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[27505] 【習作】あなたがここにいてほしい(けいおん! 鬱・キャラ崩壊)
Name: V.I.◆4bb78cba ID:a7ce3967
Date: 2011/05/15 02:55
○前書き

このSSは『けいおん!』の二次創作です。
原作漫画では大学編がスタートとのことですが、この作品は基本的にTVアニメの後日談としての位置づけになります。

以前に作品のプロットを投稿しましたが、これをプロットのみに留めておくのも(個人的に)もったいないと思い、需要の見込みもないままこれに肉付けをして連載化を試みたものです。

基本的にはプロットと同様の展開で話を進める予定ですが、話の根幹にかかわる点や結末を含めて、プロットにはない(あるいは異なる)進行も加えていく次第です。
そのため、本編と読み切りとは別物という前提でお読みください。
過去のプロットは、漫画雑誌によくある、新人漫画家の初連載前の読み切り作品のようなものだとお考えいただければよろしいかと思います。

※連載中に物語のひとつの結末を提供するのは望ましくないと判断し、プロットを連載終了まで公開停止と致しました。
 ご閲覧いただいた方々、特にご感想をお寄せいただいた方には申し訳ございませんが、何卒ご了承ください。(2011/05/07)

なお、感想掲示板でも既に述べたとおり、このSSは実在のバンドである"Pink Floyd"の活動の顛末を元にしておりますが、作者の創作・脚色も多分に加えるものです。

○事前の注意
このSSには、いわゆる鬱展開が多分に含まれることになります。
登場人物が辛い目に遭うことも一度や二度ならずあります。
その点をご了承の上ご高覧ください。

執筆にあたっては可能な限りアニメ本編を復習する所存ですが、設定の齟齬等があったとしてもご容赦願います。
変更しても物語の核心に影響が生じないものにつきましては、なるべく本編に沿うよう訂正する所存です。

作者は過去にチラシの裏にて別名義で一発ネタ一編、それ以外の場所でもニ編ほど短編を執筆した程度で、Arcadiaでの発表はおろか、SSの執筆そのものに慣れておりません。
そのためお見苦しい点等多々あるかとは存じますが、叱咤などいただければ幸いに存じます。

V.I.

○更新状況
プロット(読み切り短編)2011/05/01初出
第1話 "My Generation!" 2011/05/04初出
第2話 "Light My Fire!" 2011/05/07初出
第3話 "Little Wing!" 2011/05/08初出
第4話 "While My Guitar Gently Weeps!" 2011/05/15初出



○誰得と知りつつ書きたくなって仕方がなくなってしまった残念なおまけコーナー
 ―放課後ティータイムに演奏してもらいたいロックの名曲―

「青い影」(プロコル・ハルム,1967年)
オルガンによって奏でられる、J.S.バッハを思わせる格調高いイントロが印象に残る曲。
ブルースとクラシックの香りが心地良く混ざった曲調と、翻訳されても何が言いたいのか分からない歌詞が特徴的。
澪とムギと梓が好きそうだけど、律の趣味にはちょっと合わないかもしれない。

「ババ・オライリー」(ザ・フー,1971年)
ザ・フーは、律が尊敬する故キース・ムーンと、唯の必殺技ウインドミル奏法の元祖ピート・タウンゼントらが所属する(した)バンド。
2期3話の劇中でも紹介されたとおり、セットを爆破したり楽器を壊したりと無茶苦茶なパフォーマンスで知られるが、楽曲も非常に素晴らしい。
この曲は当時としては珍しくシンセサイザーを導入した意欲作で、重いベースラインが耳から離れない。

「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」(ザ・ビートルズ,1967年)
ビートルズ中後期の傑作で、なんとも気だるげで甘くほろ苦く、ノスタルジックな一曲。
メロトロン(キーボードの一種)とチェロの音色が、現実逃避感全開の曲や詞と相まって、陰影ある独特の雰囲気を醸し出している。
こういう日曜日の午後のような曲が、放課後ティータイムにはよく似合う……気がする。



[27505] #00 あなたがここにいてほしい(けいおん!×現実? 若干キャラ崩壊) 【プロット・公開停止中】
Name: V.I.◆4bb78cba ID:a7ce3967
Date: 2011/05/15 13:40
(公開停止に致します。詳細は前書きをご参照ください。)



[27505] #01 My Generation!
Name: V.I.◆4bb78cba ID:a7ce3967
Date: 2011/05/15 02:57
#01 My Generation!


