶対ねーよ。そもそもどこからそんな話が出てきましたかとか聞いたら「ふいんきで」と全員で答えおった。なぜか変換できないんですね、分かります。

てか違うって言ってんのになんで士郎さんの殺気は収まる気配を知らないの? これはあれですかなぜありえないんだそれは俺の娘に魅力が無いとそう言っているのかとか言う類の怒りの発生ですか。そうなると俺もう八方塞がりなんですがどうすればいいの。

しっかしお前らの目は節穴ですかそうですか。あの雰囲気で俺達が付き合ってるように見えるとか眼科と脳外科どちらを勧めればいいのだろうか。あ、親父紹介してやろうか?

とか言ったらまたバニングスに(ry

このままいくと俺の脳細胞が死滅する気がするのでそろそろ本格的に自重しようと思う。

んな感じで延々と雑談してたらいい加減いい感じの時間になったので一足先にバニングスに引きずられて例のコテージへと戻る運びに。

こっからは勿論バニングス家御用達の高級外車で移動である。久しぶりですね執事さんとかあいさつしつつ乗り込んでそれから快適なドライブを満喫。

件のコテージにたどり着くとなんか知らんがいきなりバーベキューの準備にかりだされた。

何で俺がこんなことを……とか文句言ってたらバニングスにどうせ暇でしょあんた、だったら仕事あがりの同僚気遣ってあげなさいよとか言われてなし崩し的に料理するはめに。

別にいいけどね。どうせバーベキューとか材料切っていろいろ下準備して焼くだけだし。六課来る前は適当に自宅で自炊とかしてましたしそんくらいはできる。切るのが大雑把なのも味付けが適当なのも男の適当料理だと諦めてくれるなら文句は特にない。どうせ俺もここで飯食うわけだからちょっとくらい働かんと文句言われる気もする。

そんなわけで先に料理始めてた八神と、途中から合流した高町(なんか翠屋寄ってたらしい、俺たちとはニアミス)を相手に敬語でこき使ったり反対にタメ語でこき使われたりして、それ聞いたバニングスに何よその変な態度とか突っ込まれたりしながらワイワイがやがやと飯食うことに。

「てか、どうしましたか高町さん。元気ないですね」

「え、あ、と……。お母さんに怒られた……」

は? と思って話を聞くと、俺がチクったアレの件でお説教を受けたのだそうだ。

そりゃあ愉快だ。うっは、ざまぁとか爆笑してたらティア嬢に大人気ないわねあんたと蔑まれて泣きそうになった。

まあそれはどうでもいいがスバ公とエリ坊がやばい。普段から無駄に食うなあとは思ってたんだが、今日は気合が違う。てか夜練始めてからカロリー消費が激しいのか気合が違う。

これが出会って最初の頃のゲンヤさんが給料日前の俺の一杯のお誘いで自重しながら飲んでた理由の一つかなー、家計が火の車なんですねわかります。このノリだとギンガさんとかもこれくらい食うのだろうかねーとか思いつつ肉食ってた。いやー平和だねー。






























なんかスーパー銭湯とか言うところに風呂入りにぞろぞろとやって来たんだがエリ坊が女性陣に一緒に入ろうよとか言われて困惑しきっていた。

みんなのアイドルって大変だよなーとか思いながら無視して俺だけさっさと男湯行こうとしたら思い切り服の裾掴まれて引き留められた。

そっち見るとエリ坊が超涙目で俺見てる。助けて欲しいんですかわかりません。

てかなぜ俺に頼るのよとか思ったけどよく考えたら男俺一人だった。

仕方ないのでふははははお前らのアイドルは俺がいただいたとか言いながらエリ坊抱えて男湯へ逃げ込んだ。

去り際にフェイトさんがすんげー残念そうな顔してたんだが仕方ない。エリ坊だって男だし、矜持ってもんがあろう。

で、

なぜだか知らんがキャロ嬢までおまけについてきた。なんかどうしてもエリ坊と裸の付き合いしたいらしい。ついでに俺とも。

なんというチャレンジャー。同年代の男の子と風呂入りたいとか十歳にしてありえるのだろうかとか思う。どういう育て方してんのフェイトさん……。

俺は別にどっちでもよかったんだが、テンパりまくってるエリ坊がかわいそうだったのでキャロ嬢には俺様のありがたーい(笑)男のプライド論を延々と聞かせて男湯を御退場願った。

ところで説教の最後の方にキャロ嬢の目が漫画のキャラみたくぐるぐる回ってたんだが俺の説教って催眠効果でもあるんだろうか。同じような内容の言葉を延々とループさせてただけなんだが……。無限ループって怖くね? エンドレスエイト的な意味でも。

その後普通に男二人で裸の付き合い。俺が頭に畳んだタオル乗せてぐっでーっと湯船につかってるとエリ坊が横でセイゴ誘ってよかった……とか本気でしみじみ言っとったんだが笑い飛ばした方がいいんだろうか?

まあ確かにこいつが一人であのメンバー相手に抵抗しきれたとは思えんよね。少なくともキャロ嬢のあれに対応できたとは思えん。

でも十歳にして子供扱いで女と混浴はねーよどんだけいっても八歳が限界だと思います。それでも入ったら確実に未来のネタになるよね。あだ名はエロオでよろしいか。

しかしこいつもこいつで将来苦労が絶えそうにない。貧乏くじを引きやすい俺とは末永く仲良くやれそうである。

で、

風呂からあがってエリ坊と一緒にロビーみたいなところで牛乳一気飲みしてたらめっちゃつやつやした顔しとる八神に遭遇したからなんぞやとか思ってたまたま近くを通ったフェイトさんに事情を聞いてみたらかあぁっと顔が赤くなってから平手で思い切り頬を張り飛ばされた。

ちなみに彼女はそのまま逃走。

なんという理不尽。俺が何をしましたか? てかあの人テンパると殴るより先に逃げる人だと思ってたんだがそうでもなかったらしい。

つーか下手に殴られるよりひっぱたかれる方がダメージでかいよね心的にも体的にも。さすが女性のメインウェポン。

とか思いながらエリ坊があわあわしてる横で壁に手をついて打ちひしがれてるうちにシグナムさんが近くにやってきて俺の肩にポンと手を置いた。

そちらを見るとなんか俺に対してすんげー不憫そうな顔向けてたのでちょっと報われた気分になる。

そのまま流れで八神が風呂ん中でなにしてたのか教えてくれた。要するにアレだ、八神式エロ魔神大降臨の巻だったそうで。

……なんかすんげー釈然としないんですがなんであいつのセクハラのツケを俺が払う感じになってんの?

そりゃ確かに俺も何の遠慮もなく聞くとかデリカシー足りなかったかも知れんけどなんか納得いかないわー。

あまりに納得いかなかったのであーたの主に報復していいですかとか聞いたら味方のはずだった騎士さんがならば私を倒していくがいいとか言いながら魔王の部屋へと続く扉を守るガーディアンへとクラスチェンジしたので断念した。

やっぱ復讐とかいくないよね、うん。




ちなみに数分後、頭が冷えたらしいフェイトさんが高町に連れられて平謝りしにきた。これはむしろ俺の方が悪い気もするので俺も素直に頭下げて解決。いや、ホント平和だわ。






























結局任務自体はキャロ嬢の活躍で幕を閉じた────そうな。

俺全然関わってなかったから詳細は知らねーけど高町に聞いた限りはそう言う風に片付いたらしい。

それにしてもエリ坊に頼まれてやってきただけだったけど意外といい休暇になったな。今度あいつにはなんか奢ってあげようくらいには思う。さて何がいいかねー。































2009年7月14日 投稿

2010年8月23日 改稿



[9553] 第十三話-ホテル×ドレス×着火-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/23 03:38
海鳴から帰ってきてからさらに数日。

あー今日も今日とて忙しいねー無意味に、とか思いながらいつも通りに任務終了の報告書持って部隊長室尋ねたらその流れで次の任務へ赴く運びとなった。なんでやねん。

ツヴァイに背中押されてヘリに向かいながらどうしてそーなるのねーねーねーとか文句言いたくなったけど、まあ仕方ないかと考え直して諦める。

最近忙しいんだよねーとは言うものの、それは六課の中でも一部の人間だけだ。

その一部の人間ってのは俺を筆頭にセイス隊長の所の任務をこなしてるやつらだけ。ぶっちゃけそれ以外の連中はそれなりの仕事量しかこなしてないんじゃなかろーか。知らんけど。

そんなわけで、六課にとっては追加分なお仕事処理を先陣切って率いる微妙な役職についているワタクシは自動的に馬車馬の如く働かにゃならんというわけでござる。

要するにこんな風に連続で仕事してるのこの課じゃ俺だけです。残念! ……ああ、新人も同じようなスケジュールだったか。まあそれはいいとして。

あーあ、半年くらい前に職場の同僚と酒飲みながら「働きたくないでござる! 働きたくないでござる!」とか居酒屋で馬鹿騒ぎしてた頃が懐かしいね。

つーかこっち来てから酒飲む暇も無いんだが……。まともな休暇もこないだの二日以外は取れそうにないし、今度ゆっくりごろごろ出来るのはいつになるんでしょうねー。

バニングスさんから送られてくる地球の文化共が現在順調に自宅のリビングに段ボール箱に詰められたまま溜まっていってるんだがどうするんだこれは、一回整理しに戻って来いとか親父に散々文句言われてるんだけど無理ですね無理。

しかしこれが噂に聞く積みゲーと言うやつか。まあ積んでるのはゲームだけじゃないけどな。

親父的には自分一人じゃ片付けきれないからいい加減どうにかしてほしいようだ。自分だってたまに暇な時には適当にラノベとかゲームとか借りて行くんだからたまにはああいうのの整理手伝ってくれてもいいじゃんかとも思う。

けど勝手に弄りまわされると後で面倒なことになる気もするので強くも言えないんだよね。仕方ないね。

全く、男の二人暮らしってのは面倒極まりないな。

だけどだからと言って家で顔合わすたびに早く孫の顔が見たいなあとか戯言言うのは勘弁してほしいよね。

しかしジジイてめーまだギリギリ四十代の癖にもうお爺ちゃんになるのがお望みですかそうですか。ちなみに俺はまだ人生の墓場には行きたかないがな。

つーかあのおっさん、恐れ多くも俺の相手は高町がお望みのようである。

しかしよく考えろ。俺に士郎さんを突破するだけの気概があるとお思いか。つーか運よく士郎さん説得できたとしてもその先には稀代のシスコンいるからどう考えても無理ですね理解して。

恭也さん年甲斐もなくはっちゃけてるから扱い間違うとマジで死に直結する。超怖い。

それに夫の暴走を止めるべき家内さんが積極的に焚きつけたりするからね。人の不幸は蜜の味?

てか、どうしてどいつもこいつもあいつと俺をひっつけたがるのか理解に苦しむ。そんなんじゃねーって言ってんのに……。

難なら今度あいつに直接聞いてみ、「せーくんとの関係? 大切なお友達だよ」ってすんげーいい笑顔で言うから絶対言うから間違いないから。

あいつはそう言うやつですよ。俺だって今まで何人かの女性と付き合ったり別れたりしてきたわけですが、あいつはいろんな意味で規格外。

あんだけなれなれしく接してくる上に俺がどこにいようと特に気にもせず連絡してくるくせに別に恋愛感情ありませんとか言う女性は生まれて初めてです。

だって着拒すると職場の受付に電話してきたりするからね。どんだけしつけーんだよ。

しかもあいつのその行動のせいで俺が所属する課には俺とあいつがただならぬ関係だとかいう噂が漏れることなく流れるもんだから最近じゃ女が寄りついてこん。

あいつ容姿も経歴もやべーくらい特上だから対抗しようとするお馬さんがどこにもいません。しかも苦難の末に高町に打ち勝っても手にするものは生きるの適当な男とほんの少しの達成感だけ。そりゃ誰も関わりたがりませんって。

そのくせあんだけ俺の周囲かき回しておきながらあいつ自身にはそんな気ないというんだからもうどうしろと言うの。あいつにこのテの話しても首傾げるだけだしよォ!

……もういいよ。これただの愚痴だよそうですよ遠まわしに言ってるけど彼女いない歴もう数年なんだよおおおお! 

……言っててむなしくなるだけだから話題を変えよう。

……そうだ、それはそれとして誰かと楽しい酒が飲みたいな。

今度ヴァイスさんとザッフィー誘ってゲンヤさんと一緒に居酒屋梯子して朝までコースとかやるのもいいかもしれない。たまには浴びるくらい飲んだってバチは当たらんはずだ。

酒は飲んでも呑まれるなとはよく言うが、たまには呑まれて楽しく生きたい社会人。

てか俺今までどんだけ飲んでも記憶がぶっ飛んだことが無いので、一回呑まれてみたい気もするね。

などなどぼーっと考えながらヘリに乗り込むとティア嬢に睨まれるデジャヴ発生。

昨日のあれが原因ですかそうですよね。

……失敗したなー、いいかげん面倒くさくなってきたからって、あいつのことも俺のことも余計なことを言い過ぎた。無駄な説教って怪我のもとだよね。

そんなこと思いながら運転席の方へとそそくさと逃げてティア嬢の視界から外れるように努力しつつ、今度マジで腰落ち着けて話し合おう、怖いからいろんな意味でとか考えてると、そのうち八神が任務の説明を始めた。

まずは前座にフェイトさんが調べを進めてるガジェットドローンの製作容疑者の話。

名をジェイル・スカリエッティと呼ばれるその男を重要参考人として今のところはしょっぴく心積もりなんだとさ。

しかしあんなわらわらとその辺からゴキブリのように湧きだす果てしなく面倒くさいもんを作ってるようなやつだからもっと陰険そうな爺さんタイプかと思ったけどそうでもなかった。まあ嫌みそうな顔はしてるけどな。

それはともかく本題はこちら、本日二つ目(俺とエリ坊とキャロ嬢は)のお仕事は、アグスタってホテルの警護だってさ。

なんでもそのホテルで規模のでかい骨董美術品のオークションをやるそうで、そこに集まるロストロギアに引き寄せられてくる可能性のあるガジェットどもを迎撃し、その会場の警備と人員の警護をするのが今回の任務内容なんだとか。

で、高町たち隊長陣は建物の中の警備に回るもんだから前線は俺含め副隊長陣と新人組で支えることになるらしい。

まあ人員配置としては妥当なセンだろうか。こんな出てくる敵が軒並み微妙そうな任務に隊長陣に出張られたら新人の経験値稼ぎができなくなっちまう。ただでさえ副隊長達と俺だけで終わらせられそうな任務なのに。

それにどういう風に前線を抜かれようと、中に高町たちがいるのなら全く問題ないだろう。むしろホテル内に侵入するようなガジェットには同情したくなるね。

そんな感じで任務の説明を終えたあたりでキャロ嬢が手をあげてシャミーに質問した。

どうやらキャロ嬢、シャミーの足元にある箱の中身が気になったらしい。

それの中身なら確かに俺もちょっと気になってはいたんだがどうせ碌なものじゃなさそうなので存在を無視していたのに好奇心とは本当に恐ろしいよね戦場ヶ原さん。

案の定質問されたシャマルさんは含み笑いを浮かべて気になる一言。ああ、これ隊長たちのお仕事着とか言い出したんだが訳が分からん。

それの中身はバリアジャケットかなんかですかそうですか。バリアジャケットの重ね着とかお前らは何がしたいの? 武装錬金? シルバースキン? ストレイト・ジャケット? あ、最後のやつ有用性高そう。

とか下らねー話は置いといて、隊長のお仕事着と聞いてそんなもんしか思いつかない俺は発想力が貧困なんだろう、うんそれでいいよもうとか一人で完結して勝手に拗ね始めようとしたところで八神がこっちに近付いてきて小さな声で耳打ちしてきた。

「誠吾君。この任務終わって六課帰ってからでええんやけど、話があるからちょっと時間貰えへんやろか?」

「……は? 話があるなら今ここでしたらいいじゃないですか」

「……それはやめといた方がええと思うんよ。お互いのためにな」

じゃ、そういうことで。と手をひらひら振って俺から離れる八神。

……いったいなんだ? あいつにしては珍しく俺の内面に踏み込んでこないような話し方して来たけど……。

……うーん、なんか嫌な予感するねー。

けどまあ、帰らなきゃ話さないってんだから今は気にしても仕方ないか。

精々さっさと話を聞けるよう、五体満足で帰れるように努力するといたしますかね。






























とか殊勝なこと考えてた俺に充てられた担当区域でデバイス起動はせずに突っ立ってたら高町たちから連絡用の端末に通信入って呼びだされた。

なぜかサウンドオンリーなその通信に違和感を覚えながらも呼びだされた手前仕方なくヴァイスさんのヘリまで戻ってういーっすとかあいさつしながら乗り込んだんだが……。

なんということでしょう。殺風景なヘリの中には、およそその外観に似合わぬ服装をしたドレス姿の六課隊長陣三人娘がたたずんでいました。

ヴァイスさんの姿が運転席に見えないのでこいつらの着替えのせいで愛機の搭乗から辞さざるをえなかったようだと推測を立てる。

しかしそれで状況全てを掴めたわけでは当然無く、へへ、どう、せーくん? とか嬉しそうに聞いてくる高町見ながら、はぁ?とか思った。

うん。訳分からん。

見た目について聞かれたのでまー馬子にも衣装でございますねとか適当に答えたせいでぶーぶー言い始めた三人娘のブーイング聞き流しながら、なんでこいつら警備任務の真っ最中にこんな動き辛そうな格好してさらに化粧までして決めてんのアホなの馬鹿なのとか心中悪態吐いてた。

確かにデバイス起動すりゃ速攻そんな服関係なく戦闘起動に入れるだろうけど、だからってこれは無いわー。

それともあれか、流石にこんな各界の著名人がいらっしゃるような大規模なオークション会場内ではたとえ管理局だろうと制服姿は御法度ですとかご注意受けたんだろうかね。なるほど、仕事着とはそういうことかシャミー。

それならまあ仕方ないかねーとも思う。いきなり襲われた時に咄嗟の動き邪魔されるような服装はどうかと思うけど、そこは俺達がガジェット通さなけりゃいい話でもあるからなー。

そんな信頼なんだかなんなんだかよく分からんもの向けられても何にも嬉しくは無いが気合は入った。よし戻って頑張るか。

とか現実から目を逸らしながら高町たちの顔見てて思ったんだがなんか全体的に化粧けばくね? でもドレス着る時とかこんなもんなのかねーとか悩んでたんだがいや多分そんなことは無い。

確かにそれなりに年齢イったおばさんとか結構濃い化粧したりしてるけど、十九でこれは無いだろー。

もっとナチュラルメイクを心がけてどうのこうのってあの人なら言うよね。

────ああ、このメイクが正しいのかどうかとか、あの人に見せれば速攻分かるじゃん。

俺はポケットから端末を取り出すと、ちょちょいとそれを操作して通信回線を開く。

スリーコールで応答あり。画面にいでしは懐かしの隊長、セイス・クーガー。

ちなみに夫の名前はカズマ、娘の名前はかなみ、息子の名前はリュウホウである。なんというスクライド一家(名前だけ)ちなみに彼らはスクライドを知らない。

そういやなぜストレイトがいないのとか隊長に聞いたことがあるんだが、なぜ知っているとか驚かれながらカズマさんの父さんがストレイトさんなんだとか教えてもらった。生まれるの早すぎだよさすが兄貴とか思った。度肝抜かれるよね、ホント。

『おや、久し振りだな青年。ところで私は今現在、以前までなら必ず君に押し付けていただろう多大なる事務処理の真っ最中な訳だがこんな時分にわざわざ連絡を取ってきたからにはそれ相応の理由が勿論あるのだろうな、なければ……分かっているな?』

……一月近く会っていなくても相変わらずなのには安心しましたが、薄ら笑いを浮かべながら物騒なこと口にしてんじゃねーよこえーよこのドSめとか思ったけど言わない。自重は財産さ。

いちいち説明すんのもめんどいような用事なので、緊急事態です。助けてください。とか適当なこと言いながらまた端末操作して隊長側の端末に移る映像を俺から高町たちへと切り替える。

その瞬間、俺の端末の画面に映る隊長の顔色が一変した。

それから両手がものすんごいわなわなし始めたので面倒なことになる前に八神に近付いて端末を押し付けた。

高町たちの視点にしてみれば不可解だろうそんな俺の行動に三人して「え? ……え?」とか戸惑ってるの見ながら俺はさっさとそのヘリを退去。

ヘリから降りて、そのまま素早く扉を閉める。で、両手使って両耳ふさいでから数瞬して、扉の向こうからすんげー巨大な『こんの愚か者どもがああああああっ!』と言う怒鳴り声が響いてきた。扉越しでこれとかぞっとしないよね。

おーおー今日も盛大にやらかしましたねセイス隊長とか思いつつ俺はそそくさと自分の持ち場へと戻ることにした。

補足説明となるが、セイス隊長の数少ない趣味の欄の中には、化粧という項目がある。

あの人普段は何事にも淡白なんだが、化粧のこととなると超うるさいのだ。

特に他人の間違った化粧知識と言うやつがたまらなく許せないらしく、あの人の前で酷い化粧をしていると例外なく説教受けた後講習を受けることになる。無論化粧のいろはをだ。

そんなわけで高町たちが彼女の説教と講義から解放されたのは半時間弱経ってからだったとか。

うちわけは、説教十分、講習十分、実践十分だってさ。

可哀想かもとは思ったけど、あの人の化粧講義はかなりタメになるとあの課の女子には専ら評判だったので無駄にはなるまい。

ついでに高町とかいい加減隊長と話だけでもしとけと思う。結局あいつ休みとりゃしないし。

まあ仕事内容見てるとこれだけやってるなら仕方ないとか俺でも思うレベルの密度だから今回はこんな感じで謝っとくといいさ。

なんだかんだであの人なら、ああ、構わんよとか言って許してあげると思うのでな。

で、高町に後で聞いた話だと、互いの頭が冷えたあたりでちゃんと頭を下げて謝ったら、息子用と娘用に高町がサインくれたら許してあげようとか言われたそうな。

そう言えばあの二人、高町の大ファンだったっけ。さすが管理局のエースは知名度から違うよね。以前知り合いだとか言ったら「あわせろあわせろ」うるさかった記憶あるよ。

もちろん会わせなかったけどな。なぜかって? めんどいからに決まっとろうが。

というわけで、高町たちとセイス隊長の仲直りが、ここに終了したというわけであった。

まあこれ単なる応急処置で、そのうち絶対休み取らせて菓子の折詰持って謝り行かせるから絶対行かせるから!

サインはその時渡させよう。






























介入結果その十四 ティアナランスターの着火






海鳴での任務から帰ってきてから数日。今日この日も私は、もう慣れすら入り混じり始めたセイゴ・プレマシーとの合同任務に赴いていた。

ただし今日はいつもと少し勝手が違う。

通常ならスターズの新人、またはライトニングの新人の交代制でこいつについて行くということにいつのまにか決まっていたのだけど、今日はたまたまスバルのデバイスが調整のオーバーホール中だったから私だけが単独でついてくることになってしまった。

「今回は特に人手はいらない任務だから大丈夫だべ」、とはこいつの弁。

その言葉は確かに本当で、てきぱきと任務を終え、ヘリを使うような距離を出かけたわけでもなかったので徒歩で帰路についていた時のことになる。

「なーティア嬢。もうメンドクセーから文句言うのは控え目にするけど本日は貴様と二人きりというちょうどいい機会なので一つだけ聞いておきたいことがございます」

「な、なによ?」

それまで無言で私の隣を歩いていたこいつが唐突に口を開いたので、少し戸惑いながら聞き返すと、こいつはいつもの軽い口調で答え辛いことを口にした。

「俺の戦闘ってさー、お前らのなんかの足しになるわけ?」

「……それは」

そう聞かれて私が返すべき答えがあるとすれば────なる。

こいつの戦闘には、今まで私が…私たちが知らなかった戦いの生々しさがあった。

教科書の中にあるおとぎ話のような戦いだけが戦闘の全てではないんだって、改めてそう思い知らされた。

驚異的な魔力で押しつぶすのではなく。

圧倒的な物量で押し流すのでもなく。

真っ向から相手と切り結ぶのでもない。

自分に出来ることだけを駆使して道を切り開いていく。

足りなければ自分の出来ることすべてをかき集めて、実力の拮抗している、あるいは実力を凌駕されている敵を臥せて行く。

それは私には無い物で、だから自分のものにしたいと思った。

私がこの先目指しているものに、執務官という目標に、それは必要なものだと思ったから。

もちろんそれだけじゃない。

大体こいつは、自分が大したことをしていないような素振りで戦闘をしているけど、そんなわけがない。

相手の攻撃の全てを、刀一本とシールドだけで悉く柳のように受け流して平然としているようなやつが。

「なんでお前ら収束砲撃正面から受け止めるの馬鹿なの死にたいの? 体位調整してシールド斜めに張って受けねーと楽に威力受け流せないだろ。正面から受けるとかねーよ」とか言うやつが。

誘導弾数十発を一点集中して、ラウンドシールドごと敵の魔導師を吹き飛ばすようなやつが。

普通であるはずが、絶対にない。

あれだけの体捌きをして。

敵の放った砲撃に合わせて一々受け方を調節するような芸当を見せて。

針の糸を通すようなコントロールで誘導弾全ての着弾点をほぼ同位置に集中させるような奴が、普通であるはずが無いのに。

なのにこいつは、「俺なんかよりお前たちの方がよっぽどすげーだろ」なんて、平然と言い放つのだ。「俺はただ単に戦闘慣れしてるだけだって」と。

確かに、こいつの周りにいる人たちがこいつ以上に普通じゃないのは私にだってわかる。

なのはさんや他の隊長の人達はもちろん。エリオも、キャロも、スバルだって規格外だ。

だけど、これだけの人財の中にいて自分を見失わないだけ強いくせに、それをどうとも思っていないなんて……。

これじゃあ、私は……。凡人の私は、必死に学ぶしかないじゃないか……。

だから学ぶ。私の知らない何かを。

そのために私は、こいつを見ている。

自分は凡人だと言い張るこいつを。

セイゴ・プレマシーを。

「おーい、聞こえてるか?」

「……え」

目の前で手をちらちらされながら声をかけられて耽っていた思案から意識を引き戻されると、私の前で胡散臭そうな表情を浮かべたそいつが立っていた。

質問に対する答えを探そうとして立ち止まってしまったようだった。

「聞こえてるわよ。なに?」

「……いや、なに?も何も、お前が道の真ん中で見事なヘブン状態に入ったから俺も立ち止まらざるをえなかったわけですが」

「う……」

痛い所を突かれて私がひるむと、こいつはさらに続けて言った。

「んで? さっきの質問の答えはいずこへ?」

再び聞かれて、逡巡しながら答える。観察しているのを悟られている以上、下手に隠しても仕方がない。

「……なるわよ」

「なるのか?」

「……そうよ」

「本当になるのか?」

「……なるって言ってるでしょ」

「……前からずっと思ってたんだけどお前さー」

「……何よ」

「なにが原因か知らんけど焦り過ぎじゃね?」

「────っ」

心臓が、跳ねた。

目を見開いているのが自分でもわかる。

誰でも言えるような簡単な一言なのに、心臓を鷲掴みにされたかのように体が硬直する。

焦ってる? 私が────?

「そうまでして力が欲しい理由が……まああったとして、と言うかあるんだろうけども。力なんて使い方が身に染みついてなけりゃ振り回されるだけだぞ」

「……だから、なに? だったら使い方が身につくまで反復すればいい。ただそれだけよ」

「……あのなー、こんな説教くさいことわざわざ言いたかねーけど、お前達が今やるべきことってのは高町の言うこと聞いてだな────」

「────っ! あんたに何がわかるのよ!」

「────!」

口にした直後、目を丸くしたこいつの顔を見て、それからはっとした。

何を言っているんだ、私は。

会ってまだ一月ほどしか経っていない、ただの職場の上司なんかに、私の気持ちを理解してもらえるはずなんてない。そんなのどう考えたって無茶な望みだ。

無茶な望みだって、分かってるはずなのに……。

なんでこんなにイラついてんのよ、私……。こいつが私に何を言おうと関係なんて────

……無いはず、よね……?

なによ、この嫌な感じ……。気分悪い。

「確かにわっかんねーな。自分のことだって訳わかんなくて一度大失敗やらかしたのに他人のことなんぞ……」

「……っ、なによそれ……」

咄嗟にこぼした一言に反応して聞くと、あいつははっとしてからバツが悪そうに視線を伏せた。

「……いや、なんでもねー。忘れろ」

「……あっそ。だったら、こっちの話もお終いね」

「……そうかい。分かったよ、もう聞かねえ」

無理やり話を切り上げると、こいつももう会話を続ける気を無くしたようだった。

私への追及を半端に諦めてまで、聞かれたくない話だったのだろうか?

こいつの過去にも、そういうものが?

……だけどそんなの関係ない。

こいつの文句も、いい加減聞き飽きた。

だから、私のやっていることを認める気が無いのなら、実力で認めさせればいい。

今までずっとそうやって生きてきた。だから、今回も────

次の任務で見せつけてやろう。



私の、ランスターの存在意義を────



六課がホテルアグスタのオークション警護任務につくのは、この次の日のことになる。






























2009年7月19日 投稿

2010年8月23日 改稿



[9553] 第十四話-接触×考察×燃焼-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/28 23:34
セイス隊長に高町たちを押し付けたのか高町たちにセイス隊長を押し付けたのかは微妙な線ではあるがあんな感じで双方を放置して俺がもといた担当区域まで戻って来てから一時間ほど経って、シャマルさんから連絡が入った。

どうやら予想通りにガジェットの大群が現れた模様。現在確認できているだけでⅠ型40とⅢ型8だそうで。

ついでに作戦指揮は自分が取るので指示に従うようにとの通達。

とりあえず防衛ラインはティア嬢たちに任せて俺たちで迎撃に出る感じにするような作戦展開のようだ。

こうなった以上デバイスを展開しないわけにはいかないのでシャーリーにデバイス起動の承認もらってささっと起動。ガンナーを左手に、刀を右手に携える感じでソニックムーブ使ってシャーリーが送ってきた座標データに添って移動。

目についたガジェットをヴァリアブル・シュートでこまごまと迎撃していく。

近くにいたガジェット十機ほど一掃したあたりでシグナムさんとヴィータが合流してきて二人して驚いてた。

この程度の雑魚多少蹴散らしたくらいでそんなに驚くようなことだろうか? 所詮は頭の出来のお粗末な機械兵器なんぞ相手にいちいち遅れ取ってたら、あんなに多彩な任務こなすことなんて出来やしないと思うので実際大したことないよねこの程度。

とか思いつつ先を急ぐ。今狩った分じゃ全体の四分の一ほども撃破していない。Ⅲ型にも出会ってないしな。

そんな折ふと気になったので聞いてみた。

「ところでザフィーラさんどこ行ったんすか?」

「別の区域で他のガジェットを迎撃している。確かにこの区域にガジェットが集中してはいるが、しかしそれでもここだけに攻め入ってきているというわけではないからな」

俺の問いに簡潔に答えると、刀剣型のデバイスレヴァンテインを携えて、シグナムさんは敵の現存座標の方へと駆けて行った。

その後ろ姿見ながらつくづく思うが、あの人ホント『颯爽』って言葉が似合うお人だよね。男の目指す姿を体現する女性とかすげーなと純粋に思う。

「……で、なんであんたは俺の横にいらっしゃるので?」

「前に言ったろ。お前の背中はあたしが守るって」

ヴィータがうっすい胸張りながら偉そうに言った。

そう言えばそんなこと言われてそれを認めた気もする。だけどマジで実行する気だとかちょっとありえんと思うんだが。

俺だってガキじゃないしてめーの始末くらいてめーでつけられる。あんまし過保護にまとわりつかれるのもちょっとなー。

とか思いつつもどうせ何言ってもこいつの鉄壁のような意志相手にゃ無駄だと思うので一緒になって遠距離からⅠ型のガジェット狙撃することにした。

しかし相変わらずなんかすげー魔力弾の撃ち方するよなヴィータ。

目の前に浮かした魔力弾をグラーフアイゼンと言う名のハンマーでぶっ叩いて打ち飛ばすとかいまどきちょっと見ないくらい原始的だ。

だけど単発の威力俺のノーマルショットよりも上だから驚くしかないよね。ゲートボール(?)万歳。

向こうの方じゃシグナムさんも紫電一閃とかでⅢ型真っ二つに両断したりしてるし、ホント隊長陣と一緒に仕事だと楽でいいわ。新人率いてのハラハラ任務も緊張感あっていいけどね。

そんな感じでこのまま適度に手間取りつつ今日の任務も無事終了かねーとか思い始めたあたりで戦況に異変発生。

通信やら念話やらになんとも風向きのよろしくない報告がいくつか入ってくる。

敵さんの中に召喚士がいるとかどういうことだよ聞いてねーよ。しかも話を聞いてると随分と異常な魔力をお持ちのご様子で。

そんで俺達が微妙に浮き足立ってるうちにいきなり動きの良くなるガジェット勢。周囲のガジェットと結託して連携して攻撃したり防御したりと活躍を始めおった。

どうやらオートマトンから手動操作に切り替わったようだ。そんな悪いことをするのはどこのどいつだとか思ったけどそれ突き止めるの俺の役目じゃないからまあいいや。

で、シグナムさんから俺に指示。このまま彼女と一緒にこのあたりの敵を片付けるって話に。

ヴィータの方はホテルの防衛線守ってる新人たちの所へ行くように言われてたんだがなんだか後ろ髪引かれたように俺の方見たのでシグナムさんいるから大丈夫でしょ、それともなんでござるか、ヴォルケンリッター烈火の将が鉄槌の騎士の信用を得ていないことをその身をもって証明なされるおつもりかとか言ったらシグナムさんが俺を睨むの見てから渋々とホテルの方へと飛んで行った。

それ見送ってから頭を下げる俺。

「すみません。下手に説得するよりあなたをダシに挑発するのが一番早いかと思いまして」

「……いや、いい。お前の判断は正しかった。私ではああも容易に説得はできなかっただろう」

それにしてもあいつも過保護が過ぎるなとかぼやいていたので全く同意ですと答えたら苦笑が帰ってきた。

で、急に動きのよくなったガジェットどもをちょっとだけ気合い入れなおしてハンティングしてると、少し離れた位置をどこかへと飛び去っていく小さな人型を見つけたので、刀の方のカートリッジ二発ロードして誘導弾フル展開して周囲のガジェットフルボッコにしてからシグナムさんに念話でちょっとふけますと言いおいて追いかけた。

ヴィータがホテル戻ったあとすぐにザフィーラさん来たし、俺いなくてもあの二人なら前線支えられるだろう。俺もだいぶ数削ったし。

とか言い訳頭に浮かべながらさあ待つんだツヴァイ、多少旗色が悪くなったからって敵前逃亡は許さんよとかあいつに限って絶対にありえんこと考えつつ飛行魔法でツヴァイに並走する。

で、

「やあお嬢さん、こんな所で奇遇だね。暇なら一緒にお茶しない?」

「な、何言ってるんですかセイゴさん! 今は任務中なんですよ!」

「この程度の軽口に真面目に突っ込んでくれるとはあなたは間違いなくリィンフォースⅡ空曹長。ところで本物なのならなしてこんな所で油売ってんの?」

とか聞くとシャーリーから通信入って事情を説明される。

よく分からんけどガジェットの動きがいきなりよくなったのは敵さんの中にそういうことの得意な召喚士さんがいるからじゃないかという話。召喚士って便利なんだなー、キャロ嬢もそういうこと出来たりするんだろうか。

で、ツヴァイはその召喚士の所に向かう途中だったんだって。

まあ今の状況とか今回の任務の想定状況遙かに超えてるし、六課としちゃあ何とか敵の尻尾つかんで手柄立てて少しは糧にしないと話にならんだろうから必死になるのは分かるんだが、でも一人で行ったら危なくねーか?とか聞いたら、じゃああなたもついてきてくださいとか言われてついて行く羽目に。

なんという藪蛇。まさしく口は禍のもと。

でも乗り掛かった船だから仕方ない。一緒に冒険に出かけようじゃない。

で、

進むにつれて羽虫みたいのが絶賛増量中だったもんだからいろいろめんどくなって横飛んでたツヴァイ小脇に抱えてソニックムーブ発動。シャーリーのナビ通りの場所にたどり着くとそこには全身紫っぽい格好した少女が一人。

両手にはめてるキャロ嬢のと同じようなブーストデバイスっぽいのからして多分こいつが敵の召喚士さんかね。

さて、こっから先が重要だ。こういうやつを相手にする場合は、出来る限り警戒心を解いて友好的な話し合いをしなくてはならん。

暴力は何も生まないとまでは言わないが、話することでこちらにおいしい情報いただきます出来るかも分からんからね。

というわけで、

「やあお嬢ちゃん、こんな所で迷子かい? こっちにおいで、飴ちゃんをあげよう」

「…………」

適当なこと言いながら手招きしたらすんげー怪しい物を見られる視線を向けられました。くそっ、どこで間違えた!?

『凄いなマスター。まるで春先に召喚される、いたいけな子供を誘拐しようとする不審者のような物言いだ。普通人に容易に出来ることではないぞくははははっ』

「怪しさに充ち溢れた言い回しですぅ」

「なん……だと……?」

言われてよく考えてみると確かにヤバかった。

え、なに? 俺不審者の才能あるの? 全然嬉しくねーよそんなもんあっても!

でも飴あげるからこっちおいでよはねーよ。自分で言っておきながら自分でありえねーと自己嫌悪超絶発動で頭を抱えてると、少し離れた位置から小さな声が掛けられた。

「……平気?」

顔をあげてそっちの方見ると、さっきの召喚士の少女が俺の方を見ていた。

敵に気遣われるとか俺ももう末期だね。しかしなんだこの感情は。

久しぶりに掛け値なしにまともに俺のこと心配してくれる子と出会ったからか、なんか微妙に泣きそうだ。

でもここで泣くのもみっともなくてあれなので照れ隠しで叫んでみた。

「べ、別にお前に心配されてもうれしくなんかないんだからなっ!」

「……」

ついいつものノリと勢いで怒鳴ったら黙らせてしまった。このネタが通じないとはなんと純な少女だ……!

しかしこれは酷い。勝手に落ち込んで慰められた挙句、その相手怒鳴って委縮させるとか俺死ねばいいと思う。

『マスターがいたいけな少女を泣かせたぞ。これはしっかと記録して後にしかるべき場所にばら撒かねば。おもにレイジングハートの記録領域とかに』

「おい馬鹿やめろ。そのRECは早くも終了してくださいお願いします。つーか泣かせてません捏造しないで」

「セイゴさん……空気読めです」

そんな感じでグダグダやってたら頭上に気配感じたので俺の肩の近くでふよふよ浮いてたツヴァイ右手でひっつかんでその場から飛びのいた。

言っとくが、どれだけグダグダだろうと周囲への気配りだけは怠っていない。戦場にいる以上それが当然だろう。

飛びのいた数瞬後にさっきまで俺達がいた場所にハルバートのような槍型のそれが振り下ろされる。

「……ほぅ、今のタイミングで俺の攻撃を避けるか。なかなか────…!?」

振り抜いた槍を引き戻して俺の方を見たその男が少し動揺したようだった、尤も、フード深くかぶってるから顔は見えないが。

しかしそんな彼の様子に気を払う余裕など、俺には無かった。

いきなり斬りかかってきたし、そっちの召喚士の女の子かばう位置で佇んでるし、なにより一挙手一投足が全て俺に敵意を向けている。

間違いなく敵であるその男は、明らかに俺を圧倒的に上回る技量を持っていた。

だってどこにも刀打ち込む隙ねーし。

一瞬でも気を抜けば今この場で頭と胴が永遠にさようならすることになるのはどこの誰が見ても認識に相違ないだろう。

……最悪すぎだ。感覚で分かるよ。俺じゃあ確実に敵いません。

まともに打ち合ったら数秒もつかもたないか。

申し訳程度に腰の刀に手をかけて居合抜きの体勢を作りはするものの、どう考えても鯉口切った瞬間リアルファイト勃発である。出来ればそれは回避したい。確実に御逝去ルートへと進む算段が立てられるから。

だからこの場は撤退が最善手だねーとか結論付けて現状離脱の手順をいくつも思い浮かべていると、男が俺に向けていた槍の穂先を地面に下ろした。

不審に思って眉根を寄せながらも刀にかけた手は離さずにその場で緊張を解かずにいると、男は背後の少女に話しかけた。

「……目的のものはどうなった」

「もうすぐ奪取できるはずだよ」

「そうか、ならば引くぞ」

口数少なくそれだけ言葉を交わすと、男は少女を抱えあげてあっという間に跳び去って行った。

去り際に俺の方をちらりと見た気がするが、いったいなんだというのか。

しかし一方、俺はその背を追うことも、待てと声をあげることすらもできない。男が俺の視界から消えたのを確認すると、その場に膝をついて崩れ落ちた。

緊張の糸が切れるとはまさにこのことか。全身の感覚が急速に消えて失せ、立ち上がろうと足に力を入れるのすら困難になっていた。

「せ、セイゴさん!?」

ツヴァイに声をかけられながら、俺はぜぇ…ぜぇ…と息を切らす。

……まいったな。冷や汗止まらないし、動悸はするし、息切れはするし……。救心をください。

しかし久しぶりに本気で死ぬかと思った……。

数十秒対峙していたかしていないかくらいの時間だったのに、体が完全に疲弊しきっている。

生まれたばかりの小鹿の気持ちをこの年になって理解することになろうとはねー、足がガクガクでござるー。

なんて馬鹿なことを考えて気持ちを別の方向へと向けて無理やり落ち着けながら、いやー、俺もまだまだ精進足りんよなとか思いつつがくがくと震える手を刀から離した。

「……あー、ったく。マジ洒落になんねえぞ、あれは……」

「セイゴさん。あの男の人は……」

「……さあねー。いずれにしろアレの相手は俺にゃあ無理さな」

多分シグナムさんレベルの達人さんじゃなきゃ目の前で為す術無く自分の腕がナマス切りに仕上がる過程を拝むことができるだろう。

俺が汚いオブジェと化すのも随分容易だろうなー。

「────それにしても」

そんなこと考えながら俺は、あの数分の邂逅の間に頭の端に埃のように、ノイズのように積み重なっていた、何か引っ掛かりを覚えるそれを必死に手繰り寄せようとしていた。

引っかかったらその場で反芻。後になるほど記憶は薄くなりますのでね。早い段階でエピソード記憶を脳裏に刻み込むのが俺のやり方。

で、いろいろ思ったり考えたり思い出してみたりした結果。


「────そう言えばあの声、どこかでいつか聞いたような────?」


なーんて結論にたどり着いたんだが、そっから先がどうにも分からん。

仕方ないから息整えてようやく震えの治まってきた体に鞭打って、後のことはツヴァイに任せてシグナムさんとザフィーラの援護に再度向かうことにした。

……しっかし、なんかどうにも胸の奥がむかむかするなー。

ったく、あの人一体なんだったんだよ……。






























ガジェットみんなでフルボッコしてシグナムさん達とヘリポートへと向かうとそこには何もなかった。

え、なに、なんでいないの? まさかのヴァイスさん主導のいじめですかマジですかとか思ってるとシグナムさんにシャーリーから通信入って事情を説明される。

なんかティア嬢が任務中に怪我負ったのでシャマルさんと高町と新人たちが付き添って先に帰ったんだとか。

なんでもティア嬢、一人で頑張ってちょーっと前に出すぎて敵の攻撃捌ききれなくなって足がもつれてこけて捻挫したんだとか。

まあでもそこから先はちょうどいいタイミングで新人たちのもとにたどり着いたヴィータがガジェット相手に無双を繰り広げたそうなので大事には至らなかったらしい。

けどちょっと患部の腫れが酷かった上に、ティア嬢の行動そのものが普段の戦闘スタイルとはずいぶんかけ離れたものだったから高町が説教するついでに先に帰ったんだって。

けど無理したおかげでティア嬢の撃墜数とか俺についで二位だったらしいよ。

まあ、俺たちのスタイルとか撃墜数稼ぐのには適してますからね。

とりあえずそういうことなら仕方ない。ヴァイスさん戻ってくるまでその辺で時間潰そうとか思って適当にその辺うろうろしてたらフェイトさん発見。

近付いてみると誰かと話してたので誰ぞやとか思いつつさらに近づいたらそこにたたずむは無限書庫の司書長さん。

おーユーノ君じゃーん。って声掛けたらこっちに気付いて「あ、セイゴ、久し振りだね」とか言ってきたので「おーよ」と返事して適当に挨拶。

ところでなんで昨今図書館と言う名の牢獄に引きこもり気味な君がこんな所にいるのかとか聞くと「ひ、引きこもりって……」とか傷ついた表情浮かべたので「ごめんなさい冗談です」とあっという間に頭を下げる。

なんか俺この人苦手なんだよね。叩いたらぶっ壊れちゃいそうな気がしてさー。

そのせいで突っ込んだイジリが出来ないのはちょっと残念。

で、気分とりなおしたユーノくんが事情説明。

なんかこの人このオークションの品物鑑定任されたんでわざわざこんな所までやってきたんだって。

この人そんなこともできるんだねー、すげー多彩だなーとか思いつつそのまま世間話。

そうこうしてるとヘリが戻ってきたという報告入ったのでユーノくんに別れ告げてフェイトさんとてくてくヘリポートへ。

その道中でなんかフェイトさんが若干意気消沈してるくさかったのでどうしたんすかとか聞くと今頃ティア嬢と高町がうまくやってるか心配なんだとか。

なんだその心配の仕方はあんたはおかーさんかなんかですかとか聞くと意を決したような表情浮かべたフェイトさんにちょっと込み入った事情を聞かされることに。

聞かされた話によると高町って、なんというかマンツーマンのように新人に教導行うのは今回が初めての経験なんだとか。

「だから今も、ティアナたちとの距離感が少しつかめていないみたいなんだ」

「……へー」

ってそんな話を俺に聞かせてどうしろってのよとか思うんだが、どうやら最近新人共とのコミュニケーション豊富な俺に高町とティア嬢との間を取り持ってほしいらしい。

……あんまり乗り気にはならないが、そう言うことなら仕方ないかねー。

どっちにしろ話はしようと思ってたし、昨日のあれ的にあんまし刺激はしたくないから余計なこと言う気はないけど、ちょっとだけ高町のことを口にしてやるくらいなら構わんよね。

んなわけで、六課に戻ったら医務室あたりでも行けばティア嬢に会えるかねーとか思いつつヘリポートへ向かう俺だった。






























介入結果その十五 ティアナ・ランスターの燃焼






手当てを終えて、なのはさんに今回のことについていろいろと指摘されて、それから落ち着くまで休んでいるように言われてベッドで横になっていたら、医務室のコンソールから呼び出し音がした。

シャマル先生はさっき所用で出て行ってしまったので仕方なく私が返事をすると、おーっす、みらいのチャンピオンなんて意味の分からないことを言いながらあいつが部屋に入ってきた。

セイゴ・プレマシー。

その軽薄な態度を見ていると、またさらにイライラが募る。

張り切って空回って怪我まで負った自分に、嫌気がさしてくる。

だからつい、こいつは何も悪くなんかないのに、やつあたりのように私は、

「……なに、馬鹿にでもしに来たの?」

「Yes.その通りでございますお嬢様」

「────…っ!」

「おいおい、そんなに睨むなよおっかねーな。冗談ですよ冗談」

いつもの軽口だと分かっているのに受け流せず、カッとなって睨みつけると、あいつは肩を竦めて苦笑した。

「しかしまあ、よく頑張ったとは思うぜ。本日はお疲れさん」

「それ、皮肉のつもり?」

「……結構お前って何でもかんでも斜に捉えるよな。そんなつもりねーよ。素直に労ってんだ、ストレートに受け取れってーの」

そう言って、そいつはベッド脇に置いてあった丸椅子を引っ張り出してそれにどっかりと腰かけた。

……ていうか、斜に捉えるのはあんただって一緒でしょと言い返したら、その通り過ぎて言い返せませんなと笑っていた。

それから、そう言えばスバ公がお前の怪我に関しての報告書の山に潰されかかってたぜー、とか、エリ坊とキャロ嬢達めっちゃ心配してたからあとで挨拶行っとけよーとか、高町もあれで結構打たれ弱いから少しはいうこと聞いてやったらいいじゃないとか、ペラペラと止まることなく喋り続けるこいつに若干辟易してきたあたりで、こいつは驚くべきことを口にした。

「だけどすげーじゃんか。今回お前、新人の中での撃墜王だったんだろ?」

「……え?」

なんだそれは、そんな話、私は聞いていない。

私がポカンとしていると、彼は何かを察したのか、あのアホめ……と悪態をついた。

「怪我のこと怒るのに夢中で褒めるべき所を褒められないとは……。飴と鞭の使い方がなっちゃいませんな、あいつも」

「……それ、飴と鞭を使うべき相手のいる前で言うようなことなの?」

「本来言うべきじゃないと思うが、俺お前の教導係じゃなくてただの上司だからおっけーだべ」

ただし高町には内緒な、うっせーからあいつ。と言ってから、こいつは今度はにやりと嫌な笑みを浮かべた。

私がそれを見て若干身構えると、こいつは楽しそうに口を開いた。

「まあ、本日の全体での真の撃墜王は我なのだがな。ふはははは」

「そ、そうなの?」

「うむ。今回のG(ゴキブリじゃないよ、ガジェットだよ)狩りは、俺とかお前とかの戦闘スタイルと圧倒的に相性良かったからな。隊長陣いなかったし。お前との差はまあ……戦闘区域での配置と、経験の差と言うやつだろね」

だから今後も頑張れよ、期待のルーキー。

そう言ってあいつは立ち上がり、私の肩をポンと叩いてから医務室を出て行った。

叩かれた肩に手を置くと、そこが熱くなっている気がした。

もしかして私は今、あいつに認められた────?

私の努力が、力が、存在意義が、認めてもらえた────?

そう考えると、心が震えた。

「私が、撃墜王……!」

────出来る。頑張れば私にだって、彼らと肩を並べることが。ランスターの弾丸の価値を証明することが。

あいつに────追いつくことが────!

幸いなことに、クロスミラージュの中にはあいつの戦闘の記録が残っている。

これを見て、努力すれば、まだ────!

絶対に追いついてみせる。

私の遥か先にある、あいつの背中に────

だって私の目的地は、あいつを超えたさらにその先にあるはずだから。




次の日から、私の特訓は始まった────






























2009年7月26日 投稿

2010年8月28日 改稿



[9553] 第十五話-人によって出来ごとの価値が変化していく不思議-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/29 00:03
医務室から寄り道せずに真っすぐにやって来たのは機動六課部隊長室。

色々ありましたが呼び出し受けてたのは忘れてないよ。だって八神のあの思わせぶりな態度めっちゃ気になってたし。

そんなわけでコンソールに話しかけてドア開けて貰って室内へと失礼する。

そこには八神一人だけ。……本当に誰かに聞かれるとまずいような内容なのな。

とか思ってると八神が挨拶もそこそこに今回のホテルアグスタの任務に対する労いの言葉をかけてきたのでいえいえどういたしましてと社交辞令をかえす。

そしたら今回の任務での俺があげたいろんな功績口にし始めたので、部隊長さんはいちいち形式に則った対応しなきゃならなくて大変だなーとか思いつつ適当に聞き流してると話がちょっと俺に興味のある方向へ、

「ところで、君とツヴァイが見つけてくれた女の子とフードの男の件なんやけど……」

「……その顔からして芳しくないようですね、調査結果は」

「……そうなんよ。シャーリー達もいろいろ頑張って調べてくれてたみたいなんやけど、いろいろとどうにもなぁ……」

しかしそうなると妙だ。あれだけの力を持った魔導師を管理局が把握していないなんてこと、普通に考えてありえるのだろうか。

けど以前聞いた話だと八神とか高町とかフェイトさんだって最初は管理局には気付かれずにいろいろとしていたらしいので無くは無いのか……? でもミッドで暴れてるわけだしなぁ……。

つーかフードの男はともかく、紫の少女の方は顔までわれてるわけだしもうちょっと何とかなりそうなもんだけど────とか考えてる途中に気付いた。



頑張って調べてくれてたみたい……?



なんだその言い回しは。その言い方じゃまるでもう調べていないみたいじゃないか────ってああ、そう言うことか。

調べる過程で何かしら面倒な壁に突き当たったっちゅーことですね理解した。うーわ、これは一気にきな臭い事件へと発展いたしたもので。

とか俺が理解したの悟って八神がさらに話を聞かせてくれる。

なんかこの二人の情報、さっぱりどこにも痕跡ないんだとか。

ファントムに記録されてた映像もあんまし役に立たなかったんだってさ。まあ外見しかヒントないしね。

しっかし管理局の情報網使って探し出せないとか、確実にどっかの誰かがなんかやらかしたよね多分。

これはもう俺のどうにかできる範囲超越したな。仕方ないからこのことは完璧に八神にお任せか。時間出来たら俺も独自にやろうかと思ってたんだが。

あの二人────特にフードの男については俺もかなり気になってはいるけども、こうなっては俺には手が出せない。危ない橋は渡りたくねーしね。ことの成行きに身を委ねるしかあるまい。

そんなわけでこの話はお終い。いつまでも生産性のない話をしてても仕方ないので本題を切り出す。

それで本日私をここに呼び出したるはいかなる御用事のためでございましょうとか文法合ってるんだかそうでないんだかよく分からん敬語使って聞いてみる。

すると八神はちょっと絡みづらそうに表情を変えた。

なんだか本当に今ここでそれを俺に聞いていいのかを迷っているような雰囲気。ここまできてその態度は無いだろーと思うのでさらに問い詰めると仕方ないといった風情に手元の端末を操作して何やら始めおった。

で、目的の何かの起動を完了したらしい八神に手招きされて端末の画面を覗き込む。

そこに表示されていたのはいつかのネット掲示板。

今さらこんな所で俺に何を見ろというのかとか思ったけど差し出された以上は読まなければ始まらないのでとりあえず黙読。そして────



そこに書かれている内容の意味を理解して、俺は全身から血の気が引くとともに絶句した。



────…まじで最悪なんだが。何で今さらこんな話がここで話題になってんだよ……。

いくらあらゆる情報が様々な人の手によって集まるからと言って、なんでこんな俺の個人的な怪我のことまで知れ渡ってんだ……。もう8年も前のことだぞ……?

大体このこと知ってる奴なんてほとんどいないはずなのに……。

……つーかこれを八神が俺に見せたってことは、内容既に把握してるってことだよな。

だからあん時ヘリの中であんな思わせぶりな態度取ってたのか。流石は八神、今回ばかりはこいつがお話の空気読めるやつで助かった。

しかしこれじゃあ、八神に無理にでもこのことあいつらに黙っていてもらうように頼まなきゃならんじゃないか……。

しかも結局、このこと知っちまった八神だけには嫌な気を遣わせることになる。……マジで最悪。

「誠吾君、これって……」

おっかなびっくり聞いてくる八神に、俺は溜め息をついた。

……ったく、どうしてこう災難ってのは、忘れたころにやってくるんですかねー……。いや、魔法使うたびに痛むのも後遺症の一つなわけだから、全く忘れてたわけでもないか。

こうなっては隠しても仕方ないので喋ることにする。

「……大まか正しいですよ、ここに書いてあることは。確かにワタクシは、8年前に重傷を負いました影響で……」

────お前の体は、これ以上魔力量の上昇を全く見込めないものになってしまったようだ。

それがあの時、退院後久しぶりに魔力使った訓練しようとして、コアに走るあまりの激痛にやむなく病院へ向かった俺に、親父が告げた事実である。

調べてみると、リンカーコアに異常があることが発覚。それまで順調にゆるゆると増加を続けていた俺の魔力が途端にその成長を止めていたらしい。そこからその通達に至った。

そもそも14の時点で魔力量があれだけあった人間が、そのまま8年も経って魔力量ほぼ全く変わってないんだからこれは酷い。どう考えても異常だ。周りのやつには適当に言い訳してたけど。

14という若さでそれだけの魔力量があるのなら、8年もあればどれだけ低く見積もってもAAAランクには届いていたっておかしくない。

なのに、俺は変わらない。

停滞している。

けど、当時の親父の診断はちょっと外れて、文字通り雀の涙程度には増加したんだけどね。……30とか。

んで、そのついでに魔力の運用時にはいちいちリンカーコアがズッキンズッキンするようなことにも。まあこっちは親父のアドバイス受けながら我慢して使い続けてたら魔力使うとちょっと痛むかな程度にまでは改善されたんだけども。

どうしてこんなことになってしまったのかってのは未だによくわかってねーんだけどな。

そもそもリンカーコアって、現在の医療技術をもってしても依然としてブラックボックスと言う枠におさまったままのパンドラの箱と言って遜色無いような、医療関係者にしてみれば魔導師の体の中で一番手の出せない心底恐れ多い部位なのよね。

それを損傷しておいて、魔法の使用に限っては全く問題が出なかったことに関しては、運が良かったと言って差し支えないのだろうが。

魔法使うたびいちいちピリピリと痛いけどな、リンカーコア。

「なら、なら誠吾君は最初から────…っ」

ここまで説明すると、八神が熱のこもった声でそう言った。……なんという予想通り。俺は額に手を当てて目を閉じた。

「……いや、よしてください。あなたたちがそう言う態度をとるのが分かっていたからこちとらわざわざこのことを隠してきたんでしょうが。てか予想通りの言動は観客の皆様にブーイング浴びせられますよさあセリフを捻るんだ部隊長頑張れ頑張れファイトー」

「茶化さんといて……っ」

嗚咽混じりの叱責受けて八神の方を見ると、彼女は静かに涙を流していた。

……泣くようなほどの事かよ。つーかなんで泣くんだよこの件についてはきみ完全にノータッチでしょ。

原因と言えば原因な高町が泣くならわかるけどなんできみが泣く。

……あああああ、だから嫌だったんだ。こいつら無意味に他人のこういう事象に共感するからね。そう言う奴らだってなんとなーく悟ってたしさ。

だからこれまで出来るだけこいつらに対して、物理的にも心理的にも距離とってバレないようにやり過ごしてきたってのに、俺の無思慮な行動一つで全部ぱー。

ホント、人生ってのはままならねーよな。

「誠吾くんは、なのはちゃんや私たちのためにこのことを隠してきたんやね? そして、だから六課に来るのも嫌がった」

なのに私は無理やりきみを────とか感極まってる八神。

確かに一緒になんかいたらバレる可能性高くなるから六課に来たくなかったってのもいくつかの理由の一つとしてなくは無いわけだが……なに? 私たちのため?

なんだその重大な勘違いは。

「……もう本当にちょっと待ってくれ。このままじゃ様々な勘違いが発生しかねないからこっからはこっちも素で行くよ八神」

「え……」

「どうやら俺とお前の認識には誤解による決定的な差があるみたいだから予め言っとく。俺はお前たちのためにといった理由でこんなメンドクサイことをした覚えはありません」

何かするのは自分のために、自分の利害のために。それが俺の信条である。

俺がこれだけの労力払ってリンカーコアのことを隠していたのは、俺の事情にこいつらに必要以上に踏み入って欲しくなかったからだ。

確かに、最初から俺が高町に真相を話してお前のせいだと言えば、あいつはその事実を受け止めただろうさ。俺が六課に来るようなこともなかったかもしれんよね。

だけどきっとそんなことをすれば、あいつは俺に対して負い目感じて、私のせいだからと余計な気を回しまくるに決まってる。

そんなあいつの人生を拘束するような真似も、あいつが俺の面倒を見るような状況も、絶対にごめんだった。

そういう想いが重いのはやめて欲しい。俺はそんなもんいらんから。ほっといてくれ、お願いです。

大体これは俺が俺の意思でやらかしたことに対する失敗のツケなのであって他人に分けるようなものじゃ断じてない。俺と親父だけが知ってりゃ済むもんでしょ。ちょっと予定外な人が知ってたりもするけど。

てか、こいつらがどうかはしらねーけど、俺は人間関係なんてもんは最低限なにかしらの距離感を持って付き合うもんだと思っとるのさ。

一緒にいて楽しくて、一緒にいて気を遣わなくて、一緒にいて有意義ならそれで十分だ。

人生生きてりゃいろいろある。

俺のこんな故障でいちいち気を遣わせちまうのってすんげー気が滅入る。

端から聞くと偽善くさいことかもしれないけど、まあここは俺も譲れんよ。

「だから俺は怪我の後遺症のことを誰にも話さなかった。このこと知ってんのは、当時の病院のスタッフと親父、それに直属だった俺の上司と、それからセイス隊長だけになるかねー」

セイス隊長以外は俺が自主的に話そうとしたわけでもなく話すことになっちまったわけだが、当時余計なことを言う気配なんてなかったから気にもしてなかった。

「そこまで徹底して……けど────」

八神はそこで俺に問うてきた。────けど、なぜリンカーコアの破損なんて重大な故障のこと、君個人の重要な書類にも書かれてなかったんや、と。

……失念してた。そういやこいつ俺の局員登録用の書類とか簡単に手に入れられる立場だったんじゃん。この様子はいろいろ取り寄せましたね。はぁ……。

……優秀な奴ってこれだからめんどい。ここまで来たら仕方ない。こいつには全てを話してやろう。

家の親父がなかなかのキレ者な上に結構な地位の医者ってのは八神も知るところだったので、説明は楽だ。

俺が親父にこのことについて高町たちには絶対に知られないように出来ないかと聞いたこと。

それを聞いた親父が、病院関係のあらゆる方面から記録に残らないよう根回ししてくれたことを順に話す。

あの人の尽力のおかげで、俺の負った故障についての記録は病院のカルテくらいにしか残っちゃいないはずだ。

「けどアレだな。人の口に戸は立てられんよな全く。情報の出自は病院のスタッフだろうねー。余計なことをしてくれやがりましたよ」

「……誠吾くん。君は────」

「ストップ」

「へ?」

なんか八神の感極まったお説教が始まりそうだったので機先を制して「てなわけでこのことは秘密で」と口にする。

「────……はい?」

俺の軽い一言に、八神はたっぷり数秒ほど間抜け面を浮かべてから首をかしげた。

俺は両手合わせて顔の前に持ってくると、苦笑がこみ上げて来るのを自覚しながらもう一度お願いしますと頭を下げた。

全てを話した上で、こいつにはその一切をあいつらに黙っていていただく。もちろん管理局の上層部にも。

情報操作したとか上に知れたら下手すると親父の立場もやばい。それはちょっとかなり避けたい。

幸いこのことを知っているのはまだこいつ一人。ヴォルケンの人達は、端末破壊の件の解決策として、新しいの渡した人に関してはこの掲示板見る時は俺が一緒にいて許可しないとダメなようにアクセスにプロテクト掛けてあるので大丈夫だから、今はこいつにだけ納得してもらえれば誰にも知られずに事は丸く収まるからね。

つーかこの話題、知れる相手によっちゃマジでやばい。光速で六課内に広まりかねん。高町は言わずもがなだし、フェイトさんは多分挙動不審になるし、ヴィータもシャマルさんもたぶんダメ。

これ以上広まらないようにするには、ここで歯止めをかけにゃあならん。

「……いややって、言うたら?」

俺の真意を伺うかのように、八神が聞いてきた。

この状況でそんな質問をしてくるあたりさすが八神。

まあそん時は仕方ない。

「お前を死ぬほど嫌いになって、今まで以上に高町たちから逃げる」

特に気負うこともなくそう言ったら、八神がまたポカンと間抜け面。なんなのそれ最近のお前のブームなの?

「……そ、それだけ?」

心底意外そうに聞いてくる八神に、俺は首をかしげた。これ以上俺が何を出来るというのだろうか?

そもそも俺の嫌がることをするのが目の前のこいつだけである以上、それ以外にどうしろと言うの?

それとも誰かに言われる前に口封じしろってか? やだよそんな物騒な真似。

そうしなければ誰かが死ぬような状況ならばともかく、それ以外で知り合い手にかけるとか考えることすらありえん。だってすんげー気分悪いじゃんあれ。しかもこんなことでそんなこと誰がするか。だったら自分の身に降りかかる理尽我慢した方が万倍マシです。

今まで以上に俺に構ってきそうな高町から逃げる日々を送るってのもまた一興……いや、やっぱり無理ですごめんなさい。出来れば平穏に生きたい。

つーか高町とか逃げる背中を追うのを生きがいにしてる節ないか? ずーいぶん前にユーノくんとかクロノさんとかと世間話した時に、フェイトさんとの馴れ初めみたいなの聞いてそう思ったよ。

なんか、最初は敵として出会ったんだけど、



お話しよう→…無理。



…お話しよう→……っ。



……お友達になりたい!→……とくん。



とか言うやり取りしたりしつつ、最終的に夕陽の浜辺で殴り合いの喧嘩した後和解したようなシチュエーション張りに、海の上で超絶スケールの大魔法合戦を経てからお友達化したらしいので間違いない。

けどよく考えろ高町。今までの行動からしてお前が俺に対してフェイトさん並のお友達関係を築きたいのはいい加減理解しているが、お前と本気で魔法合戦やりあったら間違いなく取り返しのつかないことになるからね。



主に俺が。



なにせSバーサスAAだからね魔力ランク。SLB超怖いですとかまた思考脱線させてると八神が「誠吾くんはあいかわらず予想外やなぁ…絶対辞表置いて逃げるとか言うとおもたんやけど……」とか口開いた。

そういやその手もあった。けどまあ、今さら逃げないさ。半端に新人と仲良くなっちゃったからね。このあとどうなるのかちょっと見届けたいなあとか思う。

「……そか、なら仕方ないね。私、これ以上誠吾くんに嫌われとうないから、このことは二人だけの秘密や」

そう言って、いたずらの成功を喜ぶ子供のように、無邪気に笑う八神。

おお、こいつのこういう表情とか、久し振りに見た気がするね。前は……前過ぎて思い出せん、驚き。とか思いながらほっと一息。

これで何とか水際防止が完了ですなとか思いつつ、てかこれはもしかして俺と八神の二人きりで秘密の共有ってやつか?とか考え至った。

……うわ、なんか取り返しのつかない何かが始まってしまったような気がしてならない。

とにかく俺の面倒事についてはどうにかなったわけだしそこに関しては文句などありようもないけども……。

それにしてもあれだ。こいつって予想に反して結構空気読んでくれるんだね。これはいい好感度上昇イベント。聡明だから早い段階で察してくれるだろうとは思ってたけど、こんなに簡単に了承してくれるとは思いもよらなかったからな。

具体的にどれくらい好感度が上昇したかと言うと、底辺であるミジンコからゾウリムシくらいの所までいった感じだったので、その旨を八神に伝えてみた。

「ゾ……!?」

そしたら浮かべてた笑顔が一瞬で消し飛んで険しい表情になってそのまま固まる八神。……あるェー? なんか失敗した? 本気で思ったことを口にしただけなんだが……。

しばらく険悪な表情浮かべてた八神を観察してると、彼女の顔が薬缶を熱したかのように徐々に赤くなっていく。

おお吃驚人間すげーとか思ってるとなんかぽつりぽつりとぶつぶつ言葉を口にし始めたのでなんぞやとか思う。

「せ────っ」

「せ?」

「誠吾くんの――」

八神が真っ赤にした顔俺に向けて握りこぶしを振りかぶった。

で、

「────馬鹿あああっっ!」

「ふんげっ!?」

目の前に星が飛び散る。なかなかの威力の握りこぶしが額を直撃。やりおるわこいつ。

「い、いたいけな女の子に、そ、そんな無茶苦茶な評価を平気でつけるなんてええっ!」

「いたいけ!? いたいけだとっ!? それは聞き捨てならんぞ八神! お前にそんな言葉は清廉潔白に並んで似合わんよ!」

「う、うわあああんっ!」

「や、ちょ、待てっ! 花瓶は投げるなぎゃああああっ!?」

……その後。八神が疲れて攻撃をやめるまで、俺が部隊長室内を逃げ回るなんて喜劇が繰り広げられたりなんかしたんだが語らんよ。絶対語らんからな!

つーか不当な評価つけられて我慢できませんでしたごめんなさいとか落ち着いた後で謝られたんだが、どこも不当な評価じゃなくね?

俺の中でのあいつの好感度とかそのくらい落ちてても何ら不思議ないと思うんだ。自分が俺にしたことを一から思い出してみようぜ八神。

とか言ったらうーうー唸りだしたうえにごめんなさいごめんなさいとか魘され始めたのでさっさと部屋を辞することにした俺。

なんか八神のやつ、俺のあの話題が軽くトラウマになってないか……?

あの掲示板のその後の推移とか最近気にもしていなかったけど、あいつにそこまで心の傷を植え付ける何かがあったのだろうか。

……うーん。世間の風は八神さんにはいろいろときつかったかー。

それでも芯は折れてないんだからすごい。俺の目から見たら前となんも変わりないし普段のあいつ。

グリフィス君の様子からみても仕事の方も順調なようですしね。意地になってやってるだけかも知れんけど。

ま、そんなノリで俺の一つの懸案事項が解決した夜だった。





























2009年8月1日 投稿

2010年8月29日 改稿



[9553] 第十六話-言葉にすれば伝わることと言葉にすると伝わらないものを使い分けることに対するさじ加減について-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/11/28 18:07
八神とあの話を終えた後、俺は今回の任務で消費したカートリッジやら何やらの備品の発注と納入の諸々の手続きの書類に手でもつけておこうかと思い立ち、オフィスへと舞い戻ったわけなのだが。

マイデスクへと戻るとなぜかそこにはスバ公が随分と神妙な表情で待機状態で、ようやく報告書始末書書き終えて備品の発注書の方も書き終わったので、発注書のチェックをしてくれないかと頼まれる。

はいはい了解ですよーと言いつつ、受け取った文書に目を通しながら別の書類の用意を始めようとしたところで、ちょっと聞いておきたいことを思いついたので書類に目を落としながら口を開いた。

「なあスバ公、少々聞きたいことがあるのだがよろしいか」

「え、あ、はい」

「きみさ、ティア嬢があんなに頑張んなきゃいけないような、のっぴきならない理由、知ってる?」

「────っ! そ、れは……」

声が何だか不穏な雰囲気だったので顔を上げてそちらを見ると、スバ公が目を瞠って硬直していた。

うわ、これはしまった。もうちょいちゃんと説明してから切り出すべきだった。細部まで聞く気は無かったから軽い気持ちで言葉にしてしまったけど、あまりにも配慮が足らんかったな……。

どうフォローを入れてこの場を収めようかと焦る俺に、スバ公は、

「……あ、のっ! ティアは────」

「ちょい待った」

「え?」

俺がこの話題に収拾をつける方法を思いつくよりも先にスバ公がなにやらお話を始めようとしてしまったので、仕方なくそれを止めにかかった。

流れからしてティア嬢のちょっとした事情を聞かせてくれる気なのかも知れんけどそれには及ばんよと口頭で説明。スバ公はそれ聞いて眉を顰めた。

「え、だってセイゴさんさっき……」

「あー、ごめん。ちゃうちゃう。俺が聞きたかったのは、あいつがあれほど頑張るような理由に心当たりはありますかってニュアンスのことだけで、内容は聞く気ないから。聞き方悪かった俺が悪いけど」

「……あ」

「つーかそう言う個人的な事情の内容を聞きたいときには本人に直接聞くから俺。プライバシーの侵害は、ダメ。ゼッタイ。」

「そ、そっか……」

「そうでーす」

言ってから書類に目を落とす。それにやっぱ、人の事情は本人に直接聞かないとと思うよ。ほら、伝言ゲームとかだって大人数でやると話の骨子から変わってきちゃうことだってあるし、それじゃあ正確に物事が伝わらないし。

大体俺だって口は堅い方だから、他人の事情も自分の事情もほとんど人には喋らないし喋って欲しくない。聞かれてものらりくらりとかわしていきます。

そういうとき自分が適当な性格になって本当によかったと思うよね。話をはぐらかす文句なんていくらでも湧いてくるのでな。

しかしそうか。やっぱり理由あるのか。

今までいろいろと話とかしてきたりあいつの訓練の時の気合いの入り方からして多分あるだろうなーとは思ってたんだが、そうなると多分ティア嬢、あの類の無茶はこれからもやらかすよね。

……そう言えば、

「スバ公」

「え、なに?」

「そのティア嬢の頑張る理由とやらは、高町さんは知ってるのか?」

「……うん。多分」

うーんそりゃそうか。なんといっても教導官だもんな。その上マンツーマンみたいなことやってるわけだから、そりゃ生徒のメンタル面についても知っておかなきゃならんよね。

しかしこれは少々厄介なことになってまいりました。

ティア嬢のアレにそれを行うだけの理由が存在している以上、あいつは今しているような無茶をやめるようなことは絶対にないだろう。

それは自分もしてきたことの経験なんかから想像してみても分かる。

むしろ彼女の性格からして、今まで以上、というか今日以上の頑張りをこれ以降にもしようとするだろうことは明白で、だとしたらそれを止めたいなら今のうちに手を打たなくてはならんと思う。

……だけどそんなん、一体どうしろというんだ。昨日の一件からしてあいつが俺にそのこと言われたって相手になどしてくれないのは目に見えてる。

かといって何もしないであいつが失敗しないようにフォローするのなんて俺なんかにゃ到底無理だ。

……うーん、なんにも思いつかん。

やっぱ慣れないことをしようとしてもうまくなんかいかないねー。

ここは、流れに身をまかせつつ何かあったら対応することにしますか。……いつも通りな上に全く解決になってない気がするけど。

スバ公に渡された書類のチェックを終え、それに付随させる別の書類を呼び出して彼女に渡し、「それにサインお願いな」と言いながら、さて今後どうなることなんでしょうかねーなんて、今後の行く先を案じる俺だった。






























それから二日後のことになる。

ちょっと仕事が残り気味だったので例日通りに残業っぽく書類に向き合ってるとオフィスにヴァイスさんがやってきてあれよあれよという間に連れ出された。

手を引かれているうちに次第に人気の無い方へと進んで行くもんだから、え、なにこれ俺いつの間にアッー!ルート立てたのマジですかこれはヤバイヨヤバイヨとか思ってるとなんか連れていかれた先でティア嬢が泥だらけになりながらクロスミラージュ構えて必死で何かの反復練習のようなことをしていた。

標的をロックオンする反射神経向上系の訓練だろうか……あれ、そういえば足の怪我は?と思って思い出す。そういや足の具合良くなったから今夜から夜練にまた参加させてくれとか言ってたっけ。

しかし治ったからっていきなりあんなになるまで頑張ったらいけないと思うんですが。怪我は治り際が肝心よ。下手するとまた悪化する可能性あるし。

なんて思ってると横にいたヴァイスさんが俺に目配せしてくるんだが俺に止めさせるのが目的ですかそうですか。てかあなたがとめたらよくないですかと聞くと、一回言ったけどダメだったそうな。それに准空尉の方が仲いいでしょとか言われてちょっと困る。

別にそこまで仲がいい覚えもないけど。てかこういう場合、少しでも仲いい奴が止めに行く方が問題だと思うんだ。だって確実に反発して来るでしょあの子。見てみろ、あの星一徹に扱かれている時の飛雄馬のような目ヂカラを、今にも炎出そうだぞ。

それに大体なぜ俺に言う。こういうのはもっとチクるべき相手がいると思う。

にしても一目見て分かるんだがなんというオーバーワーク乙。後でカレーを奢ってあげよう。お疲れー的な意味で。

……うん、俺とか死ねばいいと思った。後でスバ公に頼んでディバインバスター撃ち込んでもらおうと思う。無論本気で。

下らん話はさておき、監督する人もいないのに一人であれはちとやばい。

魔力使用したタイプの訓練てやつは、個人差はあろうとも出来る限り疲労は抜いた状態でやるのがベストだと思う

ボロボロになってからも訓練続けるのなんかもってのほかだと思うんだ。疲れて集中力欠いた状態でそんなことしたら制御失敗して魔力暴走して事故って大怪我ーなんて負傷のテンプレート踏みかねねーのは確定的に明らかだから。

高町とかは無茶苦茶やっても魔力暴走しないくらいの技能があって、それがあだになったんだけどね。

てかマジ師弟って似るのな。ベクトルは微妙に違うのだろうが、揃って体をいじめるのが御趣味とは大した意識のシンクロだ。ああ見える見えるぞ。ティア嬢が高町張りに失敗する姿がーとか思いながら今度はヴァイスさんに背を向けて一人歩きだす。

「あ、おいちょっと!」とか声掛けてくるけど、人差し指立ててしーっと静かにしてくれるように促しながら「ちょっとついてきてください」とだけ小さな声で伝えて、こそこそとティア嬢がいる開けた場所の周囲をぐるっと回って人の隠れられそうな場所を虱潰しに探っていく。

あのあいつが、この子の無茶に気付いてないわけがあるまい。今朝会った時に、今日は任務待機で仕事も少ないと聞いた気がするから、絶対どっかでティア嬢のこと見守ってるはずだよね。

で、5分ほど周囲を探った結果、

「やはり隠れていらっしゃいましたね。お疲れ様です高町さん」

「あ、あはは……。み、見つかっちゃいました」

てな風にいい感じに人一人隠れられそうな木の陰でティア嬢の方を覗きこんで観察してた教導責任者殿を発見。お主は飛雄馬の姉ちゃんかよと突っ込みたい。明子さーん。

というかホントに高町って公私分けてるんだなー。仕事中とのギャップのせいか、ヴァイスさんの目が点になっとるぞ。

その辺はまあいいとして、ようやく見つけたので木の陰から近くの草むらの方へと移動してそのまま独占インタビューに突入してみた。

質問一、何をしておいでで?

回答一、隠れてる。

そんなの誰が見たって分かるからもっと具体的に説明しましょうぜ高町さーん。

それともなにか、もっと具体的に聞かなければ答える気がござらんのですかとか思って、このまま遠まわしに聞いてても話進まなそうだったから単刀直入に聞いてみる。

「どうしてあいつを止めに赴かれないんですか」

「それは……」

言うのをためらうそぶりの高町にさらに質問を重ねると、教導隊の指導方針のようなものについて聞かされる。

戦闘技術は細かい説教よりも体で覚えさせるべき、そんな感じの指導方針のもとに今までやってきた高町としては、この状況でどういう風に指導すべきかよく分からないようだった。

それに、今の時点では特に問題のあるようなおかしな訓練はしていないし、「無茶は少し気になるけど、そのあたりは私も教導の時に気にかけてるから問題は無いし」だそうです。

うーん、そこまで言うなら大丈夫なのだろうか。

けど、確かに今のところ特に問題は起こしてないけど、ホテルん時の小さな独断専行からして放っといたら絶対何かありますって。

それを止めるのが普通だと俺が思うのは、見解の相違ってやつなのだろうか。俺は間違いなく止めるべきだと思っているけど、高町は心配しつつも止めるような時期は今じゃないという認識だ。

でも、その認識についてはともかく、機会があるなら互いの心中について腹割って話し合うくらいした方がいいと思うんだけどなー。ほら、高町さんも経験あるでしょ。気持ちだけが先走って他人の注意聞き入れない上に、実力とか体力とか他の全部が追いついてきてくれない危険な時期。と言うと、高町は真剣な表情になって「それは……」と俯いた。

……うーん、なんで高町さんてばティア嬢たちに対してそんなにスキンシップ消極的なんだろう。

いつものあなたとかもっと体でぶつかってって相手と和解するようなやり方採るでしょうヤンクミ張りにさあ。なんて聞くとこないだフェイトさんに聞かされた新人たちとの距離感の話の高町視点版を持ち出された上、「やっぱり私のした失敗のこと、話した方がいいのかな……?」と聞かれ俺沈黙。

どうすんのよこれ。高町が新人たち相手に感じてる壁のこととか、どう考えたって新人たちも高町に対して感じてるのと同じものだろ。

しかもあの時の失敗について話すかどうかが正しいか否かなんてこの場で俺に聞かれたって分からない……。

結局は当人同士の話なのだ。その間に俺が立って何を言ったところで、結局それは想像でしかない。

やるまで結果は分からない。

『あのこと』話した相手の出方なんて、その時になるまで分かりゃしない。

だから俺に言えることなんて、『かもしれない』でしかない。だけどそれでも、意思の疎通は必要だと思うんだけど────ってああもう! 全然考えがまとまらねええ!

……てかそう言えば唐突に思ったのだが、その新人に対する微妙な壁を通した謙虚さを少しでいいから俺に対する時にも分けて欲しい。なので是非とも分けていただけませんかと懇願してみるも、

「ごめん、なさい……?」

とか言い返されて絶望した。なんでだよいいじゃんかちょっとくらいお目こぼしをください。

てか高町さん、あなた絶対俺の言ってることの意味分かってないのに謝ってるでしょ。大体隊長格が俺みたいな平なんぞ相手に安易に頭を下げるんじゃありませんと言ったらまた謝ってきたのでうがーってなる。無限ループって(ry

で、

「……なのはさんにヴァイスさん、それにあなたも……そんなところで何をしているんですか」

その後も高町とぎゃあぎゃあ騒いでたらいつの間にかティア嬢が草陰にしゃがみこんでた俺たちを胡散臭そうな表情で見下ろしてた。

……うん、そりゃ気付かれるよね。むしろあれだけ騒いで気付かれなかったら俺がティア嬢の耳の具合を疑うわ。親父を紹介(ry

とはいえこれは好都合。これ以上こんな草臭い所で押し問答してても仕方ないので高町の背中を押してティア嬢の前に立たせる。

驚いた顔して俺の方振り返る高町だが、俺が「当たって砕けろ!」の意味を込めて目くばせすると、ようやく決意を固めたようだった。

小さく頷いてから深呼吸し、ティア嬢の方に向き直る高町。そして、

「ティアナ、お話があるの。少しいいかな」

「え、あ、はい……?」

真剣な表情の高町といきなり何なのかと首を傾げるティア嬢。

「お話、ですか……?」

「うん、私とせーくんが、仲良くなったあの頃の────」

「てちょっと待てーい」

話に割り込むと高町のやつがなんで止めるのって表情になる。

そりゃ止めるだろってか意味分からんぞ。何でお前とティア嬢達の人間関係の問題に俺の過去話が関わってくるのか説明を要求します。と言うか仲良くなってねーよ知り合っただけ。って言ったら、

「だって……話をするなら私がしたあの失敗のことをちゃんと伝えないと、きっとティアナに私の気持ちが届かないよ。だけど……」

って感じにぽつぽつと理由を口にした。確かに高町の失敗について話すなら俺の失敗のことも一緒に話さないとなりませんね。でないと話に大穴発生しますからね。

……でも……えー……?

マジで話さないといかんの?

あの時分の俺とか、すんげー恥ずかしい中二病を罹患していましたので、あんまし人に話して聞かせたい類の話じゃないんだけどなー……なんて考えてたら、あのころのこと思い出して激しく恥ずかしくなってきたので話すのさらにすんげー嫌になった。

故に顔歪めて嫌だなーって空気放出し続けてると、なんだかティア嬢がちょっと好奇心混ざった気まずそうな表情でこっち見てた。

なんですかその顔は俺に話せってことですか?

てか、ティア嬢は俺のそれをネタに高町とちゃんと話をしてみたいんだろうなあと推測できるからまだ分かるんだが、なんでヴァイスさんもちょっと面白いこと見つけたみたいな顔してんですかやめてーやめてー!

……くそぅ。これじゃ完璧に俺の承認待ちじゃないか……。

しかも拒否したらあれだろ。ティア嬢が失敗したとき俺のせいになるんだろどうせ。あの時話しておけば……ってさー……。

てかなんだあんたらその目は、やめてそんな目で見ないで俺が悪いみたいな気になるからやめろ見るな目がぁ…目がぁ…!

「……分かったよ。分かりました! 話せばいいんでしょ話せば! だけど他のやつらには秘密だからな! 絶対秘密だからな!」

とか言うと三人して「ええ。分かってます」「うん、分かってるって」「はい、分かってますって」とかティア嬢から高町でヴァイスさんの順に言い出してすんごくやりにくいんですがなんなのこの人たちなんでいきなり仲いいの特に高町とティア嬢!

これなら過去話する必要無いじゃんって思ったのにさらに三人で勝手に話すすめて、みんなのスケジュール的にじゃあ今夜話しちゃおうかって流れに。うぅ……。

というわけで、場所を移してお話することに。

どこに行こうか話をしてると高町が「八神部隊長に会議室の使用許可もらってくるね」と言って駆けて行ってしまったのでそれじゃあ先に向かおうかという話に。

で、そそくさと先に言ってしまった二人を追いかけようと歩きだした時に、近くの木の陰で何かが動いたような気がしたんだが、「に、にゃー」とか鳴いてたから猫だよな猫。

こいつらとの話が終わった後に、お疲れ様の意味も込めてご飯奢ってあげようかと思う。

多分この猫めっちゃ食費かかるけどな声的に。

なーんて、この場でこの盗み聞き猫見逃すべきじゃなかったなーなんて、後になってから悔やむから後悔なのであった。






























幕間-先行するエピローグ-







隊舎を出て、水辺の方へと歩いて行く。

ぶらぶらとして海沿いにたどり着くと、具合のよさそうな欄干に肘を預けて寄り掛かり、遠くを眺めて嘆息した。

話は終わった。

事情も聞いた。

まだ把握しきれていない部分もあるだろうが、何も知らない時よりは何かを知っている状況だ。当然だけど。

だけどもう俺はこれ以降、手出し口出し御無用だった。

ここから先は、高町とティア嬢の関係の問題さ。俺の出る幕ナッシング。

むしろ、かかわらない方が彼女たちはハッピーエンドを迎えられるだろう。その邪魔はしたくない。

どうせ良質な結末なら、グッドよりベストがいい。その方が見ていて楽しくなる。

……とはいえ、俺の方は昔を思い出して若干ブルー。

なーんて、少しセンチメンタルな気分になりながら黄昏る俺。

素肌を撫でる夜風が気持ち良くて、遠くに見える街の明かりは幻想的だった。

それらを堪能しながら適当に時間をつぶしてると、背後に気配を感じる。

振り返るとそこには、なぜだかよく分からないがフェイトさんがいた。こんな所まで来て俺に何の用だろうかと思ったが、とりあえず片手を上げて「ども」と挨拶してから水面の方へと視線を戻す。

フェイトさんはこちらにやってきて俺の横に立つと、静かな声音で言った。

「セイゴ、どうしたの? いきなり部屋を出て行ったりして」

「……んー。俺とかあの場にいても仕方ないっしょ。皮肉屋だからすぐに場の空気壊すし。しばらく身を潜めといた方が空気の読める大人みたいでなんかかっこいいと思わない?」

「……そんなことないと思うけどな」

少し残念そうに呟くフェイトさん。というかなんですか、そのそんなことないってのは、何をしようと俺は格好悪いとそういう意味ですかそうですか。

……俺は今泣いていい、泣いていいんだ……!

「確かにセイゴは皮肉屋さんだけど、なのはもティアナもそんなこと気にしないくらいにあなたに感謝してると思う」

「あ、そっちね……」

俺は苦さを噛み締めるように笑いながらため息をつくと、唐突に思いついて上着の胸ポケットから煙草を取り出した。箱を振って紙巻きのそれを一本取り出すと、それを銜えてライターも取り出して火をつける。

煙を吸い込み、肺に回し、それから溜息のように吐き出した。

……感謝、ねえ。感謝も何も、俺はなーんにもしてないと思うんだけどな。

だって、高町が新人に無理を求めなかったのは、それが高町の信念だったからだ。

無理も無茶も必要無い。

無謀も危険も必要無い。

高町はただ今のあいつらに、安全に任務をこなしてほしいだけ。

この先の未来でどんなことにも対応できるようになって欲しいだけ。

高町は最初から、新人の未来を考えて教導していた。

ティア嬢がそれに反発する形になっていたのは、目標への焦りで周りが見えてなかったというだけのことだ。

両方に理由があって、けどその理由の歯車がかみ合ってなかった。

だけど、高町の人柄を考えれば、そのうち勝手に和解していたはずだろう。

俺が今回出来たことは、ティア嬢がでかい失敗する前にそれを止めることができたってだけ。

いや、長い管理局員人生、早い段階で挫折は経験しておいた方が良かったかもしれないから、そう考えると俺のしたことは全くの無駄だった気もしないでもない。

そんなことを考えながら、銜えたままの煙草をふかす。

「……煙草、吸うんだね」

彼女の少々戸惑い気味な声。

そう言えば、彼女の前では吸ったこと無かったか。こっち来てからは吸ったことなかったし。めちゃくちゃ忙しかったしな。

もともと趣味みたいなもんだからね、暇な時にふかすくらいの。

……うーん、こういうの吸わない相手にニコチン成分摂取させるのもあれだし、ちょっと気をつけよう。

風の向きを見て煙の行方が安全であることを確認してから、俺は息を吐きだした。煙草を吸うのは俺の趣味で、フェイトさんには関係ない。なのにこっちの都合で副流煙の影響を与えるのはなんだか嫌だ。

そんな風に気を遣いつつ、煙草を口の端に銜えたまま、口を開いた。

「たまーに、中毒にならない程度にふかしている所存にございます。いろいろ心に溜まったときなんかに」

「体に悪いよ」

「俺的には、ストレスをため込む方が体に毒だと思うのでね。胃潰瘍マジパネェっす」

「……あの話、やっぱりセイゴにとってはストレスなの?」

不安そうに聞いてくるフェイトさん。俺は少々考えるような素振りをしてから答える。

「……うーん。違うと思うね、多分」

「多分、なんだ」

上品に、だけど少々寂しそうに苦笑してから、フェイトさんは遠くを見やった。

そんな風に聞かれても笑いかけられても、本当によく分からないんだから答えようがない。

高町との出会いが俺にとって人生の大きな転機だったのは間違いないし、いろいろとあったのは事実だが、それが心に負担をかけていたかと言えばそんな覚えは全然ないのだ。

だけどだったら今、なぜ微妙に気分が下降線を描いているのかを説明はできない。深層心理では何かしら重い物を感じているのかもしれないから、多分。そうとしか言えなかった。

それに、何もしなくたって日々暮していればストレスくらいいくらでもたまるしね。

「セイゴはやっぱり、ここには来たくなかった?」

「うん」

「そ、即答だね……」

笑みがひきつるフェイトさん。俺はまあねと言って笑う。出向した以上、真正面から仕事も人付き合いもする。

だけどやっぱり、セイス隊長の所でゆるゆるとやっていたかったのも事実だ。

……それに、

「大体俺、ここに来たところでねー……」

「え……」

「……なんでもね。下らんこと言った。忘れてください」

「……うん」

立ち入って聞くのをためらったのか、フェイトさんは俺の言葉にうなずくと、そのまま沈黙してしまった。

俺の方もこれ以上何か喋ると決定的なことを口にしてしまいそうなので、黙して煙草をふかし続けた。

……しっかしスバ公と来たら、あそこで話立ち聞きしてただけならともかく、そのまま会議室に突撃して来るんだもんなあ……。

おまけにあそこで盗み聞きしてたの、スバ公だけじゃなくてエリ坊とキャロ嬢もだったもんだから、そこからフェイトさんとかシャーリーとかにも事情がばれてるし。

結果、新人及びの皆々様を含めて、みんな一緒に俺の遠い過去の記憶を話して聞かせる羽目に。

さすがにこれは予想外。

けど、ティア嬢に聞かせる話を一緒に聞かせてくれというものをやだとは言えんし、まあどうせそのうちどっかから漏れたのだろうから、その辺は仕方なかったのかね。

そんなことを思いつつ、俺の脳裏には先ほどまで回顧していたあの頃の記憶がもう一度浮かんできていた。

そう、高町と出会った当初の記憶。

ティア嬢たちに話したのはその中のごく一部だが、高町が喋ってるの聞いてて暇だった俺の方は、それ以外の場面までいろいろと思い出していた。

きっかけは俺の所属していた隊の上司の気配り。

俺の関わりの始まりは、その上司の使っていた隊長室に行くところからになる。

あれは、いつも通りツーマンセルでの任務を終えた俺が、先輩兼パートナーに押し付けられた報告書データ片手に隊長室へ向かった時のことだ────





























2009年9月5日 投稿

2010年8月29日 改稿



[9553] 第十七話-とある日常-[過去編]
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/29 01:47
「……模擬戦、ですか? 私が? 明日に? 空戦の若きエースと?」

告げられた言葉の唐突さに狼狽して訝しげに聞き返すと、その突拍子のない要望を突きつけた初老の男性────俺の所属するこの隊の隊長であるところの彼は、「ええ、そのとおりです」と首肯した。相変わらず決め顔にドラマの演技のような仕草が似合いすぎて、どこの俳優かと突っ込みたくなるようなお人である。

「模擬戦と言っても、一対一で行う親善試合の三番勝負です。あなたにはその先鋒を務めてもらいたいのですよ」

そんな風に格好つけながら話をされても何が何だか訳が分からない。いきなり何を言っているんだ、この人は。

こちとら少々骨な任務から帰って来て早々、先輩に報告書の処理を押し付けられて分隊長の所に行ったらちょうど所要で留守で、どうしましょうかと端末でその分隊長に連絡したらその辺の書類は臨時で隊長任せになっているから直接提出してくれと言われ、仕方なくこここまで足を運んで来るという長々とした工程を踏んだせいでただでさえ疲れ気味なのに、こういう意味の分からない冗談はやめて欲しい。

なんて思ってたんだが、話を聞くに冗談の類ではないようだった。

「相手の魔導師はAAAランクオーバーだそうですが、君なら相手も出来るでしょう。以前もAAA+ランクの違法魔導師を逮捕していたはずですし」

とか言いながら俺の肩をトントンと叩く隊長。

つーかちょっと待ってください。確かにそんな感じの大物逮捕した覚えはあるけど、あれは俺一人の力なんかじゃない。

地形の利用と仲間の援護とのコンビネーション、それから多少の運の要素が絡まりあい、それがたまたま型にはまったから成功したにすぎず、それを理由にそんな大役に任命されてもどう考えても荷が勝ちすぎる。

そんなに毎度毎度、上手いこと事が運ぶわけがない。

そもそもこの人の話じゃ、今回は一対一のタイマン勝負。おまけに場所はただの演習場ときているそうだ。

これでAAAオーバー相手にAAが勝てという方がどうかしている。

逮捕と対決では根本から戦い方が違ってくる。その上一対一じゃあ選択肢がさらに狭いじゃないか。

……まあ戦況分析はともかく、大体の大前提として、そもそもなぜこんな話が俺のもとへとやって来たのかの理由すらつかめていない俺はそのあたりの詳しい説明を要求することにした。

ああ、それもそうですねえ。と顎を撫でながら隊長が説明してくれた内容を要約するとこうだ。

自分の見聞を深め、腕を鈍らせないために、たまには知らない相手と真剣勝負をしておきたい。と言うのが戦技教導隊の方々の主張だそうだ。

で、今回たまたまそのお鉢がうちの隊に回ってきたらしい。

戦技教導隊の方々、航空武装隊との仲は良好のようで。

……しかしこれは困った。

話を聞いてると、やっぱり俺が勝てる相手とは到底思えない。それどころか、吹っ飛ばされてボコボコにされて気がついたら次の日の朝なんてこともありそうだから困る。

そんなことになったら、雑務が遅れてしまう。大体手柄が増えるわけでもないのに、そんな面倒なことやってられるかと思う。

んなことやってる暇があったら、俺は出世のために一つでも多く任務をこなしたいんだ。

てか、対戦したやつの中には、エースさんのあまりに桁はずれな強さを記憶海馬に焼きつけられ、エースさんにぶっ飛ばされる夢を毎晩見ているような人もいるのだとか説明されるとさらに萎えるんですが、あなたはいったい俺に何をどうしてほしいのか。流石に躊躇もしたくなる。

と言うか、そんな対戦の申し込みを私に回すあたり、

「あなたは私をつぶしたいのですか?」

「いえそういうわけではありませんよ。前々からそれを頼んでいた方が、つい今しがた入った急用の別件で少々手が離せないものですから、それならあなたにどうか、と思っただけです」

そして隊長は、「それに────」と思わせぶりに言葉を切り、

「君なら、彼女から一本とれるのではないかと少々期待を寄せてしまってもいるのですよ」

落ち着いた笑みを浮かべながらそう言うと、そのまま黙り込んでしまった。

……なんだろうこの沈黙は。もしかして俺の返事を待っているのだろうか。てかこの沈黙は結構辛い……。

辛いのでさっさと返事をして早々にこの部屋を立ち去ろうと思う。

「……申し訳ありませんが私は明日も仕事です。残念ですが今回は、別の方に機会を譲り渡そうと思います」

「おや、君ほどの人物でも彼女に勝つ自信はありませんか? ふむ、いくら神童と呼ばれようとも所詮は人の子ということでしょうかねえ」

「…………」

見え見えの挑発お疲れ様である。その嗜虐心の見え隠れする、相手の神経を逆なでするつぼを的確に押さえたかのような表情は見事な出来だとは思うけど、こっちもあなたの酔狂に付き合うほど暇も余裕もない。心にも体にも。

てなわけで、書類は提出したことだし、軽く流して仕事に戻るとしよう。

「そうですね、勝てません。ですので辞退させていただきたく思います。……用件がそれだけならば、私はこれで」

言いながらそのまま部屋を出ようとするが、素早い動きで隊長が俺の行く手に立ちはだかった。

「……まだなにか?」

「まあ待ってください。これもいい機会だと思いませんか」

「……どういう意味ですか」

「君が経験を積むいい機会だと言っているのですよ。確かに君は強い。ですがその強さはあくまで、この隊の中で確立しただけのものです。しかしそれだけでは、君の目的が果たせるかどうかは、五分五分と言うところでしょう」

「……」

「井の中の蛙大海を知らず……。君の場合はそう言うわけではないのかもしれませんが、私は君は一度、挫折と名のつくものを味わうべきではないかと思うのですよ」

「……それは、確かにそうでしょうが……」

「私は元から、勝てと言っているつもりはありません。ただ、君が上を目指したいというのなら、エースと持て囃されている人間の実力を目の当たりにして、自分の超えるべき壁にぶち当たるというのも悪くない体験だと思うのですがねえ」

それだけ言って、また口を閉じる隊長さん。

……どうしたものだろうか。

この人がそこまで言うのだから、そのエースさんとの模擬戦とやらには、それだけの価値があるのかもしれない。

そもそも、その案件をわざわざ他の隊員の人達に回さず俺の所へ持ってきてくれたというだけで、かなりありがたいことなんじゃないだろうか。

もっと別の、俺よりさらに優秀な人は、この隊にだってたくさんいる。

なのにこの人は、俺の将来のことを慮って、今回出来た空席を、わざわざこっちに回してくれたのだ。

「……分かりました」

「ほう……」

隊長が顎を撫でながら唸るのを目の端に捉えながら、俺は「少し失礼します」と言って端末を取り出した。

明日の仕事の予定をチェックして、訓練施設の予約をキャンセルする。

頭を下げて仲の良い同僚の人に書類整理を頼めば、少しは雑務も回るだろう。この見返りは……昼飯奢りで許してもらえるだろうか……。いや、もっと大きな出費を考えておいた方がいいかもしれない。

「……それで、正確な日程を教えてください」

「ええ、では早速」

自分の端末を取り出してそれの操作を始める隊長さん。俺は十一で空のエースと呼ばれる少女か。どれほど化け物じみた強さなのかね、なんて、栓ないことを考えていた。




氏名、誠吾・プレマシー。


年齢、14歳。


所属、航空武装隊。


階級、空曹。


職場での評判、中の下。


友人関係、普通。


家族関係、不良。




これは、そんな俺が人生の大きな転機を迎えた時期のお話である。






























「へぇー、じゃああんた、明日の今頃には噂の空戦のエースにお目見えしてるってわけなのね」

「……まあ、そうなりますね」

隊長室を後にした俺がオフィスへ戻ると、ちょうどきりのいい所まで雑務を終えたらしい俺のパートナーさん────茶味がかった赤毛のショートカットな、瞳にエネルギーの充満した勝気な女性────ロロナ・ブレイク先輩に、「タイミングばっちしじゃん! さあお昼食べに行こう!」と襟首ひっつかまれてこんな所まで連れてこられた。

報告書を提出しに行ってから随分と時間が経っていたのもあって、首根っこ掴まれて連れて行かれた食堂の席で、

「つーかあんた何さぼってたのよ、あんなデータ一つ出しに行くのに随分と時間かけてたじゃない」

私はあれから別の雑務に勤しんでたってのにー、などと文句混じりに聞かれたため、どうせ明日のことも頼まねばならないしと先ほどあったことを説明することにした。

それを聞いたのちの反応が、さっきものである。

「で? 勝てそうなの?」

注文したカレーを口に運びながら、先輩が極めて気軽に聞いてきた。

俺は溜め息を吐いて答えた。

「……無理ですね。十中八九」

「うん? あんたにしては随分と弱気ね。いつもはもっとこう……ハイエナみたいにガーッて感じに勝利に貪欲なのに」

スプーンを持っていない方の手を獣の口のように見立てて俺の方へと伸ばしてくる先輩。

そのまま俺の注文したサンドイッチに手を伸ばそうとしたので、パシッと叩いてその手をはじく。

「女性がはしたないですよ。ロロナ・ブレイク、十八歳さん」

「さらっと女性の年齢を公共の場で口にすんじゃないわよこの紳士もどき。いいじゃないちょっとくらい。隣の芝生は青く見えるのよ」

「知りませんよそんなことは。食べたいのなら追加で注文をしたらいいじゃないですか」

「馬鹿ねー。あんたが食べてるのを横取りするのがいいんじゃない。ちょっと頂戴よ。ね、ね、ね?」

……なんて上司だ。性格の曲がり方が酷い。文句の一つでも言いたいところだが、でも我慢でも我慢。この人は上司この人は上司。

「……どうしても食べたいというのなら止めはしませんが、そんなに欲張っていると太りますよ?」

「そんなの、このあとまたあんたに付き合ってあの地獄の訓練コースこなすんだからチャラよチャラ」

手を払うように振りながらにべもなくそう言い放つ先輩。

確かにそれなりに心にクるトレーニングメニューに仕上げたとは思うけど、別にあなたにそれを強制したわけじゃないのだから、嫌ならばやらなくても構いませんよと言ってみる。

「なーに言ってんのよ。あんた一人だけあんな訓練してたら、そのうち私じゃ全く追いつけなくなっちゃうでしょうが。それじゃパートナー解散になっちゃうじゃない」

まあ、確かに。

基本的にパートナーを組む相手ってのは、相互に弱点を補い合えるくらいには実力が拮抗している必要がある。と思う。

で、今のこの課で俺の魔力量に近しい数値を持っていたのがこの人だ。

けど、私はまだまだ成長期の伸び盛り。一方あなたは、そろそろいろいろな成長にスピードダウンがかかってくる頃合いの年……て何で睨むんですか本当のことでしょうがちょっと待ってくださいすみません私が悪かったですだからやめてください私の腕の関節はその方向へは曲がりません。

……はぁ。

……で、そうなると、そのうち自動的にこの人と俺はコンビ解散になるというわけだが。この人はそれがお気に召さないらしい。

「だって、イジる相手を失ったら私の生活に潤いが無くなっちゃうしー」

結局それである。本当にシリアスってもんが数秒と続かない人だった。

「ついでに言うとあんたみたいなクソガキに戦闘ステータスで負けてコンビ解散しましたーなんて話になったら、お姉さん末代までの恥じゃない」

酷い言われようだった。

と言うか絶対前半より後半の理由が強いのだろうなこの人。そりゃ俺だって同じような状況になったら負けたくは無いと思うから気持ちは分かるけど。

しかしだ、俺の方としては今のところはこの人以外と組むところが想像できないほど相性がいいのは確かだ。

意識的になのか無意識的になのかは知らないが、この人と来たら気持ちがいいくらい俺の動きに合わせて的確な援護をしてくれる。

たとえこの人があの訓練をする理由がどんなものであろうが、俺に合わせるために付き合ってくれるというのであれば、ひたすらありがたい話である。

それに、俺は、この課で────…

「で」

「え?」

「だから私に明日の仕事を交代してほしいって?」

いきなり声音が変わったので何かと思えば、どうやら事情説明のついでに切り出した、明日の仕事の件のようだった。

俺は手元のサンドイッチを掴んで口に運びながら、

「……出来れば、という話ですけどね」

「なーに甘ったれてんのよ」

「……え」

「私たち今日このあと、任務待機入ってないわよね」

「ええ、はい」

「あーいやだわー。私今夜は眠れないわねー。ただでさえ最近忙しくてまともな睡眠取れてないってのに、これじゃ肌荒れひどくなる一方だわ」

「……なるほど。ありがとうございます。ご協力感謝します」

遠まわしに言うものだから気付くのが遅れてしまった。

確かに、今から明日の分まで雑務をかき集めて処理すれば、一日分の空きくらいは作れるかもしれない。

それにわざわざ付き合ってくれるというのだから、こちらとしては願ってもない好条件だ。

「別にお礼なんかいらないわよ。むしろそのうち今までの貸し一気に全部返済させるためにエステとか連れて行かせるかもしれないから安心なさい」

「全く安心できなくて笑えますね、その冗談」

「残念。笑えなくて正解になるのよ。半ば本気だから」

「……は、ははははは。……はぁ」

どうやら事態は、昼飯なんて軽い物では済まない状況になってしまいそうである。やっぱ、あんまり人からいろいろ借りるもんじゃないなあなんて、一つ人生の教訓を心に刻み込んだ俺だった。





























2009年10月2日 投稿

2010年8月29日 改稿



[9553] 第十八話-出会う日常-[過去編]
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/29 02:03
翌日、隊長に指示された時間に隊舎の正面玄関へと向かうと、そこには数人のお客さんがいた。

別に迎えに行けと言われていたわけでもないので、俺はそれを少し離れた場所で見ていることにする。

本当は挨拶に行った方がいいのかもしれないが、その数人のうちの二人を相手にうちの分隊長とその秘書官の人がにこやかに会話しながら見えない火花を散らしているのは、その考えを躊躇させている要因となりうると思う。

なんだか知らないが因縁でもあるのだろうか。よく見ると双方とも額に青筋が浮かんでいる。

まあ、そんな感じで触らぬ神に祟りなしということで、その水面下では一触即発な雰囲気の会話を少し離れた場所で聞いていることを選択したというわけだ。

そう言えば、分隊長っていつの間に帰って来ていたのだろうか。昨日レポートの連絡をして以降、昨夜は一晩中隊舎にいたのに帰ってきた覚えはないし、朝にだって見かけた覚えはないというのに。

……んー。よく見ると、分隊長の表情に疲れの色みたいなものが見える。もしや、出先から直接今さっき帰って来たのだろうか。……この親善試合に出るためだけに?

だとしたら驚きの執念だ。よほど根深い何かがあると見える。

てなことを徹夜明けのせいで眠気の入り混じる頭で考えながら込み上げてくる欠伸をかみ殺していたら、もう何人かのお客さんの中から二人の少女が抜け出してこっちにトコトコ駆け寄ってきた。

いったいなんぞやと思っていると、その二人は俺の目の前までやってきて、髪を頭の横でくくっている方の女の子がお辞儀をしてから徹夜明けの目には若干眩しい笑顔を俺に向けて来た。

「高町なのは空曹長です。今聞いたんですけど、先鋒で戦う人ですよね。今日はお相手よろしくお願いします」

で、そんなこと言いながらまたお辞儀をしてくる。となるとこの子が噂のエースか。……なんというか、なんだかイメージと違う。もっと高飛車な感じの嫌味な性格のやつを予想していたのだが、なんとも明るくて社交的そうな少女だった。これは予想外。

……しかしなんだろう。なんというか彼女、少し疲れ気味?

昔、親父に半ば強制的に病院に缶詰めにさせられていたころ、病棟の廊下でよく擦れ違った寝不足の看護師とか医師の人達と少し近い雰囲気を感じるのだが、気のせいだろうか。

表に出して見えているわけではないのだが、なんだか慢性的に全身が辛そうな気がするその様子。昔はそれを父さんに告げると、その相手の人は決まって簡単な問診から適当な検査を経て最終的に半ば強制的に休暇を取らされていたが、そう思うと少しは信憑性もある気がする。

ちなみに言うまでもないと思うが、当時からそれなりの地位にいた父さんの強権によるものである。

尤も、こんなのは俺が昔から勝手に感じているだけの感覚的なものであるうえ、このところは病院になんてまともに出入りしていないし、そういう人を見る機会も極端に減ってしまったから、『そのテの勘』というやつも徐々に薄れてきてしまっているのだけど。

最近じゃ誰に会ってもこう言う違和感のようなものを感じた覚えはないから、やっぱり信憑性は薄いか。

と言うか、今現在睡眠不足で結構精神的にキているような分際の俺が何を思ったところでどうせ何かの勘違いだ。きっと気のせいだ。だって彼女、元気そうに笑っているじゃないか。

なんてことを思いながら頭を下げてこっちも自己紹介をしようとしたら、エースさんの横にいたもう一人の赤髪の方の子が口を開いて、

「ヴィータだ。階級は空曹。今日はなのはの付き添いで来た」

なんだかぶっきらぼうな印象を受ける挨拶をした。てか、なのはって呼び捨てか。上司なんだから普通はもっと別の呼び方をしないか?

