【Gさんから当方へのメール 2011/05/07付】
鳥本雄行 様
WEB上での返信ありがとうございました。
拝見いたしました。
私はまだ言われたとおり非常に未熟な人間です。
私の先輩と一緒に法論をおこなっていただけませんか?
私自身は冷静にお話を伺って勉強したいと思っています。
法論といっても喧嘩腰のものは求めません。
教義、信条においてしっかりとした話を聞かせていただければ幸いです。
私は元創価学会2世でした。
4.5年前に脱会し法華講になりました。
現在、信を持って法華講として生活していますが、
貴ホームページを見る限り疑問が数多くあります。
メールの往還もいいのですが、対面しての話合いを求めたいです。
(自分にとっては勉強になると思います)
この国難の中、勇気を出し、話(法論)ができたらうれしいです。
WEBをみた内容で、考えさせられる点はいくつもありました。
それを踏まえたうえで、お伺いさせていただきたいのですが、無理であればいいですが、できればお願いいたします。
【当方からGさんへ 2011/05/07付】
私は札幌談所主管の鳥本雄行です。
あなたはどうも、何というか、よく理解できないようですね。
あなたからのメールを読むと・・・
「滝に打たれて頭を冷やしてから来なさい」と諭されても、この意味が分っていない。もう前のめりで洗脳の邪気から覚醒していないのですね。若さ故にといえば、それも魅力なのでしょうが、難信難解の法義を信解できる生命境涯ではないと感じます。
先ず「法論」ですが、こちらは早瀬日如か阿部日顕と対論することを僧道として決めていますので、大石寺の信徒分では法論を受諾することはできません。
大石寺信徒が法論とは矛盾ですよ。
法論ならば当然本尊義となるわけです。
大石寺の教義では本尊に関する奥義は「法主一人の権能」ではありませんか。法主でもない信徒分のあなたがこの奥義を熟知しているのですか。熟知しているのであれば、その熟知度がどれほどのものか、私に認識させてください。
メールで論文を送ってください。
大講堂の板本尊の件、返答はまだですか?
答えが出せないなら、やはり大石寺は偽装教団ではありませんか。
あなたは東京なのでしょ。真実を求める心が純粋であるならば、千葉県の大本山をお尋ねになられたらどうですか?
礼儀を整え願えば、貫主上人はお計らいくださる事でしょう。
ただ今のあなたでは会っていただけないでしょうね。
この「南無妙庵」と縁として、日蓮正宗や学会から改宗し妙本寺の信仰をされる方がすでに何十人にもなっています。
分る方はこのブログの内容だけで大石寺の偽装に気づき正法に帰依する。分らない人は百千の道理を教えても邪義に執着するものです。結局持って生まれてきたものの違いです。
私たちは、宗教気違いまでも救うことは考えておりません。
常識ある方に法の常識を伝え、それで純心に信仰される人が増えれば祝着であります。
田口さん、滝に打たれて頭を冷やしなさい。
偽本尊を拝むのを止めて、東天に向かって題目を唱えなさいよ。そして「南無妙法蓮華経日蓮大聖人」と真剣に観念してごらんなさい。生命性が開かれます。生命の奥から感じられるものがあります。これを掴んだら、あなたの迷いは晴れることでしょう。
私と対面するのはそれから後でも遅くはないのですよ。
言いたいことがあれば、またメールください。
【Gさんから当方へのメール 2011/05/08付】
鳥本雄行 様
Gです。
何度も創価学会幹部や、それに順する、新興宗教などと法論しております。
文字活字でもログが残るいう面ではいいと思いますが、
実際に対面しての法論は正邪がもっともはっきり現れます。
動画などでみても明らかです。
これは折伏にもつながります。
貴教義が正しいのであれば、それを大衆が判断するのです。
信徒が法論をすることは決して矛盾ではないと思いますよ。
真実を求める心が純粋です。
がしかし、人間は折伏も基本は対面です。
ネットできっかけを与え、体面で折伏する。
対面を拒否されるようでしたら、僕は貴殿を認めません。
自分は33歳、東京在住、
いちいち論文など送る必要もないと思います。
ただし、私のみであれば確かに、ご迷惑をおかけすることがあると思いますので、
私の折伏親と2名ほどで、千葉にお伺いさせていただきたいです。
本尊に関する権能は在家にはわかりません。
血脈、開眼につながっていくでしょう。
ですが義においては説明が可能かと思いますよ。
> 大講堂の板本尊の件、返答はまだですか?