「ねえ、今度ソロライブやってみない?」
練習後に通ういつもの喫茶店。
突然紬が切り出した。

「ワンマンライブ?」
「いいじゃんそれ!やろうぜ!なあ澪?」
「いや、でも、まだ早いんじゃないかな?…その、お金もかかるし……」
「それがね?この近くのライブハウスで、来月ガールズバンド月間やるんですって。いつもの半額で貸してもらえるらしいし、それに私……」


「ワンマンライブって、私たちだけでやるんだよね!ライブハウスで!すごいな~」
紬の言葉を遮って、唯が声を張り上げた。
遮ったというより、むしろ紬の言おうとしたことを唯自身の言葉で、それもより強い言葉で代弁したというのが正しいかもしれない。
唯の言葉に、紬も表情をほころばせた。

「ほら私ら、大学入ってからも一緒に練習してきたけどさ、発表する機会ってなかったじゃん。こうやってライブやるってなれば、ひとつの目標にもなるだろうしさ……」
「そうだな……皆も、そう言うなら…」
澪も少し目を反らせながら答えた。彼女自身、バンド活動をする者として、ライブハウスでの単独演奏は欠かせないとかねてより考えていた。踏み出す勇気を持てずにいたところに、三人が手を差し伸べてくれたのだった。

「それなら決まりね。さっそく日程調整しましょう。早く予約しないと、会場が埋まっちゃうから」



(あれ、これだけ?)
言葉にはしなかったものの、唯がライブハウスでの本番で浮かんだ真っ先に感想がこれだった。収容人数200名にも満たない小さな会場。それでも人のまばらさが目についた。桜高の学園祭でのライブの方が、純粋な観客数でも、密度でも上回っている。来ている客も、その大半はメンバーの知り合い。あくまで内輪だけでの、小ぢんまりとしたライブだった。
それでも四人は全身全霊を込めて演奏した。

「いや~、楽しかったな~」
「ほんと、やってよかったわ~」
「やっぱりバンドやるからには、こうじゃなくっちゃな!」
「おっ!最初怖がってた人とは思えないセリフだねぇ!」
「うっ……」

いつものような、三人の談笑。
その間、唯はずっと思いを巡らせていた。
今日の演奏は、いつもに増してよかった。終わった後、全身がしびれる感覚がした。ぞくぞくした。
それでも満足できなかった。もっと多くの人に聴いてもらいたい。この感覚を一人でも多くの人と共有した。これまでにない感情だった。自然と手指が動いた。それまで弾いたことのないコード進行。立ち止まって、頭の中に音色を一人奏でていた。

「唯ちゃん?」
「おい、どうしたんだよ唯…」
このとき唯が見ていたもの、聴いていたものを、誰も知らなかった。
海向こうの大陸を目指す渡り鳥のように、―あるいは夜空の星に飛び立っていった童話の”よたか”のように―唯の心は遙か遠くに焦がれていた。

夜の星のように瞳を輝かせながら、唯が言った。
「またやろうよワンマンライブ!今度はさ、もっともっと沢山の人が見に来てくれるといいよね!」

「ああ、そうだな……そのためにはもっと、いろいろ頑張らないとな」
澪が微笑みながら応えた。
「今度やるときはさ、私たちのCD持っていこうぜ!私さ、実は前々からジャケットのデザイン考えてんだ!」
「さっそく楽しみね」


唯がそのとき何を見つめていたか、彼女たちは知らなかった。それどころか、唯が彼女たちとは別の何かを見つめていたことさえ気づかなかった。それでもその時、希望という一語において、心は確かに一つだった。
月のきれいな、初夏の夜だった。



ライブの回数を重ねるごとに、少しずつ客数も増えていった。
身内だけでなく、前回のライブやCDを聴いてまた来るようになったというファンも現れ、バンドの名は界隈ではライブハウスの常連として知られるようになっていった。
彼女たちはそうした日々に充実感と同時に、ほんの少しの物足りなさ―おそらく向上心から来る―を覚えていた。



月日は過ぎて、木枯らしの季節になっていた。
「うわ、さっむ!」
「風が強いわね…電線があんなにうなってるわ……」
「なんか、悪い予感がするな……」
「おいおい、これからライブだぜ?不安は禁物!」
「そうだな、悪かったよ……」

とはいえ、澪がこうした言葉を口にするのも、もっともに思われた。
その日は午前中の練習から唯のピックが割れたり、ライブハウス側の手違いでリハーサルの時間が短縮されたりと、気がかりなことが続いた。
そこに来て重たい曇り空に吹きすさぶ北風とあっては、どうしても先行きによい予感を抱くことはできなかった。


そうした不安を打ち消すかのように、ライブでの演奏はいつもにまして手応えのあるものだった。
観客の反応も心なしか、熱がこもっているように感じた。
演奏中、四人は互いに目配せした。
――今日はいけるかもしれない。
観客たちは、彼女たちのバンド、『放課後ティータイム』の名を深く心に刻んで帰ることになるだろう――いささか誇大かもしれないが、そのような期待が芽生えてくるような、そんな夜だった。