それともこの二人、個人的な友人なのだろうか。呼び捨てにされても何にも嗜めない所を見ると、そうなのかもしれない。

そんなことを思いながら、俺も返事のような形で二人に自己紹介した。

「誠吾・プレマシー空曹です。本日はわざわざご足労いただき、誠にありがとうございます」

「えっと……。こちらこそ、です」

エースさんはキッチリとあいさつした俺に少し面喰ったようにきょとんとし、それからつられるようにまた頭を下げてくれた。

で、

「ところで、私のことは『なのは』って呼んでくれればいいですから」

「……は?」

その流れに乗せて笑顔でいきなりそんなことを言われ、最近隊内でポーカーフェイスのプレマシーとまで言われるくらいには他人に表情の変化を悟らせないことで有名の俺ですら流石に眉根を小さく顰める。

何を言っているんだろう、と思った。

初対面の、しかも直属ではないとはいえ上司に当たる相手のことを名前で呼ぶ?

ありえない。

他の人達はどうか知らないが、俺の個人的な主観においてそれは絶対にありえなかった。

余計なものなのだ。今の俺には。

仕事上の付き合いしか持たない相手と、必要以上に仲良くなる気なんてない。

俺が毎日死にそうな思いをして働いているのは、友達を作るためじゃないんだから。

だから、できるだけ丁寧な言葉を連ねて遠慮しますと断ったんだが、エースさんは少し遠慮がちな態度ながらもそうして欲しいという姿勢を崩さないし、横で一連の会話を聞いていた空曹さんが眉根を寄せたりと少々雲行きが怪しい。

そして、怪しくなった雲行きが俺の意見をそのまますんなり通すわけもなく、つまりどうしても押し問答になる。

「お願いしますっ」

「無理です」

「お、お願いします」

「…無理です」

「お願いしますっ!」

「……ですから────」

「はい、そこまで」

そんな声とともに、俺の顔の前にバインダーが差しこまれた。横を見ると、若干普段よりも精気が薄れたように見える、けれど見慣れた顔があった。なんであなたがここにいるのか。

「……なんですか先輩。まだ話の途中なのですが」

「話の途中なのですが……。じゃないわよ馬鹿」

そう悪態をついて、先輩は俺の額にデコピンした。眠いせいか知らないが加減が無い。かなり痛みが強かったので、俺は弾かれた所を抑えて閉口した。

と言うかさっきオフィスを出て来た時に、私今から死んだように眠るから、起こしたら肝臓に貫き手かますわよ。とか言っていた気がするのに、なぜこんな所にいるのですかと聞いてみると、なんか変に目が冴えて眠れないから俺の試合観戦をしつつそのデータを取って今後の戦法の糧にしようと思ったのだとか。

先輩はそれだけ説明して俺から視線を外すと、お客の二人の方を見て笑顔を作った。徹夜で精神的に追い詰められているはずなのに、それでも事務用の笑顔が出てくるあたり恐ろしい。

「────ごめんなさいね。こいつ顔に似合わずくっそ真面目だからどうにも愛想が足りない上に融通も利かないのよ。許してあげてね」

「い、いえ、そんな……」

少女がちょっと申し訳なさそうな表情で気にしないでくださいと言った。なんか、冷静になってみると無茶苦茶言ってると思ったのか、俺の方にもごめんなさいと頭を下げてきた。先輩はそれをみて破顔して手を差し出した。

「私はこいつの任務のパートナー兼先輩の、ロロナ・ブレイク空曹長です。階級同じだし、私の方がお姉さんみたいだから、なのはちゃんって呼んでいいかな?」

一体いつから俺たちの会話を聞いていたのだろうか、この人。エースさんの自己紹介って、かなり最初の方だった気がするんだが。

「あ、はい。じゃあ私、ロロナさんって呼んでもいいですか?」

「いいわよいいわよ全然いいわよ。それでそっちのあなたのお名前はヴィータちゃんでいいのかしら?」

俺の疑問はどこ吹く風で、流れるような言葉の波に乗せて話をさらさらと進めていく先輩。質問をされた赤髪の少女は、おう、いいぜと返事をしていた。

先輩は俺なんかよりはるかにスムーズに挨拶を済ませると、俺の方に寄ってきて耳元に口を寄せた。そして囁くように小さく声を出す。

その、所謂内緒話のスタンスで、

「あんた、ホントこのテのコミュニケーション下手くそね。もっと適当に相手に合わせれば楽だって何度も言ってるでしょうが」

「……私も何度も言っていますが、仕事中にこのスタイルを崩す気は一向にありません」

「頑な過ぎんのよ、あんたは」

「開放的すぎるんです、先輩が」

俺が咎めるように目を細めながらそう言うと、先輩は「頑固者はこれだから……」と溜め息をついた。

俺としては、頑固だとかそう言う括りで見られても困る。

先輩に言われなくたって、自分がこの手の対人能力が乏しいことは重々承知だ。

ならばどうするか。

少なくとも俺は、敬語を使って相手と距離を置く以外の選択肢が思いつかなかった。

まあこの人にはそんな逃げの発想、想像の埒外なのだろうけどな。

もともと対人のコミュニケーション能力が高い有能な人なのだ、先輩は。

ただ特定の仲の悪くない相手に対する時にだけ、仮面の裏に隠された茨のような本性がさらされると言うだけで。

だから安心してこの場は先輩にエースさんたちの応対を任せようと思っていたのだが、いかんせん先輩はそんな俺の思惑を粉砕するのがお好きなようで、

「いやー、それにしても噂の空戦のエースがこんなに可愛い女の子だったなんて、プレマシー知ってた?」

いきなりそんな本気でどうでもいい話題を振ってきた。

あまりに面倒な質問だったので心の中で溜め息吐きながらそっちを見ると、エースさんが「か、可愛い……」なんて言いながら顔を真っ赤にして俯いていた。

……なんだろう。こう言う場合はそうですねと同意した方がいいのだろうか……。

けど、学生時代に考えなしにそんなこと言って大失敗したこともあった気がする。だからここははぐらかしておいた方がいいかもななんて思ったのが間違いだった。

「……いえ。特に興味もなかったですから」

これが俺の、この場で一番無難と思える一言を選択した結果で結論だったのだ。

が、言った瞬間刺すような悪寒が俺を貫いて、反応してそちらを見たら空曹さんがこちらを睨んでいた。

……しまった。どうやら今のセリフは、彼女にとっての地雷だったようだ。

俺の方にはそんなつもりは無かったけど、今の言い方じゃあエースさんのことを馬鹿にしたようにとられてもおかしくない。

そりゃ、自分の上司でもあり友達でもある人物をけなされたら怒るだろう。……相変わらず短慮である、俺。

もっと他人の心の琴線を見極める術を身につけなくてはなあと思いつつ、ここはどう謝罪しておくべきかと焦っていると、

「うーわ本人目の前にしてその態度は無いわー。ねー、なのはちゃーん」

「そ、そんな……。気にしてないですから……っ」

隣にいた先輩に問われ、困ったように言い淀むエースさん。ちなみに、相変わらず彼女の隣の空曹さんは俺の方を睨んでいる。

……もしかしなくともこれは、先輩がわざわざ謝罪のチャンスを作ってくれた構図になるのだろうか。狙ってやってくれたのならありがとうございます。なんて心の中で言いながら、俺は頭を下げた。

「いえ、すみません。今のは私の配慮が足りませんでした。失礼なことを言って申し訳ありません、高町空曹長」

最後まで言い切ると、俺を突き刺す視線の槍は、鋭い気配を散在させて、先ほどまでの辛辣な様子は薄れた。

どうやら怒りを納めてもらえたようだとほっと溜息をついていると、よしよしちゃんと謝れたわねとかなんとかいいながら、先輩が俺の頭をポンポンと叩いた。

正直そんなことをされるのは苦痛だったが、真意はどうあれ助けてもらった手前文句を言うこともできずそれを受け入れていると、俺の正面でエースさんが瞳をぱちくりさせていた。

先輩はそれを目ざとく見つけ、

「んー、どうしたの変な顔しちゃってー。何か聞きたいことがあるなら、お姉さんきっちりかっちり答えちゃうぞ!」

少女に向かってなぜか右腕で力瘤を作りながら得意げにそんなことを言う。相変わらず、行動の一つ一つの意味が分からない割には、他人の表情の変化の機微にはさとい人だ。

彼女は先輩の言葉に多少逡巡していたようだが、聞きたい気持ちには勝てなかったのかおずおずと口を開く。

「えと……。二人とも、凄く仲いいんですね」

「あんたの目は節穴か」

「……え?」

こっちに驚きの視線を寄越す彼女を見て、しまったと思った。しかもまた。空曹さんがこっちを睨んでる。

あまりに俺としては不本意な評価に、つい本音が漏れてしまった。さっきから失態だらけである。

何とかごまかさねーと……なんて焦ってると、横にいた先輩がまたもやフォローを入れてくれた。

「まあ、私こいつと恋人同士だったこともあるし」

「え」

「え」

「おい……」

と思ったらさらっと会話の隙からダイナマイトを御投入である。確かに話を逸らしてくれるのは助かる、助かるのだが他にもう少し言い方が無いものだろうか。

……いや、俺が悪いのだから、文句なんて言えるような立場であるはずもない。

「えぇ!?」

「はぁ!?」

一方、いきなり色恋沙汰について暴露された彼女たちは、目を見開いて驚いていた。

この年頃のやつらの恋愛話についての反応なんて、こんなものだろうか。

彼女たちがそのままこっちを見たので、俺はさっきの失言の件は何とか流れたようだと心の中でそっと安堵の溜め息一つ吐いてから事情を話す。

「……この人が、「あんたみたいなのと付き合ってみるのも楽しそうね。よし、今からあんたと私は恋人よ」とか勝手に言いだしたので、波風立てるのもどうかと思ったものですから、「……お好きにどうぞ」と流しただけです。まあ、次の日には破局しましたが」

「は、破局……」

「……それっていろいろ酷くねーか?」

まあ、端から見ればただの気の多い女性ですよね。とポロっと漏らすと、先輩が不満そうに「あー、失礼しちゃうわねー」と口を尖らせた。

「私、これでもちゃんと相手は選んでるわよ。勘違いしないような奴にしかこんなこと言わないし。人を見る目には、結構自信あるんだから」

「しかし結局のところ、散々なことを言われて振られた記憶しか私の脳裏には残っていないわけですが。あんたつまんないわよー、とか。それはつまるところ、人を見る目が無いのと同義なのでは?」

「だってあんた最初のころ、「ええ」とか「はい」とか「いいえ」しか言わないんだもん」

「それでこと足りていたのだから、別にいいじゃないですか」

「それでももうちょっと頑張っていろいろと彼女と話をしようとする姿勢ってのが甲斐性の有り無しにかかわってくるんじゃないの?」

まあ、一理あるかもしれない。

「で、その態度があんまりにも頭に来たから、やっぱり別れましょうって言ったら、「そうですか」って言ってそのまま仕事に戻っちゃうんだもん。マジでつまんない男だったわ、当時」

「す、すごいお話ですね……」

「てか、告白する方も大概だけど、される方も大概だな」

余計なお世話である。

「でしょー? まあ、この何年かで、こいつも随分態度が軟化したんだけどねー。でもま、今でも仕事中とプライベートじゃ────」

「もういいでしょう。……ほら、向こうで分隊長たちが呼んでいますよ。方向からして演習場へ向かうのでしょうから、さっさと行きましょう」

話を打ち切って踵を返すと、では高町空曹長、ヴィータ空曹、こちらへどうぞと声をかけてから廊下を進む。

「え、あ、ちょっとー」

後ろで俺の呼びとめる声を聞きながら、ああ、どうせ今回の誤魔化し貸しとくわねーとか後で言われてまた飯奢らされるんだろうなーなんて思っていた。

まあ、それどころではなくなってしまう俺だったわけなのだが。




























2009年11月9日 投稿

2010年8月29日 改稿



[9553] 第十九話-起きる日常-[過去編]
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/29 02:11
睡眠不足は乙女の天敵だとかなんとか誰かが言っていたのを最初に聞いたのは、一体いつのことだっただろうか。

覚えのある限り最近では、とあるニュース番組の女性の嗜み特集で、俺には到底理解の及びもつかないというか興味もないというか、そんな感じの肩書きを持ったカリスマなんとかとか言う赤のスーツを着た見た目きつそうなおばさんが「睡眠不足は乙女の天敵ザマス!」とかなんとか言っていたような気がするが、一番最初の記憶となると定かではない。

そもそも人というのはものを忘れながら生きていく生きものであって、日常生活に必要な知識やらその他諸々の覚えていなければならない事象ならばともかく、この程度のことを後生大事に覚えている方が異常というか凄すぎるというかなんというか、とにかく俺は覚えていないわけだがまあそれはいい。

だって俺は凄くもなければ異常でもない。記憶力そのものは他人のそれと比べると多少いいとかそれくらいのものであり、昔完璧に覚えたつもりのことだって最近では思い出すことすらできないか、思い出せても無意味に時間がかかったりする有様なのである。

まあそれもどうでもいいんだが。

俺にとっての今の問題であり、さらに言えばこの件について俺以外の他人に同意を求めたいことというのは、睡眠不足は乙女のみの天敵などでは断じてなく、人類そのものの、ひいては大多数の生物たちの天敵なのでは無いかということであり、それ以外のことは些事以外のなにものでもない。

そう、睡眠不足は人類の天敵だと思う。

少なくとも俺はそう思う。

ただ、世の中ってのは広い。

無意味なくらいに広い。

無意味なくらいに狭い時もあるんだが、今この場では無意味なくらいに広い。

無意味なくらいに広すぎて、中には寝なくたって大したことなどないと公言して憚らない化け物のような人もいる。というかいた。

俺がまだ学生という身分で生活していた時のとある教授のセリフである。

三度の飯より研究が好きという彼の、「睡眠など後に回せ! 今は研究が全てだ!」というセリフは、今でも俺の心の奥底に根付いている。というか刻まれてる。と言うより蔓延っている。

トラウマ気味の迷言として。

何せアレだ。当時本来は授業の時にしか接点のないはずのその教授になぜか気に入られていた俺は、あの人の研究室に連れて行かれて雑用こなしたり他のことをしたりとしていたわけだが、そんな折、在学中の功績として少しでも何かしてやろうと意気込んで、そんな人類の限界稼働時間に常時挑戦しているような人に付き合ったせいで、俺他数名の研究チームの人達と共に四日間授業と研究詰めになって完徹したあげくぶっ倒れて医務室に運ばれて目が覚めたら次の日の朝でしたなんてこともあったりして大変だったのだ。

いや、まあ、そんなこともどうだっていい。今の議題は『睡眠不足』だ。

睡眠不足ってやつは本当に面倒くさい。そこで寝溜めと言うやつが出来るようになるプロセスを誰か生み出してくれないだろうかと期待していたりもするのだが、そんなものが出来るはずもない。

そう、出来るはずが無いのだ。だから今俺は、こんなことになっている。

昨日徹夜なんてしなければよかったなあと心中溜め息を吐きながら、俺は詰め寄ってくるちっさい赤髪と先輩の赤髪二つと、それを頑張って止めようとしてくれているもう一人の少女を見て、なぜこんなことになったのかを回顧してみようと思った。

……こういうのを現実逃避と言うのだろうが、気になどしない。

始まりは、そう、医務室のベッドで横になっていたところからだった。






























目が覚めると知ってる天井があった。

俺の脳ミソを構成する海馬組織に重大な欠陥が無いと仮定するのであれば────要するに記憶障害にかかっていないのであれば、ここは隊舎の医務室だ。何回か利用したから覚えがある。

ではここからが問題である。俺はなぜそんな場所のベッドに横たえられて気絶していたのか。

目覚めたばかりで頭が混乱しているせいなのか何なのか、俺の脳内の記憶処理中枢は若干おさぼりの気を出しており、どうにも記憶がはっきりとしない。

横になったまま一切動かずそんなことを考えていたのだが、とりあえず靄のかかった頭を覚ますために顔でも洗おうかと思い立って体を起こそうと掛け布団を引っぺがそうとして違和感。

俺の体の右側でなんかが引っ掛かって布団がはがせなかったのでそちらを見ると、誰かが丸椅子に座ったまま布団に突っ伏して眠っていた。

誰だよこいつと思って、脳裏に電流奔る。

肩に毛布をかけられて穏やかな寝顔を浮かべている少女の頭の横にぴょこんとくっついている、小さく括ったツインの髪の毛に見覚えがあった。

で、俺の頭はその辺を足掛かりにでもしたのか、唐突にさっきまで全くと言っていいほど思い出せなかった記憶の山がボロボロと零れ落ちてくる。

人間の脳ってのは不思議なものだ。思い出せない時はどれだけ踏ん張ろうが頑張ろうが絶対に思い出せないくせに、こうやってどうでもいい時に一つでもヒントが目の前に転がっていると不要なことまで無意味に思い出すことが出来る。

まあそれは今はどうでもいい。問題なのはアレだ。

どうして今俺が、こんな状況になっているかだ。

気持ち良さそうに眠っているのを起こすのもあれなので、横になったまま気持ちを落ち着けて頭の中を整理する。

確か俺は、部隊長にお願いされた戦技教導隊の人達との模擬戦をするはずだった。

だから玄関まで模擬戦相手の人達を迎えに行って、俺の相手の少女と挨拶をして、先輩の軽口に辟易したり救われたりしながら会話して、それから演習場へ向かった。

俺は先鋒だったから、上司の人達にがんばれよーとか応援されながら相手のエースさんと一緒に演習場に入って、時間制限無しの模擬戦をやったはず。

と、そこまで思い出したところで、

「ん……?」

横で寝てたエースさんが目を覚ましたようで、体を起こして目を擦りながら俺を見た。

「うゅ……?」

とろんとした目を俺に向けながら首をかしげる。完璧に寝ぼけている。

とはいえ、どう起こしたらいいものかもよく分からないので、とりあえず「おはようございます」と挨拶してみたんだが、

「……おはよう、ございます?」

「ええ、おはようございます」

「……あれ、ここは……」

俺と会話して少しは頭に酸素が回ったのか、きょろきょろと周りを見回してから目をぱちぱちやりながら動作を停止させて十数秒後、

「……あ」

「あ?」

「あああっ!」

寝ぼけまなこをバチリと開いて、いきなり俺に飛びかかってきた。

「うわっ!?」

「せ、誠吾くん起きたんだね! どこか痛くない!? 大丈夫!?」

「は、ちょ────!?」

布団を引っぺがして人の体を押し倒すような勢いで触りまくりながら安否を確認して来るという訳の分からん行動をしてきたので、とりあえず伸ばしてきた手を両方とってから「落ち着いてくださいっ!」と声を張り上げた。と言うかいきなり名前呼びか、別にいいけど。

大きめの声量にビクンと反応したエースさんはピタリと動きを停止し、それから自分がどれほど恥ずかしいことをしているのかに気付いたのか顔を盛大に赤くしてからもの凄い勢いで頭を下げて「ご、ごめんなさいっ!!」と謝ってきたのでとりあえず手を離す。

唐突な出来事の連続に、いったい何がなんやらと事態の端っこすらつかめずに俺が困惑していると、しばらくしてから頬のあたりを赤く染めたまま頭をあげたエースさんが、恥ずかしそうに事情を説明してくれた。

なんでも、俺がそれなりに頑張って彼女にくらいついて行ったものだから、俺が自分に出来る一通りの戦法を駆使し尽くしてとりあえず形としてはエースさんを追い詰めたと勘違いしたあたりで、彼女が反撃の一手として出した一発逆転の超絶収束砲撃を俺がモロに食らって吹っ飛ばされて地面に激突してそのまま気絶してしまったんだとか。

そういわれてみれば確かに覚えがある。

エースさんの収束した、壮絶とも言えるほど凝縮させた魔力と、その利用法。

限界まで練り込まれ、貯めこまれた魔力が指向性を定められ、デバイスの先端から放出された艦首砲の如き巨大な一撃が俺に向けて叩きこまれた。

俺は前方に全開の全力で多重シールドを展開し砲撃を防ごうと試みるも、魔力の練り込みのケタが違い過ぎた。

数秒を耐えることもなくガラス細工を粉砕したような硬質な音とともに割れ散った数枚のシールド諸共吹き飛ばされて、俺の意識は光に呑まれた。……ような気がする

それで先鋒戦は一応終了。しかしここで問題が発生したらしい。

前日の徹夜の件がたたったのかそれ以外の理由なのか、気絶した俺はどれだけ声をかけてもゆすっても無反応に気を失っていたそうで、さすがに焦った分隊長や先輩の手で医務室へ運ばれたそうだ。

エースさんはその時から今の今まで気を失ってしまっていた俺を心配してくれたそうで、今日の分の任務を終えてからうちの課に戻ってきて、目を覚ますのを横で待っていたのだとか。

久しぶりにそれなりに戦える見知らぬ相手と出会えて興奮した結果、スターライトブレイカーというらしい彼女の出せる最強の砲撃を多少手加減したとはいえぶち込んでしまった手前────今までの模擬戦では殆ど使ったことは無かったそうだ。使ったことがあったとしても、その相手はその砲撃に耐えてしまうような猛者ばかりで、俺のようになった人はいないのだとか────医務室の先生にただの疲労から来る昏睡ですから大丈夫ですと言われても戻ってきたというのは、罪悪感が勝ってしまったのだろうか。

そして、俺なんかが目覚めるのをしばらく待っているうちに彼女も疲れていたのか意識を失い今に至るそうで。

最初は先輩がついていてくれたそうなのだが、彼女が来たのを見て「流石に私も限界だわ。ごめん、変わって」と仮眠室へ行ってしまったそうである。

となるとエースさんの肩に毛布をかけたのは医務室の先生だろうか、今この部屋にはいないが。

時計を見ると既に時刻は夜の8時。試合を始めたのが昼を少し回ったくらいだったから、都合8時間近く気を失っていたことになる。

最近残業も多かったし、昨夜の無理も手伝って、エースさんに多大な迷惑をかけてしまったようだった。

だからとりあえず面倒をかけてすみませんでしたと謝ってみたんだが、エースさんの方もまた私の方こそごめんなさいと頭を下げて謝罪の応酬に。

……これに似たやりとり、最初に会った時にもあったような気がする。

なんてことをエースさんも思ったのか、目が合うとあははと苦笑してから頬を緩めた。

「それにしても、誠吾くんてお仕事凄く頑張ってるんだね」

「は? ……いえ、そんなことは……」

「だって誠吾くん、すごく気持ち良さそうに寝てたよ? ロロナさんも幸せそうに寝ちゃってって笑ってたし、すごく疲れてたんだよ、きっと」

「……お言葉ですが、あなたも随分と気持ち良さそうに寝ていたように思いますよ。私が疲れていたと仮定するならば、あなたも相当お疲れなのではないですか?」

「え、あ、えっと、そんなことは……」

「ないんですか? では私も疲れていません」

「あ、ず、ずるいよその言い方! ゆっ、ゆーどーじんもん……? は、反対です!」

「誘導尋問って……。そんな大層なことはしていないと思いますが」

「し、したよ! だって……えっと、あれ……?」

な、何を言いたかったのかよく分かんなくなっちゃった。と、エースさんはあわあわと焦りだした。

ちょうどその時、仮眠を取れて気力が回復したのか元気溌剌とした先輩と、そんな彼女についてエースさんを迎えにでも来たのか一緒にやってきた空曹さんにエースさんを困らせているところを目撃され、弁解の場もなく糾弾される羽目になったのだった。

それにしても、模擬戦中の彼女も、先輩と空曹さんに怒られていた俺を庇ってくれていた時の彼女も、やはりそれほどおかしな雰囲気は無いように見える。

あの時の違和感は、やはり俺の気のせいだったのだろうな。






























2009年11月24日 投稿

2010年8月29日 改稿



[9553] 第二十話-駄弁る日常-[過去編]
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/29 02:22
任務帰りにこの間見知った二つの顔に出会った。

俺がランチタイムをとうに過ぎたファミレスで、サンドイッチ片手に端末をいじって仕事をしている理由の大半は、ここに集約されると思う。

だって、何事もなくいつもの通りに事が運んでいたなら、腹が減ったと駄々をこねる先輩に、はいはい早く帰って食堂で食べましょうねと手を掴んで引きずりながら言い聞かせているだけで無事に隊舎まで辿り着けていたはずなのだ。

けどしかし、今日は帰り着けなかった。

サンドイッチにかぶりつきながら、はぁと溜め息をついて、なんでこんな所でこんなことをと思いつつ、また端末に意識を向けた。

それもこれも、と思う。俺の向かいで食事しながらにこにこしている顔と少し不機嫌そうにしている顔をちらりと盗み見て、悟られないくらいに小さく嘆息した。

それからなんとはなしに周りにも目を向けて、ランチタイムを外すだけで随分と空いているものだと感心した。

まあ、ランチタイムを外れているということは昼飯を目的に来店する客はいなくなっているわけで、客足が途絶えているのは自然の流れなのだろうが、こんな中途半端な時間にファミレスに来たことのない俺としてはこの大半の席が空席であると言う状況は物珍しいところがある。

普段ランチタイムを外して昼飯を食べ損ねたら、そのまま夕食まで食事はお預けという生活を送っている俺なので、当然と言えば当然なのだが。

しかし店の中が空いているのは今の俺にとって好都合ではあったから、店側はどうか知らないが俺としては嬉しいところである。

先輩に無理やり連れてこられたときは、残りの雑務はどうしようか、言いだしっぺのこの人に押し付けてやろうかと思ったものだったが、これなら何とか波風立たずに片付きそうだ。

だから、端末にもう一度目を落としてこの場で出来る仕事にまた没頭する。相席している先輩達がなにやら和気藹藹と会話しているのは気になるが、集中すれば問題無い。と、自分に言い聞かせていると、

「こらセイゴ、食事中は端末いじっちゃダメっていつも言ってるでしょ、お母さんにそれ貸しなさい」

「……っ。だ、誰がお母さんですか誰が。使い慣れない名前の呼び捨てまでしておかしなことを口走らないでください……」

横に座って、ハンバーグステーキセットをナイフとフォークで器用に切り分けて口に運びながら文句を言ってきた先輩に動揺を悟られないようになんとか平静を装ってそう返しながら、ピッ、ピッと電子音を鳴らしつつ端末に流れ込む情報を見逃さないように速読する。

「えー、だってあれじゃない。みんなで仲良く食事しようって時に端末いじってるってのは無粋じゃないのよー」

「仕方ないでしょう、仕事が溜まっているんです。私はもう嫌ですよ、居残りの徹夜で残業なんて」

「そんなことしたのあれ一回きりじゃない。しかもあんたのせいだったし」

「ぐ……」

事実を突き付けられて言葉に詰まると、先輩がしてやったりという顔をして切り分けたハンバーグを口に運んでいた。

このくそったれと口の中で小さく呪詛のように唱えながら、俺はいろいろと作業をしていた端末の電源を仕方なく落とした。

どうせこのまま仕事を続けたって、隣や向かいに座っている彼女たちに返事をしながらではどう考えても効率が悪い。

精度も落ちるだろう。

それにいくら事前に仕事をする許可をもらったとはいえ、他の管轄の上官の人の前でこういうのはあまりよくない気もする。当の本人はそんなことを気にした様子もなく、隣の赤髪三つ編みの少女と仲良くランチセットを食べていたが。

「あ、ちゃんと仕舞うんだ。いい子でちゅねー」

「……くっ」

怒鳴りたいのを我慢しながら端末を懐にしまうと、手に持っていたサンドイッチに齧りつく。……が、ヤケ食い気味にバクバクと食べていたらあっという間に皿に残っていた分もなくなってしまった。

もともと仕事をしながら食べられるからという理由で注文したものだったので、食事だけに集中してしまうとこれだけでは何だか物足りなかった。

仕方なくもう一度店員さんを呼んで追加でスパゲッティを注文する。

「あら、今日はやけによく食べるわね。……もしかして、いま口喧嘩に負けたからヤケ食いとか?」

「いや、さすがにそれはねーだろ」

「そうでもないのよヴィータちゃん。こいつこう見えて負けず嫌いだから、なんかに負けるとすぐに態度に出るわけ。だからこの間のあれのせいで最近のく────ッ!?」

「余計なことを言わないでください」

小さく悲鳴のようなものを上げた先輩が、眼尻に小さな涙の粒を溜めて恨めしそうな目でこちらを見た。

俺はちょうどそのときスパゲッティを運んできてくれた店員さんから料理を受け取りながらお礼を言い、皿をテーブルの上に置いて素知らぬ顔で右手に持ったフォークを使って麺をぐるぐると巻いていく。

そんな俺の左の肩を、先輩がグワシと掴んだ。

俺は掴まれた場所のあたりで鳴っているミシミシという音と痛みを完全に無視しながら、巻き取った麺を口に運びつつ表情をにこやかにして先輩の方を見た。すると先輩もものすごくいい笑顔を浮かべている。ああ、これはマジギレしている時の顔だとか思いながら、俺はフォークを皿に置いて表情をそのままに口を開いた。

「……なんですか、先輩? あなたの右手のその恐ろしい握力を俗世間に見せびらかしたいと言うのであれば、ここで私の肩を掴んでいるのは筋違いですよ?」

「あらあらわざわざ紳士的に御忠告をくれてどうもありがとう。けれど、先ほどの紳士的とは言えない行動はあまり関心いたしませんわね」

こういう時には気後れしたら負けるので、とりあえずジャブ程度に言葉の応酬。恐ろしいくらいのいい笑顔を継続している先輩のこめかみのあたりに怒りマークが刻まれたと同時に力も増幅された気がするけれど気にしない。

というか。紳士的とは言えない行動と言うのは、どういうもののことだろうか。まさかあの足を踏みつけてぐりぐりとやったことを言っているのか?

あれは正当防衛だ。先輩の口を秘密裏に止める権利くらい、俺にだってあるだろう。というかそれよりも気になったことが一つ、

「先輩」

「なにかしら?」

「淑女口調が死ぬほど似合っていませんね、爆笑してもいいですか?」

「そんなに私の右手に血を吸わせたいのかしら?」

「私の肩はそんなに貧弱ではありませんから心配無用です」

うふふと嗤う先輩を見ながら、俺はあははと空笑いした。

「あははははは……」

「うふふふふふ……」

「あ、あのぅ」

前から掛けられた声に反応して、表情はそのままゆらりと前方を向くと、エースさんが「ひっ」と小さく悲鳴を上げたが気にしない。横で空曹さんが、おお、怖い笑顔だ。はやて達以外で久しぶりに見たとか言っているんだがこちらも気にしない。

「け、喧嘩はダメです、二人とも!」

俺たちの笑顔を見て泣きそうになりながらそう言ったエースさん。しかし先輩は、いやだわなのはちゃんと笑いながら、

「この程度喧嘩でもなんでもないわよ。ほら、スキンシップよスキンシップ」

なんということだろう。この人のスキンシップにはこの骨の軋むギシギシという音が不可欠だというのか。

スキンシップと言うには余りに過激だと突っ込みたい。なんかもう骨とかいつ折れてもおかしくないんじゃないかって気がするくらいの力が加えられているようなそうでないような。

まあ、ここでそんなことを言ったら負けたような気がするので話を合わせた。

「そうですよ空曹長、スキンシップですスキンシップ。ただ、その行為のせいで私の肩の骨が取り返しのつかないくらいの複雑骨折を起こす寸前まで追い詰められていると言うだけです」

「ダメだよねそれ、ダメだよね!?」

安心させようと思って笑いながら言ったのに、慌てて立ちあがったエースさんに仲裁される形で体を離す俺と先輩。そのまま通路側に座っていた俺は席を立たされ、先ほどエースさんが座っていた席に無理やりつかされた。ちなみにエースさんは俺の座っていた場所に腰を下ろす。

で、

「喧嘩両成敗です!」

とか言われて俺も先輩も互いに謝ることに。

……なぜこんなことに? こんなことは割といつものことだから、どうせそのうち殴り合って罵り合って疲れたら適当に仲直りとかそういう風に終息するから放っておいてくれてよかったのに。

仲良くしなきゃダメだよ!とか怒られたのですみませんでしたと頭を下げてから、とりあえずさっきまで俺が座っていた場所の前に置かれた皿を取ってフォークを手にしてまたぐるぐるとやり始める。

それを見てうーとか唸っているエースさんの頭を、ごめんごめん、悪かったわね、と先輩が優しく撫でていた。

こうして見ると先輩も奇麗なお姉さんなんだけどな。普段のガサツなイメージが強すぎてどうにも違和感がある。

なでられてうーからうにゃーとか気持ち良さそうな声を出し始めたエースさんを見ながらそんなことを思っていると、先輩がじゃあ適当に話でもしましょうとか言い出した。

「別に構いませんが、私には提供できるような話題はありませんよ」

「あたしもねーな」

「えー、なんかあるでしょなんか。ほら、例えば、先日感動的な出会いをしたはずの相手と町中で運命的な再会をしたので、近くのレストランに誘ってどうのこうのって浮いた話の一つくらいないの?」

気が利かないわねプレマシー。とか無茶を言うのもほどがある。

大体なんだその捏造話は。俺の中には任務帰りに先日完膚なきまでにぶっ飛ばされた相手にばったりと会って、「あれ、こんな所でどうしたの」とか言う先輩の言葉を皮切りに、「えっと、任務の帰りなんです」「あら奇遇ね。こっちもなのよ」とかなんとか会話してるうちに、このあと非番で暇だから、一緒にご飯でもどう?という話になって、あ、大丈夫ですという返事が来たので、俺がそういうことなら片付けたい仕事があるのでお先に失礼するついでに報告書も出しておきますねと言うのを無視した先輩に首根っこ掴まれて近くのファミレスに連行された記憶くらいしかない。……自分で思ってなんだが、なんて夢の無い話だ……。

ちなみに報告書の件で文句言ったら、私がやるから気にしなくていいわよと言われては沈黙するしかない。

なんてことを愚痴気味に言ったら、仕方ないわねーと肩を竦めながら溜め息を吐かれた。なんでだよ。

「なら適当に小さい頃の夢でも言ってく? まずはプレマシーね」

「なぜ私が……」

「こういうときは不愛想なやつから言うって決まりがあるのよ、さ、早く言いなさい」

どこのどんな決まりだ、それは。とか納得はいかなかったんだが、どうせ今言おうと後で言おうと変わりはないので昔思っていたことを思い出してみた。

「えーと、確か……」

……て、なんで先輩もエースさんもそんなにわくわくした顔をしているんだろう。面白くもなんともないのに。とか思いながら、俺はフォークを口に運びつつ言った。

「安定した安全な職につくこと?」

「え?」

「は?」

「わー……」

……なんだろう。先輩が俺をすげえ可哀想なやつを見る目で見てるんだが、何か間違ったことでも言っただろうか。

と言うか、エースさんも空曹さんも変な顔をしているんだがいったいなんなんだ。

「プレマシー、前から思ってたんだけど、あんたってさ」

「……なんですか?」

「枯れすぎよ、全体的に枯れすぎ。何なのその30代半ば過ぎた中年みたいなセリフ。とても『子供の時の夢は?』って質問に返ってくるべき返答じゃないじゃない」

……そんなことを言われても困る。あまり鮮明に覚えているわけではないが、当時の俺は確かにそんなことを思っていたのだ。多分。

じゃあ、あなた方はどうなんですかとまたスパゲッティを口にしながら聞いたら、先輩が「私はお嫁さん」とか言い出したせいで咀嚼していた麺が変な所に入ってむせた。先に注文してあったコーヒーで押し込んでなんとか持ち直した。

それが気に食わなかったのか、何よ、あたしの夢がメルヘンチックだとなにか文句でもあるの?と机越しに飛びかかってきそうな気配を出しながら聞いてきたので、目を逸らしながら「いいえ、ないです」と無難に答えたのになぜかさっきまでハンバーグを切ってたせいでデミグラスソース塗れになっているナイフを投げて来たのでひやひやしながら親指と人差し指で掴んで止めた。

「危ないじゃないですか……」

「……ふん」

近くにあったテーブルナプキンでフォークと指を拭きつつそう言うと、先輩はつまらなそうに鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

……なんなんだろう。いつも直球で物事に取り組む先輩にしては珍しい態度だ。普段ならこのまま第二ラウンドに突入してもおかしくないというのに、一体どうしたというのか。

とか首を傾げていたら、前に座っていたエースさんに睨まれているのに気付いた。

……マジでなんなんだ。なんであんないつもと同じような会話をしただけでこんなに不穏な雰囲気になっているんだ。

俺は助けを求めるように隣で食べ終わったランチセットにくっついてきていたおもちゃの旗を手持無沙汰にいじっていた空曹さんに、「私、何かおかしいこと言いました?」と小声で聞いてみたんだが、

「知らねーよ」

と切り捨てられては諦めるしかない。

しかしなんというか、女心は複雑怪奇だなぁと、改めて思い知らされたとある日常の午後だった。






























夜。

隊舎から帰宅して着替えをし、家事もそこそこにベッドに倒れ込んだところで、プライベート用の端末が着信をがなりたて始めてうんざりとした気分になる。

俺のこの端末の連絡先を知っているのは父親か先輩、あとは学生時代の知り合いくらいだ。

今の気分としては、そのどれとも話をしたい状態ではなかった。

なにしろ、疲れていた。

あのファミレスでの一件。あのあとすぐに表面上は機嫌を直したように笑顔を浮かべてエースさんたちと会話をしていた先輩だったのだが、付き合いが長い分俺には機嫌が悪いのが丸わかりで、相当に気をつかうことになってしまった。

俺がなにか余計なことでも口走ってしまったのが原因なのだろうってことは分かるんだが、それでもあれだけ神経を尖らせ続けていては流石に俺もグロッキーにもなる。

こんな状態の時に、父さんや他のやつら、まして機嫌が悪いはずの先輩相手に喋る気が起きるはずもなく、けれど無視するだけの気概も無く、俺は寝台に放ってあった端末を枕に顎を埋めながらぼんやりと手繰り寄せて通信相手を見る。

「……ん?」

けれど、通知相手はunknown。なんかの勧誘かなんかだろうかとか思いながら通話に応じると、

『────あ、こ、こんにちはっ! ……あ、じゃなくてこんばんはです!』

「……は?」

通信画面の向こう側に現れたあまりに予想外の人物に、俺はポカンとしながら首を傾げた。

その通信の相手。ついこの間知り合った最近話題の管理局期待の新人、高町なのは空曹長は、俺が茫然としているのを見て、「えっと、あれ? 今は夜だからこんばんはで合ってるよね?」なんて、見当はずれなことを言っていた。

俺が驚いているのは、なぜエースさんが俺のこの端末の連絡方法を知っているのか分からなくて戸惑ったからなのであって、別に挨拶の使い方が間違っていたとかそういう理由で言葉を失っているわけじゃない。今は夜だし、こんばんはで合っているわけだし。

「あなた、なぜ私のこの端末の連絡先を……。プライベート用のこの端末を知っているのなんて────って、ああ……」

何が嬉しいのか楽しそうに笑いながらエースさんは頷いた。

『うん、ロロナさんに教えてもらったの』

……いや、うん。別に勝手に俺の個人情報が漏れだしたのはまあ構わない。この少なくて薄くて短い付き合いの中でも、この子がかなり自分の芯を曲げない類の人だというのは察しがつく。

要するに、先輩が教えなかった所でどうしても俺の連絡先を知りたいのなら直接俺の所に来るのは時間の問題だったはずだ。

多分俺の連絡先がばらされた手順としては、先輩といつの間にか連絡先を交換しており、俺に連絡を取りたくなったので先輩に聞いたら教えて貰えたとかそんなところですかと聞くと、どうして分かったのと聞かれたんだが少し想像すれば誰でも分かると思う。

まあいつまでもこんなこと話していても仕方ないので、そこまでしてなぜ私に連絡を? と聞いてみるとなぜか昼のことについての説教が始まった。

かなり長い話だったので一通りエースさんが喋っていたことを要約すると、女の子のかわいい夢は絶対に馬鹿にしてはいけない。らしい。

だからちゃんとロロナさんに謝らないとダメだよと諭された。

なるほど、つまり俺はあの場面で、先輩の乙女心の分水嶺のようなものをプライドなどと一緒に最大限読み取って言葉をかけなければならなかったという事か。

……随分と高いハードルだったんだなあ。少なくとも、俺のスキルであの場で咄嗟にどうにかなるようなことではなかっただろう。

なにせ、本当に俺からしてみれば予想外過ぎた夢だったのだ。勿論、勝手な先入観でしかなかったわけだが。

俺は、それにしてもそうなると明日どう謝ればいいものかと頭を悩ませながら、

「承りました。先輩には明日、言葉をよく選んで謝罪しておきます。ではいろいろと考えたいことがありますのでこれで失礼させてもらっても────」

『あ、あのっ!』

「はい……?」

通話を切ってもらう旨をやんわりと伝えようとしたのだが、その流れをぶったぎられて面喰っていると、エースさんは何か決意したように厳しい表情をしながら頬を上気させつつ言った。

『あの、今日はもう一つ大切な用事があって……』

「そ、そうですか。何のことかは分かりませんが、一応拝聴します。ではどうぞ」

そう言って続きを促すように端末の向こうのエースさんに向けて掌を差し出す。

エースさんはそれを見て「はい。じゃあ言います」と意気込んでから一拍とるために深呼吸を一つ入れて、

『い、今から誠吾くんに、ニックネームをつけようと思います……っ』

言いにくそうにつっかえつつ、けれどはっきりと口にした。またもや俺にとっては意味不明な要望を。

……まあ。こんなことを言い出した理由くらいは、心当たりがあるわけだが。

「……はあ」

『……え、えと。何でそんなに反応が薄いのかな?』

「……いえ、別に深い意味はありませんが。それよりも高町空曹長」

『え、はい』

「先輩に何か吹き込まれたのですか?」

『う……』

「……やはりですか」

俺が溜め息をつきながら肩を落とすと、エースさんは頬を膨らましながら眉根を小さく寄せて言った。

『だって、誠吾くん私のこと名字か階級でしか呼んでくれないんだもん。名前で呼んでって言ってるのにっ!』

「名字だって立派な名前ではないですか」

無表情にそう言うと、そ、そうだけど……と、エースさんは一瞬口ごもる。が、すぐに息を吹き返して、

『けど、私と仲のいい子は、みんななのはって呼んでくれるんだよっ?』

「へえ、それはおかしいですね。……ああ、つまり私とあなたはそこまで仲が良くないということでは?」

というか、会ってそんなに経ってもいなければ、深い付き合いをした覚えもない。

ただ少しどつきあって、それでちょっとした知り合いになっただけだ。

『……誠吾くんはまたそういうことを言う……。けど知ってるんだからね』

「……? 何をですか」

『誠吾くんのそういう態度は、照れ隠しだっていうこと! ロロナさんが言ってたもん。えーと確か……つ、ツンデレって言うんだっけ?』

……あの人は、この年頃の初心な少女になんて俗語を教えているんだ。いったい何を考えているのか……。

俺は目頭を押さえて前頭葉に響く鈍痛を緩和しながら言う。

「そもそも私は、仕事上の付き合いだけの相手と、必要以上に仲良くなる気はありません」

『……私は、そう言う考え方が嫌なんだよ』

落ち込むように俯いて、絞り出すようにエースさんは言う。

せっかく知り合えたのだから、もっと仲良くなれるように。俺との距離を縮めていけるように、こんな提案をしたのだそうだ。

仲良くなりたいならお互いに愛称を使うべきね。とは、先輩の弁だそうである。いかにもあの人のしそうなアドバイスだった。

だけど俺としては、呼ばれ方はともかくとして、呼び方まで相手に強要されるのはどうにも性に合わない。

相手を呼ぶときは名字か階級、そうしてこの数年を生きてきたのだ。今さら一朝一夕で変えられないし、変える気もない。

だから俺はこう言った。なら、呼び方は好きにしてください。ただし、

「私は私で、好きなように呼びます」

最大に妥協してそう告げると、エースさんはぱあっと表情を輝かせた。

そんなに嬉しがるようなことだろうかと呆れつつ、俺はそれならどんな風に呼ぼうかなと悩み始めた彼女を眺めながら黙っていた。

……で、エースさんがすんげー悩みに悩んで出した結論が、

『────じゃあ、せーくん! せーくんって呼ぶね!』

「…………」

てな感じになってしまった時に、俺は始めて自分の選択を後悔したのだった。

せーくんとか呼ばれるくらいなら、俺がなのは空曹長とでも呼べばよかった。

しかし今さらそれを言うのもありえない。仕方ないので我慢の方針。

まあまさか、こんな子供時代につけられた愛称が、こののち8年以上にも渡って使い続けられるようなことになろうとは、この時の俺が想像だにしていなかったのは、言うまでもない。





























2009年12月7日 投稿

2010年8月29日 改稿



[9553] 第二十一話-出向く日常-[過去編]
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/29 02:31
男の一人暮らしともなると、家事なんてものは窓のサッシの埃とともに溜まっていくもので。

狭いアパートの一室が相手とはいえ、放っておいたらすぐに自分の手だけではどうにもならなくなってしまうから、必要最低限、本当に最低限の、掃除や洗濯、食器洗いなんかだけは、仕事から帰宅しての僅かな残量の体力を振り絞ってでもこなしている。

が、そんなものは所詮応急的なものでしかないわけで、どうしても根本的にいつでも部屋の中の全てが完璧に片付いているという状況は作りにくい。

さすがに足の踏み場がなくなるほど床に何かを放置したりはしないものの、床に置いてあった書類を踏んで転ぶとか死ぬほど恥ずかしいこともしてしまった記憶もあるし(それ以来、床に物を放置しないように気をつけている)

では、平日にどうしようもなく片付けきれない家事をどうしているか。

まあ、分かりきった答えではあるのだが、次の日が暇な日に全力をもって事に当たることにしているのだった。

要するに、休暇の前日の夜に全精力を傾けて夜中近くまで家事に没頭するという方法をとることで、なんとか室内の秩序を保つというのが、俺のとっている次善の策というわけだった。

で、通例としては家事を無理やり全てこなした後の俺はテンションが異常に上昇して目が冴えきってしまっているので眠れなくなってしまっている。仕方ないからそのまま別の些事に手をつけて時間をつぶす。

それは、読みかけの本の続きを読んだりであるとか、持ち帰ってきた仕事の処理であるとか、デバイスの細かい整備であるとか、そんな小さなことだ。

しかしこの時間潰しの些事というやつがくせ者で、どうせ次の日は休みだからと没頭してしまって、気がつくと明け方になっていたりする。

そして御多聞にもれず、その日も寝たのは空に光がさしてからだった。

だからそれは、久し振りにとった休暇の日の朝のことである。

朝方までデバイスの細かい調整に時間を割いていた俺が貪っていた短な睡眠時間に終止符を打ったのは、プライベート用の端末ががなり立てた着信の知らせだった。

ベッドの横に置かれている台の上で無味乾燥にピーピーピーピーと鳴り続ける着信音に沈んでいた意識を無理やり浮上させられた俺は、引っ手繰るように端末を手にしてサウンドオンリーで通話に応じた。

で、

『あ、もしもしプレマシー? 今日暇よね、むしろ暇よね、て言うか暇だって言えやコノヤロー』

通話相手の聞き慣れた命令口調に条件反射でつい通話をぶったぎる。

今の声、先輩だったなぁとか思いつつ、端末を元の場所に置いてもう一度布団をかぶって寝ようとしたところでまた端末が鳴り始めたので、「メンドくせえ……」と毒づきながらもう一度通話に出た。

『……私ロロナ。今、あなたの家の目の前にいるの……』

「……怖ぇよ……」

文字通り耳元で囁くような声でそんなことを言うものだから、流石に気味が悪くて目が覚めた。

本当はまだ寝ていたいところではあるのだが、どうせ先輩のことである。俺がまともに応じるまでは、何度でも通話をしてくるに違いない。

仕方ないから睡眠不足で霞む目を擦りつつ、ベッドから這い出ながら話をすることにした。

「……何の用だよあんた。せっかくの休日に人が気持ちよく寝てたんだから、暫く放っておいてくれるのが大人の優しさってやつなんじゃねーのか……」

言いつつ着替えを適当に引っ張りだしていると、先輩は心外だとでも言うように拗ねた口調で、

『なによー、どうせ放っといたらあんたなんて、貴重な休日一日寝て過ごす気なんでしょうが。そんな勿体無いお化けが出そうな休日の過ごし方は却下よ却下。だから私の買い物に付き合いなさい』

「……俺が勿体無いお化けが出ないように苦心することと、あんたの買い物に付き合うことのどこに関係性があるんだよ……」

あまりに呆れてしまってため息混じりに呟くと、『私は買い物がしたい。あんたは無駄な時間を過ごさないようにしなくてはならない。ほら、ここで私の買い物に付き合ったら、利害が一致するでしょ』とか言い出した。

「俺としては、あんたと一日過ごす方が時間の無駄に思えて仕方ないんですが」

『そんなの過ごしてみなきゃ分からないでしょ』

そうして一日過ごした後で時間の無駄だと思ったとしても、「時間なんて返せないんだからしょうがないじゃない。さあ前を見てひたすら突き進むのよ!」とか言い出す先輩の姿が鮮明に浮かぶ。

まるで新手の詐欺か何かのようだなとまた溜め息をついたら、それを了承だとでも勘違いしたのか、

『さあ、分かったら早くこのドアを開けなさい。いい加減立ってんの疲れたのよ。いくらインターフォン鳴らしても起きてこないから連絡までしちゃった私を褒めて褒めてー』

「って、ホントに家の前まで来てるんですか!?」

そりゃそうでしょ、あんた相手に待ち合わせ場所なんか決めても、適当に言い訳されて逃げられるのがオチだしとか先輩が言ってるのを尻目にようやく着替えを終えて玄関に向かう。

今の職場に通うためだけに借りたこの安物アパート、インターフォンの室内スピーカーがぶっ壊れてた気がする。大家さん以外誰も訪ねてこないから忘れてた。

買い物に行くならついでに直す道具とかでも買っておくべきか。

とか思いながらロックを外してドアを開けると、なぜか先輩の横には最近見慣れ始めた小さな少女の姿が。

予想外の展開に頬を引き攣らせる俺。

しかしその少女はそんな俺の内心に気付くことなく頭を下げてお辞儀した。

「えっと、こんにちは……」

「……」

俺は無言で静かにドアを閉め、目を閉じて深呼吸した。

……おかしい。なぜエースさんと空曹さんが、先輩とともにこんな場末のアパートを訪ねてきてるんだ。

……いや、大体予想はつく。予想はつくが認めたくは無い。て言うかこの状況だとさっきの俺のプライベートモードの会話完全に聞かれたよな。いやまあそれはいい、それはいいんだがこの展開だと今日一日一緒に行動する感じか?

そこまで考えて玄関で頭を抱えて蹲った。

直後ドンドンドンとドアを叩く音がして、性質の悪い借金取りでも来たみたいだなとガックリ肩を落としながらもう一度ドアを開けて三人と対面した。そしてとりあえず定番の質問。

「……高町空曹長、ヴィータ空曹、なぜあなたたちがここに?」

「そんなの私が誘って連れてきたからに決まってるじゃない」

「しれっとした顔で言うんじゃねえ……!」

流石にくらっときて壁にもたれかかるように肘をついて体勢を保つ。

「せ、せーくん大丈夫!?」

「……大丈夫、大丈夫ですから今は放っておいてください……」

「え、でも……」

俺が本当に大丈夫ですからとエースさんをなだめている視界の端で「せーくん、せーくんだって! あっはははははっ! 聞きましたそこのあなた、せーくんだって!」とか丁度外に出てきたお隣の年若い奥さん(話を聞くにご主人と二人でどっかから駆け落ちしてきたらしい)に話しかけている先輩に向けて口の中でいくつか呪詛を唱える。誰のせいでついたあだ名だと思ってるんだ……。

ていうかエースさん、せーくんって呼び方は笑いどころじゃないですとか突っ込みどころおかしいですから律儀に突っ込まなくて結構です。

「……とにかく、準備してきますから全員ここで待っていてください」

「えー、中に入れてくれないのー? 別にいいじゃない入れてくれたって。私エロ本とか見つけても生暖かい目をしたままそのブツをテーブルの上に置くくらいのことは出来る自信あるわよ?」

「────……シネ」

いろいろ限界だったのでそう毒づいて勢いよく扉を閉める。

扉を閉める寸前、なんかエースさんが「え、エロ本……」とか真っ赤な顔で言っていた気がするが無視だ無視、知った事か。




























前々から、俺の休暇に合わせてみんなで休みをとってどこかに行こうと、先輩と他お二人でそう計画していたのだという。まあ正確には、先輩が無理やり誘って、だそうだが。

無論俺には秘密という体面を保って、だ。

高町さんあたりは仕事を休むことを渋っていた面もあったようだが、どうやら俺と仲良くなるチャンスだとか言って無理やり連れてきたらしい。

実に小賢しくて面倒なことを計画していたものだと感心するが、だったら普通に誘えよと言いたい。

もし俺が出かけていたらどうするつもりだったんですかと聞いたんだが、休暇は基本的に家で寝て過ごしていると俺が公言していたせいで今日もそうだろうと思ったのだとか。

「……で、どこ行くんすか」

アパートを後にして道を歩きながらそう聞くと、先輩はバツが悪そうに眼をそらしながら苦笑した。

「……あはは、あんまし怒んないでよー。さっきもごめんなさいって謝ったじゃない」

「ゴメンで済めば管理局はいらねえと思いますが」

いらつき混じりにそう言うと、先輩はうぐっと言葉に詰まった。

どうやら普段怒らない俺が珍しく感情を剥き出しにしているので若干ビビっているようである。

そんな様子を横から見ていていたたまれなくなったのか、エースさんが苦笑しながら俺の顔を覗き込んできた。

「えっと、ごめんねせーくん。わざわざ押しかけちゃって」

「……いえ、別に私はあなた方が押し掛けてきたことに対して憤っているわけでは……」

てか別に訪ねてきただけなら突然だろうがなんだろうがここまで機嫌が悪くなったりしない。問題なのはいちいち挑発的な先輩の態度である。

俺の場合、休暇とは言っても、別に体が疲れているからとったというわけじゃないのだ。具体的に休めたいのは心のほうで、たまにはいろんなしがらみに関係なくストレスの極力少ない一日を過ごしたいと俺だって思う。

だけど俺の場合、一人でぼうっとしていると下らない思考がいろいろと巡って、最終的に自嘲と自己嫌悪で気分が最悪になったりすることもあるから、わざわざ訪ねてきてくれて、いろいろと理由をつけて外に連れ出してくれたことには感謝していたりもするくらいなのに。

たまの休日に家に引きこもって惰眠を貪っているだけでは、気分転換もくそもない。俺だって子供じゃないし、先輩のそういう言い分だって少しはわかる。

……なのに、なぜこの人はこうも俺に感謝をさせないような方法でしか気をつかってこられないのかと文句の一つも言いたくなる。

俺にだっていろいろと準備があるのだから、事前に連絡の一つも欲しい。大体わざわざ家にまで来てもらわなくたって、どっかで待ち合わせれば時間の無駄もないのに……。

勘違いされているようだが、俺は一度約束したらよほどのことがない限りそれは守る。人間関係は信頼が重要だからだ。

特にドタキャンは自分にも相手にもいいことがまるでないから嫌いだった。

だからできないことは約束しない。

……しかしこの人、どういう思惑かは知らないが、エースさんと空曹さんが俺と接する機会を極力多くしようとしている節があるのな。

本人の独断か、二人から頼まれているのかは知らないが、俺としてはどうにも調子が狂う。

俺にだってペースがある。

それは仕事のことだとか、訓練のことだとかそういう方面のことだけじゃなくて、当たり前だが対人関係のことだって含まれている。

人との付き合い方だって、俺には俺のやり方がある。何を思ってかは知らないが、それを無理やりこういう風にやられては、若干反発心が生まれるのも無理からぬことじゃないだろうか。

……まあ、こんなこと言ったって無駄だろうから、言わないけど。

と、

「……むぅ」

思考の耽りあけにエースさんが俺のほうを見て何やら不満そうな表情を浮かべながら唸っていたので、首を傾げて聞いてみる。

「……? どうかしましたか、高町さん」

「……敬語」

「は?」

と、俺は首を傾げたまま、さらに片眉を上げた。そんな俺を見て、エースさんは食いかかるように俺のほうへと近づいてきて、背伸びまでして顔を近づけてきた。

で、

「せーくん、なんで私に敬語使うの?」

……いや、なんでといわれても。

「上司相手に敬語を使うというのは当然かと思うのですが……」

「ここでは上司とか関係ないよね。プライベートだもん」

「……いや、プライベートでも目上の相手にはですね……」

「でも、ロロナさんには敬語使ってなかったよね?」

だから私にも敬語はいらないよ────とでも言いたげな視線で俺の方を目も逸らさずに見つめてくるエースさん。

俺はむぐぅと言葉を詰まらせて黙りこむ。

確かにそう言われては返す言葉もないが、しかし先輩とは付き合いの長さが違う。そして、認識の仕方も違う。

恥ずかしいので絶対に言いたくはないが、俺にとっての先輩という存在は姉のようなものだというのが最も近いように思う。

つまりある意味では、それだけ特別な存在だった。

そうでなければ、あんな言葉遣いは絶対にしない。

先輩のほうが俺のことをどのように思ってくれているのかは知らないが、これだけいろいろお節介やらちょっかいやら出してくれてきているのをみると、それなりに気にかけてくれているのだろうなとは思う。

けれど、それを説明するのは、なんだか躊躇われた。こういうことは言葉にしたくないし、するものでもないと思った。

だからむすっと黙っていたんだが、エースさんのほうはそんな俺の態度から何か読みとったのか、「……うん、わかった」と呟いた。

……一体何がわかったんだろう。と、いやな予感をひしひしと感じながら黙って言葉の先を促していると、

「今日一日で、敬語を使わないくらいにまで仲良くなればいいんだよね! うん!」

満面の笑みでそんなことを言われ、ポカンと呆気にとられて目を丸くする俺。

エースさんはさっきの笑顔を浮かべたまま、空曹さんの方を向き「頑張ろうね、ヴィータちゃん!」「……は? 何をだよ」とか会話を繰り広げていた。

俺の方はと言えば、

「……なんか、すげー娘と知り合いになっちゃったんだなぁ、俺」

と、楽しそうにじゃれている少女二人を見ながら、心の底からそう呟いていた。






























そんなこんなでいろいろと会話をしながら、四人でもって都市街へと向かった。

適当に入る店を選んでいる途中、何度か先輩目当てのナンパさんが絡んできたんだが、先輩が適当に俺をダシに使って追い払っていた。

何度でも言うが、うちの先輩は黙ってさえいれば外見はかなりレベルが高いのである。黙ってさえいれば。

職場内でもちょくちょく同僚からデートの誘いを受けたりもしているようだったので、なぜ行かないのかとこの間聞いたら、

「デートに誘ってくるときの愛想笑いが、どいつもこいつもあんたの普段の顔よりキモイからいかない」

一刀両断だった。頭痛に苛まれながらどんな理由ですかと額に手を添えてため息を吐いた俺だった。

というかその言い方は暗に、俺の普段の表情がキモイと言っているのだろうかと思ったんだが、「うん」と真顔で言われそうだから伺いをたてるのはやめた。

さすがに真っ向からそんなこと言われると俺だって凹む。

……で、そんな人が俺たち一行の先陣切ってズンズンと先頭を歩いていくものだから、当然それに無理に合わせる気のない俺や、俺を相手に話をしようとしているエースさんたちは置いていかれる形になるわけで、つまり先輩が一人で道を歩いているように見える構図になるわけだ。

となると後はさっきの流れ。先輩が一人でどこかに行こうとしていると勘違いしたとある下心をお持ちの男性の方々は、必死になって先輩にデートアピールを仕掛けるも後から追い付く俺を使って追い払われていくという寸法だった。

まあ最後のほうでは、

「あー、もう! メンドくさいからあんた私と手ェ組んで歩きなさいよ!」

とか言い出した先輩に引っ張られて腕をガッチリとホールドされて壮絶に痛かった。腕を組むとかそういう力の入れ方ではなかった。

「いででででででで! ちょっとあんた、そりゃいくらなんでも力入れすぎ……」

「あぁん? なんか言った!?」

「……なんでもねーです」

あまりの怒り具合に、今の俺の腕には声をかけられるたびに足を止めなければならなかったことへの怒りが込められていたのではないかと邪推したが、真相は闇の中である。

しかもそれを見たエースさんに、

「わぁ……。やっぱり二人とも仲いいんだね!」

にっこり笑われてそう言われ、「私も頑張らなきゃ!」と改めて気合を入れなおしているのを見て、なんかもうすごく帰りたくなった。

しかし、俺たちのぶらり四人で珍道中の旅はまだ始まったばかりで、当分帰してもらえないのはどこをどう見ても明らかだった。

視界の端で、「……何やってんだか」と呟きながら呆れた顔をしていた空曹さんだけがこの場の良心だなあと、俺は先輩に引っ張られて歩きながら溜め息を吐くのだった。





























2009年12月21日 投稿

2010年8月29日 改稿



[9553] 第二十二話-語らう日常-[過去編]
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/29 02:40
認められなくとも構いはしなかったし、認められるとも思ってはいなかった。



けれどあの時の俺は、あの場であのまま生きていくことはどうしようもなくできないと思ったし、今でも明確にそう思っている。

ガキの頃、物心ついた時には既に母はこの世の人ではなくて、今でも生の映像として思い出せるのは、年月の蓄積でフィルター越しの写真でも覗いたかのように霞む、輪郭のぼんやりしたの顔と、あの人がいつでも綺麗で透明な笑顔を浮かべていたことだけだった。

写真やその他の彼女の生きた証とでも言うべきものは全て親父によって神隠しの目にあってしまって俺にはどこに何があるのか皆目見当もつかないし、わざわざ探してまでそれらの軌跡を拝みたいとも思わなかったから、今に至るまで全く探そうとはしていない。

他に俺に残されているものなんて、過去のあの人が未来の俺宛に記した手紙が一通くらいのものだった。

流石の親父も、中身は見ないで俺に渡してくれという母さんの遺言とやらとともに渡されたその手紙まで隠すほどにひねくれてはいなかったらしい。

彼女の直筆でしたためられたその文章だけは、俺が親父の勤める病院に監禁され、気の遠くなるような物量の医学書その他諸々の資料に封じ込められた知識を片っ端から頭の中に叩き込まれ終えたころに手渡され、親父のもとを離れることを決意した理由になり、今でもあのボロアパートの俺の部屋のボロ机の中に保管されている。

あなたがこれを読んでいるということは────なんてお決まりの文句から始まる、地球の言語である日本語で書かれた枚数にして十数枚になるその手紙には、第97管理外世界『地球』に生まれ育ったはずの彼女が、ミッドチルダの医術分野で名前を売り出し始めていた親父と出会った経緯から、どうしてそのままミッドへと移り住み、そして死んだのかまでも記されていた。

端末を使って少しずつ訳しながら読み進めたその手紙の内容は正直信じがたいもので、そしてなにより、俺にとっては辛いものでしかなくて、途中で読むことをやめてしまった。

手紙の中の親父は、今のあの人からは想像もできないくらいに真っすぐで、優しくて、どこか親しみさえ覚える人物だ。

けれど今の親父に、そんなものは感じない。

あの人が描いたこの手紙の内容が、仮に事実だったとして、なにが彼をあそこからここまで変えたのか。

大量に詰め込まれた知識のせいで六歳児とは思えないくらい無駄に老成した頭でそれを考え、そしていつしか答えに至ったとき、俺はどうしても今のままではいられないと思った。



認められなくとも構いはしなかったし、認められるとも思ってはいなかった。



それでも俺は、どうしても親父の敷いたレールの上を歩く気にはなれなかった。

きっと、親父の人生を変えてしまったのは、俺だ。

他人に話したところで、下らない驕りだ何だと一笑に付されそうな幼稚で無知な考えなのかもしれないが、あのときも今も、俺はそれが真実だと思ってしまった。

けれど俺はだからこそ、今の親父が俺に望んでいることだけは、絶対に許容はできなかった。



……だから、俺は────






























先輩がエースさんを拉致してどこかへと連れ去ってしまった。

なんか服を見るとか何とか楽しそうに言いながら笑顔でエースさんの手を引いてどこかへと消えていった先輩。

エースさんはそれに目を白黒させてついて行った。なんか俺の方を見てアイコンタクトで何かを訴えようとしていたような気もするが、俺には何も読み取れなかったから手の施しようがない。だから仕方ない。ああ仕方ない。

だからその事象の延長線上で俺が暇になったのも仕方ない。

ついでにその辺の自販機で買ったミルクティーがうまいのも仕方がなくて、今ベンチに腰掛けて休憩しているのがすげぇ楽なのも仕方がない。…この平和の陰でエースさんが先輩にひっぱりまわされているのも仕方がない。

……仕方がないんだが……。

「……」

俺は無言で、横に腰掛けて俺がおごったジュースを飲んでいる赤い髪を三つ編みにした少女を見た。

少女は俺の視線に気づくと、缶から口を離して目を眇める。

「……なんだよ。なに見てんだ」

「いえ、別に。……ジュースおいしいですか?」

「……うまい」

「そうですか。それは良かった」

それだけ言葉を交わして、また無言に。

……うーん、なんというかあれだ。すごく意外だ。

だって俺のイメージではこの子、あのエースさんといつも一緒にいる感じだったから。

一部の例外を除いて、外でエースさんに会うときは必ずと言っていいほど一緒に彼女がいて、なんだか勝手な先入観としていつでも二人セットな感じだった。

……てか、なんでこの人俺と一緒にいるんだ?

この子、今までの態度から見るにきっと俺のこと嫌いだよな。

なのに、エースさんを追いかけないで俺の横にいる理由は?

この状況で、彼女に生じるメリットは?

と、そこまで考えて気付いた。この子、俺に何か話があるんじゃなかろうか。

でなけりゃこんなところで俺なんかと二人きりになって飲み物を飲んでる理由に説明がつかない。

こう言っては難だが、今の自分は恐ろしいほどつまらない奴だと思う。言ってて嫌になるが。

一緒にいるだけ損だと思うのだ。この状況は。

「……空曹さん」

「……なんだよ」

「私に何か話でもあるのですか?」

仕方ないから単刀直入に聞くと、空曹さんは軽く目を丸くしてから眉根を寄せた。

「……本当に、無駄に察しのいいやつだな。気味悪い」

「……すごく敵意剥き出しですね。さすがにそういう言い方をされると、私でも傷つくんですが」

「いいだろ別に。その分埋めて有り余るくらいいい思いしてただろうが」

「いい思い?」

わけがわからなくて彼女の方を見ると、唇を尖らせてそっぽをむいて言った。

「せーくんとか呼ばれて随分と嬉しそうにしてたじゃねーかよ」

「……私には、そんな記憶はありませんが……。なら、私もあなたのことをヴィーさんとでも呼んでみましょうか?」

「そっ、そんなブザーみてえな呼び方なんかいらねえよ!」

「ああ、そうですね。なんだか敵の襲撃でもうけたかのような擬音ですよね」

くつくつ笑いながら言うと、空曹さんは意外そうにまた眼を丸くした。

「お前……笑えんのかよ?」

「……なんですかその妙な認識。私だって人なんですから、笑ったりくらいしますよ」

「いや、そうなんだけどさ。お前が笑ってる所って見たことねーから、すげー意外で……」

「あれ、前にファミレスに行ったときに笑いませんでしたっけ?」

「……あれはいろいろ違うだろ」

「まあそれもそうですね」

しれっと言って、また一口紅茶を飲む。

ようやく会話らしい会話をできたが、それにしても話が進まない。話がしたいというのが真実味を帯びて来たのはさっきの反応を見れば一目瞭然だったが、結局何の話がしたいのだろうか。

……いや、さっき彼女、なんだかエースさんに関してのことで俺に敵意を剥き出しにしていたような……。

って、あれ、もしかして……。

「……まさか、私に高町さんにちょっかいを出すなとかそういうことを言いに来たんですか?」

「────! え……」

びくっとなってから目を瞠って固まる空曹さん。

「……あの、図星ですか? あてずっぽうな部分も多かったんですが」

「ち、ちげーよ! ……いや、違くも……」

どっちだろう。

「……よく分かんねーんだよ。お前がいいやつなのか、それとも腹ん中で下らねーこと考えてるようなロクでもないやつなのか。だから……」

「だから?」

「話をしにきた」

「……はい?」

なにを言ってるんだろう、この子は。……いや、一応話に筋は通っているのか?

分からないから、聞く。まずはそれから。

つまり、分かりあえていないから分かりあう努力をしようというのだ、この子は。

俺とは一線を画すものの考え方だった。

俺にはそういうことはできない。できないから遠ざけて、そして今まで放置してきた。それが今の俺の状況だ。

聞くは一瞬の恥、聞かぬは一生の恥。そんな言葉が、母さんの故郷の世界にあるのだというのをなぜか思い出して、胸が締め付けられるような気がした。彼女はそんな俺の様子に気付かず言った。

「よく分かんねーなら、まずは話をしようと思ったんだ。そうじゃなきゃ何もつかめねーしさ。そういうのだめだと思うからさ、なんか。なのはの好きなやつは、あたしだって好きになりてーんだ」

「……ありがとうございます」

「……なんで礼を言うんだよ」

「いえ、なんとなくです」

本当に意味はなかった。ただ、そうした方がいい気がした。

だから自嘲気味に笑ってそう言うと、空曹さんは掘り下げて聞くのを不毛だと思ったのかまたそっぽを向いて口を開いた。

「……で、そのためにロロナに頼んで、なのはを連れ出してもらったんだ」

「ああなるほど。それで……」

道理で珍しく、先輩が俺を放置して行ったわけだ。

そもそも今日のこの外出は、先輩が俺とエースさんに余計なお節介を働くためだけにセッティングされたと思っていたのに、先輩が俺を放ってエースさんとどっかに行くのはおかしいと思ってはいたのだ。だが、そういう事情なら得心がいく。

……本当、細かいところに気を回す達人だな、あの人は。

そこまで話してから、彼女は缶の中身をあおった。

俺もそうだが、彼女も慣れない相手と話すのはあまり得意ではないのか、一つ会話を終えるたびにそうして気持ちを落ち着けているらしい。

なんだか妙に不器用なところが親近感わくなあ、とか苦笑しながら俺も缶に口をつけた時だった。

「……そういえば、前から聞きたかったんだけどよ」

「なんですか?」

「お前、どうして管理局員になろうと思ったんだ?」

「……それはまた、どうして唐突にそんな質問を?」

空曹さんは、「いや……」と一旦言葉を濁してから、

「お前って、平和を守りたいって感じのやつじゃないし、前に安定した安全な職に就きたいとかなんとか言ってたよな」

「どうでもいいこと覚えているんですね」

「うっせえな。いいから答えろよ。なんで安全ってわけでもないのに管理局員なんてやってんだよ」

「いや、答えろと言われても……」

確かに特段他人に隠している理由と言うわけでもない。

うちの隊の部隊長さんには話したことがあるし、先輩も把握している。……少なくとも表向きの理由は。

だから話してもいいと思った。よって話した。

「多分最初は、ただ逃げてただけなんだと思います」

「逃げた?」

「ええ。……私の父は、医者なんですけど。あの人どうやら私に自分の後を継いでほしかったみたいなんですよね。で、私はそれが嫌だったんです」

「…だから、逃げたのか?」

「ええ、まあ。手始めにまずはあの人の元を離れて学校の寮に入って、医学以外の文献を適当にいくつも手に取って。そこからさらにいろいろあったんですが、管理局に入った理由となると、俺のせめてもの反撃ってところです」

「……反撃?」

「はい。……要するに、その辺の適当な職につくよりも、管理局に入って偉くなればあの人も文句を言えなくなるかなぁと思ったんですよ。魔導士は出世早いですし、幸いなことに魔力資質は高かったですから。運動はそれほど得意ではなかったですけど、その辺は頑張って何とかしました」

おかげでこれでも随分とスピード出世した方だ。

そりゃ、エースさんや目の前の少女には敵わないかもしれないが、それでも自分なりに頑張って手に入れた地位だ。

そしてこれからも俺は、昇りつめていく気でいる。

けれど最近、どれほど出世しようがどうしようが、親父が態度を変えないことで不安になってきている自分もいるのだった。

偉くなれば親父も諦めてくれると思った。

けれど、そう簡単な話ではなかったようだ。



親父が、本当は何を求めていたのか。



少なくとも表向きは、自分の目の届く範囲に俺を置いて、俺を自分の息子に相応しい地位に就かせたいのだと、そういうスタンスだった。

理由はどうあれ、こっちにもあっちにも譲れないものがあって、親父と俺は水と油のように始終反発していた。

俺が医学以外の道に進むと反抗した時も。

学校に通うとき、彼の傍を離れることにした時も。

管理局入りが内定した時も。

まともな口論に発展したことはない。親父はいつだって、俺の決めたことが自分の意に沿わない時には一言、

『私は反対だ』

と言うだけだ。

だけど、そんな根拠を何一つ示さない一言で納得できるわけがない。

なのに、俺がなぜかと理由を聞いても、「自分で考えろ」の一点張りなのだ。

歯数の違う歯車のように、俺たちはまともにかみ合わなかった。

にもかかわらず、入局してからかなり経った今でも、嫌がらせのように定期的に俺の近況を聞いてくる。

しかも、なにをどういう風に喋ったところで、

『そうか』

と、一言だけそう言って、一方的に通話を切る。

もうどうすればいいのか分からない。というのが、最近では本音になってきているのも事実だった。

けれど、だからと言って止まる気はなかった。……止まれなかった、と言った方が正しいかもしれない。

なのに、親父を諦めさせるために今まで頑張ってきたのに、最近ではそれは違うんじゃないかと思う自分がいる。

そのあたりのことまで掻い摘んで話したあたりで、空曹さんが妙な表情を浮かべて頭をかきながら口を開いた。

「……なんか、悪ぃ」

「……は?」

「余計なこと聞いちまったな。…でもお前、そんな話をあたしに聞かせてよかったのか?」

ああ、何だそういうことか。別に気をつかわなくたっていいのに。

「確かに会ってそう経ってもいない知り合いを相手に言うようなことではないのかもしれませんけれど。……まあ、いいんじゃないですか? あなたにこういう話をしたところで、何が変わるってわけでもなさそうですし」

「……どういう意味だよ」

「あなたって、こういう話に同情するタイプでもなさそうですし。あんまり仲が良くない相手だと愚痴りやすいというかなんというか……こう言ってはいろいろと台無しですけど、あなたを相手にストレス解消させてもらったんだとでも思ってもらえると速いですかね」

「て、てめっ……」

目を吊り上げる空曹さん。心の中では殴りかかりたい本能とそれを抑える理性が戦っているような、そんな微妙な心中を隠し切れていない表情だった。

が、結局理性の方が勝ってくれたのか、こめかみに怒りマークでも浮き出て来そうな表情ではあるものの、それを押さえつけるように話を変えた。

「……お前、それで結局どうしたいんだよ?」

「さあ? 正直よく分からないんですよね、最近は」

空曹さんは俺の煮え切らない様子を見てしかめっ面で眉根を寄せる。それでも怒鳴らないあたりにいつもとは違う気遣いを感じるけれど、出来ればそういう気遣いはよしてほしかった。……いや、それほど仲良くもない相手に、それは望み過ぎか。

「確かに、半ば喧嘩別れみたいに家を出てきた当時は、少しでも早くあの状況から解放されたいとか思っていたんですけど、最近じゃあそういうことをあまり考えなくなったというかなんというか」

苦笑しながらそう言うも、空曹さんは腑に落ちないようで機嫌の悪そうな表情は戻らない。

けどこれは、本当に俺の本音だった。彼女にこんなことを言っても仕方ないのに、本気の本音を口にしていた。

「……にしてもよ」

「はい?」

「何でお前の父親ってのは、そんなにお前の生き方を決めたがるんだよ。なんか得でもあるのか?」

「……得、ですか?」

どうしようか。そう聞かれて思いつく理由はいくつかある。

その中の一つに俺が今こうしている理由も含まれているのも事実だ。

言うのは簡単だけど、なぜだかそういう気にはなれなかった。だから誤魔化そう。

「……きっとあれでしょう。あの人には自分の子供の理想像があって、それを現実化しようとしているんじゃないですか?」

「……そういうもんなのか? 親って」

「どうなんでしょう。私は親ではないのでわかりません」

ふーん、結局よくわかんねーな。と言いながら、空曹さんは俺から注意を逸らした。

俺はそれに心中胸を撫で下ろしつつ、缶の中身を一気に飲み干してベンチを立ち、近くのダストシュートへ向かった。

缶を捨ててからベンチへと戻り、先ほどの会話を蒸し返されてはたまらないので、とりあえず逸れた話題を口にする。

「そんなことよりあれですねあなた、随分と高町空曹長と仲がいいですよね」

「え、あ……まあな」

おお、なんだかかなりの好感触。選んだ話題が良かったのかしっかりと食いついてくれて助かった。

「なるほど。それで会って間もなかった頃は、盛大に俺を睨んでいたわけですか」

「……まあな。模擬戦とかでああいう所に行くと、ガキだからって馬鹿にした態度でかかってくるような奴もいるし、なのははそう言うのに無頓着だから、あたしが目ェ光らせてんだよ」

「なんだか過保護な母親みたいですね、あなた」

ははっ、と苦笑すると、空曹さんは唇を尖らせて鼻を鳴らした。

まあそれはいいや。

ところで、

「でもあなた、最近高町さんと話している私を見る視線に、時々嫉妬に似た何かが混ざっているようなことがある気がするんですが、気のせいですか?」

「……き、気のせいだろ。うん」

「へぇー」

じとーっとさせた目で空曹さんを見ると、彼女は「な、なんだよっ」と声を荒げながらあわてていた。

友達が自分以外の相手と仲良くしているのを見て嫉妬。随分と可愛らしい反応だ。

このままからかい続けるのも楽しそうではあったのだが、あんまりやりすぎると報復が怖そうだったので、早めに切り上げることにした。

「まあ、高町空曹長もきっとそのうち俺に飽きたら勝手に離れていくでしょうし、そこまで気にする必要も────」

「あ?」

瞬間、俺を刺し貫く視線。

研いだ刃物が野晒しになっているような野蛮な鋭さ。研ぎ澄まされているわけではない、けれど、その気合いは圧倒的に俺の気力を呑み込んでいた。

「おい、お前」

「……なんですか」

空曹さんの向けてくる情け容赦のない威嚇の視線を、気力の全てをまわして真っ向から睨み返した。

空曹さんはそのまま言った。

「なのはを見くびるな。あいつはこういうことで飽きるなんてことは絶対にねえし、そういうことが原因で見捨てるなんて最低な真似も絶対しねえ。いいか、絶対にだ」

「……なるほど。────すみません。また考え無しのクソッタレな発言をしてしまったんですね、私は」

「……けっ」

吐き捨てるような表情で悪態を吐くと、空曹さんは立ち上がって俺に背を向け、歩き出した。

俺もそれを追うように立って、背中を追う。

「一応聞きますけど、どちらへ?」

「……いい加減待ってるのも飽きたから、探しに行くんだよ」

「あの二人をですか?」

「そうだよ。文句あんのか」

「いえ、特には」

「……ふん」

こっちを見もせずにスタスタ歩く背中につき従うように歩きながら、俺は自分の空気の読めなさに辟易して、自嘲のため息を吐いた。

全く、本当に馬鹿だな。俺は。

そんな風に自分の駄目さ加減を唾棄しつつ、空曹さんの背を追いながら、ふと気付いた。

そういえば、どうして俺は昔、将来の夢のことをあんな風に思っていたのだっけ。

先輩の言うとおり、あれでは中年オヤジの現実的課題だ。とても子供の見る夢じゃない。

「……まあ、覚えてないってことは、どうでもいいってことだよな」

「……ん? おい、なんか言ったか?」

小声で呟いていたのが耳に届いたようで、空曹さんがこちらを振り返ったのでなんでもないですと言う。

しかし彼女はそれを信じられないようで、疑惑のこもった瞳で俺を見据えてきた。

「……あたしの悪口でも呟いてたんじゃないだろうな」

「まさか。私は悪口は面と向かって吐き捨てます。陰で言うのは呪詛ぐらいのものですから、安心してくださって結構ですよ」

笑顔を浮かべてそう言うと、空曹さんは今度こそ頬を盛大に引き攣らせた。

「……いま一つだけお前のことがわかった」

「へぇ、どんなことがですか?」

「お前、すっげー嫌な奴だな」

「あれ、今更気付いたんですか?」

「……っ」

頬をひくひくさせながら、開き直った俺に勢いよく背を向けて空曹さんが歩いて行ってしまったので、俺はまたその背を追った。

今日家に帰ったら、先輩にこの間押し付けられて家の本棚にそのまま放置してしまった、『他人の地雷を悟るコツ』という、いかにも怪しげなタイトルの本を紐解いてみようかなと、そんなことを思いながら。






























その辺の服屋で楽しそうに買い物をしていた二人を見つけ、隣の空曹さんの機嫌が壮絶に悪い理由を先輩に問い質され、それをなんとか誤魔化してから朝もまだだった俺が、飯が食べたいですと提案した。

その時彼女たちが持っていた紙袋が俺に任されたのは男女間のヒエラルキーの関係上当然で、まあスタンダードサイズの紙袋二つ程度を持たされることには何の文句もない。というか、この程度のことで文句を言うほど心は狭くない。

そういう、三人の少女に荷物持ちという肩書を任されてつき従う、そんな昼下がりのことである。

「えっと、そういえばさ」

「はい、なんでしょう?」

適当な店に入って適当に昼飯をかっくらっていると、また俺の対面に座っているエースさんが話しかけてきた。

「せーくんのバリアジャケットのデザインって、なんだかせーくんのイメージに合ってないよね」

「……は? はあ……」

また取り留めの全くない会話かと適当に返事をかえすと、横に座ってた先輩が「ああ、分かる分かる」とか言い出して話が膨らむ。

「なんかこう……。こいつって14で体とかかなり鍛えまくってる癖に170㎝とか無駄に身長高いし、もっとコートとかバタバタと風に靡かせてかっこつけてそうなイメージなんだけど、悲しいかな一般隊員のバリアジャケットとほとんど変わんないの着てるから、地味で無個性なのよねー」

「……地味な上に無個性で悪かったですね。いいんですよバリアジャケットなんて。展開できて魔法を防げてパージさえできれば誰も困らないんですから」

「そんなことないわよ。見た目って大事よー。ほら、強そうな格好してた方が敵もビビったりするだろうしさー」

「そんなものかね」

「そんなものよ。ねー、なのはちゃん」

「んー。でも私たちの相手って、基本的にガジェットとかですよね」

「そうだけど、まあ時々違法魔導師逮捕とかもあるじゃない」

「そういう連中は、基本的に俺たちの格好なんて気にしないでしょう。大体真正面から特攻なんてしかけないから姿も見られないし」

「……くっ。ああ言えばこう言う。なんてかわいくない部下なのかしら」

「俺にかわいさを求める方がどうかしていると思いますが。この通りどうにも捻くれ者なもので」

「くぅ~っ! マジでかわいくないわね!」

「ホントに可愛くねーよな」

「あ、あはは」

空曹さんの本音とエースさんの苦笑を聞き流しながら、残っていたスープをあおって食事を終え、御馳走さまと呟いてから立ち上がってセルフサービスのドリンクコーナーへ向かう。紙コップに何となくコーヒーを注いでからそれを手に元の席へと戻ると、適当に会話をつなげた。

「それで、私のバリアジャケットのデザインがおかしいと、何か不都合でもあるのですか?」

「いや、おかしいんじゃなくて、似合ってないって話でしょうよ」

「……似たようなものだろ」

「ぜーんぜん違うわよ。デザインがおかしかったらデザイナーのせいだけど、似合ってなかったらそれはあんたのせいでしょ。着こなしがなってないのよ着こなしが」

「……この短時間によくもまあ、それだけ他人を否定できるもんで」

「否定じゃないわ、指摘よ。それにしても……よし」

なんか知らんがまた悪だくみでも思いついたのか、先輩はにやりと口の端を持ち上げてから、隣のエースさんの耳元に顔を近付け、何か囁き始めた。

エースさんはそれを聞いて目を丸くしてから、ちょっとだけ楽しそうに笑った。

あー、なんかメンドくさそうな伏線が一つ張られたようである。これはいい予感が少しもしない。泣きたい。

にしても、人生において伏線なんて言葉を本当に使う時が来ようとはな。





























2010年1月3日 投稿

2010年8月29日 改稿

追記
そう言えば言い忘れていました。
皆様、あけましておめでとうございます。
今年も何とぞ、この作品と作者をよろしくお願いいたします。



[9553] 第二十三話-廻る日常-[過去編]
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/29 02:52



医者って仕事は、一体誰がどんな得をする仕事なのかと、いつからか俺は疑問に思っていた。




だって、救えても救えなくても、親父に待っていたのは罵倒で、弾劾で、糾弾だった。

俺が父に向けられるそれらの理不尽を知ることになったのは、ある時を境にしてである。

幼少の頃の俺は、母さんが死んでから間もなく家に帰ることは殆どなくなった。

親父の仕事の都合だ。

当時有名な医者としてかなりの数の患者を抱えていた親父は、あまりの仕事の多さに残業と徹夜を重ねて夜を過ごすこともざらであり、家に帰ることなど深夜になることが当然。まだ日が沈まないうちに家に帰れることなど、一月に一回あればいい方だったそうだ。

そして、母さんが亡くなってからは家に帰るという時間さえ惜しむようになる。

理由はままあったのだろうが、その中でも大きなものが、もうどこにいようと母さんの顔を見ることができなくなったからだと思う。

それを責めることは俺にはできないし、責めようとも思わない。

ただ、そういうことをすると俺の扱いがどうなってしまうのかは一目瞭然で、本来ならばここで、俺を親戚に預けるという選択肢が発生するはずだろう。しかし、そうはならなかった。

親父の両親は俺が生まれる数年前に魔導士の犯罪に巻き込まれて亡くなっており、また忙しすぎる仕事の関係上それ以来親戚筋とは一切の連絡が断絶していて、そんな事を頼める相手がいなかったのである。

かといって、託児所に預けたり、ホームヘルパーを雇うのも抵抗があったらしい。

結果、親父は俺を自分の診察室に備え付けられた休憩室に置くことにした。寝るときは適当に仮眠室を使うことにして、だ。

だから、俺はその消毒液と医薬品の匂いの染みついた部屋で、親父に渡された本を、辞書を片手に読み漁る日々を送ることになった。

本当は外で遊びたいと思ったし、一日中あんな部屋の中にいるのは嫌だった。

けれど母さんが死んで、親父が俺にかまうような暇がないこともわかっていて、こんなわがままを言っていいものかわからなかった。

だから、自分を押し殺した。

そして、頑張った。

最初のうちは文字の読み方を覚え、次の段階で言葉の持つ意味を知り、また次にはそれら全てを総合しての別の何かを読み取れるようになり、最終的には辞書も使わず時折俺の様子を見に訪れる看護士さんが目を丸くするような内容が綴られた本を読めるようになっていた。

そんな日々を過ごす中、時折俺の読書を邪魔する声が響き渡ったりする。

患者の怒声だ。

少なくとも週に一度、多い時には二日に一度の頻度で訪れるそういった所謂モンスターペイシェントという人たちを相手にしてまで、親父が医者を続けている理由が当時の俺には理解できなかった。

今思えば、ああいう人たちと同じくらいかそれ以上に、親父に感謝し、礼を言った人がいたのではないかとは思う。

だけどあの頃、俺の元に届いたのは負の感情ばかりで、そんな日々に嫌気がさし始めていたころ、あの手紙を渡された。

もう、自分はここにいられないと思った。いてはいけないと。

俺がその日に決めた覚悟を実行に移したのは、この日からそう遠くない未来になる。






























待ちぼうけ、という言葉をご存知だろうか。まあご存知だろう。きっとご存知だろう。ご存知に違いない。だから説明は省く。

久々の休日に仕事の同僚他二名に街へと連れ出されたお俺は、本日二度目の待ちぼうけを食らわされていた。

一度目はついさっき。

そして二度目は今現在進行形。

一度目と二度目との明確な違いは、隣に座る少女と、足元にちょっとした荷物があること。

そして、一度目と二度目で同期していることは、隣に座る少女に、俺と話すという目的があることだろうか。

本人たちは俺が気付いていないと思っているのだろうが、普通に考えて気付くだろう。なにせ、エースさんをここに残してあの二人がどこかへ行った理由が、この子の体調不良だったからだ。

まあ確かに少し疲れた様子を彼女が浮かべていたのは事実だが、それならそれで空曹さんがここに残らない理由に説明がつかない。

あれだけエースさんに懐いている彼女が、体調のおもわしくないエースさんを置いてどこかへ行くというのはおかしいだろう。さっき空曹さんと先輩が陰で何かこそこそと話していたのも目撃しているので、このの仮説はほぼ間違いなく事実だと思う。

だから、彼女に明確に俺に聞きたいことがあるかどうかは不明だが、少なくとも俺と話すことを望んでいるのだろうなとは思えた。

その彼女は管理局の仕事で見かけるいつもの姿ではなくて、どこにでもいそうな普通の私服姿だ。

そう言えば彼女の私服姿って初めて見る。そりゃあそうか。いつもは職務中に会うか、その制服姿で連絡してくるのがせいぜいだものな。

カジュアルなミニスカートと白のパーカーを着ている彼女は、いつもと違って年相応に見える。

そう言えば飯食ってる時から気になってはいたんだが、最初はいつものように頭の横で髪の毛を括っていたのを、先輩との蜜月(笑)から戻ってきて以降、なぜかリボンをほどいて髪を下していた。

どうしたのかと疑問に思って聞いてみたら、いろいろと服を試着しているうちに髪がぐしゃぐしゃになってしまったので、今のところは外しているのだという。

何となくこっちの方が子供っぽさが消えるなーとか思いながら、俺は空曹さんの時と同様にその辺の自販機で買った、今度の中身はコーヒーの缶の飲み口を口へと持っていく。

そして一口それを飲み、カフェオレも美味いなーと思った。

「それで、少しは良くなりましたか? 体調」

「あ、うん。もう大丈夫。ちょっとはしゃいで疲れちゃっただけだから」

社交辞令的にそう聞いて、それならいいんですが……と言いながら目をこする。時間が午後のいい時間に食い込み、さっき昼食を摂ったせいもあるのかやたらと眠い。やはりカフェオレではなくてブラックでも買うべきだっただろうか。

「せーくん、眠いの?」

そんなことをしているところをエースさんに見咎められ、顔を覗きこまれてそんな事を聞かれた。

隠しても仕方ないので正直に言った。

「ええ、まあ。……今日は一日ダラダラ過ごす予定でしたから、寝たのが明け方だったもので」

「どれくらい寝たの…?」

えーと、確か……。

「二時間くらいですかね」

「そ、それで大丈夫なの?」

「いや、かなりきついですね。体調を整える意味も込めて七時間は寝ておきたかったんですが」

「そ、そうだよね……」

うつむくエースさん。自分が訪ねてきたことを気にしているのだろうか。面倒くさいから適当にフォローしよう。

「まあ大丈夫ですよ。仕事で寝れない日もあるくらいですし、二時間も寝ることができたと思えば」

「そう……?」

不安そうに聞いてくるので、とりあえず苦笑いを浮かべた。

「そんなことより、楽しかったですか? 先輩との買い物」

「あ、うん。服のこといろいろと教えてもらったし、せーくんのこともいっぱい聞けて────…あ」

「…………へぇ」

それは随分とまあ聞き捨てならない台詞だった。というか前々から思っていたんだが、この人結構うっかり気質だよな。いや、おっちょこちょいと言った方がしっくりくるか。

というか別にこんなことでとって食いやしませんから、そんなに委縮しなくてもいいのに。

俺が全く自分のことを話さないから別の人から話を聞こうって気持ちもわかる。

「高町さん」

「は、ははは、はいっ」

……挙動不審がすぎるんだが、普段の俺ってこんなことでいちいち怒ると思われているんだろうか。

……思われているんだろうな。取っ付きにくかろうし。

「どんなことを聞いたんですか?」

「はいごめんなさい! ……え?」

すごく意外そうな顔で俺を見たので、別に怒ってないから一応聞かせてくださいと促す。…促したんだが。

「ごめんなさい」

と頭を下げて断られる。あ、すごい。久しぶりに来た。ピキッと言うかビキリと。

……まあいい落ち着け俺。理由はなんとなく想像がつくじゃないか。

「……先輩と、私には内緒にしようという約束でもしましたか」

「な、なんでわかったの!?」

……うわー。

……あれだわ。この子ねーわマジで。こんな簡単なカマカケに引っかかるとか素直すぎるわ。

……あー、なんか気を張ってるのが馬鹿らしくなってきた。いや、だからって緊張を解くわけじゃあないけどさ。

「……分かりました。今回の件はもう結構です。ですが次から何か聞きたいときは、直接私のところに来ていただけるとありがたいです」

「聞きにいったら、答えてくれるの?」

嬉しそうですね。でもしかし、

「ほとんど答えません」

「そ、そうだよね……」

「というかしかしですね。先輩に俺の話を聞いたところで、それが事実だという保証もないと思いますが」

「え、ロロナさんは嘘なんてつかないよね?」

「嘘はそうつかないですけど、大袈裟に言うんですよね、あの人。誇大広告というかなんというか。とにかく、信憑性はあまりないかと」

「そ、そうなの……?」

そうなんです。

「そういうわけで、私の情報を伝言ゲームで失敗した時と同じような状況で伝えられたくなければ、私自身に聞いた方が無難かと思います」

「そ、そっか。うん、分かった。次からはちゃんとせーくんに直接聞くね」

「まあ先ほど言った通りほとんど答えませんが」

「……が、頑張るもん!」

両手でガッツポーズを作って強気に意思表示するエースさん。

俺は苦笑しながら話を逸らそうと思って────違和感に気付く。

「────…?」

「? どうかしたの、せーくん?」

「え、いや……」

それは吹けば消えてしまいそうなくらい小さな違和感で、しかしどこかで覚えたような気もするそれだった。

気のせいだと切り捨てればそれまでかもしれない。ただ、曖昧とはいえこの感覚をあっさりとなかったことにするのは何か違う気がした。

だから腕を組み、目を閉じて先ほどまでに目にしていた情報を一つずつゆっくりと瞼の裏に浮かべていく。

そうしているうち、なにかが弾けたような妙な感覚とともに頭の中がすっきりとし、頭の中に氷を入れられたような清涼感が脳髄を貫いて、ああ、と若干納得した。

「高町さん」

「はい?」

「右手を前に向けて伸ばしてもらえますか?」

「……え、どうして?」

「いえ、ちょっと確かめたいことがあるので。すぐ済みますから」

首を傾げながら俺の指示に従ってくれたエースさんの腕の上腕二等筋のあたりと肘の関節を両手の親指でぐいっと押す。

「────っっ!?」

するとエースさんが体を跳ねあがらせた。そして頭の上にエクスクラメーションマークとクエスチョンマークを乱舞させ始める。

そんな中俺は、やっぱりそうかと思った。

高町さんて、普段から体捌きも足運びも重心の取り方も素人同然だから気付かなかったけど、なんか体のバランスが全体的におかしい。

昔の経験から言って、こういう風におかしい人は絶対に体のどこかを痛めているものだ。

この人の戦闘スタイルからして痛めているならこのへんかなと思ったのだが、どうやら予感的中だった。これでは反対の手も怪しいものである

ついでに立ち上がって、戸惑いまくっている彼女の後ろに移動してから背骨を上から下へなぞり、ああ、歪んでるなぁと思う。

一方、背中にいきなり指を這わされたエースさんは、ぞぞぞぞーっと震えてから俺から跳び退いて距離をとった。

「────っな、ななななにをっ!?」

「前に休みをとったのは、いつですか?」

「な、なに?」

俺の行動に動揺しきっている彼女を無視して問いを掛けると、彼女は面喰ってから首を傾げた。動揺のせいで理解が追い付いていなかったようなので仕方ないから質問を重ねる。

「いえ、だから以前に休みをとったのはいつですか、と」

「……えっ、と」

……なぜそこでどもる。……いや────

「……まさかとは思うんですが」

「……た、多分とってないかな」

「────…。……なんですって?」

ありえない。この間聞いた話では、この子は確か二年ほど前から管理局に関わっているという話だ。本格入局はもっと後だということだが、それでもあんな体に負担のかかる収束砲撃主体の戦い方をこの歳でしておいて体のケアをしていない上に無休であるというのはどう考えても異常すぎる。

「……普通、休暇は定期的にとるものでしょう。そうでないと隊の人にも迷惑だと思いますが」

「あ、あんまり言わないで……。上司の人にもいろいろ言われてるから……」

それでも休みを取らないとはどういうことだろうか。ワーカーホリックか何かか? この歳で?

想像を絶するなぁ。管理局のエースさんは。

「ああ、そうか」

「……?」

「あなたは人間じゃないんですね」

「どうしてそうなったのっ!?」

いや、だって無休で働けるような奴、人間と言えるかどうか微妙ですし。

「そ、それをいったらせーくんだって、すごく頑張って訓練してるんでしょう!?」

「……ああ、なるほど。先輩とした話と言うのはそれですか」

「────…あ」

しまったという顔をしてから、エースさんが慌てだす。

確かに俺は、エースさんに大敗を喫したあの日から、先輩を巻き込んで地獄の特訓メニューをこなしている。

自分の越えるべき壁が現実的な値となって目の前にあることが俺のやる気に火をつけた形だ。なにより負けっぱなしは性に合わない。

部隊長の思い通りに誘導されている感は否めないが、構わなかった。どちらにしろ俺の目的と合致しているのだから。

とにかくその訓練内容、先輩曰く、「普通の人間がこなすような内容じゃねーわよこれは……」らしいのだが、ならそれを俺と一緒になってこなしているあなたも普通の人間じゃありませんねと言ったら殴られた。理不尽だ。

てか、そんなことを目標本人相手に愚痴らないでほしいなぁ……。

まあそれはともかく、んー、でもこの程度なら……。

「そこに寝転がってください」

「…………え?」

ベンチを指差しながら言うと、エースさんは目を点にした。しかし細かい説明はめんどいのでする気はない。インフォームドコンセント? 俺は医者じゃないから関係ない。

大体この辺人通りも少ないからやるのに絶好の位置取りなのである。

「いいから早く」

「え、え、えぇっ!?」















10分後














「う……そ……?」

エースさんが呆けたような表情をしながら、腕の調子を確認している。

俺は若干疲労でこわばった手を揉みほぐしながら言った。

「とりあえず応急的な処置ではありますが、軽いマッサージと整体を治療魔法と一緒に施しました。これで少しはマシになったかと思いますけど……結果は良好のようですね」

「う、嘘みたいに体が軽いよ! 途中すっごく痛かったけど!」

たんたんとジャンプしながら興奮気味に言うエースさん。まあ骨の位置直したりいろいろしたからな。喜んでもらえたようでなによりである。

「な、なんで私の具合が悪いってわかったの?」

「勘です」

「……そ、それだけ?」

「ええ、まあ。それと、結局は素人の浅知恵の副産物での応急処置でしかないので、きちんと近いうちに病院に行った方が無難ですよ。まあ、どうするかはあなたの勝手ですが」

言いながらドスンとベンチに腰掛け、詰めていた息を大きく吐き出す。寝不足との相乗効果で疲労感が半端ではない。こんな状態でよくもまあこの人の体の異常を察知したものだと感心する。

最初に会ったときから微妙に胡散臭い空気が出ているなぁとは思っていたんだが、あの日以来そんな異常は感じなかったので忘れていた。

頭の隅に残っていた医学書と整形外科のお医者さんから聞きかじった知識をなんとか引っ張り出してやった整体ではあったが、成功してよかった。

そんなことを考えながら横を見ると、またさっきと同じように俺の横に腰掛けたエースさんが、なんとも表現しずらい表情で俺を見ていた。なんだろうかと首をひねると、口を開く。

「……せーくんて、不思議な人だよね」

「……心底心外な評価ですね。私にとってみれば、あなたの方がよほど不思議ですよ」

「ど、どこが?」

「全部です」

「それじゃあ分かんないよぅ……」

エースさんは悲しみと戸惑いがないまぜになったような表情になり、それからそれを叱られた子供のような表情に変えて、俯きながら聞いてきた。

「ねえ、せーくん?」

「なんですか」

「……怒らないで聞いてくれる?」

「聞かれる内容によって決めます。あまりにどうしようもない質問であるなら、回答は拒否する方向で」

「だ、大丈夫。この質問はどうしようもなくないです」

「ならば、どうぞ」

手を差し出して促すと、エースさんは気を引き締めるように一息息を吸い、それからゆっくり吐き出した。

で、



「せーくんと私って、もう、お友達だよね?」



俺の体内時計が一瞬止まった気がした。

そして、俺の全身の細胞が、鳥肌を立てるためだけに活動している気がした。そう錯覚するほどに強烈に、体の芯からぞぞぞっと寒気が込みあげてくる。

俺は両手で体を抱き込みながら言った。

「き、気味の悪いことを聞きますね、あなた……」

「き、気味が悪くなんてないよっ! すごく大事なことだよ!」

そんなことはない。少なくとも俺に取ったら、そんな確認をしてくる時点でいろいろきつい。

「……大体、なにをどうしたらあなたの中で私はそんなに評価が高くなるんですか。そんなに優しく接した覚えなんて私の中にはないんですが」

「だ、だって、いじわるなこともいろいろ言うけど、最後にはちゃんと優しいよね、きみ」

「……あなたを出世に利用しようと思いました。あなたのような有名人と仲良くしておけば、いろいろと便利でしょう? ……って、なんですかそのそんなセリフは絶対に信じませんって目は?」

「だって、全然説得力ないよ。もし本当にそうなら、こんなところでばらさないはずだし、それにもっと積極的に仲良くしてくれると思うし、いじわるも言わないはずでしょ?」

「そう思わせるための演技かもしれないでしょう?」

「そういう演技はすごく下手な人だって、さっきロロナさんが言ってたよ? 嘘が嘘だってバレバレなんだって」

……余計なことを言いやがって。

「ねえ、どうしてせーくんは、そんなに人を遠ざけるの? なにかそうしなきゃいけいない理由があるの?」

「……いや」

答える義務なんてなかった。ただ、そんなことを聞いてくるエースさんが、あまりに不思議そうに小首を傾げていたから、何となく嫌がらせをしたくなった。

世の中心の綺麗な人ばかりじゃないんだと、大人気もなく教え込んでしまいたくなった。

だから俺は、なにから話してやろうかと迷い。そして結局、なにも考えずに思ったことから脈絡すらなく雑談しようと思った。

「なんと言いましょうか」

「うん?」

「正直辛いんですよね。他人と腹割って話をするのって」

「────…え」

俺の隣でエースさんが息を呑んだ。見開いた目は驚きと悲しみを配合したような不安定な色に揺れている。

「辛いって、そんな……」

「あなたは、神童なんて言われてると何となく、みんなから持て囃されて尊敬されてるんだろうなーとか思ったりしてません?」

「……違うの?」

「全然です。全然。むしろあんな言葉、蔑称として使われたことの方が多いくらいですよ」

「べ、べっしょう……?」

「相手を蔑んで……というか、馬鹿にして使う呼び方のことです」

「あ、へえ、そうなんだ。……って、え!?」

神童だからこの程度のこと簡単だろ。とか、神童様の手を煩わせるまでもありませんよ。とか、神童様はさっさとご出世なさったらいかがですか、とか。

他にもいろいろとあった気がするが、好んで覚えている趣味は無いので忘れてしまった。

人より少しだけ勉強ができるだけだったガキの俺はそういうことに慣れていなくて、正直な話辛かった。まともに話が出来る相手なんてそう多くは無く、気を許せる相手ともなるとそれよりもさらに少ない。

出る杭は打たれるのだ。今の隊はそうでもないが、俺を一人の人間として扱ってくれている人はそう多くは無かった。その都度違ってはいたものの、隊長格の人達や先輩たちを除けば、両手で数えるくらいしかいない。

14歳でAAランク。任務に就き始めた当時はAランクだったが。そういった才能は、まああまりいい目では見られない。

何せ規格が中途半端なのだ。これがもっと、周囲と比べ物にならないくらいに突出していれば、もう少しいろいろと違ったのかもしれないが。

そしてそういう中途半端な規格の人付き合いの苦手なガキが世間へと歩を進めたらどうなるか、そんなものは誰に聞かなくとも明らかだった。

それでもこの数年、俺がそれなりに仕事して出世してやってこられた理由は、人との距離感を一定以上あけてきたからだと思っている。

エースさんのような規格外の天才でもない。

先輩のようなコミュニケーションの達人でもない。

どっちを取っても中途半端。だから仕方ない、どこかで妥協しなくてはならない。

だから俺は、死ぬほど体を鍛えた。魔力の方もそれなりに負荷をかけて上昇させている。この類の努力は欠かしていない。

単純な魔力ランクだけで生き残れる世界ではないから、そういう意味でもこのテの鍛錬は意味がある。

そして、

「どんな相手にも敬語を使うようになりました。仕事中は特に徹底して」

そうすることで、俺は何とかやってきた。

気を許せる人だってそう多くはないけど、俺の近くにいてくれる。

俺にしては、うまくやってきた方だと思う。

「せーくんは、怖くないの?」

エースさんが俯きながら呟いたので、俺は片眉を上げて聞いた。

「何がですか?」

「……だって、そんなやり方をしていたら、いつか独りぼっちになっちゃうよ」

……一理は、あるのかもしれない。けれど俺にとっては、それがそこまで重要なこととは思えなかった。

俺がどんなことをしようと、全ての人が自分と仲良くしてくれるわけじゃないし、全ての人が俺を嫌うわけでもない。

俺が望もうが拒否しようが、寄ってくるときは寄ってきて、去っていくときは去っていくのが人だと思う。

状況はいつだって変っていくもので、だからきっと俺は、

「その時はその時です。仕方ないでしょう、そういう風になっちゃったんですから、俺は」

「そ、そんなのっ!」

それでも彼女がしつこく食い下がってくるから、俺は少し苛立ちを感じながらそれを何とか無視する。

彼女の価値観と俺の価値観は違っていて、だけどそれを主張していけないわけではない。

押し付けと主張の境界は微妙だけど、少なくとも俺はこの程度で怒りたくはない。

怒りたくはないのに────…

「そんなの、駄目だよ……」

駄目と言われて、何かがはじけた。

駄目って何だ。

俺だって、好きでこんな風にやってるわけじゃない。

彼女にそんなつもりはなかったのだろう。本気で俺を心配しているのかもしれない。

けれどさっきの言葉は、俺の今までの人生を否定することと何の違いがある?