> 答えが出せないなら、やはり大石寺は偽装教団ではありませんか。
ここに関しても対面時にしっかりお話させていただきます。
それlこそ、メール文面ではつくせないんじゃないですか?
こういったことも、今後非常に大切になるのではないですか?
とにかく人間性を見てみたいですし、教義の内容も知りたい。
そして大石寺の正統教義と照らし合わせて、可能であれば大衆に見てもらいたい。
それだけです。
以上です!
【当方からGさんへ 2011/05/12付】
Gさんへ
あなたに付ける薬は無いようです。
大石寺の信徒洗脳用教義に軸足を置いた状態で正邪勝劣を分別できる。そんな簡単なものじゃありませんよ。
法論に関しては先に述べた通りです。
別にGさんあなたに認めてもらいたいと当方が懇願しているわけじゃありませんから。ご自由に!
現代において「法論」といっても大変なことです。公場対決となれば判断を下すのは天皇となりますが、現在の世相ではこれを望むことはできません。
あなたは大衆が判断といいますが、その大衆に正邪勝劣を分別できる力が本当にありますか?
私は大いに疑問です。
その道の大家ですら、大聖人の御教えをも否定している。これは七百年以上の間変わっていない。
教義が正しいだけで決着が着くならば、広宣流布はすでに終わっているはずです。
結局、衆生の心情が受け入れたり、拒絶したりさせてしまう、これがネックなのです。
あなたは我欲で物事を求めるようですが、それは題目唱えの題目知らずです。
「大衆に見てもらいたい」などは凡夫の驕りですよ。大聖人日興上人門下の振る舞いではありません。
あなたが己の未熟を真に覚えているのであれば、冷静なる心身を得てから先ず、西山・北山・小泉などの本山を訪ね、各山の僧侶から広く道理を聴聞してきなさい。礼儀を疎かにしてはいけませんよ。
そうすれば何れ私と会談すべき時機もくることでしょう。
再度、あなたの為に教訓します。
「滝に打たれて頭を冷やしなさい」。拝むのはそれからでも遅くはないぞ。
鳥本雄行 様
WEB上での返信ありがとうございました。
拝見いたしました。
私はまだ言われたとおり非常に未熟な人間です。
私の先輩と一緒に法論をおこなっていただけませんか?
私自身は冷静にお話を伺って勉強したいと思っています。
法論といっても喧嘩腰のものは求めません。
教義、信条においてしっかりとした話を聞かせていただければ幸いです。
私は元創価学会2世でした。
4.5年前に脱会し法華講になりました。
現在、信を持って法華講として生活していますが、
貴ホームページを見る限り疑問が数多くあります。
メールの往還もいいのですが、対面しての話合いを求めたいです。
(自分にとっては勉強になると思います)
この国難の中、勇気を出し、話(法論)ができたらうれしいです。
WEBをみた内容で、考えさせられる点はいくつもありました。
それを踏まえたうえで、お伺いさせていただきたいのですが、無理であればいいですが、できればお願いいたします。
【当方からGさんへ 2011/05/07付】
私は札幌談所主管の鳥本雄行です。
あなたはどうも、何というか、よく理解できないようですね。
あなたからのメールを読むと・・・
「滝に打たれて頭を冷やしてから来なさい」と諭されても、この意味が分っていない。もう前のめりで洗脳の邪気から覚醒していないのですね。若さ故にといえば、それも魅力なのでしょうが、難信難解の法義を信解できる生命境涯ではないと感じます。
先ず「法論」ですが、こちらは早瀬日如か阿部日顕と対論することを僧道として決めていますので、大石寺の信徒分では法論を受諾することはできません。
大石寺信徒が法論とは矛盾ですよ。
法論ならば当然本尊義となるわけです。
大石寺の教義では本尊に関する奥義は「法主一人の権能」ではありませんか。法主でもない信徒分のあなたがこの奥義を熟知しているのですか。熟知しているのであれば、その熟知度がどれほどのものか、私に認識させてください。
メールで論文を送ってください。
大講堂の板本尊の件、返答はまだですか?
答えが出せないなら、やはり大石寺は偽装教団ではありませんか。
あなたは東京なのでしょ。真実を求める心が純粋であるならば、千葉県の大本山をお尋ねになられたらどうですか?