「それじゃあ最後の曲行くよー!」
その日のクライマックスを告げる唯のMC。そのとき、文字通りすべてが暗転した。
停電だった。
後で分かったことによれば、その日の強風で電線にゴミが引っかかり、ライブハウスの周辺で数十世帯ほど停電が起きたらしい。
会場はどよめきに包まれた。
四人は不安と暗澹たる気分に襲われた。
窓もないライブハウスでは、停電が起きれば何一つ光源になるものはない。
暗闇の中に置かれた人間の原初的な不安。
もちろん―とりわけ澪には―それもあった。

しかし、それ以上に、せっかく盛り上がりを見せたライブの熱気が一気に冷めてしまうこと。
それが何より恐ろしく、また無念であった。
アンプも、キーボードも、電源がなければ無用の長物である。
ドラムを暗闇のなかで正しく叩く器用な芸当など、ほとんど人間業ではない。
「よりによってこんな時に――」
悔しさがこみ上げてきた。


途端、かすかなメロディが会場に響いてきた。
ギターの生音。エレキギターをアコースティックギターのように無電源で弾く荒業。注意しなければ聞き漏らしてしまうような、小さな音だった。
それでも会場がそれほど大きくないことが幸いして、かろうじてその場にいる者全員が聞き取れた。
続いて、マイクを通さない生の歌声が聞こえてきた。

観客はおろか、バンドのメンバーでさえ聴き覚えのない曲だった。
誰もが息を呑んだ。
一音たりとも聴き逃さないようにと、会場は衣擦れ一つ起こさぬよう、緊張感に包まれた。
――それほどまでに、その歌声は人心を惹きつけた。

曲を締めくくる最後のコードを奏でたとき、電源が復旧した。
会場は余韻を聞き逃すまいと、なおしばらく沈黙が続いたが、やがて歓声が轟いた。
四人はただ立ち尽くすばかりだった。
唯の即興演奏を聴いた三人はむろんのこと、あの曲を歌った唯自身が誰よりもこの事態に驚きを隠せなかった。

熱烈にアンコールを求める会場の声。
それさえも、しばらく四人の耳には入らなかった。
背筋に電流が走るような感覚に襲われていた。
目が眩むほどだった。
そのとき、はじめて何かが満たされた気がした。

まぎれもなく、”彼女たちの時代”のはじまりだった――



[27505] #02 Light My Fire!
Name: V.I.◆4bb78cba ID:a7ce3967
Date: 2011/05/07 01:47
#02 Light My Fire!


「唯!いつの間にあんな曲作ってたんだよ!」
昨晩のライブで停電中に唯が歌った曲は、大反響を呼んだ。
ライブ後の自作CDの手売りでも、例の曲について質問が殺到した。
その際には、出来たばかりでまだ録音していない、今度出す新しいCDに収録する、とお茶を濁すほかになかった。
ライブ後の打ち上げでは、『放課後ティータイム』の三人が唯を質問攻めにした。

「えっとね……最初にソロライブやった時から、自分でも曲作ってみたいな、なんて思ってて、それからちょっとね……」
「歌詞も自分で作ったの?」
「うん……でも、最後のサビはその場の思いつきだったんだけどね…」
「楽譜は?ギタースコアはあるのか?」
「一応ね…多分間違ってるところもあると思うけど……あのさ、今度これにベースとキーボードとドラムの音も載せたいんだ!その時はみんな、手伝ってくれるかな…?」
「ええ、喜んで!」
「もちろん私も!…それにしても、唯には時々驚かされるよな」
「えへへ……」
「ほんと、凄かったり凄くなかったり。よく分かんないよな~、唯は」
「何それ律っちゃんひど~い」

風はいつの間にか収まり、雲から月明かりが漏れていた。
部屋に帰り、床に就いてからも唯は眠れなかった。
手足の指の先まで、全身が一気にしびれる感覚が何度も押し寄せてきた。
東の空がほの白くなる頃、ようやく唯は深い眠りについた。



「あのさ、もう一曲作ってみたんだ!どうかな?」
「早っ!先週作ったばっかりだぞ!」
「澪ちゃんにスコアの書き方教わってから、唯ちゃん、すごいわね…」
「いや~、なんていうか…目をつぶると頭の中でずっと曲が流れちゃってさ、早く書き留めないと、って思うと、つい……
あ、それにさ、前に律っちゃんから借りたDVD返すね。すっごくカッコ良かったよ!」
「おっ!唯もようやくこのバンドの良さが分かってきたか!」
「うん!パフォーマンスも凄いけど、曲もすっごく新鮮なんだよね!あと演奏するときの生き生きとした感じというか…やっぱりこういうバンドはライブに限るよね!
でも、この人たちの演奏はもう生では見られないんだよね……はぁ、もっと早く出会いたかったなぁ……」
「唯が真剣に音楽の勉強をしてるなんて。梓が見たらきっと驚くだろうな」
「梓の奴、『本当に本物の唯先輩なんですか!?憂ちゃんじゃないんですか!?』なんて大騒ぎするぞ~」
「ほんと、あずにゃんにはもっといろいろ教えてもらっておけばよかったよ~」
あの日以来、唯は取り憑かれたように、貪欲に新しい音楽を求めた。
日夜、音楽理論・作曲技法の学習と、国内外の著名アーティストのCDやDVDの鑑賞に明け暮れた。
紬からはクラシックのCDも借りた。
そうして吸収したものは、楽曲としてアウトプットされた。
論理立てて言葉を表現するのが苦手な唯にとっては、頭の中に流れるメロディと、印象を綴った断片的なフレーズの切れ切れがすべてだった。