生き方から何からなにまで全部下手くそで、こんなどうしようもなく不器用な方法でしか他人と接してこれなかったけど、それでも頑張ってきたつもりだ、俺は。

なのにそれを、全くの悪意無く駄目だなんて否定されたら、俺はもうどうしたらいいんだ。

口を開いたら怒鳴りつけてしまいそうで、俺は下唇を強く噛み締めたまま無言で立ち上がった。

「え、せーくん……?」

「…………二人を捜してきます」

それだけ言い残して、俺はすぐさま歩き出す。



今はもう、彼女の声を聞くだけで、俺の中の何かが千切れてしまう気がしたから。






























思えば俺はあの時、どうしてあんなにも彼女に対して憤りを感じていたのか。

普段の俺なら、誰がどんなふうに俺の生き方を馬鹿にして、蔑んで、上から目線で説教を垂れようとも気にもしないはずだった。

なのに、彼女に対してどうしてあんな風にいろいろと制御できなくなったのか。

その辺の店でウインドーショッピングをしながら雑談に花を咲かせていた二人組を見つけ、俺が口数少なく体調が悪いから帰りますと告げ、普段にはない俺の様子を見て珍しく戸惑っている先輩と空曹さんを置いてそそくさと家に戻ってきてからずっと悶々と考えてようやく出た結論。

怒る理由とやらには諸説あると思うが、その中の大きなものの一つに、どうでもよくない相手に、自分の何かを否定されること、というのがある。

……だが、この理屈でいくと、俺は彼女のことをそれなりに気にかけている、ということになる。

そんなつもりはなかった。

だから今までのように適当に距離をとって接しながら、いつかこの関係が風化するのを待とうと思っていた。

なのに、あまりにも当たり前のように彼女が────高町が、俺の近くで笑うから。

だから、いつのまにか心を許してしまっていたのかもしれない。

けれど、そんなことに気付いたところで今更で。

俺はもう、彼女と連絡を取り合うべきじゃない。

あんな風に怒りの矛先を向けてしまった以上、もう近くにいてはいけないと思った。

他人に傷つけられるのは慣れていても、他人を傷つけるのは慣れていなかったから。

そしてこれからも、慣れたいとは思えなかったから。

そう思ったから、彼女にはどこか遠くで、俺の知らない誰かと一緒に幸せになってもらおうと思った。

だからその日のうちに高町の連絡先を着信拒否にしたし、彼女たちと万が一にもどこかで会わないように仕事の調整をしたりもしていた。

……していたんだが。

「それでね、任務が終わって油断していたヴィータちゃんを、なんか他とは性能の違うガジェットが襲って、それを庇って怪我しちゃったんですって。軽傷らしいけど心配よねー。あの子ならもっとうまくやれたでしょうに、具合でも悪かったのかしら」

「……知りませんよ」

あれから数日。

毎日のように高町の最近の動向を聞かせてくる我が上司を相手に、そろそろ心が折れかけてきているのも事実だった。課のオフィスで自分の机に向かい、雑務をこなしながらため息を吐く。

そうだよな。いくら俺が高町との連絡を断絶したところで、この人と彼女の関係まで切れるわけじゃない。

だからその辺のことに関して高町から相談でも受けているのか、嫌みのように毎日こんな感じの報告を世間話のついでに聞かされていては、流石に俺も辟易する。

なんでもいいからさっさと謝りに行けと言わないでこんなことをしている辺りにこの人の意地の悪さを垣間見ている気もするが、我慢比べならまだ何とかなるからまあいい。

嫌がらせをしてくる割に詳しい事情は一切聞いてこないし口にしないから、その分気楽であるとも言える。

「ねえ、プレマシー」

思い出したように軽い調子で先輩がまた口を開いた。

だから俺も、いつものように視線も合わせずに聞き返した。なんですか、と。

そして────

「泣きそうな顔してたわよ、あの子。なにか酷いことしちゃったんでしょうか、って」

「……そうですか」

聞いたことを、後悔した。

けど、それだけだった。

あんなやり方をしたら、あの子がそうなるだろうなんてこと、最初からわかっていたことだ。

けど俺は、他に方法を知らなかった。

あの子は、真正面から言ったって聞いてはくれないだろう。

中途半端に逃げたってそれは変わらない。

だから、完全に断つしかなかった。

他の奴ならもっとうまくやれるんだろうな。なんて、自嘲しながら苦笑して、手元の仕事を片付けていく。

「あんた、本当にこのまま終わらせる気なの? なにがあったか知らないけど、あの子を遠ざける方法が女々しくて好きになれないわね」

「なら、どうしますか? 無理矢理にでも引き合わせますか」

嘲笑うように言うと、先輩は一つ鼻を鳴らした。

「それはないわね。そもそも、この程度でぶちぎれるような関係しか築けないなら、それまでの子だったってことよ」

「それならそれで私は構いませんが、あなた、高町さんのことを何だと思っているんですか?」

呆れながら聞くと、先輩は俺の机に手をついて体を預け、少し長くなってきた前髪をくりくりといじりながら言った。

「ん、そうね。あんたとは違うベクトルで夢を追いかけている子供」

……夢? 俺は夢なんて追いかけているつもりなはい。理想を夢と言うなら若干覚えもあるが、そういうことだろうか。

「だから、少しはあんたのこと更生させてくれるかと思ったんだけど、期待外れだったみたいね」

……あれだけ俺と高町を接触させようとしていたくらいだから、何か裏があるんだろうなあとは思っていたんだが、まさかそんなことを考えていたとは……。

「大体、更生って……。いったい私のどの辺に、自分を省みなければならないところがあるというのですか」

「そうねー、要所要所に大量にあるけど、聞きたい?」

「……いえ、遠慮しておきます」

聞いたらまた落ち込むことになりそうだ。悪意がある分、高町とは違って怒る気にはならないが。

「あんた、いろんなことが自分の中で完結しすぎてるのよ。もっと対外的な部分に目を向けられるようにならないと、いつか後悔することになるわよ?」

「……随分とまあ、年長者のようなことを言うんですね」

「年長者だもの」

「訂正します。随分と年増のようなことを言うんですね」

「まあ、私だってそれなりに苦労してきてるしね」

「む……」

挑発のつもりで言ったのに軽く流されて、口を噤むしかなくなる。

「まあとにかく、あんたの気付いてないことを気付かせてくれるんじゃないかって期待してたんだけど、うまくいかなかったのよ。……まだ諦めてはないけどね」

「……でしょうね」

でなければ、毎日こんな嫌がらせをしてくる意味が分からない。……まあ、純粋に俺が憔悴するのを楽しんでいるんじゃないかと思わなくもないが。

「というか、あなたも物好きですよね。私なんかにかまって何が楽しいんだか」

「……そういう言い方は感心しないわよプレマシー。なにを自棄になってるのかは知らないけどね」

「────…そうですね、疲れているのかもしれません。聞き苦しいことを言いました」

慣れないことをしているせいで疲れ気味とはいえ、情けないことをしているなと、右手で目を覆い隠すようにしながら小さくため息を吐く。先輩はそんな俺の横で同じように小さくため息をついて、小さな子供をあやすような声音で言った。

「ま、私が部下に世話を焼くのは趣味みたいなものだから、深く考えない方がいいわよ」

「……そうですか。では、そうします」

もはや嫌味を言うだけの気力もなく、そう締めくくったところで、仕事用の端末が着信の知らせを告げた。

取り出して回線をオープンにすると、そこに映し出されたのは初老の男性。

我が部隊の部隊長であるところの彼が、どこか困ったような笑みを湛えながら、俺たちに部隊長室へと出頭するように命じた。






これより三時間後。

俺は駆り出された戦技教導隊との協力任務先で犯した失態により、生死の境を彷徨うことになる。





























2010年1月5日 投稿

2010年8月29日 改稿

誠吾イラっとして遠ざけるの巻。
そろそろ過去編も佳境になってまいりました。
あとちょっとで終わり…だったらいいなぁ。
という感じでもう少しお付き合いください。



[9553] 第二十四話-真実隠蔽-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/29 04:21
あの日、目が覚めると病院のベッドの上だった。

詳しい任務内容は思い出すのもめんどいので語らないが、要するにとある任務の人員が足りないから俺たちまで引っ張り出されて、その場に居合わせた高町たちと一緒に管理局に言い渡されたお使いを果たすことになったわけである。

道中高町があまりに残念だったのでその原因を作った俺を殺しかねない勢いで睨んでいたヴィータにちょっと気をつけたほうがと言ってはみたもののけんもほろろで、全くこれだから日頃の行いは大事だなとその後の人生の教訓にしたつもりだけど今に至るまで全く改善されてないねこれは酷い。

まあここまで言えばあとは大体予想つくと思うが、ピンチに陥った高町を庇って咄嗟だったから適当に張ったシールドぶち抜かれた俺の胸部がBJごと吹っ飛びました。

あの時の違法魔導士はマジでバリバリに気合入ってたから。流石AA+×4。バリアジャケット貫かれるとはさしもの俺も予想外。最近の奴らにも見習ってほし……くはないな、うん。そうなるとめんどい。

で、病室で目を覚ました俺はすんげー勢いで泣きながら飛びついてきた高町と死ぬほど気まずそうな表情のヴィータを相手になし崩し的に仲直り。なんか謝られすぎてごめんなさいがゲシュタルト崩壊していた気がする当時だけどまあいいや。

ちなみにその時点で任務の日から三日経ってたらしいよ。あ、ちなみに胸部の傷は先輩に教えてあった緊急用回復魔法のおかげで何とかなったらしい。怪我をしたらその場で治療は基本である。下手な放置は認めません。悪化するから。

そのあと病室訪ねてきた親父といろいろあって、喧嘩がしたいと俺が言って(いろいろと理由があります)殴りあって喧嘩したり、たまたま病室に残ってた高町がそれを仲裁したり、なんか高町の友人を名乗る見覚えのない人々が大量にお見舞いに来て高町を助けてくれてありがとうとか何とか言って去っていったり、高町に喧嘩ってどんな感じなのかなとかわけわからんことを聞かれて一悶着あったりして大変だった。なんか一週間しか入院してなかったのに三年分くらい過ごしたような気がするくらい密度の高い日々でした。

ちなみに今の六課の隊長陣とか地球の人々と出会ったのここが最初な。

で、こっからは現在につながる通り、親父と和解したりリンカーコアがぶっ飛んだりしてまじめに仕事をするだけの気力が失われてしまったのだった、丸

まあここまで思い出しといて結局何が言いたいかと言うと、隠し事するのも努力するのも他人を突き放すのも結構だけど大概にしとけよってことである。やりすぎると自分の予想を超えた事態を引き起こすから。

その証拠にあれだ、さっきの俺の胸部が吹っ飛んだ時の映像見てたみんなの顔ったらなかったぞ。まあ高町とヴィータ以外は映像まで見たやつは少ないんだろうし当然っちゃあ当然なのかね。

わざわざその時の映像引っ張り出してきたシャーリー本人まで泣きそうな顔してたから笑いをこらえるのに必死でした。不謹慎とか知らん。あれで怪我してるのどうせ俺だから問題ない。ああ問題ない問題ない。

「まああれだけいろいろやったんだから、これで少しはティア嬢も更生してくれるとありがたいよね」

「こ、更生って……」

フェイトさんが気まずそうに笑っているのを横目で見ながら、煙草の灰を携帯灰皿にねじ込む。

「いや表現は間違ってないっしょ。俺も同じような経験あるから何となくわかるけどさ」

「そうなの?」

「そうなの。……でも俺の場合、あの怪我するまで改善もなにもなかったからなー」

言いながらもう一本煙草を銜え、火をつけた。

親父の真意と俺の真意。俺が無意識にしていたことと、高町が無意識にしていたこと。

今にしてみれば何をこの程度のことで悩んでいたのかと思えるようなことでしかなかったのだが、あのときは自分で自分が滑稽なくらいに必死だったことを思うとどうにも苦笑が先走る。

当時の俺のアホさ加減ときたらない。

盗んだバイクで走りだすのは十五からで十分だというのに、あの頃の俺と来たら齢六にしてスキル「お父さんなんて大嫌い」を発動し、本来なら深く突っ込む必要もないあの人の腹を探ってかわいげもなくあの人の元から離れようとしていた。

結局あれは、ただの反抗期だったんだろうなー。正直、反抗期当時はそのことに関して必死だから特に何も感じないんだが、大人になってから考えてみるとそん時の自分の考え方って壮絶に不毛で不可解だったりするから困りもんだ。反逆のセイゴ(笑)

まあガキの頃なんてえてして視界が狭いもんだし、自分の周りが全てだから仕方ないのかねー。

なんて考えてるうちにまた背後に気配。

取り合えず振り返るとそこには今回の件の主役が二人が歩いてくる。……って、なんか知らんがティア嬢も高町も吹っ切れた顔してるよ。

聞くまでもないとは思うが一応聞いてみた。

「話は終わったんですか?」

「うん。もう大丈夫」

嬉しそうにうなずく高町見ながら、はいはい良かったですね。私の過去があんたらの喧嘩を止めることができたなら光栄でございますよ。とか言ったらすんげー場の空気が悪くなったけど気にしない。

仕方ないよ。俺だって別に話したいわけでもないのにわざわざ話してやったんだから嫌味ぐらいは受けとってほしい。俺からの心ばかりのプレゼントである。

「い、いらないよ……」

「……うん、いらないね」

「いらないわよ……」

俺涙目。まあ、いるとかいらないとか俺には関係ないけどな。好きな時に好きなだけ言う。

「てかあなたたちこんなところまでなにしに来たんですか。というか俺もう帰りたいんですけど帰っていいですか?」

時刻はとっくにタイムカードを切っていてもおかしくない時間を超越している。ただでさえ精神的に疲れたので今日の仕事は明日に回そうと思う。文句は受け付けない。というか文句を言わないでください誠吾さんのお願い。

「あ、ちょっと待って。お願いがあるの」

「お願い?」

煙草をもう一度灰皿にねじ込みながら聞き返す。……なんだろう。いい予感が一切しないよねこのパターン。

とか思ってたら予感的中。高町のお願いマジもう嫌。泣くよ? 俺泣くよ!?

「俺に……あなたと戦えと……?」

「だから、違うよ。私とティアナ、スバルのコンビと戦ってほしいの」

天にまします我らが神よ。私は今からそちらに行かなくてはいけないようです。

でもあれだよね。こっちでこれだけ酷い目に会うんだから、そっちではきっと神々の皆様が優しくしてくれるよねっておいちょっと待て高町俺はまだ返事をしていない嫌だまだ死にたくないお前を加えた三対一とか無理無理無理無理無理だからあああああああっ!

ごめんね、お願いと言いながら俺の手を引く高町と、そんな高町の横で気の毒そうに俺を見ているティア嬢。おい助けろ、いや助けてください!

なんて感じに目で訴えたんだが暖簾に腕押しだったので、俺はさっきと同じ場所でポカンと立ち尽くすフェイトさんに助けを求め、

「が、頑張ってね、セイゴ!」

そして、突き放された。

……もうあれだ。

親父、先に母さんに会いに逝ってるよ。あは。






























介入結果その十六 ティアナ・ランスターの反省







セイゴ・プレマシーの撃墜。

その事実は、焦りで沸騰しきった私の頭をあっという間に冷やすものだった。

以前、あいつはこう言った。



「確かにわっかんねーな。自分のことだって訳わかんなくて一度大失敗やらかしたのに他人のことなんぞ……」



あれはこのことだったんだと気づいて、私はどうしようもなく泣きたくなった。

なにもわかっていなかったのは、私だって同じだった。

なのに自分の気持ちだけ理解を求めて、あいつがどれほど私のことで気を遣ってくれていたのかにすら気付いていなかった。

本当は、焦る必要なんてなかった。焦らなくても、いろんな人が私の味方で、道はその人達が示してくれていた。

けれど、自分の目指す目標がようやく目の前に見えて、それを少しでも早く掴みたいと思ってしまった。

それが自分で成長することだと思ったから。自分で成長することで、一人前になれると思ったから。

だけど、なのはさんの話を聞いて気付いた。

私は、どうしようもなく子供だったんだって。

子供だから、周りが見えなくて、自分だけでいろんな事の答えを決めつけて、そして、失態を犯す寸前まで迫っていた。

一人で頑張ることは美徳だけど、それが人に迷惑をかけるようなことになってしまう時だってある。

────それを、止めてくれた。

自分の考える『正しい』だけが、全てに優先して正しいわけじゃないんだって。

自分の正しいを押しつけるだけでは、なにも変えることができないんだって。

それを、過去を晒してまで教えてくれた。

そのあいつは、気がついたら部屋から消えていた。

いつの間にと思ったけど、私は私でなのはさんと必死で言葉を交わしていたから気付けなかっただけだろう。現にフェイトさんは、あいつの後を追って出ていったのだという。

「それで、ティアナ」

「はい」

私は、真摯な声音で話しかけてきたなのはさんを真正面から見返して、はっきり返事をした。

なのはさんはそんな私を見て目を丸くして、それから小さく笑った。

「うん、いい返事だね。それでティアナ。今からあなたと、それにスバルには、やってほしいことがあるの」

「やってほしいこと、ですか……?」

「私もですか?」

「うん。そろそろいい頃合いだから近々始めようと思っていた新しいコンビネーションの訓練なんだけど……」

なのはさんにそう言われ、私は目を丸くした。

話を聞けば、もうそろそろ基礎的な訓練だけでなくて、それ以上の応用的な戦法を試そうと思っていたのだそうだ。

やっぱり焦る必要なんて無かったことをもう一度思い知らされ、申し訳ない気持ちでいっぱいになったところで、

「せーくんを相手に、戦ってほしいの」

「……え?」

「せ、セイゴさんと!?」

私とスバルは突然の話に驚愕する。近くで話を聞いていたキャロやエリオも驚いていた。

なのはさん曰く、これからは私を前衛に据えて立てる戦法も考えているそうで、そのための相手はあいつが適任なんだとか。

でも今回は最初ということもあるし、なのはさんが私たちのサポートとしてついてくれるらしい。

……けど、大丈夫なのかしら。あいつ前からなのはさんとだけは戦いたくないとか公言していた気がするし、しかも一対一ならともかく、今回は私たちも含めて三対一。

いくら実践訓練とは言っても、流石にこれはあいつに負担が大きい気がした。……主に心の。

けれどこれはもう決定事項のようで、私はなのはさんに連れられてあいつを捜しに行くことに。

その後、隊舎の外でフェイトさんと黄昏れていたあいつを見つけ、なのはさんが事情を説明した時の絶望したあいつの顔は、見るに堪えるものではなかった。

あとで今までのことを謝罪するついでに、愚痴でも聞いてあげようと思う。

……このままだと、胃に穴でもあいてしまうんじゃないかと思うから。





ちなみに、なのはさんは本当に最低限の助言と援護しかしなかった。そのことであいつが胸をなでおろしていたので、とりあえずは一安心。

私は私で、あいつと戦うことで新しい何かが見えたような気がして、もっと頑張ろうと思った。

もちろん。今度は一人じゃなくて、みんなと。






























side:なのは







プレマシーの様子が、おかしい。

そうロロナさんに相談されたのは、あの事件から一月と少しが経ったころだった。

あれだけの怪我を負ったせーくんは一週間ほどで退院し、その後何の問題もなく日常に────管理局の仕事に戻っていった────…はずだった。

しかしそれは違った。

ロロナさんの話では、ここ最近今まで欠かすことなく続けていた過激な戦闘訓練の内容が必要最低限の体力を維持するためだけのものになり、それを行うせーくんの態度も、今までとは激変してしまったのだそうだ。

それだけならまだ、ジェッソさんとの仲直りが理由で、今まで張りつめていた緊張の糸が切れてしまったんだという説明も出来た。

けれどせーくんのおかしな様子はそれだけでなかった。

どんな任務の最中であろうと、ほとんど魔法を使わなくなったらしい。

今までなら前線に出て魔力刃をまとった刀で敵を翻弄するくらいのことは当然のようにしていたのに、今では援護の魔力弾を後方から発射するのがせいぜいで、ロロナさんは戦闘一つを終わらすのにも苦労しているのだという。

けれど、それをいくら咎めても、せーくんはのらりくらりと適当に受け流してしまい、話にもならないそうだ。

だからロロナさんは、私に何か知らないのかと相談を持ちかけてきた。

けど私だって、そんな風になっていたことなんて今聞いて知ったくらいだった。

ジェッソさんの話では、あの怪我は体のどこにも異常を与えていないはず。……けれど、せーくんは素直な性格じゃないけれど、他人に迷惑をかけるようなことをする人じゃない。だから理由もなく、ロロナさんだけを前で戦わせているはずはないと思った。

この話には何か大事な事が隠れているはず。

そこで私たちはまず、ロロナさんたちの分隊長さんに相談した。しかしその人もなにも知らず、自分にまわってくる仕事が増えて大変だから何とかしてほしいという愚痴とともに、もしかしたら部隊長なら何か知っているかも知れんという助言だけ残して去ってしまう。

最後の望みとばかりに部隊長室へ向うも、部隊長さんも詳しいことは知らないのだという。

けれど、そういうことなら放置はできませんねと、部隊長さんは一つの提案をしてくれた。

せーくんを部隊長室に呼び出して、直接事情聴取をする。

そしてその場面を録画した映像を、後で私たちに見せる。

「なに、会話に混ぜて他人にこの件を話す許可は取りますから、心配しなくて結構ですよ」

そう言って小さく笑った部隊長さん。私はせーくんに申し訳ない気持ちになりながらも、それを駄目だと言えなかった。

せーくんに何かがあったとしたら、あの怪我の一件以外には考えられない。

あれは私のせいで起きた事故なのに、私だけがなにも知らないで笑っているなんてできなかった。

せーくん一人で抱え込んでほしくなかった。だから────






























「誠吾・プレマシー、入ります」

その言葉とともに隊長室に入ってきたせーくんは、以前より疲れているように見えた。

せーくんは隊長さんの近くまで歩み寄ると、いつもの几帳面な口調で言った。

「何か御用でしょうか、部隊長」

「いえ、なに、最近君の様子が少々おかしいとロロナくんと君に関係のある上司に泣きつかれましてね。一応個人面談のようなことをしようかと思い至ったわけです」

「────…っ。分隊長が……」

せーくんの顔が青褪める。部隊長さんは構わず言った。

「さて、これから君にいくつか問いを投げかけようと思うのですが、構いませんか?」

「……拒否権はないでしょう?」

「ええ、そうなりますね」

では一つ目です。と前置いて、せーくんの隊長さんは威厳のあるはっきりした声音で言った。

「どうやらここ一ヶ月、君が任務中に手を抜いているようだという報告が入っているようなのですが、事実ですか?」

「……随分と回りくどい聞き方をなさるんですね。あなたならその程度のこと、既に調べはついているはずでしょう」

「プレマシー空曹。質問に答えなさい」

「……申し訳ありません。……事実です」

「そうですか。それでは次の質問です。それは、なぜでしょうか」

「…………」

「……答えたくない、と言うわけですか。まあそれならそれで構いませんが」

「え……」

画面の向こうで隊長さんが、端末をいじってウインドウを呼び出し、それをせーくんの方へと向けた。

「もしあなたが今の質問に答えたくないのだというのであれば構いません。しかし私は、部下の実力、体調、心理状態その他諸々の情報を、全て把握しておかなければならない。そうでなければ、危険な任務において不測の事態を招く可能性を増やすことになってしまう」

「……はい」

「それは私にとっても部隊にとっても非常に好ましくありません。ですから、私はあなたの身に何があったのかをどうしても知る必要があります」

「要するに、私の個人情報を引き出すための許可を得たいから、この承諾書に許可を出せと、そういうことですか」

「話が早くて助かります。恐らくあなたがあなたの出来る限りの力で隠蔽しただろう情報を私個人の力でどこまで探り出すことができるかは予想もつきませんが、ベストはつくすつもりです。ですがそのためには、あなたの許可がなくては話になりません」

「……」

「あなたが話したくないというのであれば、私はあなたには聞きません。ですが、調べる。そして、この件の詳細を知るべき数人に、この情報をリークする。私はあなたの上司な訳ですから、その程度の権利はあるでしょう」

せーくんは数秒ほど考え込むように口を噤み、それから────

「……分かりました。全てお話します」

「おや、よろしいのですか?」

「あなたの手にかかったら、この件に関係ない私の秘密まで探りだされそうで、ぞっとしませんからね」

「おやおや、これはなかなか過大評価されたものです。それなりに嬉しいですねえ」

「……良く言いますね、まったく……」

そんなやり取りとともに、せーくんは語った。




────私は、真実を知った。





























2010年1月6日 投稿

2010年8月29日 改稿


誠吾がなのはに残したのは呪いでした、という話。
このあとなのははロロナとともにジェッソの所へ急行し、真実を丸々知ります。
で、話してくれないのは自分の心が弱いからだと思い込み、話してもらえるようになるまで頑張ろうと意気込む。
それでも心配だったからあんなストーカーまがいな行動をすることに。
三話で任務の内容を全部把握していたのは、誠吾の体調と任務での経過を見守って、ジェッソに報告するため。
ジェッソからの見返りは、誠吾の体の安否です。
二人は裏でつながっています。ジェッソの嫁にもらえ発言もこの辺が肝。
なのはが定期的に誠吾に連絡しているのも、あんなにしつこいのもこのあたりが理由です。
友達が自分のために辛いことを隠して管理局員を続けている。
こうなるとこういう方向に思考がシフトするんじゃないかなーと思うんですよね。
誠吾が父との確執も無くなったのに管理局員を続けていたのは、ジェッソがいきなり局員やめると表向きは無傷だからなのはちゃんに怪しまれるんじゃないかと言ったとか言ってないとか。
ちなみに三話で局員やめちゃダメと言ったのは、基本的に誠吾が冗談でやめると言っただけなので売り言葉に買い言葉でああなっただけで誠吾もなのはもあんなやりとりで何かを拘束できるなんて思ってません。そんな会話ができるくらい仲良くなっていて、むしろじゃれてるだけの意味のない会話です。
というか基本的に、秘密を知っていることを気取られないために変なところで遠慮をしないように頑張ってたり本当に素だったり。
誠吾が本気でやめると言えば、なのはは一切止めません。…という裏話。


も一つ小話
上の部隊長の
『ロロナくんと君に関係のある上司』とは
誠吾的には『ロロナ+誠吾に関係のある上司=分隊長』
部隊長的には『「ロロナと」君に関係のある上司(高町的な意味で)』
です。



[9553] 第二十五話-似通う境遇-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/29 04:26
介入結果その十七 エリオ・モンディアルの理論武装





セイゴには、お気に入りのゲームタイトルがある。

その中の一つに、なのはさんたちの出身世界である、第97管理外世界『地球』で発売されている、テイルズオブシリーズというものがあるらしい。

それは、主人公を操作して戦闘や謎解きをしたりしながら話を進めていくロールプレイングゲームというもので、設定に突っ込みどころの多い部分もあるのだけど、いろいろと考えさせられることの多いストーリーを扱っていて、物語がかなり興味深くて楽しいのだとか。

ついでに言うと戦闘の方も工夫が凝らされていて楽しいらしい。

デバイスもないのにドラゴン倒したりできるんだぜ、この主人公。すげーよなって、笑いながら言っていたこともある。

一回携帯ゲーム機でプレイしているのを見せてもらったこともあるんだけど、横スクロールで金髪の主人公が技名を叫んだりしながらデバイスの補助も受けずにいろんな剣技や魔法を使って戦っているのを見て、少しかっこいいなと思ったりもした。

それをセイゴに話したら、じゃあ今度ディスプレイと据え置きのゲーム機持ってくるから、やってみるか?と言われて、セイゴがゲーム機を持ってくるのが少し楽しみだったりするのも事実だ。

僕だって男の子で、ああいう主人公がカッコよく戦ったりして世界を救う物語を見るとわくわくする。

……そう、僕もわくわくするんだ。だから、朝練の後の朝食の席で、真剣な表情をしながら────



「魔神剣の練習でもしてみるか……」



とか言いだしたセイゴを相手にしても、僕は絶対に逃げたりはしない。

……うん、逃げたりはしないよ。ホント。……うん。






























最近、なぜか俺が新人組の朝練にまで参加することになっている。なんでだろう。

……いや、別にいいけどね。確かにセイス隊長のところにいたときより実戦の数が減ってきてるし、こういう訓練に参加することで感覚が鈍らないようにすることは大事なわけだから。

という理屈で高町に丸め込まれたんですけどねあの三対一の試合の後。本当のことだから言い返せなかったけどな!

まあそれも別にいい。俺にとって得だからティア嬢たちと戦うのも了承はしてる。

……ガシガシ実力つけてるこいつらにいつ追い抜かされるか戦々恐々もしてる。

今はまだ俺の方が実戦経験豊富だから抑え込めてるけど、そのうちマジで追い抜かされるよねこれ。

前は一年後にはとか言ったけど、この分だと三ヶ月後には……。

……と、そこまで考えてこの話はよそうと思った。俺の心がガードブレイクしかねん。

ちなみに、そんな感じで俺の自尊心を内側から崩そうとしている面々のうち数人は、現在シャワーを浴びてる最中なのだが、俺とエリ坊はさっさと上がって食堂で飯食ってる。流石に女子は風呂が長い。

で、エリ坊と適当に会話したりしながら朝食の席でぼんやりとくだらねーことについていろいろ考えてた。

いろいろ考えてたら、つい思ったことが口をついて出てしまった。

具体的には、テイルズのゲームの中での術技って今の俺が再現できるものが何個かありますよねああ魔神剣使いたいとかそんなどうでもいいことの延長線上にあるあれなんだが、その漏れ出した俺の妄想を聞いてたエリ坊の態度がやばい。

こいつにはPSPで出てるテイルズやってるの見られてるから技名のこととかも全部ばれてるし。

あ、うん、そうだねーとか言いながら物凄く目を泳がせてやがるエリ坊。やめて! そんな目で見ないで!

いや、気持ちはわかるけどな。

でもそんなゲームと現実の区別のつかない駄目な人間を見る目はやめてください後生だから。

こう見えて俺も結構デリケートな人間なのである。なのに六課の中での貴重な癒し成分であるエリ坊にこんな態度を取られたら俺の胃袋がストレスでマッハだ。胃潰瘍さんこんにちは。

それは何とか回避したい。だからここはそれっぽいこと言ってごまかそうと思う。

「エリ坊、お前が俺にある意味恐れをなしかけているのはわかる。いまの発言はかめはめ波の練習を毎日欠かすことなくし続けるたゆまぬ努力を惜しまない人間のみが許されるセリフだからな」

「……かめはめ波? て言うかよくわかんないけど、許されるの?」

「だからこれは見苦しい言い訳になってしまうんだが聞いてほしい」

「……むしろ僕の話を聞いてよ」

落ち込むエリ坊。悪いとは思うがそんな余裕はない。今は俺の名誉回復が最優先である。

で、

「もしお前に剣を持たせたら、襲爪雷斬が出来るようになると思わないか……?」

「………うん。それは否定できない」

すんごく気まずそうに、そして嫌そうに頷くエリ坊。

ちなみに襲爪雷斬とは、雷を纏わせた剣で上下に二度斬りつける技である。

まあこの程度のことなら魔導士なら頑張ればどうとでもなる。しかも困ったことに、他にも何個か再現できそうな技があるので、

「そう考えると自然と、俺もなんか使いたくなるじゃんか」

「それで、魔神剣?」

「うん」

軽くうなずいた。エリ坊が目を伏せた。

「……セイゴ」

「……はい」

「強く生きてね」

「ちょっと隊舎の屋上から飛び降りてくる」

「わあああああ待った待った待ったごめんなさい冗談ですっ!」

羞恥と絶望に打ちひしがれて席を立とうとしたらエリ坊に邪魔された。とりあえず止めてくれてありがとう。さすが純粋な少年。これが八神相手だったら笑っていってらっしゃいとか言われるんだろうね。

とかそんな感じでエリ坊とじゃれてるうちに他の連中もトレイの上に飯のっけて一緒に机に近づいてきたので、とりあえず口止めして会話を切り上げる。こんな俺の汚点を六課に広めてなるものか。

幸い心優しいエリ坊は何の話してたのとキャロ嬢とかに聞かれてもなんでもないよと曖昧な笑顔で誤魔化してくれた。マジでありがとう。感謝。

ちなみに、その日のうちに親父に郵送頼んでたPS2と液晶モニタがエリ坊の部屋に届いたので、早速セッティングしてプレイさせてみた。

ソフトのタイトルはテイルズオブジアビス。とある貴族様の家に生まれたルークという少年が、生まれた意味を知る旅に出るRPGである。

なんでこれかってーと、これしか一緒に郵送されてこなかったから。親父に通信で聞いたら、これ以外はどこにあるか分からなかったそうな。

ところで本当に俺の私物だらけになってきてるエリ坊の部屋。もうマジでこのまま住んでもいい気がしてきた。……日和やすいなー、俺。




























それから三日後のことになる。

あれから毎晩暇を見つけては液晶モニタの前でPS2のコントローラーをカチカチやっているエリ坊を目撃していたので、そろそろ髭男爵が主人公の出生の秘密について明かした頃かなーとか思いながら仕事の関係上あいつより二時間近く遅れて帰宅するとエリ坊が液晶画面の前で泣いてた。

なに、そんなにあの髭達磨の所業が腹に据えかねたっていうか主人公の境遇が可哀想になったんですかとか思いながら泣いてるエリ坊に歩み寄って頭を撫でつつ「どうした」と聞くと、この子いきなり自分の昔の境遇について語りだした。

俺にはなんだかよくわからんのだが、この子誰かのクローンなんだそうだ。

で、昔は研究施設に監禁されて実験対象として辛い生活を送っていたそうで、同じようにお屋敷に七年間監禁のような生活を送っていた主人公相手に、自分よりはマシな境遇であるとはいえ少しだけ感情移入していたそうなんだが、生まれた理由まで同じような感じだったことが明かされたせいで感情移入しすぎて信頼していた人に裏切られた主人公が可哀想で涙が堪えきれなかったそうだ。

俺は、こいつも結構波乱万丈な人生送ってるんだなーとか思いつつとりあえずポケットに入れてあったハンカチで涙でグシャグシャになった顔を拭いてから正面から抱き締めて抱っこしてあやしてみた。

子供扱いしないでよとか頬を膨らませて言ってたけど気にしない。泣いてる子供はこうやって落ち着かせるのが一番だ。

そんなこんなでグダグダやってるうちに、

「……セイゴ、こんな話聞かされたのに驚かないね」

とか言ってきたので、こういう話には結構耐性あるからなーと笑いながら言ってやった。

なにせ親父と和解してからこっち、散々っぱら家でそういう理不尽な境遇で生まれたり生かされたり殺された連中の話を聞かされているのだ。

病院にはそういう人たちが集まりやすい。まして親父は有名な医者だ。そういう相談を受けることも多い。

そしてそのことについての意見を俺に聞くことも少なくなかった。だからこういう話は慣れていた。

大体俺からすれば、そのオリジナルの子のことなんて知らないのだ。だから、俺にとってのエリオ・モンディアルはお前だけで、そっちのエリオとは別もんだろ?

そう説明したら、エリ坊は少し悩むように口を閉じてから聞いてきた。

「ねえ、セイゴ」

「ん、どした」

「セイゴにとって、僕ってどんな存在?」

「んー、かわいい弟分?」

「ホントに?」

「嘘ついてどうすんだよ。つーかなに、もしかしてあんな話聞かされたからって俺が態度変えるとか思ってんの? だとしたら甘いぜ。俺から拒否されたかったら高町でも持ってこいってんだ」

「……なのはさんに言っていい?」

「あ、ちょっと待ってごめんなさい。ホントやめて後が怖いごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「あはは、嘘だよセイゴ」

「……マジで心臓に悪いからやめてくれ」

「セイゴが悪いんじゃないか」

「ですよね」

とかそんな感じでグダグダ喋っていたら、そのうち疲れたのかいつのまにかエリ坊が寝こけてしまったので、苦笑しつつベッドに運んでやる。

エリ坊を寝かしつけてから、フェイトさんに連絡を入れた。

こういうことを聞かされたんですけど、ご存知でしたかって?

返答は、はい。

俺は厳しい表情を浮かべているフェイトさん相手にそうですかと呟いて、

「ま、それでもあいつはかわいい弟分だから、ご安心を」

小さく笑ってそう言って、通話を切った。

それからベッドの上で小さな寝息を立てているエリ坊の頭を撫でて呟いた。

「いろいろあるよなあ、人生ってさ」

エリ坊が小さく頷いた気がしたけど、俺は気にせず頭を撫で続けた。






次の日、エリ坊に呼び出されて待ち合わせ場所に行くと、キャロ嬢やティア嬢、それにスバ公とロングアーチのアルトがいて、そいつら相手にエリ坊が出生の秘密を明かし始めた。

ついでにキャロ嬢も明かしてたけどな。こっちも結構へヴィ。才能を持ちすぎるってのも考えもんだよな。俺も変な部分で同じような経験あるからわかるけど。

そんな感じで、先日の俺の秘密に対するお返しとでも言わんばかりにいろいろと話しを聞かされた、そんな日でした。




























2010年1月7日 投稿

2010年8月29日 改稿

新人四人の休暇まであと一歩。です。



[9553] 第二十六話-桃色発起-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/29 20:12
フェイトさんに取調室に呼び出された。ぶっちゃけもう行きたくない件について。

流石に高町のも含めて三回目ともなると身構えちゃうよねホント。

いやさ、呼び出された要件については大体わかるよ? 多分昨日のエリ坊のあれについてでしょ?

あんな適当で曖昧な俺の今後のエリ坊への接触方針聞かされただけで安心できるほど彼女の頭がお花畑だとはもとより思っていなかったので、きっと後々何かしらのアプローチはあるだろうなーとは思ってたんだが、どうしてまたもや取調室ですかコノヤロー。

確かにあそこなら誰にも聞かれない(八神や高町とか以外)だろうし俺が敬語をどうのこうので気を揉む必要もないしその辺の部屋を適当に占拠してどうのこうのするよりはいいのかもしれないが、どうせあれだろ今回も俺犯人用の椅子に座らされるんでしょ? 分かってんだよ。もう裏は取れてんだよ。先読み自由にしておくれやすなんだよ。

とか思いながら取調室入ったらいきなりそこに座ってと指差された。なぜかピンと伸ばした人差し指が地面を向いてた。

つまり床に正座しろと言われた。

なにが起きたか(ry

冗談はともかくおふざけできるような雰囲気でも表情でもなかったので、多少納得はいかないながらも渋々といった風情で床に正座する。

なんか彼女にしては珍しく怒っているようだった。なぜかは知らんけど。

で、俺としては呼び出された理由も怒ってる理由も文字通り皆目見当もつかなくなっちまったものだから正座だけして延々フェイトさんが喋ってくれるのを待ってたら正座開始から2分ほどして言われた。

「……今朝、エリオの目が泣き腫らしたみたいになっていたんだ」

その、怒りを最大限抑え込んで地べたを這いずるような音程で絞り出された言葉を聞いて、ああこの人俺がエリ坊泣かしたと思ったんですねと一瞬で理解した。

てかあいつが泣いてたって情報だけで俺が犯人一択ってどんだけ視野狭いんだよフェイトさーん。…いや、この人自分の近しい対人関係のこととかになると途端に冷静な判断力が通常の半分以下になるから仕方ないんだろうか。

……もしかしてとは思うんだが、昨日俺があの連絡してからずーっと一晩中悶々悶々悩んでたとか言いませんよねていうかその目の下の隈はただの化粧の研究かなんかした副産物ですよねそうですよねそうだと言ってよバーニィィィッッ!

これはとんでもなく申し訳ないことをした匂いがぷんぷんするぜ。ちゃんと昨晩の通信の時に事情を説明すべきでした。そりゃ壮絶に悩みに悩みぬいた睡眠不足の頭でかわいい保護対象の泣き腫らした顔を見たら平常心も失うよフェイトさんだもの。

いや、確かに泣いた理由は俺の貸したゲームにあるわけだからあながちこの人の推理も間違っちゃいないんだが流石に俺もテイルズやらしただけであんな結果になろうとは予想外だったわけで。と言うか一応、その件に関してももう解決してるんだけどね。

今朝がた、朝起きて出かける前に、なんかお前の過去をほじくり返す形になって申し訳なかったと俺が謝ったら、ううん、気にしなくていいよと言うような感じで昨日のあれについてちょこっと二人で話し合ったのさ。

そもそもこの話題、本来エリ坊的にはもうとっくに吹っ切った過去だったらしいので、クローン云々のことをそこまで気にしていたわけでもなかったらしい。

ただ、自分がもしあの主人公と同様、フェイトさんに裏切られるような状況に陥ったらと思うと、涙が止まらなくなってしまったようだった。

「だけど、フェイトさんがそんなことするわけないよね」

と笑いながら言われて、そうだなとか気の利かない返事しかできなかった俺だったが、ああいう場面で余計なことを言いかねないのが私の舌なので口数少なくして頑張ってた。経験で得た教訓は実践で生かしてこそだよね。余計なことは言いません。

貸したゲームの方も、我侭少年だったルークの今後が気になるようで続けると言っていたし、これはこれで丸く収まったんじゃないかと俺は思うんだが、フェイトさん的にはどうか知らないのでとりあえず今のところまで親切設計で懇切丁寧に説明してあげることにした。

話が進むたびにフェイトさんの表情が青くなっていくのが面白かったりしたけどまあ表には出さずに俺の心の中だけにとどめておくことにした。

で、

「ご、ごごごごめんなさいっ!」

全部説明し終えたらすげぇ勢いで謝ってきたので、まあまあ落ち着いて話し合おうぜと俺が取調官の方の席についてフェイトさんを犯人さんが座る方の椅子へと誘導した。

……計画通り! ってわけでもない。完全に最初の思惑から外れてた。これだから人生って分からないよね。

「まあそんなわけで、俺的には全くエリ坊の事情とか気にしないので特に問題ない。まあ、クローンどうのこうののせいで体に不具合があるとでも言うなら話は別なんだけれども」

「それは、今のところはないけど……」

「ならおーけー。やっぱり問題なし」

俺が胸を張りながら言うと、フェイトさんはふふっと笑ってありがとうと言ってから、なんだか若干悲しそうに言った。

「セイゴは、すごく当たり前にそういう風に言ってくれるんだね」

そのセリフも、さっきの表情も、見ていて奥歯に何かが挟まったような気分になる。……俺の知らない事実でもあるのだろうか。けど、それを教えてもらったとして、何がどうなるわけでもない。だから俺は、それを振り払うように呟いた。

「まあ、知ってるんで」

「え……?」

フェイトさんが小さく頭を揺らして俺を見た。俺は苦笑しながら言った。

「どんな形だろうと、生まれて、それから生きてりゃそれだけでいいんだって、知ってるから」

「!」

フェイトさんが目を瞠った。俺は空笑いする。

結局、エリ坊がどんだけ辛い思いをしていたかなんて俺にはわかりようがない。だけど、あいつはそれでも立ち直って、今ここであんな風に泣いたり笑ったりしてる。なのに俺がそれを気にしながらあいつと付き合う必要なんてないと思った。

あいつの過去に何があろうが、それで俺が態度を変えるのは、今のあいつに失礼だ。

そう。

失礼なんだと、身をもってあの人に教わった。

だから俺は、こういう風に行く。誰にも文句は言わせない。

そこまで考えてからもう一度前を見ると、フェイトさんはまだ固まってポカンとしていた。こんなセリフ一つでここまで驚かれるとか……やっぱ俺の柄じゃねーわな。こういうセリフは。

きっと、あの先輩の方が何倍も似合うと思う。

そんなことを思って苦笑しながら、俺は席を立って退室の旨を告げた。

するとようやくフェイトさんがハッとなって、あ、うんとか言って、それから苦笑してセイゴには敵わないね、なんて言いだした。

それはねーだろと思う。つーか俺の方があなたにかないません。俺みたいな努力継続しないと堕落します型は、執務官試験一発でスルーするような天才型にはいろんな意味であこがれがありますよね。まあ裏ではあなただって俺の想像も及ばないような努力を重ねてきたんだろうけどさ。

とか言ったらフェイトさんが、執務官試験って言えば、入院中のセイゴに面接官の人の役をしてもらったこともあったよねとか言いだしたので、ああとか思いながら思い出す。

確か通信越しのクロノさんに頼まれてそんなことを先輩と二人でやったりもしたっけ。

候補者の人間性を試す云々かんぬんをお題目にした面接の対策を、慣れ合いを生まないために出来る限り接点の少ない、けれど信頼できる人間に請け負ってもらいたかったところに前々から小さな噂程度に聞いていた神童(笑)が任務中に自分の知り合いを庇って入院したという話を聞きつけ、それなら少しお願いを聞いてはもらえないだろうかと頼もうと思ったらしい。

まあ入院も三日目になってくると暇だったので別に構いませんよと二つ返事で了承し、その日のうちに先輩と圧迫試験のマニュアル引っ張り出していろいろ試行錯誤して次の日にのこのこやってきた獲物を相手に本気で試験中の対応における判断について重箱の隅をつつくようなミスを引っ張り出して罵るごとく叱りまくっていたらフェイトさんが涙目になってしまってあとからやってきた高町にしこたま叱られた。

でもさー、執務官試験なんて受けたことないから知らないけど、本番だってあれに類するくらい辛いんじゃないかなーとか思うんだけどそうでもないんだろうか。とか高町の説教を聞き流しながら思いつつ、でもこれで本番でどんな面接官が来ても驚くことは無くなったわけだからいいじゃないかとも思ったけど口にはしなかった。

「でも、クロノさんの方はスパルタな方があなたのためになると思ったのか、退院してからもちょくちょくきみの相手を頼まれたりもしてたっけ」

「……あれは、大変だったな」

苦笑しながら言うと、フェイトさんが遠くを見る目になった。そのまま彼女が回想世界の住人にでもなってしまいそうだったので、心外とばかりに文句を言う。

「いや、最初の一回以外は自重してたでしょ俺。確かにそれなりに厳しかったかなあと思わなくもないけども」

「うん、そうなんだけど……。正直本番の試験官の人が天使に見えたんだ、私」

「そこまで仰るかー……」

まあ確かに、当時の俺とフェイトさんとかこれ以外でほとんど面識なかったから、いくら親友を助けた相手とはいえ辛かったんだよねきっと。

試験官モードの俺とか無表情すぎて先輩にすら怖いと言われていたほどだったので、当時十一歳の子には少々刺激が強すぎたようだ。

「何か答えを言うたびに、無機質な声で『それはなぜですか』って聞かれて……。でも、おかげで今では大抵のことが怖くなくなったんだよ?」

「なぜだろう。あんまり嬉しくないな」

なんて話をしてから取調室を退去した。

俺は部屋を出た後で閉まったドアを振り返って見て、そして一つため息をついた。

「さて、仕事がまだありますね、っと」

呟いて、そして端末を取り出す。

適当に操作していろいろ情報を取り出しているうちに、親父からメールが来ているのに気づいた。

カチカチ操作してメール画面を立ち上げると、そこには数字の羅列が一つ。他は何にも書いてない。

ただまあ、俺にはそれだけで理解できたから、構いやしない。

「ああ。もうそんな時期か……。忙しくて忘れてたな……」

その数字は、日付を示すそれで、その日付は明日のもの。

にしても、いまだに重要な部分について言及できないあたり、あの人も女々しいなあと思った。流石親子と言わざるを得ない。

「しっかし、今から仕事を休むとなると……。仕方ないか。あの人には悪いけど、長期計画でお参りさせていただきましょう」

頭の中でそのことをシミュレートしながら親父への返信を打って文面を送信、ズボンのポケットに端末を突っ込んでその場を後にした。

このあと、仕事中にエリ坊に休憩室に呼び出され、他の奴らとともになんだかいろいろ話を聞かされることになるのだが、それはまた別の話である。










































大体二週間後。

ようやく仕事に一区切りつけてなんとか明日に休みをすべりこませることに成功した俺が、仕事の後日持ち越しを防ぐためにと手元の書類を全て片付けようと躍起になっている時のことだった。

「あ、あの……」

「……ん?」

後ろから呼ばれて振り返ると、そこには緊張した様子の少女が立っていた。握った拳を首のあたりでウロウロさせながらおろおろとしている。

この子から俺に話しかけてくるなんて珍しいな、何か頼みごとだろうかとか思いながら、俺は小さく笑いつつ聞いた。

「どうしたキャロ嬢。何か用かね」

「その……っ」

あまりに緊張が激しいので、苦笑しながら首を傾げた。

「何を遠慮しとるんだ。言うだけならタダだぞ、ただしタダより高い物は無い。……あれ、これダメじゃね?」

そのうえ、なんて感じに冗談なんかも言ってみたんだが全くもって効果なし。笑うどころか余計に混乱してわたわたしだした。

うーむ、なんでこんなに緊張してるんだろうか。

頼む内容がとんでもないから? それとも人に頼みごとをするのに慣れていないのかねーとか思って大丈夫だから言ってみな、ほら深呼吸深呼吸とか言って多少緊張解いてやってからもう一度要件を聞く。

で、

「セイゴさん!」

「はい」

「……っ、わ」

「わ?」

「私と────」

「私と?」



「つきあってください!」



「……え?」

聞き間違えだろうかと思って首を傾げる。

「え?」

キャロ嬢も首を傾げる。

……周囲の喧騒から俺とキャロ嬢だけが隔離されているような錯覚を覚えた。

オフィスの入り口の方から聞こえてくる誰かの「ええええええええっっ!?」と言う声もどこか遠い気がする。…気がするだけですごい近いけどね。

なにはともあれ、これだけは言わせてほしい。



……うん、これねーよ。






























補足して要約すると、

私と『エリオくんのお出かけに、一緒に』つきあってください。

と言おうとしてテンパって焦って括弧内の重要な部分をすっ飛ばしてしまったらしい。

なんか知らんが、訓練教程に一段落ついたので、こいつらも明日一日休みになったものだからたまには俺と友好でも深めようとかわいいことを思ってくれたそうな。

それに関してはうれしいことではあるし、さっきのことだってまああの程度、通常なら笑い飛ばして、はい、いい思い出に、ってするところなんだが、いかんせん今回は状況が悪かった。

なにせ『平日の昼間に』『六課のオフィスで』『キャロ嬢が俺に』『大声で愛の告白』である。

TPOの全てを掛け合わせて最悪だったと言わざるを得ない。

あの時の阿鼻叫喚の地獄絵図を、俺は以降の生涯忘れることは無いだろう。

そう、たまたまオフィスに用事があってキャロ嬢の告白(笑)と同時に入室してきたフェイトさんに四度目の取り調べ室まで連行されたのは言うまでもないが、他の新人どもや高町なんかにまで尋問を受けたのはなんででしょうね。

到底納得がいかん。

しかも俺は何もしていません無実ですって言っても信じてくれねーってどうよ。

いや気持ちは分かるけど信じようよ。俺普段、こういう真面目なお話のときには冗談ほとんど言わないじゃん!

ああ、少しでも言っていたのが悪いんですねわかります。

まあいろいろあったけど別にいいけどね、出かけるくらい。

まあ出来れば俺も断りたいんだけど、珍しくキャロ嬢が俺にお願いしてきたんだから、聞いてやるのが大人の役目でしょう。

ただし俺もやりたいことがあって休暇とったので、そっちを優先させてくれるならという条件付きで。

そんなこんなで、俺の明日の道程に、さらに二人のお供が追加された瞬間だった。



……ちなみにこの日から、俺ロリコン説が六課の中で浮上することになる。

……鬱だ。






























介入結果その十八 キャロ・ル・ルシエの思考道程





最近、セイゴさんとエリオくんの仲が異様にいい。

以前から仲のいい兄弟に少しなりかかっているような雰囲気があったところもあったのだけど、『あの事』があったときくらいからそれまでにいっそう輪をかけて二人の距離感が近いように思った。

具体的に言うと、エリオくんがあまり遠慮せずにセイゴさんに甘えているようだった。

セイゴさんはそんなエリオくんを相手に、あんまり俺ばっか相手してないで、たまにはフェイトさんの相手もしてあげてくれ。俺ばっか構ってるってかなり愚痴られてるから。なんてフェイトさんがするはずもないような冗談を言いながら、苦笑いを浮かべていたりもした。

あまり他人に甘えることをしないエリオくんがそういう風になったことに少しだけ驚いたけど、それ以上になんだか嬉しかった。

だけど、それと同じくらい、どこか寂しかった。

二人が仲良くしているのを見るたびに、私だけおいてけぼりにされているような、どこかに取り残されているような、心に空洞が空いたみたいな気持ちになった。

だけど、どうすればいいのか分からなくて、エリオくんと仲のいいセイゴさんを、セイゴさんと仲のいいエリオくんを、それぞれ羨んでいるだけの自分を持て余していた。

そんなある日の夕方、教導が一段落ついて、今まで大変だっただろうからって、なのはさんたちが私たちに一日休暇をくれた。

だから、明日はどんな風に過ごそうかなって少しだけわくわくしていたら、周りのみんなにエリオくんと出かけてきたらどうかと勧められた。

私には断る理由なんて無くって、エリオくんもいいよって頷いてくれて、その時唐突に思いついた。

セイゴさんも誘って、三人で出かけたら、もっと二人と仲良くなれるんじゃないかって。

今朝の朝練の時に、明日はセイゴさんも休みを取ったって言っていた気がするし、一応一緒にお出かけできないか聞いてみようと思った。

そう思って、私は早速セイゴさんに話をしに行った。

……そうしたら、私のせいでセイゴさんを困らせることになっちゃった。

後でそのことについて謝ったとき、

「キャロ嬢はもう少し他人と話す練習しような」

と疲れ切った表情で苦笑気味に言われて、

「じゃ、じゃあセイゴさん。手伝ってください!」

とお願いしたら、ああ、うんと頷いてくれたので、これからはもっと積極的にセイゴさんと話をしようと思います。



私、頑張ります!




























2010年1月10日 投稿

2010年8月29日 改稿

次回、3人で御出掛け…ですかね



[9553] 第二十七話-父子の顛末-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/29 20:19
朝。とはいっても時間的にはまだ早朝に類する時間帯で、俺はそんな時間帯であるにもかかわらず少年と少女が立っている場所から少し離れた隊舎の正面玄関のところでタバコをふかしていた。

理由は簡単。人を待っているからである。

ところでここで一つ小話。俺がタバコを吸うときの心理状態ってやつは、大きく分けて二分される。

一つは心底退屈なとき。まあ仕事の関係上こうなる日ってのはそう多くないのだが。

二つ目は別の使い道。イラっとしたときとかそわそわしてる時なんかである。

まあ別に、俺にとってのタバコってのはただの時間つぶしの趣味って部分が多いからそこまで大量摂取はしないので細かいことはどうでもいいんだけども。

問題なのはなぜ早朝の朝っぱらから子供二人がいる前で眉根を寄せて煙草をスパスパやっているのかである。ちなみに一応言っておくと、エリ坊とキャロ嬢の位置からは風下なので大丈夫。その辺抜かりはない。

さて話を戻そう。俺がこんなところでタバコを吸ってる理由、それはさっきの二つの症例にあてはめるなら後者に属する理由によるもので、要するに今ここで俺が到着を待っている人物に会うのに若干緊張と言うか拒絶反応と言うか……まあ別に悪い意味が込められているわけではないのだがなーとか思ってるとようやくというかなんというか、一台の車がこちらへやってきて俺たちの近くに停車し、運転席のドアが開いてそこから一人の男性がおりてきた。

俺は携帯灰皿にタバコの吸い殻をねじ込んでからその人物に手を振り、久しぶりだな、親父と声をかける。

親父はそんな俺を見て、ああとだけ言いながらこちらに歩み寄ってきた。

ピンと伸びた背筋。身長は俺より少し低いくらいで、オールバックにした金髪にはいくらか白髪が入り混じる。この人も結構歳とったなとか思いながら、俺はこちらへ寄ってきた二人組を指差しつつ言った。

「紹介しとくぞ。こっちがエリ坊、こっちがキャロ嬢。今日は奇特なことに俺たちの道程に是非とも御供願いたいという二人組だ」

まあ本来の目的はそのあとの息抜き的なもので、こっちの用事はこの子たちにとってはついででしかないのだけども。つーか時間の問題的にやむなく連れて行く感じになっちまったけど、本当にいいのかなあと思ったりもする。二人はいいとか言ってたけど、あんまし大人数で行くようなとこでもねえしなあとか口には出さず思ってると親父が難しそうな表情してた。何かと思って聞いてみる。

「エリボウ……。……ふむ、まるで猪のように猛々しい名前だな。人間関係においてはさぞかし無鉄砲に相手の懐に突っ込んでいくのだろう」

聞いたことを後悔した。俺は頭痛がして頭を押さえた。

いや、ちゃんと紹介しなかった俺が悪いんですけどね。しかし誰が予想出来ようか。あれを本名だと思うなど。

「ち、違いますよ! エリ坊っていうのはあだ名で……本名はエリオ・モンディアルですっ!」

「ああ、そうなのか。これは申し訳ない。……となると、そちらのお嬢さんの名前も、キャロ・ジョーではないと?」

「ええっ!?」

今度はキャロ嬢の番だった。驚くのも無理もないね。

つかどこの「燃え尽きたぜ、真っ白にな」だ、それは。なに、なんなの? 全力を出した後この綺麗な桃色の髪が真っ白に脱色されるの? 目指すは驚きの白さなの?

そんなこんなで、ジョー! 立つんだジョー!とか思ってるうちにキャロ嬢の方もきちんと自己紹介を終え、親父も普通に自己紹介をして、二人の前に立ち膝になって視線を合わせ、よろしくと握手していた。

ここ数年で、この人も随分こういう気配りができるようになったよなあと思いつつこんなところで立ち話も難なのでさっさと車に乗り込むことにした。ちなみにここからの運転手は俺。朝早くからわざわざ運転してきてもらったのだ、運転交代くらいしないと申し訳が立たん。

と言うわけで運転席の方に回り込んで車に乗り込む寸前、親父がさっさと助手席に乗り込んだのを確認して、俺は後部座席に乗り込もうとしている二人を呼び止めて耳元で呟いた。

「すまんな。この人なんか結構ずれてるんだよ。許してやってくれ」

「……ううんいいよ。流石はセイゴのお父さんだなって思った」

「あ、私もです」

「なん……だと……?」

「聞いたか誠吾。これは随分と光栄なことだな」

おい、聞こえてたのかよ。盗み聞き? 盗み聞きなの、ねえ!?

助手席から乗り込んだくせに運転席から顔をのぞかせつつそんなことを言っている親父。あまりにも茶目っ気が過ぎるでしょう?

とりあえず俺は反論するのも面倒だったので適当に頷いた。

「ああ、うん、そうですね……」

「なんだ、どうした誠吾。歯切れが悪いぞ」

「……気にしないでくれ。なんでもない」

どうせなに言っても無駄である。あれ以来この親父、俺に対してファンキーになりすぎだと思う。……いや、母さんの手紙によるとこっちが素か。俺が知らなかっただけで。

「……とにかく、さっさと行こう。時間がもったいない」

「そうだな。では頼むぞ、誠吾」

「はいはい、了解ですよ」

そんなやり取りをしつつ、俺たちを見て楽しそうに笑っていたエリ坊たちを後部座席に押し込んで、俺たちはちょっとしたドライブへと出かけることになったとさ。






























親同伴。

という状況でこなす何かってやつは、自分が幾つになったところで気恥かしいものがあるというかむしろ歳を重ねるごとになんだかいやーな空気を纏っていくあれだよな。

と言うのが我が友人であるとある一人の男の言葉である。

しかしこの言葉の真意、実は俺にはよくわからん。

数年ほど前に友人たちが酒の席にてそんな議題で小一時間熱論を戦わせていたのを傍から見たことがある身であるのは間違いない。

しかし親同伴なんて行事自体をほぼ経験していない俺はあの席で周りの連中から羨ましい羨ましい恨めしいとか何とか這いずるような声音で呟かれながらにじり寄られて恐怖した思い出しかなく、それ以降もあの親父と連れ立ってどこかへ出かける機会と言うものの大抵が二人きりであるか、あるいは親子二人で参加しなければならない世間への対応的な何かくらいしか覚えがなく、あいつらは何をあんなに昼飯時に嬉々として弁当箱を開けたら中に生のウナギだけが丸々一匹入っていたような表情を浮かべながら、酒の席であるにもかかわらずネガティブなテンションで、なのにあんなに熱心に語り合ってたのかが理解できていなかった。

そう、理解できてはいなかったのだ。……ついさっきまでは。

俺は目の前の信号が変わったのを確認すると、適当にアクセルとクラッチを操作して発進した。それから右手でハンドルを固定したままクラッチを踏みこんでギアを適当にトップへと誘導する。

きっとまだ時間的に明け方だからなんだろうが、俺の運転するこの車以外の車両はたまにすれ違う対向車線のトラックくらいのもので、あまりの開放感に少しでも気を抜くとアクセルの踏みこみすぎでいつのまにかスピードがどっかの豆腐屋の息子に喧嘩を売りかねない感じになりそうだったのでそこだけは注意しつつ快適なドライブを……

「それで誠吾。お前は一体いつの間に私に内緒で子供など作ったんだ」

……決め込もうとしたところで、朝早くに一応訓練メニューこなしてから出かけたせいでまだ少々眠かったのか後ろの座席で仲良く眠っている二人を起こさないような声量で全く悪びれもせずに聞いてくる助手席に鎮座しているこのアホを誰かどうにかしてくれ……。

もしかしたら本人はとびきりのジョークでも口走っているつもりなのかもしれないが現実は非常である。はっきり言ってそろそろボディにブローでもくれてやろうかというくらいさっきから延々延々と俺が返答に窮するような質問ばかり重ねてくるこのクソ親父をそろそろ眠らせてもいいよね。許されますよね母さん!?

……とか心の中で絶叫しながら、安全な運転を後部座席の二人へと提供するためだけに怒気を抑え込み、俺はハアとため息を吐くのだった。

……今更わかったよ、みんな。

自分と親との間に発生しているこのジェネレーションギャップっつーか温度の差。普通に知り合いに聞かれたくないわ。

て言うか今は二人とも寝てるからいいけどこの後のことを思うと運転中にも関わらず頭を抱えたくなりますよね。

「ところで誠吾、冗談はさて置いてなのだがな」

冗談と自己で認識していたあたりに悪意を感じた。いや、認識してないならないでそれは問題だけどな。

「……んだよ。もし次に死ぬ程寒い言葉をその口からはき散らしたなら、俺は躊躇することなく助手席のドアを中央分離帯に直撃させる準備があるぞ」

「どうやって」

「サイドブレーキ上げてハンドル切ってドリフトをかます」

「そうか。だが安心しろ。残念ながら真剣な話だ」

「そうかよ。……で、なに?」

聞き返しながらバックミラーでエリ坊たちの様子を確認すると、エリ坊の肩にキャロ嬢が寄りかかって寝入っていた。あれシートベルトつけてなかったらもっと倒れ込んで膝枕になりそうだなとか苦笑して、兄妹のごとく仲よさげに眠る二人から視線を外して前を見たところで親父が口を開いた。

「先ほど私は、この二人と自己紹介をし合っただろう?」

「ああ、そうだな。で、それが?」

「実はこの二人の名前、数年前に聞いたことがあるのだ。時期はそれぞれ違っていたがな」

そこまで言われて、ああと思った。きっと保護されてからのどこかのタイミングで病院に連れて行かれた時の情報が、親父の耳にも入ったのだろう。

エリ坊はクローン的なあれで、キャロ嬢はなんかすげえ竜を呼び出したのが理由で里を追い出されたとか何とか言ってたような。

「そこでいろいろと良くない噂を聞きかじった。もともと私の管轄外での出来事がたまたま耳に入った程度の情報だったから詳しく知っているわけではないのだが……」

「ふうん。で?」

「お前は知っているのか? この子たちが過去、どういう扱いを受けてきたのかを」

「うん。知ってる」

「そうか。ならいい」

あまりにもあっさりと話を打ち切られ、拍子抜けしてちらりと親父の方を見ると、なんか満足そうに小さく笑ってやがった。

ああ、なるほど。

「相変わらず言葉が足りないな、親父」

「……そうだな。自分でもそう思うよ」

「最初からそう聞けばいいだろ。この子たちとはうまくやれてるのかって」

本当に、昔から一言少ないのだ、この人は。だから俺があんなに馬鹿になるんだ。

「そうだな。すまない。……だが、これも性分でな。一朝一夕には是正出来ん」

「だろうな」

もし出来ていたら、俺はもっと素直でまともな性格に……やべ、想像できない。

ま、いいか。これでも自分の性格、それなりに気に入っているしな。






























side:なのは





それは、せーくんが目を覚ました日の夕方のことだった。

あの事件からはもう既に三日近くが経過し、せーくんが目を覚ましてからは4時間ほど経っている。

せーくん一人に割り当てられたこの個室には、私とせーくん以外は誰もいない。ロロナさんとヴィータちゃんは隊への報告に戻ってしまったし、ついさっきまではめまぐるしく室内を駆け回っていた看護士さんたちも、せーくんの精密検査が終わったと同時に他の仕事に戻ってしまった。

だけど私は、せーくんの傍を離れる気にはなれなくて、けれどせーくんのベッドの脇で椅子に座っているだけでは手持無沙汰で。

だから、せーくんが精密検査を受けている時にお見舞いにやってきた部隊長さんが持ってきたフルーツセットの中に入っていたリンゴをむいて、

「……あ、あーん」

「…………」

それをフォークで刺してせーくんに食べてもらおうと思ったのだけど、せーくんは物凄く眉根を寄せて目を半目にして私を見るだけで、口をあけてくれようとはしない。

「……えっと、リンゴは嫌い?」

「……いえ、どちらかと言えば好きです。特にアップルパイ用に甘く煮つめたのなんかは」

「あ、フィリングのことだね」

「……フィリング? そういう名前なんですか?」

「うん。私のお父さんとお母さん、喫茶店をやってるから、そう言うのは詳しいんだ、私」

「……へえ、喫茶店の娘ですか」

「うん。……えっと、あーん」

「…………」

「……うぅ、どうして食べてくれないの?」

私が弱りながらそう言うと、せーくんはすごく深いため息をついてから、私の手からフォークとお皿を奪い取って、シャクシャクとリンゴを食べ始めた。

「……もしかして、恥ずかしかったの?」

「……そうですよ。怪我人とはいえこの歳にもなって年下相手からいちいち食べ物を口に運ばれるのなんて、私にとってみればただの拷問ですのでね。……と言うか、よくもまあ遠慮なくこういうことが出来ますね」

「……だって、せーくんが言ってくれたんだよ? 『気にしてませんから、だから私と接するたびに今回のことをいちいち思い出して余計な遠慮をして、面倒な気苦労かけないでくださいね』って」

「確かにさっきそんなことを言った気もしますけど、それとこれとは話が別でしょうに……」

「……やっぱり私、もっとせーくんと距離を置いた方がいいかな?」

「それはやめてください」

あまりにもきっぱりと即答で言いきられて、私は目を丸くした。

「そんなことをされて、また嫌な気分を忘れるために無茶な訓練されて、なのに任務中は上の空で、その上どこかで怪我をされたら、私があなたを庇った意味がなくなってしまうでしょう」

「う……。ごめんなさい……」

「分かっているのなら、もう少しそういう自分の性格を把握していないような発言を控えてください。余計に疲れますから……」

「……はい」

私がしゅんとすると、せーくんはそれを見てまた溜め息をついてから、リンゴを齧り始めた。

それからしばらく、室内に響くのはせーくんがリンゴを咀嚼するしゃくしゃくという音だけ。

そのうちたちまち彼はリンゴを平らげて、お皿の上にフォークを載せてそれを私の方に差し出してきた。

「……ごちそうさまでした」

「……え、あ、うん! お粗末さまでした!」

私が嬉しくてそう言うと、せーくんは目を丸くしてからまた溜め息を吐いた。……うぅ、どうすれば笑ってくれるのかな……。

と言うような悩みを抱えながらお皿を片付けてもう一度椅子に座りなおしたところで、病室のドアが開かれた。

ロロナさんたちが戻ってきたのかと思ってそちらを見ると、そこに立っていたのは見知らぬ……だけど、誰かに似ている男の人だった。

私の知らない人だから、せーくんの知り合いかなと思って彼の方を見ると、せーくんは目を見開いて固まっていた。

そんな彼の口元だけが動いて、絞り出すように掠れた声を出す。

「……親、父……?」

「え……?」

お父さん? せーくんの? と思ってもう一度ドアのところに立っているその人を見ると……確かにどことなく、せーくんと似ていると思う部分がいっぱいあった。

男の人は「失礼する」と低くて大人っぽい声で言うと、そのまま部屋の中に入ってきた。

私はあわてて立ち上がると、その人に向けて頭を下げた。

「こ、こんにちは! せーくんのお友達の、高町なのはですっ!」

「……ああ、これはどうもご丁寧に。ジェッソ・プレマシー、この子の父親です」

私があいさつすると、ジェッソさんも一緒に頭を下げた。……だけど、それだけ。

ジェッソさんはそれだけで私に対する興味を失ったように視線をそらして、それからせーくんの方を見た。

そして、悲しそうな眼をしながら、口を開いた。

「……誠吾。話があるのだが、今は大丈夫か?」

「……ええ。構いませんよ」

「え……」

親子なのに、敬語? そう思って自然と、口から疑問の声がこぼれていた。

それを聞きとってまた私がいることに気付いたのか、ジェッソさんが私の方を見る。

その目が暗に、すまないが席をはずしてくれと言っているように見えて、私はあわてて、

「あ、私邪魔だよね。今出ていくから……」

そう言ってせーくんの傍を離れようとしたとき、肩に手が掛けられた。

驚いて振り返ると、せーくんが気まずそうな顔をしながら困っているような口調で言った。

「……すみません。迷惑だとは思います。ですが、ここにいてもらえませんか?」

「え、でも……」

「お願いします」

そう言って、せーくんが頭を下げた。私はびっくりした。

せーくんがこんなにもあっさりと頭を下げたこともそうだけど、なんだかその姿がいつもの彼より全然頼りなくって。けど、それがなぜだかわからない。

だからどうしていいかわからなくて、私はジェッソさんの方を見た。

するとジェッソさんは、「……別に私は構わないから、好きにするといい」と言ってから、私とは反対側の椅子に座ってしまう。

仕方ないので私ももう一度椅子に座ったところで、ジェッソさんはベッドの上のせーくんに語りかけた。

「誠吾。無茶をしたな」

「……ええ、そうですね」

「担当の先生から話は聞いた。今回は大事無いそうでよかった。一週間で退院できるそうだな」

「……ええ、まあ」

「……だから、早速で悪いが、本題だ」

「……相変わらず、口数が少ないですね、あなたは」

せーくんが目を伏せながら、からかっているような、なのに泣きそうな声で言った。

けどジェッソさんは、それを無視して言う。

「……誠吾、私にはもうこれ以上、お前が傷ついていくことを見過ごすことはできん。管理局を辞めるんだ。大丈夫だ、お前なら別の仕事に就いてもすぐになんとでもなるだろう」

「────なん…っ!?」

その言葉に、せーくんは目を大きく見開いた。そして顔をくしゃくしゃにゆがめてから、俯いた。肩が小さく震えて、その姿は傍目に見ると泣いているようにも見える。……けど、それはありえなかった。

なぜなら、

「────……ぇょ」

「────なに?」




「────うるっせえんだよおぉっっ!」





私も、そしてジェッソさんも、目を見開いた。

今までどんな時でも、絶対に敬語を使うことだけはやめようとしなかったせーくんが、感情を剥き出しにして叫んだ。

「なんなんだよ、あんた。なんでっ、なんであんたはそうなんだよぉっ!」

「────…誠吾」

「なんで……っ! なんでいつもは俺に見向きもしないくせに、こんな時に限ってそうやって正論振りかざして父親面するんだっ!?」

「────…!」

「もうやめてくれよ……。もう、期待させないでくれよ……! 俺に、諦めさせてくれよ……っぅ」

ジェッソさんの顔が、見る見るうちに蒼白になっていった。けど、私はせーくんを止めることも出来ず、ただ立ち竦んでいた。だって、せーくんと出会ってから初めて、彼の『本当』を見た気がしたから。だから、今せーくんを止めちゃいけないんだと思った。

せーくんは全てを拒絶するように叫び続ける。

「大体、あんな生活を強制しなきゃ俺の面倒を見れないってんなら、俺は自分にとって重荷だって初めからそう言って放りだせばよかっただろうが!」

「……違う、私はそんなつもりでお前に医療の道を勧めていたわけでは────…」

「何が違えってんだよ! ……分かってたんだよ。俺はあんたにとって、母さんの忘れ形見でしかないってことくらい。…だからあんたは、俺にあんなに無関心だったんじゃないのか……」

「……言い訳にしかならんだろうが、私はただお前に幸せに生きて欲しかっただけだ。……私はすべてにおいてダメな人間だったが、医学のことなら助言ができる。お前が医療の道へ進んでくれれば、お前の生きる手助けをできると思ったのだ」

「その結果がクソガキだった俺をあの診察室に詰めさせて、医学書の山に埋もれさせることだったってのか? ……ふざけるなよ……」

「……そうだな、その通りだ。すまない。……だが私にはもう、医学しかなかったのだ」

「────っ」

せーくんが息を呑んで目を見開いた。見開いたその瞳には────



「────そっか、そうだよな。母さんをあんたから奪ったのは、俺だもんな」



涙が、溢れていた。

ジェッソさんはそれを見て、驚愕していた。

震えるように喉を鳴らし、声を絞り出す。

「お、前……そんな風に思っていたのか?」

「だって、そうだろうが。体弱いくせに俺なんか産んで、そんで、そんで……っ」

ジェッソさんは茫然とした表情で、なぜそれを……と呟く。それから、ハッとした。

「────そうか、手紙かっ! くっ────もういい、やめろ誠吾、私は……」

「いいよ親父。無理すんなよ。あの手紙に全部書いてあったからわかる。母さんはあんたのことを理解して、あんたは母さんのことを理解して、そして愛し合ってた。それを邪魔したのは俺だ。だから、だから俺なんて────…っ」




────ウマレテコナケレバ、ヨカッタノニ────




……っ────! 違う、違うっ!



「────もう、やめてっ!」



気がついたら、私は叫んでいた。

二人が驚いてこちらを見る。

「もう、やめてください。自分を責めないで…っ、せーくん……! 私、私は……っ」

さっきのせーくんの言葉は、小さい、けれど明確な拒絶だった。

それはどうしようもなく暗い感情で、だけど私は共感してしまっていた。

だから、気付いてしまった。

たとえ向かうベクトルが違くても、その気持ちは、その暗い感情は、私の心にもあるものだということに。

だから私は、否定したかった。

そんなことは無いんだって。

何も持っていなくたって、迷惑をかけたって、たとえ悪い子だったって、それでも、それでも彼は────私は────ここに居ていいんだって、嫌いになったり、しないんだって、そう、言って欲しかった。

彼のためなんかじゃない。

私自身の、保心のために。

ジェッソさんは、私の方からせーくんの方へ向き直ると、厳しい表情を浮かべて口を開いた。

「誠吾、先に言っておく。私の頭は正常だ」

「────は?」

「────ふん……っ!」

ジェッソさんがいきなり地面に膝をついて頭を床に思い切り打ちつけた。せーくんは目を見開いて驚き、「はあっ!?」と目を見開きながら唖然としていた。

あまりにいきなりな展開に、私も声が出ない。

そうしているうちに、打ちつけた頭をそのまま地面に擦りつけたままでいたジェッソさんが口を開いた。

「すまなかった、誠吾」

「……あんた、医者のくせに人体の急所を大事にしないとか、ありえなくねえか?」

「問題ない。怪我なら後でいくらでも治せる。私の知り合いに優秀な医者が多いのは知っているだろう?」

「……ああ、嫌ってほどな」

泣きそうな顔で、せーくんが言った。

「だが、体の傷はいつでも修復できようとも、お前との絆を修復するのは、今この場をおいてほかにない」

「親父……」

「私の心は、今体を張って示した通りだ。今まで済まなかった。私は、お前と心を通わす努力すらしなかった癖に、お前は私のことをいつか必ず理解してくれると勝手なことを思っていたのだ」

「……」

「だが、結局はこの通りだ。お前を追い詰められる必要のないものに追い詰めさせ、今ここでその口からあんな言葉まで吐かせてしまった。それを止めることの出来なかった私は……ただの馬鹿だ」

「……っ」

「こんな様では私の顔など見たくもないだろうが……。私は、今からでもやり直せるものならやりなおしたいと思っている。だから────」

だからそのために、私は何をすればいい?

そう言ってジェッソさんは、喋るのをやめた。

部屋の中が沈黙で満たされる。

誰も言葉を発さず、誰も物音を立てない。

響く音は時計が時間を刻む音くらいだった。

せーくんは、秒針が10回ほど音を刻んだのと同時に口を開いて、

「じゃあ、喧嘩しようぜ」

そんなことを、いつも私や他の同僚の人に向けるのとは違う、軽快で何一つ気負った様子の無い口調で口にした。

私がそれを聞いて目を丸くしてぽかんとしていると、

「……そうか、それもありか」

ジェッソさんは苦笑しながら立ち上がり、凄い勢いで床にぶつけたせいか、割れた額から頬に流れる血を舌でぺろりと舐めとりながら、

「言っておくが、私は強いぞ?」

凄絶な笑みを、浮かべた。

せーくんはジェッソさんの様子に満足したよう笑いながらに頷くと、ベッドから降りて両手の指を鳴らし始めた。

……うぅ、いつも思うけど、あれって痛くないのかな……。

「なあ、親父。考えてみたらさ、俺たちが喧嘩するのって初めてじゃないか?」

「……そうだな。恥ずかしい限りだ。私がガキだった頃は、あれほど気に入らないことがあれば喧嘩して白黒つけていたというのに、成人してから大人の汚さを身につけてそんなことも忘れていたようだ。私がどれほどお前に腫れ物に触るかのような態度で接してきたのかがありありとわかる。だがこんな腐れた関係も……」

ジェッソさんも両の拳の指をバキバキと鳴らし、

「────今日で終わりにしなければな」

不敵に笑う。

「さて、ちょうど良く管理局期待のエースという名のレフェリーもいることだし、時間無制限一本勝負と行こうか、親父殿」

「え、ちょ、ちょっと……」

そんな役、押し付けられても困るよっ!と言う間もなく、二人はお互いの服の胸のあたりの布を掴んで捻りあげた。

「いいだろう、来い。貴様に私がこの十年間、どれほどお前のことを考えて生きてきたかを教えてやる」

「あ、あの、ちょっと待って……」

「反吐が出らァ。俺の方こそ、今までどれだけ寂しい思いをしてたか教えてやる」

「え、え、えぇぇぇ!?」

『────行くぞっ!』

「う、うわぁぁん! やめてくださぁぁいっ!」

このあと、私が押したナースコールに呼ばれて駆けつけてきた病院のスタッフさんと一緒に、罵り合いながら殴りあう二人を必死で止め、そのあときっちりせーくんと『お話』をすることになるのだけど、それはまた別のお話。





side:なのは────out






























始まりがどこだったかなんて、もう覚えちゃいない。

だからあの人が医学書を俺に与えるだけで、まともに話もしたことがなかったことに気付いたのは、一体いつのことだったかもわからない。

母さんが死んで、もとから仕事が忙しくて俺に構ってくれてなんかいなかったあの人が、俺を一人にしないようにと自分の仕事場に連れてきてくれた時には素直に嬉しかった。

そして、他人に預けるという選択肢を捨ててまでそれだけのことをしてくれるのだから、俺のことを大事に思ってくれているのだと思っていた。

けど、それなら親父がなぜ俺から距離をとっているのかがわからなくて。

そんなとき、親父からあの手紙を渡された。

母さんには、俺がキチンとものを考えられるようになったら渡してほしいと言われていたそうだ。

その手紙には、俺の知らないパズルのピースが、いくつも隠れていた。

当時二十二歳だった母さんが次元漂流者としてミッドチルダで保護され、その治療を親父が担当したこと。

元から体が弱かったこともあり、次元漂流の影響で体調を完全に崩してしまった母さんの退院は、容易ではなかったこと。

その長い入院の間に、二人に恋心が芽生えたこと。

それからいろいろあって、母さんがミッドチルダに住むことになったこと。

────そして……




俺を身籠った母さんが、出産の過程で自分の体がどうなるかすら省みずに俺を生もうとしたこと。




それから、俺を生むまでにボロボロになった体で、四年近くも俺の面倒を見てくれていたこと。

そこまで読んで、俺は耐え切れずに手紙を読むのをやめた。

あの手紙を読んで、それから数限りない様々なことを考えて、結局俺がたどり着いたのは、俺が生まれたせいで、親父と母さんが不幸になってしまったんだという想像だった。

親父が俺を気にかけるのは、俺が母さんの忘れ形見だったからだ。

あの人は、母さんのために俺を必死で育てようとして、けれど母さんが死んだ原因である俺を育てることに苦しんでいた。

それがこんな、中途半端な対応を生んでいるのだと思った。

だから俺は、あの人から母さんを奪っておいて、その上これ以上迷惑を掛けることはできなかった。

そう思ったから、あの人が俺のことを心配しなくてもいいくらいに、偉くなろうと考えた。

そうすれば、母さんのために俺を立派に育てるという建前も無くなって、少しは楽にしてあげられる。

今更気付いたことではあったが、どうせ今だって、まともに話した記憶なんてない。

だから今なら、俺も諦められる。親父と友好な関係を築くことを。

親父に、俺を憎むことだけを考えさせることができる。

……認められなくとも構いはしなかったし、認められるとも思ってはいなかった。

けれど俺には、あの時それ以外の道を選ぶだけの余裕なんて、もう無くなっていた。



どれだけ言い訳を重ねても、俺のせいで母さんが死んだのは、紛れもない事実だと思っていたから。



本当は、俺も親父も、そんなことを望んでなんていなかったのに。






























久しぶりの通信画面越しでない対面であったのと、怪我をしたばかりで多少精神的に不安定だったとはいえ、あんな風に取り乱すなど流石に自分でも予想外で。

だけどあれは、今まで散々ため込んできたものだ。それが爆発したのが、たまたまあのタイミングだったのだと思えばそれまでで、まあそんな場面に居合わせた上に俺にとっても親父にとっても抑止力になるだろうと思ってその場に残ってもらった高町には申し訳なかったが、気の済むまで普段の鬱憤を吐き散らしてすっきりしている自分がいるのも確かだった。

……とはいえ、今思えば、なんとも恥ずかしいことを叫びあっていた気がする。

具体的には、

あいつが死んだのは私の力不足のせいであってお前は関係ないんだ調子に乗るなよ悲劇の主人公気取りかこの馬鹿息子!
んなこと言ったって俺が生まれなきゃ何の問題もなく幸せな夫婦やってられただろうがクソ親父!……あれ、よくよく考えてみればそもそも俺が生まれたのって親父のせいか? 親父が欲望に身を任せてやらかしたせいか? おいジジイてめーなんで体が弱いの知っててやらかした、自重と我慢て言葉を知らんのかボケェ!
あいつとの愛の形が、証が、子供が欲しかったんだよ!
てめー一時の感情に身ィ任せてんじゃねーよ医者なら冷静に動けぇっ!
確かにそうかもしれんが私もあいつも後悔など微塵もしとらんぞおっ!
てめーはともかく母さんはわからねーだろうがぁっ!
わかるさ! あの時あいつは生まれたばかりのお前を見て笑って言ったんだ!「かわいい子、産んでよかった」となあっ!
────!
その後だってあいつは死の間際までお前を大事に育てていたんだ! だから、あいつがあれほど愛したお前が、引け目を感じることなど一つもないんだ!
────だけどあんたは辛そうに俺を育ててただろうが!
確かにそうだ。だが、それは私の未熟さゆえだ。私の力不足で彼女を救えなかったことをいつまでもくよくよ悩んでいたから、お前に合わせる顔もかける言葉もなかったんだよ!

とか罵り合ってるうちにナースコールで駆けつけた病院のスタッフさんと高町に取り押さえられ、父さんはスタッフさんたちに連行された。

俺はそのまま高町に床に正座させられ、説教されていた。

思えば、二人とも相手に嫌われるのが怖くて本音ぶつけあえてなかったとか笑い話にもならん。

男二人して女々しすぎる。

「もう、聞いてるのせーくん!」

「……ええ、聞いていますよ高町さん。それはともかくそろそろ正座を崩してもかまいませんか。これでも一応怪我人だというのに、裸足でリノリウムの床に座らせるとか存外あなた鬼畜ですね」

「~~~っ! もう、もうっ! 全然聞いてないじゃない!」

ぴーちくぱーちくと喚きながらポカポカと俺の頭を叩いてくる高町。痛くはないが結構さっき親父に殴られた頬の傷に響く。

「わかった。わかりましたから冷静に話をしましょう。ね?」

俺は高町の両手を掴んで攻撃をやめさせ、とりあえず真剣に話をすることにした。

確かに俺のことを心配して見舞いに来てくれているこいつの前であんな喧嘩をしたのはまずかった。

「……にしても、人間の記憶なんて本当、適当なものですよね」

「え?」

「物心つくかつかないかくらいの時の記憶とはいえ、今更になって思い出しましたよ。私の夢が妙に現実くさかった理由。……確か、親父と母さんに楽な生活をさせてやりたかったんでした。昔から父さんは鬼のように仕事をしてましたからね。私がしっかりすれば、そんな無理をさせることもないだろうと思ったんでしょう」

殴られてる途中に思い出しました、壊れかけのテレビみたいですね、私。と苦笑しながら言うと、エースさんは複雑そうな表情を浮かべた。

それからしばらく、沈黙が続く。

一分、二分、三分とそんな状況が続いて、正座している俺の足が血液不足でビリビリし始めたころだった。

「……ねえ」

「はい。なんでしょうか」

「……親子喧嘩って、さ」

「ん?」

「どんな、感じなの?」

「は?」

俺はポカンと口を開いた。今この子、なんて言った?

「あの、あなたもしかして……」

「……うん。小さい頃のことは覚えてないけど、大きくなってからはお母さんとも、お父さんとも、喧嘩ってしたことないの。ましてさっきみたいな取っ組み合いなんて……」

衝撃の真実。管理局のエース、親父にも殴られたことないのに。他人のことは言えないけどな

……そう言えば地球に、そんなことを言うロボットアニメの主人公がいるとか、前に先輩が言ってたっけ。今度借りてみようかな。

とか思いつつ口を開く。

「んー、なんというか……」

「う、うん」

「痛い」

「……うん」

「けどですね、相手も自分も手加減してるのが分かるというか、あの人は私の怪我に響かない場所殴ってたし、私もあの人の急所と手は外して殴ってたし、無意味に気を遣って疲れたというか……」

下手に医学的知識があるからどこでも殴るということが出来ない喧嘩。

全くもってどこまでも不器用くさい。アホかと思う。今思えばもっと本気でどこそこ構わず殴りゃ良かったとか思う。今さらだけど。

つーか何で俺ついさっきの喧嘩のことをこんなに真剣に考察せにゃならんのだろう。

「というかなぜそんなことを聞くんですか。……もしかしてしたいんですか? 喧嘩」

「っ!」

ビクリと体を震わす高町。…なんだこの反応。訳がわからん。……ってちょっと待て、今まで喧嘩したことない、それで多分こいつは喧嘩をしてみたいと仮定する。で、その質問をすると怯える。これはつまり────

「……あの、勘違いだったら謝りますけど」

「え……」

「あなたもしかして、喧嘩して嫌われるの…怖いとか言いませんよね?」

「────っっ!」

えー、ビンゴですか……?

「わ、私……っ」

これは気まずい。なにがって、聞くだけ聞いといてなんだけど、俺には答えの出しようがない。

彼女と彼女の親が喧嘩したとして、彼女の親が彼女を嫌うかどうかなんてわかりようがない。

世の中いろんな人がいて、他人どころか肉親の考えていることだって自分には読み取ることすら出来やしない。

その上彼女の親のことなんて何も知らない俺が、余計な口を利けるわけもない。

けど、俺がこんなこと聞いたせいで彼女が今いろんなことに目茶目茶ビビってるのは事実で。

だったら、放ってどっかへ行くのは気分が悪すぎる。

「……あの、高町さん」

「────…っ。な、に?」

「私はあなたに助言できません。けど、できるかもしれない人は知ってます」

「────え」

「もう一度、会ってみませんか? 私の父、ジェッソ・プレマシーに」






























そのあと、高町が親父とどういう話をしたのかは詳しくは知らない。

けど親父に話を聞いた限り、高町の親なら大丈夫だろう、とのことだった。

なんでも親父の奴、高町に相談受けてすぐに高町の自宅に連絡とって、お宅のお子さんのせいでうちの息子が怪我を負ったんですがどうしてくれるんですか。大体言っておきますがお宅のお子さん全身ボロボロになってるのにあんたらは一体何を見てたんだーとか何とかいろいろいちゃもんの電話をかけたらしい。

そして、その反応を見て、大丈夫だろうって。

だから、一回喧嘩してみなさいって。

そう言って、高町を送り出したそうだ。

渡りに船とばかりに、今の高町には喧嘩をする理由がある。

俺の怪我と高町の疲労。

高町の方から仕掛けることはなくとも、うちの親父が掛けた電話のおかげで、高町の親御さん側には娘を叱る理由が出来てしまっていた。

あとはそれに、高町が反発すればいい。

なんか知らんがそのコツは教えておいたとか親父が言っていたのが激しく不安でならん。

しかしまあ、これ以上俺には出しゃばりようがない。

どうせ俺は半端な奴で、他人の人生への介入なんて、中途半端にしか出来やしないのだから。

……と思っていたのだが、喧嘩会場が俺の病室になったことでそういうわけにもいかなくなった。

高町の家族が俺に謝りにわざわざ病室を訪ねてきたとき、父親を名乗る男性が高町にその場でどうしてこんなことになったのかと聞こうとして、お父さんには関係ないでしょと高町が反抗したのだ。

予想外すぎて話についていけない感はあったのだが、親父の奴普段病院でその類の喧嘩は見慣れているせいなのか自分も親だからなのか、親が言われてぶちぎれる地雷を熟知してやがる。

その地雷を次々と高町が投入したせいか、おかげで個室とはいえあまりの五月蝿さに婦長さんまで乗り出して事態を収拾する始末だった。

なぜ俺が高町家族と高町の間を取り持つことになったのかは知らないが、お母さんと思われる人やお姉さんと思われる人やお兄さんと思われる人も高町父と一緒になってグダグダだったから大変でした。

……親父の奴、結局のところ俺に丸投げもいい所だった。今度会ったら文句言ってやろう。

……なんて、普通の親子関係みたいな思考ことができるようになったことに驚いて、それからそれに苦笑して、けれどどこかそれを楽しんでいる自分に気がついて、なんだか悩んでいたのが馬鹿らしくなった。



────そんな日だった。






























────と、言うわけで。

「ここが我が母上様に当たる御方、『真(まこと)・プレマシー』の御墓となります」

俺はそう手で指し示しながら、つい先ほどまで通信をつないでいた端末をズボンのポケットに突っ込む。もちろん相手は高町だった。

なぜかと言われれば俺と父さんの喧嘩云々を第三者の視点からエリ坊たちに語ってもらうためで、それ以上でも以下でもない。

別にこんなこと説明しなくてもよかったんだが、なんかこう……成り行きで説明する流れに。俺いつも余計なこと言うからなー、おまけに今日は親父もいるし。

高町の方も、どうやらエリ坊たちがいないから時間には問題なかったようで、快く引き受けてもらえて助かった。自分でやるのはめんどいからな、説明。

ただ、フェイトさんとか八神が近くにいたみたいで、いろいろ情報ばれたのはまあ別にいいんだけど少し恥ずいなあと思わなくもない。

ところで分かっているとは思うがここはとある墓地である。敷地的にはこじんまりと狭い印象があるのだが、すぐ近くに見える海と、綺麗に整備された芝生のおかげでとても開放的な雰囲気がある。親父が選んだにしてはいい場所だと思う。

さて、ここまで言えばもうお分かりだと思うが、俺の……と言うか、俺と親父の今日の目的は、墓参りだ。

本当は命日であるあの日に行きたかったところではあったのだが、そうは問屋が卸さなかった。

何せあのお母様ときたら、あの手紙で俺と親父に面倒な遺言を残してこの世を去ったのである。なかなかの策士だ。

……まあ策士策に溺れると言うかなんというか、俺があの遺書とも呼べる手紙を読み切らずに途中で放棄することは想定していなかったらしく、俺がそれに気付いたのはあの喧嘩のあと、退院してから改めて手紙を読みなおそうと思った時だったけどな。

「遺言?」

そうエリ坊が首を傾げた。隣でキャロ嬢も不思議そうな表情をしていたので、俺と親父は苦笑しながら説明する。

「真は、自分の墓参りは本当に暇な時だけしてくれればいいと、そう遺書に書き残していてな。今を生きるあなたたちが、仕事を疎かにしてまで死者である私に気を遣うのは許しません。だそうだ」

「ったく、何様のつもりだってんだよな。散々自分の我がままで俺と親父を振り回しといて、挙句の果てには死後まで命令と来た。おかげでそれを理由にズル休みも出来やしねえ」

俺が冗談口調で肩を竦めると、親父がまた苦笑した。

そういえば、と親父は目を閉じながら何かを思い出すように言った。

「誠吾が生まれたばかりの頃、私は毎日のように無理にでも仕事を切り上げて帰宅した。そんな私に、彼女はいつもこう言っていたよ。『私と誠吾のせいにして、大事なお仕事を休まないで』と。『私のせいで、あなたなら助けられるはずだった命が失われたら、その人に申し訳が立たないから』と」

「そのくせ、本当は自分が一番診てほしかったんだけどとか恨み言が書いてあったな、あの手紙」

俺は前半の俺の生い立ちが書かれた数枚しか読んでなかったから、改めて後半を読みなおしたときにはどうしようかと思ったものだった。

内容がシリアスからメルヘンへと移ってまたシリアスへと移り変わっていく様はどこか感動すら覚えたくらいだ。

「つーか、最初から全部読んでたら、あんたと喧嘩することもなかったかもな。私は誠吾が死ぬほど愛しいですとか、恥ずかしげもなく書いてあったし。それに私が死んだのは誰のせいでもないと」

「……そうだな。まあそういう事情もあって、とりあえず形として彼女の体調が落ち着きを取り戻してからは、私は以前のように仕事を続けた。もちろん連絡は数時間に一度のペースで入れていたし、何かあればホットラインを直通させられるようにしてはいたがね」

「本当、格好つけるだけ格好つけて、面倒事ばっかり残して死ぬなよってんだよ。……母さんは馬鹿だなあ」

そんな風に、なんとも言えない気持ちになってしんみりとする。

と、服の裾を引っ張られて意識を引き戻された。

視線を後ろに向けると、エリ坊とキャロ嬢が不安そうな表情をしながら俺を見上げていた。

どうやら気を遣わせてしまったようで、少々反省する。どうにもここに来ると気が滅入る。

……ただまあ、最初からそう長くない命だったとはいえ、それを自分のせいで縮めさせちまった身としては、ここに来るといろいろ感慨深いものがあるのもわかってほしい。

漂流した時の何かが、もともと弱かった母さんの体に影響を与えたのは間違いなかった。

退院した時点での彼女の寿命は、長くて十年、短ければ八年持てばよかったそうだ。

ちなみにその時既にもう、親父と母さんは好き合っていたそうで。

もともと歳の近かったこともあったのだろうが、それ以前に二人は驚くほど気が合ったとか。……これなんてエロゲ?

下らないあれはともかく、いろいろあって、結局ミッドで暮らすことになった母さん。そして彼女は、ある日唐突に思った。

今はいい。今は自分が元気だから、父さんを一人にすることはない。けど、その先は?

自分の死んだあとは?

こんなに優しい彼を一人で残すことが許されるのか。

答えは、NOだった。

だから母さんは、無理を承知で子供を作ろうとした。もともと自分が子供を欲しかったのもあったらしい。

ただ、それ以上に自分の生きた証を残したかったそうだ。

自分のために。父さんのために。

俺は、っははと苦笑しながら二人の頭を撫でた。

「悪いな、勝手に黄昏れちまって」

そう謝ると、二人はふるふると首を振った。横で親父が柔らかく笑っていた。……なんだその生温かい視線はとか思うが突っ込んだら負けな気がしたので話をそらそう。ああそうだ、ちょうどいい話題があった。

「そうだ。今日はわざわざこんなところまで付き合ってくれた君たちに、特別に俺の名前の由来を教えてやろう」

「……? 由来…?」

「ですか?」

「うむ。ちなみにこれを自分から教えるのは、お前たちが初めてだ。尤も高町は自力で気付いたけどな」

まあ、あいつ地球出身だから気付くか。いくら語学系が苦手とはいえ。ちなみに八神は知らん。気付いてるかもしれないけど聞いたことないからな。

そんなわけで、キョトンとする二人相手に俺は滔々と語ってやった。

母さんが当時必死になって考えた、愛情あふれるらしいこの名前の由来について。





























2010年1月15日 投稿

2010年8月29日 改稿

3人と見せかけて4人でお出かけでしたな回。
父親の出現タイミングをどうするか悩んでいたのですが、
やはり今後の展開的にこのあたりが妥当かと思い、こういう展開に。

…それにしても、長くなってしまいましたw



[9553] 第二十八話-旧知再会-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/10/04 02:33
墓参りさえ終えちまったら、俺と親父の目的は高町を前にした犯罪魔導士のやる気のごとく消えちまったと言っても過言では無く、まあもともとこれさえ終われば俺はエリ坊たちの目的に付き合うって話だったから予定通りと言えば予定通りである。

そんなこんなで俺たちは親父の車で市街地まで乗り付けると、そこで親父とお別れした。ああ見えて忙しいのだ、あの人も。暇を取れたのは午前のあの時間だけで、だからエリ坊たちにはあんな時間に付き合ってもらったわけである。

別れ際にまた高町との仲がどうのこうのと真剣そのものの笑いの介入する余地のない表情で聞かれたからとりあえず車の陰で静かに数分間取っ組みあってるところをエリ坊に発見されて怒られた。10歳児に説教される48と22のいい大人。なんか恥ずかしい絵だったけど気にしない。

そんなこんなしてからブロロロロと車を走らせて去っていく親父を適当に手を振って見送って、そう言えば昨日の深夜にシャーリーから端末にメッセージが入ってたなとか思ってそれ開いた。

すると中身はあら不思議。なんでこんなん言われんの?

『お願い:いいタイミングを見計らって二人から離れて、その後の推移を見守りつつ一日過ごしてください』

要するにこれこの二人を陰からストーカーしろってことですか分かりません。

とか何とか俺が頭に疑問符浮かべてるとエリ坊の方も端末いじってキャロ嬢となんやかんやと話してたのでどないしたんと聞くとなんか知らんがこの子たちもシャーリーから今日の指令っぽいものを受け取っているそうな。

見せてくれるか?と頼むといいよと快諾してくれたのでいそいそとそれ読みあげると内容がデートコーステンプレート乙だった。

なにを言っているのか(ry

つまりあれか、あのいつでも明るいお姉ちゃん気質なあの子はこの二人を恋人関係にしたいから俺に出歯亀しろとそう仰りますとかようやく思考が追いついたけどまあ言うとおりにしてやるのも癪なので無視してやろうと思った。

つーかこの二人まだ10才だろ? 恋人云々は速いと思います。いや、8の時に彼女いた俺が言うのもなんかも知れんけどね。

でもあの女子は現代で言うスイーツ(笑)だったから、俺の名声っぽいものに惹かれてやってきただけで、そう言う感じの色恋じゃあ断じてなかったしなー。しかもあの時分の俺まだ擦り切れてなかったからこっぴどくフられたし、とかちょっと落ち込み気味になりながらとりあえず言われたとおりに回る気らしい二人に細々ついてくことにした。

いや、途中二人があまりに楽しそうだったから、俺邪魔かなーとか思って「帰っていい?」とか聞いたりもしたんだけどさー、キャロ嬢が、

「約束……」

とかちょっと泣きそうになって「嘘、やっぱ冗談」と誤魔化すしかなかった俺の悲しみを誰か感じとって下さい。

しかしこの少女末恐ろしい。女の必殺武器の一つである『涙』をこの歳で使いこなすとは後々ぞっとしないよねホント。

昨日の付き合ってください発言も含めて今後俺の天敵にならないよう祈るばかりである。

ちなみに約束ってのはフェイトさんたちの拷問の後に一日付き合ってやるよと安易に口に出してしまったそれのことで、だからあれほど発言には気をつけろと何度も(ry

それはともかく時間も午後に差し掛かってきた頃に自然公園っぽいところでその辺で買ったアイス食べながらベンチで俺がぐったり二人が楽しげにトークな感じで時間つぶしてる時にティア嬢とスバ公の二人から連絡入って釘刺された。

年長なんだから二人をちゃんとエスコートしてあげなさいよねとか知らん。いいじゃん別に俺とは別の年長者が二人を綺麗に導いてるわけだから。

流石に夕日のどっかで二人きり云々なんかで子供二人がいい雰囲気になるかどうかは知らんが、まあお出掛けに不慣れらしいこの二人のいい指針になってると思うよあのアドバイス。

てな感じで俺が欠伸混じりに二人の会話に適当に頷きつつ場所移動して、ウインドーショッピングも佳境に差し掛かってきたあたりでエリ坊がなんか変な音しなかった?とか言い出した。

いや知らんけどとか返事するも納得いかない表情でしばらくその場で立ち止まってたエリ坊が急に「こっち!」とか言って駆け出したのでキャロ嬢と目をあわせて首を傾げてからエリ坊を追いかける。

と、追いついたエリ坊が警戒感バリバリの様子で路地裏の入り口で突っ立ってたから俺もそれにならって立ち止まったらちょうどその時俺たちのいる場所からちょっと遠いところにあったマンホールの蓋がガタンと外れて押し上げられた。

……おかしい。あれって正直超重いから俺だって下から持ち上げたくはない。一体どんな豪傑がいらっしゃいませこんにちはなんですかとか思いながら固唾を呑んで見守ってたら中から小さな女の子が這い出てくる。

なん……だと……?

あの細腕のどこにそんな力があるんですかそれともあの蓋発泡スチロールで出来てるのかとか思ったけど出てきて早々その場に倒れ込んだので唖然としてるエリ坊とキャロ嬢を働かせるのもどうかと思って仕方なく俺が先行して少女を介抱することに。

そんなこんなであれである。

「……まともな休日にならないなー、最近」

小さくそう呟いて、俺はとりあえず少女の脈を確認することにした。

ちなみに後であの蓋の重さ確認してみたら普通に重かった。

けどこの少女も極限状態だったみたいなので脳のリミッターが一つ外れたんだよきっととか結論付けて細かいことは考えないことにした。

まあ、実際ありえない話じゃないしね。そういうの。






























介入結果その十九 キャロ・ル・ルシエの見送り





金色の長髪をしたその女の子を見た後のセイゴさんの行動は、一言でいえば迅速だった。

マンホールの中から這い出てきた女の子がその場に倒れたことに驚いて一瞬行動が遅れた私たちとは違い、セイゴさんは素早くその少女のの元に駆け寄って体を抱きよせると、少女を仰向けに起こして首筋に手を当てたり口元に耳を近づけたりしてから私達へと檄を飛ばした。

「ほら、二人とも。キャロ嬢は回線フルチャンネルで緊急連絡、エリ坊はこの鎖に繋がってるそっちのキナ臭え物々しいケース調べろ、どうせ中身あれだろうけど」

そう言われ、私たちはセイゴさんの指示通りに行動した。

私が回線を繋げて事情を説明している間に、セイゴさんは女の子の手首に繋がれた鎖を切り外していて、それが終わると私に通信を変わるように言い渡して回線を引き継いだ。

「シャマル先生。保護対象は四歳から六歳くらいと思われる少女。脈拍、呼吸ともに落ち着いてます。若干の衰弱と意識レベルの低下、それと擦過傷などの外傷が見られますが、それ以外の異常は見あたりません。走査魔法も一応掛けましたので、詳しい医療機器で調べない事には断言はできませんが、命に別状はないと思います」

その説明を聞いて、私とエリオくんは胸を撫で下ろした。確か、セイゴさんは以前に医学をそれなりに勉強していたと言っていたから、たぶん本当に大丈夫なのだと思う。

だけど、そのあとのセリフで再び場の空気が凍りつく。

「それとここからは八神部隊長への報告となりますが、少女の腕にくくりつけられたレリックケースを繋いでいる鎖が中途から千切れている状態であることから、もう一つをどこかに落としてきたものと思われます。状況から言ってこの子はどこかから逃げてきたものと推測できますが、その場合追手が来ている可能性も否定できません。俺は早急に地下水道に潜ってそちらの迎撃とレリックの確保をしますが、これを狙っている組織となると、規模が馬鹿に出来ない。この子とこの場にあるレリックの搬送の際にヘリが狙われる可能性も否定できませんので、空戦魔導士は一人つけておいた方が無難だと思います」

女の子を見つけてから今この瞬間までのあの数分で、そこまでの情報を見つけて考察、自分なりの結論をつけて報告する。

目の前にいる、いつもは気だるげな近所のお兄さんみたいな雰囲気をした人の凄さに圧倒されているうちに、セイゴさんは通信を終えてデバイスを起動、最近見慣れた灰のバリアジャケットを纏っていた。

『ふふははははははっ! 久しぶりだなマス────』

「悪いが今はふざけている気分じゃない。黙って指示通りに回線を繋げてくれ」

『────ふ。いいだろう。私は空気の読めるデバイスファントムガンナー。マスターの指示とあらばいつ何時どんな場所であろうと────』

「シャーリーとの回線を開いてレリックとG(ガジェット的な意味で)の情報を逐一報告しろ。それから回線ネットワークを全チャンネル開いとけ、ただし繋ぐかどうかはいちいち俺の確認をとれるように仕様変更だ』

『……寂しい。けれど私は空気の読めるデバイスファントムガンナー。と言うわけで指示内容完遂まで40秒で支度しなっ』

「……分かった、頼むぞ。じゃあ二人とも、俺は先行して地下に潜るから、後から来るらしい高町たちの誘導よろしく」

「あ、はい」

私がポケっとしながらそう答えると、セイゴさんは不思議そうに首を傾げてから私の方に歩いてきた。

「どうした? なんだ、休暇を中断されたから不満かなんかなのか?」

「え、ち、違いますっ! 私そんなことで怒ったりなんか……」

「はは、分かってるって、冗談だ。しかしまあ、変なところで休暇取りあげんのは事実だしなあ……ま、また今度どっかにいこうぜ。三人でさ」

え、と小さくこぼしてから、一瞬戸惑って、そしてセイゴさんが私に気を遣ってくれたんだと気付いて、私は自然と笑顔になって「ありがとう」とお礼を言っていた。

でも、そんな私たちを見て、エリオくんが、

「あ、それ知ってるよセイゴ。確か死亡フラグって言うんでしょ?」

「なん……だと……? っておいエリ坊、割と今の状況だと洒落になってねえぞコラ」

「うん。だから────気をつけてね」

エリオくんが真剣な表情でそう言うと、セイゴさんは目を丸くしてから苦笑した。

「ははっ、エリ坊にこんな風に心配されるとは、俺もヤキが回ったな」

『マスター、会話中悪いが全行程コンプリートだ。誘導は地下に入ってからで構わないか』

「────ああ。じゃあ二人とも、ここは頼んだぞ」

セイゴさんの言葉に、二人ではいっ!と返事をして、私たちは背を向ける彼を送りだした。

その背中を見送ってから、私は呟く。

「私ももっと、頑張らないと」

隣で女の子を支えながらそれを聞いていたエリオくんも、うん、僕も一緒に頑張るよと強く頷いてくれて……。

私は今日、三人でお出かけしてよかったって、強く強く思っていた。

……ところで、マンホールに入る前にセイゴさんがその蓋を持ち上げようとして四苦八苦していたけど、あれはなんだったのかな?



