礼儀を整え願えば、貫主上人はお計らいくださる事でしょう。
ただ今のあなたでは会っていただけないでしょうね。
この「南無妙庵」と縁として、日蓮正宗や学会から改宗し妙本寺の信仰をされる方がすでに何十人にもなっています。
分る方はこのブログの内容だけで大石寺の偽装に気づき正法に帰依する。分らない人は百千の道理を教えても邪義に執着するものです。結局持って生まれてきたものの違いです。
私たちは、宗教気違いまでも救うことは考えておりません。
常識ある方に法の常識を伝え、それで純心に信仰される人が増えれば祝着であります。
田口さん、滝に打たれて頭を冷やしなさい。
偽本尊を拝むのを止めて、東天に向かって題目を唱えなさいよ。そして「南無妙法蓮華経日蓮大聖人」と真剣に観念してごらんなさい。生命性が開かれます。生命の奥から感じられるものがあります。これを掴んだら、あなたの迷いは晴れることでしょう。
私と対面するのはそれから後でも遅くはないのですよ。
言いたいことがあれば、またメールください。
【Gさんから当方へのメール 2011/05/08付】
鳥本雄行 様
Gです。
何度も創価学会幹部や、それに順する、新興宗教などと法論しております。
文字活字でもログが残るいう面ではいいと思いますが、
実際に対面しての法論は正邪がもっともはっきり現れます。
動画などでみても明らかです。
これは折伏にもつながります。
貴教義が正しいのであれば、それを大衆が判断するのです。
信徒が法論をすることは決して矛盾ではないと思いますよ。
真実を求める心が純粋です。
がしかし、人間は折伏も基本は対面です。
ネットできっかけを与え、体面で折伏する。
対面を拒否されるようでしたら、僕は貴殿を認めません。
自分は33歳、東京在住、
いちいち論文など送る必要もないと思います。
ただし、私のみであれば確かに、ご迷惑をおかけすることがあると思いますので、
私の折伏親と2名ほどで、千葉にお伺いさせていただきたいです。
本尊に関する権能は在家にはわかりません。
血脈、開眼につながっていくでしょう。
ですが義においては説明が可能かと思いますよ。
> 大講堂の板本尊の件、返答はまだですか?
> 答えが出せないなら、やはり大石寺は偽装教団ではありませんか。
ここに関しても対面時にしっかりお話させていただきます。
それlこそ、メール文面ではつくせないんじゃないですか?
こういったことも、今後非常に大切になるのではないですか?
とにかく人間性を見てみたいですし、教義の内容も知りたい。
そして大石寺の正統教義と照らし合わせて、可能であれば大衆に見てもらいたい。
それだけです。
以上です!
【当方からGさんへ 2011/05/12付】
Gさんへ
あなたに付ける薬は無いようです。
大石寺の信徒洗脳用教義に軸足を置いた状態で正邪勝劣を分別できる。そんな簡単なものじゃありませんよ。
法論に関しては先に述べた通りです。
別にGさんあなたに認めてもらいたいと当方が懇願しているわけじゃありませんから。ご自由に!
現代において「法論」といっても大変なことです。公場対決となれば判断を下すのは天皇となりますが、現在の世相ではこれを望むことはできません。
あなたは大衆が判断といいますが、その大衆に正邪勝劣を分別できる力が本当にありますか?
私は大いに疑問です。
その道の大家ですら、大聖人の御教えをも否定している。これは七百年以上の間変わっていない。
教義が正しいだけで決着が着くならば、広宣流布はすでに終わっているはずです。
結局、衆生の心情が受け入れたり、拒絶したりさせてしまう、これがネックなのです。
あなたは我欲で物事を求めるようですが、それは題目唱えの題目知らずです。
「大衆に見てもらいたい」などは凡夫の驕りですよ。大聖人日興上人門下の振る舞いではありません。
あなたが己の未熟を真に覚えているのであれば、冷静なる心身を得てから先ず、西山・北山・小泉などの本山を訪ね、各山の僧侶から広く道理を聴聞してきなさい。礼儀を疎かにしてはいけませんよ。
そうすれば何れ私と会談すべき時機もくることでしょう。
再度、あなたの為に教訓します。
「滝に打たれて頭を冷やしなさい」。拝むのはそれからでも遅くはないぞ。