「で、新曲のことだけど……まだこの前の曲もまだベースラインできてないんだ。悪いけど、また今度でいいかな?」
「あ、実は私も最後のほうがまだでさ…」
「私もなの…。ごめんね?」
「そう……じゃあ、また今度お願いね!」
唯の変容に、他の三人は戸惑いを隠し切れずにいた。
和や憂から聞いた昔の唯の話から考えれば、まったく納得できないことではなかった。
ライブで自作の曲があれだけの成功を収めたのがよほど嬉しくて、それが唯に火をつけたのだろう……
そうは言っても、やはり唯の熱中には、どこか理解を超えるものがあった。

そうした気がかりをよそに、出来上がった新曲は従来のファンのみならず、広くアマチュア音楽ファンから予想以上の反響を呼び、それに応えるかのように、唯の創作意欲も日に日に熱を帯びていった。

ほどなくして、『放課後ティータイム』はインディーズデビューを果たした。
デビューといっても、これまでのライブ定番曲に唯の新曲を二、三曲ほど加えて収録したアルバムを発表したくらいで、販売経路も大きなCDショップを数件回ってようやく片隅に置いてあるのが見つかる程度のひそやかなものだった。
ライブの面でも、相変わらず近隣のライブハウスで演奏してまわる状況が続いた。
それでも、彼女たちの評判は音楽ファンのコミュニティに口コミで広がり、彼女たち目当てで訪れる客が詰めかけ、小さな会場ではチケットの売り切れが続出した。
対バンのライブでも、ほとんど彼女たちの単独ライブであるかのような圧倒的な存在感を示すことになった。
ファンの中には、彼女たちのライブのためだけに、遠方からやって来たという者も少なからず現れるようになった。


四人は次第に多忙さを増していったが、唯の作曲頻度はなお目を見張るものがあった。
従来どおりの澪や紬を中心に作られた新曲も並行して作られ、主にCDを聴いたファンから高い評価を得ていた。しかし、ライブでの盛り上がりの面では、鮮烈なインパクトをもつ唯の曲が上回っていた。
当初は、唯の詞に紬の曲を、あるいは澪の詞に唯の曲を載せることも検討されたが、すぐにそうした案は立ち消えとなった。
洗練されているとは必ずしもいえないが、唯の想像力が極彩色をなして、目眩を誘うほどに強烈なイメージとして伝わってくる。
これに唯以外の者が手を加えることは、唯の曲のもつそのままの魅力を削ぐことになりかねないと、皆が気づいたからである。


夏の日のこと、『放課後ティータイム』はひとつの挑戦に出た。
一万人規模の入場者数を誇る野外音楽祭への出演。
彼女たちがかつて観た夏フェスに比べればずっと小さなものではあったが、それでも界隈では著名なアーティストが多数出演し、音楽ファンの注目を集めるイベントだった。
インディーズバンドの登竜門として、所属するレコード会社は猛烈にプッシュしたが、彼女たちは即答できなかった。
まだ自分自身の実力にそれほど自信をもてなかった。
それ以上に、それまで漠然としか抱いていなかった夢が、急に目の前に近づいてきたことへの戸惑いがあった。
「なあ、どうしよう律……」
「バカだなぁ、私たちの夢は武道館だろ!こんなところでビビってどうする!」
そういう律の声も心なしか震えていた。
武道館という単語が、こんなにも早く、現実味を帯びてきてしまった。
いくら強がって見せても、動揺を隠すことはできなかった。
ライブ当日。ステージから眺める観客席は、予想を超えた圧迫感をもっていた。
むろん以前からの彼女たちのファンも詰めかけていたが、会場の大多数は「お手並み拝見」とばかりに無名の新人バンドの実力を見定めに来た音楽ファンだった。
ルックスだけが売りのガールズバンド、あるいはインディーズによくある売れ線バンドの二番煎じ。第一印象から彼女たちをそのように判断する者も少なくなかった。

手の震えが止まらなかった。
数千人の批評家達からの厳しい眼差し。四人はこれに真っ向から対峙することを強いられた。
皆が心を決めたのを見計らって、律は口火を切った。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」

勝負は第一音で決まった。
イントロの数小節で、”批評家”達は己の不見識を改めた。
一曲、一曲と演奏を終えるごとに、観客は彼女たちに魅了されていった。
最後の曲が終わったあとは、皆ほんの数十分前には自分自身が彼女たちに冷たい視線を浴びせていたことを、すっかり忘れてしまっていた。