エリ坊たちと別れて数分。

レリックと言う名の誘引剤に惹かれて集まってきたGをヴァリアブルシュートで遠巻きから細々と迎撃したり反応の多い場所を回避して隠れてやり過ごしたりしながらレリック反応のある方へとヒューって感じに空飛びながら接近してる最中に通信が入ったのでチャンネル開いた。

すると相手はギンガさん。後方のティア嬢たちのグループに連絡取りたいみたいだったのでとりあえず回線だけ開いて放置。

「ファントム、次の道は?」

『10mほど飛行して右折、さらに20mほど飛行して左折だ。他のコースはガジェットの数が多い』

「了解。しっかしマジでうざってえなあの機械。親の顔が見てみたいぜ」

『ならば見てみるか? フルスクリーンで目の前に表示してやるぞ』

「いやいらねーよ。あんな顔見るくらいだったら高町にニックネームつけた方がましだ」

『それ、本当!?』

「うおっ、高町!?」

『ふはははは、録音してあった彼女の声を流しただけだ』

「……お前ハイスラでボコるわ……」

とかグダグダ喋りながら時々ガジェットに進行を邪魔されつつ奥へ奥へと進んでくうちにまたさっきの回線から通信入ってギンガさんがなんだか喋りだした。

なんか、さっきまで彼女が調べてた事件で、ちょうどさっき見つけた少女が入りそうなくらいの生体ポット……と言うか、人造魔導士計画の素体培養機とやらが見つかったとか。他にも色々な状況証拠からして、さっきのあの少女は人造魔導士の素材じゃないかって話。

……ったくどこの誰か知らないけど胸糞悪いとか思いながら今は事件に集中集中と考え直して別の回線開いた。

「ティア嬢、業務連絡な。レリック反応までの道のりにさっきからガジェット放置してきたりしてるから、注意してくれ。シャーリーはファントムの送ったガジェットと遭遇した時のデータから詳しい情報解析して転送を頼む」

『了解。こっちもそちらに向かってますから、無理しないでよね』

『私の方も了解しました』

おーけーおーけーイマノトコロハジュンチョウダナーとか思いながら飛行魔法で距離稼いでたんだが遠目に見えてくる人影を察知してなんだこれは報告に無いぞとか思ってみるもそりゃそうである。

俺が気付いたのとほぼ同時、通信にシャーリーの焦った声が入る。

『────セイゴさん! その付近に魔導士の反応が! それも────』

「……悪いシャーリー。ヤバげな敵が来たから通信切るわ。ティア嬢、こっちに接近するなら注意してくれ。なんなら迂回してレリックを追った方が安全かも知れん」

『……え、セイゴさん!?』

『ちょっと、それってどういう────』

「ファントム、気が散る。回線切断」

『────了解した。……完了だ』

「サンキュ。……さて、久しぶりだな、フードのおっさん」

言いつつ飛行魔法を解除して地面に降り立つ。そんな俺の目に映るのは、ゆっくりとしかし確実にコンクリの地面を踏みならしてこちらへ近づいてくる、オークション事件の時の槍使い。

うわー最悪だよー。予想してなかったわけじゃないけどなんでこんなところに────ってそりゃこの人もレリック狙ってるからだろうけども……にしても情報速くないかなこの人、俺だって結構急いでやってきたのに……ガジェットに時間を取られすぎたか、これだからリミッターはクソッタレですね分かります。とか思考グダらせてたら先方が口を開いた。

「……あの時の管理局員か」

「ええ、まあ」

とか曖昧に答えつつまあいいや会っちまったものはしょうがないから時間稼ぎつつ俺の頭に巣くう疑問を解明してくれるわとか思って聞いた。

「……さておじさん。ここで会ったが百年目ってわけでもないけど、ちょっと聞きたいことがあるんだ。いいよな?」

おちゃらけた風に、だけど絶対に間合いには入らないように気を配りながら、俺は緊張感が高まっていくのを隠しつつ言った。

「あんた、俺と面識あるよな?」

「……」

……せめて返事くらいして欲しいけど仕方ないね。あの人にゃあ俺の質問に答える義理も義務もないわけだし。むしろ問答無用で斬りかかってこないだけましというものかもしれない。

にしてもあれだ。さっきあの声、マジでどっかで聞き覚えがある。

だけどかなり昔の記憶なのか、聞いたことがあることは覚えているのに、どこで聞いたのかまでは思いだせない。

とはいえ、流石に魔法学校に通っていた頃のことくらいは覚えているので、そのあたりに記憶のスポットをあてるも────ヒットしない。

……てことは自動的に、俺がもっとガキだった頃に会ってることになる。

ガキだった頃……思い当たる節があるとすれば病院。

親父を怒鳴りつけたモンスターペイシェント────…違う。この人の声はあんな嫌な感じを含む何かじゃない。

となると、親父と仲のいい誰か────? いや、病院関係者にこんな人は────

────と、そこまで考えて唐突に今朝一緒に墓まで出向いた時の親父の苦笑が頭をよぎる。

それと同時、頭の中でさっきまでぐしゃぐしゃに絡んでいた記憶の束が一本の線になり────とある一人の男性が、親父に連れられて俺の勉強部屋のような状況になっていたあの診察室の裏の控室にやってきた時の映像が……一人の男性に名を呼ばれ、俺が本から顔を上げてその人を見上げた記憶がフラッシュバックする。

まさか────いや、だけど他に心当たりがない。俺の知ってる、俺が管理局に入ってから面識のある魔導士の中に、Sランクは行ってるような槍使いなんていなかった。

だとしたらこの人とは、そこ以外のどこかで出会ったことになる。

その観点からも、この結果なら説明がつく。

だけど、あの人はもう────…。

……いや、悩む必要なんてない。もし俺の記憶が正しいとすれば、一回だけそれを確かめるチャンスがある。

今、相手になんの警戒もされていないこの状態で完全に不意をついて、今からする俺の質問にこの男が動揺すればそれが答えになる。

そうこれさえ聞けば────

「────あんた、ジェッソ・プレマシーって知ってるか?」

「────…!」

俺の問いを受けて、フードのおっさんがあからさまなくらいに動揺する。俺の方も若干予想済みだったとはいえ外には出さないがかなり動揺してた。……だって、俺が考えたままこの人の正体があの人だとすると。

「あの数瞬と、この数刻で気付いたか……。どうやら、記憶力がいいらしいな」

「そりゃどうも。しかし、マジかよ……」

フードを外して出てきた顔には、完全に見覚えがあった。随分と血色悪くて三徹明けの高町みたいに顔色悪いけど間違いない。親父の友達こんにちはである。

「あんた、ゼスト・グランガイツさんか」

「……そう言うお前は、セイゴ・プレマシーだな。あの場で見たとき、まさかとは思ったが────随分と大きくなったものだ。最後に顔を合わせたのはいつだったか……若い頃のジェッソに似ているな」

そう言って、過去を懐かしむように目を伏せるイケメンおっさん。別に答える義務もないんだが、なんとなく覚えてたので教えてあげる。

「確か俺が六歳のあたりじゃなかったでしたっけ。あの診察室の裏側で」

「……そうか。懐かしいな」

とか言って今度は悲しそうな表情になるゼストさん。最後に会ってから16年。この人になにがあったか知らんけどナーバスになりすぎててなんつーか言っちゃ悪いがぶっちゃけキモいんですけどこれいかに。

だって昔とキャラが違過ぎる。昔は診察室でよく親父と怪我のしすぎだだの仕方ないだろうこれが仕事だだの罵りあっててうるさいなあと思ったのに現在別人過ぎて超引くんだが……って俺も人のことは言えないけどさー。とか思いつつなんで生きてるんですかと聞いてみた。

確かこの人、8年前に部隊ごと壊滅して行方不明になって、それからすぐに死亡認定されたはずだったよね。

親父と仲直りした後の出来事だったから、「あの馬鹿が、私のいないところで死におって……」と毒づきながら珍しく焼酎あおって悪酔いして絡んでくる親父を慰めた記憶があるので間違いない。

間違いないのだが……

「……なにも語ることはない」

とか言ってだんまり決め込まれて俺お手上げ。

本当類は友を呼ぶよね。流石は親父の友達。口数少なくてマジやり辛い。

「しかし……こんなところでジェッソの息子と鉢合わせるようなことになるとはな……」

「……ですね。俺も二十二年生きてますが、まさかリアルバイオハザードを体験することになろうとは予想外もいい所でした。それとも死にかけて身でも隠してましたか? あ、ちなみに父は息災です。今朝も二人他二名で母の墓参りに行ってきました」

「……マコトか。もう二十年近くになるのだな。彼女が死んでから」

後半別の話題を提供したせいか故意かは知らないが本来聞きたかったこと流されて俺涙目。母さんの死を悼んでくれているようだから嬉しくないと言えば嘘になるが、いい加減少しくらい答えてくれても罰は当たらないと思うんだ。

「……以前より随分と落ち着いているな」

「……?」

「前にオークション会場の近くでやりあったときは、もっと鬼気迫る表情で、一歩でも自分の領域に入れば薙ぎ倒すと云わんばかりに血気盛ん……いや、あれは怯える子供のようだったと言った方が正しいか。……だが、今は随分と冷静なようだ」

言われながら俺はあららーと心中呆れかえっていた。態度だけでここまで細かく分析されるとは、なんかなんとも言えずげんなりした気分になる。

まあ確かに彼の言った通り、前の時より多少冷静なのは事実だ。ただここを勘違いしてほしくないんだが、今すぐにでも飛行魔法発動してこの場から逃げ去りたいのが俺の信条、もしくはポリシー、あるいは生存本能である。

前も言ったが勝てる気がしないのだ。……まあ、負けないようにならまだ何とかなるかもしれないが。

勘違いされがちだが、これでも彼我の実力差が圧倒的に開いている相手が敵にいるのに、呑気にデスクワークと格下の相手をしているだけで安心していられるほど平和ボケはしていない。

負ければ殺されるのだ、この世界は。こっちは非殺傷設定なんて平和的なモンを実装していても、向こうはそんな事お構いなしなのである。

こんな仕事をしている以上危険は承知だが、俺だって死ぬ気はない。親父との約束だってある。だったら生き残る努力をしなければならない。

この間あなたと相対した時の映像をデバイスで分析して、あなたのリーチと攻撃速度だけは算出したので、それに基づいて自己訓練の内容を変更して対策をとってきました。少なくとも、以前よりはまともにあなたと戦えるかと。

とか教えてやろうかと思ったけどやめた。向こうだって大した情報くれてないのにこっちばかり教えてやるのも癪である。

俺は誤魔化すように曖昧に笑いながら、腰の刀に手をかけつつ、言う。

「ああ、そう言えば、俺はともかく親父の前には現れない方が無難ですよ」

「もとよりそんなつもりはないが……どういう意味だ?」

「当時の親父、あなたが死亡認定された日に酔いつぶれながらぼやいてましたよ。あいつの死体が出てきたら、研究中の蘇生魔法の実験台にしてやると」

「……恐ろしくてあいつの前には顔を出せそうにもない」

ですよね。流石の俺も同情を禁じ得ない。尤も、普段はそんなふざけた冗談言う人じゃないから相当この人の死が堪えていたのではないだろうか。

「ところでセイゴ。お前の『その行動』は、俺と戦う意思があると取っても構わないのか」

刀にかけた手を一瞥してから、ゼストさんは冷たい瞳で言った。俺はにやりと笑った。

「すいませんね、ホント。これでも旧知のあなたを見逃してやりたいのは山々なんですが、生憎と今の俺にも立場ってものがあるんですよ。少しは真面目に働かないと、給料泥棒なんて呼ばれちまいますしね」

冗談めかしてそう言うと、ゼストさんは表情を無くした。

「俺の言いたいことが分からないか? 友の息子と刃を交えたくはない。そこをどけ」

とか言いながら手元の槍を油断なく俺に向けて突き付けるゼストさん。やべーよいきなり俺大ピンチとか思うけど取り乱さない。駆け引きはポーカーフェイスが命です。

「殺したくないなら手加減でもしてください。それか非殺傷設定を作動させてくれてもいい。尤も、どちらにしても俺のやることは変わらないんですけどね」

そうでないと、懐いてくれてるかわいい弟分たちにも示しがつきませんから。なんて苦笑する。

本当は、それだけじゃない。確かめたかったのだ。

前回の事件にも関与していた彼がここでこんなことをしているということは、おそらくこの事件にもジェイル・スカリエッティかその辺の馬鹿が関わってるんだろう。

あれほど管理局の正義管理局の正義と謳いながら親父のドクターストップを撥ねつけてでも仕事をしていた彼が一体どういう経緯でこんなことに加担しているのかは知らないが、彼を見つけてしまった以上は管理局相手にどうするかはともかく、親父にはきっちり報告してやりたい。

だから確かめたいのだ、怖いけど。

今の彼が、どんな人間かを。

「……後悔しても知らんぞ」

「残念。もし死んだら後悔なんてできないし、生き残ったら後悔なんてする理由がない。でしょう?」

「……ジェッソと違って口が達者だな、セイゴ」

「親父が口が足りなくていつも苦労してましたからね。反面教師でいつのまにか饒舌になってましたよ」

言いつつ、刀にセットした三つのカートリッジ全てをロードした。実力差が圧倒的な相手と向かい合う緊張で心臓の音がドクドクうるさくなってきたが無視する。

この状態からの抜刀は結構負担が大きいのだが仕方ない。何せリミッターのせいでランクダウンしているのだ、出し惜しみして死にたくはないし、何より最近本気で戦うことがなかったから、体を動かすいい機会だとでも無理矢理言い訳して心に言い聞かせる。

と、その時ふと気付いた。

「そういえば、今日はあの紫色の少女とは別行動ですか?」

「……前回お前と接敵した時のような例もある。だから今回は俺が先行して偵察に出た、それだけだ」

「なるほど。つか無粋なこと聞きますけど、あなた大丈夫ですか? あまり体調がいいようには見えませんが、顔色悪いし」

「……」

「まただんまりですか。まあ、敵相手にこれ以上交わす言葉もないか」

俺がゆっくり中腰になると、ゼストさんも槍の穂先を油断なく中空に彷徨わせた。

幸い狭い一本道。俺の刀くらいの長さならともかく、あの槍のサイズでは本気では振れないだろう。んなことすればこの辺一帯が丸ごと崩れ落ちる。

ならばまだやりようはある。殉職した時点でSだったとはいえ、こっちだって高町や元気な新人相手にそれなりにやるくらいの実力はある。ついでにこの間シグナムさんと正面から打ち合ったし。……普通に負けたけど。

大技とパワー重視のごり押しさえなければなんとか凌げる。

攻撃を重視してカウンターに気を配り、押しすぎず押されすぎずの微妙なラインを保って援軍の到着を待つ。これがベスト……ってこの考察死亡フラグじゃね?とか思いつつ俺は鯉口を切り、右足を軸に思い切り前方へと一歩を踏みきって居合抜きの要領で刀を一閃。ズキリと痛むリンカーコアを無視しながら、ロードしたカートリッジの分勢いづいたおかげで刀の勢いに引っ張られて肩が外れそうになるのを何とか堪える。



────槍の柄と刀の刀身が打ち合って発生した火花が、開戦の合図だった。





























2010年1月19日 投稿

2010年8月29日 改稿

執筆中の作者の会話

作者「なー、マンホールの蓋って重さどんぐらいなん?」
姉君「50kg」
作者「!?」

きっとミッドのマンホールの蓋は軽い。



[9553] 第二十九話-敗者の日-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/29 20:46
目が覚めると、見上げた空が青かった。



……って、ちょっと待った。おかしいおかしい。なにかが決定的におかしいです。とか思いながら首を傾げる。

起きぬけなせいで頭がぼんやりしてはっきりとは言えないが、確か俺、ゼストさんと地下水道で切り結んでたはずだよね。

それがなんでいきなり屋外で目ェ覚ますことになっとんねんとか心の中で思いながら、とりあえず事態の把握に努めようと周りの景色を確認するために体を起こそうとして────起きられない。

両腕がうまく動かなかった。正確には、左腕は力を入れるたびに鈍痛のようなものがはしって動かしたくないし、右腕はなんとか全神経を集中して持ち上げようとしてみるもその意思に反して腕は一センチすら上がらない。首だけ動かしてざっと見てみるも、左腕のBJの肩口が裂けてその下から青痣になって腫れた腕が覗いている以外は見た目はいつも通りで、右腕の方はBJ越しには何も変わらないように見えるのにも関わらずである。

それでも何とか起き上がったろうと体を横倒しにしようともぞもぞやってたら、右腕のホルスターからいつもの騒がしい声が聞こえてきた。

『おおっ、目が覚めたかマスター』

「……む、起きたか」

声がした方を見ると、そこには見慣れた騎士甲冑に身を包んだ桃色の髪をポニーテールにした女傑────シグナムさんが静かに佇んでたので首を傾げた。

なんぞこの状況。なにがどうなってこんな展開に持ち込まれたんだよ今の俺はとか思って思い当たる。

「ああ、負けたんですね。俺」

「そのようだな」

シグナムさんは俺の呟きに小さくそう答えると、カツカツと靴音をたてながらこちらへと近づいてきて隣に膝をついた。

その歯に衣着せぬ物言いに、ちょっとくらい誤魔化して言ってくれてもいいのにと俺が内心苦笑していると、彼女は俺の頭の近くに膝をついて顔を覗き込んできた。

「お前からの通信が途切れた後、その座標に私が遣わされた。……本当はヴィータが行きたいと駄々をこねていたのだが、あの様子では冷静に事を運べるか心配だったからな」

「……そうですか。熱心ですね、本当に」

そんなに俺の身の上が心配ですかと思うものの、この様じゃあ心配させるのも無理ないかと自嘲する。もう少し上手く立ち回れると思ったのだが、結局はこの体たらくだ。

「私がたどり着いた時には、既にお前はボロボロの体でな。息を切らせ、手に持った刀を地面に突き刺し、それに縋ることで漸く立っているという風情だった」

ボロボロだった────ってことは、戦闘もいろんな意味で佳境に入った頃に彼女は駆け付けて来たらしい。ぶっちゃけ全く気がつかなかった。

なにしろあの時、俺の目も耳も他の感覚の全てを目の前の敵に向けていたのだから。周りの状況に気を配る余裕なんてなかったし、そうでもしなければ最初の数秒でやられていただろう。

尤も、そうまでしてすらまともな一撃を入れることは出来なかった。

正直な話、どこかで甘く見ていたのだ。あれだけやれば、なんとでもなるだろうと。

全力で駆け回ったというのに、攻撃を凌ぐのが精いっぱいでそれ以上のことはなにも出来なかった。

手持ちのカートリッジをほぼ消費し、あの場で応用できた全ての魔力弾を撃ち放ち、斬撃の一回一回に込められるありったけの魔力を込めたにもかかわらずだ。

そんな、俺の限界の先にセメント塗り固めて無理矢理道を作ったような方法を使えば、体のコンディションがこんな状態になるのは当然と言えば当然で。

あの戦闘は間違いなく俺の今できる全てだった。にもかかわらず俺は左腕にBJを貫通するような魔力ダメージをまともに受け、なのに何一つやり返すことが出来ない。

しかも、俺が今ここで生きているのは、あの人が俺の願い通りに非殺傷設定を作動し、その上でさらにあの狭い通路で大なり小なり動きを制限されて戦っていたからにすぎない。……もしかしたら、旧知の間柄ゆえの手心を加えられていた可能性もある。

そうでなければ今頃俺の左腕は無残に宙を舞っていただろうし、シグナムさんがあの場に来る前にあの世へ旅立っていたに違いない。

「お前が相手をしていた男は、私の姿を見るとともに踵を返して姿を消した。それに連動してお前が気を失ったのだ。……よほど無理をしたようだな」

そしてその後この人は、ぶっ倒れた俺を抱えて地上に移動し、ファントムからの情報で体には異常がないと確認できたので、六課に迎えの要請を入れてからここで俺が目覚めるのを待っていたのだという。

「にしても、良かったんですか? 槍使いを追わなくて」

「虫の息で倒れ込んだお前を置いてか? それはありえんだろう。後で高町とヴィータになにを言われるかわかったものではない」

「……申し訳ないです」

「いや、深追いはしたくなかったというのもある。それに、無事でなによりだ」

正確にはとても無事とは言えないのだが、それをここで言っても詮ないことだろう。

と、そこで漸く俺の意識は他の事に向く。レリックを確保しに行ったあいつらと、ヘリの方のあれはどうなったのか。

いや、ここでこの人が暇を持て余して俺の相手をしている以上、結果自体は分かりきったようなものではあるのだが、俺が知りたいのは経過なので仕方ない。

なので他の場所はどうなりましたと聞いてみると、なぜかファントムが無意味に気を利かせて勝手にシャーリーのところに連絡繋いでメンドくさいことに。現場の状況は管制官に聞くのが一番だというのは分かるが、今の状況でその選択はあまりよろしくない。

通信繋がって開口一番に怒られた。勝手に回線切るとは何のつもりかと。

そのせいで新人たちの方も若干動揺したし(ティア嬢が冷静だったので何とかなった)、ヴィータもかなり焦ってたし(シグナムさんが冷静だったので問題なかった)、私たちも心配した(グリフィスくんが冷静だったので(ry)のだと普段の人懐こくて明るい声とは一味違うトーンで怒られた。

……だけど、確かに悪いことをしたとは思うが、間違ったことをしたとは思っていない。

あれだけの実力者相手にするという時に、余計な何かに気を取られてはそれこそ一瞬でカタが付いてしまう。

ああいう立ち合いでは、集中力が全てだ。特に相手との間に圧倒的な実力差があるならなおさらである。

相手の様々な挙動から、少しでも多くのことを分析して、そこから少しでも、コンマ一秒でも早く敵の次の行動を予測して対抗策を打つ。

そこまでしてすら、五分には届かないようなレベルの敵を相手に、余計な何かを気にかけられるはずがない。だから、通信を繋いでおいて一々誰かの声を聞いてなんていられないと思った。

大体、通信繋いどいてもどうせ俺が一方的にぼこられる音声が聞こえるだけなんだから、別にいいじゃないかと思うんだけど、それを言ったらなんだか微妙に涙声になってしまって俺としては弱るしかない。

かといってこのまま気まずい雰囲気を長引かせるのはよろしくない。俺の心情的にも彼女のお仕事的にも。

仕方ないからこの件については後できちんと話をすることを約束し、とりあえず具体的に現状について情報を聞き出すことにした。

まずはヘリの安否といろんな防衛の話。

まあ毎度のことながら現れるガジェット共の量が多いのに高町をヘリの護衛に回したせいで対ガジェットの防衛線を支えるのにそれなりに苦労したらしいけど、八神がリミッター解除してフェイトさんと一緒に無双して何とかそこは維持したらしい。

一方ヘリの方はと言うと、途中どっかの誰かが馬鹿パワーの砲撃打ちこんだりいろいろしてきたらしいけど、そこは流石高町。見事に撃退して追い返したそうだ。

しかしまあ、よくもAランク相当にまで減衰した魔力でSランク相当はあったらしい砲撃を真正面から受け止める気になるよね。そりゃ後ろに庇護対象がいるなら俺だってそうするかもしれないけどさ。

で、次は新人四人組。

俺との通信が途切れた後、前線に出た八神の代わりに指揮権を得たグリフィスくんの指示で俺より先にレリックを確保するよう指示を出された彼らは、途中ギンガさんと合流してから俺が当初向かうはずだったポイントへ向けて一直線に急行。

間にいたガジェット共は全て殲滅したそうです。俺が避けた分も含めて結構いたのにな。いやー、最近あいつらマジ強いなーとか思うよね。

で、目当てのレリックを手に入れたはいいものの、そこで件の紫色の少女と遭遇。俺が前に提供してた情報から速攻で交戦し一度は少女を確保するも、なんか地面に潜る能力を持ったわけわからん奴に邪魔されて結局取り逃す羽目になったとか。

他にもなんか知らんけどいろいろとあったみたいよ。ツヴァイ並みにちっちゃな妖精さんに攻撃受けたとか、なんかのボスキャラ的な異形が無意味に素早かったりパワー凄かったりで翻弄されたんだとかそんなん。

けど結局はレリックも無事確保できたそうです。やー、なんだかんだで負けたの俺だけかー。……あーくやしいねー。

「新人たちの成長が著しい。今後が楽しみだな」

それだけ言って、シグナムさんが起きられるかと聞いてくる。俺が苦笑気味に無理っぽいですと言うと、仕方ないなと呟いて体を起してくれる。

背中を支えられて一息つくも、相も変わらず左肩は痛いし右腕はうまく動かないしで散々である。

と、両腕をだらんと垂らしていることに気付いたのか、シグナムさんが眉根を寄せた。

「左腕は分かるが、右腕も何か不具合があるのか?」

そう言われて、さあ、なんでしょうねと首を捻るも、実は一つだけ心当たりがある俺。

そう、あれは俺がカートリッジ制御の限界を調べようと延々とカートリッジで魔力強化した勢い付きすぎて扱い辛くなった刀を振り回した日の翌日だった気がする。

今と同じように右腕が上がらなくなり、仕方なくその日一日見事な役立たずとして左手のみでデスクワークに没頭していた気がする。

要するにあれだろうこれ。

「筋肉の酷使、だと?」

「ええ、相手が格上だったとはいえ、カートリッジを連続で使いすぎたみたいです。明日には特大の筋肉痛にでもなってるんでしょうね……」

あれ正直マジで辛いよね。あまりの辛さに泣いたことすらあった気がする子供時代。

あの患部を動かすたびに発生する剣山で断続的に刺され続けているような痛みは、いつになっても慣れるものでない。けど、こういうのって魔法で痛みを緩和するとうまいこと筋肉が成長しないんだよね。だから仕方ないのでいつも放置するのだ。

「しかし、両腕が動かないとなると歩くのもままならないのではないか?」

「ええ、まあ。というかそもそも、全身違和感だらけではあるんですよね、今。症状が顕著なのが腕だというだけで」

おまけに魔力はほぼ底をついている。気を失った理由にはこれも含まれていそうだなとか考えながら、これじゃあ空も飛べないしどうやって帰ろうかと頭を悩ませ始めたところでぐいっと体を持ち上げられた。

と言うか肩に担ぎあげられた。誰に云々は言うまでもないが。

「……あの、シグナムさん?」

「なんだ、あまり喋らない方がいいぞ、舌を噛む」

いや、確かに舌を噛むのは怖いのであまり喋りたくはないんだが、この状況はちょっと俺としても思うところがあるというかなんというか……。

てか、

「もしかして、地下からここまで俺を運んだ時にも……」

「ああ、こうして運んだ」

ですよねー。大の大人を運ぶのに女の人がおんぶは無いだろうし、お姫様抱っことこの状況を比べられたら俺としてもこの米俵を担ぎあげる的な方を選ぶだろう。てかこの方法を選んでくれてありがとうとお礼を言いたいくらいでもある。

ただ、

「……なっさけねーなー、俺」

担がれて空を飛ばれ、自分がいた場所が廃ビルの一つの屋上だったのだとようやく気付いたあたりでそんな自虐の言葉が出てきてしまうのも、今の状況では致し方無いのだと分かってほしい。

そんなわけで俺は、彼女に担がれて新人たちとの合流ポイントまで向かうのだった。






























介入結果その二十 ゼスト・グランガイツの消沈





かつての友とよく似ている。



それが、敵として相対したそいつを見た時の感想だった。

無造作に延ばされた黒の髪や、あいつとは違って能面を張り付けたような表情は浮かべていないなどの多少の差異はあるものの、顔の造形は昔の奴にそっくりであったし、瞳の色も奴と同じ灰色。

なにより、攻撃を仕掛けた俺を見る瞳に宿る何かがあいつのそれと酷似していて、直感的にあいつの親族であると察してしまっていた部分もある。

あいつの息子、セイゴ・プレマシーが管理局に入局していたことは知っていた。

始まりが、どこだったのかは知らない。ただ、いつからかあいつとセイゴの間に何かおかしな『ずれ』が出来ていたことに最初に気付いたのは、俺だったのではないかと思う。

体に何か不具合があれば、俺はその度あいつの元に通っていた。

いろいろとあって、セイゴが診察室に居座ることになってからは、何度か会わされたことがある。

あの頃のセイゴは、子供にしては落ち着いた、しかし何かを諦めたような表情を浮かべていて、母の死からいまだに立ち直っていないのだろうと思わせた。

それにはジェッソも気付いてはいた。しかし、どうすればいいのかは分からず。俺も答えることはできず。時間だけが過ぎていく。

そんなある日。セイゴが六歳の頃だ。俺が仕事上がりに家路を急いでいると、ジェッソから通信が入った。

話がしたいと頼まれて、何事かとあいつの勤める病院まで足を運ぶと、そこで待っていたのはセイゴが喧嘩の末に家を出ると言い残して飛び出してしまったということだった。

それだけ伝えて押し黙るジェッソ。

だが俺は、それだけの要件でわざわざ自分を呼び出したジェッソを怒る気にも、セイゴと喧嘩したという事実を慰める気にもならなかった。

昔から言葉が足りない男だった。だから、あの時も聞いたのだ。



なにをにやにやしながらこんな話をしているのか、と。



するとあいつは、こう言うのだ。

「────嬉しい……? 反抗されたことがか?」

「ああ、あれが世に言う反抗期と言うやつなのだろう。…あの子は真が死んでからというもの、私の言うことをよく聞くいい子になってくれた。だが、それだけでは駄目だとも思う」

「……まあ、確かにな」

人の言うことを聞くだけなら、誰にでも出来る。

しかし、自分の意見を他人とぶつけるというのは、思いのほか難しいものだ。

自分が正しいと思うことと、相手が正しいと思うことの中身が違っていれば、自分が相手と衝突しなければならない時だってある。

しかし言葉と言うのは不便なもの。自分の思いを100%完全に相手に伝えることができる人間などいないだろう。

しかしそれでも、少しでも相手に自分の気持ちを伝えなければならない。そのための練習期間とも言うべきものが、反抗期だと、俺はそう思っている。

もちろんそこで、自分が折れて相手に従うという道もある。しかし、それだけでは渡っていけないことだってあるだろう。

だからこその準備期間。

「あの子は自分の意思で、自分の進む道を考えてくれた。それが嬉しくてたまらないんだよ、私は」

ジェッソは、自分の息子の成長を喜ばしいと言っていた。

……あれからもう何年の時が経っただろうか。

最後にセイゴと会ったのは、喧嘩の前のあの診察室でだった。

その後のセイゴのことは、時々ジェッソからかかってくる通信で知ったことになる。

セイゴが大怪我をし、そのことで話し合いの場を設けたあの二人が仲違いをやめた日の夜には、ジェッソと二人で祝杯をあげたものだ。

だが、『あんなこと』があって、あの時から時間の感覚すら曖昧になってしまっている自分がいて。

久しぶりに会ったあいつの息子は、昔とは違う吹っ切れた表情を見せていた。

久しぶりに見た旧知の顔だ。感慨が湧かないわけがない。

だが、俺はそんな事を出来る状況の中にはおらず、しかし、少しでもいい、言葉を交わしてみたいとは思っていた。

だが、あんな形でそれが達成されようことなど、誰が予想するか。

俺には、正体を明かす気などなかった。

しかしあいつは、そんな事を気にすることもなく俺の正体を見破り、言葉の端々からジェッソと上手くやっていることを匂わせる言葉を吐く。

「……だからこそ、戦いたくはなかったのだがな」

そう呟きながら、俺は地下水道を駆け抜ける。

セイゴと交戦した場所からは大分離れた。手加減したとはいえかなり消耗させてしまった手前、誰かあいつの援護が来るまではとあの場で留まっていたが、それもあの騎士甲冑の女性が来たからにはもう問題ないだろう。

とはいえ、セイゴの力は予想を遥かに超えていた。まだ粗削りな部分は多く、俺から見れば未熟この上なくは思うが、あと数年もすれば剣術だけならあんなカートリッジの無駄打ちをしなくとも俺相手に数分もたせるくらいにまでには成長する。

「……だが」

今回の俺の目的は、最初からおとりでしかなかった。

俺に管理局の連中が気を取られている間に、ルーテシア達がレリックを確保する。

セイゴが一人で俺の相手をしたために計画は狂ったが、最初からそういう話だったのだ。だから手加減して見逃すという方法もとれた。

しかし、次は正面から叩きつぶさなくてはならないかもしれない。

俺は、スカリエッティとは相容れない。だが、もはや管理局とも相容れるものではない。

状況がそれを許さなければ、俺はあいつと真っ向から衝突することになる。

そしてその時には、もう手加減云々の話ではなくなっているだろう。

「………」

これはもしかしたら、あの時なにも出来なかった、そして、今も満足に信念を通しきれない俺への、天罰なのかもしれない。

このままいけば、次は殺し合うようなことになる。そんな確信が、なぜだかあった。

「────くそ……」

俺は、暗澹たる気持ちになりながら、ルーテシアとの合流ポイントへと向かった。



────それ以外、なにも出来なかった。































介入結果その二十一 ティアナ・ランスターの葛藤





『セイゴさん! セイゴさん、応答してください!』

それは突然だった。

そう、クロスミラージュが繋いでいた回線を通して、シャーリーさんが不吉な言葉を口走ったのは、本当に突然だった。

彼女の発したそれは、あいつの目の前に敵性の魔導士が登場したことを告げる言葉。

それを告げるシャーリーさんの声音は焦りで満ちていて、なのに、それに対応するあいつの声は、その状況を予想していたかのように冷静そのもの。

そしてその冷静な声音のまま私たちに指示を出し、気が散ると理由をつけて回線を断絶させた。

私も一瞬、かなり焦った。

けれど、気付いた。戦闘に関しての状況判断だけなら、あいつは六課の中でなのはさんたちよりも相手との力量差を測ることに長けているのではないかと思っていたことに。

それを長年の経験でか、または努力してか……それとも別の何かの要因で手に入れたのかは分からない。だけど、あいつと一緒の任務に向かう時、あいつはどんな時でも焦りで判断を間違うようなことは無かった。

それどころか、神経質なくらいに相手とのやり取りの先を先を読もうとしてすらいた。

それは自分の限界と、相手の能力の想定を誤差無く把握できなければ不可能なこと。

だからそれが出来ているあいつは、今だって絶対に無茶なことはしないはず。私はそう結論付けて自分に言い聞かせ、無理にでも平静を取り戻そうとした。

にもかかわらず、彼女だってあいつの強かさは分かっているはずなのに、シャーリーさんは途切れた回線を繋げようと躍起になっているようで、さっきからあいつの名を呼び続けていた。

その、『セイゴさん、セイゴさん!』と叫び続ける彼女のせいで、また不安になる。

だから、聞くしかなかった。

「シャーリーさん、あいつの前に現れた魔導士って……」

『────っ、あ、ご、ごめんなさい、回線切って無かったよね……。だ、大丈夫。きっとセイゴさんなら問題な────』

「シャーリーさん!」

誤魔化そうとするシャーリーさんに焦れて、私はつい怒鳴ってしまった。けど分かってほしい。

あのシャーリーさんが、私たちと回線が繋がっていることすら忘れるほど動揺する状況。

それが、今。

今まで六課で働き続けてきた中で、私はそんなところは見たことが無かった。

だとしたら、今あいつの前にいる魔導士は────

「……シャーリーさん。あいつは、勝てるんですか?」

『……ごめんなさい。分からない……いえ、こんな言葉で、きっとティアナは誤魔化せないね』

「────…っ」

その一言で、もう既に私は察してしまった。

あいつの魔力ランクはAA。けれど実質、その実力は長年の蓄積で卓越した戦技のおかげで、少なく見積もってもAAAランクの相手ならば善戦できるレベルにまで到達している。と言うのが私の見解。

その力をもってして、シャーリーさんに『この敵には勝てない』と思わせられるほどの実力。

「……Sランク魔導士」

自分で呟いた直後、全身に怖気がはしった。

何か大事なものが壊れた時のような、してはいけない失敗を犯してしまった時のような、体の内側に直接冷気を注ぎこまれたような、全身から血の気が引くような、そんな感覚。

どこかで過去にも味わったようなその怖気を押し殺して、私は息を呑んだ。

Sランク魔導士。なのはさんたちに匹敵するレベルの実力者。それが今、あいつの前に立ちはだかっている魔導士なのだろう。

額を汗が伝う。

口の中が一気に乾く。

気が付けば左手を力任せに握りしめていた。

AAの魔導士が、何の対策もなくSランクの魔導士に単体で挑むなんて、時速50kmで走る車を正面から素手のみで止めるのに等しい暴挙だった。

今すぐ助けに行きたい。

けれど、私たちの今の任務は?

大体、私たちが行ったところで何かが変わる?

下手をすれば、私たちが隙をつかれて、なお窮地に追い込まれてしまうかもしれない。

けれど、もしかしたら力になれるかもしれない。

二律背反。

私は、二つの思いに囚われて動けなくなった。

行くべきか、行かないべきか。どちらを選んでも後悔してしまいそうな、そんな選択肢。

そのあまりの重大さに、押しつぶされて泣きそうだった。けれど、泣いてどうなる。今泣きたいのは、きっとあいつの方だ。

「ティア……」

「────…っ!」

そんな、考え込みすぎて周りのことが全く見えなくなっていた私を引き戻したのは、スバルだった。

声を掛けられて弾かれるように彼女を見ると、その表情は不安で満たされていた。

だから私は、一気に正気を取り戻した。

そうだ、ここで悩んでいてどうする。

あいつはこう言っていたじゃないか、こっちに接近するなら注意しろ。なんなら迂回してレリックを追った方が安全かも知れない、と。

つまり、どちらでも構わないから、自分で決めろということだった。

そしてそれは、それほどに私を信用しているということではないのだろうか。

助けに来るのも、別の場所に行くのも自由。

本当は、あいつにそんな事を決める権限なんてありはしない。私たちへの命令は、隊長の人たちから下されたものだ。

けれど、それでもあの言葉は、私を信じてかけてくれたもの。

そう、あいつは私を信じてくれた。意識的にか無意識的にかは分からない、けれどあいつは、私に任せてくれた。

だからきっと、私もあいつを信じるべきだと思った。

だから────

「スバル、みんな。あいつのことは心配だけど、私たちはレリックの確保を優先するわよ」

私の言葉にスバルたちは息を呑み、そしてそれから表情を引き締めた。

スバルはともかく、エリオとキャロ……特にあいつと仲のいいエリオには、辛い選択を迫っていると思う。

だけど、私たちの今するべきことは、私たち新人にとっての脅威であるSランク魔導士の相手をあいつがしているうちに、レリックを確保することだ。

もともとそれが目的で、六課は動いていたのだから。

だから今は、あいつを信じて動くべきだ。

あいつは、死なないし負けない。私たちがレリックを確保するまでの間、絶対にSランク魔導士を足止めしてくれる。

そう信じて行動することが、きっと私たちに今できる『最高』だ。

だから私は、身を翻して地を蹴った。

あいつの信頼に、少しでも早く応えるために。





この後、私たちは途中でギンガさんと合流し、レリック反応までの最短距離を力任せに突破した。

以前までなら途中でへばっていただろうその無茶な工程も、なのはさんたちに育て上げられた魔法の腕と、あいつに付き合わせてもらうことで培った体力のおかげで苦ではなかった。

それどころかみんなそろって驚くほど体力的にも精神的にも余裕があって、回収したレリックを奪いに来た敵性魔導士相手にも互角以上の戦いをすることが出来た。

地中を移動するという特異な能力を使う敵が現れたせいで敵対魔導士は逃がしてしまったけれど、あいつとの任務で学んだ周囲への警戒行動が功を奏し、彼女たちもレリックに手を回すほどの余裕はなかったらしく、それ以外は何の問題もなく事を終えた。

後から駆け付けてきたヴィータ副隊長が目を丸くしていたほどだから、よっぽど上手くやれたんだと思う。

それから通信でシグナム副隊長にあいつを無事に回収したという報告を聞いて、ようやく張りつめていた緊張がとけて、私はその場にへたり込んでしまった。

「新人にしては上出来のメンタルコントロールだったよ」、とヴィータ副隊長はフォローしてくれたけど、その後に笑ってつけ足した「そこで腰が抜けなけりゃな」なんて一言のせいで素直に喜べなかった。

それから立てなくなった私は、スバルに負ぶわれて(嫌だと言ったのに半ば強制的に)シグナム副隊長たちとの合流ポイントへ向かうとあいつがシグナム副隊長に担がれて精気のぬけた表情で私に向けて「やぁ、奇遇じゃまいか。お互い間抜けな格好だ」なんて言い出して、心配していたのが馬鹿らしくなったりしたのだけど、蛇足である。































2010年2月9日 投稿

この物語も、ようやく折り返し地点のあたりに到達しました。
今後ともよろしくお願いします。

2010年2月28日 大幅加筆 「ティアナ・ランスターの葛藤」追加

2010年8月29日 改稿



[9553] 第三十話-交差する未明-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/29 22:23
六課に戻って、シグナムさんの肩で少し休んだおかげかようやく多少歩く程度なら問題無くなった体を引きずって少々姿をくらまそうとしたら一緒に帰ってきた他の連中に取り押さえられた。

おいなんだこの状況は今すぐ私をHA☆NA☆SE☆とかその場の勢いで抵抗し続けてたらヴィータとエリ坊に両腕を拘束されて、シグナムさんをはじめとする面々に恐ろしいほど巧妙な連係プレイで体にバインドをかけられ、そのまま医務室まで我が身柄を連行された。

なにこの犯罪者扱い。善良な管理局員を相手に人権侵害とは感心しませんなとか言ったらヴィータに、「うっせーよ。みんなに心配かけたんだから今ぐらい大人しくしとけよな」とか怒られて口を噤むしかない。

いや、こいつが普段通りの不遜な声音で言ったなら言い返すのにやぶさかじゃないんだが、なんとも怒りをこらえるような微妙なトーンだったからこちらとしてもどう何を言えばいいのか……。

くそう。もはやBJを保つほどの魔力すら残っていない俺にこの仕打ち。くやしい…! でも(ry

てな感じで医務室へと連行されると、そのままいくつかあるベッドの一つに放り投げられて、なんか任務終了とともに放心して腰が抜けたらしくとりあえず大事をとって休むことになったティア嬢とともに放置された。

しかもバインドはかけたままである。酷い、なにこれ私泣きそう。

流石にこの扱いは酷いと思うんだ。確かにゼストさん相手に一人で立ち向かったのは自分でもどうかと思うけど、生き延びられると思ったから実行したことなのであって死ぬ気は最初からなかった。……まあ、甘い見通しだったわけだけれども。

てかそれを含めたとしてもこの扱いはどうよ。それともなにか。ここまでしなけりゃ俺がこの状態でそこらじゅうを────

「闊歩するつもりだったんでしょ、あんた」

「……いや、するつもりだったけどさ」

「……呆れた。バインドかけて正解よ。そんな状態のあんたを出歩かせるなんてありえないっての」

「酷い。その言い方は流石に酷い。あまりの酷さに俺の悲しみがマッハで有頂天になった。この悲しみはしばらく収まることを知らない」

「また意味分かんないことを……。用語の意味も文法もめちゃくちゃすぎよ、あんたのそれ」

そりゃそうだ。正しく使う気なんてさらさらないんだから。とか思いながら隣のベッドに腰掛けるティア嬢に胡乱な眼を向けられる俺。

なんと言われようと、さっさとゼストさんのことを報告したかったのである。マジで。

なにしろ、戦闘行方不明者の管理局Sランク魔導士が、違法魔導士になって俺たちに敵対しているのだ。

……いや、それだけならば、珍しくはあるけれど無いわけではない。

俺にとって問題なのは、その裏切り者が『ゼスト・グランガイツ』であることただ一つ。

あの人は、俺の記憶通りの人であるならば、あんな風なことをする人ではなかった。

正義感に溢れ、悪を嫌い、平和を追い求めて全力で生きていた人だったはずだ。

俺は出来る限りの人を生かしてこの場に連れてくる、だからお前はその人たちを救えるだけ救え、なんて青臭い約束を、あの親父と交わしたような人が、人工魔導士の製造計画に携わっている。

それがどれほど異様なことか、分からないわけがない。

何かがあったのだ、きっと。

あのゼストさんの心を折るような何か。

それが何かなんて知らないが、どう考えても碌なものじゃない。

藪をつつけば蛇が出るなんてこともありかねない。

だから一刻でも早く、このことを相談せにゃならんってのに……。

「はい、セイゴくん。左手の治療は終わったから、次は右手を見せてください」

とか言いながら俺に笑顔を向けてくるシャマルさんが、今は忌々しくて仕方がない。

そりゃ俺だって、彼女がどこかから医務室に戻ってきて早々、「な、なにがあったんですかこれ?」とか焦って俺にかかったバインド外してくれたことには感謝しています。

だけどそのままじゃあちょっと出かけてきますと外へ出ようとした俺をまたもやベッドの上に押し倒して診察開始とは少々お茶目が過ぎやしませんかとか聞いたら、

「大丈夫です。お医者さんはそういうことが許された職業ですから」

許されてねーよ。少なくとももうちょっと患者の自由意思反映されるよ。全国のお医者さんに謝れ。むしろ親父に謝れ。

とか思ってたら医務室内部に来客を告げる呼び出し音が響く。

動いちゃだめですよと笑顔で念を押したシャマルさんが外の様子を見るコンソールの操作をしだす。

「────え」

と目を丸くして驚いていたものだから俺とティア嬢が顔を見合わせて首を傾げていると、シャマルさんがコンソールの向こうの相手と二言三言交わしてから扉が開く。

いや、もうその会話相手の声に聞き覚えのある俺としては諦めが入り混じりつつも大変遺憾なんだが、なんであんたがここにいる。

「少し見ない間に随分と酷い容姿になったな。なんだそのみっともないボロボロの体は」

「うっせーよ、イメチェンだ。銀魂的な意味で」

「命がけでイメージチェンジとは恐れ入る……この馬鹿ものが」

とかいいながら溜め息を吐いて謎の登場を果たしたスーツ姿の親父がこっちに近づいてきた。ちなみに隣にはツヴァイが浮いてた。どうやら道案内してきたらしい。

「だ、誰……?」

とかティア嬢が不審げに俺の方を見てきたのだが、俺の方もわけが分からなくてテンパリつつあったので、先になんでこんなところにいるのかとか聞いてみたら高町に俺が怪我して隊舎に運びこまれたとか聞いてここの近くで学会やってたから仕事上がりに寄ったんだって。

あいつホント余計な気を回すよね。忙しいんだから自分のことだけ考えてりゃいいのに……。

ちなみに親父が自己紹介したらティア嬢がびっくりしてた。こんなに普通の真面目そうな人が、あんたのお父さん……?って。

うっせー余計な御世話だ。俺だって昔は真面目一辺倒だったんだよって言い返したらふーんってすんげー興味無い感じに返されてもう本当に泣いたら全てがゼロになったらいいのにとかいろんなことを呪詛ってたら俺らの会話を聞いて苦笑しながら俺の右手を診てたシャマルさんが妙な声を出して親父の方を見た。

「先生、これは……」

「む、どうかしたかね」

とか言ういろいろ含みの多い感じを演出しながら二人して俺の手首のあたりを診だした。そう言えばさっきから感覚が虚ろなせいでよく分からんのだが俺の右手ってどうなってるんだろうか。

まずもって明日筋肉痛になっていることは間違いなかろうが、それとこれとはまさしく別問題。他に異常が出てない保証なんてどこにもない。

何せあれだけ無茶をして刀を振り回していたのだから手首に後遺症が────って、おいちょっと待てまさかとは思うが……とか勘繰ったあたりでまた室内に外からの呼び出し音。

それにさっきと同じ感じでシャマルさんが対応すると、また開いた扉から今度は八神が顔を出した。

「どうも誠吾くん。なんかえらい無茶したって聞いてたんやけど、結構問題無さそうやね」

「本気でそう見えるのであればあなたに医者の才能が無いことは明確ですね部隊長。それで一体こんな場所に何の用で?」

「あ、セイゴくん失礼ですよ。私の聖域をこんな場所だなんて」

「その通りだ誠吾。医者にとって自分の任された診察室とは戦場同然。それをこんな場所呼ばわりとは嘆かわしい」

……余計な一言のせいで発した嫌味が何倍にもなって私のところへカムバックした。自分が悪いとは言え涙がちょちょぎれそうである(死語)

とはいえ親父とシャマルさんに失礼なことを言ったのは事実なのでごめんなさい申し訳ないと謝罪してからそれでこんな場所に何の用ですかと言ったらまたシャマルさんたちが(ry

無限ループの怖さをまた再確認した次第であった。

「……それで、シャマル先生の聖域兼戦場ともいえるこの崇高な空間に一体何の御用でしょうか八神部隊長」

「……ええと、大丈夫誠吾くん? 随分と二人にいじくりまわされてたみたいやけど……」

「大丈夫です気にしないでください。むしろ気にしたら泣き崩れるのでやめてください」

「最近誠吾くんが見栄を張らなくなってきたなあと思うんよ。これっていいことなんかなあ」

そんなこと俺の知ったこっちゃない。それと言っておくが見栄を張らなくなってきたのではない、張れなくなってきたのだ。より正確に言うと張るだけ無駄だと悟ったともいえるがその辺は個人の匙加減なのではっきり断言はしない。

「まあそれに関しては私はどっちでもいいんやけどね。それで私の話なんやけど……」

とそこで八神がティア嬢と親父の方を見て表情を曇らせた。

ああ、早いとこ俺が通信切った後の状況を聞きたいけど、シャマル先生はともかく隊長格でも無いティア嬢とさらに言えば部外者である親父がここにいるのはいろいろ問題があるというわけですね分かります。

とはいっても俺だって手軽に動ける体じゃない。今はベッドに座っているだけだからどうということもないが、立とうとするだけの活力が今の俺にあるとは思えない。ましてや歩くなんて論外である。さっきはアドレナリン出てたっぽいから無理も出来たかもわからんけど。

という大人の事情的なあれを察したのか、ティア嬢がちょっと慌てて立ちあがって、私はもう大丈夫なのでこれで失礼しますと言って部屋を出ていこうとした。

それにつられてでは私もこの場は失礼するとか腰を上げた親父を呼び止めた。

俺に向けて「なんだ」と聞いてくる親父に少し待ってくれとお願いして、八神の方を見る。

「部隊長、後でどんな叱責も受けますし、罰も負います。だから、これだけは言わせてください」

「誠吾くん、なにを……?」

訝しげに眉根を寄せる八神から視線を親父へと戻す。

「親父」

「だから、なんだ」

「ゼスト・グランガイツさんに会った」

「────────なに……?」

なにをこいつは言ってるんだという表情を俺に向ける親父。その近くでは八神たちが首を傾げていた。

が、その反応はおおよそ予想通りのもので、なにを驚くこともない。もしかしたら八神あたりはゼストさんの名前くらいは知っているんじゃないかとも思ったが、そう簡単な話でも無かったようだ。

そう、ここまでは予想通りだった。しかし、

「ゼスト……? それって8年前に亡くなった、スバルのお母さんの隊の隊長さんの……」

部屋の出口付近でそんな事を呟いたティア嬢相手に、俺は驚きを隠すことが出来なかった。

俺が親父を呼び止めたから、出ていくタイミングを逃してしまったらしい彼女は、俺の方を見て不審げに表情を変えた。

これは思わぬ計算外だと、小さく舌を打つ。

面倒なことになりそうだった。俺の浅はかさが原因で。






























介入結果その二十二 ティアナ・ランスターの疎外





ゼスト・グランガイツさんに会った。

あいつが、部屋を出ようとする私たちの前でおもむろに口にしたその言葉の真意を確かめようとする暇もなく、私はあいつに今聞いたことは他言無用だと言い渡されて部屋を追い出された。

追い出された私は、その場にとどまることも出来ず、オフィスへとのろのろと歩を進めた。

けれどオフィスへとたどり着くと、今日は報告書だけ書いたら帰ってゆっくり休んでとフェイトさんに言われ、私より先にそれらに取り掛かっていたらしいスバルたちにはおいて行かれる形で仕事に手をつけた。

私を待ってると言っていたスバルを、もう少しかかるから先に帰っててと言って送り出し、それからしばらく時間をかけて報告内容をまとめる。

それを提出して、荷物をまとめ、隊舎を出た。

宿舎への道を一人歩きながら、溜め息を一つ吐く。

理不尽だと思った。

確かに私は二等陸士。まだ隊長格の人たちの会議に参加することなんてできないことは分かってる。

けれど、今回は話が違う。

私には部屋を出て行けと言っておいて、あいつはジェッソさんはその場に残るようにと告げた。

いくらあいつの親族とはいえ、ジェッソさんは部外者だ。

以前あいつに聞いた話で、シャマル先生の先生をしていたり、なのはさんたちとも面識があったりと六課ともそれなりに関係があることは知っているけど、それでもあの人は部外者だ。

なのに、あの人はあの場に残った。

部隊長にも追い出されること無く、六課の一員である私は追い出されたのに、あの人はあの場に残った。

……分かってる。これが下らない嫉妬だってことくらい。

子供のように稚拙で醜くて、けれどそれが分かっているのにこの気持ちは消せなかった。

まだ足りないのだろうか。私があの人たちと同じ土俵に立つには。

まだ足りないのだとして、それは一体何か。

強かな心? 積み上げた経験? 鍛え上げた戦技?

それとも別な何かか。

……違う。私に足りていないのは、そんなものじゃない。

だってそれらは、着実にみんなと一緒に手に入れている。

今日だって、いままで頑張ってそれらを手に入れてきたから、ヴィータ副隊長に褒められるくらいのことをみんなで出来たんだ。

だから、そう。

きっと、私に足りていないのは────

そこまで考えたところで、誰かに呼ばれた気がした。

立ち止まって振り返ると、少し遠いところからあいつが駆けてくるのが見える。

……一体、今更何の用だろうか。

私をあの部屋から追い出した以上、ゼスト・グランガイツと言う人のことについてあいつが私に教えてくれることなんてほとんどないと考えていい。

なのに、あいつがあんなに急いでこっちに走ってくる理由が分からなかった。

「もしかしたら、さっきあんな扱いをしたから謝りに来た、とか?」

だとしたら正直笑うしかない。別にあいつのあの対応は、全然間違ってない。むしろ正解だと思う。

一般市民という枠付けであるジェッソさんにあんなことを言ったのはどうかと思うけど、それを咎めるのは私じゃ無くて部隊長だ。

なのにあいつときたら、わざわざ私の機嫌を伺いに来たのだろうか。

そんな風に考えて、そんなわけがないと苦笑した。

あいつは、そんな細かくて分かりやすい気配りなんてしない。

したとしても、もっと分かり辛い風に捻くれたものになるはずだ。あんな風に焦って謝りに来るわけがない。

だからきっと、何か伝えるべきことがあって、それは通信越しだと少し不都合のあることなのだろう。

そう納得して私は、自分からあいつの方へと近づいて行ってやった。

珍しく疲れてるはずのあいつのことを気遣ってやれるくらいには、私だって気が利くつもりだったから。






























2010年3月5日 投稿

2010年8月29日 改稿

節目の三十話投稿となります。
忙しいとは言いましたがとりあえず一月以内に一話達成。
さて、次も早く書きたいのですがどうなる事やら……。



[9553] 第三十一話-嘘も方便-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/29 22:57
何か全身にふわっふわとした違和感を覚えて目が覚めたら、壁の時計の文字が昼過ぎを示していた。

こんな時間に目が覚めましたって時点でもう遅刻だとか遅刻でないとかそういうちゃちィ問題でなくなっているのは言うまでもなく、時計を確認して異常事態に気付いた時点でベッドから跳び起きようとしたら全身に雷の如し強烈な衝撃と言う名の激痛が響き渡り、突然の出来事のせいでバランスをとることができようはずもない俺はそのまま顔面からベッドから落下した。

鼻骨を床に強かに打ちつけ、「っぐおぉぉ…!」と情けない声をもらしながらぎぎぎぎという擬音がしそうなおどろおどろしい所作で鼻を押さえて起き上がろうとして────先ほどと同じ種類の激痛が全身を苛んでその場にもう一度倒れ伏した。

そして、そのまま動けなくなる。……というか、動くことが愚かだと察する。

この時点で漸く俺は、体を起こすために筋肉を使おうとするたびに全身を走り抜ける電撃のような痛みの正体に気付いた。

「……ぅ、ぐ、おぉぉぉぉぉぉ……! ひ、久しぶりすぎる……こんなレベルの筋肉痛……っ!」

そう、何のことは無い。不治の病でもなければ完治不能のお怪我でもなく、神経系の不祥事でもなければ脳ミソの異常現象でもない。

ただの筋肉痛だった。

具体的に説明すると、過度な運動によって断裂した筋繊維どもが悲鳴を上げていた。泣きたい。

無茶をしすぎた反動だと言うのは分かるのだが、この痛みはいつになっても慣れるものじゃないなと思う。

つーか右腕だけなわけはないと思ってはいたが、こうも全身から狂乱の如き悲鳴が上がると流石の俺も我慢しきれん……。

真面目な話普通に泣きそうだった。全身くまなくそこかしこをほっそい針で刺され続けているような痛み。

なんだかんだいって、最近本気になることのなかった反動とでもいうのだろうか。ちょっと真剣に戦っただけでこの醜態。流石にかなり凹むよね。にしても、

「……これだけのリスク負って五分に届かねえとか、どんだけ化けもんなんだよSランク魔導士……」

そんな愚痴をもらしながら、俺は全身を蝕む痛みを気力で誤魔化しつつ、慎重に体を動かした。

どんだけ泣こうが喚こうが、この痛みが消えるわけもない。むしろ動かないで縮こまってると動かした時にさらに痛い。こういうときは動いて体を温めるに限ると思う。

なんて自己暗示をかけつつゆっくりと立ち上がったところで、ベッドのまくら元に置かれたメモに気がついた。

ちなみに説明しておくと、昨日は隊舎にお泊まりした。

より具体的に補足すると、隊舎の医務室のベッドで一夜を明かした。

八神たちとの会議後、別に大丈夫だと言ったのだが、シャマルさんと親父に大事をとっておとなしくしていろと半ば強制的にこの場に押しとどめられることになったのだ。

正直いい迷惑だったが、あれだけいろいろ心配かけた手前無理矢理断るわけにもいかず、八神にまで泊まっていかんとなのはちゃんに連絡するよと言われて渋々了承したのだ。

「しかし、帰れそうにないって連絡した時のエリ坊の反応ったらなかったな」

昨日あいつに連絡した時の会話を思い出しながら、俺は苦笑した。

そして苦笑したせいで筋肉痛発動。

頬を引きつらせながら痛みをこらえ、体の状態を知っておきながらなにを自滅しているんだと思う自分と、笑ってしまうのを仕方ないと思う自分がいた。

なにしろあいつときたら、「大丈夫? 看病しに行こうか」などと言い出すのだ。流石に心配のしすぎというものだろう。

とか思ったからそのままの意見を伝えたついでになんだ寂しいのか憂い奴めとか言ったら「ち、違うよ! セイゴの馬鹿っ!」とか言って通信切られてテンプレ乙と言うしかなかった。

話聞いてた八神や親父たちも苦笑するほどの微笑ましさである。あれが正真正銘の癒し系。キャロ嬢と並んで六課の良心だった。

それはともかく、ゼストさんの件を他言無用とする誓約書にサインを終えた親父と、別の仕事に向かうという八神をツヴァイと一緒に送り出すととうとう手持無沙汰で、シャマルさんもしばらくしたらどこかに行ってしまったから喋る相手もいなくなって寝るしかなくなった俺であった。

ちなみに話し合いはと言うと、俺と親父でゼストさんのことを一通り説明した後、八神が少し私の方でも調べてみると言っていたので後は任せた。……とはいうものの、あまり深入りはしない方がいいと進言はしておいたけれども。

なにしろあまりにキナ臭すぎる。

踏み込まなければなにも見えてこないのは分かるが、踏み込み過ぎれば足元をすくわれかねない。

親父の話では、ゼストさん自身も何かしらの闇に足を踏み込み過ぎて死んだとされていたそうなのだから。

詳しくは知らないらしいが、どうもゼストさんは人造魔導士計画の一端を担う研究所の捜査をしている途中で隊ごと全滅したらしい。

そして今回の事件の要も、人造魔導士。

これでなにもないと思う方が難しいだろう。

「面倒なことになりそうだ……」

独り言をつぶやきながら、俺は見つけたメモを右手で拾い上げた。

その時ふと手首に巻かれたサポーターが目に入る。

俺の予想通り、あの時二人が俺の手首を診て示した反応は、全く良い結果につながるものではなかった。

……親父とシャマルさんが全力を尽くしてはくれたものの、俺の手首にかかっていた負担はそれを凌駕していて、関節の痛みと言うかなんというか、結局若干の後遺症が残ってしまった。

無理をしないで気にかけていればそのうち治ります。とは言われたが、今この状況で無理をしないなんてことが出来るのかと言われたら微妙なところである。

昨日のあの状況とは違い、なにも俺一人でゼストさんの相手をしなければならないわけではない。とはいえ、俺個人の戦力上昇は今後の課題の中でも急務と言っていいだろう。

なのに、右手はしばらく使い物にならないと来た。

分かっているのだ。無理を押して右手を使って訓練したところで、必ずどこかでボロが出る。

今以上に悪化すれば今後どうなるかなど想像もつかない。

体の無理を誤魔化して力をつけたところで、そんなものがあの人相手に通じるわけもない。

だったら別の方法を考えなけりゃならんわけだが……そんなもんが急に言われて思いつくわけもなし。漫画じゃあるまいし。

問題だらけの八方塞。そうしてため息を吐いてメモを覗いた。

「……。……お疲れだったようですので、目が覚めるまでゆっくり休んでください。用事があるので私は少し部屋を空けます。目が覚めたなら一緒に置いてある痛み止めの薬を持って帰ってもらって結構ですよ」

……あの人、俺の体がどうなってるかわかってて言ってるんだよねこれ。

この状態で一人で帰れとかなんというドS。流石に驚きを禁じ得ない。

とか思いつつもメモの近くに置いてあった薬袋を手にとって、ようやく痛みを軽減しながら歩くコツを見つけた俺は慎重に体を動かして部屋を出た。

理由ありとはいえ無断で一日休むわけにもいくまい。なんかグダグダで忘れがちだが俺だってこれでも社会人である。忘れがちだが。大事なことなので二回言いました。

とりあえず一回着替えようと思ってエリ坊の部屋に戻ることに。

軋む体を引きずって歩いて宿舎についたら高町とフェイトさんの部屋の前を通りがかったところであけっぱなしのドアの奥から泣き声のようなものが聞こえてきた。

ちなみに首は傾げません。少し歩いてそれなりに体も温まったとはいえやった瞬間死ぬことは確定的に明らかなことをやるほど俺はドM気質ではない。

流石にこれだとスルー検定実施中という気にはならなかったので部屋に入ったら、なんか知らんが金髪少女が高町に抱きついて癇癪起こしてた。

周りでは新人連中が泣き声にあてられてあたふたしてる。見てて面白いけど落ち着けと思う。

と、俺が入ってきたことに気付いた高町が、わざわざ念話で話しかけてきた。

『せ、せーくん! もう大丈夫なのっ?』

「ええ、まあ。いろんな意味で死にかけですけど死にゃしませんから。つーかなんですかこの大騒ぎ。どっかのお祭りの予行演習ですか?」

「念話で声をかけたのに普通に返された……」

なにを愕然としているか知らんが念話を使う意義が感じられんのにわざわざ念話で返すと思ったら大間違いである。

てか念話とか繊細な作業今の俺に要求するな。集中力とか皆無だから。全てが痛みに塗りつぶされるから。

「で、なんですかこの状況。と言うかその子誰……って、あれ」

よくよく見ると見覚えがあった。昨日助けた怪力ガールじゃないか。マンホール的な意味で。て言うか高町腰大丈夫? めっちゃしがみつかれてるけどバキバキに折れたりしない?

とか思ってるとキャロ嬢からも念話が飛んでくる。

『この子、なのはさんにすっかり懐いちゃったみたいで、離れたくないって』

『私、これからちょっと用事があるからここを離れなきゃならないんだけど……。困っちゃって……』

『セイゴ、なんとかならない?』

なんとかって俺にどうしろってんだよエリ坊。と言うか子供一人に振り回されすぎだろこいつら。

子供は泣くのが仕事なんだから、放っといたらいいじゃないか。てかなんでこの子ここにいんの。まさかと思うけど六課で預かんの?

うわー、マジかよ……。まあ犯人逮捕されてないし安易に民間に預けられるような身柄じゃないのは確かだけど。

ここはいつから保育園ですかコノヤローとか思いながらわりと本気で困ってるらしい高町を『珍しく 助けてやろう 適当に(五七五)』と気紛れを起こした俺は制服の左の胸ポケットに手を突っ込んで小さな飴玉を一つ取りだした。

そして泣きじゃくる少女の近くに座りこんでビキッとくる筋肉痛に耐えつつ頭に手を置いてこちらを向かせ、視線を合わせる。

で、「へい、ガール。これうまいけど食う?」とか何とか適当に声をかけたら多少なりとも興味をひかれたのかとりあえず泣きやんで俺の手元の飴玉を凝視し始めた。

よしおk。興味を持ってくれりゃあやりようがある。

「……うま、い?」

「そう、うまい。ほれ、口をあけてごらんなさい。あーんと」

飴の包装紙を剥きながら口をあんぐりとあけて手本を見せたらまた全身が痛む。あーもうマジでうざってえな筋肉痛! 動くたびにこれとか泣きたいんですけど!

とか心の中で叫ぶ俺に関係なく、怪力少女は高町をじっと見上げていた。

どうやらこの人の言うとおりにしていいのとでも聞きたいらしく、高町はその視線に笑顔で頷いた。

それでようやく決心したのか、少女は俺の方を見て口をあける。

そこにポイっと舌に乗るように飴玉を置いた。投げ込んだらあかん。のどに詰まらす可能性あるから。まあ大きさ考えてあるからそうそうないだろうけど。

すると少女は口を閉じ、ころころと飴玉を口の中で転がし始める。

「うまいか?」

「……ん」

こくりと頷く少女。ちょっとは機嫌も治ったようである。

その際、

『ちょっと、なんであんたそんなに子供の扱い慣れてるの? て言うかその子供用の飴はなによ。あんたまさかあの噂通りロリコン……?』

ティア嬢から念話が入った。いや、ちげえよ。なんでだよ。確かに慣れてるけどそれには理由があります。

つーか噂ってなんだ。まさか一昨日のあれがもう既に六課内で話題騒然なのか。

泣きたい。キャロ嬢のバカヤロー! お前が天然なせいで俺があらぬ誤解受けたじゃねーか!

『なんつーかなあ。前にいた課でさあ、迷子センター的なこともやっててなあ。自然とこういうガキの気を引く技術を覚えたというかなんというか。まあ最終的にはめんどくなって泣こうが喚こうが放っといたけど』

そしたらいつしか勝手に泣き疲れて眠ってるのだ。そうなりゃこっちのものである。後は適当に毛布かけて同じ部屋の中で読書しながら時間をつぶしてればいいのだ。

一緒の課にいた女性陣にはもっと真面目にやれと言われたものだが、どうにも俺は子守と言うのが性に合わない。

大体自分が育ててるわけじゃないし、俺はその道の専門家でもないし、そこまで傾倒して心血注ぎこむとなると俺の方がどうにかなってしまいそうなので適度に力を抜くくらい許してくれてもいいじゃないか。

とか思ったけど結局飴玉常備が基本になってるあたり、俺が日和易いのは周知の事実だなあとも思う。

とか何とかはさておき、このまま時間をグダグダやるのもどうかと思うので次の段階に移ろうと思う。

俺は高町に目配せし、せめてもの謝罪ににこりと笑った。

そんな俺を見て高町の表情がこわばる。俺が何か碌でもないことをすると悟ったらしい。しかしいまさらである。気付くのが遅すぎた。

「さて少女よ」

「……?」

俺は飴玉をおいしそうに舐めている少女に視線を合わせ、真っすぐ瞳を見た。お、そう言えばこの子オッドアイだ。

昨日軽く診察した時のことから分かっちゃいたけど左右で色彩の違う鮮やかな色の瞳。

俺の真剣な様子を察したのか、少女がちょっと怖気づいた感じに表情を歪める。おっと、気構えを作りすぎたか。

警戒させては意味がない。反省反省。さて気持ちを入れ替えて……

「君のしがみついているこちらの高町なのはさんなのだがな」

「?」

「なんと怒ると口からビームを吹く」

「!?」

バッと高町の顔を見る少女。飴を舐めながら見上げているせいで声には出さないが、「本当?」とでも聞きたいのだろう。

高町はめちゃくちゃうろたえてた。

『ちょ、ちょっとせーくん! なんてこと言うの!』

『いいからいいから。と言うか大体あってるでしょう。キレると砲撃ロックオン&ファイアとかしますし』

『口からは吹いてないよね!?』

突っ込みどころがおかしいとか俺は突っ込まない。なぜなら突っ込みには愛が必要だから。

「ちなみに困りすぎても口からビームを吹くんだが……」

「ほん、とう……?」

「ああ、俺も何度この人のビームに焼かれたことか……」

とか訳知り風にため息交じりに言ってたら、いつの間にか少女の体がぷるぷる震えだした。きっと恐怖で。

おお、信じてる信じてる。さすが飴玉。こんな胡散臭い男を信じる要因になるだけの力を秘めているんですね分かりますとか思いつつ『焼いてないよね! 私焼いてないよっ!』とか聞こえるけど気にしない。と言うかこいつ嘘つきやがった。最初に会った時俺模擬戦中にSLBに焼かれたはずです。まさか覚えてないと申したか。

もういいよ。仕上げに入るよ。

「少女よ、今なのはさんはとっても困っている。きみがここでわがままを言っているせいだ。このままだとなのはさんは君のせいで熱線怪獣『NANOHA☆ZAURUSU』となってしまうかもしれない。そうなれば君だけじゃない、みんながなのはさんの暴走に巻き込まれて……!」

「……!」

『せーくん、あとでお話があるんだけど』

なんか念話来たけど知らん。いつも通りの声音が逆に怖いけど俺に話はない。よって却下。

「だがしかし、今ならまだ間に合う。きみがこの手を離し、なのはさんを笑って送り出してあげるだけで世界の平和は守られ、なのはさんは君の知る大好きななのはさんのまま帰ってくるのだ……っ!」

「……!」

『ちょっと、なんで私が世界を壊すみたいな話になってるの!?』

『うっさい! 今いいとこなんですから邪魔しないでください!』

『せ、せーくん……!』

「そしていまならなんと、なのはさんが帰ってくるまでいい子にして待っているだけで私の持つこの飴玉を3つきみにプレゼントしよう」

『……まるで悪徳詐欺師ね』

『と言うより通販の売り文句みたいな……』

『て言うか口がうますぎるよねセイゴさん』

『セイゴ……』

『うっさいお前ら。文句あるなら自分で何とかしろい』

『助けてとは思ったけどこんなの酷いよーっ!』

『存じ上げません』

とかグダグダやってるうちに、少女に変化が現れる。

顔を俯かせつつも、ゆっくり、少しずつ高町の腰から手を離す。

で、

「い、てらっしゃい……」

「ヴィヴィオ……」

高町が心底複雑そうな表情で、頑張って作った笑顔を見せているヴィヴィオと言うらしい少女を見ていた。仕方ない。俺に何とかしろと頼んだ時点で碌なことにならないのは分かっていたはずである。

だから仕方ない。ああ仕方ない仕方ない。

ただし一応言っておくが、この日の夜に誤解を解くのがすごく大変だったんだよと俺が一晩中通信越しの高町の愚痴に付き合わされたのは仕方なくないから。いや自業自得だけど。

怨むから俺驚くほど恨むから! 自業自得だけど。と言う感じで始まる、とある少女を迎えた六課の一日目(俺ver.)だった。































2010年3月8日 投稿

2010年8月29日 改稿

なんだか予想を遥かに上回る速度で完成しました。
忙しいといつもより筆がのる……なんて天邪鬼なんだ私……。
とはいえ就活はきっちりやってますので大丈夫…っていいわけは無用ですね。
ではまた次の更新で会いましょう。



[9553] 第三十二話-平穏?な幕間-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/29 23:14
エリ坊の部屋で、俺はPS2のコントローラーを巧みに操り、幻影刃、幻影刃、魔神剣・双牙、いくぞっ!月閃光、散れっ、虎牙破斬、刻めっ、臥竜閃、そこかっ、幻影刃、魔神剣・双牙、飛燕連斬、臥竜閃、そこかっ、月閃光、散れっ、月閃光、散れっ、いい気になるなっ!目障りなんだよ!僕の目の前から────消えてしまえっ!魔神────煉獄殺!いい気になるなっ!塵も残さんっ!奥義────浄破滅焼闇!闇の炎に抱かれて消えろ!と言う緑川ボイスを聞きながら敵を屠る。敵とは勿論、画面の向こうで馬鹿なあり得んあり得んぞぉぉぉぉと断末魔を上げているchaosスバルバ……もといchaosバルバトス・ゲーティアさん(TODリメイク版)である。

しかしあれだ。浄破滅焼闇使いたい。リアルで。いや無理だけどさ。俺魔力変換資質『炎熱』ないし。シグナムさんなら出来るんだろうか。

やー、でもあの人西洋剣一本使いだしねー。俺みたいに中途半端に鞘使った二刀流とかしてるの見たことないし。となると滅焼闇は無理か……。

あー、しかし緑川ボイスいいなマジで。そういや緑川ボイスと言えば高町の兄さんの恭也さんの声がめっちゃグリリバボイスそっくりだったなー。

リアルであの美声とかマジ憧れるわー。しかも顔いいし性格いいし妹想いだし全国のお兄さんの理想形だよねマジで。

おまけに超強いし。俺が一瞬で背後とられた8年前のあの日。肩を叩かれるまで気付かなかった時には恐ろしいを通り越して尊敬したものだ。

ところで真面目な話に移るが、幻影刃とか実戦投入できそうじゃね。

高速移動と一閃による切りつけを融合させた高速剣技。斬りつける時に全身に魔力を纏って突進すれば、実践でもかなりいい線いきそうな気がする。

まあそんな現実逃避はともかく。

こないだ追加で親父から郵送されてきたいくつかのテイルズシリーズ。その中でも俺個人としては横スクロールの中では戦闘が一番面白いと感じるTODリメイク版をプレイするin平日の真昼間であった。

ちなみに俺の横では金髪のがきんちょが興味深そうにディスプレイに見入りながら俺に寄り添ってきており、そんな俺たちをエリ坊とキャロ嬢が少し離れた位置から苦笑して見ている。

なんぞこれ。いや、てかこれなんて罰ゲーム?

とか何とか思わずにはいられない俺の気持ちを誰かキャッチしてほしい。電波的な意味で。

「ねー、おじちゃん」

「……」

「おじちゃん。おじちゃんてばー」

「……おいクソガキ。さっきから何度も言ってるが、おじちゃんはやめろ」

俺はそんな歳じゃない。……多分。いや、世間での22歳って実際どうなんだろうか。5歳くらいが相手だと普通におじさん認定を受け入れなければならないレベルなんだろうか。

しかしそれを言ったらフェイトさんだってあれだと思う。本人には言わないけど絶対。俺はまだ、知らぬ間に首を刈り取られていましたなんて状況は御免である。

何はともあれ事情を説くと、要するにこいつ的に俺は高町から自分を引き剥がした悪者だったわけで。

だから高町が帰ってくるまでは俺に責任を取らせる心積もりらしい。

フェイトさんと八神に連れられて高町が部屋から出ていくと、こいつときたらいきなり俺の制服の裾をガシリと掴み、おじちゃん、あそぼ?とか言い出したのだ。

俺はその場で石像にでもなったかのごとく制止した。つか思考ごと体が動かなくなった。

なにしろ、おじちゃんである。

こちとらこれでもまだ若いつもりなのだ。結婚適齢期だってまだ先だし、筋肉痛だって一晩寝れば現れる。

考え方だってガチガチに凝り固まったりしないようにしてるつもりだし、体力だってその辺のガキよりよっぽどある。

なのに、おじちゃん。

その一言で撃沈された俺は、何一つ言い返す気力すら湧かず、最初からこいつの相手をするために呼ばれたらしいエリ坊たちとともに場所を移して今に至るわけだった。

ところで事後確認したことだが、今日の俺勝手に有給入ってたらしい。

どうやらシャマルさんが俺の体調鑑みて勝手に休暇を入れたようだ。

要するに最初っから暇だった俺はこいつの相手としては渡りに船だったわけで。

そのうちティア嬢たちとエリ坊たちが交代するらしいが、まあどうなろうと知ったことじゃない。

いま重要なのは、この子供に俺の呼称をどう変更させるかである。

「むぅ~。おじちゃんだってヴィヴィオのことヴィヴィオってよんでくれないのにー」

「ああ、なるほど。つまり貴様は対価を要求しているというのだな少女よ」

「たいか……?」

ですよね、難しい言葉は分かりませんよね。ああ、カッコつけた遠回りな言い回しが俺の会話の意義と言っても過言ではないのにそれを否定されている。泣きたい。

でも俺は優しい(笑)し心が広い(嘲)から語彙を変えることにやぶさかじゃない。ああやぶさかじゃない。

「……だからつまり、俺がお前をヴィヴィオと呼んだら、お前は俺のことをおじちゃんと呼ぶのをやめるんだな?」

「ん? ……んー。うん」

……えらい間があったんですけど大丈夫なんだろうかこれ。あれじゃないよね。ヴィヴィオって呼んでも俺の方の呼び方変えないとか言う鬼畜設定じゃないよね。きっとこの子は純粋だから大丈夫だよね!?

まあ悩んでいても仕方あるまい。なれば実戦あるのみよとか思ったので実践する。

「ではヴィヴィオ。ヴィヴィオは俺のことをどう呼んでくれる?」

「んー。おじちゃんはなんてよんでほしいの?」

そう聞かれると困る。とりあえずおじちゃんだけはやめてもらいたいのは間違いないが、だからと言って誠吾とか誠吾さんとか呼ばれるのも何とも言えない気分である。かといってお兄ちゃんとか言うのは違う気がするしなあ……。

とか思ってエリ坊に意見を仰ぐと、あいつはうーんと唸ってから「あ」といいことを思いついたような態度をして、

「パパとか?」

「まさかエリ坊を手にかけねばならない日が来るとは……」

即座に立ちあがってエリ坊との距離を詰め、ヘッドロックをかまして頭を締め上げる。筋肉痛? シャマルさんにもらった薬飲んだら大分マシになった。今は普通に動き回れるレベル。

「うぐあぁぁぁぁ! ごめんなさいごめんなさいっ!」

「ふははははっ、許してほしいかエリ坊! もし許してほしければ高町に面と向かって、好きです、僕と模擬戦してくださいと言うと約束しろ!」

「それどう考えても今よりさらに状況が悪いんだけどっ!?」

「ならば貴様の頭蓋は今この時をもってお釈迦となる」

「ゆ、許してえぇぇぇぇ!」

しまいには暴れる俺たちの近くであははと苦笑しているキャロ嬢に助けを求め出すエリ坊だった。

助けてキャロっ!とか超必死に言うもんだからキャロ嬢も見かねたのか「セイゴさん、その辺で」と俺にやんわりと攻撃の中止を促す。

まあキャロ嬢が言うなら仕方ない。ぱっと手を離すとエリ坊がどさりと崩れ落ちた。きゃっきゃとヴィヴィオが喜んでた。楽しそうでなにより。

「うぅ、酷いよセイゴ……」

「酷いのはどっちだ。誰が子持ちか。彼女すらいないわ!」

言ってて悲しいけどな!

「むー、だったら何て呼んでほしいのさ」

「いや、それを言われると弱いんだがな」

「なら、お兄ちゃんとかどうかな?」

「なーキャロ嬢。俺がお兄ちゃんて柄かよ?」

「うん」

「うん」

「なん……だと……?」

これは酷い予想外。こいつら俺のことそんな風に思ってたのか……。

「うーん、でもそれが嫌なら普通に名前を呼んでもらうしかないんじゃ……」

俺としては微妙なところなんだが、別の案がないなー。んー、せっかくのキャロ嬢の提案だし、それでいいか。

「よし、ヴィヴィオ」

「なにー?」

「俺のことは誠吾と呼べ」

「せ…いご?」

「そう、誠吾」

「せい、ご……せいご……────…せーご!」

「おう?」

「わかった。せーごってよぶ!」

無邪気にそう宣言したヴィヴィオは、せーごせーごと連呼しながらキャロ嬢に突進していった。なぜそっちだ。まあ俺は楽だからいいけど。

で、それを器用に受け止めるキャロ嬢。さすがにいろいろ訓練受けてるだけあって身体バランスもいい感じになってきてるよね。

とか何とかやってたら来客が来た。

エリ坊が応じると相手はティア嬢だった。どうやら仕事が片付いたのでエリ坊たちと交代しに来たらしい。

スバ公? まだ終わってないらしいよ。手伝ってやらなかったのかよと聞いたら、うんまあ、ちょっとそういう気分じゃなくてとか微妙に目を逸らしながら言われた。

なんだろう。この微妙な反応はとか思うけどまあいいや。深く追求しても面白いことなんてないだろうしのう。

「じゃあとりあえず、僕とキャロは隊舎に行くね、セイゴ」

「おう。俺の分もしっかり働いてきてくれ。あ、お前らの仕事と俺の仕事じゃ管轄が違うから関係ないか」

と言う感じであっはっはと笑いながら二人を送り出した。

で、

「こんにちは、ティアナ・ランスターです。ヴィヴィオって呼んでいいかな?」

「……う、うん」

そんな感じで自己紹介突入。座り込んだティア嬢がヴィヴィオと面をつき合わせていた。

しかし何だあの物腰柔らか120%増しは……優しげでかわいい機嫌のよさそうな笑顔のおかげで、普段のティア嬢と同一人物とは思えんぞ……。

俺と話してる時は眉間のシワがボンゴレⅩである。

いつも眉間にシワを寄せ(俺の言動がイラつくから)祈るように拳を振るう(俺のバカが治るようにツッコム的な意味で)

いや、多分俺以外の前じゃあんな感じだと思うけどね。高町とか相手だと礼儀正しいし。

それに子供相手だから余計に気を遣ってるんだろう。

とはいえヴィヴィオは若干人見知り気味で、あいさつが終わるととてとてと走って俺の後ろに隠れてしまった。

飴SUGEEEEEE。まさかこんなに懐かれるとは思わなかった。やはり子供は単純ですねとか思ってたら、

『飴云々と言うより、あんたに害が無いって気付いただけでしょ。それなりに一緒にいたんだから』

『あれ、俺口に出してましたか』

『口と言うか、念に?』

『無意識で念話を使った……だと……?』

『その事実は私の方が驚きたいわよ……』

なんて感じに話してたら、さっき着替えた私服のジーパンの布をくいくい引っ張られた。

そっちを見るとヴィヴィオが不満そうな顔で俺を見上げていた。

「せーご、あそんでよー」

「ん。ああ、なら次はどうする? アニメ店長でドラグーン背中に付けたべジータフルボッコにするか?」

無論chaosで。とか言ったらティア嬢が首を傾げてた。まあ知識なきゃそんなもんだよね。

「ううん。ごほんよんでー」

「本? なんか読むようなもんあったっけか」

首を傾げてるとヴィヴィオがとてとて走ってどこかに行った。数秒ほどでまたとてとてしながら戻ってくる。

その手には一冊の本が握られていた。題名は────



偽物語(上)



……うん。これはまずい。

明らかに5歳の子供に聞かせるような内容じゃねえ!

おのれエリ坊、読んだらキチンと元の場所に戻しておけとあれほど言っておいたのに、適当に机の上に置いておきましたね帰ってきたら折檻じゃー!とか思いながらあぶら汗超かいてた。

多分入ってる箱の表紙絵が幻想的だったおかげでもってきたんだろうが、内容はもはや大人の楽しみなレベルである。

いやまあ、そんなんエリ坊に読ませるのもどうよとか言われたら言い返せないけど、あいつ10歳のくせに変に老成してる部分あるしさー。化物語上巻から読みたいって言うから順番に貸してるってだけで、別にいいかなとか思ったり。

けど話の内容的に偽物語下巻はまたエリ坊のトラウマを刺激したりしないか今からかなりビビってる俺。

まあ以前のアビスの時の数日後にもう物語読まない方がいいんじゃねと忠告したら、もう大丈夫だよ。感動してまた泣いたりするかもしれないけど、それはそれだからとか言われたりしたから何とも言い返しにくい感じであった。

まあいいや。俺はあいつの体のことを気にしないと決めているし、あとは野となれ山となれだ。

と現実逃避しながらヴィヴィオの手から偽物語(上)をひったくり、背後で不思議そうな表情をしているティア嬢を見た。

「とりあえずティア嬢。ヴィヴィオは本を読んでもらうことを御所望のようなので、高町の部屋からかっぱらってきたあの袋に入ってるとかキャロ嬢が言ってた気がする絵本を読んでやってくれ」

「別にいいけど、あんたはどうすんのよ」

「疲れたから寝る」

「……その子、そんなことさせない気みたいだけど」

おィィ! どうして足に抱きついてるわけ! はッ! これが孔明の罠かっ!

とか何とか言いながら、結局、ヴィヴィオを抱えながら絵本を読み聞かせるティア嬢の横で欠伸を噛み殺しつつ退屈に耐える俺という構図が出来上がった。

とはいえしばらくすると眠くなってきたようでうつらうつらし始めたから俺が適当に毛布引っ張ってきてソファで寝かせることに。

いいよね子供はフリーダムでさ。食って寝て遊んで食って寝て遊んでの繰り返し。でも俺が5歳の時とかこんなことしてた覚えがない。

医学書の山に埋もれて育った俺かっこいい(キリッ

……ああ、虚しくなってきた。この話題はもうやめようとか思ってたあたりで飲み物取ってくると言っていたティア嬢が戻ってきた。

「そういえば、随分仲良くなったのね。わざわざ名前で呼ばせるなんて」

「本気でそう思うか? 選択肢がおじちゃんとパパとお兄ちゃんとせーごだぞ? こん中なら圧倒的に名前で呼ばせるだろ」

突き出されたコーヒー入りのカップを受け取りながら溜め息を吐く。

「……あー、うん。なんかごめん」

「別に……。これが年長組の定めなんでしょうよ」

もう一度ため息を吐くと嫌な雰囲気を払拭しようとでも思ったのか、ティア嬢が焦り気味の声音で言った。

「そ、そう言えばあんた、昨日は隊舎に泊まったのよね?」

「ん、ああ。こっちに戻ってこようかとも思ったんだけど、シャマル先生とか親父とかが泊まっていけってうるさくてな」

肩を竦めつつ言うと、ティア嬢は何か考えるようにふーんと相槌を打った。

「ま、いいわ。それともう一つ聞きたいんだけど」

「なんぞ」

「あんた、なにかする気?」

「────? なにかする気って、何の話だよ」

「とぼけないで。……例のSランク魔導士相手の対抗策、もういろいろと考えてるんじゃないの?」

「……何のことかな」

「あんた……致命的にこういう突発的につく嘘が下手ね」

うっせーよ! つかなんでお前が気付く。俺の予想じゃ一番最初に気付いてごちゃごちゃ言ってきそうなのは高町だと思ってたのにっ!

「別に。勘よ」

「勘で人の行動を読むんじゃねーよ……」

「ついでに言うとこの間のあんたとなのはさんの話から考えたのよ。昔は随分と負けず嫌いだって言ってたし、負けた相手に挑むのが普通みたいなところもあったみたいだから」

カマかけてみただけ。とか言われてorzした。

なに自分から自白してんだ俺。いくらなんでも単純思考過ぎるでしょう?

とか壮絶に落ち込んでたんだがティア嬢はそんな俺にお構いなく続きを喋る。

「で、なにかする気なの?」

「……いや、する気は一応あるんだが、今のところは指針が立っていなくてだな……」

「ふーん。だったらシグナム副隊長に鍛えてもらったら?」

なん……だと……?

あまりにも自然に迷いなく言うもんだから驚くしかない。なにこの子、なに言ってんの?

「だってそうでしょ。楽して強くなれるわけないんだから、Sランクの敵相手にあんたが勝つなら、それくらいの事やらないとだめでしょ」

「いや、しかしだな……俺今右手があれっぽくてしばらく使用禁止でだな……」

「じゃあ反撃なしで副隊長の剣避けるだけの訓練すればいいじゃない。その方が難しいし」

「なん……ですって……?」

「何で敬語なのよ……」

「なんと言うドS発言……。お前の前世は間違いなく鬼」

「うっさいわね。て言うか魔法の方は? 強化した方がいいんじゃないの?」

「確かにそうだがどうしろと」

「流石にそこまで知らないわよ。あんたの戦闘タイプから言って、リミッター系の魔法でも覚えればいろいろ変わってくるんじゃない?」

「リミッター、ねえ……」

リミッターってーと、高町とかのブラスター系の魔法ってことか?

いやしかし、高町があの手の魔法を俺に教えるとは考えにくいし、俺もあいつには教わりたくない。ぎゃあぎゃあ五月蝿いし。

つーか何の疑問もなくティア嬢の言葉に従いつつあるけどなんでだろう。

いや、こいつの言葉がそれだけ俺の中での理にかなってるからなんだけどね、なんでこいつはこんなに的確なアドバイスを出せるんだ。

シグナムさんとの訓練のことも、その内容も、新しく覚えるべき魔法のことも、その全てがそのうち俺がたどり着くはずだったろう回答ずばりビンゴだった。

なにこれ。こいつ他人の心を見透かす能力でもあるのかとか思ったけどそりゃないか。

きっとこれがこいつの才能なんだ。いろんな情報を統合して答えを出す。

まさしくリーダー向きの素晴らしい素質。凡人凡人言ってたけど、結局こいつもスペシャリストじゃねーか。

こりゃますます俺は置いてけぼりフラグですね分かります。全くこれだから子供は成長が早いとか思いながらちょろっと思いついた。

「おお、もしかして彼なら相談に乗ってくれるかも知れん……」

「彼って、ユーノさんって人?」

「あれ、何で知ってんの。つーかなんで分かった!?」

「え、あ、いや……あんたなら六課の人には習いに行かないだろうと思ったし、それ以外だとその人しか思いつく人がいなかっただけよ」

「お前は人のことを見透かし過ぎでござる。探偵でも目指した方がいいんじゃねーの……ってああそうか。執務官って若干探偵的な頭脳労働もするんだったな」

フェイトさんとか一人で事件解決もお手の物である。頭いいよねあの人も。

「……まあいいや。とりあえずアドバイスは受け取っておくぜ。サンキューなティア嬢」

「あ、うん。まあ別に大したことは言ってないけどね」

嘘こけ。あれだけの推理が大したことないならこの世の探偵共は全員飯を食いっぱぐれることになるぞ。

とか言ったら、……ありがとうとかちょっと気まずそうに眼を逸らしながら言った。

で、

「……と、ところで」

「あん?」

「……あんた、いつまで私のことティア嬢って呼ぶ気?」

「いや、いつまでもなにも……いつまでも?」

「……。……いい加減子供扱いされてるみたいで癪に障るから、その『嬢』っていうのやめてくれない?」

「癪に障るとはずいぶんな言いようですね、私泣きそう」

「あ、ご、ごめんなさい……。言いすぎた。……えっと今更だけど、ニックネームで呼ぶならティアにして」

「えー、今更変えんのマジめんどい」

「めんどいって……むしろ文字数減ってるじゃない」

「気分の問題なんだよーめんどーめんどーマジめんどーて言うか今更とかマジ今更なんですけどー登録されたお名前を変更していいのはークソガキまでだよねー、キャハハ」

「……クロスミラージュ」

『Yes.Master』

「なあティア。今日はいい天気だな!」

「かなり曇ってたわよさっき」

「そこは嘘でもいいから合わせろよっ!」

とか何とかもうグダグダである。なんかこいつと話してるといつもこんなオチばっかな気がした。いや、気だけじゃないと思うけど。

とか考えてたら仕事を終わらせてテンションあがってるスバ公が訪ねてきた。

そのままティアじょ……じゃなくてティアと一緒にヴィヴィオの寝顔見に行ったのでああ、あとは適当にこの二人に任せて楽をしようそうしよう。

まずは昼寝ですね分かりますとか思いながら、とりあえず一つ大きな欠伸をする俺だった。































介入結果その二十三 スバル・ナカジマの疑念





ティアの様子がおかしい。

そうはっきり確信することが出来たのは、雑務整理の終わらない私をおいて、ティアがセイゴさんのところへ向ってしまった時だった。

なにがどう、と聞かれたら詳しく答えることはできないけど、それでもおかしいと思う。

昨日の夜からどこか上の空で、私が話しかけても別のことを考えているみたいに返事が曖昧で。

そんな風になったのは一体いつからだったかと考えて、やっぱり昨日ティアが宿舎に帰ってきた時からだったと言う結論にたどり着く。

きっと、私がティアをおいて先に帰った後に、何かがあったんだと思う。

だけどティアは、それを私に相談してはくれなかった。

それは少し寂しかったけど、ティアにだって話したくないことくらいあると思うから、我慢できる。

ティアは、必要になれば話してくれると、そう思うから。

そう思えるくらい、私たちは相棒だと思うから。

だから、ティアが相談してくれるまで待とうって、そう思った。

そんな決意から時間が経って、場所はエリオの部屋に移る。

「おいティア。そういやお前、それ読めんのか?」

「それって、日本語のこと? まあ漢字ってのは難しいけど、慣れればなんとでもなるわね」

「なん……だと……? このクソ天才肌が! 謝れ! 日本語習得するのに一週間かけた俺に謝れ!」

「……それも十分おかしい記録でしょ。大体私分かんないところはクロスミラージュに解読してもらってるからそこまですごいわけでも……」

「俺だって別に大した記録じゃねーよ。分かんないところはお前みたく端末頼りだったし、結局完璧にマスターするまで5年はかかったしな。つーかなに傷物語から読んでんだお前。読むなら化物からにしろ。時系列的に傷でも構わないからどっちでもいい気がするけどな!」

「だったらいいでしょ。それにしてもこの主人公、欲望が全身から滲み出てるわね……。エロの上書きってなによ……。男子の一人称視点だとこんなものなのかしら」

どう思う、スバル?と突然聞かれて、ぼうっとティアの異変の原因について考えていた私は変な声を上げた。

「ひゃ、ひゃいっ!? なにティア!?」

「……聞いてなかったならいいわよ。どうしたのよさっきから。いつにも増して挙動不審じゃない」

「そ、その言い方は酷いよティアー……」

「そうだぞティア。キョドーフシン・ナカジマだって必死に生きてるんだぞ。邪険に扱ったらあかん」

「セイゴさんがもっと酷いっ!」

不当な扱いの撤回を必死に訴えると、セイゴさんは苦笑しながら「わるいわるい」と私の頭をぽんぽん叩いた。

そんな私たちを無視して、ティアは手元の真っ赤な表紙の本に見入っている。なんだろう、あの本。さっきティアがセイゴさんから暇つぶしにって借りてたみたいだけど。

「ねえ、ティア。その本……」

「ん。これ? あんたも何か借りて読めば? ヴィヴィオはしばらく起きなさそうだし、なのはさんたちももうしばらくは帰ってこないでしょうし」

「ただし貴様に日本語が読めるか? まあ無理ならデバイスに訳してもらえばなんてこたないけども」

「本かぁ。読むの久しぶりかも」

言いつつセイゴさんに手渡された一冊の本を開く。

本の名前は化物語(上)

最初は自分だけで読み解こうと頑張っていたんだけど、流石に関わりの深くない日本語をいきなり読むのは辛いものがある。

なにより、楽しく読書がしたいのに頭を捻っているのではホンマツテントーだ。

だからセイゴさんに頼んで音読してもらうことにした。

ティアに呆れた目で見られ、セイゴさんに「なん……だと……?」と言われてしまったけど、とりあえず内容を知りたいだけだからとお願いする。

「最近は本を音読させるのが流行りなのか? ヴィヴィオにも要求された的な意味で」

「ヴィヴィオと私じゃ要求した理由が違うと思うけど……」

「どっちも字が読めないので読めと言っている件」

「私が読めないのは日本語だよっ!?」

「その歳でこっちの言葉が読めないとかありえないから当たり前でござる。しかし化物語を音読……なんと言う羞恥プレイ。……まさか確信犯かっ!?」

「……これ、そんなに酷い内容の本なの?」

手元の本を見つつ言うと、そうではないがまあいろいろと声には出しにくい。ラギ&ガハラさん的な意味で。とか言われたけどわけが分からない。

で、

「ティア、俺の代わりに や ら な い か 」

「……いやよ、今忙しいもの」

「おいィ! お前傷物語読んでるだけじゃねーか!」

「だから忙しいんでしょうが」

「なん……だと……?」

と言い争っている二人を見ながら、私は苦笑した。

それにしても、いつの間にセイゴさんはティアのことをティア嬢と呼ぶのをやめたんだろう。

ヴィヴィオがなのはさんに抱きついていた時にはまだ呼んでいたはずだから、きっとティアがさっき一人でこの部屋に来た時に何かあったんだよね。

……むぅ。なんだか面白くない。

うまく言葉に出来ないけど、これってもしかして、嫉妬、なのかな?

セイゴさんはいつもの通りの態度だけど、ティアの方は前みたいな、セイゴさんとの間に一本線を引いたみたいな、拒否するような感じが消えてる。なんだか二人とも、いままでよりやり取りが自然体だと思う。

だから、私の知らないところでいきなり二人の仲が縮まっていたから、戸惑ってるのかな……。

でも、それが嫉妬だとして、どっちに?

いや、そんなこと迷うまでもなく分かりきっているけどさ。

きっとティアの隣をとられたみたいで、拗ねてるんだろうな。多分ティア達は、そんな風に思ってないのに。子供っぽいよね、私。

なんて思いながら、私は本に目を落としている相棒の方を見つつ、セイゴさんの音読を聞いていた。

ところで、セイゴさんの音読は微妙な感情の込め方がやたら上手だった。

驚いて途中でティアと二人で笑ってしまったけど、そしたらセイゴさんがうがーって怒って読むのをやめてしまったけど、嫌な気分は無くなったから、良かったって思う。

彼の周りは、今日も平和だ。

少なくとも、今は。































2010年3月12日 投稿

そんな感じで三十二話でしたー。
ここから先、いろいろと伏線仕込みが多発ですねー。
そんな感じでまた会いましょー。

2010年3月18日 大幅加筆 「スバル・ナカジマの疑念」追加

2010年8月29日 改稿



[9553] 第三十三話-明かせぬ過去-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/29 23:32
歩く。歩く。目的地に向けて歩く。

薬で緩和しているとはいえ、筋肉痛でまだちくちくと痛む体を動かして、目的地へつながる廊下を歩く。

そうして歩きながら、俺はふあぁっ……と、大口開けて欠伸をした。

あー眠い。超眠い。すごく眠い。

それもこれも全て高町のせいだ。うん高町が悪い。……お、俺は悪くヌェェ!

確かに高町が通信をしてきた理由は俺の悪ふざけ(ヴィヴィオへの説得的な意味で)にあるけど、その愚痴にかこつけて夜更かしトーク敢行とかドSだとかドSじゃないとかそういう以前に自重って言葉を知ってますかと聞きたい。

……いや、やはり俺が悪いんだろうか。高町の主張を聞くのが途中からめんどくなり、あーはいはいと適当に返事をしながら片手間に小説とか読んでた結果、最後の方ではしょぼーんを通り越してずーん……だったので機嫌取りに走ったのがいけなかった気がする。

「悪かった悪かった、詫びのしるしに何か一つ言うこと聞いてやるから。俺の叶えられる範囲で」

なんて、あんなことを言ったあの時の俺は冷静な判断力を失っていたとしか思えない。

「じゃあ真面目に話を聞いてっ」とか、あとになって考えれば言われる可能性を考慮すべきあれであった。

しかし、正直あのテの説教を割合親しい間柄の人間から長時間真面目に聞くなんてことが俺なんぞに出来るわけもなく、結果高町が俺に同じようなことをしないようにと言い含めて納得したのが深夜3時。

しかし俺と新人のドキッ☆疲労だらけの基礎体力トレーニング俺筋肉痛編に間に合うために部屋を出なければならない時間までそう間がなかったので、とりあえずコーヒー淹れてそれをずるずると飲み下しながらエリ坊が起きるのを待ってた。

起きたあいつに「一回寝てから朝練のあとで来た方がいいんじゃ……? なんならあとで起こしに来るよ?」とか言われたけどそこはなんというかもう意地だった。

ここまで起きてたんだから朝練参加しねえと気が済まねえ。つーかその時タイミング的に睡魔の波が引き潮のごとく引いていたタイミングだったから逆に寝られなそうだった。強いて言うならあと少し早く言ってほしかった。

そんな感じで適当にパン食ってから痛み止めの薬を服用してゾンビのようにズルズルと体を引きずってエリ坊とともに隊舎へ。

不思議なもので体を動かしさえすれば後はどうということもなかったのだが。長年の積み重ねのおかげだろうが、意識しなくとも勝手に体が動く動く。

まあ終わった後何度か意識が飛びかけたけれども。

睡魔的な意味で。

つーか俺の方は精神的にも肉体的にもガタガタだったのに高町はなぜあんなに元気なんだ。いつもと変わらないどころか通常よりやる気に満ち溢れてた気がする。なぜだろう。

まあそんなことはどうでもよくて。

で、昨日のティアじょ……でなくて、ティアのアドバイスの件でシグナムさんと少々お話をしようと思ったのだが彼女はどうやら本日御留守のようだった。

高町に詳しく話を聞くと、昨日から俺宛の厄介そうな案件を代わりに処理しに出かけているんだとか。面倒なことを押しつけてしまったようで果てしなく申し訳なく思うんだが今度菓子の折詰でも持ってお礼に行くべきだろうか。

いやそれよりも模擬戦してくださいの方がいい気がする。まあ今の俺のお願いがそれに近いものがあるのでお礼的には微妙だが。

まあ、そんな感じで始まった本日。

その後の展開としては、シャワー浴びた後に胃にコーヒーを入れたり、みんなで朝飯食った後に胃にコーヒーを入れたり、書類をいくつか終わらせてから胃にコーヒーを入れたり、休憩時間に胃にコーヒーを入れたり、書類に手をつけながら胃にコーヒーを入れていた。

なんかもうコーヒーコーヒー言いすぎてコーヒーがゲシュタルト崩壊を起こしコーヒー。

そろそろ頭の中までコーヒーフィーバーを起こしつつあったが俺の胃を占拠しているのはコーヒーであってコーフィーではないので特に問題はなかった。グリーンマイルは奥深い作品だと思う。

……やばい、なにを言ってるんだ俺は。ここでコーフィー氏を矢面に出す意味が分からない。本格的にテンションがおかしいでござる。

いや、よく考えればいつでもこんな感じのこと考えてる気がする。なんだいつも通りか。

……しかし胃のコーヒー漬けとか随分久しぶりにやったな。まあいつもはここまで眠くならないしそりゃそうか。

今回、疲労と寝不足の混合技で瞼の重量感がやばい。少しでも気を緩めたら気絶後に一時間経っていそうな塩梅。

そんな感じで目をくわっと見開いたりコーヒーを胃に入れたりしながらピッピッとウィンドウを出したり消したり文字を打ったりコピペしたりしつつ仕事を進めているうちに昼になった。

グリフィスくんに一緒にお昼どうですかと誘われたんだが、都合良く睡魔の波が引いていたので先に用事を済ませようと思って御誘いは丁重にお断りした。

そんなこんなで目的地にたどり着くとコンソールで中にいるはずの彼女を呼び出す。

ただししばらくしても返事がない。これは中に誰もいませんよフラグですか分かりませんとか思いながら、もーしもーーーーし!と叫んでるとあ、はーいすみませーんと言う声が返ってくると同時にドアが開いた。

どうやらなんか作業してて俺の声が聞こえてなかったようである。集中力が仇になるとかどういうことなの……。

なんて思いながら入室。部屋に入ると眼鏡をかけた明るげな女性が笑いかけてきた。

「あ、セイゴさん。どうかなさいましたか?」

というか、お加減はもうよろしいんですか?とか何の違和感もなく言われたせいであれなんだが、もしやこの子もう一昨日のあれ忘れてるとかそういうあれなのだろうか。

「……えっと、シャーリー」

「はい、なんでしょう?」

「一昨日はいろいろと申し訳なかった」

「……へ?」

とりあえず勢いに任せて謝ると、呆気にとられてポカンとするシャーリー。やっぱり忘れていたんですね分かります。

あれか。なんかこうギスギスした怨念を含んだ感情の類はさっさと忘れることを信条としている人間なのか彼女は。

それはとても賢いストレスのたまらない生き方だと感心するがどこもおかしくはないな。

とはいえ謝るのも話をするのも約束だし、わざわざ時間を作ってここまで来たわけだから一応謝罪だけでもしておこうと思った。

と言う感じで説明すると、シャーリーは、

「す、すいません……。セイゴさんは無事だったわけですし、いつまでも引きずっているのもあれかなと思ったものですから……」

「いやいや、悪いのは俺だものな。気にしないでくれるなら助かる。次からはあんなことのないように俺も気をつけるよ」

俺がもう一度頭を下げると、シャーリーは「はい!」と笑顔になった。

おーけーおーけーこれはいい調子。今日ここに来た目的の半分がこれにて終了した。開始3分以内に解決とかなんと恐ろしいスピードケッチャコだ。

相手が相手だとマジで恐ろしいくらい時間かかるからねマジで。誰がとは言わないけど。誰がとは言わないけど! 大事なことなので二度目は力強く言いました。

とか思いながら俺はもう一つの要件を切りだした。

こちらはちょっとしたデバイス強化のお願いの話なんだが、内容にいろいろ問題があるため話を聞き終えたシャーリーはうーんと悩みだす。

「いくらなんでもこれは……」

「嫌か?」

「いえ、嫌とかそういう問題じゃなくてですね……」

シャーリーが気まずそうに言い淀んだ。

まあ、言わなくても言いたいことは分かる。それでもここは譲れないのだ。

けど、嫌だというものを無理やりやらせて苦しめるような趣味もないので、やりたくないなら別の道を模索する。

……言いたかないが、デバイスマイスターの知り合いは別に彼女だけじゃない。前の課の伝手を辿れば、仕事外でやってくれそうな奴もいる。

ただそれだと改造費丸ごと自腹だからやりたくないだけで。保険とかきかないと辛いねんデバイス整備。ホンマ魔導士の金食い虫やであいつら。

とか思いつつ嫌なら他当たるから断ってくれてもいいよとシャーリーに告げる。

シャーリーはそれでも悩むそぶりを見せたが、結局は小さくため息を吐いて頷いた。

「分かりました。なんとかやってみましょう。それではファントムガンナーを待機にした状態で置いて行っていただけますか?」

うぃす了解ですと口にした時コンソールから呼び出しが来た。シャーリーが応じると相手はティア嬢だった。

ドアを開けたら入ってきたティア嬢が俺を見てあれと言う顔をした。俺がいるとは思っていなかったらしい。

「おうティア嬢じゃねーか。どうしてここに?」

「……ティア」

「……あ、そうだった。すまんなティア」

とかいうやり取りしてたらシャーリーのメガネがピキューンと光った気がしたけど俺のログには何もないな。

なにもないから話を逸らそう。

「で、なぜここに?」

「ちょっと用事でね。デバイスのことで相談が」

とか何とか言いながらティアは俺に背を向けてシャーリーの方へと近付いて行った。

クロスミラージュの調整ねえ。あの近距離魔力刃モードを持て余してるとかそんな話だろうか。

確かにあの手の魔法は自分の手に馴染まないと危ないですからね。調整は念入りにすべきだよね。

とか考えながらファントムガンナーの封印を解いて待機モードに。それからいろいろと命令を出してシャーリーがいじりやすいようにセキュリティを下げる。

なんだかんだで俺しかいじってなかったからな最近。誰かに任せるにしても隣で必ず待機してたし。

と、そんな風にいろいろやってると、シャーリーとの話が済んだらしいティアがいつの間にか近寄ってきて俺の背後からひょいっと体を乗り出して、ファントムを覗き込んでた。

で、

『ふははははっ、そんなに私のことが気になるかティアナ・ランスター。そうだろうそうだろう。私は優秀なデバイスファントムガンナー。主のサポートにおいては特に────』

「うっせえよ少し黙れ」

『……あまりの扱いの酷さに全私が泣いた。この悲しみはしばらく収まることを知らない』

「ブロンテイスト乙」

「ねえ、このデバイスって……」

いつも通りの下らないやり取りをしてると、ティアが私にも扱えるのかな? とか言い出したので目が点になる。なんだこの展開。前触れがないにもほどがある。

いや、扱えるだろうけどさ……本気か? こんなメンテも相手もめんどくさいデバイス他にないぞ。性能はいいけど。

「前からちょっと興味あったのよね。あんたのあの長距離射撃、このデバイスの性能によるところも大きいんでしょ?」

「ああ。つかむしろ、あの無茶はこのデバイスじゃなきゃ無理だな」

『それほどでもない(謙虚 わ、私のマスターはマスターだけなんだからねっ!』

「恐ろしくきめーから俺以外にもマスターを作ろうと思った。ティア、ちょっと使ってみるか?」

「あ、うん」

『なん……だと……?』

とか何とかやりながら、セカンドマスターにティアを登録することに。

デバイス起動すると俺のデザインのBJがティアの体のサイズで展開された。ファントムが持ち前の高性能で余計な気を回したらしい。

しかしこの子灰色が似合いませんね。や、普段のBJ見慣れてるせいかも知れんけどさ。でもロングコートはこいつが羽織るとちょっとスタイリッシュ。

俺が羽織ってもその辺の何の変哲もない管理局員だからね。色も地味だし目立たない。

その点美少女は得ですね。なに着てもカッコいく見えるし。

つーか腰の刀にも右腕のガンナーにも激しく違和感があるな。どっちも女子が使うには見た目がごつい。クロスミラージュはコンパクトに纏められてますしね。その点こっちはゴッテゴテの装飾がいろいろと見た目を阻害している希ガス。

それはともかくティアがすげえ。他人のデバイスとか超使い辛いはずなのに初見でそれなりに使いこなしてた。

まあ同じ銃タイプのデバイス使いだし、その辺は慣れの問題かもしれない。まあどうでもいいか。

ところで、ファントムに散々文句を吐かれたが知らん。むしろファントムざまぁ。

まあそんなこんなでファントムをシャーリーに預けてからティアと別れてオフィスへと戻ると、顔を合わせたグリフィスくんに大丈夫ですかと聞かれた。

何のことかと聞き返すと、顔色がすこぶる悪いように見えるとか。

ああ、そう言えばいろいろあって飯食ってないせいかふらふらするような。おまけに睡魔の波がまたもや俺を襲っていた。この眠気はしばらく収まることを知らない。

けど仕事もまだそれなりに残ってるし、休むわけにもいきませんしなあとこぼすと、今日一日くらい大丈夫ですと言われた。

ついでに昨日の今日なんですから無理しない方がいいですよ、とアルトたちにも釘を刺される。

駄目押しにグリフィスくんに、その顔色で仕事をするのはあまり賛成できませんねとまで言われては引き下がるしかない。

仕方がないのでオフィスを後にし、休憩所のベンチで横になってぐーすか寝ることにした。怪我も病気もしてないのに医務室でベッド借りるのもなんか気が引ける。どうせ寝てりゃ治るだろ。飯は起きてからでいいやと思う。眠いし。

そんな感じで目を閉じてしばらくすると強烈な睡魔が。あまりのあれさに意識が強制シャットダウン。

やっぱ疲れた体に完徹は無理かー。とか思いながら、俺はカクンと寝オチした。






























────夢想的な回想────





戦いの場ってのは、ある意味究極の平等の場だと、俺は思う。

弱けりゃ負けるし、強けりゃ勝てる。一概にそうとは言えない場合だってあるけど、それだって運が強いとか頭がいいとかそういう要素があって初めてそうなるものだ。

そんな場所に行く以上、俺だってそれ相応の覚悟はしてる。そりゃ死にたくないし死ねないし、死ぬ気だってもちろんないが、もし俺が命を落としたとして、それはどこまで行っても自分の責任だ。

管理局に入ったのは、俺の意思だ。

魔力ランクが上がらなくなった時、管理局に残ろうと思ったのも俺の意思。

痛むリンカーコアを無視して魔法を使えるようにリハビリ始めたのも俺の意思で。

しばらく仕事の役には立てそうになかったから不良少年になったことをアピールしたのも俺の意思。

あの隊長にそのことを指摘された時、真相を話したのも俺の意思で。

生き残るために、魔法の改善はあとの課題にしてまずは剣の技量を上げようと思ったのも俺の意思。



結局、それ以上強くなれそうにもなかったから、昇進することを拒否し始めたのも俺の意思である。



結局はそういうことだ。いろいろ理論武装して言い訳してきたが、俺が上を目指すことをやめたのは、親父と和解したからでも、楽がしたかったからでも、リンカーコアがおかしくなったからでもない。

……や、リンカーコアの件は多少関係あるかもしれないが、ま、そこまで重要なことじゃない。

俺の魔力ランクはAA。自画自賛するわけじゃないが、俺の技量と戦歴があれば、行く行くは一等空尉になるくらいはできたんじゃねーかと思う。

けどそれをしなかったのは、限界だったからだ。

成長の見込めない俺があれ以上の上に行ったとして、その先にあるのは何だろうと考えた時、自分の想像が恐ろしくなった。

きっとその先にあるのは、俺が飛ぶことすらおこがましいような力の密集する危険な場所。

そんな場所まで無理をして上り詰めたところで、一体何があると言うのだろうか。

そんな場所に行ったところで、周りの足を引っ張るだけに終わるんじゃないだろうか。

そう思って、悩んで。

だけど、准尉になったり、執務官になったり、俺とのコンビを解消して分隊の副隊長になったり、俺をおいてどんどん先に行く先輩や高町たちの背を見て、だけど諦め悪くずるずると管理局に居座り続けて。

そうしているうちに気付いた。

もう俺は、あいつらの隣を飛ぶことは出来ないんだと。

高町が鳥みたいに自由に、いとも簡単に飛ぶことが出来る空でも、俺はきっと満足に飛べやしない。

昔はそれなりに隣を飛ぶくらいの実力はあった。だけど今じゃあ、天と地だ。

差なんて縮まりゃしない。開く一方。

日を増すごとにグングングングンである。

だから、いつかに諦めた。

んで、グダグダに腐った。

そのうち、階級が落ちた。

なにをするでもなく、昔の自分の戦歴を見て期待を寄せてくる連中から逃げるために職場を転々としてた。

仕事はしてたし訓練もしてた。けどなんと言うべきか……あんなこと、誰にだって出来たと思う。

惰性に惰性を重ねて、だっつーのに自分はやることはやってますみたいな顔して生きてた。

セイス隊長と会ったのはそんなときで、あの人は腐りきった俺の性根を根本から叩きなおそうとした。

あの人は最初から、俺が手を抜ききっていることに気付いていた。

だからか、当たり前のように隊長権限で強制訓練して、当たり前のように俺をボコボコにした。

次の日も、明くる日も、そのまた次も、あの人は飽きることなく俺を呼び出し、模擬戦をし、ボコボコにする。

とある日、これ以上ボコボコにされる気にはならず、もううんざりして本気でやった。

けど、錆ついた体がうまく動くわけもなく、俺はまたもやボッコボコに。

腐ってから初めて本気を出した。

けど、手も足も出なかった。

楽な仕事ばかり選んできたのだ。格下相手に俺TUEEEEEEEしてきたクズが、隊長格相手にまともに戦えるはずがない。

……だけど、昔みたいに体が動いたらと思った。数年前のように体が動けば、こんな年増にやられるわけがないと思った。

本人に言ったら殴られた。

で、やれるもんならやってみろと言われた。

ここまで遠慮をしない自己中な奴は初めてだった。

敬語を使う気が失せた。

タメ口を利いたら、その口調が似合う程度に力をつけてみろ、自分に甘いクソガキが。と言われた。

ブチぎれた。

それからは必死だった。

昔のように本気でトレーニングして、昔のように全力で書類片付けて、昔のようになにかれ構わず任務に行った。

事ここに至って、負けず嫌いは変わらない自分に苦笑した。

模擬戦で隊長と引き分けた。

いつの間にか、隊でも有数の実力になっていた。

かといって、なにが成長したわけでもない。元に戻っただけ。

元に戻っただけで、なにも変わらない。

高町たちは遥か上。

なのに俺は、ようやく外れた道から戻っただけ。

今から行くには遠すぎる。

だけど、また腐るにはやる気すぎた。

結局俺は、俺が飛べる場所を、本気で飛ぶことにした。

それで、高町たちの目の届かないクソッタレな案件をお片付けすることにした。

もう、高町との空を飛ぶ気はなかった。

違う。一緒に飛べないし、飛びたくなかった。

けど、あいつらが知らない場所で、あいつらが知らない事件を、俺が出来る限り解決してやろうと思った。

カッコ悪いし、未練がましいし、救えねえことだとは思うけど、これが俺が悩んで出した結論だった。

こんなことは誰にも言わないし、誰も知らない。

だとしても、中途半端に止める気はない。

不言実行。カッコいいじゃないか。

だけどまあ、口には出さないが、誰かに聞いてほしかった。

誰に聞いてもらうかは、もう決めていた。

「って、わざわざこんなところまで来て懺悔するようなことでもねえよなあ」

とか何とか言いながら、俺は『マコト・プレマシーここに眠る』と書かれた墓の前で苦笑した。

久しぶりに。……本当に久しぶりに休暇が取れたので、一人で墓参りに来たのだ。

命日はもう二ヶ月は前。親父はとっくの昔に今年の墓参りを済ませていた。

けど俺は、そうもいかなかった。

「去年までは、命日ずばりその日に来れてたんだけどなあ」

だが今年からは、きっと命日には来られなくなるだろう。

目的が見えたし、昔を思い出した。だから、忙しくなった。

忙しい時には墓に来るなと、他ならぬ母さんからの遺言だ。今となっては彼女に甘えられる唯一のチャンス。お言葉に甘えさせてもらおう。

「さて、掃除はしたし花も備えた。昨今の状況報告も……ま、例年よりはいい内容だった」

というわけで、目を閉じて最後に一回祈ってから一礼し、頭を上げ、

「じゃ、行ってきます」

手をパタパタ振りながら一言そう言って、サクサク帰ろうと踵を返した。

次に来るのはいつになるか。

なにせ救えないことに、人使いの荒い人の部下になってしまった。

何より救えないのは、そんな人の元でやる気になっている自分なのだけれども。

さて、明日も仕事だ訓練だ。今日はさっさと帰ってゆっくり休もう。

そんな風に考えながら、自分でも意外なくらい明るい気分で苦笑しながら、俺は墓地を後にした。





俺が高町に熱烈な緊急招集を受けるのは、ここから更に数年後の話。






























介入結果その零 セイス・クーガーの溜息





彼方を遠ざかる背中を見送って、私は身を隠していた木から体を乗り出した。

そうして一息つくように溜息を吐くと、隣に立つ男性の顔を見る。

頭は金髪のオールバック。私が見上げなければならないほどの身長。背筋はピンと伸ばされ、その姿勢の良さは感嘆を覚えるほどですらある。

その男、ジェッソ・プレマシー。先ほど背中を見送った少年、セイゴ・プレマシーの実父である。

「で、これでいいのですか、先生」

私はジャケットのポケットから煙草の箱を取り出し、一本銜えてライターで火をつける。

子供がいるので家の中では吸ってはいないが、いかんせん仕事中は手放せない。

「ああ、上出来だよ。すまない、セイスくん」

私の問いにそう答えると、先生は先ほどセイゴが参っていた墓の方へと歩き出した。

その後を追う。どうせ今日は非番だ。やることなど帰って子供の相手くらいだが、それは帰ってからたっぷりとしてやればいい。久しぶりに夜まで遊んでやろうと思う。

一週間前、いきなりこの日に休暇を入れてはくれないかと言われて唐突に休みをとるのは、分隊長として勤めている身の上なので苦労したが、まあ先生に頼まれたのだから仕方ない。仮にも命の恩人だ。私としても、私の家族にしても。

マコト・プレマシーと書かれた墓の前で足を止め、私たちは無言で立ち尽くした。

しばらくは静かに時が流れる。吹き抜ける風が頬を撫で、髪を揺らす。清々しくて気持ちよかった。

いい景色の場所だった。もし将来自分が死んだ時、入るならこの墓がいいなと思った。

そんな死後の不毛を考えながら、私は長い間疑問だったことを聞いた。

「それにしても、先生。どうしてあんなことを?」

「あんなこと?」

質問の意図がつかめなかったのか、先生はこちらを見て目を細めた。

私は言った。

「セイゴのやる気を取り戻してやってくれないか。……新しくうちの隊に来るやつの書類の中にプレマシーの姓を見て、あなたに連絡をとった時から意味が分からなかったんですよ」

「息子の不真面目さを直したい。……これはそんなにおかしいことだろうか?」

確かに理由としては十分だろう。私も息子があのように腐れたことをしていたら、どうにかしようと思ったに違いない。しかし、苦笑と自嘲が入り混じったような表情を浮かべながら言われても説得力がなかった。

「確かに数ヶ月前のセイゴは、それはそれは酷いものでした。……特にあの目は気に入らなかった。私に倒された後決まって見せる、ガキのくせに人生悟りきった気になって何もかも諦めてるみたいなあの腐れた目はね」

「手厳しいな、君は」

先生はまた苦笑した。

私は構わず言った。

「だが、あいつのしていたことは決して間違いじゃない。最初から魔力ランクAAなんて優秀な人間が管理局なんてものに入ると、大抵自分の限界を知らずに調子に乗り、暴走して落ちます。私もそういうやつらを散々見てきました」

「ああ、それは私もだ。そういう人間を何人も診、そして治してきた」

「その点セイゴは自分の限界をよく知っている。自分の限界を知り、それを的確に見極めて、安全な役割のみを見出して任務につく。……傍から聞けば臆病者と罵られるかもしれませんが、これは十分賢い選択だ」

「確かに。……私はあいつに、安全な場所で安全に生きていてほしいし、出来れば管理局などやめてほしいとも思っているよ」

「なら、放っておけばよかったでしょう。そうすればセイゴは、今でもあのままでした」

実際、セイゴの演技は完璧だった。先生から事情を聞いていなければ、私だってあいつの虚偽に気付けたか分からない。

普段は暗い様子など微塵も見せずに振る舞い、自分からは携わらないものの任された書類仕事は完璧にこなし、戦闘にかり出されれば後方から自分の役割のみを安全かつ忠実にこなす。

本来の実力など片鱗も見せないそのやり方は、見ていて何の違和感もなかった。最初は本当にあれが限界なのだと思っていた。

だから、あのままなら安全だったのだ、あいつは。

これからあいつは、私が任務にかり出す。妥協は許さないしさせない。今のあいつも妥協を望んではいまい。

これはつまり、死の危険が濃度を増すことに他ならない。

なのに先生は────あいつの親であるはずのこの男は、これで正しかったという。

「セイスくん。私の天職が医者であるように、きっとあいつの天職は局員なのだと思う」

「……先生?」

「あいつが怪我をし、それまでとはうって変わって表向きでは努力を忘れてから、私はあいつの変化を近くで見続けてきた。……あの時の状態は確かに、あいつにかかる命の危険はかなり薄かっただろう」

「……」

「ここからは、私の勝手な想像となる。だから、そういうつもりで聞いてほしい」

「……ええ、分かりました」

「あいつは、負けず嫌いで、不器用だ。驚くほど昔の私に似ている。だからだろうか、私にはあいつが、もっと上に行きたいのに努力をしない自分自身を責めているように見えた」

「……」

「なにが理由でああなったかは知らないが、おそらくどんどん上にあがっていく自分の友人を見て、焦ったんだろう。だが、自分はリンカーコアの異常のせいでこれ以上の成長が見込めない」

その話は最初の時点で聞いていた。挫折の始点とも言えるだろう重要な事実。

「最初は努力したはずだ。人に努力を見せたがるような性格ではないから隠れてだろうが、そうでなければ今魔法を使えている時点でおかしい。怪我をしてすぐのうちは、BJを展開するだけで泣き叫ぶほどの痛みを覚えていたはずだ。……あんな体で、なのはくんに自分の体のことがばれないためにととある剣使いの女性とやりあうという話になった時には肝が冷えた。BJは貫かれなかったとはいえ、刀ごと真っ二つにされていたからな」

当時のことを思い出したのか、先生は苦い顔を浮かべた。

「だが、それでもあいつは屈しなかった。そして、魔法を使うことが困難でなくなるくらいには回復した」

……しかし、それだけだった。

あいつがそこまで回復した頃には、自分の周りにいた人物たちはワンランク上の戦場で戦っていた。

しかし自分は、成長したどころかむしろマイナスだった。

成長する見込みのない、魔法を使うたびに痛むリンカーコア。

まともに魔法を使ってこなかったことによる腕の錆び。

他にも挙げればきりがないほどのマイナス。

「当時あいつは15歳だった。かなり大人びていたとはいえ、あいつとて子供だ。諦めたことを誰が責められるか」

あいつは自分の欲を殺し、安全策のみに走りだした。

先生が言うには、こんな言い訳を心の中で呟いて。

「自分は本気ではない。だから負けても構わない。何せ本気ではないのだから」

その言葉は、妙に実感がこもって聞こえた。先生にもなにかあったのだろうかと思うが、人の過去を掘り返す趣味はなかったから、無視した。

そうして自分を騙し続けようとしたセイゴは、日に日に覇気を失っていったのだと言う。

「……だが、最近のあいつは本当に生き生きしている。男の二人暮らしなんてむさくるしい状況ではあるが、家の中が明るくなった気さえするよ。……私の願いは、確かにあいつの安全だ。だが、それであいつが元気を無くしてほしくはないし、そして、自分に言い訳をして後悔してほしくもなかった。だからこそ、これは更生の機会だと、君に頼んだんだよ。私個人の、手前勝手な考えなのだがな」

それが自己満足だと言うことも理解しているつもりだ。と。しかしそれでも、これ以上あいつのあんな姿は、見ていられなかったのだと、そう彼は言う。

「わがままだと、分かってはいるのだがなぁ……。それでもなんとも、納得がいかないものだ」

泣きそうな表情で苦笑して、だから、ありがとう。と、そう言って先生は、私に向けて頭を下げた。

私は溜息を吐いた。

「……頭を上げてください、先生。別に私はあなたのためだけにやったわけじゃありません」

先生が最初にした話が本当であったなら、セイゴが立ち直れば優秀な手駒になる。そう思ったから私は、彼の案に乗ったに過ぎない。

そこには確かに多少恩を返す意味合いもあったかもしれないが、それは本当に微々たるものだ。

しかし先生はそれでは気が済まないようで、頭を上げてからまた、ありがとうと言った。

どうにも気恥かしくなって、私は頭をかきながらまた溜息を吐いた。

全く、この人には夫も含めて一生勝てる気がしないのだった。





数年後、とある事情で私の元を離れることになったセイゴを、母親になったような気持ちで送り出すことになるとは、この時はまだ思っていなかった。































唐突に目が覚めた。

あけた瞳に映るぼやける視界と、寝起きで霞みがかる思考。

なんか知らんが、やたら懐かしくて胸糞悪くて恥ずかしい夢を見ていた気がする。

ありゃもう何年前のことだっただろうか。

まあ別にそんなん思い出せなくてもいいけどね。

忘れる気はないというか忘れられないと言うか、そんな記憶。

誰にだって一つくらいはあると思う、挫折とその克服の記憶だ。



そして、俺が六課に来たくなかったたった一つの理由でもある。



今までグダグダ他人を前に自分と相手に説明してきたあれらのこともある意味正しくはあるのだが、あれらの言い訳の根源にあるのはこれだ。

敵わないから逃げた。高町たちから。そういうオチだ。

だけど、俺にとっての『管理局員』てやつは、捨てることが出来なかった。

今まで何度も、もうやめるべきじゃないかと思ったことはある。けど、踏ん切りはつかないしやめるだけの度胸もないしで今までずるずると続けてきてしまったのだ。

だからこの間、八神に無理矢理高町と引きあわされることになった時には、いい機会ではないかという勢いで結構本気でやめようと思っていた。

まあ、今となってはそんなこと、全く思っちゃいないわけだけど。いろいろあったし、見届けたいこともできたし、つけたい決着もできたので、その辺が片付くまではまだ局員は続けようと思う。

ただ、このままいくと結局定年までこんなことの繰り返しになりそうだと思わないでもない。それでもいいと思っている自分が居るのも事実だが。

しかし、久しぶりに言い訳も出来ないような負け方したからだろうか、あんな夢を見たのは。何とも女々しくて嫌になる。

……こんな話を聞いたら、聞いたそいつはどんな顔をするだろうか。考えると笑えてくる。

高町は俯いてごめんと言いそうで、フェイトさんはかける言葉もなく落ち込みそうで、八神は沈痛な面持ちでそっかとでも言いそうだ。

ヴォルケンの人たちはヴィータ以外はそんなに気にしなそうだが、新人連中は絶句するだろうし、ロングアーチの奴らは目を逸らしながら何を言えばいいか分からなくて冷や汗を流すかも。

前の課の連中なら爆笑の後あなたも人の子ですねとか新入り共に言われるかもしれない。言われたらリアルでフルボッコにするが。

ところで、現実ってやつは時々意味が分からないと思う。

だからここで一つ議論しなければならないことがある。なぜなら意味が分からないから。

そう、俺が寝る前と今と後頭部の感触と目の前にある風景が違っている件について。

議論したいから口を開いた。

「……あなたは一体、何をしているんですか」

そしたら真上から俺の顔を覗き込んでいる……、ヴィータがうろたえた。

「え、あ、えーと……」

で、

「ひ、膝枕ってやつじゃねーかな」

「そうですか。……ああ、一言いいですか?」

「……なんだよ」

「制服越しとはいえ感触的に随分と貧相な太ももをお持ぺぐあっ!?」

「うっせーよ!」

理不尽である。

勝手に膝枕してその感想を漏らしたら殴られるとか理不尽以外の何物でもない。

俺は打たれた鼻を押さえながら体を起こした。視界に涙が滲んだ。

「いつつ……つーかなんであなたがこんなところで俺に膝枕なんてしてるんですか……。仕事は?」

「終わって休憩だったんだよ! そしたらお前がここで寝てたから……」

はやてが男は女に膝枕されると喜ぶって言ってたしとかおいィ!

なぜそこで放っておいてくれないのかと小一時間(ry

それにしてもここまでこれっぽっちも心踊らない膝枕があるとはこの海のリハクの(ry

とか何とかグダりつつ、一体全体俺に何の御用ですかと伺いをたてる。

こんなところで俺に膝枕までして起きるのを待ってるくらいだから、なにか用事があるのだろうことくらいはいくらなんでも分かる。

てか多分一昨日のあれだと思う。と言うより他には思いつかないし話題がない。

あー、さっきシャーリーに謝ったばっかだってのにまた怒られるんですか。まあいいけどね別に。

とか思いながら藪蛇を恐れて黙りこくってたんだけれども、

「ごめん。また守れなかった……」

とか言われてポカンとする。なんだろう。なにを言っているんだろうか、こいつは。

つか、またってなんだ。そんな頻繁にこいつに守られる機会はなかったと記憶しているが。

「あたし、守るって言ったのに、また守れなくて……っ! ご、ごめ、ん……」

呆気にとられていた俺も、そこまで言われてようやく気付いた。

もしかしてあれか。前に言ってたあたしがお前を守ってやる云々のことか。

こいつ真面目すぎワロタ。言われた本人とか今もう一度言われるまでそんな約束は忘却の彼方だったわけだがこれいかに。

とはいえこれではこちらとしてもなんとも言えない気分である。こんなことでいちいち気に病まれていては、俺は戦場に出るなと言われているみたいなもんじゃないか。

いくらなんでもそりゃ無理だ。管理局に身を置いている以上、そして、自分のやれる範囲でやれることをやろうと思っている以上、俺はこれからだって今までと変わらないやり方で戦ったりしていくだろう。

それで怪我をするたびに文句を言われ続けるのはご勘弁願いたいところである。

俺は、そんな未来を思い浮かべてため息を吐いた。

「はー……。あの、前から聞こうと思ってたんですけども」

「な、なんだよ……」

「あんたはいつになったら納得するんですか」

「……え?」

ヴィータが息を呑んで俺の方を見た。俺は向けられた視線を真っすぐ見返して言った。

「俺はもういいって言ってますし。て言うか最初からあの怪我は自分のせいだって言ってますし。なのにそこまで俺のことで責任感じるってのはどういう意図ですか」

て言うかあれからもう8年。俺だっていろんな悩みに一段落つけてようやく落ち着いてきた頃合いだと言うのに、こいつときたら未だにあの時の自分の失敗引きずってるってのは、正直どうよ。

これは俺の勝手な考えなんだろうが、そろそろ何かしら、一区切りつけていい頃だと思う。

それともなにか、納得できるだけの罪滅ぼしでもしなけりゃ気に食わないとでも言うのだろうか。

そんなの正直、夢物語だと思うんだが。

だいたい。こいつの中でそれほどのトラウマになってることを帳消しにするくらいの出来事なんて起こってたまるかと思う。

だってそれって、一昨日のあれレベルな戦闘で俺がピンチにならなきゃいけないってことでしょう? 冗談ではない。

折り合いは俺を助けてではなくて自分の中でつけてほしい。そう思うことは罪ですか?

そんな風に思ったので、もういい加減、俺のことなんて気にしないで、好きにやっていいと思うんですがねえ。と、訳知り口調で言うと、

「自分が、許せねえんだよ……」

とか絞り出すように言われて怯む俺。なにこれ、ここまで本気で返答されるとは少々予想外。せいぜいもうちょっと控え目なアプローチが返ってくると思ったのにとんだ誤算。

「あの時お前は、あたしに警告してくれた。なのはの様子がおかしいから気にかけてやってくださいって。……けど、あたしはそれを聞かなかった」

「まあ、あの時喧嘩してましたしね」

「あんなの喧嘩じゃねーよ! お前のことが気に食わなくて、あたしが勝手に怒ってただけじゃねーか!」

そうだっただろうか。なんか俺が余計なことを言ってこいつを怒らせた気がするんだが。つーかそもそもその高町の不調の原因の一端を担ったのも俺で、そう考えるとあの怪我はまさしく因果応報。他人への配慮の足りない当時の俺への天罰覿面と言っても過言ではなかった。

けどこいつは、そうは思わないらしい。

「あの時あたしがお前の忠告を聞いてれば、お前がなのはをかばって怪我なんかしなくて済んだはずなんだ! なのに、なのに……っ!」

……あー、なんかすごいあれだ。うん。

ちょっと悩みすぎ。うん。

もっとこうあれだ。俺のこととかシンプルにどうでもいいやとでも考えてくれるくらいでいいと思うよ。

でないと真剣に付き合うだけ疲れが溜まるでしょうし。

とでも言おうと思ってやめた。てか言える雰囲気じゃねえ。ヴィータさんシリアス期突入である。

そんなヴィータさんが掴みかかってきた。

「なのに、なんでお前はあたしを許すんだよっ! もっと責めろよ! お前のせいで痛かったって! お前のせいで辛かったって! なんで……なんで何にも思ってないみたいにあたしを許したりするんだよっっ!」

「いででででっ! 痛い痛いっ! お前のせいで痛いっ!」

「そんないい加減な態度で言うんじゃねーっ!」

おいィィ! いい加減云々じゃねーんだよォォ! 今現在進行形で体が痛えんだよォォォ!(銀魂風

興奮して怒鳴るのは別にいいけどに制服にしがみついて胸部を殴るんじゃねえよっ! 痛えっ!

このままだといろいろと全身問題が出そうだったので肩を掴んでこいつの体を引き剥がそうとして────出来ない。

……つか、やっちゃいけねーだろうと思った。少なくとも今は。

なにをそんなに情緒不安定になってるか知らんが、こいつの肩が震えてるのはあれですよね。心の汗的な何か。

そんなに俺がボロっボロで帰ってきたのが堪えたんだろうか。……嬉しい気もするけど、正直余計なお世話である。

俺だって、それ相応の覚悟がある。散々悩んで、ボコボコにされて、グダグダになってそしてあんなことを体験して得た答えだ。

こいつにここまで心配されるってのは、それを否定されてるような気がしてならないわけで。

どちらかと言えばあまり気分がよくはない。

だけどこいつがこいつでいろいろ考えてこうしてるってのも、また事実で。

けどさー、正直こいつ俺とか高町を戦う理由にして精神的に自分を保っているような気がしてならないしー。

もしそうなら、これ以上俺とか高町を戦う理由にするのはやめろと言いたいけどさー、正面切ってそこまで言えるほど、俺には度胸がねーわけよ。

結局、俺に出来ることなんて何もないのだ。強いて挙げれば、いつもどおりに適当にふるまうくらい。

だから俺は、全く、あなたも存外涙脆いですね。とか言いながら、しがみついてくるヴィータの頭をぽんぽんと叩いた。

本当は、もっと突き放せば、こいつだって、高町だって、他の奴らだって、俺から離れていくんじゃないかと思う。

なのに、いつだって、そこまでする気にはなれなかった。

相変わらずの日和見主義に吐き気がした。偽善者と言われたらまさにその通りだった。

やっぱり自分は半端ものだと、改めて思い知らされた出来事だった。





























2010年3月26日 投稿

2010年8月29日 改稿


と、いうわけで。誠吾の昔話的なあれと、またもや裏話的なあれでした。
では、次のスポットライトはあの辺にあてようかと画策しつつ失礼します。

追記:ちょっとしたご指摘がありましたので、文章の位置をいじりました。
   流れには特に関わりありませんのでご安心ください。



[9553] 第三十四話-その情報、危険につき-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/30 00:03
目の前に鞘付きの剣閃が迫る。もはや避けられるような間合いではないとはいえ、俺の中の常識的に目をつぶるのはどうかと思ったので迫る剣先を凝視してると、

「オウフッ」

と、俺は額に鞘付きレヴァンテインの一撃をもらってゆっくりと後方に倒れ込む。

ドスンと尻もちをついて、俺があいててと額を押さえながら上を見上げると、シグナムさんが突きを放った体勢のまま呟いた。

「────ようやく5手か」

「……ですね」

「まだやるか?」

「……ですねー。目標まであと25手もありますし」

先は長いなー。と、バタリと後ろに倒れ込み、仰向けで大の字になって訓練場の空を見上げながら溜息を吐いた。

シグナムさんは俺の様子を見て「まあそうだな」と相槌を入れつつ、レヴァンテインをまた構えなおす。

その様子を見ながら、相変わらず取っ付きにくいなあと心中苦笑しつつネックスプリング。そうしてひょいっと立ち上がってシグナムさんと向き合い、全身に適度に力を行き渡らせつつ、動きやすいよう緩く緊張状態を作る。

そしてまた始まるシグナムさんと俺のおいかけっこもどき(笑)。そして今度も5手で詰まれた。

もうかれこれこんなことを続けて1時間近くになると言うのに、ほとんど成長の兆しが見えない自分自身に絶望してもいい頃合いな気がしてきた。

ちなみにこんなことってのは、ティアの提案の延長線上と言うか提案そのものと言うかそんな感じのものに含まれるシグナムさんの攻撃を避けてみせろ的なあれであるわけだが、本人出張中だと言う話だったので今日は無理かなという流れだったのにいつの間にかふらっと帰ってきていたので訓練頼んだら今なら暇だからいいぞとそのまま訓練時間突入だった。

ちなみにデスクワークは俺が寝てた数時間の間にグリフィスくんたちが全部片付けてしまったそうで。や、正確にはほとんどグリフィスくんが無双したらしいけどね。まあどっちでもいいけど。

そんなこんなで始まりました俺強化計画段階その一。

まあ、グダグダやっても仕方ないので、とりあえず目標をたててからそれ相応の努力をするべきなのではないかといったニュアンスの提案をシグナムさんから頂いたため、じゃあシグナムさんの斬りかかり30手避けから始めようぜと言う展開になり申したわけでござった。

彼女が一回剣を振って、それを俺が避けたら一手。で、それを30回繰り返そうぜと言うプラン。

どう見ても無理ゲーだけどあれだ。目標は高い方がいい。

実現できるかどうかは別として、目標に対してやるべきことが増えるのは単純にいいことだと思う。ついでに言えばあれだ。周りの仲間が強いとそれにつられて強くなる脇役キャラ的な効果も期待していたりする。ウソップとか新八的なアレ。どうせ雀の涙的な程度のものだと思うけど。

ところでなぜシグナムさんがレヴァンテインを鞘付きで振り回しているかと言えば、別に俺がデバイス預けたまんまなのでBJすら出せないからとかそういった都合に付き合ってもらっているとかいう訳ではない。一部それもあるけど。

確かに生身の俺が危ないからってのもあるんだが、それだけなら整備終わるまでの代用に適当に借りてきたストレージデバイス持ち出せば事足りる問題である。

だからどちらかと言うとこれは、魔法での戦闘技術強化よりも先に基礎戦闘技術の向上しようぜ的な意味合いが強い。

よって今の俺とシグナムさんは、魔法一切無しの単純な肉弾戦のみで訓練してることになる。

ところで俺の方は適当にジャージなのにシグナムさんの方だけBJ含めて完全武装な理由は、この方が俺の恐怖心を煽るからであって他意はない。緊張感は訓練において重要です。

そう。決して俺に合わせて訓練着に着替えようとした彼女に、シグナムさんて訓練着きたらやたらエロそうですよねとか俺は言ってない。ああ言ってない言ってない。言ってないからそれを理由に小突かれて左側頭部を痛めてもいない。うんいない。

閑話休題。

しかしあれだ、こういう風に肉体的なあれだけで戦闘してると、日頃魔導士がどれほどデバイスに頼った力押しな戦法を使ってるかが白日の下に曝される。困ったらソニックムーブは甘え(キリッ

いや、シグナムさんも今は魔法無しなわけだし、頼り切ってるのは俺だけだろうか?

でもこれでも肉体の魔力強化はいつも通りにしてるので、シグナムさんとの戦技の差がいろんな意味ででかいと確信出来るよね。

まあだからこそ意味があるってのも身をもって知ることが出来るわけだけれども。

にしても、もうチョイどうにかならないものだろうか俺の反応速度。いくらなんでもこれだけ叩きのめされといて3~5手の間で詰まされ続けているのでは成長の兆しが見えなさすぎるでしょう?

容赦無いな流石烈火の将ようしゃない。

そんなこと考えてるうちに、もう一度5手で詰まされる。まただよ(笑)

「ほら、プレマシー。いつまで寝ている気だ。さっさと立て、続きをやるぞ」

「……もう、ムリぽ……」

今度は叩き伏せられてうつ伏せで地面とキスしながらぼそぼそ呟くと、「何を言ってるんだお前は」とか言いながら、シグナムさんがため息とともに仕方ないから5分休憩だと告げてくれる。

あれ、いつもならしっかりしろ不甲斐ないとか怒られて続行なのに今日はなぜ休憩突入?

……まあいいや、真面目な話もう動けない。と言うか、動く気力がない。

こう見えて筋肉痛だって治っていないのだ。なのに小一時間も剣術の達人に追い立てられ続けてまともに体が機能し続けるわけがない。

ついでに寝不足と空腹がそれを助長していた。不摂生による追撃コンボの辛さをまたもやっつーかもう何回目だよと言うか知ることになろうとは、とかなんかもう学習能力ねえなあ俺なんて思いながらとりあえず体を仰向けにすると、寝転がる俺に近付いてきたシグナムさんが「ところで聞いた話なんだが、お前ヴィータを泣かせていたそうだな」とか話しかけてきて口がポカン。

誰から聞いたか知らないが嫌な予感しかしない。てかなぜこのタイミングでその話ですかコノヤローとか内心むっさ焦りまくってると「先ほど任務の報告の際に、主に又聞きした話だ」と補足説明入りまーす。

ちっくしょおおおおおおおっっ! またやつかっ! またやつの仕業かっ!

てかあいつどこから見てたんだよ! 周囲に気配はなかったぞコラ!

もしかしてあれか、監視カメラ的なあれか! むしろサーチャーかコラ!

汚いな流石魔導士きたない。……いや俺も魔導士だけどさ。

つーかサーチャーでか直接でかは知らないが、覗き見てたなら助けに来いよと言いたい。お前ら家族じゃねーのか。

こんなどこの馬の骨かもわからん全てにおいて真剣なんだかそうでないんだかよく分からない適当な男に執着した家族を何とか正常な道へと回帰させようとか思わんのかと思う。言ってて悲しくなったけどな!

「盛り上がっているところ申し訳ないが、それについて聞きたいことがある。いいか」

頭抱えていろいろ叫びつつ悶えてたら、それを見かねたのかシグナムさんが呆れ声で先を促してきた。断ってもしょうがないので頷く。

「……ええ、もうなんなりとお好きにどうぞ」

「そうか。……それでだ。あいつがお前にその……抱きついて泣いていたというのはその……そういうことだと思っていいのか?」

「…………はい?」

抱きついたって何だろう。俺にはあいつが俺の胸倉掴んでそのまま制服の胸元を濡らしてくれやがった記憶しかない。ついでに肩に手を置いて頭を撫でてやった気もするが些事である。……いや待て。もしかしてあのシチュエーションは、見る角度から見ればあいつが俺に抱きついているように見えたんじゃねーのかとか想像して血の気が引く。

オイィィィィ! なにこの盛大な勘違いフラグって言うかもう既に勘違い拡散してるじゃねーかこれよおおおおおおおお!

良く見るとシグナムさん若干頬染めながら視線泳がせてるよコレ。あれかこれは。この人何でもない振りしてずっとこの事聞くタイミングはかってたのか。だからあのタイミングで休憩入れたのか。今の心境は家族の恋愛沙汰をその相手に問い詰めるお姉さんなのか。

これはあまりに冗談がきつい。と言うか洒落にならんよね割と本気で。

だってよく考えろ。このテの話が俺ロリコン説が一瞬にして風となって駆け抜けた六課内で広がらないわけがない。

つまり俺の小ネタその二として話題騒然となりかねないこのお話が高町たちの耳に入らないわけもなく。しかも相手はタイミングが最悪と言っていい感じに六課内見た目ロリータツートップのもう一人である。

これは死ねる。社会的にも高町的にも。

無理。無理だから俺。このテの話になる度にあいつが俺に向ける「うん、大丈夫。私は分かってるよ」的な生温かい視線と、だから正直に話してねってセリフとかもう耐えきれないから。キャロ嬢の時にもうさんざん心に傷をつけられたから。信じてるとか平然と言うくせに俺のこととか一切信じてないからあいつ。

あれからまだ一週間も経っていないと言うのに、よほど神は俺のことが嫌いとみえる。

そんなこんなでこのまま放置するわけにはいかないので、俺はさっきあったヴィータとのやり取りを多少細部省きながら説明する。抽象的とはいえあいつの心中を勝手に露見させることには若干の抵抗を覚えないでもなかったが、俺の名誉のためにすいませんごめんなさい犠牲になってくださいだった。

全てを聞き終えたシグナムさんは、なるほどと言った感じに頷いてくれた。これでなんとか一安心。

この人六課の中でもずば抜けて公用言語通じるからね八神侮辱関連以外。シグナムさんがこうして納得してくれたのなら安泰である。

俺の中での番付は

通じない:普段の高町=暴走時フェイトさん=八神侮辱後のシグナムさん

通じる:グリフィスくん=シャーリー=普段のフェイトさん=普段のシグナムさん

コレ決定事項だから。間違いないからコレ。

とはいえなにがどうしてシグナムさんが先ほどのような、俺、ヴィータと恋愛沙汰なんて想像に至ったのかがやたらと気になったため聞いてみる。

「いや、主が言うにはだな……好いた相手が命の危機に瀕することで芽生える愛もあるのでは……と」

「……シグナムさん。俺そろそろ本気で怒っていいんじゃないでしょうか」

「落ち着けプレマシー。今回は主も割と本気で悩んでいらっしゃった。先の意見もかなり真剣に考察したうえで口になさったもののはずだ。現に私が隊長室へとついた時には、既にかなり切羽詰まっている様子だった」

しかも「もし二人が本気やったら、誠吾くんもまじえて家族会議を開いた方がええんやろか……?」とか言っていたそうな。

それはそれで許せないものがあるんですがこれいかに。ちょっと考えればそんなんありえないって分かるだろーよと思う。それとも何か、あいつら本気で俺がロリコンだと思ってると言うことか。

……俺は今泣いていい。泣いていいんだ……っ!

「……ところでこの話、今のところ知ってるのは誰ですか」

「そ、そうだな……主とツヴァイ、それに私くらいではないだろうか。目撃したのはツヴァイだったそうなのでな」

二人でいろいろ考えたことを相談されたから、私がお前に聞きに来たのだと、シグナムさんは言う。

「……はぁ。……ならお二人にはシグナムさんの方から説明をお願いします。そういった事実は一切ないから、と」

「ああ、分かった。必ず伝えておく」

そう言って頷くシグナムさん。それを見てほっと一息ついていると、ではそろそろ続きといこうかと彼女が言いだす。

ああ、もう5分経ったのか。やたら疲れる会話をしていたせいでまるで休んだ気がしないがまあ仕方ない。

俺は、はやい!キタ!訓練キタ!メイン訓練キタ!これで死ぬる!とか考えつつ、了解でーすと返事をして立ち上がると、今一度レヴァンテインを構えるシグナムさんに向き直って全身を緩く緊張させた。

そしてまた、彼女の剣閃を最小の動きで避け続ける作業が始まるのだった。

さらに数十分後、夜練のために訓練場にやってきたティア達と一悶着あるのだが、めんどいので省略。






























介入結果その二十四 八神はやての苦悩






ヴィータの元気がない。

その理由が何にあるのかと考えた時に、きっと昨日怪我した彼にあるんやろうってことは明白で、けどここまでヴィータが気に病むなんて思ってなかった。

こんな風に元気のなくなったヴィータを、いつかにも見たような気がして。それをどうにか思い出そうとした時、脳裏によぎったのは8年前の記憶。

その時も、今と同じように誠吾くんが怪我をして。

そしてヴィータは、そのことでいろんなことを悔やんどった。

あの時も、それを慰めるのは容易なことやなくて……。や、むしろ、私には慰めることなんて出来んかった。

あの時のヴィータが自分の失敗に向き合うようになったのは、誠吾くんが目覚めてから。

ヴィータは、なのはちゃんと一緒に誠吾くんが病院に運ばれてから目覚めるまでの間、ほとんど家には戻ってなかった。

遅くに帰ってきて、朝早くに家を出る。

そのせいでほとんど顔を合わす機会もなくて、話はたいてい通信越し。あからさまに疲れた様子は見せないものの、精神的に追い詰められてるのは分かるっていう、歯痒い状況。

そんなことになる少し前から、彼の話は少しだけ聞いとった。

模擬戦で、なのはちゃんに珍しく本気を出させた男の子の話。私らより三つ年上の、どんな時でも敬語なのに、話の内容に敬意が見られない、皮肉屋な少年の話。

家でヴィータがしてくれる話は大体愚痴やったけど、それでもこちらも珍しく何の変哲もないその局員の男の子を気にかけているのはバレバレやった。

いつもなら、2、3日もすれば同じ人の話題なんて出てこなくなるから。

そんな折、ヴィータがすんごい不機嫌で帰ってきた日があった。

確か休日で、その前日になのはちゃんと一緒に誠吾くんを誘ってどこかに出かけるという計画を聞いとった。だから、なにかあったのかと聞いてみると、誠吾くんとなんや喧嘩したらしい。

思い出すだけで胸糞悪くなるって言っとったから、その話題には触れることはせんかった。

けど次の日、ヴィータはさらに機嫌悪い様子で帰宅した。今度は何かと聞いてみると、誠吾くんとなのはちゃんの関係が、ちょっといろいろこじれているんだとか。

正確には、誠吾くんがなのはちゃんとのあらゆる通信手段を拒否してしまったんやて。

ヴィータの方も同じような感じで通信を拒否されけんもほろろ。おまけにそのせいでなのはちゃんに元気がなくなって、ヴィータも機嫌が悪くなる一方。

なんや、これ。

そう思ってしまうくらい、珍しくてどうすればいいか分からん状況やった。

今までこんなこと、あったためしがない。

良くも悪くも、なのはちゃんにもヴィータにも、私たち以外にここまで仲良くなる友達なんていなかったから。

だけど、だからこそ私は、話の中で聞いていた誠吾・プレマシーという男の子のやっとることに、小さくイラっとした。

なにがあったかは知らん。けど、喧嘩したなら喧嘩したで、喧嘩の仕方があると思う。

こんな、話し合いの機会も持たないような方法で、逃げるみたいに遠ざかるのは、卑怯やって思った。

せやから、そいつのところに乗り込んでいったらいいと思うんやけど、どう? と、なのはちゃんに連絡をとってみた。

ヴィータは、あたしは謝ることなんてねーし、顔も見たくねーよあんなやつとまで言っとったから、取り付く島もない。けど、このままの気まずい別れは、どちらにとってもいいことじゃないように思えた。

だから、言った。なのはちゃんに。けど、拒否された。

理由を聞いたら、もう既に一度行ったから、と。それで、誠吾くんの上司の人に、

「今のあいつになに言っても、どうせ聞く気なんてないからやめた方がいいわよ。仲直りしたいならもう少し時間が経ってからの方がいいわね。それまでには私の方でもいくつか手を打っとくから」

そう言って追い返されたらしい。

そうやとしたら、私にはもう打つ手なんてない。なのはちゃんとは友達で、ヴィータとは家族。けど、誠吾くんとは関係なんてない。

友達の友達は友達。そんな言葉があるけど、今この場ではこれっぽっちも意味がない言葉やった。

なのはちゃんと私が友達で、なのはちゃんが誠吾くんと友達でも、私と誠吾くんは友達やない。

そんな私が、誠吾くんのところに行っていろいろ言ったところで、話がこじれるだけや。

そのせいでなのはちゃんと彼の関係が修復できないほどに壊れたら、本当に目も当てられん。

なにをしたわけでもない。それどころか、なにも出来てないのにもう、なのはちゃんに聞いたその上司の人に任せるしか出来ない段階やった。

なんとかしてあげたい。ヴィータのために、なのはちゃんのために。けど、なにも出来ない。

まるで一日中胸やけでもしてるみたいにもやもやした。歯痒くて仕方なかった。

日に日に不機嫌さを増していくヴィータと、日に日に元気を無くしていくなのはちゃん。そのうちなのはちゃんが任務で小さな失敗をするようになった頃には、理性を振り切って誠吾くんのところに突貫しようとでも考えたくらいやった。

けどそんな考えが、実行されることはなかった。

何の変哲もない普通の日の午後。

ヴィータから受けた通信は、誠吾くんが、なのはちゃんとヴィータとの合同の任務で、なのはちゃんを庇って墜ちたという連絡。

そしてそれは、自分のせいだという告白。

なのはちゃんを守れなかった自分に対する怒りと、そんな自分の代わりになのはちゃんを守って怪我を負った誠吾くんに対する負い目。

それにけじめをつけるためにも、今はあいつの傍にいる。

だから、あいつの傍について居なければならないから、あまり家には帰れない。

そう言ってヴィータは、通信を切った。

混乱した。

あまりにも話が突飛過ぎて、どうにも考えがまとまってくれない。

いや、話が突飛と言うだけで混乱しているわけでは、きっとない。

本調子でないなのはちゃんを庇って、誠吾くんが怪我をした。それは分かった。

せやけど、なのはちゃんが無事だったことを喜んでいる自分と、誠吾くんが怪我をしたことを心配している自分。

なのはちゃんの調子が悪くなった原因の彼がなのはちゃんを庇って怪我をするのは当然だと思う自分と、仲違いして疎遠になっていたにもかかわらずなのはちゃんを庇ってくれた誠吾くんを尊敬している自分。

あれほど嫌っていた彼のことが心配だからと病院に通いつめると言い出したヴィータ。

他にも数え切れないほどの相反する考えが、私の頭の中で浮かんでは消えていった。

途中で、汚らしくて打算的なことばっかり考えてる自分に気付いて、吐き気がした。

なにがあったかなんてほとんど分からん。情報源はヴィータの話だけで、管轄の違う私には空隊の隊員の怪我の情報なんて回ってくるわけがない。

話を聞こうにも、きっとなのはちゃんはヴィータ以上に落ち込んでいるはずで、そんな状態のなのはちゃんに追い打ちをかけるようなことはしたくない。

いろんな腑に落ちない思いを抱えながら、ヴィータと一緒に病院にお見舞いに行ったりもしたけれど、そこで聞けるのは治療は終えたにもかかわらず誠吾くんの意識は戻っていないと言う話だけ。

ヴィータもなのはちゃんも、今まで以上に元気がなくなっていくのが手に取るように分かって、せやけど私に出来ることなんて今まで通りなんもない。

このまま誠吾くんが目覚めなかったら、二人とも壊れてしまうんやないかと思ったくらいやった。

……そんな二人のことが心配で、まともに寝れてない私が言うのも難やけど。

けど、光明はある日突然射した。

誠吾くんの目が覚めたと。

仕事中に興奮気味のヴィータから連絡が入ったのは、事件があってから三日目のこと。

そして、怪我のことを彼が全く気にしていないことに難色を示したのもその時。

ヴィータは彼のその対応に納得しとらんようやった。けど、彼のその言葉をもらってから、あの子が急速に元気になっていったのは事実で。

今の状況は、あの時のそれに酷似しているように見えた。

……や、もしかしたら、あの時よりも悪いのかも知れん。

あの時は、良くも悪くも誠吾くんを守るなんて考えはヴィータの中にはなかった。

けど、それでも自分の力不足が情けなかったから、あんな風に自分を悔いた。

にもかかわらず、今回は守るって誓いを立てたのにもかかわらず、任務上の配置の問題とはいえ、彼を守ることが出来なかった。

それは、誰に責められるものでもない。医務室で彼に報告を受けた時の様子から、彼自身もそんな事を気にしていないのは察することが出来た。

けど、あの子は、ヴィータはそれでも悔いる。

それが、守護騎士としてのプライドなのか、あの子の戦士としての矜持なのかは分からん。

分からんけど、あの子がそのことで苦しんでいるのは分かっていて、それでも私はなにも出来ない。

今回のことだってきっと、誠吾くんにしかヴィータを慰めることはできひんと思う。

少し悔しかったけど、それでヴィータが元気になればと思った。

ヴィータは今回のことで誠吾くんとちょっと距離をとっているようだったので、いろいろ言って話をしてみるように促した。

それでもタイミングが掴めなかったみたいやから、その辺のセッティングもしたろ思て、リインにちょっと協力してもらって、あの子が暇なときに誠吾くんに気付かれないように彼の動向を探ってもらった。

そして、予想以上に早くその時は来る。

なんや寝不足で体調不良らしい彼が休憩室のベンチで寝てると言う報告を受けたので、ヴィータにいろいろと入れ知恵をしてから送り出した。

それをリインにまたもや見つからないように観察してもらうことにした。誠吾くんなら大丈夫とは思うけど、一応保険に。

私自身は仕事があるのでいつも見ているわけにかいかんから、経過自体はリインの報告待ちやったんやけど……。

部隊長室に可哀想なくらい慌てて飛び込んできたリインからの報告は、私の想像を遥かに超えるものやった。

「ヴィ、ヴィヴィヴィヴィータちゃんとセイゴさんがいきなり抱き合って、ヴィータちゃんが彼の胸を涙で濡らしてたんですぅ!」

頭が真っ白になった。

抱き合ってた? 誰と誰が? なんで? つまり付き合ってたゆうんか? あの二人が? 私たちに内緒で?

だとしたらいつから? まさか8年前のあの時から? 誠吾くんが身をもってなのはちゃんを守ってくれたことに対して恋心が?

それを今までずっと隠し通していた? だから、恋人を守ることが出来なかったから、あんなにも落ち込んでいた? え? え? えぇっ!?

後で思えば、この時の私はどうかしていたとしか思えない。

ヴィータのことでいろいろ考えすぎて、疲れていたのかも知れない。

けど、あまりにリインの慌て方が凄くて、この子が嘘を言っているように見えなかったから、リインが勘違いをしている可能性について理論を詰めることを忘れてしまった。

私の混乱は、任務から帰ってきたシグナムが部隊長室にやってきてもさらに続いた。

……この誤解による心労は、シグナムが誠吾くんに問いただした事情を聞き出すまで続くのやった。






























次の日、なのはちゃんから取調室の使用許可を出してくれるようにお願いされたので、またなんや誠吾くんがなんかしたんかと思いつつも承諾。

一応理由が気になったので聞いてみると、そうだね、はやてちゃんも当事者みたいなものだから、一緒に来てくれる? と言われ、なんのことやろと首を傾げつつもなのはちゃんの後をひょこひょこついて行くと、なんかやっぱり呼び出されたのは誠吾くん。

けど予想外にもその理由はヴィータのことで、他の誰かもヴィータが泣いてたあの場面を見ていたらしく、その件についての取り調べやった。

全てを悟りきった修行僧のように諦め顔になった誠吾くんは、口の端を皮肉気に歪め、逸らした目にはハイライトがなかった。その様子は、「まただよ(笑)」とでも言わんばかり。

あまりにも放っておけなかったので、私も話に参加してなのはちゃんに説明。

とはいえヴィータの悩みのことはなのはちゃんにどこまで言っていいものか分からなかったので、私のアドバイスが変な風に嵌まって誠吾くんが運悪くそれに巻き込まれたという話を作って、だから誠吾くんは悪くないんよと話した。

そうなの? と首を傾げるなのはちゃんに、誠吾くんは全力で首を縦に振っていた。

「そっか、分かった。私の勘違いでわざわざ呼び出したりして、ごめんね」

じゃあ、教導があるからこれで。ホントにごめんね? と言い残して部屋を出て行ったなのはちゃん。扉が閉まると同時に、誠吾くんが凄い勢いで椅子から立ち上がってこちらにずんずんと歩み寄り、私の両手を握りしめてきた。

突然のことに顔が赤くなる私。

「え、や、ちょ……誠吾くん!?」

「ありがとう八神っ! 助かった! マジで助かったっっ! まさかお前が空気読んでくれるとは思ってなかったっ!」

誠吾くんは私の様子を意に介す様子もなく、すんごい涙目で私にお礼を言ってきた。

というか、相当切羽詰まっていたのか、敬語忘れとるよねこの人。私としては彼の最近のプライベートの顔を知っている分、敬語の彼は気味が悪いから他の上官さんとかが居る時以外にはタメ口利いてほしいし、これでもかまへんのやけど。

公私での使い分けのことは局員歴の長い誠吾くんもわきまえとるし、彼を六課に引き抜く前までは私たち以外の人が居る時と居ない時と上手いこと使い分けとったから、そろそろ元の感じに戻ってほしくはある。

けどそれは、私から言い出すようなことやないんやろうし、自然の流れに任せようかな。

そーいえば、さっきの言い方やと誠吾くん、私がなのはちゃんに嘘八百吹きこんで事態を悪くするとでも思っとったんやろか……?

……それすごく心外なんやけど。いくら私でも、あの状況でそれはない。だってそんなん、ええこと一つもないし。

そんなことを漠然と考えとると、

「俺、八神のこと誤解してたかもしれん……。昔からずっと、高町とヴィータに余計な入れ知恵して俺に嫌がらせするのが生きがいなクソッタレだと思ってたんだ」

「酷っ! それ流石に酷いよ誠吾くん!」

……とはいうものの、確かにあの二人にいろいろと相談されて、なにかにつけて彼があの二人から逃げられないようにする作戦を考えていたのは事実やから、苦笑するしかない。

そんな事を続けているうちに、二人から私に助言を受けていることを聞いたのか、彼から私の方に直接文句の連絡が来るようになり、それをのらりくらりとかわし続けているうちに彼につけられたあだ名が、

「────厚顔腹黒狸。……そもそも、女の子相手にこんなニックネームつける人にクソッタレとか言われたないな」

「俺にとって不都合なことをあの二人に吹き込むのをやめてださいと頼んでもニコニコしながら受け入れないお前に問題は無いと申したか。それとその呼び名はニックネームじゃない。ただの嫌味だ」

「その方がタチ悪いやんか……」

つーか面の皮厚いのは事実じゃないかとか言い出したので、むっときて無理矢理笑顔を浮かべながら敬語ええの?と聞くと、あ、やべっとこぼしてから即座にスイッチを切り替える誠吾くん。

「とにかく、今回は助かりました。ありがとうございます」

「ううん。ええよ。ヴィータの悩みのこと、あんまりなのはちゃんに知ってほしくなかったのもあるしな」

「……ああ、確かに。内容が内容なだけに、高町さんにも関係してきちゃいますからね、あの話。それでまた高町さんにまで落ち込まれても面倒くさいと言うかなんというか……」

「いいこと何一つないからなあ……。当面、この事は秘密にせなあかんね」

「了解しました。では、俺はそろそろオフィスに戻ります。これ以上仕事ほっぽってグリフィスくんに迷惑かけるのもあれなんで」

「そか。それなら私もそろそろお仕事や。お互い頑張ろな」

そんな事を言いながら、へーいと気のない返事をして背を向けた誠吾くんの背を追って、私も取調室を後にするのだった。




























2010年4月14日 投稿

八神はやてさんの苦悩の部分は、後日この記事に追加するか次回に持ち越しと言う形にさせていただきたく思います。忙しくて書けない……。
一応内定は入ったのであと少しだと思うんですが……。
余裕が出来るまで今しばらくお待ちいただきたく思います。

2010年4月26日 大幅加筆 「八神はやての苦悩」追加

2010年8月30日 改稿

次回の更新への意欲を高めるために、ちょっと次回予告してみますね。


特に何の悪気もなく嘘をついた誠吾。
自分の信じたことが真実でないと教えられた少女は、自分に出来る精いっぱいでそれに抗議する。
少女の行為がその身に降りかかる時、彼は────


※予告内容は多少変化する可能性があります。



[9553] 第三十五話-接触其々-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/30 00:11
鼻先に感じる吐息と、目先にある閉じられた瞳

整った顔立ち、特徴的な栗色の長髪のサイドテール。上気した頬と、緊張でこわばった唇。

それら全てと、俺との距離が縮まっていく。

近付く。俺の意思に関係なく。8年をかけて形成されてしまった俺とそいつとのしがらみとかそういった面倒なことの一切合財全てを無視して、俺とそいつの距離が縮まっていく。

抵抗しようと意識しても、なにも変わらない。

俺と目の前のこいつとの間にある距離は、まるで誰かが奪っていくかのように徐々に失われていく。

体は動かない。

いや、むしろ体があるのかも分からない。

俺の視界にあるのはそいつの姿だけで、自分の手も、足も、何もかもが映っていない。

いっそ、俺は首だけその場に安置されているなにかの哀れな実験体だとでも言われた方がよっぽど現実味がある。なにしろ、首を捻って顔を逸らすことすら許されていないのだから。

もちろん、首だけで安置なんてそんなわけがないと気付いてはいるが。

これは、きっとあれだ。

あれであるなら、首が動かないことにも、この状況を全力で拒否する意識がないことも説明がつく。

そうして考え込んでいる間にも近づく距離。

そして、その距離がゼロに────

もはや逃げることは出来まいと、俺はきつく目をつぶった。

出来ればこの夢が、目の前の最悪な結果を実現させるよりも先に、覚めますように────






























と言うところで「────っっっ!?」と言う感じの声にならない悲鳴とともに目を覚ました俺は、するりと何の迷いもなく昨日シャーリーに借りたストレージデバイスを手にとって起動させた。

明晰夢と言うものがある。

夢を見ている最中に、自分でこれは夢だと気付いたまま見続ける夢のことをそう言う。

そもそも夢ってやつは、脳が記憶を整理する過程で、そいつの深層意識からトラウマとか願望とか普段の想像とか日常の光景とかそういうものが引っ張り出されて構成されているわけだが、明晰夢ってのはそういうものの全てをひっくるめて自分の望む方向に夢を軌道修正することがあるとかないとかどっかのあれで読んだような読んでないような……。つまりさっきのあれはそのどちらかということになる。

トラウマか、願望か。

いや、考えるまでもなくトラウマだよ、うん。

だってあいつから逃げられないってシチュエーションとか無理矢理に近づいてくる高町とかまるでいつもの光景だったもの。間違いないもの。

ただ、高町から逃げられないってシチュエーションも、すり寄ってくる高町のことも、心の底では望んでしまっているのだとしたら、この言い訳は根本の理論から瓦解するわけだが。

いや、マジでそれはねー、と思いたいけどな。

あいつは昔からずっともちろんのこと、今の俺だって、本当に、本気でそんなつもりはないのだ。

昔は……違うあれは若気の至りだ。若さゆえの屈強な想像力が悪い方向へ働いていただけで、断じてそれ以上でも以下でもない。

予め言っておくと、俺にはこの、俺の存在理念を根本から揺るがしかねない案件について小一時間ほど考察を重ねるだけの準備はあるのだ。

……が、壁掛け時計を見るにそんな時間は用意されていない。よって、緊急手段をとることにしようと思った。

そもそも、考えるべきことを思い出せなければ、さらに言えば、そういうことを考えていたと言う記憶すらも消え去ってしまえば、きっと俺は幸せになれると思う。

非殺傷設定での俺の本気を脳髄に叩き込めば、先ほどの記憶を根本から抹消し、しかる後にすっきりとした目覚めを迎えることが出来るはずなのだ。

よって失敗は許されない。俺の度胸的に二度目をするような覚悟はなかったので絶対に許されない。

もちろん、ただの魔力弾では駄目だ。その程度の魔力ダメージでは、きっと望み通りの結果を得られはしない。

今手元にあるのがファントムでないことは不安要素の一つとなっているのは間違いないが、あいつが俺のところに帰ってくるのを悠長に待っているほどの余裕は今の俺の中にはなかった。

俺は展開したストレージデバイスの先端に魔力弾を一つ作りだすと、それに全神経を集中させて一点を凝視、その先に魔力を全力全開で集中させ、そして圧縮する。

あまりに時間がかかりすぎるのに加え、魔力を大幅に消費してしまう上に誘導弾として使うには不安定すぎる代物になるためために戦闘中には絶対にやらないレベルの緻密なコントロールによって、そこに密集する荒々しい魔力の奔流。

数分をかけて手元の魔力を金きり音がするほどの高エネルギー体にまで昇華させた。

さて、あとはこれを愚鈍にして衆愚な我が脳髄へと叩きこむ作業を始めるか……と杖を自分の方へ向けようとしたところで────

「ん……。セイゴ……なにこの音────…って!?」

エリ坊が目を覚ましてこちらを見て、寝ぼけ眼を一気に覚醒させて顔を青褪めさせた。

「せ、セイゴ……? なにしてるのさっ!?」

「……え、なにって……。ちょっと自分に向けて引き金を引こうかと……」

「まるっきり意味が分からないんだけど!?」

その反応は至って自然だから安心してほしい。俺だって若干自分のやっていることの意味が分からなかったりしているくらいだから。

だが、

「止めるな、エリ坊。俺はな……俺は、今すぐにでもここ数時間……いや、そんな虫のいい話でなくともいい。ここ数日ごとでも構わない。この脳裏に染みついたクッソ薄汚ねえ記憶を失いてえんだ……」

「えええええっ!?」

相変わらず素晴らしい反応をするよね彼。もういっそのこと局員とかやめてリアクション芸人でも目指せばいいんじゃないだろうかとか思ってると、その隙にソニックムーブで近付いてきたエリ坊に両腕を掴まれる。

で、

「せ、セイゴ。とにかく落ち着いて話し合おう? でないとほら。そんな高圧縮の魔力弾をこんな場所で発射したら、部屋が吹き飛んじゃうから……」

「ああ、その点は大丈夫。対象に接触したら周囲に対魔力障壁を発生させて二次被害を防ぐ設定を────」

「正常な判断能力失ってるくせにどうしてそう言うところは抜け目ないんだよセイゴはっ!?」

怒られた。や、まあ怒られるだけのことやってるような気もするから仕方ないかも知れんけどね。

「とにかく、その魔法を解除してよ! 本当に危ないからっ!」

「お前……俺が黒歴史と言う名の束縛から抜け出る唯一の方法を禁止するってのか……っ!」

「なんの話さ!?」

そんな感じでごたごたやってたんだが、この魔法が暴発すると俺はともかくエリ坊が危ないので手順を踏んで魔力を安全にお片付け。

その後すんごい剣幕でエリ坊に怒られた。

朝っぱらからなにを馬鹿なことしてるのとか大体セイゴはいつも無茶苦茶だよとかあんな魔力を集中させた魔力弾を頭になんて打ち込んだら、いくら非殺傷設定だって記憶どころか頭まで吹っ飛んじゃうよとかそんなん。

言われてみれば確かにその通りであった。と思ったあたりでようやく正気を取り戻す。

俺はなにをしていたのだろう。まさかここまで判断能力を失うとは……。いろいろあれだったのは事実だけど情けない……。

いや、むしろ前から思っていたんだが、寝起きの俺の判断能力の低さが恐ろしい。

昔から寝て起きてしばらくはまともに思考が働かないのが常で、特に朝とか極端に低血圧っぽいなにかのせいでグダグダだからなー、俺。普段に特別血圧が低いとかでもないんだが……。

やっぱこのあたりは、アレのことにも関係してるんだろうかという気もしなくもないが、結局今に至るまで原因とかよく分かってないからこれから先もよく分かんないんだろうなあ。

そんなこんなでエリ坊の説教が佳境に差し掛かってきたあたりで、なぜこんなことをしたのかと聞かれたりしたけど、流石に言う気になれなくて黙秘。

それから謝ったり許されたりしてから二人でサクサク出勤した。

けどいろいろあったせいで朝練に出る気にはなれないというか高町と会う気になれなかったので、エリ坊に用事があると言っといてくれと伝言頼んでさっさとオフィスへ。

それから適当に端末立ち上げて仕事をかき集め、誰もいないオフィスで一人寂しく雑務をこなす。

まあ寂しいとは言ったものの、一人で仕事ってのは今朝のあれを極力記憶の彼方に追いやりたい身としては、むしろ良かったかもしれない。

テンポよく仕事を続け、気がつくとちょうど新人連中が朝練終えるような時間になっていたので飯でも食おうと思い、適当に切り上げて席を立ったところで通信が入る。

誰ぞと思って回線開くと、相手は残念ながら高町。あいつの顔が端末に映し出された瞬間今朝の夢のことが頭を過ぎってバツが悪くなるのが自分でもわかる。

別にああいう夢だって、今回が初めてだったわけではない。こう見えてと言うか見たまんまと言うか、俺とてその辺に転がる普通の男だ。ああいう夢で目が覚めることだって時々ある。

いろいろと語弊はあるのだが、良くも悪くも俺にとって身近な異性だった以上、高町が夢に出てきたことだってもちろんあった。

ただ、高町が出てきた夢がああいう風に展開するってのはお初にお目にかかるあれであり、こちらとしても何とも調子が狂うというもので。

この夢展開は何を暗示しているんでしょうかねえ……。まあ、夢なんて意味がないことの方が多いけどな。とか一人溜息をつくと、無視されていると思ったのか画面の向こうの高町が怒った風に俺の名を読んだ。

更にもう一つ溜息をつきながら、何か御用ですか高町さんと聞くと、今から取調室へ来てとのご命令。

ああ、なんかもう嫌な予感しかしねえ……。俺のこのテの勘とか高確率であたるからねホント。あたって欲しくない気持ちに比例して当たるから。反比例しろやコラ。

エリ坊からどういう話を聞いてあれしたか知らんが眉間にシワを寄せるのは年頃の女がするようなことじゃねーよねとか思いながら仕方なく取調室へと向かうことに。

で、俺の予想通り高町の要件は俺にとっての最悪なわけで。

俺の背後に『続・ヴィータとの情事その行方』的なテロップでも出せよもう。好きにしろよもう。

なにせ取調官の席に座る高町の背後に八神待機してますからね。どうやらシグナムさんの説明だけじゃ納得できなかったらしいですね。

とか思いながら、今朝の夢の件での気まずさとか、こないだのキャロ嬢の件での苦々しさとかを噛み締めつつ超捨て鉢な態度で話聞いてたら、なんか知らんけど八神が空気を読んだ。

なんかいろいろと言い訳並べて俺の援護をしてくれたので、それに便乗して事なきを得る俺。

今日ほど八神に感謝した日が、他にあっただろうか? いや無い(反語)

何せ昔から高町とヴィータに余計な知恵を仕込んで俺の逃げ道を無くすのが当然みたいなところあったからねこの人。

そのおかげで怪我した当初はいろいろと思うところもあったからあいつらと出来るだけ距離を置きたかったのにもかかわらず、前より話する時間増えたりしてたから。

しかも最低月一で俺の休日に合わせて一緒にどっかお出かけに付き合わされたりとかしてたし。

セイス隊長のところに行ってからは忙しかったからそれほどでもなかったが、それまではあいつの掌の上で転がされていたのは間違えようもなく、随分と苦汁を舐めさせられたものだった。

そんな、俺の不幸を見るのが至上の喜びだと思っているのだと信じて疑わなかった相手の優しさを垣間見て、久しぶりに感動した。これがギャップルールですね、分かります。

その後、全力で八神にお礼を言って取調室を離脱。昨日グリフィスくんに迷惑かけた分でも取り返してやろうと思ってオフィスへと舞い戻り雑務開始。

で、いつも通りにグリフィスくんに回された仕事片付けたり、先日の出動で消費した備品の追加発注の決済の細かい調整したりとかいろいろとやってたうちに気付いたんだが、腹減った。

そう言えば高町に呼び出されたせいで結局朝飯にありつけてないよね俺。

でも時間的に皆様就業中だし、俺だけ抜けて一人昼飯ってのも気が引ける。上司の呼び出しで時間が取れなかったとはいえそれはそれこれはこれ。

とはいえ昼休みまであと少し。まあ仕方ないので、適当にその辺の自販機で十秒チャージ飯でも買って昼まで持たせようかと思ったものだから椅子から立ち上がってオフィスを出ようとしたところで視界の端にちらつく小さい影に気付く。

俺の位置からは若干死角になりがちなデスクの陰に隠れ、頭を出したり戻したりしながら、しかし頭の横で括った金色の髪だけはぴょこんとはみ出させつつこちらの様子をうかがう影。

まあ、なんでこいつがここにいるんだろう護衛はどうしたザフィーラェ…とか、これの保護者じゃないのか高町ェ…とか、保護対象の監視はちゃんとしろよ高町ェ…とかいろいろと思うところはあったんだが、全部無視してスタスタとオフィスを出た。……ところで念話が入った。

『ちょっとせーくん! なんでヴィヴィオの相手してあげないのっ?』

ちょっと本気で、 ま た お ま え か とキレかけた俺を誰が責められようか。けどここで怒るのも大人気ないので努めて平静を装いつついつも通りを心がけて返事をする。

『……うっさいですね。あんな胡散臭い行動してるガキの相手なんて御免こうむりますよ、俺は。つーかあなたに呼び出されたせいで朝飯抜きだから今から十秒飯買いに行くんで邪魔しないでください』

『いたいけな女の子よりゼリー飲料優先なのっ!?』

はい優先です。……とまではっきりと返事できるほどに人の心がないわけではないので、近場に隠れていた高町を探し当ててとりあえず話を聞くことにした。

て言うか高町と一緒にスバ公までついてきたんだが野次馬かこいつ。ところでいつも一緒にいる相棒はどうしたと聞いたら、なんか八神に連れられて聖王教会のお偉いさんに会いに行ったんだとか。

ふーんと思いつつとりあえず場所を移して自販機のところへ。

ちなみにそんな俺たち三人組の後ろを通路の陰に隠れたりしつつ尾行のような何かをしながらついてくるウサギのぬいぐるみを抱えた少女V。

目的の自販機にたどり着き、どれを買おうかと商品のラインナップに目を滑らせながら、あれ相手にしなくていいんですかと高町に聞くと、せーくんのせいで近寄ってこないんだよと言われ、俺のせい?と首を傾げる。

「せーくん、もう忘れたの? ヴィヴィオに私のことで嘘ついたでしょ?」

「ついてません」

「ついたでしょーっ!?」

自販機に金突っ込んでボタンを押しながらしれっと言うと、うがーっとなって突っかかってきたので、はいはい分かってますよと宥めすかす。

きっとつい先日の、口からビームを吹く云々のお話のことだろう。

にしても、今朝は会わす顔など無いと思ったくらいだったが、会って話してみれば意外と普通にふるまえるものだね。

まあこの辺は、以前誰かさんが俺に言った、デリカシーの無さってやつがいい方向に働いているってやつなのかもしれないが。

それはともかく、

「前も言いましたけど、口からかどうかはともかく、嘘を吐く度俺を模擬戦に誘ってディバインバスターと言う名のビームで焼こうとしていたのは事実ですよね」

「そ、それは……。そういう素振りを見せただけで実際にやったわけじゃ……。と、とにかく、せーくんはあんな小さな子に嘘ついたりしてなんとも思わないのっ!?」

「いや俺、嘘とは友達なんで。友達のことを口に出したからってなにか思うとかそう言うのはないので」

「流石にその言い訳はどうなのかな……!」

「セイゴさん、開き直り方が斬新過ぎる……」

「それほどでもねー」

「誰も褒めてないよせーくん……」

呆れるスバ公の横で高町が相当ガックリしていた。まあ、そんなこと別にどうでもいいので、取り出し口から出てきたアルミ製の小さなパックのキャップを外し、吸い出し口を口に含んで中身を吸う。

「で、その嘘がどうなると、あの子があんな尾行下手くその高町さん二世的なストーカーになるんですか?」

「す、すとっ……!」

高町が絶句した。なんぞ。まさか自覚ないのかこいつ。

そーいえばそのテの事件の担当になったこともあるんだが、事情聴取で話聞くとストーカー加害者の主張って一貫して、俺にはそんなつもりないとか、私は正しいことをしているとか、そんなんだよな。

以前とか、私は彼と前世からの魂でつながっているのよとか言いながら取調室で大暴れした素晴らしい感性の持ち主もいた。ちなみにもう一方の男性の方の主張で、深夜に家路を急いで街を歩いていたら、いきなり背後からショルダータックルをくらい、「ああ……あなたは私のデスティニー……」と言う言葉とともに貞操を奪われそうになったのでなんとか隙をついて管理局に通報したんだと言う話を聞いていたので、これで大体の舞台背景を察した俺。

ところでその時期、年度始め特有にある、新人の不手際で仕事が滞ると言う状況を何とかするために、俺たちベテラン陣はいつもの1.5倍ほどの仕事をこなさなければならないわけだが、こんな取り調べを延々続けていては俺以外のフォロー要員の人たちに迷惑がかかるのでとりあえず後輩呼び出してあの場を一抜けることにした。

決して途中で怖くなって後輩にバトンタッチしたわけではない。

それにほら、新人たちにもちゃんと事情聴取の経験積ませないといけないしね。うん。

……取調室前の廊下で、泣きながら「いやッス、初めての事情聴取があの犯人なのだけはホントいやです助けてっ……」と縋ってきた後輩を谷底に我が子をつき落とすライオンになった気持ちで涙を呑みながら取調室へとおしこんだ俺だった。

後輩は犠牲になったのだ……。行き過ぎた妄想の犠牲……その犠牲にな……。

それから二時間ほどの後、調書と共に涙を引っ提げて、鬼のように仕事を片付ける俺のところへずーんとした空気を背負ってやってきたその後輩の肩に手を置いてうんうん頷きながら、「飯、奢るよ」と切り出す俺だった。

まあ俺にとってはそう言う、戯言と仕事の延長線上にある物語的な何かでしかないんだが、ストーカー本人にしてみるとそれがどうしても正しいのだという主張を恥ずかしげもなく口にしてるからね。

なるほど。これが確信犯という言葉の正しい使い方か。とか一人勝手に納得しつつアルミパックの中身を全て飲み干し、ゴミを折りたたんで近くのゴミ箱に放り込んだところで、ようやく平常心を取り戻したらしい高町が口を開いた。

その高町の主張を分かりやすくまとめるとこうなる。

ヴィヴィオは、自分に嘘をついた俺のことが許せなくて、そのことについての謝罪、あるいは別のリアクションがあるまでは、俺に徹底抗議をする姿勢を崩さないつもりだそうだ。

それがあの、物凄く構って欲しそうな感じを振りまいているくせに、こちらに一定の距離を保っている理由だそうで。

まあ、それに対する俺の感想なんて、「ふーん」程度のものでしかないのだけれど。

向こうが遠ざかるなら、俺の方から追いかける理由もないと言うかなんというか。

もともと子供の相手は不得手だし。

あの子の相手は高町がするだろうし。

つーか嘘つかれて嫌なら、そもそも俺に近づかなきゃいいのに。

それに、あの年頃の子は俺に近づけない方がいいんじゃないかな。

俺アクが強すぎるし、悪影響が強そうだ。自分で言いたかないけど。

それに、ある程度自意識をもって生き始めてるやつら相手ならまだしも、あんな中途半端な年齢の奴は影響が濃そうでなんかやだ。

「そんなわけで、俺からはアクションを起こしませんけれど、なにかご意見でも?」

「大有りだよっ!」

さっきの心中を適度に簡略化して高町たちに伝えたらなんか怒られた。

や、確かに、嘘っぽいなにかをついた点については俺にも思うところはあるけれど、それを謝らせたいなら自分で文句を言いに来いと言いたい。

自分は何も言いださずに、遠くから非難の視線を向けてるだけ。もしくは、その非難の視線の意味を誰かに教えて待ってるだけなんてのは、なんかなーと思う。

世の中、待ってるだけで自分の都合のいいように回ったりしないと思うよね。

などと一見正しそうな言い訳考えてるけど、結局のところ自分から面倒に関わりたくないだけだけどな。

子供の相手とか、その場のノリだけで引き受けるほど楽な話じゃないのだ。

そりゃ、迷子の相手するとかそういう、その場限りのことならいい。けど、ここのこの話は、そううまくコトが回るとは思えない。

最近俺の方に回ってくるセイス隊長の任務も量が落ち着いてきてはいるので隊舎に居残りしやすい手前、高町たちが出動の時に俺がこいつの相手をするってシチュエーションとか普通にありそうだ。

そういう風に、しばらく苦楽を共にする関わりを持つ以上、なんだかんだで最後まで面倒を見てしまうのが俺のどうしようもなく中途半端な部分なのである。

で、もしそうなるのなら、相手がどれほどちっちゃかろうが子供だろうが、俺にだって付き合い方を要求する権利くらいください。

まあ、我がままで大人気ない対応だと言われればそれまでなんだが。

「とにかく、俺の方からは関わりません。あっちのアクション待ちでお願いします」

「せーくん……」

高町がすんげえ残念そうに眼を伏せる。だからどうというわけでもないが、なんともバツの悪い気分になって、頭をかく。

場の空気が壮絶に悪い。高町の横のスバ公とか、少々きつめに視線を細めて、セイゴさんのせいなんですから何とかしてくださいと言わんばかりに俺の方にアイコンタクトとってくる。

言われなくともこちらも気まずいので、なんか別の話題でも持ち出して誤魔化そうと思い立ち────…一つ、昨日の流れで確認しておかなければならないことがあったことに気付く。

だからさらりと話題を逸らすついでに聞いた。

「そういえば、昨日あなたに一つ聞きたいことが出来ていたんですが」

「え、聞きたいこと?」

俺が唐突に切り出すと、高町が沈んだ様子をなんとか振り切って顔を上げた。首を傾げてるので補足説明。

ティ────ってところまで口に出して心の中でハッと気付く。ここでティアのことを嬢付きで呼ばなくなったことがばれては、またニックネーム付けろだ何だとめんどくさいんじゃなかろうかと。

別にいつも通りにあしらうことに関しては是非もないが、今この場で話の論旨がズレるのはよろしくない。一回ズレると元の場所に戻るまでどれほどかかるか分からないものな。

ここまでの思考でカンマ数秒。

というわけで、急遽嬢付きで名前を繋げることに。ティ────ア嬢とかおかしく途切れた呼び方をしたせいで眉を顰めた高町の横でなんで嬢付きに戻ってるんだろうと言う感じで首を傾げているスバ公に肝を冷やしつつ要件を口にした。

「俺に近接戦闘について教えてもらいたくて、あなたにも許可をもらったと言っていたんですが、本当ですか?」

「あ、あのことだね。うん、それなら本当だよ」

高町が頷いて、それから大まかな流れを説明してくれる。

要するに、ティアの目指すオールマイティな戦技と、俺の持ってる戦技に近しいものが見えたので、ティアが俺にその辺のことを習いたいと高町に進言したんだとか。

高町の方もそのあたりのことは考えていたようだ。そういえば全く応じる気は無かったから話を聞き流していたせいでうろ覚えだけど、そもそも俺にしつこく六課への勧誘をかけていたのはこのあたりのことで誰かへの指導についていろいろ手伝ってもらいたかったからとか言ってたような。

アレってティアのことだったのか。

いや、それであのことを納得したりとかしないけどね俺。手伝って欲しいとかそういうのだったら、実戦データとか映像とか送ってくれれば暇なときにそれをファントムが解析してなんとかしようとくらいは思うから。

とか言ってみると、

「けど、それだとティアナのクセとか、いい所とかが分からないままアドバイスだけもらうことになっちゃうから、良くないことになっちゃうと思ったんだけど……」

「……まあ、その辺は確かに書類上のデータだけじゃ微妙なところですけどね」

仮に今俺があいつに戦闘上でのヒントのようなアドバイスするとして、その内容のいくつかは、あいつの戦い方を直接見ていなければ出来ないことだと思う。

ただ、それはあくまでアドバイスの領域なのであって、一から近接戦闘を教えるとなると話は別だ。

俺の近接戦闘は、俺が俺の癖を自分自身で分析して、何年もの年月をかけて自分のためだけに作り出した形態でしかない。要するに典型的過ぎるくらいの我流なのだ。

いや、それを言ったら明確な何とか流とかそういう派閥に入っていない限りはたいていの局員が我流なんだが、俺のは普通の局員の誰もが通る戦技の基本とかの教本とかの内容からすらかなり外れた場所を行っているので、その辺も問題だと思う。

誰かに俺のやり方を教えてそれが合理性を保てるようなものになるかなんて皆目見当もつかないし、そもそも俺のやってることを同じだけやり込もうとすると、いろいろ試行錯誤していた部分は俺の方で簡略化したとしても、軽く見積もって5年は地道な自主トレする感じなのだ。

普通の課で自分の部下に対して指導するならそれでも特に問題無いんだろうが、確かこの課って一年ポッキリのお試し期間的な運用だって聞いた気がするから、残りの寿命そんなに多くないよね。

だから昨日から迷っているのだった。

安請け合いは出来る。安請け合いなんて言うくらいだから簡単に。

けど、それが原因で生じた現象には、責任を持たないとならない。それが他人に物を教えるってことだと思う。

これを引き受けると、これまでみたいに外野から自分の考えを口にしてるだけだといけなくなる。

しかもこの課の状況からして、最後まで責任が取れるとも思えない。

正直、基本をさらい切ることすら出来ずに解散といった具合になるだろう。

けど昨日、このことについて説明しても、ティアは一歩も引きはしなかった。

「あんたの負担になることも、これが正しい選択かどうか判断できないことも分かってるわよ。けど、それでもあんたから吸収したいことがあるから」

だから、お願いします。と、頭を下げられて、俺としては弱ってしまった。

その場はちょっと考えさせてくれと誤魔化した。

だから高町の方はこの事についてどう思ってるのか聞こうと思ってこのように話題に上げたのだが、こっちはこっちで俺に任せる気満々で何とも言えない雰囲気である。

「あの、セイゴさん」

「ん?」

「ティアのお願い、聞いてあげてくれないかな」

この後夜にでも返事することになってるのでどうしようかとグルグル思考をループさせてると、それまで借りてきた猫のように黙りこくっていたスバ公が、控えめな態度に強気な色を浮かべた瞳をこちらに向けて、そんな事を言い出した。

「ティア、前に言ってたんだよ。強くなることもそうだけど、六課が終わるまでの残りの時間で出来ることを、六課が終わった後の自分の道につなげたいって。私の勝手な想像だけど、きっと、セイゴさんからもそのためのヒントをもらいたいんだと思う」

「……」

「昨日のセイゴさんの言ってたことも分かるけど……。でもティアは、責任とか、後のこととか、そう言うこともちゃんと含めて考えて、それでもセイゴさんに頼んでるんじゃないのかな……?」

それはまあ……多分そうだろう。

あいつだって六課が来年の今頃にもう無いことは分かってるはずで、俺が今まで散々時間をかけて訓練してたことだって知ってるはずだ。

それでも俺からいろいろ技術を盗みたいと思ってくれたと言うのなら、ありがたいことだと思う。

それは俺が今までしてきたことが、他人の糧になれるくらいには意味のあることだと言う証明だと言えるはずだから。

そう考えると、責任どうこうで逃げる方が無責任な気がしてくるから人の心ってやつは不思議である。

スバ公に説得された形ではあるのだが、まあ、少し前向きに考えてみようかななんて思ったあたりで腰に衝撃。

小さくよろけて何事かと後ろを向いて視線を落とすと、金色の小さな頭が背中に密着してた。

腰にはそいつの腕が回されがっしりロック。その気になればこの場で締め上げることが出来る態勢である。

え、ちょ、ま……え!? とか思いながら荒れ狂う心中を押し隠して全身に嫌な汗をかきつつ事態の推移をうかがっていると、金色の頭がむずむず動いてこちらを見上げた。

で、

「……せーご、どうしてうそついたのっ」

少々頬を膨らませながら、怒った様子を隠そうともせずに聞いてくる。

さっきの高町との話を聞いていたのかどうだか知らないが、どうやらあまりに相手にしてくれないので強硬手段に出たようだった。しかしこの手の体当たりを誰に言われたわけでもなく敢行とは、同居数日にして確実に高町の性格を引き継いでいますね分かります。

なにこれ……こわい……。

このままいくとこいつ、高町と同様のとんでもなく俺に都合の悪い成長を遂げる可能性がデンジャー。

そもそも腰にしがみついているところからして怖い。怪力怖い。マンホールの蓋怖い。いや最後は別に怖くは無い。

思考が激しくグダついているのは自覚している。しかしこの状況。対応を間違えれば俺の下半身が不随になるのは不可避の事態であり、子供と言うのはどの辺に発火スイッチがあるか分からないものだから何をしようと不随ルートを避けられなかったりするかもしれないあたりもうどうすればいいのか自分でも分からなくなってきてあかん思考回路が13kmやby市丸ギンとか言葉遣いがおかしくなりつつ焦る。

「せーごっ!」

息を呑んでなにも言わない俺に焦れたのか、ヴィヴィオがさらに体を乗り出して詰め寄ってくる。

俺はさらに背筋が冷える。

近くの高町たちが俺が焦ってるのを見て何を勘違いしたのか何ださっき言ってたことはセイゴさんなりの照れ隠しかーとかなんとか微笑ましそうに苦笑してるけどそんな事態じゃねーから。

俺の腰が大ピンチすぎてマジでヤバい。マンホールの蓋持ち上げるような怪力とか恐ろしくて声も出ない。バリアジャケット装着したい(俺が)ストレイト・ジャケット装着させたい(ヴィヴィオに)

そんなこんなで「あー、いや……」とか、誤魔化しの言葉を並べつついろいろ考える俺。

そうこうしてるうちにヴィヴィオがこっちを見たままぐずり始めたので、仕方ねーとばかりに言い訳を始めることに。

数分にわたってなんかいろいろと言葉を並べ続けていた気がするんだが、散々お話をこねくり回して結局変な所に着地した。

「いいか。確かに俺は嘘を吐く。だが、約束は破らないように努力はする。つまりいい人だ」

「……そーなの?」

そうなのと言い聞かせてると高町たちがめっちゃ胡散臭げな表情を俺に向けてた。けど知らん。周囲の評価など今はどうでもよかろうなのだぁ!

も一つ言うとスバ公が小声でぼそりと努力だけなら誰にでも出来るよねとか呟いてたけどこちらも気にしない。

「けど、ママはうそをつくのはわるいことだっていってたよ?」

「……ママ?」

ママって誰ぞ。なんだ、いつの間にか引き取り手でも見つかったんですかって例の研究所の追手じゃねーよねとか思ったけど流石にそりゃねーよと自己完結。

誰のことかと首を傾げると、ヴィヴィオが俺から離れて高町を指差した。愕然とする俺。しかしつられるように俺も高町を指差し、眉根を寄せつつ聞いた。

「……えっと、ママ?」

「えっと、うん」

ちょっと照れが入った風にはにかみながら、本当のママが見つかるまで、私が代わりになれたらって思ったの。とか説明する高町。

……なんかいろいろ言いたい事があるようなないような……。まあそれは今は置いておこう。

「つーか、先日のあれは嘘ってよりかは冗談の類だったんだけどなあ……」

子供でなきゃ絶対信じないような内容だったし。

「大体、大なり小なり誰だって嘘なんてついてると思うぜ?」

「そーなの?」

「そうなの」

「それじゃあ、ママも?」

「ああ……。いや、高町さんは多少アレだから嘘つけないんじゃね?」

「アレってなに!?」

いや……アレはアレである。

家族とかに対して、アレアレ、アレ取ってよアレ。と頼みごとをするようなアレアレ精神でもって、アレについてはお察しあれ。

俺の肩を掴んで揺さぶってくる高町を適当にいなしながら、そういう意味では高町さんの言うことは信じていいと思うぜとかフォローを入れる。フォローになって無い気もするけど気にしない。

だからまあ、嘘っぽいものをついたのはごめんと謝り、けど、俺多分これからも冗談とかそんなん言い続けると思うから、それが嫌なら寄ってこない方がいいぜ。とか予防線を張ってみた。

「ぅー、せーごいじわる……」

「意地悪とかいわれてもな……。つーかこのテの冗談言わなくなったら、俺が俺じゃなくなるみたいなもんだし」

俺の会話の80%近くが、ああいう冗談とかそういったもので構成されてるのは俺の知り合いなら誰でも分かることなのだが、まあヴィヴィオが子供だからそう言う意を介せないってのも今の問題の一因だったりするのかもしれない。

かといって、目の前の少女のためだけにそういうのをやめるってのも何とも……。

「ああ、じゃあこうしようぜヴィヴィオ」

「……?」

「俺のつく嘘を……そうだな。3回見破れたら、なんか欲しいものプレゼントしてやるよ」

「え……?」

ヴィヴィオが不思議そうに首を傾げる。

「それ、ほんと?」

「さあ、どうだろうな。本当かどうか、よく考えてみるといいよ」

苦笑しながら言うと、ヴィヴィオがまた頬を膨らませた。

「むぅー。ごまかそうとしてる……」

「誤魔化そうとなんてしてないさ。だってこれ、そういう勝負だろ?」

「ぅーっ! せーごのいじわるっ!」

そう言って舌をべーとやってからヴィヴィオが走ってどこかへ行ってしまう。

「あ、ちょっとヴィヴィオっ!」

それを高町が追っていった。去り際に俺に非難の視線を向けていったので、小さくため息を吐く。

そんな俺を、その場に残っていたスバ公が呆れた目で見ていた。

「……セイゴさん。いくらなんでもさっきのは……」

「大人気ないって? まあそうなんだけどな。自覚はあるんだけど、俺って責任ある立場ってのがあんま好きじゃないんだよ」

「……知ってるけど。それ、今の話と関係あるの?」

「少なくとも俺にとってはな。考え方なんて人それぞれだろうから、高町さんとかお前がどう思ってるかは知らないけど。……それになぁ」

「え?」

「これから先の将来、あいつ、いろいろと大変になるだろうからさ。今のうちに底意地の悪い大人の本性知って慣れとくってのも、悪くないと思わないか?」

「────っ。そ、それって……」

「個人的な意見だけど、子育てって、憎まれ役が居た方が少なからずいいんじゃないかと思うんだよ、俺は」

それだけ答えてから、セイゴさんっ!と呼ぶスバ公を無視してひらひら手を振りつつ俺はその場を後にした。

さて、いろいろあって出遅れたけれど、お仕事後半、頑張りますか。





























2010年5月19日 投稿

2010年8月30日 改稿


序盤の誠吾のなのはさんへの葛藤(若気の至り的な意味で)についての説明

過去:なのはさんが構ってくる→なんでだろう→まさか自分に気がある?→いやしかし……→最初に戻る
現在:なのはさんが構ってくる→ ま た お ま え か →終了


次回予告

午前までに任された仕事を終え、念願の昼休みを過ごす誠吾。
朝昼兼用の食事もそこそこに、彼は一人でとある部屋を訪ねる。
しかしそこには既に先客がいるのだった────



[9553] 第三十六話-擦れ違う言葉-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/08/30 00:24
昼飯がうまかった。

俺を呼び止めるスバ公を無視してオフィスへ戻ってから、昨日から引き続く用事についての進捗を確認しようと廊下を一人歩くまでの数時間の内にあった出来事を一言で表すとするなら、そうなる。

本当は、10秒飯とか2時間キープ(キリッとか言ってるけど俺の場合30分くらいしかもたねーのよねとか、やっぱ腹減ってると集中力が中途半端だなぁとかそんな感じの話など、挙げればキリがないくらいのエピソードは持ち出せるのだが、そのあたりのこととか本当にどうでもいいので無かったことにしようと思う。

ちなみに朝の分も補充するためにがっつりと飯を食ってたせいで残り30分もない貴重な昼休みを利用してどこへ向かおうかとしているかと言うと、単純にシャーリーの所へである。

なんでシャーリーのとこへ行こうかってーと、さっきも言った通り、ファントムの整備の進捗を探ろうと思ったからだ。

ファントムの代わりにストレージを2本ほど借りてきているとはいえ、正直心許ないものは心許ない。

整備が終わってればその場で引き取るし、終わって無くても訪ねたってだけで言外に急かすことが出来るし、どっちに転んでも俺には意味のあることなのだ。

そこまでソワソワすることなのかって思われるかもしれないが、こちとら、杖だとなんだか落ち着かないのでした。

腰に刀がないのも、左手に銃を構えられないのも調子が狂う。

大体、まず処理力からして段違いで負けてるからねストレージ。まあアッパー改造したインテリジェントと一般流通の既製品を比べてることの方がおかしいのかもしれないが。

中身の人格の方はともかく、あの銃と刀に関してはもうかなり付き合いが長い故に、無いと体がそわそわしてきて貧乏ゆすりでもしそうなくらいである。

こんなもの、ここ最近忘れていた感覚だった。

最近、ここまで大がかりな改造をする機会がなかったことと、簡単な整備ならば自分で出来ていたと言うあたりが理由で、ファントムを他人に預けてなかったのが原因か。

預けたとしても1、2時間くらいが精々で、丸一日手元に無かった記憶など、かなり古いものを引っ張り出してこなければ心当たりもない。

良くない兆候だなぁと思った。

だってこの落ち着かなさとか、俺が道具に頼り切っていると言う証明と変わらんよね。

今の状況のまま出動がかかったらと思うと、これはとてもよろしくない。

弘法筆を選ばずとまでは行かなくとも、一般のデバイスの性能がクソだったので負けましたなんて笑い話にもならない。言い訳にしては出来が悪すぎるくらいである。

まあなんだかんだと言ってはみるものの、結局今の所その方面について何かを改善しようとは思っていないわけだが。

ただでさえ自己強化の課題が山積みと言うか、むしろあれだけやったってまだまだ全然足りないんじゃねとか思ってるくらいなのに、この上こんな案件にまで手ェ出してたらマジでパンクするよね俺。

それじゃあ本末転倒もいい所である。

「けどまあ、なんもしないってのもあれだし、ストレージも使って適当に訓練しとくか……」

そんな感じでいろいろ考えてたら、いつの間にかシャーリーの部屋の前。

昨日と同じように呼び出すと、今度は一発で応答あり。

どうやらちょうど休憩をとっていたようで、「昨日のあれの件でもう一度まいりましたー」と要件を伝えてそのままドアを開けてもらい、中へと足を踏み入れた。

「うぃーす。お邪魔しまーす────って、あれ。スバ公?」

「……え、セイゴさん?」

部屋に入るとおや偶然。スバ公がデバイス整備の作業台の近くでシャーリーと一緒に立ってた。

なんで居んのとか思ったけど、ここに来る用事なんて今の俺とか昨日のティアとかと同じように大体一つしか思いつかないので、勝手に自分で、デバイス整備ですね、分かります。とか納得しながらそちらに近づくと、

「セイゴさんもデバイス整備?」

「も、ってことは、やっぱお前もその類か」

「うん。今日はティアもエリオたちもいなくて、出来る訓練も限られちゃったから、ちょっと暇ができたんだ。だから、ちょうどいいからメンテナンスとグレードアップしてもらいに来たの」

最近の訓練と戦闘のデータも盛り込んでもらうんだとか言うスバ公のセリフに納得しながら、そう言えばエリ坊たち、フェイトさんと一緒にどっか出動してたなーとか思いつつ、ああ、だからさっき高町の奴ヴィヴィオの相手するような暇が出来てたのかと一人で納得してからシャーリーに声をかける。

「シャーリー、ファントムのことなんでござるが」

「あ、はい。お願いされたものは入れておきましたよ」

「おーそうですか。サンキュ」

「いえいえ。これが私の仕事ですから。あ、ですけど」

「ん? なんかまずい事でも?」

「あ、はい。えっと、刀の方の刀身の剛性の強化なんですけど、流石に元の二倍にするにはいろいろと問題が多くて、もうしばらく時間がかかりそうなんです」

「あー、なるほどねー……」

それは仕方ない。前回のゼストさんとの戦闘の時に無茶な使い方をしすぎた反動か刃毀れしていたあの刀を、直すついでに強化できないかと無茶なお願いをしたのはどう考えても俺なので、必要なこととはいえこちらとしても頭が下がる思いだ。

「それで、そうなるとファントムが帰ってくるのはもうしばらくかかるのかな?」

「あ、いえ。ガンナーだけならオーバーホールも終えてますから今すぐにでも返せますよ。刀は後日にお渡しするという形でよければ」

おお、マジでかラッキーとか思いながらじゃあその方向でと頼んだら了解ですとか言いながら、作業机の上の保管用の物らしいボックスに安置されていた翡翠色の宝石を周囲の端末をなにやらカチャカチャ操作してから取り出し、それを持って戻ってくる。

「はい、ではお返しします」

「うっす、サンキュ」

適度に礼を言いながら宝石を受け取り、それを胸の右ポケットに仕舞いつつ、ああそう言えばと質問する。

「あの、悪いんだけどさ」

「はい? どうかしましたか?」

はい、どうかしました。と言う感じで、昨日借りたストレージデバイスをもう少し借りられないかと伺いを立てる。

「ストレージデバイスですか? 今のところは在庫に余裕がありますから別に構いませんけど、どうして?」

とか聞かれたのだが、弘法のようになりたいんですとか言ってもなんか微妙な感じだし、かといって丁寧に本音を暴露するのも何とも恥ずかしい感じだったので、まあ思うところがあってとか適当にお茶を濁したついでにちょっとしたお願い。

時間がかかりそうなのは承知で、ファントムガンナーに入れてもらった『アレ』をもうワンセット用意よろしくと言ってみたら、「もうワンセットって、あんなのもうワンセットつける気ですかっ!?」と驚かれた。

いや、すんません。俺の言い方が悪かったです。

確かに渡されたら使うわけだが、使うのは俺じゃないので大丈夫ですと説明すると、まあ用意は出来ますけど……使うって誰に……と歯切れは悪いものの言ってくれたのでじゃあよろしくとにこやかに予約。

傍でスバ公がなんのこと?とか首を傾げてたけど、そのうち分かるから気にすんなとだけ言っといた。

それにしてもシャーリー、すごい驚きようだったなさっき。まあ、昨日の時点であんなのつけながら訓練すること自体に否定的だったくらいだから無理もないかも知れんけど。

でも、まああれも今後生き残るためには必要なことだからね。大体今回が初めてってわけじゃないし。昔はよく同じようなことやってたからな。

最近はそこまでして自分を鍛え上げようってくらいの気概が無かったから以前使ってたのはセイス隊長のところのデバイスマイスターの所に置いてきちゃったけど。

つか、整備の件もあるからってガンナーも一緒に預けたついでに収納してもらったけど、以前はデバイスに入れてまで持ち歩いてたわけじゃなかったんだから別に入れなくてもよかったような気もするが今更だな。

とか思ってたらいきなりシャーリーが「そういえばっ!」とか今思いつきましたって感じを演出してる一言を良く通るいつものハキハキ声で口にしながら俺に詰め寄ってきた。

いきなりだったので驚いて目を白黒させる俺に気を遣うこともなくこっちを見る目がキラキラしすぎててヤバい。一体何の話をする気だよと思いながら戦々恐々としてると、

「昨日、ティアナのことティアって呼んでましたよねっ? どういう心境の変化ですかっ!」

とか言う質問をとても楽しそうな口調で口にされて、この子つい先日のエリ坊&キャロ嬢テンプレートデートの件の時からわざわざ考察するまでもなく思ってたことだけど、このテの話大好きですよねとか思いながら肩を落とした。

と言うかおいスバ公、あ、それは私も気になるとか何をシャーリーの野次馬根性に便乗してんだコラ。

いや、別にいいんですけどね。これでも管理局に勤め続けて長いわけで。女性にとって異性間での恋愛話ってやつは会話の潤滑剤になり得るってのは身を持って知ってると言うか体に刻みこまれてると言うか……。

前の課では、数人の女性陣にパシリの如くこき使われ、恋のキューピッド(笑)みたいなことまでさせられたこともあったからね。

しかし、いくら意中の相手をゲットしたいからと言って、そいつの趣味を調べてくれとか料理の好みを調べてくれとか自分で聞いた方がアピール的な何かにもなって一石二鳥だと思うんだがどうだろう。

まあ、俺その男子の教育係みたいなことしてたから、その辺の事情でいろいろ探りやすかったのは事実だけどな。

それに、さっきのようには思うものの、あの子の引っ込み思案な性格じゃあ、そんなことは出来ないんだろうなあとも思ってたしねー。

おとなしめではありながらも綺麗な顔立ちとボブカットの髪の毛、150ほどの身長、視力の関係で掛けた眼鏡も地味目であるという外見通り、あまり社交的な性格であるとは言い辛く、視線はいつも俯き加減でいかにも守ってやりたくなるようなその少女15歳。

普通こんな感じの印象でまとまったやつってのは、女性間のいじめの対象にでもなりそうだが(俺の勝手な偏見)、その子の場合そういう態度を見せるのは男が居る時だけで、女子だけの空間にいる時には儚げながらも楽しそうに笑うとてもかわいい小動物のような子なのだとか。

ちなみに言っておくとその子、猫かぶってるとかではない。と言うその子の友人の女子情報。単に男性にちょっとした苦手意識があるだけだそうだ。

要するに、俺が男である限り、あの子のそういう可愛らしいらしいところは見れないわけだが、別に性転換してまで見ようとは思ってないから別にいいや。

それでも恋したその少女。そんな守ってあげたくなる少女のために積極的活動を始めたのが、職場内での彼女の友達たちだった。

で、最初は自分たちだけで何とかしようと思ったらしいのだが、流石に大っぴらに、いかにもな暴れ盛りが管理局の制服着て歩きまわってるようなワイルド系な外見ながらも、中身は若干気の利いて優しく、見た目の割には押しに弱いピュアなその少年16歳の趣味とか好きなものとか聞いて回ったら怪しまれると思ったらしく、そこで白羽の矢が立ったのがその少年を仕事で使える一端の男に育て上げるために毎日毎日奮闘していた俺だった。

で、その少女と少女を応援する隊のメンバー数人に隊舎裏まで呼び出された俺は、シチュエーションから考えて若干の私刑を覚悟していたにもかかわらずそんな感じの事情を聞かされて、なんかこう……凄くめんどくさかったけど了承したのだった。

言っとくが、話を承ったのは別に応援隊の少女たちが怖かったわけじゃない。いや、怖かったけどさ。受けた理由にそこはあんまり関係なくて。

ただ単に、件の少女15歳に、お茶汲みなんかで世話になっているからであった。

彼女の淹れたお茶は、紅、緑、コーヒーとか関係なく美味いのである。

茶を持ってきてくれた時、いつも美味い茶サンキュと言うと、俯きながら照れたようにありがとうございますと言ってくれる彼女は、高町的な意味で女性関係がグッダグダな俺にとってはまさに一面の砂漠の隅にぽつんと存在するオアシスであった。

ああ、世の中にはこんなに慎み深くて心の綺麗な少女が居る。ただそれだけで、なんか胸が熱くなるな……!

って感じでいつも感動していたので、あの感動の分くらいなら仕事をすることにやぶさかではなかった。

マジな話、この子にはすごく幸せになって欲しい。

ちなみに、相手の男の方も、担当持って育ててる俺の目から見てもガサツではあるが優しい好青年である。

ただし、ガサツさがかなり先行しているせいで女性関係はあまり芳しくなかったらしく、彼女いない歴=年齢と言っていたのでむしろ好都合。

てか、あいつに目をつけるとはなにがあったか知らないがこの少女出来るっ……!と思った。

けど応援隊の方針的なものが、余計な茶々は入れないで二人の関係を出来る限り見守るって感じだったので、こういうことに関してはせっかちタイプな俺としては辛かったんだが応援隊の連中の意見にも一理あるってことで我慢はしてた。

けど結局、なにかある度パシらされる割には関係の進展しない2人に、その少女はともかく俺の方は辛抱が利かなくなって、少年に夕飯をおごるって名目で居酒屋に連れ出し、強引に「お前、あの子の事どう思ってんだよ」と聞いた結果、最初はぼそぼそと呟きながらぐずってたものだから「貴様なんだその即席もじもじくんな態度は! 好きなのか! 好きなんやな!」とか俺だけ煽ってた酒でテンション上がってるふりして押し切ったらめっちゃ顔が赤くなった後絶句してたのでこれは脈ありですね分かりますと思って「よし、明日告白しろっ!」って感じで話を進めたら「いや、俺みたいな単純馬鹿じゃあの子には釣り合わないだろうし……」とか言い出したけどそこはそんなことねーよと普段に無い勢いでその少年を褒めちぎってその気にさせてみた。

結果、次の日にその2人はくっつきはしたんだが、あまりの急展開を不思議に思った応援隊の連中に探りを入れられた俺は前日の一部始終を自白させられそのまま模擬戦室に連れていかれて1対5でリンチされた。

いや、彼女たちの言い分は理解できるから、やり返すようなことも逃げ出すようなこともしなかったんだけどね。

あの子の知らないところで勝手に失恋してたらどうする気だったのよぉぉぉっ!とか、言い返せないくらいの正論であった。

けど、ああでもしなきゃいつまで経っても進展しそうになかったのは事実だろうって俺の主張も本当だったので、そこまで酷い私刑にはならなかったけどな。

しかし、いまどき他人の恋愛にあそこまで本気になれるとは、あいつらもいい奴らだったなぁ……。

ちなみに付き合い始めたあの2人は、互いに足りない部分を補い合えるような素晴らしい関係になってました。

少年のガサツな部分を少女が控えめながらも優しく諭し、少女の怖がりな部分を少年がフォローし始めると、途端にあの2人めちゃくちゃ使える人財に成り上がったのよな。

恋をすると人は変わると言うが、あの二人はそれがいい方に働いたようでなによりだった。

だから、いや、恋って素晴らしいね。って感じでこの話をシャーリーたちに聞かせたんだが、

「うわぁ、素晴らしいお話ですっ! それはともかくさっきのティアナの呼び方の件ですが……」

「すげェよやべェよこの子。俺の話のすり替えが効かねえよ……。高町とかスバ公なら完全に前の話忘れるのに。注意力が残念だから」

「セイゴさんっ!?」

すんげェ心外って感じの表情でスバ公が声を上げた。でも残念だが事実なのだ。こいつとか高町とか、俺が今やったみたいに話を逸らすと、「あれ、さっきまで私何の話してたっけ?」となるのである。

そこで俺が一言口を出して話題を戻し、「あっ、そうだった!」と思い出させた頃には最初に俺のところに突貫してきた時の情熱は既に失われているので、はぐらかすのがとても楽なのである。ティアとかには効かないけど。

「わ、私となのはさんに、そんな弱点が……!」

「弱点っつーか、むしろアホの子要素じゃね?」

「酷いっ!?」

とか言いながら涙目になってたスバ公だった。

しかしスバ公をいじれたのは楽しくてよかったのだがさっきの話は結局お流れになることは無く、まあメンドくさかったのだが「なんか知らねーけど、嬢とか言われるとガキ扱いっぽくて気に食わなかったらしーよ」とか言ったらシャーリーが「ふむ」とか言いながら若干含みを持たせた表情を浮かべて何やら考え込み始めた。

なんなんだ。言っておくが今の流れに恋愛要素など一つもないぞ。

そりゃあ概要だけ聞いたらあいつが何かしらの物語におけるツンデレ的ななにかを発揮したように聞こえなくもないが、いくらなんでもそれはねーだろ。

だって、『あの』ティアだぞ?

そりゃ、以前よりはだいぶ風当たりも弱まって随分と喋りやすくなったのは否定しないが、それでもいまだに時々俺に蔑むような視線をよこしたりするような奴が俺のことを好きなわけがない。

つーかそもそも、生真面目なあいつと不真面目な俺じゃあ、相性からして水と油である。

何を期待してるのかは大体予想がつくが、それは絶対にあり得んと確信出来る。ねーよ、絶対ない。どれくらいないかって言うとちっさい頃のがきんちょ女子の、将来の夢はお父さんのお嫁さんって夢が叶う確率くらいに無い。

と言うわけでその辺の事情でも細々と説明しようと思ったところで不意にスバ公が俺の制服の袖を引っ張ってきたのでなんぞとか思ってそっちを見たら何か言いたげにこっちを見ていた。

なんだよとか思いながらスバ公が喋るのを待ってると、私のニックネームも変えて欲しいとか言いだしてポカン。

いきなりお前はなんでやねんと質問すると、「べ、別にいきなりじゃなくて、前から結構不満だったんだよ」とカミングアウトを受けた。その後もなんだかんだと言い訳を聞いてると、ティアの呼び方が普通になったので、ついでに彼女もそろそろ普通の呼び方をされたいって感じのニュアンスを伝えられる。

そういえば、最初にニックネームをつけた時に随分と不満そうな態度をしていたようなそうでないような。

まあそれはともかく、そういうことならいい機会なので、

「仕方があるまい。ついにスバルバトスを採用する時が来たようだな」

「来てないよっ!?」

全力で拒否された。なぜだ……。

「なら、なら俺はどうすればいいんだっ……!?」

「普通にスバルって呼んでくれればいいよね!」

なん……だと……? とか深刻そうに言ったら、「何でそこまで拒絶反応が出るのさ……」とか言ってたけど、さあ、なんでだろうね。

「……あくまでセイゴさんには、普通に呼ぶっていう考えはないの?」

「あると思っちゃう君の瞳に乾杯」

「しないでよ……」

どうしてそこまで頑なに……とか聞かれて特に意味は無いと答えたらまたスバ公が落ち込んだので仕方ない。ただの思い付きではあるがポッと出てきたこの名を適当に進呈しよう。

「おめでとう。今日からきみはバルスだ」

「もう誰の事だか分からなくなってるよね!」

失礼な。ただのアナグラムだから頑張ればなんとか分かる。ほらバとルの順番は変わってないから残滓は見え隠れしてる感じだし。

とはいえスバ公はどうにも納得いかないようだ。仕方ないので譲歩することに。

「じゃあ、面倒だけどスバルって呼び方に変えるよ。ったく、スバ公は我がままだから……」

「セイゴさん。もうミスしてる。もうスバ公って言ってる」

ああ、しまった。つい今までの癖が暖簾をくぐってこちら側へとお出ましになってしまった感じだ。

まあ仕方がないと納得して欲しい。なんだかんだで出会ったその日から数ヶ月この呼び方で通してきたのだ。いきなり変えろと仰るなら、俺の方の順応性についても若干の考慮をお願いしたいところである。

「なんだかんだで、ティアの呼び方の方も未だに慣れないしねえ」

まあまだ数日しか経っていないので当然と言えば当然かもしれないのだが。

俺が人間の新しい環境への順応力について取るに足らない考察をしていると、自分の望みを叶えてご満悦かと思われていたスバ公が……また間違えた。スバルが「えと、もう一つ、聞いておきたいことがあるんだけど、いいかな」とか言い出した。

ああ、なるほど。

多分本命の聞きたいことってのは、こっちのことですね分かります。名前のことはその質問をするタイミングを計ったせいで出てきたたまたまの話題だろう。

つーわけで、質問するのに気を遣うような内容ってのはなんだべさとか思いながら、聞きたいことって、何と聞くと、うん。ヴィヴィオのこととか言われる。

あん? と眉根を寄せる俺。今更こいつがヴィヴィオのことで俺に聞きたいこと────ってところまで考えて真実はいつも一つ。バーローが事件の真相を解き明かした時のあの閃き的な何かが俺の脳裏を貫いた。

と言うわけで反射的に言う。

「よし。やだ」

「────っ、ええっ!?」

あっさり言ったら普通に驚いたスバルを置いて、俺はシャーリーにじゃあまた来るわと手を振ってから部屋を飛び出した。

で、

「────なんで逃げるのセイゴさん!」

と俺の後を追いかけてきたスバルさんの魔の手から懸命に逃げる作業が始まるお。

まったく、冗談ではないと言うのだ。なぜ俺がヴィヴィオへの接し方云々についてスバルにまでお説教を受けねばならんのか。そんなの、圧倒的にめんどいじゃないか。

こちらとしては、そういった類のあれは高町からのだけで間に合っておりまして候。他の連中からのは全力をかけてお断り申し上げます。

というわけで、

「ふははははっ、どうしても話を聞いて欲しければこの俺をつかまえてみろって速っ! 走るの速っ!」

筋肉痛他の事情で本気で無いとは言えスピードはそれなりに出してるのに、後ろを向いたら最初はかなり開いていた距離が一気に詰められていた。そのまま手を掴まれ、床に押し倒されそうになる俺。なにこいつの身体能力。末恐ろしい……。

とはいえ俺だってそれなりに戦闘経験のある人間。体を流して重心移動し、あとは足捌きでうしろから加えられる力を何とかいなしたまではよかったものの、流石に態勢を崩しておっとっととよろけてる所をそのまま壁際に追い詰められた。

で、

「はなしをきいてーっ!」

「なにこれ怖い……高町の相手してるみたい……」

これが師弟補正と言うやつだろうか。ヴィヴィオといいこいつといい、俺にとって不都合のある影響を積極的に受け取りすぎてて泣きたい。

どうせこんな状況では逃げるに逃げられないので、どんな説教か知らないがさっさと受けてさっさとずらかろうと思考をシフトチェンジ。と言うわけで両手を万歳して降参の姿勢。

で、

「……どうして逃げたの」

とか、ちょっと不審そうな表情になってるスバルに言われて、空笑い気味に少々苦笑する俺。

別に特筆するような重大な理由があったわけではないのだ。ただ単にされる話が面倒くさそうだなぁと思っただけで。

だって、ヴィヴィオについての話で今このタイミングで掘り返されるような話ってーと、高町と一緒にヴィヴィオのことでなんやかんやと騒ぎ立てたさっきの記憶しかない。

けど、それでこいつになんか聞かれなきゃならんような何かをしただろうか?