楽屋に戻ってからもしばらく、四人は言葉を発することができなかった。
感動の快い酔いから目を覚ますには、少しの時間を要した。
何分かを無為に過ごしたところで、ようやく紬が沈黙を破った。
「ねえ、四人で写真とりましょう!今日の記念に!」
「そうだな!…あれ?……唯と律は?」
「唯ちゃんなら、あそこにいるわ」
唯は楽屋の隅で、化粧台に突っ伏して眠っていた。今日の思いを早速曲にしようと思っていたらしく、両腕の下にはまだ何も書かれていない譜面があった。
「よっぽど疲れてたみたいね」
「そりゃあ今日は一段と体力使ったけど、汗くらい拭けよな。譜面がベタベタだぞ…
それにしても、律はどこ行ってるんだ?」
「さっきシャワー室に行くっていってたけど…」

噂をしているところに、ドアをいささか乱暴に開けて律が現れた。
シャワーを浴びてきたどころか、ステージで流したものとは別種の、妙な汗までしたたらせていた。
顔面蒼白で、息を切らし、言葉を詰まらせながら二人を見つめていた。
「おい律、シャワーに行ってたんじゃなかったのか?……どうしたんだよ、その顔。お化けでも出たか?」
いつもと逆転した立場を楽しむように、澪が冗談を飛ばした。

「あっ、あっ、あのさっ!そのっ!さっき廊下歩いてたら…!こっこっ、これ!」
「おい、落ち着け律!」
「律っちゃん、深呼吸して!深呼吸!」
「とりあえずお前ら、これ見ろよ、これ!」
律がテーブルの上においた紙片。

「これから楽屋に来るんだってさ!」
大手音楽レーベルのプロデューサーの名刺だった。


――躊躇できる時間は、過ぎていた。



[27505] #03 Little Wing!
Name: V.I.◆4bb78cba ID:a7ce3967
Date: 2011/05/15 02:58
#03 Little Wing!


「はい、OKでーす!」
少し灰色の混ざった雲の重たい秋の午後。
セーラー服とゴスロリとモッズファッションを合成したような、奇怪極まる衣装を纏った四人。
メジャーデビューを飾るシングルのジャケット写真の撮影だった。
「それにしても四人とも、すごく着慣れてる感があるというか……もしかして元々コスプレバンドだったとか?」
四人とそれほど歳もかわらなそうな女性カメラマンが、好奇心を傾けて尋ねてきた。
「あっ、いや…そういう訳じゃないんですけど……」
四人は言葉に詰まってしまった。
高校三年間を通して部活の顧問の着せ替え人形をさせられていたと説明しても、信用してもらえそうになかったからである。

「ふいーっ……それにしても高校出てまでこんな格好させられるとは思わなかったよ。こういうのはさわちゃんだけでお腹いっぱいだってーの」
「私もこれは……さすがにない、と思う……」
「そうかなー?私は好きだよ。ほら、くるくるー!」
唯はセーラー服の上に羽織ったミリタリージャケットの袖口を持ちながら、その場で一回りしてみせた。
「私もまたこういうのが着られると思わなかったから、楽しかったわ」
「本気か…」
律と澪は、『この二人にはついていけない』と目で語らんばかりに、互いに顔を見合わせた。

「……そういやさわ子先生、どうしてるかな」
「あ、私きのう電話したよ。
そしたらさ、『今からFAXでリスト送るから、その人たちに会ったら絶対写真とサインもらってきなさい!絶対だからね!』だって。
あんまり凄かったから、その紙持ってきちゃったよ」
律が取り出したA4のFAX用紙には、往年のメタルバンドやアーティストの名前がびっしりと書きこまれていた。
「うわ……」
これにはさすがに三人も引いた。

「で、あとでかけ直してきて、昔の血が騒いでつい取り乱しちゃったってさ。とにかく応援してるから、皆にも連絡よこすように言っとけって」
「そっか、そうだな。最近、なんだかんだで桜高のみんなとも連絡とってなかったもんな……」
それほど過去のことではないのに、ずっと遠くに来てしまった気がする。
子供の頃の宝物をいつくしむように、四人は軽音部時代のことに思いを馳せていた。
「しっかし、バンド名だってさわちゃんの思いつきなのに、まさかこれでメジャーデビューなんてな~」
「ほんと、おっかしいよな…」
「ねえ、みんなこの後久しぶりにお茶しない?この前、いいお茶の葉を送ってもらったの」
「賛成ー!」
「おっ、いいねえ!ケーキは?ケーキはあるのか?」
「ええ、もちろん!」
「はは……なんか昔に戻った気分だな…」

その日は紬の部屋で、四人だけのお茶会を開いた。
いつの間にか暗い雲も晴れ、薄い雲の間から夕日が漏れていた。
まだ唯はギターコードを覚えるのに必死で、澪、紬、律の三人もバンド演奏に不慣れだったあの日のことが、四人の脳裏をよぎった。
叶わぬ望みとは知りつつも、ずっとこうしていたいと心の底から願った。