思い当たる節と言えば、最後の方にちょっとカッコつけて違いの分かる男(笑)風味な台詞を残してあそこを去ったことくらいだが、まさかあの時のセリフのことでなにか?

いや、アレは普通に俺の本音なんだが。子育てに憎まれ役が要るだろうってのは俺の勝手な持論ではあるけど、まさか俺の持論まで否定しようという魂胆ですか?

いや、流石にそれは無いと思いたい。しかしそうなると一体何が原因だよとか思って何の話だよとか聞いたら、

「セイゴさん、なのはさんがヴィヴィオのママ役になるって話をした時、凄く変な顔してたよね? ……あの時、何を考えてたの?」

とかまさかこいつに気付かれてるとは思ってなかった所を問い質されて息を呑む。

と、それを何かと勘違いしたのか、スバルは表情に警戒感を含ませ始めた。それが声にも影響を与えて、俺にかける言葉に若干棘のようなものが混じる。

「もしかして、なのはさんがヴィヴィオのママ役になるの、反対なの?」

そう、確信しているような雰囲気で問われて、下手な嘘は逆効果だと察した。

だから仕方ない、俺は目の前のスバルから若干視線を逸らして、小さくため息をついた。それから、諦め口調で言った。

「……ああ、そうだよ」

「────なんでっ」

スバルは、常にない意気込みで、息苦しそうに表情を歪めながら、俺へと辛そうに不平を漏らした。

けど、俺の方は何が原因でそんな風にさせてしまっているのか分からず、気の利いた言葉すら出てこない。

「……何でもなにも、単に俺がそう思ったってだけだ」

「だから、それがなんでかって聞いてるんだよっ!」

スバルが俺を、ギンと睨みつける。こちらを掴む腕に力が込められ、少々痛む。右手首を掴まれてないのが救いだが、治りかけの筋肉痛に容赦なく加えられる力がどうにも辛い。まあ、我慢できないほどではないけれど。

そんな感じの彼女の目には、俺に対する明らかな敵意があった。今にもこちらに襲いかかってきそうなくらいの雰囲気を漂わせている。

なんなんだ、いきなり。と思う。俺が高町とヴィヴィオの関係についてちょっと思ったことがあったくらいで、なぜここまで過剰反応されなければならないのか、それが分からなかった。

だがスバルは、そんな俺の気も知らずに、意識してそうしているだろう低い声音で、小さくつぶやいた。

「それは、ヴィヴィオが人造魔導士だから?」

「────は?」

なんだ、何でそんな質問が出てくる?

しかもなんで、そんなに泣きそうな顔をするんだ。

スバルの切羽詰まった様子を見て、俺はどう答えればいいかさっぱり分からなくなってしまった。

……や、こういうときにする下手な脚色は、明らかに悪手だ。そんなこと、経験がどうのこうのなど関係なく分かる。

どちらにしろ、返答によっては今よりも状況が悪化するのかもしれないが、それなら下手な嘘なんかつくより、俺の本音を言うべきだろう。

だから、言った。

「ふざけろ、そんなちゃちい理由じゃねえよ」

「────!」

俺の即答に、スバルが驚きに目を見張った。

それから、泣きそうだった表情をさらに泣きそうに歪めて、俺の方にもっと詰め寄ってくる。

「ちゃ……ちゃちい? い、いくらセイゴさんでも、言っていいことと悪い事があるよっ!」

……これはマズイ。いくら本音とは言え、言葉の使い方が酷過ぎたか。

相変わらず、言葉を選ぶっていう工程を満足に出来ない自分に嫌気がさす。嫌気がさすが、だからと言って今の状況でそのことを悔やんでいるような暇があるわけでもなく、俺はバツが悪くて頭をかきながら、

「……あー、悪い。悪かった。確かにあいつらの気持ちを分かることも出来ないのに、さっきの言い方は無いな。……だけどな、あいつらの出生がどうとかそういうの、俺にとっては本当に関係ないことなんだよ」

エリ坊の時にも言ったろ? そういうの、関係ないって。と言い聞かせると、スバルは「え、あ……」と思い出したように目を少し見開いた。

そのせいか拘束が緩んだので、手早く俺を抑える手を外す。

それから無意味に近いスバルの体を押し返して、掴まれて乱れた制服を整えてるところで、スバルがまた口を開いた。

「じゃ、じゃあどうしてさっき、なのはさんとヴィヴィオのこと、反対だって……」

「お前が何を勘違いしたか知らんけど、もっと別の理由だよ。お前に言っても仕方ないから言わんけどな。つか、俺にだっていろいろと思う権利くらいあっていいと思うんだがそうでもないのか?」

「それは、そんなことないけど……」

「なんだよ、そのメンドくさい態度。まさかお前らにいちいち気を遣って、何でもかんでもうんうん頷くような適当な人間の方が、お前の好みなのか?」

「ち、違う……」

じゃあなんなんだ。と思う。

俺だって俺の考え方があって、それが毎回周りの全員の好みの答えに重なり続けるわけじゃない。

かといって、思ったことがなんであれ、そういう意見を抱いた以上は、他人の言い分に合わせて簡単に自分の意見を曲げるような奴にはなりたくないし、なれるとも思えない。

スバルにはスバルの思う所があるってのも分かってはいるが、それならそれでこんな遠回りな要領を得ない会話では気持ちを察することも出来ないし、態度を改善することだって出来ない。

そんなに器用なやつじゃねえのだ、俺は。そんなこと、いい加減少しは付き合いも長いし、もう分かってくれてると思ってたんだが、そうでもなかったらしい。

このままこうしていても時間がもったいない。悪いけど、もう行っていいか?と聞くと、スバルがぐずるように微妙にうろたえた。なんか俺の反応のどこかが予想外だったのか知らないが、随分と動揺しているようだ。

このまま続けて話を聞いてやった方が良いかとも思ったが、また余計なことを言って興奮させてもあれだし、さっさと離れた方が得策だろう。

と言うわけで俺は、じゃあまたあとでなとスバルの肩を叩いてその場を後にした。

しばらく歩いて角を曲がり、スバルの姿が見えなくなってから、無意識に緊張させていた肩をほっとおろす。

ああ、どんな状況であれ、他人にああいう気を遣うのは、疲れる。

つーか、ああいうことに反応するってことは、あいつもそういうことで何か思う所があるのだろうか。

もしかして、それがあいつやギンガさんを見て覚える違和感と関係あるのか。

と、そこまで考えて、あの時ギンガさんが俺にした例え話を思い出した。

だから、一つの可能性に、今更気付いた。

「……まさか。いや、まさかな……」

それは、あの時ギンガさんのあの話の裏について、もっと突き詰めるように考えていれば気付けた可能性の話で、けれど俺は今更気付いてしまったと言う話である。

「……もしこの予想が当たってるとしたら、いろいろと波乱万丈な人生送ってる新人の多い職場だなぁ、ココ」

そう呟きながら、俺はまた溜息をついた。

つーか、ここまで来ると多いと言うかそもそも新人全員じゃねとか思いながら、まあ、みんなそれぞれいろいろあるのだろうから、仕方ないのだろうと無理矢理納得する。

ただ、普段のああいう何げない会話でそれが発覚して、そいつと気まずくなるってのは、もういい加減うんざりではあった。

かといって、常にいろいろ気にしながら過ごすってのも、胃に厳しい生活になりそうだ……。

そんな、胃薬常備で出勤しなければならない状況は、いくらなんでも俺だって嫌だ。

しかし、ティアとのことが解決してほっとしてたのも束の間。今度はスバルか。

今後しばらくは気まずい関係が続きそうなのは今までの経験から言ってほぼ間違いなくて、そんな状況に暗澹とした気持ちになる。

若干胃が痛む気がしないでもないが、けれどそのあたりは無視してオフィスへと向かうのだった。

「────あー、メンドくせ」

いつも通りの口癖な、そんな悪態をつきながら。






























介入結果その二十五 スバル・ナカジマの焦燥





最初から、ヴィヴィオのことを他人と思えなかった。

それはきっと、ヴィヴィオの生まれ方と、私の生まれ方が凄く似ているから。



────戦闘機人と呼ばれる存在がある。



詳しく説明すると長くなっちゃうから分かりやすく言うと、戦闘機人と言う言葉には、ロボットに近い人間。という表現が当てはまる。

鋼の骨格と人工筋肉を持った、人造の人間。

私は、その戦闘機人だ。

そして詳しい事情はまだ分からないけど、ヴィヴィオは人造魔導士。

だから、他人とは思えなかった。

境遇の違いはあっても、私とあの子は似ていると思ったから。

だから、今までどんな境遇で育ってきていたとしても、これからは幸せになって欲しいと思った。

誰かとお話しして、誰かに優しくしてもらって、誰かに叱られて。

友達を見つけて。一緒に遊んで。思い切り喧嘩して。それから、その相手と仲直りして。

無邪気な夢を見つけて、それを叶えるために頑張ったり。

大切な親友を見つけて、お互いに助け合っていったり。

そういう当たり前が、この子のこれから先にあって欲しいと思うから。

だって私達は、お母さんとお父さんに、そして、今まで出会った人たちに、そうやって幸せをもらったんだ。

私達がもらえたものを、他の子がもらえないなんて、悲しいと思うから。

だけど現実はそう簡単じゃなくて。

管理局に保護された以上、ヴィヴィオには処遇ってものがある。

なのはさんは、ヴィヴィオの新しい親が見つかるまでは、六課で預かることになるね、と言った。

それは期限付きではあるけど、ヴィヴィオの安全を保障してくれる言葉だった。

それが私を安心させようとかけてくれたものだってことは分かる。けど私は、その言葉だけじゃ納得できなくて。

引き取り手が見つからなかったら? とか。悪質な研究施設に目をつけられたら? とか。そんな事ばかり考えて。

不安で不安で仕方なくなって、言葉で言い表せない気持ちが顔に出てしまったみたいで。

なのはさんは優しいから、不安に満たされた私の心を見抜いたかのように優しく笑って、それまでは、私がヴィヴィオの面倒をみるから────と言った。

それだけで、私の心は驚くくらい晴れやかになった。

あんなにもカッコよく私を助けてくれた人が、はっきりとそう口にしてくれた。

嬉しかった。こんなに簡単に、私の、私たちの事情を受け入れてくれる人がいることが。

けれど────

けれど、なのはさんと同じようにそんな事情を気にしないで、「なんだ、そんなことか」と軽く笑い飛ばしてくれると思っていた彼は────

セイゴさんは、なのはさんのその気持ちを知ると、一瞬呆けてから苦々しげにその表情を歪めた。

まさか────って、驚いた。

なんで、そんな反応をするんだろうって思った。

でも、セイゴさんがなのはさんと話す時は、いつもこういう風に突き放すような態度をとっていたような────と、その場は特に気にしなかった。

違う。気にしないように無理やり気持ちを抑え込んだ。

どうしても、なぜなんだろうって、思ってしまったから。

その気持ちを追及していったら、セイゴさんのことが怖くなりそうだったから。

けど、それでもやっぱり気にはなって。

エリオの時は、何の躊躇いもなく、「クローンとか何とか、そんなこと一々気にしねーよ」と言った彼が、ヴィヴィオに対してはこんなにも違う反応を見せた。

それは、やっぱり他人と生まれ方が違うから?

それならエリオとヴィヴィオとの間にあるこの違いは何なんだろう────って、そういう風に考えるのを止められなくなる。

だから私は、自分の中にある気持ちから目を逸らした。

だからと言って、見ないようにしているだけで、やっぱりそこにそういう気持ちがあることは変わらなくて。

だから、次に会ったときに、少しだけ遠回りに、そういう質問をしようって、思って。

もしかしたら、もっと違う理由で顔を歪めたのかもしれないよねと思って、だからシャーリーさんの部屋で鉢合わせたセイゴさんに、探るみたいに話しかけた。

初めはタイミングを計るように別の話題を口にしてしまったけど、それがかえってよかった。

少し話をしたおかげで、セイゴさんはまるでいつもどおりだって分かったから。

いつも通りに冗談を言って、いつも通りに皮肉を言って、いつも通りに最後は妥協してくれる。

そんな、今まで見たままのセイゴさんがそこにいるって分かったから、私はドクドクと密かに高鳴る鼓動を抑え込んで本題を口に出来た。……けど、

セイゴさんは、ヴィヴィオの名前を口に出した途端、顔色を変えて私の前から逃げだした。

反射的にそれを追う私。

なんで────?

なんでこんなことになってしまったのか────と、心の中はもうぐちゃぐちゃだった。

ヴィヴィオの名前に、ここまで過剰な反応を示したセイゴさん。

こんな反応をされたら、心の中で押し殺していた疑問と、向き合わなきゃいけない。

セイゴさんは、人造魔導士を毛嫌いしているんじゃないかって。そんな、絶対にあって欲しくないことに、目を向けなくちゃいけない。

だけど、ホントは分かっているんだ。これ以上、この事を先延ばしにするのは、いけないことだって。

本当は、この間エリオが自分の生まれ方について教えてくれた時に、私も自分のことを言うべきだったんだ。

だからもう、ここで向き合うべきなんだって、分かってるんだ。

今まで散々、この話題から目を逸らしておいて、今更と言えるかもしれないけど、けど、今だからこそ聞けることも、今だからこそ言えることもあると思う。

だから、話を聞いてもらうために、前を走るセイゴさんを力任せに床に押し倒そうとした。けど、抵抗されて、だけど壁に押し付けることには成功した。

目の前にはバツが悪そうに私から目を逸らすセイゴさんがいる。

彼の真意を問い詰めるなら、きっと今しかない。

そう思ったから、私は口を開いた。



────どうして逃げたの?



────なのはさんがヴィヴィオのママ役になるって話をした時、凄く変な顔してたよね?




────もしかして、なのはさんがヴィヴィオのママ役になるの、反対なの?




────それは、ヴィヴィオが人造魔導士だから?




そうして私は、胸の内にため込んでた気持ちの全てを、吐き出すようにセイゴさんにぶつけた。

その結果返ってきたのは、



────ふざけろ、そんなちゃちい理由じゃねえよ



真っ直ぐに私を見て口にした、セイゴさんのそんな罵倒。

私はさらにわけが分からなくなった。説明不足過ぎて、セイゴさんの考えてることがさっぱりで。

訳が分からなくなって、だけど私の悩みをちゃちぃと断言したさっきのセイゴさんの一言は許せないと思って、だからそこに噛み付いて。

そしたら素直に謝ってくれたセイゴさんに毒気を抜かれて、だけどセイゴさんの気持ちが分からないことに変わりは無くて。

いろんな気持ちがグルグル渦巻いて、気がついたら、セイゴさんが私の肩を叩いてどこかへ行ってしまうところだった。

その背を見て、ここで何も言えなかったら今までの全てが台無しになるような気がして、だけどどう言葉をかけるべきか思いつかなくて。

セイゴさんの姿が見えなくなった頃に、私はその場にうずくまった。

もう、傷ついたのが私なのか、それともセイゴさんなのか、それすら分からなくて、しばらくこの場から動けそうにない。

そうしてしばらく時間が経った頃、マッハキャリバーにメッセージの着信が届いた。

のろのろとした動作でそれを確認しようと手順を処理すると、メッセージの送り主は────

「────…!」

私は小さく息を呑み、そして立ち上がった。

今度こそ、聞くべきことを彼から聞くために、と。






























ここ最近、六課に来てから得た教訓がある。

まあ教訓っつっても、管理局伝統の戦闘におけるセオリーとか、元帥クラスの方々のあり難い訓辞とかそういう類の仰々しいあれではもちろんない。

むしろ、『人付き合い。絶対失敗しないための50ヶ条』とかそういう感じのタイトルの、書店で日本円にして800円くらいの値段で売ってそうな、社会に出た人間なら誰でも知ってそうな感じの内容を延々と記した書物的な何かと言った方がニュアンスは近いと言える程度のもんなんだが。

まあ長々説明しといて一体何が言いたいかと言えば、要するに誰かと付かず離れずで深過ぎず浅過ぎずななんとも表現に困る感じの心の溝を作ってしまった場合、さっさと話でもして仲直りした方が心の負担的にも現実的な関係修復的にもお得だよと言う話である。

ティアと高町の時のような話じゃないが、あの時のことだってあと少し高町があの話をするのが遅かったらなにか言い知れぬような面倒な事件を引き起こしていた可能性も捨て切れるようなものではなく、つまりどういうことかってーとコミュニケーションは大事だよと言うアレ。

と言う感じでコミュニケーションは大事だと思ったので、

「率直に聞こう。お前は人造魔導士か?」

と言う感じで、隊舎裏に呼び出したスバ公……でなくて、スバルに聞いてみた。

ちなみに俺は休憩中。スバルは知らんけど。

思い立ったら吉日なので、書類仕事終えるまでにいろいろ考えて、さっさと話してさっさと解決しようと思った時点で、今暇なら来てくれとスバルをここに呼び出した。流石に人がどこにいるか分からんような場所でする話じゃないだろう。

幸いと言うかなんというか、ちょうど暇だったらしいスバルは、俺の連絡に若干の戸惑いを浮かべながらも、律儀にここまで出向いてくれた。

で、ここに来たその流れでさっきの質問レッツゴーだった。

聞いた瞬間、目ェ見開いてから体全体がビシッと固まったけどあれだ。こういう反応されると自然と不安になるよね。状況がなんとも言えない悪い方向に転がりそうで。

いくらさっさと話した方が被害が少ないかもしれないとはいえ、話す内容が内容なら被害がどうこう言う前に人間関係が修復不能なほどに崩壊する可能性だって無きにしも非ず。

俺だって、こんな質問してそれがスバルの逆鱗に触れれば、こいつがこちらにどういう感情を抱くかくらいは想像がつく。

想像がついていながら、でもこうするのが最善だと、いろんな嫌になる想像が現実になるのも仕方ない事だと覚悟を固めてきたのだ。

どれだけ時間が経とうが、俺が『しよう』と心に決めた質問は変わらない。

だったら、さっきのような両方が不完全燃焼のような状態のままで、あいつも俺も何日も何日ももやもや悩み続けるのは、どちらにとっても利が無いと思えた。

時間が解決してくれるって言う状況だって、ある時にはある。だけど、今回はそうじゃないと思ったから。

我ながらせっかちで堪え性が無いとは思う。けど、どっちにしろあいつが俺を嫌悪するようなことになるなら、それは早い方がいい。

もともと俺は、積極的に他人に好かれるような人間じゃない。なら、結果だって早い方がいいだろう。

少なくとも俺は、そういう風に気持ちを整理した。

しかし、スバルの方の気持ちが微塵も反映されてないじゃんと突っ込まれたら、抗弁できるだけの言い訳もない話ではあるのだが。

結局、自分が悩みたくないから、スバルの気持ちも無視してさっさと結論を欲っしているだけなのかもしれない。

そんな感じの思考の中、さっきの質問してから今まで必死に思考の整理でもしてたのか、固まったままだったスバルがゆっくりと顔を動かして俺の顔を見て、それから口を小さく動かして掠れた声を出した。

「い、いつ気付いたの?」

そんな質問をされて、考え込む俺。

いつって────…いつだろう?

なんか、気がついたらこいつの体の挙動になんかよく分からん違和感を覚えていたわけだし、その辺含めると会って初日には気付いていたことになるが。────ああ、けど本格的にそう言うことだって分かったのはさっきだったからアレか。

「今日だな」

「きょ、今日って……もしかしてさっきの」

「うーん。いや、前からお前の挙動に何となくそう言う雰囲気を感じ取ってはいたんだけど」

「ふ、雰囲気……?」

「そう、雰囲気。……で、それに加えて、さっきなんかヴィヴィオが人造魔導士だってことにかなりこだわっていたようだったってのが決め手かも?」

と、補足説明してみたんだが、雰囲気って、私やっぱり何か変だったの?とか聞かれて、いや、別に変じゃないけど、俺昔から人の体の動かし方とか観察してたせいかそういうの見抜くのが得意でな。お前だけなんだか体の使い方が独特だったから。とか説明すると、セイゴさんって……とか呆れられた。

なんで呆れられる場面なのだろうとか思うが、まあそれはいい。いま重要で聞くべきなことは、別にある。

「で、さっきの質問否定しねーってことは、そう言うことだって思っていいのか?」

「……うん。正確には、戦闘機人って言うんだけど、……それで、セイゴさんはそれでもなんとも思わないの……?」

「ん? 思うって、なにが」

「私、他の人といろいろ違うんだよ? 生まれ方も、体の中身も、力の質だって。……なのに、セイゴさんは本当にそれをなんとも思わないの?」

「うん」

しれっと言うと、スバルは今度こそ驚きに目を見開いてから、泣き笑いのようななんとも言えない表情を浮かべてからへたり込んだ。

こんな話題で討論したせいで気分でも悪くなったのかと思い、ちょっと焦って、「おい、大丈夫かっ」と声をかけると、スバルがゆっくりと俺を見上げた。

で、「大丈夫……」と、疲労の混じった苦笑を浮かべながら言った。

「なんか、セイゴさんと話してたら、悩んでたのが馬鹿らしくなってきちゃった……」

力抜けちゃったよ。立てないや。と、から笑いしているスバル。どうやら俺は、ちゃんとスバルと和解出来たらしい。

「そうか。そりゃ、期待に添えたようでよかった」

苦笑してから、そこで漸く、俺は詰めていた息を吐きだした。

そしてそのせいで、今更自覚する。あれだけ大見栄切っていながら、俺も人並みに緊張していたらしい。どうやら俺は、しょうがないとしても、彼女に嫌われたくは無かったようだ。

スバルって、素直で楽しい奴だから、そういうやつに嫌われるのは、やっぱり俺も嫌だったのかも分からん。

自分の軟弱な一面をまた垣間見て、本当、どうしようもねえなあと自嘲する。

そんな俺に、スバルがまた少し気まずそうに声をかけてきた。

「ところで、セイゴさん」

「ん、うん? どうした」

「結局のところ、どうして、なのはさんがヴィヴィオのママになるの、反対なの?」

「……あー」

そういえば、その辺りのことは全然触れずに話を進めてしまったから、結局言及してないなあと思いだす。

別に隠すようなことでもないので、手っ取り早く教えてやろうと思って────しかし、もともと曖昧で弱い嫌悪感に従って顔を歪めただけの俺がその気持ちを理由にして言葉にするのは、酷く難しい事だと言うことに気付く。

けど目の前には、答えを求める少女が一人。

もう返答を先送りできるような状況じゃない。

そもそもさっきの仲違いのような何かだって、そうやって答えをぼかしたせいで巻き起こってしまったのだから。

だから俺は、頭をフル回転させて自分の気持ちを言葉にするのに全力を傾けた。

そしてその内、するっと一つ、これがぴったりなのではないかと言う理由を見つける。

それを口にするかは一瞬悩んだが、きっとこれは飾り気のない俺の本心だと思うので、簡潔にそれを伝えることにした。

「別にはっきり反対だって思ってるわけでもないんだが────そうだなぁ。簡単に言うと……」

「……?」

「親になるのって、そんな二つ返事みたいに簡単に決めていい事なのかなぁ────…と、ちょっと思ったってだけ」

そう、いろいろ裏に含む思いは多いものの、それらの根本にある気持ちは、それだけだった。






























2010年 6月22日 投稿

なんかもう、すごい忙しいデスw
でも時間見つけて頑張って執筆しますので今後ともお付き合いのほどよろしくお願いします。

後日、介入結果の方で、スバルについて補足説明を入れるつもりですので、少々お待ちください。



2010年 7月22日 大幅加筆 「スバル・ナカジマの焦燥」他 追加

もっと、執筆時間が欲しいデスw


次回予告

なんとかスバルと和解することに成功した誠吾。
それから数日経ったある日、いつものように仕事をしていた彼に、とある人からちょっとしたお誘いがかかる。
セイゴはあっさりとその誘いに乗るのだが……。

※予告内容は変更になる可能性があります。



あ、それとお知らせなのですが。
プロローグから少しずつ文章を手直ししていくことにしました。
おかしな表現や無理矢理な展開などを修正していくつもりです。
大筋は変わりませんのでそのあたりは心配はないと思われますが、一応連絡させていただきます。
ただいまプロローグのみ手直し終了しております。
キャラが一人二人増えていますが、大筋は変わりません。
ディレクターズカット版とでも思っていただければと思います。



[9553] 第三十七話-忘却事件-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/11/09 00:30
俺より少しだけ、彼女が先行していた。

ただ、それだけの差だった。

彼女の千切れるような悲鳴を聞いた瞬間には、もうソニックムーブは発動していた。

一瞬でケルベロスのような外観の対象に肉薄すると、魔力刃を纏わせた刀を首筋に一閃。更に斬りつけたのと寸分違わず同じ場所に一つカートリッジロードした状態で今の状況に合わせてヴァリアブルシュートを六発ブチ込む。

纏った魔力皮に邪魔されて効果的と言えるようなダメージを与えるには至らないものの、左腕に噛みついた顎を開かせて彼女から引き剥がすことに成功。

やったこと相応に怯んでいるようだったので、そのまま刀の方のカートリッジを三発ロード。

スタンダードな輪っか型のものではあるものの、密度だけならその辺のものには負けない自信のあるバインドを三つ、口と胴と前足二本を拘束する形で展開する。

それから、負傷した左腕を押さえて唇を千切れんばかりに噛み、悲鳴を堪えている彼女を抱えてソニックムーブ。

追ってきている可能性を考えてサーチャーを飛ばすと、うしろで桜色の閃光が光の柱を作っているところだった。

それを見て、問題が一つ片付いたと安堵する。

そのまま十分距離をとったところで、彼女の左腕前腕部分の屑キレのようになったバリアジャケットを剥ぎ、彼女の傷の具合を確かめて手当てするために、一も二も無く最近俺が独自に開発した診察用の走査魔法を発動。彼女はその時点で、痛みへの防衛本能が働いたのか気絶していた。

だから、焦る。以前の付き合いが長かったから分かるが、痛みにはかなり耐性のあるはずの彼女が────骨が折れた時だって歯を食いしばるだけで痛みを耐えるような彼女が、耐えられないほどの苦痛。

そしてその焦燥は、悪い予感を的中させる。

『無機質な声で事務的に事実のみを告げる』ファントムから、最悪の答えを得る。

対処できる魔法が俺の手持ちに無い。それ以前に、この世に存在していない。

単なる細胞浸食じゃない。ロストロギア特有の未知の魔法による細胞破壊。

時を止める魔法でも持ってこなければ、浸食を止めることすらできないレベルの魔力。

驚愕とともに限界まで見開いた眼で患部を凝視する。

牙に裂かれて血の流れ出る患部から、周囲の細胞にむけて少しずつ肌の色が紫色に変色していっている。

浸食スピードが異常だ。このままじゃあ、あと数十秒で左腕全てを蝕むだろう。

数分したら、全身までも蝕むかもしれない。

そうなった時の結果も、ファントムが平坦な機械音声で口にした。



────死────



いや、死ぬ? 彼女が? あの彼女が? 俺の恩人が? こんな、こんなたったひとつの失敗だけで?

いや、そんなわけないだろ、なんて、俺達より先行して、通信もサーチャーによる偵察も出来ない帯域に偵察に出た他の隊員の人達がなぜ帰ってこなかったかの理由を理解したにもかかわらず、それから目を逸らした。

きっと、きっとさっきの黒い獣に、全員やられたんだろう。

ふざけるな。と、絶叫した。

ふざけるな。滅茶苦茶だ。分隊長たちが全員死んだ? あの人たちが? あの気のいい人たちが?

そして、目の前で苦しんでいる彼女も、もうすぐ死ぬ?

久しぶりに会ったんだ。久しぶりに会って、あの時のように皮肉を言いあって、あの時のように肩を並べて戦えると思ったんだ。

それが、それがこんな形で幕切れをするなんて、冗談じゃない……。



────やるしか、ない。



彼女を助けるには、俺が今この場でやるしかない。

医療班を待ってられる時間なんて、きっと無い。

仮に待ったとしても、治せる保障すらない。

それじゃ駄目だ。助けられない。助けたいのに。死なせたくないのに。

やるしかない。俺が。やるしかない。



患部を。患部を────



目の前の現実に絶望して、狂ってしまえたらどんなに楽だろうか。

けど俺は、彼女を助ける方法を理解してしまっている。

あれだけ読んだ医学書の中の、断片的に覚えている無数の知識が、この場で最も確実に彼女を助ける方法を理解してしまっている。

魔力刃を纏わせたスラッシュの非殺傷設定を外した。ガンナーで麻酔と止血と治療用の回復魔法を組み上げた。

そこから先のことは、おぼろげな記憶としてしか残っていない。

全てが終わった後に、向こうの処理が終わったのか息せきかけて飛行魔法で駆けつけてきたあいつが悲鳴をあげている気がした。

あいつが獣を倒したせいか、通信が回復して異変を悟って駆けつけてきたセイス隊長たちが、崩れ落ちて口元を押さえて絶句しているあいつを介抱している気がした。

自分の手元で発動している魔法が、彼女の傷口をなんとか現状維持している気がした。

全てがふわふわして曖昧な記憶でしか残っていないのに、なのに、一つだけ明確に残っている記憶があった。

そう、斬り落とした彼女の腕が、浸食の最終段階に石化して風化して砕けて影も形も無くなったのだけは────



────やけに鮮烈に、脳裏に焼き付いていた。






























悪夢と言って差し支えない感じの夢で目が覚めて、その時うなされてたのをエリ坊に見とがめられて、それを適当に誤魔化してから出勤して、朝練して、朝飯食って書類仕事の前に新人共相手に模擬戦の真似事をすることになったんだがアレだ。

体が素晴らしく重い。

先に言っとくと、精神的疲労とか筋肉的疲労とかそういう類のあれが原因じゃない。

それらの要因が全くないとは言わないが、これの決定的な原因を説明するなら、BJの上から両手首と両足首と腹部についてる輪っかが発生させているバインドっぽいなにかに責任があると言える。

まあ、自発的に着けてるわけだから狙い通りと言えば狙い通りなんだが。ちなみにティアも同じものつけてます。

デバイス展開時にモード選択で自主練モードを選択するとBJと一緒に展開されるように設定してあるそれは、要するにその辺のスポコン漫画で主人公がつけたりするなんたらかんたら養成ギプス的な何かである。

バインドとはいうものの、っぽいとつくだけあって本物とはかけ離れた目的の下に構成されてるその魔力的な何かは、拘束力が本来のバインドの性能を馬鹿にしてるとしか思えない程度しかない。

とはいうものの通常の機動を出来るほど甘ったれた拘束力でもないので、自然と行動に影響が出る。

具体的にはカートリッジをワンロードしてからソニックムーブをかけないといつも通りの加速が得られないとかそういうレベルのあれなのだが、ではそこで魔力をいろいろ無駄遣いしていつも通りに動いた結果発生する魔力消費疲労に慣れるとか魔力運用を上達させるのが主な目的かってーとそういうわけじゃない。

この拘束魔法の目的は、戦闘機動時の無駄を出来る限り無くそうと努力する試みにある。

要するに、体を効率的に動かす方法を学ぶためにはどうすりゃいいんだろうかと考えた俺が遠い昔に実行した策の一つなのであった。

これをつけての訓練を通して、体を楽に動かす筋力の使い方を学んでいただくのが目的です。

楽とはいっても、変なズルをして妙な癖をつけるってことじゃなくて、いらない力の一切を省いた肉体運用を身につけてもらうってことなんだが。だから妙な動きしたらそのあたりはその場その場で注意しなきゃなんだが。

そうすりゃちょっと飛んだり跳ねたりしたくらいじゃ疲労なんて感じなくなるはずだから。俺みたいに。

ティア達の中での俺の認識が、無駄に体力だけはあるやつって感じなアレなんだが実は少し違う。

確かに体力もあるにはあるが、俺がいつもやってる鍛練であんまり疲れなかったり息が切れにくかったりするのは、無駄なことをしないように心がけてるからです。と言うか体に覚え込ませてるからです。

無駄ってやつはホントにこう……無駄だからね、ホント。俺のボギャブラリーじゃ言葉で説明できなくてもどかしいんだが無駄ってやつは本当、最高に無駄なので出来る限り無くしたいのが俺の心情。

俺の見る限り大抵の局員の方々はティアも他のやつらも含めて動きが無駄だらけで見ててイライラする時もあったりなかったりだがまあ戦闘スタイルも体の動かし方も人それぞれなのでいちいち文句言ったりはしないんだけども。

その点シグナムさんの体運びとか素晴らしいの一言に尽きる。あれが理想と言っても過言じゃない。素晴らしすぎて到達できる気が全くしないんだけどね!

で、とりあえず体力だけでもつけさせようと思っての活動が今までの俺につき合わせてたアレ。で、今回のこれは次のステップ。

まあ、ティアが本格的に俺に近接戦を習うなんて言い出さなかったらやる気なんてさらさら無かったんだけど。

前にも言ったがティア達は高町の生徒だ。ちょっとした心構えとか体力作りの手伝いくらいならともかく、訓練内容そのものに、俺なんかが口出ししていい訳が無い。

でもその先生にまで頼まれたので、やれと言われたら自分の出来る精いっぱいはやります。

ただ、これが正しいかはよく分からないのでちょっと不安だったりはするのは前にも言った通り。俺には合ったってだけで、ティアにも合うかは微妙なところだ。

けど、拘束の負荷で体がうまく動かないのもあってついでに判断力と見切りの向上とかも出来たりするので一石二鳥……のはず。まあ俺が身につけられたくらいだからティアなら楽勝でしょうと言う判断の下に実行した。

まあ長々といろいろ説明したのだが、高町庇って俺撃墜事件以前までの俺とか、セイス隊所属(更生済み)の時の俺とかが自主練中に使っていたものの流用だった。ではなぜそれを今更俺まで着けているかと言えば、鍛えなおしたかったから。

尤も、俺の方は体の運用がどうのだけじゃなくて、体に負担をかけての疲労への慣れと疲労中呆けた頭での集中力の向上の方も狙っているものだから、ティアにかけてる負担の倍ほどの負担をかけてるわけだが。

おまけに、拘束に使ってるバインドもどきへの魔力供給は自前なのでそのあたりの関係で魔力運用の無駄も無くさないとすぐに魔力切れ起こすからそっちも注意。

と、いう感じの状況で、俺は地面に座り込んでへばっていた。

もう既にさっき説明した状態で模擬戦一つ終えた状態なので流石の俺も体が休憩を欲しがってる状態だったというかなんというかな状況ののち、あっちは肉体的疲労でへたばっている新人たちが高町のお説教を終えたらしくこっちに近寄ってきた。

その中でもさっきティアの援護を一身に受けながら気をつけろと高町と一緒にいつも言っているにもかかわらずフェイント無しに俺に向けて突貫してきたスバルは、ここ数日でシグナムさんのご指導を賜り続けてきた経験を生かして援護を全て撃ち落とした上でのガンナーで発生させたカウンターの魔力刃を合わせて吹っ飛ばしたのでボロボロだった。

怪我で左手しか使えない上に新人たちに合わせて真っ向からの戦闘想定である都合上、俺も必死だったから手加減が一切できなかったとはいえ、そのなんとも情けない姿を見てるとつい先日高町とヴィヴィオの関係の件でぽろっと本音を漏らした俺に対して「大丈夫だよっ! なのはさんは絶対大丈夫!」とまで超強気で豪語してこちらを絶句させたのと同一人物とはどうしても思えん。

つーかスバルの抱いているあの高町への異常的なまでの信用はどこから来るのだろうか。そういえば今まで聞いたことが無い。

と言うわけで近付いてきたあいつらに話を聞くと数分休憩のようなので、ちょうどいいと言わんばかりに聞いてみたんだが。

「んぇ? お前あの空港火災にいたの?」

「うん。そこでなのはさんに助けられたんだ」

四年前の空港火災で空港内で遭難していたところを高町に助けられたんだと告白を受ける。

で、さらに話を聞いて、なるほどー。あのヤローがディバインバスターで空港の屋根に穴開けた原因がこの子かー。と納得を深める。

まあどうせ焼け落ちる建物内でいちいち破損に対して謙虚でいたら助けられる命も助けられないのでガンガン破壊すればいいと思ってる俺としてはどうでもいいんだがしかしアレだ。

「ふーん。じゃあそん時俺とも会ってるかもなー」

「え。セイゴさんもあの時いたの?」

んー。まあ、いろいろあって……と口を濁す俺。まあいつも通りに八神にはめられて、入れた休暇を強奪されただけなんですけどねーとでも教えてやろうかと思ったが教えたところで休暇が帰ってくるわけでもないのでやめた。

で、その時ちょうど高町が俺たちがたむろってる所に近付いてくるのが見えたのでナイスタイミングですね分かりますとか思いながら辿りついた高町にさっきのあれを聞いてみる。

そしたらメッチャ目を丸くされた。

「え、せーくん覚えてないの?」

「覚えてないってなにがですか」

「私、普通にスバルのことせーくんに預けたよね?」

「記憶に無い」

高町が、うわー……って顔をした。そんな顔されても覚えてないもんは覚えてない。その辺ご勘弁願いたい。

ちなみにスバルも「えー」って感じで覚えてない様子。なんだお互い様ですね分かります。

「ほ、本気で覚えてないんだ……」

「まあ、滅茶苦茶忙しかったですからね、俺。簡単に治療したらすぐ次の人って具合でしたし」

大方お前もそのバケツリレーで即行別の場所に回されたんじゃね? 多分。と言うと、スバルが物凄く心外そうな顔になった。

「えー。でも私だって自分の手当てしてくれた人くらい覚えてるよー。髪の毛は確かに黒かったけど、セイゴさんより全然長くて肩に届くくらいだったし。声もセイゴさんよりもっと落ち着いてて、私みたいな子供にも敬語を使ってくれた、凄く丁寧な人だったよ。それになんだかすごく凛々しかった」

あ、でもサングラスしてたから顔はわかんないかもとのスバルの言葉に、高町が「あっ」と何かに気付いたように声を出した。

俺の方も、あー、なるほどーと納得した。

俺達二人の反応に、新人たちが首を傾げる。

説明はメンドイが下手に隠すにも今の反応のせいで誤魔化せる気もしないので、どうやって伝えようか少し悩んでから、ああ当時の再現すればいいんじゃんとポンと手を叩いた。

一人気まずそうな高町以外が、俺の行為に首を傾げる

俺は一つ深呼吸をすると、いろいろと手順を踏んで、当時の自分の酷い有様の記録をファントムの記録中枢から掘り出して、一つの魔法を発動させる。

俺の目の前に、幻影魔法で作った当時の自分のイメージが現れる。

で、その幻影見てスバルがメッチャ目を丸くした。

「こ、この人っ! ……って、あれ? なんでセイゴさんがこの人知ってるの?」

……そんなに不思議そうな顔をされなきゃならんほど似てないかな、この頃の俺と今の俺。

確かに髪伸びすぎで肩まで届いてるし目とか髪の間から何とか覗いてるだけだし身長も今よりは少し低いけどさすがに横に並べたら顔の形同じだろうよ。いや、俺の前に出してるから比べられないのかも知らんけど。

てかバリアジャケット今と同じデザインなんだから気付けよ……て、あ。そういえばあの時は高町とほぼおそろいのデザイン見られるのが嫌で高町がいるときは極力バリアジャケット展開しないように心がけてたから展開してないような……。

いやまあそれはいいんだが、つかここまでやって気付かれないと説明する気力が湧かなくなってくるよね。おまけに今より昔の方が声に落ち着きがあるとか凛々しいとか……泣ける。なんかさっきの言い方だと俺に落ち着きがないみたいじゃんか。いや無いけど。

けどこう……認めたくないものだな。若さ故の(ryというわけでお前の相棒だろどうにかしろよと言う意味合いを込めてティアのほうを見たんだが、なんかメッチャ瞠目してる感じの彼女と目があった。

え、なにこれ怖い。そういう顔されると俺なんかやばいことしたんだろうかと不安になるからやめてっ!とか思いながら仕方なく自分で話を進める。

「いや、ここまでやられたら気付けよ。コレ俺だろうが」

「え、ええっ!?」

めっちゃ驚かれた。いや、そうだと思ったけどねとか思いながら若干の悲しみを背負いつつ会話の中身でもかき回してやろうと思って内容のターゲット変更。

「見ろ、お前がそんなだからそっちでお前の相棒がお前の馬鹿さ加減に驚愕しきってるぞホレ」

「ティ、ティアっ!?」

「……違うわよ。確かに驚いてるけど、私が驚いてるのはあんたがなんの前触れもなく幻影魔法使ったからよっ」

そんな風に言われ、え? あれ、言ってなかったっけと思う。と言うわけでその辺のこと聞いてみたんだが、知らないわよとのご返答。いままで戦闘にだって使わなかったじゃない。とまで付け加えられてあー、確かにと納得。

でも無理。戦闘中に使うとかよっぽど工夫しないと燃費悪すぎる。確かに最初は戦闘で活用できたら色々出来そうだなーと思って勉強したんだが、俺の魔力運用の方法と相性悪いのか知らんけど、無駄に使うとあっという間に魔力の三分の一くらい持ってかれるくらい相性悪いからねコレ。

多少集中できる環境が必要とはいえあれだけ大量に幻影出してまだ余力残してるこの子とかバケモンなんじゃないかと思う。俺とか質の高いの一体出しただけでごっそり魔力がお亡くなりなのだ。

とか何とか説明しようとしたんだが、スバルに空港の話の方の先を促されたので仕方なくあーはいはいと返事をする。

とはいえ俺が説明できることなんてそう多くないのだ。

あの事件からは既に四年、セイス隊長には未だ巡りあっておらず、任務に失敗は少ないものの出来るだけ目立たないように決着は人任せ。

休日には八神と高町とヴィータに振り回されてそのあとでフェイトさんとかユーノくんとかに慰められるようなことが続いている日々。

思えば俺がフェイトさんをさん付けで、ユーノくんをくん付けで名前呼びし続けているのも、このあたりでの優しさへの感謝と敬意が理由なのかもしれない。

それはともかく、そんな中でまた八神に呼び出されたのが、あの空港だった。

何をどう逃げても追いかけてくることが分かっていたので逃げる努力もしなくなっていたこの頃だったが、この時ばかりはそれで幸いだったと思う。

奇跡的に死者の出なかった事件として扱われていたあの件だったが、当然のごとく相応に怪我人は出た。

にもかかわらず応援が来たのはかなり時間が経ってからで、助けた怪我人の手当ては空港の医療班の人たちと俺でなんとかしたのだ。

高町もフェイトさんも救出のお仕事。八神は指揮系統でのいろいろがあったので、あの場で自由に動けるのは俺ぐらいだった。

死にはしないと言っても痛いものは痛い。だからそれを和らげる手当の雑用くらいなら喜んで協力する。

喜んで協力して、高町とフェイトさんが連れてきた怪我人を魔法で手当てして。

そして、あらかた状況が落ち着いたところで、ファントムの治療ログで作った怪我人の簡易カルテと報告書をレイジングハートに送ってから、現場を後にしたのだった。

状況的にもう高町たちと休暇って話も御破算だったし、怪我人を介抱したという評価さえ、俺にとってはいらないものだった。

だから渡したカルテと報告書は、空港の医療班の人たちが頑張ってなんとかしたように見せかける細工を施していた。医療班の人たちにも、私のことは伏せてくださいとお願いした。

あれを高町がどう処理したかは聞かなかったが、どこぞの部署から何も呼び出しが無かった所を見ると、特に問題無かったようなので気にもしなかった。

それがあの件の顛末である。

しかし、確かにあの頃と今とじゃ心持ちからして違うわけだが、こうまで別人だったかのように扱われていると微妙な気分になってくるなーとか思った所で、周りの連中が考え込んでる俺を見て固唾を呑んでるのに気付いたので仕方なく緊急手段。軽く笑って誤魔化すことにした。

「はーっはっはっは、当時の俺は真面目くんでな。誰に対しても丁寧な敬語を忘れない優等生くんだったのだ。それ解き放った反動で今こんなだけどね」

とか適当なこと明るい声で言ってから棒立ちになってた幻影魔法を消して、もう今日の訓練で俺の出番は無いはずなのでバインド拘束ごとBJ解いて立ちあがって、じゃあまたあとでとか言いつつその場を後にする感じ。

余計なことを聞かれるのも、聞かれて余計なことを口走るのもメンドイ。あとは大変申し訳ないが高町にお任せコースでするっといってみよーって感じでその場から逃げだす俺なのだった。






























介入結果その二十六 エリオ・モンディアルの疑問





セイゴがそそくさとその場を去ってからすぐ、なのはさんは僕達に事情の説明をしてくれた。

ちょうど休暇で、フェイトさんや部隊長、それにセイゴと空港に立ち寄っていたその日に、大規模な火災が空港で起こったこと。

その場で果敢に救助活動をしたなのはさんやフェイトさんの後方で、身を削るように回復魔法を連続で行使して、セイゴが怪我人の人たちを助けていたこと。

救助が終わってすぐ、セイゴがその場から姿を消していたこと。

「あの頃のせーくん、自分が周りの人にどう見られているかなんて、全然気にしてなかったんだよね。むしろ昔の知り合いの人に見た目で自分だって気付かれないように────って、積極的に髪を伸ばしたりしてたから……」

そのせいか、身だしなみもさっきの幻影魔法みたいに滅茶苦茶で……。と、なのはさんが、あはは……と苦笑いした。

でも、何で昔の知り合いに気付かれないようにする必要があったんだろう? ティアナさん達もそのことでちょっと疑問があるみたいだけど、それを聞く前になのはさんが話の続きを口にしたので、聞きそびれてしまった。

「他にも仕事中は全然笑わなかったり、誰に対しても敬語を使ってたり……」

「そういえばこのあいだそんな事言ってたような……。今のあいつからじゃ全然想像出来ない……」

「笑わないセイゴさんって、なんだか不安になるね……」

「ふ、二人とも、それはちょっと酷いんじゃ……」

ティアナさんとスバルさんの言葉にソワソワしてるキャロに苦笑しながら、僕は疑問を口にした。

「でも、それならどうしてセイゴは今みたいに……?」

ちょっと失礼な聞き方かもしれないなんて思ったけど、これ以外に聞きようが無くてそう聞くと、

「あ、それは。きっと────」

はっとしたように、息を呑んだ。

その奇妙な反応に、眉をひそめる僕。ティアナさん達もどうかしたのかと不思議そうな顔になる。

黙り込んだなのはさんの反応を待ってしばらく。僕がもう一度口を開こうとした時だった。

「────そう、だね。そろそろみんなに伝えておかなくちゃいけないことが、あるんだよね」

その言葉の意図は、僕にはよく分からなかった。

けれど、なのはさんが僕達に伝えようと思ってくれているそれは、僕達に何か大きな変化をもたらしそうな気がする。

「ごめん。まだきっとうまく言葉には出来ないから、もう少し、待ってて」

そう言って、寂しげに微笑ったなのはさんに、僕たちは相槌を打つことしかできない。

なのはさんのその表情の理由を知ることになるのは、しばらく後のこと。






























2010年8月30日 投稿

最初に謝罪しておきます。すみません。今回載せた内容が、次回予告にまで届きませんでした。
正確には、次回予告まで書いた分を載せると今回の分量の約3倍ほどにまでなってしまうため自粛したのですが……。

そういうわけですので、次回の更新はそれなりに早く出来そうです。
内容予告は前回のものを流用すればという感じなのですが、強いて言えば最後の方なのはさんが乙女チックです。
誠吾のせいであれ以上の乙女チックは今のところあり得ないので、お楽しみにどうぞと言う感じです。
というわけで、また次回の更新でお会いしましょう。では。

ところで、改稿作業の方がようやく落ち着きましたのでこの場で報告させていただきます。



[9553] 第三十八話-想い混線-
Name: りゅうと◆352da930 ID:73d75fe4
Date: 2010/11/09 00:41
高町たちのところからそそくさと逃げてきた俺が10秒チャージ飯を口に銜えてずるずるすすりながらファントムの過去データ引っ張り出してみたら、確かにあの時空港で治療した人の中にスバル・ナカジマって名前があった。ついでにギンガ・ナカジマも。覚えてないけど。ガチで。

ま、こんなデータ見つかったところであの頃よっぽど周囲に興味無かったんだろうなあってことしか証明されないけどどうでもいいよねそんなん。て感じで仕事してたら昼時になったあたりで昼休みをもらったらしいティア達に突貫されて質問攻めにされた俺だった。

朝練の時に出した幻影魔法についてとか昔は仕事中上司だろうが部下だろうが誰かれ構わず敬語使ってたこととかなんで髪短くしたのとかそんな類の質問の山。

それらに適当に答えながらマルチタスクと併用しての華麗なる(笑)なブラインドタッチによって午前までに片付けようと思ってた分の仕事を片付けてる最中に通信が入って久しぶりに酒に誘われた。ゲンヤさんに。

あーお父さん一昨日ぶりーとか、お久しぶりですゲンヤさんとか、スバルとティアが言ってたけどそんなん気にもならん。

俺としては、断る理由はないどころかむしろそろそろ一緒に呑みに行きてえええと思ってたくらいなので二つ返事で了承する。

なんかいろいろあって疲れ気味なので久しぶりにパーッといきたいのだった。

もうホントいろいろあったからねこの数日。さっきのあれも含めて。

例えばそう、オフィスへと続く廊下を歩いていたら後ろから呼びとめられて、

「私、やっぱりお前のことは守るからっ。ぜってえ守るからっ!」

とのヴィータさんの俺守護宣誓をいただくことに。

今思うとあいつちょっと単純思考に磨きがかかりすぎて純粋とか直情的とかそういうものを超越してただの馬鹿なんじゃないかと思うというか、そもそもお前八神の騎士なのに俺にばっか傾倒してるのってどうなのよとかとも思ったんだが、まああの時はいきなりな話すぎて面食らって、

「……ああ、そうですか」

としか言えずに固まる俺。しかしヴィータはそんな俺に構わず、

「ああ、そうだ。今度こそ絶対にお前を助けて見せるから、覚悟しとけよなっ!」

とか、ずびしと人差し指を俺に突きつけてまくし立ててから、満足そうな不遜な笑顔を浮かべて俺に背を向けどっかに去っていった。

なんかもう、あいつも高町と同レベルに言葉通じないよね。事ここに及んで高町×2+αな状況とか、俺の胃袋がストレスでマッハになるのは確定的に明らか。そろそろシャマルさんか親父に胃薬でも処方してもらった方がいいかも知れんね。

てか覚悟って……。助ける立場の相手に覚悟って……。

まあ、どっちもどうでもいいっちゃあどうでもでもいいことなのだが。

結局、高町に凹まされようがヴィータに宣言されようが、俺の行動がいちいち変わるわけではなくて。

何かされるたびに一喜一憂というか戦々恐々というかそんな感じの感情変化があるのは事実なのだが、多くも少なくもただそれだけのことなのである。

で、他にも色々とあったのだがその辺は某所某所で適切に説明していこうと思うので話を戻す。

ゲンヤさんに超魅力的な御誘いを受けた俺は、昼休みを終えて去っていったあいつらを見送り、いつもなら終業時間の30分前には片付けて追加分の様子を見ている書類仕事をこの日は常にない情熱を注ぎこんで更に30分ほど早く終え、呑みすぎた際の影響も考慮して明日の分で今日処理できそうな案件にまで手を出してガリガリザクザクと仕事の山を削り減らしていく。

それでもって終業時刻。グリフィスくんに今日は早めに上がるわーと伝えてから、アルトとか他のオフィス陣にこんな時間に帰るならこっち手伝ってくださいよーとか言う泣きごとを聞かされるも完全無視でオフィスを後にした。

悪いな皆の衆。そろそろ俺も、心休まる時間が欲しいんだ……。

それに、今朝の夢のことも、朝練の時のいろいろも、ちょっと考えたくはないし。

……はぁ。

自分の回想に自分で気落ちしつつ、寮に戻って私服に着替えてからゲンヤさんをお迎えするために第108陸士部隊に赴くも、向こうにつくと急に追加の仕事が入って遅れると説明してくるゲンヤさんから、ギンガさんと話でもして待っててくれと言われる。

で、まあ文句言っても始まらないし、時間がちょっと押したくらいでギャアギャア喚くほど子供でもなかったので、ギンガさんに伴われて隊舎の隅っこの休憩所で俺の奢った飲み物飲みながら時間をつぶすことに。

そーいえばシグナムさんとの訓練だが、基本的にシグナムさんが暇な時にしか出来ないので本日任務中な彼女は引っ張り出せない関係上自動的にお休みであった。

まあマルチタスクでのイメージトレーニングは欠かしてないので、最近最初よりはまともに相手できるようになってきていると思う。

それはともかくしかしアレだ。前回会った際の別れ際。あんな話題で〆たせいかギンガさんの俺への態度が非常にまずい。

両者超無言で超気まずい。ギンガさんに至ってはこちらに視線すらよこさず顔を俯けている。

まさかと思うがこの空気は俺の方から話題を振らなければいけない流れなのだろうか。

まあ前回の手術で体に機械が云々の話はほとんど俺が言いだしたことが原因であるわけだし、話題を振れとおっしゃるのであればそうすることにそこまで抵抗があるわけではないと言うかむしろ自分の責務とも思っているくらいなのだけれど、しかしどうしたものか。

彼女との共通の話題なんて、頭の端っこにすら引っかからない。

強いて言えばスバルのことならばそれなりに話せるかもしれないが、前に会って話した時以上にあいつのことで知れたことなんてつい先日の機人的なあれくらいしか覚えがなく、だとしたらこの雰囲気でその話題は確実なまでに死亡フラグな匂いしか漂っていないので別の話題にしましょうねと心を他へと向けた結果、ああそういえばあの空港火災での話もアリじゃねと思いついた矢先のことであった。

「────聞きました」

「────え? 何を」

突然の言葉に俺が反射的に聞き返すと、彼女が伏せていた視線を真っすぐこっちに向けて続けた。

「スバルに、戦闘機人について、話を受けたらしいですね」

………。

え?

死亡フラグが向こうからやって来た感じ?

え、これどうすりゃいいの? とかさっきまでの居心地の悪さ的な緊張感と予想外の話題のせいでの混乱が極限にまで達して頭が真っ白にすらなった俺だったが、絶句し続けているのは流石にまずいと思ったので無理にでも頭を動かして言葉を捻りだした。

「────…あー、えー。……まあ、流れで?」

そんな、必死になってやった割には説明にも言い訳にもなっていないそれだったが、ギンガさんは普通に首を傾げただけだった。

「流れ……ですか?」

引き続きの混乱で、はい、流れで。としか言葉に出来ず、ギンガさんが今度こそ何とも納得いっていないような表情になる。

「……流れだけで聞けるほど、スバルの心は他人には開いていなかったと、思ってたんですけどね」

「え、あー……。はぁ……まあ」

ヤバいですね。どう返せば正解なのか、それがさっぱり分からない。むしろ分かる奴がいたら俺の前まで来てほしい。正解をご教授願います。

つーか分かるわきゃねええええだろおおおおっ! まだ会うの二回目なんだよ前のあれきりなんだよ前回の出動の時になんか一緒に作戦行動してたっぽいけどそれ職務中のあれこれで正直話したうちに入ってないし直接会って話したりしてないんだよおおおおおッッ!

とか心の中で絶叫と見悶えと壮絶なる苦悩を抱えたりやってたらギンガさんがいきなり頭を下げた。

「……ごめんなさい」

「……え?」

いや、何で謝んの?

彼女、俺に謝らなけりゃならないようなことをしただろうか?

むしろ、俺が謝らなきゃいけないような無遠慮な質問をした覚えならあるのだが、謝られてるわけだからそれは関係ないよね……。とか混乱してたら普通に説明開始してくれた。

「以前に、あなたと初めてお会いした日のこと、覚えていますか?」

「あー。なんかゲンヤさんと八神連れて飯食いに行ったよね」

「そっちじゃなくて、その帰り道のことです」

「あー……? ────…。ああ、アレね……」

あの時のスバルとギンガさんが大怪我してどうのの例え話を思い出す俺。それで合ってた様で、話はそういう流れで進む。

「あの時私、あなたがスバルを傷つけるようなら、絶対に許さないと思って、あんな風に発破をかけたんです。だから、あなたを試すような真似をしたことと、試したくせに信じてはいなかったことを謝りたいんです。────ごめんなさい」

……えーと。

「つまりあの質問のあと放置されてたってことは、それなりにきみの納得する答えは言えてたってこと?」

「はい。けど、それでもあの子に害はないだろうって思っていただけで、あなたがあそこまでスバルと打ち解けられるような人だなんて、思っていなかったんです」

……あー、まあ、仕方ないんじゃなかろうか?

初対面であんな質問をした相手を、そこまでに信じる方がどうかしていると言えるだろうし、彼女の反応は普通に正常だ。

「────私は、もう吹っ切ってるんです、このことは。しがらみも悩みも一杯あったし、今も尽きないですけど、それでももうそれら全てを呑みこめるくらいには悩んだので、大丈夫なんです。けど……」

スバルはまだそういうことで悩んでるって知ってたから、心配だったそうです。

「そっかー。けど、まあ、あいつにも言ったんだけどさ。俺にとっては、昔の事情は関係の無い事なのよね。だから、今のあいつといつもの通りに付き合うってだけ」

他の人たちにとっちゃあ難しいのかもしれないが、俺にとってはそうでもない。

前にも言ったが、そういう話は日常茶飯事だ。

まあ、もう少し、突っ込んだ理由もあるにはあるのだが……。

「……随分と達観してらっしゃるんですね」

「いろいろあったんさ。働き始めた年相応にね」

「年相応って……。おいくつから働き始めていたんですか?」

「あー、……本格的に働き始めたのは十一かそこらくらいかな」

それまでは事務以外は使い物にならない役立たずだったのだった。泣けるね。

「あ、それでもなのはさんたちよりは遅いんですね」

「あいつらより早かったら、それはそれで問題だと思うんだが」

八歳とか、流石に若すぎじゃね?と言うと、確かにそうですね。と、ようやく笑顔を見せてくれたギンガさん。

それからしばらくの間、先ほどまでの重い内容とはうって変わって取りとめもない話で時間をつぶす。

そうしているうち、その場で思いついたように唐突に、ギンガさんが切り出してきた。

「それから、一つ言いたいことが」

「んー? なに?」

「そのギンガさんて呼び方、なんとかなりませんか?」

「え? なんとかってなんぞ」

別に呼び方としておかしいところがあるとも思えなかったので本気で疑問符を浮かべる俺だったのだが。

「あなたは私より階級も年も上ですし、さん付けはおかしいかと思うんですけど……」

「あー。そういやそうだなぁ。いやでもほら、俺年下だけどフェイトさんのことフェイトさんて呼んでるし」

「フェイトさんはあなたより階級が上じゃないですか」

「やー、今は確かにフェイトさんの方が階級上だけど、この呼び方、ガキの頃に諸々の事情で俺の方が階級上だった頃からこうだから、一応別に階級関係ないのよね」

「そうは言っても、私としても年上の男性上司からこの呼ばれ方は違和感が強くて……」

「そこはアレだ。今はプライベートだし気にする必要もねーって感じの軽い気持ちで、普段は上の立場で偉そうな態度の男を精神的に跪かせてみたいという願望を満たしてみたいと思ってみても────…いいんじゃよ?」

「プライベートだとしてもあなたは年上ですし私にそういう特殊な趣味や願望はありませんっ!」

怒られた。えー。じゃあどうするかー……とちょっと悩んでから、じゃあ改変少なくストレートにニックネームでもつけようかーと思って、

「じゃー、スーパーマリオさんとか呼んでみる?」

「何でですかっ!? と言うか誰!?」

「いや、ギャラクシー的な意味で配管工チックな……」

ギンガさんが珍しく狼狽する。付けた理由とかよく分かって無さそうだったので補足説明する俺。

「ほら、『ギンガ』さんだし、ちょっと捻ってギャラクシー的な? 地球にスーパーマリオギャラクシーってゲームがあるのでそこから拝借したみたいな?」

「……いや、何を上手い事言ったみたいな顔をしているんですか全然上手くないですよ……? しかも根本的なさん付けが取れてませんし……」

「えー、きみも俺のネーミングセンス否定すんのかよー。姉妹揃って酷く我がままですね……」

「こ、こんな呼び名じゃ誰でも文句付けますよ! なにを自分は被害者みたいな顔をしているんですかっ!」

と言うかスバルにも同じことしたんですかっ!?と聞かれ、はいと答えると何とも歯痒そうな表情を浮かべてから俺と彼女のネーミング決定権争奪戦開始だった。



ギャラクシー、ミルキーウェイ、地上の星(砂)etc.etc.……



「くっ……ここまで出すアイディア出すアイディア全てを否定されるとは……ギンガさんの理想の高さがやばいね!」

「ここまで出るアイディア出るアイディア全てが頓珍漢なあなたが悪いんじゃないですか……。というか、良くもそれだけバリエーション豊富なアイディアが次から次へと出てきますね……」

呆れすぎてむしろ感心しますよ。とか言われて、くやしい…! でも(ryとか思いながら、いい加減そろそろゲンヤさんも来る頃かなーと思ってそろそろ切り上げるかー。って感じで一つ提案。

「じゃあここは適当にギンちゃんとかいってみる?」

「なぜでしょうね……。その呼び方がまともに聞こえてくるあたり、私もあなたの毒に中てられたんでしょうか……」

今まで散々からかったせいか若干虚ろな目をしてるギンガさん。毒とは失礼な。これはあの逸話を聞かせてやるしかあるまい……。

「一応言っとくけど、俺のトークとか前にいた課じゃ無意識にツッコミを入れてしまうほどの理不尽さがたまらないと大層評判だったんだぞ。ほらなんか毒性とかそういう感じ無い。すごく平和」

「それ、確実に妙な中毒症状が出ていますし、全く平和な要素が見当たらないんですけど……」

セリフとともに溜息を虚空に溶かし、ギンガさんがげんなりとした表情をした。

いかん。素直な反応で鋭いツッコミを入れてくれるのが楽しすぎてついついやりすぎてしまったようである。

これは反省とともに何かお詫びをしなくてはなりませんね分かりますとか思ってると、俺のボケが止まったおかげか少しだけ生気を取り戻したギンガさんが小さく息をついてから口を開いた。

「……ですけど、そんな風にちゃん付けで呼ばれたことはあまりないので、ちょっと新鮮ですね」

「あれ、散々ねばった割には、こんな子供っぽさ溢れる単純な感じの方がいいのか?」

「……いえ、本当はもっと限りなく単純にギンガと呼んでもらうだけでよかったんですけど。これ以上話をかき回すと今まで出た以上に突拍子の無いめちゃくちゃな呼び方が出てきかねませんからそれで我慢します。どうしても普通に呼ぶのは嫌のようですから……」

うん、せっかく呼び方変えるならその人だけの何かにしたい。と主張すると、分かってます。と言うか、この数分で嫌というほど理解しました。と諦め気味のギンガさん。

「しかしなんかギンちゃんて、近所のおばちゃんとかに呼ばれてそうな感じなんだが」

「普通にギンガちゃんと呼ばれてましたけどね」

へー。まあ、どうでも、いいですけれど。てか、これでいいならどっちかってーとちゃん付けよりさん付けの方がしっくりくるんだが。ギンさん、て。刀の内側に毒とか仕込んでないだろうし天パでもないだろうが。

と言う感じの話をしたら、結局さん付けですか……。とため息をつかれたのだが、なんかもう女性に対する男のさん付けって普通じゃあないかなぁと思うのでいいじゃないかーと説得してみた。で、

「じゃ、ギンさん、改めてよろしく」

「……はい、こちらこそ」

とかやってたあたりでようやくゲンヤさん登場。よーし今夜は飲みまくるぞぉと言ってた所をほどほどにしてねお父さんとギンさんに言われてゲンヤさん涙目状態だった。

許してあげて。たまに飲みに行く時くらい許してあげてっ。

とか言いながら隊舎を後に。途中でギンさんと別れのあいさつ。

「じゃーねギンさん。今日はからかいすぎて悪かった。今度何か詫び入れるよ」

「あれはやっぱり確信的犯行ですかっ!」

ああすまない。仕方ないから今度豪華粗品持ってきますね。とか言ったら「ご、豪華な粗品……?」とか首を傾げられる。

ですよねー。こちとらどっかで聞いた覚えのあるような言葉だったからぽろっと使ってみたけど、よくよく考えたら豪華なのに粗品だったら 豪華×粗品=中間 って感じで要するにただの普通じゃね?って感じのことをギンさんに聞いてみるものの、

「どうでもいいです……」

と心底そう思ってる感じで言われて俺ちょっと涙目。

「それにしても、今度、ですか」

「ん? なにその言い方。え、なにこれ何かの伏線?」

「伏線なんて大袈裟なことではないと思いますけど。きっと、すぐに分かりますよ」

とかやり合いながらお別れした。やり取り見てたゲンヤさんに、

「なんだお前ら。少し時間作ってやっただけで随分と仲良くなりやがったな」

とか別れた後で言われたんだが、おい聞き捨てならない。時間を作ったとはどういう事でござるかと突っかかっていったら、スバルから戦闘機人告白事件について連絡を受けたギンさんが、なんか悩み気味だったので話す機会を作ってやろうという親心だったんだとか。

そうならそうと言ってくれれば俺だって協力くらいしましたけどねと言ったら、いつも通りのお前じゃなきゃ意味ねーだろと返された。

要するに余計なこと考えた答えに興味は無いってことらしい。

「まあ、久しぶりにお前と呑みたかったってのも本音だがな」

「あ、嬉しい事言ってくれちゃってますね。よーし、俺今日は朝まででも付き合っちゃいますよ」

「いや、せいぜい夜中までにしてくれ。流石に明日に響く」

「えー」

「えーじゃねえよ、ったく。確かにお前は朝までやっててもそのまま仕事に行けそうだがな」

本当どんな肝臓してやがんだ、お前は。と言われても困る。

確かに水さえ飲んどきゃ睡眠とんなくてもそのまま活動を続けることも出来るが、それはどちらにしろ睡眠不足になるので眠気との戦争の始まりであり、効率は結局落ちるのだから。

しかしあれだ。アルコールは飲んだらその三倍水を飲めと言う話があるが、そんなに飲めるか腹ん中がガバガバじゃねえかとか思うよね。

「まあ確かに、酒の匂い漂わせて仕事行くわけにもいきませんし、今日はほどほどにしときますかね」

「おう、そうしとけそうしとけ。こっちもギンガが滅法心配するもんでな、最近じゃ昔みたいな無茶も出来やしねえ」

若え頃は3軒とか梯子したもんだがなと言われ、おーと感心する。しかしアレだ。

「いいじゃないですか、心配してくれるだけ。俺とか生まれてこの方親父にそのテの心配したことありませんよ」

「いや、お前それはなんに対してのフォローだよ」

親視点なのか子供視点なのかごちゃごちゃになってて分からんぞ。つーかお前の親父さんが可哀想なんだがと言われ、まあ俺視点なので子供じゃないですか?と告げてみる。で、後半の質問について返答。

「いやー、うちの親父休暇以外は見事に摂生された体にいい生活送ってますから、俺の方に心配する余地がなくてですねー」

だから、心配かけるような親のいるギンさんは羨ましいですねーと言ったら、誰が心配かけるような親だコラと頭殴られた。

こういうやり取り、ちょっと楽しくなる。

よっしゃー今日は飲むぞーと思いながら、いつもの店へと歩を進める俺とゲンヤさんだった。

まあこの後、彼との会話でまた一悶着あるのだが、それはまた別の機会に。






























いろいろ話して飲んで食って。まあ気が済むまで二人でごちゃごちゃやってたわけだが、明日もあるのでそれなりで切り上げです。

浴びるほど呑みたいって願望はまたもや達成できなかったわけだが、やれなかったことがやれるようになる代わりに自分のやりたいことをやりにくくなるのが成人するってことだと思うので、その辺は割り切ってるから気にしない。

ちなみに行きも帰りもタクシー使った。どうせこんなこととあの趣味の山くらいでしか給料使わないので構わない。

そんなこんなで六課にたどり着いたのは、深夜一時を回った頃である。

で、明日もあるし適当に水分摂ってからさっさと寝ようと思いながら宿舎の正面玄関へと向かうと、途中の道の少し外れた場所にある花壇の隅に人影が見えたのでなんぞとか思って目を凝らしたら、そこにいたのは夏らしくTシャツとめっちゃ短いジーンズ生地の短パンだけの涼しそうな格好で頭を膝に埋めて蹲っている高町だった。

やっべー。面倒くさそうな匂いがぷんぷんしてやがりますぜコレァ。

周囲には他に人影がないのでフェイトさんとか全員寝静まってから部屋を抜け出してきたんだろうって感じでFAなのは分かるんだが、それで部屋抜け出してまでそこで蹲ってる理由って何よと考えた時に一瞬にしてこの場から全力ダッシュで立ち去りたくなった俺がいかに薄情者かと言う談義については、この雰囲気の時の高町に関わって碌な事があったことが嘗て無い身としては許しを請いたい所存である。

碌で無いこと。最近では、八神主導、誠吾・プレマシー六課引き抜き事件がこれに該当する。



……。



お分かりいただけただろうか。俺が見つけて速攻声をかけなかったその理由が。

けどまあ、躊躇はするもののそのまま放置といかないあたりが俺の意志の弱さを表すカギであり、あの時お前が声をかけていたらとかもう少し早く相談を受けていたらとかそういうことを気にする後ろ向きさを示す事実でもある。

と言うわけで、一つため息ついてから足をそちらに向ける。

で、至近距離まで接近しても気付かれないのが悩みの深さを体現している気もしないでもないが、ここまで来て引き返すのもなんだかなーと思うのでさくっと声をかけた。

「おい」

「────っえ?」

声さえ聞こえれば流石に気付いたようで、驚き気味の高町がこちらを見上げた。

で、俺に気付いて、慌てて立ち上がって、こちらを指差して、「な、ななな、なんでこんな時間にせーくんがっ!?」と驚愕を露わにしてた。

いや、言っただろ。ゲンヤさんと飲みに行くんだって。その帰り。てゆーか驚きすぎ。と言うと、え、こんな時間まで? と聞かれて、消灯時間は過ぎてるよとのご指摘を受けたのだが、それを言ったら高町だってこんな時間にここにいるし、そもそも俺は寮長さんとエリ坊に今夜は遅くなりますとご連絡済みなので特に問題は無い。

つーかそれは別にどうでもいいんだが、こいつの着てるTシャツ、なんか肩まで出るタイプのやつで、おまけにさっきまでしゃがんでたせいかシャツグシャグシャで胸のあたりが肌蹴すぎててなんかヤバい。

別に俺としてはどっちでもいいのだが、なんかヤバいので注意することにした。

「どうでもいいけど服乱れてんぞ。もうちょっとでなんか見えそう」

「────え。うわぅっ!?」

慌てて前かがみになって服の前を掻き抱く高町。その仕草と赤くなった頬と上目遣いにぶつけてくる警戒感の強い視線のせいでなんか余計エロくなった気もするが、高町だからどうでもいいや。どうせココ俺しかいないし=今の高町見て興奮する奴いないし。

「せ、せーくんの、えっち……!」

「は、安心しろよ。扇情的だとは思うけどてめーにだけは欲情とかねーから」

「それはそれで酷いよっ!?」

俺の言い様が気に食わなかったのか「女の子に向かってなんてこと言うのっ!」とかボカボカとこちらを殴ってくる高町。んだよ。「ああ、エロいな。だからもっと見せろ」とか言ってもどうせ殴るクセに。乙女心って本当めんどくさいね。

つーか俺だって本当は人並みにドキリとした反応を示したりしたいのである。けどこの常時無防備娘相手にそんなことしてたら体も心もいくつあってももたないのでこんなんなってしまいました。

俺が見る限り誰に対してもこんななのも、こんな風に邪険にすると両手振り回すところも昔から変わらない。

それを適当にあしらっていると、こいつがいきなりクシュンとくしゃみしたので、夏の入りでも夜は少し冷えるよねしかも肩丸出しだしとか思いながら仕方なく上着脱いで、うーと唸りながら鼻をすすってる高町の肩にかけてみた。

初夏用だから薄手だけど、長袖なのでねーよりはマシだと思う水色のそれ。

高町はポカンとしてから「あ、ありがとう」と呆然としつつお礼を言ってきて、それからようやく状況を呑みこみ始めたのか、Yシャツの袖に腕を通して、かなり余った裾をちょこんとはみ出た指でつかみつつ「わー、ぶかぶかー」とか嬉しそうに笑顔を浮かべ始めた。

そ、そんなに嬉しがるようなことかよ……。いや、確かにこんないい人っぽい何かを以前こいつにやったのとかいつのことかも思い出せないくらい前なんだけどさ……。

そんなことくらいで機嫌がよくなられると、なんか普段すげー粗末に扱ってるような気分になる……。いや扱ってますね……。

なんか居た堪れない気分になったので話を先に進めよう……。

というわけで、前のボタンを二番目から下まで全部締めてようやく落ち着いた高町に聞く。

「それで、こんなところで何してんだよ。お前は」

「────え。えっと……」

「……?」

「……は、花を見てる?」

「……」

おい、なに、リアルでそれだけ? いや、それならそれで俺自身激しく楽なのでむしろ「バッチコイやぁぁぁぁ!」って感じなのだが、そもそもこいつさっきまで蹲ってたから花どころか周囲の全てを見ていないよね。

それともなにか。貴様の目ん玉は頭頂部についていると申したか。

それはそれで中々に夢の溢れる光景ではあるが、怪奇ホラー全開で流石にビビるのでやめて欲しい。

で、

「えと、ちょっと悩みがあって……」

さっきの疑問点を追求したらなんやかんやでそんな事を言い出したんだが、いや、それは分かってんのさ。

そして俺が知りたいんだか知りたくないんだかよく分からんあれはその先のことなのであって、そんな前提の話題とかお前がそこで蹲ってる時点で分かりきってんだから言わなくてもよいでござる。とか思ってたんだが。

「その悩みを、せーくんに相談するかで悩んでたの」

はい続いた言葉で一気に訳わかんなくなったよー。でもそういうことならどちらにしろ俺には解決不能ですね分かります。よしそれでいい。それでいいから今すぐこの場から即離脱の精神を体現し面倒からの逃避行を開始しなければ私の胃袋がストレスでマッハなうえにソニックブームでの追撃までも起こりそうなので自分の欲求に従いますね。

「そうか。なら相談するか決めたらまた来てくだされ。全力で逃げるから」

最後に完全なる本音が漏れたが気にせず高町に背を向けた。シャツの裾を掴まれて引っ張られた。

「……なに?」

「えっと、えと……相談はともかく、お、お話しない?」

お話ってなんぞ。つーかマジな話、明日も仕事なんだからこんなところでこんな時間に雑談なんぞおっぱじめたら最悪出勤すら出来ないことになりかねないんだがそれでもよろしいか。とか聞いたら「あぅぅ……」とか反論もしないなんて珍しい状況に陥ったんだがなんなんだ一体。

「と言うか、何をお話するようなことがあるんだ。少なくとも俺にはねーぞ」

「……例えば」

「例えば?」

「……せーくんがスバルに、私がヴィヴィオの保護責任者を引き受けたことを否定するみたいなことを言ったことについて……とか」

言われてびっくり驚愕ディス。

口止めは確かにしていなかったとはいえ、まさかあんな話題を渦中の本人にそのまま伝えるとはあやつのワンころ的忠誠心具合が心配でならんよねとか思いつつ、まああいつ自身も自分の母親、クイントさんのことがあるから、いろいろと思う所があったのかも分からんとか考察。

まあ正直どうせいつかばれたんだろうから、それが今だろうがあとだろうが別にどっちでもいいと言えばどっちでもいいんだが。

あの時、俺はあいつに母さんが俺を産んだ時の状況を話した。俺が一瞬とはいえ嫌そうな表情をした理由がその辺にもあったからだ。

別に話したかったわけじゃないが、そうしなければ納得してくれなさそうな感じだったし、俺自身他人に隠している過去ってわけでも無かったから構わなかった。時間を食ったのだけはいただけないが、エリ坊たちにもこないだ話したわけだし。

そしたらそのお返しとでも言わんばかりにあいつは、自分がクイントさんの遺伝子データから作られた戦闘機人で、その違法研究の捜査をたまたま行っていたクイントさんが、たまたまスバルとギンさんを発見して、それならと引き取ることを決めたんだって話をしてきた。

自分のクローンを引き取る気持ちってのは、引き取ったことが無い俺には分からないが、それでもかなりの覚悟は要ったと思う。思う所もいろいろあったんじゃないだろうか。

それでもあんなに真っすぐに二人を育てて、彼女自身尊敬される母親でいたと言うのだから、それは素晴らしいことだと思う。最後に二人を置いて死んだのでなければ。

状況は詳しく知らないが、ゼストさんの命令無視に付き合って違法研究所に突入し、殉職したのだそうだ。

ここまで聞いて俺は、自分とスバルたちが似たような状況であることに気付いた。

子供に対して何かしら覚悟があって、その覚悟を全うしている最中にこの世を去る。

それはきっと、世間さまから見ればカッコいい美談なのかも知れんね。

ただ、置いて逝かれる立場だった俺からすれば、冗談ではないってだけの話で。

スバルの方は、俺とは違う思いを抱いたらしいのだけど。

それはともかく悩みってそれかよと思ったのでそう聞いたら、これとはまた違う話らしい。

まじでかそれはとても面倒ですねとか思いながら頭を抱えてたら高町がまた聞いてきた。

「せーくんは、反対なの? 私がヴィヴィオのママ役をするの」

「別にどっちでもいいです。個人的には気に食わないってだけ。好きにすればいいと思うよ」

「な、なんでっ?」

焦ったように聞かれて、なぜ焦るのよと首を傾げる。

別に俺がどう思っていようが、どうでもよくね?

まあ聞きたいってんだから聞くまで離してくれる気なんてないってのは高町的に確定的に明らかなんだが。

大体、スバルとあれこれ話してからいろいろ考えてなんであんな風に思ったかってのの最終的結論にはなんとか達してるけど、正直自分で思って勝手な屁理屈の展開だなぁと思うくらいなのであんまり言いたくねーですと言ったらそんな遠慮はいらないから教えてお願いとの御達しだった。

……こうまで必死ってことは引き下がる気なんてないんだろうなと理解出来るくらいにこいつと腐れ縁を続けてきた自分が憎い。けどそんなん今更言っても仕方ないのでとりあえず説明開始。

俺の抱いた何とも言えない拒否感情ってのは要するに、なんかヴィヴィオに必要以上に馴れ馴れしすぎじゃね?と言うアレである。

もちろんそれは、俺がヴィヴィオにもっと懐かれたいとかそういう安直な意味での高町に対する嫉妬ではなく、本気で引き取るかどうかも分からないのに懐かせすぎなんじゃないかという心配の方です。

あんなノリでこのままさらに懐かせていったら、多分ヴィヴィオは他の人に引き取られる気なんてなくなってしまうと思う。

そうなったとき、高町はどうするのだろうか。

それでも引き取れないと突き放すのか、それなら引き取りますと決意するのか。尤も、多分高町はそうなったらそうなったであの子を引き取ることにするんだろうけど、それはそれでどうなのよって感じ。

だってこいつ、ワーカーホリックじゃん。近頃ちょくちょく聞き出すこいつの六課に来る前の生活リズムの情報とか統合すると、家になんてほとんど帰って無いってのに、ヴィヴィオ引き取ってどうやって育てる気なんだろうか。

今は確かにさびしくないだろう。六課にいる間はほとんどいつだって会うことが出来る。

だが、ここはあと半年強ほどで解散なのだ。そうなったとき、高町だって自分の帰る場所に帰る。

そうなった時に高町がヴィヴィオを引き取っていたら、どうするんだろう?

まさかと思うが、ハウスキーパー雇うとか?

それとも、家に一人で留守番なのか?

確かに、たまに家に帰って顔を合わせて、その時一杯かまってあげれば、ヴィヴィオはそれなりに幸せなのかもしれない。

でも、高町は小さい頃にそれと似たような状況を作られて、家族に安易に甘えられなくなって、死ぬほど寂しかったって言ってたはずなのに、ヴィヴィオに同じような体験をさせる気なんだろうか?

仕事で大怪我を負い、瀕死の重傷で入院した士郎さんと、そんな状況の中で当時開店したてで踏ん張り時だった翠屋を支えるので精いっぱいになった桃子さんや美由希さん、そしてそんな一家を何とか守らなければとピリピリとした緊張感を常に漂わせるようになった恭也さん。

高町は、そんな彼らに気を遣って、迷惑をかけないようにと自分だけ家族から孤立していった────と、本人から告白された。

だとしたら、ヴィヴィオが仕事で大変な高町に気を遣って、当時の高町と同じような気分を味わってしまうんじゃないかとか、思わないのだろうか。

それとも、自分はそれをされても耐えられたから、それをあの子にしてもいいかなとか思ってるとか? ……いや流石にそれはないだろうけど……。

と、そう言う所のことを全く考えないで仲良くなろうとしてるだけって感じだったので、そういうのはあまり感心しないなぁ、と言う話。ただそれだけ。

ここまで話したあたりで、高町がふらふらとおかしな挙動になってるのに気付いて、大丈夫かと肩を叩こうとしたらそれより先に俯いたまま俺の服の前を両手で握って縋りつくみたいに体を預けてきた。

昔のトラウマをほじくり返されて、気分が悪くなったのかもしれない。もしそうなら俺のせいと言っても過言でないので流石に突き放すことも出来ずになすがままに高町の好きにさせとくことに。

ちなみに両手は万歳状態。俺は一切触れません。

そんな感じの流れの中、体調が悪くなるほどにトラウマな話だってのに高町が先を促してきた。

俺も流石に大丈夫かよと聞き返すが、大丈夫だからと消え入りそうな声で呟いて受け入れようともしない。けど、もう言いたかったことはあらかた言い終えてる。

だからここから先は完全に俺個人が高町に対して聞いておきたいことでしかないんだが、その辺を口にした。

「ところで俺たちこんな仕事してるわけだけど、いつか死ぬかもとか考えたことは?」

「それは……無くは、無いけど」

「じゃあ、あの子の中で唯一のめちゃめちゃ大事な存在になってる高町が死んだ時に、あの子がどんな風に思うか考えたことは?」

少なくとも俺は、あの頃は事情も何も知らなかったけど、大事な母親が逝っちゃうってのは結構辛い事だったよと告げると、高町がこちらを見上げた顔を泣きそうに歪めて「せーくんっ……!」といろいろと感情が籠ってそうな感じで俺の名を呼んだ。

別に、母親になるから安易に死ねないとかそういう問題じゃないとは思う。引き取るなら管理局をやめた方がいいって話でもない。ただ、子供にとって世界の全てと言っても過言じゃない対象である母親が、自分から死地に近付いて行く様子を知った子供の不安を少しだけでも考えては欲しいと思った。

……流石に余計なことを言ったかもと、今更ながらに思うけど。

でも、子供を育てるって、すげえ大変なことなんだと思う。

育てたことが無い俺が考え付くだけでもさっきみたいにいろいろあるくらいだから。

高町は、そのあたりのことをあまり考えていないみたいだったけども。

よく考えれば、あれに関する高町の詳しい過去を知ってる人間は六課には俺しかいなくて、だからああいう風に考えられてそれを高町に伝えられる人間は、今は俺しかいないのよな。

だから、いろいろ考えて違和感を持ってしまったんだから、聞かれようが聞かれまいがいずれ嫌味に交えて話していたんだろうねとも思うけど。

けど、こんなことを言わなくてもなんとかなっちまうんじゃないかと思ってる自分がいるのも事実で。

知らぬ間にエリ坊とキャロ嬢の母親になってたフェイトさんが母親っぽいことが出来ているかはともかく、あの二人が今ここであんな風に笑っているのを見てしまっては、フェイトさんみたいに誠意のような何かさえあれば意外とノリでいけるんじゃないかと思ってもしまうのだ。

子供だって、一人の人だ。そう考えれば子育てだって、人付き合いの一環だと俺は思う。

だから、考えたら正解だとか、考えなかったら不正解だとか、そういう一括りにはきっと出来ない。だけど、俺の屁理屈が、高町が考えなかったことを後悔しないようにしてやれるくらいの意味があればいいなとは少しだけ思う。

だから、屁理屈をこねた舌の根も乾いてない癖に、フォローのように口を開いた。

「まあ高町だし、意外とこれでいいんじゃないかなとも思うんだよね」

「────…っ?」

嗚咽をこらえるような状態になってた高町が、俺のトーンの変わった声音に反応した。

俺は、カラカラ笑いながら言った。

「だってさ、お前の言葉でヴィヴィオとスバルが元気になったのは事実だし、このなんかいろいろ考えてそうで実はその場のノリに流されてるだけな感じも高町っぽいし」

「ひ、酷っ!?」

仕方ない。これが俺です。嫌なら離れるべきそうすべきと言ったらそれは嫌だと即答乙です。

……もういいっ、話の続きだっ……!(北斗のトキ風)

「それにもし高町がヴィヴィオを引き取ったら、それに合わせて高町のワーカーホリック、治るかもしれんしね」

高町がヴィヴィオに寂しい思いをさせたくないと言うなら、自然とこいつは休みを入れたり早く帰ったりしなければならなくなる。

そうなれば、高町の無茶も抑えられて、ヴィヴィオも寂しい思いをしなくなる。まさしく一石二鳥と言うやつだ。

こう考えると素晴らしいパートナーじゃないか、この二人は。

だから、そういう所についてもちょっと考えてみるといいんじゃないかな。と言うと、高町は無言で小さくコクリと頷いた。

それから、俺の方を見上げて、ありがとうと笑顔を作る。

「なんだか、久しぶりにせーくんに教えてもらっちゃったね。……本当、考え無しで嫌になっちゃうよ」

「高町が考えつかないところは、フェイトさんとか八神とかが近くにいてなんとかしてくれるんだろうから、そのまま何も考えずにいつも通りに生きていけばいいんじゃないかなと思います」

あれ、これ作文? とか思ってると、高町が「……じゃあ、せーくんは?」とか聞いてきて首を傾げる。

「何が?」

「せーくんは、私の考えてないところ、近くでフォローしてくれないの?」

「……普通にメンドい……」

「ホンっトに酷いね、きみはっ!」

なんだかそろそろ高町さんが本調子気味である。よかった、ツッコミの際に発生するエネルギーが高町をいい方向へと導いてるよツッコミすごいですねって感じで会話。

「つーか俺の気付けるようなことならあの二人でも気付けるだろ常識的に考えて……」

「そんなことないよっ。今回のこれ、せーくんしか違和感持ってなかったみたいだし……」

それはただ単に、俺だけが知ってる高町情報があったからであってそれ以上でも以下でもない。

「そもそも違和感っつーか、勝手な屁理屈の展開だけども。自分の気に入らないことに文句を言ったとも言う」

「うー。本当にああ言えばこういう……」

「俺ですから」

そんな風に言ってから、高町の手をとって服から手を離させ、一歩下がって距離をとる。これだけ俺といろいろ言いあえるならもう精神的にも大丈夫だろうと踏んだからだ。

予想通りそれなりに体調を回復していたらしい高町は、「わわっ」と驚きながら俺から離れて、それから真剣な顔で俺の方を見た。

「今日はありがとう、せーくん。私、もっとちゃんとヴィヴィオのこと考えてみるね」

「そか。じゃ、頑張って」

そういって右の手の平を高町に向けて掲げる。

高町はそれを見て一回首を傾げるも、すぐに俺の意図に気付いたのか楽しそうに笑ってから自分の右手の平をあげて、俺の手の平に叩きつけてきた。

パチンと小気味いい音が響いてハイタッチ完了。俺の手の平に少々痛みが走るが些細な話だ。

俺は一回苦笑してから、じゃあまた明日なと身を翻した。

随分長い話になったので、今日の仕事をそれなりに片付けておいた昨日の自分GJと思いながら。































介入結果その二十七 高町なのはの懊悩





遠ざかるせーくんの背中を見送りながら、私は小さくため息をついた。

また自分は、考え無しに先走って失敗する所だったみたい。

昔からいつもそうだった。考え無しのおかげで成功したこともあるけれど、それと同じくらい失敗だって少なくない。

そういうことを、私の周りの人はあまり指摘してはくれない。というより、類は友を呼ぶとでも言うのか、周りの人の大体は私と同じ考えで、意見の相違なんてほとんどない。

そして、それ以外の人になると私に意見を言ってくれる人なんてほとんどいないんだ。

私はどうやら、普通の管理局員の人たちにとって近寄りがたい存在みたいだから。

それくらいに私は、エース・オブ・エースって異名は異様だから。

だけど、せーくんだけはそうじゃなかった。

私に対してだけじゃ決してないけど、彼は自分がおかしいと思ったことは、納得できるまで自分の中で結論を求める人だ。

そして、聞けばその考えをちゃんと教えてくれる人。

彼自身は、自分の思ってることなんて数ある意見の一つでしかないから、余程のことがない限りは真に受ける必要なんてないなんて言っているけど。

彼とのそう言うコミュニケーションは、私にとってはその数ある意見を聞く少ないチャンスだから。

彼の話を聞くと、私の世界がまだ小さなものだって思うから。だからもっと広げたいって思う。

遠慮なんてほぼなく自分の考えたことを口にしてくれる、私の大切な友達の一人。

フェイトちゃんやはやてちゃんや、他の誰とも違うタイプの、皮肉屋さんで素直じゃない人。

彼にこうして自分とは違う視点を見せてもらったのは、これで何回目だっただろう。

初めに助けてくれた時も、リンカーコアのことを隠そうとしていた時も、そのことで話を聞きに行った時の魔法ってものの捉え方についても────他にも、いろんなことを彼を見て知った。

────その中でも私の中で気持ちの比重を大きく変えたものが、彼が仕事中に執拗に迫られない限りは敬語を使わなくなったあの時のことだと思う。

あの時気付けたことを、私はティアナ達に伝えたい。

以前までの私は、この事を生徒に教えるようなことは無かった。けど、せーくんに、もっと生徒と近づいて話すべきだって、教わったから。

体験から学ばないと身につかないからなんて理由は、話をしないことに繋がらないって、ようやく分かったから。

教えたことを真に受けてそのまま受け止めて欲しいわけじゃない。けど、みんなに教えたいことがいっぱいあることに気付いたから。

って、こんな風に考えて、せーくんが私に自分の考えを教えていた時の気持ちが少しだけ分かったような気がした。

いろんな人がいるから、私のそれは間違いだって言う人もいるかもしれない。

自分の気持ちを相手に真っ向から否定されたらって、ちょっと怖い。

だけど、それでも伝えたい。

それが、本当に理解し合うってことだって、今なら思うから。

けれど、どうすれば?

あの話をティアナ達にするのなら、それにはせーくんに立ち会ってもらわなくちゃならない。

それはあの話がせーくんの重大な過去だからだけど、つまりそれはせーくんの思い出したくないことを思い出させることになってしまう。……かもしれない。

正直、良く分からないんだ。せーくんがあの時の事件に何を思って、それにどう結論をつけたのか。

細胞のクローニングとは相性が悪かったらしいからと、ジェッソさんの勧めで彼の知り合いのお医者さんに最新鋭の技術で作られた試作品の機械の義手をつけてもらったロロナさんがその手をリハビリで動かしながら「ははっ、どうだ、カッコいいでしょー」と笑っていたことと、それを複雑そうな表情で見ているせーくんが、あの時の私が知っている彼らの結末だから。

あのあときっと、二人は何かお話をしたのだと思う。けど、それがどんな内容なのかは分からない。

分かっているのは、あの事件から少し経ってロロナさんが管理局を辞めて結婚したことと、せーくんがそれまでとは人が変わったみたいに周囲の人に明るく接するようになったこと。

……私の勝手な考えだけど、せーくんはロロナさんの真似をしているんじゃないかと思う。

ロロナさんは、職場でいつもキラキラと笑っていて、さながら太陽みたいな人だったから。

自分のせいでそんなロロナさんを管理局からいなくしてしまったから、自分が少しでもその穴を埋めようとしているのかもしれない。

だから迷っていた。

せーくんに相談すれば、私が一人で考えるよりもよほど上手に、ティアナ達に気持ちを伝えることが出来ると思う。

だけど、それでせーくんを傷つけたいと思えなかった。

だってもう私は、最近の出来事の中で何度も、せーくんに迷惑をかけてる。

彼が六課に来たことだってそう。

セイスさんの所に行ってから、せーくんは以前みたいに元気に飛び回るようになった。

せーくんの気持ちを私が癒してあげられなかったのは残念だけど、元気になってくれただけで嬉しいからそれでよかった。

だけど、嬉しかったけど、私とせーくんが会う機会は極端に減った。

それは考えてみれば当たり前のことで、ただでさえ私が忙しくて、はやてちゃんにいろいろ手を回してもらってせーくんの休みと時期を無理矢理合わせていたのに、せーくんにも暇が無くなったら会える時間が出来るわけがない。

そんな期間が約三年。話をするのはたいてい通信越しで、時々任務でかちあって一緒に仕事をするのが関の山。

直接会ってゆっくり話なんて出来そうにも無くて、でもそれをせーくんが喜んでいるのは何となくわかってる。

これで私と距離を置けるって、これで私が自分のリンカーコアの異常を知る機会が減るってそう思ってるって分かっていたから。

私のためって気持ちが、嬉しくて悲しい。そして、会えなくてさびしい。

そんな時だった。はやてちゃんからとある部隊を作るから、信用できる人を集めて欲しいと言われたのは。

時空管理局所属、古代遺物管理部機動六課。

ロストロギアの対処を専門とするその課で、せーくんと一緒に働けるかもしれない。

元気になったせーくんと一緒に、空を飛べるかもしれない。

そう思った私が実行したことは、もう周知のこと。

周りが見えなくなって、せーくんを困らせて、フェイトちゃんやはやてちゃんに心配をかけて、それからセイスさんにまで迷惑をかけた。

だけど、それでもせーくんはいつも通りで、ティアナとの仲をとりもってくれて、他にもいろいろと手助けをしてくれた。

それが嬉しかったのに。なのに、せーくんはある日突然怪我をした。

そして、Sランク魔導士、ゼスト・グランガイツさんと言う人の存在。

ジェッソさんの友達なんだって言うその人に、せーくんは負けた。

あり得ることだって、そう言う風にして撃墜されることだってあり得ることだって、八年前のあの日に、嫌と言うほど分かっていたはずなのに、私は凄く動揺して。

動揺して、ジェッソさんに連絡をとって。あまりに混乱していた私を見かねたのか、忙しいはずなのに、ジェッソさんは六課まで足を運んでくれた。

もうめちゃくちゃだった。けど、その時の出動の事後処理を必死に終えて六課に戻った私を待っていたのは、ジェッソさんの「誠吾は大丈夫だ」と言うとても落ち着いた声音で紡がれた一言。

それで思わず涙を流したことも、随分記憶に新しい。

六課に来なければ、怪我をすることも無かったって本人に行ったら怒られそうなことを思って、この時点で、せーくんを六課に呼んだことを、すごく後悔していた。

なのに、先日はやてちゃんから聞かされた話は、もっと私の気持ちを重くするものだった。

六課設立の真の目的。

詳しく説明すると随分と長くなるから有体に言えば、管理局滅亡の阻止。

こんな大きな事件に、せーくんを巻き込んでしまった。

きっと彼は、面倒だ面倒だと文句を言いつつも仲間を掛け替えのないものだと理解している彼は、自分が囮になれば、とか誰かを庇うために、という状況に陥れば、仕方がないってそれだけの理由で自分が何とかしようとする。

それはもう、ゼストさんを一人で足止めしたことからも分かる。

それを止められる人は、いない。

私にも、他のみんなにも、出来ない。

だって彼は────────

……そして、今回はそれだけじゃない。多分せーくんは、ゼストさんをなんとかして助けようとする。

ジェッソさんの親友。そして、自分の旧知の彼を、なんとか自分だけで助けようとする。

ジェッソさんのために。そして自分のために。

それが自分の勝手だってわかっているから、きっと彼は助けを求めないと思う。

ゼストさんと遭遇した時周りに仲間がいても、ここは俺に任せて他に行けって言うに違いない。

彼は、昔からそうやって、私たちがみていてハラハラすることを、なんでもないような表情をしながら、心の中ではびくびくしているのにその場の勢いだけでずるずるとやってしまう人だから。

ほとんど話す機会を持てなかったから、ヴィータちゃんとの噂を理由に取調室に彼を呼び出した時は、なんだか私には読めない表情をしていたけど、もう既にいくつか手を打ち始めていることは噂程度に聞いているから。

自分を犠牲にするようなやり方だけは許せないって、そう思ってるけど。

隊長でエースが、今の私の立ち位置だから、彼だけを優先させるわけにはいかない。

────私は、自由に動けない。

もうせーくんは、言葉じゃ止まらないって分かってるのに。なのに私は手が出せるかも分からない。

ならそれもどうすればいいかって、悩んでる。

なんだか悩みだらけだなって、自嘲した。

ほとんど自分の蒔いた種だから、自分で刈り取らないといけないのが、辛いけど。

けど、全部何とかしたいって思うから、だから今はまずヴィヴィオのことを考えよう。

自分が今できる目の前の事から始めよう。

あの、私に無邪気に懐いてくれる、かわいい女の子のことを考えよう。

とりあえずそう決意した時、私はまた一つくしゃみをした。

せーくんに借りたシャツのおかげで大分マシだけど、やっぱり少し肌寒い。

とりあえず、部屋に戻ろう。そうして、それから考えよう。

夜更かしは、仕事で慣れてる。最近少し疲れ気味だけど、もうちょっとなら大丈夫だろう。

……と、それが命取りだと気付いていない私は、少し小走りに宿舎へと戻るのだった。
































2010年9月3日投稿

2010年10月4日「高町なのはの懊悩」微改稿

そんなわけで第38話でした。
正直長すぎますね、はい。ごめんなさい。

ちなみになのはさんは誠吾が思ってるほど演技下手じゃないです。
むしろうまいです。リンカーコアのことばれてるってこの数年他人に悟らせないくらいに誠吾に対してそのテの遠慮をしていないという演技が上手いです。
というわけで今回の件での今までも持ち前の演技力で誤魔化せてます。
ただし今までもこれからも誠吾の前限定なので、気心の知れているフェイトさんや八神さんの前では化けの皮がはがれます。それゆえの八神さんの引き抜きのあれに繋がるわけです。
以上説明でした。

次回も6割かけているのでそれなりに早く投稿できそうです。
ちなみに気付いている方も多いとは思いますが、要するにあの方が風邪ひきます。以上。
というか、前回の最後に今回のこれ以上のなのはさん乙女チック無理とか書いたんですけど、なんか今回よりすげーのかけました。私の妄想力乙。

ところで、最後の高町さんの介入結果の所は後でちょっと手直しを入れるかもしれません。
この先少しだけ忙しくなる予定ですのでちょっと近日だと今日しか更新できなそうだった故のスピード更新ですが、その辺ご理解いただきたく思います。

というわけで次回も早めに会えますよう頑張りますね。では。また。



[9553] 第三十九話-風邪っぴきなのはさん-
Name: りゅうと◆352da930 ID:be280c80
Date: 2010/11/09 00:45
高町と別れてから水飲んで寝袋入ってぐーすかと睡眠とり始めた俺だったのだが、いつも起きるより早い時間に襲ってきた騒々しい音声共とか誰かの話声とかのせいでやむなく目を覚ますことに。

睡眠と水分不足で霞む目で時計を見ると、昨夜寝てから二時間チョイしか経ってNEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!

しかし今更二度寝出来そうな感じでもなかったので、目をこすりながら朝っぱらからうるっせえなと悪態つきつつ寝袋からゾンビの如くずるずると這い出て匍匐前進しながら話し声のする玄関に向かうと、

「せ、せせせセイゴっ! なのはさんが熱出して倒れたって!」

とか叫びながら、早朝の来訪者の応対をしていたらしいエリ坊がまどろみ気味のヴィヴィオをおぶったキャロ嬢を伴って部屋の中になだれ込んできた。

俺はそっかー熱出して倒れたかー。高町にしちゃ珍しいなー。つか俺は初めて見るなぁとか思いながら、やっぱ昨日の夜のあれが原因かねーとも思いつつ、と言うかなんでヴィヴィオとキャロ嬢がここにとか思って聞いてみる。

すると、フェイトさんが病気の高町の傍にヴィヴィオを置いておくわけにもいかず、とりあえずなんかの用事で高町たちの部屋を訪れて騒ぎに気付いたキャロ嬢がここまでヴィヴィオを連れてきたらしいとか言う話を聞かされたんだがなんでやねん。

そこは普通スバルとかティアとか他にも色々いる人の所を選べろよと言うかむしろ率先して選ぶべきそうすべき。とか言ったら申し訳なさそうに苦笑いされつつ御伝言いただきましたー。

「いえ、ついでにセイゴさんを呼んできてって言われてて……」

「用事と幼児のついでに呼ばれる俺は泣いていいと思う」

と言うか端末見たらフェイトさんから何回か連絡来てらぁ。騒がしいと思ったのはこれも原因か……。

なにはともあれ、この騒がしさの理由に心の中で納得しつつ、高町は愛されてるなあと感心する。

俺だったらエリ坊とかキャロ嬢がそれなりに心配して、高町が過剰に反応しそうなところを除けば、他はへーって感じで流されるのがオチだろうから。

なんて考えつつ、シャマルさんはとキャロ嬢に聞くと、え?って感じに首を傾げた。

いや、この課の医者は彼女でしょ。なのに患者がいる所に彼女がいないってのは違和感バリバリなわけだがどうよという感じ。

「そ、そういえばシャマルさんの姿、昨日の夜から見てないかも……」

「そうなのかー? じゃあとりあえずそっちからだなー」

言いつつ端末起動。通信を繋ぐ。

で、すんげー疲れてる感じのシャマルさんが通信に出て事情を把握。なんか知らんけど昨日の夜から八神と一緒に隊舎にお泊りでヴォルケンの方達総出の書類整理の真っ最中なんだとか。

なんか急な案件で入った膨大な量の情報書類の整理を昨日から今日で全て終わらせようと奮闘しているんだそうで。

まあそれはともかく高町が熱出してぶっ倒れたそうなんですがどうしましょうと聞くと、シャマルさんの驚きとともに後ろの方から「なんやてぇ!?」とどこの誰だか一瞬で分かる感じの声が聞こえた。

ていうかなんか知らんけどとりあえず最初にシャマルさん呼べよ常識的に考えてとか思ったけどこの書類処理強行軍のこと知ってたんなら高町もフェイトさんも気を遣って連絡なんてしないかもねと思いなおす。

そっかー、それで俺のこと呼び出したのかー。確かに俺なら簡単な診察くらい出来るし、分からないところは走査魔法はしらせればどうとでもなるから忙しくて手の離せないシャマルさんの次くらいには呼び出す相手になるのかもしれない。

というわけで今からそちらに向かいますと言ってるシャマルさんに、いいですよと断りを入れ、とりあえず俺が行って診てみるんで、その時一々指示くださいとお願いした。

通信越しでも俺がいれば診察できるだろうし、服脱がなきゃいけないようなことはフェイトさんに任せればどうとでもなるだろう。

彼女をこちらに呼び出すのは効率が悪いし、薬とかの要るものがあれば診察が終わってから俺が取りに行った方がシャマルさんも時間の無駄を作らなくて済む。

なによりここでシャマルさん呼ぶと高町が気を遣いそうだからね、病人だってのに。

俺を呼んだってことはシャマルさんに迷惑かけたくないってことだと思うので、病気の時くらいはわがままを通してあげようと思う。他の時はやだけど。

てわけでヴィヴィオのことをエリ坊たちに任せて高町たちの部屋へ。

で、

「体温38℃7分。完膚なきまでに紛うことなく風邪です。よって本日一日大人しく寝ていやがってください」

診察の結果シャマルさんとの意見の同意を経てそんな診断が出たので、熱で顔真っ赤にしてだるそうにベッドに横になって布団かぶってる高町の頭に冷却シートを張り付けつつそう言ったら、無理矢理起きようとしたのでそれを押さえつけるも言うことを聞かない。

「だ、駄目だよ……。今日も訓練があるし、私が休むわけには……」

こやつ言うに事欠いて新人共に風邪をうつしたいと申したか。そもそもそんな状態でどう教導をする気なのかと小一時間(ry

つーか風邪なめんなと思う。万病のもとなので。

しかもざっと見ただけでも今の時点で顔真っ赤だし、汗かいてて下ろした髪べったべたになってるしで外見も体の中身も相当酷いので、こんな状態で訓練なんかしたら肺炎さんこんにちはだろうがと言うわけでマジでやめてくださいと忠告するも、高町は納得いかないらしく唇を尖らせてうーうー唸ってた。

が、

『せやね。それにちょうどいいから有給入れよか。なのはちゃんまだ一回も使ってないやろ?』

私やフェイトちゃんでも何回か使っとるのに。との部隊長殿の弁についに降参。さすが直属の上司ですね反抗封じお見事でござる。これで徹夜明けのすれた見た目じゃなかったらカッコよかったのにと言ったら「ええんや。六課のためなら美肌なんて捨てたる……!」とか言い始めてちょっとカッケーなおいとか思っちまったもんだから悔しい…! でも(ry

とかやってたら八神の面倒なアレがこっちにも飛び火した。

『と言うわけで誠吾くん。今日一日なのはちゃんの看病を────』

「しないですよ。仕事あるので」

眦を下げた高町と、きみにも有給あげるからーとか言ってる八神の意見を切り捨ててファントムの走査魔法で得たデータで状況確認。

体温は39℃弱。で、脈拍その他諸々のデータはレイジングハートから送られてきたバイタルデータの健常時よりやや悪目。

頭痛はないけど全身はダルイ、ついでに言うと吐き気はないと先ほど聴取した。

発汗はそれなりに多いようだからスポーツドリンクを用意するのと、冷やすのは額と首筋と脇あたりだったか。

そっちはフェイトさんに任せるとして、食いもんはさっきヨーグルトは口にしたらしいので昼は寮長さんにお粥でも作ってもらって、薬はシャマルさんがあとで取りに来てと言ってたから────

『あの、誠吾くん。どうしてもだめやろか? ほら雑用やと思って、ね? 六課に来た時の契約項目に雑務もってあったやろ?』

思考途中に再チャレンジしてきたので「ああ」と切り返す。

「悪いんですけど、今日はリアル雑用で六課中の蛍光灯整備点検と掃除をしようと庶務の人たちと約束してるんで無理です」

『そっちは私の方でなんとかするから! ね、お願いや!』

「……いや、何でそこまで必死なんですか」

そもそも高町さんだって生物学上は一応女なんですから、看病させるなら女子を持って来たらいかがですかティア嬢ですとかスバ公ですとかロングアーチの面々ですとか。って言ったらあの子たちじゃなのはちゃんの無茶止められんやろと言われては黙り込むしかない。

ちなみに高町が一応じゃなくて普通に女の子だよとかなんでそこで黙り込むのとか熱高い割に結構元気だがとりあえず無視の方向である。

『だってなのはちゃん、知らん間に勝手に隊舎来て何食わぬ顔で仕事してそうなんやもん……』

「奇遇ですね。俺もそう思います」

「全く信用されてない!?」

信用とか(笑)面白いこと言いますね(笑)と言ったらせーくんが酷いぃっとか泣かれた。

『それになのはちゃん、最近働いてばっかりやし、病気の時くらいゆっくりして欲しいのに今朝も私達に気ぃ遣って連絡してこなかったやろ?』

「まあ、そうなんじゃないですか。知りませんけど」

と言うかこの風邪、疲労的なモンも原因の一つっぽいので無理は禁物だよね。まあ頭痛はないとはいえなんか簡単に動けるような体調ではないみたいだから、流石に隊舎にはいかないと思うけど。

『せやから、誠吾くんが今日一日監視の意味も込めて面倒みてあげたらいい気分転換になるんやないかと思うんよ』

「いや、別に昨日の夜も話したりしましたし、俺から得る気分転換とかもうないんじゃ……」

『ん? 昨日の夜に話?』

誠吾くん、昨日はゲンヤさんと飲みに夕方から夜中にかけて出かけてたんと違うの?と聞かれてギクッとする。

その俺の反応を見て、八神がにやりと口の端を吊り上げた。

『これはちょっと、詳しく話を聞く必要がありそうやね』

「……ねーよ」

げんなりしながらそう返すも、水を得た魚ならぬネタを得た八神に俺が口で勝てるはずもなく呆気なく敗北。

内容はともかく昨夜に高町と夜中の密会してたのがばれて、せやったらなのはちゃんが体冷やしたんは誠吾くんが注意しなかったせいもあるんやない?とか言われて丸め込まれ、なし崩し的に今日一日高町の相手をすることに。

鬱だ……。

しかし風邪ひいた高町の看病とかあれの出番ですね分かりますとか思って一旦エリ坊の部屋に戻ろうとしたところで、あの布団の下の高町の服装ってどうなってんだろうと疑問に思ったので聞いてみた。

「ところであなた、その布団の下は昨日の夜の格好そのまんまですか?」

「え、ううん。アレは外に出るから着てただけで、寝るからパジャマに着替えたよ」

「質問変えます。そのパジャマ、汗だくでは?」

「え、うん、それは……」

「フェイトさーん。高町なのは等身大着せ替え人形貸し出すんでー、別のパジャマに着替えさせてあげてくれませんかー?」

「あ、はーい」

「フェイトちゃん! 私着せ替え人形じゃないよ!?」

とか叫んで咳き込む高町。

しかし、今この場では似たようなものだと思う。

て言うか咳き込むくらいなら大声を出さないでおいたらいいのに────って、いや、俺のせいか。

とかそんな感じで部屋を後にした俺は、いつの間にか家主のいないエリ坊の部屋に戻って目的のものを入手。ついでに寮長さんに会いに行って氷枕とかなんとかの看病セットを拝借。

そん時誰が看病するのか聞かれてなんか俺らしいですよと言ったらすげェ勘違いされたような反応されたけど違うから。

高町が俺以外だと病人のくせに遠慮する可能性があるってことへの予防策として俺が選ばれただけで他意は一切ない。少なくとも俺には。八神はなんか企んでそうだけどどうでもいい。

フェイトさんから着替え終わったよーとの連絡を受けてそちらに向かう。部屋につくとフェイトさんが出勤するところだったので行ってらっしゃいと送り出す。

で、

「今日一日あなたの世話役を押しつけられました。誠吾・プレマシーです。なにか御命令があればどうぞ」

そんな感じに自己紹介的な何かをかましつつ、看病セットをいろいろいじって洗面器に満たした氷水に浸してから絞ったタオルを冷却シートをはがした後の額にポンと乗っけた辺りで、高町の様子がおかしい事に気付く。なんかこっちを見る目がめっちゃ泳いでるのでどうかしたのかと聞いてみる。

「め、命令というか、質問いいかな?」

「はい、どうぞ」

「……なんでそんなに本格的なガスマスクしてるの?」

神妙な表情で聞かれて、ぽかんとしながら返事する。

「そんなの病気がうつらないようにに────」

「私そんなマスク付けなきゃいけないような病気に感染してるのっ!?」

別にそんなことは無い。ただ高町に感染した時点でウィルスが全く別の未知の何かに変化している可能性もある気がするのは俺の妄想ですがあながちあり得ないと言いきれないあたりが高町クオリティですよね。とか思いつつ笑顔でいいえと口にする。

「あなたの病気は、至って普通のウィルス性の感染症のはずですが」

「ならその物々しいマスクはっ!?」

「いやだなぁ、ただのジョークですよ。ほら、これただのおもちゃですし」

マスクをとり外しながら高町に見せる。外見は「行こう。ここも直、腐海に沈む」的なアレである。

「しゃ、シャレになって無いよせーくん……」

「そうですね、確かに不謹慎だったやも知れません。すみません」

ただまあ、俺に気を遣うのを阻止させると言う目的は達したのでそこだけは評価してほしい。とか思いつつ話を誤魔化す方向に進める。

「そもそもこんな冗談、相手が健康体の人にしかやりませんから」

「私一応病気だよ……」

「大丈夫ですよ、今日一日大人しくしていれば治ります」

「そういう問題じゃなくてね……」

「ほらほら、そんなことはどうでもいいですからおとなしく寝ていてください。あまり興奮すると病状悪化しますよ」

「せーくんが悪いんじゃない……っ」

「ですよね」

そんな事やってたら高町のまくら元に置かれてるレイジングハートにまで自重してくださいって感じのニュアンスで怒られた。

そう言えば昨日の夜のあれこれの時のあれ全部レイハさんにも聞かれてるはずだよねあれ。

そう考えるとちょっと居た堪れない気分になって来るんだが……。

つーかレイハさんすごいな……。高町のことだからいつでもデバイスは持ち歩いてるんだろうし、つまり昨夜も今日も空気読んでずっと黙ってたってことだ。

ファントムにもぜひ見習って欲しい有能さ加減である。瀟洒だな流石レイハさんしょうしゃ。

まあ、それは今はいいか。高町も意識はしっかりしてるみたいだし、寝てれば熱も下がるだろう。あとで薬ももらってくるし。

俺はその辺の椅子を適当に引っ張り出してベッドの横に座ると、エリ坊の部屋から持ってきた小説をひらいてそれに目を落とし、ついでにここ最近の日課となっている、マルチタスクによる何かしながらの戦闘イメージトレーニングを開始しつつ言った。

「欲しいものがあれば持ってきますから気がついたら言ってください。俺ここで読書してるので」

「え、でも……」

「いいんですよ。病気の時くらいは我がまま聞いてあげますから。大体健康なときだって平気で俺に我がまま言ってたんですから、今更遠慮とか爆笑していいですか?」

本から視線を逸らさずにそう言うと、うぐっと高町が黙り込んだ。なんだろうかその反応はとは思うものの、自ら藪をつつくのも面倒なので黙ってると、

「……水」

「を、頭上から降り注ぎ────」

「普通に飲ませて……」

はいはいと返事しながら本を閉じて立ち上がり、近くに置いてあったスポーツドリンクで満たした水差しを高町の口元へ持っていく。

で、ちょろちょろ飲ましてその度もういいですかと聞く。満足したらしいあたりでやめて水差しをもとあった場所に戻し、俺も元の場所に戻って読書を再開。

そしたら高町が顔の半分くらいまでかぶった布団からこちらをちらちら見つつお礼を言ってきた。

「あ、ありがとう……」

「いえ、別に」

言いつつページを一枚ペラリ。イメトレは二戦目をセッティング。高町は俺のそんな様子が気に食わないのか、うーと唸っていた。

「なんですか。さっさと寝てください。でないと治るもんも治りませんよ。それとも腹でも減りましたか」

「う、ううん。そうじゃなくて……」

「なんですか。どうしても眠れないと言うのなら、俺が無理にでも眠らせましょうか」

「ど、どうやって?」

「レバーに貫手を」

「……本気じゃないよね?」

流石に嫌らしい。まあ俺も病気の体にそこまで鞭打つ気もないけど。レイハさんにも怒られそうだし。

そこからまたしばらく無言。その間も俺はページをめくり続け、その作業が十を数えようとしたあたりであった。

「……あの」

「なんですか」

「……その」

「だからなんですか」

「……手を、握って欲しくて……」

ああん? とか思ってから、ああと納得する。

多分病気の人間が大体経験する、なんだかよく分からない不安に押しつぶされて、連続的に続く体調の悪さで気が弱くなってくるあれと同種のなにかだろうきっとと結論付け、そうなると高町のやつ態度には出てないけど随分と辛いんじゃないかとか思ったけどどうせなに聞いても大丈夫だよとしか答えないんだろうから余計なことを聞く気もない。

そう言えば俺も親父と仲直りする以前は風邪ひいたとき、全部一人でなんとかしなきゃいけなかったのが随分と心細くて、負の思考スパイラルに陥ったりして大変だったっけと思い出し、まあ手ェ握るくらいでそのテの不安を緩和できるのならそれもいいかと思った。

病は気からって言葉もあるし、断ったせいで弱気になられても困るものと言い訳してから「はいどうぞ」と左手を差し出したら高町がそれ見て滅茶苦茶目を見開いた。

で、

「────えええっ!?」

起き上がらんばかりの勢いで驚いてた。で、咳き込んでた。

いや、気持ちは分かるが落ちつけよと。

別に俺だって鬼じゃないので、元気ない相手にはそれ相応の対応をする、昨夜のように今のように。

大体今更高町と手を繋いだくらいでどうなるわけでもなし。そもそも病人の手を握ってとか一応看護の基本だ。

元気な時には絶対やらないけど。

いや、つーか手ェ握ったのこれが初めて……じゃないな。うん。何度か手を引っ張られて連れまわされた記憶がある。こういうのは初めてだけど。

とか思いつつ中々差し出した手をとろうとしないので握って欲しいなら手をこっちにくださいと言うとわたわた慌てながら急いで体を横にしてようやく手をこちらへとよこす。

控えめに指先だけで握ってきたのでイラっときてこちらから思いっきり握手っぽく返したら「ひゃっ」とか言いながら驚くもそのまま控えめに握り返してきた。

しかしあれだ。なんかちっさい手だな。おまけに無意味に柔らかい。若干ごつごつしてるとこもあるけど、これは職業柄仕方ないね。

しかしまあ、性別相応にふにゃふにゃしてるこの手からあのごんぶとなレーザービームが放たれると言うのが未だによく分からん。いや、手からじゃないけど。

まあ、魔法の才能なんてそもそも理解できるようなものでもないんだろうがとか思いながら、あいてる右手で読書を再開しようとしたら、

「な、なんだか今日のせーくん、優しいね……」

とか、ちょっと怖いや。なんてはにかみながら言ってきたんだがうっさいです。それと基本俺病人には優しいから。とか言おうと思ったけど別に言ったところで何が変わるわけもないから黙って読書とイメトレ続行。

て感じでしばらく手ェ握ってたら熱のせいか少々寝苦しそうな表情ではあるものの寝息を立て始めたので手を布団の中に戻して立ち上がり、小腹も減ったしなんか飯でも食うかーと思って部屋を出ようとしたら、枕元に置かれていたレイジングハートに”どちらへ?”と聞かれ、ちょっとそこまで、高町をよろしくと頼んでから部屋を出たら、扉のすぐ横で蹲るヴィヴィオとそれに付き添ってるキャロ嬢に遭遇した。

何してんのって言うか大体想像つくけどとか思いつつキャロ嬢に話を聞くと、フェイトさんとヴィータに付き添われた朝練が終わった頃にようやくちゃんと起きたらしいヴィヴィオが、高町が風邪ひいたから今日は会えないって説明聞いてやだーあいたいーとか駄々をこねたそうだが、フェイトさんとかキャロ嬢とかがなんとか説得した結果、じゃあ治るまでここで待ってるとか言ってこの流れ。

で、一応保護対象のこの子をここに一人で放置するわけにもいかず、仕方なくキャロ嬢がそれに付き添ってる形。仕事の方はと聞いたら、なんといっても責任者がばたんきゅーなので、今日は本格的に訓練はお休みにして自主練にヴィータとかフェイトさんとかが付き合う形になったんだが、とりあえずキャロ嬢だけ今のところは遠慮する形になってるんだとか。

ちなみにザフィーラは隊舎の方で俺の代わりに蛍光灯の整備中だそうだ。今度お詫びに食事にでも誘おうと思う。

そう言えば俺もいろいろ片付けときたいことあるんだよなぁ。でもファントムうるせえから病人の横で仕事とかできない……。端末だと処理力がいらいらしたりもするからなぁとか思ってるとキャロ嬢がヴィヴィオのことどうにかなりませんかと聞いてきたので別になるよと答えたら目を丸くした。

「マスクをすることと、会った時にマスクを外さないことと、会った後に手洗いとうがいをすることを約束できるなら会えばいいと思うよ」

むしろ子供なんて風邪ひいてなんぼだからひいてもいいけどそれだと看病誰がするって話になるからまあ過度な接触も禁止ね。手握るくらいならいいけどとか言ったらヴィヴィオがまたもや俺の腰のあたりに抱きついてきた。

で、

「ほんと! ほんとにままにあっていいのっ!?」

「え、あ、はい。会ってもいいです。いいですから今すぐ俺の腰から手を離してください誠吾さんの懇願」

「……あの、なんで敬語なんですか?」

キャロ嬢がめっちゃ不思議そうに聞いてきたんだがいや、だってお前マンホールだよ? 俺だって命は惜しいんですよハイって感じでマンホールの重量と人間の体のリミッターについてキャロ嬢に一席ぶったらまた目を丸くしてから、だからあの時マンホールの蓋をいじってたんですねと納得してた。

そんな中「ところで会うのは別にいいけど、今は寝てるから後にした方がいいぞ。寝顔見つめててもつまんないだろ?」って言ったら「やだー、いまあうのー」とか言い出して俺げんなり。

さすが子供はこういう時は欲望に忠実だよねとか思いながら、流石に寝て五分で起こすのは可哀想ですよねーとも思ったけどまあ寝てようがなにしようが傍にいられれば満足なんだろうから別にいっかーって感じで上着のポケットから看病セットの中に入ってた紙のマスク取り出してヴィヴィオにひっかけ、その上から先ほどの腐海に沈むマスクをサイズ調整してかぶせた。

で、

「うー。せーご、これくるしい……」

「何を言うか、それをしなければ高町さんの風邪がうつってしまうぞ」

「……ほんとう?」

以前のあれのせいかめっちゃ俺を疑るような態度でこちらを見上げてくるヴィヴィオだった。学習能力ある子供ですねわかります。

「ちなみに嘘です」

「せいごーっ!」

きしゃーっとこちらを威嚇してきたのでどうどうと落ち着くように促す。

「っはは、悪かったって。まあその物々しい方は剥ぎとってもいいけど、その下の紙マスクは外すなよ? あいつの風邪がうつったりしたら、あいつ自分のせいだって落ち込みかねないから」

「……うん。わかった」

頷きながらこれとってと言ってきたので、はいはいと腐海に沈む方のマスクを取り去ってやる。

で、ついでにキャロ嬢も見舞いたいとか言ってきたので一緒に部屋に入ったらやっぱり高町は顔を上気させて眠ったまま。

騒ぐなよと注意してからヴィヴィオを高町の傍まで連れて行く。

レイジングハートがチカチカ光っているが、なにも言わない。空気を読むレイハさん流石です。

眠る高町をベッドによじ登って覗き込むヴィヴィオと上から見下ろす俺とキャロ嬢。

だけど自分に反応してくれないのはやっぱりつまらなかったのか、それとも少し辛そうに眉根を寄せた寝顔を見たくなかったのか、数分も経たないうちに「もーいい」と言ってきたので、じゃあ目が覚めたら呼びに行ってやるからと頭をぽんぽんと叩いた。

「だから、キャロ嬢たちの言うことちゃんと聞いとけよ。お前がいい子にして心配かけなきゃ、そのうち高町も元気になるさ」

さっきもヴィヴィオはどうしてるとか心配そうに聞いてきたからねこいつ。でも今は自分のことだけ考えておくべきそうすべき。

「それは、ほんとう?」

「うん。これは真面目に」

ちょっと真面目に返事すると、ヴィヴィオがわかったと神妙に頷いた。

しっかしここまで片っ端から疑われるってのもチョイ悲しいわけですが。まあ俺が悪いんですけどねとか思いつつヴィヴィオを抱え上げ、キャロ嬢と一緒に部屋を出る。

部屋の前でヴィヴィオをおろしてマスクをとり、じゃあちゃんとうがいと手洗いさせてくれよとキャロ嬢に告げる。

それから二人を見送って、本格的に減ってきた腹に何か入れようと隊舎の食堂に向かうことにする俺だった。ついでにシャマルさんに薬貰ってこよ。






























介入結果その二十七 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの希望





昼休みを利用してなのはの様子を確認しようと宿舎の私たちの部屋へと戻ると、なのはの番をしているはずのセイゴがベッド近くに置かれた椅子に座ったまま腕を組んでかっくりかっくりと首を縦に揺らしていた。

朝方の具合からしてなのはは今日一日動けないだろうなと言うのは分かっていたし、実際なのははベッドでぐっすりと眠っていたわけだけど、監視役の人が流石に居眠りはどうなのかなと思わなくもない。

ベッドの方に近づいていくと、近くの机に看病の痕跡がありありと残っていたので、セイゴが頑張っていたというのだけは理解するけど。

良く見るとセイゴの手元にはタオルがあって、多分なのはの汗を拭いていたんだろうって言うのも分かった。そこでふとなのはの方を見ると、頬に汗が浮かんでいたのでそのタオルをセイゴから借りて私が拭いてあげる。

なのははそれを少しだけむずがって、けど目を覚ます様子はない。そのまま額に乗ってる濡れタオルをどかして手の平で触るけど、熱は朝と比べてさほど引いておらず、眠る表情は少し苦しげだ。

けど、机の上には薬の袋も置いてあったので、一応はそれも飲んでいるはず。

シャマルは今も部隊長室で書類と向き合っているので、その薬を取りに行ったのは多分、普段は面倒くさがり屋のはずのセイゴだ。

こんな風に、部屋の状況の端々から、セイゴがちゃんと看病していたって言うのは察せる。

「でも、やっぱり居眠りは良くないよね」

「……はっ」

寝顔を覗き込みながらの独り言に反応して、セイゴが目を覚まして私の方を注視してきた。

寝起きで霞んでいるのか、目を細めてすごく真っ直ぐにこっちを見つめてきたので少し焦るけど、セイゴはそんな事を気にした様子も無く寝ぼけ眼で口を開いた。

「……ああ、フェイトさん。……あれ、もう仕事上がりですか?」

それは随分と眠ってしまったようですねと欠伸をするセイゴに、やっぱり責任感が感じられないなって、若干むっとした気持ちになるのを抑えながら、まだ昼過ぎだよと教えてあげる。

すると彼は、あー、マジですか。じゃあちょっと高町さんの飯用意してきますねと立ち上がって大きく伸びをした。

「え、セイゴが作るの?」

「まさか。前もって寮長さんにお願いしてあるので、それ受け取りに行くだけです」

一緒に来ますか? と言うセイゴに、思わず頷く。

部屋を出てお粥を受け取りに行く道中、午前に何かあったかと聞くと、汗を大分かいたせいか、なのはが随分と水差しの飲みものを要求してきたことや、30分くらいごとに目を覚ましては手を握ることを要求してきたこと、他にもいろいろあったけれど、ヴィヴィオとキャロが2回ほど部屋を訪ねてきたことを教えてくれる。

「って、ヴィヴィオを部屋に入れちゃってよかったの?」

「別に大丈夫ですよ、これつけさせましたし」

そう言ってセイゴは、ポケットから紙タイプのマスクを取り出した。それから、ちゃんとうがいさせるようにキャロに言い含めておいたので問題ないと思うと教えてくれる。

「あ、そっか。別に病気だからって絶対会っちゃいけないってわけじゃないんだよね」

「……フェイトさんって、なんか妙なトコ抜けてますよね」

呆れたようにセイゴが言ってきたのが心外だったので抗議した。それから作り置きしてあったお粥を温めなおしてから受け取って、来た道を引き返す。

お盆に乗った土鍋をひっくり返さないようにと気をつけているセイゴを見て苦笑しながら、そう言えばとさっきの話を思い出しつつ言う。

「すごいね、セイゴは。……私も今朝、セイゴが来る前にいろいろ聞いたんだけど、全部大丈夫だって断られちゃったのに」

本当は、もっといろいろしてあげたかったのに、結局私がしてあげられたのは、セイゴに頼まれてなのはの着替えの手伝いをしたことくらい。

その他はほとんど「大丈夫だから」って、熱のせいで少し元気のない笑顔で断られてしまって、なのにセイゴには遠慮せずにお願いをしていたんだって聞くと、ちょっと親友としての自信が無くなってくるなぁって思ったあたりで、セイゴがよく分からないことを言いだした。

「昔の人は言った。パンが無ければ、小麦を作るしかないじゃないと」

言いたいことの中身がさっぱり意味が分からなかったので「……え? あ、うん。真理だね」と首を傾げながら答えたのになぜかセイゴは訳知り顔。

「そう、つまりわがままを言われたいのなら、俺のように無駄な遠慮を見つけるとそれを真に受けてではさようならと言いだすと分かりきられているような人間関係を構築すればいいじゃない……!」

「……えーと、それならこのままでいいかな」

わりと本気でこぼしたら「はい俺涙目モード入りまーす」ってずーんとした雰囲気を漂わせ始めたので慌ててフォローするとちょっと落ち込みながら更に説明してくれる。

「まあ要するに、フェイトさんは遠慮してもいなくならないから、遠慮なく遠慮しているんじゃないでしょうか」

「……全然嬉しくない」

どうせなら、こんな時くらい遠慮なくわがままを言って欲しい。けど、それにはどうすればいいんだろう?

自分では思いつきそうもなかったのでセイゴに聞いてみると、少々予想外な提案をされて思わず目を丸くする私。

俺には他に思いつきませんとまで言われてしまったので、これ以上はきっと望めないだろうけど、うーん、実行するのはちょっと勇気が要りそう。

そんな風な会話をしながら、私となのはの部屋へと戻ってくる。

土鍋を机の上に置いたセイゴが、眠るなのはの額に手を伸ばしてタオルをどかし、さっきの私と違って手の甲で額に触れた。それから難しい顔になってうーんと唸る。

「ちょっとは下がってるけど、まだ高い。もらった薬飲ませないといけないようですね」

「え、もう飲ませたんじゃないの?」

そこにあるよね、と聞くと、

「シャマル先生に、昼過ぎまで熱があまり下がらなかったら飲ませるようにって言われてるんですよ」

本来、体の抵抗力だけで治すべきですからね、風邪は。とセイゴが肩を竦めた。

「けど、社会人はそうも言ってられませんからね。最終手段で薬頼みです」

そんな風に話していると、私たちの声に反応したのか、なのはが体を揺らした。

そして、少しぐずった様子のなのはがゆっくりと眼を開けて、こちらを見る。

私が、起こしてごめん。大丈夫? と、下がっていない熱のことなんかを心配して聞くと、なのははそんな事を気にしていない風に、寝起きのせいかぼうっとした顔で私を見て、それから不思議そうな表情になった。

「……あれ、フェイトちゃんがいる。……もうお仕事終わったの?」

「……さっきのセイゴと同じ反応してる」

「なに……!?」

セイゴが床に崩れ落ちて頭を抱えた。なのはと感性が近いことがそんなにショックなことかなぁと思いながら苦笑して、起きられる?となのはに聞くと、そこまで落ち込まれたのがショックだったのかこちらも少々落ち込みながらちょっと無理そうかなって苦笑いを浮かべた。

「じゃあ、お粥あるけど食べられる?」

「え、あ、うん。……頑張れば」

なら私が食べさせてあげるねと言うと、なのははまた、ううん、大丈夫だからって言って、さっき無理そうだって言っていたのに自分で起きようとする。

それが何だかチクリと心に痛くて、午前のセイゴほどでなくてもわがままを言ってもらいたいと思って、さっきセイゴにもらったアドバイスがつい口をついて出てしまった。

「わ、私って、そんなに頼りにならない友達かな」

セイゴに言われたとおりにそう言うと、なのはが起こしかけていた体を硬直させてから力なく開いていた目を丸くさせた。

それから、

「……せーくん、フェイトちゃんに変なこと教えたでしょ!」

床に膝と手をついているセイゴの方を見て声を荒げる。

確かに私が言いそうにない台詞だけど、そこでいきなりセイゴが言った可能性に気付く辺り、本当にこの二人は仲がいいなって思う。

「エー、ボクナニモオシエテマセンヨー」

「ダウトだよっ!」

指でも突き付けそうな様子で熱のせいもあってか顔を真っ赤にしたなのはが言うと、セイゴがようやく床から立ち上がった。

「まあ、確かにさっきのセリフを仕込んだのは俺ですが」

「やっぱりっ」

「でも、頼りにして欲しいってのは、フェイトさんの本音ですしねぇ」

「え、そうなの?」

「え、あ……。……う、うん」

ちょっと気恥ずかしくて俯きながら言うと、セイゴがフォローを入れてくれる。

「まあ、病気の親友に頼りにされたら、友人冥利に尽きるってものなんじゃないですか。俺は別にそうは思いませんけど」

「相変わらずせーくんは最後に余計な一言ばっかり……」

「あ、えっと。二人とも落ち着いて……」

苦笑しながら今度は私が仲裁の係になる。本当にセイゴは会話のペースがはかれない。

「と言うわけで、早速フェイトさんを頼りにしてみてはどうでしょう。その様子じゃ、粥もまともに食えないでしょう?」

「それは……」

「さすがに俺、息吹きかけて冷ましながらとかそういうのご勘弁ですよ。完膚なきまでに恥ずかしいので」

そう言い置いてから、うーと唸るなのはの様子に見向きもせずに、セイゴはスタスタと部屋から出て行こうとして、ドアの所でこちらを振り返った。

「あ、フェイトさん。飯終わったらついでに薬を飲ませてから高町さんを着替えさせて、首筋と両脇を冷やしてた保冷剤取り換えといてください。俺半時間くらい隊舎でやることあるので失礼しますから」

「あ、うん。分かった」

「では、ごゆっくりー」

あっさり部屋を後にしたセイゴを見送ってから、なのはと顔を向きあって、私は苦笑する。

なのはが首を傾げてどうしたのと聞いてきたので、なんでもないよと首を振った。

相変わらず、こういう気遣いをさらりとやってしまえる彼が、少しだけ羨ましい。

私がなのはのことを心配なのも、甘えて欲しい事も踏まえてこういう風に気遣ってくれる彼は、私にとっても大切な友達だ。

普段にどれだけ皮肉なことを言っても、きちんとこういう所で優しいから。

そう言う彼だから、なのはがあれだけ信頼しているんだって思うから。

そんな事を思いながら、私は机の上のお盆を持ち上げた。

せっかくセイゴがくれたチャンスだから、お粥だけじゃなくていろいろわがままを言ってもらえれば嬉しいな。なんて、そんな事を思いながら。

その後、薬を飲ませてパジャマを着替えさせたなのはが眠りについたあたりで戻ってきたセイゴに、そう言えばと前置きしてから気になっていたことを聞いた。

「朝から思ってたんだけど、どうして敬語なの?」

「この看病部隊長命令ですからね。仕事みたいなものでしょう?」

「仕事中は敬語って、まだやってたんだ」

「もういっそのこと、六課解散までこれでいいんでないかと思えてきますよね」

なのはが泣きそうだからやめてあげてとお願いしたけど、えーと不満そうに言っていたのでやめてはくれない気がする。

「考えてみれば、セイゴの敬語って最近は珍しいけど、昔はそうでも無かったよね」

「そうですね。具体的には三年くらい前からでしょうか」

「プライベートはともかく、仕事中はいつも敬語だったよね」

でも、どうして今は敬語じゃないのと聞くと、腕を組んで少し悩んでから、頭をかいて歯切れ悪く苦笑して言った。

「ちょっと、他人のサル真似をしてみたい年頃だったんですよ」

────いつも通りに見えるその苦笑が、どこか寂しげだと思ったのは、私の勘違いだといいなって、そう思った。
































2010年10月5日投稿

すみません、もっと早く更新できるかと思っていたのですが、大幅に遅れてしまいました。
やはり今の状態では月一程度の更新が限度のようです。突発的に何かがあれば話は別ですが……。
なにはともあれ、気長にお付き合いいただければと思います。
次回はセイゴがフェイトさんに高町さんを任せて出て行った30分間の出来事ですかね。
では、また次回の更新で会いましょう。



[9553] 第四十話-ユーノくんとの裏事情-
Name: りゅうと◆352da930 ID:f08fd12f
Date: 2010/11/28 18:09
過去回想────セイゴside





あの怪我が治って、退院して、シグナムさんに斬り倒されて、それから一月と少しくらい経ったある日、隊長にリンカーコアのことがばれてからしばらくあとのことになる。高町と会うことになった。

まあここまで言えば察しのいい人なら分かる通りの展開であり、もちろん八神にあれこれされてお出かけモードとなったわけであったのだが、そう言えば三日に一遍くらいよこしていた連絡と言う名の雑談相手の要請も近頃はご無沙汰だったようなとか思いながら、久しぶりと言うには短く、またあなたかと言うには長いくらいの期間をあけて待ち合わせ場所のファミレスで高町にご対面した俺。

で、注文品頼んだりしながらいつもの通りの敬語でいつものようにふるまうものの、高町の方はなぜだか知らないがこちらの話を聞いていない感じ。

おかげで、あえて言葉にするならば温度差とでも言うべきもののせいかどうにも会話が空回り気味だった。

そもそも高町ときたら、会った時から気まずさと気合の入り混じった実に表現し辛い表情を浮かべていて、ここ最近の付き合いから学んだことからして、こういう表情をしている時の高町はたいてい何か俺に聞きたいことがあるので、面倒かどうかはともかく、なんらかの質問を抱え込んでいるのは明々白々だった。

例に挙げるなら、私とせーくんはお友達だよねと初めて聞いてきた時のそれ。

とはいえ、いつもなら子供ならではとでも言うべき遠慮なんてモンとは無縁の態度で真っ先に質問してくるはずの高町は、それをためらうように顔を俯けたり上げたりしているだけ。

そんなに聞きにくい事なのかねえ。と思いながら、まさかリンカーコアの事でもどっかから漏れたかとか思いつつ、んなわけ無いよなと少々不安になりながらあくまでいつも通りに高町の相手をする。

どうしても聞きたいことなら切羽詰まれば聞いてくるだろうし、俺から突っ込んで話を聞き出す気は毛頭ない。

というか、そんなことしても仕方ないだろう。高町の悩みは俺の悩みではないし、俺は他人の悩みを察してやれるほどに高尚な人間じゃない。

ついこの間だって、高町の助けを借りて親父と和解して、親父の助けを借りて高町の悩みに手を貸したようなものだったのに、精神的にも肉体的にもあれから大した成長もしてないくせに、他人の悩みを軽く聞けるほどお気楽な脳みそを俺はしていない。

それに、もしリンカーコアの事がどうのと言う話なら、絶対に隠し通して見せなければならない。無駄な動揺材料は極力無くしておきたいし、余計なことは口走りたくない。

だから、今この場で俺はいつも通り。

意識していつも通りを装ってはいるものの、話して、斜に構えて、嫌みを口にするその全てがいつもの通りに標準。だと思う。

なのにいつもならそれを苦笑しながら諌める高町が、いつもと違って上の空。

何を言っても、「……うん」とか、「……そう、だね」とか、人の話を聞いていないとしか思えない態度で中身のない返事を返すだけ。

それどころか、時間が経つにつれて最初に見せていたなにかを聞きたそうな表情さえも途切れ途切れになり始めていた。

まあそれならそれで、聞かなくてもいいくらいどうでもいいことなんだろう。と、食後のコーヒーに口をつけながら勝手に結論付けて気にするのをやめようとした辺りのことである。

「あなたにとって、魔法って、なんですか……?」

放っといたらそよ風に当たったくらいの衝撃で消え去ってしまいそうなくらいに不安そうな表情で、いつもの高町からは考えられないくらいに消え入りそうな音量でそう聞かれ、俺は目を細めた。

一体何をと多少惑う俺だったが、質問の内容だけはヤケに鮮烈に頭に焼きついていたので、答えを求めて思考を巡らすことにした。

魔法。

魔法といえば、子供の考えたようなご都合主義のミラクルと、ミッドチルダにおける科学技術の集大成の二種類がメジャーだろうか。

が、高町がこんな真剣な様子で聞くとしたら間違いなく後者だ。

で、重要なのはここからで、俺にとっての魔法、と言われても、質問の中身が曖昧すぎでなんだかよく分からない。

正直、魔法は魔法だ。

子供のころから当たり前にあった、便利な技術というか使い勝手のいい道具と言うか、そういう認識のもの。

てか、いや。わりと最初から思っていた事なんだがなんだこのメンドくさい空気は……。

なぜいつも通りに呼び出されただけなのに、付き合いの面倒くさいお偉いさんの相手をしているみたいな緊張感を味わわなければならないのか……。とか思いながらそんな空気に耐えきれなくなった俺は、リンカーコアのこともあるので不本意ながらも探りを入れることにした。

「あの、高町さん。なにかあったのですか?」

「────…!」

なんだこの反応は。俺との温度差半端ないなとか思いながら何かしらの言葉を待ってると、高町は俯きながらぼそぼそ呟いた。

「え、と。……なんでも、ないの」

「なんでもないのに、そんな表情でこんな難しい事聞くんですか、あなたは」

「……ごめんなさい」

「ま、言いたくないのであるならば、無理に言えとは言いませんけれど」

「……ごめんね。少し、気になることがあって」

「気になること? それが、私にとって魔法とは何か、と言うことに関係が?」

「……うん」

正味、たったこれだけのやり取りなんだが、なんか別に俺のリンカーコアの事を気にしてどうのと言う感じじゃないような気がした。

てか、もし俺のリンカーコアの事を知ったのなら、こいつはこんな回りくどい呼び出しや質問なんてしないで真っ先に突っ込んでくるタイプだと思うので、最初から可能性は低いだろうなとは思っていたんだが。

そもそも、今までの会話からして、彼女と俺の間になぜだか妙な齟齬がある気がして、そういえばこの人が地球出身の俄か魔導士だったことを思い出す。

なんかよく分からんが、これはものごころついても魔法を知らなかった人間と、ものごころついた頃には魔法を知っていた人間との間にある認識の齟齬について知るためにしてきた質問なんだろうか?

いや、まあ、そう言うことで他人の意見を知ろうとするってのは勉強家だなぁとは思う。

けど、そのあたりの俺の認識を一から説明するのは、まあ骨だ。そもそもなぜ俺がこんなことについて講釈を垂れなければならないのかと思ってしまう。

だが、もし後々この話が何らかの原因でこじれたりなんかした時に、それを聞いた誰かさん達になぜ教えてやらなかったのかと怒られそうで気が滅入るので、どうせ暇だし教えてあげようと言う気になって会話のとっかかりを捜した。

で、

「あなたにとって、包丁って何ですか?」

出てきた言葉がこれになる辺り、俺に他人に物を説く才能は無いに等しいと思っていいだろう。今後どんな進路を選ぶか分からないが、教導隊は無理だなと思う。そもそもさっきの高町の質問のセリフのパクリだ。

「ほ、包丁? 包丁って、あの。刃物の奴だよね? えっと、私にとってって……」

俺がいろいろ考えている間散々返答を待っていたはずの高町は、唐突な質問を耳にして案の定戸惑っていた。

が、困惑していようがどうしようが思いつく言葉はあったのか、その答えを口にした。

「お料理に使う道具……かな。……と言うか、それ以外に使い道ってあるの?」

「不謹慎ですし、こんなことはあまり言いたくはないですが。人を傷つけられてしまうでしょ」

「────!?」

高町が大きく目を見開き、椅子から思い切り立ち上がった。

予想通りの反応に苦笑しながら、周囲の視線が集まっても困るので、俺は落ち着くように彼女をなだめて座らせ、話を進める。

「例えばの話ですよ、例えばの。ただ、さっきの問いを簡単に説明しようとすると、この話し方が一番分かりやすいかと思いまして」

「どういうこと……?」

突然すぎるめちゃくちゃな話に、高町は警戒心を露わにしていた。当然と言えば当然だが、人の話は最後まで聞いて欲しいと思う。

「ようは、認識一つってことですよ。普通の人にとっての包丁は、ただの便利な料理の道具でしかありません。けれど、一部の馬鹿の手に渡ると、便利な道具は途端に凶器です」

それと同じように魔法は、俺にとっては戦いの道具。親父にとっては治療の手段。

その他いろいろあるだろうが、人それぞれ。それが俺の魔法に対する認識だった。

「あなたにとってがどういうものかは知りませんが、私からしてみれば、使える技術の一つでしかないんですよ。刃物とか、端末とかと同じような」

「は……もの……?」

「まあ、あれらよりはるかに扱いは難しいですし、用途も幅広いですが」

言いながら俺がまたコーヒーに口をつけていると、高町はまた迷うような仕草を見せながら、それでも今度は先ほどよりもよほど短い時間で口を開いて聞いてきた。

「けど、魔法は、せーくんにとって必要なもの……だよね?」

「え? いや、まあ……。あったら使いますけど、絶対に必要だとまでは思いませんけど?」

最近魔法が使いにくい事に関する負け惜しみみたいになったが、まあ本音だ。

あった方が便利だとは思うが、無いなら無いでなんとかその状況に慣れようとするのが人と言う生き物の強みだと思う。

リンカーコアの不調の件で、先輩他、隊の方々各位にかなりの迷惑をかけているとは思うが、最近はそれでも何とか以前のようにとまではいかなくとも仕事を回せるようにはなって来ていた。

それでも現状、魔法におんぶにだっこだった事が随分と露呈してきていて、もっと何か別口のアプローチでも考えないとやばいかねぇとも、思っていたわけだが。

「それ、は……っ」

「え?」

「ほん、とう……?」

高町が今まで伏せがちだった顔を上げ、唖然とか、呆然とか、そういう表現を飛び越えた、俺のボギャブラリーでは表現できないほど混迷した表情で、俺の方を見て聞いてきた。

表情はともかく、ほんとう?という言葉の方には、正気かお前はという響きがあるような気がしないでもないが、あえてそこは無視して返答することにする。

「本当ですよ。私にとって魔法の行使は、目的のために人に向けて暴力を振るっているのと何ら変わりません。だから、私にとっての魔法は、道具ですね」

違法魔導士との魔法対決なんて、刃のついた真剣相手に、刃引きした剣で戦ってるのとどう違うというのか。

そして、殺傷力があろうとなかろうと、加えた危害は危害でしかない。

どんなに人を傷つけることに長けていないといっても、武器は武器だ。

そう説明すると、高町は呆然とした表情を俺に向けてから、泣きそうな顔になって無言で立ち上がり、「あ、ちょっと!」と呼びかける俺を無視して逃げるように走り去ってしまった。

追いかけようかとも思ったが、追いついてどうすればいいかも分からなかったから、やめた。

ついでにいえば、これで離れて行くなら俺に都合がいいとも思った。

にしても、今日の高町は一体なんだったんだろうか。

「日頃から、訳の分からん事を平然と言う人だとは思っていたけども」

今日はそれに輪をかけて酷かった上、さらには泣きそうな顔して逃走と来ている。

と、そこまで考えて、これが原因でまた何か失敗されても嫌だなあと思い立ち、フェイトさんやヴィータに連絡して、彼女を気にかけてくれるように頼んでおくことに。

他の人のことはまだよく知らないし、ユーノくんはこういう話をすると何だかとても動揺するし、八神には連絡する気も起きないから故のこの二人だった。

どうかしたの?と、フェイトさんに心配され。また何かしたのか。と、ヴィータには訝しがられたが、これで何もしないより少しはマシだろう。

で、数時間後。

さっきはいきなり帰ってゴメンとの謝罪の通信と共に、少しお話いいかなと神妙に問われ、まあ少しくらいならいいですよと、あそこで泣きそうになっていた理由が気になったのもあって了承をしたのだが。

それから、なんか魔法は高町にとってはすんげえ神聖で貴い、それさえあれば何でも出来るみたいな奇跡の力なんだとか言う話をされ、なんか空恐ろしい高町の魔法に対する崇拝に、何かの悪質な洗脳みたいだな。とか心中冷や汗かいて背筋を冷やしつつも、いやそれはないでしょう魔法だって万能ではないしと言う感じの俺の考えを高町の主張と数時間かけて戦わせることに。

奇跡だなんて、まさかである。そんなわけはない。

魔法なんて大層な呼称は付いているが、結局のところあれは様々な論理に基づいた、人間の作り出した技術でしかない。

だって、医術に利用したって、母さんだって救えないような中途半端な何かじゃないか。

まあ、そんな感じで話をしたのだが、結局あれだけ話し合ったところで上手い結論なんて出やしなかったのだけれど。

俺の、魔法もデバイスも道具みたいなものだって主張も、高町の、魔法もデバイスも何かよく分からんが特別なものだって主張も、どっちも主観的なものだ。

おまけにどちらも特に相手の意見に譲歩する気がない以上、どうしても議論は平行線をたどる。

つか、俺としては結論なんて出ても出なくてもどっちだってよかったのだけどね。

俺にとっての魔法とは何か聞かれたから答えただけで、別に高町の主張を聞き入れてこれからの俺の認識を変える気なんてさらっさらなかったのだから。

それで結局、どっちの意見も正しいけど正しくないのでこれから先は互いの意見を頭に入れた上でいろいろ考えながらうまい事魔法と付き合っていきましょうね。とか言う、なんか考察してんだか結論から逃げたんだかよく分からないスローガンの発足とともにこの議論は一旦の幕を迎えたのだった。

が、俺が律儀にあいつと会話の一区切りくらいまで議論を戦わせたのが悪かったのか、それに味を占めた高町がそれから事あるごとに俺相手に一切遠慮なく話相手をお願いしてきたり、俺がそれに飽き飽きしてくると話の最中に本を読んだりし始めたりするようなことになるのだけれど────



────まあ、そんな感じの、過去の一コマ。






























居眠りから目が覚めたら目の前に誰かの顔があった。

若干ピントの合わない目を凝らしてみると、その誰かがフェイトさんだというこということに気付く。

フェイトさんにとってはどうということも無い俺が相手とはいえ、あまりにも真正面から凝視したせいか彼女の顔が赤くなっていたのだが、それを話題に上げる気には毛ほどもならなかったので適当な会話で切り抜けて高町の飯を取りに行くことに。

道中いろいろと話をしてから部屋に戻った俺は、フェイトさんに高町を押し付けて用事を済ませることにした。

高町たちの部屋を辞してエリ坊の部屋へとさっくりと戻った俺は、端末を起動して通信相手にコールを始める。

数コールで相手が応じた。今日この日のこの時間に連絡すると前に連絡を取ったときに告げてあったので、時間はきっちりとってくれていたようだ。

『やあ。この間ぶり、セイゴ』

「こんちは、ユーノくん。時間は大丈夫か?」

そして、そんな通信のウィンドウ越しに始まる、金色の長髪を後ろでまとめた儚げな微笑を浮かべる青年との会話。

さて、もうお分かりだろうが、俺がフェイトさんに高町の世話を押し付けてまであの部屋を出てきたのはコレが理由です。

さっきフェイトさん達には隊舎で用事があると言ったな、あれは嘘だ(キリッ

ユーノくんに頼んであったことをあの二人に知られるってのも面倒だからね。根拠はないけど、頼んだ中身見たら、馬鹿なコトはやめろとか言いそうだし。

その辺はユーノくんにも頼んである。他の人には内緒でって。まあ、内容はともかく相談相手はティアにはばれてるわけだけど。あの子にも口止めはしてあるから大丈夫でしょう。

『時間は問題ないよ。キミのために、山のようにあった仕事を何とか全部片付けて、頼まれた調べ物も少しだけど進めておいたくらいにはね』

「ユーノくん、あなたは天使だ……」

俺の言いように大げさだなぁと苦笑しながら、ユーノくんは片手間に結構膨大な量のデータを端末に送ってくる。

それを受け取り、さわりだけでも確認しようとファイルを開いて中身を流し読みすると、わざわざ読みやすいように情報をまとめてくれてまでいることに気付く。

勤め先が勤め先だけあって、読みやすくすっきりとまとめられた資料。

忙しい彼に無理をして欲しかったわけではないので、暇な時に気が向いたら調べてくれるだけでいい、なんて感じでしたお願いにここまで本気で返してきてくれた彼には、もう本当に申し訳なさ過ぎて感謝と言う言葉では足りない気がするよね。

「ユーノくん、さっきはキミを天使だと言ったが、あれは撤回するよ」

『ん? どうしたの?』

「キミは唯一神だ」

『キミは本当に大げさだよ!?』

苦笑を飛び越えて驚きへと達したユーノくんに今度は俺が苦笑しながら開いたデータを更に読み込んでいく。

頼まれたことを少しだけ進めておいたとユーノくんは言ったけれど、これだけ揃えて少しとのたまう彼の普段の仕事量が不安でならないと思う。

これ俺の依頼の80%は完了してるだろ……。残りは本当に詰めだけという状態にまでまとめられたファイルの内容を目で追いながら、心の底から感謝するしかない俺だった。

そんな俺に、ユーノくんが「けど、セイゴ」と話しかけてきた。

資料の文字列から顔をあげてユーノくんの方を見ると、そこには普段の微笑も浮かべていない彼の真剣そのものな表情があった。

けれど、雰囲気に呑まれるのは良くないと思うので、気付いていない振りをしてあくまでいつものように声を出す。

「ん、どうしたィ?」

『最初は断ったとはいえ、結局は調べておいてこんなことを言えた立場ではないと思う。けど、その中には使い方によっては危ないことになるかもしれない魔法も含まれているんだ。……キミは、本気でそんな技術を応用して、魔法を使う気なの?』

前言撤回。真剣どころか切羽詰まったとでも表現して相違ないような様子で言われ、ちょっと「うーん」とうろたえる俺。

はっきり言えば、全く使いたくなどない。

しかし、相手が相手だ。多少……どころかとんでもないレベルになってしまってはいるが、無茶もしないでどうにかなるとは思っていない。

人体に悪影響の出ないような術式なんて、管理局に入ってから今までの時間でもう粗方試行錯誤し終わっている身としては、これ以上を望むなら今まで避けていたものにも手を出さないとならない。

本当はリミッター解除の許可が下りれば戦略の幅も広がるのだが、そんなモンが俺に下りる可能性に期待するくらいなら神がこの世界に降臨する可能性に賭けた方がよほど心の健康にいいと思うレベルの出来事なので、考えるだけ無駄である。

まあそんな馬鹿な話はともかく、真面目な話俺に下ろすくらいなら高町たちに下ろすべきなので、俺の現在の自前の何かで何とかするしかない。

だからユーノくんに頼んだのだ。デメリットは無視でもいいから、何とか戦闘レベルを一時的にでも向上させる方法いくつかを探してはくれないだろうか、と。

最初は随分と窘められ、そんな方法は調べられないと拒否されたものだが、地道に交渉してなんとか彼の了解の返事を得たのだった。

大体、高町だってブラスターとかリンカーコアの健康をディスってるとしか思えない魔法持ってるじゃん実戦で使ったことはまだないって話だけどさって感じではあるんだが。

とはいえ、使うかどうかは本当に別問題だけれども。

が、Sランクの魔導士を相手取るというのに、そんな情けない考えでどうにかなるとは思えねーよなーとか考えてたらユーノくんが聞いてきた。

『そもそも、その人の相手は、本当にセイゴがしなければいけないの?』

聞かれて頭を捻る俺。

さあ、実際の所どうなんだろうか?

けど、相手の主戦力の人数も知れないし、相手出来る要素を増やすに越したことはなくね?とは思う。

そもそも冷静に考えて、ゼストさんだけが超えるべき壁なわけじゃない。

高町が止めたというヘリへの砲撃はSランクに匹敵するそれだったと聞いた。

ゼストさんと共に居た紫色の少女の召喚魔法も、Sランクを観測。

さて、こうなってくると数も知れない敵さんのメンバー共がそれぞれその戦力に準ずるレベルだということはおそらく間違いない。つまり生き残るためにはどうしてもレベルアップが必要と言えよう。

相手の脅威を知っていたのに備えていませんでしたでは、酒の肴のいい思い出にもなりゃしない。ていうか、生きて帰れるかどうかも怪しいところだ。

まあそれはともかく、そういうわけで一応戦闘に選択肢は増やしておきたいんですよと言ったら、ユーノくんが弱ったように眉根を寄せた。

『けど……』

「気にしないでよ。俺だって男の子だからさ。少しは強くなりたいって願望もあるんだよ。それに、使うことに関してはホントに気は進んでないしね」

そこは本当。

だからこそシグナムさんに稽古を頼んでるわけだし、他にもいろいろと手をまわしてるわけだし。

『……そっか。僕も一応、昔同じようなことを思ったことがあるから、何となくは分かるよ』

いろいろ言う俺に、ユーノくんが苦い表情で言った。

昔ってなんだろう。

彼が関わって大変だった話って言うと、PT事件のことだろうか。

他の事件はよく分からなかったのでそう聞くと、ユーノくんは「まあ、そんなところ」と曖昧に頷いた。

その反応は含みが多そうですねとか思ってたら、キミには、僕となのはが出会ったきっかけについては話したよね? と聞かれ、あーそういえばクロノさんに誘われて一緒に三人で飯食いに行ったとき世間話の話題になったよねと言う感じで思い出す。

「ユーノくんが変身魔法でフェレット姿になって女風呂に連れ込まれたってこととかで」

『ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ』

入った! メイントラウマスイッチ入った! これで追い詰める! とかする気もないこと思いながら、まあ男の夢だから仕方ないネってフォローしたらもっと様子が酷くなったので冗談だよごめんごめんと苦笑して宥める。

で、彼が落ち着いてから話の続き。

「高町のほうも散々覚えさせたがってねー。……通信越しに暇な時間にさんざん聞かせられたんだよね。おかげで上の空ではいはい聞いてただけなのに情景が浮かびそうなくらい覚えてるなぁ」

『……仲いいなぁ、二人とも』

「その反応は心外だ」

中でもなんか、フェイトさんとの出会いとか、様々なあれを経て和解した所とかはエラく熱く語られて、残念なくらい俺の頭のリソースを占拠していたりするのだった。

けどなんかさー、色々聞いてて思ったんだけど、あれ管理局の仕事に民間人が協力したってより、民間人に管理局が協力してね?

高町がジュエルシード集めたり、敵の本拠地の時の庭園ってところに突貫した時に、第二派はクロノさん以外は局員でなかったり……。

てか、突き放すふりして民間人だった高町達を言葉巧みに手駒にするとか汚いな、流石ハラオウン母きたない。

まあ別にどうでもいいけどさ。それで丸く収まってたわけだし。

でも、フェイトさんが無茶してジュエルシード六個も暴走させた時に傍観を決め込もうとしてたのは正直どうかと思うけど。

もしフェイトさんがジュエルシードの魔力に負けて封印失敗してたら、結構な規模の次元震が発生しかねなかったんじゃね? とクロノさんに聞いたら、いつもポーカーフェイスな彼が珍しく、うぐっと表情を歪めていた。

どんな状況だろうと、次元震の発生を防ぐよりも重要なことなんてそうないと思う。

まあ、終わったことなのでどうこう言っても仕方ないんだが。

しっかし、プレシア・テスタロッサさんは、アルハザードなんて空想の産物を求めてまで、一体なにをしたかったのか。

とか思ったのでその辺のこと知ってる? と聞いたら、それは僕の口から語ることじゃないねと言われてふーんとなる。

まあ言いにくいことなら無理に聞こうとは思わん。

それよりもっつーか、前からちょこっとは知ってたんだが、こうして改めて考えてみると、高町って昔っから無茶苦茶だよね。

ランクAのロストロギアを初見で封印したり、魔導士歴数日で局員より強かったり、訓練受けた大魔導士の娘より強くなったり。

しかしアレだ。そう言えば高町って最初は魔法の魔の字も知らない管理外世界のド素人だったわけだ。

そのド素人が自分の町を救うために頑張ってロストロギアを封印する。

「つまり、高町も始まりは犯罪者まがいだったわけか……」

胸が熱くなるな……。

『いやいやいやいや、違うよっ! なのはは現地協力者として……て言うかどうしてそうなったの!?』

「だって、初期は管理局に無断でロストロギア集めてますよね」

『そ、それは僕の……』

「ユーノくんも、一応は何度か止めたんですよね?」

『う、うぅ……』

事実だけ嫌味っぽく口にしたらユーノくんが頭を抱えてしまった。

あ、でも管理外世界での出来事だから、一応そこまで厳密になる話でもないのか。

故にごめんなさい冗談ですよと謝ったら恨めしそうな視線をこちらに向けられてちょっと「うぐっ」となる俺。

『……どうしてキミはそう、なのはを悪者にしたがるの?』

「失礼な。悪者にしたがっているんじゃない。ついやっちゃうんだ」

『余計駄目だよ……』

欲望に負けているだけじゃないさ、とは手厳しいなユーノくん。けれどここは誤解して欲しくないんだが、別にそんな所だけをさっきの話から思ったわけじゃない。

「大丈夫だって、ちゃんと理解してるよ。ユーノくんが自分に何の責任もないのにジュエルシードを確保しに行ったことも、高町がそれに巻き込まれたことも、管理局がいつも通りに次元震が起きてから後手に回って行動したこともさ」

早い話、ユーノくん達が回収に乗り出していなかったら、なんか途中からはフェイトさんも敵方として出張っていたらしいとはいえ、人的被害は洒落になっていなかっただろう。

それに、海鳴の町どころか地球そのものが丸ごと消滅していた危険だってあった。

キチンと管理局に連絡しなかったのはどうかと思うが、その辺は移送船の積荷の報告を受けていて放っておいた局側の対応にこそ難有りだろう。

願いに反応してそれを叶えようとする太古の遺産、ジュエルシード。しかしその願いはジュエルシードに取り込まれた時点で歪に歪むのだと言う。

話では、実際に町中が木の化け物に飲みこまれそうになったこともあったんだとか。

しかし、そんなことになっているのに、管理局が事態の収拾に乗り出したのは、次元震が起きてから。

ジュエルシードを載せた移送船が原因不明の事故に会った時点で、管理局には一応の情報が行っていたのにもかかわらず、だ。

二人の働きは、管理局の不始末の尻拭いと言っても過言ではない。

偉そうに、時空を管理する局なんて名前をつけておきながら、本当の所こんな風な情けない部分の方が多い。

誰もが必死でやっている。けど、それでも事件の頻度に俺たちの手が追いつかないのが実情なのだ。

そんな中、局員のくせに自分の都合だけ押し通して手を抜いてた馬鹿もいたけど。まあそれは別の話。

そして、そんな風に管理外世界に送り出すだけの人財が無いのも、それだけの人財不足になるだけ多くの管理世界を増やしたのも、無駄にロストロギアを移動させたりして事件の原因になったりするようなことを決めてるのも、管理局のお偉いさん方。つまり俺たちが選んだこの世界のトップだ。

つまりこれは俺たちが蒔いた種とも言えるのに、その尻拭いをしてくれた二人に、迷惑をかけた俺達側が文句を言えるはずもない。

まあ、クロノさんとかには、無謀はするなと窘められたらしいが。

「その事件からも、もう10年以上経つってのに、未だに人財不足は未解決だしねー。俺達管理局の人間って結構学習能力ないよな」

『それは……』

実情に詳しい分、ユーノくんは返答に困っているようだった。

こんなことで彼を困らせたいわけではなかったので、まあそれはいいやと話を逸らす。

「そう言えば、高町が風邪引いてるんだが、ユーノくんは御存知だろうか」

『……え』

あ、めっちゃポカンとなった。

『ええええええっ!? な、なのはは大丈夫なのっ!?』

「あー、うん。シャマル先生も多分大丈夫だろうって言ってたし。いまはフェイトさんが粥食べさせてるところだと思うよ」

『そ、そうなの? よかった……』

すんごいほっとした様子を見せるユーノくん。流石に驚きすぎじゃね?と聞くと、こんなこと初めてだから動揺が大きくてと言われた。

そう言えば俺も高町の風邪がどうのとか聞いたこと無いなぁ。おまけに実際に遭遇したのはこれが初めてだ。

ユーノくんは俺よりも付き合いも長いしその密度も上だろうし、驚きもひとしおなのだろう。

「まあ、今頃は薬も飲んでるだろうし、夕方には熱も下がってるだろうから、そん時に連絡でも入れてみたら……ってのはちょっとまずい、か?」

『え、どうして?』

キョトンと首を傾げるユーノくん。

いや、どうしてもなにも……。

「ユーノくん、どういう理由で高町に連絡する?」

『どういうもなにも、セイゴに風邪のことを教えてもらってって……あ』

「ユーノくんは、俺がわざわざ、高町の風邪のことをユーノくんに連絡する理由って考え付く?」

そう、俺がそのためだけにユーノくんに連絡をするわけがない。

俺がユーノくんにわざわざそんな事を告げる可能性があり得るとすれば、何かの用事のついでに思い出して言ったというあたりが妥当なセンになると言うか今回の事実そのままなのだが、ならその用事とはいかに、とあいつらに俺のしていることを疑問に思われる可能性が高い。

そんなことになれば確実に俺の邪魔をしてきかねないので、それは御勘弁願いたい。

「ユーノくんが高町に用事があって、たまたま連絡したらたまたま風邪だったって感じにしてくれるなら、俺としては助かるんだけど……」

『う、うーん。それはいくらなんでも無茶じゃ……。僕が暇な時にセイゴに連絡してるってことにするのは?』

「高町はなぁ……。そーゆー嘘はストレートに見破ってくると思うんだけど」

『そうだね……』

「それでもどうしてもってんなら、エロ本の取引してましたとでも言っとく?」

『……ごめんなさい、本当に勘弁して』

本気で嫌そうだったので、冗談だよ冗談と苦笑しながらフォローする。

で、

「仕方ないから、俺が高町を困らせるためにユーノくんに連絡したことにしよう」

『……えーと、なんかごめんね』

本当に申し訳なさそうに謝って来てくれたのでそれだけで俺はもう大丈夫である。というか俺の隠しごとのために面倒な嘘をつかせるこちらの方が謝りたいくらいなのでむしろありがとう。生きる活力をありがとう。

にしても、高町も身近にこんなにいい人がいるってのに、なんで付き合おうとか思わないんだろうなとユーノくんに言ったら、え、いい人って誰?とか本気で聞いた来たけどあれだ、この人本当に天然でいい人なんだろうなぁ。

そういうわけでいい人に厄介事を押し付ける感じで申し訳ないんだが、マジで高町どうにかしてくれないだろうか。

あいつ俺の相手とかしすぎだろ常識的に考えて……。人生の40%は損してるよ。もっとちゃんとした恋に生きろよ。

とか思いつつユーノくんですよユーノくんとか言ったら、ええっ!? とか本気で驚かれてこっちが驚くよねホント。

「高町の傍に、キミ以上の優良物件はいないと思うんだが」

『え、いや、そんなことは……。そ、それにそれを言ったらキミだって!』

「え、俺? みんな同じようなこと言うけどさぁ、俺そんなんじゃないよ」

ユーノくんとしては照れ隠しにでも俺の名前を引き合いに出したのだろうが、そりゃあ全くの見当外れだ。

けどまあ、彼とこの辺りの正否についての論争を繰り広げたとして、どうせ泥沼な感じの様相を呈しそうなのは目に見えているので、この会話はこの辺でシャットダウンと行こうと思う。

「とにかく、今日はいろいろありがとう。一応、高町の熱が下がった頃にもう一度連絡するけど、応答なかったらメールでも送っとくからチェックしてくれ」

『え、あ、うん。ありがとう、セイゴ』

こちらこそと返事して、何か言いたげなユーノくんを無視して通信を切る。

端末の電源を落として胸ポケットに突っ込み、時計を見てそろそろ戻らなくてはと立ち上がる。

そうして、エリ坊の部屋をそそくさと後にする俺だった。






























介入結果その二十八 ユーノ・スクライアの追憶






────8年前


「ここだよ、ユーノくん」

と、いつもと比べて少しぎこちない微笑を浮かべながら、ここまで僕を案内してくれた少女が言った。

彼女のその表情を見て、僕の心はまた少しだけ沈む。

鼻腔をつく消毒液のにおい。

リノリウムの床。

視界の端をせわしなく行ったり来たりする、白衣や看護士服を着た大人たち。

言うまでも無く、ここは病院だった。

かといって、僕自身が患者としてここまでやってきた、と言うわけではない。

彼女。────高町なのはと言う名の少女を、違法魔導士討伐の任務中に庇って、大怪我を負ったという少年をお見舞いしに来たのだった。なのはの表情は、その事件に起因するものだ。

彼が目を覚ましてから四日、この病院に担ぎ込まれてからは七日ほどになる。

本当は、もっと早い段階でお見舞いに来るつもりだった。

それは、僕の大事な友達であるなのはを身を呈して守ってくれた事に精一杯の感謝をしたかったからでもあるし、彼の怪我が心配だったからでもある。

……いや、これはただの建前だ。そう言うことも考えてここに来たのは確かだけど、本当はもっと別の感情が僕の足をここへ向けさせた。

ここに来たところで、満たせるものはどこまでも勝手な自己満足だけだっていうのに。

フルーツはたくさん貰いすぎてもう飽きているみたいだよとのなのはのアドバイスを参考に購入した菓子店のプリンの入った紙箱を持ち直しながら、僕は眦を下げた。

「ユーノくん、どうかしたの?」

「え、あ、いや。なんでもないよ、なのは」

僕の様子を不審に思ったのか、なのはが顔を覗き込んできた。無防備な表情がいきなり目の前に来て戸惑ったけれど、なんとか誤魔化して平静を装う。

「それじゃあ、なのは。入ろうか」

「うん、そうだね」

僕が促すと、なのはが頷いて病室の扉を開いた。

そして、こんにちはとの言葉と共に病室に入ろうとしたなのはが、その場でビシリと固まった。

何事だろうと、僕もなのはの頭越しに病室を覗き込むと、そこでは────

「う……うぅっ」

部屋の奥の方で、椅子に座って膝の上で手をぎゅっと握り、肩を震わせながら俯いて嗚咽を漏らしている私服の白いワンピース姿のフェイトがいた。

そしてその対面には少年と女性が椅子を並べて陣取っている。

少年の方はおそらく僕達より数歳年上。バッサリと短く整えられた黒髪と、不気味なほどの無表情が印象的で、病院服姿な所を見るとこの部屋の主だろう。彼がセイゴ・プレマシーさんだと思う。

もう一人の女性は、管理局武装隊の制服を纏った赤毛の髪色をしたショートカットの女性で、こちらはこちらで一見すると能面と見間違えそうなくらいに作られた事がありありと分かる笑顔でにこにこと笑っていた。

……というか、一体この状況は何なのだろう。なぜ、なのはを庇って大怪我を負ったはずの彼が、この部屋でフェイトと向かい合っている上に彼女をいじめているんだろう。

と。僕がそんな疑問にまで辿りついたあたりだった。

「嗚咽を漏らしているだけでは、なにも伝わっては来ませんよ。執務官になろうという人間が、その程度の精神力しか持ち合わせていないとはお笑い種だ。随分と酷い冗談とも言える」

「う……」

「大体あなたは────って」

ようやく僕達の来訪に気付いたのか、セイゴさんは無表情のままこちらを一瞥してから無感動な瞳を向けてこう言った。

「ああ高町さんですか。すみませんが、もう少々そこでお待ち下さい。あと少しで一通りの模擬面接が終了しますので」

そのまま視線をフェイトの方に戻す彼に、なのはも僕も唖然と立ち尽くすしかない。

この彼が、なのはの話に聞いていた、セイゴさんだというのだろうか。

こう言ってはなんだけど、全くと言っていいほどイメージと違う。

なのはの話では、無愛想ながらも仕草の端々に人間味のある優しい人だっていう印象だったし、それは目の前でフェイトをいびっている彼の人間像とはまるで結びつかなかった。

「フェイト・T・ハラオウンさん。先ほどの質問に答えのほうをいただけないと言うことは、受験を放棄したと受け取っても構いませんか」

「────っっ。……ぁ、ぅ」

何か言おうとして、けれど息が詰まったように何も言えないフェイトに、少年は肩を竦めて馬鹿にするように言う。

「申し訳有りませんが、俯かれたままそのように小さな声で言葉を発されても、私には聞き取ることが出来ません。まずは顔を上げてからにしていただけませんか」

その一言で、フェイトの頭がさらに俯き加減になる。

まるで彼女の周りだけ、重力が数倍になっているかのような空気の淀みように、とてもじゃないけどこれ以上そのまま見ているような事の出来なくなった僕が、部屋の中へ踏み込んでとりあえず仲裁しようとしたのを止めたのは────

「せーくんッッ! フェイトちゃんになにをやってるのーーっ!」

すごい勢いで彼に向けて突貫していく、呆然自失から自我を取り戻した、高町なのはの後ろ姿だった。






























なのはのセイゴさんへのイノシシも真っ青な猛突進から時間が経って、僕は彼の横になるベッドの脇に備え付けられていた椅子に腰を降ろして、

「いや、私だって最初にクロノさんってあの人のお兄さんに確認はとったんですよ。手加減は苦手なので泣かせてしまうかもしれませんが、本当によろしいのですか? って」

「はあ……」

「そりゃあ確かにちょっとやりすぎたかなぁとは思わなくもないですけれど、本人にも一応、本当にやるんですか? 一切手加減しませんよ? と、確認を取りました所、はい、よろしくお願いしますっ! なんて返事をくれたのにもかかわらずこの仕打ちって言うのは、ちょっと私としても納得がいかないというかですね」

ベッドの上で寝転がるセイゴさんの愚痴に付き合わされる羽目になっていた。

なのはとロロナさんと言うらしいあの女性は、精神的にボロボロになったフェイトをなだめるために部屋を出て行ったため、ここにはいない。

事情は大体聞いた。

執務官試験を受けるフェイトのために、あえてほとんど赤の他人と言える人に面接官役を頼むだなんて、クロノも随分と妹思いなものだって感心する。

まあ、選んだ相手が少し曲者だったのは、運が悪かったのか狙い通りなのかは知らないけど。

「て、そう言えば、あなたはどちらさまですか?」

もうかなりの長時間ボロボロといろいろ文句をこぼしながらの彼に唐突に問われて、僕は呆れ顔で言った。

「……いや、今更ですか?」

「ええ、まあ」

確かに今さらですけれど、いろいろと騒々しくてお互い自己紹介もしていないわけですからこの流れは妥当では? と言われて、それは確かにとは思ったので、自己紹介する事に。

「ユーノ・スクライアです。なのはの友人で────」

「あー、はいはい。大体分かりました」

「え?」

「要するに、高町さんを庇って私が怪我をしたので、気を遣ってわざわざお見舞いに来てくれたのでしょう? あ、お見舞いの品ありがとうございます。後ほどありがたく頂きます。ちなみに私は、誠吾・プレマシーです」

そう言って、ベッドの上で姿勢を正し、深々と頭を下げるセイゴさん。つられて僕も頭を下げた。

あまりにもサバサバしたその対応が意外で、僕がそのあたりの事を少しだけ訊ねると、目が覚めてからなのはの知り合いが数時間おきにお見舞いに来るため、なんだか慣れが先行してこのような対応になっているのだとか。

「というか、私の知り合いより高町さんの知り合いの方が多く訪ねてくるのですが、人徳の差なのでしょうかね?」

おかげで、全く顔も知らなかった人からお大事にと言われるような毎日です。新鮮ですよ? とあっけらかんと笑いながら言う彼は、さっきフェイトをいじめていた時とはまるで別人だった。

そんな僕の内心を悟られたのか、セイゴさんは苦笑して言った。

「そんなに私の事を値踏みするような表情を見せられると、流石に少し傷つきますね」

「────え、あっ。ごめんなさいっ!」

「いや、冗談ですよ。そんなに繊細な人間じゃありません。それに、初対面の相手が自分の友人をあんな扱いしていれば、そう言う風な態度を取るのは普通の対応です」

それに私も、状況によっていくつか態度は使い分けますから。お互い様です。と、彼は肩を竦めた。

「例えば、今の私は仕事とプライベートを足して二で割ったような感じでしょうか。普段、仕事中はこんなに饒舌ではないんですよ?」

「え、そうなんですか?」

「ええ、ちなみにプライベートだと、口調は普通にタメ口です」

「……あれ。でもなのはの話だと」

ああ、聞いていたんですか。と、セイゴさんはなんでもなさそうに言った。

「あの人は、もう普通の知り合いとは対応も別ですね。なんだか、敬語で話さないと負けたような気分になるというか……」

あ、本人には内密にお願いします。うるさいので。

そんな風にお願いをしてくる彼に頷きながら、僕は彼の放つ不思議な雰囲気を感じ取っていた。

そう言えば、さっきまでは驚きの連続で薄れていたけど、なのはがあんな風に誰かを叱っているのも、そんななのはに食ってかかるような人がいるのも、随分貴重な映像だ。

だけど、普段僕たちの前に居る時よりも、さっきまでのなのはの方がなんだか生き生きしていたように見えたのは、僕の気のせいだっただろうか。

そんな事を考えながら、僕は視線の先にあるセイゴさんの顔を見た。

視線に気付いた彼が少し目を細めて、どうしました? と聞いてくる。

僕は少しだけ慌てて視線を打ち消して、なんでもないですと話をうやむやにした。

だからだったのかもしれない。

彼の初対面での行動が、圧倒的なまでに僕の予想の斜め上を行って、考えることを別の方向へと向けてくれたからなのかもしれない。

彼を心配することで満たそうとしていた自己満足の件なんて、全く思考の外に追いやられている事に気付いたのは、僕が彼の部屋を辞して、帰路についた後だった。



────それが、僕とセイゴの邂逅。






























白昼夢みたいに昔を思い出しながら、僕は先ほどまで通信を繋げていた端末を、胸ポケットにするっと落とした。

「僕が、なのはの近くの優良物件……か」

彼の言葉を思い出してため息一つ吐きながら、また少し回想に浸る。

────あの出会いのあと、なのはたちにはあまり知られていないけれど、僕と彼の間にはそれなりの繋がりが出来ていた。

それは、互いに共通の友人を持った男同士だったこともあるけど、それよりなにより、話していて互いにあまり気を遣わない関係を、あの病院での邂逅で築けたからだと思う。

まあそれだけじゃなくて、なのはやはやてにいろいろと振り回されている彼が、僕にその事を相談したり愚痴ったりしてきていたから、ということも大きかったのかもしれない。

最近はお互いに忙しかったから、たまの通信でくらいしか顔を合わせる機会は無かったけれど、それでも彼は無二の友人だ。……僕を仕事の山に埋もれさせて過労死させようとしてくるどこかの嫌味な誰かさんとはまた違った、だけど。

だから、なのはの仲立ちがなくとも、僕たちはそう言う風に仲良くなっていたから、僕が彼になのはとの関係のことでの本音を弱音のように口にするのは時間の問題だった。

なのはのことを、あの心優しい女の子のことを、あんな血なまぐさい魔法の世界に巻き込んだのは、僕だ。

力が足りなくて、情けなくも彼女に頼ってロストロギアの回収なんて無謀をさせてしまった、僕の責任だ。

そのせいで彼女は、戦いの世界に巻き込まれた。

彼女は何度も何度も負けて、その度に怪我を負って、それでも諦めずに前に進んでいった。

僕は、そんな彼女が傷つく度に、自分の無力さを呪いたくなった。

僕は、弱い。

彼女を戦いの世界に巻き込んだのは僕なのに、僕には彼女のピンチを身近で助けるだけの力もありはしない。

巻き込んだのに、守れない。守られてばかりの僕。

そして、いくつかの事件を経てなのはが管理局入りしてからも、当時の僕がそんな事をうじうじと悩んでいる間に、彼女は空から墜ちかけた。

最初は、彼女の無事を喜んでいた僕だったけど、他の情報が集まってくるうちにそんな喜びはどこかへ吹き飛んで消え散った。

なのはを庇って、一人の少年が大怪我を負った。

しかも、一旦心停止までしたそうで、病院に担ぎ込まれてからも昏睡状態で、目を覚ますかどうかも分からないのだという。

けど、幸いなことに、彼は事件から三日で目を覚ましてくれた。

僕は、すぐにでも彼の安否を確認しに行こうとした。

だけど、心が委縮して、足が竦んで、なのはに頼んで病院へと行く決心をするまでに、三日もかかってしまった。

怖かった。なのはの疲労や悩みのことも聞いて、彼が大怪我を負ったのは、僕が自分の責任やなのはから逃げ続けていたせいなんじゃないかって、そう思ってしまったから。

だから、あのお見舞いの日から数年が経って、クロノに誘われてセイゴも含めた三人一緒に食事に行った時に、なのはとの出会いの話が話題に上がって。

いろいろ話して、食事会もお開きになって、クロノと別れてセイゴと二人で家路を進んでいた途中、いろいろ話したせいか、なのはに対する後ろめたい気持ちが再燃して僕の心の許容量を突破してしまって、あの怪我は僕のせいだったのかもしれないなんて、そう弱音をこぼした。

僕の独白を目を細めて聞いていた彼は、少しだけ考えるように時間を取ってから、呆れたように肩を竦めた。





「それって、俺の人生とか高町の人生とかの舵を、ユーノくんが握ってるってこと? ……随分と自意識過剰で傲慢な事を考えてるのな。俺みたいで親近感わくよ」

「え……」

俺みたい、ってどういう意味?と、そう聞きたかったけれど、それよりも先に言葉を口にされて、タイミングを逸してしまう。

「……まあいいや。もし俺と高町との出会いがキミに関係あるって言うなら、あの時のことはキミに感謝したいくらいなんだ」

目を剥く僕に、セイゴは淡々と説明した。

彼のお母さんである、マコトさんの死のこと。

マコトさんのことが原因で、父であるジェッソさんと仲違いをしていたこと。

なのはと出会い、そして彼女を庇って大怪我したことで、結果的にとは言えジェッソさんと和解することが出来たのだということ。

「ロクでもないことしか無かったわけじゃなくて、あいつと出会ったことでプラスに向いたことだってあったよ。キミが高町を魔法の世界に引きずり込んだせいで俺が怪我をしたって言うのも、確かに一つのモノの見方だろうけど……。あの怪我がなきゃ、俺は今でも親父とは分かりあって無かったわけじゃん?」

高町自身がどう思ってるかなんて知らないけど、いいとか悪いとか、人によって受け取り方は違うわけだから、一々気にしない方がいいよ。

そう言ってセイゴは、小さく苦笑した。

「それに、人が人に影響を与えるのなんて当前のことだしさ。それでも何かが気になるなら、その出会いで悪くなった所じゃなくて、よくなった所を探してみなよ。フェイトさんと高町が無二の親友になってるのって、キミとの出会いのおかげじゃない?」








彼のその言葉に、あの時の僕はどれほど救われただろう。

単純な上に、馬鹿だとは思う。あんな悩みを誰かに相談して、それを否定されなかったからって安心してしまっている自分は。

そもそも、根本的になのはと向き合って何かが解決したってわけでもないのに。

けど、僕のあんな醜い告白を聞いて、それでも苦笑一つにあの言葉だけでそれを受け入れて、その上助言までくれた彼は、僕にとってあの場での救いで、友人だった。

さっき、僕があの食事会の日のことを話題に出した時に、はぐらかすように僕の黒歴史を口にした彼の態度からしても、今でも変わらず大切な友人だ。

まあ、彼の性格からして無意識でって可能性の方が高いと思うけど。

だから、そう言う彼がいてくれたから、少しだけ今は前向きでいることが出来ている。

今でも僕は、しつこいって分かっているけれど、なのはをこの世界に引きずり込んでしまった事に、負い目を感じてしまっている。

なのは自身がその事を何一つ気にしていないことも、セイゴの言うとおり、これがとんでもなく傲慢な自意識過剰だっていう見解の事も分かっていて、まだ女々しくもそう思ってしまっている。

ただ、それでも、その事に悩むだけでなにも行動しない自分にだけは、絶対にならないようにって、そう言う気持ちは手に入れていた。

あの頃のように、状況に流されて他人を巻き込むような失敗を、二度としたいとは思えないから。

例えまた、僕の行動が誰かの人生に影響を与えてしまうとしても、それは全て自分の意思だったって、逃げること無くそう言いたいから。

だけど、まだ何一つとして気持ちの先の結果を見ることが出来ていないくせに、なのはと正面から向き合うような勇気は、僕の中にはまだ無かった。

きっと僕は、なのはのことを好いている。

けれど、少なくとも、今の心の内を整理しないまま、彼女の前に立つことだけは出来ないと思った。

「って、これもまた、言い訳かな」

苦笑して、本音を考える。

本当は、分かっているんだ。

僕のことを、友達だと思ってくれているってだけで身に余る光栄だけど、なのははきっと、僕のことを友達以上に見てはくれない。

だって、今までいろいろな表情のなのはを見て来たけれど、少しも遠慮の見えない、子供のように無邪気な笑顔を見せていたのは、本当に特定の場面でだけだったから。

だから、ベクトルがどの方向に向いているかは知れないけれど、なのはが友達以上の感情を有しているのは────

そこまで考えて、また苦笑する。

「……さて、午後からももう一頑張りしないとね」

セイゴのために調べなければならない事が、まだある。

彼には────大事な友人の彼には生きていて欲しいから、彼が生き残るために本当に必要なことの手伝いなら、僕は喜んで手を貸そう。

そう思いを確かめながら、僕は休憩室の椅子から立ち上がった。

「本当になのはにとって優良物件なのは、一体誰なんだろうね」

どう思う、セイゴ?

そんな独り言は、虚空に溶けて誰にも届かなかった。
































2010年11月9日投稿


四十話でしたー。

もうちょっと暇な時間が欲しい今日この頃です。
次のお話は、今月中に出せるかなぁ、と言ったところでしょうか。
なんの話をどう先に出そうか迷っている最中ですので、そのあたりの事で遅れる可能性はありますが……。
申し訳ありませんが、気長にお待ちいただければ幸いです。



2010年11月11日 大幅加筆「ユーノ・スクライアの追憶」追加


予想よりも書きやすかったためか、ユーノくんのエピソードをなんとか書き終えましたので、投稿しておきます。
次も素早く書き終える事が出来ればとは思いますが……。



[9553] 第四十一話-彼と彼女の事情-
Name: りゅうと◆352da930 ID:f08fd12f
Date: 2011/02/28 23:49
介入結果その二十九 高町なのはの────





目の前に倒れ伏しているのは彼だった。

周囲は光の恩恵なんて微塵も感じさえ無いほどの暗闇で、にもかかわらず彼だけが私の眼に映っている。

なぜ倒れているのか。

ここはどこなのか。

普段ならばそんな風に、考えなければならないことなんていくつもあったはずなのに、倒れ伏す彼が全身血まみれだったという事実が、それらの全てを吹き飛ばしていた。

私は、転んだみたいに駆け出して、そのまま彼の傍にしゃがみ込んだ。

うつ伏せだった彼を仰向けに起こし、それからゆっくりと彼の体を抱え抱く。

それに反応して、彼が薄く目を開けて掠れた声を出した。

「……だれ、だ?」

体位を動かしたせいでうめいた彼の小さく開いた口の端から、コポリと音をたてて赤い粘液が溢れだす。

それだけで震えが止まらない。

だって、彼の口から溢れているそれは、紛れもなく彼の命そのものだ。

彼の命が、今この瞬間にすらなんの慈悲も得られずに零れ落ちていく。

口からだけで無い、尋常でない量の『それ』が、彼のボロボロになった灰色のBJすら染めて全身真っ赤なせいで、傷がどこにあるのかすら分からないほど彼の体から流れ出ているというのに、それでも『それ』は止まっていない。

彼の体を、頭を、どんなにこの両腕で抱きしめても、何一つ私の腕の中に留まらない。

嫌だった。

こんなものは、こんな展開は、こんな彼の姿は見たくなんて無かった。

けれど彼は、目の前でこんなにもどうしようもなく、少しずつ命を失っていっている。

だから、混乱と緊張でぐちゃぐちゃになった頭で、治療用の魔法を使おうとレイジングハートを起動しようとして────レイジングハートがどこにもいない事に気付く。

なぜ────と考えて、どこかに落としたのかと思い、辺りを見回した。

けれど周りはどこまでも闇。

見えるものは、自分の体と彼の体だけ。

こんなところで、探し物が出来るわけがない。

仮にもし出来たとして、見つけるまで彼の命が保つなんて思えない。

レイジングハートの補助無しの魔法で、こんな大怪我を治すなんて、出来るわけがないのに……。

その上こんな、万全の状態で魔法を使えたとしても助けられるかどうか分からない状態の彼を前にしたら、例え補助無しで魔法を発動できたとして、きっと焼け石に水なんて言葉すら滑稽なくらいの効果しか生まれない。

助けたいのに、その手が無い。

何とかしたいのに、方法が無い。

肝心なところで、彼を救えない。

魔法は奇跡の結晶なんかじゃないんだって、そう言う認識の事を彼に聞かされた日に、誓ったはずだったのに。

どれだけ魔法に万能感を見ても、それだけじゃ決してどうしようもないこともあるんだから、そのどうしようもない事が現実にならないように、いつだって油断も驕りも無く戦場では在ろうって、そう決めていたはずなのに。

そして、『そう』出来ていたはずなのに。

なのに彼は、私の知らない場所で怪我をして。

私の知らないうちにこんなにも瀕死になってしまっていた。

「せ……くん……っ」

嫌だった。

「……ぁ? たか、まち……?」

私の嗚咽交じりの呼びかけに反応する彼の弱りきった声も。

「────わる……い。も、あんまし……。め、みえね……」

もう、自分が駄目だって悟りきっているような、その落ち着いた様子も。

「……、たか、まち……」

「な、なにっ。どうしたのっ!」

「おれ、いなくな……ても」

「────え?」

「あんまし、なくな、よ……?」

────絶句した。

絶句して、そして────

「い、いや……ぁ。そんなことば、ききたくないよぅ……」

泣きそうだった。

けど、せーくんはそんな私に弱弱しく苦笑するだけ。

「わがまま、いうな……て。がきじゃ、あるま……ごぷっ」

「せーくんッッ!」

血を吐き続ける彼を見て、もう、どこかで彼の生存を諦めている自分がいることも、その全てが、嫌だった。

私は間に合わなかった。

他の誰も間に合わない。

私は助けを求めるように、水中で必死に水をかきわけるような気持ちで、彼の手をまさぐり、握りしめた。

それに反応するように、彼が私の手を握り返して、それに安心して少しだけほっとして、次の瞬間には、腕の中の彼の体から、ふ……と力が抜けた。

握り返してくれたと思った手は、そのまま力無く重力に引かれてだらりと垂れて、私の手から逃げるようにするりと落ちた。

それは、彼の命が、あまりにもあっけなく幕切れたサインに他ならなかった。

少しだけ開けられていた瞳は、もうなにも映してはいない。

さっきまで小さくだけど上下していた胸は、もう動いていない。

現実感なんて、全く伴わない。

私は、彼の手をもう一度つかんで、けれどうまく持ち上がらなくて取り落とし、それをまたつかもうとして取り落とし、そしてまたつかもうとして……やめた。

気持ちに、黒々とした何かがちらつく。

徐々に浸食するように、足元からなのか、彼に触れている場所からなのか、私の中に浸透してくるその認識を、拒絶しようとして、絶対に認めまいとして、それでも認めてしまっている自分をなんとか殺そうとして────

絶対に侵して欲しくない領域までもが、膨れ上がる絶望感に圧迫されて私は────絶叫した。

もう息もしていない、心臓が鼓動を刻んでもいない、彼の体を軋むほどに抱き締めて。

肺の中の全ての息を吐きつくすように、喉を焼き尽くすような咆哮を、無意味に上げた。

そうして、

「────────っっっ!?」

ベッドに突っ伏して、すーすーと寝息を立てるフェイトちゃんの横で、夢から飛び起きた。






























介入結果その三十 ティアナ・ランスターの受講





いつも通りの夜練の時間。演習場の一角でスバルたちを別の場所に追いやってから、彼は私に言い放った。

「さて、今日からキミに近接戦闘について教えることと相成りました、誠吾・プレマシー准空尉です。どうぞよろしく」

「はい。よろしくお願いします」

私が敬語で返事をすると、彼はそれに少しだけ嫌そうな表情をして、けれどそのまま言葉を続ける。

「で、まあ。キミが俺に近接戦について多少なりとも効果的な何かを習いたいのだというわけで、まあ教導係に積極的に関わっている人なんかにしてみれば、色々と訓練前の心構えなんかを説いてあげたりするんでしょうが……まあ、俺からはそう言うの別に無いネ」

「……ないんですか?」

偉そうに腕を組んでふんぞり返りながら言った彼に、慣れていない敬語で突っ込んだ。

敬語については、一時的なものとは言え指導官と教え子という立場に身を置く事になるからと、それならきちんとけじめはつけるべきだと私が提案した事だ。

私の突っ込みに、彼はうんうんと大仰に頷いてまた口を開く。

「うん、ない」

だって、体験の伴わない教訓は、身になんてつきゃしないからね。と、彼はあっさりと言う。

「強いて言うなら、攻撃を加えるのも、攻撃を避けるのも、頭で考えてからじゃ遅いから、その辺の事を一つずつなんとかしてイコー。と言う感じなんだが……。こんなん口で言っても分かるわけが無いので、やっぱり事前に言う事は無い」

そして、教える方針は決めてあるから、その方針に文句があるなら、逐一文句をつけてくれ。そんときゃ一緒に解決策を考えよう。高町さんも交えてね。と、緊張感とは無縁の笑顔を浮かべてから、

「あ、とりあえず、怪我は無しで行こうな。高町さんに無意味に怒られんの、俺嫌だし」

「……まあ、怪我は私も嫌ですけど」

身も蓋も無い言いように、ホントにいつでも変わらないなこの人はと呆れかえる私だったけど、別に彼は教導官と言うわけでもないし、私が無理を言ってこういうことをしてもらっているわけだから、態度の事にまでケチをつけるような気にはなれなかった。

どうせ彼は、ひとたび訓練に入ったら、表面上はふざけた態度で、でも内心は真剣に私を指導してくれるんだろうって、いい加減に読めるくらいには付き合いも長くなりつつあるから。

「ま、そんなわけでとりあえず、今日からしばらく、ティアには二つの事をしてもらおうと思ってます」

そう言って彼は、右手の人差し指を立てて私の前にかざした。

「一つ目。全く反撃しない俺に、ひたすら攻撃し続ける事。二つ目。俺の攻撃を、全くの反撃なくひたすら避ける事。この二つ」

意味は────まあお前なら大体分かってるだろうけど、と前置いて、彼は腕を組んでから口を開く。

「もったいぶっても仕方ないからさらりと言うと、ティアさんの得意な距離とか、得意な挙動とか、その他諸々のお前のデータを、俺が把握するために。って感じかな。他にも理由はあるんだけど……」

ま、それはもうチョイ先の段階に入ってから説明するよ。と言って、彼はデバイスを起動させた。

展開されるバリアジャケット。肩にとりつけられたホルダーに収納されているファントムが、堰を切ったように騒ぎ出す。

以前までの夜練でもあった、いつもの流れ。

まるでテンプレートのように繰り出される一人と一体の会話を、私がいつも通りに関わり合いになるのを避けつつ見守ろうとしていると、怒濤の勢いで言葉を繰り出すファントムに、彼は笑っているとも怒っているともとれるような微妙な表情を向けた。

「ファントムくん。いい加減に空気を読んで黙ってくれるくらいになってくれないと、銃口から醤油が発射できるようになる機構をとりつける用意があるんだけど、どうする?」

『あ、はい。すいませんした』

耳に引っかかる程度の小さな音声で、クロスミラージュが”なんとおそろしい……”と、微妙にノリのいい合いの手を入れていたような気がするけれど、私が目の前の主従とわりと頻繁に一緒に居すぎたせいで、変な影響でも出てきているのだろか。今後ちょっと気をつけよう。ファントムみたいになられても困る。

と、ファントムとの話をつけ終わったらしい彼は、私の方を見て言った。

「じゃあ、ダガーモードでいらっしゃいませこんにちはだな。……とりあえず、俺全力で避けるから、当たらなくても怒んないでネ」

「……悔しいですけど、最近のあなたとシグナム副隊長のあれを見ていれば、そんな気にはなりません」

「あ、そう? でもまあ────」

結局。最終目標は、俺を倒すことなんだけども。

ま、ティアならどうとでもなるでしょ。と、彼は────セイゴ・プレマシーは、自嘲したような笑顔で、あまりにもあっさりと、そう言った。

その言葉も、その評価も、私にとっていいものであるはずなのに、彼の表情を見て、私は何とも言えない苦々しい気分になる。

気持ちの余裕が出来て来たおかげなのか、最近気になり始めたのだけど、なぜ彼はこんなにも簡単に、自分の力は部下にも劣ると口に出来るのだろうか。

以前の私なら────いや、例え今の私でも、例え部下の方が自分より優れた技能の持ち主だとして、それをそのまま素直に認める気には、きっとなれない。

他人の優れた部分に負けている事を認めたく無くて、だからそういう彼らに負けないために、無茶だと分かって無謀な努力を自分に課した。

そんな風にプライドが高いから、以前のような、なのはさんとのすれ違いが起きたのだろうし、それは少しずつでも直していきたいと思っている事でもあったんだから。

だから、そう言う感情を制御出来ているからさっきみたいな事を言っているんだろう彼を、私も少しは見習うべきであるはずなのに、そんな気には全然なれない。

むしろ、なぜかは分からないけれど、絶対に見習いたくないとすら思っている自分がいて────なんだか、混乱している。

「じゃ、ティア。そういうことで、よろしくお願いします。武器を構えて」

「────え。あ、はいっ!」

思考を遮られる形になって少し焦りながら、私はクロスミラージュのダガーモードを起動させて、攻撃の構えを取った。

同時に、事前に説明された、デバイスプログラムを応用した即席のギプスが両手足に展開されて、動きが思い切り鈍るのを感じる。

いろいろ考える事はあるのだけど、さっきの気持ちも、その他の感情も、今できる事を一つ一つ積み上げて、いつか理解できるようになれればと最近は思えるようになった。

焦るだけじゃ、周りにも自分にも、いいことなんてないってことを、ようやく分かれたと思うから。

だから、心も、体も、成長できるよう、今は目の前の課題に集中しようと思う。

あからさまに隙を見せてこちらの攻撃を誘っている、今日からの師匠を見て心中苦笑しながら、私は一歩を踏み出した。






























夜。

フェイトさんと交代で高町の看病を終えた俺は、日課の夜練に顔を出していた。

いつも通りに準備運動からの体力作りを経てから、ここ最近の定番となっているティアの相手を始めることに。

例の近接戦の指導云々のアレである事は言うまでも無いが、今してるのは自分の体の動かし方をそれなりに感じとってもらおうって感じのあれ。

最初から全てを手取り足取り教えなくてはならないかもとも思っていたが、基本的な体捌きは高町の教導でとっくに自分なりに身につけていたらしく、一通り見てもその辺は問題なさそうだったので訓練終わりに、「勤勉だな流石ティアきんべん」とか言ったら「うっさいバカ上司」と顔を逸らして蔑まれた。鬱だ。

まあそんな話はともかく、体捌きの課題はとりあえず動きの最適化の手前までの手順を省略出来たので儲けものである。

「────っ!」

「うおっ」

横薙ぎに全力で振りぬかれるダガーモードのクロスミラージュが俺の右側頭部を狙っているのに気付き、身を屈めて一歩ティアの方に踏み出して剣閃を潜り、ついでに銃剣を握る右手首を左手でひっつかんでから右足でティアがこちらに踏み込んできていた足をすくい上げ、そのまま力を加えて地面に押し倒した。

「────っぐ!?」

「あ、ワリー。つい」

「……っ、ぐっ。い、え。大丈夫、です……」

苦しげに答えて来たので慌てて拘束を外し、悪いなともう一度謝罪しながら引っ張り起こす。

右肩に提がったファントムがその諸々の行為にギャーギャーと面倒くさい小言を並べたてるが、全て無視して黙れと一蹴。静かにさせてティアと向き合った。

「それじゃあ、今のでちょうど10本だったから、一人反省会兼休憩な。俺に反撃された状況を全部思い出して、原因挙げてレポート提出……って、何度も言ってるから分かるか」

「はい、問題ありません」

真面目な表情で答えるティアに、俺は「あー……」と歯切れ悪く切りだした。

「なあ、やっぱり敬語無しにしないか? お前に丁寧に接されると、どうにも調子が狂うというかなんというか……」

「嫌です。けじめはきちんとつけたいので」

取り付く島もなく切り捨てて、ティアは両手足首と腹部についている拘束用のバインドを解除してからその場にしゃがんで、クロスミラージュにさっきの映像を出させてそれをガン見し始めた。反省点の洗い出しである。

それ見てため息吐きながら、ああ、これが俺に敬語を使われている時の高町とかの気持ちかー、と俺が敬語を使っていることの周囲への効果を身をもって実感した。

いやー、結構きついなーこれ。きついからこのまま続ける方向で行くしかないね仕方ないねとか思いながら、集中するティアの向かいに座り込んで視線を周りへと向けると、少し離れた場所で石灰で書かれた半径2m程の円の内側で、愛槍を振り回してスバルに全力で連続攻撃しているエリ坊と、それを全力で回避だけしているスバルが目に入る。

そーいえばあいつらも、既に随分と堂に入ってきてるなーと感心した。

なんか知らんが俺がティアに稽古をつけるという噂を聞いてあの二人とそれにキャロ嬢まで俺に近接戦の教えを乞うてきたのだが、影分身の術が出来るわけもない俺が何人も同時に対戦訓練できるわけ無いので、余裕がないから今のところは無理だと断った結果、あいつら俺がシグナムさんとやってるあの見切りの訓練を勝手にアレンジして自分たちでやり始めたのだった。

まあ詳しい説明は省くけど要するに、あの円から出ちゃいけない、回避側は攻撃しちゃいけない、攻撃側は常に全力でって言うルール以外は特にはなんらかの取り決めも無いエンドレス組み手的な何かだそうだ。ちなみに魔法は使用可。

けど、言ってる事はアレだけどやってみると驚くほど難しいからねアレ。特にオリジナル設定のあの円から出ちゃいけないってとことか、回避側からすると随分な苦行だと思うんだ。

今でこそあの二人もそれなりに演舞みたいなこと出来てるけど、始めた当初は槍の二振りとか拳の二連撃くらいが避けきれなくて、あんなに長く続いちゃいなかったから。

まあ、あれだけ避けられるようになって、ようやくスタートラインと言うか、俺が今シグナムさんから学びとろうとしている事はあの演舞から更に3ステップくらい向こう側というか。

あの方法があいつらにとってベストかどうかは知らないが────と言うか分からなかったのだが、今の動き見てると成長してるなぁとは思うので、高町も暗黙で了認していることもあるし、良かったのかねぇとは思う。

でも、あいつらならもっとさくっと効率的な訓練法とかありそうな気がするよね。

あいつらの吸収力からして、俺がティアに合格点出す頃には多分俺と余裕で打ち合えるくらいになってそうだし。

さっき俺が思わずティア相手に本気を出したのだって、そうしなきゃいけないと反射神経的にそう思ったからだ。

ティアの訓練は、段階で言えば二つ目くらいの所にはもう突入していて、今やっているのは相手の動きを頭に入れながら、自分の体をいかに効果的に動かすかって訓練になる。

基本的に俺の体は、メンタルが戦闘モードの時は攻撃に自動的に反応して無意識で防御もしくは反撃するくらいのことは出来るように────要するに今スバルたちがやってる段階の二つくらい向こうな感じの無意識を刷り込まれてるわけだが、つまりそれは反撃に本気になったならその一撃はそれだけの価値ある一撃だったということだ。

見てから考えて避けてたら間に合わないことのほうが多いからね実戦は。瞬時に勝手に判断できる脳を作っておくべきそうすべき。

しかしまあ、教師の真似事を始めてまだ数日。だというのにこの成長のしようは、こっちから見て驚嘆の一言よな。

とか何とか思いながら呆けてたら、録画映像からの考察を終えたらしいティアが俺の腰のあたりを凝視してたのでなんだよと首を傾げると、休憩中だからか「そういえば、あんたあの剣は?」とタメ口で聞かれたのでああシャーリーのトコと返事する。

「シャーリーさんの? 何かあったの?」

「いや、ゼストさん戦の時に無茶しすぎたせいか、刃毀れに罅にと不良債権のオンパレードでな。修理っぽいアレに出した」

「修理? 自己修復機能は?」

「あー、言い方が悪かったな。刀身の剛性上げるために魔力の割当比率を変えてもらってんだよ。だけどBJの方の強度も出来る限り維持しときたいから、俺の素人に毛が生えたような知識じゃ流石に無理でな。確かシャーリーが言うには具体的にはデバイスでの魔力の効率的運用性ってのがなんとかって────」

「ちょ、ちょっと待って。今説明されても私にだってそんな専門的なこと分かんないわよ」

ああ、そう言えばメンテは自分でしてたって聞いてたから分かるかと思ったけど、別にデバイスマイスターってわけでも無かったよねこの子。

俺が「すまん、つい」と苦笑いで謝ると、「べつにいいけど……」とため息吐かれた。

「ていうかあの刀剣、ミッドじゃあまり見ないわよね。なんて剣だったかしら……」

「ん? 日本刀」

「……ニホントウ?」

二本も無いじゃない……あれ、ニホンってもしかして地球の日本のこと?とか聞かれ、おうそれそれと返答する。

「どうしてわざわざその剣なの? 管理局だと、シグナム副隊長みたいな片刃剣の方がメジャーよね?」

「ふん。大衆に迎合するなど私には許容できなかった(キリッ」

「ふーん。で、ホントのところは?」

「なんかさ。最近のティアってば、高町とか八神よりよっぽど俺の扱いがうまくなってるよね」

「あんたと同じようなテンションのやつが相棒なんだもの。耐性くらいついてるわよ」

「スバルさんカワイソス」

ふざけたテンションの俺と比べられて同レベルと思われてるとか……。

スバル・ナカジマは犠牲になったのだ……。俺の悪ふざけの犠牲。その犠牲にな……。

とか思ってた所でスバルたちが休憩中の俺たちに気付いたのかこちらにやってきて「何やってるの?」とか聞いてきたのでスバルが可哀想って話をしていました(キリッって言ったら「えええっ!? なんでっ!?」とか詰め寄られたので笑顔でなんででしょうねと疑問文で返してから数分ほどからかった。ティアは呆れ顔で俺を見ていたが、なにも言わなかった。

それから程よいと思ったところでスバルたちが来るまでのまでの会話の流れを説明したらセイゴさんの意地悪ーっ!とBJ着てたから手加減する気もなかったのか、リボルバーナックル付きの右手を振り下ろしてきたので、それをひょいっと紙一重でかわしながら左手で手刀を作ってスバルの喉に突き付けてティアの方を見た。

「ほらティア。これが理想的な近接戦のカウンターだ。見切りの体への叩き込みは今の訓練が一段落したらになるけど、一応の参考として考察でもしといてくれ」

「なるほど。タメになるわ」

「私ダシにされてるっ!?」

わーん! エリオー、セイゴさんがいじめるーっ! とエリ坊に抱きついて慰めてもらおうとしているスバルだった。情けない奴だ、男とは言え自分よりも五つも年下相手に助けを求めるとは。

「セイゴ、やりすぎ。スバルさんが可哀想だよ」

「そうか? まあエリ坊が言うならそうだよな。ゴメンスバル」

「エリオの言う事には素直なの!?」

なんでっ!? っと困惑するスバルに、いや、仕方ないよと答える。

「エリオさんマジパネェっすから。な、エリ坊」

「うん。僕マジパネェからね。……意味はよく分からないけど」

それでも乗って来てくれるあたりこいつも本当にかわいい奴だと思う。マジで俺の心のオアシス。

「なんかいつのまにか二人の間に謎の絆が生まれてる! 怖いよティアーっ!」

「まあ、仲がいいことはいいことでしょ」

さっきのスバル相手の俺のカウンターの映像を確認してたティアにまであっさりと切り捨てられて、スバルががーんとか言ってからうわーん!とティアに抱きついた。

それを「ちょっ、離せ馬鹿スバルっ!」と押し返してるティアと、「見捨てないでティアーっ!」と涙目で懇願するスバルを横目に、あれ、コレ俺ここにいたら面倒ごとに巻き込まれるんじゃね? とか思ったのでそれを回避しようと思い立つ。

で、二人のじゃれあいを「あはは……」と苦笑して見ていたエリ坊に、「なあ、今暇だし立会いの相手してやろうか」と聞いたところ、「え。ティアナさんたちの事、放っていくの?」と聞かれ「何を言うか、友人同士の肉体言語を邪魔するものではない。むしろ邪魔してはいけない。犬に噛まれるから」とか適当なこと言ってエリ坊を納得させてから、

「そう……? じゃあ、全力で行くね!」

「よかろう。存分にかかってくるがよい」

とかいう会話をしてからその場を離れた。

後ろでティアが、「ちょっと! あんたの蒔いた種なんだから何とかして行けーっ!」とか叫んでいたような気がしないでもなかったが、さっきも言ったように彼らの友情に口を出す気はなかったので聞かなかったことにした。

エリ坊といろいろやりあったあとで様子を見に行ったら、ずーんて感じの反省モードのスバルを正座させてたこっちはこっちでくたびれた様相を全身に滲ませているティアが、恨めしそうな顔で「よくも見捨ててくれたわね……」とこちらを睨んできたので、や、たまにはスキンシップでも取ってあげればいいじゃない。友人でしょ? とか言ったら「ふざけんなーっ!」とのお言葉と共に怒られた。

で、なぜかお詫びに今度新人全員連れて買い物に付き合っていろいろ奢れとか言う約束をさせられたんだが、さて、一体なんでだろうね?

で、それから更にもう少しそれぞれ自主トレやって、片付けとかあるのでじゃあまたあとでとエリ坊たちを見送ったあと、なぜかまだ隣に残っていたティアが、ところでさっきの話の続きなんだけどと切り出された。

「前から思ってたんだけど、なんであんたって刀とか日本語とかそんなに地球のことに詳しいの? なのはさん達の影響?」

そんなわきゃない。だって俺のあの武器、高町たちに出会う前からアレだから。

作るのすげー大変だったけどね。大量にそれに関する資料集めたり、デバイスマイスターに協力してもらったり。

ていうか、もしかしてなんだが。

「ティアには、言ってなかったっけ?」

「なにをよ?」

「俺の亡き母は、地球の日本出身だという話」

「……あー。そう言えばエリオにあだ名つけてた時に、そんな事言ってたわね」

で、俺の母が死んでるって言う情報から来た若干の気まずい空気を誤魔化したかったのか知らんけど、目を逸らしながらあの時は全然興味無かったから忘れてたわ、と言われてなんかちょっと微妙に傷つくよね、とか思ったけどまあ俺も高町相手に同じように興味無いとか言ってた事あるから人のこと言えない。

「エリ坊たちにはこないだの休みに墓参り行ったときに、スバルには戦闘機人の話を聞いたときにちょっと話したんだけどな」

「そういえば、あんたは聞いたんだっけ。スバルの体のこと」

「あー、まあ。あれだけ色々ヒントばら撒かれたらさすがに気付くよね」

ちなみに、俺がティアが戦闘機人の事知ってるってのは、あの時ついでにスバルに聞かされて知ったっていう裏事情。

で、頭かきながらなに言っていいか分かんなくなって気まずげになってたんだが、それに苦笑したティアが「あんたがそんな風に他人に気を遣ってるの、すごく似合わないんだけど」とか言ってきたので余計な御世話だと文句言う感じに。

まあ、そんな風に会話してたら、

「あの子、今度エリオたちにも告白する気みたいよ」

とか教えてくれたので、そっかー、と一言。

まあ、俺なんかに教えといてエリ坊とかキャロ嬢に教えないなんてこたァあり得ないと思うので、頑張って暴露話をしてあげてほしいと思うよね。

と言うわけで、いろんな意味で頑張るはずのあいつに一つだけアドバイスを間接的に送っておこうと思うので、ならまあ、そうなった時に隣にお前がいたなら、一つだけ伝言をお頼み申すと頼んでみた。

「いや、どうして私なのよ。自分で言えばいいじゃない」

「えー。理由は無いけどやだ」

「……。……で、なに?」

今のセリフの前半の辺りに発生した『間』に、物凄い葛藤が含まれていたような気がするが、俺は無視してさらっと言う。

「話する前に、深呼吸して力を抜いた方がいい」

話始めに舌噛まないようになー。と笑ったら、ティアがポカンとしてから渋面を崩した。

「ふふ、そうね。スバルならやりかねないわ」

「だろ? そりゃいくらなんでも締まらんよね」

とか笑いながら言うと、分かったとティアが頷いた。

「それに関しては、言っとく。少し口を挟むタイミングが難しそうだけど……なんとかなるでしょ」

「うん。早すぎると滑稽だし、遅すぎると空気読めてないみたいになるだろうし……まあ難しいよね」

しかしそこに気付くとは……やはり天才か……。とか思いがならしみじみした感じを演出しつつ、会話の片手間にやってた片付けが終わったので、やんなきゃいけない事もあるし、そろそろ戻るかとか思いながら背中を伸ばして思い切り伸びをした時だった。

「────ところで、あんた」

「ん? どうした」

話しかけられてティアの方を見ると、こいつは細めた眼を俺に向けていた。

ナニゴトデスカ私の眉間に(ryとか思いながら、実際に少々戸惑ってはいたのでそのあたりを変に隠さずにどうかしたかと首を傾げると、こいつは細めていた目をさっと逸らして首を振った。

「……ん。ううん。なんでもない」

「なんだよ。変な奴だな」

「大丈夫よ。あんたほどじゃない」

こいつの毒舌も磨きがかかりすぎて、他人を一撃でノックアウトしそうなレベルだよね。

「ま、変どうこうについては、否定できないけどな」

それはそれで納得いかないなーとか思いながら、

「じゃ、体冷やさないうちにシャワーでも浴びて着替えとけよ。高町みたいに風邪ひくぞ」

「それは分かったけど。あんたは?」

「俺も浴びるけど、お前たちと違ってこっちはこれからお仕事だ」

さらっと言うと、ああと言う感じに納得した表情を浮かべるティア。

「今日一日休んでたから、その分取り返そうってこと?」

「あー。それもあるんだが……」

「だが?」

小首を傾げるティアに、俺はため息をついた。

「俺、引き受けた以上は、仕事は最後までやり遂げる派なんだよね」

「……だから?」

「だから、庶務の人たちとザフィーラさんに、ドタキャンのお詫びとかしに行かないと」

いくら部隊長のお願いの延長線でのドタキャンとはいえ、その辺はきちんとした謝罪が必要だろう。

「それに、看病の方も、いよいよ大詰めと言うかなんというか」

そんな風にポロリとこぼすと、ティアは謝罪の件についての俺の意見に納得していた表情を、また疑問符に変えた。

「なのはさんの看病って、フェイトさんと交代したんじゃないの?」

なのに、まだなにかすることが? と聞いてくるティアに、今度は肩を竦めて苦笑する俺だった。

まあ、別に俺がこの後、直接的に高町を看病することは、まず無い。

熱も下がっていたし、寝苦しさも無くなっていたようだったし、随分と体調は整ってきた方だろう。

そこにフェイトさんがついてるわけだから、もう俺の出番なんぞあるわけがない。

だから俺がこのあと手をつけるのは、ただの事後処理みたいなモンだ。

当たれば儲け、外れりゃ俺がちょっと損するってくらいの、そんぐらいのアレだ。

まあ、コトのついでにそのくらいするくらい、どうってことは無いだろうとか思いながら、俺は隣を歩くティアの問いを適当に誤魔化しつつ、とりあえず訓練場を後にすることに。

そう言えば、引き受けた仕事は最後までと言えば、最近前の職場の連中からの連絡がぱったり無くなったなぁと思う。

ちょっと前までは、何かにつけて俺が抜けていろいろと不透明になってしまった業務の事でいろいろと質問されたり助言を求められたりしてたというのに。

けど、こういう連絡が無いってのは、もうそろそろ俺が必要無いくらいには職場も落ち着いたってことなのだろうから、いいことなのだろうね。

少々寂しい気がしないでもないが。

と、そんな感じの事を思いながら思い出す。

そう言えば、結果的に放って行く形になってしまった俺担当の新人の一人、チビポニテ(命名俺)は元気だろうか。

初めて会った時から、激しく動転しやすいわドジは踏みやすいわでいろいろと心配な奴だったからなぁ。

高町との再会を果たしたあの日の夜に、課を移動するという事象に伴って、必然的に指導担当を下りるって連絡を、まあみんなもう知ってるんだろうがとか思いながら担当してた新人たちに入れてたんだが、あいつだけ通信に出た瞬間から滅茶苦茶泣きそうな顔してたからなぁ。

まあ、ようやく俺の指導にいっぱいいっぱいながらも慣れてきた頃に、いきなり指導官変わりまーすなんて話したら、誰だって嫌になるだろうが。

「まあ、あいつも元気にやってたらいいよなぁ」

「? なんの話よ」

「ああ、いや。なんでもない」

独り言に反応して質問してきたティアにそんな風に返しながら、少しだけ懐かしい気分に浸っている俺なのだった。






























介入結果その三十一  高町なのはの回顧






────あなたにとって、魔法って何ですか?