デビューシングルは、セールス面においてはインディーズ出身の無名バンドとしては合格点を大きく上回る結果をあげた。
楽曲面でも、作詞・作曲はほぼ唯単独でなされたが、四人の共同制作として満足のゆく作品に仕上げることができた。
四人は、メジャー契約後はじめてのまとまった休暇をとった。


しばしの休息を終え、四人はさっそくセカンドシングルの収録に取り掛かった。
デビューシングルの反響を受けて、レコード会社からの新曲の要請がかかったからである。
今度のジャケットは、普段着に近い衣装で、四人がティーセットを取り囲むというシックなものになった。
なんでも、前作はレコード会社の意向からヴィジュアル面での人気を意識したものの、ファンや批評家からは純粋なロックバンドとして評価したいという声が多く寄せられ、ジャケットもPVもシンプルな方針に変更するとのことだった。

――私は最初からそういう方向で行くつもりだったんだけどね――
というのは、四人のプロデューサーの言葉だった。
ショートカットにスーツの似合う女性――どことなく四人の同級生、眞鍋和を思わせる落ち着いた雰囲気で、プロデュースの経験は浅いと言いながら、厳しいスケジュールを難なくこなしてみせるやり手だった。

曲の収録に並行して、CSの音楽専門チャンネルへの出演、音楽誌のインタビューなど、目の回る速さで日々は過ぎていった。
まして、大学生の身分でありながら、売り出し中のアーティストとあっては、息をつく間もない生活を余儀なくされた。
それでも四人は、息切れすることなく、必死で走り続けてきた。
特に唯は、曲作りの手を止めず、演奏のごとに全力を傾けながら、毎日を駆け抜けていた。
ある雑誌は、彼女たちの特集記事について『超新星爆発を起こす話題の新人バンド』という見出しを付けた。
それ自体は陳腐で平凡なコピーだったが、こと彼女たちに関しては、確かに膨大なエネルギーを発しながら輝く、新しい星くずのようだった。

セカンドシングルの表題曲はTVの深夜番組のテーマソングにも使われ、熱心な音楽ファンのみならず、広く一般における四人の知名度を上げることにも成功した。
その結果、セカンドシングルは前作よりも大幅に売上を伸ばし、最高順位こそ高くないものの、長期間チャートのランキングに位置し続けるスマッシュヒットとなった。
すべては、恐ろしいくらいに、順調だった。


ラジオ番組の出演を終えた帰路でのこと、唯は突然うずくまった。
歩道で餌をついばむスズメを、逃げられないよう静かに跡をつけながら、その様子を追いかけていたのだった。
他の三人は、唯の様子をいぶかしがって声をかけようとしたが、スズメに気づいてそれをやめた。
唯は、スズメに覚られないようそっと手を伸ばし、手のひらの上に乗せようとしたが、ちょうどその時、路地裏からネコが跳び出してきたので、スズメはさえずりをあげながら飛び去ってしまった。
「あーあ、行っちゃった……」
唯は歩道にしゃがんだまま、空へ消えていったスズメの姿を見つめていた。

「……スズメってさ、『今日はあれしなきゃ』とか、『明日どうしよう』とか、そんなこと考えてるわけじゃないのに、毎日毎日、精一杯生きてるんだよね。…それって実は、結構すごいことだよね……」
誰に語りかけるわけでもなく、唯がつぶやいた。

そうした唯の様子を、三人は苦い含み笑いを浮かべながら見守っていた。
「どうした唯、新しい曲でも浮かんだのか?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけどね……」
澪の問いかけに対して、まだ夢から覚めやらぬ子供のように、唯が答えた。

「ねえ、今日はせっかく早く上がったんだし、お買い物しない?」
「あっ、いいね!行こ行こ!」
「って、唯!お前、明日期限のレポートがあるって言ってなかったか?」
「あ、しまったー!澪ちゃん助けてー」
「そんなこと言っても、私はその授業とってないぞ」
「ムギちゃ~ん……」
「ごめんね~、私もなの」
「とほほ…」
「律っちゃんは……別にいいや」
「なんだよそれ!……私はそのレポートもう出したんだぞ」
「えっ、ホント!?律っちゃーん、おーしーえーてー」
「うっ……」
「これで律も、私が味わってきた苦労の一万分の一は分かっただろ?」
「はいはい、今まで色々教えてくださってありがとうございましたー」
紬が思わず笑い声をあげた。
つられて、三人にも笑みがこぼれた。
次の一日を空けて、明後日にはファーストアルバムの打ち合わせが控えていた。
それまでの、わずかな休息だった。


「お姉ちゃん、最近連絡ないよ?ちゃんとご飯食べてる?大学にはちゃんと行ってるの?」
部屋に帰って、明かりもつけず、カーペットの上に寝そべる唯。
書きかけのレポートが映されたノートパソコンの画面が、唯の顔を青白く照らしていた。
唯は、電話越しに、憂から質問攻めに遭っていた。

「心配しなくてもいいよ、憂。大丈夫だよ」
唯は言った。
「――大丈夫だからさ……」


窓の外では、降り出した雨がガラス戸や屋根に当たり、ぽつぽつと音を立てはじめていた。



[27505] #04 While My Guitar Gently Weeps!
Name: V.I.◆4bb78cba ID:a7ce3967
Date: 2011/05/15 13:20
#04 While My Guitar Gently Weeps!