彼のリンカーコアの異常を知って、彼が苦しんでいるのを知った当時の私は、そんな質問をしてどうしたかったのかなんて、少しも分かっていなかった。

生きがいだと断言されて、自分の罪悪感にもっと鞭打ちたかったのかもしれない。

あるいはそれで、泣いて喚いて許しを請いたかったのかもしれない。

けれど、そんな曖昧で漠然とした妙な思いを抱えていたあの時の私にあの頃の彼が向けた答えは、私の予想とは違うそれ。

魔法は、使い手によって持つ意味を変える、道具のようなもの。

何も特別なことは無くて、場合によっては人の命を奪うことも出来る、意思の無いただ単純な力。

私の質問が広義に解釈できるようなものだったせいで彼が私に示したその認識は、聞きたかった答えなんかじゃ全然なかったのに、その答えよりも私の心の土台を根本から揺るがすようなものだった。

確かにそこにあったはずの地面を、奪い取られたような気がした。

私にとっての魔法は、そうじゃない。

もっと万能感に溢れた、誰かを────私を────簡単に救いだせる奇跡の力。

それが、私にとっての魔法。

だからこそ、わざとなんかじゃ絶対に無いとしても、その奇跡を彼から奪い取ってしまった私は、どれだけなじられたとしても反論の一つだって出来ないって、そう思ってた。

なのに彼は、そんな私の心配なんて最初から存在していないみたいに、口にした。

魔法は力。

無くても自分は構わない。

そんな自分の主張を平然と言える彼がなにを思っているのか分からなくて────怖くなった。

私は、魔法に関わりだしてから、誰かに必要とされることが増えた。

自分でなければできないことができた。

自分がたくさんの英雄譚をなしえた。

いろんな人を助けて、たくさんの笑顔を守れた。

それと同時に自分に向けられる、嫉妬とかの数多くの怖い視線もあったけど、得たものの方が多かったからそれほど苦ではなかった。

救えなかった人も少なからずいたし、守れなかった笑顔もあった。今思えば、せーくんだってその一人だ。

けれど、魔法があれば、私は人に必要とされ続けると思っていた。

だって、頼ってくれるから。

私にしかできないことで、みんなが私を頼ってくれていたから。

自分は、それら全てに応えられたから。

応えられるようにする努力を、それこそ死ぬ気で重ねてきたから。

私の求める、誰もが笑顔の世界に居る人は、私の力で守れると思っていたから。

努力のしすぎで軋む体は重かったけれど、みんなの笑顔が私を支えてくれる。

そんな風に、私から見て周りの全てが順風満帆だった頃だった。彼と出会ったのは。

丁寧な敬語で、他人との間に意識的に壁を作っていた彼は、それでも無意識で人に優しかった。

そして、私を全く必要とはしてくれなかった。

越えるべき壁。としてなら見ていてくれたようだったけど、それ以外の面では彼は、最初から私には興味がないようだった。

喋りかければ答えてくれるし、遊びに誘えば渋々だけれどついてきてくれる。

けど、それだけ。

私が求めなければ、彼は必要以上に私と喋ろうとする気持ちすらない。

むしろ、どこか私から逃げているような素振りすらあって、当時とんでもなく負けず嫌いだった私は、そんな彼の態度に反発して、絶対に仲良くなってみせるんだってそんな風に思っていた。

そんな私をよそに、ロロナさんとはたくさんお話ししているのを見て、負けたくないって嫉妬を抱いたこともある。

そしてそれは、いろいろあって彼が私を庇って空から落ちてからも変わらなかった。

そう、変わらなかった。

私と違って、魔法なんかなくても確固たる自分を持っていたらしい彼は、自分の信じる我を通して私達にリンカーコアのことを隠して、そうして自分からいろいろな絆を断ち切ろうとした。

隊内で蔑まれるかもしれないのに、退院してから突然不真面目になった。

ロロナさんに嫌われるかもしれないのに、任務で手を抜くようになった。

自分の居場所がなくなるかもしれないのに、リンカーコアのことを隠し続けた。

信じられなかった。

そんな事は到底、自分には出来ないことだったから。

もし私が彼と同じような状況で魔法の行使が困難になったとしたら、とても正気を保って他人を思える自信はなかった。

魔法と言うものを通して自己を主張していた私は、魔法がなければ周りの人に見向きもされないと思い込んでいたから。

そんなこと、友達でいてくれるみんなに失礼なことでしかなかったのに、そう妄信していたから。

魔法は、万能の力だと思っていた。

だから、魔法を使うたびに途方もなく痛むはずのリンカーコアを抱えて、それでも私たちがそのことを知らないようにして、わざと自分から離れて行くように仕向けている彼が。

今まで隠れた努力を重ねて手にしていたはずの力を、魔法とは何かと聞いたその場で即座に無くてもいい武器と断ぜられる彼が、理解できなくて、怖かった。

身も凍るような寒気がして、いままでの自分とこれからの未来像を全て否定されているような気がした。

それに堪えきれなくて、質問したその場は逃げ出してしまった。

だって、自分が壊れてしまうんじゃないかと思ったから。

ユーノくんと出会って、魔法を知ってから積み重ねてきた自分の全てが、崩れて消え去ってしまいそうな気がしてしまったから。

けれど、あの場から逃げだして、それから帰りの道中も家に辿りついてからも悩み続けていて、自分が守りたいものっていったい何だったんだろうって思ってしまった。

自分の周りに居てくれる人?

自分が守れる綺麗な世界?

自分のいてもいい大好きな居場所?

仮にそれらが私の守りたいものだとして、こんなにまで悩んで、大切にしまいこんで、腫れものに触るように扱わなくちゃ壊れてしまいそうに思ってしまうものに、この先の未来で残る何かがあるのかって、疑問に思ってしまった。

互いに想い合っていて、みんなが守りたいって思える本当に大事な絆は、その程度で壊れたりしないんじゃないかって思ってしまった。

だから彼の思っている事が気になって気になって仕方が無くなった。

せーくんの中にある彼の持論は、私の中に今まで無かったものだらけだったから。

そして、彼の中のそれらに触れた私は、その度になんだかとても新鮮な気持ちになれていたから。

だから、私が求めさえすれば、彼は今まで私に見えていなかった景色をあっさりと目の前に広げて、この汚泥みたいに心の奥底で渦巻く嫌で嫌で仕方がない不安を、別のものにしてくれるのかもしれないって、そう思った。

そう思ったから、彼に私の思いをぶつけて、それを真っ向から受け止めて、その上で答えを返して欲しいって、そんな気持ちが生まれてしまった。

彼との間にあったいろいろが原因で心に混乱をきたした私の不安は、大きくなりすぎてもう自分一人では抱え切れないくらいになってしまっていたから。

すぐに彼に連絡を取った。

そして、今まで誰にもした事が無いくらいに、自分の気持ちを彼に叩きつけた。

当時の彼はまだ生真面目で不器用だったから、話をはぐらかすなんてことはせずにそれら全てを根気よく聞いて、その一つ一つに答えをくれた。

お互いの主張はどこまでも平行線だったけれど、それでも放りだすことはせずに私とお話をしてくれた。

だから、彼の思い通りにならない私の主張を聞いても、変な妥協はせずに真剣にお話してくれた彼が、とても大切になった。

きっと彼のあの行為は、私だけに向けられるものじゃないのに。

仕方ないなって苦笑いの表情も、口にする皮肉の中に見え隠れする分かりにくい優しさも、他の人にも普通に向けられるものだって分かってるのに。

そしてその彼が、私の事を思って離れようとしてくれていたって言うのに。

それでもなお私は、彼から離れたくなかった。

離れて欲しいと思われているのだとしても、あの皮肉屋な彼との出会いは、きっと私の素敵な友達たちと会った時のように、一期一会だって思ったから。

失っちゃいけないって、失いたくないって、そう思った。

けれど、なにも言わなければ、なにもしなければ、彼は離れて行ってしまう。

他の親友たちと彼は、根本から違う。

彼は、自分が私から離れて行くのが最善だと思っているから。

そして、どんな状況だろうと、本当に大事な決意を安易に捻じ曲げるような人じゃないから。

魔法を持っているだけでも、魔法の努力を重ねているだけでも、それを必要としていない彼はきっと私から離れていってしまう。

声を出して一緒に居て欲しいって言い続けないと、いつの間にかいなくなってしまいそうな、そんな確信があった。

だからかもしれない。

今になっても、私が勇気を振り絞ってわがままを言うような相手に、彼がなっているのは。

私がほぼ唯一、自分の気持ちに正直にわがままを言い続ける相手、誠吾・プレマシーくん。

心はきっと、全然通い合わせられていないのに、フェイトちゃんたち相手よりもずっとわがままを言っている相手。

彼のおかげで私はきっと、魔法に頼り切った成長をしないで済んだ。

魔法だけが私の絆じゃないんだって、気付かされたから。

魔法が無くなったって、私が今まで見つけて来た絆は切れない。

少なくとも彼は、私に魔法が無くなったってきっとなにも変わらないから。

だって私の予想通りに、私が魔法をいくら上手に扱っても、彼は昔と何も変わらない。

一緒に仕事をする時は、仲間の一人として接してくれていたようだけど、それだけ。

必要だから力を貸してほしいなんて特別なお願いを彼から言ってくる事は一度も無くて、それは少しだけ悲しかったけれど、同時に少し安心した。

けど、それはきっといけないことだった。

今日、何度も状況を自分の中で整理してみようという気持ちで思い返してみて、素直にそう思う。

彼が変わらなかったから、私は彼に甘えた。

そして、つい先日のような、彼が傷つく事件が起きた。

ようやく熱が下がり、ついさっき悪夢から跳び起きた私は、ようやく涙の止まった目元を気にしながら、窓越しに星の輝く空を見上げて、昼に寝過ぎて妙に冴えた頭でそんな事を考えていた。

あの、生々しくてリアルな夢は、ここ最近抱えていた彼への気持ちが形になったものだと思って、すごく陰鬱な気持ちになる。

彼は今までも散々私のせいで傷ついたのに、これからもそうさせてしまうのかと思うと、自分が嫌になった。

そういう気持ちが、一つの形になって現れたのが、さっきの夢だと思う。

それなのに、それでもなお彼と離れたくない。

もっと彼にわがままを言いたいと思っている自分が、もっと嫌だった。

って、いろいろ考えた末の答えが、また同じような所に戻ってしまったことに気付いて、目を伏せた。

実は今日一日、意識をとり戻す度に、ぼんやりとした頭で昨日彼に言われたヴィヴィオとの関係のことを考えていた。

それは、少しでも早くあの子の事を自分の中で確定させたかったからだけど、熱のせいで意識が混濁していたせいか、どうしてもそれ以外ことも頭の中に混ざって来てしまって、結局ヴィヴィオとは全く関係無いなにかしらの懺悔が最終到達地点になってしまう。

その度不安になって、彼に手を繋ぐことをせがんでいたことを思い出して、また自分が嫌になった。

そして、さっきの夢。

さっきの夢から起きてからというもの、今までのこんがらがった頭の中が、さらに顕著にぐちゃぐちゃになったように思う。

幸い、飛び起きた時に絶叫はしなかったせいかフェイトちゃんを起こすことは無かったけれど、それでも、うなされていたせいですごく乱れていた息は、彼女を起こしてしまうのではと思わせるほどだった。

その上涙が流れて止まらなくて、自分で自分に困ったくらいだ。

さっきまでの自分の醜態を思い出して、かあっと顔が熱くなる。

でも、それでは駄目だと、私は頭を振った。

今はそんな事より考えなくちゃいけない事がいっぱいある。

けれどいくら頭ではヴィヴィオのことをと思っていても、今のごちゃごちゃした状態では答えが出るとは思えなかった。

それなら寝ればいいという人もいるだろうけど、目が冴えすぎて眠れない。

だから、仕方ないよね。と、自分に言い訳して。

お風呂に向かって、汗まみれのパジャマを脱いで軽くシャワーを浴びてから制服へと着替えた。

部屋に戻って洗面台へ行って、シャワーで流して大分マシになったとはいえ、涙でぐしゃぐしゃになっていた顔を洗って最低限の身だしなみを整える。

洗ったせいで濡れていた髪は渇いたタオルで湿り気だけとって、いつものサイドテールに。

今日一日休んでしまったから、書類仕事を少しでも進めて、気分転換でもしよう。

そう思って、ベッドに突っ伏して眠るフェイトちゃんに毛布をかけてから、彼女を起こさないように静かに、私は部屋を後にした。

まだ私は風邪気味だったから、ヴィヴィオはスバルとティアナ達に預かってもらっている。

せーくんはフェイトちゃんが夕方に帰って来たと同時にじゃあ俺はこれでと部屋を去ってしまったので、今頃はエリオの部屋で寝ているんじゃないかな。

と、そう思って誰もいないはずと思い込んでいた隊舎へと向かったら、オフィスで一心不乱にブラインドタッチをしているせーくんを見つけた。

予想外の出来事に私がポカンとしていると、彼が私に気付いて視線をちらりとこっちに向けた。

「……あれ、高町さんじゃあないですか。こんな時間にお仕事とは精が出ますねえ。今日は一日寝てろってお願いしたと思うのに」

「ご、ごめんなさい……」

咄嗟に謝るも、彼の顔を見た途端、さっき見た夢が思い出される。

それが顔に出たりしないよう、必死になって平静を装う。

上手く出来たか自信は無かったけど、彼は手元の作業に夢中でこっちを見ていないから大丈夫みたいだ。

「……というか、どうしてせーくんがここに? もう消灯時間だよ?」

「こんな会話、昨夜にもしましたね」

そんな風に言いながら、今日の分取り戻してるだけですよと、視線をウインドウに向けたまませーくんは言った。

「きょ、今日の分? せーくん、そんなにお仕事しなきゃいけないくらいに書類たまってるの?」

「いや、これはあなたの処理分です。俺の分はもう先ほど全て終えました」

「え、ええっ!?」

驚いて駆け寄ると、せーくんはこちらも見ないまま手を動かして、なのににやりと口の端だけをあげた。

「どうせ、夜寝れなくなればここに来てまた仕事するだろうと思って、先回りして八神部隊長に緊急性の高い、でも俺にも処理できる書類回してもらってみました。……はい、これで終了。っと」

最後のエンターキーを押して、せーくんがふぅとため息を吐きながら、20、30と並列処理していたらしいブラウザを次々落としていく。

相変わらず、独特な方法で信じられないくらいの情報を処理する人だなって、そんな場面でもないのに感心してしまった。

「さて、急ぎの仕事はもう無いですから、あなたも部屋に戻って大人しくしていてください。幸い、あなたにしか処理できない他の仕事は、明日以降の処理でも間に合うと八神部隊長も仰っていましたし」

「せ、せーくんのばかっ! どうしてこんな嫌がらせばっかりするのっ!?」

さっきもユーノくんに私のこと教えて、彼に迷惑かけたでしょっ! と叫ぶと、せーくんは端末のデータの後処理を始めながら、「仕事変わってあげたのに怒られるとは思いませんでした」と苦笑した。

「そもそも、俺がやらなかったら八神部隊長がやるつもりだったみたいですよ? まあ、二日完徹は流石にどうかと思うのでこっちで引き受けましたけど」

「う……」

彼のセリフに、私は言葉を詰まらせる。

はやてちゃんが昨日から書類整理が大変なことを踏まえてこういう事をしたって言うなら、原因の私が言えることなんてない。

私に休めと言ったはやてちゃんが、そのせいで滞るお仕事を放っておくはずがないなんて事、最初から分かっていたんだから。

私が答えに困って黙っていると、せーくんは畳みかけるように言う。

「それに、いいじゃないですか。ユーノくんにだってあなたを心配する権利くらいあるでしょう?」

「そ、それは……。けど、こんな風に迷惑かけていいお話じゃないでしょっ!」

「ユーノくんには、迷惑どころか教えてくれてありがとうってお礼言われたんですけどね」

苦笑しながら言うせーくん。

そんなこと、当たり前だって思う。ユーノくんが、迷惑だからそんな事で連絡しないでなんて言う姿、全然想像できない。

「ま、そこまで言うならすみませんでした。ユーノくんにも、今度菓子折り持って謝りに行かせてもらいますよ」

「……むぅ」

はぐらかされて私が不満げに彼を見ると、せーくんは肩を竦めた。

「その様子じゃ、体調もそう悪くは無いようですね。それなりに看病した甲斐がありました」

「え、あ」

「……? なんですか」

「そ、その……。きょ、今日は、どうもありがとう。……手まで繋いでもらっちゃって」

体調が悪くて心細かった私には、彼のあの行為はとても嬉しかった。

せーくんの手は、大きくて暖かくて、少し不安定になっていた私に安心感を与えてくれた。何だか、昔にお父さんに手を繋いでもらった頃の事を思い出したけれど、あの時とは何となく違う不思議な感触だったとも思う。

「ああ、いいですよ。どうせ今後やることはないでしょうから」

少し気恥ずかしくて俯きながら言ったら、相変わらずこっちも見ずに手元で忙しなく作業をしながら鼻で笑うように言われて、むっとする。

昨夜、私の衣服が乱れていた時もそうだったけど、一応私だって女の子なのに、こうまで意識されていないのは何だか腹が立つ。

昔はもうちょっと、何かしら反応があったような気がするのに。

だから、ほとんど条件反射のように、私は口をとがらせて言った。

「に、握ったままみんなの前で一日過ごしたって、いいんだよ?」

冗談のつもりで言ったのに、淀みなく右往左往していたせーくんの指が、ぴたりとその場に止まる。

あれ? と思いながら彼の様子を観察していると、数秒ほどしてからギギギなんて音がしそうな動きをして、それからまたさっきみたいに指が弾丸タイピングを始める。

な、なんだったんだろう? 動きと違って表情は全然変わらなかったから、なんだか怖かった……。

と、そんな事を思いながら内心びくびくしていると、彼がぽつりと小さくつぶやく。

「……上司命令とか言って、本気でやるつもりじゃないでしょうね?」

「……思わないけど。さ、流石にそんな命令、私だってしないよっ!」

「その言葉、すごく信じたいです」

そう言って、一通りの後処理を終えたらしい彼は椅子から立ち上がり、両手を上げて大きく伸びをした。

それから私の方を見て、私の顔に目を止めて────唐突にすっと目を細める。

彼の不機嫌そうになった表情を見て、うろたえる。

「え、あ、ぅ? ど、どうしたの?」

「その顔……いや、いいです。ちょっと待っててください」

「?」

意味が分からなくて首を傾げると、せーくんはため息一つと一緒に身を翻して給湯室の方へと向かってしまった。

その行動の意味がもっと分からなくてさらに混乱していると、少し経ってから彼が片手に何かを持って戻ってきた。

彼はそれを私に向かって突き出してくる。

「……蒸しタオル?」

突き出された意味が分からなくてもう一度彼の顔を見ると、彼は呆れたようにまたため息を吐いた。

「あなたが自分の容姿にほぼ頓着がない事は重々承知してますけど、泣いた後の目元の処理くらいは、油断しないでやっといた方がいいと思いますよ?」

「────っ!」

まあ、顔は洗ったらしい所は、あなたにしては上出来と言うべきでしょうが。と嫌味まで言われて、私はとっさに手で目元を覆って隠す。

けれど、今更そんなことに意味があるはずが無くて、それ以上どうすればいいか全く分からなくなって。

顔を洗った後に鏡で見て、腫れだってそこまで酷いわけじゃ無かったし、こんな時間に誰かがいるなんて思わなかったから油断してた。

その場で絶句して動けなくなっていると、せーくんはまたため息をついてから丸めた状態だったタオルをパンッと目の前で広げて、それから私の顔に押し付けてきた。

それが少しだけ熱くって、思わず抗議する。

「は、はうっ!? な、なにするのっ!」

「あなたに効くかは知りませんけど、泣いた後に目元が腫れた時は、温めて冷やしてを繰り返すと腫れが引きやすいみたいなことを何かの本で読みました。泣いている時にこすったりしなかったようなのでそこまで腫れているわけではないですし、今は適当に温めてから後で部屋に戻った時にでも冷やしてください」

そんな顔じゃ、俺はともかくフェイトさんが心配しますよと言われて、なんだか気恥かしくなってしまう。

「……あ、あぅ。……ありがとう」

「いえ、別に」

押し付けられたタオルを受け取って気まずげにお礼を言うと、せーくんはふいっと視線ごと体を逆へと向けた。

それが、私が身だしなみを整えるまでこちらを見ないんだっていう彼の気遣いだってことに気付いて、待たせちゃいけないと私は慌てて蒸しタオルを顔にぎゅうと押し付けた。

あてた場所からじんわりと温かさがしみ込んできて、ほんわりとした妙な安心感が胸に広がっていく。

けど、こんな形でせーくんに泣いていたことがばれてしまって、なんだか今度はさっき飛び起きた時とは別の意味で泣きそうだった。

しばらく私がそうして身だしなみを整えて、時間と一緒に冷めてきたタオルを持て余し始めた辺りで、タイミングを見ていたように彼がこちらをちらりと振り返った。

それからこちらに手を伸ばしてきたので、おずおずとタオルを彼に返す。

何か聞かれるかと思ったけれど、彼は無言でまた給湯室へ行ってしまって、何か聞いてくる様子は全くない。

戻って来てからも、私の顔をマジマジと見てから、うん、まあこれなら大丈夫でしょ。と呟いただけだったので、なんだかポカンとしてしまう。

「じゃあ、寮に戻りましょうか」

「え……。う、うん」

消灯して、そのまま廊下へと出て行く。

止まる素振りを欠片も見せないから仕方なくその後を追うと、隊舎を出た辺りで彼が立ち止まってこちらを見た。

「そういえば、聞こう聞こうと思って忘れてた。ヴィヴィオを保護したあの日に、郊外の方で次元震があったらしいな。さっきも資料確認してたんだけど」

「あ、うん。他のみんなには連絡がいってると思うけど、せーくんは倒れちゃってたか、ら……」

そこまで言って、さっきまで散々考えていたせーくんの怪我のことを思い出して、胸が苦しくなった。

その様子を見て、せーくんがまた目を細めた。

しまったと思う。夢の事より気をまわしていなかったから、変に意識が向いてしまった。

どうにか誤魔化さなきゃと焦って、でもそのせいで余計に言葉が出てこない。

どうしようもなくなって、私は思わず俯いた。

そして、それが致命的だって後悔した。

こんな反応をしたら、私が何かを気にしているって丸わかりだ。

せーくんはそう言うことに敏感だから、すぐに察してしまう。

だから、今度こそ問い詰められる────と、そう思っていたのに、

「そっか。そういや寝てたな俺。まあ、極小規模だったみたいだし、六課の管轄外で起きたらしいから陸と仲の悪いここには救援要請来てなかったし、俺たちが気にしても仕方ないか。けど、原因が見つかってないってなるとな……」

大体、陸の部隊が陸と仲悪いってのも、どうかと思うけど。

なんて、彼があまりにもあっけない口調でそんな事を言うから、思わず顔をあげてポカンとしてしまった。それを見て、せーくんは首を傾げた。

「なんだよ。何か言いたいことでも?」

「……今様子が変になった理由、聞かないの?」

「知らん。興味無い。ただまあ、そう言えば高町は他人の怪我を心配するタイプの人間だったなぁとは思った」

嘘吐きって、思った。

またそうやって、また私になにか大事なことを隠すんだねって、思った。

さっきの時点で気付くべきだった。

彼が私の事情に深入りしてこない時は、彼自身が私に深入りして欲しくない事を抱え込んでいる時だって。

リンカーコアの時のそれが、分かりやすいくらいにいい例だった。

「……さっきも今も、分かってて聞かないんだね」

「なんのことか分からん」

嘘だって、言いたかった。

けど、言っても無駄だって分かってる。

それくらい、彼が私と同じくらい自分のわがままを通す人だっていうことは、分かってるから。

「まあ、俺の怪我を無関係のお前が気にするなよ。俺だって局員なんだ、その程度の覚悟はあるよ」

そう言ってせーくんは、また前を向いて歩き始めた。

立ち止まったままその背を見送って、私はまた、彼に気を遣われているって、そう思った。

彼は、私に向かって無関係と言った。状況から見ても無関係なわけはないのにわざわざそんな事を言ったのはきっと、私が彼を六課に無理矢理引っ張り出した原因を作ったことを気にしていることに気付いているからだ。

本当に、自分の蒔いた種が手に負えなくて、泣きそうだった。

自業自得って言葉が、これほど身に染みたことも、そう無い。

この状態は、どうすればいい方向に進むんだろう。

私がせーくんのリンカーコアのことを知っているって言えば、少しは話を聞いてくれるのかな。

「……ううん。それは、ない。か」

そんな事をすれば、きっと彼はもっと私から離れて行く。

いまでさえ掴んでいるのに必死なのに、これ以上遠ざかられたらって思うと、そんな事をする気にはなれなかった。

そんな事を考えていたから、唐突に思った。

けど、それで、私はどうしたいのだろうかと。

彼の身だけを優先して、縛り付けてでも安全な場所に居て欲しいのか。

いつものように、彼が一人で事件に関わっていくのを、どこか遠くで見ているだけになってしまうのか。

それとも────

「なんだか、考えることが……」

気分転換に出てきたのに、それどころか元より荷物が増えたような気分だった。

というより、本当に増えているのだけど。

「……このままじゃあ、ヴィヴィオのことも、せーくんのことも、全部中途半端だ……」

このままでいいわけはない。だけど、次から次へと問題が出てきて、私の頭はパンク寸前だった。

「……今日は、もう休もう」

寝られる気がしないけれど、それでも寝よう。

そして、明日から全力で悩もう。

問題の先送りみたいになってしまっているけれど、今日はもう何を考えてもマイナスな思いしか生まれてこない気がする。

気持ちだけはせめて前を向いていたいから、そんな思いしか生まれてこない時に、考え事はしたくない。

はぁとため息をついて、私はもう一度空を見上げた。

やたらと星の輝く空は、それでもどこまでも漆黒だ。

「向こう側が、なにも見えないなぁ……」

目の前にある空のようにどこまでもなにも見えない未来が、少しだけ恨めしいと思う。

憂鬱な気分で空を見上げていた頭を戻すと、私の立ち止まっている場所からかなり向こうで、せーくんが立ち止まってこちらを見ている事に気付いた。

……あれって、私が部屋に戻るまで見届けないと、またどこかに行きそうだって思われてるってことだよね?

「……信用ないなぁ、私」

こんな時間に仕事をしようとしていたわけだから、彼にこんな風に思われているのは当たり前なのかもしれないけど、でも、はやてちゃんもこういう所はあんまり私の事信用してくれていないし……。

「……頑張ろう」

自分に言い聞かせるように呟いてから、私は小走りでせーくんの所に駆け寄って、一応病み上がりなのに走るのな……。と呆れられるのだった。

うぅ、それでも私、頑張ります……。































2011年1月11日投稿

なんだかもう、すみません。
大変遅くなりまして、申し訳ないです。

とりあえず、この後に高町さん視点が入る予定ですねー。
そこまでいけば、なんとかひと山越えた感じでしょうか。

それではまた、次の更新でお会いしましょう。



2011年1月19日 大幅加筆「高町なのはの回顧」追加

書き終えましたので投稿です。
それではまた。



[9553] 第四十二話-桃色奮起-
Name: りゅうと◆352da930 ID:f08fd12f
Date: 2011/04/20 03:18
肩にフリード乗っけたキャロ嬢と休憩所のベンチで並んでジュース飲んでいる。

そんな現状だった。

まあこんなんいきなり言われてもわけわからんだろうから始まりから今ここまでをさらっと事情説明すると、

「そ、その。お話の練習相手をしてほしくて……」

「ああ、キャロさん告白事件のときの約束のアレか」

って感じで、以前約束した会話の練習台になってくださいって旨を伝えられたものだから、こっちとしても以前のあれのようなオフィスでの告白を度々繰り返されてたら身も心も持たないと思った関係上、是非も無くその申し出にYESを献上つかまつったわけであった。

ちなみに高町の風邪ダウンの翌日の夜練終了後の出来事である。

そういや高町と言えば、俺が看病をフェイトさんに変わった後に、目元の腫れ具合から見て盛大に号泣してたみたいね。

一応今朝、フェイトさんに当たり障りなく昨日はどうでしたかと聞いてみたら、居眠りしちゃって逆になのはに毛布かけられちゃったよ。と恥ずかしそうにあははと笑いながら言われたので、彼女はその辺気付いてなかったみたいね。

だから、いつ泣いてたのかは定かではないんだけれど。

けど、普段よりはよほど休養を取っただろうことで、精神的な負担とプラマイゼロにでもなったのか、動きに若干のぎこちなさは見えるものの病床から復帰して早々、今日も今日とて新人相手にお仕事モードの凛々しい顔付きで指導を授けていた感じではあるのだけれど。

まあ、泣いてた云々だけなら、高町にだって精神不安定になるような時くらいあるだろうよとスルーする所なんだが、それだけじゃ無かったからそうもいかないわけで。

いやはや、失念していた。

俺が怪我した時の話題で取り乱されるまで気付けないなんて、本当に自分が馬鹿で嫌になる。

そりゃ、高町の事だ。程度がどうこう言う話でなく、俺が怪我すりゃそれをあいつが気にかけるなんてこと、少し考えりゃあ分かることだったってのに。

どうせ、自分が俺をここに呼び寄せる口実を作ってしまったから云々かんぬん、とでも思っているのだろう。

それが、あいつが泣いてたことにも繋がってるかもとも邪推したりもする。

まあ、泣いてた事と俺の怪我の事で悩んでいる事に繋がりがあるかどうかは分からないが、とはいえ繋がりがあっても無くても、少なくとも俺がゼストさんに負けた時の事をあいつが気にしているのは事実で。

別に俺としちゃ、あの場で自分がやるべきことをやったってだけのつもりだったんだけどもな。

多分に私情が混じっていたのは否定しないが、でも私情が混じっていたからこそ、あの怪我ほか体の不具合は俺自身の責任だと言っていいだろう。

ただ結局、そんな認識は俺の主観的なものなのであって、高町からすればそう言うことだけに認識が留まらないだろうってのも、確かに配慮の範疇に入れとくべきだったわけで。

尤もあの状況じゃ、配慮したから何か出来たってわけでもないだろうけれど。

でも俺の怪我をあそこまで気にされてしまうってのは、どうも精神衛生的にもよろしくはないよね。

俺的にも、高町的にも。

俺のせいで高町に要らぬストレスを与えて足を引っ張るような真似は、こちらとしても望む所じゃないわけだし。

だって、魔導士にとっては邪魔で邪魔で仕方がないリミッターさんのおかげで同ランクになっているとはいえ……というか、同ランクになっているというのならなおさら、俺の戦力なんかよりも高町の戦力の方がこの隊には必要だろうし。

ただでさえ魔力量が元から多いってのに、魔力の効率的運用プログラムの構築理論にまで手を出して、それでどっかの教授を唸らせるような術式を生みだすようなやつだからね、高町。

それが当時12歳。俺と出会って一年くらい経った頃だったか。

その理論たるや、俺も少しはそっち方面も齧っているとはいえ、正直どれだけ頑張っても届くとは思えないほどに磨きこまれた理論構築だった。

大胆な発想と、豊かな構成力と言うのは、こういう術式の事を言うのかと感心しきりだった覚えがある。

その上そういうのには昔から熱心だったあいつは、俺が過去に学校で教授を手伝った論文とかまで読み漁ったらしく、安全性を考慮した魔法運用についてって論旨について熱心に講義を頼まれたこともある。

その論文ってのは簡単に言うと、魔法が自身の肉体に与える負荷を最大限軽減するプログラムを魔法に組み込む有用性であるとか、出来る限り安全に魔法を運用するために、安全弁のようなものをプログラムの各所に設ける際に、それがどういった場面でどのような効果を上げるのかとか、そう言った事をこと細かに纏めた論文で、教授に付き合って半年ほど理論を詰めてから三徹ほど試行に費やして完成させた、教授俺他数名の力作であった。

こないだ錯乱してエリ坊の前で自分の頭を吹き飛ばそうとした時、あの魔法につけていた安全装置の理論にも、そのあたりは利用されている感じ。

で、まあ、もう出来る限り怪我をしないように努力をしようって高町の態度には心打たれるものがあったし、俺たちの努力の結晶に興味があると言われるのは嬉しいものがあったし、俺の方としても変に遊びに誘われるよりは通信越しにこんな話をしていた方が気楽ではあったから付き合っていたわけだが。

そのせいと言うべきかそのおかげと言うべきか、効果的かつ安全性の高い魔力運用について、あいつの右に出るような奴なんてリアル数えるほどしかいないんじゃないだろうか。

才能と努力をいとも簡単に……と言っていいかは定かじゃないが、その二つを同棲させる魔導士。それが高町なのはである。

俺が神童笑だとしたら、あいつは神童真だった。

んで、今となっちゃ、そんなあいつとあんな俺の間にある差は、歴然としたものへと形を変えている。

俺が一つ誘導弾を作りだすのに10の魔力が必要だとしたら、それを4程度の魔力でやってしまうのが今のあいつだ。

おまけに俺の使う物よりも、安全性はともかく誘導性はかなり高い。

魔力弾一つとってもそれなのに、他にも数え切れないほどの優秀性を内包しているあいつが、なぜ今も空戦Sランクに留まったままなのか、全く理由が分からん位だ。

本人曰く、「燃費が良くなっただけで、魔力が増えたわけでも、戦闘が上手くなったわけでもないからだよ」らしいが。

Aランクにまで抑え込まれた魔力で、Sランク相当の砲撃を苦も無く受け止める人間のセリフとはまるで思えない。

それでも、ファントムのおかげで高町相手にも誘導弾のみでの打ち合いでなら互角くらいにはなれていると思うのだけれども。

閑話休題

そんなわけで、高町は俺なんかよりもよっぽどこの隊には必要なわけなので、さっきの件についてはちょっといろいろ考えなくちゃあならんと思う。

と、まあ。そんな事を考えてる途中で横のキャロ嬢が無言になってる俺を訝ったのか、「どうしましたか……」と声をかけてきてくれたものだから、盛大に思考が明後日の方へすっ飛んで行っているのを自覚した。

高町の件は気をつけておくことにして、話を戻そう。

で、かなり前述にはなるのだが、件のような理由でキャロ嬢の依頼に応えるべく、俺たちは休憩室に場所を移し、適当に缶ジュース奢ってからベンチに座って二人きりで話をする事に。

でも俺としちゃあ、いきなり二人きりはハードルが高すぎるんじゃねーかと思うよね。

ほら、会話とかって二人きりより三人寄った方が盛り上がるし。

女が三人寄ると姦しいとか言う話じゃないが、三人寄れば文殊の知恵とかのことわざとかからしても、円滑なコミュニケーションは三人くらい人がいると楽に出来ると思うんだ。

どんだけ親しい人が相手でも、二人きりだとそこまで話も弾まんし。

だから適当にエリ坊とか呼び出してスリーマンセルで談笑でもしようかと思っていたのだが、キャロ嬢本人にそれじゃあ成長しないから二人きりでお願いしますと頼まれて今の流れ。

別にいいけどさ。俺は。

「んで、それじゃあ差し当たって、一体何の話をしようか」

「……え」

「え」

「キュクルー」

なにこの反応。

なんだろう。まさかお話ししようって勇気を出して誘ってみたまではいいものの、その後の事は特になにも考えてなかったとかそういうオチだろうか。

キャロ嬢らしいと言えばらしいけれども、ちょっちこれは困ったもんだと言わざるを得ない。とか思いながらとりあえずその場凌ぎの代案を口にする俺。

「えっと、じゃあ、なんか俺に聞きたいこととか、そう言うのあるなら答えられる範囲で受け付けるけど」

「あぅ。……きゅ、急に言われても」

「……断じて急ではないとのツッコミ待ちだろうか」

これキャロ嬢から持ちかけて来た会談だよね

むしろ俺の方が急ごしらえでここに来てるというかなんというか。

まあそれはともかく、俺のツッコミを受けてキャロ嬢がわたわたと慌て始めてしまったので、何とも言えない気分になりながらさっさとフォローを入れる。

他のやつらならともかく、キャロ嬢相手にそこまで意地の悪さを発揮するつもりは、俺には無いのだった。

「まあいいや。じゃあ今日は、俺から話題を提供しよう。だから、次からはキャロ嬢がなにかフリートークの題材でも考えてきてくれ」

「ふ、ふりー、とーく。……ですか」

やだなにこの子。肩に乗ってるフリードと一緒になって小首傾げて随分と子供っぽくてかわいらしい。

じゃねーよおい。まさかそこから説明しろってか。

いやいいけどさ。キャロ嬢になら多少の手間は惜しまない。エリ坊と並んで俺の精神安定に一役買ってくれているのだし。

というわけで、フリートークの意味について一通り説明。お題一つについてそれぞれエピソードを語ったりする感じの雑談的な何かだよと説明する。

「例えば、最近嬉しかった事、とか。大事な人との忘れられない思い出、とか」

そんな感じで一つずつ教えていくと、キャロ嬢は「なるほど……」と納得の表情になる。

と、そんな感じで説明終了。

キャロ嬢からの話題振りは、次からのお題ってことにして、今日は俺から話題を一つ提供することにした。

「ところで、こないだ会った俺の親父、覚えてるか」

「はい」

すごく落ち着いた感じの、格好いいおじさんでした。と語るキャロ嬢。

落ちついた感じの、格好いい……

いやまあ、いろいろとツッコミたい所はあるのだが、話が進まないのであえてそこはスルー。

「実はあの親父、一時期常にボディーガード雇ってなきゃいけないくらい超VIPだったことがある」

「あ、そうなんですか へぇー。…………え」

おお、盛大にポカンとしてる。

まあそりゃそうか。この間の出会いでの第一印象からして、そんな殺伐とした雰囲気なんかとは全くの無縁とでもいえそうな見た目と、天然とでもいえそうな能天気さ加減を前面に押し出しているって感じでしたしね。

昔はあの人の研究内容が学者世間では割と注目されていた時期もあって、その研究ってのが学会で発表されると一部の人間には著しく都合が悪いものだったりそうでなかったり。

その研究ってのが、今まで簡単には救えなかった人たちを楽に救えるようにって魔法の基礎理論の開発だったんだけれども。

大人の汚い事情と言うか、そういうモンのせいでいろいろと妨害にあってたらしい。

まあ、俺だって上っ面のことしか知らねーんだけども。

その研究が完成した時点で、これまで様々な方面から進められていた他の研究に、軒並み意味が無くなってしまうとか。

そのせいで、その意味が無くなる研究を支援していたスポンサーたちがいい顔をしないだとか。

研究に意味が無くなって仕事が無くなって、その研究に携わっていた人間たちが、路頭に迷うかもしれないだとか。

それが高じて面倒なことになっているんだとか。まあ、そんな感じの上っ面を、いくつか。

結果的に言えば親父は研究を成功させたし、その研究成果は今だって着実にいろんな人のために使われてるはずだ。

けど結局、当時研究開発プロジェクトの中心人物だった親父への風当たりを弱くするために、開発責任者を増やしたり、病院関係者が各方面に根回ししたり、いろいろと大変だったみたいなんだが。

で、その中の対策の一つで、正式に学会で発表されるまでに誘拐されたりなんなりを防ぐため、または、そう言うことしそうな連中をとっつかまえるために、局から送り込まれる担当だけじゃ心許なかったってんで、フリーの嘱託魔導士雇ってたりしたのだった。

そんなトコまで考えが及んだ所で、キャロ嬢が恐る恐ると言う感じで、

「な、なんでですか?」

とか聞いてきたので、さあ、なんでだろうね?とはぐらかす。

キャロ嬢は、困ったように眦を下げた。

「せ、セイゴさんからお話を振って来たのに、誤魔化さないでほしいです……」

「いや、むしろここで誤魔化さなかったら俺じゃないっぽくね?」

「……否定できないです」

いやそこは否定して欲しいです。

まあ、別にいいんだけどさ。

「と、まあ。こんな感じで、少しずつ会話に慣れていくってことでいいのか?」

「あ、はい。頑張りますっ」

手をぎゅっと握りながら、頬をほんのりと紅潮させて意気込むキャロ嬢だった。気合十分ですNE☆

しかしまあ、俺なんかで役にたてるんだろうか。なんか会話に変な癖つけちまいそうで若干怖いよね。

とか思いつつも、隣で無邪気に笑うこの子を見てると、せめてフェイトさんに気兼ねなく甘えるくらいには会話に慣れさせてあげたいとは思うから不思議である。

と、そんな都合もあって。

後、二、三会話してから帰るかー、なんて思いながら、次の話題はどうしようかねー、なんて思考にふける俺なのだった。

……休憩室の陰から覗く朱の瞳には、まだ気付いていない時分の話。





























ユーノくんに頂いた例のあの資料共を昨日からの暇な時間に読破してみた。

ホントはと言うか本来はと言うか、当初の予定としてはこんなに早く読み終えられるなんて思ってもいなかったんだが。

俺のしてることを他人に悟られないようにエリ坊の部屋で読み進めることは出来ないってのも、勤務中にまとまった時間を取れそうにも無い最近の仕事振りからしても、目を通すだけじゃなくて内容を理解しなければならないってトコからも、読み終わるのに数日はかけることになりそうだと思っていた。

それに加えて、彼の作ってくれた資料の物量は当初の想像通りに大した量で、まあ、あの短期間であの量をあそこまで読みやすく綺麗にまとめてくれたという予想外はあったのだけども。

ただ、高町の看病を押し付けられた関係上、資料の読書にあてられる時間が文字通り目の前に転がっているという展開になったってのは、幸運だったとでもいうのかなんというのか。

でも、面倒事を押し付けて来た八神に結果論で感謝するのはなんだかとてもいやだったので、その辺については頑張って目を逸らしてる次第。

そんなわけで、時折目を覚ましては「手……」と言葉少なにいつもと比べてとんでも無く弱気な要求をしてくる高町に、読んでるものの内容を悟られていやしないかとヒヤヒヤしながらも、せっかく出来た空き時間を無為に過ごすような余裕を最近の生活に見つけることのできなかった俺は、必死になってユーノくん御手製の資料を読み進めた。

その結果。分かりたくも無かったっつーか、目を逸らしていたかったっつーか。そんな感じに都合の悪い現実が少しずつテメェの目の前に広がって来てしまったと言わざるを得ない。

とはいえ、なんの収穫にもならない現実逃避にいつまでも浸っていられるほどに持て余した時間が満ち溢れているわけではさっきも言った通りに全く無いので、さっさと現実に目を向けてみることにした。

俺がここ数年に経験と一緒に積み上げてきた戦法じゃあ、ゼストさんレベルの格上には絶対に勝てねーって現実に。

魔法を構築する時ってのは、その場その場の用途に応じて適した魔法を実力と知識の中から引っ張り出して使うってのが基本だと思う。ってか基本だ。

魔力ってのは、有限で貴重な魔導士にとってのガソリンみたいなモンで、その大事な大事な燃料を、次の瞬間何が起こるか分からないような戦場で取捨選択もせずに無駄にガツガツ使うなんて愚は、基本的に普通の魔導士はおかさない。

雑魚相手だろうがボス相手だろうが、全力で止め刺してそのあと別の敵に奇襲されて全く抵抗できずにブッ倒されましたー、なんて本気でシャレにならん。努力次第で余力を残して勝利できる可能性があるのなら、出来る限りそうするよう努力するべきだと俺は思う。

そういう経験から得た実力は、長い目で見れば任務先で死ぬ可能性を減らすし、残った魔力を別の任務に充てることで、救える人を増やすことだってできるかもしれない。

というわけで、大抵の魔導士は魔力の無駄使いなんてしない。

誰だってそうする。俺だってそうする。高町だって収束砲撃とか以外は見事なまでに節約してる。

いやまあ、俺個人に関しては、魔力の消費を出来るだけ抑えてる理由はそこだけに収まらないんだけども。そこについてはあとで説明するってことで、今は話を進めることにしよう。

で、俺がリンカーコアを壊して以降に相手にしていた連中の傾向は、基本的には見事なまでに格下ばかりだ。

そうなるように、極力気をつけて任務とか日程とか連れていく仲間とかを俺の操作できる権限の範囲で調整していたので、そこは確かに狙い通りではあった。

時々少々手を焼くような同格を相手にすることなんかもあったりはしているが、そんなのはマジで数えるほどだし、そう言う時は大抵仲間連中と一緒に対処に当たってるから特に問題はなかった。

だから、それに合わせて俺の使い込むことになった魔法も戦法も、かなり偏ることになった。

そう言う戦闘を想定した、出来る限り魔力消費を抑え込んだ、高町とかのSランク魔法レベルからすると著しくランクの下がる感じの魔法構築理論が主軸。

恥ずかしいことだが、今のような悩みを抱えることになる場面をつい先日までは全く想定していなかったから、格上を相手にすると想定した場合の魔法を磨く努力はほぼ皆無。

魔法に注ぎ込む燃料をケチりすぎて、Sランクの魔導士を相手にすることをはじめから想定してみると、絶対的に火力不足に陥っているわけだった。

リンカーコア的にはエコロジーだとか省エネだとか言えば聞こえはいいのだろうが、結局はSランク相手にそんな小手先の技術が通じるわけがない。

現に俺の使う魔法じゃあ、ゼストさんの攻撃を防ぎきることも、防御を貫くことも容易じゃなかった。

防御一つにも、発生させるシールドに注ぐ魔力を増やすためにカートリッジを数回ロードし、そこでさらに今まで自分が得て来た経験の全てを駆使して攻撃の受け方を瞬時に決め、それでようやく攻撃を逸らすことが出来る程度。

攻撃に至っては、どれだけカートリッジをロードし、魔力配分の薄いと予測した防御部位に死角から全力での攻撃を加えても効果を見込めなかった。

本来なら、そういう風に足りない分は経験とか知識とかカートリッジとかから補うもんなんだが、ちょっとそういう小手先じゃあ補えないくらいに加える魔力が足りてないという現実。

そもそも普段からそう言う小手先をいじくりまわした戦法ばっか取ってるせいで、カートリッジの消費量が他の局員と比べて半端ないのでこれ以上は俺自身経済的にもどうにもできない範囲だったりする。

魔力消費を増やし、威力の底上げする以外にゼストさんに勝てる道は無い。

それは、ユーノくんのくれた資料からしても大筋で間違っていない。

とまあ、ここまでだったら改善の道も完全に閉ざされるってわけじゃなかった。

だから、これ以降に説明しなきゃならない問題が、俗に言う全ての元凶って呼び方をするものになるのかもしれない。

これまでは、前述したような様子でなるたけ格上と戦わないようにしてたから表面化しなかった問題。

実は、あの怪我を負ってから約8年。あれ以来、ずーっと、延々と、一月にいっぺんくらいの周期で、親父にも内緒で俺個人の単位で細々とした実験を繰り返している。

内容は、いつ、どんな状況で、どのように魔法を使うと、リンカーコアがどれくらい痛むのかってのを検証する実験だ。

昔よりは大分マシになっているとはいえ、それでも俺のリンカーコアは完全に痛みが発生しなくなったわけじゃあもちろんない。

まず、デバイス起動時みたいな、魔力の使い始めは毎度のように痛みがある。

で、使い始めでなくても、時々ランダムで魔法発動時にチクリと痛むこともある。

昔ほどには痛まないってのは割と有益な救いではあるんだが、それでも痛いものは痛い。

他にもそういうシチュエーションってのはいくつかあるんだが、それでもそれは、戦闘に決定的な影響を与えたり、痛みを我慢できなくなるようなレベルのものとなると、かなり少ない。

ただ、少ないってことは中にはそういうレベルに達するようなシチュエーションってのもあってしまうわけで、そういう風な状況に陥ってしまう原因となる魔力の使い方について探るというのが、さっき言った検証実験の目的になる。

その実験の結果、直接戦闘に影響を与えてしまう痛みを発生させてしまう条件が一つ判明している。



────ある一定の量以上の魔力を自力のみで瞬間的に引き出そうとすること。



それを不用意にやってしまうと、ちょっと筆舌に尽くしがたいほどの痛みがリンカーコアを襲う。

これが、俺が出来るだけ格下を相手にしようと尽力していた理由で、格上を相手にした戦闘を想定する上で、最大にして唯一無二と言えるくらいの難題となる巨大な壁だ。

補足になるが、リミッター発動時にはなぜかその魔力上限がさらに低下してしまうことも、ここ数ヶ月で分かっている。

俺が戦闘中に必要に迫られても大威力の魔法を使わないと言うか使えない理由はここにある。

高町たちに出会う以前には、俺にだって大威力の切り札的魔法は存在していた。こないだエリ坊に怒られた時の魔力圧縮弾だってその一つだ。

だけどさっきの痛みの条件を分かりやすく説明すると、高威力の魔法を超高速で発動させようとするとヤバいってことになる。

つまり高威力の魔法を、安易にとか簡単にとかそういう精神論の話でなく使うことが出来ない。

使えばさっきも言った通り、本気で身動きとれなくなるくらいの激痛が俺を襲う。冷や汗が額から背中から滝のように流れ出て、息もまともにできなくなるくらいの激痛。

そのせいで集中が乱されるから、何とも情けなくも魔法は完成の憂き目をみることなく出来損ないの状態で消滅する。

根性でどうにか出来るならそうしたいところだが無理だった。時間をかけて、痛みが引いて行くのを我慢する以外に、症状を緩和する方法を見つけられていない。

リンカーコアから瞬時に引き出す魔力を抑えればいいわけだから、カートリッジを大目に使って補助すればそれなりのことはできる。今まではそれでなんとか騙し騙しやって来た。

大きな魔力を引き出すのだとしても、魔法の発動までの過程にいくつかの強制術式低速処理の術式を組み込んで、先日の超高密度魔力圧縮弾や幻影魔法発動の時のように、魔力の注入に通常の発動の何十倍もの時間をかけるようにすれば大丈夫だ。

そういう抜け道はないことも無い。が、前者は前回の戦闘でゼストさんに見事に粉砕されたし、後者は戦闘中に魔法の発動がもたついていていいわけがなく、見事にこの時点で詰んでいるという悲しみ。

そもそも、後者の低速処理の術式は、それ単体でかなりの集中力を必要とする上、それを組み込んで発動した魔法は余計なノイズが入り混じりすぎてとても安定したものになるとは言い難い。

発動が出来るような時間があるとしても、実戦に投入できるような安定性は見込めない。

尤も、こんな悩みは抱えてるんだけど、怪我した当初よりはよほどマシなんだけどさ。

あの頃は、魔力弾を数発撃っただけで冷や汗を流していたくらいで、それが理由で先輩にかけていた迷惑と押し付けていた責任は、今になっても本当にすまなく思う。

……しかし本当、どうすりゃいいというのだろうか。

無限書庫にある資料ともなれば、その辺の問題とかさらっと解決してくれるような論文もありそうじゃねとか思ったから、言い訳的にもこれはいい機会とユーノくんに頼んでみたのだが、完全に当てが外れたとまでは言わないものの、試すとヤバそうな方法ばかりがちらほらといくつか解決策として残ってしまった感じ。

ユーノくんにあんな風に心配されている手前、あまりその辺の方法については試したいとは思えないんだがなー。痛いのも普通に嫌だし。

しかも何が困るって、俺のリンカーコアのこれ、現代医学的には『異常なし』って判断が出てる所にあるよね。

なにせ一年に一回開催される申し訳程度の健康診断でも、親父と俺が運よく双方暇な時にやる精密検査の時も、全く問題なくその機能を維持してるって診断結果が出てるのだから。

だから最初に俺が魔法使うまで誰にも気付かれずにいたわけだけで、そのおかげで親父たち以外にはバレてねーわけで、そこは良かったと言えば良かったんだろうけれど。

異常があるとすれば、俺が痛みを訴えていることと、事故前まではかなりのペースだった魔力の増加がほぼ見られないということくらいのもので、前者はあくまで俺の自己申告なわけだし、ストレス性の思い込み的な痛みだとか言われたらそれまで。

後者はちょっと特殊だけど成長止まっただけじゃね? と言われたらそれまでなのだ。

つまり、治すべき所がない、もしくは分からないから、俺にうてる手は今の所ない。

分かってることなんて、リンカーコアを使い続けることで痛みが小さくなってきているのかもしれないってことくらいで、それ以外にははっきり言えることなんて無い。

それはそれは見事なまでの八方塞と言うわけで、一体全体俺はこれからどうすりゃいいのよと頭を抱えているというのが、俺の今ぶち当たっている壁の全容であるわけなのだが……

「この見事なまでの不条理の嵐。一体どうすれば乗り越えられると思うよグリフィスくん」

「いや。いきなり意味が分からないんですが……」

「ですよね状態」

キャロ嬢とのお話を終えて数分後、彼女を見送ってそのままその場に残った俺がさっきまでのような悩みについて深く考察している所に丁度グリフィスくんが休憩にやってきたので悩みの過程を全てすっ飛ばして話しかけてみたのだが、何とも言えない空気になってしまった。

苦笑気味のグリフィスくんを適当に茶化して誤魔化しながら、ポケットから煙草を取り出して銜え、立ち上がって灰皿に近付くついでに彼から距離をとって、灰皿近くに備えつけの空気清浄機を作動させた。

ライターでさっと火をつけてから煙を吸い込み、それから空気清浄機に向けて息を吐いていると、グリフィスくんが自販機で買ったらしいジュース缶に口をつけながら言った。

「そういえばセイゴさんて、タバコ吸うんですね」

以前は見かけていなかったのにと言いながら煙の行方を眼鏡越しに追っているグリフィスくんの指摘に、俺はタバコを持つ右手を少し持ち上げながら返す。

「ああ、これ? まあ少々理由もありましてね」

「理由ですか?」

右眉を下げて分からないとでも言いたげなグリフィスくんに、俺は溜息とともに答えた。

「これ吸ってれば、かまって欲しい年頃のガキんちょが、お母様(仮)の忠告聞いて近寄ってこないんよ。……ふ。自分の頭の良さが怖い」

「……あー」

おいなんだその態度。その変に納得した感じの頷きと憐みの視線をこちらへ寄越すのをやめてくださいお願いしますとかやめてーやめてーとふざけてると、

「あ、せーくん。休憩中かな?」

ただいま極めて聞きたく無かった声が聞こえたので休憩スペースの入り口の方を見ると、件のお母様(仮)がいかにも今こっちを見つけましたと言う感じに進行方向への慣性の法則に急に逆らった感じのポーズで立ち止まっていた。

で、俺が銜えてるものに目を止めてから眉根を寄せ、あ、またタバコ吸ってるっ! とか頬を膨らませて不満げに俺の方を指差す高町。

「体に悪いから駄目だよって言ってるのにっ!」

「いいじゃないですかちょっとくらい……」

大体それを言ったら六課内だって吸ってる人それなりにいるじゃん……。ていうか最近マジでいろんな意味でストレス過多だからこれくらいの息抜きは許して下さいお願いします。ついでにヴィヴィオも追い払えるし。

つーかあなたってばこの時間いつもならこんなとこ来ないでしょうよ書類仕事片付けてるせいでとか思ったのでなんで今日に限ってうろついてるんですかと聞いてみると、昨日せーくんが私の書類片付けてくれたおかげで、今日の分ならもう終わらせちゃったのとか言われてがっくり。

つまりこの状況は、俺の善行(笑)が巡り巡って俺の元へ返って来たと言うのだろうか。なんてことだろうと俺は天を仰いだ。

情けは人のためならずなんて諺は、今後絶対に信じない事にしようと思う。巡り巡って返って来たのが善行ではなく仇的な何かだった時点で俺の悲しみはとどまる所を知らない。……いや、確かに微妙に嫌がらせ的な側面もあったけどさ、昨日の書類整理。

と、そんな感じで俺が地球の日本に存在する諺に見当はずれな難癖をつけてると、

「それに、早く部屋に戻ってヴィヴィオの相手をしてあげようと思って」

昨日相手をしてあげられなかった分も、ね? とかはにかんだ感じに微笑しながら言って、グリフィス准尉もお疲れ様とか彼を労いつつ高町が俺に近付いてきたものだからさあ大変。

喫煙中なのにこっちくんなよとか思いつつ、俺はタバコの火種を空気清浄機の方へと追いやった。

高町に副流煙とか吸わせたりしたら、士郎さんとか桃子さんに申し訳が立たないが故の処置だった。

が、申し訳が立たないが故の処置とは言え不満が無いわけではないので、一応露骨に嫌味を言ってみたくなる今日この頃。

「ああ、ちょっと待ったママ。今タバコ吸ってますからあまり近づかない方がいいですよママ。ほら、子持ちの女性は体に気を遣わないとママ」

「……随分と奇怪な語尾ですね」

グリフィスくんのツッコミに心の中でシャラップでお願いしますマジでとか思ってると、高町が不満そうな表情で口を開いた。

「……ねえ、せーくん」

「なんでしょうか」

「もしかして、それを言い訳に私を遠ざけようとしてる?」

高町にしては随分と鋭いもんだと感心するがなにもおかしい所はないなとか思いつつ適当に笑いながら「of course」とか言ったら、「That' s rightじゃなくてof courseってところに悪意を感じるよ……」とか言われたけど気にしない。

しかも無駄に発音がいいし……と落ち込む高町に、まあ悪意しかありませんからねとさらっと言うと、そこは否定してよ……とため息まで吐かれた。

で、ため息ついでにか知らんがずんずんとさらにこっちに接近してきたので、仕方なく慌ててタバコを備え付けの灰皿に押し付けてねじ消す。

こいつ俺が副流煙を自分に吸わせたがってないの見越して体張ってきやがった。なんなんだこの無駄な自己犠牲精神は……。

あーあ、まだ一息しか吸ってねえのにもったいねとか思いつつ、ところで一体どんな御用で俺に近付いてくるんですか高町様とか笑顔でお伺いを立ててみると、様付けと笑顔のコンボが恐ろしかったのか一瞬うっとかうめいてから、「ち、ちょっと、お話がしたくて……?」とか言われたので即行で逃げだそうとしたらバインドかけられた。

なんて無駄のない高速魔法展開だ。ただしこんな場面で俺に使っているという時点でとんでもないレベルの無駄が発生しているのは言うまでも無く、なるほどこれが無駄に洗練された無駄のない無駄な魔法ですね分かりますとか思いながらマジで一体何の御用なんですかとため息混じりに聞いたら、「あ、ぅ……」とかちょっと言い辛そうな仕草を見せたあとにその場凌ぎみたいに何かいいことでも思いついたみたいな表情を浮かべてから、小さな声で「ニックネームっ」とか言い出したのでクエスチョンマーク。

どうせ本題は別だったのを誤魔化してるだけなんだろうなーとか思いながらなんのことかと追加で問うと、なんか知らんが俺がティアのことをティア嬢でなくてティアと呼び始めたこととか、スバルのことをスバ公でなくてスバルと呼び始めた件について小耳に挟んだそうで、それならついでに自分も名前呼びとか駄目だろうかと要望を出しにわざわざいらっしゃったとか言い訳された。

……いや、その理由が仮に本当だったとしたら、そんなことのために仕事の合間を縫って俺を探してるあたり、そんなに名前で呼んで欲しいものだろうかと激しく疑問に思うのだが。

そう言えば六課内でも、高町を名字で呼んでるのは俺以外だとそんなに多くないって点を思い返してみると、何かしら思う所はあるんだろうなあとは思うんだけど、俺的にはなんかもう名前で呼ばないようにするってのはガキの頃からずーっと続いてるよく分からん意地が原因なわけで、どんだけ大人気ないと言われようが名前呼びは拒否の方針だった。

しかしまあ、その手の話題が議題に上がって来ても、ちょっと前と違っていきなり俺の背後に仁王立ちしてから般若顔負けのプレッシャーをばら撒かなくなったってのは、こいつが成長したのかそれともこないだの俺の怪我のこと引きずって俗に言う遠慮ってやつを見せているのか。

前者の理由であるならばむしろ大歓迎と言うかバッチコイと言うかそんな感じなのは言うまでも無いが、後者だったらなんだかちょっと調子狂うなーとか思いつつ、とりあえずニックネームの件についてはグダグダにしてうやむやにするべく会話をすることにした。

「というかあなたは、俺がそんなふわっふわとした理由で呼び方変えると本気で思ってるんですか?」

「えっと……。最近のせーくん、私の相談とかにも乗ってくれたりして、なんだか優しいし……?」

「なぜ疑問形ですか」

つか別に、大して優しくしたわけでもないのにこんな風に期待されても困るんですがと言わざるを得ない。

普段とのちょっとしたギャップくらいで、俺に対して今ならなんでも許してくれるんじゃないかなんて甘い幻想を抱くってならその幻想をぶち壊す。

「だからその……。す、少しくらいは考えてくれるんじゃないかなー、……なんて」

言ってる本人がそもそもそんな妄言を信じていない様子なのは、まさかと思うが俺のツッコミ待ちなのだろうかとか思いながら、でもこれならそんなに苦労もせずに話を逸らせそうでなんだか安心しましたありがとうとか思ったので、窓の外の空を見上げて遠くを見る目をして言う。

「寝言は寝て言うものと、そう思っていた時期が私にもありました」

「ね、寝言じゃないんだけど……」

俺は高町の方に向き直って、にこりと嘲笑って言った。

「高町さん。寝言は寝て言えって言ってるじゃないですかコノヤロー」

「だ、だから寝言じゃない……よ?」

不安そうな表情を浮かべながら小首を傾げる高町に、笑顔を崩して視線を逸らしながら気付かれない程度に小さくため息をついた。

本当、見た目は可憐な女性だからねこいつ。美人は得とはよく言ったものである。

まあ、別にこいつが美人だから態度変えるとかそういうわけじゃないが、少々やり辛いのは事実。

そんな感じでもたもたしてたら、そもそもどうしてティア達の呼び方を変えたの?とか聞かれたものだから、激しく面倒ではあったんだがどうせバインドかけられてるうちは逃げられねーわけだしどうせ逃げても二次被害が酷くなりそうだしで結局しぶしぶ説明することに。

なんか嬢とか公とか子供扱いっぽくてそれが嫌だったらしいですよとかティアの方とスバルの方の理由を適当に混ぜた理由を口にしてみると、私も名字呼びが他人扱いみたいで嫌だよっとか言われてどよーんとした空気を纏うしかない。

それなら俺も仲が良くて馴れ馴れしい雰囲気がなんとも言えない感じです名前呼び。とでも言いたかったのだが、ここでこれ以上落ち込まれてもあれなのでそれは自重する。

「てかもういいじゃないですかメンドクサイ。そもそも今更呼び名変えるとか俺からしてみれば難しいんですよ。なんだかんだ言って8年これですし」

「でも、なのはって呼んでくれるくらいならっ!」

「高町一等空尉を名前呼びするなんてー、私のような底辺局員には荷が重いデース」

「絶対そんなこと思ってないよね……。大体フェイトちゃんのことはフェイトさんって呼んでるし!」

「以前にも言いましたが、それは、苗字が長いからであって他意はないんですけれど」

「うぅ……ああ言えばこう言う……」

そりゃそうだ。俺が高町に勝てるのなんて口くらいのものなんだから。とか思いながら追撃の言葉攻め続行。

「ならあれだ。あなたも名字を長くすればよろしいのでは? 例えばほら……────高町・ファイナルビッグバン・エターナルフォースブリザード・なのはとか」

「本当に長いよっ!?」

というかそんなのどうすればいいのっ!? とか聞いてきたので、ツッコム所がそこだけなのかーとか思いながら、いい加減窮屈だった故にかけられたバインドにハッキングをかけながら言った。

「知らねっすよ。まあどうしてもってなら、ファイナルビッグバンさんとか、エターナルフォースブリザードさんとかと養子縁組するとか? けどそんなことしたら、士郎さんたちさぞ悲しむでしょうねえ」

「うーっ。せーくんがいじめる……」

「知りませんよ────と。馬鹿なことを言ってるうちに」

「え。────あ」

パキンという音と共に、腕ごと俺を拘束していたバインドを解除する。

まさか俺がそんな事をするとは思っていなかったのか、グリフィスくんも高町もキョトンとしていたが、別にそんな事は知ったこっちゃないので、とりあえず結構喋って喉渇いたしと自販機で缶コーヒーを購入した。

で、何か言いたそうな微妙な表情になっている高町の方に向き直ったところで、高町に部隊長様からのお呼び出しコールがかかった。

内容の方はなんか知らんが業務連絡的なもののようで、こんな時間にわざわざ呼び出すくらいだからなんか重要案件なのかねえとか思ったんだが、

『せやから、誠吾くんと愛の語らい中のとこ悪いんやけど、部隊長室まで来てくれんかな?』

とかニヤニヤしながらくっだらないこと言い出したので多分別に大した案件じゃないなと自己完結。とかしてる俺の横で高町が「あ、あい……?」とか言いながら肩を縮こまらせつつ軽く俯いて、ほんのりと頬を染めているのがなんとも不気味だと言わざるを得ない。

俺としては長年職場の女性陣とかにいじられていた関係上、この程度の軽口くらい右から左にスルーするのが当然だったので大丈夫だったのだが、高町の方はVIP待遇的なもののせいなのか、この手の話に耐性が無いらしく妙な反応だった。

普通こんな反応示されたらまさか自分好かれてるんじゃね?とか思うのかもしれないが、俺とすれば今更そんな勘違いは起こすだけ疲れるだけなので最初から無しってことで可能性は排除の方向。

なんと言っても高町ってのは、思わせぶりな態度をとらせたら天下一品。グランプリとかあったらぶっちぎりで優勝とか狙えそうな奴だからね。

それにこいつがそんなつもりじゃねーのは、まあ、うん、いろいろあったよね……。どうせ高町は覚えてないんだろうけどさ……。

ただまあ、このまま放置して自分のせいでもないのに追加で八神にいじられるのは癪だったので持ち前のスルースキルを活用して流すことにした。

「だそうですよ高町さん。部隊長もお忙しいでしょうし、早めに行ってあげた方がよろしいのでは?」

『……誠吾くん、さっきのセリフ一応ツッコミ待ちなんやけど』

「愛なんかねーよこのバカヤローが」

『敬語やめてまうほど嫌なん!?』

「あ、すみませんつい」

あまりのあれっぷりについつい敬語で無くなってしまったことについて即座に謝罪してから、落ちつけ落ち着くんだこのバカヤローとか自分に言い聞かせてると、敬語でなくなるのは別にええけど、こういう時だけ敬語やめるのはやめてっとか八神が騒ぎ出したが知らん。

むしろ今まで似たようなネタで散々いじって来てくれた中の一人が、なぜ俺が嫌じゃないと思ったのかとか詳しく聞きたい気持ちでいっぱいだったわけだが、その辺の追及をする前に、いつの間にか不機嫌になってた高町から不満たっぷりの指摘が入った。

「……なんだか、すごく体よく追い払われてるような気がするんだけど」

「すごく体よく追い払う口実が出来たのならば使わない手はないですよね」

「せーくんはどうでもいい所で正直すぎるよっ!?」

もうちょっとそういう本音は隠して欲しいの! とか言いながら、高町が俺をばしばし叩いてくる。別に死ぬほど痛いわけじゃないものの、痛いことは痛いので叩いてくる手を適当にいなしながら通信画面越しの上司様に伺いを立てた。

「八神部隊長。お時間の方よろしいんでしょーか?」

『う、うーん。ちょっとまずいかなぁ……?』

「うぅー! せーくんあとでまたお話だからね!」

八神に遠回しな催促をされてから、なんとも恐ろしい宣言をこっちを指差して捨て台詞のように言い置いて、高町は休憩所から駆け去って行った。

それを見送ってから、あとで面倒くさそうだから今夜は端末の電源切って隊舎で寝ようかなとか画策しつつ、結局何をしに来たんだろうか、まあ来た時よりも元気な感じで去ってったから別にいいかとか思いながら缶を開け、コーヒーを口に運んだ。

で、グリフィスくんが微妙に呆けているのに気付いて、声をかける。

「そういえば、さっきからあんまり喋ってないけど、どうかしたの?」

「……あ、いえ。どうにも気後れしてしまって」

「気後れ?」

そいつはどうにも、いつもオフィスでリーダーシップを発揮しているキミには、なんとも似つかわしくない言葉だと思うんだけど。と率直な感想を口にすると、グリフィスくんは困り顔で笑いながら言った。

「セイゴさんは、よく高町一等空尉相手にあれだけ皮肉を言うことが出来ますよね。恐れ多くて僕にはとても……」

「あー、まあ、うん。悪い意味で付き合い長いしねー」

腐れ縁とか悪友とかそういうレベルでなく悪い意味だと思うよねとか思ってたら、

「僕も一応、かなり昔からの知り合いではあるんですけどね」

どちらかと言うと尊敬の対象なものですから、あまりフレンドリーにはなれないんですよ。と苦笑気味に言うグリフィスくん。

そんな彼の言葉に、ああなるほど、そう言えば高町は現在の管理局において生ける伝説的な何かでしたねとか納得しながら、俺の前ではその片鱗的なものをあまりにも少ししか見せてくれないあいつは別の意味で大物ですねとか思いつつ、でもこれ以上高町の話で盛り上がるような気分ではなかったので別な話題での雑談的なものを始めようとする俺なのだった。






























2011年3月1日投稿

お待たせいたしました。
忙しくてあまり筆を進められてはいないのですが、とりあえずキリのいい所まで投稿です。
ではまた次回の更新で。

追記:すみません。私の手違いで記事が上がってしまったようです。
   とりあえず私は無事であることのご報告をさせていただきます。
   ご迷惑をおかけして申し訳ありません。  3月14日


2011年4月20日 大幅加筆

すみません。何度も修正を加えていたら遅くなりました。
ただ、難しい場所は越えたので、次からはもう少し早く投稿したいところです。
ではまた次の更新で



[9553] 第四十三話-連鎖するいろいろ-
Name: りゅうと◆352da930 ID:f08fd12f
Date: 2011/05/15 01:57
介入結果その三十二 高町なのはの休日ver.三年前のとある日





なんの変哲もない、けれど平日には人の出入りが極端に少ないから待ち合わせに最適だって隣にいる友達に勧められたとあるファミレスの一席で、私は待ち合わせの相手と向き合って座っていた。

「と、言うわけで」

そんな言葉を前置きに、紙紐で束ねられた雑誌二冊分ほどの厚さのある手紙や封筒の山をドンと言う音と共に、待ち合わせ相手の少年、誠吾・プレマシーくんが、並べられた料理の間を縫って目の前のテーブルに置いた。

その紙束のうちの一通を躊躇しながら慎重に手にとって、先日の通信から二日振りに顔を合わせた彼に、私は窺うように聞く。

「えっと、これが?」

「ええ。御所望のあれです」

面倒そうな表情で、小さくはぁと息をつきながら、それでも明確に答えてくれるせーくん。

前々から彼やユーノくんに注意を促されていたお話ではあったし、他の男性局員の人たちからも彼たちほどではなくとも似たようなことを聞かされていた。

それに、私自身も自分からこの件に関わって、少しでも事態をよくできるように努めていたから、事態の深刻さを分かっているような気になっていたけれど……。

ここ最近はどうしてかは分からないけれど彼にそういう手紙が送られてくることはなかった。ユーノくんやその他の局員の人からは気をつけるように言われていたのは変わっていなかったけれど、そっちも以前よりは回数もかなり減っていたのに。

なのに、なぜかつい先日、彼の元にまた数通のそういう文章が送られてくるようになった。

「こ、これ本当に全部脅迫状なの……?」

「脅迫状と言うか抗議文と言うか。もしくはあなたへのファンレター?」

詐欺師の人みたいな笑顔と一緒に告げられたその言葉に、私は頬をひくつかせた。

確かにそういうお手紙はいっぱい貰っていて、凄く励みになっているけど、友達に迷惑をかけるようなファンレターはちょっと……と彼に告げると、

「別に手紙だけなら大した迷惑でもないですけどね。それにしても……」

テーブルに肘をついて頬杖をつきながら目の前に置かれた手紙を見て、本当、人気者ですねえ、あなたは。とどうでもよさそうに言ってから、注文したサンドイッチに手を伸ばすせーくん。

その様子は本当に何か悩みがある風ではなくて、本当に脅迫状のことなんか気にしていないみたい。

「内容は歴代の方たちとあんまり変わり映えはしないですねー。なんだかいろいろと書いてあるんですけれど、総じてあなたの隣にお前は相応しくないから消えろ。と言った内容でした」

「む、むー」

そんなこと、全然ないのにと思っていると、サンドイッチをぱくつきながら彼が言った。

「どーします? 俺もその内容には全くもって賛同ですので、もっと明確に距離でもとってみますか?」

そうすれば、こういう人も少しは減るかもしれませんよと聞いてくるせーくんに、私は即断即決でそれは嫌だと拒否をした。

せーくんは、「まあ、分かってましたけどね」と諦め混じりに苦笑した。

「本当、妙な所で頑固な人です」

「ご、ごめんね」

謝る私に、もう慣れましたよとせーくんは肩を竦めた。

以前までなら、こういう場面では必ずと言っていいほどに追加で文句を言っていた彼がこんな風になにも言わないのは、もしかしたら最近の彼の変化に関係あるのかなって思う。

暇を見つけては彼に連絡を取り続けている私だけど、ここ最近の彼の眼に宿っている精気は、どこか私と出会った頃の彼を思い出させていたから。

でも、こういうことがある度に、それを言い訳にして彼が私から離れていこうとしていることを知っている。

だからさっきの確認みたいなやり取りも、彼が最初にこういう手紙を貰ってから、もう何度しているかも分からないくらいに交わしているものになる。

思い返してみれば彼から最初にあった連絡は、「あなたをストーカーするなんて奇特な人がいるみたいなんで、気を付けた方がいいと思いますよ」なんてもの。

でも、セリフの割には普段と違って少しだけ私を心配してくれているような雰囲気があって、とても嬉しく感じたように思う。

あとで聞いた話では、昔から自分のいろいろが原因で狙われることの多かった彼にとっては、緊張感を感じるまでも無いようなレベルのことだったらしいし、ジェッソさんが別の理由で似たような手紙を貰うことも珍しくは無かったから、一応『こういうこと』の先輩風を吹かせて心配しているポーズをとってみただけです。だなんて聞かされたんだけど……。

それでも嬉しかったんだよね。と、隠れて小さく笑みをこぼしていると、

「なのはちゃんへの純粋すぎる愛が、ファンのみんなの中で誠吾くんへの憎しみに変わってしまったんやね。あ、このケーキおいし」

「……ところでなぜお前がここにいる」

せーくんが、私の横でケーキをつつきながら幸せそうな顔で煽るようなことを言っているはやてちゃんに視線を向けた。

はやてちゃんは、せーくんの睨みつけるような視線をさらりと無視しながら、ケーキに向けていた顔を上げてとってもかわいい笑顔を浮かべた。

「あ、えっと、ごめん。せやね。本当なら、なのはちゃんと二人っきりで会いたかったに決まっとるよね?」

「おい、その訳知り顔の近所のおばちゃんみたいな雰囲気やめろ。イラっイラするッ! そもそもここに来るのヴィータさんだったはずだよね!?」

「あ、ごめん、ホンマごめんね。わかっとるんよ、私はわかっとる」

「おい、ちょっと高町さん。ホントなんでこいつ連れて来たんすかホント。つかマジでなんでこいつこんなしっとりした雰囲気出しながらケーキ食べて俺を馬鹿にしてるのホントォォ!」

「わ、わわっ! せーくん落ち着いてっ!」

今すぐ席を立ってはやてちゃんに飛びかかりかねないほどに憤っている様子のせーくんになんとか落ち付いてもらえるよう私が焦って宥めていると、そんな事は気にしてもいないらしいはやてちゃんはいつも通りの自然体でお話を続ける。

「それにしても誠吾くん。随分とバッサリ髪の毛切ったんやね。さっぱりやー。いつものグラサンもしてへんし」

「……チッ」

「そ、そんなに怒らなくてもいいやんかー。さっきのはちょっとしたジョークやのに……」

はやてちゃんがせーくんの舌打ちを怖がる。

彼のこういう仕草がポーズだって言うことを長い付き合いでやっと分かることが出来た身としてはその様子がどこかおかしくて、けれど数年前の自分を重ねて微妙に笑えなかったりもする。

そんな私の複雑と言うのか面倒と言うのか、そういう気持ちに気付くことも無く、せーくんは面倒事をさらりと流そうとする気持ちに従ったらしく簡潔に答えた。

「両方とも邪魔になったから取った」

「取ったって……。髪を?」

「髪と、グラサンを」

「ふぅん?」

ヅラやったん、あれ。っていうはやてちゃんの質問に、別にその認識でも構わないというか本当どうでもいい。なんて言い合っている二人を見ながら、あれ、さっきまで喧嘩してなかったっけと首を傾げるしかない。

ちなみに、せーくんが髪を切ったのもサングラスを外したのも、三週間くらい前のことになる。

理由は噂程度に聞いているけれど、以前の彼と比べると真面目にしているとは言えなかった戦闘訓練を最近、本格的に始めたから。

さっきの言い方からみて明確に説明する気はないみたいだけど、本当に邪魔になったからだと思う。訓練に。

だからそれをはやてちゃんが知らないってことは、二人はここ数週は顔を合わせるようなことはなかったってことかな?

sound onlyでの通信くらいなら、あったのかも知れないけれど。

ただ、髪はともかくサングラスまで今つけていないのはどうしてだろうって思わなくもない。今言っていないってことは、聞いても答えてはくれないだろうけれど。

けど、なんだろう? そもそも二人が直接会ってることなんて、私が知る限り本当に数えるくらいしかないのに、いがみ合っている感じが強いとはいえ、なぜこんなにも息の合った会話が出来るのかな?

もしかして、私の知らない所で連絡を取り合ったりしている? と、そこまで考えた辺りで、二人の会話をもう一度反芻しようとしていたことでさっきのせーくんの言葉遣いを思い出して私は、その中身に強烈な違和感を覚えて────

「あ……れ?」

「ん? どうかしたん、なのはちゃん?」

「なんか知りませんけどまた面倒なこと考えてそうな風情ですね」

私の異変に気付いて、二人がこっちを見た。私は驚愕に見開いているんだと思う目を、せーくんに向けた。

「け、敬語……」

「敬語がどしたん?」

「敬語がなんすか」

「どうしてはやてちゃんに敬語使ってないのっ!?」

思わず立ち上がって、テーブル越しのせーくんの肩を掴んでこちらに引き寄せる。

互いの吐息が感じられるくらいに体を引き寄せて、少し気恥ずかしくはなったけれど、それでも顔が赤くなりそうなのをぐっとこらえてそのままお話を始めようとすると、せーくんが悲鳴のような声を抑えた声音で器用に上げた。

「────ちょっ、近……っ!?」

「ていうか、あれ? その話今更するん?」

「ど、どどどどういうことなのはやてちゃん!?」

彼との距離を保ったまま首だけをはやてちゃんに向けて混乱を隠しきれずに聞くと、彼女は珍しく少し困ったような笑顔を浮かべて、

「えっと、どういうことと言われても……?」

「だ、だからそのっ、せーくんが────!」

「は、話ずる前に俺の首にがげた手を離じでぐれまぜん……? 割と本気でじぬ……!」

「あ、わわっ! ごごごごごごめんなさいっ!」

いつの間にか彼の首を鷲掴みにしていた手を慌てて離し、私はせーくんに平謝りした。

相変わらず、錯乱すると人の命を無意識に狙う怖いお人だと、せーくんは首を撫でながらため息をついて、その言葉に更に恐縮して縮こまると、そう言えばこうなって以降に高町さんの前で八神と会話するのって初めてですから、知っているわけはないですよね。と、せーくんが説明をしてくれた。

「いろいろあって、一月くらい前から、人間的に尊敬できそうにない人に敬語を使うのをやめるようになりましたとさ。ちゃんちゃん」

「わー。前に面と向かって一回言われたことやけど、やっぱりすんごいムカつくねホンマ」

怒っている時の笑顔を浮かべているはやてちゃんと無表情のような笑顔を浮かべているせーくんが、視線で火花を散らしているように見える。

けれど私はそんな二人に気を使う余裕も無くて、間に割り入った。

「い、いろいろってなに?」

「こないだ新しく配属されたトコの部隊長とのいろいろですよ。そのせいで、自分を抑圧して生きることに微妙に疲れたものですから」

友人的に仲がどうなってもいい人相手には、上司だろうがなんだろうがこんな感じにすることにしました。とあっけらかんと言うせーくんに、なんて言えばいいのか分からず、私は絶句した。はやてちゃんは「むー」って不満そうに口をとがらせる。

新しい部隊長さんって、ジェッソさんの言っていた、セイス・クーガーさんって人のことかな?

私を庇ったあの一件から、あんなにいろいろと落ち込んでいたせーくんをたった数ヶ月で立ち直らせてしまった人だって聞いていたから、凄い人なんだろうなとは思っていたけれど。

髪を切ったり、サングラスを外したり、以前のような凛々しい目つきに戻っていたり。

確かに最近の彼の変化はめまぐるしかったけれど、まさかあれほど仕事相手には敬語で接することにこだわっていたはずのせーくんの意思を、こんなにほんの少しの期間で変えてしまうなんて本当、どれだけ凄い人なのか想像もつかない。

でも。な、なんなのかな? この場合、敬語を継続して使われてる私は、一応気にかけてくれてる友達の中に入っているわけだから、いいのかな?

で、でも……

「私、せーくんには、尊敬されるよりも一緒の目線で対等なお友達として見て欲しいな……なんて」

「相も変わらずそんなこっ恥ずかしいことをよくも平然と……」

顔に手を当てながら頭を抱えるような格好になるせーくんに、はやてちゃんがカラカラ笑いかけた。

「まあまあ誠吾くん。それもなのはちゃんのええとこやん」

「……確かに、この荒んだ管理局世間にどっぷりとつかっている割に裏表のない所は、以前から好ましかったですけれどね」

「え、ほ、ホントっ?」

あまりにも珍しいせーくんの褒め言葉に、胸の奥が少しだけふわっとした気持ちに包まれたような気がしたけれど、

「それは今は全く関係ないですけどね」

「うー」

きっぱりと断言して、「そもそも」とその場をし切りなおすように言うせーくん。

「今後もまともに休みを取るかどうか分からないので、なにか直接的な用事があれば今日のうちに済ませようと言うのが八神がこじつけた本日の目的だったはずですが」

だからわざわざ久々の休日にこんな手紙持参でこんなトコまで来てあなた方と昼食共にしてるんでしょうが。と言って、せーくんは机に投げ出されるように置かれていた手紙を一通手に取って、中身を透かすように天井から降る蛍光灯の光に翳した。

「しかし本当、あなたも筋金入りの人気者ですねえ。まるでアイドルの追っかけでもされてるみたいだ」

「そんな可愛い女の子と知り合いやなんて、誠吾くんは本当恵まれてると思わん?」

「そうやってまた話を妙な方へと逸らそうってのは一体どういう魂胆なんだよお前は。と言うかマジで八神は何故こんな所にいるんだ」

「それは簡単な話やね。ヴィータに急な仕事が入ったから、ちょうど暇やった私がなのはちゃんに付いてきただけや」

「おっせーよその一文喋るのに一体どんだけの時間をかけてんだよ見事なまでに俺の注文したサンドイッチがはけちまってんじゃねーかよ」

「むー。口うるさいなぁ。大体さっさと食べ終えたんは誠吾くんの判断やんかー」

そもそもこんな手紙のこともあるし、外出するときは二人以上でってなのはちゃんに注意喚起したのも誠吾くんやん? って勝ち誇った笑顔で言うはやてちゃんに、せーくんが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「いや、俺は頼りになる人と二人以上と言ったのであって、一緒に居てもたいして役に立ちそうにない人を数に含めた覚えはない」

「あーっ! い、言ってはいけないことをっ!?」

というか誰が役に立ちそうにない人やねん! と叫ぶはやてちゃんに、だってお前、近接戦じゃその辺の子供にだって負けかねないだろと呆れたように言うせーくん。

「それを言うたら誠吾くんかてこの件始まってからもう何年も経っとるのに大したこと出来てないやんか!」

「もう何度か襲われてその犯人撃退してるんだけど俺」

「ご、ゴメンね、二人とも。いっぱい迷惑かけちゃって……」

二人の言い合いに申し訳ない気持ちが抑えきれなくなって謝ると、二人がキョトンとしてから苦笑した。

「なのはちゃん、水臭いこと言わんといて」

「別にいいんですよ。あなたの熱狂的な追いかけに狙われ出して早数年。引っ張ったのが4件ほどでしたっけ」

あなた本人に突貫する馬鹿が出てないことが、今の所の救いとは言えるのでしょうかね? とせーくんは首を傾げた。

「にしてもあなたも物好きと言うかなんというか。俺宛の脅迫文をわざわざ読みたいだなんて。しかも今更」

ああでも、逮捕された犯人の所に一人一人面会に行って、一日中話し続けるような勢いでもう二度と似たようなことしないように説得して回るような人だし、物好きは今に始まったことでもないか。とせーくんは楽しそうに笑った。

「あぅ。ごめんなさい……」

「いや、謝られても。てか、あなたを責めるような意図は全くないですし」

「て言うか誠吾くんも、どうしてこんなに綺麗に保存しといたん?」

後生大事に仕舞い込んどく類のものでもないやろ? と聞くはやてちゃんに、あー、と何かを思い出すみたいに目を逸らしてから、せーくんは「一応な」と前置いて言う。

「こんなん通報しても、なにか物理的に起こらない限りはまともに相手にしてもらえる方が珍しくはありますけど、時々真面目に捜査しようとしてくれたりする真面目な人いますからね」

だから別に高町さんに見せるために保存しといたわけじゃないんでその妙な視線を今すぐヤメロと言うせーくんに、はやてちゃんが余計なことを言う前に彼女の口をふさいでから遮るように口を挟む。

「そ、捜査に使うかどうかはともかく! 犯人さんの考えていることも、知っていかなきゃいけないかなって思ったの」

またこんなことになっているわけだし。と言うと、せーくんはすっごく呆れたみたいな表情になってしまった。

「いや、別にあなたが悪いわけでもないし、前から思ってましたけどそこまでやらなくても……」

「えっと、そうなんだけど」

私が困ったように言葉に詰まると、二人がそれを見て視線を交わした。

それからはやてちゃんの方は額に手を当てて、せーくんの方は目頭を揉みほぐすような仕草をして、二人一緒に俯いた。

「「……はぁ」」

「え。なんでため息吐くの?」

「いえ別に。ただなんかもう、高町さんて聖女の生まれ変わりかなんかなんじゃないかって気がしてきてですね……」

「せ、聖女? お、大袈裟だよせーくん」

「大袈裟らしいぞ、八神」

「大袈裟なんかなぁ? 私やったら、そこまでアフターケアしようとは夢にも思わんのやけど」

「そういえば、八神のとこにも何件か来てるんだよな。そういう手紙」

「シグナム達が草の根かき分けてでも犯人捜し出すゆーて、相手にしたらあかんてみんなを落ち着けるの、結構大変やったんよ?」

「それはお疲れ様です。そう言えばフェイトさんにもそういうの届いて、クロノさんが心配してるのを慰めるのが大変だったってユーノくんも言ってたなぁ」

皆さん人気者で大変ですねえ、ホント。と、自嘲するみたいに笑ってから、せーくんは切り替えるように言った。

「さて。それで、今日の用事はこれで終わりでよかったでしたっけ?」

「誠吾くん、分かってて言っとるよね?」

「今だけいい。記憶喪失になりたい」

「誠吾くんは今からなのはちゃんとお買い物っ!」

はやてちゃんの断言に、せーくんがげんなりした表情になる。

「俺の奢りでだろー? 八神さー、確かに金は有り余ってるわけだし別にいいけど、そういうことするから変な手紙来るんじゃね? とか思うんだけど」

「これから忙しくなるって言うてたんやし、一つくらい心労が増えたかてべつにいいやん」

「お前はよほど俺の胃に穴を開けたいと見える。そんなに強くねーから俺の胃壁」

「ご、ごめんね。ごめんね」

やっぱりどこか申し訳なくて謝ると、せーくんは胡散臭そうに私を見た。

「謝るくらいなら、今日俺を帰してくれる気は?」

「それは嫌なのっ!」

分かっちゃいたけど少しくらい悩んでもらえません!? と叫ばれた。

「あなたは本当に謝意と誠意を同居させていただけませんかと訴えたい。謝るだけ謝って事態は悪化させようとするってちょっと本気でシャレになってない」

「ごめんね。それでも、私にも譲れないものはあるんだ」

「なにをキリッとでも擬音が付きそうな表情浮かべてるんですかあなたは。この人素晴らしいくらい話通じねーよマジでヘルプミー」

「さ、誠吾くん。昼食は終わったし、清算して街へと繰り出そうやないか」

「しかもこいつ付いてくる気満々だよ……」

とんとん拍子で話を進めるはやてちゃんに、せーくんががくりと項垂れた。

そんな二人のやり取りはやっぱり距離感が近くて、私もこんな風に彼と接することが出来ればいいのにと思うけど、言うほど簡単なことじゃなくて、今もはやてちゃんの手を借りているのが、少しだけ情けない。

そんな事を考えている私をよそに、言っとくけどお前には何も奢らないからなとはやてちゃんに忠告するせーくんに、あの、やっぱり私、自分の分は自分で払った方がいいんじゃ? と聞くと、

「だめやなのはちゃん! 今日は絶対にいろいろ奢ってもらっていろんな意味で既成事実をやね……はっ」

「策士が矢面に出て来て語るに落ちる場面てのはこういうのを言うんでしょうね」

何だかもう既に疲れ切った様子になっているせーくんだったけど、だったらもういいですよと立ち上がった。

「さっさと行きましょう。本当に時間がもったいないです」

「あ、うん」

「あ、二人ともちょっと待ってーな!」

立ち上がったせーくんが歩きだす。

私はテーブルの上の手紙の山を手早く手元のバッグにしまって、彼のあとを追う。

私たちのあとを、はやてちゃんが慌てて追ってくる。

久しぶりに彼と休みを合わせることが出来た休日。

この日を境に、休日に彼に会うことがほぼできなくなってしまうことを、この日の私はまだ知らない。





























『久々にお前宛の脅迫状が届いたのだが』

六課のオフィスでの事務仕事中。時間が無くて昼飯の大役を与えたカロリーメイトさんを銜えながらかかってきた通信を片手間につなげると、そんな言葉とともに親父の顔がウインドウへと姿を現した。

画面越しの親父は、俺のキョトンとした様子を気にかけることも無く、どう処理すればいいのか分からなくてな、困っているのだが。と、困っているようには全く見えない無表情で言った。

この人はこれがデフォルトなので気にするだけ無駄なのは分かりきっているわけで、ちょっとシグナムさんとの訓練に熱を入れすぎて時間を忘れ書類の締め切りの方がカツカツになってしまった現状、俺は仕事の手を緩めることなく極めていつも通りに返答した。

「いろいろと文句を言いたい場面ではあるんだが最初に言っておこう。俺宛の手紙を勝手に読むな」

『仕方があるまい。差出人の書いていない封書が数十通単位でお前宛となると、脅迫状以外に思い当たる節が無かったのだから』

家に届く郵便は重要なもの以外は暇な時しか目を通さない関係上、たまたま暇になった今日にまとめて整理していたら、おかしな封書を何通も見つけたんだとか。

悪いとは思ったのだがな。と悪びれずに言う親父にまあ確かにとため息をつく。

「……そう言いたくなるのが分かるくらいには、前例が前例だけどさ」

『うむ。ちなみに消印を見るに最初の封書がお前がそちらに出向して数日、あとは週に一度か二度ずつ届いているな。要件的に見て差出人はなのはくんのファン。基本的には同一人物、または同一グループの犯行とみていいだろう。それにしても、随分とこまめなストーカーだ』

「最近不本意にも悪目立ちしちまってるからなぁー。どっかからなにかしらクレームの一つも来るだろうとは思ってたけど、高町さん関連だったか。しかしアレな内容の手紙とはいえ、そこまで熱心に手紙を出し続ける相手を結果的に無視し続ける形になったのはなんだか申し訳ない気がしないでもない」

いろんな意味で叶わぬ恋に手を出している彼らを、せめて俺だけでも相手にしてあげたいと思うのは、相手側にしてみれば迷惑以外の何物でもないのだろうが。

てかマジな話だが、高町と親密な関係になりたいと言うのなら、そんな手紙を俺に出すよりも宛名を高町にして差出人欄に自分の名前書いて友達になりたいですって内容の手紙出す方がよっぽど建設的であると思う。

そんな風に言われれば、あいつは文通の一つや二つくらいは当たり前のようにやると思う。

それから文通を重ねて信頼を得て、誠実な文面でまともな待ち合わせ場所を指定すれば、流石に一人で行くようなことは無いだろうが会うのに時間を割く努力をするんじゃねーかなと思わされるくらいには、高町なのはってのは律儀な子だ。

とはいえ、そこから先は士郎さんとか恭也さんとか高町本人とかいろいろ大変だろうけど頑張ってくださいとしか言えないが。

ただそんな俺の思いとは裏腹に、なぜか俺が襲われたり嫌がらせ受けたりしてるわけなんだが。

『とにかく内容は全て検めさせてもらった。中身は九割方お前への悪口だ。残りの一割はなのはくんへの歪んだ愛についてだな。彼なのか彼らなのかは知らないが、手紙にしたためられた情熱的な文言は一応、一字一句全てを記憶させてもらった』

「その記憶は是非とも数年単位で維持してくれ。そして、やつらがその若気の至りを忘れたころに過去の黒歴史を思い切り突き付けて差し上げる俺の壮大な計画の要になってくださいお願いします」

俺が覚えてるのは苦痛すぎて嫌なのでと言うと、親父は不機嫌そうに表情を顰めた。

『謹んで辞退するわこのバカ息子が。それにしても、この手の嫌がらせも随分と御無沙汰だな。以前に届いたのも年単位で前だったように思うが』

「ここ数年は、俺あんま表で目立つようなことしてなかったもんよ」

ただ最近は数階級特進したり聖王教会関連で引き抜きされたりといろいろあったのでなにがあってもおかしくないなとは思っていた俺だった。

『ところで、なのはくんの方には行ってはいないのか?』

「さあ? 少なくとも俺は聞いてないな。あいつ六課来てから基本的にミッドでの住処にはほとんど帰ってないし、わざわざこっちに転送してない限りは届いてても完全無視になってる可能性はあるかねー」

一応あとで注意するように伝えとくよと告げると、親父はああ、そうだなと頷いてから「しかし……」と言い淀んだ。

『出した手紙がこれほどまでに悉く読まれること無く放置されているとは、なんとも不憫な犯人だ。是非とも励ましの手紙を送りたいと思ってしまうほどに』

「一応実の息子に脅迫状送ってる相手に励ましの手紙送るってのは、一体どういう神経なんだろうな……」

『別にいいではないか。排除対象の親に励まされる犯人の心理状態がどうなるか、お前も多少は興味もあるのでは?』

「このおっさん極悪人だよ……」

天を仰ぐような動作をすると、親父は心外だと肩を竦めた。

『極悪人のつもりはないが、一応かわいい一人息子に危害が加えられているわけだからな。多少感情的になることにも目を瞑ってもらうことにするさ』

「はいはい、父親にそこまで思われていて俺は幸せ者ですよ」

『うむ。分かっていればいい』

「ただの皮肉をここまで正面から受け止められると微妙な気分になるな」

『安心しろ。分かった上でやっている』

そうでしたねこういう父親でしたねとか思いながらも気持ちの重さに比例して俺の沈黙時間も順調に伸びていくという公式。

「…………まあいいや。一応知り合いの地上部隊の人に相談してみるよ。で、今日の要件はそれだけか?」

『あとは個人名義でのお前への感謝の手紙が何通かあった。管理世界在住の男性四人に女性三人だったか。どれも次元犯罪の手から救っていただきありがとうございましたと言うような内容だったが、一人だけ妙に情熱のこもった文章を書いている若い女性がいたのでその点に関しては注意が必要かも知れん。そちらは全てエリオくんの部屋宛に転送しておいた』

「ああ、どうもありがとう。それと何度でも言うが俺宛の手紙を勝手に読まないで貰えません!?」

結局差出人が書いてあろうが無かろうが内容チェックとはどういう了見だコノヤロォォ! とでも叫びたかったのだが、一応読まれて困るような郵便が送られてくる予定は無いのでぐっとこらえた。

『それから個人的────ではないのだろうが』

はやてくんとシャマルくんに用件があるのだが、今の時間、連絡先はこれでいいのか一応聞いておきたくてな。と告げる親父の言葉に、一つの思い当たる節を見つける。

「ああ、こないだのゼストさんとの交戦中にファントムが無駄な高性能で採集した、バイタルデータの分析結果か」

分析を外部委託で局側に微妙に隠蔽しつつ行うと言っていた気がするので、多分内密に親父に任せたとかそんなところだろう。

『守秘義務が発生しているな。私からは何も言えん』

詳しい話は直接お前の上司に聞け。とあっさり俺を突き放す親父。

正直、そんな言い方をしている時点でゼストさんの件だってのは丸バレな気がするが、内容については明言してはいないのでおそらく問題はないと思われる。

「はいはい。聞いた所で今の所は答えてくれるとも思えんけどね」

『そこから先はお前達の問題だ。まあ、頑張るんだな』

「了解ですよっと。────ええと、うん、これ八神さんのプライベート回線に直接つながるやつだな」

親父から送られてきた連絡先を確認し、問題は無いようなのでそのように返答した。

『そうか、手間をかけたな。すまない、ありがとう』

「あいあい。じゃあまたな、親父」

『ああ、また。それと体には気をつけろ』

「承知してますよっと」

そんな感じで会話を終えて、その間にもマルチタスクで片手間に進めていた事務作業に本格的にとりかかろうとした所で周囲から視線を感じて周りを見渡すと、キラキラと目を輝かせるアルトと、あっちゃーって感じを前面に押し出してるルキノがいつの間にか昼食から戻って来てこっちを見ているのを発見。

どこから聞いてたか知らないが、どこから聞いてても質問の内容がめんどくさそうですね分かります。

うわーい面倒なことになりやがったと毒づきながら、どうやってこの二人の追及を回避しようかと思考を巡らせつつも手元の仕事を進められることをマルチタスクに感謝しつつ、ビシビシ叩きつけられる視線に対して全力で無視を敢行する俺なのだった。

ちなみにこの後、俺に気付かれないように距離をとっていたせいでさっきの会話で聞こえなかった部分を都合よくカットしてものすげー局所的に盗み聞きしてたこの二人というか主にアルト的な方が、そんな手紙が来るなんて俺と高町が陰ながら付き合ってるからなんじゃないかとか、親父と八神がプライベート回線で繋がっているなんてもしかしてただならぬ仲なんじゃないかとか、とても目も当てられない誤解とともに俺の胃壁にダイレクトアタックをかけるかのようなストレス要素たっぷりの質問をぶつけてくるのだが────

まあ、いつもの通りに余談である。






























介入結果その三十三 烈火の将シグナムの考察




私との訓練後、仕事があるからと全力で走り去るプレマシーの背を見送りつつ、私はふむと呟きながらBJを解除し、近くの休憩スペースへと向かった。

午後からは任務の入っている関係上六課を空けなければならなかったため、訓練ならば午前のうちにしてくれと私が願い出た末、先ほどまであいつに向けて打ち込み30手を施していたのだ。

だがどうやらあいつは期限の差し迫る書類のことを忘れていたようで、訓練の終了とともにそれを思い出し、私へのあいさつもそこそこにオフィスにある自分の席へと向かったという事情になる。

全くなんと言うか、つつがなく仕事をするようでいて、こういう間の抜けた一面も持つ、なんとも評価のし辛い男だ。

尤も、やることはやる男ではあるから、おそらく書類自体は期限に間に合わせるのだろうが。

そんなあいつだが、ここ最近、私との訓練で見せる成長の度合いは目覚ましいものがあると言えるだろう。

単純な斬撃による直線的な攻撃の軌道とその後の連撃への配慮についてはもう文句のつけようも無いほどの練度に達している。

現に今のあいつは、あの見るからに煩わしそうな拘束具を付けているにもかかわらず、当初の目標である30手回避のうちの15手ほどをコンスタントに出すほどの成長ぶりを見せている。

精々5手が限界だった訓練始めの頃を思えば、格段の成長ぶりだ。

だからこそ、そろそろ私の方もシュランゲフォルムの訓練時解放を考え始めていた。

そう多くない日数の中で、私の動きに必死に食らいついてこようとするあいつが、連結刃による動きの読みにくい攻撃をどう受けるのか、今から楽しみと言えよう。

ただ、そんな私の心踊る様とは裏腹に、以前から気にかかっている事柄がいよいよ気持ち悪さだけでは表現できなくなってきていた。

「……何かを隠している。そう考えるのが妥当か?」

違和感は早くからあった。

プレマシーの魔力ランクはAA。にもかかわらず、移動、攻撃、防御、補助、あいつが使う魔法のほとんどが、魔導士の使う魔法の中では比較的初歩のものばかり。

ヴァリアブルシュートなどの例外はあるが、そういう例外は本当に数少ない。

それが悪いと言う気はない。

そもそもあいつの使う魔法の練度は、私の目から見てもかなりの域に達している。

高町ほどではないまでも、魔力消費を抑えた、それでいて妙に魔力効率の良い威力の高い魔法。

多くの無駄を排除した、見事なまでの魔法行使の効率化。

ホテルアグスタで見せた手際の良さ。

全体として見た際の威力に多少難があるとはいえ、魔法発動から攻撃までのラグを出来る限り削減したうえで発動する魔法は、あの年頃の魔導士が扱うものとしては破格であり、感嘆の一言を持って表していい。

研鑚に研鑚を重ねなければ、あの場所にまで辿りつくようなことは無いだろう。

年に数度。都合をつけて貰うことで行なっていた手合わせを思い出しても、少ない手札で多彩な戦闘を行える、面白い男だと思っていた。

初歩があっての応用。

私の攻撃とて、剣の一振りが全ての初歩にして起点。

そして、その一振りを極めてきたという自負もある。

極めた初歩をもって放つ技は、どんな小細工を弄すよりも確実に自分の武器となる。

卵が先か鶏が先かは知らないが、あれほどまでに執拗に基礎を極めようとしている様から見て、その重要性はあいつとて理解の範囲内だろう。

だがそれ故に、プレマシーの持つ魔法の中に切り札が無いことが気にかかった。

やつの腕で放つ切り札ともなれば、その威力は推して知るべし。

保有する魔力ランクに則した威力だとは考えにくいだろう。

だからこそ、やつが昨今の戦場でその切り札を使うことのない現状が、なんとも気にかかる。

ヴィータや高町の話では、プレマシーが墜ちたあの件以前には、そういう魔法も使っていたそうなのだが……。

以前あいつが勤めていた課では、単独での任務を主としていたと聞いている。それ故に魔力の無駄を減らすことで戦闘を安全にこなすという名目の元の魔力節制だと、そういう説明も通らなくはないが……。

「一人で複数の敵と戦うことを想定しての節制の可能性もあるか? だとしても疑問は残るが」

複数の敵と戦うことを想定しているのだとしても、高威力の攻撃方法を使わない理由にはならない。

報告によれば、プレマシーはどのような敵を相手取る時にも、カートリッジを使用した魔力の底上げによって敵をねじ伏せているそうだ。

しかもそれは度が過ぎると言うような場面すらあって、この課に来てからの記録だけでも、カートリッジフルロードによる魔力弾発射が少なくないという。

単純に威力の高い魔法を使った方が明らかに効率的である場合もあると言うのに、だ。

そうまでしてあいつが魔力の消費を抑える理由とは何か。

「理由として考えられるものの中で一番辻褄の合うものは……」

やはり高町を庇っての怪我か?

あの怪我で何かしらのハンデを負い、それが理由で魔法の使用に制限が……?

そう言えば、あいつと果たした初めての模擬戦。

「あの酷い結果も、そのハンデと関係があるのか?」

一合を打ち合うことも無く私が勝利し、高町やヴィータに聞いていた前情報からそれなりの期待をやつに向けていた私は拍子抜けした。

その後、あいつは魔力ダメージを負ったせいで真っ青な顔色で連行されて行き、担ぎ込まれた医務室のベッドで、私に同行していた高町と共に対面を果たすと、

「すみません。反応も体も鈍っているみたいです」

この様子では、本調子を取り戻すには時間がかかりそうですね。と苦笑した。

心配そうに本当に大丈夫なのかと問う高町の隣で、そういう事情があるならば────と、思っていた。

だが思えばあの時、プレマシーは試合の前から顔色が悪くはなかったか?

調子が悪かったとはいえ、斬りかかる私に、刀を目の前に掲げる以外の防御策を全くとっていなかったのはなぜだ。

まさかとは思うが、魔法を通常通りに使うことが困難になるほどの異常が、あの時にあった?

だとすれば────

「リンカーコアに何か……?」

それが理由だとすれば、一時期職務を真っ当にこなし切れていなかったという事情にも、あいつのやる気が急に無くなったなどという言い訳よりは遥かに筋が通るが……。

しかしそうならば、なぜ入院中にそれが発覚しなかったのか。そして、なぜ今は魔法を使うことが出来ているのか。それらの説明が上手くつかない。

そして何より問題なのは、その事実をあいつが隠しているのだとして、それが何のためであるのかという所だ。

尤も、こんな事実を隠蔽することのメリットなど、考え付くものはそう多くは無いのだが……。

私はそこまで考えて、詰めていた息を吐き出した。

「考えるのは、どうも私の性には合わないな」

考えれば考えるほど、泥沼に嵌まっていくようだった。

そもそも、あいつ過去にそのような事実があったとして、それを今更掘り返してどうしようと言うのか。

いくつか不審な点はあるが、あいつは今、大きな問題も無く魔法を行使し、最初に私と戦った頃とは比べ物にならないくらいの食らい付きを見せている。

そしてあいつの使う魔法には、あいつの重ねてきたいくつもの努力の片鱗が見えていた。

プレマシーがなにを抱えていようと、あいつが今真摯に自分の実力と向き合っていることは間違いない。

それを、根拠に乏しい邪推であいつが今まで積み重ねてきた高町たちとの関係にまで余計な茶々を入れるようなことが、私の今取るべき手なのだろうか。

自分に足りないものを手にしようと努力し、今まで目を背けていた事実と向き合う覚悟をあいつが決めたというのなら、私にできることはあいつに向けて手を抜くこと無く剣を振ること以外にはないのではないのか。

「……とはいえ、少し気をつけて見ていることにはしようか」

今の時点ではただの邪推であるとはいえ、もし本当に何かがあると言うのならば、それがなんであれ主には報告しなければならないだろう。

だから当面の目標として、あいつとの訓練に付き合える時間を出来るだけ作ることにしようかと思う。

そうすることで、あいつの動向を追うことにしよう。……と、我ながら下手だと感じざるを得ない言い訳をしながら、私は訓練所を後にした。

もしも私の邪推が正当なものであったと仮定して、プレマシーの隠匿しているその事実が白日の下に曝された時、心情的に見てその影響を最も受けるだろう人物。

高町なのはとヴィータ。

なるほど高町に昔から聞かされ続けていた話の通り、あいつは真実お人好しのようだった。

尤もこれすらも、今の時点ではただの邪推の延長線上にある考察でしかない。

だがそれ故に、この考察が真実であったならば、あの男の生きることの下手さは筋金入りだな────と、苦笑するのだった。































2011年4月25日投稿

今回は早めに投稿することが出来ました。良かったです。
次のお話はこの記事に追記することになると思われますので、ご了承いただければと思います。
それでは、また次の更新で会いましょう。

2011年5月15日 大幅加筆「烈火の将シグナムの考察」追加


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
2.66063904762 / キャッシュ効いてます^^