姉との電話を終えて、憂はため息をついた。
最近音沙汰のなかった姉に、思い切って自分から電話をしたものの、声を聞いても姉の様子ははっきりとつかめなかった。
音楽活動や大学の課題に忙殺されて疲れているのか。それとも、もっと根本的なところで何かを抱えているのか――
胸騒ぎのやまないなか、憂は少し昔のことに思いを馳せた。


中学生の頃からだっただろうか、憂は姉の結婚式の日を想像しては、ひとりため息をついていた。
ドレスに身を包む姉、隣には知らない男の人。
大好きな姉がどこかに行ってしまう。
苗字だって、平沢でなくなってしまう。
――そうなったら、自分はどうなってしまうのだろう――
きっと寂しくてぽろぽろと涙をこぼしてしまうに違いない。
でも、それはまだ先のこと。
取り越し苦労なんて、しないにこしたことはない。
うちは女二人だから婿養子ということもありうるし、お姉ちゃんのことだったら、結婚もせずにずっと家でのんびりしているかもしれない。
いつもそんな結論に至って、胸の詰まる想像を打ち切っていた。

ところが、憂が高校3年生のある日から、それは漠然とした想像ではすまなくなった。
それは、いつもと同じような、唯からの何気ない電話のはずだった。

そのときに、憂はふいに確信させられてしまった。
――お姉ちゃんが音楽と結婚した。
家族の話、バンドの話、食べ物の話、今日あった面白い出来事。
いつもと同じような話題を、同じような調子で、とりとめもなく話すはずだった。
実際、そういう電話をしていたはずだった。
――会話のときどきに、聞いたことのないメロディをハミングする姉。
――『思いついた!』といって、突然書き物をはじめる姉。
こんなことは、はじめてだった。

ふいに、以前にTVでぼんやりと観ていたドキュメンタリー番組を思い出した。
子供の頃、ピアノからどうしても離れたがらず両親を困らせた音楽家。
若くして名声をほしいままにしながら、忽然と観客の前から姿を消し、ひたすら無人のコンサートホールで演奏を続けた稀代の天才。
おぼろげな記憶だったはずが、そのとき急に鮮明なものとして目の前に現れた。

翌週の進路相談で、憂は志望校を姉の通う大学から自宅通学圏にある国立大学に変更すると担任に告げた。
理由を尋ねられると、「もう少し上を目指したくなった」とだけ答えた。
担任は憂の模試の成績を一瞥し、油断せず頑張りなさいと言って、面接を終えた。

音楽に嫁いでしまった姉も、たまには里帰りすることもあるだろう。
そのときには、暖かく迎え入れてあげよう――

そう決意した秋の日のことは、ずいぶん昔のことのようにも感じるし、つい最近だったような気もする。
ただ、そのときは姉が音楽に疲れてしまったのであれば、必ず自分が手を差し伸べてあげられると信じていたのが、急に自信を失ってしまった。
いまの姉が音楽活動の手を休めたとき、いったいどうなってしまうのだろうか――
憂には想像もつかなくなっていた。



レコード会社の打ち合わせに向かう前に、『放課後ティータイム』の四人はいつものように行きつけの喫茶店で談笑にふけっていた。
「で、レポートは間に合ったのかよ?」
少しばかり意地の悪い笑顔を浮かべて、律が尋ねた。
「心配ご無用、律っちゃん!私だってやるときはやるよ!」
胸をはって唯は答えた。
「それはよかったけど……その顔、さてはギリギリだったな?打ち合わせで居眠りは無しだぞ?」
今度は澪がしたり顔で言った。
「えへへ…まあね……」
唯の両目には、疲労の色が浮かんでいた。


『放課後ティータイム』ファーストアルバム収録についての、はじめての打ち合わせ。
そこでのプロデューサーの言葉は、これまでの順調な先行きに将来の展望を明るくしていた彼女たちにとっても、いささか意外なものだった。
――ファーストアルバムは、海外進出も意識した作品にする。
  だからといって無理に英語の歌詞をつける必要はなく、日本語のまま、現在の曲調を変更することなく制作する。

そう言うと、プロデユーサーは四人に一冊の雑誌を示した。
世界各国で発行される音楽雑誌の日本語版で、来月発売予定の号だった。
そこには、先日来日公演をした世界的アーティストのインタビューが掲載されていた。
そのアーティストは親日家としても知られており、来日の際には必ず日本のアーティストのCDを大量に買い込んでいたのだが、そのなかでも期待の新人として『放課後ティータイム』が挙げられていた。

曰く、彼女たちは、自分が知る限り、昨今の若手でも飛び抜けた存在であることは間違いない。
世界各国の音楽ファンにも、彼女たちの曲を広く知らしめていきたい。
これまでにも、日本人を含めた非英語圏のミュージシャンが母国語で歌い、英語圏でも非常な評価を受けてきた。
幸いにも、最近では特にアジア圏の言語を用いるミュージシャンは、欧米で高い関心が寄せられている。
彼女たちが日本語で歌っていることは、決して海外進出においてハンデになることはないと思う――
大要そのような内容が述べられていた。

レコード会社によれば、数万枚程度ではあるが、彼女たちのファーストアルバムを欧米でも現地の系列会社を通じて発売するとのことだった。



打ち合わせを終えた後も、四人は思いもよらぬ事態に、しばらく言葉を失っていた。
ごくごく小規模であるとはいえ、これが海外デビューであることは間違いない。
彼女たち自身、海外でいきなり成功できると思ってはいないし、おそらくレコード会社としても今後の海外進出の足掛かりくらいになれば、ということだろう。
それでも、ほんの少し前まで小さなライブハウスで、ごく少人数を相手に演奏してきた彼女たちにとっては、夢のような出来事であった。

「なんかさ、とんでもないことになっちゃったな」
重い空気の漂うなかで、最初に口を開いたのは律だった。
もはや”軽音部”でなくなってしまって久しい彼女たちにあっては、律は部長ではなかったものの、やはりリーダーは彼女だった。
それでも直ちには、三人の沈黙を破るには至らなかった。

「……何言ってんだよ、律らしくないな。私たち、武道館に行くんじゃなかったのか?」
しばらくして、律に答えたのは澪だった。
「そうね……それに夏フェスのメインステージも、でしょ?」
澪に合わせるように、紬も答えた。

唯はなお沈黙していた。
「どうした唯?今ごろ眠気が来たか?」
心のなかに芽生えた小さな不安の種を除こうと、律が唯に尋ねた。
こんなとき、真っ先に明るいムードを作ってくれるのは唯のはずだった。
その唯が、こうした場面で黙ったままというのは、彼女たちにとってはちょっとした異変だった。
「……うん、そうだね」
唯がはにかんだ笑顔を浮かべながら言った。
「……すごいね、ギー太。私たち、アメリカ行くんだよ?」
「おいおい、別に私たちが演奏しに行くわけじゃないぞ?」
「でも澪ちゃん、アルバムを発売するときは、向こうでお披露目ライブなんかがあるんじゃない?」
「じゃあ武道館と夏フェスの次は、ウッドストックだな!」
律がいつもの調子――とは異なり、意識して明るく振舞おうとしているようであったが――少なくともいつもと同じ調子に見えるように、声を張り上げた。
「あはは…そうだな、それからワイト島もだな!」
「そうそう、ムギ!外国にも別荘があったりしないのか?」
「別荘じゃないけど、お父様の会社の保養所なら、アビーロードの近くにあるわ?」
「ってマジかよ!スゲー……」
夕日の落ちる坂道を、四人は語らいながら下っていった。



その晩、律は澪と紬に召集の連絡をかけた。
場所は彼女の部屋。
議題は、唯のことだった。
「なあ、最近の唯、ちょっと様子違わないか?」
出来ることならこんな話はしたくなかったんだが、と言わんばかりに眉をひそめながら、律が低い声で言った。
「確かに今日は疲れてるみたいだったけど、あれはレポートで徹夜してたみたいだし……」
紬はそう答えたものの、自分にも思い当たるところがあると不安げな表情が告げていた。
澪も沈黙のうちに、その視線によって紬と同様の意見を述べていた。

「……それでもギター弾いてる時はなんつーか、」
そう言いかけて、律は言葉を止めた。
その時口にしようとしていた“鬼気迫るものがある”という表現が、なぜだが急に不吉なものに感じられたからだ。
ギターを弾いている時にすべてのエネルギーを消耗してしまうかのように、唯は普段からぼんやりとすることが増えた。
それも、それまでの”マイペース”や”天然”などというような単語が当てはまるようなものではなく、最近の唯の様子には、どことなく常軌を逸したものが感じられた。
昼は空を飛ぶ鳥を眺めて、夜は都会の夜空にかがやくまばらな星を眺めて――
――むしろ、魂を空に吸い込まれてしまったかのように、唯はずっとそれらを見つめるのだった。


結局、満足できる結論を得ることなく、三人だけの話し合いは解散となった。
湿気を含んだ空気が星をまたたかせ、明日の雨を予告していた。

玄関の外で澪と紬を見送った後、
「どうしてこうなっちゃったんだろうな……」
律は小さくそう呟いた。


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